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あと3話で完結ロワスレ

721夢と『想い出』が交差するその日 ◆6XQgLQ9rNg:2013/12/29(日) 23:12:45
 ◆◆
 
 アトリエにやってきたのは、冴えないよれよれの衣服を纏った中年の男だった。
 無精髭の生えたその顔立ちは地味なものであり、特筆した特徴はない。
 だがそれだけに、男の瞳は印象強い。
 黒い瞳が、力強い輝きを湛えているのだ。
 生き生きとした輝きからは揺るぎない自信と誇りが見て取れて、それでいて、希望と挑戦を忘れない少年のようだった。
 このような瞳ができるということはきっと、心から打ち込めるものがあるということなのだろう。 
 素敵だなと、トトリは思う。同時に、羨ましいとも思う。
「凄腕の錬金術師だって有名なお前さんに、頼みたいことがあって来たんだ」
「は、はい。なんでしょう……?」
 強い熱が籠る男の声を前に、トトリは緊張を覚える。
 目立たない風貌をしながらも、これほどの情熱を持つ男の依頼が何なのか、想像がつかなかった。
「こいつらを、作って欲しい」
 不敵な笑みを浮かべ、男は一冊の分厚い本を差し出してきた。
 受け取り、表紙に記述されたタイトルを読み上げる。
「帆船解体新書……?」
「ああ、そうだ。ワクワクするだろ?」
「え? えっと、特には……」
「そ、そうか? まあ、まだ題名を見ただけだもんな。ぱらぱらっと見てみろって!」
「はあ……」
 勢いに押されるようにして表紙をめくると、見開きいっぱいに描かれていたイラストが飛び込んでくる。
 それは、波を掻き分け飛沫を上げ、大きな帆いっぱいに海風を受けて大海原を進んでゆく船だった。
 雄大で力強く、堂々としていて美しい。 
 次のページへは、進めなかった。
 ただただトトリは目を見張り、船の駆動音さえ聞こえてきそうなイラストに釘づけになっていた。
 知っている。
 トトリは、この船を、知っている。

 これは。
 この船は。
 顔も名前も憶えていない父が残してくれた船と、瓜二つなのであった。 

「ほら、どうだ! すげーだろ!」
 宝物を見せびらかす子供のように得意げな男の声に、トトリは顔を上げる。
「……船を、造るんですか?」
「ああ、そうだ。といっても、組み立ては俺がやる。お前さんに頼みたいのは船の材料作りだ」
 言って、男はトトリの手にある本のページをめくっていく。
 超重碇、動力操縦桿、百木船体、疾風の帆、防食甲板、神秘の船首像。
 それらの錬金レシピが、詳細なイラスト付きで書き記されていた。
 初めて見るレシピだった。錬金素材にも、知らないものもいくつかある。
 作ったことが、あるはずがない。
 それでも、それなのに、どうしてか。
 深くて深くて深くて、目の届かない心の水底で、正体のわからない何かが、ざわついた気がした。
 何一つ得体のしれないまま浮かび上がってくるそのざわつきは、漂流物を運ぶさざ波のように、トトリの心に何かを届けてくる。
 それが何かは分からない。
 分からないが、それは、楽しい夢を見た覚えはあるのに、内容が思い出せないときのような感覚に似ていた。
 だからきっと。
 この何かは、逃してしまったら、夢の彼方で弾けてしまい、二度と掴めなくなるもののように感じられた。
 逃したくないと、そう思った。 

「採取できる素材は冒険者に依頼して集めてもらうつもりだ。そんで、報酬なんだが――」
「お引き受けします」
 男の言葉を遮って、トトリは、食らい付くようにして返答していた。
 面食らったような男の前に、冒険者免許を見せつける。
「素材集めもわたしにやらせてください。最高品質の材料をご提供します」
 断言すると、男は口の端を吊り上げ、愉快そうにひとしきり笑ってから。
 真っ直ぐに右手を差し出してきたのだった。
 
「自己紹介がまだだったな。俺はグイード。船大工をやってる。宜しく頼むぜ」


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