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あと3話で完結ロワスレ

682ep298.主人公はもう居ない ◆LO34IBmVw2:2013/08/22(木) 22:40:26






【30:00ーー鈴木英雄の場合ーー】






小さな頃から、絵が好きだった。

アニメのキャラクターを真似てはクレヨンや色鉛筆で広告の裏に描き、両親や親戚に見せた。絵が上手だと言われて、嬉しかった。
十歳の時に、初めて他人に絵が褒められた。校内コンクールで金賞を取ったからだ。先生にも褒められた。英雄くんは絵が上手だね、と。
運動能力は皆無。学業は普通以下。顔も中の下。背も高くなければ、体型も良くないし、モテすらしない。真面に褒められた事など皆無っ。
そんな俺にとって、それは“勘違い”させるに十分過ぎる出来事だったと言える。
今思えばそれが始まりだった。
中学。並の受験勉強で、並の学校に入学した。相変わらず勉強は出来ず恋人も出来ず運動も出来ず。
ただ、美術だけはいつも成績が良かった。自分にはそれしかない。俺はそれが分かっていた。齢十四にして。分かってしまった。

僕は勉強ができない。答えが書けない。けれどもーーー絵だけは描けた。

これはアイデンティティと言うべきか? まぁ、それは置いておいて。その頃、丁度漫画の面白さを知ったのだ。俺は。
読み漁り買い漁り、自力で初めて漫画を描いたのもその頃だった。
見せる人は居なかった(今思えば到底見せられる代物でもなかった)けれども、当時はその達成感だけで十分だったのだ。
十七の頃、それで満足出来なくなり、雑誌に漫画を投稿した。銅賞を取った。編集に褒めて頂いた。
自分の才能はこんな小さな世界で完結すべきでないと考え始めた。
俺は漫画家になって、金をたんまり稼いで、いい女とそれこそメロンブックスで売ってる男性向け同人誌顔負けなセックス三昧の日々を送るのだと。

高校三年生の夏、再び銅賞を取って、漫画家になろうと決意した。俺には才能があったのだ!
例年より些か暑く、雨が少ない夏だった。

二十代になって、週刊漫画は糞だと切り捨てた。自分には作風が合わないし、自己表現に週刊漫画という媒体は向かない。
長いスパンで見た場合、アンケート打ち切り制度など、自ら漫画界の将来を閉ざす間抜けな戦法じゃないか。
編集は糞しかいないし。奴等は何も理解していやしない。いや、理解はしているが営利主義と顧客主義の面から見て……或いは仕方ないのかもしれないが……。
それにしたって十週打ち切りとかなんだの、あんまりだろっ。物語の始まりの『は』も始まってないじゃないか。
ここからは漫画の意味という根本的な問題から話す事になるが、まず。まずだよ。
誰しもが、思春期を境に気付き始める。まずい、と。自分の人生は存外つまらないなと。
だから漫画があるわけだ。他人の人生を覗いて、その恐怖から逃げる為に。それで満たされる。
経験と充実を代替してくれる素晴らしい媒体だ、漫画は。でも漫画の主人公だっていつも上手くいくわけじゃない。
だから“静”は必要だ。アンケートも当然その時は票数が取れないだろう。でもこれからなんだよ。これからだ。
漫画の主人公だって、これから味が出てきて、話も盛り上がるんだ。
なぁ、そうだろう? これからなんだ。
俺の漫画『アンカットペニス』だって、これからだったんだ……。

二十代後半、そろそろだなと思っていた。本気を出すなら今だと。でも、気付けばアシスタントを繰り返す日々になっていた。
そうこうしていて三十になった。そこで漸く気付くのだ。俺は。漫画家は夢を与える職業だと誰かが言ったが、それは違うと。



漫画家は、夢を見る仕事だった。



社会の不条理の中に揉まれて。徹夜明けのマクドナルドの中で。京王線の満員電車の中で。新宿駅のトイレの中で。
腐り切った世界で、濁った目で、汚れた夢を見ていた。叶わない事なんか知っていた。
漫画は売れない。このままプロアシとして血反吐を吐いて、身体を壊して廃業。
独身のまま、ナマポで飯を食っていく。そんな未来を認めたくないだけだった。バクマンみたいに上手くいかないんだ、漫画は。

現実を見ず、夢を見る。それが取り残された漫画家の唯一の生き方だ。


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