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あと3話で完結ロワスレ

177それはきっと、いつか『想い出』になる物語 ◆6XQgLQ9rNg:2013/01/13(日) 21:43:08
 言ってほしくない、名前だった。
 一瞬、カズマの脳が空っぽになる。トトリの言動が、即座に理解できなかった。 
 紙に墨が浸透するように、その意味がじわりじわりと沁み込んでいく。
 感情が、沸騰した。
 体が勝手に動く。足裏は床を叩き右手は拳を形作り前へ跳ぶ。
 揺れるほどに強烈な踏み込みの音が、やけに大きくアトリエへ響き渡った。 
「やめなさいッ!」
 ヴァージニアに羽交い締めにされる。勢いは強引に削ぎ落とされるが、それでも止まらない。
 だがその拳はトトリへと到達しなかった。
 彼女の前に、クマが立ちはだかっていたからだ。
 カズマの拳が、クマのギリギリ前で停止する。
「どけッ! 離せッ! こいつは、あの女を――殊子をッ!! なんで、なんで止めやがるッ!?」
「いいから落ち付いて! 今、トトリを殴っても何にもならないからッ! こんなことをしたって、何にもならないからッ!」
 耳元でヴァージニアの叫びが聞こえる。
 その叫びに、湿り気が交じっていることにカズマは気付いた。 
「トトチャンの代わりに、クマが殴られるクマッ!!」
 カズマの拳を前に、クマは揺るがない。その瞳には不屈の意志が宿っていた。
 振り払うのは簡単だった。殴り飛ばしてやることだってできた。
 歯を食いしばり拳を握り締める。奥歯が音を立て爪が掌に食い込む。
 持て余された拳が、ゆっくりと降りた。
「お前ら、知ってたのか」
 ヴァージニアの腕から抜け出し、尋ねる。
 だがクマも、ヴァージニアも、黙って首を横に振るだけだった。
 苛立ち紛れに舌打ちを一つ落とし、カズマは床にどかりと腰掛ける。
 せめてと言わんばかりに、トトリを睨みつけた。
「どうして、ですか……?」
 顔を上げるトトリの顔には、困惑が広がっていた。
「どうしてクマさんが代わりになるんですか? 悪いのは、ぜんぶわたしなのに」
「……クマが、約束を守れなかったから。ツェツィチャンを、護れなかったから。
 だから、トトチャンがいっぱいいっぱい傷ついて、それで、そのせいで……」

 耐え切れないかのように、倒れそうなほどの勢いで、今度はクマが頭を下げたのだった。

「だからごめん、ごめんなさい! ごめんなさいッ!!」
「わわ、ちょっと、ちょっと待ってください。頭、上げてくださいっ」

 沈痛そうに頭を垂れ、謝罪を繰り返すクマを慌てて止めて、トトリは不思議そうに首を傾げる。
 
「ツェツィ……って、おねえちゃん、ですよね? その、わたし……」

 そして、本気で分からないというように、全員を見回して、

「おねえちゃんのこと、あんまり覚えてなくて。えっと、おねえちゃんがいたのは確かなんですけど」

 寂しそうに眉尻を下げて、

「おねえちゃんと一緒に過ごした時間って、全然なくて。なんだか、肉親って感じがしなくて。
 だからだと思うんですけど、おねえちゃんが死んじゃっても、その……」

 零すのだった。

「あんまり、悲しくないん、ですよ。
 ですから、クマさんがおねえちゃんと何かがあったとしても、わたしがやってしまったことには、関係がないと思うんです」


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