したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

非モテのハナシ

1ymmt:2007/06/21(木) 11:28:40
[「非モテ」にモテへのアドバイスは無効である]の続き!
みなさま、そろってご参加をーーーーーーーー!

436( ´∀`)さん:2007/07/21(土) 09:59:41
恋愛して当然という観念は女性の世界の方がはるかに強いでしょうね。
女性にとって恋愛というか性愛分野は、強制必修科目めいた色合いがありますでしょうから。
ゆえに、男の非モテよりも女の非モテの方が厳しい状況にあるという言説はしばしば見られるところです。
非モテという概念自体が、男であることを前提に組み上げられている(非モテ論者は圧倒的に男性が多いですし)ところがありますから、非モテ論では女性非モテを包摂できないと感じてます。
フェミニズムが男性弱者を包摂できないのと同様に。

437ななし:2007/07/21(土) 13:10:58
>>436さま。
えっと、疑問というか、質問なんですが。
>フェミニズムが男性弱者を包摂できないのと同様に。
って、本当なんでしょうか?
私自身、フェミニズムを熱く語れるほど知っているわけではないので、ぜひ教えていただきたいのですが、
「フェミニズムは男性弱者を包摂できない」
のは事実なのでしょうか?
個人的に思うのですが、それは「一部のフェミニストの心情」であって、「フェミニズムの思想・理論の実際」とは異なるのではないのでしょうか?
現在のフェミニズムの理論自体は、性差に関係なく利用可能だと思っているのですが。

>>426の方が、「男性弱者を考慮しないフェミニスト」の例も挙げられていますが、それは、
「そのフェミニストの方が、男性を考慮する気がない」
だけであって、「フェニミズムという思想形態そのもの自体が、男性を救う事を拒否している」とは思えないのです。
つまり、「弱者男性自身が、フェミニズムの理論を使って自分自身で救われるようになる」事は可能だと思うのです。
ただ、「女性フェミニスト」は、「自分達の属性である『女性』を救うのに手一杯」で、「弱者男性」は、「弱者男性自身でやれ」という意味に受け取ったのですが。
つまり、その方は、「弱者男性の思想的な努力不足」を批判していたのではないかと思うのですが。
いかがでしょうか?

438烏蛇 ★:2007/07/21(土) 22:12:00
>ななし氏
>>427
 おっしゃる通り、私が思っていたより「強者-弱者」論は根が深いようですね。>>419-420ではちょっと説明不足でした。

>>437
> 「フェミニズムは男性弱者を包摂できない」のは事実なのでしょうか?

 これについては、私の知る限り「必ずしもそうとは言えない」と思います。男性を理由なく敵視するような一部のフェミニストは確かに存在しますが、それはフェミニズム理論全体がそうだということではありません。実際、メンズリブ運動などは、フェミニズムの理論からかなり大きな影響を受けているはずです。
 一口にフェミニズム理論と言っても様々なので一概には言えませんが、「フェニミズムという思想形態そのもの自体が、男性を救う事を拒否しているとは思えない」という意見に私も賛成です。

439烏蛇 ★:2007/07/21(土) 22:12:56
 「強者-弱者」の言説が危ういのは、これが「抑圧-被抑圧」または「支配-被支配」の関係と混同される危険があるからです。

 例えば、「学歴強者」という概念は単純に「優れた学歴を持つ人」を意味すると考えられますが、「優れた学歴を持っている」ということ自体が直ちに他者を抑圧したりするわけではありません。そういう人を見て、「学歴で劣る人達」が劣等感を抱いたり嫉妬したりする可能性はありますが、それは「抑圧」とは全然違います。
 同様に、「恋愛強者」という概念を「豊富な恋愛経験とコミュニケーション能力を持つ人」という風に解するならば、「恋愛強者」であることが直ちに「恋愛弱者」を抑圧することなど有り得ません。

 このように、「強者-弱者」の概念を無闇に拡大すると、単に「劣った人の妬みや劣等感」を正当化する言説になってしまいます。ですから、あくまでも「弱者」という概念に拘るのであれば、最低限「強者・弱者という概念は、抑圧関係や権力関係と直接の関わりはない」ということを共通了解にしておく必要があります。

 同じ理由で、私は元非モテ氏の

>>431
> ・しかし、自分を弱者と自己規定してしまえばどうしてもいじけやすくなる。
> ・これを解決するためには、弱者の側に意図的に下駄を履かせてやる方がよい。
> ・従って、問題解決の意図があるならば多少の不公正を甘んじて受けるべきである。

には反対です。「自分を弱者と自己規定」すること自体は本人の勝手であって、それだけで「意図的に下駄を履かせてやる」理由はどこにもないからです。これは「正当性」の問題ですが、「正当性」は包摂性と密接な関係を持ちます。「弱者」を勝手に名乗っているだけの人達に「下駄を履かせる」のでは、却って「強者」と名指された側の人達を包摂する(納得させる)ことが出来なくなります。


 >>424-425で触れられていますが、「社会的な主流」や「世間の風潮」に入れないという問題は、「弱者」の話とは別の問題としてあります。それは、「社会的な主流」自体がある種の包摂性を欠いているということと、「主流に容易に溶け込める」人達がその欠如に気付かないことです。
 「社会的な主流」は単に多数派が集まって勝手に構築しているわけではないので、「主流に容易に溶け込める」人達の存在そのものを問題視しても意味はありません。「入り込めない人達」が感じているのと同様に、「溶け込める人達」にとっても、「社会的主流」は個人の意思を超えた外部的な存在だからです。

440acorn:2007/07/21(土) 22:51:51
>shinpantsさん

>自己評価が低く、期待される自分像に敏感とか、逆に自分の基準が高いとかではなく、明らかに自分の入れない社会的な主流、メインストリームみたいなものを感じるということですよね?

はい、そういう意味です。
ヘテロで男性であることって、社会ではいわば「スタンダード」の代表じゃないですか。権威と言い替えてもいいかもしれない。
非モテ男性は周囲の男性から女一人もモノにすることができない「弱者」であると認識され周辺に追いやられているように感じざるを得ないのに、男性だから社会的な主流であること=強者になるよう努力し続けることを同じ男性からだけではなく女性からも要請されているように感じているのでは、と。

>>426さん

あったようですね、そういったことが(笑)
Masaohateさんの言ってる意味もわからなくもないんですが、弱者男性自身が自分たちの力で言葉を獲得しなければ意味はないと思います。
私もそれ期待してるんですね。どんな風に自分の言葉で自分の苦しみを説得力を持って語ってくれるのか。フェミニズムやクィアのロジックは応用可能だと思うんですけども。


>ゆうかさん

私の「完全な弱者」という言い方が誤解を与えてしまったようですね。
申し訳ありません。
>>434で言われていることはそのとおりですし、私もそう考えていますが、私はゆうかさんが>>421で言われた、非モテが

>弱者でいたいという気持ちのほうが膨らんでしまっているケースもあるのかもしれないと思いました。
>弱者でいたほうが居心地が良いから、そこから動きたくないと。

という言葉には同意できません。

女性は弱者であることをあえて選ぶことができますよね。
イカフライさんが>>429で言われているようにいまだに社会は男性中心の部分が多くて、女性は主流になれないしならなくてもいい雰囲気があるから。
でもこれはある意味価値観の多様に通じる部分もあると思うんです。その人がその人の持つ力の範囲で生きやすさを選べることが、女性の場合では比較的容易な場面が多い。
でも非モテ男性は男性だというだけで、「皆ある面では弱者であり、強者なの」にもかかわらず、彼らの持つ苦しみを矮小化されたり、周囲から克服すべき課題と見做されている部分があるのではないのでしょうか。
弱者でいたいのではなく、弱者になることが許されない雰囲気があるのでは。
それは男性のあり方が社会的に「スタンダード」だった期間が長かったため、男性の幸せの雛形が画一的になっているからではないか、というのが私の考えです。

441しぎこ:2007/07/21(土) 23:24:22
>>430 元非モテさん

なるほど、「政治的な判断」かあ。
単なる「情」は超えてますね。
自分は、そこまで割り切って考えた事はなかったです。

442イカフライ:2007/07/21(土) 23:30:56
>>430-431

「アファーマティブ・アクション]については賛否両論ありますが、このような試みが行われる前提として弱者側に差別と抑圧がある事、それを社会に納得させるコンセンサスがあって初めて実行されます。
と同時に、アファーマティブ・アクションに意義があるのは、弱者側のカテゴリーが向上し、結果的に社会全体に役立つ場合でしょう。
 例えば、難関な大学や機関にアファーマティブ・アクションを取り入れた場合、例えですが「障害者で女性で少数民族」なら、本来難しい試験や高い倍率を経るところを、殆どスルーできる。
これは、一時的にはレベルを下げることになりますが、たがてそういう人達が社会で活躍し、その姿を見た弱者カテゴリーの人々に可能性を示すことによって、そのカテゴリー全体が向上する、というケースもある。
 ただし、これはあくまで良い面だけの話であって、単にレベルが下がるとか、内部で軋轢が起こる場合もあるでしょう。

 いずれにせよ、「下駄をはかせる」不公平が社会的コンセンサスを得られるのは、それが社会的に承認されているケースだけだと思います。

443しぎこ:2007/07/21(土) 23:35:06
あ、元非モテさんが「政治的判断」で今現在の主張をされているって意味じゃないのか。
私には、「政治的な有利・不利を考えてみると」って視点がなかったんだな。

444イカフライ:2007/07/21(土) 23:43:25
 で、非モテ問題にこれを当てはめると、果たして非モテは社会が救済すべき弱者なのか?という疑問が沸いて来ます。
(多分、烏蛇さん始め、皆さんも似たような意識だと思いますが)
 私は半分ジョークで
「で、恋愛経験がないと選挙権もらえないの?就職差別する企業があるの?」
と言いますが、実際、これは元非モテさんも言われているように、モテるモテないによって、格差が生じるのは若者の一定の層だけで、しかも、それは情緒的な意識だけの問題に過ぎないのですよね。

 >>432で砕ける花さんが言われている弱者の強者的側面というのは、実際に差別運動などで、非常によくみられるケースです。
 言葉狩りをはじめとした表現規制、解放同盟の糾弾会、等々。
 実際に社会的弱者の認知され、実際に差別や迫害を受けた人達ですら、そうなる危険性を帯びているのに、単なる自意識だけの自称弱者が、この方式にのっとると、ますますおかしな方向に行くんじゃないでしょうか?

445イカフライ:2007/07/22(日) 00:08:40
>>441

しぎこさん
「情」というものも、ある程度、社会的文脈による政治的判断で語れないでしょうか?
というか、単に私がそのほうが解りやすいという事かも知れないですが。
福祉の問題や差別の問題がそうですね。人道的支援、なんていうのも、ある意味「情」の政治的判断です。

「非モテ」を政治的行動(どこまで本気でどこまでネタなのか解りませんが)にしているのがfurukatuさんの非モテ革命ですね。
ただ、彼が非モテをどのように社会にアピールし、どういった世界を構築しようとしているのか、全く解りません。場合によっては恋愛至上主義(オタクが原因で娘の恋人を別れさせる算段をした探偵社に抗議、なんて、恋愛至上主義そのものではないかと思うのですが。それについても回答いただいていないし)

 まあ、私が考えることとしては、昨今の少子化・非婚化と結びつけることくらいでしょうか?
恋愛=結婚ではないのでしょうが、今はお見合い結婚の割合が一割を切り、昔のようなおせっかいなお見合いおばさんも減っているようですから、モテない男女は必然的に非婚になる。
(ちなみに私個人は少子化も非婚も、全く問題ない、という意見ではあるけれど)
 これを利用して「非モテの解放」に結び付けられないことは、なさそうですが。
 ただ、じゃあ、具体的にどうするの?ってことになります。
 国家や自治体が、無料、または低費用の信頼できる結婚相談所やサクラのいないお見合いパーティを開くとしても、非モテの求めているものは別にお見合い結婚じゃない。
 それどころか、場合によっては恋愛ですらない。
 
 社会的文脈が無意味なんじゃないか?と感じるのは、結局、自意識の問題になってしまうからです。
自意識を社会的文脈によって改善ずるのは、ある程度は、可能だとは思います。
従来、差別されていた人々が、社会の差別システムが軽減されることによって自分の中で
「いままで、自分はカタワ(あえて使います)だから役立たずで社会のお荷物だと思っていたが、自分も外に出歩いたり、就業したりして、社会に参加することが出来るんだ」
みたいな。
 とは言え、非モテは就労枠を作ったり、バリアフリーのシステムをしつらえるような解決手段はないんだよね。

446ななし:2007/07/22(日) 00:55:11
>>445 イカフライ様。
脊髄反射気味のレスなのですが(つまり、思いつきであり、十分に推敲されていない内容なのですが)、
>とは言え、非モテは就労枠を作ったり、バリアフリーのシステムをしつらえるような解決手段はないんだよね。
「非モテ」という「問題」自体が「自意識の問題」ですので、バリアフリーや社会的ルールの改善のような、単純に外部から何かを与えられたからと言って解決される問題ではないと思います。彼らの「自意識を満たす」(=「わがままな欲求を満たす」)行為を彼らに実践しない限り。
で、それを求める「彼ら」は、いわゆる「弱者なのか?」という疑問があります。
自らを「弱者」として定義する事によって、「弱者として/被害者として救済されるべき」という「自分に都合のいい理屈」を求めているだけではないのかと。
つまり、私個人の感想としては、「自称『非モテ』」は、本当の意味での「弱者」ではない。ただ、「自分のわがままが通らないことが原因となっている」ある分野において、「弱者ぶっているだけの存在だ」という疑念があるのです。
(ここで、「『強者』とは何か?」、「『弱者』とは何か?」という話は、(卑怯ですが)一旦棚上げさせていただきます。それ自体を語ると、非常に長くなるので。)

話は飛ぶようですが、私は、元非モテ氏が主張しているような、「何でも『政治的問題』に還元してしまう」行為・思想は、単なる「思考停止」であると考えます。(これが「誤読」であったら陳謝します。)
ですので、仮に「最終的に政治的に問題に収束」するにしても、そこに至るまでの議論を通じて、いくつかの問題が「政治的問題」ではない、別の問題として捉えられ、解決する道もあるものと思っています。(「個人的願望」と言われれば、それまでですが。)その一つに、「弱者/強者問題」があると思っています。「弱者/強者」にも、社会的側面、政治的側面、情動的側面等、いろいろな側面において発生する意識だと思っていますので。
その意味において、自称「非モテ」達が、自分たちの立場を、「情動的な部分」以外で、きちんとその「差別」や「弱者視」されている事を説明されている論説が見たいのですが、残念ながら、furukatsu氏もその視点は持ちえていないようです。つまり、今のところ、ほとんどの場合、「非モテ問題」は「個人の情動的な側面」の問題でしかない。
これでは、「非モテ問題」は、「個人的な問題」としてしか扱われないと思われます。
では、それを救う「個人的問題は政治的問題」というテーゼを提示したフェミニズムを学んで流用しようとしているかというと、それも見られない。むしろ、フェMニズムを嫌悪している場合が多い。
そのような「自己の主観によっただけの独りよがりな情動的な問題提起」だけでは、同じようなコンプレックスを持っている人以外、誰も理解しないと思うんですよね。
ですから、「非モテ論客」は、出来うる限り、「情動的な部分」を見せないように、他の社会問題の視点も流用して、論理を組み立てる方が、周りにも理解されやすいと思うのです。
そういった、「個人的情動に基づいた理屈」以外の側面での、「非モテは弱者である」というロジックが見てみたいのですが・・・そのようなロジックが展開されていた文献等、ご存知ありませんか?

「非モテ」「恋愛弱者」を自認している人も、そういう側面で物事を語ってくれると、より多くの人に理解されると思うのですが。
(残念ながらfurukatsu氏は、そうではありませんけれど。彼は、「手法はネタだが内容はベタ」という事を表明してますので、表現されている「論理的に見える文章」はネタとして「表現している」ものであると考えられるからです。)

447元非モテ:2007/07/22(日) 01:10:14
どうも意図がうまく伝わっていないように感じたので補足です。

>>439
>「自分を弱者と自己規定」すること自体は本人の勝手であって、それだけで「意図的に下駄を履かせてやる」理由はどこにもないからです。これは「正当性」の問題ですが、「正当性」は包摂性と密接な関係を持ちます。「弱者」を勝手に名乗っているだけの人達に「下駄を履かせる」のでは、却って「強者」と名指された側の人達を包摂する(納得させる)ことが出来なくなります。
烏蛇氏はこれを理由に私に反対と述べられていますが、私が>>431で述べているのは
「下駄を履かせる」のは正当性の問題ではなく政治的判断だということです。
そして、実際に「下駄を履かせる」措置であるアファーマティブ・アクションに
「不公平である(正当性を欠く)が、政治的には賛成し得る」
という見解を示しています。従って、烏蛇氏の「反論」は、私の
>・従って、問題解決の意図があるならば多少の不公正を甘んじて受けるべきである。
と何も矛盾しません。同氏は「問題解決の意図があるならば」という留保を
見落としています。

>>442,>>444
上と同様の理由で、イカフライ氏の>>442は私の主張を言い換えただけです。
烏蛇氏が示さなかった
>いずれにせよ、「下駄をはかせる」不公平が社会的コンセンサスを得られるのは、それが社会的に承認されているケースだけだと思います。
という論点にしても同様で、私は>>431
>これはあくまで政治的に決断すべき問題であり、そのためには社会的影響の
>度合いを正確に評価する必要があります。ですがその評価は、最近になって
>山田昌弘氏が少し触れるようになった程度です。お世辞にも、社会的合意が
>形成されているとは言えません。
と述べています。

ただし、これとは別の一般論としては、イカフライ氏の
>単なる自意識だけの自称弱者が、この方式にのっとると、ますますおかしな方向に行くんじゃないでしょうか?
には反対です。たとえば、虐待やいじめを受けた子供(あるいは元子供)はまさに
「単なる自意識だけの自称弱者」であるわけですが、彼らに対する援助
(つまりある種の優遇措置)は必要であると、私は思います。
(私は「自称弱者」と「弱者」の間の区別をしていないし、それは無意味だと
 主張していることに注意してください。なお、言うまでもなく上の文章の意図は
 「非モテに援助をせよ」という意味ではありません)

>「情」というものも、ある程度、社会的文脈による政治的判断で語れないでしょうか?
もちろん私はその意図で書いています。

448元非モテ:2007/07/22(日) 01:24:00
>>446

失礼しました。>>445を書いている間にななし氏の書き込みがあったのを見落としました。

>私は、元非モテ氏が主張しているような、「何でも『政治的問題』に還元してしまう」
>行為・思想は、単なる「思考停止」であると考えます。
これについては説明が必要かと思います。
私は「政治的問題」に問題を還元しているのではなく、この種のことには
政治的な側面以外から興味を持てないということなのです。

というのも、このような問題に対しては誰かに具体的な行動を要求する以上、
最終的に人を動かすだけの「力」を持っていない「思想」には意味がありません。
しかし例えば、実際に女性差別撤廃のために動いた人のうち、フェミニズムの
難解な理論を知っていた人というのはどれだけいたのでしょうか?たとえば
「個人的なことは政治的なこと」というフレーズ一つにしたって、現在に至っても
知っている人はおそらく人口の一割に満たないでしょう。ましてその意味を
知っている人となるとさらにその一割になってしまうのではないでしょうか。

実際に女性差別撤廃のために動いた人というのはそんな小難しい理屈ではなく、
「自分(の周囲)が、女性であるだけで不利益に扱われるのは理不尽だ!」
という「情」だったのではないでしょうか。
マルクス主義にしても、教育が普及していない国でのみ支配イデオロギーに
なることができました。マルクスの難解な理論を理解する人が多いはずの国では
ついに社会主義革命を起こすことができなかったのです。

「思想」がどれほど人を動かすことができるかについて私は懐疑的にならざるを
得ません。むしろ、非モテであれ他の弱者であれ、「思想」的に整然とした主張を
要求するのであれば、例えば知的障害者や教育弱者は永久に救われないでしょう。
この種の主張はある種の自己責任論であり、知識階級の支配を固定化するものです。

といってもちろん私が主張しているのは反知性主義ではありません。
論理を放棄するのはもちろん愚かなことです。しかし論理以外に頼っては
いけないというのもまた誤りだということです。そしてその場合には
正当性の源泉を「論理」に求めることはできないから、だからこそ
「情」を含めた政治的判断が必要だということです。

ちなみに私は「全ての性関係は強姦である」というフェミニズムの前提は
絶対に認めません。ですので、フェミニズムに理論的根拠があるとはまったく
思っていません。ですが、女性差別は是正されるべきだと考えています。

449ななし:2007/07/22(日) 01:50:30
>>448 元非モテ様。
>私は「政治的問題」に問題を還元しているのではなく、この種のことには
>政治的な側面以外から興味を持てないということなのです
それはあなた「個人」の興味範囲という、きわめて「個人的な問題」であって、当然、そういう捉え方が受け入れられない人からの否定的発言を拒否できるものでも何でもないと思いますが?
あなたの「興味範囲」が、「世界の全てではない」わけですから、ここでの議論が、元非モテ様にとって「興味が持てない」のなら、それを宣言して、書き込みをなさらなければ良いと思うんですけれども。
もちろん、それを主張した上で書き込みを継続しても問題ありませんが、上記のような事を言ってしまっては、
「興味がないなら、くちばしを突っ込むな」
ということを言われかねません。興味がなければ、黙っているのが適切な対応なような気がします。

>実際に女性差別撤廃のために動いた人というのはそんな小難しい理屈ではなく、
>「自分(の周囲)が、女性であるだけで不利益に扱われるのは理不尽だ!」
>という「情」だったのではないでしょうか。
それはあなたの「情動的視点」からの推測であって、それが真実の全てではないですよね? ある一面は確かに正しくても、それだけが全てではない。
その発言では、それ以外の「社会的意義を考えて」行動した人がいた事/その人の功績等を、頭から否定してしまっています。

あと、寡聞にして知らないのですが(自分のフェミニズムに関する勉強不足は大いに認めますが)、
>ちなみに私は「全ての性関係は強姦である」というフェミニズムの前提は
>絶対に認めません。ですので、フェミニズムに理論的根拠があるとはまったく
>思っていません。
このような主張を、フェミニズムの本流/多くのフェミニズム言説は主張しているのでしょうか? これはフェミニズムにおける「共通の前提」なのでしょうか? 私の知る限り、そのような発言を見たことがないのでなんとも言えませんが。
もし、この発言が、単に過激な一部学派の発言であるのなら、それを、全てのフェミニズム/フェミニストの主張と捉えるのはどうかと思います。

>ですが、女性差別は是正されるべきだと考えています。
それについては大いに同意します。

450ムゲンプチプチ:2007/07/22(日) 01:59:50
>>437ななしさん
ちょっと横レス失礼します。
>>426の方が書かれている「男性弱者を考慮しないフェミニスト」の例についてですが、これは私も読みました。
たぶん↓このエントリーだと思います。
http://d.hatena.ne.jp/macska/20060721/p1
このエントリーに書かれていることを読む限り、少なくとも私は

“「なんでそんな連中の面倒までみなきゃならないの? 自分たちの問題は自分たちで解決しろよ」と。
「既得権でゲタを履いているくせに、泣き言を言うとは、、、」みたいな話にもなりました。”

↑このような解釈にはなりませんでした。
まず最初、Masaohate氏は「弱者男性救済も考慮に入れてくれ」と言ったのではなく
フェミニズムの理念そのものを、あくまで「女の、女による、女のための運動」でしかない、と言って、男性に対しての配慮の欠如を指して
「ダメな運動」と言いました。それに対するツッコミとして上記エントリーは書かれています。

この件に関してとても分かりやすく解説してくれているブログがありますので、そちらを読んでみてください。
http://d.hatena.ne.jp/kleinbottle526/20060722

このブログの『弱者男性』関連エントリーはどれも読み応えがあり、私にとってはものすごく分かりやすかったです。
で、このブログに書かれていたことを踏まえて疑問なんですが、
>>440 acornさんの書かれた
“Masaohateさんの言ってる意味もわからなくもないんですが、弱者男性自身が自分たちの力で言葉を獲得しなければ意味はないと思います。
私もそれ期待してるんですね。どんな風に自分の言葉で自分の苦しみを説得力を持って語ってくれるのか。フェミニズムやクィアのロジックは応用可能だと思うんですけども。”

この一文の、「弱者男性自身が自分の言葉で自分の苦しみを語る」とき、ほとんどの場合フェミニズムを敵視した主張が出るのは何故なのか?
弱者男性の苦しみというのは「弱者でいたいのに弱者になることが許されない」ことではなく、「強者として振る舞いたい、強者としての既得権があるのにそれを行使できない」ことなのでは?

以前ナツさんがご自身のブログで
“社会的に強者と見なされることによって抑圧を感じてきた男性が、女性を恋愛強者と見なしてプレッシャーをかけることはダブルスタンダードである”
ということを書かれていたと思うんですが、弱者男性は「社会的に強者と見なされる」ことに対してあまり抑圧を感じてないんじゃないかと思います。
問題なのは、あくまで自分自身が強者として振る舞えないことにあると。
だとしたらフェミニズムと馬が合うわけはないし、フェミニズムがどうこう出来るような問題ではないですよね。

451元非モテ:2007/07/22(日) 02:24:57
>>449
>それはあなた「個人」の興味範囲という、きわめて「個人的な問題」であって、当然、そういう捉え方が受け入れられない人からの否定的発言を拒否できるものでも何でもないと思いますが?
それはその通りです。単に「思考停止」ではない、理由はあるのだと述べたまでです。

>その発言では、それ以外の「社会的意義を考えて」行動した人がいた事/その人の功績等を、頭から否定してしまっています。
そういう人がいたのかもしれませんが、全体から見たら無視しうるほどの
少数派でしかなかったことは容易に推定できるということを私は述べたつもりです。

そもそも、ここでの論題は
「非モテには思想的基盤はあるのか、あるとすればそれは何か」
というものであったのでしょうか。もっと漠然と「非モテとどう接すべきか」と
そういうものではなかったのでしょうか?私はその前提で、
「思想的側面を問うことは問題解決の上で愚策である」
と主張しているわけです。その理由はアファーマティブ・アクションを例に挙げて
述べたとおりです。

もっと言えば、皆さんは元当事者としての私の意見に興味がおありだったのでは
ないでしょうか。よくも悪くも、私は「正当性」という名の「思想的側面」の
外に目を向けることで、非モテを自意識の内的膠着を脱することができたわけですが。

452元非モテ:2007/07/22(日) 02:41:53
>>449
書き忘れてました。

>>ちなみに私は「全ての性関係は強姦である」というフェミニズムの前提は
>>絶対に認めません。ですので、フェミニズムに理論的根拠があるとはまったく
>>思っていません。
>このような主張を、フェミニズムの本流/多くのフェミニズム言説は主張しているのでしょうか?
あまりこういう論争に深入りしたくなかったためとはいえ、これはいささか
乱暴な書き方でした。
「非モテ」界隈で話題になっているフェミニズムは大抵の場合は
ラディカル・フェミニズムだと思いますが、その中心人物の一人である
アンドレア・ドウォーキンがこのようなことを主張しているのです。

いずれにしても、私はフェミニズムについて語ることは本意ではありませんし、
そもそも私の主張の中ではこれは枝葉末節でした。ですので、
混乱を避けるためにこの部分は撤回することにします。すみませんでした。

453ななし:2007/07/22(日) 02:42:27
>>450 ムゲンプチプチ様。
ご意見ありがとうございます。しかしながら、いくつか不可解な点が。
>まず最初、Masaohate氏は「弱者男性救済も考慮に入れてくれ」と言ったのではなく
>フェミニズムの理念そのものを、あくまで「女の、女による、女のための運動」でしかない、と言って、男性に対しての配慮の欠如を指して
>「ダメな運動」と言いました。それに対するツッコミとして上記エントリーは書かれています。
であれば、Masaohate氏は、「フェミニズムの理念・理屈」そのものを理解していないのでしょうね。それでは、フェミニストとまともな議論も出来ないでしょう。Masaohate氏のその発言は(それが事実なら)、あまりにも「物事が見えていない」発言でしょう。

>弱者男性の苦しみというのは「弱者でいたいのに弱者になることが許されない」ことではなく、「強者として振る舞いたい、強者としての既得権があるのにそれを行使できない」ことなのでは?
であれば、それこそ、その「個人」の責任の問題でしょう。「強者」としての「既得権がありながら」、それが実行できないのは個人の資質によるものだ、と言われて、彼らはなんと回答できるのでしょうか?
また、私は「強者としての既得権」は必ずしも正しい事だとな認識していませんので、「既得権があるんだから行使させろ」という理屈は、まったく理解できません。むしろ、「唾棄すべきわがままの発露」と認識します。

>問題なのは、あくまで自分自身が強者として振る舞えないことにあると。
振る舞えるか振る舞えないか(という個人的欲望)は、環境要素よりも、その個人の資質に関わる問題ですから、それを、「社会的」「政治的」「情動的」に第三者から保証されるものでもサポートされて実現できるものでもないと思います。
言ってしまえば「そうなれるかどうかは自己責任」です。「自分の意思でなるように努力するしかない方法」です。
ムゲンプチプチ様の発言は、そういう意味ですよね?
「フェミニズム」に関する発言は、そうなれない人達が具体的に救われるための理論・道具としてその理論を利用できないか、という提案であり、「フェミニズムを利用すれば、恋愛弱者から『必ず』解放される」という意味ではありません。それを使うも使わないも、個人の判断の範疇なのです。で、その判断によって位置づけられたポジションは、「自己責任である」と言う事です。

ものを切るのにいろんな道具があります。それらが目の前にあるのに、自分なりのやり方にこだわって、「手だけで綺麗に切ろうとする」のは「視野が狭くない?」ということです。で、手で切った上で、「私のは、切り口が汚い」と周りに文句を言うのは筋違いでないか、ということです。

ご理解いただければと思います。

454ななし:2007/07/22(日) 02:58:36
>>451 元非モテ氏。
どうにも、元非モテ氏と、私の間では、話がかみ合っていない気がします。
>「非モテには思想的基盤はあるのか、あるとすればそれは何か」
>というものであったのでしょうか。もっと漠然と「非モテとどう接すべきか」と
>そういうものではなかったのでしょうか?私はその前提で、
>「思想的側面を問うことは問題解決の上で愚策である」
>と主張しているわけです。その理由はアファーマティブ・アクションを例に挙げて
>述べたとおりです。
私個人としては、「非モテとどう接すべきか」という問題を解決するために(少なくともその糸口を見つけるために)、「非モテの思想的側面」の分析と、その問題点を明らかにすることが一つのアプローチだと考えています。
(あなたが「愚策」と考えているとしても。)
私は、「相手を理解できなければ、相手が納得できる解決策も提示できない」と思ってますので、いわゆる「非モテ」を自認する人達の、「本音」が聞きたいのですよ。
そして、その「非モテ」が、論理的思考の持ち主なら、そのロジックが誤りであることを示すことで、その「被害者意識が誤りである」ことも理解されると思っています。
もちろん、このアプローチで、「全ての非モテ」の悩み・鬱屈が解消されるなんて思っていません。あくまでも、「こちらが提示した解法に合致した非モテ」に対してしか有効でないと思っています。
(以前にも書きましたが、「非モテ」という定義が曖昧な存在に対して、それを一気に解消させるたった一言の「マジカル・ワード」なんて存在しないと思ってますので。)
そして、私は「非モテの思想的側面を分析する事」が、必ずしも「愚策」とは思っていません。それをきっかけに救われる人もいると思っています。
私は、「全ての非モテ」に共通した何かに対して効果的な何かを与えるなんて、そんな傲慢な考えは思っていません。ただ、少なくとも、私の言葉で、幾人かの「非モテ」の考えが、少しでも変われば良いと思っています。可能であれば。
・・・この程度の願いも、傲慢な考えなのでしょうかね?

455元非モテ:2007/07/22(日) 03:16:29
>>454
了解しました。であれば、それに関しては私はお答えすべき立場にないということで
よろしいでしょうか。ただし、他の側面(たとえば心理的側面)については別ですが。

いずれにしましても、非モテの思想的側面を語るためには、思想的な言語を
扱いこなすための訓練が必要です。今まで、思想的に非モテを語りうる
人材が出てこなかったのは、ひとえにその訓練を受けた人がブロガーとして
非モテ界で名乗りを上げなかったからだと思います。例外はfurukatsu氏でしょうが、
同氏は「思想よりも行動」という立場にすぐ軸足を移したように思えます。

・・・ということで終わりにしようと思ったのですが、今思い出しました。
ネットではなく活字上であれば、色々な人がいると思います。

思いつくままに挙げてみます。
小谷野敦氏の「もてない男」「帰ってきたもてない男」「恋愛の超克」、
本田透氏の「電波男」「萌える男」「電波大戦」「喪男の哲学史」
がそれに当たるかと思います(本田氏の文章はネタの色彩も強いですが)。
また、非モテのおかれた状況の社会的側面については、山田昌弘氏が
「結婚の社会学」「少子社会日本」で一部触れています。さらに、
女性非モテについては小倉千加子氏が「結婚の条件」の中で触れています。

おそらくななし氏が求めておられるものに最も近いのは「恋愛の超克」で
あると思います。また、「もてない男」「帰ってきたもてない男」は
エッセイの色彩が強いものですが、文献紹介としては参考になるでしょう。

456ナツ:2007/07/22(日) 04:24:52
>>430-431
元非モテさん
>私は、非モテを「政治的に救済すべき対象」とみなすならば下手に出るべきだと
>主張したのに対し、ナツ氏はそうみなすべき理由がないと表明された、

そういうことですね。元非モテさんの立場に基づいて「大目に見てやれ」と強制されたときは、「わたしにはそうする理由がない」と言って拒否するでしょう。言動を掣肘するためにその主張が用いられるわけではないなら、確かにこれ以上の議論の理由はありません。

この社会は同じだけの権利を持った人間がひしめきあっている場所ですから、「俺は弱者だから特別扱いされたい」、あるいは「彼は弱者だから特別扱いしよう」というときには、相当な理屈と理由を必要としますよね。つまりそれが「正当性」ということです。
元非モテさんの行動原理が正当性ではなく政治的に有効かどうかにあることは理解しましたが、それでは多数派を説得できない。わたしが正当性にこだわるのは、わたし自身がそれを重視しているからと言うよりも、多数を納得させる方法論としてそれが一番の早道だと思うからです。(おそらくMK2さんや烏蛇さんも?)
「彼は弱者であり、この社会のひずみの犠牲者である」「この社会は(我々は)彼に対して間違ったことをしている。これは正さなければならない」「彼は自分よりもずっと不幸だから救われるべきだ」という一種の「正義感」。
時には間違いであったとしても、これが大多数の人々を動かす原動力になってきたのではないでしょうか。

元非モテさんはアファーマティブ・アクションを例に挙げて、「不公平だが、政治的判断で賛成する」と言っておられますが、現在(賛否両論ありつつも)アファーマティブ・アクションが社会的に受け入れられているのは、そんな政治的判断ではないと思います。(上層部はともかくとして)
>「自分(の周囲)が、女性であるだけで不利益に扱われるのは理不尽だ!」
という「情」が大元である(あった)と思います。元非モテさんが仰るとおりに。
そして、「これは理不尽だ」と多数派に納得させるには正当性が必要だということです。「彼・彼女」を「正当な弱者」たらしめるだけの根拠が。

そして、この掲示板においては、「非モテには社会的に特別扱いされるだけの理由がない」、すなわち「社会的弱者とは見なさない」という見解が多数を占めるように思います。
ここの人々ですら(非モテを含む)説得できない貧弱な根拠で、非モテに下駄を履かせることを社会的に承認させるのは不可能ではないのかと。だからこそ、より正当性が必要なのではないでしょうか。

というわけで、元非モテさんの「政治的判断」を重視し、正当性は二の次というスタンスは、「最終的に人を動かすだけの「力」を持っていない「思想」には意味がありません。」という主張からすると、矛盾していると考えざるを得ません。

457( ´∀`)さん:2007/07/22(日) 09:14:50
実効性のない議論のための議論

458元非モテ:2007/07/22(日) 09:57:14
おはようございます。

>「彼は弱者であり、この社会のひずみの犠牲者である」「この社会は(我々は)彼に対して間違ったことをしている。これは正さなければならない」「彼は自分よりもずっと不幸だから救われるべきだ」という一種の「正義感」。
>時には間違いであったとしても、これが大多数の人々を動かす原動力になってきたのではないでしょうか。
ええ、それを否定しているわけではないのです。しかしそれも含めて私は
「政治的判断」と呼んでいるわけです。

ここで私が「正当性」と呼んでいるのは、「誰が見ても道徳・倫理的に正しい」と
納得できるような根拠といったもののことです。
ところが、そういったことを証明しようと思えば、難解な議論が必要です。
そして、難解であろうがあるまいが、議論には前提が必要です。
で、前提の段階で合意できないとなると、議論は成立しないはずです。

たとえば、タリバン支配下のアフガニスタンでは女性が教育を受けられないなど
非常に抑圧されていたわけですが、タリバンの側にだって「正当性」を主張する
根拠というものはあるのです。即ち、コーランのどこかを探せば彼らの行動を
そのまま肯定するような記述はあり、コーランとはそのまま神の言葉だという。
そういう風に、話を信仰のレベルにまで持って来られては、彼らを論破する術は
ありません。「近代人権思想」というイデオロギーと「イスラム原理主義」という
イデオロギーが、同じ土俵で戦わないといけないことになってしまう。

そういう問題を回避するためには「正当性」を求めない方がいいと思うのです。
タリバンのような輩と闘争するためには「たとえ我々の主張が間違っていて、
その結果我々も女性も最後の審判で地獄に落とされようとも責任を取る!」と
堂々と言い切るだけの覚悟をもって行動するしかないということです。

同様の問題として、ID説(科学的創造説)というものがあります。
ID説論者のいう
「現在の生物学的観察からすれば、人間は猿から進化したように見えるのは
 否定しないが、しかしそれは神が人間を創造したことを否定するものではない。
 神は『あたかも人間が猿から存在したかのようにみえるように』
 人間というものを創造されたのである」
という仮説は、形式論理的に言えば反駁することは不可能です。しかしながら、
「そのような『ためにする』議論は科学ではない」
という経験的判断からID説は正統な科学ではないとされているわけです。
しかし、これはID説が誤りであることを立証したのとは全く違うのです。
真相は文字通り「神のみぞ知る」であるが、ID説と進化論ならば進化論に
賭ける方が正しいとしか、経験的には思えないという判断であるわけです。
そして私は、この種の判断はある種の「得か損か」の判断ですから
「政治的判断」であると主張しているわけです。

459元非モテ:2007/07/22(日) 09:58:00
>そして、「これは理不尽だ」と多数派に納得させるには正当性が必要だということです。「彼・彼女」を「正当な弱者」たらしめるだけの根拠が。

確かに、実際に救済されるべき弱者にはどこかに「正当性」があると私も
信じています。でもそれは信仰と呼んだ方がよいものだと思います。
たとえば私は、人種差別が間違っていることを論理的に説明する術を
持っていません(人間は平等だから、というのは答えになっていません。
それは単に問題を言い換えただけにすぎません。差別主義者はそもそも
人間は平等でない、と主張しているのですから)。私に限らず、大抵の人は
そうでしょう。しかし、「人種差別は正しいか否か」と問われれば、
大抵の人が「正しくない」と断言するはずです。

さて、アメリカの公民権運動で人々を言葉の力で動かした人のなかに、
キング牧師という人がいました。"I have a dream"という演説は教科書に
載るぐらい有名です。これに心を動かされた人は非常に多くいました。
しかし"I have a dream"の演説は、論理的に厳密なものとはほど遠い、
あくまで情に訴えかけるものでした。思想的な「正当性」はありません。
というと例えば、キング牧師のスピーチは「人間としての自然な感情」を
よびおこすものだ、だから正当性はあるのだ、と反論されるかもしれません。
しかし、それを言うのは自殺行為であって、たとえば
「子供を産むのは人間として自然なことだ」
というバックラッシュ的主張に対抗する術がなくなってしまうのです。
正当性をあえて持ち出さないということはこの意味でも重要だと思います。

>ここの人々ですら(非モテを含む)説得できない貧弱な根拠で、非モテに下駄を履かせることを社会的に承認させるのは不可能ではないのかと。だからこそ、より正当性が必要なのではないでしょうか。

確かに、ここの人々(世の中の平均から見れば特殊な人々でしょう)だけを
説得するには、私の方法論よりも「思想的正当性」を論じた方が有効でしょう。
しかし、「非モテが社会的に受けいれられる余地はあるか」を論ずるならば、
論ずべきは「思想的正当性」ではないのではないかということなのです。

なお、私自身はこの件について見解を保留するというのは以前に述べました。

460えむけーつー:2007/07/22(日) 12:45:04
>>457
>実効性のない議論のための議論
え。まず実効性を持たせる必要性があるのかどうか、という前提の部分を議論してるんじゃなかったんですか。その限りにおいて非常に誠実な議論が続いてるように見えますけど。
レス数にして1000や2000では効かないような長大な議論になるかもしれないのに、方向性を見失わずによくやれるなー、というのが俺の素朴な印象です。
もっともらきすたのOPを死ぬほどリピートしながら読んでるような状況なんで、あんまりあてにならない印象でもありますけど。

俺も(考えてることはナツさんに近いとはいえ)基本的に情の側の人間なんで、元非モテさんの書きぶりには漠然とした好感を持ってたんですが、ここにきてなんだかよくわからなくなりました。
頭大雑把な人間なんで、細かいニュアンスはわからないんですが、元非モテさんの書いてることって、要は「まず弱者なんだからゲタはかしとけ」ってことですよね。
「まずはかしとけ。話はそれからだ」という雰囲気。それに対して「はかす前にやることあんだろ?」という意見がここでは主流派、と。
俺思うんですけど、正当性って別に難しくもなんともないことなんじゃないかなーと。つか俺みたいにこなたとかがみと日々の生活のことしか考えてないバカにでも理解できる正当性があったときに、初めてゲタはかすことに意味あるんじゃないでしょうか。
他人に手貸す余裕があったらまず自分が贅沢すること考えますもん。
タリバンとかの人たちが正当性を主張しなきゃだめなのは、むしろタリバンの人たちがおかしいんで必死に主張しないとツッコミどころ満載だからなんじゃないですか。だって女教育受けんなとか笑えます。受けたい女の人いたらどうすんだよおまえ、みたいな。それを否定するためには架空の正当性をでっち上げるしかないわけでしょう。

俺は腐れオタである以外は、高卒のまったくのふつうの庶民ですが、世のなかにはそういう庶民のほうが圧倒的に多いと思うわけです。そういう人にとっての正当性って、たとえばメシ食いたきゃ働けとか約束は守れとか、そういうごく単純な生活感情のなかから発生しているのだと思うのです。
そういう人たちにとって「もてない」っていう悩みは「若いころは俺もそれで悩んだなあ、なあに年とりゃどうにでもなるってもんよ」とかで済まされる程度のことで、そもそも非モテなんて問題としてすら浮上してこない可能性が高い。
そうした人たちの前で、ゲタはかせた非モテを登場させたところで「なに甘えたこと抜かしてやがんだ」の一言で終わってしまうと思います。じゃなきゃ「あいつらに関わると厄介だからな。腫れ物には触れずだ」とか。
そういう人たちに対して「確かに非モテにはゲタはかしてやらにゃならん」と思わせるだけの、生活感情に根ざした根拠が必要ってことなんじゃないでしょうか。
思想ってものは人の日々の生のなかから浮かび上がってくる泡のようなものを掬いとって結晶化したものだと思うんです。その結晶は、俯瞰には役立ちますが、見る人それぞれにその結晶体を理解できるだけの素地、視点がないとただのガラス玉です。

461烏蛇 ★:2007/07/22(日) 12:57:50
>>449 ななし氏
 「全ての性関係は強姦である」というテーゼについては元非モテ氏から既に回答(>>452)がありますが、私からも若干補足しておきます。

 このテーゼを主張したとされるのは、アメリカのラディカルフェミニストであり、法哲学者でもあるアンドレア・ドウォーキンです。彼女とその一派は一部で「検閲派フェミニスト」と呼ばれており、「ポルノグラフィが性差別を再生産している」という主張に基づいてポルノの法的規制の活動を行なっていました。
 彼女達の主張および活動に対しては、他のフェミニストからも批判が上がっており、特にリベラル・フェミニズム系の思想とは相容れない場合が多いです。そうしたことから、彼女達を「フェミニズムの中心的存在」と見做すのは無理があると個人的には考えています。

 参考のため、フェミニズム的な立場からの「検閲派」への批判的論文を提示しておきます。

ポルノグラフィ──「女性」カテゴリーとフェミニズム
http://members.tripod.com/~yoshino/porn.html

462烏蛇 ★:2007/07/22(日) 12:58:24
>元非モテ氏
 私はここで「信念」の問題に立ち入る気はありませんので、貴方が「思想的正当性」を「社会が動かされる根拠」と見做したくない、と言っておられるのを批判するつもりはありません。しかし、明らかな事実誤認については指摘しておく必要があります。

>>447
> たとえば、虐待やいじめを受けた子供(あるいは元子供)はまさに
> 「単なる自意識だけの自称弱者」であるわけですが、彼らに対する援助
> (つまりある種の優遇措置)は必要であると、私は思います。

 「いじめや虐待を受けている子ども」が社会的に援助や保護を受けるのは、彼ら自身が「弱者という自意識」を持っているかどうかとは全く無関係です。いじめの場合は、その子どもが当然享受するべき「教育を受ける権利」を損なわれているから対策が検討されるのですし、虐待の場合も、その子どもの親が保護者としての役割を果たしていないために問題視されるわけです。

 従って、「虐待やいじめを受けた子どもが社会的に保護されること」と「弱者としての自意識」は社会的に何の関係もありません。私が「強者-弱者」構造を前提とした議論にあまり意味がないと言っているのは、こうした混同がされやすくなり、「強者-弱者」構造とは異質なものまでその基準で判断してしまうおそれがあるからです。
 現実の社会では「弱者としての自意識」それ自体は何の政治的効力も持たない、という事実はよく理解しておいた方がいいと思います。

463元非モテ:2007/07/22(日) 13:11:34
>>460
>元非モテさんの書いてることって、要は「まず弱者なんだからゲタはかしとけ」ってことですよね。
えーと、違いまして、
「弱者を救いたければ下駄を履かせろ、理由なんかいらん。ただしその結果がどう
 なるのかには責任を持てよ、嫌なら下駄なんか履かせるな」
という感じです。「嫌なら下駄なんか履かせるな」がミソです。
で、非モテが下駄を履かせるべき弱者かどうかは保留ということにしてます。

>タリバンとかの人たちが正当性を主張しなきゃだめなのは、むしろタリバンの人たちがおかしいんで必死に主張しないとツッコミどころ満載だからなんじゃないですか。だって女教育受けんなとか笑えます。
おかしくてツッコミどころ満載なんですけど、彼らはそれが神の意志だとか
信じてるわけです。で、神の意志より正しいものってのは存在しないわけだから
何を言っても無駄でしょう。彼らに口で言うこと聞かせようって無理では
ないでしょうか。で、「政治的判断」としてはこういう奴らには実力行使しか
ないと思うんです。革命とか経済制裁とか。

>そういう人にとっての正当性って、たとえばメシ食いたきゃ働けとか約束は守れとか、そういうごく単純な生活感情のなかから発生しているのだと思うのです。
(略)
>そういう人たちに対して「確かに非モテにはゲタはかしてやらにゃならん」と思わせるだけの、生活感情に根ざした根拠が必要ってことなんじゃないでしょうか。
それはその通りだと思います。上で書いたキング牧師の話はそういう意図です。
私はそれを「正当性」ではなく「情」と呼んだだけです。
「正当性」となると、たとえば
「なぜ人を殺してはいけないのか」
というような不毛な議論になりますから。そういうとき、
「小難しい議論なんかしらん、とにかく人を殺すような奴は刑務所か死刑だ」
とやるのを、私は「政治的判断」と呼んでいるわけです。

>>462
>いじめの場合は、その子どもが当然享受するべき「教育を受ける権利」を損なわれているから対策が検討されるのですし、
それは違います。それでは不登校に至らないいじめや、教育の場の外の
いじめには対策が必要がないということになってしまう。

>虐待の場合も、その子どもの親が保護者としての役割を果たしていないために問題視されるわけです。
それも違うでしょう。それでは例えば赤の他人が子供を虐待しても
それは問題視する必要がなくなってしまう。それは子供の権利の侵害だから
問題視されるのだとおっしゃるかもしれないが、それこそ順序が逆で、
子供が虐待されないためにこそ「子供の権利」というものが社会的な
とりきめになっているわけです。

464イカフライ:2007/07/22(日) 13:42:28
 >>447
なんか、他の方もつっこんでいるので蛇足かなあとも思うんですが。
>虐待やいじめを受けた子供(あるいは元子供)はまさに
「単なる自意識だけの自称弱者」

 これは違うでしょ?実際に「いじめ」や「虐待」という加害行為があった上での話ですから。

 元非モテさんの言う「政治的判断」と「正当性」っていうのは、ぶっちゃけて言えば、前者が一般庶民にも「そりゃ、そうだよな」となんとなく納得できるもの、後者が「どんな理屈をつけても、つっこみようがないもの」なんですよね。
 でその理屈で行くと「正当性」っていうのは実は全然正当じゃないもので(タリバンの女性差別なんかそうですね。)ネットの議論がアレたり不毛になるのも、そのあたりに理由があることが多い。
 例えば戦争は良くない、というのは、別に正当な理屈をつけなくても大多数の人が共有できる感覚だと思うのですが、戦争の正当性をこじつける詭弁や屁理屈(とあえて言っちゃいますね)はいくらでもつけられるわけでして、ネトウヨは軍オタが多いせいか、これ得意ですね。

465イカフライ:2007/07/22(日) 14:07:43
 元非モテさんの言っていることが、なあんか理解できないのは「弱者」と「思い込みだけの自称弱者」の区別があいまいすぎるからじゃないだろうかな。
もしくは、わざとそうしているのかも知れないけれど。

>「弱者を救いたければ下駄を履かせろ、理由なんかいらん。ただしその結果がどう
 なるのかには責任を持てよ、嫌なら下駄なんか履かせるな」
という感じです。「嫌なら下駄なんか履かせるな」がミソです。
で、非モテが下駄を履かせるべき弱者かどうかは保留ということにしてます。

 まず、非モテは弱者なのか?また救うべき存在なのか?
 私の答えは「ノー」です。
 自分、単純な人間なので、「困っている人を助けるのは当たり前」が基本原則で、それ以上もそれ以下もありません。
 募金もプチボランティアもピースウオークも、理由はそこであって、それ以上でもそれ以下でもない。
 ただ、例えばホームレスの炊き出しは対処療法にしか過ぎず、もっと根源的にホームレスを出さない世界を作れるのなら、それが根本的解決になるんじゃないか?
 戦争廃止も、虐待や差別問題もそうです。

 で、非モテ論で言えば、非モテってそんなに困っている人達なの?っていうのがまず疑問。
 むしろ、私は非モテの勝手な理屈で僻まれたりそねまれたりして八つ当たりされる側の人のほうが困っているように感じます。

 それから、自分の考えはまあとりあえず棚上げして、非モテは実際モテなくて苦しんでいる、というのなら、救済手段として下駄はかせる、って、具体的にどうするの?ってことです。

 非モテ(特に一部の非モテ男性に見られる攻撃的なリアクション)に情をかけて、ある程度は見逃してあげましょう(しぎこさん風に)が下駄はかせる行為なの?

466s:2007/07/22(日) 14:48:22
「ゲタはかせとけ」だろうが「ゲタはかせたくない」だろうが
「ゲタなどはかせる理由もない」だろうが「ゲタはかせたい」だろうが、
人間というカルマ雁字搦め生物のくせに
「人間にはゲタをはかそうと思ったらはかせられる能力がある」と
思いこんでるのがお笑い。
そんなもの脳を物理的にいじって認識と記憶を改変しつづける程度の
科学力が一般的になったうえでどうこうの話じゃん。あほらしい。
意志の力だけで社会が変るとでも?
石器しかり鉄しかり蒸気機関しかり飛行機しかりPCとネットしかり。
ハードウェアに依存して人間はかわるんだ。
それが出来るまでは議論するだけ無駄だね。
いままでどうり勘違いしたり勘違いされたり、虐めたり虐められたり、
差別したり差別されたりして仕舞いには戦争でもすればいい。
気が向いたら適当に慈しみあって生きたり死んだりすればいい。
どうせなにもかわらないのだから。
ここで行われているのは「語りたい欲」が溜まった人たちの
射精なだけで、射精した人の溜飲が下がるだけの機能しか無い。
俺が無害なわきあいあいに毒づくのは相当に頭がおかしいからです。

現時点での非モテ個別対処問題だとしても「薬で対処」だの「洗脳」だの
の手法のほうがまだ実効性があるね。
精神は肉体の出力結果に過ぎない。

467ななし:2007/07/22(日) 15:36:48
>>455 元非モテ氏
>了解しました。であれば、それに関しては私はお答えすべき立場にないということで
>よろしいでしょうか。ただし、他の側面(たとえば心理的側面)については別ですが。
はい。了解しました。また、心理的側面等の問題提示において、私の発言が誤りであれば、適宜厳しい突っ込みを入れていただければと思います。

>いずれにしましても、非モテの思想的側面を語るためには、思想的な言語を
>扱いこなすための訓練が必要です。今まで、思想的に非モテを語りうる
>人材が出てこなかったのは、ひとえにその訓練を受けた人がブロガーとして
>非モテ界で名乗りを上げなかったからだと思います。例外はfurukatsu氏でしょうが、
>同氏は「思想よりも行動」という立場にすぐ軸足を移したように思えます。
そこが、「非モテ界隈」にとって、最も哀しむべき事だと思うんです。
論理体型をきちんと組み立てて、第三者からの批判に耐えうるような論理を持って主張すれば、それを相対する観念の持ち主とも、互いの議論を経る事によって、より洗練された論理が構築可能だと思うわけですが、「非モテ」を自認する側は、その手法をことごとく自分から破棄して、他者から批判される発言/行動を拒否するのみで、「自分に優しい言葉以外耳に入れない」態度に終始しているように見えるのです。
それでは、誰も、社会問題/政治的問題などとは認識せずに、単に、「ルサンチマンに固まっている人間の妄言」と一蹴されてしまう隙/理由を作ってしまうだけだと思うのです。
本当に、「ロジック的」に「非モテは社会問題」と思うのであれば、もう少しきちんと理論体系化し、発言も慎重に行うべきだろうと個人的には思います。
(私は、個人的に、そういう思想の方と話し合ってみたいのです。ミソジニーとかの「感情的理由」で凝り固まっている人間ではなく、「論理的におかしい」と思っている人間と。)

>おそらくななし氏が求めておられるものに最も近いのは「恋愛の超克」で
>あると思います。また、「もてない男」「帰ってきたもてない男」は
>エッセイの色彩が強いものですが、文献紹介としては参考になるでしょう。
元非モテ氏よりご提示いただいた文献については、機会があれば参照させていただきたく思います。
ご紹介いただき。ありがとうございました。

468( ´∀`)さん:2007/07/22(日) 17:11:06
「とにかく短期的に利をよこせ」という場合、ロジックを練り上げてからでは時間がかかりすぎるでしょう。
どうせ、今現在ブログ等でウンウンうなっている現役非モテの大半にとっては「間に合わない」のだから ttp://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20070322/p1
人の意識や認識枠組みを変えようとするのは大変な作業。未来の世界の話ではね。5年後でも遅すぎる。まして既に30代とかは、、、 モテ非モテ問題では加齢の問題は重大。
ならば、「思想よりも行動」で今現在ワイワイやる方を選ぶのもありでしょう。実効性は最初から極薄でしょうし。
「未来の連中が生きやすくなろうがどうなろうが知ったこっちゃない、今ここにいる私に今すぐ利をよこせ」という身も蓋もない話ですが。そしてそれは実現不可能。
まあ、貧困問題に比べてモテ非モテ問題は切実さが圧倒的に薄いから、政策的にどうこうはなされないと思う。
結構真面目な話「薬で対処」「洗脳」はそう悪くない手段だとも思う。あと宗教か。

469ゆうか:2007/07/22(日) 19:28:37
>>436さん
>>435は例であって、私の周りには、私がモテないことを馬鹿にする人はいませんし、
恋愛状態になることを過剰に勧める人はいませんよ。
確かに、女性のほうがモテであることを求められる雰囲気はあるかもしれませんが、
それは私と関係の無いところで、私と関係の無い人が言っていることです。
私の運が良かったと言われればそれまでかもしれませんが、
モテない人にモテることを強要する人って、そんなにいるのかなぁというのが私の感覚です。
大多数の人は、他人がモテようがモテまいが、興味が無いのではないでしょうか。
いえ、モテる人に対しては、「どうしてそんなにモテるの?」
「私(俺)と付き合ってくれないかな〜」という興味はあるかもしれませんけれど(笑)

470ゆうか:2007/07/22(日) 19:42:34
>>440acornさん
非モテの人全員がそうだと言っているのではありませんよ。
中には、弱者になることが先に立っている人もいるのではないかということです。
弱者になりたがる人というのは存在するようです。
「可哀想な私」をアピールすることで、周囲の人の同情や関心を集め、
自分に構ってくれない・あるいは批判的な人に対して、
「弱者を助けないなんて、あなたは冷たい人だ」「あなたは弱者を傷つける心無い人だ」
など、相手の善意に付け込む形で、他人を自分の意のままに操作しようという。
弱者になる手段は様々で、下のリンク先は、病気を手段として弱者になろうとする人の例です。
http://homepage1.nifty.com/eggs/syuhen/kyogi.html
この例では、まず弱者になろうとするのが先で、じゃあどうやって弱者になろうか、
そうだ、病気のフリをしよう、というケースですが、
これと同じように、「そうだ、非モテということを理由にしよう」という人も、
もしかしているのではないか、ということです。
もちろん、普通にモテないことに悩んでいる人のほうが多くいることでしょう。


>女性は主流になれないしならなくてもいい雰囲気があるから。
>その人がその人の持つ力の範囲で生きやすさを選べることが、女性の場合では比較的容易な場面が多い。

もし主流になれない雰囲気があるのなら、
主流になりたい女性は生きやすさを選べないのではないでしょうか。
(それ以前に、現代ってそんなに女性が主流になれないものなのかという疑問もありますけど)

私は、これについては弱者強者という問題ではなく、
世間の、「〜べき」という圧力に悩まされているという問題だと思います。
「男はかくあるべき」「女はかくあるべき」「恋愛するべき」「結婚するべき」・・・
昔はこういった「〜べき」に従わざるを得ないことも多かったかもしれませんが、
現代では、単に「〜べき」論を唱えている人個人の考え方と済ませられるようになってきたと思います。
何も、他人の個人レベルの考え方に、わざわざ自分が従ってやることもない。
「私は私。自分のことは自分で決めて行動するんだから口出ししないで」
と思って突っぱねれば、大抵のことはそれで済みます。
「私は私」と思えないところに苦悩があるのでしょうか。

>でも非モテ男性は男性だというだけで、「皆ある面では弱者であり、強者なの」にもかかわらず、
>彼らの持つ苦しみを矮小化されたり、周囲から克服すべき課題と見做されている部分があるのではないのでしょうか。

矮小化されるのは仕方の無いことだと思います。
個人的なカウンセリングであったなら、
相談者の悩みを矮小化するのはいいカウンセラーとは言えませんが、
人間というのは、基本的に自分自身の為に生きていて、自分の悩みが最優先ですので、
他人が自分にそれほど構ってくれないのは、仕方の無いことだと思います。
もし自分の悩みを親身になって聞いてくれる人がいたら、
それはもう本当にありがたいことで、万々歳です。
そして、周囲から克服すべき課題と見なされているというのも、>>469でも書いた通り、
モテない人にモテることを強要する人って、そんなにいるのかなぁというのが私の感覚です。
昔は、結婚できなければご近所で陰口を叩かれたかもしれませんが、
現代では、相変わらず「〜べき」論を唱える人もいるものの、
様々な生き方が認められるようになってきて、
他人がモテなかろうと結婚しなかろうと興味がないという人が多くなってきたと思います。
もし、「モテないけれどモテたいんだ」という苦しみであった場合は、
克服すべき課題と見なしているのは周囲ではなく本人ですよね。
「モテないけれどモテたい」という極めて個人的な悩みは、私も少し感じるところです(笑)

471しぎこ:2007/07/22(日) 21:00:33
>元非モテさん

一気に話を矮小化させるような言い方になってしまうので申し訳ないのですが、私は

>何かを非モテの側に伝えたいのであれば、問題となっているのは「善悪」でなく「巧拙」の次元
>私は、非モテを「政治的に救済すべき対象」とみなすならば下手に出るべきだとと主張
>「下駄を履かせる」のは正当性の問題ではなく政治的判断

これらに類するご意見を、「そうする方が、相手が話を聞きやすくなるから円滑にやり取りが運ぶんじゃない?ただ、『やれ』って事じゃないよもちろん」という(過去の自分の状態や味わっていた感情を一つの根拠とした)烏蛇さんやナツさん、イカフライさんたちに対してのアドバイスのようなものである、と見ていたんですが、この解釈って的外れでしょうか?

472acorn:2007/07/22(日) 22:24:44
>ゆうかさん

>弱者になることが先に立っている人もいるのではないかということです。
>弱者になりたがる人というのは存在するようです。

では非モテの人が弱者になって得られるメリットは一体何なのでしょう。
そして弱者になりたがっている非モテとはどのような人なのでしょうか。
弱者になりたい非モテの人は弱者になることで何を獲得しようとしているのでしょうか。
私にはそれらがわからないので、事例をあげて教えて頂けないでしょうか。
そこに説得力があれば私も考えを改めたいです。


>主流になりたい女性は生きやすさを選べないのではないでしょうか。
>(それ以前に、現代ってそんなに女性が主流になれないものなのかという疑問もありますけど)

生きにくさを感じている女性はたくさんいるのではないのでしょうか。
ゆうかさんは社会にそういった女性たちがいまだ大勢いるのを感じませんか?
私は感じるのですが。


>矮小化されるのは仕方の無いことだと思います。

仕方のないことだという思いはゆうかさんの思いです。
そう考えない男性が一定数いるという事実を私は見ている。
私は女性なので、彼らから見えている世界がどういうものなのかわからない部分が多い。
どのように生きにくさを感じているのか、それを言葉にして説明して欲しいのです。
フェミニズムは「個人的なことは政治的なこと」と言いました。
なら非モテは自分たちの主張をそのレベルまであげられるのかどうか、その主張に説得力があれば私は支持したいのです。

473元非モテ:2007/07/22(日) 23:11:38
>>464
>これは違うでしょ?実際に「いじめ」や「虐待」という加害行為があった上での話ですから。
いや、それ言い出すと、若者の社会(というか中学生や高校生)では
「モテないから」「キモイから」といっていじめられる例というのは
いくらでもあるわけですよ。それは実際の加害行為です。
問題は、非モテがそういう加害行為を受けやすいのか、その加害行為というのが
社会全体で見てどれだけ深刻かということではないでしょうか。

>元非モテさんの言う「政治的判断」と「正当性」っていうのは、ぶっちゃけて言えば、前者が一般庶民にも「そりゃ、そうだよな」となんとなく納得できるもの、後者が「どんな理屈をつけても、つっこみようがないもの」なんですよね。
ええ、そういうことです。

>例えば戦争は良くない、というのは、別に正当な理屈をつけなくても大多数の人が共有できる感覚だと思うのですが、戦争の正当性をこじつける詭弁や屁理屈(とあえて言っちゃいますね)はいくらでもつけられるわけでして、ネトウヨは軍オタが多いせいか、これ得意ですね。
そうです。そして、そういう詭弁をやっつけるのは言うほど簡単ではないし
手間もかかる。それに、はたから見ている人にも一目瞭然にわかるように
勝つことは簡単ではない。
でも、世の中の大抵の人はそんなに暇でも親切でもないわけだから、
「戦争には正当性がある」なんていう意見をいちいち相手にしていたら
もっと重要な問題を見逃すことになると思います。

>元非モテさんの言っていることが、なあんか理解できないのは「弱者」と「思い込みだけの自称弱者」の区別があいまいすぎるからじゃないだろうかな。
>もしくは、わざとそうしているのかも知れないけれど。
そうなんです、わざとそうしているんです。
タリバンやネトウヨが「自分たちは弱者だ」と主張してきたとき、
「お前らは単なる思いこみだけの自称弱者だ」と言い返せば、
上で書いたような不毛な論争が延々と続く危険があると思うんです。

474元非モテ:2007/07/22(日) 23:12:21

>>471
>これらに類するご意見を、「そうする方が、相手が話を聞きやすくなるから円滑にやり取りが運ぶんじゃない?ただ、『やれ』って事じゃないよもちろん」という(過去の自分の状態や味わっていた感情を一つの根拠とした)烏蛇さんやナツさん、イカフライさんたちに対してのアドバイスのようなものである、と見ていたんですが、この解釈って的外れでしょうか?
そうです、わかりやすいご説明ありがとうございます。
あれこれややこしい理屈をこねくり回さなくても、そう言った方が簡単でしたね。
一体私は何をやっていたんだか。

で、これがイカフライ氏の>>464
>それから、自分の考えはまあとりあえず棚上げして、非モテは実際モテなくて苦しんでいる、というのなら、救済手段として下駄はかせる、って、具体的にどうするの?
への答えにもなっていると思います。

非モテであろうがいじめられっ子であろうが、程度と質はどうあれ、
人との関係の中で生きていくことの辛さを抱えて人間不信になっている人に
言ってあげられることがあるとすれば、結局は
「精神的にさらに成長してそれを乗り越えるしかない」
ということだと思います。ところが、この言い方は時として
「いじめられる側にも責任がある」
という戸塚ヨットスクール並の暴論に聞こえてしまう。それでは相手の耳には
絶対届かないでしょう。
だいたい、人間不信にまで陥ってしまう人は
「自分はできるだけのことはもうやったんだ。それでもダメだった。
 いったいこれ以上なにをすればいいんだ」
と思い詰めている人が多いのだから、普通の言い方をしても届きません。
場合によっては、必要以上に「自分の性格が悪いからひどい目にあうんだ」と
思っているかもしれない。確かにその人の性格に問題はあるかもしれないが、
他の人が抱えている問題以上のものではないかもしれないのに。

こういう人に必要なのは、視点を変えることだと思います。
非モテ界で言うなら、シロクマ氏のやり方は一つの参考になると思うんです。
自分の立場の正当性を主張させるのではなく、内心を心の奥に秘めたまま
権謀術数を駆使して世の中を生き延びるという。そのことによって
信念を曲げる必要は少しもないのだというのがミソです。

私が「正当性」をできるだけ避けようとしている理由の一つはそれです。
非モテは正当性なんかなくても救われるし、むしろ正当性へのこだわりを
捨てた方がいい。失礼ながら、烏蛇さんなんか正当性を求めすぎているため
どんどん自分の手足を縛って身動き取れなくなってるんじゃないですか?

475えむけーつー:2007/07/22(日) 23:23:14
>>472
はーい、俺事例ですー。
極端な例でよければ書きますけど。

476acorn:2007/07/22(日) 23:44:55
>MK2さん

あ、事例だったんですね!(笑)
失礼しました。
極端な例で構わないので教えていただければ嬉しいです。
私は非モテの男性って性欲の問題以外に、性役割=規範に苦しんでいる部分もあるのかなあって思ってるんです。
これはひょっとしたら認識改めなきゃいけなくなるかもしれないw

477イカフライ:2007/07/23(月) 00:31:08
>>473-474

元非モテさん。

 >「モテないから」「キモイから」といっていじめられる例というのは
いくらでもあるわけですよ。それは実際の加害行為です。
 これを言うなら「モテるから」「かわいい(外見が)から」といっていじめられる例もいくらでもあるわけですよ。
(実際、そういうイジメも目撃しました。)
 これ言っていると、それこそ不毛な論争になるわけですが。

>「精神的にさらに成長してそれを乗り越えるしかない」
は、確かに正論ですが、その正論が届かない人が多いのが非モテです。
  視点を変える、というのは、具体的に堂いう事なんでしょうか?
 例えば、私は別に恋愛なんかしなくても、好きなことを見つけてそれなりに楽しく過ごせば、と言うのですが、どーも、これは違うみたいです。
 じゃあ、頑張ってカレカノ作ろう、というと、別に恋愛したがっているわけじゃないと言われる。
 じゃ、どうしろと?と思うのですよね。

 で、これは>>472のacornさんの
>では非モテの人が弱者になって得られるメリットは一体何なのでしょう。
>そして弱者になりたがっている非モテとはどのような人なのでしょうか。
>弱者になりたい非モテの人は弱者になることで何を獲得しようとしているのでしょうか。

 に、通じそうな気がします。
MK2さんの俺事例を聞いていないので横レスになりますが。
 己を弱者認定するメリットが何か、というと、一切の批判、反論を受け付けずに済むことじゃないでしょうか?
前レスで、ホームレスの方の例を出しましたが、ホームレスである自分が議論に参加すべきでないのは当事者だからと彼が言うのは、ホームレスという弱者の前で
「お前が怠け者だから自業自得だ」
とはなかなか言えないでしょう、普通は。それを彼は言っていたのだと思います。

 ホームレスは完全にとは言えませんが、社会的にある程度弱者認定されています。
 非モテの場合、社会的弱者認定が今のところ無いので、(また今後も難しそう)自分で認定して
「こんなかわいそうな俺を批判するとは何事だ」
という位置に自分を置くことによって、耳に痛い忠告を聞かない理由が出来るのではないでしょうか?

478jack:2007/07/23(月) 01:39:39
基本的に、問題は周りの圧力だと思うんですよね……
周りの圧力がなくてもなお恋愛が欲しい人の問題と、
周りの圧力がなければ恋愛を気にせず生きていける人の問題は、
別の問題で、解決法が別だと思うです。
でも、まあ、余計な圧力なんてないに超したことはないよなーと私なんぞは思うわけですが。

で、恋愛に関する周りの圧力の実在の有無について、結構皆さん疑ってらっしゃる?
恋愛に限らず他の問題も存在するから、恋愛を特別視するべきではないと思ってらっしゃる?
(私はこれは、他の問題は他の問題で問題にするか、普遍的な同調圧力について問題にするべきだと思うですが)

>>477でイカフライさんが挙げてらっしゃるアドバイスは、この「周りの問題」には触れてないので、
違うと言われてるんですよね、きっと。

つーか、耳にいたい忠告って言いますけど、余計な同調圧力は解体すべきだという立場にしてみれば、
周り(ひいてはその忠告している本人)の問題を棚に上げて、
何、他人の所為にしとるんじゃ、ワレぇ、って話ですよね。

学歴差別なんかだと、特技(不得手)は学業です!ってのが特技(不得手)は水泳です!ってのと同じようになればいいのに!
とか思うわけですが。

上の方にしろ下の方にしろ、「普通」からはみ出たら揶揄の対象になるとかって、
出来ればない方が良いに決まってるじゃないですかぁ、と、私は思うわけですが、
勿論個人的な価値観であって押しつけるつもりはないのですが、
タリバーンの話で「じょせいはきょういくできないってどんだけー」とか仰有ってる方の考え方に則れば
押しつけちゃっても良さ気な価値観ですかねー。

479jack:2007/07/23(月) 01:57:32
>>478のは、私はそう思うってだけなので、多分他の人には他の見え方があるんでしょうけれども、
その見え方が私にはよく分かりません。
逆もそうなんでしょうね。
話通じないなーと苛々するのは、その所為でしょうね、きっと。
まあ、私は、自分の周囲はさほど酷い環境ではないので問題ないですが。
でもまあ、私にとっては、余計な同調圧力は(自分が自覚してないのも含めて)少ない方が
多分快適だろうと想像するので、そういう方向になっていけばいいなーと、
妄想を吐き散らしてみて、同意する人が少しでもいればいいなーと思うのみです。はい。

480えむけーつー:2007/07/23(月) 07:59:21
>>463
うはー、違ってましたか。失礼いたしましたー。
じゃあつまり弱者=非モテかどうかはわかんない、ということですか。
保留ってのがどこまで、いつまで保留かわかんないのでなんともいえないんですが、
えーと……じゃあ元非モテさんはなにを問題にしてるんだろう……。
ここのテーマって非モテについてで、弱者問題については二次的な話ですよね。
だとしたら、まず元非モテさんの「非モテ」という存在に対する定義が必要のような……。
あ、すでに書いてあったらごめんなさい。それきっと、俺がわかってないだけです。
前科持ちなので、いちおー言ってみました。派手にわかってねえなあ、俺……。

あとは定義の問題ですね。
そっか。正当性ってそういうものだったんですか。俺はまた「人を説得するにたる根拠」
くらいに思ってました。俺にしてみると正当性ってのは「生活感情のなかから
わいてくる情を基盤とした暗黙のルール体系に則っている状態」くらいだったんで。
俺定義だと、元非モテさんのおっしゃる正当性って「イデオロギー」って言葉でした。
だとしたら元非モテさんの言うことには納得です。
でも、ナツさんあたり正当性って言葉をイデオロギーっぽい語義で使ってないんじゃないかなあ……。
とりあえずいっこおぼえました。元非モテさんの「正当性」は、俺内部で「イデオロギー」と
変換すればほぼ問題なさそーです。

あと、俺事例についてはちょっと時間かかりそうです。
あさってとかそれくらい……。
らきすたの百合SS書くほうが優先なので(そんな理由か)。
そのときに、流れ的に投下してもオッケーそうだったらてきとーに投下します。

481ゆうか:2007/07/23(月) 18:42:15
>>472acornさん
私は、今のところは、非モテで弱者になりたがる人の事例を明確に挙げることはできません。
私が「この人は、弱者になりたがるタイプの非モテなのではないか」と思って、
例として挙げてみたところで、それは私の憶測に過ぎませんし、
自ら「私は弱者になりたがる非モテです」と名乗りを挙げて下さる方も存じ上げません。
今のところは、いることもいないことも証明できません。
ただ、弱者になりたがり、そのためにあらゆる手段を使う人の例は、ネット上には沢山存在し ます。
もしお時間があれば、ミュンヒハウゼン症候群や演技性人格障害などで検索してみて下さい。

さて、弱者になって得られるメリット・弱者になることで獲得できるものですが、
>>432で砕ける花さんが挙げられている例もありますし、
>>477でイカフライさんが挙げられている例もありますし、
>>470で挙げたサイトの記事を引用しますと、

『これは幼児期に得られなかった愛情を、病気になることで取り戻そうとしているようにも見 えます。そして、入院さえすれば、赤ん坊に戻ったかのような世界が実現するのです。赤ん坊 のような、自分を中心とした世界を実現することが出来るのです。ですから、彼らがいったん 入院すると、世話を焼いてもらいたいという気持ちから、非常に要求がましい態度を取ったり して、扱いにくい患者になります。』
『患者にとっては、病気のふりをする事が生活そのものになっているのです。つまり、別な言 い方をすれば、病人を演ずることで、かろうじて精神的なバランスを保っているとも言えます 。ですから、嘘だとわかったときに患者を激しく責めたりしますと、それが引き金になって心 のバランスが崩れ、精神病を発病するケースもあるようです。』

つまり、

・周囲の人に世話を焼いてもらえて、自分を中心とした世界を実現することができる。
・弱者になることで、かろうじて精神的なバランスを保っている。
 即ち、弱者になることをやめれば、心のバランスが崩れてしまう。
(どのように心のバランスが崩れてしまうのかは、こちらを参考にして下さい。
http://homepage1.nifty.com/eggs/houhou/juyou/taikoronri_1.html

というようなことが、弱者になって得られるメリットではないでしょうか。
弱者になりたがる人としては、精神的に自分で自分を支えられない、
他人に支えてもらわないと自分の精神を維持できない、
そのためにあらゆる手段で他人からの支えを得ようとしてもがく、という共通点があるようです。

482ゆうか:2007/07/23(月) 18:46:26
>生きにくさを感じている女性はたくさんいるのではないのでしょうか。
>ゆうかさんは社会にそういった女性たちがいまだ大勢いるのを感じませんか?
私も生きにくさを感じている人の存在は男女関係なく感じます。
ただ、その生きにくさの原因は、本当に世間一般の圧力なのか、というのが私の疑問です。
私達は、自分が生まれてから今現在までに見てきたこと・聞いてきたこと・
感じてきたこと・考えてきたことしか知ることはできません。
私達が考える「世間の常識」は、自分が今まで体験してきた狭い範囲から導き出したものなのです。
私は幸い、恋愛できないことをとやかく言われたことがなかったので、
「世間の人は、他人が恋愛しようがしまいが、それほど気にしないのではないか?」
というのが、私の考えになりました。
ということは、恋愛できないことについてとやかく言ってくる人が身近にいるという環境で育った人の場合は、
「世間の人は、恋愛できない人のことをダメな人間だと思っているのだ」
「皆、恋愛できない私を見てあざ笑っている」
という考えになってしまうことも、十分考えられます。
>>379で挙げた記事を書いたシロイさんも、たった一人の男性に、
「お前みたいな世界一ブスには生きる資格ないよ」と言われたことによって、
世間の男性は皆容姿でしか判断しないのだと思っていた、ということをおっしゃっています。
世間からの圧力で生きにくさを感じていると思ったとき、
それは本当に世間一般に縛られているのか、それとも、自分の周囲のたった数人の人に縛られているのか、
考えてみる必要があるのではないでしょうか。


>仕方のないことだという思いはゆうかさんの思いです。
もちろんです。私は私の思ったことを言っているだけですから。
自分の考えは自分だけのものであって、他の人は違う考えをすることでしょう。
それに、あなたの考えもあなたの思いですし、一定数いる男性もその男性の思いですよね。


>フェミニズムは「個人的なことは政治的なこと」と言いました。
>なら非モテは自分たちの主張をそのレベルまであげられるのかどうか、その主張に説得力が あれば私は支持したいのです。
それは私もそう思います。社会のルールは個人的な願望の集合体です。
ただ、個人的なことを政治的なことにするには、大多数の他人を納得させ、同意を得る必要があります。
他人というのは、基本的には自分のことが最優先で、
自分とあまり関わりの無い人の悩みを矮小化してしまいがちだからこそ、
その人たちの同意を得るには、十分な説得力が必要になってくるのです。

483ゆうか:2007/07/23(月) 18:58:07
追記

>>435でも書きました通り、弱者になることのメリットというのは、
実際には効力を発揮しない場合もあると私は思うのですが、
弱者になりたがっている人本人は、効力を発揮するはずだと思い込んでいるのでしょう。
あるいは、無意識下では効力を発揮しないものだと気付いていても、
それを直視してしまうと、心のバランスが崩壊してしまうので、
意識的には効力を発揮するものだと自分自身を思い込ませている、ということもありそうです。

『このような、気ままで自由な生活への強いあこがれは、自分自身で意識されることもありますが、その背後にある、赤ん坊に戻りたいという欲求は強く抑圧されます。なぜなら、現実的には赤ん坊に戻ることが出来ないということを知っているからです。しかし、無意識レベルでは、赤ん坊に戻りたいという強烈な願望が生き続けているのです。ですから、もし自分が、無意識レベルの願望に気付きそうになると、現実との矛盾に直面することとなり、絶望感とともに、強い抑うつ感に襲われたりします。なぜなら、赤ん坊に戻れないという事実を受け入れようとすると、心の奥にずっと未処理のままで残っている、巨大な喪失の悲しみに直面しなければならないからです。ですから、退行欲求は深く隠蔽されるのです。』
http://homepage1.nifty.com/eggs/houhou/juyou/taikoronri_1.html

484烏蛇 ★:2007/07/23(月) 19:29:39
 元非モテ氏の>>473-474へのレスは、イカフライ氏の>>477への返答があるまでひとまず保留にしておきます。

>>478-479 jack氏
 「同調圧力があるかどうか」という話は、「誰が弱者なのか」という話と同じくらい曖昧です。例えば、私自身は普段の生活の中で「恋愛への同調圧力」を特に強く感じることはないんですが、別の人が私と同じ対他環境に置かれた場合、「恋愛しろという同調圧力を受けている」と感じるかもしれません。これだと結局、主観の問題に終始するしかなくなっちゃうんですよ。

 従って、「同調圧力が悪い」(圧力をかけている側は強者だから反省すべきだ)という話になると、「同調圧力なんて本当にあるの?」(本当に私が悪いの?)という話になり、最後は主観の問題に帰結します。これを「より声の大きい方が勝つ」というパワーゲームにしてしまうのは、私は好ましくないと思っています。

 ですから、まずは「どうして、このような言動に圧力を感じるのか?」というところから解きほぐしていくしかないと思うんですね。
 要は、短絡的に「どっちが悪い」という話に持っていかないことです。

485イカフライ:2007/07/23(月) 19:54:19
>>478

jackさん

>基本的に、問題は周りの圧力だと思うんですよね……

 これに関しては、>>325でナツさんが
>>335でななしさんが既にお答え済みだと思うのですが。
 他人に下駄を預けるようでなんですが、お二人とも私よりずっと文章が上手いし、頭の良い方なので、私が下手なこと書くより、読み返すと解りやすいですよ。

 つうか、
>余計な同調圧力
と言われますが、私も含めてここにいる一体誰が「恋愛すべきだ」「恋愛した事が無い人間はおかしい」などという『同調圧力』をかけているのでしょうか?
私には、全くそういう意見は読めませんが。
勿論、ここのサイト参加者と世間一般ではかなり違うことは解っています。

 私も余計な同調圧力は解体した方が良いという考えです。
そして、今の世界は、かつての同調圧力はかなり解体されているように見えます。
例えば、今、30歳以上の独身者は珍しくないですが、せいぜい3―40年位前までは、特に女性が30過ぎまで独身でいる、なんていうのは稀有な例でした。
男性でも結婚して家庭を持たないと半人前、という同調圧力がまかりとおっていたし、実際、結婚しないと管理職になれない、なんてサラリーマンの世界では当然ですから、女は25歳、男は30歳にまるまでには周囲に結婚させられていました。
また、女は結婚して子供を産むのが仕事、家事は女がするもの、という同調圧力の為、不妊の女性の立場は今では考えられないくらい肩身が狭く辛かったし、共働きの女性は、家事育児の負担(これは今でもありますが)以上に周囲の同調圧力が辛かった。
今、共働きでは料理を交代で作ったり、忙しい時は外食することにさほど周囲の批判はないですね。

で、恋愛に対して、こんな同調圧力があるのでしょうか?(それこそ、タリバンの女性差別並みの)
モテない人って、タリバン政権下で教育を受けていた女性並みの迫害されているんですか?

486イカフライ:2007/07/23(月) 20:40:44
ごめん>>484を読む前にカキコしてしまった。

烏蛇さんのレスも含めて同調圧力に関して。
どんなコミュニティでも多数派が中心になるのは良し悪しを別として必然ではあるんだ。
例えば、ある人と話す時、初対面だったり、さほど親しくない場合、いわゆる一般的な話題を振らない?
で、子供の話とかになった時、その人の子供が6歳の男の子だと聞いたら、「じゃあ、「ムシキング」とか「ゲキレンジャー」とかすきなんじゃない?」とか、とりあえずその年頃の男の子に人気が有りそうなものを上げたりする。
大抵は、それに当てはまるけど、でも、昆虫が嫌いで戦隊モノに興味が無い6歳男子もいるよね。
学生時代とかでも、クラスメートで話題になるのは、その時、視聴率の高いテレビ番組とか、今ならゲームかな?
これは、世間一般とかかなりかけ離れた狭いオタクの世界でも通じることで、例えばオタ腐女子の私が、オタな世界の常識を知っている人に
「最近、某野球マンガに萌えMAXで」
と言っても、私のブログやmixi日記読んだり、リアルでオタ友している人でない限り
「ああ、おお振り(「おおきく振りかぶって」)」
と言うでしょう。実際には「アストロ球団」ですけれどね。

 で、このルールにあてはめて見ると。
 25歳から30歳位の人は「現在恋愛中」もしくは「過去に恋愛経験あり」という人が割合的に多い。
 恋愛していて当たり前、というのは、つまり統計の問題なんだよね。
(勿論、なかにはおせっかいな人がいて、とにかく付き合っている相手がいなくては不幸だ、という信念の元、頼みもしないのに合コンや紹介をセッティングするのかも知れないけれど、普通は若いときにはそれより自分の恋愛で忙しいケースのほうが多くないかな?)

 この同調圧力ってヤツをどう感じるか?が問題だと思う。
 例えば、このうちで「若い女性ならおしゃれとか一番興味があるでしょう」というのもある。
 私は人に身奇麗にとか言っておきながらなんですが、おしゃれというものに興味が無いし、その楽しさもわからない。
自分にとって装いというのは社会人として必要なルール・義務だから仕方ないだけで、だから休日はスッピンだし、それどころか、外に出る用事が無ければ一日でも寝巻き兼用ジャージ。
これは若い頃から変わりません。
 多少(といっても世間平均の100分の1くらいでしょうが)おしゃれしてみても、面倒くさいだけしか感じない。
 そうなると、おしゃれしなきゃいけないんだ、とかは思わないんですよ。

 なんか、ダラダラ長い雑談になったけど、つまり同調圧力っていうのを、必要以上に重く感じるか、それとも、あーそう、程度に受け流せるかは、受ける側の問題というか、価値観じゃないのかな?

487ナツ:2007/07/23(月) 21:33:12
>>480
>ナツさんあたり正当性って言葉をイデオロギーっぽい語義で使ってないんじゃないかなあ……。

うん、違いますね。MK2さんのいうところの「生活感情のなかからわいてくる情を基盤とした暗黙のルール」の方が近いです。もちろん、それを突きつめて体系化すれば「イデオロギー」にもなるわけですが、今「非モテに弱者としての根拠が必要」と言っているのは、そこまでお堅い話じゃありません。
端的に言うと、モテないことは、そこまで特別に「かわいそう」なことなのか、という話です。

たとえばムゲンプチプチさんの説(>>450)のように、「強者としての既得権があるのにそれを行使できない苛立ち」が非モテの本音だとすれば、そんなものはななしさんも仰るとおり議論に値しないわがままです。
「イケメンばっかり女を自由にして、女に偉そうにふるまえるなんてずるい。俺も男に生まれた以上は女に対していばりたいのに、女は俺を馬鹿にするから許せない」
要はこういう話ですから。こんな「弱者様」を救おうなどという気にはまったくなれません。つまりこれは「非モテが救われるべき正当な理由」にはならないわけです。
だから、「非モテの苦しみは単なるわがままなのか、それとも、社会が救うべき切実な苦悩なのか」が見極められるまでは、非モテに下駄を履かす(気を遣う?)理由もない、ということになります。

488s:2007/07/23(月) 21:35:47
「心頭を滅却すれば火もまた涼し」論は全ての事象を解決するけど
実際に解決できたのを見たことがないなあ。

489ナツ:2007/07/23(月) 21:37:19
というわけで、元非モテさんへ。
ここで見解を述べると、わたしは非モテを「弱者」と定義するのは、彼らをさらに追いつめるだけだと思ってるんです。
「モテないことは全然たいしたことじゃない、恋愛なんてしてもしなくてもいい、価値観は多様でいいのだ」という世界こそ、非モテ(マイノリティ)にとって暮らしやすい社会のはずです。
それなのにあえて非モテに弱者(恋愛弱者)としての印をつけることは、「恋愛・結婚をする人たちが正統」と認めた上でないと出て来ない発想です。それは「恋愛や結婚こそ正義」という価値観をより強固にするだけだと思います。

たとえば同性愛者の場合。彼らは「異性愛者になりたいけどなれない」人たちではない。「同性愛者というマイノリティの存在を認めろ」という立場です。彼らは性的少数者ですが立ち位置が明確に定まっている。非モテの場合はここが曖昧なのです。
曖昧なままでは話にならないので、大ざっぱに分類するとこうなるかと。

(1)「恋愛・結婚したいけどできない」人たち
(2)「恋愛・結婚したくない(しなくていい)マイノリティの存在を認めろ」という人たち

砕ける花さんは解脱派と仰ってるので(2)ですね。これならば、クィアやフェミニズムの理論を援用する余地もあると思います。「恋愛や結婚だけがこの世の価値ではない」という意識がしっかりしているからです。
ただし、「恋愛・結婚したくないマイノリティの存在を認めろ」というからには、当然非モテ側も「恋愛・結婚をする人々の存在」を認めなければならないはずです。
お互いを認め合い尊重し合って共存しましょう、いろんな生き方があってもいいだろう?と主張すること。これならば社会に受け入れられる余地は充分にある。
そして、「恋愛・結婚したくない人」を「恋愛・結婚する人」と同等の地位におくことを主張するからには、「弱者としていたわれ」という要求自体がこれとは矛盾する、ということになります。同性愛者が、「欠陥のある人」としていたわりを受ける存在ではなく、異性愛者と対等な存在であるように。

次に(1)です。「恋愛・結婚したいけどできない」非モテについて。
恋愛や結婚が一人ではできない性質のものである以上、このタイプの非モテに残された道は、何とか努力して伴侶を見つけるか、(2)のスタンスの非モテに切り替わるか、それともまったく新しい理論を発見してパラダイムシフトを起こす=「個人的なことを政治的なことにする」か。
最終的には、このどれかしかないと思います。

しかし前述のように、「恋愛・結婚したいけどできない」タイプの非モテは、俺は弱者であると声を張り上げれば張り上げるほど、恋愛・結婚している者の「強者としての地位」や価値観をより強固なものにし、自分の首を絞めるだけという自縄自縛に陥ってしまいます。
非モテを「社会的弱者」と認定することは、たとえそれが可能であったとしても、彼らを「恋愛や結婚するのがスタンダードなのに、『それができない』哀れな欠陥人間」という地位に追いやってしまうのではないのか。その上で得た同情やいたわりなんて、非モテにとって何になるのでしょうか?
金やモノに欠乏している・就職差別で仕事がない、等と違い、同情では恋人や妻は供給されないのだからまったく意味がない。障害者に近い存在として特殊化させ、アンタッチャブルにするだけです。これでは弱者認定されるだけ損ではないのか?ということです。(MK2さんも似たようなこと言ってましたね)

そういう意味から言っても、わたしは非モテの弱者認定には反対なんです。ただし、非モテ自身がいわゆる「恋愛障害者」として、障害者のように扱われることを望んでいるならば話は別ですが。


というわけで、ここで話されている「非モテ」とは、一体どちらなのか?と言うのが今さらながらに重大なポイントだと思うわけです。というか、以前の非モテ論争もここで混乱したような気がする・・・。
わたしとしては、myfootさんの書き込みから一連の話が始まっている以上、(1)の非モテを中心にして語るのが筋ではないかと思うのですが。まあ、大ざっぱな分類ですから(1)の中でもまた細分化されるでしょうけど。どうなのでしょうか。

490jack:2007/07/23(月) 22:25:50
んー、そもそも、恋愛ごとって、デリケートでプライベートな話題だと思うんですよねぇ。
無難な世間話ではなくしていった方がいいんじゃないかと思うんですよね、今のままなら。
女性の歳とか体重とか、既婚未婚離婚とか、子供の有無とかむしろ産めないのかとか、
母乳かミルクか混合かとか、お住まいどちら?持ち家?賃貸?年収いくら?とか。
ゃ、まあ、普通の話題ですかね、でも、あんまり無難でもないですよね。
ある程度、それに関して考え方を探ってから持ち出すべき話題というか。
本当は変な偏見さえなくなったら無難になるんでしょうけどね。
恋愛経験って、その程度にはプライバシーに関わる微妙な話題だと思うんですけども。

まあ、「私は経験も興味もないんだ、ごめんねー」っていって、納得してもらえるなら良いんですけど。
特に非モテ界隈の話見てると、強がり扱いされてること、多くないですか。
「恋愛しないんじゃなくて、出来ないんじゃないのー?」って言われたらそりゃ否定は出来ませんけど、
それ認めるとアドバイス大会が始まっちゃったり、何でみんな自分の経験から俄アドバイザーになりたがるんだ。いやそうじゃなくて「出来ない(って試したことないからわからんけど)かつ、したいと思ったこともない」なんですってばとか……

# ああでも学歴差別で悩んでる人に、「進学しなかったんじゃなくて合格できないんじゃないのー?」とか「今からでも遅くないよ!勉強すれば国公立ぐらい入れるって!まずは努力しなきゃ!」なんて言うひとは、あんまりいませんよね……余計なお世話ですよね……過去の私は周りの人間運がよくなかったんだな、きっと……いやでも事恋愛に関してだと結構そういう人多くないっすか……そんなことないっすか……てーか、社会の問題ってその程度の半径数メートルが全てだったりで、就職とか転職とか職場移動とかでそうでない環境もあるって知れば結構やり過ごせるんですけど、最初の環境がそうだと、他の価値観の存在を知らないから結構しんどいですよね……んで、恋愛に関係ないはずの趣味の世界で一息つこうと思ったら、何故か、「リアルで恋人いたり恋愛経験もあるけど、やおいも好き、というのと、カレシ居ない歴=年齢の喪女が、現実の男の代わりにやおい幻想を性対象にするのとは違うよねー」とか言ってる人がいたりして、何でこんなとこでまでそんな妙な差別化してはるねんとかびみょーな気持ちになったりね……関係ないですやん、何が違いますのん、リアルの恋愛経験あったらそんなえらいんですか、みたいな……はは。

491acorn:2007/07/23(月) 22:31:15
>MK2さん

了解です。
読みたいですけど、萌えの昇華の方が絶対に大事です。
流れ的に投下可能ならで構いませんのでお気になさらず。


>jackさん

もっと個人個人の価値観が相対化されればいいってことでしょうか?
私はそれを望んでるんですけど、でもそれが行き過ぎたらかなり殺伐とした社会になるのかもなあ、とか、人って個人の自我を確立できるほど果たして強いものなのだろうか、とか考えてしまいます。私は価値観の多様をより求めているし、現に今の私はその多様性の恩恵を受けている訳だけど、果たして周りはどうなのだろうかと。
まあ、事が性にかかわることだけに、私は非モテの疎外感っていうのかなあ?そういうものに共感抱いてしまいます。自分のセックスを肯定できないなんて悲しいですし。


>ゆうかさん

私宛の長文レスありがとうございました(笑)
私とゆうかさんの考えは、ゆうかさんが非モテ=弱者になりたがっているととらえていること以外は違わないように思うのですが、どこか他に違いがありますでしょうか?
で、一つだけいいですか?
ゆうかさんは非モテ男性が感じている苦しみを精神疾患と同じレベルに考えている?
非モテ男性の一部は病んでいて極めて弱者であるとゆうかさんが考えているようにとれるレスだと私は感じたけど、それは違うというならフォローお願いしますね。私のためだけでなく、これを読んでいる非モテ男性のためにも。
私は周囲の人間から「このゴーマン女!」と揶揄されることもありますが、一部の非モテ男性が見せたネット上での行動だけで(それが例え行き過ぎたものだとしても)、彼らをミュンヒハウゼン症候群やその他のものを引き合いに出して語るほど傲慢ではないはずですのでw
いや、ゆうかさんの見解がそれならそれでいいんですが。

492元非モテ:2007/07/23(月) 22:50:19
>>477
>これを言うなら「モテるから」「かわいい(外見が)から」といっていじめられる例もいくらでもあるわけですよ。
私はそのような例を全く目にしたことはありませんが、「学歴強者」の
レッテルゆえに理不尽な目にあった経験から類推するに、そういうことも
おそらくあるのだろうとは思います。
ですが、それとこれとは関係のない話だと思います。たとえば、
「モテるから、モテないから、どちらを理由にするいじめにも対策を取るべし」
と言ってしまえばそれで済むからです。

>確かに正論ですが、その正論が届かない人が多いのが非モテです。
いや、それは非モテに限ったことではありませんよ。
深刻ないじめや虐待の被害者であっても、内心の苦痛から逃れるためには結局
相手を精神的に乗り越えなければならない。だけれども、そのことを当人に
伝えることがたやすいと思いますか?

>視点を変える、というのは、具体的に堂いう事なんでしょうか?
>例えば、私は別に恋愛なんかしなくても、好きなことを見つけてそれなりに楽しく過ごせば、と言うのですが、どーも、これは違うみたいです。
>じゃあ、頑張ってカレカノ作ろう、というと、別に恋愛したがっているわけじゃないと言われる。
たとえば、こう考えてみてはいかがでしょう。
東大に行けば人生バラ色だと言い聞かされて育ち、そう信じ込んでいる受験生が
いた。ところが彼は浪人を何度重ねても到底合格できそうもない。
そんな人に、たとえば私がどんな慰めをかけてあげられるでしょうか?
「東大なんかに来なくても、幸せな人生は送れるんだよ」
「もっと努力するしかないんじゃないの。どうしても通りたければ」
私はとてもそんな残酷なことは言えません。それを言われた人がどれほど
絶望して怒り狂うかあまりにも想像できてしまうから。だいたい、そんなことを
いう自分が別に大して「努力」なんてしていなかったことも痛いほどよく
知っています。自分が学歴を手に入れたのは単に環境と運に恵まれていて
それに人並みの努力を積み重ねただけだということも。
彼に今、必要なのはいったい何なのでしょうか?
どうして彼はそんなに不幸なんでしょうか?

ちなみに私が非モテを気に病んでいたのは、周囲の人が
「恋愛ができない奴は人格に問題がある」
「恋愛ができない奴は不幸だ」
「恋愛も仕事も基本はコミュニケーション能力。モテない奴は仕事もできない」
と言っていて、それを信じ込んでいたからなんですね。
で、死ぬ思いで社会に飛び込んだら世の中は意外なほど甘かったので、
生まれて初めて正気に戻れた気がした、というのは以前に書いたとおりです。

まさに>>482でゆうか氏が
>それは本当に世間一般に縛られているのか、それとも、自分の周囲のたった数人の人に縛られているのか、
考えてみる必要があるのではないでしょうか。
と書かれている通りです。ところが厄介なことに、あまりにも若かった私にとって
その「たった数人」は、私の知っている世界の全てを支配していました。
若者の社会には、どこに行ってもこの手の人たちがいるといっても過言ではなく、
そしてそういう人たちが場を仕切っていることはかなり多いのです。

さて、先の受験生君にはどうしてあげたらよいと思われますか?

493元非モテ:2007/07/23(月) 22:52:06
>>480
>えーと……じゃあ元非モテさんはなにを問題にしてるんだろう……。
そうでしたね、だんだん話がずれてきましたが、
「この掲示板でmyfoot氏やs氏に心を開いてもらうには他のやり方があるのでは」
と皆さんに問いかけたのが発端でした。その過程で
「一面では自分を強者と自認し、また弱者と自認していたお前は何者だ」
という問いが与えられたので、それに答えている感じでしょうか。

>俺定義だと、元非モテさんのおっしゃる正当性って「イデオロギー」って言葉でした。
ああ、なるほど、「イデオロギー」は適切な言葉ですね。
白状すると私は、他の人が主張する「正当性」がさっぱり理解できないことが
多いし、私自身が主張する「正当性」を人にわかってもらえないことも多い。
それで「正当性」というものをどうしても冷めた目で見てしまうんですね。
確かに「イデオロギー」という言葉で置き換えるとしっくり来ますね。
「イデオロギー」ってのは、どんな立派な言葉で練り上げても、いや、
立派な言葉で練り上げれば練り上げるほど、人の耳に届かないのです。

>>487,>>489
>端的に言うと、モテないことは、そこまで特別に「かわいそう」なことなのか、という話です。
(略)
>ここで見解を述べると、わたしは非モテを「弱者」と定義するのは、彼らをさらに追いつめるだけだと思ってるんです。
ええ、おっしゃることはわかります。それは社会全体というマクロな視点で
捉えた上でのお話ですよね。だからこそ私は、マクロな視点からの話を
「保留」にしてあるわけです。ちょっとその辺はよくわからない。

>だから、「非モテの苦しみは単なるわがままなのか、それとも、社会が救うべき切実な苦悩なのか」が見極められるまでは、非モテに下駄を履かす(気を遣う?)理由もない、ということになります。
そうです。そうだとすれば全然ないんです。だから私は別に自分の主張が
「正当性」を持っているとは全然思っていません。

ただ、例えば
「野球に青春を捧げたけれどどうしてもプロにはなれなかったアマ選手」
のことを考えてみてください。彼らは輝かしいはずの青春を汗と泥にまみれた
貧乏暮らしだけで過ごしてきたかもしれない。なぜなら彼らにとって野球とは
人生の全てを意味したのだから。しかしその道も絶たれてしまった。
彼らの中には、「自分は人生の最大の輝きをむざむざ捨てた」と自分を責め
苛んでいる者もいるかもしれない。
こういう彼らは「弱者」ではないと思います。時が過ぎればいずれ立ち直れる。
そして辛い経験をバネにして、人よりも強くなれるチャンスがいくらでもある。
でも、今この時点では、彼らはとても「かわいそう」な人かもしれない。

彼らに大して赤の他人としては
「いつまでもふてくされてないでさっさと仕事探して働け」
と言ったところで、全然悪いことはないと思うんです。
ただ、その場合逆恨みを買うことは避けられないでしょう。
だから、普通の人はそんなことは言わないと思うんです。

そういう「政治的判断」自体はアリなんじゃないかなあ、と言っているだけなんです。

494ななし:2007/07/23(月) 22:53:03
>>489のナツ様の意見に賛同の意を表します。
また、ここで問題にすべき「非モテ」は、その多くは(1)に属するタイプではないかと思います。
ただ、一部に(2)を主張しておきながら、「マイノリティ」=「社会的弱者」と「勘違いをして」いて、「弱者なんだから気を遣え」的な発言をしている「非モテ」がいる事も事実なので、その取り扱いをどうするか、でしょうね。
(1)と(2)は、立ち位置やその思考もぜんぜん違うものですから、それぞれわけて議論しないと、ごちゃごちゃになるので、意識的にわけて議論すべきだとは思いますが。まとめて「非モテ」としてのみ取り扱うと、おかしなことになるような気がします。

しかし、「マイノリティ」=「社会的弱者」なら、私も「弱者」扱いされたいなぁ(笑) 私、「左利き」なんで。「右利き社会」の「同調圧力」は凄いものがありますからねぇ(笑)

495イカフライ:2007/07/23(月) 23:41:33
>>492-493

元非モテさん。

 質問に質問で返すのはなんですが、あなただったら、その受験生や元・野球少年になんて言いますか?

 私は一言「いつまでも甘えてるんじゃない!」です。
 ひどいヤツだと思うでしょう。けれど、立ち直るにはこれしかないのです。

 受験やスポーツではないですが、私も自分がこれこそというか、これしかない、と決めた道はありました(具体的に何か、は、避けますが)。
もしかしたら、恋愛にさほど悩んだ記憶が無いのは(いや、それなりにはあったと思いますよ。学生時代はカレシの一人もいないままで社会に出たし、はたちの時の失恋はかなり苦しかったし、でも、あまり記憶鮮明じゃないんです)恋愛より、それが大きなウエイトだっからかもなあ、と今思いついた。
 例を野球にとりましょう。
 プロを目指す人は、それこそハンパじゃなく厳しい練習を日々重ね、同年代の子たちがやっている遊びも、場合によっては勉強も犠牲にして、汗と泥にまみれた青春時代を送ります。
そうして、血の滲むような努力(ああ、どうしてこういう暑苦しいスポ根表現しちゃうんだ、自分(ーー;))の結果、プロに入団出来たとしても、思わぬアクシデント(ケガ等)で、または、能力が伸びずに、二軍止まりで自由契約、なんて人はいるでしょう。
そうして社会に放りだされた時、自分は野球以外の生き方なんて考えたことが無い、野球以外のスキルがない、授業も出ずに部活やっていた(実際、甲子園の名門校なんかはあるようですね、こういうの)から、むしろ、一般の社会的教養も無い。
一体、自分の青春ってなんだったんだ、今までの人生ってなんだったんだ。
これからの自分の存在価値なんて考えることすら出来ないかも知れません。

 それでも、人は生きていくのです。
 
 中には絶望して自殺する人、自暴自棄になって犯罪に走ってしまう人もいるかもしれません。
 けれど、きちんと仕切り直しをして、自分の身の丈を知って、新しい人生を歩み始める人もいます。
 
 ここに上げた二軍で終わったプロ野球選手の例は、彼にとっては悲運な人生かも知れませんが、冷たいかも知れませんが、彼はプロとしての能力が無かったんです。
これは役者だってマンガ家だってシンガーソングライターだって同じです。
自分の青春犠牲にして、全てをそれにかけて、それでも報われない人生はいくらでもあります。
不運はあるでしょうが、運も才能のうち、って言うでしょ。

 物事って努力しないとなしえることは出来ない、けれど、努力しても出来ないことがあって当然です。
 世界の残酷さと理不尽さを受け入れて、それでも、死ねないから生きていく道は自分で見つけるしかないのではないでしょうか。

 まあ、これは私がこの年だから言えることかも知れませんが。
 年を取るって、諦めることかも知れないし、ね。

496イカフライ:2007/07/24(火) 00:14:18
>>489

>ナツさん

>同性愛者の場合。彼らは「異性愛者になりたいけどなれない」人たちではない。「同性愛者というマイノリティの存在を認めろ」という立場です。彼らは性的少数者ですが立ち位置が明確に定まっている。非モテの場合はここが曖昧なのです。
 彼らの立ち位置があいまいなのは、自分たちでもはっきりと解らないんじゃないからなんでしょうかね。
 同調圧力の話が出ていますが、私は、jackさんやかつての元非モテさんが、どうしてそこまで恋愛「だけ」の同調圧力に拘っているか(これはななしさんもご指摘されていますが)と思うんですよ。
 これは、非モテの方々と話された非・非モテ(とりあえず、こう言いますね、必ずしもモテというのは不正確ですから)が良く言う
「結局、恋愛に一番拘っているのは、非モテ自身じゃないか?」
というのがひとつの答えじゃないかと思うんです。

 非モテも一枚板ではなく、さまざまな立場があるのでしょうが、共通して言えるのは「今までは恋愛経験が無い」ことですよね。
これは、元非モテさんがあげられた受験生や野球少年の例を見てなんですが、その人が望んで望んでやまない、けれど、手に入れられそうも無いものに当たった時、なかなか人は諦められません。
そこで、何かのせいにする、というのは、ありがちじゃないでしょうか?
 恋愛したい、ということを認めると、すさまじい努力をしないといけなそうだ(しかも、報われない確率も多い)それは嫌だ、けれど、自分の欠落を受け入れることが出来ない。
 じゃあ、悪いのは自分じゃなく、自分を受け入れない社会だ、ということになります。

 というのはね、実は、非モテを排除している勢力ってどこにいるのだろう?
 具体的な反対勢力が明確じゃないのですよね。
 自意識の問題だ、というのは元非モテさんも言われていますが、「恋愛・結婚したくない(しなくていい)マイノリティの存在を認め」なきゃいけない人達と言うのは自分自身じゃないのかなあ。

497jack:2007/07/24(火) 00:17:30
イカフライさんって、妙に非モテに対して悪いイメージ持ってらっしゃるなぁ、
これまでよっぽどろくな非モテさんに出会えなかったのかしらと思ってたのですが、
(ええ、味噌な非モテさんが「これまで余程ろくな女に会えなかったのだろう」と推測される如く)
単に、自分で挑発してらしたからなんですねぇ……そりゃ、非モテでなくても酷い対応になります罠。
崖っぷちに立ってるうつ病の方のおしりけっ飛ばして「彼には生きる力が足りなかったのね、お気の毒に」とか仰る感じですねー

498イカフライ:2007/07/24(火) 00:35:40
>>497

多分、jackさんのイヤミなレスは、私の>>495への皮肉だと思いますが。
 じゃあ、あなたはその受験生や野球少年になんて言いますか?

 これはあくまで私の考えなので、良いとも悪いとも言えませんが、私が彼らのような立場だったら(かつてそうだったこともあります)
下手な慰めを言われたり、はれものに触るような扱いをされるのが一番嫌です。
むしろ、「お前は甘えているだけだ、才能がなかったんだから」
と言われたほうが良いですね。

 ちなみにうつ病は、ちゃんとした病気ですよ。
 東大に入れない受験生やプロのなれなかった野球少年とは違います。

 ところで、jackさんは自分の愚痴を言いたいだけなのでしょうか?
それとも対話をしたいのでしょうか?
私は、時間がある限り、自分宛てのレスには返答しています。
 何度かjackさんにレスした記憶があるのですが、きちんとした返答を頂いた記憶が無いのですが。

499jack:2007/07/24(火) 01:10:46
あ、私が「恋愛」に拘っているように見えるとしたら、それまで周りが寛容だったのに
社会人になって初めて意識した同調圧力が「恋愛」だったからですねー、きっと。
学歴そこそこですしー、オタク友達に恵まれてたから趣味系の圧力あんまりなかったですしー、
だから、違う環境にいたら違う同調圧力に拘ってたかも知れませんねー。
あ、そういえばタバコの煙キライですしー、体育会系な飲み会圧力もキライですよー。
ジェンダーバイアスとか産む機械とかもむかむかしましたねー。
でも、そっちの話題だと結構私が言いたかったことって、既に言い尽くされてたりするんですよねー。
てゆーか、今ここで恋愛の話題に拘っているのはここが「非モテについて」というスレだからですな。
もしもホームレス差別について何か言いたくなったら、その話題に相応しい場所に行きますって。
今はここで話してるから、特に恋愛についての思うところを捻り出してるわけですもの。

あと具体的な勢力ってよく分かりません。
たいていの場合は、自分の周囲半径数メートルにおける「常識」とか「ノリ」が目下の問題だと思うので。
ご自分の周囲にたまたま圧力がないからといって、圧力が存在する場が存在しないとは言えないです。
いろんな圧力が、それぞれムラのある分布をしてるよなーと思ってるので、その場所を動けないときには
(或いは、圧力が均一だと思いこんでしまって動かない無気力を学習しちゃったりとか)、しんどいだろうなーと思います。
個人的には、今圧力が高い人間を変えるのは無理だろうから、若い辺りから拘らない人が増えていって、
いろんな圧力の薄いところが増えていけばいいなーとは思いますが。

私だったらどう声を掛けるか……?
多分、そもそも声かけないと思います。
そもそも私は自分から人に声を掛けるような人間ではないですしねー。
もしも、自分が、声を掛けられる方の立場だとしたら、暫くほっといて欲しいでしょうし。
分かり切ってること云われるのって、「上手いこと言ったつもりだろうがそれを言うのはお前で百万人目だ!」(うろ覚え)って気分になりませんか。
自分だったら、なんか事務的な用件とかあるなら別だけど、それ以外でわざわざその件に関して他人に何か言って欲しいとは、暫くは思えないだろうなーと、想像します。
暫くして、落ちついてからなら、叱られたくなったり甘えたくなったりして誰かに相談しに言ったり愚痴ったりするかも知れないですけど……。
あー、端から見て病的に精神状態崩してたら家族当たりには病院に連れて行くとかして欲しい、かな。そんなくらいで。
てか、私は、自分に誰かを「慰める」ような力があるとは思えません。
たまたま、関わってれば、何かの切欠になることは有るかもしれませんが。

だから、イカフライさんは何でわざわざ自分から首つっこんでいくのか、よく分からないんですよね。
うざいと思うなら、基本関わらない方が、お互いの精神衛生上良さそうなものですのに。

500jack:2007/07/24(火) 01:24:09
あ、相談相手はよく考える必要がありますよね。
間違っても、イカフライさんのような方に相談しないように。
多分、お互いに傷つけあって「何でアイツはこんなこともわからんのだ!」と
苛々するだけの結果になりそうですから(^^;)

501s:2007/07/24(火) 02:18:15
「個人の体験」を根拠無く一般論に拡張して押しつけるのを宗教ってゆうよ。

「よかれと思って言ってやったのになんだその態度は!」
「あなたはあなたの考えるオリジナル善行が全ての人に受け入れて
もらえると思っているのですか?例えあなたがやあなたの知る人が過去に
そのメソッドでうまくいったとしても、それは個人の体験であって、万人に
適用できる物かどうかは全く判らないのですよ?」
「よかれと思って言ってやったのになんだその態度は!」

502s:2007/07/24(火) 03:41:02
>私は一言「いつまでも甘えてるんじゃない!」です。
>ひどいヤツだと思うでしょう。けれど、立ち直るにはこれしかないのです。

この文章から溢れ出る自己陶酔感。自分が気持ちよくなりたいだけの説教厨のそれだね。
徹底的に欠けてるものがあるよ。そんなじゃその言葉にうすうす気付いてる奴だって
受け入れられないね。むしろ害悪だ。今までの調子じゃなぜだかもわかるまいよ。

503えむけーつー:2007/07/24(火) 09:06:22
>万人に適用できる物かどうかは全く判らない
いや、それが。だいたい適用できるんですよ、これが。
むしろ「適用されたくない」という強い意志でもないと、自動的に適用されてしまう。
で、適用されないとどうなるかっていうと、変人って呼ばれるわけです。
変人はですね、本人はけっこう気分いいです。まわりが迷惑しますが。

504ななし:2007/07/24(火) 10:52:40
>>499-500 jack氏。
>>501-502 s氏。
感情的反発を根源とした、「理屈めいているようで、その実は単なる個人攻撃」な発言は、私が、>>344-382あたりにて、元非モテ氏に対して行っていたものを見ればわかる通り、
「滑稽」
以外の何ものでもないので、控えられた方がよろしいかと思います。

505烏蛇 ★:2007/07/24(火) 12:11:16
>>473-474,>>492-493 元非モテ氏
 うーん…… 要するに仰りたいことは「『弱者』であるかないかに関わらず、一時的に傷ついてたり落ち込んでたりする人にはそれなりの配慮をしようよ。その人が良いか悪いかは置いといてさ。」みたいな話なんですかね? でしたら、趣旨としては分かります。いじめ問題などと単純に繋げるのは問題がありますが。

 ただ、イカフライ氏の>>495を見てお分かりの通り、そういう態度を取れない(あるいは取りたくない)人も居て、そのこと自体を安易には責められないわけですよ。「非モテ」は「恋愛への同調圧力で傷ついている」と言うなら、イカフライ氏だって「非モテの暴言で傷ついている」とも言えるわけですし。
 ですから、元非モテ氏の方法論だと、この「配慮なんてしてやるもんか」って言ってる人達にどう納得してもらうか、って話になってくるんじゃないかと思うんですね。それを「政治性」だけで押し切るのは無茶のような気がするんですが。

 「傷ついている」という話を持ち出した途端、「不幸自慢競争」か「ルサンチマンの連環」が起こってしまうのは、現時点ではどうしようもないんじゃないでしょうか。そもそも、他人の「傷つき」を人間はそんなに簡単に共感できやしませんし、他人の傷より自分の傷を重視してしまうのは当然といえば当然でしょう。
 ですから、「いかに傷ついているか」という話はお互い保留にした方がいいんじゃないかと思うんですけどね。それを言ってたらいつまでたっても「ルサンチマンの連環」から抜けられません。

506( ´∀`)さん:2007/07/24(火) 12:17:22
>>504
それを言うならイカフライ氏も同じじゃね?

イカフライさんってこの件についちゃもう結論出てんだよね。
あいかわらず自分の言い分に都合の良い狭い範囲の非モテを想定しては
あいつらイタイ、自分の狭い年寄りの世界前提に自分は全然恋愛圧力なん
て感じない、非モテの悩みは単なる自意識過剰、ずっとそれしか言ってない
じゃん。そういや最初はコミュニケーション力がないからつけろだったな。
っちゅうか、このスレッドのそもそもが烏蛇さんとイカフライさんの齟齬を明らか
にするためだったっけか。これってイカフライさん釣ったってこと?
その齟齬が分かってその上で言ってることってもう単なる主張にしか過ぎなく
ないか。
んでそれもう自分のブログに書いちゃってるし。
これ以上ここで何が言いたいわけ?
>>317でも言われちゃってるけどそれ無視だし。
>「『一旦引く』ことを選択肢に持っていない」
>「あくまでも自分の側の相手に対する接し方・話し方は変えようとしない」
>「なおかつ自分の発言の意図がそのままに受け入れられることを望み、そう
でないことに異議を唱え続ける」
これ全部あんたじゃん。
自分のブログで「非モテは謙虚さが足りない」って言ってたけど、それも当てはま
らなくね?
イカフライさんはナツさんやななしさんと自分の立脚点同じに考えてんだろうけど、
はたから見たら言ってること全然違うし。
今はナツさんとななしさんは議論の前提になる枠のこと言ってるのに、イカフライ
さんは全部自分が出した答えになるよういろんなところから例をひっぱりだして無
理やり証明してるだけ。
結論も今のところはナツさん・ななしさんと同じように見えるかもだけど、背後にある
ものが全然違う。扉が開いてないんだよな。

507s:2007/07/24(火) 13:15:01
>いや、それが。だいたい適用できるんですよ、これが。
>むしろ「適用されたくない」という強い意志でもないと、自動的に適用されてしまう。

はい。それはおっしゃる通りで。でなければ「教育」とか出来ませんし、
「世間一般の常識」や現実にあるような規模の大きな宗教も成立し得ませんので、
だいたい適用できるのはわかっております。
要は「個人が個人に説得という名の洗脳をかける」という実効性を鑑みずに
ただ「自分の嫌いな部分を他人に投射して罵倒する事により自尊心を安定させる」
という行為に対して、「お前のやっていることは俺のそれと同程度の醜悪さと異形さを持つ。
お前も俺と等しく単なる怪物だ」と指摘している途中です。

>「滑稽」
>以外の何ものでもないので、控えられた方がよろしいかと思います。
滑稽結構コケッコウ。どうぞどうぞ俺の個人攻撃の空回りぶりご嘲笑下さい。
自分に他人を嘲笑させるだけのコミュニケーション能力があったことを感謝します。

>「配慮なんてしてやるもんか」って言ってる人達にどう納得してもらうか
同じモンスター同士に納得や和解なんか無いよ。
くそみっともない泥仕合を続けて、体力が無くなったらその個体はリングアウト。
でもそれぞれ同じような控えのモンスターはごっそりいるので醜い殴り合いは未来永劫続くよ。

508しぎこ:2007/07/24(火) 14:53:33
>>495 イカフライさん

>私は一言「いつまでも甘えてるんじゃない!」です。ひどいヤツだと思うでしょう。けれど、立ち直るにはこれしかないのです。

うーん…私も、この例えでの「これしかない」という断定には違和感を感じるなあ;
厳しい事を言う事によって挫折した人を励ませるのは、よっぽど当人にとって「特別な人」、恩師であるとか、いつもは寛容な家族や親友であるとか…よっぽど信頼関係があって「ああ、これは愛の鞭なんだな」と言われた側が悟れる場合に限られるんじゃないかと思います。
例えそういう特別な絆があったって危険な賭けであって、言う事によって絆そのものがぶち壊れる可能性もある。

もちろん、その人が失った夢にこだわって働こうとせずお金をたかってくるとか、「お前が協力しなかったから俺は失敗した」とか言い出したら話は別ですよ(笑)
そこまで行かなくても、話をすると延々愚痴ばかりとかいうのはうんざりしますけどね…。
相手の人生や気持ちにそう感情移入ができないのなら、下手な事を言うより離れている方がましだと思いますよ。

これは例え話であって、100%非モテ話とイコールな訳じゃありませんけど。
「お前ら女のせいだ、DQN男のせいだ」とか言う喪男とかいうような人たちに対してなら、イカフライさんの怒りもわかりますけどね。
本人も半ばそれが甘えである事は理解してそこでまた自己嫌悪に陥っているような人に対しては、厳しく怒っても余計頑なにさせてしまうだけだと思うんですよ…。

イカフライさんが憤りを感じること自体は、仕方のないことだと思うんですよ。私も覚えがあるし、>>505で烏蛇さんも

>そういう態度を取れない(あるいは取りたくない)人も居て、そのこと自体を安易には責められない

とおっしゃっている通り。
ただ、「これしかない」って事はないんじゃないかなあ…と思うだけです。

509イカフライ:2007/07/24(火) 19:07:35
私の発言を批判されているみなさまにお聞きします。

 では、彼らを立ちなおさせるにはどうしたら良い、と思いますか?
例えば、何年浪人しても東大に入れない受験生。
プロの入団テストを受けても落ち続ける野球少年。

 ほかの生きがいを見つけさせるくらいでしょうね、具体的には。

 ところで、今更ですが、この例え、ちょっと非モテにはそぐわないですね。
元非モテさんは本人にとってはすごく深刻だけど、視点を変えればどうってことない悩みの例であげたのかも知れないけれど、実はこれは目標があって挫折した例です。
非モテには目標があるのでしょうか?

 あるとしたら恋愛になるのかな?
でも、非モテさん当人達はそれを否定しますね。

510ゆうか:2007/07/24(火) 19:15:33
>>491acornさん
>私とゆうかさんの考えは、ゆうかさんが非モテ=弱者になりたがっているととらえていること以外は違わないように思うのですが、どこか他に違いがありますでしょうか?
>>470の最初にも書きました通り、非モテの人全員がそうだと言っているのではありませんよ。
「非モテ=弱者になりたがっている」のではなく、
「非モテは、普通にモテないことに悩んでいる人がほとんどだが、
中には弱者になりたがっている人がいるのではないか」ということです。
症状を訴える患者のほとんどは本当に病気になっている人ですが、
中には病気になりたがっている人がいるのと同じように。

>ゆうかさんは非モテ男性が感じている苦しみを精神疾患と同じレベルに考えている?
>非モテ男性の一部は病んでいて極めて弱者であるとゆうかさんが考えているようにとれるレスだと私は感じたけど、それは違うというならフォローお願いしますね。
日本では精神疾患というと、まだまだ「危ない人」「何をするかわからない人」などのイメージがありますが、
一口に精神疾患と言っても程度は様々です。身体的な疾患の程度が様々であるように。
私は幼い頃、風邪を引いたと嘘をついて母親の勤務先に電話をかけ、母親に帰ってきてもらったことがありました。
ミュンヒハウゼン症候群はちょっと極端な例で、acornさんを驚かせてしまったかもしれませんが、
その根底の部分は、仮病を使って母親に甘えようとする子供と同じなのです。
(犯罪者の心理ですら、自身やその周囲の人間によくある心理と根底が同じだったりして、
もしかしたら罪を犯すか犯さないかの違いは、程度や行動に移すか否かの問題なのではないかと、
ゾッとすることもあります・・・)
そしてあくまでも、「弱者」ではなく「弱者になりたがる人」です。

非モテが弱者かどうかはちょっと置いといて、弱者救済というのは、
救済する側の自由や生活を脅かさず、利益を著しく損なわないことが必要不可欠だと思います。
もし自分が救済される側であったとき、救済する側が自分のために無理をしているのを見ると、
「ああ、私のためにこんなに無理をさせて申し訳ないな。なんとか彼らに無理をさせない方法はないだろうか」
と考えるのが自然なのですが、救済する側がヒーヒー言って苦しんでるのを目の当たりにしても、
「まだ足りない!もっと私に手を尽くせ!もっと私に気を使え!」
という感情が湧き上がってきているとなれば、何か歪んだものを感じます。

>私のためだけでなく、これを読んでいる非モテ男性のためにも。
本当に非モテ男性のためになるかどうかは、最終的には非モテ男性本人にしかわからないと思います。
さらに、一口に非モテ男性と言っても、個々人によって考えていることは様々でしょうから、
不用意に、非モテ男性の気持ちはこうであろう、これが非モテ男性のためになるだろうと、まとめて一緒くたにはできません。
誰も自分以外の人の気持ちはわかりません。あなたも私も、非モテ男性の本当の気持ちはわからない。
こうではないのかと推測することしかできないのです。

511ゆうか:2007/07/24(火) 19:18:28
>>492元非モテさん
精神科医でも、最終的には本人自身が気付いて治そうとする気持ちに頼るしかなく、
そういう意味では、自分で自分を助けるしかないと言えるかもしれません。
問題は、いかにして患者がそういう気持ちになれるように持って行くのかだそうです。
「自分で自分を助けるしかない」と思えるようになる過程は、
悩みを抱えている原因や置かれている状況や精神強度が個々人によって様々なので、
ケースバイケースしかないかなぁと思います。

512( ´∀`)さん:2007/07/24(火) 19:20:55
>ケースバイケースしかないかなぁと思います。

それ言ったら議論終わるだろうが…

513イカフライ:2007/07/24(火) 19:24:14
>>505
烏蛇さん

>「配慮なんてしてやるもんか」

 というか、この場合、「配慮」というのはどういうことでしょうか?
 例えば受験に失敗した浪人生に
「また来年があるよ」とか「頑張って」というのが配慮なのか?(確か、うつ病の人に頑張れは禁句なんですよね。)
それとも、東大に落ちてグチグチ言い続けるのを黙って聞いてあげるのが配慮なのか?
 
 「政治的判断」というのなら、例えば、jackさんが私の同僚で、自分が恋愛なんか興味ないのにそれじゃだめとか言って合コンセッチングした職場仲間のことをここで言っているように話したら、ここでもような態度はとりません。
ただ、それは職場の人間関係ではもめたくないという「計算」です。
 またオタ友で「カレシいる人と、喪女で801が現実の男の代償の人は違うなんてどうして差別化するんだ、ぐじぐじぐじ」と言われたら、ある程度自分の意見を言ってから、なにげに距離を置くでしょうね。
趣味が同じでも、そういうヒガミっぽい人は友達やってて楽しくなさそうです。

 配慮、というけれど、私は傷ついた、被害者なんだ、こんなにかわいそうなんだ、と喧伝することによって、その人だけに配慮して間違っていると思うことも突っ込まず、その人が心地よいことを己の意に反していうのって、なんか不公平だと思うんだよなあ。
勿論、それは烏蛇さんは当然解っていて、だからこそ
>、「いかに傷ついているか」という話はお互い保留にした方がいいんじゃないかと思うんですけどね。
といわれているんでしょうし。

>>506 さん

 あ、若干誤解されているようですので。
今は、あくまでjackさん個人のご意見について反論しているだけですので。

514ななし:2007/07/24(火) 20:18:15
>>511 ゆうか様。
>「自分で自分を助けるしかない」と思えるようになる過程は、
>悩みを抱えている原因や置かれている状況や精神強度が個々人によって様々なので、
>ケースバイケースしかないかなぁと思います。
その「ケースバイケース」な問題を、可能な限り類型化しようとする試みがこの議論の内容だと思うのですが。
>>512さんも言ってますが、この手の問題は「ケースバイケース」と言ってしまったらそれでおしまいな問題です。
その言葉で締めるのは、「思考停止」にしか見えないのですが。
「ケースバイケース」が自身の意見であるのなら、その「ケースバイケース」な問題を「ある程度類型化しよう」と議論している場に、ゆうかさまはなぜ来られているのでしょうか?
ここに書き込んでいる人達は、「『ケースバイケース』である」と安易な解に飛びつかずに、具体的な問題点を探すのが、議論の目的の一つとしているものだと思っていましたが・・・違うのでしょうか?

515しぎこ:2007/07/24(火) 20:31:46
>>509 >イカフライさん

>では、彼らを立ちなおさせるにはどうしたら良い、と思いますか?
>例えば、何年浪人しても東大に入れない受験生。
>プロの入団テストを受けても落ち続ける野球少年。
>ほかの生きがいを見つけさせるくらいでしょうね、具体的には。

「立ち直らせよう」なんて思わなくていいんだと思いますよ。
もう挫折した人に対しては、親しい仲なのであればそれこそ本人の辛さを黙って聞いてあげるとか、何か本人が興味を示しそうな事を(無理強いするのではなく)勧めてみるとか、一緒に何かやってみるとか。
そうする事で、自然に気分転換ができたり次の目標や生きがいも見つかるのかもしれない。
そこまで付き合ってらんないや、と思う仲なのであれば、放って置くのがいいと思います。
もう言いましたけど、自分の失敗をお前のせいだと言って文句つけてくるとか、今果たさなきゃいけない責任を果たさないとか、そういう行き過ぎた迷惑をかけてくるならまた話は別です。

まだ挑戦中の人なんであれば…本人の気が済むまでやらせるのが一番なんじゃないですか?
聞きたくない愚痴を一方的に聞かされるようなら、「私は愚痴は聞きたくないから」とは言っちゃってもいいと思うし、その人を養ったりしてる人ならはっきり「やめて」って言う権利もあると思いますけど。

>非モテには目標があるのでしょうか?
>あるとしたら恋愛になるのかな?
>でも、非モテさん当人達はそれを否定しますね。

過去、恋愛を実らせる事や彼女を作る事を目指していて、それに挫折した非モテの人もいますね。
だから、上に書いたような対応方法を応用できる場合もあると思います。

>>513

>ある程度自分の意見を言ってから、なにげに距離を置くでしょうね。

ええ、それでいいんだと思いますよ。
ネット上でも、それと同じでいいのではないでしょうか。

516jack:2007/07/24(火) 20:43:28
>>513
> 例えば、jackさんが私の同僚で、
……や、もしこの仮定のような状況に陥る羽目になったとして、
それだけはないですよ。
流石に、張本人に向かって愚痴るような趣味はないです。

517しぎこ:2007/07/24(火) 21:54:14
>>515

補足。
あー、何か読みようによっては「何も言うな」と言っているようにも読めますね;
そういう意味ではないのですけれど。
ただ、今のイカフライさんは極端なケースに反発を感じるあまり、「非モテ」を悪く取りすぎているように思うのです。
そんな事ないですか?

518えむけーつー:2007/07/24(火) 22:30:00
馬鹿長文失礼します。
てゆうか「長すぎます」って叱られた。

>イカフライさん
ある程度付き合いがあるのをいいことに名指しー。えへへー。

俺はイカフライさんの言っていることが一般論としてはおかしいとは思いません。
しかしまー、上でしぎこさんという方がおっしゃってるように「立ち直らせる」はちょいとまずかったなーと。なぜならば、その言葉は価値観を含んでるから。

大雑把な俺の頭が考えるに、いま流れはこんな感じじゃないかと。
えーと、非モテと自称する人、ないし他称される人たちがいる。その人たちに非モテでない人、まあ一般的に恋愛経験のある人の言葉は届くのかどうか、届かせるとしたらどのような形式で、どのように伝えるのか。
というところがスタートだったんだけど、いまのところ、とりあえず非モテとそうでない人のあいだにはなんらかの「断絶」があるという前提はある程度共有されていて、そのうえで「みんなうまくやってくにはどうしたらいいのか」という流れになってるんじゃないかと。
そのなかで、たとえば非モテの人は救済すべき対象としての弱者なのか、って話が出てきたり、あるいは非モテの人たちが自分たちの存在を論理的に矛盾のないかたちで「こういうものである」と説明できるのか、という話が出てきたり、まあそんな感じに見えます。あくまで、あんま議論とかわかんない俺の目から見て、ですよ?
そのへんのことを考えなきゃなんないのは、そもそも非モテと呼ばれる集団と、そうでない人たちの位置関係がはっきりしてないから。社会ってものが大きな構造体だとして、そのなかに、それぞれがどんなふうに位置してるかってことを決めないと、まず話が進まないでしょ、という話で。
その前提において「立ち直る」って言葉は、いってみれば社会という構造体のなかから、非モテっていう人たちを弾く言葉になっちゃうわけですよ。言葉悪くしていえば「おまえらは参加を拒んでいる。まず参加するところからだ」というようにもとれる。
結論からいっちゃえば、非モテの人たちだって、自分たちのほうが集団としては少数派で、いまの社会的通念でいえば「まちがってる」ってことはわかってると思うんです(あくまで、いまの社会で支配的な通念の話ですよ)。つーかそれがわからないくらい頭の悪い人(くどいけど、この言葉も価値観は含んでません。ちょっと雰囲気はずれるけど「勉強できない人」とか「自分の欲望に忠実な人」と言い換えてもいい)は、そもそも非モテにならないってのが俺の意見です。だって、疑うこと知らなきゃ、それこそ風俗行ってもいいし、性犯罪やっちゃってもオッケーなんだから。
ただ、この場では、少なくとも議論というものが、対立する意見のなかから生まれる「新しいもの」を追及すると信じる立場で議論をしているこの場では、まちがってるとか正しいとか、すべていったん放棄しなきゃいけない。極論すれば「やっぱイスラム原理主義最高!」みたいなのが結論になって「そうすればみんな丸くおさまるよネッ!」とかいうところに着地する可能性もあるんです。

519えむけーつー:2007/07/24(火) 22:31:20
下から続いてます。ほんっま長くてすんません。

自分の本音として「立ち直る」という意見はもちろんアリで、実際いちばん効率がよくて手っ取り早い方法なんて、死ぬほど打ちのめされてそこから自力で這い上がってくることに決まってるんです。ただ、単なる言葉の綾というにしては「立ち直る」という言葉は強すぎる。前提として「非モテだめー」っていう価値観が先に来てるから。
もちろん、イカフライさん個人の意見としては「おまえら甘えたこと言ってんじゃねえ」は当然アリなんです。けれどその場合、彼らはなにに甘えているのか、なぜ甘えることを許されているのか、それはいかなる社会的文脈のなかで発生したのか、そのうえで「なぜ」甘えてはいけないのかを立証する責任が発生する。それで合意を得られるかっていうとそれは別の問題なんですけども、少なくとも叩き台にはなる。具体的な対策までは示す必要がないと個人的には思いますけど。それって「このへんが理想じゃね?」という意見が出たあとに考えることだから(もっともこれは俺の個人的な考えで、いいから対策打っちまえ、そのあとどう社会が変化するか観察したうえで次決めんべってのもアリだと思うんですが、俺はこっちの考えかたは苦手……思考実験としても難しいほうだと思う)。
人にはみんな固有の世界観があって、そこにはどうしても先入観なり価値観なりってものが混ざりこむと俺は思うんですけど、議論においては、それを表に出すべきじゃない。議論の実効性ってものに疑問符が常についてまわるのはつまりそういうことで、みんなが馬鹿みたいに誠実でないとパワーゲームになって終わる。
これは非モテの人たちもそうでない人たちも、議論という縛りがある限りはそうあるべきだと俺は思うんですが、まず目的意識を共有して、そのうえで個々人が価値観の色づけを排したうえで、馬鹿みたいに誠実に話し合うほかない。おそらくそうしても別に結果らしきものが出るわけではないし、出たところでそれが全員に賛同されるわけでもなく、さらにここいいる全員が賛同したところで、社会的な実効性はなんらないかもしれない。けど、それでもその過程に意味はあると俺は思いたい派。
もちろん、こうした俺の思いすらも個人的なものでしかなく、罵倒の渦のなかから新しいものが生まれる可能性だってあるってことです。もし俺個人の思想の押し付けが可能だとして、自信をもって押し付けられるのは「目的と議論に対して馬鹿みたいに誠実であること」という一点だけでしょうか。これ外しちゃうと、それこそなんのためにやってるんだかよくわからない。

と、いま、こなたとかがみのキスシーンを書きながら思いました。なにやってんだろ俺。

520えむけーつー:2007/07/24(火) 22:36:04
しかも下からなんにも続いてねえよ。上からじゃん……。てゆうか新しい安価か「下から」って。

521元非モテ:2007/07/24(火) 23:55:27
>>495,>>509,>>513
>質問に質問で返すのはなんですが、あなただったら、その受験生や元・野球少年になんて言いますか?
>私は一言「いつまでも甘えてるんじゃない!」です。
>ひどいヤツだと思うでしょう。けれど、立ち直るにはこれしかないのです。
「ひどいヤツ」だとは思いませんが、「これしかない」とも思いません。
ちなみに、意図としては「相手による」という答えを予期していたんですが。。。

あくまで一つの例ですが、もしその野球青年が私のような性格だったら、
キザっぽいですがこう言うでしょうね。
「先発投手が早々にKOされたからって気に病むな。十分打って取り返せるよ。
 それよりもこれからの継投を考えようぜ」
なぜなら、「彼」の欠点は「これしかない」と思い込むところだからです。
その「彼」に、新しい「これしかない」をぶつければ「もうダメだ」と思うだけ。
でなきゃ「死ぬ気で何かに打ち込んだことのないお前に何がわかる」と言われるだけ。

野球に向ける「彼」の情熱は本物だったかもしれない。でも、その情熱の活かし方は
別に選手になるだけではないからです。球団職員になってもいい。記者も悪くない。
少年野球の指導者だとか、はたまたスポーツバーの店員になったっていいんです。
まるっきり違う世界ですが、それだけの根性の持ち主なら、その世界で
人並みに追いつくことなんてそう難しいことではない。むしろ、新天地で一流を
堂々と目指して欲しいと思いますね。

まあ、でも結局は相手との関係性でしょうね。
「彼」が親しい友人ならそういうキザな慰めも言うでしょうが、ただの知人なら
気がかりな目を向けつつも、こちらからは余計な口出しはしない。
来る者は拒まず、去る者は追わずの精神です。

>実はこれは目標があって挫折した例です。
>非モテには目標があるのでしょうか?
>あるとしたら恋愛になるのかな?
>でも、非モテさん当人達はそれを否定しますね。
そりゃ否定しますよ。だって、そんなこと恥ずかしくて言えますか?
だいたい、肯定しようものなら「だったら頑張れ」とまたシバキ系の説教を
食らうのは分かり切ってることでしょう。それが辛いから恨み節言ってるのに。

そもそも、挫けてしまうまで何かを追い求めても得られないのなら、少なくとも
ひとまずはそれを諦めざるを得ないことぐらい誰だってわかりますよ。
でも、「諦める」といって簡単に諦められますか?
その葛藤こそが非モテという状態ですよ。

ちなみに私も、必死で打ち込んでいた夢をあきらめたことはありますよ。
その話は今回は書きませんけど、まあ最後の方にはわけわからなくなって
自滅したんですね。才能以前の問題で。というのも、
「この夢を叶えられるほどの人間なら立派な人格の持ち主のはず。立派な
 人格の持ち主なら人との関係もうまく行くはず。例えば恋愛もだ。
 にもかかわらず、俺は女性にキモいと言われる。だから俺には無理なんだ」
とか、もう訳のわからない論理を本気で信じてましたからね。早い話、
他のところで肥大していた劣等感に押し潰されたんですよ。馬鹿みたいでしょう。
呆れ果てたでしょう。嗤ってください。

でも、それだけイタい思いをしているからこそ、劣等感に悩んでいる人を見ると
「そんなに苦しまなくてもいいのに」とお節介心がうずくんですよ。

>その人だけに配慮して間違っていると思うことも突っ込まず、その人が心地よいことを己の意に反していうのって、なんか不公平だと思うんだよなあ。
そういうことじゃないですよ。同じことなら相手に受けいれられる言い方を
すればいいのに、というだけのことですよ。それが「意に反する」ならば
無理に言わなくてもいいと思いますけれど。

522イカフライ:2007/07/24(火) 23:55:49
>>517

>しぎこさん

>極端なケースに反発を感じるあまり、「非モテ」を悪く取りすぎているように思うのです。
そんな事ないですか?

 違いますよ、私はjackさんに答えているだけです。
そもそも、私が元非モタさんの例に挙げられた>>492-493の問いに答えたら、勝手にjackさんが>>497de
ケンカ売って来たんですよ。私は売られたけんかは買う人です。
で、きちんとした反応を返してください、といったら>>499-500は愚痴とイヤミだけでしょ。

まあ、jackさんは>>478見ても解るように全て周りのせいなんでしょうけれどね。
そういう人に、しぎこさんなら非モテさんはかわいそうだから見逃してあげなよ、と思うのかも知れませんが、私は誰に対しても特別視したくなりません。
うつ病患者のように医学的に対処が必要な場合は別ですか、そうでなければ、却って失礼です>非モテの特別扱い。

>えむけーつーさん
>>518-520

あ、そうか「立ち直る」がいけないのか。例えに引き摺られ過ぎた。
ただ、前レスでも言ったけれど、元非モテさんが多分言われていることは二つかな、と思う。
ひとつは、少し視野を広げれば解決するけれど本人が捉われすぎている重要な問題を抱えている。
もうひとつは、社会に出れば解決するようなこと、この社会に出たら、というのはあくまで元非モテさんのケースでなかには社会に出て初めて直面する人もいるようだけれど、まあ、これも広い場に出る、ということで。

 で、「立ち直る」というのが悪ければ、その悩みから脱却すること、だよな。

ちょっと考えてみよう。

523元非モテ:2007/07/24(火) 23:57:42
>>494
>私、「左利き」なんで。「右利き社会」の「同調圧力」は凄いものがありますからねぇ(笑)
雑談だと思いますが、左利きとか早生まれとかちょっとした少数者に対して
世の中が冷たいというのはつまらない話だとは思いませんけど。私は。

>>505
>この「配慮なんてしてやるもんか」って言ってる人達にどう納得してもらうか、って話になってくるんじゃないかと思うんですね。それを「政治性」だけで押し切るのは無茶のような気がするんですが。
納得してもらえないなら仕方ないでしょう。だって私は自分に「正当性」が
あるなんて思ってませんもの。単なる「情」の話ですよ。
単に「私の視点から見た、上手そうなやり方」を提案しているだけのことで。

>>518
>その前提において「立ち直る」って言葉は、いってみれば社会という構造体のなかから、非モテっていう人たちを弾く言葉になっちゃうわけですよ。
>ただ、この場では、少なくとも議論というものが、対立する意見のなかから生まれる「新しいもの」を追及すると信じる立場で議論をしているこの場では、まちがってるとか正しいとか、すべていったん放棄しなきゃいけない。極論すれば「やっぱイスラム原理主義最高!」みたいなのが結論になって「そうすればみんな丸くおさまるよネッ!」とかいうところに着地する可能性もあるんです。
そういうことですよね。心から賛同します。私も口が滑って「立ち直る」とか
言ったかもしれませんけど。ただ、もしこれを読んでおられる非モテの方が
いらっしゃれば、そういうきつい言葉は全て過去の私に向いていると思って
もらえるとありがたいです。解決策はそれこそ「相手による」と思っているのは
上に書いたとおりなので。

524イカフライ:2007/07/25(水) 00:15:55
>>521

元非モテさんのレスを読む前に>>522をかきこんでしまいした。一部ダブる話とかあると思いますが。

>それよりもこれからの継投を考えようぜ」
 これは彼の長所というか特性を生かした進路変更ですよね?
 形は違えど「野球」というキーを生かした夢のアレンジというか、変形バージョンというか。
 ただ、この場合の野球少年のケースは、少なくとも彼は野球経験があり、平均よりも野球能力に秀でていた。
運動音痴で草野球もやったことがない人間はそもそもプロ野球選手なんて目指さないというか、考えもしないでしょうから。
そういう点では、これは非モテというより、失恋した人のケースに近いなあ、とかちょっと思ったりして(今、思いついた)

525ななし:2007/07/25(水) 00:45:28
>>523 元非モテ様。
これは雑談ですが。
おそらく、(その回答から)元非モテ様は右利きだと思われますが。
>>>494
>>私、「左利き」なんで。「右利き社会」の「同調圧力」は凄いものがありますからねぇ(笑)
>雑談だと思いますが、左利きとか早生まれとかちょっとした少数者に対して
>世の中が冷たいというのはつまらない話だとは思いませんけど。私は。
左利きに対して、「世の中は冷たい」なんてことはありません。むしろ、意図的に「冷たくしてくれる方」がマシなくらいです(笑)
むしろ、社会は、無自覚なまでに「右利きに有利に出来ている社会」なんですよ。意図的に「右利きに有利な社会にしよう」として、そうなっているのではなく、おそらく、そのような意識すらなく、「自分たちは普通だ」と思っている「右利き」基準でいろいろなものが作られている「偏見に満ちた」世界なのですよ。
はさみだとか包丁だとかだけでなく、固定電話の配置、電車の改札口の位置、あらゆるもののコイン投入口。一時期流行った、「人間工学に基づいて設計されたマウス」や「キーボード」。そして、誰も意識していないであろう、「文字」。
万年筆や毛筆で綺麗に文字を書け、なんて、日本語の文字ではかなり高度な技術を要しますよ。左利きにとってはね。
「非モテ」として「弱者」ぶりたいのなら、今の社会における「左利き」の人間が、「右利き社会に合わせる」程度の努力と、「日々晒されているストレス」に耐えているのか、と問いたいですね。
(ちなみに、私は、「左利きとしての自分」を「弱者」とは思っていません。そう思くらいなら「目の前の問題をどうにかしないとダメ」でしたからねー)

まぁ、そんな事も想像できずに、一部の「自称非モテ」さんたちは、自分の「非モテ」という境遇にのみにしか意識が行かず、「非モテ」という状態のみで「弱者ぶっている」ので、私は、「自称非モテ」の視野の狭さを馬鹿にしているんですよね。
私は、「左手でも、右手と同じ程度に」できるように、また、「利き手でない手で、ほぼ同じ事が出来るように」なるくらいには努力してきた(というより、環境に合わせてきた)自負がありますから。
だから、「努力したのに・・・」なんて言葉は、「はいはい。その程度の事は努力なんて言わないよ」としか思えません。
「結果を出して」こそ、初めて、「自分は努力した」と言えると思いますがね。myfoot氏あたりには想像もできない事でしょうけれど。

まぁ、雑談ですので、この辺で。

526ナツ:2007/07/25(水) 00:53:29
>>505
>「『弱者』であるかないかに関わらず、一時的に傷ついてたり落ち込んでたりする
>人にはそれなりの配慮をしようよ。その人が良いか悪いかは置いといてさ。」

なるほど。そういう話ですか・・・。それならそれなりに納得です。
「アファーマティブは不公平だが政治的判断として有用」とかって話になっていたから、非モテにアファーマティブのような下駄を履かせるべきか否かという問題についての話なんだと思っていました。<元非モテさんの意見
それなら「弱者」論争とは完全にべつの問題にした方がいいと思います。段々話がでかく(社会的に)なって混乱を招いたんですね。

論点があっちこっち飛ぶような気もするんですけど反応してみる。
>>492-493
受験生や野球部員の話について。
わたし個人は「自分を責め苛んでいる」自罰的な人には、なかなかかける言葉が見つかりません。「いつまでもふてくされてないで」と言いたくはなるけど、自分を責めてる人にこれ以上ダメ押ししてもな〜、と思うので、おおむね放置します。
(ただ、容赦なく背中を押してしまう人が悪いとは一概に言えないと思っています)
というわけでわたしが反応するのは多くの場合、「それが手に入らなかったのは社会のせい」「俺の権利をかすめ盗っていく強者のせい」「俺の努力に報いなかった誰かのせい」等という「他罰的な」主張に限定されます。それは、>>282で述べたとおりです。
「社会?強者?じゃそれについてちょっと聞かせてくださいよ。ただし納得いかなかったら突っ込むよ」と食いついてしまうわけです。

ただ、相手のやわらかい部分に触れる前に、まず信頼関係を構築しないと言葉が届きにくいってのはあるんですよね。だからまず社会問題とか、非モテ自身のセルフイメージと、外側から見える彼らの像(社会における非モテの位置)との乖離とか、そのへんから解きほぐしてズレを修正していくしかないんじゃないかというのが、今までの対話で思ったことのひとつだったりします。

>他のところで肥大していた劣等感に押し潰されたんですよ。馬鹿みたいでしょう。
>呆れ果てたでしょう。嗤ってください。

そういう蟻地獄状態だった過去を克服して、冷静に自分を省みられるようになった元非モテさんの経験が何とか生かせないものかな。「恋愛で救われた」というわけじゃないから、MK2さんと違って反発も少ないと思うんだけど。

527えむけーつー:2007/07/25(水) 04:59:46
>>522

>「立ち直る」がいけないのか
うーん。「悩みから脱却」するのも結局同じですかね……。
極論ばっかで申し訳ないんだけど、議論って前提だと、たとえば、非モテの人たちのように
悩みを抱いてる状態こそが正常で、その悩みを克服した立場のほうが異常、
ないし克服なんて欺瞞であって、実際にはなにかを忘れているだけ、という考えかたも
可能だってことです。
つまり非モテの人たちは「いま現在そのような状態にある」というだけであって、
そこから成長「すべき」存在かどうかはいまの段階では断言できないってこと。
実は、悩みから脱却することこそが無価値で、その悩みの渦中にあることのほうが
価値がある、というのも、言説としてはありうるってことです。
「立ち直る」「悩みから脱却する」両方の表現とも、使えるのは、実際に非モテの
人たちに「君ら立ち直りたいの?」「いまの状況から脱却したいの?」と質問して、
その答えがイエスだったときだけだと俺は思いますけど。
要は、イカフライさんが自分の意見の正しさを信じるのならば、たとえば
(いまイカフライさんと対立してるっぽい感じの)jackさんの意見にも同じだけの
「正しさ」があるという前提を受け入れた上で話を進めるってことです。

以下は個人的な意見。
とはいえ、がちがちに論理だけでぶつかりあっても話進みにくいから、
馴れ合いといわれようがなんだろうが、一定の「話しやすい空気」を持つ
サロン的なものを形作っていって、そのうえで意見を交換するのが結局は
効率的なんじゃないかな、という気もする。もともと呉越同舟なんだから、
目的を共有したうえで、利害だけは一致させないと厳しいもんなあ……。

528jack:2007/07/25(水) 07:25:20
>>525
努力なさったんですね……。
でも、「自分が努力したからお前等も努力しろ」じゃなくて、
そもそも努力が必要ないような世の中をみんなで目指した方が良くないですか。
私にはそれ、社会の側に改善の余地がある話、というように見えるのですが……
(ユニバーサルデザインが普通になるとか、右利き用・左利き用の選択できるのが普通になるとかでしょうか……?)

529jack:2007/07/25(水) 07:30:28
499-500はイヤミと愚痴に見えますか。
少なくとも、どう声を掛けるか問題については、もしも自分だったらどうするかについて
かなり真面目に考えたつもりなんですが。
500については、イカフライさんがどうというのではなく、考え方が違いすぎるから、という話です。
こっちは確かにちょっと語弊のある言い方したかも、と思うので、ごめんなさい。

530506:2007/07/25(水) 11:56:00
>>513
別に誤解してるつもりねえけど。
jackさんがケンカ吹っ掛けてきたから買ったっつってるけど、こっちから見りゃそれ
までのイカフライさんが自分の意見に同意しない相手に対して突っかかってきたのが積み
重なった結果だろっつうだけだし。
>彼らを立ちなおさせるにはどうしたら良い、と思いますか?
これにはビックリだwwww
そういうつもりだったんかよ。
誰もそんなの、特にあんたには期待しちゃいないんじゃね?
言ってたじゃん、自分を救えるのは自分だけだって。
んなの誰だってわかってんだよ。けどどうにもならない閉塞感感じてる奴らがいるって話
してんじゃん。
イカフライさんには答えが一つしかねえんだろうな。
別にこっちはそっちの価値観や世界観がどんなに小さかろうが狭かろうがそれに文句付け
るつもりねえよ。それをそっちが他人に押し付けない限りは。
けど別の答えとかそれに似たのがひょっとしたらあるのかもって話してんでしょ?ここでは。
もいっかい聞くわ。
イカフライさん、あんたここで何がしたいの?
これ以上ここで何が言いたいの?

531ななし:2007/07/25(水) 18:12:19
>>528 jack様。
>>525で私が表明したことと反するようですが、個人的に思いますけれど、左利きの人間が右利き社会で暮らしていくことは「努力」でもなんでもありません。そういう「不都合な世界」に生きるしか道がないのですから。(>>525で出した私の言葉は、あくまでも「自称弱者」と自認している「一部非モテ」に向けた言葉だと思っていただけると幸いです。)
例えば、小学校の工作の時間に、「はさみを使って工作をしましょう」といわれた時、
目の前に「右利き用のはさみ」しかなかったら、それを使って「どうにかするしかない」のですよ。
慣れない右手で使って切るか、切れない左手で無理やり使って切るか。はさみの使い方を工夫するか。はさみを使わずに工夫するか。
それをどうにかするのは「努力」とかそういう問題ではないと思ってます。そもそも、そのときに「努力してる」なんて自覚する余裕もないですし。
#今のはさみはすり合わせがきちんとしているので、右利き用でも左手でかなり使いやすくなってますけれどね。

そして、それを振り返っても「左手でも使えるように努力した」なんて思いません。 「努力した」という達成感なんて皆無です。「自分にとって使いやすいように工夫をした」とは思うかもしれませんが。(右利きでもはさみを使うのが苦手な人がいますからねぇ。)

また、余談ですが、右利きと左利きの比率が1:1にでもならない限り、経済的観点から、左利きがストレスなく暮らせる世界は訪れません。
例として、カメラがありますが、左手でシャッターが切れたり、左眼でファインダーが覗けたり、もしくは両方にシャッターがついてたりするものを、たった10%の人間のためだけに作るのは、はっきりいって不経済ですから。 (現状では、絶対的に需要に差がありますからね。だから、「左利き用」は通常製品よりも高い場合が多いのです。その意味で、左利きは、ただ生きていくのにもお金がかかるんですよねー)

まぁ、利き手の話は、ここでのメインの話題ではないので、この辺で終わりにしましょう。

532( ´∀`)さん:2007/07/25(水) 18:38:09
少数派否定論が抑圧を受け続けた少数派自身の中にガッツリ内面化しちゃった
わかりやすいサンプルだね。気の毒に。
これと同じ例としては「フェミニズム的な言説に猛烈な勢いで異を唱える
昔ながらのおばあちゃん」「自分は虐められたから強くなったし虐められて
当然だったと虐めを肯定する元いじめられっこ」があるね。

533イカフライ:2007/07/25(水) 19:50:02
>>530さん

 まあ、ノイズに反応しても仕方ないけれど。
>自分の意見に同意しない相手に対して突っかかってきたのが積み
重なった結果だろっつうだけだし。

 ここは非モテについて、それぞれがそれぞれの考えを述べる場所です。
なにも、人の意見に賛同してあげる必要なんてないのです。
賛同する場合は、その意見がもっともだと思ったときだけであって、
「もてなくてかわいそうだから」
その人の意見が、どんなにおかしく思えても、矛盾だらけでも、はいはいと聞いてあげるのは、それこそ差別だと思いますよ。

534イカフライ:2007/07/25(水) 20:13:18
>>510

ゆうかさん

 非モテの人がどうなのかは解りませんが
>もし自分が救済される側であったとき、救済する側が自分のために無理をしているのを見ると、
「ああ、私のためにこんなに無理をさせて申し訳ないな。なんとか彼らに無理をさせない方法はないだろうか」
と考えるのが自然なのですが、救済する側がヒーヒー言って苦しんでるのを目の当たりにしても、
「まだ足りない!もっと私に手を尽くせ!もっと私に気を使え!」
という感情が湧き上がってきているとなれば、何か歪んだものを感じます。

 時々いますね、こういう人。
困っている人を助けるのは当たり前の人間のありかただし、たいていの人は程度の差はあれなんからの親切はほどこすのだと思います。
けれどね、ゆうかさんが例に挙げられているような反応が返って来たら、これまた大抵の人が
「もう、あの人には親切にするのはよそう」
と思うでしょうね。
 そういう時、彼(または彼女)の側からすれば、
「あの人は今まであんなに親切にしてくれたのに、私を捨てた、裏切った」
という思考パターンが働くのではないでしょうか?本当は自分が依存しすぎたとか、自分の側に原因があるのだし、大抵の場合、それに気が付くのですが、気が付かずに同じことを繰り返しちゃうんじゃないかな?
で、次に親切にしてくれた人に対して、その人が自分を裏切らないように
「もっとやれ、もっとやれ」
と要求してしまう。で、相手はほとほと疲れて逃げ出す。するとまた次に、と悪循環をいつまでも繰り返す事になる。

 これ、あくまで私の経験と推測なんで、専門的な見地からご意見くれるとありがたいのですが。
こういう人って、「自己評価」は高くて「自己肯定」が出来ないのじゃないでしょうか?
自己評価が高いと言うのは、依存しすぎて相手が去った時、自分の責任だとは露とも思わないこと。
自己肯定が低いというのは、だからといって「まあ、いいや」とあきらめられない事でしょう。
自分の至らぬ点を反省し、次のステップにつなげようとするのは(実際、できるかどうかは別として)さほど間違ったやり方とは思えないのですが、ひとつでも欠点を認めると己が劣等感で崩れてしまう、これは自己肯定が低いからじゃないのかな?

こういう人は本人は辛いのかも知れませんが、周囲はそれ以上に辛いです。

535jack:2007/07/25(水) 20:20:21
>>531
うーん……経済的にはどうか分かりませんけど、
モラルの為にある程度の不経済や不便は我慢しなきゃならない、って事は、存在しますよね。
例えば障害者専用のスペースとか……以前、何処かのホテルでそれを作ってないって事件がありませんでしたっけ。
確かに自然状態ではインセンティブが働かないでしょうから、法律を作るなりして
ペナルティを課すなりは必要でしょうけれども、方向性としてそちらを目指す方が、私は望ましいと感じるんですよね。
問題はその労力をどこから捻出するかって話ですけど(^^;)

ただ、上の方の世代ではまだ「左手でものを食べるなんて不作法」って価値観も残ってるっぽいですが、
若い世代では割とその辺の感覚はなくなってきてると思うんですよ。
(そういえば前にちょっと左手で箸を持つことについて話題になってましたけど、
ガチで不作法とか言ってる人なんて私は初めて見てびっくりしました)
逆に、矯正は却って良くないらしいって知識を持ってる人も増えてますし、
そこから考えると「左利き用・左利きでも右利きでも不便なく使えるもの」が必要だって事は、
受け入れられやすくなっていくんじゃないかと思ってます。
そうなれば経済的な不均衡も是正「しなければ」ってことになる可能性はあると思うんです。

……ってーのは、別に利き手に限らないと思うんですよね(^^;)

だから、私は「非モテであることで周りから問題視されること」を
主に周りのほうが変わることで何とかできないかと思ってるんですよね。
まあ、いますぐには無理でしょうけど、下の世代の方が理解があるって状態を
少しずつ積み上げていくことで、将来的には(何世代後だかわかりゃしませんけど(^^;)
状況が変わっていくんじゃないかなー、そうなるといいなーと思ってるんです。

まあ、今しんどい人には何の役にも立たないんですけどねorz


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板