したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

歌詞

29おぷ様頑張れ:2021/02/01(月) 20:47:49
西條八十(さいじょう・やそ)

ぼくの帽子

母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?
ええ、夏、碓氷うすひから霧積きりづみへ行くみちで、
谿底たにぞこへ落としたあの麦稈むぎわら帽子ですよ。

母さん、あれは好きな帽子でしたよ。
僕はあの時、ずいぶんくやしかつた、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

母さん、あのとき、向むかふから若い薬売くすりうりが来ましたつけね。
紺の脚絆きやはんに手甲てつかふをした。
そして拾はうとして、ずいぶん骨折つてくれましたつけね。
だけど、たうたう駄目だつた。
何しろ深い谷で、それに草が背丈ぐらゐのびていたんですもの。

母さん、ほんとにあの帽子どうなつたでせう?
そのとき傍で咲いてゐた車百合の花は、
もうとうに枯れちやつたでせうね、
そして、秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。

母さん、そしてきつと今頃は、今夜あたりは、
あの谷間に、静かに雪が降りつもつてゐるのでせう。
昔、つやつや光つた、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いたY.Sといふ頭文字を埋めるやうに、
静かに、寂しく。


「コドモノクニ」大正11年(1922)2月号


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板