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【添削】小説練習スレッド【キボンヌ】

632 ◆A4vkhzVPCM:2007/12/25(火) 13:02:26
駅前に馬鹿でかいクリスマスツリーが輝いていて遠くの景色が見えなかった。
時刻は五時前、そろそろ日が傾いていく頃だ。ツリーの電飾が一つずつ灯っていく。
押見は広場の隅の方を通った。若々しい中高生や足を弾ませて歩く人々の中で、
真っ黒なコートに身を包んで眉間にしわを寄せる押見はほんの少し浮いていた。
電車の中で隣に座った二人組がM-1の下馬評をするのを聞いてしまったのだ。
せっかく石を得た恍惚のおかげで忘れかけていたというのに、甲高い声で喋る彼女らのせいで、色々と思い出してしまったのである。
悔しさや恥ずかしさで胸が一杯になった。
それでも、頭の中はまだ幸せだった。
石を操って、これから自分がどう振る舞うか、という予想図が次から次へ浮かんでくる。
それらは全て――「犬の心」の予想図でもあった。
空が白い。気温が下がってきた。

店の前の舗道を掃除していた店員に事情を説明すると裏口から入れてくれた。
厨房は細長く、騒がしく、暖かかった。料理人が二、三人いた。池谷は部屋の一番奥におり、熱心に魚をさばいていた。

「池谷」

戸の後ろに隠れるようにして押見は呼ぶと、右手を挙げて手招きをした。
それに気付くと、池谷は包丁を扱う手を止め、早足で押見の方へ近づいてきた。
料理人らしい真っ白な服を着ていて、押見は自分の格好とのコントラストを覚えた。
そして、どうか池谷に石があれば、それは黒色であってほしいと唐突に願った。

「どうしたの、押見さん」
「何作ってんの? まだお客さん来てないみたいだけど」

押見は質問に答えなかった。腕組みをして、さっきまで池谷が立っていた辺りを眺めた。

「仕込みだよ。今日はクリスマス直前だから、忙しくなると思うんだよ」
「ふーん……」
「聞いてくれよ。今日はいい鰆が入ってさあ」
「またその話? 言っとくけど、お前が思ってるほど魚って面白くないから」
「それは押見さんが鰆の事を知らないからだって! それにそれだけじゃなくて。クリスマスは鶏肉ばっかりちやほやされるけど、魚料理もまた乙なんだよ」
「別にちやほやはしてないでしょ」

押見は自分の脈の音を聞いた。それはだんだん大きくなってくる。
押見の目は料理人としての池谷を見た。押見の耳はクリスマスという単語を聞いた。
その時、押見は、世界は途方もなく広がっているという事――つまり、芸人どうしの世界、
さらに言えば、石を巡る戦いの周りにある世界なんて、吹けば飛ぶような小さい世界ではないかと思えてきたのだ。
そして次に浮かんできたのが、羞恥心――M-1の結果に落ち込んだ自分や、反動ででもあるかのように石を歓喜した自分、
静止のきかない妄想の末、練り上げた計画――それら全てをもう一人の自分が俯瞰し、あざけった。

押見は前を向けなかった。じっとりと汗をかいてうつむくと、床が鏡のように反射して赤くなった顔が見えた。

「押見さん? 具合、悪いの?」

前触れもなく黙った押見を案じて、池谷が声をかける。
また押見は返事をしない。深呼吸をして、池谷と目を合わせた。

「頭冷やしてくる。邪魔して、ごめん」

引き止めて何か言おうとする池谷を放り出すと、押見は店を駆け出た。


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