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ニュースinリケル

22amsoat:2003/09/01(月) 19:51
 これにはちょっと思うところがある。
 はっきり言って「他人と違うから苦痛を伴う」というのはある程度は仕方がないことなんだ。たとえば「ある人が転校すると、その先の学校の制服は、当然前にいた学校の制服とは違う」。これは当たり前すぎることだ。考え方としてはこれと同じ。それを「苦痛」ととらえるのか「違うのは当たり前だ」ととらえるのか、の違いである。
 性同一性傷害も「私は性同一性傷害なのだからこうしているのです」と、胸を張っていればそれでいいのだ。そこを「他人と違っていると周囲の目が冷たい。苦痛だ」と考えて、人権ばかり主張し始めると、はっきりいってきりがない。むしろまず、自分として出来るべき事から始めなくてはならない。義務が合っての権利だから。
 第一歩とは「法律を変えるように訴える」ことではない。俺は「堂々と胸を張って生きる」ことが正しいと思う。そうすると、確かに周囲の目は冷たいかもしれないが、だからなんだ。自分は「性同一性障害者」。だから何一つおかしな事はしていない。「性同一性障害者なら当然すべきことを私は今している」、「健常な人と障害者はもちろん違う」。そういうところを、言論ではなく、まず行動で表さなければいけない。いくらそこで訴えが認可され法律が変わっても、真の性同一性障害者の為の社会になったかというと、決してそうではない。むしろ自分の日々の行動が周囲に理解されるまで努力することによって出来る社会の方が、性の記載欄をなくすよりも、よっぽど障害者のためになっていると思う。誰かが動かなければ社会は変わらない。その一歩目を踏み出すには大きな努力を要する。が、誰かがそうしなければ何も変わらないし、自分が出来ればそれに越したことはない。ただ己の傷害から目をそらし、逃げていては駄目だ。


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