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大河×竜児ラブラブ妄想スレ 避難所2

1まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2009/10/29(木) 01:36:02 ID:???
ここは とらドラ! の主人公、逢坂大河と高須竜児のカップリングについて様々な妄想をするスレの避難所です。
アクセス規制で本スレに書けない、とかスレに書けないような18禁のエロエロ話を投下したい時とかに
お使いください。
    / _         ヽ、
   /二 - ニ=-     ヽ`
  ′           、   ',
  ',     /`l  / , \_/ |
  ∧    〈 ∨ ∨ ヽ冫l∨
    ',   /`|  u     ヽ
    ', /          /
    /  ̄\   、 -= /                   __
  / ̄\  `ヽ、≧ー                    _  /. : : .`ヽ、
 /__ `ヽ、_  /  、〈 、           /.:冫 ̄`'⌒ヽ `ヽ、 / 〉ヘ
/ ==',∧     ̄ ∧ 、\〉∨|         /.: : :′. : : : : : : : . 「∨ / / ヘ
     ',∧       | >  /│        /: :∧! : : : :∧ : : : : | ヽ ' ∠
      ',∧      |、 \   〉 、_       (: :/ ,ニ、: : :ィ ,ニ=、 : : 〉  ,.イ´
      ',∧      |′   ∨ ///> 、  Ⅵ: '仆〉\| '仆リヽ:|\_|: :|
      / /     |     └<//////> 、 八!`´、'_,、 `´イ. :|////7: !
    /_/       |、       ` </////>、\ ヽ丿  /. : :|//// : .丶
    ,'          |′         ` <//∧ : > </.: : :////〉: : : . ヽ
    ,'          |            / 个:<〉. :〉》《/.: ://///: : : : : : . \
   ,'           |、          〈 . : :│: |/. :/│/.:///////: : : : : : : : : . )
  ,'            |′           \:ノ. : |: :/Ⅳ/.:〈//////: : : : : : : : : :ノ
  ,'            |            /. : : : :|:///∧ : ∨///: : : : : : : : : . \

本スレ
【とらドラ!】大河×竜児【アマアマ妄想】Vol17
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara2/1255435399/

199高須家の名無しさん:2010/04/29(木) 18:18:22 ID:6wGNAGDY
≫193 GJ!!お大事に。
まとめ人様お疲れ様です。m(--)m。
今回ハラハラ妄想から参加した者です。今後もSSを投下する予定ですので
ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。

ちなみにBIGLOBEはまた規制喰らいました。

200ms07b3:2010/04/29(木) 18:46:19 ID:???
>>198
 ご心配をおかけいたします。
 入院している病院はパソコン持ち込み厳禁。
 iPhoneでちまちまと入力していました。退院まで、あと1週間
 なので、まとめサイトで過去作品を読み、とらドラポータブル
 をクリアしたいと思います。

 まとめ人様。あなた様のおかげで、入院生活が楽しかったですよ。

201高須家の名無しさん:2010/04/29(木) 22:41:41 ID:Jps4jq9.
ところでみんな、「スピンオフ3巻」に挟まれていた電撃文庫のチラシ
捨てないで読んだよね。ゆゆこが寄稿してたよ。

202高須家の名無しさん:2010/04/30(金) 02:55:16 ID:BvnzWY9M
マジか
しらんかった

203高須家の名無しさん:2010/04/30(金) 08:47:51 ID:71Z1bWdI
寄稿っつってもエッセイだから、心配無用。

204高須家の名無しさん:2010/05/01(土) 00:12:36 ID:???
電撃文庫の新刊のお知らせチラシも、大河がトラ猫を
てなづけようとしているイラストが使われていたな。

205高須家の名無しさん:2010/05/01(土) 06:54:54 ID:cgbIsfbI
そうそう、そのチラシの裏の「作家ワールドカップ」の第一回がゆゆこだった。

206高須家の名無しさん:2010/05/03(月) 21:57:55 ID:???
>>193
乙!
大河の両親とも打ち解けてる竜児の姿になんか、優しい気持ちになったよ。
そして社会ってヤツをひしひし感じるのさ。
お体に気をつけてくださいね。

207高須家の名無しさん:2010/05/04(火) 11:58:53 ID:???
「・・・・・・。」
さっきから聞こえる鼾は、午前5時に帰宅した竜児のもの。
大河は、ワイドショーの通販コーナーをボーっとしながら見ていた。
ゴールデンウィーク4日目。駄犬は相変わらずの仕事中毒だ。
洗濯は終わった。竜児を起こさないように掃除機はかけなかったが、掃除もした。
竜児が目を覚ましたら、いつでも朝ご飯を食べさせられるように、準備も完了。
しかし、駄犬は相変わらず夢の中・・・・。
『6時間は寝たから起こしても大丈夫』と囁く悪い娘の大河
『疲れてるんだから目が覚めるまで寝かしとかなきゃダメ』と言う良い子の大河。
大河の心の中で、2人の大河がせめぎあっている。

「う〜ん・・・。」
駄犬がベッドの上で寝返りをうつ。天気が良くて室温が上がっているからか、掛け
布団を蹴っ飛ばして、Tシャツとパンツの隙間からお腹が見えている。
普段、竜児の寝相は悪くないから、布団を蹴っ飛ばしている姿は貴重だ。
四つん這いになってベッドに近づく・・。膝立ちになって竜児の寝顔を覗き込む。
目を閉じている時の竜児は、意外にハンサムだ。
「へへへへ、竜児の寝顔。」
思わず頬肉をつんつんしてしまう。反応なし。
身を乗り出して、今度は鼻の頭をツンツンしてみる。一瞬、顔をしかめたが、再び
安らかな寝顔。
「ねえ駄犬。お昼ですよ〜。そろそろ起きようよ〜。」
お腹をツンツン。反応なし。
「駄犬。餌の時間だぞ〜。餌食べたら散歩に連れて行ってやるぞ〜。」
おでこをツンツン。反応なし。
「そう。飼い主を無視するんだ〜。」
部屋を見回して得物を探す。片隅に小さな洗濯ばさみを見つけた。

洗濯ばさみを、竜児の鼻の頭にゆっくりと近づける。あと10センチ、3センチ
そして静かに、竜児の鼻を挟んだ。1秒・2秒・3秒・7秒・8秒
「だ〜!」
突然、竜児が飛び起きる。状況がつかめなくて軽くパニック。鼻につけられた洗濯
ばさみに気がついて、それを外して大河に投げつけた。
「大河! お前は俺を殺す気か!」
投げつけられた洗濯ばさみは、大河の鼻頭にヒット。結構なダメージ。
竜虎は、お互いに鼻を押さえている。
「あんたね〜、何もこんな物投げつけなくても良いじゃない!」
「お前こそ、子供じゃねえんだから、こんな悪戯をすんじゃねえ!」
寝起きを襲われた竜は、普段と違って余裕がない。
「あ〜ら遺憾だわ。駄犬が惰眠を貪っているから、飼い主様が散歩に連れて行って
 あげようと、起こしてあげたのに。まさに飼い犬に手を噛まれるだわ。」
「うっせい、単にお前が暇だっただけだろうが!」
「頭に来た! 今日という今日は我慢出来ない!」
手乗りタイガーと化した虎は、ベッドの上に横たわる竜児に襲いかかった。
「やめろ! 埃が舞うだろう!」
一気に守勢に回った竜。
ケンカが、1週間ぶりのギシアンに変わるまで、30分しか掛かりませんでした。

208高須家の名無しさん:2010/05/07(金) 00:27:11 ID:SWxYLuw6
207



209高須家の名無しさん:2010/05/09(日) 22:38:37 ID:JRcpC7dA
規制中。

本スレ >>293
最後の行で吹いた。三題噺の人、今回はストーリー構築のうまさが
ひときわ冴え渡ってたよ。

210ms07b3:2010/05/15(土) 21:35:55 ID:???
本スレへの転載を希望致します。 どうかお願い致します。

「ゲームなんか、自分の部屋でやれよ。」
「うっさい。黙れ・・・。」
ゲームの画面に夢中になっている大河は、こちらの方を見ないまま竜児を罵倒する。
時間は午後10時50分。普段なら、大河が自分の部屋に引き上げる時間だ。
しかし、今日は新しく発売されたばかりのロールプレイングゲームが手に入ったとかで
泰子が出勤した途端にゲーム機を引っ張り出してきて、そのまま既に4時間ちかくゲー
ムに熱中しているのだ。
竜児の方は、夕飯の片付けを済まし、明日の朝食と弁当用の下ごしらえを終えて、独身
の授業のレポートも書き終え、あまつさえ予習・復習も終わらせた。
あとは、居間を我が物顔で占拠している子虎を追い返すだけなのだが・・・・。
もともとロールプレイングなんてジャンルのゲームは、大河の性格には合わないはずだ。特にゲームスタート時の、HPもMPも低くて、俗に言う雑魚キャラを片付けるのも一仕事
なんて段階では、大河のストレスは溜まる一方で、さっきから舌打ちが聞こえる。
こんな時に、無理矢理に自宅に帰そうとすれば、痛い目に遭わされるのは目に見えてる。仕方なく竜児は、普段なら大河を帰してから入る風呂に入り、風呂から上がると、自室
の布団の中で本を読んでいた。

部屋のステレオのデジタル時計が午後11時30分を示す。
「大河、続きは明日にして帰れよ。」
「セーブポイントに行くまでセーブ出来ないんだからもう少し。」
子虎は暢気だ。
「じゃあ、セーブポイントに行けよ。」
「言われなくても向かっているわよ。合い鍵で鍵かけて帰るから、先に寝れば?」
大河の物言いに、なんだか微妙に腹が立った。
「ああそうかよ。じゃあ俺は寝るから、ちゃんと電気消して、鍵かけて帰れよ。あと遅
くまでゲームやっていたからって、明日の朝、起きる時に暴れるなよ!」
そう言って竜児は襖を閉めて電気を消して布団に入った。
襖の向こうからは、大河の激しい舌打ちの音が聞こえた。

どれくらいたったのかは知らないが、襖が開く音がした。
「よいしょっと」
何かを引きずるような畳が擦れる音。声の主は泰子だ。
意識はあるのだが、身体の方はまったく反応してくれない。
「ごめんね竜ちゃん。少し詰めてね。」
仕事終わりのいつもの少し酔ったような緊張感の無い声。
泰子の手が布団の隙間に入ってきて、竜児の寝る場所を少しずらした。
「よいしょっと」
今度は、やけに暖かくて、柔らかい物体が布団の中に入れられた。
小学生の頃、一人で寝ていると偶に泰子が入ってきたから、今日も酔っぱらって俺の布
団に潜り込んできたのかと竜児は思った。
普段なら、自分の部屋で寝るように言うのだが、竜児も寝ぼけている状態だ。
たまにはいいかとやけに寛大な気分になって、そのまま再び深い眠りについてしまった。
翌朝。
竜児が目を覚ますと、目の前には大河の幸せそうな寝顔があった。
「おうっ!」
声にならない叫びを上げて布団を抜け出す。
「泰子っ!」
泰子の部屋に飛び込んで、熟睡状態の泰子をたたき起こす。
「おまえ、何で大河を俺の布団に入れたんだ。」
事の重大さに、どうしても詰問口調になってしまう。なにしろ相手は虎だ。自分が竜児
の布団で一緒に寝ていたなんて事がばれたら、殺されても文句は言えない。
「え〜、だって大河ちゃん、居間で寝ちゃってたから、あのままじゃ風邪引いちゃうと
思ったから・・・。」
「だったら、お前が一緒に寝ればいいだろ。」
「だって、大河ちゃんは竜ちゃんのお嫁さんになる子だもん。」
「お前は何てこと言うんだ!」
「何を朝から騒いでるのよ、大家に怒られるよ・・・・・」
振り返ると、寝ぼけた子虎がそこにいた。
竜児が、三分の二殺しに逢うまで、あと120秒。

211高須家の名無しさん:2010/05/15(土) 22:10:20 ID:???
>>210
盛るぜぇ、盛るぜぇ、超盛るぜぇーーーー
ということで竜虎本スレに盛ってきました

212高須家の名無しさん:2010/05/15(土) 23:30:36 ID:???
乙! 後で「何もしてないでしょうね…、エロ犬!」「してねえって、泰子が証人だ。」
というシーンがありありと浮かんできます。

あなたも規制ですか…。私はどうもBIGLOBEだと思っていましたが
(最初のパソコンを買った時にBIGLOBE)その後光回線に変えたときKDDIになったことに今日気付きました。
dion.ne.jpは規制がひどいので困ってます。

213高須家の名無しさん:2010/05/15(土) 23:40:28 ID:???
>>212
自宅パソコンは有線ブロードバンド
携帯はiPhone
どちらも長い事規制かかってます。

211様
転載を感謝致します。

214高須家の名無しさん:2010/06/22(火) 00:02:16 ID:???
泣きたい。またdionは規制だ。

215まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2010/06/26(土) 01:19:13 ID:???
ウオおオオ仕事が忙しすぎてまとめが進まねええエエエ


スミマセン 生きておりますので、まとめサイトの更新はもうしばらくお待ち下さい…

216高須家の名無しさん:2010/06/26(土) 02:01:09 ID:???
>>215
いつもありがとうございます。規制とばっちりですか?

217高須家の名無しさん:2010/06/26(土) 17:39:38 ID:???
>>215
いつもありがとうございます
お仕事頑張ってください

218 ◆zKbMVavC7g:2010/06/27(日) 15:35:16 ID:aTxewkKw
テスト

219 ◆zKbMVavC7g:2010/06/27(日) 15:35:37 ID:aTxewkKw
テスト

220fDszcniTtk ◆fDszcniTtk:2010/06/27(日) 15:36:20 ID:aTxewkKw
すんません。無駄打ちしちまった

>>215
お疲れ様です。俺も仕事が。

一本書いたのですがアク禁食らっちまってへこんでます。

221 ◆fDszcniTtk:2010/06/27(日) 15:38:19 ID:aTxewkKw
だれか代理投稿よろしくです……こっちのトリップって前から本スレとおなじでしたっけ。
----
>>497
サンキュー。軽く充填された。オリジナルはどこだろう。

>>499
何か受信したのだが、伝送中にエラーが起きたかもしれない。すまん。

新作投下:「袴戦争」 3,4レスくらい。

222袴戦争 ◆fDszcniTtk:2010/06/27(日) 15:38:55 ID:aTxewkKw
「やっちゃん久しぶり!」
「大河ちゃん久しぶり!今日もかわいい!」
「もう。私23歳だよ。かわいいって変だよ」

喫茶店のカウンターの前に立って、くすぐったそうに逢坂大河が笑う。待ち合わせの相手は高須泰子。当年とって39歳のはずだが、子供っぽい顔立ちや表情の作り方は、とてもそんな風に見えない。『永遠の23歳』に偽りなしね、と正真正銘23歳の大河は独りごちる。

大河は6年ほど前、高校2年生の1年間、泰子の家に半居候を決め込んでいた。それまで家族から離れて一人乾いた生活を送っていた大河は、泰子と、その長男の竜児の元で心の潤いを取り戻し、結局3年生に進級する前に竜児と婚約してしまった。
そして長い婚約期間が過ぎ、ようやく今年、二人は晴れて結婚する。つまり大河と泰子の二人は、まもなく義理の親子になる。

「もうすぐ本当にやっちゃんが私のおかあさんになるんだね」
「やっちゃんずーっと大河ちゃんがお嫁に来るの待ってたんだから」
「それ最初に聞いたのいつだったっけ」
「ずっとずっと前だよ」

二人、顔を見合わせて笑う。二人の婚約は5年前から両家にとって周知の事実だったのだが、さすがに働いていない男に娘をやるわけにはいかないと、大河の両親からずっと止められていたのだ。今年大学を出て就職した竜児は、ぺーぺーとはいえ給料袋をもらう身になった。
そうして、ようやく長い長い『待て』に終止符が打たれたのだ。待たせていたのは大河の両親とはいえ、学生時代、ひたすらまじめに『待て』を守る竜児に大河は何度『あんた、どれだけ忠犬気取りなのよ、もう、同棲くらいしようって言ってよ』と、泣いたかわからない。
そのたび蹴っ飛ばされた竜児もいくつ痣を作ったかわからない。

「で、やっちゃん相談ってなぁに?」

15分ほど話し込んだ後、大河に問われて泰子が舌を出しながら破顔する。

「いけなーい、忘れてた。あのね、大河ちゃんおり入って相談なんだけどぉ」

普通『折り入って相談』といわれると、借金の話とか、やっぱり息子はやれないとか、父親は、といった重い話しである。しかし、高須家が貧乏ながら何とか無借金でやりくりしていることは知ってるし、竜児と大河をくっつけたがっていたのは泰子だし、
大河は竜児と出会った頃に父親の写真を見て爆笑している。大河としては、今更びっくりするようなことが飛び出すとは思っていない。何より目の前の泰子がへらへら笑いながら話しているので、聞いている大河もクリームソーダをストローで吸いながら

「なぁに?」

と、気楽なものである。

「あのねぇ、花嫁衣装決めた?」
「うん。ドレスにするの。竜児も似合うって。やっちゃんにも写真見せたよね」

そう答えて大河が顔を赤らめる。ドレスを試着した大河を見て、竜児は挙動不審と言えるほど動揺したのだ。あんまりきれいなんで度肝をぬかれたぜ、とあとで真っ赤になりながら話してくれたものだ。その写真は泰子にも見せている。

223袴戦争 ◆fDszcniTtk:2010/06/27(日) 15:39:36 ID:aTxewkKw
だが、

「そうようねぇ、大河ちゃん本当にドレス似合うよねぇ。でもね、白無垢も着てみたいって思わない?」

と、和服を勧めてくる。大河の方は思わず黙り込む。だって、どう考えても自分には似合わないと思うのだ。

もともと小学生サイズだった大河は、和服を最初っからあきらめている。昔の友達には『私だって背が伸びたでしょ』と薄い胸を張ってみせるが、その実伸びたのは3mmででしかない。3cmではない。3mmなのだ。現在身長は143.9cm。ミリメートルで表さないと成長を見逃すレベルである。

もともと和服は女性の体をふっくらと見せる。丈を詰めても横は細くならないから、自分が着るとちょっと滑稽になると大河は思うのだ。おまけに自分のようなちびが高島田みたいな日本髪を結うと、頭でっかちになりすぎないだろうか。

その点、ドレスは薄いので、ほっそりとした大河の体の線を引き立ててくれる。
竜児も、頬を赤らめる大河にどれほどドレスが似合っていたか、3時間にわたって熱弁をふるってくれた。

「私、着物似合わないし、竜児もドレスの方がいいって言うの」

しかし泰子は

「見たいなぁ。和服姿見たいなぁ」

と、こだわりを見せる。

「ねぇ、やっちゃん白無垢着たかったの?」

と、大河がおそるおそる聞いたのは、泰子の境遇を知っているからだ。

16歳の時、チンピラの子供を身ごもった泰子は、後に竜児と名付けることになるその子供を守るために家を出た。チンピラはとっくの昔に姿を消しており、始めから一人で生きて竜児を守るための家出だった。花嫁衣装など着るチャンスは無かったはずである。

もし、自分が着ることのできなかった白無垢に泰子があこがれをもっているのであれば、大河としても願いを叶えてやりたいと思う。しかし、

「ううん、やっちゃんもねぇ、ドレス着たかったのぉ」

などと言う。

小首をかしげ、大河が泰子を見つめる。竜児に『飲食業なんだから』とやかましく言われて短めにセットした髪は、昔ほどではないが軽く脱色されて明るく波打っていうる。少したれ気味の目尻には、さすがに年相応の年輪が刻まれているが、
それにしてもにこにこと笑う姿は、とても39歳とは思えない。そうして、甘いマスクは年齢だけではなく内心すら覆い隠しているのだ。

泰子はまもなく義理の娘になる女の小首をかしげたポーズに気づいたのか、いっそう目尻を垂らすと

「あのねぇ、やっちゃん竜ちゃんのぉ、紋付き袴姿見たいのぉ」

と、のたまってくれた。ずるり、と大河がいすの上から落ちそうになる。

ええええええぇぇぇぇぇ!と、声には出さないものの、昔『手乗りタイガー』の二つ名で呼ばれた女は、心の内をだだ漏れにしてしまう。嫌だ、嫌すぎる、と。

「大河ちゃんはぁ、竜ちゃん紋付き袴姿似合うと思わない?」
「それはぁ」

似合うと思う。

224袴戦争 ◆fDszcniTtk:2010/06/27(日) 15:40:10 ID:aTxewkKw
だから嫌なのだ。誰よりも自分に優しくて、たとえ世界を敵に回そうと自分を守ってくれるだろう愛しい婚約者には、紋付き袴姿はきっとよく似合うだろう。それはもう、おそらく披露宴会場の半分がぷっと吹き出し、半分が目をそらすほど似合うに違いない。

竜児は、目が怖い。裂けるようにつり上がったまぶたの中には青白く不気味に輝く白目がはめ込まれており、その中央でぎゅっと縮んだ黒目が狂気をたたえてかたかたと震える。絵に描いたような三白眼。

高校生時代、怖いもの知らずで鳴らしていた大河は竜児の顔が怖いなどと思ったことは無いが、自分が思わなくても世間がどう思っているかはちゃんとわかっている。なにしろ並んで歩いているとみんな道を譲ってくれるし、デート中に職務質問をされたこともある。
スーパーで物陰から目つきの鋭い万引きGメンらしき連中に監視されていたことも数知れず。

人を傷つけることのできない、根っからの善人である竜児だが、悲しいかな、遺伝子の半分はチンピラからもらい受けている。それが性格に反映されなかったのは幸いだが、その代わり、ありったけの遺伝が目つきに現れてしまっていた。

そんな、にこにこ笑っても子供が泣くような顔で紋付き袴でも着た日には、披露宴会場に嫌な空気がただようこと請け合いである。なんだか、竜児と大河の前に黒服の男女が二列に並んでびしっと礼をしている風景が頭に浮かんできて、鳥肌が立つ。
そういう悪ふざけを仕掛ける奴がいるとしたら絶対ばかちーに違いない。

「私嫌だなぁ。紋付き袴」
「ええー、絶対かっこいいよ」

そうだ、忘れていたが、泰子はどうやら「そういう」のが好きらしいのだ。やくざ映画が好きとかじゃなくて、なんだか、怖い顔の男が好きらしいのだ。そうでなかったら16歳でチンピラにだまされたりしないだろう。竜児を生んでくれたことには本当に感謝しているが、正直、この嗜好にはついて行けない。

にっこり笑って首をかしげて否定する大河に、

「私は嫌だなぁ。竜児は絶対スーツのほうがいいよ」
「大河ちゃん、男は紋付き袴だよ」

泰子もとろけるような笑顔で即答する。

冗談ではない。結婚式は生涯一度きり、竜児とだけと決めているのだ。それを極道もののレンタルビデオの祝言みたいにされてたまるものか。ここは退くわけにはいかない。
竜児はその堅さもあって『お色直しは「あなたの家風に染まります」って意味だからな。2度も3度もするのはおかしいぜ』などと妙なところにこだわっている。
大河としてはウェディング・ドレスさえ着れればいいのだからそれで文句はないのだが、白無垢とドレスのミックスってどうなのか。というか、竜児はお色直しなんかしないだろう。当たり前だ、自分が竜児色に染まるのだ。竜児にお色直しなんかさせない。

ならば、話は簡単だ。ドレスか着物か。勝つか負けるか。妥協など無い。負けるわけにはいかない。

「竜児もスーツがいいって言うと思うな。わ、私のドレスきれいだって言ってくれたし」

妙な切迫感に包まれて、どもりながらも大河は強気。小首をかしげてつんとあごをあげ、自分が受け取っている婚約者からのあふれるような愛を未来の義母に誇示する。

「じゃあぁ、やっちゃん竜ちゃんに頼んでみようかしら。竜ちゃんやっちゃんにやさしいぃ」

泰子も珍しくこわばった笑顔で押収。じわり、と喫茶店の一角が嫌な空気に沈み始める。

「えへへ、やっちゃん変なの。息子の洋服にこだわるなんて、おままごとじゃないんだから」
「だってぇ、未来のお嫁さんがお願い聞いてくれないんだものぉ。あっそうだ。お願い聞いてくれないなら結婚反対しちゃおうかな。なーんちゃって。冗談よ、大河ちゃん、冗談だかからね」

目をかっぴらいて耳まで避けそうな笑いを浮かべた大河の前で泰子がへらへらと笑う。

◇ ◇ ◇ ◇

225袴戦争 ◆fDszcniTtk:2010/06/27(日) 15:40:45 ID:aTxewkKw
「馬鹿野郎!つまらねぇことで電話してくるな!」
「だって、だって。竜児ぃ」
「あーっ、もううるさい!明日までに泰子に電話して仲直りしとけよ!」

ぶちっと電話を切ってため息を漏らす。午後9時。あらかた人が帰ったオフィスの片隅。残業中に母親に続いて婚約者からつまらない話を聞かされ、高須竜児がどっとため息をもらす。

「高須ぅ、婚約者か?熱いなぁ」

冷やかしの声をかけた同期入社の友達が、ギロリとにらまれて首をすくめる。畜生、なんだってんだ。

「あの二人は喧嘩しねぇと思ったんだけどなぁ」

忘れていた重要事を思い出して、竜児はこれからの生活に頭を抱える。くだらない嫁姑戦争の心配はしないと思っていたのだが…。

今後、たまに巻き込まれるかもしれない「小学生レベルの喧嘩」の様子を思い描いて、社会人一年生の竜児はmなるで人生に疲れたように机につっぷした。

(お・し・ま・い)

226 ◆fDszcniTtk:2010/06/27(日) 15:41:35 ID:aTxewkKw
以上。暑くなったなぁ。もうすぐ水泳勝負が決着する時期か。

227高須家の名無しさん:2010/06/28(月) 22:34:57 ID:otF.1mRY
代理投稿、サンキューです。

みんなに朗報だぁ。仕事で打ちのめされているのでSS書こうって気分になるぜ。

228許さない ◆fDszcniTtk:2010/06/28(月) 22:36:54 ID:otF.1mRY
『俺は竜、お前は虎』

そう言って自分の横に立った男は、最後まで自分の傍らに立ち続けた。それまで誰にも見せなかった涙や傷を見ても、その男は笑うでもなく、目をそらすでもなく、はじめは暖かな笑みで包み、最後にはきつく両の腕で抱きしめ、そして絶対離さないといってくれた。

その腕の中に、ずっと探していた安寧が見つかったのだ。あとはただ、その男がこの世にいてくれたことに感謝し、奇跡のような巡り会いに感謝しながら、そっと微笑みを浮かべてその腕にわが身をゆだねていればいいと思った。
なんの疑問も抱かず、なんの不平も言わず、たんに目を閉じて幸せに身を任せていればいいと思った。

だが。

今、再び虎は自らの脚で立ちあがる。隠していた爪を大地につきたて、血に濡れた牙をむき出しにし、炎のように赤い口を開き、全身の筋肉を震わせ、竜に向かって咆哮する。

男の愛には一片の疑いも抱いていない。この男が自分を見捨てるわけがない。

しかし、
それでも、
だとしても。

懸念が疑念に変わる前に、不安が不信に変わる前に、妬みが怒りに変わる前に、悪しき芽は摘んでおかなければならない。

「竜児、だめよ」
「おう、なんだよ。藪から棒に」
「それはだめ。絶対許さない」
「だからなんだって」
「知ってるんだから。今見てたでしょ。浮気は許さないわよ」
「浮気ってなんだよ!」
「うるさいっ!さっさと歩きなさい」
「何なんだよお前はよう!」



『ラブプラス』 絶賛発売中。


(お・し・ま・い)

229高須家の名無しさん:2010/06/28(月) 22:44:54 ID:???
わろたw
切れ味いいな

230 ◆fDszcniTtk:2010/06/29(火) 17:05:24 ID:VPcebqU.
サンキュー、そして、書き直しだ orz

231許さない ◆fDszcniTtk:2010/06/29(火) 17:07:05 ID:VPcebqU.
『俺は竜、お前は虎』

そう言って自分の横に立った男は、最後まで自分の傍らに立ち続けた。それまで誰にも見せなかった涙や傷を見ても、その男は笑うでもなく、目をそらすでもなく、はじめは暖かな笑みで包み、最後にはきつく両の腕で抱きしめ、そして絶対離さないといってくれた。

その腕の中に、ずっと探していた安寧が見つかったのだ。あとはただ、その男がこの世にいてくれたことに感謝し、奇跡のような巡り会いに感謝しながら、そっと微笑みを浮かべてその腕にわが身をゆだねていればいいと思った。
なんの疑問も抱かず、なんの不平も言わず、単に目を閉じて幸せに身を任せていればいい。

男の愛には一片の疑いも抱いていない。この男は自分を見捨てない。

しかし。
それでも。
だとしても。

懸念が疑念に変わる前に、不安が不信に変わる前に、妬みが怒りに変わる前に、悪しき芽は摘んでおかなければならない。

今、虎は再び自らの脚で立ちあがる。隠していた爪を大地につきたて、血に濡れた牙をむき出しにし、炎のように赤い口を開き、全身の筋肉を震わせ、竜に向かって咆哮する。

「竜児、だめよ」
「おう、なんだよ。藪から棒に」
「それはだめ。絶対許さない」
「だからなんだって」
「知ってるんだから。今見てたでしょ。浮気は許さないわよ」
「浮気ってなんだよ!」
「うるさいっ!さっさと歩きなさい!」
「何なんだよお前はよう!」








『ラブプラス』 絶賛発売中。


(お・し・ま・い)

232高須家の名無しさん:2010/06/30(水) 20:48:25 ID:???
文脈入れ替えたのかw
後者のほうがまとまっててリズムいい印象がするかな?

この調子で「卒業旅行」の完成を期待…いえなんでもないですw
お仕事頑張ってください

233 ◆fDszcniTtk:2010/07/04(日) 23:12:44 ID:D2.OX3PQ
>>232
う、卒げほっ、げほほっ

仕事はさらに忙しくなってきた(w 本スレ建て時だね。久々に埋めネタ投下とおもったら、
まだ規制が続いていた。

234高須家の名無しさん:2010/07/11(日) 16:49:13 ID:xZr/T1zs
竜児が料理を始めたのって、いつからだろう。公式設定あったっけ。

235高須家の名無しさん:2010/07/12(月) 02:05:53 ID:???
>>234
十巻の竜児のセリフで、「俺ができるようになってからは俺が代わったけど」ってえのがあるな。
竜児の手際を考えると小学生のうちからやってたんじゃなかろうか。

236高須家の名無しさん:2010/07/12(月) 07:28:15 ID:???
>>235
サンキュー。やっぱり小学生の頃からだよな。

237 ◆fDszcniTtk:2010/07/12(月) 07:32:22 ID:???
規制続いているのか……。どなたか代理投稿頼む。


とらドラ!の挿入曲は名曲揃い。そのサントラがまだ売れ残っているのは
おかしいだろう常識で考えて。
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/B001IVU8BQ
ってことで、サントラの中から数曲選んでそれをテーマに連作してみた。
天才橋本由香里の作品をネタにするとは、我ながら無謀だは思うが、
まぁ、ご笑覧あれ。そんでもってサントラを買うのだ!

初日は「Startup」

悪いことがあっても、きっといいことがある。だから前を向いてもう一度
立ち上がろう!そういう気持ちにさせる曲。橋本由香里がとらドラ!を読んで
どう感じたかを端的に表している名曲だと思う。

238Startup ◆fDszcniTtk:2010/07/12(月) 07:39:54 ID:???
「あんたもまぁ、よくも毎日毎日飽きずに掃除に来るわね」

リビングの掃除をする竜児に大河が言葉をかける。声の調子にいつもの棘がない。南の窓からは柔らかい冬の光が入り込んでくるものの、暖房のかかってないリビングはひんやりしていて、竜児の息も白く曇る。

あるいは独り言なのかもしれないが、それでも竜児は掃除をしながら律儀に返事をする。

「毎日俺が掃除してるからきれいなんじゃないか。お前、あっという間に汚すだろう」

大河の姿は見えない。声は隣のベッドルームから。ベッドルームの扉はあけっぱなしで、近づくとエアコンの暖気が流れ出ているのがわかる。そんなことをするともったいないし、大河も寒いはずだ。でも、竜児は閉めろとは言わない。

「何よ、その言い方。駄犬のくせに。まるで私がいつも部屋を散らかしてるみたいじゃない」

大河からも竜児は見えていない。扉は二つの部屋を見通すにはあまりにも狭い。だから話をする二人の間には少しだけ距離があって、だけど今はこの距離感がちょうどいい。ガラステーブルの上の開きっぱなしのファッション雑誌を閉じ、黒い新聞立てに挿しておく。

「はいはい。駄犬ですみませんね。大河、雑誌、新聞立てに入れとくぞ」

駄犬呼ばわりされながら、竜児は口元に柔らかい微笑みを浮かべる。

ついさっき、大河はやって来た竜児のためにドアのカギを開けた後、すたすたと歩いてベッドルームに閉じこもってしまった。ただし扉は開けたまま。今頃大の字に寝そべって、ぼんやりと天井を眺めているはずだ。引きこもりにしては開放的。

「勝手にかたづけないでよ。読みかけなのに」

だいぶ元気になったな、と竜児は思う。

10日前の大河を取り巻く環境は最悪だった。ずっと恋していた北村祐作は全校生徒の前で狩野すみれに一世一代の大告白を行い、大河に北村の中の自分の位置をこれ以上ないほどはっきりと思い知らせてくれた。むろん北村に悪気は無いが、それとこれとは別である。
そしてその場で遠回しに北村を振った狩野すみれに対し、大河は木刀片手に殴り込みをかけたのだ。

誰がどう見ても一発退学という状況の中、狩野すみれの父親による温情が大河を救った。担任の恋ヶ窪と二人でかのう屋に出向いて行った謝罪が一応の決着であり、退学になると誰もが思っていた事件は二週間の停学で幕引きとなった。

その二週間も、もうすぐ終わる。

事件直後の大河は、これが竜児の知っている逢坂大河かと思うほどおとなしかった。沈んでいたのだと思う。文化祭で実の父親にこれでもかと言うほど叩きのめされ、生徒会長選では自分の無力と失恋の苦しみを徹底的に味あわされた逢坂大河。

殴り込みの後の大河は、ひょっとすると何もかもあきらめていたのかもしれないと思う。独身によれば、職員室でもかのう屋でもいつもの傲慢ぶりはすっかりなりを潜めていたと言うし、それは驚いたことに竜児に対しても同じだったのだ。
親に心を踏みにじられ、恋にも破れ、大河はタフすぎる人生に対して、あきらめかけていたのかもしれない。

停学になってからこっち、竜児は毎日掃除に来ている。大河が散らかすから、というのはもちろん言い訳で、本音は心配で一秒だって目を離していられないのだ。大河と来たら生活力皆無で、泣き虫で、目を離すとすぐに転んでけがをする、飯を抜いて貧血を起こす。
おまけにあっという間に部屋中をかびだらけにする。絶好調のときですら危なっかしい女なのだ。それが元気をなくしたとあっては、竜児が見捨てておけるはずもなかった。

239Startup ◆fDszcniTtk:2010/07/12(月) 07:40:37 ID:???
その心配も、もうすぐ終わる。

始めの頃こそ、「腹減ったか」「買ってきてほしいものあるか」「プリント持ってきたぞ」「夕飯持ってきたぞ」「今日の朝飯はアジの開きだぞ」「弁当、ここに置いておくからな」と話しかける竜児にも、大河はうん、うん、と返すだけでろくすっぽ会話が成立しなかったのだ。
まともに話したのは「ご飯はうちで食べるから持ってきて。停学中だから」くらい。

そのコミュニケーション不全もゆっくりと快方に向かい、今週になってからは竜児の一言一言に「減ったわよ、悪かったわね」「プリン」「おいといて」「遅かったじゃない。飢え死にしたらどう責任とる気なのかしら」「たまには肉を持ってきなさいよ」「うん」と、
罵詈雑言混じりの返事が返るようになってきた。

大河らしくなってきた。

少しずつ元気になっていく大河に、竜児は喜びを隠せない。始めはベッドルームのドア越しの会話だった。今はそのドアも開いている。そのうちリビングのチェアに座ってあれこれ竜児に悪口を言うようになるのだろう。それでいいのだ。早くそうなれ、と心の中でエールを送る。

完膚無きまでに打ちのめされても、きっと大河は大河は立ち上がる。文化祭の時もそうだった。今回だってそうに決まっている。小さな虎は打ちのめされても、やがては自分の脚で立ち上がり、世界に向かって再び吠えるのだ。それでいい。そうじゃなきゃいけない。

どれだけ世界が大河につらく当たっても、大河はちゃんと立ち上がる。竜児はそれを知っている。きっと来週は何も無かったように竜児に当たり散らしながら、元気に欅並木の通学路を歩いていることだろう。えらそうに、つんとあごをあげてすました顔で。

その姿を想像するだけで、竜児は優しい微笑みを漏らしてしまう。

大河の停学も、もうすぐ終わる。そしてまた、新しい日々が始まる。

(おしまい)

240 ◆fDszcniTtk:2010/07/12(月) 07:44:25 ID:???
>>237
あああ、橋本由香里じゃなくて、橋本由香利だった orz

241 ◆fDszcniTtk:2010/07/13(火) 01:27:43 ID:???
みんなコメントサンキュー!そして代理投稿の人もありがとう。

サントラからの連作二日目は「Happy Monday」
タイトル通り、今週もいいことあるぞ!と思わせる小曲。

242Happy Monday ◆fDszcniTtk:2010/07/13(火) 01:28:20 ID:???
「あーいいお天気!毎日こんなふうにいいお天気だったらいいのに。ね、竜児。お弁当のおかず何?肉?何肉?」

ゴールデンウィーク明けの初日。竜児と大河は久々の通学路を並んで歩く。さわやかない色合いの空に加えて、空気も新緑の香をはらんで、一年で一番さわやかな季節であることを思い出させる。

「朝から何なんだよおまえは。今日は塩じゃけにきんぴらごぼう。それからホウレンソウのおひたしだ」
「『何なんだよ』って、何よ。おかずを聞いちゃいけないって法律でもできたの?あと、塩じゃけってお肉じゃないじゃない」
「さっき俺んちで朝飯食ったばっかりで、いきなり昼飯の話かよ。それに塩じゃけは動物性たんぱく質だ」
「朝ご飯は朝ご飯、昼ご飯は昼ご飯よ。私はご飯のことはちゃんと知っておきたいの。喜びなさい、あんたは駄犬だけど料理の腕前だけは私が認めてあげてるんだから。
それからたんぱく質だろうが魚は魚よ。お肉とは認めない。いいこと?明日からは必ず肉を入れるのよ。具体的には豚か牛」
「はいはい、認めていただいて光栄です。まぁ、料理の腕はともかく、お前が鶏を肉と認めないなら、それでもかまわねぇけどな。お前の弁当、一生鶏抜きな。唐揚げの脂の乗った皮の裏側を食えねぇとは、お前もかわいそうな奴だぜ」
「なんてひどいこと!あ、みのりーん!」

目付きの悪い少年を従えて歩く小柄な美少女。いつも通りの凸凹コンビ。さわやかな風に心浮き立てて、ついつい気を抜いたか、これからたった一時間後、恐怖の転校生が二人の目の前に現れるなど想像もしていない。

いい色に日焼けした少女と合流した二人は、つかの間の平穏を楽しみながらいつもの通学路を元気に歩いていく。

(おしまい)

243 ◆fDszcniTtk:2010/07/13(火) 23:30:02 ID:gS8urfP2
PC壊れた orz

244高須家の名無しさん:2010/07/13(火) 23:32:15 ID:???
なんてことだ/(^o^)\

ってか、連作はGoogleDocとかでクラウドの保護下・・・なわけないか。

HDDが無事なことを虎と竜の神に祈る。

245高須家の名無しさん:2010/07/13(火) 23:35:54 ID:???
>>243
なんと!待ちます。
昨日分はもう一山欲しかったです。
大河との弁当論議の中にこうなんと言うか、罵倒の中の愛情分を隠せない大河の表情とかで。失礼しました。

246 ◆fDszcniTtk:2010/07/14(水) 00:23:27 ID:9CZ2iK8I
>>244
ご名答、テキストは雲の中だから無傷。ただ、投稿作業がネットブックになるから、
めちゃめちゃ苦痛だわ。大河だったらグズグズグズグズグズグズグズグズグズグズ
ドグズアホグズマヌケのコンコンチキ!くらいは言いそうに遅い。

>>245
だよねー。俺も一山ほしかった(w
なんかこう、やってみてわかったけど、ああいうさわやかなシーンを書くのが苦手
みたいだ。

サントラからの連作三日目は「Tiger VS Dragon」

とらドラ!の喧嘩には二つある。ひとつはつらくてたまらない喧嘩で、もうひとつは
滑稽劇の色合いをまとう喧嘩。後者を飾るのがこの曲。とらドラ!を代表する曲って
わけじゃないけど、何しろ大河が竜児を襲撃するシーンで使われたこともあって印象は
強い。

247Tiger VS Dragon ◆fDszcniTtk:2010/07/14(水) 00:26:53 ID:9CZ2iK8I
「あー、もう、みのりーん。また刺されちゃった」

ぺちっと首のあたりを叩いて、コンパクトサイズの少女が愚痴をこぼす。横ではいい色に焼けた少女が

「Oh! 俺っちは全然刺されてないぜ。たいがの血は特別おいしいのか?お前の血は何味だぁ?」

などと、おちゃらける。

ジャージ姿で座り込んでいる二人は夏の間に茂った雑草をひたすらむしりまくる。二人だけではない。二人の周りには同年代の少女が色気のかけらもないジャージに体を包まれて、うだるような暑さの中、あぢー、うざーいと愚痴りながら、だらだらと草むしりを続けている。

今日は夏休み中の最後の登校日。聞きたくもない訓示を聞かされた後、担任に指示されるまま、各組とも指定区画の草むしりにいやいやながら従事している。

「一体どうして私が草むしりをしなけりゃならないのよ。学校で人を雇ってむしればいいじゃない」

と、愚痴るのは、先のコンパクト少女、逢坂大河。麦わら帽子の下には三つ編みのロングヘアー、首にはタオルをかけて田舎少女風味。横で何が楽しいのかにこにこしながら草をむしっているのは櫛枝実乃梨。
常人には理解できない八木節スタイルでタオルをかぶるオシャレ上級者である。

「どうしてって、そりゃ労働も学業のいっかんだからだべ。さあさ、大河、がんばんなって。ほら、高須君もはりきってるじゃん」

そういって実乃梨がちらりと視線を送る先は、男子の一団。何とはなしに女子と男子別グループに分かれているのは思春期特有のテレみたいなものだが、その、男子の一団の中、一人立って檄を飛ばしている男がいる。

30 度を超える気温と厳しい残暑の強い日差しの下、まなじりを釣り上げているのは高須竜児。逆光の中でも怪しく光る白目の奥で、狂気に彩られた瞳を揺らしている姿はまるで魔王そのものである。事実周囲の空間はゆらゆらと揺らめき、土くれは地面を離れて浮かび上がり、
やがて地鳴りとともに牽属である1000の魔獣が地下の世界からあらわれたのであった。と、いうわけではなく、カゲロウ揺れる中、やる気のないクラスメイトを叱咤激励しているのである。

「あっちーよ、たかっちゃん、やめようよう」

などと泣き言をあげるクラスメイトのけつを叩きつつ、なおかつ人の倍の草をむしっていた竜児であったが、フェーズドアレイレーダーのように周囲の草の状況を監視していた高須アイの端に、一瞬目を向けた実乃梨の姿がはいったのだろう。
びくっと、体をふるわせて動きが止まる。

あうあう、と口が動いているのは、たぶん

「く、くし…えだ…」

とでも行っているのか。苦渋に顔をしかめているようだが、あれできっとにっこり笑っているつもりのはずだ。

ふと、大河は黙り込む。みんなと一緒にいった旅行では、竜児とその思い人である櫛枝実乃梨をくっつけるために大河は獅子奮迅の働きをしたのだった。しんかし、なんだか腑に落ちないところがある。どうも二人は大河が見ていないところでその距離を縮めたように思えるのだ。

「おう、たいが。ごらんよ。高須君あんなに汗びっしょりで苦しそうにしているよ」
「みのりん、あれ笑ってるんだよ」
「ええ?そうかい?日射病で倒れそうに見えるぜ」

やっぱり距離は縮まっていないのかもしれない。

安堵とも竜児に対する憐れみともつかない小さなため息が漏れる。しかし、そんなそんな大河の気持ちも知らず、竜児は照りつける日差しをモノともせずにクラスメイトを鼓舞している。その姿がちょっと気に障ったのは、単に意地悪な気持ちだったのか、
それとも横にいる実乃梨にだけ竜児が視線を送ったからなのかは、大河にもわからない。

248Tiger VS Dragon ◆fDszcniTtk:2010/07/14(水) 00:27:52 ID:9CZ2iK8I
「痛っ」

突然の刺すような痛みに竜児がほほを押さえ、次にこちらに視線を送る。大河のほうはしてやったり、と猛獣の笑み。右手は小石を親指ではじいたままの形。手乗りタイガーともなれば、おはじき遊びも流血騒ぎになりうる。

「何やってんだよ大河」
「あら、どうかしたの?」
「石ぶつけたろう」
「ぶつけてないわよ。石が草むしりの邪魔になったからどけたのよ」
「俺にぶつけたじゃねぇか」
「私の前に生意気な石が立ちはだかったから排除しただけよ。それともなに、あんたも立ちはだかろうっての?草をむしるのにも飽きたしあんたの髪の毛むしってやるのもいいかしらね」

がるる、と唸り声をあげて立ち上がる大河はいきなりやる気満々の中腰。竜児のほうはしょっぱなから『うっ』と腰が引けているが、想い人の手前かぐっと踏みとどまり、たいていの高校生が目をそらす三白眼を全開にする。喧嘩なんかする気はないのだが、
とりあえず殺る気まんまんには見える。

「暑いのに(夫婦)喧嘩やめろよ」

と、迷惑そうにクラスメイトがつぶやくが、そうしつつ二人のために場所を空けることも忘れない。手乗りタイガーの破壊力は4月の大暴れで証明済みだ。巻き込まれたら死ぬ。仲裁に割っても死ぬ。あと、超小声で言った『夫婦』を聞かれても死ぬ。

こんな場合、自分で仲裁しようとしてはいけない。駅にある不審物を自分で何とかしようとしてはいけないのと同じだ。エキスパートを呼ぶべきなのだ。2−Cにもこの手の事態を治め得るエキスパートは居る。

しかし。

「おーい、どこだよ北村先生、どこだよ」

北村祐作はどうやら生徒会長の指揮と青空の下、各部署を走り回って不在らしい。

「あれー、あみちゃんはどこ?」

とりあえず手乗りタイガーを煙に巻く能力の高そうな川嶋亜美は、美少女トリオごと姿を消していた。どうやら紫外線から避けるべくどこかの日陰でさぼっているらしい。

そして最後に残った頼みの綱である櫛枝実乃梨は

「OH! 夫婦喧嘩?ファィツ!!」

と、妙なテンションでポーズを決めて火に油を注ぐ構え。仲裁は期待できそうにない。こうなったら、ひたすら遠巻きに見守るしかない。もちろん横目でだ目があったら死ぬ。

睨みあう大河と竜児の周りには、いつの間にか灼熱の円形闘技場ができあがる。そして言うまでもないが、こんな場合すたすたと無造作に間合いを詰めるのは大河である。話し合いなどするはずがない。一気に暴力でカタをつけたほうが早いとでも思っているのだろう。

「ちょ、大河お前なんだよ!」

と、竜児があわてるものの、時すでに遅し。虎は必殺の表情。

249Tiger VS Dragon ◆fDszcniTtk:2010/07/14(水) 00:28:27 ID:9CZ2iK8I
ああ、高須死んだな、とギャラリーが遠目の横目で見守る中、びっと空気を切り裂いて手乗りタイガーの回し蹴りがさく裂した。と、だれもが思った。でも炸裂しなかった。

かっこ悪くも顔の前で手をクロスして顔を伏せる竜児の、そのまさにガードを打ち砕く寸前で、ジャージに包まれた大河の足が空中でぴたりと静止している。

「あれ?」

と声をあげたのは竜児。本人も死んだと思ったのだろう。目の前で制止する小さなあんよを見、そしてそのあんよの持ち主である手乗りタイガーを見降ろす。

「あ、あ、あ、あんた。なななに持ってるのよ」

大河のほうは視線どころの話ではなく、顔色を変え、目を見開いて身震いしている。その見開いた先には…

「何って、ああ、これか。さっき日干しになりそうだったから救い出して花壇に逃がそうと思ってたんだよ」

頭をガードする竜児の手には、ミドルサイズのミミズが一匹垂れ下がってにょろにょろとうごめいていた。ひぃぃぃぃぃっと声をあげたのは大河。そのまま猛然と後ろに吹っ飛ぶと、ごろごろっと後ろ向きに転がって、
草をむしり終わっていない校庭の一角にひっくり返った蛙のごとく無様に倒れこむ。

「なんだよ、ミミズぐらいでそんなに驚くなよ。てか、お前ミミズを何だと思ってるんだ。ミミズが土を食べて穴をあけるから土が耕されて肥沃に…」
「うるさーいっ!よるな!」

ダーウィン先生が聞いたら涙を流して喜びそうな場違いな講釈など耳に入るはずもなく、大河はその辺の草をむしって竜児に投げつける。猛烈なスピードで射出される草だが、残念なことに全部空中で失速して散らばるばかり。
こうなると手乗りタイガーもかわいい女の子に見えるから不思議不思議。

一方の竜児は目の前にミミズを掲げて見る。目を眇める姿は、のたくるミミズを巨大化させて校舎ごと破壊せんとする悪魔のようだが、もちろんそんなことは考えていない。大河がなにをそんなに嫌がっているのか純粋に理解できないのだ。
この場合、否は竜児にあるようだ。下手をすると大河が女子であることを忘れているのかもしれない。

「わわわかったから、そのミミズを捨てなさい。私の視界からすぐに取り除きなさい!」
「はいはいわかりました。ほら、ちゃんと花壇に放した。お前もいつまでひっくり返ってんだよ。ジャージこんなに汚しやがって」

ブチブチ文句を言いながら竜児はいつものように大河を立たせると、パタパタとジャージの泥を落としてやる。言われるままに立って、おとなしく泥を落とされている手乗りタイガー。

「お尻触るなエロ犬」
「お尻汚すなドジ。あーあ、髪にまで泥が入ってるぞ」

乱闘が起きる覚悟で見まもっていた2−Cの面々は、ホッとしつつも、いつものごとく『あの二人はわからねぇ』と心でつぶやく。

残暑の厳しい青空の下、いつも通りの平穏な大騒ぎ。

(おしまい)

250 ◆fDszcniTtk:2010/07/15(木) 01:19:40 ID:YLc7dbRY
連作四日目は「カンチガイアワー」

ちょっとオトナのシーンや怪しげなシーンで使われた色っぽい曲。ただし本気で色っぽいシーンには
使われていないところが「カンチガイアワー」のカンチガイたるところ。

251カンチガイアワー ◆fDszcniTtk:2010/07/15(木) 01:24:14 ID:YLc7dbRY
『……ねぇ、竜児ぃ……』

月に一度、母さんはひどく甘えんぼになる。

『……なんだよ、くっつくんじゃねぇ……』

いつもはパンパン飛び出す父さんへの軽口と、『なめたら承知しないわよ』って感じの私への態度が鳴りをひそめ、言葉少なく微笑みをたたえるようになる。父さんの横に立って、柔らかそうな頬に笑みをたたえながら優しげな視線で見上げるようになる。
そのさまは実の娘の私が見ても、かわいい、と抱きしめたくなってしまう。

『……だって……』

母さんがときたまそんな風に父さんに接することに気がついたのは、小学生のころだった。横に立って見上げながら、そっと袖をつかんでみたり、あるいは父さんに身を寄せて顔をすりすりとこすりつける姿を何度も見た。
父さんと母さんが仲良しだって話を学校の友達にすると、みんな驚いた。よその家ではそんなことはしないらしい。うちの父さんと母さんは仲良しだ。それがちょっと自慢だった。

『……竜河が聞いてるぞ……』

中学生になって、私はときどき母さんがこんな風になることには別の意味があると思い当たった。それはつまり、私たちの年頃が急に関心を持つことだ。私は気づいた。あからさまな話ではあるけれど、つまりこれは夜のおねだりだと。

『……聞こえやしないわよ、それより竜児。今夜…ね?……』

母さんは、父さんにああやってサインを送っているのだ。そう思うと、私はちょっとだけ嫌な気分になった。大好きな父さんの横に立っているのは、やっぱり大好きな母さんなのだ。それなのに、まるで父さんの気を引こうとする知らない女の姿が見えるようで。

それはきっと、初めて自分が意識するようになった男と女の生々しい行為を重ねて見ていたせいだろう。

『……だから朝っぱらから甘えてるなって……』

あの子供っぽい顔の母さんと、実の子の目から見てもこわい顔の父さんが愛し合う姿をふと思い浮かべて、その生々しさに、どこに向けたらいいのかわからない嫌悪感を抱いたこともある。

『……いいじゃない、少しくらい……』

今年、私は高校2年生になった。男と女の愛にはいろいろな形があることや、家庭を持つことの意味について、中学生の時よりも少しは分かるようになった。今、奥の部屋で声をひそめて言葉を交わす二人のことも、以前よりは理解できると思う。

『……しょうがねぇ奴だなぁ……』

月に一度、母さんはひどく甘えんぼになる。

『……ふふふ……』

ガラス細工の人形のように華奢な体をパジャマに包んだ姿で父さんにすり寄り、大人の女の微笑みで視線をからみつかせているのだろう。男と女の匂い立つような空気が奥の部屋からゆっくりと広がってリビングまで入り込み、椅子や、テーブルや、私までも包み込む。

そしてこんなとき、聞く者の心臓をとろかすような声で母さんがそっと囁くことを、17歳になった私は知っている。


『私、竜児のとんかつ大好きよ』

毎月第二土曜日の晩は父さんが料理登板だ。

(お・し・ま・い)

252 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:08:56 ID:P4vHwVSM
サントラからの連作の最後は「優しさの足音」

第一話の冒頭シーンで流れる、その名の通り優しい曲。とらドラ!のテーマ曲として推したい。
ちなみに気分がへこむ時には繰り返し聞いていたりする。

253優しさの足音 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:09:34 ID:P4vHwVSM
「母さん、ご飯もうすぐできるよ」

卵焼きを並べた皿をちゃぶ台に置きながら、母親に声をかける。それほど早起きじゃないのだけどれど、冬の朝は日が出るのも遅い。まだ、外は暗い。台所の弱々しい蛍光灯がついているだけの家の中も暗くて寒い。吐く息は白く、水は切れるほど冷たい。
もう少ししたら空も明るくなって、そうしたら南側の窓から朝の柔らかい光がこの小さな借家を満たすだろう。スリッパを脱いで歩く畳も、すこしだけ暖かくなるだろう。

「母さん!早く起きてよ」

味噌汁を並べ、ご飯をよそった茶碗をちゃぶ台においても、まだ母親は起きてこない。台所で急須と湯呑をお盆に載せながら、少年は白いため息をつく。

父親のいないこの家では、母親…高須泰子…が働いて家計を稼いでいる。物心ついたときから、外で働きながら自分の世話をしている母親をみていた少年…高須竜児…は、小学校中学年のころには、すでに台所に立つようになっていた。
泰子はそんなことはしなくてもいいと言ったが、子供から見ても泰子は働きすぎだったし、なにしろ体を壊したこともあった。だから、せめて朝の準備だけでも、と始めたのだった。
始めのころはぎこちなかった家事の腕前だが、2年ほどだった今では、すこしは手際も良くなっている。

「母さん、起きてよ、母さんてば。あーもう。泰子!起きろ!」

ふすまを開けて酒と化粧品の匂いが充満する母親の部屋に入り、寝ている泰子を揺さぶる。

「んーん、竜ちゃぁん、もうちょっと寝かせてぇ」

うつぶせに枕を抱えて丸まっている泰子を見ながら、竜児はため息をつく。帰りの遅い、というか毎日の仕事が朝帰りである泰子は、寝るのも朝4時とか5時だ。だから朝ご飯抜きでゆっくり寝ればいいと思うのだが、本人は『朝ご飯は一緒に食べる』と言い張ってきかない。
本人が起こしてくれと言っているから無理に起こしているのだ。しかし、決して寝起きのよくない泰子の姿を見て、竜児は毎朝のように起こすのをためらっている。

「じゃぁ、冷蔵庫に入れとくから暖めて食べてよ」
「だめぇ。一緒に食べる」
「どうするんだよぉ。早く決めてよ遅刻しちゃうよ」
「竜ちゃん起こしてぇ。一人じゃ起きられない」

蒲団の上でぐずる泰子の手を引っ張って無理やり起こす。女として一番美しい盛りのはずの体を覆うのは、ディスカウント・ショップで買った980円激安ジャージ。並みの男なら触れるのをためらうようなしどけない姿も、実の息子には何の効力もない。
座り込んだまま再び夢の中に落ちてしまいそうな母親の柔らかい体をゆすって立たせ、あくびをしている後ろから牛を追い立てるように洗面所まで押して歩いて顔を洗わせる。
皮膚が切れるように冷たい水に声を上げ、ようやく目が覚めた泰子をせかして今度は食卓に着かせると、やっと朝ご飯を食べられる。

だいたい毎朝こんな感じだ。

「いただきます」
「いただきマンモス!わー、今日もおいしそうにできたねぇ。竜ちゃんはどんどんお料理が上手になるねぇ」
「うん、毎日やってるからね」

そう、今日だけではなく毎朝ご飯は竜児が作っている。いつも通りの朝だ。だからいつもどおりの返事だったはずなのだが、何かがいつもと違ったらしい。目の前の泰子は小首をかしげて竜児の顔を見ている。

「おやぁ、元気ないなあ。どうしたのかな、友達と喧嘩した?」
「元気だし喧嘩なんかしないよ」

していないどころか、したことももない。痛くもない腹を探られたようで、竜児はちょっとぶっきらぼうに答えて見せる。

竜児は小学校に入るころには、自分の気持ちを殺して人に接するすべを覚えていた。そうしないと、友達から仲良くしてもらえないことを、身をもって学んでいた。竜児は、誰よりもよい子でなければ友達になってもらえない。母親しかいなくて、しかもその母親は水商売だから。

254優しさの足音 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:10:11 ID:P4vHwVSM
「じゃぁ、早起きがいやになっちゃったかな。ごめんねぇ。いつもご飯作ってもらって。明日からやっちゃんがつくってあげるからね」
「ちがうよ、そんなんじゃないって」

本当にそんなんじゃない。むしろ朝起きて、早親に朝ご飯を用意することは、小学5年生の竜児自身にとって必要なことになっていた。だって、ご飯を作っている間は、自分はこの家にいてもいいのだと信じることができる。

物心ついて一度も、竜児は父親の顔を見たことがない。母親からは一枚写真を見せてもらっただけで、その写真には母親と、テレビなら出た瞬間に犯人とわかる顔をした男の人が笑って写っていた。
父親についてその他に知っていることは、ぜんぶ母親の泰子から聞いたことだった。今では、ひょっとすると生まれたときには父親はいなかったんじゃないかと思っている。

ずっと泰子と二人っきりだった竜児は、大きくなるにつれて、託児所の大人たちの会話から、学校の友達の会話から、テレビから、すこしずつ外のことを知るようになった。この世には田舎というところがあって、そこには、おじいちゃん、おばあちゃんとよばれる大人がいること、
彼らは子供にやさしいこと、お年玉をもらえること、おもちゃを買ってくれること。泰子の仕事は水商売と言われていて、テレビではあまりかっこよくない役であること、友達のお母さんはみんな水商売が嫌いであること。
友達のお母さんは、みんな泰子より10歳も年上であること。

知ってしまったこの世界のことは、小学生である竜児にはあまりにも重かった。たぶん、同じような境遇の子供はたくさんいるのだろう。母親が一人で育てている子供なんてたくさんいるに違いない。自分だけがつらい目にあっているわけじゃない。
そう思った。だからといって、そのことを忘れてしまうには、あまりにも竜児は気まじめな子供だった。

泰子はたった16歳で自分を産み、一人で育てきたらしい。それは竜児にとって恐るべきことだった。なにしろ、この気が遠くなるような広い世界でたった一人、頼れるのは泰子だけなのだ。泰子以外に、お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、誰も、
竜児を育ててくれそうな大人なんか知らなかった。そしてもし、泰子が「もう、やめた。こんな子はいらない」と一度でも思っていたら、きっとそこで竜児の人生は終わっていたのだった。

泰子のことは大好きだ。だが、大好きである以上に、必要だった。泰子が今日竜児の前から消えたら、竜児も明日にはこの世界から消えるのかもしれなかった。ずっと前から『お母さんが死んじゃったらどうしよう』という漠然とした恐怖に震えていた竜児にとって、
『もし、泰子に嫌われたら』という想像は、二つ目の生死に関わる恐怖になった。

だから、竜児は家でもよい子であろうとした。小学生なりの真剣さで泰子を助け、『竜ちゃんなんかいらない』と言われないように頑張った。そんなことは考えすぎで、ひょっとすると学校の友達と同じように毎日遊んでいても大丈夫かもしれないとも思ったが、
そう考えても時たま沸き起こる不安は消えなかった。

だから、料理をすることなんて全然苦じゃない。料理をしていれば、竜児はいらない子にならずに済む。『竜ちゃんなんかいらない』と言われずにすむ。

それに本当のところ、ちょっとおもしろいなとも思っていたのだ。初めは見よう見まねだった料理も、やがて献立を自分で考え、食材を買うようになると、こんどは泰子の収入と突き合わせて値段のことまで考えるようになった。工夫すると、
少ないお金でもそこそこのご飯を作ることができた。楽しいと思った。そのうち晩ご飯も作ろうと思っている。

そういうわけで、竜児は一所懸命泰子を助け、いい子であり続けている。しかし、それでも不安はなくならなかった。漠然とした不安が時折思い出したように竜児を悩ませた。やがて大きくなったら、こんな不安にも勝てる強い大人になれるのだろうか、とそんなことを考える。

とはいえ、今日はそんな不安は一度も感じていない。不安といっても、時折心の隅に浮かぶだけなのだ。だから泰子が感じ取った何かは純粋にカンチガイなのだが、それでも正確に竜児の気持ちの真ん中を貫いていた。

泰子の問いかけに「全然なんともないよ」と振り払えなかったのは、それが理由だ。

「じゃぁ、竜ちゃんはどうしちゃったのかな。テストの成績わるかった?」
「昨日見せたじゃない。100点だったでしょ」

竜児はいい子でなければならないから、勉強だってしている。

「そっかぁ、竜ちゃん偉いっ!じゃぁ、いたずらして先生におこられちゃったか?」
「いたずらなんかしないよ」

いたずらなんかしたこともない。先生や泰子の言いつけを守らない子はいけない子だ。

255優しさの足音 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:10:54 ID:P4vHwVSM
「うーん、なんだろう。ああ、わかったぁ」

そういうと、優しい顔に泰子は満面の笑みを浮かべる。

「竜ちゃん、ガールフレンドほしいんでしょう」
「ええ?」

なんじゃそりゃ、と母親の斜め上具合に箸と茶碗を持ったまま脱力する。そんなものは別にほしくない。学校でも、男子と女子は別々のグループだ。男子と女子が並んで歩くのはかっこ悪いことだとみんな思っている。

「ガールフレンドなんかほしくないよ」
「ええぇ?どうしてぇ?ガールフレンドいいのにぃ」
「いいのにぃって、母さんガールフレンド持ったことないくせに」
「だってやっちゃんは女の子だったんだもん」

何が嬉しいのか偉そうに笑うと、泰子はにこにこしながら味噌汁を啜る。一口すすって、勝手に話を進める

「竜ちゃんは優しいからきっとかわいらしいガールフレンドができるよ」
「優しいのと可愛いのは関係ないよ」
「関係あるの!優しくておとなしい竜ちゃんには、元気でかわいいガールフレンドができるんだよ。でねぇ、竜ちゃんがぁ、その子を守ってあげるんだよ」
「元気なのに守ってあげるの?」

母親のばかばかしい妄想話を話半分に聞きながら食べていた竜児が箸を止める。

「そうだよぉ。男の子はぁ、女の子を守ってあげるの。女の子はみぃんなそんな男の子を待ってるんだよぉ」

父親に守ってもらえなかった母親は、にっこりと笑って竜児に噛んで含むように言う。

唐突に頭に浮かんだのは、真っ白なもやを背景に、大きくなった自分が小さな女の子を抱きしめている姿だった。ぼんやりとしたその想像の姿は、少しだけ竜児の気持ちを軽くした。自分が守ってあげるのを待っている女の子。自分を必要とする女の子。
そんな子があらわれたら、自分はここに居てもいいのか、などと悩まなくてもいいかもしれない。少なくとも一人、『あなたが必要』と言ってくれれば、竜児はこの世にいてもいい人間になれるはずだ。

「そんな女の子、いるのかなぁ」

ぽつり、とつぶやいた言葉を、泰子が拾う。

「いるんだよぉ。もうその子はこの世に生れていて、竜ちゃんと出会う日を待っていてるんだよぉ」

本当にそんなの女の子がいるのかどうか、まだ11歳の竜児にはよくわからない。

それでも、もしそんな子が現れたら、自分は強い大人になれるような気がした。
その子のために優しい気持ちになれるような気がした。
そんな女の子がいると考えるだけで、優しい日々が近づいてくる気がした。

二人が静かに暮らす部屋の南の窓から光が奪われ、そしてひどく騒々しいけれどまばゆい別の光が与えられるのは、ずっと先のこと。

まだ竜児も泰子も知らない先のこと。

(おしまい)

256 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:11:30 ID:P4vHwVSM
連作はこれでおしまい。コメントをくれた人、代理投稿してくれた人、本当にありがとう!

257高須家の名無しさん:2010/07/16(金) 22:31:35 ID:???
ありがとうございました!!
とても感動しました
お疲れ様です

258まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2010/07/31(土) 19:40:38 ID:???
まとめサイトを更新しました。
本スレが繋がらなかったのでこっちでご報告いたします。
抜けがあるようでしたら、ご指摘をよろしくお願いしますー



にゃんにゃん大河……ふぅ

259高須家の名無しさん:2010/07/31(土) 22:24:26 ID:???
いつも乙です

260高須家の名無しさん:2010/08/01(日) 05:21:29 ID:???
>>258
いつも乙&ありがとうございます。


本スレ(というかアニキャラ個別板)鯖移転しました。

【とらドラ!】大河×竜児【キラキラ妄想】Vol21
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/anichara2/1278256303/

261高須家の名無しさん:2010/08/02(月) 01:26:11 ID:???
更新乙です。
にゃんにゃん大河 か わ い す ぎ る ! ! これで夏を乗り切れるなw

自分が書いたやつが載ってるのは、なんとなく嬉しい

262高須家の名無しさん:2010/08/04(水) 01:00:01 ID:???
>>258
いつもありがとうございます。
自分の駄文に素敵なタイトル、感動しました。


ギシアン置いときますね。


「竜児、すごいことを思いついたわ!」
「なんだ?」
「私たちが気温より20℃くらい暑くなれば相対的に涼しくなるんじゃない?」
「……そりゃそうだろうが、20℃も体温を上げると死ぬぞ」
「やってみなけりゃわからないわよ! もしかしたらノーベル賞も……」
「間違いなく失敗だろ! 暑さでやられ放題じゃねぇかお前!」
「うるっさい! あんたも男なら黙ってコレに入りな!」
「……山岳用のエマージェンシーシートじゃねぇか!」
「そうよ。これならお互いの体温が逃げる事も無いし、保温性バッチリ」
「ま、待て! それはホントにシャレにならないならねぇ! っていうか、どこから持ってきた!?」
「問答無用! いくよ! 60℃の世界へ!」
「うわー!」

ギシギシアンアン

「大河……もう、無理……だ……」
「りゅうじー……私も……」
そのままぶっ倒れた二人は30分後、帰宅した泰子により発見された。
生まれたままの姿で……

263高須家の名無しさん:2010/08/10(火) 17:24:40 ID:???
また規制だ、dionは解除されない。鬱だ

264高須家の名無しさん:2010/08/12(木) 02:32:15 ID:oinaCpNI
エロいの読みたいな
ソフトエロじゃなくてしっかりエロ
性欲ぶつけながら愛情吐き出し合ってるような

265高須家の名無しさん:2010/08/12(木) 14:00:47 ID:???
エロパロ版のきすして読んだら?

266高須家の名無しさん:2010/08/12(木) 15:04:22 ID:???
>>264
書けばいいんだ。期待してるぜ!

267高須家の名無しさん:2010/08/23(月) 18:40:58 ID:???
書き込みtest

書き込めたら近日中に投下させて頂きます。。。
エロくはないですがご容赦下さい

268高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 01:56:57 ID:???
>>267
お待ちしております。

269高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 17:31:37 ID:CZ7LwMdA
>>267
楽しみにしてます
エロくなくても甘くなくても大歓迎

270高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:41:55 ID:???
先日図々しくも投下予告なんぞしてしまった者です。
予告したからにはと何とか書き上げました。
何レスかお借りします。
本スレのほうへの代理転載神様、大歓迎です。

では、よろしくおねがいします。

271高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:42:20 ID:???
だめよ大河・・・あなたが竜児を疑ってどうするの?

10月某日。
暮れゆく空に一番星が輝き、街に明かりが灯りだす黄昏。
とある学生アパートの一室で、1人の少女が大いなる苦悩の嵐に晒されていた。

それにこんなこと・・・竜児を騙すことになるのよ?

心の中の善の部分が自分を諭す。
分かっている。そんなこと、言われなくても分かっているのだ。

だが。しかし。

「確かめなきゃ・・・」

―そう、フィアンセとして。

少女の悲壮な決意が伝わったのか。
遠く、犬の遠吠えが聞こえる。


逢坂大河と高須竜児。
2人が母校・大橋高校を卒業してから、1年半が経った秋の夜のことだった。

272高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:42:52 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

事の始まりは、およそ5時間前に遡る。

「お、あーみん。しばらく見ないうちに一段と綺麗になったねぇ」
「・・・トイレ行ってきただけのうちに、あんたの中では何年経ったのよ・・・。
つーかやっと来たのかチビ虎。遅刻は罰金だよ」
「久しぶりねばかちー。しばらく見ないうちにちょっと太った?」
「太ってねえよ!ばっちり理想体型だよ!つーか一昨日も逢ったろ!?」

今大河と一緒に居る2人、櫛枝実乃梨と川島亜美は、高校時代からの親友だ。
2日前、偶然街で出会った大河と亜美が、
折角だからと3人で集まる機会を設けたのだった。

「ったくアンタらは・・・ホンット成長しないわね」
「おいばかちー。そのセリフ、わたしの体のどこを見て言った?」
「そうだぜあーみん。私のこのマッシヴ・ボディを見て、
成長してないとは言わせねぇ」

今や麗しの女子大生となった3人。
(約1名、入学直後に女子ソフト部に入部し、
麗しさから遠く離れたガタイを手に入れた者もいる)
親友とはいえ、各自のスケジュールの都合もあって、
3人で集まったのは半年ぶりになる。
話は自然、ここには居ない4人目の親友にして、
ここに居るある1名の恋人の話に及ぶ。

「しかし、なんだね。高須君、今日来れなくて残念だったねぇ」
「うん・・・。どうしても外せない補講が入っちゃってるんだって」
「へー。結構真面目に大学生やってんだ。あのナリで」

高須竜児。大河の恋人、いや婚約者。
かつては金銭的な問題もあって大学への進学を考えていなかった彼も、
母親や祖父母の熱心な説得と資金的援助もあって進学を決意、
元から地道な努力が出来る人格と地頭の良さも相まって、
名門と呼ばれる大学に合格した。
大学2年生になった今も、高校生のときから続く2人の仲は順調だ。

「ま、違う大学に通ってんだから、予定が合わなくても仕方ないべな」

ただ、2人は違う大学に通っている。
母親の意向もあって、大河は女子大に通っているのだ。

273高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:43:26 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

―今更結婚に反対はしません。ただし条件を1つ、聞いてもらうわ―
そう言って大河の母親が出してきた条件というのが、
自分の母校でもある女子大への進学だった。
当然大河は反抗した。4年間のキャンパスライフを恋人と過ごす、
ストロベリーな未来が崩れてしまうからだ。

一方で、母親の言うことに反対しきれない面もあった。
もともと理系の竜児と文系の大河が同じ大学に通おうとするなら、
どちらかがある程度ランクを落とす必要がある。
それでもお互いにお互いの邪魔にはなりたくない、と、
苦手な英語・数学に果敢にも挑んだ竜児と大河だったが、
竜児は長文読解相手に、大河は微分積分相手に連日敗戦を重ねていた。

2人の間でも、もしかしたら別々の大学に通うことになるかも、という未来は、
現実味を帯びつつあったのだ。

その日もインテグラル率いる微分積分軍の攻撃を受け、
壊滅状態に陥っていた大河にとって、
母親の出した条件は彼女を更に追い詰めるものだった。

しかし希望もあった。
母親の母校と竜児のもともとの進学希望の大学は、
かなり近くに位置していたのだ。
もし別々の大学になったとしても、かつて離れ離れになった距離よりも、
遥かに近くに居られる。なら―

悩みに悩んだ末、2人は、違う大学に進む決断をしたのだった。


だが、この2人においては、これでめでたしとなるわけが無かった。

274高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:44:20 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

「どの道一緒に住んでんだし、アンタんとこ遊びに行けばいつでも逢えるしね」


そう、2人は今、同じアパートの同じ部屋で生活しているのだ。


母親の母校に入学する、という条件を飲んだ大河は、
今度は逆に母親に条件を突きつけた。

―わかった。遺憾だけど、お母さんの通ってた大学を受ける。
その代わり、わたし、竜児と一緒に暮らすから―

一度は駆け落ちまでした身、反対するなら再び家出も辞さない覚悟であったが、
母親は反対しなかった。
これには大河の方がズッこけた。

大河の母とて、なにも嫌がらせで"女子大に行け"などという
条件を出したわけではない。
むしろ、娘と娘の恋人のことを考えての条件だった。

自分の出身大学は、それなりに名のある女子大だ。
贔屓目にみても振る舞いに女の子らしさの欠ける大河にとっては、
いい花嫁修業場となるだろう。
また、もし将来大河が就職しようとしたときには、
その名はきっと武器になるに違いない。
それに女子大であれば、婚約者の居る娘に変なムシがつく心配も無い。

(きっと竜児君だって安心だわ)

大河の母は、娘の婚約者のことをしっかりと認めていた。
高2の駆け落ち騒動を経てしばらく後、大河に改めて紹介されたときには、
初めて正面から見るその眼光の鋭さに、思わず110番に手が伸びたものだが、
何度か会って話をする内、彼女は竜児という男のことをきっちり理解していた。
品行方正、貞操観念もしっかりしている。
話すほどに、大河のことを一番に考えてくれているのが分かった。
経済観念に至っては、しっかりしすぎて逆に心配になるほどだ。
何があなたをそこまでさせたの、と。
ぶっちゃけうちの娘にはもったいないくらいかも知れない。

当然、そんな思いを娘に話したことなど無い。今更照れくさくって話せない。
このときも、様々な思いを胸に押し隠し、ただ一言、娘に告げた、

―コッソリ同棲されるより、いっそ初めから分かってた方が、
もしものときにも動揺しないで済むもの―

少し遅れて母親の言う「もしものとき」の意味を理解した大河は、
真っ赤になって久々に暴れた。
同時に、自分たちの仲を本当に認めてくれている母親に感謝した。


漢らしさを発揮した母親とは対照的に、父親の方はすこぶる女々しかった。

「だめですッ!同棲なんて、お父さんは認めません!」

いや、最初はある意味男らしかったと言える。
世の父親が娘の口から「同棲」という単語を聞いたときに示すであろう反応を、
彼はそっくりそのまま再現した。
ようやく自分にも心を開いてくれるようになった愛娘。
血の繋がりは無くとも可愛い可愛い娘なのだ。

「嫁入り前の娘が!いくら婚約者とは言え男と同棲なんて!
絶・対・に認めませんからねッ!」

しかしこの娘には既に婚約者が居る。
"お前もいつか、嫁に行く日が来るんだろうなぁ・・・"などと、
感傷に浸る余地すらなかった。
ならば、自分の元から旅立つまでの残り少ない日々を、
共に過ごしたいと思わない父親が何処に居る?

「お父さんはなァ・・・お前が成人したら、
一緒にお酒を飲みたいと思っ・・てっ・・!」

この辺りから涙声が混じり始めた。
大河が成人式を迎えた暁には娘と一緒にお酒を飲む。
それが彼の近い将来の楽しみだった。
そのためのワイン(大河が生まれた年のものをわざわざ探してきた)が、
すでに彼の私室に秘蔵されていた。

「なのにっ・・・なんでっ、ウチを出てくなんてっ・・・言うんだよぉお〜〜〜!」

本格的に泣き出した義父。今更だが彼はシラフだ。
娘と母親はそれを醒めた眼で見ていた。
基本的にこの逢坂家では、父親の意見は無視される傾向が強かった。

275高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:44:49 ID:???
通常なら大きな障害となるであろう相手方の母親は、
もはや説得さえ必要ないほど協力的だった。

―大河ちゃん、竜ちゃんと一緒に暮らせるんだ〜。
やっちゃん、大河ちゃんのごりょーしんが反対するかもって思ってたけど、
良かったね☆―

竜児の母、泰子に至っては、同棲に反対することはおろか、
認めた上で既に大河の心配をしていたのだった。
聞く人が聞けば、苦悩の上で子どもたちの幸せを祈っての決断、
なんと立派な母親か、と思うところかも知れないが、
この人の場合、恐らく特には悩まなかったに違いなかった。

薄々、いや多分にこうなることを予想していた大河は、
一応竜児の祖父母にもお伺いを立てた。
泰子には申し訳ない話だが、この2人に認めてもらえた方が、
安心感というか達成感がある。

彼らは言った。
―自分たちは一度娘に駆け落ちされた身、今更同棲に驚きも反対もしない。
ただ、ご両親に心配をかけるようなことだけはないように―

この2人が、自分の周りでは一番ちゃんとしている大人だ。
いつかはこんな夫婦になれたら、と思わずにはいられない大河であった。


かくして大河は無事、愛しい恋人との同棲生活を手に入れた―と思いきや、
思わぬところに、いや、ある意味では想像通りに、
最大最後の障壁が彼女の前に立ちはだかった。

通常なら大きな喜びを分かち合うはずの、同棲の相手だった。

「おっ、おまっ、同棲って!」
「なによ竜児!嬉しくないの!」
「いや嬉しくねえってことはないけど・・・
ただお前、同棲ってあの同棲だろ!?」
「一緒に暮らすってこと以外に、どんな同棲があるってのよ」
「そうだよ竜ちゃん!こういうときは、男の子がビシっとしないと!」
「泰子!お前は反対すべき立場だろ!」
「え〜なんで〜???」
「いや何でって・・・」

竜児は反対した。大河と一緒に暮らせるのは嬉しい。嬉しくないわけがない。
しかし婚約者同士とはいえ、お互い結婚前の身だ。
今までも同棲みたいなものだったが、泰子もインコちゃんもいたし、
大河も夜には自分の家に帰っていた。
しかし、いくらなんでも2人っきりでの生活は、マズイ。特に夜がマズイ。
そこまで自分が信用できない。

だが、すでに竜児を取り巻く状況は四面楚歌といえるものだった。
恋人はノリノリだ。
自分の母親もノリノリだ。
ここまではいい。この母親の頭のデキからしても、予想できない事態ではない。

しかし、なぜ大河の母親までノリノリなのだ?

同棲騒動の最中、竜児は援軍を呼ぶ通信兵の心持ちで、
大河の実家に連絡をとった。
冷静になってみれば、明らかにおかしい状況だ。
反対されて然るべき恋人の実家に、その反対を求めて連絡をとるなどとは。

返ってきたのは、本来ならば最も喜ばしいもので、
しかし今の竜児にとっては敗戦を決定付ける答えであった。

―大河のこと、よろしくね♪―
―大河のごどっ、よろじぐおねがいじまず・・・―

号泣していた大河の父親のことが気がかりだが、
恋人の両親にここまで言われて決心しないのは男ではない。
2人とも自分を信用して、愛娘を任せると言ってくれている。
この信頼、決して裏切るわけにはいかぬ。
婚約者でありながら同棲に最後まで反対するのが男の姿か?
というのは言わない約束だ。

2人で暮らせば家賃も半分、という超現実的な理由も手伝い
(というか結構大きなウェイトを占めていた)、
ついに竜児は大河との同棲に同意した。

大河にとっては結局、同棲相手、恋人の攻略に最も時間が掛かるという、
なんともアホらしく、そしてこの2人らしい波乱万丈であった。

276高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:45:19 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

「大河と高須君、今年で・・・3年目?ん?4年目だっけ?」
「もうじき3年目だよ」
「ほっほう。ということは、何だね。
あの輝ける17歳から、もうじき3年が経つということだね・・・」
「ちょっと櫛枝。年齢の話やめてくんない」

そして、冒頭大河を悩ませていた問題の話題に差し掛かる。

「でもさ、アンタ心配になったりしない?」
「年のこと?」
「ちげーよバカ虎、流れ読めよ。高須君の話だよ」
「竜児?」
「そうだよ。いくら一緒に住んでるって言っても、別々の大学でしょ?
しかも相手は共学。それってどうなんよって話」
「どういう・・・意味?」
「イチから説明しないとダメか?
よーするに、高須君に変なムシがくっついてたりしないかなーってこと」
「!」
「さすがあーみん、いい着眼点。高須君、誰にでも優しいもんねぇ」
「見た目はアサシンだけどね。それに理系女子って地味に可愛い子多いし。
ま、当然亜美ちゃんには敵わないけど?」
「つか私、この"何とか系"っていうのが微妙に許せないんだけど。
じゃあ何?私は?マッチョ系女子?ゴリマッチョならぬ女子マッチョ?」

無論、亜美も実乃梨も本心では有り得ないことだと思っている。
竜児の大河一筋っぷりは2人とも認めているところだ。
だから、竜児への恋心をそっと隠し、2人の仲を応援してきたのだ。
ただ、まだ春が遠い身として、ちょっとからかってみたくなっただけだった。

だが、2人は忘れていた。
逢坂大河という娘は、基本唯我独尊を地でいくが、こと竜児のこととなると、
一瞬にしてか弱い乙女に変わってしまうということを。

「竜児に・・・変な、ムシ・・・別の女・・・?」
「大河?」
「竜児が・・・浮気・・・?」
「お、おいタイガー」

震える声、血の気の引く顔。徐々に潤みだす瞳に気付いたとき、
2人は同時にやっちまったことに気付いた。

「うわ、き・・・?」
「あーバカ泣くな!冗談だっつーの!」
「そ、そうだよ大河!高須君は大河一筋だって!」

慌てて全力でフォローに回る亜美と実乃梨。
何せ大河はただでさえ、黙っていれば人形のような可愛らしさ。
故にその泣き顔は破壊力抜群、世の男性方の目を引くことは受けあいだ。
さすがにこんな街中で注目の的になるのは、2人とも避けたい事態であった。

「だいたい高須君、理系なんだからさ、そもそも女っ気なんか無いって」
「そうそう、私んとこの大学でもさ、
理学部棟はいい感じにムサムサしたオーラが出てるし」
2人は全国の理系男子を敵に回す発言で、先ほどの失言を取り消そうとする。
大河も、目元を少し拭って、落ち着きを取り戻した。

「ったくアンタは。高須君のことになるとすーぐ泣くんだから」
「うっうるっさいばかちー、もともとあんたがあんなこと言うから!」
「そうだよあーみん。今のはあーみんが悪い!」
「おい櫛枝、なんでアンタも被害者顔だよ!」

言い合いながら3人連れ立って、街中へと歩き出す。

277高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:45:44 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

時は進み。
今、竜児とともに暮らすアパートの部屋で、鏡を前に大河は悩んでいる。
あのあとは3人でショッピングに行った。
久しぶりに遊んだ親友たちとのひと時は、とても楽しいものだった。
だが、1人になった今、どうしても亜美のあの言葉が大河の脳裏に蘇る。

朝、今日は補講の後そのままゼミの飲み会があるから、と竜児は言った。
そのことが不安に拍車をかける。
ゼミの飲み会、ゼミの仲間。そこには女の子も居るのだろうか。

【もしかしてぇ、ほんとに浮気しちゃってるかもよぉ?】
頭の中で、悪魔が大河に囁きかける。
黒いセクシー衣装に身を包んだ川島亜美の姿だった。

{だめよ大河。あなたはフィアンセでしょう?信じるのよ}
同じく天使が大河に囁きかける。
こちらは白いドレスに身を包んだ自分の姿だった。

『さぁ両者一歩も譲らず、リング中央で睨みあっております!』
何故か実況が大河に叫ぶ。
スーツと蝶ネクタイを装備した、櫛枝実乃梨の姿だった。

【フィアンセだからこそ、確かめなきゃいけないんじゃないのぉ?】

悪魔の先制ブローに天使がよろける。
おのれ、いきなりいいパンチを。

{でも、理系は男ばっかりだって・・・}

天使が何とか反撃する。
ただ、その威力は若干心許ない。

【そりゃ男は多いだろうけど、女が1人も居ないわけないでしょぉ?】
【それに理系の女って、地味に可愛い率高いわよぉ?】

見事なワン・ツー。思わずたたらを踏む天使。
体勢を立て直す前に、更なる追撃が放たれる。

【みのりんも言ってたでしょぉ?竜児は誰にでも優しいって】

"女の子の理想は「優しい男」"
本屋で立ち読みした雑誌の文句が、タライのように天使の頭の上に落ちた。
くそ、審判。今のは反則じゃないのか。

{でも・・・でも、あなたがやろうとしている事は、竜児を騙す事になるのよ!}

ロープに腕を引っ掛けて、なんとか倒れずにいる天使。
最後の切り札、婚約者を騙せるのかと叫ぶ。

だが。

【そこまでするって、愛情の裏返しよぉ?】

とどめの一撃はクロスカウンターだった。
遂にマットに倒れ伏す天使。セクシーポーズを決める悪魔。
カウントは無用。両手を大きく交差させたのは、
いつの間に着替えたのか審判スタイルの実乃梨だった。

長い逡巡を経て、大河の決意は固まった。

決着のゴングの代わりか、遠く、犬の遠吠えが聞こえる。

278高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:48:31 ID:???
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翌週。

竜児は正門から学部棟へと延びる道を歩いていた。
道の脇に立つ大きなイチョウの木から、黄色い葉が風に舞いつつ降ってくる。

すっかり秋も深まったな・・・。

その木を見上げ、秋の日差しに眼を細め変わりゆく季節に思いを馳せる竜児。
はたから見れば、枯れ葉を散らして邪魔くせぇ木だ、
いっそ燃やしてくれようか、という表情に見える。
人通りが少ないのが幸いだった。

でも、イチョウの葉っぱって雨が降ると滑るんだよな・・・
ホウキがあれば掃いておくのに。
ああ・・・落ち葉を集めて焼き芋もいいな。

そこまで考えて思うのは、同棲している恋人・大河のことだ。
イチョウの葉が風に舞う切ない秋の景色からではなく、
あくまで食べ物、焼き芋からの連想だった。
この休みは、ゼミの講師がやけに張り切って補講を開き、
そのまま飲み会が開催されてしまったせいで、
余り大河に構ってやることができなかった。
普段なら不機嫌そうな顔を見せるところだろうが、
どういうわけか竜児をねぎらう余裕すら見せた。

成長したのかな・・・。

それが大河の償いの気持ちからくる行動とは露知らず、
竜児は1人喜びを噛み締めていた。

「こんにちは」
言って、ゼミの教室の戸を開ける。
「よう高須。今日も怖いな」
仲間が声を掛けてくる。
「うるせぇよ」
答えながら、竜児はカバンを机に置いた。
このゼミの仲間たちも、最初の頃こそ竜児の凶眼に明白にビビッていたが、
同じ教室で学ぶようになって半年、今ではすっかり打ち解けて、
冗談交じりの挨拶を交わせるようになった。
やはり大学生ともなると、人を見た目だけで判断する者も減ってくる。
仲間に恵まれたことに、感謝している竜児だった。

「教授はまだ来てないんですか」
「うん。またメスシリンダーと愛を語り合ってるんじゃない?」
竜児の問いに答えたのは、3年生の女子だった。

このゼミの教授は大学でも指折りの変わり者だったが、
難しいテーマでも分かりやすく説明してくれると人気だった。
竜児も、初対面から自分を怖がる素振りも見せなかった
この教授のことを信頼していた。

講義開始時間から10分ほど遅れて、ようやく教授が姿を見せた。
「いやぁ、遅れてすまない。ちょっと来客があってね」
ちょっとくたびれた白衣、天然パーマ気味の髪、メガネに無精ひげ。
人が研究者という言葉から連想する研究者そのものの格好だ。

を受けたりしている。

279高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:50:30 ID:???
すいません、調子こいて投下ミスりました。
最後の「を受けたりしている」は無視してください・・・恥ずい・・・

280高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:51:18 ID:???
「さて・・と。今日のゼミを始める前に、ちょっと君らに紹介したい人が居る。
ウチの1年生でね、来年このゼミに入りたいって、見学に来てるんだ」

学生たちからそれぞれ反応が返る。ゼミの下見など珍しいものではない。
そうは言っても、特に現2年生にとっては、
ゼミで"初めての後輩"になる可能性が高いのだから、気にはなる。

教授が続ける。
「女の子だ」

反応が大きくなる。ゼミに女子が居ないわけではない。
だがやはり、理系にとっては貴重な女子成分だ。
女子は同性が増えることに喜び、男子は純粋に女の子が増えることに喜ぶ。

更に続ける。ちょっと小声で。
「かわいいぞ」

男子学生のターボチャージャーに火が入る。
この教授は中々どうしてセンスが有る、というのは、
ゼミの男子学生共通の認識だった。
ゼミの女子に可愛い子が多いのも、
密かに教授がピックアップしたのだという秘密の噂がある。
実際は人望なのだろうが、彼の奥さんが美人なのが噂の信憑性を増していた。

「入ってくれ」
教授が廊下に向かって声を掛けた。

「失礼します」
可愛らしい声と共に、注目の女子学生が教室に入ってくる。
前列の女子が口元を手で多い、
斜め前の男子が机の下でガッツポーズをかました。

それほどに可愛らしい女の子だった。
文句がつけように無いほど可憐な容貌、華奢な体。
栗色の長い髪は三つ編みにして肩から前に流し、先っぽには小さなリボン。
頭に白黒チェックのカチューシャをつけ、
潤んだ大きな瞳には、赤い太めのフレームのメガネをかけている。
クリーム色のカーディガンと茶色のチェックのスカート、黒のタイツ。
ご丁寧にカーディガンは大きめで、おなかの前で組んだ手は、
半分くらい隠れていた。

良い・・・と、溜息混じりに聞こえてきたのは、
隣の男子の心の底からの感想だった。

竜児とて例外ではなく、素直に可愛いと思った。
だが同時に、頭の中だけで呟く。
でも大河の勝ちだな、と。
まったくもって、親バカならぬ彼氏バカの思考だった。

「伊形 サキといいます。よろしくお願いします。」

彼女はペコリと頭を下げた。


客人を一番後ろの席に案内して、教授は講義を開始した。
だが竜児の見立てでは、まともに聞いているのは半分ぐらいといったところ。
残りの学生は彼女―伊形サキさんを意識して、ちょっと髪型をいじってみたり、
何とか後ろを振り向かずに彼女を見ようと限界まで眼球を動かしたり、
逆に普段より3倍くらい真面目な態度で講義を受けたりしている。

281高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:53:05 ID:???
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どうにもいつもと違う講義風景の中、
最後列に座りながらもなお注目の的であるサキは。
にやけそうになる口元を、必死で押さえ込んでいた。

完璧・・・完璧だわ・・・

伊形サキは心の中で自画自賛していた。
この様子では、間違いなく誰一人として気付くまい。

自分が、この大学の学生ではないということに。

そして、第一目標であるあの男子学生―高須竜児も気付いてはいまい。

自分が、逢坂大河だということに。


これこそが、悩んだ末に大河が立案した作戦だった。
即ち、竜児の浮気疑惑を直接確認するために、変装して竜児の大学に乗り込む。
竜児は部活やサークルには入っていない。
となれば、最も浮気の可能性が高いのはゼミだ。
そこに、見学に来た後輩という仮面を被って潜り込む。

大学というのは、えてして非常に警備が甘い。
そもそも学生が多すぎて、誰が本当にこの大学の学生か、
見ただけで分かる者など存在しない。
学生っぽい格好をして平然としていれば、
例え正門の警備員の前を通っても疑われることはまず無い。
ましてや、もともとこの大学に知り合いの居ない大河にとって、
ひとたび大学内に潜入してしまえば、バレる可能性はほぼゼロに等しかった。
万一誰かに学生証の確認を求められても、忘れたの一言でどうとでもなる。

格好にも注意した。
普段は梳かしただけの髪の毛を、丁寧に編んで一本の三つ編みに。
服もいつものフワフワフリルのものではなく、理系女子っぽくシンプルに。
カーディガンは母親のお下がりだが、大河には少し大きい。
母は、中学のときに使ってたんだけどね、とか苦笑っていたので、
なんかムカついてタンスに叩き込んであった一品だ。
ついでに伊達メガネまでかけた。
鏡で自分を見たときは、化ければ化けるもんだと我ながら感心した。

そして名前。
さすがに逢坂大河と名乗るほどバカではなかった。
逢坂大河。AISAKA TAIGA。
このローマ字を入れ替えて、余ったAA
―それは忌々しくも、自分の胸のサイズを表す文字列だ―を投げ捨てる。
IGATA SAKI。伊形サキ。
ここから自分の本名を導くことは不可能だろう。

282高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:55:14 ID:???
つくづく完璧な計画だと大河は思った。
事実、このゼミの教授も、「来年から始まるゼミの下見に来た」という大河
―いや、伊形サキの言葉をやすやすと信じた。
竜児の大学のシステムは、竜児本人から聞いて知っていた。
これで気が済むまで竜児の疑惑を調査できる。

ただその完璧さゆえに、大河は重要な事実に気付いていなかった。
「竜児の浮気」という大前提が、そもそも存在していないという事実に。

そうとは知らない大河は早速、教室を見渡した。
このゼミには、男子学生が12人、女子学生が4人いる。

―おのれ、ばかちー。何が男ばっかりだ。4分の1は女じゃないか。

男ばかりで浮気の心配なし、というのが理想の結果であった大河にとって、
これはしょっぱなからよろしくない。
男同士の浮気の可能性は?という声が脳の奥底に生まれたが、
意識として認識される前に彼女の守護霊が握りつぶした。

―そのくせ可愛い子が多いとかいう無駄な情報ばっかり正確とは。

心底役に立たない奴め。
本人が居ないことをいいことに、ボロクソに文句を言う大河。
実に遺憾な事態だが、確かに女の自分から見ても可愛いのが何人か居る。

教授にもらったゼミ生の顔写真付き名簿を見る。
女子4人のうち2人が3年、2人が2年。
本来4年生もこのゼミには居るのだが、卒業研究の追い込みもあって、
2,3年生とは時間割が別らしい。

とりあえず女子全員の後姿を確認する。
名簿を見る限り、大河の警戒リストに載るほどの顔立ちの女子は、
3年に1人、2年に1人。他の2人もクオリティは高い。
3年のリスト入り女子は指輪をしているのが見えた。
あいつはセーフか?いや、お互い浮気という可能性も。

いずれにせよ、講義中に調査するのは無理だろう。
小さく息を吐いて、大河は黒板に眼を送る。
バリバリ理系のゼミの講義は、文系の大河にはさっぱりだ。
これならまだ「ふっかつのじゅもん」の方が憶えられる。
早々に諦めると、自然と眼が行くのはやはり竜児の方だった。

なぜかそわそわしている男子の横で、姿勢正しく教授の話を聞く竜児。
正面から見れば相変わらず妖刀村雨といった目つきだろうが、
まっすぐに教授と向き合うその姿はカッコイイと思えた。

普段、あんなふうに講義を受けてるんだ・・・。
もしわたしも一緒の大学に通ってたら、もっと近くに座れたのに。
学食で一緒にごはんを食べたり、図書館で一緒に勉強したり。
でもそしたら、同棲は無理だったかしら?
そういえば、ここの学食って美味しいのかしら。
理系は男の子が多いから、結構量重視かも。
学食で思い出したけど、今日の晩ご飯なんだろ。

結局、残りの講義の時間中、大河は竜児を眺めて過ごした。

283高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:57:25 ID:???
講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。
早速大河の周りに学生が集まる。
「伊形さん、って呼んでいい?俺の名前は―」
「伊形さん、1年生なんだよな?理学部の何科?」
「サキちゃんって、どの辺りに住んでるの〜?」

思わずどけぃ!と怒鳴りそうになって、
椅子に座ったままこちらを見る竜児に気付き、危ういところでそれをこらえた。
ダメだダメだ、今の自分は後輩の伊形サキ。
間違っても竜児に正体がバレてはいけないことを忘れるな。
もしバレて問い詰められたとき、理由を誤魔化し通せる自信は無い。

こういうとき、後輩ならどうするか。なりきるのだ。伊形サキに。
少し考えて、大河―いや、伊形サキは少し高めの声を出した。
「あ、あの。改めて自己紹介させてください。先輩方」

一生懸命なその様子に、一同の心が和む。

「初めまして。理学部物理学科1年の伊形サキといいます。
今日はゼミにお邪魔してしまってすみません」

物理学科は竜児の所属する学科だった。というか、そこ以外知らない。

先ほどからこちらを見つめる竜児が気になる。
声でバレたか?もっと高い声を出すべきだったか。

見つめ合う2人に気付いたのか、男子が声を掛けてくる。
「あー高須、お前睨んじゃダメだよ。俺たちはもう慣れてるからいいけど」
女子が重ねて声を掛ける。
「伊形さん驚いちゃった?ごめんねぇ。あの人見た目は怖いけど良い人だから」

「い、いや別に睨んでねえから!」
竜児は動揺しつつ返事をした。
嘘は言っていない。ただ見つめていただけだ。
何となく大河に似てるなぁと思って。
だがそれを口に出すことはできない。
ただでさえ、ことあるごとに彼女持ちの自分をからかう連中だ。
恋人に似てるから見てた。なんて言えば、
こいつらときたら、高須君たらハレンチ〜♪などと合唱しかねん。

そしてハタと気が付いた。伊形さんが不安そうな眼でこちらを見ている。
そうだ、最近めっきり忘れがちだったが、自分の目つきは凶器だった。
いかん、と思った。何とかこちらから声を掛けなければ。
そして誤解を解かなければなるまい。
これで彼女が怯えてゼミを変えるなどという事態になっては、
冗談抜きで男子たちに土下座させられる。

「え・・っと、物理学科2年の高須・・です。
っと、同じ学科なんだよな。何か・・おう、何か分からないこととかあったら、
遠慮なく聞いてくれていいから」
そこまで言って、ちょっと言い方がぶっきらぼうか?と考える。
何せ他人に気を配ることにかけては、1000人規模のこの大学でも、
彼の右に出るものはそうそう居ないだろう。

「いやホント、目つきはこんなんだけどさ、マジで睨んでたわけじゃねえから。
だから、その、なんだ。このゼミにようこそっていう気持ちをこめてだな・・・」
やばい、混乱してきた。元々女性と話すのが得意な方ではない。
ましてや後輩の女子と話すことなんて、高校のときでもほとんどなかった。

危険な眼をくるくるさせながら言葉を考える竜児を見て、サキが小さく笑った。

「ふふ、先輩。そんなに慌てないで下さい。ちょっと驚いちゃいましたけど、
先輩がいいひとっていうのは分かりますから」
「お、おう。そうか。ありがとう・・ん?ありがとう?」
「ふふ、ふふふ」

・・・まったく、いいかっこしようとしちゃって・・・。
どうやら竜児は、伊形サキの正体にまったく気付いていないらしい。
その安心も手伝って、大河はつい笑い出してしまっていた。

ゼミの学生たちは、この魔王と美少女の交流を生暖かい目で見ていた。
この娘はええ子やで・・・と、何故か関西弁の感想が聞こえる。

「ねえ、サキちゃん。時間があれば、みんなでカフェテリア行こうよ」

こうして伊形サキは、早くも竜児たちのゼミの人気者となったのだった。

284高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:58:21 ID:???
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その日の夜。

「ただいま〜」
「おう大河。おかえり。今日は遅かったんだな」
「ちょっと友達とお喋りしてて」

伊形サキから逢坂大河に戻って、大河は部屋に帰ってきた。

「ごはんなぁに?」
「サンマと肉じゃが。もうすぐできる」
「じゃ、待ってる」

にこ、と笑って大河は奥に引っ込んだ。
竜児から見えないところまで行って、ガッツポーズを1つ打つ。
返す返すも今日の作戦行動は完璧だった。
どの道浮気調査は一度では終わらない。
ゼミに頻繁に顔を出せるようになるため、いかにして溶け込むかが
最大の問題であったが、今日1日でその問題は解決した。

あのあと、竜児のゼミのメンバーと大学内のカフェでしばらく話をして、
伊形サキは見事に彼らと仲良くなった。
竜児のゼミは週2回開講らしい。
これで次回以降また顔を出しても、全く問題はないだろう。
今日の伊形サキは完璧に近い良い後輩だった。
まったく自分にこれほどの演技力があったとは。

更に嬉しい誤算は、伊形サキが竜児と仲良くなれたことにあった。
カフェでいつものようにドジをやらかしかけた大河
―サキを、竜児が助けてくれたのだ。
竜児は内心、こんなとこまで大河に似てるんだなと思ったものだが、
そうこうあって帰る頃には竜児をちょっとからかえるぐらいになれていた。
これなら、浮気調査もより円滑に進められるだろう。

既に大河から罪悪感は無くなりつつあった。
ゼミの後輩・伊形サキに対して、竜児は大河の知らなかった顔を見せる。
(竜児的には他人なのだから当然だが)
そしてなにより、叶わぬ夢と諦めていた竜児とのキャンパスライフが
実現したことの喜びが大きかった。

浮かれる心を、しかし大河は戒めた。
いけないいけない、これはあくまで浮気調査なんだから。
今日のカフェでも、竜児は結構女子に人気があることが窺えた。
やはり次回もゼミに顔を出すべきだろう。
1人決意を固めたところで、竜児の声が掛かる。

「大河、できたぞ。手ェ洗ってからこいよ」
「分かってる!まったくあんたは母親かっての」

小さなちゃぶ台につく2人。
以前竜児の家で使っていたちゃぶ台より一回り小さいそれは、
大河がごはんはどうしてもちゃぶ台で食べたいと言って買ったものだ。
食べてすぐ寝っ転がれるのがいいの!と言うのが表向きの理由。
本音は、大河の食事の思い出には、いつも高須家のちゃぶ台があったから。
そして、テーブルと椅子よりも、ちゃぶ台の方がお互いの距離が近いから。

姿勢よくサンマをほぐしていた竜児が、そういえば、と話し出す。
ちなみにほぐしているサンマは大河の分だ。
「今日、ウチのゼミに見学の後輩が来たんだ」
「・・・ヘエ。ドンナ人?」
「?なんでそんなカタコトなんだお前。
いや、それが珍しく女の子でな。男連中が盛り上がってたよ」
「ふうん。その子・・・その子、可愛かった?」
テレビを見ながら問う大河。少し考えて竜児は、
「けっこう、な」
そして心で呟く。お前には負けるけど、と。

「ふうん」
答えた大河は実際心臓バクバクだった。可愛い。この男、可愛いと言ったか。
それは私だ。あんたが可愛いと言ったのはこの私。普段滅多に言わないくせに。

そこまで考えて、はた、と大河は気が付いた。
竜児が可愛いと言ったのは伊形サキ。だが竜児はサキは私だと気付いてない。
つまり、今の「可愛い」は・・・。

「あ、あんた・・・」
「?」
「その子と私、どっちが可愛いってのよ!!」
「ぶお!?米を口に入れたまま怒鳴るな!」
「うっさい!!答えなさい!!答えによっては・・・!!」
「待て、分かった!まずは落ち着け!」

虎と竜の夜は、こうして更けていく。

285高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:59:33 ID:???
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「こんにちは」
言って、ゼミの教室の戸を開ける。
「あ、サキちゃん!今日も来てくれたんだね!」
3年の先輩が声を掛けてくる。
「すみません、またお邪魔します」
答えて、指定席の一番後ろへと歩いていくサキ。
彼女の死角で、ハイタッチを交わす男子が居た。
このゼミの女子は比較的クオリティが高いとは言え、伊形サキはまた別格だ。
早速、話に混ざろうと腰を浮かせる男子―
「うっす」
―のすぐ後ろに、鬼が立っていた。
「ぎょえ」
「おう、何変な声出してんだ」
普通に教室に入り、サキを見つけてちょっと目を大きくした竜児。
その表情は、凶気を宿した戦場の鬼と呼ぶにふさわしいものだった。

「こんにちは、高須先輩。また来ちゃいました」
「おう、いや、大歓迎だ」
サキと竜児が言葉を交わす。
ゼミ生には不可解極まりないことに、この鬼神と美少女は何故か仲が良かった。
正体を暴いてみれば同棲中の婚約者同士、仲が良いのは当然のことだったが、
そんな理由を知る由もないゼミ生たちは首を捻るばかりだ。

その脇に立つ女子が、お?と声を発した。
「あれ?なんか良いニオイする?」
「おう、昨日新作のクッキーを焼いてみたんだ。
また感想を聞きたいと思って持ってきた」
「ほんとに?やったあ!」
竜児は時折、自作のお菓子をゼミに持ってきては、
皆に配って感想を募っていた。

きっかけは、まだゼミの仲間にビビられていたころ、
皆と何とか仲良くなろうと持ってきたクッキーだった。
竜児的には悩みに悩んだ苦肉の策であったが、これが猛烈にウケた。
1人暮らしの大学生は、何故か料理の腕を自慢したがる傾向がある。
だが竜児が持ってきたものは、その辺の自称"料理上手"など裸足で逃げ出し、
下手すればお菓子屋も逃げ出すかも知れないレベルのクッキーだったのだ。
それを自作だという竜児。最初は皆半信半疑だったが、
原材料から作り方まで実際にやったとしか思えない竜児の説明と、
試しに、とリクエストされて翌日には持ってきた激旨のアップルパイで、
ゼミ生たちはこれは間違いなく自作なのだと理解した。
かくして竜児は、「料理が凄まじく上手い、凄まじい顔の優しい男子」として、
ゼミに馴染むことが出来たのだった。
後に、この称号には「凄まじく掃除にうるさい」の一文が加わって今に至る。

以降、恐怖心も消えたゼミ生にせがまれるままお菓子を作る竜児であったが、
これを試作として、よりレベルアップさせたものを大河に振舞うことが出来る、
というメリットに気が付いた。
基本的に大河は食事の感想を言わない。
「マズイ」と思ってはいないだろうと竜児も予想していたが、
それでも自分の料理を客観的に評価してくれる人間が欲しかったし、
より美味しいものを愛する人に食べさせてあげれるのは喜びでもあった。
ただ、その思考は通常女性のものであるということに、
竜児は気付いていなかった。

かくして、ゼミ生にとっては美味しいお菓子が食べれる、
竜児にとっては大河に食べさせる前の練習と感想が聞ける、とお互いの
利点が一致し、このゼミではお菓子の品評会が開かれるようになったのだ。

286高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:59:50 ID:???
竜児がバッグから取り出したクッキーに群がるゼミ生たち。
ところが、この教室にそれを快く思わなかった人間が1人いた。
(な、な、何やってんのよ竜児・・・!
そういうのはわたしにいちばんに食べさせるもんでしょ・・・!)
伊形サキ―つまり大河である。

正直言って嫉妬であった。竜児の料理は、高校のころから自分専用だったから。
竜児が新しいレシピを憶えたときも、
大河にせがまれて初挑戦のお菓子を作ったときも、
いつも一番にそれを食べるのは大河だったし、
竜児もそれを嬉しそうに見てたのに。

実際に言ったことはなかったが、
竜児が自分好みの甘い卵焼きを初めて作ってくれたときも、
辛さ控えめに調整したカレーを初めて作ってくれたときも、
そもそも初めてチャーハンを作ってくれたときだって、
密かに大河は絶賛していた。
竜児から料理を教わり、簡単なものなら作れるようになってきた最近では、
竜児が作ってくれたご飯やお菓子から
技術や味付けを盗もうと頑張っていたのに。

それをこの男は・・・!

だが、続いてその怒りは危機感に変わった。
今回のクッキーの感想を、皆が竜児に告げている。
皆。女子もだ。
1人の女子が竜児に近づく。警戒リストに載るあの2年女子だ。
まずい、と大河は思った。
この高須竜児という男、普段料理の感想を言ってくれる人が傍に居ないため、
(大河は基本「あー、お腹一杯」が感想だし、
泰子は「さすが竜ちゃん、おいし〜い☆」しか言わない)
真剣に褒められると真剣に照れるという傾向がある。
そして例のリスト入り2年女子は、結構竜児を気に入っている節があった。
ここで自由にさせては、竜児の中で彼女の好感度が上がってしまう・・・!

大河は素早く行動した。
ゼミ生たちの後ろを風のように移動し、竜児の隣のポジションを確保。
すかさずクッキーを一枚食べ、例の女より先に竜児に感想を言う―
という計画であったが、クッキーを食べたところでフリーズした。

美味しい。
人間、あまりに美味しいものを口にすると、一瞬行動が停止するということを、
大河は身を以って知ることとなった。
しかも、竜児は新作と言うこのクッキー。これは自分の好きな味だ。
もしかして、わたしに食べさせるために練習を・・・?

大河は元来思い込みの激しいタイプであったが、
今回はその思い込みが珍しく現実とマッチしていた。
クッキーの美味しさと「わたしのために」という思い込みの一文が、
彼女から怒りも危機感も拭い去っていく。

「おう、伊形さん。どうだった?」

竜児が尋ねる。
未だ思い込みの中に居た大河は、喜びと感謝を混めて返事した。

「おいしいです・・・すごく。なんだかしあわせになっちゃいます・・・」

日向のように微笑むサキに、ゼミ生たちは皆心を射抜かれた。
男子も女子も漏れなくズギューン!という音を聞いていた。

数分後、幸せそうにもぐもぐするサキを囲んで
異常なほど穏やかな時間が流れる教室に、
教授が大変に申し訳なさそうな顔をして入ってきた。

287高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:00:20 ID:???
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翌日。

大学から帰ってきた大河に、竜児がおやつを作ってくれた。
大河の想像通り、あのクッキーを焼いてくれたのだ。
ゼミ生からの感想を活かし、より美味しくなって振舞われたクッキー。
大河は珍しく、心からの感想を述べた。

「ありがと、竜児。すっごくおいしい」

おう、そうか、と嬉しそうに、サキには見せなかった笑顔を浮かべる竜児。
大河は久しく忘れていた罪悪感を思い出した。

288高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:00:51 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

もう浮気調査も終わりにしよう。竜児はきっと、浮気なんかしていない。
そう思いつつも、それからも大河は伊形サキとして何回かゼミに顔を出した。
その度みんなで喫茶店でお喋りしたり、食事に行ったり。

はっきり言って今の大河にとっては、
竜児と過ごすキャンパスライフの方が重要なものになりつつあった。
ゼミに行く度、これで最後、これで最後と思うのだが、
この夢のような生活を中々終わることができなくて。

いっそバレてくれれば終わりにできるのに・・・。

大河がそんなことを考え始めた折、事件は起きた。


「告白された!?」
「声がでけえよ!」

いつものようにゼミの教室の戸を開けた大河の耳に届いたのは、
竜児とその友人のそんなやり取りだった。

「ちくしょう、なんで俺じゃなく高須に・・・」
「いや、それを俺に言われても・・・」

竜児が、告白された?
誰に?

「で、相手は?」
「同じ学科らしいけど、知らない人だ」

あんた・・・あんた、それで、どうするの?

「それで?どうするんだ?」
「いや、断るよ。俺にはもう」

詰めていた息をどっと吐く大河。
良かった。本当に良かった。やばい、ちょっと涙出てきた。

だが、彼らの話はそこで終わらない。

「そうか、高須にはもう彼女が居るんだったな。
つーかさ、俺、高須の彼女の話ってほとんど聞いたことないんだけど、
どんな人なわけ?」
「あ、私もそれ、聞きたいなー」

後ろから突然聞こえた声に、思わず体が浮き上がる。

「ひゃあ!?」
「わ!ごめんサキちゃん、驚かせちゃった?」
「い、いえ・・すみません、入り口ふさいじゃって」
「べっつにぃ〜。それより、サキちゃんも高須君の彼女の話、気になるよねえ?」
「え・・・」
「勘弁してくださいよ、先輩・・・」

困り果てた竜児の顔。だが、これはこの上ないチャンスだ。

普段竜児は滅多に好き、とか、可愛い、とか、愛してる、とか言ってくれない。
この男は、見た目とは裏腹に非常に純情かつ照れ屋なのだ。
浮気調査などとやってはきたが、
実際大河も心底竜児の愛を疑っているわけではなかった。
だが、それでも軽い疑いを抱いてしまうのは、言葉が少ないからだ。
いかに気持ちが自分に向いているとしても、時には言葉が欲しいのだ。
明確な、好意を表す言葉が。

289高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:01:38 ID:???
「わたしも、高須先輩のコイビトさんのこと・・・聞いてみたいです」

だが、今なら聞ける。今の自分は逢坂大河ではない。ゼミの後輩、伊形サキだ。
全くの他人という立場から、竜児に聞いてみたいことがあった。

「ほら、サキちゃんもこう言ってるし。これも後輩の勉強のためだと思って」
「何の勉強ですか、何の」
ここぞとばかりに竜児は先輩に凶眼を向ける。
完全に凶悪犯の顔だが、すでに彼の本質を知っている先輩には通じない。

いっそ逃げるか。
チラ、と入り口の方を見た竜児の目に、教室の戸を閉めるサキの姿が映った。

だめだ、これは逃げ切れん。

せめてもの抵抗に、竜児は自分から語るのは嫌だ、と意思表示する。
「聞いてくれれば答えれますけど、自分から話すのは・・・」
「あー分かってる分かってる。高須君ってそういうタイプだもんね。
じゃあ・・・聞きたい人!挙手!」
バッと皆の手が挙がる。
「料理が凄まじく上手く、凄まじく掃除にうるさい、凄まじい顔の優しい男子」
高須竜児の恋人には、皆興味があるのだった。
「とりあえずさ、どんな人?」
先輩から指名された男子が聞く。
「どんなって・・・」
「やさしい、とか、かわいい、とか、料理がうまい、とかあるだろ」
「そうか、そうだな・・・うん、そりゃ・・・かわいい・・・かな。わがままだけど。
料理は・・・最近練習してて、まだまだだけど一生懸命だから」
教室内がヘンな空気になった。擬音で表すと、ニヨニヨ、といった感じだ。
「な、なんだよ!お前が聞いたんだろ!」
「いやぁ、そんな真面目に答えてくれるとは・・・ねぇ?」
質問した男子が楽しそうに言う。
竜児は普段結構落ち着いているから、慌てているのが面白い。

「ハイ次!」
「写真とか持ってないの〜?」
女子が聞く。
「おう、いや、あるけど・・・待て、見る気か?」
「まぁまぁ減るもんじゃないし。ほら、先輩命令」
「うぐっ・・・」
先輩が詰め寄る。
竜児は上下関係にしっかりしている。そこを逆手に取った強行手段だった。
心から渋々、といった感じで、竜児が携帯を渡す。
待ち受けにするのは恥かしすぎてできないが、
2人で撮った写真がフォルダに入っていた。
「どれどれ・・・うおっ!?何コレ!超かわいいじゃん!」
先輩が叫び、携帯を質問した女子に回す。
何コレって・・・と呟く竜児を尻目に、ゼミ生が携帯を覗き込む。
反応ははっきり分かれた。
女子。キャー!かわいいー!と興奮状態に陥っている。
女子はすぐに可愛いというが、これは最上級の可愛い、だ。
男子。特に声は上がらない。
だが各自、目が竜児と携帯を往復している。
皆の心は1つだった。高須、あとで泣かす。

あぁ・・・やっちまった。
竜児は赤くなる顔を隠して窓の外を見た。
大河がここに居なくてよかった。この空気には耐えられまい。
恐らく机をなぎ倒すか、自分をなぎ倒すかするだろう。
そして空の彼方に1人謝る。
大河・・・すまん。お前を晒し者にするようなマネを・・・。
今日はすき焼きにするから。許してくれ。

290高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:01:56 ID:???

明るい興奮と静かな殺意に満ちる教室の中、
大河は気絶寸前のところで何とか意識を保っていた。
可愛い。この男、可愛いと言ったか。今回は間違いなく大河のことだ。
あの竜児が。滅多に可愛いなんて言ってくれない竜児が。可愛い、って。
しかも携帯に自分の写真を入れていたなんて。
わたしは携帯に入れるどころか待ち受けにしてあるけど、
竜児は絶対そんなことしてくれないと思ってた。

頭の中で喜びの宴が始まる。心臓は秒間3000回転だ。
だがまだ倒れるわけには行かない。
逢坂大河として、今は伊形サキとして、
何としても聞いておきたいことがあった。

そろり、と小さな手が挙がる。
「ハイ!お、サキちゃん!」
指名されたサキは、うつむいてもなお隠し切れない真っ赤な顔で、
小さく、しかし何故か決意が感じられる声で聞いた。
「たかす先輩は・・・その人のこと・・好き、ですか・・・?」
妙に静かになる教室。

な、なんてことを聞きやがる、この1年。
そんな目でサキを見つめる竜児。実際、全くその通りのことを思っていた。
だが、答えずに居ることは難しそうだった。
まず、先輩女子の目が痛い。生暖か〜い笑みでこちらを見ている。
同級女子の目も痛い。
楽しいネタ見つけた!という声が、目から聞こえてきそうなほどだ。
男子たちの目など、もはや直視できない。
おい・・・答えろよ・・・。てめえ、サキちゃんの質問に答えねえ気か・・・?
静かだが明らかな殺意。
バーゲンセールのとき、同じ品物を掴んだ主婦の目にそっくりだ。
普段は人の顔を犯罪者でも見るような目で見るくせに、
バーゲンのときだけは、敵兵に銃を向けた軍人のような目をする。

熱くなる顔、震える唇。
強く目を閉じ、もはやヤケのように答えた。
「ああ!好きだよ!」

竜児にとってはトラウマになりそうな歓声が沸き起こる教室から、
小さな影がそっと出て行った。

291高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:02:25 ID:???
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中庭。
洋風の小さな木製ベンチと外灯、1本の小ぶりのイチョウの木が立つ、
それほど広くは無い空間。
休み時間になれば人が集まるこの場所も、
夕方に近い今の時間では人影も見えない。
そのイチョウの木の下に、1人の少女が立っていた。
三つ編みにした栗色の髪、秋を連想させる色合いの服。
柔らかなオレンジ色の陽光が、棟の間を通って注いでいる。
ざあ、と吹く風に、イチョウの木の葉が舞い上がる。
そのまま一枚の絵か写真に出来そうな、切なく美しい秋の風景―

「ッッしゃあッ!!」

―が、一瞬にして崩れた。
絵の主役とも言える少女が、
無死満塁のピンチを3連続三振で切り抜けた高校球児の如く、
雄たけびと共に熱いガッツポーズをキメたからだ。
「ッしゃあッ!うっしゃあッ!!」
そのまま2度、3度とガッツポーズをかます少女。
夏の甲子園のマウンドに変わる秋の中庭。
偶然か否か、部室棟の方から吹奏楽部の演奏する「タッチ」が聞こえていた。
もうお分かりかと思うが、件の少女は大河扮する伊形サキだ。

(「たかす先輩は・・・その人のこと・・好き、ですか・・・?」)
(「ああ!好きだよ!」)

「〜〜〜〜〜ッ!!」
思い出し、感極まって映画「プラトーン」のあのポーズをとる大河。
これこそが、大河がどうしても聞きたかった質問であり、
どうしても聞きたかった答えだった。
ひとしきり喜びを体現したあと、
近くのベンチに座って改めて記憶を呼び起こす。
かわいい。すき。
今日1日で、滅多に聞けない竜児の言葉を2つも聞いてしまった。
ICレコーダーを持っていなかったのが心の底から悔やまれるが、
頭の中の最重要フォルダに確実に保存する。

心地よい達成感と幸せに浸る大河。
「!」
思わず、目から涙がこぼれる。だがこれは、幸せの涙だ。

もう十分だった。なぜ自分は、竜児が浮気してるなんて思ったんだろう。
赤い顔で。ヤケみたいな声だったけど。心から好きだと言ってくれた人を。
もはや疑いの余地は無かった。
そもそも、あんな脂肪ばい〜ん女の言うことを真に受けたのが間違いだった。

もう十分。思い残すことはないわ。
涙を拭って、未練も何もなく大河はすっきりとそう思った。

伊形サキ、ありがと。あんたのおかげで竜児と一緒に大学で過ごせた。
あんたのおかげで竜児の気持ちが聞けた。
ありがと。そして、お疲れ。

この日、伊形サキは、その使命を全うしたのだった。

292高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:02:45 ID:???
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「えっ!?伊形さん、転学!?」

3日後。今週2回目のゼミで、大河―サキはそう告げた。
竜児の浮気調査も終わり、完全無実の判決が大河の中で下された今、
名残惜しいが伊形サキとしてゼミに来るのも、終わりにしなくてはならない。
竜児を騙していたこともさることながら、
このゼミの人たちに見学だという嘘を吐き続けるのも辛かった。
皆、本当にいい人ばかりだから。

「はい。親の転勤で・・・。
両親は1人暮らしして大学に残ってもいいって言ってくれてますけど、
やっぱり心配だと思うので。わたし、1人娘だし」

男子たちが泣いている。冗談ではない漢の涙だ。

先輩が、眉尻を下げて悲しそうな声を出す。
「そうかー・・・残念だよホント。来年楽しみだったのに」
「本当にごめんなさい・・・なかなか言い出せなくて・・・」
「あーいや、サキちゃんを責めてるわけじゃないよ!」

皆が本当に残念がってくれているのを見て、大河は嬉しくなった。
存在からして嘘の自分を、こんなに惜しんでくれるなんて。
だからこそ、もうこれ以上、自分の勝手で嘘は吐けない。

「本当に、今までお世話になりました!ありがとうございました!」

サキはペコリと頭を下げた。

「よし!じゃあ今日は、ゼミが終わったら皆で飲みに行こ!
サキちゃんの送別会だ!」

おう!と皆から返事が帰る。
1人、この後学会に参加せねばならない教授が、廊下でハンカチを噛んでいた。

293高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:03:27 ID:???
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「うぷ」
「お、おう、大丈夫か?」

夜11時。
サキは竜児に背負われて、夜の道を駅に向かっていた。

「み、皆さん、お酒強いんですね・・・」
「伊形さんの弱さも、よっぽどだと思うけどな」

あはは・・・と力なく笑うサキ。
ゼミ生総出で行われた送別会では、先輩たちが無双の酒豪振りを発揮し、
理系らしく酒の混合実験などが行われた。
最後まで笑顔が絶えない会ではあったが、
ウィスキーと日本酒の混合実験で出た被害者は、笑ってられない状態だった。
大河―サキはというと、お酒に強くないことを自覚し飲まずにいたのだが、
どうしても断れない最初の一杯と、後は立ち込める酒臭さで酔っ払ってしまい、
今は竜児に背負われているという状態だ。

「確認するけど、駅でいいんだな」
「はい・・・そこからタクシーで帰れますので・・・」

奇跡的に、大河はボロを出していなかった。
なんとか最後までサキを演じきろうという女優魂が、
彼女にギリギリの理性を残していた。

ふと竜児が時計を見る。
「たかすせんぱい・・・おいそぎですか?ほんとうすいません・・・」
「ああいや、そういうわけじゃないんだけどさ」

そこで大河は気が付いた。もしかして、わたしのことを気にしてるの?

「かのじょさんですかぁ?」
サキの質問に竜児が答えた。
「ああ、メシ、どうしてるかなと思って」
言ってから、やべえ!と竜児は思った。この言い方だと・・・。
「いっしょにすんでるんですか?」
竜児は何も答えられなかった。
これだけは、あの日の彼女追及騒動でも漏らさなかった事実だったのに。

「しんぱいいらないですよぅ。だれにもしゃべりませんから」
笑い混じりのサキの声に、ふう、と竜児は息を吐く。
これがゼミの連中にバレたら、全部話すまで家に帰してもらえないだろう。

「悪いな。頼むよ」

肩越しに聞こえる竜児の声。大きくて温かい背中が、
歩くに合わせてゆりかごのように揺れる。
それがとても心地よくて、大河は夢半分のまま話し出した。

「せんぱい・・・かのじょさんのこと、だいじにしないとだめですよ?」
「分かってるよ」
半分眠っているようなサキの声に、竜児は素直に答えた。
この調子だと、明日になったら全部忘れているだろう。
「このまえせんぱい、かのじょさんのこと、すきだーっていいましたねぇ」
「それもまとめて忘れちまえ」

「たまには、いってあげてくださいね?」
「え?」
思わずサキを振り返る。
彼女は竜児の肩に顔を埋めたまま喋り続けた。
「おんなのこは、たまにちゃんといってくれないと、
ふあんになっちゃうんですから」
「・・・」
そうなのか、と素直に竜児は思った。
何故かこの後輩の言うことは、大河本人の言葉のように感じる。
想うだけじゃ、不安なんだな。大河。

「ずっと、すきでいてくださいね・・・」
「おう」
それは自信がある。絶対の自信が。

「うわきとか、しちゃだめですよ・・・?」
「しねえよ。するわけねえ」
竜児は答えた。明日になればこの子も憶えていないだろう。
だから、心からの想いを、話してみることにした。

「俺は、ずっとあいつだけだから」

返事はない。さすがにクサすぎたか、と不安になって振り返れば、
どうやらサキは寝ているようだった。

「まったく、変わった後輩だよ・・・」

呟き、少し笑ってから、サキを背負い直して駅に向かう。

294高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:04:12 ID:???
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サキをタクシーに乗せ、発車を見送ってから、竜児も1人家路についた。
自然と早足になってしまう。大河が腹を空かしてないか心配だった。
それ以前に、今日は遅くなるとも何とも言っていない。
もしかしたら、怒ってるかも。
電話だけでも入れようか、と携帯電話を取り出したとき、
狙ったかのように着信が入る。
大河からだ。

「もしもし?大河?」
「んぁ?竜児?」
「なんだ、お前、酔ってんのか」
「んー・・ちょっと大学で飲み会があってね、
電車無くなっちゃいそうだから、今日は友達のうちに泊まる〜」
「そっか。分かった。実は俺も今まで飲んでて、まだ家帰ってねえんだ」
「なによ〜だめいぬ〜ふぃあんせを車で迎えにくるぐらいしなさいよ〜」
「飲酒運転になるっつーの。とにかく、友達に迷惑かけんなよ」
「わかってる〜っつ〜の。あんたはわたしのははおやかー」
「はいはい、わるうございましたよ」

そこまで言って、竜児はふとサキの言葉を思い出す。

―たまには、いってあげてくださいね?―

今ならお互い酔ってるし、勢いということで誤魔化せるかも―

「大河、あのさ」
「ん?何よ」
「あのさ、その・・・」
「じれったいわね、なんなのよぅ」
「あ・・・あぃ・・・愛・・して「あ?友達のうち着いたから切るね。また電話する」

プツッ・・・っと電話が切れる。
竜児はしばらく、真っ赤な顔で電話を耳に当てたまま、口をパクパクしていた。
その顔を見た酔っ払いが、千年の酔いも一瞬で醒めたという表情で逃げていく。

ようやく携帯を耳から離し、夜空を見上げて声を漏らす。
「やっぱ難しいって・・・後輩・・・」

295高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:04:42 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

タクシーの中、大河も大河で、電話を切った姿勢のまま固まっていた。

あ、あのバカ。最後に何を言おうとした?酔いも一瞬で醒めたわ。

「飲み会があったから友達の家に泊まる」というのは半分嘘で半分本当だ。
飲み会があったのは本当。友達の家に泊まるのも本当。
ただ半分の嘘は、飲み会があったから帰れない、のではなく、
とてもじゃないけど今、竜児の顔を見れないからだ。

竜児の背中に揺られながら、大河は最後まで起きていた。
だから、聞いていた。あのセリフも。

―俺は、ずっとあいつだけ―

思わず心臓が止まりかけ、返事も出来なかった自分を、
竜児は寝ていると勘違いしてくれたらしかった。
とにもかくにも、一旦落ち着かなければ竜児の顔など見られない。
今帰っては、竜児の顔を見た瞬間に押し倒してキスをして、
その後恥かしさの余り殴り飛ばすぐらいの暴走をする自信があった。
だから、今日は一旦気心知れた友達の家に避難し、
落ち着いてから明日帰ろうと思っていた。

それをあの男。まさかこんな追撃を仕掛けてくるとは。
「逃がさん・・・お前だけは・・・」で有名なボスを髣髴とさせる凄まじい追撃。
これは、今夜は眠れないかも知れない。
とりあえず、宿泊先の友人に電話し、謝っておこう、と大河は思った。
今日は一晩中付き合ってね、と。

296高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:05:44 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

翌日。本当に一晩中友人相手にノロケ続け、
約束していた8時になると同時に家から蹴り出された大河は、
何とか落ち着きを取り戻して、ようやく自分のアパートに帰ってきた。

合鍵を使って部屋の戸を開く。

「ただいま〜」
「おう。やっと帰ってきたか。不良娘め」
「あんた、つくづく母親みたいね」
「言ってろ。待ってな、今味噌汁あっためてやるから」
竜児の顔を見ていると、昨日の事が思い出されて心拍数が上がったが、
ギリギリ何とか耐えられるレベルだった。
1日経ってもまだこれだ。やはり昨日は帰って来なくて良かった。

「昨日、あんた何の飲み会だったのよ?」
「ん?ああ、いつか話したろ、ゼミの見学に来てた後輩。
そいつが転学するからって、その送別会」
「ふうん。居なくなっちゃうのね」
「ああ。結構良い奴だっただけに、残念だよ」

そういえば、竜児の浮気疑惑は完全に晴れたが、
唯一確認していないことがあったのを、大河は思い出した。

「そういえばあんた・・・いつだったかその後輩とやらのことを、
可愛いって言ってたわよね・・・?」
「おう!?」
「あのときはなんだかんだで誤魔化されたけど・・・
今日こそ聞かせてもらおうじゃないの。
・・・わたしと、その子、ど っ ち が 可 愛 い の ?答えによっては・・・」
あの日と同じ質問を、竜児に向かって投げつける。

だが竜児は、コンロの火を止めて、息を吸うと大河をまっすぐ見て言った。

「大河だ」

ぼんっ!という爆発音が聞こえるほど、大河が一瞬で赤くなった。

「ば、ばっ、ばかいぬ!あんた朝っぱらから台所で何を言って!!」
「あっ、あれ!?たまに言わないとダメなんじゃなかったのか!?」
「なにを意味の分からないことを!あんたって奴は!あんたって奴は!!」
「待て、分かった!まずは落ち着け!」

こうして、騒がしくも楽しく幸せな一日がまた始まる。
2人がいつか求めた日々。2人、普通に、いっしょにいるだけで幸せな毎日が。


Fin











p.s. 
「そういえば、あんた、今度大学のゼミの友達っての?私に紹介しなさいよ」
「は?なんで?」
「いいからする!なんか仲良くなれそうな気がすんのよ!」
「どういう理屈だよ!」


Fin

297高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:13:17 ID:???
無駄に長い投下にお付きあいいただき、ありがとうございます。
ぶっちゃけ、「勘違いタイガー、化けて竜児の大学に行く」という、
まとめちまえば20文字以下ですむプロットをよくもまあダラダラと・・・

ほんとすいません。修行してまた来ます。では。

298高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 23:36:09 ID:???
>>297
おいしくいただきました。ありがとうございます。最後迄ドジを踏まない大河と言うのも、オツなものですね。
最後の「大河だ」のあとにドジ踏んで2人とも頭を抱えてのたうち回るというのも見てみたいです。
また、次を期待しております。


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