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同人

992WS:2021/03/10(水) 12:45:43
亀頭後呂夫

本名 柳生 三厳
いわゆる柳生十兵衞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E7%94%9F%E4%B8%89%E5%8E%B3
将軍家兵法指南を務めた剣豪・柳生宗矩の子
徳川家光に小姓として仕えたが、主君の勘気に触れて出仕停止となり、後に許されて書院番を務める。
蟄居(ちっきょ)の間、武者修行などで諸国を遍歴していたとする伝説があり、後に多くの講談や創作物の材料となった
父の跡を継ぎ、家業の兵法(新陰流)についてその発展に努める

江戸初期の著名な剣豪として知られ、三厳を題材とした講談や小説が多く作られた。
著書に『月之抄』、『武蔵野』など

謹慎期間中の動向について
家光の勘気を受けて致仕してから再び出仕するまでの12年間について、三厳自身は著作の中で故郷である柳生庄にこもって剣術の修行に専念していたと記している。
一方でこの間、諸国を廻りながら武者修行や山賊征伐をしていたという説もある。
三厳の自著での記述と相反しているとはいえ、宝暦3年(1753年)に成立した柳生家の記録である『玉栄拾遺』でも取り上げていることから、三厳の死の100年後には既に広く知られていたものと思われる。
『昔飛衛という者あり』
『月之抄』
『玉栄拾遺』




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