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あと3話で完結ロワスレ

720夢と『想い出』が交差するその日 ◆6XQgLQ9rNg:2013/12/29(日) 23:12:06
 食欲を遠慮なく刺激してくる香りが、湯気と共に立ち上る。
 木造の部屋の真ん中、テーブルいっぱいに料理が並べられていた。
 酒場にも負けないほどの色々なお酒に、アランヤ村近海で獲れる新鮮な魚介類をふんだんに使った料理、更にはアーランドの食堂にでも行かないと食べられないような豪勢な料理、それに、ハニーパイ、ミルクパイ、ベジパイ、ミートパイ、おさかなパイなどなど、様々な種類のパイが所狭しと置かれたその様は、なかなかに壮観だった。
 そして、それだけの料理に負けないほどの人々が、その部屋には集まっていた。
 老若男女を問わず集った人々は皆、談笑に興じ笑い合っている。
 その部屋は、あったかさで溢れる空間だった。
 そんな、寂しさからも悲しさからも切なさからも虚しさからも切り離されたような部屋の隅っこで、トトリは、ティーカップを片手にぼんやりと佇んでいた。
 ぐるりと、人々の様子を眺めてみる。
 夢中で料理を食べ、幸せそうに笑う男の子がいる。
 自分より少し年上くらいに見える女の子が、とろけそうな顔でパイを頬張っている。
 楽しそうにお喋りをしながらも、空いた皿をてきぱきと片付けていく女性が見える。
 豪快にお酒を煽る中年女性の隣で、同じくらいの年の男性が苦笑いをしている。
 他にも、他にも、他にも、他にも、色んな人たちがいる。
 そのすべてが、なんとなく知っているような、けれどよく見ると見覚えのない、曖昧な人たちばかりだった。
 ティーカップに注がれた黒の紅茶を一口飲む。舌が溶けそうなほどの甘さに顔を顰めて、トトリは小さく息を吐いた。
「ねえ、ベアちゃん」
 呼びかける。
 すると音もなく、トトリの隣に黒衣の少女が現れた。
「この紅茶、甘すぎるよ」
「そんなことない。美味しいわ」
 小さな両手で持ったティーカップに口をつけると、ベアトリーチェは満足そうに笑ってみせた。
「ベアちゃんは子どもなんだから」
「わたし、トトリよりずっと、ずーっと、ずーーーーーーっっと長く生きてるもん」
 頬を膨らませて反論してくるベアトリーチェを、あやすようにしてぽんぽんと撫でてやる。
「こ、子ども扱いしないでくれる?」
 トトリと目を合わせずにそう言いながらも、拒絶せずに甘ったるい紅茶を啜るベアトリーチェに感じるのは、微笑ましさだった。
 ベアトリーチェの頭を撫でながら、トトリはもう一度部屋を眺める。
 不確かな人々が作り出す、仮初めいた喧騒こそが、ここが夢の世界であると物語っていた。
 だから。
 ふと、遠くから聞こえてきたノックの音に気付いたのはトトリと。
 夢現渡り鳥<アローン・ザ・ワールド>によって現着されているベアトリーチェしかいなかった。
 ここではない遠くから響くそのノックは、不確かに揺らぐこの部屋の騒々しさに比べれば小さなものだ。
 けれどそれは、確かに鳴り響く音だった。
「起きなきゃ。アトリエに誰か来たみたい」
 トトリは部屋の外に目をやって、ベアトリーチェの髪から手を離し、大きく伸びをする。
 瞬間、賑やかしさはゆっくりと遠ざかり、美味しそうな匂いが薄れていき、部屋が色を失い始める。
 ベアトリーチェが慌てて紅茶を飲み干した直後に、トトリの手にあった陶器の感触が、風に吹きさらされた砂のように消え失せた。
 渡り鳥の羽撃きが響く。
 夢から現へと渡る鳥の鳴き声が、夢を溶かし目覚めを促してくる。
 そうして消えゆく夢を。
 賑やかで、いい匂いで、あったかくてあったかくてあったかくて、堪らない夢のカタチを。
 トトリは、噛み締めるように見つめていた。


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