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アニメキャラ・バトルロワイアル3rd Part20

1名無しさんなんだじぇ:2012/05/12(土) 23:42:10 ID:ACq8bDd2
アニメキャラ・バトルロワイアル3rdの本スレです。
企画の性質上、残酷な内容を含みますので、閲覧の際には十分ご注意ください。

前スレ
アニロワ3rd 本スレ Part19
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/13481/1283790183/

まとめwiki
ttp://www29.atwiki.jp/animerowa-3rd/

2 ◆ANI3oprwOY:2012/05/12(土) 23:58:19 ID:v1v9ou5M
てすと

3 ◆ANI3oprwOY:2012/05/12(土) 23:58:53 ID:v1v9ou5M
では遅くなりましたが投下いたします

4 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:02:59 ID:zA.pLo2Y







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――










―――――――――足りぬ。



そう思いて、この常世を歩んでいた。












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

5 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:04:52 ID:zA.pLo2Y






          □ □ □ □






    crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』  





               ■ ■ ■ ■







6crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:06:39 ID:zA.pLo2Y

/逆光・心ノ終剣


       


翔ける白、疾走(はし)る紅、猛る黒。
灰色の戦場にて、異なる三色が織り混ざり複合し混沌の色彩を生む。

空に昇るは白光。ランスロットアルビオンが翡翠の刃を地に放つ。
エナジーウイングより放射された秘刀が地表へとばら撒かれていく。
その数は無数。地を撃ち砕く、破壊の豪雨。

地に立つは黒影、織田信長が暗雲の弾丸を天へと放つ。
黒紅の外套(マント)より放射された瘴気が空の群青へ駆け上がっていく。
その数は無限。空を喰らう、亡者の群れ。

尽きぬ事は同義。しかして一見で理解できよう。
この二つの数の差、規模の差。
漆黒を遥かに上回る翡翠の雨、その総数を見れば明らかだ。
一撃の大きさ、破壊力、そして量は翡翠のそれが上回る。

正に、天と地ほどの開きがそこにはあった。
魔王の瘴気の飛沫による迎撃は間に合っていない。
対人を想定した瘴気に対する、大軍を焼き尽くすエネルギーの刃。
数が違う。大きさが違う。威力が違う。スケールが違うのだ。

爆散する大地。相殺し切れぬ刃の波に晒される信長。
さながら大波に呑まれる小波である。
人外魔境を越える人至機境。
無限の瘴気など、果てぬ古の怨念など、未来に生きし無尽の前には乏しすぎる火。
大風に消され続ける、小さな火でしかない。
不条理など条理の前には屈するのだと、誰もが断ずるであろう光景だった。

だが、しかし。しかしである。
その大風をもってして、火の歩みを止める事が出来ぬのは、いったい如何なることなのか。

止まらぬ。止まらない。魔王の進軍は止まらない。
退きはしない、受け止めもしない、ただ蹴散らして。
降りかかる刃の豪雨の中であっても歩を進める。
漆黒は豪雨の中を突き進む。

撃ち漏らす、撃ち落しきれない、ならば切り払えばいい。
それが破壊で造る王道。
両の手で握る堕ちた聖剣を高く掲げ、剣閃でもって斬り開かん。
音よりも速く、光よりも怒涛に、黒の刃が光の雨を払い散らす。
豪腕を振るい斬って斬って斬り尽くし、創り上げる突破口を踏みしめ往く。

7crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:07:59 ID:zA.pLo2Y

火は、消えない。
如何なる雨に撃たれようとも、これは戦国の大火である。
この火は、炎は、如何なる条理をも焼き尽くすと知るがいい。

「愉快ぞォ」

破壊の残響だけが飛び交う戦地にて、魔王の呟きは誰の耳にも届かない。
しかしその言葉は確かに発せられていた。
駆け往く戦場。天下全てを。
破壊し得るべき全てを。
魔王は闇よりも暗い眼光で見据えそして―――

「破天ッ!」

突如、発せられる咆哮と共に歩みは走りへと変わっていた。
更に速さを増した剣。膨張する黒。
さながら風によって火が勢いの増すように。
限界と思われていた漆黒が轟々と燃え上がる。
魔王の背後。一瞬にして黒が尚巨大な黒へと変化する。

いまや放出される瘴気の総数、先ほどまでの倍。
否、三倍。
否否、四倍。
否否否、果てなど無い。
亡者の列、その指揮を執る信長は今や一にして大隊。
無限の軍勢がここに出現する。

それは死をも恐れぬ魔王軍。
死を超えた死者の群れと共に、遂に魔王は霖雨を抜けだした。
これが戦国の進軍、見せつけそして次に見据えるは一つ、敵の城(ホバーベース)。
あれを陥落させるが此度の戦の醍醐味也と、口を歪める。

次の瞬間。

間髪入れず、横合いから飛び込んできた紅蓮の機装が、魔王の胴を貫かんと爪を振り上げた。








               ■ ■ ■

8crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:09:14 ID:zA.pLo2Y



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――













―――――――――満ちぬ。






そう思いて、あの乱世を駆けていた。
















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

9crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:11:18 ID:zA.pLo2Y

それはゼロの調律が為した采配であった。

「紅蓮はポイントA1から前へ出ろッ! 今なら通る、恐れるな!!」

あまりにも計算し尽くされた一手だった。
天の白光を眩ましにして、翡翠の雨に紛れるようにして、紅蓮の赤は唐突に現れた。
エナジーウイングの掃射を漆黒が突破する直後。
正確にして絶妙のタイミングで、視界外より死角を穿つ銀の爪が躍り出る。

「せあああああっ!!」

白の騎士と本陣(ホバーベース)を目指し駆ける信長へと、不意の一撃が叩き込まれる。
紅蓮が右の爪を振りかぶり、信長の胴体を刺す。
同時に振るわれる特斬刀が大地を砕き、横合いから王の軍勢を吹き飛ばす。

「はッ!」

ありえぬ所業。
動きを止められた魔王の眼光が、為した者を捉えた。
己を貫いた赤き機装を――ではない。
紅蓮の後方、白の騎士よりも、更に後方。


「だが出過ぎるなよ。対象をポイントB4へと導き、スザクへ繋げ!」

この時、この一撃を、最良最優の不意打ちを叩き込んだ後陣の智将。
紅蓮の弾丸を魔王へと叩き込んだ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼はこの瞬間、確かに感じていた。
ホバーベースの操縦桿を握りながら、紅蓮と純白、二機の指揮を執りながら。
己へと向けられている、魔王の眼光を。
その鋭さ、そのおぞましさ。歪む気配はいまだ衰えず健在であると。

「――――フハッ!」

翻した外套の防壁と、紅蓮の爪の衝突の結果は、拮抗だった。
罅割れる大地を踏み締めて、信長は超重の一撃を耐え凌いでいる。
ナイトメアの拳をむしろ押し返さんと気迫を込めている。
意気込みだけの話ではない、実際に押し返す兆しを見せていた。
立ち上る怨念の波、瘴気が紅蓮の装甲に伸びてくる。

赤の装甲が少しずつ黒色に染まっていく。
内と外より、徐々に鉄が溶かされていく。

「……ぅ………………!」

足元から這い登ってくる寒気に、コックピットにいる平沢憂が青ざめた。
叩き込んだ不意打ちに、不備は無い筈だった。
だが完全に決まったと思った一撃は圧し留められ、どれだけ馬力を上げても押し切れない。
鍔迫り合った以上、退避することも出来ず、一転して窮地に陥っている。

「憂! 押し切ることに囚われるな! “上”の空間を使え!!」

仰いだ先から、天啓に等しい指示が帰ってくる。
迷いは即、死に繋がる。
迫る負の念に一刻の猶予も無かった。

「っっっえ、ええい!!」

前方を向いていた紅蓮の怪力を、やおら上へと転換する。
足を踏ん張っていた信長は地の利を失い、両脚が地を離れ浮き立つ。
紅蓮は将の指示通り、馬力の強さに任せ、そのまま上空へと思い切り投げ捨てた。

10crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:14:07 ID:zA.pLo2Y

抵抗する間もなく大空へと飛ばされた信長。
宙空を翔ける翼なき人の身では自由に飛行することは叶わない。
空の世界で、人が鳥に叶う道理などどこにもありはしない。


「紅蓮は直ぐにポイントA3まで後退しろ!―――スザク!」


舞い上がった漆黒へと、緩急無く飛来する白き閃光。
みなまで言わぬ、以心伝心の連携。
蒼穹を縦横無尽に宙を駆け抜けるランスロットは、真髄たる空中戦を遺憾なく披露する。

「せあああああッッ――――――!!」

逃げようのない“狩り場”に放られた信長へと、全方位にわたってメーザーバイブレーションソードが振るわれる。
肉眼に捉えきれぬほどの高速でもって、乱舞する二刀の強襲劇。
刹那の合間に振るわれる赤の軌道、空の蒼へと幾重も剣線を刻み込む。
空の覇者たる大鷲じみた鮮やかな手並み。
すれ違う度に抜かれる赤剣は黒衣を裂き、鎧を砕き、その中の肉を抉り出さんとする。

「ぬぅおォッ!」

しかし対する信長もまたただでは落とされぬ。
体を千切らんとする斬風の中、鍛え抜かれた筋肉と磨き上げられた感覚を駆使し、空中でも素早く臨戦の構えを直していた。
四方八方から襲いかかる斬撃を、己の剣でもって的確に受け、捌いている。
信長もまた、いつの間にか二刀へと変じていた。
左の黒剣。
それは右手に握る西洋の聖剣とは異なる、元より覇道の黒に彩られし刀剣。
かつて立ち寄った闘技場にて掴みなおされていた、彼自前の大剣である。
宝具にも並び立つその強度でもって、科学の粋を集めた破壊の二刀と打ち合っている。

刺し切れない。
ならばと、中空を不規則に跳ね飛び、急速に飛び上がるランスロット。
魔王の更に更に上空へと、何十もの回転を自機に付加しながら昇る。
天を蹴るように、陽の光に背を押されるように、見る者を感嘆させるインへルマンターンを決め、白騎士は急降下を開始した。
続く一撃とは自明。推進力、重力、駆動力、全てを込めた突撃である。
ランスロットの、そしてスザクの、出し惜しみ無しの渾身撃だ。

落ちてくる彗星の如き断刀。
対する信長は大剣を真下に投げ捨て、聖剣を両手に持ち腰まで下げる抜刀の構えで待ち受ける。
瘴気のオーラにコーティングされるカリバーンの刀身。
伸び上がる切っ先、瞬時に五メートル余りもの刃渡りに変化する。

間隙は無に等しく、両者恐れず解き放つ。
騎士の斬り下ろしと、魔王の斬り上げ。
直後、ぶつかり合う赤と黒、二色が空を染め上げた。
超大の衝撃によって、地面と、周囲のビルの窓ガラスが砕け散る。

鍔迫り合うまでもなく、均衡の崩壊は一瞬。
相手の上から加速をつけて斬りつける地の利、そして馬力の差。
スザクはこのまま逃げ場の無き地上へと叩きつけんと、勢いを強める。

が、それさえもが魔王の範疇か。
信長は微細な力加減でもって力のベクトルの方向を修正し――

鳴り響く、ジェット機のターボファンが噴射されたような爆音。
信長の背後にて渦巻いていた漆黒が、弾けるように撒き散らされる。
時間をかけて蓄積させていた覇気と瘴気を暴発させた推力によって、白騎士の攻撃を逸らしきる。
剛力と精緻さ、何より実行に移す胆力がなければ実現し得ない対処法。
急降下によって死線を潜り抜けた勢いそのままに、信長は再び大地を踏みしめた。

11crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:17:54 ID:zA.pLo2Y

同時期、捉え損ねたランスロットの赤剣はビル一棟を切り落とす。
再起には、暫しの時がかかる、それは回避不能の間。
信長もまた着地により一瞬の隙を晒しており。
両者の間に流れる緩急、間隙に飛び込んでくる、声と共に、

「予定通り(オールクリア)だ。各機、ラインD5まで退避しろ!!」

背後より飛来した鉄塊の弾丸(ミサイル)が、魔王の全身に喰らいついていた。

「―――――――――!?」

それは秘され続けた本命。
誘導されていた射線上、ホバーベースより放たれた、対ナイトメア用の戦術ミサイル。
激突の瞬間、ひしゃげる鋼鉄の外装。
ミサイルの内部をたんまりと満たしていたサクラダイトが発光し――――――

「吹き飛べッ!!」

智将の号令と共に、辺りは一瞬にして爆炎に包み込まれていた。
割れる地面、雪崩れるように倒壊していくビル群。
最も距離のあったホバーベースにまで届く衝撃波。
完膚なきまでの、破壊の一撃。

パラパラと、破片が飛び交う音が響く。
戦国の武将はいまや、煙の向こう。

「や……やった……!成功ですよ、ルルーシュさんっ!!」

障害物を盾にして爆風をやり過ごした紅蓮より、
平沢憂の喜びと安堵に満ちた声が後方の将に届く。

「まだだ、憂。気を抜くな」

しかし、言葉を受けたルルーシュは厳しい眼差しで黒煙の向こうを見据えていた。
その目に何一つ安堵は無い。油断も、作戦の成功を喜ぶ色すらない。
勘が、感覚が違うと言っている。
一策の成功ごときで倒れる敵なら、最初から何一つ脅威では無いのだ。

懸念を証明するように、黒煙により深い影が浮かび上がる。
ぐるりと、収束する黒。

「―――――――――ハ」

哄笑の如き唸り声と、響く足音。
魔王の健在証明、それ以外の何物でもない。

「スザクも」

「わかっているよ、ルルーシュ」

上空にいたスザクは、その動作を捉えていた。
ミサイルが直撃する寸前の光景。
すんでのところで身をかわし、地より引き抜いた己の大剣で鋼鉄の弾丸を切り裂いた魔王の手際。
爆風をマントで巻き込み防ぎきった信長の、一瞬の動作を。

「そ、そんな―――あのひと人間ですか!?」

「手を休めるな。この程度でやられるような相手でないのは分っている。
 だが奴も無傷ではないはずだ。休みなく攻撃を続けろ」

「り……「了解!!」」

戸惑う少女の返答と、迷い無き騎士の応答。
耳に聞きながらここに智将は、もう一人の『魔王』は指揮を執る。

「織田信長……速度、攻撃、防御、三拍子揃った戦国武将。
 そのうえ知略すら操る怪物。
 だがどれほど完璧だろうと、必ずどこかに突き崩す余地はある」

実際、黒煙より現れた織田信長は無傷ではなかった。
黒の騎士団が叩き込んだ猛攻に次ぐ猛攻は戦果を上げている。
破れた外套、遂に欠けた鎧、所々傷の見える肉体、怒り露に血で濡れた形相。
ここにきて、とうとう攻撃が通り始めている。

12crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:19:36 ID:zA.pLo2Y

紅蓮の不意打ち。
ランスロットの空中戦。
直撃には及ばなかったものの、ミサイルの命中。
全て、効いている。ダメージを与えている。

「ランスロットは間断なく攻め続けろ。削り続けることを第一に動け」

スザクの参戦によりルルーシュの戦力は飛躍的に上昇し、戦術の幅は大きく広がっていた。
一騎当千の強壮さを誇るランスロット。
単機で状況をひっくり返す戦力を発揮するそれを、後方からの指揮により更に引き伸ばす。

「紅蓮は地上でランスロットの援護を行え。
 ただし、お前は攻めることを考えなくていい。具体的な指示は俺が出す」

憂の至らない部分にはルルーシュのフォローも万全だ。
要所に紅蓮の手を挟ませ、ランスロットが再攻撃し敵を封殺する。
将の采配。それだけで、次々と手が繋がっていく。

これが、世界の総てを支配した帝国の象徴。
魔王と恐れられ、死神と蔑まれながらも、決して侵されることのなかった誓いと力。
心技体の合一。武力と知略が合致した、それは戦術と戦略の完成形だった。

「勝機は、ある」

ついに、ここまで来たのだ。
スザクの戦術とルルーシュの戦略が合わさることによって、遂に織田信長と並び立った。
後は喰らい合い、どちらが残るかの消耗戦。
ならば数で勝るこちらの優位。
その、はずだが――


拭えぬ違和感があった。
否、これは恐れ、だろうか。
目前の敵に対する実態の無い、脅威。
力とも、心とも違う、まだ見ぬ何かに対する。


「…………」


ルルーシュは佳境を迎えた戦場を目に焼き付けながら、静かに拳を握り締めた。
ついに果たした再会と再開。
ここで潰されはしない。
いくつもの犠牲と死の上に、積み上げてきた戦いの連鎖。
それが今、一つの結末を結ぼうとしているのだから。

13crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:20:57 ID:zA.pLo2Y

蟠る脅威があろうとも。
いずれ、ここが正念場にして分岐点である事は間違いない。
負けられない。
これまでの全てを無駄にしないために、絶対に、勝たなければならない。

「必勝こそが、求められる」

漆黒の中心に挑む二機へ指揮を送り続けながら、ルルーシュは想起する。
今と似たような感覚のあった瞬間。政庁戦。大英雄バーサーカーとの戦い。
あの時はどのように戦いが終結したか。
無論、忘れてはいない。
もっと以前から、ルルーシュという人間はそうであったのだから。
そう常に、勝利を手にしてきた。

――――――数え切れない犠牲の上に。

敵の王(キング)を殺るために、数え切れぬほどの駒を使い潰した。
それを決して忘れない。
新しくは正義の為に戦う戦士を。
古くは好いてくれた者の父を。
罪の無い多くの人々を、大切だった肉親すらも。
切った。カードのように、切り捨てた。

屍の山の上に勝利を築く。
それがルルーシュの辿ってきた道であり、鬩ぎあう戦いの中では当然の摂理だったのだ。
ならばきっと今回も、もしもの事があれば。
何かを切らねばならない、かもしれない。犠牲にする必要に迫られるかもしれない。
されど駒には切れる駒と、絶対に切れない駒、二つの種類がある。

ではこの時、手の内にある駒。
それがどちらなのか―――あまりにも、考えるまでも無く、自明だった。

「…………ふっ」

苦笑を、一つ。
一度だけ目を閉じる。
思い返す。己の足跡を、ずっと前から決めていたことを。
その信頼を――利用する、と。

「……準備を、しておくか」

決断に時間などいらなかった。
目蓋を開いて、広がる戦場を見つめる。

そして、そこで戦う紅蓮の背中を見た。
漆黒の魔王と己の中の恐怖、二つと懸命に対峙する一人の少女を、見透かすように、見送った。


いよいよとなれば、これが彼女の見納めになるかもしれないのだから。








               ■ ■ ■

14crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:23:24 ID:zA.pLo2Y




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――












―――――――――脆すぎる。






そう思いて、ただ戦場を生きてきた。
















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

15crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:24:57 ID:zA.pLo2Y

そのとき、枢木スザクもまた焦燥を抱いていた。

手応えはある。振るう一刀毎に敵の命が削られるのを肌で感じているし、反撃に対しても十分対応できている。
人間大のサイズを狙うのは多少骨が折れたが、数度打ち合う内に要領も掴んできた。
ルルーシュの指示で動く紅蓮の援護も的確、一部の隙もない筈の布陣。
勝機は見えている。

「…………………………」

だというのに、絶えず襲いくる悪寒。不安。恐怖。
戦士として戦うにあたっての第一の関門は、己の感情を制御すること。
怯えに臆さず、さりとて麻痺もさせず、自己の力を引き出すための起爆剤として活用させる。
歴戦のスザクにとってとうの昔に越えた段階。その究極系たるギアスを得た今ならば恐怖すら己を生かす道になる。
そんな最高潮のコンディションにありながらも、なぜか止めまで決め切れず。
対峙し続けるだけで、不定形の恐怖が己のなかに雪崩れこんでくる。

何が足りないわけでもない。むしろこれ以上望めないだけの展開だと自負できる。
だというのに、どうして決着をつけられないのか。
こうもざわつきが治まらないのか。
常時ギアスは胎動し続けているのか。
答えではなく解法が判明しない問題。
直接渡り合っている分むしろルルーシュよりも切迫した心持ちだった。

「……ルルーシュ」

逡巡の後にスザクは従うべき王の名を呼んでいた。
口にする名には驚くほどの懐かしさがこみ上げている。
かみ殺して、先を続けた。

「これから、一気に決めようと思う。いけるかい?」

それはスザク自身にも、迷いを挟んだ上での進言だった。
つまり万全であったはずの戦略の放棄を意味している。
追い詰めていたはずの安全策を、善戦していた持久戦を自ら捨てようと言うのだから。

「…………」

しかし危険を冒すこと以上に、このまま長期戦を続けることを、スザクは危険に感じていた。
順調のはずの現状に紛れ込む違和感、拭えない危機感。
感じている理由にスザクは、一つだけ心当たりが在ったのだ。

それは一笑に付すべき馬鹿げた空想。
しかし戦場でじかに刃を交わしたスザクには、どうしても杞憂と断ずることが出来なかった。
故に、確かめるという意味においても、ここで一気に勝負を決める。
リスクを背負ってでも、やらなければならないとスザクは決断した。

「お前の判断ならば、いいだろう」

しかし時間を置くかと思われた質問は即断で了承を得られた。

「憂には俺が指示を出し、なんとしても追いつかせる。
 だから以後、お前は―――お前の『全力』でもって戦え」

それは実質、スザクがルルーシュの指揮下から外れることを示している。
意味するのは楔からの開放。
一定の領域に至った兵にとって、指示は道しるべであると同時に枷にもなる。
エースの勇猛なる全力とは、時に他者と共有する事が出来ない。
本領発揮にはどうしてもルルーシュの指揮から解放してやる必要があった。

リスクは何倍にも膨れ上がる。
だがルルーシュはこの選択を是とした。
両者共に拭えぬ違和に押されてか。
いやそもそも、互いの判断に疑問を挟む余地など、今更この二人には無いのかもしれない。

となれば将の役は『指示』から『サポート』、バックアップへと切り替わり、
行われる戦略はガラリと色を変えることになる。
より攻撃的かつ直線的な布陣。
これまで以上に前線に出るスザクのランスロットと、危険な動作を強いられるであろう紅蓮。
ホバーベースもまた安全圏から踏み出し、援護を積極的に仕掛けなければならない。
激突の回数を増やし、交互ではなく二機による同時掃討。
攻めに傾倒した動き故に防御に不安が生じるが、どの道もう一押しする必要はあった。
ここで決着を付けるというのなら、戦いを終わらせるというのならば、その必要が有る。

16crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:27:35 ID:zA.pLo2Y

「は――――――――――!」

王の了承を受けた空の白騎士は、地を駆け出した獣へと突き進む。
今までの軌道に比べてより苛烈に、流星の速度で急降下をかけた。
同時に、地上から赤武者が同じ標的へ疾走する。

回り込むランスロット、直線で突き進む紅蓮、高速で二機が交錯する。
その境界にいた信長は前後から両機体に挟み撃ちにされた形になった。
異なる方向から同時に放たれる斬撃。
対し、信長は右からの特斬刀にカリバーンで応じ、左の剣に瘴気の波動を浴びせる。
紅蓮の特斬刀は容易く捌かれるも、
ランスロットは放たれる瘴気を一刀に斬り払った後、すぐさま再攻撃をしかけていた。

目くらましの如く散らばる黒を貫く、鋼鉄と鉄線。撃ち出されし四連のスラッシュハーケンが信長に襲い掛かる。
内の三発が軽く避けられ、信長の背後にあったビルを貫くに留まった。
一発は信長を捕らえるものの、ぶつけられた魔王の左の黒大剣が通さない。
少し遅れて放たれていた紅蓮の飛燕爪牙もまた、右の聖剣がおし留めている。

「退けぃッ!」

中空にて翻る、マントの旋回。
膨大の風圧と同時、硬化された真紅が穿たれた。
ハーケンがそれぞれの機体へと弾き返されていく。
ランスロットは機体を捻り、四連全て問題なく回収。
しかし紅蓮は返されたハーケンの一撃を機体の頭部に喰らいかけ、一瞬だけ動きを止めてしまっていた。
そこへ放射される瘴気の波動。
遮るように、遠方からホバーベースの援護射撃と激励が飛来する。

「憂、下がるなよ!」
「はい! まだ……まだやれますッ!」


叱咤された憂が気力を振り絞り、再び戦線を見据えた時には既にランスロットは次の動作に移っていた。
ハーケンを戻した回転の勢いそのままに、斜め上方へ裂く袈裟の二刀。
信長もまた天に振りかざした二対の黒剣で応じ、虚空に十字が描かれる。

地上にてせり合う両者。
小枝と大木程の差があるのに関わらず、王の剣は砕けずその幻想を維持している。
ただし、持主はその限りではない。鉄をも両断する高周波が剣から腕に伝わり、腕の骨と筋肉を激しく軋ませた。
骨が砕けるどころか肉ごと粗引き肉にしかねない振力。
はめられた篭手が砕け、露になる腕には血糊がべとりと滴っている。
それでも信長の手は緩まない。痛みなど己の前進を止める理由になりはしないと柄を掴む指が鳴る。

鍔迫り合いの中心点にて溜め込まれた力が頂点に達し、破裂。両者弾かれながら後退する。
その頃にはようやく紅蓮も戦線に復帰していた。
旋回し、再び挟もうと接近する紅蓮とランスロットの両機。
信長はこのままやられ続けることを是しとするわけもない。
傷を怒りに、怒りを力に変えて溢れ流さんとランスロットへ向け走り出す。

地を蹴る魔王の両脚。
相対するランスロットは、一端エナジーウイングを収納。
ランドスピナーで接地面を滑りつつ、魔王との真っ向勝負に応じた。

「おおおおおおおあああああ!!!」

「うおおおおおおおっ!」

幾度もぶつかり合う赤と黒の閃光。
巨体をもって超重量の斬撃を繰り出すランスロットに対し、中空を跳躍しながら人外の腕力で打ち返す信長。
激突する戦意と殺意。重なり合う剣と剣。戦場に充満する熱量が空気を飽和させていく。
単純な打ち合いはやはりスザクが優位。
機械越しとは思えぬほどの柔軟性を帯びた剣筋。
生身の剣豪と見まごう域。
力だけでなく、技術で裏打ちされた動きは見る者に美しさすら感じさせた。

されどスザクが相手取らなければならないものは魔王の剣のみにあらず。
王の背後の漆黒より無限にはせ参じる瘴気の群れ。
魔王の軍勢、その全て。

17crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:29:38 ID:zA.pLo2Y

中空にて翻る怒涛の剣舞。大気を燃やしつくす猛火の如き大乱舞。
二対のメーザーバイブレーションソードが竜螺旋の如くに巻き起こる。
鋼の脚が地を滑り、駆け上がり、目にも止まらぬ蹴撃の嵐を叩き込んでいく。
騎士(ランスロット)と騎士(スザク)は今や一体。
通常あり得ぬはずの無い、動きのラグをゼロにして、
完成された戦術の極意を示し、押し寄せる黒の津波を撃ち払う。


「―――こんなものか?」

魔王も未だ衰えず。
戦国最強をも凌ぐ剣舞を、心なしか先程よりも余裕のある動きで打ち合っていた。
攻撃に対応する勢いが格段に増している。
鋼の格子たる剣線の中心を突破し、時にコクピット目掛けて迫る震動がスザクの身をビリビリと震わせる。
遠距離からの射撃では決め手を欠き、近距離での斬撃ではむしろ敵に有利な条件。
攻めれば跳ね返る反撃の脅威を前にして、完全に攻めきれない。
体力勝負ならこちらに利がありそうなものだが、無数の傷が付いた姿の信長に消耗の顔はなし。
果たしてこの男、疲労という概念はあるのか。
ここにきてスザクは改めて、この男がかつてない化物であると認識した。

「そんなものかァ……虫けら共ッ!」

打ち合う。
怒涛の勢いで振るわれる騎士の二刀、魔王の双剣。
此処で遂に、ランスロットの前進が止められていた。
『ありえない』
今更のようにスザクの脳裏に過ぎる言葉。
こんな異常な光景を、既に違和で無くされているという事実が既にありえない。
果てなど知らぬかのように強まっていく王の剣は、今や一つの世界における最強の布陣に並び立つというのか。

やはり予感は正しかったとスザクは確信する。
徐々に押し返されていく圧力を、機械越しにも感じさせられている。
ギアスの胎動は強まるばかり。
この敵は一刻も早く、一秒でも早く打ち倒さねばならない。
そんな脅迫概念が総身を突き動かしている。

「これが死力か? ならば―――」

唐突に打ち切られる剣舞。
一瞬、スザクをして空虚に満たされる事態だった。
撃ち込んでいた剣線に異物が紛れ込んでいる。
伸ばされたマントに巻き込まれた刀身。
その腹に、逆手に握られた大剣が叩き込まれ。
あまりにも呆気なく砕け散っていく、赤剣の一本。

「な――」
「これにて散れィ!!」

薄くなった左側の剣戟を突く、黒閃光。
咄嗟に捻った機体の肩部に突き刺さる、大剣の一撃。
弾ける装甲の銀。ノイズの混じる視界。
やおらランスロットの体勢が崩れ、衝撃で機体の全身が浮き上がった。
一瞬で、攻守が逆転する。
たった一撃で流転させたこれが、魔王の武頼。
迫り来る二刀目の漆黒、伸び上がる聖剣が右の赤剣をいなし、スザクの世界を覆いつくす。

18crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:30:37 ID:zA.pLo2Y


「―――――――――うな」

だが同時。
一つの覚悟を、スザクは決めるときができていた。
なぜなら此処にいる者が、此処に揃っている者が、敗北する筈がない。
それを信じている。
だから、目を逸らさずに、

「「…………違うな!」」

拒絶し、重なる声。

「「間違っているぞ!!」」

命を賭ける、この一瞬に。
窮地を、死地を、今。

「「ここからだッ!」」

――――――勝利へと、転化する。

戦地へと割り込みをかける、もう一人の王。突撃を仕掛けたホバーベースの巨体。
周囲に掃射を振りまきながらビルを次々と薙ぎ倒し、突っ込んできた本陣。
計算尽くされた軌道だった。
四方八方へと撒き散らされる障害物の嵐が魔王へと襲い掛かる。
極光は騎士をを両断する直前、飛来する散弾の妨害によって軌道を逸らされた。
代わり、迫り来る大質量の圧殺へと―――本陣へと伸び、ホバーベースの左辺を切り裂いていく。
上がる爆炎、しかし燃える城はいまだ落ちていない。
戦い続ける兵達へと、炎を向こうから声が届く。

「今だスザクッ! 憂ッ! 一気に畳み掛けろ!!」

騎士はその声に、勝機を作る信頼に、全力で応じてみせた。
息など合わせるまでも無い。この二人に、超えられぬものなど在りはしない。
崩れていたランスロットの銀脚が一瞬にして、足並みを変え再び蹴足の構えを取る。
反るように後方へ流されていた体制を逆に利用し、突き出すでなく撃ち出す。
地面スレスレを宙返るような前蹴りは起死回生の一撃となりて、刀剣ごと信長を後方へ吹き飛ばした。

「ぬォ――――――――!?」

蹴り飛ばしたその先に待ちかまえているのは、憂の紅蓮。
既に後方から加速を付け、攻撃態勢を整えている。

構えた紅蓮に向け、信長の視線が中空にてギョロリと動いた。
振り返るまでも無く、背後へと突き出された野太い腕。
次の瞬間、旋廻する瘴気の渦が轟々と紅蓮へ噴きつけられていた。
覆う濃霧は目晦ましなどという簡素な一手ですらない。
これはれっきとした攻撃だ。高められた黒気は晒された者を灼き尽くす焼夷兵器として機能している。
紅き装甲が防ごうと、霧は関節部から侵入し機内から焼き払うだろう。



「躊躇うなっ!突き進め!」

「やあああああああああああああああああああ!!!」

それに真っ向から反逆する王将の声。
主の指示を受けた少女は臆することなく、紅蓮の腕が唸りを上げる。
心の支えを求める憂にとって、ルルーシュの声は万軍にも勝る「援護」だ。
力をくれる、恐れを振り払ってくれる。誰よりも、信じている。
そんな思いに呼応して、紅蓮の右腕の鉄爪の中心、掌に相当する部位が真紅に染まる。
紅蓮弐式の虎の子、輻射波動機構。
標的に接触させての零距離での使用が前提だが、例え空撃ちであろうと生じる衝撃波は砲撃を防ぐ障壁として機能できる。
この場合も、シールドとしての役を見事に成し遂げた。
膨大な熱量と振動波が黒幕を蒸発させ霧散させ、それにより輻射波動の効力は相殺されたものの、障害は取り払われた。
無防備な背中を百舌の早贄にせんと巨爪が伸びる。

19crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:32:29 ID:zA.pLo2Y

しかし織田の底力、未だ尽きず。
腰を捻り、身をよじって真後ろの貫手に剣を合わせにきた。
漆黒の殺意を注がれた選定の剣が、切り結ぶ爪ごと斬り裂こうと禍々しく輝き出す。

「……っ!」

極光に照らされた少女が、恐怖に囚われかけたその時。

「――させない!!」
「――やらせん!!」

割り込むものはやはり、王と騎士の双力。
飛来した王の銃弾が信長の剣を僅かに圧し留め、その間を騎士は決して逃さない。
手甲から射出されるランスロットのスラッシュハーケン。
伸びた先は、紅蓮の方を向いて丸裸の背中を晒した黒の武者。
ランスロットに搭載される強化型はアンカー部分にブースターが設けられ変則的な動きも可能となる。
大蛇のような野太い二本の縄が信長の全身に巻き付かれる。
対ナイトメア用のワイヤーは瘴気の熱といえど瞬時には切断できない。断ち切れる剣も城への一撃に振るわれたばかり。
そして身動きの効かない信長へと、今ついに紅蓮から伸びる鋼鉄の爪が直撃した。

「ぐぅおおおおおおおッ!!」

雄たけびが響き渡る。
外套の防御を貫き、鎧を砕き、今度こそ通った肉を抉る一撃。
トドメを刺さすべく憂の指が必殺の一撃へと掛かる。
即ち、輻射波動機構の再発動。
それでも動きを止めぬ魔王の剣は、既に紅蓮の腕へと振るわれようとしていて。

「――――――まだだ!!」

尚も早く、ハーケンに連結しているランスロットの両腕が動いた。
ぐんと引き戻される信長の五体。
瞬間、脱出を許さない超高速の引力と真空が信長を襲い。

「ぬぅ!?」

抵抗する間もなく。
建築解体に使うクレーンに取りつけられたハンマーのようなぞんざいさで、騎士は魔王をビルの中へと突っ込ませていった。
捕えた敵を振り回し、壁に、窓に、柱にぶち当てては壊し、また別の建造物へ吹き飛ばす。
衝突の抵抗も膨大なパワーで振り切り、旋風が荒れ狂う。

「おおおおおおおッ!!」

並び立つビルの雑木林を抜け、止めの一撃。
アスファルトの禿げた地面へと叩き付け、衝撃は巨大なクレーターを作り出した。


「ぐ……ぉ……っ!」


昇る土煙の中心から、重い苦痛の呻きが響いた。

20crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:33:13 ID:zA.pLo2Y


スザクの中にも漸くの手ごたえが浮かぶ。
かつて無いほど完全に攻撃が決まった筈だ。
これならばどうだ。もしも事が予想の通りだったとしても、これはひとたまりもあるまい。
人体という形状をしているならば、人間と言う要素が欠片でもあるならば、決して大ダメージは免れない一撃だ。
その自信と確信がある。

立ち昇る土埃の向こうの影は、スザクの手ごたえを裏付けている。
驚嘆するべきことに、大地に亀裂を入れてなお、織田信長は原型を保っていた。
しかし血を吐き出し、纏う鎧には亀裂が広がり、仰向けになったまま動かない。

いける。
その確信が、確証に変わりつつある。

機は逃せない。すぐさまクレーターの中心部まで駆け抜ける。
ここまできて、この程度で死ぬ輩でないのは厭というほど痛感済みだ。
確実に殺すには、首か心臓を潰すしかない。
そうしてでも停まらないのではないかという疑問も、否定し切れないことが何より恐ろしい。

倒れたまま動かない魔王の目前まで辿り着く。
ナイトメアの持つ剣に貫かれれば、さしもの敵も胸に孔どころか五体が千切れ飛ぶだろう。
それほどに完全な絶死の一撃を叩き込んで漸く倒せる、そういう規格外なのだから。

そしてその一撃が決まる瞬間とは、今をおいてない。
と、スザクは思ったが故に、
指も動かぬ無防備のはずの体へ向け、超振動の剣を突き刺そうとして。












瞬間。
後ろから這い寄る魔物の顎に全身を食い砕かれた。

21crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:34:49 ID:zA.pLo2Y








「…………ッッッ!」

突如襲った災厄のイメージに、気付いた時には飛び退いていた。
止めにできた攻撃を放棄して、一目散に下がっていた。
肌に触れた死の危険に、スザクの意志など介さずギアスが強制的に退避命令を下したのだ。
手の甲で額を拭う。
すると球のような汗が大量に張り付いていた。
背筋にも、冷たいものが流れているのが分かる。

――――――なんだ、アレは。

スザクは己が目を疑う。
不可思議な現象などこの場では飽く程に見てきたというのに、今見てるモノに対しては混乱しかできない。
センサーの異常か、某かの幻覚にでも囚われているのか。
果ては己の正気を疑うというものも考慮の内に入れる程の不条理がそこにある。

「……………………なんなんだ、アレは」

まさか、と。
直感が慄く。

「な、に…………アレ?」

紅蓮に乗る憂、そしてルルーシュも同じ反応をしているのだろう。
どうやら、この光景を見ているのは自分だけではないらしい。
つまり、アレは―――まぎれもなく確かな実像を残して存在している。

ありえない、と。
理性が震え上がる。


膝も折らず、背筋だけで浮くように立ち上がった武者。
姿形はまるで変わらず、むしろ全身くまなく破損した風体は落ちた武者のようにも見える。
ただ、違っていた。決定的に悉く異なっていた。
それだけのことで、ここにいる生者が竦みあがっている。

魔王を中心に、空が、地が、染め上がっている。

黒い、暗い、おぞましい、そう表現するしかない。
眼前に広がる光景は夜よりもなお暗い、漆黒の具現だった。
それは立ち上る瘴気。
可視可能にまで編みこまれた闘気。
この世全ての悪。
ただ一言で言えば、魔を統べる王の気配。
いずれにせよただ暗く黒い、底抜けに膨大な黒の気が虚無の空より溢れ出し、それが信長の全身に収束していく。

その量、『無限』。誇張無く、無限にそれは現れる。
前方に広がる景色全てが闇の中に飲み込まれていく。
このままでは、世界全てが黒に染まるのではないか。
なんら比喩でなくそう感じさせるほどに膨大な、力の気配だった。

そうこれは、力の証、力の量、存在の規模であると。
見る者には聞くまでもなく知らされる。
違いすぎた。
桁が違う、規模が違う、これでは最早、事の概念からして違ってくる。
それほどに凶凶しく剣呑な、魔性の世界。

22crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:35:57 ID:zA.pLo2Y


「―――――――――これが」



今、最悪の予感は最凶の形で具現した。
『奴はまだ、全力ではなかった』
そういう単純で、簡単で、事実たる、最悪。
『そしてこれから真に発揮される』
そういう単純で、簡単で、事実たる、最凶。


「―――――――――これが魔王」



蒼穹を火にくべるが如く漆黒はいま、空へと昇る。
天を貫き、世を焼き尽くす。
死出の門から夥しい数の腕が手招きをする。
蔓延る邪念が列を成し、彷徨う怨念が集合する。
この世の全ての『悪たれ』と願われたものが、凝り固まっていく。



「―――――――――これが魔王、信長」



今まで抱いていた、言い知れぬ恐怖感の正体。
立ち向かう三者はようやく思い至る。
それは、人間ならば、生物であれば必ず備えている本能。

目に見えぬ遺伝子に刻まれた、根源的な死への恐怖。
突き詰めれば至極単純。
だからこそ、それは抗い切れない意思を強制するのだから。





「―――――――――――――ク。
 クク、ククク、クハハハハハ。
 カハハハハハ――――――――――。
 ハアーッハッハッハッハッハ!!!!!」




この世のものとは思えぬ哄笑と同時に竜巻が起き、漆黒が空を舞う。
不可視の風が、辺りに充満する瘴気に照らされ形を象る。
常世の地を、終末の果てに訪れる地獄に書き換える。

統べるべきは、戦国という名の煉獄也。
これが魔王の世界たる。
漆黒の王道、その極地。



恐怖せよ。

死は、すぐそこまで迫っている。



               ■ ■ ■

23crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:36:27 ID:zA.pLo2Y

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――












―――時は来た。




故に、これより参る。













―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

24crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:37:10 ID:zA.pLo2Y


――――――――――――魔の王道とは即ち覇道である。


世を造るは武。
其れが戦国において、常なる法則。

武道とは覇道。
旧世の破壊が創生の開幕。
其れこそが王の信ずる、唯一の鉄則。

武道とは、
覇道とは、
即ち喰らい合い。

異なる心と心の鬩ぎあい。
異なる道と道との潰しあい。
異なる武と武のぶつかり合い、なれば、殺し殺されに理(ことわり)は要らず。

死とは何か。
結果に過ぎず。

生とは何か。
始まりに過ぎず。

では、戦とは何か。

何ゆえ、人は戦うのか。
正義か。愛か。義憤か。名誉か。責務か。権威か。金銭か。復讐か。喜悦か。快楽か。
―――理由など、ありはしない。

戦いの果てには、何があるのか。
泰平か。繁栄か。乱世か。衰退か。歓喜か。悲哀か。後悔か。絶望か。勝利か。敗北か。生か。死か。
―――残るものなど、ありはしない。



戦いとは即ち破壊。破壊の先は新たな破壊が待ち、行き着く先は全て破壊のみ。
根の国に往くまでもなくこの現世は地獄。
人は生きながらにしてみな修羅の群。
誰もがその真理から目を背けている。
当たり前の事実を認めようとしない。

これではならない。これでは駄目だ。
骸の山を登り、髑髏の城を携え、大地に根差した苦悶を食み、空に混ざる嘆きに聞き入る。
互いが互いを喰い合う魍魎がはびこる毒壺の底。これこそ地獄に相応しい。
破壊と破壊と破壊の果てにこそ、我らが住まうべき世界がある。
それを知らぬ、分らぬ世は地獄よりも腐り果てた掃溜めに等しい。
故に、この現世は腐っている。

胸中を占めていたのは、腸をも煮え立つ憤怒。
幾ら吐けども底が尽きぬ怨嗟。
不服、不満、憐憫、憎悪、激怒。


そして今、かつてない敵とまみえた、圧倒的、歓喜。

25crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:37:55 ID:zA.pLo2Y

笑え。此の有様を。此の無様を。
何処と知れぬ島に放られ、首輪に繋がれ飼われた痴態を。
機巧(からくり)の白武者に為す術なく嬲られ、蹂躙される矮小さを。
これ程の恥辱を受け、玩弄されたのならば。

どうして、憤怒せずにいられよう?
どうして、憎悪せずにいられよう?
どうして、歓喜せずにいられようか?

今、我が眼前に立つは、容易に砕けぬ強者。
全力をもって破壊するべき王道。
超えるべき敵が此処にある。
戦うべき道が、異なる覇道が、理無く殺しあうべき、戦うべき『敵』が、いま魔王の眼前に立っている。
今迄求めたもの、足りなかったもの、ここに集う。

ならばこれ以上に喜ぶべき事など無い。
斃せ。
それ以外に想う事など無い。


足りなかった。満ちなかった。脆すぎていた。
そう思いて、この常世を歩んでいた。

されど容易に及ばぬ大敵が在るというのなら。
猛るのみ。在るが儘に、本能のまま駆動するのみ。
己はここにいるぞと、魂を震わせて叫びながら。


嗚呼、そうとも、時は来た。
これより参ろう。
この魔王。
生涯初めての『全力』をもって、戦地へと。




いざ――――――




“ 百鬼眷属、我が背名にあり。我が開くは地獄の蓋 ”




今こそが、壺の中身を開ける刻。







               ■ ■ ■

26crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:39:25 ID:zA.pLo2Y










魔気が、爆ぜる。


「ふはは……! 不は、ハハハハハ、覇覇覇覇覇ッ!!!!!」


哄笑と漆黒が天を突く。
魔王の怒号、怨嗟、そして最高の歓喜が炸裂する。
今こそ振るわれる真の全力。
もてる武装を使い尽くし、瘴気、闘気、覇気、全てが振るわれる時だった。

地を踏みしめる魔王はその腕を空へと掲げる。
輝きを失った聖剣より、上る一柱の塔。
魔力を充填する刀身に圧縮された黒き覇気、正しく魔に相応する力の元が一気に解放された。

空に亀裂が走る。
光さえ吸い込む無垢なる闇が、世界を内側から飲み込もうと渦を巻く。
天上にも届く斬撃は、攻撃の枠を越え既に遮断の域へと突入していた。
通過するあらゆる物質を上書きし、黒く塗り潰していく。
そんな絶望の光景を誰もが唖然と見送るしか出来ぬまま、そして、来るべき時は訪れた。

「覇亜亜亜亜亜亜亜亜――――――――――――!!!!」

下ろされる、断。
一刀にして、滅。

「―――…………しまッッ!!!!」

もはや、逡巡の間もなかった。
空中を自在に飛べるランスロットはすんでのところで洗礼を逃れる。
だが半壊し動力炉も壊れたホバーベースがその一振りから逃れられる筈もなく―――

「ル………………!」

振りかえった先には、後の祭り。
すぱん、と。肉を包丁で調理するように鮮やかに。
黒刀は船艇の腹に通され、真中から両断した。

ヤキが回るを通り越し、臨界点を超えた動力部。
ただの一撃をもって幕となる城崩し。
今度こそ再起不能の一撃を受けたホバーベースは爆炎に飲み込まれる。
赤黒い煙を吐き、塵の瓦礫へと変わっていった。

27crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:42:20 ID:zA.pLo2Y

「あ―――――――――――――――」

海原に落ちる一滴の水。
大切な人の最期を目にした憂の口からは、そんな小さな音しか出せなかった。
燃え落ちる艇。消えていく命。いなくなってしまう彼。唐突な別れ。
ずっと恐れていた光景、目を逸らしていた結末が、現実として目に焼き付く。
瞳に映り込む、まっかに燃える城の赤。
刳り貫かれる胸の奥。抜け落ちていく芯の核。
けれど、それは矛盾。そんなことは起き得ない。空に孔が空くことはない。からっぽの器。
刃を投げつける怪物。自分を抱きよせるだれか。背中から血を噴き出すだれか。
だれかだれかだれか、それはだれか。
それは確か、わたしの、そうだ、あの時既に、自分は抱くべきおもいを―――――――――



「う、うああっ、あああああああああああああ!!」

起きた事態が同じなら、反応も同様だった。
フラッシュバックした記憶で恐慌状態に陥った憂は慟哭のまま操縦桿を傾ける。
憂の意思が乗り移った紅蓮の挙動は激しく乱れ、錯乱した新兵にも劣る稚拙な腕しか出すことができない。
目からは涙を零しながら、愚直な特攻を仕掛けていた。

妖しく灯す凶眼でそれを一瞥した信長は、さも愉快そうに笑う。
哀れに泣き咽ぶ少女など既に眼中の遥か外。
心はただ己より込み上げる喜悦のみで満たされていた。

「覇――――――アアアアアア亜亜亜亜亜イイイイイイ威威威威威威威!!!」

地を蹴る足。
狂乱が吹き荒ぶ。風は拳を生み、空間を捻じりながら殴りかかる。
無造作な紅の爪を余裕で弾き、空いた紅蓮の懐で殺意が爆裂した。
闘気を孕み、実物よりも雄々しく禍々しい拳は、コックピット部の装甲を大きくへこませ、たわませる。

「ぁぁぁぁぁっっっ!!!????」

憂は何が起こったのかすら理解できぬままに、齎された衝撃によって全身を砕かれるような衝撃に襲われた。
前後不覚に陥る。よろめく巨体に、追い打ちに瘴気が渦を巻く。
重さを伴って突き抜ける竜巻が機体を揺さぶり飛ばし、衝撃と瘴気にあてられた少女の意識は一瞬にして喪失していた。
続けざまに振るわれる拳。
鬼の腕によって機動兵器は木端の如く薙ぎ払われ、路上を転がり、建築群に叩きつけられ、崩れ落ちた。

追撃に振り上げられる黒剣と、超大化する刃渡り。
容赦など挟まず、魔王が串刺しの止めを見舞おうとした時、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」


阻むように、空から激情を込めた爆撃が信長の頭上を覆う。
ランスロットのエネルギー翼より落ちる羽が密度を増して襲いかかる。

鬱陶しげに見上げる魔王。
その構えは防御も回避も捨てていた。
守るのはもうやめだ。今後は此方が攻める番だと、眼が如実に語っている。

「…………………!」

大地が隆起する。なだらかな平地から、木々が早回しで生えてくる。
信長を中心にして生い茂る棘の林。そこには生気がなく、他への殺意のみで育っていた。
剣の丘は成長を止めず浸食し続け、過剰に滋養を吸い上げ。
風船が空気を溜め込められなくなったように、盛大に破裂した。
それは例えるなら、焚火に入れた毬栗の山が一斉に弾ける様だろうか。
全方位にばら撒かれる散弾は積乱雲で発生した雷のように飛び走り、落ちる雹を焼き尽くしていく。
焼け野原に立ち尽くす信長はひとり、打ち上げた花火の爽快さに狂喜する。

28crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:43:37 ID:zA.pLo2Y


逃げろ。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。

その一言がスザクの脳内中を駆け巡っていた。
死地に飛び込み潜在能力を全開にしておきながら、なおギアスは「逃げ」を宣言する。
生きるためにはそれしかない。この怪物に構うなと誘惑し扇動し強制する。

「だが―――!」

退けない。
背負ったものを想うのなら、ここで退く訳にはいかなかった。

目の前では、おぞましくも猛々しく聖剣が輝く。
向かう騎士に魔王はぎらつく矛を立てる。
王の剣はひたすら勝利を統べるのみ。
もう一度、ぶつかり合う魔王と白騎士の剣筋。
魔術と科学、魔道と正道が交差した軋轢は、大気の絶叫と火花によって具象化された。

"押し、切られ―――――――――!?"

断末魔の中心部にてスザクは驚愕する。
前へ進めない、どころではない。
押されている、などという規模ではない。
上の己に下の敵という位置関係にも関わらず、一合も打ち合えずに片腕で払われた。
弾かれる機体、否、逆に引き込まれていく。
空間を支配する黒の檻。見えぬ手に引き摺られ、地に墜ちる白騎士の全身。
陸への着地を余儀なくされ、敵の壇上へと登らされてしまう。

襲い掛かってくる漆黒の剣舞。
やむなく応じるランスロットの剣は、すべて容易に払われていた。
振るう剣戟の軌道は、何一つ敵を捉え得ない。
如何なる太刀筋も軽く受けられ、まともに返される。
その度に装甲を切り裂かれ、一合ごとに致命の損傷へと近づいてくる。
決して変わることのなかった火力の差。それがここにきて完全に覆っていた。

「なぜ……こんなにも!?」

不条理に叫ぶスザクの頭上、影の格子が覆っていた。
空に逃れようにも、剣の檻で囲われて翼を広げることができない。
脱出不可能の狩場の中に、ランスロットは囚われている。

「―――ッッ!!」

王の剣が白を削る。砕く。砕けていく。
ランスロットの装甲、スザクとスザクの造るべき世界の象徴が、壊されていく。
勝てない。
絶望が神経を侵していく。
魔王はスザクの戦術を、ルルーシュの連略を、ただの『武』の一文字で蹂躙していた。
呆気なく、理もなく。
余りにも滅茶苦茶。荒唐無稽で、支離滅裂。
秤で計っていた計算を、秤ごと壊して破断するようなもの。
目の前の敵はそんな破天荒をやらかす文字通りの規格外だったという、それだけのこと。

「おおおおおおオオオオオオオオオ雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!!!!!」

遂に魔剣は騎士のそれを完全に上回る。
伸ばされる二刀の漆黒。振るわれる壊滅の閃光。
一撃が騎士の剣を弾き飛ばし、一撃が騎士の胴を切り払っていた。

「ッッッァ!!」

不完全な回避。空に散る大量の装甲片はうけた一撃の深さを表している。
それを見ても、スザクの脳裏に諦めるという考えだけは浮かばなかった。
死ねない、死ねない理由がある。
それを忘れることは出来なかった。
なぜならまだ、聞こえているから――


『生きろ!!』


軸足でランドスピナーのフル稼働。
地に円の跡を描く、遠心力を命一杯乗せた回転蹴りを叩き込む。
魔王の腕に撃ち込まれたそれは、漆黒の持つ左の大剣を撃ち払い。

間断無く、放つ二連のスラッシュハーケン。
一撃目が魔王を捕らえる。
だが右の聖剣によってワイヤーごと斬り払われていた。
踏み込んでくる魔王。振り上げられた左の拳。ランスロットの軸足に炸裂する。

29crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:44:24 ID:zA.pLo2Y

前方へと崩れる全身。
串刺しの聖剣が下から迫り来る。
寸前、二撃目のスラッシュハーケンを迫り来る地面へと打ち込んで、無理やり機体を持ち上げた。

「ぐぅッ」

ランスロットの装甲に盛大な縦一文字を刻む剣戟。
装甲をガリガリと剥ぎ取られたものの、内部に深く喰いこんではいない。
十字に付けられた傷。衝撃だけで、既に深刻な振動がスザクの全身を襲っている。
明滅する意識の中、かろうじで機体を後ろに下げるが、続く動作ができない。
既に体が、限界だった。

「娑亜ァァァァァァァァ――――――!」

動きの止まった白騎士を照らす、魔王の剣光。
万軍を滅する欲界の焔。
大型帆船をも両断する黒い極光が再び吼える。

「――――――――――――破ァ亜亜亜亜!!!!!」

昼夜を反転させる悪意の奔流。
形状は先程のものとは違う。
斬撃による線ではなく、面で迫る放射状の波動。



「あ、が――――――――――――!」

すんでのところでシールドが間に合ったのは、やはりギアスの恩恵があってこそだろう。
理屈も理論も飛ばした超反応の防御はスザクの命を長らえさせた。
だがそれもすぐに限界。受け止める盾はコンマ毎に罅が増え、避け得ぬ破滅を暗示する。
激流がランスロットを飲み込んでいき、押し潰し、粉砕する。
機械越しでさえも、骨の砕けるような激痛がスザクを絶え間なく殴りつける。
潰れ窪み小さくなっていく意識。押し流されていく心に届く声は、ただ。






生きろ。









生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ―――――――――

30crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:44:49 ID:zA.pLo2Y



「が――――――――――――アアアアぁあああああ!!!!!」

悲鳴を上げる筋肉、関節、神経、骨格、脳髄。
全てを無視して操縦桿を握る。
極限を越えた精神が指に命令を通す。
本来なら絶対に間に合わない行動。
その断絶した心と体をたった三文字の言葉が繋ぎ合せる。
無手の片腕から更に展開される防盾。
破砕寸前の盾にもエネルギーを送り込み、全身を包み込むように身を屈める。

『生きろ!』

血を吐く。

「……ろ」

己に放つ。

『生きろ!』

その契約を。

「生き、ろオオオオオぉおおおおおおおおお!!!!!」

全身全霊の、魂が炸裂する程の咆哮。
同時に黒波が引き、両の盾が砕け散る。
相殺し切れなかったエネルギーはランスロットへ流れ込み、機体を大きく後方に弾き飛ばした。

「……………………………っ―――――――!!!」

芥子粒ほどの意識の中、
かき失せる意志の火を消さず、握る手を離さず、無茶な態勢のままで最後の攻を敢行する。
敵の大技の直後。この瞬間こそが、最大の好機だと信じ。
滅茶苦茶な姿勢から、制御に回すべきギアスの効力を反撃へと向けた。
ラスト一発のスラッシュハーケン。その発動に。

「い、け、えええええええええええええッッッッ!!!!!!」

極限まで狭まったスザクの目が捉えた光景。
乾坤一擲の一撃。
墜落するランスロットから放たれた最後の反撃は鮮やかに、信長の胸の中心へと吸い込まれ――

直後。
ランスロットは受身も取れずビルの壁に衝突し、装甲を撒き散らしながら、ずるりと地に倒れ付した。






               ■ ■ ■

31crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:45:34 ID:zA.pLo2Y


止まる魔王。

堕ちた白騎士。

時が凍る。

静寂が、漆黒の空と天の下に舞い降りていた。



燃え上がり、崩壊した、ホバーベース。
アスファルトの路上で転がったまま動かない、紅蓮。
ビルに叩きつけられた状態で停止した、ランスロット。


そして戦場の中心にて、一人立つ者。



「………………………………」



魔王の口と、腹から流される血は足元で池を形作っていた。
やはり今までの傷は浅くはなかったらしく、剣を杖代わりにしたまま動かない。
全てが、無為ではなかったのだ。
これまでの戦いによって刻まれた傷の一つ一つが重なり合いて、この時、魔王の脚を止めさせている。
無敵の覇道を阻んでいる。

静寂はきっと、ほんのひと時の間なのだろう。

短い膠着。
この一瞬が、生死の境界線だった。
誰もが行動限界を越え、無防備になることにより生じた、ほんの僅かな隙間。
動けるものはいない。全員が手詰まったことによる間なのだから。
故に賽は振り出しに戻った。
いち早く足を踏み入れた者が真っ先に行動権を得る。
それによる優位は間違いなく、この戦いの勝敗を決するだろう。

つまりはここが、分水嶺だった。

この時、この虚無の彼方において。
誰が最初に動くのか、誰が最初に立ち上がるのか。
それが勝敗を決する。
焦土と化した戦場で、それに全てが委ねられている。








そして、僅かの間隙の向こうに、勝利を掴む者は――――――

32crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:47:19 ID:zA.pLo2Y

「ふ……はっ……」



動いたのは、



「幕だ―――虫けら共」


魔王、信長。
漆黒の王が、己が剣を地から引き抜く瞬間。
それがこの場で最も早く、そして最も決定的に、戦局を掴み取っていた。


「……ッくそ……ッ……」


未だに倒れ付したままの白騎士。
立ち上がれないスザクの声が、終末を滲ませ、




「これ……で…………」




今、完全に剣を抜き放った魔王の声が、勝鬨を歌う。




「この戦―――――――――」




だから、ここがカードの切り時だと、彼は、もう一人の魔王は、その意を決したのだ。





「――チェック(王手)だッ!!」




瞬間、誰もが不意打ちとして、その登場に瞠目した。

33crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:49:04 ID:zA.pLo2Y


「な――?」


疾走する蒼き閃光。

信長が剣を抜いたその瞬間、彼の背後に広がる瓦礫の郡の扉から現れた、一機のナイトメア。
銘を『サザーランド』という。
それは、ホバーベースに格納されていたはずの機体だった。
憂が紅蓮を入手したことで浮いていた筈の一機。

激化する戦いの最中、密かに本陣から脱出し、
味方さえも欺きこの場所に、この一瞬の為だけに、潜み機を窺っていた男の名を、

「ルルーシュッ!?」

スザクが叫ぶ。
この状況でこれの操縦者であるのは、艇の旗手だったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでしかありえない。
疲労の極み、片腕を骨折、まともに運転できる状態でないことは明白。
姿勢のなってない走行、武装はスタントンファ一丁のみの貧弱さ。
だがこの状況のみにおいて、それは決定打になり得る。

未だ完全に体の自由を取り戻していない信長を覆う、鉄の影。
予め計算されていた軌道、重なり合う一本の道。
この戦いにおける最後の策略。
魔王を討つべく用意された、一発きりの魔弾である。

ルルーシュは確信していた。
目前の戦闘をつぶさに観察し抜き、一つの結論を得ている。
今こそ最後の勝機、逃せば次はない。
スザクの決死の反撃により生まれたラストチャンス。
必ず活路を開いて見せる。何を代償にするとしても、戸惑う道理はない。
今にも動き出そうとしていた信長へと、いま第三の機装が突貫する。

「ガ――――――――――――!」

鉄塊が、信長の全身を打ち据える。
サザーランドの片腕に装着されたスタントンファの一撃。
更に機体そのものを文字通り弾丸にして、全身でもって叩き潰す。
単純かつ強力な力押し。ナイトメア全重量による押し潰し。
旧式の量産機とはいえ、パイロットの腕が不足しているとはいえ、
総重量7.48tの鉄の塊はそれだけで、手負いの魔王には凶悪な武器となる。

「――――――――ハァッッッ!」

信長の体は動かない。
外套を動かす僅かな力すら、完全に力を取り戻していない今だけは発揮不能。
この一瞬だけは、無力に成り下がっている。
超重量の一撃を受け、血反吐を吐きながら崩落したビルの残骸に叩きつけられた。
決着となる一撃が決まる。
苦悶に呻き、動きを止めた信長へと、ルルーシュの攻撃は止まらない。
サザーランドもそれを追うようにエンジンを全開に吹かしもう一撃、鉄と鉄で挟み込む。
後はもう、それで終わり。
鉄塊が魔王を完膚なきまでに擂り潰し、そのまま墓標となるのだろう。

34crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:52:39 ID:zA.pLo2Y

「ふは……ははは……はははははははは!!」



まごう事なき死を前に、洩れた言の葉はやはり哄笑だった。
信長は磔にされたような体勢で、全身から流血を撒き散らす。

怒りが滲む、怒気が昇る。ああ、実に、実に不愉快だ。
してやられた。やってくれる。楽しいではないか。
面白い、面白い、面白すぎるぞと、爆笑する。

生命の危機が迫っている。
いま間違いなく、存在が脅かされている。
故に楽しい、愉しい、悦し過ぎて堪らない。

そうこなくてはならない。
こうでなくてはならない。

そうだ、これだ、これが死地。
これが戦いなのだ。
これこそが、戦いに生きるということなのだ。


嗚呼、応えたくなってしまうではないか。

そうとも、応えなければなるまい。
受けて立たねばなるまい。
その凶弾に、抗わなくてなるまいさ。
体動かぬ、力入らぬ、だから何だ。
ここで剣を握らずして、いつ握る。
ここで戦わずして、いつ戦う。
さあ、この挑戦を、死地を、覆してこそ、魔王たる矜持を示せ。






――なぜなら、ずっと待っていたのだから。



嗚呼そうだ、待っていた。



全力をもって打ち倒すべき強者。



戦場の煌き、戦士の猛り、この第六天魔王を討たんと交差する閃光。



何よりも過激に苛烈に壮絶に、己を黒く照らし出す、その逆光を待っていた――




「はぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁァ――――!!!!」

35crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:53:38 ID:zA.pLo2Y

あり得ぬ一振り。
魔王の気迫が、その一撃を可能にした。
振るわれる黒剣の牙。
サザーランドの真中を横に裂き、砕く。

「ま……だッ!」

散る装甲、
サザーランドを通過した剣線は深くコックピットを貫いていた。
不可能を可能にして、だがやはり減じている魔王の剣力。
モニターやコンソールは粗方砕かれるも、剣圧はルルーシュの首元をギリギリ掠めるに留まる。
前方の景色を直に見るまでに機体の表面が破壊され、だがまだサザーランドは、体は動く。

「まだだ!」

再び肉眼で捉える、双王の形相。
ルルーシュは機体の馬力を最大にし、
信長はサザーランドを押し留める剣に更なる力を込めた。


「ぐ――――――ッ!!」

肉が焦げる匂いが漂い始める。
それが自分の腕から上っていると、ルルーシュは遅まきに認識する。
再び湧き始めた信長の瘴気が、サザーランドを覆いつくさんと腕を伸ばしていた。
痩せ枝が滋養を求め、近くにいた命に吸い寄せられていくように。
敵の力が増している。魔王の回復が、瀕死のダメージを上回りつつあるのか。

鋼鉄の弾丸は未だ信長の剣を突破するに至らない。
瘴気の制圧がルルーシュの命を奪うほうが、一瞬早い。

燃え落ち、炭化しようとする意識の中においてさえ、ルルーシュの思考は冷静だった。
自分が死ねば、信長はただの重石になったサザーランドから抜け出すだろう。
それでまた趨勢は裏返る。

今ならば、刺せる。
今なら、倒せる筈。
なのに足りない。
後一手、後一撃、もう一つ、最後の一押しさえあれば、勝てるにも拘らず。




「此度は実に良い、戦であった……ぞ」



勝ちを確信した武者の声が聞こえる。

36crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 00:54:05 ID:zA.pLo2Y


「称賛を受け取れィ」



衝突する力と力は臨界を向かえ。



「だが、後一歩、及ばなんだなァ」




長きに渡ったこの一戦。






「………は、…………ちが、う……な」








遂に、




「間違っているぞ」





決着の時が近づいていた。





「俺の勝ち(チェック・メイト)、だ」





         ■ ■ ■

37crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:01:49 ID:zA.pLo2Y

「………………ん」

周囲でかまびすしく鳴る音によって、平沢憂は眼を覚ました。
モニターのむこうで燃えている黒色の火、唖然とする。

「ル、ルーシュ、さん……?」

目前で巻き起こる事態に当惑しつつも、彼の名を、呼んだ。
開いた目で見た状況を、正しく把握できていなかった。
けれど断片的には分かる。

目の前で続いている戦い。
かつて自らの機体だったサザーランド、それに乗って戦っている人が誰であるか。
それだけは、直ぐにわかった。
彼だ、そう彼しかいない。

「ルルーシュさんっ!!」

生きていた。
生きていた生きていた生きていた。
生きていたのだ。

嘘じゃなかった。
彼は生きていてくれた、約束を守ってくれた。
ここに、いてくれた。

嬉しくて、涙がこぼれた。安堵が胸を満たした。
心が、温かいものに包まれていく。
昔のように、幸せだったいつかのように。

「よかった生きて……―――――――――っ!?」

けれど安堵はすぐに動揺へと変わっていく。
依然、彼の危機は終わっていない。
サザーランドは信長を押さえ込み、しかし魔王は動きを止めていない。
刻一刻と黒い影が、蒼い機体を包み込んでいく。

このままでは―――また、失ってしまう。
嬉しさと、恐怖と。
相反する二つの事態に、目覚めたばかりの憂は混乱に見まわれた。

「だめ……!」

とにかく、ルルーシュが危機にいると。
それだけをだけ理解して、事の重大さを知る。

「お願い」

彼を救出しようと、再び機体を動かした。

「動いて、紅蓮!!」

少女の想いに答えるように、立ち上がるボロボロの赤い機装。
再び、紅蓮は地を踏みしめた。
最後の援軍として、憂は立つことができたのだ。

38crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:03:49 ID:zA.pLo2Y

「……ルルーシュさんっ!!」

限界を迎えかけた機体でもって、駆ける。
駆け抜ける。絶対に駆けつける。
死なせない。
死なせてなるものかと、力を振り絞って、恐怖など振り払って。


『―――憂、聞こえるか?』


彼の言葉を耳にした。
再び、聞くことが出来ていた。

「はい……はいっ……聞いてますっ!!」

聞こえているとも、聞いているとも。
ああ、やっぱり生きていた。
生きていてくれた。
ならそれでいい、それだけでいいのだ。
それだけで救われる。
何もしなくてもいい、ただ生きてくれさえすればいい、傍にいてくれさえすれば、それで良かった。

だからいま、命じて欲しい。
今一度、貴方を救う為の言葉を下さい。
それがどんなものであれ、必ず成し遂げて見せるから。
必ず助けて見せるから。
だから――――――




『よく聞け、奴に通る攻撃のチャンスは一度。
 この一瞬だけだ。だから―――』




けれど彼は、
一語一句、区切るように、聞き間違えようの無い正確さで。





『憂、奴ごと俺を撃て』







そんな命令を、告げた。









「―――――――――――――――――――ぇ」



その瞬間、完全に言葉を失った。

39crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:07:44 ID:zA.pLo2Y

何も、何も聞こえなかった。最初はそう思った。
目がチカチカして、耳には雑音が鳴って、頭は揺れていたせいで上手く入らなかった。
そう思いたかった。
耳にかけた通信機から流れてきた彼の声に気付き、何か自分に言葉をかけたと認識して。
すると彼の命令を聞き届けようと思考は回り、言葉の意味を理解したところで、また止まってしまった。

聞き間違いだと思った。
いや、そう信じ込んだ。
そうであってほしいと希った。

「……え?」

そこでようやく憂は、自分の指が意思と関わらず動いていることに気付いた。
紅蓮の右腕に備えられた武装、輻射波動機構の起動スイッチに掛かる指。
それは紛れも無く、憂自信の指だった。

「――――っ嫌!!」

ボタンに添えられた指を逆の手で押さえ、自分が仕出かそうとしてることを阻止する。
胸中を占めるのは混乱だった。
なぜルルーシュが自分を撃てと言ったのか。
なぜ自分の腕は勝手に彼を殺そうとしているのか。何もかも分からなかった。
ただひとつ、彼が死のうとしてることだけを本能的に察知し、それに対してのみに抵抗していた。

『撃て。俺を――裏切るな』
「い、嫌……どうして……! ルルーシュさん、なんでっ!」

自分を蝕む得体の知れない力への抵抗。
言いたいことが多過ぎて、上手く舌が回らない。
けれど本当は分かっていた。
彼がこうする理由なんて、気付いていた。
既に彼は死にかけで、それなら自分を犠牲にして、そうやって目的を果たそうとすることを。

「いやっ、いやだっ……止めてぇっ……!」

そして今まで、彼が向けてきた言葉は全て嘘で、きっと自分なんてどうでもといいと思っていて。
構わなかった。それでも彼しかいなかったのだ。
嘘でも、利用価値でしか見なされなくとも、彼にしか頼れなかった。
もう私にはあなたしかいないから。
あなたがいなければ、生きてさえいけないから。

「生き……てっ」

死にたくないから、あなたに従い、尽くしてきた。
だけどいつの間にか、『死んで欲しくない』って、
生きていてほしいって、思ってしまったから。

「生きて……くださいよぉっ!」

懇願はきっと届かない。
いつからだろう。
私を騙す貴方が、とても哀しくて見えて、なのに優しく思えて。
どうしてだろう。
貴方に、笑っていてほしくて。
あの人のように、笑っていて欲しくて。

40crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:08:58 ID:zA.pLo2Y

それは欠けた何かを補うような感情。
でも、感じられたから。
大切だった。
確かに、大切だって、思えたから、救いだった。

なのに、あなたは、死んでしまう。
私をおいて消えてしまう。

嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
失いたくない、失いたくない、もう二度と失いたくない。
大切な人が居なくなってしまうのは、耐えられない。

だから、



「ルルーシュさんっ……!!」


私を残していかないで。
ひとりにしないで。
見捨てないで。
どうか―――――――――





「死なないで!!」




全力で抗う声は、もう自分の耳にすら入らない。
涙を散らして己の腕にしがみつけど、時は止まらない。
奇跡は起こらない。

白染めに消えていく意識の中、悲鳴を上げる憂へと。
今までで最も優しい口調で彼は告げた。
静かに、まるで、聞き分けの悪い妹を諭すように。





『撃て、憂。――――――最後まで、俺を裏切るな』





それで、堰は切れた。
絶対遵守の力は、王の命令は下された。
ギアスの力は少女の願いを蹂躙し、精神を支配し、肉体を操作する。



「                        」



空白の絶叫と、紅蓮の陽炎。
泣き叫ぶ声の理由も分からず、頬を流れる涙の意味も知らず。
ただ、命令通りに破滅のスイッチを押す。




それが、この長き戦いに、終止符を打っていた。






               ■ ■ ■

41crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:10:49 ID:zA.pLo2Y

燃える。


「ははははははははははは――――――ッ!!」


紅蓮に染まる。


「フハハハハハハハハハハ――――――ッ!!」



漆黒の世界が劫火に包まれていく。
拡散する炎の中心点で大笑が響き渡る。
二人の魔王が、命を燃焼させていく。


「さあ、よく見ていろリボンズ・アルマーク!!」


魔王、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは叫ぶ。
天で高見するその存在に。
魂魄までを燃やし尽くして、ここに反逆を宣言する。


「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだッ!!」

彼にとっての戦いの信念の通りに、その身を撃たれながら。
そう、ここで切るべきカードなど、己自身以外にあるものか。
これが結末、これが矜持。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが示すべき、たった一つの理だった。





「フハ――ハハハ―――ハハハハハハハ!!!!」


それに、もう一人の魔王は炎の中で手を伸ばす。
否、剣を伸ばす。
末路の果てまで戦えと、誘うように。


「良いぞォ……小僧」


輻射波動はサザーランドの装甲を容易に貫き、
その下部にいる信長にまで浴びせられる。
紅蓮に染まる世界で、地獄の業火に滅されていく。

「面白い、気に入ったァ」

地上に落とされし魔王が第六天へ還って逝く。
その姿は、伝承に残された最期と同様のものだと、果たして彼は知るものか。

42crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:11:46 ID:zA.pLo2Y

「フ…フフフ……
 フハハハハハハハハ――――――
 ハーッハハハハハハハハハハハハハ―――――――――!!!」


笑う。笑い続ける。
ひたすらに笑う。
全身が焼け爛れ、膨張し、破裂する間際だとしても笑いは止まらない。
その高笑いが意味する所は何なのか。
彼の者が死後に向かうは根の国か。はたまた別の何処か。
何も、分からない。
分からないまま、消えていく。誰も知らないまま、朽ちていく。

それでも、分かることはある。
ただひとつ、確かに判明した事実が在る。




織田軍総大将、征天魔王あるいは第六天魔王、織田上総介信長。

時の果ての異国の王、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとの合戦により討死にす。

享年四十九。

其の有り様、戦い振り、真に――――――“魔王”。










“ 人間50年、下天のうちを比ぶれば、夢まぼろしの如くなり ”

  “ ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか ”











【織田信長@戦国BASARA 死亡】
 














               ■ ■ ■

43crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:12:43 ID:zA.pLo2Y










死闘、之にて終幕。
二つの生が合い砕けた。
跡に残されしは、一つきり。

44crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:14:13 ID:zA.pLo2Y








「……………………ぁ」



気付いた時には、全てが終わっていた。
醜く膨張したサザーランドの爆散する赤が、少女の網膜に焼き付く。

声も出ず、涙も枯れ果て、茫然とそれを見つめる。
見てはいるが、理解してはいない、それを拒否していた。

少女にはもうなにも残されていない。
慟哭だけを胸にして。
もはや、そのままだ。
そのままでさえあれば、彼女は永遠にそうしていた事だろう。

「―――――――ぁ」

からっぽの、何もかも失った平沢憂。
故に何も感じない、感じずに、今度こそ心を停止させ。
けれど彼女にはひとつだけ、返るものがあったのだ。
姉―――平沢唯への思慕の念。


「ぃ―――――ゃ――――――――」

それは思い。
受け入れられず、拒絶していた思い。
怪異に奪われ、その力を奪った男に埋蔵されていた、重しの概念。
それがいま、帰還する。
思いを奪った神の、力を奪いし存在の死によって。

「……嫌」

胸の空白へ、ぎちぎちと、みしみしと、有無を言わさず、それが押し込められていく。
きっとそれが、契機になってしまったのだろう。
少女は取り戻してしまった、自己を。
目前に広がる惨状、少女は気づいてしまった。
たったいま己の手が行使した事象を、認識してしまった。
何も感じなければ、何も想わなければ無痛でいられた自身を、見失った。

「い、いやだ」

拒絶の声も、全ては無駄な抵抗だった。
代わりに見えてくるものは、見たくないもの。
見なければ、よかったものを、知ってしまう。


「あ、あ、あああ……ぁ」

45crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:18:19 ID:zA.pLo2Y



死んだ。


―――認識する。


ひしゃげた鉄片。
弾け飛んだ血肉。
紛れもない、彼の死。


「やめ、て」


死んだ。


―――リフレインする。


突き刺さる凶刃。
流れ出す血液。
紛れもない、彼女の死。


「入って、こないでぇ……っ」


死んだ。


―――ノイズのように、二つの死が重なって。

46crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:18:52 ID:zA.pLo2Y



死んだ。



死んでしまった。



失ってしまった。



壊れてしまった。



そしてもう二度と―――――












あの人達は、戻らない。











「いやあああぁあああぁああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ―――――――ッッ!!!!!!!!」








ばきり、と。



今度こそ、世界の壊れる音がして。








それで、平沢憂の心は完全に、砕け散った。


















【ルルーシュ・ランペルージ@コードギアス反逆のルルーシュR2 死亡】









【魔王狂想編・閉幕 / Black Side--End】

47 ◆ANI3oprwOY:2012/05/13(日) 01:20:46 ID:zA.pLo2Y
投下終了です。

48名無しさんなんだじぇ:2012/05/13(日) 01:22:27 ID:lmXcIMAg
投下乙!うおおおおおおお信長あああああああ!
ルルーシュと信長、どちらもすげえキャラだったな。
さて、ラスボスは一方さんか

49名無しさんなんだじぇ:2012/05/13(日) 01:27:36 ID:OqqPKGRY
投下乙!
ルルーシュ、かっけえええええええええええええええ!!!

アニメ原作より痺れました、信長と相討ちとは恐れいった。

50名無しさんなんだじぇ:2012/05/13(日) 03:00:39 ID:9/naSRIw
こいつら鬼か悪魔か……いや、これが魔王か!
アニ3を席巻した二人の魔王!その行進の最終章に相応しい壮絶すぎる幕切れ……脱帽です
つかルルーシュかっこよすぎる!!

ほんと乙としか言いようがないぐらい乙でした!

51名無しさんなんだじぇ:2012/05/13(日) 06:44:14 ID:1IUFf0Ms
二人の魔王が去ったか・・・

一方通行とともに文字通り魔王の名を欲しいままにしたマーダー信長
そしてあららぎさんと共に片側の物語の中心にいたルルーシュ

ルルーシュかっこよかった・・・!かっこよかった・・・!
そして憂・・・

52名無しさんなんだじぇ:2012/05/13(日) 07:16:02 ID:TDhkMiJI
投下乙です!
黒の騎士団が二回の連携を決めた後にやっと全力を出す信長マジパネェ
その人智を超えた猛攻に絶望した時にチェックメイトをかけたルルーシュもマジカッケェよ
二大魔王が最大に輝いた素晴らしい作品でした!

さて、この後憂がどうなることやら……

53名無しさんなんだじぇ:2012/05/13(日) 16:50:14 ID:vqlsCmM6
これが…魔王!
文字通り全てを賭けたルルーシュと、全てを賭けるに足る敵を得た信長
どちらも壮絶だったが、その最後が自らを殺させるのと、炎の中に討たれるという二重の再現とは
すげええ、めちゃくちゃすげええ!

54名無しさんなんだじぇ:2012/05/13(日) 20:17:07 ID:.kqrP5FI
投下乙です

ああ、確かに二人とも魔王だわ
両者ともこれ以上無い最後だったよ…
よくこんなすごいの書けるわあ…

55名無しさんなんだじぇ:2012/05/16(水) 20:17:57 ID:eh..0DM.
投下乙です

すごい迫力でした

56 ◆ANI3oprwOY:2012/05/20(日) 01:26:37 ID:TjRY1okY
次回予告
 



魔が墜ち、王が潰えた。



されど世界は終わらない。
救いなど訪れぬまま次なる混沌は這い出づる。



赤(てんし)は猛る、狂気を滾らせて。
紅(あくま)は吼える、凶器を疾らせて。



血の色は未だ燃え続けている。
故に終わらない。
終わらない終わらない終わらない、闘争は終わらない。




そこに火種のある限り――――――





[ crosswise -white side- / ACT:4『JUST COMMUNICATION』 ]






「さあ、始めようじゃねえか!」





5月26日に投下―――任務、了解。

57 ◆ANI3oprwOY:2012/05/26(土) 23:58:26 ID:bJRe5muU
遅刻?いいえセーフです
これより投下を開始します

58 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:02:00 ID:0FXJk8Uo





太陽に焼かれる空が、赤黒く染まっている。

陽の当たる部位の空間がずれて光の屈折が集約し、図面を焦がしている。
清浄な朝空には不釣り合いな色彩は、風景とは全く融け込めていない。
この場でも異物でしかない徒花は、なんら恥じることなく開いている。
まるで、そこだけが数時間先の夕暮れに落ちたかのよう。
花弁は色彩を狂わせる毒々しさを帯び、撒かれる鱗粉は種ではなく死を運ぶ。
咲き誇る花の美麗さはなく、ただ異常さと不気味さを醸し出すのみだ。

蒼く広がる空の上を侵略する燐光。
その中心。
光を散布する発生源に、ソレは居た。



ソレは、どうやら人の姿をしていた。
頭があり、胴があり、歴とした五体を備えている。
しかしそのうちの両腕と両脚は全身と比しても異様に長く、正常ならざる存在であることを誇示している。
右手に銃とも剣とも取れる物体を腕と一体化したように抱え、左手には小型の盾が取り付けられている。
全長と比べれば遥かに小さな頭には、四つの瞳がぎらついている。
正しく、異形の者であった。

ソレは、全身が紅く染め上げられていた。
背部から噴出する、推進剤らしき赤光よりもなお濃い色で纏われている。
その光を燃え盛る火と称するならば。
その色は、浴びた返り血で塗り固められた戦衣装といえるだろう。
おそらくは、ソレの中に乗る者が今まで啜ってきた命の数だけ。
狂喜と、享楽と、野心のためだけに造り出された破壊の化身。
人を蠱惑し、魅了し、悦らせ、死なす罪科の権化。
これを悪魔と呼ばずして何と呼ぼう。

機械の悪魔が造り主から授けられたのは、皮肉にも天使を司る御名。
あるいは、天使を造り出す我こそが神たらんとす創造主の意志か。
地上を統治し、悪霊の攻撃から守るという役割も持つ権天使。
偽りの堕天使。その役割は戦争。

渦巻く混沌に、更なる嵐が巻き起ろうとしていた。

59 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:02:46 ID:0FXJk8Uo





          
          □ □ □ □





    crosswise -white side- / ACT4:『JUST COMMUNICATION』  




               ■ ■ ■ ■






60 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:04:02 ID:0FXJk8Uo



「……機体制御完了。GNドライブ安定供給。武装セーフティ解除……」

鉄の悪魔の中枢、操縦コクピット室。
隙間の多いシートに座る少女がひとり。
細い十の指はせわしなく動き、モニターに映る項目を逐次チェックしている。
何十年もの経験からなる熟練の手捌き。
゛前身゛と比べても変わりなく、瞬く間に全工程を終える。

「全機能オールグリーン……っと。さぁて、これでよぉーやく準備は完了だ」

少女の器に貼られたアリー・アル・サーシェスという魂のラベル。
蓄積されていた記憶は零落なく保存されており、調整は滞りなく済んだ。
退屈な作業から解放され、縮こまっていた体を伸ばす。

「しっかし大将も太っ腹だねえ。あのぐらいの仕事でこんな上玉をくれるなんてな」

上機嫌で口を三日月に象る。
喜びに満ち、お気に入りの玩具を与えられた子供のよう。
その原因は言うまでもなく、今自分が乗り込んでいるこの機体にある。

GNW-20000、アルケーガンダム。
イノベイターに雇われたサーシェスのために造られた専用機。
以前彼が鹵獲しそのまま愛機としていた『スローネ』シリーズの流れを汲む、最新鋭の技術を投入されたガンダムである。
莫大なエネルギーを生み出す疑似太陽炉、GNドライブ搭載型モビルスーツ。
特殊素粒子、GN粒子を生み出し万能ともいえる機能を発揮する旧型太陽炉を胸部と脚部に三基搭載。
実体剣とビームサーベル両方の効果があり、銃の機構も併せ持つ大型剣、GNバスターソード。
奇襲用として両脚の先端に仕込まれてるビームサーベル。
オールレンジでの射撃と刺突に用いる遠隔誘導兵器、GNファングを合計十基。
左腕にはビームシールドも装備し、緊急時の脱出装置も備えパイロットの生存力を確保する。
事実上死角なしの攻撃性能を持つ万能機。
それが特にデチューンがかけられた様子もなく、今のサーシェスの手に渡っていた。

本拠地より脱走した裏切り者を始末せよという、リボンズからのボーナスミッション。
苦もなくそれを達成し、その報酬として強奪したモビルスーツの使用を認可された。
正確に述べれば、指令は裏切り者とそれが手にしている兵器のことを教えられたまで。
それ以上の情報は与えられてはいない。
ただ、同時に使用を咎める声があったわけでもない。
言い含みと備えられた場の状況からすれば、言外に受領されたも同然だ。
確実な戦力だったリーオーを失って丸裸同然のサーシェスにはまさに福音。
それもおあつらえむきに自身の愛機。気が大きくなるのも当然といえる。

今の己を圧倒的優位に立たせる武装。
このまま即刻全員皆殺しにすることも可能なだけの攻撃力。
性能については実証済み。支給されている量産向けの機体など比較にすらならない。
この時点で、サーシェスは他のどの参加者よりも一歩抜きんでたポジションを手に入れられたのだ。

61 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:07:16 ID:0FXJk8Uo



「もっとも、大将のこった。何か仕込んでるかもしれねえが」

だからこそ、そんな力を平然と与えたことに引っかかりを感じてはいた。
ガンダムの力は強大だ。最高だ。超一級品だ。
ここで見てきた数々の化物を見てもそれは同じと知っている。
出力、武装、今まで使い潰してきた簡易型とは格が違うのだ。
音速で動き回ろうがこちらは空中を自在に飛び回り、鉄をも破砕する剣だろうとそれごと叩き潰せる大剣がある。
小蝿と巨像、毒蜂と人間の関係。
いかな大敵であろうとこれに対して通用する術があるとは思えない。
それが痛快であるのもまた事実。

何よりも、サーシェスは戦争を愛している。
金さえあれば何処の誰とでも勇んで戦って見せるぐらいには。
それとは別に大量虐殺というのは特別趣向には合わないでいた。
無論、仕事であれば不平不満もなく実行する。良心などという冷や水はタンクごと破棄している。
単にそれ以上の意味であえてするほど酔狂でもないというだけのことだ。

戦争とは殺し合いだ。殺し“合って”こその戦争だ。
命をチップに、撃鉄が起こされた銃口を己のこめかみに添えながらルーレットを回すスリル。
ハンマーが落ちる音で生きていることを確信し、冷えた肝を勝利の美酒で潤す。
それこそがサーシェスが望むところの戦争、生命を駆け引きする禁断のゲームだ。
どれだけ禁忌の果実と知っていても、林檎の味を覚えた人類は決して忘れられない、逃げられない。
より多く、上質の実を求め手を伸ばしにくる。
無力な奴を蹂躙するのもそれはそれで楽しいが、さすがにそればかりだと些か飽きがきてしまう。
快楽のために戦争をやってる身として、モチベーションの低下は由々しき問題である。

とはいえ、あの食えない雇い主のことだ。この介入も予測に入れたプランを構築しているのだろう。
全ては盤上の範疇。何が起ころうと駒の持ち手に疎意を向けることはできない。
そもそもこの指令も余興、遊びだと言っていた。
成否に関わらず、練っているだろう計画には大して支障もないには違いない。
つまりこれは決して、イージーゲームなどではない。
なにかある、この規格外の兵器をもってしても一筋縄ではいかない何かが、この先に在る。

62 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:08:10 ID:0FXJk8Uo


「―――ま、いいけどね。なんでも」

そして、その思惑がどうあろうとサーシェスは全く意に介さない。
大層な計画も高尚な主義思想にも興味はない。
重要なのは契約を守るか、戦争がやれるか。
肉体が変わってもなくならない、胸に残る根源の欲求に身を任せるだけで、彼の人生はバラ色だ。
駒は駒らしく忠実に仕事をこなせばいい。幾らでも便利に使えばいい。
自分はその過程の騒乱を楽しみたいだけなのだから。
またとない戦場を与えられた。この上ない武器も手に入れた。
なら後は、派手な戦争を起こすしかない。

ミッション成功以降は、デバイスからの指令なし。
これから何をしろだのといった具体的なメッセージは届いていない。
つまりは『好きにやれ』という事だ。
お望み通り、好きにやらしてもらうとしよう。

「さてさて、どっから仕掛けましょうかねぇ」

索敵機能をかけ、上空から下界の戦場を観察する。
モニターのそこかしこに映るのは黒煙。
戦闘の跡、破壊の嵐が過ぎ去った証の疵。
暴風は止み些か鎮火したきらいがあるが、傭兵の嗅覚は見逃さない。
まだ、燻ぶる火種がある。
新しい火蓋は開かれず、切り落とされる時を待ち望んでいると。

「にしてもけっこう時間経っちまったなあ。
 なかなかどうして粘ってたみてえだが、結局旦那はどうなったんだか」

数時間前まで戦っていた場所に視線を向けるも、既に戦火は乏しい。
戦いは終わったのか、そうでなければ掻き回してやるのもいいか。
そうして捕らえる標的を探りかけたところで。

63 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:13:12 ID:0FXJk8Uo





「――――――――――――お?」



そこで、見た。



「へえ………………」

現在位置よりやや遠く南方。
地図上では『ショッピングセンター』と呼ばれる施設がある地点。
そこに面する駐車場に、見えた。
周囲の建造物がドミノ倒しになっている中で、仰向けに倒れ動かないその姿。
深紅の鎧、悪魔の翼を持った高貴なる騎士。
今まで見たことのないフォルム、だが知識として知っている。
途中で入手し読破したデータマニュアルにその姿は記されていた。
何よりも、その威容が語る存在は違えようもない。



「そおいう事かい。どおりで大将も気前がいいもんだ」

餓える獣が、渇きを満たし得るだけの最高の獲物を見つけた。






             □ □ □ □

64 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:13:45 ID:0FXJk8Uo






―――交差したのは目。
血走る殺意を孕んだ赤い瞳。
本来なら顔も見えない遠い距離で、確かにそれは体を突き抜けた。

眼球の動きに合わせて、空想は破壊の爪痕として具現される。
隠しもせず発露された暴威の気色は物理的な破壊を伴って周囲を焦がす。
手に握った最後の刀剣は、振るわれた魔手によって抜刀を果たせず砕け散り、破片がぱらぱらと舞い散り落ちる。
けたたましく弾けるコンクリートの音は嗤い声のように。
睨むだけで世界が砕けていく様はどこかで聞いた話を思い出して。

最後の抵抗に、迫る衝撃で自ら全身を大きく後ろに押し出した。
そのまま足場のない場所まで追いやられ、真下に口を開ける孔に吸い込まれていく。

意識もろとも、深い穴蔵に呑み込まれていく。
落ちる一瞬。
脳裏に残るのは己が魔眼で捉えた流れ。
白い影を中心に集まっていく線は、宙(そら)に浮かぶ星の巡りに似ていると思った。

65 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:14:50 ID:0FXJk8Uo





「………………」

夢想から起きたのは、鼻をつく錆びた鉄の臭いが切欠だった。
金属を腐食させるのとは違う、文明を朽ち果てさせる残り香。
舞い散る塵、乾いて煤けた空。
やがて人類に訪れる最後の大地。
五感はどれも密接に結びついており、ひとつの感覚で複数の感覚を刺激させる。
嗅覚だけでそこまで思い描けるのは、その光景にしか零せない臭いだからか。

「………………」

どちらにせよ、目を醒ませばいいだけの感触に迷いなどありはせず。
その感覚を縁にして、両儀式は目を醒ました。
空は、やはり乾いた絵画のように色褪せている。

意識を取り戻してから即座に取るのは状態の確認。
肺に渡る酸素と胸の内から打つ心音。生きている事を認識として理解する。
四肢の感覚も残っており、過大な痛みも感じない。
目に映る変化は右手の軽さ。
握っていた日本刀は抜くよりも前に柄から先が消えたぐらい。

すべては、瞬きの出来事であった。
最大の隙に撃ち放たれた弩弓。
一方通行(アクセラレータ)という名称の破壊兵器。
流星の速さで飛び込んで来たソレは、無防備な鋼の巨人の装甲を破り、陥落させた。
余波だけで手に携えられていた名刀は粉々になり、柵を越えて滑り落とされる。
今まで気を失っていたのは、不完全な着地により衝撃を殺し切れず軽い脳震盪に陥っていたからだと予測を立てる。
経った時間は、おそらくそう長くはない。

起き上がろうとして、慣れない感触に足元を見る。
ブーツが踏むのは金属質な掌の相。
巨大な手首の続く先には、積もり積もったコンクリートの山。
その中から紅い腕が伸びていた。
作戦の盾として式を守り運んできたモビルスーツ、ガンダムエピオン。
グラハム・エーカーが駆る機動兵器。天江衣の死により瓦解し、突き破られた牙城。
柵から転げ落ちた式を手で掬い上げたのは苔の一年か。
それでも今は重なり合う故障品と同意義の存在でしかない。
一方通行から受けた致命の一撃によりくず折れて、沈黙を通している。
今は最早役目を果たせず仰臥し、倒れた上から押し寄せた瓦礫の雨が、全身の腰から上に山を築いている。

66 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:15:19 ID:0FXJk8Uo

折れた武器を放り捨てて、掌から塵屑だらけの地に足をつける。
動かないエピオンを放ったまま、白煙の立ち込める戦場を歩く。
既にパイロットのグラハムからの反応は望めないものと決めている。
積もった瓦礫は、機能を停止させてからかなりの時間が経っている証拠だ。
崩れた駐車場が起こした砂埃は風に巻かれ、景観をある程度には鮮明に映している。
単なる気絶か、それとも絶命したのか、塵山に埋もれた現状ではそれを確かめる術もない。
そうして複数の情報を混ぜて、式はここに留まる意味を見い出せないでいる。
生きていればまた動くだろう、程度の感想しか持っていない。
糸の切れた凧のように、風の向くまま塞がった道の穴を縫って先へ進む。

駐車場は既に原型を留めていなかった。
上の階層を支える柱を砕かれ、土台となる足場を爆され、建築物としての骨子を奪われての崩落だ。
それは偶発的に起きたものではなく、計画性をもって立てられた破壊活動。
昏倒時に聞こえた大音、今も小規模に崩れる建造物。
エピオンが陥落した後にも戦いが続いていた証でもある。
巨人が倒れただけではここまで容赦のない破壊は起こせない。

かつての姿が見る影もない元駐車場からは、闘争の空気は失せている。
取り囲んだ領域を張り詰めさせる殺気も、本能を沸き立たせる戦意もない。
灼熱の源泉たる敵、一方通行もこの場にはもういない。
森を焼く業火は鎮火し、僅かな余熱が名残りとして燻っているのみだ。

一度起きた事象は巻戻りはしない。
風が吹いて熱が冷めても、残るのは無惨なものばかり
焼かれた木々は炭に染まり、枯れた大樹は若葉を芽吹かせない。
過去は不可避であり、零れた命は手に還らない。
戦場跡にあるのは決まって同じ。破壊という一点に世界の隔てはない。
粉微塵に変わり果てた建築物に肉身を裂かれ物言わぬ死体。



そして、僅かばかりの僥倖で永らえた生存者。

「……げほっ!ごほっ!は――――――!」

びくりと、全身が痙攣する。
落ちていたブレーカーを立ち上げられたみたいに、沈んでいた意識が飛び起きる。
土埃に汚れている場所のなか、大口を空けては酸素を求める。
取り入れた空気にむせこんでも生命活動を維持しようとする体は止まらない。
躍起になって肺を動かして、ようやっと十分な安定をみせる。

死んでいるかと思える程に引き裂かれている全身。
黒を基調とした学校の制服は至る部位に血が滲んでいる。
土に汚れた場所で大口を空けて酸素を求める。
敗残者でしかない姿で、無様に地べたを這いつくばっている。

67 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:16:19 ID:0FXJk8Uo

「ぐぁ……がっ……ぁ……」

「しぶといな、お前も」

「ぎ……ぞ、の声……式……か……?」

それでもなお、生きた姿で息を続ける。
体は朽ちず。心もいまだ死なず。
心身を切り刻まれていても、阿良々木暦は死者の列に加わってはいなかった。

「いぎ……てる……か?」

「お前よりはな」

息も絶え絶えといった様相。死体と見間違えても仕方がない。
吸血鬼というよりは民間で伝わるゾンビめいた姿だが、会話が叶う程度には身体機能は動いている。
東横桃子の徹底して容赦なき砲撃。立体駐車場全体を解体する一斉掃射。
逃げる為の地盤を砕いての垂直落下に晒されてなお、暦は生き延びていた。
それは、本来なら不可解な事態だ。
吸血鬼もどきの肉体では耐久力にも限度がある。
十数メートル下のコンクリートに叩きつけられて無事でいられはしない。
耐えられたしても、代償に手足の一本や二本はひしゃげてしまっているだろう。
その不可思議について考えている余裕は今の彼にはない。
それよりも先に、記憶にある僧衣の少女の安否の方こそを気にした。

「インデックス……は?」

「お前の隣で寝てる」

「えっ?」

式の言葉の通りに目を配れば、確かにインデックスはそこに眠っていた。
この薄汚れた地獄の巣窟に似つかわしくない、晴れやかな色合い。
自然物とは考えにくい純白の布地が目の前に広がっている。
それも目につかなった事にこそ疑問なくらいに近い距離で、視界の黒く塗り潰されていた箇所に寝転がっていた。
遅まきながら、暦は目の半分が機能していないのにそこで気づいた。

ナイトメアフレームの機動中の風圧、駐車場を襲った砲撃、東横桃子のビームサイス。
いずれに対しても一切の影響を遮断させてきた文字通りの『歩く教会』。
礼装の効力を度々目にしつつもその能力に確信が持てていない暦だが、顛末を窺い知るには十分だった。
崩落の最中、インデックスは落ちる暦を包み込むように抱き寄せ、落下の衝撃を受け止めてくれていたのだ。
つまり助かったのは奇跡や偶然の気まぐれでなどではなく、インデックスという紛れもない他者の手による庇護。
身に余るほどの献身は、操り主の意に従う人形では有り得ない筈の行動だ。
戦闘の波及を広げるという主催としての役割と、身を挺して参加者を庇い立て命を救う行為は完全に矛盾している。
そうする事が、彼女にとっては当たり前だとでもいうように。

68 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:17:18 ID:0FXJk8Uo


身じろぎひとつせず眠っている修道女。
顔にかかった髪の一房が時折揺れ動くのが生存を示している。
終始見せていた、機械を思わせる人形の表情はそこにはない。
殺し合いを管理し、扇動した片棒を間違いなく担いできた冷酷無残な人形とは違う。
あどけない、夜枕を抱えて床についた子供のような顔つき。
明日も変わりない一日を遅れると信じて疑わず、希望に溢れた夢を見る幼子のようにしか見えなかった。

戦闘の波及を広げる理由はあっても、わざわざ身を挺して参加者を救う理由はない。
それは悪い予想の通り主催からの指示なのもあるのだろうけど。
そうであっても、助けようとしたのは彼女の意思ではないだろうか。
気休めではないかもしれないけど、そう信じていたかった。

「他の、やつらは……枢木は……?」

血が足りていないのか、頭が揺れ動きながらも口を開く。

「ここにはもういない。生きてるやつは全員どっかに消えてるよ。
 ほかに残っているのは死体ぐらいだ」

暦の問いかけに対して、生きてる人間はいないという言葉を式は返す。
死体ならばこの何処かにあるかもしれない。そういったニュアンスを含めている。

「そう……か」

否定は、し切れない。
スザクがあの後どうなったのか最後の瞬間を目にした者がいない以上、既に死んでいる可能性も確かに存在している。
そこらの瓦礫をひっくり返してみれば亡骸が見つかってもおかしくはない。
最低でもひとりは―――何処かに死体が隠れているのだから。

また命を拾った。ひとまずは助かった。
しかしそれがいったい何になるのか。
彼一人の生存が知れたところで、何か劇的な変化が起きるでもない。
戦いは続く。己の意思と肉体を無視して、ステージを移し変えながら地獄は進展していく。
戦地だった場所は崩れ落ち、途中で離脱した暦はそこにいた者達の安否は杳として知れない。
爆炎と粉塵に包まれた駐車場では、誰を見つける事も叶わない。

「なにか……まだ――――――」

折れている肘を持ち上げ、関節に力を込めて立とうとする。
動かすたびに痛みが走るが構わず続ける。
沈黙は結果を生み出さない。動かなければ事態は一向に解決には向かわない。
この絶望的な状況において何をしたらいいか。何をすればいいか。
己に出来る最善を尽くそうと周囲を見渡す。
なにもしないでいるのに耐えられず、せわしなく首を動かす様はどこか夢遊病者じみている。

69 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:18:41 ID:0FXJk8Uo

何度くじかれても折れぬ意志。
しかし、度を超えれば蛇のように体を縛り付ける呪いと変化する。
雁字搦めになるのに足を突き動かされるという矛盾。
矛盾ではあるが破綻はせず、無様になりながらも動きは止めはしない。
何故なら阿良々木暦にはそれしかないから。
力なく知恵も足りない男ではそれが限界だから。
届く限界の範囲で、為すべき事を為していた。
自分が動く行為が何かの切欠になればいいと信じて。願って。



「ぁ――――――まず―――――――――」

だが、それは世界に彩られた主権ある者にしか使えぬ聖剣である。
既に座を降ろされ脇役でしかない阿良々木暦は、その資格は有してはいなかった。

頭が抜けていく、そんな感覚。
頭部を引っ張られて自分の意識だけが引き摺り出されていく浮遊感。
抵抗の間もなく、動かす力がなくなっていく。
いわばガス欠。燃料切れ。生命力の備蓄の枯渇。補給の為の休息期間。
つまりは、気絶だ。

『歩く教会』の加護を受けていたのはあくまでインデックスひとりだ。
小さな体に庇われたおこぼれ程度の防御では、五階分からの落下を殺し切るには不足だった。
骨は至る箇所が折れ、失った血の量も多い。
人間であればとうに死んでいなければおかしい重傷。
体に負っていた損傷はすぐにでも休息を必要とする。
回復しつつあるとしても、とても動かせる状態にあってはいなかった。
目が覚めたのも、朦朧とした意識の中で偶然式が目に入ったからでしかない。
寝てる余裕はないと無理に起き上がったところで、結局血が足りずすぐに堕ちるのが必定だった。

「―――――――――く、そ」

失意だけが、取り残されていく。
沈殿する意識で出た言葉は誰に向けたのか。
傍にいる式に図れる筈もなく、本人も当然喋る事も出来ずに。
再び、暗闇の中へと消失していった。

70 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:19:44 ID:0FXJk8Uo





「……なんでそんなに必死なんだろうな、お前は」

どこに向けたとも知れない言葉を、式は呆れたように吐き出す。
呟いたのは愚痴なのか、彼女自身その理由を図れていない。
理解出来ないというよりは、納得がいかない、といった心境だ。
それだけ傷だらけになり、精神的な苦痛も少なくはないだろうに。
どうしてこの男は、そこまでして他人を助けようとするのか。
底抜けのお人好しである事は分かる。
なにせあの浅上藤乃を庇い立てするくらいだ。相当のものだろう。

きっとこの男は誰に対してもそうだ。
頼まれてもいないのに首を突っ込み、どうにかしようとあちこちを動き回り、時には体を張る真似だってする。
そんな風に断定してしまうのが、今はもういない男の像を参考にしていた事に気付き、何故だかとても腹が立った。

自分を吸血鬼と名乗る少年。
確かに傷は、倒れる体を眺めている最中にも徐々に塞がってきている。
ヒトでないモノ。バケモノ。その呼称はおそらく間違いではあるまい。
無防備を晒し眠るソレを、けれど式は微塵もナイフを刺す気にならなかった。
最後にしこりを残しておきながらひとりで勝手に気絶している男にさらに苛立ちが募った。

首を向けた先には、退廃した空が眼の届く限り広がっている。
灰に色づいた光景は、今にも破れてしまいそうなほど頼りない。
まるでハリボテ。触れただけで裂けてしまう紙の天井だ。
……もしこの空にまで線が見えてしまうようになったらと、いつか思った事がある。
見るも聞くも嗅ぐも触れるも味わうも、どれもがおぞましい、死の世界。
自分があの場所を垣間見るならともかく、場所の方から意志を持つモノとして表れるなどそれこそ気が狂う。

覆う雲の切れ目からは僅かに差す赤い光は、血雨が降りしきる前の雲海を思わせた。





             □ □ □ □

71 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:22:38 ID:0FXJk8Uo






狭いコクピットブロックの中。
照明替わりの計器が消え、外を映すモニターも停止している。
灰色より先の黒一色。光のない闇の世界。
命を感じさせない冷えた暗黒は宇宙を思わせる。
広大で、深淵で、狂気すら感じられる程の神秘の幽世。
それはそのまま、シートに体重を投げ出す男の内面を表していた。

両の瞳は閉じられず、視線は虚ろに地面を向いている。
血を滲ませた口元も拭わず、被せたヘルメットを頭から外しもせず。
グラハム・エーカーはひたすらに沈黙している。



「………………………………」

何も見えない。
何も感じない。
何も考えられない。

目は見えていても映像が認識されない。
動くための精神が根元から折れている。
思考を司る脳が、麻痺している。

呼吸している自覚も疑わしく、生きている実感も失せてしまっている。
仮に死んでいたとしても疑問なく受け入れられる。
生きているのなら今すぐ自ら息の根を断ちたいくらいだ。
その気力すら枯れているのだから、どうしようもない。

搭乗しているガンダムエピオンは損傷こそあるものの、戦闘するには十分過ぎる余裕がある。
装甲に数箇所、微細なへこみがついたのみ。
致命的となった中心部へのミサイルめいた蹴りも、内部構造を貫くまではいかなかった。
機体に内蔵される戦術予報機能。
感情を持たない機械的判断が、忘我状態であったグラハムを置いて接近する驚異に反応していた。

スイッチひとつで機能は復旧し、翼は再び空を駆け抜けるべく羽ばたける。
度重なる加圧で軋む肉体も限界には遠く、行動に支障はない。
ましてや彼ほどの豪傑であれば枷にもならない痛みだ。
意識は不確かとはいえ目醒めており、覚醒の準備は済んでいる。
呼吸を再開して痺れた脳に酸素を送り込めば、立ち上がれるだけの力を取り戻せる段階まできている。

72 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:23:31 ID:0FXJk8Uo

「………………………………」

だが、動かない。
スタンバイは万端だというのに、肝心のスタートが始まらない。
道は示されていても、腕は伸びず、脚は動かず。
レバーを落とすだけの力も指にはかからない。
選択肢を取る段階で、選択を放棄している。
あの瞬間を境にして、グラハムのあらゆる感情は凍りついていた。

信じたくはなかった。
認められなかった。
あの声を聞けないなどと。
あの太陽にも勝る輝く笑顔を二度と見ることの叶わないなど、理解したくなかった。

どれだけ頑なに拒もうとも、起きた現実は裏返らない。
モニターに鮮明に映し出された、胸を貫かれる少女。
ヘッドギアを伝わって聞こえた、空気が漏れる音。
幾ら正気を失おうとしても、その光景だけは忘却することができない。
そしてその記録は、グラハムの頭の中で何度も再生される。
狂ったレコーダーに乗せられた円盤は、壊れる瞬間まで延々とループしている。

いまこうして茫然自失としているのは、一種の防衛本能といえる。
肉体と精神の機能を限りなく封印させなければ。
ヒトを保てなくなるという強迫観念が働いているのだ。

73 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:24:12 ID:0FXJk8Uo




「………………………………」

想うのは、どれも過ぎ去った事ばかりだ。
前進を止めた男は嘗ての記憶を辿るしかない。
自壊を免れるためだけに永遠に解けない問題をループする。

なにを、どうして、どこから間違っていたのか。
一体どうしていればこの結果は回避できていたのか。
全ては運命の嗜虐なる戯れに過ぎないというのか。
修羅に身を堕とした己には、敗北する未来が必定なのだと。
鏡に反響する自問自答はやはり意味がなく、巡り回って自己に帰結する。

そう、負けだ。
護ると誓ったものを守れず。使命に殉ずる事も出来ず。
月の姫君は死神の手に堕ち、自分だけが生き存えている。
それは、敵に屈し力尽きるよりもなお身を苛ませる。
目に映る距離に居ながら、すぐ傍で掌から零れ落ちていった。
姫は消え、騎士が残る。かくも無残な結末はない。
盾としての存在意義を失う、完全無欠の大敗だった。

失う事は、初めてではない。敗北であっても数多くある。
恩師を不徳から失った。戦友を未熟から奪われたこともある。
嘆きもした。激しく怒りもした。
その度に、散った魂に報いんと身を燃やし奮起してきた。
苦渋を舐めても折れずに、屈辱を怒りに転化させて蘇り敵に立ち向かう。
そういう気質で戦いに挑むのがグラハム・エーカーという男であった筈だ。

「………………………………」

なのに、どうして今はこうも空虚なのか。
まだ自分は生きている筈なのに。戦う理由はあるのに。
何かが、足りない。
精密な機械から一個の歯車が抜け落ちてしまっている、そんな欠如感。
それ以外の機能は滞りなく動いても、その小さな欠片の有無が流動を断ってしまっている。
今日までグラハムを立たせ、戦わせていた原動力となるものが足りなかった。

結論として。
男は精魂を抜け落とし、死を甘受するだけの時に流されたままでいる。
生きる人としての責務を放棄して、枯れ木の葉が落ちるのを待つのみで。
死者は、世界に何ももたらさない。
屍だけ残して、目的なく永遠に彷徨うだけ。
生きる意思、進む理由を無に帰した人間はかくも醜く腐る。
現実に立ち戻る力のない男では、内側の停滞した世界から抜け出す事は出来ない。

74 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:25:14 ID:0FXJk8Uo





「………………――――――?」

動きが見られたとすればそれは。
やはり外の力の流れでしか有り得なかった。

闇色だったコクピットに、唐突に光が灯った。
停止していた各種の機能が復旧し、止まっていた心臓に火が点く。
グラハムにその気はなく、コンソールひとつとして触れてないというのに。
このまま棺桶として骨を埋めることをよしとしないと騎士が起き上がる。

自覚はないが、ひょっとしたら指に何らかのボタンが引っかかったのだろう。
あるいは途絶は限定的なもので、時間さえ置けば自然と再起動する仕組みだったということも有り得る。
馬鹿げた発想としてだが、この機械には人の意思たるものが収められているのではないかもしれない。
どちらにせよ、乗り手の意思に反してエピオンは覚醒を開始した。

不可視の指の手繰りで取り戻していく機能、映し出されるモニター。
拒む意思もなく、波に巻き込まれる形でグラハムもまた状況に流されていく。
モニターに繋がれた外の光景は、嫌が応でも新しい情報を脳に切り込む。
眼球に入るのは、灰色だった景色をかき消す鮮明な世界。
オートで接近を補足した対象は、解凍されかけていた男の記憶にある少年と少女。
彼らは生きていた。こうして自分が土に伏している間にも。
泥に濡れ、生傷を増やし続けながらも生きる事をやめようとはしていない。
その姿を見ても、やはり心に動くものはなく。
硬直は直らず。
再起は訪れない。
絶望と虚無は変わらず続いていく。

75 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:25:56 ID:0FXJk8Uo












「―――――――――――――――、………………!」












その諦観を、木端も残らず微塵に打ち砕いたのは。
嘗ての彼が終始求めていた、愛と憎しみの結晶だった。





上空に立っている、赤い影。
モビルスーツ。パイロットとしての眼力は鈍ることな正体を看破する。
象られるシルエットに見覚えはない。
だがそれから噴出される赤。血飛沫状に散布される粒子光。
その姿は、形こそ違えど己が宿敵と見定めてきた”あの機体”に他ならない。





―――――――――ガンダム

76 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:26:55 ID:0FXJk8Uo





ソレスタルビーイングの保有する機動兵器。
太陽炉搭載機。他を圧倒する超性能。紛争根絶という武力行使。矛盾の塊。
仲間を戦友を恩師を奪い、誇りどころか心すら奪っていった、敵。

その敵が今遥かな空を穢し、大仰な銃は眼下の地上に向けられている。
目測が間違いでなければ狙いは―――目の前に立つ少年少女。
死角からの脅威には気付いたが、抵抗の手段など存在しない。

「…………やめろ」

掠れた声が口を衝いて出る。
本人でさえも意識してない、凍えた嘆き。
乾き摩耗した心に、懐かしい感覚が芽生える。不毛の砂漠にとめどなく流される水のように。
今までは忘れていたのもの。ほんの少し前には持っていたもの。
この世界に連れ去られる瞬間まで、グラハム・エーカーが抱いていた感情。

「また……奪うのか……私の前で……っ!」

それは怒り。そして憎しみ。
たった一日前には男の胸の中枢に収められていた炎。
戦う力の源のなっていた核に、いつの間にか移し変えられていた新たな光。
煌びやかな少女は守るべき存在という希望となり、踏み外しかけていた道に未来を示した。
それが失われた今。再び根源を欠いた器に満ちるのは、昔日にあった戦いの記憶。

ここでの殺し合いとはまるで関係のない、既に捨て去った私怨。
理不尽ともいえる感情は、己の矛盾に気づいた時に過去の蟠りと共に焼却された。
……だが例えとうに燃え尽きた消し炭だとしても。
それのみでしか、今の男を燃やす感情が残っていなかったのだとしたら。
仮初の欺瞞でも剣を執る理由(わけ)があるのなら。
その誘惑を、蛇の差し出す果実を。
魂を失った兵士にどうして断れよう?



ましてや、己が内を心を魅入らせる魔物が囚われていれば―――

77 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:51:00 ID:0FXJk8Uo







――――――――■え



声が、聞こえる。
仄暗い底からの蠱惑の呼び声。
抵抗する気などない。むしろ受け入れる姿勢ですらあった。
断れる筈がない。抗えるわけがない。
ガンダムとの決着。正面からの一騎討ちでの勝利。
それは紛れもなく、彼が追い求めていた願いだったのだから。

意識の束縛、自我の希薄化と固定化。戦闘行為に最も効率的な思考の最適化。
組み込まれていくプログラム。
抜けた骨子を入れ直し、潰れた四肢に張り上がる力。
狂乱の檻に、鎖が繋がれていく。

誇りはいらない。使命も必要ない。
誓いの枯れた愛など、捨ててしまえばいい。
迷わず。
疑わず。
怒りだけを胸に、戦いだけを求めて五体を駆り立てる。
ただひとつの敵を打倒する事に生きる証を刻む。
人道を抜ける修羅の道へ進まなければ、この無念は遂げられない。



――――――――■せ



叫びが反響する。
空白だった脳髄に注ぎ込まれる新たなる意思。
超えるべき敵を視界に収め、芽生える牙。
思考は滞りなく、決まりきっていたかのように整理されていく。
繋がれたシステムは見せる。運命られた、逃げようのない破滅へと。
放棄(ゼロ)は許されない。悪魔は選択を強いる。

教えられた末路を目にして、男は指を―――








             □ □ □ □

78 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:51:32 ID:0FXJk8Uo






死の瞬間とは、常に唐突だ。
戦場に待ったはかからず、思いを残す間もなく死んでいくのが普遍である。
陰に潜み、瞬く間に襲いかかる死に人は祈りを許されない。
後悔も懺悔も告げられず、自らの死を認識しないままに命を落としていく。



赤い。ひたすらに赤い光線だった。
例えれば、皮膚から流れ出て凝固した血液のような気持ち悪さ。
爛れた傷口を見た時に似た生理的な嫌悪感だ。
それを明白な攻撃行為と見なすのには、何の不思議もない。
明瞭とした、敵意と悪意に彩られた破壊の衝動だった。

直撃すれば全身爆散。当たらずとも、爆心地には肉を侵す毒素が舞い上がり逃れられぬ死の華を開く。
式にとっても完全な奇襲であり、反応が一足分遅れた。
なにせ上空からの砲撃だ。
空も飛べず、届く腕もなければ撃たれ放題。対抗手段は皆無である。
その存在が知れた時点で安息を確保させる場所は消えた。
もっとも、この牢獄に真の意味で安寧を享受出来る場所など存在すらしていないが。

天から降り注いだ裁きの矢。
人の身では決して回避不可能の絶対粛清。
突き立つ光は空気を弾き、耳を劈く怪音と共に煙霧が噴出する。
人間など蒸発してあまりある熱量が地面を焼き焦がす。
着弾点を霧が包み込むのも一瞬で、風に流されて瞬く間に元の景色を取り戻す。

視界の晴れた先には、有り得ない異物が増えていた。
小盾がつけられた、巨大な赤い腕を、式は見上げる。
割って入った鉄の防壁は、撃たれたビームの破壊力を相殺し切り、盾の本懐を遂げていた。
騎士と悪魔が一体となった造形は紛れもなく、ガンダムエピオンと呼ばれる機体。
積み重ねられていた残骸の山から突如として再起動し、巨体からは想定出来ない機敏な動きで式達を庇い立てた。
下された神罰は届く事なく掻き消され、小盾の表面で四散したビームの残滓が鱗粉として撒き散らせる。

煤にまみれた全身には、多くの傷跡が残っている。
ここまで激戦を繰り広げた代償と、無茶な運用への当然の結果だ。
どれも致命的な欠損はないが、各部の装甲はへこみ歪み亀裂が見えている。
敵が効果的に攻撃を散らした結果だろう。大なり小なりどの場所にも損傷があった。
夥しい傷の数はしかし、勇猛の証として騎士の武勲に箔をつけているようにも感じられる。
その意味では、機体に暗い翳りは落ちていない。守護の騎士は歴戦の輝きを帯びて屹立している。

79 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:51:59 ID:0FXJk8Uo



『―――――――――――――――下がっていろ』



その内面から滲み出ている、負の想念を除いては。

低く、唸るような重い響き。
聞こえた男の声は、擦り切れ摩耗していた。
大気を凍てつかせる怜悧な感情。
声の質が、秘められた感情がまるで違う。
怒りでもあり、憎しみでもある。悲哀があり、自嘲も含んでる。
そのどれもであって、どれでもない、濁った魔女の鍋底。
あらゆる感情が込められ、絡み合い、ひとつの方向へと向けられている。
グラハム・エーカーという男が見せていたそれとはかけ離れたもの。
醜く焼け爛れた混沌とした激情の発露だった。

ただのそれだけの一言を残して。
他に何を伝える事もなく、エピオンのスラスターが火を吹く。
正義を名乗るにはあまりに禍々しい背中の凶翼が開く。
直立した脚の裏からも炎が上がり、生まれた推力がビルを越す巨体を押し上げていく。
発進の余波で生じた突風が周囲の埃を吹き飛ばす。
巨大な人形はすぐに小さい点になり空間に溶ける。
敵の待つ蒼穹の戦場へと赴く。
そこに上がる業火に飛び込んで我が身を焦がしたいが為に。
宿命の仮面を被った男は乱戦の表舞台へと帰還していった。

80 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:52:41 ID:0FXJk8Uo





「あいかわらず無茶苦茶だな、あいつ」

耳を隠す黒髪がたなびき、風に白の袖をしたたかにはためかせる。
何もせず、ただ吹く風に任せて式は呟く。
瞳の色に、羽撃き飛んでいったグラハムをいたわるといった感情はこもってない。
向こうの方も、恐らくこちらを気に留めていまい。
この件に関して、彼女が抱く感情は皆無だ。

待ち構えている赤い悪魔、妄念逆巻く闘争の渦中、その結末に興味はない。
あそこに式の手は届かず、見る気もしない。観客気分で眺める行為に何の意味も感じられない。
彼女はあくまで自分の意思でここにいる。そしてここにいる意味も失った。
同伴者が倒れ、あるいは離れていった。
ある意味で楔といえた戒めは解け、自由となった式。
どう動こうが、彼女を咎めるものはいない。



「………………」

だれもいない土地。
空には高く本物の太陽が輝き、乾いた風が頬を撫でて通り過ぎる。
ひとつの戦いが幕を下ろした場所。
そこで誰もが道を選び、自らの意思で足を進めた。
あるものは奈落に落ち、またあるものは去っていった。
その一点だけは、ここに集った者達の中で共通している事柄。

天江衣は決意の後に死んだ。
阿良々木暦は無力に沈んだ。
インデックスは変調を来して破損した。
グラハム・エーカーは失意の底で意思を炸裂させた。

ならば、両儀式の向かう道は―――





             □ □ □ □

81 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:53:12 ID:0FXJk8Uo






「おお、来た来た」

云って、敵を前に、一笑い。
細胞ごと興奮しているのを感じる。これから始まる死闘に血が滾っている。
羽撃く死の天使の操者は、喜悦の笑みで昇り来る挑戦者を待ち構えていた。

他を蹂躙できる戦力を一方的に与えることなど、ゲームマスターは許しはしないだろう。バランス崩壊もいいとこだ。
コレを渡す機会―――難易度を考えれば実質無償で―――を与えた以上は。
今の戦場には、コレを必要とするだけの戦争が待ち構えている筈である。
そう踏んで戦火を俯瞰して、やはり狙いは当たっていた。
これならば、大将がこの機体を自分に与えたのも頷ける。ようするに吊り合いを取ろうというわけだ。
それ以外の狙いがあろうがそんなものは関係がない。
今はただ、この数奇なる運命をもたらしてくれたことに感謝するのみ。
ここに来て、自分が望む最高の舞台を用意してくれた事を。

天上から見つけた動かぬ巨兵。それをサーシェスは対戦相手に指名した。
その名はガンダム。圧倒的な力の象徴。最高の戦争道具。
信長への怨恨を帳消しにできるほどに、あまりにも魅力的な相対敵。
元々、蝿叩きのようにチマチマと潰していくことには気が乗らないでいた。
折角の兵器も狙う相手がいなければ愉しみを大いに損なう。
同じ土俵でなければ、張り合いというものがない。
しかも入手した資料、『ヨロイ・KMF・モビルスーツ各種完全型マニュアル』の情報が正確であるならば。
アレの性能はソレスタルビーイングのガンダムに匹敵、あるいは超えるほどの指折りの獲物である。
ならば愉しめるはずだ。満足させてくれるはずだ。
飲めども食えども決して尽きぬ渇望を癒してやまないはずだ。
これで燃えないはずが、昂らないわけがない。

そうして狙いを定め、起き上がるのを待っていたというのに、肝心の相手一向に動く様子が見られない。
戦場の具合、ビルの崩落や粉塵が止んでいることから倒れてから結構な時間が立っているはずだが。
まさか中の奴が気絶でもしてるのか。せっかくここまでお膳立てされてるのに、これでは興ざめもいいところである。
業を煮やしどうしたものかと腐心していたところで、新たな影を見つけた。
機体の傍に駆け寄っていく二つの人影。
片方の学生らしき男は知らない顔だが、もう一方の修道女には見覚えがあった。
オープニングで堂々と顔を見せ紹介された、今は脱走兵である女。
その様子から、あの二人と機体のパイロットとは仲間だろうと大雑把にも把握する。
だから、いい餌になると思った。

操縦桿に指を絡める。
目標をロックオンして、スイッチを押す。
やることは初級中の初級。生まれたての新兵が人殺しに堕ちるため覚える最初の一歩。
それだけで命令はアルケーの駆動内を伝播し、握るライフルから淡い光が帯になって火を吹く。
発破がけと試し撃ちがてらに放ったビームは地上を突き進んでいく。
放っておけば確実に直撃。パイロットに息があるのなら必ずアクションを見せてくれる筈。
そして案の定こちらの意図にすんなり乗ってくれて、こうして正面に対峙する。

82 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:54:02 ID:0FXJk8Uo



枠に囚われない、天空の闘技場にプレイヤーが揃う。
対峙する紫紺と紅。
纏う鎧は似通っているが、秘めたるは真逆の信念。

『―――よお、わりいな。寝てるとこを起こしちまってよ』

GN粒子は通常の電子機器に影響を及ぼす。同じ太陽炉搭載機でなければ通信も成り立たない。
あの機体にGNドライブが付いていないことを知っているサーシェスは外部音声で相手に声をかける。
特に意味があるわけでもない。対話の姿勢など、微塵も持っちゃいない。
なんのことはない、ただの雑談だった。
戦場は一期一会だ。殺し合いの舞台では、出会いと別れは常に直結している。
今日会った人間が一分後に脳漿を飛び散らすなんてのも当たり前。
自分が殺し、自分を殺すかもしれない相手と語るのも、悪くないと思っただけのこと。

『けどてめえの方もいけないんだぜ?戦場のど真ん中で昼寝なんざ撃ってくれっていってるようなものだろうがよ』

酒場の酔漢がテーブルで隣り合った客にからむような軽薄な口調。
場末のカウンターで紡がれる小話は総じて碌でもないのが挿話の常だ。
絡まれた男は、閉鎖されたコクピットの中で一言も発さずサーシェスを黙殺している。
相手なりの挑発返しと受け取り、さして不快になることなくサーシェスは舌を動かす。

『寝起きに早速だけどよ、これから派手にドンパチするわけだが―――』





『少し、黙れ』





一言。
短く、簡潔に拒絶が放たれた。

83 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:54:35 ID:0FXJk8Uo



「今の私に……戦いを楽しむ余裕があるとは思うな。
 慈悲があると期待するな。
 温情などというものが入り込む余地があると願うな」

冷たく、鋭い声は抜身の刃のようだった。
男に見舞われた怒りが、絶望が、炎となりて身を叩き上げている。
銘を付けるならば、阿修羅。
天を追われ、永遠の戦場に立つとされる鬼神。
苦悶の地と憤怒の空で創られた、三界の輪廻を断つ妖刀の具象だった。

『これより先は、何を勝ち得るでもない。何を守るでもない。
 戦いですらない、ただの八つ当たりだ。
 今の私の前に立った、己の不運を呪え』






『――――――――――――――――――――――』

サーシェス。唖然。
ほんの少し前とは見る影もない小さな口をへの字に曲げる。



『――――――ぎゃはっ』

一拍、置いて。

『ぎゃっははははははははははははははははははははははははははっ!!!!』

爆笑する。
心底からの可笑しさで笑う。
小さな口を限りなく広げ、顎が外れそうになるほど邪に淫らに笑う。
品位も礼節もない、ただただ暴力的な感情の発露であった。

大笑の根源は嘲罵ではなく、むしろ歓喜によるものだった。
今対峙する相手の予想外の答えに、遅れて礼賛をあげたのだ。
なんだ、いるじゃないか。こういう奴が。
こういう手合いであったことはむしろ幸運だ。不殺だの権利だの説教するようなガキよりも、よっぽど心に響いた。

『そうかそうかなるほどねぇ!ああそいつは確かにツイてねぇな!
 いいぜ、買ってやるよその喧嘩!』

サーシェスは今、神の存在を信じた。天からの祝福に感謝した。
有り得ない出会い。起こるはずのない交差。夢想だにしなかった考え。だが間違いなく心待ちにしていた願望。
それが今、ここに成就しているのだ。
たとえ次の瞬間に地獄へ叩き落とされるとしてもそれは、釣り銭としては余り過ぎるだけの代価だ。
命を賭けに乗せもしなくば、こんな極上の祭りには釣り合わない。

右の二の腕に接続されていた大剣を引き抜く。
動力のコンディションが高まり出力を増して噴出させる。

腰にかけられた柄から光剣が解き放たれる。
勝利のためのシステムが未来を読み込み起動する。

84 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:55:18 ID:0FXJk8Uo





求めたものは同じだった。
欲した理由はあまりにも異なっていた。
かたや愛を超越した憎しみの果てに。
かたや欲望のまま生き続けた結果に。
全ては、数多の時代に名を馳せた兵器の為に。

唸る轟音は機械の猛々しい嘶(いなな)き。
推進器から散布される粒子は、戦争の狼煙。

欲望と信念。闘争と戦争。
近似しながらも交わることのなかった二重螺旋。
ここに、壮烈な火花を散らして相克する。

力の名―――ガンダムを追い求めた者同士の戦いが、いま始まる。






「さぁ、始めようじゃねぇか! ガンダム同士による、とんでもねぇ戦争ってやつをよぉ!」






             □ □ □ □

85 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:56:07 ID:0FXJk8Uo






かつて、大きな死があった。
どこかで、取るに足らない生が消えた事もあった。
あるいは今、尊い命が燃え尽きていたのかもしれない。
とても大切な、取るに足らない小さな瑣末事。
人がの在り方が矛盾している以上、筋書きが歪なのは愛嬌だ。

物語は続く。
四季を話の顛末と当て嵌めて、今はちょうど冬の到来。
裸の枝を晒す広葉樹にしがみつく、数枚ばかりの葉々。
木枯らしに吹かれて一枚、また一枚と地面にその身を横たえる。

悲喜は様々だが、無駄なものなどひとつとしてない。
その命が無意味だったとしても、残るものには価値がある。
積み重なる屍を礎に、階段は築かれていく。
嘆かれる叫びを殺して。
踏みしめる肉の感触を忘れて。
やがて天にそびえる扉に手が届くのを待ち望み、次の段へと足を乗せる。
誰にも聞こえず鳴る足音は、遂に扉の前まで近づこうとしている。

戦いは終わらない。
人と人は分かり合えず、魔と魔ですら理解し合えず。
死は死を呼び、命を餌に次なる生を絡め捕る。
だからこれも、その一端。
串刺そうとも。
突き刺そうとも。
結局どれも、百舌の早贄になるのは変わらないのだから。




かくして、舞う二対一色は天蓋の園にて剣を執った。
血の色は未だ燃え続けている。
終わらない。
闘争は終わらない。
そこに火種のある限り。

86 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:57:20 ID:0FXJk8Uo






「――はハ、終わらねェ」




そして同時期、どこかで、誰かが、そう言った。




「まだ、終われねェンだよ」



終わらない。
何よりも最大の火種も未だ、尽きてはいないのだから。






『――――――ああ、そうだよ。終わらないさ、まだ』




終わらない。
そして地で燃える火を見下ろす存在も、天より降りてさえいないのだから。


ここより始まる、収束。
そして、重なり合いて――

87 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:58:20 ID:0FXJk8Uo



























【White Side--End / 羅刹舞踏編・閉幕】

88 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 00:59:07 ID:0FXJk8Uo






























白と黒の戦。



二つの道が交差(クロス)するとき、物語は始まる。




















【 X Side--Start / 黎箔爻叉編・開幕】

89 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 01:00:20 ID:0FXJk8Uo
以上、投下を終了します
途中で落ちて申し訳ございません

90名無しさんなんだじぇ:2012/05/27(日) 01:59:37 ID:Ml2qhpr2
投下乙です!
ハム……行くのだな、修羅の道を。

91 ◆ANI3oprwOY:2012/05/27(日) 02:01:05 ID:0FXJk8Uo
次回の投下は六月中旬以降、準備が整い次第告知致します
乞う次回!

92名無しさんなんだじぇ:2012/05/27(日) 21:12:05 ID:zgOdrdeE
投下乙です

ハム……

93名無しさんなんだじぇ:2012/05/28(月) 03:05:02 ID:PI7bZUec
投下乙です
グラハムにはつらくとも生き残って欲しいものです。

94 ◆ANI3oprwOY:2012/06/10(日) 00:59:32 ID:qimJ4b5I
次回予告










[ crosswise - X side- / ACT:Chain 『Don't say “ ”』 ]

























「あなたが、ここにいたから――」











6月16日 投下予定

95 ◆ANI3oprwOY:2012/06/14(木) 00:17:02 ID:OQBVXApA
告知

次回の投下は6月16日の土曜日を予定しておりましたが、
書き手の諸事情により6月17日の日曜日に変更となります。

投下を楽しみにしてくださっている読み手の皆様には申し訳ありません。
どうかご容赦くださいませ。

96名無しさんなんだじぇ:2012/06/14(木) 00:18:06 ID:OQBVXApA
告知に伴い、上げておきます。

97 ◆ANI3oprwOY:2012/06/17(日) 23:37:36 ID:uj96PHZo
投下を開始します。

98 ◆ANI3oprwOY:2012/06/17(日) 23:42:51 ID:uj96PHZo














たった、一人だけでいい。



私を見てくれる人が、たった一人だけいてくれれば、それだけで幸せでした。



私がいて、あなたがいた。



あの日々はまるで、夢のような――

99 ◆ANI3oprwOY:2012/06/17(日) 23:43:51 ID:uj96PHZo











              ◇ ◇ ◇ ◇







    crosswise - X side- / ACT Chain :『Don't say "lonely"』






            ◆ ◆ ◆ ◆






100crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』 ◆ANI3oprwOY:2012/06/17(日) 23:53:18 ID:uj96PHZo

つー、つー、と。
『応答無し』を告げる音が、私の耳元で鳴っていた。

「なんで、でないんだよ」

アスファルトの路上を走行する、ボロボロのKMFのなかで。
手に持った通信機を苛立ち紛れにコンソールへ投げつけようとし、それも出来なくて口ごもる。
そんな私、秋山澪が焦っている理由とは、単純明快な一つのことによるものだった。

「また、勝手なことしてるんじゃないだろうな、あいつ」

共闘の相手、東横桃子がいつまでたっても呼びかけに応えない。
電波状態が悪いせいだと思っていたけれど、
ここまで待ち合わせ場所に、ショッピングセンターに近づいて、応答がないのはいくらなんでもおかしい。
時間が経つにつれ、不安が大きくなっていく。

「むこうで何かあったのかな……」

結局のところ私を苛立たせる最たる理由とは、
彼女が応答しないことから連想される最悪の事態だった。

「ただでさえ状況は悪いって言うのに。この上お前まで」

胸の奥の不快感は消えない。
先ほどの戦いと、敗北。
命は助かったけれど何も得られない、虚しい結果に終わっただけだった。

いや、得たものはあった。
得てはいけないものを見てしまった。
私の中の真実、私を突き動かすものの正体。
それを知ってしまったから、

「私は、もう」

見えない抉り傷が深く、心に刻まれたような気がしていた。
痛い、辛い、情けない。
私はあのとき全部嫌になって、本当ならもう動けるはずもなくて。

「っ駄目だ。それは考えちゃ」

必死に頭を振って、止まりたくなる衝動を掻き消す。
進み続けなければならない。
少しでも止まったら今の私は、完全に潰れてしまう気がした。

あのとき、死に損ねたとき。
自分の根幹を理解した私は、ホントはずっとあの場所で、自分の無力に泣いていたかった。
ずっとメソメソして、痛がって、自分を責めて、そうやって足を止め続けて、消えていきたくて。
実際にそうやってたくさんの時間を無駄に浪費した結果。
もうあと数時間で正午になる、モモとの待ち合わせにも、とっくに大遅刻だった。

「……待たせてるんだ、あいつを」

それでも立ち上がれたのは、理由があったからだ。
あの場所で泣き続ける事を許さない、『約束』が、あったからだ。

モモとの約束がある。
あいつが待ってる。一緒に戦うって決めた存在がいる。
最後まで生き残って、私を殺すと言った共闘相手が、まだ生きている。


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