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【穣子静葉】神々の集い 1回目【神奈子諏訪子】
97
:
名前が無い程度の能力
:2013/11/09(土) 13:44:16 ID:Vxg50pZY0
早苗「旧暦十月は神無月ですが、うちの神社では神在月です」
諏訪子「建御名方は出雲に出入り禁止になったんだっけ」
神奈子「禁止じゃなくて免除だよ!結局は勘当も同然だけど」
早苗「建御名方命ってどんな神様なんですか?」
諏訪子「高志の沼河比売の子だな」
神奈子「越後の岩殿山で生まれたとされているね」
早苗「諏訪に入る前に信濃の生島足島神社に留まり、生島神と足島神に奉仕したといわれます」
諏訪子「そこの神社では、本殿と向かい合う形で諏訪社があるんだよ」
神奈子「諏訪社は下の宮とも呼ばれ、建御名方は冬から春まで二神に米粥を献上する」
早苗「でも御柱祭や蛙狩神事など諏訪信仰的な祭事も行われているんですよね」
諏訪子「生島・足島は宮中で祀られる神でもあるから、建御名方も祀る側になるのさ」
神奈子「あと、阿波に諏訪という地名があって建御名方を祀る神社がある」
早苗「建御名方命が阿波に鎮座して後に信濃に遷ったという伝承があるそうですね」
諏訪子「高志国造の子孫が阿波国造になったので、高志から信仰が伝わったのかもよ」
神奈子「丹波の出雲大神宮が元出雲と称されるのと同じで、まあ珍しくない話だ」
早苗「伊賀の敢国神社は、甲賀三郎を祀って諏方神社と呼ばれていた時代があります」
諏訪子「いまは大彦という人物が主祭神だな」
神奈子「大彦は四道将軍のひとりとして高志を平定した後に伊賀に来たとされる」
早苗「甲賀三郎も若狭で賊を退治したといいますね」
諏訪子「敢国には少彦名も祀られていて、出雲や諏訪・高志の信仰が強く影響している」
神奈子「上古から高志は出雲と同じ文化圏だったからね」
早苗「出雲国風土記には高志の民が出雲に移住してきたと記されています」
諏訪子「素戔鳴は高志の八岐大蛇を退治し、大己貴は越の八口を討伐した」
神奈子「そりゃ八岐大蛇退治は大己貴の伝承を改変したものだからさ」
早苗「日本武尊の出雲征伐も、出雲振根が弟の飯入根を謀殺した話を取り入れています」
諏訪子「互いの剣を交換しようと持ちかけて、自分は木製の剣を差し出したってやつだな」
神奈子「剣は王権の象徴だから、騙してでも手に入れたほうが勝つ。振根は誅殺されたけど」
早苗「振根を討ったのは桃太郎の元ネタの吉備津彦命、そして大彦命の子の建沼河別命です」
諏訪子「建沼河別の名は沼河比売や建御名方を連想させるな。大彦の事績に関係するのかね」
神奈子「高志との繋がりは不明だけど、東国を平定した事績でも日本武尊に先駆けている」
早苗「それだけ出雲では剣が重視されたのに、国譲り神話では剣を巡る争いはないんですよね」
諏訪子「建御名方はもともと開拓神だ。岩を持ち上げることが得意だったのさ」
神奈子「武御雷は天から剣を持ってきたから、出雲で奪い取るまでもなかったともいえる」
早苗「八岐大蛇の体内から草薙剣が出てきたのは、高志が出雲に服従したという意味でしょうか」
諏訪子「沼河比売は戦に敗れて仕方なく大国主の妻になったという伝承がある」
神奈子「それどころか結婚を拒んで死を選んだという伝承もあるよ」
早苗「それじゃ建御名方命が生まれないじゃないですか」
諏訪子「神様は単独でも子供を産めるだろ」
神奈子「それは昔の話。まあ時代の変遷で出雲に対する意識が変わったんじゃないの」
早苗「ところで天気も良いですし、紅葉狩りにでもお出かけしませんか」
諏訪子「何を言ってんだい、神在月だって自分で言ったのに」
神奈子「そうそう、うちでのんびりするが一番さ」
早苗「…しまった」
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