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【news+】ニュース速報スレ【全般】★9

411名無し長右衛門:2011/04/15(金) 19:09:15
東日本大震災 生徒捜しに戻り不明 新婚の女性教諭 岩手
毎日新聞 4月15日(金)12時54分配信
拡大写真 毛利素子さんが勤務していた高田高=岩手県陸前高田市で、石井諭撮影

 東日本大震災で、いったん生徒とともに高台に避難しながら残された生徒を迎えに海の方へ向かい、津波に流された高校教諭がいる。岩手県立高田高(陸前高田市)教諭の毛利素子さん(29)。震災から1カ月が過ぎても行方が分からず、家族は捜し続けている。
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 素子さんは北海道小樽市出身。弘前大を卒業し、04年に社会科教員として岩手県教育委員会に採用された。68年の十勝沖地震を体験した父親の毛利奉信(とものぶ)さん(66)は、娘がいる陸前高田市に来るたび「津波が来たら怖いところだから気をつけて」と伝えていた。

 あの日。北海道で揺れを感じた奉信さんと母みどりさん(62)は、すぐ素子さんの携帯電話にかけたが、通じなかった。勤務先の県立大船渡高に避難していた夫の小野寺浩詩(ひろし)さん(43)は翌朝、同僚2人と陸前高田市へ車を走らせた。「大丈夫だろう」と思っていたが、駆けつけた高田高で聞いてみると、素子さんはいったん高台にあるグラウンドに生徒と避難しながら「別の生徒を捜しにプールの方に行ったようだ」。海近くの室内プールに、顧問を務める水泳部の部員約10人が残っていたという。

 高田高で出会った浩詩さんと素子さんは昨年3月28日に婚姻届を出し、6月に結婚式を挙げたばかり。「自分のことはいつも後回し。一緒にいて心地よくなれる女性でした」という。手元には素子さんがあの朝に渡してくれた弁当箱が残る。空揚げ、卵焼き、ちくわとネギの炒め物……。「忘れちゃいけないと思って、メニューを書き留めているんです」

 結婚から1年もたたないで目の前から姿を消した妻。浩詩さんはどうしても受け入れられず、大粒の涙をこぼした。「涙は十分出しているはずなんですけれど、呼吸するように出てしまうんです」【佐藤敬一】


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最終更新:4月15日(金)12時59分






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