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フレイ様人生劇場SSスレpart5〜黎明〜
1
:
迷子のフレイたま
:2004/03/02(火) 22:57
愛しのフレイ・アルスター先生のSSが読めるのはこのスレだけ!
|**** センセイ、 ・創作、予想等多種多様なジャンルをカバー。
|台@) シメキリガ・・・ ・本スレでは長すぎるSSもここではOK。
| 編 ) ヘヘ ・エロ、グロ、801等の「他人を不快にするSS」は発禁処分。
|_)__) /〃⌒⌒ヽオリャー ライトH位なら許してあげる。
| .〈〈.ノノ^ リ)) ・フレイ先生に信(中国では手紙をこう書く)を書こう。
|ヽ|| `∀´||. ・ここで950を踏んだ人は次スレ立てお願いね。
_φ___⊂)__
/旦/三/ /| 前スレ:フレイ様人生劇場SSスレpart4〜雪花〜
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|. |
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/anime/154/1070633117/
|オーブみかん|/
既刊作品は書庫にあるわ。
○フレイスレSS保存庫 ttp://oita.cool.ne.jp/fllay/ss.html
こっちも新しい書庫よ。
○フレイたんSS置き場 ttp://fllaystory.s41.xrea.com/top.html
817
:
人為の人・PHASE−29
:2004/09/08(水) 11:25
アークエンジェルがオーブを去るときがついに来た。艦体の修理も
終わり、再びアラスカを目指す旅が始まろうとしていたのだ。
僕はついに両親に会うことのないまま、出発の準備を始めていた。
「平和の国」で得られたものは結局、自分がコーディネーターで
あることから来る休まらない心がもたらした数々の悲しみだった。
これからどうなるかが全く分からない状態はヘリオポリスが崩壊した
時からずっと続いていたものだったが、その時僕はそれとはまた別の
不安を抱き始めていた。この先待ち構えているのは間違いなく、
かつての親友との何度目かの無意味な争いに他ならないのだ。
別れを悲しむカガリに抱擁されたことが、わずかな慰めになった。
オーブ近海。予想は完全な形で的中し、アスラン達が襲ってきた。
すっかり見慣れた4機のガンダムがグゥルに乗って空を舞う。僕は
自分と一体化したようなストライクを操縦して迎撃に当たった。
血気盛んなパイロットの駆るデュエルは土台を破壊して海の中へ。
むやみに近づいてくるバスターはフラガ少佐の戦闘機が応戦する。
イージスとの連携攻撃で攻めてくるブリッツにも苦戦することは
なかった。うまくいかないことは何もなく、全てが成功していた。
そう、トールも初めての出撃で「うまくやってしまった」のだ。
スカイグラスパーの助けを借りた空中換装、次々に戦闘不能に陥る
敵のガンダム達、残ったイージスもグゥル破壊で島に落とし、数の
差を覆した圧倒的な戦いが展開されていた。過去に何があったかは
今の戦いにはもう何の関係もないんだと、僕は自分に言い聞かせて
ビームサーベルを振り、アスランを追い詰める。俺を討てばいいと
彼は叫ぶ。僕がそう言ったのは自分でもよく分かっていた。でも、
そんなことできるわけがない。いくら実力でアスランを上回り、
彼を凌駕したところで、僕には彼を殺すことなんてできなかった。
月で僕と別れてから核がプラントに打ち込まれ、軍人となって
正義のために戦い続けた結果、ただの民間人だった友達に自分を
殺せと命じるアスラン。彼と自分への、思い上がった同情が一瞬
僕を包み込んだ。それをアスランの「今」の友達は見逃さなかった。
巨大な斬艦刀、シュベルトゲーベル。その刀身がブリッツの
コクピット部分を爆破するのに時間はかからなかった。
ほんのわずかな間の出来事。ミラージュコロイドを解いてイージスの
前に出た黒い機体が片腕で僕に襲いかかる。僕は敵の鈍い動きを
確実に捉えて、そのガンダムを真っ二つに―――できなかった。
思わず飛びすさった僕と、その場から動けないアスランが見たもの、
そして聞いたもの。半分だけ食い込んだ武器、火花を上げる機体、
僕よりも若かった少年の、断末魔の苦しそうな声。それは自分の
死の間際にあっても他の人を心配する優しさに満ちて―――爆発。
僕は彼のニコル・アマルフィという名前すら知らなかった。
もう後戻りできないことを示す楔が、荒々しく打ち込まれた。
818
:
人為の人・PHASE−30
:2004/09/09(木) 11:44
眼前で爆炎に消え去ったブリッツの残骸を眺め、しばらくの沈黙。
やがてアークエンジェル、敵の機体がその場に現れ、僕とアスランを
戦闘から切り離していった。アスランの慟哭の声がいつまでも耳に
残り、帰還した僕は敵機破壊を喜ぶ整備兵達の歓迎を嫌った。
痛々しい死を間近で体験した僕はひどく冷静で、それを知らない
人々の歓声は僕をますます罪悪感に駆り立てるだけだった。
俺たちは人殺しじゃない、戦争をしているんだというフラガ少佐の
言葉にも納得できないまま、僕は一人ストライクの前に立つ。
まだ笑っていた頃のアスランを想像しながら、彼の敵が誰なのかを
嫌というほど自分に分からせる。そう、僕だ、僕は敵なんだと。
それでも―――「全てを滅ぼす戦い」にはまだ足りなかった。
まだ、僕には決定的な憎悪が欠けていた。
暁光に照らされて3機のガンダムがアークエンジェルに迫る。
悲しみの癒えないうちに出撃を余儀なくされた僕は、廊下であの子と
すれ違った。何かを言おうと口を動かす彼女。でも僕はその時
彼女の顔を見るのがたまらなくつらかった。成すに任せていた様々な
出来事が今になって全て僕の前に立ちはだかるような感覚の前に、
僕は彼女との「決着」を先延ばしにした。ごめん、帰ってからと
言い残してデッキへ走る僕。不安そうな顔で見ていただろうあの子。
こうして僕は、永遠に彼女への言葉を失った。
怒りに満ちた敵の攻撃が僕達を襲う。まずはデュエル、強引な突撃と
同時にストライクを急襲。今までになく闘志をみなぎらせた機体が
僕に言いようのない焦りを呼び起こさせる。それでも撃墜されること
はなく、グゥルから切り離して海中に蹴落とす。まずは1機。
バスターにはフラガ少佐がスカイグラスパーで応戦している。すると
残っているのは―――アスランの駆るイージスだ。赤いMSに
渾身の憎悪をたぎらせてかつての友が迫る。思わず後ずさりしそう
になるが、逃げることはできない。こうなってしまった運命だから、
ニコルという名の少年が死んだのは仕方のないことなのだから、
僕達が敵なのはもうどうすることもできない事実なのだから。
出撃の前に固めていたはずの決心とともに、僕はストライクを操る。
―――その時だった。トールの声が聞こえたのは。
刹那に僕は恐怖を覚えた。だめだ、僕とアスランの戦いは誰の介入も
許してはくれない。これは僕達の戦いで、誰かがどちらか一方を
助けようとすれば―――今となって思うことはただそればかり。
イージスの放った赤いシールドの刃が、トールの首を跳ね飛ばした。
僕が斬艦刀を失った瞬間から決まっていたかのような、親友の死。
彼の名をひとしきり叫んでから、僕は飢えた野獣へと変化した。
もう何のために二人が戦っているかも分からない。戦争という大きな
枠組みの中で確かに行われているはずの「戦い」は、大義や名誉など
何の関係もない、単なる「殺し合い」に成り下がっていた。
元々戦いたくもなかった僕達をそこまで駆り立てたのは、
結局は「巻き込まれた者の死」という悲痛な惨劇だったのだろうか。
水上にぽつんと落ちた紫紺の種子のイメージはとても美しいのに、
そこから割れてあふれ出る力は僕を狂戦士へと導いていく。
僕とアスランはビームの剣を重ね合わせ、絶え間なく激突した。
友情、離別、再会、喪失。全ての思考が捻じ曲げられ、破壊への
道を突き進む。既にイージスは片腕と頭部を失い、ストライクも
コクピット部分を大きく切り裂かれていた。外気が入り込んでくる。
それでもまだ戦いは終わらない。終わらないのだろうか。
―――やがてついにその刻は訪れた。
変形したイージスがストライクに組み付き、自爆。アスランは直前に
脱出し、巨大な爆発は閃光となって曇天の空を駆け抜けた。
そしてキラ・ヤマトという少年は、確かに一度「死んだ」のだった。
819
:
人為の人・作者
:2004/09/09(木) 11:45
この辺りは書いていて何だかつらい……
820
:
私の想いが名無しを守るわ
:2004/09/09(木) 15:31
>人為の人
大作毎回楽しませていただいてます。
ニコル好きなので、キラ視点でどうなるのかとちょっと楽しみでした。
最後まで頑張ってくださいませ
821
:
人為の人・PHASE−31
:2004/09/10(金) 14:36
僕がMIAとなりアークエンジェルの戦列を一時離れた時、みんなは
一体何を考えたのだろう?同じくMIAとなったトールは本当に
死んでしまった。艦長、副長、フラガ少佐、サイ、ミリアリア、
カズイ、それにあの子、その他たくさんの人はどうしたのだろうか。
涙を流したり、声を押し殺したりして僕を悼んでくれたのだろうか?
それとも僕の死が信じられなくて、ただ放心していたのだろうか?
僕にそれだけたくさんの人から悲しまれる資格なんてないのかも
しれないけれど、何だか不思議な気持ちにとらわれる。
僕は「死んだ」。そしてその後、みんなの前に「蘇った」?
そう考えると、自分が自分でなくなるような気分と同時に
あの頃の自分が「何」だったのかを改めて問い直したくなる。
そう、もう誰も殺さない、泣かないと誓ったあの頃の自分を。
僕達の不毛な戦いが終わってからその場に残ったのは、
ばらばらに砕け散ったイージスと焼け焦げたストライク。バスターの
パイロット、ディアッカ・エルスマンは降伏したらしい。そして
アークエンジェルは敵の追撃をかわすために即座に離脱しなければ
ならず、傷を負ったアスランを発見したのはオーブの部隊だった。
その時カガリとアスランが何を語り合ったかは大体想像がつく。
あの二人のことだから、語り合う以上の激突があったのは確かだと
思うけれど。僕の「死」が二人を争わせ、何かを生み出したのだ。
もしかすると、僕はその為に「死んだ」のかもしれない。今の時代を
動かし、明るい方向に導いていける彼らを思いながら考える。
土砂降りの雨。冷たい水しぶきに打たれながら、その時僕は瀕死で
倒れていたのだと言う。それを見つけた島の住人、マルキオ導師は
僕を介抱し、プラントへと連れていった。僕が「SEEDを持つ者」
であり、それゆえに会わせなければならない人がいたからと。
目が覚めた時にはもう血塗られた戦場からは遠ざかっていた。
小鳥のさえずる声と暖かな日差しと美しい緑、爽やかな風が
僕を取り囲んでいた。それは今までの日常からかけ離れすぎていて、
しばらく僕は何が起こったのかを判断できなかった。
やがて聞こえてくる一人の少女の言葉。ずっと昔にどこかで会った
ような、そんな記憶を必死に手繰り寄せながら、僕は彼女を見た。
それはザフトの歌姫、ラクス・クライン。
あまりにも予想外の、そして定められたかのような再会だった。
822
:
人為の人・作者
:2004/09/10(金) 14:37
>キラ視点
彼がニコルの名前を知っているという前提で書いてみました。
あの話は本編のシナリオが大きく動き出すきっかけだったと思うので……。
励ましの言葉ありがとうございます。ようやく半分越えたくらいですが、
ここからが正念場と思って書き進めていきたいです。
823
:
人為の人・PHASE−32
:2004/09/11(土) 13:44
僕はクライン邸の庭にあるベッドに寝ていた。傍らには笑顔を
たたえたラクスと、以前と変わらずその回りを動き回るハロ。
ラクスの一挙手一投足はみな優しさに満ちていた。目覚めから
まだ意識がぼんやりしていた僕は、そんな彼女に引き込まれる
ような気持ちで話を聞いていく。彼女は多くを知っていた。
僕とアスランが「敵」と戦い、殺しあったことを平然と語って
静かに僕を見つめてくる。思い出したくなかった出来事が
ついさっきのことのように脳裏を支配し泣き崩れる僕を、
ラクスは神秘的とも言える微笑みで包み込んでくれた。
爆発するMSの記憶は次第に遠くへ追い払われるようになり、
僕は甘えという名の現実逃避への道をひた走った。今僕の
いる場所は信じられないほどに心地よくて、戦争とは無縁で、
何よりラクスという存在は僕にとっての何よりの「癒し」と
なりえたのだった。多くを知りながら多くを語らないラクスが
傍にいるということ。僕はただその優しさにすがろうとした。
それはアークエンジェルであの子を求めた時のように必死で、
切羽詰って、どうしようもないものを心に抱えたままで終わる
ものではなかった。時間と、空間と、そして僕そのものでさえ
ラクス・クラインという一人の少女の手に委ねられたかの
ような、圧倒的な心の平穏と満たされた感覚。
まるで夢を見ているかのようだった。戦いの狭間におかれた
人間が渇望する、現実と正反対の理想を体現した世界。
しかしそれは傷を抱えた僕の、紛れもない事実だった。
ギッという音がして、無我夢中にペンを走らせていた僕は
気づく。インクが切れたのだ。紙は破れずに残っていたが、
そこにはしっかりと筆圧の加えられた跡が見て取れた。
その直前に書かれた文字は人名だった。ラクス・クライン。
偶然のことながら、僕は思わず彼女に思いを馳せる。
目に浮かぶのは桃色の髪、曇りのない瞳、透き通った声。
「美しい」と素直に出てくる言葉は、それでも遺伝子を
改造したからという理由にもとづいていなくてはならない
のだろうか。そして独特の空気を振りまく愛らしい姿と、
凛とした司令官であろうとする姿勢が交錯する。ラクスは
自分が何をしようとしているのかを明確には言わない。
あくまで一人一人に自らの言葉の判断を任せ、行動を促す。
きっと僕はそれに「答える」ことはできたのだろう。
けれど、彼女の気持ちに最後まで「応える」ことは
できなかったのだと、今思う。プラントで再会したラクスの、
僕への期待とでも言うべきものが急速に膨らみ始めたのは
この時だったが、僕はまだ何も知らなかった。
彼女を愛する資格など、結局僕にはなかったのだ。
824
:
人為の人・PHASE−33
:2004/09/12(日) 13:49
突然雨が降り出した。既にベッドから起き出せるほどに回復していた
僕はその音につられて外に出る。雨は周りの景色を少しずつ
曇らせながら、シトシトと霧のように地面へ落ちていく。
ああ、ここは地球ではない場所で、降る雨も照らす太陽も美しい緑も
全て人間が作り出したものなんだ。頭の中をよぎった考えは僕の視界を
急速に固定しながら見えるもの全てに広がっていく。自分が今どれほど
奇妙な環境に置かれているのかを理解しているつもりなのに、
それを認めたくないような心の葛藤。僕は立っていることしかできず、
その間にも人工的な雨は淡々と己の役割をこなしていくようだった。
ふと、ラクスが僕の隣に立つ。雨はお好きですか、そう尋ねる彼女。
よく分からなかった。その時僕は彼女が何を求めているのかを
探そうとして、結局まともな返事を返すことができなかった。
―――ただ、不思議だなあと思って。
そんな漠然とした僕の答えにも彼女は微笑みを崩さずに、空を仰ぐ。
雨天は僕の心を見透かすかのような、限りなく白色に近い灰色。
暗黒に侵されてはいないのに、よく分からない大きなもやもやが
立ち込めて何も見えなくなってしまっている内心を象徴している
ようだった。こんな時間が永遠に続くのだろうか、そう考えて
僕は何かひどい焦りのようなものを覚えたが、それがどこから
来るのかは明確にならなかった。全ては見えているはずなのに、
何か「きっかけ」がなければ動けもしない、そんな自分がいた。
僕がいない間に、地球では本当に色んな出来事があった。
アークエンジェルは無事にアラスカへ到着したものの、虎の子の
ストライクを破壊してしまい戦闘データを提出できなかったことから
連合軍本部で査問会にかけられたらしい。それでも表立った処分が
下ったわけではなく、代わりに3人のクルーの転属が言い渡された
のだそうだ。それは僕と一緒にアークエンジェルを守ってきた
フラガ少佐、副長として厳格に任務を実行してきたバジルール中尉、
そしてみずから軍に志願したあの子。フラガ少佐は後々すぐに
アークエンジェルへ戻ってきたけれど、残る2人とはついに
「最期」まで直に対面することはかなわなかった。
以上の話は僕がフリーダムを駆って地球に降下した時にサイから
聞いたものだ。今彼はどうしているだろうか。もう長らく彼とは
会っていない。胸のうちに苦しみを抱えながら、彼も彼なりの
人生を送ることができているのだろうか。だとしたら、僕は
サイの幸せな行く末を願わずにはいられない。
そう言えば、以前ディアッカもこの頃ひどい目にあったと言っていた。
一体何だったのだろうか。聞けずじまいだったのが残念だ。
825
:
人為の人・PHASE−34
:2004/09/13(月) 14:32
いつまで自分はここにいていいのだろうか。そんな考えが繰り返し
脳裏をかすめる中、その日僕とラクス、それにシーゲルさんを
加えた面々はクライン邸の庭で「優雅」に紅茶を飲んでいた。
もう戦争は遠いどこかの話なのだと思い始めていた。できることなら
このまま逃げ続けて、楽をしたい。そんなふざけた考えすら頭を
もたげるようになって、僕はティーカップを取る手も進まなかった。
そんな中、目の前のディスプレイに衝撃的な事実が映った。
オペレーション・スピットブレイク。直前までパナマと告げられていた
攻撃の矛先は、その実行にあたって突然アラスカに変更されたのだ。
アラスカ。そこにはアークエンジェルが「いる」。僕のことを死んだと
思い、ザフトが攻撃を加えてくることも知らないたくさんの人達が。
僕は自分を呪った。結局そういう奴なんだ、きっと攻撃対象が
アラスカでなければ見向きもしなかっただろうと。それでもただ
思い出すのは懐かしい人々、そして最後にあの子の不安そうな顔。
ティーカップを取り落とし震え始めた僕を、ラクスが見つめていた。
確かに僕は何もできないのかもしれない。僕一人が戦場に突っ込んで
いった所で、急に戦争が終わるわけでもない。でも、このまま何も
できないからといって何もしなかったらもっと何もできない。
そのまま世界は僕の、平和を願う人達の手の届かないところへと
行ってしまう。だから、僕はまた戦わなければならない。本当に
戦わなければならないのが何かを見極めて、ただそのために。
ラクスは僕の決意に似た言葉を受け止め、僕を案内していく。
まだ心のもやもやは取れていなかった。けれど突き上げるような衝動は
それすら無視させていくようで、僕はとにかく行動することを望んだ。
ザフトのエリートの象徴である赤服を身につけて、僕は新たなる剣への
道を歩む。その先導者であるラクスがクライン邸で僕に言いたかった
のが何であるかを、僕は分かったつもりになっていた。
目の前に置かれたMSは「ガンダム」だった。そして僕の横にいた
女性の名はラクス・クラインだった。そして彼女の頬に口づけを
したのは、キラ・ヤマトという名の僕だった。僕の行く道に必要だと
言ってくれたラクスのためにも、平和を望む全ての人々のためにも、
そして何より僕自身のためにも、僕はすぐさまMSを起動させる。
そう、果てしなく矛盾する可能性を秘めた決心が揺らぐその前に、
僕はこの戦争を何としてでも終わらせたいと願っていたのだった。
そして事実、僕にはそのための力があった。フリーダム。
自由の翼を得た僕は、再び漆黒の宇宙へと飛び出した。
すさまじい機動性を持つ機体が僕の手で、迎え撃つザフトの
パイロットを圧倒する。コクピットを狙わないように、爆発しない
ように。これ以上の犠牲を出さないためにもそれが一番と考えた僕は、
敵の武器や移動手段だけを破壊していくことに集中した。
途中で一機のシャトルとすれ違ったが、その時の僕はそこにアスランが
乗っていたことなど気づきもしなかった。気持ちは前だけを見ていた。
やがて青い地球は次第に大きくなり、僕の目が北米大陸を捉えた。
ごく一部の人だけしか知りえない結末が、すぐそこに迫っていた。
826
:
人為の人・PHASE−35
:2004/09/14(火) 12:21
僕を乗せたフリーダムが大気圏を突き抜けていく。
かつて折り紙の花をくれた少女が命を落とし、僕を高熱と罪悪の渦に
飲み込んでいった空間を、今度はただ託されたMSの盾をかざし
通り過ぎていく感覚。しかし悲しみに浸る余裕などなかった。
彼女のような犠牲者をもうこれ以上出すわけにはいかない。
広大なアラスカの大地はもう目前にその荒涼とした姿を現していた。
互いに平和を作るべき人が、あそこで殺し合いをしている―――。
一瞬アスランとの死闘を思い出し、僕は暗い気持ちになった。
けれどそれはすぐに壮大な意義を持った。あれほど激しく争ったから
こそ、今の僕がある。それゆえに、僕は殺戮の空しさを知っている。
そうだ、僕はアークエンジェルだけではなく、全ての人を守りたい。
戦争という巨大な機械の中に放り込まれてしまった、罪もない人たちを。
思い上がった理想が砕け散る瞬間を目撃するのは、まだ先のことだった。
眼前に繰り広げられていたのは数えきれないほどの惨禍だった。
連合軍の基地に大挙して攻め込むザフト軍。迎え撃つ守備隊はその
高性能を誇るMSに蹴散らされ、次々と破壊されていく。
彼らの考えも及ばないほどの高所から状況を読み取った僕は、
改めて辺りをぐるりと見回した。悲しみ、怒り、そんな感情に
もう動かされない自分。この戦争を終わらせないと―――。
その時、僕の視界に敵の集中攻撃を受ける白い戦艦が映った。
アークエンジェルだった。
何かとてつもなく大きな不安に駆られた僕は、スラスターを全開にして
戦いの場へと急ぐ。苦楽をともにした戦艦―――いや、違った。
アークエンジェルと聞いて僕が思い出すのはつらい記憶ばかりだった。
それでも僕は守りたいと思った。あの艦が爆発する瞬間など、
絶対に見たくはないと強く心に願った。
不安は的中した。艦に取りついていたMSのうち、一機のジンが
対空砲火の雨を抜けてブリッジにたどり着いたのだ。
僕の手を一筋の汗が伝った。間に合ってくれ、フリーダム。
ジンが機銃をかまえる。もしこのまま発射されたら、みんな―――。
悲劇の引き金が引かれる瞬間、僕は剣とともに舞い下りた。
はじけ飛ぶ機銃。バランスを失って落ちていくジン。
僕を戦争へと導いた艦を背後に、フリーダムは空に静止した。
退艦を促した僕に対し、返ってきた艦長の言葉は驚くべきものだった。
アラスカ本部の地下に仕掛けられた、サイクロプスシステム。
電子レンジの要領でマイクロ波を発生させ、高熱で人はもちろん、
建物やMSを含めた機械さえも跡形もなく消し飛ばす装置だった。
僕はクライン邸で聞かされた事実を思い出した。攻撃目標を直前になって
変更し裏をかいたはずのザフトが、逆に連合の自爆にも近い罠に
はめられてしまうという皮肉。死ぬのは敵だけではないのに、
なぜこんなことができるのか。ともかく、ここから早く離脱しなければ
ならない。割れた種からあふれ出す力の胎動はもはや自在に操ることの
できるものとなっていた。この力があれば、きっとみんなを助けられる。
ニュートロンジャマーキャンセラーを装備したフリーダムの
全方位通信機能を最大限に生かし、僕は退避を呼びかけていった。
モニターに示される大量の機影にはビームを放ち、機体を破壊することなく
次々と武器だけを奪っていく。そんなことすらあの頃の僕には可能だった。
もちろんこちらに攻撃を加えてくる者もいる。そうなればビームサーベルを
かざし、人を殺す手段を剥ぎ取るだけ。何も問題はないはずだった。
そんな僕の前に、イザークの駆るデュエルの機体が立ちふさがる。激しい
つばぜり合いを行った後、フリーダムのビームサーベルがコクピットを
捉えた。僕に一瞬の逡巡が生まれる。今なら少女の命を奪ったこの男を
殺せるというのか。思い出すのはブリッツの最期。幸せなど訪れないのだ。
僕はポイントをずらしてデュエルの足を切断し、海中に蹴り落とした。
やがてサイクロプスは発動した。
中心部から猛烈な勢いで外へと広がっていく爆風から必死で離脱しようと
しながらも、多くの機体が地獄の熱気に飲み込まれていく。
同じように取り残されそうになっていたザフトのMSを救い上げ、
僕はアークエンジェルとともに脱出を急いだ。
やがて光が去っていった後、アラスカの方角に見えたものは無数の黒煙。
助け出せたはずのザフトの兵士は、僕への言葉とともに砂浜で力尽きた。
手に悔しさがにじむ。叩きつけた拳は、ただ砂を軽く舞い上がらせた。
827
:
人為の人・作者
:2004/09/14(火) 12:25
今回は長くなりました。あと、これから本編の内容と少し変わってくるかもしれません。
かなり記憶があやふやで細かい部分が飛んでいたりしますので……
828
:
人為の人・PHASE−36
:2004/09/16(木) 12:14
アラスカ近辺の砂浜にたどり着いたフリーダムと、アークエンジェル。
やがてその白い戦艦から、かつての仲間たちが続々と飛び出してきた。
守ることができると思った人の亡骸を残し、僕はそちらへ向かう。
たくさんの人が僕を出迎えてくれる中、中心にマリューさんがいた。
連合軍総本部から敵前逃亡した彼らはもう軍属ではなかった。
少尉、中尉、少佐といった肩書きは脱走兵となった時点で無意味と
なっていたのだ。そう言う僕もMIAとなった時点で連合の兵士では
なくなっていた。もちろん、ザフトのパイロットスーツを着ているからと
いってプラントのため「だけ」に戦うものでもない。僕は連合にも
ザフトにも属さない立場であることを彼らに強調した。そして、
核エネルギーを自由に使用できるニュートロンジャマーキャンセラー、
通称NJCを持つフリーダムは誰の手にも触れさせないことを主張した。
今思えば、僕はあの時の自分が僕そのものであるとはとても信じられない。
自分一人の力で戦争を終わらせられるとは思っていなかった。けれど、
あれほどのフリーダムという機体を駆る自分はそこに限りなく大きな形で
貢献できるのではないか、そんな甘い考えはずっと所持していた。
誰も殺さず、平和を作り出すためだけにフリーダムという兵器を使う。
どこか誤った方向性を持つその思想は、修正されるべき運命にあった。
駆け寄ってきた人々の中には、もちろんヘリオポリス以来の友人もいた。
サイ、ミリアリア、カズイ。けれど、やはりトールはいなかった。
誰よりもこの目ではっきりと彼の死の瞬間を目撃したからこそ、
疑念は生まれなかったのかもしれない。ミリアリアはスカイグラスパーの
爆発する様子を見ていなかった。彼女は大丈夫なのだろうか。
僕はそう思ったが、それにも増して気になる事柄がそこにはあった。
あの子が、いない。
どこにも属さないと言いながら再び連合の少年服に袖を通した僕は、
サイから詳しい話を聞くことができた。サイ・アーガイル、彼には
本当にいくつものつらい思いをさせてしまったと後悔している。そんな
彼からよりにもよってあの子の話を聞くのはためらわれたが、それでも
僕は聞かずにはいられなかった。サイからはすぐに返事が返ってきた。
―――転属したんだ。
連合の上層部は広告塔としての彼女の役割に目をつけたらしかった。
本当はムウさんもカリフォルニアの方へ異動することになっていたらしい。
彼は帰ってきたけれど、あの子の他に副長のナタルさんも転属していった
のだと言う。長く同じ艦でともに戦いをしのいできた二人。ナタルさんとは
ほとんど言葉を交わさなかったけれど、的確な指示はいつも艦の危機を
救った。そして、あの子。僕は彼女を裏切ったのだと思った。帰ってからと
いう言葉を残して僕は姿を消し、再び舞い戻れば彼女はすでにいない。
最悪、アラスカで転属のための艦を待っている間に巻き込まれて―――。
なぜ後回しにしたのかという思いが僕の胸を締め付け始めた、その時。
サイが苦しそうな声で僕に言った。俺はお前とは違う、キラのように
できない自分が悔しいと。その時僕は自分を棚に上げて彼を哀れみ、
ラクスから伝えられた慈愛の精神でもって彼を諭した。
君にできないことを僕はできる。でも、僕にできないことを君はできる。
人の心の痛みに触れては涙を流していた僕の、大きな変化だった。
アラスカを完全に離脱したアークエンジェルは、一路オーブに向かった。
もはや連合軍に帰順したところで、脱走艦は乗組員もろとも処分されるのが
目に見えている。そう考えた僕は、果てない希望を胸にオーブへの進路を
明るい未来へと続く道しるべだと信じて疑わなかった。
仕方なかった。あの時点で他に方法など、とても考えられなかった。
829
:
人為の人・PHASE−37
:2004/09/16(木) 12:15
オーブに到着した僕を最初に待っていたのは、カガリの熱烈な歓迎だった。
勢いに任せて飛びついてきた彼女に押され、思わず一緒に床へと倒れこむ
二人。見つめあえば何か大きな絆を感じていた僕たちの数奇な運命を、まだ
この時点ではオーブという国の悲しい結末とともに知ることはなかった。
僕の胸の上で再会に涙を流すカガリ。そうだ、彼女は僕のことをずっと
死んだとばかり思っていたんだ。途端に彼女を愛おしく思う感情が生まれ、
僕はそのまま成すに任せた。全てはラクスの慈愛の精神のもとにあった。
アスランとカガリは僕が死んだと思ったことで随分と激しくぶつかりあった
らしい。彼は僕を殺したと思って泣き、彼女は僕が生きていたと知り泣く。
二人の橋渡しになれたという意味で、僕も少しは人の役に立てたのかも
しれない。今思うことは、それ以外に何ができたのかという悔恨の気持ち。
オーブの前代表にしてカガリの父、ウズミ・ナラ・アスハに僕は会った。
大人たちが居並ぶ中、一人僕は戦争を終わらせるために何が必要なのかを
説いていく。僕の問いかけに返答するウズミさんの言葉は頼もしく、
力強く、ますます僕の決意を固めることとなった。もはや剣を飾っている
時ではなくなった、そう宣言する彼の決意もまた固かったことだろう。
そうやってみんなを「先導」しようとした僕の行動は、結局「扇動」でしか
なかったのだろうか。強く何かを信じていたかつての僕を思い出せば、
何を信じていたのかを問い直し答えの出なくなる自分が今ここにいる。
僕が平和を説く間にも、戦争は次々に人々を滅ぼしていく。
アラスカ攻撃の失敗にもザフトは動じなかった。それどころか、今度は
本来の攻撃目標であったパナマを急襲したのだ。格段に少なくなった
兵力で、それでも士気の高さからだろうか破竹の勢いで進軍していく
ザフト軍。またしても迎え撃つ連合軍の中には見慣れないMSの姿。
ナチュラルにも操作できるようOSに改良を加えた機体、ダガーだった。
統制の取れた動きでジンに襲いかかるダガー。争いは長く続くと思われた、
その時だった。空から降ってきたザフトの機械が恐ろしい威力を発揮した。
グングニールと名付けられたその機械は、極めて強力な電磁パルスを
放射することで防備が万全でなかった連合軍の機体を完全に無力化した。
機能しなくなったダガー、戦車、砲台、全てが無残に破壊されていく。
そしてパナマを攻めた目的である、マスドライバーも自然と瓦解した。
僕の目にその姿はまるで、軸を失い回転崩壊していったヘリオポリスの
ように映った。あの場所に、デュエルはいたのだろうか。もしいたと
すればそのパイロット、イザーク・ジュールは何を思っただろうか。
投降した連合軍兵士が憎悪に殺された瞬間を、目撃したのだろうか。
戦場からはるか離れたオーブで見る光景は、もはや他人事ではなかった。
ストライクに乗ることを決意したムウさんが、僕に模擬戦を申し込んで
きた。まだ早すぎると己の実力を過信しながらも、僕は嬉しかった。
たとえフリーダムは孤独に戦場を駆け抜けても、キラ・ヤマトという
一人の人間は多くの人に囲まれていたい。そう、コーディネーターである
ことなんか関係なく、一人の人間としてともに生きていきたい。
切実な願いを心の奥底に隠したまま、僕は平和な戦いを開始した。
やがてこの地に、禁断の災厄が急襲する。
830
:
人為の人・作者
:2004/09/16(木) 12:16
昨日は書き込めなかったので、今日は二話構成で。
831
:
人為の人・PHASE−38
:2004/09/17(金) 12:11
サイクロプスのアラスカ、グングニールのパナマ。連合とザフトが互いに
新兵器を持ち出しては人が死に、互いの憎しみは深まるばかりだった。
そしてその連鎖の一方の果てにいたブルーコスモスの盟主、
ムルタ・アズラエル率いる連合軍の大部隊が遂にオーブへと侵攻した。
正確には最後通牒という形で、条件を受け入れたなら攻撃を見送るという
ものだったが、パナマで失ったマスドライバーを欲する大西洋連邦は
到底受諾不可能な要求を突きつけてきたのだ。当然のごとくウズミさんは
これを拒否し、開戦まで一刻の猶予もならない事態が訪れた。
この状況にアークエンジェルはオーブ側として参戦する。艦を去る者、
残ってかつての所属軍に砲火を向ける者。除隊許可証を持ったカズイは
前者となり、サイにミリアリア、その他たくさんのクルーが留まった。
僕は自分の説いた理想が受け入れたのだと、強く信じて戦いに備えた。
その時はもうあの子のことなど、とっくに忘れたものと思っていた。
連合軍はオーブが要求を拒否するのを前々から分かっていたのだろうか。
規定の時間が過ぎると同時に、海上から大量のミサイルがオーブ本土へと
降り注ぐ。一面に並んだ迎撃装置がいくつかを撃ち落して破壊される。
僕はフリーダムに搭乗し、オーブ軍の先陣を切った。後にはムウさんの
ストライク、M1アストレイが続く。上空から降下したダガーの大群に
突っ込み、ビームサーベルの一閃が敵の武器を薙ぎ払った。行ける、
この状況でも。僕は敵機を最小限の損害で戦闘不能にできることを
確信しながら、激戦の続く戦地を点々としていた。しかし、その時。
見たこともないような巨大な鉄球が投げ込まれ、僕は思わず機体を
横にのけぞらせる。振り返った先には、空を飛ぶ黒いガンダム。
それは続けざまに高速で攻撃を仕掛けてくる。まるで僕だけを狙うかの
ように駆け回るその姿を的確に捉え、僕はフリーダムの足で海中に
蹴落とした。そこへさらにやってくるのは、くすんだ緑色のガンダムだ。
手に鎌を携えたその機体はやはり僕を狙ってくる。武器を警戒した僕は
距離をとってビームを放つが、敵機に装備されていた巨大な盾が
ビームそのものを弾いて曲げてしまった。さらに、地上から放たれる
大出力のビーム。とっさに見下ろした先には、暗い青色のガンダムの姿。
レイダー、フォビドゥン、カラミティ。3機は連合軍の新型だった。
戦闘を続けるうちにだんだんと僕の疲弊は増大していく。あまり連携が
取れているとは言えない3機のガンダムは、それでも機体の性能を
生かしてこちらの攻撃を無力化する。僕はだんだん焦り始めた。
アラスカで縦横無尽の活躍を遂げたはずのフリーダムが追い詰められつつ
あった。レイダーとフォビドゥンの手柄を争うような挟撃が、次第に
回避反撃の芽を摘むような隙のなさを生み出していく。このままじゃ、
危ない。地上からのカラミティの砲撃が真横をかすめる。フォビドゥンの
放ったプラズマビームが偏向し、すぐ下方を通り過ぎる。あまりの危険に
バーニアを吹かせようとした瞬間、レイダーの鉄球が命中した。
強い衝撃で機体の自由が利かない。隙の生まれた僕を見逃さず、上空の
2機が迫った。レイダーの口部ビーム砲が目の前に見える。
―――僕は、もう死ぬのか。
最悪の事態を覚悟した瞬間、視界を赤い機体が遮った。
見慣れたその色を持つガンダムから聞こえてきたのは、忘れられない
友の声。アスラン・ザラの駆るジャスティスの登場だった。
832
:
人為の人・PHASE−39
:2004/09/18(土) 14:43
何の前触れもなく突然現れたジャスティスに対し、僕は強く問い質した。
―――ザフトが、何のつもりだ。
それはかつて僕と殺し合った相手である彼の真意を確かめるものだった。
―――この介入は、俺個人の意志だ。
返答には一つの迷いも見られない。僕はアスランを信じることにした。
ともかく今はこの危機を乗り越える方が先だ。あっけに取られていた敵に
先んじて僕たちは反撃を開始した。赤と白二つのガンダムが、敵の新型を
圧倒していく。先ほどまであんなに劣勢だった僕の攻撃とアスランの
信念が、ただ暴れ回るだけの敵を確実に捉えていくように感じた。
しばらくすると、3機の新型は損傷が少ないにもかかわらず撤退した。
まるで早く帰艦しなければ命が危ないかのように、隼のごとく。
夕日が沈む頃、オーブに一旦の平穏が訪れた。もちろん、敵を撃退できた
わけではない。連合軍の一時撤退があっただけで、疲れきった兵士たちが
瓦礫の合間に横たわって休む姿があちこちに見られた。
僕のフリーダムはアスランのジャスティスと向き合ったまま降下した。
話がしたいと言った彼の声は落ち着いていて、僕はそれを受諾したのだ。
ワイヤーを伝って降りてくる赤いパイロットスーツの少年は、間違いなく
アスランだった。一方に海、もう一方に駆けつけた多くの人が見守る中、
僕と彼とは少しずつ距離を狭めていく。彼に銃を向けた兵士を牽制し、
2、3歩の距離を隔てて僕はついに彼と向き合った。そうだ、柵越しに
トリィを渡してくれたあの時のアスランと話したのも夕暮れのオーブだ。
そして僕の肩にはトリィが止まり、彼をじっと見つめている。
今、二人の間に遮るものは何もない。アスランが僕の名前を呼び、
拳を固めた。彼に殴られる準備はできていた。何があったのかは知らない
けれど、彼の目は複雑に僕を捉えていた。さあ殴ってくれ、アスラン。
覚悟を決めた瞬間、僕たちのもとに走り寄ってくる一人の少女がいた。
彼女はとても嬉しそうな声で僕たちを抱き寄せ、再会を祝してくれた。
僕は予想外の結果に戸惑いつつも、それはアスランも同じことだろうと
思いながらカガリの祝福にしばらく身を委ねることにした。
何だか、とても気分がよかった。
オーブの工場で彼と言葉を交わした僕は、かつての戦いを振り返った。
僕はニコルという少年を殺した。でも、僕は彼を知らない。
アスランもトールという少年を殺した。でも、彼もトールを知らない。
そう言って納得するなんて無理なのは分かっていた。でも、そう言って
納得するほかに今は仕方がない、どうしようもない、そんな風に
思っている自分がいた。全ては時が解決してくれるのだろうか。
いつかは何もかも受け入れられる気持ちになって、トールの墓に
落ち着いた気持ちで祈りを捧げることができるのだろうか。
自信などあるはずもなかった。僕はアスランと分かり合えたとは
思っていなかった。でも分かり合えたのだと自分に思い込ませることで
戦争を終わらせることができるのなら、それで充分な気がした。
アスランも僕の言葉に納得していないだろう。しかも、彼は僕よりずっと
真面目で信念の強い男だ。到底認められないのは目に見えている。
でも、真面目だからこそ彼は信じてくれる。今を生き抜くためには
そうするしかないということを。僕は笑顔を浮かべながら、止めどない
悲しみの気持ちが胸にたまっていくのを感じていた。
そしてそんな僕たちの気持ちを上回りながら、戦争は加速を続けていく。
833
:
人為の人・PHASE−40
:2004/09/19(日) 13:36
再び連合軍のオーブ攻撃が始まった。例の新型3機の姿も見える。
出撃前、アスランはオーブに勝ち目はないと言った。それは僕も
分かっていた。けれど、僕は彼に得意げに言った。大切なのは、
僕たちが何のために戦うのかを自分でしっかりと分かっていることだと。
愚かだった。いまだに頭の中でぼんやりとした像しか作り出せず、
かつて僕たちが何と戦ったのかにすら答えを出すことのできない自分が、
よりによってアスランを導こうとするなんて。認識できていなかったのは
僕も同じだった。そしてザフトの捕虜から僕たちとともに戦うことを
願い出てくれたディアッカも、僕の考えに賛同してしまったようだった。
分からない。オーブが占領されたのは僕たちのせいなのだろうか。
僕たちが理想を胸に宇宙へ旅立たなければ、オーブの人々は幸せで
いられたのだろうか。今、得体の知れない不安が胸をよぎる。
戦闘を中断し、僕たちはマスドライバーの設置されたオノゴロへと
向かった。ウズミさんが僕たちにオーブを離脱し、宇宙へと上がるように
指示を出したのだ。オーブが陥落するのも時間の問題だと言う
ウズミさんの顔は苦渋に満ちてはいたが、それでもその惨禍の先に見える
小さな炎をしっかりと見据える力強い目をしていた。小さくとも、
強い炎は消えない。ウズミさんはマリューさんの言葉に大きくうなずき、
僕たちのオーブ離脱に向けた準備を着々と始めていった。
世界は認めぬ者同士の際限ない争いへと突き進んでしまいかねない。
そう言ったウズミさんは、二人の危険人物の名を挙げていた。
地球の軍需産業理事にしてブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエル。
マスドライバーとモルゲンレーテ取得の目的でオーブ侵攻を後押しした
張本人だった。彼もやがて僕たちを追って宇宙へ上がることとなる。
そしてプラントの最高評議会議長兼国防委員長、パトリック・ザラ。
その名前を聞いた時、アスランの顔に陰りが見えたのは明らかだった。
きっと彼の苦悩は察して余りあるものだったに違いない。
実の父親が、真に倒すべき「敵」のようになってしまっていたのだから。
ローエングリンを放出し、空への道を開くアークエンジェル。
マスドライバーにその白い艦体をあずけ、上へ上へと突き進んでいく。
やがてエンジンを最大に吹かせたアークエンジェルは彼方の空に消えた。
次はクサナギ、多数のオーブ国民とカガリたち軍関係者を乗せた艦が
旅立つ時だ。そしてまさにその時、連合軍の新型3機が襲来した。
このまま艦を行かせるわけにはいかないとばかりに速度を生かし、
クサナギの進路に立ちはだかるカラミティ、レイダー、フォビドゥン。
地上に残っていた僕たちはクサナギを守るため、また宇宙に向かうため、
彼らを迎え撃つ。マスドライバーに攻撃を当てるわけにはいかない敵は
動きが鈍く、僕たちは何とか厳しい状況の中を応戦していく。
やがてフリーダムの手をジャスティスの手がしっかりと握り締め、
僕たちはクサナギの甲板へと無事着地できた。急上昇を続ける艦体から
見えるオーブ本土の姿が、次第に遠くなっていく。
そして―――次の瞬間だった。最初は小規模の爆発、やがて巨大な連鎖。
暁のような炎がマスドライバーを焦がし、オノゴロの施設を次々と
飲み込んでいった。それは美しくもあり、悲しくもある喪失の景色。
たった今飛び去った場所のあまりの光景に、僕は声も出なかった。
その時ほどカガリの泣き叫ぶ姿をはっきりと想像できたことはない。
「オーブの獅子」ウズミ・ナラ・アスハさんは、たとえ死を前にしても
自分の信念を曲げることはなかったのだ。それが一方的に誉められるべき
ものでないことはよく分かっている。でも、彼はカガリに対して
最後まで、本当に最期まで「父親」としての役目を果たしたのだと思う。
僕にそれだけの誇りと理想を抱くことは不可能だけれど、カガリなら
きっと築いていける。生まれ変わった、想いを受け継いだオーブを。
―――「種」を乗せた2隻の艦は、広い暗黒の宇宙へと飛び出した。
834
:
人為の人・PHASE−41
:2004/09/20(月) 13:32
世界は揺れる。世界は変わる。そこに生きる全ての人々の運命を
翻弄しながら、世界は少しずつ少しずつその姿を変えていく。
宇宙に上がった僕たちは、退路を断たれた切迫感とこれから何を
すべきかという問いへの不安に駆られながら取るべき道を模索した。
アスランと、ディアッカ。彼らはもともとザフトの人間だったが、
もうとっくにそんなことを気にしていられる状態でないことはみんな
分かっていた。かつて敵だった者たちとの共闘に違和感はなかった。
そして、ウズミさんからカガリに託された写真の存在。実の父と思って
時に反抗しながらも慕い続けてきたであろう人物を亡くして涙に暮れる
カガリを慰めようとした僕はアスランとともに彼女のもとに出向き、
そして真実の一部を知った。写真の中で双子の赤ん坊を抱えながら
優しそうに微笑む茶髪の女性は確かにどことなく自分に似ていた。
でも、だからと言ってそのままその女性が僕の本当の母親であるなんて
とても信じられなかった。最初にその考えが浮かんだ瞬間感じた思いは
単純な驚きと純粋な疑問で、それだけでは僕たち三人が家族として
暮らしてきた平和な生活を怪しむものとは到底なりえなかった。
そう、あの人が僕に嘲りを込めて事実を伝えるその時までは、自分の
存在があれほど禁忌に彩られたものであることなど知るはずもなかった。
フリーダム強奪と地球軍への情報漏洩。二つの大罪を押し付けられた
クライン派はプラント各地で追討の憂き目にあっていた。
その過程でシーゲルさんは死に、ラクスは電波ジャックによる地下演説を
続けながら居場所を転々と変えていたらしい。そんな彼女が僕たちと
合流することなど僕は夢にも思わなかったが、それでも僕たちが実際に
その結果への道を着実に歩み始めていたのは事実だった。アスランが
父ともう一度話がしたいと言い、プラントに向かうことを決意したのだ。
開戦以後、お互いに心から話し合うことができなかったという二人の関係
にあえてメスを入れ、自分の「正義」を示す。その証としてジャスティス
を艦に残し、彼はシャトルでプラントへと赴いた。僕は彼が自分から
危険に飛び込もうとしていることを知り、別れ際に笑顔で彼を励ました。
―――君は、まだ死ねない。君も僕も、まだ死ねないんだ。
「まだ」の部分に自然と力がこもったのを、今でも僕はよく覚えている。
初めてストライクに搭乗した時以来、僕は自分の死を意識したことは
数え切れないほどあった。その度に「ここで死んでたまるか」という
反発、自分の死への恐怖と遺された者たちの悲惨な結末を想像することで
僕は「死ねない自分」という虚像をいつの間にか作り上げていた。
そして戦争が犠牲者を限りなく生み出していく中、その虚像は姿を変え
「まだ死ねない自分」として僕を束縛した。目的を達成するために死力を
尽くして戦い、そしてそれが達成された後は―――悲壮感が全てだった。
そんな恐ろしい虚像をアスランに重ね合わせるほど僕は理想を追い求め、
自分がその実現に貢献できるという過信に酔っていたのかもしれない。
けれど今となっては―――それはただの夢幻にすぎなかったのだ。
対面の時は近づく。宇宙で、プラントで、そしてまた宇宙で。
ラクス・クラインという一人の歌姫が僕たちの指揮官となる時まで、
残された時間はそう多くなかった。そして彼女たちが加わった瞬間、
あてもなくさまよう二隻の戦艦は行くべき道を見出していく。
835
:
人為の人・PHASE−42
:2004/09/21(火) 14:15
プラント最高評議会議長兼国防委員長、ザフトの最高権力者、そして
実の父親。パトリック・ザラと話し合うためにプラントへと向かった
アスランだったが、一向に帰ってくる気配はなかった。
僕は最悪の結果が胸をよぎるのを感じ取ったが、そのことに対して妙に
醒めた視点で見つめているもう一人の自分がいることを発見した。
僕は彼の心配をする一方で、そうなっても仕方がないと考えている?
そんなはずはない、「まだ死ねない」はずのアスランは必ず生きて
帰ってくる。僕の親友として、またジャスティスのパイロットとして。
そう考えるようにして自分の中に潜む冷酷な人格を追い払った僕は、
来るべき時に備えてフリーダムのチェックを欠かさなかった。
フリーダム。それは自由の翼、戦場に平和をもたらす剣―――いや、
そんな美しい言葉で飾れるものではない。どれだけコクピットから
外してビームを当てようと、敵の攻撃手段を断つだけのサーベルを
振りかざそうと、それは大きすぎる力を持て余した者の偽善にしか
ならないのではないか。やがて慢心が衝撃とともに僕を脅かし、
悲劇を呼び起こし、真実を直視させるようになるのではないか。
当時の僕がそこまで考えていたかどうかは分からない。けれど、現在
心に傷を抱えたままの自分がそれでも生きていることを考えれば、
そんなはっきりとしない不安が見事に的中したのだと思えてくる。
思考の片隅に消えた彼女が再び眼前に現れる時まで、そう遠くない。
宇宙に飛び出したフリーダムが漆黒の宇宙に熱源反応を捉える。僕は
スラスターを全開にしてその場に直行し、ザフトのMSジンに
襲撃を受けている桃色の戦艦を目撃する。多勢に紛れても明らかに
それと分かるような配色に僕がある人物を思い浮かべた瞬間、
ラクス・クラインの喜びに満ちた声がコクピットに伝えられた。
間髪を入れずに僕は攻撃を開始する。フリーダムに取り付けられた
大量のビーム砲が火を噴き、敵の武器や手足を次々と奪っていく。
それを当然のように感じながら、僕は敵の機体が撤退した空間に
素早く到達して戦艦の無事を確認した。中にはアスランもいた。
ラクスはザフトの新造戦艦、エターナルを手中に収めたのだった。
艦から降りてきたのはラクスやアスランだけではなかった。
「砂漠の虎」アンドリュー・バルトフェルドさんもそこにはいた。
それでも若干の衝撃を受けただけで、僕は彼の憎しみに囚われない
思考に同意しながら隻腕義足の彼の体を静かに見守った。
間違いなく、この人と戦ったことで僕の何かは変わったのだ。
戦争が互いを滅ぼし尽くすまで終わらない殺戮ともなり得ることを
僕は彼との戦いで知った。そして世界は実際にそうなりつつある。
一時的とはいえ互いの過去を乗り越えることができた僕と彼は、
こうして戦争終結のため共に戦うこととなった。
僕との再会を本当に喜んでいるようだったラクス。僕は彼女の
気持ちを汲み取るように笑顔で接しようとした。ところが。
ラクスが僕を連れ、人目を避けるように場所を移した。
一体どうしたのだろうと不思議に思う僕の前で彼女の目から
流れ落ちたのは、一筋の涙。シーゲルさんが死んでしまったことを
悲しんで僕の胸に身を寄せた彼女の姿は、毅然とした衣装や
言葉からは想像もつかないほどに小さく、そして儚く見えた。
天真爛漫の中にどこか理解の及ばないものを含んでいたラクスが
流した涙、その冷たさに濡れながら、僕は彼女をいたわっていた。
自分にその資格があるのかという問いを、常に心に抱きながら。
836
:
人為の人・PHASE−43
:2004/09/22(水) 12:44
合流することのできた三隻の戦艦が当分の潜伏拠点として選んだのは、
廃棄されたコロニー「メンデル」。過去にバイオハザードを起こして
居住困難となり、既に無人となっているコロニーだった。
今思えば、僕があんな所に行くことになったのも何かの運命だった
のかもしれない。あそこへ行かなければ、そしてあの人から真実を
語られなければ。歴史に「もしも」は存在しない。けれどそれが
なかった時のことを空想してみるたび、知らない方が今よりも平和に
生きられたんじゃないかと思うことがある。でもそうやって考え出すと
そもそもヘリオポリスが襲われなければ―――と仮定の連鎖は
とどまることを知らなくなる。だから半分諦めたような気持ちで、
無気力になって、現実に目を背けて、笑いも泣きもしないで、
僕は今も重く暗い過去を引きずっている。
僕たちがメンデルに潜伏して間もなく、連合軍の戦艦が宙域に
現れた。その戦艦の名はドミニオン、アークエンジェルの同型艦で
より黒い艦体が特徴的だった。実質的な艦長として艦の指揮を
執っていたのは、アラスカで転属を言い渡されアークエンジェルを
離れたナタル・バジルール少佐。そしてオブザーバーとして
ブルーコスモスのムルタ・アズラエルも乗り込んでおり、同時に
オーブで戦ったガンダム3機も搭載されていた。
フリーダムとジャスティスのニュートロンジャマーキャンセラーを
手に入れる目的もあってやって来たドミニオンは、一旦こちら側に
通信を入れてきた。スクリーンに映ったのは間違いなくかつての
副官、ナタルさんだった。でももう彼女は僕たちとは違う陣営、
違う思想のもとにいたのだ。かつての同僚に降伏を勧められても
マリューさんは受け入れず、今の連合そのものに疑念があるのだと
言って退けた。そして、その言葉に残念そうな顔をしたナタルさんの
横から、金髪に空色のスーツを着た青年風の男が口を出す。彼こそが
ムルタ・アズラエルだった。挑発的な口調でコーディネーターへの
差別意識を隠そうともしない態度が僕の心を強くえぐったが、
かえって敵への対抗意識は高まった。絶対に、落とされはしない。
やがて話し合いの決裂した両者から、次々とMSが放たれていった。
場所がコロニー跡と言うこともあって、残骸が点々と漂う暗礁宙域が
主な戦場となった。その地形の特性を生かし、時間差でレーダーの
追跡を逃れたミサイルを連続してこちらに命中させてくるドミニオン。
一方こちらはエターナルが整備中で出港できないのに加え、開始早々
クサナギにコロニーのワイヤーが絡まり行動不能となってしまった。
急いでその切断が始まったものの、ナタルさんの統制のとれた指揮が
寄せ集めの僕たちの攻撃を乱し、そこに例の新型3機が思い思いに
襲いかかる。新型3機はとてもナチュラルとは思えない反応速度で
次々と攻撃を仕掛け、応戦するフリーダムとジャスティスを次第に
翻弄していく。そして物理的にも精神的にも全く余裕のない状況の中、
コクピット内に突然警報が鳴り響いた。一体何が起こったのか。
―――目前にドミニオンから放たれた大量のミサイルが迫っていた。
837
:
人為の人・PHASE−44
:2004/09/23(木) 11:10
僕は必死の回避を試みたものの、フリーダムに向かって飛んできた
ミサイルの照準は正確で数発が命中した。機体が大きく揺らぎ、
急いで立て直したところに敵の新型が迫る。相次ぐ危機の襲来に
僕は幾度となく繰り返してきた弾ける種のイメージを脳裏に構築し、
無重力の空間を掌握しようと努めた。ここで負けるわけにはいかない。
その意志の根拠にまで考えが回らぬまま、致命傷とはなりえない攻撃を
繰り返して反撃を続ける。切迫感から苛立ちが募り、僕は声を荒げた。
まだ終わらないのか。やがてようやくワイヤーの外れたクサナギが
動き始めると、敵は即座に退却。戦闘は一旦終わりを告げたかに見えた。
しかし戦場からは、ストライクとバスターの反応が消えていた。
消えた2機のMSはおそらくメンデル内部に向かったのだと推測された。
その時、事態は混迷を極めていた。先ほどのドミニオンに加えて
暗礁宙域の外にはエターナルを追ってきたザフト艦も控えており、
うかつな行動はできない。僕は自分がメンデル内部に向かうとラクスに
告げ、彼女はそれを了承した。アスランに外の警戒を任せた僕は、
のしかかる不吉な予感を振り払うようにコロニーへと突入していった。
視界が開け、荒廃した大地が目に飛び込んでくる。生命の存在を何も
感じさせないような冷え切った感覚をコクピットの中で体感しながら、
僕は周囲へと目を凝らした。いる。デュエルと向き合うバスターの姿が
モニターに映った。かつてザフトで同じ隊に所属していた者同士だと言う
ディアッカの言葉を信じ、僕はその場を去る。かつての僕とアスランを
見ているようで一瞬不安がよぎったが、そうならないことを祈りつつ
僕はもう一人の居場所を探した。いた。ムウさんの乗るストライクと、
そのストライクを追い詰める見たこともないザフトらしきMS。
僕はかつてのアラスカのようにその場へ急行し、速度を生かして
敵MS―――ゲイツに斬撃を加えた。行動不能となったゲイツを捨てて、
パイロットが地面に降り立ち走り出す。地表付近はまだ空気と重力が
残っているらしく、その足取りは地球と何ら変わりがない。
それに続いてムウさんがストライクを降り、彼を追い始めた。
思わず銃を手に取ってその後に続く僕を待ちかまえていたのは、
廃棄された地にあってなお負の遺産を保ち続ける巨大な施設だった。
僕はムウさんと二人、物陰に隠れて奥にいる敵の様子をうかがった。
銃のセーフティーを外し、MS同士ではない生身の戦いに緊張が走る。
やがて声とともにムウさんが銃を撃つが外れ、姿は見えないながらも
クルーゼさんは余裕に満ちた態度でこちらに一冊のアルバムを投げた。
その勢いで外に飛び出した写真、そして中に収められていた記録。
間違いなかった。僕たちは来るべくしてこの建物に来たのだ。
クルーゼさんは最初からそれを望み、そして実現させてしまった。
深い因縁に彩られた僕たち3人の真実が、容赦なく明かされる時だった。
838
:
人為の人・PHASE−45
:2004/09/24(金) 09:04
まだメンデルが快適な居住区としての立場にあった時代。
15年以上も前、そこではコーディネーターが次々と生み出されていた。
自分の子供が生まれながらに他者より優れていることを望み、大金を
払って思い通りの容姿と能力を子供に身に付けさせようとした親たち。
そして彼らが絶えることなく訪れていた研究施設がここであり、
ここで多くの研究者たちが愚かな見果てぬ夢を見たのだとクルーゼさんは
言った。確かに、見渡せば不思議で不気味な巨大試験管が所狭しと並び、
その中では今なお怪しげな物体がうごめいている様子を確認できた。
さらに彼は続ける。その研究者の中でもリーダー的存在であった男性と
その妻、さらには彼らに資金協力を惜しまなかったある一人の資産家の
話。彼らこそ、今の我々を存在せしめているのだと。彼の雄弁な口から
放たれる数多くの言葉は異常なまでの自信と説得力に満ち、戦闘中にも
関わらず僕とムウさんは彼の言葉に耳を傾け続けた。
「最高のコーディネーター」を作り出すこと。遺伝子技術を研究する人間
にとっての最大の夢とも言えるこの計画に乗り出した研究者がいた。
彼の名はユーレン・ヒビキ。彼は人工子宮の中で、妻ヴィアとの受精卵を
最高の条件の下育成させようとした。そして数多くの「失敗作」を経て、
一人の男の子が生み出される。その時ヴィアのお腹から産まれた女の子と
双子で、たった一つの「成功例」とされたコーディネーター。
名前を「キラ・ヒビキ」と言った。
資産家は自分の跡取りとなるべき実の息子が気に入らなかった。
いや、正確にはその息子の母親を気に入らなかった。そのためメンデルの
ユーレン・ヒビキに話を持ちかけ、自分のクローンを作り出そうとした。
その試みは成功し、全てがうまく行くかに見えた。だがしばらくして
資産家の住む屋敷は火事に見舞われ全焼、彼以下多くの人間が死亡し、
実の息子が数少ない生存者として生き残ることになる。
その資産家の名前は「アル・ダ・フラガ」、そして息子の名前は
「ムウ・ラ・フラガ」。アルのクローンは行方知れずとなった―――。
クルーゼさんは語る。そのクローンは自分自身であると。もちろん
ムウさんは言下に否定するが、それを上回る口調でクルーゼさんは
意見を封殺し、こちらの退路を断ってくる。僕はと言えば、あまりに
信じられない真実の連続に自分の存在意義さえ見失いそうになっていた。
自分が「最高のコーディネーター」?人工子宮で調整され生まれた人間?
いや、人間とさえ呼べるのかも怪しい。僕と双子であることが確定した
カガリとはあまりに異なる出生。彼女が「誕生」なら、僕は「発生」した
とでも言うべき存在だ。頭が奥底から熱くなり、銃を握り締めた手元が
震えだす。周りの風景が歪み、驚きと恐怖に全身から力が抜けていく。
クルーゼさんは得意気に言葉を重ねていった。間もなく最後の扉が開く。
私が開く。そして世界は終わる、この果てしなき憎しみの世界は―――。
また彼は世界で自分こそがただ一人、全人類を裁く権利を持つとも言った。
そこで僕ははっと我に帰った。世界が終わる?憎しみに包まれた世界が
何か強大な「力」に押し潰されていくイメージをその瞬間僕ははっきりと
想像できた。そんなこと、させるものか。自分でも何が起こったのか
分からぬままに体が動き、僕は物陰から飛び出すとクルーゼさんに
襲いかかった。そして―――彼の目を覆っていた仮面が外れた。
それを見た僕、あるいはムウさんの衝撃は計り知れない。なぜならそこに
あった顔は、恐ろしいまでに「あってはならない」ものだったからだ。
僕たちが気を取られた隙にクルーゼさんは素早く逃げ出し、そして静寂が
辺りを包んだ。もうそこには何もなかった。その場に留まる理由を失った
僕たちは、急いでMSのある建物の外へと向かっていった。
コロニーのさらに外では再び激しいMS同士の戦いが始まっていた。
休む間もなく戦線に復帰した僕はムウさんをアークエンジェルに預け、
新型3機との戦闘を開始する。真実を知ったことによる動揺が次第に
重みを増し、双肩にずしりと乗りかかってくるのを僕は感じていた。
それでも、ギリギリの状態ではあったがまだ戦うことはできた。
―――まさか、あの子の声を聞くことになるなんて。
839
:
人為の人・PHASE−46
:2004/09/25(土) 11:53
アークエンジェル、クサナギ、エターナルの三隻は連合とザフト両方から
攻撃を受けていた。このままでは次第に距離を詰められ、挟み撃ち状態で
一斉射撃を受けてしまう。ラクスはザフトの戦艦、ヴェサリウスに火線を
集中することでこの突破網を抜けようとしていた。ヴェサリウスは
クルーゼさんの指揮する艦だったが、彼はこの攻撃が成功して
ヴェサリウスが撃沈した後も生きていた。同じくそこにいたアスランや
ディアッカの親友、イザーク・ジュールも無事だったようだ。
その時僕はただひたすらこちらに襲いかかる敵を相手にしていた。心身に
かなりの負荷がかかっていることは分かっていたが、ここで帰艦するわけ
にはいかないという気持ちが辛うじて僕を戦線に留まらせていた。
そんな中、通信がある一つの声を捉えた。
最初は信じられなかった。こんな戦場に、しかもいつ撃墜されるとも
分からない小さなポッドに乗せられて漂っているとは思いもしなかった。
知っている人の名前をほとんど全て挙げて、必死に助けを求める声。
その多くを僕は知っていた。当然、死んだはずの僕の名前はなかった。
間違うはずもない。それは確かにあの子の声だったのだ。
僕はもう、彼女には二度と会うことはないだろうと思っていた。
そう決め付けて、確かにあったはずの心の迷いを断ち切ろうとしたのだ。
アラスカでは無事に脱出できて、今頃はどこか平和な場所にいる―――。
しかし、現実に彼女の声はフリーダムのコクピットに響き渡った。
僕はその声一つに、今まで築き上げてきたものが一瞬崩れ去るのを感じた。
そのわずかな迷いは僕に無謀な行動を起こさせるには充分な衝撃だった。
僕は周りの状況を顧みず、一直線に発信源へと急行していった。
もちろん、何の迎撃も行わずただ直進するだけのフリーダムを敵が見逃す
はずがない。僕は次々に敵の射撃を受けた。ビームが命中するたびに
僕はあの子から引き離され、頑丈を誇るフリーダムの機体にいくつも
傷が入る。だが、それでも僕は諦めなかった。魂を削るようにあの子の
名前を幾度も呼びながら、懐かしい声に向けて手を伸ばす。次の瞬間、
強い衝撃とともにフリーダムの頭部が破壊された。これ以上後を追うことは
命にも関わる危険があることもよく承知していた。それなのに僕は
まだ追いかけようとしていた。フリーダムが動けるのならあの子を、
僕が傷つけた、僕が守ってあげなくちゃならない人を助けないと―――。
けれども無謀な追跡は遂に親友のアスランによって引き止められた。
僕は彼の声すらどこか遠い世界から呼びかけているような気持ちで、
種の弾けた瞳を漆黒の宇宙に向けて何も考えることができなかった。
目が覚めると僕はエターナルのベッドにいた。フリーダムとジャスティスの
専用運用艦として作られたエターナル。最近はそこでずっと生活していた
のだから当然の景色のはずなのに、それはどこかいつもと違って見えた。
視線を上にやると、心配そうにこちらを見つめるラクスの顔があった。
いや、ラクスではなかった。その顔は微笑んでいた。魔性の優しさを
秘めていた。そして僕に覆い被さり、あの子と僕は―――。
心に激痛が走った。昔の記憶は自分の罪悪感を深めるだけだった。
そうする他に道がなかったなどとはとても考えられなかった。僕はあの子と
交わることで救われ、快楽すら覚えていた。事実として互いを傷つけた。
過去は戻らないのか。戻らないから僕はあの子を追い求めようとしたのに。
気がつけば景色は再びエターナルの中、ラクスが僕を見つめていた。
アスランやカガリも見舞いに来てくれたが、ラクスは彼らをそっと表に
出し、慈悲に満ちた優しい声と表情で僕を慰めてくれた。僕はその清さに
癒されながら、一方で後悔の念を抱かないわけにはいかなかった。
泣いていいのですよと彼女は言う。人は泣くことができる生き物だからと。
泣かないようにと張り詰めていた気持ちが途切れ、僕のひどく脆弱な一面が
さらけ出された。また僕は繰り返してしまった。自身で解決するすべを
知らず、自分に優しさを与えてくれる女性にただすがろうとする愚行にも
似た甘え。それが戦争という無慈悲な現実の中で続けられ、根のない草の
ごとく僕はふらふらとさまようことしかできなくなった。これが、こんな
生き物が「最高のコーディネーター」だと言うのだろうか。
安息の場所は見つからない。あの子を抱き、ラクスに癒される僕などには。
840
:
人為の人・作者
:2004/09/25(土) 11:54
今日は運命の再会、でした。
次回からはいよいよ最終決戦へ……。
841
:
人為の人・PHASE−47
:2004/09/26(日) 11:46
地球軍がニュートロンジャマーキャンセラーを手に入れてしまった。
あの子は「戦争を終わらせるための鍵を持っている」と言っていたけれど、
それが地球軍に核兵器を再び使うことを許すためのものであったとしたら。
僕たちが最悪の結果の回避に向けて動き始めたその時、あの子はドミニオン
の中で何を考えていたのだろうか。かつては行動をともにしていながら、
僕とあの子は手の届かない遠い場所であまりにも一方向な関係だけを
互いに持ち続けていたのだ。それは最後となるべき戦いにあって、
持たないほうがよいはずの「守護」の意識。その結末はじきに明かされる。
地球軍は物量でザフトを圧倒し、プラント防衛要塞の一つボアズへと迫った。
ザフト軍も懸命の抵抗を続けるが、やがてその防衛網をかいくぐった部隊が
彼らに恐るべき破滅の光をもたらすこととなる。
平和を作る者。文字通りピースメーカーと名づけられたメビウスの部隊は、
それぞれに一基ずつ搭載された核弾頭ミサイルを容赦なく発射した。
迎撃も間に合わず、悪夢の弾丸がボアズへと突き刺さる。そして爆発。
かつてユニウス7を解体した核の炎はボアズを無数の残骸へと変えた。
勢いづいた地球軍はさらにその奥の最終防衛拠点ヤキン・ドゥーエ、
そして最深部に位置するプラント群へと侵攻していく。僕たちは彼らの
見境のない行動を止めるためにその後を追う。もうこれ以上の惨禍を
呼び覚ますことはできない。戦争の一刻も早い終結、そして平和への道のり
に希望を見出しながら、僕たちは三隻の戦艦からMSを続々と発進させた。
宇宙に点在する得体の知れない生き物が住む砂時計を破壊すべく、
蒼き清浄なる世界というひどく漠然とした概念を達成させるべく、
核弾頭ミサイルを抱えたメビウスがプラントへ次第に迫る。対するザフトは
ヤキン・ドゥーエのMSを結集させての必死の抵抗。その中にはアスランの
友人でありクルーゼ隊でただ一人ザフトへの忠誠を誓い続けたデュエルの
パイロット、イザーク・ジュールもいた。彼らは生まれ育ったプラントを
死守するため地球軍の大部隊に向かっていった。それでも数に勝る地球軍を
止めることはできず、ピースメーカー隊は核ミサイルを発射。放たれた
一つ一つがプラントを焼き尽くす勢いのもと飛んでいく。もはや彼らに
止めるすべはなく、背後の故郷は失われようとしていた―――。
それはさながら英雄のごとく、現実にありもしない能力者のごとく、
明確な理想に近づこうとしながら最後まで形のないものに拠り続けた
弱い人間の駆るMSによって核ミサイルは撃破される結果となった。
プラントの目前でいくつも無意味な核の炎が宇宙を照らしては消える。
多くの人々が予期しなかった核兵器の末路を僕は踏みしめながら、
ピースメーカー隊の殲滅に向けてミーティア装備のフリーダムで
空間を駆け巡った。もう誰も殺させはしない、その誓いのもとで僕は
核搭載型メビウスに乗るパイロット、そしてそれを発進させる戦艦の
クルーを次々と殺していった。彼らがそんなことをしなければ殺さなかった、
僕は戦争を終わらせるために最小限の犠牲だけを望んでいる、そんな
身勝手な解釈を通用させる力によって核兵器はその数を限りなく
減らしていくこととなった。それは自由という名の驕りだったのか。
ジャスティスを駆るアスランは同じくミーティア装備のもと己の正義を
信じて人の乗る機械を切り裂き貫いていく。だからと言って僕と彼とは
違う、そんな理論は通用しない。やっていることは変わらないのだ。
最後に必要なのはやはり「犠牲」なのだと、今僕はそう思う。
地球軍の核攻撃はザフトの怒りを呼び、かつてない巨大な破壊兵器の使用を
実現させてしまった。その名はジェネシス、核を上回る史上最悪の人造物。
やがてその砲門から、膨大なエネルギーが解き放たれる時が訪れた。
842
:
人為の人・PHASE−48
:2004/09/27(月) 07:16
ジェネシスから放出された巨大な光の渦は、その第一射だけで地球軍の
戦力の大半を奪い去った。強力なガンマ線により、核をも上回る
破壊力を見せつけたジェネシス。ミラージュコロイドによって今まで
隠されていたその巨体は、同時にPS装甲を展開することでほぼ無敵と
化していた。僕たちの攻撃目標は核装備のメビウス撃破からジェネシスの
破壊へと次第に移行していく。そしてその激戦の途中、フリーダムや
ジャスティスさえ凌ぐ最強のMSと僕は戦うことになる。そのMSの名は
プロヴィデンス。操縦するのは、全人類に裁きを下すことを望むあの人だ。
ジェネシスの照射によって戦場が混乱したところを見計らい、僕たちは
一旦各々の所属する戦艦へと戻ってきた。初めはジェネシスの威力に
圧倒されていた僕たちも、段々とあれを撃破しなければならないという
使命のようなものへと駆り立てられていく。そしてそんな状況の中で、
ついにカガリがパイロットとして戦場に立つ時がやってきた。彼女の乗る
MS、ストライクルージュの整備が完了したのだ。僕はカガリが何度も
ウズミさんに戦争の危険を説かれていたことを知っている。きっと彼女も
そのことは充分承知しているのだろう。けれど、カガリの性格上安全な所で
いつまでもじっとしていることなどできなかった。彼女はみずから戦場に
出て、行動によって意志を示すナチュラルの少女だった。そして僕は、
その少女と血を分けた兄もしくは弟。僕の性格から推測するに、おそらくは
弟なのだろう。生きることそのものが戦いなんだと言ってのけたカガリを、
僕は心から尊敬したい。そうすることが、僕の生に意味を与えるのだから。
出撃の時が来た。MS格納庫へと歩き始めた僕を、ラクスが引き止める。
今や彼女はエターナルという戦艦を率いる艦長としてではなく、一人の
儚げな少女として僕の前に立っていた。必ず帰ってきて下さいねと、
シンプルな形状をした銀色の指輪を渡すラクス。彼女は僕が死も厭わない
覚悟で戦場へ飛び出し、そのまま二度と帰ってこなくなることを
恐れているのだ。事実僕はそうなってもかまわない、むしろ仕方がないと
さえ考えていた。僕は所詮作られた存在なのであって、人間として生きる
資格などないのではないか。しかしラクスの僕を見る目は心から僕を
心配、いやそれ以上の感情を含んでいるように見えた。彼女が僕のことを
愛しているのは分かっていた。でも、その気持ちに応えられるほど僕は
立派な男だと言えるのだろうか。目を閉じ、僕はそっと彼女の頬に口づけを
する。ラクスが他に望んでいたことがあったかもしれない、そんな思いを
胸の奥に秘めたまま、僕の足は最終決戦へ向けて動き出していた。
三隻の戦艦からMSが出撃する。それは地球軍でもザフト軍でもない、
戦争の少しでも早い終結を願う人々の集団。戦場へと駆ける僕の横には
アスランのジャスティス、そしてカガリのストライクルージュが見えた。
彼らには互いに守るべき者がすぐ傍にいる。僕の守るべき人は今どこに
いるのだろうか。ラクスはエターナルの中、ではあの子は―――。
混沌と破滅をひた走る両軍の中を、僕はただひたすら駆け抜ける。
843
:
人為の人・作者
:2004/09/27(月) 07:18
今日がフレイ様の一周忌のようですね。
少し遅れてしまいましたが、最終話まであと少し。
844
:
人為の人・PHASE−49
:2004/09/29(水) 19:03
誰も止める術を持たないまま、ジェネシスの第二射は放たれた。
今度の目標は地球軍艦隊ではなく、ヤキン・ドゥーエ宙域に戦力を
送り込み続けていた地球軍月面基地、プトレマイオス・クレーター。
長い年月をかけて築かれた人類の建造物は、一瞬にして崩壊した。
そして次にジェネシスの攻撃目標に設定されていたのは、地球軍の
中でも大西洋連邦首都であったワシントン。もしその膨大なガンマ線が
地球に向けて放たれていたならば、人類にとっての真の滅亡は格段に
近づいていたに違いない。人の住める環境ではなくなった地球と、
その地球に住む人々の恨みからじきに破壊されていただろうプラント。
最悪の結末は間違いなく、限りなく現実のものになろうとしていた。
ミーティアを装備したフリーダム、ジャスティスは戦場を駆け巡った。
もう核を搭載したメビウスはほとんど残っていなかった。しかし、
「少しでも戦争を早く終わらせること」を目的としていた僕たちは
いつしか目的を「人類の滅亡を止めること」にすり替え、そのための
「犠牲」を次々に増やしていった。巨大ビームサーベルは幾度となく
ジン、ゲイツ、ダガーを切り裂き、キャノンから放たれたビームの
奔流は戦艦一隻を簡単に沈めることができた。破壊すべきジェネシスへ
向かう途上にある両軍のMSは全て攻撃対象となった。「愚かな争い」
を続ける彼らは僕たちに協力することなく死すべき運命にあった。
その時僕は僕たちだけに「正義」があるのだと信じて疑わなかった。
カラミティがミーティアの巨大ビームサーベルを避けきれずに両断され、
フォビドゥンもカガリを助けたデュエルの捨て身の攻撃に貫かれて
消え果てる。誰に「正義」があろうと変わりはしない。あるのは延々と
続く殺し合いのみ。目的は違っても、それらの行動には「人類の滅亡」
を速めるか遅くするかの違いしか存在しない。みんな、同じなのだ。
M1アストレイに乗っていたというカガリの友人の少女は3人とも
死んだ。そして、損傷の激しいストライクを何とかアークエンジェルに
近づけていたムウさんも、愛する人を守るため盾となり散った。
彼を消し去ったのは、ナタルさんの指揮していたドミニオンの兵器、
陽電子砲ローエングリン。ドミニオンから脱出艇が放たれ、戦闘意志の
ないものとしてアークエンジェルが接近した矢先の攻撃だったらしい。
ムウさん、ナタルさん、そしておそらくドミニオンに乗っていただろう
ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエル。どれほど優れた能力を
持っていても、それがMSの操縦技術や、戦艦の指揮管制や、
人民の統率指導における才能であっても、人は死ぬ時はあっさり死ぬ。
そう、どれほど常人よりも優れた能力で守ろうとした人であっても、
―――死は彼女を僕の手の届かない所へと運んでいってしまう。
845
:
人為の人・PHASE−50・1
:2004/09/30(木) 14:14
ジェネシスへと向かうラクスの艦隊。その中にミーティアを装備して
同行していたフリーダムのモニターが、1機の見慣れないMSを捉えた。
黒を基調とした、全体に不吉な雰囲気を漂わせたその機体の名は
「プロヴィデンス」、神意を司るもの。ラウ・ル・クルーゼさんの駆る
そのMSに言いようのない不安を覚えた僕は、アスランやカガリたちと
離れアークエンジェルの位置する空域へとフリーダムを走らせた。
今ここに、僕とクルーゼさんとの最初で最後の死闘が始まる。
満身創痍のアークエンジェルとバスターに襲いかかるプロヴィデンス。
その機体の背部に取り付けられた無数の小型ビーム射出ポッド、
ドラグーン・システムが僕のよく知る人々に向けて容赦なく放たれていく。
僕はミーティアをフル稼働させて迫り、巨大ビームサーベルをかざすものの
その小型兵器の縦横無尽に張り巡らされたビームの雨を前にして次々と
武装を破壊されていくこととなってしまう。そしてその雨の中、
クルーゼさんは全てを高みから見下ろした口調で僕に絶望を語りかける。
僕の必死の否定の反論は全て打ち消され、その度に彼の攻撃はますます
鋭さを増し僕へと刃を向ける。僕はあってはならない存在で、もし僕が
「最高のコーディネーター」であると知れば、誰もがそうであることを
望むゆえに僕は許されないのだと彼は言う。力だけが僕の全てじゃないと
いう魂の叫びすら、彼はそんなものなど誰も分からないと切り捨てる。
彼の想像を絶する動きの連続でついにミーティアは行動不能となり、
僕はミーティアを切り離してフリーダム単体での戦闘に切り替えた。
かつてないほどの緊張と死に対する恐怖感が僕を支配し始めていた。
だがここで退くわけにはいかない。ここで敗北すれば、世界はこの人の
望んだとおりの結末へと突き進んでしまう。僕が決意を固めた、その時。
僕のあまりにも優秀すぎた視力は、宇宙に漂う脱出艇、その中にいた
あの子を確実に視界へと招き込んだのだった。
守らなければ。僕が傷つけたあの子を、こんな所でその儚い命の危険に
さらされているあの子を、何としてでも守らなければ。ミーティアを
失って速度の落ちたフリーダムに例えようもないもどかしさを
抱きながら、僕はただひたすら彼女のもとに駆けていく。あと少し、
あと少しで彼女を守ることができる。視界の隅ではクルーゼさんが
ビームライフルをこちらに向けている。速く、早くしないと。ついに
引き金が引かれ、光線が一直線に目標を目指し走り抜けてくる。
あと少し、もうほんのあと少し―――僕は間に合うことができた。
フリーダムの盾に弾かれたビームが威力を失い、空しく拡散する。
脱出艇の中に見ることのできたあの子の笑顔。何の偽りもない、真の
微笑みがそこにあった。僕の顔にも安堵の表情があったのだろう。
でもその行為は無意味だった。クルーゼさんは初めから知っていたのだ。
僕たちがたとえ微笑み合うことができたとしても、それは一瞬の出来事に
すぎないのだと言うことを。そしてその後に必ず悲しみが訪れることも。
後ろに回り込んでいた小型兵器が一つ、あっさりと脱出艇を爆破した。
みるみるうちに表情を変えた僕が見たものは、もう爆炎だけだった。
あの子は僕の目の前で、本当にすぐ手の届いたはずの場所で、
命を落とした。もう触れようとしても、その温かさにすがろうとしても、
永遠にそれは叶わない。洪水のようにとめどなくあふれ出る悲しみが、
僕の心の何かをそのまま押し流していった。それは封印された笑顔の記憶、
受け取ることのできた優しさのかけらとでも言うべきものだったのか。
それらは全て、永遠に、もう決して取り戻すことはできないのだ。
僕はどこか遠い世界の中で彼女を守れなかった自分を責めた。責め続けた。
目の前に広がるぼんやりとした光の中には、ひょっとしたらあの子が
いたのかもしれない。僕には見えなくなってしまったあの子が、それでも
僕を許してくれたというのだろうか。僕のような人間は、それでも
本当のあの子の想いで守られていたというのだろうか。彼女を守ることの
できなかった僕を守る、遺されたあの子の気持ちを心に秘めた僕。
僕の今すべきことは、あの子を死へ追いやった、僕に絶望を見せつけた、
そして全人類に破滅をもたらそうとしている人物を「殺す」こと。
それは紛れもなくラウ・ル・クルーゼ、その人に他ならない。
自由の翼が再び力を取り戻し、倒すべき「敵」へと動き出す。
―――種は弾けた。
846
:
人為の人・PHASE−50・2
:2004/09/30(木) 14:17
ジェネシス破壊を目指し進むエターナルを攻撃したMS、プロヴィデンス。
機体が限界を訴える中、僕はフリーダムでその前に立ちはだかった。
―――もう誰にも、あなたの手で悲しい思いになどさせはしない。
僕の最後の怒りの矛先が今までにないほどに鋭く、しかし切なく、
世界を滅ぼすことだけを生きる糧としてきた人に向けられようとしていた。
なぜそんなことを。問いかけられた彼の心には夢も希望も、平和を願う
人々の想いも届かないのか。彼は人の業の罪深さを延々と説き、滅ぶべき
「理由」をそこに作り出そうとする。違う、人はそんなものじゃない。
決死の思いで希望を捨てずにいる僕の心をあざ笑うかのように、
彼は僕の言葉をまた否定する。憎しみの目と心、そして引き金を引く指しか
持たぬ者たちの世界で、何を信じ、なぜ信じるのかと。クルーゼさんは
それしか知らない、だからそんなことを言えるのだ。僕はなおも反論する。
それでも、彼の暗黒の思考回路は人の愚かさを如実に示してみせた。
―――知らぬさ。所詮人は己の知ることしか知らぬ。
もう僕は何の言葉も返すことができなかった。そうだ、その通りなのだと
考える他に道はなかった。己の知ることしか知らぬ者同士が互いを認めず、
互いを理解せず、互いを愛せずに凶行へと走り、結果訪れた破滅の危機。
暗い嘆きに満たされた彼の仮面の奥をわずかでものぞき見た僕は、その
どうしようもない感情に彼自身のもどかしさを重ね合わせることさえできた。
この世でただ一人全人類に裁きを下すことができると豪語する、それが彼、
人ならぬ存在。クローン。生まれながらにして短命を余儀なくされた運命。
結局は僕もそんな彼を生み出した罪深い世界に生きる人々の業、その一部に
過ぎないのだ。最高のコーディネーター。全てを調整され完成した一作品。
偽りに覆われ、長く真実を知ることのなかった僕の、本当の存在意義は
何なのだろうか。いつかは分かってもらえる、いつかは信じてもらえる、
いつかはつらい時が終わる。そうやってただ思い続けるという甘い毒こそが
僕を苦しめ、戦場でない場所でさえも僕を戦わせ続けてきた。自分の行動で
傷つき、自分の思いで悩み、自分の境遇に涙する、それが僕の人生だった。
いつしか僕たちの背後では、ジェネシスが最後の時を刻み始めていた。
ヤキン・ドゥーエの自爆と連動して設定されていた、ジェネシスの第三射。
地球へと向けられた想像を絶する砲火が放たれようとする中で、僕たちは
まだ戦っていた。すでに僕はプロヴィデンスの持つドラグーン・システムの
ほとんどを撃破していたが、同様にフリーダムも片足と盾を失っていた。
それでもクルーゼさんは語り続ける。地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる
争いの狼煙となるだろうと。彼は既にジェネシスが照射された後のことを
頭に描いていた。だが、それは早かったのだ。僕はアスランとカガリの
存在を忘れてはいなかった。そんなこと、絶対に起こりはしない。
彼らがいる限り、多くの人の想いがある限り。そして僕も、守りたい世界を
持つ者の一人として、あなたを倒してみせる―――。
両腕を切り落とされたプロヴィデンスを、ビームサーベルを一心に抱えた
隻腕のフリーダムが一直線に貫いた。小爆発を起こし動きを止める
プロヴィデンスに続き、ジェネシスの膨大なエネルギーが僕へと迫る。
それを大きく回避した後、ジャスティスの核爆発でジェネシスは崩壊した。
ラウ・ル・クルーゼ。彼は死に際に何を思っただろうか。もし彼が
微笑んでいたのだとしたら、僕は誰にも勝ってはいないことになるのだろう。
理想を追い求めたはずの僕が結局彼を殺したという事実は変わらないのだ。
パトリック・ザラは死に、地球とプラントの間に停戦協定が結ばれた。
そして死んでいった人々の想いを乗せたかのような幻想的な宇宙を、
フリーダムから投げ出された僕は静かに漂っていた。死の恐怖はもうなく、
ただ目の前の宇宙の神秘的な情景に僕は感動すら覚えていた。
―――僕たちはどうして、こんなところに来てしまったんだろう。
バイザーの前でゆらゆらと揺れるラクスの指輪が輝き、こちらへと
向かってくるストライクルージュの姿を僕は見てとることができた。
涙と微笑みと喜びと、何もかもが入り混じった表情のアスランとカガリが
僕を迎えてくれる。僕も涙にあふれ、しばらく宇宙という名の海に
その身を委ねることにした。目を閉じれば浮かんでくる、たくさんの顔。
―――僕たちの世界は、ここにある。
847
:
人為の人・エピローグ
:2004/09/30(木) 14:21
僕はペンを机の上に置き、両手を広げて大きな伸びをした。
終わりだ。これでようやく「戦争」は終わったんだ。そう考えようとする
自分とは裏腹に、こんなことをしても何にもならないという諦めの気持ちが
ふつふつと湧き上がってくるのを僕は感じていた。こんな「自伝もどき」を
書いたところで、失われたものは何も戻らないなどと言われればそれまでだ。
―――自分の行為が何の役に立った?どれだけの大切なものが失われた?
でも僕はどこか満足感を感じずにはいられなかった。それはもしかすると、
今こうして僕が生きている環境に由来するのかもしれない。かつて僕を
助けてくれたマルキオ導師のもとに、ラクスと生活する僕。ここは確かに
平和だけれど、どこか大事なものを失くしてしまったような静けさがある。
その中で自分の系譜とでも言うべきものを書き上げたことは、僕にとって
何か特別な意味を残してくれるのではないかと思えるものだった。
あえて紙には記さなかった名前が一つある。彼女は僕の手からこぼれ落ちた
存在だから、僕の手で記される必要はない。彼女は僕の中で生き続ける。
そしてそれがある限り、僕はラクスの気持ちに応えることはできないのだ。
僕は彼女を愛してもいなかった。いや、愛情を超えた想いで結ばれていた。
それが何なのかを理解するすべは僕にはない。だからこそ、分からないまま
そっとしておいてほしい。それでいいだろう?―――フレイ。
―――世界がこれ以上戦争に巻き込まれないことを祈りながら、
偽らざる人、「人為の人」は生きる。
848
:
人為の人・作者
:2004/09/30(木) 14:32
以上で「人為の人」全話終了です。
キラの思いとは裏腹に戦争がまた始まる―――そのまさに直前に
過去の出来事を思い出して筆記していく、という形式をとってみました。
先日最終話を見たせいか、PHASE−50はえらく描写が細かくなっているような……
ともかく最後まで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
849
:
私の想いが名無しを守るわ
:2004/10/01(金) 20:48
連載終了おめでとうございます。
放送終了してから種を見返す機会が無かったので、50話全体の流れを思い出すことが出来て非常にありがたかったです。
2ヶ月にわたる長期連載は大変だったと思いますが、多分このスレ最後になるだろう作品にふさわしい出来だったと思います。本当にお疲れ様でした。
850
:
人為の人・作者
:2004/10/02(土) 11:43
>>849
丁寧なレスありがとうございます。
どうも自分が小説を書いた所はやたら閉鎖されていくというジンクスみたいな
ものがあるので心配だったのですが、ともかく最終話まで続けられたことには
ほっとしています。2ヶ月……長いようでいて短かったです。
内容はあくまで自己流の解釈ですが、読んだ人が何かそれなりのものを
感じることができたらいいなと思っています。
851
:
私の想いが名無しを守るわ
:2004/10/05(火) 00:20
連載お疲れさまです。
最終回の色々な問題が綺麗に片づけられていて良かったです。
断片的にしか映らないキラの心情もうまくつなげられててなるほどと思いました。
852
:
前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4
:2005/08/29(月) 00:22:34
お借りします
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/shar/1124899669/
からの出張です
第09話「驕れる牙」
<ユニウス7落下により、プラント連合の間には不信感が増した。そしてついに連合はプラントに対して宣戦布告。核を発射するも、ジュール隊の奮戦によってプラントは守られたのだった>
アスランは正装に身を包みながら、脇に映っていたテレビを見た
デュランダル議長が会見をしているのが見える
「済みません、ちょっと顔を洗ってきます」
案内の背広の男に断りを入れると、洗面所に足を運んだ
わずか数時間。アスランがここに来るまでのそのわずかな間に情勢は怒涛の展開を見せた
連合によるユニウス7落下の犯人達の公表、デュランダルによる説明と災害支援、連合の宣戦布告、そして……オーブの連合との同盟締結
何故だ!?とまでは言わない。どのみち避けられない事態であっただろう。しかしあまりにも早すぎた
蛇口を捻り、勢いよく放出されていた水を止めると、アスランは鏡に映った自分に自問した
「また戦う場所を失った……」
舌打ちを打つと、アスランは身を翻した。自分の顔を見ていたくなかった
「ええ、大丈夫。ちゃんと解ってますわ。時間はあとどれくらい?」
「ん?」
公式の場にはやけに似つかわしくない、若い女性の声が聞こえたから、アスランは思わず視線を合わせてしまった
「ならもう一回確認できますわね……ぁ…ぁ…あぁ…!?」
「ハロハロ、Are you O.K.?」
「ラ……クス…?」
初めは幻でも見てるのかと自分を疑った。しかし、走りよって手を握ってきたラクスの温もりは本物だった
舞台衣装を着たラクスは、感極まったようにアスランの顔を覗いてまくしたてた
「あぁ…アスラン!うれしい!やっと帰って来て下さいましたのね」
「ぁ…ぇぇ?…ぁ…」
帰った?どこに?ここはプラントで、自分はアレックス……
動転するアスランに、ラクスは畳み掛けるように話続けた
「ずっと待ってたのよ、あたし。貴方が来てくれるのを!!」
「どうして……ラクスは……死んだ筈じゃ……」
そう、死んだ筈だ。アスランは、ジェネシスに向かって散っていったエターナルも、そのエターナルの中で歌っていたラクスの声も聞いていた。忘れようも無い
「死んだ?ふふっ、おかしなアスラン。私はここにおりますのに。貴方の目の前に」
「………」
「ずっと……お待ちしてましたわ。貴方のお帰りを」
俺は帰ってきてなどいない…そう言いかけたアスランより先に、ラクスの付き添いらしい男がラクスを咎めた
「ラクス様」
「ああ、はい解りました。ではまた。でも良かったわ。ほんとに嬉しい。アスラン」
「Hey,hey,hey! Ready go!!」
「まぁ!ハロも喜んでいるのね」
ピョンピョンと跳ねるハロに語りかけるラクスの仕草は、アスランには懐かしいものであった
しかし、アスランはあのような色のハロを作った記憶もなければ、ハロの言語にそのような言語登録をした覚えは無かった
「君は本当に……」
ラクスなのか?という問いは、低い男の声に遮られた
「おや、アレックス君?ああ君とは面会の約束があったね。いや、たいぶお待たせしてしまったようで申し訳ない」
「デュランダル議長……」
カツカツとなる足音が、アスランの前で止まる
「ん?どうしたね?」
「あ…いえ…ぁぁ…」
訊ねながら、デュランダルは返答を許さない空気を持っていた
アスランはまるで父を相手にしたときのような錯覚を感じた。これが政治家というものなのだろうか
「いえ、なんでもありません…」
「そうかね?……あぁ、ラクス、仕事が終わったらまた行政府においで?私とアレックス君の話も終わっている頃だろうから」
「まぁ!はい!わかりましたわ。キングさん、早く行きましょう!私、お仕事頑張りますわ!」
「っ!!?」
戸惑いと、少しの畏怖を含んだ目で、アスランはデュランダルを見つめた
デュランダルは張り付いたような微笑と崩さず、アスランを逆にその黒い瞳で覗き込み、飲み込むようであった
853
:
前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4
:2005/08/29(月) 00:26:51
第10話「父の呪縛」
大人たちは皆、俯き、気力を失っていた
ただ、子供たちはフレイ達が作るスープの匂いにワクワクし、声を上げながら並んでいた
「……どうしたの?早くいきなさい、後ろ並んでいるんだから」
「もっと注いでよぉ」
「……アンタね、欲張らないの。沢山食べたかったらおかわりすればいいでしょ?」
「やだ。無くなっちゃうもん」
きかん坊な顔をした男の子は、口をへの字に曲げて、フレイに対抗している
「……」
フレイは黙って、お玉で男の子のお椀からスープの具を取り返した
「ああ゛ーーー!!お肉ーーー」
「……冗談よ。ホラ、これでいいでしょ?大盛り」
「……人参ばっかりだよーぼく食べれない!!」
「 リ ク エ ス ト 通 り 大 盛 り で し ょ ? 」
「……はい」
はぁ…とフレイは溜息をつくと、次の子のお椀を受け取った
しかし、流れていたラジオの緊急速報を聞き思わずそのお椀を落してしまった
『大西洋連邦をはじめとする地球連合各国はプラントに対し、宣戦を布告し、戦闘開始から約1時間後、ミサイルによる核攻撃を行いました。
しかし防衛にあたったザフト軍はデュランダル最高評議会議長指揮の下、最終防衛ラインで此を撃破。現在地球軍は月基地へと撤退し攻撃は停止していますが、
情勢は未だ緊迫した空気を孕んでいます』
「……どうしたの?」
子供たちは変わりなく、ご飯を求めている
大人たちは沈黙を守ったまま、動こうともせずにいる
ボランティアの仲間たちだけが、この速報にたいして反応を見せた
「核だってよ……」
「信じられない…」
「開戦?」
「ぶっそうなもんバカスカ撃ちやがって……これならニュートロンジャマーで核使えない方がマシだったな」
「それは……でも、そうかもね」
「馬鹿言わないでよ。アレが撃ち込まれて、エネルギー不足で何億人が死んだと思ってるのよ」
フレイは胸を締めつけられるようだった
生きているのが辛かった。こうしてボランティアで各地をめぐるたび、そう思った
ニュートロンジャマーキャンセラーを運んだのは自分なのだと思うたび、アークエンジェルにいたことすら、自分が戦争を長引かせたような気すらして
「キラ……」
昨日、もっと話せばよかった。泣きついて、甘えればよかった……本当は近くに居たいと言ってしまえば良かった
そうすれば、キラは受け入れてくれただろう。言葉じゃなくて、暖かいその両手で私を抱きしめてくれただろう
「でも……許せないもの」
落したお椀を拾って、別のお椀に変えて、女の子にスープを注いであげた
フレイは俯かないことにした
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:
前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4
:2005/08/29(月) 00:34:47
同じニュースを、アスランも聞いていた
デュランダル議長と共に
「そんな…まさか…!」
「と言いたいところだがね、私も。だが事実は事実だ」
テレビのニュースキャスターはこの異常な事態を繰り返し、繰り返し報じていた
プラントのテレビだからであろう、キャスターは噴気に耐えれぬ声で、読み上げている
「君もかけたまえ、アレックス君。ひとまずは終わったことだ。落ち着いて」
そういうと、デュランダルはスッとその手をソファに向けて、アスランを促した
この男の、こういった間こそ、若くしてプラント最高評議会議長に上り詰めさせた天性の才能であった
「…んッ…」
「しかし…想定していなかったわけではないが、やはりショックなものだよ。こうまで強引に開戦されいきなり核まで撃たれるとはね」
自分は想定すらしていなかった……アスランは自分の甘さに歯噛みをした
「隠しきれるものではない。プラントには事実を全面的に公表している。当然、市民の感情は……」
「 しかし…それでも、どうか議長!怒りと憎しみだけでただ討ち合ってしまったら駄目なんです!
これで討ち合ってしまったら世界はまたあんな何も得るもののない戦うばかりのものになってしまう…。どうか…それだけは!」
悲痛な、それは芝居がかったと言っていいくらいの顔をしてみせたデュランダルに、アスランは懇願する
「そうだな。この状況で開戦するということ自体、常軌を逸しているが……我々がこれに報復で応じれば、世界はまた泥沼の戦場となりかねない。
解っているさ。無論私だってそんなことにはしたくない。だが市民は皆怒りに燃えて叫んでいる。許せない、と」
デュランダルは薄暗い応接室の窓を開いた。窓からはプラント市内を一望出来る
この行政府の下に集まる市民のデモも
「私が只一人のギルバート=デュランダルならば、あそこに混じりたい気分だがね
既に再び我々は撃たれてしまったんだぞ、核を。ここからでも彼らが何を言っているか充分に聞こえるよ、私には
「報復を!」 「守る為よ、戦うわ!」 「犠牲が出てからでは遅いんだぞ!」 「もう話し合える余地などない!」
………どうかな?君も聞こえるだろう?アレックス君」
振り向いたデュランダルの視線に耐え切れず、アスランは声を荒げ、否定した
「俺は…俺はアスラン・ザラです!」
テーブルに置いていたサングラスを拳で叩き割りながら、アスランは叫ぶ
「二年前、どうしようもないまでに戦争を拡大させ、愚かとしか言いようのない憎悪を世界中に撒き散らした、あのパトリックの息子です!
父の言葉が正しいと信じ、戦場を駈け、敵の命を奪い、友と殺し合い、間違いと気付いても何一つ止められず、全てを失って…なのに父の言葉がまたこんなッ!」
「ではアスラン、その血塗られた手で私を殺し、あの民衆に迎えられるといい。そしてザフトの兵を率い、弔いの戦いの先頭をゆくがいい」
感情を込めない声で、デュランダルはアスランを見下ろし、そして自分は代弁者であるかのようにアスランを促して見せる
「違う!絶対に繰り返してはいけないんだ!あんな…!」
アスランはこれでもかと、きかない子供みたいに首を振った
855
:
前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4
:2005/08/29(月) 00:37:27
「アスラン…ユニウス7の犯人達のことは聞いている。シンの方からね。
君もまた……辛い目に遭ってしまったな」
デュランダルはゆっくりとしゃがむと、サングラスの破片が突き刺さって、血を流すアスランの手をとって父親のような優しさで包み込んだ
「いえ違います。俺はむしろ知って良かった。でなければ俺はまた、何も知らないまま…」
「いや、そうじゃない、アスラン。君が彼等のことを気に病む必要はない。君が父親であるザラ議長のことをどうしても否定的に考えてしまうのは、
仕方のないことなのかもしれないが。だが、ザラ議長とてはじめからああいう方だったわけではないだろう?」
「いえそれは…」
否定しようとして、出来なかった。アスランの知ってるパドリックは……あの頃の、父も母もいたザラの家族は……優しかった。大好きだった
それをずっと否定したかった。忘れようとしていた。その自分に、アスランは……気づいた
「彼は確かに少しやり方を間違えてしまったかもしれないが、だがそれもみな、元はといえばプラントを、我々を守り、より良い世界を創ろうとしてのことだろう
想いがあっても結果として間違ってしまう人は沢山居る。またその発せられた言葉がそれを聞く人にそのまま届くともかぎらない。受け取る側もまた自分なりに勝手に受け取るものだからね」
「議長…」
「ユニウス7の犯人達は行き場のない自分達の想いを正当化するためにザラ議長の言葉を利用しただけだ」
断言したようにデュランダルは言った。それは矛盾を孕んでいた言葉だったが、アスランに気づくだけの余裕は無かった
「だから君までそんなものに振り回されてしまってはいけない。彼等は彼等。ザラ議長はザラ議長。そして君は君だ。
例え誰の息子であったとしても、そんなことを負い目に思ってはいけない。君自身にそんなものは何もないんだ」
「議長…」
「今こうして、再び起きかねない戦火を止めたいと、ここに来てくれたのが君だ。ならばそれだけでいい。一人で背負い込むのはやめなさい」
アスランが幼い頃、彼の父がしてくれたように、デュランダルは肩に置いた、
「ぁぁ…」
「だが、嬉しいことだよ、アスラン。 こうして君が来てくれた、というのがね
一人一人のそういう気持ちが必ずや世界を救う。夢想家と思われるかもしれないが私はそう信じているよ」
それは我が子の成長を喜ぶような言い方であったと、アスランは記憶している
856
:
前作でラクスが死んでフレイが生きてたらスレの4
:2005/08/29(月) 00:39:45
アスランはデュランダルについていきながら、二年ぶりのザフトの軍事基地内を歩いた
「……」
「どうかしましたの?」
隣を歩くラクス=クラインが話しかける
「何でもない、ミーア」
君には隠しきれるものではないだろうと、デュランダルはこの少女の正体を明かしたが、実を言えば、それほど彼女と深い関わりは無かったとアスランは思った
この少女はラクス=クラインの身代わり。笑ってくれてかまわないとデュランダルは言った。小賢しくプラントに強い影響力をもつ彼女の虚像を使うことを
そして、君の力も必要としているのと言われた時、心が躍ったことを、必要とされたことを、
だが、この前をいく男の背中を、そこまで信用していいのだろうかとも、アスランは思う
「ここだ」
厳重にロックされ、警備されたドアが、デュランダルによって開かれる
おそらく、ザフトの基地が変わっていなければここはMS格納庫であった筈だと、アスランは思い、足を踏み入れた
「ぁぁ…これは…」
「まぁ…」
アスランとミーアは息を呑んだ
冷たい、無機質な格納庫の中で、主を待つ鉄の剣が仁王立ちしていた
「ZGMF-X23Sセイバーだ。性能は異なるが例のカオス、ガイア、アビスとほぼ同時期に開発された機体だよ。この機体を君に託したい、と言ったら君はどうするね?」
切れ長の、自信に溢れた目が、アスランに注がれた。自分に無い、この目にアスランは弱い
「…どういうことですか?また私にザフトに戻れと」
怪訝そうな顔をアスランは向けてみせた
そうでもしなければ、自分はこの状況を何も疑わずに受け入れてしまいそうだったからだ
「ん…。そういうことではないな。ただ言葉の通りだよ。君に託したい。
まあ手続き上の立場ではそういうことになるのかもしれないが。私の想いは、先ほど私のラクス・クラインが言っていた通りだ。だが様々な人間、組織、そんなものの思惑が複雑に絡み合う中では、願う通りに事を運ぶのも容易ではない。
だから想いを同じくする人には共に立ってもらいたいのだ。出来ることなら戦争は避けたい。だが、銃も取らずに一方的に滅ぼされるわけにもいかない。
そんな時のために君にも力のある存在でいてほしいのだよ。私は。ミーアにはその立会い人になって欲しくてね」
「議長…」
「先の戦争を体験し、父上の事で悩み苦しんだ君なら、どんな状況になっても道を誤ることはないと信じてる。我等が誤った道を行こうとしたら君もそれを正してくれ。その為の力だ
……急な話だから、直ぐに心を決めてくれとは言わんよ。今日はミーアと一緒に食事でもして、休んでくれたまえ。そして考えてくれ、君に出来ること。君が望むこと」
デュランダルは灰の鉄の巨人に手を触れると、アスランに言った
「それは君自身が一番よく知っているはずだ」
857
:
私の想いが名無しを守るわ
:2005/08/29(月) 01:08:34
>>852-856
乙
フレイはキラに依存しない様にしてるみたいだね
その辺りが「成長したんだな」って感じで良い
最初の二人の関係が依存から始まったし
それと、アスランは無意識の内に両親って存在を求めてるのかなと
新シャアスレのカリダとのやり取りや
今回の議長とのやり取りにふっとそう思った
今はいない父親の姿を議長に求めて、認められたい…ってね
その辺り、シンとも似てるのかもしれないが
858
:
私の想いが名無しを守るわ
:2005/09/03(土) 22:47:40
乙です。
ラクスが死んでいたらというIFのせいで、
ミーアと会ったときのアスランの動揺ぶりが切実そうでなるほどなぁと。
そうすると議長がやってること(ラクスという偶像が必要)の正当性って強くなりますしね。
まぁそれはそうとフレイのこれからの役割がどうなるか期待。
859
:
私の想いが名無しを守るわ
:2005/09/24(土) 10:16:22
フレイ・・・
860
:
私の想いが名無しを守るわ
:2005/10/23(日) 14:59:23
他キャラが死んでいたらな過程での話自体が、どうかとオモ。
861
:
私の想いが名無しを守るわ
:2005/12/26(月) 22:08:43
人いな杉
過去ログ見て結構良いSSとかあったりしたのになぁ
862
:
私の想いが名無しを守るわ
:2006/09/23(土) 03:11:20
フレイ厨って痛杉
863
:
◆eOdxQcpQdk
:2009/04/24(金) 20:50:11
tesuto
864
:
バーバリー バッグ
:2012/11/06(火) 21:08:11
こんにちは、またブログ覗かせていただきました。また、遊びに来ま〜す。よろしくお願いします
バーバリー バッグ
http://burberry.suppa.jp/
865
:
もしフレイが生きていたら
:2015/03/22(日) 21:28:25
18歳にしてオーブ軍准将となったキラヤマト、彼はプラント代表ラクス・クライン
と公認パートナーがいながら2人の関係はプラトニックだった。
彼には16歳の時から囲い人のような関係にあるナチュラルの恋人がいた。
故大西洋連邦事務次官ジョージアルスター令嬢フレイアルスター。
866
:
もしフレイが生きていたら
:2015/03/22(日) 21:30:54
というssが書きたいのですが自信がありません。
867
:
私の想いが名無しを守るわ
:2015/08/22(土) 02:58:21
読みたいです。ぜひ^-^
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