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何でもいいから名ゼリフをカキコするスレ

1344( ´_ゝ`)流石だよな俺ら。:2006/09/17(日) 23:59:40 ID:h7NnPF2A
 二人の前に路面電車が止まった。
 何人かの客が白い息を吐きながら電車から降り、何人かの客が入れ替わって電車に乗った。
 そして二人をそこに残したまま、電車は再び石畳の上を走り出し、走り去った。

 「私は妻と子の氏を哀しんでいたが」

 ベヒシュタインは深く長いため息をついた。

 「自分の家族について、そんな事も知らなかったのだな。娘の好きな曲のことさえ、
  今、君に言われて初めて気が付く始末だ」
 「・・・・・・」
 「死を悼む資格が、私にあったのかどうか怪しいものだ。
  二人が生きていた時は、仕事仕事で年に何日も家に居なかったというのに」
 「家族だからといって、家族のことを知っているとは限りませんよ」

 アーデルハイドは凍てつく空を見上げた。
 冬空は氷のように張りつめて、どこまでも高く蒼い。

 「私は、父の事がいまだに理解できないし、好きでもありません。
  妹は私を兄として慕ってくれているようですが、心の底では軽んじているようにも思える。
  私自身、血縁というしがらみから逃げることばかり考えている。
  そして結局逃げることもできなくて、その場に立ちすくんでいるだけなんです」
 「それは誰もが感じることだよ。若いうちはね」
 「そうでしょうか」

 足元に鳩が数羽降りてきた。
 わずかな陽だまりの中で、何かエサらしき物をついばみ、再び飛び立って行った。
 遠くで教会の鐘が鳴りはじめた。

 「ところでこの国には旅行かね?」
 「いえ、『船』を造っているんです。もうすぐ完成するので、その受け取りに。
  この国には父の知り合いのドックがあるんです」
 「それは優雅なことだ。では、それに乗って国に帰るのかな」
 「そういうことになりますね」

 二人の、前に再び路面電車が滑り込んできた。

 「この先、7つ目の停車場で降りれば市庁舎前だ。
  そこまで乗れば、どこに行くにしても解りやすい。では良い旅を、アーデルハイド君。
  会えて良かったよ」
 「こちらこそ」
 「それから・・・・・・私の本当の名は、ベヒシュタインではない。仕事上の仮の名だ。
  この国でのね。察しの通り少々危険な仕事をしている。気を悪くしないでくれ」
 「・・・・・・いいんですか? 私にそんなことを喋っても」
 「私の名はハイデルン。では本当にさようならだ」
 「ええ、お元気で」

 アーデルハイドは路面電車に乗り込み、空席を見つけて座った。
 車窓からハイデルンを探したが、もうどこにも彼の姿は見えなかった。


※ ※ ※
 タンカー建造用の巨大なドックの中には、おそろしく巨大な風船のような物体が
 天井と壁に届かんばかりに空間を圧迫していた。あちこちで立ち働いている作業員の
 姿が見えるが、すでに作業は概ね終了してるらしく、大型のクレーンや作業機械は
 片づけられつつある。それは飛行船だった。全長400mを超える、史上最大の飛行船。
 改めて見上げるアーデルハイドの姿を、金髪の少女が目ざとく見つけた。

 「遅かったのですね、お兄様」
 「ああ。少し道に迷っていた。何も変わりはなかったか?ローズ」
 「道にお迷いになっていたなんて、お兄様らしくないですわ。
  連絡を入れてくだされば、迎えの者を行かせましたのに」
 「時には迷子も楽しいものだと分かった」
 「そうですの?」
 「面白い人物にも会えたしな」
 「お兄様が他人に興味を持つなんて珍しいこと。どのような方なのです?」
 「詳しくは知らないが軍人というところかな。ひとかどの人物だと思ったが」
 「?! 軍人なんて・・・・・・汚らわしい」

 ローズは地虫に触れたかのように嫌悪感を露わにした。

 「そんな下賤の者とお話になるなんて!」
 「・・・・・・」
 「いいですかお兄様。私たち兄妹は、誇り高き家柄の者。
  そのような身分賤しき職業軍人など、近付くことも許すべきではありません」


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