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あと3話で完結ロワスレ

166素晴らしき小さな戦争(0)雨時々僕たちまち君 ◆MobiusZmZg:2013/01/12(土) 19:35:05
「そう、一方的に。貴方の得意な札ですけれど、たまには受ける側に回ってもよろしいんじゃありません?」
 舌のひとつも出しかねない口調で続けたルツボの周囲へ、赤と蒼が寄り集まった。
 これまで混ざろうともしなかった血と雨が、『濡れ女』の分泌液で有機的な繋がりを作られていく。
「代わりにといえばなんですが、わたくしももう、服のひとつも作れなくなりましたから」
 かくて裸身を晒したまま、九重ルツボはムラクモと再度相対した。
 傷ひとつない肢体が纏うのは、かつて彼女の髪であったものだけだ。輪郭だけを残した『髪』は絶え間なく流動し、
星の欠片の灯を照り返して銀とも蒼ともつかぬ色に輝いている。
 流れ落ち、昇り来てまた集う水の音こそが、ここに立つ九ノ一を支えものだった。

「まぁ、着替えも良いなと思ったんですけどね。教師にメイド、ナース服や、チアリーダーの衣装など」
「瑣末に拘泥するか、九重の……濡れ女め」
「その瑣末で黙ってしまったのは、どこのどなたですかしら」

 あきらかな怒気に表情を無くしてなお、ムラクモは刀を抜かなかった。
 先史遺産――レムナントのひとつであるところの『月下美人』。玉壷の氷を思わせて蒼くするどい刃と、神速の
振り上げですべてを華と散らせる特別攻撃をもって引いた死線を乗り越えて、九重ルツボはここに立ってみせている。
 たとえ、この忍法のからくりが分かった今となっても同じだ。
 男性的にすぎるこの男は、愚かではあれど無知ではないからこそ彼女を斬ることかなわない。
 世界に生きた者を「自律出来ぬ愚民」と切って捨てられた者にとり、『霞声』はこれ以上ない意趣返しであった。
 むろんのことと言うべきか。その事実を知ったうえで、女忍者は笑みを深めている。
 右手の人差し指を下唇の上に置けば甚三紅の舌がひらめいて、爪の円弧を無色に染めた。

「ふふ……よろしくてよ。焦らずじっくりといきましょう。
 わたくしのこんなに恥ずかしいところ、――くんにだって見せたことはないんですから」

 続く台詞と裏腹に、ルツボは乳房の先に尖る桃色を隠そうともしない。
 ムラクモの側も、彼女が向けてくる視線に対して無機物を見るようなそれしか返さなかった。

「そういえば『鏡地獄』なんて名前の忍法も、伊賀の者には伝わっておりましたっけ」
「人は鏡とでも言いたいか。ひとを、やめてしまったものが」
「『星の意志』を知るわたくしに『完全者』となった貴方。お互いここは突けないでしょう」
 色狂いと呼ばれる一歩手前のところで、彼女は男の思考へ爪を立てる。
 古流流派に伝わる忍法を使えずとも、言法の一端は知っているのだと言わんばかりに。

「だから答えてくださいませな、『星の未来を案じた、帝國陸軍の軍人さん』。
 貴方の技以外で、消化試合を避けて、これから死ぬわたくしを使い潰すことなく。
 そうすれば、わたくしをも殺せる秘剣――忍びが【奥義】の一端を、貴方に札として差し上げます」

 笑みが、板につきすぎているからか。
 影ひとつないルツボの笑った顔こそが、この迷宮で最も歪んだものに見えた。
 その笑みを受けるべきとされたムラクモからは、彼女の問いに答える以外の選択肢が失せている。
 これは自身が試製一號と『最期』に交わした会話の再現、そのものであった。
 不老不死である女をいくら殺したところで、ムラクモの側にはなにひとつ終わるものなどない。
 殺されてなお終わらぬとあらば、すべての生を現し世に繋ぐ命脈を断とう暴力さえ価値をなくしてしまう。

「言法……そう、ですね。『玉塵抄』。
 雪と散じ解け消えた言葉を繋いで、貴方を縛らせていただきました」

 その揺らぎをつくように、生娘を思わせて初心なルツボのためらいさえ言霊術の名付けに使われる。
 しかめた顔に落ちる雨の一滴が瞳に伝わって、ムラクモが軽いくるめきを覚えた、
 次の瞬間。一気に間合を詰めた彼女は、その勢いを悟らせぬしどけなさで武官の胸にしなだれかかった。
 殺したとて死なぬ女の、星の意志から生まれたというものの重みが、数拍遅れて生ぬるい熱を伝える。


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