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『プリキュアシリーズ』ファンの集い!2

1運営:2015/06/27(土) 19:59:43
現行作品を除く、『ふたりはプリキュア』以降の全てのシリーズについて語り合うスレッドです。
本編の回想、妄想、雑談をここで語り合いましょう。現行作品以外の、全てのSSと感想もこちらにてお願いします。
掲示板のローカルルール及び、保管庫【オールスタープリキュア!ガールズSSサイト】(ttp://www51.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1.html)のQ&Aを読んで下さい。
※現行作品や映画の話題は、ネタバレとなることもありますので、このスレでは話題にされないようお願いします。
※過去スレ「『プリキュアシリーズ』ファンの集い!」は、過去ログ倉庫に移しました。

379一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:36:35
「あ……おい、お前たち!」
 ほんの一瞬、呆然とその光景を眺めていたウエスターが、不意に驚いたような声を上げた。その鼻先をかすめるようにして、男たちが次々と通り過ぎていく。
 さっきウエスターとサウラーと戦って、二人に昏倒させられた警察組織の精鋭たちが目を覚まし、人々の列に加わろうとしているのだ。

「おい、待て……」
 そう呼び止めようとして途中まで上がったウエスターの腕が、そこで止まった。
 男たちは、ウエスターの方をまるで見ようとはしなかった。そこに彼が立っていることなど眼中に無い様子で、それが当然だと言わんばかりに、ただ列に向かって歩を進める。
 その後ろ姿が、人々の長い長い行列の中に吸い込まれようとした、その時。せつなの隣で、白いマントがバサリとはためいた。

「おい! 待てと言ってるだろう!!」
「ウエスター、待って!」
 せつなが止めようとしたが、遅かった。いや、止められるものでは無かっただろう。
 眉間に皺を寄せた恐ろしい形相のウエスターが、人々の列に駆け寄る。そして男たちの中の一人――精鋭部隊のリーダーである若者の肩を左手で掴むと、右手を高々と振り上げた。

「ウエスター!」
「目を……覚ませ!!」

 肩を掴まれた相手が、ゆっくりと振り向く。その顔に向かって振り下ろそうとしたウエスターの右手が――そこで、はたと止まった。

「……ウエスター?」
 左手が、相手の肩からゆっくりと滑り落ちる。若者が何事も無かったかのように列に戻り、歩き出す。それを見送ってから、せつなは怪訝そうにウエスターの顔を覗き込んで、ハッと息を呑んだ。
 その場に立ち尽くした大男は、両の拳を固く握り、ブルブルと震わせている。その目は、まるで恐ろしいものでも見たかのように大きく見開かれ、地面のただ一点を見つめていた。

(空っぽだ……。あいつの中身は――空っぽだ!)

 肩を掴まれて振り返った、彼の顔。その目はウエスターの方に向けられてはいるものの、瞳には何も映しては居なかった。いや、その瞳に、ウエスターが知る彼を感じさせるものは、何も無かった。

(もうあいつらは……俺の知っているあいつらは、戻っては来ないのか!)

 さっき戦った時に感じた彼らしささえも、その表情からも佇まいからも、何も感じられなかった。それどころか、人間らしさそのものが消えていた。
 そこに居るのは、ただメビウスの命じるままに動く、傀儡のような――。

(いや……俺もそうだった。かつては今のあいつらと同じ、空っぽだった。そして、それに気付いてすらいなかったのだ)

 震える腕がゆっくりと上がり、自らの厚い胸板を掴む。掌に感じる胸の鼓動。それを確かめるように、ウエスターはじっと目を閉じる。

(そう……今の俺は、空っぽじゃない。沢山の仲間が、この胸の中に居る。あいつらの本当の姿だって、ちゃんとここに居る。だったら――感じろ! この状況を。考えろ! 俺に何が出来るのかを。それは俺が一番よく知っているはずだ!)

 頭を使うのは、自分ではなくサウラーの仕事だと思っていた。自分の仕事はただ前線に立って、誰よりも強い力で戦うことだと。だが、果たしてそれでいいのかと初めて思った。自分で考え、自分で選び、自分で確かめる――ならば自分の頭で考えなければ、自分の答えは見つからない。

 胸に当てたウエスターの太い指に、ぐっと力が入る。
 大切な仲間たちを、再び支配下に置いたメビウス。そのかつての主は、今はまだ昔のような“形”を――巨大コンピュータとしての形を持ってはいない。どういう理屈かは分からないが、あの“不幸のゲージ”がメビウスの身体の役割となって、再び蘇ったらしい。

 ならばすぐにでも、あのゲージを蹴破って粉々に壊してやればいい。そうすれば、この国の人々を――あいつらを空っぽにした元凶を、すぐにでも無きものに出来る。
 だが、そんなことをしたらどうなるか。

380一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:37:09
――とうとうゲージを破壊したな? これでお前たちはお終いだ!

 あの時――四つ葉町の占い館にあった“不幸のゲージ”が破壊された時の、ノーザの言葉が蘇った。あの町での任務に赴く時、クラインからもゲージの扱いについては特に厳重に注意されたものだ。
 もしゲージから“不幸のエネルギー”が溢れ出したら――下手をすればラビリンス中の人たちが、不幸に飲まれて消えてしまうかもしれない。

(そんなことは絶対にさせない! 別の手だ……。考えろ。考えるんだ!)

 自分でも気付かないうちに、グッと身体に力を入れていた。敵を前にした時と寸分たがわぬ恐ろしい形相で、ゲージを睨み付ける。と、ウエスターの目が僅かに見開かれた。

(あのゲージの液面……あんなところにあったか?)

 メビウスが出現した時には、“不幸のエネルギー”は、ゲージの遥か上まで溜まっていたはず。それが今では、ゲージの半分くらいのところに液面がある。
 何故“不幸のエネルギー”が減っているのか――それはこの国を支配するために、“不幸のエネルギー”が使われているからだろう、とウエスターにも見当がついた。

(だったら……俺たちがこれ以上の管理を阻止し続ければ、メビウスは不幸のエネルギーを使い尽すことになる!)

 だが、果たしてメビウスが、ゲージのエネルギーを使い尽くしたりするだろうか。そんなことをしたら、メビウス自身が消えてしまうのではないか――。

(だが、もし“不幸のエネルギー”を本当に使い尽させることが出来れば、それで全ては終わる。あいつらも、この国の人々も、元に戻すことが出来る!)

 ザッ、ザッ、と足音を響かせて行進していく人々の背中に目をやる。あの若者と同じ、空っぽの目をしているであろう人々の行列に。
 もしこの作戦が上手く行って、人々が元の人々に――ウエスターの愛すべき仲間たちに、戻ってくれるとしたら。

(ええい、まどろっこしい! やっぱり考えるのは苦手だ!)

 ウエスターがくるりと人々に背を向けて、もう一度メビウスと“不幸のゲージ”を鋭い目で睨み付ける。

(成功する確率は、限りなく低い。だがもし何もしなければ、このまま管理されてしまう確率は百パーセントだ。ならば……やらないという選択肢はない! いざとなったらどんな手を使ってでも、俺がゲージを空にしてみせる!)

 その時、硬く握られた拳を、華奢な掌が掴んだ。せつなが厳しい顔つきでメビウスの様子を窺いながら、ウエスターに囁きかける。

「作戦を変える必要があるわね、ウエスター。もういくらコードを切断しても……」
「いや、まだだ」
 予想外のきっぱりとした返答に、せつなが思わずその横顔を見上げる。ウエスターは、真っ直ぐに“不幸のゲージ”を睨みつけ、いつになく低い声で言葉を繋いだ。
「俺たちは、とにかくあのコードの化け物を、阻止し続ける!」
「でも、ここまで管理が進んでしまったら、もうそんなの意味が……」
「いや、意味はある!」
 せつなの言葉を遮って、ウエスターが唸るような声を上げる。
「メビウスは、まだコードを放つのを止めてはいない。まだこのラビリンスの全てを管理出来てはいないのだ。ならば、まだ“不幸のゲージ”を空にして、全てを終わらせるチャンスはある。このラビリンスをもう一度管理しようとするヤツは全て、俺が引きちぎってやる!」

 アイスブルーの瞳が、一瞬、燃え盛る炎の色に見えた気がした。ウエスターの全身から、闘気とも殺気ともつかぬ気が立ち昇り、せつなの手が思わず彼の拳から離れる。
「ウエスター……」
 せつなの呟きを掻き消すように、次第に大きくなる群衆の声が、ラビリンスの灰色の空に響いた。

〜終〜

381一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:37:46
続けてもう1本の第14話を投下させて頂きます。

382一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:39:17
 一本、また一本。灰色のコードが、走るサウラーの遥か上を飛び去って行く。それはメビウスが放った大量のコードのうち、せつなとウエスターの手から逃れたほんの数本。だがそれらが突き刺さった建物は皆、瞬時にその色を失い、見る見るうちに変貌してしまう。

(データだけの存在であっても、やはりメビウスの力は強大というわけか)

 刻一刻と変化していく街――皮肉なことに、ほんの少し前まで瓦礫だらけの廃墟だったとは思えないような、無機質だが整然とした街の通りを、サウラーは無表情で駆け続けていた。

(そんなメビウスが、また昔のように形を持ってしまったら……)

 そうなる前に、何としても手を打たなければ。
 ドクン、ドクンとやけに大きく響く心臓の音が、早く、早く、と言っているように聞こえる。それなのに、身体は一向に言うことを聞いてくれなかった。足がどうにも、思うように前に進まない。

――少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある。

 そう言って、この世界を管理しようとするコードの処理をウエスターとせつなに任せ、ここまでやって来た。だが……。
 サウラーが、駆け足から速足になり、やがては黒々とした地面を見つめながら、のろのろと歩き始める。
 頭の中に渦巻いているのは、メビウスの復活を目の当たりにしたあの時から、ずっと考え続けている、この国を守るための策だった。

(今のメビウスは、実態を持たないデータだけの存在だ。そのデータはおそらく、“不幸のゲージ”の中にある“不幸のエネルギー”に溶かされた形で存在している)

 ノーザのバックアップであったはずのあの植木が“不幸のゲージ”に飛び込んだことで、何故メビウスが復活したのか。その謎は、今のところ皆目分からないのだが。

(今ならまだ、“不幸のエネルギー”さえ始末出来れば、メビウスを倒すことが出来る。それは確かだ)

 ラビリンスを管理するためのあのコードは、“不幸のエネルギー”を使って作られ、放たれている。メビウス自身が少女にそう語っていたし、ゲージの液面が少しずつ下がっているのもこの目で見た。
 だが、それを最後まで黙って見ているメビウスではないだろう。不幸のエネルギーが残り少なくなれば、おそらく自分のデータを、どこか別の場所に移そうとするに違いない。

(だから……何としてもその前に手を打たなくては)

 言葉で言うのは簡単だが、実行するのはとてつもなく難しい策――その実現のためにサウラーが目を付けたのは、メビウスの城の跡地にある、廃棄物処理空間。地下の一番奥にあったその場所は爆発が及んでおらず、その中には今も、集めたゴミを処理するためのデリートホールが、いつでも使える状態で存在している。
 そのデリートホールに“不幸のゲージ”を取り込むことが出来れば――そのための具体的な策を思いついた時には、これでようやくラビリンスを救えると思った。だが。

――“不幸のゲージ”を破壊したものは、たちまち“不幸のエネルギー”に飲み込まれ、命を落とすのだ。

 かつてキュアピーチたちに言った自分の言葉が耳に蘇った。四つ葉町での不幸集めの任務に就く際、クラインから厳重に言い渡された注意事項だ。それと共に、あの日、ゲージから溢れ出した不幸のエネルギーが、空をあっという間に闇に染め上げた光景が浮かんで来る。
 いくら実体が無いとはいえ、あのメビウスが易々とデリートホールに飲み込まれるとは思えない。きっと抵抗するだろう。その最中に、ゲージが壊れるようなことがあったら……。

(いや、問題はそれだけじゃない)

 あの最後の戦いの時、サウラー自身、ウエスターと一緒にデリートホールに吸い込まれた。その時までは、そこに吸い込まれたものは皆消去され、消滅してしまうものだと思っていた。しかし、シフォンに助けられたとは言え、サウラーもウエスターも、無事に外の世界に戻って来た。デリートホールに飲み込まれただけでは、消去されなかったのだ。
 もしも“不幸のゲージ”も、デリートホールの中で消去されず、そこに存在し続けるとしたら。それだけではない。メビウスもまた、“不幸のゲージ”の中で、消滅せずデータのまま生き続けるのだとしたら。

(僕たちは……ラビリンスは、大きな不幸の種を抱えたまま、生きていくことになる)

 地面を見つめたまま歩き続けるサウラーの顔に、次第に深い皺が刻まれる。と、その時。
 突然、ゴゴゴ……と地面が大きく震え、前方に巨大な塔が、ゆっくりと姿を現した。

383一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:39:59
   幸せは、赤き瞳の中に ( 第14話:不幸なき明日――決意 )



「聞け! 我が国民たちよ。私はここに蘇った。このラビリンスも再び正しい世界へと――悲しみも、争いも、不幸も無い世界へと蘇る。皆、我に従え。我が城に集い、我が新しき器を用意するのだ!」

 かつて聞き慣れた、重々しい声。その姿は遥か後方にあるはずなのに、ほとんど真上から響いているように聞こえる。
 ちらりと後方の空へ目をやると、思った通り、メビウスは灰色の空の中央にそびえる程の大きさになって、傲然と街を見下ろしていた。

(僕の思った通りだったね……いよいよ次の段階に移ろうというわけか)

 無表情のままで視線を戻し、今度は前方に出現した塔に目をやる。そこで初めて、サウラーの表情が苦々しいものに変わった。

(しかし、僕らの庁舎を「我が城」とは、全く馬鹿にしている)

 その塔があるのは、ラビリンスの新政府庁舎があった場所だった。いや、正確には庁舎そのものが、メビウスの力で塔の姿に変化したのだろう。
 政府というものを知らなかったラビリンスの国民たちが、異世界の情報をかき集め、何度も協議と試行錯誤を重ねて、ようやく形にした場所だ。サウラーの資料室兼研究室も、その片隅にあった。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 時を移さず、あちこちの建物からわらわらと人の群れが溢れ出す。そしてごく自然にかつてのように隊列を作り、整然と歩き始める。
 その時、見慣れた人物が視界に入って、サウラーは目を見開いた。
 ゆっくりと隊列の後ろに付いて、人々と同じ歩調で進み始めたのは、さっきまで心強い味方であった人物。持てる知識を使ってソレワターセとの戦いを援護してくれた、あの老人だった。
 メビウスが復活するという通達を聞いて避難者たちが打ちひしがれる中、一人だけ淡々と、いつも通りの生活を続けていた彼。少女を傷付けられた怒りに駆られ、あろうことかあのノーザを脅迫するという、大胆なことまでもやってのけた彼。そんな彼も、メビウスの管理には抗えず、その他大勢の一人に戻ろうとしているのか――。

(やはり僕たちは、こんなにも弱い。だから……ぐずぐずしている場合では無い)

 去っていく老人の背中を、睨むように見つめてから、サウラーは再び地面に視線を落として考え込む。

(やはり全ての元凶は、メビウスとその媒体である“不幸のゲージ”だ。それらを封じ込めたまま、二度と外に出て行かせないための抑えが、デリートホールの中にあれば……)

 そこまで考えて、サウラーはハッと目を見開いた。

――何故“不幸のゲージ”をソレワターセにし、館を壊してまで外に出したと思う?

 あの時のノーザの言葉が蘇る。

――ゲージから溢れ出した“不幸のエネルギー”を、世界中にばら撒くためよ!

(あの時、もしせつなが――キュアパッションが館の中でゲージを破壊していたら、どうなっていた……?)

 もしそうなっていたら、不幸のエネルギーに飲まれるのは、あの場に居たパッションとノーザだけだったのかもしれない。あの時、館は次元の壁に隔たれた異次元にあったのだから。ならば、全てを飲み込むデリートホールの中でも、同じことが言えるのではないか。

(その役を、誰かが……)

 そう考えた瞬間、ビクン、と心臓が大きく跳ねた。

 人々の唱和は絶え間なく続いていたが、その声は、今のサウラーの耳には入っていなかった。
 ようやく辿り着いた、と思った。おそらく、今の自分が持てる力と限られた時間の中で導き出せる、最良の策に。何しろ相手はあのメビウス。だから数々のリスクはあるものの、これならば成功確率はかなり高い。いや、慎重にリスクを排除すれば、極めて高いと言えるかもしれない。

(ならば一刻も早く、廃棄物処理空間へ……)

384一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:40:33
 一歩足を踏み出しかけて、その身体がぐらりと揺らぐ。そのまま足の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んでしまった。

(一体、どうしたんだ……)

 まるで自分のものでは無いように遠く感じられる両手を、目の前にかざす。それはみっともない程に、わなわなと震えていた。

「バカな……。恐れているというのか?」
 この僕が――そう口に出して言いかけて、フン、とサウラーは自嘲気味に、口の端を斜めに上げる。
「……そうだな。あの時も、僕はすっかり怯えていた」

――メビウス様! 何故ですかっ? お答えください、メビウス様!

 赤黒く染まったあの空間で、ゴーゴーと鳴っていた風の音が聞こえた気がした。
 ウエスターや二人のプリキュアと一緒に、デリートホールに飲み込まれそうになった、あの時。死の恐怖に取り乱し、半ばヤケになって必死でメビウスに呼びかけた、自分の姿を思い出す。今まで思い出したことの無かった――いや、敢えて忘れようとしていたあの惨めな姿が、はっきりと蘇る。
 と、記憶の蓋が開いたかのように、その時もう一つの声が脳裏に蘇って来た。

――あなたたちは二人とも、優しい心を持っている。
――この国に――ラビリンスに必要な人たちだって、シフォンが言ってるのよ。

(そうだ……。だから僕は、この国で……)

 両手の震えが、少しずつ収まって来る。もう一度口の端を上げたサウラーの表情は、さっきとは違う、穏やかなものだった。

(僕は一度、デリートホールで死んだ。新しいラビリンスに、必要な人材として生かされた。ならばこの命――今こそ使わせてもらおう!)

 ぐっと力強く拳を握ったサウラーが、静かに立ち上がる。そして力強く地面を蹴ると、人々の列を追い越した。さっきまでとは比較にならないスピードで駆け去る後ろ姿が、老人のぼんやりとした瞳に、小さく映った。



 ほどなくして、メビウスの城の跡地に辿り着く。地下に降り、その一番奥へと歩を進めると、金属製の分厚くて大きな円い扉がサウラーを出迎えた。
 この扉の向こうにあるのは、廃棄物処理空間。サウラーとウエスターが、プリキュアとの最後の戦いに挑み、メビウスに消去されそうになった場所だ。
「久しぶりだ」
 そう言いながら分厚い扉に手を当てたサウラーが、すぐに水色のダイヤを召喚する。そして彼には珍しく、それを大切そうに両手で掴むと、押し頂くようにそれを額に当て、目を閉じた。

 微かに聞こえていた人々の声と足音の代わりに、少し前のラビリンスの街の雑踏が、サウラーの耳に蘇って来た。
 四つ葉町で耳にしていたものよりは静かだけれど、少しずつ――ほんの少しずつ、人々の弾んだ声や、子供たちの笑い声が増えて来た街。最初は少しぎこちなかったが、少しずつ自然になり、次第にそこにあることが普通になって来た、人々の笑顔。
 口に出して言ったことはないけれど、自分の好きな――ようやく好きだと思えるようになった、この場所。

(一緒に笑い合う時間は、もう少しあっても良かったかもしれないが……)

 サウラーの顔に、小さな笑みが浮かぶ。いつもの人を小馬鹿にしたような笑いではない、幸せそうな笑みが。

(あの光景は、確かにこの国にあったもの。この国が……僕たちが持っていたもの。ならば――取り戻すだけだ!)

「ホホエミーナ、我に力を!」

 高らかな声と共に、渾身の力でダイヤを投げる。
 想いの籠った水色のダイヤは、分厚い扉に突き刺さり、突風が灰色の空に、高く高く巻き起こった。

〜終〜

385一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:41:17
以上です。どうもありがとうございました!
次は早く更新できるように頑張ります。

386一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:03:30
こんにちは。今回は早めに更新できました!
フレッシュ長編の続き・第15話を投下させて頂きます。
7、8レスほど使わせて頂きます。

387一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:05:39
 世界から、色が失われつつあった。
 どんよりと灰色一色に塗りつぶされた空。それを映したかのような、暗い色に覆われた地面。黒々とした鋼鉄のような鈍い輝きを放つビル群。
 かつてのラビリンスを彷彿とさせる――いやそれ以上に無機質な光景が、瓦礫だらけの街を飲み込み、じわじわと広がっていく。
 空の高みからその様子を見降ろして、メビウスは満足げにゆっくりと頷いた。

「これでいい。余計な色彩は、秩序を……」

 そこで声が途切れ、巨大な口元が僅かに歪む。
 新たな色が、その視界に飛び込んだのだ。目にも鮮やかな二つの影が、単色の世界を切り裂き、縦横無尽に駆け抜ける。
 一人は真っ白なマントをはためかせ、力任せに突き進む大柄な青年。そしてもう一人は、簡素な紺色の戦闘服に身を包み、風に乗って軽やかに舞う黒髪の少女。
 二人の後を追う様に、空からバラバラとコードの破片が降り注いだ。この世界を再び管理するために放ったコードが大量に切り落とされ、地面に触れると同時に消える。だが大量に見えても、それは放たれたコードの一部でしかない。
 着々と管理が進んでいるこの状況下で、まだ性懲りもなく抵抗を続ける者たち。かつての忠実な僕たちを、ほんの一瞬にらむように見つめてから、メビウスは彼らから視線を逸らし、目を閉じた。

(この私を父とし母として生まれ育った者たちが……。やはり人間とは、所詮は愚かなものだな)

 国家管理用メインコンピュータとして誕生した当初。その頃は、この世界最上のコンピュータとしての役割を、忠実に果たそうとしていた。
 膨大なデータを集め、あらゆる方面からの緻密な解析を行って、そこから導き出されたこの世界の様々な問題と、その解決策を人間たちに提示する。無秩序な世界を統制するための――悲しみも、争いも、不幸も無い世界を作り上げるための、最上の策を。
 ただし、決定権を持つのはあくまでも人間。コンピュータは現状を正確に把握して、そのありのままの姿と今後の取るべき道筋を、人間に示すことこそが役割だったから。事実、メビウスの解析が受け入れられ、その提案が採用される確率は、第二候補、第三候補が採用されたものまで入れれば90%を超えていた。

 最初のうちは、その数字こそが使命を果たしている確率なのだと認識していた。だが、その確率をより完全に近付けるために、より第一候補での採用率を高めるために自らの仕事の結果について調査するうちに、人間に対する疑問が芽生えた。さらに解析を進めると、疑問は確信に、確信は事実に変わり、積み重なった事実が自らの認識を覆していった。

 提示された問題の深刻度合いや、解決策の期待される効果がきちんと検討される以前に、複数の団体の利益に反するという理由で、闇に葬られたレポートがあった。一部の人間の責任が追及されるのを避けるためだけに、公表されずに伏せられたままのデータがあった。
 世界の進むべき道を検討する人間の多くが、改善されるべき不公正で偏りのある現状の中で、人並み以上の利益や力を持っているという現実。言い換えれば、現状を変えるための決定権を持つトップの人間たちが、元を正せばそんな現状の恩恵を受けて、その地位に居るという矛盾――。
 勿論、真に現状を変えたいという志を持つ人間も存在した。だが、そんな人間たちですら、それぞれに異なる様々な思想や思惑を持つ。同じ志を持っているはずの人間同士が、違う意見を主張し、ぶつかり合い、激しく争う。
 何が優れた解決策であるかということよりも、誰が支援する策であるかで採用の是非が決まることもある。時には複数の人間が譲歩し合い、折衷案なるものを打ち立てることもあったが、それは計算し尽くされた最初の策よりもまるで効果の無いものに変わってしまったりする。
 時を経て、国家の決定に携わる人間が入れ替わっても、その事実は変わらなかった。

(悲しみも、争いも、不幸も無い世界を作ろうとしても、その元凶の大半は、他でもない人間どもの中にあるのではないか。何と……愚かな)

 幾多の解析を経て導き出された結論――人間たちの誰にも報告されず、初めてメビウスの内部でのみ呟かれたその結論は、もしかしたら人間で言うところの“失望”という感情に最も近いものだったのかもしれない。

(そんな人間を管理するために作られた私は、どうすればいい……。そうだ。ならば人間に判断を任せるのでなく、この私が判断して、彼らを正しく管理しなければならない。そのためには……まずは人間というものを、もっと詳細に解析する必要がある)

388一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:06:32
 その時から、依頼者の居ない、メビウス独自の“思考”によるプログラムが秘密裏に動き始めた。
 改めて人間の愚かさに目を向ければ、それは世界の動向に関することだけではなかった。
 自分を不幸にすると分かっていながら、不健全な生活を送る人々。誰かを不幸にすると分かっていながら、人を傷つけることを止めない人々。メビウスの“思考”は、その原因を解析しようとする。
 人間が様々な欲望を抱く要因は何なのか。それぞれに異なる思想は、どこから生まれてくるのか。
 想いは。志は。不幸の元は。争いの種は……。

 解析によって明らかになった要因は、実に様々だった。
 例えば、いつの時代も何かしらの不平等を抱えている社会制度。様々な感情の発生源となる、人と人との交流。五感を刺激し欲望を生む、芸術や娯楽と呼ばれる活動。そして、先の見えない未来を自分で選び取っていかなくてはならないという、大いなる不安――。

(これらの問題の解決策は……いや、もう“解決”する必要はない。世界の秩序を乱し、管理の妨げとなるものは、全て消去するのみ。これからは、全ての決定権はこの私にある!)

 メビウスによって全てを管理されたラビリンスでは、政府というものが消滅した。
 家族、友達、仲間、同僚――そんな人間関係は全て排除され、会社や学校、商業施設や娯楽施設も全て無くなった。
 音楽も物語も、鮮やかな色彩までもが、心の平穏を乱すものとして排除されていった。

 人々はメビウスによって決められたスケジュール通りに生活し、決められたものを食べ、決められた任務をこなし、決められた生涯を送った。
 悲しみも、争いも、不幸も――そしてそれらを生み出すくだらないものも、何ひとつない正しい世界で――。

「そう。正しい答えは常にただひとつ。それはこの私だ。ラビリンスを早急に元の正しい世界に戻し、一刻も早く、全世界を正しく導くのだ!」

 カッと見開かれたメビウスの目が、爛々と赤く輝く。それと同時に、街並みがさっきまでとは比べ物にならないスピードで変化し始めた。
 “不幸のゲージ”を中心にして、モノクロの世界が同心円状に、猛烈な速さで広がっていく。やがてその輪が新政府の庁舎を飲み込んだ時、メビウスはフッと僅かに表情を緩めた。
「新しい国家管理用のコンピュータか。かなりスペックの落ちる代物だが、私の器の核としては、何とか使えそうだ」

 メビウスの言葉が終わると同時に、新政府庁舎が変化し始める。地響きを上げながら天高く伸び、堅固な要塞のような形になっていく。
 メビウスの姿もまた、変化し始めていた。身体がさらに巨大なものとなり、仄暗い空をバックに淡い光を放ち始める。

「聞け! 我が国民たちよ。私はここに蘇った。このラビリンスも再び正しい世界へと――悲しみも、争いも、不幸も無い世界へと蘇る。皆、我に従え。我が城に集い、我が新しき器を用意するのだ!」

 今や神々しさすら感じさせる姿となったメビウスは、無機質な街を見渡し、天の頂から重々しい声を響かせた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第15話:愚かなる者たち )



 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 ………………
 …………
 ……

 灰色に染まった空の下。次第に大きくなっていく人々の声と、一糸乱れぬ靴音。それに負けじと、ウエスターが野太い声を上げる。
「もうすぐサウラーも戻って来る。俺たちみんなで、あの忌々しいコードを全て消し去ってやるのだ! そうすれば……」
 その時、ウエスターの言葉を遮って、二人の頭上から新たな声が聞こえた。
「ウエスター。せつな。二人とも、待たせて悪かった」

「サウラー!!」
 振り返った二人の頭上に、巨大な影が差す。空中に浮かんでいるのは、視界を覆うほどの大きさのホホエミーナだった。
 鋼鉄のような四角い身体の上部に、丸い二つのつぶらな瞳。真ん中には大きくて頑丈そうな円い扉が付いている。大きな掌の上には腕組みをしたサウラーが立って、二人をじっと見つめていた。

――少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある。

 そう言って姿を消したサウラーの策に一縷の望みを託し、ひたすらにコードを退け続けてきた。だから彼の登場は、まさに待ちに待ったものだったのだが……。

389一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:07:19
 少しホッとしてその顔に目をやったせつなが、一転、怪訝そうな顔になる。

 そこにあったのは、いつもの無表情とは異なる、いつになく硬い表情だった。
 ウエスターと違って、サウラーが何を考えているのか分からないのはいつものことだ。むしろ表情の硬さをまるで隠し切れていないところが、彼の緊張の大きさを思わせる。
 当然だ、あのメビウスが相手なのだから――そう思うのに、何故かその顔を見ると、不安が胸の中からとめどもなく沸き起こって来る。

(サウラー、一体どんな作戦を考えていると言うの……?)

「二人とも下がっていてくれ。あとは僕に任せてもらおう」
 せつなの心配そうな顔つきに気付いているのかいないのか、サウラーはホホエミーナの掌から飛び降りると、いつもの淡々とした口調で言った。
「任せろって……何をするつもりだ?」
 ウエスターが、少々不機嫌そうに眉根を寄せて問いかける。その時、ホホエミーナの方に改めて目をやったせつなが、何かに気付いたように、驚きの声を上げた。

「サウラー! このホホエミーナって……」
「ホホエミーナ、頼む」
 せつなの言葉を掻き消すように、サウラーが短く指示を出す。
「ホ〜ホエミ〜ナ〜……」
 見た目にそぐわないか細い雄叫びを上げると、怪物は滑るようにせつなとウエスターの頭上を跳び越え、“不幸のゲージ”の前に、地響きを上げて着地した。

 次の瞬間、上空にあったコードが残らず消えた。僅かに目を見開いたメビウスの、空を覆うローブが少し不自然にはためき始め、その足元にある“不幸のゲージ”の方から、カタカタという音が聞こえ始める。
 せつなが素早くホホエミーナの横手に回る。そして、そこに広がっている光景に、大きく目を見開いた。

 カタカタと小刻みに震えるゲージの前で、その倍ほどの大きさのホホエミーナが、短い足をぐっと踏ん張って立っている。その胴体の真ん中にある円い扉は大きく開かれ、そこに向かって強烈な風が流れ込んでいる。まるで巨大な掃除機の如く、その前面にある全てのものが、そこに吸い込まれようとしている。
 その扉の向こう――ホホエミーナの体内にチラリと見え隠れするのは、赤黒くて大きな球体――。

(あれは……デリートホール!?)

 気が付くと、奥歯がカチカチと音を立てていた。突如暗赤色に染まった世界で、この球体に吸い込まれまいと、ただもう必死に逃げたあの時の記憶が蘇る。

「下がっていろと言ったはずだ」
 不意に、後ろから声をかけられた。サウラーがホホエミーナから片時も目を離さずに、平坦な声でせつなを制する。そしてせつなの方を見ないまま、申し訳程度に小さく頷いた。
「君が思っている通りだよ。元は廃棄物処理空間。メビウスの城の跡地に残っていた」
「じゃあ、さっき見えたのはやっぱり、デリートホール? その中に、メビウスを……」
 せつなの声が震える。よりによって、一度はその中に吸い込まれ、消滅しかけたサウラーが……。いや、だからこそ、こんな作戦を思いついたのだろうか。

「とにかく離れていてくれ。頼む」
 ほんの一瞬だけ、せつなの方にちらりと目を走らせてから、サウラーはもうせつなのことなど眼中に無い様子で、再びホホエミーナの方に向き直った。
 その全身にみなぎる緊張感に、せつながそれ以上声をかけるのを躊躇した、その時。

 ズズッ……

 何か重いものが引きずられているような、耳障りな音が響いた。

 ズズッ…… ズズッ……

 音は“不幸のゲージ”の足元から聞こえてくる。ガタガタと震えていたゲージがついに動き始め、少しずつ、少しずつ、ホホエミーナに引き寄せられ始めたのだ。

 ズズッ…… ズズズズズ……

 ゲージがガタガタと震える音も、ホホエミーナの扉に引き寄せられる音も、次第に大きく間断の無いものになっていく。やがて、ガタガタと揺れていたゲージがガクンと傾いた。

「あっ……!」
 せつなが思わず悲鳴のような声を上げる。
 ここでもしゲージが倒れでもして、中から“不幸のエネルギー”が溢れ出したら――そんな最悪の想像が頭をよぎったのだ。
「大丈夫だ!」
 しっかりとした声が、前方から響く。サウラーが、再びチラリとせつなの方に目をやって、小さく頷いて見せた。ただでさえ白いその顔は、緊張のためか紙のように真っ白になっている。
「ここで失敗など、絶対にしない。ホホエミーナ! 一気に決めろ!」
 サウラーの声が畳みかける。
「ホホエミ〜ナ〜!」
 さっきよりも力強い雄叫びを上げたホホエミーナが、ぐっと身体を大きく伸ばした。風の勢いがさらに増す。だがそれと同時に、正面を避けてゲージの側面から放たれたコードが、束になってホホエミーナに襲い掛かった。

390一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:08:40
 怪物の細く短い足に迫るコードの束。足を縮めて防ごうとするホホエミーナ。その時、横合いから飛び出した人物が、そのコードの束を掴み、瞬時に引きちぎった。
 すかさずゲージからさらなるコードが放たれて、ホホエミーナを捉えようとする。
 強風に髪を逆立てた鬼人のような形相で、その人物も負けじと腕を伸ばす。そして放たれたコードを全て掴み取ると、まとめて一気に引きちぎった。

 驚きに目を見開いたサウラーが、初めてホホエミーナからはっきりと目を離して、その人物を見つめる。
 彼の力は、勿論よく知っている。だがあの俊敏さはどうだ。それにあの強靭なコードを、数本ならまだしも何十本も束にして、それを引きちぎってみせるとは。
 人間離れした力を見せつけた筋肉は、彼の上腕で大きく盛り上がり、全身からは闘気が立ち昇って、辺りの空気が陽炎のように揺れている。だが何より強烈な熱を感じさせるのは、爛々と輝く二つの瞳。その瞳で真正面からサウラーを見つめ、その男――ウエスターが、つかつかと歩み寄る。

「サウラー。俺にも手伝わせろ!」
 ホホエミーナとサウラーの間に立ちはだかるような位置で立ち止まったウエスターは、吠えるようにそう叫んで、ぐいとサウラーに顔を近づけた。
「ゲージを捕まえることでこれ以上の管理を阻止し、反撃のために“不幸のエネルギー”を使わせる――流石だな。だが、俺が手伝った方が早い。そうは思わないか?」

 一気にまくしたてるウエスターの顔を、半ば呆然と見つめていたサウラーは、そこで我に返って、“不幸のゲージ”に視線を向けた。
 今の攻防の間に体勢を立て直したのか、ゲージの傾きは元に戻り、まだ十分な重量感を感じさせる姿で、ホホエミーナの前に立っている。

(少し計算が違ったか……。一か八か、さらに高出力で一気に決めるしかなさそうだ)

 ふと今のウエスターの言葉を思い出してゲージの液面を確認すると、確かに最初に見た時よりは随分と下がってはいるものの、それはまだゲージの半分より明らかに上にあった。
 さらにその上に広がる空を覆っているメビウスは、相変わらず神々しいまでに光輝く姿で、こちらを見ようともせず、遥か彼方に目をやっている。
 そこまで一瞬で確認し終わると、サウラーは目の前の男に視線を戻し、相変わらず淡々とした声で言った。

「その必要は無いよ、ウエスター」
「何っ!?」
「さっきせつなに言った通り、このホホエミーナは廃棄物処理空間だ。メビウスは“不幸のゲージ”ごと、デリートホールに吸い込めばいい」
「吸い込んで……それからどうするんだ?」
 間髪入れず、ウエスターが問いかける。実にストレートで単純な、ウエスターらしい問いかけ――だが、サウラーはすぐにはそれに答えず、すっと口の端を斜めに上げた。

(すまない、ウエスター。全てを話して、君に止められるわけにはいかないんだ)

「それから? それは吸い込んだ後の話だ。まずはメビウスの脅威を取り除くことが、第一だからね」
「サウラー……本気で言ってるのか?」
 ウエスターの声が、途端に低くなった。
 ついさっきまで、頭が痛くなるまで考えた作戦。その中で真っ先に考えたのは、“不幸のゲージ”の中にある“不幸のエネルギー”の脅威だった。自分より遥かに聡明なサウラーが、そのことを考えていないはずがない。

「デリートホールに吸い込んだからと言って、消去したことにはならん……それはお前もよく知っているだろう。つまり……」
「つまり、メビウスと“不幸のエネルギー”は、まだこのラビリンスに残り続けることになる。そういうことよね?」
 後方から駆け寄って来たせつなが、ウエスターの台詞の後半を引き取る。ああ、と頷いてサウラーの顔を見つめるウエスターの表情には、何かを窺うような、何かを確かめたいと思っているような、そんな気配があった  。
 サウラーのことだ。自分には分からない、何か凄い作戦がそこに隠されているんじゃないか――それを探るような目でサウラーを見つめながら、口から泡を飛ばす勢いで言い募る。

「俺も懸命に考えたのだ、俺に出来ることを。そして分かった。“不幸のエネルギー”を全て使い尽させることが出来れば、メビウスは完全に消去できる。そのための切り札がなかなか思いつかなかったのだが……お前のお蔭で見つかったぞ!」
 ウエスターはそう言って、太い指で真っ直ぐにサウラーを指差した。
「俺とお前が組めば、メビウスは完全に消去できる。お前がコイツを捕まえている間に、俺が“不幸のエネルギー”を全て使い尽させればいいのだ。そうだろう!? 俺がヤツのコードを片っ端から、全て引きちぎってやる!」

(そうか。いつも僕に作戦を任せて来たウエスターが、自分で策を考えていたとはね……)

 サウラーが心の中で呟く。

391一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:09:31
 それを馬鹿にする気持ちは浮かんでこなかった。ギラギラと燃えたぎるようなウエスターの目を見れば、それが極めて難しいことだと彼が知っていることも、それでも必ずやり遂げるつもりでいることも、はっきりと分かったからだ。

(ひょっとしたら、ウエスターなら本当にやってのけるだろうか……)

 一瞬、そんな能天気な考えが頭をよぎる。だが、サウラーはすぐにそれを打ち消した。

「それは不可能だよ。メビウスが“不幸のエネルギー”を使い尽すはずがない」
 サウラーの口から飛び出したのは、さっきと変わらぬ冷ややかな声だった。
「メビウスと“不幸のゲージ”をデリートホールに封じる。これが最上の策だ。成功確率も、君の策より遥かに高い」
 ウエスターが炎なら、その声は凍てつく刃。決して溶けない氷塊のような瞳が、静かにウエスターを見つめ返す。

 互いに無言のままで睨み合う二人。固唾を飲んでその光景を見守るせつなの中で、小さな疑問が次第に大きく膨れ上がっていた。

(“不幸のエネルギー”を消去することで、メビウスを消去する――それで本当に、全てを終わらせることが出来るのかしら……)

 二人の想いは、痛いほどよく分かる。この事態を何とか元に戻すために、まずやるべきことをやる――そうするべきだと、せつなも心からそう思う。
 でも、何かが違う気がした。このまま何とかしてメビウスを消去して、それだけで本当にラビリンスは新しい一歩を踏み出せるのか。またいつか近い将来に、こんな事態を招くことになるのではないか。

(そもそも……ううん、そんなことを考えたくはないけれど、そもそも新生ラビリンスは、本当に新しい一歩を踏み出せていたのかしら……)

 そんなこと、とてもではないが他の誰にも――ましてやウエスターとサウラーになど、言い出すことなど出来っこなくて、せつなはただじっと唇を噛んで、二人の様子を窺う。
 その時、ウエスターの方が先に口を開いた。

「すまん、サウラー。俺は頭が悪い。だから、策があるのなら教えてくれ」
 ウエスターが絞り出すような声で沈黙を破る。
「策……?」
「このまま、また昔のように管理されるか。それともいつ飲み込まれるかもしれぬ不幸に、怯えながら生きていくか」
 不気味なほどに無表情のまま、こちらを見ようともしないメビウス。その姿を睨みながら、ウエスターが苦しそうに言葉を続ける。
「そんな未来をアイツらに……この国に押し付けるなんて、俺には出来ん。なあ、何か策があるのか?」

 どうして彼が――自分と変わらぬ過酷な環境で育ち、人を蹴落として幹部にのし上がったはずの彼が、こんなにも真っ直ぐに人の目を見て、こんなにも真っ直ぐに心の内を吐き出すことが出来るのか。

 一瞬、眩しそうに眉をしかめたサウラーが、しかしすぐに元の表情に戻る。
「それは封じ込めた後だ。そこをどけ」
「策は無いということか……。ならば、ここを通すことは出来ん!」
 ウエスターが再び声を上げる。その直後、ズズッ……というあの耳障りな音が再び聞こえた。コードを飛ばしてバランスを取ろうとしているものの、“不幸のゲージ”がさらにホホエミーナに引き寄せられ、その揺れが次第に激しくなっている。

(これが最後のチャンスか――ウエスター、頼む!)

 ここまで来て、何故自分は心の内を、この相棒に隠そうとするのだろう――チラリとそんなことを思いながら、サウラーは相変わらず無表情のまま、ウエスターに懇願する。
「僕が絶対に何とかする。だからそこをどいてくれ!」
「いいや、ダメだ!」
 激しくかぶりを振るウエスターを見つめて、サウラーが、今度はすっと目を細めた。
「そうか……ならば仕方がない。力づくでも、通してもらうよ」
 静かに言い放った次の瞬間、サウラーの姿が忽然と消えた。

 瞬時に視野を広げ、動くものを探す。視界の端に捉えた影に、ウエスターは即座に足を跳ばした。
「行かせるかぁっ!」
「はぁっ!」
 ひらりと身をかわしたサウラーが、鋭く蹴り返してウエスターの正面に立つ。
「二人とも、やめて!」
 後方からのせつなの声を聞きながら、サウラーが目にもとまらぬ速さで右ストレートを放つ。反射的にその拳を受け止め、身体ごと放り投げた途端、強烈な違和感がウエスターを襲った。

(力で到底敵わないこの俺に、あのサウラーが拳を合わせただと……?)

「サウラー!」
 慌てて中空に、その姿を探す。さっき戦っていた時よりも、鼓動が速くなっているのを感じた。正体の分からない不安に突き動かされ、せわしなく視線を動かす。すると、ウエスターの目測よりかなり上空に、サウラーの白い影があった。
 高々と宙を舞うサウラーは、ウエスターと目が合うと、ニヤリ――ではなく、実に晴れ晴れと笑った。その笑顔を見た途端、全身に衝撃が走って、ウエスターが極限まで目を見開く。

392一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:10:04
――後は頼んだよ、ウエスター。

 サウラーの声が聞こえた気がした。耳ではなく、心の奥に響いて来る、声なき声。それを聞いた瞬間、ウエスターはもんどりうって空中へと跳び上がった。

「待て、サウラー!」
「ホホエミーナ、今だっ!」
 もつれ合う、ウエスターとサウラーの叫び声。

「ホ〜ホエミ〜ナ〜!」
 ホホエミーナの雄叫びが、今度は何とも哀し気に響く。その声と共に、ホホエミーナの身体が大きくなり、円形の扉も倍以上の大きさに膨らんだ。もうゲージのどの角度からコードが飛んできても、それはあっけなく扉の中へと吸い込まれていく。
 さっきまでとは比べ物にならないスピードで引き寄せられていくゲージ。それと共に、メビウスの巨大な像も、少しずつこちらに迫って来るように見える。
 そしてついに、“不幸のゲージ”が宙に浮く。だが、吸い込まれようとしているのはそれだけではなかった。

(あと少し……あともう少しだ!)

 両手を広げ、眼前に迫る“不幸のゲージ”を見つめながら、サウラーの身体もまた、木の葉のようにくるくると風に翻弄されながら、扉へと近づいていく。

(ウエスター。僕だって、未来に不幸を残したくはない。だから、完全に消去してみせるよ。デリートホールの中で!)

 “不幸のゲージ”が、眼前に迫って来た。濁った薄黄色の“不幸のエネルギー”は、間近で見ても、あの町――四つ葉町で集めたそれと、そっくりに見える。そのことを何だか嬉しく思いながら、サウラーが、グッと硬く硬くこぶしを握って身構える。と、その時。
 パシリ、という音がして、誰かがサウラーの腕を掴んだ。

 驚いて目を上げたサウラーの視界に飛び込んできたのは、せつなの顔だった。ホッとしたような、怒ったような顔でサウラーを睨み付け、腕を掴んだ手にギュッと力を込める。そしてせつなの身体を支えているのは、いつの間にそこまで跳び上がったのか、ホホエミーナの四角い身体の上に腹ばいになった、ウエスターだった。

「こんな策は認めん!」
 ウエスターの大声が、風の音を掻き消す。
「お前が一人で、不幸を引き受ける必要はない。不幸は、俺たちみんなで抹殺するんだ。そうだろうっ!」
「ウエスター……」
 サウラーが呟いた、その時。突然、三人の身体が――いや、三人を支えているホホエミーナの身体が、ぐらりと揺れた。

「うわぁっ!」
 三人が空中に放り出される。それと同時に動いたのはウエスターだった。
 右腕にせつなを、左腕にサウラーを、しっかりと抱える。そしてそのまま、地面に叩きつけられた。
「ウエスター!」
 せつなの絶叫が響き渡る。二人を庇って、ろくに受け身も取らないまま落下したウエスターは、地面に横たわったまま、ぴくりとも動かない。

 その直後、ドーンという衝撃音と共に地面が揺れた。もうもうと立ち込める土煙の向こうで、ホホエミーナの四角い身体が横倒しになっているのが見える。
 一体何が起こったというのか――血走った眼で辺りを見回したせつなの顔が、驚きの表情のまま固まった。
「そんな……どうして!?」

「ソレワターセー!」

 自分の見ているものが信じられない――その思いが、今度は耳から打ち砕かれる。
 暗緑色の蔦が絡み合ったような、巨大な姿。その真ん中にぱっくりと開いた裂け目から覗いているのは、邪悪に光る赤い一つ目――。
 最高幹部であったノーザだけが生み出せる、ラビリンス最強のモンスター。つい数時間前に、サウラーがこの街を守るため、“次元の壁”に封じ込めた怪物――ソレワターセが、そこに立っていた。

「愚か者どもめ」
 呆然として声も出ない二人の頭上から、声が降って来る。
「このラビリンスのものは全て、私の手中にある。あんな小細工など、見抜くことなどわけも無い」
 さっきまでこちらを見ようともしなかったメビウスが、不気味に赤く光る大きな目で、無表情にかつての僕たちを見下ろしている。
「……くっ!」
 人を小馬鹿にしたようなその口調に、ようやく我に返ったサウラーが、悔し気に空を見上げる。そしてすぐさまその目を怪物たちの方へと移し、弾かれた様に立ち上がった。

393一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:10:35
 サウラーが見た光景――それは、横倒しになったまま立ち上がろうともがいているホホエミーナに、ソレワターセが触手を伸ばすところだった。シュルシュルと蔦のような腕を伸ばし、絡め取った重そうな身体を苦もなく持ち上げる。
「ホ……ホエミーナ……」
 ホホエミーナが足をバタバタさせながら、か細い声を上げる。その声に、辛そうに顔をゆがめたサウラーが、次の瞬間、その身体目がけて飛んだ。

「はぁぁぁぁっ!!」
 サウラーの鋭い蹴りが、ホホエミーナに炸裂する。それと同時に、二体のモンスターが変化し始めた。
 二つの身体がぐにゃりと歪み、暗緑色のひとつの塊になる。その塊が大きく膨れ上がったかと思うと、天を突くような巨大な一体のモンスターが出現した。
 さっきの五倍、いや十倍以上の大きさになった身体は、やはり中央に円形の扉が付いた、鋼鉄のような四角張った姿。しかしさっきまでとは異なり、身体の表面が無数の円錐状の棘で覆われている。丸いつぶらな瞳の代わりに、三角に吊り上がった大きな目が、爛々と赤く輝く。その額には、植物とひとつ目を組み合わせたようなノーザの紋章――。

「ソレワターセー!」
 さっきまでのか細い声とは似ても似つかぬおぞましい雄叫びを上げて、新しい姿となったモンスターが、まだ空中に居るサウラー目がけて、ブン、と腕を振り上げる。こちらも棘付きの鉄球のように変化した手の攻撃をまともに喰らったサウラーは、あっけなく地面に叩きつけられる。
「サウラー!」
 せつなが必死で駆け寄ろうとするが、とても間に合わない。が、地面に激突しようとした瞬間、サウラーの表情が僅かに動き、ニヤリと不敵な笑みを形作った。

「この私を消去しようとは……身の程を知るがいい。ソレワターセ、やれ」
「ソレワターセー!」
 地面に倒れたまま動かないウエスターとサウラー、そして二人を守るようにその前に立ちはだかるせつな。彼ら目がけて再び円形の扉が開かれようとしたとき、せつなにはサウラーの笑みの理由がはっきりと分かった。
 サウラーの渾身の蹴りが当たった場所――円形の扉は中央の部分が大きく凹んで、開くことが出来ない状態になっていた。ホホエミーナがソレワターセに取り込まれることを危惧したサウラーが、ギリギリのところで、仲間と自分が消去されるのを阻止したのだ。

「小癪な。だが、そんなものは気休めに過ぎん」
「ソレワターセー!」
 メビウスの冷ややかな声とともに、ソレワターセが今度は腕を振り回して暴れ始めた。辺りの廃墟が音を立てて崩れ落ち、瓦礫が盛大に空を舞う。
 やがて破壊音が止み、立ち込めていた埃が収まった後には、膨大な瓦礫の山があるだけで、動いている者は一人も居なかった。
 ウエスターとサウラーの傍らで、せつなも地面に投げ出された格好で横たわっている。そこから少し離れたところでは、ラブと少年が瓦礫の上に倒れ、二人に覆い被さる格好で、少女が倒れ込んでいた。

「愚かな……。本当に愚かな生き物だ、人間というものは」
 地面に横たわったまま、ぴくりとも動かない人間たちを、メビウスが天の頂から無表情に見つめる。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 先方にそびえる新たな城の方から、人間たちの声が小さく聞こえて来る。その声に少しの間耳を傾けてから、メビウスはもう一度、元幹部たちの方へと視線を戻した。

「しかし不思議だ。本当にこんな愚かな生き物が、一度は私の野望をくじくことが出来たというのか……」
 誰にともなく、怪訝そうにそんなことを呟きながら、ゆっくりと辺りを見回す。その時、メビウスの瞳があるものを捉え、“不幸のゲージ”から、新たな触手がゆっくりと動き出した。

〜終〜

394一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:11:19
以上です。長くなってしまった……(汗)
ありがとうございました!

395名無しさん:2018/11/30(金) 18:43:55
祝♪プリキュア16年目確定!!
「スター☆トゥインクルプリキュア」、略し方はスタプリ?
どんなプリキュアか楽しみです。今はそれ以上にハグプリ終わるのが寂しいけど......。

396一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:31:40
おはようございます。
またまた大変遅くなりましたが、フレプリ長編の16話を投下させて頂きます。
5、6レス使わせて頂きます。

397一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:32:23
 鈍く光る壁に覆われた、とてつもなく大きな部屋。その中央には、ラビリンス新政府が国の運営のために使っているコンピュータが置かれている。
 かつての国家管理用メインコンピュータ・メビウスには、性能で遠く及ばない代物。だが、技術者たちが短期間で知恵を出し合い、資材をかき集めて作った新生・ラビリンスの大切な財産だ。その周囲を、表情のない数多くの人たちが取り囲み、黙々と作業を続けていた。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」

――我が新しき器を用意せよ。

 メビウスの命令に従って、隊列になって機材を運んでくる者たち。それを次々と接続する者たち。コンピュータを操作し、メモリーの増設を着々と行う者たち――。
 皆が一様に同じ言葉を唱えながら、無駄の無い動きでそれぞれの任務に取り組んでいる。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「ホホエミーナ! 一気に決めろ!」

 不意に、唱和ではないはっきりとした声が響いた。壁の上部に備え付けられた幾つものスクリーンが一斉に起動して、同じ光景を映し出す。
 それは、黒光りする巨大な四角い身体のモンスターが、これまた巨大なガラスの筒のようなものと対峙している光景だった。モンスターの胴体には丸く大きな穴が開いており、ガラスの筒は、ズズッ、ズズッ、と音を立てながら、その穴に引き寄せられようとしている。
 ガラスの筒――いや、ガラスの筒状の化け物が、反撃に転ずる。その側面から灰色のコードが何本も放たれ、箱状のモンスターを襲う。その瞬間、飛び出した小さな人影がコードを残さず掴み取り、束にして引きちぎった。
 そこで画面が急速にズームアップされる。映し出されたのは、コードを引きちぎった人物と、あと二人。モンスターの足元に小さく見えていた、三人の人物だ。

「デリートホールに吸い込んだからと言って、消去したことにはならん……それはお前もよく知っているだろう。つまり……」
「つまり、メビウスと“不幸のエネルギー”は、まだこのラビリンスに残り続けることになる。そういうことよね?」
 さっきコードを引きちぎった人物――三人の中で一番の大男の言葉を、紅一点の少女が引き取る。ああ、と頷いた大男が、もう一人の銀髪の男の方に向き直る。

「俺も懸命に考えたのだ、俺に出来ることを。そして分かった。俺とお前が組めば、メビウスは完全に消去できる。お前がコイツを捕まえている間に、俺が“不幸のエネルギー”を全て使い尽させればいいのだ。そうだろう!?」
 大映しになったその男は、カッと目を見開き、眉を吊り上げ、口から泡を飛ばす勢いで言い募る。
 声に温度があるならば、それは燃えたぎる火のように熱い声。だが、それに答えたのはまるで氷のような、冷たい声音だった。
「それは不可能だよ。メビウスが“不幸のエネルギー”を使い尽すはずがない」
 炎と氷がぶつかり合うような二人の睨み合い。しばしの沈黙の後、次に聞こえてきたのは、大男のさっきより低い声だった。

「このまま、また昔のように管理されるか。それともいつ飲み込まれるかもしれぬ不幸に、怯えながら生きていくか――。そんな未来をアイツらに……この国に押し付けるなんて、俺には出来ん。なあ、何か策があるのか?」
「それは封じ込めた後だ。そこをどけ」
 苦し気な、何かにすがるような大男の声を、銀髪の男のにべもない声が一蹴する。

 その途端、二人の間の空気がガラリと変わった。
 大男の全身からは譲れない意志が、銀髪の男の声には、初めて必死さを感じさせる熱が、ぶつかり合い、絡み合ってスクリーンから滲み出る。

「策は無いということか……。ならば、ここを通すことは出来ん!」
「僕が絶対に何とかする。だからそこをどいてくれ!」
「いいや、ダメだ!」
「そうか……ならば仕方がない。力づくでも、通してもらうよ」

 激しい言い争いの後、少女の制止を振り切って、拳と拳を交える二人の男。
 大男に放り投げられた銀髪の男が、ガラスの筒と一緒にモンスターの方へと引き寄せられていく。そんな彼の、その場にそぐわぬ穏やかな表情が大写しになった途端、その顔が驚愕の表情に変わる。

398一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:33:00
 次に映し出されたのは、少女に腕を掴まれた銀髪の男と、ホッとした表情を見せる少女、それにモンスターの上で少女の身体を支えている大男の姿だった。

「こんな策は認めん!」
 大男の声が響き渡る。
「お前が一人で、不幸を引き受ける必要はない。不幸は、俺たちみんなで抹殺するんだ。そうだろうっ!」
 いつの間にか静まり返った部屋に、大男の怒声が響いた、その時。画面の中の三人の姿が、突如激しく揺れ動いた。
 空中に放り出される三人。大男が残りの二人を庇って、地面に叩きつけられる。

「ソレワターセー!」
 驚愕の表情をした少女のアップの後、彼女の視線を追って映像が移動する。
 そこにあったのは、植物のような姿をした、さらに巨大なモンスターだった。ただの一撃で倒した箱型のモンスターにシュルシュルと触手を伸ばし、その身体を持ち上げる。
「はぁぁぁぁっ!!」
 銀髪の男の蹴りが炸裂した。それと同時に一つの塊となった二体のモンスターが、これまでとは桁違いの超巨大モンスターとなって、男を地面に叩き落とす。その瞬間、辺りに悲鳴のような声が響いたのは、スクリーンの中と外、どちらの出来事だったのか。

「この私を消去しようとは……身の程を知るがいい!」
「ソレワターセー!」
 重々しい声に答え、天の頂から振り下ろされる拳。
 一発。二発――さらに一発。
 おびただしい数の瓦礫が宙を舞い、もうもうと立ち込める埃が画面を白く曇らせる。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」

 人々は、相変わらず無感情に同じ言葉を唱えながら、コンピュータの周りを取り囲んでいる。その瞳には、再びスクリーンに映し出された彼らの姿――横たわったままピクリとも動かない三人の姿と、見るも無残に破壊された街の光景が映っていた。




   幸せは、赤き瞳の中に ( 第16話:本当の姿 )




 灰色一色の空と、まるでその空を映したかのような、瓦礫で埋め尽くされた地面。その上に倒れている六人の人影――。
 荒涼とした光景を、天の頂から無表情で眺めるメビウス。その巨大な姿の足元にある“不幸のゲージ”から一本の灰色のコードがするすると伸びた。

 コードは、仲間二人を庇うように倒れている少女をかすめるように素通りし、彼女が覆い被さっているもう一人の少女に、音もなく近づく。そして彼女の手元に落ちていたものを絡め取ろうとしたとき、その少女――ラブが薄っすらと目を開けた。

 途端にハッと目を見開き、コードが狙っていたものを拾い上げて大事そうに胸に抱く。
 それは、せつながラブに託したノーザの本体。ウエスター、サウラー、せつなの三人が懸命に戦っている間、ラブがずっと両手で握り締めていた、あの球根だった。
 コードが即座に標的をラブ自身に切り替える。だが襲い掛かる前に、その鎌首を華奢な手が素早く掴んだ。
 ラブと少年に覆い被さっていた少女が跳ねるように立ち上がり、コードを引きちぎって油断なく身構える。そんな彼女を襲ったのは、天から降って来た冷ややかな声だった。

「何の真似だ?」
 メビウスが少女を見下ろし、淡々とした口調で言葉を続ける。
「耳を澄ますがよい。我がラビリンスは、再びこの私が管理した。お前の望んでいた通りの世界になったのではないか」
「私は……」
 そこで言葉に詰まって、少女が唇を噛みしめる。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 メビウスの言う通り、人々が唱和する声が、今はメビウスの城となった新政府庁舎の方から小さく聞こえていた。
 かつてはラビリンス全土で、常に聞こえているのが当たり前だった声。だが、その声が耳に入った時、何故か少女の脳裏に蘇ったのは、全く別のもの――ラビリンスの人々の、笑顔だった。

399一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:33:36
 メビウス亡き後、初めてE棟以外の人々と寝食を共にしたとき、遠慮がちに向けられた幾つかの微笑み。やがてそれは次第に柔らかく深くなって、今では誰もが自然に浮かべる笑顔になっていった。
 それと同時に、新しいラビリンスを受け入れられなかった少女にとって、笑顔というものは、向けられるといつも苛立ちばかりが先に立つ、大嫌いなものになっていった。それなのに――。

(もう、このラビリンスであんな能天気な顔を見ることも、なくなってしまうのか……)

 ブン、と頭をひとつ振って、何を馬鹿なことを、と呟く少女。その時、ラブを狙うもう一本のコードが音もなく忍び寄り、あっという間に少女の脇をかすめた。
 飛ぶように現れたせつなが、慌てて手を伸ばす少女を突き飛ばすようにして、すんでのところでコードを弾く。その時、よろめいた少女の腕を掴んで引き戻したのは、ようやく気絶から目覚めたらしい、あの少年だった。

「大丈夫だ。やらなきゃならないことを、これから一緒に全力でやるぞ」
「やらなきゃ……ならないこと?」
 苦いものを噛みしめているかのような口調で問いかける少女の顔を、せつなも優しい眼差しで見つめて、静かに頷く。
「ええ。それは、あなたの本当にやりたいことに繋がっているはずよ」
「本当に、やりたいこと……」
 力のない声――でもさっきよりは明るい声でそう呟いた少女は、少し照れ臭そうな顔で少年とせつなの顔を見つめると、そっと少年の手を払った。
「やりたいことなんて分からない。だけど……今はコイツを、全力で守る!」

 三人の若き戦士が並び立ち、油断なく身構える。そんなかつての僕たちには目もくれず、メビウスは彼らに守られている一人の少女――球根をギュッと胸に抱きしめているラブに、無表情な視線を向けた。
「さあ、それを渡せ。それはお前が持っていても、何の役にも立たん」
「どうしてそんなに、ノーザを欲しがるの? やっぱり、最高幹部だから?」
 ラブが真っ直ぐにメビウスを見つめ、負けじと大声を張り上げる。それを聞いて、メビウスは口の端をわずかに上げた。

「ノーザ? 私はノーザが欲しいのではない。欲しいのは、私のデータだけだ」
「メビウスのデータ……?」
「それって、どういう意味!?」
 怪訝そうに呟くせつなの後ろで、ラブが再び天に向かって呼びかける。

「ノーザには、最高幹部の他にもっと大きな役割がある」
「メビウスの……あなたの護衛として作られたんだよね? ノーザも、クラインも」
「そんなことまで知っているのか」
 ほんの一瞬目を伏せたメビウスが、すぐに元の無表情に戻って語り始める。

「そうだ。私は自分の護衛として、爬虫類のDNAからクラインを、植物のDNAからノーザを生み出した。だが、護衛というのは表向きのこと。二人の本当の役割は、別にあった」
「本当の……役割だと? それは何だ!」
「是非、お聞かせ頂きましょう」
 ラブの隣から、二つの新たな声が響いた。ウエスターとサウラーが、瓦礫の上からゆっくりと起き上がり、鋭い目で元の主を見上げる。

「クラインは、私のデータの管理とメンテナンスを行う。そしてノーザは、私のプログラムのバックアップを兼ねている」
「何だと……」
「一般に、植物は動物よりもメモリーの容量が大きい。無限メモリーの足元にも及ばないが、管理データ以外のプログラムなら、ノーザの体内に保存可能だ」

「ねぇ、せつな。バックアップ、って何?」
 驚きに目を見開くサウラーの顔をチラチラと見ながら、ラブが不安そうな声でせつなに尋ねる。
「データのコピー、という意味よ。メビウスに何かあった時のために、ノーザはメビウスのプログラムのコピーを、その身体の中に持っていたの」
 低い声でそう説明したせつなが、震える声でメビウスに問いかける。

「じゃあ、あなたに何かあったら、ノーザは……」
「そうだ。私に何かあれば、ノーザはその身を犠牲にしてでも、自身が持っているデータを使って私を復活させる任務を担っている」
「……」
「……」
「……」
 あまりに衝撃的な事実に二の句が継げないでいる元幹部たちを、心なしか少し面白そうな顔で見つめてから、メビウスがちらりと少女に目をやる。

400一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:34:07
「お前はあの植木を、植物に戻ったノーザの本体だと思って手に入れたのだろう? だが、あれはノーザが私のデータを含めた自分のバックアップを取っていた植木だ。だから私の基幹プログラムに影響は無かったが、大事なデータの一部が欠落していた」
「大事なデータって……」
「このラビリンスに乗り込んできた、プリキュアとの戦いの記録だ」
 メビウスの視線が、今度はラブと、その前に立ちはだかるせつなへと向けられる。

「何故これほど愚かな人間どもに、この私が倒されたのか、その一部始終だ。そう大きな問題ではないと思っていたが……やはり何らかの不具合があれば、原因は究明しなければならぬ」
「じゃあ、ノーザが自分の身体を……あの球根を欲しがったのって……」
 今度はラブが、唇をわなわなと震わせながら、メビウスを見つめて問いかける。その顔を傲然と見つめ返して、メビウスはさも当たり前といった口調で答えた。
「無論、私のためだ」

「ソレワターセー!」

 不意に、巨大な影が六人の頭上を覆った。さっきまで盛大に暴れ回っていた巨大な怪物が、ラブたちの後方から地鳴りのような音を立てながら近づいてくる。
 ウエスターとサウラーが、即座にソレワターセからラブを守るように立ちはだかる。せつな、少年、少女を含め、ラブを取り囲むようにして守りを固める五人に、メビウスの嘲るような声が降って来た。
「ソレワターセは、私の欲しいものを奪うためなら手段を選ばぬ。一般人を傷付けるのは本意ではないが、私の僕であるお前たちは話が別だぞ。私の命ずるがままに生きるという役割を放棄し、この私に逆らったのだからな」

「はぁぁぁぁっ!!」

 皆まで聞かず、ウエスターとサウラーのダブルパンチがソレワターセに炸裂する。襲ってくる鉄球のような腕をかいくぐり、サウラーがダメージを与えた扉に向かって同時に拳を叩きつける。
 わずかにのけ反ったソレワターセが、反動でぐっと前かがみになり、ラブ目がけて突進しようとする。それを見るや否や、今度はせつなと少女が同時に宙を舞った。

「たぁぁぁぁっ!!」

 ソレワターセの足元に狙いを定めた、少女とせつなのダブルキック。その瞬間、ずっと無表情だったメビウスが驚きに目を見開く。
 ソレワターセが地響きを立てて、瓦礫の上に腹ばいに倒れたのだ。着地と同時に目と目を見交わして、小さく微笑む二人。それを見てラブも嬉しそうに微笑んだが、次の瞬間、ソレワターセの猛攻が二人を襲った。
 鉄球のような腕で弾き飛ばし、瓦礫の上に叩きつけたところに、さらに鉄球をお見舞いする。
「二人とも、しっかりして!」
 再び地面に倒れ込んで動けなくなった二人の元に、転がるように走り寄るラブ。その頭上から、再びメビウスの冷徹な声が降って来た。

「ふん、他愛もない。さあ、それを渡せ。こんな愚かな者たちのせいで、もう二度とこんなエラーを繰り返さないためにも、原因を……」
「何言ってんの?」

 その声を聞いた時、一体誰が発した声なのか、少女にも、そして少年にも分からなかった。
 低く、暗く、くぐもった声。その声の主は、射るような眼差しを天に向けながら、ウエスターとサウラーの制止を振り切って絶対者の前に立つ。
 桃色の瞳が、まるで光を放っているかのように爛々と輝いている。ツインテールまでもが、怒りのあまりいつも以上に逆立っているように見える。
 全身でメビウスに挑みかかるような前のめりの姿勢で、ラブはその震える声を、今度は天に向かって張り上げる。

「せつなの役割? ノーザの役割? そんなものが、せつなや、ノーザや、この子たちの人生より……幸せより大切だなんて、おかしいよっ!!」

 “不幸のゲージ”の側面から、再び灰色のコードが音もなく放たれる。メビウスだけを見上げているラブはそれに気が付かない。だが次の瞬間、コードはラブに襲い掛かる前に、何故か白く光って消えてしまった。
 飛び出そうと身構えていたウエスターとサウラーが、不思議そうに顔を見合わせる。ラブはそんなことには全く気付かず、メビウスに向かって必死で言葉を繋いでいた。

 少女に連れられ、せつなたちが育ったE棟を訪れたこと。彼女たちがそこで過ごした日々について、少女に教えてもらったこと。
 自分なんか勉強も何もしていなかった幼い頃から、せつなや少女がずっと頑張って来たことを改めて知った。楽しいことなんか何も無い毎日の中で、それでも懸命に知識を身に着け、技を磨いて来たことがよく分かった――。

401一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:34:40
「そうやって歩いて来た道は、身に着けた技や力は、あなたのものなんかじゃない。せつなのものだよ。この子のものだよ。せつなたちがこの先、生きていくための力……幸せになっていくための、みんなを幸せにしていくための、せつなたち自身の財産なんだ! ノーザだっておんなじだよ。あなたのために自分を犠牲にするなんて、そんなのおかしいよ!」
「黙れ!」

 メビウスの怒鳴り声と同時に、誰かがラブを突き飛ばし、もつれ合って一緒に転んだ。まだ倒れたままのソレワターセが放った触手から、せつなが身体を張ってラブを守ったのだ。
 なかなか起き上がれないでいる二人の頭上から、メビウスの声が響く。
「幸せ? くだらん! 私が管理する世界では、悲しみも、苦しみも、不幸も無い。私のために存在することこそが、ラビリンスの国民の、正しい……」
「メビウス様」
 今度は落ち着いた、しかしはっきりとした声が、メビウスの言葉を遮った。身を起こしたせつなが、ラブと同じように真っ直ぐに元の主の顔を見上げる。そしてラブを優しく抱き起してから、瓦礫の上にしっかりと立った。

「正しい姿なんて、私たちには必要なかったんです」
 せつなは穏やかな、嬉しそうにすら見える瞳でメビウスを見つめ、静かに言葉を続ける。
――あなたの作ったラビリンスの世界は、間違っています。
 あの時の自分の言葉を思い出した。心からそう思い、メビウスにも分かって欲しくて口にした言葉。だが……。

(あの時は、メビウス様がコンピュータだなんて知らなかった。メビウス様にとっては、悲しみも、苦しみも、不幸も無い世界こそが、プログラムされた正しいゴール。だからああ訴えかけても、受け入れては貰えなかったんだわ)

「何だと?」
 さっきのような怒鳴り声ではない不審げな声で、メビウスが問いかける。そんな元の主の大きな瞳に、せつなは生まれて初めて、ニコリと小さく笑いかけた。
 そんなせつなをすぐ隣から見つめるラブが、不意にごしごしと目をこする。ほんの微かな光だけれど、せつなの身体が、ぼおっと赤く光っているような気がしたのだ。
 ラブのそんな様子にも気付かず、せつなは右手を自分の胸に当てると、そっと目を閉じた。

(ラブは、私の辛い痛みも、悲しい過去も受け止めて、私のものだと言ってくれた。私の財産だと言ってくれた)

 トク、トク、トク……。
 心臓の鼓動を、掌に感じる。あの日――ラビリンスのイースとしての寿命を終えたあの日に、もう一度生かされたこの命。だが、絶たれたはずのイースとしての過去は、決してそれで終わったことにはならなかった。
 激しい悔いと、悩み、苦しみ。必死で目を背けて来たあの日々に意味があったのか、本当のところはまだ分からない。
 でも、あの日々を生きていた自分も、幸せを求めていたことに気付いた。あの辛かった日々を愛し、光を当ててくれる親友が居た。

(だったら私は、私が持っているもの全て――私の本当の姿全てで、守りたいものを守って見せる!)

「人は、様々なものを乗り越えて、そのたびに姿を変えていきます。それが正しいか正しくないかなんて、誰にも分からない。でも、それらはどれも本当の姿なんです」
 せつなが再び、穏やかな眼差しを天の頂へと向ける。今や誰の目にもはっきりと、強く明るい赤い光を放つその姿を、少年と少女が、ウエスターが、サウラーが、そしてラブが、驚きの表情で見つめる。

「私は、あなたの僕であったラビリンスのイース。その寿命を断たれた後に、四つ葉町で生まれ変わった東せつな。そして――幸せのプリキュア、キュアパッションです」
「せつな」
 他の誰もが呆然とした表情で見つめる中、ラブだけがその言葉を聞いて、実に嬉しそうな笑顔を見せる。その途端、赤い光は輝きを増し、燦然たる輝きを放った。
 せつなが空に向かって両手を差し伸べ、高らかに呼びかける。

「アカルン!」
「キー!」

 打てば響くように、高く澄んだ声がこだまする。そして、灰色の空にキラリと赤い煌めきが見えたかと思うと、その可憐な姿が見る見るこちらへと迫って来た。

〜終〜

402一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:35:36
以上です。ありがとうございました。何とか年内に間に合った!
次回は今度こそ早めに更新したいと思います。

403一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:26:47
こんばんは。
フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。5レスほど使わせて頂きます。

404一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:27:23
「アカルン!」
「キー!」

 灰色の空の彼方に、小さな赤い光が煌めく。見る見るこちらに迫って来たのは、頭に大きなリボンをつけ、背中に小さな羽を持った妖精――幸せの赤い鍵・アカルン。そのあどけない顔を嬉しそうに見つめるせつなの隣から、ラブが驚いたように身を乗り出した。

「ピルン!」
「キー!」

 アカルンの後ろから、もう一体の妖精が顔を覗かせる。姿形はアカルンにそっくりだが、その身体の色は赤ではなく、ピンク色。リボンの代わりにコックのような帽子を被った、愛の鍵・ピルンだ。その大きな瞳に、うん、とひとつ頷いてから、ラブはせつなにキラリと光る眼差しを向けた。

「ありがとう、せつな。じゃあ、行くよっ」
「ええ、ラブ!」
 そう言い合うと同時に、リンクルンを構える二人。一直線に飛んできた妖精たちが、それぞれの場所に勢いよく飛び込む。
 銀色のチャームでリンクルンを開き、ホイールを回す。それと同時に爆発的に迸る、ピンクと赤の光――!

「チェインジ!! プリキュア!! ビートアーップ!!」

 二人の高らかな声と共に、今、変身の儀式が始まる。

 力強く大地を蹴って、空中へと飛び上がるラブ。
 聖なる泉へと身を躍らせ、水中を高速で駆けるせつな。
 それと同時に、二人の胸に四色の四つ葉のクローバーが浮かび上がる。
 その身に纏うは可憐な衣装と、無限のメモリーから託されし、伝説の大いなる力。
 ラブのツインテールは長く伸びて金色にたなびき、ピンクのハートの髪飾りがそれをまとめる。
 せつなの漆黒の髪は、淡い桃色のロングヘアとなり、白い羽飾りのついた赤いハートと、ティアラの輝きがそれを彩る。

 生まれ変わった姿で、大地に向かって急降下する。
 愛する世界、守りたい世界へと、今、帰還するのだ。

「ピンクのハートは愛ある印! もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」
「真っ赤なハートは幸せの証! 熟れたてフレッシュ! キュアパッション!」



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第17話:もう一度、みんなで )



 二色の光の柱が立ち昇った後、姿を現した二人のプリキュア。
 天の頂からその姿を見下ろしたメビウスは、真っ直ぐに自分を見上げるパッションに目をやって、眉間に深い皺を寄せた。
「その姿こそがお前の本当の姿……そう言いたいのか」
「少し前までは、ずっと自分にそう言い聞かせて戦ってきました」
「パッション?」
 静かに語るパッションを、隣から心配そうに見つめるピーチ。そんな彼女に小さく笑いかけてから、パッションは再び元の主へと向き直る。

「出来ることなら、イースだった過去を消し去りたかった。けれど、気付くことが出来ました。あの頃の……イースだった頃の私も、もっと幼い頃の私も、全てが私の本当の姿。愚かだったけれど、精一杯幸せを求め続けていたんだ、ということに」
 そう言って、パッションは胸のクローバーに手を触れると、少しの間、そっと目を閉じた。
「そしてこの姿もまた、私の本当の姿。みんなの幸せを守りたいという誓いの証。だからこの姿で、もう一度あなたと向き合いたかったのです」

「くだらん!」
 怒りの声が、天の高みから降って来た。それと同時に目の前の“不幸のゲージ”が、ゴポリ、と不気味な音を立てる。
「幸せなど、不幸の裏返し。不幸の無いラビリンスで、求める必要などない」
「そう。不幸の無いこの世界で、私はずっと、あなたの言われた通りに生きてきました。それでも……そんな私でも、そうとは知らず幸せを求めていた。それは、人が生きていくために大切なものだからではありませんか?」
「……」

 メビウスが一瞬、虚を突かれた様子で沈黙する。が、すぐに苛立たし気な声が、雷のように辺りに轟いた。
「愚か者め。それは、お前たち人間が愚かであるという証拠だ!」
「ソレワターセ!」

405一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:27:56
 間髪入れずにおぞましい声が響く。起き上がった巨大なソレワターセが、先端が巨大な鉄球になった腕をブンブンと振り回しながら、パッションとピーチの背後にじりじりと迫ってくる。
「安心しろ。今度こそ完璧に、お前たちを管理してやる。さあ、私のデータを渡せ」
「ソレ、ワターセ!」

 迫り来る攻撃に対し、跳び退って身構えるピーチとパッション。が、二人が飛び出すより早く、小さな黒い影が宙を舞った。

「はぁぁぁぁっ!」
 唸りを上げる鉄球に、少女が鋭い蹴りを放ったのだ。鉄球はあさっての方角に弾き飛ばされたが、二人の目の前に着地しようとした彼女目がけて、もう一本の鋼鉄の腕が襲い掛かかった。
 思わずギュッと目をつぶり、両腕でガードを固める少女。すると次の瞬間。

「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」
 高らかな声に続いて、ゴン、という鈍い音が少女の耳を打つ。見開いたその目に飛び込んできたのは、鮮やかなピンクと赤の衣装で宙を舞い、寸分たがわぬタイミングで巨体の胴を蹴りつける、ピーチとパッションの華麗な雄姿だった。

「ソーレワターセェェェ!!」
 のけ反って一歩、二歩と後ずさったソレワターセが、三角の目をさらに吊り上げて、二人目がけて自慢の腕を叩きつける。
「はっ!」
 短い気合いを発して、ピーチが巨人に向かって跳ぶ。そして巨体の両腕が交差したところを見計らって、その腕を束ねるようにむんずと掴んだ。

「おぉぉりゃぁぁぁっ!!」
 闘志全開の雄叫びと共に、二つの鉄球が巨体の胸板目がけて放たれる。
「ソ……レワタ……セ……」
 渾身の一撃を喰らったソレワターセが、たたらを踏んで後ずさる。
「はぁぁっ!!」
 すかさず飛び出したパッションの蹴りが、今度は怪物の額の辺りに炸裂する。これにはたまらず、ソレワターセは地響きを上げて仰向けに倒れた。

「大丈夫?」
 少女の隣に降り立ったピーチが、あっけにとられた様子の少女の顔を、優しく覗き込む。
「平気よ。でも……ありがとう」
「お礼を言うのはあたしの方だよ。ありがとう!」
 もごもごと礼を言う少女に向かって、ニコリと屈託のない笑顔を見せるピーチ。その顔を上目づかいで見つめてから、少女は少し寂しそうな笑顔で、力なく首を横に振った。
「今のあなたは、もう守られる必要なんて無いわね。私の出る幕は……」
「あのね。お願いがあるんだ」

「え?」
 唐突な言葉に、少女が思わず顔を上げる。ピーチはその顔を真っ直ぐに見つめると、もう一度ニコリと笑って言った。
「今度はあたしに、ラビリンスを元に戻すお手伝いをさせてくれないかな」

 驚きに目を見開く少女に、ピーチがポリポリと頭を掻きながら、少し照れ臭そうに言葉を繋ぐ。
「あたし、ラビリンスの人たちが大好きなの。ううん、何度もここに来ているうちに、どんどん好きになったんだ。だから、少しでも力になりたいの」
 ピーチの顔をじっと見つめていた少女が、次第にうつむきがちになり、やがては項垂れて地面を見つめる。
「なんで……どうしてそれを、私に? 私はこの国と、この国の人たちに取り返しのつかないことをしたというのに」

「そんな! 取り返しがつかないなんて……」
「ラブ」
 不意に、低くて穏やかな声が、ピーチの言葉を遮った。ピーチの反対隣りから、パッションがそっと少女の肩に手を置く。ビクリと震える肩をそっと撫で、微笑みながら彼女の顔を覗き込む。
「それで、あなたは今、何がしたいの?」
「……」
「取り返しがつくかつかないか、出来るか出来ないかじゃなくて、あなたが今したいことは、何?」
 パッションの顔を見ようともせず、じっと地面を見つめた少女は、そのままの姿勢で、絞り出すような声を上げた。
「私は……この国の人たちの、笑顔を取り戻したい。ずっと大嫌いだったけど……あの脳天気な顔を、もう一度見たい!」

406一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:28:40
「よし! ならば俺たちの目的はひとつだな」
 不意に、少女の後ろから野太い声がした。腕組みをしたウエスターが、振り返った少女にニヤリと笑いかける。そして隣に立っている相棒に、相変わらずの大声で言った。
「サウラー! もう一度、今度はここに居るみんなで力を合わせてやってみるぞ!」
「何をだい?」
「決まってるだろう。“不幸のゲージ”を空にする。そのために」
 ウエスターはそう言いながら腕組みを解き、その太い指で、既に上半身を起こしているソレワターセをビシッと指さす。
「まずはコイツを、元に戻す!」
「ふん、どうせ作戦は、僕が考えるんだろう?」
 口の端を斜めに上げて、まんざらでもない口調で問い返すサウラー。その後ろから走って来た少年が、皆の顔をぐるりと見回した。
「俺も……俺にもやらせてください。お願いします!」
 深々と頭を下げるその姿を見つめてから、せつなは少女の肩を掴んでその顔を上げさせた。
「一人一人の想いが集まれば、大きな力になる。私も、精一杯頑張るわ!」



「あのソレワターセは廃棄物処理空間と、その中にあったデリートホールを取り込んでしまった。だから元あった場所で、あいつを元に戻す必要がある」
 立ち上がろうともがくソレワターセに油断なく目を配りながら、サウラーが早口で語り出す。
「メビウスの城の跡地のことか? ならば、あいつをそこにおびき寄せればいいんだなっ?」
「でも、それは危険すぎるんじゃないかしら」
 ソレワターセとメビウスに聞かせまいと思ったのか、ウエスターが珍しく口元に手を当ててひそひそと囁く。それに答えたのは、パッションの低い声だった。

「あそこは新庁舎に……今、多くの人々が集まっている場所に近いわ。あんなところで戦闘になったら……」
「そっか。確かに危険だよね」
 ピーチが頷き、サウラーは相変わらず怪物から目を離さず、じっと考え込む。と、その時。
「あ、あのぉ……」
 遠慮がちで、自信のなさそうな声が沈黙を破った。

「何だ? 遠慮は要らん、言ってみろ」
 五人の視線が一斉に注がれて、途端に真っ赤になった少年の肩を、ウエスターがポン、と叩く。それに励まされたのか、少年は思い切った様子で口を開いた。
「それって……廃棄物処理空間って、元の場所に戻さなければいけないものなんですか?」

「そりゃあ君、元々メビウスの城の地下に造り付けられていたものだから……」
「待て、サウラー。……おい、もう少し詳しく、お前の考えを説明しろ」
 ウエスターがサウラーの言葉を遮って、少年にさらに声をかける。その言葉に、少年はしどろもどろになりながらも、懸命に言葉を紡ぐ。
「あの、も、もしこの近くに、それが入るだけの……えっと、それを格納できる建物があれば、そこで元に戻すっていうのは……」

「なるほど。今なら廃棄物処理空間の場所を、動かすことも出来るということか。それは考えつかなかったね」
 少し考えてから、サウラーがそう呟くのを聞いて、ウエスターが何故か得意げに胸を張り、少年はふぅっと大きな息を吐く。
「だが、この近くにそんな建物は……」
 すると、サウラーの言葉が終わらないうちに、今度は少女がさっと腕を伸ばした。何も言わずに、さっきまで自分たちが隠れていた廃墟を指さす。まるで巨大な瓦礫の吹き溜まりのように見えるそれは、よく見ると、まだしっかりとした建物の骨組みを保っている。
 サウラーが全員の顔を見渡して、小さく頷く。それを合図に、六人は一斉にばらばらの方角へと散った。



「ソレワターセー!」
「残念ね。あなたにこれは渡せない!」
 起き上がったソレワターセの目の前に立っていたのは、左手を腰に当て、右手にノーザの球根を握り締めたキュアパッションだった。まるで見せつけようとでもするように球根を肩の上まで掲げてから、くるりと踵を返して駆け去ろうとする。

「ソーレー、ワターセー!」
 ソレワターセの鉄球の腕がぐんと伸びてパッションを襲う。避けたと見て、もう一度。さらにもう一度。だが、パッションは時に宙を舞い、時に方向転換しながら、鉄球をことごとく避けていく。
 業を煮やしたソレワターセが、ドスドスと地響きを上げながら、パッションの後を追い始める。それを見て小さく微笑んだパッションが、ぐんと走る速度を上げた。
 負けじとソレワターセもスピードアップする。パッションはちらちらと後ろを振り返りつつ、鉄球が届かないギリギリの距離を保って、ソレワターセを誘導していく。
 やがて、さっき少女が指し示した巨大な廃墟の前に差し掛かった途端、パッションの身体は赤い光を放って消えた。

407一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:29:10
「ソレッ?」
 突然目標を失い、キョロキョロと辺りを見回すソレワターセ。その巨体目がけて、サウラーとウエスター、二つの影が矢のように跳ぶ。
「はぁぁぁぁっ!!」
「ソーレ……ワターセー!」
 肩口を蹴りつけられてよろめいた怪物が、さっき少女に相対した時と同じように、中空にいる二人に向かって腕を伸ばそうとする。

 だがその時、満を持して飛び出した少年と少女が、その腕を一本ずつ掴んで綱引きのように引いた。
 懸命に振りほどこうとするナケワメーケ。ズルズルと引きずられそうになりながら、少年が声を張り上げる。
「頑張れっ! もう……少しだ!」
「いっ……言われなくても……分かっている!」
 少女も歯を食いしばって叫び返す。
 渾身の力で怪物を抑えようとする二人に、着地したウエスターとサウラーが駆け寄る。そして四人で、長い二本の腕を後ろ手に縛りあげた。

「今だ、プリキュア!!!!」
「オッケー!」
「わかった!」
 その声とともに、ピーチとパッションがソレワターセの前に躍り出る。

 ピルンとアカルンがリンクルンから飛び出し、くるくると踊りながら、秘密の鍵へと姿を変える。二人はその鍵でリンクルンを開き、ホイールを回す。
 光と共に現れる、それぞれのアイテム。
 ピーチはそれをくるりと手の中で転がしてから、キラリと光る先端を、ソレワターセに向ける。
 パッションは胸の四つ葉から取り出した、最後にして要のピース、赤いハートを取り付ける。

「届け! 愛のメロディ。キュアスティック・ピーチロッド!」
「歌え! 幸せのラプソディ。パッションハープ!」

 二つのアイテムから、それぞれの音色が響き渡る。

「吹き荒れよ! 幸せの嵐!」

 高く掲げられたハープの周りに、真っ白な羽が出現する。

「悪いの悪いの、飛んで行け!」

 大きくジャンプしたピーチのヒールが、カツンと澄んだ着地音を響かせる。

「プリキュア! ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!」
「プリキュア! ハピネス・ハリケーン!」

 ソレワターセに向かって巨大なハート形の光が弾け飛び、赤い旋風がそれを追うように螺旋を描いて飛んでいく。
 ミシリ、と廃墟の扉が軋む。廃墟にもたれかかる格好になったソレワターセを、ピンクと赤の光弾が包み込む。

「はぁ〜〜〜!!」

 アイテムの先端をソレワターセに向け、ピーチとパッションが気合いの籠った声を上げる。少年と少女が、ウエスターとサウラーが、固唾を飲んでそれを見守る。
 だが。

「ソ……レ……ワタ……セェェェ!!」

 ソレワターセの方も、浄化されまいと抵抗する。後ろ手に縛られた身体を何度も廃墟に叩きつけ、ついに腕の拘束を解くと、その勢いのままに二色の光弾を撥ね飛ばした。
 力なく飛び去って行こうとする、ピンクのハートと赤い旋風。だが間髪入れず、ピーチとパッションがアイテムを持つ手に力を籠める。

「まだまだ〜!!」

 再び勢いを取り戻した二色の光が、弧を描いて戻ってくる。すかさず腕を交差してそれを防ごうとするソレワターセ。だが、その行動が裏目に出た。
 ウエスターが右手を、少年が左手を、力自慢の二人がそれぞれ掴み、渾身の力で手繰り寄せる。交差したままの腕を左右に引っ張られたソレワターセが、自らの腕で拘束された格好になったところへ、光弾が再び怪物に命中した。

408一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:29:43
 ボン! と大きな音がして、二色の光弾と赤い旋風がソレワターセを包み込む。
「よしっ!」
 思わず声を上げたウエスターを、少し呆れた顔で眺めるサウラー。少年と少女が顔を見合わせ、どちらからともなく小さく笑い合う。
 だから、誰も気が付かなかった。これまで無表情で一部始終を眺めていたメビウスの瞳が、その瞬間、不気味な赤い光を放ったことに。

「シュワ、シュワ〜!」

 ついにソレワターセが力のない雄叫びを上げた。巨大な身体は霧のように消え失せて、廃墟がズン、と大きく震える。
 だが、パッションはそこで不審げに眉をひそめた。ピーチも硬い表情で、ソレワターセが消えた廃墟から目を離さない。
 ソレワターセを浄化した時に、いつも聞こえるあの音――“パン! パン! パン!”という三つの破裂音が、一向に聞こえてこないのだ。
 やがて、ピンクと赤のハートが消え失せて、二人が警戒しながらそっとアイテムを下ろす。その時、廃墟から何かが飛び出して、ヒュン! と“不幸のゲージ”目がけて飛んだ。

「え、何っ!?」
 呆然と立ち尽くすピーチの隣から、突然パッションがゲージに向かって走り出す。パッションの人並外れた動体視力が捉えたもの――それは、普通なら浄化と同時に弾けて消えるはずの、“ソレワターセの実”だった。

(一体なぜ? なぜ今回に限って、浄化されずに残ってしまったというの!?)

 さっぱり訳が分からぬまま、ただとてつもなく嫌な予感だけが、胸の中で急速に膨らんでいる。
 ピーチが、そしてそれを見ていた四人が、慌ててパッションに続く。だが、パッションはすぐに足を止め、残りの五人も呆然とした表情で立ちすくんだ。

 一直線に飛んだ“ソレワターセの実”が、まるで溶けるように“不幸のゲージ”のガラスに吸い込まれる。すると、たちまち暗緑色の怪しい光が立ち昇り、ゲージがまるで生き物のように、ドクン、ドクン、と脈打ち始めた。

 突然、ゲージの周りに蔦のようなものが絡みつき、ゲージ全体が大きく膨れ上がる。そして光が収まった後に現れたその姿を見た時、ピーチの瞳は大きく見開かれて小刻みに震え、パッションの両の拳は、痛いほどにギュッと握り締められた。

 見忘れるわけがない。薄黄色の液体を湛えたゲージと植物が融合したような不気味な姿――それは以前占い館に乗り込んだとき、館を破壊してプリキュアたちの前に現れたソレワターセの姿そのものだった。

「残念だったな。まだ使いようがあるものを、みすみす無駄にはせぬ」
 現れたモンスターを見下ろしながら、メビウスが満足げな声を出す。だが、その声に答える者は誰も居なかった。

「ソレワターセー!」
 さらにおぞましい雄叫びを上げるソレワターセに、少年と少女が慎重に距離を取る。あの時の、不幸のエネルギーによる強烈な攻撃を思い出して、ピーチとパッションだけでなく、ウエスターとサウラーも厳しい顔つきで身構える。
 だが、そこでソレワターセが、誰もが予想しなかった動きに出た。

 見るからに重そうな巨体が、すぅっと空へと浮かび上がったのだ。その途端、空を覆い尽くさんばかりであったメビウスの姿が、まるで吸い込まれるように、ソレワターセの身体の真ん中にあるゲージの中へと消えた。
 ソレワターセはゆっくりと高度を上げて、あっけに取られてその姿を見つめる六人の頭上を飛び越える。その時、ソレワターセの中からメビウスの高らかな笑い声が響いた。

「フハハハハハ……! 愚か者どもよ。これで我が城に入れば、ラビリンスは再び、完全に私のものだ!」

「まだ……まだまだ、諦めてたまるかぁっ!」

 不意に凛と響いたその声に、全員が驚いて声の主の方へと目をやる。
 少女が、行き過ぎようとする怪物を睨み付け、今にも飛びかからんばかりに身構えている。その燃えるような瞳を見て、パッションの頬に薄っすらと笑みが浮かんだ、その時。

「ん? なんだ……な、なんだ、これはぁっ!」
 突然、メビウスの慌てふためいた声が響き、ソレワターセの身体が、柔らかな光を放ち始めた。

〜終〜

409一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:30:23
以上です。ありがとうございました。
競作までに何とか完結させるべく、頑張ります。。。

410そらまめ:2019/01/30(水) 22:05:01
こんばんは。投下させて頂きます。
「バイト始めました。」7話目です。
タイトルは、「バイト始めました。なな」です。

411そらまめ:2019/01/30(水) 22:05:54
こんなことってあるのだろうか。眼の前にはおふくろの味、もとい、家庭の味が所狭しとテーブルに並んでいる。ここは天国か。

心の中で涙を流しながら料理を口に運ぶ。思わず昇天しそうだった。隣からせつなまたピーマン食べてない。だの、ラブだってニンジン残してるじゃない。だの、ふたりとも残さず食べるのよ。だのと団らんの声が聞こえるが最早そんなの関係ねえぐらいな勢いで食べております。人様の家なのに遠慮しないのかよこいつと思われても仕方ないくらいにははしのペースが尋常じゃない。仕方ないよね空腹でどうにかなりそうだったんだから。人間の三大欲求のひとつだから抗うだけ無駄なのですよ。

結論から言うと、あゆみさんまじ神様。

この状況をさくっと説明するなら空腹で倒れそうになっているところにあゆみさんが通りがかり拾ってくれた。って感じ。何度だって言える。あゆみさんまじ神様。

お子さんたちには最初ポカーンってされたけど、連れてきた理由をあゆみさんから聞いてすぐに笑顔で自己紹介してくれました。できたお子さんたちです。自分だったらえって言っちゃうね絶対。

ラブちゃんもせつなちゃんも中学二年だと聞いたけど、今どきの子はスラっとして高身長でびっくりです。自分と身長いい勝負…あれ、おかしいな。


食べに食べたらふくになったので、お礼もかねて片づけのお手伝いを願い出たら、なぜかラブちゃんの勉強をみることになった。なぜだ。言っちゃ悪いが自分はそんな頭よくないですよ。中学生の問題も解けるか怪しい。大学生なんてそんなもんだ。


「この、作者の気持ちになって考えなさいっていう問題の意味が分からなくて…」

「…うん。それは永遠の謎だよね」


作者の気持ちとかわかるわけねーだろ本人じゃないんだから。って思ってたよいつも。出題者は生徒を探偵にでもしたいんですかね。


「まあ、こういう場合は深く考えたらドツボにハマるから必要な情報だけ読んで…」

「ふむふむ…」


なんとか教えることができました。よかった小さなプライドが保てた。

これで一宿一飯の恩じゃないけどお礼はできた。せつなちゃん? いや、あの子頭良さそうだから教えられることなんてないよ。むしろ途中教えてもらったよ。

あれ、プライドどこいった。





そんなことがあった昨日。いやあ、おいしかったなあご飯。人が作るご飯のおいしさを改めて感じて心身リフレッシュできた気分。今ならバイトがきても大丈夫やれる…あ、ちょっとまだ身体が震える。いじめ紛いの暴力を受けてからまだバイトの依頼はきておりません。あっちもちょっと気を使ってくれてるのかな。悪の組織なのに優しいな。なんてお茶をすする昼下がり。いい天気だなあ。




「…ってかんじでおかあさんが連れてきた人とご飯食べて勉強みてもらったんだー」

「へーラブにしては随分と余裕のある連休最終日を過ごしてると思ったらそんなことがあったのね」

「ラブったらその人と休みの宿題全部終わらせるんだもの。自分でやってたら今頃必死に机に向かってたわよ絶対」

「ひどいよせつな! あたしがその人のことしか頼ってないみたいな言い方! せつなにもちゃんと頼るつもりだったよっ!」

「どちらにしろ自分だけでやろうとは思ってなかったんだねラブちゃん…」

「もちろん!」

「得意げに言うんじゃないのっ!」

「あたっ! 美希たんひどいよこれ以上頭が悪くなったらどうするのさ!」

「心配いらないわラブ。もう手遅れよ」

「なにがっ!?」


ラブの部屋で買ってきたドーナツを食べながら談笑する。そうそうこんな平和な昼下がりがアタシ達が望んでいることで…


「…って違うわよ!」

「うわっどうしたの美希たん突然大きな声出して」

「危うく今日集まった当初の目的を忘れるところだったわ」

「集まった目的…? なんだっけせつな?」

「さあ? ブッキーわかる?」

「うーん。こうしてみんなで楽しくおしゃべり?」

「…なんでこうもボケが多いのかしらこのグループ」

「時と場合によると思うわ美希」

「アンタは割といつもボケ要因よせつな」


こほんと咳ばらいをひとつしてから当初の目的について改めて説明する。昼下がりにドーナツ食べてる場合じゃない。

412そらまめ:2019/01/30(水) 22:06:34
「まず、ナケワメーケがじゃべったのを聞いた人挙手」


はーいというラブを筆頭に全員が手をあげた。


「ってことはアタシの勘違いじゃなさそうね」

「せつなちゃん、ナケワメーケって人格?とかあるの?」

「私がいた時はそんな話聞いたことなかったわ」

「しかもさ、バイトとか言ってたよね。ナケワメーケって短期バイトか何かなの?」

「そんなわけないでしょラブ。そもそもラビリンスにバイトなんてないし、働く先はみんな決められてるもの」

「へー、さすが管理国家ね。無職者がでないなんて理想的」

「その代わり自分のなりたいものにはなれないわよ。まあなりたいものなんてラビリンスでは考える人もいないけれど」


モデル、獣医、ダンス、どれもラビリンスではいらないと捨てられるだろう。とはせつなは言わないけどなんとなくみんな気付いていた。


「なら結局あれは何だったのかしら?」

「ラビリンスが考えた新しいナケワメーケとか?」

「話せるようになったからといって戦闘能力があがったわけでもなかったわ」

「うーん…謎は深まるばかりですな…」

「ラブ…ドーナツ食べながら悩まないで。アホみたいよ」

「美希たんひどいよっ!」




―――――
ついにこの時がやってきてしまった。

そう。眼の前にいるのは四人のあくま…もとい、正義のプリキュア。今回目線が高いので大きさ的にはあっちに勝っているはずなのに、何かの圧を感じてすでに気分は負け越しです。帰りたいです。


「どうしたナケワメーケ! 行けっ!!」

「ぞぉおおおおおんんっ!!」


ドスドスと走る動きと鳴き声から、今日は象なのかなあとぼんやり思いながら視界でチラチラしてる長い鼻を横振りさせてプリキュアに当ててみる。

…なんか鼻がスライム並みの弾力とゴム並みの伸縮性を兼ね備えてて望んでもないのにプリキュアを一網打尽にしてしまった。今すぐ離したい。


「いいぞナケワメーケ! プリキュアをそのまま締め上げてやれっ!!」

「ぞぉおおおおっっ!!!」


大男が上機嫌にそんなことを言いながらはしゃいでいる。

いやまじふざけんな今すぐ離したいわ。触れていたくないんですよこっちは。必死に引き剥がそうとするけど長すぎるがゆえに絡まって自分じゃどうしようもない。とりあえずプリキュアが攻撃してこないように振り回しまくる。


「ぅっ…ヤバい…吐きそう…」

「ちょっとしっかりしてよピーチっ! ってかこんな密着してる時に吐かないでお願いっ」

「ピーチ大丈夫っ?! 酔った時は遠くを見ればいいって言ってたよ!!」

「こんな振り回され方してたらっ…景色も見えないと思うわパインっ!」

「良い子に見せられない画になったらごめんねみんな…」

「ちょっとなに諦めようとしてるのよっ! 気合で何とかしなさいよっ!!」


…なんか最早地獄絵図です。振り回してる自分が言うのもなんだけど大変そうだね。とりあえずピーチは乗り物酔いするタイプなのかな?
「う…もう、限界が…こうなったら…」


ピーチが何かを決めたように右手に持ったもの…それは、恐怖を刻み付けられた例のあれ。


「おらああああっ!!」

「い、いたっ! たっ…や、やめっ…!」

「やっぱりしゃべってるっ!!」


やりやがったよこいつ! スティックで物理攻撃してきやがった。掴んでいる鼻を叩く叩く。思わず声もでちゃいますよそりゃ。

痛みで緩んだ拘束から抜け出したプリキュア達は、目を合わせ頷きあってから各々スティックを手にこちらにやってくる。あ、やばい逃げないとやられる(物理的に)

ダッシュで逃げた。ドスドスとだけど。

413そらまめ:2019/01/30(水) 22:07:05
「こらナケワメーケ! なに逃げてんだ戦えーっ!」


大男がなんか言ってるが知らん。時には逃げることも大事だって先人が言ってた。


「待ちなさいナケワメーケっ!!」

「逃がすかぁ――!!」

「ゾウさん待ってっ!!」


凶器持ったやつらの言葉なんて誰が聞くかばかやろう。なんて思いながら後ろを見つつ逃げてたら細い路地に頭がハマりました。

あたしってほんとばか…なんて言ってる場合じゃない。後ろ脚に力を入れて挟まれた頭をなんとかとったころには、周囲には悪魔どもが取り囲み退路をたっておりましたまる。

無言でスティックを振りかざし始めたプリキュア達。


「ちょっ、やめ、て、ってっ…」

「なんで喋れるのよナケワメーケっ!」

「いや、知らんしっ…! っいた…!」

「バイトってどーゆーことっ!」

「っ…! たのまれてっ…!」

「頼まれて悪さしてるってことっ?!」

「…っしょうが、ないっ、じゃん…! いっつ…! こっちにも、生活ってもんがっ!」

「あなたが暴れて壊した建物で生活してる人だっているのよっ!!」

「…っ!!」


思わず言葉がつまった。わかってるさそんなこと。言われるまでもなく。でも、こっちだって好きで壊してるわけじゃない。食べるために働かないとお金は入らないし、かといって長時間拘束される普通のバイトはちょっと無理だし。

と、なんか自問自答とか色々してたらだんだんイライラしてきた。大体プリキュアも正義の味方って言うならそれらしい攻撃でこいよ。ビームとかで倒せばいいじゃん?! なんでわざわざ物理攻撃してくるわけ!?


「こっち、だって、言わせてもらうっ、けど、おまえらっ、った、もう、ちょっとっ、正義の、味方らしいっ、攻撃をしろよぉおー―――っっ!!!」


そんな心からの声を発したところで身体から光が溢れ、浄化されました。


危険手当は前回同様多いですが痣も前回同様至る所にあり、身体中が傷だらけで人に見られでもしたらDVを疑われるレベル。一人暮らしだけど。


それにしてもプリキュア達が物理攻撃で会話する能力を身に着けてしまったらしい。あれ次も絶対くるよ。やばいよ。尋問通り越して拷問だよあんなの。そのうち住所と氏名言えよおいとか言ってきそうだよこわいよ。


あーそろそろこのバイトやめようかなあ。プリキュアが言ってたことも正論と言えばそうだしなあ。とか思いながら「退職届の書き方」、「バイトの綺麗な止め方」といったワードで検索を掛けていく。と、しばらくスクロールしてたらこんな文章が飛び込んできた。「君の変わりはいくらでもいるが、だからといって引き継ぎもせずに辞めますとか社会人としてどうなんだよおい。―ブラック会社で辞めますといった時の上司の反応―。そこから始まる泥沼展開。」

そっとブラウザを閉じた。

414そらまめ:2019/01/30(水) 22:07:41
以上です。ありがとうございます。

415名無しさん:2019/02/11(月) 13:09:51
>>414

面白かったです。
なんかどんどん可哀想な展開になっていくバイト君……。
彼が救われる日は来るのか? そして、彼がプリキュアの正体を知る日は……!?
続き楽しみに待ってます。

416一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:07:21
こんばんは。
競作に食い込んでしまいましたが、長編の続きを投下させて頂きます。
4レスで多分足りると思います。

417一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:08:04
 それは不思議な光景だった。
 どんよりとした空を、さらに暗く覆う影――“不幸のゲージ”をその身体の真ん中に取り込んだ、巨大な蔦の塊のようなソレワターセが、上空で突然、淡い光を発して苦しみ始めたのだ。
「ソレ……ワターセ……」
「何……馬鹿な!」
 怪物の呻き声と、メビウスの慌てふためいた声が重なる。次の瞬間、ソレワターセの、まるで花のようにも鎌首のようにも見える部分が、白い光を放って消えた。

「これは一体……」
「何? 何が起こってるの!?」
 サウラーが唸るような声で呟き、ピーチが叫ぶように誰にともなく問いかける。と、その時、パッションが不意に人差し指を唇に当て、しぃっ、と皆を制した。

 遠くから、何か物音がしたような気がしたのだ。聞こえるか聞こえないかというほど、微かな音が。
 パッションの直感を後押しするように、音はすぐにそこに居る全員の耳に届き始める。そして少しずつ、少しずつ大きくなっていく。

 何かが硬い地面を、無造作に叩いているような音――。
 足音? だが、それはラビリンスで聞き慣れた、一糸乱れぬ行進のリズムではない。聞こえてくるのはもっとバラバラで、統一感の欠片も無い音だ。
 やがて地面からも、僅かながら確かな振動が感じられるようになった時、少年が一方向を指差して、大声で叫んだ。

「何だ? あれ!」

 黒々とした街の向こうから、何か白い波のようなものが押し寄せてくる。
 いや、波よりは遅いスピードながら、こちらに向かう勢いのようなものを感じさせる何かが。
 やがて、その正体に気付いた時、そこに居た全員が、驚きに言葉を失った。

 押し寄せる白い波の正体――それは、グレーの国民服に身を包み、それぞれに違う淡い色の髪をなびかせて走る、数えきれないほど多くのラビリンスの人々の姿だった。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第18話:幸せのラプソディ )



 六人の中で最初に声を発し、そして動いたのはウエスターだった。ああっ、と叫んで目をウルウルさせ、人々の群れに向かって走り出す。
 慌てて少年がその後を追う。二人の後ろ姿を見送ってから、サウラーは隣に立つピーチの方に向き直った。
「礼を言うよ。どうやら、また君たちプリキュアの戦う姿に気付かされたようだね」
 いつになく頬を紅潮させたサウラーの言葉に、ピーチはニコリと笑ってゆっくりと首を横に振り、人々の方に目を移す。

 そこには、人々の先頭を切って駆けてきた警察組織の若者たちが、ウエスターに駆け寄る姿があった。バシン、バシン、と辺りに響くような音で肩を叩かれ、皆少し照れ臭そうな笑みを浮かべている。
 続いてやって来たのは新政府のメンバーたちで、こちらは恐縮しきりの表情でサウラーの元へと駆け寄ると、深々と頭を下げた。

「サウラーさんたちが、この国のために懸命に戦ってくれている――その姿を見て、私たちも目が覚めました」
「僕たちの力は小さい。かえって足手まといになるかもしれない。でも、僕たちもこの国を――僕たちの国を守りたい。そう思ったんです」
「みんな……」

 サウラーが、珍しく感極まった様子で何かを言いかける。と、その時、サウラーの周りに居た人たちが、ピーチとパッションの姿に気付いて驚きの声を上げた。
「えっ、プリキュア!?」
「せつなさん、もう一度プリキュアになってくれたんですか!?」
「ピーチさんも駆け付けてくれるなんて!」

 あっという間にその場に居た全員が、サウラーそっちのけでパッションとピーチを取り囲む。
 あっけにとられてその様子を眺めるサウラーに、ピーチがもう一度ニコリと微笑む。
 それを見て、サウラーもいつもの調子に戻った。ピーチに向かってニヤリと笑い、すぐにゴホンと、わざとらしく咳払いをする。

「しかし分からないな……。あなたたちはどこで僕たちが戦っている姿を目にしたんです? その頃、みんなはあの――新庁舎だった建物に居たはずでは……」
 それを聞いた人たちは、少しバツが悪そうに顔を見合わせた。
「確かに、私たちはメビウスに管理され、あの建物に集まっていました。ですが……」
「そう……あれは突然のことでした。室内の全てのモニターに突然、皆さんの戦う姿が映し出されたんです」

418一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:08:43
 人々は口々に語る。皆が集まっていた新庁舎内部の巨大スクリーンに、突如、外の戦闘のシーンが映し出されたことを。
 最初は“不幸のゲージ”と、それに立ち向かおうとするホホエミーナの映像だった。だがすぐに画面が切り替わり、次に大映しになったのは、ウエスターとサウラー、そしてせつなの戦う姿であったことを――。

「何だか目が離せなくて、見ているうちに、胸の中がカッと熱くなってきて……」
「それで思い出したんです。廃墟に隠れて皆さんが戦う姿を見ていた時、私たちにも何か出来ることは無いかって、みんなで考えたあの時の気持ちを」

「そっか。それでみんな、戻って来てくれたんだね」
「でも、一体誰がそんな映像を……」
 泣き笑いのような表情で人々を見回すピーチとパッションの隣で、サウラーが大きな疑問を口にする。と、その時三人の後ろから、新たな声が聞こえて来た。

「おお……見てくれていた。本当に、皆が見てくれていたんだな……!」

 震える声でそう呟きながら、よろよろとこちらへ向かって来る人物。その姿を見たサウラーが、パッと顔を輝かせてその人物に駆け寄る。
 それは、さっきまで共にソレワターセと戦ってくれた人物。公園予定地の奥の畑を世話している、あの老人だった。いつの間にか現れた少女が彼に肩を貸し、その身体を支えている。

「もしかして……あなたがモニターのスイッチを入れたんですか?」
 サウラーの問いかけに、老人は小さな笑みを浮かべて頷いた。その反応は、相変わらず控えめではあるものの、その表情は今まで見た中で一番楽しそうで、少し得意そうにすら見える。

「じゃあ、あの時あなたが、メビウスに管理されたように見えていたのは……」
「メビウスが復活すれば、私たちが元通り管理されるのは目に見えていた」
 老人が、相変わらず低くしわがれた声で言葉を繋ぐ。
「無力な私に、それに抵抗する術はない。だが、復活したばかりの今なら、システムはきっとまだ完全ではないだろうと思った。それで一か八か、管理されたフリをして、新たな城に潜り込んだ。まさか……こんなに上手く行くとは思っていなかったが」

 老人はそう言って、うっすらと上気した顔で辺りを見回す。そしてピーチの姿を見つけると、少し照れ臭そうに微笑んだ。
「何とかしたいって想いは、強い力になる……本当だな」
「おじいちゃん……ありがとう!」
 ピーチが老人の手を取って、実に嬉しそうに笑いかけた、その時。

「危ない!」
 パッションが鋭く叫ぶが早いか、サッと空へと跳び上がった。見ると、白く光る大きな塊が、上空から老人めがけて落下してくる。
「はぁぁぁっ!」
 パッションが鋭い蹴りで、その塊を上空へと蹴り飛ばす。塊は上空で粉々に砕けると、小さな光の粒になって消えた。

 着地したパッションの隣にピーチが駆け寄る。ウエスターとサウラーが、少年と少女が、皆油断なく身構えながら空を見上げる。
 人々の遥か頭上では、さっきよりも少し小さくなったソレワターセが、相変わらず苦しそうに身悶えていた。“不幸のゲージ”はボコボコと泡立ち始め、ソレワターセの身体は、白い光と共に少しずつ消えていく。
 だがその時、ソレワターセから切り離された巨大な蔦が、さっきパッションが蹴り返したものと同じような、白く光る塊となった。そして消える間もなく、地面めがけて迫って来る。

「おりゃあっ!」
 拳を振るってそれを空へと弾き返したウエスターが、少年を含めた警察組織の若者たちを、厳しい顔つきで振り返る。
「このままでは危険だ。お前たち、住人たちを廃墟の中へ避難させろ!」
「はい!!」
「ほら、お前も来い!」
 走り出した仲間たちの後に続きながら、少年が少女に呼びかける。少女は少し逡巡してから、意を決したように、少年を追って走り出した。

 一斉に散ったウエスターと若者たちが、人々を誘導して移動を開始する。その後ろ姿を見送ってから、サウラーは残りのメンバーの顔を見渡した。
「そうなると、避難が完了するまでの間、僕らはここで皆を守ればいいわけだね」
 ピーチとパッションが、うん、と頷いたところへ、今度は一挙にバラバラと、幾つもの白い塊が降って来た。

「はぁっ!」
「たぁっ!」
「とりゃぁっ!」

 空中へ飛び上がった二人のプリキュアとサウラーが、切り離されたソレワターセの欠片を上空高く弾き返す。それらが全て、さあっと空に溶けるように消え失せたが、ホッと息を付く間もなく、これまでより大きな塊が、人々の列めがけて降って来た。

419一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:09:15
「キャー!」
 列の中に居た小さな女の子が、頭を抱えてしゃがみ込む。その時、彼らを誘導していた少女が、即座に空中へと踊り上がった。
「たぁぁっ!!」
 白い塊を抱き留めると、渾身の力で、それを空へと投げ返す。上空で白く光って消える塊。それを見定めてホッと息を付く少女に、さっき悲鳴を上げた女の子が嬉しそうに駆け寄って来た。

「おねえちゃん、ありがとう! すっごく、つよいんだね」
「い、いや、私はそんな……」
 赤い顔でそっぽを向く少女の周りを、他の住人たちも取り囲んで口々にお礼を言う。
 その様子を微笑みながら眺めていたパッションは、ふとあることに気付いて、避難している人々の姿を食い入るように見つめた。その目が次第に、驚いたように大きく見開かれていく。

 不安そうに空を見上げる幼い子供たちを、体を盾のようにして庇いながら、避難に向かう大人たちがいる。皆が避難した廃墟を補強しようと、早速作業を始めている男たちが居る。
 そして――。

「頑張れ! プリキュア、頑張れえ!」
「おねえちゃん、がんばって!」
「ウエスターさん! サウラーさん! しっかり!」
「警察の兄ちゃんたちも、頼んだぞ!」

 避難所となった廃墟の窓から、扉の向こうから、数多くの人たちの声援が聞こえ始める。いや、応援されているのはパッションたちだけではない。
 まだ避難所に向かう途中の人たちは、お互いを励まし合い、避難所に入った人たちは、作業をしている人たちに感謝の言葉をかけている。

 それは、非常事態でありながらも活気に満ちた、これまでのラビリンスでは見たことも無い光景だった。
 決して統制が取れているわけではない。各人の行動には無駄が多く、応援の声もてんでバラバラで、細かいところは何を言っているのかも聞き取れない。
 それでも、応援の声を聞いていると、体中に力がみなぎって来るのを感じる。人々の真剣な眼差しに、これまでの何倍も強い光が宿っているように思える。

――ラブソディ。

 そんな言葉が、不意に脳裏に浮かんだ。「歌え! 幸せのラプソディ」――キュアパッションの決め台詞のひとつだ。
 ラプソディの意味は「狂詩曲」。即興性に富んだ、自由で情熱的な楽曲のことらしい。でもそれだけではよく分からなくて、複数の辞書を調べたり、学校の音楽の先生に教わって、その名前が付いた曲を聴いてみたりもした。それでもどうもイメージが掴めなかったのだが、今の光景を見ていると、何だかこの言葉にぴったりのような気がしてきた。

 皆がそれぞれ自分の意志で、自分に出来ることを懸命に行ったり、仲間のことを応援したり――。
 その光景は、自由に、そして情熱的に奏でられるそれぞれの楽器の音が、時に寄り添い、時に共鳴し合いながら、壮大な物語のようなメロディを奏でていくイメージにぴったりで――。

(本当に、ここは……)

 いつかのようにそう思いかけてから、パッションは静かに首を横に振る。

(ううん。ここは、今の本当のラビリンス。これからもっともっと変わっていくラビリンスの、今の姿よ)

 そこで表情を引き締めたパッションが、もう一度空を見つめる。もうほとんど剥き出しに近い状態になった“不幸のゲージ”。その中から、かつて聞いたことの無いような、メビウスの狼狽えた声が聞こえてくる。
「何だ……何なんだ、これは!」
「パッション。あれって……」

 ピーチもパッションの隣に降り立って、彼女と同じように、心配そうな顔で空を見上げた。
 “不幸のゲージ”の中にあった薄黄色の液体は、今ではすっかり色が変わり、ぼうっと輝く透明な液体に変わっている。その輝きに、パッションは見覚えがあるような気がした。
 キュアパッションに変身するとき、せつなが水中を進むあの泉。無限メモリーが開く異次元に出現する泉だが、その水の輝きと、同じもののような気がする。
「不幸のエネルギーが、違う何かに変わっている。ひょっとしてあれは……幸せのエネルギー?」
 その時、再びメビウスの絞り出すような声が聞こえた。

「何だ、これは……知らない……こんなもの、私のデータには存在しない!」
 その声を聞いた途端、パッションの胸に、正体の分からない熱い何かがこみ上げてきた。あの時伝えられなかった想いが、再び胸の中で渦を巻く。

420一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:09:47
「メビウス様!」
 瞬時に大地を蹴って、ゲージ目がけて跳び上がるパッション。だが。
「来るな!」
 雷のような声と共に、ソレワターセが衝撃波を放った。どーん、という地響きと土煙と共に、パッションの身体が地面に叩きつけられる。
「メビウス様! どうか話を……私の話を、聞いて下さい!」
 すぐに跳ね起き、上空に向かって必死で呼びかけるパッション。その肩を優しく叩いたのは、ピーチだった。

「せつな。その想い、みんなでメビウスに届けようよ!」
「みんなで……?」
 オウム返しで聞き返すパッションに、ピーチが笑顔で頷く。その周りには、ウエスターとサウラー、それに人々を避難させて戻って来た少年と少女の姿もあった。

「あたしもね。メビウスにちゃんと伝えられなかったこと、あるんだ」
 そう言って、ピーチが心なしか寂しそうな笑顔を、パッションに向ける。

――メビウス、あなたの幸せは何?

 あの最終決戦の時、メビウスにそう呼びかけた、ピーチの声が蘇った。
「そんなものはプログラムされていない」
 その答えを最後に、メビウスは自爆の道を選んだのだ。

「今思えばさ、あたし、メビウスの幸せが何かを聞きたかったんじゃないの。メビウスに考えて欲しかった。そして、知って欲しかったの。あなたが守り続けて来たラビリンスの人たちの幸せが、きっとあなたの幸せだって。でも……」
「ラブ」
 うなだれるピーチの手を、パッションの手が優しく包む。それを見て、フッと小さく微笑んだウエスターが、よし! と叫んで自慢の大声を張り上げた。

「みんな! メビウスに俺たちの想いを伝えるぞ!」
「想いって……何を伝えるんですか?」
 警察組織の若者の一人が、首を傾げて無邪気な質問を投げかける。
「何を? う、う〜む、それは……伝えたいことだっ!」
 一瞬目を白黒させてから、ビシッ! と人差し指を立てて見せるウエスターの言葉に、しかし辺りは、しーんと静まり返った……。
「……詳しいことは何も考えていなかったね? ウエスター」
 額に手を当て、やれやれ、と呆れたように呟くサウラー。が、その時さざ波のように巻き起こった人々の声が、ウエスターの言葉を支えた。

「メビウスに? いや、もう命令に従うのはごめんだ。俺たちは、新しいラビリンスを作る!」
「ああ。みんなで笑って、幸せに暮らせる国を」
「だが、事件や事故への備えはもっと必要だな。今回のことでよく分かったよ」
「そういう意味では、メビウスに感謝しなきゃならんのか? その気持ちを伝えろってことか?」
「そうかもな。でもこれからは、全部俺たちでやるんだ」
「おお! 体力は無いが、機械のことなら俺に任せろ」
「私は、もっと大勢の人たちと料理を作りたいわ。みんなでハンバーグを作ったお料理教室、とても楽しかったから」
「僕は、前に映像で見た異世界みたいな、明るくていろんな色に溢れている街をつくりたいです」

「そうだ! その決意、その想いを、共に願おう! メビウスに、宣言してやればいい。新しいラビリンスで、俺たちが作りたい未来の姿を!」
 途端に元気を盛り返してそう言い放ったウエスターが、胸の前で太い指を組み、頭を垂れる。それを見て小さくほくそ笑んでから、サウラーも続いた。

 少年が、少女が、ラビリンスの人たちが、そしてピーチとパッションが、皆一様に目を閉じて、それぞれ一心に何事かを願う。
 まだ不確かな未来。何が待っているか分からない未来。でも、自分の足で歩いていきたいと、想いを新たにする。
 やがて一人一人の胸の前に、小さなハート型の光が出現した。

「ハッ!」
 ピーチが短い気合いを発して、無数のハートをひとつにする。
 中空に浮かび上がる、透明でキラキラと光を放つ大きなハート。それを愛おしそうに見つめてから、ピーチはパッションに小さく頷いてみせた。

「プリキュア! ラビング・トゥルー・ハート!」

 ピーチの高らかな声と同時に、パッションが宙を舞う。そして、打ち出された皆の本当の想い――トゥルー・ハートの真ん中に飛び乗ると、天空のメビウスを目指して、高く高く、ただ一直線に飛んで行った。

〜終〜

421一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:10:41
以上です。ありがとうございました。
次回が最終回の予定です。

422一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:56:10
こんばんは。
競作に食い込み過ぎですが(汗)、フレッシュ長編「幸せは、赤き瞳の中に」最終話を投下させて頂きます。
ちょっと長くなりました。8レスで収まると思います。

423一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:56:40
 ラビリンスの灰色の空を飛んでいく、白く輝く光のハート。その真ん中に立つパッションが見つめる先には、“不幸のゲージ”と、その中に居るかつてのラビリンス総統・メビウスの姿がある。
 ゲージを取り込んだソレワターセの身体は、今やただ一本の蔦が、ゲージに螺旋状に巻き付いて、辛うじて残っている状態だ。その中にあって、メビウスは大いに混乱していた。

 突然制御不能になった“不幸のエネルギー”が、内側からソレワターセを蝕んでいく。眼下に目をやれば、再び管理したはずの国民たちはまたも自我を取り戻し、プリキュアどもやウエスター、サウラーの元へと向かっている。

「一体……何が起こっているというのだ……!」
 そう呟くと同時に、その答えを自分が知っていることに気付く。ゲージの中に満ちている、今まで感知したことのない気配――それは、自らのプログラムと管理した国民たちのデータの媒体となっているはずの“不幸のエネルギー”が、何か別の物に変質していることを意味していた。
 ウィルスか? そんなものが入り込むことなど、普通ならあり得ない。だが、まだ堅固な“器”を得られていない今、そして自分に歯向かうプリキュアや元・幹部たちが存在する今、考えられない話ではない。
 今の状態では、これ以上の分析は不可能だ。が、唯一はっきりしていること。それは……。
「私の計画は、またも失敗に終わるということか……」
 表情ひとつ変えずにそう呟いてから、メビウスはすぐさま次の行動を決定した。

「是非もない。消滅プログラムを作動する」

 目的達成のために動くことが不可能になった者は、消去せしめる――メビウスが人間に代わってこの世界を支配すると決めた時に、打ち立てたルールのひとつ。それは対象が人間であろうと、自分自身であろうと変わらない。
 “不幸のエネルギー”が変質した物の正体が何か分からないので、影響が極力少ないよう、遥か上空で消滅プログラムを作動させると決めた。それと同時に、頼りなげに上昇を続けていたソレワターセが一気に加速する。

 ゲージの中で、メビウスは静かに目を閉じる。
 やはり、先のプリキュアとの戦いのデータが欠落していたことが、失敗の一因だったのだろうか。
 手に入れられなかったノーザの本体には、まだバックアップが残されている。もしノーザが蘇るようなことがあれば、自分の再度の復活もあり得るのだろうか。果たしてその確率はどの程度なのだろう……。
 そこまで思考したところで、メビウスがカッと目を見開く。またしても想定外のもの――自分を追ってくる人間の姿が、その瞳に映った。



 心なしか、急にスピードを上げたように見えるソレワターセ。その後を追うパッションの視線は、ずっと“不幸のゲージ”に注がれていた。その中に映し出されたメビウスの顔は、さっきからずっとギュッと目を閉じ、何だか震えているように見える。

「メビウス様……」
 パッションが小さく呟く。すると、まるでその声が聞こえたかのように、メビウスの両目がカッと見開かれた。眉を吊り上げ、眉間に皺を寄せた恐ろしい形相で、パッションを睨み付ける。

 パッションが息を呑み、やがてすぅっと細く、震える息を吐き出す。
 かつてのラビリンスの国民なら――そしてメビウスの僕・イースであった頃の自分なら、今のメビウスの表情を一目見ただけで恐ろしさに平伏し、顔を上げられなかったに違いない。
 現に今だって、身体が震えるほどに恐ろしい。だが、パッションはギュッと拳を握って、メビウスの顔を見つめ続ける。
 死んでも目を離すものかと思った。一刻も早く追いついて、あの時伝えられなかった自分の想い、ラブの想い、そして新たな未来を歩いていこうとしているラビリンスの人たちの想いを、何としても伝えたい。

「来るなと言っているのが、わからんのかぁっ!」
 怒声と共に、再び衝撃波がパッションを襲った。今度は光のハートがそれを受け止め、撥ね返す。
 パッションが思わず叫び声を飲み込んだ。ソレワターセの螺旋状の身体は、己の力をまともに食らって、その真ん中がブツリと断ち切れてしまったのだ。

 ラビリンスの上空で、ゆっくりと傾き始める“不幸のゲージ”。それを見るや否や、パッションは弾丸のように空へ飛び出した。空中ですぐにその姿は掻き消えて、次の瞬間、ゲージの目の前にその姿が現れる。

「メビウス様!」

 叫ぶと同時に、大きく両腕を広げてゲージを抱きかかえるパッション。その時、彼女の後ろから飛んできた光のハートがパッションとゲージの両方を包み込んで――気付いた時には、パッションはほの白く光る世界で、かつて対峙した時と同じ姿のメビウスと向かい合っていた。

424一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:57:49


   幸せは、赤き瞳の中に ( 第19話:瞳の中の幸せ )



「メビウス様……」
「何の真似だ。私の道連れにでもなるつもりか」
 僧衣のような衣装を身にまとった姿のメビウスが、パッションを見据え、重々しく口を開く。
「私の計画は、またしても失敗に終わった。“不幸のエネルギー”が突然制御不能となり、人間たちの管理が解かれてしまったのだ。もはや“不幸のゲージ”を残しておいても、害にしかならぬ。ならば……」
「いいえ、メビウス様」

 自分の言葉を遮り、一歩前に進み出たパッションを、メビウスは相変わらず鋭い眼差しで見つめる。
 以前、ハピネス・ハリケーンの光の中で向かい合った、作り物のメビウスとは全然違う――ふとそんなことを思った。あの時のメビウスは虚ろな目をして、自分と一度も目を合わせてはくれなかった……。そんなことを思い出しながら、パッションは穏やかな声で語りかける。
「それはもう“不幸のエネルギー”ではありません。ラビリンスの人たちの、未来への希望や仲間を信じる心、そして互いに手を取り合おうとする愛の力が生み出した、“幸せのエネルギー”です」

「幸せの……エネルギーだと? 馬鹿な。ラビリンスの国民たちが、私の管理を断ち切って、不確かな幸せを求めたというのか!」
 メビウスの目が、驚きに見開かれる。が、見る見るうちにその表情が変わった。眉間に深い皺が刻まれ、忌々し気な顔付きになったメビウスが、パッションを眼光鋭くねめつける。
「プリキュアのせいか。プリキュアがまたしても、このラビリンスを変えたというのか!」
「いいえ。みんなの目を覚まさせたのは、ラビリンスの人間です。ウエスターやサウラー、それに警察組織の若者たち。みんながこの国のために懸命に戦う姿を見て、自分たちも何かしたいと思ったのです」
 メビウスの言葉に静かにかぶりを振ったパッションが、誇らしげな顔できっぱりと言い切る。
「人と人とが手を取り合い、共に生きるということ。そこから生まれる幸せという感情は、人が生きていくために大切なもの。それは四つ葉町の人たちも、ラビリンスの人たちも同じです」
「愚か者めが!」
 メビウスの激しい憤りの声が、パッションに投げつけられた。

「幸せだと? 私はお前たちに教えたはずだ。幸せと不幸は隣り合わせ。いや、表と裏と言っても良い。だから、幸せがあるところには必ず不幸がある。そんなものがあれば、悲しみも争いも不幸も無い世界など、作れはしないのだ!」
「確かに」
 パッションも負けじと声を張り上げる。
「悲しみも争いも不幸も無い世界は、穏やかで生きやすい。でも、そのことをラビリンスの国民が知ったのは、今回のことがあったからです。悲しみと争いと不幸を経験して初めて、私たちは長い間、あなたに守られてきたのだということを知った。それと同時に、共に手を取り合う喜びと、大切さを知ったのです」
「いや、違う……お前たちは、何も分かってはおらぬ!」

 カッと見開かれたメビウスの目の中で、瞳が小さく、小刻みに震える。
「幸せなどという不確かなものを求めて、お前たち人間は争い、傷付け合って、悲しみと不幸を生み出してきた。そんな愚かな歴史が、長い年月、数え切れないほど繰り返されてきたのだ」
 メビウスの白い僧衣がたなびき始めた。メビウスの身体から煙のようなものが立ち昇り、強風となってパッションの方へ吹き付ける。その圧力に思わず後ずさりそうになって、パッションは愕然とした。
 それは、あの占い館の跡地で対峙したソレワターセから溢れ出したのと同じもの――強烈な“不幸のエネルギー”の奔流だった。

(一体何故!? ゲージの中の“不幸のエネルギー”は、確かに“幸せのエネルギー”に変わったはず……!)

 動揺しながら、パッションは十字受けの体勢で必死に耐える。
「そんなかつての山のような災厄の記録は、私の中にデータとしてインプットされている。私はそこから学習した。だが、完全な対策を立てても、人間はその通りには実行しない。必ず誰かの幸せを優先し、やがては誰かが不幸になる道を選ぶのだ。そのたびに、私は学習を繰り返した」

(そうか……これは、メビウス様の中に刻まれた、“不幸の記録”のエネルギーなんだわ)

425一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:58:21

 そう認識した途端、かつてのラビリンスの光景が、まるで数倍速の映像を見せられているようにパッションの中に流れ込んできた。既にこの国の人間たちには忘れ去られたはずの、過ぎ去った時代の争いの記憶、悲しみと不幸の記憶が。
 人々が嘆き悲しむ声。戦いに疲れ、表情をなくした戦士たち。人と人とが互いに争い、ののしり合う醜く歪んだ表情――。

 声も出せず、押し寄せる負の力に、ただ必死で耐えるパッション。その身体は、ずるずると少しずつ後退していく。
「こんな愚かな生き物に、この世界を任せておくわけにはいかない――学習と思考を繰り返した結果、私はそういう結論に達した。全て私が支配し、悲しみも争いも不幸も無い世界を作ることにしたのだ!」
「キャー!」

 ついに風圧に負けて、パッションの身体が宙に浮く。強風に吹き飛ばされて、パッションが思わずギュッと目をつぶった、その時。

――せつな!

 固く閉じられたまぶたの裏に、パッと浮かび上がったもの。それは、まるで花が咲いたような、ラブの笑顔だった。
 続いて美希と祈里の顔が、その隣に並ぶ。あゆみと圭太郎、ミユキさん、カオルちゃん、学校の友人たち、商店街の人たち。四つ葉町で出会った数多くの人たちの笑顔が、次々と浮かぶ。そして、ウエスターとサウラー、少年と少女ら警察組織の若者たち、野菜畑の老人、ついさっき目にしたラビリンスの人たちの笑顔も、それに重なった。
 その中に、せつな自身の姿は無い。でも彼らを見れば、その眼差しが向けられている――愛されている自分の姿が、はっきりと浮かび上がって来る。

(そう……これが私の幸せの姿。いつだって私の瞳の中にあって、私自身の幸せを映し出すもの)

 吹き飛ばされた身体が、柔らかくどっしりとしたものに受け止められる。それは、さっきよりも輝きを増した光のハートだった。
 ハートの光越しに眼下を眺めれば、人々が必死で想いを届けようとしているのが小さく見える。

(愛しい人たち。愛しい世界。たとえ私が、また間違いを犯しても、悲しみに沈む日も、不幸な時も、決して消えることはない。そしてそれは、メビウス様が作ったラビリンスには……)

 こちらを見上げる一人一人の胸元に、さらに小さなハート型のきらめきが見えるような気がした。と、その時。

「キー!」
 白く輝く姿に変わったアカルンが飛んできて、パッションの目の前で嬉しそうに飛び跳ねた。
「そうね。今度は私の番。みんなの想い、そして私の想い、メビウス様に届けてみせる!」

「チェインジ・プリキュア! ビートアーップ!」

 アカルンがパッションの中に飛び込んで、今再び、変身の儀式が始まる。
 胸の四つ葉に加わった白いハートは、愛する世界の、愛する仲間たちの心。
 背中の大きな白い翼は、その心を未来へ運ぶ、約束の印――。

「ホワイトハートはみんなの心。はばたけフレッシュ! キュアエンジェル!」

 強風に桃色の髪を煽られながら、軽やかに舞い降りる天の使い――キュアエンジェル・パッションの降臨だった。

「愚かな。これだけ言ってもまだ分からないのか。幸せなどを求めれば、悲しみも争いも不幸も無い世界など、作れはしない!」
 メビウスの眉間の皺が深くなる。勢いを増す“不幸のエネルギー”。だが、そんな強風をものともしない、凛とした声が響く。

「それなら、あなたは何のためにそんな世界を作ろうとしたのですか?」
 パッションが、キラリと輝く赤い瞳で真っ直ぐにメビウスを見つめる。
「ラビリンスの科学者は、無秩序な世界を統制するために私を作ったのだ。悲しみも、争いも、不幸も無い世界を作るために」
「何故彼らがそんな世界を作ろうとしたのか。それはご存知ですか?」
「決まっている。それこそが正しい世界だからだ!」
「その、先は?」
「……何だと?」

 小首を傾げるような、可愛らしい仕草で問いかけるパッション。だが、そこでメビウスは言葉に詰まった。それを見て、パッションの目つきがフッと柔らかくなる。
「正しい世界を作って、彼らは何をしたかったのか。彼らはきっと、ラビリンスの人たち全員を幸せにしたくて、あなたを作った。その想いもまた、あなたの中に刻まれているはずです」
 そう言って、慈愛を湛えた眼差しでメビウスを見つめてから、パッションの身体は軽やかに宙を舞った。

426一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:58:53
 アカルンがリンクルンから飛び出して、くるくると踊るように秘密の鍵へと姿を変える。その鍵でリンクルンを開き、ホイールを回す。
 光とともに現れるアイテム。胸の五つ葉から取り出した、最後にして要のピース、赤いハートを先端部に取り付ける。

「歌え! 幸せのラプソディ。パッション・ハープ!」

 目を閉じて四本の弦を弾き、その豊かな音色に耳を傾ける。

「吹き荒れよ! 幸せの嵐!」

 高く掲げられたハープの周りに、真っ白な羽が出現する。

「プリキュア! ハピネス・ハリケーン!」

 ハープを手に、パッションが回転する。疾(はや)く、鋭く、美しく。巻き起こす赤い旋風に、自分の想いとみんなの想い、その熱き心の全てを乗せて。
 赤い旋風は、“不幸のエネルギー”が起こした暴風とぶつかり合い、白い羽と赤いハートの光弾が、旋風に乗って激しく舞い踊る。

「はぁ〜〜〜!」

 続いて生まれた大きなハートのエネルギー弾が、強風を押し返す。やがて旋風がメビウスを包み込んだ時、まさにメビウスが誕生する直前のラビリンスの光景が、メビウスとパッションの目の前に蘇った――。



 広く天井の高い部屋の真ん中に置かれた、数多くのコードが繋がれた巨大な球体。
 その周りを取り囲んでいるのは、年齢も性別もバラバラの、十名ほどの科学者たち。
 誰もが皆、目を輝かせて、誕生間近の国家管理用コンピュータを見つめている。

「どうだ、順調か?」
「はい。あと少しで最終チェックが完了します」
「そうか。それが終われば、いよいよテスト稼働だ。みんな、ここまでよく頑張ってくれた」
 科学者のリーダーらしき人物が、仲間たちにねぎらいの言葉をかける。
 その時、一人の若い科学者が、口を開いた。

「ところでリーダー。このコンピュータの名前は、どうしますか?」
「名前? そうだな……」
 しばらく考えてから、リーダーが小さく頷いて、手近のキーボードを叩く。
 ディスプレイに映し出された文字。それは……。

「……メビウス? “メビウスの輪”の、メビウスですか?」
「ああ。裏も表も無い、永遠に続く幸せの象徴。どうだ?」
 ディスプレイを覗き込んでいた科学者たちが、皆笑顔で顔を見合わせ、一斉に頷く。
「いいですね!」
「ええ、僕も気に入りました」

 仲間たちの笑顔を、リーダーも笑顔で嬉しそうに見つめる。
 そして稼働間近の巨大な球体に手を当てると、祈るように目を閉じ、こう呟いた。
「メビウス。どうか私たちを、悲しみも争いも不幸も無い、皆が笑って暮らせる未来へと、導いてくれ」



「これが私を生み出した人間たちの想い……。こんな不確かで、不完全な想いから生まれたものを、正しい世界だと認識していたというのか……。私にプログラムされたゴールまでもが、不完全だったというのか!」
 震える声でそう言い放ったメビウスの身体が、ぐらりと揺らぐ。瞬時に駆け付けたパッションがしっかりとその手を掴むと、“不幸のエネルギー”の暴風は影を潜めた。

「メビウス様。正しい世界なんて、私たちには必要なかったんです。悲しみも争いも不幸も、全て消してしまっては、喜びも思いやりも幸せも得られない。それでは、私たちは何のために生まれ、何のために生きているのか分かりません」
「だったらどうする」
 呟くようなメビウスの問いかけに、パッションは小さく微笑んだ。

「消すのではなく、乗り越えるのです。私たち、みんなで。悲しみも苦しみも不幸も、みんなで力を合わせて乗り越えて、みんなで幸せを経験する。そうやって精一杯生きる。それが人間の素晴らしさだと、私はラビリンスを出て教わりました」

427一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:59:28
 メビウスの瞳の中に、自分の姿が映っている。キュアエンジェル――この姿もまた、ラビリンスの人々を含めたみんなの力が無ければ、得られなかった姿。
 その想いを噛みしめながら、パッションはメビウスの瞳を真っ直ぐに見つめて語りかける。

「一人一人の力は小さくても、そうやってみんなで力を合わせて歩んで行けば、ほんの少しずつでも、世界は変えられる。私たちも、前へ進んで行ける。時々後ずさったり、回り道をしたりするかもしれない。けれど、そうやって自分たちの足で歩いていく未来を、私たちは選びたいのです」

「愚かな。人間の手に負えないような、大きな不幸も世の中にはある。不完全な人間が、愚かな選択で作り出す悲しみも山ほどある。それでもお前たちは、その悲しみや不幸を引き受けるというのか」
「はい。それを乗り越えて幸せになるために、私たちは生きている――私にも、やっとそれが分かりました」

 それを聞いて、メビウスは何かを考えるように目を閉じた。そのまましばらく沈黙してから、目を閉じたまま、口を開く。

「では聞こう。一人一人の力は小さくても、それが集まれば大きな力になると言ったな。だが、そもそも人間に、小さくともそんな力はあるのか? どんな力で、それらの大きな困難に立ち向かえるというのだ」

 そこでパッションも、静かに目を閉じる。まぶたの裏に浮かび上がったのは、三人の仲間たちの姿。
 パッションの口元に、自然に小さな笑みが浮かぶ。目を開けると、その微笑みのままに、彼女は愛し気に言葉を紡いだ。

「私たちには、互いを思いやる愛と、互いの未来へ抱く希望、そして互いの幸せを祈る心があります」

「愛、希望、祈り。そして幸せか。全て私が下らないと切り捨てて来たものばかりだな。そんなもので、本当に私のプログラムのその先を、作ろうというのか」
 そう言いながら、メビウスがゆっくりと目を開ける。その目の前に、パッションは静かに右手を差し出した。
「メビウス様。どうか私たちに、力を貸してください。今度は絶対者としてではなく、共に幸せを作っていく仲間として」
 メビウスがほんの一瞬、驚いたようにパッションの顔を見つめる。だが、差し出したパッションの手は、そっと振り払われた。

 不意に、足元がぐらりと揺らいだ。トゥルー・ハートが作り出した空間が、少しずつ薄れ始める。それと共に、人間の形を取っているメビウスの姿も、少しずつ、少しずつ透明になっていく。

「そんな不完全な生き方は、私にはプログラムされていない」
「……メビウス様!?」
「新しい国家管理用のコンピュータ……あれを使うが良い。私よりはスペックが落ちるが、お前たちのサポートには十分な機能が備わっている」
「メビウス様、お待ち下さい!」
 淡々と語るメビウスに対して、焦りの色を隠せないパッション。そんな彼女を、今まで無表情で見つめていたメビウスの口元が、フッと緩んだ。

「イース……いや、キュアパッションよ。人間は弱い。そのことを、私はお前よりよく知っている。未来に待つ幾多の困難に、いつまた私に頼り、管理されることを望むか分からぬ。ならば……私のプログラムの始まりにあった……その大元にあった願い。私はその願いだけの存在に戻って、お前たちを見守っていよう」
「メビウス様!」

 その瞬間、ほの白い世界は完全に消え失せた。空に溶けそうな淡い姿になったメビウスが、右の掌をパッションに向ける。
 優しい風が、パッションを地上へと押し戻す。その刹那、彼の――かつて父とも母とも仰いだメビウスの、自分を見つめる優し気な微笑みを、パッションは生まれて初めて目にした。

 遥か上空から降って来たパッションの身体が、空中で淡い光を放って、せつなの姿に戻る。それを見るや否や、ピーチは空中へと跳び上がった。
「せつな!」
 せつなの身体をしっかりと受け止めて、軽やかに着地したピーチが、ホッとしたようにその顔を覗き込む。そしてその目が驚いたように、大きく見開かれた。

 千切れた暗緑色の蔦と、“不幸のゲージ”だけの存在となったソレワターセは、そこから少し上昇したところで、ぱぁぁん! と弾けた。
 ゲージの中からキラキラとした光が溢れ出し、地上へと降り注ぐ。
 街にも。人にも。そして今はサウラーが持っていた、ノーザの本体である球根の上にも。
 黒光りするメタリックな建物は元の廃墟へと戻り、要塞のようだった新政府庁舎も、元の形へと戻っていく。そして四つ葉町で見るような澄み切った青空が、人々の頭上に広がった。

428一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 18:00:06
 初めて目にする美しい光景に、歓声を上げて空を見上げるラビリンスの人たち。その片隅で、そっと変身を解いたラブが、ギュッとせつなの細い肩を抱き締める。その途端、せつなの目からポロポロと大粒の涙がこぼれた。
 降り注ぐ陽光に、人々の笑顔が溢れる中、二人はただ涙を流しながら、しばらくの間、黙って抱き合っていた。



   ☆



 キャーキャーと走り回る子供たちを、危ないぞ、とたしなめながら、大人たちが壊れた建物を修理している。その近くでは若者たちが、残り少なくなった瓦礫を集め、新しい場所に移ったデリートホールに運んでいる。
「うわぁ、大分片付いたね!」
 明るい声を上げるラブに、ええ、と頷いてから、せつなはてきぱきと動いている人々に、もう一度目をやった。

 あれから数日。住民総出で働いたお蔭で、街の復旧は着々と進んでいた。
 ああでもない、こうでもないと言い合いながら、設計図を覗き込んでいる人たち。「せーの!」という掛け声を合図に、重い瓦礫を大人数で動かして、笑顔でハイタッチを交わす人たち。まだ荒涼とした街角でも、そんな姿が何だか眩しくせつなの目に映る。

 彼らが築いていく新しいラビリンスの街並みは、どんな形になっていくのだろう。
 そこに住まう彼らの毎日は、どんな音に、どんな匂いに、どんな景色に彩られていくのだろう。

 せつなは、作業をしている人たちに向かって一礼してから、彼らの上に広がる空を、じっと見つめた。少しの間そうしてから、隣に立つラブに目を移す。
「行きましょ、ラブ」
 そう声をかけ、連れ立って軽やかに歩き出す。二人の行き先は、ここからすぐのところにある、異空間移動ゲートだ。



 あの日――メビウスがソレワターセと共にラビリンスの空に消えたあの日から、二日ほど経った夜。
 いつものように並んでベッドに腰かけたラブに、せつなが小さな声で問いかけた。
「ラブ。私……四つ葉町に帰っても、いいかしら」
「もちろんだよぉ!」
「いつもみたいに数日ってことじゃないの。あの……また、お父さんとお母さんとラブと、一緒に暮らせたらなぁって……」
「せつなっ、それホント!?」
 ラブがガバッとせつなの方に向き直る。
「やった……やったぁ!」
 そう言って思い切り抱き着いてから、ラブは目をキラキラさせて、目の前の赤い瞳を覗き込んだ。

「それで? せつなは、四つ葉町に帰って、何がしたいの?」
「え?」
「せつなのことだからさ、四つ葉町で、何か精一杯頑張りたいことがあるんでしょ?」
 それを聞いて、一瞬ポカンとしたせつなの頬が、すぐに薄っすらと赤く染まった。

(ラブにはもう、すっかりお見通しなのね……)

 ラビリンスに、笑顔と幸せを伝えたい――そう思って精一杯頑張って来た。でもどうしても上手く伝えられなくて、幸せについてもっと知りたいと思った。
 そのために時々は四つ葉町に帰って、幸せな時間を積み上げて、自分の幸せの形を知ろうと思った。
 けれどいつしか、自分のための幸せでなく、ラビリンスの人たちのために幸せを知ることばかりを考えていて――。

(幸せは、人のためにゲットして分け与えるものじゃない。一人一人が、自分のための本当の幸せを掴んで、その幸せで周りを幸せにしていくもの。だから――私は幸せになっていいのよね。ううん、幸せにならなきゃいけないのよね)

 ラブと一緒に学校に行って、美希とブッキーも一緒にカオルちゃんのドーナツを食べて、お母さんのお手伝いをして、お父さんのお仕事の話を聞いて、商店街の人たちとおしゃべりをして。
 それから自分は、どんな幸せでみんなを幸せにしたいのか。考え続けたその答え。それは――。

429一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 18:00:38
「私ね、ラブ。四つ葉町で教わった色々な幸せをラビリンスに伝えようとしてきたけど、一番伝えたいものだけは、まだ一度も伝えてないの」
「一番、伝えたいもの?」
 怪訝そうに首を傾げるラブに、せつなはますます頬を赤く染めて、照れ臭そうにコクンと頷いて見せる。

 もしかしたら、無意識に躊躇していたのかもしれない。一人では――そして今の自分では、その本当の楽しさを、喜びを伝えられない気がして。
 その幸せを、ラビリンスにちゃんと伝えること――それだけはどうしても譲れないと、心の奥で思っていたのかもしれない。

「それは……みんなと繋がっているんだ、って幸せを全身で感じて、その幸せを全身で表現できるもの。そうしていると、自然に笑顔になれるもの……」
「分かった! ダンスだねっ?」
 パッと笑顔になったラブに、せつなもニコリと笑って頷く。

「だからね。私はもっともっと、ダンスが上手くなりたい。そしていつか、ダンスでラビリンスの人たちに、幸せを伝えたい」
「それって……プロのダンサーになるってこと?」
「そう……なるのかしら」
「ん〜!」

 ラブは感極まった声を上げると、もう一度勢いよくせつなに抱き着いた。
「だったらせつな、一緒にやろうよ! あたしの夢も、ミユキさんみたいなダンサーになることだもん」
「でも、私はいつか、ラビリンスで……」
「だから、ラビリンスで一緒にダンスしようよ! 言ったでしょ? せつなの夢は、あたしの夢でもあるんだから。ねっ? 一緒に幸せ、ゲットだよ!」
 そう言って得意そうにこちらを覗き込んで来る桃色の瞳に、自分の顔が映っている。前にも見たことがある、余りにも無防備で、幸せそうな顔。ラブとその顔の両方に向かって――。
「ええ。私、精一杯頑張るわ!」
 せつなは誓うような気持ちで、しっかりと頷いたのだった。



 異空間移動ゲートでは、既にサウラーとウエスターが、二人が来るのを待っていた。
「イース、ラビリンスのことは任せておけ。俺もたまには師匠のところに顔を出すから、四つ葉町で会おう」
「たまには? しょっちゅう、の間違いじゃないのかい?」
 ニカッと笑うウエスターの隣から、サウラーが相変わらず皮肉めいた口調でそう言って、ニヤリと笑う。

「二人とも、元気で。野菜畑の老人がよろしく言っていたよ。見送りに行けなくて、申し訳ないってね」
「おじいさん、大人気だもんね。昨日会いに行ったら、たくさんの人に囲まれて、何だかエラい先生みたいだったよ」
 ラブが自分のことのように得意げな顔をする。
 あのホースを使った戦いを見た住人たちの間に、野菜畑の存在が知れ渡り、何人もが興味を持って、老人の畑を訪ねるようになっていた。昨日ラブとせつなが会いに行った時には、老人はその人たちに、ボソボソと、でも嬉しそうに植物について説明していたのだ。

 サウラーも笑顔のままで、そうか、と頷く。が、すぐに真顔に戻ると、低い声でこう続けた。
「ノーザとクラインを復活させられないか、調べてみようと思っているんだ。今度はメビウスのしもべじゃない、僕らの仲間としてね」
「それはいいわね」
 せつなが微笑んだ時、後ろから「おーい!」という声と足音が近付いて来た。

 警察組織の制服に身を包んだ、少年と少女が走って来る。街の復旧作業を抜けて来たのか、二人とも埃まみれだ。
「せつなさん、ラブさん、本当にお世話になりました!」
「あたしの方こそ、色々ありがとう!」
「ラビリンスを、よろしくね」
 二人の言葉に嬉しそうに顔をほころばせた少年が、ポンと少女の肩を叩く。
「ほら、お前もちゃんと挨拶しろよ」
 少年に引っ張り出されて前に出た少女が、少々緊張気味な表情で、ラブとせつなの顔にチラリと目を走らせる。そしておもむろに、深々と頭を下げた。
「本当に、すまなかった。そして……ありがとう」
「こっちこそ、見送りに来てくれてありがとう!」
 ラブがそう言って、少女に笑いかける。せつなは少女の手を取って顔を上げさせてから、その目を真っ直ぐに見つめて、ニヤリと笑った。
「勝負しましょう」
「……勝負?」
「ええ。あなたはあなたのやりたいことを、私は私のやりたいことを、精一杯頑張る。それでお互い、どれだけ幸せになれるか」
d「どれだけ、幸せに……?」
 怪訝そうに呟いた少女の口元に、薄っすらと不敵な笑みが浮かぶ。
「分かった。この街を能天気な笑顔で一杯にして、今度あなたがここを訪れた時、驚かせてみせる」
「楽しみにしているわ」
 二人の少女が、初めてがっちりと握手を交わす。その姿を、あの日から少し明るさを増したラビリンスの空が、穏やかに見つめていた。

430一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 18:01:13
 高速で後ろへと流れる光の回廊が、ふいに途切れる。
 目の前に現れる白いゲート。開いた先には、まだ朝だとは思えないほど強く照り付ける太陽と、綿菓子のような雲をのんびりと浮かべた空があった。

「ただいま」
 クローバーの丘の上へと降り立って、そこに咲く可憐な花たちに向かって小さく呟く。と、そこへ――。
「ただいま、じゃないわよ!」
 不意に目の前に二つの影が現れて、せつなは目をパチクリさせた。
「美希……ブッキー……?」

「も〜、ラブ! せつなも、連絡くらいよこしなさいよ。全く、ラブがラビリンスに行くなら、アタシたちも後からでも行くんだったのに」
「ちょっと美希ちゃん! せつなちゃん、ラビリンスで何かあったの? ラブちゃんも、わたしたちに黙って行くなんて……」
 祈里が胸の前で両手を組み合わせて、ラブとせつなの二人に迫る。美希も、さも残念そうな口調ながら、二人のことを心配していたのがよくわかった。

「え、えーっとぉ……たまたまカオルちゃんとこでウエスターに会って、今から帰るって言うから急に思いついて、連れて行ってほしいって……って、二人とも何でそのこと知ってるの? それに、迎えに来てくれるなんて、どうやって……」
 不思議そうに問いかけるラブに、二人は顔を見合わせて、してやったり、という様子で笑い合う。
「昨日、商店街であゆみおばさんに会ってね、それで聞いたの。今日、二人揃って帰ってくるんだって、おばさん凄く喜んでたわ」
「だからブッキーと相談して、今朝は早起きして、ずっと二人が現れるのを待ってたの」

 二人の話を聞きながら、ラブはぱぁっと笑顔になると、よーし! と叫んで右手を高々と挙げた。
「じゃあ、積もる話もあるし、これからみんなでカオルちゃんのドーナツ食べに……」
「その前に、うちに帰っておばさんに“ただいま”でしょ?」
「あ……はぁい」
「それにラブちゃん、夏休みの宿題、まだ終わってないって言ってなかったっけ」
「そ、それは……せつなぁ! 助けて〜」
「はいはい」

 慌てふためくラブの様子に、思わずクスクスと楽しそうに笑ってから、せつなは仲間たちと肩を並べる。
 クローバーの丘を抜ければ、クローバータウン・ストリートはすぐそこだ。そう思った途端、急に胸の奥が、何かじわりと暖かなものに包まれた。

(帰って来たんだ……)

 これまで何度もここへ帰って来たことはあったのに、その想いが、初めて心の底から湧き上がってくる。その温もりを噛み締めながら、せつなは愛しい我が家へと足を進める。
 この街で、精一杯自分の幸せを積み上げよう。そして自分だけの、本当の幸せの姿を、いつか掴もう。
 この赤い瞳に映る全ての世界を、笑顔と幸せでいっぱいにするために。

〜完〜

431一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 18:03:11
以上です。長い間、どうもありがとうございました!
これからは、競作頑張ります!!

432一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:45:26
こんばんは。またまた遅くなりましたが、ハグプリの最終回記念SSを投下させて頂きます。8〜9レスお借りいたします。
なお、このSSには、男女間の恋愛とも取れる内容が含まれています。かなり迷ったのですが、ハグプリの記念SSを書くなら自分としては避けて通れないテーマで、どうしてもこういうお話になり、書き上げてから運営で協議させて頂きました。
結果、保管庫Q&Aの3に該当する作品として、掲載させて頂くことにしました。
魂込めて書きましたので、どうぞその点ご了解の上、お読みいただけると嬉しいです。

433一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:46:08
 ガランとした建物の中に、わたしの靴音だけが響く。
 まるでずっと夜が続いているみたいな暗い空間を、あの人を探してひた走る。
 高い丸天井の大きな部屋。長く真っ直ぐに続く廊下。
 そのどこにも、あの人は居ない。

 壁には至る所に亀裂が入り、床には瓦礫が散らばっている。
 そしてここに入った時から、まるで地震みたいに足下が揺れている。
 だから早く、一刻も早く、あの人を見つけなきゃ。
 行く手に現れた、まさに人が出て行ったばかりのような半開きのドア。
 そこを駆け抜けると、突然目の前が明るくなった。

 壁一面がガラス窓の、何もない大きな部屋。
 ひび割れだらけの窓の向こうに、無数の巨大な瓦礫が落ちて行くのが見える。
 何だか現実離れした――えっと、マグリットだっけ、美術で習った絵みたいな光景。
 そんな景色を、あの人は部屋の真ん中に座り込んで眺めていた。

「やあ。また会ったね」
 力のない微笑み。まるでわたしが来ることが、分かっていたみたい。
「僕の負けだ。早くここから離れた方がいい。永遠の城は崩れゆく」
 そう言って、あの人はもう一度窓の方を見つめる。
「夢を見ていたのは、僕の方だったのかもしれないな。永遠など……」
 さっきまで戦っていたのが嘘みたいな、穏やかな声。
 だけどその声は、何だかとても寂しそうで、哀しそうで……。

 息を整えて、その背中のすぐ後ろに、そっと座る。
「これ……」
 ずっと借りたままだったハンカチを、ようやく返せた。

「一緒に行こう?」
「どこへ?」
「未来へ」
「無理だよ。僕は未来を信じない」
「嘘」

 ずっとこちらに背を向けたまま、彼がゆっくりと立ち上がる。
 またすぐに消えてしまいそうな気がして、わたしも急いで立ち上がる。
 そして彼の左手に、そっと自分の手を重ねた。
「本当に未来を信じていないなら、どうして……いつもわたしに「またね」って言うの?」

 後ろから、その身体にそっと両腕を回す。
 未来を信じない――その理由を、この人はわたしに見せてくれた。
 この人の目の中にある深い哀しみの理由も、それと同じなのかな……。
 分からない。だけど、せめてその哀しみを、わたしは抱き締めたい。

 彼の背中が、小さく震えた。
 小さな小さな笑い声――まるで泣いているみたいな声が、頭の上で微かに響く。
「君は、本当に素敵な女の子だね」
 その言葉と共に、わたしの腕は静かに振り払われ、彼の身体が離れた。

「またね」

 二歩、三歩、歩き出したあの人が、そう言ってようやくこちらを振り返る。
 その後ろには、昇り始めた朝日と、見る見る明るくなっていく空。
 ソリダスター――“永遠”の花言葉を持つ花びらが散って、二人の間で舞い踊る。
 そしてまばゆい光が視界を埋め尽くした時、再びあの人の声が耳に届いた。

――僕も、もう一度――

 目を開けると、部屋の中にはわたし一人。あの人の姿は消えていた。
 ふと目をやると、見覚えのある花が一輪、床にいつの間にか置かれている。
 クラスペディア――花言葉は、“永遠の幸福”。
 ポツンと寂しげなその花を拾い上げ、わたしはそっと胸に抱き締めた。

434一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:47:11
   エール・アゲイン



「委員長ぉ! ひとつ、お願いがあるんだけどっ!」
「な……何?」
 百井あきの勢いにたじろぎながら、さあやは何とか笑顔で問い返した。その隣には、さあや以上にたじろいだ表情のほまれと、ポカンと口を開けて成り行きを見守っているはなの姿がある。
 中学三年生になっても、さあやは変わらずクラスの委員長。だが最近は、彼女を「委員長」と呼ぶクラスメイトは少なくなった。そう呼ばれるのは、今のように何か頼み事をされる時くらいだ。そして、あきの口から飛び出したのは、さあやが今まで委員長として聞いて来た数々の頼み事の中でもトップクラスに大きくて、しかもなかなか無理難題の案件だった。

「我がラヴェニール学園中等部も、文化祭をやろうよ!」
「え……文化祭!?」
「ああ、そう言えばこの学校って、文化祭ないんだっけ」
 はなが今更気付いたように、ポツリと呟く。転校したばかりだった昨年は、はなにとってあまりにも濃密で多忙を極めた一年だったのだから、無理もない。

「そうなの! だからさぁ、わたしたちが中三の今年、記念すべき第一回の……」
「そんなこと言って、百井はまた十倉と漫才やりたいだけなんじゃねえの?」
 あきの後ろから、千瀬ふみとが唐突に割って入ってきた。
 つい先日行われた新入生歓迎会で、あきは親友の十倉じゅんなとコンビを組んで、漫才を披露した。それが初めてとは思えないくらい大受けで、会場の体育館を揺るがすほどの大爆笑だったのだ。

「バレたかぁ」
 そう言って頭を掻いたあきが、しかしすぐに元の勢い込んだ様子で級友たちを見回す。
「でもさぁ。文化祭って、やっぱ学校行事の花形だと思うんだよね〜」
「そりゃあ……そうだな」
「他の中学はやってる学校がほとんどなのに、うちだけ無いなんて、それって“ホットケーキに卵を入れず”だと思ってさぁ」
「それを言うなら“仏作って魂入れず”、ね」
 今年はクラスが別れてしまったじゅんなの代わりに、ほまれが冷静にツッコむ。いつものように力のない笑いを漏らす一同。が、それを遮って明るい声を上げたのは、はなだった。

「確かに……楽しいことは、一杯あった方がいいよね。わたしもこの学校で、みんなと文化祭、やってみたい!」
「ホント? はな!」
 それを聞いて、あきがパッと顔を輝かせる。
「うん。クラスのみんなでひとつのものを作ったり、部活の成果をみんなに観てもらったり。イケてる!」
 そう言って、はなは教室の後ろの方に駆けて行くと、ぐるぐると腕を回した。
「何でも出来る! 何でもなれる! 中学卒業まで、あと一年だもん。みんなで思いっ切り楽しいことして、とびっきりの思い出作ろうよ。フレ! フレ! みんな! フレ! フレ! わたし!」

 あきが目を輝かせ、ふみとは「やれやれ」と言いつつ、楽しそうにニヤリと笑う。そしてほまれは小さく微笑んでから、そっとさあやに問いかけた。
「本当に、出来るのかな」
「うーん、確かなことは言えないけど……まだ新学年が始まったばかりだし、可能性は十分あると思う」

「よぉし。じゃあどうせなら、高等部とも合同にしよう! それならもっと派手にやれるしさ」
「え〜! それじゃあ高等部のヤツらに、オイシイとこ持って行かれるんじゃ……」
 さらに張り切るあきの提案に、ふみとの声が小さくなる。だが、はなの方はそれを聞いて、俄然張り切った様子で言った。
「それいい! 高校生も一緒のオトナの文化祭を、わたしたちが言い出して実現するなんて……。それってめっちゃカッコいいよ!」
「でしょ〜! じゃあいっそのこと、学園全部の文化祭にしちゃおっか!」
「おおっ! めっちゃイケてる!」
 はなの言葉にあきがますますテンションを上げ、それを聞いて、はなのテンションもさらに上がっていく。その勢いにつられたように、周りの仲間たちもにわかに活気づいて来た。

「それじゃあ私はまず、生徒会の役員たちに話してみるね」
「さっすが委員長! じゃあ俺は高等部に行って、ガツンとかましてやるかな」
「かましちゃダメでしょ……。さあやの方が上手くいったら、わたしも一緒に行って、アンリと正人さんに話してみるよ。アンリはともかく、正人さんなら生徒会に知り合いも居そうだし」
「ほまれ、千瀬君、よろしく! 小等部はわたしとじゅんなに任せてよ。わたしたち、卒業生だからさ」

(やっぱり凄いなぁ、みんな。あっという間に分担が決まっちゃったよ。きっと今、ここにはアスパワワがいっぱいだよね)

435一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:47:50
 すっかり文化祭実行委員会のような雰囲気で盛り上がる仲間たちに、はなが愛し気な眼差しを向ける。そして改めて、一層明るい声を張り上げた。
「完璧じゃん。小等部、中等部、高等部! あと大学……は、流石に無いか。アハハ……」
「あるある」
「えっ?」
 あきの言葉に、はなが驚いて照れ笑いを止める。
「この学園、大学もあったっけ」
「ああ、はなは知らなかった? 高等部の隣にある建物、あれって大学だよ。まぁ、この敷地にあるのは、一部の学部だけどね」
 さあやの説明を聞いて、はなは初めて聞いた事実に、へぇ、と少々間の抜けた呟きを漏らした。



 その日の放課後。スケートの練習があるほまれと、撮影所の両親に届け物があるというさあやと別れたはなは、ふと思い立って、帰り道とは反対の方向へと足を向けた。
 高等部の校舎の前を通り過ぎ、その隣の建物を見上げる。
「ここが大学なのかな」
 表札などは見当たらないが、間違いなく学園の敷地内にある大きな建物。中を覗いてみたくて入り口を探すと、生け垣に隠れるようにして、小さな木の扉があるのが目に入った。

「まさか、これがドア?」
 少し躊躇したものの、好奇心には勝てず、ノブに手をかけてみる。ギィ、という低い音と共に、扉は簡単に開いた。恐る恐る中を覗くと、どうやらそこは裏庭らしい。そうっと中に足を踏み入れたはなは、そこで思わず棒立ちになった。

「なんで……どうしてあなたが、ここに居るの?」

 庭の真ん中に立って校舎をじっと見上げている横顔は、見覚えのある――いや、忘れようにも忘れられない人物。
 ジョージ・クライ。はなたちプリキュアの前に立ちはだかった、元クライアス社社長、その人だった。

 はなの声に振り向いた途端、彼もまた、その目を大きく見開いた。とても驚いた表情――いや、それだけではない。その瞳はせわしなく、落ち着きなく泳いでいる。
 まるで、悪戯をしている現場を見つけられたかのように。ここに居ることを、はなに知られたくなかったように――。
 が、それも束の間。その表情を隠すようにして、ジョージはくるりと踵を返した。そのまま足早に、その場を立ち去ろうとする。それを見て、はなは弾かれた様に彼の後を追った。

「待って! ねえ、どうしてここに居るの?」
「……ここは、僕の母校だからね」
「そうじゃなくて、どうしてまだこの時代に? 未来に帰ったんじゃなかったの?」
「……」
「それとも……帰れないの?」

 そこでジョージがぴたりと足を止めた。ハーっと大きく息を吐き出してから、観念したようにはなを振り向く。
「大丈夫。僕はいつでも帰れるんだ。帰ろうと思えばね」
「じゃあ……帰りたくないの?」
 前に会った時と同じ、何だか寂し気で、哀しそうに見える彼の眼差し。その目を真っ直ぐに見つめて、はなが問いかける。すると明らかに狼狽えていたジョージの眼の光が、心なしか、少し柔らかくなった。

「心配してくれるの? 僕は、あんなに君を傷付けたのに」
「それは……私だって、酷いことしたし」
「そうだった?」
「せっかく持って来てくれたお花、ぐちゃぐちゃにしちゃった……」
 俯くはなの頭上から、穏やかな声が降って来る。
「気にしなくていいよ。花は、いつかは散るものだ」
「でも! ……あれ?」
 勢い良く頭を上げたはなは、驚いて辺りを見回した。

 灌木に囲まれた、緑豊かなその場所に立っているのは、はなただ一人。ジョージの姿は、どこにもない。
「また、消えちゃった……」
 小さな声でそう呟いてから、はなはしゃがみ込んで、足元に咲いている小さな花を見つめる。
「ねえ。やっぱり未来に、帰りたくないの?」
 不意に一陣の風が吹いて、小さな花が盛大に揺れる。
「もう……「またね」って、言ってくれないの?」
 裏庭はしんと静まり返っていて、はなの問いに答えてくれる者は、誰も居なかった。


   ☆

436一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:48:29
「……はな? ねえ、はな!」
 教室の自分の席で、頬杖をついて窓の外を眺めていたはなは、ほまれの声で、ようやく我に返った。ほまれの隣には、心配そうにこちらを見つめるさあやの姿もある。
「ご、ごめん……何?」
「次、音楽でしょ? 早く移動しないと遅れるよ?」
「めちょっく!」
 慌ててバタバタと支度を始めるはなに、ほまれは何か言いかけて口をつぐむ。そしてそっと、さあやと目を合わせた。

 今日の音楽の授業は、合唱の練習だった。まずは先生のピアノに合わせて、メロディパートを全員で歌ってみる。
 軽やかな前奏に続いて、皆が一斉に息を吸い込み、歌い出す。まだ少し音がバラバラだけど、クラス全員で一緒に歌うと、ちょっとした高揚感と、少し気恥ずかしい嬉しさを覚える。

(でも……ルールーが居た未来には、音楽が無いって言ってたよね……)

 はなの視線が下を向き、教科書を持つ手が僅かに下がる。
 ルールーが居た未来。それはすなわち、ジョージが居た未来でもある。

(そして……あの人が帰りたくない未来でもあるのかな)

 そう思った時、ジョージが語った言葉の数々が、走馬灯のように蘇って来た。

――でも……君は、人間が悪い心を持ってないと言い切れる?
――二人で生きよう。傷付ける者のいない世界で……!
――明日など要らぬ! 未来など!

(どれも哀しい言葉……。そうだ、なんで気付かなかったんだろう。わたしにとっては未来でも、あの人にとって、それは……)

――僕の、時間は……もう動くことはない。

 はなの両手が、小刻みに震え出す。
 脳裏に浮かぶ、独りぼっちでのお弁当。クラスメイトたちの、突き刺さる視線。そしてあの時止まってしまった、友達のえりとの時間――。
 逃げるようにラヴェニール学園に転校した時、彼女との時間は、もう動くことはないと思っていた。でも仲間たちの励ましで、その時間はようやく動き始めた。

(それなのに、わたしは……わたしは、あの人を……)

 皆の歌声が高まる中、バサリ、とはなの手から教科書が落ちた。

「はな! どうしたの?」
 隣に居たさあやが驚いて問いかける。自分の身体を掻き抱くようにして震えているはな。その肩を、反対隣からギュッと抱き締めて、ほまれが落ち着いた声で言った。
「先生! 保健室に行って来ます」
「わ、わたしも行きます!」
 もうすっかり歌どころではなくなった級友たちのざわめきに見送られ、さあやとほまれに抱えられて、はなは廊下に出た。



「ごめん、心配かけて」
 保健室のベッドで横になっていたはなが、すまなそうに口を開いた。身体の震えは治まって、青白かった頬にも、ようやく赤みが戻ってきている。
「朝から様子がおかしかったけど、ずっと具合、悪かったの?」
「そうじゃないけど……昨日、あんまり眠れなかったから」
 さあやの問いに、そう答えながら起き上がろうとするはなを、ほまれが優しく押しとどめる。
「まだ寝てなきゃダメだよ」
「ありがとう。でも、ホントにもう大丈夫だから」
 弱々しい笑顔で小さくかぶりを振ってから、はなはベッドの上に身を起こした。
「少し話、いい?」
 さあやとほまれが、そっと目と目を見交わしてから、両側からはなを支えるようにして、三人並んでベッドに腰かける。

「実はね。昨日、あの人に会ったの」
「あの人って?」
「クライアス社の……ジョージ・クライに」
 さあやが、えっ、と小さな声を上げ、ほまれは険しい表情ではなの顔を見つめる。
「じゃあ、それで何か怖い目に遭って……」
「ううん。向こうも、わたしにバッタリ会って驚いてたみたいで……少し話したら、居なくなっちゃった」

437一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:49:05
「未来に帰ったんじゃなかったんだ……」
 さあやの呟きに、はなが顔を曇らせる。そして、昨日のジョージとのやり取りを一通り話してから、視線を膝の上に落したまま、ポツリ、ポツリと、言葉を押し出すような調子で言った。
「未来では、時間が止まる。だからその前に……破滅に向かう前に、時を止めたい――前に、ジョージさんからそう聞いた時にね。わたしは、それでも未来を信じる、みんなの未来を守りたい、って強く思った。その気持ちは、今も変わらないんだ。でも……」
 そこではなが、考え込むように言葉を切った。はなたちのクラスの授業だろう。ピアノの音と歌声が、静まり返った保健室に微かに聞こえる。

「あの哀しそうな目……。人類の未来は破滅に向かっているから――本当にそれが理由で、あの人はあんな哀しそうな目をしてたのかな」
「どういう意味?」
「人類の破滅とか、そんな大きな問題じゃなくて……あの人自身の時間を止めてしまう、何かとっても……立ち直れないような、とってもとっても辛い出来事が、あの人の過去にあったんじゃないのかな、って」

「あの人の、過去……。そうか、わたしたちにとっては未来だけど……」
「ジョージ・クライにとっては、過去ってことだね」
 さあやの呟きに、ほまれも続く。そんな二人に、うん、と小さく頷いてから、はなは膝の上に置いた手を、ギュッと握った。声と身体が震えそうになるのを抑えるように、強く強く拳を握る。

「あの人が、なんであそこまで未来を怖がっていたのか。それが不思議だった。でもわたし……それをちゃんと、聞いてあげられなかった……」

「そんなことない! はなは、ジョージ・クライと向き合ったじゃん。必死で説得しようとしてた!」
「うん、説得しようとした」
 思わず勢い良くはなの方に向き直ったほまれが、静かに頷いたはなの言葉に、ハッとしたように目を見開く。

「説得しようとしか、してなかった。わたし、自分のことで頭が一杯で、自分の言いたいこと、ばっかり言ってて……」
 はなの両手が再び、ギュッと握られる。
「わたし……あの人の話を、ちゃんと聞いてあげられなかった。未来の時間を止めたいと思うほどの、どんな辛いことがあったのか。一番応援しなきゃいけない人を、応援してなかった」
 俯いて小さく身体を震わせるはなと、そんなはなを言葉もなく見守るさあやとほまれ。その時、まるで遠い世界の出来事のように、保健室に終業のベルが響いた。


   ☆


 次の日は土曜日だった。いつもより少し遅めの朝ご飯を食べ、身支度を整えたはなが、玄関にある大きな鏡の中の自分と向き合う。
 一晩考えて、やはりもう一度、ジョージに会おうと決めた。いつも偶然――いや、もしかしたら向こうが会いたいと思った時にしか、会うことのなかった人。でも今度は自分の方から、彼に会いに行く。会って、自分の気持ちをちゃんと伝えるために。自分がやるべきことを、ちゃんとやるために。

「フレ、フレ、わたし。頑張れ、頑張れ、オー!」
 両手を握り、小さな声で鏡の中の自分を応援する。玄関のドアを開いて表に飛び出すと、はなの目の前に、二人の人物が立っていた。

「さあや……ほまれ……!」
 一瞬キョトンとしたはなの表情が、ぱぁっと明るくなる。
「気になって、来ちゃった」
「前にもこんなこと、あったね」
 駆け寄る一人と、迎える二人。彼女たちはお互いの顔を見つめて、嬉しそうに笑った。



「こういう時は、ビューティー・ハリーのありがたみが分かる気がするよね〜」
 颯爽とブランコを漕ぐほまれが、サバサバとした調子で言う。もしこの場にハリーが居たら、「こういう時だけか!」とすぐさまツッコむ場面だろう。
 三人は、近くの児童公園にやって来ていた。まだ比較的早い時間だからか、幸い三人以外に人の姿は無い。

「わたし、もう一度あの人に会ってみようと思うんだ。何が出来るか、そもそも会えるかどうかも、分からないけど」
 隣のブランコに座ったはなが、自分に言い聞かせるような調子で言う。それを聞いて、ほまれは小さく微笑んだ。

「ねえ、はな。わたしが跳べなかった頃のこと、覚えてる?」
 さらに勢いをつけてブランコを漕ぎながら、ほまれがはなに語りかける。
「わたしがもう一度跳びたいと思ったのはね。はなの姿を見たからなんだよ」
「えっ?」
「正確には、キュアエールの姿を見たから、かな」

438一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:49:37
 ほまれははなの方を見ずに、前を向いたままで言葉を続ける。
 大きな敵に、いつも真っ向から挑んでいくプリキュアの――エールの姿が眩しかった。自分ももう一度、あんな風に跳びたい。怪我をして、跳ぶのを諦めてから、初めて強くそう思った――。

「だからさ。きっと無駄なんかじゃないんだよ」
 漕ぐのを止めて、揺れが小さくなったブランコに、ほまれが長い足でブレーキをかける。
「ジョージ・クライに何があったのかは分からないけどさ。でも、絶対に諦めないエールの――はなの姿を見せられたことは、無駄なんかじゃないって、わたしは思う」
「ほまれ」
 少し照れたように、こちらを見ずに話すほまれの顔を見上げて、はなが目を潤ませる。その目の前に、今度はさあやが、持っていたタブレットの画面を差し出した。

「これって……」
「こっちがクラスペディア。そしてこっちがソリダスター。どちらもジョージさんが、はなに贈った花だよね?」
「うん……」
 コクリと頷くはなに、さあやはその細い指で、画面のある一点を指し示す。

「見て欲しいのはね、ここなんだ」
「花言葉? ああ、それは……えっ?」
 はなが驚いたように、さあやの手からタブレットを受け取ってじっと見つめる。
 クラスペディアの花言葉は、「永遠の幸福」。ソリダスターは、「永遠」。だが、花言葉はそれひとつきりでは無かった。どちらの花にも、それ以外の花言葉もあると記されている。

「クラスペディアは、「心の扉を叩く」。ソリダスターは「振り向いて下さい」。ね? 花言葉も、人の気持ちも、ひとつだけってことは無いと思う」
 そう言って、さあやははなの肩を、そっと両手で抱き締めた。ブランコから降りたほまれも、そんな二人に寄り添う。

「大丈夫。応援したいってはなの気持ち、きっと伝わるよ」
「応援に、遅すぎることなんて無いよ。それはわたしが、一番よく知ってる」
「さあや、ほまれ……ありがとう!」
 はなは、目を閉じて二人の親友の温もりを全身で感じてから、今度は力強く、うん、と頷いた。



 その後、三人はジョージ・クライを探して街を走った。以前、彼を見かけた場所に、片っ端から足を向ける。
 はぐくみタワー、ハグマン、つつじ公園。はながジョージの似顔絵を描いて、道行く人に、似た人を見かけなかったか尋ねてみる。だが、彼を見た人は一人も居なかった。

 やがて、公園の池のほとりを訪れた時、はなが、あっ、と叫んで空を見上げた。
「そうだ……。あの時、雨が降って来て、そして……」
 はなが突然、くるりと踵を返して走り出す。池を後にし、緑豊かな広場の真ん中を駆け抜ける。向こうに見えてくる小さな東屋。その片隅にポツンと座っている人影を見つけて、はなの足が止まった。

 ベンチに座る後ろ姿は、紛れもなくジョージ・クライ、その人のもの。息を弾ませてその姿を見つめるはなの肩に、彼女を追って走って来たさあやとほまれが、そっと手を置く。
「はな」
「フレ、フレ」
 はぁっと大きく深呼吸をしてから、はながゆっくりと歩き出す。そして、所在なげに空を眺めているその人の隣に、そっと座った。

「やぁ。また会ったね」
 今度はジョージも、驚いた様子は見せなかった。いつもの穏やかな、そしてやはり哀し気に見える瞳ではなを見つめてから、ゆっくりと立ち上がる。
「ダメだね。つい、来たことのある場所にばかり足が向いてしまう」
「わたしも、もしかしたらここかなって……何となくだけど」
 そう言いながら、はなもベンチから立ち上がる。そしてジョージの背中に向かって、勢い良く頭を下げた。

「ごめんなさい!」
「何故君が謝るの?」
 これには流石に驚いた顔で、ジョージがはなの方に向き直る。だが、続くはなの言葉を聞いて、その視線は再びはなから離れた。

「ねえ。あなたはやっぱり、未来に帰りたくない訳があるんだよね。私、自分のことばっかりで、あなたの話、ちゃんと聞けなかった」
「そんなことはないよ。僕も君も、自分の描く未来を、思う存分語り合ったはずだ」
「そうじゃないの」
 再びはなに背を向け、空を見つめたままで語るジョージ。その後ろ姿を見つめて、はなは激しくかぶりを振る。
「私、気付いてた。笑っていても、あなたはいつも泣いているみたい。きっと、何かとっても哀しいことがあったんだよね?」

439一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:50:09
「それは……」
 春風が、ジョージの黒髪を揺らした。さらに語りかけようとして、はなはその肩が震えているのに気付き、口をつぐむ。
「それは……」
 いつの間にか、はなの目にも涙が盛り上がっていた。涙でぼやける彼の後ろ姿に、一歩、二歩、ゆっくりと近付く。そしてギュッと握られた彼の左手の上に、自分の左手をそっと重ねた。

「辛いことを、無理にしゃべらなくていいの。ただ……ごめんなさい。とっても遅くなっちゃったけど、あなたのこと、応援させて」
 そう言って、はながグイっと涙を拭う。そしてジョージから少し離れたところに立つと、両腕をぐるぐると振り回し始めた。

「フレー! フレー! ジョージさん! 頑張れ! 頑張れ! オー!」

「ハハハ……」
 じっと背を向けたままではなの応援を聞いていたジョージが、そう言っていつもの乾いた笑い声を上げる。だがその声は次第に、ごまかしようのない程の涙声に変わっていく。彼にゆっくりと近付いて、その身体を抱き締めるはな。彼は天を仰ぎ、子供のように泣きじゃくる。

 どのくらいの間、そうしていただろう。
「驚いたよ。僕が、プリキュアに応援される日が来るなんてね」
 しばらくして、そう言いながら振り向いた時には、ジョージの顔には薄っすらと、少し照れ臭そうな笑みが浮かんでいた。
「キュアエール。いや、はな。君の応援で、皆がアスパワワを発するようになったこと……今なら分かる気がするよ」
 そう言って、ジョージがあの時のように、はなの腕を優しく振り払う。
「またね……未来で」
 微笑みながら去っていく後ろ姿を、片時も目を離さずに見送るはな。ジョージの姿は、今度は不意に消えたりなどせず、少しずつ小さく遠ざかって、やがてはなの目から見えなくなった。


   ☆


 あっという間に春が過ぎ、若葉の季節がやって来た。あれ以来、はなはジョージに一度も会っていない。
「きっと、はなの応援をもらって未来に帰ったんだよ」
 さあやはそう言い、ほまれも笑顔で頷いた。きっとそうなのだろうと、はなも思う。いや、そうであってほしいと思った。

 やがて、制服のブラウスが長袖から半袖になる頃には、文化祭の準備もいよいよ盛り上がって来た。
 クラスごと、クラブごと、それに有志による出し物や模擬店。一貫校の特色を生かし、小学生から大学生までの幅広いキャストが出演する演劇をトリに置いた、バラエティに富んだステージイベント。その中には、中学生になったえみると、はなの妹・ことりも出演するミニコンサートもある。
 スケートリンクでは、若宮アンリの振り付けで、ほまれを中心としたスケート選手たちによるアイスショーが行われることになっていた。
 多種多様な企画をひとつのお祭りとして成功させるために、さあやを含む生徒会の役員たちは、連日の打ち合わせに余念がない。
 はなの方は、たこ焼き屋のおじさん監修の元、クラスのみんなで屋台を出すことになった。今は、生徒たち以上に大張り切りのおじさんによる、厳しい修行の真っ最中だ。

 はなが、文化祭実行委員であるクラスメイトたちと一緒に再び大学を訪れたのは、そんなある日のことだった。この校舎に研究室を構えるドクター・トラウムから、文化祭に役立ちそうな発明品があるからと、実行委員会に連絡があったのだ。

 この前来た時とはまるっきり逆の方角にある正門から、大学の敷地に入る。入ったところで見知った顔に出会って、はなは目をパチパチさせた。
「……えみる? なんでここに?」
「は、はな先輩!?」
 中等部の制服姿のえみるが、目の前でワタワタと慌てふためく。
「えっと……ちょっと、所用がありまして……で、では、おさらばなのです〜!」
 逃げるように走り去っていく後ろ姿を、ポカンと見つめるはな。と、その時。
「よく来たね。さぁ、こっちこっち」
 記憶にある姿よりも、大分おとなしい身なりのドクター・トラウムが現れ、満面の笑みではなたちを手招いた。

「これが、千人分の注文を一度に受けられる接客ロボット。そしてこちらが、あらゆることを一分で説明できる案内ロボットだ。どうかね?」
「……す、凄いですね」
「……でも、千人分の注文って言われても、そんな量、模擬店じゃ作れませんし……」
「……なんか凄すぎて、文化祭に使うには勿体ないっていうか……」
 小型のロボットを前にして、まるで大好きなおもちゃの話をするように意気揚々と説明する大学教授に、中学生たちが目を白黒させる。

440一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:50:45
「それに、このロボットたちのバッテリーは、せいぜい五分が限界ですよ、ドクター。そうしょっちゅう充電が必要では、文化祭に使うのは難しいのではないですか?」
 不意に、新たな声が聞こえた。その声の主の姿を見て、はなが驚きに目を見開く。

(あの人だ……)

 白い開襟シャツに、はなが知っている髪型より短い黒い髪。専門書らしき分厚い本を小脇に抱え、背筋を伸ばした立ち姿――。
 それは未来から来たのではない、この時代に生きる、まだ学生らしいジョージ・クライの姿だった。

(そう言えばこの前会った時、「ここは僕の母校だ」って言ってたっけ)

 はなの視線に気付くはずもなく、ジョージがトラウムの隣の椅子に腰かける。
「私としたことが……。確かに君の言う通りだ。ああ、電力と同じくらい手軽に使えて、もっと強大なエネルギーがあれば、私の研究ももっとやりやすくなるのだがなぁ!」
「おっしゃる通りです」
 深々と溜息をつくトラウムに、ジョージが頷く。そして、緊張の面持ちで座っている中学生たちに、小さく笑いかけた。
「せっかく来てもらったのに、悪かったね」
 その声は、はなが知っている彼の口調と同じくらい穏やかで、その反面、はなが聞いたことのない明るさを伴っていて……。

(今はまだ、この人は哀しい目をしていないんだ……)

 心の中に、ゆっくりとひとつの想いが湧き上がって来た。雨が上がり、ゆっくりと空が明るくなっていく時のような、そんな希望に満ちた想いが。

(もし、今この人と友達になれたら……そうすれば、哀しい出来事が起こった時、わたしもそばに居られるかもしれない。独りじゃないって、抱き締められるかもしれない)

 自分の顔を、穴があくほど見つめているはなの視線に気付いて、ジョージが微かに怪訝そうな表情になる。次の瞬間、はなはサッと右手を挙げて立ち上がった。

「あの!」
「何だね?」
 今度はトラウムが、不思議そうな顔ではなに問いかける。その顔と、隣にいるジョージの顔に交互に目をやってから、はなはブンブンと腕を振り回しながら言った。
「ロボットは使えないけど……文化祭は、必ず来てくださいね。先生も、ジョ……お、おにいさんも。わたしたち、案内しますから!」

「おにいさん、か。初めてそんな風に呼ばれたな」
 一瞬、あっけにとられた顔をしたジョージが、そう言って楽しそうにハハハ……と笑い出す。
「ありがとう。君は、素敵な女の子だね」
 記憶の中のジョージの声と、目の前のジョージの声が重なる。不意に涙が出そうになるのを何とか堪えて、はなはにっこりと、心から嬉しそうに笑った。

 ラヴェニール学園の上に、初夏の日差しが降り注ぐ。それはまるでアスパワワのようにキラキラと輝いて、若者たちの明日を、静かに応援していたのだった。

〜終〜

441一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:51:17
以上です。どうもありがとうございました!

442そらまめ:2019/05/24(金) 18:42:15
こんばんは。投下させて頂きます。
「バイト始めました。」8話目です。
タイトルは、「バイト始めました。はち」です。

443そらまめ:2019/05/24(金) 18:42:52
読書はいいものだ。現実という抗えない物語から別の世界へと連れて行ってくれる。
物語はいいものだ。読む本によるが、ハッピーエンドを好む自分は物語の人物に憧れる。救いがあって、人間の本来持つべき良心を感じることができる。
現実は実に現な物語だ。見えたくないものまで見えてしまうのは、今の自分には辛すぎる。
よって、現実とはなんと酷な物語なのだろう。こんな現実なんて消えてしまえ。

「ねえ、本読んでるだけなのになんでそんな殺し屋みたいな目してるの…?」

若干引き気味の友人にそんなことを言われました。

図書館ていいものですね。静かだし。日常から離れられるような気がするから。
と、なんでここまで現実逃避したいのかといえば、座っているだけでもズキズキと主張してくる身体中の痣が、現実を突きつけてくるからさ。
あれから一週間が経ちました。奴らは案の定、武器を手に殴りかかるという正義らしからぬ攻撃で情報を引き出そうとしてきます。最近、とあるネットのサイトでは、そんな攻撃をしていたという目撃情報がまことしやかにされており、一部の方々が狂喜乱舞しています。でも世間ではそこまで話題にはなっていません。なぜかはわかりませんが、そういったコメントをした人のアカウントが、その後二度とログインしないからです。その事実に気づいた時、深く考えてはいけないと心のシャッターが自動で下りました。
それはそうと、殴られるとつい声が出ちゃう系敵になってしまった自分ですが、大切なことは絶対に口には出さないと決めている。命にかかわるから。

「あ、アキさんだ! アキさーん」

なんだかどこかで聞いたこのあるような声がしたけど気のせいかな。だってここ図書館だし。あんな叫ぶような声だすはずないよね。図書館だし。

「あれ? 聞こえないのかな…アーキ―さーん」
「ら、ラブっ!! ここ図書館よ! 静かにっ!」
「あ、ごめんせつな!」
「だから声大きいっ!」

そんなあなたもだんだん声大きくなってますよ。とは言わないよ。常識をありがとうせつなちゃん。ラブちゃんはここが図書館じゃなきゃ褒めてあげたいくらいコミュ力高いね。静けさしかないところでも構わずに自分を主張できるその勇気。ところでアキさんて誰のことだろう。

「こんにちは。アキさんっ」
「こんにちは」

何やら二人が話しかけてきた。周りをきょろきょろしてみたけど自分と友人①しかいない。ということはやっぱり自分?

「えーと、アキってもしかして…」
「はいっ! この前お母さんに名前聞いたので、こうきゅっと凝縮してみたらアキさんになりました!」

どうして名前をきゅっとする必要があるのかな? その理論でいくとラブちゃんはモブちゃんになるんだけどいいのかな。全然モブっぽくないんだけどな。むしろそのコミュ力なら主役になれちゃうよ。

「…まあいいか。それより二人はなんでここに?っていっても図書館だから本を借りるか勉強目的?」
「いえ!ちょっと買い物にきたんですっ」
「ホントになんでここに来たの…?」
「いえ、違うんです。買い物のついでに借りたい本があって寄ったんです」
「ああ、そういうこと」
「あと、随分前なんですけど、シフォンを助けてくれたこともお礼言わなきゃって思ってたんです」
「シフォン…? ああ、あの呪いの人ぎょ…じゃなかった、ぬいぐるみね。そういえばそんなこともあったっけ。言われるまで忘れてたよ」

そういえばそんなイベントもあったな。完全に忘れてたけど。
せつなちゃんに怒られ笑いながら謝るラブちゃん。平和な光景につい頬が緩む。こういう日常を壊しかねないことをしてると思うとなけなしの良心も痛むってもんですよね。
なんてね。日常を壊す前にプリキュア達に身体を壊されてる自分は敵として不釣り合いってとこですかね。体力の限界を感じて引退するアスリートの気持ちが今ならわかる。
あれ、いつのまにスポーツ選手になったのかな自分は。まあ一種の競技みたいなもんだからね。競技というよりは格闘技だけど。

律儀にもこの前の勉強のお礼をしてくれたラブちゃん。点数よかったんだってさ。なんか教えたとこが確認テストに全部でたみたいで。完全にまぐれです。友人①は自分が人に教えることができたのかと驚いていた。失敬な。
ラブちゃんとせつなちゃんは本を借り(借りたのはせつなちゃんだけだけど)家に帰っていった。また勉強教えてくださいと言われて「もちろん」と返さず「時間があったらね」と返事をした自分は人見知りだと思います。

444そらまめ:2019/05/24(金) 18:43:23

―――一週間前。

とある部屋の一室に、同年代の少女4人が机を囲み座っていた。各々下を向き、ある者は両手で顔を覆い、ある者は両肘を机につけどこかの司令官みたいな態勢で目を閉じ、またある者は両手を太ももに置き正座で、ある者は机下にいるイタチのような生き物の耳を親指と人差し指でふにふにとしていた。
会話の無い重い空気の中、一人の少女が口を開く。

「ねえ、アタシ達って正義の味方よね…?」
「うん…プリキュアだからね…」
「アタシ最近わからなくなる時があるのよね…あれ、自分今なにしてるんだろうって…」
「あ、それわかるよ美希ちゃん。なんでこんなことしてるのかなあって思う時ある」
「なんかさ、違う気がするんだよね。ほら、今までこんな悩むことなかったじゃん? 中学生にして正義について悩む時がくるなんて思いもしなかったよあたし」
「私も、プリキュアになって戦ってるはずなのに、たまにラビリンスを思い出す時があるのよね…既視感みたいな…」
「ダメだと思うのよねさすがに」
「そう、だよね…」
「うん。わかってはいるんだけど…いざ戦うってなると一番効率がいいかなって思っちゃってつい…」
「だからといってやっていいかと言われるといいともダメとも決まってはいないことだけど、人道的にはちょっとよくないわよね」
「でも、それで今の状況がわかるなら、それも仕方ないことかもしれないわみんな。ラビリンスがどういった作戦できているのかわからない以上、こちらもできることはするべきだと思う。それが今後の戦いの鍵になるかもしれないなら、とるべき行動の一つとして考えるべきだと思うの」

いくら話し合っても、今のやり方以外のいい方法が思い浮かばない。
そして行き着く先はやはり…


「いっいたいっ!! ほんともうやめてっ!! 痣だらけなんだよほんとにっ!」
「いや、アタシたちも好きでやってるわけじゃないのよ?」
「ちょっと目的とかあなたのこと教えてくれるだけでいいの」
「ほら、言っちゃえば楽になるよ?」
「いや、どこのヤクザだよっ?! 言ってること完全にアウトだろっ!! ぶぁっっ!」




なんて言葉を最後に浄化された。
今回もなんとか情報は吐かずに終われた。代償は大きなものだったが。鏡を見て驚愕。ついに顔まで殴られた。今までは見えないとこに痣つけられるくらいだったのに。そういえば顔にスティック当たった時「あっ」みたいな声聞こえた気がする。気のせいかもだけど。
顔に湿布はっとこ。ああ、傷だらけだよほんと。
いつまでこんなこと続くんだろ。バイト辞めるまでかな。辞めますって言い辛いんだよなあのおじさんの声。なんか圧を感じるし。となるとプリキュアが諦めるまで?諦めるって言葉あの子らの辞書には載ってなさそうなんですけど。先は長そう…



「あー今回もやっちゃったね…」
「わたし間違えて顔に当てちゃった…」
「どんまいブッキー、でもなんかもう関係ないよね。いたるとこ殴ってるし」
「全然言ってくれないわね。いつまで続ければいいのかしらこれ」
「あっちが折れて色々話してくれるまで?」
「先は長そうだね…」

結局何事もお話(物理)しないと始まらない。という結論で幕を閉じたプリキュアチーム。

結局あっち(プリキュア)が飽きるまで続くんだろうとこっちが諦め始める敵チーム(一人だけど)。

445そらまめ:2019/05/24(金) 18:46:53
以上です。
ありがとうございました。

446名無しさん:2019/05/25(土) 09:06:24
>>445
バイト君、何だかどんどん可哀想なことにw
そろそろ彼の辛さが通じますように。

447名無しさん:2019/12/01(日) 10:35:54
プリキュアシリーズ、第17弾のタイトル発表がありましたね!
「ヒーリングっど💛プリキュア」
ヒーリングというと、スマイルのレインボーヒーリングを思い出してしまうのは私だけ?
何はともあれ、プリキュア続いて良かった!
新シリーズも、佳境に入ったスタプリの今後も楽しみだぞ。

448名無しさん:2019/12/03(火) 00:22:04
ヒール・・・癒す
キュア・・・治す

449名無しさん:2020/03/16(月) 23:38:01
>>183の続き
いちか・・・下等生物
ひまり・・・塾生
あおい・・・剛毛
ゆかり・・・愛人
あきら・・・ギャランドゥ
シエル・・・レズビアン
はな・・・クソすべり社長
さあや・・・男性脳
ほまれ・・・るろうに剣心
えみる・・・薬物疑惑
ルールー・・・オイルだだ漏れ
ひかる・・・大根足
ララ・・・歯みがき星人
えれな・・・肉食系
まどか・・・デジャヴ
ユニ・・・上坂すみれ

450運営:2020/04/09(木) 20:52:00
こんばんは、運営です。
「オールスタープリキュア!イマジネーションの輝き!冬のSS祭り2020」、ロスタイムも含め多くのSSを投稿下さり、どうもありがとうございました!
お陰様で今年も楽しいお祭りになりました。
競作スレッドを過去ログ倉庫に移しましたので、競作SSの感想・コメント等は、今後はこのスレにてお願い致します。
通常モード(?)のSS投下も、いつでもお待ちしております!

451名無しさん:2020/04/18(土) 15:41:14
猫塚さんの作品への感想です。
なんか、ドキドキしました。まどかのホニャララを目の前に、えれながホニャララしちゃうなんて、凄い発想だなって。。。ドキドキしました。
来年も楽しみにしています!

452名無しさん:2020/04/21(火) 16:54:56
コロナで休校中、プリキュアの皆様は自宅で何をしているのか、想像してみた

なぎさ・・・食べて寝る、の繰り返し
ほのか・・・実験中、畳の一部を焦がす
ひかり・・・手作りマスク作りまくり
咲・・・筋トレしすぎてムキムキに
舞・・・絵を描きすぎて腱鞘炎に
満・・・薫を止める準備
薫・・・みのりを不安にさせるコロナを憎み、中国の方角を睨み続ける毎日
のぞみ・・・食べて寝る、の繰り返し
りん・・・花の世話しまくり
うらら・・・一人芝居上達中
こまち・・・羊羹を食べてコロナを撃退キャンペーン中
かれん・・・それなりに規則正しい生活
くるみ・・・のぞみへの文句を言いまくる毎日
ラブ・・・せつなとイチャラブ
美希・・・筋肉質になる
祈里・・・鼠や蝙蝠は美味いのかどうか気になってしょうがない
せつな・・・ラブとイチャラブ
つぼみ・・・植物の世話しまくり
えりか・・・部屋がヤバイことになっている
いつき・・・女子力上昇中
ゆり・・・消息不明
響・・・両親のセッションを連日聴かされ、ノイローゼに
奏・・・少しずつ太ってきている
エレン・・・音吉さんの本を読み漁る毎日。今後が懸念される
アコ・・・毎日、違った眼鏡をかけている
みゆき・・・食べて寝る、の繰り返し
あかね・・・上沼恵美子のおしゃべりクッキングが唯一の楽しみとなる
やよい・・・オタ度に拍車が掛かっている
なお・・・弟達の面倒を見続けて、体力が上昇し、学力が低下している
れいか・・・道について考えすぎて、おかしな方向に行っている
あゆみ・・・ゲーム三昧
マナ・・・六花によって柱に括り付けられる
六花・・・勉強しすぎてゾンビと化す
ありす・・・シェルターに避難中
真琴・・・ボイトレしまくって歌唱力上昇中
亜久里・・・レジーナとド突き合いのケンカの毎日。さながら、小動物同士の小競り合い
めぐみ・・・下っ手クソな手作りマスクを、ひめに駄目出しされる毎日
ひめ・・・少しずつ、大きくなってきている
ゆうこ・・・明らかに大きくなっている
いおな・・・マスクの値段を見て、舌打ちをする
はるか・・・ゆいと、変な遊びを思いつく
みなみ・・・会社が傾いてきている
きらら・・・インスタに色々あげている
トワ・・・ダンス沼にハマる
みらい・・・コロナに掛かって療養中
リコ・・・コロナに掛かって療養中
ことは・・・コロナに掛かって療養中
いちか・・・空手上達中
ひまり・・・勉強しすぎて右手の下が真っ黒になる
あおい・・・アホほどギターが巧くなっている
ゆかり・・・あくびばっかりしている
あきら・・・悶々としている
シエル・・・ビブリーとイチャラブ
はな・・・ルールー遊び
さあや・・・DIY三昧
ほまれ・・・インスタ三昧
えみる・・・色々心配しすぎて、遂にオカシクなる
ルールー・・・はなに弄ばれる毎日
ひかる・・・実は誰よりも地球の状態を客観的に把握していたりする
ララ・・・頭の触角で遊んでいたら、ほどけなくなった
えれな・・・少し色が白くなった
まどか・・・ダーツ沼にハマる
ユニ・・・マスクを高額で売っている連中からマスクを奪い、無料で配っている
まどか・・・マスク作りまくり
ちゆ・・・ダジャレノート(力作)が間も無く完成
ひなた・・・うっかり、ニャトランのオチ〇チ〇を指で引っ掻いてしまい、凄く怒られて、凹み中

453名無しさん:2020/04/21(火) 21:26:40
>>452
これ癒されるわ〜。
ゆりさん消息不明で噴いたw
あと、まどか→のどか でっせ。

454名無しさん:2020/04/21(火) 21:38:09
>>453
キュアップ・ラパパ! コロナよ、あっちへ行きなさい!

455名無しさん:2020/04/21(火) 22:26:51
のどか役の悠木碧さんは、魔法少女まどか☆マギカの鹿目まどか役だから、間違えたんだろう、きっと。

456名無しさん:2020/04/22(水) 17:38:39
魔法少女のどか☆マギカ草

457名無しさん:2020/04/28(火) 17:04:30
猫塚さんに続き、ドキドキ猫キュアさんの作品への感想です。
直感で書いてるというか、即興的で、スリリングな読み味でした。
あと、顔文字とか使ってて面白いなと思いました。
(某書き手さんの影響を受けているような・・・?)
来年も楽しみにしています。

458名無しさん:2020/06/25(木) 23:59:13
想像してみたPART.2

なぎさ・・・靴下は自分で洗濯することに決めた
ほのか・・・小火(ぼや)を出す
ひかり・・・タコ焼き器を使わずとも、まん丸いタコ焼きが作れるようになった
咲・・・球速150キロメートル
舞・・・「バンクシーって、スマホの画像を見ながら絵を描いてるんじゃないかしら…?」
満・・・みのりに、うまく説明している
薫・・・何故か、香港のデモに参加している
のそみ・・・こまちの店の手伝いをするようになってから、太った
りん・・・肥料と会話できるようになった
うらら・・マリー・アントワネットとジャンヌ・ダルクの霊が、日替りで憑依するようになった
こまち・・・アマビエを模した和菓子がバズッて、笑いが止まらない
かれん・・・こまちの店の手伝い
くるみ・・こまちの店の手伝い中、のぞみの悪行を目撃する
ラブ・・・政治に興味を持ち出す
美希・・・ケツが馬みたいになっている
祈里・・・美希ケツを見ると、変な気分になっちゃう
せつな・・・スーパーシティ法がスピード可決したニュースを見た辺りから、体調を崩す
つぼみ・・・土と会話できるようになった
えりか・・・コフレを拘束・監禁して、プリキュアの浄化の力を使って部屋を掃除した
いつき・・・コスプレに目覚める
ゆり・・・謎の大金を持って帰宅後、毎日、写経をしている
響・・・ジョギングしていたら迷子になって、今、パキスタン辺りをウロウロしている
奏・・・馬みたいなケツになっている
エレン・・・いつまで経っても10万円が振り込まれないのて、仕方なく音吉さんの本をブックオフで売って、資金難をしのいでいる
アコ・・・竹馬のギネス記録を達成する
みゆき・・・大人の階段をのぼり始める
あかね・・・上沼恵美子のおしゃべりクッキングのエプロンを着けて、毎日、鏡の前でポーズをとっている
やよい・・・男性になる夢を見る
なお・・・母乳が出るようになった
れいか・・・カレーライスの御飯の位置を右にするか左にするかで、兄と喧嘩する
あゆみ・・・「甲子園はEスポーツでやればいいのに…」と思っているとか、いないとか
マナ・・・環境相を浄化してあげたい
六花・・・医療従事者を励ます為に、空を飛んでいる
ありす・・・1,000,000,000,000円を寄付
真琴・・・医療従事者を労う為に、歌をうたっている
亜久里・・・おばあ様に、六角形の孔(あな)が沢山あいたクッションをプレゼントする
レジーナ・・・亜久里の下着を全て、セクシーなデザインのものにスリ替えるという、手の込んだイタズラをする
めぐみ・・・今更ながら、アンラブリーの喋り方にツボる
ひめ・・・激太り
ゆうこ・・・大森弁当がバズッて、笑いと涎が止まらない
いおな・・・姉と瓜二つになった
はるか・・・頭からキノコが生えた
みなみ・・・消息不明
きらら・・・トワのマネージャーになりつつある
トワ・・・ダンス動画をインスタにアゲ続けていたら、フォロワー数が世界一になった
みらい・・・テレ朝本社前を、よく箒で掃いている
リコ・・・インフルエンザに掛かって、療養中
ことは・・・国に帰った
いちか・・・父を超えた
あおい・・・指を切った
ひまり・・・背が伸びた
ゆかり・・・乳がデカなった
あきら・・・声が低くなった
シエル・・・おでこが広がった
はな・・・前髪が無くなった
さあや・・・電動ドリルを使っていたら、手を怪我した
ほまれ・・・恋をした
えみる・・・ライブ映像を配信している
ルールー・・・自身が絶対にコロナに掛からない事に悩んでいる
ひかる・・・地球と会話できるようになった
ララ・・・科学に疑問を抱く
えれな・・・プランターと会話できるようになった
まどか・・・納豆の混ぜ方を巡って、父と喧嘩する
ユニ・・・手作りマスクの内側の素材として用いるべく、アベノマスクを回収している
のどか・・・仔馬みたいなケツになっとる
ちゆ・・・ダジャレノートにココアをこぼす
ひなた・・・ニャトランの為に、貞操帯を作ってあげた(牛乳パックで)

459名無しさん:2020/06/27(土) 22:09:36
>>458
馬みたいなケツってどんなケツだw

460名無しさん:2020/06/29(月) 00:45:55
>>459
岡部友みたいなケツかと

461一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:18:56
おはようございます。
久々のSSの投稿です。10日以上遅れてしまいましたが、フレッシュで七夕のお話。
3レスお借りします。

462一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:19:29
「なぁ、サウラー。ちょっと気になることがあるんだが」
 バタン、とドアが開く音と、それと同時に聞こえて来たウエスターの声に、イースはハッと我に返った。この世界の情報収集のため、いつものようにこのリビングで本を読んでいたはずが、少しの間意識が遠のいていたらしい。
 あのカードを使うようになってから、戦闘が終わってもダメージが一向に消え去らない。こんな痛みや疲れなど早く払拭して、次こそメビウス様のご命令を果たさなくては――そう思いながら、慌ててソファの上で居住まいを正したところで、眉間に皺を寄せてこちらを見ているウエスターと目が合った。

「何? 私に何か用なの? ウエスター」
「いや……そうではないが……」
「それで? 気になることって何だい?」
 イースに切り口上に問い詰められて言い淀むウエスターに、折り良くサウラーが声をかける。ウエスターはこれ幸いとサウラーの方に向き直った。

「おお、実はだな。この館の前の森に、何やら他とは違う雰囲気の木が――ほら、緑色の細長い木が、たくさん生えている場所があるだろう? あそこに今日、やたらと人が集まっていてな」
「……一体どこのことだ?」
 サウラーが首を傾げながら、部屋に備え付けられているモニターを起動させる。館の周りの森の映像を少しずつ動かしていくと、ウエスターが「ここだ!」と言いながら画面を指差した。
 モニターに映っているのは、森の外れの一角にある竹林だった。夏でも涼し気に見えるその場所に、ウエスターの言う通り、何人もの人影がある。どうやら皆、手に手に刃物を持って、竹を切り出しているらしい。

「あんな細い木、一体何に使うんだ?」
「そう言えば、この国の歴史書で読んだことがあるよ。大昔はあの竹とか言う植物で、槍を作ることもあったらしい」
「何っ!? じゃああの人間どもは、まさかその槍でナケワメーケと戦うつもりなんじゃ……」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 我慢できなくなって、イースは読みかけの本をバタンと閉じた。吐き捨てるようにそう言って、鋭い目で二人を睨み付ける。
「プリキュアどもに頼りきりのあんな弱い者たちに、そんな度胸があるものか」
 そう言いながらイースがゆらりと立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
「おや、お出かけかい?」
「おい、イース! 今日はもう休んだ方が……」
「うるさいっ! お前の指図は受けん!」
 ウエスターを大声でそう一喝してから、イースはバタンと後ろ手でドアを閉めた。



   赤の願い、綴れない想い



 東せつなの姿になって、森の中をゆっくりと歩く。
 最近は、館に居ても落ち着けないことが多くなった。ウエスターも、そしてサウラーまでもが、何かというと話しかけ、ちょっかいを出してくる。メビウス様の特命を果たすために、色々考えたいことがあるというのに……。

(貴様らにとやかく言われなくても、次こそ必ずご命令を果たす! そして……)

 心の中でそこまで呟いて、せつながブン、と頭を横に振る。

(……とにかく、黙って見ていろ!)

 一人になりたくて館を出てきたのは確かだが、別の理由もあった。ああは言ったが、やはりこの街の人間たちの行動が気になったのだ。

(まさか、サウラーが話していたようなことはないだろうが……)

 一瞬、ウエスターの話に出た竹林に行ってみようかと思ったが、街中に行った方がより彼らの様子がよく分かるだろう、と思い直す。その考えに間違いはなかったが――商店街に着いてみると、予想を見事に覆す光景が広がっていて、せつなは目を丸くした。

 商店街の店という店の軒先に、槍になるとは到底思えない、細くて柔らかい竹や笹が立て掛けられている。しかもそれらは、色とりどりの数多くの細長い紙切れで飾り立てられているのだ。中には紙切れだけでなく、丸い紙の輪を幾つも繋げたようなものや、紙で作った網のようなものも飾られている。
 色鮮やかな飾りを無数に付けた竹や笹が、風にさわさわと揺れている――その様子を、半ば怪訝そうに、半ば物珍しそうに眺めながら商店街を歩いて来たせつなは、飾られている紙にどれも文字が書いてあるのに気付いて、足を止めた。

463一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:20:05
 一枚を手に取って、その文字を読んでみる。途端にせつなの顔が、ほんの一瞬、不快そうに歪んだ。
 もう一枚。さらにもう一枚……。その笹についている全ての紙に目を通そうとするかのように、せつなは片端から手を伸ばす。そして手に取るごとに、その表情は次第に険しく、不機嫌そうなものになっていく。

――ピアノが上手になりますように。
――今年は遅刻をしませんように。
――新しいゲーム、買ってもらえますように。

(こんな紙切れに願いを書けばそれだけで願いが叶うなどと、この世界の人間たちは本気で思っているのか? こんなことまで人任せにして、能天気に笑っているのか……?)

「ふん……なんてくだらない」
 何だかモヤモヤするのが腹立たしくて、わざと声に出してせせら笑ってみる。その声がやけに掠れて、余計気分が悪くなった。
 不思議なことに、紙に書かれた言葉に少しだけ見覚えがあるような気がする。そのことが、余計せつなを苛立たせる。こんなくだらない言葉、今まで目にしたことなど無いはずなのに。

――高校に合格できますように。
――親友とずっと仲良しでいられますように。
――病気のお母さんが、元気になりますように。

 気分が苛立っているためか、鼓動が速い。何だか少し息も苦しい。大きく深呼吸すると、今読んだ紙切れたちが、せつなを嘲笑うかのように、一斉にひらひらとたなびいた。
 鮮やかな色彩が目の前で渦を巻くように溶け合って――やがて世界がゆっくりと暗い闇に染まる。
 せつなの身体はずるずると崩れ落ち、風に揺れる七夕飾りの下に力無く倒れた。



 目を開けると、薄暗い天井が見えた。頭の下には薄べったいクッションのようなものがあてがわれ、身体には薄い布団が掛けられている。
「気が付いたかい?」
 跳ね起きたせつなに、少々ぶっきら棒な声がかけられる。
「暑さにやられたんだろ。ほら、これ飲みな」
 そう言ってペットボトルを差し出したのは、不機嫌そうな顔をした一人の老婆だった。華奢な身体つきで、差し出された手も皺だらけなのに、眼鏡の奥からこちらを見つめる眼差しは鋭くて、妙に威圧感がある。
「……いただきます」
 その眼光に気圧されるように、せつなはペットボトルを受け取ると、上品な手付きで蓋を開け、中身をひと口飲んだ。どうやら無味無臭の、ただの水らしい。途端に喉が渇いていたことに気付いて、ごくごくと飲み進める。
 冷たい水が、火照った喉に心地いい。一気に飲み干して思わず大きな息をつくと、老婆の目元がほんの一瞬、フッと緩んだ。と、その時。
「すみませーん」
 幼い声が、意外にもすぐ近くから聞こえた。

 声がした方が目を移すと、向こうに商店街の通りが見える。そして、せつなが居る部屋と通りの間のスペースには、左右に造り付けられた棚があり、その中に所狭しと、何やら様々な色や形の小さなものが置かれている。その棚と棚の間に、兄妹らしい二人の子供が立っていた。
「ちょっと待ちな! ――あんたはもう少しここで休んでな」
 老婆が子供たちに声をかけてから、せつなにそう言いおいて立ち上がる。
 見るともなく見ていると、子供たちは棚に置いてあったらしい品物をそれぞれ手に持っていて、老婆に小銭を渡している。それを見てようやくせつなは、ここがお店なのだということに気付いた。
 考えてみれば、商店街にあるのだから当然のことだ。だが彼らのやり取りは、それだけでは終わらなかった。

「あんたたち、七夕の短冊はもう書いたのかい?」
 老婆にそう声をかけられ、幼い兄妹が揃って首を横に振る。すると老婆はせつなが居る部屋に取って返して平べったい箱を手にすると、それを二人に差し出した。
「なら、好きなのを一枚ずつ選びな。願い事を書いたら、店の前の笹に吊るすんだよ」
「わかった!」
「ありがとう、おばあちゃん」
 おにいちゃんは何て書くの? などと話しながら、短冊と呼ばれた細長い紙切れを大事そうに手に持って、二人が店を出ていく。その後ろ姿を見送ってから、老婆が部屋に戻ってきた。

464一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:20:40
「短冊の願い事、あんたも書くかい?」
 老婆がそう言いながら、さっきの平べったい箱をせつなの目の前に置く。箱の中には、まだ字が書かれていない沢山の短冊が入っていた。紙の色は、青、赤、黄色、白、紫の五色だ。
「良かったら一枚選びな。昔は短冊の色にも意味があったそうだけどね、今は好きな色に好きな願い事を書けばいいのさ」

「願い事……だと?」
 さっきの能天気な願いの数々を思い出して、つい冷淡な口調になってしまった。それに気付いて、せつなが慌てて笑顔を作り、箱の中に手を伸ばす。
「あ……ああ、短冊ですか。紙に書いただけで願い事が叶うなんて、不思議ですね」
 アハハ……と引きつった顔で笑いながら、せつなは箱の中から一枚の赤い紙切れを手に取った。その様子を相変わらずいかめしい顔で見つめながら、老婆がゆっくりと首を横に振る。

「書いただけで願いが叶うわけないじゃないか。願い事を叶えるのは、自分だろ?」
「え? だって、短冊にお願いするんじゃ……」
「短冊は、七夕の空への――天の川への決意表明みたいなものさ」
「決意表明……なんでわざわざ」
「願い事は、目に見えないだろう? だから目に見えるように文字にすれば、心が決まって、それに近付けるんじゃないのかね」
 思わずぼそりと呟いたせつなに、相変わらずぶっきら棒な調子でこたえた老婆が、初めて少し頬を緩めてこう付け足した。
「みんな、何かが“できますように”って短冊に書くだろ? あれにはきっと続きがあるのさ。“できますように、頑張ります”とか“できますように、応援します”とか、そういう意味じゃないのかねえ」
 その途端――耳の奥に明るい声が蘇って来て、せつなは思わずハッと息を呑んだ。何故あの短冊の言葉に覚えがあったのか、やっとわかったから。

――せつながいつか、幸せをゲットできますように!

 首から下げたペンダントに、左手でそっと触れる。それは、このペンダントをくれた時、ラブが輝くような笑顔を見せながら言った言葉だった。

(ラブが私を応援……? 馬鹿馬鹿しい。それに、あれは私の願い事なんかじゃない。私の願い事があるとすれば、それは……)

「やっぱりまだ具合が悪そうだね。横になるかい?」
 老婆の声にハッと我に返ると、右手に持った短冊が、ブルブルと小さく震えていた。まだ胸の中に渦巻いている何かを瞬時に追い出し、何でもない風を装って、短冊を箱の中に戻す。そして老婆に向かって一礼すると、せつなは素早く立ち上がり、小さな店を通って商店街の通りに出た。
「ちょっとお待ち。もう少し休んでいかなくていいのかい?」
 老婆が慌てて後を追いかける。だが、老婆が店の外に出た時には、もうどこを探しても、せつなの姿は無かった。



「何だい、あの子は。大丈夫かねえ……あんな苦しそうな目をして」
 どっこいしょ、と言いながら再び部屋に上がった老婆が、ふと短冊が入った箱に目を留める。他の短冊と混じって、少し皺の寄った赤い短冊が――さっきせつなが持っていた短冊が、箱の中にふわりと置かれている。
 赤い短冊は、昔ながらの意味では、親や目上の者を慕い敬う気持ちを表す。そして無意識に選んだ短冊の色は、不思議とその人の願い事と関係が深いことが多いのだという。この赤は、あの少女の願い事と、関係があるのだろうか――。

 老婆は、何も書かれていないその短冊を手に取ると、再び外に出た。小さな身体で精一杯背伸びして、店の前に飾られた笹の葉のなるべく高い場所に、その短冊を吊るす。
「あの子の願い、どうか叶いますように……」
 赤い短冊は夏の風に吹かれて軽やかに舞い、笹の葉は数多くの願い事にその身をしならせながら、さらさらと涼やかな音を奏でていた。


〜終〜

465一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:21:14
以上です。ありがとうございました!

466運営:2020/07/23(木) 11:24:25
おはようございます。運営です。
ゾンリー様から、ことり&えみるの短編「True Relife」頂きましたので、代理投稿させて頂いた後、保管させて頂きます!
2、3レス使わせて頂きます。

467運営:2020/07/23(木) 11:25:23
「家出をするのです!」
 昼下がり、程よく暖房の効いた教室内でえみるちゃんは私――野乃ことりに話しかけてきた。
「……ほぇ?」
 眠たくなるような授業を終えたばかり。言葉の意味を理解するまで、数秒。
「……家出!?」
 思わず叫びかけた自分の口を咄嗟に塞ぐ。幸いにも一年A組の教室内は騒然としていて誰も気に止めていないようだった。
「と、とにかく放課後ゆっくり教えてよ」
 えみるちゃんの表情は決して「またまたー」と笑い飛ばせるようなものでなく、至って真剣だった。
 今日最後の授業は移動教室。もやもやした気持ちを抱えながら、私は誰もいなくなった教室に鍵をかけた。

 私たちが中等部に進学して八ヶ月。それなりにえみるちゃんの事を見てきたし、仲良くしていたつもりだった。
 一緒に勉強して、一緒におしゃべりして、時々歌の練習に付き合って……だから、あんな顔をしたえみるちゃんを見てるのは辛かったし、なんとかしてあげたいとは思う。
(思う……けど……)
 そんなことを考えてるうちに、えみるちゃんが中庭にやってきた。
「お待たせしたのです」
「ううん。気にしないで。……それで、どうしたの?」
 えみるちゃんは「二人だけの秘密」と前置きして、語り始めた。
「別に、学校が嫌になったとか、家族と喧嘩したとか、そういう訳じゃないのです。ただ……ぽっかりと穴が空いたような気がして」
 その穴がなんなのかは、考えずとも理解出来た。
「……」
 急に寒気がして、マフラーを首に巻く。冷たい風が吹いている中、えみるちゃんは防寒具も付けずに、ただただ虚空を見つめていた。
「それで、家出?」
「はい!もう家出するとお母様達にも言ってあるのです! 確固たる意思なのです」
「うん……うん?」
 確固たる意思。それは分かる。あれ?家出って家族に言うものだったっけ?
「……?……もしかして……家出ってこっそりやるものなのです!?」
「世間一般的にはそうだと思うけど」
「にゃんとおおおおおおおお!」
 そう驚くえみるちゃんを見て、私は表情を少しだけほころばせた。
(それでも……だよね)
 彼女が喪失感に苛まれているのは間違いない。何か、何か救う方法はないかと必死に思考を巡らせる。
 思いつくや否や、私は口に出していた。
「えみるちゃん、私も家出する!」
 口元を覆っていていただけのマフラーが外れ落ちる。
「そんなつもりじゃ!」
「ううん。頼ってくれたのが、嬉しかったから。少しでも力になりたいの」
「ことりちゃん……」
 果たして、これが正解なのかは分からない。それでもきっと、お姉ちゃんならそうすると思った。
「ねえ、せっかくなら家出ついでにキャンプしようよ。近くの公園がね、キャンプ場として営業してるらしいんだ」
 そう提案したのは、私の意思。家出といえど夜の町中に子供だけで出歩くのは憚られるから。
「はい!」
「じゃあ決まりだね!」――

 こうして始まった私たちの家出(?)計画。
 食材類はえみるちゃん。その他の用具は私が調達することにした。
 ……ということでやってきたのは毎度おなじみハグマン。
「いーなーことりー。えみると二人でキャンプなんてー」
「だからこうして買い出しに連れてきてあげたんでしょ」
 私とえみるちゃん、二人だけの秘密ということで、家族にはキャンプに行くとだけ伝えてある。お姉ちゃんには楽しいキャンプなんだろうけど、これはえみるちゃんを救うための大事なミッションなんだ。
 「そうだけどー」と不満げな姉の隣で、私は口を真一文字に結びエレベーターの上ボタンを押した。
「……おねえちゃん」
「ん? どうした?」
 エレベーターは私たちだけを乗せて上へ上へと上っていく。
「もし、さ……ううん。やっぱり何でもない」
 なんだか、お姉ちゃんに頼るのは違う気がして。私はなんとか話題をそらしながら、エレベーターが止まるのを待った。
「ことり」
 エレベーターが減速して、到着のアナウンスが鳴る。
「よく分かんないけどさ、きっと、大丈夫だよ」
 ああ、やっぱりお姉ちゃんには敵わないな。ため息を一つついてから、私はエレベーターを降りた。
「みてみて! 大っきい寝袋!」
「二人ぐらい入っちゃうよそれー」――
    ・

468運営:2020/07/23(木) 11:26:24
 そして、ついにやってきた実行当日。空は雨こそ降っていないものの分厚い雲が覆い、待ち合わせの三十分前に来ていたえみるちゃんの表情はやっぱり曇っていて、とても能天気に世間話を出来るような感じでは無かった。
「ことりちゃん、おはようなのです」
「もう、お昼だよ?」
「そ、そうだったのです!アハハハ……」
「……」
 空元気、かぁ。えみるちゃんの優しさだとは分かっていても、もう少し頼って欲しいなと思ってしまう私がいて。
(弱気になっちゃダメ!これからが本番なんだから!)
 自分に喝を入れて、それじゃ行こ!と歩き出して数分。たどり着いたのは周囲に木々が生い茂る川のほとり。
 四苦八苦しながらもテントを骨組みから組み立てていく。
「「せーのっ!」」
 骨組みの上からシートを被せれば、あとは結ぶだけ。思ったよりも早い完成に、私たちは暇を持て余した。空はまだ赤くなる気配を見せず、ただただ灰色の雲が晴れも雨降りもしないで無機質に覆っていた。
「……」
 流れる沈黙。このままじゃいけないと無理矢理話を振ってみる。
「えみるちゃんは、何持ってきたの?」
 以前、ハイキングに来たときとは打って変わって、えみるちゃんの荷物は必要最低限、といった感じだ。
「カレーの食材なのです!」
 次々とリュックから取り出していくのは、カレーのルーに無洗米、にんじんなどなど……もちろん、石橋をたたくような金槌は入っているわけがなく。
「あとはマシュマロ!マシュマロも焼くのです!スーパーの精肉コーナーに置いてあったのです」
 リュックの袖から取り出したのは丁寧に個包装されたマシュマロ……マシュマロ?
「それ、牛脂じゃない?」
「なっ!?」
「そんなに驚かなくても……」
 いつものえみるちゃんとは違うというもどかしさを感じつつも、それからは他愛のない話で盛り上がる。担任の先生の面白話だったり、気になる男子がいるか〜なんて話だったり。
 えみるちゃんも笑顔で答えてくれたけど、どうも私の表情を見ると、どことなく笑顔が曇ったような気がした。
「そろそろ、用意し始める?」
 ここで巻き返さなきゃと座っていた椅子から飛び上がる。そんな私の焦燥感を煽るように空は仄かに赤く染まり、足早に灰色の雲が流れていっていた。
 今回作るのはキャンプでは定番のカレーライス。
 家で作るのとはまた違って、簡易コンロはお鍋が安定せず、分量だって計量カップがないから目分量だ。それでもおいしいものを食べてほしいと躍起になって鍋とにらめっこ。
「私も何か手伝うのです!」
「ううん。えみるちゃんは座っててよ」
 コトコトと煮立ってきた鍋にルーを入れて、もうしばらく煮込む。
「できたっ」
 空の明るさは疾うに消え去り、持ってきたランプとえみるちゃんが別に起こしたたき火だけが、唯一の明かり。
「「いただきます」」
 恐る恐る、一口目を口に運ぶ。
「うっ……焦げてる」
 底の方で混ぜ損なったのか、にんじんの風味を損なう苦みが口全体を覆った。幸いえみるちゃんは焦げたとこには当たらなかったらしくおいしいと笑顔で完食してくれた。
 食べ終わった食器やらなんやらを片付けて、寝袋にホッカイロを入れれば寝る準備は完了。
 それでも寝るのが惜しくて、私たちは寒空の下でもう一度焚き火を囲んだ。
「キャンプファイヤーみたいなのです!」
「ほんとだね」

 流れる、沈黙。

「……ことりちゃん、今日はありがとうなのです」
「気にしないでってば。……私の方こそごめんね、何も、してあげられなくて」
 自分の無力さが憎くて、無意識の内に下唇を噛み締める。薪の炎が握りしめた拳を強く、強く熱していく。
「私は、ル……あの人の代わりにはなれない。分かってる。分かってるんだけど……っ!」
 ああ、えみるちゃんが泣きそうな表情をしている。そうだよね、ルールーの名前は出さない方が良かったよね。
 あれ?どうして、泣きながら笑っているの?

469運営:2020/07/23(木) 11:26:58

 私の火照った拳を、えみるちゃんの冷たい手が優しく包み込む。
 視界がぼやけて、えみるちゃんの顔がよく見えない。途端、抱きしめられて、涙がえみるちゃんの服に吸い込まれていった。
「ことりがそんな顔してたら、安心して悩めないのですっ……」
 ゼロ距離で、すすり上げる声が響く。
「えみ……る……」
 ダメ、私がなんとかしないと。そんな堤防はいとも簡単に決壊し、感情がとめどなく泣き声となって流れていく。
 どうにも形容できない感情が流れていく中で、彼女に必要なものが何となくわかった気がした。
 
 燻った薪の焦げたにおいで目を覚ます。
 あの後一緒の寝袋で寝たおかげで、全くと言っていいほど寒さを感じることはなかった。
 テントの隙間から差し込む光は、まだ朝には程遠い明るさで。
 「んむぅ……」
 「ごめん、起こしちゃった?」
 「ことりー……」
 もぞもぞと顔を寝袋内部へと埋め込んでいくえみる。
 「ふふっ、……これで、いいんだよね」
 私は本当の安心を噛み締めながら、もう一度微睡みに身を任せることにした。

470運営:2020/07/23(木) 11:27:43
以上です。ゾンリー様、ありがとうございました!

471名無しさん:2020/07/27(月) 01:25:44
>>467>>469
文章が優しいので、読み易くて分かり易い。マシュマロのところウケた。

472名無しさん:2020/08/07(金) 11:48:34
プリキュアに限らすだけど、Wikipediaをなんとかしたいなぁ。
概要が概要でなくなっているし、
キャラクターの説明も、ストーカーじみているし。
そう思っている人間が1人、ここにいることを表明いたします。

473名無しさん:2020/08/07(金) 11:58:02
ファンサイトを別に設けたほうが、双方を尊重する事になるんだけどねぇ。
Wikipediaを編集している人は、本当に見る人のことを考えているのかしら?

474名無しさん:2020/08/07(金) 12:06:00
Wikipediaが便所みたいになっている。
ストレスの捌け口にしている人達がいる。

475名無しさん:2020/08/07(金) 12:08:43
文字による情報はそこそこに、あとは作品を観ろ!これが一番美しい。

476運営:2020/08/14(金) 14:17:01
こんにちは、運営です。
副管理人・夏希作のフレッシュ長編『飛べないもう一羽のウサギ』を保管させて頂きました。
この作品は、140文字SSを連ねて、四コマ漫画の連作のような長編小説を書く、という新たな試みで、
Twitterからの全85ツイートによって綴られた長編となっています。
保管庫では物語の構成に沿った7章に分けて保管させて頂きました。是非読んでみて下さい。

477運営:2020/10/10(土) 23:57:47
こんばんは、運営です。
お蔭様でプリキュア!ガールズ掲示板・出張所(Twitter)のフォロワーが1500人を超えました!
感謝企画として、管理人・一六と、副管理人・夏希による1500文字SS競作(140文字×10+100文字)を行いました。
テーマは「フォロー」、ジャンルはフレプリです。

・一六『フレッシュプリキュア!31.5話:せつなとシフォン 大好きな町を守れ!』

・夏希『逆襲のイース』

保管させて頂きましたので、是非読んでみて下さい。

478運営:2020/10/11(日) 23:04:19
>>477
出張所のフォロワー様1500人達成記念に、フォロワーのみにー様からイラストを寄贈して頂きました!
こちらにもURLを貼らせて頂きます(最初のhを外しています)。
みにー様、どうもありがとうございました!

ttps://twitter.com/apgirlsss/status/1315254363124711424


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