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避難所スレ

1サイバーゴースト名無しさん:2014/08/01(金) 21:19:56 ID:RQYHIKXM0
本スレの避難所としてのスレです。
規制で書き込めないときなどに本編・感想問わずどうぞ。
代理投下の依頼もこちらから。

297 ◆OSPfO9RMfA:2015/07/24(金) 21:08:40 ID:/midBJUM0
投下は以上です。

指摘事項や誤字、その他意見等があれば、ご指摘ください。

298 ◆OSPfO9RMfA:2015/07/26(日) 23:25:38 ID:Md556VcI0
本スレに投稿してきます。

299サイバーゴースト名無しさん:2015/08/28(金) 18:18:52 ID:KLqN.AfY0


300サイバーゴースト名無しさん:2015/08/29(土) 23:08:11 ID:b0DBuBAI0
あ?

301 ◆Ee.E0P6Y2U:2015/11/28(土) 23:32:40 ID:l2D3pJm.0
くら、と目眩がした。視界が揺れ、汗が額に滲む。指先の感覚が一瞬なくなった。
これまでにない感覚だった。ライダーと共に戦う中で、ルリは一度も魔力が削られる感覚に苛まれていなかったのだ。
何度宝具を召喚しようと涼しげな顔をしていた彼女はここに来てとてつもない量の力が、持って行かれている、と感じた。



くら、と目眩がした。視界が揺れ、汗が額に滲む。指先の感覚が一瞬なくなった。
持って行かれている。とてつもない量の力が――今まさに持って行かれている。

302 ◆Ee.E0P6Y2U:2015/11/29(日) 00:17:54 ID:Yf8ZQvSs0
、と抜けてました。
以上のように修正しましたので、ご報告を

303 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:30:02 ID:Mtc7OXYY0
デリケートな部分を含んでるため、一端仮投下します

304『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:31:55 ID:Mtc7OXYY0


月の下で交わすものでなく
月を肴に交わすものでもなく
月の上で交わすもの
配点(聖杯交渉)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




「あなた方に問います」

虚偽を許さぬ絶対の声だった。
怒りに震えた大声を叫んだわけではない。
むしろ逆。声はあくまでも静かなもの。表情は一切崩れず厳然としている。
静かであるがゆえに、気圧される。余分のない台詞は話題を逸らす事もできずいっそ容赦がない。
こちらを見据える瞳は鋭く、かといって強く睨んでいるという程でもない。
感情に流されず、あるがままの事実のみに焦点を当てる。

見た目だけなら、正純よりもやや年上でしかない金髪の少女。
纏う鎧を排したら、どこにでもいる純朴な田舎娘にも見えるだろう。

「聖杯戦争と戦争をする。その言葉がいかなる意図のものであるか」

それでも放たれた声は絶対だった。
裁定者の器(クラス)に嵌められた英霊の聖性を帯びた言葉で問う。

「此度の聖杯戦争を取り仕切るルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において、嘘偽りのない答えを求めます」

真名(な)を明かした聖女の言葉は、この世界で何よりも重い響きをもって本多・正純に届く。


……元々、予測の内ではあった。
正純達がアンデルセンとアーカードを補足するに至ったのは、深山町錯刃大学付近で起きた暴動のニュースだ。
この時期に、しかも夜に暴動だ。デモ活動が起きたでもあるまいに、聖杯戦争が関与した事件と判断するのはニュースを聞いた全員が一致した。
そんな公共の報道で流されるほど大規模な事件を聖杯戦争に関わる者が起こしたとすれば、ルーラーが現場に向かうのは自然な成り行きだ。
その中に正純達も飛び込む以上、相対することになると想定するのは難しくない。

民衆の暴動に、多数入り乱れるだろうサーヴァントとマスター。これだけでも大変な状況だというのに、そこにルーラーまでも介入してくる。
混迷の極みだ。接触のタイミングを間違えれば目標に辿り着くより前に足止めを喰らう。損だけを被る結果になりかねない。

だからこそ、時期を計った。ライダーからの補給物資(買い足してあったハンバーガー)を口に入れながらその時を待った。
参加者と接触し、その後にルーラーと対面できるようになる為のタイミング。
そして今は予定に概ね沿うルートとなっている。アーカード達との交渉が終え、混乱が収束しつつある矢先に現れた。
交渉を始める為に必要な条件は最低限とはいえ揃っている。だがあくまでもこれは前提。いまだスタートラインにすら立ってはいないのだから。

故に、命を賭けた駆け引きはここからだ。

305『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:33:03 ID:Mtc7OXYY0


ジャンヌ・ダルク。
オルレアンの聖女。乙女(ラ・ピュセル)。聖なる小娘(ジャンヌ・デ・アーク)。
フランスの王位を巡りフランスと英国が対立した百年戦争。劣勢に立たされたフランスに突如として神託を受けたと名乗り貴族の前に現れた田舎出の子女。
その存在を正純は知っている。過去の歴史再現でも彼女の功績は大きい。襲名者でなく実在した偉人本人に、畏敬を感じない事もない。
昔話に語られる神話の人物と違う、確かに現実に生きる人間が奇跡を起こしていく光景は、当時の人にはどれほど輝く星に見えただろうか。

曰く、説得力というもの。
軍事であれ治世であれ、指揮者として台頭してくる者が持つ魅力。求心力といってもいい。
暗示や洗脳、自らの意のままに相手の思考を支配、誘導する類のものとは違う。
それもまた指導者が弁舌で引き出す技術の一だが彼女のそれは別の要因だ。
見る側が、その印象から自発的に考えを改めてしまう天性の資質こそが、彼女が保有するもの。

例えるなら、昔の御伽噺に出る真実のみを映し出す鏡。
壁にかけられた聖画を地面に投げ踏みつける行為。
彼女の姿も、声も、後ろ暗い事情を持つ者にとっては全てが毒となる。

自分は何か間違いを犯したかもしれない。彼女の言葉を信じるべきかもしれない。
何の根拠もないままに、少女の言葉には逆らえないと、そう思わせてしまう。


「答えようルーラーよ。
 聖杯戦争と戦争をする、という事の意味を」

心の中でのみ息を呑み、それをおくびにも出さず言葉を返した。
こちらを質そうとする威圧は感じる。裁く者であるルーラーとして、裁かれる者である正純と対峙している。
だが武蔵の副会長、交渉人として臨んだ数多の生徒会長や国の代表者と弁の剣を交わし合った身からすればまだ生温い。
この程度で竦むだけの肝は腹に収めてはおらず、また暴かれて怯えるような罪も犯した覚えはない。

「まず先に、誤解なきように一つ弁明をしておく」

だから正純は何一つ気負うこと無くルーラーに向かい合う。一方的に責め立てられるのではない、対等の立場として。

「我等は決して裁定者側との武力衝突による打破と排除、そしてそれによる聖杯の奪取を望むものではない。
 聖杯への戦争とは、貴殿らに刃を向け、銃弾を放つ行為のみを意味するのではないということを、理解してもらいたい」

後ろの方で、ライダーが面白そうに口角を上げて笑みを浮かべている気がする。
……頼むから、今は黙っておいてくれよな。
果たしてルーラーは、僅かに首を縦に下げた。

……最初の関門は突破したか。
大げさなようだが、ここが大事な分水嶺だった。

306『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:33:55 ID:Mtc7OXYY0


この場で最も避けなくてはならない事態は、ルーラーからによる即座の制裁にある。
裁定者に与えられているという絶対特権を用いて、強制的にこちらを排除する視野狭窄な選択。
そんな真似をしでかすような輩を裁定者とはとても呼べまい。しかしそれを真っ先ににやられると終わりなのだ。
なにせ今自分達には後ろ盾というものがない。同盟を組んだサーヴァントも含めて四名、そのうち三は戦闘に秀でているタイプとはいえない。
シャアも正純も一騎にして千の兵に勝る強者ではなく、一個にして万軍を動かす「将」の器だ。
そしてその利もここでは失われている。味方になってくれると安心できる協力者。国家、コミュニティと切り離された状態で方舟に集められている。
ライダーにしても戦力面では大いに不足なのは否めない。まともに運用できるのがアーチャーのみでは分が悪過ぎる。

自らの意に反した者は一片の慈悲なく首を飛ばす、暴君の如き裁定であったならば、いよいよ正純に勝機はない。
横暴さを他陣営に示そうにも先に握り潰される。それを阻む手段がなく後に続く者はいなくなる。こうなっては交渉も答弁も全てがご破算だ。
その為にまず楔が要る。積極的に交戦するわけではないとアピールしておかなくてはいけない。
背を味方に頼めない以上、いつも以上に保身には注意しておくべきだ。

そして話を聞く姿勢を見せた事で同時に収穫も得た。
このルーラーはそこまで強硬には出てこない穏健派であるらしい。嘗めているわけではないが、そうであってくれればこちらとしても都合がいい。
聖女の代名詞のような真名。しかし歴史は必ずしも伝えられてる通りにとは限らない。
むしろ既に一生を終えた英霊は生前には抱かなかった願いを持つようになるかもしれない。
『国に裏切られ世界を呪う本物の魔女としての彼女』という解釈で、英霊になっている可能性も存在したからだ。
それほどまでに、かの英霊の駆けた生涯は激動だった。

英雄に相応しい活躍から一転、谷底に落とされる悲劇的な末路。
その過程で彼女がどこまで信仰的純潔を守り通せたかは諸説様々だ。
無念に思ったか。救済を求めたか。復讐を望んだか。そればかりは実際に体験した本人でなくては分かるまい。


望んで対立しているわけではない。対立などしなければそれが最良の選択だ。
しかしそれは叶わない。どうしても、どうあっても叶わない。
正純が聖杯戦争を否定する立場を崩さない限り、ルーラーが聖杯戦争を運営する役目を捨てない限り。そしてその可能性の低さは各々で確認するまでもない。

「では改めて申し上げる。ルーラー、ジャンヌ・ダルクよ。後ろに控える者を代表して私、本多・正純は提案する」

対立は避けられない。立場と役目は相容れない。
ならば。存分にぶつかろう。言葉を以て殴ったり殴られたりしよう。
互いの意見に信念、全て突き合わせ、気の済むまで容赦なく叩きつけ合おうじゃないか。
全員の立場をはっきりさせ、主張を纏め上げて、その果てに両者を融和させる。
線が出揃えば点が新たな打てる。平行線であれ対角線であれ、どの線にも偏りのない平均の点を打てる場所が表れる。そこを我々の境界線にすればいい。
それが正純にとっての戦争の形。正純が望む論争の形。


「我々は、聖杯との交渉を望む」


さあ、戦争の時間だ。
絶対に負けられない交渉が、ここにある。




307『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:34:27 ID:Mtc7OXYY0



「交渉……。聖杯を望むのではなく、拒むのでもなく、聖杯と交渉をすると?」

ルーラーの表情に僅かな困惑が浮かぶ。言葉の意味は解しても、その意図を計りかねると。

それはそうだろう。こんな要求をしてくる陣営が他にいたとは思えない。
仮にいたとしても、こうして監督役と直に交わす、などというのは本来なら早々やる事ではない。

「Jud.我々はこの戦争の形態に疑問を抱いている。正しい戦争の形ではないと考えている」

だが正純は恐れず踏み出す。いつ崩れるかも分からない危険な橋に足を踏み入れる。
最初の一歩が肝心だ。この道は大丈夫だ、間違ってないと示す旗印の役が要る。

「聖杯。方舟。選別。戦争。殺し合い。これらには、ひとつを選べば全てが付随してくるような因果性は無い、どれも独立した要素だ。
 それを一個に繋げ、戦争と定めている現状に私は歪みを感じた。アークセルの掲げる種の選別という目的にはそぐわないと感じた」

方舟と聖杯という、別個の伝承が合一している因果関係。
つがいと言いながら男女で組まれていない主従。
冬木という固有の地名。競争には不要なはずのNPC(いっぱんじん)。そして監督役。
ただ一組の勝者を選び抜くにしては不合理な点が数多くある。

「どうしても覆したい現実を抱える者達。奇跡に頼らねばならぬような望みを持っているわけではない者達。
 どちらもみな等しく聖杯に支配され、戦い以外に願いは叶わないと、生存の道はないと突き付けられる。
 準備もなく、覚悟も持たず、無差別に集められた彼らを"奇跡"の一言で掌握し、己を手に取るに相応しい種を選ぶと宣誓しながら殺し合わせる。
 それが貴殿らが主導している、今の聖杯戦争の実情だ」

同じ方向に伸ばされる手を押し退けてまで叶えたい願いを持たぬ、闘争を望まない者達はおそらくはいるだろう。
だが彼らは願いが無い為に積極的に動き出せない。他の陣営を諌めるのに、監督役に睨まれるのに二の足を踏んでしまう。

「……断言しよう。それは本来無用の血だ。許されてはならない喪失だ。
 罪無き者を、誰かの貴い願いの為の犠牲者に貶めるものだ。犠牲を出さずに目的を果たせたかもしれない者に、必要の無い罪を背負わせるものだ。
 聖杯が真に万能たる器であろうともこの喪失は埋め難い」

必要なものは大義だ。彼らの背中を押して、前に先導するに足るだけの後ろ盾。
願いという、自己完結するが故強固な動機を持つ相手に対抗できるだけの、万人が認める正統性だ。

「故に私は聖杯戦争を"解釈"する」

告げる。

「方舟、サーヴァント、マスター。
 いずれも私は否定しない。蔑ろにする気はない。
 集められた者が死ぬ事なく望みを叶え、方舟も自らが認めるに足る"つがい"を得る。誰にとっても正しい形の戦争に改める。
 これが先の貴殿の問いへの答えだ。"聖杯戦争への戦争"―――マスターの一人として、聖杯の意思との交渉の任を全うすべく、私はここにいる」

言葉を放つ。決定的な宣言を。

「返答を、裁定者(ルーラー)。
 我らの要望に、応じるか否か」

目の前のルーラーに。後ろで見ているライダーに。共に進むシャア・アズナブルとアーチャーに。
まだ姿を見せていない、全てのマスターにも、この声が届くように。
今ここにいる人だけに聞かせればいいわけではない。
戦争の形を変えるには聖杯戦争参加者全員を巻き込まなければ実現し得ないのだから。

……さあ、どう来る?




308『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:34:52 ID:Mtc7OXYY0



「交渉……。聖杯を望むのではなく、拒むのでもなく、聖杯と交渉をすると?」

ルーラーの表情に僅かな困惑が浮かぶ。言葉の意味は解しても、その意図を計りかねると。

それはそうだろう。こんな要求をしてくる陣営が他にいたとは思えない。
仮にいたとしても、こうして監督役と直に交わす、などというのは本来なら早々やる事ではない。

「Jud.我々はこの戦争の形態に疑問を抱いている。正しい戦争の形ではないと考えている」

だが正純は恐れず踏み出す。いつ崩れるかも分からない危険な橋に足を踏み入れる。
最初の一歩が肝心だ。この道は大丈夫だ、間違ってないと示す旗印の役が要る。

「聖杯。方舟。選別。戦争。殺し合い。これらには、ひとつを選べば全てが付随してくるような因果性は無い、どれも独立した要素だ。
 それを一個に繋げ、戦争と定めている現状に私は歪みを感じた。アークセルの掲げる種の選別という目的にはそぐわないと感じた」

方舟と聖杯という、別個の伝承が合一している因果関係。
つがいと言いながら男女で組まれていない主従。
冬木という固有の地名。競争には不要なはずのNPC(いっぱんじん)。そして監督役。
ただ一組の勝者を選び抜くにしては不合理な点が数多くある。

「どうしても覆したい現実を抱える者達。奇跡に頼らねばならぬような望みを持っているわけではない者達。
 どちらもみな等しく聖杯に支配され、戦い以外に願いは叶わないと、生存の道はないと突き付けられる。
 準備もなく、覚悟も持たず、無差別に集められた彼らを"奇跡"の一言で掌握し、己を手に取るに相応しい種を選ぶと宣誓しながら殺し合わせる。
 それが貴殿らが主導している、今の聖杯戦争の実情だ」

同じ方向に伸ばされる手を押し退けてまで叶えたい願いを持たぬ、闘争を望まない者達はおそらくはいるだろう。
だが彼らは願いが無い為に積極的に動き出せない。他の陣営を諌めるのに、監督役に睨まれるのに二の足を踏んでしまう。

「……断言しよう。それは本来無用の血だ。許されてはならない喪失だ。
 罪無き者を、誰かの貴い願いの為の犠牲者に貶めるものだ。犠牲を出さずに目的を果たせたかもしれない者に、必要の無い罪を背負わせるものだ。
 聖杯が真に万能たる器であろうともこの喪失は埋め難い」

必要なものは大義だ。彼らの背中を押して、前に先導するに足るだけの後ろ盾。
願いという、自己完結するが故強固な動機を持つ相手に対抗できるだけの、万人が認める正統性だ。

「故に私は聖杯戦争を"解釈"する」

告げる。

「方舟、サーヴァント、マスター。
 いずれも私は否定しない。蔑ろにする気はない。
 集められた者が死ぬ事なく望みを叶え、方舟も自らが認めるに足る"つがい"を得る。誰にとっても正しい形の戦争に改める。
 これが先の貴殿の問いへの答えだ。"聖杯戦争への戦争"―――マスターの一人として、聖杯の意思との交渉の任を全うすべく、私はここにいる」

言葉を放つ。決定的な宣言を。

「返答を、裁定者(ルーラー)。
 我らの要望に、応じるか否か」

目の前のルーラーに。後ろで見ているライダーに。共に進むシャア・アズナブルとアーチャーに。
まだ姿を見せていない、全てのマスターにも、この声が届くように。
今ここにいる人だけに聞かせればいいわけではない。
戦争の形を変えるには聖杯戦争参加者全員を巻き込まなければ実現し得ないのだから。

……さあ、どう来る?




309『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:35:19 ID:Mtc7OXYY0



ルーラーに言葉を投げかける正純。
シャア達は二人を同時に視界に収められるだけ後方に下がった距離で俯瞰している。
正確に言えば、ルーラーの進行を止めるように正純が先んじて数歩前に出た格好になる。
隣にはアーチャー、逆の隣にはライダーが共に交渉の成り行きを見守っている。
双方の表情は対極。後に起きる展開を読めず困惑を見せるアーチャー。待望の見世物を鑑賞しているように喜悦を隠さないライダー。
盟を組んだ自分達だけでなく、彼女の従者もまた主にこの場を預けている。
同盟を提案したのは正純。方針を掲げ主導しているのも正純。なればこそ、重大な場面では常に矢面に立つ覚悟が要る。
基軸を揺るがせないために彼女は身一つでルーラーに向かい合うのだ。

「…………」

ルーラーは黙したまま何も語らない。
話の始めこそ顔に驚嘆の色を見せていたものの、聞いていくにつれて平静さを取り戻していったのが離れても分かる。
教師に教えを熱心に聞く生徒のように。怠惰に聞き流さず、途中で声を遮りもせず聞いていた。
……監督役としては、やや真摯に過ぎると感じた。


聖杯戦争への戦争。
台詞のみを受け取れば何とも大胆不敵な宣戦布告に聞こえよう。
実際そう宣言しているのにも等しいし、正純の立てるプランにはその道を選ぶ覚悟も備えている。
それを直に監督役に聞かせるのだから、これはもう外した手袋を投げつけるのにも等しいだろう。即刻処罰されてないだけでも温情だ。

だが今並べた発言の内容に限って言えば、決して聖杯との対立を是認しているわけではない意図で述べられていることが分かる。

今言ったのは要するに改革だ。聖杯戦争を、従来と別の形態へ改変させる要求。
これは単なる敵対行為とは一味違う。あくまでも提案を持ちかけにきている。
アークセルが種の選別を目的とするならもっとよりよい方法があるのではないかという、問いかけだ。
聖杯戦争を破壊するつもりは毛頭なく、まして聖杯を、アークセルを否定する言葉は使っていない。
つまり、明確な叛逆を口にしたわけではないのだ。

"目的の為には手段を選ぶな"とはマキャベリズムの初歩だが、目的の為にはやってはいけない手段というものがある。
非道であればいいというわけではない。効率のみを重視するのではない。
全ては目的を定めた利益が確かに手に入れるがためだ。それを見失えば手段と目的を履き違える羽目になる。
この人間同士での殺し合いで、見合う成果は得られるのか。結果をこそ望むのなら躊躇などせず、方針転換を厭うな。
―――そう思うのだが、どうか、と。こう聞いているのだ。

詭弁、ではあるのだろう。どの道今の形態を壊す結果には違いないのだ。
しかし監督役は言っている。聖杯戦争についてある程度の質問には応じると。
正純は聖杯戦争についての質問の延長線上として聖杯改革の案を差し出している。従ってルーラーにはこれに応える義務が発生する。
一度話に耳を傾けた以上はもう逃げられない。是か非か、彼女は答えを返さなくてはならない。

しかし答えたところで十中八九出てくるのは『拒否』だろうと、シャアは踏んでいた。
信念と自信を持って訴えようとも所詮は一参加者の言。その程度で揺れる根拠でこの聖杯は稼働していない。
そもそも主要なシステムすら理解していない身で聖杯戦争を語ろうとは烏滸がましいと見なされても仕方がない。
ルーラーはその根拠を持ちだして正純の稚拙な論を一掃するだろう。


……そして、それこそが狙い目なのだろうな。




310『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:36:21 ID:Mtc7OXYY0



首に縄でも回されてる気分だ、
正純は心境を内のみで独白する。
思考の間は返答の選択か、あるいは処罰の厳選か。
どちらにせよこの空白は意義ある時間だ。相手の要求に即座に反応をせず一考してる、考えるだけの余地が向こうにはあるということ。

正純、ひいては一定のマスターには不足しているものがある。
それは個々の能力とは違う、だがある意味この舞台での前提となるべきもの。
聖杯の知識。アークセルに対する正しい認識だ。
事前に情報を纏め自ら月へと臨んだマスターではない、シャアや正純のような巻き込まれた形でのマスター。
そんな者達は事前に聖杯戦争に関する知識を埋め込まれ、与えられた上辺だけの知識を頼りに戦わなくてはならない。
人に個性や能力差がある限り真に公平な状態など存在しない。かといってこれではあまりに分が悪い。
その差を埋める手段として、正純は望んで聖杯戦争に参戦したマスターか、監督役との接触を挙げた。
情報源として確実なのは監督だろう。だがいかに質問を受け付けるといっても聖杯中枢に関わる重要機密を簡単に教えてくれるわけもない。
「聖杯戦争と戦争する」などという宣言をした相手となれば尚更だろう。

だが、こうして真っ向に異論を突きつけられたのなら。
聖杯と、聖杯戦争その根幹を糾弾され、改革を叫ぶ者が目の前に現れれば、どうするか。

武力を以て排除する、選択の一つだろう。しかし向こうは軽々にそれに及べない。
なにせルーラーのお題目としては、マスターとサーヴァント同士での戦いこそ聖杯戦争の本来望まれる形なのだ。
違反者が出るからといって自らの手で処断するのは、なるべくなら取りたくない手段に違いない。
良くてペナルティの発令までだ。それはこれまでの手緩いとすら見える裁定からも分かる。

剣を取れぬのであれば、口を開く他あるまい。
熱に浮かれた者に冷や水を浴びせる真似。憶測で者を言う相手に動かしがたい事実を突き付けて、論を折る。
同じ土俵で論破してこそ敗者に強い敗北感を与えられる。叛逆の芽を一掃するにはまたとない好機。
そして裏返せば、ルーラー直々から言質を取れる最上の機会だ。

欲する精度のある情報を手に入れるにはこうすればいいと思っていた。
監督役こそが聖杯に一番近い側の人物。その彼女達に自分を批判する根拠として、聖杯にまつわる情報を言わせる。
聖杯戦争と反目し排除されるべき異分子に対してならば、通常は開かせない口にも緩みが出る。
お前たちは間違っているとそう断ずる為には、必要な正答を提出しなくては証明されない。

……当然だが、捨て身戦法も同然だ。
肉を切らせて骨を断つ、とは言うがリスクとリターンが釣り合ってない。これでは肉は向こうで骨はこっちだ。
だがそれで十分。肉まで断てればそれで上等。
少なくとも、肌を傷つけるまでは到達できる。そしてそれはやがて鉄壁を崩す楔に変わる。

理想を言えば、先のアーカード達を味方に引き入れた上でルーラーと見える状況が望ましかった。
狂信者であるアンデルセンに聖杯の真実を教え、抱いた猜疑を確定させ得る。
闘争を望むアーカードは知ったとて行動に大差はない。故にルーラーの処罰対象からも外れ、情報を外に持ち出せる。
知ればその分思考には幅が出てくる。真実は知る人が増えるだけで意味がある。結果は失敗したので今更の話だが。


大学周辺での騒動も収束して時間が経っている。慌ただしい住民の声も遠い。
正純は第一に言う事を言い終え、ライダーとシャア達は俯瞰の立場を通し、そして答えるべきルーラーは未だ口を開いていない。
この一帯だけは、空間ごと切り離されているかのように静謐としていた。

シャア・アズナブルとの同盟、アーカードとアレクサンドル・アンデルセンとの交渉。
これらは目的達成の地盤固めに重要であったが、絶対条件ではない。失敗してもまだ次の一手があった。
だがこれにはない。ここで選択を誤れば正純は終わる。
自分とライダーは処断され、協力していたシャアとアーチャーも罰を受ける。何事もなかったように従来通りの聖杯戦争が進行する。
そうさせない策は用意しているが不確定要素も多い。絶対はない。確率としてそれはあり得る。
最悪、シャア議員だけでも逃がせれば―――状況に備え打開案を思案し始めたところで、


「わかりました」




311『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:37:29 ID:Mtc7OXYY0



心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えつける。
早合点するな。今のはただの返事だ。
ただの確認作業、次に出す答えにワンクッション置いただけのものでしかない。
一息吸うだけの間を空けて、ルーラーは返答した。

「あなた方の言葉は確かに聞き届けました。
 ですがルーラーの立場として……その要望には応じる事は出来ません」

結果は、否定。
にべもない言葉にしかし正純は落胆するでもなく、

……まあ、そうなるよな。

ここで簡単に折れるほどやわな精神ではない。お互い様にだ。
上手く行くのに越したことは無かっただが、そう楽に事が運ぶのも楽観論だ。

十分に予想できた。だからここまではまだ計算の内だ。
話題を切り出す理由、会話を続けるきっかけを作れただけでいい。

「……我々はより正しく聖杯を担う者を選定する方策を望んでいるだけだ。それを受け入れられないと?」

「ルーラーは聖杯戦争の推移を守る者ですが、聖杯を管理しているわけではありません。
 聖杯とはこの世界を創造したもの。舞台から戦いのルールに至るまでを設定したアークセルそのものです。
 一度始まった聖杯戦争を取り止め、ましてルールを変更する権限は私達にはないのです」

「それでも他のサーヴァント達よりは聖杯との繋がりも深いはずだ。方舟からの通知伝令のひとつもあるだろう。
 そこを経由して貴殿の声を届ける事も可能ではないのか?」

「それは我々の管理を超えています。街の統制等の機能ならともかくシステムそのものへの干渉など到底認められないでしょう」

「では―――」

繰り返される質疑応答。
正純が問えば、ルーラーがそれに答える。そんなやり取りが何度か交わされる。

要望は悉く跳ね退けられる。ルーラーから聖杯への進言は不可能だと。
本当だとは思う。が、全てを話してるとは思えない。
報告の際に、一意見として混ぜておくだけでもいい。そうすれば少なくとも可能性だけは提示できる。
あるいは報告の段階を飛ばして直接観察しているのかもしれない。
会場が方舟内部にあるのならそれもまたあり得ることだ。
だとすると……やはり確実なのは、聖杯自体との直接交渉しかないということになる。

「……先に言ったように、我々は現状の聖杯戦争を良しとしない立場を取っている。
 貴殿らからすれば、その意図はないとしてもやはり障害として映ってしまう一面もあるかもしれない」

そう思った正純は一端矛先を変えた。

「だが―――それならそもそも呼ばなければ済んだはずだ。なのに、私のように明確な願いを持たない者もこうしてここにいる。
 我々のような、聖杯を望まない者と真摯に聖杯を欲する者を一緒くたに混ぜるのは、願いある者からすれば自身の願望を侮辱として受け取られかねない」

背後で控えているシャア・アズナブルにも、聖杯に託すべく願望は持っていなかった。
潜在的に願うものはあったが、それは何もこんな形式でなくともよかったはずだ。正純自身にしてもそうだ。
正直に話すには余りに馬鹿馬鹿しい経緯で方舟に来てしまった。
何故託すものがない者を、自身を望まない者に聖杯は資格を与えたのか。

312『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:38:39 ID:Mtc7OXYY0


「参加者を招聘するのは私でなく聖杯によるものです。
 地上から方舟への道程を繋ぐ切符(チケット)。ゴフェルの木を手にした者をアークセルは己が内部に招きます。
 そこに資質や条件、選定の基準があるかは私には図れません。ですが呼び出された時点で彼らは聖杯を得る資格を手にしている。私はそう思っています」

ルーラーは答える。

「聖杯が望むのは最後まで生き残ったマスターとサーヴァント。そこには能力や人格の優劣、願いの有無も関係ありません。
 何を願い、何処を目指し、どう動くか、それは各々の自由。因果が導く道は無数にありどれが正答である保証もない。
 ルーラーが"相応しい"とする在り方を強制もせず、あなた達の方針にも極力干渉致しません。
 全てのマスターとサーヴァントを迎え入れ、全員が勝利者であることを願うのみです」

……全員が勝利者である?
最後の言葉の意味が気になるが今は後回しにする。それより思考をあてるべき事がある。
ルーラーはふたつの重要な事実を口にした。
ひとつ目は"聖杯の意思"。参加者を選別したのは聖杯自体が選択したものと確かに言った。
正確には"ルーラーが選別に介在していない"だが、彼女以外に意思があるものならそれは実質聖杯、それに準ずる意思でしかない。
推測が事実へと確証が取れたのは大きい。

そして……ふたつ目。これはどこか引っかかるものを感じる言い回しがあった。
"最後まで生き残ったマスターとサーヴァント"。
方舟の役割を鑑みれば単に強さ……戦闘力のみに重きを置かず、生存力をこそ重視するというのも分かる。
だから、単純に一対一で性能を競い合わせる形式にしない……?
何かが引っかかっている。正純の捉えているものとの食い違いを感じる。

「無論、聖杯戦争を無視し殺戮の混沌を撒き散らす者がいたならばそれを正しに動きます。そのためにこそルーラーはいるのですから」

思考を別に働かせつつも、正純はその台詞を見逃さなかった。

「現状、抑止が正しく機能しているものとは私は思わない」

B-4地区のマンションで起きたという違反。そして錯刃大学での暴力騒動。
運営の抑止力としての役割を正純は疑っていた。比較対象がないから何とも言えないが、お世辞にも十全に果たせているとは見られない。

「そうもこの方式を維持するのが正しいと規範する、その根拠を教えてもらいたい」

今が聞き時だろう。
交渉の目的たる核心の追及へと話題を進めた。

「我々は何も知らない。如何なる成り立ちでこの聖杯戦争が始まり、どうしてそれが殺し合いでなくてはいけないのか。
 何故、予選が終わった今でも同じ土地を戦場に使用しているのか」

ライダーやシャアとの話し合いでも共通してる考察の一片だった。

「この戦争の悪なる部分は、賞品となる聖杯の正体があまりに不明瞭だからだ。
 ムーンセル、アークセルが何であるかは知っている。だがそれは全て聖杯側から一方的に与えられたものでしかない。
 状況も分からぬまま外付けで断片的な情報を脳に刻まれて、それを求めるなどどうして出来るというのか?」

聖杯は貰って嬉しいトロフィーではない。
そうした価値もあるだろうが大多数はその機能に目をつけている。信頼性のない商品など誰が使うものか。
なのに方舟には、聖杯を求め殺し合いを進める者がいる。
そうするしか他にないから。手をどれだけ伸ばしても永久に届かない。一生を懸けてもまだ足りない。
普通では叶わぬ悲願の成就を渇望するからこそ彼らは選び、方舟は選んだのだ。

313『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:39:16 ID:Mtc7OXYY0


「そうまでして求めた聖杯に偽りがあれば……これほど彼らに対しての侮辱はない。
 善悪に関わらず、餓い抱いた期待を目の前で打ち砕く。願いを虚仮にして嘲弄する」

それをなんと呼ぶのか。

「最悪と呼ばれる行為だ。人類種の保存という、方舟側の大義すら消失する」

そんな最悪の可能性を避けるにはどうすればいい。

「資格があると言ったなルーラー。その通りだ。
 我々には資格がある。情報を要求し、検証し、選択する権利がある」

全参加者の聖杯に関する情報を共有することだ。聖杯についての正しい認識を持たせることだ。
正確性に欠けたものではない、裁定者側からお墨付きのもので、だ。

「そうして考えた上で、我々は選択すべきだ……他者の命を奪う道を進むのか、止めるのか。
 それは聖杯という高次の存在から授かるものではなく、個人毎の意思で決めねばならない」

想像の通りではないと知り願いを諦める者。矛盾を知りつつもなお己の道を通す者。
戦争を望む者。厭う者。
多くの道が分かたれるだろう。その過程で立場が明確になる。
言ってしまえばわざわざこうしてルーラーに直談判してるのもその辺りの曖昧さにある。

間を空け、次はルーラーの返答を待つ。
ジャンヌ・ダルクには、異端審問の際に専門家が舌を巻くほどの弁で審問側を圧倒したという逸話がある。
これまで投げた問いに対して淀みなく返答してみせたのもそういう理由だ。
それが神の奇跡の一端であれ本人の思慮分別であれ、無知な田舎娘でないということを意味している。
しかし、

「……」

ルーラーは唇を結び、沈黙している。
妙だな、と正純は思う。
黙秘する事自体ではなく、変化したルーラーの表情を。
黙秘権を使用しているでもあるまい。躊躇とも違い、どう答えたものか逡巡しているような様子。
それはまるで―――ではないか。
頭の中である考えが浮かびかけたところで、ルーラーは口を開いた。


「……その質問には答えられません。いえ、そもそも答えようがないともいえます。
 裁定者はこの聖杯戦争を恙ない進行の為に存在する。翻せば、それ以外の役割は求められていない。
 聖杯戦争が起きた理由、その成り立ち……そうした機密は何も知らされていないのです」



「な……!」

驚きの声。
思考を止めることなく次なる言葉を引き出そうとしていた正純の計算が乱れた音だ。

314サイバーゴースト名無しさん:2016/06/21(火) 01:39:53 ID:Mtc7OXYY0


それでも、それでも正純の耳は常時通り働いていた。一言一句たりとも聞き逃さず、その意味をたちどころに理解する。
理解したからこその反応、狼狽だった。

「ルーラーとして参加者に受け答えするだけの聖杯に関する知識は保有しています。ですが真に秘匿すべき情報については持ち得ません。
 僅かな確率であっても、私から情報が漏洩するのを防ぐ措置なのでしょう」

……どういう、ことだ?
あまりにちぐはぐすぎる。
裁定者側が聖杯戦争の正体を知らない。教えられてないなど考えられない。
造反、漏洩を防ぐ為。単なる走狗に対してであればまだよかった。聖杯の端末に等しい、それこそ意思のない機械であれば。
だがそれを意思持つサーヴァントに適用させているのが正純には解せない。面倒だろう、それは。

聖杯の意思の代弁者としてAIなどいくらでも作れたはずだ。
それなのに聖杯はわざわざ情報統制を強いた上で、明確な人格を持ち、過去に生まれた人間、歴と存在している英霊をルーラーに任命し召喚している。
労力を惜しんだから既に在る、条件を満たす英霊を選択した?ものぐさにもほどがあるだろ……!

「疑念を持たないのか、ジャンヌ・ダルク……この方舟に。この聖杯に。聖女である貴殿はこの戦争に納得しているのか?
 "これ"が貴殿らの信ずる御子の聖遺物足ると言えるのか?」

「承知しています。この"聖杯"は御子の血を受けた正真の杯でなく、ムーンセルという月の頭脳体を称したもの。
 その演算処理能力を以て成される願望器としての機能を指して聖杯と字名されているものです。
 "方舟"、人がアークセルと呼ぶそれもムーンセルとはまた独立した、魂を擁する揺り籠を目的とした古代遺物(アーティファクト)。
 ……聖者ノアが造りたもうた真なる方舟であるかは、私には答えかねますが」

矛盾の根幹を突く言葉。
信仰に傾倒する程縛られる教派の教義にもルーラーは揺るがず。
そう……宗派の相違による衝突など彼女自身が身を以て思い知っている。

「ですが真贋はどうあれ、ムーンセル、そしてそれと接続したアークセルは願望器としての機能を持ちます。
 容易く世界を変容させる力。人の望みを汲み上げる知恵の泉。いつしか人は、それを聖杯と呼んだ。
 その争奪の経緯を総称して、やがて聖杯戦争という名が生まれました」

つまり、それは。

「……聖杯と名付けられたものを奪い合うのであれば、何であれ聖杯戦争というわけか」

「『私』が存在する世界に限れば、ですがね」

ルーラーは肯定した。

「ですので、贋作であるから、教義に反するからという理由で疑いをかける事はしません。
 我欲を求めるのは人の本能。それが災厄をもたらすことがなければ叶えようとしても構いません。
 もとよりここに集ったのはそれぞれ別々の人理を紡ぎ上げた世界の住人。信ずるものが異なるのは当然の話。
 今の私は主を信じた小娘ではなくルーラーのサーヴァントとして求められたが故に」

知識の差が出始めた。
一世界から出でたに過ぎない正純と、英霊として多数の世界の知識を有するルーラー。
立ち位置からくる認識の差だ。知識の差は視点の差を生み、捉え方の違いを生む。この場合のルーラーは信仰上の聖杯と願望器の聖杯を分けて考えているように。
あらゆる異世界に同数の宗教があり、同名の教派でも形態が違いそもそも存在すらしない時代と場所がある。
そんな住民を纏め集めた方舟で、ひとつの宗教観を絶対の基準に置けば破綻は避け得ない。
もしくは。はじめからそうした分け方ができる人間をルーラーに選んだのか。

315『聖‐judgement‐罰』 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 01:40:23 ID:Mtc7OXYY0


そしてふと思った。
ムーンセル、そしてアークセル。このふたつの聖遺物が存在する、いわば基礎となる世界。
このジャンヌ・ダルクも、その"基礎世界"で生きた英霊なのではないかと。

「確かに私は全てを教えられてるわけではありません。それを承知の上で私はここに今も在ります。
 聖杯戦争を恙なく進行させるルーラーとしてここに在る」

鎧姿の少女は厳かに告げる。

「ですが誓えることはあります。聖杯があなた方に伝えた情報―――それに偽りはありません。
 肉あるものを集め、人類の種を保ち、使用者の願いを映す月の水面。宙の方舟は輝く魂を載せ天へ至る。それがアークセルの役割。
 裁定者(ルーラー)と私(ジャンヌ)、双方の名において譎詐せずに誓います」

最大限での潔白の表明だった。
監督役としての権利も、個の英霊としての誇りも全て賭けている言葉。だから軽く翻す事も出来ない。
決意は重圧と変性する。息苦しさを正純に押し付ける。
こうまで言われて疑うようではルーラーの全てを疑問視しなくてはならない。そうすると今まで引き出した情報も信に置けなくなり、前提の崩壊になる。


「ここでの死を必要な犠牲と許容するのか?」

そして……完全でないにしても把握した。
彼女の行動と主張、その骨子にあるもの。古今の英雄を統制するルーラーのサーヴァントに選ばれた理由を。

「まさか。必要な死など世界にありません」

神への妄信。宗教の執着。一方通行の感情の暴走。
そんなものでは到達し得ない、目の前にすれば足が竦むほどの巨大で強大な意思。


「万人を救おうとも、一人の命を奪った罪が消えることにはなりません。
 誰かを救うという選択は、そういうことです」

聖女の信念。
正純はそれに触れた。

316『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:41:34 ID:Mtc7OXYY0


それはこの世全ての悪に立ち向かう誰かに似て
それは堕ちる星に立ち向かう誰かに似て
配点(我が神はここにありて)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




元々、過去の歴史におけるジャンヌ・ダルクの人物像には多数の解釈がある。
神の声は栄養失調からくる精神病の幻覚。
全ては演技である鬼算の策謀家。
人でなき神が遣わした異存在である天使。
真実の姿は居合わせた当事者にしかわからない。いや、本人以外誰も理解できなかったのかもしれない。できなかったからこその裏切りだ。
歴史再現でも都合により男の名を女性が襲名しているように、案外語られている実像とは違っているのかもしれない。

神がかったとしか思えない言動と行動によってフランスのシンボルとして立ち、旗を持つ彼女に鼓舞された兵士は破竹の勢いで敵の砦を攻略。
瞬く間に本願であるフランス王の戴冠を成し遂げ、名実ともに救世主となったひとりの少女の業績は、永い人類史においても一際目を引く。
実質国に見捨てられたに等しい捕縛、聖女憎しと徹底して尊厳も奇跡も奪いにかかる異端審問。死体を残さず火に焼き灰に帰す、旧派で最も重い処刑法。
悲劇……与えられた報酬がそんな最期だった聖女は一層民衆の人気を博した。

数ある解釈でも、このジャンヌは一般的に伝わる実像のようだ。
聖女と聞いて浮かぶ幾つかのワード。清廉にして潔白、慈悲深く身命に喜んで殉ずる高潔さ。そうしたイメージに違わない。
それにしても、だ。

……ここまで頑固な性根だとは思わなかった……!
信仰によって作られる精神は強固だ。宗教という巨大な集団と己とを一体化させられるからだ。
一個人では形成できない後ろ盾が背中を押し自信を与える。神という超次元の意思との歓喜が人を進ませる。
ジャンヌを支えているのは別のものだ。
ひとつ確信する。この人は、最期まで聖女であったのだと。
誰も憎まず、何も恨まず。人を、国を、神を、世界を愛す。
あらゆる場所と時代と常に共に在った、凡庸で、どこにでもありふれた感情。
ただその頑健さだけが尋常ではなかった。不偏の理想はどこまでも尊くそして脆い。
誰もが掲げても続けられないそれを、死に終わるまで貫き通してしまった。
まさに人間城塞だ。如何なる剣でも砲でも折れ砕けまい。戦艦か何かと思わずにはいられない。

それでも……正純の掲げる方針にとって、彼女こそが最大の障壁だ。
聖杯に立ち向かう姿勢を崩さない限り、今を凌いでもまた必ず立ち塞がる。
どういう形になるにしても退けなければならない。


「こちら側の結論ですが……現時点であなた方が決定的な違反行為を犯したわけではありません。
 よってここでは警告のみとします」

視線が正純を射抜く。鋭くはないがこちらの底を見透かすように深く。

317『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:42:30 ID:Mtc7OXYY0


「ルーラーの本分は運営であり抑止力。どのような行動、どのような方針で聖杯戦争に臨むかは各々の自由となります。
 戦いを拒むのも、否定するのも縛りはしません。その意味で言えば貴方たちを縛る権利もない。
 ですが運営を妨げ、この方舟に亀裂を刻もうというのならば」

空の右手を前に出すと、籠手の内側から淡い光が紋様を描いて顕れた。

「我々も動き、然るべき制裁を加えます」

……あれは、令呪か!
光の意味を正純は理解する。
マスターがマスターたる資格である三画の聖痕。正純の右手の甲にもある令呪をルーラーも保有していたのか。
目に見える数からして……総数は全サーヴァントに対して複数使用できるだけはあるだろう。

ここにきて秘匿していた隠し札を見せに来ている意図。
それは即ち最後通牒だ。
極論、この場で即刻ライダーとアーチャーを自害させることも可能ということ。首に繋がった命綱を見せられた。
手持ちの令呪を使えば自害は阻止できるのか。だがたとえそうでも令呪の無駄打ちは備蓄のない自陣にとっては大打撃だ。
令呪をちらつかせて浮足立ったところでの宣言。効果的だ。

相手は答えを待っている。展開された話し合いの結果をこちらは告げた、そちらの決算を見せろと待ち構えている。
折れればそれでよし。裁定者は聖杯戦争に従い他主従の排除に動く者達に干渉しない。
そして、正純は未だその意思を一度として見せていない。ならば行き着く先は正面衝突しかなく―――


……どうする。

当然、現在の聖杯戦争を認める気にはなってない。依然正純は聖杯に交渉し、その改革を叫ぶ立場を変えていない。
提議すべき点は何か所かある。それを出し、聖杯に逆らう正統たる理由に解釈し突き付ける。
出来なくはないと考えている。正純がいつもやってきたように。

しかし……それではいけないとも考えている。
このままの流れで続けていけば相互の不理解として交渉が決裂する。それでは駄目なのだ。
ルーラーとの交渉の成否は聖杯改革の進展に大きく影響する。決裂とは裁定者との対立。それは正純達の敗北だ。
だから何とかしなくてはならない。のだが、

「……っ」

つい数分前での出来事が脳裏に浮かぶ。
ライダーとも因縁深いアーカードとアンデルセンとの交渉。結果はものの見事に失敗した。
あちらは既により根深い因縁で結ばれ、その清算に臨もうとしていた。
大学での騒動の中で前に出る機を常に窺っていたこちらだが、あの時は最悪のタイミングでの接触だった。
その整理と敗因の検証の間も着かぬ間に、矢継ぎ早に新たな交渉。相手はより困難で、しかもこちらの生死に直結しているときた。
かかる重圧は先の比ではない。命綱もなしに断崖絶壁の端に立たされている気分にもなる。

318『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:43:50 ID:Mtc7OXYY0


何度も行われてきた、武蔵の是非を問う論争。
今までも一度や二度の失敗はしてきた。あわやという場面も少なからず経験し、まがりなりにも乗り越えてきた。
それには正純だけでなく無数の要素があって成立したものだ。助勢もあり妨害もあった。予測外があって馬鹿がいた。
守銭奴がいてオタクがいて外道がいて貧乳がいて巨乳がいて異族がいて、人に溢れている。
正純もそんな集団の一人だった。
切り離された孤軍の今になって痛烈にそれを感じた。

ここは武蔵の上ではない。神州の何処の国でもない。
知識の不足。情報の不足。正純の主張を裁定者に通すには裏付けが足りない。
現状、どれだけ訴えてもルーラーが考えを改めるビジョンが浮かばないでいた。
情けない話だ。泣き毎など言えないし言う気もないが……堪えるものはある。


沈黙が続いている。
矛は通じず、盾は砕けず。
いつまでも黙ってるわけにはいかない。黙秘は肯定と受け取られ、そうでなくとも何も言わなければ悪い印象を与えてしまう。
向こうは結論を急かせているがそれに付き合う必要はない。聞くべき質問はまだある。そう口を開こうとして―――


「これは異なことを。敵を前にして見逃すとは、それで裁定者を名乗るとは片腹痛い」





男の高い声が周囲に響いた。
その一声で一帯の空気を支配せんとするほどの存在感。
極めて濃度が高い、まるで劇薬のような気質を引き連れて言葉が放たれた。
女の正純でもルーラーでもアーチャーでもなく。二人の男のうち一人のシャアのものでもない。
声の主は―――

「我々は貴女の敵だ。そうだろう?お嬢さん(フロイライン)」

……ライダー!?
正純が振り向く。
サーヴァントライダー・少佐。ルーラーとのやりとりをシャアと共に俯瞰していた自身のサーヴァント。
交渉の役回りを正純に一任していたはずのライダーはすぐ近くまで来ていた。

ゆっくりとした足取りで、戦争を望む反英雄は手を広げながら語りかける。
まるでルーラーを迎え入れるように。
がら空きの胸の心中に突き入れられるのを望むかのように。

319『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:44:37 ID:Mtc7OXYY0

寒いものが背筋に走る。
正純にとってのサーヴァントとは、目的を同じとする同盟相手であるが、同時に油断ならない相手だ。
一切合切破滅に向かって突き進む戦争を至上とするライダーがひとまず付き従っているのは、ひとえに打倒聖杯という最終目標が重なるが故だ。
そこに"ずれ"が生まれれば……先の道は破綻する。

「敵はここだ。ここにいる。縄でふん縛り枷に嵌め、ギロチンを落とし首を衆目に晒すべき裏切り者がここにいる。
 聖杯の導きに従わない逆徒がここにいるぞ?」

明らかな挑発だ。言葉を続けようとするライダーを正純は手で制しようとする。
まさかここにきてこんな暴走を始めるとは思わなかった。
何か、失敗をしてしまったのか?
見限られてしまうほどの失策はまだしていないはずだ。
先のアーカード達との交渉?あれはライダー直々にとりなしがされフォローに回っていた。
今のルーラーとの交渉?今一つ踏み切れてなかったのは確かだが攻め手はまだ手元にあった。それを中断させたのはライダーだ。

いずれにせよ、今の状況は不味い。
契約上とはいえ従僕を御し切れないとなれば、ルーラーは勿論のこと同盟を組んでいるシャア達にも示しがつかなくなる。
己のサーヴァントに振り回されているマスターの発言に信用性など持てはしないのだから。

だがそんな正純が目にも耳にも入ってないのか、ライダーはなおも歩みを止めようとしない。
底知れぬ、だが隠そうともしない喜悦の念を張り付けた表情。
無理に止めることを許さないだけの意思が、自分を通り過ぎる際に見えた横顔にはあったのだ。

とうとうライダーは正純を越し、ルーラーと正面に対峙する。
空気は完全に入れ替わった。火花を散らし炎の渦が舞う闘争の空気に。


「挑発は無意味ですライダー。私は貴方の敵ではありませんし、貴方の望む戦争を再現させるつもりもまたありません」
「なるほど。私の真名を知るか。それもルーラーの特権とやらか。
 ではなんとする。我々の同盟相手に私の名を売るか。私の生前にやった所業を教えるかね?」
「いいえ。私情で参加者の情報を流すのも令呪を使う事も致しません。あるとすれば違反を犯した罰則としての公開になるでしょう」
「だがルーラーの責務に従うのであらば我々の自由を許す理由はあるまい。
 運営の抑止?そうさせたくば串刺しの列でも揃えたまえよ。神と聖杯の名を以て貴女方の正気を保証したまえよ」

否定はすぐに、はっきりと返ってきた。

「―――それは違います。方舟内で起こる聖杯戦争の裁定については我々ルーラーに一任されています。
 討つべきではないと判断したのはあくまでも私のもの。不備があれば受け入れますが、その叱責はあくまで私が受けるもの。
 それ以外にも咎が及ぶような発言はおやめなさい」
「ほうそうか!神の声でなく殺すのは己の意思と、聖女でありながら自らの意思でその手を血塗れにするというのだね?」

320『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:45:11 ID:Mtc7OXYY0


槍で肺腑を刺してくるような攻撃的な口調でライダーは言う。
さながら異端審問だな、と正純は思った。
しかし……言い方は過激だがそれは自分の番であった時の続きに言おうとしていたことだ。
図らずもライダーは正純の主張を引き継いでいる。……いや、これは図られてというべきなのか。
だがそれでも、その台詞は自分が言うべきだったことだ。
見ようによっては、代表が言うべき台詞を従者に言わせ非難の矛先を変えようとしている……そう捉えられてしまう。



「―――無論です。生前(むかし)も死後(いま)も、私は変わらずそうしてきた」

そして、その審問を骨身に染みるまで受けているジャンヌは答た。

「主の嘆き(こえ)を聞き、救われぬ者の声を聞き、それでも私は私の意思で選び戦場へ出た。
 味方を鼓舞することで命を救い、敵を畏怖させることで命を奪った。
 たとえ手に剣を持たなくともその時点で血に塗れたも同然です。いえ、直接手を下さなかった分、あるいはより罪深いかもしれません」

告解。
懺悔。

「私が相手をしたのは竜でも悪魔でもなく、譲れぬ何かを持ち立場が違うだけの同じ人間でした。
 それを死なせたことが聖女の振る舞いではないというなら、その通りでしょう。私自身そう思っています」

……どれとも違う、毅然とした声が通る。


「私は、聖女ではありません」


今、彼女はそう言ったのか。
当時の百年戦争で彼女を仰ぎ慕った兵士や王への裏切りにも等しい吐露を。

……あぁ。

解けた。
胸の奥に溜まっていた絡みがほつれていく。
バラバラのまま集まっていたパズルのピースが段々と組み上がっていく。
正純の出来る範囲で最も望ましい結果を引き摺り出すための答えが見えてきた時。
ライダーは、



「――――――あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


大爆笑だった。




321『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:45:52 ID:Mtc7OXYY0



「そうか、そうかそうか!これが乙女(ラ・ピュセル)か!これがジャンヌ・ダルクか!素晴らしい!
 哀れで狂った田舎娘!神の声を聞いたなどと茹だった妄想に憑りつかれ、国を煽動し戦場をかき回し!
 これ以上戦争は要らぬと味方に捨てられ、牢獄で兵士に犯され犬に輪姦(まわ)され!
 最期は股を広げられて業火に焼かれ、「神様、神様」と哀れに泣き叫びながら骨肉も残さず灰となった!
 後に残るのは己を捨てた世への恨みと人への呪いばかりの『廃棄物』かと思えば、中々どうして!」

それ褒めているのか、罵っているのかどっちなんだ。
配慮もなにもあったものじゃない。ライダーは笑い混じりの称賛兼誹謗中傷を続けていく。

「戦争処女(アマチュア)などと心の中で思って悪かった。二度と思うまい!ああ確かに貴女は戦争の本質を捉えている。
 "わたし/こっち と あなた/あっち は違う"―――主義も思想も届かない遥か彼岸にある、殺し殺される闘争の根幹を心得ている」

ひとしきり笑い上げた後、ライダーはピタリと笑うのを止めルーラーと再び正面に向き合った。
唇の両端は釣り上がり、瞳は濁った輝きを放つままであるが。

……突然割り込んできたのは。決してこちらを擁護してくれる腹積もりというわけではないだろう、と疑っていたが。
ひょっとしてこれ、テンション抑えきれなかっただけか!?
凄いノリノリじゃないかこの少佐!


「……そこまでだライダー」

白手袋をはめた手をライダーの前に出す。
波がいったん引いた今、いい加減釘を刺しておくべきだ。

「今は私とルーラーの交渉中だ。それ以上の言葉は控えてもらおう」
「おっとこれは失敬。いやお嬢さんがあまりに愛しかったものでね。
 やばいと思ったがつい抑えきれなかった」

……クラスの気になる女子にちょっかいかける男子か?

「では席を返そうマインマスター。君の舞台へ戻りたまえ」

今までの熱が嘘のように、ライダーはあっさりと引き下がった。
やっぱり本人が愉しみたくてやったのか……。

……しかし、なんだな。
こんな流れになって思い出したものがある。
前にも、こういうことがあった。
一日と少ししか離れてないのに、久しく吸っていなかった気の空気を思い出す。
戦争"馬鹿"に振り回されるのを懐かしいと感じてしまうのは、我ながら染まってしまったなぁと思う。
そして、それを存外悪いものじゃないと受け止めている辺りが更に困ったものだ。


「私の従者が失礼な真似ををした。話を続けたいのだろうが、いいだろうか」
「……ええ、どうぞ」

仕切り直しだ。まっすぐにルーラーを見据える。
気分がいいわけはないだろうが罪状に加算されるということはなさそうだ。そこだけは幸運だ。

「しかし我々もいつまでもここで引き留められるわけにはいきません。
 貴方たちの思いに関せず、依然聖杯戦争は続いている。参加者同士の戦いは起き、起ころうとしています」

322『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:47:44 ID:Mtc7OXYY0


起ころうとしている戦い……あれか。
じき始まるであろう戦いを正純は知っている。
数分前にここを去ったアーカードとアンデルセンの二組。
互いを認めない衝突、どちらかが倒れるまで終わらない相対はかなりの規模になる可能性がある。
時間がかけられないというのは本当だろう。
そして、

……なるべく早く、この会談を切り上げたい、か?

「答えるべきことには答えました。そちらにも明瞭な答えを要求します。
 これ以上伸ばすようであれば、それこそ運営の妨げと見做さざるを得ません」
「jud.では告げよう」

即答だった。
ルーラーは予想外だとでもいうように目を細める。
しかしこれは決まりきったことだ。最初から変わりない、言うと定めていたことを言うだけのこと。
迷いは少しだけだった。
行き先を決めて上げた足を、どこに下ろすか。どの程度の距離で一歩を踏むか。僅かな間の逡巡。
それももう、済んでいる。

「答えは変わらない。我々は―――今の聖杯戦争を許容しない」

「そうですか。では―――」
「しかし―――」

手をかざしたルーラーの言葉が終わるより早いかのタイミングで、被せるよう切り出した。

「それを以て聖杯に被害をもたらす行動は一切しない。
 私は方舟に集うマスターとして、聖杯に相応しい担い手を選定することには協力を惜しまない」

そして、

「戦闘行為を挟まずに担い手を決定する方法を聖杯に認めさせる。
 一方的な喪失を被る者なく、全てのマスターとサーヴァント、方舟にすらも共有できる利益を生む。それが我々の変わらない方針だ。
 その為の行動の指針としてまず……方舟より救い出さなければいけない人物がいる」
「……何者ですか?全員にとって利益となれる、救われるべき人物がこの方舟内にいると?」

ルーラーの問いかけに、正純は手を水平に挙げた。
まっすぐに突き出し、白手袋をした指を一本伸ばす。
その直線上にいる―――

「あなただ、ジャンヌ・ダルク。
 ルーラーのサーヴァント。聖杯戦争の調律者。私はあなたを救いたい」

一人の少女を、指さした。

323『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:48:44 ID:Mtc7OXYY0



「あなたこそが最も聖杯に隷属を強いられている者だ。我等の方針に基づき解放しなくてはならない存在だ」

聖杯との戦争を臨むことをとしている。だがそれをルーラーにまで適用させたくはない。
特権諸々の能力面でいってもそうだ。他人のサーヴァントに令呪を使えるサーヴァントなどできれば相手にしたくない。
しかしそれ以上に考えるのだ。会話の中で見えた彼女から正純は判断した。

ルーラー(かのじょ)は敵ではない―――。

聖杯とサーヴァント・ルーラーは不可分の関係ではない。
機密事項を教えられてないのがその証拠だ。方舟はかなりの割合でルーラーに裁量を任せている。
対立すべきは聖杯であって、彼女ではない。
だから正純はそこから始める。聖杯とルーラーを、切り離す。
そして分かたれたルーラーすらも―――味方につける。

「ルーラーという役職がこの戦争を歪ませているものの一端だ。
 そこには当て嵌められた英雄を貶める陥穽を孕んでいる」

裁定者という器(クラス)。
違反行動を見咎め、戦わない者に睨みを利かせる。
それはいうなれば全てのマスターとサーヴァントから疎まれる存在だ。

「戦う意思のない、ただ巻き込まれただけの無辜の人にすら殺し合いを強制させなければならない。
 何故ならばあなたは"裁定者"だからだ。公平性を以て審判に臨まなければならないが故に救える命を見捨てるしかない。
 戒律に反し人を殺める罪に耐え、世界に身命を捧げながらも悲劇に終わった少女になおも罪を担がせようとしている」

「本多・正純……それは誤りです。
 私はあの最期を悲劇とは思っていません。あれは罪を重ねた者が正しい罰によって消えた。ただそれだけの話です」
「罰を言うならば生前の処刑でとうに済んでいる!
 ここでまた殺し合いを煽動する立場に立つということは、あの罰を再びあなたに与えるということだ!」

思い出す記憶がある。
これと似た出来事を自分はよく知っている。
国の消滅という誰も予測できなかった事故の責任を、君主の嫡子という理由だけで取らされようとした少女だ。
全ての感情を兵器の材料に剥奪され、親子の関係を知らず事故と何も関係も無かったにも関わらず、自害させられるところだった少女を知っている。

彼女がここにいればなんと言っただろうか。彼女の傍にいることを望んだあの馬鹿はどうしただろうか。
それに応じ、否定した時と同じ言葉を、正純は吐いた。

「これは罪を清めた者に新たな罪を被せ、責め苦を負わせる悪魔のシステムだ!」




324『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:49:27 ID:Mtc7OXYY0



「私はこの戦争による喪失を望まない。
 一部の勝者の潤いの為に枯らされる多数の敗者を認めない。
 そこには当然ジャンヌ・ダルク、あなたも含まれている」

指さしていた腕の掌を開く。
呼応するようにルーラーの結わえた金紗の長髪が風にたなびく。

「私は聖杯を手にする資格を所有するサーヴァントの外にある存在です。
 あなたの論に照らすところの、悪魔の法の執行者を救い……何の利益があるというのです?」

裁定者を味方につけるメリットなど言うまでもない。
この場合はそうした意味ではないのだろう。
監督役でないただの小娘……ただのジャンヌ・ダルクを救う行為が他の参加者にどういった影響を及ぼすのかということだ。
答えは、果たしてあった。

「再契約」
「―――?」

マスターに装填されていた知識。それに間違いはないとルーラーは言った。
ならばその知識を利用する。目的に近づけるためにはあらゆる要素を用いる。

「マスターは最初に契約したサーヴァントだけでなく、マスターを失いあぶれた"はぐれサーヴァント"と再契約することが出来る。そうだな?」
「ええ。ですが通常のマスターでは二体のサーヴァントを同時に使役するだけの魔力は賄えません。
 ですのでその場合必然的に、マスターもサーヴァントを失っている互いに欠けている状態が主なケースとなります。
 それが一体―――」
「ならば裁定者としての特権を除けばあなたも"マスターを持たぬ一体のサーヴァント"だ。
 マスターを得れば、あなたも聖杯に選ばれる"つがい"になれる権利があるということになるのではないか?」

その時、ルーラーの顔が一瞬引きつった。
口を開けて「何を、」と言おうとしたのか声にならず、ややあって意味するところを理解し代わりに、

「聖杯戦争から、裁定者という地位そのものを排除しようというのですか……!」
「それでこの戦争が正しく調律されるのならば、そうしよう」

初めての狼狽した声を上げた。

無理からぬことだろう。誰も全容を知らない方舟のシステムに干渉するということだ。
言った正純もかなり荒唐無稽なことを言っているのはわかってる。
しかし……本題は可能か不可能かの確認であって実行するかは別の話だ。
聖杯にはルーラーも知らされていない未知の真実が隠されている。まずはそこに探りを入れなければ始まらない。

325『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:50:20 ID:Mtc7OXYY0


「私は、裁定者の存在理由は聖杯戦争の運営だけではないと考えている。
 そうでなければこの立場はあまりに不明瞭すぎる。覆い隠されている聖杯の真実、そこを明らかにしない限り裁定者に信を置くことはできない。
 そしてそれは、そこに籍を置くジャンヌ・ダルクを不当に貶める結果にも繋がる」

ルーラーという存在への疑念。ライダー、そしてシャアとも共有していた見解だ。
ジャンヌ自身は方舟に何も知らされていない。なのに全責任を負わせられているのだ。

「ルーラーと方舟のシステムの解明と、ジャンヌ・ダルクの裁定者からの解放。
 これは戦いを望まぬ者への強制力の排除であり、戦いを望む者へ正確な情報提供という利益になる」

隠すという行為は都合が悪いからするものなのだ。
方舟には少なくとも参加者側に知られると都合が悪くなる真実がある。
ルーラーとの接触を通じてその秘密を解き明かし、干渉が可能となれば、聖杯戦争そのものの"解釈"の可能性も認めさせることが出来る。

「その時にこそ、方舟からの直接介入が発生するだろう。
 そこで私は方舟と交渉し、聖杯戦争の形を改めるよう訴えを起こす」

ルーラーが手から離れたとなればいよいよ方舟も静観を決め込んではいられない。
今までこちら側では手が届かなかった方舟に、自分から近づいてもらう。
ルーラーを救う行為が、方舟を交渉の場に引きずり下ろす結果に繋がるのだ。

「これが私の聖杯への"解釈"だ。
 この歪んだ戦争の正しき形式を取り戻し、裁定者の器に押し込められた聖女の尊厳を取り戻し、方舟に握られた願いを取り戻す。
 方舟に集う誰もが望むものをその手に収める。あくまでそれを認めず阻むというならば―――」


「救うための戦い、取り戻すための戦争を、私は聖杯に仕掛けよう」

聖杯を肯定しながらも聖杯戦争を否定する。
ジャンヌ・ダルクを肯定しながらも裁定者を否定する。
正しきを認めながらも間違いを糾す。

「ルーラーとしての役割から解放された暁には、改めて協力をお願いしたい」

それが、正純の決断だった。


「……秘匿すべき情報ではないので言いますが、ルーラーとして召喚されるための条件のひとつには、現世に何の願いも持たないことが挙げられます。
 私には、聖杯を望む理由がありません」
「願いがないのは私も同じこと。私のように託す願いを持たぬ者がマスターに選ばれ、あなたに資格がないのはおかしいのではないか?」

それに、と付け足す。

「あなたには我々以上に方舟に選ばれる価値がある。
 あの最期を経て何の未練も後悔も持たない。あなたがどう思おうと、それは万人が認める聖女の資質に他ならないのだから。
 こう言うのは何だが……少なくとも私のライダーより、あなたの方がよほど方舟の座に着く資格があると思う」

後ろのライダーの笑みが深くなるのを正純は知覚した。




326『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:51:20 ID:Mtc7OXYY0



「―――以上が我々の主張だ。貴重な時間を割いてくれて感謝する」

熱が引いていく。
討論会場は人の住む街並みに。
闘争の空気は冷めていき元の夜気に戻っていく。

「それでは我々もこれで失礼しよう。次の相対までに互いの理解が進んでいるのを期待する」

正純は一歩を引いた。
今出すべきものは出し切った。ここからは発言した内容の実証と補填に向かい行動することになる。
そしてそれは即時見せられるものではない。その瞬間が来るまで正純達は善でも悪でもない。

「……そうはいきません」

止める声があった。
ルーラーだ。
こちらを見据える瞳に揺らぎはなく、人格が揺るがされることはなく聖女としての姿のままでいる。

……いや、別に人格攻撃を行った憶えは一切ないが。

……ないよな?

気になってライダーに目線をやるが平時の笑顔で応えられた。
くそ、本当に楽しそうだな……!

「先の話題についてならば止められる理由は今の私達にはない。
 結果が明らかになるまで、我々は己の信ずるべき者の為聖杯に向かう、ただのマスターでしかない」
「堂々と聖杯戦争を否定すると言われて見逃すわけにはいきません。
 そちらの言い分がどうあれ、今の私は聖杯戦争の裁定を司るルーラーなのですから」

引き下がる様子はない。
そう……未来の結果がどうであろうと今のルーラーは敵対する者だ。
たとえ正純の計画が全て成功したとしても、それは無数の艱難辛苦を踏破した先に待つ頂。
そして、その一つとして真っ先に立ち塞がるのが他ならぬこのジャンヌ・ダルクなのだ。

ふ、と。
一息をつく間にルーラーの表情に変化があった。
それは今までの会合では一度として見た事のないものを見せた。

「聖杯戦争を間違いとあなたは言う。その意志を私には否定できません。
 けれど―――肯定することもまた、できません。
 あなたがあなたの正しさを信じるように、私も私の信じるものの為に殉じるのです」

勝者が見せる余裕の表情ではない。
敗者が浮かべる自嘲の顔とも異なる。

327『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:52:19 ID:Mtc7OXYY0


「それに、あなたの主張が正しいと仮に証明されたとしたなら―――
 そこには聖杯に味方する者、弁護に回る側も必要だと、そうも思うのです」


それは怒りも悲しみも置いてきた者だけが見せる、使命に殉ずる聖人の笑みだ。


……そういうところが、彼女が選ばれた理由かもしれないな。
何があっても決して聖杯を裏切らない。脅迫でも洗脳でもなく自発的にそう動く。
確かに方舟に重要な条件だ。

「……そうか」
「平行線、ですね」
「いや、まだ我々は互いに譲歩出来る位置にいると思う」

言いながらさらに一歩引く。
我意を通したくばまずはここを超えて見せよ―――そう言っているように立っているルーラーから。
どう越えるか。武力で押し通る選択肢は除外。だったらすることは一つしかない。

「だから私はこう言おう―――」

風が流れるようにごく自然な動作で左手を前に出す。
ルーラーが反応し力を籠める。


「聖杯戦争の裁定者よ―――最低でも、先の私の言葉は胸に留めておいて欲しい」


懐から抜け出たツキノワが腕を滑り、右の手袋を口で掴んで脱ぎ捨てた。

手の甲に刻まれた聖痕に力を込める。赤い光が走る。
令呪の起動には口頭による指令が必要であり走狗(マウス)による補助は使えない。
一息で言い終える短さと端的に伝わる明瞭さの同期が必要だ。

ルーラーが動く。察知が早い。復帰も早い。
手に『旗』が握られる。令呪ではない。前に構え防御の姿勢を取る。
その判断が分かれ道となった事に気付かず、正純は一画に意識を集中して叫んだ。


『ライダーよ、宝具によって我々と迅速にこの場を離脱せよ!』


     認識した、我が主
「―――Jawohl,mein meister」


体が廻る。
限界量をゆうに超えた排気を燃料とし、本来あり得ない現象が実体化される。
宝具が英霊を象徴するもの。であればこれもまた"彼ら"を象徴するひとつだ。
神代において遥かな過去にあり、されど聖譜において時代の最先端を征くもの。

在りし過去の"再現"。
一千人吸血鬼の戦闘団(カンプグルツベ)。不死身の人でなしの軍隊。最後の敗残兵。
名を、デクス・イクス・マクーヌ。
少佐の最終宝具『最後の大隊(ミレニアム)』―――その一欠片となる飛行船だ。

「令呪一画の喪失を以て、裁定者へ働いた無礼の賠償としたい」

風を切る船が起こす轟音の最中で、正純は声を発していた。




328『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:53:38 ID:Mtc7OXYY0


突如として目前で実体化した巨大物体にもルーラーは怯む事はなかった。
手に持つ聖旗を前面に立て爆発した気流をいなす。
どれだけ巨大でもあくまでこれは人造の吸血鬼による近代武装。
風に魔力が染みついたわけでもなく、まして規格外の対魔力を持つルーラーに痛打になるはずもない。

「く……!」

しかしこの場合、位置が悪すぎた。
飛行船は正純達を乗せながらもルーラーを含まないギリギリの境界線上で実体化したのだ。
上昇気流によって生まれる突風を至近距離でぶつかる羽目になり、華奢なその身が地面から浮き上がる。
一端離れてしまえば後は流されるままだ。飛ばされたルーラーは正純達から大きく後退させられる。
中空で姿勢を制御し危なげなく着地する頃には、飛行船は高度を上げ移動していた。
もとより魔力によって生まれた宝具。物理的な制約には縛られない。
そのまま高層ビルが立ち並ぶ地帯に入り込んだところで、急速に実体を解れさせ、やがて夜の黒に溶け込むように消えてしまった。

"転移"の令呪でサーヴァントだけを遠距離へ飛ばしてもマスターが残る。
ならば魔力の充填にかかるタイムラグを令呪で限りなくゼロに抑え、使用した宝具で全員纏めて飛び去る。
あの少佐が此度で騎兵(ライダー)のクラスで呼ばれていたことを失念していた。
真名看破のスキルも万能ではない。召喚された英霊がいつの時期の年齢で再現されるか、どのようなスキルと宝具を持っているかはクラスによっても変動する。
あのライダーが何か仕掛けてくるならそれは全て殺戮に帰結する―――そんな先入観がルーラーに防御を取らせ、選択を誤らせた。その隙をマスターは見逃さなかった。
少佐の"戦争狂の反英雄"という特性を、ルーラーは重視し過ぎてしまっていたのだ。

サーヴァントもさることながらマスターも少佐の性質を心得た差配を下していた。
吸血鬼の一個大隊を率いた少佐はその実何ら超抜的な異能を持たず、ただの人間にも後れを取りかねない能力値しか備えていない。
その性格も含めて、扱いが極めて難しいサーヴァントだろうに……彼女は上手く使いこなしていた。

すぐさま令呪を使って引き戻そうとする―――が思いとどまる。
令呪は一画失われたがまだ向こうにはまだ二画ある。そして今更令呪の使用を躊躇う事もないだろう。
ここでライダーに令呪を用いても無駄打ちに終わる。全令呪を没収という形と見れば無駄ではないかもしれないが流石に短慮だろう。
あの二人は確実にまた何かをやる。ルーラーの想像もしない聖杯戦争そのものをひっくり返すだけの大それた行動を起こす。
こちらの令呪を使用しては以後の強制力が落ちてしまう。温存しておいたほうがまだ牽制になる。
加えて、あの艦娘のアーチャーもいる。同一の命令ならともかく複数のサーヴァントに令呪を使用していくのは妨害も考えると手間だ。

「……いえ、それも言い訳ですか」

正純を逃がさぬと膠着した場面。
あえて令呪を自発的に消費する事で賠償とし、故に追う必要はないと裁定者に理由を与えた。
穿ち過ぎだろうか。しかし彼女ならば……そうした逃げ道も用意しているかもしれないのが恐ろしいところだ。

「……またカレンに小言を言われそうですね」

それでは済まないかもしれないが。
そんな風に呑気に考えている自分も大概だ。


本多・正純の残した、聖杯戦争に訴える数々の言葉。
彼女の立場にとっては、どれも正当な意見であり反抗なのだろう。
戦いで自陣の正しさを主張するのは当然のもの。ジャンヌが生きた時代でも変わりはしない。
……彼女の恐ろしいと感じるところは、正統性を主張しながらもこちらに差し伸べる手を持つ事だ。
後世ではついに訪れなかったと伝えられる、聖女への救済。
個人として救おうとした者はいただろう。最も自分を信頼してくれたあの元帥のように。
しかし全体……国家としては見捨てる結果にならざるを得なかった。ジャンヌ自身はそれを恨んでないし、理解もしているが。
ジャンヌは処刑された事を一切後悔していない。むしろあれは正しい清算であったとすら感じる。
だから彼女の言った台詞は見当違いもいいところだ。
それなのに、あの時手を振り払えなかったのは……

329『聖‐testament‐譜』:2016/06/21(火) 01:55:23 ID:Mtc7OXYY0


「聖杯について調べる……ですか」

違える気は毛頭ない。
ルーラーとして選ばれた以上ジャンヌは裁定者の務めを全うする。これは確定事項だ。
しかしルーラーが召喚された意味……それについて思考を巡らせる事は規範を超えず、無意味ではない。

28騎もの英霊が別々に争う聖杯戦争。
地上で起きたとされる数多の聖杯戦争でもこれほどの規模はないだろう。
ならばルーラーが呼ばれるのは必然。そう思っていたが。
正純から浴びせられた言葉で"もう一つの役割の可能性"を思い巡らせるに至った。
即ち―――

「……流石に、詮索が過ぎますか」

杞憂であるのが一番の結果だ。何より自分には真っ先に優先すべき役割がある。
この地域に参じたそもそもの理由。大学近辺で起きた住民の突然の暴動。
兆候から見て明らかに嘲笑のアサシン、ベルク・カッツェの仕業だ。
NPCへの干渉を禁じられた彼がこのような行動に出た理由は、マスターによる令呪の消去だろう。
カッツェのマスターへの令呪剥奪のペナルティは他の事態が立て込み後回しにされていた。
己のサーヴァントが諫言を受けたとなれば大人しくなるかと思えば、どうやらあの根っからの扇動者火に油を注ぐ真似だったらしい。
正純への処遇は未だ境界線だが、こちらは最早考えるまでもなく黒だ。
だがマスター共々裁定を下す為現場に赴く途中で、ルーラーの特権の一つに奇妙な反応が見られたのだ。

サーヴァント・パラメーターの書き換え。健常な状態から消滅寸前へ。
最初は戦闘で決着がつき一方のサーヴァントが敗れたのだと思った。現場にはカッツェらしき反応以外にもサーヴァントが集まっている。
しかし暫く経っても減衰した反応が消えないままでいる。
サーヴァントの位置を示す聖水による地図を広げると、やはり反応が一騎、極めて微弱な反応でいる。
死亡したならばそのまま反応が完全に消滅する。ならば瀕死の状態かと思えば、反応は今も移動しておりかなりの距離を渡っている。
ここまで弱った状態で、果たしてここまで行動ができるものか……?

それにもう一つ奇妙な点が、その反応がもう一騎とサーヴァントと重複している事だ。
隣り合ってるだけではない。より詳細が分かるよう地図を拡大すれば、完全に一致している。同期と言ってもいい。
サーヴァント同士の戦闘で、何か通常ではない自体が発生した可能性があった。

場が沈静している事からして倒されたのはカッツェだろう。
彼を倒したサーヴァントが何らかの手段で瀕死のまま取り込み、そのまま引き連れている。
状況の把握の為にもこの相手には会いに行かねばならない。
二重の反応は移動を止めず新都側へと進んでいる。このまま進めば―――

「森―――ですか」

見れば、南東の森にも一騎サーヴァントがいる。
同盟相手との合流なのか。それとも……新たな戦いなのか。

「まぁ、街から離れているのは良い事ですが」

蟠る煩悶も答えの見えぬ思考も今は全て捨て、ルーラーは霊体化し森へ向けて駆け出した。

330 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 02:01:42 ID:Mtc7OXYY0
以上で仮投下を終了します
状態表他追記する部分はありますが、修正が必要な場合に近日中にかけられる時間を考慮して急ぎ該当部分のみを投下しました
主にジャンヌと正純の交渉内容について他、指摘意見をお願いします
書き手側からの意見もあればなおありがたいです

331 ◆TAEv0TJMEI:2016/06/21(火) 22:47:46 ID:eAVgjlMI0
投下お疲れ様です
もう何を言っても感想ばかり出てきそうで本当にすごかったです
まだ続くとのことですし、今はそこが本題ではないので抑えておきます

ジャンヌと正純の交渉内容について、というのはキャラ的なことや、アポ、ホラ、といった原作的なことではなく。
かなり聖杯や聖杯戦争、ひいてはこの二次二次という企画そのものに踏み込んだことを気にしているということでしょうか。
私個人としましてはどこかで誰かがやらなければならなかったことの糸口を作ってくださり、後に続く者もむしろやりやすくなったかと思います。
投下数があまり多くない身で恐縮ですが。
またこの話による影響は大きいとはいえ、この話が通ったからといって作中で書かれたものがそのまま採用されるとも限りません。
あくまでも正純の推測や、ジャンヌの知り得る知識内での話です。
覆すも他の書き手の自由ですし、覆さないなら沿って書くのも書きやすくなることなので、通してよいと思いますが。
他の書き手諸氏の意見も合わせてご判断ください。

332 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/21(火) 23:14:14 ID:Mtc7OXYY0
>>331
ご意見ありがとうございます
そうですね、確定情報を入れたわけではないですが、本編の根幹に触れる部分であるのでこういう流れをして大丈夫かと不安があり仮投下とさせて頂きました
今後をどうするかは自分も含めた書き手次第でありますし、企画が破綻するレベルではないと書き手他諸氏から意見を頂けるならば、このまま通していきたいと思います

それと本投下の日時ですが、意見待ちやこちらの時間の都合も併せまして23日(木)以内を目途としています。ご了承ください

333 ◆HOMU.DM5Ns:2016/06/26(日) 01:32:08 ID:7KAnM8rA0
意見もなさそうなので、追記修正も含めた本投下を行います

334サイバーゴースト名無しさん:2016/12/06(火) 12:55:58 ID:BIYG8qz.0
>>333
意見がないっていうか、もう見てる人いないんじゃない?

335名無し:2018/01/21(日) 07:38:05 ID:cN7Il7Rk0
まだかな?

336 ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:48:35 ID:g18NNawM0
お久しぶりです
設定に踏み込んだ内容を含むため本スレにゲリラ投下する前に一度こちらに仮投下します

337『ただいま』はまだ言えない ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:51:35 ID:g18NNawM0

これはまだ日を跨ぐ前、B-4エリアからバーサーカー、黒崎一護が主の下へ帰還した直後のことだった。



(思っていたほど魔力が枯渇していない?)

令呪の内容を消化し戻ってきた一護の状態、美遊自身のコンディションを一通りチェックして意外な事実に気がついた。
彼は違反行為があったという主従がいる、恐らくは多くの主従が集まってきたであろう激戦区に行っていたはずだ。
それなのに美遊の魔力はほとんど持っていかれておらず、一護も魔力が枯渇ないし枯渇寸前といった様子には見えない。
不可解な出来事に首を傾げるばかりだった。

この時点においてまだサファイアを取り戻していない美遊に視覚共有などという芸当はこなせない。
故に一護が出向いた先で何があったのかは推測する他ないが、いくら何でもロクな戦闘もなくさっさとサーヴァントを斬り伏せて戻ってきたなどと楽観的な思考はしない。
戦闘自体は行ったはず。それも場所がB-4なら超速再生を使わされるような事態も複数回あったと考えて然るべきだ。

(……まさか、バーサーカーの貯蔵魔力だけで乗り切った?)

サファイアはない。しかし美遊の魔力はほとんど使われていない。
だとすればもうこの可能性ぐらいしか考えられない。
考えてみればこれまでの美遊は一護への魔力提供に専念していた。僅かでも魔力不足に陥ることのないよう魔法少女としての機能を全て切って。
そうしていたのは「バーサーカーは消費魔力が他クラスより段違いに多い」という聖杯から齎された基本的な情報が頭に入っていたからだ。
だからテンカワ・アキト(この時点で美遊はガイという名前だと認識していたが)のバーサーカーと戦った時もアキトに取り押さえられる瞬間まで一護への供給は続いていた。
つまりあの時点で一護は彼が保有できる魔力貯蔵量の上限いっぱいまで魔力を溜め込んでいた。

(だとすれば―――戦っていない時の魔力供給さえ怠っていなければ、供給を完全に切っても一回は全力で戦闘ができる!?)

この瞬間、美遊はようやく一護の魔力消費量を過大に見積もり過ぎていたことに気がついた。
あるいは聖杯からの知識を額面通りに受け取りすぎていた。
バーサーカーは殊更に魔力を喰う、マスターに特段の負荷をかけるクラスである。これは事実だ。
またバーサーカーとして現界した黒崎一護は戦闘に大量の魔力消費を要し宝具に至っては令呪の補助なしには使えない。これも事実だ。
しかし―――だからといって最高のコンディションの状態から通常戦闘を一回行った程度で枯渇するほど魔力保有量の少ない、脆弱な英霊では断じてない。



美遊の想像は半分は外れていたが半分は的中していた。
一護はB-4では消滅寸前の槍兵を一息に斃して美遊の下へ帰還したが、B-4に辿り着く前にはアーチャー・エミヤと交戦していた。
数々の投影宝具を用いて的確に一護の弱点を突いたエミヤの奮戦によって一護は何度も超速再生を使わされており、魔力放出じみた飛ぶ斬撃も使用している。
それだけの抵抗を受けた上で、ある程度の魔力を残したまま美遊の下まで戻ってきた。
これは前述の通り事前に魔力を十分に貯め込んでいた故のことでもあるが、もう一つ美遊が知らない理由が存在する。

そもそもサーヴァントというカタチに当てはめ劣化させた状態で現界させているとはいえ、英霊を人間の魔力だけで維持することは極めて困難だ。
それこそ代を重ねた家系の一流の魔術師ですら維持するだけで魔力の大半を持っていかれる。
その問題を解決するため、聖杯戦争の期間中は聖杯がある程度サーヴァントの現界維持に必要な魔力を肩代わりしている。
とはいえここまでしても魔力を持たない一般人ではサーヴァントを運用することは難しい。
通常戦闘を行うだけでも数日に渡る魂喰いを必要としたケースも存在するほどだ。

338『ただいま』はまだ言えない ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:52:41 ID:g18NNawM0

だがこの聖杯戦争では一般人のマスターが多数参加しているにも関わらず、魂喰いによらずある程度の継戦を行えたサーヴァントが複数いる。
ニンジャスレイヤーなどはその最たる例だろう。単独行動のスキルを持つとはいえマスターを失った後ですら複数回に渡る戦闘行為を行えていた。

何故このような現象が起きたのか。その答えは聖杯がサーヴァントに対して働きかけるバックアップの差にある。
もとより魔術的資質の有無を問わずゴフェルの木片を持つ者を無作為にマスターを招集したのがこの聖杯戦争だ。
そのため通常の聖杯戦争よりも聖杯がサーヴァントを維持するバックアップが大幅に強くなっているのである。
この通常以上の聖杯によるサーヴァントへのバックアップは当然一護にも働いていた。
こうした要因もあってそれなりの余力を残したまま令呪の命令を消化して帰還することができたのだった。




(もしそうだとしたら、わたしがそうと気づいていなかっただけで、使える手札は無限に広がる!)

例えば今までの美遊がやっていたのは、携帯端末やポータブルゲーム機のバッテリーを常に最大に保つようなものだ。
当たり前だがその状態で充電し続けても大した意味はない。よほどバッテリーが摩耗していない限り充電をやめて即バッテリー切れなんて事態にはなり得ないからだ。
つまり今までしていたのはそういう類の、安全策ではあるが無駄が多すぎる行為だったということだ。

であれば、一護をを戦闘させながらにしてカレイドの魔法少女、そのフルパワーを敵マスターにぶつける戦術が成立することになる。
何より、短時間であれ魔力供給を行わなくて良い時間が発生するのであれば美遊自身の戦力でも最大の切り札の運用が現実的になる。

セイバー、アーサー王の力を宿したクラスカード、その宝具の名は『約束された勝利の剣』。
聖剣というカテゴリーでも最強の一角たる宝具の真名解放が可能になる。
「今回はバーサーカーへの魔力供給も行わなければいけないため、真名解放は無理だろう。」。これは一面の事実ではあるし、つい先刻まで美遊もそう確信していた。
しかし、全ては考え方一つだったのだ。想像と発想一つで出来ることと可能性は増える。
とはいえ使えても一度の戦闘につき一度きり、使えば数時間はカードの再使用は不可になりおまけに一瞬とはいえ転身そのものが解けるリスクもある。
特に転身解除がどれだけ致命的な隙かは、夕方の戦闘を思い返せば火を見るよりも明らかではある。

だが手段を「使える」と「使えない」のとでは天と地の差がある。
今思いついた供給をカットした戦術にしても戦闘が長引いたり、敵が予想外の手を使ってきたら容易く破られ得る。
その逆に当初やっていた魔力供給に全てのリソースを使うやり方もそれ自体が全てにおいて駄目だったのではなく、それ一つだけを押し通そうとしたから負けたのだ。
また少し前に考えた魔術回路をフル稼働させて魔力供給と魔法少女の機能を両立する策も魔術回路への過剰な負荷というデメリットは厳然として存在する。もちろんいざという時には回路が焼け付くことも辞さないが。
重要なのは己に出来ることと出来ないことを把握することと、実戦での判断・取捨選択を誤らないことだ。

先ほどのアキトとの戦闘を例に出せばわかりやすい。
この時点での美遊からすれば名称すらわからない転移術の使い手に一本調子の攻めが通じるほど甘くはない。
あの奇襲に確実に反応し、かつ返す刀で仕留めるならクラスカード・セイバーの夢幻召喚が必要だ。
しかしあの転移術の発動条件や予備動作の有無によってはそれすら容易ではない。
……そうなれば、やはり令呪を用いた一撃必殺の奇襲攻撃に活路を見出す他ないか。


(でも、結局サファイアとクラスカードが手元にないことには始まらない)

…と、色々と考えてはみたものの、全てはサファイアとカードを取り戻せてからの話だ。
残念ながら今必要なのはサファイアを使った運用ではなく彼女を取り戻すための策を考えることだ。
そのためなら二画目の令呪を使うことだって辞さない。まずは港に行く、全てはそれからだ。



―――そんな、相棒と再会する少し前の出来事だった。

339『ただいま』はまだ言えない ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:53:23 ID:g18NNawM0






  ◆   ◆   ◆





間もなく夜が明けんとする空を少女と死神が駆けてゆく。
新都から深山町へと向かう中、カレイドステッキ・マジカルサファイアは思考を巡らせていた。

(これで……このままで良いのでしょうか)

聖杯戦争が本格的に始まって一日経過し、とりあえず美遊は五体満足で生存している。
テンカワ・アキトに不覚を取りはしたものの、結果的には令呪一画の損失で済み相手にも社会的な損害を強いることに成功した。
テンカワ・アキトとホシノ・ルリ以外のマスターに関してはほぼ情報が無いというのが大きなネックではあるが、それは今後の立ち回り次第で補えないこともない。
何よりサファイアが安堵しているのは、今のところ美遊が直接人間を殺す事態にはなっていないことだ。

……詭弁に過ぎないことはわかっている。
聖杯戦争では契約サーヴァントの死はマスターの死。つまりサーヴァントの撃破は実質的なマスターの殺害だ。
美遊、一護、そしてサファイアは予選で一騎、昨日に一騎サーヴァントを討ち取っている。
であれば見えないところでマスターもアークセルによって消去されているはずだ。
つまり殺人という大きな一線は既に越えてしまっており、その事実にいつまでも目を向けないほど美遊が鈍感でないことも知っている。
あるいは既に自覚してしまっているからこそ優勝狙いへと舵を取るようになったのかもしれない。

そこまでのことを重々承知していながらも、やはり生きた人間に対して直接手を下すような真似はさせたくないと思わずにいられない。
けれど現実はどこまでも非情で、サファイアが美遊にさせたくないことはこの世界で生き残るにあたって必要不可欠なことでもある。
生還できるのは最後まで残った一組のみ。この殺し合いを勝ち抜くことでしか元の世界に帰る道はない。
敵対陣営を倒すにあたってより確実なのはサーヴァントよりマスターを狙うことであり、現に美遊もマスター狙いの攻撃をされたことがある。
そして美遊には敵マスターを屠るに足るだけの力がある。それが幸か不幸かサファイアには判じ得ない。



『美遊様、先ほどのことですが』
「何?」
『本当にこれからは美遊様も戦闘に参加するのですか?』



テンカワ・アキトを策に嵌めてから少し後、美遊はこれから先「全員で戦う」ことについての具体案を出してきた。
これまでの一護に戦闘の全てを任せるスタイルを改めてカレイドの魔法少女の力を出していくと。
状況に応じて一護への供給を行いつつ余剰魔力で魔法少女の能力も護身に使う、魔術回路をフル稼働させるスタイル。
それに加えて予め一護の魔力保有量の限度まで魔力を蓄えさせたという前提で、戦闘中の一護への供給をカットし魔法少女の機能を全開にする、普段の戦い方に限りなく近いスタイル。

確かに可能ではあるだろう。
美遊と合流した際も美遊、一護ともに魔力量には余裕があったことを覚えている。
というより、サファイアは当初から気づいてはいたのだ。
そも並行世界からの無限の魔力供給機能を統括しているのはサファイアだ。どこにどの程度魔力が割かれているかなど当然熟知している。
知った上で、魔力運用次第で戦闘に魔力を割く余裕があることを敢えて黙っていた。
全ては美遊が直接戦わずに済めば、という祈り、あるいは願望から来る思いだった。

カレイドの魔法少女の力は元々クラスカード回収、つまり黒化し現象に劣化したとはいえサーヴァントを相手取ることを前提としたものだ。
正規のサーヴァントには及ばないとは言ってもマスター、人間を基準にすれば圧倒的にも程がある性能であることも事実だ。
加えて夢幻召喚は一時的とはいえ英霊の力を借り受ける絶技であり、敵からすればサーヴァントが二体になるようなもの。

そんなマスターが聖杯戦争の序盤から猛威を奮えばどうなる。
恐れられ、警戒され、全方位から攻撃を受けるか常にアサシンによる暗殺を狙われることは目に見えていた。
ならば本来出せる力を眠らせたままにしておき、ただのバーサーカーのマスターと認識してもらう方がまだしも都合が良い、と判断した。

340『ただいま』はまだ言えない ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:54:09 ID:g18NNawM0



「うん。バーサーカーの力押しは確かに強いけどそれ一本じゃ簡単には押し切れない。
わたしたちも戦ってバーサーカーを援護しないと勝てるものも勝てない。
それにマスター狙いの攻撃も多いから守りを固めておくのは大事」
『……そう、ですね』



だがそれでどうなった。
まんまとテンカワ・アキトの術中に嵌り敗北したではないか。
あの敗戦にしてもたまたまアキトに美遊を利用する目論見があったから首の皮一枚繋がっただけで本来なら死んでいる。
美遊がさしたる力を持たない子供のように振る舞おうとも聖杯戦争という現実は誤魔化せやしない。
力を見せつけようがそうでなかろうが他の主従は当然のセオリーとしてマスター狙いを実行してくる。

であれば最早能力の出し惜しみなどしていられる状況ではない。
本気を出し惜しんだまま殺されるようならそんな本気は存在しないも同然だ。
畏怖されようと警戒を招こうと持てる力を出し切らねば生き残ることはできない。

(ホシノ・ルリ……私は貴方が恨めしい)

もし、もしもここに至るまでのどこかで美遊を預けるに足る信頼できるマスターがいたならば。
殺し合いに乗らずに月からの脱出、ないしは聖杯戦争の打破を目的とするような善良な誰かと出会えていれば。
美遊が優勝を目指す意志を固めてしまう事態を避けることができたのかもしれない。

だが結果としてそうはならなかった。
美遊の幼稚園児以下の対人折衝能力も要因の一つではあっただろう。
少なくともアンデルセンから早々に逃げ出したことやアキトに令呪を使わされたことに関してはこちらにも明確な非があった。
しかし彼女―――ホシノ・ルリだけは違った。





  ◆   ◆   ◆





―――その可能性は予想できていたことだったが、しかし出来ることなら的中してほしくはなかった。


「出来れば───貴女が知っていることを、話してもらえないでしょうか」


昨日の午後から夕刻に差し掛かるあたりの頃、交戦の意思はないと言いながら美遊の前に現れた警察官らしき女性、ホシノ・ルリ。
彼女との対話には常に緊張感が漂っていた。とりわけ美遊の警戒心は過剰なまでに高まっており、あるいはルリは美遊のそういう態度に思うところがあったのかもしれない。

だがサーヴァントを連れたマスターがマスターとして交渉に臨む以上互いが臨戦態勢を取るのは至極当然の話だろう。
あくまで日常の延長で、表向きでも一人の神父として美遊に関わったアンデルセンの時とは会話をする上での前提が違う。
ましてやあの場所はサーヴァント同士が戦闘を行う上で騒ぎになりにくい絶好のロケーションだった。
これで騙し討ちを警戒されないとでも思っていたのだろうか?

会話をしていても、美遊の警戒心が高まるのも無理はない胡散臭さだった。
聖杯に関してルリも考えるところがあったのだろうが、それにしても脱出するつもりなどと嘯きながらその実具体的なことに関しては何一つ触れようとしなかった。
また話し方も美遊から一方的に情報を引き出そうとカマをかけているのがサファイアから見ても手に取るようにわかった。
もっともルリからすればサファイアが聞いていることなど想定していなかっただろうから当然の話ではあるが。

だからその瞬間にも顔色一つ変えずに対処できた。
美遊が月の聖杯の実在について言及していたその時の出来事だった。
ルリの合図とともにライダーが腰に装備していた銃を美遊目掛けて発砲してきたのだった。
……事前にライダーが一瞬銃に目線を向けたことを念話で美遊に知らせておいて正解だった。
おかげで美遊も取り乱すことなくルリの仕掛けた暗殺に対処することができたのだった。

あるいは、ルリも美遊に何某かの警戒の念を抱いたが故の行動だった可能性もないではない。
実際美遊はあの時点で聖杯を獲る方向に心が傾いていたのでそこを感じ取ったのかもしれない。
だが、だとしてもあの程度のことで会話を放棄しサーヴァントに銃を撃たせるようなマスターではどちらにせよ美遊を預けるに足る人間ではあるまい。
あちらから持ち掛けた会話であればなおさらだ。

341『ただいま』はまだ言えない ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:55:38 ID:g18NNawM0



「正直、あそこで撃たれるとは思ってなかった」
「確かにわたしはあの時から聖杯戦争に乗り気になった。でもだからといってあの場でいきなりあの人を殺そうとしたわけじゃない。
第一、まだ彼女からほとんど何の情報も聞けてなかったのにそんなことをする意味がないし論理的に破綻してる。…信じて、サファイア」



ルリとの戦闘を終えたすぐ後、当然サファイアは美遊に真意を問うた。
美遊が他者に過剰なまでの警戒心を抱いていることはわかっていた故に、もしや本当にルリに殺意を向けていたのではないかという疑念もあったからだ。
しかしやはりというべきか、論理を重んじる傾向にある美遊だからこそあの場では警戒心や敵意はあっても行動に移すほど軽率ではなかった。
真に軽率と謗られるべきはやはりあのホシノ・ルリだった。幼子相手に一方的に情報を聞き出して用が済めば即射殺に移るとは。

一応、ルリとの会話から戦闘、そして美遊たちが戦域から離脱するまでの流れはサファイア自身の機能によって動画として録画・保存してある。
これは姉妹機であるマジカルルビーに搭載されているものと同じものだ。
元よりカレイドステッキはクラスカードを回収するために貸し出されたものであり、その記録を得るために有用な機能が同型機のサファイアに搭載されていないはずもない。
とはいえ今となっては戦闘の記録を確認する以外に用途があるとは思えないが。
いや、今の美遊と対話が成立して、かつ記録した映像を見て美遊に同情を示してくれるような都合の良いマスターでもいれば別なのだろうが、そんな者はいないだろう。

ともかく、ホシノ・ルリに関しては脱出を目指しているという言が虚であれ実であれ危険人物であることに疑いを挟む余地はない。
仮に脱出目的だとしてもその過程で他人の命について斟酌するとは到底考えにくい。
加えて彼女は方舟において警察機構に属している人間だ。美遊とサファイアで起こした先ほどの事件についても把握しているかもしれない。
テンカワ・アキトが陥れられた可能性に気づくことも有り得る。十分に注意が必要だ。





  ◆   ◆   ◆




思案しているうちに、新都と深山町を分けるちょうど境目まで出ていた。
今美遊たちがいるのはA-7、冬木市の最北端の上空を飛行して一日ぶりに深山町エリアへと戻ろうとしていた。
何故このような場所を通ることを選んだのか。その理由は冬木大橋にあった。
地理の関係上陸路で深山町と新都を行き来するには必ず大橋を通ることになる。
つまり現在アキトを追っているはずの警察NPCたちも深山町へ逃げ込まれる前に犯人を確保するために大橋で張り込んでいる可能性が高かった。
そこにノコノコと美遊が通りがかればたちまちのうちに補導、あるいは保護されてしまうだろう。どちらにせよ警察のお世話になるわけにはいかない。
さらに大橋が交通の要所であることを考慮すれば、時間帯も相まってアーチャークラスのサーヴァントが待ち伏せをしているであろうことは想像に難くない。
故に美遊は日が昇る前に空路で、冬木市の北端から深山町へと向かうのだ。
美遊自身も転身して空を飛んで、正確には「跳んで」いけば万一敵の狙撃があったとしても一護共々即応することができる。

「攻撃は……来ない?」
『そのようですね。とりあえずは無事に深山町側に入れたようです』

しかし結果としては杞憂に終わった。
少なくとも結果としては美遊たちが敵サーヴァントの狙撃を受けることはなかった。
一つ引っかかるのは一護が大橋の方を注視していたことだ。
こちらの探知では探り切れない距離の敵が彼には見えていたのだろうか?

「とにかく隠れられる場所を探そう」

342『ただいま』はまだ言えない ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:57:01 ID:g18NNawM0

深山町に戻ってきたのはあくまで警察の捜索から逃れるためであって、エーデルフェルト邸に戻るつもりはない。
ルヴィアに心配をかけているであろうことは心苦しいが、だからといってNPCである彼女を聖杯戦争に巻き込むわけにはいかない。
そのため深山町で、日が昇りきる前に人目を避けて休息できる一時の拠点を求めていた。
空を飛んで移動するにも明るい時間帯は目立つリスクが増すためそう簡単には使えない。

美遊が降り立った場所はA-3、空路で一気に移動できる美遊の陣営にとって距離の長さは問題とならない。
通行人がいないこともあり、不意の敵襲に備えることを優先して転身は維持したまま周囲の探索を始めた。
何しろこのエリアは本選開始後はもちろん予選時代にも美遊の行動範囲から外れていたため訪れたことがない。警戒するのは当然だった。

「ここ、は……」
『美遊様?』

けれど、美遊はこの周辺の風景に奇妙な既視感を覚えた。
理由はわからない。けれどわたしは此処を知っている。知っている気がする。
知らず、サファイアの制止も無視して駆けだしていた。



「――――――」



そして見つけた。見つけてしまった。
のどかな住宅街の風景から置いていかれたように建つ、寂れた武家屋敷を。
打ち棄てられて時間が経っているのか、外からも朽ちかけているのがわかる。
表札は掲げられていない。誰も住んでいないのだろう。

『美遊様、一体どうしたのですか?』

相棒の声も耳に入ることはなく、そのまま邸内に進入する。
玄関、風呂場、台所、居間、客間……忘れ得ぬ日々の思い出を拾い集めようとするかの如く屋敷を巡っていく。
美遊・エーデルフェルト、いや、朔月美遊にとってこの武家屋敷は人生の多くを過ごした家だった。
美遊には衛宮切嗣に拾われる以前、生家である朔月家で過ごしていた頃の記憶が殆どない。
だから此処は彼女にとってのもう一つの生家だった。

いつしか、庭と土蔵を見渡せる縁側に足を運んでいた。
今でも鮮明に思い出せる。美遊と士郎が本当に兄妹になった夜のことを。
思い出せるのに、目の前にあるのはただの寂れ、朽ちた屋敷だった。隙間風だけが空しく通り過ぎていく。

水滴が落ちた。美遊の頬から零れ落ちた涙だった。
次いで堪えきれず膝から崩れ落ちた。サファイアの声も届かず、ただ嗚咽を漏らす。

この箱庭に兄・衛宮士郎は存在しない。
それは予選時代に学園の高等部に彼らしき生徒を見ないことやルヴィアからも一切話題に出ないことから察してはいた。
だから住人のいないこの寂れた武家屋敷は「衛宮士郎が存在しないifの世界」を再現したのであれば当然あり得る存在だ。頭ではわかっている。

けれど、美遊にとってこの光景はそれ以上の意味を持っていた。
過程こそわからないが、恐らく美遊の兄である士郎は何らかの方法でクラスカードを集めて自分の下まで辿り着いた。
そうしてイリヤのいる並行世界へ送り出してくれた。……けれど兄はその後どうなったのか?

出来るだけ考えないようにしていたことだった。
最愛の兄の願いに応えるためにも今を精一杯に、幸せに生きる。その思いを胸に新たな世界で生きてきた。
けれど、見たくもなかった現実を予想だにしていなかった形で突きつけられた。
恐らくエインズワースの本拠だったであろうあの洞穴に乗り込んで美遊を逃がした兄が無事でいられるだろうか?
そんなわけがない。当然、もう帰ることのない元の世界の武家屋敷だっていずれはこの方舟によって再現されたこの場所のように朽ちていくのだ。

いや、それだけでは済まない。
元より美遊のいた世界は滅びに向かって進んでいた。
命と引き換えに世界を救済するはずだった美遊が消えた以上、いずれは世界全てがこの武家屋敷のように朽ち果てるのみ。
誰かを救うということは他の誰かを救わないということで、美遊が救われたということは他の全てが救われなかったということだ。

343『ただいま』はまだ言えない ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:57:48 ID:g18NNawM0



サファイアはただ困惑していた。
美遊がこの屋敷を見るや迷わず中に入っていってしまい、そして理由は不明だが今はこちらの呼びかけも耳に入らずただ泣いていた。
サファイアは美遊の過去を知らない。別段無理に詮索する必要もないと思っていたから。
しかし今の美遊の様子を見ればこの屋敷が美遊の過去と密接に繋がっていることは間違いない。
ただでさえ命の懸かった極限状況だというのにタイミングが悪すぎる。

『美遊様、美遊様!しっかりしてください!』
「あ、サファイア……?ごめん、わたし……」

ようやく返事を返してくれたが酷く憔悴した目をしている。
駄目だ。美遊当人に自覚があるかは定かでないがこの有り様ではとても戦うどころではない。
今他の主従に捕捉されるようなことがあっては不味い。とにかく隠れられる場所が今すぐ必要だ。

『美遊様、向こうに土蔵があります。ひとまずはあそこに隠れて警察の捜索をやり過ごしましょう』

幸いにしてこの屋敷の庭には人一人が隠れるにはうってつけの土蔵がある。
サファイアの提案に美遊は無言で頷き土蔵に移動、戸を閉めて座り込んだ。
もしかするとこの屋敷そのものから離れた方が良いのかもしれないが、サファイアにはこの屋敷と美遊の具体的な関係性がわからないため迂闊なことは言えない。

「…ありがとう、サファイア。ここなら多分大丈夫。
ここに目を向ける人は誰もいないから」



膝を抱えて座り込む。ようやく涙も止まり、思考力が戻ってきた。
霊体化しているが一護の存在も確かに感じられる。気遣ってくれていると思うのは考え過ぎだろうか。
図らずもここは当座の拠点とするにはうってつけだった。食糧や飲料水は十分あるし、他の主従はもちろんNPCもここに目を向けることはない。
唯一サーヴァントの気配を察知される可能性だけが気がかりではあるが、そんなリスクは何処にいようと付きまとうので仕方ない。
警察にしても深山町まで範囲を広げて捜索するのはまだまだ先の話になるはずだ。

一息ついてさらに思考を巡らせる。
やるべきことは明確だ。いや、この場所を訪れたことで明確になった、といった方が近いか。
―――聖杯を獲る。獲らなければならない。
方舟における聖杯が有機物であれ無機物であれ確かに願望器としての機能を有するのであれば真贋は問わない。
聖杯を手に入れ置き去りにしてしまった元の世界を救う。
自分が犠牲にならない限り不可能とされていた奇跡が手を伸ばせば届くところにある。
なら手に入れよう。きっとそれが救われてしまった者の義務であり責任だから。
そうすれば、あるいは兄もどこかで生きてくれていれば、救うことができる。



―――“自分”らしく付き合える人かな。面倒なこと考えず、素のままの“自分”で会える人。
―――そうだな――兄貴みたいな人だったよ、あたしにとってみれば。



「………っ!」

決意を固める。固めようとしているのに先ほど新都で言葉を交わしたあの女性の言葉が頭の中でリフレインする。
誰かは知らない。恐らくNPCだとは思うがそれでもあの女性の言葉が焼き付いて離れない。
聖杯を獲らなければならない以上、当然彼女の言葉だって振り払わなければならなというのに。

彼女はテンカワ・アキトを兄のようだと言った。
冷徹で勝機に貪欲なあの男にそんな一面があるなどとは信じ難い話だったが、女性が嘘をついていたとも思えない。
願いのために誰かを殺すということは、つまり他の誰かにとっての大切な人を奪う行為だ。
もしかするとあのホシノ・ルリにさえ彼女を大切に想う誰かがいるとでもいうのだろうか。
ピンとこないのは自分の人生経験が足りないせいだろうか?

344『ただいま』はまだ言えない ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:58:32 ID:g18NNawM0

(……もしそうだとしても、関係ない)

そうだ。躊躇したところで聖杯戦争のルールが変わることは有り得ない。
何より自分は既に顔も知らない誰かを殺している。
予選でバーサーカーが斃したランサーにアキトに強要された令呪によってB-4へ向かったバーサーカーが討ったサーヴァント。
彼らにもマスターがいて、契約したサーヴァントを失った以上はマスターもとうに死んでいる。
直接顔を見ず、手を下さなかったというだけでわたしは既に殺人者だ。
ここで足踏みをして聖杯を手に入れられないなどということがあっては、自らが出してしまった犠牲が無駄になる。
だから進み続ける。それこそが唯一最良の道だから。
世界と兄の二つと天秤にかけるなら、わたしの個人的な感傷の何と軽いことか。

幸いにして見習うべきマスターがいる。
ホシノ・ルリ。あの女性の氷のような怜悧な眼差しは忘れようとしても忘れられるものではない。
彼女のライダーに撃たれた時は自分でもよくポーカーフェイスを保てたものだと思う。もちろんバーサーカーを信じていたこともあるが。
わたしに会話を持ち掛け必要な情報を得るや即座に始末に移ったあの冷徹さ、残忍さこそ今のわたしに必要なものに違いない。

彼女が善人か悪人かで言えば紛れもなく悪人だろう。しかも警察に属する以上その情報網さえも活用できる強敵だ。
だからこそ見習うべき点が多い。目的のためなら何であれ利用し何であれ切り捨て前に進む柔軟な思考力と意志力こそ重要なのだと彼女が示している。
その一点についてだけは、彼女との邂逅に感謝すべきかもしれない。おかげで進むべき道が定まった。

とはいえやはり危険な存在には違いない。
警察の情報網があるということは、戦いが長引くほど多くの情報が手に入る彼女が有利になることを意味する。
どこかで居場所の手掛かりを掴んで早めに倒したいところだ。
…そうなるとサファイアが言っていた、アキトの独り言の中に出たサナエなるマスターと接触を図るのが得策かもしれない。
アキトはサナエを指して自分のような子供を保護すると言い出してもおかしくないと口にしたという。
当然サファイアの自律行動機能を知らないアキトにとっては正真正銘の独り言だっただろう。だからこそ信じる価値がある。
サナエを利用すれば早期にホシノ・ルリを討伐する目途が立つかもしれない。

ともあれ今は雌伏の時だ。
今からの時間帯は登校、出勤で人通りが多くなるので出歩くのは上手くない。
登校の時間帯を過ぎて人通りが少なくなるまではこの土蔵でやり過ごすことにした。

「聖杯に辿り着く。辿り着かなくちゃ、いけない。誰を犠牲にしても、絶対に」

自身に言い聞かせるように呟き、固く膝を抱いた。
外はもう陽が昇る頃だけれど、この土蔵からはそれも見えなさそうだった。



【A-3 武家屋敷の土蔵/二日目 早朝】
【美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]健康、他者に対しての過剰な不信感 、魔法少女に転身中
[令呪]残り二画
[装備]普段着、カレイドステッキ・マジカルサファイア
[道具]バッグ(衣類、非常食一式、クラスカード・セイバー)
[所持金] 300万円程(現金少々、残りはクレジットカードで)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟の聖杯』を求める。
0.登校、出勤の時間帯を過ぎるまで土蔵に潜伏する。
1.全員で戦う。どれだけ傷つこうともう迷わない。
2.ルヴィア邸、海月原学園、孤児院には行かない。
3.自身が聖杯であるという事実は何としても隠し通す。
4.ホシノ・ルリは早めに倒す。そのためにサファイアから聞いたサナエというマスターを利用したい。
5. 今後は武家屋敷を拠点にして活動する。
[備考]
※アンデルセン陣営を危険と判断しました。
※ライダー、バーサーカーのパラメータを確認しました。
※搦め手を使った戦い方を学習しました。
また少しだけ思考が柔軟になったようです。
※テンカワ・アキトの本名を把握しました。
※サファイアを通じて「サナエ」という名のアーチャーのマスターがいると認識しています。
※アキトの使う転移の名称が「ボソンジャンプ」であると把握しました。
※ホシノ・ルリを悪人かつ危険人物と認識しています。また出会った際の会話や戦闘をサファイアが動画として撮影・保存しています。

【バーサーカー(黒崎一護)@BLEACH】
[状態] 健康、不機嫌
[装備]斬魄刀
[道具]不明
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:美遊を護る
0.美遊を護る。
1.危険な行動を取った美遊への若干の怒りと強い心配。
[備考]
※エミヤの霊圧を認識しました

345 ◆/D9m1nBjFU:2019/03/13(水) 11:59:27 ID:g18NNawM0
投下終了です
前述の通り本SSはサーヴァントへの魔力供給に関する問題をはじめこの企画における設定面について踏み込んだ内容となったこと、原作で明らかになっていない設定について描写していることからまずは避難所へ投下し、皆様の意見を伺うべきと判断しました
以下に現時点における私自身の見解を記します

サーヴァントに対する聖杯のバックアップについては、一般人マスターのサーヴァントが描写上かなり動けていることに対する私なりの理由付けです
無論これはリレーを重視したことによって生じたことではありますが、今後も視野に入れてざっくりとでも何か作中における理由付けを行った方が気兼ねなくキャラを動かせるのではないかと考えました

次に上記の聖杯のバックアップに伴う美遊組への恩恵ですが、これは過去のリレーにおける美遊組の魔力消費に関する描写を参考にして描写しました
「サツバツ・ナイト・バイ・ナイト」で美遊がアキトにサファイアを奪われてから令呪で一護をB-4へ差し向けてから「少女時代「Not Alone」」で美遊の下まで帰還するまでの状態表において美遊が魔力消耗(小)のまま変化なし、一護が健康→魔力消耗(中)となっています
本SSにおける美遊の戦闘時における魔力消費の考察全般はこのリレー内容を基に私なりに作中に反映したものです
過去、議論スレで美遊と一護の魔力消費について議論があったことは承知しておりますが、本SSの内容が私なりの解釈となります

またサファイアに動画撮影・保存機能があると描写しましたが、原作ではこの機能はルビーの方にのみ確認されており、サファイアに同じ機能があるか否かは明言されておりません
故に本SSにおける描写は多分に独自解釈が含まれます
ただ私の解釈として、カレイドステッキがクラスカードの回収を目的として貸し出された以上戦闘の記録を保存するためにこうした機能があった方が自然ではないかと判断しました
少なくとも姉のルビーにある以上サファイアにはないと考える方がむしろ不自然ではないかと(ルビーの動画撮影機能も基本ギャグでしか使われていませんが)

最後に美遊、サファイアによるルリへの評価ですが、これは「近似値」において美遊とルリの会話から戦闘を経て美遊と一護が離脱するまでの間が一貫してキリコ視点でのみ描かれていたことを踏まえた上での同シーンでの美遊側の心情描写の補完となります
あくまでも「美遊とサファイアからはルリとキリコがこう見えていた」という程度の意味合いであり彼女たちのバイアスが強くかかったルリ評となります

長文失礼しました
皆様のご意見、感想等をお待ちしております

346 ◆/D9m1nBjFU:2019/03/15(金) 05:46:44 ID:Vp.s6YIQ0
特に反対意見もないようなので本スレに投下してきます


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