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あと3話で完結ロワスレ

294SLBR・289-a: 素晴らしき小さな戦争(Ⅰ) ◆MobiusZmZg:2013/02/02(土) 17:19:05
 無理矢理に間合いを離して、舌に土の苦味をおぼえながら立ち上がれば、花白はすでに剣を構えていた。
 ただ、玉壺の氷がごとくに透き通った刃の向かう先はテトリスなどではなく、

「お前、死ぬ気か? あそこまでしておいて……!」
「言ってたんだよ、玄冬が。殺すのは俺で最後にしろって」

 そうと口にしてすぐに、花白はゆるゆるとかぶりをふった。
 何もかも玄冬のせいにしちゃいけないや。僕だって本当は殺したくなんかないもの。
 続いた言葉は、自身の骨を晒すものだった。そして、それを聞いた者を突こうとするものではなかった。
「莫迦野郎。それじゃ、そんなじゃお前は、何のためにッ」
「僕は、きみの答えに満足した。……それじゃダメ?
 命の器は、こうしたら満ちない。それに世界がまた滅びに近づくまで、あの箱庭には救世主も生まれない」
 そうすれば、ほんのすこしだけど、あの人が楽になれるんだ。
 疲労と憔悴を手放そうとする、その表情が満ち足りていたこそ、テトリスは歳相応の怒りをあらわにした。
 すべて良しとでも言わんばかりの顔は、言葉つきは、鮮烈なほどに白い少年も人類の敵も使うべきものではない。
 人類の敵。ちくしょう。世界を愛そうとして愛せない花白は、たしかに希望を胸にして歩まんとするものどもとの共存は
出来ない。だが、どうしてそれなら最後まで、敬意を払える敵として、交わった道を歩んでいこうとしないのだ。
 どうして土壇場になって、自身のすべてを賭して殉じようとしていた相手を変えて、しまえる――。

「……まさか」
「そういうこと。僕、ウソは下手なんだけど、なにを我慢してたかにまでは気づかれなかったな」

 玄冬に殉じようとしていた花白の変心が分からない。
 花白が玄冬に殉じることを前提に考えを巡らせていたテトリスに、分かれようはずもなかった。
 あまつさえ、それが母親がわりのような存在のために死のうとしている、ということであるのなら。
「なんで……どうして、そこだけは間違わないんだ。なんで一貫させられるんだ、お前は」
 命や人倫など振り捨てた選択をまえに、テトリスは身を起こそうとして、起こせない。
「ごめん。ホントは、あまり好きじゃない『力』なんだけどさ。ウソをついてごまかしたって、心は痛いままだから」
 誰かを好きになるためにさえ、誰かに血を流させる必要がある。
 花白のためにこそ聞き流すと決めていた言葉が、聞き流すと決めていたからこそ胸中に悔悟を呼び起こす。
 何かを知っていることが美徳であるとは言わないが、知ろうとすることを放棄したのは、明らかな失策だった。


「だけど、きみは僕のこともゆるして――最期まで、見守ってくれるんだろ」


 誰かを、好きになりたかった。
 どうしようもなく審判や救済に向かない願いを抱いた救世主の出来損ないは、甘い声音でテトリスに乞う。
「違う! あれはそういう意味じゃな……ッ」
「言ったよね。『すべてあいして、ゆるしてみせろ』って」
 最期まで見守ってくれという願いが『白の力』を伝わって、騎士の身体を石床に縛り続けていた。
 王を目指すこの騎士の思いと、誇りの土台をなすのは愛したものに報いることと、情愛を注いで征くこと――。
 願い乞うた花白と質を同じくするがゆえに、テトリスの誇りでは、白の呪縛をほどくことがかなわない。
 同質の思いを抱いた二人のうち、片方が人ならざる『力』を有する事実が、ここにきて厳然たる差となって現れる。
「そして、きみは愛せないものも噛み砕くと誓った。……諦めずにたくさん考えて、ここで、決めてくれたんだ」
「こ、の……」
 動かない身体に、《気力》を込めようとするテトリスの傍に花白はそっと近づいた。
 花白。空より降り来たる雪を、その身と名とに纏った少年は、騎士の頬にあたたかな指先をすべらせる。

「だから、たとえば春に降る白い花。僕が持ってる綺麗なもの、あの人からもらったものを、きみにもあげる」

 困ったような顔つきでそう言われれば、面食らうしかなかった。
 ――自分にとって大事なものを、口の中で噛み砕いて遊べる玩具をやるから大人しくしていてくれ。
 子供が子供をあやすような言を受けたテトリスの緊張が、これでいちどきに切れてしまう。優れた力を持つがゆえに、人として
いびつになるものは数多くある。だが、花白の場合は言動と思考がどこまでも噛み合わないまま、ひとり死んでいくことが出来る。
 そうであるからこの少年が、《民》とならない人類の敵たりうると分かってしまう。


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