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大河×竜児ラブラブ妄想スレ 新避難所

614◇eaLbsriOas ◆dvuHYisf.g:2009/08/20(木) 22:54:48 ID:???
◆eaLbsriOas@避難所です。代理投稿歓迎。
***
・薄明

 夜というには何も出来ないほど遅く、朝というにはまだ闇の明ける気配も無い、曖昧でどうしようもない時間に私は起きた。
 目を開けてすぐ、出かけようと思う。なにしろ旅に出るのだ。タクシーを呼んで、駅に行かなければ。旅立つ私を待っている列車が出てしまう。
 ときめいて、起きたばかりだというのにいつになく血を上げて、私は跳ねるように上体を起こす。薄暗がりの中、大きすぎる天蓋付きのベッドのシーツの海をいそいそと端まで這いずって、フローリングの床に素足をつけて。床板に足を跳ねるほど冷やされて、私は気づいた。
 私は旅になんか出ないのだということに。
 なにも起こらない。なにも変わらない。なにもやって来はしない。駅には私を待っている列車などない。
 なにも、なにも始まりはしない。
 不意に涙があふれそうになって睨んで止める。なんで旅に出るなどと思ったのかと唇を噛む。
 きっと何か夢を見たのだ。目覚めれば憶えてさえいない、くだらない夢。それは騒ぐ血だけを残して消えたのだ。それがひときわ、いまいましい。夢め。
 くしゃみする。鼻水をすする。頭が痒くなって頭を掻く。
 スリッパを探して履いて、凍える床から足だけでも救い出す。
 ぬるい風を吐くエアコンの音。ため息をつく。
 立ち上がり、ぺたぺたと歩いて冷たいドアノブをひねって。ドアを開けて廊下の冷気に顔を洗われて、私は馬鹿かと思う。
 なんでもう一度、ベッドに戻らなかったのか。もう一度、寝ようとしなかったのか。
 けれどもう、廊下の冷えた空気が無駄に私を冴えさせて。二度寝の思いを過ぎ去るべき思いつきに変えてしまう。
 ぺたぺたとスリッパを鳴らして、洗面所に向かいながら、なんでそうするのかといまいましく思う。
 騒いでいた血がいけないのだ。
 阿呆らしい旅の予感が消えなかったのだ。
 ぜんぶ、ぜんぶ身体のこと。身体が先に動いて、いまだ寝惚けた心がのろのろと追いつく。
 どうでもいい。
 もうどうにでもなれ。と。
 馬鹿に豪勢な大きすぎる洗面台の電気をつける。途端にまぶしくて舌打ち、光を睨み返す。
 鏡の中には、ちびたみすぼらしい子。
 栗色の髪はぼさぼさで、まるでライオンのよう。
 はれぼったい上目蓋で睫毛を縮めて、大きいはずの瞳を眇めてこっちを見ている。なによ。
 なによあんた、睨むんじゃないよ。
 うざいよ、ブス。寝起き?
 哀れなやつ。
 顔、洗いなよ。顔洗ったげるよ。ブスも少しはマシになるでしょ?
 髪もひどいよ、あんた。ライオン丸。
 かわいそうだから、髪も梳かしてあげる。
 誰もいないんでしょ? 誰もしてくれないんでしょ?
 かわいそうなあんた。
 大丈夫、私があんたを綺麗にしてやる。
 ほかに誰もいないんだから、せめて私だけでもあんたを綺麗にしてやる。
 綺麗にして、やらなきゃね。
 私は顔を洗う。
 私は髪を梳く。そして。
 鏡の中には、だいぶんマシになった女の子。
 栗色の髪は艶やかにうねる雲のよう。大きな瞳はよく光を返して星ぼしの煌き。そっと小さな唇は薔薇の花びらに似て、まるでキネンシスの蕾。なのに。
 なんであんた、そんなつまんなそうな顔してるわけ。
 笑いなよ、と、私の親友の声が聞こえる。
 そうだ、笑いなよ、あんた。もったいない。
 ぎこちなく頬を引いて、私は微笑もうとするけれど。
 鏡の中の女の子は頬をぴくぴくとさせて、唇を横に引き攣らせるばかり。
 なにそれ。キモ。やめやめ。むしろ台無し。つまんなそうにぶすったれてた方がマシって。
 なにあんた、笑い方も知らないわけ?
 私……笑い方も、忘れたわけ……?
 かわいそうな……!
 湧き出る涙を睨んで殺す。
 鏡の中には歯を食いしばって私を睨む、こわい、こわい女の子。
 こわくて、かわいそうな女の子。
 朝が来る。
 高校二年生の、始業式の朝が。


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