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【1999年】煌月の鎮魂歌【ユリウス×アルカード】

221煌月の鎮魂歌10 12/43:2017/08/12(土) 22:49:56
 涙と夜の底で鞭が生まれる瞬間を目にする。若き騎士は夜の王たる吸血鬼に汚されたわ
が身を恋人にささげて武器と化す。喜びと幸福しか知らなかった青年は恋人の生命と魂の
変じた呪わしくも愛おしい武器を抱いて号泣する……
 知覚と、そして手の中の熱だけが存在のすべてだった。回転する過去のまわり舞台の中
心にユリウスはいて、そして果てしなく落ちつづけていた。まわりで過去がはばたき、か
すかな衣擦れとため息に似た音をさせて頭上へと飛び去った。灼けた鉄のように握りが手
のひらに焦げつく。
 自分の名前すらほとんど思い出さなかった。身体と精神のなかを突きぬけていく歴代の
記憶、鞭に眠る累代の使い手たちの意識の前に、ちっぽけな個人の意識などは激流にのま
れる小石のようなものだった。じわじわと熱が広がり、残った意識をも呑み込んでいく。
それは奇妙にもここちよかった。混乱した意識を、あらがいがたい時間が広くなめらかに
撫でていき、個人の意識という突堤をならして、永遠の意識の中に織り込もうとする。
 落下のただ中で、もはや意識されてもいない顔が、微笑を浮かべた──のかもしれな
い。ほとんど唯一となろうとする手の中の灼熱にすべてを明け渡し、感覚をとざそうとし
たその時、ちらりと深く鋭い青の瞳が、意識の中に焼き付いた。
 ユリウスはかっと目を開いた。
 ぐるりと身体が回り、平らな場所に勢いよく放り出された。
 あやうく受け身を取って立ち上がる。どこともしれない広い場所だった。足の下は平ら
だが床の存在は感じられず、ただ足を支える空間だけが、身を置いたその場にのみ出現す
る白い虚空だ。上も周囲も限りなく、ただ無。
 白熱する針がこめかみに燃えている。目も頭もずきずきと痛み、背中はこわばって堅
い。手足はうまく動かず、ともすればひきつって自分では意図しない動きをとろうとす
る。皮膚が針でさされたように感じる。空間に電気がみなぎっているかに思える。
 何かがいる──この奥に。
 ユリウスは鞭を引きつけ、待った。


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