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あと3話で完結ロワスレ

672ep298.主人公はもう居ない ◆LO34IBmVw2:2013/08/22(木) 22:09:29

「ピノはそうかもしれない。でもそれは、今のピノとはきっと違うピノだよ」

きっと誰もがお手上げ状態だったであろう質問に応えたのは、意外にも岩倉だった。
「? ピノはピノだよ?」
ピノが言った。岩倉は紙ナプキンで丁寧に口を拭き、静かにスプーンをテーブルに置く。
「……ピノの持ってる鍵盤ハーモニカがあるでしょ? 他の鍵盤ハーモニカじゃなくて、ピノの。
 それがなくなるって事……みたいなもの、かな」
「れいん、ピノよくわかんないよ……」

しかしピノはかぶりを振る。随分物分りが悪いアンドロイドだな、と思った。これではまるで人間の幼女じゃないか。
フィリップ=K=ディックさんよ、朗報だぜ。どうもこのアンドロイドは電気羊の夢だって見れそうだ。

「ごめんね、また後で説明してあげるよ」

とかなんとか下らない事を思っていると、岩倉が眉を下げながらそう言った。
珍しい表情だった。少なくとも俺達には向けられた事はない類の。
岩倉とピノは付き合いがそれなりに長いらしい。仲もまぁ、普通に良いのだろう。
似た者同士なのか、或いは足りない何かを互いに求めているのか。
ロボットの様な少女と、人間のようなロボット。彼女達が少しだけ奇妙な関係に見えた。



「ピノちゃん、死ぬのは怖いかい?」



食事を終えて暫くして、ソファに座っていた鈴木さんが何の脈絡もなく言った。
中々面白い質問だと思ったので、俺は視線だけを彼等の方へ向ける。今読んでいた参加者詳細名簿よりは、少なくとも中身がある話だった。

「こわくないよ」階段に座っていたピノが応える。「パパがいってたもん。しぬのはしあわせなことだって」

パパ? 俺は思ったが、直ぐに考える事を止めた。どうせ死んでいるのだ。考えるだけ無駄だった。
この名簿と同じ。居ない人間の情報など塵にも等しい。
「幸せな事、か……そうなのかもしれない」
鈴木さんは視線を落として自嘲混じりに呟く。まるで自分に言い聞かせている様だった。

「それに、みんないっしょ! だからピノ、こわくない!」

アンドロイドは大層御立派だなと思った。
俺は早く死にたいが、それでも死ぬのはまだ少しだけ怖いというのに、この少女は怖くないのだと言う。


「ーーーーーーーもう、みんなひとりじゃないもんね」


窓際に腰掛ける岩倉が、熊のフードを被りながらぼそりと呟いた。一番彼女と近かった俺さえ聞き逃してしまいそうな程、か細い声だった。
俺は少しだけ怖くなった。一番その言葉から遠そうな岩倉がそう言ったのは、何かとても深い意味がある様に思えたからだ。

……ひとりじゃない。

いや、違う。都城達と組んで首輪を解除しかけたほど賢い岩倉なら尚更分かっていたはずだ。
人間は種として一人じゃない。だが、人間は生物としてはどこまでいこうが独りだという事を。

俺は岩倉をまじまじと見た。瞳孔が開いた大きな双眸は、吸い込まれそうな黒に染まっている。
冬の深い夜を丸めた様なその冷たく澄んだ瞳には、けれども人も月も光も、一切の景色は映っていなかった。

お前は一体、何処を見ている? 俺は心の中で彼女に訊いた。

何も見ていないよ。俺の心の中で、彼女は無関心そうに応えた。


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