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【添削】小説練習スレッド【キボンヌ】

645本71現637:2008/07/08(火) 00:34:55
目を閉じる。

自分は独りじゃないという安堵感。
自分は生きているという充実感。

矢作の胸の中が、そういった前向きな感情に満たされているのを確認すると、渡部はほっと胸を撫で下ろし目を開けた。

「同調」が解除され、自分の感覚に素早く切り替わる。
彼は今、スタジオの倉庫前に立っていた。この時間帯は人通りがない場所なのだが、しかし油断はできない。
力を使っている間は、全くの無防備状態なので。「矢作を自殺寸前にまで追い込んだ人物」が、いつ現れるか分からないので。
その「人物」にはプロテクタのようなものが掛かっていて、同調で動向を探ることが困難なので。

――先ほども柴田に同調を試みたが、やはり普段より体力の消耗が激しく、うまくいかない。
ただ、証拠としてはその事実だけで十分なので。(信じたくは、ないけれど。)


自分の能力が戦闘向きでないことを、渡部は承知していた。
できることといえば、予め敵の思考を読み取り、危機を回避すること。あるいは、いち早く仲間のピンチに気付き、他の仲間に助けを求めること。
ちなみに、あの時山崎に向かうよう指示した場所は、矢作を含む現場の芸人たちに素早く同調し、それぞれの視覚が認識している風景から割り出した予想落下地点だった。
幾分ゆっくりだったとはいえ、落ちる感覚には肝が冷えた。「仕事でも無理だ」、という山崎の思考に全く同意する。

…自分の能力では、それぐらいしかできない。攻撃することはできないし、急な襲撃にあった時には「同調」する暇すらない。
肝心の「思考」まで精確に読み取るためには、最低でも5秒は同調できないと意味がないのだ。
ほんの0.5秒の判断が命取りになる戦闘において、それはあまりに痛い。

(俺にできること。事前に敵を予測して“常に”見張りつつ、仲間に危険が及んでいないか“常に”確かめること)

そう、これはあくまで理想論。そんなことを“常に”行なっていれば、己の身がもたない。
今自分が倒れてしまっては、じわじわと侵食するように迫り来る危険を、誰が察知できるというのだ。


無理をするのと責任を果たすこととは、絶対に違う。
でも。いつか無理をしてでも責任を果たさなきゃいけない日が来る。これは予感でなく確信だった。

今はまだ、立っていなければ。


その思考の一瞬後に、携帯のバイブ音が鳴り響いた。画面には、さっき自分が呼び出した山崎の名前。
軽く深呼吸し、気持ちを切り替える。ともあれ、矢作は助かったのだ。改めて心の底から歓喜が湧き上がってくる。

「…おう、よかったよー間に合って!ありがとな、お疲れさん」開口一番、後輩を労ってやる。
『はい!…って何で知っ…?ああそうか、“使った”んすね!』
受話器の向こうで山崎の声が感情豊かに移り変わっている。
『えっと、一応報告しときますけど、矢作さんも小木さんも、二人とも無事ですよ!』
「本当ありがと。今まだ外だよな?三人で俺の楽屋向かって。児嶋居るし」
『え?』
「ほら、“飴”だよ。みんな疲れてるみたいだし、一個食べるだけで大分違うぜ」
『…はいっ、あざっす!』
心の底から嬉しそうな後輩の返事に、渡部は思わず笑みをこぼした。

ある日ビッキーズの須知がくれた、体力回復効果のあるキャンディ。(自家製、らしい。)
彼らは芸人としての活動を辞めてしまったが、今も白の味方で、時々飴を送ってくれている。
黒に知られてしまうと危険に巻き込んでしまう可能性があるので、飴は白を代表して児嶋のもとに送られることになっていたのだ。
これは白の中心ユニットの中で最も影が薄いから、という理由の人選で、当の児嶋はそうとも知らず得意げにしている。

『あ、渡部さんは今どこです?今後のこととか色々相談したいんすけど』
「4階の倉庫前。…分かった、俺も戻るわ。楽屋で会おうぜ」
じゃあ後でな、と短く添えると、電話を切った。正直なところ、渡部自身もこれ以上は“飴”がないと限界だった。

「――『今後のこと』、か」
山崎の言った一言を、噛み締める。
きっと彼は知らない。矢作を追い詰めたその「人物」の正体を。
きっと小木も、他の仲間たちも、誰も知らないだろう。

――そして、きっとそのほうがいい。
世の中には皆で背負った方が良いものとそうでないものとが、あるから。知ってんだ、俺。


もう一度だけ柴田に同調してみようと目を閉じたが、やはり激しい眩暈がしたので、やめた。


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