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ベルトルト「雨の中」- 1 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:04:06 ID:ASYsUa0M
- アニ「…」
アニは雨の降り続ける窓の外を、ただ静かに眺め続けていた。
彼女の目はどこまでも透明で、感情の色はなく、鏡のように外の風景を映し続けている。
その淡いブルーはどこか儚げで、窓の外と同じく、静かに降り続ける雨を連想させた。
ライナー「…ベルトルト 行くぞ」
促したライナーの後について、僕は食堂を出る。
僕の背中の向こう側で、未だにアニは雨を眺め続けているんだろう。
ただ一人、誰と言葉を交わすこともなく。
その姿を見て、僕もそうは変わらないと思った。
僕らはこの壁の内側に居る限り、何処に居ても、何をしていても、裏切り者だ。
僕ら三人の心の中には、いつからか黒く重い雨雲が居座り続けていて、絶えず雨を降らしている。
僕ら以外の誰かと親しくする必要はない。僕たちはまた、必ず裏切るのだから。
アニを見てそう考えると、僕は辛くもあり、また僅かな安心感も感じていた。
- 2 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:06:17 ID:ASYsUa0M
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休日の昼下がり、談話室には僕とライナー以外、誰も居なかった。
僕たちはいつもこうしてテーブルを挟んで座り、その上にチェス盤を置いて話をする。
真剣にチェスを打っているわけではなく、誰かが来た時に自然に見せる為の小細工だった。
ライナー「…アニの事なんだがな」
彼ははそう切り出し、「あのままでいいと思うか?」と続けた。
ベルトルト「あのまま?」
ライナー「ああ… あいつ、ここに来てから誰かと話してる所なんて見たことないだろ?」
ベルトルト「…うん そうだね いつも一人だ」
- 3 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:08:33 ID:ASYsUa0M
- 珍しくライナーの表情は曇っていた。
彼は根っからのリーダー気質で、思いやりがあり、情に厚い。
そんな性格だから、アニの孤独を見過ごすことが出来ないんだろう。
ベルトルト「…仕方ないさ 僕にはアニの気持ち、少しわかる気がするよ」
ライナー「しかしだな ああも一人で居られると…」
チェス盤を見つめるライナー。僕には彼の気持ちも理解できていた。
そう、ただ純粋に心配なんだ。昔のアニは、もう少し明るかった。
でも、ここに来てからのアニは、本当に他人との接触を避けている。
- 4 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:10:10 ID:ASYsUa0M
- ライナー「…俺たちが一緒に居てやる事も出来るが」
ベルトルト「…はは それはアニから願い下げだろうね」
ライナー「…あいつの性格だからな だが、もう少し皆と打ち解けても良いと思わないか?」
ライナーの問いかけを聞いて、僕は言葉に詰まった。
僕らが、彼らと親しくなってもいいのだろうか?
僕たちはすでに多くの人間の生活や夢や命を奪っていて、そしてこの後も奪い続ける。
彼らにとって僕たちは何よりも憎い存在で、僕たちはそれを隠しながら此処での生活を続けていた。
暫くの沈黙を経て、僕は呟く。
ベルトルト「…ライナーは、なんで皆と仲良くできるんだい?」
そう言い放ってから、僕は酷く残酷な質問をした事に気がついた。
窓の外では、昨日からの雨が降り続いていた。
- 5 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:12:53 ID:ASYsUa0M
- 僕の言葉を聞いたライナーの視線はチェス盤から離れ、僕を見ていた。
その視線を感じた時、僕はさっきの質問を酷く後悔した。
ライナーもまた、この悩みからは逃れられない存在だった。
彼の性格は、彼の意思とは関係なく、人を惹きつける魅力を持っている。
どんな場所でも、どんな集団でも、その場に馴染むことが出来る社交性。
そして仲間想いで面倒見の良いその気質は、大きな安心感と存在感を、側にいる人間に感じさせた。
そんな彼が、同世代の集まる訓練兵団で目立たない訳がなかった。
彼の周りには自然と人が集まり、そして彼も、彼を慕う人たちから距離を取るような事はしなかった。
だから、なおさら僕の一言は、重く聞こえたはずだ。
ベルトルト「…すまなかったよ」
溜まらず僕がそう言うと、彼は「いや いいんだ」と呟き、再びチェス盤へと視線を落とした。
- 6 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:15:48 ID:ASYsUa0M
- 雨音が響く沈黙の中で、僕は彼の心の内を想像する。
人を避けるアニや、自分から他人へ干渉しようとしない僕。
それらとはまた違った、凄まじい葛藤を彼も秘めている事は、想像に難くなかった。
ライナー「…お前が言いたいことはわかる ベルトルト」
ライナー「でもな …今は、今だけは仲間なんだ」
ポツリポツリと、ライナーが言葉を漏らす。
ライナー「その時が来たら …俺は変われる いや、変わってみせる」
そう言いながら、ライナーはナイトを動かした。
- 7 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:17:28 ID:ASYsUa0M
- 陣地に深く食い込んだナイトよりも、僕は、ライナーは本当に変われるのだろうかと考えていた。
ライナーは強い。僕なんかよりもずっと強い意志を持っている。
そして、僕なんかよりもずっと優しい心を持っていた。
僕はナイトをクィーンで牽制する事に決めてから、アニの話題へと戻した。
ベルトルト「…アニの話だったね …多分、アニは怖いんだと思うよ」
ベルトルト「僕たちが彼らと戦う事になった時、感情を割り切れなくなるのが怖いんだよ」
ライナーは黙って、チェス盤を眺めている。
外の雨は、未だ降り続いたままだ。
- 8 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:20:58 ID:ASYsUa0M
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その日の夕方、僕は一人で食堂へと向かった。
外は変わらずの空模様で、暗く、そして寒かった。
夕食が終わった食堂に人の気配はなく、薄暗く広いその空間は、静かな雨音に満ちていた。
そこにアニは居た。
また変わらず、涼しげに窓の外を眺めながら。
ベルトルト「…アニ 何をしてるんだい?」
僕がそう言うと、彼女は視線だけを僕へ向けて「何の用?」と呟いた。
僕は答えずに、彼女が肘をついているテーブルへ向かい、正面に座った。
彼女は眉間に少し皺を寄せたが、視線はゆっくりと僕から窓の外へと移っていった。
- 9 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:22:12 ID:ASYsUa0M
- アニ「…何か話でもあるの?」
窓の外を眺めながら、アニが言う。
ベルトルト「…特にはないよ」
アニ「…話もないのに来たの?」
ベルトルト「そうだね」
次いで出る言葉は互いになく、僕たちを雨音が包んだ。
冷たく、細かく、本当に繊細で、些細に弾け、流れ、染み込んでいく音。
その幾千もの音が響きあい、共鳴して、この薄暗い食堂に満ちていた。
- 10 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:23:36 ID:ASYsUa0M
- ベルトルト「…寮に帰らないのかい?」
細かい水の音に乗って、僕の声が響く。いつもより大きく聞こえる。
少しの沈黙の後、「関係ないでしょ」という返事が返ってきた。
アニの表情が少し、険しさを見せる。僕を疎ましく思っているんだろう。
僕は構わず、彼女と同じように窓の外を眺めながら呟いた。
ベルトルト「…長い雨だね」
ぽつりと、水が一滴垂れたような呟きだった。
返事は返ってこなかった。
- 11 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:25:43 ID:ASYsUa0M
- アニ「…用がないなら一人にしてくれない?」
暫く経ってから返ってきた彼女の言葉は、どこか棘があるものだった。
アニ「本当は何か用があるんじゃないの? あるならさっさと言って」
ベルトルト「…アニの事が心配だったんだ ライナーもそう思ってる」
アニ「私の事が心配?」
ベルトルト「うん …いつも一人で、窓の外を眺めているから」
アニは窓から少し視線を下げつつ、「それが何?」と言う。
- 12 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:26:55 ID:ASYsUa0M
- ベルトルト「…女子で誰か、話し相手はいるかい?」
アニ「…何を言ってるの?」
アニの表情には少しずつ苛立ちが浮かんできており
眉間に皺を寄せ、僕をじっと見つめる。
瞳からは怒りの色が伺えた。
その視線から目を逸らし、言葉を続ける。
ベルトルト「…その、辛くはないのかな …と、思って」
僕の言葉を聞いたアニは立ち上がり、冷たい瞳で僕を睨むと、食堂を出て行った。
- 13 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:28:56 ID:ASYsUa0M
- 一人残された僕は、雨音を聞きながら、何故今日ここまで来たのかと考えていた。
何故、彼女にこんな解りきった事を聞いたのかと。
辛くないわけはなかったんだ。
彼女もまた、ライナーと同じだ。
僕らは戦士であって兵士じゃなく、ただ、目的の為にここに居るだけだ。
でも、ここにいる同期のみんなは本当に優しくて、愉快で、時々、その目的を忘れそうになる。
アニはそれを忘れない為に、そしていつか来る裏切りの時に備えて、他人を避けている。
僕にはそれが解っていたはずだ。
- 14 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:33:11 ID:ASYsUa0M
- アニもライナーと変わらない。
二人とも、他者との距離の取り方が違うだけで、同じ事で悩んでいる。
僕はどうなんだろうか?
僕は自ら他人へ近づく事もないし、他人を遠ざけることもない。
他者への仲間意識を持つことも、他者への裏切りに怯える事も、二人よりは数段希薄だった。
僕には自分の意思というものがない。だからこそ、二人より冷静に物事を考えられていたはずだ。
じゃあ何故、僕は今日ここまで来て、アニにあんな事を聞いてしまったんだろうか?
…多分、僕はアニに言って欲しかったんだ。
辛くはない、寂しくなどない、と。
僕もまた、心の中で静かな雨が降り始めていた。
- 15 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:35:03 ID:ASYsUa0M
- 二人が戦士と兵士の間で揺れているのを見て、僕も揺らいでいた。
僕らはあの日、沢山の人間を死に至らしめ、困窮させ、絶望させた。
僕がその原因を作った。
ライナーにもアニにも出来る事ではなく、僕だから出来た事だった。
それが僕を苦しめていた。
すべてを始めさせたのは、僕だ。
壁の中の人間たちは僕らにとって、殲滅すべき敵だった。
しかしこの訓練兵団に入って、あの日を境に全てが変わってしまった人たちを見た。
家を、街を、家族を失った人たちを見てしまった。
それは、僕に自責の念を与えるには十分だった。
僕があの日、壁を蹴り崩し、そうした。
- 16 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:37:28 ID:ASYsUa0M
- そして最も辛かったのは、僕がまた、同じ事を繰り返す事が決まっている事で、
次の裏切りでまた何万という人が死のうと、僕はそれをやらなければいけない。
これが僕の意思なのかと聞かれれば、そうだとも言えるし、そうではないとも言える。
ただ一つ言えるのは、ライナーのように強い心を持たない僕は、虚ろな決心とともに、それをするだろう。
大きな罪の意識だけを感じながら。
だから、アニには辛くないと言ってもらいたかった。
ただ好きで、こうしているだけだと。
次の裏切りでまた幾万の人間が犠牲になろうと、知ったことではないと。
ライナーはもう、そんな事は言ってはくれない。
だから僕は、アニにそう言ってもらいたかったんだ。
そう言ってもらえたら、僕はどんなに救われただろう。
僕の行ってしまった事に、僕のこれから行う事に、そう言ってもらえたなら。
- 17 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:39:41 ID:ASYsUa0M
- でも、やはりアニは怖がっていて、そしてライナーも迷っている。
そんな二人を見て、僕の儚い安心感は消え、変わりに暗い虚無感を感じていた。
僕らの悩みは、誰にも言えない。
さらに言えば、その悩みは僕ら三人で共有出来る事でもなかった。
もし三人の中の誰かが、その悩みについて他の誰か。
いや、それが僕たちに対してであっても、打ち明けてしまったら。
それは、僕らへの裏切りとなる。
三人とも感じ、戸惑うこの感情を、僕らが戦士である限り、互いに共有する事は出来ない。
強い孤独感を感じながら、僕はアニのように、窓の外を眺め続ける。
外の雨は止まず、次第に激しさを増していた。
- 18 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:41:44 ID:ASYsUa0M
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翌日の昼間に、僕はライナーに呼び出され、食堂の裏手へと向かった。
昨夜ほどの勢いではないにしろ、雨は未だに降り続いたままだった。
僕たちは軒下の狭いスペースに入り、雨を避けながら話をした。
ベルトルト「話ってなんだい?」
ライナー「ああ、実はな… ほら、アニの誕生日…近いだろ?」
ベルトルト「…そういえば、そうだね」
ライナー「でな、何か贈り物でもと思ってるんだがな」
ベルトルト「贈り物か… そうだね、何か考えないと」
ライナー「いや、俺たちが送るんじゃないんだ…」
ライナー「俺たち以外の誰かから、あいつに渡してもらおうと思っている」
ライナーはニヤリと笑った。
- 19 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:43:10 ID:ASYsUa0M
- ベルトルト「…誰かって?」
ライナー「そりゃあ女子がいいだろうな」
僕はなるほどと思った。
誰か女子にアニの誕生日の事を知らせ、祝って貰おうとしているんだ。
ライナーは昨日の話をずっと考えていたんだろう。
アニに友人を作らせるために、アニの誕生日を利用するのは良い考えに思えた。
- 20 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:48:02 ID:ASYsUa0M
- でも、僕はそれと同時に、昨日の夜のことを思い出した。
アニは人と必要以上に親しくなるのを避けている。
ライナーの考えている事は、本当に彼女にとって嬉しい事なんだろうか?
彼女を苦しめるだけなんじゃないか?
昨日の彼女の瞳は、どこか虚ろで、幻想的で、そして寂しかった。
その痛々しいまでの孤独を、もし一時でも和らげさせる事が出来るのならと思うと、
ライナーの考えを止める気になれなかった。
でも、その後に、今とは比べ物にならないような暗雲が彼女を包むことは明白だ。
僕の肩に雨粒が一滴垂れ落ち、服に染み込んで消えていった。
- 21 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:49:22 ID:ASYsUa0M
- ライナー「…ベルトルト、どうしたんだ? なんで黙り込んでる?」
ライナーにそう言われ、僕は物思いにふけっていた事に気付く。
結局答えは出ず、僕はライナーに賛成することにした。
ベルトルト「…うん いい考えだと思うよ」
ライナー「だろう? そこで相談なんだが…誰が良いと思う?」
ベルトルト「…そうだね やっぱり人あたりの良さそうな人じゃないと」
ライナー「クリスタなんて良いと思うんだが、どうだ?」
ライナーらしい選択だなと心の中で思いながら、僕はまた賛成した。
- 22 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:51:38 ID:ASYsUa0M
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その日の夜、夕食が終わると僕たちはクリスタに声をかけた。
ベルトルト「やあクリスタ ちょっと話があるんだけど、いいかな」
僕が話しかけると、隣にいたユミルが怪訝な表情で僕たちを睨む。
クリスタ「何? 二人とも、どうしたの?」
ユミル「何だ? ナンパか? もしそうなら諦めな」
ライナー「いや、そういう訳じゃないんだがな」
ベルトルト「ちょっと、相談があってね」
クリスタ「相談?」
ライナー「ああ すこし時間を貰えるか?」
- 23 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:52:51 ID:ASYsUa0M
- 食堂にアニの姿は無かった。
恐らくすでに食べ終わり、また何処かで一人、佇んでいるはずだ。
そしてここから人気が無くなってから、彼女はここへ戻り、また外を眺めるのだろう。
儚く感じた。
ライナー「俺たちと同郷の出なんだが、アニって奴がいるのは知ってるか?」
クリスタ「え? アニ? うん… 知ってるよ」
クリスタの返事は、たどたどしい物だった。
恐らく一瞬、アニとは誰だったかを考え込んでいたんだろう。
ユミル「いつも一人でボーっとしてる奴だろ? それがどうしたんだ?」
ユミルの認識はもっともだと思った。
傍から見れば彼女は、ただのやる気のない見習い兵士でしかない。
- 24 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:54:39 ID:ASYsUa0M
- ライナー「実は、あいつの誕生日が近いんだが… 何かプレゼントでも贈ってもらえたらと思ってな」
クリスタ「え? 私たちが?」
クリスタは驚いていた。
ライナー「ああ、そうだ 俺たちが渡すよりも、クリスタたちから渡して貰った方が喜ぶだろう」
ベルトルト「彼女はちょっと、人付き合いが苦手でね 出来ればそれを期に、親しくしてあげて欲しいんだ」
ライナー「いつも仏頂面ではあるが、悪い奴じゃない 頼む、クリスタ」
そう言いながらライナーは、ポケットから幾らかの貨幣を取り出す。
さっき、僕たちが二人で出し合ったものだった。
決して大金は無いけど、何か気の効いた物を買うには十分な額だと思えたし
そして何よりも、それが僕たちの出せる精一杯の金額だった。
- 25 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:56:40 ID:ASYsUa0M
- ライナー「少ないかもしれんが、これで何か買ってやってくれ」
ベルトルト「僕たちは女の子が喜びそうな物なんて選べないしね」
クリスタ「っえ? こんなに…?」
ユミル「おいおい… お前ら、こんなに出して大丈夫か? 遊ぶ金なくなっちまうぞ?」
ライナー「いいんだ こっちから頼んでるわけだしな」
ベルトルト「…本当に突然の話で悪いんだけど、頼むよ クリスタ」
クリスタは少しの間黙り込むと「なんで私なの?」と、疑問を返した。
もっともな疑問だと思った。
- 26 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:58:05 ID:ASYsUa0M
- ライナー「クリスタなら、あいつと良い友達になってくれると思ってな」
ベルトルト「うん 君は優しいし、アニも君の事を気に入るだろうと思って」
ユミル「…ハハッ だとよ、女神さん やってやったらどうだ?」
ユミルの茶化したような後押しが効いたのか、クリスタは少しの思案を経て、「わかった」と返事をくれた。
そして、「でもちょっと、多すぎると思う」と、ライナーの手の中にある貨幣の量を見て呟く。
ライナー「…そうか? なら、何か食べ物でも買って、ちょっとした誕生会でも開いてやってくれ」
僕はライナーの提案に「それはいいね」と相槌を打ち、「アニも多分…喜ぶと思う」と続けた。
心の内で、僅かに否定しながら。
- 27 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/24(月) 23:59:39 ID:ASYsUa0M
- クリスタ「そう… なら、ライナー達も…」
ライナー「いや、俺たちはいいんだ あいつには新しい友人が必要だ」
ベルトルト「僕らがいたら、アニも気恥ずかしく思うだろうから」
ライナー「…そしてな、この事はあいつには伏せてくれ」
ライナー「俺たちがこんなお節介をしたとバレたら、怒られちまうからな」
クリスタはそれ以上質問することはなく、「わかった」と返事をくれた。
ライナーはクリスタにお金を渡すと、「ありがとう」と言って笑って見せる。
クリスタも笑顔を見せながら「私に任せて」と言った。
僕はそんな二人を見て軽く微笑んでから、窓の外へと視線を移した。
静かに、ただ静かに、雨は降り続けていた。
- 28 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:01:02 ID:DljhC03s
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アニの誕生日の日が来た。
僕たちがクリスタにアニの事を相談した次の休日に、彼女とユミルは街へと出かけていた。
その時にアニへのプレゼントを見繕ったり、パーティの買出しなどもしてくれたんだろう。
彼女たちは今日の朝早くから食堂を片付けたり、なにか飾り物をしたりと準備をしていた。
それを見て、何かあるのかとサシャやコニーなどが集まりだし、アニの誕生パーティーは
僕たちが考えていた小規模なものではなく、随分と賑やかになりそうだった。
僕とライナーはそれを遠目で見てから談話室へ入り、いつものようにチェスを打っている。
ライナー「…大事になってるな」
ベルトルト「…そうだね お金、足りてるのかな?」
ライナー「あの二人、幾らか出してくれているかもしれないぞ」
ベルトルト「…あとで礼を言わないといけないね」
ライナー「…まったくだ」
- 29 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:02:36 ID:DljhC03s
- 外は雨こそ降っていないにしろ、薄く雲が覆っていた。
僕たちはそれなりに考え、静かに駒を動かし、チェスを進めた。
互いに無言。そして、互いにアニの事を考えている。
いや、少なくとも僕は考えていた。
アニは、どんな気持ちで自分のパーティに出ているんだろう?
これまで避けてきた人たちに、否応無く呼ばれ、自分の誕生を喜ばれる気持ち。
嬉しいんだろうか? 楽しいんだろうか? 悲しいんだろうか? 辛いんだろうか?
…怖いんだろうか?
- 30 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:04:11 ID:DljhC03s
- コニー「おう、お前ら! ここに居たのか!?」
僕の物思いを、コニーの大声が止めた。
ライナー「おう、どうした?」
コニー「クリスタ達がアニの誕生会を開いてんだ、お前らも来いよ!」
僕とライナーは顔を見合わせた。
僕たちはアニの誕生会に出る気は無く、ここでチェスを打ちながら終わるのを待つつもりだった。
僕たちが居れば、アニは心の底からは楽しめないだろう。
目的の事、シガンシナの事、僕たちが裏切り者であるという事を、今だけは感じさせたくはなかった。
ライナーは僕からコニーへ視線を移し、「いや、俺たちはいい 楽しんで来い」と言った。
コニー「それがよ、クリスタに言われてんだ お前らを連れて来いって」
僕たちは再び顔を見合わせた。
- 31 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:05:31 ID:DljhC03s
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誕生会の会場になっていた食堂は、僕たちが予想していたより賑やかだった。
テーブルにはクッキーやパンなんかのちょっとした食べ物が並べられ、
どこからか摘み取られた赤い花が、瓶に入れて飾られていた。
クリスタやユミル以外にも、サシャ、ハンナ、アルミン、マルコなど
幾人かの人たちが集まり、楽しそうに話をしていた。
その中にアニはいた。
どこか緊張したように俯き、顔を赤らめている。
恐らく、どこかへ姿を隠すために出かける仕度をしている所を、ユミルに強引に連れてこられたのだろう。
いつもの様に髪を後ろで纏めておらず、肩まで下ろしたままだった。
- 32 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:07:18 ID:DljhC03s
- 僕とライナーは、それを食堂の扉から眺めていた。
コニーが「早く中へ入ろうぜ」と急かしたが、僕たちは頷かなかった。
今のアニは、本当に嬉しそうだったからだ。
ライナーが急かすコニーに「すまんな やっぱり俺たちは出られん」と告げて、
僕たちは食堂に背を向け、談話室へと歩き出した。
コニーはポカンとした表情で僕たちを見送ったあと、頭をかきながら食堂へと入っていった。
僕らの事、目的の事、その他の様々なしがらみを忘れて、今は楽しんでもらいたい。
僕と、恐らくライナーもそう思っていた。
本当に、心の底から。
見上げると、空を薄く覆っていた雲が僅かに割れ、そこから光があふれ出していた。
長く続いていた雨模様も、ようやく終わるんだろう。
- 33 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:08:38 ID:DljhC03s
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翌日、空は澄み渡っていた。
雨雲はどこか遠くへと流れ、爽やかな風が吹き、長雨でぬかるんでいた地面も、久しぶりの日光で乾き始めている。
ライナーと僕は昼食を終え、午後の座学が行われる教室へ向かう途中だった。
アニは一人、食堂の前に立っていた。
僕とライナーはそれを見て一瞬戸惑い、顔を見合わせてから、彼女に話しかけた。
ライナー「…よう」
ベルトルト「…そんな所で、なにしてるの?」
僕たちが話しかけると、アニは黙ったまま、僕たちをじっと見つめた。
僕は、彼女の髪留めが変わっている事に気がついた。
黒く繊細な鉄細工の上に、小さい緑色の宝石が二つ、センス良く飾り付けられている。
- 34 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:10:16 ID:DljhC03s
- ライナー「…お、どうしたんだ? その髪留め」
ベルトルト「…そういえば、昨日アニの誕生会が開かれてたんだよね?」
ライナー「…なるほど プレゼントってわけか 良く似合ってるぞ」
実際、アニのプラチナに近い金髪に、その黒い髪留めは良く似合っていた。
流石、女性が選んだプレゼントだと思った。僕達じゃこんな物は選べない。
僕らの白々しい会話を無視して、アニは左手を上げた。
その手首には細いブレスレットが輝いている。
恐らく銀で出来たブレスレットだろう。細く、シンプルでいて、とても上品な造形だ。
アニは僕たちを、その淡いブルーの瞳で睨みながら言う。
アニ「…クリスタたちから貰ったのは、こっち」
- 35 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:11:30 ID:DljhC03s
- 僕たちは一瞬、彼女の言葉の意味がわからなかったが、すぐに理解した。
つまり、僕らの企みがバレているという事だった。
恐らくクリスタかユミルが言ったんだろう。
ライナー「…ぬ そ、そうなのか… じゃあその髪留めもそうなんだな」
アニ「…これはあんたたちからでしょ?」
ライナー「…な、何を言ってるんだ、アニ 俺たちはそんな…」
ライナーはこの後に及んでも、下手な猿芝居を続けようとしていた。
恐らくアニは怒っている。よくもいらない世話を焼いてくれたなと。
蹴りの一発や二発くらいなら貰う覚悟を、僕はしはじめていた。
- 36 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:14:06 ID:DljhC03s
- アニ「…ライナー …ベルトルト 昨日の騒ぎを企画したのは、あんたたちなんだってね?」
ライナーの額に、大粒の汗が浮かび始める。
僕はきつく奥歯を噛み、鋭いローキックの痛みを耐える準備をした。
ライナー「ま、待てアニ! 俺たちはだな…! その…!」
アニ「……二人とも、ありがと」
アニのお礼という予想外の言葉に、ライナーは僕が知る限り、今まで出したことの無い声を出した。
次に来るのはローキックだと考えていた僕にとってもそれは同じで、思わず聞き返してしまう。
ライナー「……ふぁ?」
ベルトルト「……あ、ありがとうって?」
アニ「……言いたいことは …まあ、あるよ でも、取り合えずお礼はする」
アニ「……二人とも……ありがとう」
- 37 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:14:09 ID:OVsNXnv6
- なんだろうな、
このSS読んでるとやっぱりライナーとベルトルトは嫌いになれない
- 38 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:15:53 ID:FJBUPpRs
- これはいいss
- 39 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:16:29 ID:DljhC03s
- 「ありがとう」と言うアニの目には、この間まであった寂しさを称える色は無かった。
まるでこの青空のような、爽やかなブルーをしていた。
僕は昨日の誕生会を、彼女が心から楽しんでくれたことを確信して、ライナーを見る。
彼もまた、僅かに口元緩めながら、僕を見ていた。
アニは顔を見合わせる僕たちを見て、「…何してるの? 気持ち悪い」と言うと、
スタスタと歩き出し、何処かへ行ってしまった。
ライナー「…はは なんだよ、上手くいってたんじゃないか」
ライナーは額に浮かんだ汗を拭いながら、笑った。
僕も緊張が取れ、静かに笑みを浮かべ、空を見上げる。
とても晴れた日だ。このままずっと、晴れ続けてくれればいい。
- 40 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:17:42 ID:DljhC03s
- 恐らく。いや、必ず。
アニにも、ライナーにも、僕にも。
心の中に、とてつもない豪雨が降る事は決まっている。
昨日の事はアニにとって、後に大きな葛藤を生むだろう。
ライナーはこれからも、彼らとの友情と故郷の間で揺れ動き続けるだろう。
僕も気がつけば、誰も居ない暗室にいるような孤独感に襲われるだろう。
でも、今だけは。
少なくとも、次の裏切りまでは。
この快晴が続いて欲しい。
僕はそう願わずにはいられなかった。
おわり
- 41 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:19:06 ID:DljhC03s
- 以上です
読んでくれた方々、ありがとうございました
- 42 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:21:07 ID:DljhC03s
- 前回はアルミン「催眠オナニー」というSSなどを書いたので、そちらも読んでもらえると嬉しいです
- 43 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:23:15 ID:hR2UyipA
- いい兄貴たちだなー
- 44 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:25:38 ID:jt5bytAE
- なん…だと…?
催眠オナニーからこのほろ苦くて優しい話かよ…
上手い人は何書いても上手いんだなあ
乙でした
- 45 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:28:12 ID:DljhC03s
- >>44
久しぶりに原作読み返したら、自分の書いたSSが全部頭おかしい感じの物ばっかりだったので、悲しくなって書きました
楽しんでもらえてたら嬉しいです
- 46 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 00:48:50 ID:GR1rYcLs
- 乙
- 47 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/06/25(火) 20:00:25 ID:WQpmtvx6
- 乙。
こういうの好きだよ。
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