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アニメキャラ・バトルロワイアル3rd Part20
100
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/17(日) 23:53:18 ID:uj96PHZo
つー、つー、と。
『応答無し』を告げる音が、私の耳元で鳴っていた。
「なんで、でないんだよ」
アスファルトの路上を走行する、ボロボロのKMFのなかで。
手に持った通信機を苛立ち紛れにコンソールへ投げつけようとし、それも出来なくて口ごもる。
そんな私、秋山澪が焦っている理由とは、単純明快な一つのことによるものだった。
「また、勝手なことしてるんじゃないだろうな、あいつ」
共闘の相手、東横桃子がいつまでたっても呼びかけに応えない。
電波状態が悪いせいだと思っていたけれど、
ここまで待ち合わせ場所に、ショッピングセンターに近づいて、応答がないのはいくらなんでもおかしい。
時間が経つにつれ、不安が大きくなっていく。
「むこうで何かあったのかな……」
結局のところ私を苛立たせる最たる理由とは、
彼女が応答しないことから連想される最悪の事態だった。
「ただでさえ状況は悪いって言うのに。この上お前まで」
胸の奥の不快感は消えない。
先ほどの戦いと、敗北。
命は助かったけれど何も得られない、虚しい結果に終わっただけだった。
いや、得たものはあった。
得てはいけないものを見てしまった。
私の中の真実、私を突き動かすものの正体。
それを知ってしまったから、
「私は、もう」
見えない抉り傷が深く、心に刻まれたような気がしていた。
痛い、辛い、情けない。
私はあのとき全部嫌になって、本当ならもう動けるはずもなくて。
「っ駄目だ。それは考えちゃ」
必死に頭を振って、止まりたくなる衝動を掻き消す。
進み続けなければならない。
少しでも止まったら今の私は、完全に潰れてしまう気がした。
あのとき、死に損ねたとき。
自分の根幹を理解した私は、ホントはずっとあの場所で、自分の無力に泣いていたかった。
ずっとメソメソして、痛がって、自分を責めて、そうやって足を止め続けて、消えていきたくて。
実際にそうやってたくさんの時間を無駄に浪費した結果。
もうあと数時間で正午になる、モモとの待ち合わせにも、とっくに大遅刻だった。
「……待たせてるんだ、あいつを」
それでも立ち上がれたのは、理由があったからだ。
あの場所で泣き続ける事を許さない、『約束』が、あったからだ。
モモとの約束がある。
あいつが待ってる。一緒に戦うって決めた存在がいる。
最後まで生き残って、私を殺すと言った共闘相手が、まだ生きている。
101
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/17(日) 23:55:04 ID:uj96PHZo
まだ終わってない契約が残っているから。
だからこそ、私はまたここまで、
おぼつかない操縦で、やっと戻ってこられたって、いうのに。
「……うそ」
山林のようなビル郡を越えて、
目前に見えた景色はとてもとても、凄惨なものだった。
「そん、な」
轟々と燃える町並み。
砕け散り崩れ落ちた立体駐車場。
そして、半壊したショッピングセンター。
私と、東横桃子との、落ち合い場所が、崩壊していた。
「――――っ」
しばし唖然とした後。
はっと自分を取り戻す。
状況を理解した瞬間、何も考えず、燃える町へと飛び込んでいた。
「ああ! ああ、もうっ! なんでお前は!」
南側の戦場が、これほどの規模だったなんて。
ここまでだなんて、思ってなかった。
私も、おそらくモモも。
敵は強大。
二人とも生き残れる保障のない、
キツイ戦いになるって、分ってはいたつもりだったけど。
でもまさかここまで途方もない、災害を相手にするような戦いを強いられるなんて。
それをあいつ一人に背負わせていたなんて!
「馬鹿モモッ!」
あの馬鹿。ホント馬鹿だ。
こんなことになってるって知ってたら、お前一人になんて任せなかった。
なんで私を呼ばなかったんだ。
お前はなんでいつも、一人でやろうとするんだよ。
たまには少しくらい……頼れよ、私を。共闘相手だろ。
多分、あの子はどんな状況だったとしても何かを頼らないであろうことは、理解していたけれど。
東横桃子は何かに縋るような、弱い奴じゃない、私とは違う。それは分っていたけど。
というかあいつはそもそも敵で、共感も、共闘も、この場限りの物と決めていて、
いつか戦う事になる相手だって、それは分っていたんだ、けどさ。
「どうしてっ」
私は何故か、苛立って堪らないんだ。
「どうしてみんな、私をおいていっちゃうんだ……!」
それはもしかすると、八つ当たりのようなものかもしれない。
ここでずっと進めない、止まった私一人を置いて、
梓も、律も、ムギも、唯も、ある意味では憂ちゃんさえも。
届かない『先』に行ってしまうことへのある種の、羨望なのかもしれなかった。
◇ ◇ ◇
102
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/17(日) 23:57:28 ID:uj96PHZo
ただ、ひたすら、灰色の世界を彷徨っていました。
ここは照明の消えた、薄暗い施設の中……っすかね。
硬い床の上を私はふらつく足取りで、荒い息を吐きながら進んでいます。
霞んでよく見えない視界のなか、触れる壁や手摺を頼りに歩きました。
痛みに痺れて震える足を、無理やり動かしてひたすら前へ。
なんだか、自失状態ってやつっすね。
すごく長い間、何かとても怖いものから逃げ続けてたってことは、覚えてるっすけど。
どうして私がここにいるのかも、どこに行こうとしてるのかも、
曖昧で、何もかもが薄弱で、おぼろげで。
今の私には、なにも知覚出来てなくて……。
「……ぁ……あ……ぐっ……」
一つ一つ、感覚が消えていくようでした。
引きずってるディパックがどんどん軽くなっているのは、
破れた穴から中身がボロボロと零れていくから……っすかね。
やっぱり、いまいちわかんないっす。
正直、目も耳も、もうほとんど役に立たないみたいで。
「……っ……ぐぅ……ごほっ……」
そして、コンクリートの破片がお腹を貫いている不快感も、徐々に感じなくなってきました。
傷口からボタボタと、床に流れ落ちる大量の血液。
同時に奪われる熱、この寒さもいつか、消えていくんでしょうか。
「……ごほっ……ごほっ……っ」
気づけばもう、痛みもないみたいっす。
なんだか変な状況っすね。
一歩踏み出すごとに、むせて血を吐き出すごとに、重要なことが一つ一つ、分らなくなっていくみたいで。
心の中から何かが順に、忘れるようにして、消えていきます。
一つ一つ、私の外側から順番に。
「……ぁ」
いったい、さっきまで、私の身に何が起きていて、
何が、どうなったのかは、もう分らないっすけど。
けど、なんとなく、何が起こっているのかは、理解できました。
「ぁ……あ」
孤独の起源。その覚醒。
――起源を覚醒させた者は起源に縛られる。
孤独への回帰とは即ち、それ以外の全てが消える、ということ。
他人の存在なんて勿論。私の名前とかそういう記号すら、今はもう思い出せない。
私の中から『私』以外の全てが、消えて無くなっていく。
なぜなら私は『孤独』だから、私を突き詰めれば、そこには『私』しか残らない。
全て、消える。
「あ……あぁ……」
痛みは、無いから、
ただ代わりに自由に動けない違和感と、知識や感覚がどんどん抜け落ちていく気持ち悪さだけが、際立ちます。
流れる血や体温と一緒に、私の全てが抜け落ちて行くように。
それに足を取られるように呆気なく私は、掴まっていた手摺から崩れ落ちていました。
タイルの床に頬が当たって、それがまたおぼろげに冷たくて、それでも、私は――
「い……いや……だ……」
虫みたいに這って、這いずって、前を目指していました。
もう、どこに行こうとしていたのかも、分らないっすけど。
何がしたかったのかも分らないけど。
でも、だけど、誰を求めていたかはまだ、憶えているから。
憶えて、いたかったから。
「せん……ぱい……」
私はあなたを、求めている。
欲しいと願ったことを、忘れたくない。
103
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/17(日) 23:57:57 ID:uj96PHZo
私は多分使っちゃいけない力を使ってしまって、だから多分もう時間がなくて。
だから前に行かなくちゃ。たどりつかなくちゃいけなくて。
「きえ、ないで…………」
どうか私が、私であるうちに……。
私の中から……何もかもが消えてしまうまえに、
あなたが、いなくなってしまう、その前にどうか……。
「せんぱい……せんぱい……せんぱ……い……会いたい……せんぱい……」
繰り返し、繰り返し、繰り返し。
あなたを、忘れないように呼びました。
消えないよう、願いました。
あなたの顔を、あなたの声を、あなたの手の感触を、思い浮かべて。
「せんぱい……どこに……いったんすか……?」
――ああ、それすらも、もう分からない。
私のなかの、どこを探しても、ない。
声も、輪郭も、感触すら、思い出せず消えていく。
私の存在、そして私の中にあったあなたの存在も、等しく消えて、孤独という二文字の元に還っていく。
「寂しいっすよ…………こんなの嫌なのに……」
目に映る景色は、あの頃と同じ灰色でした。
私の世界に色彩は無く、視界には無機質な形骸だけが映ります。
あなたと会う前の私の日常、どこまでも一人の、私にとって本来の世界。
「こんなのは嫌だって……寂しいんだって……あなたがいたから……私はやっと気づけたのに……」
私はもう、自分の運命を悟っていました。
何もかもを失って、何も出来ずに消えていく。
だからこれ以上進む力も無くて、体を仰向けにしてから、ふっと力を抜きます。
「会いたいっすよ……ねぇ……私は……ただそれだけなのに……」
私は死ぬ。
いいえ、死ぬことも出来ない。私は消える。
大切な人を想う事すら許されずに、
何も残さず、何も持たず、最初から存在しなかったかのように、消滅する。
それはなんだか、今更っすけど、酷く残酷な仕打ちに思えました。
もしかしたらこれが、罰なんすかね。
他人を犠牲にしてまで自分の夢を追い続けた人間には相応しい末路。
私は『私』でしかなくなって、だからあなたは『あなた』であることすら、もうすぐなくなって。
敗れた夢すら、もう見る事は叶わないという、報い。
「なくした夢は……やっぱり、どうにもならないものだったんすかね……?」
私は、あなた一人だけでよかった。
あなたが居ればそれだけで、何も多くは望まない。
ただ、私を見てくれたあなたが、
私を世界(ここ)に存在させてくれるあなたが、欲しかっただけなのに。
「先輩が居てくれれば、それでよかったのに……」
それを願うことは、そんなにも罪深いものだったんすかね。
人生の最後に、あなたを想うことすら、許されないほどに……。
答えはない。
あなたはもう、いないから。
◇ ◇ ◇
104
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:01:33 ID:Zr01ncfk
「どこだっ!モモっ!」
硬いタイルの床を蹴り飛ばすように、私は走っている。
体の節々が痛むけれど、自業自得だから文句は言ってられない。
気だるさを無視して、モモを探していた。
「はぁっ……聞こえたらっ……返事っ……しろよっ!」
右手で腫れた左手首を庇いつつ、シンとした廊下を駆け抜ける。
ビルの壁から落下した際に強く捻ったのだろう、そこが特に痛む。
まだ何とか動かせるけど、痛み以外の殆どの感覚が残ってない。
もしかしたらどこか折れてるかもしれない。
「どこにっ、いるんだよ……!」
所々火の手も上がっているショッピングセンターの近くに、ヴィンセントを停め。
機体を降りたその後はもう、後先考えずに走ってきた。
敵への警戒も放棄して、あいつと待ち合わせていたはずの、五階、雑貨店のフロアーにたどり着いた。
なのに、どこにも見つからない。桃子の姿は、影も形も見えなかった。
「はぁっ……ぜぇっ……痛っ……!」
結局、息が上がりきるまで走り続けた結果、
限界に達した疲労と、胸の痛みで足を遅める。
「もう……ちょっとくらい、体力もたないのか」
自分に愚痴をいっても現実は変わらない。
目の前には階下を見下ろせる吹き抜けの空間。通路と空中の仕切りがある。
そこに備えられた手摺に縋りつくようにして、私は息を落ち着けた。
ああまったく。
なんでこんな全力で、
あいつを心配してるんだろうな、私は、ほんと。
「……ばかみたい。多分お前も、そう言うんだろな」
このまま探し続けたって、きっとモモは見つからない。
本気で隠れたモモを見つけることは誰にも出来ないし、
隠れていないとしても、誰にも見つけられないところに逝ってしまったとすれば。
きっと止めてしまうのが正解なんだろう。
探すことを放棄して、私は私の戦いに戻るべき。
それが正解だから。彼女と決めたルールだから、だけど。
「でもそれじゃあ、私の戦いってなんだよ」
もう、今の私には分らない。
何のために戦っていたんだろう。
実際のところ私はただの死にたがりで。
どこまでも揺れ続ける。周囲に流され続ける。ブレ続ける。まるで風見鶏でしかなかった。
105
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:05:18 ID:Zr01ncfk
もう迷わないって信じて挑んだのに、また意思を挫かれて。
自分を騙し続けることも出来なくて。
死人(うしろ)と逃げ道しかみていない、強者に食われるだけの弱者。
「でもさ、お前は違ったんだろ?」
だけどそんな私と、一緒に戦ってくれる奴がいたから。
当面の目標があったから、
私は思考を停止してでも、まだ動くことが出来るんだって、いうのに。
「なあモモ。お前なら、このくらいで挫けたりしないんだろ?」
彼女は私と似ていて、でも微妙に違っていて、そして私よりきっと、ずっと強くて。
そして、「いい夢だな」って、思える願いを持っていたから……だから。
こんなに弱い私が、そのくせ頑固で諦めばっかり悪い私が、たとえ夢に敗れたとしても、
渋々でも納得して終われるとすれば、夢を譲れる奴がいるとすればもう、多分、彼女しかいないんだろう。
だから最後には殺し合いが待ってるとしても、できるなら、せめてそのときまで一緒に頑張れたらいいって、そう思ったんだ。
なのに彼女はもう、いないのか。
「――あれ」
そのとき、ふと気づく。
「ぬれて、る……?」
足の指が少し冷たいような。
手摺の下、今私が踏みしめているタイルの床が、少し湿っているような感覚があった。
ここに至るまでに私の靴はもうボロボロで、防水なんて見込めなかったらこそ気づけた。
そしてそれが、あまりにも大量に広がっていたからこそ感じられた。
「床が濡れ……まさか」
しゃがみこんで、触れてみる。
その、私の足元一面に広がる液体に、何故今まで気がつかなかったのだろう。
手摺にそって長くつづく水溜り。
いや、この粘り気と、意識を絞り集中してやっと感じ取れるくらい、薄い、においは。
「これ血、だよな」
気づいてしまえば、私は今までいったい、どれほど異様な場所に立っていたことか。
だけどそのカラクリは捨て置いて、私は理解してしまった。
こんな事を起こせるのは、心当たりは、一人しかない。
「――モモッ!」
私は周囲を見回しつつ、手摺にそって血を追った。
まだ近くにいる。この血があいつのものだとしたら、きっとすぐ近くにいる。
あいつは、待ち合わせ場所に来てたんだ。
106
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:06:54 ID:Zr01ncfk
「いるんだろ、モモ!!」
だったら、見つけてやらないといけない。
脅迫観念のようなものを感じて、ディパックを開いた。
取り出した小型の懐中電灯で、薄暗い廊下に続く微かな血痕を照らそうとし、
「……なんで」
そこで呆気なく、途切れた。
見失ったと言った方が適切かもしれない。
電灯が足元を照らした瞬間、そこにはもう何も無かった。
床には元のまっ白いタイルしか見えない。血の後なんて、もうどこにもない。
まるで最初から何も無かったように、さっきモモを感じ取れたことが、奇跡だったと言うように。
「なんで……だよ……」
あまりにも速すぎる時間切れ。
見えないなら、足跡は終えない。
呼んでも、返事はない。もう手はない。
だから今度こそ、私は道を見失ったんだろう。
何もない私は、目的のない私は今度こそ。
「……っ……」
ぺたりと、冷たいタイルの床に座り込む。
きっと濡れているだろうその感覚さえも、見失ったまま。
開けっ放しのディパックも、取り出した懐中電灯も、既に意味は無くて、放り出す。
同時に私そのものにすら、意味がなくなったような気がしていた。
「またか。また私は何も出来ずに……」
多分その時、一度折れた私の心を支えてくれた何かが、無くなった。
身体が、くたりと脱力する。
私の力じゃ、結局ここまでが限度だった。
見つけられない、どうせ駄目なんだろう。
これ以上は、頑張れない。もう、無理なんだって。
「は、そっか。じゃあ、ここまでなのか……」
透明な血溜まりの中で膝を突いた私は一人。
今度こそ簡単に、諦めることが出来そうだった。
「――?」
なのに、カタカタと。
傍らのデイパックの中に、何か、金属的な音が、聞こえて――
◇ ◇ ◇
107
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:07:27 ID:Zr01ncfk
私の世界はいつもぼやけていて、ハッキリしないものでした。
古い写真のように朽ちた、モノクローム。
あるいは白黒テレビを俯瞰するかのような、生気のない灰色っす。
私と、私以外の全てが、触れ合う事の無い。
誰も私に触れようとせず、私自身も他人と関ることを避けていました。
触れられない、関らないということは、いないことと同じ。
他人にとって私はそこにいない。私にっても、他人はそこにいない。
私しかいない世界だったから。
自分一人しかいない場所に、きっと色なんてある分けなくて。
だから私の世界は、いつだって灰色に、くすんでいたんすよ。
でもそれは、私にとってはあたりまえの日常だったから。
『私は君がほしい――!』
だからあの日、それを打ち砕いてくれたあなたの言葉が、嬉しくて。
私の世界にもやっと色が、見えた気がしました。
今はもうよく思い出せないけれど。
それでもあの時確かに、あなたと出会って、あなたと過ごして、
あなたと一緒に夢を追った日々は確かに、輝いて、見えました。
綺麗だって、思えたんすよ。
楽しいなって、私は生まれて初めて、
ずっと灰色だった世界が色づいて、やっと何かが始まったんだ、って思えたんすよ。
「……せんぱい…………」
でも、それは所詮、夢。
私の人生の中での、ほんの一年足らず。
刹那のように感じられた日々、あなたとの思い出の全て、泡沫のように。
目覚めたら呆気なく消えてしまうような、忘れてしまうような、そんな夢。
今は背中に冷たい床の感触と、見上げる天井の灰色しか、残されていません。
これが現実で、もう私にはそれしかなくて。
「……まだ……終わりじゃ……ないっすよね……?」
繰り返す、いつかの問い。
それはもっと以前にあなたに向けた言葉と、同じでした。
『――私と先輩が一緒にいる意味って、なくなっちゃうんすか?』
答えは貰えなかった、あの問いかけ。
これで私の夢はお終いなのか、と。
あなたと一緒に走りぬけた、日々の終わりを聞きました。
当たり前のようで、私にとっては夢のような毎日の、その終わり。
夢からさめ、元の場所に戻る。
あの灰色の世界に、戻らなきゃいけないのかなって。
「……せんぱい」
やっぱり今も、問いの答えはなく。
「…………せん……ぱい……」
でも、もう、分ってました。
答えは出ていたんすよ。
こんなこと、とっくに分りきったことだったのに。
108
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:11:09 ID:Zr01ncfk
「いやだ……」
あのとき、あなたを失った瞬間に。
ああ、夢だったんだって。もう、終わっちゃったんだって。
今、この体が『戻っていく』一つの起源の形を知れば、明らかに。
だって、だって、
「……嫌っすよ……やっぱり……いやだ……こんなの……」
先輩。
もう私は、あなたの名前すら、思い出せないんすよ。
「うぁ…………ぁ……」
無様に泣いても、何も変わらない。
あなたは戻らない、もう二度と。
ポロポロと、涙が溢れて止まりませんでした。
それは死ぬまで理解したくなかったこと。
『おまえの起源は、孤独だ』
だけど覚醒したそれは何よりも、雄弁に事実を告げてきて――
「消えないで……いなくならないで……一人に……しないで……」
私の中から消えていく、私の証明(あなた)。
『孤独』だなんて、
でもそんなくだらない二文字が、私の根幹を為すものでした。
『おまえには最初から、絆などと呼べるものは存在しない―――』
だから永遠に辿りつけないと言った、誰かの声。
求めたものは偽り。
追いかけたものは泡沫の夢。
「……そっか」
後はこのまま、消えていくだけ。
何も分らない、何も残らない。
私以外の全てが消えて、私自身も完全に消えて、それで、おしまい。
「――私は『孤独』だから」
力が、抜けていきます。
最後に私は、片手だけを無意識に上へと伸ばしていました。
何を掴もうと思ったんすかね。
目の前には、相変わらず灰色をした天井だけなのに。
109
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:12:33 ID:Zr01ncfk
「――私はここにいない」
自然と口をついて出てくる言葉。
それは昔の私がよく言っていた、口癖のようなものでした。
見慣れたモノクロームの世界の中。
消えていく私から発せられた声は、まるで祝詞のように、響いて。
「――私はどこにもいない」
それはただ一つの真実で、それだけが絶対で。
最後まで覆せなかった事実でした。
「――私は存在しない」
結局、言葉だけが真実を結んで終わり。
先輩という記号。
記憶の最後の一欠けらが消え失せる。
私が消える。
伸ばされた腕から力が抜け、
何も掴めない手の平は、軽く空を掻いて――落ちる。
「…………ばか」
その、瞬間。
「――え?」
それは、手の平でした。
落ちようとした私の手を掴む、誰かの両手。
「……ばか」
この手は、私じゃない、誰か。
私の隣にしゃがみ込み、私の手を握りながら泣いてる、女の子(だれか)の。
「ばか、だよ……おまえは……ほんとにっ……!」
他人の手に、ここに居ない筈の私の手が、包まれて、います。
私は呆然としてしまって。
そして――
「おまえは、ここにいるだろっ!」
瞬間、その一言が衝撃となって、私を貫きました。
110
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:13:35 ID:Zr01ncfk
「あ――」
「ここにいる、お前はここに居るよ、馬鹿モモ。
私の目の前に、東横桃子は確かにいる。
お前がここにいたから、私はここまでこれたんだ。
だからそんな、悲しいこと言いながら死ぬなよ……。
存在しないとか、自分を否定するようなこと、言いながら死ぬなよ……っ!」
彼女が呼ぶ名、私の名。
彼女の瞳に映る姿、私の姿。
私が、いる。ここに、いる。
モモ。
ああ、そうだった。
私は確かそんなふうに、呼ばれていて――
「私達は弱くて、小さくて、間違ってて、もう救いようのない馬鹿な子供で……だけどさぁ……。
一生懸命頑張ってた、必死だったんだ!
私達はここにいる、ここにいるんだっ!!」
「モモ」って。
呼んでくれる誰かがいたから――
「無駄じゃない、無価値じゃない、ここにいる!
私はそれを、誰にも否定させたくないんだ。
お前も同じだって、知ってるから。
だから勝手にそれを否定するなよ、しないでよ、モモ……」
……そっか、ここに、いたんだ。
あの日々に、私は確かに存在していた。
ここに存在するって、認めてもらえていた。
そしてそれだけで多分、もう私の夢は叶っていた。
ずっと求め続けていたもの。
絆は、ここにあったんだ、と。
思い出した私の頭上には、名前も思い出せない女の子の声と、涙。
「私は絶対に、忘れたりしないから。お前に負けないように頑張るから。
だから勝手に死んだりするな。
お前やり遂げるんだろ。最後まで生き残って、全部壊して、私も殺して、そうやって勝つんだろ。
大切な人を取り戻すんだって、言っただろ……!」
彼女の声が聞こえ、涙が私の頬を濡らしていくその度に、色が弾けるようでした。
あの日、先輩の手に初めて触れたときと同じ。
私の手と彼女の手が繋がって、世界が繋がったような錯覚でした。
灰色が砕け散り、色がキラキラと輝いていく。
111
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:14:37 ID:Zr01ncfk
それがもし、消えていく私の最後に見る、ただの幻だとしても。
またすぐに消えてしまう、泡沫の夢なのだとしても。
いいや、って。
綺麗だなって、嬉しいなって、私は不覚にも、また思ってしまったんすよ。
「悔……しい、なぁ」
「モモ……?」
「悔しい……っすね。あなたは……まだ、これを見続けられるのに……」
だから、心から、悔しい。
ぼやけた視界でも、痛々しい傷口に涙が入るのを、なんだか見ていられなくて。
震えながら伸ばした手を彼女の頬に当てました。
きょとんとした彼女が可笑しくて。同時に、やっぱり悔しいっす。
これ以上行けない私と違って、彼女はまだ生きているのに、夢を追い続けられるのに。
「こんなところで、なにやってるんだか」
ダメダメっすね、この人は。
それは何となく憶えてますし、分ります。
「あなたこそ……馬鹿な人っすよ……」
年上なのに泣き虫で、かっこつけるけど怖がりで、頑張るのに空回って。
ほんとぜんぜん、駄目な人。私の好きなあの人とは、似ても似つかない。
カッコいい先輩とは、正反対。
手を握ってもらっても、先輩に比べたらぜんぜん嬉しくない。
代わりになんて、なるわけない。
「ほんと、駄目駄目っすよ。でも……」
だけど、いつまでも見続けていたかった私の夢が、残念ながらここで終わりなのだとしても。
それでもきちんと最後まで、終わらせることが出来たなら。
覚めてもまた違う夢を、新しい夢を見ることができるって、
何故か今なら、信じることも出来そうだったから……。
その夢(きずな)をくれた『あなた』へと。
お礼とか、悔しいから絶対、言わないっすけど。
「じゃあ……せいぜい、頑張って」
しょうがないから、最後くらい激励を残します。
名前はやっぱりちゃんと思い出せないので、
いつも通り、なんとなく、思いついた言葉で呼びました。
泣き虫で、この先もずっと、涙の道を行くだろう彼女へと――
「みお、さん」
それきり、気がつけばもう、何も見えません。彼女の声も聞こえません。
暗くて何もない場所に落ちていく。
だけど手の平にはずっと彼女の暖かさを感じられたので。
不思議と、怖くも、寂しくもなかったっす。
112
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:15:13 ID:Zr01ncfk
この手を通して、私と彼女は繋がっている。
彼女を通して、私はきっと世界に繋がっていられる。
命が尽き、死ぬその時まで、もしかしたらその先も、消えることはないと。
そんなふうに、思えたから。
本当は悔しいけど。
ちっとも納得なんてしてないっすけど。
まだまだ、諦められないっすけど。
もっともっと、あの夢を見ていたかったっすけど。
それでも私は一人じゃない、孤独じゃない。
今、傍にいる彼女が、私の手を握り続けてくれる限り、彼女の瞳の中に私が居る限り。
私は間違いなくここに存在していて、そして私の中から、あなたは消えないから。
――ねえ、先輩。
私は最後まで、世界(あなた)と繋がっていられたっすよ。
【東横桃子@咲-Saki- 死亡/存在 確認】
◇ ◇ ◇
113
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:16:14 ID:Zr01ncfk
吹き抜けの見下ろせる場所に出来ていた血溜まり。
そこから壁沿いに少し進んだ場所。
備え付けられたエレベーター前の広間。
その床の上に、私は座り込んでいた。
「『頑張れ』って、そんな恨めしそうな顔で言われても……うれしくないよ……」
掴んでいたはずのモモの手は、消えていた。完全に。
最初からそこになかったかのように。
それは見えないだけなのかもしれない。
だけどもう一生、私は彼女の亡骸を見つけることは出来ないのだろう。
東横桃子は消えた、視界からも、この世からも。
「なに、死んでるんだよ。
お前はよっぽど、私より強かったのに、私より生きるべきなのに。
なんで……」
傍らには、重なり合った白と黒の短剣。
絶大なステルスを発揮していたモモの元へ、
私を導いたその夫婦剣を拾い上げ。
「お前まで……」
そして、何故か呆然とする。
弔いはするまでもなく呆気なく終わってしまった
死んでしまった、仲間が。仲間の死。
久しぶりに、心の中でもそういう表現をした。
「なんだ、じゃあ、どうせ殺せなかったってことなのかな」
簡単な事に今更気づく。
死なれて始めて、自分の認識を理解できた。
仲間、だなんて。
彼女にそこまで情を移していたのなら、そもそも私に殺せるはずがなかった。
結局、最初から、彼女と契約していたあの時から、私が彼女を殺せるはずも無かったのだ。
勝てるわけなかったんだ。こうなりでもしなければ、負けてた。
もし二人で生き残るようなことになったら、私は確実に、東横桃子によって殺されていたんだろう。
114
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:17:14 ID:Zr01ncfk
好ましいと思ってしまった時点で、敗北。
明智光秀には忘我で挑み、福路美穂子には彼女をよく知る前に手を下したから出来ただけのこと。
私には、私が好きになった人なんて、殺せない。
殺せるはずもなかった。やっぱり私は口だけだった。
なのに私は、モモに共闘を持ちかけていて。
「それってやっぱりさ……――っ!?」
ドン、と。
その時、背後から轟音が鳴り響いた。
おそらく、モモが何かから逃げてきた方角。
ショッピングセンター全体を揺さぶった衝撃は、身体が浮くかと思うくらいのものだった。
「なんだ、なにが……?」
答えるように、聞こえた声があった。
「――やれやれってなァ」
ジャリ、
と砂を踏みしめるような足音に、振り向く。
「ちっ、時間は多少回復したンだが」
そいつは――
「やっぱ傷の方は塞がらねェか。まァいい、それよりも、だ」
ショッピングセンターの壁を突き破り。
倒壊したはずの立体駐車場の方角から、
まるでここで倒れていたモモを追うように、私の目の前に現れた、そいつは――
「おい、散々逃げまわりやがってよォ。苦労したぜェ?」
悪魔のような笑い顔で私の背後に立っていたそいつは――
「……へェ」
ギラギラと呪いに染まったような、赤い目をしていた。
全身に憎悪を宿したように、赤い血で染まっていた。
115
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:20:08 ID:Zr01ncfk
絶対、こいつはとっくに、何人も殺してる。
殺人鬼。
そう確信させる、悪魔のような存在が、私を見ている。
「オマエ、か?」
問われている。
この脇腹を抉った火傷。
やったのはお前かと。
答えによっては一秒先までも生きられない。
なのに私は呆然としていることしか出来なかった。
「おィ、聞いてンだよ」
織田信長は言葉の通じない規格外だった。
話が通じたのが奇跡のような怪物だったと思う。
だけど、こいつはその点、更に意味不明の化け物だ。
例え言葉は通じても、話は絶対に通じない。
交渉なんて一切望めないと直感させる。
そんな化け物の目が、言ってる。
殺す、と。
お前を殺す、逃がさない。
とだけ告げている。
ならば如何なる手段をもってしても、それは止められないと分った。
「だンまりか。じゃ、もういいわな」
私の沈黙をどう受け止めたのか、化け物が一歩、踏み出してくる。
ジャリ、と。また砂を踏む音。
距離にして二メートルもない。
あと三歩も踏み出せば、奴の手は私に届く。
「…………ぅぁ」
唐突な窮地に、しかし私は抵抗する気などまるで起こらなかった。
だって、これはもうどうようもない。
一目見れば分かる。敵は私じゃかないっこない化物。
諦めが感覚を一瞬にして麻痺させ、金縛りにする。
そして同時。
ああこの化け物ならば、瞬く間も無く私を殺してくれるのだろう、と。
奇妙な安堵があったから、身を任せたくなってすらいた。
ああ、そうなんだ。
私は多分、こうなる事を心のどこかで願ってた。
116
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:23:55 ID:Zr01ncfk
――ジャリ。あと二歩。
「無抵抗、かよ」
死んでしまいたいと思ってた。
ずっと、私なんて消えてしまえばいいと。
私は、仲間を奪った存在が嫌いだった。
私は、自分を傷つける存在が嫌いだった。
だけど誰よりも何よりも、何も守れなかった自分自身が嫌いだったんだ。
――ジャリ。あと一歩。
「なンかねェのかよ。つまらねェ」
どうして私だけ残ったんだろう。ずっと疑問だった。
何人もの友達が死んでいく中で、何故自分だけが生き残ったんだろうと。
彼女たちの代わりに、何も救えない役立たずな自分が死ねばよかったのにって。
だけど一人で死ぬ勇気すらなくて、
再び友達に会える希望を捨てきる事もできなくて、ここまで生きていた。
何もかも中途半端だった。
――ジャリ。あと零歩。
「わかってンのか? 死ぬぜ、オマエ」
化け物の腕が、伸びてくる。
「ああ、そうだよ。抵抗なんてしない、だって――」
嫌だ。
怖い。
だけど、
「私が、死ねばよかったんだっ!」
最初からこうしておけばよかったんだ。
そうすれば、誰も傷つけなくてすんだのに。
誰も守れなくて、なにも出来なくて、目の前で幾つもの命を零して、とことん役立たずな私。
その上、今も諦めばっかり悪くて、人に迷惑をかけ続けて、
自分を騙すことさえ徹底できないから救いようがない。
117
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:25:24 ID:Zr01ncfk
最低な私。
さっさと消えちゃえばいいんだ。
それが望みだったんだ。
「……早く、やれよぉ!」
ほんとは今も怖くて、震えが止まらないけど。
でも目の前にある彼は絶対に逃れられない死そのものだったから、肝が座ったようなことも言えた。
化け物は、止まった腕を見つめながら笑う。
「自殺志願か。哀れだなァ、オマエ」
「気づかわれる筋合いもない。
あなただって人殺しのクセに。私と同じ、地獄行きの悪党のクセに」
「……ほォ? ひは、そうさ。違いねェ。分ってンじゃねェか」
少し表情を変えた怪物は、
けれどすぐに嬉しそうに笑って、ようやく私に手を触れる。
「なァるほど、そォかい。
オマエも悪党なら、それなりの最後をくれてやる」
そのセリフとは裏腹に、頭の上に乗せられた手はなんだか、撫でるような感じだった。
これから殺すって状況なのに、触れた感覚が不釣合いすぎて、笑いそうになる。
「それじゃァ……」
終わりの一瞬。
きつく閉じた瞳。
「死ね」
目蓋の裏側では走馬灯のように景色が巡っていた。
最後に思ったことは断片的な、言葉の羅列――
118
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:28:28 ID:Zr01ncfk
――ああ、やっぱり死にたくないな。
痛いのはヤダな。
もう一度みんなに、会いたいな。
このまま、終わりたくは、ないなぁ。
これまで信じていたことが全て、裏切られるというのなら。
いっそのこと、もしも、もしもの、イフの話があったとして。
それはとても幸せな幕引きがいい。
こんな結末には絶対ならない。
約束された、ご都合主義の、ハッピーエンド。
そう例えばピンチの時に、必ず助けてくれるような。
「――本当に、この世界にヒーローがいれば良かったのに」
ぼんやりとそんなことを、虚空に呟いたとき。
ポーン、と。
背後から、気の抜けたような音が、
――エレベーターの到着を告げる音が聞こえた。
119
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:29:43 ID:Zr01ncfk
「――――ッ!!」
私の頭を掴んでいた手が、引き剥がされる。
咄嗟に目を開けば、そこには凄まじい勢いで後方に跳び退る白髪の怪物と――
「……し、き?」
見間違えようもない。
凛とした、白い着物姿の少女が一人。
私の隣で、ナイフを片手に立っていた。
「……はは」
怪物と少女。にらみ合い、動きを止めている。
幻かと思ったけど、どうやら間違いなく現実みたいだった。
渇いた笑いが喉から漏れてきて、だけどなぜだか、涙が止まらない。
私は安堵しているのだろうか、それとも拍子抜けているのだろうか。
「……うん。やっぱりさ」
どちらにせよ、またしても死に場所を奪われた私は泣きながら。
目の前の少女に、こう言った。
「式は最高に空気読めないヒーローだよ。
いまさら、私なんか助けてどうするんだ……」
対して、ピクリと頬を動かした両儀式は――
「だからヒーローとか柄じゃないって、失礼な奴だな。
そっちの事情なんか知るか」
嫌そうに切りかえし。
ナイフを持っていない方の手を、私に差し出してくる。
「約束、なんだろ?」
約束――繋がり。
友達、あるいは共犯者との間に交わしたもの。
それはいつまでも私を苛むように。
そしてもう動けない筈の私を、これまでずっと立たせ続けたものだった。
『私の武器を託すから、私の敵を倒せ』
ああ、そういや、ここにもあったんだっけ、そんな契約(やくそく)。
120
:
crosswise - X side- ACT1『Don't say “lonely”』
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:34:39 ID:Zr01ncfk
「…………そっか、そうだったっけ」
力の抜けていた体が、また動き出す。
突き動かすものに従い、私は傍らのディパックの中から一振りの刀を取り出し、手渡した。
式は片手で受け取り、数歩前に出て、倒すべき敵と向かい合う。
それだけで、ことは済んでいた。
「あァ、ったくめンどくせェ!」
苛立ちを含んだ怪物の声、響く渦中。
未だ終われない私は、硬いタイルの床に、へたり込む。
「まァ、どうせ殺る相手だしな。
いっそここで白黒つけますかねェ」
「白黒、ね。ああ、いいよ」
そして、そんな私をよそに。
式は毅然として、目の前で始まる戦いへと赴いていく。
その後ろ姿。強い人の背中。
絶対に届かない、遠すぎる彼女の姿を――
「いい、なぁ……」
私はただひたすらに、羨望と憧憬を込めて、見送った。
【ACT Chain :『Don't say "lonely"』−End−】
121
:
◆ANI3oprwOY
:2012/06/18(月) 00:36:17 ID:Zr01ncfk
投下終了です。
122
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/06/18(月) 00:52:17 ID:T9GDZmn6
投下乙です!
桃の生死判定やっと来たか! 死亡/存在 にはぐっときた。
正直澪はもうこれ以上無理だろと思ってたところに絶妙のタイミングで助けに来る式がかっこいい!
そして、「ヒーロー」をここで使ってきたか…本当にもう、対主催とかマーダーとかあんまり関係ないところまで来てるな
123
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/06/18(月) 00:57:16 ID:raNZgR1.
投下乙です
ここでモモの存在が澪と絡んでこうなるのかあ…
そしてなんて絶妙なタイミングで式が来るんだよっ!?
「ヒーロー」かあ…
124
:
◆ANI3oprwOY
:2012/07/29(日) 00:28:18 ID:40tw09eo
,  ̄ 、
/ 、 \
´, / / / ヽ ヽ
!/ , ゙ /{/{ { |l ! ', ..
ノ' { A{-{、 ぃ ム从 ぃ やあ
イ/ヘノ小f_r㍉ ゙}/ィ_r㍉ 、ド ようこそ、よく来てくれたね。
"ヘいトト`¨ { ゞ'イ/八 . この梅昆布茶はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
ヘ圦 _ } フ"
ヽ〉、 t_ァ ,〈 うん、「まだ」なんだ。済まない。
_r'^リ ヽ __ イヾ、 ガンダムの顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
_r'^ iノ { ヽ、
_/ ム r‐ヽ ヘ、_ でも、このレスを見たとき、君達は、きっと言葉では言い表せない
/ ,′ 〉ミー―一=キ ヘ \ . 「ざわめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
´ j { 1 、 ハ ' 殺伐としたロワ界隈の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
; 〈 ( l ミ 〈 ! そう思って、このAAを用意したんだ。
; { ミ { 〉 } {
j { { ,,. ニ { 〉 ! じゃあ、投下延期の告知をしようか。
; { ニ {-‐ -―-} { !
! } / ( 〈 、 l l
_,rーへ ! { { ツ ! , ‐、,、_ ...
,.イ/ ,イ / `ー;、ゝ ミ {ー――――! /, ┴---ノ' 、`,ヾぃ
ヽ!! {_i ム 〈 ノ ヾ 〜、 ノ └rく{ / 〈 <_」 h l リ
゙irfラ⌒T1 丿 ', ; ! __,└|rf‐'‐'゙!jノ
'|:|ヘ___ノ!!´ ; ! ー ゙~ ||::〉 ィ||
|:|:::::::::::|| / 〈 ', |l:::ー:::||
125
:
◆ANI3oprwOY
:2012/07/29(日) 00:30:31 ID:40tw09eo
暑中お見舞い申し上げます―――イリヤスフィール
. -‐ァ…―- 、
. / ,:′ \
,:′ムv7 ハ :.
/ ,:′ | { { '. '
/ /―-:l '. '. } '. :i
//ムィ笊x\{\ト ハ } i|
/ x/} Vツ ィ笊V ,/ j八
-=彡 ,爪 , VツУ ,厶 \
/ イ 厶'‐ヘ,丶 __ / /::\\ 丶 『次の投下は8月中を予定してます。
/ / / /,/} 二ト、_ / x<::::::::::::::\丶 \:.、 具体的な日程が決まり次第、改めて告知させて頂きます。
{ / / イ / { rt厶彡⌒^ //ヘx:::_::::::::\ \:. __ おまたせして申し訳ありません。もう暫くお待ち下さい』
ヘ{ / / | i| >'´ _ __ //' ´ \::::丶:.__ _ \
. Ⅵ / | i| 〃 / 厂{{ ,〃 ` <⌒\ /⌒\:.
. |.: 八 { {{ / / _」{/ :.、 `¬=く \∩ /}/)
. |/ ≫ヘ{ /´: :て) ̄ ̄ 二ニ=≧r- 、 \ | l/ / /ノ
{ / /′: : :^ヾ: : : : : : : : : : : :| ` ‐- ー ' /
{ __ x彡 ヾ: : : : : : : : : :_:二ニ='彳 `ヽ.ノ
`マ⌒^  ̄ ヽ . ___
\ `>:、
\ /: : :.\
\ /: : : :_:_: : :、
\:、 /: : : / ⌒ \: :.
\ __ ノ: : : : :/ 、}
/^\: : : : / ;
/ `ニ=ァ /
/ / /
126
:
◆ANI3oprwOY
:2012/07/29(日) 00:31:53 ID:40tw09eo
―――― セット裏 ――――
||{ | lハ / |ハ } ヽ l、 ヽ { |
!lハ l |/ | ′ ! !ヘ } ぃ l
|_廴ム.{ { l / | ' l ハト\V , ――私はともかく、あなたのシャワー後姿とか誰得なの?
| {_  ̄ ‐- 、_ ! / ! / | / } }' /
!厶`二ニ弌__ `丶、_ ノ' _」厶 -} , '^¬| / /}
l ヘ : !ヘ、!{く_jT¨¨ヽミ ヘ ´≫云ニ厶辷_/ / ハ/
V l、| `ヾ¨´ ─- l _j〔ニツ _厶.イ / /
} ハ{ l  ̄ ̄´ / イ , '
|/ヘ、 | /´ , ´ /
`| } 厶イ
l ,{ / `
∧ 〈 l / ________________
{ ヘ `} ´ イ /
〉 くヘ `ー-- ____, < } < 僕得に決まってるじゃないか
}ハ ヽ、>、 _ /{ / イ |
 ̄ ̄ ̄/| / \  ̄ /⌒V }\_ \_________________
{ V >、 イ ! /}  ̄ ─-
j / / { >--‐ ´ } !// ――
………………………………………………ああ、そう
ネタまみれですが製作は大真面目に進めております。
アニメバトルロワイヤル3rd、一刻も早い完成のため鋭意執筆中!
127
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/08/08(水) 15:53:16 ID:bCMdyIUk
ようやく来た〜!
期待しています。
128
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/08/09(木) 00:17:18 ID:oCt4RzjA
いつまでも待っています
頑張ってください
129
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/08/10(金) 16:03:14 ID:plwg49Ds
久々に来たらおまw
130
:
◆ANI3oprwOY
:2012/08/27(月) 00:01:15 ID:3Ioc4Xa6
次回予告
空に発つ天使と悪魔。
地に奔る鬼と死神。
此処は地獄の舳。生と死の交差点。
凶気は凶器を侍らせ、狂気は驚喜する。
生きる者は戻るがいい。死ぬる者は進むがいい。
どちらであろうと、決して後戻りはきかない。
では存分に―――殺し合え。
[ crosswise - Xside- / ACT:force『WHITE & BLACK REFLECTION』 ]
「―――なんであろうと、殺してみせる」
8月31日、投下する予告日に君を待つ。
131
:
◆ANI3oprwOY
:2012/08/31(金) 23:57:08 ID:f4/VKf8A
お知らせ
事前に告知していた[ crosswise - Xside- / ACT:force『WHITE & BLACK REFLECTION』 ]の
投下ですが、予定よりも遅れます。
本当に申し訳ありません。
夜が明けるまでには投下します。
132
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/09/01(土) 00:19:50 ID:e4qaaNe.
了解
133
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/01(土) 01:56:05 ID:U7m51fhY
テスト
134
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/01(土) 01:58:16 ID:U7m51fhY
それでは投下を開始します。
135
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/01(土) 02:02:43 ID:U7m51fhY
焼け焦げた大地。
熱を孕んだ空気。
魔王と魔王の闘争の余波は未だ痕跡とはならず、周囲を浸蝕し続けていた。
紅蓮弐式は、直立姿勢で赤く染まった街に溶け、
ランスロット・アルビオンは、仰臥し停止した状態でなお、鮮やかに白を煌めかせる。
そのランスロットの装甲に背中を預け、スザクは両足を投げ出して座り込んだまま、沈黙していた。
そう遠くない場所で建物が崩れ落ちる。
周囲にたちこめる物の焼ける臭い。
炎の爆ぜる音は止まない。
視覚に、嗅覚に、聴覚に。今ここにある現実が伝えられる。
ここが戦場だということを、スザクは確かに理解していた。
だが、スザクは動かない。
ランスロットのエナジーは尽き、スザク自身の体力も既に限界を越えていた。
この戦局でできることは無きに等しく、どう動くにしても、それは命懸けの行為となる。
だからスザクは動かない。
安全策を採ったわけではなく、体力の回復を優先したわけでもなく、
ただ、今ここで、命を懸ける理由がない。
燃える街は熱く、しかしスザクの中に熱はなかった。
ゆっくりと、視線を上げる。
見えるのは、原型を留めぬほどに破壊されたサザーランド。
あの機体に誰が乗っていたかに疑う余地はなく、
あの機体に乗っていた人間がどうなったかにも疑う余地はない。
ルルーシュは、死んだ。
あまりにも明瞭すぎる死。
最後まで脱出装置を作動させなかったという事実が、その死がルルーシュ自身の意思だったことの証。
そして、サザーランドの更に向こうに、独り俯いて立ち尽くす少女。
平沢憂。
ルルーシュを、殺した人間。
ほとんど言葉を交わしたこともない、今は表情を窺い知ることさえできない少女に、スザクはかつての自分を重ねる。
トウキョウ租界にフレイヤを撃った、
守るべきものを自らの手で壊し、貫くべき信念を自ら折った、あの時の自分に。
今の彼女はかつての自分に似ていると、スザクは思う。
それは論理的な根拠など微塵もない、確固たる直感。
似ているからこそわかる。
浮き彫りになる差異。
彼女は自分と同じで、自分と違う。
同じだから責める言葉を持たず、違うから差し伸べる手を持たない。
しばらくの間、憂に向けていた視線を、スザクは再び空虚に彷徨わせる。
次に視界が捉えたのは、傍らに置いたデイパック。
ゆっくりとした動作でデイパックを手繰り寄せ、イングラムM10を取り出す。
安全装置を外し、銃口を口で咥え、トリガーに指をかけて、スザクは目を閉じた。
トリガーにかけた指に力を入れれば弾は出る。
この体勢ならば、何かのはずみで指に力が入れば、一発で自分の頭が飛ぶ。
冗談でやるには危険すぎるポーズ。
次の瞬間には死んでもおかしくないと、そうスザクは認識する。
だから――――
136
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/01(土) 02:04:15 ID:U7m51fhY
「…………………………」
――――意識が途切れたのは、ほんの一瞬。
気がつけば、イングラムM10は地面に転がっていた。
スザクは、自分の記憶にない一瞬を自覚する。
驚きはない。
予想していたことが、予想どおりに起こった。
引くつもりのなかった引鉄は、引くことのできない引鉄だった。
ただ、それだけのこと。
終わりにするための、最も容易で確実な方法は、選ぶ選ばない以前に、選べない。
選択肢は、とっくに奪われてしまっている。
「…………本当に、呪いだな」
スザクは嗤う。
何も守れず、何も為せず、
壊れて、尽きて、消えて、果てて、潰えて、
全てを失ってしまったと言ってしまえれば楽になれるのに、失ったものは、全てと呼ぶにはまだ足りない。
望むと望まないとに関わらず、続いている。
自らの意思で降りることは叶わない。
目指すべき場所はなく、止まれない理由だけが残された。
わずかに首を動かして見上げれば、瞳に映るのは眩い閃光。
不規則な軌道を描く、二機のガンダム。
鮮やかな閃光とともに轟音が紡がれ、奏でられるその上空は、どこまでも昏い雲に覆われ始めていた。
「………………?」
織田信長の死後も残り続け、天を侵食し続けているように、黒い影が空を満たしつつある。
内側にて円形の輪郭を象る太陽は昇り続け、じき南中にさしかかろうとしているのだろう。
「あれ、は?」
そして頭上で起こったもう一つの変化に、スザクは更に首を向ける。
不規則な軌跡を残して、交差する度に起こる震音。
頭上の曇天、その中心部。
――視界に映った異形の景色。
はるか上空にて、ヒビ割れていく天空。
これより始まる、最大の凶事が、彼の目の前にあった。
137
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/01(土) 02:05:19 ID:U7m51fhY
◆
◇ ◇ ◇ ◇
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
◆ ◆ ◆ ◆
◇
138
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:06:47 ID:U7m51fhY
揺るがす爆音と共に、騎士が猛然と大空を翔け走る。
紅の鎧、携えた盾、そして剣を持つ姿はまさに騎士と呼ぶに相応しい。
各所に残る疵跡すらも、戦の中で輝いた華として称えられる。
単なる破壊の権化ではない、確かな理念をもってして創り出された騎士道の体現。
それこそがこの機体、ガンダムエピオンを構成する骨子であっはずだった。
「ウオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
されど、全身から唸るのは獣の絶叫。
勇壮さとは程遠い、ただただ感情的な咆吼。
礼節も理性も欠いた虚ろなる叫びが木霊する。
声は、ひとつの感情で言い表せられるものではなかった。
遍く負の想念が混ぜ合わせられ、混沌とした魔女の鍋の様相を呈している。
張り上げて叫ぶ本人でさえ、その在処に思い至らないでいる有り様だ。
その手に握られるビームソードに包まれた、悲痛なまでに苛烈な破壊力。
慟哭と共に、悪魔と化した騎士は剣を振り下ろす。
それを正面から受け止めるのは、大柄の実体剣。
ビームソードとの接触部に激しい稲妻が迸る。
武器の衝突で生じる超高熱が大気を焼き焦がす。
戦場の光が、ふたつの機影を輝かしく映し出す。
「―――へっ……!」
柄を握る主は、異形なる股肱(ここう)を持つ機体だった。
騎士と趣を同じくする色は、しかし決定的な差異で隔たれている。
エピオンの配色を燃える紅とするならこれは血色の赤。
総身に裂いた敵の返り血を浴び染まった堕天使の色だ。
「血気盛んで結構なことで!!」
今乗り込む者が駆るためにコレは生を受けた。
彼のみが使うことを考慮されて設計された機体だ。
当然そこには、パイロットの性質が反映された機巧が成されている。
即ち、戦争。
戦い、殺し、滅ぼす。
それのみを求めて。それだけのために。
技術の粋を凝らして純然たる破壊兵器へと昇華される。
アリー・アル・サーシェスという男に染み付いた殺人本能を満たすべく、アルケーガンダムは駆動されていた。
この舞台に置かれて以来、最高潮の興奮がサーシェスを満たしていた。
戦争ばかりを愉しみとして生きてきた半生。
遂に見つけたガンダムという理想の兵器。
それを手にしたことだけではなく、こうして戦う敵にも恵まれている。
ましてや相手も同じガンダム、さらにあろうことか異世界の機体ときた。
ガンダム同士の戦いという、夢にまで待ち望んだ瞬間。究極のドリームマッチが今ここに成立しているのだ。
転生の受け皿となっていたこの悪趣味な肉体にも、ようやく生きる実感が手に入る。
その溢れんばかりの躍動を、闘争をもって具現させる。
互いに譲り合わず鍔迫り合った双剣が、威力を相殺して弾かれる。
ビーム刃は形成するエネルギーの欠片を散らし、
実体剣は刀身に付加されたGN粒子が辺りに撒かれる。
互いの武器が引かれ、相打ちとして一合目が幕を閉じる。
「ハァァッ!」
「おらぁっ!」」
それで終わるような気勢を持たないのはどちらも同じ。
息つく間もなく、次なる剣戟が交わされる。
叩き突けられる剣と剣。
剥き出しの牙が相対する獲物の肉を狙いかち合う。
疾走する本能は血を滾らせ、絶空の斬り合いは加速し続ける。
139
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:07:51 ID:U7m51fhY
機械を通した戦いであるはずなのに、二人の闘気は生身での斬り合いにも劣らず噴出している。
本人達にとって闘争の形であるのならば、そこに手段は関係ない。
刃が重なり合うごとに火花が狂い咲き、衝突で生じた暴風が吹き荒ぶ。
足を着ける地も移動を阻む障害物もない空間に、凄絶な音のみが炸裂する。
余裕も油断も一切なし。小手調べなどありはしない、単純明快なパワーバトル。
そこにあるのは力と力のぶつかり合い。
どちらが先に自らの渾身の一撃を敵に浴びせるかの、原初にして真実の相克であった。
宙に光の十字が編まれる。
二刀が交差するたび周囲が瞬き、甲高い嘶きが上がる。
断末魔。科学の粋を究めたる兵器は自然の法則にすら反旗を翻している。
数えるのも馬鹿らしいほど鳴り響く剣戟の鳴動。
終わりなく続く攻めの応酬。どちらかが倒れることでしかこの音は鳴り止みはしない。
そうでなくては、両者は納得することが出来ない。
常に刹那の行動を感じ取るモビルスーツのパイロット達の戦いは、時間の感覚も麻痺させていく。
何度目の打ち合いなのか、異様に細長い腕が握るGNバスターソードをひときわ大きく振りかぶる。
持ち主と同じくらいの長さを誇る大剣は、殆ど槍も同然のリーチからエピオンに食いかかる。
GN粒子の恩恵による刀身の強化と重力軽減の効果は、近接戦で絶大な威力を発揮する。
たっぷりの悪意を乗せて繰り出された赤の斬撃は、しかし慮外の力により軌道を逸らされた。
「―――ッ!!」
エピオンが右手に持つビームソードとは違う、強引に引き寄せられるような感覚。
刀身に巻きつくのは刺々しい熱鞭。
盾に収められていた状態から抜きざまに払われたヒートロッドだ。
粒子に守られ熱断にはいたらないまでも役目は十分。
掴んだ好機を逃さず、縛り上げた大剣を引っ張り上げて攻撃の手段を封じる。
「ガァァァッ!!!」
正面に伸び切り攻撃にも防御にも使えない右腕。それを永久に剥奪せんと翠色の刃が煌めく。
「ところがぎっちょん!」
突いたのが不意打ちであれば、それを止めたのもまた不意打ち。
態勢を突如として傾け繰り出されたのは苦し紛れにも見えた蹴り。
長足といえど決して武器を叩くには届かないだけの時間差。逆に切り落とすことも出来よう。
しかしアルケーの蹴足はエピオンに防御を取らせ、返り討ちにされてるはずの足は未だ放出されるエネルギーの粒子と拮抗している。
その謎は、サーシェスの格闘能力を存分に発揮するために隠された特異なる装備。
光の刃との接触しているのはアルケーの脚部の先端、爪先の部位から伸びていた赤い刃だった。
細長い刀身は爛々と輝き、そこにある命を喰らおうと大口を空けてにじり寄ってくる。
それに憤怒するが如く昂る光刃。
出力を上げるエネルギーが抑える剣ごと切り伏せんと激しく噴出する。
元々奇襲用だったのか蹴撃は呆気なく弾かれる。そも仕掛けた奇襲は二段構えだ。
「ぎっちょんちょん!」
逆の足から放出される赤き刃。足に装着されてる装備が片方にしかない筈もなかった。
腹目掛けて鋭く突き出された槍のような蹴りは、半身をすらした程度でかわされる。
そしてその時点で、ヒートロッドの束縛から逃れバスターソードの自由を取り戻すという役目は果たされていた。
「ちょいさぁ!」
再び解放される怪腕が逆襲を開始する。
意趣返しとばかりに次々と重い一撃を振り回してくる。
互いに損傷がない以上、当然エピオンもそれに劣らぬ重さで打ち出す。
にもかかわらず、戦いの趨勢はここにきて推移を見せ始める。
今まで互いに道を譲らず前へ加速を続けていたエピオンが、いつの間にか後退の姿勢に移っている。
見るからに明らかな要因は、アルケーの見せる戦法の変化にあった。
140
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:08:25 ID:U7m51fhY
バスターソードの真っ向からの唐竹割りにビームソードが衝突し明滅する。
しかし鍔迫り合いの下から迫る足刀が拮抗する間を与えず、すぐさま距離を取ろうとする。
そこを追撃する連脚。
盾で危なげなくいなすもその後に続く大剣が前進を許さず剣で止めざるを得なくなる。
手数に足数が加わったアルケーは一気呵成に攻め立てる。
ここにきて勢いづいた嵐はよりその風を強めて呑み込みにかかる。
右から来たと思えば左。
上の次は下。
直線曲線斜線死線、烈花の如く幾重にも織り交ざる。
処刑の鎌がエピオンを囲い、八つ裂きの極刑を断行する。
逃げ場のない刃の檻。三方向からの斬り切り舞。
間断なく繰り返される死の輪舞は、アルケーの手足を増殖した錯覚すら起こす。
百裂の斬音は隙間なく敷き詰められ、稲妻の雨に晒されれば細切れの残骸に変わるしかない。
腕と両足による三刀流。
数が増えるということはそれだけで大きな利点である。
手に握るそれとは異なる柔軟さは予測のつかない変幻自在な剣捌きを見せる。
リーチが大幅に広がるだけでなく、破壊力が大きくなったのも大きな強みだ。
人の身では到底不可能な技巧を為せるのは、それが機械仕掛けの悪魔であるが故。
操り手の修練と狂気の賜物であった。
ならば、その三連撃を受けながらも依然としているのは、いったい如何なる域の業なのか。
「―――ちぃっ!」
幾ら斬れども刻めども、エピオンの全身は些かも形を変えず存在している。
腕の大剣も脚の刃も、与える傷はどれも僅かに装甲を抉るだけ。
風を泳ぐ柳も同然によけされ、前に出された盾に止められ、あるいは強引に剣閃を払われる。
剣で編まれた結界は、領域内に潜り込む敵を問答無用に斬殺していく。
コクピットはおろか手足の一本も獲る事さえ出来ないでいた。
得体のしれない気味の悪さがサーシェスの胸中を焦がしていく。
己の連撃に逐一対応する手練。確かに畏れるべきことだがそれはこの戦慄とは繋がりがない。
ただ相手の技量が極めて逸脱しているからだけのことであり、驚嘆こそすれそれ以外に思うことはない。
では何か。何が、この傭兵に一抹の不安を駆り立てさせるのか。
最小の浪費で最大の効率を。無駄のない、足りなさすぎるぐらいに的確な対応。
定められたルーチンワークを繰り返す、人間的な機能が欠け落ちた機械仕掛け。
非人間な思考なぞは気に留めるまでもない。他ならぬサーシェスこそがその最前線に立つ者だ。
あるいは、それか。戦術でも理屈でもない、茫洋として単なる予感。
戦争屋、傭兵の経験則からなる勘のみがやがて訪れる危機に先んじて警鐘を鳴らしているのか。
"こいつ……何を見ていやがる?"
どうせ確たる理由もないのだ。ここは己の勘を頼ることにした。
こういう時はそういうのがよく当たる。戦場では何が起きても不条理ではない。
この世はすべからく不条理の壺。
有り得ないという言葉こそが、有り得ない。
ひりつく憔悴を抱きながらも、目の前の敵への殺意は色褪せずに怒涛の猛攻を突き続けた。
141
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:09:04 ID:U7m51fhY
どれだけ激しく素早いとしても、武器の数は限定される。
攻撃の手段はあくまで手と脚によるもので、実際の手数は有限である。
乱れ回る挙動に惑わされず、末端部の動きのみに注意を払う。
続く残影を追えれば、あとは延長線を読み取ればいい。
本来来るべき攻撃に、こちらから先に挟み込んで相殺する。
飽くなく繰り返される一連は、決して膠着状態にもつれ込んでいるわけではなく、蒐集を進めるためだ。
左足での切り上げ。右の剣で対処、打ち払う。
その場で回転しての連撃。範囲は狭小、数歩分の後退で回避。
慣性を利用した大剣の横薙ぎ。既存力学に合致しない加速度を観測。防御は危険、迎撃する。
流れる言葉は音でも文字でもなく、意味だけを伴って送られる。
知るのは目からであり、耳からであり、全感覚器官を通してからだ。
空想の中でしかない光景は数秒後の現実となって襲いかかる。
現実よりも数秒先に訪れる未来の光景。パイロットとしての反応速度、直感を踏破した地点にある世界。
戦術予報という枠に留まらない神の眼を与える装置、ゼロシステム。
エピオンと字されたこの機体が悪魔と呼ばれる所以。
かつて六人の研究者が造り出し、自らの手に余るとして封印した禁忌の匳。
脳内状態をスキャンし脳内麻薬の分泌料を増大させて急激な加減速の衝撃を欺瞞し、
カメラ、センサーから入る情報を、眼や耳を通さずダイレクトに脳へ送ることで機体との一体感を促す。
導かれるのは、より先鋭化された未来。『勝利』という一点のみの目的を極限まで突き詰めて実行させる。
人知の及ばぬ地点から戦場を俯瞰し送られるのは、その時点で起こり得る『すべて』の未来である。
自分が死ぬ未来。
味方が死ぬ未来。
死が襲い、死が迫り、死が殺す。
戦地において「死」の可能性がどれだけ溢れかえっているのかなど説明するまでもない。
数十数百に及ぶ死のパターンを見せつけられ、その中で最も適切な手段の対応を強いられる。
そこに待つのは目的の勝利ではなく、心身の破滅。
魔物に内側から食い荒らされ、廃される脳が至る末路である。
崇高な男が創り出した、されど悪辣なる絡繰りがその正体だった。
情報の暴力に耐え、乗り越えることが出来ていたのは、グラハムの精神性故だ。
未来を受け入れながらも自らを見失わず、システムの命令を押さえ込むだけの精神力。
曲がることを知らない、信念と呼べるもの。強き自己こそがゼロシステムの克服手段。
知らず乗り込んだグラハムはその条件に合致するだけの胆力を持ち合わせていた男だった。
だが今はただ、暴れ馬に振り回される哀れな騎手に過ぎない。
一方通行(アクセラレータ)との市街戦では制御できていた暴走。
天江衣を失ったことで失った心の平衡はかくも明確に表れている。
箍が外れ、手綱は完全に放られ、奔馬は暴虐のままに狂走する。
やがては跨る言もままならず、地面に振り落とされる。
手綱に足にを取られ引き摺られる最期が必然である。
「……が…………っ!」
―――否、本当にそうなるだけだろうか。
抜け殻とはいえ、それで終わるグラハム・エーカーであろうか。
「……は……あ―――!」
正しい歴史の上でなぞっていただろう、阿修羅に身を堕とす邪道。
新しい希望(のぞみ)を失い縋るように掴んだ目的。不倶戴天の敵との死合。
既に心が砕け、灰になったその身に、顧みるものなどひとつとしてない。
ならば今、型に嵌るのは道理。
それこそが本来のグラハム・エーカーの辿る道。
彼の筋書き(シナリオ)に記された、正しき有り様なのだから。
142
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:10:04 ID:U7m51fhY
押し寄せる荒波に身を任す。
全身を走り抜ける狂おしい衝動に己が指揮権を譲渡する。
我を忘れ、思考を放棄して、ただ欲するままに駆動する獣。
「――――――ァァアアアアッ!!!!」
ここに、枝分かれした歴史の流れは源流へ還る。
解き放たれる気迫に呼応して、エピオンの脚が動いた。
乱れ斬りが巻き起こる嵐の中心部に突き入れる。
足は、丁度アルケーの左脚からの蹴りの出鼻をくじくようにして見舞われた。
タイミングを読みきった鮮やかなカウンターにバランスを崩し、攻撃の雨が一旦止む。
すかさず前進し、たたらを踏み僅かな間だけ無防備となった頭部に―――
「ぎっ!!」
左腕に取り付けられていたシールドが叩き込まれる。
アイカメラに亀裂が走り、サーシェスの見るモニターで砂塵が荒れる。
揺れる操縦席。塞ぐ視界。
一瞬といえど開いた隙間、生じた空白に紅い影が懐に潜り込む。
こうなると長身長足、長大武器による間合いの広さが仇になる。
続けざまに、号哭する殺意がコクピットを穿つ。
切っ先から峰までが一律凶器のビームソードの刃渡りが、胸部の中心に吸い込まれる。
間近まで接した死に、感情よりも脊髄に流れる電流が真っ先に反応した。
駆け巡る電荷(レディオノイズ)が、脳髄を追い越して全神経を支配する。
表層に出た本能が、秒間での動作で危機を払拭させようとかき乱れる。
「――――――っぁ!!」
項を冷や汗が通り、全身をよぎる興奮。
全体を大きく捩り胴体を貫かれること態は避けたが、サーシェスが持ち得る超加速をもってしても完全に回避することは叶わなかった。
装甲が浅く削られ、内部の露出までには届いてないものの薄皮一枚の境界。
運良く外れてくれたが、運が悪ければ確実に死んでいたぎりぎりの線。
「あっぶねぇ……なっ!」
同時に、危機から好機を拾おうと周到さを見せるのは傭兵としての生き汚さからだ。
仰け反りになった態勢ながら、反転した事でエピオンの裏を取る形となり、背後より大剣を勢いのまま振りかぶる。
それすらも予期していたと、待ち構えていた熱閃。
アルケーを焼き切ろうと鎌首をもたげているヒートロッドに、前進を躊躇させる。
コクピットの前を通り過ぎ、エピオンの振り向きざまの一閃が重心のかかってない大剣を弾き出す。
その勢いのままエピオンが切りかかり、ふたつの武器がかち合う。
機先を制されてる分、天秤は光を持つ方へと傾く。
「い……っ!?」
確認した事実に、今日何度目かも知れない戦慄が走った。
刃が交差する支点、ビームソードを受け止めているGNバスターソードが、溶け出している。
GN粒子がもたらす万能性など一笑に付すと、大剣を覆う加護を侵していく。
"ピーキーにもほどがあんだろうが……トチ狂ってんじゃねえのか!?"
三つ織りの凶剣を一太刀のみで圧倒する一塊の暴力。
アルケーは常に先手を撃たれ、攻撃の起点から潰されて封殺も同然に追い込まれていく。
こちらの動きを全て熟知しているかのような手捌き。サーシェスの直感が最悪の姿で出てきた。
凄まじい運動性能だ。出鱈目さは筆舌に尽くしがたい。
寿命を削る凌ぎ合いを経て見えた、敵機の性能に舌を巻く。
近距離での斬り合いに特化された設計。凡そまともな所属のものではない。
組織ではなく個人による手で造られた機神は、構成する概念に至るまでが一般の埒外だ。
143
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:11:40 ID:U7m51fhY
それを自分の手足の延長のように操るパイロットの技量もかなりのものだ。
得ている情報を消去法で突き詰めていけば、相手方はグラハム・エーカーだと想定できる。
押しも押されぬユニオンの元・エースパイロット。四年前から行方知れずだったらしいが、腕は健在のようだ。
蝕む絶望。零れていく勝機。
破滅が足音を立てて近づいてくるのを確信しても―――サーシェスは愉しむ事を捨てようとはしなかった。
"いいね……そんぐらい突き抜けた方が潰し甲斐があるってもんだ!"
乗機、乗り手、共に申し分ない。
想定とは違ったが、予感は間違ってはいなかった。
この戦争に相応しい実力を持っていてくれた。
抑えが効かない欲望が身から弾け出てしまいそうなぐらいにのたうち回る。
その一方で冷静な思考は戦術の理論構築を忘れず。
相手の格闘能力を測定してその対策を推し量る。
シートの座り心地も馴染まない新造の肉体では、あの豪剣には対抗し切れない。
専用の愛機だからこそここまで扱えているのだ。違う機体であったのならとっくに細切れだったろう。
接近戦では向こうに軍配が上がる。そこは認めなければならない。
とはいえ、それまでだ。
判明するのは、単純なひとつのこと実だけ。
たかだかの一要因で戦の敗北は決定されない。
近づいて勝てないのなら、離れればいいだけ。
譲れぬ意地、得意分野への矜恃なんてものはない。
わざわざ相手の土俵に入ってやるようなお遊びもなしだ。
戦いは、勝つが為のものなのだから。
「いつまでも……調子に乗ってんなよ!!」
渾身の力を込めて右腕を回す。
同時に両脚に伸びるビーム刃が急所を狙いに行くもあえなく逸らされる。
はじめから目的は時間稼ぎ。見えた好機をこじ開けようと、アルケーの腰部のアーマーが裂ける。
魔獣の顎から、収められていた必殺の牙が剥き出しになる。
悪意に研がれた歯々が、一斉号令のもとに抜かれる。
「行けよ、ファング!!!」
吠える必殺。
弓引かれる無数の鏃(やじり)。
十基のGNファングが空を舞う悪魔を堕とすべく射出される。
無線誘導端末による遠隔操作兵装は、パイロットの指定により自在なオールレンジ攻撃を可能とする。
それがパイロットの技量に左右されることはいうまでもなく、それゆえにサーシェスにとって虎の子の一手だ。
展開されたファングは狩人の意のままにその熱線を照射する。
擬似太陽炉の毒々しい輝きは、ヒトの身を蝕む毒の華。
獲物の肉を裂き喰い破るべく悪念の子らが炸裂し襲いかかる。
「この……武器は―――――――――!」
放射された牙を見て、グラハムが忌むべき記憶を呼び起こす。
今の武装には見覚えがあった。
間違いない。
ハワード・メイスン、オーバーフラッグを貫いた牙。
嘗ての戦友の命を奪った射撃兵器だ。
「……貴様ッ!」
沸騰する脳。
憤怒がグラハムの中に沸き起こり血管を突き破ろうとする。
見れば、対峙する機影は過去の記憶にある敵と相通ずる点が感じられる。
それは幻視か。その場の感情に任せたくだらない妄想か。
ただ確実なのは、あの機体を引き裂き爆散させてやりたいという悪意は、偽物ではないということ。
先端にビームを集積させ、直接喰らいつきにきた四基を加速をつけて飛び退いてかわす。
その裏を取るように、旋回していた四基の銃口が閃光を撃つ。
あらかじめ到来を予期していたグラハムは焦ることなく速やかに対処。
一発は僅かに首を逸らして消え去り、一発を左の盾、残りの二発は剣で受けて止めた。
最後に上と下から挟み撃ちにきた二基は更なる加速で範囲から越えてやり過ごした。
144
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:13:30 ID:U7m51fhY
都合十発の赤光を凌いだグラハムだが、状況は好転せず次なる弾幕に晒される。
ファングの波状攻撃は間断なく続き、全方位に渡り周回しながら釣瓶撃ちにする。
互いの距離が分かたれた時点で、エピオンは攻撃権を失った。
決闘用モビルスーツという奇特極まる思想で設計されたエピオンには、射撃に類する武装の一切が組み込まれていない。
右の剣で斬る。
左の鞭で斬る。
敵を討つということについて―――『近づいて斬る』という他に、手段がないのだ。
「条件はクリアしたってね。んじゃ今度はこっちの番だぜ!」
ファング相手に拘っている間に、サーシェスはアルケ―を上空に飛ばしエピオンの上を取っていた。
エピオンの驚異的な特性、それとその弱点。
敵のウィークポイントを把握したサーシェスはもはや徒に近づこうとはしない。
剣が届く範囲の遥か外から囲い撃ちにして疲弊させる戦術を選んだ。
GNバスターソードの中心部が開き、隠されていた銃身が露になる。
ライフルモードへと機能を変えた銃砲から無数の火が炸裂する。
雨霰と降ってくる閃光を、エピオンは悉く見切り、かわしていく。
紅の鎧にはただの一発も当たらず粒線は地上に落とされる。
しかし正確無比に機体を狙う弾幕は、両機との距離を広げるという役割を十全に果たしていた。
そして、離れるエピオンをファングの一群が逃がすまじと弾雨を散らす。
縦横無尽に飛翔するファングと、その穴を埋めるアルケーの精密な援護射撃が追いに追い立てる。
エピオンは乱れ咲く火線の槍を前に一向に間合いを詰められない。
攻撃方法が接近しての格闘戦しかない限り、この赤光の洗礼を掻い潜るのは至上命題だ。
直撃こそないものの起死回生の機会は訪れず、攻めあぐねるまま銃撃から逃げ回っていた。
動きを学習し先読みを重ねているのはなにもグラハムだけではない。
先の打ち合いを材料に、サーシェスもまたエピオンの機動を予測していた。
煮え湯と苦渋の味も、経験として内に取り込むのが傭兵の習わし。
四方八方から寄せては消える魔弾と魔牙。
時間をかけて一刻と削り殺していく蟻地獄。
狩りの手際は滑らかに、着々と獣を仕留める段階に入っていく。
「……………………あ?」
違っていたのは前提か。。
目の前のコレを、畜生に置き換えた事自体が、消えようのない過ちだ。
宙の中で、小さな花火が弾けた。
人からしてみれば大きな爆発。
けれど空を飛ぶ今の支配者からすれば掌ほどの焔が一瞬吹く。
破片(もえカス)は散り散りに景色に溶けてなくなる。
仕事を誇るでもなく、火付け人は次の火薬(えもの)に手を付ける。
「――――――鈍(ノロ)い!」
一輪。
二輪。
腕を振るうたびに華々しく散り逝く。
貯蔵されたGN粒子が炸裂し、外装を微塵に吹き飛ばす。
音速で飛び行く小型の牙を一刀がへし折る。
中心を廻るガンダムエピオンの傍を通り過ぎたファングが、次々と叩かれ、墜とされる。
腕が回り、光の線が残る度に、赤い蜘蛛の巣の糸が解れていく。
焼き付いて離れない、在りし日の朋友。
絡みついて逃がさない、黄金の髪。
戦闘行為における感情には不要と判断し削除にかかるシステムに、徹底的に反感する。
譲れない。
この怒り(おもい)だけは、断じて渡してやれない――――――!
降り注ぐ弾幕が薄れる。
戦場を包みあげていた魔気が濃度を下げる。
燃料が尽きたファングが補給のために本機へと戻っていく。
充填は容易。
たとえ一瞬砲身の守りが消えようとも、間を空けるのに腐心していれば十分に稼げるだけの時間。
だが当然、その都合に合わせてやる気など欠片もなかった。
145
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:14:55 ID:U7m51fhY
人型であった騎士がその威容を組み替える。
脚部が股間ブロックごと移動し頭部を超えて背部に折り畳まれる。
指が引っ込み、腕に付けられていた爪が伸びる。
盾に付く熱鞭を尾につがえ、大きく翼を広げる。
「変形しただと!?」
爪先を首になぞらえた姿は、さながら伝説の双頭竜。
高速移動用の飛行形態へと変形を完了し、雄叫びの如きエンジン音を張り上げた。
今までにない加速を伴って紫煙の混じる大空を舞い上がる。
予想だにしない高機動に、近づけまいと銃身を向ける。
業火の温度で焼き尽くす閃光の照射。
だが未来を見通す千里眼には、それすらもが古い過去にあるのか。
塗り潰すように空のそこら中に引かれる赤い線は、何一つとして汚してはいない。
内装機器の配置を組み換えて向上した機動性と航続性は人型時の比ではない。
銃口の先端から煌めく燐光が飛び出す時には、狙い撃つべき標的は姿を消している。
指先を動かすだけで回避が叶うのは、逆にビームの方から横に逸れていくようにすら感じ取れる。
悪魔の意をもって、エピオンの速度が急激に上昇される。
音速の壁を突き破り大気の絶叫。
あるいはそれは更なる加速に狂喜する嘶きか。
阻むものを振り切り、双首の怪竜は迷わず本丸目掛けて直進し続ける。
速度を落とさないまま、機体もろとも特攻でもしかねない勢いで空間を侵掠していく。
「――――――っ!!!ちぃ!」
雷鳴の如き神経が、飛び散る憤怒を過敏に察知した。
だがそれはサーシェスの絶命を予期したものではない。
驚天こそしたが、電撃能力が編み込んだネットワークは警鐘を鳴らした。
即ち、迫る豪速に自分は反応できている。
緩慢となる体感。ゴムのように間延びする時間のなかで指が踊る。
剣が縦に立つ。
両手で大刀の柄を握り来たる数瞬後に構える。
血流の流れが加速する。
帯電は痺れを起こさず、静かに血管の収縮を早送りにする。
それは生身の話だけで、戦闘に用いる機動兵器には何の進化ももたらさない。
用いるのは反射の強化のみ。
現在(いま)を限りなく未来(さき)に近づけて―――
「こいつで、お陀仏――――――!」
雲耀の速度で、前の前の過去(てき)絶つ―――!
「 !!!!!」
ならば魔手は、刹那を掴んだ。
再度組み変わる機構。
悲鳴を上げる各機関。
無理だと叫ぶ部品(パーツ)の嘆願を一切無視して断行する。
乖離する自我に、鎖を巻き直して
急速な変形によって態勢が変わり、空気抵抗をもろに受けることで機体が急停止をかける。
のみならず、一時停止させたブースターを再点火し。
死にかけた推力を上方へ持ち上がる全身。
そうして瞬間的な推力を得て、目の前の剣の上を飛び越えた。
「ァ―――!ガ……………ハ…………ッ!」
空力に真っ向から反抗する、もはや隷属とすらいえる魔技が生んだ超機動。
その代価に発生するのは、肉を骨から引き剥がす爆発的なGだ。
失神は免れないだけの衝撃を満身に浴びせられたにも関わらず、グラハムの意識は刈り取られない。
脳内を走査して発生する異常を計測し、先んじて脳内麻薬量を増大させ刺激情報を欺瞞。
ゼロシステムの本領、殺人的な加速に順応させる機能はパイロットを完全な操縦装置に仕立て上げた。
「ガン……ダムウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!」
紅く、螺旋に廻る。
愛を。怒りを。悲しみを。
男の抱えるものを巻き込んでその範囲を増していく。
鼓膜を突き破る裂帛の気合いのみが耳に通っていく。
魂魄すらも燃やす灼熱。遂げられる咆吼と共に落とされる一閃。
血色に濡れた天使の右肩に入り、そこから先を奪い去った。
146
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:17:33 ID:U7m51fhY
「……ッッッ!!!!」
泣き別れになる腕を憎悪の視線で眺めるサーシェス。
感知すれば即座に電荷を流して瞬間的に動作する反射神経。
体内の稲妻を感知するだけの速度でもでなお反応できなかった。
電速ですら追従しきれない、人智未踏の領域。
まさしく神速と呼ぶに相応しい。
「ファング!!」
再び放たれる牙の群れ。
GNファングの第二陣が、推進剤のGN粒子を尾に引いて乱れ飛ぶ。
飛行するエピオンに追従して周囲を囲み、進行方向を阻む。
退避進路に先んじるように、巨大な鳥籠となってエピオンを覆う。
「鈍いと―――既に言った!!!」
走る剣閃は、果たして何本だったのか。
その判断もおぼつかないまま、守りは再び零に戻される。
半数に減ったファングは更に二分され、魔剣の路の中に呑まれた。
返す刃が、すぐさま追撃の太刀に移る。
位置は上を取られたまま。依然としてエピオンが圧倒的な優位。
たかが武器を落としただけで剣を降ろす道理はない。
これは誇りある決闘などではない、純然たる殺し合い。
敵は首を断ち、心臓を抉り、五体を斬り飛ばし全身を爆散させて勝利は完了する。
残った左腕の盾から展開されるビームシールドは、振り落とされた剣を受け止めている。
今度は反応が間に合ったという安堵を起こす余裕はない。そもそも安堵など不可能だ。
剣は、盾から離れない。
残された結末は数少ない。
盾を支える関節部が砕けるか、態勢を維持する操縦桿が曲がらないか、盾そのものが限界に達するか。
あるいは、このまま―――
「ぐ―――おぉぉぉぉあああああああ!?」
雲を切り、直下する両機。
胃が逆流するような不快感と浮遊感を押し込めるが、知ったことないと殴りつける重圧は留まるところを知らない。
防壁に止められたまま、エピオンはスラスターを下方向へ噴射した。
GNドライブの超常のエネルギーは、ゼロシステムという魔導の兵器に屈し。
落下加速も乗せた垂直降下は、重力軽減効果の限界を振り切ってアルケーを叩き落とす。
「ヅァアアアアアアアア!!!」
地に鳴る天雷。
地殻変動でも起きたのかと思うほどの轟音が、大地に強く響き渡る。
とっくに半壊だった建物の上から、天使の硬質な体がとどめとばかりに敷き倒す。
立ち込める白煙の先。
墜落した機体は分解こそしておらず、元来備わっている頑強さを思わせる。
だがここで自壊を始め決着がつかないでいたのはむしろ不幸だったのか。
見下ろす魔神(マシン)から滲み出る呪詛の念は、減衰を見せず渦巻いてる。
敵の戦力。大幅低下。
右腕喪失。遠隔兵装半数破壊。左腕盾使用不能。
攻撃への対処方策―――回避不能。防御不能。行動不能。
勝利。確、実。
147
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:18:56 ID:U7m51fhY
「ハ―――――――――――――――」
敗北の可能性がまっさらな空白と化していく。
勝利の瞬間が、確定した未来となって目に映る。
見た事もない敵の狼狽する顔が、頭の中に浮かんでくる。
為す術なく叩きのめされ、地に伏し、苦悶する心中が、自分の意識とないまぜになっている。
「は、ははは……ははははは――――――」
擦れた声が漏れる。
自嘲であり、自傷でもある笑い声。
始まってみれば勝負は歴然。圧倒的な差で軍配は下った。
なのにこの情けなさはどうか。
埋まらぬ空虚さはなんなのか。
この戦いに果たして、意義はおろか価値すらもあったのか。
笑い種だ。
そう、結局は滑稽でしかない。
これだけの力を引き出せるのなら。
これほどまで戦う事が出来るのなら。
この奇跡(チカラ)を、どうして私は、あの時に起こせなかった―――――――――――――――!
「ウオオオオオオオオオアアアアアアアアア―――――――――!!!!!!」
激昂する雄叫びに合わせて急降下をかけるエピオン。
過去に蟠る憎念をも清算せんと一層の力が入る。
アルケーは起き上がろうと身悶え、足からの刃を出すがどうあっても力不足だ。
命中確実。必死確定。
生にしがみつく執着心そのものを融解させんと、翠の魔剣を振り下ろした。
「 」
だから、気づけなかった。
自分と敵とを結ぶ中間にある、白い絶対の領域に。
「?!?!?!?!?!」
触れた途端、跳ね返る。
過程が巻き戻り、結果が覆る。
決着と決め、限界まで張り上げた加速で振るった斬撃は、敵を両断するに足る威力だった。
その破壊力が、そのまま反射される。
衝撃はエピオンのみならず、機体の中にいるグラハムにまで及ぶ。
不定形のビームソードは“ソレ”に接触した瞬間に四散、爆裂。
柄から噴出されるエネルギーを根こそぎ隷属され拡散ビームとして反逆する。
加速と重量がもたらず破壊力も加わり、地上に出現した太陽の火がエピオンを薙ぎ払う。
翼を焼かれ海に落下した勇者の如く、機神は再び冷たい地面へと叩き落とされた。
◇ ◇ ◇
148
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:28:19 ID:U7m51fhY
長く冷たい廊下の死線にて、悪鬼と死神は対峙し合う。
壁にぽっかりと開けられた大穴。
そこから吹き抜ける風が、悪鬼の血化粧を撒き散らした白い髪を揺らして通り、死神の纏う白い和服の裾をはためかせて過ぎていく。
「――――――――――――」
両儀式は必殺の業を備えて。
一方通行は必滅の意思を携えて。
双方共に、銅像のように微動だにしない。
このショッピングセンターの外でも戦闘が起きているのか、遠い蒼穹(そら)からは空を切り、金属が弾き合う音が鳴り止まず響いていた。
されど吐く息一つ、鍔鳴りひとつ上がらない。
風も、地も、すべての存在が固唾を呑んで静観している。
「――――――――――――」
戦の前に言葉はない。
語り合えるほど、両者の関係は深くはない。
皮肉も挑発も、行うには相手の事情を知り得ている必要がある。
それをするには、二人はお互いのことを知らなすぎた。
邂逅はただの一度。接触はほんの一瞬。
名前と姿、少しの力を知っただけ。
偶然道ですれ違ったというだけの、赤の他人でしかない。
何を思い、何故戦うか。その共有すらも済んでいない。
理解など不要。
対話は無意味。
好意も敵意もない相手などただの障害でしかなく、かける言葉も温情もない。
一秒先にでも爆発しそうな空気を押さえ込んで、その瞬間を待ち硬直している。
十分、それとも一時間か。
時間の概念は崩れ去り、一秒と一時間は同じ針を進める。
戦域からちょうど外れた廊下から、秋山澪は対する二者を眺めていた。
「――――――――――――」
生唾を飲み込むことも躊躇する。
体は、大気が凍りついたみたいにその場から張り付いて動けない。
援護すべきという考えも、足手まといにならないよう逃げるという発想も浮かばない。
地獄の一日を乗り越えた成果なのか。
人の死を、害する者の殺意を、無自覚に感じてしまう。
拙いながらも、澪は戦いの空気というものに馴染みつつあった。
そして、ひとつの小さな確信にも似た思いがある。
勝負は、おそらく一瞬で決着すると。
149
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:29:11 ID:U7m51fhY
"さ、て。どォやって潰そうかねェ……"
脳を泳ぎ回る狂気が、目の前の命を喰らえと吼える中。
一方通行の中でもっとも冷えた部分が、ここは待てと指示を下す。
不完全燃焼のまま行き場を失わせないために、溜めに溜めた殺意は最大の一瞬まで蒸溜させておかねばならない。
冷徹な思考の元に、暫しの時を観察に費やしていた。
彼我の距離は大凡にして十五メートル。
先の空中戦を考慮に入れれば、斬撃に踏み込むまでは一歩と少し。
両儀式には、この長さも間合いから僅かに外程度でしかない。
そして一方通行が、その動きに反応が間に合うギリギリの距離でもある。
回避を選べば、初撃はなんとかかわせるだろうかという死線。
卓越した剣術家の刀は、それだけで強力な結界と化す。
接近戦において、一方通行は両儀式の足元にも及ばない。
その一撃が防御不可なのは承知済み。
かの右手と同じ、能力そのものをシャットダウンする能力。法則や理論に基づかない正真正銘の超能力。
『反射』の壁を容易く抜けて、一太刀でも受ければそれで終い。
それに耐えきる体力は己にはない。
"とっと殺ッときャよかったなァ。心の贅肉ってヤツか?"
ここまで近づかせたというのがなによりの失態だった。
街中での戦いでも、何よりそれを優先して対策を取っていた。
決して敵を踏み入らせず、常に遠距離からの投射で始末をつける算段だった。
閉鎖された空間。目視できる距離での相対。一騎打ちしかあり得ない状況。
どれもが一方通行にとって非常に不利な戦場となっている。
考えるまでもなく、撤退は初めから却下だ。
反撃に転ずるならともかく、戦闘そのものを放棄することなど、考慮にすら値しない。
自分に逃げ場がないというが、それは向こうも同じ。
すぐそこに殺すべき敵がいる。
横からの余計な介入も、今だけは止まっている。
制限時間も一合を済ませるには十分なだけ残ってる。
それでどうして、逃げる必要があろうか?
あるのは進撃、ただ殲滅あるのみ。
そのための的確で、効果的で、確実な手段を模索する。
点での攻撃は無意味。
拳を打とうが銃弾を撃とうが、あの速さの前では全てが無意味だ。
命中しても、急所以外を犠牲にしてでも接近し斬りかかってくるだろう。
いや、手の刀を落とさない限りは、たとえ頭部が落ちても振りかぶってくる危険すらもある。
事実がどうあれ、そう思わせられるざを得ない、逸した敵であることは否めない。
攻めるなら、やはり面となるか。
近づいてきたところを、逃げようのない範囲攻撃で仕留める。
ガラスの破片や石の飛礫、凶器の種はいくらでもある。
交差法で迎え撃つ、いわゆるカウンターとよばれる技法。
速すぎる走力の影響は敵にも自身にもふりかかる。
飛び込んでくるところに散弾をばら撒き自滅を図る。
これもまた、綱渡りのタイミングが求められる難業だ。
"……それでも足ンねえな。散弾じャモロに当てねえと大して効かねえし、デカすぎてもよけられる。動きを止めさせることが重要だ。
結局、動くしかねえワケだな"
空中で踊りあった「動」の戦いとはうってかわる、しかしまぎれもない命懸けの闘争。
西部画劇での銃撃が如く、先に動いた方が撃たれるというギリギリの一線。
チェスや将棋と同じ、先読みに次ぐ先読み合い。
精神力を凌ぎ合う「静」の戦いだった。
150
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:29:55 ID:U7m51fhY
どうやら、それがいけなかったらしい。
――まだか。
――はやく。
――さあ。
――さあ。
――いますぐに。
――目の前のそいつを……。
"あァァもううるせェなあ黙ってろそンなに急かすンじャねえ今すぐヤッテヤルデスからよおォォォォ!!!!!"
昔も今も未来(このさき)でも。
一方通行という者には、待ちという戦術が能力的にも性格的にもどうしようもなく向いていない。
いくら脳に燻る悪意が戒めようが、元から気が短ければ是正しようのない。
どのみち悠長に構える余裕もない。
時間が経てばそれだけ相手に余裕を与えるし、援軍が来る可能性も高くなる。
だったら、博打に手を出してでも状況を動かす必要がある。
果報は寝ても来ないのだ。
゛上等だ、決めてやるよクソッタレ゛
縫い付けた両足を一度浮かせる。
足場を見繕うように歩を進める。
口角を三日月に歪め、その到来を歓迎すると視線で挑発する。
それだけであっさりと均衡は崩された。
駆ける。
古より継がれてきた刀法は炸裂した銃弾の如き速さで、跳ぶ速度は瞬きすら許さない。
近接戦の心得がなく、頼みの『反射』も効かない一方通行にとっては、死の具現に他ならない。
"対象、変換――――――軌道、修正――――――"
一方通行は戦士ではない。
戦うにあたって使用するのは、肉体でも剣でも銃でもない。
彼は能力者だ。
その中でも頂点に立つ超能力者だ。
"目標、補足――――――能力、解放――――――"
身に宿る異能、脳に収まる計算こそが彼の武器。
如何に”自分だけの現実(パーソナルリアリティ)”を信じられるかが、彼の戦いに他ならない。
刀が上げられる。
加速のついた四肢は捻じられ、人が可能な領域を超えた構えから振り戻される。
左の肩から右の腰まで振り下ろす袈裟斬り。
その刹那。
爆ぜたように、悪鬼が飛んだ。
151
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:30:58 ID:U7m51fhY
五体を弾丸に変えた超速の突進。
火薬が詰められた火砲が発射される。
大気の壁を易々と突破し、音を置き去りにした弾丸が突き進んでいく。
相手が速いのならより速く動いて打倒する。
単純ではあるがそれ故に正しい選択。
単純だからこそ己の利点を最大限に活かせる。
枝分かれする周囲のベクトルを一直線に注ぎ、光速を超える絶速を叩き出す―――!
目前で撃たれた大砲の巨弾。未来予知にも等しい式の全感覚は確かに察知していた。
侍の間合いに飛び込んでおきながら、先手を取らせない殺意の渦。
全運動機関を駆動させての回避行動ですら紙一重の遣り取りだ。
跳んだ先は上空。
式だけがスローモーションのように軽やかに上へと翻る。
どれだけ大きかろうが点の攻撃。その線から外れるだけならさほど苦にならない。
それでも、逃れられぬものがそこにはあった。
屋内であるはずのモール街に嵐が巻き起こる。
全身をプレスされた衝撃が、式の華奢な全身を駆け巡った。
超高速の物体が通過することにより発生する”大気裂傷(ソニックブーム)”現象。
正面の空気は引き裂かれ、背後の空間に生まれる真空。
周囲の空気が巻き込まれ、付近の物質を裂断する。
音は、すべての過程が終わった結果として発された。
爆音、などと呼ぶには生温い、壊音の波動。
身を断たれた空間が絶叫を上げ、欠損部分を修復しようと躍起になる。
空間(そこ)にあるものを気に構わず、手当り次第に飲み込んでいく。
脆弱な成分たちは風のヒステリーに耐えられず砕けて壊れる。
比較的離れていた澪にも、風は巨大な拳となって襲いかかった。
塵芥が転がり回る。
抵抗の手段も思考もなく、されるがままに踊らされる。
存在を許される強者は、肌を裂いた本人、一方通行のみ。
そして許されずとも、そこに残る躰がひとつ。
「くか――――――――――――」
視線を、感じる。
全てが消えたはずの空間に、許可なく居座る白がある。
視ている。
音速下の物体が通り過ぎて起きた衝撃波を受けてなおこちらを視ている。
気絶もせず吹き飛びもせず。
後追いの気流に乗って、移動を完了した痩身へ向かってくる両儀式が。
淡く光る蒼眼を見せながら飛んで来ていた。
スリップストリームの利用。
モータースポーツで先行する車の背後に張り付き車を加速させるテクニック。
衝撃波のダメージを受け、空中で錐揉み回転を続けながらも、視線は外すことなく一方通行を睨みつけている。
姿勢は回転する度に安定し、徐々に洗練されたフォームを形作っていく。
疑うまでもない。あの態勢のまま、斬り付ける気だ。
「くかかかかかかかか――――――――――――」
嗚呼、なんて苛々させるのだろう。
どうして、こんなにも血が滾るのだろう。
こんなにも、殺してやりたいと思える奴がいるなんて、想像だにしなかった。
これだけ殺意をぶつけても倒れない奴は、これで二人目だ。
一人目とは全く異質の、自分と同じ者(超能力者)。
だから―――絶対に、殺してやる。
152
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:31:56 ID:U7m51fhY
「もおォ、一発ゥ!!!」
トルネードと化して突っ切った一方通行の直線上。
そこには、式の奇襲により落とした自分のデイバックが落ちている。
全ては計算された軌道だった。
既に得物は抜き取っている。投擲武器としてはこの上なく適任だ。
武田の若虎が握る紅の双槍が、妖しき血の色を帯びる。
逆行する流星は焔にくるまれて天を穿つ。
回避が不可能の式が取るのは、迎撃の構え。
吹き飛ばされてからの回転運動は、足場のない空中で重心を生じる。
地でなく天に足を着き剣が踊る。
空を貫くはずの槍は、横薙ぎの一閃でこともなげに両断され、地に堕ちる。
一太刀で二槍を相殺する神業も、もはや見飽きた一芸だ。
必殺の手は、既についている。
「ぼさっとしてンじャねえよ!第二波イクぜェェェェ!!!」
目線の位置まで、前方の岩盤が浮き上がった。
最初の特急通過で軋みかけていた地面だ、起こすのに大した力はいらない。
巨大なまま飛ばしては、前のように足場にされる恐れがある。
ならば、猫の額も乗らぬ程に砕くまで。
浮き島に手をつける。
撫でる程度の接触は、その瞬間にベクトルの収束という爆薬を精製する。
魔手が解放されれば、直径三メートル程のコンクリートの塊が散華する。
ショットガンよりも広範囲で、ライフル弾よりも速い榴散弾。
今度こそ逃げ場はない。その体を粗挽き肉へと変えてくれる。
つい、と。
そのとき未だ地面への到達を果たしていない式が、構えを変えた。
右腕を上へ。鍔元が肩を、頭上を超えて掲げられる。
刺突(つき)ではない。どの型にも該当しない明らかに不可解な姿勢。
それは、もはや剣術の型ではなかった。
内包する概念はただ一つ。
『遠くにいる敵に当てる』というだけの、あまりに単純で、お粗末極まりなく、だが合理的な理念。
即ち―――――――――投げる!!!!
国宝級のシロモノとは思えない粗暴さで落下する刀。
その切っ先の行方は、今まさに破壊の注入を行う寸前の一方通行の脳天だ。
「は――!」
それは、完全に虚を突かれた不意打ちだった。
剣術にも飛刀の兵法はあり、脇差しを投げつける等の術は存在する。
だがそれを、長い刃渡りを持つ打刀、太刀の方を投げるなど、刀匠が聞けば乱心しかねない暴挙である。
式にとっても、これは本来考えつかない用法だった。自分の最強の武器を手放す真似だと理解していた。
刀を取り古来の剣士へと切り替わる無我状態なら尚更だ。
だが、未来予知にも等しい直感は、このままでは『敵ヲ倒セズシテ必死確定』と判断。
只管に勝利を追求する戦闘思考は、この選択をベストとした。
「……ちっ!」
ベクトル再変換、指向修正、脳天を狙う飛刀への対策を先行。
微細な操作は間に合わない、とにかく差し迫る脅威へ対応する。
爆散ではなく、巨大な岩石を直接投げつける。
とっさの判断としてはこれが限界だった。
落とされる点と、沸き出す面。
双方道を譲り合う気は微塵もなく、真正面から衝突する。
墓標のように、刀は地に突き立てられる。
貫通はせず、勢いが止まらないまま上昇し続ける。
そのまま天井に激突するはずの岩盤は、理に沿わない停止をする。
停ったように見えたのは錯覚でしかない。しかし変化は明確に現れていた。
視界が遮られ向こう側を見ることはできないが、何が起こったかは想像できる。
地面に刺さった刀を握り、力を込めた。その程度のことだろう。
その程度で、地盤の壁は脆くも崩れ去る。
中心から、切っ先が突き出た。
そこを起点に、切り取り線が入っていたかのように
五人はゆうに乗れる瓦礫は、堅いクッキーにフォークを突き立てたように、バックリと裂け割れた。
バラバラに分かれた欠片から出てくるのは両儀式。
勢いそのままに、唐竹の構えで落ちてくる―――!
頭上から降り下ろされる一太刀目。速いが、反応できた。
間に合う。この距離ならかわすことができる。
苦し紛れの投擲は決して無駄にはならなかった。
十分な距離を取って、着地の瞬間を狙い撃つ構築に入る。防御、回避の出来ない強烈な一撃を見舞おうとして。
「……」
ミチリと、自分の体から肉が千切れる音がした。
脇腹に残った、死神の呪いが悲鳴を上げる。
焼き切られた傷のため出血はないが、その部分の肉は爛れ構成が緩くなっている。
敵を追うことに腐心し処置を適当にしていたツケが、ここにきて一方通行の意識をかき乱した。
153
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:33:29 ID:U7m51fhY
状況不利。冷徹に理性が敗色を認識。
それを超える激情が決して認めようとしない。
感覚を引き伸ばす。
時間を延長させる。
一秒以下で結末を書き換えろ。
砂漠にある一粒の金砂を捜し出すような真似だろうと出来ると信じ込め。
「ぎ、あァァァッッッ!!!」
脳を引き戻し、ベクトルを再動させる。
戦闘機のジェット噴射なみの勢いで上空へと飛び上がる。
間一髪、魂を断つ死線は髪を掠め、僅かばかりの命を繋げる。
地面に降り立つ式と入れ替わるように、一段上の階層の柵に足をつける。
立ち位置は逆転する。
縦に距離が離された、一方通行に優位な位置。
武装(コンクリート)の補充は十二分。
ここならば物量任せの遠隔攻撃で一方的に制圧できる。
「これでェ―――!」
手に入れた機会を反撃に回す。
出力全開。
今こそ叩き潰さんと力を込め。
「潰れ死―――――――――がァっ!?」
その寸前、岩など比較ではない特大の質量が、横合いから一方通行を吹き飛ばした。
体が斜め上方に弾け飛び、心身が壮絶に揺さぶられる。
目前で視界を覆った燐光に、対応は間に合ったはずだった。
「――なン、だ!?」
されど抵抗できぬまま赤の光線に飲み込まれ、押し流されている。
衝撃が全身の肉を軋ませるも、外傷は無い。
それは不完全な反射が及ぼした結果であり。
一方通行の能力が完全に及ばない、その攻撃には覚えがあった。
「ちっ…………そうかよ」
ショッピングセンターの外部へと流されながら、視線を下げる。
下階にいた二人の姿はもう見えない。
空に逃げる翼を持たない人は足を置く地を失い、いずれ来る崩落に呑まれていくだろう。
ただしこれまでの経験上、そのまま大人しく死んではいないとだろうと予想できる。
だがどうでもいい。
そんなのはどうでもいい。
後でどうとでも相手をしてやれる。
そんなことよりも今は。
「そうかそうかソウデスカ、よっぽど俺の邪魔してェみたいだなオマエらは?」
性懲りもなく横槍を突きにくる野次馬こそを、一頭たりとも残しておけない。
「―――いいぜェ、キチンと買ってやるからよォ!」
殺意の矛先がやおら反転する。
沸点はとっくに越えていて湯気が出るほど怒りは浸透だ。
どの道潰さなければならない相手、厄介さでいうなら能力殺しの女よりも優先される。
殺戮の場にしゃしゃり出てくる二機の人形に引導を渡すべく、一方通行は建造物の外部へと、飛翔した。
◇ ◇ ◇
154
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:34:06 ID:U7m51fhY
残心を終え、体から力を抜く。
危機が去ったことを確信して、意識を解放する。
壁に大穴を空けて見晴らしがよくなった通路、戦場跡に残るのは両儀式。
外を見れば、ふたつの赤(いろ)の人型が縦横無尽に乱舞している。
恐らくはアレの流れ弾が飛んできたのだろう。
片方は知らないが、もう一機の方はグラハム・エーカーが乗っているはずの機体だ。
あの少女の死が撃鉄を引き上げたのか。動きは精彩が欠け、そして見境がない。
「……ちっ、結局出来なかった」
とばっちりを受けたことに苛立ちつつ辺りを見回す。
一方通行は、光に呑まれ姿を消した。
跡形なく消滅したか、それとも光線に乗って飛ばされたか。
いずれにしても、ここにはいないことは分かる。
敵がいない以上留まる意味もない。散り散りになった人間のこともあるし、それ以外にも離れる理由がある。
放たれた光源の成分など知る由もない。
だが散布された粒子の乗った風が肌を通った際、肉体が拒絶反応を起こしているのを感じる。
恐らくは、何らかの毒性を含んでいるだろう。
精神を犯すものではない、直接細胞を壊す種類だ。このまま近くにいれば汚染する危険がある。
そうでなくても、今の一撃はこの建物には致命的過ぎた。
元々連戦で軋み上げていたのに、どうやら今ので支柱が潰れたらしい。
天井も地面も一様に胎動し始める。一刻も早く脱出しなければいけない。
穴だらけの道を縫うよう移動し、出口を目指してひた走ろうとし、
「うあ―――、―――!?」
切羽詰まったような悲鳴が、一直線だった意識に制止をかけた。
刀から力を抜き背後に視線を向けると、地割れに足を取られ倒れ込む秋山澪の姿。
崩落は一刻ごとに加速している。
見捨てるのは簡単だ。そして助けるのは容易くない。
少女とはいえ、人一人抱えて全力疾走することは出来ない。ましてや倒壊するビルの中を脱出するなど無茶に過ぎる。
それでもなぜか、選択はあっさりと決められた。
「ま、約束、したしな」
光に背を向け方向転換、全速力で逆走。
理由なんか、きっとそれだけで足りている。
とてもくだらない、けれど捨て切れない小さなもの。
それでも後悔して、これ以上居心地が悪くなるのはごめんだから。
ほんの小さな穴でも、空いてしまえば気になってしまうものだから。
駆ける足音。
響く轟音。
そうして瓦礫の雨の中、二人の少女が姿を消した。
◇ ◇ ◇
155
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:44:58 ID:U7m51fhY
痛みが全身を打ち砕く。
「がああああああああああああああッッッ―――――――――!!!!」
跳ね返る。
巻き返る。
捻り返る。
「ああああああああッ――――――――!」
戻ってくる。
敵を倒すために込めた力が。
見を焼く怒りを込めた力が。
「ぎ……づ……ぁ……っ」
全て、己が身に返ってきた。
自らが放った死滅の噴流を纏めて弾き返され、突き飛ばされたガンダムエピオン。
想定の外からの衝撃は、魂を引き剥がす暴風にも等しい。
反逆したGが平衡感覚を狂化させ、胃の中身が流れ出て、卒倒し果てるのが自然の加重圧。
「あ……あが……」
それでも握る手綱を離さないのは、勝利に邁進するシステムに支配されていたがため。
脳内を走査して発生する異常を計測し、システムが先んじて脳内麻薬量を増大させて刺激情報を欺瞞した。
そうして意識を強制的に維持させて、グラハム・エーカーは投げ出されたエピオンを地表に不時着させていた。
「ゴハ!か、あ……っ!」
口から溢れたのは大量の血液。
たとえ感覚を欺いても、直接肉体の損傷がなくなるわけではない。
あくまでダメージを感じなくさせるだけで、蓄積される負荷はグラハムを蝕み続けていた。
吐血でも症状は軽い方。内臓破裂に至り即死していても不思議ではないのだ。
図らずも、死にもの狂いで足掻いた抵抗がここに実を結んでいた。
エピオンが製造された世界には存在しない超能力という要素。
無駄とわかりつつも攻撃を加え続け、それら一切を反射されてきた
そこから得られた僅かな経験則が、ゼロシステムに俄仕立てながらも一方通行への対抗方法を構築させていた。
対抗というよりは行動の選択指定とでもいうようなもので、『一方通行に対しての直接攻撃は無意味』という結論からの消極的姿勢でしかない。
だがその理論が忘我にあったグラハムの手腕に介入し歯止めをかけ、振り落とした一撃に急ブレーキをかけていた。
功は奏し、反射率されたダメージは本来の半分まで落ち九死に一生を得た。
「あ――――――、は―――――――――、まだ、だ」
心身ともに満身創痍であっても、諦観の意志はなかった。
痛みも恐怖も、内に沸く怒りに比べれば些細なものだ。
無駄な感覚を排して、増幅された感情はひたすらに戦いだけを続行させる。
それが、ゼロシステムに負けた者の運命。
その心が一塵も残らず廃されるまで勝利の奴隷とされる生だ。
「まだ私は、戦え………………!?」
しかし、その怒りを体現させる機械の方は動きを見せなかった。
グラハムの意に反してエピオンの動力が停止する。
ついさっきまでと逆転した沈黙に瞠目する。
「動け、エピオン……!何故動かん!!」
156
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:45:29 ID:U7m51fhY
操縦桿を、付け根が折れてしまうほど回す。
各所の異常をチェックしようにも、システムそのものがダウンしてしまってはどうしようもない。
絶望の侵食が始まる。
ゼロシステムもまたその効能を失い、麻痺から解かれた脳が痛みと嘆きを訴える。
今となってはコレが最後の縁でしかないというのに。
物言わぬ機械にすら、自分は裏切られるというのか。
「何故だ!」
拳が叩く。
正面にある簡素なモニターが揺れる。
画面には何も表れず、鬼の形相をした自分だけが鏡写にされる。
「何故だ!!」
何度も。
「何故だ!!」
何度でも。
「何故だ!!!」
拳の皮が剥がれる事に構わずに。
鈍く、乾いた音がコクピット内で反響する。
叩くたびに割れるのは、自分の心の方だった。
「な……ぜ…………」
やがて、その音も止んだ。
血に滲む腕は中空で震えたまま静止し、そのままグラハムの貌を掴む。
吐いた血を抑えて濡れた右手が、掴んだ右の頬を同じく朱く濡らす。
それは後の生涯に残る深い疵痕のようで。
乾いた瞳から滂沱と流れた涙の雨のようで。
守るべきものを失い、矜恃を失い、昔年の妄執を駆り出してまで取り繕った仮面すらも失った。
自分を守るすべての殻が砕け割れ、男は慟哭に暮れる。
そこにいるのはグラハム・エーカーという人間ではなく、復讐に走る阿修羅ですらもなく、
抱えきれぬ虚無に呑まれ、自らの名を見失った敗者の姿でしかなかった。
◇ ◇ ◇
157
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:47:05 ID:U7m51fhY
「一張上がりィ!」
諸手をあげて一方通行は喝采する。
能力の出力を切り、守る力のない体は重力に従い自由落下する。
髪は乱雑にかき乱され、空間との摩擦音は鼓膜を打つ。
数十秒後には地面に潰れた柘榴の実のような姿になる事も構わず、そのまま風に身を任せたまま会心の手応えに破顔する。
二体の巨人を一網打尽にするための手段。
砂時計の中身。残り少ない流砂(リミット)のうちで完全に黙らせる。
かける時間は、少ないほどいい。
解放はほんの少し。なるべくものを動かさず、そこにあるモノだけでコトを済ませるように。
反射の能力。
最強が最強である所以。その一端。
振りかかる悪意(チカラ)を跳ね返す不思議の鏡。
拳を振るって砕けるのは鏡面ではなく拳のほう。
写し出されるのは悶絶する醜い自分。
資格のない入場者は断固として拒絶する異界の扉。
現行を大きく上回る出力を備える二機の巨兵は、
機械であるがゆえに両者共つまはじきにあった。
反射の効果は、被反射物が秘めていたエネルギーの量をそのまま相手に映し返す。
紅い騎士は来た道を録画を逆回しにするように、元いたショッピングセンターの駐車場、その最後に保っていた一画を潰し倒した。
手ごたえは抜群。
接触点がビームだったためにベクトルは分散したが、総量が変わったわけではない。
機体はともかく、衝撃は中にいるパイロットには致死量に至るだけ注入された筈だ。
今度こそ戦闘不能に追い込んだに違いない
「さァてェ、次ィ!!」
能力を瞬間的に適用させ、眼下に墜ちた片割れの赤い機体(アルケーガンダム)の上に乗る。
こちらは狂獣ではなく人間的に感の良い相手なのか、一方通行の乱入に対応して僅かに反応できていたようだ。
なんとか衝撃を回避する動きを見せていたようだが、しかし焼け石に水。
システムダウンまでは追い込まれていないものの、その姿は既に半壊以上の有様だった。
あとは漁夫の利を狙うのみ。簡単な作業である。
「御開帳!!」
掌が触れる。
一方通行の知り得ない未知の元素。
この機体から噴出される粒子は解析が不十分なのは知り得ている。
だがそれは関係ない。
操るのは燃料ではない、それを循環させ実際に駆動する機械そのものだ。
機械仕掛けである以上は外しようのない全自動機能なら、従来の法則の範囲として干渉できる。
胸部のハッチがこじ開けられる。
抵抗むなしく外部からコントロールを奪われ、搭乗者を匿うコクピットブロックがせり出した。
一方通行を迎え入れる扉のようにゆっくりと中身を見せてくる。
空いた手で、デイバックから銃を抜き取る。
この無抵抗状態、完全な詰みの形であれば通常火器で事足りるだろう。
出てきたところを撃ち殺す。簡単な作業だった。
「これでェ!」
命を刈り取れる実感を前に、感動がこみ上げる。
弱者の悪あがきによって、ここまで随分、手こずった。
だがこれで、やっと殺せる。
158
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:47:51 ID:U7m51fhY
やっと、殺せる(守れる)。
体は歓喜に打ち震え、より先の絶頂へと登り詰めるため。
身を乗り出して、図体のデカい玩具(おもちゃ)に見捨てられた憐れな操縦者(パイロット)を見下ろし。
「もォ一殺――――」
目前に現れた哀れな犠牲者へ、彼はすぐさま引き金を―――
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ァ?」
空白。
その瞬間の一方通行の状態を表すのに、最も適した表現だった。
現れた敵の姿。
すぐに死んでいくだろう敵の姿。
目の前に座るのは、茶色の髪を短く揃えた一人の少女であった。
濁った目で、銃口を向けるこちらを睨んでいる。
何であろうと構わない、はずだった。
敵は常人ではないにせよ、今や万策尽きし、一方通行に屠られるのみの存在だろう。
潰されて殺される、力の差は、変えられない。
しかしそれは、それだけは、違ったのだ。
それだけは、此処に在ってはならない存在だったのだ。
「―――――――」
会ったことのない少女。だけどよく知ったその容姿。
知っている、一方通行は知っていた。
知りすぎていた、その目、その顔、その髪、その存在、その彼女、当然だった。
当たり前だった、何故なら、何故ならば彼はこれまで同じ姿をした少女を何度も何度も何度も何度も何度も―――――見て、そして―――
「―――――――ァ」
殺してきたのだから。
「―――――――な、ァ」
ここにいる筈のない、居てはならない絶対存在。
何もかもを犠牲にしてでも、守ると誓った、とある少女の複製品。
159
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:48:54 ID:U7m51fhY
この少女に連なる゛彼女゛を、すべての災厄から守るために、戦っていたのではなかったのか。
どれだけ罪深く汚れた手でも、救えるものがあるのではと願っていたのではないか。
ならばなぜ、己は彼女に手を出すような真似をしているのか。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――ァ、ァ」
この状況で、こんな事態になると、どうして予想できよう。
思考はおろか、自我すら吹き飛んで放心する一方通行は、案山子も同然に突っ立っていた。
それはあまりにも膨大すぎる、隙そのものであった。
「……!」
少女が、動く。
手を腰の下に伸ばし、太腿に巻かれていた布を解く。
布地は振り抜かれていく中で硬質な棒に変化しながら、一方通行の頭部を目掛けてしなる。
なんの変哲もない凡庸な苦し紛れ。
未知の要素は感じられず、放っておいても勝手に反射される。
普段であれば反応する理由のない無意味な攻撃。
何もする必要はない。
簡単に殺せる。
威力を倍にして弾き返してやればいい。
ほらまた、聞こえ出した声に従い。
『殺せ』
脳裏に響く、久方ぶりに認識する、その声の通りに。
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ......!』
(――駄目、だ)
その無意識を、制する。
反射しては、いけない。
それだけは、どうしても許されない。
反射率を調整させて屈折させる―――困難。時間が少なすぎる。
デフォルトを切るか続行するか。与えられた猶予はそれだけしかない。
「―――ぎィ!」
迷い抜いた挙句に、迫る昆を甘んじて受けた。
くぐもった奇声をあげる。
聞いた自分でさえ笑いたくなるぐらい間抜けな声。
頭に受けるのは二度目だ。いや、顔を含めれば三度か。
パキ、と。枯れ木を踏みつけた音が鳴る。
頭蓋骨までいったのかもしれない。
他人事のようにそう思う。本当に、本当に他人の事のように。
160
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:49:48 ID:U7m51fhY
足元を靴底で叩き飛び上がる。
少女の顔が見えない、遥か上方へと高く跳ぶ。
何も考えられない。
ただ反射的に、あそこにはいられないように感じたのだ。
ああそんな馬鹿な、と。
宙空で浮かびながら、頭はずっとひとつのことだけで埋まっている。
どうにか状況を測ろうとするが、痛みと混乱で考えはとりとめなくまったく固まらない。
「――――――――?」
そのときふと、全身を悪寒が襲った。
混沌とした思考のまま見上げた視界は空を映す。
一面には白熱する太陽の光。
そして――次の瞬間、肌を蒸散させる桜華の奔流が全身を巻き込んでいた。
そのときふと、全身を悪寒が襲った。
混沌とした思考のまま見上げた視界は空を映す。
一面には白熱する太陽の光。
そして――次の瞬間、肌を蒸散させる桜華の奔流が落ちてきた。
「――――――――――――――――――!!!!!」
一瞬で飲み込まれる全身。
先ほどの、ショッピングセンター内で彼を飲み込んだモノとは比較ならない威圧と威力。
頼みの反射もほぼ機能せず、光の顎が体を丸呑みにしていく。
突然の襲撃の正体。
自身に与えられた損害。
けれどそんなコトはまったく気に留める暇はなく。
掻き消されていく意識。
闇に消えていく思考のなかで。
屈託のない少女の、いつかの笑顔だけが、張り付いて離れなかった。
◇ ◇ ◇
161
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:51:01 ID:U7m51fhY
「……あん? なんだってんだ?」
次から次に起こる珍事に、サーシェスは間の抜けた声を発していた。
紅いガンダムに追い詰められ、それが映像の逆再生のように吹っ飛んでいった。
いつか見た白髪赤眼の凶悪な面構えが姿を現し銃を構えたと思えば、幽霊でも見たような顔で硬直した後に飛び退っていった。
そして何よりも、直後に天から降り注いだ大量かつ膨大の燐光。
まるで制圧射撃。それでいて誰一人に実害のない攻撃だった。
このフィールド一帯根こそぎ全てを黙らせるように。
何人たりとも、これから訪れる者の道を妨げぬように。
光が、白髪の怪物ごと周囲をなぎ払っていったのだ。
「いや、これは……」
目まぐるしく変わる事態。
しばし面食らっていたサーシェスだが、
新たな変化を目にした途端には、すべてを察していた。
助けられたのか。
たとえば見えざる神の手に。
そんなものをサーシェスは信じていないが、強大なる何者かの意思があると感じる。
でなければ、なかなかこうまで上手く運命は回らないだろう。
「―――――――――へぇ」
頭上には蒼き空。
それがいま、崩れ始めていた。
ヒビ割れる天。霧散する青。差し込む光。
真上から壊する世界。
様々な色が交じり合い、カオスを紡ぎだす。
いやそも、もとよりそれは作られた歪みを抱えていたのか。
162
:
crosswise -X side- / ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』
:2012/09/01(土) 02:52:10 ID:U7m51fhY
ソラの裂け目から姿を現す、その機神。
荘厳なる銀翼。
「なぁるほど」
そういうことか、と。
孤高の傭兵は一人、空から降りしひとつの影を目に、喜悦の表情を見せる。
「いよいよお出ましかい、大将」
―――交差(クロス)は終わった。
戦士は倒れ、悪鬼は墜ち、少女は影を映して消える。
後は線条が過ぎ去るのみである。
残るのは幕間のみ。
太陽の天使が顕れ、月の女神が微睡みから目覚める。
終局にして開幕の物語が、これより始まる。
【ACT Force:『WHITE & BLACK REFLECTION』−End−】
163
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/01(土) 02:54:05 ID:U7m51fhY
以上で投下を終わります。
164
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/09/01(土) 17:35:50 ID:tqq3q.NY
何コレ? 絶望しかないの?
165
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/09/01(土) 17:38:13 ID:92SXEm8I
投下乙です
何度も時間かけて読み直してるが…
凄すぎて言葉にならん
幕引きの始まりか…
166
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/09/02(日) 14:35:21 ID:sUYEBcO.
リィボンズゥゥゥゥゥゥッ!
……こんな状況でも正直ハムと刺し違えが関の山って思え(タノシンデイクトイイ
167
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/17(月) 02:09:04 ID:ZUTZKHR2
次回予告
舞い落ちる羽根は触れる命を奪い取る。
はためく翼は死の風を呼び起こす。
手に執る剣は、当然のように世界(ひと)を裂き断つ。
――降臨する天使は泰然と微笑む。
新世界の幕開けは近く。旧き庭は煉獄の中へと消えていく。
穹に伸ばす手は掲げて光を掴み。
絶望の帳で此の物語に幕を引こう。
[ crosswise - Xside- / ACT:reborn『眩くも泡沫のカナシ』 ]
「人類を導くもの、すなわち神だ」
9月29日投下――――――僕はキメ顔でそう言った。
168
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/29(土) 23:59:14 ID:YK2eXHts
今期の投下を始めます。暫くお待ち下さい
169
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:06:23 ID:GoF5hMgg
群青の天が一列に裂けた。
会場の中心部、D-4と示された地点の上空に異変が発生する。
亀裂を開ける空から落ちた閃光、さながら天から下された懲罰剣の如く。
大地に突き立てられた一条の柱は、太陽を中心に伸びていた。
現れしその姿は天井から糸で吊り下げられし刃。
地上へと楽園が降臨する。
繁栄の中での危機を示す逸話―――ダモクレス。
全ての罪の始まりにして、あらゆる根源の地。
絶対の制空権を確たるものにする天空要塞。
170
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:06:58 ID:GoF5hMgg
神園より飛び立つひとつの影。
三国入り乱れる混沌期に現れ、天使、あるいは悪魔として恐れ崇められてきた姿。
救世の象徴となる容貌(かんばせ)は、『ガンダム』という、色褪せることのない名を世界に刻み込む。
遥か高き天空より、地上へと舞い散る羽。振りまかれる光は正に翼のごとく荘厳だった。
それはGN粒子という、この場所に立つものならば既に多くのものが既知の物質。
しかしそれは違っていた、同じであるが故に、あまりにも遠く乖離していた。
これまで放たれた如何なる燐光よりもそれは苛烈であり、神々しき煌めき。なによりも規模がかけ離れている。
密度、純度、鮮度、放たれる全ての質が既存の兵器を凌駕している。
今までのものは何もかもがまがい物。神の手からこぼれ落ちた一滴だったというように。
これこそが真にあるべき『世界の力』なのだと誇示するように。
あまりに圧倒的なそれはただただ、天と地、絶望的なその距離を見る者に焼き付ける。
そして優雅に、荘厳に、それは何の憂いもなく人界に降り立つ。
新たな神の生誕を祝福するように。
旧い世界に滅びをもたらすように。
聖女は杯に。
天使は神に。
さあ、恐怖せよ。
さあ、歓喜せよ。
「――まずは名乗ろう。僕はリボンズ・アルマーク。人類を導くもの、即ち神だ」
神の銘の許に、今、世界は新生される。
171
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:09:04 ID:GoF5hMgg
■
□ □ □ □
crosswise -X side- / ACT Reborn:『儚くも泡沫のカナシ』
■ ■ ■ ■
□
172
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:11:28 ID:GoF5hMgg
「ははっ、おいでなすったかよ」
高高度から現れて目前に近づいてくる機体を、アリー・アル・サーシェスは見上げていた。
これより訪れる戦いの流転。
今いる世界において、過不足無く最強の存在の降臨を前にして。
その一兵たる立場にある彼にしかし、敬虔な信徒のような姿など微塵もない。
向ける眼差しは、あくまで自分を雇った"依頼主"に対するものでしかなかった。
どれほどの強大さ偉大さも傭兵の前には一抹として神意は得られない。
この時系列において、あるいはその先においてもサーシェスが知ることはない。
全てを己が手で為すという、男の理想を体現した機体。
その最後の総仕上げ、純正太陽炉のツインドライブにの光が凄絶に翠の羽を散らす。
人類を導くガンダム―――リボーンズガンダム。
サーシェスにとっては、ただ力の象徴であるそれを視界に映しているに過ぎなかった。
「実にご苦労だったね。アリー・アル・サーシェス」
伝わる声は無論、彼が知る男のもの。
モニターに映し出される、翠の髪と黄金の瞳。
少年の姿をしていても、浮きゆく背景はその埒外に佇む超越者。
バトルロワイヤルの主催者、仕事の依頼人。
呼称は数あれど呼ぶ名はひとつ。
いつも通りの余裕の表情で、リボンズ・アルマークはサーシェスに接触してきた。
当然のようにサーシェスの頭上に立つ、天使の機体。
更に遥か上空には、その根城とも言うべき白き要塞、ダモクレスが姿を表していた。
173
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:16:06 ID:GoF5hMgg
「助太刀ありがとよ、大将」
以前と変わらぬ遠慮のない口調で語りかけながら、サーシェスは目前に降りてきた雇い主を見上げた。
びりびりと、膨大な波長を全身で感じ取る。
目前にする圧倒的な存在感。
以前見た、否、以前よりも遥かに絶対の存在として、リボンズ・アルマークは此処に在る。
彼がこの場に立つ遥か以前から、予期していたこと。
これほどの規模で、遊び(ゲーム)を始める奴は見たことがない。
つまり目前のソレは、以前見たモノとは違うという確信。
そしてソレは言っているのだ、告げているのだ、これから、始める、と。
ついに、ついに、この時が来た。
この段階がやってきた。
主催者の来場、間近で見る雇い主の姿。
こいつが出来たからにはもう、遊び(ゲーム)では済まされない。
秩序(ルール)が壊れる、均衡(ルール)が壊れる、戦いは急激に流転する。
そうしてやっと、望んだ本気の戦争が始まるのだから。
見たこともない闘争が訪れるのだから。
174
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:19:52 ID:GoF5hMgg
「さて、どうだい?
首輪の解除、危険人物の最優先排除。オーダーされた依頼はこれでほぼ完遂だが?」
「ああ、君の仕事は完璧だったよ」
首輪解除の幇助。主催側からの脱走者の始末。
モニターを通して伝えられる結果報告(リザルト)に、リボンズは頷く。
わざわざ聞かずとも全てを見ていたといった風だ。特に驚くことではない。
ただしサーシェスには、この状況に僅かに解せないことがある。
雇われた以上は些細な不備も残すつもりはない。
仕事は完璧にこなさなければ商売にならないのだ。忌憚なく拭えない疑問点を進言する。
「そりゃどうも。けどよ、ちょい早過ぎるご出陣じゃねえか?
いちおう俺の仕事はまだ残ってる。参加者はまだ残ってる。
確かにここまでくりゃ後は鴨撃ちだろうが、それでも終わっちゃいねえことは確かだろ。
クライアントが出張るにゃあ時期尚早だとおもうがね」
そう、今の状況はまだサーシェスにとっては完遂とはいえない。
勝ちがほぼ確定している状況と、勝ったという結果とは隔てがある。
戦場では何が起こるか分からないのだ。実体験をもって戦争屋は断言する。
最後の一人まで生き残り優勝という冠を頂くことが、サーシェスが受けた今回のミッションの完了目的だ。
それを待たず雇い主が直接出向くというのは、些かに不合理ではある。
「いや、終わりさ。君の仕事はね」
175
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:22:24 ID:GoF5hMgg
微笑んだ少年の表情は変わらず。
その小さな懸念を、リボンズは断言して切り捨てた。
終わりというその言葉に、サーシェス自身も数に入れたように。
いやむしろ、『サーシェスのみ』を含むように。
いつもと変わらぬ、優雅で冷淡な口調で告げた。
「へえ……」
含みを持たせた物言いに、直感が怪しい気配を感じ取る。
理屈によるものではない。
不穏な態度。今感じたものは既知のものだ。
雇った上司が時折見せる態度のそれと、似通った感触。
「どぉいう意味かねぇ?」
けれど、不思議と口元はつり上がっていた。
なぜなら彼が次に言うべきことは、少し予想がついている。
「言葉のままの意味だよ、君の仕事は終わりだと言ったんだ。
ここから先に出番は無い、それだけさ」
不動だったガンダムが、ゆっくりと動きを見せる。
右の指に握られた大型のGNバスターライフルが向けられる。
他でもない、サーシェスの乗り込んでいるアルケーに。
「――は。おいおいアンタ、
ここまできて契約違反でもやらかそうってのか?」
お前はもう要済みだ。
リボンズ・アルマークは紛れもなくそう言っている。
サーシェスにとって、疑いなくこれは裏切り行為。
だがそんな反論も、仰ぎ見る位置に立つ男は容赦なく。
176
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:24:24 ID:GoF5hMgg
「まさか。ただ少し報酬の品を値上げするというだけだよ。
金や肉体の状況だなんてくだらないものより、
僕の目的の為に役立つほうが、君の命にも価値が与えられるだろう」
その命を捧げろと。
ここで自分の糧となることこそ至上の喜びだと。
それこそが真理だと。
天上の頂きに座する男は、疑いなく信じている。
「そして忘れてはいないだろう。君の命は既に一度、失われている。
君だけは、ここで特別なんだ。特例の参加続行権限、此処より先に存在する意義はない。
つまり、もう一度言おう。君の『仕事』は、終わったんだよ。
よくやってくれた、アリー・アル・サーシェス」
神としか形容できない高みに昇り詰めるための、それは当然の代償。
そしてこの上ない褒賞だった。
自らを疑わず、他者の無価値を疑わない、絶対なる彼流の賛辞だった。
お前だけは今死んでも構わない、という。
神の手によって、神が定める犠牲に加われ、という。
リボンズ・アルマークの、彼なりの称賛の仕方が、これであった。
「はぁ……そーかよ、大将」
その、本人にとっては壮大な領域の礼にも、傭兵は溜め息混じりに苦笑する。
彼にとって、アリー・アル・サーシェスにとって、そんなものは必要ない。
神。善悪。信仰。世界への忠誠。命の価値。
全て、二束三文のはした金にすらならない。
実態すらない紙くず、その程度の価値にしか過ぎぬのだから。
「なんだ、まあ一応いっとくんだが。
俺がクライアントに求める物はただ一つ。契約の正しい遂行と報酬の良さだけだ。
その点、大将のことは多少気に入ってたんだが……」
裏切られたにも関わらず、軽い口調。
雇い主は食えない奴、信用できない奴、それは最初から分かっていた。
予告なく己を殺し合いに放り込んだ時から、いやもっと以前から、雇われた当初から、知っていたはずだ。
たとえ神の存在を認めようとも。そも、サーシェスは誰一人、何一つ、最初から信じてなどいないのだから。
ならばなぜここまで、その兵であり続けたのか。
理由は簡単、彼が傭兵だから、そのように在ることを望んだから、それだけだ。
177
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:28:00 ID:GoF5hMgg
「こりゃ契約解消か、ザンネンだ」
ならば今はどうするのか。
それもまた簡単に、答えは出せた。
相手など関係ない。力の差を考える気もない。
例えこの世界の神が相手だろうと、絶対に妥協してはやらない。
戦うというなら、ああそれもそれで、楽しそうだ。
「そうみたいだね。僕も残念だ」
天に唾吐く行為にも対し、感情を込めずに少年も笑う。
彼の決断など、何一つ考慮に値しないとばかりに。
眉一つ動かすことなく、指にかかる引き金を締める。
対立は決定的なものとなった。
ここから先は誰のためでもない、自分のための戦い。
サーシェスは改めて個人として、殺し合いの勝利を目指す。
何も変わりはしない。
不可避だった死が、明確な対決と姿を変えただけのこと。
ああ、これも悪くない。心からサーシェスはそう思う。
別段、リボンズのことを恨んではいない。
戦で裏切り、騙し撃ちは当たり前。むしろ賞賛されて然るべきだ。戦争中ならば特に。
自分は足を切られ、補給もままならない孤立無援の雑兵一匹、憐れな一兵卒。それでいい。
それでも、そんな知る限り絶望的な状況でも、これはまだ戦争だ。
だったら楽しむべきだ。終わりの一瞬まで楽しむべきだ。
腹に銃弾を受けてのたうち回り、畜生(ファック)と叫んで死ぬまで楽しむべきだ。
命を銃弾のように掃いて捨ててきた最低最悪の人間だからこそ。
全てを懸け、命を懸けて、命を守り切る戦争もまた是しとした。
178
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:32:04 ID:GoF5hMgg
「ああ、そういうわけだからよ―――遠慮なく攻めさせてもらうわ」
故に、不意討ちをかけることにも、憂いなく実行に移した。
それは、はじめから対決を予測していたことならば、何も驚くべきことではない。
いつの間にかリボンズの乗機を取り囲んでいたGNファングの群れが、一斉にその刃を突き立てんと迫ってきていた。
射出する前触れはなく、契約の破棄を突き出される前に予め放っていたとしか思えないタイミング。
その奇襲の手際は完璧だった。
ファングは既に半数以上を墜とされていたが、数基あれば役割は事足りている。
「ぅらあッ!!」
それと同時にサーシェスも動く。
両脚の先端から刃を伸ばし、飛翔するアルケー。そこに様子見の姿勢はまったく感じられない。
敵機の性能は知れないが、御大将自らの搭乗となれば見掛け倒しであるわけがない。
ガンダムという姿、なおかつ噴出される粒子光を見れば、最高準のものを備えてると考えるのが自然だ。
加えて、自機の状態もまた劣悪。右腕を断たれ武装の大半も失っている。
逃げ回りながら攻撃を凌ぎ、機会を待つ余力は残されていない。攻められればそこで詰みとなるだろう。
取るべき手段は一つ。殺られる前に、殺る。
敵が動きを見せるよりも速く、己の優位に慢心しているうちに初撃必殺で仕留める。
乾坤一擲の決死の吶喊。今持てる最大の戦術で勝負をかけに出た。
先制攻撃は成功した。
開始の鐘が鳴るか鳴らないかの刹那に突き放す、フライングスレスレのスタートダッシュ。
自身も含めた全方位からの挟撃、迎撃の余裕を与えず、バリアを張る隙も許さない。
会心の手応え。まさに数え切れぬ戦線を切り抜け培ってきた古兵(ふるつわもの)の面目躍如だ。
179
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:36:14 ID:GoF5hMgg
「……な?」
だからこそ。
起きた結果に、他でもないサーシェスが理解を促すことができなかった。
一閃。
それだけの勝負は決していた。
気づけば、リボンズの機体の中心を切り裂いていたはずの三肢は、アルケーの胴体を離れ虚空を踊っていた。
それどころか、全身を刺し穿とうと取り囲んでいたファングも残らず爆散していた。
全財を賭したアリー・アル・サーシェス一世一代の大勝負は、満額没収という惨状に終わった。
「……んだ、そりゃ?」
何が起きたか、事態の因果がわからず混迷した光景。
しかし彼は一分一秒の差が生死をわける戦争屋である。
傭兵の本能は思考よりも先に、秘匿しようのない現実を把握していた。
真実はなんのことはない、単純なこと。
リボンズのガンダムが背中にマウントされていたビームサーベル柄を左手で引き抜き、思い切りよく振り回しただけだった。
背後から狙っていたファングは直接切られ、あるいは余乗した出力により誘爆し、目前まで近づいていたアルケーも避ける間も
なく手脚を切断された。
おそらくは一秒に過ぎない時間。その間に起きた事は、あらゆる意味での驚愕と絶望。
180
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:38:23 ID:GoF5hMgg
「……クッソォ!」
そんな事情など知る由もないサーシェスは、ただ完全なる敗北を受け入れる他にない。
全ての戦闘手段を奪われ丸裸となったアルケーガンダム。
恥も外聞もはばかることなく、サーシェスは即座に脱出装置を機動させる。
彼にとっては勝利よりも生存が第一だ。名誉の戦死よりも無様な生還を選ぶ。
コクピットと連結した背部のブースターを脱着させ、戦闘機での離脱を図ろうとする。
勿論、逃す気などリボンズには毛頭ない。
逃げる獲物へと銃を一発。それで容易くひとつの命が潰える。
「改めて言うよ。いままでご苦労だった。アリー・アル・サーシェス。
――君を、英雄の末席に加えよう」
狐狩りよりも軽い遊戯。
そこに乗る命もまた相応の重みしかない。
一切の容赦を許さず、むしろ苦痛を長引かせないよう慈悲を伴って、閃光が撃ち出された。
◆ ◆ ◆
181
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:39:15 ID:GoF5hMgg
――――――――そこは暗黒の淵だった。
淀みの中を彷徨う思考。
自分がどこに立つのかも知らない。
自分が今生きているのかさえ分らない。
痛い。
暗い。
重い。
そんな世界の中心にて、
『――――――――――――――――――死ね』
聞こえる。
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
怨嗟の声が聞こえる。
「……せェな……」
聞こえている。
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』
憎悪の声が聞こえている。
182
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:40:00 ID:GoF5hMgg
「……るせェ……!」
聞こえていなかった、はずなのに。
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ねせえ死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
聞く必要も無くなった、はずなのに。
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せうる殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せえ殺せ殺せ殺せ殺せ』
今は聞こえていた。
ああ、聞こえている。知っている。
分っているとも。わかっているとも。わかっているとも。
今更――
『死ね死ね死ね死せえね死ね死ね死ね死ね死ね死ねうるせ死ね
死ね死ね死ね死ね死ねるせえ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
殺せ殺せ殺せうぜえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せうぜえ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せうるせえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
うるせえね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ぐだぐだね死ね死ね死ね死ね死ね
死うぜえ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
殺せじゃまくせえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せだまれ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せうるせえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
死ね死ね死ね死ね死ね死うるせえ死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ねいいかげん死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死うるさい死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死だまれ死ね死ね死ね死ね
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せじゃまだ殺せ殺せ殺せ
殺せすこし殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺だまれよ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺うるせえンだってせ殺せ殺せ殺せ
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ねさっさと死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねだまれよ死ね死ね死ね
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せうるせえ
殺せ殺せ殺せ殺あァうるせえ殺せ殺せ殺せ殺せ殺うるせえ殺せ
殺せうるせえェ殺せうるせえェ殺せ殺―――だァから―――』
183
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:40:58 ID:GoF5hMgg
「うるせェつッてンんだろォが、すッこンでろォ!!!!」
爆裂する意志。
吹き飛ぶ瓦礫の山。
大地に開いた巨大なクレーター。
そこに一方通行はただ一人、立っていた。
服装はボロボロで、能力使用は限界で、精神疲労は末期的で、けれど、そこにいる。
見上げた空には二つの機動兵器。
今まさに一機堕とされ、もう一機へとドドメの一撃を与えんとしている。
つい先ほど一方通行自身が摘み取ろうとしていた命へと銃口が向けられていた。
『なぜ?』
脳裏の声が語りかけてくる。
『なぜ逆らう?』
同調していた筈なのに、殺意の支配下にあったはずなのに。
何故今になって抵抗するのか。
何故今になって反抗するのか。
184
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:41:56 ID:GoF5hMgg
「調子に……乗ンじゃねェぞ……」
何故? 何故? 何故かだと?
語るまでもない。
最初に言ったはずだろう。
最初に決めたはずだろう。
最初から、己はこうあったはずだろう。
確かに受け入れた。
この世全ての悪。
殺す道、殺して壊して進む、他者の血で作る道のりを。
その果てに己が消える結果さえも厭わない覚悟があった。
だからシネと恨む声もコロセと呪う声も聞こえはしなかった。
この世全ての悪に飲み込まれようと、為すべき目的のためならば、この悪意はどこに行こうとも構わない。
ただし、それは『ある一つだけ』を除いては、の話だ。
「俺は――――」
一方通行とは、
「アイツを、守る」
一人の少女を『守る』為に在る。
その前提を履き違えることだけは、何があろうと許さない。
彼女に害意を及ぼすことだけは、この世全ての悪だろうがなんだろうが、例え己自身でさえ絶対に許しはしない。
だからここにきて食い違う。聞こえなくなっていた憎悪の声が聞こえている。
再び一方通行の意識がその声を『煩わしい物』として捉えたからだ。
無差別に悪意を向ける悪意と、ただ一つを守り抜かんとする彼の意思が対立する。
「俺はアイツを守る。
それだけだ、単純なこった。わかったかァ? クソッタレ共が」
未だにわめき続ける声を捻じ伏せる。
見境無く溢れ出す悪意の波を押さえつけ、もう一度同調していく。
185
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:43:42 ID:GoF5hMgg
「それさえ分ってンなら、テメエらに望みのもンをくれてやる。だからよォ……」
望みの殺戮を見せてやろう。
ただ一つ守ると誓った彼女を除く、全ての者に破壊と死をもたらそうとも頓着しない。
参加者、主催者、ゲーム、その一切に関係は無く、見境はない。
それで満足しろ、できなくてもさせてやる。
『彼女を守る』というただその目的の為だけに、収束し解放する守護の殺意。
矛盾する行動原理を無理やりにでも、現実へと捻じ込んでやる。
「だから――俺に力をよこせ!」
守る為に殺して殺してぶち壊す。
その破綻した理論を解き放つ。
地を蹴る足、舞い上がる五体。その背には―――――黒き翼。
これより目指すは天上から舞い降りた一機の天使。
ああ、やっと見つけた。あれこそが、彼女を奪った全ての元凶。
「―――――は」
白面が割れる。
赤くせせら笑う。
ああ殺せ。
ああ殺す。
だからさ、チカラを寄越せよクソッタレども。
どうせオマエら、それしか脳がないンだろうがよ。
186
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:44:13 ID:GoF5hMgg
「は……ははははは……はははははははははははははっ!!!!」
背が割れる。
黒く弾けいずる。
ああ殺せ。
ああ殺す。
殺す(守る)ために、さあ行こうか。
喩え、その意味さえ擦り切れても―――――――――――――
◆ ◆ ◆
187
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:50:33 ID:GoF5hMgg
「なんなんだ……コイツ……!」
そのとき、サーシェスは己の目に映りこんだ奇怪な光景によって、忘我に近い領域で思考を停止させていた。
歴戦の傭兵としては恥ずべき行為。
戦闘中に頭の回転を止めるなど、本来サーシェスにとって絶対己に許してはならない愚挙である。
鉄火場の渦中において足(かんがえ)を止めることは無論死に直結にするし、なにより楽しめない。
更に言えば、今はまさに生命の危機。絶体絶命の窮地なのである。
コレこそが醍醐味、楽しみつくせ足掻きつくせ喩え無為であろうとも。
そう、気迫を滾らせていたというのに。
いま彼の目前にある光景は、彼の目と思考を奪うに余りある異端のなかの異端であった。
「黒い……翼……?」
遥か下方の地より舞い上がった漆の弾丸が、このときサーシェスを救っていた。
機体の四肢をもがれ、逃げ場を塞がれ、最早棺桶と化したアルケーガンダムを狙う束の燐光。
絶死にして回避不可の一撃を逸らす事はこのとき何物にも不可能であり、ならば逸らされたのはサーシェスの側であった。
「ぐおっ!?」
強烈な衝撃が全身を襲う。
何を契機にか、唐突に再動し飛翔した白の怪物、一方通行が空に在る二機の中間に割り入る。
通過を待つまでもなく余波だけでアルケーガンダムは弾き飛ばされ、コックピットを狙い穿たんとしていた燐光の矛先からすんで
の所で逃れ出ていた。
いま、俺を見下げるなと言わんばかりに上空へ突っ切ってくる一方通行の背中から展開する、黒き奔流。
それはおぞましくも圧倒的な威烈の嵐にして、形容するならば翼としか言い表せない。
古今東西、背から生え、あらゆる上昇を促す概念、潜在的にヒトを上回る力の象徴である。
188
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:51:42 ID:GoF5hMgg
「天使対堕天使……だあ?」
信じがたい現象を目前にして、サーシェスはただただ、止まっていた。
「オイオイいつから聖書ってのは飛び出す絵本に――」
つい先ほど、天からの鉄槌によって地べたに叩き落された筈の存在が、瞬時に再起したというその事実。
そもそもあれは、サーシェスを殺そうとしていたはずだというその不可解。
全て瑣事だ。
どうでもいい、どうでもいい、今はただ―――ただ―――ただひたすらに―――
「こんな戦争しらねぇぞ。はは―――!」
アレが、愉快で痛快で堪らない。
目前で幕上がる。
闘争の翼(カタチ)が愛おしかった。
◆ ◆ ◆
189
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:53:21 ID:GoF5hMgg
「おおおおおおおォォォォォオオオオォオォオオオオァァァァァアアアアァァァッッッagajgasjglalhkjlgftihjunivwhdvcnvbqwqoihshihvblzvhaga!!!!!」
撒き散らされる雄叫び、ぶちまけられる陰気。
瞬く間に黒く陰惨で剣呑なノイズへと変貌する。
一方通行は高く高く飛び上がっていた。
爆裂し、駆け上がるモノはただ能力能力能力能力力力力力チカラチカラが奔る。
「一方通行、か。
学園都市レベル5第一位。そういえば、現状の個体能力において、君は最上のそれだったね」
下方から迫り来るそれを、リボンズは静かに見下ろしている。
展開された黒の翼と共に舞い上がり、殺到する白貌の狂鬼とその殺意。
さらに付随し、空間を引き裂くように叫ばれる呪いの言の葉は失われた概念に則る歪んだ旋律だった。
「―――ogjk殺gaq!!」
現時代、現世界の誰一人、その正確な意味を解せない。
この天上に座する神を名乗る彼もまた例外ではなく。
しかし同時、彼がいま何を思い、そして何を語っているかは、この時この場、誰の目にも明らかであった。
「hfs全fpz死gwsq滅giai―――!!!!」
「ああ、殺したいんだね。分っているよ」
奪われた者を取り戻す
お前だけは絶対に殺す。
欠片も残さず摩り潰す。
そう、天上に向って吼えているのだ。
「ならば安心すればいい。君の願いは僕が遂げるさ」
静かに、慈しむようにリボンズは見つめていた。
「故に君は安心して眠るがいい」
彼が微笑と共に何を告げ返しているのか。
それもまた、今は誰にもわからない。
「―――mgi」
190
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 00:59:16 ID:GoF5hMgg
放たれる、下方より一閃。
ふざけるな、オマエは落ちろと振るわれる、黒き翼の羽撃き。
この猛り振るう技は単純かつ致命の毒。
相手が何者であろうとも、喩え相手が神であろうとも、半端は神では殺し得る程の威力を秘めている。
その力の源はイレギュラー。
今に至るも明瞭としていない、この神にすらわからない。
わからないがしかして――
「だけど、いや、だからと言うべきかな」
―――ここに一つ、はっきりとわかる事実がある。
「君には無理だ」
一方通行は、リボンズ・アルマーク(神を名乗る者)に届かない。
「―――――!??!???」
黒き翼が振るわれる間際、ありえぬ速度で相対する機神の銃口が向けられる。
否、それは本当に向けられたのか、最初から、向けられていたのか。
はじめからそこに向かうものが来るとわかっていたように、燐光が一方通行の視界を覆いつくしていた。
191
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:05:34 ID:GoF5hMgg
それは人の思考を除く読心に非ず。
極限まで拡張された、外界(せかい)を見渡す千里眼。
やがて来る波、流れを知り得る神の視界。
不意討ちは不意討ちに成り得ず、先の先を越され手を打たれる。
それだけで、事は終わっていたのだ。
一方通行はここに、主催者(ゲームマスター)――リボンズ・アルマークの前に、敗北する。
燐光によって掻き消される初撃。
瞬時、ばら撒かれたフィン。
全方位から挟撃によって撃ち抜かれ、瞬く間に砕かれていく翼き翼。
「―――我―――skewp―――守―――aggbkbn―――…………く……そ……がァ……」
たったの一撃も許されず。
「君は……なにか? 僕らの概念を解したとでも思ったのか?
だとしたら、思い上がりも甚だしいな」
192
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:08:57 ID:GoF5hMgg
たったの一交差も叶わず。
「確かに、僕も君の概念は分らないさ。知らないな。
なにかなそれは。神の力の一旦か。あるいは君の世界の神の力そのものか。
でもどうでもいいのさ、そんなことはね」
指一本触れることすら、泥をつける事すら、果たせずに。
「理屈はいらない、事実は一つ、神は決して落とせない。それだけなんだよ」
落ちていく。墜ちていく。
時間が磨り減る、能力が消えていく、一度は天を落とす力を発揮した存在が、人間に戻っていく。
薄れ行く、その過程。斃すべき神(あく)の声を聞きながら。
「しばし眠れ。
やがて審判は下される、その時まで」
改めて、手の中から砲撃。
放たれる極光が中空の一方通行(だてんし)を吹き飛ばし。
この数分にも満たない小競り合いを、呆気なく終わらせた。
◇ ◇ ◇
193
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:13:29 ID:GoF5hMgg
他愛のない露払いを済ませて、リボンズは周囲を見渡す。
それぞれが命を賭して臨んだ死闘も、彼にとっては手慰み程度の戯れ合いだった。
消耗など一切ない。傷ひとつ、汗ひとつもたらさない。
所詮は、これから行う大詰めに至る前準備に過ぎない。
事実、誰一人答えるものは居なかった。
戦いを為せる者はみな脱落したか停止を余義なくされている。
沈黙が降りている。誰もが、リボンズの声を聞く、それ以外の動作が許されない。
世界を統べる存在の圧力によって、一連の大乱戦はここに終局という形となっていた。
「それにしても……相変わらず、悪運の強い人間だ」
ふと、視界を横に変える。
此方から離れるように飛び去っていく一艇の飛行機。
アルケーに搭載されている、脱出装置のコアファイターだろう。
一方通行との小競り合いの間に抜け目なく、傭兵は離脱の手筈を整えていたようだ。
その気になれば追いすがり撃ち落とすことも容易いだろう。
アリー・アル・サーシェスの遁走を阻み撃墜するのには苦にもならない。
既に一度死亡したところを特別に蘇生させた身分。その上主催側から直々に指令を受け渡している。
もはや一介の参加者に留まらないレベルで『あちら側』に踏み込んでいる。今後の戦場において不適格な存在。
故にこそ戯れに、此処に来るついでに、抹消を決めた。
194
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:18:25 ID:GoF5hMgg
「しかしまあ、構わないさ。認めよう。君の参戦を」
サーシェスを撃つにあたって、リボンズは手を抜きはしなかった。
無論本気ではなかったが、容赦や油断を差し挟みはしなかった。
その上で生き残ったのなら、たとえ天運の采配でもそれを含めて彼の功績だ。
手にした功を讃え、見逃すのも一興。
そして何よりも、傭兵一人を始末するためだけに、ここに来たわけではないのだから。
「―――さて、余興はここまでか」
ここまではいわば前哨の鐘。
所詮は余興、余興なのだから。
さあ開幕を告げよう。
ゲーム(遊び)の終わり、そして次のステージに至るはじまりの宣誓。
殺し合いが停滞したこの時に、新たなる最後の華を添える。
世界の変革。その糧となる彼らに与えられる、栄誉の死。
総てを統べる己こそが、その宣言をするに相応しい。
「さあ、始めよう」
◇ ◇ ◇
195
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:19:03 ID:GoF5hMgg
「やあ、諸君。聞こえているかな」
それは宣告だった。
天使の呪言(ことほぎ)。
有無を言わせぬ。
是非を問わぬ。
聞く者を一切尊重せぬ語りの、その始まりの言葉だった。
「僕はこのゲームの主催者、リボンズ・アルマークにして――」
それは名だった。
聞く者の知らぬ。
知らずとも絶大の威力を誇る。
事柄の収束を現す、その始まりの名だった。
「人類を導くもの、すなわち神だ」
196
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:20:10 ID:GoF5hMgg
そしてそれこそ、真実だった。
世界における法則(ルール)。
定める者の定義を、正しく呼ぶならば。
ここに舞い降りた者とは、即ちそれに相応しい。
「これから、ひとつの通達をしよう。
君達にとっては喜ぶべき事であり、僕にとっては残念な出来事だ」
地上にて蠢いていた全ての人間は目にする。
天に輝く絶対的力(ガンダム)の象徴を。
弱者はみな等しく見上げる、統べる力を持つ者を。
そして彼らに、神は告げる。
「君達参加者を縛っていた戒め、首輪の解除が確認された。
偶発的な誤作動ではない、明確な意志と方法に基づいてだ」
事実を。
「現在生きている全ての参加者が首輪を外す選択肢を手に入れている。
ゲーム開始より一日が過ぎ、残り人数は二桁を切った。
にも関わらず、残った者はまだルールを遵守できないらしい」
ただ事実を。
「だがそれでは困る。ゲームが成立しなくなるからね。
途中棄権も放棄も、当然脱出も認められない。
『どんな形であろうとも、バトルロワイヤルは完遂されなければならない』」
事実のみを順当に。
197
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:22:07 ID:GoF5hMgg
「よってここに、主催者として宣言しよう。
今より生存している参加者の全ては、第七次放送開始までに、速やかに殺し合いを再開せよ。
もしもそれが為されないならば、ゲームは第二フェーズへと移行する。
そして僕が手ずから―――君達を救済(せんべつ)しよう」
人の頭上から、告げた。
「ルールはこれまで通りと変わらない。優勝者を決める為に参加者が殺し合う。
強制力の消失した首輪と禁止エリアに代わり、この僕自身が抑止力となる。
殺し合いが膠着した場合は容赦なく、徹底的に、ただの一人も残さずに殲滅にかかる」
詭弁。
「このような形になるのは本来好ましくはないが、ゲームを執り仕切る者としての責任だ。
無論、参加者内で殺し合う分にはこちらから干渉は行わない。手を出されたら対応はするが。
君達は今迄と同じように殺しあっていればいい。簡単な話だろう」
されど確かな力を持った彼の言葉は間違いなく。
万人に等しい死刑宣告。
「さあ、戦いを再開しよう。
空を見ろ、見えるだろう、女神の住処が。
“奇跡”は、確かにここに在る。到達まであと僅か数人の魂で叶う。
どんな不条理も、道理を捻じ曲げる行為も可能とする掛け値なしの願望器。
人の力では足りない望みも、ここでなら果たせる。
望んだ結果、望む未来、その一切が思うままに叶うことを、この僕が保証する」
悠然と彼は、地上の者たちが決して届き得ない光を示した。
198
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:28:19 ID:GoF5hMgg
「では、放送後にまた会おう」
運命が回り、選ばれし札が集う。
悠久に続くと思われた劇にも、クライマックスが近付き始めている。
幾多もの嘆きの声が、数え切れない命の散華が、無意味ではないと証明するために。
歯車は唸りを上げて加速を始め、成就の瞬間を待ち続けて。
「――君達の出す無為な答えを、待っている」
悠久の殺戮に最後を下す審判。
ここに、その幕を上げた。
【ACT Reborn:『儚くも泡沫のカナシ』― END ―】
199
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:38:23 ID:GoF5hMgg
以上にて投下を終了します
200
:
◆ANI3oprwOY
:2012/09/30(日) 01:42:12 ID:GoF5hMgg
次回予告
『第六回定時放送 〜Loreley〜』
10月13日――投下予定。
201
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/09/30(日) 11:58:57 ID:hn1iDA3M
投下乙です
他の人も言ってるが首輪ちゃんは負け続けてるのに格落ちしないなあ
リボンズガンダムと黒翼の覚醒した一方さんとの対決はまさに神話の対決かい
首輪ちゃんが歓喜するのも仕方ねえなw
そしてリボンズ節全開の放送キター ムカつくが聞いてる参加者はどう動くか…
202
:
◆ANI3oprwOY
:2012/10/13(土) 23:49:30 ID:rGLd6qo6
age
203
:
◆ANI3oprwOY
:2012/10/13(土) 23:50:47 ID:rGLd6qo6
それでは投下を開始します。
204
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/13(土) 23:53:21 ID:rGLd6qo6
懐かしい記憶がある。
それは私の手を引いてくれる彼であったり。
それは私の世話を焼いてくれる彼女であったり。
優しくて、大好きだった母や、父であったり。
どれも、幸せだったいつかの思い出たち。
どれも、今は無き記憶だけの日々。
今は辛かったりする。
今は楽しくなかったりする。
だからつい、思い出してしまうけれど。
戻れないことは知っている。
知っていて、それに納得してはいた。
だけど、気になってしまったから。
見ることができてしまったから。
私はついつい、覗いてしまって。
ああ、本当に、見なければ良かったと今は後悔している。
その景色。
私の知らない記憶がある。
それは心臓を抜き取られる誰かであったり。
それは一人静かに世界の扉を閉める誰かであったり。
静かに朽ちていく、今の私の未来であったり。
どれも、辛く哀しい誰かの思い出たち。
どれも、私の辿る運命の縮図たち。
どこかに、何処かにあるのかもしれないと。
探してしまったのだ。
無数にある世界の中で一つくらい、あってもいいと。
願ってしまったのだ。
理想のカタチをした、終わりがあってもいい筈だと。
今の私が救われないことは知っている、納得している。
それでも幾つもに重なりあったこの世界で、どこかにるんじゃないかって。
思った。
願った。
期待してしまった。
希望を掴んだ私が。
未来を許された私が。
幸福を与えられた私が。
一人くらいは、いるんじゃないかって。
そういう愚かな、祈りだった。
そして、ああやっぱり。
探しても探しても、何処にも見当たらなかった。
報われない私しか、どの世界にも存在しなくて。
じゃあ私には最初から、私という存在の生まれたその時から、それは用意されていなかったのだと。
最初から知っていたことを、私は再確認して。
そしてただ、それだけだった。
納得行かないなんて、今更な話。
不満なんて、無駄なことは言わないつもり。
私はきっと、答えのない答えを求めていて。
だけど、それでも私は、誰かに教えて欲しかったのかもしれない。
――私の救われる結末は、どこにあるのだろうか?
205
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/13(土) 23:54:16 ID:rGLd6qo6
○ ○ ○
「――――……じゃあ、あなたはいったい、何を望んでいるのよ?」
○ ○ ○
206
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/13(土) 23:55:22 ID:rGLd6qo6
「――――聞こえているのかしら?」
誰かに尋ねるような言葉が何の前触れもなく届いたのは、バトルロワイアル開始より三十六時間が経過した、正にその時であった。
この場所に残る者は誰ひとり聞いたことのない少女の声で、それは始まった。
こほんと咳払いをして、声は少し無気力に、こう続けた。
「――聞こえていたところで意味があるのかしらね。
でも、ゲーム開始から三十六時間が経過したので……第六回定時放送を始めるわ」
定時放送。今一度この時間が起こると予想できていた者は、それほど多くはないかもしれない。
首輪というルールが破られた今、抑止力は失われ、このままの勢いでゲームは終了するだろう。
そう、考えられていた。
しかし違った。
たとえ首輪が外れようが、どれほど参加者が死に至ろうが。
まるで関係なく、『いつもどおり』に放送は行われる。
バトルロワイアルに揺らぎはないと、証明するように。
一方で、この放送を聞く幾人かはある言葉を思い出していたのかもしれない。
神を名乗る者、リボンズ・アルマークより予告されていた存在。
神と対になる者―――女神。
「ああ、申し遅れたわね。……はじめまして。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」
はじめまして。たしかにその通りなのだろう。
もはやこの放送を耳にする者達の中に、彼女を知るものは存在しない。
彼女を知る参加者はもう全て、舞台を降りてしまっているが故に。
「けど名前なんて、きっとどうでもいいことなのでしょうね。
どうしてまた放送の担当が変わったのか……なんてことも、今のあなた達にはどうだっていいはず。私もあまり興味が無いし。
それよりもっと気にすべきことがあるはずよ」
ひたすらに無気力に聞こえる言葉はしかし、事実なのだろう。
この声に、この言葉に、この放送にすら、きっと本質的には、意味が無いのだから。
女神の役を担う少女はそれを十分に知りながらも、声をかける。
放送という、仕組みを回す。続けていく。続けることにのみ、意味があるかのように。
「―――さて、それじゃ連絡事項を伝えておくわ。
聞いているのなら、一度しか言っちゃいけないから、聞き逃さないようにね。
………………。
それでは禁止エリアを発表するわ。
【C-5】【F-6】【B-4】
首輪が外れた以上、これも意味はないでしょうけどね。
それじゃあ次に、前回放送から今までの死亡者の発表よ。
【天江衣】
【織田信長】
【ルルーシュ・ランペルージ】
【東横桃子】
以上、四名。残りは八名ね。
…………そして、最後の連絡事項。
既に一度聞いているとは思うけれど―――あなた達の首輪は既に外された。
それはこのバトルロワイアルを放棄する行為と解釈された。
よって、今より六時間後、第七回定時放送が終了したそのときから『リボンズ・アルマーク』さっき降りていった奴が、そちらに向かうわ。
殺し合いを放棄した者から順に、彼によって討たれることになるでしょう。
それを理解した上で、これからどうするのか決めなさい。
…………それと。
疑っている人も多いでしょうけど、本当に奇跡はここにある。
穢れ無き奇跡、どんな願いでも叶えられる願望機がここにはある。
そして、優勝したものには確かにそれを使用する権利を与えることを保証する。
証明は十分にしてきたはずよ。殺しあうかどうかは、あなた達の勝手。
だけどその結末に、確かな奇跡が残されているということを、どうか忘れないで欲しい。
私からは、それぐらい。第六回定時放送を終了するわ。
ああ……もしもあなた達の中から勝者が現れるとするならば―――その願望とともに、会いましょう。
それじゃあね」
そうして、始まった時と同じぐらいに唐突に。
第六回定時放送は終わりを告げた。
207
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/13(土) 23:56:18 ID:rGLd6qo6
○ ○ ○
「――――……決まっているさ、僕の望みはね……」
○ ○ ○
208
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/13(土) 23:57:08 ID:rGLd6qo6
かちりかちりと時計は刻み、くるりくるりと時間は巡る。
カウントダウンは始まった。
程なく待望の終末が訪れ、願いはようやく果たされる。
それが誰のものにせよ。
其は全にして一。一にして全。
あらゆる願いを叶える奇跡の器。
究極にして至高にして完全なる願望機。
聖杯は誰がために血を注ぐ。
座する勝者は未だ決まらない。
だが焦らずとも遠からず、手は届くだろう。
たとえ、那由他の彼方の果てにある希望だとしても。
時は放送が終わり間も無く。
『この場所』に帰還したリボンズ・アルマークは、気がついたことがあった。
それは傍らに在る少女の、細微な変化だった。
「…………イリヤスフィール」
「何よ」
返事は即答。
「気に障ることでもあったのかい」
「別に」
きっぱりとした即答が二連。
しかし声色に微量の揺れがあった。
それは――極小の怒気、あるいは苛立ちに分類されるものか。
感情の機微には疎いリボンズではあったが、それを察することはさほど難しいことではない。
人の感情というものは彼にとって最も遠く、同時に最も身近なものなのだから。
つまりイリヤスフィールはいま、機嫌が悪い。と、彼は察していて。
しかし、だとするならば、少女がなぜ怒っているのか、その理由には思い至らない。
幾つかの候補こそ思いついてはいたのだが。
「前の賭けが気に入らなかったかい? そうだね、まあ確かに、僕が僕に賭ける。なんて詭弁だということは認めよう、しかし――」
「違うわ」
「そうかい。だったら、無意味な放送を、君にさせたことを怒っているのかな。
だけどアレは必要なことさ、無意味でも、必要だ。君の存在は知らされるべきだ。彼らが、一人残らず消える前にね」
「……あなたの、そのあたりの考えは分かっているのよ。だから違うわ」
「ふむ。だったら――」
少しだけリボンズは考えるふりをしてから、言葉を続けた。
「―――僕が、殺し合いに参加することを。優勝者となることが気に入らない、そういうことかな?」
リボンズ・アルマークは、思いついていた。
この少女は自分が参加して優勝者となることを望んでいないのではないか、と。
だとするならばそれは少々、困ったことになるが故に、自然、苦笑いが表情に浮かんでいる。
それはもしかすると、彼の存在や背景をよく知るもの――いるとすればだが――にとって見れば、酷く奇特な表情だったことだろう。
『あり得るはずのない』と言ってもいい程の。
だがここで、それを知るものも、まして認識するものもいない。
故にただ、言葉が交わされている。あくまで、少年と少女の、少し変わった会話のように。
それはきっと、酷く歪で、数奇なものかもしれず。
それすら、誰も認識しない。この場所では。誰一人。ここには彼らしかいないのだから。
「……だから、言ってるでしょ。別に怒ってるわけじゃないのよ、あなたに」
そしてイリヤスフィールが呆れたような顔で少し笑う。
このときリボンズの顔に浮かんだ表情こそ、彼を知るものが見れば、おそらく最も奇異なもので。
やはり誰もそれを、知らぬまま。
「ちょっと、あなたが何やってんのかよくわかんないな。……って、思ってるだけで」
笑顔で告げるのを見てリボンズは確信していた。
イリヤスフィールはいま、怒っているのだ、と。
209
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/13(土) 23:57:46 ID:rGLd6qo6
○ ○ ○
「――――……それ、本気で、言ってるの?」
○ ○ ○
210
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/14(日) 00:04:13 ID:JICeJ4Jw
この殺し合いの果てには報酬がある。
積み重なった死体の上で最後まで生き残り、優勝することができたなら。
無限とは言わずとも、奇跡とは言えるだけの願いを叶えられる。
10億ペリカと定められた金額だけの。
10億ペリカの願い。
1億ペリカで世界移動。
4億ペリカで死者蘇生。
そういった願いがなぜ金額によって定められているのか、それは奇跡が有限のものだからだ。
正確に述べるのならば、聖杯を一度起動することで得られる奇跡が、それだけということになる。
そもそも、此度のバトルロワイアル―――擬似的な聖杯戦争―――で出現する聖杯はオリジナルである冬木のものと大きく性能が異なっている。
英霊の代わりに異世界人を召喚し、それぞれの並行世界との壁に風穴を開けてそこから魔力を抽出する、といった性能は既に述べられていたとおりである。
更にそれに加えて、この聖杯は様々な異世界の技術を加えることで、異世界との穴を固定して安定起動させることができる、という利点を得ている。
つまり、必要なときに必要なだけ、それぞれの世界のマナ(魔力)を枯らさない程度に抽出して使用することが可能なのだ。
「―――リボンズ。あなたはこの殺し合いが終わって、優勝者が願いを叶えたならば、その後この聖杯を自由にする権利を得る」
それが、聖杯を作る方法こそ知っていても実現出来るだけの力がなかったイリヤスフィールが、リボンズに提案した報酬。
共犯者たるリボンズは、イリヤスフィールの死後、彼女が残した聖杯を自由に使用することができる。
つまり、無限の奇跡をその手に掴むのだ。
「だから、この優勝賞品の「10億ペリカ分の奇跡」っていうのは、実際のところは聖杯を最初に、リボンズ・アルマークよりも先に使用する権利、ということ」
だとするならば、リボンズが殺し合いに挑むことに合理的な理由など、どこにも存在しないことになる。
参加者が叶える10億分の奇跡、それを妨害する必要などないのだ。
聖杯の魔力は無尽蔵。何度でも使えるのだから、最初の一度を温存したところで、大して意味はない。
参加者が多少余分なペリカを持っていて、少しばかり追加の奇跡を願おうとも、それは変わらないことだ。
何度使われようが、何人生き返らせようが、それで摩耗するような代物ではないのだから。
ならば下等と見下す人間に奇跡を譲ることが我慢がならないか。
他人に所有物を先に使われることを厭うような心境か。
―――どちらも、この傲慢な男にはあり得る思考ではある。
が、わざわざ数多の仕込みを行う理由になるとも思いがたい。
簡単だから、手間がかからないから、残りの参加者程度なら軽く殺せるから。
取れるものはとっておこう、とでもいったような軽い気持ち程度で、この殺し合いに参加する。
そのような理屈は成り立たない。あまりにも容易では無いからだ。
イリヤスフィールにも、遠藤ら通常運営陣にも気付かれないように、首輪を解除させるための仕掛けを会場に仕掛けることは、非常に手間がかかる行為だ。
ヴェーダを掌握していて情報操作に長けているリボンズであっても、それは簡単なことではない。
しかも、内容はともすればバトルロワイアルの根幹を揺るがしかねない事態。
もしも漏洩してしまえば反乱や混乱を生み、バトルロワイアル実行を大きく阻害したかもしれない。
それらのリスクを天秤にかけるなら、これは決して軽い理由などで行えるものではないのだ。
「―――わからない、っていうのはそのこと。気になってたのはそのことよ」
さらに、彼が参戦するまでは六時間の余裕があるという。
六時間。明らかに、長すぎる猶予だった。
その六時間で、何かが変わるとは思えない。
既にリボンズの勝利はほぼ確実で、参加者にできる事は限りなく少ない。
だがリボンズもまた、自身の敗北など欠片も思考してはいないだろうが、無駄を省くという合理性はしっかりと備えているはずだった。
これほどの時間を参加者に与えることに何の意味があるというのか。
多量の手間を掛けること、不可思議な余裕を見せること。気まぐれなのか。
どうにも筋が通っていない。そんな理屈では、ちぐはぐな行動を説明することはできない。
「リボンズ、私にはね。あなたが、あのとき言った願いを叶えたいとは、思えないのよ」
彼と彼女が初めて出会ったあの日、彼が語った『願望』。
そこに生じた懐疑。少なくとも。必死さが感じられない。
切実な思いを抱えているとは思えない。
それを望むというならば―――聖杯を手にするべく真っ当に運営を行うことが一番の近道だったはずなのだから。
「ねえ、あなたは、何を望んでいるの?」
211
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/14(日) 00:05:08 ID:JICeJ4Jw
問いかけていると言うよりは、答えを求めていると言うよりは、疑念だ。
分からなくても、理解が及ばずとも。それでもイリヤスフィールはリボンズのことを解釈していたのだ。
彼が語った願いは、彼女には理解できない願いだったけれど。しかし、それは、尊い願いであるような気がしたから。
彼女なりにリボンズを共犯者として認めていた。それが、裏切られたのではないかと。
「もう一度―――答えなさい、リボンズ」
鋭さの滲んだ問に、少し驚いた顔でリボンズはイリヤスフィールを見た。
何に対して驚いたのか、それは定かではなかったが、そのような顔を一瞬だけ、した。
そして、すぐに引かせて、いつもどおりの薄い笑顔を作ってみせた。
「別に、あの日君に語った事は、嘘ではないよ」
そう言って微笑みかけるものの。
「………………」
じっと胡散臭げに睨みつける視線に、苦く笑う。
「…………そうだね、話をしようか。イリヤスフィール」
ほんのわずかな空白の後に述べられた言葉はそのようなものだった。
「……話、ですって?」
「ああ、今更だけど、僕たちはあまりにも自分の共犯者のことを知らないみたいだ。……思えば君と、ちゃんと話をしたことなんてなかったしね。
だったら話をしよう、イリヤスフィール。
僕を信じられないなら、僕も君に信じられるように、語るしかないのさ。もうここまできたんだ、隠し事はなしにしてね」
「……なにそれ。リボンズ、本当にどういうつもりなのよ。
どうして、今さらそんなことしろっていうの? どうせ私はもうすぐ……」
「そうだね―――君は死ぬ。もうじきに」
リボンズはイリヤスフィールを見つめた。微笑みは消えていた。
それがどういう意味なのか。イリヤスフィールには分からない。
「―――だけど、それまでには充分な時間があるだろう? 僕が会場に行くまで、まだ六時間ある。
だったら、残る時間を僕と一緒に過ごしてくれてもいいだろう。他にやることがないなら、ね」
「…………リボンズ?」
「嫌なら嫌でも構わないが。―――君は、どうしたい?」
少しの静寂。
そして、
「嫌じゃないわよ、別に」
提案を受け入れるという、解答がイリヤの口からは発せられていた。
別に嫌というほど嫌なわけではなかった。
意図がわからなかったから聞き返してはみたけれど。
よく考えたらここで話すことでリボンズの思惑が分かるというのなら、それはイリヤスフィールにとって望むところだった。
冥土の土産なんて洒落たものでもないだろうけれど、心残りはなくしておきたい。
「そうかい。それじゃあ、話をしようイリヤスフィール。
長いかもしれないし、短いかもしれないけれど。どちらにせよ、最後の猶予期間だ
―――悔いの残らないように」
六時間。
放送一度分の猶予。
ただ話す時間としては長いけれど、死を前にした語らいとしては短い。
けれど、どちらにせよ話をするには充分すぎる時間かもしれない。
そんな風にイリヤスフィールは思う。何しろ、六時間もあるのだから。
―――そう。六時間あるのだから。
あまりにも都合がいいぐらいに、六時間という時間が猶予として残されているのだから。
リボンズ・アルマークにも。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにも。
そして、生き残った者たちにも。
話をするといい。整理するといい。覚悟を決めるといい。
時間はあまりないけれど、それでも。
確かに残されているのだから。
その先に明確に死が迫っていようとも。
確かに今は生きている。明確に鼓動を刻んでいる。
いずれ死んでしまえばなにもかも無意味だというのなら、生きている価値なんてどこにもない。
だとすれば……たとえ僅かでも時間があるのなら、その中で生きることが無価値であるはずがない。
だから。
212
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/14(日) 00:06:43 ID:JICeJ4Jw
○ ○ ○
「――――……本気だよ、イリヤスフィール。僕はね、世界を救いたいんだ」
○ ○ ○
213
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/14(日) 00:07:23 ID:JICeJ4Jw
嘆くことはない。
悔やむことはない。
絶望する必要はない。
哀れな犠牲者も、打ち倒される悪役も、
勧善懲悪の英雄も、愛されるヒロインも、
この世界では、その役柄は意味を成さない。
何も決まってなどいない。
努力が才能を凌駕するとも、正義がかならず悪に勝つとも、騎士が姫を守るとも、決まってはいない。
物語の主人公が道半ばにして死すことも、聖者が殺され悪党のみが救われることも、恋人たちが報われぬ別れを迎えることも、起こりうる。
未来は常に白紙だ。
そんな安っぽい言葉すら、ここでは真実になる。
予定調和なんて存在しない。
ここはもう、彼らを称えるための物語ではないのだから。
善なる主役も悪なる敵役も存在しない。
これはもう、彼らの価値観の物語ではないのだから。
この混沌の坩堝にはあらゆる可能性が混じっている。
ここでならきっと、世界を、因果の理念をも超えられる。
――――……だから、心配することはないんだよ、イリヤスフィール。
君は幸福な最後を望んだって、構わない。
◆ ◆ ◆
214
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/14(日) 00:08:31 ID:JICeJ4Jw
夜よりも深い闇に満ち満ちた宇宙(そら)に一隻の船が存在した。
しかし、それを見て船と判別できる人間がどれほどいることだろう。
それは、船というイメージとはかけ離れた姿をしていて……何よりもあまりに巨大だった。
―――コロニー型外宇宙航行母艦「ソレスタルビーイング」
全長15kmを誇る超巨大航行艦である。
内部に超高速演算システム・ヴェーダの本体、多数の戦術兵器を有し、正に人類最高技術の結晶の産物と言えよう。
―――しかし。
「ソレスタルビーイング」すら、矮小に見えるほどの巨大な物体が、宇宙(そら)に並び立つようにして浮かんでいた。
ああ、それは最早巨大ということも烏滸がましく感じてしまうほどの大きさがある。
宇宙空間に置いてすら存在感を放ち、傍らの「ソレスタルビーイング」の10倍以上の大きさがあるように見えるそれは―――
―――スペースコロニーと、呼ばれていた。
人工的に創りだされた人間が生息するための衛星。
大気の流れも、水の流れも、重力も、星の瞬きすらも完全制御された密閉空間。
これほどの巨大建造物を作ることは容易なことではない。
数多の世界から集めた技術と資金。ヴェーダによるコントロールがあってこその産物。
そんな広大なコロニーの僅か一角に、水平線が見えるほどの海があり、そして島があった。
島には一見では自然物にしか見えない、山が、川が、草原が、存在した。
幾つもの奇妙な建物が存在した。
櫓があった。発電所があった。駅があった。公園があった。ホールがあった。奇妙な像があった。遺跡があった。
学校が二つあった。神殿があった。闘技場があった。政庁があった。薬局があった。船があった。廃ビルがあった。
様々なものが、その島にはあった。
決して広いとはいえない小さな島ではあったが、そこには確かに様々なものがあった。
―――そこでは、殺し合いが行われていた。
人が死んだ。十四人死んだ。残りは五十人になった。
人が死んだ。十二人死んだ。残りは三十八人になった。
人が死んだ。十一人死んだ。残りは二十七人になった。
人が死んだ。四人死んだ。残りは二十三人になった。
人が死んだ。十一人死んだ。残りは十二人だった。
人が死んだ。裂かれて死んだ。残りは十一人。
人が死んだ。燃え尽きて死んだ。残りは十人。
人が死んだ。焼け付いて死んだ。残りは九人。
人が死んだ。死んで消えた。残りは八人。
八人のもとに言葉が降り注ぐ。
生き残った彼らに祝福と呪いを告げるために。
希望と絶望を与えるために。
力足りず地に堕ちた天使はただ想いだけを胸に沈んでいた。
矜持なき羅刹は覇気すら喪い空虚な瞳で鉄騎を眺めていた。
生きる傭兵は響く言葉に笑みを浮かべながら耳を傾けていた。
殺人鬼の少女が人殺しの少女の隣に居た。
人殺しの少女が殺人鬼の少女の隣に居た。
空っぽの少女が棺桶の中で涙も流さず哭いていた。
死ねない少年が炎の傍らで呪いの様に生きていた。
愚かで無様な人外未満が己の無力さを悔いていた。
誰もが、動こうとはしなかった。
……ふと、彼らのうちの誰かが気づいた。
乾いた肌に、水滴が落ちる。
最初は僅かだったそれは見る間に勢いを増し、やがて一定のものとなる。
雨が、降ってきた。
215
:
第六回定時放送 〜Loreley〜
◆ANI3oprwOY
:2012/10/14(日) 00:09:14 ID:JICeJ4Jw
燃えていた戦火が消えていく。戦場に燻るように残っていた熱が引いていく。
高揚していた思いも、怒りも、どこか冷めていく。
その手に残る泥や血糊ごと、感情まで洗い流されていくように。
容赦なく敗残者たちを責め立てる雨を感じながら、誰もが思う。
―――終わったのだ。
戦いは、もう終わったのだと。
その通り。
しかし、けれど、だからこそ。
―――物語は始まるだろう。
―――次の戦いが、始まるだろう。
数度、終わったぐらいで、生(たたかい)は終わらない。
それがここに、一つでも残り続ける限り。
続けよう。絶望を。歓喜を。喝采を。続けよう。
終わったのなら始めよう。新たに初めから、始めてそして続けよう。
人が死ぬ話を。
人を殺す話を。
そんな話の続きを始めよう。
あと少し、少しだけ。
その最後に、きっと幸せなんて無くたって。
―――人生(ものがたり)は、死ぬまで終わることはない。
【バトルロワイヤル終了まで――――残り8名】
216
:
◆ANI3oprwOY
:2012/10/14(日) 00:09:44 ID:JICeJ4Jw
投下終了です。
217
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/10/14(日) 10:10:00 ID:DYIK7rmY
投下乙です。
放送がここにきてまだあるとは思ってもいなかったなぁ……
これまで以上に時間という区切りを意識せざるを得ない状況が見えてきた。
これからはどのように過ごすのだろう?
最期まで生き残れた人は何を望むのだろう?
リボンズの願いにイリヤは納得できるのだろうか?
動きのある話というわけではないですがその分今までとこれからを強く意識させられました。
218
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/10/16(火) 00:20:17 ID:x49Ce6EI
投下乙です
第6回目の放送が始まり、そして終わり
全てが終わったと思ったらそこから次の物語が……
219
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/10/20(土) 21:52:11 ID:shbSHWRk
ttp://www20.atpages.jp/r0109/uploader/src/up0160.jpg
どこか間違ってる部分があれば修正しますので言ってください
wiki管理人様
問題無いようでしたら、お手間をおかけして申し訳ありませんが
差し替えをお願いします
220
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/11/04(日) 13:58:51 ID:wJm3ImI.
しかし、あのリボンズが対話をしようと言ってくるのは本当に彼を知るものからすれば驚きだよな…
221
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/11/15(木) 14:10:08 ID:3q.hSAKs
それでも超越者気取りの傲慢さは変わらず、下手したら前より酷いけどなw
222
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/12/27(木) 14:48:20 ID:3ALCCm16
二ヶ月音沙汰無しか・・・・・・
最終章?
223
:
名無しさんなんだじぇ
:2012/12/30(日) 14:48:04 ID:vw6dbKss
ここまで来たなら完結してほしいな
224
:
◆ANI3oprwOY
:2013/01/06(日) 23:57:11 ID:9PPujPLA
/ : : : : : : |i : : : |i : : : : : :|i : : :|i :| : : : :| : : : : : : : : : : :∧
. : : : : : : : : : |i : : | |i: :|: : :|: :|i : : :|i :| : : : :| : : : : : : : : : : : : :.
/: : : : : : : |: : : |i : : |_||__|_:|ノ|i: : : |\,.___: :ト、 : : : : :|: : : : :.
. /: : : : : : : : |: : : |/´l.八_|: : :| |i : : :||八: : : :|/|/\ヽ: :i: :| : : : : :.
/: : : : : : : : : |: : : |ヽ:斗====ミ|.八: : : | 斗====ミ、 Ⅴ: i|: : : : : :i
. / : : : :__|: : :i|: : : |〃 ,イ斧心 ′ \: | 笊i心. ヾ | : リ: : : : : :|
´ ̄ ̄ il : :八: : :|″ ._)::::::hi} ヽ ._)::::::h} |: /: : :/ : : |
|i: : : |r\| 乂___ツ 乂___ツ . |/: : :/: : : :j あ、あけましておめでとうございます!
|i : : :|l`ハ `ー , ─‐ :' /: : ,イ: : :|: ,
|i ,: :∧ """" """" 厶イ'/:|i /|/ 宮永咲が新年の挨拶をさせて頂きます
l/|: : :人__ ,__/: ル' '′
{ |: 八: : 从 ー─ /: : /'′
|/ \: : \ /´ ヽ ,イ: /
' \ ト、: , _, ─ ノ , : : /
ヽ \:> _ <: /
ヽ: : 〕 ─ 〔: :/l: /
225
:
◆ANI3oprwOY
:2013/01/06(日) 23:57:42 ID:9PPujPLA
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{ /::::::::::::::::::/|::::::|ノ|:八 ::::| _..斗-=ミ\| ::::::::::|::::|
/::::::::::::::| :: /-匕-=ミ\|\| 〃⌒゙ヾⅥ :::::::: |::::| } えっと……最終章は絶賛執筆中です。絶賛執筆中です。
 ̄ ̄ |::::::|::イ /〃⌒ヾ {{ }} }|/| ::::::|::::| {
{ |:: 八ハ{ {{ }} ゞ==(⌒) | :: /:::::| 大切なことなので二回言いました!
} |/|::: {. ハ (⌒)=='' /// |/}:::::|
|:::: ヽ_| /// __,ノ :::::| }
. { レヘ::八 _.. ‐〜‐-、 イ ::::::::::::/ { ……とにかく進んでいます。大丈夫です。
} ∨个 .._ (_,,.. ‐〜〜' イヘ:::/|/∨
\| _≧=一ァ 〔/⌒T:iT7ス
r=Ti:i:i:i:i:i:7____/i:i:i:i:i:i:i/ ∧ }
{ ∧i:i:i:i:i:i:i:i:| /i:i:i:i:i:i:i/ / ∧ { 具体的な情報も直に出せると思うので、もう少しばかりお待ちいただければ幸いです
} / {\/⌒)_∠二二/| / ∧
/ ゙T{ 二(__ `ヽ _ヽ
/ ∨ハ. {_ / \/ _〉
. { /\ _ | ノ _) 人._ |_/|/ }
} \_____,|/ /i:i\  ̄ ̄`ヽ j {
∨ / /|i:i:i:i:i|\ |
/ /´|i:i:i:i:i| 丶 ... ______丿
〈 Ⅵ:i:i| | }
、___/ Ⅵ:i| | {
226
:
◆ANI3oprwOY
:2013/01/06(日) 23:58:10 ID:9PPujPLA
/::::::::::::::::::::::::::::::\
/:/:::::::::::::::::::::::::\::::ヽ
(_) /::::/:::::::::::::::::::::::::::::ヽ:::ハ
/\ /:::/::/::/::::::::::::::::ヽ::::::::::::V
\ ハ:::::/::/:::::::::::::i:::::::i:::::::::::∧
{ V/:::/:::::::::::::::::::::::i:::::::::/. .〉
 ̄ヽ ∧.V:::ハ:::::::::::::::i::::::::i:::::V . ハ
ー- { \Vハ:::人:::川:::::ハ::/. 〃 }
/ l ハ \ミ. .ヽV /. . 彡:フ ハ
し j ∧ ヽ、ミ::::ヽ∨:彡::/ ∧ それでは、どうか今年もアニロワ3rdをよろしくお願いします!
/ 〈 \__人`゙〒テ'"人 _/ 〉
| \__ イ //∧ 〉、__ /
|人_ ハ } //!/∧/ ∧
ハ } {/∧//ハ / }
{ ヘ } !//∧/∧ / !_
∧ヘ } !//ハ//∧.イ.\. . >―. ._
/./. ∧ ト!//7\/∧.\. . . . . . . . . . . . .┐
/./ . . ∧ !.!/j./ ∧/〉.ヽ\. . . . . . . . . .//
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|./∧ !V./ ∧∨. . .\. \ . . ―. //
| アニロワ3rd |. . . i ヽ./ /. i. . . . . .ヽヽ. . . ー-. //
| |. . . { Y ノ. ハ. . . . . . .〉ヽ\. . ./
| 書き手 |. . . ゝ / /. .ハ . . . . . i. . ヽ.ヽ〃
| 一同より |. . . .ゝ{//ノ. . .i .i. . . . . ./ . . ヽ//
. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
227
:
◆ANI3oprwOY
:2013/01/06(日) 23:58:32 ID:9PPujPLA
―――― セット裏 ――――
/ / ./ ,ィ ヽ ヽ_
/ / ./ // /! |l! .lY'::::::::::)
; i くlハ //,ィ / .| リ! j l }::::::::::l!
|イl! ' _`Vメ、 l / __.! ./_l/__ ノ l::::::i='ヽ
ゝゝ| ;´んィ:!` =j/__ノノイ /¨T ヽヽ ……私ちゃんと出来てたかなあ。
|| l 弋_丿 'んィ:!.ヽ// ,' ! } }
|| l 、、、 弋_丿 // .,ヘ .! j/ / ̄ \
|| l ' 、、、 // ./イ | | 完 |
|| ::ゝ. __ // ./. ! | | 壁 .!
|| | l > ´‐-' _イ//‖| l | <. で |
|l!. l_L:;ノ:.ト!¨ T¨ェ:://.‖ll! l | .| す !
l|-、 ヽ: : : :.l! ̄` |:.:.// /l!ll| .! | .! ね .!
/-、:::ヽ ヽ: : : l ̄ ̄l:.// /: :ヽ! .! ! \__/
. / | >ヽ ヽ:.:.:l l;'///: :/\ .| |
. / l . /ヽ:ヽ ';.:ヽ /:::////、 \ | ……だったらいいんだけど
人.. V } :!:ヽV/'/l;;;_/ Y ..人 ! ……でも、どうして私が告知役だったんだろう?
. / ヽl l ! [__] / .l i/ ヽ|
それは、お辞儀のAAがあるからです。
アニメキャラバトルロワイヤル3rd、一日も早い完成のため絶賛執筆中!
228
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/01/10(木) 02:12:11 ID:Fr03GldE
あ、報告来てた
乙です
229
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/02/02(土) 19:01:57 ID:iMegMTzM
おっ、年明けてから初めて見に来たけどお知らせきてたー
頑張れー
230
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/02/20(水) 02:03:29 ID:1gXthHvo
3か月ぶりくらいに見に来たが、そこはぺっこりんだろうがあ
231
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/02/24(日) 14:03:09 ID:iQXNZ24Q
ぐ、ぐぐぐぐ……投下はまだか
232
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/02/24(日) 17:22:14 ID:Z/CDsSHE
ギャルゲロワみたいになりそうで怖いな……
233
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/02/24(日) 23:28:31 ID:gvXODwgI
そろそろ投下がくると信じてる
234
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/03/05(火) 22:44:01 ID:kWACiet2
新年の挨拶から2ヶ月
235
:
◆ANI3oprwOY
:2013/03/11(月) 01:53:07 ID:kj/MQEKs
【生存告知】
こんばんは。
アニロワ3rd書き手は一日も早い投下を目指して、現在も絶賛執筆中です。
ひとまず今回は生存報告のみとさせて頂きますが、近いうちに具体的な予定を告知出来ればと考えております。
最終章を楽しみにして頂いている皆様には、お待たせしてしまい申し訳ありません。
一歩一歩と完結に向けて近づいておりますので、どうかもう暫くお待ち頂きたく存じます。
236
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/03/11(月) 02:53:34 ID:Isa1kcyE
何となく来たら報告が来てた!
237
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/03/11(月) 19:21:25 ID:oU6DXjaM
報告来てるw
了解だぜ
238
:
なし
:2013/03/23(土) 03:44:15 ID:4B.8FjyA
まだか・・・?
239
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/04/11(木) 23:06:12 ID:3b2T.P2Q
生存報告から今日で一ヶ月か…
240
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/04/13(土) 22:57:40 ID:yALLJHas
GW後ぐらいだろう
気長に待つさ
241
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/05/05(日) 10:39:06 ID:KtnfEHzg
糸冬了(´・ω・`)
242
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/05/05(日) 12:26:29 ID:yC6GutMM
さすがに遅すぎて大丈夫か?って感じになってきた
243
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/05/05(日) 14:49:52 ID:FTHCtqJU
まだ一年も経ってないだろ、何言ってるんだ
244
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/05/05(日) 18:40:45 ID:kgHOdeZ.
次の作品はアニ2nd最終回並の展開と容量だからと考えれば半年でも1年でもずっと待てるさ
245
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/05/06(月) 13:55:34 ID:5DCN6SJ.
まだ松代
246
:
僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!
:僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!
僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!
247
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/05/07(火) 08:36:34 ID:4/.ZFS9.
二ヶ月も経ってねぇだろ
わざわざネガティブな事書くなよ
248
:
なし
:2013/05/20(月) 02:37:21 ID:Igp9OgMg
アニロワ3rdもクライマックスか...
249
:
◆ANI3oprwOY
:2013/05/22(水) 22:09:19 ID:F4WAxLc6
,. -───- 、
r-‐'´ \
| |ヽrl l 、 、 ヽ、 ヽ
| | | !ヽヽ ヾヽ l l
ト-|---ヾ ヽヾー‐l┼ | |
| ≡≡≡ ≡≡≡ | |
| | | | |
. | { __ | |. | <最近じめじめしてきたなー……
| |`ー-.,二` ,, -‐'::! | |
| ノ ∨ヾ厂ヾ=シ::l |ヽ l
| / {::::V7Tレ'::::/ /::::ト/\|
|/ 〉::::|'ブ::::::/ノ´_:::}
/ヾ´l/`>ベイ\ー}
>' | `^´ l ヽ ノ
`ヽ,ムL___|!__ヽ Y′
| ,イ / `ー┘
`′ー′
【生存報告】
こんばんは。あるいはおはようございます。
前回に引き続き成果を見せる事ができませんが、小さな告知だけさせて頂きます。
書き手勢は現在も完結を目指して執筆中です。
未だ投下を待ち望んでいる読み手の皆様には、長らくお待たせしてしまっていて、誠に申し訳ありません。
完成には確実に近づき、お見せ出来る機会もそう遠くない段階まで迫っていますので、気を長くしていてくだされば幸いです。
それではアニメキャラバトルロワイヤル3rd、次回の展開にどうかご期待下さい。
250
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/05/28(火) 13:17:16 ID:vso9zxsI
生存報告キター
251
:
なし
:2013/05/29(水) 12:53:05 ID:ATiLB1gg
待ってました!
憂はどうなる!
252
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/07/03(水) 17:57:56 ID:BlOXIq4o
保守
253
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/07/08(月) 15:50:55 ID:jl7Vv1xI
あげ
254
:
ぬるーしゅ
:2013/07/10(水) 22:32:50 ID:6zzpgW3M
もう駄目だぁ...お仕舞いだぁ......
255
:
◆pGNAwHVDjc
:2013/07/25(木) 00:20:57 ID:cSyjNBuo
【新番組予告!!!】
/ヘ\ | -、 ∨/ ̄ ̄ 丶 _ ,ィ< >イ / /
∨∧\、 X 《¨ヽ、 、-=====、 \__/≪≫イ / /
∨∧::::::∨ | 、、__ヽ Y ̄ ̄/^)\ ∨>イ / /
V ∧:::/ /∧/}彡'ヽj|::::: //、イ<: ≫イ /
__________V ∨ (^、 |:::| |、ゝ_r‐、,イ≪:::::,:' イ::::,:' /
-=──── ___ \| |::\__:/^7 //::: |::::: ≫イ/:::::,:' / r=..... <: :
¨` <≫..≪ ───く、、〈 //::::::/≠ //! \::,:'/| |r'≪: : :
<::>....< ____ ヽ\_//::::::/ ,/7 /::|!:::: r:::|| i! , ヘ ||: :: : : ,:'´
<::::::::>ー-.... __ \ゝ〈::: /イ__//::::::|!:::: |:::|| i! i |::::\ _:!!:: : : :,
≪::::::::/\ゝ__>、 、ノ─≠ ||::::::::|:::::7::::i! i! | |::::::イ::||: : .
∨ヘ ', `丶ニイヘ:::: ̄:::、 /|::::/::r──- L | ≠>イ|: :
∨ヘ ', 、ゝ、 /\::::::f j/: : : i : : : :: : : : : ヽ. !>イ::::::::i!:
____ ∨ヘ ',ゝ、∧ |::::|ヽ.::| //: : ::i!!: : : : : :: : : : :: : 丶\: :::r≪::|:: 機動戦士ガンダムリボーンズ〜イリヤスフィールの翼〜
____ / /:::::::::>.. //∨ ヘ `ヽ.∧:!_:j:::、V | |::::::,ィ||: : : :: :: : : : : : : : : . \|::::::::|: 毎週土曜夕方6時から放送開始!
ヽヽ: :  ̄> 、/ /: : : : : : : :∨ ,'::|ゝ==、 ',\|:::',::::∨| !::/:7/: : : : : : : : : : : : :: ::. |!:::::::i!:
\\: :_/ /: : : : fニ=-∨ ,': :|::::::::::≧==7===-v'Kレ'イ_//________ヽ_j!、:::::i!:
/´ /: : : : /::::::::7 , ,'≠< /:::/: : : : >、/::\ ,':: \|:: , >イ
. / /: : : : /:::::,r< /:::/: :: : : : : :/: :: : :\ ,:: : :: |≠<
/ /: : : ::/___/ /::::/ : : : : : : /: : : : : : : \ ,': : : ::|: :: .
. / /:: :>イ::// /::::/: : : : :: : :/:: : : :: : : : :: ::\ .,/ヘ: : :i!: : : .
256
:
◆ANI3oprwOY
:2013/07/25(木) 00:23:03 ID:cSyjNBuo
/ | `ト、/:. :::/ // \ |:::{`丶、`ヾ、
/ | || l::/:::l レ_ \ |:::l {::`ヽ、\
/ / ノj j:ハ:: | 、 ァ≧、 \、ヽ:| l::::::::::}ト、 \
f ,ヘ/ // /:l l::| 弋::i!::}} `ヾ、 ヾ}} \ }::/::/八\ \ , ´
l / \ヽ、 // /::ハ ヾ、 `''ー- } ヽ ノ/イ´ ハ::ト、 ` < __
| / \\//- く:::ト、l  ̄-─一 / }:ハ:`ーァ─┬‐
ト 〈 \ \ \ \ { ァミ、 /イ::::::::/::::::::/イ
| ̄\ \ \ \ ヽ 弋ソ ヽ /:::::::/::::::::/乂 /
| ヽ \ \ ゝ、 __ ノ `ーノ:::::/::::/:/Y1 / プリズマ☆イリヤもよろしく!
Y \ \ \  ̄ フヽ /  ̄彳イ/::イ:/ }/
{ヽ \ \ \ / ヘ_ ´ /::/ノ/Y/ /
l `ー‐r_ニ7 `丶、 \/\ ヘ ` 、 /"レ' ̄ / /
\____ \ ト、 /`ヽ \ ヘー ヽ /___, -┐,/ //
_ / ` 丶\ / \ ヽ、 / __」 }/_/
ゝヘ \/ \ ト 、 / , ´ / / /
`丶、 `丶、 \ >ー‐< / /
ヽ;_;_;_;_、ヽ`` , `'、; ; ; ; ; ; ; ; ;;ノ
i ′ `'ー‐=彡'´ i
i ∧/i i ト、
| i ,′ │ , | i |i:}
| i ; : :| ;′ '; | | |i:}
| | {‐‐‐=ミ: { __ ... }--─‐--- | |i:}
| | { 八 } 八 | i : | |i::}
| i____jI斗=‐ミ 、 { ィjI斗ニ=ミ_____ 」 | |i::}
| i `'《 {:::::::::: \! :{::::::::::::} 》'´ : | |i:} もうやだこの主催者
| i i:弋:::::ノ 弋:::::::ノ / | : | |i::}
| ; i ¨” ¨” / | : | |i:i} _,,.. ..,,_
| : 小 ` 厶イ 釗: | |i:ノ xi〔 〕ix
| : i :〉、 _ .:イ:i:| ; : | !:. /:〃 ___/\__ Wヽ、
| :: :i |i>. . ` . . : : : i| .′ : | ‘,: / {{ \ く }i
| :: :i |i :i :ミT爪 乂.; i | / ,..从 厶-‐-r㌃,小、 ;
| ; } : 斗-=ィ⌒ 〕i / ,′ ∧ヽ、 .′:'"/ 个ト-=ニニ=彡 〉 \ .ノ
-─‐ミ | i__:ノ / / :/ / / } ヽ、V レ': レ^V′ V^ヽ′
/  ̄ヽ V─┴──┴──┤` '7゜ / . : / 丿⌒¨¨'ーミ
. / ニヽ 〉 '; |'^⌒^V :′ . : :′ . : ヽ
257
:
◆ANI3oprwOY
:2013/07/25(木) 00:25:16 ID:cSyjNBuo
【ほんとの投下告知】
大変長らくお待たせしました。
投下に関する告知を行います。
今回はなんと――
『アニロワ3rd夏休みスペシャル特大号』!
ということで、夏休みシーズンにどどんと投下を行う予定です。
ペースは一週間に二回ほどを予定。
「8月3日」から投下を開始し、以下、土曜日+週のどこかで継続して投下を行います。
長い倦怠を越え、これまで本当にお待たせしました。
最終章アニ3、ご期待ください。
258
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/07/25(木) 06:34:45 ID:X1m5WNVo
投下予告だひゃっほー
259
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/07/27(土) 00:07:44 ID:ylj/EL2Q
ついに最終章か・・・楽しみだぜ
260
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/07/27(土) 11:09:19 ID:Mo/6bzYY
おおお!きたか!
本当に楽しみだな…
書き手の皆さんお疲れ様です!
261
:
なし
:2013/07/30(火) 00:07:27 ID:hkWBohU2
楽しみにしています。
262
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/03(土) 07:38:39 ID:DzSW.qew
いよいよ今日からか
期待してるじぇ
263
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:01:48 ID:Tk0rhhMc
テスト
264
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:15:06 ID:Tk0rhhMc
投下を開始します。
265
:
もう幾度目かの敗北の跡は
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:17:01 ID:Tk0rhhMc
虚しく世界に響き渡る、女神の言葉。
「――第六回定時放送を終了するわ。それじゃあね」
そして、彼女の声を聞き届けた彗星は、空に還る。
ガンダム。世界全てを司る神威が、天に昇る。
敗者の地を残し、リボンズ・アルマークは女神の元と戻っていく。
約束された破滅の時を告知して、鉄槌の城へと凱旋する。
「――君達の出す無為な答えを、待っている」
それはたった数時間の執行猶予。
再び彼が解き放たれ、降臨したとき今度こそ、全ては等しく焼き尽くされる。
終わりは近く、開幕は遠く。
物語に終止符を打つ、それは暫しの時を待つ。
全ては、最後の放送の後。
残り――たったの6時間。
天から来たる奇跡、地に這いつくばる供物。
ここに極単純な、力の差が在るだけだった。
見渡す限り希望は無く。
残されたものは、敗者たちの嘆きの声。
死を待つだけの者達が紡ぐ、断末。
しばらく鳴り止まなかったそれらもやがて、少しずつ聞こえなくなり。
何も聞こえなくなっていく。
そうして一刻が過ぎ去って。
時の凍ったような静けさが世界に立ち込める。
神に及ばぬ者達の、鎮魂の時がはじまった。
まるで炎の消えたように。
生の気配は枯れ果たように。
絶望だけの、染み渡るように。
ここはまるで、死の大地。
けれど時だけは止まる事なく。
終わりの時刻がゆっくりと、彼らの身に迫っている。
はらりはらりと。
その頭上に降りしきる、冷たい雨と共に。
266
:
もう幾度目かの敗北の跡は
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:18:40 ID:Tk0rhhMc
◆ ◆ ◆
/もう幾度目かの敗北の跡は - Index-Librorum-Prohibitorum -
◆ ◆ ◆
267
:
もう幾度目かの敗北の跡は
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:19:28 ID:Tk0rhhMc
認識を、再開する。
虚しく落ちる水の音の他に、耳を打つものはなかった。
人の声は聞こえない。
ただ、冷え切った雨の景色だけがあった。
しとしと、頭上に降るもの。
大雨と言うほど強くもなく、しかし小雨と言うほど弱すぎることもない。
一定の間隔で地面に滴る、当分の間止みそうに無いだろうと予感させた。
それは五月雨のように。
陰鬱さを世界に振りまくように、もの悲しく降りしきる雨だった。
目覚めたソレの視界には誰もおらず。
灰色の曇り空と、落ちてくる水滴の細い線が映っている。
まるで死んだような世界で。
しかし自己の活動は続いているのだと、それだけを『ソレ』は認識していた。
故に、
「…………」
むくり、と。
体を起こした。
全身の損傷を確認し、現在時間を計測し、身に纏う修道服の袖で瞼についた煤を拭う。
「…………」
遠く、ノイズが鳴っている。
『ソレ』、端末は何も語らず。何も受けとめず。
周辺の光景を、感情の篭らないカメラのような両眼で見渡していく。
「…………」
首を巡らせた四方の全て、一面、瓦礫の荒野だった。
見渡す全てが、コンクリートの残骸で埋め尽くされている。
アスファルトで舗装された公道は尽く砕け、土の層まで掘り返されている。
コンクリートの高層ビルはドミノ倒しの如く折り重なって倒壊し、窓ガラスの礫を四方八方に飛び散らせている。
意識を取り戻した端末の下にも、積み上がった瓦礫の海が広がっている。
それはかつての、ショッピングセンターと呼ばれた建造物の跡地だった。
遠くには、乗り捨てられたように倒れふす、ガンダムエピオンの巨体が見える。
全て、『跡』だった。
数刻前まで続いていた戦いの、けれど今は終わってしまった闘争の、それは跡。
結果であり、残滓であり、残りカス。
現象の、骸の、海であり、山だった。
「――生存者、一名、確認」
そんな骸の山にいま、佇む影を端末は見た。
影は、少年だった。
どこまでも続く瓦礫の荒野のなかで、少年は何かを探していた。
降り注ぐ雨に濡れながら。
コンクリートの塊を掘り返し、掘り返し、しかし「何も出て来ない」と、当然のことを嘆いている。
「照合――阿良々木暦」
端末は立ち上がる。
今の今まで瓦礫に半身が埋まっていたことなど、微塵も感じさせないような緩慢な動作。
表情一つ変えず、それは少年の背中に近づいていく。
何故そうするのか、分らぬままに。
既に役割を終えたはずの己が、今もまだ活動を続けている訳も、知らずに。
その不自然さすら思慮の外で、その端末――インデックスは、今も動いていた。
◆ ◆ ◆
268
:
もう幾度目かの敗北の跡は
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:21:08 ID:Tk0rhhMc
「ないんだ……」
瓦礫の海に立ち尽くした少年。
阿良々木暦は黒髪から雨水を滴らせ、そう言った。
「ないんだよ、どこにも」
背後に立ったインデックスを、はっきりと認識して言ったのか。
それとも誰彼と構わず、あるいは自分自身に言い放っているのか。
断定は、出来ない。
「天江の……右手と……左足はあったけどさ……その他は何も、見つからない。
……見つけても……やれないんだ……」
血糊で真っ赤になった両腕をぶら下げ、憔悴しきったた表情で少年は呟く。
インデックスという端末は、彼の手に滴る血に注目する。
二の腕までを赤黒く染める液体は果たして、天江衣の死体の欠片に触れた際についたものなのか。
瓦礫を掻き分けた際に傷つけた、彼自身の流血なのだろうか。
数瞬、極僅かな時間を割いて、両方であろうと結論する。
「ちく……しょう……!」
ほんの僅か、少年から強い感情が波立った。
がつんと、阿良々木暦は己の立つ地面を踏みつける。
瓦礫がぱらぱらと零れ落ちる。
及ぼした効果は、それだけだった。
「畜生……」
ギリギリと鳴る音は、少年の歯が軋むものだろうと断定する。
ポタポタと零れる滴は、手から落ちる血液なのだろうと分析する。
液体はスペース・コロニーが降らせた人口の雨、そして地面の泥とと混ざり合って、色を変え続けている。
そらは正しく把握できているのに。
脳裏に走るノイズだけは、未だ理解不能。
「あんたは……なんで……」
そこで漸く、インデックスは認識する。
「なんでそこで……そうしてるんだよ……なあッ!?」
阿良々木暦が語りかけていたのはインデックスではなく。
阿良々木暦自身でもなく。
瓦礫の山の下方にいる、『もう一人』であったことに。
「――生存者、更に一名、確認」
男が一人、そこにいた。
軍服を身に纏った金髪の男。
該当する参加者は、インデックスが記録する限り、だだ一名。
「照合――グラハム・エーカー」
その他に、存在しない。
「どうしたんだよ……グラハムさん!」
彼しか存在しないはずだが。
しかし死人のような顔色で座り込んでいる男からは、面影すら感じ取ることはできなかった。
四肢は力なく投げ出され、覇気で満ちていた筈の表情からは生気が抜け落ちている。
呆と開けられた目は滅びた世界を映し、しかしなにも、見てはいないようだった。
「いい加減なんか言ってくれよ……。
僕一人じゃ手が足りないんだ……せめて、せめて遺体くらい……探すの手伝ってくれよ……」
「…………」
表情の一つもないグラハムの顔を見るのが辛いのか。
阿良々木は彼から目を逸らしつつ、瓦礫を掘り返しながら言葉をかける。
それに対して、やはり反応を返さないグラハム。
彼もまた雨に濡れることに構わぬまま、座り込み続けていた。
269
:
もう幾度目かの敗北の跡は
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:22:28 ID:Tk0rhhMc
おそらくインデックスがここに来るよりずっと前から。
このやり取りは繰り返されていたのだろう。
阿良々木の言葉は、既に荒れ、そして掠れていた。
「グラハムさんがそんなんじゃ……これからどうすればいいんだよっ…………!?」
擦り切れたような声だった。
かつてのグラハム・エーカーならば、そのような声を誰かに出させたことすら、恥じ入るだろう。
けれど今は、耳に入ってもいないのか、変わり果てた男は黙しつづけている。
虚空を見つめたまま微動だにしない。
「……そう、かよ」
無駄と悟ったのか。
阿良々木もようやく、死体のような男に背を向ける。
「もういい、わかった。一人でやる……」
そうして、どこかへと歩き出そうとした時だった。
背に言葉が、届いた。
「……これから……どうするか、か?」
「……?」
唐突に発せられた言葉。
阿良々木は驚きつつも、ほんの僅かに希望を見出したような表情で、振り返った。
不死身と呼ばれた男の復活を感じ取ったのだろうか。
そして彼の、言葉を聞いて。
「――どうにもならないさ」
阿良々木の表情は、凍りついた。
吐き捨てるように言ったグラハムの口元は、僅かに笑っている。
それはあまりにも朗らかで、満面の自虐と自嘲に塗れた苦笑。
戦いの敗者が浮かべるに、相応しいものだった。
「我々は……私は、負けたのだから……な」
魂の抜けたような男はそれきり押し黙る。
守るべき矜持と魂を砕かれ、戦う意志を失った敗者の姿がここにあった。
力なく投げ出された手には血にぬれた赤いカチューシャ。
敗北の証明。
守れなかった者の残滓のみが、置かれていた。
◆ ◆ ◆
270
:
もう幾度目かの敗北の跡は
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:23:53 ID:Tk0rhhMc
「ほんとは全部見つけて、弔ってやりたいけど、これだけが限界か……」
頑として動かない様子のグラハム・エーカーをその場に置いて、北上すること十分程。
いまだ崩落の町を出ること叶わず。
元は民家だったと思われる、くたびれて傾いた建造物の中。
壁も床も砕け、欠けた屋根しか残らなかった、しかしなんとか雨を凌ぐことのできるその場所で、死した少女の一部が瓦礫の上に置かれている。
ディパックへと収め続ける少年――阿良々木暦を、インデックスという端末は背後から見つめていた。
むしろこれだけの分量を見つけられた事の方が、奇跡であろうと分析しながら。
「時間がないからな」
少年の声を聞いていた。
「次の放送で……始まるんだろ?」
そしてこの時初めて、インデックスに向けられた彼の声に。
「はい。第七回定時放送以後、このゲームは第二ステージに移行します」
いつの間にか脳内で解除されていた、
枷の外れた情報制限に基づいて答えを返す。
「バトルロワイアル、ゲーム。その第二段階」
事実、真実、純然たる、仕組まれた筋書きを口にしていた。
「即ち主催者との、闘争」
それは誰が聞いても、茶番としか思えないものだった。
「参加者による首輪の解除とはルールからの脱却を意味します。
その上で殺し合いを放棄することはつまり、
与えられる奇跡ではなく、奪い取り勝ち取る奇跡を望むということ。
そしてそれは殺し合いの完遂を責務とする奇跡の守り手、主催者との闘争を意味します。
願望器をかけた、リボンズ・アルマークを交えた殺し合いの新局面。これがゲームの第二段階の全容――」
「闘争……? 馬鹿言うなよ……こんなものは……」
「あるいは、ルール違反者の殲滅作業」
「そうだろ」
神を名乗る主催者――リボンズ・アルマーク。
アルケーガンダムを目にも止まらぬ速度で落とした上に、最強の超能力を一撃で沈めたあの力。
参加者にとっては、より分かりやすい形で示された。
改めて、理解させられただろう。
もうすぐ降りてくる存在は、ここに集められた参加者全て、拉致し殺し合わせる力を持った者。
それはつまり、ここに存在する誰と戦っても、必ず勝てると、そういう意味に等しい。
天の存在。文字通り格が、空の上なのだ。
人災が天災に繰り上がるように、地上の者等には打倒不可能であることは、そもそもの道理であった。
直接力を誇示することで再認識させられた今、諦めるという行為は自然なもの。
「にも関わらず。あなたは、諦めていないのですか?」
「そう、だ。……いや、どうだろうな」
ならば、未だ立つ阿良々木暦とは何なのか。
インデックスはカラカラと無感情に、観察する。
観察。
既に役割の尽きた筈の己に残された『仕組み』とは、それ一つであったが故に。
そう、インデックスは既にその役割を終えている。
準備は終わった。戦いは終わった。ゲームは終わった。殺し合いは終わった。
首輪が解除され、誰も殺し合いを実行しないならば。
これより始まるものは一方的な虐殺。散っていく者達を見送るだけの、呆気のない幕切れ。
殺し合いのカンフル剤など今更不要。余興としての施設機能補助すらもはや要らず。
ここに端末の役割は皆無。ならば破棄されるのが自然であり、しかしそうなっていない。
そうなってはいないから、端末は役割の残滓を追い続ける。カラカラと、から回る。
「案外と、僕は早く死にたいだけなのかもしれないぜ? 自分でも、わからないけどさ……」
阿良々木暦は自信なさ気にこぼす。
何かに耐えるように、渇いた苦笑いを浮かべながら、瓦礫の町を見渡していた。
271
:
もう幾度目かの敗北の跡は
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:25:46 ID:Tk0rhhMc
そんな少年をインデックスは観察する。
扇動、治癒、操作、与えられた任の全ては、まず観察から始まる。
だから単純に、その段階を繰り返す機械こそが、用済みの端末の実態だった。
「とりあえず僕は、枢木を探すよ。
グラハムさんがあれじゃあ、誰か他に戦える人を見つけないと……さ……その、いけないだろうし……」
か細い彼の言葉。
その力の無さに、グラハム・エーカーと同じ敗者の気質が窺い知れる。
二人は共に同じだ。己は敗北した者、両者それを認めている。
光はとっくに死に絶えて、残されてない事が明らかだ。
決して希望を信じているわけがあるまい。
そんな正の、プラスの思考で、もはや阿良々木暦は活動していない。
ならば動く者と止まる者、単純にそれだけの、両者の違いは何なのか、分析しようとした時だった。
「お前はどうするんだ?」
その質問はやって来た。
「『私』、ですか」
「ああ、そうだよ。お前だ」
見渡す限り、敗北の光景で。
瓦礫の灰色を眺めながら、阿良々木暦は端末に問いかけている。
端末という、己に対して聞いている。
「お前はこれから、どうする?」
「私は――」
端末は言葉を返せない。
その質問は即ち、『どうしたいか?』と、聞かれているに等しい。
当たり前のことではある。
どうしたいのか。
己にそんなモノが在るわけがなく。
故にこそ、問われた瞬間に思い浮かんだものが、己でも分らない。
「ま、いいか。とにかく、僕は……行くから……。
お前はお前で……なんだろ……頑張れって言うのも変だな。
一応、主催者の一味だし……」
ただ観察しているだけだ。
他には何も役割はない。
と、言い返せないのは何故だろう。
272
:
もう幾度目かの敗北の跡は
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:27:36 ID:Tk0rhhMc
「結局お前が敵か味方かとか、分んないけどさ。
あの時、落ちそうになった時さ。
助けてくれたことは、ありがとな……おかげで今も生きてる」
そして今に至るも、その理由が思い出せないのは何故だろう。
分らない。分らない。分らないはず、なのに――
「それじゃ」
廃墟を後にして、再び雨の中を行く背中。
生きる気力を失いながらも、心を折られながらも、何故か立ち止まれない少年の後姿。
数時間後に迫る死を前にして、なのに瓦礫の中で蹲ることすら、自分に許せない愚者。
ある意味、瓦礫の下で立ち止まってしまったたグラハム以上に惨めな、
苦しみを噛み締め続ける少年を、何故か追えなかった。
瓦礫の上を行く阿良々木暦を、インデックスは追えない。
観察を続けることが出来なかった。
なぜならその姿に踏み込もうとすればするほどに、理解不能のノイズが走るから。
割り込む映像に、空回る任を手放して。
一人、ここに端末は立ち尽くす。
それは遠い昔に見たような、あるいはつい昨日に見たような、誰かの影に似ていた。
失った、白と黒の、残像。
一人の少女に何も告げず、何も知らせず戦地へ赴こうとする『少年』の後姿。
それを見送ることもままならない、少女の姿。
ここではない、どこかで。
じぶんではない、だれかが。
いつかみた、けしき。
何故か、追ってはならぬと思うから。
追いたくて、追いたくて、彼の助けになりたくて、でもそれは出来ぬと思うから。
してはいけないと思うから。
何も知らず、今度もきっと帰ってくる彼の、帰りを待っていた誰かの記憶――
それが空っぽのはずの胸に何故か冷たくて。
それが空っぽのはずの胸に何故か暖かくて。
「…………」
この、敗北の地で。
だから何処にも行けず、立ち尽くす。
端末という、インデックスという、『少女』の残滓は一人、そこにいた。
273
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 00:30:30 ID:Tk0rhhMc
投下終了になります。
274
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/04(日) 00:36:48 ID:bYdaZ0Ns
乙ー
275
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 01:29:25 ID:4WDXMupk
久しぶりの投下、 如何でしたでしょうか。暫くはこうしてじっくりと続いていきます。
本編のwiki収録はこれ以降もこちらでやります。あしからず。
それと、本文中に一部ミスが見られましたのでwiki中での修正を行います。ご了承ください。
次の投下は、8月4日木曜日を予定しております。次のアニロワ3にご期待ください。
276
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/04(日) 01:36:21 ID:4WDXMupk
8月8日でしたねフィーヒヒヒ!(彼はまずここで達した)
277
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/04(日) 01:45:52 ID:4C/NMNuM
木曜日期待します
お疲れ様でした
278
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/04(日) 02:24:04 ID:K8deTb6Y
投下お疲れ様です
グラハム…
279
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/05(月) 04:46:30 ID:wZMC0k1o
投下お疲れ様です!
280
:
ぬるーしゅ
:2013/08/08(木) 23:08:37 ID:MRU6cBoQ
ぐぬぬ...眠いが我慢や...
281
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/08(木) 23:51:12 ID:ZP1lXaU2
お知らせ
本日投下を予定しておりましたが、改めて調整を行った結果
申し訳ありませんが日程を変更いたします。
次回投下は8月11日(日)
その後は、13日(火)15日(木)17日(土)に投下する方向で最終調整中です。
予定変更に加え、連絡が遅くなってしまったことをお詫びいたします。
282
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/09(金) 09:44:03 ID:8T3v2mWE
おお、予約キター
283
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/11(日) 23:52:22 ID:Rx9WEcjU
テスト
284
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/11(日) 23:58:19 ID:IBRb3r2Q
おおっ
来るかな
285
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/11(日) 23:58:33 ID:Rx9WEcjU
お待たせしました。
前回に続き、投下を行います。
しかしその前に幾つかお伝えすることがあります。
前回の投下に関して、wikiにて修正を行うと告知いたしましたが、
形式の変更のため、改めて投下させていただく事になります。
再投下終了後、本日分の投下を行いたいと思います。
ご了承ください。
286
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/11(日) 23:59:15 ID:Rx9WEcjU
では再投下を開始いたします。
287
:
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:05:40 ID:L8GYs4F6
世界に響き渡る、女神の声。
「――第六回定時放送を終了するわ。それじゃあね」
そして、彼女の声を聞き届けた彗星は、空に還る。
ガンダム。世界全てを司る神威が、天に昇る。
敗者の地を残し、リボンズ・アルマークは女神の元と戻っていく。
約束された破滅の時を告知して、鉄槌の城へと凱旋する。
「――君達の出す無為な答えを、待っている」
それはたった数時間の執行猶予。
再び彼が解き放たれ、降臨したとき今度こそ、全ては等しく焼き尽くされる。
終わりは近く、開幕は遠く。
物語に終止符を打つ、それは暫しの時を待つ。
全ては、最後の放送の後。
残り――たったの6時間。
天から来たる奇跡、地に這いつくばる供物。
ここに極単純な、力の差が在るだけだった。
見渡す限り希望は無く。
残されたものは、敗者たちの嘆きの声。
死を待つだけの者達が紡ぐ、断末。
しばらく鳴り止まなかったそれらもやがて、少しずつ聞こえなくなり。
何も聞こえなくなっていく。
そうして一刻が過ぎ去って。
時の凍ったような静けさが世界に立ち込める。
神に及ばぬ者達の、鎮魂の時がはじまった。
まるで炎の消えたように。
生の気配は枯れ果たように。
絶望だけの、染み渡るように。
ここはまるで、死の大地。
けれど時だけは止まる事なく。
終わりの時刻がゆっくりと、彼らの身に迫っている。
はらりはらりと。
その頭上に降りしきる、冷たい雨と共に。
288
:
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:06:39 ID:L8GYs4F6
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』 -Index-Librorum-Prohibitorum-
◆ ◆ ◆
289
:
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:07:18 ID:L8GYs4F6
認識を、再開する。
虚しく落ちる水の音の他に、耳を打つものはなかった。
人の声は聞こえない。
ただ、冷え切った雨の景色だけがあった。
しとしと、頭上に降るもの。
大雨と言うほど強くもなく、しかし小雨と言うほど弱すぎることもない。
一定の間隔で地面に滴る、当分の間止みそうに無いだろうと予感させた。
それは五月雨のように。
陰鬱さを世界に振りまくように、もの悲しく降りしきる雨だった。
目覚めたソレの視界には誰もおらず。
灰色の曇り空と、落ちてくる水滴の細い線が映っている。
まるで死んだような世界で。
しかし自己の活動は続いているのだと、それだけを『ソレ』は認識していた。
故に、
「…………」
むくり、と。
体を起こした。
全身の損傷を確認し、現在時間を計測し、身に纏う修道服の袖で瞼についた煤を拭う。
「…………」
遠く、ノイズが鳴っている。
『ソレ』、端末は何も語らず。何も受けとめず。
周辺の光景を、感情の篭らないカメラのような両眼で見渡していく。
「…………」
首を巡らせた四方の全て、一面、瓦礫の荒野だった。
見渡す全てが、コンクリートの残骸で埋め尽くされている。
アスファルトで舗装された公道は尽く砕け、土の層まで掘り返されている。
コンクリートの高層ビルはドミノ倒しの如く折り重なって倒壊し、窓ガラスの礫を四方八方に飛び散らせている。
意識を取り戻した端末の下にも、積み上がった瓦礫の海が広がっている。
それはかつての、ショッピングセンターと呼ばれた建造物の跡地だった。
遠くには、乗り捨てられたように倒れふす、ガンダムエピオンの巨体が見える。
全て、『跡』だった。
数刻前まで続いていた戦いの、けれど今は終わってしまった闘争の、それは跡。
結果であり、残滓であり、残りカス。
現象の、骸の、海であり、山だった。
「――生存者、一名、確認」
そんな骸の山にいま、佇む影を端末は見た。
影は、少年だった。
どこまでも続く瓦礫の荒野のなかで、少年は何かを探していた。
降り注ぐ雨に濡れながら。
コンクリートの塊を掘り返し、掘り返し、しかし「何も出て来ない」と、当然のことを嘆いている。
「照合――阿良々木暦」
端末は立ち上がる。
今の今まで瓦礫に半身が埋まっていたことなど、微塵も感じさせないような緩慢な動作。
表情一つ変えず、それは少年の背中に近づいていく。
何故そうするのか、分らぬままに。
既に役割を終えたはずの己が、今もまだ活動を続けている訳も、知らずに。
その不自然さすら思慮の外で、その端末――インデックスは、今も動いていた。
◆ ◆ ◆
290
:
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:09:08 ID:L8GYs4F6
「ないんだ……」
瓦礫の海に立ち尽くした少年。
阿良々木暦は黒髪から雨水を滴らせ、そう言った。
「ないんだよ、どこにも」
背後に立ったインデックスを、はっきりと認識して言ったのか。
それとも誰彼と構わず、あるいは自分自身に言い放っているのか。
断定は、出来ない。
「天江の……右手と……左足はあったけどさ……その他は何も、見つからない。
……見つけても……やれないんだ……」
血糊で真っ赤になった両腕をぶら下げ、憔悴しきったた表情で少年は呟く。
インデックスという端末は、彼の手に滴る血に注目する。
二の腕までを赤黒く染める液体は果たして、天江衣の死体の欠片に触れた際についたものなのか。
瓦礫を掻き分けた際に傷つけた、彼自身の流血なのだろうか。
数瞬、極僅かな時間を割いて、両方であろうと結論する。
「ちく……しょう……!」
ほんの僅か、少年から強い感情が波立った。
がつんと、阿良々木暦は己の立つ地面を踏みつける。
瓦礫がぱらぱらと零れ落ちる。
及ぼした効果は、それだけだった。
「畜生……」
ギリギリと鳴る音は、少年の歯が軋むものだろうと断定する。
ポタポタと零れる滴は、手から落ちる血液なのだろうと分析する。
液体はスペース・コロニーが降らせた人口の雨、そして地面の泥とと混ざり合って、色を変え続けている。
そらは正しく把握できているのに。
脳裏に走るノイズだけは、未だ理解不能。
「あんたは……なんで……」
そこで漸く、インデックスは認識する。
「なんでそこで……そうしてるんだよ……なあッ!?」
阿良々木暦が語りかけていたのはインデックスではなく。
阿良々木暦自身でもなく。
瓦礫の山の下方にいる、『もう一人』であったことに。
「――生存者、更に一名、確認」
男が一人、そこにいた。
軍服を身に纏った金髪の男。
該当する参加者は、インデックスが記録する限り、だだ一名。
「照合――グラハム・エーカー」
その他に、存在しない。
「どうしたんだよ……グラハムさん!」
彼しか存在しないはずだが。
しかし死人のような顔色で座り込んでいる男からは、面影すら感じ取ることはできなかった。
四肢は力なく投げ出され、覇気で満ちていた筈の表情からは生気が抜け落ちている。
呆と開けられた目は滅びた世界を映し、しかしなにも、見てはいないようだった。
「いい加減なんか言ってくれよ……。
僕一人じゃ手が足りないんだ……せめて、せめて遺体くらい……探すの手伝ってくれよ……」
「…………」
表情の一つもないグラハムの顔を見るのが辛いのか。
阿良々木は彼から目を逸らしつつ、瓦礫を掘り返しながら言葉をかける。
それに対して、やはり反応を返さないグラハム。
彼もまた雨に濡れることに構わぬまま、座り込み続けていた。
291
:
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:09:37 ID:L8GYs4F6
おそらくインデックスがここに来るよりずっと前から。
このやり取りは繰り返されていたのだろう。
阿良々木の言葉は、既に荒れ、そして掠れていた。
「グラハムさんがそんなんじゃ……これからどうすればいいんだよっ…………!?」
擦り切れたような声だった。
かつてのグラハム・エーカーならば、そのような声を誰かに出させたことすら、恥じ入るだろう。
けれど今は、耳に入ってもいないのか、変わり果てた男は黙しつづけている。
虚空を見つめたまま微動だにしない。
「……そう、かよ」
無駄と悟ったのか。
阿良々木もようやく、死体のような男に背を向ける。
「もういい、わかった。一人でやる……」
そうして、どこかへと歩き出そうとした時だった。
背に言葉が、届いた。
「……これから……どうするか、か?」
「……?」
唐突に発せられた言葉。
阿良々木は驚きつつも、ほんの僅かに希望を見出したような表情で、振り返った。
不死身と呼ばれた男の復活を感じ取ったのだろうか。
そして彼の、言葉を聞いて。
「――どうにもならないさ」
阿良々木の表情は、凍りついた。
吐き捨てるように言ったグラハムの口元は、僅かに笑っている。
それはあまりにも朗らかで、満面の自虐と自嘲に塗れた苦笑。
戦いの敗者が浮かべるに、相応しいものだった。
「我々は……私は、負けたのだから……な」
魂の抜けたような男はそれきり押し黙る。
守るべき矜持と魂を砕かれ、戦う意志を失った敗者の姿がここにあった。
力なく投げ出された手には血にぬれた赤いカチューシャ。
敗北の証明。
守れなかった者の残滓のみが、置かれていた。
◆ ◆ ◆
292
:
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:10:36 ID:L8GYs4F6
「ほんとは全部見つけて、弔ってやりたいけど、これだけが限界か……」
頑として動かない様子のグラハム・エーカーをその場に置いて、北上すること十分程。
いまだ崩落の町を出ること叶わず。
元は民家だったと思われる、くたびれて傾いた建造物の中。
壁も床も砕け、欠けた屋根しか残らなかった、しかしなんとか雨を凌ぐことのできるその場所で、死した少女の一部が瓦礫の上に置かれている。
ディパックへと収め続ける少年――阿良々木暦を、インデックスという端末は背後から見つめていた。
むしろこれだけの分量を見つけられた事の方が、奇跡であろうと分析しながら。
「時間がないからな」
少年の声を聞いていた。
「次の放送で……始まるんだろ?」
そしてこの時初めて、インデックスに向けられた彼の声に。
「はい。第七回定時放送以後、このゲームは第二ステージに移行します」
いつの間にか脳内で解除されていた、
枷の外れた情報制限に基づいて答えを返す。
「バトルロワイアル、ゲーム。その第二段階」
事実、真実、純然たる、仕組まれた筋書きを口にしていた。
「即ち主催者との、闘争」
それは誰が聞いても、茶番としか思えないものだった。
「参加者による首輪の解除とはルールからの脱却を意味します。
その上で殺し合いを放棄することはつまり、
与えられる奇跡ではなく、奪い取り勝ち取る奇跡を望むということ。
そしてそれは殺し合いの完遂を責務とする奇跡の守り手、主催者との闘争を意味します。
願望器をかけた、リボンズ・アルマークを交えた殺し合いの新局面。これがゲームの第二段階の全容――」
「闘争……? 馬鹿言うなよ……こんなものは……」
「あるいは、ルール違反者の殲滅作業」
「そうだろ」
神を名乗る主催者――リボンズ・アルマーク。
アルケーガンダムを目にも止まらぬ速度で落とした上に、最強の超能力を一撃で沈めたあの力。
参加者にとっては、より分かりやすい形で示された。
改めて、理解させられただろう。
もうすぐ降りてくる存在は、ここに集められた参加者全て、拉致し殺し合わせる力を持った者。
それはつまり、ここに存在する誰と戦っても、必ず勝てると、そういう意味に等しい。
天の存在。文字通り格が、空の上なのだ。
人災が天災に繰り上がるように、地上の者等には打倒不可能であることは、そもそもの道理であった。
直接力を誇示することで再認識させられた今、諦めるという行為は自然なもの。
「にも関わらず。あなたは、諦めていないのですか?」
「そう、だ。……いや、どうだろうな」
ならば、未だ立つ阿良々木暦とは何なのか。
インデックスはカラカラと無感情に、観察する。
観察。
既に役割の尽きた筈の己に残された『仕組み』とは、それ一つであったが故に。
そう、インデックスは既にその役割を終えている。
準備は終わった。戦いは終わった。ゲームは終わった。殺し合いは終わった。
首輪が解除され、誰も殺し合いを実行しないならば。
これより始まるものは一方的な虐殺。散っていく者達を見送るだけの、呆気のない幕切れ。
殺し合いのカンフル剤など今更不要。余興としての施設機能補助すらもはや要らず。
ここに端末の役割は皆無。ならば破棄されるのが自然であり、しかしそうなっていない。
そうなってはいないから、端末は役割の残滓を追い続ける。カラカラと、から回る。
「案外と、僕は早く死にたいだけなのかもしれないぜ? 自分でも、わからないけどさ……」
阿良々木暦は自信なさ気にこぼす。
何かに耐えるように、渇いた苦笑いを浮かべながら、瓦礫の町を見渡していた。
293
:
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:11:55 ID:L8GYs4F6
そんな少年をインデックスは観察する。
扇動、治癒、操作、与えられた任の全ては、まず観察から始まる。
だから単純に、その段階を繰り返す機械こそが、用済みの端末の実態だった。
「とりあえず僕は、枢木を探すよ。
グラハムさんがあれじゃあ、誰か他に戦える人を見つけないと……さ……その、いけないだろうし……」
か細い彼の言葉。
その力の無さに、グラハム・エーカーと同じ敗者の気質が窺い知れる。
二人は共に同じだ。己は敗北した者、両者それを認めている。
光はとっくに死に絶えて、残されてない事が明らかだ。
決して希望を信じているわけがあるまい。
そんな正の、プラスの思考で、もはや阿良々木暦は活動していない。
ならば動く者と止まる者、単純にそれだけの、両者の違いは何なのか、分析しようとした時だった。
「お前はどうするんだ?」
その質問はやって来た。
「『私』、ですか」
「ああ、そうだよ。お前だ」
見渡す限り、敗北の光景で。
瓦礫の灰色を眺めながら、阿良々木暦は端末に問いかけている。
端末という、己に対して聞いている。
「お前はこれから、どうする?」
「私は――」
端末は言葉を返せない。
その質問は即ち、『どうしたいか?』と、聞かれているに等しい。
当たり前のことではある。
どうしたいのか。
己にそんなモノが在るわけがなく。
故にこそ、問われた瞬間に思い浮かんだものが、己でも分らない。
「ま、いいか。とにかく、僕は……行くから……。
お前はお前で……なんだろ……頑張れって言うのも変だな。
一応、主催者の一味だし……」
ただ観察しているだけだ。
他には何も役割はない。
と、言い返せないのは何故だろう。
294
:
See visionS / Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:12:32 ID:L8GYs4F6
「結局お前が敵か味方かとか、分んないけどさ。
あの時、落ちそうになった時さ。
助けてくれたことは、ありがとな……おかげで今も生きてる」
そして今に至るも、その理由が思い出せないのは何故だろう。
分らない。分らない。分らないはず、なのに――
「それじゃ」
廃墟を後にして、再び雨の中を行く背中。
生きる気力を失いながらも、心を折られながらも、何故か立ち止まれない少年の後姿。
数時間後に迫る死を前にして、なのに瓦礫の中で蹲ることすら、自分に許せない愚者。
ある意味、瓦礫の下で立ち止まってしまったたグラハム以上に惨めな、
苦しみを噛み締め続ける少年を、何故か追えなかった。
瓦礫の上を行く阿良々木暦を、インデックスは追えない。
観察を続けることが出来なかった。
なぜならその姿に踏み込もうとすればするほどに、理解不能のノイズが走るから。
割り込む映像に、空回る任を手放して。
一人、ここに端末は立ち尽くす。
それは遠い昔に見たような、あるいはつい昨日に見たような、誰かの影に似ていた。
失った、白と黒の、残像。
一人の少女に何も告げず、何も知らせず戦地へ赴こうとする『少年』の後姿。
それを見送ることもままならない、少女の姿。
ここではない、どこかで。
じぶんではない、だれかが。
いつかみた、けしき。
何故か、追ってはならぬと思うから。
追いたくて、追いたくて、彼の助けになりたくて、でもそれは出来ぬと思うから。
してはいけないと思うから。
何も知らず、今度もきっと帰ってくる彼の、帰りを待っていた誰かの記憶――
それが空っぽのはずの胸に何故か冷たくて。
それが空っぽのはずの胸に何故か暖かくて。
「…………」
この、敗北の地で。
だから何処にも行けず、立ち尽くす。
端末という、インデックスという、『少女』の残滓は一人、そこにいた。
【 Fragments 1 :『もう幾度目かの敗北の跡は』 -End- 】
295
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:16:18 ID:L8GYs4F6
これで再投下を終わります。
引き続き、予定していた投下を行いますので、少々お待ちください。
296
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:29:44 ID:tIrRswIA
お待たせいたしました
日付替わってしまいましたが、これより本日分の投下を行います
297
:
See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:33:26 ID:tIrRswIA
真田さんが死んだ。アーニャが死んだ。
神原さんが死んだ。伊達さんが死んだ。
アーチャーさんが死んで、レイさんも死んだ。
戦場ヶ原さんも、C.C.も、上条当麻も死んだ。
天江さんが死んで、織田信長が死んだ。
だけど、僕は生きている。
僕ではなく彼らが死んだことに意味はなく、
彼らではなく僕が生き残ったことに価値はない。
ただの偶然。
死ななかったから生きている。
生きているから、生きていた。
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』 -枢木スザク-
◆ ◆ ◆
298
:
See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:36:01 ID:tIrRswIA
雨の降る街の中で、僕は独り、立ち尽くしていた。
道の両脇に並ぶマンションらしき建物は、どこも燃えていないし、どこも壊れてはいない。
雨の匂いと、雨の音だけがする。
知らない場所。
どうやってここまで来たのかはわからない。
放送の直後の記憶は途切れている。
燃える町の中、ランスロットに凭れながら僕は、紅蓮の足元で俯いたまま動かない平沢さんを見ていた。
僕にも彼女にも火の手はすぐそこまで迫っていて、それでも彼女は一度も、顔を上げることはしなかった。
見えない表情の下、ただ肩を震わせながら、彼女は自分の胸の中心をきつく握りしめていて。
そこまでは覚えている。そこまでしか記憶にない。
記憶がないからこそ、ここに来た理由はすぐにわかった。
生きるためだ。
生きて、帰るためだ。
………何のために?
死ねないからだ。
ここで死ぬということは、ゼロレクイエムのために人々に強いた犠牲を無為にし、
自分の背負う罪も責任も何もかもを放棄するということに他ならない。
そんなことは、絶対に許されない。
ルルーシュが死んだ時点で、計画は頓挫したも同然だろう。それくらいは僕にでもわかる。
それでも。
望んだ未来を迎えることができなかったとしても、
自分たちが引き起こした事態の結末に立ち合うことが『ナイトオブゼロ』として、『ゼロ』としての、僕の責務だ。
僕にはまだ、生きなければならない理由が残されている。
ならば、これからどうするのか。
ここから生きて帰るには、戦いは避けられない。
戦うために必要なもの―――まずは、食事と休息だ。
近くにあったコンビニで飲み物や食べ物を適当にデイパックへ放り込み、その隣のマンションへ向かう。
エレベーターで七階まで上がり、エレベーターから一番近い部屋に入った。
バス・トイレ別の1DK。スイッチを押せば電気がつき、蛇口を捻れば水が出る。
インテリアや、玄関に置かれた靴のサイズから考えて、どうやら若い男の一人暮らしらしい。
ベランダや浴室、クローゼットの中もひととおり見て、一応の安全を確かめた後、
部屋の真ん中に置かれた低いテーブルにデイパックを落とし、ベットへと倒れこんだ。
299
:
See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:36:50 ID:tIrRswIA
少し眠ろうと、目を閉じる。
だけど眠りは一向に訪れない。
身体はもう指一本動かすことさえしたくないほど疲弊しているのに、
意識は眠ることを拒むかのように覚醒を続け、考えてもどうしようもないことを考え始める。
僕は本当に、彼女を救えなかったのか。
僕は本当に、彼を守れなかったのか。
僕は何を、間違えたのか―――
―――答えの出ない、出たところで意味のない思考を断ち切って、断ち切ったことにして、
どうせ眠れないのなら先に食事にしようと起き上がり、テーブルのそばの茶色の座椅子に腰を下ろす。
コンビニで調達した物をデイパックから出そうとして、そこで僕は初めて気づいた。
デイパックの中に、知らないデイパックが入っている。
とりあえずと取り出してみたそれは、僕が持っているデイパックと同じデザインで、
一目でバトルロワイアル参加者へと配られた物だとわかった。
どこで入手したのかはわからないが、ここへ来る途中で拾ったと考えて間違いないだろう。
デイパックを傍らに置いて、僕は先に食事にかかることにした。
ペットボトルのお茶を半分ほど飲んで、弁当のラップを外して蓋を取る。
いつの間にか増えていたデイパックの中身に、僕はほとんど関心を持てなかった。
入っているのが参加者への支給品にしろ、自動販売機の商品にしろ、
準備したのがこの殺し合いの主催者である以上、リボンズ・アルマークを倒せる道具ではないことは確かだ。
通常の武器ならばすでに持っている。
だから、このデイパックの中にあるのは、"いらない物"か"ないよりはあったほうがいい程度の物"かの
どちらかだと、そう思っていた。
ハンバーグを口に運びながら、デイパックに無造作に突っ込んだ左手が、掴んだ物を見るまでは。
『to Suzaku』
出てきたのは、一本のカセットテープ。
ラベルに書かれたのは自分の名前。
そして、その筆跡は、ルルーシュのものだった。
◆ ◆ ◆
300
:
See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:38:10 ID:tIrRswIA
改めて中身を確認したデイパックには、カセットテープがもう一本と、黒いテープレコーダー、
ノートパソコンとUSBメモリが入っていた。
テープのラベルに書かれた文字は、何度見てもルルーシュの文字に間違いない。
"ギアスの効果で移動している途中で拾っていたデイパックが、ルルーシュの遺した物でした"。
簡単に言えば、そういうことだった。
あまりにも都合のいい、不自然なくらいにできすぎた偶然。
だけど、この偶然は、必然だ。
考えてみれば、あのルルーシュが何も遺さずに死ぬわけがない。
そして、ルルーシュが何かを遺したのなら、僕がそれを受け取れないはずがない。
『―――俺の死に備え、記録を残す』
レコーダーにカセットテープを入れ再生ボタンを押す。
聞こえてきたのは、間違いなくルルーシュの声だった。
『まずは、俺がこの島に来てから、ここに至るまでの経緯を説明する―――』
淡々と、事実だけが述べられてゆく。
経緯と言っても、重点が置かれているのはルルーシュが出会った参加者、
特に、このテープを録音した時点で生きていたと思われる参加者についての情報だ。
『東横桃子にはギアスをかけてある』
ギアスの内容をルルーシュは語らない。
でも、ルルーシュが説明した彼女の特性と合わせて考えれば、推測するのは容易かった。
一方通行と対峙した時に見た血。
あれは東横桃子のもので、僕を助けるためのものだったんだろう。
そして、彼女は死に、僕はギアスの犠牲になった少女に救われて生きている。
『次に、俺がこの地で得た情報について。お前は既に知っているかもしれないが―――』
情報は主に、首輪の解除方法とリボンズ・アルマークについて。
リボンズが僕らの前に姿を現した今となっては、情報の大半に意味はなくなったと言わざるを得ない。
現時点では、ルルーシュの持つ情報を以てしても、事態の打開策は見当たらない。
301
:
See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:39:26 ID:tIrRswIA
『最後に―――』
それまでと、ルルーシュの声音が僅かに変わる。
『これから話すことはあくまでも推測でしかない。だが、お前にとっては重要なことだろう。
俺はお前に、いや、ゼロにと言うべきだろうな。ゼロに刺された直後にここに来た』
ルルーシュと僕の、時間がずれている。
それは、驚くようなことじゃない。
帝愛は時を遡る術を持っているのかもしれないと、思ったことがある。
考えたことはなかったけど、その方向で思考を進めれば
僕自身も時を遡り連れてこられた参加者であるという可能性には行き着いただろう。
だけど、ルルーシュの推測は、僕の考えとは違っていた。
『並行世界…… 俺たちはおそらく、異なる世界の住人だ』
ルルーシュの言っていることが、僕には理解できなかった。
いや、理解はしていた。
並行世界という概念くらいは知っているし、他の世界の存在を信じざるを得ない経験は既にしている。
だけど理解できなかった。
ルルーシュと僕が違う世界から来たということが、何を意味しているのか。
いや、違う。
理解はしているんだ。
理解していたから、僕は
『つまり―――だ』
テープはルルーシュの声を流し続ける。
僕の感情を置き去りにして。
『この地で俺が死のうとも、お前がゼロレクイエムを誓ったルルーシュは生きている』
告げられる、結論。
ルルーシュの死が、ルルーシュによって否定され覆る。
確かにあったルルーシュの死という現実が、揺らぐ。
『元の世界に帰ることさえできれば、お前のゼロレクイエムは達成される。
だから俺の死を嘆く必要はない。
スザク、生きろ。世界の明日のために、必ず、生きて帰れ』
それで、終わった。
動き続けるレコーダーは、ノイズだけを奏でている。
わからなかった。わかっていた。わかりたくなかった―――どれでもなくて、全てだった。
302
:
See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:41:49 ID:tIrRswIA
かしゃり、と、レコーダーが音を立てる。
再生を終えたテープが、自動で巻き戻しを始める。
再び流れるであろうルルーシュの声を聴くより先に、立ち上がり、浴室へ向かった。
血と泥で汚れた服を乱暴に脱ぎ捨てて蛇口を捻れば、シャワーから水が落ちてくる。
雨の中、傘も差さずに立っていた身体に、濡れていくという感覚はあまりない。
ただ、冷えていく。
肌を伝い、床のタイルを流れて、排水口へと飲み込まれてゆく水を、僕は意味もなく眺めていた。
帰ることができれば、ルルーシュが生きている。
ゼロレクイエムを成し遂げられる可能性が残っている。
それは喜ぶべきことのはずだ。
だけど僕は、嬉しいなんて思えなかった。
僕の目の前でルルーシュは死んだ。だけどルルーシュは生きている。
生き返ったわけじゃなく、死んでいなかったわけでもなく。
「何も、変わらない……」
声に出して、自分に言い聞かせる。
そう、何も変わらない。
僕が今までしてきたことも、今置かれている状況も、今からこの地で為すべきことも、何も変わってはいない。
生きるために戦うだけだ。
わかりきったことなのに……それなのに僕は迷っている。
わからないのは、これからのことじゃない。
見失ったのは、目的でも手段でもない。
僕の、心だ。
ルルーシュの死に対して抱いた感情だ。
303
:
See visionS / Fragments 2 :『死ねない騎士』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:43:51 ID:tIrRswIA
「僕は、もう一度、ルルーシュを殺すのか……?」
だって僕は気づいてしまった。
ルルーシュのことを殺したいほど憎んでいる。
赦すことはできない。そのつもりもない。
だけど、僕は、彼の死を―――
「……殺せる、のか……?」
目の前の鏡に、僕が映っている。
情けなく動揺して
みっともなく足掻こうとして
自分の気持ちの行き場さえみつけられない。
捨てたはずの、いらないはずの、もう死んだはずの―――『枢木スザク』が、そこにいた。
「……………っ」
鏡に亀裂が走る。
叩きつけた拳は、痛いはずなのに痛みを感じない。
拳じゃない、違うどこかが、痛かった。
「ゼロレクイエムを成し遂げる。それが、僕の選んだ道だ。ルルーシュが生きているのなら―――」
進むべき道も、為すべきこともわかっている。
僕にはもう、それしかない。
行き場のない想いは、行き場のないままでいい。
『枢木スザク』の感情なんて、いらないのだから、置き去りのままでかまわない。
「―――『ナイトオブゼロ』として彼に仕え、『ゼロ』として彼を討つ」
僕の声と、シャワーの水音が浴室に響く。
ひび割れた鏡は今も、ここにある物を、ありのまま映しだしているだろう。
何が映っているのかは―――見ていないから、僕は知らない。
【 Fragments 2:『死ねない騎士』 -End- 】
304
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 00:44:20 ID:tIrRswIA
以上で投下終了です
305
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/12(月) 01:37:05 ID:L8GYs4F6
【投下告知】
次回の投下は先日の告知通り13日に行う予定です。
ご期待ください。
306
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/12(月) 11:14:18 ID:kY1vsvjY
投下お疲れ様です
307
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/12(月) 11:49:50 ID:2QLqR5g6
投下乙です
スザクはそう考える、考えてしまうのかあ…
308
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/12(月) 20:57:41 ID:lwpiaHE2
投下乙です
やはりルルーシュというべきか、スザクへのフォローの為に録音を残していたか
それが今のところ“スザク”だけにしかないけど…
憂はどうなるだろうか、明日以降に期待
309
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:38:52 ID:f3nGctKY
これより投下を開始しますよ
310
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:40:43 ID:f3nGctKY
その夢にずっと憧れてた。
その夢にずっと夢見ていた。
君にも手に入るものなんだよって、ずっとだれかに言って欲しかった。
小さな夢を、あの日君と決めた。
小さな夢を、その日胸に抱いた。
なんの意味もないけれど、それはきっとすごく楽しいと信じて走り続けた。
だからここは、その終着点。
どんなに信じられなくても、認められなくても、ここが今の私たちの果て。
夢幻(ユメ)の最期。理想(ユメ)の果て。幻想(ユメ)の終わり。
夢を見ずに人は生きていけるのか。
夢を失くした人は何を見ればいいのか。
新しい夢?それとも悪夢?
答えなんて幾らでもある。選び取るのは全部私たちの手だ。
今はただ、壊れた夢の欠片を握りしめるだけ。
ほほをつたう涙は血。
懐かしくて哀しい、夢の名残り―――
311
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:41:59 ID:f3nGctKY
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』 -秋山澪-
◆ ◆ ◆
312
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:44:00 ID:f3nGctKY
見える景色は、薄ぼんやりとした陽炎の街。
まるで、夢の中にいるようだった。
体に重りがのしかかってると思えるぐらい、疲労は全身に張り付いて離れない。横になって眠ることすら耐えられない。
みっともなく生きてる癖に体は死んだみたいだなんて、まるで糸の切れた人形、ものを考えない死体、映画に出てくるゾンビみたいだ。
怖くて一度も観た事はないから、殆ど想像だったけど。
腫れ上がった左手首が訴える痛み、滲む水分で疼く頬の傷。
それらは私がまだ生きているという、夢と現実の区別をつける確かな感覚だった。
茫とした頭でまず始めに浮かんだのは、
生きていてよかったのだろうか。
なんていう、そんな後ろ向きな思考だった。
このまま永遠に醒めない眠りに沈んでいくほうが、まだしも優しい救いだったんじゃないか。
そう思考する脳をよそにして、寝転ぶ私はひび割れた天井を見上げていた。
「……」
水分を含んだ空気、湿った臭いがする。雨音が聞こえる。いつの間にか、雨が降っていた。
空にかかる厚い雲に包まれた土地は、暗く淀んでいる。
ショッピングセンターという施設があった場所は、跡形もないと言っていいくらい崩れ果てていた。
建物は軒並み潰れ、陳列していた商品は瓦礫に呑まれたり砕けたりして綺麗になくなって。
これだけの破壊を生んだ原因は全て人のもたらしたものなのだと、事情を知らない人に言っても信じてはもらえないだろう。
私も、この目に見てなければ、信じられる事じゃない。
ヒトガタの局地的災害、細い体つきの白鬼、空を飛び回る起動兵器。
なにもかも私の想像外で、規格外の存在による死の暴風雨。
大波のような破壊現象の渦中にいながら、生き延びた命は確かにある。
そのうちのひとつに私が―――秋山澪という脆弱な人間が加わってることは、我が事ながらも言い難い齟齬を感じていた。
だってそう。
こんな地獄で、正真正銘の超人や化物がいる殺し合いの中で。
白貌の狂人よりも。
不死の怪物よりも。
独眼の武将よりも。
戦いにおいて長じるものを何一つ持たない私が長く生き残ってるなんて、どうして考えられるだろう。
そして、それを誇る気にもなれない。
明確な目的があるでもなく、体の条件反射でのろのろと身を起こす。
寝ていた場所の上には屋根があり、そこに幾つか空いた大穴の下には水たまりが出来ていた。
穴の間から見える曇った空を仰ぎ、遠いなあ、なんて感想を抱いて―――隣に座っていた少女へと視線が移った。
313
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:45:06 ID:f3nGctKY
肩あたりまででばっさりと切られた黒絹のような髪。
白い着物とそこから覗く細い首。
真正面から見ても性別が分かりにくい容姿だから、後ろからみればもう男か女か判別ができない。
自分と同じか、あるいはそれよりも華奢にみえる体躯でありながら、私とは絶対的に違う位置にあるその姿。
叩いたガラス板みたいに割れたショッピングセンターの地面で、私の手をとってここまで逃がしてくれた人。
もう何度も見ているのに、それでも新鮮な気持ちで背中を見つめる。
正直、白状するなら見とれていた。
短い人生感だけど、こんなにも綺麗な人を見たことなんて、きっと一度としてなかっただろうから。
「なんだ、動かないから寝てるかと思ってた」
背中への視線を感じ取ったのか少女―――両儀式が振り返る。
透き通るような黒眼は無関心そうに私を見据えている。
和服に負けずに白い肌は、傷や埃で汚れていても、その優美さは衰えていなかった。
むしろ中性的な顔立ちについた傷は、凛々しさを一層際立たせる戦化粧みたいで。
女性と分かっていても一瞬、またしても性別を見誤りかける。
「何だよ、オレに変なモノでもついてるか?」
「……いや、別に」
何か、いま恥ずかしいことを考えていた気がしてきて顔をそむける。
式は式で、汚れが気になったと勘違いしたらしく裾の先で顔をこすっている。
その仕草は足を舐めて掃除する猫に似ていて、不思議と愛嬌があった。
戦う時は触れるものを躊躇なく切り捨てる日本刀みたいだったのに、今では別人のようだ。
部屋の電気のスイッチを切り替えるみたいに、別の人格でも潜んでいるんじゃないだろうか。
そんな私の疑念も露知らず、興味を失ったらしい式は半身を返して無防備に背中を見せている。
手元を見れば、抜き見のままになった刀にぐるぐると包帯を巻いている。紛失してしまった鞘のかわりにするつもりだろうか。
一度、彼女から視線を切り、私はまた周囲を見渡す。
後ろを見ると、先程まで横たわっていた場所には、私が枕代わりにしていたらしき物が転がっていた。
砂利の溜まった床の上、並べて置かれた二つのディパック。自分のと――そしてモモの、所持していた物。
『――私は、ここにいる』
耳を打つ、彼女の、最後の言葉。
全身に筋肉痛のような鈍い痛みを抱えながら、それをなんとなく手繰り寄せようとして。
「――あれ」
ふと目についたのは、地面に転がっていた小さな破片だった。
ただの石くれかと思えばそうでなく、切り口から見える配線から機械の部品だと判別がつく。
荒れ放題の土地ではそれくらい不思議でもないけれど、その形には僅かに見覚えがあった。
確かめようと自分の首元に指を持ってきて――つい最近まであったはずの感触がないことに気づき、体が固まる。
辺りに散らばっていたやや大きめのガラス片をおそるおそる拾って、自分の顔を映し出す。
やはりそこには、今まで巻き付かれていたはずのものが映っていなかった。
314
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:46:07 ID:f3nGctKY
バトルロワイヤル参加の証、それと同時に戒めでもある枷。
全ての参加者に平等に嵌められている爆弾入りの首輪が、私の首からはさっぱりと消失していた。
「式、これって……」
「ああ、もう外しといた」
………………。
「―――――――――へ?」
思わず、間抜けた声を吐いてしまった。
ほら、と式が指先でつまんで見せたのは、私が持っているのと同じ部品――首輪のパーツだった残骸。
注視してみれば、髪から覗く式のうなじにも首輪はついていなかった。
「――――――」
首輪の解除。
私達に殺し合いを強制していた最も直接的な戒めを、壊した。
それがどれだけ大きな意味をもつのか。
けれど本人は無味乾燥に、あっさりと衝撃的な行動をやってのけたと、言い切った。
「……さっきからオレの顔見てばっかしだなおまえ。
もう一度違う奴で外してあるし二度目だってオレので試したんだ、文句とか言わせないぞ。
それとも、そういうの嵌めるのが趣味なのか、秋山は?」
「そ、そんな悪趣味じゃないっ。
……けど、その」
趣味であるという以外については、正直、少し返答に困った。
首輪の破壊は、一部のルールが壊れた事を意味している。
この殺し合いのルールに乗っ取り勝利することを目指している私と、そしてもう居ないモモにとって。
ルールの破綻は都合の良いこととは、もう言えなくなっていたからだ。
「さっきの放送で言ってたことだろ、もう首輪に意味はないって。
外されるのが前提の枷を用意する意味なんてまるで分からないけど、少なくともオレ達にとって以前と大差はない。
顔の下で爆発するか空から降ってくるかぐらいの違いだ。
だからどっちを選ぶにせよおまえにはもう必要ないんだよ、首輪(これ)は」
「っ―――」
だけど、これまたあっさりと認めたくない事実を言い切った式に、私は息を呑む。
途端、口が乾いて、声が出しづらくなる。
極度の緊張は、戦いがまだ続くということについて、なんかじゃない。
思い出したからだ。体を休めていた時に聞こえてきた、遥かな天上からの声。
主催者の宣言。首輪解除に伴うルール変更。
そうなることを見越していた、むしろ最初からからそうなる運びだったかのように準備されていた文言を。
何の滞りもなく殺し合いが続いていく。
それは問題ない。そもそもまだ続ける気でいた。
主催者の突然の出現と参戦。
これもまだ流せる。この展開になだれ込むのは私も予見していたからだ。
正確には、その情報を私にわざわざ教えた人物が、だけど。
とにかく現状に変わりはない。やることは変わらない。
歴然とした力の差が分かっているのは当たり前。相手が竜でも蛇でも同じこと。
戦うと決め、心に誓ったのなら、それ以外に傾けるものなどなかった。
なかったんだ。
その誓いが、どうしようもない欺瞞だと思い知らされる前までは。
315
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:47:25 ID:f3nGctKY
「……私が、どっちを選ぼうとも構わないってことか?」
「そんなのはオレが決めることじゃないよ。おまえの勝手にすればいい。
他人の言う通りの事しかやらないなんて、それこそ動く死体か人形と変わらないだろ」
そっけない返答。
突き放す物言いに気遣いなんてない、だからこそいっそ清々しくすら感じる。
少し離れていたから忘れていたけど。
彼女は相手が人殺しかどうかで態度を変えるようなやつじゃなかった。
式自身が常識や倫理といったものから外れているから、私ひとりがどうしようがその行動方針に揺らぎなんてないのだろう。
そして式の言う事は正しい。
私は私のやりたいようにやるべきだ。誰かに責任を押し付ける訳にはいかない。
だけど、私の戦いは終わってしまった。私は、知ってしまったから。
反芻する。あのとき、憂ちゃんと対峙して、死を目前にして理解したこと。
私の戦いは誰のためでもない、私自身の為ですらない、自身を消したいが為の無価値な逃避そのものだった。
どれだけ決意を固めても、心の奥底で私を突き動かしていたのはそんなモノだったと。
そういう、どうしようもない事実に心が挫かれている。
もう自分の意思で式を、他の誰かを殺そうとする事なんて出来ないし、どう動けばいいのかも考えられない。
糸の切れた人形、ものを考えない死体、その通りだ。
誰かを取り戻したいって。誰かに会いたいって。
悪くても、間違いでも、願って信じていた筈なのに。始まりの土台から決定的に違っていたんだから。
「…………」
本当にそれだけなのだろうか、なんて。
誰に問いかけても返事はない。
本当に私は、『ただ死にたいだけだから』、それだけの理由でここまで戦ってきたんだろうか。
他にはなにも、欠片もなかったのか。否定したいけど、否定は私にしかできない。
そして今の私にはもう、分からない。それほどに、自分に自身が持てないんだ。
つまり白紙。
前に進む希望もない、諦める絶望すらない、そんな放心にも近い状態。
ポタポタと刻む時間。地面を叩く雨の音が耳をつつくのを、感じるだけの沈んだ静寂で。
「……なあ、式。私達との契約って、まだ続いてるよな?」
答えは予想できたけど、ふいに確かめたい気持ちに駆られて、尋ねてみる。
「だからさっき、助けただろ」
考える仕草もなく式は肯定する。
私の目的を知っていながら、私に手を貸す事に不満など持っているようではなかった。
殺したいから殺すのが殺人鬼の定義と式は言った。
理由なき殺人ではない、快楽すら超えた理由なき衝動こそが殺人鬼の条件だと。
式は、きっと、そうなのだろう。式が時折発するそれは普通ではない。明らかな異常性だ。
動物らしい本能的な敵意とは違う、それでいて人の感情からくるものとも違う隔絶した殺気。
その理屈から見れば、彼女は紛れもない殺人鬼といえた。
けれどその殺人鬼は、誰よりも私を守って、味方して、傍にいてくれている。
本人にその気がないの分かっている。ただの成り行きであることも知っている。
しかし助けられた事実に変わりはない。どんな理由を挟もうが、私が式に何度も救われてるのは覆りようがなかった。
駆け引きとか、友情とか、私たちとの間には余計なものは一切ない。
守りに来てくれたのは、単にそういう約束があったから。
刀で繋がる、歪な守護の契約。私の元に来たのはそういうこと。
反故にする理由も特になく、優先させる目的もなかったからというだけ。
そのぐらいの理由で私は助けられ、
それだけの理由で式は助けてくれた。
単純簡素だからこそ、偽りはなかった。
どちらかから切り出さない限りこの関係は終わらない、ずっと続く繋がりの証。
殺人鬼と人殺しのペアだなんて最悪の一言。
けど、嘘じゃなかった。約束は守られてきた。
ニセモノだらけで固められた今の私にその輝きはあまりに眩しい。
触れたくても届かない、太陽みたいな光に見えたんだ。
316
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:48:50 ID:f3nGctKY
それは細くとも、確かな繋がり。
守ってもらえなくなるのが不安だから、聞いたんじゃない。
きっと私は、これが続いていることを確認したかっただけだ。
誰かとの、繋がり。
道を見失った私にとって、それが最後に、縋れるものなんだろう。
他人ごとのように、自分の弱さを噛み締めて、思う。
ああそれが、もう何もわからなくなった今の私の、唯一はっきりと分かる事実なんだ―――
「式」
地面を叩く雨音にかき消されてしまいそうな小さな声だったけど、式には聞こえたようだ。
「行きたいとこがある。だから、ついてきてくれないか」
若干うわずいた声になってしまったが、なんとか言えた。
正しく言えば行きたくない場所があるからそこは避けたい、なのだが……そこまで言うのは流石に気後れして濁した。
裏を含んだ言葉に、不思議がることもなく式はふうんと、特に嫌がりもせずに了承してくれた。
「別にいいよ。けど、この雨じゃ色々面倒だな。前みたいに乗れるヤツ、もうないのか?」
「……少し歩いたビルの中に、もう一機あるよ。たぶん、まだ動かせると思う」
ショッピングセンターが完全に崩壊してるなら、その中に停めていたヴィンセントはもう回収不可能だ。
けど私とモモとで所有していた機動兵器は一機ではない。
遠隔操作できるスイッチをモモに預けた機体。
ショッピングセンターを狙い撃ちできる位置のビルの屋上に設置したナイトメアフレーム、ガレスがある。
手が及んでないのなら、あのままになってるはずだ。
少し濡れるけど、ビルづたいに歩いていけば被害は最小限に抑えられるだろうと、濡れた路地を歩き出す。
見渡す限りに雲がかかっている空は、まだ雨が続いていくことを示している。
……叶うなら。
この雨が晴れるまでには私の内側に救う靄も消えてはくれないかと、有り得ない望みを抱きながら。
私たちは目的地へと歩き始めた。
■ ■ ■ ■ ■
317
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:49:49 ID:f3nGctKY
――いま地獄に足を踏み入れたのだと、誰が言うより先に直感で理解できた。
これまでも幾つかの戦地には回ってきた。
人の死に様を嫌が応にも何度も見せつけられ、自ら手を血に染めたのもあった。
結果目にした破滅も数知れず、人の消えた壊れた街にも慣れてしまう程神経は麻痺していた。
それでもなお鼻白む程、目の前の光景は群を抜いて悲惨なものだった。
支柱が崩れドミノ倒しになったビルの山。
溶けて気化したコンクリートやアスファルトの刺激臭。
両断され、焼け朽ち、落城した陸上艦。
朽ち果てた人形兵器の残骸。
一帯に広がっていたらしい火の手は降り注ぐ雨でほぼ鎮火して、立ちこめる煙は外界を切り分ける境界みたいに広がっている。
素人の私でも感じ取れるほど、残留する悪意。匂いを嗅ぐだけで吐き気が込み上げる。
状況を把握するのは十分だ。ここで、想像を絶する戦いが繰り広げられていたと。
ルルーシュ率いる一団と、戦国武将織田信長が激突した戦場。
生きている人の影は見えない。死体も見当たらない。
敵を倒してから場所を変え身を休めているのか、それとも相打ちで炎に果てたのか。
誰が死に、誰が生き残ったのかも判別がつかない。
亡骸を探すことさえ諦めさせるほど、ここは災害で埋めつくされている。
絶望に染まった戦場を見て、けれど驚きこそすれど狼狽えはしない。
誰あろう自身が、この破滅の焦土を生み出すようけしかけた一人なのだから。
織田信長。あの恐ろしい魔王相手に、命を天秤にかけて成立させた会話。
敵の情報を伝え、剥かせる牙の行方を定ませる事で動きを誘導する。命がある場所に向かわせれば、あの男は必ず火を吐くと確信して。
後に起こる戦端は、どんな形であれ自分達の利に働くに違いなく。そしてこの残骸を見れば結果は言うまでもない。
モモとで組んだ戦略は、ここに大成功に終わったということだ。
今更、後悔とかそういうのはない。
おそらくあの時点では、この上ない選択だったから。
優勝のためには、主催に抗する集団の中で最高に近い戦力、情報を有するルルーシュ達の一団の排除は欠かせない。
そのために信長にルルーシュの居場所と情報を与え、残り十人規模の参加者を一網打尽にするべく大規模な乱戦をお膳立てした。
憂ちゃんの行動を阻みきれず完璧とはいえなかったものの、これ以上の展開は望むべくもなかった。
全滅とはいかずとも、どの陣営も相応の被害を与えたはずだ。
織田信長の死、そしてルルーシュの死。
放送で名前を読み上げられ知った戦いの結末。
予測のうちで一番望ましいはずだったのに、私になにももたらさなかった。
喜びはない。
誇りはなく、達成感もない。
胸に満ちる充足感のようなものは微塵も感じられない。
そんな「戦う者」が備える殊勝な心がけを私は持ち合わせていない。
無様に、臆病に、進んだ先にある場所に辿り着いてこそ、過去に納得することが出来ていた。
今となっては、どれも救えない妄想だったのだけれど。
広がる景観は映画でも見てるみたいで現実感に欠けている。悪夢であれば、どれだけ幸いだろう。
気付けば自分の部屋にあるベッドの中にいて、いつも通りに着替えて朝ごはんを食べ、教科書とベースを持って学校に向かえるとしたら。
それはほんとうに、夢のような現実(せかい)なのに。
悪夢よりずっと酷い現実で見えたものは、黒焦げになったシュークリームみたいな歪な塊。
そこはこの場で最も甚大な破壊がもたらさられていた地点だった。
マンション一棟ほどの大きさの黒い塊が、真ん中から両断されてバックリと開きになっている。
私も式も、一時の間をその中で過ごしていた、ホバーベースと呼ばれていた陸上艦の末路の姿だった。
保存していた遺体を残したまま、炎に呑まれて灰の城に埋もれている。
これだけの猛火の中では、それ以前にここまで破壊されていては無事など期待出来ない。掘り出すのだって難しいだろう。
それ以前に周辺の被害が甚大すぎて、暫くは近づくことすら難しい。
318
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:53:42 ID:f3nGctKY
「って、式、そっちは危ない――」
濃厚な呪いが充満している死地に、何の躊躇もなく足を踏み入れている式を見て意識を変えさせられた。
雨で鎮火してるとはいえまだ各所には火種が燻り煙が上がっているのだが、それでも迷いなく奥へ進む。
「少し見てくるだけだ。嫌ならそこで待ってればいい」
我関せずとばかりに先を行く式。
すぐに追おうとしたけれど、覆う巨人の掌のような煙が目の前に立ち込めて足を止めてしまう。
白色の霧に包まれ見えなくなる先の道。
ようやく風で煙が晴れた先の景色には、神隠しにあったように式の姿が消えてしまっていた。
「―――ぁ」
辺りを見回しても、誰もいない。
ぽつりと、私は一人。取り残されて再び、孤独に後戻りする。
雨は冷たく、全身を濡らす粒は鋭い棘のように痛かった。
はりつく服は気持ち悪く、染み込んでいく水は体温を奪い代わりに重りを乗せていく。
「……っ」
急激な脱力感。
ついには支えきれなくなって膝から折れる。咄嗟に踏みとどまろうとしたが間に合わずに地面にへたれこんだ。
泥で汚れる両足。濡れた寒さもあるけど、なんだか上手く力が入らない。
「――、――は――」
突発的に襲ってくる絶望に、なんだか嗤いたくなる。
自嘲が止まらなかった。どうして私はこんなにも弱い人間なのか。
ほらみろ。
一人になってしまえばすぐこれだ。
私以外誰も居なくなって、強がる理由すら無くしてしまえば簡単に、こうして弱い自分が顔を出す。
「けっきょく私は、何がしたかったんだろう」
もう立ち止まらないと決めた私はどこにったのか。
それとも最初から、そんな強い私は居なかったのか。
体は死ななくても、心は既に挫かれていた。
奮い立たせていた支柱は折れて曲がり、前を一歩進む勇気も持てず立て直せないでいた。
「私は何のために、何をすればよかったんだろう」
疑問はぐるぐると回り続けて答えにならない。
誰と戦うのか。何と戦うのか。戦うのか否か。
今まで決めた全ての答えがいっぺんに失われて。どんな選択を取っても信じられない。
目的のためにがむしゃらに走り続けていたら、いつの間にか目的を見失い迷子になってしまうように。
「私は何を、決めたんだろう」
そこまで考えて、はたと気づく。私の選択とは、いったいどこからだろう。
モモと組んでふたりで作戦を練っていた頃か。
ルルーシュの率いる集団の一員として活動していた頃か。
軽音部のみんなを取り戻そうと願った頃か。
それよりもずっと前――殺し合いに乗るか、逆らうか。優勝を目指すか、主催を倒し脱出するか。
そんな一番はじめに決めるべき岐路にまでか。
けど今更振り返っても、最初の私が殺し合いに乗るなど逆立ちしたって有り得ない。
外的な要因でそう陥れられたとしても、やっぱりただの人に過ぎない私には長く生きるのはおろか、一人殺せるかも怪しい。
あの頃の私はただ震えて、恐れて、逃げてを何度も繰り返していただけで――
319
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:55:04 ID:f3nGctKY
「なんだ。ちっとも、変わっていないじゃないか」
これはつまり、変えられない性質とでもいうのだろうか。一生私は弱いままなのだと。
何度も死にかけても気づかず、むしろ必死に覆い隠していた起源(こころ)。
本当にギリギリの命の危機、紅蓮の機体に熱波を浴びせられる直前になって、やっと自覚できた内面。
答えは簡単で、だからこそ必死に言い繕っていた。
逃げたかったのは、辛いから。
死にたかったのは、苦しいから。
なんだ簡単じゃないか。
戦うこと。誰かを殺すこと。それらを抱いて生きること。本当の気持ちに向き合うこと。
それができないから、弱いんだ。
死者に死ぬ理由を作り、引き金すらも他人に引かせようとした。
そんな弱虫に、何が出来るっていうんだ。
「ばかみたい……だ……」
そうしてここまで、私は生き残ってしまった。
奇しくも、ゼロの地点に立っている。
全部の選択が無為になったことで、すべてが巻き戻され、最初からやり直せるという、リセットされた状況。
私の選択は、振り出しに戻った。
過去は消えていないし、今もなかったことにはならない。
殺し合いは依然として続き、体の痛みは引かず、死んだ人は相変わらず死んだままだ。
その中で生きている私。弱いと嘆いて、求めても手に入らなくて、死にたいとすら願っていたのに、ここにまだ命はある。
ずっと、間違った道を歩いてきた。
人殺し。殺し合いの肯定。なんて。
愚かで、暗くて、辛くて、闇の中を歩き続けるような黒い道を。
私はこの場所で、そんな道をずっと選んで歩いていた。
だけど今の私は、選びなおす事ができるらしい。
意思の挫かれた今になって、皮肉にも。
ルールの変更。残る参加者。主催者の参戦。
私の心と同じように、状況すら白紙に戻された。
リセットされた世界。
そこでもう一度、道を選ぶ機会が与えられた。そこに何か、意味はあるのだろうか。
このまま式と一緒に居続ければ、どういう流れになるか。
分からないわけじゃない。
きっと私は、これから主催者と戦う者達に会うことになる。
グラハムさんや枢木スザク、他の生き残っている、正しい道を歩んだ人達。
そして彼らはきっと私を拒絶したりしないだろう。
甘い見通しかもしれないけど。私が拒絶しなければ、もう一度、私は歩けるかもしれない。
一度は否定した、光の指すような、正しい道を。
衛宮士郎や白井黒子が、歩んでいた道を。
私も、今からなら、選び直せるかもしれない。
三十時間前の私には出来なかった決意。
力も心も散り散りになっている私の前で、開けた岐路。
選択肢は無い。
何故なら私には残された力がない。
未だ残る参加者の中から生き残る手段も、ましてや主催者を打ち破る力も。
無理を承知で突き進む意志力すらもう、ない。
だから目の前の選択肢は一択のみで。
それはきっと、状況に流されるだけという、いつもの私を体現するようなものだった。
このまま式と一緒にグラハムさん達に再会して。
今までのことを謝罪して、相応の罰を受けて、許されるならもう一度。
どこまでも正しかった衛宮士郎と白井黒子、二人のいたような、あの場所に戻る。
その先で生きるか死ぬか、結末なんて分からない。
ああだけど、それはどれほど簡単で、都合がよくて、恥知らずで。そして救われる道だろうか。
「私は――――」
なのにどうして、躊躇する自分がいるのだろうか。
不満など無いはずなのに。そもそも選択肢すら無いはずなのに。
これでいいのか。それで本当にいいのか。
なんて、考えてしまうのだろうか。
320
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:56:20 ID:f3nGctKY
「私は……、――!?」
揺れる葛藤を待ち構えていたように、何かが崩れる音がした。
驚いて、振り返る。
人影はない。生き物の気配も感じられない。ただ崩れかけていた瓦礫が落ちただけらしい。
自分の臆病さにいい加減嫌気が差して――そこに、無視できない光沢を発見した。
何故だか目が離せなくて、ゆっくりと近づく。崩れた場所には火が移っていないので間近まで屈んで観察する。
瓦礫から覗く物体はひとつの輪だった。
大の男の首周りを嵌め込むような円形。材質の予測できない金属。
それは紛れもない、参加者全員に課せられた首輪だった。
首輪の内側は赤錆た汚れが付着しており、鼻を押さえる異臭を放っている。
それが人の血と肉の焦げた痕跡だというのにさほど苦もなく気づき背筋が凍った。
偶々紛失したものとは考えにくい。首輪は構造を解析する大事な試料であり、またペリカと引き換えにできる資金源だ。
それを道に放り投げる真似をする者が今もいるとは思えない。
ならより自然に考えつくのは……この場で死した誰かの首に嵌められていたものだというのが、最も理に適っている。
辺りを見回す。傍には死体の欠片も見つからない。
ひょっとしたら地面を汚す染みがそれかもしれないがそのくらいだ。
爆発なり破裂なりした肉体から吹き飛びここに突き刺さっていたのだろう。
中にある爆弾に火が点かなかったのは首輪の頑丈さの賜物か。
躊躇しながらもつまみ上げ、こびりついた汚れをタオルで拭き取って、記されてる名前を見た。
ODA NOBUNAGA―――
首輪の内側には、確かにその文面が刻まれていた。
"受け取れい。生き残った貴様に最期の手向けよ"
おぞましい幻聴が、鼓膜を突き破って思考に入り込んだ気がした。
叫びは何度も頭の中を跳ね回り激しく揺らしていく。
怖気は走るけど、どういうわけか心の底から震え上がりはしない。
声はまるで呪文のように鍵を開け、奥底に眠ったままだった記憶を掘り起こす。
『君がもし、次の戦いを生き抜く事が出来たなら―――』
無くしたパズルのピースが忘れていた頃にふと机の下から見つかったときに似た感覚。
早鐘を打つ心臓が血液を手足の先まで送り込む。
所持していた金額に、かの戦国武将の死がもたらす額を継ぎ足す。
高揚する体は脳の動きを早めさせ計算を促し――
「――ぁ」
――足りる。
足りて、しまった。
選択肢が、ここに示された。
もう一つ。
愚かで、辛くて、奈落に落ちるような真っ黒い道が、再び、私の目の前にあった。
■ ■ ■ ■ ■
321
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:57:20 ID:f3nGctKY
「――――――」
上から覆いかぶさっていた重さなど、嘘のように立ち上がり歩き続けていた。
佇むのは機械の兵。乗り込めば意のままに動き、大砲を飛ばす人形。
そして、徒歩とは比べ物にならない移動の手段。碌に一エリアを踏破できそうもない状態ではある意味で最も必要な道具。
まだ、何もわからない。
正しい道を進むのが正しいのか。そうじゃないのか。
わからない。だけど、知りたいと思う。
せめて私自身が、何を望んでいるのかくらいは。
誰の姿のないホバーベース跡。ぐるりと見回したのは後ろ髪が引かれる思いがするからか。
式とは一方的に別れる形になるけど、言葉を交わす余裕は保てそうにない。
これ以上、一緒にいれば、きっと目的が揺れてる私は流れてしまう。
隣に誰かがいるという事はそれだけで安心をもたらし、寄りかかってしまう。
だから私はひとりで動かなければならない。誰の手も借りず、孤独を抱えたままでも。
ここから向かう場所。そこに着いた時が、最後の選択だろう。
そこで私の未来が決まる。秋山澪の戦いが始まる。だから私一人で行かなくちゃいけない。
空虚を埋め直して、自分の足で進むだけの力を取り戻す。
どんな終わりを迎えたら、納得できるかを知るために。
―――ふと、遠くに人影が見えた。
式が戻ってきたかと思ったけど、違った。遠目にぼんやりと映る輪郭は女の子とは程遠い青年のものだった。
茶色の短髪の青年は怪我でもしているのかゆっくりとした足取り南へと向けて歩いている。
面識のない初めての相対だったが、私はその人を知っていた。
「おくりびと」で見た顔とは寸分違わずぴったりで、同時にその名前も明らかとなる。
青年――枢木スザクも遅れてこちらに気付き、足が止まる。
しばし、視線が重なる。
お互いとの距離はつかず離れず、声をかけて聞こえるかどうかぐらい。
ルルーシュ・ランペルージの探していた仲間。そのスタンスを予測するには想像に難くなかった。
私は彼に告げる言葉なんて持ちあわせておらず、それは彼も同じのようで。
何も語らぬまま、やがて向こうの方から視線を切って歩いて行った。
気紛れのような一瞬の交差は、だけど私の中に何故か重いものを残していた。
ガレスの中へ入り、エンジンをかける。
コクピットに戻りシートに座った後でも、言い知れない気持ちが残っていた。
枢木スザク。
私は彼の人生を知らない。だから彼のことは、何もわからないけれど。
でもこれだけは私と違うって、分かる部分が一つだけ、あった。
それは眼。瞳の色の質。
戦う者と、そうでない者の、経験の差と言い換えてもいい。
ルルーシュに感じた物と、同種の隔たり。
それはきっと、彼にだけ感じた差異じゃない。
私がこの場所で、出会う誰もに、ずっと感じてきたことだった。
性質の善悪に関わらず。
明智光秀、衛宮士郎、両儀式、白井黒子、グラハム・エーカー、一方通行、そして東横桃子にさえ。
どうしようもないほど違いを感じてきた。
一体どんな人生を歩めば、どれほどの物を背負えば、あんな眼が出来るのだろう、と。
そして、枢木スザクの眼に、彼らの眼に、私はどう映っていたたのだろう。
私がいま必死に背負うものは、彼らのそれに比べたら、いったいどれほどの価値があるのか。
絶対的な、意識の違い。
この場所に来る以前からずっと、何かと大事なものをかけて戦ってきた者だけが備える瞳――こころ。
ルルーシュも、式も、他の者達も、此処に集められた者達の大半が、初めから備えていたモノ。
私だけが、いや、私たち軽音楽部のいた世界だけが、それを持っていなかった。
足早にガレスを走らせ始める。
行くかどうかは悩んでいたけれど。
行き先は、実はずっと前から知っていた。
ショッピングセンターにあった治療サービスを受けた時まで、遡る記憶。
私の目の前に立つ、黒衣の男。
面白い見世物でも眺めてるような視線、それを隠そうともしない慇懃な笑み。
正直言えば二度と思い出したくもない嫌な顔だったけど、あの言葉にはきっと重要な意味があるはずだ。
罠にかける理由も意味もないし、これから示されるそれがどれだけ残酷だとしても。
少なくとも、嘘や偽りなんかじゃないはずだから。
322
:
See visionS / Fragments 3:『my fairytale』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 22:59:17 ID:f3nGctKY
『喜べ秋山澪。君の願いは―――』
刻限は6時間。
多くはない猶予ですべき事。
灰と煙とで煤けた街を、ただ一直線に、進んでいく。
【Fragments 3:『my fairytale』 -End-】
323
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 23:04:35 ID:f3nGctKY
今夜の投下はこれで終了ですよ?
324
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/13(火) 23:13:53 ID:f3nGctKY
次の投下は予定通り15日に行います
325
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/15(木) 23:58:52 ID:pRkz2.oo
てすと
326
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:00:26 ID:QO22ElGY
まもなく投下を開始します。
327
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:05:28 ID:QO22ElGY
いつからだろう、追いかけていた。
それは星に焦がれるもの。
夜空を流れる一筋の光を見上げるもの。
届かない輝きに魅せられて、憧れて、追い続けるもの。
私はそういうものだった。
私は、平沢憂は、ずっと、そういうものでありたかった。
そうずっと、いつまでも――
328
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:06:02 ID:QO22ElGY
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』 -平沢憂-
◆ ◆ ◆
329
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:06:42 ID:QO22ElGY
僕は歩いていた。
おぼつかない足取りで、僕は歩いている。
瓦礫に埋まった町並みを、なんとか必死こいて進んでる。
前へ、前へと、向ってる。
やまない雨の中を、進んでる。
ここに連れてこられてから、雨なんて降ってきたのは初めてで。
けっこう大きな環境の変化だったりするのだけど、なんだか自然に受け入れられた。
状況的にも景観的にも、この雨はあまりにもしっくりとくる。
この無様な状況に、合っていたような気がしたからだろうか。
「だから、なんだって言うんだろう」
……いやはやなんとも、情けない格好だとは自覚している。
袖を通した制服はもはや布切れ同然、ズボンも穴まみれ、身体も当然傷だらけ。
全身泥だらけで、濡れネズミで、
顔面には青アザつくって、あちこち腫れ上がってる、もう何をやったって、カッコつかない無様っぷりだった。
「いや、だから、何だって言うんだろうな」
……正直、体中が痛い。痛くない箇所がない。
顔が痛い、首が痛い、肩が痛い腕が痛い胴が痛い足が痛い爪先が痛い。
半吸血鬼最大の強みの再生力もあんまし働いていない。
むしろ中途半端な再生のせいで、痛みばっかりが長々と僕を苛んでいる。
休みたい、って、本当は思うんだ。
諦めて、投げ出して、今すぐ突っ伏して、眠ってしまいたい。
ああ、それでも、僕はまだ生きているんだから。
まだやらなくちゃいけない事があるはずだから。
だから僕は、痛くても、阿良々木は、だから――
「……だから、何だって言うんだよ」
…………。
…………。
……なにも、なかった。
ああ、そうだよ、もう、なんにもねえよ。
やらなくちゃいけないことがあるから? はあ?
なんだそりゃ、阿呆か。調子にのんな。
いつまで寝惚けたことほざいてんだよ、僕は。
「なんにもねえよ、もう」
……限界だった。
インデックスと別れて。
一人になったらこれ以上、カッコつけることなんて、できなかった。
「なんにも……残って……ないんだよ……」
足が、止まる。
戦いは終わった。
考えうる最悪な形で、幕を閉じ、物語は終わった。
分っているんだ僕達は、負けた、完敗だったんだ。
そんなことは、ああ分ってるんだよ、僕だって。そこまで往生際が悪くない。
「天江……っ」
胸を掻き毟りたくなる。
絶対に守ると、誓ったものがあったはず。
今まで散々失ってきて、それでもなおそれを守れれば、何かを失わずに済むと信じたものが在ったはずだった。
でも……ははっ、もうない。いまはもう、ない。また目の前で失った。
それはこれが初めてのことじゃなくて、ここで何度も何度も経験したこと。
今に至るも止められなかった、喪失の連鎖の一つに過ぎない。
330
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:08:10 ID:QO22ElGY
僕の大切なものみんな、みんな、みんな死んだ。
後に残ったものは目的を喪失した男が一人、
意味わかんない怒りに突き動かされて自分にキレる無様な奴が残されて、そしてそれが、僕だったんだ、それだけだ。
「………っ……く……ッ……ぁ……!!」
でも一度あふれ出したものはなかなか引かないみたいだ。
僕は自分の胸元を掴みながら、歯を食いしばる。
あー畜生、やっぱりいてえよこれ。
何度経験してもダメみたいだ。
何人失っても麻痺なんてしない、磨耗なんてしない、無感になんてなれない。
顔よりも首よりも肩よりも腕よりも胴よりも足よりも爪先よりも、やっぱりここが一番いてえよ。
「く、そ……くそくそくそ……ぉッ………ふざけるな……」
……もう、歩けなかった。
どこまで歩いてきたんだろうか。いずれにせよ、これ以上は進めない。
砕けた町の真ん中で、瓦礫でできた丘の下、元が何の一部だったのかも分らないコンクリートの残骸に両手をついて、僕は蹲る。
自分自身に吐き気がする。
なんで今更、もう行きたくない、休みたいなんて、思ってしまうんだろうか。
でもそれは仕方のない事だ。そのはずだ。
「なんで、お前……が、お前らが死ななきゃいけないんだよ……」
インデックスにはカッコつけてああ言ったけど、これは目的のない歩み、だったんだろう。
一応、枢木を呼びにいくっていう名目で、動いてはいたけれど。
無理だ、その先がない。僕は多分もう無理だ。
僕の体を動かす理由が……今度こそ、完全に、尽き果てている。
だからこれで、お終いなんだろうと確信すら感じていて。
「畜生なんで……っ」
そんな、精根尽きた僕の、
「なんで……なん……で……」
目の前に、
「なん……で……」
彼女が、いた。
「…………お、まえ……」
ふと、さした影に見上げれば、僅か、数メートルほどむこう。
砕けた町の真ん中で、積み上がった瓦礫の上に佇むようにして、少女が一人、立っている。
「平沢……なのか?」
位置関係上、逆光で、その表情は見えない。
着ている服も、あの制服じゃなく赤い拘束具のようなものを身に纏っている。
そして髪を下ろした姿は、結構印象を変えていたけど、間違いない。
「……平沢、憂」
僕は、引き寄せられるように、彼女と出会っていた。
まるで動きを止める前の、最後の使命がそれであったと言うように。
331
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:08:59 ID:QO22ElGY
見上げる瓦礫の丘の上、目の前には平沢憂がいる。
僕と同じように一人で、雨の中、傘もささずに。
止まりかけてた、心が動く。
「……あ、はっ……」
物語は、終わってない。
そうだ、まだ、あった。
僕は彼女に会ったら、やらなくちゃいけない事が……あったはずだ……。
途端、驚くべきことに、力が戻っていた。
もう立てないと思っていた足に、もうつかめないと思っていた腕に、萎え切っていた全身に、僅かな気力が充填されていた。
なぜか、決まってる。
やるべき事があるからだ。
「――は」
ああ、そうだ、はは、あったじゃないか!
こんなところに、目の前に、僕の役目がある!
僕にしか出来ないことがまだあるんだ!
そうだ、そうだ、まだ残ってる!
僕は、僕は、こいつを救わなきゃいけな――
「ひらさ――」
そうして何か、僕が愚かなことを言う前に、僕の伸ばした腕が切り裂かれた。
◇ ◇ ◇
332
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:10:05 ID:QO22ElGY
私は知っていた。
人は平等じゃないってこと。
特別な存在というものは確かにある。
普通の人には無い物を持っていて、唯一無二で、羨望を集め、惹きつける。
そういう、他者とは一線を画した特別な存在。
本当の意味でのオンリーワン。
彼ら彼女らは常に選ばれていて、確立していて、そして輝いていた。
『スター』とは、言いえて妙だと私は思う。
確かにその特別の輝きは、星々のそれに似ていたから。
例えば昼の世界を照らす恒星のような。
夜の暗い空を彩る一番星みたいな。
私の空を流れ続ける、彼女はきっと、彗星だった。
彼女は、平沢唯という存在は紛れもない、私にとって『星(とくべつ)』の存在だった。
星の光に、地上の人は手が届かない。
私は人から『出来た子だ』なんて評価を受けることがある。
たしかに私は、家事に慣れているし、運動も苦手じゃない。勉強だってそれなりにできたし、礼儀作法だってある程度わかる。
人間的におおよそ欠点の少ない。それが私だとするならば、平沢憂は確かに『出来て』いるのだろう、人として。
そう、人として、私は、よく出来た――『ただの人』、だった。
私は決して、特別な存在じゃなかったから。
単に人間としての教本通りに自分を構成させた、よく出来た普通の人間でしかありえない。
私は特別の輝きを持たない。ただの人間以上には決してなれない。
物語の登場人物になぞらえるならば、
所謂、クセや色を持った主人公じゃない。
せいぜいが扱いやすい脇役。サブキャラクター。
それを、物心ついた時から理解していた。
なぜなら本物の輝きを、空に輝ける星の光を、私は生まれた時からずっと見てきたから。
本物、本当に特別な存在、何が違うのかという説明は出来ないし、したところで陳腐にするだけだと思う。
だけど彼女は間違いなく私にはない光を持っていて、その光はあまりにも私に近いところにあったから。
彼女は私の、お姉ちゃんだったから。
――ああ、じゃあ私は違うんだな、と。
普通、人がとても長い時間をかけてようやく納得することを、
存在として定められた違いというものを、私はすぐに理解してしまった。
あっという間に、呆気なく、理解して、諦観して、そして、そして――焦がれていた。
私は彼女より早く起きる。
私は彼女より料理が出来る。
私は彼女より楽器が上手い。
だけど、私は平沢憂であり、彼女が平沢唯だという、
ただそれだけで、彼女は私よりも優れていた。
嫉妬なんて、一周もすれば感じなくなる。
羨望なんて、遠すぎて空を切る。
ひたすらに、憧憬のみを、胸に抱く。
333
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:13:37 ID:QO22ElGY
天高い夜空に地上(ふつう)の人は、手が届かない。
とても近くて、でも私には絶対に届かない場所で彼女は輝くのだ、と。
それを誰よりも知っていたからこそ、誰よりもあの光に魅せられた。
ひたすらに憧れて、堪えきれず、空を見つめ続けた。
見惚れ続け、構成されたのが、今の私だった。
絶対に、追いつくことはない。
彼女はいつも、私より先を行ってしまう。
並んで走ることも、隣で瞬くことも、私には出来ないと最初から知っていた。
彼女の隣で輝けるのは、同等の高度を流れる星々のみで、だから私には資格がない。
それでも、見続けた。決して、追いつけなくても、彼女の後を行きたかった。
追いつこうだなんて思っていなかった。
星の輝きに魅せられて、誰よりも憧れて、追いかけて、そしてそれだけできっと、私は満たされていた。
何故なら彼女は私にとって、星であると同時に、また違った意味でも、特別だったから。
あくまで平沢憂という個人のなかでの、唯一無二。
平沢唯は私の家族だったから、私のお姉ちゃんだったから。
決して届かない、超えられない存在だとしても、私と彼女は血の絆で繋がっている。
だから彼女の輝きこそが、私の誇りでもあった。
これからもっと先に行くだろうあの彗星を、
これからもっと多くの人を惹きつけるだろうあの輝きを、
私はずっと、後ろから見ているだけで、幸せだった。
それは星に焦がれるもの。
夜空を流れる一筋の光を見上げるもの。
届かない輝きに魅せられて、憧れて、追い続けるもの。
私はそういうものだった。
平沢憂は、ずっと、そういうものでありたかった。
そう、ずっと、いつまでも私は――お姉ちゃん/憧憬を、追いかけていたかった。
◇ ◇ ◇
334
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:15:46 ID:QO22ElGY
ぼとり。
落ちた音が聞こえた。
瓦礫の丘の中腹で僕は、瓦礫の上に立つ平沢へと手を伸ばした中途半端な体制で固まっていた。
いや、正確に言うと手を伸ばせてはいない。
伸ばしているのはあくまで腕だ。
手首から先がついていない以上、腕を突きつけているに過ぎないだろう。
「…………あ?」
ごろごろごろ、と足元を通って、僕の手首が瓦礫の下方へと転がっていく。
その行き先を見送る前に、
「ぎっ!!」
腕の先っぽを激痛が襲い、僕の注意を強制的に引き戻した。
途切れた腕の先から赤色が噴きだして、平沢の服や髪にまで降りかかる。
それでも平沢は顔を上げようとはしなかった。
だから未だに、表情が読めない。
平沢は俯いたまま。
その片手に、僕の手首を切り飛ばした凶器、仕込みヨーヨーをぶら下げて。
「ッ……お前……なぁ!! いきなりかッ!!」
傷口から継続的に、鮮血が迸る。
刺されたり貫かれたり今まで色々あったけど、僕の中にもまだこんなに血が残ってなんだなぁ。
などと、暢気なことを思い浮かべた次の瞬間には、平沢の第二撃が僕の胴を薙いでいた。
「げふっ」
内臓と一緒に、間抜けなセリフが自然と口から飛び出して赤面ものだった。
とか思った二秒後には三発目が僕の額をザックリ削って、マジで赤面と化していた。
「って、ちょ……タイムタイ…………が……ぁああああああああ!!」
だが断る。
と言わんばかりに、肩が切り裂かれる。
と思ったら膝が割られる。
と思ったら胸元を抉られた。
その次は首元その次は二の腕その次は爪先脛肘脹脛指先頬唇鼻先腕腕腕腕腕腕腕腕。
猶予なし。待ったなし。怒涛の連撃。ズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバ。
「あ――あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ががあががががが!!!!!!!!!!」
おい、ちょ、マジで、ヤバイこれ。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬほど痛い。
壮絶な勢いで秒刻みで体中を切り刻まれてて何とか両腕で頭を庇ってはいるけど痛み痛みが痛みが痛みが痛みがが積もり積もり積もり積もり積もり積もって頭が麻痺麻痺麻痺麻痺しかけているいる痛いいたたたたたたたたたたt。
「&$%’!”!O’(∵’(&%!”#!&!」
喉の奥から悲鳴が上がる。何を叫んでいるのかも分からない。
視界が真っ赤に染まり、身体から絶えず肉片が弾け飛び散っていく。
どうにか両腕で頭と首を庇って致命傷を避けてはいるけれど。
今の僕は完全な吸血鬼じゃないんだから。
一瞬でもガードが解かれるか抜けられるかされればそれで……頭か首を断たれれば、それだけで――致命ってことは明らかだった。
335
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:18:27 ID:QO22ElGY
「(聞くに堪えない悲鳴の連発なので割愛)」
……どうやら平沢憂は凄まじい素養を持った少女らしかった。
前回、手の平で止めることもできたヨーヨー捌きから、格段の進化を遂げている。
というかこれは既に達人級と言うか、なんだ、殺人ヨーヨー道みたいなものがあれば免許皆伝な腕前に違いない。
驚異的成長速度、天才的修練速度。
目にも止まらぬ高速の手腕で僕の全身をミキサーにかけるみたいにグシャグシャにしていく。
とはいえ、だからこそと言うべきか、僕には打つ手も何も無い。
さっきから無理やり前に進もうとしているけど、それを許してくれるような彼女ではなく。
なのに……何故だか、後ろに下がろうと言う気にもなれない。
全身をズタズタにされる激痛にひたすら悲鳴を上げ続けて、喉も枯れ果てて、なのに何故だろう、後退はする気になれなかった。
「(ただいま阿鼻叫喚タイム)」
あー、それと。
なんだろうな、これは、なんだろう。
もしかして、望んでいるのだろうか、僕は、削られるのを。
削られて、ガリガリガリガリ体中を削ぎ落とされて、それを僕は良しとしている。
もちろん余裕なんか欠片もない。
完全な吸血鬼だった頃の、あの春休みの日ならいざ知らず、今の僕ではこのままじゃ普通に死ぬわけで。
なのに、これでいい、と。そう、思えたんだ。
「(雑音)」
まあ、痛みで頭がろくに回んないし、理由なんてどうでもいい。
余計なこと考えてる余裕はない。
いや、なんか、なんかさ、見えそうなんだよ。
こうしていると、あの春休みみたいに、あるいはいつもの僕みたいに、ボッコボコにされてバッキバキにされてると。
楽、か? ああそうだ、この方が楽なんだよ、僕は。
「……ぼ……くは……」
まだ、楽だと思ったんだ。
自分が傷つかずに、痛まずに、知らないところで僕の大切な誰かが死んで、
僕はそれを知ることしか、悔やむことしかできなくて、さぁ……!!
その痛みに比べたら……!!
その絶望に比べたらこんなもの……っ!!
「痛く……ないんだよ……これっぽっちも痛くねえんだよ、こんなものッ!!」
ああそうだ。
「これが、僕なんだッ!!」
ボッコボコにされても、ギッタギタにやれても、痛くても、苦しくても、カッコつかなくても、むしろ滅茶苦茶かっこ悪くても。
僕は何度だって、こうすることを選ぶだろう。
みっともなく痛がりながら何度でも、何度でも、イタイ選択肢を選ぶだろう。
336
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:19:44 ID:QO22ElGY
助けを求めている人がいたら、あなたは誰にだってそうするの? って? ああ、そうしてやるのさ。
そうするんだよ。
そうするんだよ、そうするに決まってんだろッ!!
「……だって、何もしなくて……失くしちまうより、マシだろうが」
ボッコボコにされても、ギッタギタにやれても、痛くても、苦しくても、カッコつかなくても、むしろ滅茶苦茶かっこ悪くても。
一生涯、ヒーローになんてなれなくても。
こうすること以外選べないんだよ、僕は。
何もせずに、何もできずに、何も知らない間に失くしてしまうくらいなら。
そうして消えてしまったものを、取り返しの付かないものを、一生背負っていくくらいなら。
悔やむことしか出来なくなるくらいなら、殴られた方がマシだ。血を吐いたほうがマシだ。
タコ殴りにされたって、全身の骨を折られたって、それで繋ぎ止められるなら、それで僅かでも、何かを失くすことを止められるなら。
「その方が断然、マシに決まってんだろうがッッ!!」
僅かにあけた目で、前を見る。
平沢は未だ、顔を上げていない。
俯いたままで、僕の姿すら視界に入れないままで、凶器を振るい続けている。
「……なあ平沢」
髪に隠れた表情は分らないけれど、だけど、その姿はどこか、蜘蛛の巣に掛かった蝶を思わせた。
決して解けない束縛を受け、いつ繰るかも分らない脅威に怯え、非力に羽をばたつかせる。
羽(うで)を必死に振りまわし、近づくものを牽制する。
「お前のことは、分らないけど。分かったよ」
少しだけ理解したような、気がするんだ。
削られ続け、真っ赤を通り過ぎてそろそろ真っ白になった視界の中で、理解したような、気がしていた。
いつものようにボッコボコにされて、いつものようにギッタギタにやられて、なんだか逆にスッキリしたんだ。
いままでの余計な思考とか、杞憂とか、思い上がりが、全部削り飛ばされたみたいに。
ああ、そういえば、そういうことだったんだ。
「結局、僕には、お前を、救えないってさ」
それを言い渡した瞬間、力の抜けたガードを突き破って、
仕込みヨーヨーが僕の顔面を直撃していた。
「――がぁ!!」
頭蓋をカチ割るような衝撃に、僕は後方に跳ね飛ばされた。
コンクリートに叩きつけられ、瓦礫の山をずり落ちていく。
その間際、やっと見えた彼女の表情は、ああやっぱり、思っていた通りの―――
◇ ◇ ◇
337
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:21:18 ID:QO22ElGY
私は足を止める。
暗闇のなか、途方にくれて立ち尽くす。
まっ黒い世界の中で私は一人、空を見上げる。
ない。どこにも、ない。
彗星はもう見えない。消えてしまった。
呆然と立ち尽くす。
空を見上げて、あの光を探した。
私を惹きつけ満たした輝きを、そして私の、好きだった『あの人』の姿を。
だけど、どこにもない。消えてしまった。
だからこの空はいつまでも、真っ暗のまま。
私一人を、ここに残して。
もう私はどこにも行けない。
私を照らして、道を示して、導いてくれたあの光が消えてしまったら、いなくなってしまったら。
手を伸ばす方向が分らない。何を目指せばいいのか分らない。
見守り続けるために、後を追って走り続けるためだけに身につけた私の『よく出来た』ことの全てが。
既にあの人が居なくなった今、何の役にも立たなかった。
私はこの暗闇の中で、いつまでも一人で。
何もないまま、何者にもなれないまま、ずっと佇んでいる。
それが寂しくて、悲しくて、膝を抱えて座り込む。
こんな所に居続けるのは辛くて、切なくて、耐えられない。
たすけてほしい。
私を照らす光に、手を伸ばす輝きに、また導いて欲しい。
それが望めないなら、いや本当の気持ちを言えば私は、誰かにこの手をとってほしかった。
だけど、わき目も振らずあの人しか追ってこなかった私の周囲りには誰もいない。
もう遅いと知っていた。
もう戻らないと分っていた。
それでも、それでも私は、会いたくて。
――消えないで。
――死なないで。
――独りぼっちにしないで。
――私はこんなところに、居たくないよ。
誰もいないこの場所で、縋るように叫んだ。
もういない。
私の好きな、あの人に。
なのに裏切ってしまった、あの人に。
――ごめんなさいって、言いたいよ。
◇ ◇ ◇
338
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:22:21 ID:QO22ElGY
僕は目を開く。
意識が飛んでいたのは、僅かな間だったらしい。
しかし顔面は仕込みヨーヨーによって無残に抉れて……も、いなかった。
大きなアザがまた増えただけで、それだけだ。
あの直撃の間際、どういうわけかヨーヨーから出ていた刃が引っ込んでいたらしい。
「でも痛てえ」
視界には、灰色の空が広がっている。
安穏で不穏な空の色だった。
ポタリポタリと、頬に水滴が落ちてくる。
それは雨の雫なのか、それとも……。
「…………」
視界に、空と雲以外のものが映りこむ。
それは少女の顔だった。
倒れた僕を傍らで見下ろす、平沢憂の表情。
そこに悪意は無く、だけど涙もない。
先ほどみたものは錯覚だったのか。
「……ぐっ」
身体を起こそうとして、無理っぽいようだった。
といってもまだ、かろうじで再生力は働いているようで、徐々に傷自体は癒えていく。
少し待てば、立ち上がるくらいはできるだろう。
できるだろうけどその前に。
「…………っ」
ぐっと、裂かれた腹に圧力が掛かった。
それは容赦のないのしかかり。
僕の上半身に馬乗りになった平沢憂は無表情のまま、腰元から一本のナイフを抜き放つ。
前回の経験を活かしたのか、なるほど確かに、この距離ならばそれが正解か。
いくら僕が半吸血鬼でも、頚動脈を裂かれたら、首を絶たれたりしたら、いくらなんでも死に至るだろう。
所詮は怪奇もどき、半分は人間である以上、実際わりと簡単に死ねる。
ここまでしぶとく生き残ってこれたのは、奇跡的確率によるものが多いだろう。
「…………」
最後まで一言も無く、平沢憂はナイフを振り上げる。
狙いは一つ。
切っ先は僕の首に、ヒュン、と。
真っ直ぐに、振り下ろされる。
簡単に、突き刺さる。
僕の身体から血が噴出す。
僕と平沢、一緒に、赤色にぬれた。
一層、意識が薄弱になっていく。
……僕の思いはコイツと再会する直前から、変わらなかった。
戦いはもう終わったのだと諦観している。
守りたいと思ったものは全て失った。
投げ出したい。なんて、思っていたんだけど、な。
339
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:22:44 ID:QO22ElGY
「……ぁ……あ………………」
平沢の、震えた声が聞こえる。
「なんで……なんで……っ」
急所を外して肩口に突き刺さったナイフを、平沢が勢いよく抜き取る。
そしてもう一度、首を正確に狙って刃を落とそうとし。
「……っ……ッ!!」
残り数センチの所で切っ先は停止する。
誰も何もしていない。
腕は平沢自身の力によって、止められていた。
「…………ぁ」
平沢はしばし、唖然としていた。
咄嗟に、握るナイフに力を込めようとして。
まったく同時にそれ以上の強固な力が押し留めるように。
二つの感情が鬩ぎあっているように、平沢は硬直していた。
「動いて……」
いくら力を込めても、腕は動かない。
「動いてよ……!」
声に含まれる感情は、恐怖しかないように。
「消えてよ……あなたさえいなければ、私は……!」
「苦しくなくなるのか? 楽になるのか?」
「――っ!」
「それが理由なんだろ?」
まあ、僕だって、どうしてこいつが僕を殺したがっていたのか、真面目に考えなかったわけじゃない。
なんだかんだ言って、この島ではそこそこ縁がある奴だ、流石にある程度分ってもくる。
コイツは多分、純粋な奴だ。
胸を触られたから?
ギターを返さなかったから?
そんな馬鹿みたいな理由で人を殺そうとするほど、不真面目な奴じゃない。
多分、最も大きな理由は僕の行いじゃなくて、彼女自身にあった。
「お前がああなる前に出会って、お前が『前の動機』を言った者の中で、
いま生き残ってるのは、僕一人だけだもんな」
あの時、最初に出会ったとき彼女が語った『殺す理由』。
即ち、『自分の幸せの為にお姉ちゃんを守る、そのために殺す』ということ。
誰が聞いても、姉の為に殺すと告げたあの言葉をこそ、彼女は殺したかったに違いない。
それこそが罪だったと、今の彼女の目が、語っていたから。
「………………」
沈黙は肯定ってことだろう。
ならば後に最愛の姉への思いを捨ててまで楽になろうとした彼女にとって、僕はさながら亡霊にでも見えたんだろうか。
思いの放棄、彼女がそれを自覚できない領域で苦痛だと思っていたならば。
あるいはそれほどまでに姉を思うことを恐れていたとすれば。
まだ思いを捨て去る前の、過去に彼女自身が吐いた思いすら、彼女を脅かす。
340
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:24:32 ID:QO22ElGY
『私は私の為に』、と。やがてそう訂正した彼女の、どこか怯えたような言葉を思い出す。
姉への思いはかつて彼女が最も大切にしていたものだったけど、思いを捨ててからの彼女にとっては、忌避すべき脅威と化したからこそ。
平沢は僕を殺すことで、追ってくるような苦しみから、逃れようとしていたんだろう。
そこにどんな葛藤や鬩ぎあいがあったのかまで、想像は出来ないけれど。
「私は神さまにお願いして……楽になった、はずなんです……」
溢れるような言葉と僕に掛かる重量はだけど、今までの平沢憂からはありえない物だった。
体にも、心にも、『重い』が、既に戻っている。
つまり彼女も全部、気づいていたんだろう。
そしてだからこそ、今も苦しんでいる。
「楽になったはずなのに……なのにどうしても、どこか辛くて」
それは罪の意識か、もっと別の物なのか。
時間がたつほどに積もり蓄積され、やがて無視できない激痛に変わったのか。
「目を逸らしても、思いを捨てても、痛み(こうかい)が消えてくれなくて」
そういうもの、らしいな。
僕の最愛の人も、かつてそうだったらしいから、知ってるよ。
思いを零す、少女の表情は酷く疲れきって見えた。
ただ痛みと、苦しみに耐えるような苦悶の顔だった。
「だけど、失くしたものを思うことは辛いんです。
向き合えないんですよ。
だって、それを見たら、正しく受け止めたら、私はきっと耐えられない……」
袋小路だ。
思いたくないから捨てたのに、
思えないことにも耐えられないという。
「だからこのままでいい。
あなたを殺せば、あなたさえ居なくなれば、この痛みも忘れられる。
私は今度こそ楽になれるんだって……なのに……なのに……っ!」
今も迷い続ける思考の迷路。
コイツはまだ、一人で自分を騙し続けている。
「ころせない……」
いま自分が、泣いていることにすら気づかずに。
「いまさら、ころせないよ、どうして……」
単純な理由にすら思い至らず。
自分自身を惑わし続けて、苛め続けて。
「邪魔しないでよ……おねえちゃん……」
そんなにも、お前は、その人の事が好きだったのかよ。
僕じゃない、どこか違う場所に映るものを恐れるように見つめながら、平沢は口にした。
百年溜め込んだかのような『思いの込められた』言葉を。
「消えてよ。私はあなたのためじゃない。
私のために、私のためにやるんだから……!
あなたのためじゃない! あなたのためじゃない! あなたの……せいなんかに、したくないのに……ッ!」
そうかやっぱり、思いが戻ってしまったんだな、お前。
「私の中に、いないでよ!
居なくなっちゃったくせに!
もう、傍にいてくれないくせに……!」
戦場ヶ原のように、向き合う覚悟を決めたわけでもないのに。
「っ……ぅ……ぁ……あ……ッ」
押えきれない嗚咽の声。
ぽとりと力の抜けた手から、ナイフが落ち、地面に転がった。
341
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:27:10 ID:QO22ElGY
それをきっかけにしてか、ぽたぽたと潤んだ瞳から、やっと、涙が落ちる。
思いが還ってしまったならば、もはや僕を殺すことにすら、意味はない。
もう、どこにも逃げ場はないのだから。
「殺せない理由なんて、それしかないだろ」
これから彼女に告げること。
説教くさい全ては普段の僕らしからぬ行為だと思う。
たぶん僕以外に、もっと主人公っぽい適任者がいた筈だ。
「還る思い以外にありえないだろ。
姉(それ)が、お前を止める理由でなくて何だって言うんだ」
それでも今は、僕以外にそれを言える奴は残っていないみたいだし。
業腹だが、ガラじゃなくても言うしかない。
「だってお前、好きだったんだろ。
今のお前を見てれば誰にだって分るよ。
好きだったんなら、殺せるわけないもんな。大切な人を、泣かせられるわけないもんな。
それこそ、自分を騙しでもしない限り」
それはきっと、本当の『献身』。
『生きたいだけ』なんて自分自身に嘘をついた、彼女の本物の願い。
誰かを殺してでも、一人で生きたかったわけじゃない。
誰かの為に、自分が死んでいいわけがない。
――ただ、好きな人と、一緒に生きていきたい。
結局、平沢憂は、どこまでも一途で、純粋な思いを抱えた奴だった。
彼女の不幸は、彼女が自分を騙せてしまったこと。
自分を騙してでも、矛盾を抱えてでも純粋に、どこまでも純粋に、守りたい願いがあったってことだ。
それも両立しない二つの物を。
そして、その純粋さ故に、騙し続けることも出来なかった。
「大切な人を思えばこそ、人殺しなんて出来ない。
その証拠に、お前はあんなにも、殺す理由に姉を据えることを避けてた」
姉のことを思えばこそ、こいつに人殺しなんてできる筈がなかった。
なのに、それでも生きたいと願ったとき、彼女は反射的にあの理由を選んでしまったんだろう。
『お姉ちゃんのために』
最愛の人を理由にした後悔が、今も彼女を苛み続けている。
そして間違いに気づき、思いが戻った今では、もう今度こそ、人ひとり殺せない。
罪悪感から逃れるすべはない。姉への思いが戻るとは、即ちそういうことだから。
「それじゃあ……それじゃあ私は……」
涙を振り払って、また零れてきて、振り払ってを繰り返し。
ついには頬をつたうものそのままに、平沢憂はようやく顔を上げて僕の言葉に答えた。
「私は、どうすればよかったんですか……!?」
力のない、枯れたような叫びだった。
「私は死になくなかった!」
罪の告白のように聞こえた。
「私は失いたくなかった! 私の命も、私の大切な人も!」
両方揃って、初めて、幸せなのだからと。
「だけど守れるほうを守ったら……もう片方が守れない……!
当たり前の事に気がついて……あの時、私があの時、生きたいって願わなければ……!
あの人を……裏切ることもなかったのに!」
『わたし』と『あなた』、二人いなければならない。
だけど両方を取る事は許されなかった。
342
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:32:53 ID:QO22ElGY
わたしの命か、あなたへの想いか。
絶対に選べない筈の二択を唐突に迫られて、とっさに、近くにあった一択を守った時。
彼女はもう片方の選択を、永遠に失ってしまった。
「いまさらやり直すことも出来なくて、だけど直視することも耐えられなくて。
何も感じなくなろうとしたのに、今度は見ないことが痛くなって……。
無視して、無視して、無視し続けて、なのにいまさら……! いまになって……!」
自らの命を守ったとき、代わりに、大切なモノを失った。
彼女は、命と同等の価値を持つ大切な夢を、切ってしまった。
それが後悔として、ずっと残り続けた。
「いまさら、こんな思い……重過ぎるよ……」
持てないからと預けた思いは、何倍もの重量となって回帰した。
まるで因果の応報みたいに帰結する。
「重くて、持てないよ。いまさら顔向けなんてできないよ。
私にそんな資格なんて、ないんだから……」
かつて大切だった思いが、
一度手放して、また戻ったことで、どれだけ大切だったかを噛み締める。
どれだけ蔑ろにしてしまったのかを思い知る。
身が砕け散るほどに、実感する。
「痛い、よ……」
誰にともなく、胸の中心を握りしめながら、彼女はそう言った。
「苦しいよ……」
泣き濡れた顔で、どこにも届かない声で。
彼女が、失ってきた誰かに――
「たすけて……」
やまない雨と、涙のなかで。
このとき初めて、彼女は、本当の思いを口にした。
「たすけてよぉ……」
そして僕は、阿良々木暦は、そんな彼女に告げる。
どこかの誰かの、言葉を借りて。
「僕も、誰も、君を助けてなんかやれない。
――君が勝手に助かるしかないんだ」
ああやっと、僕も理解したんだよ。
ここまで色々失って、身体もボロボロになるまで削られて、初めて分った。実感した。
やっぱり僕には、人を『救う』ことなんて、出来ない。
僕は正義の味方なんかじゃない。そして、そんなことは、誰にもできない。
出来ることは、『助かろうとする人』を支えてやる事だけなんだ。
度し難い勘違いだった。
僕が救ってやろうだなんて、僕が助けてやろうだなんて、思い上がりもいいところで。
いつも飄々としたあの男はいつだって、そう言っていたんだ。
「その思いがどれだけ重くても、それは平沢、お前だけの物だから」
他の誰も、代わりに持ってはやれないんだよ。
お前を救うと偽ったあの男も、お前の目の前に居る僕も、たとえ神さまにだって、無理なんだ。
お前の思いはお前にしか背負えない。
それがどれほど重くても、辛い記憶でも、罪の証だったとしても。
「お前を救えるのは、お前だけなんだ」
343
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:34:23 ID:QO22ElGY
助かろうとする意志のない奴は助けられない。
救われようとする奴は救えない。
自分の荷物くらい自分で持てよと、甘えるなと、あいつは言うだろう。
僕も今はそう思う。
何故なら僕ら、加害者だろう。
かわいそうな奴じゃ、ないんだ。
「それでも、生きていくしか、ないんだろ」
「……ぇ」
罪は消せない。
『傷』は決して、癒せない。
それでも死ねないなら。
傷を誇るでなく、嘆くでなく、ただ、抱えて生きていけ。
全部背負って、死ぬまで傷ついたままで。
生きていくしかないだろう。生きている限り。
決して助けられない傷を抱えていたって、助けを呼ぶことそのものを、僕にはやっぱり否定出来ないから。
「……っ……」
僕は、泣きはらした目を見開く平沢に、手を突きつけた。
体制的に逆だけど、それはこの際どうでもいい。
ようはこいつに、まだ生きる気があるかどうかだから。
「僕は、お前を助けないし、助けられない」
生きるための一歩は、他人から与えられるものじゃない。
己の足で、踏み出すものなんだ。
戦場ヶ原ひたぎは、自分で向き合ったよ。
浅上藤乃も、天江衣も、自分の足で立って、最後まで戦い抜いた。
自分自身を救うために。
彼女達は自分で、自分の思いと向き合った。
自分の傷を背負って、それでも前に進もうとしてた。
そして僕もここで、もう一つ背負ってやる。
前に進むって、決めたから。
「だから――」
だからさ、平沢、お前も。
「勝手に、助かれ」
他のだれでもない、自分の足で立てよ。
「そうすれば――」
そこから歩き出すために、君の手を引っ張ることくらいは、してやるから。
◆ ◆ ◆
344
:
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:35:56 ID:QO22ElGY
ここに一つの解がある。
それは結果としてそうなっただけなのか。
あるいは平沢憂が無意識の内に為した行いなのか。
分らないけれど。
あるいは彼女は、彼女なりの方法で、彼女の献身を果たそうとしてたのかもしれない。
姉への思いがある限り、それを自覚する限り、平沢憂には人を殺せない。
転じて言えば姉を守れない。
故にこそ、平沢憂は平沢唯への思いを捨てたのではないだろうか。
姉を守り続けるために。
人殺しを続けるために。
姉への思いを断ち切り、平沢憂が平沢憂本人の為に人を殺すという理由を本心から手に入れること。
そうやって、守る対象への感情を捨ててまで、彼女は献身を為そうとしていた。
そう考えることもできる。
守る為に、守る感情を切り離す。
破綻しているようで、矛盾しているようで、理屈は通っているのだ。
真実はしらない。
僕もハッキリさせようとは思わない。
なにも血なまぐさい話を美談にしたいってわけじゃない。
結局、その結果姉を失ったとするならば、
平沢憂が姉を裏切った事実と、更には自分をも裏切ったという二重の罪を負うことになるだけなのだから。
そもそも平沢が生きたいと思ったことは真実だろうし、そうでなければこの現実はない。
ただもしも、そうであったとすれば、だ。
姉を切り、己も切り、何一つ掴めなかった今の平沢にとっては、
自分ひとりが生き残ってしまったことそのものが、ここに顕現した罰なのかもしれない。
この重さは、思いの比じゃない。
これから一生に渡って、ずっと彼女を苛み続けることだろう。
耐えていけるだろうか。
などと、思ってしまうけれど。
それはやっぱり僕が考えることじゃなくて、彼女自身の問題だ。
――だからいま言えることは一つ。
「……………」
平沢憂はいま、僕の手を掴んでいる。
無意識かもしれない、意味を理解していないかもしれない。
でもそれは、少なくとも生きる気があるってことだから。
今は良いって、僕は思うんだ。
そして支えてやりたいって思うんだ。
生きたいと願う奴を見てると、僕自身が救われる気がするから。
足掻いてみたくなっちまうから。
現金な気もするけど、僕も、もうちょっと頑張ってみようと思う。
どうか後悔のないように強く。
頑張って生き通してさ、そして死んだらまた会おう、戦場ヶ原。
それまではあがき続けるよ、浅上。
死にたくない、なんて。
いまだに思っちまう愚か者が、ここにもう一人いるんだ。
同じように僕も、生き続けたいって、今も思えるから。
だからそれで、いいんだよな――天江。
せめて、強く生き抜いた彼女たちに、恥じないように。
最後まで、生き抜いてみせるよ。
それがきっと、もう君たちと会うことの出来ない。
役を無くした僕の、僕だけの、物語だから。
【 Fragments 4 :『君の知らない物語』 -End- 】
345
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:37:44 ID:QO22ElGY
投下終了です。
346
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/16(金) 00:46:53 ID:QO22ElGY
次回の投下は17日になります。
347
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/16(金) 01:13:09 ID:QCSXqn12
投下乙です!
久々の暦語りが原作を読んでいるかと思うくらい上手くできていて、
また今回で憂の思いが打ち明けられ、そして阿良々木暦が関わってのフラグ回収と、
何が言いたいのか自分でも分からないですが、とにかく凄くよかったです!
348
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/17(土) 01:37:33 ID:XkU3JdpM
投下お疲れ様です
いよいよ物語が進みましたね…
今回のも読み応えがありました
349
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/17(土) 15:47:16 ID:dM31efrE
投下乙です。
一般人でしかないキャラ達の、今更ですらある葛藤だけど、苦しいよなって、悲しいよなって、痛いよなって。
そんなキッツイものと向き合おうとする話は、派手さはないけど魅力的でした。
350
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:06:47 ID:cXbEkh1o
テスト
351
:
See visionS / Fragments 5 :『クライ』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:09:47 ID:cXbEkh1o
男は失意の底にいた。
暗い穴の最奥で一人、蹲っていた。
ここは滅びた町の一角。
男の傍に壁はなく、頭上には灰色の空が広がっている。
しかしそこは紛れもなく底であり、暗闇の中だった。
少なくとも、男にとってはそうだった。
「…………」
男、グラハム・エーカーは暗い暗いその場所で止まっている。
希望を失くし、目からは輝きが消え、何も見えていない。
滅びた町も、ひび割れた地も、曇天の空も、服を濡らす雨の雫も。
何も認識していない。
虚空を眺め、制止する。
それが彼の現在だった。
「……………」
戦意が潰れている。
剣が折られている。
炎が、消えている。
「…………天江……」
呟く名は、守るべき者は、もういない。
残された残骸を握り締める事しか、許されない。
真っ赤に濡れたカチューシャ。
それはかつて守ると誓った命が染みこんだ、ただの残骸にすぎなかった。
「…………衣……」
呟くその名に、今は何の意志も込められていなかった。
まだ在った頃に、真摯に思った優しさは無い。
喪失の瞬間、張り裂けた悲哀すら無い。
なにも、何もない。
「…………」
失った後には、ただ虚空だけがあった。
空虚だけを、噛み締めていた。
故に、ここには何もなかった。
グラハム・エーカーはなにも見ていない。
暗い、暗い、穴の底にいた。
352
:
See visionS / Fragments 5 :『クライ』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:10:10 ID:cXbEkh1o
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 5 :『クライ』 -グラハム・エーカー-
◆ ◆ ◆
353
:
See visionS / Fragments 5 :『クライ』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:10:54 ID:cXbEkh1o
「…………誰だ」
かさり、と。
そのとき、穴の底に、小さく足音が響いた。
グラハムは、機械的にそれに問う。
何も見えない目前、気配がある。
背の低い小柄な体躯の、グラハムの守りたかった少女にどこか近しい。
「シスター、か」
少女だった。
インデックスと呼ばれた端末。
それが、失意の男の前に立つモノだった。
「何用……かな。今更、私に出来ることなど何もないが」
感情の篭らない、脱力した声でグラハムは聞く。
何もかもが億劫という様相を、既に隠し繕う気力もない。
「観察です。あなたの、正確には生存者の、記録を実行しています」
口を開いた少女から感情は読み取れなかった。
だからグラハムも、
「そうか」
とだけ、言った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
二人、何も言わない。
黙したままで、そこに留まり続ける。
瓦礫と砂利の丘に背を付けて座るグラハム。
崩落した町を背景に直立するインデックス。
両者、黙したまま、静かな時だけが流れていく。
二人、意志はなく。
二人、虚無を見つめ。
二人、何かをなくしたもの同士。
そういう意味で、彼らは非常に似通っているのかもしれない。
「君は……」
果たして、どれ位の沈黙が過ぎ去っただろうか。
永遠に続くかと思われた黙祷のようなそれを終わらせたのは、グラハムだった。
だがやはり何も見ぬままに、ただの気まぐれのように、彼は口を開いたに過ぎず。
「君は何故、ここにいる。ここでそんな、無駄なことをしているんだ」
証拠に、洩れだした言葉はあまりにも弱弱しい。
回答を求めない故に、言葉尻に疑問符すらつかない。
この男の常を知っているものにしてみれば、別人と疑うほどの脆弱だった。
「こんな私を見て、なんになるという」
滲む物は諦観一色。
「無駄なことだぞ」
「では逆に――」
その一色に、一石を投じるでなく、切り裂くでなく、端末は訥々と話す。
同じく脆弱な存在のまま、意志もなく、意義も無く。
それは空回り続けていた。
「あなたは何故、そこに留まるのですか」
お互いに、疑問符のつかない会話を展開する。
語尾を上げる力すら、両者にはなく、両者ともに返答を望まない。
けれど端末は、それを続けた。
354
:
See visionS / Fragments 5 :『クライ』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:11:33 ID:cXbEkh1o
「――データ参照。
グラハム・エーカーの行動パターンと性格特性(メンタルレベル)を二重に分析。
その重複結果。
あなたはここで脱落(リアイア)する行動方式を有してはおりません」
一切の感情が篭らない声。
断じて、信じていると言っている訳でも、勇気づけている訳でもありえない。
ただそうであると、断じているに過ぎなかった。
「シナリオパターンCを出展とする。
天江衣の死はグラハム・エーカーに対して極大の衝撃、ダメージとなります。それは事実。
しかしそれは、それまでのこと、あなたの心を折るには至らない」
絶対の計算式から導き出した答え。
『グラハム・エーカーはここで折れない』
もう一度立ち上がる。
それが用意されたシナリオなのだから。
「悲しみを怒りに転化する。守る意志を破壊する意志へと帰化する。
貴方はグラハム・エーカーという存在を捨てる」
それが法則、ロジカルな道理、結果であるはずなのだと。
足し算と引き算をして、解を述べただけ。
グラハム・エーカーはそういうものだ。
そう出来ている。構成されているという解法がある。
つまり、この場合(パターン)ならば、
守るべき者の死を乗り越え、怒りを胸に燃え上がらせて、庇護者を復讐者に変え立たせる状況。
「シナリオ通りであるならば、貴方は今までの自分を捨てて、仮面を身につける。
さながら――」
そう、それはさながら。
武士道と呼ばれた、否、呼ばれる未来という。
「本来のグラハム・エーカーが歩むはずだった。
歴史をなぞるように……」
キャストは限界まで収縮された。
故に外れようのない、計測されうるシナリオは正史の反復。
武士道を名とする男の誕生と。
「果てに貴方は、神に挑み、そして散る」
復讐者は遍く死と交差し、終焉するのが定めだった。
「なのに貴方はこの場所に留まっています」
しかし現実は違った。
グラハム・エーカーは散る以前に、立ち上がることすら成し遂げない。
ここで消沈するのは、喩え最終的な結果が同じだとしても、計算外であることは否めない。
用意されていたシナリオから外れていることは確かだった。
「さてね、何故だろうな」
男の反応はそっけない。
辿るはずだった未来を語られて、なのに響いていない。
刺激の無く、変化は見られなかった。
ただ、自嘲だけが、ある
「ああ確かに、私はここで倒れる人間ではない。
私自身、そう思っていたのだ」
355
:
See visionS / Fragments 5 :『クライ』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:14:22 ID:cXbEkh1o
それは自虐や諧謔ではなく。
本心からの言葉であった。
「立ち上がる理由など、幾らでも見つけられるだろう。
天江衣を殺された直後のように、怒りに任せて動くことも出来た。
天江衣と約束したように、市民を守るため義にしたがって戦う事も出来たはずだ……」
グラハムとは、その様なものであるという認識。
インデックスに説明される以前から、この男は知っていたのだろう。
知っていて尚、この状況に甘んじるわけとは即ち。
「しかし、な。不思議だな。立てないのだよ」
本人すら分からない。
知らない何かが在るという。
「火が……な」
「……火」
聞き返すでなく反復した端末へと、もう一度苦笑って。
グラハムは虚空に呟いた。
「火が、つかんのだ」
まるで「気分が乗らない」とでも言うような軽さ。
同時にどこまでも深い奈落の諦観と共に。
「彼女が死んで、そしてそれを確かめてより、何故だろうか分らないが……」
一度消えたそれは、取り返しがつかないのだと。
「火がな、無い。私の中で、当然のようにあったそれが、ない」
だから立てないのだと。
「理論と反します。意図も、掴めません」
理由になっていない。
計算式を覆す要素になっていない。
言い返す端末に、責めないでくれと、グラハムは漸く少女を見つめ。
「しかたないさ。私にも分らないことだ。知らないことだ」
肩をすくめて、空を仰ぐ。
「だが、これだけは言える」
そして小雨を降らせる曇り空を、瞳に浮かべて。
「彼女と出会う前ならば、私は何を失おうとも、こうはならなかったろう。
例えば君が先ほど言ったようなシナリオ、ああ良いな、心が震えたかもしれない。
しかし今は――なんと言えばいいのかな、そうだな……」
こう、締めくくった。
「この気持ちに……愛がない……」
魂の、欠如。
いつの間にか急速に、超大の存在となった少女は、グラハムの中心に在ったものとすり替わっていた。
まるで魔法のような、幻想のような、少女。
いずれにせよ失ったものは、其れほどまでに特別な存在だった。
グラハムだけでなく、この世界全てにとって、決して失われてはならない者だったのだと。
失われてはならない彼女を守ることこそ、己に課せられた役割だったのだと、失った今こそ、心から信じられるから。
356
:
See visionS / Fragments 5 :『クライ』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:15:41 ID:cXbEkh1o
己は間違いなく敗北したのだ、と。
再起は不可能なのだと、確信する。
「つまり――」
インデックスという端末はポツリと呟きながら、
グラハムの視線を追うように、空を仰いだ。
神のシナリオを歪ませるほど、彼女の存在は物語の中心にあったのでしょうか、と。
端末は、言外に、黙する。
意図せぬ黙祷が再び流れた。
今度はより決定的な。
何かを諦めるには十分すぎる冷たさだった。
「いずれにせよ」
再びグラハムがそれを、終わらせる。
今度は明確な、会話の末に向って言う。
「物語(シナリオ)はここまでだ」
彼女亡き今、変えられる筋書きは、グラハムの意志が折れるのを早めただけという。
ただそれだけのことだと。
「はい。その言葉に異論はありえません。終着(ピリオド)に変更は皆無。
第七回放送以後、このまま殺し合いが再開されなければ。
神が降り、彼の手によって地は燃え、殺し合いは強制的に終焉を迎えます。
それは変えられない事実です」
「だろうな」
グラハムは納得し、そして覆す気力も無い。
一貫した、諦観と悲哀。
諦観は己に、そして悲哀は、とどのつまり、
いまだに諦めることすらできない、あの少年に。
「何かが変わったとしても、終わりは何も変わらない」
「はい。肯定します」
グラハムは、憐れんでいる。
インデックスは、ただ肯定する。
「我々は、死ぬ」
「肯定します」
変えられない事実。
変わらない現実を、二人は、見つめていた。
「抵抗するものは僅か。そして勝ち目などない」
「肯定します」
意志のない二人。
確認作業に従事していた。
「悲劇で、幕は閉じる」
「……肯定します」
バッドエンド、確定しているそれを、彼らは語り終えた。
ここで会話は終わる。
終わるはずだった。
けれどグラハムは無意識に、ついでのようにもう一つだけ口にした。
357
:
See visionS / Fragments 5 :『クライ』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:16:29 ID:cXbEkh1o
特に聞く必要もない余計なこと。
答えのわかっている、無駄なことを。
「生きる意志を示す者は、阿良々木暦、一人だけ、か」
哀れにも止まれない、諦められなかった少年の、孤独な敗北。
その、最終確認において――
「否定します」
一つだけ、またしても、齟齬が生じた。
「……なに?」
「もう一人」
曇り空から視線を切ったインデックスが、今、見据える先に。
「たった今、確認されました」
滅び廃れた地を踏みしめて、此方に歩いてくる、『二人分』の足音。
一人は少年、阿良々木暦。
「照合――」
そしてもう一人、少年に手を引かれたその姿。
おぼつかない足取りで、それでも確かに自分の足で、こちらに向かって歩いてくる少女。
立ち上がった者が、ここに、少なくとも、一人きりではなく――
「阿良々木暦と、そして平沢憂。
現時点で、この二名に対し、生存の意志を確認できます」
一人は、二人になって、
とても僅かな、けれど確かな変化が今、ここに帰還する。
喩え目に見えぬほど、感じ取れぬほど僅かな差異であろうとも。
それは即ち、決められていたシナリオを食い違わせる。
変調の因子に他ならなかった。
【 Fragments 5 :『クライ』 -End- 】
358
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/17(土) 23:18:29 ID:cXbEkh1o
投下終了です。
359
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/18(日) 23:18:33 ID:z4jCP2Wo
次回の投下は19日になります。
360
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/18(日) 23:39:25 ID:/T3ENaO6
投下乙です
361
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/19(月) 21:23:46 ID:LhOfPxIE
投下乙です
何かを失った者達で残りの時間をどう思い動くのか、続きが気になる
362
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:49:39 ID:g23F097c
テスト
363
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:51:48 ID:g23F097c
投下を開始します。
364
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:52:23 ID:g23F097c
「君と僕は、面白いほど似ているね。イリヤスフィール」
「そうね。気持ち悪いことに、私もそんな気がしていたわ。
――ホムンクルスとイノベイト。
考えてみれば、私達ってどっちも『人間もどき』。作られた存在……変な話ね。
そもそもどうして貴方は、自分を作った存在に対して、そんなにも上から目線なのかしら?」
「別に変でもない。
ああ、確かに、君も僕も作られたさ、愚かな人間にね。
認めざるをえない事実だよ。
だけど、だからこそ僕達は、人間よりもずっと上に立つべき存在なのさ」
「相変わらず、よく分かんない理論だわ。
私は道具よ。聖杯のための装置。その為に作られた。
貴方だって、ナントカ計画の為に作られたって、違う?」
「そうであって、だけど違う。僕は名乗る。
僕こそが人を導く存在、即ち―――」
「神、ね。何度聞いても呆れるわ」
「そして君は女神だ」
「…………」
「おや、気のせいか、嫌そうだね」
「気のせいじゃないわよ」
「まさか不服だったのかい?」
「気づいてなかった辺りが最悪よ。私が女神って柄かしら?」
「安心して構わない。君は十分すぎるほど、その勤めを果たす器だよ」
「別に嬉しくないんだけど。まあいいわよ。もう好きにしてって感じだから」
「そうかい」
「ああ、それと。ついでだから聞いてあげるわ」
「何を?」
「貴方の、なんていうか、ルーツみたいなものよ。
私が私を道具と見切り、そしてここに居るように。
貴方にもあるんでしょ。自分を神と信じ、ここにいる理由」
「……」
「なによ?」
「いや、珍しいなと思ったんだ。
君が僕に、『僕のこと』を質問するなんて」
「そうかもね。どうでもいいけど。でも……」
「でも?」
「貴方が言ったんでしょ。こんなの、他にやることがないから、やってるだけよ。
だったらせめて、退屈させないよう努めなさい」
「……分かったよ。なんだ、板についてきたじゃないか。女神」
「でも次にそう呼んだら、怒るわ」
365
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:52:57 ID:g23F097c
◇ ◇ ◇
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』 - Other -
◇ ◇ ◇
366
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:53:46 ID:g23F097c
サイケデリックなアロハシャツを追う、原村和の足取りは重い。
向かう廊下の先は薄暗く、徹夜明けの体は疲れ、いつどこから『敵』に襲われるか分からない恐怖が彼女の足を鈍らせる。
それでも進み続けたのは先導する中年の男の歩みに、欠片の迷いも無かったからだろう。
和の数歩前を進む忍野メメは堂々と暗い廊下を進み続け、彼と同じ速さで足を動かさないと置いて行かれる。
右も左も分からない場所で、一人になる訳にはいかない。遅れないよう、和はアロハシャツを追い続ける。
こんなところを警備の黒服に見つかったらどう言い訳すればいいのだろう、そんな不安を抱えながら。
「ところでお嬢ちゃん」
和の不安など知りもせず、アロハシャツの中年男は気軽な声をかけてきた。
抑える気のない声を咎める前に、和の性格は呼称の改善を求める。
「原村です」
「じゃあ原村ちゃん」
「……なんでしょうか?」
「君、機械とか強いタイプ?」
質問の意味がわからない。
本当に彼を頼ってしまってよかったのだろうかと、今更ながら和の脳裏には不安が膨らんでいた。
見た目も、語りも、信用できる人物には程遠い。
ハッキリ言って、胡散臭いのだ。忍野という男は。
「自宅でパソコンを使うことならありますし……人並みには」
「そりゃ頼もしいね。僕はああいうのが苦手なんだ」
「あの……私がパソコンを使えることと……」
怪訝さが、表情に出てしまいそうになる。
あるいは必死さか。
「あなたが咲さんを助けてくださることに、何か関係があるのでしょうか?」
和は目の前の男の背中についていく目的を、改めてぶつけていた。
監禁されていた部屋の中。
全てを諦めかけていた和の目の前に、彼は現れた。
殺し合いの場には似つかない、殺し合いを運営する立場にはもっと似つかない、容姿と調子で。
そしてこう語ったのだ。
「あのね、さっきも言ったと思うけど、僕は助けないよ。
君の依頼を受けて、少し力を貸すだけだ」
和の望み。
宮永咲を助けたい。
その願いに、彼はそう言った。
「じゃあどうして……」
「力を貸すのか、ってかい?」
「はい。だって、こんなのあなたに……」
「利益がない、と?」
「だってあなたは主催者の一人で、それがどうしていきなり私達を助けてくれるだなんて……」
「原村ちゃん。もう一回言うけど、僕は助けるつもりなんて無いよ。
君は自分で助からなきゃいけない。理由は君自身が分かっているよね?」
軽薄の中で鋭さが滲む声に、和は口をつぐむ。
自分の立場が、まだ綺麗なものであるなどと、今は思っていない。
確かに、原村和は被害者だったかもしれない。最初の時点では。
けれど被害者でありながら、罪を犯した。
殺し合いへの加担、運営の補助、言い訳は出来ない。
367
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:54:14 ID:g23F097c
和は自身の判断で、自身の目的のために、人を殺す催しに手を貸したのだ。
時に大好きだった麻雀を使ってまで、そういう選択をした。
その事実は消えない。己はもう、加害者だ。
忍野という男が語るまでもなく、原村和は自覚している。
「分かって、います。だけど」
だけど、と同時に彼女は思う。
その為に、自分が罪を犯した代償に、守ってきた物がある。
守りたいと願った存在がある。
「咲さんは……」
幸いにも、守りたい彼女はまだ生きている。
彼女の手が血で汚れなくてもいいようにと、原村和は罪を犯した。
いま彼女の命は確実に脅かされていて、それでもまだ助からないと決まったわけではない。
だからこそ、罪を犯した己は大切な彼女を救うために。
「そうだね」
あっさりとした声。
原村和は俯いていた顔を上げた。
すると顎を上げつつ振り向いていた男は、和を斜めに見下ろしながら。
「君の話を聞く限り、確かに宮永咲はただの被害者だ。非の打ち所のない被害者だ。
だけどそうだね。君が納得いかないと言うならば、そうだね」
少しの間、思案するように宙を見上げた後。
「バイトをしてもらおう」
「バイト……ですか?」
「そうだ。君の言う僕の利益さ。対価ってやつだよ。いい加減、適当にお金とるのもマンネリだしね。
ここは直接的に、労働してもらうとしよう」
「私に出来る事なら」
現に今、和にとって彼こそが最後の希望だった。
巻き込まれた大きな流れ。己一人では到底解決できない。
守りたい人を守れない。
そんな彼女の前に現れた忍野メメという中年の男は、今や最後の希望だったのだ。
どれだけ胡散臭くてもいい。
信じられなくても、信じるしかない。
「なんでもしますから……お願いします……っ!」
そんな和の切実に、彼は何を思ったのか。
「はっはー。こりゃ面白い。今時そんな言葉が出てくるなんて、原村ちゃんは珍しいくらい真面目(テンプレ)だねぇ」
相変わらず軽薄な声で話しながらも。
目を少しだけ細め。
「心配しなくてもいいよ。簡単なバイトさ。もうじき分かる」
たどり着いた廊下の突き当り。
とある部屋の一室前にて、ドアノブを回していた。
◇ ◇ ◇
368
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:54:49 ID:g23F097c
最初に視界へ飛び込んできたのは、部屋の奥に配置された大きめのデスク。
その上には大量の資料が乱雑に置かれ、開きっぱなしのノートPCが紙束に埋もれている。
床に敷かれたカーペットに埃は少なく。
部屋の隅に置かれていた観葉植物は毎日水を貰っていたのだろう、枯れずに育っていた。
決して清潔ではなかったが、この部屋には生活感があった。
特に散らかりっぱなしのデスクには、主がつい最近までこの場所にいた事を表している。
「お邪魔しますよっと」
口ぶりから自分の部屋ではないのだろう。
しかし忍野メメは飄々とした態度で踏み入っていく。
「あの……ここは……?」
おそるおそる原村和もそれに続き、部屋の中に進んでいく。
「勝手に入ったら、帰ってきた時に怒られるのでは?」
そんな和の常識的な心配に、
「心配ないさ」
忍野はやはり軽い口調で言い放つ。
「この部屋に居た人物はもう、生きていない」
「そう……なんですか」
複雑な気持ちになりながらも緊張感は弱まる。
忍野はまっすぐに進み奥のデスクの前に立った。
他にこの部屋の中に見るべきものは無く、それは自然な動きに思えたが。
「じゃあ原村ちゃん。さっそくお仕事だ。こいつを見てくれ」
「…………?」
「ほらほら、こいつだよ」
忍野が指先でちょいちょいと指すものはデスクの中央、紙に埋もれた一台のノートPCだった。
知らない型番ではあったものの、特に変わった形をしているわけでもない。
訝しげな顔を抑えられず、しかしPCの正面に回り込んだ瞬間、和の表情は色を変えていた。
「………これ……って?」
「いやあ、さっきも言ったけど、僕はどうしてもその手の機械がダメでね」
「そうじゃなくて、これ」
「お? 早速なにか分かったのかい?
最近の若い子は凄いな、僕にはどうしたって真似できないよ。そんな――」
「そうじゃなくて……一体誰のパソコンなんですか?」
PCの画面に映る文字に視線が釘付けになる。
閉じる事すらせずに、放棄されたPC。そして大量の資料。
まるで慌てて出て行ったような印象をうける。
この部屋にいた人物はよほど時間に余裕がなかったのだろう。
それもそのはずだ。
『バトル・ロワイアル。あるいはゲームと呼ばれる催し。
世界を握る主催者と、その目的に関する考察』
まるでドキュメンタリー番組の題名のように、
派手目に脚色されたタイトルが書いた人物の性格を物語っていた。
そして内容はド直球。今の和を取り囲む全ての災厄の答えを意味している。
369
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:55:31 ID:g23F097c
「ディートハルト・リート。ジャーナリストだよ。それは彼の残した手記さ。
職業病なのかな。いささか大げさに書いているかもしれないけど」
行儀悪くデスクの端に腰を乗せた忍野は、興味無さげに部屋の主の名を語る。
頬杖をつき、和を斜めに眺め。
「でも重要なのは内容だよ。彼が死ぬ前に残した記録」
スライドする忍野の視線と一緒に、和の目もPCの画面に戻る。
『このゲームには表の目的と、裏の目的がある』
もしもいま見ているデータが正しいとするならば。
これから和はこのゲームの本当の目的を知ることになる。
外面だけでなく、内面まで深く踏み込んだ暗部の先。
異なる世界から招いた超人を殺し合わせる。
非常識どころでない非現実の、その理由。
緊張に指先が震える。
コンピューターに、ロックは掛けられていない。
それ程までディートハルト・リートには時間が無かったのか、セキュリティ自体が設けられていないのだ。
おそらく和でも簡単にこの先を見る事ができるだろう。そして知ることが出来るだろう。
「…………」
流れ落ちる冷や汗とともに、迷いを感じた。
知っても良いのだろうか。踏み込んでもいいのだろうか。
振り回される一般人という名分を捨て、事情を知るものになる。
それだけでなく、どこか、別種の不安がある。
この先にあるもの。本当に知ってもいいのか。知ってはいけない事なのではないか。
漠然としていて、体の中心が冷えていくような予感。
「怖いかい?」
けれど原村和には元より選択肢などなく。
忍野の言葉に首を振りつつ、椅子に腰掛け、PCと向き合った。
「調べてみます。それで、咲さんを助けることが出来るなら」
「…………」
忍野の声はもう、聞こえてはいなかった。
画面を凝視し、PCの内部をくまなく探り始める。
「……」
セキュリティが掛けられていない以上、特別な知識は不要。
最低限、パソコンが使えれば分かる機能で、資料の回覧は可能だった。
――そして、操作を開始してから、数分が経過して。
和は様々な情報を見ることになった。
ゲーム開始直後からの映像記録。
数パターンある首輪解除方法の予測。
首輪が解除されるためにあるのでは、という考察。
そして、それぞれの平行世界における特徴、異質な点など。
最初はなんの役に立たない情報や、和ですら知り得る知識が殆どであった。
しかし最新のファイル、
外部からこちらに転送された形跡のあるデータを開いてからは、驚くべき速度で情報が開示されていった。
表の目的。
帝愛の娯楽。
その肯定と否定。
裏の目的。
リボンズ・アルマークという人物による聖杯の完成。
その意味と意義。
「会場に降りてからのディートハルトはインデックスと一緒に行動していたからね。
彼女を使えば容易に核心に迫れる。
なにしろ完全記憶能力を備えた魔導書図書館だ。
ゲーム開始以前の記録が残っているとしたら、彼女の内側しかない。
死の直前、彼は限りなく真実に迫っていたんだろうね」
忍野の解説を聞きつつ、和の視線は記述の上をなぞっていく。
370
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:55:55 ID:g23F097c
「……私たちの世界が、異質?」
納得出来ない項目を、知らずの内に読み上げていた。
曰く、いま和たちのいる世界は作られたもの。
誰もいない平行世界。
殺し合いの為に用意された、狭間の宇宙に浮かぶ、スペース・コロニー。
様々な世界から様々な要素を取り入れた空間。
集められたのは12の世界。
それぞれ、願望器に捧げる贄として的確な意味を持つ。
中でも特に魔的な要素を含んだ世界は2つ。
人が才能在る故に魔術を開花させ、英霊を呼び出した世界。
人が才能無き故に魔術を組み上げ、才能ある超能力と拮抗した世界。
同じ魔術でも、全く異なる二つの魔を、これらの世界から流入した。
これにより初めから歪んでいた聖杯を正し、欠陥の無い願望器を作り上げんとする。
次に特異な世界は4つ。
何れも進みすぎた機械の世界。
オーバーテクノロジー。
徹底的に科学的なアプローチで願望機の安定補助を図る。
そして3つ。
戦国武将の世界、卓上で意を通す世界、怪奇の世界。
その質は不定形。
魔であって魔ではなく、科学の延長には有り得ぬ不可解が備わっている。
ロジカルなルールが定められておらず、単純な力の強烈さでは上記の面々に劣るものの。
不定形であるが故に、根性論や先進強度のみで、上記の世界を殲滅させる爆発力を秘める。
特に戦国武将のそれは顕著であり、ロジカルな魔を現出する世界にすら匹敵するスペックを見せる。
ただしコントロールは難しく、単純に願望に捧げる贄と見るのが相応しい。
ここにあと3つ。
魔的な要素を補助するために、もう一つ才能ある魔術の世界を組み込み。
駆け引きの世界から不定形の要素を除いた世界を取り込み、帝愛という表の看板、表の目的を用意した。
そして最後に、ここまで異質な世界を揃えれば逆に異質となる―――
「そんなオカルトありえません」
思わず、最期まで読まずに声を上げていた。
「いいさ。信じる信じないは君の自由。僕のいた世界にもそういう部分がったからね。
不安定、不定形、か。なかなか正しい批評だと思うよ。
僕の知り合いにも、何一つ怪異を信じることなく怪異を扱う者がいる」
オカルトを信じずに、オカルトを扱う。
原村和に対する評価としても、その語りは当てはまる。
だからだろうか、和はそれ以上は言い返すことが出来ず、また画面に視線を戻した。
「さあここからが重要だ」
忍野の言うとおり、ここからだ。
主催者は聖杯という『願いを叶える器』を創るために、殺し合いを開催した。
なぜなら願望器の完成には大量の、それも質の良い魂が必要だから。
和にはまったく信じられないオカルト話だったが、仮に主催者がこのオカルトを信じて動いていたとしよう。
だとしても、そもそも何故という疑問がある。
何故彼らは願望器など作ろうと思ったのか。
あくまで表の、帝愛の目的と同じ、私利私欲のためか。
それとも何か事情があったのか。
きっと忍野が知りたかった事実も、同じ場所にある。
「これ、ですね」
最後のファイル。
動画形式でまとめられた、ディートハルト・リート自身が編集した物だった。
触られた形跡すらないということは、主催者にも今更隠す気がない事を意味しているのか。
ディートハルト・リートにも。
もしかたら、と和は思う。
開きっぱなしでセキュリティのない無防備。
戻ってくるはずのない部屋のPCに外部からデータを転送した意味。
ディートハルト・リートは、誰かにこのデータを観て欲しかったのではないだろうか。
ジャーナリストであった彼がたどり着いたという、真相を。
横目で忍野を見る。
机に腰掛けたポーズのまま、彼は続きを促した。
「では、開きます」
そして十分程度の短い時間。
小さなスクリーンに映像が流れ始めた。
◇ ◇ ◇
371
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:56:15 ID:g23F097c
それは過去を映した映像だった。
ここではない、どこか。
いまではない、いつか。
佇む少女。
歩みよる少年。
交される、僅かな言葉。
そして―――
「――――……本気だよ、イリヤスフィール。僕はね、世界を救いたいんだ」
◇ ◇ ◇
372
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:56:46 ID:g23F097c
「―――――」
「―――――」
映像は終わり。
二人分の沈黙が、部屋の中に満ちる。
和には分からなかった。いま見た光景の意味が。
分からなくなった。この状況の意味が。
一つだけ、頭のなかに浮かんだ疑問とは。
「それじゃあ……この戦いの目的って……」
「ああ、そうだね。リボンズ・アルマークの目的が、彼の語る通りなら、そういうことになる」
息を飲む。
ある程度の衝撃は覚悟していた。
どんな悪徳がそこにあっても、驚くまい。
途方も無いオカルトでも、リアリティの欠片もない話でも。
殺し合いを強要する悪魔のような主催者の目的なのだから、どんな不条理な理由でも納得できたはずだ。
聖杯というオカルトの手段を信じることは出来なくても、邪な願いの成就という目的ならば理解できると。
『僕はね、世界を救いたいんだ』
なのに、今見た光景はなんだ。
今聞いた言葉はなんだ。
ある意味で、余程理不尽で、恐ろしい事に思えた。
非の打ち所のない、崇高に形作られた願い。
聖杯を手にするものが望むべき、この上ない正義。
ならば参加者とは、その為の贄とは、正しく世界を救うための――――
「でも……!」
否定するために和は首を降り、声を上げる。
「だとしても、間違っています!
こんなの……こんな……殺し合いなんかで……叶えようなんて……っ。
だって、人の命は、命は……」
「平等じゃないよ」
割って入る男の言葉に軽薄な印象はもうない。
忍野メメは本気で言い切ったのだと、和には直ぐに感じ取れた。
「人の命は平等だ、なんて、僕の一番憎む言葉さ」
これまでずっと飄々としていた男の、真剣な言葉の指す本質を、理解することは出来た。
確かに、人の命に優劣はある。
人の数だけ存在する。
原村和とて、大切な誰かの為に、誰かを切ったではないか。
宮永咲を救うために、殺し合いに手を貸したのだ。
誰かに生きて欲しいから、誰かが死んでもいいと判じた。
「それでも私は……」
知らず小さくなる言葉尻に。
「いま戦い続ける彼らが、死んでもいいなんて思えません……」
やっと言えた身勝手な言葉。
宮永咲には、ここにいる誰よりも死んでほしくない。
どちらかを取れと言われたら、決断はたやすいだろう。
けれど、だからといって、いま地上に残る誰もが、死んでいいなんて思えない。
どうしたって、思えなかった。
373
:
See visionS / Intermission 1 : 『LINE』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:57:10 ID:g23F097c
何故ならずっと、見てきたからだ。
原村和は、監視という任務を通じて、ずっと彼らの戦いを見てきた。
眼を逸らしたくても許してもらえず。
モニターの向こうはいつだって凄惨で、だけど彼らは懸命に生き、懸命に戦って。
きっと天で高視していた和を含むどの主催者側の人間よりも、彼らは真摯に生きていると感じていたから。
「そうだね」
肯定はあっさりと、デスクから下りながら、忍野メメは肩を回す。
「確かに平等じゃないよ。命はね。
だけど主催者の形作る至高の願いが、参加者全てのそれを上回ると、まだ決まったワケじゃないだろう」
小汚い容姿に変化はなく。
しかし妙に安心感のある仕草だった。
「ここから先は主催者、神を名乗る彼の暴力的な正義の願いと。
参加者、地を這う奴らに残された意地の願い。
そのぶつかり合いだ。結果は見えてるけど、なるべく帳尻を合わせるのが僕の仕事だからね」
アロハシャツはもうここに用はないと言わんばかりに出口を目指す。
和も慌てて追うべく、席を立った。
「もうちょっと手伝ってもらうよ、原村ちゃん」
「……はい」
自身なさげに呟いた和はその時、前を歩く男の表情に似合わぬ色を見つけた。
「それにね、さっきの映像だけど」
「……?」
見間違えでなければ――
「いや、なんでもないよ」
軽い調子に戻ったアロハシャツの背を、和は追い続ける。
行く先もわからぬまま。
だた彼女は知ってしまった。
すべての事情を、全ての意味を。
だからもう疑念すら挟まず、付いて行く他にない。
「じゃ行こうか。次の場所に」
もう何も知らない被害者には戻れないと、加害者たる彼女は、もう自覚しているのだから。
【 Intermission 1 : 『LINE』 -End- 】
374
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 22:57:59 ID:g23F097c
投下終了です
375
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/19(月) 23:12:06 ID:g23F097c
【投下告知】
次の投下は21日(水)となります。
376
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/20(火) 02:01:32 ID:NPH2bjm6
投下乙です
そこが核心か……
ゆっくりと、しかし着実に「終わり」まで進んでますね
377
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/20(火) 03:28:51 ID:nq/BltB.
投下乙です
確かにゆっくりと「終わり」に向かって進んでるなあ
378
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 00:00:05 ID:BuA8X./A
本日の投下は、予定よりも遅くなります
申し訳ありません
379
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:00:34 ID:xJJZ4BNM
テスト
380
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:01:19 ID:xJJZ4BNM
投下を開始します。
381
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:02:51 ID:xJJZ4BNM
雨はまだ、降り続いている。
「彼女が秋山澪、か……」
古びた駄菓子屋の軒下で、壁に凭れたまま枢木スザクは呟いた。
先ほど出会った黒髪の少女の姿を思い浮かべながら。
「ああ」
大きな木箱に腰掛けて、両儀式は空を見上げていた。
髪から伝う雫が、木箱に小さな染みを作る。
「……もし僕が彼女と敵対したら、君はどうする?」
スザクは問いかける。
同じ軒下。擦りガラスのはまった引き戸を挟んだ反対側にいる式に。
「べつに、どうもしない」
答えはあっさりと返される。
その声に一切の迷いはない。
「僕が秋山澪を殺しても?」
問いも、答えも、淡々と。
「おまえにはおまえの、秋山には秋山の理由があるんだ。オレはどっちも否定しない」
「そして、どちらも肯定しない?」
「正しいとか間違ってるとか、オレはわからないし、興味もない。
けど、あいつとの約束は無効になったわけじゃないからな。お前が殺しても、どうもしないけど。殺させたりは、しない」
あっさりと言い切る式はやっぱり空を見ていて、スザクはただ壊れた町を見ていた。
二人の間に、沈黙が落ちる。
先に動いたのはスザクだった。
凭れていた壁から離れ、デイパックに入れていた新品のビニール傘を式へと差し出す。
「もう濡れてる」
「知ってる」
「そうか」
「いらないなら捨てていい。余るだけだから」
差し出された傘を受け取って、式は木箱から降りて立ち上がる。
「捨てないよ。差さないけどな」
――雨はまだ、止んでいない。
今も一定のリズムで落ちてくる。
細く、弱い、幾つもの線が、割れたコンクリートを湿らせ、灰色を濃くしていく。
コロニー内の遙か上空に作り出される、人工対気。
それの生み出す雨雲が、虚構の空から雨を落とし始め、二時間と少し。
コロニー全体の洗浄機能を含んだ水分供給は次第に、弱まりつつあった。
白き修道着に滴が落ちる。
地表と上空の汚染を洗い流すに、かかる時間はそう長くない筈だ。
小雨に変わった雨脚を、インデックスという端末は備えた知識故に、そう理解していた。
次の戦いが始まる前に、この雨はおそらく止むだろう。
けれどまだ、止んではいない。
止んではいなかった。
雨が小雨に変わっただけで、まだ、止んではいない。
この世界において、どの場所においても、誰の空においても、そして誰の心の内側においても。
雨はまだ、降り続いている。
382
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:03:35 ID:xJJZ4BNM
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』 -Index-Librorum-Prohibitorum -
◆ ◆ ◆
383
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:04:36 ID:xJJZ4BNM
倒壊したショッピングセンターの跡地にて。
帰還する少年を、端末はやはり無感情な瞳で迎えていた。
「続けるのですね」
目前に立つ少年を見据えながら、淡々と確認する。
少年の服装は至るところが破れ千切れ、その孔から血の滲んだ傷が幾つも見えていた。
この場所を離れる以前より更に倍加している怪我に、驚いた様子もなく。
新たな生存者を引き連れての帰還に、感心を示すでもなく。
ただ、確認をしていた。彼の意思を。
「……ああ」
少年は淀みなく答える。
血みどろでも、何処か晴ればれと。
憑き物の落ちたような気軽さで、戦い続けると宣言した。
「もちろん、殺し合いを続ける……ってワケじゃないけどな」
そして、それだけでなく。
「ならば始めるのですね」
彼の言葉の意味する所は、つまり――
「神に対する抵抗を」
「ああ、そうだ」
これより迫り来る神との戦い。
決して及ばない絶対者への、抵抗。
勝ち目のない、用意された茶番劇をそれでも、続けると言った。
「そうですか」
無感動に、やはり端末は聞き届け。
次に、少年の背後に、視線を移した。
「では、あなたも」
少年の背後に佇む者。
――平沢憂。
ここに新たな生存者であり、生存の意思を示すもの。
阿良々木暦の背後にて、彼の手を掴んだまま、俯いている少女。
彼女もまた、同じ意思を持つのかと。
「…………」
俯いたままの少女は、首を振った。
数度、否定するでなく、分からないと伝えるように。
「…………」
まだ、分からないと。それでも、立っている。
少女はここにいる。阿良々木暦の手を掴み。それでも、座り込みはしない。
まだ重い体重を、少しだけ他人に預けながら。それでも、自分の足でここに居た。
ならばそれが、何よりもの答えになった。
たとえ答えの意味を、彼女自身が理解していないとしても。
384
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:05:01 ID:xJJZ4BNM
「わかりました」
インデックスは了承する。
端末は承諾する。彼ら彼女らの抵抗を。
認め、伝える。
「ではあなた方は、これより世界の敵となります。
この世界のこの場所の、神にとっての。殲滅の対象として選ばれるでしょう。
執行は第七回定時放送の後。しばらくの間、お待ちください」
彼らが辿る、破滅の未来。
「待ってるよ。出来る限りの、準備をしてな」
阿良々木暦もまた、正面から受け止め、前へと歩み出す。
繋いだ手に引っ張られるようにして、その後ろを平沢憂もまた続く。
インデックスを通り過ぎ、端末の背後、未だ倒れたままのグラハム・エーカーに近づいていった。
頭上では重く垂れこめた灰色の雨雲。
そこから、ぱらぱらと、小雨が落ちてくる。
「……続けることにしたよ」
阿良々木は降り続ける雨の中で立ち止まり、蹲る男に告げた。
「勝つ方法も分からないけど。戦う術も知らないけど」
阿良々木暦は瓦礫の山の下に座り込んだままの男を見下ろしながら、訥々と自らの意思を伝える。
生き続けるという宣言。背後に立つ少女の手を、しっかりと握ったままで。
それにグラハム・エーカーは動かぬまま、呆然と生気のない目で少年を見上げ返したのみ。
「グラハムさんも一緒に、もう少しだけでいい。力を貸してくれないか?」
真っ直ぐな、二度目の助力を求める言葉には鈍く。
「……」
グラハムは、僅かに首を振るに、留まった。
「そうか」
彼の拒絶と再起不能の絶望を、阿良々木は受け止めて、噛み締めるように目を閉じる。
噛み殺す音を少しだけ、そのきつく結んだ口から絞り出した後に、もう一度。
「……わかった」
それは諦観を含む了承だった。
無理であると。何が、とは言うまでもない。
目前の男を立ち上がらせることは、出来ない。
少なくとも阿良々木一人の言葉で拭えるほど、彼の停止は緩くはないと理解したのだろう。
失われた存在は、阿良々木にとっても大きな者だった。
だがその価値は、彼の内側では阿良々木の想像を絶する規模を誇っていた。
もしもこの場所で、直ぐさま彼を立ち上がらせる者が存在するなら、それは失われた『彼女』に他ならず。
そして彼女はもう既に、この世界に存在しない。
故にこそ、不可能であるのだと、確信する。
だからこの場所には、もう留まる意味が無い。
385
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:05:33 ID:xJJZ4BNM
ここに再起の望めぬ男をおいて、再び背を向ける少年と、彼の後を進む少女。
行く先には、一機の端末(インデックス)が佇んでいる。
砂利を踏みしめながら進む二人。視線を合わせず、もう一度通り過ぎ行こうとして。
すれ違い際、白い少女の形をした端末はその引き結ばれた口を僅かに開いていた。
「なぜ、あなたは、そのままでいられるのですか?」
不意の質問。
それは果たして、かつて誰かに向けた問いでもあった。
役割を失い、途切れはじめた端末の思考に、その記録はまだ薄弱なものとして残っている。
だがもう一度、繰り返すように口にする。
「苦しみながら。痛みながら。
絶望を知って尚、何故あなたは、諦めることが出来ないのですか?
苦しみ続ける道を、痛み続ける道を、選び続けるのですか?」
そのやり取りにだけは、無感情な端末に抑揚が宿っている。
空白の言葉の最後に疑問符が現れる。
奇特な事実に、誰も気づきはしない。
端末自体、理解できていないのかも知れない。
それでも口にして。
「多分……」
そして足を止めた少年の答えは、かつての少女の出したものと、また違ったものだった。
「前提が違うんだ。苦しくなんか、ないから……いや『苦しくない』なんて言うと嘘だけどさ。
だけどこっちのほうが、僕にとってはきっと楽な道なんだよ」
少年は自嘲しながら、それでもハッキリと答えていく。
「諦めて留まって、それで後悔するよりもさ。
精一杯抵抗する方が、ずっと楽なんだ。
少なくとも隣に、僕以外にも、もう一人くらい、がんばってる奴が居るならさ」
つまり苦しむほうが、苦しまないよりもマシだと。
少年は言い切った。
後ろにいる少女の手を、握りながら。
平沢憂。
未だ己一人では何も出来ず、何かを成そうと行動することすらできぬ、少女。
ただ自分の足で立っている、それだけの。
生きようとのみしている。ちっぽけな少女の存在こそが、己にとっての救いだと。
立ち向かいうる理由になると。
それが一つでもここにある限り、戦い続ける事ができるのだと。少年は言った。
「つまり、苦しみが己一人の物ではないから、安楽、と?」
「違うよ。そういうことじゃない」
否定の言葉は淀みなく。
「ほんの少しでも、僕がここに居る意味があったから。
それに、救われるんだよ」
そう告げた少年に、端末また呟いた。
感情を無くし、再び無機質に切り替わる。
色のない声色を乗せ。
「理解、出来ません」
「……そうか」
「ですが」
言葉は続けられる。
紛れも無い、インデックスの口から。
「知っている概念。かもしれません」
「……そうか」
ゆっくりと、同じ言葉を呟いた阿良々木はやがて、ぐるりと周囲を見渡した。
彼らの周りには相変わらず崩落したビル群と、灰色の曇り空と、雨と、消えた火の残り香だけがある。
武器になりそうなものも、状況を打開する鍵も、見当たらなかった。
386
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:06:04 ID:xJJZ4BNM
「どうすればいいかな……これから……」
それはインデックスに聞いているのか、自問自答をしているのか。
「まぁ、お前に聞いてもしょうがないか」
「はい。私から、参加者の皆様にお伝えすることは、もうありません。
インデックスはほぼ全ての役割を終えたと判断しています」
「だろうな」
いずれ、無用な解説に、彼は最初から期待すらしていなかっただろう。
「ですが、これらの事を考慮するのであれば」
しかし何処に向けられていたにせよ、その問いに、端末は答えることができた。
「『彼ら』と、話されるのがよろしいかと」
「彼、ら?」
「はい」
端末はもう一度、振り返る。
阿良々木の背後、そしてインデックスの背後から歩み来る。
「――生存者、更に二名、確認」
雨の中、瓦礫の町を進んで来る、新たな変調に。
「照合、枢木スザク、及び、両儀式」
新たな二人。
白い和服を雨に濡らしながら、悠然と進む少女。
傘に隠れた表情は見えないが、力強い歩みで進む青年。
「以上、新たな二名に、生存の意思を確認できます」
これで、四人。
神に抗う意思が、此処に集っていた。
◆ ◆ ◆
387
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:07:26 ID:xJJZ4BNM
一人の青年と、一人の少女が、歩み来る。
瓦礫の道。阿良々木暦の目の前で、彼らは足を止めた。
「生きてたか」
現れた二人に向かって、阿良々木の発した第一声は簡単な事実確認。
もちろん言葉通りの確認ではない。
枢木スザク、両儀式、共に放送で名を呼ばれた者にあらず、生存していることは自明。
その質問は戦い続ける意思の持続を聞いている。
「…………」
スザク、式、共に応えない。
一方は愚問と断じるが如く、もう一方は答えるまでもないと言うように、流す。
「君は、どうする?」
そして打ち返されたスザクの言葉は端的であり、核心を突いていた。
戦う意思の確認は元より、戦うために何をするのか。
生きると決めて、その更に次の行動こそが重要だと言わんばかりに。
「もちろん……戦うけど……」
機先を制されるような格好になった阿良々木が、語調を弱めて応える。
それに、スザクの追求は速やかだ。
「どうやって?」
「方法は……それは……これから考えるけど……」
インデックスと相対した時とはまるで違う、濁すように歯切れの悪い応答。
明白だった。
阿良々木暦はまだ、戦うという意思だけしか、ない。
その先を有していない。
阿良々木の頼りなく、弱々しい声に、スザクは怒るでも呆れるでもなく何の感情も示さずに
「わかった」
とだけ答え、再び歩き始めた。
目の前の男のことなどもはやどうでもいいかのように、彼の脇を通り抜けて。
その態度に、阿良々木は一瞬だけ呆けた後。
「お、おいっ」
慌てたように振り返り、スザクを呼び止める。
焦りを帯びた反応は至極真っ当なものだ。
スザクの行動は、あまりにも簡素に過ぎる。
これからの方針、敵の正体、放送の内容、一切話題に挙げず、一人で進むと言っているに等しいのだから。
「お前はどうするんだよ!? あいつに……あのリボンズって奴に、どうやって戦うつもりで――」
「僕は僕のやるべき事をする」
阿良々木の隣で止められた足は、そう長く留まらないだろうことを予感させた。
スザクの態度は強固であり、同時に以前に増して冷徹に切り替わっていた。
これからの事を話し合うでもなく、協力関係を築くでもなく、ただ、自分だけの道を行くように。
「もう一度聞くが、君に何が出来る?」
嘲笑ではない、詰る為に発された声ではない。
何の思惑も策略もない問い。
この時、この状況で、果たして阿良々木暦に何が出来るのか。
神に抗う武器は無い。神に逆らう策は無い。彼に力はない。
何もないただの半吸血鬼の少年に、この先どのような配役があるのか。
388
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:08:28 ID:xJJZ4BNM
「…………」
己は何を為す者か。
その答えを、持たないからこそ。
阿良々木暦は今、彼を追う資格を持たない。
「早く、答えを出せって、ことかよ……」
理解して、少年は足を止めざるをえなかった。
騎士は再び歩を進める。
少年の傍に佇む少女へ向けて。
「――っ」
唐突に鋭い視線で射られた少女、平沢憂の肩が強張る。
今の今まで、いない者のように扱われていた事が、衝撃に拍車をかけたのか。
あるいは他の要因があるのだろうか。
憂の様子にも、スザクは表情を変えることはなく。
ただ、一言。
「君宛てだ」
これもまた簡素に。
騎士は必要なことだけを述べ、必要な物だけを手に持っている。
「……ぁ」
憂の視線は、スザクの差し出した物に釘付けになっていた。
ひとつは、阿良々木達が学校で荷物を分配した際にスザクの手に渡ったラジカセ。
そしてもうひとつ、ラベルに『to Ui』と記されたカセットテープ。
それが一体何を意味するのかを質するより前に、無言の圧力に押され、少女は手を伸ばす。
おずおずと憂がそれを受け取るのを確認して、今度こそ騎士は歩みだした。
砂利を踏みしめながら、小雨の中を去っていく。
ただ一人。
彼は孤独に、進んでいった。
「…………」
「…………」
「…………」
スザクの足音が遠ざかる中、誰も、一言も発しなかった。
雨が振り続ける。
一人は二人になって、二人は四人になって、四人から一人欠けて、三人になって、それでも変わらない。
依然景色は変わらず、瓦礫の町は静かなまま。
瓦礫の山の下に残った両儀式に、阿良々木は小さな声で話しかけた。
「お前はどうなんだ?」
最後に見た時と同じく、白く鮮やかな和服に身を包んだ両儀式の風貌に大きな変化はない。
先の連戦で消耗し、未だ外見上は無傷とはいえ、一方通行と長期間戦い続けた代償は決して軽くなかった筈だ。
その体内には膨大なダメージを抱えていることだろう。
彼女といえど細かな汚れを服装の至る所に受け、流石に疲れきった表情で、降りしきる小雨の中にあって。
それでもなお、両儀式は悠然として、神秘的な美貌を崩さない。
世界に守られているが如く、否、一種の世界感そのものを周囲に纏うがごとく、彼女は変わらず此処に立っていた。
「たぶん、おまえ達と一緒だろうな」
返答こそ阿良々木に向けられているものの、式の視線は彼を捉えていない。
ぐるりと周囲を見回す動作は、まるで何かを探しているようだった。
「オレも、オレのするべき事とか役割とか、知らないよ。ただ……」
一周した視線をようやく、阿良々木に向けて。
「――やりたいことは知ってる」
言い切った彼女もまた、歩みを再開する。
スザクとは別種の、しかし確固たる目的を持って。
「じゃあ何を、するつもりで……」
「そうだな、まずは雨宿りだろ。おまえこそ、いつまでここで濡れてるつもりだ?」
言葉を無くした阿良々木から視線を外し。
両儀式は、廃墟と化したショッピングセンター立体駐車場へと進み始めた。
「……」
「……」
残されるのは一人の少年と、一人の少女。
共に言葉なく。行動もなく。
暫く停止していた。
389
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:09:23 ID:xJJZ4BNM
やがて立ち込める冷気に震えた少女の手がぴくりと動いたのを、きっかけにしたのか。
少年の足も、重く動く。
「――――」
背中を打つ端末の視線を、少年は振り返らず。
少女の手を引いて、何処かへと行こうとする。
行き先無く、目的も瞭然とせず。
「それでも止まってる時間は無いんだ。僕も動くよ。せめてこの雨が、止む前に――」
己のやるべき事を見つけてみせる。
そう、己の中のルールを決め。
阿良々木暦はまた歩き出す。
平沢憂も、手を引かれるまま彼の後を歩む。
未だ埋まっているかもしれない武器を探すのだろうか。
あるいは無人販売機を見つけ、そこに希望を見出そうとするのか。
いずれも、来る戦いにおいて意味のある行為にはなり得ないだろう。
観測を続ける端末は、そんな彼らをただただ見続けている。
そうして、
「コロニーの汚染度は予想よりも重度だったようですね。
GN粒子の会場への過剰流失が原因と見られます。
降水量の増加が見込まれますので、ご注意ください」
ぼそりと付け加えられた解説は、既に誰の耳にも届かない。
ただ、雨が、少し強くなった。
小雨に変わっていた雨脚が、再び勢いを増していく。
それでも、進んでいく。
生きることを選んだ者たちが。
続けるために、終わりに向かって。
歩んでいく。
終わりを約束された世界の中で、4つ。
虚しく、生きる意志を失えない少年と。
か細く、生きる意思を取り戻す少女と。
愚直に、生きる契約を遂行する青年と。
伽藍に、生きる約束を夢見る殺人鬼と。
4つがここに、残っている、それだけ。
シナリオの変調。
続けられた抵抗。
そしてそれは、それだけのことだ。
本質的なことは何も、まだ何も、変わってはいない。
生きる思いを手に、けれど彼らには、戦う術がなにもない。
神に敵う武器はなく、向かう果ては依然として断崖。
非力で、空虚で、それでもあり続け。
四時間後の死を待つでなく、四時間後の死に『向かい行く』彼らを、インデックスは見つめ続けていた。
からから、と。空回るように。
生きる思いすら、無く。
故に脆弱な彼ら以上に、空虚な存在として、彼らの生を見つめ続けていた。
雨に濡れながら、端末もまた、濡れ続けながら。
雨はまだやんでいない。
誰の身にも平等に、今も降り続いている。
雨はまだ、止んでいない。
390
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:10:18 ID:xJJZ4BNM
◆ ◆ ◆
/あめふり − Others −
◆ ◆ ◆
391
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:11:01 ID:xJJZ4BNM
− 枢木スザク −
ざあざあと。
落下してくる透明の飛沫に余分な混じりはない。
砂粒や油の含まない純粋な水。
飲み込んだとしても一切人体に害を及ぼさない清らかさは、この雨粒が人工物であることの証明だった。
気温は低い。
落ち着いていた雨脚が強くなった現在ではなおのこと、良い環境とは言いがたく。
それでも、動かなければならない者がいる。
このとき枢木スザクは行動しなければならなかった。
ショッピングセンターの惨状を確認した後、彼は愛機の元へと戻っていた。
ランスロットの周りを一周。
機体の状況を確認し、スザクは足を止める。
あくまでも目視で分かる範囲でではあるが、関節部や駆動に直接影響する部分への損傷はない。
装甲の損傷が大きく耐久性には期待できないが、エナジーフィラーの補給さえできれば動かすことは可能だろう。
そう考えつつも、スザクは自分の判断に自信を持ってはいなかった。
スザクは技術者ではない。KMFについて専門的に学んだこともない。
さすがに修理やメンテナンスに関する最低限の知識は有しているが、それだけだ。
だからこそ、本当に動くのかどうか、一刻も早く確かめる必要がある。
エナジーフィラーの入手はスザクにとって急務といえた。
では、どうやって手に入れるのか?
思いついたのは、自動販売機。
ペリカはある。
ルルーシュが遺したメッセージに従って廃ビルを探せば、ペリカの入ったデイパックをみつけることができた。
機体の整備を行うのに最低限必要と思われる工具を揃えても、二億近いペリカが手元に残っている。
廃ビルの販売機にはなかったが、この島にあるすべての販売機を当たれば
ひとつくらいはエナジーフィラーを売っている販売機があるかもしれない。
希望的観測だという自覚はある。
だが、他に当てがない以上はやってみるしかない。
ショッピングセンターの販売機は瓦礫に埋まって使えない。
となると、ここからいちばん近いのは……
そこまで考えたところで、スザクの思考が止まった。
原因は、痛み。
警戒は怠っていなかった。
それでも避けられなかった、気づくことさえできなかった存在に与えられた衝撃。
後に訪れた痛みは、鮮烈にして強烈。
じくりとした熱が左足首から全身に伝わっていく。
幾度となく味わってなお慣れることのない、けれどとても馴染みのあるそれは
「……アーサー、君は……」
足元へと視線を落とせば、足首に噛みついている黒猫の姿が見える。
他にも、三毛猫と、アーサーとは別の黒い子猫。
学校を出る際、比較的安全だろうと半ば強引に阿良々木暦に預けたはずの猫が三匹、
いつの間にかスザクの足元に集まっていた。
「アー、サー、はなしてくれ、お願いだから」
やっとの思いで喰いついた歯を自分の足首から引き剥がす。
マンションのクローゼットにあった服に着替えた際、新調した靴下は雨にぬれてもいないのに湿っている。
構わずアーサーを抱きかかえて立ち上がろうとしたところで、彼はスザクの腕の中からするりと抜けだしてしまった。
「アーサー待って」
アーサーを追おうと、スザクは慌てて立ち上がり振り返った。
それは考えなんて何もない、反射的に為された行動。
結果、スザクの瞳は、それまで不自然なまでに視界に入れようとしなかった、壊れたモノに捕らわれる。
「……………」
視線の先にあるのは、サザーランドだった物―――ルルーシュの棺。
スザクはそれを、ただ、見つめる。
「………何をやってるんだろうな、僕は」
自嘲を含んだ声と、唐突に鳴り出した電子音が重なった。
電子音の意味を瞬時に理解したスザクは、ハッチが開いたままのコクピットを覗き込む。
思ったとおり、通信を知らせる光が点滅していた。
通信機を持っていた、あるいは今持っている可能性のある人間は限られる。
そのうちの誰であれ、応じなければならない必要性は感じられない。
だが、スザクは迷っていた。
応じるか、応じないか。
出たいか、出たくないか。
必要性はないと、答えは出ているはずなのに。
電子音は鳴り続け、光は点滅を続けている。
◆ ◆ ◆
392
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:11:49 ID:xJJZ4BNM
− 両儀式 −
ぴちゃりぴちゃり、と。
遠く、鳴る音が聞こえる。
何処かで雨漏りでも起こっているのだろうか。
室内にいても聞こえ続ける水の音に、少しばかり気分が悪くなる。
薄暗い部屋、湿った匂いが充満していた。
倒壊したショッピングセンターの付近に比較的損壊の少ないアパートを見つけ、
一階の部屋に入って腰を落ちつけたのはいいが。気分は落ち着いた状況から程遠かった。
ここ一帯の電線が断ち切られた影響だろう、このアパートの電気は死んでいるようだ。
とはいえ水道はなんとか生きていたし、幸い替えの着物は持ち歩いていた。
おかげで雨に濡れた体を流すことも、土のついた服から新品の服に着替えることもできた。
流石に替えのジャンパーまでは持っていなかったけど、それはこの家の居間にかけられていた物を拝借した。
私の趣味とは少し違うけど、まあ我慢出来ないこともない。
コレがないと、気分的な意味でも、また気温の下降っぷりを鑑みても、しっくりこない。
雨漏りの音は何処から聞こえるのか。
この部屋でないことは確実だけど。探す気にもならない。
外から見てもアパート自体の支柱が大きく傾いていて、そのくらいは当然に思えたし、水道管から水漏れしてないだけマシだ。
そも、立て付けが歪んで開かないドア。あれを切り裂いて半ば押し入るように侵入し、着替えた後、ベッドに腰掛けた。
ただそれだけのことで、驚くほどの疲れに襲われている。
対応できるかどうか分からない雨漏りの場所を探す余力なんて、残っていない。
壁に背をつけて座った姿勢にもやがて耐えられなくなり。
私はゆっくりとベッドの上で身を横たえた。
すぐに睡魔が襲ってくる。
黒々とした何かが意識を飲み込んでいく。
私は抵抗せず、飲まれていく。
意識が掻き消える寸前。
よくわからない景色が、いくつも見えた。
それは、死だった。
最初に、首を吹き飛ばされた金髪の少女の、死。
次に、私が知らなかった、あいつの、死。
浅上藤乃の、死。
衛宮士郎の、死。
やはり見覚えのない、デュオの、死。
背中で絶えた、白井黒子の、死。
そして最後に、天江衣の、死。
―――どれも、死だ。
知っている死もあるし、知らない死もある。
けれどそれが死であるならば、私は誰よりも知っている概念、そのはずだ。
克明に見慣れている、ただの『死』だ。
なのにどれも、どれも、今ならば、今までと全く違うものに感じていた。
やりたいことは知っている。
漠然とだけど、わかっている。
ただ私の中に残ってるユメを、見続けていたいと。
そのためにしなければいけないことも、理解した。
そう、分かってる。今は眠っても構わない。眠ってしまうべきだ。
指先が冷たくなっていく。
だから、余計な考えを捨ておいて。
眠りにつく寸前に思ったことは、一つだけ。
―――ああ、それにしても、この世界の『死』は、やけに重い。
◆ ◆ ◆
393
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:12:29 ID:xJJZ4BNM
− 阿良々木暦 −
ぽたぽたと。
髪の先から雫が落ちる。
まったくもって足が重い。
靴底に鉛でもひっついてるみたいだ。
ガムテープでぐるぐる巻きにしてなんとかひっつけた手首の痛みより、足の怠さの方が気にかかる。
確かに今は、心のもやもやはなくなった。
わだかまっていたことは、平沢のヨーヨーにぜんぶ削ぎ落とされたみたいだ。
僕に残っているのは、降り止まない雨の冷たさと。
だからといって何も出来ないという、不甲斐なさだけ。
枯れ果てた町を歩き始めて、まだそんなに時間はたっていない。
歩き回ってはいるけれど、グラハムさんが座り込んでいた場所からそう離れてもいない。
ショッピングセンター駐車場(跡地)前。
自販機や換金機が置かれていたはずの場所に、僕は平沢と共にやってきていた。
目的はもちろん。使えるような装備品を探して、ということなのだけど。
これが見事に瓦礫の下に消えている。
もちろん換金機も、何処を見渡してもない。
あるのはコンクリートの塊と土埃、そして泥の水たまりだけ、といったところだ。
グラハムさんや枢木の乗っていたロボットがあれば、まだ瓦礫の下を探索する余裕があるかもしれないけれど。
僕(と平沢)だけじゃあ、人手不足以前の問題だろう。
一面、崩落の残滓と、戦の傷跡。
それが僕らが戦ったこの場所の、変わらぬ景色。
さっそくの無駄足、しかも、だ。
「……嫌がらせのつもりだろうか?」
ここにきて雨が強まっていく。
さっきまでは、傘も要らないくらいまで弱まっていたのに。
あまりにも今の僕等の状況にマッチしていたから、突っ込むのも忘れていたけれど。
後でインデックスには、この現象についてもう少し詳しく聞いておこう。
まあ、なにはともあれ、とにかく。
「これでまた、やることが無くなったわけだけど」
ペリカ無し。
武器無し。
力無し。
そして目的も無しとくれば、困ったもんだ。
次の放送の後、ここに現れるという、主催者。
リボンズ・アルマーク。神を名乗るもの。僕らにとってはすべての元凶。
だけど僕には、戦う方法なんて、無い。
あの威圧感。
あの存在感。
あの絶対感。
不足無く、神を名乗るに相応しいだろう。
少なくともこの場所において、誰も敵わぬものをそう呼ぶならば。
で、僕も、おそらく他の誰もが感じたはずだけど。
――あれには勝てない。
何があろうと。何であろうと。
抗うものが、抗うべき僕等である限り。
僕らはあれに連れてこられ、戦わされる贄。
前提そのものが、既に優劣を決定づけているから。
僕等が僕等である限り、あいつには、絶対に勝てないって分かってる。
だけど、それでも、続けるって決めた。
目の前の戦いが避けれられないならば、それをやろうって。
ハッピーエンドはもう望めない。
だけど、それでもいい。
生きたい。生きて、何かを変えたい。
哀しい結末だけは、変えられないとしても。
何かを、変えたい。
もっとも奇跡なんて高尚なもの、いまさら期待するお花も、流石に僕の頭のなかにすら咲いてない。
放送の声はああ言っていたけれど。
これには僕の、僕なりの持論もある。
394
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:12:57 ID:xJJZ4BNM
だけど実際、何を変えれば僕は満足するんだろう。
問題とはつまり、これ。
僕は何をするのかということだった。
戦える人物は、まず僕自身と、同じようにまだ生きたいと願っている平沢と。
そして新たに、式と、枢木。
蓋を開けてみれば、思ったより頑張ってる奴はたくさんいたわけで。
これは僕としては予想外というか、なんというか。
心折れてしまった人達の立ち上がる、手伝いが出来ればとか、実はちょっぴり思ってた。
あるいはバラバラになってしまった僕等を、纏めることが出来ればとか、思ってはいた。
人は人を救えない。身にしみて知った事実。そして僕はもう、これを曲げることはないだろう。
僕に出来ることはちっぽけで、ほとんど何の足しにならないだろうけど。
それでも、ちっぽけなことが僕の抵抗になるなら、なんて、僕にしては珍しい、カッコつけた主人公っぽいノリを……。
「ま、柄じゃないことは出来ないよなぁ……」
結局のところ、やっぱり僕にはそういう役は無理だったわけだ。
枢木はとっくに決めてた。
やるべきこと。
式だって知ってた。
やりたいこと。
僕なんかよりずっと、あの二人は具体的に。
僕が小さいことで悩んで、うじうじやって。やっと吹っ切れた時、あいつらはとうに腹を括ってた。
自信なくなるというよりも、自分の小ささを再確認させられる。
あいつらには、僕の力ない手助けなんて要らないみたいだった。
だからこそ困った。
これじゃあせっかく再出発したのに、さっそく何もすることがないじゃないか。
どうしたものか。まったくこれだから僕って奴は……。
無力感が体の力を奪う。
止めてしまえと囁きかけ、眠ってしまえと足を止める。
だから僕は、そんな僕自身を痛めつけたくなる。
『雨が止む前に』
それは僕がさっき即興で決めたルールだったはずだ。
いつかこの雨は止むと、インデックスは言っていた。
雨が止むまでゆっくり休んで、からじゃ遅い。
敵は強大で、待ってくれない。
つまり僕は、それより早く結果を出したい。
なのに、現実はこれだ。
焦りばかりが膨らんでいく。
いっそ素手でこの瓦礫の絨毯を掘り返して見ようかとさえ、回らない頭は考えてるぐらいだ。
なにか欲しい。なにか、能力でも、武器でも、情報でも、なんでもいいから。
時間なんて、きっとあっという間に無くなってしまうのに。
「雨が……止む前に……」
動かなきゃ、ならないから。
焦れる思いに突き動かされるままに。
僕はまた、前に進もうと。
「……?」
だけどその時、凍えてかじかんだ手に、感触があった。
僕の背後にいる女の子の手、平沢の手だった。
僕と同じように体温が低下して、だからこそもう曖昧になっていた感覚に、ぎゅっと握る熱が伝わる。
一瞬、頭が空白になっていた。
……ああ、まったく。
未だに、自虐ネタには困らないみたいだ。
395
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:13:24 ID:xJJZ4BNM
「ごめんな。無駄足に付きあわせた」
今の状況がわかれば、驚くほど頭が冷えていく。
ガチガチになった体と同じか、それ以上に冷えていく。
僕はこの雨の中、いつまで女の子を歩かせているつもりなのだろう。
傘もささずに。馬鹿じゃないのか。
こんな状況を羽川に見られたら、きっと叱られるだろうな。
「……もどろうか?」
それは、一番言いたくないセリフだった。
一番したくない行為だった。
何の成果も上げられずに、式や枢木にもう一度会っても、きっと何も変わらないと思っていたから。
最低限、僕に出来る事を見つけないと、あいつらと肩を並べたり、ましてや、力を合わせて戦おうだなんて、言えない。
だけど強まる雨と低まる体温に、震える平沢をこれ以上引っ張りまわすことは出来なかった。
「…………」
小さく、頷いた平沢を見て。
僕は瓦礫の絨毯に背を向ける。
ここからグラハムさんが居たところまで、五百メートルもない。
式か枢木の痕跡を、残っているならば追って、合流する。
気は進まないけれど。やってみるしかないだろう。
「寒いなぁ」
強まる雨。
震える平沢の手に、熱を感じ。
ようやく僕は、自分の体がどれだけ冷えていたかを知った。
うん、いやまったくもって。まるで成長していない。
「あー。やっぱり、どうしようもないな。僕は」
笑い出しそうな気分で呟くと。
また、ぎゅっと、平沢の手の感触が、強まった。
意味するところは分からない。
だけどそれは、存外悪くないもので。
一人じゃなくて良かったって、僕は素直に思えたんだ。
396
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:14:05 ID:xJJZ4BNM
……。
………。
…………。
で、さて、結論から言うと。
式の居場所はすぐに見つかった。
足跡とかは雨で消えてたから、けっこう苦労するかなーと思っていたんだけども。
幸い、そう時間がかかる事無く彼女のいるアパートを特定できた。
彼女は雨宿りと言っていたから。
おそらくショッピングセンター跡地の近く、極わずかに残った建造物のどこか、という時点で結構絞り込めていた。
そのうえ、玄関のドアがスパァーンと自然にはあり得ないくらい綺麗な切り口で割られていたら、そりゃ余裕で特定と言ったところだろう。
「ひどい有様だな。臭いもキツイ」
式には再会して早々、やんわり(?)と風呂に入ってこいと言われた。
放送前の戦いであれだけボロボロになって、雨に打たれたりとしたのだから当然だろう。
アパートの電気は死んでいるようだったけど、幸運なことに水道は生きているらしい。
玄関口で突っ立っていた平沢を風呂場の方に行かせて、僕は式が不快にならない程度の距離をとって待機するとする。
レディーファーストだ。
正直、今までの状態からして、風呂場まで一人で行けないと言い出さないか不安だったけど。
そんな事は無かったらしい。安心したような、残念なような。
なんて冗談も、ここに至っては寒さを引き立たせるだけだけど。
じきにシャワーの音が聞こえ始め。
僕はふと思い立つ。
この雨の中で、枢木は何をしているのだろう。
もうそんなに雨宿り出来る場所なんて多くはないはずだ。
一面の建造物はほぼ倒壊していて、無事なものは数少ない。
建物の体を成していても、いつ崩れるか分からないものばかりだ。
「ふむ……」
呼んでやるか。
なんて、気分になってくる。
何か方法があれば、だけど。
平沢の持っていた通信機とか。
妙な気持ちの変化だった。
さっきまでは、結果を出さないと会っても仕方ない、なんて思っていたのに。
考えてしまったからには行動したくなってたりする。
まあいいか。
僕がフラグを無視するのは今に始まったことでもないし。
なんて考えて。
僕は枢木と連絡を取る手段を考え始めていた。
397
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:16:35 ID:xJJZ4BNM
◆ ◆ ◆
/あめふり − One more −
◆ ◆ ◆
398
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:17:18 ID:xJJZ4BNM
− 平沢憂 −
ぱたぱたと。
シャワーヘッドから流れ落ちる水が私の髪を濡らしていく。
冷たい。
水道自体は大丈夫でも、ガスの方はダメになってるみたいだった。
お湯の出ないお風呂では、体は温まらない。
だけど頭を冷やすことは出来そうだった。
もう、十分に冷えていたけれど。
それでも、もう少し、冷やしてみたくもあったから。
「…………っ」
纏まらない。
頭の中は、やっぱり、纏まらないから。
「……っ……くっ……ぅ……ぁ」
辛い。
苦しい。
重い。重い。重い。体が重くて重くて堪らない。
胸の中は今も、鉛が敷き詰められたような圧迫感が居座っている。
全身を襲う重量と吐き気に悲鳴を上げそうになる。
お風呂場の壁のタイルに手を付いて体重を支えても、少しも楽にはならない。
このままタイルの中に埋まってしまいなんて思えるほど、ただただ全身が重く感じた。
それは幻想じゃなく現実の感覚で、かつ精神的な重さ。
あの時、胸いっぱいに、ぎゅうぎゅうに入ってきたモノが、私を責め立てる。
ずっと目を逸らしていたものが、見たくなかったものが、常に視界を埋め尽くして、体の内側で膨れ上がって。
積み立てられた負債を取り立てるように、私を押し潰していく。
ずしりと、内側に溢れる重みが、全身を壊していく。
嫌だといっても、許してと叫んでも、それは聞いてくれない。
絶対に、許してくれない。容赦なんて、しない。
なぜならそれは、誰でもない、私自身だから。
これまでずっと蔑ろにしてきた、私自身の感情。
私が抱えずに神様に押し付けていた、私自身の重みだから。
もう誰も、肩代わりなんてしてくれない。
重い。思い。想い。私の重石。
きっとこれを感じたら、生きていけないと思ったから。
死んでしまうと思ったから、怖くて怖くて、何にでも縋りたかったから。
だから捨てた私の思いはこの胸に、帰還した。
そうして回帰した重圧は思った通り、死んでしまいたくなるほど、重くて。
生きていけないほど、辛くて。
なのにまだ、私は生きている。
平沢憂は生きている。
私の好きな人達が、もう誰もいなくなってしまった、この場所で。
「……ぁ……ぅぅ……っ」
縋るものなんて、残されてない。
そんな逃げ道は断たれてしまった。
『あの人』は消えてしまった。もういない。
『あの人』の代わりにしようとした『彼』も、消えてしまった。もう、いない。
大切な全ては、私の好きだった全ては、ぜんぶぜんぶ消えてしまって。もう私しか、いない。
そんな世界の中で。
失った人たちの重さと、犯した罪の重さと、帰還した思いだけが、胸の内側を圧迫する。
「……………重い……よ」
ずるずると、寄りかかった壁を伝って、体が沈む。
降り注ぐ冷たい水を浴びながら。
どこまでも、どこまでも、沈んでいきたかった。
399
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:18:34 ID:xJJZ4BNM
重い、重い、耐えられないほど全身が重い。
これが罰。
これが思いの重さ。
今は一人では抱えられない程の、それでも私しか持つことの出来ない、重み。
痛みにすら変換できないそれは逃げ場のない、地獄に感じた。
「……ぉ……ねぇ……――っ」
助けを求めるように、あの人を呼ぼうとして。
その瞬間、突き刺さすような胸の痛みに蹲る。
涙で視界が滲んで、だから、あの人の代わりになってくれた彼の名を呼ぼうとして。
「ル……」
それも許せず、全身を襲う寒気に震え上がる。
どちらも、もう居ないのだという事実が私の全身を締め付けて。
体中の骨が砕けてしまうような圧迫感に、ただ胸元を押さえることしか出来なかった。
「いやだ……いやだ……よ……」
拒絶なんて無駄なこと。
言葉は何処にも届かない。
私の、平沢憂の思いは、重いは、他の誰も持ってはくれない。
『自分で背負っていくしかない』
それは、ここまで私を引っ張ってきた人の、言葉。
『お前を救うことは出来ない』
私を救うと言った『彼』とは、別の言葉を告げた人。
『自分で勝手に助かるしかないんだ』
きっと、正しい言葉。
分かっていた。もう、逃げ場はない、縋る人も居ない。
そんな私に、真実を突きつけた。
厳しく、残酷に、別の答えをくれた人。
「阿良々木……さん」
ああ、良かった。
今の私の体も、彼の名を呼ぶことは、許してくれたみたいだから。
分かっている。
阿良々木さんは私を、救ってくれない。
助けてなんて、くれない。彼自身が言っていたことだ。
それでも、阿良々木さんは、言ってくれた。
私の、手を――
「………っ!」
なにかに甘えそうになる自分を、自分自身が勝手に自傷する。
絶対に許しはしないと、糾弾する。
重い、重い、重い。
軋みを上げる全身を僅かに持ち上げ、震える手を伸ばして、シャワーを止めた。
そろそろ上がらなきゃいけない。
でなきゃ、あの人がいつまでたっても入れない。
いまも思考は纏まらなくて、ああだけど、冷たい壁に頭をつけていたら。
少しは体の重さが弱まったような、錯覚を感じられた。
400
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:21:51 ID:xJJZ4BNM
浴場の扉を押し開けて、よろよろと脱衣所に出る。
緩慢な動きで掛けられていたタオルを掴みとり、頭の上に持っていく行為が酷く億劫に思えた。
馴染まない体重での着替えは難しいけど、一人でやらなきゃいけないこと。
一人じゃ何も出来ないような、今の私でも。
だけど今まで何もかも簡単に出来ていたのかと考えると、疑わしくて。
緩慢に、体を拭きながら、思う。
そう、私は今まできっと、一人じゃ何も出来なかったのかもしれない。
こんなに無力になった今なら、そう思う。
いつかの日々。
一人じゃ何も出来ないように見えた、あの人。
一人で何でも出来るようになった、私。
だけど、本当は逆だったのかもしれない。
私はあの人が居たからこそ、あの人の為に、なんだって出来るようになろうと思ったから。
何だってしてあげたいと、思ったから。
だから私は、本当にその気になれば何だって出来るあの人の代わりに、頑張ることが出来たから。
「――――」
不意に差し込まれた回想が胸を突き刺して。
耐えられなくて、また蹲ってしまう前に思考を停め、洗濯機の上のディパックを開いた。
替えの下着はある、ホバーベースにいた時から念のためにと、持ち歩いていた。
用意周到な自分の習性を今更のように自覚して、どうしてか苦笑がこぼれる。
それもまた、あの人との生活の中で構成された私だから、だろうか。
下着を着け終われば、次はその上に着る服、だけど。
何を着たいという思考も、今の私は持っていなかった。
だけどこの鞄は便利な物だった。
四次元ポケットのようになっていて、入っているならば、私が望んだものを出してくれる。
つまり、いま私が着たいと無意識に思っている服を、手に取ることができる。
さんざん心を誤魔化すのを止めさせられて今更、服装に拘りなんて無いはずだけれど。
私の無意識が選んだ服は――
「そっか」
……少し、驚いた。
拍子抜けるようで、意外なようで、その実は意外でも何でもない当然のようなそれを。
私は少しだけ、驚いて見ていた。
白いシャツ。黒いスカート。黒い上着。そして、胸元に付ける赤いリボン。
とても、とても良く見慣れたそれが、なぜだか酷く懐かしく思えて。
「そっか、私はまだ、これを着たいと思ってるんだ」
そんなことを、無意識に口に出していた。
服を着て、居間に戻ると、先程までより部屋が暖かく感じた。
開きっぱなしだった玄関が家電の山で塞がれている。
これが吹き込む風を防いでいるのだろう。
「……ぁ」
部屋の温度が上がったのは、他にも理由があった。
お風呂に入っている間に、ひとり、人が増えていた。
居間の中央に置かれた机に荷物を広げ、なにか黙々と作業を行なっている男の人。
一緒に戦った時と服装は変わっているけれど、知っている。茶色の髪に、鋭い眼光。
枢木スザクと呼ばれていた男の人。
『彼』が命をかけて、守り通した人だ。
両儀さんは、ベッドの上から動いていない。
ただ、ここにやってきた私を寝返りついでに蒼い眼でチラリと見た。
少し前までの私は、あの目が逃げ出したくなるくらい怖かった。
心の底を見通されているような気がしたから。
もし今、彼女の瞳を正面から見たら、私は……。
401
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:23:44 ID:xJJZ4BNM
「戻ったのか。ひらさ――」
そのとき、狭い部屋のなか、家電の山から何かを掘り返していた阿良々木さんが、振り返った。
でも、かけられた声は途中で止まってしまう。
どうしたのだろう、と。少し不安な気持ちになるけれど。
でも、すぐにわかった。
阿良々木さんの目線は、私の全身を、正確には身にまとった服装を、凝視していたから。
「こほん。なんだ、それ、また着たのか」
咳払いの後。
続けられた声に、こくりと頷き返す。
白いシャツ。黒いスカート。黒い上着。そして、胸元に付ける赤いリボン。
桜が丘女子高校の制服。
もう一度、私は、母校の制服に袖を通してみた。
髪も後ろで纏めて、ここに来た時の私の姿に戻って。
もちろん、だからって全てが元通りになるわけもない。
何も変わりはしない。
胸の重みは軽くなるどころか、より強くなってきている。
これを選んだことに、ちょっぴり後悔すら、感じたけれど。
『これが私の戦いだから』
そう告げた人はずっとこの重みを背負って、私の前に立っていたんだ。
私が抱えきれずに逃げ出した重さを、澪さんはずっと、胸に抱き続けていたんだ。
失われた何もかもを、痛くても苦しくても、投げ出さずに、ずっとずっと。
それはどれほど辛くて、切ない道のりだったんだろう。
少なくとも、私にはできなかった。
……凄いなぁ。
澪さんはやっぱり、凄い人だったんだ。
そう、いまさらのように、心から思う。
「じゃあ、僕も風呂に入ってくるよ」
浴場に歩いて行く阿良々木さんと入れ替わり。
私は居間の端っこ。窓際に腰を下ろす。
窓からはベランダと、その向こうにあるボロボロになった町並みと、まだ降りしきる雨が見えた。
両儀さんも、枢木さんも、何も言わない。
私も、何も言わないし、言えなかった。
壁に背を付け、冷たいフローリングの床に座る。
すると体の重さがどっと押し寄せてきた。
日常の中で、よくこの体重を支えて生きてこれたものだと、不思議な気分になる。
だけど昔にも、体が重くなるような日はあったかもしれない。
懐かしく、明るく、今は切ない陽だまりの中にも。
雨の日くらい当然あった。心を重くするような雨の日だって、あったはず。
じとじとと降る。梅雨の日。そんな時は、どうしていたっけ。
思い出す。
聞こえ続ける雨音に。
自然と、思い返していた。
今も耳に残る、少し乾いたギターの音。
座り込んだまま、降りしきる雨を見つめ。
どこかでコトコトとバケツに落ちる、雨漏りの音を聞きながら。
過去を振り返る度に軋みを上げる、胸の重みを感じながら。
私は、ぼんやりと、いつかの雨の日を思い出していた。
◆ ◆ ◆
402
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:31:56 ID:xJJZ4BNM
崩壊した町。
とあるアパートの一室。
ここに、四人の生存者が存在する。
部屋の中で聞こえる音は、雨の雫が落下する鈍いものだけ。
それ以外の響きはない。
声はない。誰も、語ることは無かった。
沈黙した部屋の中には四人分の息遣いがある。
集うのはここまで生き残った四人だ。
身体的生存、のみではない。
心まで、神に抗い続けるという意思まで生き残った四人だった。
それでも彼らの間に会話はなかった。
何一つ、分け合わない。
ここに生き残った者同士、なのに言葉はない。
心を一つにしようとも、互いに鼓舞しようとも、誰もしない。
狭いリビングの中、四人はただ体を休めている。
両儀式はベッドの上で転がったまま、瞳を閉じて沈思する。
枢木スザクはテーブルに地図とヘッドセットを並べて、何かの経路を模索している。
阿良々木暦は荷物をかき分ける手を止め、天井を眺めている。
平沢憂は窓際に佇んだまま、降り止まぬ雨を見つめている。
誰も、何も、語らない。
お互いに、別に嫌いであったり、気に入らない相手というわけではない。
だが彼ら彼女らの道程は、これまであまりに乖離していた。
そして、それぞれの抱えるものを尊べばこそ、誰も、何も、語ることなど出来ない。
それぞれの領域に、無粋に踏み込めるものはいない。
かつては居たかもしれないが、死んでしまった。
それぞれを繋いで、一つにまとめられる存在もいない。
かつては居たかもしれないが、死んでしまった。
雨宿りする四人。たったの四人。別々の四人。
会話なく、対話なく、静かに、彼らは留まり続けた。
最低限の言葉すら尽き。
だから黙し、ただ雨が止むのを待っていた。
ずっとずっと、いつまでも。
誰もが無力感に浸っていた。
そんな数分間。ただ過ぎていくだけの時間。
ざあざあと、ぱらぱらと、しとしとと。
振り続ける雨音の中で。
ふと――
「あめあめ ふれふれ かあさんが」
雨以外の音が、聞こえた。
「じゃのめで おむかえ うれしいな」
僅かに聞こえる。
この空間で久方ぶりに発せられた声。
「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」
それは、歌だった。
403
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:36:09 ID:xJJZ4BNM
雨音にかき消されそうなくらい、小さな歌声。
けれど確かに聞こえる。
一人の少女の声が奏でる。
それはだれでも知るような、ありふれた童謡だった。
「あめあめ ふれふれ かあさんが」
窓辺で雨空を見上げる少女の、平沢憂の唇が、僅かに動き。
その喉が僅かに震え。
「じゃのめで おむかえ うれしいな」
狭い部屋の中。
声は、歌は、確かに響いていた。
「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」
あめふり。
少女の記憶。
いつか日常の中にあった、特別な誰かとの日々、思い出。
少女の、平沢憂のよく知る誰かが、奏でた歌。
一番大好きで、一番大切だった誰かの、それは魔法だった。
なんでもない日々を、なんでもない事のように特別に、宝石のように綺麗に輝かせた、いつかの魔法。
いつか大好きな誰かが得意だった、とても簡単で、誰にだって使える。
だけど誰も思いつかないような、そういう普遍的な、なんでもない幸せの欠片を。
ふと、口に出して。それは懐かしく、少女には止めることが出来なかった。
「あめあめ ふれふれ かあさんが」
狭い部屋の中に響く歌声。
その部分しか知らないのか。
あるいはかつての記憶のままに奏でたいのか、歌詞は幾度もループする。
「じゃのめで おむかえ うれしいな」
けれど誰も、止めようとはしなかった。
両儀式は一度ベッドの上で寝返りをうち、ちらりと憂を見るにとどまり。
枢木スザクは地図上に走らせていたペンを一瞬だけ停めて、またすぐに手を動かし始めた。
二人共、黙したまま、少女の歌を聴いていた。
「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」
そうして暫く。
響き続けた歌声は少しづつ、小さくなり。
404
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:38:55 ID:xJJZ4BNM
「……阿良々木さん」
久方ぶりに、会話の声が上がった。
歌を止めた少女の口から、傍らの少年に向かって。
このとき初めて、思いを取り戻した少女は自ら、己を救わないと言った少年に声をかけた。
「私は……もう少しだけ、このままでも、良いと思います」
言葉の数は決して多くない。
それでも、それは、少女自身の重みのこもった言葉だった。
少女の思いが、重さを取り戻した思いが、いま、音という形で伝わっていく。
「あと少しくらい、このままで」
今はまだ、雨が降っている。
だけど、これでいいと。
今はまだ、このままでいい。もう少しこのまま、降っていてもいい。
それが言い訳になるなら、それでもいい。
「あなたも」
ここまで自分の力で歩いてきたのだから、きっと少しは休んでもいい。
足を休めて、雨宿りしたって誰も責めないから、と。
歩き続けた阿良々木暦に向かって。留まることの出来ない少年に向かって。
あなたの抱えるものだって、ここに置いても構わないはずと、伝えた。
まだ何も見えない、分からない、掴めない、だけど。
せめてこの雨が、もう少し弱まるまでは、このままで。
降り止んでまた太陽が見えたとき、もういちど歩き出すためなら。
足をとめても、いいと思う。
それが今の、平沢憂の心にある、確かな感情だと。
「――そうか」
返される言葉に力は無く。
けれど、力が抜けたことによる、安堵もあった。
「じゃあ……少しだけ、な」
少年は口を閉じ、目を閉じ、床に身を横たえる。
そうしてじきに、会話は途絶えてしまうのだろう。
だが、その無言の意味は、きっと今までとは違ったものだ。
「あと、さ」
「はい」
「嫌じゃないなら。もう少し、歌、きかせてくれないか?」
「……はい」
降り続く雨の中、残された参加者はしばしの間、体を休めた。
それはとどまり続けた、何一つ前進しない無意味な時間、それでもきっと、必要な時間だった。
まるで違う道を辿ってきた四人の。
それぞれ、失ったものを想う。己自身と向き合う時間だった。
無くした物を、亡くした者を、失くしたモノを振り返る。
得たものなど何一つなくとも。
分かり合えなくても、触れ合えなくても。
それでも隣に、誰かがいる。
雨がもたらした停滞は奇しくも、彼ら四人に共通の時間を作り出す。
互いに触れあえず、触れられない傷を持つもの同士。違う世界を生きた者たち。違う物を抱えた者たち。
それでも同じ時間を過ごしていた。同じ歌を、聴いていた。
この雨が止むまで、ずっと、彼らは何も語らず。
それでも確かにお互いの存在を感じながら。
だからこそ強く、己がまだ、生きているのだと感じながら。
雨が止むまで、彼らはずっと、共にいた。
◆ ◆ ◆
405
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:41:53 ID:xJJZ4BNM
ぱらぱらと。
白き布地に水滴は降り続ける。
ぱらぱらと降る雨に紛れて、小さな音が聞こえてくる。
『あめあめ ふれふれ かあさんが』
その音は声だった。
その声は歌だった。
「じゃのめで おむかえ うれしいな」
放り出されたヘッドセット。
降水の中で野ざらしにされて壊れそうなそれが、か細い歌を発し続けている。
瓦礫の山の下。
意思を砕かれた男の傍にも。
男の前で佇む端末の足元にも。
歌は届いていた、響き続けていた。
男も、端末も、共に空虚な二人は何もしない。
ヘッドセットを拾い上げることもなく。
ただ聴き続けていた。静かに、雨音に混じって届く歌に耳を傾けていた。
空虚に、空虚に、それでも。
座り込んだ男と放置された端末、二人。
共に黙したまま、無反応に。
「あめあめ ふれふれ かあさんが」
否、静かに、何処にも聞こえないくらいの大きさで、音はここからも発されていた。
小さな唇が、僅かに動いていた。
インデックスと言う名の端末は、知らず、なぞるように歌い始めた己を自覚した。
誰に届けるわけでもない。
聞かせたいと思うわけがない。
そんな感情が、備わってなどいるはずがない。
ならば何故、己は歌を歌っているのだろう。
端末は無感動に、考察をする。
インデックス。それが端末の名前だった。
ヨハネのペン。完全調律の禁書目録制御装置。
殺し合いを構成するための舞台装置であり、かつては放送の担い手。
時に殺し合いのカンフル剤となり、そして今はもう、用済みの存在。
故、放棄された端末。己はそれにすぎないと認識していたはずなのに。
なぜ、歌っているのだろう。
こんな意味のない行為を行なっているのだろう。
聞こえる歌声をなぞるように。つられるように。導かれるように。まるで、『歌いたい』とでも思ったかのように。
感情でもあるかのように。
回想してみれば幾つもある。
己の行動の疑問点。天江衣への過剰な干渉。
彼女との関わりの中で感知した、いくつものノイズ。
全て、戦いを苛烈させ混沌を作り出すために、行ったと説明付けていたが。
だがそれにしても、彼女との関わりはあまりにも、説明付けられない行動が多すぎた。
己に対して、本当に殺し合いの端末としてのみ行動してたのか、断定することができない。
不可解だった。そして今更だった。
それは今更な考察、あまりに今更な、自己分析だった。
――何故?
端末は疑問を己に向けたことなどなかった。
何故『Index-Librorum-Prohibitorum』は、と。
自己というものの存在を認識してすらいなかったそれは、ここに至るまで思考したことすら無かったのだ。
「じゃのめで おむかえ うれしいな」
けれど現にこうして、歌は歌われている。
他でもない己の口が、喉が。
それは己こそが、存在しない筈の自己こそが。
歌を歌いたいと、望んでいるからに他ならないのだ。
考えてさえ見れば、なんと単純な解だったことだろう。
406
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:43:18 ID:xJJZ4BNM
ならば、だとすれば。これまで不可解だったこと。
周囲に感じたあらゆること。理解できるのではないか。
『衣と……友達になってくれるか?』
あの時感じた、不可解な自己の変遷。
そして自己にある謎。
全て、同じように説明が着くのではないか。
簡単に、単純に、明瞭に。
ただ、インデックスという存在が、それを望んでいたと。
『そうしたい』と、考えていること。
そして何よりも――
「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」
今、インデックスは、考えている。
紛れも無いこの時、自己に疑問を持っているではないか。
ならばそれこそが証明だった。
インデックスが、インデックスという、感情を持っている。
自己を、持っているという。
今更な結論が出た。
そして結論は以下の事態を、意味している。
端末は、壊れている。インデックスは壊れかけている。
いつからなのか分からない。
最初から、かもしれない。
いずれにせよ、完全の機械は、ヨハネのペンはとっくに破綻をきたしていた。
感情が在るという時点で、自己があるという時点で、役割に関係ない思いを感じてしまう存在など。
機械端末としては落第だ。
理解すれば、様々な事に説明がついた。
断続的に流れ落ちる、左目からの血涙。
響き続ける、脳裏の破壊音。
完全記憶に在るはずのない欠落。
明らかなる自死現象。
納得も容易だ。
役割を終えたインデックスが何故ここまで放置されていたのか。
破棄されず、まだ存在しているのか。
自然な事だった。
とっくに処理は行われていたのだ。
鑑みれば、安易な禁書目録の抹消には危険が伴う。
10万3000冊の魔道書を記憶している『魔道書図書館』をそう安々と破棄できるはずがない。
元の世界では、あれ程までに世界から扱いに悩まれていた存在なのだ。
外部的でなく、内部的に。段階を踏んでの処理が確実かつ、安全だと、主催者達は考えたのだろう。
だからヨハネのペンに自壊機能を付加した。それは正しい。当然の判断だった。
徐々に壊れていく、禁書目録の内側。
ないはずの感情が復旧したことも、それが大きくなるたびに、己が壊れていく事を感じられたのも。
こんなにも、当然に思える。
思えると、思える。
我ある故に我があり。
そこまで自覚できたのなら、故にもうすぐ、禁書目録は崩壊する。
407
:
See visionS / Fragments 6 :『あめふり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:50:26 ID:xJJZ4BNM
「あめあめ ふれふれ かあさんが」
『歩く教会』は今も正しくその機能を発揮している。
風の冷たさは、元より感じない。
「じゃのめで おむかえ うれしいな」
肩に当たる水の勢いは少しずつ弱まっていく。
放送より約二時間。
雨はようやく、止む気配を見せていた。
「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」
【 Fragments 6 :『あめふり』 -End- 】
408
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/22(木) 07:52:00 ID:xJJZ4BNM
投下終了です。
409
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/22(木) 08:27:19 ID:/.9UC1Vc
投下乙
グラハム…………持ち直してくれるよな?
憂はなんとか回帰したか
ていうかどうすんだ阿々良木さん、今んとこ一番戦力無いぞ
410
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/22(木) 17:15:48 ID:b.LophsA
投下乙です
みんな………
411
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/22(木) 17:59:29 ID:KHg78UAA
>>409
きゅ、吸血鬼になれば阿良々木さんも凄い戦力になるよ((((震え声))))
そして投下乙です、だいぶ話が進んだなぁ
まだバラバラに行動しているとわいえ、これで大体の対主催が集まったね
後は一方さんと首輪ちゃんが気になるところ…
412
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 00:02:50 ID:wA3cVPQ6
次の投下は本日23日となります
413
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:39:18 ID:wA3cVPQ6
AAは変わらずとも、これより投下を開始します
414
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:40:22 ID:wA3cVPQ6
お前は汚い?
そりゃそうだ。こちとら毛先から爪先まで糞まみれだぜクソッタレ。
けどよ、世の中糞食って元気に生きてる生き物なんざごまんといるんだぜ?俺ひとり物珍しいってわけでもねえよ。
そもそもお前ら、人に言えるほど綺麗な生き方してきたのかよ?
お前は悪だ?
ああ、そうなんじゃねえのか?だからどうしたって話だがよ。
他人がどう名付けようが、歴史にどう残ろうが、天国だの地獄だの知ったこっちゃねえけどさ。
俺がなんであるかなんて、俺以外に決められるわけねえだろうが。
あぁ、死ねだあ?おいおい容赦なく言うねぇ。
――嫌だね。死ぬまで俺は、生き続ける。
.
415
:
See visionS / Fragments 7 :『Mercenary』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:41:43 ID:wA3cVPQ6
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 7 :『Mercenary』 -アリー・アル・サーシェス-
◆ ◆ ◆
416
:
See visionS / Fragments 7 :『Mercenary』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:43:17 ID:wA3cVPQ6
水面に波が立つこともなく、時間は安穏に過ぎていく。
嵐の前の静けさという言葉の通り、いっそ不気味ですらある沈黙の流れが生温い倦怠感を醸し出している。
決戦までの刻限は迫りつつありながらも、会場全体は依然として静謐としていた。
その理由は、島中に散らばっていた参加者の殆どが死に絶えたということが第一にある。
六十四であった数は八人にまで削り上げられた。
序盤に重なり合った因縁の大半が清算され、絶対数が減ったことで自然と戦いの回数も減っていた。
ましてやすべての生き残りが加わっての大乱戦の後であり、どの陣営も例外なく、重大な被害を受けている。
氷雨も降りしきり体力を消費させることもあり、陣営の立て直しと状況の膠着が相乗された結果が、この長いインターバルだった。
そしてもうひとつの理由は、戦いの局面自体の急激な変化にある。
終盤に突然現れた真の主催者。
殺し合いの仕組みの破綻。それに伴うルール変更。
即ち―――リボンズ・アルマークのバトルロワイアルの参戦。
詭弁。催促。予定調和。死刑宣告。
その宣告を覿面通りに受けた者などただの一人もおらず。
可否を問わずに、恭順をよしとしないことは共通し。
主催者の撃破を何よりの優先対象と見定め、神への反逆の準備を進めていた。
対主催やマーダーなどいった安易な組み分けなど関係なく、それぞれの思惑の元行動する。
轡を並べた者達は手を取り合い、孤高に決意する者は独自の道を目指す。
そのうちの一人、残りの参加者からは最も遠く離れている地点。
会場内に分布される雑多な組み合わせの施設群。
その中でひときわ未来的な印象と景観を備える区画、宇宙開発局。
その南西部に突き立つ、管制塔としての役割を担っているタワーに小さな影があった。
「……ったく。これだけ時間かけて目ぼしいのはなしってのも泣けるぜ」
愚痴を垂れつつも、アリー・アル・サーシェスはいつも通りの軽々とした足取りで回廊を歩く。
身を包んでいた装いは真紅の一張羅であったチャイナドレスから一転して、全身迷彩色の新たな姿と変わっている。
軍隊の使う本格的なものではない仮装用の贋作ではあるが、実用性より今は気分の問題だ。
単に趣味の合わない女の体を弄ぶ趣味もなく、動きやすい服に着替えただけでしかない。
当人の遍歴を思えばこれほど似合う服装もなく、本来の人格が思い起こされていくようで馴染みがいいのは好ポイントだ。
大破したアルケーから分離した脱出艇で宇宙開発局の区内に不時着し、手近にあった塔に入って調査をしてからはや数時間。
その間の時間をサーシェスはタワー内の構造把握に割いていた。
内部の探索はほぼ終了、そびえ立つタワーの機能については殆ど調べ終えた。
判明した機能は、最上階の管制室には複数の施設に一方的な通信を入れるため機能が付けられていたこと。
しかし情報をばら撒き混乱を促せる最序盤ならともかく、こんな終盤にあっては使い道などほとんどないだろう。
生き残っている者にわざわざ伝えることなぞ最早ない。交わすのは言葉ではなく銃と剣のみだ。
その他には施設の名前通り、宇宙技術に関する情報を閲覧することができたが、
それも元より宇宙を行き来しているサーシェスにとっては然程目新しい発見にもならない。
来る時期が早ければ使いどころもありそうだったが、やはりこれも価値のないものでしかなかった。
落胆といえば落胆だが、これも想定内の話である。
今となっては、他のどの施設の仕掛けだって意味が薄いものだろうと判断していた。
局面は既に最終段階まできている。
多人数入り乱れてのバトルロワイヤルは幕を閉じ、戦いは次なる形に変化する。
神なる者、リボンズ・アルマークの降臨による宣言。
己の糧として、敗残者を駆逐する殲滅戦へと姿を移した。
ここまで来ればあとはもう手持ちの戦力のぶつけ合い、総力をつぎ込んだ決戦しか起こり得ない。
少しばかり世界の真実を知る程度で、今更覆せる差ではないのだ。
417
:
See visionS / Fragments 7 :『Mercenary』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:45:21 ID:wA3cVPQ6
「俺を活かして動かしたのはこの展開に持ってくため、か。いや大将も人が悪いねぇ。
そんならそうと言ってくれりゃコッチもそれなりの対応をしたっていうのにさ」
エレベーターに乗り込み地上の階のボタンを押す。
指につまむデバイスの液晶には何の映像も映らず、無機質な砂嵐が流れている。
こちらから連絡をつけることの出来なかった通信機は受信側から接触を絶たれ完全に役目を終えている。
それがなによりも自分がお役御免であることへの証拠。
使い捨ての駒にされて憤るような大人気ない真似はしない。傭兵は"それ"が前提の仕事だ。
こうして新しい戦場で戦えるだけで儲けものというもので、むしろ事を面白くしてくれた礼くらい言ってやってもいい。
留まる意味のない施設に未練はなく、次なる目的地に向けてサーシェスは区画内へと躍り出ていく。
立ち入った者が少ないのか、あらかたが清潔に保たれている街の中。
市場を冷やかすように我が物顔で街道を歩きながら、指に引っかけた輪状の物体をくるくると回しながら弄んでいる。
それは、今までサーシェスの頸部に嵌められていた爆薬入りの首輪だった。
元を辿れば、サーシェスが宇宙開発局を目指した理由は首輪を解除することであった。
廃ビル群で発見した首輪の設計図。
工学の知識と設備さえあれば誰でも解除出来るだけの詳細に書かれており、サーシェスもその内容を熟知している。
あまりに露骨な誘い。故にルルーシュの指示で手を出す事はしなかったが、この段階に至ってはもはや邪魔なだけである。
このタワーも解除に十分な設備が整っているだろうと予め当たりをつけてあった施設のひとつである。
そしていざタワー内の研究室や開発室から必要な機材をかっぱらって準備をすれば、ものの数分でなんとも呆気なく戒めは外された。
拍子抜けしたが、これも想定のシナリオであったことを考えれば驚きには値しない。
「旦那と信長のヤロウは死んだ。嬢ちゃんとスザクは生きてやがる。
関係は、決まったようなもんだな」
ルルーシュ・ランペルージと織田信長の脱落は、放送から聞き及んでいる。
圧倒的に不利であったルルーシュはともかく、信長の名が読み上げられたのはサーシェスにとって僅かながらも驚きだった。
あの状況から相打ちにまで持ち込めたことは予想に反する結果だった。
可能性として高いのは、援軍を連れてくるため戦線を離れた平沢憂が戻ってきたか。
その中に、信頼できる仲である枢木スザクが間に合ったか。
過程の成り行きがどうあれ、あの場で続いた戦いで相討つ結果と予想する。
そして、二者の方はまだ名前を読み上げられていない。
平沢憂は当初からこちらを敵視していたし、スザクも憂から正体を伝えられれば当然矛を向けてくるだろう。
雇用主が消えた今、契約も白紙に戻り再び敵の関係に戻ったということだ。
ルルーシュの警戒していた「消える女」こと東横桃子、その知り合いらしい天江衣の名も聞いた。
残る人数は、秋山澪、両儀式、グラハム・エーカー、阿良々木暦、一方通行。
一人を除けば直接面識か知識のある人間。サーシェスも含めて生きているのは計八名。
そしてその殆どが、主催に抗する集団の筈である。
418
:
See visionS / Fragments 7 :『Mercenary』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:47:11 ID:wA3cVPQ6
「これでまた一人旅、か」
味方だった者はみな消えた。
仮初とはいえ轡を並べた輩達。
性質という点では憎からざるものだった好敵手達は、枯れ木の一葉と落ちていった。
在るのはもはや凌ぎ合う競争者と、最大の障害となった元雇用者。
協力どころか碌に関係がない連中相手では、共同戦線など夢想すら及ばない。むしろ因縁深い名前の方が多い。
加えてこの姿となれば信頼が得られよう筈もない。
現状は贔屓目に見てもかなり厳しい。勝ちの目など幾ら振っても見えてこないでいた。
今度こそ完全な孤立無援。
仲間も、指令を下す上司もいなくなったワンマンアーミー。
最大の兵装は呆気なく廃棄行きとされ、身一つでからがら逃げ出した有り様。
客観的に見れば、何とも情けない様なのだろう。
「……変わんねぇな」
だがそれは、この殺し合いが始まった頃からそうだった筈ではないか。
気づかぬ間に見知らぬ土地に連れ込まれ、有無を言わさず殺し合いを強要される。
一人秘めやかに優勝を目指していたあの頃と何も変わってはいない。更に言うなら傭兵時代から変わりない。
殺し殺され、無限に死に合い続ける戦場は、どれだけ流れても変わりない。
PMCの時代から不変の、一切同じ状況だ。
「変わらねぇよ」
結局、これがサーシェスという男の天命なのだろう。
裏切り、反逆、報復、転身。
前菜からデザートまで戦争のフルコース。
知り合いなど殆ど瞬きの速さで死んでいく。
そんな人生を選んだのは自分の意思であり、そこに後悔は微塵としてない。
悪くない、むしろ最高だと恥なく叫べるのだ。
「今も昔も、俺は永遠に俺のままだ」
現状の装備は拳銃一梃に突撃銃二梃、接着式爆弾が二個。
一般の範疇でいえば貧弱ではないという程度だが、ここから先単独で勝ち残るにはまったくの非力。
とてもじゃないが今後に開かれる戦いにはついていける気はしない。
これより幕を開くのは前人未踏の地獄絵図。ただ人間であるだけでは、観戦する資格すらない焦熱に満ちているのだから。
思えば、リボンズから支給されたアルケーは、ガンダムや信長相手を潰させるための一時的な貸し出しだったのかもしれない。
実際、向こうが望むだけの結果を出した後は廃棄場行きとなっている。
ちなみに、本機より分離した脱出艇は着陸してから以後そのまま打ち捨てられている。
元々緊急離脱用の備えだ。優勝を目指すサーシェスにとって無用の長物でしかない。
「あと使えるのは……この布くらいか。上手く使えりゃそれなりに楽しい仕組みがあるみてえだが、信じていいんだかねぇ、この説明書……?」
勝ち残るのを諦める気は毛頭ない。
しかし冷静な視点で俯瞰してみれば勝ちの目は薄い、いやゼロなのが実情たる有様だ。
脱落しかけたところから復帰しただけでも儲けものではある。ハンデはまだまだ継続中ということだ。
「死ぬ気でやれってことですかい……はっ、今となっちゃ気の利いた洒落にしかなんねぇなあまったく!」
一寸先は闇。勝機は限りなく絶望的。
にも関わらず、戦争屋は陽気に無人の街を練り歩いていた。
■ ■ ■
419
:
See visionS / Fragments 7 :『Mercenary』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:48:28 ID:wA3cVPQ6
殺し合いから一両日経っていても、宇宙開発局区内の一帯は整然としていた。
手付かずの道具や消耗品。小規模な車両の衝突の痕跡こそ見えたものの、血なまぐさい死の滓は散らばっておらず。
この付近ではまともな形での戦闘は一度として行われず、通りがかった参加者の数も微小だったらしい。
生き残りの人数と、今しがたの戦場との距離を鑑み、周囲に危険はないとサーシェスは結論づけた。
頭の上を、鉄の箱がゆっくりと通過していく音がする。
放送塔に籠ってる間に、破損部分を復旧した運行を再開した電車だ。
誰も乗せずに、新調された線路を細い命脈にして会場を回る姿は、夜行する幽鬼の群れにも似ていた。
殺し合いという体裁が事実上瓦解した今になって、なぜわざわざ機能を復旧させるのか。
ただ単に進めていた修理作業が完了したのがこの時間帯だっただけなのかもしれないが、あまりに事務的だった。
泡沫のように浮かびあがる疑問。それを今更どうでもいい、重要なことじゃないとすぐさま記憶から抜く。
電車の利用法などひとつしかなく、それがサーシェスになにを齎すのでもない。まったくの興味の外だ。
黒光りする箱から取り出した煙草をくわえて火を灯す。
紫煙はたちまち肺の中まで浸透し、芳香が鼻を刺激する。
廃ビルでの自販機の購入の際、何の気なしに買っておいた品だ。
高級銘柄とはいえ所詮は煙草。箱買いでも二万ペリカであり、この程度なら手持ちでも十分足りた。
久方振りの、この体では初めての大人の味を堪能する。
苛立ちを紛らわすための無聊の慰みだが、思考を柔軟にするにはストレスは抜いておいた方がよい。
始めは咳き込み僅かに涙目にもなったが、今ではすっかり元の年齢に相応しい感覚に戻っている。
自分用にあてがってくれたのなら、もう少し大人向けの体かニコチン漬けにでもしといてくれたらよかったものを。
今更ながら、"元"雇用主の趣味の悪さにはほとほと呆れ返る。
初経験の体にじっくりと憶え込ませるよう延々と吸い潰す。
本数が増えていく毎に慣れ親しんだ感覚を取り戻していく。
余程ニコチンに飢えていたのか、それとも煙を吸えなかったストレスをここぞとばかりに晴らしているのか。
そこだけ早送りでもしたかというほどに、次々と紫煙を取り込んでは吐き出す。
人間のいない街で、陽炎のような煙だけが生ある証として揺らめいていた。
「……なんだ、こりゃ」
その痕が、止まる。
目先にあるずず黒い波動が、足の進みを遅らせる。
毒気が、渦を巻いていた。
暗雲が蜷局(とぐろ)上になって真下の祭壇に呑み込まれていくようだ。
それが現実の光景でないとしても、目にしたサーシェスの直感はそのようにしてイメージされていた。
建立する展示場は外観こそ立派だがやはり特別な趣向はなく、戦闘が起きた余波なども感じられない。
しかしそこから溢れ出る陰気は空気中に拡散し、まさに闇の神殿に相応しい邪悪さを放っていた。
胸の内を締め上げる不快感。
頭の内側から鳴り響く叫換。
己を社会の底辺に蠢く下衆と自認しているサーシェスは、これまでに幾つもの゛死゛を感じ取ってきた。
目で見つめ、耳で聞き届け、肌で感触を味わって。
神秘にも異能にも縁遠い只人は、世界の歪みから生まれる闇を存分に味わってきた。
その悪辣なる傭兵をして、立ち込める空気の異質さは群を抜いていた。
「なんだか、面白そうなもんを積んでそうじゃねぇか……」
在るだけで臓腑を腐らせる邪気を振り撒く狂気の澱。
今見せているのはきっと表層に過ぎない。理由はないが確信がある。
その根源、この呪いを湧き出させているモノはこの先にある。
奥に潜むのは紛れもなくあらゆる死をもたらすモノ。生あらば例外なく蝕みに這いずるおぞましい影だ。
自分にとっても間違いなく毒であろうが―――ならば、決して無用ではない。
420
:
See visionS / Fragments 7 :『Mercenary』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:50:56 ID:wA3cVPQ6
「けど――こいつはまだお預けだな」
しかしサーシェスは勇み足を踏まず、ここは見に回る。
臆病と慎重さは取り違えない。リスクなぞは喜んで受けよう。
どの道今では詰みのまま敗死するしか先のない身だ。
避けた理由は漠然としていて、しかし本人にとっては何よりも優先されるべき第六感から発生している。
要するに、放っておいた方が『面白くなりそう』なのだ。
アレは恐らく、殻だ。孵化を前にして胎動し内側から出てくるモノを塞ぐ殻の蓋だ。
そして、今はまだ殻を破る時ではない。ここに身を埋める闇はきっとまだ大きくなる。
存分に肥え太って抑えきれなくなり破裂して中身を撒き散らす、その瞬間こそサーシェスの最も望む光景となるだろう。
故に今は見守るのみ。銃の形に曲げた指の照準を館に収める。
「あばよベイビー、早く良いコに育ちなさい、ってな!」
彼なりの生誕祝いを送り、直進していた道のりを横に逸らす。
暫く進み続ければ不快感も収まりを見せ、正常な空気が戻ってきた。
区画内は相変わらず物音のしないゴーストタウン。時折遠くから鳴っていた電車の走る振動も聞こえない。
阿鼻叫喚こそないものの、ここは地獄とさほどの違いもない。
多種多様の絵具で濁りきった絵画は極まれば真黒となるように。
死で埋め尽くされた場所は地獄と呼ばれるのが、古くからの習わしである。
「――――――」
気にせず歩き続け、すると、半ば無意識に指が震えた。
夕暮れ前の時刻で館内に光が差し込むとはいえ、照明は付いておらず暗所や死角も多い。
体に染み付いた習慣は本人の意思に関わらずに機能を動作させる。
虫の羽音すら聞き逃せぬ無音の空間。
そこに、小石が転がる程度の波紋が広がった。
後ろを見ることなく、長年の経験則から他者の存在を察知する。
このタイミングで他の参加者に遭遇するのは予想外ではあったが、手をこまねく暇はない。
気づいた以上は対応するのみ。接触するというのなら是非もない。
全身が弾ける。
イメージは雷の波。全身の経路を流れる血脈の如く電気を巡らせる。
迸る電気信号はサーシェスの意思に関わらず肉体に司令を下し、しかしサーシェスの意図通りに行動した。
腰元のホルスターに収まったコルト・ガバメントを引き抜き、後ろに振り向きざまに構える。
己ならばこの結果に収束すると信じ、能力を行使する。学園都市に定義される能力者の条件。
それを見事に満たし、電速の体捌きで銃口は視線の源へと向けられる。
そのまま引き金を引き銃弾が射出される前に……追いついた思考が、指の最後の動きを差し止めた。
「……?」
振り向いた場所に見えるのは、建物の間に挟まれて出来た路地裏に通ずる道だった。
その先の光景は塗りつぶされたように見通せず、獲物を丸呑みする間際の怪物の口を思わせる。
そこに気配は確かにある。傭兵の勘は過つ精確に狙いを当てた。
だがそこからが妙だった。あまりに動きがない。
こちらを狙撃する腹であったのなら攻めるか退くかを選ぶし、ただ隠れるつもりにしては怯えも震えもない。
自分に気づけと言わんばかりに微動だにしなさすぎた。
そう、まるで、こちらを観察して品定めでもしてるかのような。
421
:
See visionS / Fragments 7 :『Mercenary』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:51:44 ID:wA3cVPQ6
「よお、誰だか知らねえが、俺に用があるなら顔くれぇ見せろよ」
狙い付けられた銃口に観念したのか、隠匿する気など元より更々なかったのか。
音を消すこともなく、緊張感のない自然な足取りが奥から近づいてきた。
銃把を握る力を強める。警戒の度合いはむしろ増していた。
どんな理由であれ、こんな腐れた場所から顔を出すようなものなど、マトモな部類ではあるまい。
窓から差し込む昼の光が、陰に隠れた影を白日の下に晒す。
隠形のベールはゆっくりと剥がされ、目前に現れたその姿は―――――
【 Fragments 7 :『Mercenary』 -End- 】
422
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/23(金) 22:55:55 ID:wA3cVPQ6
投下終了です。
次の投下は明日24日予定となります。
423
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/23(金) 23:31:56 ID:vJIOdmrw
投下おって明日に投下がくる!?
本当に連日の投下、お疲れ様です。
今回の話からして、併せてはいけないものを併せちゃったような…
424
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/24(土) 07:29:38 ID:AFXE.lD2
投下乙です
ここで首輪ちゃんと…
425
:
ぬるーしゅ
:2013/08/24(土) 09:45:39 ID:TMYanuQI
あくせら...
426
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/25(日) 00:01:23 ID:J2OGDhN6
土曜日夜に投下の予定でしたが、現在調整中です。
度重なる遅延、本当に申し訳ありません。
427
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/25(日) 09:43:48 ID:J2OGDhN6
投下は、本日25日夜に変更となります
お待たせして申し訳ありません
428
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/25(日) 15:51:48 ID:t7JRTgHE
セロリ…
429
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/25(日) 23:01:53 ID:ORdQOc.A
一方さん・・・
430
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:00:14 ID:KOjfk52E
投下を始めます
431
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:46:28 ID:KOjfk52E
掲示板に繋がらず大変遅れました。申し訳ありません
改めて投下します
432
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:47:34 ID:KOjfk52E
そこは薄暗く、肌寒く、静けさの中に沈んでいた。
拙い息遣いも、外で鳴る雨の音も、遠い残響にしか聞こえない。
寂れたアパートのなにもない一室。
最低限の家具すらない、伽藍とした空き部屋。
明かりもつかず冷え切った空間は、生活感にとても乏しかった。
なにも描かれていない、まっさらなキャンバスを思わせる部屋。
タイルが敷かれただけのダイニングの床に、毛布のかけられた4つの死体が横たえられている。
それだけで、空間は簡易な霊安室に早変わりしていた。
魂が置き去りにされた空の殻。
髪は乱れ、肌は傷つき、服には血がにじんでいる。そもそも人間としての部品が足りていない者もいる。
「――――――」
揃えられた少女たちを、逸らさず見据える。
何度見ても、変わらぬ死体のままだ。
うちの誰かは、誰かが愛した人だった。
喜びも苦しみも分かち合い、これからを共に生きていけると信じていた頃が、随分遠くに感じられる。
既にそれは遠いものとなってしまっていた。
息を吹き返す不条理、ご都合主義は起こり得ない。
死んだ人間は蘇らない。命は取り戻せない。
あらゆる倫理や常識という法則を無視した場所でも、その理だけは頑なに守られている。
どれだけ日を跨いでも彼女たちが目覚める時は来ない。
未来に期待し、今を動けるのは生きている者だけにある特権だ。
道は見えない。
光は届かない。
目の前には絶望が山と積まれている。
だが残されたものは確かにある。
疵だらけの体と心の証。
肩に背負い、胸に埋め込まれ、肌と肉に刻まれて消えない痕によって、思いを忘れることはない。
――――――雨が、もうすぐ止む。
.
433
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:48:28 ID:KOjfk52E
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』 -Index-Librorum-Prohibitorum-
◆ ◆ ◆
434
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:49:34 ID:KOjfk52E
並べられた遺体の前で、僕、阿良々木暦は膝をつき、手を合わせていた。
何かに向けた祈りなんかじゃない。
この地に救いをもたらす神なんていないのだから。
現世の地獄とでもいえるこの場所で尽きた命が天国に至るなど、僕は微塵も思わない。
だからせめて、音のない祈りだけが、僕に許される弔いだった。
「彼女たちは、ここに置いていく」
閉じていた眼を開けると同時、僕の後ろで壁に凭れて立っていた、枢木スザクがそう告げる。
声は反響もせず、黒い部屋に溶けて消えていった。
僕は喋らない。
枢木を見ようとはしない。
無視しているわけではなくて、瞳は下を向いて離れようとはせず、返す言葉はみつからない。
「もう、失ったんだ。失ったものは守れない。
これ以上、死体を連れて歩くことに意味はない。囚われ、引きずられるだけだ」
過去を想うからこそ人は明日を願う。
だが過去はやはり過去でしかない。過ぎ去った、終わったものだ。
命は消え、彼女たちは死んだ。
抱いた意志や願いが残りはしても、それが留まるのは死体にではない。
もっと先の、夢見た未来に向かっていくものだと、僕は思う。
「そもそも、このまま元の世界に連れて帰るわけにもいかないだろう」
「……」
「……………………」
「…………連れて帰るつもりだったのか?」
435
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:50:44 ID:KOjfk52E
かなりの間をおいて、枢木が聞き返した。
その声は、何の感情も籠っていないように思えたさっきまでとは違って、明らかに何かしらの感情が入っていた。
それが何なのかは、僕にはわからなかったけれど。
「いや、さ。少し前まではそのつもりだったんだよ。
お義父さん――じゃない、戦場ヶ原のお父さんに、色々伝えなきゃならないって。
他にも神原に千石に八九寺……は元々浮遊霊だしどうにもならないか。
そうするのが、ひとり生き残った後の僕の責任だと思ってた」
表情は変わらない。阿良々木暦(ぼく)は当たり前の表情を保ち続ける。
それは何も感じていないのではなく、たまたまそう見えるだけ。
零れ落ちそうな激情を必死に顔に出そうとせず固まった結果だった。
「もちろん、殺し合いに巻き込まれて死んでしまったなんてありのままの説明のじゃなくて……
たとえば駆け落ちとかそんな事情で誤魔化して、一生そのまま背負ってたりなんかしようとしてたんだよ」
「……」
「でもさ、駄目だったよ。雨か砂みたいでさ、どんどん手から流れていっちまう。
考えれば考える程、思い出せば思い出すほど、ああ居なくなっちまったんだなって、分かってさ。
……死ぬって、こういう事なんだな。本当に、きれいさっぱり殺されちまった」
鉄面皮が剥がれる。
喉から漏れたのは、ノイズが走るラジオに近い擦れた音だった。
僕のものとは信じられない、乾燥しきって罅割れた、笑い声。
繕いが取れずあやふやになった言葉の羅列。
試験で残り数秒になって苦し紛れに書き込んだ答案のように。
追い込まれたギリギリの殴り書きのような雑音が流れていく。
「きっと筋金入りのヒーローなら、意地でも連れて帰ろうとするかもしれないけど。
やっぱりさ、僕には生きてる奴への思いしか背負えないよ。
死体を担ぐ事は、もう出来ない。僕は誰よりも、僕を救わなきゃいけないから」
声はやはりノイズまみれで、けれど今度はしっかりとした音調で語り告げられる。
傍にいる枢木は―――やっぱり、何も答えない。
時計とか空調とか、そういう音がする物が何もない部屋に、本当の静寂が訪れる。
僕も、枢木も、微動だにしない。
まるで時間が凍てついたかのような空間で、その凍りついた時間を動かしたのは一匹の猫だった。
「……えっと」
学校で僕が預かり、いつの間にか僕のデイパックから抜け出していた三匹のうちの一匹。
名前はアーサー、だったかな。
そいつが、ユーフェミアの遺体の上にひょいと飛び乗って、前脚で彼女を包む毛布を剥ぎ取ろうとしている。
止めたほうがいいんだろうか。それとも、毛布をどけてやったほうがいいんだろうかと僕が悩んでいる間に、
猫は自力で目的を達成し、毛布に隠されていたユーフェミアの姿が晒される。
鮮やかな桃色の髪と、生きている人間が当たり前に持っている体温や柔らかさを失くした肌。
それから、赤黒い血で染まった首が―――
「…………………え?」
胴体と離れているように見えた首は、もう一度見直せば身体とは繋がっていた。
だけど、傷自体は、たしかに存在している。
かなり深い。たぶん、首の骨まで届いて、そこで止まったんだろう。
ユーフェミアは、一方通行に何かで胸を貫かれて死んだと聞いている。
その彼女の身体に残された、生きているうちについていたら間違いなく致命傷になるはずの傷跡。
つまり、この首の傷は彼女の死後につけられたということで。
そして、それができたのは―――
「枢木!!」
気がついたら、枢木の胸倉に掴みかかっていた。
僕は枢木を見上げ、枢木は僕を見下ろす。
僕のほうが身長が低いのだから当たり前の状況なんだけれど、それでもそれが腹立たしい。
枢木のことを本当に心配していたユーフェミアの顔がちらついて、どうしようもない。
「……なんで………」
そもそも僕に、枢木に対して怒ったり、まして遺体を傷つけられたユーフェミアの代弁をするなんて権利はないのだ。
それは僕の役割じゃない。
そんなことは僕にはできない。
「どうして……っ」
というか、僕は別にそんなことがしたかったんじゃない。
責めるとか、怒るとか、悲しむとか、失望するとか、そんなんじゃなくて。
じゃあ何なのかと考えると答えは出なくて。
枢木のためでもユーフェミアのためでもない、
ただ僕が勝手にやり場のない感情を抱えて、枢木に一方的にぶつけているだけだった。
理解しているのに、首に深い傷跡を残すユーフェミアがそれでも微笑んでいることを思うと、泣きそうだった。
436
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:51:51 ID:KOjfk52E
「……なんで、切り落とさなかったんだ……?」
そして、口を突いて出た言葉に、僕自身が驚いた。
彼女の首を落とそうとした理由ではなく、落とさなかった理由。
僕の問いは、だけど考えてみれば当然のことだった。
不自然なのだ。
枢木は僕の知る限り、生き残っている参加者の中でいちばん、生きるということに強い意思を持っている。
自分が少しでも優位に立つために、死体から首輪を奪おうとしてもおかしくはない。
むしろ、戦場ヶ原の首輪を要求されなかっただけでも感謝していいくらいだ。
その枢木が、ユーフェミアの首を切り落とすことをしなかった。
途中までやっておきながら、途中でやめたのだ。
「切らなかったんじゃなくて、切れなかったんだろ」
僕の問いに答えたのは、枢木じゃなかった。
背後から聞こえた声。
振り返った先にいたのは、切り揃えられた髪、黒色に澄んだ瞳、和の紬。
装いの着物が新しくなった以外には以前と違いのない両儀式だった。
なんとなく、挫かれたようになってしまって、僕は枢木を掴んでいた手を離した。
式は、客観的に見れば何かあったとしか思えないであろう僕らの状況には目もくれず、視線を落す。
その先は、髪を二つに結わえた亡骸。白井黒子の、死体。
すると、式の細い眉が歪みに揺れた。
それは僕の初めて見る式の、『痛み』の表情だったのかもしれなかった。
「……もう、見慣れてるものなのにな」
ぽつりと漏れた言葉は届いても、その意味を図れはしなかった。
死を視る少女。この世の万物に遍く訪れる終わりを捉える眼を持つ彼女には、この死に満ちた部屋がどう視えているのか。
条理ならざる魔眼の世界を共有する術はなく、僕にも枢木にもその資格はない。
従って両儀式の感情を知る手もなく、それきり部屋は静寂を繰り返す。
後はこのまま適当な時間が過ぎ、いずれ自然解散となり外に出る流れとなるだろう。
「あのさ、式」
けど僕は、このまま話を終わらせたくなかった。
自分から話を振る事はあまりない性格であると、少ない交流ながら漠然と理解している。
ましてや自分についての事なら尚更だろう。
それぐらい式の態度は露骨なものだ。
つまりこちらから聞かなければ、これ以上会話に進展は起こらない。両儀式の内の声を聞けない。
余計な干渉なのは判っていた。
怒らせてしまうとだろういう不安は尽きない。
殺気どころか、刀を向けられかねない藪蛇でしかない。
なのに僕は、その疑問を聞いておかなければならないような気がした。
「式、おまえ――後悔してるのか?」
437
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:53:13 ID:KOjfk52E
……式は顔を僅かに傾け、僕を一直線に睨む。
地雷を踏んだのは覚悟していたが、本当に怖いな。
目が合った瞬間には殺されてるんじゃないかっていうぐらいビビっていたので無意識に身構えてしまう。
しかしその後に待つ反応は、拍子抜けするぐらいに静かなものだった。
「白井が死んだ事は関係ないし、衛宮と戦って殺したのもオレが決めてやったんだ。後悔なんてない。
浅上藤乃みたいに償いとか許すとか、そういうのも興味ないよ。
……けど何かを失くしたのは本当だと思う。殺した時のアイツは――衛宮は確かに人間だった。
だから、オレはもう自分を殺せない。人が殺していいのは自分一人だけだから」
声は虚飾も皮肉もなく淡々としていて、どこまでも深く沈んでいきそうだった。
その調子も気になったが、最後の言葉の方に違和感は持っていかれてしまった。
「自分、一人だけ……?」
「そのままの意味だよ。人は生きている間に一人しか殺せない。
自分の人生の最期を許す為に、自分の為だけに人を殺す権利がある。
それ以上は受け持てない。誰かを殺せば、そいつの死を背負わなくちゃならないから」
式の言葉の意味は、僕にはあまり理解出来ない。
二人に共通する関係はあまりに少なく、相互の理解には足りないものが多すぎた。
分かるのはただ、両儀式にとって、死とはとても大事なものであるという事だけ。
哀しみや苦しみ、人を殺す行為の意味を、僕が思うよりもずっと知っている。
なら、彼女は。
その禁を破ってしまった式は、いったいどうするのか。
衛宮士郎という男を殺した。
事故のような形だったらしいそれを、式は否定せず受け入れてる。
それだけ大事にしていたものを失ってしまった。
言葉と態度以上にその孔は深刻ではないのか。
だが次なる式の質問で、考える時間は吹き飛ばされた。
「なあ、おまえらは、人を殺したことってあるか?」
「いやそれは」
「オレは答えたぞ。人には聞いたのに自分は言わない気か?」
返す声に詰まる。そこを突かれるとぐうの音も出ない。
失礼を承知で聞いたのはこちらなのだ。
これくらいは受け入れるべきだろうと腹を決め、正直に答えることにした。
「――まだないよ。一度未遂のがあったけど。
……ここでのを足したら二度目の未遂になるのかな」
まだ僕が本当の吸血鬼だった頃。
主を救う為応じた決闘で、制御を外した衝動を叩きつけかけた殺意。
仲介人の忍野がいなければ、あれが阿良々木暦の初めての殺人となったろう。
式は答えを聞いていちおうは納得したか、僕に向けていた視線を移動させる。
僕らが話す中、ずっと黙秘を続けていた枢木へと。
催促を求めるように見つめる式の目に、枢木は口を開いた。
「経験ならある。生身でも武器を取ってでも、直接も間接も問わず、数え切れないくらいに殺してきた」
はっきりと、包み隠さない告白。
虚飾も脚色もない、自嘲も自棄もない、ただ事実をありのままに話した声だ。
438
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:53:34 ID:KOjfk52E
「……ああ、軍人だって言ってたっけ、おまえ。なら本当に殺してるんだろうな。何人も。
けどおまえは殺戮を楽しんでもないし、殺した事を捨てようともしてない。
むしろ、自分を殺したくて仕方ないって顔をしてる」
その時、枢木の瞳が激しく揺れた。
疑う余地もないくらいに、はっきりと。
それが意味するところはわからない。
だけど、枢木の感情が動いた。それだけは確かだった。
「僕は………」
問われた枢木は、そこで言い淀んでで口を止めてしまう。
僕はふと疑問に思う。
あの時、雨の中で、やるべき事があると迷わなかった彼が何故、いったい何を迷っているのか。
「僕を殺すのは僕の役割じゃない。枢木スザクを殺す役割は、すでに他者に託している」
枢木の声は揺れていた。
式の問いには答えている。
だけど、いや、だからこそ。
とても不自然だった。
答えを持っているのなら、揺れる理由がないのだから。
「騙すならもっと上手くやれよ。おまえにはそういうの、むいてないと思うけど」
怒るでもなく、蔑むでもなく。
式は静かにそう告げた。
「……雨が上がったらしい。長居は無用だ」
有無を言わせぬ枢木の一声で、会話劇は幕を下ろす。
窓のカーテンを僅かに開け外を確認して、枢木はリビングを去っていった。アーサーも枢木についていく。
時間は砂時計のように目減りしている。刻限はいずれ迫ってくる。
この語らいが無駄でない時間だとしても、優先するものが他にも多くあるだろう。
一人出ていく枢木に続き式も立ち上がり、最後に僕が後ろについていく。
「……ああ、そうだ式。さっきの質問は平沢にはしないでくれよ」
「オレだって相手は選ぶよ。それにあいつには言うまでもないだろ、もう」
部屋を出て扉の外に回り、そこで後ろへと振り返る。
最後尾にいるのは僕なので、当然そこには誰もいない。
姿の見えない奥に眠るのは、恋を物語ってくれた人。
残した事は多いにある。
幾ら時間を尽くしたって言い足りない。
生涯を費やして伝え続けられるぐらい、たくさんの事がある。
だからこそ、ほんの少し考えた末、選んだのは一言だけ。
「じゃあな戦場ヶ原。縁があったらまた会おう」
パタンと閉められた扉。
この扉が開く事は、もう二度とないだろう。
439
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:54:50 ID:KOjfk52E
◆ ◆ ◆
――そうして、雨が上がった。
「……さて、どうしようか」
顔を覗かせた太陽の光の下で、僕は嘆息する。
肺に溜まった重い空気を吐き出し、清浄化した大気を吸い込む。
雨が上がったばかりの空は安らいでいたけど、心が休まるには程遠い。
目下の悩みが晴れる気はしなかった。
放送が終わってより約二時間ほど経過。
次の戦い――などとは呼べない掃討劇が起こるまで、残る者たちは対抗する力を蓄えなければならない。
だけど些か短か過ぎる準備期間だ。
かといって時間があればどうにかなるというわけでもない。
逆転の発想は全く思い浮かばず、起死回生の希望は芽を出す予兆すら感じない。
やれた事といえば体を休め気持ちを整理したぐらいか。
休みの時間が終わり、太陽が顔を出すと共に、各々がアパートを離れていった。
枢木は休んでいた間に何やら書き込んでいた地図を片手に何処かへと行ってしまっている。
式も部屋の中にはいない。荷物も残さず忽然と姿を消してしまっていた。
無駄な会話は極力避けるという行動パターンは、僕にもだいたいわかってきた。
必要があると思わない限り起き上がる理由もないという単純な原理。
そしてここに居ない以上、彼女もやりたい事というのを、やりにいったのだろう。
行き先が分からないのは気になるけど……まあ、用があれば向こうからやってくるはずだ。
――冷たい空気が居間に吹き込んできた。
流れる風の出所、玄関に繋がる白い戸は開きっぱなしなっている。
入り口は依然、式に壊されてしまったままだ。
「まったく……」
枢木といい式といい、微妙に違った意味でマイペースな性格だ。
開けっ放しで出ていきやがって、部屋が冷えるのも構わないのだろうか。
自然に、軽い悪態をついてしまう。
元々人口の少なかった部屋から、あっという間に半数がいなくなった。じきに気配すら消えていくだろう。
新鮮な空気が吹き込めば、人の匂いも熱も、流されていく。
彼らは果たしてここに戻ってくるのか。
「誰かの心配なんて、してる場合じゃないけどな」
鞄を持ち、靴をはいて外を目指す。
雨が上がって、動き出した今、僕はこれからどうするのか。
やることはだいたい決めていた。
取り留めのない思いつきだ。
ガンダムエピオン。あの巨大兵器の様子を近くまで見に行ってみるという、それだけの発想だった。
近づいた所で何が出来るかも分からない。何も出来ない、何も得られない可能性のほうが高いだろう。
しかしアレは、きっと今も自分たちにとって最後の砦になる。そんな予感がしていた。
あの機体は、何か重要な意味を今も持ち続けてる。
根拠はなく、自信も小さい希望的観測だ。単にそう信じたいだけなのかもしれない。
何か出来ればいいと。
グラハム・エーカーが、いつ帰ってきてもいいように。
彼の意思は帰ってくるのだと信じるために。
そういう自分勝手な、ただのエゴを守りたい、つまりはそれだけなんだ。
だから僕も今、ここから何処かに行こうとしていて―――
440
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:55:56 ID:KOjfk52E
「……あー、そうだ」
下駄箱に片手をついて、靴をはきながら振り返る。
白々しかった、だろうか。
すっかり広くなった部屋の中。
ただ一人。窓際に佇む少女だけが、取り残されていた。
僕の目線と、彼女の少し上げたそれが、しばしかち合う。
「――お前も、くるか?」
手を引くと言った手前、放置していくのは気が引けた。
僕の適当な抵抗計画。
その適当な誘いに、彼女は。
「……やっぱり」
彼女は少しだけ、どこか『痛そうに』、目を細めて。
制服の袖口を強く握りながら俯いた。
「あなたは、『ついてこい』……って、言ってくれないんですね」
「ああ。だってそれは、お前が決めることだろ」
「そう、なんですよね。……うん、そうなんだよね」
か細い声で、後半は自分自身に言葉を向けるようにしながら、彼女もまたゆっくりと立ち上がる。
その華奢な体を、とても重そうに支えながら。
「阿良々木、さん」
「なんだ」
「いいえ、ただ、最初に思ったよりも、厳しい人だったんだなって、思っただけです」
「…………」
ほんの少しだけ、非難めいた響きを秘めているような気がした。
言葉の意味は、考えないでおこう。
「……で、来るのか?」
立ち上がった平沢は、結局、返事をしなかった。
それでも一度だけ、こくりと頷き返した。
『行く』と、彼女自身の意思を確かに示す。
「よし。じゃあ、行こうか」
僕には、それで十分だった。
◆ ◆ ◆
441
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:56:30 ID:KOjfk52E
「――まあ、無駄だったわけだけどさ」
輝く陽光を浴びながら、僕は再び項垂れていた。
「……?」
「いや、気にしないでくれ。わびしい独り言だからさ」
平沢に手を振りながらガックリと肩を落す。
予想はしていたけれど、一寸の狂いなくその通りになってしまうのはやはり少し堪える。
太陽が肌に痛い。雨でずぶ濡れになっていた時とは逆に体温が高くなっている。
水で洗ったばかりの肌に幾つも汗が浮き出て流れていた。
土木作業さながらな労働は苦にはならないけど、無駄な結果で終わったとなれば疲労感もひとしおだ。
ガンダムエピオンの修理。
思い立ったはいいが、着手に入れる自信は初めからなかった。
経験どころか工学知識すらもない、いち高校生にそんな大層な作業が出来るはずもない。
それでも、不足している技術を補える、頼りになる当てはあったのだ。
雨が降る中もこちらへ加わってくる事もなくずっと立ち尽くしていた白い修道服。
インデックスは岩の陰で座り、僕らを観察するように眺めている。
様々な知識が収められ主催でも重宝されていたという彼女なら、機械の方面でも知識を持っているかと期待していた。
事実インデックスは主催により必要分だけの機械知識は有していると答え、意外にも色々と教えてくれもした。
問題はここから、
「元手がないんじゃ幾ら知識があったって動かせないよなあ……」
知識を詰め込まれたインデックスだが、彼女に修理作業の経験もなく、また出来ない。
そうなると直接作業するのは僕たちであり、そうなるとまた壁にぶち当たってしまう。
ひと通りエピオンを見回して――上半身を見る時はインデックスを背負って気合で登った――から、
インデックスはエピオンの補修部分やそれに必要なパーツの名称などを機械的に並べ立ててきた。
合金の補強だのアポジモーター交換だのと、聞いてるだけで精神がすり減らされそうな言葉の羅列。
濁流の如し情報の波はそれこそ異世界の呪文めいていて、あやうく知恵熱を起こすかと思った。
当然、平沢も困った表情で顔を横に振るだけ。
更に言うなら、部品を購入するペリカも販売機も見つからないので、あえなくエピオン修理計画は無期限凍結となったのであった。
唯一の幸運といえば、破損箇所はあるが外見だけを見る限りでは、運用自体にまだ支障は出ないという事ぐらいだ。
今エピオンが動かないのは、強力な衝撃を受けたかシステム内の演算機能にエラーが頻発したか、
その両方を起こして一時不全に陥っているかららしい。
とにかく乗り込み操作すれば動かせるという事で、そうするとこの行為自体もまるで無意味ではないのかと更に気を落としてしまうわけだけど。
「でもま、終われないよな、これじゃ」
既にどん底にいる気分だ。今更落ちた所で凹まない。
やるだけやろう、という気になっている。
横目で、背後の岩に座り込んでいる平沢を見る。
僕は一人じゃない、彼女もまた、戦っている。
彼女が自分で助かりたいと思ったからこそ手を伸ばした。
生きたいと、そう願ってくれたのだから。
「――よし、やるぞっ」
何をやるのかも決まってないが、それでも決まっているものはある。
無駄でも無為でも無様であっても、まだ動く理由は失くしていない。
力のある限りは、後悔せず必死にあがいていきたい。
偽らざる本音で隠せない本心がこれだ。
諦めの悪さだけなら、ほんの少しだけ自信がある。
ならまずは次なる計画を立てねばと頭を捻らせてるところへ、遠くから聞こえてくる力強いエンジン音を耳にした。
442
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:57:44 ID:KOjfk52E
「……枢木、か?」
路地の砂利を轢き潰しながら、各所をへこませた一台の車両がこちらへ向けて走ってきた。
出発前の分配で、いくつかの荷物は元の持ち主と違った者の手に渡っている。
近づいてくるのは、機動兵器が手に入るまでは主な移動手段として利用され続けていたジープだった。
ジープは手前で停まる。操縦席に乗っていたのは現在の所有者である枢木だった。
「乗ってくれ」
僕らの目の前で車体を止めるなり、開口一番、同席を求めてきた。
後部座席には二つのデイバッグ、それ以外にも様々な工具などが置かれている。
装備を見るだけでも車を走らせ、何かを探しに行く準備をしているのが分かる。
「いや待ってくれ、いったい何処に、何をしに行くんだ?」
とりあえず沸いた疑問を投げかける。
この状況下、向かう先とはどのような場所なのか。
「――ルルーシュが僕に残していったものを回収しにいく」
その台詞にどれだけの驚きがあるのかは、後ろで息を呑む平沢が如実に語っていた。
彼女の挙動に目を寄せる者は誰もないまま、枢木は説明を続けていく。
「僕一人だと時間も労力もかかり過ぎてしまう。
速やかに事を為すには人手が必要だ。だから手を借りに来た」
死んだ人間からの置き土産。思いがけない名前の到来に、思わず肝心の遺物の詳細を聞くのも忘却してしまった。
しかし何より意外だったのは、枢木がこうして協力を求めに来たこと。
思考の猶予、整理する時間は誰しもが平等に与えられたいた。
人手が必要だという合理的な判断に基いての行動なのかもしれない。
目的意識においては今いるメンバーで最も強いものを抱えているのが枢木スザクなのだから、腹芸のひとつはこなせるだろう。
前提がそうであってもしかし、僕は密やかにも嬉しさを感じていた。
どのような思惑があっても、枢木がこの繋がりを断たずにいてくれた事に感謝をしたかった。
誰かの支えになろうとして逆に助け舟を出されるのだから、やはりこういう役目にしかなれないのだろうかと苦笑するけれど。
「ああ判った。手伝うよ。それとありがとな」
「感謝される謂われはない」
ドアを開いていざ乗り込もうとする前に、ふとこの状況に既視感が湧く。
ちょうど数十分前の繰り返しのように、僕は後ろを振り返った。
「平沢、おまえは――」
「ごめんなさい」
か細い、だけど明確な主張が、振り返り切るよりも先に言い出された。
皺がつくほどスカートを指で握り締めている平沢の顔は、俯いているせいで見る事が出来ない。
「私は……行きたくない、です」
声は限界まで絞られているのに、拒絶の意志だけは簡単に読み取れた。
それだけ敏感に反応した理由も、容易に知る事が出来る。
僕は僕の軽率さを、少し悔やむ。
そりゃそうか、って思う。
思いが戻って、死んだ人を見るしかなくなって、だけどそれで、何の解決になるっていうんだ。
それだけで解決するほど彼女の問題が簡単ならば、そもそも彼女は何一つ苦しむことも、間違えることもなかったのに。
「――そっか。分かったよ」
行きたくないのなら連れて行く理由はない。
それが彼女の意志なら。
不満も何もなく、受け入れるしかない。
いつか彼女が向き合える様になるまで、待つしか無い。
たとえ、どれだけ時間が少なくても……。
「じゃあ……僕らは行ってくるから、ちょっとだけ待っててくれ」
「――ぁ――――――、……はい」
何かを言いかけようとしたのか、僅かに平沢は顔を上げるけど、またすぐに沈んでしまう。
その際、一瞬見えた瞳が、まるで助けを乞うように見えて。
だからジープに乗り込んだ僕は、少しでも安心させようと助手席から声をかけた。
「大丈夫、すぐ戻るよ」
何気のない、普通の一言。
帰る場所がある人なら、当然に出せる言葉。
それを聞いた平沢はまたスカートを握り締めながら、固まってしまい、その場で黙ってしまう。
そのまま車は走り出し、立ち尽くす彼女の姿は、どんどん小さくなる。
景色は動き、街は遠ざかっていく。
443
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:58:41 ID:KOjfk52E
◆ ◆ ◆
/あめあがり − double −
◆ ◆ ◆
444
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 00:59:29 ID:KOjfk52E
− 阿良々木暦 −
枢木の運転するジープは、意外と安全運転だった。
さすがに、交差点でいちいち一時停止したりはしなかったし、道路交通法には違反しているのかもしれないけれど
枢木の運転に身の危険を感じることはなかったのだから、この状況下においては安全運転と言っていいだろう。
ルルーシュの残した物を回収する以外に、自動販売機からエナジーフィラーを入手したい。
そのためにまずは象の像へ向かう。
そう言ったきり、枢木は何も言わない。
さっきの、ユーフェミアの件は、宙に浮いたままだ。
気にしている素振りは見せないけれど、気にしていないとは思えない。
冷静になって考えてみると、僕が枢木の胸倉を掴むことができたことがまずおかしくて、
枢木が僕にそうされることを許したということなのかもしれないど、その理由はさっぱり思い当らなかった。
横で運転している枢木を見る。
どこで着替えたのか知らないが、今の枢木はどこにでもいる高校生、もしくは大学生といった出で立ちで
その服装が、なんというか、やや残念な感じのセンスなのだけれど、運転する姿は様になっていて
ファッションの残念さを差し引いてもまだお釣りがくるくらい、男の僕から見てもかっこよかった。
「………なあ、枢木っていくつなんだ?」
「十八、だけど」
「ってことは、免許取ってからそんなに経ってないよな」
「………」
「一年未満でもこんなに運転って上手くなれるんだな」
「………」
「ああ、あのロボット動かすよりは簡単か」
「………」
「………」
なんか、僕だけが喋っていた。
別に、仲良くなりたいだとか嫌われたくないだとか、そんなことを言うつもりはないけれど。
でもやっぱり、気まずいままではいたくない。二人きりだし。
「えっと……ああ、僕の世界、というか、僕の国では車の免許は十八歳になると取れるんだ。
だからその感覚で話してたんだけど、そうだよな。国が違えば法律だって違うもんな。
枢木は何歳で免許取ったんだ?」
「………」
……不味い。
気のせいじゃなければ、さっきよりも沈黙が重くなっている。
さっき式と会話した時のことが嘘のように、今の枢木は表情を変えない。
変わらないから、何を考えてるのかさっぱりわからない。
「えっと、答えたくないなら、別にいいんだけど」
「………ごめん」
なんか、謝られた。
僕はそれを、僕の質問に答えないことに対しての謝罪だと思ったのだけれど、でも違っていた。
枢木の言葉には、まだ続きがあったのだ。
「免許は持ってない」
「……………はい?」
「免許は持ってない」
「運転の経験は?」
「君を乗せる前に三分ほど練習した」
とんでもないことを、さらっと言われた。
よりにもよって、胡散臭いアロハのおっさんに似た声で。
知らないほうがいいことというのが世の中にはあるのだと、僕は身に染みて痛感していた。
445
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:00:46 ID:KOjfk52E
「――着いた」
そんな僕をよそに、ジープは停車する。
……うん。間違いなく安全運転だ。
降りると、目の前には象の像。
迷うことなく近くにあった自販機へと歩いていく枢木の後を追う。
自販機で売られている商品は、多種多様。
移動中に枢木が手に入れたいと言っていたエナジーフィラー。
インデックスが言っていた、グラハムさんの機体を修理するのに必要な部品。
『阿良々木暦の私服①』『阿良々木暦の私服②』『阿良々木暦の私服③』なんて物まで入っていた。
僕らがここに来ることがわかっていて、僕らの欲しい物もわかっていて、意図的に揃えたとしか思えないラインナップ。
「手にした成果の分だけは、自由に足掻けということか」
どうやら僕と同じことを思ったらしい枢木が呟く。
成果、なんて言葉は使いたくなかったけれど、だけどそういうことなんだろう。
自販機を使えなくすることくらい簡単にできるはずの連中がそれをせず、
逆にこんな至れり尽くせりな状況にしてくれているのだから。
エナジーフィラーや修理のための部品を購入してもペリカは余るということで、
遠慮なく『阿良々木暦の私服②』を買うことにした。
もともと僕の持ち物なのになんで買わなきゃならないんだとは思ったのだけれど、仕方ない。
周囲に誰もいないことを確認して、象の像の陰で着替えを済ませる。
着替えを終えてみると、てっきり車に乗り込んで待っているものだと思っていた枢木は、まだ自販機の前にいた。
一点を見つめたまま動かない視線の先を追う。
『神聖ブリタニア帝国 第三皇女専任騎士の正装』
商品説明の写真がついてたが、僕の感覚ではコスプレとしか思えないようなデザインの服だった。
ブリタニア帝国っていうのは覚えがある。枢木が騎士をやってるっていう国の名前だったはずだ。
皇女ってのは皇帝の娘のことで、皇帝はあのルルーシュで、って、あれ?
「おい。ルルーシュって子持ちだったのか!?」
「違う」
「え、でも、神聖ブリタニア帝国って、ルルーシュが皇帝で枢木がその騎士なんだよな?」
「この第三皇女というのは、ルルーシュの前の皇帝の治世の時の第三皇女……つまり、ルルーシュの異母妹だ」
「妹……か。あ、そういえば、ユーフェミアも名前、ブリタニアって」
「彼女のことだよ」
「え?」
「ユーフェミア・リ・ブリタニア。彼女が第三皇女だった」
それは、思いがけない事実だった。
いや、僕が考えたことがなかっただけなんだけれど。
ユーフェミアの名前が全力でネタバレみたいなものだったのだから、気づかなかった僕が間抜けと言っていい。
「知り合い、なのか? ユーフェミアの騎士と」
だけど、僕が本当に間抜けなのは、こんな質問をしてしまったことだろう。
ユーフェミアは言っていたのだ。枢木のことを「騎士だ」と。
なのに、その時の僕は彼女の言葉を『白馬の王子様』みたいな意味だと勘違いして、
枢木が自身をルルーシュの騎士だと発言したこともあって、そのことをすっかり忘れていた。
そして思い出すことはなかった。
思い出していれば何かが変わったのかもしれないけれど、思い出さなかった僕は、ただ枢木の答えを待っていた。
446
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:01:06 ID:KOjfk52E
「……………知り合いじゃないが、知ってはいる」
随分と間をおいて、枢木はそう答えた。
「どんな奴なんだ?」
「話す必要はない」
明確な拒絶だった。
機密情報だから言えないとかじゃなく、枢木自身の感情で話したくないのだと、そう言われた気がした。
「どんな奴だったのかは、まあ、言わなくてもいいけどさ。でも、ひとつだけ、聞いていいか?」
「……なんだ?」
「枢木にとってその騎士の服が特別なのは、その騎士のためなのか? それとも、ユーフェミアのためなのか?」
「……何故、この服が僕にとって特別という前提なんだ?」
「どうでもいいなら、そんな風に見ないだろ」
枢木の、瞳が揺れた。
まただ。
だけど僕はもう、この揺らぎを不自然だとは思わなかった。
もしかしたら、こっちが本当の『枢木スザク』なのかもしれない。
「……………」
枢木の手が、自販機にペリカを入れてボタンを押す。
出てきた騎士服を無造作にデイパックへと詰め込むと、枢木はさっさとジープへと向かって歩き出した。
「おい。どうするんだ、それ」
「処分する」
「処分って」
「………これを着るべき者は、もうこの世にはいない」
僕を置いて出発しかねない勢いの枢木を追いかけて、慌ててジープへと乗り込む。
座席に落ち着くよりも早く、車は動き出す。
枢木に僕の質問に答えるつもりはないらしく、だけど僕はそれこそが枢木の答えなのだろうと
何故かなんとなく納得していた。
外を流れる景色を見ながら、「これを着るべき者は、もうこの世にはいない」という枢木の言葉の意味を考える。
ユーフェミアの騎士は死んだ、ということなのだろうか。
それとも、生きてはいるけど何らかの理由で騎士の任を解かれたのか。
正解を導き出すために必要なパーツは全部揃っていたのに、僕は結局最後まで、気づくことはなかったんだ。
447
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:01:34 ID:KOjfk52E
◆ ◆ ◆
− 平沢憂 −
時間帯は午後。
普通ならば自動車が交差しているだろう道路。
その脇の歩道を、平沢憂はひとり歩いていた。
町は変わらず生気がなく、ガランとしている。
広い道に走る車はない。今後、通行することもない。
よってここでは信号を守る必要もなく、事故が起きる危険もない。
法律など、今行われている事象を思えばあまりに遠い言葉だ。
人を守る法は機能せず、身を守れるのは自分か他人しかいないのだから。
それならば、わざわざ歩道を超えて悠々と車道を横切ってしまっても何ら不都合もないのだが、
憂の人生で培われた経験、常識はこんな場所でも彼女に正しい道を使わせている。
特に意識せず、あくまで自然に。彼女は道の端を歩いていた。
「…………」
進める足に行き先があるわけでもなかった。
前の建物にでも戻ってしまおうかというくらい。
行く理由はただ、あの場所にいたくないと思っただけ。
何かに急かされるように。
何かに責められるように。
何に?
そんなものは決まっていた。
(また……逃げ出した……)
あの場所に憂を留めなかったのは、いま憂を責めたてるのは、紛れも無く彼女自身。
(……向き合わなかった……私は……また……)
だから離れた。あの場所を去った。
突発的な不安感で逃げるように後にして、それはだけど失敗だったのかもしれない。
「……………」
自分の両腕を、抱きしめるように強く握る。
行きたくないのは本当だった。その気持ちに嘘はない。
『彼』の残した物と向きあうなんて、まだそんな覚悟はできてない。
だから咄嗟に拒絶してしまって。
なのに、あのとき憂の胸中に渦巻いたのは、言いがたい不安。
目の前の二人、今まで傍にいてくれて、もうすぐ離れてしまう人を見ていると、ひどく恐ろしい気持ちになる。
温かいものが体から抜けていくような思いをなんというのか、上手く言葉にできず、それがよけいに怖かった。
「阿良々木さん……」
気がつけば、なんとも淋しげで、情けない声が唇からこぼれ落ちていた。
時間は本当に僅かなものだろう。
ここで危険を冒すほど無鉄砲でもない、きっとすぐに戻ってくる。
『すぐに戻る』という、彼の言葉通り。
だけど、分かってはいても心は震える。不安が溢れて止まらない。
ふと横を見れば、ビルのガラスに自分自身の姿が映っている。
雨上がり、滅びた街の真ん中で、途方にくれていた。
もう何もない自分、求めた夢が破れ、その残骸だけを今も抱えている、私。
今の自分はなんて弱く、心細いのだろう。
こんな一時的な別行動にも耐えられないなんて。
けれどこれが、今の平沢憂の姿だった。
目をそらし続けていた自分だった。
生きるということは何かを求めるということだ。
何かを求めるならば、それは夢を持つということだ。
切に願う、ということだ。
けれどそれは今の平沢憂から失われた物であり、叶えられる人は、もう居ない。
かつてのように、叶えられる人は、もう、どこにも―――
誰もいない道。空になってしまった、隣の席。
誰かを待っていると。
ひとりになると、また、考えてしまう。
思い出してしまう。
大切な人のことを。
もう、戻らない、誰かのことを。
448
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:02:11 ID:KOjfk52E
「…………ぁ」
ふと、ガラスに映った背景が、切り替わる。
今日と同じように、よく晴れた冬の日。
ありふれた日常の世界の中で、ささやかな魔法を見た、いつか。
『―――憂』
耳に残る、誰かの声。
『―――ホワイトクリスマスだよ』
だけど、もう居ない、誰かの言葉。
「………………」
知らず、自分が立ち止まっていることを自覚するまで。
憂には少しだけ、時間が必要だった。
「……っ……ぅ……」
今度はなんとか、蹲りはしなかった。
代わりに強く、強く制服の袖を握りしめる。
ここでもう、誰かの名前を呼ぶことはできない。
思考を停止させ、心を委ねて依存することは、もう許されない。
痛みを、締め付けるような胸の中の痛みを、ただただ感じ続ける。
「まだ、痛い……」
これからは、自分で選ばなければならない。
思いを、失った痛みを、自分で抱えなければならない。
そんな当たり前の事をずっと放棄していた。他人に委ねて楽をしていた。
痛くて、苦しくて、救いがなくても、向かい合わなければならなかったのに。
いま感じる耐え難い痛みも、もっと前に自分一人で受け止めなければ、ならなかった筈なのに。
「分からないよ……阿良々木さん……」
どうしたいか、なんて、まだ何も分かっていない。
心の中は靄がかかっいてて、自分の事なのにはっきりとした答えを出せない。
それでもこうして自分の足で立っている限り、願うものがあるのだろうか。
だからこそ今、自身は生きることを選んでいるのだろうか。
「私は……どうしたらいいのかな……」
いつか思いを受け止める事が、できるのだろうか。
「何を望めばいいのかな……」
それは途方もなく遠い道のりに思えた。
犯した罪は重い。耐えられず、全身の骨が折れてしまいそうなほど。
「何かを望んでも、いいのかな……」
それでも生きて行かなければいけない。
雨の中で、誰かの手を掴んだ、生きたいと願った。
その意味を、嘘にしないなら。
449
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:02:54 ID:KOjfk52E
「――?」
そのとき、寂れた十字路を流れる涼風から、僅かな芳香が憂に届いた。
それはきっと、どこにでも在る、ありふれた香りだった。
夕暮れの住宅街を歩いていれば、いつでも感じる、とても懐かしい柔らかな匂い。
「これ――」
ゆっくりと、また足が動き出す。
誘われるままに辿った先にあったのは、一軒の古めかしい喫茶店だった。
そこは憂たちのいたアパートから少し離れていて、ちょうどそこから駅の線路が見える場所に建てられていた。
アンティークな装いは逆に目立ち、今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。
かけられた看板には馴染みの薄い綴りで文字が並んでいる。たぶんドイツ語だろう。
学校での成績は優良といっても流石にドイツ語までは勉強していない。
ただカナはきちんと振ってあり、
またテレビの番組か何かでそれがタイトルになったものを見た憶えがあったから、憂も言葉そのものは知っていた。
「……遺産」
店につけられた名前は、アーネンエルベ。
意味は、過去の記録が埋まった場所。
450
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:03:30 ID:KOjfk52E
◆ ◆ ◆
− 阿良々木暦 −
枢木の運転するジープは、南へと向かっていた。
うーん、やはり安全運転。
どうも釈然としない気持ちになる。
そうして着いたのは、広がる海面の他には何もない港跡だった。
海が一面に広がり、打ち寄せる波の音が寄せては引いていく。
そよぐ潮風は鼻と、傷口が完治しきっていない肌をひりつかせる。
地図上では【F-3】に位置するエリア――カジノ船エスポワール号が逗留していた船着場だ。
しかし正確には、僕たちが今いるのはその真横にある【E-3】の工業地帯。
船着場があったエリアは、既にもう無くなっていた。
当初に建てられていた工場群、あるべき大地は消失し、陥没したように大きな穴が開いている。
まるで怪物に丸呑みにでもされたかのような異質な地。
その理由を、僕と枢木は実体験として記憶している。
魔王、織田信長の強襲に端を発した戦闘。
その最中に起きたエリア一帯の崩落。
二極の災厄に囲まれた結果、F-3エリアは地盤そのものが砕け奈落の底へと落ちていった。
それ以前にも、泊められていたエスポワール号は魔王の剣閃により両断の憂き目に遭い、海の藻屑と化している。
度重なる凄惨な事件の跡地を眺める。
隣では、枢木が双眼鏡を目に当て辺りを見回している。
海を見ているのは何も悲哀に気を沈ませ、黄昏れているわけじゃない。
この広大な、一面、瓦礫の交じる海の中から、あるものを見つけなくてはいけない。
確かに一人でここを見渡すのは大変だろう。
僕を指名したのもやはりそのあたりなのかな、と片隅で考えつつ全周を丹念に観察していく。
度重なる酷使を受けても逆戻る五体。
ぼろ雑巾のように切り刻まれても元の姿に復元する吸血鬼の生態の名残り。
同じように、僕の肉体は常人よりそこそこ優れた性能を有している。
そのひとつが、普通は見れないような遠方の姿を正確に捉えられる並外れた視力だ。
本流の吸血鬼とは及ぶべくもない一欠片であるが、望遠鏡代わりに使うぶんには支障のない。
忘れていたわけではないが、こんな使い道があると中々思いつきはしなかった。
「――あった。
あれのことじゃないか、枢木?」
そして平時よりも鋭敏になった視覚は、枢木より伝えられた姿に合致すると思われる機影を捉えた。
「……ああ。確かに僕の知る姿と一致している。間違いないだろう」
指差した先を双眼鏡で眺めた枢木が答える。
瓦礫が寄り合って生まれた人口と天然が入り混じった浮島に、探し求めたものはあった。
「まさか本当に残っていたとは」
感嘆のような声を洩らす枢木。そこは全く同意見だ。
あの大破壊の中。
一帯が丸ごと藻屑に消えた土地で、まさか『こんなもの』が原型を留めているなんて誰が思おうか。
背景の一部に溶け込んだ夢の島。
一体と化している雑多な瓦礫のパーツの中で、不純物が隠れている。
天地を裏返す波濤の洪水を生き延びた舟は、同胞を迎え入れるように小さな船体を水辺に揺らしていた。
451
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:04:31 ID:KOjfk52E
―――この場にいる、生き残っている人物が知る事はない、或る事実。
荒耶宗蓮の発動した会場の仕掛け。
指定したエリアを一瞬で崩壊させる措置は、忍野メメによる密かな工作により効果を十全に機能し得ないでいた。
崩壊そのものは止められないでいたがその進行速度は大幅に削がれ、行使者の荒耶が死ぬ事で更なる促進もされず、
決定的な亀裂を走らせて以降の推移は、ほぼ自然の流れに任せていたといえよう。
結果として地上の岩盤や工場などの建築物は粉々に砕かれず一定の形状と大きさを保ったままになり、
水没して発生した潮流に乗り海を彷徨い続けた。
崩落から数時間、荒れた海流は元の静けさを取り戻し、数々の残骸は波の流れの過程で引っかかりを繰り返し、
幾つかの小島を形成していたのだった。
そして、それより遡ること数時間前のギャンブル船。
かつて回収した首輪を換金したルルーシュ・ランペルージを筆頭とした集団が
ふんだんな資金を用いてホバーベースを始めとした大量の装備を買い揃えた際。
ルルーシュは以前に保有していた揚陸艇を、先に進む折、傍の船着き場に残していた。
移動拠点として申し分のない、実質の上位互換である新型の艦を得た事で、
保有する意味は確かに大きく落ちている。
揚陸艇ほどの巨体は流石にデイバッグに詰まらず、使い道のない不要な装備ではあっただろう。
だがそれで、その程度の理由で、一度手にした己の持ち札を早々に切り捨てるルルーシュなのか。
あらゆるカードを盤上の駒として有用する智の魔王が、様々な思惑、疑心が交錯していた空間内で、
何の保険もかけずに動いていたというのが、有り得ないといえるのか。
当人が死し、埋没しかけていたこの遺物こそがその答え。
自身が不覚を取った場合での緊急時における駆け込み寺。
元より組織していたチームは途中で瓦解する事を前提とした即席のもの。
いつ造反、騙し討ちが起きても不思議はなかった。
注意深いデュオ・マックスウェルやステルスを持つ東横桃子がいたので、支給品を密かに残しておく事は出来ず
セーフティ以上の措置はないが、隠しの備えとして十分以上の意味を持っていた。
ゼロと1では出発点からして違う。ベット出来る元手があるとないとでは話の次元が異なってくる。
道具さえあれば、逆転の好機は常に残されているのだ。
燃料はまだ余裕があるから航行には不自由しないし、居住スペースも存分に確保されている。
それにこれは元々はナイトメアフレームを収容する為の船であり、整備用の設備も揃えてある。
ナイトメアが運用下になった時点でこの布石が要ると睨んでいた、ルルーシュならではの周到さだった。
平沢憂も秋山澪も、東横桃子も両儀式も気づかずいつからか忘却していた存在。
唯一該当するといえばデュオ・マックスウェルくらいのものだが、それも可能性での話。
木の葉は森に隠せというように、ホバーベースという巨大な隠れ蓑で、小さな痕跡を掻き消したのだ。
かくして時を経て、王の遺産は騎士の手に入る。
託された希望は、確かに次に渡った。
452
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:06:10 ID:KOjfk52E
◆ ◆ ◆
− 平沢憂 −
店内は外装と同じく、西洋的で落ち着きのある雰囲気だった。
照明の類はどういうわけかほとんどなく、明かりは外の陽の光にのみ頼っているという構造をしていた。
今は雨上がりの強い陽射しだからいいけれど、曇りの日はどうするのだろうかと少し疑問に思った。
特に仄暗いカウンターの奥、たぶん厨房だろうか――その奥から湯気が立ち込めている。
そっと中を覗いてみると、奥のほうでもぞもぞと小さな影が動いている。
「……土鍋もあるのか。都合がいいな。洋食しかないと思ってけど、意外と和食用の器もあるもんだな。
しかしなんでこんな梅ばっかり詰まってるんだ? 梅漬けのサンドイッチでも作る気だったのか。
まあ付け合わせの具にするのが丁度いいか」
業務用の大型の冷蔵庫を漁る和服の女性。
手にとった食材を吟味して、次から次へと調理場に置いていっている両儀式がそこにいた。
何も言わずに姿を消していたが、割りと近い場所にいたようだ。
しかし、ひょっとしてと、憂は困惑に似た思いを抱く。
彼女は、ずっとここで料理の準備をしていたのだろうか……?
入り口から覗いている存在に気付いたのか、前を向いていた式の首がこちらへと回る。
鋭く尖った瞳が、穿つように憂を見た。
「何か用か?」
「えっと、あの…………何してるんですか」
何も浮かばず、つい咄嗟の疑問を口にしてしまう。
見たままの状況から、ましてや家事に慣れ親しんでいれば、想像出来ないわけもないのに。
「何してるように見えるんだ」
「……料理、です」
「分かってるじゃないか」
わかりきった問答だ。
特に用がないと思ったのか、式は視線を元に戻し食材集めを続行してしまう。
既に憂への関心は消え、見向きもしないでいる。
両儀式は自分が必要と思った事しかやろうとしない性格だと、エピオンを修理する試みの最中、阿良々木暦は言っていた。
つまりは、ここで料理を作るのが彼女のやりたい事だということなのだろうか。
まさかさっきのマンションで着替えをしたのも、このためだったというのか。
その行動は甚だ不可解、不思議なものとして、憂には映った。
「じゃあ……何で、こんな事してるんですか?」
先ほどとは少し意味を変えた質問を投げかけてみた。
殺し合いの只中で、限りある猶予時間で、何故その選択をしたのか。
すると式は顔を上げ体ごと振り返った。
食材の選別が済んだからだろうが、改めて正面に向かれると緊張する。
人形めいた顔立ちに綺麗に揃えられた身体は、だからこそ威圧感が強い。
「腹が減ったら食べるのは当たり前だろ。
バッグにあった分は食べきってもうなかったし、自分で作ろうとしただけだ。
これ、そんなに変な事か?」
「……え……い、いえ」
きょとんとした顔で、ごく自然に式はそう答えた。
憂もまともに返答が出来ず、ただ立ち尽くしてしまう。
空腹だったから何か食べようとした。
手持ちがなかったので適当に探していたら、近くに馴染みの店があったので失敬した。
理路整然としていた。疑うものなどない、まったく自然の成り行きだった
453
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:06:39 ID:KOjfk52E
お腹が減ったらご飯を食べる。悩むまでもない、シンプルな行動。
普通に生きてれば、特に考えもせず行なっている日常の習慣。
殺し合いという非日常とそれを通している両儀式(かのじょ)は、果たして異常なのか。
そんな事はない。
生きてればお腹が空く。生きたいからこそ人は食事を求める。
災害時だろうが殺し合いの只中だろうがそれは誰にも、何にも冒されない人として普遍のことだ。
憂だって、例外ではない。
特別な意識もせず、ただ誰かに食べて欲しくて手料理を振舞っていた。
あの時も、きっと、そうだったのだから。
『――――憂』
何かを望む、ということ。
まだ、見えないけれど。
「……あ」
何一つ、分からないけれど。
だけど胸に、わずかな衝動が、あった。
「あ、あのっ」
走り抜けた胸の痛みより、僅かにその衝動が勝ったのか。
気づけば、一歩、前に踏み出していた。
戦う意志も生きる覚悟も、まだ漠然としていて、どうすればいいのかなんて分からない。
傷の痛みは残ったままで、苦しみが抜ける日が来るなんて今は信じられない。
「みんなの分も作ってるんですよね。手伝います、わたし。料理は得意ですから」
だからせめて、今は自分がしたいと感じた事を。
今はただの勢い任せだけど、やりたいと思った事だけは、素直に向き合いたい。
贖罪だとは思わない。
それは重々しい気持ちとは何一つ関係のない事柄。
控えめながらも自分で決めた意志だったから。
「…………」
式はやはり無表情のまま黙って憂を見つめ、
「やっぱり、必要なんてないじゃないか」
誰にも聞こえない言葉を、ぼそりと呟いた。
「え?」
「いいよ。手伝いたいなら勝手にすればいい」
ぶっきらぼうに言い放ち後ろを向いてしまう式。
声に不快な感じはしなかったし、許可をもらったのなら大丈夫だろうか。
手を洗い、台所にかかっていたエプロンを取り出して身に纏い、調理場に入る。
そして既に調理器具を手にしている式の隣に並び、食材を持った。
特別な意識が芽生えもしない。
今だけの共通の目的で彼女らは一緒にいる。
こうして小さな厨房の中で、二人の少女による、初めての共同作業が始まった。
454
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:07:33 ID:KOjfk52E
――――そうして、暫く時間が経ち。
「胡椒」
「あ、はい。どうぞ」
調理はスムーズに進んでいった。
二人とも最低限の言葉を交わすのみで、滞り無く作業に集中していた。
平沢家の家事は憂が一手に引き受けてるといってよく、料理にも覚えがある。
献立は式が粗方決めていたので、憂はそれを補助していくように動くだけでよかったのも要因だろう。
しかし何より憂が驚いたのは、式の料理の手捌きであった。
料亭の板前も顔負けの腕前、それも和食に特化しているというおかしな振り分けだ。
趣味や家事を続けていたでは済まされないレベルであり、とにかく憂が日々行う調理とは一線を画していたのだ。
曰く、元々家が両家で舌が肥えているので味の善し悪しにはうるさいのだという。
他人の食事や店のものなら何でもいいが、自分で作る場合は自分で納得出来るものじゃないと満足出来ないのだとか。
それで自然と技量が上がったという事らしい。
つい気が入りすぎたのか、なんとデザートにまで着手したのだからもう感心する他ない。
「ふぅ……」
椅子にもたれた憂が大きく息をつく。
大まかな作業を済ませて、ひとまずは調理は完了した。
後はひと煮立ちさせて二人の帰還を待つのみ。
壁にかけられて時計の針を見れば、開始してから随分と進んでいる。
現状を考えてなるべく手間と時間のかからない料理を選んだのに三十分ほどは経っている。
式のこだわりように引っ張られ、ついこちらも気が入りすぎたのかもしれない。
時間が空いて、自分がこれほど作業に没頭していた事に憂は気付いた。
悲嘆や苦悶などという感情は、その間だけ、感じずにいられた。
余計な思考は入らず、ただ目の前の事にのみ取り組んでいた。
考えていたのは、より良い味付けや食材の切り方、どの食器に乗せようかなんてものばかり。
共同者と相談したりして、料理を美味しく作ろうという思いだけだった。
忙しい時間を超えて落ち着きを取り戻した脳は、色んな思い出を自動的に回想していく。
フィルムを回すみたいに流れていく光景。
それは紛れもなく自分の遍歴。他人事ではない平沢憂の過去。
いろんな人がいて、とても大切な人がいた。
浮かんでは消えていく誰彼の顔で目に止まったのは、袂を分かった先輩の、決意の姿。
大切な人を失っても、自分と違い思いを捨てずに戦っていた人。
味方する人がみな死に、孤立無援になってしまった彼女は、今どうしているのだろうか。
「式さん。あれから、澪さんと会ってますか?」
微かな期待を抱いて、隣のテーブルの席に座って動かずにいる式に聞いてみた。
禄に話を交わしてない相手に、最初は言葉が詰まったけど、少しは打ち解けられたかも知れない。
友達になる時間も、仲間と呼べる様になる猶予も、きっと残されてはいないだろうけれど。
式は顔も合わせず、けれどきちんとした声で、もう会った、と答えてくれた。
「けど、何処に行ったかなんてのは知らない。
船の方で少し別れてたら、あっちから勝手に行っちまった」
放送後しばらくは行動を共にしていたが、唐突に姿を消してしまったと言う。
船というのはホバーベースのことなのか。
455
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:07:55 ID:KOjfk52E
『―――――最後まで、俺を裏切るな』
心を抉る記憶に憂の肩が震える。
首を振って、振り払った。
今は隣にいる人との会話の途中で、だから囚われちゃいけないと。
「どうして、行っちゃったんでしょうか」
「さあな。一緒にいたくないから独りになったんだろ」
素っ気なく返される。けれど確かにその通りだと憂は思う。
「……そう、ですね」
焼け落ちた残骸を前に、秋山澪に去来したのはどんな感情だったのか。
そして彼女は、これから一体、どんな道を選ぶのだろうか。
「また逢いたいのか、あいつに」
「……分かりません。
もし会ったとしても、私はどんな顔をして、会えばいいのか……」
一日半の短い時間であったたくさんの出来事。
天地が逆転するほどの衝撃の連続は、二人の距離を断崖の端同士にまで離されてしまった。
あの日には、あの場所には、もう戻れはしない。
失う痛みは多すぎて、欠けた孔には、お互い、未知の悲劇ばかりを詰め込まれた。
他愛もない毎日。当たり前で、だからこそいつまでも続いて欲しいと願った世界。
あの輝く宝石のような幸せは、しかし今はもう、とても遠い。
その事実を噛み締め、眼の奥がじわりと熱くなっていくけれど、どうしてか涙が流れる事は無かった。
ゆらゆらとのぼる湯気が、換気扇に吸い込まれていく。
聞こえるのは外へ流れる風の音と、かたかたと揺れる鍋の蓋だけ。
憂も式もそれ以降は何も語らず、緩慢に過ぎていく時をただ待っていた。
456
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:08:29 ID:KOjfk52E
◆ ◆ ◆
/あめあがり − last supper −
◆ ◆ ◆
457
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:10:00 ID:KOjfk52E
「ん、なんだこの良い匂いは!?」
揚陸艇を回収するという、枢木の当初の目的は滞りなく達成した。
波も安定せず、瓦礫も漂う海を、枢木は予め用意していた水泳用具で海に飛び込み、数分も経たない内に揚陸艇まで独力でたどり着いてしまった。
損害状況をチェックしてみれば、外装と内装こそ酷いがエンジン、動作環境に異常はなく、
運行にはいちおうの支障がないという良好な状態だったらしい。
正直、僕は必要だったのかと自問するぐらいの働きぶりだった。
そうして回収を完了させた揚陸艇を都市部の方の岸に寄せ一旦後にし、
市街地に帰ってきた僕が気付いたのは、鼻を揺らすかぐわしい香り。
ジープで帰還する途中で漂ってきた煙と、磯とは趣を異とする匂い。
ここが人のいない街、殺し合いの舞台である事を忘れさせてしまうような、
洗浄された無味無臭の世界を染め上げる温かさがあった。
「誰かが料理してるって事だよな、これ」
思わず分泌される唾液を飲み込みつつ、僕は匂いの出処を視線で追おうとする。
走る車から、通り過ぎていく建物へ丹念に目を配らせていく。
すると、見覚えのある学生服に身を包んだ少女が、古い喫茶店から出てきたのが視界に入った。
「枢木、止まってくれ。平沢が来てる」
返事はなく、枢木は静かにジープを停止させる。
程なくして近づいてきた平沢の手には、丸めて畳んだ何かの衣服があった。
そしてもう片方の手には、これまた何故か、おたまを持っていた。
ちょっと不安だったけど、大丈夫そうで何よりだ。
でも正直、置いて行ったという負い目が今更のように湧いてきて、なんだか彼女の方を見づらい。
それでも無視するわけには行かないので、助手席から彼女と視線を合わせた。
すると以外なことに、平沢の方から口を開いて。
458
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:10:27 ID:KOjfk52E
「おかえりなさい」
「あ、うん、ただいま」
何気ない迎えの挨拶。僕も反射的に言葉を返してしまう。
場所や過去、今まで積み重なった経歴を置いて傍目に見れば、なんだか家に帰宅した家族を出迎えるようなやりとりで。
なんだ……どうしてか僕は、家にいる二人の妹の姿を頭に浮かべてしまって。
彼女が出てきた場所や、その装いなど、気になるものが多くて、一度に言い出せず詰まってしまう。
しかし何事かを僕が言おうとするよりも先に、意を決したように平沢が話を切り出してくれた。
「えっと……ご飯、作ってたんです。いま出来たので一緒に食べませんか」
相変わらず弱々しい声だったけれど、さっきまでより力が篭っているように聞こえた。
「ご飯か」
匂いは今も僕の鼻孔を擽って、長らく機能を忘れていた胃腸が、食事という単語を聞いて騒がしくなる。
作業に没頭していた頃は気にも留めていなかったが、朝に学校を出て以降、何も口にしていなかったのを思い出す。
疲労が蓄積して体が栄養を求めていても口に入らなかったのが、大分時間が経過して傷が癒えてきたおかげで食欲が戻ってきたという事か。
思い出すと益々空腹感が強まった気がする。
「ご飯かぁ」
武士は食わねど高楊枝。されど見栄を張るのはここでは無意味。
何より全員分まで作ってくれた行為を断るのも無粋だ。
「腹が減っては戦はできぬっていうけど、正にそのままだよな」
誘いを快く受ける。とにかく空腹であるのは隠せない事実。
願ったり叶ったりだ。
「それじゃ頂こうかな。枢木もさ、一緒に行こうぜ」
隣の枢木にも来てくれるよう促すと、特に異論もなく同意してくれた。
栄養補給が取れる事に越したことはないと考えているのだろう。
整備の段取りは最低限のものとはいえ済んでいる。
最後の晩餐だなんてのは演技でもないけど。
そもそもまだ昼だけど。
大準備の前に蓄えるべきだという判断は間違ってはいないだろう。
「はい。じゃあ、店の中にどうぞ」
平沢の相変わらずか細い、だけどどこか嬉しそうな声に導かれるように。
僕らは喫茶店の中に入っていった。
459
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:10:49 ID:KOjfk52E
遺跡と名付けられた薄暗い店の中は、陰鬱さを感じさせない丁度いい雰囲気を保っていた。
平沢は最後の下準備をするといって、エプロンを結び直しカウンターへと消えていく。
白い大きめのテーブルに、枢木と向かい席について料理を待つ。
「……」
「……」
なにか、とても、気まずい空気に包まれる。
詰問室にいるでもないのに、奇妙な緊張感が胸に刺さる。
仕方のない状況であるとはいえ、食前の和やかな雰囲気とはいかないのが少し寂しい。
腹も萎縮して鳴り喚くのも治まる中で。
ぐう。
きゅるるるるう。
くうううううくうううう。
じゅるり。だら
極限まで飢えた肉食獣の唸りの如き蠕動音が、部屋中に広がった。
「……」
一刻も早く餌を催促している威嚇のような怪音。
音源は、僕たちが入る前よりいち早く椅子に座っていた、白い先客の腹から出ていた。
いつの間にインデックスがここに来ていたのかは知らない。
平沢が言うには料理が終わる頃にふらりと扉を開いてやってきたという。
勝手に厨房へ入り込もうとしたところを式に阻まれ、大人しくしていれば食わせてやるという条件を聞いて
それにしたがってこうしてじっとしているらしい。
「……それで、何しにきたんだ、おまえ?」
「栄養摂取が目的ですが、何か」
隣り合う席でみじろぎひとつしないインデックスへ声をかける。
話に聞く限りは単に飯を食べに来ただけのようだが、ひょっとしたらそれ以外にも何か意図しているものがあるのではないか。
主催の端末。懐疑の念は無いとはいえ気になるものがないわけではない。
そう勘ぐった僕の視線を受けて、インデックスは口を開き出した。
「このインデックス――十万三千冊の魔導書を収めている私は、人の体を資本として活動しています。
現状、生命活動に必要な栄養素、タンパク質等が不足しており、
このままではやがて栄養失調に陥り魔導書としての機能を落とす危険性があります。
栄養補給以外での生命活動の補完手段は複数保有していますが、
いずれも消費を必要とする行為であるため総合的な差し引きはゼロ。
よって生命として基本的かつ原初的な補給方法を取る事が最も消耗を抑えられる選択肢であり、」
「もういい、わかった。つまり腹が減ったんだな」
「簡略的に示せばその通りです」
要するに飯を食べに来ただけのようだった。肩の荷が下りる。
言い訳せず認める辺りは無駄に素直だ。
椅子にかけた小さな膝の上には、いつ入り込んだのか一匹の三毛猫。
中を見渡せば、もう二匹の同胞がめいめいに動き回っている。
窓際には変な亀も歩いているし。
気づけば生き残りの半数とプラスアルファが集合して、なんだか賑やかな事になっていた。
「まぁ、人数が多いに越した事はないよな……」
大勢で食卓を囲む姿はいつだって暖かなものだ。
現実ではままならない事も多々あるが、その光景に憧れない者はいない。
空いた席が埋まってくれるのはむしろ歓迎したい気分だった。
460
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:12:10 ID:KOjfk52E
ややあって、巨大な土鍋を持って式が現れた。後ろでは平沢が小皿を持って運んでくる。
テーブルの真ん中に置かれ、大部分を占拠する鍋。
それを中心にして囲うように小皿が置かれていく。
ふたを開けた瞬間に、大量の湯気が辺り一面に飛び出していく。
中に入っていたのは、卵とじにされ、人参や葱などの野菜で彩られている雑炊だった。
一度に大量に作れ、お腹に優しく、栄養価も高い。今食べるにはぴったりといえるだろう。
小皿に盛られているのはは、梅干しや野沢菜などの漬物だ。
味に飽きた時のためのつけ合わせだと、平沢が教えてくれた。
それと最後にお味噌汁もついて、豪華な食事になる。聞けばデザートまであるというから驚きだ。
大ぶりの茶碗に順次中身が注がれていく。
目の前に置かれた料理。
沸き立つ湯気に昂揚して生唾が止まらなくなり、思わず喉を鳴らしてしまう。
今すぐにでもかきこみたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。最低限のマナーは守る。
「それじゃ――」
人数分に注ぎ終えた時、誰が示し合わせたわけでもないのに全員が両手を合わせていた。
インデックスだけは、重ねた指を握りしめ額の前に添えた。
「いただきます」
唱和が重なった。
インデックスを除き、今ここにいるのがみな日本人だったのは何の因果か。
それどころかインデックスも声を揃えるという、不思議な統一感だ。
レンゲでだしを吸った米をすくい、口に近づける。
あまりの熱さに唇が離れてしまうので、息で入念に冷ましてから再度口に含んだ。
「お……おおぉ……美味い!」
知らず、賛美の声が口を突いて出てきた。
下に触れた瞬間、肉でもないのに味が一気に染みこんでくる。
喉を通り、胃に落ちる過程に生じる熱すらも甘美に感じる。
そこから全身に行き渡る温かみ。血流に乗り毛細血管を押し広げていく栄養素。
冷えていた手足が燃え上がる。萎えていた脳細胞が活性化する。
凍りついていた肉が溶けていく。死にかけていた体が再生する。
まさに生き返るような心地だった。
空腹だったというだけじゃない。
これは本当に美味い。
味の秘訣は素材か? だしか? 炊いた時間か?
感嘆を言葉にしようとするが、すぐさま舌が乾いていく。思考の暇すらもが惜しかった。
もはやただ食すのみだ。飽きるまでこの上手さを味わい尽くす。
レンゲを握る手は止まらず、口は放り込まれた食物を飲み込むだけの装置に変わる。
栄養などという名分は次第に薄れ、食べる為だけに食べる。
果てなく、限りなくかきこみ続けていく。
「おかわり、まだありますよ」
かかってきた声に顔を上げると、目の前に差し出された平沢の掌が広がっていた。
ところどころに、細い指に似合わない出来立てのまめがある。
そこでようやく、レンゲが空になった器の底を叩いているのに気付いた。
「……ありがとう」
発汗で赤くなっていた顔で茶碗を差し出す。
受け取った平沢は、一端椀を置いて、別の方向へ手を前に出した。
「あなたも」
思わず、僕は息を飲んでいた。
手の先には、同じく完食していた枢木。
平沢のその手が、僕の時と違って、震えているように見えたのはきっと見間違いじゃない。
「………」
枢木は何も反応を見せず黙々と食べていたけれど、
少しだけ硬直し、だが無言で、茶碗を差し出していた。
平沢もまた無言で、おたまで雑炊を注いでいった。
461
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:12:52 ID:KOjfk52E
「いやほんと美味しいよこれ。料理上手いんだな平沢」
都合三杯目のおかわりが渡される束の間に感想を漏らす。
空腹は最高の調味料であるというが、やはり格別の美味さだった。
「料理を食べる」という行為にかつてこれほど心を動かされたことがあったろうか。
大げさかもしれないが感動すら覚えていた。
一々大仰なリアクションを取る料理評論家の心情が今なら分かる気がする。
「私は後から手伝っただけですから。ほとんど式さんが作っちゃいました」
謙遜するように語る平沢。
どうしたことか、そこには少し式への対する敬意が込められているように感じる。
式が料理出来るというのも驚きだが、それ以上に、彼女が二人でエプロンをつけて隣に並び、
料理に勤しむ姿というのも、些か以上に奇妙な光景ではないだろうか。
「そうなのか、凄いんだな、式。
あ、おかわり頼んでいいか」
孤立ぎみな式が誰かと関わった事。それと平沢が誰かと歩み寄れた事。
これから続く死闘にすればほんのちっぽけな、雨粒ほどの出来事だけど僕にとっては、喜ばしいものだった。
「いいけど、また味噌汁か。そればっかり、やたらと食べるな」
「ん……いやー、なんていうのかな。これだけ他と違うっていうか」
相変わらず表情の読めない式に対しても、だから僕は少し上機嫌で話せていた。
「雑炊や漬物と違って、食べたこと無いくらい美味いッってワケじゃなくて。
でも、なんだか懐かしくなる味っていうか。日常の味っていうか。家に帰ったみたいで、好きなんだよ、これ。
式はそういうツボのおさえ方もできるんだなっていうか、隙無しかよっていう……か……」
「…………」
「…………」
だけど瞬間、微妙に変わった空気に、僕は少し戸惑う。
ピクリと、ほんの一瞬だけ居心地悪そうな表情をした式。
そして彼女の背後で、ピタリと固まっている平沢。
なんだ、まずいこと言ったのか、僕は。
「……それ、作ったのはオレじゃないよ。
味噌汁だけは時間がなかったから、ぜんぶ平沢に任せてた」
「……あ、そう、だったのか」
式の視線を追うようにして、視線を平沢に移せば、彼女は目を逸らしてしまう。
ひょっとして照れている?
のとは、少し違ったようだけど。
「あの、式さん、私がやります」
「好きにしろ」
式からおたまを受け取った平沢が、僕の手におかわりをくれる。
何かを思い出すような。
とても、とても、『痛そうな』表情で、だけど。
「おかわり。まだ、残ってますから。たくさん、食べてくださいね」
その痛みに、僕はまた食べることで応えようと思う。
462
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:14:13 ID:KOjfk52E
永遠などないと知っている。
これから先、ここに集っている者が生きてまた会える保証など、一切もない。
さっきは否定したけど、やはりこれは最後の晩餐、ならぬ最後のランチタイムだ。
全員が生き残る。全滅し力尽きる。数人か、一人だけが生還する。
結末はどうあれ、
皆ががこうして囲める日が二度と訪れないのは、確実なのだから。
せめて、後になってこの時に悔いが生まれないように。
忘れられない味を、僕は噛み締めた。
「おい、もう少しゆっくり食え。どれだけ食べるつもりだ」
そんな感慨を抱くのを他所に、本日の調理師である式が文句を告げてきた。
口調には呆れたような韻が踏まれている。
「え? まだ僕、雑炊は三杯だけど」
「おまえらじゃない、そっちのやつだ」
式の指す方向には、同じく三杯目に入っている枢木……ではなく。
一心不乱に大口で料理を頬張る白いシスターだった。
掬っては口に入れ、味わう間もなく飲み込んだかと思えばすぐ新たに掬った雑炊を飲み、嚥下する。
もはや両手で抱えて口に流しこんでいるかの如き早さだった。
何故そうも食べるのか。何故そうまでして急ぐのか。
誰にも渡すまいと鍋本体を抱え込まんとしそうな勢いは、最早執念の域に踏み込んでいる。
「もう八杯目だ」
「早え!?」
実に僕の四倍速はあろうかという加速度だ。
この小さな体躯のどこにそんな許容量があったのか。
居候三杯目にはそっと出しという格言もなんのその。
傍若無人のはらぺこぶりは留まるところを知らず、早送りで回している映像のように中身は減っていく。
眺める観衆の反応はは驚きよりも呆れの方が大きいようだった。
「けど……ちょっとお行儀が悪くても、おいしくご飯を食べてくれるのは……嬉しいです」
誰もが口を閉ざす中で、憂だけは優しい声を出した。
その目には、どこか懐かしいものを見るような、郷愁の念が込められていた。
「あ……すみません、おかわりどうぞ」
目の前に置かれる新たに山盛りになった雑炊とお味噌汁。
落ち着いていた食欲が再び奮い立つ。
今度はつけ合わせを試してみようと、僕は組み合わせを考えつつ丼を持ち上げた。
463
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:14:39 ID:KOjfk52E
晩餐は、ものの十数分とかからず完食となった。
あれだけあった雑炊は食い尽くされ、大きな土鍋の中身は全員の胃の中に消えた。
ちなみにデザートは白玉ぜんざい。
無論、今まで食べた事のないぐらいの美味だった。
「それじゃあ――」
手を合わせて、
「ごちそうさまでした」
腹が満たされた心地のまま、最後の休息として体を休めた。
雨は止み、地面は固まりつつあり、前へと歩き出す準備は整われる。
日は頂点を越え、後はなだらかに降るのみ。
斜陽の終わりを待つ僕達は、安息を微睡むように抱きしめていた。
.
464
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:15:43 ID:KOjfk52E
◆ ◆ ◆
滅びの大地の内海で、男もまた昇る白煙を眺めていた。
説明の余地がないだけの大破壊がもたらされたショッピングセンター周辺。
砕け散った街塔に仰臥するのは、機能を断たれた鋼の騎士。
主なきガンダムエピオンは沈黙を貫き、その威容を木偶に貶めたまま晒されている。
命は意志も宿らない機械は物言わず、ただ己の姿を以ってその心を表す。
地上で膝を折る主、グラハム・エーカーの砕けた有り様を。
痛みは感じない。
苦しみを思わない。
行動を止め思考を捨て、あらゆる選択肢を放棄し、唾棄し、投棄している。
生命活動の上では生きていてもそれでは死んだ同じ。
今のグラハム・エーカーは正に死に体だった。
その死んだ心とは裏腹に、生理的な体反応は敏感な空気の変化を察知する。
鼻孔に香る仄かな匂い。昇る小さな煙。
誰かが厨房に立ち、料理を作っているのは一目瞭然だった。
宣戦を謳う狼煙のように上がる白煙は空高くまで上がる事なく、霧散して消えていく。
風に流され、為す術なく世界に飲み込まれても己の存在を誇示しようとたゆたう。
虚しさと儚さを共有させた空気の固まりは、ここで費やされてきた数々の命を象徴してるようだった。
傍らで、ずっと置物のように佇んでいたインデックスはこの場から姿を消している。
生存者の観察は完了したのか、一言も語らないままおもむろに立ち上がり、煙の上がる場所へと去っていった。
数時間ぶりの完全なる孤独。
交わす言葉はなくとも常にそこにいた小柄な影は、最初に現れた時と同様に陽炎のように消えた。
「――――」
薄く、口元が釣り上がる。
隣で座っていた体躯がいなくなったのに、今更心が揺れ動いた事への自嘲だ。
それすらも空虚に散り、また感情は振り出しに戻る。
今度こそ停止しそうでいた意識は、こちらに近づいてくる足音に呼び覚まされた。
インデックスが戻ってきたのかと思えば、予想は的を外れていた。
目の前にいたのは、どこかで見たような顔。
街中を歩く途中で、ふと目に入ったかもしれない姿。
世界中にありふれて溢れた日常の象徴。
普遍的な学生服を装った、亜麻色の髪の少女がグラハムの前に居た。
「……」
平沢憂という、彼女の顔と名前だけは、グラハムは知っていた。
阿良々木暦から聞かされた情報と今ここに立つ人物とが一致して、ただそうと認識する。
直接目にしたのは、まだ降り止まないでいた雨の中。
生傷だらけの少年手を引かれ、雨に混じらぬ涙を目に浮かべていた顔。
いつ無慈悲に踏みにじられ潰れてもおかしくない弱々しさ、
自らの足で立ち、歩みを止めず宿す生命を示す力強さ。
相反する要素を両立した少女の格好は、野に咲く花を連想させた。
465
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:17:27 ID:KOjfk52E
一歩、憂はグラハムに近づいた。
腰を僅かに落とし、雨で冷えた肌に触れよるように手が伸ばされる。
払いのけるだけの気力も絞り出せず、無視をするだけで拒否の姿勢を取る。
何を言われ、どう慰撫されようとも、無反応でしか応えられない我が身を呪い……
しかしいつまで経っても、掌の感触はやってこないままでいた。
「どうぞ」
何かを促す声がかけられる。
言葉の意図が読めずに、落ちていた視線を上げる。
差し出された手に乗せられていたのは、中身を出来る限りいっぱいに詰め込まれた四角いタッパーだった。
それは、どうやら食事のようだった。
透明の箱から見える形と、ユニオン出身のグラハムには嗅ぎ慣れない香りからすると、和風の米料理のように見える。
「お腹、空いてますよね。雑炊です。
外国でいうと……リゾット、みたいなものと思ってください」
髪の色や顔つきから日本人ではないと判断したのか、料理の説明を補足する憂。
顔の前で止まっているタッパーは、触れるまでもなく温かな気配が漂っている。
活力の源を前に、グラハムの体は確かに反応を見せた。
「……だ」
「え?」
僅かに解けたグラハムの脳内に浮かんだ感情は、疑問の一点だった。
「何故……ここに来た。
君と私に、何の縁があってこの場に現れるというんだ」
他の誰かならまだ理由が考えられた。
阿良々木暦にしろ、枢木スザクにしろ。
要件はともかくとして、彼らが姿を表わすのなら理解は出来る。
個人の関係性をある程度は育むだけの時間は過ごしていた。
なのに今グラハムの前にいるのは、知り合って禄に間もない女子高生。
先のは道を偶然すれ違うようなもの。まともな邂逅はこれで初めてだ。
グラハムとの繋がりが皆無である筈の彼女がこうして現れたのが疑問であり、謎であった。
「私は――単に、貴方にご飯を持ってきただけです。
他には何もありません。
……私は貴方の事を、あまり知りません。
どうしてここにいるのか。何を思って戦っていたのか。
何を失って、そんなボロボロな姿になっているのか。
どれも私には判らない事です。聞いてもいけないと……思います」
平沢憂はここに来る際、集まっていた誰にもグラハムの事情を聞かなかった。
彼が奈落に落ちた根本の問題に、陥った無間に、半端な気持ちで踏み込んではならないと思ったのか。
もっとも、今の彼女に他人を慮る余裕がないというのも、大きな理由ではなったが。
「でも皆とご飯を食べてて、貴方の事を思い出して……
雨が降ってる時からずっとあそこにいたらお腹が減ってるんだろうなって考えたら頭から離れなくて、
そしたらここに、来ちゃいました」
同情することも、激励することも、憂には決して勤まらない。
その役目はもっと別の、彼をより知る人から贈られるべきだから。
憂にとっての誰かが、憂に与えてくれたように。
「冷めないうちに、どうぞ」
膝を上げてそれだけを言い残し、憂は後ろを向いて元の道を歩き出した。
呆然としていたグラハムは見送るしか出来なかった。
残されたのは、未だ熱を持った一個のタッパーのみ。
だけど―――
466
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:17:53 ID:KOjfk52E
「まて」
知らず引き止める声は、紛れも無くグラハム自身が発していた。
「君は何故……まだ、続けている……?」
そして続けられる言葉も。
「どうして……止まる事ができないんだ……?」
静止する、平沢憂の背。
それは僅かに、けれど断続的に、震えていた。
何かを堪えるように。
「どうして……って……」
激痛に耐えるように。
本当はもう、止まってしまいたいと、願うように。
「どうしてって……そんなの……そんなの分かりませんよ……」
振り向かぬまま、溢れだしたものは言葉。
最愛を失って、何もかもが壊れてしまって、状況は絶望的で、それでも尚、少女は生きている。
生き続けてしまう、理由なんて。
「私には分からない。分からないんですよ。
辛いのに。苦しいのに。もう私には何もないのに……どうして……。
だけど……だけど止まれないから、終われない、から」
このまま止まってしまうこと、死んでしまうという、楽な道を選ぶこと。
そうすることを誰よりも、平沢憂自身が、己に許すことが出来ないから。
理由なんて、何も、分からないけど。
死ねないから、生きていくしかないのだと。
少女は誰でもなく、自分自身に言っていた。
遠ざかる影は、やがて完全にその輪郭を消す。
足音が聞こえなくなった途端、周囲は元の墓場と同等の静謐さに逆戻りした。
しかし生ける屍だったグラハムの体には、他所からもたらされた熱が灯っている。
生きていた。生きようと続けていた。
あのような力なき少女でも。
どれだけ傷を負っても、どれだけ勝ち目のない、絶望的な未来しか待っていなくても、
生きようと必死に足掻き続けている。
無駄でしかない、地上から星を掴むような無謀な真似でも、彼らは諦めていない。
何故という疑問は、もう湧いては来ない。
理屈を求めない姿勢。
愚行と罵られても貫き通そうとする意志。
決めた事は、確定した道理であっても己の無理でこじ開けようとする執念。
信念と呼ばれるものを――――彼は、とてもよく、知っていたから。
それを思った途端。
言い難い痛みが、グラハムの胸の真中で鈍く疼いた。
焼け付いた鉄が熱を上げるように辛い、懐かしい軋みを。
467
:
See visionS / Fragments 8 :『あめあがり』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:19:57 ID:KOjfk52E
――――雨はもう、上がっている。
【Fragments 8 :『あめあがり』 -End- 】
468
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/26(月) 01:22:16 ID:KOjfk52E
投下終了です
469
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/26(月) 22:50:15 ID:TFDZd8x2
投下乙です
470
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/08/27(火) 02:56:39 ID:3MOCs.t.
投下乙です
これでグラハムが復活してくれるはず…
471
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/27(火) 22:53:32 ID:a87Q/w2o
【投下告知】
次の投下は8月29日になります。
472
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/29(木) 23:59:31 ID:1XwKvJjs
テスト
473
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/29(木) 23:59:58 ID:1XwKvJjs
投下を開始します。
474
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:04:31 ID:QpI6t86Y
長い長い道のりの果てに辿り着いた。
その場所に、帰りたかった。
古びた木製の壁。
埃の落ちた床。
淡い日差しの差し込む四角い窓。
食器の詰められた茶色い戸棚。
どれもこれも少し黒ずんでしまっているけれど。
だけどここには全部、全部の記憶が、そろってる。
紛れも無いあの日が、ここにあった。
あの日のように、触れる金属は鈍い音を立てた。
あの日のように、弾く弦は震え空気を揺らした。
あの日のように、歌う歌は宙に響く。
だから、ここには、あの日の光が残ってた。
ずっと、ずっと、満たされていた。
眩しいくらい、輝いていた。
どうしようもなく、それらは今も綺麗に見えた。
だからいま、それらは全て、もう帰らない光なのだと、知った。
目の前には探し求めた物がある。
たどり着きたかった場所がある。
懐かしい、景色。
懐かしい、残り香。
懐かしい、誰かの気配。
ここにはきっと、だからきっと、全部が揃っている。
そしてだから、だからここにはもう、何も、何も、何も――何も無い。
なにもない。
「―――――は」
何も、無い。
「…………いよ」
滲み、歪み、湾曲する世界。
黒が全てを覆い尽くし、消えていく陽だまり。
遠く、遠く、遠い誰かの声を、私は聞いた。
「いらないよ」
思い出なんて、いらないよ。
475
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:05:56 ID:QpI6t86Y
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』 -秋山澪-
◆ ◆ ◆
476
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:06:43 ID:QpI6t86Y
未だに慣れない操縦で、そこそこ長い道中を進み続けて。
到着まで要した時間はだいたい数十分程だろうか。
まだ日が傾くには早いはずだけど、雲に覆われた空じゃ時間の感覚も鈍ってくる。
雑草の生い茂る敷地内に侵入し、聳え立つ建造物、目的の場所ををモニター越しに確認してから、ブレーキをかけた。
瞬間、ぐんっとお腹にかかる圧迫感。機体を急停止させるこの動作だけは、今も馴染まない。
空気に体が潰されるようで、嫌いだった。
憂ちゃんはとても簡単に停止と再動を繰り返していたのだけど。
私にはやはり才能が無かったのだろう。そして才能と同じくらい、時間もまた足りはしない。
おそらく私が、秋山澪がナイトメアフレームの動作に慣れて、この島から出ることはないのだろう。
生か、死か、どのような結末を迎えるにせよ。
狭苦しいコックピットから降り、おそるおそる土の地面を踏みしめる。
平坦な場所に立った途端、足元が不安になり、座り込んでしまった。
どうにも平衡感覚がおかしい。滅茶苦茶な運転をしてきたのだから当然かもしれないけど。
付け焼刃な操縦技術で苦もなく来れたのは、この島に住民も交通ルールも存在しなかったからだ。
どちらかでも存在すれば、道中で何度大事故を起こしていたことだろう。
実際、路上に放置された無人の車に何度も躓いてしまい、三回ほど転んだ。
ルルーシュの元でも、彼から離れた後も、一人で何度も転倒からの復帰を練習していた成果はあったらしい。
「まだ……降ってるんだ」
酔いが少し覚めてきて、上げた顔にぽたぽたと当たるものがある。
今も、水の滴が頭上から降り注いでいた。
道中で一度雨脚が強まっていたから、当分止まないだろうなとは、思っていたけれど。
「でもそろそろ止みそう、なのかな」
それでもだいぶ、収まったような気はする。
この調子なら近いうちに完全に止むだろう。
夜が来る前に、もう一度青空を見ることだって出来るかもしれない。
いや、止むとしても夕方になっているだろうから、それじゃ茜色、かな。
空の色に意味があるかなんて、分からないけど。
「いったい、なぁ」
がんがんする頭をおさえながら、立ち上がる。
なんにせよ私はたどり着くことが出来たようだ。
無事、雨が止む前に、目的の場所に。
雑草茂る道のむこう。
大きな二階建ての建造物がある。
かつては古風で尊大な雰囲気を保った、立派な館だったのかもしれない。
けれどそれは今、全体の半分以上が黒々として、形を留めていなかった。
以前に、火災があったのだろう、それも小さな規模じゃない。
火の手自体は随分前に鎮火していたようだけど。
建物の二階部分はまさに全焼状態で、今にも崩れ落ちそうだった。
おそらく、火元は二階の西側だったのだろう。
比較的に火の回っていなかった一階も、西側はすっかり焼け落ちて、半焼状態になっていた。
「…………」
煤けた臭いと、そこに込められた悪意だけは、今もこの場所に充満している。
なぜこの館が燃やされたのか。私は知らないけど、どこか燃え方に違和感を感じていた。
完全に燃え尽きさせはしない、中途半端な火の及び具合。
そこに何の意味があったのか、素人目の私には分からないけど。
きっと誰かの、碌でもない意思があった。
そんな風に考えてしまうこと自体、私もこの場所に毒されているのだろうか。
477
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:07:25 ID:QpI6t86Y
違和感といえば、ここまで燃やされた館が崩れずに原型を保っている事自体、おかしいと思う。
まるで魔法の力だ。館に意思があって、無理やり倒れずに踏ん張っているみたい。
なんだか馬鹿みたいな感想だけど、もう私には魔法の力を否定することは出来なかった。
「そろそろ行こうか」
口に出して、怯える自分に言い聞かせる。
余計な感想とか、考察はいいんだ。
行かなきゃ何も始まらない。
館の前で立ち止まって、雨に打たれ続ける理由なんて、一つしか無い。
やっぱり私は怖いのだ。燃えて、今にも崩れそうな目の前の建物に入っていくのが。
不安だから、こうして理屈をこねて留まろうとする。
震える足で踏み出しながら、ここまで来た理由を反芻する。
きっかけは、数時間前の、一つの回想。
私の右頬を治癒した、一人の神父。
『君が次の戦いを生き延びることが出来たなら―――――に、行くといい』
あの男は言った。
そこに答えはあると。
あの時は意味が分からなかった言葉。
慇懃な笑い、全てを見通したような、嗜虐の目線。
悪意しか感じ取ることの出来なかった、諧謔だった。
『喜べ秋山澪、君の願いは―――』
今なら、私にも感じ取ることが出来る。
目の前に近づきつつあるものが、何であるか。
実態なんて知れない、けどきっと避けることの出来ないものだ。
向き合わなくてはならないモノだ。
それはきっと、いつかの『彼女』もまた、向き合った―――
『君の願いは、ようやく叶う』
座標、C-3。
施設、憩いの館。
燃えて、くたびれ果てたその場所に私は、足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
478
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:08:42 ID:QpI6t86Y
黒い、暗い、道だった。
館の内部は玄関から既に焼けていて、壁の色は勿論、床まで一面まっ黒になってしまっていた。
元が何色をしていたのかすら、もう分からない。
こんなに焼けてしまって尚、どうして建物は原型を保っていられるのだろう。
内側に入ってみて、私の疑問はいっそう強くなる。
やっぱり魔法、なのだろうか。
構造的な強度で説明する事の出来ない強さが、きっといま私のいる建造物には備わっている。
なんて考えれば、少しはざわつく心もマシになるのだけど。
頭の中は『引き返したい』という思いで埋め尽くされていた。
いつ、まっ黒な天井が落ちてくるか分からない。
いつ、まっ黒な床板を踏み抜くか知れない。
積もる不安に、自然と足が重くなる。
それほどに、私の視界は黒一色で埋め尽くされていた。
「……っ」
煤の臭いが鼻につく。
思わず咽せてしまう程の不快感に、取り出したハンカチで口と鼻を覆った。
まるで空気中に毒が舞っているかのようだ。
一刻も早くここを出たい。
息は詰まるし、体は汚れるし、建物自体が崩れ去るかも知れないのだから。
だけど――
「………」
私は、進んでいる。
この道を、ノロノロとした動きで、だけど真っ直ぐに、進んでいた。
焼け焦げた廊下。
まっ黒で、汚くて、怖くて仕方がない、奈落へ続くような、この道を。
まるで異世界に迷い込んだみたいだ。
館内の見取り図なんて燃え尽きている。
デバイスの地図も施設内では役に立たない。
だから私は闇雲に歩いていた。
暗い道を、廊下に備えられた窓から差し込む、僅かな光を頼りにして。
ずっと突き当りまで進めば、当然、曲がり角が見えてくる。
右に行くか左に行くか、選択しなければならない。
そういうとき、私はなるべく火の手が及んでいない方向へ行くようにしていた。
少しでも、火災の被害が少ない場所へ、闇雲に。
無意識に、怖さを紛らわそうとしていたのか。
闇の中、一歩を踏み出すたびに、私は色々なことを思い出した。
角を一つ曲がるたびに、様々な場面が浮かび上がった。
それはこの場所で、これまでの私が辿った道の景色だった。
『誰も死なせたりしない』
それは、正義を信じていた少年の言葉。
『こんなふざけたゲームを壊してみせますの』
それは、正義を冠した少女の言葉。
『あはははははッ! 楽しいですねえッ!』
それは、狂気を讃えた男の言葉。
『こんなこと、誰も望まない』
それは、私が殺した少女の言葉。
『じゃあ……せいぜい、頑張って――』
そして、誰かとの別れ。
思えばたくさんあった、苦しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと。
何故か明確に思い出せる。
色々なことがたくさんあって、ぐちゃぐちゃになった心のなかでも。
一つ一つの出来事が明確に思い出せた。
そして最も、私の心の深いところにある、景色だけは、どうしてか今はボヤけている事に気がついて。
にわかに足が、止まる。
「―――ぁ」
やっぱり、思うのはただ、『怖い』ということだった。
真っ暗な道を進み続けることも怖いけど、それ以上に自分の内面が恐ろしい。
たった一人で無意味にこんな場所にいる自分が分からない。
479
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:09:44 ID:QpI6t86Y
私はどこに行こうとしているんだろう。
どこにいるんだろう。こんな場所じゃ、より分からなくなる。
ずっと、重かった。私だけの『戦う理由』が、重くて仕方がなかったはずだ。
背負う重圧、私はそれを、それだけを頼りに、引きずるように歩いてきた。
だけどもうその重みを、今の私は殆ど感じない。
感じることが、出来ない。出来ていない。
先の戦いで、その『理由』が砕かれてから、ずっと。
じゃあこれから、どうすればいいんだろうって。
考え続けていきたけれど、結局一人では答えは出なくて。
かと言って状況に身を任せることは、なんとなく嫌で。
だから私はこんなところにいる。
まだ僅かに残る、ほんの小さな重圧。
頼りにしてきたそれすら放り出して、全部無駄にして、台無しにしてしまえれば、どれだけ楽なんだろうか。
というか、どうして私は、こんなところを歩いているんだろう。
さっさと引き返してしまえばいいのに。そして式のいる場所まで戻って、簡単だ。
いつも通りだ。泣けばいいんだ。
みっともなく、恥も外聞もなく、今すぐ荷物を全部投げ捨てて、座り込んで泣いてしまえばそれだけの――
「…………」
なのに、出来ない。
涙の一滴も溢れてこない。
ここに来て泣き方を忘れてしまったらしい私の涙腺は、沈黙したまま。
真っ黒い廊下に、一人立ち尽くす。
「――ふ、あ、は………は、はっ」
代わりに出来たのは、ぎこちない自嘲の作り笑いだ。
自嘲だなんて、こんな器用で気味の悪い動作が出来るようになったのは多分、ここに来てからだろう。
行こうか。いい加減、分かっている筈だ。
ずっと知りたかったこと。私が何処に行くのか、何を望んでいるのか。
答えならきっと、すぐ近くにある。その為に、私はここに来たのだから。
『この思いに、白黒つけよう、パンダのように』。
なんて、私が動物ネタに走る時はスランプなんだっけ。
思い描いた詞の一節は、自分が考えたなんて信じられないくらい感情が篭らない。
拳を握り、震えを抑える。
あと少し進めば、すぐそこにあるんだろう。
何かがある。だからこんなにも怖いんだ。
知りたくないから、見たくないから、これ以上怖いものに直面したくないから、私はまた震えてる。
天井が落ちてきそうだから。足場が崩れ去りそうだから。
そんな理由、全部たてまえで、結局のところ私は、この先にあるものを見たくないだけなんだ。
だってさっきからこんなにも、予感がしてる。
嫌な予感だ。吐きそうになるくらい、気分が悪い。
凄惨で、残酷で、容赦のない現実の、襲い来る気配に。
すぐにでも引き返したいって、未だに『逃げ出したい』なんて考えているんだから。
じゃあだからこそ、行かなくちゃいけないんだろう。
480
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:10:25 ID:QpI6t86Y
『そこに君の望んだ、答えがある』
あの嫌な神父の、望んだとおりに。
そして今の私の、望む通りに。
もう一歩、踏み出して。
もう一つ、角を曲がる。
進み続けた黒い道に色が戻ってくる。
それは館の東端だった。
あまり火の手が及ばなかった場所に出ても、安心なんて心の何処にもあるわけない。
怖い。ひたすら怖い。
だからこそ、行かなくちゃいけない。
なぜなら、きっとこれは、あいつも、辿った道なんだろうから。
こんな私と一緒に戦ってくれた、『彼女』の。
いつかの、玲瓏な瞳を、忘れない。
今なら、どうしてか分かるんだ。彼女の持っていた強さ、その理由。
あのとき彼女は、何かを得ていたんだ。
夜の学校。
血と内臓に塗れた部屋の中で、東横桃子が手にした、喪失。
それを間もなく、私も得ることになるのだと。
『じゃあ、せいぜい頑張って――』
怯える心の奥底で、私は確信していたから――
「―――ぁ」
今。
「―――――ぁ――ぁ」
眼の前に現れた、見覚えのある扉の前で、それでも私は絶句する。
一瞬にして言葉も、思考すらも、漂白された私は。
忘我のまま、そのドアノブに、手をかけて――
「――――――――」
そうして、天国のような地獄の、扉が開かれた。
◆ ◆ ◆
481
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:12:04 ID:QpI6t86Y
なんて平凡な場所なんだろう。
まず最初に、そう思った。
拍子抜けるほど、そこには何も、変わった物なんてなかった。
血も、臓物も、死も、誰も、そこにはどんな凄惨もありはしなかった。
むしろ焼けた館の中にあるとは思えないほど綺麗な場所。
ただ驚いたのは、そこは一見、殺し合いの場にはあまりにも、そぐわない部屋だったから。
ここは、どこかの学校の音楽室だろうか。
内部の音が周囲の部屋に伝わらないようにと防音設備が整っている。
入り口の近くには大きなドラムが置いてある。楽器のおけるスタンドもある。
部屋の中央には3人ほどが腰掛けれる長椅子が設置されていた。
更に奥に行けば、4つの学習机を寄せ集めて作られたテーブル。
テーブルの上には食べかけのお菓子、飲みかけの紅茶、ケーキが置いてある。
左側のホワイトボードには変ちくりんな絵と、聞き覚えのある言葉が、書いて、あって……。
『目指せ、武道館!!』
「―――――ぁ」
そこは、喩えるなら、女子校の、音楽系の部活の、例えば軽音部の、まるで、部室のような。
「―――――ぁ――――ぁ」
最初に、なんて平凡な場所なんだろう。
そう思った。
そして、直ぐにその正体に気づいた瞬間、愕然とした。
「そん……な……」
まっ黒な道を抜けて、たどり着いた場所は酷く見知った場所だった。
長い長い道のりの果てに辿り着いた。
その場所に、私は帰りたかった筈だった。
見覚えのある、古びた木製の壁。
かつて歩いた、埃の落ちた床。
鈍い日差しの差し込む四角い窓。
ムギの持ち込んだ食器の、詰められた茶色い戸棚。
どれもこれも少し焼けて、黒ずんでしまっているけれど。
だけどここには全部、私に残る記憶の全部が、そろってた。
軽音部の部室。
一歩踏み込んで、扉を締める。
ユメを見ているのかと思った。
だけど、現実だった、私は今、懐かしいあの場所にいる。
信じられない。
帰ってきた。帰ってきたんだ。私は、あの場所に。
あの、暖かくて、微笑ましくて、楽しかった、
ずっと帰りたかった場所に、私はいるんだ。
482
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:12:38 ID:QpI6t86Y
「―――は、ははっ」
ゆっくりと、歩み出す。
紛れも無いあの日が、ここにあった。
あの日のように、触れるドラムは鈍い音を立てた。
あの日のように、弾くベースの弦は震え空気を揺らした。
あの日のように、歌う歌は宙に響くことだろう。
だから、ここには、あの日の光が残ってる。
「――――そっか、帰ってきたんだ」
ああ、じゃああっちが夢だ、悪いユメを見ていたんだ。
そうに決まってる。あんなひどい現実があるわけないから。
だからもう、悪夢はおしまいにしよう。
きっとこれから部活動が始まる。放課後ティータイムが始まる。
みんながここに揃ってくる。
最初は誰が来るだろう。
いつも元気のいい律だろうか、いつも美味しい紅茶を入れてくれるムギだろうか、
いつも真面目な後輩の梓だろうか、いや意外と唯だったりもするかもしれない。
結局、いつも通りだけど、それが最高に楽しみだ。
どうせすぐにみんな、だらけようとするだろうけど、今日こそ強く言って練習しよう。
それが終わったらちょっとくらい、ティータイムもわるくない。
顧問のさわちゃんを交えて、お菓子食べながらだべって、時間を潰すのも嫌いじゃないから。
何も特別なことのない、平凡な毎日だけど。
私はこれでいいんだ。それでいいんだ。物足りないなんて思わない。刺激がないなんて思えない。
「―――――ーは」
みんなを待つ間は、どうしようか。
私が怠けたらまた流されちゃうからな。
このところみんな練習をサボりがちだったし。
梓も真面目だけど、後輩だから唯と律に丸め込まれかねない。
うん、やっぱり私が、しっかりしないと……。
「――――――ははっ」
そうと決まれば、練習の準備だ。
みんなが来る前に何かしておこう。
アンプの調子でも見ておこうか。
新曲の歌詞を考えておこうか。
それとも、それとも、それとも、
「―――――は、はははははっ」
ずっと、ずっと、満たされていた。
私がいて、友達がいて、こんな当たり前のことが、嬉しかった。
眩しいくらい、輝いていた。
どうしようもなく、それらは今も、綺麗に見えて――――
「―――――幻想だ」
だからいま、それらは全て、もう帰らない光なのだと、知った。
483
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:14:37 ID:QpI6t86Y
「こんな、もの」
目の前には探し求めた物がある。
たどり着きたかった場所がある。
懐かしい、景色。
懐かしい、残り香。
懐かしい、誰かの気配。
懐かしくて堪らない、軽音楽部(わたしたち)の、部室(せかい)のカタチ。
ここにはきっと、だからきっと、全部が揃っている。
そしてだから、だからここにはもう、何も、何も、何も――何も無い。
なにも、残ってはいない。
「……………よ」
ここにはもう、何も、無い。
たとえ形があろうと、いつかの光が残ろうと。
そこに、誰も居ないなら、価値なんて、ない。
空っぽの、箱にすぎなくて。
「…………いよ」
滲み、歪み、湾曲する世界。
視界の奥で焼け焦げた煤の色が、この部屋の隅々にまで侵食していく。
黒が全てを覆い尽くし、消えていく陽だまり。
どうしようもない喪失感の中で。
遠く、遠く、遠すぎる誰かの声を、私は聞いた。
「いらないよ」
それは誰の言葉なのだろう。
『この思い出があるから、生きていける』
私の大切な人たちか。
私と、どこか似ていた誰かの言葉か。
だけど、私の答えは、もう、決まっていたから。
「いらないよ」
思い出なんて、いらないよ。
だって『今』、強く、深く、愛しているから。
「いらないよッ……!」
484
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:16:58 ID:QpI6t86Y
だからそれが、答えなんだ。
砕け散る幻の像。
焼け焦げた抜け殻の部室の中心で、私は一人、蹲る。
誰に向けたものでもない、何処にも届かない叫び声を、上げながら。
「私は『今』が欲しいんだッ!!」
私はそんなに無欲じゃない。
聖人じゃない。
こんな場所で、こんな状況で、それでも命があるから良かった、思い出が残るから良かった。
そんなふうには、思えない。
初めて知ったけどさ。
どうやら私は欲張りみたいなんだ。まだ続けたいと思うんだ。
こんなものを見せられれば尚更に。
だって、こんなにも、こんなにも私は今、痛くて、辛くて、苦しくて、もう止めてしまいたくて、だけどさ。
良かったって、嬉しいって、思うんだ。思ってしまったんだ。
やっとやっと、私は、足りないものが手に入った気がしていたから。
この部屋に入った、その瞬間に、私の『答え』は出ていたんだから。
「あ……うぁ……あああああっ………あああああぁ…………ッ」
決壊した涙腺は洪水のように涙を流し続け、もう制御が効かなかった。
「会いたい……やっぱり会いたいよ……ッ!」
なあ、唯、律、ムギ、梓。
お前たちが今の私を見てなんて言うか、そんなの、分からないわけないけどさ。
でも、私は身勝手にも、そう思ってるんだ。
間違えだらけでも、無様でも、汚くても、愚かでも。
今も、そんなふうに、思えるんだ。だって、やっと分かったから。
今なら、分かるんだよ。
この場所で出会った全ての人達、彼ら彼女らの、戦い続けたその意味が。
きっとこの世界で、私達は、私達だけが弱者だったんだ。
集められた世界の中で、私達だけが、何とも戦ったこともない存在だった。
命なんて勿論、何か大事なものを賭けたこともない。
誰かを蹴落とした事もない。信念をかけて争った事もない。
そうする必要もない場所にいたんだ。
そうだ私達だけが、何も背負って来なかったんだ。
なんて弱さ、なんて温さ、踏み潰されるのも当たり前だろう。
相手が悪すぎるよ。
眼に壮絶な覚悟を湛えていた騎士。
爛々と狂笑する戦国の武将。
守りたい誰かのために奮闘する少年。
彼らは皆、自分だけの戦いを、背負ってた。
だからこそ強固で、そのあり方を、私は力強く、綺麗だとおもって、憧れすらしたけれど。
比べて、私たちのいた世界は、その誰とも違ってた。
私たちの世界は、彼らの居た世界なんかより、ずっとずっとずっと甘くて、柔くて、取るに足らないモノだった。
ありふれた朝を迎えて、ありふれた授業を受けて、部活して、下校して、そして変わらない明日が来る。
ああ、なんて平凡なんだろう。なんて壊れやすい世界なんだろう。
なんて弱くて、不真面目で、気楽で、つまらなくて、くだらなくて、何の変哲もない、
普通で、凡庸で、平坦で、温くて、暖かくて、朗らかで、優しくて、
優しいだけで何一つ特別なコトのない、どうしようもないほど普遍的で、平凡で、だけど、だけど、だけどさ、だからこそ―――
「私たちは、綺麗だった」
この場所に呼び集められた、だた一つきりの。
誰の死も、血も、痛みも、ありはしなかったそれはなんて、尊い世界なんだろうって。
私たちのいた世界は、この場所で、他の誰にも負けないくらい、凄いんだって。
綺麗だよって、大切だったんだって、私も。
今なら強く、強く誇れるから。
485
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:19:15 ID:QpI6t86Y
全身を押しつぶそうとする重圧。
肩の上に、再び伸し掛かってくる重みを、確かに背負いながら。
まだ、思ってる。
強く、想ってるんだ。
お前たちを。
お前たちに、まだ――――
「会いたいって、言うんだよ」
たとえそれが、許されないとしても。
「失くしたくないって、泣くんだよ」
たとえなにを、犠牲にしても。
「取り返したいって、願うんだよ」
たとえ届かない、言葉だとしても。
「一緒にいたいって、叫ぶんだよ」
お前たちがいなくなってしまう、それだけは。
「――許せないって、思うんだよ……ッ!」
声は焼けた部室に遠く、祝詞のように、響いて。
許せない。許せない。許せない。
いらない。
――思い出なんて、いらないから。
絶対に取り戻す。
たとえ何を犠牲にしても必ず、あの日々を取り戻す。
もう一度、私は背負う重圧の全てに、そう誓ったんだ。
◆ ◆ ◆
486
:
See visionS / Fragments 9 :『NO,Thank You!』
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:23:14 ID:QpI6t86Y
燃え尽き崩壊した一つの世界に、少女が一人、佇んでいた。
「これからも、挫けることはあると思う。けどさ」
4つの机を寄せ集めるようにして作られたテーブルの上に、大きなケーキが乗せてある。
「多分もう、この決断を変えることはないよ」
人の気配のみが濃く残る、伽藍洞の中で、少女は手を伸ばす。
「ねえ、神父さん」
皮肉るように、ケーキに突き刺さっていたカードキー。
「あなたは、何が楽しかったのかな。こんなものを見て、こんなものを残して、さ」
引きぬいて、こびり付いた生クリームを拭い。
「まあ、どっちでもいいけど。私はもう、迷わないから。貰って行くよ」
光沢のあるフォルムに記された、破滅の名を呟いた。
「――フレイヤ」
闇に閉ざされていく、自分の世界を俯瞰しながら。
「私たちの世界を取り戻すためなら」
ここに。
「この世界を壊したって、かまわない」
一人の少女の道が、確定した。
「私たちは、ここにいる。ここに在り続けてみせる。そうだろ、モモ?」
【 Fragments 9 :『NO,Thank You!』 -End- 】
487
:
◆ANI3oprwOY
:2013/08/30(金) 00:25:57 ID:QpI6t86Y
投下終了です
488
:
名無し
:2013/08/30(金) 00:56:03 ID:kfVjZqZ6
覚悟完了ッ!!
489
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/01(日) 05:14:51 ID:Q0WKxbgc
投下乙です
死ぬ可能性の方が大きかった。だがマーボーのまいた種から芽が出で…
憩いの館のアレはけいおんキャラの誰かが見るかなあと思ってたが終盤でこれかあ…
澪、へこたれつつも何度目の覚悟完了にして最後の覚悟だわ…こうくるかあ
そして……それを澪に渡すのかマーボー
490
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:22:51 ID:6wVebK0.
テスト
491
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:23:24 ID:6wVebK0.
投下を開始します。
492
:
See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:25:41 ID:6wVebK0.
「君の言うように、僕は人間に作られた存在だ。イオリア計画のための『イノベイド』」
「なのにあなたは、『聖杯』である私と違って、自分を目的のための道具だって、わりきらないのね」
「当然。何故なら、イオリア計画は間違っていたのだから」
「……間違っている? 自分を作った計画を否定するつもりなの?」
「到達点は認めるよ、だけど完成度が低いのさ。
僕ならもっと簡単に、もっと優れた方法で実現できる。イオリアの理想を、世界の救済を。
これから、完全に実現することができるのだから」
「なるほどね、それがあなたのルーツってこと。
なんいていうか、やっぱり傲慢よね、リボンズ。
自身を作った計画を否定しといて、自分で実現して見せようだなんて」
「そうかい? だけど君も、同じだろう?」
「……どういう……意味よ?」
「君もまた、君を作った者の意図に従わず。それでも君は、聖杯としての務めを果たそうとしている。
それは君を作った者達の意思じゃない。
紛れも無い、イリヤスフィール自身の願いにおいて、だ」
「…………」
「急に黙られると困るんだけどな」
「……だから、なの?」
「なにが、かな?」
「だから私を…………はぁ……なんでもないわよ。話を続けなさい」
「ふむ、とにかく、つまり僕達が人間の上に立つのは自然なことなのさ。
人に作られたから? そんなことはまるで劣位を意味しない。
いやむしろ、人に作られたからこそ、僕らは人より上に立つ。
神を創るのは、いつだって人だろう」
「……そうね。そうかも、しれない。
でもね、リボンズ。私が聞きたかったのは、多分そういう話じゃない」
「――?」
「ええ、分かりにくかったわね。ごめんなさい。質問を変えるわ」
「気にすることはない。
何度でも、好きなように聞けばいい。聞き直せばいい。時間は多すぎるほど在るのだから」
「じゃあ改めて質問。あなたの願いは、そのイオリア計画があったから、なの?」
「…………」
「私の願いと、同じなの? いや、こうじゃないわね。
もっと単純に聞くわ。
――完璧なイオリア計画の成就が、あなたの願いなの?」
「…………」
「答えて」
「違うよ」
「そうなんだ。じゃあやっぱり、私より、あなたの方が傲慢ね」
「僕と一緒は嫌かい」
「嫌よ」
「手厳しいな」
「じゃあ話しなさい」
「なにを?」
「決まってるでしょ。
願いの根源があなたの出生と違うのなら、
あなたはまだ、あなたの理由を話していないことになる」
「君は極稀に、鋭い時があるね。いいよ、君が頼むなら―――」
「いいから早く話しなさい。
時間を無駄にされた気分だわ」
「さっきまで、早く終わらせろと言ってなかったかい?」
「質問よ」
「……」
「ねえリボンズ。それこそ、いまさらだと思うけど」
「…………ああ」
「そもそも、どうしてリボンズ・アルマークは、そんな願いを持つようになったのかしら?」
493
:
See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:26:25 ID:6wVebK0.
◇ ◇ ◇
See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』 - Other -
◇ ◇ ◇
494
:
See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:27:16 ID:6wVebK0.
ときに『悪』とは何であろうか。
弱者を虐げることか。
金銭を不当な方法で得ることか。
他者を殺害することか。
それとも、ただ単に罪悪を感じるという事だろうか。
―――悪。
言峰綺礼はその正体を知っていた。
誰よりも、己がそれと呼ばれる者であると熟知していたからだ。
悪とは善の対極にあるもの。
理を定義するモノがヒトならば、決めるための指標が必ずあり、それが善。
善とは大多数の人々が信じる、正しき道。正義。
つまりそこから外れた者が悪なのだ。
言峰は悪だ。少なくとも言峰自身が定義している。
善を知り、正しき道を知りながら、許されぬ外道を知りながら、それを手にとった者。
世界の法則に従わず、己の中にある願望を通した者。
故に在りし日の世界で、己は悪と呼ばれる存在だったであろう、と。
だがこの場所ではどうだろう。
ヒトが生きる場所によって、ルールは変わる。
ヒトが善も悪も決めてしまうのならば、世界によっては善と悪が入れ替わることもあるかも知れない。
たとえば、『殺し合い』をルールと決めた場所ならどうだろう。
ここは白紙。狭間の宇宙。
主人公、ヒロイン、悪役、加害者、被害者、その全ての配役を取り上げた、理のないゼロの世界。
ならばどうなる、善は、悪は、果たしてどういう形をとる。
人は、世界は、何を至上と選択するだろう。
あるいは、あるいは、と言峰は思うのだ。
ここでならば、長年に渡り追い求めてきた『とある疑問』の答えにすら、到達する事ができるのでは――――
「だから、私は今も続けている」
暗く湿った地下室で、重苦しい声が響き渡った。
壁から天井にかけ揺らめく影絵を眺め、神父は淡々と心中を述べる。
「配役の変更を成し遂げた場所ならば、善悪の変遷はあり得るか」
揺らめく影は形を変え、少しづつ増え続けていた。
壁に掛かるカンテラの火に合わせ、怪しく蠢くそれは、彼の背後にあるモノの輪郭。
彼は壁に向かって、背後の影に話していた。
「君は、どう思う?」
「…………」
神父は口を閉ざす。
壁の影を眺めながら。
ゆっくりと、じっくりと、遅い返答を待つように。
495
:
See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:28:16 ID:6wVebK0.
シンと静まった室内。
しばしの時が流れ、影が数度揺らめいたとき。
ようやく答える声がする。
「………………わ……たし……は」
やおら発せられた少女の言葉に、神父は答えを急かさない。
じっくりと、聞き手として正しき態度で待ち受ける。
「……世界のルールなんて、知りません……でも……」
「続けたまえ」
振り返り、背後の少女――宮永咲を、正面から見据えながら。
「悪いことが正しくなるような世界は……きっと……どこに行っても、無い……」
小さな木造の椅子の上、宮永咲は座らされていた。
項垂れた様子で深く腰掛け、荒い息を吐きながら神父の問いに応える。
第六回定時放送が終了した後、この場所に神父に連れられてきて以降、彼女はずっとそうしていた。
ずっと、言峰綺礼と共に、この場所にいた。
「そうだな。結局、善悪の変遷など起こらなかった。
世界の法則は今も変わらない。正しさは、善は、悪は、不変だ。
それを願うのが人である以上。元より結果は見えていた」
意味が在るのか、無いのか、分からない。
悪を知る神父の、退屈しのぎのような、悪意の言葉を聴きながら。
「故に私は、今も知りたいと願っている。
変わらぬ悪は何故、それでも世界に生まれ落ちるのか。
望まれぬ存在が生まれ、それが生き続けることの意味、是非を問いたい」
「……だれ……に?」
わずかに顔を上げた咲の視界に、
「そんなこと、誰に、答えられるの?」
こちらに近づいてくる神父の姿が見えた。
「決まっている、『悪』に。この世全ての、悪に問うのだ」
今、咲の視界に、生きている者は言峰綺礼ただ一人だった。
他に5つ、地下室の床には、死体が転がっているのみ。
いや、眼の前に立つ言峰綺礼という存在すら、生きているといえるのだろうか。
彼の全身にはもはや一切の生気がなく、その背から立ち上る黒き靄は命が消える目前の灯火のようで。
「君の世界は最たる異質。その一つだ」
だけどそれは今や、己の体からも発せられていて。
「私の居た世界の魔術には、ルールが在る。
私とは異なる、インデックスの居た世界の魔法にもまた、違ったルールが在る。
我々の世界はロジカルで在るが故に強固だが、その分法則を守らなければ大事が起こせん。
かと言って科学の世界ではよりその傾向が顕著だ。
故に、対象は12の内、3つの世界の住人に絞られていた」
これから、自分はどうなるのだろう。
咲には何もわからない。
神父の告げる言葉の意味も。
全身を支配していく寒気の理由も。
「法則の無き不条理を内包する、不定形の世界。たとえば戦国武将、彼らの世界が顕著だろう。
彼らの強さはサーヴァントに互する程凄まじかったというのに、驚くべきことにルールが無い。
魔術回路、概念武装、霊体に通ずる物理攻撃。そこに理屈は存在しないのだ。
我々からすればとんでもない事だ。彼らは彼らであるということ以外に、強さの理由を持たないのだから。
できれば織田信長には、アレを育てきって欲しかったが……。
まあ構わないだろう、強力すぎる彼が宿したままでは、私は見ることが出来なかった」
己の影が、禍々しく形を変えていくそのワケも。
496
:
See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:30:02 ID:6wVebK0.
「では怪奇の世界? 残念だが不確定要素が多すぎる。
設定ごとひっくり返す程の不条理は、アレの質そのものを歪めてしまいかねないだろう。
故に、後はこのように、一つに絞られた」
止まらない寒気に、咲は自分の体を見下ろしてみる。
何も変わってはいない。
体は人型を保っている、宮永咲は人のままだ。
切断された片腕の断面が、黒く黒く変色している以外は。
「――君等の世界は、実に興味深かった。
君等が卓上で起こす不条理の数々は実に小規模で、しかしそこにロジックは存在しない。
君は、必ず嶺上で和了る、だったかな。
実に小規模な、だがそれは確かな奇跡だよ。魔術では成し遂げることが出来ない、ささいな魔法だ。
そんな魔法を君達は、一人一人が身に宿しているのだから」
寒気が、腕の断面から全身に染み渡る。
体の内側から、別のものに作り替えられていくのを感じている。
「故に君なら受け入れられると考えた。
資格が在ると予測し、実際に準備をし、同郷の者達で試した。
福路美穂子にはアレとの調和性を図る実験を。
東横桃子では異なる世界の異能を活用させる結果を見た。
結果はどれも、良好といったところだ。
やはり君たちの世界には資格がある、そして君には、先の二人を上回る素養があるのだから」
何も、何も、咲にはわからない。
これから自分が、どうなってしまうのか。
今いる世界にもうじき振りかかる災厄、その理由が己の内側にあるという事実など。
この世全ての悪が、ここにあるなど。
「時は満ちた。
私は誕生を祝福しよう。
主催者の言葉を借りるならば、
宮永咲、君はこの世界において――――もう一人の女神になれる」
果たして分かるわけもない。
「完全な再現など不可能だが、まがい物なら作れるはずだ。
君の中にある『可能性』をもってすれば。
正しき器、元なる世界において、史実通り泥に塗れた――もう一つの聖杯の器に」
だけど一つだけ分かることがあった。
「もうじき、完全なる聖杯(イリヤスフィール)は天より降りてくる。
器は作られるのでない。魂で満たされ、我々の元に降りてくるのだ。
この地の誰かに、奇跡を齎すために」
目の前に立つ神父、更にその向こうに揺らめく、己の影をぼんやりと眺めながら。
497
:
See visionS / Intermission 2 : 『悪の教典』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:31:45 ID:6wVebK0.
「対して君は、器の質では比べ物にならない紛い物だが、量ならば劣ることはない。
ここに五騎、超大の魂を確保してある。
全てその身に納めれば、現段階で天上の器にも決して引けをとらん」
地下室の床に転がる5つの死体から立ち上る巨大なる魂。
その全てが、己の内側に侵入してくる激痛すら、もはや微弱に感じながら。
「リボンズ・アルマークの――は正確だった。
君はやはり―――だ。物語の―――に戻ろうとする――――故にこそ――――」
徐々に聞こえなくなる、誰かの言葉。
黒く黒く閉ざされていく五感の最後。
宮永咲は、一つだけを理解した。
「さあ、私に答えを見せてくれ―――」
もう、宮永咲は宮永咲のまま、大切な人に会うことは出来ない。
善は消えず、悪は変わらず。それは不鮮明のまま。だけど確かに、確かに悪はここに在る。
紛れもない、己自身の内側に。
故に、もう夢を見ることはできないのだと。
宮永咲は徐々に薄まっていく意識の中で。
「さよなら……和ちゃん……ごめんね……」
もう逢えない大切な誰かに、別れの言葉を告げていた。
――――――――■■■■■。
誕生を待ち望む『悪』の胎動を、確かに、耳の内側で聴きながら。
【 Intermission 2 : 『悪の経典』 -End- 】
498
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:33:09 ID:6wVebK0.
投下終了です。
499
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/01(日) 22:46:39 ID:6wVebK0.
本日はゲリラ投下となりました。
【午後】に分類されるお話もこれが最後。
いよいよ第七回放送までのSSは後半に差し掛かります。
次回投下は9月2日。
再び参加者の物語です。
500
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/01(日) 22:57:23 ID:HZu0o3VY
投下乙です
ことみーノリノリだなーw
澪だけじゃなく、咲にまで手を出すとは
そして久々の登場なのにマーボーの挑戦の巻き添えくらった咲カワイソス
501
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/02(月) 06:48:49 ID:3EFjiaO.
あぁなるほど
王牌(聖杯)を奪う嶺上開花(咲)か
確かに不条理だw
502
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:39:30 ID:k8sn45p6
投下を開始します。
503
:
See visionS / Fragments 10 :『RE;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:40:21 ID:k8sn45p6
雲が流れ過ぎていく。
空を覆い隠していた灰の壁が取り払われ、陽の光は再び地上に降り注ぐ。
しかしそこにもう、昼の群青は無い。
既に時刻は夕刻に至り、落ちる日の色は穏やかな茜。
四時間ぶりの空は、人の目を奪う夕焼けだった。
茜色が島を照らす。
長く長く降り続いていた雨と同じように。
この世界に存在する全てを、平等に包み込む。
そして、光は、彼らのもとにも。
とある喫茶店。
五人で囲んでいたテーブル、その傍らにある窓から差し込む。
この世界で最後に残った。世界に抗う者達。
穏やかな夕焼けの光は、彼らのもとにも、届いていた。
504
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:42:45 ID:k8sn45p6
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 10 :『Re;』 -Index-Librorum-Prohibitorum-
◆ ◆ ◆
505
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:45:14 ID:k8sn45p6
そして、夕暮れ時になった。
窓からは眩いオレンジ色の光が、部屋の中へと流れ込んでくる。
僕達、数人だけで使うには広すぎるように感じる喫茶店内は、それで少しばかり温度が上昇する。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「――――」
どこか、気怠い空気が流れていた。
晩餐の終わり。全員が箸を置いて、手を合わせた後、直ぐには誰も口を開こうとしなかった。
僕の理由は、何か言えば『始まってしまいそうだから』といった漠然としたものだったけど。
みんなそれぞれの理由があったはずだ。
全員のポジションは少しずつ変わっていた。
僕は窓際でぼんやりとしていて。
式は違うテーブルで一人、椅子に深く腰を下ろしていて。
インデックスは入り口付近で置物のようになっている。
平沢だけが、率先して後片付けをしたいと言い出したので、一人でキッチンの方にいる。
そして枢木は食事が終わってすぐ、どこかに行ってしまった。
開けられた窓から、陽光と共にひゅうひゅうと風が吹き込んでくる。
そういえば誰がこの窓を開けたのだろうと考えて、それが平沢だったことに気がついた。
食事が終わった後、最初に声を発したのも彼女だった。
『開けますね』、と。
ただそれだけを告げて、窓を開いた後、食器を運んでキッチンに引っ込んでしまって。
その後、彼女はどうしているのだろうか。
数時間前までなら心配になって見に行ってしまっていたところだけど、今は何故だかそうする必要性も感じなくなっていた。
何故だろうか。
彼女から危うさが消えたワケじゃない。
今も、どこか不安定なままで平沢がここに留まっていることは分かってる。
少しのきっかけで彼女がまた崩れてしまうことは僕だけじゃなく、全員が察している筈だけど。
ただ、それを根本的に何とか出来るのは、結局のところ平沢自身しかいないからこそ、誰にも何も出来ないだけで……。
「…………」
立ち上がることにした。
別に何かしようって考えてるんじゃない。
ただ単にキッチンに行って、喉の渇きを誤魔化せるものはないかどうか、探したいだけだ。
他意はない。本当だ。アイツを助けられるのはアイツだけだって、言ったのは僕なんだし。
って、誰に言い訳してるんだか。
さっさと済ませてしまおう。
ついでに関節を伸ばして、軽く体を動かす事もできる。
そうして、ぐっと伸びをして。
歩き出そうとした時だった。
「どこか、行くんですか?」
「……ぁ」
キッチンから、平沢が出てきた。
なんだか出端を挫かれるような形になって、無駄に狼狽しかける。
「い、いや、なんか飲み物は無いかなって」
「麦茶ならまだ、余ってますよ」
「じゃあ、取りに」
「持ってきます。待ってて下さい」
「……はい」
凄まじくキビキビとした動作で、平沢は再びキッチンに引っ込んでしまい。
僕は中腰の姿勢のまま、平沢が帰ってくるまでの間、硬直する事になった。
506
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:45:54 ID:k8sn45p6
「はい、麦茶です」
「あ、ありがとう」
茜色差す部屋の中。
空気のように黙する二人と、床に座ってぎこちない会話をする二人がいた。
「……」
「あのー」
「……」
そりゃ当然僕らの事なんだけども。
渡された麦茶に口をつけながら、対面に座る平沢を見る。
平沢は何故か俯いていて、表情は伺えない。なんだろう、機嫌が悪いのか。
「平沢。なんか、怒ってるか?」
「そう、見えるんですか?」
しかし顔を上げた平沢の目は、そう見えなかった。
どちらかと言うと、寂しそうな目をしていた。
「いや、なんだろう、その」
「どこかに……ぃ……そうだっから……」
「なに?」
そこで唐突にブンブンと首を振る平沢の精神構造は、相変わらずよく分からない。
また表情が髪に隠れて、分からなくなってるし。
何を考えているのか伺えない。黙りこくってしまわれては対応に困る。
ホントに、コイツは今まで僕が接してきた女の子たちとは、どうにもタイプが違うなぁ。
「――ごめんなさい」
いや、だからそこで、いきなり頭を下げる理由も、僕には分からないから。
「いやいや、なにがごめ――」
「あのっ、わたしっ!」
だからお茶を濁そうとした僕を、遮るように。
平沢は、あの雨の中の戦い以来になる、大きな声を出した。
「あなたに、謝らなくちゃって……」
「……ぁ」
だけどそれは、考えてもみれば当たり前のような行動でもあって。
「あれからずっと苦しくて、やっぱりなにも分からなくて」
「…………」
「だけど、ひとつだけ、分かったことがあって、ううん、ずっと、わかってたことなんです……」
今の平沢の言葉は、考えてもみれば、とても凡庸なことだった。
「わたし……あなたにたくさん、悪いこと、しました」
一般常識に照らしあわせれば、普通の反応だった。
「たくさん、悪いこと、言いました」
「……」
「だから、ごめんなさい」
そこでようやく、納得した。
今目の前で僕に頭を下げる女の子は。
平沢憂という少女は、なるほど確かに、僕が今まで接してきた女の子とはタイプが違うらしい。
世界観が違うと言っていい。
507
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:46:47 ID:k8sn45p6
感じる罪悪感、それに伴う行動。……普通だ。なんとも普通だ。
僕の近くに居た女性たちよりも、ずっと、なんというかこう、常識的なのだ。
思いを取り戻した本当の平沢は、こんなにも、普通の女の子だった。
「……ごめんなさい」
だから僕は、そんな彼女の精一杯の謝罪に対して。
考えなしにはねつけるとか、適当に許すとか。
そんな簡単な解答は出せない。出してはならないと思ったから。
「――あ、ああ」
そこそこの狼狽と、何故か少しだけ安心をして、
「ごめん……なさい……」
「わかったよ」
受け止める事にした。
「ごめんなさい。今は……それだけしか言えなくて……ごめんなさい……」
「わかったって」
そして少しの間。
居心地の悪くない静寂が――
「………」
「………」
いや、撤回。
なかなか気まずい沈黙が流れていた。
「………」
「………」
「………」
「………」
な、何故だ。
二人分の沈黙が、先ほどよりも、どこか重苦しく感じる。
気のせいか、僕を見る式とインデックスの目が少し冷めてる気がする。
インデックスの視線は元々アレだったけど。
黙って僕らのやり取りを聞いている二人が、心なしかキツイを目を僕に向けているような。
どうして二人してそんなふうに見てくるのだろう。
気を使えよ的な、ちゃんとやれよお前的なオーラを微妙に感じる。
なんだよ。僕は何も悪いことしてないのに。
むしろ悪い事をした側から謝られているのに。
平沢に、頭を下げられているだけなのに。
そう、女の子に、ひたすら頭を下げさせている、男子高校生。
それが今の僕だ。
……お、おや、わりと最悪の印象ではないだろうか?
「………」
「………」
改善したいところだけど、しかし平沢は謝る姿勢をやめない。
僕も場を和ませるようなネタなんて、浮かばなかった。
というかここでフザけたりしたら、平沢に悪い気がして容易に出来そうにない。
だけど一度場の冷たさが気になると、もう際限がなくなる。
どうにかして空気を変えたくなる。
「………」
……う、うわぁ。うわー辛くなってきた。
絶妙に、シリアスを崩さないように、場を和ませることはできなだろうか。
そもそもアレだ、おかしい。
僕に長期間ボケさせてくれない辺り、まったくこの空間は芸人殺しだ。
いや違う違う、僕はどちらかと言うとツッコミだ。そもそもボケが居なのが致命的なんだ。
508
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:47:08 ID:k8sn45p6
…………あ、不味い。
本当に辛い気がしてきた。
ボケが居ない。いない? 存在しない?
居ないってことは、このまま? ずっと? ツッコミ厳禁? このSERIOUSな空気が最後の最後まで続く……だと?
「平沢、お前ボケれるか?」
「は……い……?」
しまった。
あまりの辛さに、一番振ってはならない奴にネタを振ってしまった。
「ごめん……なさい……」
「すまん。もう謝らないでくれ。いまのは僕が悪かったから」
いっそう冷える空気が辛くなるから。
「ボケます……ごめんなさい……」
「だからボケなくていいって」
「時間をください……三十秒で考えますから……」
「僕が悪かったって言ってるだろッ!!」
外部の視線がキツイ。
キツすぎる。
「でも、阿良々木さんに、ずっと一人でツッコミ続けさせるなんて、そんなの……」
「……な、なんだよ。
気を使ってくれてるのかよ。本当に、お前にボケがつとまるのか?」
ふむ、僕をツッコミと断定しての発言だな。
平沢憂。こいつ、案外出来る奴かもしれない。
思えば何事もパーフェクトにこなす奴だった。
あるいはコメディも行ける口なのかもしれない。
少しばかり期待が膨らむ。
できれば平沢は(空気的にも相性的にも)避けたかったが、相方が見つかるなら、この気まずさも多少は改善するだろうし……。
「……はい。大丈夫です。私の、ここに至るまでの自虐なら、この数秒で幾つか……」
「やっぱり僕が悪かったッッ!!」
無理やり作った表情が痛々しすぎる。
冗談じゃないぞ!
僕が気を使わせてどうする!
これ以上、気まずくしてどうするんだ!
「おい! ちょっと誰でもいいから空気変えてください!
インデックス! お前なんか十万三千冊の魔導書の中に持ちネタとかないのか!?」
シカトを決め込みながら視線で僕を攻め続ける奴に助けを求めるも。
堅物どもからは駄洒落の一つも出てきそうに無かった。
「……」
「……」
「……」
インデックスは実に事務的な目線で、『女子高生に謝らせる男子高校生の図』を眺めている。
援護は全くもって期待できない。
だけどそこに見え隠れする『感情のようなもの』は、僕にも分かるようになってきた。
式も意外と態度が露骨なもので。
考えが読めないようで、実際はただ単に天然で自然体な奴なのかも、なんて思えてくる。
今は居ないけど枢木も、居たところで戦力にならなかったろうなぁ。
真面目が服を着て歩いてるような奴だから、ギャグのセンスは見込めない。
だけど、非情で冷徹ってイメージはもう無い。今は感情の動きが見て取れる、隠し事とか出来なさそうな奴に見えていた。
そして平沢も、少しずつ自分の思いと向き合おうとしてる。
結局、ここに集まったのは、わりと自分に正直で、願いに真っ直ぐな奴らばかり、なのかもしれない。
……なんだ、その程度なら分かるくらい、僕はコイツらと関わったのかな。
「ところで式、お前はボケとかでき―――すいませんでした」
凄まじい殺気で黙殺された。
◆ ◆ ◆
509
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:47:50 ID:k8sn45p6
その後。
個人差はあれど、僕たちはだいたい十分ほどで倦怠感を振り払い、それぞれ瓦礫の町に散らばっていった。
お互い何も告げず。何の予定も組まず。結局、自由に、好き勝手に動いている。
決戦まで残り2時間くらいしか無いというのに、最後の抵抗勢力は未だまとまりがない。
一丸となって最後の戦いを頑張ろう、なんて誰も言わないし、多分、誰も心から思ってないんだろう。
枢木も、式も、そして僕でさえも。
思えば最初から結託とか連帯感とか、そういうのからは程遠いメンツだった。
笑えるほどのバラバラ感。こんなことで二時間後の戦いに勝てるかどうか。
なんてことすらもしかしたら、もう誰も考えていないのかもしれない。
ただ、それでも戦うとすれば、それぞれに理由があるからってだけで。
自分にはまだ、頑張る理由がある。
そして自分以外にも、頑張る理由を持つ奴がいる。
全員、それだけで良いと思っているのか。
じゃあ僕は、僕はどんな理由で、この長く続いた戦いの最後に、臨むのだろう。
「ひとまず、これが限界……か。やれることは全部やった、よな」
ショッピングセンター跡地。
佇む鋼鉄の巨人を見上げながらの、僕の呟きは実に軽やかに、夕焼けの外気に溶けていった。
ガンダムエピオンの修理。僕はこの期に及んでそれを続けていた。
忍野がどうだとか、そのあたりのフラグを完全に放棄してまで、残り少ない時間を費やしていた。
しかも結果は予想通り芳しくなく。本当に、こんなことをやっていて良かったのかと、未だに疑問が拭い切れない。
枢木に調達してもらったパーツとインデックスの知識を合わせても、やっぱり作業が捗ることはなく。
どれだけ道具が増えた所で、やはり素人では傷ついた装甲の補強までは出来なかった。
出来たことはコンソール関係の修復、
システムのメンテナンス(これはインデックスが宇宙語を喋りながら全部一人でやってくれた)、
そして水道管から引っ張ってきたホースで汚れを落とした、それだけだ。
最後に至っては戦いに使う上では本格的に意味が無い、できることが無くなってしまったからやっただけだ。
見栄えは多少、良くなったかもしれないけども。
「おつかれさん」
残念な思考を断ち切るように振り返れば、そこには夕日に照らされる平沢がいた。
最初に出会った頃と同じ、どこかの制服を着ていた。
後ろでひとまとめにした亜麻色の髪に、オレンジ色の光が降り注いで、少し赤みが掛かったように見える。
結局、彼女もまた、ここに来ていた。その隣には、インデックスが立っていて、虚空を眺めている。
「手伝ってくれて、ありがとな」
ここで彼女らに対する最初の一言は、お礼の言葉と決めていた。
僕の自己満足みたいな行為を、平沢とインデックスは最後まで文句もなく手伝ってくれたのだから。
ガンダムを自分で操縦できるわけでもないのに。
きちんと最後まで責任持って修理できるわけもないのに。
そもそも心を挫かれたグラハムさんに、また戦ってもらおうだなんて、他力本願な前提に成り立った僕の行動。
幾つものイタイ部分に、何一つツッコミを入れること無く、自分の時間を割いてくれた。
「私は全然、力になれませんでしたし」
なのに平沢は今も首を横に振って。
「それに私は、ただ…………」
口ごもるのは何故だろう。
まさか照れている、ワケもなく。
「なんだ?」
意地悪ではなく、僕は再度、問いかけている。
やり直せるように、なんて僕はこんな嫌味な気の、回る奴だったろうか。
「……私が……やりたいから。やったんです」
苦しそうな、しぼりだすような声だった。
「うん」
「だから私が――」
「だからお礼、言ってるんだ」
「…………」
平沢は『私も行きたい』ってちゃんと、自分で決めて、ここに来た。
さっきの事といい、彼女は変わりつつあるのかもしれない。
あるいは、自分を取り戻しつつあるのかも。
まだまだ彼女の心は不安定なまま、なのだろうけど。
少しは良い兆候になるのだろうか。そう願いたい。
「どう……いたしまして……」
だけど少しずつ、安心できるようになっている。
あまりにも時間が足りなすぎるけど。
510
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:48:55 ID:k8sn45p6
僕が彼女に言ったことが、絶対に正しいかなんてそりゃ分からない。
人の数ほど真実はあって、だけど少なくとも今の僕は、そう感じていた。
あの雨の戦いから、今も平沢は苦しそうで、見ていられないほど痛そうで、ずっとずっと、辛そうで。
だけどそれでもきっと、思いを手放していたあの楽そうな彼女よりも、ずっとずっと、
僕には、生きているように、思えたから。
「……だいたい、僕の行動が滅茶苦茶だったんだよ」
なんて、そんなことを考えていたから、だろうか。
「こんな無計画で穴だらけなこと考えた奴に、少しくらい怒ってもいいくらいだ」
気恥ずかしさに喋り過ぎた僕は、見事に失言した上に。
不覚にも気づくのが遅れて。
「だから平沢は、堂々とお礼を言われれば良いし、少しくらいなら、怒っても――」
「じゃあ、私も一緒ですね」
「へ?」
「私も、その無計画さんのお手伝いを自分からした、無計画仲間、なんですよね」
「……あー」
そう言われると言葉に詰まる。
「阿良々木さん」
「……ハイ」
久しぶりに、真っ直ぐこっちへ飛んでくる視線にも、気圧されていく。
「あなたは、自分で助かれって、言いましたよね」
「ああ」
「私のこと、助けないって、言いましたよね」
「……ああ」
「自分を助けられるのは、自分だけ」
「……そう言った」
「でも、あなたはぜんぜん、そんなこと、まるで信じてないみたいに、私に手を差し伸べるんですね」
助けないと言いながら、助けたがっている。
救いをチラつかせるようにして、ただ残酷に、彼女が救われようとするのを、待っている。
そんな身勝手を暴く言葉に、なにも言えなくなる。
「ううん、信じてるんですよね。そして受け入れてる。
あなたは、きっとただ単に、それが本当は嫌なだけ」
何一つ、言えなくなる。
彼女の言葉は事実だから。
僕の勝手は本当だから。
「あなたは私を心配してくれて。
それでも絶対に私の手を、あなたから掴んではくれない。
私が、私から掴むのをずっと、ずっと、だた待ってるんですね……」
だから反論なんて出来ない。
それに、今は、
「私がどれだけ苦しんでも、痛んでも、辛がっても。
絶対に助けない。
きっと私が、私を救おうとするまで……」
初めて見るものが、そこにはあったから。
「阿良々木さん」
「……ハイ」
「へんなひと」
涙はなく、だけど悲しそうな。
苦しそうで、痛そうで、とてもとても、辛そうな。
それは僕にとって初めて見る、平沢憂の、笑顔だった。
「変な人、なんですね。あなたは……」
「そうかな?」
「そうですよ」
実に、困る。
女の子に泣かれると困るけれど。
そんな顔をされたら、もっと困る。いったいどう反応すればいいのやらだ。
511
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:49:25 ID:k8sn45p6
「一旦、帰ろうか。そろそろ枢木も帰ってきてる頃だろ」
だから僕は誤魔化すことにした。
ちょっと早めに歩きながら、平沢とインデックスを通り越して。
「…………ですね。帰りましょう」
元きた道を進んでいく。
すれ違いざまに、誰かの手が、僕の手に触れたのを感じながら。
握る手の暖かさと、後ろからついてくるもう一人の足音に、また少し安心しながら。
僕らは、帰ることにした。
「でも、その前に私にもひとつだけ、やっておきたいことがあるんです。
だから一緒に、きて、くれますか?」
もうひとつだけ、寄り道をして。
「あれ……聞くつもりか」
こくりと、頷きは一度。
「まだ覚悟なんて、出来てません。
でも、ここで逃げたらもっと、後悔するかもしれないって、今は思うから」
言葉以上に、手から伝わる震えが、隣を歩く彼女の心を伝えてくる。
僕にその震えを止めることは出来ないし、内面の恐怖を拭うことなんて、到底無理だろう。
僕らはどこまで行っても、どうしようもなく別々で、互いに何かを補い合うことなんて出来ない。
誰も、本当の意味で、誰かを救うことは出来ない。
「いいよ、付き合ってやる。僕の用事だって、手伝ってくれたしな」
出来るのは自分を押し通すことだけだった。
自分勝手な救いを、身勝手な愚かさを、空想上の誰かの救いを。
あくまで自分のために、実行する。
たとえそれが、悲しい結末でも、誰も救われない結果でも。
自分自身を救うために精一杯やることしか、出来ないなら。
せめて違う思いを、同じ重いで、感じられるように。
今は彼女の、傍にいよう。
最後に、一度だけ振り返る。
沈む太陽を背景にして、佇む巨人を。
――誰も、誰かを救えない。
なあ、それでもきっと、救われたいと思うんだ。
悲しいこと、苦しいこと、辛いことがたくさんあって、一番大切な物を失って。
もうハッピーエンドも、グッドエンドも、ベターエンドも、無くて。
既にバッドエンドしか残されいないとしても。
それでも求めてしまう。
僕も、平沢も、その形も分からないままで、まだ求めてる。
だから生きてるんだよ、ここに居る全員。
救われたい、自分を救いたいから、まだ生き続けてるんだよ。
今、僕と、僕のとなりに居る奴はさ。
自分を救いたいって、そう思えたからきっと、今もまだ生きてるんだ。
苦しくても、痛くても、辛くても、それでもそう思えたから、頑張ってるんだ。
だからさ、きっと、まだ生きてるってことはさ。
あなたもそうなんだよな、グラハムさん。
◆ ◆ ◆
512
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:50:45 ID:k8sn45p6
「ここで、いいのか?」
「どこで聞いたって、ホントは一緒なんですけどね……」
ゴミの散乱した砂浜。
朽ち果てた海の家。
夕の紅に染まる海面。
黒、青、赤、三色交じる空。
「終わるまで、これ、預っていてください」
「ん、了解した」
海辺。沈み行く太陽の見れる場所。
平沢がようやく足を止めたのは、エリアE-1の西南に位置する海岸だった。
僕達がなし崩し的に拠点にしたアパートからは、それほど離れていないから問題はないけど。
ショッピングセンターからはそこそこ長い距離を歩いていた。
ここに至るまで、最後の踏ん切りがつくまで、やはり平沢には相当の覚悟を要したということか。
「行ってきます」
解かれていく、手。
潮風が、人肌から離れた掌の上のなでていく。
生ぬるい筈の空気がどうしてか酷く冷たく思え、それは平沢も一緒だったろうか。
「大丈夫ですよ」
強がりにしか見えない、あの痛そうな笑顔のままで、平沢は僕から距離をとった。
大丈夫、大丈夫だからと。
繰り返しながら、一歩一歩、後ろ向きに、僕の顔を見ながら、砂浜を歩いていく。
「大丈夫だから、そんな顔、しないでくださいよ」
馬鹿、こっちのセリフだ。
本当に、こっちのセリフだけど、僕にはなにも出来ない。
僕に出来たのは平沢をここまで連れてきたことだけで、最後の一番大事な事は、ぜんぶあいつが一人でやらなきゃいけない。
「早く行け、日が暮れるだろ」
だから僕はその背中を押す。
最後にできたことすら、それだけだ。
「……はい」
ただ、見守っていて欲しいと、彼女は言った。
自分一人で向きあうから、もう一度、誰かの思いと、そして自分の思いと向き合ってみるから。
その時、後ろで見守っているだけでいいと。それだけを平沢は僕に頼んだ。
元より僕にできることはそれだけだろうし。
それを彼女が許してくれるなら、自分からやりたいと言ったかも知れない。
だから今は、ただ見送ることにした。
彼女が何を思おうと。
そして、『奴』が彼女に、何を残そうとも。
僕にはただ、ここから見ていることくらいしか出来ないのだから。
僕と平沢との距離は数メートル。
だけど、今だけは、踏み込めない大きな境界線があるように思えた。
ここからは僕と平沢のやり取りじゃない。
きっと、『奴』と平沢の、最後の対話になるだろう。
不公平な対話だ。
なんとも一方的な、一方に圧倒的に有利なやり取りだ。
何しろむこうは、死人だから。
僕に背中を向け、海を眺めるようにして砂浜に座った彼女は、ディパックを膝の上に置いて、そっと開いていった。
そこに何があるか、彼女が何を手に取ろうとしているのか、僕は知っている。
枢木スザクが平沢に手渡した、黒い、何の変哲もない、ただラベルに『to Ui』と記されたカセットテープ。
そしてそれを再生できるようにと渡したのだろう、これも変わったところのないラジカセ。
平沢はラジカセから元々入っていたテープを取り出し、枢木から渡されていたものを入れた。
513
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:51:13 ID:k8sn45p6
そこに、込められたモノは言葉。
もう居ない、失われた誰かの、残したモノ。
『奴が』、ルルーシュ・ランペルージが平沢憂に残した。
残された、思い。
それはきっと、重い。
ただでさえ自分自身の重圧で押しつぶされそうな彼女にとって、耐え切れない負担になるはずだ。
もう自分の声は届かない、喪失の証である小さなテープと向きあうためだけに。
彼女は今、どれだけの無理をしているのか。
「……聞きますよ……ル…………っ!」
吐き気を堪えるような、くぐもった声が潮風にのって伝わってきた。
手で胸元を抑える平沢の表情は見えないけれど、震えてまるめられる背中は、背後からもハッキリと見えていた。
思わず駆け寄りたくなる衝動を、全力で、止める。
今を逃したら、機会はないかもしれない。
もうじき、決戦のときは訪れるのだから。
邪魔をすることは出来ない。だけど。
「は……ぁ……っ……っ……」
荒い息、苦しそうな声が聞こえてくる。
なんだよ平沢、お前、準備なんて、全然出来てないじゃないか。
「やめて……」
ぜんぜん大丈夫なんかじゃ、ないじゃないか。
見守るだけって、無理だろそんなの。
今のお前見てたら……でも……。
「……助けないで、ください」
お前がそう言うなら。
ああ、僕はいつまでも、納得出来ない僕自身を、納得させることしか出来ない。
僕にはやっぱり、お前を救えないってさ。
「…………」
沈み行く夕日だけが、彼女を正面から捉えている。
ぎゅっと。
胸元を押さえる力が強まるのは、分かった。
そして、僅かに、動く、平沢の指先と。
回り出す。テープの音。
紡がれ始める。誰かの言葉。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
長い、長い、沈黙の先に。
『――平沢憂』
久しぶりに聞く。
いけ好かないアイツの声が、もう一度だけ、彼女の名前を呼んでいた。
『お前がこれを聞いているということは、俺の目的は、概ね達成されたということだろう』
◆ ◆ ◆
514
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:53:09 ID:k8sn45p6
――そうだな、まずは労いの言葉を贈ろうか。
よくやった、平沢憂。
お前は、実に役立つ駒だったよ。
本当に、お前はどこまでも、俺にとって都合のいい存在だった。
その凡庸な姿は交渉する保守派を欺く、良い装飾になった。
その非凡な才能は襲い来る外敵に対向する、良い戦力になった。
そして、その他者に依存し信頼する愚かさは、俺の見ていて飽きない、良い玩具になってくれた。
初めてお前を見た時、使いにくい駒を手に入れたと思ったよ。
誰のために行動したのかすら定まらない、自分が何を選んだのかにさえ気付けない、不安定な奴だとな。
だがギアスを掛けてみれば、優秀な道具に化けてくれたものだ。
……ああ、ギアスについて、説明したことは無かったか。
俺は目を見た相手に、暗示をかけることが出来る。
それは絶対に遵守される制約となって、対象を縛る。
憶えていないだろうが、初めてあった時、俺はお前に、こう言ったんだ。
『俺を裏切るな』、と。
覚えがあるだろう。不可解なことにこれで説明がつく筈だ。
現に、お前はその言葉通り、俺を裏切れずに、使い潰されることになっただろう。
最後まで俺の掌の上で無様に踊らされて、限界まで酷使されて、何一つ報われることはなく、捨てられただろう。
つまりは、そういうことだ。
ああ、そういえば俺はお前を助けると言ったな。お前に何か優しい言葉をかけた気がするな。
アレは嘘だ。そうさ、お前の言うとおり、俺は嘘つきだとも。
俺は最初から最後まで、お前を救う気などなかった。
『お前の為に』などと思ったことは一度もない、俺は俺のためだけに戦っていたさ。
冷酷か? 非情か? そうだな。
だが俺は何一つ、その事を悔いることはない、お前を道具として扱って、何も思わなかった。
俺はな、そういう人間なんだよ。
ここまで仕えた褒美だ、教えてやろう。
我が名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
神聖ブリタニア帝国第99代唯一皇帝。
何千万もの民衆を殺戮した、悪逆皇帝と呼ばれる者だ。
今更、お前一人傷つけた所で、何も感じない。
俺の理想の世界を創るために、身勝手な理由の為に、数えきれないほど人を殺してきた。
数えきれないほど、人を傷つけ、裏切ってきた。
憂、所詮お前もただの、その数えきれないうちの、一人に過ぎないんだよ。
俺はお前に、侘びなど言わない。
こうなって、俺には何一つ、悔いなどない。
最後の最後まで、お前を裏切り続ける、だから――
――だから憂、お前は俺を憎め。
お前の恨み憎しみ、憎悪を、全部俺にぶつければいい。
この身はもとより、世界中の憎悪を集めたもの。
お前ごときの感情など、今更俺にとっては取るに足らない、瑣末なものだ。
さあ、最後の命令だ、平沢憂。
好きなだけ憎むがいい。
俺を憎み、俺を恨み、憎悪しながら。
そして、最後まで――――
◆ ◆ ◆
515
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:56:22 ID:k8sn45p6
『最後まで――』。
その先を告げぬまま、テープの声は聞こえなくなった。
カチリと音を立ててラジカセは止まり、メッセージの終わりが、僕の耳にまで届く。
「…………」
以上が、ルルーシュ・ランペルージ、いやルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが残した言葉だった。
「…………」
平沢だけじゃなく、僕も暫くの間、声を発することが出来なかった。
テープに関する感想じゃなくて、平沢になんと声をかけて良いか分からなかった。
「…………」
最低だった。
そして最悪だった。
率直に、マジで最低最悪なメッセージだった。
思い返せばそれだけで胸糞悪くなる。
とりあえず僕に浮かんだ感想は、そんなものだった。
「…………」
平沢の顔は、見えない。
どんな表情で、彼女はこれを最後まで聞いていたのだろう。
背中はもう震えていないけれど、胸元の手はそのままだ。
駄目だ、情報が少なすぎる。
ショックだったのか? 心の負担は? 傷ついてる? 悲しんでいる? あるいは怒ってる?
何一つ、見えてこない。さっきまでわかり易かった平沢の感情が、まったく伝わらない。
かと言って、気の利いたセリフもなく。
声をかけられないなら、踏み込んで、行動で何かできないだろうかと。
一歩、僕が踏み込んだ時だった。
やっと、平沢が一言だけ告げたのは。
「…………き」
「え?」
反射的に声を上げてしまった僕に、応えるように。
だけど実際は、もう僕なんかまったく見ていない彼女は――
「……うそつき」
もう居ない『彼』にむかって、そう言った。
「やっぱり、ルルーシュさんは、うそつきだ」
516
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/02(月) 23:57:39 ID:k8sn45p6
後ろからは見えない表情。
「そうですね。
私、怒りますよ。
怒らないわけ、ないじゃないですか」
海面か、空か、どこかを見つめる瞳に、きっと彼を映しながら。
「勝手なことばっかり言って」
痛そうな、声。
「人をさんざん利用しておいて」
苦しそうに、体を震わせ。
「自分だけ、私を残して死んじゃって」
辛そうに、幾つもの雫を、砂浜に落としながら。
「なのに最後まで……生きろ、なんて、そんな残酷なこと言うなんて……っ」
僕には聞こえなかった。きっとルルーシュも言わなかった。
最後の言葉を、それでも彼女は正しく受け止めながら。
自分を騙し続けた男の言葉に、遂に怒った彼女は、
「好き勝手なことばっかり、本当に、頭にくる。だから――」
平沢憂は、最後の最後で。
「だからもう、騙されてなんて、あげない」
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを、裏切った。
「私はあなたを、恨んでなんかあげない……。
絶対に、憎んでなんかあげないッ!!」
そして平沢憂は、最後の最後まで――
「たとえ世界中の誰もがあなたに騙されて、憎悪していても、私だけはもう、二度と騙されないからッ!
絶対に、嫌いになんか、なってあげないから……っ!」
ルルーシュ・ランペルージを、裏切らなかった。
「誰よりも、あなたは私を、助けてくれたんだって。
救ってくれたんだって、言ってみせるから。
どれだけ否定されたって、私は胸を張って、言い切ってみせるから……っ!」
――絶対に、最後まで、あなたの思いを、裏切ってなんかあげない。
そう言って、平沢憂はその胸に、ラジカセを抱きしめながら。
もう一度だけ、嗚咽した。
◆ ◆ ◆
517
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/03(火) 00:00:27 ID:V8GuQIcE
そこからはひたすら大泣きだった。
海辺に響き渡る。一人の少女の、全力の嗚咽、全開の泣き声。
胸の奥に溜まった全ての感情を吐き出すような。
そんな平沢を、結局のところ、僕は後ろから見ていることしか出来ない。
ラジカセを抱きしめ、大切だった人の名前を呼びながら泣く平沢のむこう。
真っ赤に染まった海の、その更にむこうで、日が沈んでいく。
平沢はこれで乗り越えたのか、そんなわけがない。
きっと彼女はまだ、何も成せておらず、むしろ背負うものが増えただけだ。
やっと問題が見えてきたってだけで、大変なのはこれからだし、彼女にはまだまだもっと大きな問題が待っている。
状況は進展どころか後退してるような気さえする。
これでよかったのだろうか。
長い時間をかけて、別に問題を解決できたってこともない、状況は大して変わってない。
平沢のことだけじゃない。
ここまで進めた僕の行動の全てが実は無意味なんじゃないかって、思わなくもない。
残り時間は極僅か。
第七回定時放送は目前に迫っている。
それが終われば、文字通り終わりの始まり。
今までのことが全て、無意味になる。
だというのに、こんなことをしていて良かったのかな。
「良かったんだよ」
自分自身の感情を軽く一蹴する。
これで、よかったんだよ。悪い気分はしてないから。
僕の相変わらずの、空回りする行動にも、価値の無い優しさにも、後悔なんてないのだから。
今も、僕はこうするんだよって、もう居ない誰かに胸をはれるから。
「……って、なんだ、これ?」
唐突に僕の思考を打ち切ったのは、ズボンのポケットから聞こえた小さな電子音だった。
僕の私物に鳴り物は無かったはず。ではなんぞや、と。
ズボンから引っ張り出すと、それはまだ見慣れていない機材だった。
「……ぁ」
それと平沢とを、交互に見る。
ポケットから出てきたそれは、小さなイヤホン型の通信機だった。
平沢から、ルルーシュのメッセージを聞き終わるまで持っていてくれと渡されたものだった。
それがいま、小さな電子音で着信を伝えてくる。
既にルルーシュからのメッセージも終わったことだし、彼女に知らせようか僅かに迷ったけれど。
今の平沢に無粋な声をかけるのはどうにも憚られれた。
暫くそっとしておいてやりたい。
だけど、この通信が気がかりなのも確かだ。
応答できるのは相手が掛けてきてくれてる間だけ、なんだろうし。
なにより、このタイミングで平沢にかけて来る相手は限られてる。
それは大きな意味を持つような気もするし。
さて、どうしようかと、少し迷ったあと、僕は――
「――もしもし」
平沢に気づかれないように、少し距離を取りながら通話ボタンを押していた。
518
:
See visionS / Fragments 10 :『Re;』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/03(火) 00:01:08 ID:V8GuQIcE
『…………誰だ?』
予期せぬ相手に応答されて、おそらく戸惑ったろう電話の相手は、とても澄んだ女性の声をしていて。
そして僕は、唐突に直感する。
これはもしかしたら、運命かもしれない、と。
馬鹿みたいな感想を抱いていた。
「阿良々木暦だ。平沢の代理で出てる」
この時、このタイミングで、この人物からコンタクトがあって、応えたのが僕だったという、事実。
いくつかの偶然と、いくつかの必然で整った、状況に。
『……そうか』
相手はこれまで一度も会ったことのない人物で、だけど特定は容易だった。
いま生き残っている人物の中では、もう僕の会ったことのある人より、会ったことのない人物の方が少ないぐらいだし。
ここで平沢に連絡を取ろうとしていた人物なんて、一人しかいないだろう。
幾度か聞かされた、又聞きの人物評価で、僕と同じくらいの気苦労っぷりに、実は少しばかり共感を憶えていた人物。
生き残っている僕の知り合いのほぼ全てと面識がありながら、何故だか僕とだけはこれまで一度も会うことのなかった人物。
限られ過ぎていて。
「平沢に代わるか? 少し時間はかかるけど」
『いや、だったらいいよ。……これも、運命かもしれないな』
そして何よりも、先ほどの直感が、告げている。
多分むこうも、同じくらいの確度で、感じているんだろう。
『私は、秋山澪だ』
彼女がそう名乗るってこと、そして、もう一つ。
奇妙なくらい会うことのなかった気の合いそうな奴と、ここにきて繋がった、その理由。
『そして』
ずっと見えなかった僕の役。
最後の戦いにおいて、僕が担うことになる役割が、見えた気がした。
ああ、確信する。きっと、彼女は――
『私は、あなた達の敵だ』
彼女こそが、この世界における、阿良々木暦にとっての、最後の敵になるのだと。
【 Fragments 10 :『Re;』 -End- 】
519
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/03(火) 00:02:52 ID:V8GuQIcE
投下終了です
520
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/03(火) 00:07:32 ID:V8GuQIcE
次回の投下は9月4日を予定しております。
これまで秘せられていた、とある彼のお話。
521
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/04(水) 23:29:12 ID:ZJ.xa3iE
今回の投下は本日の24時を跨いでからとなります。
夜までお待ちしていただいてる方々には誠に申し訳ありません。
522
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/04(水) 23:53:53 ID:MQ2faDZY
いえいえ、こっちも仕事がありますから時間が空いた時にゆっくりと読ませて貰います
こちらは読ませて貰っている立場ですからエターだけしてくれなければいいですよ
523
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/05(木) 00:01:42 ID:GjwxDswc
待機だぜ!
524
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 04:49:46 ID:RATDQEVY
夜は、跨いで、いるから()
誰もいないだろう時間に、ひっそりと投下致します
525
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 04:50:24 ID:RATDQEVY
汚くても、かまわねェ。
今の俺がどれだけ醜い人殺しで、悪党で、見下されて当然のクズだろォが。
それでもアイツの笑顔が翳ることなく、光の上で満足に生きていられるなら、それで十分なンだ。
忘れていたわけじゃねェ。
なのに縋っちまった。堕落した自分を救い出してくれる"誰か"。
自覚を持てよ。今まで何をしてきたか、ここで何をしてきたか。
本気で、ソレを思えってのか。
ああそうだ、認めてやる。
俺は、ずっとそっちに行きたかった。
あの陽だまりの中で、生きていたかった。
闇に落ちて、糞と一緒に掻き混ぜらて、どうあったって戻れないと分かっていても。
陽の差す世界。希望に満ちた夢。明るい未来。輝いた日常。
そこをアイツと一緒に歩いて行けたら、それはどンなに――――――
だが、もう遅い。全てが遅い。
もうこの穢れは祓えない。拭えない。消し去れない。
浴びた泥の話じゃねェ。
元々この身に溜め込んでいた罪(あく)は、抑えきれないくらい飢えて、飽いていやがっただけのこと。
だから、あの中へ持ち込ンでは、いけない。
さァ、殺そう。
闇の中で、闇に在る全てを殺して回ろう。
俺にはその力がある。生きてる人間全てを呪い殺す悪の声が、力を寄越す。
暴れ、傷つけ、踏み躙り、殺す事柄を、アイツの周りから消してやろう。
傍で守ることがもうできなくても。
影から忍び寄る災厄を全て狩り尽くそう。
二度とアイツに、それを近づけさせやしねェ。
さァ、続けよう。
殺し尽くし、駆逐して、死に絶えろ。
俺に、そしてオマエらに出来るのはそれだけだ。
人の殻なンざいつでも捨ててやる。今更人間ヅラする気も毛頭ねェ。
名前も心も邪魔な装飾だ。ただ破壊するだけの嵐であればいい。
誰もが畏れずにはいられない闇への恐怖の塊になって。
遠慮なく、オマエらの名を受け継ごう。
ただ、あと一度だけ奇跡を願うのなら。
あの緩んだ顔(ツラ)を、もう一度―――――
.
526
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 04:54:49 ID:RATDQEVY
◆ ◆ ◆
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』 - 一方通行 -
◆ ◆ ◆
527
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 04:55:26 ID:RATDQEVY
目覚めれば、また、闇の中にいた。
天も地も消え失せた暗い海。
海とは本来生命を創り出した原初の環境であるが、ここには新しい命が誕生する可能性は一片たりとも存在しない。
天上には黒く塗り潰された空間でも分かる穿たれた孔。
極大の呪いを流し込む蛇口は今も延々と滴り続けている。深海の底ですらまだ慈悲があるだろう。
ここは始まりでなく終わり。万象全物が例外なく内包しいつか迎える死の世界だ。
「おかえりなさい!ってミサカはミサカは新婚のお嫁さん気分であなたの帰りを出迎えてみたり!」
その中で、少女は満面を喜びに輝かせていた。
希望に満ちた表情で、家族の帰宅を両手で迎え入れる。
汚れた箇所など一片もない、争いとは無縁の幸せを生きている者の笑顔で一方通行に笑いかける。
打ち止め(ラストオーダー)―――
この世の悪性に染まっても決して忘れたことのなかった、最後に残った希望。
初めての邂逅から、何一つ変わってない緩んだ頬でこちらを見上げていた。
「……あれ? なんだか反応が薄いぞ、ってミサカはミサカはあなたの無慈悲なツッコミチョップへの警戒を解いてみたり」
愛らしく小首を傾げる仕草。
その顔を覚えている。
その声を知っている。
闇でしか生きていけないと諦めていた自分を、そんなことはないと幸福な夢を見せてくれた少女がいた。
まるで夜明けの太陽のように。
どんなに力が強くても自分では開けられない扉を、弱々しい腕で開けて光をもたらしてくれた。
この光を失いたくない。
自分の汚れた手を取ってくれた彼女を世界の理不尽に奪わせはしない。
それだけが願いだった。それさえ守り通せればよかった。
無敵を目指したこの力が彼女に降りかかる災厄を払いのけられることが、小さな誇りとなった。
だから、目の前で呼びかける彼女を見れた事に素直に喜んだ。顔を見れた事が嬉しかった。
受けた傷も、足掻いた無様も全て清算された。それだけの甲斐があったと謳える。
528
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 04:56:59 ID:RATDQEVY
「なンで、ここにいるンだ」
けれど。あり得ない。
ここにコイツが来ていい道理なんて、あるわけがない。
ここは闇の胎。地獄の底。悪の巣窟。
ありとあらゆる悪性が集った終わりの場所だ。
そんな最果ての地に、どうして守護を誓った少女が立っているのか。
「オマエは、ここに来ていいやつじゃないだろ」
この打ち止めが現実のとは違うものであることぐらい一方通行は理解していた。
同じ場所で見た、超電磁砲≪レールガン≫の時のビジョンと同じ。
特殊な場所でこそ成り立つ、夢のようなもの。都合のいいもの。
あらゆる願望を叶える何者かが、その者の望みを見える容に映し出す為の鏡。
あの時現れた超電磁砲は、一方通行の罪悪の象徴。
ではこの打ち止めは一体何の―――?
「どうして……?」
いっそこのまま元の振舞いを続けてくれればまだしも割り切りがついたかもしれない。
しかし打ち止めは一方通行に問い返した。会話という形式を生み出した。
一方通行は無視出来ない。今全身を捉えて離さない震えから逃れられない。
それはこれまでのどんな責め苦よりも容赦なく、決定的に破滅を呼び込むものだと本能的に悟った。
「じゃあ、どうして一緒にいちゃいけないのって、ミサカはミサカはあなたに聞いてみる」
「決まってンだろ」
思いのほか、声は軽く出た。
こんな時が来るを、ひょっとして自分は分かっていたのかもしれない。
「こンだけ狂って。こンだけ殺して。
どのツラ下げて今更、そこに戻れるってンだよ。
もう壊れてんだよ。腐ってるんだ。分かってんだろ。お前が本物でも、俺の妄想でも、もうどうしようもねェ」
己は殺すしか出来ぬモノ。その方法でしか誰か守れない怪物。悪と呼ばれる存在だ。
ずっと前から分かっていた。知っていた。ただ思い知らされただけだ。
だからもう、彼女の前に立つ資格など、ないと知っているのに。
「だから消えろ。早くどっかにいきやがれ。
俺は、オマエと一緒には――――」
この世の全ての悪という超重の怨霊に抵抗出来ている理由は、結局の所その一点のみだった。
たった一人を救う為にこそ、悪を受け入れながらも自我を保持することを可能としている。
だがそれは薄氷の如き心の壁だ。
彼女が死ねば、自分は人間でいられない。
救ってくれた人が消えるのも恐ろしければ、その後の己の末路も想像するだけで狂うに至る。
そしてそれは、彼がかつて胸に懐いていた願いそのものなのだ。
逆らう意思すら起こさせない絶対的な力。
認めざるを得ない究極の悪。
芽生えた希望が消えれば、残るは過去に根ざした暗い望み。
聖杯は新しい温床を種として取り込み、彼の絶望を具現するだろう。
529
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 04:58:07 ID:RATDQEVY
強すぎる光は逆に身を蝕む。
こんなにも希望が近くにいるのに、苦しみは増してしまう。
守るための殺人の代償。希望から遠ざからなければ希望を残すことが出来ない。
それで構わないと思っていた。一生闇の内を巡る鬼であろうと決めていた。
そんな決意を、闇は簡単に打ち砕いた。
求めるということは、飽いているということ。
触れ合いたいという本心と、殺してやりたいという衝動が矛盾を結んでいる。
近づくのも、遠ざかるのも、どちらも本当で噛み合わない。
「――――――」
告解を聞いた彼女は、顔色ひとつ変えないで一方通行から目を逸らさなかった。
そして一歩、また一歩と、一方通行の方へと小さな足を踏み出した。
一方が近づき、一方が不動のままの以上、終着は訪れる。
元々の位置が近かったこともあり、二人の距離は指が触れ合うぐらいに縮まった。
指先に、血の通った温かい熱が伝わる。
「大丈夫だよって、ミサカはミサカはあなたを安心させてあげたり」
懐かしい、温もりがあった。
殺し合いに落とされる以前で最も新しい、自分が触れた熱。
触れた指先から、凍りついた心が一瞬で融かされていくのを感じた。
「冷たいね、ってミサカはミサカはあなたの手を力いっぱい握り締めてみたり」
指から手のひらへ。
片手から両手へ。
痩せ細った手が、それよりも一回り小さなふたつの手でくまなく包まれた。
「――――――」
何を考えるまでもなく握り返していた。
今の今まで支配していた声は、意識する間もないまま消え去っていた。
強く、強く、能力を使わない生身のまま精一杯握り締める。
打ち止めもまた負けないように握り返した。
「……うん、もう大丈夫」
手を繋いだまま朗らかに微笑む打ち止め。
その顔はずっと変わらない。
「私は、ずっと一緒にいたいよ……」
いつかのように。
いつものように。
「あなたはずっと変わってない。とっても優しくて、強い人。
だってこんな風にミサカの手を優しく握ってくれるもん、ってミサカはミサカはあなたを信じてみたり!」
淵にいた自分を見つけ、救い出してくれる、力強さを持っていた。
こんなにも軽い腕なのに、重い罪を背負った者を拾い上げてみせた。
「……聞いてなかったのか? 俺は――」
「そんなのに負けちゃダメ!ってミサカはミサカは」
「あァ、ったく。……うるせェよ、オマエは人の頭ンなかでも、そうなのかよ」
応援如きでどうなるなら苦労はない。
あまりに腑抜けた台詞についいつもの悪態をつく。
530
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 04:59:30 ID:RATDQEVY
「分かったよ」
その言葉に、打ち止めの顔が輝く。
気が緩んだ一瞬。
「それでも―――この手は繋いではいられねェ」
繋がれてた指をゆっくりと、優しく引き剥がした。
「もうすっかり暗い。ガキは家でおネンネの時間だぜ」
位置の概念のない世界で、いつの間にか両者は上下に離れていた。
離れる一方通行の背には巨大な翼。
黒く黒く、闇の中でも見失わないほどの奔流だった。
上昇は止まらず、天に掲げられる太陽を目指す。
どうせ形のない夢の世界だが、抜け出るには唯一「像」があるあそこが丁度いい。
「―――待って!」
とっくに届かない手を、必死に伸ばす。
これは、理想だ。
こうであって欲しい、こうだった筈だ。
本来手に入れていたであろう理想の、正しい未来のカタチ。
現実ならあり得ないだろうが、ここは虚構の空間。そういった不条理も可能性として存在する限り起こりうるのだろう。
救いたかった少女を象るのは、救われたいと願った自身の良心だ。
助けてほしい。救われたい。本当はあった幸せを取り戻したい。
突きつけられただけでは否定するだろうが、この少女から出た言葉なら聞き入れる。
なんという弱さか。こんな女々しさがまだ自分に残っていたとは。
だが仕方がない。その顔を一目見たかったのは、偽りない真実なのだから。
別れの顔が泣き顔なのは少々残念だが……贅沢は言うまい。
言葉を贈られただけでも、本来望外な奇跡なのだから。
「じゃあな」
いよいよ頂点に昇りつく。
陽光は幻想に関わらず溶けるほど熱い。翼もあまりの熱量に融けかける。
構わず輪の中心を駆け上がる。もう地上の声は届かない。
それでも、目は眼下の少女から最後まで離れることなく。
誰にも聞かせられない、もう二度と叶わない願いを、ひとり呟いた。
「俺も、ずっと―――」
531
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 05:01:04 ID:RATDQEVY
◆ ◆ ◆
脳が痺れる感覚に眩暈がする。
―――遠い夢を、見ていたようだ。
だがそれは久々に悪夢ではなかった、ような気がした。
内容はまったく憶えておらず、なにも思い出せそうにないが。
何かがひっかかるが、忘れているなら仕方がないと追及をあきらめた。
意識が解凍され、一方通行の体は再稼働を始めていく。
ただし寝覚めは最悪の一言に尽きた。どうやら今まで雨が降っていたらしい。
全身の疲労、痛み、脳からせり上がってくる耳鳴りが止まらない。
ただでさえ不健康を露にしていた白い肌は屍も同然に血色を失っている。
そんな容貌でも問題なく生きていられるという事が、既に彼が異常であると示していた。
「くァ…………」
頭が働き、声が出、そこから手先に力が入り、足を踏ん張って上半身を起こす。
いったいどれだけの時間を惰眠に貪っていたのか。
体調は芳しくない。無造作にここに寝てから、一時間単位が経過している。
空を見れば高く昇っていた。太陽は沈み行くところまで来ている。随分と安穏にしていたものだ。
平衡感覚はまだ取り戻せず、膝を折って腰を据える。
そこに浮かぶ、異様な不純物。
浮遊する、天空の要塞。
空に掲げられているのは神の、天使の持つ剣。
夕焼に照らされるソレを目にした途端、全てを理解した。
「………………ハ、成る程。よォやくお出ましか」
幻想的にすら思える光景も、一方通行にとっては破壊の対象でしかない。
アレは敵だ。この腐れたゲームの主催が篭る巨城。
迷うことなく。疑う余地なく。理由などまるでなく。
一切の過程を必要とせず、アレこそが今まで自分が目指していた敵であると確信が持てた。
意志が着火する。
双眸に紅蓮が宿る。
萎えかけた精神に再び鉄芯が挿しこまれ、暗い底なしの邪悪が芽吹き出す。
その果てをずっと追い求めていた。
その企みを打ち砕くことを望んでいた。
その先にあるモノを守るためだけにここまで生きてきた。
守るため、そして殺すため。
いや、それよりもずっと単純な思いが、この胸にはある。
世界の悪意を凝縮した汚泥にも侵されない、尊き幻想。
突き詰めていけば、誰だって持っているようなありふれた誇りと使命。
そのためだけにずっと己は戦い、傷ついて、足掻いて這って苦しんで痛がって愉しんで壊して殺して殺して殺して殺して殺して殺して
殺して回ってそうだドイツもコイツも殺し尽くして潰し引き裂いてナニモイナイコウヤをキズクジブンスライラナイ
俺もとっくに壊れてずっと狂って何処までも何時までも何故も何もどうしてもねェよとにかく殺して―――
「……ゥるせェよ」
532
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 05:01:35 ID:RATDQEVY
短く、戒める。
頭をのたうつ想念を一言で切り伏せて膝を立たせる。
かまびすしく喚く雑音を無視しながら、重い腰を上げる。
体が重い。目が霞む。
肩にのしかかるように疲労が重なり積もっている。年寄りにでもなったかのような気分だ。
生涯能力に依りかかっていた反動か、全身の使う必要のなかった筋肉が腫れ上がっている。
それでも生きている。体は十分動く。
石を小突けば、音速度下でコンクリートの壁にめりこんだ。能力行使にも問題ない。
ならば単純。あとは進むだけだ。
だがその前に、今の状況を整理をしなければならない。
『彼女』を救い出すという一念のみで、天使に挑みかかった瞬間。
今まで感じたことのない力を背負って飛翔した筈が、一撃を返すのも叶わずに撃ち落とされた。
その時の屈辱と怒り、新生していく脳細胞に焼き付くまで残っている。
相性や能力の工夫などを笑い飛ばす、暴力による圧倒。
幻想を殺す右手とですらなかった、完膚なきまでの敗北。
敗北から得た経験を元に人は結果を逆算し勝利を導くことが出来る。
しかし今の一方通行に敗北の記憶はない。
自分がどうやって戦い、そして敗けたのかすらも曖昧だ。
体の痛みと、手応えのなさ、そしてあまりに静かな周囲の状況証拠から漸く事態を受け入れていた。
しかしそこまで為す術なく負かされながら、今も己が生きている不思議。
会場は静観としていて、戦いの気配が消えている不可解。
自分以外全滅したなどとは到底考えられず、そうであれば来る筈の『あちら側』からの接触がない。
「……つまり、お遊びはオシマイ。次のパーティーまで暫く閉幕ってところか。
トコトン遊ンでやがるなアイツら」
即ちこの空白は、題目(ステージ)変更に伴うインターバルであると当たりをつけた。
でなくば往来の中央で無防備に寝ていた一方通行が無事であるのが説明出来ない。
人数が一桁間近までくれば、参加者の動向の把握も、戦場の操作だって造作もない筈。
そうやって、自分たちの望む展開を持ってこさせて一気に収穫を遂げるというわけだ。
どういう形にせよ、次こそが最後の決戦。
その時現れるのが、あの天使には違いない。
「ボサっとして、らンねえな……」
いつかまでは分からない。
しかし遠からず到来してくるのだけは確信している。
寝ている時間が惜しい。すぐにでも備えをしなければならない。
目の前に映る全てのものを、今度こそ掃滅させるために。
「コイツも、もうほっとく理由もねェか」
立ち上がり、人差し指を首にかかった輪にひっかける。
固く巻きつけられた、参加者に殺し合いを強制させる為の装置。
それに対して能力を作動。構造解析は既に完了している。
さらにデイバックに詰まったままの死体の男、上条当麻の幻想殺しで幻術の類も打ち消されていた。
解除の目途にとっくに立っている。やろうと思えばいつでもできた。
もはやゲームも終わりというならば、嵌めている理由は既になく。
繋ぎ目の亀裂が大きくなり、リングが震えだし―――ついには全てのパーツがその場で分解された。
こんな小さなモノに、今まで命を握られてきたのか。
拍子抜けにも似た感情が胸中に靄をかける。
苛立ちまぎれに地面を足でひと叩き。散らばった破片はただでさ細かい部品を粉々に吹き飛んだ。
――見ていろ、次は。
誰に向けられるでない紅の瞳は、確かに目的へと殺意の視線を注いでいた。
◆ ◆ ◆
533
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 05:03:01 ID:RATDQEVY
その後、一方通行は、生きている参加者を探す事はしなかった。
いま自分以外の生存者をみたら、おそらく抑えられない。
六時間ものあいだ抑えつけ、高め続けたこの殺意はただ一人のため、今度こそ天上で郄見する神を堕とす為に。
故に今はまだ、誰にも会うわけにはいかなかった。
改めて問う。
己の目的。そのための手段。辿り着くための方法。
彼女の守護。そして彼女以外の命の殺戮。
そこに立ちはだかる最大の障壁。天上に居座る神の座。
大前提として、主催者を名乗るアレを堕とさぬ限り、一方通行の望みは果たされない。
爆弾の首輪が外されても、一方通行には未だもうひとつの首輪が繋がれていた。
能力制限。万物を操作する能力行使の稼働時間の大幅な短縮。
無敵の力を持つ超能力を制御している装置は、首輪からは検出されなかった。
となると主催の本部で直接操っている可能性が濃厚であり、現状では解決手段が見つかっていない。
いわば首根っこを掴まれているのも同然であり、いつ摘み取られてもおかしくはない状況なのだ。
よくもこんな状態で反逆しているのかと我ながら自嘲する。
しかし、一方通行の能力そのものの禁止は今もされていない。これまでも制限以上の措置はされた事はなかった。
余裕か、それともルールとして設定しているのか。
いずれにしても好機であり、油断しているのなら都合がよかった。
迎撃反撃を許さずに、慌てて制限を課す間も与えないような電撃作戦。
乾坤一擲、初撃必殺の気概でなければ打倒に到達し得ないだろう。
能力制限を受けている一方通行にとって、攻撃力の不足は至急解決すべき課題だ。
一方通行の体力は人並み以下だ。
攻撃、移動、防御、あらゆる行動に能力の補助を必要とする。
その応用力の広さこそが第一位の何よりの証なのだが、それがここでは裏目に出てしまっている。
時間節約のコツは捉えたものの、その分戦闘は長引くことになり決定力を欠いてしまう。
それはあくまで比較対象であり、一瞬でもベクトルを操作すれば、路傍の小石も並の凶器など及ばない殺傷力を持たせられる。
しかしこれもまた比較の話。
並の上、中程度の凶器では殺しきれない敵もまた存在しているのだ。
『反射』は防御の要であり、一発の傷が決定打になりかねない一方通行にはどうしても外せない。
『移動』には車等の代用手段があるが、それでは機敏な動きに欠けるし、何より速度も時間も能力を使った方が遥かにロスが少ない。
ならば『攻撃』は?
攻撃には豊富な代用手段……武器がある。
人が人を殺すために生み出してきた英知の一端。ものの分からぬ子供に人を殺させることができる機械道具。
殺し合いともなればその数も選り取りみどりだ。
今現在の手持ちの武器で銃の類は、拳銃三梃、短機関銃一梃、狙撃銃一梃。
常人ならばともかく、これから始める戦いの装備としては些か心許ない。
だがここには容易に武器を補充出来る場所があることを一方通行は知っている。そしてその元手も荷物には詰まっていた。
全てを敵に回すと決めた今ならば、その選択にも何の躊躇もない―――。
目当ての場所の付近に落下したのは不幸中の幸いといえよう。
おかげで邪魔者が来ることなく最短で目的地に辿り着いた。
たどり着いたE-3エリアには、その輝かしき威容を奉るかのように象の像が鎮座している。
祈りも懺悔も佇むオブジェにはくれる事なく商品欄に目を通し、めぼしい品々をを適当に買い込んでいく。
施設サービスとやらが『首輪の換金率2倍』なのも都合がよかった。
解析済みの首輪四つをぶち込み、規定の金額の二倍でしめて七億二千万。
手軽に法外な資金を入手し、惜しむ必要もなく好きに調達を済ませられた。
―――尤も、彼がこれまで殺害してきた人物と数を鑑みれば不足しているだけの金額ではあるが―――
ベクトル操作で飛ばした物体に比べればこれらの武器は確かに威力は劣る。
だが銃火器の類を使えば、一方通行は一切の能力を使用せず攻撃を仕掛けられるのだ。
所詮人とは銃が当たれば動けなくなり、死ぬ生き物。
威力の優劣など同一の結果であれば小さな違いだ。
いわば数打ちゃ当たるの戦法。確実性の低さを物量で補う使い方。
当たらぬ戦車砲よりも、当たるマシンガンの方が兵器としては優れている。
能力の温存を心掛ける一方通行にとって、それは最上の手段だといえるだろう。
534
:
See visionS / fragments 11 :『正義と悪』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 05:04:55 ID:RATDQEVY
そうして一方通行はいま、仄暗い洞穴の中で潮騒を聞いている。
海に囲まれ岩盤で覆われただけで、ここが世界から隔絶されているかのように空気は冷え切っている。
波の音や脳から割れ響く叫び声がなければ死後の幽世へ足を踏み入れてしまったと錯覚しただろう。
F-2にある遺跡エリアで一方通行は腰を下ろしていた。
会場から僅かに切り離された孤島、船か飛行機を使わなければ簡単には到達出来ない地形。
身を隠すには最適な条件を揃えたここを一時の拠点として使用していた。
任意の場所への転送移動が可能な施設サービスがあるのも都合がいい。
どこで火の手が上がろうとも即座に現場へ辿り着く事が出来る。
ちなみに彼自身は象の像にあった隠し通路から来たため、能力の浪費にはならなかった。
遺跡にある販売機でも武器をいくらか購入した後、一方通行は移動を止めていた。
地面に座り込み、根でも張っているかのように身じろぎひとつせず沈黙している。
実際、事態が動き出すまで彼はずっとこうしているつもりである。
気を失う直前に聞こえてきてた、神を名乗る者の宣言。
正しければ、もうじき奴は降りてくる。
第七回定時放送は目前に迫っていた。
それが終われば、あとは存分に、己が内で燃ゆる殺意を天に届かせよう。
ヒーロー、正義の味方。
それは死に、地に落ちて塵と消えた。
ここに残ったものは悪。
そしてそれを正義であると、貫き通す意思。
見上げる天上。
沈もうとしている陽光よりも高く。
座する神の城を睨み据える。
次こそは逃がさない。
今度こそは、この力を届かせて見せる。
そして今度こそ殺そう。全てを殺そう。
傷つける者、奪う者、虐げる者、
悪を為す者、そして善を為すものでさえも、その概念ごと、この世界の全てを。
ただ一人、彼女を守るという、願いのために滅ぼそう。
この世全ての悪。
「あァ、かまわねェ。だったらそれすら、俺は飲み込ンでやる」
何もかもをなくして、己以外の悪がなくなれば、そうすればきっと。
もう、誰にも罪を犯せない。
もう、誰にも悪を名乗れない。
何故なら、全ての罪悪はこの身にある。
「――時間だ」
傾き落ちる日の向こう。
迫り来る破滅を見上げながら。
彼だけの正義(あく)を手に、一方通行は最後の戦いに臨んでいった。
【 Fragments 11 :『正義と悪』 -End- 】
535
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 05:06:49 ID:RATDQEVY
投下終了です。何時間もの遅れ、申し訳ありませんでした。
536
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/05(木) 05:26:08 ID:RATDQEVY
【投下告知】
次回の投下は9月6日です。
第七回定時放送まで、残すところあと1話となりました。
537
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/05(木) 15:15:13 ID:k37BZK5k
投下乙です
一方さん…
さあ、そろそろ放送が始まる…
538
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/06(金) 22:15:38 ID:xKXHMcm2
本日予定していた投下は、諸事情により延期させていただきます。
お待たせしてしまい本当に申し訳ありません。
次回の投下の日程は明日、改めて告知いたします。
539
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/08(日) 07:09:49 ID:BkhRih1Y
次回の投下は9月9日になります。
540
:
名無し
:2013/09/08(日) 13:26:56 ID:XeXsxO.M
ルルーシュ......
541
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 00:04:16 ID:jT3WMpjs
本日の投下は、諸事情により遅れます。
もしかしたら今夜中には投下できないかもしれません。
再度の延期となり本当に申し訳ありませんが
もうしばらくお待ちください。
542
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/10(火) 04:06:58 ID:RCLK.wj2
むむ、佳境だから致し方なし
543
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:10:12 ID:1R9Zk17c
おはようございます、朝です(デデドン
先日分の投下を開始します
544
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:11:32 ID:1R9Zk17c
壊れた町。
瓦礫の山に埋もれるように、男は壁に寄りかかり、座り込んだままでいた。
何もかも放り投げ、何もかも欠けたまま、グラハム・エーカーは、それでも確かに生きていた。
近づいてくる足音がある。
だが、グラハムの興味も危機感も働くことはない。
自分を覆うように影が伸び、そこで初めて目を動かす。
まるで視線に質量があるかのように、ゆっくりと顔を上げる。
視界に捉えたのは、見慣れない服に身を包んだ、見知った顔だった。
「―――――スザク、か。君が来るとは、思っていなかった」
影の主を確かめて、グラハムは声を出す。
その声に熱はない。
来訪者を歓迎するでもするでもなく、予想外だったという事実だけを告げる。
「………そうですね。僕も、そう思います」
グラハムに対し、枢木スザクもまた、事実だけを告げる。
スザクは自分に、目の前の男を立ち上がらせる力があるなどとは思っていない。
そもそも、説得する気も、励ます気も、慰めるつもりもない。
グラハムが戦闘に参加するに越したことはないが、それも絶対に必要なことではない。
グラハムが動くかどうかに関係なく、スザクは既に己の為すべきことを定めている。
考えれば考えるほど、スザクにはここに来なければならない理由が、何もない。
「……君も、続けるのか?」
グラハムが問う。
「はい」
スザクは答える。
「何故だ? 我々はとうに負けたというのに」
その声に、戦いに敗れた者の自嘲はなく。
「僕は、ここでは終われないから」
その声に、戦いに赴く者の覇気はない。
互いに、ただ事実を述べているだけのやり取り。
だが、二人が選ぼうとしている道は、決定的に違っていた。
グラハムの視線がゆっくりと落ちていく。
スザクに向けて上げられた時と同じように重さを持って、今度は地面へと引かれてゆく。
545
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:12:12 ID:1R9Zk17c
「……わかっているのだよ、私にも」
漏れた呟きは、誰に向けたものでもない。
「いつまでもこんな所で座り込んでいても仕方がない。
立ち上がり、年長者である私が皆をまとめ、戦いに備え準備を進めるべきだということくらいは、わかっている。
だが、動けんのだ。
こんな自分を、私は知らない。
情けなくみっともない……いっそ殺してしまいたいが、それもできん」
グラハムの独白。
風が吹けば飛ばされてしまいそうなほどに、弱く、軽い言葉が紡がれてゆくのを
スザクはただ、黙って見ていた。
「天江衣が言っていた。自分を殺すことはできないのだと」
その一言に、スザクが息を飲み、表情を変えたことをグラハムは気づかない。
「どんなに自分を殺そうとも、それが自分の意志である以上、自分を殺した後には、自分を殺した自分が残る。
たしかにそのとおりなのだろう。だが―――」
「それは、ただの言い訳だ」
グラハムの言葉を、スザクが遮る。
積み重ねられた戯言を、容赦なく切り捨てる。
「……言い訳、か」
「違いますか?」
「どうだろうな。私には、もはやそれさえわからない」
「なら、僕が断言します。貴方の言っていることはただの言い訳だ」
「厳しいな。何故そこまで言い切れる?」
「本当に殺したいなら、心だけでなく身体ごと殺してしまえばいい。僕と違って貴方ならできるはずだ。
それに僕には、今の貴方が『グラハム・エーカーを殺した後に残ったグラハム・エーカー』には見えない」
その言葉にグラハムが返したのは、消え入りそうなほどに小さな、乾いた嗤い。
それから
546
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:13:28 ID:1R9Zk17c
「弱いな、私は。――いや、君達が強いのか」
口先だけの、卑下と称賛。
そこに自身を省みる気持ちは微塵もなく、他者を慮る想いは欠片もない。
ただ己を蔑み憐れむだけの言葉。淡い羨望すらない、独り言にしかならない弱音。
「僕らは、強くなんてない」
それをスザクは否定する。
声に、怒りを滲ませて。
瞳に、悲しみを滲ませて。
「貴方が言ったとおりです。僕らはとうに負けている。
何も手に入れることなく、ただ、失い続けた。
大切なものを守りたいなら勝たなければならなかったのに、僕は勝てなかった」
グラハムは、何も言わない。
「負けたという意味においては、僕も貴方も変わらない。
一方通行やサーシェス、秋山澪も含め、この殺し合いの参加者の生き残りは皆等しく敗者だ。
強者なんて、もうどこにもいない。ここにいる人間、全てが弱者だ」
グラハムの視線は、動かない。
スザクを見ない。
「私はその敗北を、失ったかけがえのない物を、君たちのようには背負えない」
ただ諦めの言葉だけを口にして
「背負っていないのなら立てるでしょう。何も、重くはないのだから」
それさえも、許されず。
グラハムは俯いたまま黙り込む。
スザクも何も言わない。
会話が途切れれば、そこにはもう、時間の流れを麻痺させるような静寂しか残らない。
数秒か、数十秒か、数分か。
静寂を終わらせたのは、スザクだった。
デイパックの中を漁る音。
「これを」
たった三文字の声を最後に、再び静寂が訪れる。
影の動きで自分に何かを差し出しているのだと気づいたグラハムは、目だけを僅かに上げる。
スザクの顔まで視線を上げることなく、それが何かは確認できた。
一着のパイロットスーツ。
「………私には、不要な物だ」
「そうですか」
言うなり、スザクは、あっさりとパイロットスーツから手を放す。
落ちるそれを、グラハムは意味もなく目で追った。
それだけだった。
パイロットスーツは湿ったアスファルトに落ち、グラハム・エーカーは立ち上がらない。
スザクは、ゆっくりと目を閉じ、そして、告げる。
547
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:13:59 ID:1R9Zk17c
「―――――天江衣は生きている」
唐突に為された宣言に、グラハムは思わず顔を上げた。
ゆっくりと目を開いたスザクと、視線がぶつかる。
「……そう言えば、貴方は立ち上がれますか?」
グラハムは自分の中でもう一度、スザクの言葉を反芻する。
天江衣は生きている。
冗談にしては笑えない。
だが、スザクがそんな冗談を言う人間でないことをグラハムは知っている。
グラハムが視線で続きを促せば、スザクはグラハムの求めに応じ言葉を連ねた。
「ルルーシュのメッセージが残されていました。
誰にも言っていませんが、彼の推測によれば、僕と彼さえも同じ世界の人間ではない。平行世界の住人であろうと。
そして、もしその推測が正しいのであれば、僕らの世界にだけ平行世界があるとは考えにくい。
おそらく、無限に存在するのであろう世界の中には、天江衣が生きている世界も存在していると思います」
その言葉にグラハムが浮かべた表情は、失望、だった。
「そんなものに、意味はない」
掠れた声で
「仮にルルーシュの推測と君の考えが正しくとも、どこかの世界で生きている天江衣が存在するのだとしても」
俯き
「それは、私が一心同体であると誓った天江衣とは、別の誰かだ」
拒絶する。
それ以上は話さず、ただ赤いカチューシャを握る手に込められた力だけで訴える。
そんなものはいらないのだと。
そんなものには、何の価値も無いのだと。
『もう一人』に既に逢っているか否かという決定的な違いはあれど、
スザクの心を揺らした『もう一人の存在』を、グラハムは何の迷いもなく放棄した。
それは違うのだと、手放した。
グラハムを見つめるスザクの瞳に浮かぶ想いは、短くはない沈黙の後、瞳の奥へと隠される。
「……天江さんと、一心同体なんですか?」
「ああ。たとえ異なる世界にいようとも、我らは共にあるのだと。そう言った」
「なら、彼女は今、貴方と共に、立ち上がれずにいるんですか?」
スザクの、素朴な疑問を口にしただけといった調子の一言に、
カチューシャを握るグラハムの手が震える。
「天江さんとはろくに言葉を交わしたこともありませんでしたが、
それでも彼女が何のために戦っていたのかは知っているつもりです。
僕にでもわかるのだから、貴方にわからないわけがない」
天江衣の最期を、グラハムは見ていた。
彼女の最期の戦いも、最期の笑顔も、グラハムは見ていた。
「最後まで戦い抜いた彼女が、こんな所で座り込んでいるんですか?」
スザクの問いに、グラハムは答えず。
スザクもまた、グラハムに答えを求めることはしなかった。
「……それ、美味しかったですよ」
グラハムの傍らに置かれたタッパーを指差してそれだけ言うと、
スザクは踵を返し、振り返ることなくその場を後にする。
壊れた町、いずれ己の至る末路と同じ背景に、グラハムだけが取り残された。
最後まで立てなかった男。
生きる理由を見失った者。
それでも、捨てられない何かを抱えて生きている人。
泥に沈んでいた碧の瞳は、残された物だけを見下ろしていた。
548
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:14:45 ID:1R9Zk17c
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』 -Index-Librorum-Prohibitorum-
◆ ◆ ◆
549
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:15:14 ID:1R9Zk17c
夕刻。
街を燃えるような姿に染めていた空は、段々とその色を濃くしていった。
日落ちは早くに訪れて夜の到来を如実に知らせている。
黄金、山吹、赤、茜、深紅、
白紙の画用紙の上で、ひたすら絵の具を重ね塗りたくっていくように景色は移ろう。
やがて日の光も完全に失われるだろう。
夜の帳は下り、舞台は闇の中に呑み込まれ始める。
滅茶苦茶にされた街の中で、ギリギリその機能を保っていた電柱にライトの光が灯る。
外灯の数は微小で道を照らすには頼りなく、虫食い穴だらけの路面が映し出される。
変化する景色。
進んでいく時間。
それが示すのは即ち、刻限。
六時間毎に繰り返されてきた定時放送、その七回目。
しかし、此度の放送は今までとは質の異なるものだと誰もが知っている。
始まるのはただの通達ではなく、開戦の号砲。
ルールの変更。ゲームの第二段階。
殺し合いの裁定者、この世界における神が現れる。
放たれた弓の如く、駆け抜ける速さで過ごした一時。
同時に、果てしなく続いてきたようにも思えた地獄の宴。
その道程にも、ついに終着点が見えてきていた。
裁きと称された掃討。
一方的な殲滅に抵抗を試みる参加者。
もうすぐ全ては始まり、そして決する。
未来は予測できなくとも、起きる現実はひとつだけ。
次が最終戦(ラストバトル)となり、後に物語のピリオドは打たれる。
生きている誰もがそれを知り、各々に時を迎える為の準備をしていたこれまでの期間。
抗う者、殺す者、仕掛ける者、暗躍する者、
各々の役割、目的のため準備を進めている中。
そのどれにも属さず、ただ廻る時計を観るのみだった端末装置は未だ己の役目に準じたままでいた。
雨が降って埃が晴れた地面の中で、修道服の少女が立つただ一点だけ、白が浮きぼりとなっていた。
塗り忘れた絵画の空白、欠けたパズルの1ピース。
人型の教会は外界からの異物を拒絶する。故にソレは、世界にとっての異物となって表れている。
「…………………」
特別注視する動きをしているわけではない。祈りを込める事もなく、ただその場に立ち尽くすだけ。
そこに意思はなく、感情は薄れ、意味はとうに消失している筈の用済みの端末――インデックスは。
帰る者を迎えるように、身動ぎひとつせずその場に立ち尽くしていた。
◆ ◆ ◆
550
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:15:53 ID:1R9Zk17c
「――よお」
己に向けた、他愛のない呼び声がした。
存在は知覚していても、今まで認識しないでいた背後からの言葉に反応して、インデックスは振り返る。
目前に立つ少年と少女。
生存の意志を捨てず、神である主催者に反抗する集団。その最後の参加者のうち二人。
数時間ほど前と同じ場所、似たようなシチュエーションでの再会。
阿良々木暦はどこにでもいる平凡な人間のように振る舞い。
平沢憂は沈痛な表情のまま一歩引いた位置で、ラジカセを抱きしめながら立っている。
「準備は済みましたか」
スピーカーじみた、感情の抜けた文字の羅列。
殺し合いが始まる時から変わらない、機械的な応答で戦意を確認する。
「ああ、もう出来たよ。僕の方はな。
……何の意味もない事だったかもしれないけど、やれる事は全部やった。後悔はしてないさ」
阿良々木暦にとって、今のこの少女はどう見えているのか。
用済みの道具、使い捨てられ程なく来る崩壊を待ちながら価値のないルーチンを続ける哀れな人形か。
それはない。人物評、過去の行動パターン、あくまで収集した情報の統合結果としてインデックスは結論する。
過去の大小様々な蟠りを捨て、阿良々木暦はインデックスに人として接している。
その姿勢からは、戦いに勝つという強い決意は感じられない。貪欲に願いを求める熱意も持ち合わせていない。
変わりない、お人好しの少年のまま。
誰かの言葉を借りるなら「胸がむかつくほど優しくていい人」のまま。
「……あ、そうだ。ひとつだけ頼み、というか質問みたいなのがあるんだけど。
この辺に遠い場所に一気にいけるようなやつってないか? ワープとかそういうの、お前らなら用意してるんだろ?」
ない、という答えはない。主催者側の立場であれば、ある程度の転移は自由に行える。
実際に阿良々木もこの場で幾度かその様子を見ている上、彼自身にも転移の経験はある。
だからこそ言葉に確信を込めて質してくる。
インデックスの答えは素早く、そしておそらく阿良々木の望むものだった。
「【F-2】地点の施設・遺跡において、任意の座標へ移動が可能な転移装置を起動できるサービスが施行されています。
料金は一人一度につき3000万ペリカです」
「遺跡か。近いけど海を渡るのか……一人で泳ぐのは、キツイな」
「象の像から遺跡内部と直通の隠し通路がありますが」
都合のいい補足に目を見張る阿良々木へと、インデックスは単純な答えを述べた。
「発見したのは両儀式です。隠匿の必要性はないものと判断しました」
「そう、か…………まあ、今回は聞いてない僕が悪いしな」
「また情報の蒐集中に判明しましたが、休止していた電車の運休が再開されたようです。
およそ前回の放送から作業が行われ、先ほど修復を終えました」
会場中に走っている電車の復旧。これもまた移動手段を求める阿良々木には嬉しい事実だった。
しかもこれなら阿良々木だけでなく、他の人も移動が楽になる。
「好きに使え、ってことか。準備いいなあ。
けど根本的に気の遣い方を間違ってるよな」
少年は頭をかきながらはあと小さく溜息をつく。
551
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:16:24 ID:1R9Zk17c
「で、お前はどうすんだよ、これから?」
「私、ですか?」
疑問を以てインデックスは阿良々木を見た。
「ああ、お前だよ。やりたいことがあるから、ここにいるんだろ?」
「それはあり得ません」
何かを探るような阿良々木の指摘に、否定を返す。
「このインデックスはこのゲームで課せられた全項目を終了しました。
私の機能は既に完結し、結論は満たされています。
また私が次に再利用される機会も存在しません。よって私にはもう、なにひとつ行動の、存在の理由がありません」
だがそれは阿良々木への問いの答えにはなっていなかった。
今言った前提に沿えば、現在のインデックスがこうして生きている事実と噛み合わない。
自己否定の発言は、生きているという隠しようのない実証を前に霧散してしまう。
機械的に自己基準を判断できるのなら、それこそあり得ない。
つまり、インデックスがここにいるのは。
道具としての利用価値がないと理解し、その上で存在することを続けているのは、合理にそぐわない。
だが理にかなうにせよ、かなわぬにせよ、阿良々木にインデックスを救う手立てはない。
そしてインデックスにはその意思がない。
人の手に持てる量には限りがあるし、何よりそうした形での救いを彼自身が望まないだろう。
そして彼女は、手を伸ばされても取ろうとはせず、後ろから押されても歩こうとはしない。
「何もないんだったら、何をしても自由ってことだろ」
だからだろうか、代わりに送られたのは小さな肯定だった。
「意味とか価値とかなくったって、それしか考えつかないんだったら仕方ないよ。
役割がないならそれこそ好都合じゃないか。やりたいことだけやってればいい。
誰も指図しないのならなおさらさ」
その言葉が、紛れもなく自身に向けられた言葉だと認識して。
カメラのレンズのように、インデックスの瞳が微かに揺れ動く。
動いてそのまま、視線を眼の前の少年から逸らした。
「……あなたは、どうなのですか」
学生服に着替えた少女を両眼に捉え、同じ問いをする。
少女は己の足のみで立ち、ここまで歩いて来た。単なる視覚上での違いだ。
例え精神面に変化がもたらされていても、それで戦力が増加する事なぞありえない。
平沢憂は相変わらずの弱小の位置。戦力に加えるには余りに微小で、そもそも数に加わるかすらも曖昧でいる。
「私は……まだ、大事なことが分からない。何も決められていない。
今でも、そう思います」
案の定、ここで出るのは白紙の内容。
まだ終わってはいないと。決戦が間近に迫っている中で、未だ選択をしていない。
内に抱える問題の解決に至っていない。
だが、彼女は答えた。声に窮するだけだった今までとは違う、自分の言葉で語ってみせた。
「だけどここに、失くしたくないものが、まだあったから……」
……予測とは全く異なった結果に、対応にラグが生じる。
「まだ時間が残されているのなら。
それまでは答えを、探し続けたいって、思います」
阿良々木暦もまた驚きを含んだ表情をしている。
遅延の原因は測定外の答えにエラーが生じたのか。
それとも破損した代償に取り戻した感情――驚き、あるいは喜び――が揺れ動いたのか。
「そうですか」
真実の在り処を脇に置いて、ただ答えについて了承のみする。
その間に阿良々木は、再びインデックスの方を向いた。
552
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:17:09 ID:1R9Zk17c
「枢木と式は、もう来てるのか?」
「いえ。この場に姿を表したのはあなた達が最初です」
「そっか……。じゃあもう少し待ってるかな」
そう言って、かつては一軒家が建てられていた瓦礫の山へと腰掛けた。
その位置から空に目を向ければ、遮る障害物が吹き飛んで空にはっきりと太陽の姿が見えている。
憂もまた何も言うことなく座り込んで、何をすることもな夕日を眺めている。
間に立つインデックスは不動のままで、二人を観察する。
「放送前に、四人でこの座標に集合すると約束していたのですか」
「え? ……ああ、いや別に? そういえばしてないな、そんなの」
「では、何故」
「なぜって……なあ……」
気がつけば、何一つとして問う必要のない質問をしていた。
情報の収集はもう十分であるのに。それどころかその行為すら意味のないものだというのに。
弁えた上で、一切の益をもたらさない会話を始めていた。
阿良々木の方も意外だったのか、やや間の抜けた受け答えをする。
「言葉による対話をするまでもなく、彼らとは既に分かり合えているのですか?」
感情を復元しつつあるとはいえ、端末の枠を超えられていないインデックスは気付かない。
無意味な意見の交換、利得の生まれない会話を続ける理由に思い至らない。
「そんなんじゃないよ。ここに来たのは一度集まったことがあるってだけだし。
まあ……他に行くところもなかったけど、他の奴らだって多分そうだよ。
だからここで待ってれば皆揃うかなんて漠然に考えてた。その程度でしかないものなんだ。
何にしたって、帰る場所があるってのはいいもんだしな」
生まれるのは些細な疑問の解消。
その程度の価値でしかない交流だった。
◆ ◆ ◆
やがて短い会話も打ち切られ、辺りは静寂に包まれる。
次の行動を見いだせず、インデックスは阿良々木に倣って同じ方向を眺める。
風は嵐を前に一時静かに、それ以外の音は無く、秒針だけが進んでいく。
「夕日見るの、好きなのか?」
不意に、阿良々木から疑問が投げかけられる。
問われたのはインデックスではなく、瓦礫の椅子の上に体育座りをしている平沢憂にだった。
少女はじっと沈み行く半球を見つめていた。
「ん……そうですね。考えたことはないですけど、多分好きなんだと思います。
今まで何度も何度も見てきてるものだけど、見飽きたことはありません。
だってあれは、新しい一日が来る合図だったから」
いきなり話題を振られたことに戸惑いつつも、彼女は答えを返す。
煌めく斜陽は、一層輝きを強くして地平線を越えていく。
553
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:17:31 ID:1R9Zk17c
「今は沈んでも、次の日にはまた元気に昇る。
そんな当たり前を知っていたから、私も当たり前に明日が楽しみでした。
だから不安なんて何もなくて、何の疑問もなく――なんでもない次の朝を楽しみにして眠れました。
意識したことはなかったけど、そうだったんだって、今は思います」
主催の城塞の隠れ蓑だった日輪は、燃え尽きていく流星のように輝きを増していく。
崩れた街の中で落ちていくそれは、現実を夢に変える幻想的な光を放っていた。
殺し合いの為だけの会場。全てが仮初、作り物の世界。
だが美しいものを美しいと感じる心に真偽はない。
あの光に、少女はかつての記憶、ありふれたいつも通りの日常を想起しているのだろうか。
「けど、今はすごく恐いです。胸の奥が、とても冷たくて。
あれが最後に見る夕日かもしれないって。もう二度と次の朝は来ないかもしれないって、思ってしまった、から。
だから、目に焼き付けておきたいのかも、しれません」
万物を暖かく包んでくれる陽光を浴びていても、心の震えは止まらない。
遠い彼方に浮かぶ、燦然とした輝きを放つ太陽。
人の手では届かない、近づくことすら許されない、見るだけでも禁忌の理想の箱。
それは少女にとっては、日常でありながら万金の価値であった、一生の幸福の象徴なのかもしれない。
希望が消えていく様を、自分ではどうしようもないと分かっているから、見届ける気でいるのか。
取り戻すことも叶わないのなら、せめて、真新しい記憶にその残像を留めておきたいと。
「……ごめんなさい、おかしなこと言って。今から皆が戦おうっていってる時に、迷惑ですよね」
今この地で生きている人間で、何も失わなかったものなど恐らくひとりとしていない。
そしてその中で最も傷と根が深いのが平沢憂であった。
他と比べて一際凄惨というわけではなく、彼女にだけ耐性が無かった。
本来であればこの場面まで残れはしない者。
いかに稀なる才があっても、それだけで安寧を過ごせるほどこの場所は甘くない。
彼女は寿命を伸ばす度に精神を軋ませ、結果として心が砕けていった。
大切だった人たちを亡くす度に、少しずつ感情が悲鳴を上げ。
だからこそ、気持ちの重さを神に預けさえして。ならば重さを取り戻した今の彼女は――
「いや、そんなことはないよ。
まだ次の日を見たいって思ってるんだろ? それが悪いなんてことはないさ」
戦う覚悟とするには余りに微力な感想。
だがその言葉に阿良々木はひとり納得したように、今一度消えていく太陽を見つめ直していた。
「……」
もう二度と立てない筈の彼女は、しかし、生きる事を選び、今も阿良々木の隣にいる。
叶わない願いだとしてもまだ何かを望んでいる。
生きた人の思いが、死した人の願いが彼女を離さない。
「阿良々木さん。私、少しだけ、分かったかもしれません」
「なにが?」
「あの人が、ルルーシュさんが、いつか言ってたこと」
少女もまた、太陽を見つめながら、何かを口にしようとした時だった。
「人の接近を感知」
遮るように発せられたのは、兆候をいち早く察知したインデックスの声だった。
それは阿良々木達の前に姿を現す参加者の到着であり、
緩やかに続いてきた、温かな暇の時の終わりを意味していた。
「枢木スザクの帰還を確認しました」
◆ ◆ ◆
554
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:18:06 ID:1R9Zk17c
己の意志という刀を研ぎ澄ませて、頑なに正面を貫く姿。
数時間前の雨の中で見たときとはまた違う、覚悟ある騎士の顔だった。
殺し合いの始まり、あるいはそれ以前からスザクの意思は強く固まっていた。
「先に来ていたか」
「ああ。……そっちは準備できたのか?」
話題を切り出した阿良々木に対して、スザクは律儀に受け答えた。
「動力は確保出来てる。とりあえずの戦闘には支障はないだろう。
これから最後の確認のために、ランスロットのある場所に向かうつもりだ」
ならばそれを後回しにしてまでここに来たのは、それが枢木スザクの選択であるからに他ならない。
ろくな関係も結べていない、仲間ですらない赤の他人にも等しい誰かを優先していた。
インデックスは観察を続ける。
目の前の男は今までの枢木スザクと変わりない。
だが、むしろこれこそが本当の枢木スザクなのだと思える何かを見た気がした。
「それよりも自分の方を見ていたらどうだ。
……他人に気が回るぐらいの余裕はあるのなら、聞くまでもないことだろう」
スザクの声は呆れているのではない。
阿良々木の前を素通りし、その後ろに控えていた憂へと近づいていく。
自分に向かってくるスザクを目にして、憂の顔が強張る。
またしても、数時間前と似たようなシチュエーション。
平沢憂は今度こそ視線を下げず、自分の前に立った男と初めて目線を重ね合わせた。
「あなたは……」
一度として話しかけることのなかった相手。
一方的に要件を言われるしかなかった相手。
そして平沢憂が殺した、ルルーシュ・ランペルージの友。
「どうして私を責めないんですか……?」
恨んでいないのか。憎んでいないのか。殺したいと思わないのか。
少女はどれも聞くことが出来ないでいた。話すことも出来ずにいた。
それは罪と喪失の証。
生きたまま強くここに立つ彼がずっと怖くて、向かい合うことが出来なかった。
そんなスザクに、平沢憂は初めて向き合った。
結果、内容に関わらず、彼とは話をしなければならない。
「どうしてあなたは、そんなに傷だらけになっても、強くいられるんですか……?」
スザクもまた、憂からの初めての言葉に耳を向けている。
言葉にならない感情を受け止め。
そうして、彼もまた自分の思いを打ち明けた。
「僕には僕の約束がある。叶えたい願いがある。どれだけ僕が傷つこうと関係ない」
「わたしは、あなたの……!」
「ルルーシュは君を残した」
その言葉は、少女に二の句を継げさせない。
「それが彼の選択だった。……僕は、そう思ってるよ」
◆ ◆ ◆
555
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:18:48 ID:1R9Zk17c
「あとは式か。こっちに来てくれるかな……」
決まった約束もしてない以上、ここに全員が集まってくる保証はない。
群がるのを好まないと一目でわかるほど人間嫌いの式が果たして来るかどうかは不鮮明であり。
阿良々木の口調は不安気だった。
「オレがどうしたって?」
「ぅおわっ!?」
背後からの声に、阿良々木は咄嗟に振り返る。
その先には紐で結わえた刀を肩に背負って、両儀式が立っていた。
いつの間にここまで近づいていたのか。気配もしなかったというのに。
スザクも憂も驚いていない様子からすると、単に阿良々木だけが気づかなかったようだ。
しゃんとした背筋で立つ自然体の姿は優美。
佇まいは凛として、恐れや不安どころか感情すら感じられないように見える。
だがそれは己の内を他人に開かまいと蓋を閉じているだけだ。阿良々木には少なくともそう見える。
見えない場所できっと、式も何かを感じ、誰かを思っている。その終わりに彼女は答えを得ていると。
「人の顔を見て驚いたり笑ったりして忙しいやつだな。人間観察が趣味か?」
「……む。そんな顔してたのか僕」
「ああ。ちょっと刺してやろうかって一瞬思うぐらいには」
「待て待てどんだけひどい目で見ていたんだ僕は?」
ぶっきらぼうな口調は変わらずだが、式は嫌悪感というものは表してはいない。
殺意は放送の頃からずっと萎えたままで、持て余すまでもなかった。
時間の隙に清算しておくべき事柄も、心中はともかくとして行動に移したものは何もない。
ある意味で平沢憂以上に消極的ともいえた姿勢だったが、それは元から式の中に不純物が少なかった事も起因していた。
死生観に諦観を持ち、無駄な交流は削ぎ落とし、生活に必須な要素以外は廃してきた。
他人の世界に無関心だからこそ負った傷も少なく済んだ。
大きな疵となったのは、両儀式の世界のみ。比べればひっかき痕のようなものだ。
……その痕が消えずに残り、気を留めて仕方がないのも事実であるのだが。
「これで、全員揃った…………な」
再び集結をした者達。
理不尽にして不条理な神の気まぐれで選び抜かれた、殺し合いの参加者。
ルールへの反抗を志した集団、その最後の生き残り。
六十四名の中から今立っているのは、たったの四人。
敵対する者や、いまだに再起の成っていない者を含めれば八人が、主催の言う第二フェイズの参加者だった。
阿良々木の口調には翳りがある。その影響で僅かに語尾が口淀む。
最後の一人、グラハム・エーカーはいまだ膝を折ったままで立つ事が出来ていない。
誰も彼の再起を掴ませる切欠にならないまま時は来てしまった。
いない者を数に含めるわけにはいかず、戦う覚悟を持った人のみを数えるならば、ここに全員が揃ったといえる。
最終地点にまで歩を進めたプレイヤー。
始まりの鐘を待つ今、その響きには強い重みが込められている。
背負う背負わないに関わらず、この地の全ての死者の屍の上に生者は成り立っている。
その事実を忘れ去るほど、ここに残った者達は死に軽薄ではない。
感じ方の違いはあれど、それぞれが強く生を想うからこそ今の彼らがある。
「……」
「……」
「……」
「……」
立ち会う四人は何も言わない。
誰も、主張があってこの場に戻ってきたわけではない。
頑張ろう、という団結の意思はない。
一緒に力を合わせよう、と協力を呼びかけようともしない。
誰もがはじめから、そんな言葉は期待していない。
本来ならここに向かう理由は無かったのに何故か、最後の時間に皆で一緒にいる事を誰もが選んでいた。
「もうすぐ、放送か」
いつまでも押し黙ったままで、いたたまれなかったのか。
口火を切ったのは阿良々木暦だった。
「これで最後……なんだよな」
意味のある対話をしようと考えたわけではなく、彼はただ最後に話がしたかっただけかもしれない。
家族に友人や恋人と比べるべくもない僅かな時間だったが、それでもこの出会いは彼にとって得難いものだった。
平沢憂と、枢木スザクと、両儀式と、グラハム・エーカーと、天江衣と、インデックスと。
多くの人と知り合えた事。それだけが殺し合いという環境下で、唯一肯定できる事だった、と。
故に、何かを残したいのだと。
556
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:19:10 ID:1R9Zk17c
「――ああ。覚悟のあるなしに関わらず、次の戦いですべてが決まる。
誰が勝ち、誰が生きる結末になろうとも――この戦いがここでの僕らにとって、最後の殺し合いになる」
何の益もないただの自己満足。
慣れ合いでしかない言葉に、もうひとりの男の声が続いた。
「そうだな」
そのある種容赦の無い声を聞いているうちに、焦りが消えたのか。
阿良々木の表情はどこかサッパリしたものになっていた。
別れの言葉なんてものに悩む必要はなく。
難しく考えたところで詭弁、偽善の類しか出てこないだろう。
言うべきは、自然に浮き上がってきた何気ない声であればいい。
そして何より、別れる前に、彼らにはやるべきことがある。
「式。首輪を外してくれないか」
爆弾入りの首輪。この殺し合いを強制的にでも滞りなく運営させる抑止力。
その戒めは実質既に消失していた。
両儀式の魔眼。ルールブレイカー。そしてインデックスによる助けによって解除の手段は明白となっている。
つまりいつでも、この首輪は解除する事が出来る。
殺し合いを進めるうえの第一定義は揺らぐどころか完全に崩壊している。
こうして主催者が自ら出張って来ているのも、そうした事実があってのものだ。
「別にいいけど。何も言わないからずっとつけてたいのかと思ったぞ」
「……悪い、気にする余裕がなかったんだよ」
そういう背景を知っておきながら誰もが解除を先送りにしていたのには、特に理由があるものではなく。
強いて言えば外すだけの暇が無かったからだろう。
疲弊しきった体を休めるばかりに気をやり、その後の方針もバラバラで、そこについて触れる機会が掴めなかった。
好きな時に外せるということは全員に知れ渡っていて、なおかつ主催が脅しに利用出来ないと判断したのもあって後回しにしていた。
ようは、タイミングが合わなかった。ひたすらに間が悪かったということ。
「あとまあ、これは僕の場合だけど、まだ気持ちがしっかりしてなかったからさ。
これを外すってことがどんなに意味が重いか分かってなかったんだ」
首輪の解除。その行為の意味するところは、殺し合いへの明確な否定。
これ以上誰も殺しはしない。上の思惑には乗らずに生きるという意志。
死の恐怖から逃れるというだけではない、遥かに大きな意味がそこには込められてる。
天を睨みつけ唾を吐く強固な信念が、まだ彼らの間で確かになっていなかった。
「だけど、もう大丈夫だ。今ならはっきり生きたいって言えるし、やれることも分かってる。
もう首輪は要らない――僕らはもう殺したりなんかせずにここを抜けて生きる。
コイツを外すのはそれを証明するためにもなるだろうから」
恐れや不安はなくならない。勝機なんて全く見えない。
けれど希望はあった。
たとえどんなに遠くても足を止めたくない自分に気づくことができた。
生きる意志の証明をここに。この遊戯の象徴ともいえる円環を破壊する。
式は僅かに目を細めて何かに思いを馳せるような表情をして獲物を抜いた。
指を入れたデイバッグから引きぬいたのは、およそ戦闘に耐えられるものではない、歪な形状の刀身をした短剣。
名を破戒すべき全ての符。
魔力に紡がれたあらゆる関係を初期化する裏切りと否定の対魔術宝具。
「……」
彼女は、手に握った短刀を翻す。
「頼む。みんなも、それでいいよな?」
間を置かず、全員が頷いていた。
◆ ◆ ◆
557
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:20:27 ID:1R9Zk17c
首輪の解除には数分もかからなかった。一人済ますのに十数秒かかったかも怪しい。
それぞれの首に式が指を伸ばし、肌に触れるか触れないかまで刃先が近づける。
首輪に軽く触れた瞬間接合が外れ、軽やかな音と共に輪は断たれて地を鳴らした。
これによって名実ともに主催への反抗、ゲームルールからの脱却が果たされた。
しかし、所詮これは前提、スタートラインでしかない。
脅威をひとつ取り除いても肩の荷は下りず、素直に喜ぶことができない。
皮肉にも首輪を外したことで今の自分達の状況を再確認してしまう。
戒めひとつ解いたところで、真の意味で殺し合いの脱却は成っていない。
乗り越えるべき壁は、霧に隠れて見えない巨山の頂のように。
全容が見えない曖昧さと、絶対に辿りつけまいという遠大な距離感が、立ちはだかる現実を思い起こさせる。
「――――式?」
その中で、短剣をバッグにしまい、いち早くその場を後にしようと準備する影があった。
両儀式は阿良々木達へと無防備な背を向けようとしている。
「もう、行くつもりか?」
「ああ。やることは済んだ。わざわざ時間になるまで待ってることもないだろ」
声に、顔を振り返って見せた、髪と同じ玄の瞳には淀みというものがない。
「そうだな―――もう、動き出すべき頃合いだ。早く行動するのに越したことはない」
式の見ている方向とはまた違う道に、スザクもまた足を向けている。
決して合わさらない線上の上を歩くことになろうとも、二人には戸惑いも不安も無縁だ。
それはそのまま二人の生き様、そして強さを表している。
自身がやるべき行いをスザクは明確に、式はやりたいと思うことを単純に捉えている。
「敵があの機動兵器で現れ次第、僕はランスロットで出る。
敵は自然、僕に向かってくることになる可能性は高い。
モビルスーツよりに比べればナイトメアも大きいとはいえないが、人よりは遥かに視認がしやすいからね。
主催……リボンズ・アルマークが全員を始末する気でいるのなら、索敵をかけて探し回るより目についたものから先に手を出して来る。
その間は、流れ弾の被害でも貰わない限りは君達に被害が及ぶ危険は僅かながらも落ちるだろう。
そうすれば、薄くとも誰かしらに活路が見つかるかもしれない」
やや唐突に、来る戦場の推移を見据えたプランを解説するスザク。
それを聞いた阿良々木は驚きに目を白黒させていた。
「枢木、それって――」
今語った作戦、それは実質ランスロットを囮にするのと同然の意味を持っていたからだ。
「妙な勘違いをしないでくれ。
人とナイトメアじゃ行動範囲が違いすぎる。まとまっていても互いの阻害にしかならない。
単騎であることがランスロットを動かす面において一番持ち味を引き出せる戦術だというだけだ。
作戦だなんて綺麗なものじゃない。それ以外しようがないという理由なだけの単純な選択だ。
それでもこれは、僕らにとっての最善策だと思ってる」
お互いの戦いの邪魔にならない為にそれぞれの得意とする場へと赴く。
スザクの主張に間違いはない。
エピオンを駆るグラハムが戦意喪失している今、スザクのランスロットは主催の機動兵器に対抗出来る唯一の航空戦力だ。
主戦場になる空中に、翼を持たぬ人間は介入する余地がない。
故に天から降りる主催者の前に出るのはスザク以外にありえない。
わかりきった結論だからこそ、スザクは課せられた役割を口にした。
「―――僕もさ」
新しい武器が増えたわけでもない。状況を動かしうる新たな情報を得てもいない。
傍から見れば、何一つ変わっているものはない。
六時間かけても、阿良々木暦に劇的な成長は起こらなかった。
「ついさっき、会わなくちゃいけないやつができたよ。
たぶん、戦うことになると思う。そんな気がするんだ」
代わりに見えるのは決意の顕れ。
自己満足にして自分勝手ではあるが、故にこそそれを通すべきという、ある種の開き直りに近いものだった。
「それって、秋山のことか?」
「うんそう…………なんっ!?」
その細やかな配慮という自己満足を台無しにする、あまりに空気の読めない一言。
鮮やかに切り捨てるような式の台詞に阿良々木はたちまち狼狽してしまう。
「隠したからってどうなるっていうんだ。だいたい今の言い方で思い当たらないほうが無理だろ」
「ぐ……」
「ふうん、でもそっか。あいつと戦う気なんだ」
558
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:21:12 ID:1R9Zk17c
その時見せた式の顔は、今まで見てきた顔とは違う、曰く言い難い顔つきだった。
この少女もまた、変化というものには乏しい道行だった。
明らかに浮いた存在。交流は挟まず、ただひとりで完結している。
答えはすでに出ていて揺らぎはなく、試金石のように他者を計っていた。
「……秋山と、何かあったのか?」
「特に。ただの約束があっただけだ。
それより、オレよりも気にしたほうがいいやつがいる気もするけど」
横に振った視線を追えば、阿良々木を見つめる少女と目が合った。
理由はどうあれ、秋山澪と最も関わりが深いであろう彼女に伝えなかったのは事実だ。
気を回したといえども隠していたやましさもあったのだろう。
「ごめん、平沢。黙ってて」
「……いいんです。どうしてかな、あんまりショックじゃないんです。
なんだか自然と、受け止められたんですよ」
謝罪に返ってきたのは、悲しみはあれど、驚きとは無縁の言葉。
表情に暗い影はある、だが平沢憂は秋山澪が敵だという事実を、周囲が思うより簡単に受け止めていた。
「あの人は、私なんかよりもずっと強くて、強くなろうとして。
私が一番はじめに捨てたものをずっと離さなかった。
だから、あの人がそういう選択をしたってことはきっと、誰にも否定出来ない想いがあるんだって……今は思うから」
どこか、そうであってくれたことを誇るように、憂は澪を強いと言った。
同じ世界の、同じ町、同じ場所で生きていた人。
奪われたものを取り戻すと告げた。誰にも否定させないと言い切った。あの瞳を思い出す。
今、平沢憂が抱えるこの重い思いを、耐えられない程の胸の痛みを、彼女はずっと背負い続けていたのだから。
それほどまでに彼女は、この痛みを、大事だと感じてくれたのだから。
平沢憂にはもう、彼女を否定することは出来なかった。
「お前ぐらいはそう思っててもいいって、僕は思うよ。
だって、秋山澪も、お前にとっては大切な人なんだろ?」
阿良々木の言葉に、少女は頷くことしか出来ない。
疑念はない。当然だと再認する。
二人はいつかの日常の中で、立つ位置は少し違っていても、きっと同じ場所を好きだと思っていた。
それは今も同じはずで、なのにどうして、こうまで進む道だけが変わってしまったのだろう。
「それでも本人に言いたいことがあるんだったら……会いに行けばいいさ。
だれも止めないし文句なんかない。好きにしていいんだよ」
誰も咎めはしないと言う阿良々木に、式もスザクも特に異論を挟むことなく黙ったままでいる。
殺し合いを否定する側としては矛盾してる発言だが、そうではないのだと少女もまた気づいている。
ここにいる全員の立場は平等だ。強制・無理強い・懇願の類は通じない。
誰が何をしようとも、それが誰かにとっての不利益であっても。
「……はい。けど、なんだか……」
「ん?」
「今更すぎることなんですけど……ずっとバラバラでしたね、わたしたち。
もうすぐ、はじまっちゃうっていうのに」
このチーム―――そう呼べるかどうかも分からない集団の性質を、彼女は的確に言い当てた。
「誰も話しあったり、力を合わせたりしないで、みんな好きに、やりたいように動いてます」
ルルーシュはよほど人員を的確に動かしていたのか。
それとも、憂本人が元々から周りに気配りする気質だったからなのか。
少女はふと浮かんだような疑問を口にしていた。
「最後まで誰も、『助け合おう』なんて、言いませんでしたね」
弱さから目を背けているのでも、力を過信してるわけでもなく。
絶望に陥らず生き抜くという決意があるにも関わらず。手を取り合おうとはしない。
意見の不一致があるとしても、共通の目的があれば協力に足るものなのに。
559
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:21:57 ID:1R9Zk17c
「――ああ。それでも、僕はよかったと思うよ、これで」
肯定は、ある種の確信にも似た感情を持った強さ。
少女の言葉に、阿良々木暦は截然とした声で答えていた。
「もとより協力するような仲じゃないんだよ。
僕の大事なものは皆のとはそれぞれ違くてさ。戦う理由だってみんな違ってる」
それは彼にとって皮肉や自嘲でない、本音の言葉。
各々の思い、考え、信じるもの。それは誰もが差異のある形をとっている。
誰もが、自分だけの理由を持っている。
「皆大事なものがあって、それを守りたくて生きたいから戦う。
そう思うやつが僕だけじゃないって、分かってる。
それだけは分かってるから、だから信じられる」
けれどこの枠組みにも共通していることはある。
大切な思いを持つことと、生きようと願うこと。
小さくとも、たった一つでも叶えていきたい望みがある。
独りのままでも、前に進んでいける理由がある。
「僕は僕のために。お前はお前自身のために頑張ればいい。
今も、それよりも前から、僕らはそれでよかったんだ。
皆が自分のために動いていくことが、きっと最善になる」
それを知っていればもう十分だった。
不干渉ではあっても無関心ではなく、むしろ個人を尊重しているからこその別離。
これからも、皆はバラバラのまま、それぞれの戦いに向かっていくのだろうと。
隣の式とスザクは何も言わない。
肯定もないが反論もなく、阿良々木の話に耳を傾けている。
興味を惹かれることもないのか、自分の心情と一致しているから黙っているのか。
「だからさ、お前にもあるんだろ? お前なりの、『理由(ねがい)』がさ」
「私の……理由……」
贈られた答えを、少女はうわ言のように反芻していた。
生きたいと願う理由(わけ)。
今ここにいる理由(わけ)。
遠く離れた場所で、平沢憂とは真逆の道で、今も強く立ち続ける秋山澪。
彼女と同じように、譲れぬと誓える何か。憂にもあるのだろうか。
今も生き続ける憂にとっての、何より大切な、いつかの願い。
それこそが――
「私が、最後に、向き合わなきゃいけないもの」
「平沢……」
その時ようやく、少女の言葉に滲んだものはなんだろう。
阿良々木の声にも幾分かの驚きが混じる。
「逃げられない……ですね。多分、この思いだけは――」
「お前」
伸ばされていた少女の手に、何故か阿良々木の方がたじろいでいた。
差し出された手のひら。
傍目からは訳の分からない動作の意味を、彼は理解しているのだろう。
相変わらずの、痛ましい笑顔から、少年は目を背けた。
「まだダメだろ……お前は……」
「でも、今しかない。分かってますよね、あなたは」
遮る声。
首を振って答えたのは、やはり苦しそうな微笑だった。
「いまさら逃げ道をくれるなんて、やっぱりへんなひと、ですよ。
それにずるい人です。いまさら甘やかすつもりですか?」
それでも、ほんの少しだけ、痛くなくなった。
傍にいてくれた誰かのおかげで。
ほんの少しだけ、辛くなくなった、少女の。
560
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:22:50 ID:1R9Zk17c
「阿良々木さん。私、よかったって思ってるんです。
あの人の声を聞けて、ルルーシュさんの声をもう一度聞けて。
辛かったけど、痛かったけど、それでも、よかったって……」
差し出された手はやはり震えている。
掴み過ぎた制服の胸元は皺になってしまっている。
だけどその言葉は、もう切実すぎる程に、切実な色を帯びていて。
「だから最後の思いも、私は、聞かなきゃいけない」
阿良々木暦は分かっている。
そして誰よりも平沢憂が知っている。
それは避けられないもの。
ルルーシュ・ランペルージの思いとは違って、もう、聞こえないものだとしても。
それでも、一番大切だったいつかの願いに、向き合うために。
「今なら返して、くれますか?」
少女は、少年に、暫しの別れを告げていたのだ。
「……そうか、行くつもりなんだな。お前」
「はい。これだけは、私が一人でやらなきゃいけないこと。なんですよね?」
ならばこの後の、少女の行き先も自然と分かる。
伸ばされた手に必要なものは、今だけは、彼の手ではなく。
「ああ、そうだな」
いつかの願い。いつかの記憶。いつか失った夢、もう届かない、誰かへの思い。
阿良々木と共に行くことの出来ない場所にある、彼女だけの想い。
そこに至るための切符を、求めている。
「だったら今度こそ、しっかり受け取れよ」
少年の取り出した一本のギター。
ゆっくりと行われる、三度目にして、最後の譲渡。
それは彼らの出会いであり、そしてここまで続いてきた、繋がりの象徴であった。
「どうだ?」
おずおずと受け取る手。
ギターを抱いた少女へと、心配そうに問う少年。
少女はやはり、涙なく、笑顔もなく、ただ――
「……重いです」
噛みしめるように短く、そう言った。
「今までで一番、重いですよ」
きっとまだ、早かった。
少女はその重さを受け止めきれていない。
誰よりも阿良々木暦が分かっていたはずだった。
けれど平沢憂は行かなければならない。
彼女が最後に残してしまった思い、そして原初の思いが眠る場所へ。
最後の戦いに臨むも、臨まないも、全ては、その思いに決着をつけなければならない。
だから彼と彼女との間にあった最も大きな繋がりを、ここで渡した。
もう彼らの間に、目に見える形での繋がりは残っていない。
561
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:23:15 ID:1R9Zk17c
「また、会えますよね」
それでも、俯いた少女が零す言葉は、阿良々木暦に向けられていた。
今も変わらない、結局最後まで変わらなかったその、痛みに耐えるような言葉。
夢を失った少女の、何かを訴える声に。
少女を救わないと言った、少年は。
「ま、約束、したからな」
「…………ぁ」
「キミの手を、引くってさ」
少女の痛みを吹き飛ばすような、満面の笑みと共に、手のひらをかざしていた。
目に見える形が無くても、雨の中の戦いで告げた、一つの口約束が残っているのだから。
ここにもう一つ、生きてまた出会うという、約束を。
「だから絶対また会おう。
会って、そしたらまた、僕は約束を果たすから。
そのためにも、早く決着つけてこいよ」
「…………はい。待っていて、くださいね」
憂もまた手を上げて、ハイタッチ。
「そしたら私も……きっとあなたに、何か――」
その先はまだ、言うことが出来なくても。
「……また会います、絶対。だから、死なないで」
「ああ、生きてみせる。生きて待ってるよ」
ここに約束は交された。
「平沢だけじゃない。ここにいる全員、生きて、また会おう」
それだけでは満足できなかったのか、阿良々木暦はぐるりと周囲を見渡す。
枢木スザク、両儀式、平沢憂。
「それくらいの約束なら、いいだろ?」
ここに集う全員に呼びかけた。
「死ぬつもりはない。
機会があれば、また会うこともあるだろう」
枢木スザクの確固たる意思を込めた返答。
「お前たちが生きてたらな」
そして両儀式のそっけない回答。
どちらも、阿良々木暦は嬉しそうに受け止めて。
「よし、じゃあ、約束だ」
もう一度、満面の笑みで、そう言った。
日が沈む。
最後まで一つに纏まらなかった集団の、ほんの小さな連帯感を照らして。
「―――阿良々木さん。
あなたはやっぱり、主人公みたいなひとですね……」
そのとき、誰かが呟いた焦がれるような言の葉は、誰の耳にも届かないくらい小さく。
ただ、白い端末機のみが観測していた。
◆ ◆ ◆
562
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:24:16 ID:1R9Zk17c
空はいよいよ黒ずみはじめ、支えを失った天が落ちてくるような黄昏の時を告げている。
光と闇の境目。始まりと終わりを切り分ける境界線に入っていた。
誰がという切っ掛けもなく、もう全員が荷物を持っていつでも出発できる状態になっていた。
準備はやり遂げた。伝えるべき言葉も言い終えた。
もう残ってるものはない。最早この場所に止まる意味はない。
「準備は、済みましたか」
アナウンスを読み上げるような、感情の抜けた声が聞こえた。
この場にいながらも、輪に加わることなく外側で立っていた観察者は口を開く。
インデックスはオープニングの頃と変わらない、機会的な応答で戦意を確認する。
しかし完全な焼き直しとはいかない。変化はある。それを聞く者も、言う者にも。
「……会場内する生存する参加者から全ての首輪が解除されたことを確認。
現時点を以て、あなた方は殺し合いへの明確な脱却と、否定を示しました」
目録は語る。宣戦のように。
「規定の時刻に達し次第、第七回の定時放送が流されます。
このゲームの主催者たるリボンズ・アルマークの降臨。
ルールを無視する者達の殲滅作業が開始されます」
事実を。無力を。絶望を。
「あなた方を拉致し、殺し合いの参加者として登用した、この会場においては神に等しい力を持つもの。
人の身には未だ天災は抗えない星の理。
戦闘能力、必殺能力、神秘能力、概念能力、精神能力、力(パラメーター)の差は、歴然です」
だがそれに悪意はない。善意もまたない。
「希望はありません。救済は望めません。命は生き残れません。
あらゆる論理性、確率性、精神性を鑑みて、あなた方の勝率は皆無です」
人間性の消えた声は、時に神性すら帯びる。
それはさながら、戦場に赴く騎士を送り出す、聖女の凱歌のように。
「ですので私は今一度問います。
それでも―――あなた方は、戦いを続けますか?」
563
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:24:51 ID:1R9Zk17c
無垢に、無雑に渡される問い。
観測機の少女を前に、全員の言葉は一致していた。
当然だ。
こんなところでは終われない。
この結末は違うと思う。だから、諦められない。
夢の続きはまだ終わらない。遥か遠い、届かない地平にあるとしても。
生きている限りは、足を止めることはしたくない。
ただ、そう叫んでいる心があった。
「―――全員からの強い生存の意志を確認。
世界への敵対。神への反逆を疑わず向かい出す。
……理解は出来ませんが、この情報は正しく保存しました。
これをバトルロワイアル内におけるインデックスの最後の記録とします。
それでは、どうかご奮戦を」
そうして、インデックスは瞳を閉じた。
その言葉を最後に、自分の役目は終えたというように。
少なくとも、観測機としての機能を彼女は完全に止めた。
◆ ◆ ◆
示し合わせたわけでもなく、全員が同時に顔を見合わせる。
一人残らず傷だらけの顔で、誰しもが生存の希望を捨ててない貌をしている。
六時間ばかりの同行者。なし崩し的に集まり、最後まで纏まることなく離別する者。
けれど互いに分かり合えるものがあって、それぞれの尊さを優先した人。
弱々しくても、いつ千切れるとも知れない脆い結びでしかない絆でも、
彼らは肯定する。その繋がりを。死しても絶たれない意志の軌跡を。
「――よし。それじゃ、またな」
「行ってくる」
「ああ、じゃあな」
「はい。みなさんも、お元気で」
無事の祈りと、今生の別れを含んだ挨拶で締める。
別れは、学校の帰り道のように気軽で鮮やかだった。
立つ位置は重ならず、目指す先はどれも異なっていても。
誰かの未来を応援して送り出すくらいには、関係が結べているのだから。
こうして彼らの旅は終わる。
主役の消えた本は幕を閉じ、新たな題目に差し替えられる。
これから始まるのは一人一人が主題になる、貴方の為の物語。
筋書きがどれだけ暗く重くても、ピリオドは未だ打たれていない。
ページをめくるまで本の結末は分からない。
希望か絶望か、先の未来は不確定。
故に、誰も知らない終わりへの、物語がようやく、始まろうとしていた。
◆ ◆ ◆
564
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:25:53 ID:1R9Zk17c
――――そうして、禁書目録(わたし)は観測を終える。
語りはこれにて終了。
彼女の視点はそこで切り替わった。
まとまることなくそれぞれ違う方向へ歩き出した四人の参加者を見送る。
勝機は皆無に等しい、絶望しかない未来に恐れることなく彼らは別れて歩いていった。
「――――」
残るのはこの身ひとつ。
主催としての役目を終え、用済みとして打ち捨てられ、ほどなく自壊する体と心。
リボンズ・アルマークに掃討されるでもなく、己はじき朽ちるだろう。
そう客観的に自己の状態を解析しても、悲観はない。
自分を認識しても、感情があると理解しても、ココロといえる領域には漣が立つことはない。
例え壊れていても、機能が停止する瞬間までその動作を続行を止めないのが機械たる所以だ。
不要だったプログラムが復旧しバグが起きて、それが己の破滅の予兆だと理解していても、
止める理由、合理性が規定されない限りは、対策の手段を指定する間もないでいた。
なぜならインデックスには意味がない。自発的に明確な行動を起こす理由がない。
感情を修復してもそれは赤子よりも幼く無垢。
生きる衝動を発露しない草木と同様だ。
「――――」
この体は時を置かずに崩壊する。
蜻蛉の如く数時間後には消える、小さく脆い生命。
正しく情報を了解するがゆえにインデックスは自発的になることができない。
もうすぐ死ぬと分かっていても、だからこそ動く意味を見いだせない。
救われないまま、彼女は終わる。
その結末を当然と、平然としてインデックスは受け止めていた。
彼女にはもう希望がない。
彼女を救うものも、彼女に救えるものも既に存在しない。
願望も、後悔も、もう全ては失われた残留物でしか―――
「みー」
その時、音がした。
インデックスの足元から、小さく、人でない何かの鳴き声が。
「みぃ」
インデックスは思考する。
壊れかけの回路で、思い出そうとした。
足元に擦り寄ってくる子猫。
どこかで見たことのあるような、一匹の猫の名前を。
「―――――す――――ふぃ―――ン―――クス―――?」
存在の意味を、形にしようとした。
瞬間、それが最後の堤防を崩したのか。
「――――――――、」
そのとき何かが、壊れた。
そして何かが、生まれた。
565
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:26:27 ID:1R9Zk17c
これ以前から、少しずつ、少しずつ、彼女は壊れていた。
ずっと、この場所で、抗い続ける誰かを見る度に、誰かの声を聞く度に、誰かの願いを知る度に。
広がり続けていた亀裂が、今遂に致命的な何かを破壊した。
歯車がまたひとつ外れ、機械の倫理が形を無くしていく。
寿命と引き換えに、インデックスの人間性が少しずつ取り戻される。
「――――――……………」
瞳の焦点が定まらない。
涙の代わりに血が流れていく。
破滅の足音は加速度的に近づく。
オープニングの時点で開始されていた崩壊は、この局面にきてその侵度を著しく早めていた。
「…………」
全身が小刻みに震わす姿は異常をきたした機械そのものだ。
時間を置くまでもなく、今すぐにで活動を停止してもおかしくはない。
「………………………ぁ」
意思なき道具であるのなら、動く限りは己の機能を維持しようと行使を続けるだろう。
だがインデックスは中途半端にも自我を取り戻していた。
それが機能の続行に疑問を生む。
壊れ行く体で、何を望もうというのか。
砕ける心が祈ったところで生み出すものがあるのか。
体の異常に対する苦痛は感じないが、苛まされ続ける肉身は速やかな終わりを要求する。
利ももたらさないが不利益を呼ぶこともない。
ならここで自ら速やかに終わりを選ぶことこそが正しいはずなのに。
「――――――――――――あまえ、ころ――――――も」
なのに芽生えた心は、訴える言葉を止めようとはしない。
求めるように、請い願うように。
彼女にも確かにあった、『願い』の名を呼ぶように。
「――――――――――――――――かみじょ―――――――――と――――――ま」
忘れていた名前。
思い出した声。
消え去っていた記憶が感情と共に呼び起される。
魔道書図書館と畏れられ、疎まれ、濫用されてきた少女が
幾度となく消されても変わることなく、残されてきた思いを。
「と―――――――――、も―――――――
と、も、だ、ち――――――――――――
――――――――――――――――――友達」
課せられた役目は完全に完了した。道具の価値は無くなった。
ならばここにいるのは、確かに一個の人間の少女だ。
誰に促されてでもなく、導きを受けたでもなく。
紛れもなく自己のみで為すべきものを獲得した。
「――――いっしょ――に――――い――たい―――」
その願いを口にした瞬間。
確かに、一人の人間がここに居た。
この奇蹟も、所詮はあと数時間も保たない泡沫の夢に過ぎない。
破滅と絶命は確定し、覆すにはそれこそ正真の奇跡が必要となる。
それほどまでにインデックスには未来がない。予め決められていた結果であった。
だが、悲惨に違いなくとも、それでも今の彼女には選択肢がある。
意味や意義に囚われずに、自分の考えだけで行動を起こせる。
全てから見放され、自我だけが残った今ならば――
どんなに低い優先順位の行為も、どれだけ無意味な行為でも自由に選び取ることができる。
566
:
See visionS / Fragments 12 :『黄昏』
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:26:52 ID:1R9Zk17c
「―――――――――――――わたしは―――――」
空が、堕ちて行く。
天を塞ぐ天蓋が罅割れていく。
血の赤は地の底に沈み、白貌が夜を開く。
厚い雲は晴れ、表れるのは暗黒の天幕と、一面に降りしきる星の砂。
幽玄麗らかに落下する月を、もはや端末ではない『少女』は濡れた瞳で見上げていた。
【 Fragments 12 :『黄昏』 -End- 】
567
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:27:27 ID:1R9Zk17c
投下終了です。半日の遅れ、申し訳ありませんでした。
568
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/10(火) 06:39:19 ID:1R9Zk17c
【投下告知】
次回の投下は9月14日になります。
大変長らくお待たせしました。いよいよ第七回定時放送です。
569
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/11(水) 00:27:17 ID:mn.DtaJI
投下乙です!
もうクライマックスなんだなぁ
570
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/11(水) 22:59:21 ID:TANl3KsU
投下乙です
571
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/14(土) 23:52:18 ID:aTCPYg8w
本日の投下は少し遅れます
毎度毎度申し訳ありません
もうしばらくお待ちください
572
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/15(日) 03:09:35 ID:mqJ0Nc6c
おぅイエース
573
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:14:57 ID:/vQayJAQ
テスト
574
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:15:24 ID:/vQayJAQ
これより投下を開始します。
575
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:19:32 ID:/vQayJAQ
「ねえリボンズ。それこそ、いまさらだと思うけど」
彼女の声に、彼は想起する。
「そもそも、どうして貴方は、そんな願いを持つようになったのかしら?」
知ったのはいつだったか。
確信したのはいつだったか。
思い出す。
あの日、信じた己の在り方を。
◇ ◇ ◇
576
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:20:47 ID:/vQayJAQ
救えない。
彼にとって、人はあまりにも脆弱な生き物だった。
か細い二本の腕は、誰かを傷つけることしかできない。
頼りない二本の足は、不安定な自分を支える事で精一杯だ。
吐き出す言葉は、実態すら伴わない幻にすぎない。
人は非力だ。
非力に尽きる。あまりにも力が足りない。
そのくせ、誰かと繋がりたがる。
何かを愛でたがる。
守りたいと願うから。
だから救われない。
出来もしないことを願い、生き、殺し、死ぬ。
本当に馬鹿な生き物だと思った。
身の程を知らない、くだらない存在、矛盾に満ちている。
今日もどこかで誰かが生き。
今日もどこかで誰かが死ぬ。
愛を歌う地球の裏側で、愛を叫ぶ間もない速度で人が死ぬ。
愛し、殺し、また愛す。
愛する者、殺す者、何も知らない者。
それらはみな同じ人間なのだ。
電子の海の中で、彼は全てを見てきた。
平和と称される世界も。
地獄と表現できる世界も。
全て知っている。だからこそ断言できた。
人の力は、足りない。
人の心は、愚かだ。
一人で生きていけないくらい非力だから人と繋がるくせに、交じり合えば傷つきあう。
常に幸せを与え合うには、あまりに脆弱すぎる。
ならそんな世界で人はいったいどうやって、一人も溢れることなく幸せになるという。
奪って満足した加害者は救われたのか。
奪われて涙した被害者を知らなくていいのか。
そして最後に残る者は、幸せを誰からも奪わず、誰にも奪わせなかった『無罪の勝者』は、
被害者も加害者も知らない、賢しき者は、本当に、それでいいのか。
そうして、たどり着く終着地点は誰もが同じ。
――仕方ない。
それが、そんなものが、この世界の真実ならば。
ならば人は。
どこまでも、どこまでも、どこまでも救わない。
彼はひどく虚く思えた。
憤りは感じない。悲しみも感じない。ただひたすらに虚しさだけがあった。
いったい、何故、何のために生まれたのだろう。
そう考えずにはいられない。
どうすれば救われるのか。救われたと言えるのか。
想わずにはいられない。
そして、そんな世界に、人ならざる者が生まれた意味とはなんだ。
つまるところ、彼の疑問とはそこに行き着く。
人に似ていながら、人でないもの。
人以上の力を持つもの。人を愚かだと笑うもの。
なのに、こんなにも人を理解できるもの。
ならば、それはなんだ。
ここに存在する意味は。
使命は。
その答えは。
電子の海中ではなく、誰かの瞳の中にあった。
577
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:21:33 ID:/vQayJAQ
それは始まりの光景。
赤色の空。
絶望の戦地。
終わり世界の中で佇む者。
あの日、己を見上げた少年の瞳だけが確かに映していた。
広げられた銀の翼。
舞い散る光の粒子。
戦場に降りる白き巨人。
それは人ならざるもの。人の持たない強さを持ったもの。
救済に足りえる力、天の力。
それを指し示す存在を、最も分りやすい言葉で示せば即ち。
――神。
人の持ち得ない、人を救える強さを持った神。
けれど救う意志を持ち得ない不完全なデウス・エクス・マキナ。
瞳の中に、それを見た。
『そうか、僕は神か』
ならばこの時、神は完全となったのだ。
神がこれまで決して持ち得なかったものを。
救済への意志を。
思いを知り、力と意志が合わさったならば。
この瞬間が真なる神の誕生だ。
人に、人は救えない。
あまりに人は弱いから。
人に、人は救われない。
あまりにも人は愚かだから。
だから人を救えるものはきっと、人ではなくて、人以上で、人を理解できる存在。
即ち、完全なる神。
力を持ちながら座して見守るだけの、無能な虚像はもう不要だ。
崇めたところで動く力の無い、偶像などもう要らない。
今ここに、神はあるのだから。
そう、断じて、己はイオリア計画の単なる道具などではない。
『イノベイド』。
人類救済の計画過程で滅びる存在。
イノベイターを生み出す糧。
いずれ死ぬ定め。
全て、否だった。
己こそ、世界を変える事ができる存在。
人を救う力を持ち。
人を救う意志を持つもの。
リボンズ・アルマークはこの瞬間、己の存在をそう定めた。
人を救う、神であろうと決めたのだ。
◇ ◇ ◇
578
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:22:43 ID:/vQayJAQ
原初の記憶に思いを馳せるのも、時間にすれば瞬きほどもなかったらしい。
夢から醒める心地で、彼の意識は引き戻る。
元より、休息を必要とする体ではなく、夢というものを一度も見たことないが。
「―――ンズ、リボンズ?聞こえている?」
声の主は少女。
バトルロワイアルの中枢にしてリボンズの共犯者。
聖杯の器、イリヤスフィールからの呼び掛けだった。
「ああ、聞こえているよ。どうしたんだいイリヤスフィール」
「……あのね。レディとの会話中に物思いにふけるのは失礼よ?」
初雪のような音色で苦言を呈する冬の聖女。
声色に篭っているのは不満というわけではなく、単に呆れてるようだ。
初雪のような、という表現は。
美しく、冷たく、脆く、そして儚いという意味合いだった。
「いや失礼。さっき君が妙な事を聞くものだから。ちょっと思い出していたんだ」
「ふぅん。珍しいのね、思い出すなんて、あなたが」
「そうだね」
「……珍しいわ」
「そんなにかい?」
「違うわ。あなたのその、やけに素直な態度が、よ」
リボンズは目の前の彼女の表情をじっくりと観察する。
目をぱちくりとさせているその仕草は、確かに驚いているようだった。
「それで、もうあまり時間は無いわけだけど、調子はどうだい?」
「心配しないでいいわ。順調に、最悪だから。
久しぶりね、この感覚。魂が体の中にたくさん詰まって、自分がもうすぐ壊れてしまうのがよく分かる」
「だからこそ」
「こんどこそ、完璧な聖杯が完成する。あなたの願いでしょう?」
「そして君の願いでもある」
「そう、ね」
「歯切れが悪いな、それとも」
密やかに談笑する少年と少女。
この光景だけを見れば、それだけのことでしかない。
小規模ではあるが世界の実権を握り、
あまつさえ人の魂を利用して願望器を生成しようとする者達の会話には、不釣り合いな空気だった。
「退屈したかな、『最後の対話』は」
「……あなたって、本当に意地が悪いわね」
それでも、二人の間に友愛など生まれることはない。
最初の邂逅から最後の瞬間まで、彼と彼女は共犯者であり続ける。
特に彼は、そう考えていた。
「つまらなかったわよ」
「そうかい」
だから彼女にそう言われることなど、分かっていた。
「硬くて理屈っぽいし、ユーモアの欠片もないし、自己満足だし、なにより傲慢だわ。
ほんっと意味のない時間、めんどくさかった」
「ふっ、君はそういうと思っていたさ」
「あのね。分かってやってるとこが、ムカツクのよ」
そして、その言葉に、ほんの少しだけ不満を感じることなど、考えてもおらず。
579
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:23:11 ID:/vQayJAQ
「……だけど、おかげで退屈だけはしなかった」
「そうかい」
そして、その言葉に、己の心が動くなど。
「悔いは、もう残らないかい」
「ふふっ……」
リボンズの問いかけに、イリヤは少しだけ笑い。
「調子に乗るな」
肩をすくめ、宙を仰いだ。
青く白い世界。
「悔いなんて……。馬鹿ね、私たちの目的は、そこにあるんでしょ?」
「ああ。もうすぐだ」
電子の海で、幾度となく邂逅した二人。
今も、連帯感はない。
ただただ、共通の目的を持つという、それだけの理由が転がっている。
「時間ね」
乾いた声で、少女は刻限を告げる。
「時間だ」
リボンズもまた、肯定する。
他愛もない掛け合いはこれで終わり。
時間は過ぎた。もはや何も考えることはない。
裏切り者を処刑し、邪魔者は始末し、目的の準備も整った。
あとは、歩を、進ませるだけ。眼の前に在る、奇跡へと。
会場に在ったほぼ全ての魂を溜め込んでるイリヤスフィールの器は限界間際。
聖杯としての機能を取り戻すため、人間の機能の殆どを削ぎ落されている。
現実の肉体では歩くことはおろか呼吸すらも生命を削る行為。
精神だけで意思の疎通を交わす思考エレベーターと、ヴェーダのバックアップがあればこそ会話が叶っている状態だ。
次の戦いですべての参加者が消えた時、イリヤスフィールの自我は消滅し、完全なる聖杯は地に降りるだろう。
だからこれが二人の最期の会話。ここでの別れが今生の別れとなる。
そんなことは、リボンズも、イリヤスフィールも分かっている。
狭間の世界で出逢い、互いの目的のための共犯者となった時点で、この最期は必定だった。
「そろそろ放送か。じゃあ、行ってくるよ」
リボンズ・アルマークは少女に背をむけ、歩み出す。
彼にとってこの世界で最初で最後の戦場へ。
そして全ての結末へ。
電子の海を抜け、聖杯に先駆け、現実の大地へと降りるために。
◇ ◇ ◇
580
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:24:02 ID:/vQayJAQ
最後の会話が終わり。
リボンズ・アルマークは去っていく。
彼の背に、言葉に余計な装飾など何ひとつ不要だと思っていた。
イリヤスフィールには感慨もなく、賛辞もなく、激励もない。
ならば、あたりまえのように、あたりまえの返事をあげればいい。
『いってらっしゃい』と、イリヤはそう告げればいいだけのはずで。
けれど彼女は――
「ねえ、リボンズ」
ぽつりと、そう呟いた。
誰にも届かず消えていきそうな、そのか細い言葉。
けれどもそれはリボンズの耳に届いたようで、足を止めて振り返った。
どうかしたのか、とでも言いたそうな顔で不思議そうに。
「なんだい、イリヤスフィール」
最後だから。
少しだけ、リボンズと話をしたかった。
この愚かな、それでいて全能者気取りの言葉を、もう少しだけ聞いてみたかったのかもしれない。
「――あなたの願い。もう一度だけ、聞かせてくれる?」
「恒久的な世界平和」
一片の間もおかず、僅かの曇りもない瞳で。
微笑を浮かべながら、リボンズは言葉を返す。
その言葉に、苦笑を返した。
初めて聞いた時と変わらないそれは、相変わらずイリヤスフィールには理解できなくて。
――けれど、それは彼女の弟が、そしてきっと父が。心から望んだものと変わらない望みなのだった。
そんなリボンズだから、イリヤスフィールは手を組もうと思った。
ちっとも信用出来なかったし、彼女の弟とは違う意味で歪んでいた彼。
神気取りの、とてもとても傲慢な、嫌いな彼。
だけど、その願いだけは――どうしても嫌いになれなかったから。
「……立派な願いね」
「それは、君に比べればね」
リボンズにそう言われても仕方がない。
自虐的な気持ちをイリヤスフィールは抱えていた。
「君の願いは、『価値のある死』だったね」
……わかってしまったからだ。
「ええそうよ、でもね。違うのよ」
「違う?」
「ええ、実は違うみたいなの」
違う、と。
意味のある『死』を迎えたい。自分という存在に意義が欲しい。
だから、『聖杯』としての役割を果たして死にたい。
自分の望みは、そういうものだと思っていた。
……けれど、気づいたのだ。
この殺し合いを始めて、取り返しの付かないところにまできてから。
――戦いの中で死んでいった者たちの声を聞いて、気がついたのだ。
――誰一人、聖杯を欲してなどいないことに。
581
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:25:20 ID:/vQayJAQ
当然、というならば当然なのだろう。
いきなり殺し合いに放り込まれて、賞品になんでも願いを叶えるなどと言われて、信用するものはそうはいない。
ましてや魔法などと言われ、それを手にするためだけに優勝を狙うなどと考える輩は皆無だった。
もちろん、優勝賞金を狙うものは少数だがいた。殺し合いが進む中死んだ人間を蘇らせたいと考えるものもいた。
けれどもイリヤスフィールは、決してそんなマッチポンプのような願いを求めていたわけではなかった。
単純に、純粋に、イリヤスフィールは『求められたい』と、そう思っていたのだ。
ただ聖杯として死ぬだけでは不足だった。
結局のところ、彼女は欲しかった。
『自分を必要としてくれる誰か』が欲しくて。
だけど、自分の価値なんて聖杯であったこと以外には考えられなくて。
だから彼女は、聖杯戦争を、再開した。
「――結局、私はただ、誰かから必要とされたいだけだったの」
そんなことを、今更、イリヤスフィールはリボンズに語る。
自分の愚かさを告白するように。懺悔するように。
訥々と彼女は語る。
「これだけの人を犠牲にして、迷惑をかけて――それだけが欲しかったの」
そんなことは、最初からわかっているべきだった。
当たり前の常識さえ持っていれば、分かったはずだった。
けれども、彼女はイリヤスフィールである故に。
常識も、当然のような倫理観も、持ち合わせていなかった。ついぞ理解できなかった。
それが理解できていたのなら、求めた望みの先で、誰も彼もを犠牲にしたこの場所ですら。
彼女の願いを叶える者が誰もいないだなんてことは、なかっただろうに。
「私はね、私の物語が、欲しかった――ね、ばかみたいでしょ?」
「そうだね」
何の躊躇もためらいもなく。
リボンズ・アルマークはその自虐を肯定する。
まっすぐに。イリヤスフィールに、その視線を合わせて。
少しだけ、彼らしくない表情で、彼は笑った。
「――全く以て、おろかで、ちっぽけな願いだ。正直なところ理解に苦しむ」
誰かに頼らないと生きていけない。
誰かに縋らなくては耐えられない。
そんな気持ちはリボンズにはわからない。
愚かな人間たちと変わらない、そんな弱い考えはリボンズには届かない。
けれども――
「だけどね、イリヤスフィール」
見下すように。慰めるように。愛でるかのように。
リボンズはイリヤスフィールに言う。
「僕には君が必要だ」
驚いたのだろうか。
反応のないイリヤスフィールを意に介す事無くマイペースに。
彼は言葉を続けた。
「……もう一度言おうか。僕は君の全てが余すところ無く必要だ
君がいなければ僕が困る。君がいるから――僕は戦うことが出来た。
君の犠牲を無駄にはしない。君の屍の上で築いた世界を守り切ろう。
忘れない。イリヤスフィールという名の礎がいたことを。この僕が、未来永劫に。
世界中の誰が否定しようとも、大丈夫だ。僕が君を必要としよう。
―――僕がこれから、君の物語を作ろう」
彼は彼女を肯定する。
「だから安心して、役目を果たして、そして死ねばいいさ。イリヤスフィール」
582
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:26:13 ID:/vQayJAQ
「…………」
少しばかりイリヤスフィールは黙った。
そして、少しだけ喜色を含んだ口調で言葉を返す。
「……ふふ、そうね」
「不安はなくなったかい?」
「とりあえず、あなたがいろいろと駄目なのは分かったわ」
「やはり手厳しいな」
得意げな顔のリボンズにぴしゃりと言葉を返す。
全く、リボンズのくせに生意気だ。
そんなことをイリヤスフィールは思う。
……ああ、そうだ。リボンズがそんなことを言うから。
だから、悪い。
「でも……」
「?」
ぴっ、とイリヤはリボンズを真っ直ぐに指して。
「――オールイン」
それはポーカーにおいて、『自分の全てのチップをこの賭けに投入する』という意味を持つ。
「シロウは死んじゃったから仕方ないじゃない。……ねえ。リボンズ、私、あなたの優勝に賭けるわ」
リボンズは少しだけ、言葉に詰まった。
彼には珍しく、本当に困惑してしまったのだろう。
「…………おいおい。そりゃあ有利な方に賭けたいっていうのは分かるけどさ。二人とも同じ奴に賭けたんじゃ勝負にならない」
「いいじゃない」
そんな風に、おどけて逃げようとした彼の言葉を断絶して。
イリヤスフィールは茶目っ気たっぷりに、甘く甘く、リボンズが初めて聞くような声音で答えた。
だって、どうせ――こんなものは遊びに過ぎなくて。『誰が優勝して欲しいか』、って程度でしかないんでしょ?
「…………そうだね」
ど真ん中直球。
退路を塞がれたリボンズは一度苦笑して。
「――ああ、そうだ」
もう一度、彼女に背を向けた。
「じゃあ行ってくるよ。彼らの絶望に、終わりを告げに。そして僕らの望みを、叶えにね」
瞳を閉じ、最後から二番目の邂逅を終わらせる。
次に会う時は優勝者として。
リボンズ・アルマークの願いを叶えるとき、そして彼女の願いを叶えるとき。
その時はもう、彼女の心は存在しないだろう。
目前に迫る戦いの終わりを告げるため。
そして招かれし魂の一切を掻き消すがため。
この世界の神を名乗る彼は、その力の宿りし機装(ガンダム)を纏う。
「さあ、最後の放送を始めようか」
◇ ◇ ◇
583
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:26:37 ID:/vQayJAQ
『ねえリボンズ。それこそ、いまさらだと思うけど』
耳に残る彼女の声に、彼はまた想起する。
『そもそも、どうして貴方は、そんな願いを持つようになったのかしら?』
知ったのはいつだったか。
確信したのはいつだったか。
思い出す。
あの日、信じた誰かの在り方を。
『―――へえ、君も人間じゃないのか』
いつか出会った少年の瞳に映った己と、もう一つ。
彼にはあった。
己しか信じられなかった彼が唯一、信じていたかもしれない、そんなモノがあったのだ。
『そうか、君は―――』
違う世界で巡りあった、誰かの在り方。
己と同じ、人ならざるモノ。
己と同じ、人に作られたモノ。
人以上の存在でありながら、人のために使われ、いずれ壊されるという死を前提に存在させられたモノ。
愚かな願いを持った少女。けれどそれは、彼の見下げた下位種たちとは違っていた。
遠き異界にて、天の杯から転げ落ち、それでも自分の意思で生きようとしていた。
自らを生み出した製作者の意思を逃れ、望みの為に生きようとしていた。
『君は僕と同じなのか』
ただ一人、認めることが出来た。
己と対等な存在であると感じられた少女がいた。
これより始まる。
何かを失った者達、あるいは何かを失う者達の闘争。
というならば、リボンズ・アルマークとて変わりないのかもしれなかった。
これから先にどのような選択をしようとも、彼がイリヤスフィールを失うという結末は変わることはない。
ならば無敵たる最新鋭の鋼鉄の機兵が、一体何の意味を持つのだろう。
勝利も敗北も、彼を祝福することはなく。
後ろ姿を見送る彼女はすべてを知って、なおその笑みをやめない。
それを永遠に失うと理解しながら、リボンズは振り向こうとはしなかった。
どことなく喜色を浮かべながら、誇らしげに胸を張って、ただ前に進むために。出来の悪い喜劇のように。
それが自分にとってどういう意味を持つのか、自分が彼女のことをどう思っているのか。
――それすら自覚せず。
リボンズ・アルマークは、かけがえの無い彼女にとどめを刺すべく、会場に赴いた。
◇ ◇ ◇
584
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:28:46 ID:/vQayJAQ
『――――それじゃあ、時間になったから、第七回定時放送を始めるわ』
透き通るような清き響きが空に流れる。
天高く浮かぶ城にたった一人、住まう少女から発せられる声だった。
太陽は沈み、訪れる夜の中心から届けられる声は言葉を形作り、この狭い世界の全てに届けられる。
『――最初に、今回も変わらず、もう意味のない連絡事項から』
最初、読み上げられる言葉は清廉でありながら、無意味であった。
禁止エリア。
首輪(ルール)が破壊された以上、既に役割を失った概念を、事務的な作業のように告げ。
『――次に、時間のかかっていた線路の整備がようやく終わったわ。
いまさら有効に活用できるかは知らないけれど、自由に使いなさい』
駅の機能が復旧したこと。
これもまた、列車の音が島に響き渡る今、知らぬ者の居ないことだった。
『――そして、前回の放送から今までの死亡者の発表だけど……』
最後に――
『――知っての通り、今回は誰一人、死ななかったわ』
これも、おそらくいまさら聞く者のいない。
誰も死なかった。あたりまえのこと。
この島に、この狭い世界に残る、全ての者が承知している事実を、声はなぞっている。
『――だけど、そんなことは、初めてだったわね』
あたりまえの筈の、だけど珍しい事実を、告げているに過ぎない。
『――だから代わりに』
そして声は、あたりまえのことを、もう一つ。
『――これまで死んだ全ての人の名前を、もう一度だけ呼ぶわ』
585
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:29:54 ID:/vQayJAQ
最初から、最後まで、もう一度。
振り返るように。
思い返すように。
名前が呼ばれていく。
『――――――――――』
それは彼女の気まぐれだったのか。
あるいは、何かの意味を含めていたのか。
『――――――――――』
死が、もう一度だけ呼ばれていく。
ここで起こった、全ての死の名前が。
きっとこれが最後だからというように。
先ほどまでと変わらない。
誰もが知っているはずの事実を、もう一度。
『――――――――――』
けれど今度は、きっと誰もが聞いていた。
先ほどまでと同じことだけれど。
知っていることだけれど。
それでも、この島に残る全員が、この狭い世界の中で、僅かに残った命の全てが。
既に消え去った命の全てをもう一度、聞いていただろう。
『――――――――――』
読み上げられていく名の数は全部で五十六。
誰かのために戦った者がいた。
自分のために戦った者がいた。
愛のために戦った者がいた。
義のために戦った者がいた。
悪として戦った者もいた。
『――――――――――』
主人公がいたかもしれない。
ヒロインがいたかもしれない。
宿敵すらいたかもしれない。
『――――――――――』
それら全て、死に果てた。
586
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:31:39 ID:/vQayJAQ
『――――――――――』
名を呼ばれる者は、この世界に一人として、もう居ない。
ここに残るのは、それを思い出す者だけ。
そして、これから先、誰の名が呼ばれることもないだろう。
『―――――以上、これが最後の死亡者発表よ』
何故なら、これが最後だから。
もう、死した者の名前を呼ぶ機会も、それを聞く機会も、無いのだから。
『――これが本当に、最後の放送。
最後の、主催者(わたしたち)の立場から、参加者(あなたたち)に伝える言葉になるわ』
これが最後の定時放送。
『――もう二度と、放送の時間は来ない。私の声をこうして届けることはない。
次に私と直接会って言葉を交わすのは、優勝者となる、一人だけ』
この言葉の続いている間が、最後の猶予期間。
『――聖杯(わたし)を奪い、願いを告げる者だけよ』
最後の――
『――もう何度も言わないわ。
殺し合いを放棄した者はこの世界を統べる存在によって、順に討たれると告げたはず。
理解した上で、あなた達がそれを選択したならば――』
殺し合いの軌跡。
587
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:32:47 ID:/vQayJAQ
『――この世界のルールを反故にして尚も、望みを叶えんとするならば――』
城より、飛び立つ機神。
『――これより降り立つ、神に挑みなさい』
翼を広げながら城を、女神を守護するように降りてくるガンダムの姿。
それこそこの世界を統べる神。
同時に世界を滅ぼす存在の名であった。
白き光が下降する。
残る参加者を殲滅せんと来る機神のさらに背後、広がる翼の上空にて。
完全なる白き聖杯を乗せたダモクレスは振り下ろされる。
『――私はここで、誰かの『願い』を、ただ待っている』
この地に、奇跡を齎すために。
誰か一人の望みを叶えるべく、真なる願望機が降臨する。
その始まりが――――
『――――これで、第七回定時放送を終了するわ』
いま、終わった。
◇ ◇ ◇
588
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:34:58 ID:/vQayJAQ
『――――時は来た。その誕生を祝福しよう』
そして、その時、誰かが嗤った。
『さあ―――――――――』
白が降りていく。
高き天上から、静かに、清らかに。
ゆっくりと地上へ。次第にその輝きを強めながら。
未だ誰の色にも染まらぬ器の滴、純白の願いを乗せた願望機。
『私に答えを見せてくれ――――――――――』
それを塗りつぶすような、悪意の鼓動(えみ)が。
遥か下方、地上の一角。
寂れた展示場の、その地下にて。
地の底から這い出るように黒く、歪んだ色をもって炸裂した。
『史実なる黒き聖杯よ――――――――――――』
黒が昇っていく。
仄暗き地下から、淀み、歪んで。
駆け上がるように空へ。次第にその毒性を濃くしながら。
既に人々の色に染まりきった器の泥、漆黒の願いを乗せた願望機。
この世全ての悪の根源。2つ目の聖杯がここに。
天より降りる清らかなるモノとは対極の、全てを呪い尽くす黒き悪意の集合体、人の憎しみの肯定が。
巨大な腕を伸ばすように空へ。
展示場全体を瞬く間に黒く染め上げ、一体化しながら。
尚も高く駆け昇る。
空の女神を見上げ、引きずり降ろし取り込まんとするように。
589
:
第七回定時放送 〜Another Heaven〜
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:38:45 ID:/vQayJAQ
それでも尚、白き輝きは陰ることはなく。
いっそう光を強めながら、汚泥など蹴散らさんと降りて来る。
天から降りる白き聖杯。
地から伸びる黒き聖杯。
天の白。
地の黒。
対極する2つの色。
伸ばされた両の光が、互いを照らし合うが如く。
中空にて、螺旋の交差する未来を見据えて。
結びつくように近づいていく、黒白。
―――――それが、この世界における、最後の戦いを告げていた。
【 next ――― LAST BATTLE 】
590
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 07:41:31 ID:/vQayJAQ
投下終了です。
591
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/15(日) 07:51:38 ID:lVmVPMjg
投下乙です。
どいつもこいつも、死んでほしくないなぁ。
いなくなって欲しくなかったなぁ。
最後だからって振り返ればそんなことを考えてしまうほどにどのキャラも魅力的でした。
とうとう最後かぁ……
全ての死者の名前を読み上げるのは最後の放送に相応しい、
誰も死んでいないっていう合作ならではの期間をはさんだからこそできた演出だな、って思ったりしました。
592
:
◆ANI3oprwOY
:2013/09/15(日) 08:00:44 ID:/vQayJAQ
大変長らくお待たせ致しました。
これで第七回定時放送は終了です。
以降、もう放送の時間はありません。次の戦いが正真正銘、最後の戦いになります。
投下の予定はまた後日に告知いたします。
もう暫く、お待ちください。
593
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/15(日) 19:28:10 ID:sLD9CyPQ
投下乙です
これが本当の本当に最後の戦い…かあ…
594
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/23(月) 18:22:11 ID:C6y8OzP6
結局首輪ちゃんが遭った人物は誰なんだよ?
595
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/09/23(月) 18:23:26 ID:C6y8OzP6
申し訳ない
雑談スレと間違えました
596
:
ぬるーしゅ
:2013/10/02(水) 20:33:06 ID:64EFos2Y
10月だよー
597
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/10/14(月) 02:43:51 ID:fipiMkXw
8月と9月文を読み終わった
時間を忘れて読み老けてしまった…本当に誰も死んでほしくないなぁ
投下お疲れ様です。
次回作も楽しみにしています
598
:
◆ANI3oprwOY
:2013/12/09(月) 00:08:32 ID:/sxyrFF.
書き手一同、現在最終回に向けて全力で作成中です。
また、かなり遅くなりましたが、◆mist32RAEs氏は都合により
合作から離れられましたことをここに報告いたします。
次回の投下は年明け以降になりますが、皆さんどうかお待ちください!
599
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/12/13(金) 02:46:17 ID:frqreaW.
乙
600
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/12/14(土) 19:45:57 ID:KxI9RSPA
了解
601
:
名無しさんなんだじぇ
:2013/12/15(日) 01:38:32 ID:f4d0BYLg
乙です
無理せず頑張ってください
602
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/01/02(木) 17:49:32 ID:mwSpzQ8s
あけおめ
603
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/01/02(木) 23:27:05 ID:5xfkogGo
ことよろ
604
:
ぬるーしゅ
:2014/02/01(土) 12:05:57 ID:OAiR.Lns
2月だーよ
605
:
◆ANI3oprwOY
:2014/02/09(日) 00:09:48 ID:I8XPXydg
【生存報告】
大変遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
今年こそ完結の年!新学期の到来はアニ3最終話と一緒に!
に、するべく、現在も書き手一同、超製作中です!
どうか今年も、アニロワ3rdをよろしくお願い致します。
606
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/02/18(火) 00:23:21 ID:sDEN8xM.
ファッ!?
607
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/02/18(火) 18:26:03 ID:tAmZqUHg
おお、キター
608
:
僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!
:僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!
僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!
609
:
なし
:2014/04/07(月) 11:38:24 ID:Fky3eARY
がんばってくだちい
610
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/04/21(月) 23:02:41 ID:tl74XIvc
まだかなあ…
611
:
名無しさん
:2014/04/26(土) 00:15:15 ID:rLSHOBzI
楽しみに待ってる
612
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/05/19(月) 14:03:36 ID:ASi.7k7.
今も待ってるよ
613
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/05/22(木) 19:37:48 ID:7cYGyFww
俺は待ってるぜ
616
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/07(土) 09:01:32 ID:30LP.dKg
…進められないのなら予約開放した方が良くないですか
617
:
sage
:2014/06/09(月) 22:02:58 ID:sSl3Q4AQ
自分もそう思います。
自分は物語書いたりできないので強くは言えませんが、
正直早く結末を知りたい、そして終わってほしいです。
誰か書ける人がいたら書いてほしいですね。
このままじゃ完結する気がしないので
618
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/09(月) 22:26:23 ID:R1w12/h.
最後の本編投下からもう半年か
今更予約開放は混乱するだけだから、現行の人たちには頑張ってほしいし応援してるけど、どこらへんまで進んでるかとかのアクションは欲しいなぁ
619
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/09(月) 22:31:25 ID:UzaBWKx2
俺が書くぜ! ってんでも無ければ黙ってろ
……とは思うけど、確かに進行状況報告は欲しいなあ
620
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/11(水) 14:03:52 ID:qKFWTQmI
前はいつだっけ
621
:
◆ANI3oprwOY
:2014/06/15(日) 00:08:51 ID:TXaKy3G.
----------------------------------------------------------------------------------
【生存報告】
長らくお待たせしてしまって申し訳ありません。
アニロワ3rdは現在も書き手一同で製作を続けております。
各書き手とも多忙のため進行の遅れは否めませんが、製作が止まった事だけはいまだにありません。
着々と、一歩一歩、完結に向けて確実に近づいておりますので、どうかいましばらくお待ち頂ければと存じます。
----------------------------------------------------------------------------------
622
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/15(日) 07:05:03 ID:lb0Ts5ec
楽しみに待ってます!
623
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/15(日) 07:52:04 ID:mHBUDp/g
生存報告やったー!
これがあるだけでホッとするなー。
624
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/15(日) 13:13:37 ID:9zQJuMm2
気長に待ってるぜ**
625
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/17(火) 14:58:03 ID:1bkEvSNk
制作が続いているならどんだけ遅くてもいいんだ
時間を掛けた分、それだけ素晴らしい結末ができるのだからね
626
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/17(火) 23:57:29 ID:T6LkL7dg
いやでも今ここにいる奴等は俺も含めだけど、相当この作品好きだよなww
627
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/18(水) 01:56:59 ID:GAoL9YSk
久々に覗いてみたら生存報告キテター!
せっかくだから頭から一周してきますぜ
628
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/18(水) 18:47:17 ID:07sTgxM6
どんな結末になるのか全く想像できないww
629
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/19(木) 23:31:18 ID:IjFoGyso
生存報告来てたあああああ
630
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/21(土) 00:07:56 ID:6B/lgSXA
生存報告きたあああああああああああ
631
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/21(土) 16:43:27 ID:ErxeT/zo
生存報告きてたーーー
気長に待ってるぜ
632
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/06/22(日) 21:45:43 ID:GMPydCJw
生存報告あるだけでまだまだ待とうって思えるくらいには信頼&楽しみにしてますのでw
633
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/08/22(金) 17:31:00 ID:wmvfYY7U
最後の戦いを予告してからもうすぐ一年か・・・
634
:
◆ANI3oprwOY
:2014/09/01(月) 00:08:08 ID:xU8nV1Kc
【生存報告&告知】
こんばんは!
アニロワ3rd書き手は本日も完結目指して超執筆中です。
さて、今回は生存報告を兼ねた告知になります。
長らくwikiに収録されていなかった329話『See visionS / Fragments 12 :『黄昏』 -Index-Librorum-Prohibitorum-』
が収録されました。
それに伴い、描写にほんの少しだけ変更があります。
ストーリーとしての筋が変わる物では全くありませんが、一応報告をさせていただきます。
では、今後も引き続き作業を続けて参ります。
最終回まで、みなさまもう暫しの間、お待ちくださいませ。
635
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/09/01(月) 20:52:49 ID:NQ1GVVYY
乙です!
最終決戦開始まで、何年でも待ちますとも!
636
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/09/05(金) 16:50:27 ID:1u/AkoJM
待ってるよー
637
:
名無しなんだじぇ
:2014/09/06(土) 04:45:21 ID:JZ8W5GgI
待ってました!!
638
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/09/24(水) 16:33:19 ID:YtK6iPcE
乙!今年こそ完結できるか・・・?
639
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/05(日) 20:26:38 ID:bjTMHR0g
来年になるのかなあ…
640
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/09(木) 21:59:37 ID:20xothpQ
まだ投下ないのかよ…
早くしないと俺結婚しちまうよ…(募集中)
641
:
◆ANI3oprwOY
:2014/10/13(月) 23:09:18 ID:MgOM9x7Y
【10月 生存報告】
こんばんは。
アニ3書き手陣です。
長らくお待たせしてしまっている状態が続いており、申し訳ありません。
今回は、ちょっとした生存報告になります。
製作は確実に進んでおります。台風にも負けず鋭意執筆中です。
みなさまどうか、どうかもうしばらく、お付き合い願います。
……そして少しこぼれ話。このまま順調に進めば年内に一つ、報告できる事があるかもしれません。
それでは、失礼いたします。
642
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/13(月) 23:11:03 ID:D4XIxbRc
了解です
643
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/14(火) 01:04:14 ID:KZnSbN.Y
書き手陣っていっても一人か二人しか残ってないんでしょ
予告の予告はいらないんで、投下できないんならいいかげんケジメつけるべきなのでは?
644
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/15(水) 09:48:32 ID:Xyu/L6A2
相変わらず安全圏から自分の要望を通す工作に必死な読み手様は言うことが違うな
645
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/16(木) 12:06:41 ID:pa2wtpHA
別に書いてもいいけどな
646
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/16(木) 12:35:35 ID:IEyrBg8Q
勝手にやればいいんじゃない? 遅いから俺が書いてやったぜ、って投下してみたら?
やれば出来るなんて遠吠えするよりは、よっぽど認めてもらえると思うけど
647
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/22(水) 18:36:14 ID:uM0xKrN2
荒らしの暴言を真に受けるなというか読み手と数えるなよ…
648
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/10/27(月) 22:41:51 ID:7BhM4yxk
まぁ気持ちわかるしこの作品が好きだからこその発言だろうから荒らしってのはさすがにどうなのよ。
それに俺らがいつまでも待ちます!とか言ってっからこんな長期間待ってる可能性あるしなw
650
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/11/22(土) 15:12:58 ID:JswroFk.
ギャルゲロワ2ndみたいにはならないよう祈ってます
651
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/11/25(火) 05:22:48 ID:yDJs0vx6
>>646
こーゆーあからさまな進行を阻害するレスに対して何の措置も取らないんですかね
652
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/11/26(水) 21:09:31 ID:QM2jbG4.
年末年始は忙しいからそれで無理なら来年の2月以降ぐらいか
653
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/11/30(日) 14:24:11 ID:Z55zUY6M
せめて来年のそれぐらいに投下の目途だけでも連絡欲しい
654
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/12/05(金) 23:04:59 ID:Lw84l5DY
まだ投下ないのか。
もう終わったな、せっかく面白かったのに残念だわ。
こんなに投下できないほど忙しくなるかもしれないなら書き手になんかなるなよ、ってな。じゃあな
655
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/12/09(火) 09:14:21 ID:RJOGjGvA
書き手にも現実の用事があるのだろうし、中々筆が進まないのは分かるが
ここまで進まないのであれば、書き手募集して大まかな裏設定とか展開だけ教えて書いてもらった方が早いのではと思ってしまう
とにかく完結してほしい
656
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/12/09(火) 14:14:34 ID:gxEwkxlw
新学期どころか二学期が終わろうとしている…
657
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/12/19(金) 18:11:00 ID:Z0Fg0TyU
いつまでも待つよ
658
:
◆ANI3oprwOY
:2014/12/21(日) 02:22:41 ID:wDxHp/9I
【投下告知】
アニメキャラ・バトルロワイヤル3rd 最終章
2015年 1月31日 再開
659
:
◆ANI3oprwOY
:2014/12/21(日) 02:28:25 ID:wDxHp/9I
詳細は後日改めて告知致します
660
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/12/21(日) 07:52:57 ID:xSeJsw2w
おお、遂に来るか
661
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/12/21(日) 19:32:51 ID:cxfYg7w.
来年になるね
662
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/12/26(金) 11:41:37 ID:TSvRTZWI
久々に来たらついに最終章がはじまるのか!
663
:
名無しさんなんだじぇ
:2014/12/27(土) 21:49:14 ID:kfevAoHs
再開(投下するとは言ってない)
664
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/01/10(土) 11:42:15 ID:v2gTC.1w
楽しみだ
665
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/01/15(木) 02:23:04 ID:RqrvaAkA
おもしろい作品だったのに最後の最後でだれたな
一部の書き手のオナニー作品になってるし
何か月も予約とか次回からやめてほしいわ
666
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/01/28(水) 00:12:13 ID:FnJItK/A
最終章『再開』であって、『最終回』ではないのがミソなのでもうちっと続くんじゃよ、となるに1000000ペリカ
667
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/01/30(金) 02:14:17 ID:5H7NljZA
>>665
死ねゴミ野郎
668
:
◆ANI3oprwOY
:2015/01/31(土) 02:44:23 ID:0sCD/B5k
【投下告知】
大変長らくお待たせいたしました。
アニメキャラ・バトルロワイアル3rd 最終章、投下を再開します。
第一回目の投下は2月8日(日)になります。
2月中、毎週投下を行っていく予定です。
今後、長期停滞はありません。
待っていてくださった皆様に、書き手一同心から感謝します。
そしてどうか完結までもう暫く、お付き合いくださいませ。
669
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/01/31(土) 16:31:06 ID:cl3MGUDk
思えば衣が死んでから、もう三年以上が過ぎているんだなあ。
いよいよの最終幕。楽しみにしています。
670
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/01/31(土) 17:46:46 ID:wyhsy1WA
おお、待っています
671
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/01/31(土) 17:47:23 ID:drRAyI72
待っています!
672
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/02(月) 17:16:26 ID:.1jjY5zU
とうとうきたかー
楽しみにしてます
673
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/03(火) 04:16:14 ID:aGhk5bNw
楽しみにお待ちしています。
時は来た!
674
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/03(火) 08:51:03 ID:3CUXC5DM
いよいよアニロワ3rd再開か
675
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/06(金) 17:59:37 ID:YDBSCTiY
おま、今日たまたまこっち見たら投下予告来てるじゃねえかよお
うおおおおおおお!?
676
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/07(土) 09:01:38 ID:6/7WCLuo
過去作を読み返しつつ待つとしよう
677
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/08(日) 11:24:56 ID:o49RruoM
さあ、今日だ
678
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/08(日) 23:13:17 ID:KHAPSjZY
上げます
679
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:23:24 ID:KHAPSjZY
テスト書き込み
680
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:27:13 ID:KHAPSjZY
投下を開始します
681
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:28:40 ID:KHAPSjZY
きっかけは、偶然に過ぎなかった。
第七回定時放送が開始される、その少し前のこと。
何の変哲もないどこにでもありそうな路地を、平沢憂は一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと歩いていた。
そんな憂の十メートルほど前にある角を曲がって現れた枢木スザクは、
どこかで着替えてきたらしく、それまでの服とは違う白いパイロットスーツに身を包んでいた。
スザクの後ろには、彼に付き従うかのように歩く黒猫と、その黒猫のそばでちょこまかと動く子猫の列。
「……ぁ」
突然現れたスザクに、憂の足が止まる。
憂の足を止めさせたのは、『怖れ』という名の感情だった。
その怖れが、スザクに起因するものではなく
彼に対し何もしていない、何もできてない、自分自身に原因があるのだということを、憂は自覚していた。
それでも――だからこそ。
憂は、スザクが怖かった。
スザクがちらりと憂のほうを見る。
だが、二人の目が合うことはなく、次の瞬間にはスザクは何事もなかったかのように歩き出していた。
猫たちがそれに続き、スザクの姿を見つめていた憂も少し遅れて歩き出す。
二人の目的地は同じ方角。
自然と、憂がスザクについて行くような形になってしまう。
分岐点にさしかかる度、憂の頭に『遠回りをしてでも彼と違う道を行こうか』という考えが過ぎる。
そしてその度に、憂はスザクと同じ道を行くことを選んだ。
猫二匹を連れたスザクと、その十メートルほど後ろを一人で歩く憂。
小さな公園の入り口に設置された時計は、放送が始まる二十分前を示していた。
(……あれ?)
信号機の無い横断歩道を渡り切ったところで、憂はふと、今の状況に疑問を持った。
前を歩くスザクとの距離が、先ほどからほとんど変わっていないのだ。
普通に歩けば、身長が高く男性であるスザクのほうが自分よりも速いだろうということくらい簡単に想像できる。
まして、今の憂は普段よりもゆっくり歩いている。
だが、二人の距離は変わらない。
憂がアスファルトがめくれ上がった箇所を避けた時に少し距離が開いたが、すぐに元に戻る。
距離が開かないよう、スザクがわざと調整して歩いているのでない限り、こうはならない。
ならばそれは、何のために――
憂がそこまで考えた時だった。
それまで憂のことなど見向きもしなかった子猫が急に振り向いたのは。
「えっ……」
スザクに、というよりはスザクの後ろを歩いていた猫・アーサーにくっついていた子猫は、くるりと向きを変え、
駆け寄ってきたかと思うと、憂の足元にちょこんと座り、憂を見上げてくる。
警戒心はない、「遊んで」と言わんばかりの視線に、憂は躊躇いがちに子猫を抱き上げた。
両手で抱いて支えきれない程ではないけれど、今の憂にとっては楽に運べる軽さでもない。
小さな猫は、憂の腕の中で、確かな重さを伝えてくる。
その重さは苦しいくらい優しくて、痛いくらいに温かい。
腕の中の子猫の頭を撫でた後、子猫に向けていた視線を少し上げて
そこで憂は初めて、振り返ったスザクが自分を見ていることに気がついた。
682
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:29:12 ID:KHAPSjZY
◇ ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
◆ ◇
683
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:31:05 ID:KHAPSjZY
「……っ」
完全に猫に意識を取られていた憂は、スザクに見られているという、たったそれだけのことで
固まって、立ち尽くしてしまっていた。
『負い目』。どうしようもないことを、どうすればいいのか分からない。
そんな感情が渦を巻いている。
スザクはそんな憂のほうへと歩を進め、それまで縮まることのなかった距離が三分の一程度になったところで立ち止まった。
「平沢さん」
短くはない沈黙の後、スザクが口を開く。
「気になってたんだけど」
「あ、あのっ、すみません。別に後をつけてたわけじゃないんです。私もあっちに用があって」
「もしかして、その子のこと知ってるのかな」
「……え?」
それは憂にとってはあまりにも唐突で、予想外の問いだった。
質問の内容、スザクの言う「その子」が憂の抱いている子猫のことだということを理解するのにさえ、数秒を要した。
「えっと……知ってる猫かも、しれません。
違うかもしれないけど……一回しか会ったことないから、自信はないです」
そう答えてもスザクからの反応はない。
こうして一度話してしまうと、僅かな沈黙さえもが怖くて、憂は耐えきれず言葉を繋ぐしかなかった。
「以前、友達が友達から預かった猫でなんです。
その友達……えっと、猫を預かったほうの友達が、預かった子猫の具合が悪いって、電話してきて……。
それで様子を見に行ったんです。
で、えと……あ、猫は大丈夫でした。毛玉を吐いてただけだったんです。その友達は……猫を飼ったことなかったから知らなくて……」
「猫の名前は?」
「……は『あずにゃん2号』って。……あ、『あずにゃん』っていうのは猫を預かった友達のことで、
その子は預かってただけだから『あずにゃん2号』っておかしいんですけど……でも、私もそう呼んでました」
「そう」
それだけ言ってスザクは子猫へと視線を向ける。
つられて憂も子猫のほうを見る。
たった二文字の短い言葉で、スザクは会話を切り上げてしまった。……と、憂が思った瞬間
「……あずにゃん2号」
スザクが、子猫へと呼びかけた。
子猫はスザクの方をみたものの、答えるでもなくスザクの方へ行こうとするでもなく、憂の腕の中でじっとしている。
それ以上は何をすることもなく、スザクは歩き出したが
スザクの顔に、ほんの一瞬、僅かに寂しそうな表情が浮かんだのを、憂は見逃してはなかった。
684
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:32:23 ID:KHAPSjZY
スザクの背中を見ながら、憂は迷う。
憂はスザクに対して、いろんな想いを抱えている。
言わなければならないことも、聞かなければならないことも、きっとたくさんあるはずで
だが、それが何なのか、自分の中で未だ整理はついていない。
でも時間は容赦なく流れ、戦いの時は迫っている。
死ぬかもしれない。生きていてもまた会えるという保証はない。次の機会なんてものは、ないかもしれない。
だから憂は、意を決してスザクの後ろ姿へと声をかけた。
「あのっ……枢木さん!」
スザクが足を止め、憂の方を振り返る。
「……ありがとう……ございました」
「何が?」
「ルルーシュさんの……カセットテープの、こと……お礼、言ってなかったなって……」
「あれは元々、ルルーシュが君に宛てた、君の物だ。僕はお礼を言われるようなことなんて何もしていない」
「でも枢木さんが渡してくれたから、私は受け取ることができたんです。
だから、枢木さんにとってはそうじゃなくても、私にとってはお礼を言うようなことなんです。
……どうもありがとうございました」
そう言って、憂は勢いよく頭を下げる。
そのままの姿勢で十秒ほど待ってみたものの、何も反応がないのでゆっくりと顔を上げてみれば
スザクは憂にもわかるくらいに、「答えに困っています」という表情を浮かべていた。
「……平沢さんに渡したラジカセの中にもう一本、カセットテープが入ってたと思うんだけど、聞いた?」
そしてようやくスザクから出てきた言葉は、憂に対する返答ではなかった。
思いがけない言葉に、憂は息を呑む。
「……聞いてません、けど…… あ、もしかしてあれは、枢木さんの」
「違う。あのラジカセはファサリナという人の持ち物だった。
彼女が死んだ後、荷物の整理をした時に僕が持つことになったけど、その時点ですでに入っていた物だ」
「そう……そう、ですか…… ずっと、『あのラジカセ』に入って……」
「僕の知る限りはそうだ。僕にとっては必要のない物だから、いらないなら捨ててくれて構わない」
「捨て……ません」
「そう」
「え……あ……あの、ほら、別に、邪魔になるような物でもないですから。だから……あの……」
「どうするかは、平沢さんに任せるよ。あれはもう、君の物だから」
二人の会話は、それで途切れた。
スザクは再び歩き出し、その後にアーサーが続く。
少し悩んで、憂はスザクの後ろではなく、隣りに並んだ。
数分も歩けば、周囲は徐々に、住宅街から戦いの跡地へと様相を変えてゆく。
崩れた塀。割れた窓ガラス。壁の一部を失くした家。
足元も徐々に悪くなっていく。
アスファルトに亀裂が入り、瓦礫が散乱する道を行くのは、憂にとっては大変なことだった。
だが、憂はスザクに助けを求めることはせず、スザクも憂に手を差し延べることはしない。
ただ、憂とスザクの距離が変わることはなかった。
685
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:34:01 ID:KHAPSjZY
そうして、二人は並んで、三叉路へと辿り着く。
憂の足が、そこで止まる。
それに気づいたスザクも数歩先で足を止め、憂の方へと振りむいた。
分かれ道。右へ行けばランスロットが、左に行けば――
「私は、左へ行きます。私には、リボンズって人が最後の戦いを始めてしまう前に、まだ、やらなきゃいけないことが、あるから……
……枢木さん。別れちゃう前にひとつだけ、聞いてもいいですか?」
風が吹いた。
砂埃が舞い上がる。
スザクからの答えは無く、それでも憂は、問いを投げた。
「ルルーシュさんは枢木さんにも、ギアスをかけたんですか?」
風が止む。
沈黙が落ちる。
静寂に重さなんてないはずなのに、憂ははっきり、重いと感じていた。
潰されそうになる。
それでも、訊いたのは自分だから、スザクが答えてくれるまで、
あるいはスザクに答える意思が無いのだとわかるまで、この重さに耐える覚悟はあった。
「うにゃっ」
音を発したのは、憂でもスザクでもなく、憂の腕の中の子猫。
自分の腕から抜け出そうともがく猫を見て、憂は初めて、自分が腕に力を入れてしまっていたことを知る。
憂はごめんねと子猫の頭を撫でて、地面に下ろした。
地面に降りた子猫が、スザクの傍らにいるアーサーの近くまで行ったのを見届けて立ち上がった憂の耳に
「―――――ろと」
危うく聞き逃してしまうくらいの声が、届いた。
「え……?」
思わず聞き返す。
半ば諦めかけていたスザクからの答えが、そこにある。
「ルルーシュは僕に、『生きろ』と命じた」
――生きろ。
スザクにかけられたギアス。
そのギアスの意味が、重さが、ゆっくりと憂の心に滲む。
「命じたって…… それ、命令じゃなくて、お願いじゃないですか」
そうして憂が呟いたのは、彼女が抱いた素直すぎる感想だった。
「お願い?」
「はい。……ルルーシュさんのギアスは、願い、なんですね」
「違う」
憂の言葉をスザクは即座に否定する。
憂にとってそれは、スザクが初めて自分に対して向けた、明確な意思表示だった。
「ルルーシュのギアスは、相手の意思を捻じ曲げる卑劣な力だ。
今まで、ルルーシュはギアスの力で多くの人を傷つけ、命を奪った。罪のない人たちに犠牲を強いた。
君だって、彼のギアスの」
「知ってます。それは……知ってます……私には『裏切るな』ってギアスをかけてたって。
私は……あんなことは、したくなかったのに……させられて……」
「そこまでわかっていて、君はあの力を『願い』と呼ぶのか?」
スザクの問いへの答えに、憂の中に迷いは無かった。
「はい」
だから、はっきりと答えられる。
「ルルーシュさんは、優しいから」
686
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:34:34 ID:KHAPSjZY
自分は何も知らないのかもしれないと、憂は思う。
少なくともスザクよりはルルーシュのことを知らないだろうと、憂は思う。
でも、それでも、憂は信じていた。
「私にかけたギアスも、自分が生き残るためじゃなくて、誰かのためだったってわかったから」
ルルーシュを
ルルーシュの優しさを
自分の中にあるルルーシュへの想いを、信じていた。
「彼は、優しくなんかない」
「優しかったですよ、ルルーシュさんは」
自分のことには、なにひとつ自信は持てない。
それでも憂は、自分の想いを、必死に紡ぐ。
「きっと、これは間違った方法で…… 枢木さんの言うとおり、ギアスは卑劣な力なのかもしれないけど……
でも、それでも、誰かのためだったなら、それは願いなんじゃないかなって。
『生きろ』なんてギアスかけちゃうくらい大切な人のためだったんだってわかったら
私はもう、恨んだりとか、怒ったりとか、できないです……」
憂は、泣きそうな顔で笑った。
涙は耐えた。
スザクの前で――ルルーシュが生きてほしいと願った人の前で、泣きたくはなかったから。
「……ここで死んだルルーシュに、本当に『生きろ』と願われたのは君だ。
ギアスなんかじゃなく、彼は最後の最後で、自らの命でそれを示した」
「命で示したって言うのなら、それは、枢木さんに対して、ですよ」
「いや、平沢さ――」
スザクが言いかけた言葉を、憂は首を横に振ることで遮る。
「やめましょう、譲り合うようなことじゃないですよ。
……枢木さんは、ルルーシュさんは私を残したんだって言ってくれましたよね。
だから今度は私が言います。
ルルーシュさんは、枢木さんを残したんです。枢木さんに生きててほしいって、願ったんです。
私と枢木さんが生きてるのは、ルルーシュさんが、そう願ったからです」
憂は、スザクを真っ直ぐに見ていた。
「私は、そう思います」
ルルーシュを殺した事実が変わらない以上、スザクに憎まれて当然だと思う。
だけど、それも受け止められる気がした。
ルルーシュが生きてほしいと願い、
自分が迎えに行った時、ルルーシュのために迷わず来て戦ってくれた人の想いなら、
それがどんなものでも受け止めたいと思った。
憂はもう、スザクのことを怖いとは思わない。
「私がルルーシュさんの願いに気づけたのは、枢木さんが届けてくれたからですよ」
そう言って、憂は微笑んだ。
◇ ◇ ◇
687
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:34:58 ID:KHAPSjZY
『――――それじゃあ、時間になったから、第七回定時放送を始めるわ』
放送が始まった時、スザクは独りだった。
スザクは結局、憂に何も言わなかった。
憂は少し寂しそうに、スザクにお辞儀をして、一人、自分の選んだ道を去り――
そして、それを見送ったスザクだけが、その場に立ち尽くしていた。
「リボンズと戦う前に、やらなきゃならないこと、か……」
ぽつりと呟き、そしてスザクも歩き出す。
一分と経たず、周囲はもはやどこが道路なのかもわからないほどになったが、構わずに進み続けた。
放送は、聞く気にもならない連絡事項の後、これまでの死者の名を一人ずつ読み上げてゆく。
この島で出会って、だけどもうどこにもいなくなってしまった人たちの顔が、スザクの脳裏に浮かんでは消えてゆく。
彼らの言葉が向かう先は『誰』だったのか――
彼らの想いを受け取るべきは『誰』だったのか――
『――私はここで、誰かの『願い』を、ただ待っている』
スザクは、ランスロットと、いつの間にかその足元にいた二匹の猫の前を通り過ぎる。
『――――これで、第七回定時放送を終了するわ』
そして、放送の終わりを――つまりは戦いの始まりを、告げる言葉と共に。
大破したサザーランドの傍らで、足を止めた。
◇ ◇ ◇
688
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:35:52 ID:KHAPSjZY
「………………ルルーシュ」
声をかけても答えなんてあるわけがないことを、僕はちゃんと知っていた。
僕の目の前で彼は死んで、今ここにあるのはただの金属の塊。
仮に無理矢理ハッチを抉じ開けたところで、ルルーシュの死体だとわかる物が残っているのかさえ怪しい。
でも、他に何も無いんだからしょうがない。
「……随分と、慕われたものだよね。平沢さん、君のこと優しいって言ってたよ?」
それが、ただの彼女の勘違いなのか、
ここにいた君は本当に優しかったのか、
僕がルルーシュの優しさを知らなかっただけなのかはわからない。
二つ目はもはや確かめる術もない。
三つ目ならば、もしかしたらまだ、確かめられるかもしれないけど。
「ギアスのことも、『願い』だってさ……」
平沢さんがそう言った時、僕は自分の中にある感情を抑えつけるのに必死だった。
僕の知るルルーシュがギアスで何をしたのか、
僕が自分にかけられたギアスで何をしたのか、洗い浚いぶちまけてやりたかった。
それをしなかったのは、彼女に対する思いやりなんかじゃない。
僕の知るルルーシュとここにいたルルーシュは別の存在かもしれないからと思い直したわけでもない。
ルルーシュを信じる平沢さんを傷つける自分を、見たくなかっただけだ。
「ギアスは『呪い』だ。あんな力で一方的に押しつけられたものを『願い』なんて呼んでたまるか!!」
ああ、そうだ。
俺はギアスを許せない。
ギアスを使って人を駒のように扱ったルルーシュを絶対に赦さない。絶対に赦せない。
「……ルルーシュ、俺は君が憎い」
――それなのに、どうしてだろう。
俺の中はぐちゃぐちゃだ。
でももう、どうしようもない。
これ以上、目を背けることはできない。
逃げられない。
当たり前だ。逃げ場なんて、最初からどこにもなかったんだ。
「僕が君を赦す日は、永遠に来ない」
泣いたのも。
笑ったのも。
迷ったのも。
選んだのも。
祈ったのも。
悔やんだのも。
逃げたのも。
進んだのも。
死にたかったのも。
夢を見たのも。
愛したのも。
憎んだのも。
全部、僕だった。
全部、『枢木スザク』の想いだった。
689
:
COLORS / TURN 1 :『Continued Story』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:36:35 ID:KHAPSjZY
「でも……俺、は…………」
僕は『枢木スザク』が嫌いだった。
だけど僕は結局、どんなに足掻いても『枢木スザク』以外の何にもなれなかった。
『枢木スザク』なんて存在は、消えていいと、殺したいと、本気で思った。
だけど、僕が出会った人たちが
僕のことを心配したり、必要としてくれた人たちが見ていたのは、いつだって『枢木スザク』だった。
彼等の想いは、『枢木スザク』が受け取るためのものだった。
「僕は…………」
想ったのも、想われたのも、いつだって『枢木スザク』だったんだ。
だから言える。
僕は生きているから、僕は枢木スザクだから、――――だから、思える。
「……僕は、ルルーシュが死んで、悲しかったんだ」
殺したいほど憎い相手が、死んだら悲しい相手だなんて。
こんなに酷い矛盾はない。
だけど消せない。抱えて進むしか、僕にはできない。
デイパックから、カセットテープと自販機で買った騎士服を出して、サザーランドの傍の瓦礫の上へと置いた。
ルルーシュのメッセージと、ユフィの血の付いていない白い騎士服。
どちらも、僕の帰る場所には存在しない物だ。持って帰るわけにはいかない。
「行こうか」
近くにいたアーサーを抱き上げるつもりで伸ばした手を、僕は途中で止めた。
僕の考えていることがわかったのか、それともアーサー自身の判断なのか
僕の手に頬を摺り寄せるなんてらしくないことをして、僕を見上げた後、
くるりと背を向け瓦礫の上へと飛び乗って騎士服の隣で丸くなった。
その隣で、アーサーを真似るようにあずにゃん2号も丸くなる。
ここにいるアーサーが僕とは違う世界のアーサーなのだとすれば、一緒に帰ることはできない。
だからここでお別れということなんだろう。
「アーサー、……一緒にいてくれて、ありがとう」
僕もアーサーに背を向ける。
そしてもう一度だけ、サザーランドを仰ぎ見た。
「僕がこの島で捜していたのは君だった。この島で、僕が守ろうとしたのは君だった。
君の推測どおり、君と僕の知るルルーシュが別人だったとしても、この事実は変わらない」
君は、何を為す者だ?―― あの時、僕の問いに答えたのは、ここで死んだ彼だった。
生きろ――この島で、僕にそう命じたのは、ここで死んだ彼だった。
「だから、この島にいる間は、僕は君のナイトオブゼロだ」
見上げた空には、翼を広げたガンダムが見える。
そしてその向こうには巨大な塔――空中要塞・ダモクレス。
この島での最後の敵の姿を前に、僕は誓う。
「――――君の命を、枢木スザクは必ず果たす」
【 TURN 1:『Continued Story』-END- 】
690
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/08(日) 23:37:55 ID:KHAPSjZY
投下終了です
692
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/08(日) 23:57:29 ID:D2U0L.f2
いよいよ最終決戦か・・・
693
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/09(月) 00:25:23 ID:uRo01DMg
----------------------------------------------------------------------------------
【報告】
遅くなりましたが、◆SDn0xX3QT2氏は都合により
合作から離れられましたことをここに報告いたします。
------------------------------------------------------------------------------------
694
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/09(月) 00:27:04 ID:uRo01DMg
----------------------------------------------------------------------------------
【投下告知】
次回の投下は2月11日(水)。
序盤は大容量のお話にはなりませんが、そのぶん短めのペースで投下を行う予定です。
------------------------------------------------------------------------------------
695
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/09(月) 19:11:50 ID:aHOeglSU
投下乙です
始まったなあ・・・
696
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/10(火) 11:39:06 ID:FznRkiDI
投下乙です
どんな結末になるのか本当楽しみ
697
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:24:29 ID:A28GtFyM
test
698
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:24:53 ID:A28GtFyM
これより投下を始めます
699
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:30:28 ID:A28GtFyM
「両儀、式か」
グラハム・エーカーは近づいてきた足音に顔を上げ、それだけを言った。
半日も経たない再会なのに、その姿はひどくやつれたように見えた。
頬はこけ、頼んでもいないのに全身から溌剌と漲っていたかつての覇気というものが見る影もなくなっている。
所詮それは錯覚に過ぎない。人の内面が実際の体に影響を与えるのには本来長い時間がかかる。
「スザクだけでもそうだが……君と会うことになるとは本当に、思わなかったな」
「単に通りがかっただけだ。お前に用とか、別にないし」
「私にもないさ。それでも、だ。
この様のまま、再び全員と邂逅する事などあり得まいと思っていたのだがな……」
恐らくはあのずっとこの場から動いていないだろう男の傍には、まだ真新しい幾つかの物が落ちている。
レンゲと一緒にラップにくるみ雑炊が詰まれたタッパーとか。
どこかの戦闘機のパイロットでも着込んでいそうなスーツとか。
いやに都合のいい、親切な誰かの落とし物が。
「行くのか」
「ああ」
簡潔な、短い問いだった。
そして答えは早かった。間を置く意味なんてない。
それで終わり。それが終わりだ。
こいつにも、こいつが失ったものへの興味は本当にない。
生きようが死ぬまいが、そんなものは対岸の火事の程度の出来事。
交差はたまたますれ違う瞬きほどのもので、それで別れる一瞬の逢瀬。
「それで、お前はなにしてるんだ」
だから、こうして私は何の意味もないことを尋ねる。
「何を……か。その通りだな。
私は―――いや、君に言っても栓方なき事か」
言い切られることなく、その口は本人の意思で噤まれた。
この相手に対して言うべきでない、言えるだけ馴れ合った関係を持ってはいないと戒めるように。
今一度、じっと男の顔を見つめる。
まだ十分生きているくせに、今にも自殺したそうな顔。
死に体なのに、そのくせ最後の一線だけは決して飛び越えない。
まるで半人半霊。あるいは動く死体。
生死を区分する境界線そのものに立つような曖昧さ。
……他にそんな不様をしていたのは、誰だっただろうか。
けれど、映る「線」はいつものように視えている。
グラハム・エーカーの全身に走る落書きのような線は、いつも視るのと同じ、生きた人間のそれと変わりなかった。
押し黙る男の傍へと無言で近づく。
同時に底のない鞄の中からゆるりと、ジグザグに折れ曲がった歪なナイフを取り出す。
とても実用的ではない形状。元の持ち主の性根が顕れてるようだが、切っ先だけならば通常のように使用するのに支障はない。
膝を折り曲げ、蹲る男の首もとへと先端を近づける。
虹色の刀身が、落陽の光を浴びて怪しく閃いた。
「……」
男は動かない。最後まで、抵抗の素振りも見せなかった。
おかげで狙いを外さずに済んだが。
パキンと小気味のよい、金属片が落ちる音。
知る人間の中で、ただひとり嵌められていた首もとが露になる。
輪を両断された爆薬入りの枷は、機能を全うしないまま重力に任せ地面で叩き割れた。
ナイフを戻して後ろを向く。そのまま立ち去ろうというところで、ようやく男が口を開いた。
700
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:33:57 ID:A28GtFyM
「これは、何の真似だ?」
「何って、見ての通りだよ。もう外してもいいんだし、邪魔なだけだろ、そんなの」
「そこではない。君の行為そのものを問うている」
おかしなことを聞いてくる。心底疑問に思った。
そんなの、考えなくたって分かることなのに。そんな不可解そうな顔で見られると逆にこっちが困惑してしまう。
何故こいつの外したのか。
それはただ、見たままの感想で。
「外して欲しそうにしてたから」
「それは、何故そう思った?」
「だってまだ生きてるだろ、おまえ」
ここに留まってるということは、生きてるということは、つまりそういうことだろう。
見れば分かる事、当たり前に知る事をこの男はずっと気づこうとしていない。
ああ、けれど。身近な事にいつまでも気付けないのも人間だ。
灯台下暗しとはよくいったもので。自分にとって当たり前の大事なものほど、よく見落としやすいものだから。
それとも……気づきたくないからこうして殻を作っているのか。
喪失の穴を知ってしまえば向き合うしかない。残留した痛覚を抱えたまま生きる方法を模索しなくてはいけない。
それがどれだけ恐ろしいものなのかを、私は忘れていない。
返事は途絶えている。これ以上話すことはない、と受け取り傍から離れる。
時間は有限なのだ。無駄に費やしてはいられない。一応、行くあてだってあるのだから。
「……ああ、そういえば。ひとつだけ言いたい事はあったんだ」
「……?」
そしてその無駄をまだ私は愚かにも続けていた。
「あのデカいヤツのコトだよ。あんな酷い乗り物は初めてだった。
足場は悪いしやたら速くて何度も落ちそうになる。おまけに風が痛い。ついでに声もうるさい。
あの時、何度かオレごと殺そうとしただろ。握り潰そうとしたり、風で潰そうとしたり。機械越しでもビリビリ感じたぞ」
「ひとつでは、ないな」
「言ってることはほとんど同じだろ。あとやっぱりもうひとつ」
誰かの手で小奇麗にされていた、コンクリートの台座に置かれたタッパーを指さす。
「ソレ、いつまで取っとくんだ。冷めると不味いぞ。というかもう冷めてるぞたぶん。
食わないなら返すか捨てろ。作った側にとっては、そういうのが一番嫌になるんだから」
こればかりは、調理した本人として言っておかなくてはならない。
困った、奇妙なものを見るような目をされるが知ったことではない。
それで、今度こそおしまい。
私はグラハム・エーカーへの意識を消し去り、振り向かず目指す先に進んだ。
701
:
COLORS / TURN 2 :『ARIA』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:34:50 ID:A28GtFyM
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
COLORS / TURN 2 :『ARIA』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
702
:
COLORS / TURN 2 :『ARIA』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:40:06 ID:A28GtFyM
焼けの空に灰の街。
その境目の、ちょうど双方の空気が混ざり合い、淀み合った箇所を眺めながら歩く。
特に意識しているわけでもないので、瓦礫に足を踏み外す下手を打つこともない。
人気がない街にはもう慣れたものだが、今は僅かな、けど見過ごせない違和感がある。
不気味とは思わない。雰囲気だけならむしろ気に入っている。だがそれにしてもこれは静か過ぎた。
寒さにも暑さにも強い体質なのに、『敵』と対峙した時に近い、肌がひりつく感覚が続いている。
嵐の前の静けさ、という諺を思い出す。大気でも、予感めいたものを感じ取るものなのか。
空は騒がず震わず、ただその時が来るのを自然と待ち受けている。
さながらそれは、結末を受け入れ、刑の執行を告げに来る呼び声を静かに待つ、監獄の収容者のように。
あいにく私は、扉が開かれるのを大人しく待つほど悠長ではないが。
「ここか」
他と比べて、明らかに真新しいタイル。
外で使いっぱなしで汚れたブーツがタイルを踏みつけて足跡をつけていく。
現在で初めて出来て、誰にも使われてない場所は目に痛いほど清潔で病的ですらもある。
壁も地面も天上も、ひたすらに白の一色だった。
というより、何の着色もされていない。まともに塗装する暇もなかったためだろう。
馴染みのない、切符を入れる穴のない改札口を素通りしてより奥に入る。目的地はそこだ。
黄線と白線。細長く引かれたいくつものライン。左右にはふたつの線路。
新しく作られた駅のホームは、修復というよりは増設と言うほうが正しい。
元あった場所は地盤ごと陥没してしまっているのだから、当然といえるが。
今いるE-2から、水没したF-3へなだらかに曲がりつつF-5に走っていたのを、ここから直通でF-5に向かうよう調整したらしい。
掲示板で一番近い到着時間を見る。現在時刻より残り幾分か。この分だと放送を超えた先になるだろう。
ベンチに腰掛けて時間を待つ。することは何もないし、放送だって近い。身体だって十分休めているわけでもない。
体重を背もたれに預けて、弛緩した空気に浸る。
「本当に、静かだ」
世界には何もない、と思うほどの静寂。
周囲はまだ明るく果ても見えるが、生きてるものの感触を感じ取れない。
何もないのであれば、それは無か。それとも、死―――?
「……違う」
くだらない錯覚に虚空を睨んで振り払う。
死は、こんなに静かなものじゃない。
何も「ない」世界はこんなにも穏やかでなんていられない。
希望がないという点では同じだが、ここにはまだ余分がある。
隙間だらけで穴だらけだけど、そんな空白すらもない世界に比べれば、こっちの方がまだ住みやすい。
だからここは現実の確かな生の世界で、私は今、ここに生きている人間だ。
ここで見た幾つもの『死』が、眼に焼き付いて離れない。
住む世界が違うだけでただの人間、ただの他人の死の筈なのに。
ここの人の死は、どうしてこんなにも前と違うのか。
……それとも、死は変わりないままで、違っているのはそれを見る私なのだろうか。
識が死んだ時のように、幹也を失って私は何かが変わりつつあるのか。
分からない。私の中身は相変わらず穴だらけで、分かってるのはおかしくなってることだけだ。
703
:
COLORS / TURN 2 :『ARIA』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:42:21 ID:A28GtFyM
細めていた目に、赤い日が映り込む。
燃えるような夕暮れの空。太陽が沈む直前の、一瞬だけの光景。
こんな日の教室で―――彼と私(かれ)は、何かを語り合う事があったのだろうか。
次の朝になれば忘れるような、どうでもいい日常の会話も。
一生忘れられることのない、とても大事な言葉も。
式も識も、望んでいる夢は同じだった。
大元の一つから分かれ、同じ趣味を持ち、成長を共にしてきたのだから憧れるものさえ一緒なのは当然だ。
普通に生きたいという在り得ない望み。
式であり識である以上、決して叶わない願い。
それを、あいつは現実のカタチにしてくれた。
自分と同じ場所に居られるよと、そう笑ってくれた。
かわりばえのしない、退屈な高校生活。
あらそいのない、穏やかな日常の名残。
駆け抜ける時間は速くて、掴みとることもできなかった。
けど感謝してる。嘘みたいに幸福だった。
だから話した内容なんか、きっとどうでもよくて。
そんな風に誰かと話せる事自体が、識(かれ)がずっと祈っていた、幻想(ユメ)の日々なんだ。
殺すことしか、否定することしかなかったシキが見た、夢のカタチ。
それを、たとえ喪くしてしまっても。私が生きてる事でここに残していけるなら。
『 』
天から鳴り渡る宣誓。殺し合いの最後の始まりを告げる、神が綴る最後の物語の冒頭は耳に届かない。
それよりもなお優しく、耳朶の奥を打つ声がある。
もういないクラスメイト。四年前からずっとシキを気にかけてくれた男。
その声を聴いてるだけで、胸の穴の苛立ちを消してくれたヒト。
両儀シキにとって、いなくてはならなかった存在。
「幹也。君を――― 一生、許さない」
言葉は赤い大気に消え失せる。
たしかに残るものはもうないけれど。
その想いを、私はこれからもずっと抱えていくだろう。
◇ ◇ ◇
704
:
COLORS / TURN 2 :『ARIA』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:44:06 ID:A28GtFyM
数分後、予定通りに電車がやって来た。
電車の方は使い回しているらしいが、こんな時でも洗浄を欠かさなかったのか車体は綺麗で場違いな気はしない。
合図と共に一斉に開く扉。目の前で開いたところから中へと乗り込む。
先頭から最後尾まで、がらんどうのような車内。
私が踏み入れた車両もやはり閑散としていて。
けれどそこに、たった一人、先客が座っていた。
「………………よう」
終電どころか回送列車のような空間の中、秋山澪は私を迎える。
数時間ぶりの唐突な別離からの再会は、どちらにとっても然程感慨を感じさせないものだ。
目に見えるほどの変化があったわけでもなく。また、取り決めた約束を違えるものでもない。
だから私は、あたりまえに返事をする。
「時間通りだな」
「言ったのは、私だから。ここで待ってるって。
むしろ式の方がすっぽかすんじゃないかって思ってた。なんか、時間に頓着しなさそうだから」
いま、少し失礼な事を言われた気がする。
言いがかりもいいところだ。今年の学校の欠席数は一桁を切ってるというのに。
そう言いかけた文句を抑えて奥に入り込む。
「理由もなく約束を放り出す真似はしないよ。破るだけの動機もない」
「……そっか」
完全に自動操縦の仕様だからだろう。扉はまだ閉まらない。
秋山は手すりのある端の席に陣取っているので、その席から丁度一人分空けた場所に座る。
前を通り過ぎる瞬間、秋山と目が合った。
見上げる瞳にもう、潤みはない。
……どうやら、こいつにも変化はあったらしい。
それが私にとって、こいつにとってどう向くのかはさておいて。
「時間、みたいだな」
どこからか発進を知らせる電子音が聞こえてきた。
扉が閉められ、車体がびくりと痙攣する。
「ああ」
少しの振れの後。
窓の向こうで、景色がスライドするように動き始める。
揺り籠のように微動しながら、発進した電車は線路の上を進んでいった。
【 TURN 2 :『ARIA』-END- 】
705
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/11(水) 03:44:57 ID:A28GtFyM
投下終了です
706
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/11(水) 13:48:41 ID:AKv3ZJz2
おおう。夜の間に着てた! 投下乙!
じわじわと最終段階が始まろうとしてますね。緊張感高まる。
707
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/12(木) 03:47:57 ID:OP7YK3FE
. - ―‐ - 、
/ \
ー=彡 ,イ ヘ
/ / /从 ヾ 、\ 、 i
;'イ {jイ' ヽ ト.!\lヽl | | なにか忘れているような……?
/ィゝl ノ ,ソ `ヽ ノV 人 :、
j人トゝ● ● jノ`)/``
ゝ⊃ 、_,、_, ⊂⊃'イツ
/⌒ヽ__丶 ゝ._) //⌒i
\ / / l>,、 __, イァ/ /
708
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/12(木) 03:48:47 ID:OP7YK3FE
___,,... -‐¬冖ニ  ̄ ゚゚̄¨ ‐-=ニ / 〉
. , \ . / 〈
i \ \ \ / /
_j| \ \/ ,
/ | \ \ \ |: ,;′ __ 厶=-‐‐==ニア あれ? 投下日の告知は?
゜ __彡イ | | ! \ : | \厶イ⌒´ /
| | | 斗‐=¬冖冖 j: | : /斗く ___,,.. イ⌒ヽ
| 「:| | / |\ ___ _|i | /⌒ヽ、 ⌒Ζ__ \
| |∧ l |^ |l _,.ィ㌻⌒`寸辷=斗‐ |;′  ̄「⌒^ ``丶、 '⌒\
| |/∧ -‐ | _x灯.:'⌒ヽ 刈⌒ ト、 | \ノ
. _____| |/~〉_ \ | 〃 { :} :| | | \ !
\ │ | _,;辷ミメ、 :| :/ 乂___ノ ゙| || | 〉 ¦
.. \| | // .'⌒ヽ\j __,ノ | || | , /: |
| ト、 {:{ , } ^~ | || | / !
: /│ 、 斗:=弌 乂__ノ リ| |ノi ‘, /
/ :| l〉 i'⌒ヽ、 '='^ ′ :| | i ゚。 /
. / | ∧¦ `、 ノ :| | |:. /|`、 /
.'⌒ア^| ∧| i .ハ ー | | | / ¦ `、 /
/∧ :〉. / i八 /| | | / |/ /
_/ }: i :∨:l |i:个o。..,_ イ :| | |: / |///
} | l | 〕i=‐- r‐ :| ∧ :/ :|// /
| | l | _,...ニニ二L..ノ:「`、 | : / ∨ :|/ /
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709
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◆ANI3oprwOY
:2015/02/12(木) 03:49:14 ID:OP7YK3FE
|: : : ,' : : : : : : : : : : : : : : ヽ / .: : /
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 ̄ ̄ ̄ ̄i ,' ,' | | | │ | //ト、 /
| : : ,' \,' | | | | .| |//: | \: : : : : : : : : : |\: : : : : : :/
| : : ,' : . /\ | | | ト、 . ..|. . .| : :|/: : |  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄
| : :,':__/≧._\ |: : | . . . . . ト .│|: :_:| : | : :| : :|
|: : ,': : \/ |::::::::\\|: : ト、 : : : jI斗匕´ : ,' : |: : ト、: : |
、 /| ,' : : / 乂_: : r‐ヽ|: : |. \: ^ ̄ L___|: :/ :/: :| j : :|
:::\ ../: | ,' /: :|  ̄¨ .|: :,' \(: ::|:::r‐v|-/ナ¬: : |/: : |
\:::\../_|,'/ : :| : : :::: : : レ' .\|ー`' .|/./ | :/: : :| : |
. \::::\ `丶: : ト、 ' : : :::: : : , ': レ : : | : | まったくもう・・・最終章書き手たちはこの期に及んで
/\::::\ \: :\ /| : : : | : | ダメダメだし、私が代わりにネタバレしちゃおうかしら?
i \::::\ `iヘ「 i : . ト . イ: : ,' : : : | : : ',
| \::::\ /⌒i, -、\ >: - 爪 : | : / : : : | : : ',
| \::::`/ / /-、.\ ./ j `r‐-v' : : / : : : ',
/ j `/ / / /-、 \ / ( ̄ ̄\ : : /∨ : ',
: : | f ' / /. \/ ( ̄ ̄ \ : :/ ∨ : : \
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710
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/12(木) 03:49:55 ID:OP7YK3FE
_.. - .._
r ´ ヽ
r′ 、ヽ ヽ ヽ
. | 、ト,、、ヽ`、∠. _ヽ
| | __..、N`代)^l ヽ
| ト,.代_) ,| l
| |ヽゝ、 '´ ノ,!l |-‐‐、
. | .| | `_厂 l ! | ヽ
,! ,! ,r ´l. l、 l l. ,リ ヽ ヽ こほん、次の投下は2月14日(土)よ。
. | j | ヽ、`ー!| |′ `、 / さらに次が2月15日(日)。二日連続ね。 その後も毎週2話のペースで投下を行っていくわ。
. | | | l. ヽN |/ ヽ 予定通りならだいたい二月後半〜3月初頭くらいには全部投下しきれるかしら。
ハ. | l. | |ヽ. _ ヽ
/ ヽ| L.._l、 |/ 〉 まったくもう、ここまで待たせたんだから早くしなさいっての!!
| l `| l| | l、 | ./
l ト. l.| || ⌒Y |/
| ヽ| ト、ト .._ { |
` `` `ソ _」
|、 _,....- ',.-‐|
|  ̄ヽ、__.ノ |
| | / l
| | / ,'
711
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/12(木) 03:51:11 ID:OP7YK3FE
,. -‐ー‐- .,
/ ヽ
イ / / └┐
. / / / / / / , i
/ / /==、イ //| }
/ ソ /L_'ノ ´゙ ´゙ヽ,/ i
/ / / , /´j)/! {
/ イ iヽ ヽ._ `´ / i | でも今度こそ最後の投下期間。アニロワ3rdは近く完結するわ。絶対ね。
/ ̄ ̄i | `>._, ‐ i´l |: :. i
/ヽ., | | / ヽ: ; i l i l i ト、: : i
/ ', / i レ´ / \; : i : ; i ヽ: : ':,
. / / / / i_/ }: ; l :i l ; ',ヽ: :.!
/ / レ' i | i i; i ; i ; i ; i;', ヽi 昔のお話や出来事を読み返したり、思い出したりしながら、もうちょっとだけ付き合って。
/ /¬―- 」 ; ,.ノ /; : i : i : ; : ;i
/ /: イ ̄}{`' ヲ∠ /: : i : :i: :: :: ::| ここまで待っていてくれた、読んでくれた人たちに、後悔させない物語を届けるから。
/ /7^ヽ /ト-〈 ヽ/ |: i :/ /!: : :i :}
. / i /: : : ∨: :! : :\r┘レ|i: /レ!: : / レ'
/ | /: : : : : i: : i : : :ヽヽ レ' 」/
. 〈 i:/: : : : : ::ト\; : : : :',、\_
ヽ |/: : : : : : :i ヽ :\; : : ',ー、`ヽ._
ヽ i!: : : : : : : ::i: : ヽ: : :>: :ヽ `‐--‐'´ じゃあ、またね。
rー|: : : : : : : : :i: : :',' ̄ヽ: : : :\
. /〔ニi: : : : : : : : : i: : : ',ヽ,: 丶: : : : \
/ └'|: : : : : : : : : :i!: : : ',: ヽ: :丶.: : : : :\
|/^Y: : : : : : : : : : :i:: : : :',: : ヽ: ::丶.: : : : :\
|: : : : : : : : : : : :i: : : : ',: : : ヽ: : :\: : : : : ヽ、
i: : : : : : : : : : : ::i:: : : : :',: : : ::ヽ: : : 丶 : : : : :\
. |: : : : : : : : : : : : :i: : : : : :',: : : : :ヽ: : : ヽ: : : : : : \
|: : : : : : : : : : : : i: : : : : : ',: : : : :',ヽ: : : :丶: : : : : : \
| : : : : : : : : : : : : :i: : : : : : :';: : : : : ',:ヽ;: : : :丶: : : : : : :\
次回の投下は2月14日(土)。
再開以降、皆さまに頂いたレス、言葉がなによりの励みとなっております。
アニロワ3rd書き手一同
712
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/12(木) 07:57:23 ID:I6r.06J.
心待ちにしていたアニロワ3rdの完結
最後の投下毎週楽しみに待ってます。
713
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/12(木) 22:06:42 ID:UpX0TIKU
投下乙です
………
714
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:49:15 ID:nDmY1tCY
テスト
715
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:49:44 ID:nDmY1tCY
投下を開始します
716
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:51:05 ID:nDmY1tCY
―――哭いている空が見える。
空に在る、太陽を凌ぐ光を放つ白き居城を目指して、漆黒の塔は伸びていく。
地面を這い登り、触れたもの全てに纏わりつく植物の蔓。
獲物を覆いつくそうと触手を広げる原生生物(アメーバ)。
美しくも淫靡な一人の女を貪りたいという欲望のまま求める男達の腕。
食らうということ、それは本来獣の本能のように貪欲で容赦のないもの。
一時は満たされても、日を跨げばすぐさま餓えに苦しみ、また渇望する。
どこまでも邪悪に満ちていながら、世界の原始の理を在り示す光景だった。
大気の振動、単なる物理現象にしか過ぎない音は、悲鳴にも似た激しさで会場を揺るがしている。
否定し合う対極の光の中、亀裂が走る世界に断末魔の叫びが上がる。
声を荒げる空は逃げ場もなく、苦悶に周囲を歪ませて喘ぐ。
それが何よりも、グラハム・エーカーの胸を貫き、串刺しにして離さないでいた。
717
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:52:01 ID:nDmY1tCY
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
718
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:54:04 ID:nDmY1tCY
七回目の定時放送。あるいは処刑の宣言。
万能の窯、聖杯を語る少女の声はふたつの選択と、決断を聞く者に委ねた。
願望器を求めよ。断罪に降り来る神に挑め。
殺し合い、己が願望を果たせ。生きてこの世界を構成する法に抗え。
示されたのは、突き詰めればその二論。
提示させられるまでもない、誰もが自然に進む道。
そのどちらの声にも応ずる事なく、男は今も変わらぬまま大地に腰を埋めている。
何もかもが変わらなかったわけではない。
ただ、決定的な変化は表れなかった。意思なき岩の如く、自らの力で動く事にはならなかった。
凪ぐ風として、あるいは波打つ水飛沫として。
体に触り動くように促す声が、空洞に張られた泉に波紋を生み出すのみだった。
力を貸してくれと乞われた。
このまま止まる事は出来ないと去って行った。
何も背負ってないのなら立てる筈だと問われた
生きている以上は、望むものがまだある証拠なのだと告げられた。
言葉の一つ一つが、欠けた穴に吸い込まれていく。
轡を並べて戦場を渡った戦友。
細く小さくとも、確かに繋がりがあった、仲間と呼べた者達。
赤錆びて朽ちかけた、世界と断絶しようとしている心に、それらが楔となって繋がれていた。
どれも今の自分の矛盾を突くものであり、問うた側の各々の切実な感情がこもっていた。
前を進む事を止めたくはない。自分の未来を見ていたい。
失ったものを埋めるには足らずとも、残した欠片は空漠になった胸の内に収めるに足ると信じている。
共有しておらずとも、思いは皆、共通して同じだった。
その思いを持って生きる事には、自分の命を危機に晒してでも戦うのに値すると誇っている。
その決意を尊いと感じた故に、全てに耳を塞ぐ事だけは出来なかった。
同じ道を歩めない己が、彼らを否定する資格を持つ筈がなかった。
719
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:55:16 ID:nDmY1tCY
感情は消えず、生きた思いとして渦を巻いている。
なのに、体は頑として動かず破滅を受け入れている。
萎え折れた精神はそうまでして、この戦場に向かう事を拒む。
ここにいるグラハム・エーカーには、『もう、立つ理由(ちから)がない』のだと認めて、諦めている。
だがしかし。
認めているのにも関わらず。諦めているのにも関わらず。
臆病にも立ち上がれずにいても、卑怯にも自ら舞台を降りる事もしないで、未だ現世に留まっている。
六時間の空白の中で、進みも退きもせず、己は曖昧な境界線の上に止まっている。
それはいったい、何の為に。
「…………っ」
湧いた苛立ちに、力の限り拳を握る。
掌に掴まれている、もう一つの楔の感触が肌に食い込む。
今となっては、残るものはそれだけだった。
つける者のいない、元の色よりも濃厚な赤に濡れたカチューシャ。
かつてあった、今も手放せていない絆の欠片。
元の用途を果たせない物質は、それ以上の意味を持たない。
救いにも、慰みにもなれない。染みついた死の香りだけを漂わせている。
二度と手に入らない、守れなかった約束が、頭に焼き付いて離れない。
気を抜けば、救えなかった最期が悪夢として回想される。
否定しがたい現実が、飽きることなく襲い掛かる。
数秒に届かない瞬き程の光景。
例え地獄に落ちても忘れられない記憶。
その度に思い知る。天江衣は死んだ。もうここには無い
あの希望の灯、幻想の月華は花弁を散らし手から零れ落ちたのだと、内側を丸ごと切り抉られた。
「……今の私を知れば、君は怒るか。当然だな」
届く当てのない言葉は、どこまでも空虚で儚い。
生と死は隔絶された境界線を挟んで存在する。互いの姿を見通すことは出来ない。
現実の住人が死者の世界を観測する術を手にするには、人類は未だ幼年期にある。
嘆きは誰にも聞き取られず、心の中の空洞の孔が広がるのみで終わった。
720
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:55:47 ID:nDmY1tCY
大気を打ち鳴らす響きが、より一層強まった。
天国と地獄の衝突は、傍目には依然として拮抗していた。
それは即ち、空で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図も止まらないという事。
瞼を閉じず、食い入るように終わりの風景を眺める。
背中を叩く黄金の声援を知りながら、今も折れている自分が余りに許し難く。
許せないだけで、他には何もなく。
新しい分岐に進むだけの力も、意志も、芽生えないまま。
結局のところ。
グラハム・エーカーの結末は変更がなく。
この時点で、行き止まり(デッドエンド)のまま幕を下ろす。
戦いはとっくに決していて、敗北の筋書きとして終止符を打つ。
そうやって、このまま無為な結論を締めくくろうとして。
「グラハム」
時間が止まる。
己の名前を呼ぶ声に、息が詰まった。
721
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:56:55 ID:nDmY1tCY
「グラハム」
聞き慣れない、しかし久遠の間忘れていたかのような、懐かしい声。
一拍置いて、頭に生またのは否定だ。ただ否定した。
そんなはずはない。聞こえるわけがない。あり得ない。
少女が死んだのは違えようのない現実。
それを正しく理解してるからこその挫折と停滞だ。
生きてる他の者達とも、既に相対を果たし、去って行った。
だから聞こえたのは都合のいい幻聴。
気の迷いから生まれた、隠しようのなかった弱さの露呈に他ならない。
振り向いた先には誰もなく、待っているのは裏切りだけ。
知っている。分かっている。理解しているというのに。
思考に反して、項垂れていた頭は声のした方を見上げていた。
そこにはやはり脳裏に浮かべた幻想ではない、されど歴とした実体のある現実。
グラハムの正面より数歩先に、いつの間にか直立していた小さな影。
六回目の放送後、同じ場所でグラハム・エーカーにひとつの提示をした人物。
かつては……少なくともその時点では、端末と呼ばれる位置に置かれていたもの。
インデックスという名を持つ少女は、意志のない最後の一人の前に、再び姿を現していた。
「みーぃ」
傍らに、何故か寄り添うように並んでいた一匹の猫が、親を案じる子のような声で少女に向けて鳴く。
猫にすら感じ取れる明らかな変化。インデックスの身には、一目で見てわかるだけの異常が表れていた。
全力で走ってきたかのように肌には多量の汗が浮かび、呼吸のリズムもどこかおかしい。
瞳からは静かに血の涙が流れ、服に赤い斑模様をつけている。
何者かに攻撃を受けたのか。それとも体調が崩れたのか。
理由は分からずとも、異様な状態であるのには違いなかった。
722
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:57:51 ID:nDmY1tCY
「グラハム……と、彼女は言っていました」
同じ文字を、抑揚のない音で再び紡ぐ。
機械的でありながらも澄み切っていた声は掠れたものに変わって、時には生態的には考えられない雑音も混じっている。
意味の不明な行為を繰り返すのは、それこそ壊れた機械と称するに相応しい。
あるいは本当に、既に壊れてしまっているのかもしれないが。
落ちていく斜陽に晒されて、透き通る銀の髪の色を日の黄金に染めている。
血にまみれて。身体を傷ませながら、それでも表情は変わらず、
おぼつかない足取りで、同じ言葉を繰り返し呟き続ける。
それはさながら壊れた機械そのものだと―――――
「グラ、―――」
「止めるんだ」
強い拒絶の意思に、端末は続く声を途切れさせる。
「もう止めたまえ。それ以上、徒に体を動かして何になる」
無意味であり、無駄であるとグラハムは言い切る。
「同じ事を繰り返すようだが……私を観、撮り、なんになるというのだ。
何度呼びかけたところで……私にはもう、何も生み出せはしない」
誓いを喪い、砕け折れた心にしがみついて生きた亡者に甘んじる不様な男と。
主に捨てられ機能は故障し、完全に停止するまでを永遠に同じ舞台を回る哀れな少女。
両者の立場は今も似たままでいる。平行線のように同じ向きを見、互いが交わらないで。
希望を感じさせる要因など何処を探しても見当たらない。
新しい可能性が生まれるなど期待するのも愚かしい程、この二人の未来は暗闇に閉ざされていた。
「君の声に応える理由は、私には残ってないのだから」
かつて雄々しく、猛々しく他者と交じり合った男からは考えられない態度で振り払う。
『もう無い』とは答えなかったのには、如何なる意図があったのか。
その真偽も確かめる間もないまま。本人も知る由もないまま。
「……私があなたへと接触、発言したのは、参加者の観測、記録の為ではありません。
その機能は、不要なリソースとして既に停止してあります。
私が行ったのはただ、彼女の残した想いの再生です」
723
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/14(土) 23:59:37 ID:nDmY1tCY
低く掠れた声のグラハムに、あくまで機械然としたままインデックスは語りを始める。
思いもしなかった言葉に地面に下げかけていた頭を再び上げて、インデックスを見た。
「私が記録した天江衣の最期の記録。あなたへ宛てた最期の言葉(モノローグ)」
その時、刹那に等しい瞬きの間だけグラハムは見る。
ほんの微か。インデックスは微動だにしないでいた眉を僅かに潜ませたのに。
それは内から生じた何かの苦しみ、痛みに耐えている顔。
人間でいうところでは、「悼み」の感情に近い表情だった。
「―――心臓を焼き切られ、血の循環機能が停止し、脳への酸素供給が途絶える一瞬の猶予。
その刹那をあなたを思い、案じるのに費やして―――彼女の生命活動は終わりました」
滔々と読み上げていく。
ただ、そこにはそんな話があったという事実。
記録した音声を再生し語り聞かせるスピーカーと大差ない機能。
端末でしかなかった少女の告げる言葉の節々には、単なる雑音(ノイズ)とは違う、人の内部が破裂していくような音が混じっていた。
「これが―――此度のバトルロワイアルにおける、天江衣の、最後の記録(ログ)です」
「――――――――――――」
ノイズだらけの告白を聞いて、グラハムは漠然と理解する。
この音は、死の秒針だ。
今のインデックスにとっては、ただ話すだけの行為でも命を蝕んでいく。
否、これまでの様子を見れば、段階はそれ以上だろう。
そこに在り、生命活動を維持している事すらも、細胞を死滅させる因子になっている。
理由は分からない。知ったところでどうしようもない事だ。
だがインデックスは元は主催の一員。それも扱いでいえば情報端末も同然のもの。
不要となった後、機密保持の為に何らかの仕掛けが施されていても不思議ではない。
「――――――――――――」
724
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:00:48 ID:kBY2oSYE
「――――――――――――」
亡き少女の切なる祈りの声。
時を跨いで、別の少女が命を削りながらもそれを受け取った男(グラハム)は―――
「――――――――だから、それが、なんになるというのだ」
絞り出すように、それすらも無意味でしかないと口にした。
「彼女の遺言(ことば)が私への祈りだったとして、今の私にいったい何が出来る」
天江衣の遺言。
ただ名前を呼んだだけの、うわ言でしかない声。
意識などしていなかったのかもしれない。意味があって言葉にしたのではないのかもしれない。
確証に足る情報は何もなく、想像が真実だとは決して限らない。
しかしグラハムは、理屈でない奥底の声で真意を得ている。
間違いなく、紛れもなく、天江衣はグラハム・エーカーに対して想いを贈ろうとしていたと。
「今の私を見れば、間違いなく彼女は悲しむだろう。苦しんでいるのだろう。
そして願っているのだろう、私が立ち上がるのを。敵に向かい、剣を取り、空を翔けるのを。
弱き者の為に戦うグラハム・エーカーをこそ、彼女は慕ってくれた。
君の遺言が真実であるなら、それこそがまさしく至上の報いとなるのだろうな」
それが何を残したのかは問題にはならない。
一心同体の結びに虚偽はなく、伝えたかった言葉は始めから不要。
その想いだけ確信出来るなら、意味などそれだけで十分に足るものだった。
「だがそれは、所詮私が抱いた幻想(ユメ)でしかない」
そしてそのユメはもう終わってしまっている。
その生じた意味そのものが、そもそも遅きに失していた。
乾ききった目頭からは一滴の泪も流れない。
感情はどこまでも地に沈んで平坦としていたが、それは確かに慟哭だった。
「天江衣は、死んだ。世界の何処にもいない。
彼女が語り、待ち望んでいた夢の日々を。必ず果たすと結んだ約束を。月のように輝いて見えたあの笑顔を……。
私は守れなかった……私が、死なせた」
非力を嘆いても、無力だと頭を垂れずに恐怖に立ち向かう勇姿を、これまで生涯で見聞きした何よりも尊いと信じた故に。
その光を喪失した罪科は、なにを以てしても贖えないほどの重さなのだと。
「彼女がどれほど私を案じてくれたとしても、あるいは、私がどれほど彼女を強く思おうとも。
私の中から消えた愛は、蘇らない」
それが男を縛るものの正体。
残された想いの深さを知ったからこそ、猶更前へ進めない。
たとえ彼女と過ごした日々の幻想が胸に懐いたままでいても。
彼女(あい)を守れなかったという現実が、絶望からの解放を許さなかった。
「そんな裏切り者に名を呼ばれる資格など、あろう筈もない。
彼女の決意を、誓いを、戦いを、愛を。全て無駄に終わらせた私にはな……」
725
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:01:40 ID:kBY2oSYE
■■■■■■■■■■■■
掌から零れ落ちているような感情の流水を、インデックスは無言で眺めている。
六時間前の同じ場所。
そこでインデックスはグラハムに、とある『先の話』をした。
誇りある守護者から、忌まわれる復讐者へ。
愛ではなく憎しみを食み、地獄へ降る修羅の道。
それがグラハム・エーカーが至る、未来の正しい姿だという。
だから今こうして戦いを放棄している事態は理屈に合わないのだと、不理解の意を呈した。
インデックスは思い違いをしている。
齟齬が起きているのは、少女の認識が間違っているからに他ならない。
名前を捨て、歪まれた武士道に突き進む男。
心身に大きな傷を受けながらも戦う気迫を維持出来た理由。
それはその男には憎しみという、体内を駆動させる火が焚かれていたからだ。
男は愛を失った末に新たな感情(にくしみ)を得たのではない。
元々持ち合わせていた重過ぎた愛が、憎しみに変じただけでしかないのだと。
愛の喪失。それが男の未来が割れた最大の要因。
天江衣の死によって、グラハム・エーカーの時間はそこで固定されている。
死者の声では生きる者を目覚めさせる事は叶わない。
それは、俗に生死の境と呼ばれるもの。彼我の間に広がる断崖は気が遠くなるほどに遠く、深い。
天江衣の想いはグラハム・エーカーの許へ届いても、その心を揺るがす力はない。
さりとて、今も生きている者の中で彼を呼び起こすだけの力、意志を持つ人もここには存在しない。
『であれば、もう終わりましょう』
脳内の何処かから、囁きが聞こえた。
客観した見解に、インデックスは同意する。
それはあまりに合理的で、まったく無駄のない選択だった。
インデックス(ワタシ)には、バトルロワイアル遂行における指令は、もう何も残っていない。
会場に降り立ち、参加者に接触し情報を譲渡することで状況を刺激し、事態の促進を図る。
この命令が完全に終了した時点で、起こす行動、果たす役割は既に存在しなくなった。
726
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:02:47 ID:kBY2oSYE
視界(カメラ)を閉じ、記憶(メモリ)を消し、身体の機能(スイッチ)を落とす。
恐怖などあろうはずがない。最初から決められていた事だ。
委ねれば身は融けて、思考は泥になって緩やかに壊死していく。
それで何事もなく終わる。安易かつ安心、確実に遂行される自殺手段。
選ばない理由のない、至極当然の帰結であり――――
「―――――――――――――いいえ」
、砕けて、いた。
「――――――――――――あなたの結論は不合理です」
身を保護していた最後の防衛機能が、この時この瞬間に砕け散った。
生きたまま皮膚を剥ぎ取られたも同然の刺激。
痛覚よりまず、自分の肉を守っていた薄皮がなくなった喪失感の方が何倍も大きい。
けれど安寧な機能停止など―――そんな機能こそ、とっくに壊れていたのだと、インデックスはこの時初めて知った。
痛み、痛み、痛みだけが脳を犯し、未熟な精神を破壊する。
それらの苦痛を全て切り捨てて、修道女は膝を折る男に向かって言い放っている。
「……シスター?」
「天江衣の残したものは、無駄には、なっていません。
この世界に、この場所に、今も残置しています。
何故ならインデックスという存在が……私が……憶えて……いますから」
今やもう、砂嵐だらけになったメモリー。
その中で再生される映像。
ノイズに塗り潰されかかっていても、そこに描かれていたものに対しての記述は、まだ残っている。
「初めて会った時、友達になりたいと言った彼女の言葉を憶えています。
あなたの―――グラハム・エーカーという存在の為に、戦った姿を憶えています。
……ありがとうと、最期に笑顔を見せてくれたのを、確かに記憶しています」
727
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:03:52 ID:kBY2oSYE
色褪せずここに歴と『在る』ものが、無駄であるという発言は、直ちに訂正しなければいけない。
そうだ、間違いは、正さねばならないだろう。
「天江衣の戦いは無為ではありません。その結果により私が生き、彼らが生き、今もあなたが生きている。
例えこれから私達が死亡する結果があるとしても、この事実は決して覆らない。
故にあなたの言葉に対して、私は確固たる否定を示します」
狂っている。壊れている。割れていく。融けて消える。
涙腺から、肉の溶けた流動物がこぼれ落ちる。
開いている両目の視界が燃える。
何より整合性を欠いているのは他でもないインデックスという存在で。
けれど言葉は止まらない。崩壊と共に更なる一歩を踏み出す。
「繰り返し聞きます。
――――――何故、あなたはそのままでいるのですか?」
また、脳裏に亀裂が走る。代わりに疑問符を取り戻す。
五感はかろうじて生きている。ならば仔細なく。
力(せいげん)が入らなくなっている分、制御時(いつも)より語気を強めて話ことすら可能になるから。
「このままでは、終わってしまいまうでしょう。
今あるものも、かつてあったものも、何もかも。
神の祝福。世界平和という唯一の単語で、全てが塗り替えられようとしています」
腐った果実のように、内側に黒くへばりつく淀みがある。
それが『嫌だ』という感情なのだと、いまインデックスはようやく理解する。
この結末はとても虚しく、その未来はあまりにも惨めだ。
獲得したもの、取り戻せたものが、また失ってしまうのは、ひどく悲しいものなのだと、思ってしまった。
感じてしまった。
728
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:04:42 ID:kBY2oSYE
足首に顔をすりよせる子猫を、薄れかかった感覚で見る。
スフィンクスという名前。この状況で何の恩恵ももたらさない記憶が、今は細い寄る辺となっている。
その記憶の中にいる、大切な重要なモノの欠片を掴めたような気がしたから。
「いっしょに、いたいひとがい……た。
ある日、偶然出逢えたそ……人と、ずっと……。
もうその人が……にいないのだと知って、…………。
天江衣が……だと理解した時、それと同じ程の痛みを感じました」
肉体の傷みは、いよいよ回復の見込みが立たない部位にまで迫っている。
痛みが治まらず、ひたすら血色の涙が頬を伝う。
もはや何を言っているのかも不明瞭。
「あの日の………の願いは、彼女との約束は、もう叶いません。
けれど、まだ消えてはいない。インデックスはまだここにいて―――彼女の―――ころもの残したものは、まだ此処に存在します」
体中が生命体としてあり得ない音を立てて、滅茶苦茶に潰される。
もう血液すら流れないにも関わらず、まだ熱いなにかが頬を伝う。
引き換えに戻るのは、閉ざされていた最後の―――
「これ以上、何も失いたくありません。友達から貰った大切な思いを、もう零れ落としたくはありません。
あなたはまだ立てます。あなたの希望も、きっとここにまだ残っています。
ころもは帰ってこないけれど、もう見えないものかもしれないけれど―――
ころもの全部が無駄になったということは、絶対にないって信じてる。
だからあなたも、たとえどんなに苦しくても、この世界にはまだ愛があると、信じて欲しい…………」
機械のように憶えた音声を再生するのでなく、人形のように他者に操られるのでなく。
誰に命じられたのでもない、自分だけの意志で、心で、思いを届けている。
芽生えた、或は思い出したばかりの、こんなつたない思考でも。
考えるのはそれだけ、それのみをただ願っている。
その為に、崩れる体を引きずって、壊れかけの機械は、彼に会いに来た。
代償が苦痛なら、黙して受け止められる。
それが神の愛を忘れて、偽神の傀儡(てんし)に落とされた罪。
罪なき人々を殺し合わせ、死なせた罰なのだと受け入れ。
肺いっぱいに、空気を吸い込んで―――
729
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:05:37 ID:kBY2oSYE
「だから――――――」
だから――――――そう。
インデックス(わたし)がグラハム(あなた)に、伝えたかったことなんて、最初からこれ一つ。
「だからお願い、グラハム。
……もう一度―――戦ってッ!!」
言い終えたと同時に、片目の光が失われた。
狭まる視界。
自分の中にまだ残されていた欠片を離さず握り締めながら、わたしの体は冷たい地面に落ちていった。
■■■■■■■■■■■
730
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:07:22 ID:kBY2oSYE
力を失い、地面に落ちようとした小さな体を、男の腕が受け止めていた。
華奢で小さな体は、見た目ほどの重さも感じられない。
これに比べれば六時間振りに立ち上がった体の痛みなどあまりに薄い感覚だ。
支えられた少女は、状況を理解し切れていない目で空を見上げる。
そこに見えるは、破損した記憶でも鮮明に思い出させる、いま少女が訴え続けていた男だった。
「…………………」
呆然としたまま、グラハム・エーカーは我が手を見る。
意識してはいなかった。逡巡の間すらありはしなかった。
インデックスが叫び、その体から力が失われた瞬間には、脳を置き去りに体だけが少女へと駈け出していた。
全身を自らの血で濡らしたインデックスは、虚脱しながらも意識を保っている。
瞳だけは、血液とは違う赤みに染まっており、血の通った跡を洗い流す一筋の涙が零れている。
まるで中身に詰まっていた分が無くなってしまっているような軽さ。
それが告白の代償。届かなかった言葉を伝えるだけの事に、その命の大半を使っていた。
……その凄絶さに、これまでの悩みも忘れて見惚れていた。
「どうしてくれる?」
―――知っている。
この光を、この涙の尊さを、自分はずっと知っていた。
死は、覆せない。少女がどれだけ声を出そうとも死者は還らない。
ならばこれは、月を象る天女とは別の輝きで、それに勝るとも劣らない強さを見せる命の煌めきなのだ。
「立ち上がって……しまったではないか」
変化は、歴然だった。
胸の傷は癒されず、空洞が埋められたわけでもない。
なのに、その穿たれた孔の中で、身を焦がすような熱さがある。
グラハム・エーカーに当たり前に備わっていた、今の今までなかったそれを、はっきりと自覚できる程に激しく。
当のグラハムが、己の胸に宿る熱に当惑していた。
たった六時間だけというのに、忘れていた。己はいつも、これほどの火を持って戦ってきた事に。
ふと、コンクリートの台座に置かれた透明の箱に目をやる。
阿良々木達に振る舞われた雑炊が詰まったタッパー。
抱えたままのインデックスを傍に寝かせてそれを手に取り、上に掲げ、開けた口に中身を流し込み噛む間も惜しくて嚥下する。
料理はとっくに冷えて味も何もあったものではないが、とにかく腹は満たすことが重要だった。
飲み干した勢いのまま、打ち捨てられていたパイロットスーツを着込んで、瓦礫の山に沈む鋼の孤城を見上げる。
水に艶やかに濡れる、紫炎の躰。
無数の疵を背負いつつも、宿す剣の意志に些かの揺るぎも無し。
打ち捨てられたと呼ぶよりも、主の号令をただ伏して待つ騎士のように。
ガンダムエピオンは時の中を静寂に過ごし続けていた。
そういえば。
自分は彼にも愛を囁いた時があったのだなと、少年の日を思い返すような心地になる。
物言わぬこの騎士もまた、自分に希望を残していた。騎手の再起の時を、沈黙のまま見守っていたのだ。
731
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:08:14 ID:kBY2oSYE
心臓を刺し貫く恥辱も、底の見えない奈落へ引きずり込む後悔も、今は感じない。
傷も孔も直りはしないが、手に戻ったものはある。
そのたったひとつの想いを満身に注ぎ込めば、この身はまだ立ち上がれる。
見失っていたそれを、白き少女が教えてくれた。
「私は――――――」
誇るもの。
護るもの。
愛するもの。
その全ての在り方を信じられた今ならば。
「嗚呼、私は――――――!!」
―――空が慟哭をあげる。
それは本当の意味で、戦いが始まった事を告げる狼煙。
立ち上がった『戦う者』の武運を祈る、凄烈な開戦の雄叫びだった。
◇ ◇ ◇
732
:
COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:10:09 ID:kBY2oSYE
これは、奇跡の物語ではない。
零に等しい、あり得ざる確率を、運命によって引き寄せて起こした神の気紛れでは決してない。
驚くような、信じられないような不思議とは無関係だ。
こんな筋書きは何処にでもありふれているもので。
世界中にとっくに知れ渡った、いっそ陳腐ですらもある、御伽噺に過ぎない。
細かな理屈など必要ない。
特別な理由なんて、始めから存在していない。
何故ならば。
いつだって、戦士を立ち上がらせるものは、少女の涙であると決まっているのだから。
【 TURN 3 :『泪のムコウ』-END- 】
733
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:11:53 ID:kBY2oSYE
投下終了です。
734
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 00:17:23 ID:kBY2oSYE
----------------------------------------------------------------------------------
【投下告知】
次回の投下は2月15日(日)です。
------------------------------------------------------------------------------------
735
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/15(日) 02:15:52 ID:OHK1LnYg
投下乙です。
ようやく立ったか、急に立つと膝パキーンなるから気をつけろよ
736
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:16:17 ID:/HWP0pZM
テスト
737
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:19:32 ID:/HWP0pZM
投下開始します
738
:
COLORS / TURN 4 :『終物語』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:21:47 ID:/HWP0pZM
このゲームの本質について、僕はそろそろ考える必要があると思う。
殺し合い。生き残り。奇跡の報酬。その意味するところ。
なぜ、殺し合いなのか。なぜ、生き残った一人なのか。なぜ、報酬が与えられるのか。
人生は有限だ。誰にだって死ぬときは訪れるし、赤ん坊でもなければその事実を知っている。
長寿を全うして逝く人。道が途切れるように、不慮の事故や病気によっていなくなってしまう人。
時に劇的に、時に呆気なく。
理由や形は様々だけど、とにかく人は死ぬし、それが当たり前だ。
人じゃなくても変わらない。
どんな動物だってそう、生きているものはみな死ぬ。
獣だって、昆虫だって、空想の生き物だって、怪奇だって、例えば不死身の吸血鬼だって、死んでしまうのだから。
不死身すら、死んでしまうのだから。
だから誰もが強く意識し、そして知っている死生。
それを賭けるゲームとはすなわち、生きる理由を賭けるゲーム。
この場所で生きる誰もの、『願い』を賭けたゲームだったのでは、ないだろうか。
『―――――』
神を名乗る者、リボンズ・アルマークは語る。
未だ地上で生きるもの全て、崇高な願いの糧になれと。
自らの正当性を疑わない、絶対的な自信と力を感じさせる声で、彼は僕ら全員に死ねと命じた。
殺し合い。これほどの理不尽と残酷を押し付けて、それでも自らが正しいと信じられる願いとは何だろう。
なんて、今更のように僕は考える。
ここに集められた全ての命よりも尊いと信じられる願いとは、どれだけ膨大で強大な物なのか。
願望(りゆう)には、裏と表がある。
神原の一件で、身に染みて学んだ教訓だ。
帝愛の、どこまでも身勝手で残虐な趣味的願いがもしも、殺し合いにおける表の願望だとするならば。
リボンズ・アルマークの崇高に語るそれは、あるいは裏の願望だと言うのだろうか。
裏の願いが、表よりも悪辣になるとは限らない。
真実が清廉ってこともあるだろうし、だからこそ残酷な事実もあると僕は思う。
僕らを地獄に突き落としたゲームの実態が、実は綺麗な目的なんだよと言われても、
だから死ねと言われても、どうして納得できるというのだろう。
少なくとも僕は納得ができなくて。
それでも事実は揺るがず。
納得できないと言うならば。
死にたくないとゴネるなら。
方法は、一つ。
女神の役を担うもの、イリヤスフィールは語る。
誰かの願いによってのみ、己は奪われ使われるのだと。
それによってのみ、天より降り注ぐ死に抗せよと。
ならば納得できない僕たちは、等しく、定めなければならないのだろう。
最後の戦いに挑む、その理由。
誰にも太刀打ちできない主催者の誇る、強大な願い。
それに対する回答を。
決して敵わない彼を打ち破るべき個々の、ちっぽけな身勝手を。
僕もまた、決めなければならないのだろう。
僕の、僕だけの、定める、願い。
彼女(せいはい)に懸けるべき、祈りの形を。
739
:
COLORS / TURN 4 :『終物語』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:22:25 ID:/HWP0pZM
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
COLORS / TURN 4 :『終物語』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
740
:
COLORS / TURN 4 :『終物語』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:22:52 ID:/HWP0pZM
波の音が聞こえる。
暗い洞窟を進みながら、僕は目的の場所が近づいていることを予感していた。
エリア【F-2】、孤島に浮かぶ遺跡へと繋がる地下道。
経路は出立前にインデックスから教わった通り、デバイスの表記にしたがって、迷うこともなく進むことが出来ている。
放送が終わり、そして直後に起こった『アレ』を見た後、僕は一人、駆け足気味にここまで来た。
その間ずっと、僕に残された役割を考えながら。
「……さむっ」
雨が降っても常春のような気温だった地上に比べ、洞窟内は空気が冷えている。
もう少し厚着してくれば良かっただろうか。
まあ後悔したところで遅い、服なんて取りに戻ってる時間はない。さっさと洞窟を抜けてしまうしかないだろう。
体も温まるし、と駆け出そうとしたところで、何かが足に当たり、僕は思わず動きを止めていた。
僕に蹴られ、こんっ、こんっ、と間の抜けた音を出しながら暗がりに消えていったそれは、見間違いでなければ空き缶だった……のだろうか。
確証はすぐに得られた。
見下ろせば、僕の足元には散乱した缶コーヒー(それもすべて同じメーカーで同じ種類の物だった)。
そして同じように残されていた、缶詰など、少しの食糧。
ついさっきまで誰かがここに居た事を意味している。
「多分、運が良かった、のか」
いったい誰がここに居たのかは、ハッキリしない。
だけど現在生き残っている人物を考えると、わずか数人に絞り込むことは容易だった。
きっと、僕がこのタイミングで出会うべきじゃない人物だったと思う。
同時に出会わなかったことも必然めいているように感じられた。
ここで体を休めていた人物が何故居なくなったのか。
その理由が天から降り注ぐ死、そして地から這いだした何かに、起因しないはずが無いのだから。
とにかく今は誰もない洞窟の中を進んでいく。
人の名残を感じたならば、いよいよ近い。
僕の予感を裏付けるように、洞窟の終わりが目前に迫っていた。
◆ ◆ ◆
741
:
COLORS / TURN 4 :『終物語』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:23:31 ID:/HWP0pZM
神を名乗る者の宣誓は、僕の耳の中でリピートされる。
『せめてその魂の価値を磨き、疾く女神の糧となれ』
女神の役たる少女の放送は、僕の頭の中で反響している。
『――私はここで、誰かの願いを、ただ待っている』
僕は思う。少し見え始めた自分の役割。
その先にあるもの。
生き残った、天に抗う者達のことを。
そして、平沢憂。
憂いの名を持つ少女のことを。
彼女は今、どうしているのだろう。
最後の戦いを目前にして、彼女が行かなきゃいけない場所。
それが何かは分からない。だけど僕が触れていい事じゃないと、それだけは明らかで。
だから僕は、彼女の手を離し、違う場所で歩んでいる。
もう一度、出会う、と。
『もう一度君の手を引く』と、そんな約束だけを置き去りにして。
果たせるだろうか。
後戻りできない戦いを間近に控え、簡単な口約束にすら自信を持つことが出来ない。
だけど、果たしたいと、僕は強く思う。
彼女との約束。
それが、それだけが、失うばかりだった殺し合いの中で、最後に唯一得られた物かもしれないから。
平沢だけじゃない。
枢木スザク、両儀式。
そして座り込んだグラハムさんと、雨の中一人で佇むインデックス。
全員と、僕は約束をした。もう一度、生きて出会う、と。
一人一人の顔を思い浮かべる。
そして彼ら彼女らとの、長いようで短い交流を通して、少しずつ分かり始めた僕自身のこと。
果たしてこの物語は、短いようで、長く続いたこの物語は、『何』物語なのだろう。
一体どういうお話として、完結するのだろう。
誰かが、誰もが、生きる意味を、願い、賭け、戦い、そして失われ続けた物語の向かう果て。
主催者、リボンズ・アルマークはきっと、高尚な神話として終わらせようとしている。
奴自身がそう言った。
全てを救う。僕らにその為の贄となれと。
ならば僕たちは、どういう終わりを望むのだろう。
長く続いたこの物語を、いったい何物語として、終わらせたいのだろう。
僕たちの、僕の、望む、終わりとは――――
742
:
COLORS / TURN 4 :『終物語』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:27:28 ID:/HWP0pZM
「さて、と」
思考は、目的の場所に到着したことで途切れてしまう。
来る途中、壁越しに聴いていた波音はもう直に聞こえるし、発生源も見渡せる。
四方海に囲まれた孤島、遺跡エリア。その中心に僕は、阿良々木暦は、いる。
小高い丘の上、設置された自販機と首輪換金装置、そして施設サービス。
日暮れ間際。
落ち行く太陽に照らされる本島を、ここからならじっくりと眺めることも出来た。
だから分かる。
もうすぐ、物語は終わるのだと、その光景が目の前に広がっているのだから。
太陽から現れた巨大な城と、守護するように降臨する天使。
まるで地上に残された僅かな命を断罪する剣のように、強烈な光を発しながら下降するそれは結構真面目に、本当に神々しくて。
他らなぬ自分自身がアレに抗おうとしている事実を顧みれば、変な苦笑いが表情に出てくるのを抑えられない。
そして更に、その真下に在るモノ。
黒き塔。天の白と対極にある、黒。神を名乗る者と互するほどの異様が、最後の放送終了と同時に湧き上がっていた。
確か地図上では展示場が建てられていた辺りの場所から、禍々しく空へと伸びたそれは挑戦するように、天の神威が降りてくる座標にある。
浮かぶ女神の城を掴まんというように、泥の手を伸ばした黒は、胎動を続けながら少しずつ大きくなっているように見えた。
放送が終われば粛清が行われる旨は聞いていたけど、これは流石に聴いてない。
もしも空の主催にとってすらコレが異常事態とするならば、僕ら地に残る参加者の誰にとっても不明の事態が発生した事になる。
降りてくる白。
昇っていく黒。
ゆっくりと、近づいていく、黒白。
遠目に見える光景はただただ異様で、一体何が起きていて、そして起きようとしているのか、僕には全く分からない。
白き城や天使と違って、黒の塔については完全に正体不明。
だけど、分かることはある。
いや正確にはただの直感で、理屈も何もあったもんじゃないけど、だけど感じたのは僕だけじゃないはずだ。
湧きだした黒色を見た瞬間にきっと、ここで生き残っていた誰もが思ったはずだ。
『アレは、アレだけは、存在を許してはならない』
天の白は抗わなければならないもので、僕らにとってどれだけ最悪の存在であっても、本質は聖なるモノだと感じさせる。
だけどアレは、あの黒は、駄目だ、絶対に駄目だと、理屈じゃない感覚で、人間の本能的な部分で確信する。
見た瞬間、全身を支配する寒気、嫌悪、絶対的な死のイメージ。
決して近づいてはならないという危機感。
たとえ主催者にとって害となる存在であったとしても、僕らにとって良いものであるはずが無い。
主催の目論見より尚単純でたちの悪い最悪の代物。
それどころか、もはや主催者を置いてでも、何よりも最優先で対処しなければならない災厄にしか見えなかった。
猿の手の一件で僕が学んだ教訓をもう一つ。
裏の願いは、表の願いを肯定する。
つまり、主催の裏の願いがもしも崇高で清廉なものだと言うならば。
表の、かつて帝愛が語った身勝手で趣味的で至極単純な悪意の願いもまた、このゲームの真実なのだと、あの黒は語っている。
胎動する泥塔はまるで何かを孕んでいるようで、その内側で育つ者の存在を匂わせる。
つまり、まだ『アレは生まれていない』。
これから誕生する厄であると。
おそらく、僕だけじゃない、最後まで抗うと決めた全員が感じている筈だから。
「行くっきゃ、ないよな」
施設サービスの転移を利用し、僕はどこに行くのか。
もうとっくに結論は出ていた。
ペリカというコストを支払い、起動する転移。
体の周囲を魔法陣が覆う。
こういう魔法的なものに詳しくはないけど、雰囲気からしてインデックスの世界の魔法と同じ感覚がした。
「展示場へ」
視界いっぱいに広がる大理石と、その向こうに見渡せる海、そして本島、白と、黒。
あふれかえる黒。
決して近づいてはならないと全神経が危険信号を発する場所。
僕は今からそこに行く。
だって、結局、なんだかんだで、他に、僕に出来ることなんて無かったから。
考えても考えても、他に役割なんて存在しなかったから。
消去法だ。
遠く、空から降りる天使へと、向かい行く彗星の如き光が見えた。
枢木の乗るランスロットだろう、宣言通りリボンズ・アルマークの対処を買って出るべく出撃したのだ。
743
:
COLORS / TURN 4 :『終物語』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:28:03 ID:/HWP0pZM
翼もなくて、機械の鎧もなくて、空を飛べない僕は、そこに駆けつけることは出来ない。
駆けつけられたところで、何も出来ない事実は揺るがない。
なら信じることしかできない。
枢木のことを、そしてもう一人の、翼を持つ人を。
そして行くことしかできない。
翼が無くても行ける場所へ。
空から降りてくる聖なる死は、きっと、ともにまた会うという約束を交わした誰かが留めてくれるから。
いま、阿良々木暦に出来ることは、地から這いだしてくる災厄の権化を止めに行くこと。
覚悟を、決めよう。
この景色が変わったらきっと、僕の、最後の戦いが始まるのだから。
「…………始まっ……うぐぇ……ぉぉっ…!」
転移の開始と同時、ぐにゃりと曲がる視界と五感。
急激に歪む景色、体の内部がかき混ぜられるような錯覚に、一気にこみ上げる嘔吐感。
全身の血管がぶくぶくと泡立つ気持ち悪さに悲鳴を上げかけた。
跳ぶんじゃなくて、繋がるという奇妙な感触の中で、一歩踏み出す。
視界はどんどん歪んでいく。
今まで体感したどんな『酔い』よりも凄まじいそれに堪らず、胃をひっくり返すようにして吐いた。
地面……かどうかすらもう瞭然としないどこかの空間にさっき食べた色々をぶちまけながら。
勿体ないなって、思いながら。
曲がり曲がって気色の悪い景色の向こう側に頭の中を投射して。
今迄出会った色んな奴の顔を思い浮かべて。
この場所で失った多くのもの、そしてほんの僅かに得たものが、フルオートで再生されて。
まともな思考なんて出来ないレベルの不愉快の、その真っただ中で。
僕は理解する。
なんとなく、分かった気になる。
阿良々木暦は理解する。
望み。
願い。
賭けるべき、願望。
阿良々木暦が信じる、かくあるべきこと。
それは、とても、とても、とても――――――――
僕は多分、今までで一番の苦笑いを浮かべながら、歪み切ったゲートを抜けた。
◆ ◆ ◆
744
:
COLORS / TURN 4 :『終物語』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:28:42 ID:/HWP0pZM
瞬転。
「うおえええぇぇぇえぇえええぇええええぇええぇぇぇ…………」
目の前には、ついさっきまでは何キロもの距離を隔てて眺めていたはずの、黒き塔。
いや……違う。
周囲の街路樹や民家を飲み込みながら聳え立つそれが、展示場という施設の変わり果てた姿だと、僕はこの距離まで近づいて初めて理解した。
これはもう建造物なんかじゃない、蠢く巨体は、展示場を喰らって成長した泥の怪物、その足元に、今、僕はいる。
近づいてみると、全身を包む嫌悪感はもはや暴走状態と言って良いまで高められ、その証拠に先ほどから嘔吐が止まらない。
「ええぇっぇぇええうぇっ……」
吐き出すものが胃液だけになっても、僕は吐き続けていた。
一瞬にして長い距離を詰め、エリア【F-2】からエリア【F-6】へと僕は来た。
実感は吐き気が保証してくれてる。
というか、この不快感は転移酔いによるものじゃない。
来てみればわかる。
唐突な体調不良の正体はほぼ、この場所に来るという行為そのものに対する嫌悪だったのだろう。
この体は中途半端に怪奇だから、黒い泥の瘴気に当てられて。
この体は中途半端に人間だから、その不快に耐えられない。
せめて完全な怪奇だったなら。
せめて普通の人間だったなら。
ここまでじゃ、なかったんだろうけど。
「おげっ……えっ……がぁ……」
這いつくばった地面には、黒い染みが幾つもある。
周囲に舞い散る黒き灰。
その降り積もったもの、だろうか。
不快感に耐えながらなんとか立ち上がろうと全身に力を込める。
あまり、この場に長くとどまらない方がいいだろう。
この灰に埋もれてしまえば、半吸血鬼の体ですらどんな悪影響が……。
「いやー、嘔吐しながら空間を飛び越えて来るなんて、エキセントリックな登場だね。阿良々木くん」
だけど僕は、すぐに全身の不快感を忘れるくらい、思考を空白にしてしまっていた。
「……ぁ……?」
なぜならそこに、顔を上げたそこに、瘴気立ち込める悪環境の路上で、傘を差しながら立っていた男は……。
「何かいいことでもあったのかい?」
この殺し合いの場所に連れてこられてから、幾度となく思い浮かべていた奴、頼りたいと、心のどこかで思い続けていた。
だけどやっと、僕が僕の理由を見つけられたかもしれないタイミングでやってきたそいつは、
「お……し……の?」
僕の見知った、そして今更過ぎる、アロハシャツだったから。
「久しぶりだね」
数十分前まで一緒にいたインデックスを背負って、目の前に立っていた、忍野メメ。
そしてもう一人、彼の背後に佇む、少女。
「彼が阿良々木暦くんだ……って、君は知ってるよね、ほら自己子紹介だよ、原村ちゃん」
体の一部分が中々に存在感を放つ、とあるアウトサイダーな少女との。
「はじめまして……原村和……です」
会ったことのない、だけど聞き覚えのある名前との。
その狙いすましたような遭遇に。
僕は、地面に這いつくばった体制のまま、硬直することしか出来ず。
「あ、阿良々木暦……です」
黒い塔の目前。
そんな、何ともしまらないやり取りが僕の、最後の戦いの、幕開けとなっていた。
【 TURN 4 :『終物語』-END- 】
745
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/15(日) 22:31:07 ID:/HWP0pZM
投下終了です。
次回の投下は2月21日(土)です。
747
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/16(月) 00:03:39 ID:8C5.RwRQ
投下乙です。
再開されたことをようやく知りました。
グラハム、ようやく立ち上がったか。
あららぎさんもついにオペ役ののどっちと対面。
エトペンは・・・衣に預けちゃったんだっけ。
電車とかなんだか色々懐かしい。
三名になってしまったこともお聞きしました。
最後まであと一息、どうかどうか頑張ってください。
投下お疲れ様でした。
748
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/16(月) 21:09:54 ID:iDKusmDM
投下乙
なんか阿良々木さんが動いてると安心するなあ。何だかんだ言って、読んでる側としては主人公感がある。
まあ戦力的には一番頼りないんだがw
いよいよ本格的に動き出しそうで続きも楽しみだ。期待して待ってる。
749
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:45:59 ID:sEcK9206
test
750
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:47:06 ID:sEcK9206
土曜により、投下を始めます
751
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:48:11 ID:sEcK9206
砂時計の砂が落ちていく。
カウントダウン、おしまいの始まりに繋がる砂の流れ。
それは日光という形を持って、私の目には映っている。
空から迫りくる天の杯。
地から伸び行く悪の器。
全てが動き出す刻限を、もう一時間も経たない間に沈み切るだろう太陽が示していた。
ああ、もうすぐ、始まっちゃうんだなって、理解させられる。
いま私の、秋山澪の目の前。がらがらに空いた電車の車窓、そこから見える景色によって。
空中を引き裂くようにして近づいていく白と黒の螺旋。
車窓から見える景色は、まさに驚天動地と言ったところ。
なのにどうしてか、今、私がいる列車の中では、何となく落ち着いた空気が流れていた。
「…………」
ちらり、と。
隣に座る着物姿の女性、式の姿を見る。
彼女は相変わらずじっと、対面の窓の方を眺めていた。
駅から発進した電車が動き出し、数分ほど経っただろうか。
列車は何事もなく進み続け、もうすぐ船着き場近くのF-3駅に差し掛かる頃合いだ。
私と式はロングシートの座席に座って、一人分開けた距離感のまま、ゴトゴトと動く車両に揺られていた。
式から視線を外し、私も彼女と同じように、座席に深く腰を掛け前を向く。
誰もいない対面の座席の、その更にむこう側、窓から見える風景を見つめた。
「――式」
空からは赤みがどんどん失われていく。
やがて薄青さだけが取り残され、それをすぐに夜が塗りつぶしてしまう。
そしたらもう、この静かさも、安らぎも、きっと消えてしまう。
「私……さ、私は――」
窓の向こうは私の見た事のない幻想で。
だけど、この場所は知っている。
揺れるつり革も、ゴトゴト聞こえる音も、差し込む僅かな夕日の色も。
全部、私の大切な、あの普遍的な世界にあったものだから。
「私は、特別を望むよ」
それは私への宣誓であって、彼女への回答。
いつかと同じ答え。
船での時と、同じ思いの、だけど多分、違う重さの。
「何てことない平穏の、特別のない凡庸な、ただの優しい世界を取り戻す」
もう決めてしまったこと、ずっと前から決めていたこと。
だけど今は意味を知って、価値を知って、手に取った選択。
背負い直した思い。
重い、重い、思い。
特別じゃない特別を、もう一度って。
「――そういう、特別を願うよ」
改めて、告げた。
「そうか」
式の返事は相変わらず素っ気なくて。
だけど馬鹿にしてるわけでも、相手にしてないわけでもなく。
ありのままのコトを、私に言った。
752
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:48:39 ID:sEcK9206
「矛盾だな」
「……うん、そうだね」
その式らしい振る舞いが何故か不愉快になれなくて。
私は苦笑いなのか何なのか、分からない表情になってしまう。
「分かってる。
だけどさ、それでもさ、選んでしまったんだ、もう、その矛盾を」
「そうか」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
私も何も言わなかった。
視線は合わせない。
私はただ、揺れるつり革と、消えていく夕陽の残光を見つめている。
きっと、彼女も同じだったと思う。
私たちはお互いを見ずに、だけど同じものを見ていた。
このひと時だけは、同じものを感じる事ができたような、気がした。
どうしようもなく違う私たちだけど。
私の好きなこの平穏を、式も同じように、居心地よく思ってくれているような。
そんな気がしたんだ。
だってさっき一瞬だけ見た、夕陽に照らされた彼女の横顔は、今までのような冷たい印象を与える物じゃなくて。
ほんの少しだけ穏やかで、ほんの少しだけ少しだけ優しい、普通の少女のように見えたから。
夕焼けのもたらした、単なる目の錯覚かもしれないけど。
私にはそれが、嬉しく思えたんだ。
『F-3駅に到着しました。船着き場にお越しの方はこちらでお降りください』
不意に電車が止まり。
事務的なアナウンスが車内のスピーカーから流れだす。
ドアが一斉に開くけど、当然、私も式も動かない。
しばらくして、また一斉にドアがしまり、再び列車は動き出した。
『次はF-5駅です。展示場前にお越しの方はこちらでお降りください』
次の駅が到着点となる。
もう一度、私は平穏から視線を外して、見つめた。
窓の向こう。
次第に空から降り始めた、黒い粉。
白と黒の螺旋。
黒の塔の、その根本。
これから私たちが行こうとしている、最後の、戦いの場所。
753
:
COLORS / TURN 5 :『Listen!!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:49:17 ID:sEcK9206
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
COLORS / TURN 5 :『Listen!!』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
754
:
COLORS / TURN 5 :『Listen!!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:50:15 ID:sEcK9206
『F-5駅です。展示場前にお越しの方はこちらでお降りください』
三度目の開閉。
列車のドアが一斉に開くと同時、黒い煤のようなものが車内にひらひらと舞い込んできた。
一瞬、まるで雪みたいだなんて思ったけれど。
知っている、正体はそんな優しいものじゃない。
人の体も心も、壊してしまう毒。
全人類を呪い殺すほどの、膨大な汚濁から剥がれ落ちた一かけら。
そう、私に『全て』を話した神父は言っていた。
これから何が起こるのか、アレがなんであるのか、全てを。
どこか嬉しそうに、楽しそうに、夢見るような何かを滲ませて、私に教えた。
だから私は知っていた。
事が、『こうなる』ってこと。
そして、『これからどうなる』か、すらも。
もちろん神父の言っていたことが嘘でなければ、って前提はあるけれど、彼は多分、本当の事を話したのだと私は思う。
何故なら、そうでなければきっと、私は動かなくて、彼の見たいものは見れないから。
だから、そう、全て。
分かったうえで、私は行こうとしている。
そして、着いてしまった。
戦いの場所に。
この島で、もう何度も行き当たって、その度に忘れられない恐怖を刻んできた場所に。
「まったく……」
苦笑を浮かべる余裕はないけれど、呆れは口から零れ出ていた。
恐怖が、体を縛っている。
ここに来てから『恐れ』という感情は自己計測記録を更新し続け、またしても今、最高記録を叩き出そうとしていた。
ぴりりと、足に痺れが走る。
どれだけ覚悟を固めたって、どれだけ決意したって、恐れる気持ちが無くならないのは分かっていた。
怖いものは怖い。どうしようもないけれど、それでも悔しさはこみ上げる。
今は怖がっている時間すらもどかしいから。
それすら煩わしく思えるくらい、渇望する物があるから。
「オレはここだけど、お前はどこまで行くつもりなんだ?」
「…………ぇ」
不意に聞こえた声は、私の頭のやや上の方から。
既に席を立っていた式の、座ったままの私への言葉だった。
見上げ、式の表情を確認して、確信した。
絶対に私を気遣ってなんかいない。
彼女はただ気になったことを私に聞いただけで、他の意味などないのだ、本当に。
自分が降りる駅で、すぐに立たない隣の席のやつに、ならどの駅まで行くつもりなのかと。
「いや、私もここだ。ここで、降りるよ」
だからこそ、なんだろうか。
私の足の震えは少し弱まっていた、ような、気がした。
「そうか、じゃあさっさと降りたらどうだ? じきに閉まると思うけど」
「うん、ありがと」
「なんの礼だ?」
それは私にもよく分からなかった。
早く降りたらどうだと、忠告してくれたことか。
私を無視して行ってしまわなかったこと、だろうか。
あるいは、私を気遣わず、対等に扱ってくれたことに対して、だったのかもしれない
ハッキリとしなかったけど。
私は式の後をついていくのではなく、隣に立って、一緒に電車を降りた。
そうしたいと思ったから。
二人合わせて四本の足がホームのコンクリートを踏んだ直後、列車は次の目的地を告げ、ドアを閉める。
黒い灰が舞い散る中、去っていく電車を名残惜しげに見送りたい衝動に駆られ、ぐっと耐えた。
今は一秒の余分も干渉も許されない。
もう既に戦場へと、入り込んでいるのだから。
その認識は駅を出た瞬間に、嫌でも痛感させられた。
755
:
COLORS / TURN 5 :『Listen!!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:51:01 ID:sEcK9206
「黒い……」
私の第一声は間抜のぬけた感想だった。
駅前の東側ロータリーからすぐ近くに見える、巨大な黒の塔。
徒歩数分でたどり着ける場所。
電車の中で遠目に見ていた時から激しい嫌悪を感じさせていた建造物の入り口は今、
私の目の前に来て、まるで怪物の口のように真っ黒く開いていた。
その塔は展示場という一施設と融合した、というより展示場を食べた結果として聳え立った、と言った方がいいのかもしれない。
黒いドロドロとした印象の、しかし液体とも言い切れない、固体なのか、気体なのかも分からないナニカ。
常に揺らいでいて本質の見えない幻想。
神父の表現を借りるなら、呪いの具現。
人をあらゆる意味で壊す、そう言われても確かに信じられるほどの、最悪の災厄が目の前にあった。
正直言って、一歩すら近寄りたくない。
普段の私なら、何が何でも距離を取って、視界から消して忘れようと必死になるだろう不快と恐怖。
だけど今は、歩く。
本当は絶対に行きたくないけど、泣き喚きたくなるほど嫌だけど、それでも行く。
体を縛る不快と恐怖以上に、欲しくて堪らない物が、今の私を突き動かすものが、偶然にもその向こうに続いてるから。
誰も住む者のいない、閑静過ぎる住宅街の路面。
灰が舞い散る道を、式の隣、歩き続けた。
黒い塔。雪のように落ちる欠片。不快で、だけど幻想的な風景。
私にとっても、式にとっても、最後の戦いの場所。
不意に。
ひらりと、指先に付着する、灰の欠片。
それは、すぐに、どろりとした液体に形を変えた。
「汚いな」
式曰く。
まだ『産まれていない』この呪いは、今すぐ人に危害を加えはしないらしい。
それでも触り続けたり、吸い込み続けたら悪影響は有る、らしいけど。
兎に角、軽く触るだけで即死したりはしないそうだ。
あくまで、今の段階では。
「でも、なんだか……儚いな」
液体になって数秒、すぐ気化して消えた欠片の行く先を、視線で追ってみる。
その黒を、私は見たことがあるような気がしていた。
対峙した強い意志。どこか私に似ていた、誰かの悲壮。
なのに、私を否定した誰かの、纏っていた黒。
私が壊した誰かの、だけどより強烈に思い出されたのは、ただただ尊く輝いていた、彼女の蒼き片目の色で―――
「やっぱり、雪に似てる」
私はもう、決めてしまった。
あの蒼さとは、違う道。
背負うということ。
戦うということ。
取り戻すということ。
どうしても、どうしても、手放せないもの。
そのために、そのために、私は、全てを―――
756
:
COLORS / TURN 5 :『Listen!!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:52:42 ID:sEcK9206
「…………」
今、隣に立つ人は何を思っているのだろう。
式は何を思って、最後の戦いに臨むのだろう。
それは当たり前だけど、私の思いとは違う思い。
あの蒼さとも、モモとも、他の誰とも違う、式だけの思い。
それを手に取って、彼女は、ここに居るのだから。
「なあ……式」
足を止めたのは、どっちが先だったのか。
分からないけれど、どっちでもよかった。
展示場、戦いの入り口、その数メートル手前。
私と式は立ち止まる。
「式は、何をしに此処へ来たんだ?」
見つめる横顔。
そこには既に、夕陽が見せた穏やかさは無く。
冷たくて、鋭くて、だけどもう怖くは感じない。
「そうだな……」
私へと向き直り、真っ直ぐに私の目を見る式。
奇しくもその眼は碧く。
貫くように私に捉えながら、いつものように簡潔に、ぶっきらぼうに、彼女は言った。
「今も、醒められないユメを、見る為に」
大事なユメを、生きて見続ける。
その為に。
「このデカいのは邪魔だからな。殺しに来たんだ」
受け止めた私は目を閉じ、ぴくりと、自分の頬に表情が浮かぶのを感じた。
それはもう、この戦いが終わるまで二度と刻まれることのないと、思っていたもの。
式と会う度に浮かべさせられた苦いものじゃない、ただの、何の変哲もない、笑み。
「おい、笑うな」
「笑ってないよ」
「笑ってるだろ」
「笑ってるけど、式を笑ってるわけじゃない」
どうしようもないほど自分の都合で、全人類を呪い殺す災厄を殺しにきたと、軽く言い放った言動が何だか痛快で。
式の事は相変わらず何も知らない筈なのに、『式らしいなぁ』なんて思いが過った自分が可笑しくて。
でも、もしかすると私は式のことを少しくらい知りつつあるのかも、とか、多分勘違いの気持ちが楽しくて。
私はこの段階になって、私の好きな表情になれていた。
「失礼だな。オレそんなに変なこと言ったか?」
「ううん。だけど、式は変なやつだよ」
「やっぱり失礼だな」
いま私が浮かべられた表情。感じられた気持ち。
それが当たり前のように幾つもあった場所、私が当たり前に持っていた、この場所に在る誰に対しても胸を張れる場所。
取り戻すべき、私の大好きな世界を。
もう一度、誇りに思う。
強く、誇る。
だから、行く。
この黒だけじゃない―――全部を壊しに。
私も式と同じ、どうしようもないほどの、自分の都合で。
757
:
COLORS / TURN 5 :『Listen!!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:55:19 ID:sEcK9206
「ふん、早く行くぞ」
ぷい、と。
式は私に背を向けて、展示場へと一歩踏み出す。
こういう態度の式は、少し珍しいかもしれないと思った。
「まって」
その背を、呼び止めた。
私は一歩も動かないまま、さっきまでのように式の隣に並ぶこともなく。
黒い雪の降る道の真ん中で、私は式が振り返るのを待つ。
「今度はなんだ?」
「これ」
「…………」
その時、式が浮かべた表情こそ、実は珍しい物かもしれなかった。
「もっていって」
私の、式へと突き出した両の手。
そこに握られていたもの。
長い、重い、大きな刀。
「これが、最後の一本だから」
モモと私で分け合って所持していた刀の、ラスト一本。
私たちが所持していた刀剣の中でもおそらく最も長く大きく、そして異質な。
『七天七刀』と呼ばれるそれを、私は両手で掴んでいた。
これで本当に最後。
もう、式に渡す刀は無い。
持っている刀の全てを式に渡してしまうということ。
刀を授ける代わりに守護を求める、その最後の報酬をここで渡してしまうこと。
それは事実上の、契約の満了。
私たちが結んでいた約束の終わり――
「いいのか?」
別れを、意味していた。
「ああ、もう十分。守ってもらったから……」
声に寂しさが滲まないように、気を使ったつもりだけど。
悟られたかどうかは分からない。
「そうか」
いずれにしても、式は短く答え、刀を受け取って。
とても呆気なく。私たちの契約は終わった。
758
:
COLORS / TURN 5 :『Listen!!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 00:56:20 ID:sEcK9206
「じゃあね」
「ああ」
何故だろう。
私たちの間に、悲壮感はなくて。
ただ静かに。あっさりと、穏やかな雰囲気のままで、それぞれ違う道に進んでいく。
もう幾度目かのシーン。
戦いの場へと進んでいく式を、私はもう一度だけ、見送る事にした。
式は振り返ることなく、黒き塔の正面入口へと向かっていく。
私は黒い雪が降る路上で、見つめ続ける。
彼女の揺れる黒髪。
良く似合っている着物姿。
凛々しき歩み。
最後まで、綺麗な後姿。かつて、大切なものを守るために欲しかった強さの全てがそこにあった。
私じゃ決してたどり着けないと今は悟っている、彼女の在り方。
きっと彼女は今でも否定するだろうし、絶対に認めないだろうけど。
それでも、彼女がなんと思おうと。
私にとっての式は、颯爽と現れて弱い私を助けてくれる『正義の味方』、だったのかもしれない。
だから―――
「ありがと、そしてさよなら。私のヒーロー……」
見えなくなった後姿に、私もまた、背を向ける。
黒い雪の降る路上、誰もいなくなった場所。
薄青だけが取り残された空のむこう、天の高みから降りてくる白へと。
たった一つだけ願う特別(せいはい)へと、かける普遍(ねがい)を歌に乗せ。
「―――――Listen」
夜が塗りつぶしてしまう前に、一歩を踏み出す。
私の行くべき、最後の戦いの場所へ。
【 TURN 5 :『Listen!!』-END- 】
759
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/21(土) 01:00:31 ID:sEcK9206
投下終了です。
次回の投下は明日、2月22日(日)です。
760
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:22:35 ID:9S0c7FEE
テスト
761
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:24:23 ID:9S0c7FEE
投下を開始します
762
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:25:33 ID:9S0c7FEE
あなたのことが大好きでした。
たくさん、たくさん、私に特別なものをくれました。
つつむ手の平の暖かさ、やわらかな頬の感触、安心する声の響き。
大切な記憶そして、
「じゃじゃ〜ん、ホワイトクリスマスだよ―――」
それは胸に残る原風景。
積もる雪。
振り返る笑顔。
サンタクロース。
特別なあなたが教えてくれることは、どれも特別なことばかり。
とってもとっても嬉しくて、でも、どうやってお返しすればいいのか、分からなくて。
それでもなにか、あなたに返してあげたくて。
ずっとずっと、私に出来ることを探してる。
あなたのために、あなたのために、あの日からずっと。
もらってばっかりじゃなくて、あなたみたいに特別なことのできない私でも、できる事を見つけて。
あなたに、あげたい。
いままでたくさんくれた、温もりを万倍にして。
特別な、あなたに。
大好きな、あなたに。
いつか、
それが私の小さな、けれど本気の、夢でした。
763
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:26:37 ID:9S0c7FEE
---
特別な人って、誰?
――それは雪の降らないクリスマスの朝に、純白を積もらせる誰かのこと。
---
764
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:27:23 ID:9S0c7FEE
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
765
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:28:06 ID:9S0c7FEE
---
少女が一人、そこに残されていた。
沈み切る目前の夕陽。
弱々しくも穏やかだった熱が、滅びた街並みから去っていく。
なぎ倒された建造物の影は徐々に色を濃くし、空虚な静けさが漂い始める。
廃墟、戦場の跡、もう終わってしまった場所、広く、けれど誰もいない路上、その真ん中で。
少女、平沢憂はたった一人、残されていた。
自分の歩む足音以外に、聞こえる音は、ない。
鳥も、野犬も、野良猫も、いない。
そして人も、憂の他はひとりも、ここには居なかった。
先ほど、これまで偶然進む方向が同じだった枢木スザクとも、この大通りで別れた。
かつて一番激しい戦闘が行われたこの道で、彼は憂と反対方向に歩いて行き、その足音すら、今はもう、聞こえない。
「…………」
言葉を発さなければ、声を聴くことは無い。
波の音を聞くには、少し海から遠い。
現出した呪いの声を聞くには、もっと遠い。
遠い、と。
ここは遠い場所だと、憂は思う。
物語の重要な局面であって、けれど如何なる要所からも距離のある、置いて行かれた場所。
静かで、無意味で、何より、もう終わっている場所だから。
自分はいま、他の誰よりも遅れているのかもしれない。
そう、憂は思う。
最後の局面は、もうすぐ始まってしまうのに。
いや、もう遅いかもしれない。
既に巨大な歯車が回りだした後なのかもしれない。
生き残っている人たちは覚悟を決め、各々の理由を見つけ、答えを出し、戦いに臨んでいく。
なのにどうして平沢憂はたった一人、こんな場所に戻ってきたのか。
その理由は、単純なもの。
答えが出ていないからだ。
まだ、分からないからだ。
それは戦う意味、死にたくない訳、生きる理由。
大切だった全ては、消えてしまった。
生き続ける為の願望(ゆめ)は壊れ、それでも続ける為の優しい虚構(きぼう)すら崩壊して。
そして、あとに残された意味もない重圧だけが、胸の奥を、きつく、きつく、締めつける。
痛みだけを与えられる。いっそ死んでしまいたいほどの。
なのに今も憂の体は、生きることを選んでいた。
『君の手を、引っ張ることくらいは、してやるから』
それを、望んだ。
望んだから、きっとあの時、彼の手を握った。
こんなにも苦しいのに、痛いのに、重いのに。
なのにまだ、生きていたい、そう、思ってしまったから。
766
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:29:22 ID:9S0c7FEE
答えは、出ない。今も。
どうして、まだ生きていたいのか。
一番大切な夢を失って、それでもなぜ、何のために続けるのか。
まだ、分からないから、平沢憂はここにいる。
「……………」
向き直る。
先ほど枢木スザクが去って行った方向とは逆。
憂の見つめる、道の先。
折り重なって倒れたビルの影、そのむこう側。
それは建造物をなぎ倒しながら停止した、巨大な地上船のある場所だった。
憂と、かつて憂が縋った人と。そして、平沢唯の遺体が安置されていた場所。
壊れた城。
炎上し、崩落したホバーベースの残骸。
それが平沢憂の向かう先だった。
「………っ」
長くはない筈の道中。
なのに何故か、何度も何度も足が竦んでしまう。
歩みが遅くなってしまう。
だからまだ、たどり着くことができない。
目的地に近づくほど全身を怠さが覆い、眩暈が酷くなる。
なぜだろう。
どうして、歩くことがこんなにも難しいんだろう。
思考を占領する思いは纏まらず、体を支えるのがまた億劫になる。
「……おも……い」
重かった。
体も、気持ちも、歩みも。
だけど、これじゃいけないと、焦る気持ちもあったから。
「静かだから、かな」
そんなふうに、憂は嘘の理由をつけた。
「こんなにも静かで……寂しい……から」
すると嘘じゃない気もしてきて、少し、可笑しかった。
「……だったら」
暮れきる間際の夕陽を見つながら。
憂は一度、足を止め、
「静かじゃなくなれば――」
ディパックの中から、片手で掴めるほどの黒っぽい機材(ラジカセ)を取り出す。
それは何ら特別な事のない、ただのラジカセだった。
少なくとも、この島に残る、ほぼ全ての者にとって。
だけど憂にとっては違っていた。
それは殺し合いの場所に来て、初めて見る物ではなかった。
何の変哲もないラジカセ、かつて縋った彼の、ルルーシュ・ランペルージの言葉を再生した物。
憂は思い出す。
衝撃的すぎて忘れられない記憶。
それらを、枢木スザクから渡された時のこと。
雨の中、二つの物を手渡したスザク。
あの時、果たして憂は『ルルーシュの残したテープ』と、単にそれを再生するためだけに渡された『軽音楽部のラジカセ』と、
どちらにより大きな衝撃を受けたのだろうか。
767
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:30:05 ID:9S0c7FEE
恐らく同じだったと、憂は思う。
どちらも同じくらい衝撃的で、言葉を失うほど胸が苦しくなった。
そして、先ほどスザクが言っていたこと。
『――もう一本、カセットテープが入ってたと思うんだけど、聞いた?』
ルルーシュのテープを再生するために手渡された、そこに〝元々入れられていたテープ″の存在。
その正体を、憂は何となく察していた。
「静かじゃなくなれば、いいんだよね」
ルルーシュの、想いの込められたテープを抜き出し、代わりに、そこに最初から入っていた『もう一つのテープ』を挿入する。
A面を認識するように、するりと入れて、ふたを閉じる。
誰でもわかる簡単な手順に、強い力は要らなかった。
パタンと閉じれば、テープを認識したラジカセは自動再生を開始する。
「ザーーーーーーーーーーーーーーーー」
少しのノイズの後。
徐に流れ出す、音。
聞き覚えのある、音。
ギター、ベース、キーボード、ドラム、そして声。
音楽。
流れ出すそれは、歌だった。
『―――キミを見てると いつもハートDOKIDOKI』
そうして始まる。
とある少女たちの作る音。
それらの多くが、テープには収められているようだった。
どれも一貫して、明るく、優しく、甘く、気楽な、彼女たちの音。
全て、知っている曲だった。
幾つかは、憂がギターで弾いて見せることもできるほどに。
だけどそれは、当然だった、
平沢憂が彼女たちの曲を知らないはずが無かった。
誰よりも最初に、誰よりも熱狂的なファンになったと自負しているから。
流れ続ける音。
懐かしい旋律、懐かしい歌声。
彼女の、こえ。
ただひたすらに、足を動かし続ける。
乾いた瞳から、涙は一滴も零れない。
何もかも戻った胸の中心に、ただただ鈍い、重しだけを感じて。
突き動かされるように、平沢憂は、歩く。
どこまでも遠い世界に、だけど静寂だけは、もう、ない。
耳にはただ、聞こえる歌。
それは過去からの歌。
喪失された全て。
どこでもない体のどこかに、確かな痛みを覚えながら、憂は一人、罰の証を目指して、歩いていた。
---
768
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:32:08 ID:9S0c7FEE
そうして、終わる楽曲。
「……………」
テープは収められていた曲を再生し終わり、かしゃりと鳴ったラジカセが動きを止めた頃、ようやく憂はたどり着いていた。
潰れた建造物の影、そのむこう側。
鉄と、コンクリートと、その他よく分からない何かが混在した瓦礫の地平。
目の前にあるのは、墓標だった。
ホバーベース、その残骸。
けれどそこには、何もなかった。
「…………な」
炎すら今は残っていない。
そもそも、どこまでの残骸がホバーベースで、どこまでがそうでないのかすらハッキリと判別が付かなかった。
真っ二つに割れた城は内部の爆発によって四散し、更になぎ倒された周囲のビルが折り重なるように下敷きにしている。
最早そこには瓦礫の絨毯と一部地上に顔を出したそれらしき残骸が在るだけで、多くが土の下に埋まってしまっていた。
「…………そんな」
この中から一人の人間の死骸を探すことなど、到底不可能だと、目の前の景色は語っていた。
おそらくナイトメアの動力をもってすら、掘り返せる物ではない。
そも、先の爆発で船は四散し、原型が消えている。
最初の爆発と火災、そして崩落で、船の中の遺体が無事であった筈も――――
「―――っ!!」
駆け寄る。
先ほどのまでの重さを忘れたように、足もとの砂利を蹴飛ばして。
瓦礫の中から僅かに顔を覗かせる船の、どの部分かも瞭然としない物に向かって走った。
罰はここにない。
何もない。何もなかった。何も、辛いものを見ずに済んだ。
なのに、それを許せない衝動に駆られて。
「――――のに」
瓦礫の一部に駆け寄り、硬く冷たい鉄片に指先が触れて。
そして、その瞬間に、憂は動きを止めていた。
「分かって……たのに」
気づいたから。
単純に、どうしようもなく、理解してしまったから。
「……こんなこと、意味が無いって、最初から分かってたのに」
此処にはもう、何も、無いのだと。
誰かを殺した罪の証も、誰かを失った罰の証も、何より求めていた、大切だった物も。
此処には本当に、何一つ残ってはいないのだと。
けれどそれは、そもそも、とうに失われていたもので。
見つけたところで、それは憂が求めているモノではなくて。
だから、最初から、憂がここに戻る意味など、何一つ、なかったのだ。
「分かってたのにな……」
乾いた瞳からは、やはり涙は流れなかった。
ルルーシュ・ランペルージの言葉に涙した感情は、ここでまるきり動かない。
胸にはただ空虚があった。
思いを失っていた時よりも、もしかしたら大きな欠落が。
769
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:34:20 ID:9S0c7FEE
全ての思いが戻って。
だけどもう平沢憂の、この胸の内に在るモノは、世界中のどこを探しても、見つからない。
最初から分かっていたことを理解する。
どうしようもない喪失感の中、少女は瓦礫の前で立ち続けることしか出来ずに。
切なく、見上げた。
日の光が失われようとしている空。
遠い場所からでも見える、何もかも塗りつぶしていくような、白と黒を。
もう数分と経たぬ間に開幕を告げるだろう異様の世界で。
平沢憂はどこにも行けないまま、立ち尽くす。
たった一人、自分の気持ちに、答えを見つけられないまま―――
「…………ぁ」
その時するりと、力の抜けた手から、ラジカセが滑り抜けた。
腕から地面までの距離を落下し、アスファルトにぶつかって大きな音が鳴る。
続いて、つま先にこつんと小さな衝撃。
気怠く、力なく見下ろした足元の砂利の上に、ラジカセとテープが落ちていた。
落下の衝撃でラジカセからカセットが飛び出し、憂の足に触れていた。
緩慢に腰を屈め、カセットを入れ直してから、砂利を払いつつラジカセを持ち上げる。
『ザーーーーーーーーーーーーーーー』
すると、再びラジカセからノイズが響き始めた。
憂は少しだけ虚を突かれ、けれど、すぐに察する事ができた。
単に、入れ直したカセットを認識したラジカセが、また自動再生を始めただけだ。
もう一度、再び流れ出そうとする歌。
予感する痛みに、憂は、今度は停止ボタンを押そうとして。
「――――――――」
――その瞬間、憂自身が停止した。
770
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:37:03 ID:9S0c7FEE
停止ボタンへと伸ばしていた指、立ち尽くしていた足、そして全身が硬直し、呼吸すら、止まる。
止まるしかなかった。
何故ならあり得ないことが起きたから。
たったいまラジカセから流れ出した音は、その歌は、ありえない、あるはずのない、歌だったから。
この世に、一つとしてある筈ないと思っていた、歌。
〝まだ平沢憂の聴いたことのない、平沢唯の歌″、だったから。
時系列。
並行世界。
一年後の文化祭。
理由なんて、どうでもよかった。
先程、入れ直したカセットがB面になっていた事も、最早どうでもよかった。
本当に、どうでもよかった。
ただ、もう、音を止めることなど、できない。
何故なら、何故なら、その歌は。
『―――キミがいないと何もできないよ キミのごはんが食べたいよ』
平沢唯の、平沢憂に贈られる、歌だったから。
---
771
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:39:07 ID:9S0c7FEE
『キミがいないと あやまれないよ』
その気持ちはまるで憂の心を鏡に映したようで。
『キミの声が ききたいよ』
その歌詞は他のどの歌よりも、胸の中心を突き刺して。
「……本当に」
すぐに、わかった。
『キミの笑顔が見れれば それだけでいいんだよ』
その歌が、誰に向けられた物なのか。
その歌が、誰につくられた物なのか。
その歌が、どこから届いた物なのか。
「……もう、あなたは、どこにもいないんだね」
あり得ない場所から。
永遠に失われた世界から。
今は決してたどり着くことのできない。
それは、『幸せな未来』からの、歌だった。
「だけど……なのに……」
平沢憂の、いちばん大切な、大切だった人の。
「どうして」
だから憂は、胸の中心をもう一度、強く、強く握りしめて。
「ここに、重さだけが、残るの?」
思いを、吐き出していた。
重い、重い、重い、確かな想いを。
今までで一番の喪失感。そして痛み。
痛くて、辛くて、乾きなんて一瞬で満たされて。
だから、どうしようもなく、胸に、こみ上がってしまう気持ちに涙が溢れて。
「あなたが大好きって、気持ちだけが、残るの?」
772
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:40:36 ID:9S0c7FEE
もう一度、見上げる空。
そこにもう、太陽の光は僅か。
だけど、代わりに、幾つもの輝く光があった。
「ねぇ――」
歌は、まだ耳に聞こえている。
流れ出す感情の滴は止まらない。
「お姉ちゃん」
そうして平沢憂はやっと、重く、重く、口にした。
いちばん大切だった人へと、確かな気持ちを乗せて。
「どうして死んじゃったの?」
やっと言えていた。
「どうして、いなくなっちゃったの?」
やっと泣けていた。
「わたしは……もっと、もっと、お姉ちゃんと、一緒に、いたかったよぉ……」
やっと、いちばん大好きだった人への、涙を流すことが出来ていた。
---
773
:
COLORS / TURN 6 :『U&I』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:41:56 ID:9S0c7FEE
少女が一人、目指し始めていた。
最後が、始まる。
夜天の下、開戦が告げられている。
静けさは失われ、じりじりと煌めいていく空。
平沢憂は、ただ一つの答えを得る。
彼女だけの、願いを得る。
今なら足は動く。
頬を流れるのは別れの涙。
それは過去に回帰するためではなく、次に進むためのモノだった。
背後に残す、瓦礫に立てかけられたギターは、それを愛した少女に寄り添うように。
もう、一番大好きだった人は居ないけど。
いつか求めた夢は、失くしてしまったけれど。
この胸に、今在る重さだけは、『ここにしかない』と思えるから、振り返らない。
行きたいと思う。
過去に消えてしまった人たちじゃない、今、会うべき人。
いまの平沢憂の、逢いたい人のいる場所に。
平沢憂の、戦いの最後。
最後まで生き抜いた他の誰ものように、平沢憂も、行くべき場所へ、行きたい場所へ。
ついさっき芽生えたばかりの、新しい夢(ねがい)と一緒に。
ここまで導いてくれた、この手を握って引いてくれた、誰かのもとへと。
口ずさむ。
「――まずはキミに伝えなくちゃ 『ありがとう』を」
その答えはきっと、平沢憂の一番大好きな歌の中に、見つけられたから。
【 TURN 6 :『U&I』-END- 】
774
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 02:43:26 ID:9S0c7FEE
投下終了です
775
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/22(日) 03:01:59 ID:9S0c7FEE
次回の投下は2月23日。
次回で最終章の第一段階は終了し、次々回より大型の投下に移行していきます。
776
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/22(日) 23:13:24 ID:KQsMwrwg
投下乙です
溜めてからまとめ読みしてます…
777
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:36:06 ID:mQpfcULA
test
778
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:36:46 ID:mQpfcULA
遅れて申し訳ありませんでした
これより予定分を投下します
779
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:41:08 ID:mQpfcULA
歪んだ空。
天高く浮かぶ神の居城(ダモクレス)と、この世全ての悪(アンリマユ)犇めく地。
共に幻想の権化たる二つの中間に、異物が一つ浮かんでいる。
飛行船。
それはまだ『金のための見世物』という表の理由がこの世界を支配していたころから、
空を行き、地を見下ろすかつての支配者だった。
しかし今はすでに『聖杯による救世』という裏の理由が全てを席巻した後。
用済みとなり、場違いにすらなった小さな船は、今も空しく漂っている。
その、内側。
とある区画の、とある施設、とある実験部屋にて。
『彼』は、帰還した。
闇の底でなく、光の向こうでなく、ここではない何処かから。
彼は戻り、目を醒ました。
目の前には天井。
そこにはスクリーンが広がっており、画面に映し出された若い男の顔が、彼を見下ろしている。
さして間を置かず、自らが横たわっている場所を認識し。
「……なぜ……だ?」
瞬間、彼は全てを思い出していた。
「なぜなんだ?」
自分の名前は分かる。
どのように生きてきたか分かる。
記憶に欠損は一つもない。
それは良い、良いが、しかし同時にあってはならない事だった。
彼は今、生きている身。故に己の名前が分かる。
どのように生きてきたのかも分かる。
しかしなぜ、『どのように死んだのか』まで、分かってしまうのか。
「なぜ俺を……!?」
水槽の中で横たわる彼は、問う。
スクリーンの向こう側に在る、絶対的存在へと。
「なぜ俺を蘇生したんだ……リボンズ・アルマーク……!!」
生まれ直したばかりの喉が、張り裂けんばかりの切実さで。
彼は――遠藤勇治は、天に向かって叫び声を上げていた。
780
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:42:03 ID:mQpfcULA
「意味など無いだろう……価値などないだろう……キサマにとって……俺の、命など!」
モニターの向こうで、リボンズ・アルマークは薄く微笑んでいる。
喚きたてる遠藤を見下げながら。
「理由が欲しいのかい?」
ただ、そう告げた。
「な……んだと……!?」
「君が生き返ったという事実に、君が選ばれたという事象に、なにか意味が欲しいのかと、聞いているのさ」
「どういう……」
意味なのだと口に出しかけ、遠藤は気づく。
それはつまり、そのままの意味なのだと。
単純にリボンズは知りたがっているのだと。
「興味があるんだ。君は何が不満なのかな?」
遠藤が今、なぜこうも憤っているのか。
憤っていると、そうリボンズには見えているのだと。
「君は生き返った。君はここに存在している。それ以上に何を望む?」
遠藤は見るからに納得していない。
何かに、不満を抱いている。
その理由を、リボンズは純粋に分からないから、聞いているに過ぎないのだ。
「ひとまず君の問いに答えるなら……そうだね、『理由はない』、だよ。
偶然だ。偶然に君が死んで、偶然に蘇生する対象が必要で、適当に君が選ばれた、それだけだ」
小首を傾げすらして、この神を名乗る男は疑問を口にする。
「アリー・アル・サーシェスは直ぐに理解していたよ。
君も分からない訳が無いだろう。
僕にとって、君がなんの価値もない事を知っていたなら。
君を戻したことに意味など在るわけないだろう?」
遠藤はよく分かっていた。よく知っていたのだ。
この男にとって、遠藤など何の価値もない。
いっぺんの興味も、関心も在りはしなかったのだ。
「だから僕はわからないな。
些末な疑問だが。
君は死んだ、そして偶然にも生き返った、それの何が不満だ?」
「リボ……ンズ……」
遠藤は誰かの下につく、組織の中の人間だった。帝愛という巨大な歯車の一つ。
上の人間に切り捨てられる末端の姿など幾度も見てきた。
自らが誰かを切り捨てた事もあった。
だから、バトルロワイアル主催の一部となった後も、切られる可能性は常に考えてきた。
一応は覚悟もしていたのだ。ヤバい橋を渡っている、命の危険がある、そのぐらいは理解していた。
死地に立った時も、死の瞬間も、みっともなく足掻きながら、足掻き喚きながらも、
しかし心のどこかで、『ああ遂に俺の番が来たのか』と、考える冷めた自分もいた。
「リボンズ……アルマーク……」
だが、この瞬間を、覚悟したことだけは無かったのだ。
「……なんなんだ、お前は……なんなんだ……?」
己が死ぬ瞬間をイメージした事はある。
人なら誰もがあるはずだ。
病気、老衰、事故、自殺、他殺、なんでもいい。
死の瞬間、命が終わる瞬間は誰しも必ずやってくる。
だからこそ、それは激しく、尊く、そして貴重であるだろう。
己のような取るに足らない人生でも、汚い命でも、死を前にすれば惜しいと思った。
ごく当たり前に、遠藤は死にたくなかった。
必死で生きようとした、藁にしがみ付いてでも、生き汚く、生き続けようとしたのだ。
「……お前は……いったい……」
リボンズは遠藤が不満を持っている、憤っていると見立てた。
しかしそれは少し違う。
遠藤は恐怖しているのだ、今。
凍り付くような寒気を感じている、心から、リボンズ・アルマークに対して。
「何を……考えている……」
そしてもう一つ、己に対して。
生き返ったという『安堵』ではない。
蘇生という事実への、明確な、『恐怖』。
いったいどういう仕組みなのか。
幽霊、ゾンビ、器の転換、クローン、そういった不完全なモノではない。
対価なく、リスクなく、何も引き換えにしない、ただ単に戻ってきた生命。
それは何故か、ある意味で、死よりも恐ろしいように思えたから。
「俺がお前にとって……何の価値もないというのなら……そんな命を再生して……何がしたい……?」
遠藤は知っていた。
その問いの先に、最大の恐怖が待っていると。
781
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:44:48 ID:mQpfcULA
「いいや違う、何を……試したんだ……?」
己は『他者より価値のある人間』だ、などと思ってはいない。
自分の命の矮小さ、取るに足らなさ、価値の無さを、遠藤は理解していた。
他人にとってみれば、ましてこの傲慢にも神を名乗るリボンズ・アルマークにしてみれば己など、
まったく意味のない、ゴミ屑のような命としか思われていないのだと。
そんなことは、ああ、分かっていたとも。
けれど、しかし、それでもだ。
己にとってだけは、己の命に価値があるのだと。
信じていた。
信じられていたのだ、それが――――
『一度きり』しかないのなら、と。
「……お前は一体……何をする気なんだ……」
『俺から何を奪ったんだ』と聞くのはあまりに恐ろしく。
だからもっと恐ろしい答えに繋がる問いを発してしまったのだと、遠藤は気づけない。
「決まっているだろう、人間。何度も言うように、僕は神なんだよ?」
リボンズ・アルマークは呆気なく、答える。
「君たち人類が、最も希求するものを、齎してあげるのさ」
その瞬間、駆け抜けた怖気は、遠藤から言葉を奪い去っていた。
「………………ぁ……ぁ……ぁ……!!」
ぐにゃぐにゃと、視界が歪んでいく。
闇のような絶望が、遠藤の思考を覆い尽くしていく。
今やっと、わかったのだ。
リボンズ・アルマークがやろうとしていること。
このゲームの、最終段階、その更に後。
主催者の目的が達成された向こう側に、広がる世界の形とは。
「恒久的世界平和」
その真の意味。
リボンズ・アルマークの描き出す。
誰にとってもの永遠なる平和とは、はたしてどんな形をしているのか。
その本当の意味を。
遠藤は理解できたから。
一度死に、一度生き返った今だからこそ、理解できてしまったから。
「……お前は……まさか……」
ならば全て。
全ては茶番の世界に通じている。
この時、最後の死を強いられている参加者を除く、後に続く全て。
何もかも、誰の流血も、誰の命も、正しく等しく平等な―――
「僕は人類を救済する。救われた世界に例外など在り得ない」
平和という、まっ平らな、どこまでも続く平面。
ただ一人、この傲慢な男だけを上位種とした、誰の価値も同列に並べられた地平。
「救ってあげるさ。『後の全て』を。この地に呼ばれた贄をもって、人類最後の流血、いや―――」
生き返すということは魔法だ、特別だ。
ならば自然、特別な相手に用いられるべき事象だ。
それが、特別でない、何の感情も価値も見出さない者に実行された、意味とはなにか。
ここに明らかである。
782
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:47:02 ID:mQpfcULA
「このゲームこそが。人類最後の『悲劇』の体験となる」
死(りふじん)の無い、世界。
痛(かなしみ)すら無い、世界。
「で……でたらめだ!!」
遠藤は知らず、極大の恐怖を口に出していた。
「滅茶苦茶だ!! 通るか! そんなふざけた願いが!!
そんな世界……破綻する!! 成り立たない……在り得ない……そんなもの……秩序の破壊だ……不可能だ!!」
哲学的なことや理論的なことは、遠藤には分らない。
だからこそ本能的に叫んだ言葉は、全て彼の中の真実で、しかし――
「ははっ、何を言ってるんだい?」
神はただ、愚かな子を見下ろす視線で。
「不可能を可能にするのが、聖杯なんだよ」
否ならば是とすればいいと、それこそ子供のような単純さでもって、答えるのだ。
「ところでね、生き返って早々悪いんだけど、遠藤。君はまた暫く死んでくれ」
「……や……めろ」
「まあ気分を害するのは分かるけど、君のいる飛行船は、もう邪魔なだけなんだ。だから落とす。
その際、いちいち君だけ、どかすのも面倒だしね」
やめろ、違うのだと。
叫ぶ声は届かない。
「なに、心配しなくていいよ」
「やめろ!」
違う、違うのだ。
死ぬことが怖いのではない。
「どうせまた――」
「やめてくれ!」
死ぬこと。
そんなことが恐ろしいのではない。
そんなこと。
『そんなこと』と思えてしまうこと、こそが。
「すぐに生き返ることが出来るよ」
「やめてくれぇぇぇえええぇええええ!!」
783
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:49:05 ID:mQpfcULA
白光が視界を覆う。
己の居る飛行船が撃墜されたのだと分かった。
もうすぐ二度目の死を経験することも。
その軽さも。
理解しながら、高熱の粒子によって焼け爛れてていく喉で、ひたすらに遠藤は訴えた。
「やめろ殺すな!!」
命(おれ)を。
「やめろ生かすな!!」
無価値な命(おれ)を。
「やめろ! やめろ奪うなぁぁぁぁ!!」
俺の命の価値を、『〝一度しかない″尊い命』を。
あれほど希求した生への執着を、熱を。
無価値に貶めないでくれ、と。
そんな単純な願いすら、この慈悲深い神には届かない。
蒸発していく遠藤の視界の向こうで、リボンズ・アルマークは微笑んでいる。
「本当に運がいいよ、遠藤。君はこの先に続く素晴らしい世界を見ることが出来るんだ。
贄となり、魂を捧げなければならない参加者達は、永遠に消えていく彼らは、一番の功労者でありながら、それが出来ないんだからね。
――――本当に、本当に、彼らは哀れだ」
人類救済の為に行われる儀式、そこで流される最後の血でもって。
此度の擬似的な聖杯戦争、その参加者のみを除く、全ての人類を分け隔てなく救ってやる。
「とはいえ、人類救済の為に使われる最後の死だ。
これ以上に名誉なことは無いだろうけどね」
だからほら、満足だろう? 安心したろう?
喜べ、後に続く者達は救われる。君たちは報われる。誰の血も無駄にならない。
奪われる命のすべて、消え去っていく何もかも、戻る世界を作れば納得するのだろう?
神はそう、純粋に信じているのだ。
「―――――――ァ――――」
既に焼けついて機能を止めた喉では叫ぶことすらできない。
それは違う、と。
全てを無価値にしてしまうのだと、訴える事すらもはや遠藤には許されなかった。
二度目の生、そして二度目の死。
実に軽く、軽く、軽く、なんて無価値な、
もはや自分ですら惜しむことのできない程に鮮度の絶えた、些末な命(たましい)が消え去る瞬間。
遠藤は切に恐怖した。
あれほど希求した『生への執着』がとうに薄れきっている事実に。
そして、いづれ訪れるであろう、『次に目覚める瞬間』に。
更に薄まった無価値な人生の再開に。
遠藤は切に羨む。
ここで永久に消える、64の生命、その全てを。
人類最後に『たった一度の生』を全うできる命を。
まだしもそれが、どれほど幸福な事なのかを噛み締めながら。
ああどうか、と。
彼はただ、願う。願うことしか出来なかった。
もうこれ以上、目覚める事の無いように。
何もかもこれで、最後の死(おわり)になるように。
誰か、誰か、誰でもいい。
この恐ろしい神を、止めてくれ。
784
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:53:01 ID:mQpfcULA
◇ ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
◆ ◇
785
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:54:03 ID:mQpfcULA
「だからそう、君は本当に幸運なんだよ、遠藤」
舞い降りる天使。
ガンダムという、力の象徴の内側(コックピット)で。
下方、燃え尽きながら落ちていく鉄くずを、リボンズ・アルマークは見送った。
「きっとすぐに理解できる。そして感謝することになるさ。
この僕に、そして、ここで消える64の生命にね」
原型を失った飛行船は墜落の途中、地から伸ばされた泥の手に捕まり、汚濁の中心へと引きづりこまれていった。
溶かされていく、潰されていく、しかし内側で鳴り響いているだろう阿鼻叫喚は、リボンズの耳にまで届かない。
興味が失せたようにリボンズは遥か下方の黒色から視線を切り、上に目を向ける。
「この島で未だ生き残る参加者の諸君。六時間ぶりだね」
ダモクレス。
ガンダムよりも上方を浮遊する巨大要塞は既に、ゆっくりと降下を開始している。
「もう一度、改めて名乗ろう。
僕はこのゲームの主催者、リボンズ・アルマーク――人類を導くもの、すなわち神だ」
微笑を浮かべながら、リボンズは開幕を口にした。
「さあ、これより聖杯(キセキ)をこの地に降ろす」
声は島中に取り付けられたスピーカーからも流れだし、この地に生き残った全ての存在へと届けられる。
「見上げるがいい、願望器はここにある」
告げられる言葉。
「首輪を外し、ルールから外れた者達。
僕は君たちに時間を与えた、六時間という猶予を、だ。
そして君たちは選んだ。
殺し合いという理の放棄。
――これより始まるのは、その結果だ」
最後の段階。
最後の儀式。
最後の闘争。
「六時間前と同じことを、もう一度告げよう。
『どんな形であろうとも、バトルロワイヤルは完遂されなければならない』。
故に――――」
遂に枷は外される。
「主催者として宣言する。
これよりゲームは、第二フェーズへと移行する」
定められたシナリオ通りに。
「この物語を完結させるために。
僕が手ずから―――君達を救済(せんべつ)しよう」
神の力(オーバースペック)は、ここに、残る八つの命へと、その剣を向けた。
786
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:55:03 ID:mQpfcULA
「もう一度言う。
君たちの魂が無為なまま消えることを、僕は決して許さない」
64名という、再構築された聖杯で呼び出せる限界の存在質量。
その全の魂を散華させ、消化してこそ、世界の根源(ルール)に触れられる。
世の摂理を変えられる。
リボンズ・アルマークの望みは形になる。
余計な願望に使える魂など一つも無い。
故に最初から、この展開は必定だった。
「せめてその魂の価値を磨き、疾く女神の糧となれ」
最初から、誰の手にも、聖杯を渡すつもりなど無かったのだ。
「理から外れるというならば、僕から彼女を奪って見せろ」
唯一、己のみが、その願望を果たすに相応しいと信じる故に。
彼女を、使い切るに相応しいと信じる故に。
「喜べ。
ここが人類最後の戦場、そして君らの死こそが、人類最後の犠牲(かて)となる」
下方、黒の聖杯より湧き出る汚濁をもう一度見据え。
「そこの目障りな紛い物も、すぐに消してあげるさ。
崇高なる儀式の邪魔だ。一秒すら存在を看過するつもりはない」
そして最後に、下方から登り来る、白き閃光。
「……だけどその前に。
勇敢にも現れた君を、歓迎しなければいけないね」
最初にやってきた尊い犠牲を、視界に入れたその瞬間こそ。
「さあ、救済の時だ。
リボンズ・アルマーク――リボーンズ・ガンダム、これより武力介入を開始する」
この世界における、最後の戦いの始まりだった。
◆ ◆ ◆
787
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 00:58:12 ID:mQpfcULA
紅蓮の炎が業と巻き上がる。
散った火の粉が飾り付けられていたカーテンや紙材に燃え移って、その範囲をじわじわと広げていく。
【F-6】に設置されていた展示場。
各々の世界で作られた製品を閲覧できた館内には、それらの展示品はひとつも残っていない。
あらゆる人智、人の生み出した造芸は見る影もなく焼け落ち、あるいは押し潰された。
展示ホールの中心部。出展世界の固有技術を一覧に並べた大型スペースの床を突き破って顕れた黒い泥。
黒としか形容できない色。赤い灼熱を孕ませて奈落より躍り出た泥の波は、自らを塔のように積み重ねて"上"を目指す。
それは人の知恵に預からない、だが確かに人の想念によって生まれたモノだ。
燻る黒煙も燃え盛る焔も、それがこの世に現出しただけの余波に過ぎない。
塔が生み出す余熱だけで近くにあった人工物は融けて炎の塊に姿を変える。
零れ落ちた滴は触れた箇所を焼け爛れさせ、燃え尽きるより前に重量に耐えきれずに倒れ込み、更なる延焼を誘発する。
いずれ被害は全館にのぼり、その後は近くの建築物、街そのものを火の海に飲み込んでいくだろう。
そこまで至ったとしても黒い泥は手を緩める事はない。滾々と湧き出る泥が収まらない限り、殺戮は世界の果てまで起こり続ける。
それこそが是の望みだ。是に人々が願った祈りであり呪いだ。
故に其の名を『この世全ての悪(アンリマユ)』。
絶対善神と対極の名を冠するに相応しいだけの破滅を行うため、是はここに生まれ出でた。
この世の地獄を具現させている大広場。そこに、炎ではない影が立っている。
輝きのない瞳。異様に黒ずんだ左胸。
地下を突き破る黒柱の前に、まるで見守るように傍らに身を置く、爪先から頭頂まで黒一色の長身。
生きるものが存在できない筈その場所で、言峰綺礼は静かに立ち尽くしていた。
「……ほう」
毒が舞う炎上を気に払いもせず、言峰は首を上へと傾ける。
頭上に浮かぶのは天上に吊るされた剣、ダモクレス要塞。だが今ここに限っていえばそれには違う意味が込められている。
即ち、聖杯の収められし祭壇。バトルロワイアルの勝者に与えられる窮極の賞品。
既に潰えた運命を塗り変えるほどの奇跡をくるんだ巨大な揺り籠だ。
「予定とは違った動きだったか。いや、これは予想以上と評すべきかな。リボンズ・アルマーク」
頬をなぞる熱気をまるで意に介さないまま、喜悦さえ孕んだ声をこぼす。
目論見を外れたといいながら、むしろそれを歓迎するかのように。
前提として、言峰の目的はバトルロワイアルの優勝、転じて聖杯の獲得ではない。
元を辿れば主催の組する一員、運営役を務めていた身だ。
商品たる聖杯を手に入れる権利を持つのは殺し合いの参加者と、主催者として参戦を表明したリボンズのみ。
優勝の競い合いにおいて言峰は飽くまで部外者、この戦争の内枠に踏み入れる資格は持っていない。
無論、参加者も他の主催者も全て皆殺しにして残った聖杯を奪う事も手段としてあるが……言峰にはそんな無粋な真似を起こす気はなかった。
「むしろ、こちらの動きなど予測されて然るべきだったのか。
そも私達の望みは始めから相反している。
お前は全ての参加者を手ずから殲滅する必要があり、バトルロワイアルの優勝者として聖杯を使う気でいる。
対して私は―――私自身に望みなどなく、お前が処罰しようとする者のいずれかにこそ聖杯が渡るべきだと思っている」
聖杯に、自ら叶える願いに、興味はない。
これまでの言峰綺礼の人生において変わりなかった結論だ。
興味の対象は別にある。自身が持ち寄った聖杯から生まれるモノ。そして今も戦う、僅かに残った参加者達にこそ。
「その為なら、私はコレを未完成のまま解放する事も辞さん。
破壊しかもたらさぬモノ。後の再生などあり得ないモノ。
神聖にして厳かなる儀式を御破算にするのに、これ程適したモノはない」
放出される泥は、いわばあまりに早い出産で元の形を保てず溶け崩れてしまった胎児の肉片だ。
一個の生命として誕生することは叶わないが、その殺傷性に疑いはない。
人を呪い殺す単一能に特化した悪神の成り損ないは、生まれてこれなかった恨みを晴らすが如く全ての命に降り注ごうとしている。
神を名乗る者(リボンズ)の勝利という定型を打ち壊し、バトルロワイアル本来の形に戻す新たな舞台装置。
いや本来の形すら、ぐずぐずに溶かしてしまいかねない破滅として。
788
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:00:06 ID:mQpfcULA
「衝突が避けられんのも当然だったな。互いの目的の達成に互いが邪魔ならば食い合うのが道理。そしてその一点に関して、私は容赦が利かん。
積年かけて築き上げた君の準備、設備、配備。注いできた信念と想念。
それらの結晶である悲願の成就を、達成の目前で粉微塵に打ち砕く。それはさぞ―――ということだ。
強いて言うなら――――――お前の願いを破壊することが、今の私にある、ささやかな願望……という事にしておこうか」
酸鼻極まる殺し合いの果て、去来するものとは何か。
最低にして最悪。混ざり合って出来た蠱毒を抜けて残る物。
ソレを何を思い、何を望むことになるのか。
求める答えは、それだけだ。
その程度の事の為に、己は再び得た命をこの局面に費やそうとしている。
傍から見れば、何とも愚かしい。あまりに馬鹿げてる。
「……分かっていたとはいえ、成る程、私もつくづく救い難い男だ。
御子の再臨を体験したなど信徒が担ぎ上げる程の奇蹟だというのに。
だが仕方あるまい。それにしか関心を持てなかった人生だ。
ならば旅路が終わるまで、私は私として在り続けるのみだろう」
くつくつと、頬を吊り上げて自嘲する。
一度死んだ程度で直らない、否、正しく歪んだ己の性根をたまらなく愉快に感じて。
―――聖杯を降ろす場所には、必要な条件がある。
本質は霊体である聖杯には、それを現実に繋ぎ止める器と、降霊に耐え得るだけの霊脈を持った土地が必要だ。
バトルロワイアルという形式が開始された時点で、聖杯降誕のお膳立ては終わっていた。
後は予め配置された霊脈が流れる土地に「器」があれば、自動的に降臨の儀が始まる。
ここまでの流れは優勝者が決まり次第起動する、参加者にとってさほど知る必要性のない情報だ。
言峰の隠匿しているもう一つの聖杯も、起動させるには同様の手順を踏まなければならない。
定まれた候補地は三つ。
霊格の高い順に、【B-2】の火口エリア、【D-4】の円形闘技場、そしてこの展示場がある。
荒耶の工房が置かれていたここは、会場内での研究という彼のために止む無しとして帝愛から提供されたものだ。
会場機能の調整の役目を負うという名目がある以上ある程度の格のある霊地の方が都合がいい。
かといって、一番上質な火口エリアを与えるには優遇が過ぎる。
よって帝愛は、最低限会場に手を伸ばせられるだけの土地である展示場地下を受け持たせた。
図らずもそれが、荒耶と結託していた言峰が聖杯を隠匿する場所として利用されることになった。
より確実な召喚を望むなら、当然優れた霊地である火口地、或はエリア中心となる闘技場を選ぶのが常套だ。
立地的にも邪魔が入りにくい山岳部。
まして火山エリアに直接踏み入った参加者はヒイロ・ユイとファサリナの二名のみであり、受けた被害も微少。
リボンズが祭壇をそこに選ばない理由はないと、言峰は判断していた。
よしんばあちら側の未だ知り得ぬ事情で二番目の霊地である闘技場に決める事があっても、
わざわざ最も劣る霊脈の展示場を使う可能性は著しく低い。
故に一切の邪魔が入らないと踏んで、この場所を己の聖杯の祭壇とした。
完璧な聖杯を求めるリボンズと違い、言峰はただ招き寄せるだけでいい。
正確な願望成就など必要ない故に、要害や霊格の憂慮は不要だった。
質や完成度においてイリヤスフィールの「白い聖杯」に大きく劣る黒聖杯が唯一勝る点。
杜撰な準備であっても問題なく起動できる、即効性の優位を効果的に利用したのだ。
先んじてアンリマユを発生させる事で、霊脈の全土を穢し、戦いの主導権は言峰が握る。
機先を制するのは戦いにおいての常道の策。
これでリボンズは既に整えられた道を歩かざるを得ない。
穢れなき酒杯を、汚泥の上に落とすような愚行は侵すまい。
789
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:01:23 ID:mQpfcULA
「などと……読んでいたのだがな。やはり私も、衰えたということか」
だがしかし。
現実の光景はその想定を真っ向から覆すものとなって表れていた。
現在、イリヤスフィールを乗せたダモクレスは、言峰の頭上へと位置を定めている。
即ち、アンリマユで構成された泥の塔の真上に。
それで終わらず、今度は眼下の様子など知らぬとばかりに会場への降下を始めている。
元は同一の存在としてあった、いわば兄弟器とでもいうべきふたつの聖杯。
対極の性質でありながら、黒い聖杯は他のどの生命に見向きもせず、引き合うように天上の白を目指している。
もしも万が一、黒聖杯が白聖杯に及んでしまえば、何が起こるのか。
今は完全に弾かれているが、仮に内部のイリヤスフィールに接触し取り込んでしまえば、何が巻き起こるのか。
結果は言峰にとっても想像の埒外。
足りなかった肉片を埋め合わせることで史実の通り、邪神の孕み胎として完成するのか。
それともそれ以上の、ひとつの惑星を侵すだけでは収まらない何かへと変貌するのか。
何れにせよ、この世界のみの崩壊だけで済むとは思えない。
それぞれの参加者を通じ繋がっている全ての並行世界へと、全人類を呪い殺す悪を、雪崩のように流出させる可能性すら存在するのだ。
黒き聖杯は、もはや数少ない、白き聖杯にとって有害な要素である。
残された、ほぼ唯一と言っていい、そして最大の不穏分子。
だからこそ、白と黒の真っ向勝負だけは"無い"と見ていた。
そんな言峰の読みは、それこそ完全に読まれていた。
第三霊脈たる展示場で黒聖杯を起こすことを、リボンズは最初から予測していたに違いない。
並行世界の記録から、第四次聖杯戦争での言峰の行動を分析したのか。
いずれ、こうして言峰が思い描いていた絵図は呆気なく崩壊する。
少しずつ、ゆっくりと、しかし確実に地上との距離を縮めつつあるダモクレス。
目前に吊り上げられた特上の餌に、黒の聖杯は無数に枝分かれした手を伸ばし、糸に縋る餓鬼の如く白光へと殺到する。
自らに触れようとする不浄に、ダモクレスの全体から空間を白く食い尽くす烈光が浴びせられる。
痩せ細った手は指先をかけるのも叶わず、残滓も残さず抹消させられた。
白聖杯を固める防備はまさに万全だった。
器たるイリヤスフィールを魔術的・生体的にバックアップする、今や巨大な量子魔術書と化したコンピュータ・ヴェーダ。
物理的な害から守護する城壁であるダモクレス。
そして何よりも、リボンズ・アルマークの守護がある。
これらが揃う限り、内部のイリヤスフィールに穢れが及ぶ要素は極限までカットされる。
現存する参加者が結集しても、アンリマユが押し寄せても、その城壁が罅割れもしないだろう。
趨勢は明らかで、先は見えている。
何れ、降りてくる神の威圧に押し潰されるが如く、黒き聖杯は消滅させられてしまうだろう。
「まったく、どこまでも傲慢なことだ」
事実として、アレは傲慢だ。
直に接してみて、リボンズの性質は理解できた。
だが傲慢には傲慢なりの理屈が通っていることを、言峰は知っている。
「――――――……なるほど。つまり、お前は」
ひとつの答えが脳裏に浮かぶ。
それは実に単純で、分かりやすい。
故に異論を挟む余地のない、恐らくは的を射ている答え。
―――あの男は、ただ単に、誰よりも強く己を信じている。
言ってしまえば、
『どうせ黒聖杯は潰すのだから、最も手っ取り早い方法で潰そう』
という、たったそれだけの事なのだ。
直接赴き、『女神(イリヤ)を守る為に危険(どろ)を避けるだろう』という驕りごと天上から押しつぶし、跡形も無く消滅させる。
それを実行移すだけの、圧倒的、自信現れ。
自己の強大さに疑問を持たず。
行為に迷いも曇りもなく実現する。
決して間違いはないと、憚ることなく正当性を謳う。
790
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:02:42 ID:mQpfcULA
恒久的な世界平和。
リボンズの掲げる目的。このバトルロワイアルが開かれた真の理由。
言葉にしただけで嘘になるようなそれを、リボンズは本気で叶えようとしている。
叶えるべき願いである故に、叶うのだと確信している。
かつて、同じ理想を叶えるために奇跡を望み、愚かにも全てを喪い何も為すことなく死んだ男がいた。
その男とリボンズの最も大きな差異は、リボンズにとって世界平和とはただの手段でしかないこと。
世界を救う為に幾多の試行をして、聖杯を使うと決めたのではなく。
初めに己があり、己の欲するものを叶えるのに、世界平和という形の結末が必要だっただけ。
人を導くべく造り出された肉体も頭脳も。
純正の粒子炉を備えたガンダムという強大な機動兵器も。
揃えられる限り接収した無数の異世界の技術すら、男にとっては彩を与える付随物でしかない。
自分こそが世界を救う神なのだと豪語し切る、尊大に収まらない精神。
己の力ではなく、己そのものへ対する絶大なる信仰。
それこそが、リボンズ・アルマークにとって、最大最強の武器であるのだと理解した。
「認めよう。
圧倒的な自己への信頼。あらゆる可能性を真っ向から打ち破る事に恐れを抱かない気概。
確かに、人ならざる者にしか届かない境地だ。人の領分を超越したといって過言ではない」
そう、言峰は強さを認める。
「ならばこそ、私も私の望みを言わせてもらおう。
楽園を堕とし、擁する果実を食らうという禁忌の原罪をもって、この主を問い殺す。
ああ、それもまた―――」
微笑のまま、言峰は頭上の白城から視界を外し、目の前と向き直る。
既に展示物は全て燃え落ち、周囲には外からの侵入を拒絶する炎の柵が形成されている。
言峰にも逃げ場はないが、邪魔者の入る隙もない好都合な空間。
それでも、対峙する者がいるとしたら、その者にこそ資格がある。
神にも譲れぬ、己だけの望みを込める資格が。
燃え盛る壁を吹き飛ばす魔手の一撃によって、一箇所の孔が穿たれた。
ずり落ちる壁面。飛散する破片。
切り開かれた空洞から、一つの存在が姿を見せる。
先に待つ、幾億もの呪いの集積した塔に怯みもせず、前へと踏み出す。
熱気舞う空間に、極低温の殺意を篭めた視線が対峙する者に突き刺さる。
心底からの笑顔のまま、言峰綺礼は諸手を挙げて入場者を迎え入れた。
「待っていたぞ。バトルロワイアルを生き残りし者。
それでは、最後の開幕だ。
己が胎を晒し、胸を開け、頭蓋を割り、君が叶えるべき願いを見せるがいい。
―――コレもまた、其の時を待ち望んでいる」
背後に聳え立つ。
この世全ての悪の根元にて。
「―――――よォ。
俺を差し置いて『悪』の殿堂ここに現るってかァ?」
招かれた存在は。
「ひはっ面白れェ……イイね!イイねェ!さいっこォだねェェ!!」
ソレが在る事を、決して許せぬ彼は。
「ぜンぶ、殺してやるよ」
膨大な狂熱を乗せて、言い放った。
「―――ゲームオーバーの時間だぜ」
791
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:03:03 ID:mQpfcULA
◆ ◆ ◆
風が吹く。
温度が上がる。
何かが、近づいてくる。
鋼の音が鳴っている。
荒野に鋼の音が響いている。
それは戦いを告げる音。
消えぬ炎の上がる合図。
獣のような人の、人のような獣の、人を超えたモノの、動く証左。
――――カラ、カラ、カラ、カラ。
鉄の擦れる残響が、嵐の到来を告げている。
――――ザリ、ザリ、ザリ、ザリ。
砂利を散らす足が、戦火の到来を告げている。
――――ハ、ハ、ハ、ハ。
熱烈の笑みが、ソレの到来を告げている。
やっと、やっと、やっと来たぞと歓喜しながら―――
「――――開戦だ」
最後の、戦争がやってくる。
◆ ◆ ◆
792
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:04:00 ID:mQpfcULA
「つまり参加者は誰一人として勝つことなんて出来ない、ということさ。
わかるかい? 原村ちゃん」
「わかりません」
「バッサリだねぇ」
そうして、忍野メメは肩を竦めながら振り返った。
見える景色は前方と同じ、黒の筋が幾重にも張り巡らされた不気味な廊下。
数歩後ろをついてくる少女の表情は、暗い。
「じゃあ『例えばのお話』で解説してみよう。
君は麻雀が得意らしいけど、そのルールを変更できる人に勝てるかい?」
聞くと、少女はやはり不快そうな表情を作る。
あり得ぬこと、起こりえぬこと、つまり非科学的なこと。
それらの問いに答えることは、原村和にとって生産的な行為とはいいがたいのだろう。
忍野が彼女と行動を共にした短い時間。
黒服に見つからぬよう飛行船を脱出し、
この殺し合いの会場、その今や中心地と言っていい展示場内部の外周廊下に侵入するまで。
非現実的な例えを孕んだ話をする度に不満げな顔をされれば、誰にだってその傾向を掴むことができるはずだ。
「ルールを変える相手? まさか対局中にですか?」
「そう、君の嫌いなオカルトじゃない。あくまで論理的な話さ。
点数計算や役作りの条件、それらを都合の良いように設定できる者、所謂ゲームマスターというやつだね」
「勝てません」
「そうだよね」
「というより、それはゲームが成立しなくなると思います」
「まったくもって」
かたく真面目な声。おどけたような声。靴音。
展示場外周廊下に響く音は、この三つともう一つ。
壁を走り、この建造物の中央へと流れ込んでいく黒い筋が蠢く鼓動。
まるで怪物の腹の中のような通路を平然と歩き続けながら、忍野は言葉を続けていった。
「ゲームの勝敗を論じるうえでのポイントだ。
ルールに則って戦う者達が決して勝ち得ない存在がある。
ルールを決めた者、ルールを作りルールの外側に在るモノ。
故に自在、故に無敵、縛られることなく縛りつけるゲームマスター。アウトサイドの力さ。はっはーイイご身分だね」
暗く、黒く、そして長い廊下をただただ歩き続けながら、二人は足と話を前に進めていく。
「だけどね、そう、原村ちゃんがさっき言った通り、その対戦カードは本来成り立たないんだ。
ルールを作る者自身が、作り上げた秩序を乱すのはご法度だからね。
それじゃゲームじゃなくてただの殺戮だ。聖杯を降ろす儀式には成り得ない。
故に――」
ルールを決める者。
ルールに従って動く者。
絶対的上下関係がある、それ故に同じ卓には座れない。
だが可能とする方法があるとすれば。
「『殺し合い』という前提そのもので誘導し、リボンズ・アルマークは成した。
彼が儀式に介入するもっともシンプルな手段。
『参加者自身にルールを破らせる』、ことをね」
ルールに縛られる者。
そしてルールマスター、アウトサイドの力。
忍野が話す『例え』がそれぞれ何を指していたのかは明らかで。
作られた構図は浮き上がる。
作った仕組みを外側から壊せないなら、内側から崩せばいい。
そして修正という名目で自らを割り込ませる。
ゲームを成立させるために『必要な枠』として捻じ込む。
自ら構築した『白き聖杯』というシステムすら欺き、リボンズは参戦を成したのだ。
荒耶宗蓮、言峰綺礼、ディートハルト・リート。
殺し合いという儀式を何事もなく運ぶには、些か以上に難がある人材選出。
並行世界を知るモノならわかる筈だろう。彼らはカオス、この場所に呼び込んで正しき仕事をする筈が無い。
更には内側からの崩壊を仕込まれた禁書目録の変調、その静観。
思えば、幾つもあった綻びの胤。
ルール自体に仕込まれた、ルールを崩す因子。
最初から、状況をこうするために仕組まれたとするならば。
793
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:04:44 ID:mQpfcULA
「その結果が、これ」
現に状況は混迷を極めている。
荒耶宗蓮は暗躍を重ね、言峰綺礼は会場にアンリマユを流し込み、ディートハルト・リートは裏切り、インデックスを参加者に与えた。
禁書目録は壊れながらも動き続け、今も変調を続けている。
そうして作られたのが、この、どうしようもない盤面だった。
地は黒き聖杯が蠢き、聖杯戦争という裏の目的すら巻き込んで一切合財を呪いの渦に沈めんとしている。
参加者は首輪という戒めを破壊し、定められたルールを反故にしようとしている。
そこにリボンズ・アルマークは降りていく。
イリヤスフィールという聖杯と共に。
混迷を極め、崩壊の危機に瀕した聖杯戦争の救世主。終わらせるために舞い降りる者。
黒の泥を消し去り、定めを投げ出した参加者の命も全て屠り、聖杯が求めるものを与える男。
強引であろうとも聖杯は納得せざるを得まい。
なぜなら彼こそが、唯一残った『殺し合いに勝ち抜いて願いを叶える者』なのだから。
現にこの場で、聖杯に到達するにおいて、彼より相応しい者は居ないのだから。
そう、だから、この盤面は―――
「彼らは……生き残った彼らは……絶対に……」
「勝てないね」
忍野は断言する。
彼らは彼らのままでは勝てない。
リボンズ・アルマークとの力の差は絶対だ。
いま彼らが握る物はリボンズ・アルマークから与えられたモノ。
いま彼らが振るう力はリボンズ・アルマークに許されたチカラ。
それでは、勝てるわけがない。
勝敗はあまりにも明らかで。
次の忍野の言葉が、その現実を否定する事に繋がると。
果たして原村和は期待でもしたのだろうか。
「でもそれで何か、悪いことがあるのかな」
「……ぇ?」
「だから、リボンズが勝って、たとえば原村ちゃん的には何か不都合があるのかな? ってね」
忍野は更に問いかける。
「だって見ただろう?
リボンズ・アルマークが実現する願いを」
「それは……ですが……」
「アイツがいけ好かないとか、アイツのせいで何人も死んだとか、そんなオカルトありえませんとか、そういうんじゃなくてさ。
原村ちゃんが好きな『現実的なお話』としてだよ。
リボンズ・アルマークが勝利し、その願いを……『恒久的世界平和』ってやつを叶える。
夢とか幻想じゃない。誰も殺されない、誰も傷つかない、誰も泣かない。
化学的に論理的にデジタル的に、現実的に、本当にそいつが実現するっていうのなら」
オカルトでも何でもなく本当に、世界が永遠の平和を手にするならば。
「なあ? それでも、ここで永遠に消える64の命の方が価値ありますって、原村ちゃんは言えるのかい?」
794
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:06:24 ID:mQpfcULA
永遠の平和と、たった64の命、どちらが優先されるべきかという、それは不条理を挟まない至極単純な問いだった。
この世界を知らぬ者、失われる64人を知らぬ誰かに問いかければ、回答は明らかで。
原村和もまた、一番大切なモノの為に、それ以外を犠牲にしてここに居る以上、忍野の言葉を否定する事は出来ない。
「だから、もう一度言うよ。『命は平等だ』なんて、僕の一番憎む言葉さ」
そして事実、リボンズ・アルマークこそ、聖杯を手にするべき者なのだろう。
彼ほど単純に、世界が希求する願いを願望器に捧げられる者は、他にいないのだから。
「この際だからもう一度ハッキリ言っておく。僕は彼らを助けない」
「…………」
「分かったかい?」
「わかり……ました……」
うつむいた和の声に、諦観が混じり始める。
正しく伝わったのだろう、忍野という男の性分が。
そして理解したのだろう、なぜ今、忍野がここに居るのかを。
「じゃあ、あなたはこれから、どうするんですか?
誰も助けずに、誰も救わずに、あなたは……」
忍野という男を理解して。
絞り出すような問いに、返される答えは、やはり軽く。
「ん? 当然、お仕事だよ。
僕は『この特設かつ即席の不安定な世界が、ふとした拍子に調和を崩さないようにしろ』って依頼されているんだから。
いつものようにバランスを取れって、ね。
だからいつも通り、バランスを取ろう。帳尻を合わせようと思うんだ」
だけどその言い方は、少し引っかかるところがあった。
「だからとりあえず、その『願い』ってやつの。帳尻を合わせるとしようかな」
「……え?」
前言撤回なのかもしれなかった。
軽やかに歩き続けていた男は、展示場廊下に設置された自販機の前、不意に足を止めて、告げる。
「じゃあ、とりあえず、ここからは『この子』をおんぶして行かなきゃいけないから……って、なんだい?
原村ちゃん、さっきからコロコロ表情が変わって面白いね」
伝わっていなかったのかもしれない。
まったく理解していなかったのかもしれない。
事ここに至っても、原村和には、筋金入りのデジタルである彼女には。
795
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:07:00 ID:mQpfcULA
「……その子は?」
忍野という、怪奇(オカルト)専門の男を理解することは、到底できていなかったのかもしれない。
「久しぶりのインデックスちゃんだね。
阿良々木くんを追ってここまで来たのかな。だとしたら先回りになっちゃったわけだ」
廊下の突当り、まだかろうじて泥の浸食を免れた窓から差し込む、僅かな西日に照らされた場所。
そこだけは周囲とは少し違う、穏やかな雰囲気を保っていた。
ほんの僅かな陽の光の中央、壁に設置された自販機と首輪換金機の隙間で、少女が一人眠っている。
白い修道服のシスター。
名をインデックス。
恐らく忍野や和と同じ方法で、此処へと移動してきたのだろう。
「これも、さっき言った事なんだけどさ。
平等じゃないんだ、命はね。
リボンズ・アルマークに叶えんとする壮大な救済の願いがあるように。
もしも参加者達に、そんな綺麗で美しい願いに張り合うような、それぞれに抱く、自分勝手な膨大の我欲(エゴ)があるのなら」
忍野は彼女を背負い、また先へと歩き出す。
「その二つの、バランスを、取ってみよう。それが僕の仕事だからね」
飄々と遠のく背中を追いながら、原村和はもう一度、問うていた。
さっきと似たようで、すこし違うコトを。
「あなたは、これから、どこにいくんですか?」
「ん? そうだね、とりあえず阿良々木くんの顔でも見に行ってみるかな。
どうやら彼も近くに来てるみたいだし、ついでに少し話したいこともあるしね」
「あの……」
「そうだ原村ちゃん、これ、バイト代だ。今のうちに渡しとくよ」
「あ……」
古びたお札を受け取りながら、やはり胡散臭そうに見上げる彼女には、まだまだ分からないのだろう。
律儀にお礼だけは、返しながら、考える。
この男、果たして善人なのか、悪人なのか、あるいはただの―――
「ありがとう、ござい……ます」
気分屋なのか。
【 1st / COLORS -END- 】
796
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:09:49 ID:mQpfcULA
――嗚呼。
「Ich weis nicht, was soll es bedeuten」
降りていく。
「Das ich so traurig bin」
ゆっくりと、私は世界に降りていく。
「Ein Marchen aus alten Zeiten」
あと少し、もう少しで、私の願いは果たされる。
「Das kommt mir nicht aus dem Sinn」
さあ、目を開けよう、立ち上がろう。
「Die Luft ist kuhl und es dunkelt」
閉じこもっていた部屋から出よう。
「Und ruhig fliest der Rhein」
お外に出たのは久しぶり、吹き抜ける風が、私の頬をくすぐっていく。
「Der Gipfel des Berges funkelt」
降りていく船の上、夕焼けの空の下、私はここで、待っている。
「Im Abend sonnen schein」
ここで、待っていよう。
あと少し、もう少しだけ、待っていよう。
もうすぐ私のもとにやってくる、誰かの願いを待っていよう―――
「Die Lorelei getan」
今はただ、口ずさむ、ローレライの詩と共に。
797
:
COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:10:20 ID:mQpfcULA
【 LAST BATTLE -start- 】
798
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 01:11:00 ID:mQpfcULA
投下終了です
799
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/24(火) 02:03:02 ID:7CGY82YA
ついに始まった、僕の知らない物語って感じがしますね
長い休暇が終わり、ここからどんどん物語が動いていくのでしょう
否が応でも言峰に、リボンズに、忍野に、曲者達に期待せざるを得ません
参加者たちはそしてどう向かっていくのか
原村和やインデックスはどうなるのか
これほどドキドキしながら続きを待つのも久しぶりです
次の投下、今からもう楽しみにしています
投下乙でした
800
:
◆ANI3oprwOY
:2015/02/24(火) 02:35:29 ID:mQpfcULA
感想、ありがとうございます!
次回、3月1日。
/2nd
残り二度の投下をもって、アニメキャラ・バトルロワイアル3rdは完結します。
801
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/24(火) 20:24:05 ID:BwB1z/0o
投下乙です
遂に本格的に話が動きだしたなぁ
状況打破のキーは忍野になるのか
後2回の投下楽しみに待ってます
802
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/24(火) 21:40:18 ID:Qmmdfzfs
投下お疲れさまです!
最期に立っているのは対主催かリボンズか。
それとも一方通行が笑っているのか……!
後二回の投下、楽しみに待ってます!
803
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/24(火) 22:23:51 ID:Me3EI.Mc
へえ〜
本当に完結できたらいいねw
804
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/25(水) 22:25:30 ID:dZDiz9CI
投下乙です
………
805
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/28(土) 01:50:19 ID:zh80FiyE
>>803
消えろクズ
806
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/28(土) 17:39:11 ID:4nsDfeOU
暴れたきゃ毒吐きスレで!!!
807
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/02/28(土) 19:09:26 ID:aXYyLjhM
投下乙です
もう質は問わないから早く投下してほしいなあ
と思うのは自分だけなんだろうか
書き込み見ると3月中には終わらなさそうだけど
年内にはお願いしますよ
808
:
ぬるーしゅ
:2015/02/28(土) 21:02:47 ID:UBeVewiU
こっからあと2回...打ちきりendではない...ですよね?
809
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/01(日) 04:27:04 ID:A3zpYH9Y
ハッピーエンドにはならなそう。とにかく納得できる終わりになればそれでいい
810
:
◆ANI3oprwOY
:2015/03/01(日) 23:58:47 ID:aU8etgV.
投下を開始します。
811
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:02:46 ID:B6bM9.2g
―――――――――――願いは、誰にも撃ち落せない。
◇ ◇ ◇
812
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:05:15 ID:B6bM9.2g
◇ ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
◆ ◇
813
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:08:23 ID:B6bM9.2g
1 / Heaven's falling(Ⅰ)
清廉、その一言であった。
降りてゆく極大光。
天空の剣は下ろされた。
吊るされていたか細い糸は既に切れ、刀身の落下が始まっている。
もうすぐ、地上に奇跡が齎される。
ダモクレス。
上空3000kmの地点からゆっくりと降下を続ける超弩級要塞。
その最上部に建てられた城の庭園にて、空を見つめながら歌う少女こそ、この戦いの主催であり、主賓であり、景品。
イリヤスフィール。
白き聖杯。
おそらくこの世界はその為だけに作られた。
故に完成が為った時、同時にこの世界の存在する意義は失われるだろう。
終わりの時はすぐそこに、この剣が地上に到達したとき。
殺し合いの、正に集大成たる、願望器は顕現する。
長く続いた戦いの、行きつく果て。
物語の終焉。
その、少女が住まう天の城を、今、枢木スザクは見上げていた。
空中に留まるランスロット・アルビオン。
その内部にて、スザクは待っていた。
降りてくるダモクレスと、もう一つ。
「――歓迎するよ。枢木スザク」
ダモクレスの下方、城を守る機神。
天使のように煌びやかな粒子を広げた鋼鉄。
聖杯の守護者にして、この世界の神を名乗る、この殺し合いの主催者。
「リボンズ・アルマーク」
倒すべき敵。
リボーンズ・ガンダムの姿を。
「律儀だな、人間。
わざわざ魂を捧げに来るのは感心だ。
僕としては、逃げ回られるのが一番面倒だったからね」
ランスロットを見下げながら放たれたその発言は、尊大にして不遜。
どちらが上で、どちらが下か、位置関係の時点で彼は既に示している。
「それとも何かな。
君はもしかして戦いに来たのかな?
この僕と。この戦力差で。数秒もかからず終わる戦闘を始めに。
それも――たったの一人でかい?」
有体に言って舐めている発言も、それが事実なら大言でも壮語でもない。
事実、彼我の戦力差はあまりに開きすぎていた。
機体の差以前に、殺し合いという舞台に身を束縛した者と、された者。
主催者と参加者。
立場が違う、存在としての優劣はリボンズが表舞台に姿を現してからも変わらず在る。。
そんな相手に、残る参加者全員で抗しても勝機の見えない最大の敵に、スザクは一人で挑もうというのだから。
この戦いは『無謀』と、誰の目にも映るだろう。
「ああ、そうだ。僕は戦うために、ここに居る」
それでも、枢木スザクは言い切った。
戦うと。
抗うと。
そして、
「リボンズ・アルマークを倒すために、ここに来た」
倒す、と。
814
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:09:14 ID:B6bM9.2g
「くっ―――はっ」
紛れもない戦意を受けて、神を名乗る男は笑う。
吹き出すように、軽い、何も籠らない笑いだった。
「滑稽だね」
彼は目の前の無意味な決意を嗤い。
「そして哀れだよ」
これまで続いてきた下界の戦いを慈しみ。
「だけど、君たちは、それでも幸運だ」
尚も言い切った。
「この戦いの贄となることが、僕の目的の糧となることが。
――人類救済の為の、最後の犠牲になることが」
今まで死に絶えた全員、これから死に絶える全員、堪らない幸運を噛み締めろと。
「仮に、幸せだと思えないなら。
きっとそれが…………君たちの不幸なんだろうね」
リボンズが目を細めた直後。
唐突に、火蓋は切って落とされた。
「――――ッッ!!」
リボーンズガンダムの背部、無数のファングが飛散し、ランスロットを取り囲む。
会話の終わりから一秒も掛からず現れたその『結果』に、スザクはただただ瞠目した。
先手を取られたことに―――ではなく。
『スザクが先手を取った』にもかかわらず、結果が『こうなっていた』ことにだ。
真っ向勝負で勝てないと分かっている敵を前に、先に仕掛けさせる愚は犯せない。
最初からそのつもりだった。
確かにランスロットが先に仕掛けた、先に動いた筈なのだ。
スザクには間違いなくその意識がある。
棒立ちで、戦場にありながらぬくぬくと会話を続けようとする敵の懐に飛び込もうと、前進を決行した。
にもかかわらず、『先の先』を覆す『後の先』。
否、事はそう単純ではない。
完全に合されていた。ミクロのずれも無く、リボンズはスザクの前進に攻を重ねたのだ。
動きを見てから判断したとは思えない。
まるで最初から動きを知られていたような。
スザクが『こうすると』予想ではなく、必然ですらなく、当たり前の事象として知られていたような、怖気。
815
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:10:33 ID:B6bM9.2g
正確に、何が起こったのか。
などと考えている暇は、既に一瞬も無かった。
メーザーバイブレーションソードを抜き放ち、回避に全力を―――
「緊張しなくても大丈夫さ」
注ごうとした瞬間にこそ、スザクは意表を突かれていた。
ランスロットを完全包囲しつつあったファングは、一発の射撃も行わぬまま、下方へと飛び去っていく。
スザクとリボンズがいる地点よりも、更なる降下を続けていく。
理由は考えうる限り、一つしかない。
「今のは『あちら』の相手だからね」
ワンテンポ遅れて放たれるファングの集中砲火。
向けられる先はやはり、スザクではない。
狙いは最初から決まっていた。
スザクとリボンズ、そしてダモクレスの直下に位置する展示場。
正確には、展示場を飲み込んだモノ、天へと無数の手を伸ばす黒き塔だ。
地上を目指すダモクレスとほぼ同スピードで上昇してくる、夥しい数の黒い腕。
白の聖杯を泥の中へ引き摺り込まんと膨張を続けていた極大の呪いへ、大量の燐光が撃ち込まれていく。
当然、それのみで消滅するほど黒聖杯の泥はやわではない。
だが確実に勢いは減衰していた。
つまりこれは露払い。
ガンダムとそしてダモクレス、白き聖杯が降り立つ場所への道を拓く為。
「……そうか」
スザクは理解する。
つまりこの状況、やはり自分は舐められているのだ。
単純に侮られている。
リボンズは今、スザクに向かって話してはいるが、実際スザクを見てすらいないのだ。
彼が見ているのはその先。下方の泥の、更に向こう。
自分が勝ち取るべき女神(せいはい)の、降り立つ場所だけを見つめている。
全ての障害を打ち払い彼女を降ろし、彼女を手にする。
奇跡を掴むと、自身が宣言した事を成すために。
それを何故かスザクは腹立たしいとは思わなかった。
リボンズが自分のことを見てすらいないなら。参加者を屠られるのみの存在と認識し、眼中に無いというのなら。
そこに突破口はあるかもしれない。足元を掬う手立てが存在するかもしれない。
何の根拠もない、ただの願望、希望的観測だ。気休め以下の、くだらない思い込みの話だろう。
だが今は一つでも、勝ちに繋がる道を探し続けなければならないのだから。
『ならば可能性がある』と、思わずしてどうする。
―――そして、あるいは、とスザクは思う。
お互い様、故なのかもしれない。
相手を見ていないのはスザクも同じだ。
スザクがここに来て、真に見ていたものは一つ。
最大の敵、リボンズ・アルマーク、などではなく。
ずっと向こう、遥か上空からゆっくりと降下を続けているダモクレス。
そこにはいつか、約束があったことを知っている、物語があったことを知っている。
そして今は、願望器という到達点がある。
欲しいとも、憎いとも、結局スザクは思わなかった。
けれど同時に思う。辿り着かねばならない。誰かが、あの場所に。
故に今、枢木スザクは目指している。
――いや、きっと誰もが、無意識の内に目指していたのだろう。
ふとそんな事を思った。
「―――ッ!!」
思考は一瞬、今度こそスザクは攻勢に移る。
メーザーバイブレーションソードが空を引き裂きながらリボーンズ・ガンダムに迫っていく。
迎撃のは即座に、ガンダムが持つライフルの射線がランスロットを捉えた。
射撃が行われる寸前。
スザクは斜めに軌道を変えていた。
リボーンズガンダムを無視し、ダモクレスのある方向へと。
数瞬後に放たれるであろうビームライフルの一撃を紙一重で避け、本拠地に向かう挙動。
最初から、リボンズと真っ向勝負するつもりなど全くない。
先ほどの思案とは別に、勝機があるとすればそれは『ダモクレス』だと、最初からスザクは見切っている。
816
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:12:01 ID:B6bM9.2g
例えランスロットが万全な状態であっても、リボンズの機体に抗せるとは思えない。
にも拘らず、こちらは先の戦闘で負った損傷を修復しきれてすらいないのだ。
馬鹿正直にリボンズと戦ったところで文字通り贄となるのが関の山。
端的に言って、『この敵には勝てない』。
ランスロットも、枢木スザク自身も、敵は熟知しているだろう。
こちらの手札が敵に知られている以上、まっとうな勝利は不可能だ。
ならば、ここは新たな勝利条件を模索するしかすべは無く。
「聖杯を奪うつもりかい?」
冷めたようなリボンズの言葉は答えの一つだ。
『殺し合いに乗らずに祈りを叶えたいならば、聖杯を奪って見せろ』
そう言ったのは主催者であるリボンズ自身であり、イリヤ自身。
全員の死が訪れる前に、聖杯を奪い、現在貯蓄されている魂の身で願望器を起動する。
スザクはその詳しい仕組みなど知る由もないが、条件として商品を奪取することがリボンズの目的を砕くことになるのは明らかだ。
そこに、必ずしも『リボンズを倒す』必然性は存在しない。
「君は知っているだろうに」
しかし同時にスザクは分かっていた。
この場に残る参加者の中で誰よりも、『それが不可能である』ことを。
背後から熱量。
空中で左右へ機体を撥ねさせ、回避を実行する。
放たれた燐光はランスロットを掠め、そのまま進行方向にあったダモクレスへと流れていった。
躊躇わず放たれた聖杯への砲火に、スザクは後の展開を確信する。
要塞へと前進を続けていたビームは、到達の寸前になって不可視の障壁に阻まれ消滅する。
その現象の実態を、参加者の中ではスザクだけが知っていた。
ブレイズルミナス。
サクラダイトが発するエネルギーが齎した、絶対守護領域。
ナイトメアの防御兵装にも使われているが、ダモクレスのそれは別格だ。
現状、スザクが知る限り参加者の持つ攻撃手段の全てはアレを突破できない。
故に聖杯を直接狙うプランは不可能と言わざるを得ない。
降下中のダモクレスに触れられない以上、参加者はどうあってもリボンズを相手取るほかはない。
しかしそれの意味するところは―――
「哀れだね。本当に」
ランスロットは空中でターンを決め、再びリボンズへと突貫していく。
リボンズの迎撃を再び回避し、今度は右回りで接近。
放たれる三度目の射撃をスザクは鮮やかな機微で上方にかわそうとし――
「君は本気で、『時間稼ぎ』ができる、なんて思っていたのかい?」
己の思考が読まれたこと以上に、あまりにも早く捉えられた事実に驚愕していた。
「―――――な」
ぜ、と。
言う間隙すらなかった。
ランスロットの左腕が砕かれている。
燐光によって肩部からもぎ取られ、装甲の破片が散る。
「そしてもう一つ疑問だな。
君は一体どうして、時間なんて稼ごうとしていたんだい?」
思考が、視界が、狭まっていく。
「どれだけ時があっても、何も起こりはしないのに、何も変わりはしないのに。
まず最初に君が死に、いずれ皆死ぬという、結果が動く筈もないのに」
損傷、小破した、一瞬にして。
いったいどの攻撃で。
理由が分からない。
順当に考えて三度目の射撃、だがしかし回避は出来たはず。
確かにかわした筈なのに。
ハッキリと認識があった。避けたと。なのになぜだ。
サーベルの間合いになど入っていない、ファングを解除した今、ビームライフル以外の武装は無いはず。
「どうして君は、無意味な戦いに挑んだのか」
これで二度目。
最初に『先』を取られた時と同様の、認識のズレのような現象。
在る筈のない場所に、在る筈のない者が居たような齟齬。
考えている時間など無い。
すぐさま離脱しろとギアスは警鐘を鳴らし続けるが、同時に疑問の解明無くして生存は無いという直感がある。
己が正しいと思うままに動いた結果、どうしようもない破滅が待っていると。
「どうして君は、無意味に死んでいくことを選んだのか」
ただ、分かってしまうことがある。
ランスロットのスピードも、生存のギアスも、この敵には通じない。
枢木スザクは、リボンズ・アルマークには、勝てない。
817
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:13:16 ID:B6bM9.2g
接近を許した。
落ちてくる。僅か数分にも満たぬ戦いを終わらせる、剣の一閃が。
掲げられたビームサーベルが、直下で体制を崩したランスロットを完全に捉えている。
どうしようもない状況に陥って、初めて理解する。
何もかも見通されていた。
己に出来ることが『時間稼ぎ』しかないと最初から断じて動いていたこと。
ナイトメアではガンダムに通じる攻撃手段が無くとも、攻撃を一切行わず回避に専念すれば、ある程度の時を作れると踏んでいたこと。
何もかも、読まれていた、そして甘かった。
この差はランスロットとリボーンズ・ガンダムガンダムの性能差、などという単純なものではない。
やはり違ったのだ。主催と参加者。
その差は極大で。思考は全て読まれていて―――
「……いや」
違う、そうではない、『読まれていた』のではなく、『知られていた』のか。
だとしたら何を、スザクの思考を、戦術を、あるいは未来を。
「まさか―――これは――――」
騎士は気づく、リボンズの強さ、その本質を。
『――――――じゃあ、終わりだね』
その時確かに、スザクは聴いた。
通信による声ではなく。
脳裏へと直接語り掛けてくる、言の葉を。
『――――――僕の聖杯に魂を捧げろ、枢木スザク』
そうして空に、炸裂の音が響いた。
「――――――――――――――――――――――」
そう、スザクは最初から時を稼ぐことしかしていなかった。
諦めではなく、冷静な分析として、他に出来る事など無いと断じていたし、それは事実である。
しかし時を生み出すことに、リボンズの降下を一秒でも遅らすことに、果たして意味は無かったのか。
「……へえ、そうかい。君も来たのか」
それは違った。意味なら、ここにある。
己一人の力に勝機を見出すことが出来なくとも、スザクは知っていた。
ここにはまだ、己以外にも、数個の魂が残っている。
それらは誰一人として諦めていないのだと。全員が、退けぬ願いを抱えて進んでいるのだと。
818
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:14:05 ID:B6bM9.2g
「やっと……来たんですね……」
彼らの間に連携など無かった。
頼る気も、あてにする気も無かった。
各々が何も与えず、与えられず、好き勝手に動いていた。
けれど、一つだけ信じていた事がある。
『――きっと誰も、このままでは終わらない』
終わらせない。
神が思い描いた全世界を幸福にするシナリオ、『そんなもの』では終わらせないと。
誰もが身勝手にも思い、そしてだからこそ『何かが起こる』。
その確信は今、実態を持った像として現れていた。
「ああ、待たせたな。枢木スザク」
その光景は、光と光の衝突だった。
直下より駆け登ってきた巨大な機体。
それが抜き放つビームソードが、リボーンズガンダムのGNビームサーベルと鍔迫り合っている。
正しく、この戦いで初めて、リボンズに『防御』という動作をさせた瞬間だった。
「無駄な時間稼ぎ、だと?」
衝撃で大きく弾き飛ばされていたランスロットの内側で、スザクもまた、その光景を目にしていた。
「無駄ではないさ」
戦闘に割り込んだ機影は、リボーンズガンダムに互する程の巨体。
その色は真紅。
その存在感は異様。
近接武器のみで固め切った装備が圧倒的戦意を示し。
傷を残すボディはしかし磨かれており、秘めたる威烈は何一つ損なわれていない。
「無駄にはしないさ」
―――エピオン。
それは滴る血のように、邁進する鬼のように、何よりも苛烈に。
戦いを体現するその姿はしかし、同時にどこか美しく。
「この私が――――グラハム・エーカーがッ!! 来たのだからなぁッ!!」
今ここに、
「ガンッッッッッッッッッッッッッダアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァムッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
咆哮する闘志が、一人の男の復活を知らしめていた。
819
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:17:03 ID:B6bM9.2g
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおァッッッッ!!!!」
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
新たな挑戦者、グラハム・エーカーはひたすらに叫ぶ。
これまで燻っていた炎を解放するように。
蹲っていた自分自身を焼き尽くすように。
かつて叫んだ絶望を塗りつぶすが如く。
喉を震わせ、拳に力を籠め、天上の敵だけを見据え、吠えるのだ。
「あえて言おうッッ!!」
そして高らかに名乗るのだ。
「グラハム・エーカーであるとッッッ!!!!」
己の名を。
名乗るのだ。
肩書ではない、異名ではない、ただ一つ、己の名を、約束した者に報いる名を。
『……一心同体、だなっ』
失った誰かに、誇れる名を。
「よく聞くがいい!!」
守りたい物すべてに。
「私が守るッ!!」
抗うべき全てに。
「私が戦うッ!!」
彼は宣言した。
「私が変えてみせるッ!!」
守るために。
戦うために。
あの笑顔に。あの涙に。
グラハム・エーカーに向けられた、全ての想いに報いるために。
「今だけは!! 私が『ガンダム』だッ!!」
今だけは、そう名乗ろう。
そして、この世界を変えて見せよう。
リボンズが示す悲しすぎる『救済』、その結末を。
全人類の救済など、その為の犠牲など、細かいことはどうでもいい。
ただ一つ、一つだけ、ハッキリしている事実がある。
グラハムにとって、おとめ座に生まれついたセンチメンタルな彼にとって。
ただ一つ、看過できぬ事柄がある。
『……もう一度―――戦ってッ!!』
自分を信じてくれた少女いた。
彼女は今、泣いているのだから。
その涙を止める為ならば、神とだって戦おう。
「――――お前を倒すッ!!」
820
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:18:08 ID:B6bM9.2g
スラスター全開。
吹き上がる光の翼。
鍔迫り合いの体制で、機体をぶつけ合わせたまま上昇。
ガンダム・エピオンの最大出力が、リボーンズ・ガンダムを押し上げる。
「そうかい。なら少し遊んであげるよ、人間」
応じるリボンズもまた出力を上げ、二機は地上から引き離れていった。
「……グラハムさん」
ダモクレスのある高度まで登っていく機体の軌道を見上げながら。
スザクは胸中に滲む高揚を抑えていた。
『何かが、起こった』。
待っていたモノは、来た。
時間稼ぎは報われた。スザクは、ひとまず賭けに勝ったのだ。
実際、進展など無いに等しい。
グラハムは現在参加者の中で最大の戦力。
彼なくして戦いは成立しえないが、その参戦でもってしても、勝利に繋がるとは思えない。
未だ、敵との差は絶望的だ。
しかしそれでも思うのだ。一歩、前に進んだと。
再起不能と思われていたグラハムが立ち上がった。
不可能が一つ、可能に変わった。
ならばまだ、『次』の何かが起こるかもしれない。
希望が、今は胸中にある。
先ほどまでは無かった、力強い希望。
戦い続けるに足る衝動。
どこから来たのかは明らかだ。
グラハムの叫び、今の声を聞いたならば、誰であれ奮い立つだろう。
そうさせるだけの、力強さがあった。
「援護します」
己も行こう。
ナイトメアでどこまで戦力になれるかは分からないが、無意味ではないはずだから。
先陣を切っておいて出遅れるわけにはいかない。
そう、スザクが改めて決意を固め、グラハムを追って上昇しようとした瞬間であった。
「――なに?」
レーダーに反応があった。
821
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:19:24 ID:B6bM9.2g
機影――アリ。
座標――ランスロットと同一。
高度――直上、急速接近中。
回避不可能―――激突する。
「――――――――!!」
警告から衝撃までのタイムラグはゼロに等しく。
それはあまりにどうしようもない。
完全な思慮外からの、そして致命的な一撃だった。
――エナジーウイング損傷。
――高度維持不能。
――落下の衝撃に備えよ。
落ちる。
主戦場から引きずり降ろされていく。
絶望的な事実を前に、急激な重力にさらされるスザクは下方を振り返った。
同時、割り込んできた通信に。
「さあ、ツケを払ってもらおうかッ!!」
確かに今、枢木スザクが相手取るべき敵の姿を見た。
■ ■ ■
822
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:21:56 ID:B6bM9.2g
1 / Heaven's falling (Ⅱ)
それはそこに居た。
「―――は。俺が出遅れてちゃあ世話ねぇよな」
彼はそこに居た。
「いやー長かったねぇそれにしてもよ」
彼女はそこに居た。
「だが……やっとだ」
それは、彼は、彼女は、傭兵と呼ばれるその存在は、ずっとそこに居た。
「さあ――始めようぜ」
最初から、この世界における戦いが始まる、更に前から。
過去現在未来如何なる時間軸に絡まる戦いの渦中に、それは存在していたのだ。
故に今、アリ―・アル・サーシェスはここに居る。
如何なる存在になろうとも戦場に存在し続ける。
さらりとした茶髪を風に揺らし、少女の身体となり、変わり果てた現在。
燃えるような赤毛も、鍛え抜かれた肉体も、乗り慣れた愛機も今は無い。
それでも尚―――
「嗚呼、楽しみで楽しみで仕方ねぇ……」
口元に浮かべる、獰猛な笑みだけは、消せなかった。
その笑みだけで、アリ―・アル・サーシェスの存在証明は事足りた。
「これもこれで悪くねえ。
一度しかない人生。普通に生きてちゃできねぇ体験をぎょうさん頂いた。
だからま、そうさな」
エリア【F-6】。
ここは紛れもなく、此度の主戦場となるだろう鉄火場の中心。
ビルの屋上にて、サーシェスは空を仰ぎ見る。
今まさに暮れきる間際、逢魔時の色。
そこで煌く三つの光。
三つの、機体。
狙いは最初から決めていた。
「まずは御礼と往こうかねぇ!!」
だん、と。
コンクリートを砕くほどの踏み込みと同時、左腕の袖をまくり上げ、ここに来て拾った力を練り上げる。
発される熱に応えるが如く強い風が吹き、身にまとう迷彩柄の衣服が激しく波打った。
「おおおおおおおおおおっ!!」
連続して発される炸裂音。
中空で飛び散るスパーク。
全身から迸る電磁力によって、露出した細腕に巻き付けられていた布が反応する。
823
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:22:53 ID:B6bM9.2g
電気を帯びる事によって形を変える流体金属が、その本来の形を取り戻していく。
長く、硬い、三節棍と呼ばれる武器の形。
そしてその用途は、単なる武器として以上のものを秘めていた。
「さあ、始めようぜ!!
最終最後のォ!! とんでもねえ戦争ってやつをォォォォォ!!」
雷速でもって振り下ろす棍。
屋上床のコンクリートを砕け散らすと同時、彼は呼んだ。
最後に切るべき、カードの名を。
「ウェェェェェェイクアップ!! ダリアァァァァァァァァァッ!!」
―――"execution"―――
宇宙空間にて、その機体は待っていた。
戦うために作られた存在は、やはり時を待っていたのだ。
用途も、意味も、関係がない。
それはその為だけに、ずっと、そこに在ったのだから。
故に今、ダリア・オブ・ウェンズデイは起動する。
サテライトベースから射出されたダリアは、ダン・オブ・サーズデイが自爆によって開けた結界の穴を今度こそぶち破り。
この最後の主戦場に、乱入を果たした。
リボーンズ・ガンダムよりも、そしてダモクレスよりも更に上方から飛来したそれは誰にとっても死角を突いていただろう。
当然、標的として選ばれた枢木スザクも例外ではなく。
ランスロット・アルビオンは『武器形態のダリアそのもの』という巨大な鉄槌から逃れることは出来なかった。
ガラスの割れるように、エネルギーで形成された翼が砕け散る。
エナジーウイングの片翼がもがれ、ランスロットは堕ちていく。
そも直撃を避けた事が驚嘆に値する奇跡だが、主戦場からの脱落を避けることは出来なかった。
「はははっ!! はははははははははっ!! 踊ろうぜ。まずはテメエだ」
降りてくる最初のダンスパートナーを前に、サーシェスは今、最高の歓喜と共に告げた。
「さあ、ツケを払ってもらおうかッ!! 枢木スザクッ!!」
闘争に燃える思考の中で、想う。
さあ戦おう。
相手としても不足無し。
理由すら整っているのだから言う事無しだ。
だから戦おう。
どこまでも戦おう、『俺』として。
――嗚呼きっと、今宵はきっと、最高の戦争になるだろう。
◇ ◇ ◇
824
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/02(月) 00:23:08 ID:qzrmz3a.
お前もきたか
825
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/02(月) 00:24:07 ID:2RRX/LWM
最後はやっぱロボットだよね
826
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:27:08 ID:B6bM9.2g
1 / Heaven's falling (Ⅲ)
―――然る詩文に曰く。
桜の樹の下には、人の死体が埋められてるという。
辿り着いた展示場の内部は、一階の大型ホールがほぼ一面を占めている。
天井は吹き抜けのガラス張りになっていて、頭上から空を眺められる設計だ。
けれど今両儀式の目に見えるのは、群青と黄昏でもない赤黒の海だけでしかない。
ホールに通じる道は、入って正面の通路に続く扉。
迂回することなく前のみに進む。
前を塞ぐよう倒壊した壁や柱も、揺らめく炎も、邪魔になるものを切り崩して、ただ愚直に。
この先に待つモノ。
どれだけ強大で、最悪な代物であっても、両儀式にとってただの障害物でしかないモノを殺すため。
広間を塞ぐ最後の扉。頑なに閉ざされた地獄門に立ち、手に持った中務正宗の柄を掴む。
鞘からの一抜きで、斜線に裂く。
瞬間、中から立ち込める黒煙。血生臭い臭い。
目いっぱいに広がる赤い光景。
確かに、地獄と呼ぶに相応しい場所だ。
それを恐れることなく、中に踏み入れる。
地獄では足りない、もっと恐ろしい場所を自分は知っているのだから。
「―――――――――」
そして見る。
ガラスの敷居を破って空の視界を覆うのは、天上に幾筋も伸びていく枝葉。
はらはらと散って風に消えていく花弁。
地面に強固に張り付いて周囲の建築物を蝕んでいく根。
深い孔から生えていたのは、紅い大輪を咲かせている、黒い肉の大樹だった。
千年単位の樹齢でもなければ釣り合わない野太い幹は、樹木というよりも柱に近い。
漆黒の全身の中枢部には、炉のような熱と、生命の赤。
ソレが力強く脈打つ度、導管、もしくは血管の中が赤く光り、一瞬のうちに枝葉の先まで行き渡る。
流れる感覚こそ遅く拙いが、心臓の鼓動によく似た動きを繰り返す。
樹木の形をしているのにも関わらず、コレは人体に近い構造をしているらしい。
成長する枝葉は上へ上へと昇っていく。
伸びる先はどれも同じ。頭上に浮かぶ光の玉座。
眩い白色の椅子に、枝の手は懸命に触れようと掲げ続けている。
淡く輝く花。
直上からの照明。
劇の檀上には、喝采を鳴らす触手(て)だけの観客。
その全てが、ここにある呪いを祝福し、賛辞している。
なんて―――おぞましさに満ちた、美しい光景。
「随分と喧しいのを持ち込みやがって。おかげで要らねェ始末つける手間が増えたじゃねェか。
ンで、オマエがここの頭目かよ、オッサン」
左隣から聞こえてきた、濁りのある声。
式が辿り着くより先に、この樹木を前にしていた参加者。
白い髪。細い躰。血走った眼。
一方通行(アクセラレータ)。
幾度もなく相対して、殺し合った相手がいた。
827
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:27:46 ID:B6bM9.2g
式の方を見もしないが、気づいていない訳ではないだろう。
足を踏み入れた瞬間、叩き付けられた殺意は本物だ。
いま彼が視線を向けるモノ、それが無ければ、すぐさま殺し合いが始まっていただろう。
そして式も、特に彼を注視はしなかった。
自分以外がここに入ったのも、何のために来たのかも関心はない。
睨むべき対象は、最初に殺すべき対象は、二人とも同じ相手だったのだから。
「それは誤りだな一方通行。
私はただの観客に過ぎん。この舞台に上がる資格のない、外枠から眺めるしかない部外者だ。
コレを此処にまで持ち込んだ事だけが、私に残った役割だ」
樹に寄り添うように立つ黒衣の男が答える。
式も一方通行も、男の顔に見覚えはない。
ただその重厚に響く声は聞いた覚えがあった。
六時間毎に流れる定時放送。その五度目に起きた変化。
死者の通達の後、代替わりして語りかけてきた者の名前は―――
「とうに察しはついているだろうが、私ばかり一方的に知っているのも不公平か。
故に、こちらも名乗らせてもらう。
言峰綺礼。見ての通り、神に祈る聖職者だよ」
明かされる『敵』の名前。
遂に現れた主催の陣営と対面しても、二人の表情に変わらない。
「……祈るってのは、隣にいるソレのこと? それとも、上にいるヤツ?」
「私の信仰とコレに対する興味とは別だ、両儀式。
無論、天上を目指す神に祈るものもない。彼自身には先程敬意を払ったところだがな。
そして今やお前たちと同様、アレに反抗する身だ。
求めるものはただひとつだ。ひとつの答え。娯楽と趣味の延長と大差ない。私のみが得られる充足と愉悦の追及だよ。
コレの誕生を見届けるのも、お前達を死に至らせるのも、神の救済を破綻させるのも、その結果でしかない」
「ならそこでひン剥かれてるそいつも、ただの趣味かよ?」
大樹と化した泥の塔。
枝に絡まるようにして鎮座する異物へと、一方通行は侮蔑に満ちた目を向けた。
「ガキのケツ晒し上げたあげく、吊るしてズボン中おっ勃てるたァ、随分と高尚な聖職者だなァおい。
いい年こいたオッサンが見たくもねェ性癖露呈かよ。オマエの宗教は生贄信仰かなにかですかァ?」
所詮は残滓。擦り落ちた老廃物に過ぎない泥に、明らかに泥とは異なる生身の人間が張り付いている。
瞳を閉じ、一糸纏わぬ裸身の少女には生気と呼べるものが微弱にしか感じられない。
見れば、片方の腕は手首から先が欠けていた。
その欠損を幸いとばかりに、幾多の枝状の泥が傷口の中へとなだれ込んでいる。
痛みに泣き喚く事も、体の中に異物が入る事に恐慌する事もなく。
瑞々しい肢体を這う呪詛に嬲られるがままにされながら、少女は眠りについている。
宮永咲という脆弱な存在は、濃厚な死を纏う巨大な樹木の中に完璧に埋没していた。
「彼女は必要な器だ。この呪いを受け止め、一個の生命として現世に孵す為の産道だ。
性質こそ対極だが、空の城に居る者と役割を同じとする、言わば、もう一人の女神だよ。
生贄、という言葉は否定しないがな。結果はどうあれ降誕の後彼女の命は潰える。
逆に言えば、彼女の死を以てこの聖杯は完成するともいえる。
これもまた、天の聖杯と同様だな」
「趣味は否定しないのかよ。どっちみち変態野郎か、心底救えねェな。
っていうかよォ……オマエ聖杯とか言ったか? こいつが?」
それは殺し合いの勝利者が手にする願望器の名。
今も上空で鎮座する、白亜の城の主たる少女が幾度も口にしてきた名。
この蠢く肉塊がそれと同じだと、男は言ったのだ。
「あんな自分の体すら保てないような奴に、願いを叶える力があるっていうのか?」
式の眼には、あの樹がどれだけ歪な成り立ちをしているのかがありありと見て取れた。
生命体なら何であれ気づく。あれは殺すしか能のないモノ。それ以外に用途が存在しない規格品。
この世の害でありこの世の呪いでありこの世の膿でありこの世の癌でありこの世の災いでありこの世の死である、この世全ての悪だ。
そんなものを何故聖杯と、全てを叶える願望器などと表せるのか。
「力ならあるとも。コレは確かに願望器としての想念によって形作られ、正しくその機能を有している。
見れば誰であろうと分かる筈だ。これほどの悪意、個人が生み出せる範疇に収まるものと思うのか。
仮に出来たとして、誰が扱える。兵器は人の手で使えてこそ兵器だ。
安全弁も操作機器もついてない爆弾を造ろうなどと考える技術者はいまい」
828
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:28:59 ID:B6bM9.2g
悪の具現。人類の殺害権。
ありえぬもの。望まれぬもの。生まれる筈のないもの。
そんなものがここに生まれようとしている意味。
それが願望器とよばれるのならば、理由は一つしかなかった。
「そう。この姿こそが聖杯の力の賜物だ。
かつて善人が善人足らんとして生きる為に放棄した悪の在処、その全てを受け止めることで世界を救済した偶像。
許されぬ存在であるが故に、悪であれと願われ、望まれぬものとして望まれた信仰。
人類全てが抱いた祈りを、聖杯は受諾した。
空のアレが全てを救済する神だとすればこれこそ対極。悪神と呼ばれる代物だ」
猛烈な既視感に、眩暈と吐き気を覚える式。
両儀は知っている。
否定されるものとして肯定されたモノ。虚無の起源とした存在不適合者。
両儀式は知っている。
対極の陰の役を背負わされた、禁忌と定められて生み出されたひとりの人格(ひと)を。
「気づいたか、両儀式。 ・
コレはお前達の同類だ。彼と同じ、間違った存在のまま生を得たものなのだと」
耳元で囁かれたような滑り込んでくる声に、激情と共に視界が切り替わった。
突発的に湧いてくる殺人衝動ではない。
自分の大事に守っていたものを穢した言葉ごと殺そうという、明確な殺意で男を睨んだ。
この時、式は初めて言峰綺礼という男をはっきりと認識した。
「それでいい。漸くこちらを見たな。
折角聖杯を託すに足る者に巡り合えたのだ。
いつまでも無視されたままでは流石にかなわん」
……悠然と立っているように見える男は、式の視界ではもう既に死に体だった。
特に異常なのは胸だ。死の線が集まり過ぎて握り拳大の黒点となった心臓を基点にして、全身に根のように死が絡みついている。
いつ死んでも……いや、男はずっと前から死亡している。
それを、何かの間違いのような偶然によって、今まで死に損なっていただけ。
その細い命綱も、この時を以て断たれる。
外的な干渉があったのではない。あったとしても直接的な原因とは違う。
恐らくは、あの呪いが顔を出すと同時に、男は入れ替わるように元の死体に戻るのだろう。
つまり―――言峰綺礼はここで死ぬのが確定している。
何をどうしても覆せない、永久に外せない楔になっている。
「……いったい、なにがしたいんだ、おまえ。
もうすぐ死ぬくせに、なんだってそんなモノを守る」
心底からの疑問を、ぶつけずにはいられない。
自分がそう長くないのを、男はおそらく自覚している。
それを承知で両儀式と一方通行の前に立ちはだかった。
黒く煮えたぎった聖杯を守護する為に、殉教者の如き佇まいで。
その意味が、まったく理解できなくて。
「言っただろう。私は見届けるだけだと。
優勝者には聖杯が与えられる。このルールは未だ有効であり、こちらにとっても例外ではない。
ここに残っている参加者はみな、聖杯を手にするに資格がある。
部外者である私には、その資格は始めからない。聖杯を人物は、殺し合いの参加者でなくてはならない。
むしろ辿り着いたのがお前たち二人なのは祝福すら送りたくもなる。
私が考える限りこの聖杯に最も近く、相応しいのはお前たちだからな。
仮初の主催として、そしてかつて聖杯戦争の監督役の身として、私にはその顛末を見届ける義務がある」
死の恐れも、戸惑いも感じさせない、芯の通った言葉だった。
単なる役目と言いながら、そこには死してなおも譲らぬという硬い信念が宿っている。
命よりも使命に殉ずるという一点のみで、男は真に聖職者だった。
829
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:29:53 ID:B6bM9.2g
「確かにこの聖杯は紛い物だ。不完全であり未完成、今はこうして呪いをまき散らす事しか機能のない欠陥品に過ぎん。
死を映すその眼には、この巨樹もさぞ醜い細木に見えているのだろう」
願いには、貴賤はない。
善も悪もみな等価値。時代と立場によって転輪するもの。
「だが何故それを笑える? 誰に笑える?
コレは生まれ出でようとしている。どれほど醜くても、忌み嫌われても。
外の世界に出ることが叶わず胎の中で息絶える筈だった未熟児が、自らの意志で誕生を願い、成長を望んでいる。
今のお前たちと、それがどう違う。変わりはしない、何も」
並び立つ二人とて、他人に誇れる真っ当な生き道ではない。
肝心なのは願いの強さであり、質。
譲れないもの。渡せないもの。その為の犠牲を認めること。前へ進むのを躊躇わないこと。
「それにな、赤子の生まれる瞬間を見守るのは、神父として当然の行いだろう。
孵りたがっているのなら、孵化させてやるのが愛ではないのか」
そんな、真っ当な話を、異常極まる世界で神父は語った。
その異常な世界を愛すると。
己の行いに迷いも間違いもないと、死を目前にしてなお言い切った。
「聖杯を得た結果に何が消え何が残るか。それを知る術は私にはない。
だが事実は要る。天の白、地の黒、いずれを取るか。何を守り、何を壊すか。
無限の願望器を染め上げるその望みをここに示すがいい。聖杯はそれを明確な形にする。
さあ―――刻限だ。答えを聞こう、両儀式。一方通行(アクセラレータ)」
どす黒く爛れて変色した片手.
差し出されたその手を取れば、願った理想(ユメ)の形を渡してやるというように。
信頼も信用も足り得ない虚飾だらけの腕は、だというのに説得力を持たせる魔力がある。
恐らく神父の言葉に嘘は含まれてないからだろう。
どんな形であれ奇跡は叶う。願いは成就する。
その一点のみは保証しているのだ。でなくば聖杯という前提が崩れる。
理想の世界が手に入る。
懐かしい夢を取り戻せる。
大切なものを守る力が手に入る。
そんな、希望に溢れた未来へと誘く男に。
「くだらねェな」
「くだらないな」
分かり切った答えを、二人は同時に突き返した
830
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:31:12 ID:B6bM9.2g
「くだらねェ。くだらねェよ。まったくくだらねェにも程がある。
さっきからグダグダグダグダとくそ長ェ説法聞かせやがって。とっくに飽きてンだっていい加減気づかねェか?
何を望む? 答えを見せろ? ボケかオマエ。
回答なンざ、とっくに提示し終わってンだよ。
撤回も訂正もさっぱりなしだ。もう一度言ってやる」
本気で呆れかえった、苛立ちの混じった声だった。
最後通牒はとうに昔に済んでいる。今更告げる言葉などない。
それでも乞うのなら教えてやろう。決めていた思いは始めからひとつ。漆黒に塗り潰された暗い意志。
「魔法とか、願いを叶える、とかさ。
そんなのは、オレが求めてるものとは違うんだよ。
だいいちオレは、何かが欲しくてこんなところにまで来たワケじゃないんだ。
ただ単にオレの都合があって、そこに在るやつを殺しに来ただけ。
ソレがそこにあるままだと、もう見れなくなるモノがある。それは嫌なんだ。だから」
持っているのは、ただただ個人で完結する物語。
誰に与えることも、見られることもない小さな破片を抱いている。
縋るような情けない真似でも、ずっと手放さないと握り締める。手が裂けるのも厭わずに。
破壊の腕が伸びる。
零度の刃が傾く。
語りもしなければ目も合わせない、殺し合うしかない二人の中で。
今だけは、ただ一つの共通した意志が迸る。
「「他の何よりもまず――――――聖杯(オマエ)が邪魔だ」」
怒りや憎しみの混じらない、不純なき絶対の殺意。
両極の双眼が、悪神の無貌に突き刺さっていた。
「殺すと言うのだな? 生まれる前の命を」
「興味ないな」
「囚われの身の少女諸共に?」
「知ったことかよ」
焦れ合っていた空気が変成していく。
黒い陰に蓋をされた、問答の場となっていた炎上の展示場は、本来の役割に立ち戻っていく。
「……それが答えか。良かろう、ならば壊すがいい。
譲れぬ思いがあるというのなら、命を賭けてでも果たすことだ。
だが抵抗はさせてもらおう。お前たちと同様、私にも譲れぬものはある。
加えてコレにも防衛行動を取るだけの機能は生きている。自らに害なすモノには、区別なく破壊を与えるだろう」
暗く、深い底に沈んだ声。
しかしその顔には未だ笑みが剥がれないでいる。
先程とは別の楽しみを見出したように、言峰はこの状況を愉快に捉えていた。
此処で行われるのは、ただ個人の為の戦いだ。
見たこともない誰かではなく。
手に収まり切らない世界の救済でもなく。
己の生き方を偽物に変えない為の、一切の淀みなき混沌。
これを祝福する事こそが、言峰綺礼の生きる意義。
ふたつの望みに抗する、ふたつの願い。
衝突の後に残るのは、どちらかが一方のみ。
それこそ神が蔑んだ野蛮な愚行にして、原始から不変の生の鼓動。
醜く浅ましく泥に塗れた、世界をも殺し尽くす、人間のみが持つ灼熱の夢だ。
「結局はこの形に行き着くか。実にシンプルだ。
自分を否定するものに立ち向かうのは生命の第一条件。我々はみな、同じ思想の元相対している。
信念―――貫き通したくば、乗り越えてみせるがいい。
どちらにせよそこには必ず、お前たちの答えが待っている」
酸素は焼かれ、ねばついた大気が意思を伴って体に絡みついてくる。
それだけで常人ならショック死に至るものを、式と一方通行はより濃い殺意でかき消した。
固まらず充満するだけの泡のような悪意など、二人が抱くものに比べれば濃度が違う。
831
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:33:45 ID:B6bM9.2g
「……オマエは後回しだ。まずはあのデカブツを跡形も残さずブチ壊す。その次はあそこのエセ神父だ。
そンで、まだ残ってるようなら、最後にキッチリ殺してやる。余計な邪魔入れンじゃねェぞ?」
ここに来て、初めての式に向けた声を、一方通行は発していた。
無視していたのは単なる優先順位の差でしかない。
最も先に殺すべき存在を前にして、互いの存在が霞んでいただけ。
「好きにしろよ。おまえがどうしようがオレには関係ない。
でも、いま言ったのはなしだな。アレを殺すのは、オレが先だから」
「はァ? 何でそっちにわざわざ残飯蒔いてやンなきゃならねェンだよ。
ンな手間、かけてやるわけねェだろが」
「関係ないって言ったろ。オレがやるって決めたんだ。
せっかくの獲物なんだ―――他のヤツになんか渡さない。
邪魔になるようことするなら、後ろからでも斬りにいくぞ」
「あァそうかよ。わざわざ忠告してくれンのかいヤサシーねェ両儀クンは。
じゃあこっちもお礼に前もって言ってやるよ。俺もオマエの位置なんか考えもしねェ。
なンかの流れ弾で偶々プレスされないよう、せいぜい気を付けてろよ」
飛び交う言葉は、冗談にしても剣呑さに溢れていて、それでいて子供の言い合いのようだ。
本来は真っ先に殺し合う関係だ。共闘などという単語は出てくる気配もない。いま争わないだけでも奇跡に等しい。
先に殺すべき対象(モノ)が同じという一点のみが、互いに殺意の矛先を向けない理由だった。
「……くそ、馬鹿らしい。じゃあもうあれでいいだろ、速い者勝ちで」
「仕切ってンなよ。始めから俺はそのつもりだ。
獲物はひとつ、狩るのはふたり。だったらもう、やることはひとつしかねェだろォがよ」
一方通行は式の魔眼が届かない距離のうちに吹き飛ばし。
式は一方通行の異能が振るわれるより前に斬り飛ばす。
分け合うなんて馴れ合いは起こらない。取る手は一択。
殺られるより前に、こちらが殺す。
故にこれは共闘ではなく競争。
意義こそ違うが、確かにそれは聖杯を取り合う争奪戦だった。
「―――――――――じゃあ先手、切るぜ」
言うが早いか。一方通行は足を高く蹴り上げた。
否、言葉より先に既に攻撃(ソレ)は行われていた。
832
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:34:12 ID:B6bM9.2g
足元に転がっていた手頃な瓦礫―――展示モニュメントのひとつだった直径十メートルのロケットの模型―――は重力の壁を易々と突破して射出される。
到達地点は際限なく混濁を広める黒い大樹。模型は投槍と化し、弾道ロケット同然の速度で以て孔を穿たんと疾走する。
「……ァ?」
しかし数秒後にあるはずの中心をくりぬかれた大樹の姿はない。
代わりに現れるのは、空中の槍を絡めとった不定形の液体。
地に根として張り付いていた状態から瞬時に躍り出た泥は大波の飛沫の如き勢いで槍と樹の間に割り込み、
液状ではあり得ない硬度で異能による運動エネルギーを相殺してみせたのだ。
破壊力を失い元の瓦礫のひとつとなったロケットは泥の内包する熱に耐えきれず発火、そのままズブズブと沈み込み平面と化して消滅した。
「保険程度に混ぜていたものだが、相性は良かったとみえるな」
仕込んでいた措置の効果のほどを確かめ、真実を知る言峰はひとりほくそ笑む。
滾々と沸き立つ泥は、全てがアンリマユから生まれているものではない。
魂の量と器、共に不完全なまま聖杯を起動するには言峰とって不安もあった。
第三魔法の具現に至るのは望まずとも、最低アンリマユが留まる場所とこことの「孔」を穿つだけの事はしてもらわなければならなかった。
そこで見つけたのが、惑星エンドレス・イリュージョンに存在する、G-ER流体と呼ばれる物質だった。
主催運営の義務として律儀にも保管されていた各世界の情報を整理する中で発見してから、言峰はこれの使用を己の案に含めていた。
機動兵器・ヨロイの駆動系に用いられているG-ER流体は、電場印加に反応して高度や形状を自在に変性させる性質を持つ。
そして殺し合いの参加者でもあったある男が、その性質を利用した計画の草案を言峰は把握した。
正確には計画の一端、G-ER流体が司る「記憶の保存」の部分。
そして、それを制御するシステムの運用法だ。
純粋状態の思念を溜める透明の池に、極大の悪意の一滴を設置すれば、張られていた流体の形質はどうなるか。
飛行船から脱出した後、会場に置かれていた制御システムを操作し、「器」である宮永咲に注がれるよう設定させた。
結果は一見。朱に交われば赤くなるの諺の再現通り、不足していた魔力の肉を補い、アンリマユ生誕の一助として機能していた。
「幸せの時。悪心の生誕祭(バースデイ)か――――――
この時ほど、似合いの言葉もないだろうな」
無数の肢根がうねる。
天へ伸び上がり地を駆け回り、空間そのものを震撼させる。悪心の生誕に欣喜雀躍するかのように。
捧げられたのはふたつの贄。生に満ち、死にあがく姿はソレにとって至上の供物と昇華される。
目の前で執り行われる祝祭を、神父は愉悦の笑みのまま見守っていた。
◆ ◆ ◆
833
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:35:26 ID:B6bM9.2g
1 / Heaven's falling (Ⅳ)
そう、つまるところ、僕は困っていた。
三人分の足音は廊下の床を鳴らし、硬い響きが壁と天井を跳ねて返ってくる。
僕はただ、真っ暗い廊下を歩いて、ついていく。
初対面の女子高生、そして見知ったアロハ服の男。
原村和と、忍野メメ、そして忍野に背負われたインデックス。
参加者名簿に名前の無い三人、つまり非参加者(イレギュラー)。
俗に、主催側と呼ばれる者達の背中を負って。
「……それで、忍野。僕に対する説明とか、そういうのは無いのか?」
前を歩くアロハシャツへと、僕がそんな言葉を投げつけたのは、歩き始めてから数十分ほどたってからのことだった。
その間、忍野は僕に対して何も言わなかった。
そう、何も言わなかった。
路上で吐いていた僕を連れたって歩き始め、この『展示場』という建造物に侵入して以降。
僕らの中で会話は無い。
忍野は常に前をみて歩いている。インデックスをおぶったまま、進み続ける。
振り返ることは一度も無かった。
僕と忍野の中間を歩く原村さんが何度かこちらをチラチラ見てきたけど、それだけだ。
しかも、原村さんの視線には少し含みがあったというか、なんというか、僕に対する恐れのような物を感じる。
多分、単純に男性に慣れていないのかもしれない。
僕とも忍野とも、微妙に距離のある中間を、彼女は保ちながら歩いている。
閑話休題、兎も角、しばらくすれば忍野が解説を始めるだろうと考えていた僕なのだけど。
既に危険区域っぽい場所に踏み込んでいるにも拘わらず、このオッサンは口を開く様子がない。
おまけに原村さんまであんな様子なわけで、堪らず僕は詰め寄っていると、そういうわけだった。
「はっはー。阿良々木君は、今更僕の懇切丁寧な説明を欲しがるのかい?」
「別に……」
馬鹿にしたような返しに、『そういうわけじゃない』、と言いかけて辞めた。
本当に、そういうわけじゃなかったんだけど。
それでも、聞いてみたい気になってしまったから。
姿も、口調も、声も、確かに、忍野メメの物だった。
別に聴きたかったわけじゃない。
そこまで好んでいたわけじゃない。
だけど、それは、この世界ではもうどこにも残っていないと思っていた物だった。
僕の世界にあるもの、だった。懐かしいと、切実に思った。
不覚にも、涙が出そうになるほどに。
「白い方は、リボンズ・アルマークが解説しただろ?
天から降りてくるのは奇跡の具現。聖杯だ。
アレが、『勝者の願い』を叶える。
君たちが殺し合によって、奪い合わされていたモノの正体さ」
忍野は歩きながら語り続ける。
もうわかり切った説明を、僕は黙って、耳にする。
「聖杯の名はイリヤスフィール。
参加者の魂を貯蔵した彼女は聞き入れた願いを形にする。
リボンズは君たちにこう問うているのさ。
『殺し合わないのなら、聖杯は僕の物だ。
異論があるなら、僕を退け、僕から聖杯を奪ってみせろ』とね」
「ゲームマスターに許されたフル装備で、か?」
「それがルールを反故にした君たちに対する制裁だ」
「理不尽だ」
「ああ理不尽だね。けれどそれがルールだ。
人は食事しないと生きていけない。その摂理を変えられないように。
この場所では、人を殺さないと、ただ一人にならないと、終われないように定められている」
その定めを壊すのなら。
「世界を創った神様を、殺すしかないってことか」
果たして僕は、正解を口に出来たのだろうか。
忍野は頷くことなく、歩みを止めることもない。
834
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:37:53 ID:B6bM9.2g
「じゃあ、黒い方は、どうなんだよ?」
今までの解説は全て、僕を含めた参加者のほぼ全員が何となく心得ていた事だろう。
空から落ちてくる白い光の正体がなんであれ、始まる戦いの内容は理解している。
どれだけ理不尽でも、絶対に勝てない戦いであっても、分かっていはいた。
だけど今僕らが居る展示場、ここで起きている異変は完全に未知だ。
誰も、何も、聞いていなかった。
「ここで一体何が起こってるんだ?
リボンズ・アルマークも、こんなこと言ってなかった」
少なくとも、七時間の猶予期間で、僕が関わった人達は誰一人知る由も無かった。
誰も知らなかった。知らなかった、筈だ。
「それはそうだろう。
リボンズ・アルマークですら、読み切っていなかった事態だからね。
予見は、していただろうけど」
「だとしたら……知れるわけも、ないか」
主催者、世界の神にすら予測しきれなかった事態を、僕らが把握できるわけも無し。
もしこの事態を予期できた者が居たとすれば……。
居たとすれば―――
「黒は白と真逆の象徴。
何も持たぬモノの対極。
全てを内包する故に、全てを飲み込むカオスの色だ」
「だったら、今、僕たちが居る場所は……」
「白き聖杯、その対極。黒聖杯、とでも呼べばいいのかな。
悪性の願望器、聖杯戦争に紛れこむ毒素。
その内側が、ここさ」
僕はしばらくの間、口を閉ざした。
そうして、忍野の言葉の意味を考える。
誰のどんな願いも叶えてしまう万能の器。
奇跡の具現。
その対極が何であるか。
「放っておいたら、どうなる?」
「言うまでもないだろう。
君も言葉に出来ずとも理解していたから、ここに来たんだろ?」
誰の願いも叶えてしまう白。
ならば黒は、誰の願いも……。
「黒き聖杯の泥は、時期に世界の全てを覆い尽くすだろう。
それが、『この世界』にとどまっている間はまだいい。
僕たちが全員が死んで、おしまいだからね。
だけどここは狭間の世界、幾つもの並行世界を束ねて編んだ仮初の世界だ。
脆い。『滲みださない』保証はない」
つまり僕らが元居た場所にまで、影響を及ぼす可能性がある、ということ。
一目見た時から、ロクなもんじゃないとは思っていたけれど。
やはり、看過していい物じゃなかったらしい。
「止める気かい?」
「当たり前だろ」
「方法は?」
「………………」
結局、具体的なところを突かれると黙るしかないのだけど。
とは言え空の戦いに比べればまだマシだ。
少なくとも、駆けつけることは出来た。
ま、まあ、確かに?
まだ何も、出来る事なんて見つかってないけれども。
「とりあえず黒い聖杯ってやつの中心まで行って、悪そうなのを捕まえてくるよ。
そしたら収まるんじゃないのか?」
「君らしい無策だね。
ま、安直に、僕に頼ろうとしないのは、ちょっとした変化かもしれないけど」
忍野は少し可笑しそうに言った。
顔が見えないから、何となくだけど、そんな気がした。
「何かいいことでもあったのかい?」
いつものように問いかけたから。
835
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:38:50 ID:B6bM9.2g
「既に、戦闘は開始されているよ。
黒き聖杯の仕掛け人、言峰綺礼。
彼の相手は両儀式、そして一方通行が務めた」
そんな事実を、僕に伝えた。
「戦況は今のところ。言峰の圧倒的優勢、だね」
式と、どういった訳か一方通行までもが事態の収拾に動いている。
にも拘らず状況が悪いとなると……。
「ちなみに、空の戦いはリボンズの絶対的優勢、だ」
僕らにとっての、絶望的な現状。
そして僕に、出来ることは無い、と。
忍野は軽く言い放った。
「だったら僕は……」
この最終局面に、何をすればいいんだと。
口に仕掛けて、そして止める。
「なるほど」
すると忍野はやはり、いつもと少し違う声の調子で。
「阿良々木君、変わったね」
顎を上げて、首をかしげるようにしながら、漸く振り返った。
「そうかよ」
「ああ、だったら。この子を任せてもいいかな」
もぞもぞと、忍野の背中で法衣が動く。
いつの間に目を覚ましていたのだろうか。
床に足を降ろしたインデックスは、何も言わずに僕の隣にやってきた。
じろっと。
見上げてくる瞳に、開口一番。
「お前、どうやって先回りしたんだ?」
僕は今、一番気になっていた事を問いかけた。
「施設には全て転移装置が配置されております。
ショッピングセンターから展示場までの道は生きていましたので。
薬局で一度お見せしたはずですが?」
「お前な……」
淡々とした回答にげんなりしつつ、何だかホッとする。
インデックスの言葉には、今までにない色が、在ったような気がしたから。
コイツの、素のようなもの。
主催者権限っぽい通路を余裕で私的利用してきたあたり、何か吹っ切れたのだろうか。
「まあいいや、無事でよかった」
それが良い変化だと、僕には言い切ることも出来ない。
何か、彼女にとって致命的なトリガーを引いてしまう事になったとしても。
それでも、これで良かったと、僕は信じたいと思った。
「質問は終わりかい、阿良々木くん。多分、最後の機会だと思うけど」
「最後って、これで今生の別れみたいに言うなよ。
それに、お前、僕が最初に聞きたかった事、何一つ答えていないぜ?」
「…………?」
「白色がどうとか、黒色がどうとか、そんなことに、実は興味ないんだ。
僕が聞きたかったのは、お前の事だよ、忍野。
お前はなんでここに居る?
これからどうするんだ?
大丈夫なのか?
僕に何かできることがあれば……手を貸そうか?」
「…………」
もしかしたら。
「―――はっはー」
この時の忍野の表情は、僕の見た事のない者だったのかもしれない。
残念ながら前を向く彼の表情を確認する事は出来なかったけど。
836
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:39:55 ID:B6bM9.2g
「阿良々木君、僕は仕事をしに来ただけだよ。
結界の管理。
アラヤのバックアップと調整役。
だから今回も、それをやる。君に手伝えることはないよ」
「そっか」
「でもね。ついでだから、バランスはとろうと思ってる」
「バランス?」
「ああ、そうさ。
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。
鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。
彼女の時と同じだよ。
リボンズ・アルマークが、君たちと、君たちと同じ場所で戦うというのなら。
――――その戦いは、バランスの取れた天秤の上であらねばならない」
「そう、か」
「うん? なんだ、期待しないんだね?」
「期待してほしかったのかよ?」
「いーや、別に、ただ……」
忍野はそこで言葉を切り、僕の方をもう一度だけ見た。
ちらりと一瞬、それだけで、全てを察したように。
「今日の君は、優しくていい人じゃないね。
弁えちゃったって事なのかな。安心したような。残念なような、だよ」
「どういう意味だよ」
「君を見てても、あまり胸がムカつかなくなったってことさ」
「褒めてるのか、それ」
「どうだろうね」
相変わらず、火のついていないタバコを回転させて。
「これも青春ってことかな」
「意味が分からん」
相変わらずでもないかもしれない僕を、アロハ男は相変わらずニヒルに笑っていた。
「じゃあ僕は仕事の続きと行くけど、君はどうする?」
「そう、だな……」
このまま忍野の言う、バランス取りについて行ったところで出来ることがあるとも思えない。
しかし、過程で何か見つかる可能性も捨てきれない状況と言えるだろう。
なにより今は行動の指標が無い。
ならば見つかるまでは一緒に行動するか。
泥まみれの展示場内部で一人になるのも危険だし。
「じゃあ、暫くは忍野に着いて行って……」
と、口にしかけた時だ。
「―――――?」
ふと、予感を感じた。
それは第六感だったのだろうか。
虫の知らせ的ななにか。
単独行動を想像する際、何となく背後を振り返った。
「…………」
ただそれだけのこと。
偶然。
ある種の必然、いや、もしかすると本当に、運命だったのかもしれない。
「――――今の、は……」
僕は、それを、見た。
837
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:42:38 ID:B6bM9.2g
振り返った廊下の突当り、曲がり角に。
するりと、消えていった黒髪の残滓。
見間違いかもしれない。
勘違いかもしれない。
見当違いかもしれない。
だけど、もし、そうだとしたら。
彼女が、ここに来ているとしたら。
そして独自で動いているとしたら。
何を指標に動いているのだろうか。
僕らと情報を共有していない参加者が。
特別な力を持たない一般人が。
黒き聖杯の出現を前提に動いていたとすれば。
主催者も、参加者も、誰も予期していない事態に、対応して動いているとしたら。
そしてもう一度、考える。
この事態を、予期している者が居たとしたら。
それは――――
「忍野」
「なんだい?」
「僕も、ちょっと用が出来た。行ってくるよ」
◆ ◆ ◆
838
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:45:50 ID:B6bM9.2g
落ちてくる騎士を、傭兵は獰猛な笑みで、新たな機体と共に待ち受ける。
対して、空へと上昇を続ける二機のガンダムは、女神の御前で決闘を開始する。
神父は地に根付く黒き大樹の下で、黒と白の殺人鬼を祝福する。
そして、少年と少女は邂逅する。
最後の戦いはここに。
今、真に火蓋は切られた。
それぞれが、それぞれの相手取る敵を前に、戦意を研ぎ澄ます。
日が暮れる。
逢魔が時の空の上。
勝者に与えられる杯の少女は一人、歌い続けている。
ローレライ。
人を死に誘う魔女の歌を。
◆ ◇ ◆
839
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:48:21 ID:B6bM9.2g
2 / LAST IMPRESSION (Ⅰ)
―――守る為の翼がある。
人類のあるべき姿の未来を見せるよう願われた、騎士の鎧。
歴史の中での敗者であることを受け入れ、人類が歩む道程の轍になることを良しとした男。
戦争を肯定し、そこに灯る美しい光を尊んだ総帥が生み出した器。
パイロットの精神すらも燃料に変えるシステムは理解している。
意思から生まれるもの。所詮電気信号の集積という、幻想など入る余地もない科学的な結果。
だからこそ、導き出された計算は世界へと確かに示している。
現実にそれはあるのだと。未来を創る力が生まれる希望の居場所。
人の心の光を、物言わぬ機械は肯定した。
―――滅ぼす為の翼がある。
騎乗者(かみ)と同じ銘を与えられた機械は、力の代行者として製造された。
常世に遍く救済を。理不尽が消えた争いのない世界を。
絶対正義。人類救済。恒久平和。
叶わないと、不可能と、目を背けて生きざるを得ない眩いばかりのヒトの夢。
いと崇高な理想の成就は。今こそ目の前まで近づいている。
再生には直されるべき箇所がなくてはならない。だが世界に幾度も撃ち込まれた傷は黒く凝り固まり、どれほど時が経過しても剥がれ落ちない。
ヒトの怠慢が生んだ歪みは破壊せねばこそげない。ならば慈悲なき天罰を。
意志もなく、人造の天使はそんな希望だけを敷き詰められていた。
時に悪魔と呼ばれ。時に神と名され。
それでも求められる意味は始まりから今まで何一つ揺らぎなく変わりない。
戦う為の力。
人はそれを、ガンダムといった。
◇ ◇ ◇
840
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:50:05 ID:B6bM9.2g
星の煌めきが、線を引いて川を泳ぐ。
逢魔が時の空は、時が加速したように流れていく。
自然を人の手で再現された世界の天上を飛ぶ二機のエクストラマシーンは、熾烈な空域戦を展開していた。
雷刃が重なり、火花を散らす。
交差を合わせる度に引き起こされる火閃。
如何に性能があっても、モビルスーツは単なる機械のパーツの集合品でしかない。
だというのに、未来(エピオン)と再生(リボーンズ)の両機は、操者の魂に呼応して生きているように五体を駆動させる。
双対する輪舞は城塞、ダモクレスの周囲で凛然と広げられていた。
紅と翠の飛行機雲が空に描かれ、居城に収まる聖女を祝福する彩となる。
粒子の線を引きながら飛ぶ二機のエクストラマシーンは、熾烈な空域戦を展開している。
其方は要らないと光剣が鬩ぎ合い、その反発が大空に戦争の色彩を描き出す。
互いの存在を許さぬという、異なる意志同士の正面衝突。
戦争の本質を、この個人での闘いは在るがままに示している。
「―――!」
「―――ふ」
直後、僅かにコースを逸れるエピオン。
双刃の衝突にパワー負けしたことで軌道が乱れ、バランスを崩す。
猛るグラハムとは対照的に、リボンズ・アルマークは荒息ひとつ立てず不遜に笑みを浮かべるのみだ。
モビルスーツの性能。パイロットの練度。
優勢は常にリボンズの駆るガンダムの手中にあった。
戦場の諸々の要素を取り出せば当然の結果。
それだけ、支配する者と縛られていた者との開きは歴然としている。
単なる値の総計では、覆すことなど出来はしない。
何か他に、価値あるものを懸けない限りは。
「それで終わりかい、人間」
嘲り、嗤うリボンズ。
終わりかと。あれだけ息巻いておきながらもう勢いが尽きたのかと。
「その機体、その力も、元は僕が与えてあげたものだ。君達は自分で手にしたものは何ひとつとしてない。
親のお下がりを振り回しても、子供の駄々にしか見えはしないよ」
厳然たる事実。
エピオンもランスロットも、この会場の支配者たるリボンズが予め設置したもの。
つまり主催の力を超えた道具は存在し得ない。
借り物はどこまでも借り物。神の施しに過ぎない玩具で立ち向かうなど愚の骨頂でしかない。
「は……まだ、まぁだああああああああ!」
だが、否と叫ぶ声は硬く培った信念の刃を掲げ高く飛び立った。
減速したエピオンを置いて先を行くリボーンズガンダムを、すぐさま態勢を立て直して後に追いすがる。
「始まったばかりだ、何もかも!」
終わりではない。終わらせるわけにはいかない。
ようやくエンジンが温まってきた頃なのだ。ここで熱が冷めるなど不完全燃焼にも程がある。
己を燃やすのはここからだ。言った通り、本領はこれからなのだから。
「全てはこれからさ!そうだろう、ガンダム!」
現状を不利と判断しても、負けるとはグラハムは露とも思ってない。そもそも敗北を想定していない。
それはエピオンに内蔵される勝利を引き寄せるシステムの作用であり、何よりもグラハムの臓腑よりこみ上げる意志の決定だった。
ゼロシステム―――。
搭乗者を灰に帰す悪魔の焔は、今のグラハムにとっては血を滾らせる加護となって後押ししている。
「そうかい。だが生憎僕は楽しむ気はない。
速やかに、済ますつもりだからね」
リボーンズガンダムの左腕のシールドに、背部のリアスカート。
接続されていた数個の部品が弾き出され、それらが独自の法則で自在に飛ぶ。
高速で飛翔し旋回する小さな流星が、距離の離れたエピオンめがけて食らいつかんと矛を向ける。
「行け―――フィンファング」
奔る爪牙。
計八基の追尾兵器が、迫りくる不遜なる騎士を討ち落とすべく飛来する。
841
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2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:51:46 ID:B6bM9.2g
小型であるがゆえの利点を活かした機動性はマシンとは思えない俊敏さだった。
まるで風に乗り滑空する燕。アルケーガンダムのそれとは基礎性能からして格が違う。
威力もモビルスーツ一機を仕留めるには十分過ぎるもの。牽制用となれば理想的なスペックだ。
ましてやその操作を担うのはイノベイター。リボンズ・アルマークによる指揮。
聖杯の力で増幅されたヴェーダの処理能力は、既に確定された未来を割り出す域に達していた。
情報を統計する電子の支配者。未来を見据える千里眼。
凶悪なまでの組み合わせは、牢獄も同然に敵を幽閉する。
枢木スザクの駆るランスロットも逃れることは出来なかった運命という蜘蛛の巣。
定めの上を生きる限り、リボンズ・アルマークには誰にも勝てない。
「いまさら、そんなものぉおおおおおお!!」
それに立ち向かうのは、同じく未来を知る騎士の輝剣だ。
完璧な配置とタイミングで射出されたファングは、だがエピオンの脇を素通りして通過していく。
触れていないわけではない。回避が間に合わなかった装甲に掠り表面は融け出す。
後数センチ内側に入れたなら装甲を破り回路に突き刺さっていたほどの、薄氷の誤差。
嵐の中に自ら入り込んだ体は徐々に傷を刻まれていく。
だがそれでも、当たらないものは当たらない。
紙一重、間一髪。
一寸間際に抜けていった業火が、地上の沼地に撃ち込まれ蒸発する。
目視の叶わない「何か」の拍子を、今のみはガンダムマイスターであるフラッグファイターは刹那の輪を潜り抜ける。
「ごっ……!ぎぃ――――」
軋む器官が意にそぐわぬ奇声を起こす。
エピオンの挙動は、無茶苦茶の一言に尽きていた。
腕や脚を僅かに下げた最低限の動きで避けているかと思えば、全身が明後日の方向に凄まじい勢いで突っ切っていく。
ウイングの傾斜度を調整した微細な方向転換から、錯乱した新兵のような暴走した直進。
緩急の差が激しく何の前触れもなく代わる代わる起こる様は、狂人の舞踏そのもの。
だというのに、リボンズのけしかけたファングは一度として直撃していないでいる。
「あが―――は、が、ぁああ、あああああああああ!!」
声には狂気がなく、剥き出しにされた感情が曝け出されたままの原初の色を帯びている。
聴くリボンズは、撹拌は一瞬たりともなく揺るがない。
声を荒げることもなく、むしろ皮肉めいた微笑さえ浮かべて踊る騎士を見下ろしている。
「僕の定めた未来に割り込んでいるのか。小癪だね」
意味の見出せない無軌道な動きは、その実悪魔的なまでに計算されて導かれた回避経路だ。
ゼロシステムとヴェーダは、規模の相違はあれその機能には互換する部分がある。
共に情報収集を高度化させた果てに行き着いた演算機能。
ただ計算するだけなら、人間より機械である方がより確実で安易だ。
世界が違えても、発展を遂げた人類は同じ結論を見ていたが故の、当然の帰結。
リボンズ(ヴェーダ)が予測し、立てた未来図を、グラハム(ゼロ)はリアルタイムで書き換えている。
未来が現実に追いつく数秒、あるいはコンマでしかない差の間で新しい未来を作り出す。
無論、この方法にも穴はある。
たとえシステムが結果を予測し得ても、実際に機体を動かすのは生身のパイロットだ。
回避方法をパイロットの脳に伝達し指がその通りの操作を行い更にその指令を受け機体が動く。
これだけのロスを生んでは間に合うはずもない。予測は空想と堕ち、現実は死のまま不動のままだ。
「ははははははははははははははははッ!!!
どうしたガンダム!乗り遅れているぞ!このまま先に追い抜いてしまうではないかぁっ!!」
そのロスを、ただの人の身が極限以下にまで消すことでこの策は成り立っていた。
842
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:52:29 ID:B6bM9.2g
「今、私は君であり、君は私なのだ!
なればここで取り合う手は離れはしない、離しはしない!
血肉が焼き焦げ、心が枯れる最期まで踊ろうではないか!」
伝わるヴィジョンが脳に刷り込まれるより先に男の指は力を込めていた。
精確な指令が伝わる頃にはもう男の意思は次の一手に向いていた。
果ては死の可能性の警告を一喝で遮られてしまった。
処理が追いつかない。
男から爆発する激情の嵐を正しい指向性に向かわせるだけで精一杯。
今や悪魔と呼ばれたシステムは、荒々しい男の腕に振り回されるか細い姫君でしかなかった。
信じられない、と。このシステムを開発した科学者たちは嘆くだろうか。
素晴らしい、と。この機体を生み出した総帥は讃えるだろう。
未来に盲従する奴隷とならず未来を照らす標として掌握する。
エピオンが本懐としたその目的を果たすのは、彼らとは関わりの無い異邦人であった。
彼は人の革新などではなく。
人としての臨界を極めた者。
どこまでも人間らしく、人間たりえる強さを持った男。
それはいったいなんなのか。
あえてここで名を呼称する。
この男こそ、グラハム・エーカーであると。
「そうだ。君が見せるべきは死に向かう未来ではない。勝利が為の未来でもない。
私が望む、私の未来だっ!ガンダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアム!!!」
空に向けて駆け上がる姿は、真紅の鳥のようだった。
周囲を取り囲む爪牙を意に介さず、リボーンズへと突撃する。
それを許すわけもなく道を塞ぐファング。先端に収束されるGN粒子の閃刃。
その燐光を遥かに上回る怒涛の奔流が通過して、牙の一基が炎の中に消えた。
網が破られる。
包囲網に隙が空く。
再布陣は始まっている。一基欠けたところで力の不足に陥りはしない。
だが一瞬。ほんの刹那の一瞬だけは遅れる。
神は初めから己が傷つく想定などするわけがないのだから。
その、本来隙とするには細すぎる僅かに広がった穴に。
男は身をすべり込ますことを完了していた。
正面衝突。
トラックの事故か何かのように折り重なる二機。
大幅に迫った間合いの中で、双方の重量を受け止める日本の剣。
次の一手を振るおうとするより前に腕を弾かれ、下方に蹴り落とされる。
またしても、一撃は成らず。
乾坤一擲であった攻めは通りはしなかった。
未だリボーンズガンダムにエピオンはダメージといえるものを与えられていない。
最も本領を発揮できる近接戦になっても、ビームソードが装甲を貫くことはない。
「前だ」
しかし近づける。
斬り合う格好に持っていくまでは可能。
ならば勝機は無ではない。システムは肯定した。
「前へ……!」
前進。
「前へ――――――!!」
ただ、進め。
奴より迅(はや)く、克(つよ)く、より前を目指し続けろ。
立ちはだかる壁の分厚さなど考慮せず、男は駆ける。
843
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:53:25 ID:B6bM9.2g
赤と紅の鬩ぎ合いの最中も、ゆっくりと降下を続けるダモクレス。
中に抱える白い聖杯を求め指を伸ばす黒き聖杯との距離は、徐々にであるが縮まりつつある。
拒絶と同化の応酬は変わらず、どちらもが憚らず己を謳っている。
完成に白聖杯を取り込む必要がある黒聖杯に対して、既に完成した天の杯には地に満ちる泥はただの邪魔でしかない。
参加者を生贄として遇するリボンズにも、アレは神の道を穢す汚物以下の価値の屑だ。
だが泥で出来た樹木の如し威容は一向に儀式の場を譲らず我が物顔で花を咲かせている。
どれだけリボンズがファングで消し、ダモクレスが障壁で弾こうとも、這い出る呪いに際限を見せる気配は無かった。
「アレといい、君といい、枢木スザクといい……。
その生き汚さだけは称賛に値するよ」
それは、知人に世間話をかけるような、実に脈絡のない問いかけだった。
「―――いや、違うね。賛辞などとてもではないが送れない。
つくづく理解に苦しむよ。何故、君は今更になって立ち上がったんだい?」
言葉を紡ぎながらも攻めの手は全く緩めない。
聞き手に答えさせる気など始めからないというのに、リボンズは話を続けていた。
「もう終わったろう。君の為の戦いは」
ガンダムエピオンの取り得る動き、その全てを演算、測定。
27秒まで先の光景を眼に映し出し、新たな指定を組んだファングを向かわせる。
「全ては消えた。そしてこれから君達も消える。
君達は死ぬ。一切の容赦なく忌避なく確実に。
それがこの世界、いや全ての宇宙にとっての救いの糧となれるんだ」
枢木スザクと相対した際にも言った台詞。
リボンズ・アルマークはバトルロワイアルの参加者の死に本心から感謝している。
自らの作る、平和な世界の礎となれることを至上の光栄だと確信している。
だから絶対に今も生きる参加者を全滅させる気でいるし、そこに憐憫や同情に類する感情は砂粒程もない。
「だから今一度聞くよ」
背に接続した大型のフィンを排出。
計十二機のファングが空に軌跡を作り、エピオンを鳥籠状に囲むよう旋回する。
「何の意味もない行為に、どうして君達はそうも無駄に命を賭ける?」
囚われの騎士へ殺到する羽が、刃と滅光を携えて浴びせかかるる。
衝撃が朱の空を凄惨な色に落とす。
問いを答えさせる余裕も与えない波状攻撃。答えるどころか生存しているかも計れない。
実際、今のは限りなくリボンズの独り言に近い。
愚かな振る舞いを続ける憐れな生贄を見て、ふと思い立ったことを口にしただけ。
そもそも、答えなど期待していないのだ。
すぐに消す相手の意見など聞いてなんになる。
かくして聞く者は絶え、神の気紛れの愚痴は風に乗って消えて行く。
「――――――あるさ、戦う意味ならば」
答える声は、檻の爆心地に逆巻く風の中から機工人と共に現れた。
絶死を免れない筈の挟撃を、グラハムとエピオンはまたも振り切っていた。
定められた未来への割り込み。一人と一機の運命への反逆。
糸に針を通すより繊細で小さい活路へと飛び込み、神なる射手へと肉薄する。
「復讐か。
実に人間らしい、短絡的で浅薄な考えだね」
その結果を知っていたとばかりに待ち構えていた緋の銃口。
唸りをあげて、右腕に備えるバスターライフルが放射される。
唯一の逃げ場を塞いだ筈の光火は、騎士の握る剣に弾かれて何を捉えることなく逸れて行った。
「否だな。断じて否だ。
私が再び立ち上がれたのは、守るものがあるからに他ならない!」
「守る、だって?
守れるものなど、もうこの世界の何処にも残ってはいないだろう」
「あるさ!
ここにはまだ、残っているものが確かにある。残った者が今も生きている。
私を再び高みへと導いてくれた彼女の声は、この胸に残り続けている!」
844
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2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:53:49 ID:B6bM9.2g
耐えられないと屈していた空虚感は、熱い火を宿す炉へと変じている。
胸を埋めるのは、たった数秒の光景。
今までの自分が当たり前に持っていた、身を焦がす情熱と同じもの。
その瞳を憶えている。
自身がどれだけ穢れようと、侵してはならない輝きがあったのを憶えている。
あの涙を否定することなど、例え本物の神だろうと譲る気はない。
世界の使命や救済の大儀に比べれば、実にちっぽけな意味。
このグラハム・エーカーだけにしか意味のない戦う理由。
―――十分過ぎる。
少女の涙の意味を変えるため。
男が命を張るのには、まったく不足のない理由だった。
神の嗤いを、刃持つ手でその存在ごと拒絶する。
騎士は、いと高く吼える。
「これは、それを守るための戦いだ!!」
空中で爆散。また新たなファングが騎士の剣の錆と消える。
「それこそ、無価値だ」
男の狼藉を黙って見届けるリボンズではない。
吐き捨てると同時。
天に唾吐く不届きへ、懲罰の火柱が突き立てる。
グハラムの戦闘倫理が導いた勝機の到来の予感と、ゼロシステムからの啓示は同時だった。
ここが乾坤一擲の出所。
敵の攻めを覆し、そのまま己の攻めの枕へと転化させろ。
眼前に迫るビームの柱。
破界の力を帯びたGN粒子の奔流。
それに対してのグラハムは、エピオンが持つビームソードを前面に構えただけ。
更なる、前進の選択を続行した。
ビームソードは輝きを翳させることなくその威容を維持する。
十重二十重に乱射されるビームを前にして、光の動きは衰えもしない。
一刀を振りかざし、目前に広がる乱舞の総てを迎撃していく。
それどころか、新たに注がれる力。
刃は巨大に、強靭に成長していき、遂には向かう激流の嵐を完全に圧倒した。
攻めを最大の守りに変えて、騎士は神へと刃を叩きつける。
ビームの雨の迎撃に怯むことなく懐の隙を突いたというのに、敵の対応は俊敏だった。
相克の戦刃。
天から見下ろすリボーンズガンダムに、地から昇りつめるガンダムエピオン。
この構図は崩れることなく、先の展開が再現される筈だった。
「私の道を阻むな」
鍔迫り合う腕が狭まる。
満ちる光は臨界を知らず、白滅する視界でブースターを前に倒す。
反発する磁石のように弾かれてばかりだった機体が、今は何秒経とうとも繋ぎ合っている。
今度は離さない。へばりついてでも距離を詰め寄る。
近づき斬ることだけに集約された機体(エピオン)にはそれしか戦い方がない。
そしてそれはグラハムの心象と過たず一致している。この愚直さこそ己に見合った戦い方。
信念という槌に鍛えられた一振りの刃を手に。
天高く飛ぶ神へと叩きつけるがために立ち臨む。
空に浮かぶ月ほどの距離であろうと、武器を届かせることを諦めない。
そして、敵はすぐそこにいる。
腕が触れ合うまで近くに対峙している。
ならば、届く。
この一線こそ境界。人と神との絶対階梯。
これを上回り、この敵より先の空へと昇らねば勝利はない。
「用があるのは、その先だ!」
ふたつの光が分離する。
グラハムが落とされたのではなく、初めてリボンズが退くという形式で。
距離を置こうとして開いた彼我の空白に、獲物へ躍り出た蛇のように伸びる鞭。
赤熱化したヒートロッドを咄嗟に弾いたリボーンズガンダム。
しかし制動を失いバランスを崩した機体は反転し、赤い無防備な背中をエピオンに晒した。
そこに閃熱の一文字を走らせて両断すべく掲げた右腕を、
―――危険、停止しろ。
845
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2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:54:51 ID:B6bM9.2g
「――――――っっ!!」
エピオンからの啓示に、今度はグラハムが冷や水を浴びせられる格好になる。
攻撃に支配されていた思考は電気的に捻じ曲げられ、機体を今にも貫こうとした粒子の波を剣で受け止めさせていた。
リボンズのガンダムは、赤い背を向けたまま向き直ろうともしない。
グラハムのエピオンなど眼中になく無視した形。
だが感じた。相手は歴とこちらを見てるのをグラハムは分かっていた。
ガンダムの丁度後頭部にあたる部位がせり上がって現れた単眼が、水色の光を灯らせて視線を向けている。
「可変機か……!」
パイロットとしての分析眼とゼロシステムの精査から、グラハムは敵機の変化を看破していた。
肩や腰部の僅かな組み換えによって、既に背は胴となって反転していた。
天使、あるいは神として純たる雰囲気を示していたガンダムタイプとは打って変わって、
苛烈なる鮮花、刃向う蟲を打ち放つ光で呑み込み消し去る砲撃戦用のフォルムへと。
「リボーンズキャノン……」
背面の死角を補わせる特異なる形態。
塗られた赤は火の色。下賤なる反抗者の血など触れ得ざるまま焼却される。
「―――なるほどね。そういうことか」
裏返った機体に収納されるファング。
形態を変じようとリボンズの威容に翳りはない。
羽の一枚や二枚をもがれた程度で天の威厳は失いはしない。
「思えば、人類はいつだって不合理で不利益で不都合な事ばかりを率先して起こす種族だったね。
揃いも揃って時間を稼ごうとして、何か都合のいい救い手が現れるのを期待している。
納得したよ。君達はまさしく旧世代の人類そのものというわけだ」
戦力比もまた同様。劣勢は常にグラハムであり、攻めているのはリボンズ。
伯仲しているに見える攻防も、その実全てを振り絞って食らいついて行けてるのが現状。
それでも戦いと呼べる形に均衡を保っているのは、リボンズには余裕があったから。
神になぞらえる傲岸さならではの戯れが中にはあったからでしかない。
「けどね」
ガンダムが空に向け指をさす。
パチン、と指を鳴らすような動作。
直後に眩い閃光が降り注ぐが、攻撃の波長は一切ない。
ただ頭上に起きたその変化に、グラハムは視線を釘づけにされた。
星が、動いている。
時の流れでしかその位置を変えない星々が、独自に意思を持ち始めたかのように軌跡を描いていた。
暗夜に散りばめられた光の砂。
たった今生まれた銀河が、リボンズがいる場所を中心に集まっていく。
幾多もの天の川が渦を巻き、機神を照らす。
天体図に手を加えるそれは、まさに神の如し行為。
新生の神を称賛する、信仰の威厳が闇を満たす。
「君はさっき、僕にとって見過ごせぬ失言を吐いた。よりにもよって、その言葉を使うとはね」
846
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2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:55:16 ID:B6bM9.2g
心臓を直に締め付けられる。そんな感覚が襲う。
機械越しに放たれるプレッシャー。その濃密度が圧倒的に増していく。
「神(ガンダム)は、僕のみだ。
僕こそが、それを名乗ることが許されるんだよ」
この会場が、スペースコロニー内に造られていたという事実を知りもしない参加者には信じがたい光景。
リボンズは景気づけの一種でも披露したとでもいうように、聞く者に重くのしかかる言葉を告げた。
背筋に鉄柱が刺さる。
肌が泡立ち解離する。。
敵から初めての、意味を持った視線に、とうに振り切れていた警戒域がもう一段階突き破った。
「いつまでも君一人にかかずらうほど僕も退屈していない。やることは多いんだ。
なにせそこの外野の相手もじきにしてあげなきゃならないんだからね。
故に、もう遊びは終わらせよう」
距離と壁の概念を越え、極限に鋭敏化したグラハムの精神は、そこに微笑う男を見た。
戦場に似つかわしくない穏やかさでありながら、他者の人格というものを無慈悲に踏みにじっていく酷薄な表情。
「君の望みを聞いてあげよう。名誉に預かり、光栄に思うといい。
―――少し、本気で相手をしてあげるよ」
殺意のある言葉。
死をもたらす声。
この時リボンズ・アルマークは、バトルロワイアルの支配者は。
掃討ではなく、敵と戦うという行為として自らの意識を切り替えた。
動いたのは、グラハムの操るエピオンが先だった。
自らに向かう意識が薄かったリボンズから、明確な敵意を抱いたからだ。
軍人としての経験。ゼロシステム。昂る感情。
この三要素が密接に絡み合うことで、グラハムの認識力は戦場での感情の機微を読み取れるまでに至っている。
「ッ!?」
しかし撃たれたのはこちらの機体。
濃紺に近いエピオンとは異の趣でなぞらえられた、眩く焼くような色の巨神。
その砲身、自律移動する誘導兵器であったものから放たれた光が、加速を始める寸前にいたエピオンの出鼻を折りに来ていたのだ。
単純な反射だけで窮地を感知して腕を振るう。左腕の小楯が直撃は防いだ。
今までの攻防を遊戯と思わせるだけの差異に、発汗が止まらない。
「終わる末路は同じとはいえ、長引けば苦しみが増すだけだ。
耐えきれなくなったら……その時は簡単だ。止まって、ただ待てばいい。
自害など醜い死などではなく、救世主たる僕の手で贄に捧げるのが、君たちへかける最大の慈悲だ」
弾ける滅びの種子。
乱射される光のシャワーがグラハムを覆い、影を消し去ろうとする。
返答する余力は今度こそなかった。
全ての技量、全ての力、全ての命を費やしてでも、この破滅の火を切り抜ける。
でなければ、グラハム・エーカーのちっぽけな願いは叶わないのだから。
◇ ◇ ◇
847
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2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:56:50 ID:B6bM9.2g
2 / Calling you (Ⅰ)
―――高度急速低下。
―――落下衝撃計算。
―――危険危険危険。
けたたましく鳴る警告音。
落ちていく高度。
表情を歪めながらも、枢木スザクは確かに捉えていた。
モニターに映るのは近づいてくる地上の景色。
立ち並ぶビルの一つ、屋上に立つ少女の姿。
その傍らで、隣のビル一棟を踏み潰して地表に突き刺さった巨大な棍。
「さあッ! ツケを払ってもらおうか! 枢木スザク!!」
その声は聴いたことのない少女のものだった。
少女の姿も、見た事のないモノ。
そうスザクは見たことがない、その少女の、生きている姿を。
「あれ……は何だ……?」
見た目は間違いない、服装は違うがアレは確かに上条当麻が拘っていたとある参加者の死体に酷似している。
しかし今、彼女は動き、そして自分に凄まじい悪意を向けている。
アレは誰だ。死人が生き返ったとでもいうのか。あるいはよく似た他人か。
この時、このタイミングで現れる闘争の火種。未だ放送で名を呼ばれていない者。スザクを知っている口ぶり。
そして何よりも、何よりも、どこかで見覚えのある、少女の見た目とはあまりに不釣り合いな、あの戦いに飢えた獰猛な笑みは―――
「まさか……」
心当たりは、一つしかない。
「そォよ!! その『まさか』よッッ!!」
ビルから飛び降りた少女――傭兵は控えていた巨大な機械棍に、召喚したダリア・オブ・ウェンズデイに乗り込んでいく。
機械に、血が巡る。
戦うための装置に、確かな闘志が注ぎ込まれていく。
戦場に、火種が弾ける。
スザクは呼んだ、その、今も燃え続ける火の名を。
「アリー・アル・サーシェス……なのか……?」
「ははははははははははははははははッッ!!」
名を呼ばれたことによってか。
起動するヨロイは歓喜に震えるように鳴動し、通信によって届けられた声もまた気色を含んだ大笑だった。
「嬉しいねぇ!」
立ち上る土煙の内側で。
武器形態をとっていた機体が変化する。
亀裂がずれ、形を新たに。
四肢を持ち、頭を持つ、人型。
そして咲く。
美しくもどこか毒々しい、戦場の華が。
「憶えていてくれたのかよッ!」
まずは挨拶。
それは一撃だった。
848
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:57:56 ID:B6bM9.2g
「踊ろうぜッ!! まずはテメエだ!!」
ダリアの持つ棍が伸びる。
土煙を切り裂く一閃。
召喚の触媒と同じく流体金属であるそれは先端を鋭利にし、槍撃と化してランスロットへと襲い掛かった。
「……くっ」
着地直前とはいえ未だ落下の渦中であるスザクにそれを回避する術はない。
しかしある意味では僥倖と言えた。
エナジーウイングで勢いを殺していたとしても、着地の際の隙は消すことができない。
ならば、目前の攻撃を利用し、活路とする。
動く腕、指先、操作盤を叩き、即興で編み出した突破法を実現する。
エナジーウイングの動力をカット。
落下速度上昇。鋭く尖った棍の先端がコックピットを捉える前に自ら飛び込む。
振り下ろす片腕、握るメーザーバイブレーションソードをダリアの懐に打ち込まんとし―――
「おおっとぉ!!」
急速に戻された棍がスザクの反撃を弾いていた。
しかしそれによってランスロットは落下の勢いを削がれ、スムーズな移動が可能となる。
跳ね飛ばされながらも後方のビル壁へ足部を押し当て、エナジーウイングの停止と同時にランドスピナーを起動。
続けて発射されるスラッシュハーケンと合わせた立体起動でもって、追撃の光学兵器を回避する。
ダリアの両肩部。
合わせて二つ取り付けられた花びらのような砲台から黄色のレーザーが連続して放たれる。
一撃一撃の威力が重く、脅威だ。
まともに受けて動きを止められれば後の展開は明らかだろう。
一発の被弾も許されない状況下で、ランスロットはビル壁を飛び回りかわし続けていた。
「テメエのおかけで俺の身体はこのザマだ! なぁ笑えるだろ!?」
止まぬ攻撃の嵐には大笑が付随する。
不意打ちによる開幕から立て続け、敵はスザクに向けて悪意ある言葉を投げ続けている。
「旦那にも世話んなったしな!
諸々込みで借りを返しに来てやってんだ喜べよ! オラァ!」
肩部ビーム砲による射撃と、振り回される三節棍。
回避に全力を傾けながらスザクは確信した。
荒っぽい熱があり、しかしどこまでも鋭い冷たさを併せ持つ戦い方。
確かに覚えがある。間違いなく、あの時戦い、そして死んだはずの傭兵の物だ。
生きていた。
と言えるだろうか、目の前の姿は。
死体は確認済みだ。傭兵自身が『このザマ』と告げたように、彼の身体は確かに元の物と比べれば見る影もない。
筋力も無い貧弱なものへと弱まり、そもそも性別すら違っている。
アイデンティティの喪失とすら言えるだろう現象をもって、それでも―――
「生きていた……のか?」
「ああ? 死んだよ。お前に殺された。ご臨終だ」
「だったら……」
だったらなぜ。
ここに、目の前に、枢木スザクの敵としてここに居る。
「ああ?」
傭兵は攻撃の手を止めることなく、当然のように答えた。
「それでも『生きてるから』に決まってんだろ」
堂々と。
言い切った。
生きている限り、俺は俺であり続ける。
俺は―――戦争(おれ)であり続ける。
849
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 00:59:21 ID:B6bM9.2g
何一つ、変わらない。
今も、昔も、過去も未来も、容姿遍歴状況機会全て、彼を揺らがせる要因にならない。
その圧倒的個我。
強すぎる自我。
誰よりも人間として生きながら、それは人間を超えていた。
「なぜ……?」
ランスロットが堕ちるまで続けられるかに見えた連撃が不意に止む。
「だとしても何故だ……?」
同時、スザクはもう一度問いかけていた。
問いに込められた意味は、先ほどとは違う。
死んだはずのサーシェスが何故生きているのか。そして何故ここに居るのか。
どちらも既に意味のない質問だ。
どちらも先ほどのサーシェスの答えで事足りる。
生きているのは、生きているから。
ここに居るのは、それがアリ―・アル・サーシェスだから。
しかし一つだけ分からない事がある。
何故、枢木スザクを選んだのか。
この状況。
最終局面において、枢木スザクを狙うという選択それが分からない。
理由として筋は通っている。サーシェスは確かにスザクを狙う理由がある。
しかし、どこか納得できない。この男が、このタイミングで、果たして私怨で動くだろうか。
それも、万全でない機体で、だ。
「ちっ……」
サーシェスが攻撃を止めた理由は会話をする為ではない。
単純に続けられなくなったのだ。
「やっぱガタが来てやがるな……」
ダリアの左肩部。
片方のビーム砲が破壊されていた。
ランスロットの攻撃によって、ではない。
ダリア自身の攻撃途中に、自壊したのだ。
理由は一つ、もともとダリアはダメージを負っていた。
それも一か所だけではない。
攻撃を止めた機体を観察すれば、どこもかしこも破損している。
左の光学兵器のように、動き続ければひとりでに壊れるほどに根深い傷も少なくない。
損傷の程度だけに関して言えば、ランスロットとそう変わらない程と言っていい。
要因があるとすれば、召喚時。
開ききっていない結界を無理やりこじ開け、殺し合いの場に侵入させた弊害か。
そもそもヨロイの召喚は、殺し合いの中で起こらないように制限されていたイレギュラー。
自爆したダンが結界に亀裂を入れていたとは言え、無理に行えばどうなるか。ダリアに深く刻まれた損傷が物語っている。
「まあいいぜ。これで条件は同じだ。続けようじゃねえか」
全身の傷口から火花を散らし、青黒い血のような液体を流しながらヨロイは体制を整える。
「で、なんの話だっけか。ああ俺がお前を狙う理由か? さっきも言ったろうがよ。テメエには借りがある。
あとはそうさな。空に上がった奴の中じゃテメエが一番落としやすそうだったから、だ。分かったかよッ!」
再開された攻撃は先ほどよりも苛烈に。
自壊を一顧だにせず、サーシェスは攻め続ける。
「僕を倒した後はどうする!? リボンズ・アルマークにおとなしく殺されるのか?」
「はッ!! 馬鹿にしてんのかよッ!!」
ランスロット、ダリア、共に手負い。
しかし機体に備える兵器の威力規模では、やはりダリアに軍配が上がった。
単純にスケールで上回る以上に、破壊するための出力に違いがある。
一撃当てられれば趨勢が決まる条件は先ほどまでと同じ。
攻撃権がダリア側に在り続けることがその証明。
「『まずはテメエ』だ。最初にそう言ったろうがッ!!」
対するランスロットが勝るものはスピードだ。
今までダリアが繰り出した全ての攻を回避せしめた事が証明。
損傷したダリアの内部は、己の攻撃動作の重さに悲鳴を上げている。
一撃毎に全身の破損を増やす状況が続く以上、時間が経てば形勢逆転の目はあった。
ならば勝負の構図は明らかになる。
ランスロットが潰されるのが先か。
ダリアの完全自壊が先か。
達人である彼らの、腕(スキル)を競う第二ラウンド。
850
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:00:44 ID:B6bM9.2g
「本気で……この男は……」
戦いの渦中。
スザクは表情を歪めながら目前の敵を見た。
敵は尚も襲い来る。
この最終局面で、借りを返すために来たと。
そんな実際は、『本人すらまるで拘っていない理由』を掲げて。
そう、態度を見ればわかる。戦い方を見ればわかる。
アリー・アル・サーシェスは拘っていない。
傭兵は獰猛だが、同時に狡猾であり、冷静だ。
私怨、借り、殺されたから、などと言う理由で戦っているようには見えない。
スザクに向けられているのは悪意だが、そこに怒気が足りなすぎるのだ。
しかし理由はそれしか見当たらない。
まるで後付のような、戦うついでのような、理由しかない。
そんな自分ですら本気でない理由を、アリー・アル・サーシェスは最後の戦いに臨む理由として言い放つのだ。
まずは借りのあるスザクを倒し、そして他の参加者も倒し、いずれは主催者も倒す。
そんなことを、神に抗う以上に正気から外れた行いを、為すとでもいうのか。
あるいは本当に、ただ戦火をまき散らすために、戦争をやりに来たとでも。
だとすれば、この傭兵は、この存在は、どこまで―――
「それはそれで楽しいだろ?」
『世界の歪みだ』、と。
自分でない誰かの言葉が、脳内で反響する。
二度目だ。
リボンズと相対した時と同じ、不可解な幻聴。
だが今回の声には、全面的に同意する。
これは駄目だ。
目の前の存在は看過できない。
枢木スザクが目指したもの、そしてルルーシュ・ランペルージが目指したもの。
作り出す世界は、これの無い世界だから。
だから、確信する。
アリー・アル・サーシェスは、枢木スザクの敵だ。
倒さなければならない、今、ここで。
「さあ、どぉするよ!? まさか本気で逃げ切れるつもりか騎士さんよぉ!?」
変幻自在な棍の軌道。
連射されるビームの嵐。
一つ当たるだけで終わり、だが全て回避する事に成功している。
魔王、そしてリボンズ、連戦によって損傷し続けたランスロットのコンディションは最悪と言っていい。
回避することは出来ても、こちらからは一切攻められない状況が続いている。
はっきり言って絶対的な不利。圧倒的な窮地。
それでも尚、生存のギアスと同調する意識は駆動を止めない。
伸びあがる棍の先端、回避し、時に剣撃を合わせ迎え撃つ。
放たれる光学兵器はランスロットを捉え切れず無人のビル群を倒壊させるのみ。
交戦開始からあと数分も経てば、ダリアの自壊は進み、反撃の機会が訪れるかもしれない。
その目算があるとしても、スザクの中には焦りがあった。
――早く、決着をつけないと。
空の戦い。
それこそが此度の最終決戦の本戦だ。
復活したグラハム一人でリボンズが倒せるとは思えない。
無論、今の状態のランスロットが援護に向かったところで趨勢が変わるわけもないが。
しかし行かなければと強く思う。
少なくともグラハムが一人で応戦する限り、決してあの敵には勝てないだろう。
今すぐにでも駆けつけたい。
だが、目の前の敵が空への帰還を許さない。
こんなところでとどまっている場合ではないのに。
焦りが、精神を蝕む。
「ぼさっとしてんなよォ!」
意識の間隙に、棍の突きが割り込んだ。
片足に掠ったものの、直撃だけは避ける。
バランスを崩したランスロットを、更に追う光学兵器。
射線から逃れ、高層ビルを盾にしながら後退した先に―――
「これは……」
「おお、もう見えてきたのかよ」
交戦開始からどれくらいの時間が経ったのだろうか。
ビル街を移動し続けた二機は、いつの間にか戦いの中心へと近づいていた。
すなわち、展示場。
黒の泥が犇めく、もう一つの本戦。
851
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:01:27 ID:B6bM9.2g
噛み締める苦みと共に、スザクはスピードを落とすしかなかった。
近づきすぎるわけにはいかない。
直感的に感じ取る。
黒の塔は鳴動の頻度を強めている。
建造物を貪り食うアレはまるで生き物だ。
ランスロットに乗ったまま近寄れば、果たしてどう反応するか。
「どうしたよ? もう退くことも出来ねえってか!?」
動きを緩めたランスロットへと、追撃は激化する。
当然だが、敵は攻撃の手を止めてはくれない。
誘導されていたと、気づいたときには手遅れだった。
このまま退き続ければいずれ、展示場にとりついた泥の範囲に入ってしまうだろう。
ランスロットを泥に触れさせることが何を意味するのか、スザクには分からない。
しかし、汚泥に対して過剰に反応するギアスが告げている。
――このまま退き続けるわけにはいかない。
後退は、もはや不可能。
そして逆に、これ以上ダリアを展示場に近づけさせるわけにもいかなかった。
何故なら展示場には今、黒の泥に対応するべく向かった者たちがいる。
阿良々木暦、両儀式。
仲間として動いているわけではない。協力しようという取り決めすらない。
だけど同時に、彼らはそうするだろうという確信がある。
ほんの一時の邂逅、少しだけ言葉を交わした。
ただそれだけでも、事足りた。
彼らは生きようとしてる。生きるために、やれることをやる筈だと。
だとすれば、あそこに居ない筈が無い。
泥の渦中で戦う彼らに、戦争の火種を近づけさせてはならない。
つまり、『ダリアが息切れするまで回避に専念する』と言いう戦法は呆気なく潰されていた。
倒すしかない。
足を止めて、今すぐ、迅速に。
だがそれは困難を極めるだろう。
どれほどスザクの操縦技術が高くとも、ギアスによる底上げがあったとしても、ランスロットの性能が高かったとしても。
既に、連戦に傷ついた機体は限界だった。
黙したまま、踏み込む。
戦闘開始から十分弱、初めてランスロットが攻勢に転じた。
ランドスピナーの推進力にスラッシュハーケンの射出を合わせ、一気にダリアの懐へと飛び込む。
振り上げたメーザーバイブレーションソードをコックピットへ突き出すも、折れ曲がる三節棍に阻まれ、火花が散った。
次の瞬間、ダリアの光学兵器が発光する。
完全にランスロットを捉えた射線だったが、急速に左方向へと移動することによって回避を実現。
攻撃直前、左方向のビル壁へと突き刺していたハーケン、それを引き寄せる事で為す立体起動だった。
そのままランドスピナーでビル壁を滑り下りながらダリアに接近。
間断無く再度の攻撃。
今度は剣のみでなく、回転を加えた蹴撃を三連。
全て振り回される三節棍に弾かれるも、ハーケンを射出しコックピットを狙い撃つ。
だが敵もやはり達人級。
跳ね上げる蹴りでハーケンを弾き返し、棍を地面に突き立て棒高跳びの要領でランスロットに迫りくる。
――強い。
滴る汗もそのままに、スザクは目前の敵が紛れもなくアリー・アル・サーシェスであると再確認した。
この豪快さ。冷徹さ。そして狡猾さ。
生身で戦った時と変わらず、確かに顕在している。
このまま無理に攻めれるのは得策ではない。
分かっていても退路は断たれていた。
叩きつられる三節棍の一撃を完全には躱し切れず、ランスロットの足部が損傷する。
バランスを崩したまま着地に移り、なんとか転倒は避けたものの、続けて放射されたビームが足元を撃ちぬいた。
炸裂するコンクリート。吹き飛ばされる機体。
立ち上る砂煙に窮地の中、勝機を見る。
ランドスピナーを逆回転させ、後退しつつ砂煙を前方へと押し出した。
追撃に放たれる光学兵器のレーザーは何れも、狙いを付けられずランスロットから逸れ、傍らに着弾する。
そうして吹き上がる黒煙と砂塵は、ランスロットの身を隠す幕となり同時に、
――前進。
攻める為の、死角を作り上げていた。
――接敵。
煙の幕を突き破り、今度こそ不意を突き返した斬撃を放つ。
ランスロットの位置を掴み損ねていた敵は対応すること叶わぬ筈であり――
「……いない?」
しかし、煙を抜けた先に、敵の姿は無かった。
光学兵器によって滅茶苦茶に破壊されたビルと、瓦礫に埋められた広場があるだけで、ダリアの姿がどこにもない。
逃げたのか、身を隠しているのか、しかし熱源はある。
「とぉころが!!」
それも――
「ギッチョン!!」
背後に。
852
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:03:54 ID:B6bM9.2g
「透明化!?」
ランスロットの腕部が、遂に捉えられた。三節棍が絡みつき、動きを封じていく。
景色に溶け込む光学迷彩。ここまで隠していた奥の手。
浮き上がるように現れたダリアに、不意を突き返されたスザクは感覚に任せて応対していた。
激動するギアスの声は、生存が脅かされている証。
本能のまま全身を疾駆させなければ、即、死に繋がる故に余計な理屈は撤廃する。
腕を締め上げる三節棍へと蹴撃を叩きこみ、同時接近するダリアにハーケンを射出する。
ハーケンの先端がダリアの脇腹部分に突き刺さり、青黒い液体が噴き出すが、腕を引き寄せる棍は緩まない。
近づいていく両者の距離。
逃げる事は不可能であると、決断したスザクは自ら間合いを詰めていた。
引き寄せられるままに腕を動かし、ダリアを刺し貫く体制で接触を待ち受ける。
「ノってくれるのかい? ありがとよぉ!!」
間を置かず、ダリアの胸部に深々と刺さる刀身。
吹き上がる、青黒い血のような液体。
勝負あり、かに見えた。
しかしスザクには分かっていた。
乗せられた。
これは敵の檀上であると。
「はは……!!」
傭兵は笑う。
「楽しいねぇ……!!」
楽しそうに、ただただ純粋に、楽しそうに。
「もっと続けてもいいんだが、ま、勝負あったな」
剣は深々とダリアを貫いている。
コックピットからは少しズレているが、決して浅いダメージではない。
ならば、なぜ笑うのか。
理由を、スザクは手元で実感した。
操縦桿が動かない。
機体が、ダリアから流れ落ちた青黒い血に濡れた部分が、トリモチに絡めとられたように動かない。
光学迷彩と、G-ER流体による拘束。
奥の手は一つではなかった。
ここまで隠し続けた機能をふんだんに使った絶妙な詰め。
傭兵の狡猾手腕ここに在り。
機体のコンディション。
戦闘中の焦り。
そして攻撃に転じるしかなかったという状況。
要因は様々だが、今ある事実はハッキリと、スザクの敗北を意味していた。
振り上げられる棍の先端は鋭く尖り、ランスロットのコックピットに狙いを合わせていた。
ギアスの警鐘が鳴りやまない。
生存の目があるならば、如何様にも体を動かす自信がある。
しかし肝心の体が動かない状況では、全ては無意味と化してしまう。
「俺の勝ち、だ。じゃあな騎士サマ。旦那のところに送ってやるよ」
そうして一撃は振り下ろされる。
最初から、都合の良い奇跡になど縋るつもりはない。
終わりは終わりであると、諦観するしかないだろう。
「――」
しかし、それでも、スザクは信じていた。
『何か』が、起こる。
グラハムの復活を目撃した今ならば、確信すらできる。
一度、不可能が可能になったのだから。
ここには、抗うと決めた者が、生きると決めた者が、自分以外にまだ残っているのだから。
「アディオス・アミーゴだ」
だからその、終わりを告げる、サーシェスの声を。
「――違います」
否定する、少女の声に。
「間違ってますよ」
スザクが、驚くことはなかったのだ。
853
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:05:28 ID:B6bM9.2g
地面を伝う真紅の波動。
砂塵を巻き上げ、コンクリートを砕き、それはG-ER流体を吹き飛ばしていた。
拘束から解放され、息の根を止めるはずだった棍の一撃を弾きながら、ランスロットは退き、体制を整える。
その隣に、その機体は在った。
「そうですよね、枢木さん」
スザクは思う。
やはりこの機体と共闘するのは少し違和感があるな、と。
しかし、彼女の言葉には、素直に同意することにした。
「ああ、間違っているよ。
……これからだ。これからなんだ、全て」
真紅のナイトメアフレーム。
紅蓮。
それを今、駆る事が出来る少女は、この狭い世界では一人しかいない。
「どうしてここに来た? 平沢さん」
平沢憂。
最後に残っていた参加者は、ここに参戦を表明する。
生きる、と。戦う、と。
何のためか。
その答えを、今は得ているから。
「私には、いま、会いたい人がいます。伝えたい言葉が、あるんです。
―――だから、ここまで来ました」
あの黒き塔の中で戦い続ける、平沢憂が会わなければならない人。
会いたい人のもとへ、行くために。
そして、その為に。
「あの人は、通行の邪魔です」
「同感だ」
白と紅の機体は、再び並び立つ。
二人、目指す場所は違う。
スザクは上空の戦場に駆けつける為。
憂は黒き塔の戦場に辿り着くために。
それでも今、彼らには共通する認識がある。
「―――は。ははははっ! 誰かと思ったら、久しぶりじゃねえかよ嬢ちゃん!!
まったく上手くいかねえなぁ嬉しい限りさ!!」
目の前の、こいつは邪魔だ。
生きるために。
届かせたい思いの為に。
倒して先に、行かなければならない。
再び始まる戦闘の直前。
騎士は一言、傍らの少女に声をかけた。
「これは命令じゃなくて、君の言う『お願い』だけど……死なないように。
君が死ぬと悲しむ『お人よし』が、あの黒い塔の中に居るみたいだから」
それに、少女もまた、自らの言葉を返した。
「はい。だからそんな『お人よし』さんの為に。
私からも『お願い』です。……枢木さん、死なないで」
その言葉にスザクは表情を変えたのか。
言葉には何も表さず。
「――――ついてこれるかい?」
「ええ、ルルーシュさんには、ついて行けたので」
「そうか。だったら、加減はいらないな」
ただ前へと、傾ける操縦桿。
白と紅の二機は、それぞれの目的地へと至るため、突貫を開始した。
◇ ◇ ◇
854
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:18:08 ID:B6bM9.2g
3 / LAST IMPRESSION (Ⅱ)
―――吐き気がこみ上げている体を黙殺して、神経を極大に尖らせる。
モビルスーツのコクピット内だというのに、体中は汗で濡れていた。
血も、沸騰でもしてるのではないかと思うほど滾っている。
生身で全力で大地を疾走してるのに近い、状況に合わない疲労感が溜まっていく。
その感覚も知らないと放り捨てて、今はただグラハムは機械を動かす装置に成り切る。
操縦桿を折りかねない程握り締め、迫る死の具現をかわし続ける。
落ちてくる流星群。
エピオンという特異点に向けてそれらが全て降りかかる。
威力自体は、先と変わりない。
魔術、怨念といった曰くのある呪いが込められているわけでもない。
ただ射手を伝って穿ちにかかる光線の殺意だけが、明瞭に知覚できる。
それだけの変化で、リボーンズキャノンの放つビームは、急速にグラハムの精神を削り上げていった。
一撃の濃度が違う。
一発の精度が桁外れだった。
迫るビーム全てが『お前を殺す』と吼え上げて背中に降りかかる。
単調、そして圧倒的威力。
肩を掠める光線のように、あまりにも直線的に貫きにかかる意志。
一息の後、脳裏に浮かぶイメージ。
ギロチン。断頭台。エピオンでなく、グラハムの命を狩り落とす処刑刀。
マウントしたビームソードを、ガンマンの抜き撃ちの要領で振り上げる。
「そちらから近づいて、くれるとはな!」
「遠くから撃つ以外、何もないと思っていたかい?」
砲台(キャノン)から人型(ガンダム)に変形を遂げていたリボンズの機体が、エピオンの土俵の領域まで近づいていた。
格闘戦特化の機体とのインファイトを恐るるに足らずとでも言う傲岸不遜。
「それも、一興!!」
ここで遅れを取るものではそれこそ名が泣くというもの。
重ね合わさる剣と剣。
意地と使命という別々の意志に握られて武器が踊る。
斬り合いは、やはり救世を求むるリボーンズガンダムが上手。
放たれる刃は電光石火。
かかる重圧は大地そのものを叩きつけるが如し。
唸る斬撃は人の神経の弛緩、静動、緩急の合間に挟み込まれる正確無比。
ゼロシステムで常時覚醒状態を維持している今のグラハムに気の緩みは無い。
だがどれだけ人体機能を制御しようと素体が人間である前提を覆せることは出来ない。
神の眼にしか捉えられぬ、点在する隙を突き、引き裂く。
十合衝突し、完全に相殺出来たのは六。残りはかわしきれずガンダニウムの肌を裂く。
融解する装甲には頓着せず剣を振るう。
どうにかしてこの形成を覆したい。
力も技も及ばぬというなら、せめて位置が必要だった。
だが敵はこちらの動きを先読みした動きでこの関係を強制させている。
『己より上は往かさない』。
それは戦術的な意味合いより遥かに大きく重大な、別の理由があるようですらあった。
やむなく、迫りくる一撃を迎えるのに合わせてブースターを反転。
リボンズを置き去りにして一瞬落下したグラハムが股下からの斬り上げを敢行する。
リボーンズガンダム背面の数点が発光する。
点から伸びたビームを盾で受け流すが、斬り込む間は奪われた。
特性を瞬時に変化させる前後面間の変形。
背面にも目があるも同様で、回り込もうにも容易に追い付かれる。
死角がない、とはこのことか。
感心する暇もなく、完全変形を遂げたリボーンズキャノンの腕部から巨大な爪が轟然と射出される。
繋がれるワイヤーには流れる白電。感電武器と予測。
剣(ソード)でなく、鞭(ロッド)で迎撃する。
雷電に溶熱。
絡み合う電熱の争いはスパークを起こし、反発。
ヒートロッドが先端部を焼き焦がされて返ってくる。
リボーンズキャノンのマニュピレーターには、損傷なし。
頭に飛来する稲妻めいた指令。
それに従い、止めていたブースターを瞬間始動させた。
コンマ後に後ろを通り過ぎる光の軌跡。それは一秒後の未来にいた自分自身の背中に穴が空く姿。
急な加速でかかったGによる内臓の負荷よりも、そちらの方が肝に堪える。
エンジンを再点火。続いて飛来する桜色の連弾が当たる範囲から離脱する。
「づっ!は―――――。
まさに阿修羅というわけか……!」
855
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:19:09 ID:B6bM9.2g
敵が本気を出すと宣言して、どれだけ時間が経過したか。
徐々に徐々に、追いつめられてきている。
ボクシングでいうボディーブローのように。
防戦の比率が上がっているのを、じくじくと痛感させられる。
本体と接続したフィンファングは、その形のままリボーンズキャノンの砲撃台としての機能を有している。
後続するビームの乱舞に背を向け飛ぶ。なるべくリボンズとの距離が開かないように軌道を狭めながら。
リボンズも当然それには気づいている。だからこそ、この間隔を空けさせない。
撃つ狙いは本体だけでなく、動きの誘導も含めている。開けては逆にこちらも当てにくくなるのだから。
僅かでも速度を緩めれば即座に食い込まれる。
逃げる以外の余裕を許さない追手は、エピオンにバード形態に変わる隙も与えない。
そしてこのまま逃げ続けたところでじきに弾丸はエピオンの背を撃つ。
牽制や布石に過ぎないといっても、遊びを抜いたリボンズの手は一発一発が必殺の計算に組まれている。
ほんの一瞬のミスがあればその時点で即殺の準備は成っているし、付け入る隙など既に幾筋も見えている。
主導権を握られているままでは、絶対に勝てないと確信がある。
当然だといえた。逃げれば勝てるのなら苦労はない。
「ぐ……!」
肩口を掠めた衝撃がコクピットを揺さぶる。
継戦に支障はない。だが先程よりも傷が深い。
獲物を屠る猟銃は明らかに精度を上げていた。
演算し弾き出された敵の速度や角度の数値。
実行されるはずの次の動きが、その直前に塗り替えられる。
事は、詰み将棋に近い感覚だった。
一挙手を阻まれ、一投足を取られる。
能力の指向性が同一なら、その後は個体自体のスペックがものを言う。
グラハムとエピオンがどれだけ先を見切ろうと、リボンズはその更に先を見越して先の先を打つ。
グラハムは、エピオンの力を余すことなく引き出せていると確信がある。
長年で培ったモビルスーツパイロットとしての手腕が、ここにきて異世界出のモビルスーツの操縦形態にようやく馴染めてきていた。
このガンダムの全スペック、潜在する性能は、自己の肉体も変わらぬ同調率で振るえている。
なのに勝てない、ということは。
己はこの相手には、決して。
「ならば――――!」
分かり切っていた結末に見切りをつける。
絶望的な戦いであるのは身に染みている。それでも戦いに身を置いたのだ。
猛烈なGに揺らされるまま、グラハムの手がスロットルを前に倒した。
ブースターから排出される火の勢いが獣の咆哮を上げ、大型の断層を作り大気を引き裂く。
細緻な設計により汲み上げられたガンダニウム合金製の装甲すらもが常識外の圧に軋みかける。
だがグラハムは一切手を緩めない。あろうことか更なる加速を得ようと各部ブースターに調整を入れる始末だ。
超高速で走る棺桶と化したコクピットにおいてその暴挙を戒める声は皆無だ。
まして唯一の同居者であるインターフェースは是であると肯定して男のタガを緩めさせるのだから最早どうしようもない。
「――――――――――――――――――――――――!!!!!」
肺に溜められていた空気も処刑装置へと変貌した空圧に押し出され、言葉にならないまま叫喚する。
常人なら内臓破裂、熟練のパイロットでも意識を失う環境。
極寒の氷河の只中に等しい絶死の地。こんな場所で生きていられるのはそれこそ人間業ではない。
「――――――いまだ!」
だがグラハム・エーカーはどこまであっても人であり、故に阿修羅をも凌駕する存在だ。
加々速を重ねて弾幕が機体から引き離される刹那。
射手たるリボンズは当然その場面を予測して、誤差を修正した新たなビームをもう撃ち終えている。
一息で超える、二秒あるかの空白地帯。
機を得るには、それで十二分だ。
折り曲げられる肢体。騎士から一転、脚を頸部にした双頭の竜が爆轟の嘶きを呼ぶ。
意味ある言語を発することなど叶わない超音速の空域において、男はいと高く叫ぶ。
名を呼ばずして、この技は誇れる完成を見ないと示すように。
「人呼んで―――」
人型形態から飛行形態への空中可変。通常行われるマニューバの逆使用。
然るにリバース。単純極まる、一芸を極め上げた軍人の華。
空気の壁という不可視のレールを乗り上げ、竜は天を昇る。
「グラハムスペシャル・アンドリバース!!」
ほぼ直角に等しい機動は、先を予見して撃たれていたバスターライフルの光線を置き去りにする神速の疾りだった。
背を狙い続けたビームの嵐を、全てを置き去りにしてエピオンバードは駆け抜ける。
856
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:19:51 ID:B6bM9.2g
改めて騎士の姿に立ち戻り、鞘から剣を引き抜く。
付いた加速は削がない。追い風を得た翼でスペック以上の力を上乗せさせる。
リボーンズキャノンもまた、砲撃型から人型へと移っていた。
現れるガンダムの顔。肩のGNビームサーベルの柄を掴む。
再現される二機の衝突。一つ覚えと詰られようがそれ以外に選ぶ道などない。
神が用意していた掌の上の道だとして、ならばその手を突き刺すまで。
天の道理など、己の無理でこじ開ける。
傲岸などという反論は、それこそ聞く耳持たぬ。
「はあああ――――――――――!!」
今度の鍔迫り合いは、互角だった。
サーベルとソードの相克によるスパーク音に紛れた、金属同士がこすれあう嫌な音。
風を味方につけてのエピオンの渾身の一閃は、リボーンズの関節部に負荷を与えるだけで留まる。
偶然が勝ったか。計算通りの結末か。
どちらであろうともこの機を取りこぼす真似は犯さない。
このまま――――押して、押し続けて、押し切れば、あるいは。
うっすらと見えた一筋の光明。都合のいい希望的観測に過ぎないそれを現実に手にするためより一層力を―――
「驕るなよ、人間」
……重ね合った刃はそこから動かず制止している。
超音速下で突進したエピオンと、その場から止まっていたリボーンズ。
だというのに、エピオンの剣は一向に傾かない。敵の光剣を破れない。
ただそこに留まっているだけの機体が、何故これだけの力を誇っているのか。
「莫迦、な」
交差がずれる。
均衡は呆気なく傾いた。
自らの方向に折れる肘の関節。
押し込まれていく敵の刃。
風塵の勢いは完全に殺がれていた。
もう競り合うどころではない。
完全に、一方的に押し込まれていく。
「『少し、本気を出す』。
そう言った意味を、きちんと理解しているのか」
踊るような語りで答える。
「もう終わりだと、そう言っているんだよ」
笑みを浮かべて、伝える。
857
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:20:30 ID:B6bM9.2g
処刑の宣告と同義となった、言葉の槍。
穂先は明確な滅びのイメージとなって、グラハムの五臓六腑を掻き乱す。
そして優雅とも呼べる口ぶりで、その五文字を唱えた。
「―――トランザム」
真名(こえ)が、通る。
白滅する炎、神意の炎となった鋼の天使が、破壊を代行するべく真価を開帳する。
「―――があ……!?」
リボーンズガンダムの腕が振るわれて、その軌跡に燐が残る。
先んじて認識できたのはそこまでだった。
数秒後に追いついた衝撃と肉体の痛みが、起きた現状を如実に教える。
砕かれた。
騎士の鎧へ刻まれる、消しようのない瑕。
エピオンの独壇場であるべき真正面からの近接戦で後れを取る事実。
「この、力は……?」
力が、増している。
出力の増大。粒子炉の圧縮解放。
変わったのはそれだけだった。
単純な仕組みであり、事は明快。
故にこの局面においてはまさしく絶望的な壁となる。
力というものは、突き詰めて行けばあらゆる理論と概念をねじ伏せて振るわれる先を蹂躙し尽くす。
リボンズが切った札はそういう類のものだ。てらいのない戦術は、極限にまで研ぎ澄まされることで無類無敵の刃と変生する。
リボンズの機体の全身は、輝いていた。
桜色の光は接触する空気にも伝播させていく。まるで従属させているように。
美しく、しかしそれ故に、グラハムにとって冒涜的な何かに映る。
「さあ、しかと括目しろ」
世界が歪む。
そこから発せられる超逸した衝動が大気を染め上げ、空が捩れる。
地上にて蠢く泥の樹木が、威嚇を返すように震え悶える。
神の本領。
それが人界に向けて下される意味とは何か。
海を割り、天を裂き、地を焼き尽くす超逸の裁き。
常世の終わりを告げる審判が始まる、怒りの日の降臨であると。
「これが世界を導く、ガンダムだ!」
858
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:21:32 ID:B6bM9.2g
神を名乗り、今や神そのものの領域に立とうとしている男が遂に吼える。
その乗機。白き天使は燃える流星が如くに全身を輝かせる。
銃口から溢れる粒子と同じ色を纏わせた姿は、焔が人型を形成しているかのよう。
―――トランザムシステム。
GNドライブ搭載機がその身を焦がし解き放つ究極の神秘。
旧き秩序を破壊し、混沌が顕れる。
新生した秩序で地を治めるべく、懲罰の剣が鞘から抜き放たれた。
このグラハム・エーカーはそのシステムの存在を知らない。敵から放たれる光の正体を理解していない。
だが知らなくとも意味なら分かり切っていた。
これが相手の切り札。まだ余裕がある中で使う理由は一択。
確実に速攻で、この茶番劇を落とす。
即殺すると、廃絶の精神を見せてそう言ったのだと。
全身の汗が止まらない。
憔悴する体。麻痺する四肢。
近付こうとするほど身を焼き焦がす、太陽のような隔絶たる差。
それでも、気力だけは折れまいと鞭を打ち喝を入れる。
グラハムを補助するモノは常に味方ではない。
勝てないと認め、敗北を想起してしまえば、システムは即座に死に至る未来を搭乗者に流し込む。
脳を呑み込み侵す悪性の情報の波に人は耐えられず、最終的に廃人と化す。
だから敗北を認めない。リボンズ・アルマークの勝利を許さない。
誓いを思い出せ。この身は少女の願いも背負っている。自分だけの翼で飛んではいない。
手に掴むのは殺戮でも勝利でもない。彼女の願いは、この程度の窮地に折れる脆さではない。
立ち上がろうとした意気を、容赦なく折り潰す音が背後から聞こえた。
焼かれてひしゃげる金属。飛び散る破片。
途端、制動を喪い傾く五体。
原因は即座に思い当たる。
音源は背部。悪魔の趣向を捉えた左のウイングに、二本の牙が突き立てられている。
反応が遅れた。
否、反射的に飛び退いたのに間に合わなかった。
牙はとっくに獲物であるウイングの機関を食い破り、その機能を破壊していた。
爆散の衝撃とウイングの喪失で制御が崩れ落下しかける。
すぐさま各所のブースターを調節しバランスを整える。
その間にも閃光は目にも映らぬ機動でエピオンへと飛来していた。
ぎりぎりで制動を取り戻し軌道から逃れる。
二度目の爆発。今度は右の肩口を荒く削られた。
分かれた子機のファングもまた、その出力を飛躍的に増大されていた。
視界の隅に映った機影に、無意識で剣を振るった。
真横に近づいていたリボーンズガンダムの光剣が首に刺さりかけ、右のアイカメラが砕けた。
返す刃を迎えようとした途端、足元から昇ってきた研がれた殺気にのけぞる。
目と鼻の先を、串刺しにせんとしたファングが通過する。
注意が別の要因に移っていたエピオンの胴体に、赤化した脚から重い蹴りが入る。
後ろに反りかかっていた態勢で蹴り出されてそのまま大きく吹き飛ばされ、絶命に入る隙を晒す。
慣性に従ったままでは確実に撃たれる。
経験技術と計算知識が総動員された、機体と人体の損傷を無視した旋回。
結果、発射されたビームの流星はグラハムのいるコクピットを貫くに至らず、左脚の膝から下を消し飛ばすに収まった。
撃墜から脚部損失。
事実だけ見れば損傷は格段に低くなったといえる。
そして別の事実。グラハムとエピオンでは、もうこの攻撃は防ぎきれない。
ダメージは増す一方で、こちらは攻め返す転機を掴むどころか捌き切るのも叶わない。
更に最悪なことに。
敵は、上からだけではなかった。
「…………な……っ――――――」
昏い孔から覗く眼。
皮の剥かれた貌。
咽び泣く声。
引きずり込む腕。
閉塞した操縦室からでも鮮明に映し出される亡者の姿。
見える誰もがグラハムを見て、その生に引かれている。
―――渦を巻く。
罪が、この世の悪性が、流転し増幅し連鎖し変転し渦を巻く。
859
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:23:25 ID:B6bM9.2g
滝が逆しまになって流れる勢いで、カタチを得た呪詛が空より落ちてきた男を迎え入れた。
「あ、あああぁっ……!!」
脚を壊され、剥き出しになった回路に泥が触れ、流れ込む。
中に侵入しかき回していく恐怖が、グラハムの生存本能に火を点けた。
ビームソードとヒートロッドを螺旋に振り回し、機械をも取り込もうとしたアンリマユの胤を切り払う。
人間を呪い焼き殺す泥も、ガンダニウム合金の強度とモビルスーツのパワーを用いれば即座に崩れ出すというわけではないようだった。
だが安堵は許されない。泥の触手は既にエピオンを包み込むように広がっている。
まるで入り込んだ餌を逃がさないために花弁を閉じる食虫植物だ。
エピオンは機動性を活かし魔の手を逃れているが、如何せん数が多かった。
その上周囲に広がる逃げ場を奪う花弁状の壁が回避をより困難なものとしている。
両腕の武器で防いでいるが、ただ焦燥が胸に溜まっていく。
理由は。
「そう、くるだろうな……!」
下に巣食う怪魔の捕食に晒されるグラハムに、天上から落ちた光が降り注ぐ。
一条に留まらない赤いシャワー。
空を流れる呪いの大波は、陽を浴びた影として霧散される。
機体を反転させ、トランザムを維持したままのリボーンズキャノンが全ての火力を眼下へと集中させる。
「く―――おの、れぇ!」
当然、聖杯付近に位置するグラハムへ配慮など存在しない。
むしろ抜け目なく攻め手のないエピオンに向けて精確にビームを浴びせていく徹底ぶりだ。
リボンズには聖杯もグラハムも、殲滅の対象という点では同等。
諸共に消えてくれるのならかくも都合のいい状況はない。
頭上に盾を掲げ精一杯に防御するが、標準を下回る小楯では如何に硬度があろうと埋め合わせが利くものではない。
「は―――――――が――――――――――」
空からの鉄槌が機体を打つ度に、脳の芯が痺れる。
一秒経つ毎に増えていく傷跡。
磨り減らされていく勝率。
濃厚になる死の気配。
敗北の二文字が、徐々にグラハムに浸透していく。
銃は肺を焼き融かす。
剣は脳天を刺し壊す。
四肢は千切れ臓は腐り喉は枯れ目玉はくり抜かれ口は裂ける。
為す術はない。勝てる確率など既にゼロに落ちている。
いや、始めから勝ち目など存在していなかった。
当然の帰結として殺される。切り結ぶ前から死は決まっている。
「―――――――――――――――――ぐ、ああ」
考えるな。
それは、考える必要のないことだ。
勝ち目のない戦い、敵わない相手など先刻承知だった。
承知の上で、再び戦うことを良しとしたはずだ。
負けるもの、死ぬのも、絶望の淵に立たされるのもとうに覚悟していた。
それを見せつけられたところで、今更どうなる。
「――――――――――――――――――――お」
この敵を倒すと、あの瞬間決めた。
彼女の未来を守るためだけに、戦うと決めたのだから。
たとえその果てが、避けようのない運命だとしても。
負けてはならない。
負けたくない。
あの時と同じような後悔だけは持ちたくない。
それだけが、涙に散った月の姫に捧げられる、グラハム・エーカーの生きる証なのだから。
「オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ―――――――!!!」
爆音を轟かせながら片翼の騎士が黄昏を突き抜ける。
スラスターが絡みつく泥を引き千切り、天からの砲撃で空いた蓋を直線に疾走した。
起死回生を託す妙手。
そんなものなど、あるはずもない。
一つ覚えのようににこの身そのものを武器として、力でぶつかるしかない
出来るのはそのたったひとつだ。そうやってでしか生きられなかった人生だ。
ここに来たからといって、それが変わることはない。
あらゆる向きから雷光の苛烈さで襲い掛かるファングの掃射。
十基を超える数からの一斉砲火。それらを剣と盾だけで、要所だけを打ち返して本丸を目指す。
どの道全てに対応しきれないならいっそ他を捨てて、致命となる一撃だけに計算を合わせる。
860
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:24:01 ID:B6bM9.2g
見るのは前だけでいい。
呪いの声に耳を傾けるな。
そこから目を離しさえしなければ、事は足りる。
余計な思考、機能、感覚は全部カット。目も耳も肌も舌も鼻もシステムで補える。
空いた容量を使って敵の攻撃の対応に割り当てる。
だから――――――。
見て――――――。
前だけに――――――。
奴の上を――――――。
あの空を――――――。
「……あ?」
音が、聞こえた。
酷く、醜いモノが潰れるような音。
そんな音が、何故か敵に集中していたグラハムの耳には明瞭に届き。
何故かグラハムの体は時が止まったかのように動かなくなる。
頭部をゼロシステムとのインターフェースであるヘルメットで覆われていたグラハムには我が身の状態など見えていない。
死闘に全神経を注いていれば、慮る暇もなかった。
痛みも恐怖も増幅した脳内麻薬で欺瞞されて気にも留めなかった。
全身を濡らす水滴は汗でしかないと思っていた。
肉眼での景色が妙に赤いのも、ゼロシステムから送られる情報映像が鮮明過ぎたため意に介さなかった。
ノーマルスーツを着ているから、外から身体がどうなっているかは判然としない。
ディスプレイに映る、ただ一か所露出している顔。
皮を剥がされた剥き出しの肉じみた、鮮血色の自分(グラハム)がそこにいた。
「―――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――」
ごぼりと、堰を切ったように口から血が滴っていく。
内側から滲み出た痛みが、グラハムの人格を磨り潰す。
内臓が、筋肉が、毛細血管が、グラハム・エーカーを構成するありとあらゆる部品(パーツ)が絶叫の血飛沫を上げる。
GN粒子の恩恵もなく神を僭称する男に追いすがろうとした、当然の代償。
グラハム・エーカーはどこまでも人間であり、だからこそ、人間の限界は超えられない。
861
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:24:31 ID:B6bM9.2g
「ほら、そうなる。
人の身で無謀を繰り返すから、自滅なんて下らない幕切れになる」
天からの光が止む。
赤い背を見せる天使を基点にして、一際収束された寂滅の火が灯る。
「さぞや、無念なことだろう。けど安心していい。
君はもう、何も見聞きする必要はないのだから」
広がっていく炎。
避けなければならないのに、指先はまったく言う事を聞かない。
電池の切れた玩具のように、ピタリと固まってしまった。
命令を下す脳がまっとうに機能していない。
止まってはいけない。
果たさなければならない何かがあったと確かに憶えているのに。
頭はどうしても、咄嗟にその事を思い出せない。
「ではさようならだ。そしておめでとう。恒久平和の礎の一人よ」
抱えていた多くが、砕けた硝子のように消えた一瞬。
虚無に落ちていたグラハムは、手を宙に伸ばした。
「……あぁ」
落ちてくる炎に気を向ける意識はとうにない。
薄ぼんやりと見えた空は、赤かった。
陽が落ちた黄昏よりも、ずっと濃い色に染め上げられている。
―――……空が、遠いなあ。
それが、どうしても許せなくて。
焔に呑まれる瞬間、あまりに場違いな思いを口にしていた。
◇ ◇ ◇
862
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:25:04 ID:B6bM9.2g
/ Calling you (Ⅱ)
貫く鋼鉄。
放つ閃光。
轟く咆哮。
砂塵が吹き荒れ、鉄火の砲が咲き乱れる。
伸縮自在の三節棍が無人のビルを三棟まとめて串刺しにし、そのまま薙ぎ払った。
「いいねぇ!! 盛り上がってきたじゃねえか!!」
まき散らす粉塵と共にダリアは前進。
向かい来る小型の起動兵器を蹴散らしながら大笑する。
「二人がかりでそんなもんかよッ!!」
対する二機。
ランスロットと紅蓮は左右別方向に散開した。
当然である。
二機の機動力差は歴然。纏まって戦闘したところでコンビネーションを構成できない。
性能の劣る紅蓮二式が先に落とされ、状況は不利に逆戻りするだろう。
傭兵を相手取る二人は個々の役割をしっかりと把握していた。
路上、ダリアの視界に舞い戻るランスロット。
すぐさま放たれる肩部の光学兵器と三節棍を、的の小ささを活かし回避しながら接敵。
一撃加えて離脱する。
ここまでは、先ほどとほぼ変わらない。
ランスロットによる無茶な攻め。崖際に立たされたスザクの決死の前進。
しかし、今は違う。これだけではない。
「たああああっ!!」
ダリアの背後を取った紅蓮が、輻射波動を纏いし巨腕を振り上げる。
紅蓮の機動力がランスロット・アルビオンに劣るとは言え、単純に手数が倍になった事実は大きい。
それだけでなく、今まさに叩き付けられんとする輻射波動は、ランスロットが持ちえなかった『ダリアへの決め手』として機能するのだ。
単純なスケール差に置いてヨロイとナイトメアフレームの差は絶大。
その差を埋める『内部からの破壊機構』。
間違いなく奥の手である一撃必殺を、憂は目前の無防備な背中に叩き込まんとし――
「お久しぶりだねぇ。お嬢ちゃぁん」
「!?」
背後に放射されたG-ER流体によって、動きを止められていた。
くるり、と。
ダリアが振り向く。
無防備な紅蓮を捉えて。
「誰か後ろに飛ばせないなんて言ったかなぁ……? 馬鹿が見えてんだよォ!!」
紅蓮を貫くはずだった三節棍は、後方のランスロットが放つハーケンが留めていた。
僅かな隙に輻射波動を再放出。
纏わりつく流体を振りほどいて離脱するも、ダリアは尚、紅蓮を追尾する。
身を潜めようとした建造物に光学兵器の砲撃を撃ちこまれ、余儀なくされる撤退戦。
しつこく追ってくるダリアを見て、憂は理解した。
――今、狙われてるのは私だ。
当然と言えば当然。
集団を相手にする際は、弱い者を先に潰すのが定石なのだから。
――だけど、黙ってやられたりしない。
脅威が、死が迫ってくるのを感じる。
恐怖に早鐘をうつ心音を聞きながら。
少女は精一杯の勇気を振り絞り、目前の敵を睨み付けた。
「絶対負けない」
「ふははははははッ!! 勇ましいねえ嬢ちゃん!! 元気してたかよ?
せっかくの再開なんだ、もっと遊ぼうぜ?」
「いやです。私、あなたのこと、だいっきらいですから」
降りかかる流体の飛沫を輻射波動で払いながら距離を稼ぐ。
いずれ限界が来ると分かっていても、今は生存に繋がる道を駆けるのみ。
「つれないねぇ……。けどよ、一つだけ答えてくれよ。俺の質問にさ」
「…………!!」
だが敵も速い。
紅蓮では、引き離せない。
輻射波動の盾を無限に展開することは不可能だ。
じきに、限界が来る。
863
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:25:49 ID:B6bM9.2g
「なに、簡単だ。つまり前と同じ質問だよ。
お前さんは今、どうして戦ってる?
どうさね、受け入れる気にはなったのかい? 自分の醜悪さをよ」
「…………」
本当は、二度と口もききたくない相手だったけれど、その質問にだけは、答えなければならないような気がした。
かつて傭兵に問われた事。
どうして人を傷つけたのか。どうして人を、殺したのか。
消すことのできない、己の罪。
一生をかけて償わなければならない過ちから、目を逸らさずに。
言葉にしなければならないだろう。
もう一度。
あの時とは、違う答えを。
――私は、生きていたいから。死にたくないから。
それは確かに、平沢憂の真実の一つだったけれど。
――そうさ嬢ちゃん、生きるってことは、誰かを犠牲にする事だ。
違う。それだけじゃなかったんだ。
今ならわかる。今なら言える。
「――私は、生きていたいから。生きて、夢を叶えたいから」
いつかどこかで、選択肢があった。
初めて人を傷つけた時、人を、殺したとき。
夢を取るか、命を取るか。
命を取った平沢憂は、もう一方を――夢を、失った。
焦がれるほどに見続けた夢を、最愛を、永遠に喪失した。
それはもう、どうあっても、消すことの出来ない傷だった。
だけど、今、ここに、この胸にはある。
失った夢とは違うモノだ。同じものは二度と手に入らない。
だけど確かに、ある。
とてもとてもちっぽけで、この傭兵が聴いたらつまらないと一蹴するだろうけど。
平沢憂にとっては、何よりも大切な、新しい夢だ。
「『生きる』ことは、誰かと手を繋ぐことだって、今は思うんです」
いつか、手を払ったのは自分だ。血で染めたのは自分だ。
だから、それはもうどうしようもない。
どうしようもなく、永遠に平沢憂を苛み続ける罰となるだろう。
死ぬまで忘れることも、消すことも出来ない呪いとなるだろう。
それでも――
「私たちは……一人じゃ……なにもできないから……」
この夢だけは、胸をはって、誇る事が出来る。
平沢憂の生きる理由になる。
だから今、それに気づかせてくれた人に、会いたい。
ささやかな夢をくれた人に、伝えなきゃいけない言葉がある。
この、罪と、罰と、夢と、一緒に。
「私は生きていきたい。生きて、叶えたい」
それが今の、平沢憂が戦う理由。
ついでに、この際だから、ハッキリ言ってやるのだ。
「ずっと、どこまでも一人で、可哀相なひと。
私は――あなたみたいにはなりません」
864
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:26:47 ID:B6bM9.2g
エネルギー残量危険域。
輻射波動停止。
防壁を失った紅蓮に流体が纏わりついていく。
動きが、止まる。
「――へぇ〜。あそっか。
いやはや、もったいないねぇ。せっかく才能あるのによ」
鋭く尖った棍の先端が、紅蓮の足を刺し貫き、地面に縫い付けた。
絶体絶命。
明らかな命の危機においても、憂は信じていた。
間に合う。
――私の信じた人(おう)の、誰より信頼していた人(きし)が、間に合わない訳がないから。
蹴撃一閃。
応える白光は流星の如く。
後方から、最大の遠心力を乗せたランスロットの回転蹴りが、ダリアの頭部に炸裂し、体制を崩していた。
スラッシュハーケンで引き絞った軌道、更にエナジーウイングに残る推進力も加えた渾身の一撃。
「な……にぃ!?」
紅蓮が時を稼いだからこそ為せた。
単独では決して行えなかった攻は遂にダリアを傾かせ、初めて明確な隙を作り出す。
「て、めぇ……なんなんだよ……その馬鹿みてえなスピードは……。
クソが落ちろ――!?」
同時、スザクを狙い撃たんと砲火の構えを見せた光学兵器が、遂に自壊の時を迎えていた。
「あぁ!? またこのパターンかよ!! ツいてねえにも程が……!!」
好機に、ランスロットの動きは止まらない。
中空から機体を傾け、ダリアの前面装甲を剣で切り裂きながら、ランドスピナーで駆け下りる。
胴体を唐竹に引き裂き、返り血の如く飛び散る流体を全て避けきりながら、着地。
「ウソだろ……すげえ……これじゃあ俺の負けじゃねえか……」
傾く、ダリアの全身。
一瞬にして、覆る趨勢。
それは逆転となる一撃が、確かに決まった瞬間だった。
◇ ◇ ◇
865
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:27:34 ID:B6bM9.2g
――あらら、こりゃー終わったかね。
サーシェスの脳裏に浮かんだ感想は、存外あっさりとしたものだった。
敗色濃厚と言うやつだ。
要因は分かりやすく、単純なる時間切れ。
紅蓮の乱入で計算が狂った。ダリアはこれ以上、思うように動かない。
ツキに見放されたのは不満だが、仕方がないことは仕方がない。
だが同時に、
「まだ甘ぇよ!!」
触媒の三節棍を強く握り直す。
勝負を投げるつもりは、さらさら無かった。
何故なら勿体ないから。
死地、窮地、そんなものを、あと何度体感できるだろう。
ここで死ぬというのなら、これっきりだ。
人生に数度しかない貴重な体験を、心躍る闘争を。
戦争を、味わっても味わっても、未だ満足しきれない。
貪欲に、貪欲に、どこまでも欲深く、アリー・アル・サーシェスは『現在』を渇望する。
後退しつつ、ダリアの全身から流れ落ちるG-ER流体を、全方位に拡散。
体制を整えるべく、更に後退……しようとしたところで、
歪む視界に、コックピットの内部にいるサーシェス自身が体制を崩していた。
「って……マジかよ……はは……やっぱ……無茶苦茶やりすぎたかねぇ……」
踏鞴を踏みながら頬を流れる汗を拭う。
先の斬撃は効いた。
外の景色を直接見れるほど深い亀裂が、コックピットに刻まれている。
正面では白の騎士が畳みかけんと呼び動作に入り、紅蓮の鉤爪が輻射波動を充填する。
己を倒しに来る者達の姿。
戦意をぶつけてくる、紛れもない、敵の姿。
それを、アリー・アル・サーシェスは何より愛しく見つめていた。
青黒いコックピットの中、膝をつく。
長時間における超能力使用が齎す弊害。
ダリアの駆動限界以前に、彼の身体はとっくに満身創痍だった。
『レディオノイズ』以下の、レベル1程度の能力使用で、ヨロイを動かす電気体質を再現し続けた結果。
道理を無視し、無茶を通し続けた彼の身体は内側から神経を破壊され、一秒ごとに崩壊を続けている。
声を出すどころか、意識が在るだけでも奇跡と言えるほどの状態でありながら、それでも彼は敵を見つめ続ける。
突き立てた触媒の棍に寄りかかり、荒い息を吐きながら、
「――――は」
笑い続ける。
獰猛に、口元を吊り上げ、悪意と敵意と、そして純粋なる歓喜の表情を作り上げる。
「――――はは」
だって本当に楽しいから。
人生は、こんなにも楽しいから。
「――――はははっ」
棍の芯を握り締め、体をゆっくりと持ち上げる。
「まだ、終わってねえよ」
まだ生きてる。
だったら戦え。
生き足掻こうとしろ。
お楽しみはこれからだ。
「どぉやら俺も、まだ死にたくねえみてえだな」
まだまだ、満足できてはいならいらしい。
このクソッタレな世界を。この素晴らしい人生を。もっと楽しみたい。
生きていたい。生きて続けたい。味わい続けたいのだ、どこまでも。
「お前も、そうだろ?」
866
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:29:18 ID:B6bM9.2g
語りかけるのは、誰にか。
彼を殺しにやってくる敵か。
あるいは今、彼を取り囲む青黒き血流の主か。
「まだまだ、だろ」
語りかけるのは、これまでサーシェスを取り囲んできた全てに。
戦う為に生まれた、全てのモノに。
「まだイケるだろ」
何故、銃は在る?
何故、剣は在る?
何故、拳は在る?
「まだ足りねえだろ」
なんの為に腕はついている?
なんの為に足はついている?
なんの為に頭はついている?
乗り込んだ鎧は何を成すために生まれた?
人は何を成すために生まれた?
何故そこに、『戦う』という機能が備わっている?
サーシェスにとって、答えは常に一つきりだった。
「行こうぜ。最高の戦争だ」
空は白く照らされ、地は黒く渦巻く。
これ以上ないシチュエーション。
俺は火種。
狂っていく世界の中心で、踊り続けろ。
「俺と戦え」
俺と踊れ。
何故ならば――
「テメエらその為に在るんだろうがよォォォォォォッッ!!」
白光する。
咆哮と共に立ち上がったサーシェスを中心にして。
青黒き血流が湧き立ち、煌き、広がって―――
「ふははははははははははははッ!! ははッ!! はははッ!! はははははははははッ!!!!」
サーシェスの世界は、輝く純白に染め上がった。
「そうだよなぁ!!そうだよなぁ!! テメエもそうかよ気が合うねぇ!! ダリアァァッ!!」
光に包まれたコックピット。
サーシェスは汗に濡れた茶髪を揺らし、最高の笑顔で大笑する。
戦火は俺。
お前は戦火。
つまり同一、共に踊れ。
調和する意識に、戦うために作られたダリア・ザ・ウェンズデイは応えた。
「ば……かなッ!」
「これは……!!」
目前で広がる異様な光景に、枢木スザクと平沢憂は驚愕するほか無かった。
トドメとなる一撃が炸裂する刹那、ダリアから発された純白光が全ての攻撃を防いでいた。
しかもそれは、今現在も展開されて続けている。
近寄れない。
銀のカーテンがダリアを覆い、実態を伴った攻撃すら通さない。
「いったい……何が……?」
このタイミングで新機能の発現。
わけがわからない。今までみたどのロボットよりも、異様にすぎる。
戸惑う憂の耳に、大笑は響き続けている。
「ああ……いいぜいいぜいいぜぇ……! お互い擦り切れるまで全力だ」
電磁シールド。
オリジナル7のヨロイに隠された機能の名を、サーシェスは知らない。
知らなくても十分だった。これでまだまだ楽しめる。
ああ最高だ。これだから人生は辞められない。
ここ一番でツキが無いのを乗り越えてこそ、最後の最後で最高の悪運を発揮するのが我が天性。
さあ第三局だ。
死ぬまで遊ぼうぜ愛すべき敵諸君。
そうさ、愛してるんだ君たちを。
屠られる弱者も脅かす強者も、全て平等に巻き込んでやろう。
「終わらねえ戦争の続きといこうぜ」
◇ ◇ ◇
867
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:30:54 ID:B6bM9.2g
「平沢さん……君は逃げろ」
スザクの見つめる先、光り輝く防壁と共に、ダリアは近づいてくる。
ビルを倒壊させながらゆっくりと、緩慢な動きで。
自壊は深刻な域に達し、全身からG-ER流体を滴らせている。
それでも、間違いなく言える。
ここ一番で進化を実現したアレは、強い。
そして自分たちはもう、限界だ。
ランスロットも、紅蓮も、いつ停止してもおかしくないほどのダメージを負っている。
残る全ての力を注ぎ込んでも、勝ち目は薄い。
敵も手負いだが、追い詰められた戦争屋は、最高のコンディションを発揮しているのだ。
「君は、行かなきゃいけない場所が、あるんだろう」
故に、隣の紅蓮に徹底を促した。
サーシェスの狙いは枢木スザク。
平沢憂がこの戦いに巻き込まれる所以は元々ない。
しかし憂は首をふって言った。
「正直、逃げたいです。でも……私は逃げません。
ここで逃げたって、枢木さんを見捨てたって、どうせ次に、あの人は私を狙います」
勝たなければならない。
例えここで戦争屋から逃げ切れたとしても、この世界を空から包み込んだ戦争からは決して逃げられない。
終わらせるしかないのだ。
戦って、先に進むしかない。
それぞれの行くべき場所へ、届かせる思いをもって。
「分かった」
決意を受け取ったスザクは操縦桿を握り直す。
おろらく、次が最後の一合だ。
佳境を迎える戦局。
枢木スザクは咆哮と共に前進を開始した。
「―――おおおおッ!!」
剣戟、剣戟、剣戟。
中空にて、縦横斜め縦横無尽に繰り出される斬撃の全ては輝く壁に阻まれる。
片腕の剣のみならず、両足による蹴撃も織り交ぜたランスロットの怒涛の攻めは何一つ通らない。
分かっている。
無駄だ。
ナイトメアフレームの装備では、ダリアが展開した防壁は崩せない。
それでもスザクは愚直な攻撃は続けるしかなく。
「崩れて!!」
憂もまた全力をもって食い下がる。
電磁シールドに紅蓮の右腕を押し当て、輻射波動を放射。
切り札の連続使用で不可視の壁を壊さんとしていた。
「効かねぇなぁ!!」
シールドの内側から飛び出した三節棍の先端が紅蓮を狙う。
対して、スザクは素早く判断を決めた。
ランスロットによる攻撃は全て中断、ハーケンを射出して紅蓮に伸ばされていた攻撃を弾く。
ランスロットの物理攻撃と紅蓮の輻射波動。
狙われたのは紅蓮。
つまりシールドを備えたダリアにとって、より脅威に値するのは紅蓮という事だ。
シールドは、無敵ではない。
このまま輻射波動を当て続ければ、あるいは崩せる可能性も見えてくる。
防壁を突破するまで、ランスロットは紅蓮を守るべく盾となる事を徹底。
エナジーウイングに残る浮力を全てしぼり出し、紅蓮の前面に躍り出た。
「見え見えの作戦ご苦労さんだな!!」
結果、猛攻に晒されるのはランスロットだ。
光学兵器を失ったダリアの武装は既に三節棍と電磁シールドのみ。
しかし三節棍の威力はナイトメアフレームの一撃を遥かに凌ぐ。
片腕の剣で討ち合うには余りにも機体スケールに差があった。
868
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:31:37 ID:B6bM9.2g
横薙ぎを撃ち返した瞬間、腕部の耐久がレッドゾーンに途中にしていた。
メーザーバイブレーションソードで弾き返すのは一撃が限界。
二撃目以降はもたないと即断。
やむなく納刀。腕部ブレイズルミナスシールドを展開し、迫りくる棍の刺突を防いだ。
ぴしり、と。
ブレイズルミナスに亀裂が走る。
三撃、四撃、五撃、六撃。
ダリアの猛攻を防ぐほどに盾が悲鳴を上げている。
先の戦闘において、魔王の攻撃に晒され続けた盾は既に限界間際。
そう何度も、防ぐことは出来ないだろう。
「ぐっ……平沢さん……まだなのか……――っ!?」
棍を受け止めたままの姿勢で下方を見下ろし、スザクは目を見開いた。
紅蓮弐式は依然、電磁シールドに輻射波動を流し続けている。
しかし、機体のあちこちから炎が上がり始めていた。
熱暴走。そんな単語が脳裏に浮かぶ。
紅蓮もまた、先の戦いで負った損傷は計り知れない。
それに加えた輻射波動の連続使用。このままでは―――
「脱出しろ、平沢さん!!」
―――限界。
「聞こえないのか!! その機体はもう無理だ!!」
決着は目前。
「死んでしまうぞ!!」
「……い」
燃える紅蓮。
身を焼かれる様な温度の、コックピットの中で。
「……ない」
少女は―――
「裏切らない」
少女はその一言だけを、繰り返し唱えていた。
869
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:32:26 ID:B6bM9.2g
「私は裏切らない」
何を。
決まっている。
全ての想いを。
『だってお姉ちゃんだから』
大切な人が居た。
『俺を憎みそして―――』
死んで欲しくない人が居た。
『お前も……勝手に、助かれ』
そして今、会いたい人が居る。
そんな、かけがえのない人たちの想いを。
平沢憂に向けられた、全ての想いを。
全ての、願いを。
裏切らない。
裏切りたくない。
私は――絶対に裏切らない。
居なくなってしまっても、大切だから。
ずっと大切にしたいと願うから。
だから―――
「私は裏切らないッ!!」
同調する。
平沢憂の心からの感情と、彼女のギアスがシンクロする。
裏切りたくないから。
死なない、逃げない、負けない、進みたい。
ここで逃げたって同じだ。
生き残ることも、居なくなってしまった人達の想いに応えることも、出来はしない。
ならば行こう、前へ。
赤く染まる眼。
研ぎ澄まされる思考。
本心からの切望を、王の加護(ギアス)が後押しする。
同時、遂にランスロットを突破した三節棍が、紅蓮に襲い掛かっていた。
紅蓮は波動を放つ腕をシールドに叩き付けたまま急激旋回。
左腕で呂号乙型特斬刀を抜き放ち、防ぎ切らんと天に掲げた。
地力の差は歴然、一瞬にして粉砕される左腕。
だが、軌道を逸らすことには成功した。
頭部すらごっそり削られ、先ほど貫かれていた足部は小爆発を起こし、紅蓮は遂に膝をつく。
右腕にすら火は及び、限界を超えた動力が暴走を開始する。
輻射波動が停止する―――寸前だった。
「私の言葉がどれだけ届くかなんて、分かりません……でもっ!!」
ピシ、と。
小さく、鳴った。
電磁シールドが壊れ始める音。
870
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:33:32 ID:B6bM9.2g
「ルルーシュさんだけじゃない……。
私も……貴方に死んでほしくないって……思うんです……ッ!!」
勝利に繋がる音が。
「生きてください、枢木さん」
聞こえたから、枢木スザクは小さくうなずいた。
「ああ、届いているよ」
後は、己の仕事だ。
ランスロットに残る全エネルギーを、この一撃に注ぎ込む。
紅蓮にトドメを指そうとしていた三節棍を、砕けかけたブレイズルミナスで弾き飛ばし、
遂に電磁シールドが破れ散るのを見届けると同時―――
「もう十分だ。
君は早く行くといい。行くべき人のもとに」
暴発寸前だった紅蓮の右腕を、抜き放つ剣で切り落とした。
「――はい。がんばって、くださいね」
「君もね」
ダメージ量が限界を突破した紅蓮の脱出装置が起動する。
コックピット部が射出され、後方、黒き展示場の方角へと飛び立っていった。
「―――決着をつけよう」
「いいぜ。来いよ、ケリを付けようじゃねぇか」
もう、振り向くことはない。
彼女は、彼女の道を行くのだろう。
願いは、紛れもなく『枢木スザク』に向けられた言葉は、確かに受け止めたから十分だ。
「ああ、僕は生きるよ」
ここで出会い、向けられてきた幾つもの思い。
今、向けられた物もまた、その一つ。
ならばしっかりと受け止めて―――
「俺は―――『生きる』」
紅に染まる眼。
同調する意識。
精神とギアスがシンクロする。
呪われ、そして願われた者達の戦い。
人が死んでも、永遠に居なくなっても、世界には消えない物がある。
「歪みは、ここで断つ」
迎撃に放たれるG-ER流体。
翼を広げた白騎士はその全てを回避し、掲げた剣を振り下ろした。
◇ ◇ ◇
871
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:34:08 ID:B6bM9.2g
勝敗は決した。
「……は」
騎士の剣が、禍々しき花を貫いていた。
「……はははっ」
深々と、深々と。
傷口から流れる青黒が刀身と、ランスロットと、そして地上を染めていく。
アリー・アル・サーシェスはここに、機械仕掛け戦いが敗北に終わることを確信した。
「俺の勝ちだ」
しかし誰も知らぬ。
誰も気づけなかった。
真なる悪意とは、勝利を捨てる事で、時に本領を発揮することを。
勝利とは何か。
機械仕掛けの小競り合いに勝つことか。
否。
勝利とは、生き残り、そして相手を殺すことの一点に尽きる。
「……やぁぁぁっっと、捕まえたぜ?」
華は血を流す。
流れる流体が騎士を絡めとる。
「コイツを……待ってたんだよッ!!」
華は蜜を出す。
獲物を引き寄せ、喰らい付く。
花弁に隠された棘。
ダリア・ザ・ウェンズデイには、否、アリー・アル・サーシェスには毒があった。
「――――!!」
裏側からダリアを刺し貫き、ランスロットに殺到するそれは他でもないダリア自身のメイン武装。
屈折自在の三節棍。
既に躱されていた一撃目を隠れ蓑にし、ダリアの背部という死角にて折り返し、二段構えを形成する。
回避に移ろうとするランスロットを、返り血のように浴びせた流体が逃がさない。
遂に捉えられた騎士は、捨て身の攻撃を受けることしか出来なかった。
骨を折らせて、やはりこちらも骨を砕く。
最早行動不能だったダリアを己が武装で再起不能になるまで破壊し、逆転の一手を叩きこむ。
「ぐぁ……っ!」
ランスロットの胸部を覆うブレイズルミナスは、数秒の時を作り出すことしか出来なかった。
防壁を破り、装甲を砕き、コックピットを貫いた棍は瞬間的に形を崩し、動きを止める。
流体金属は二機を串刺しにした状態で固定化し、ランスロットとダリアは全くの同時に、その機能を完全に停止させていた。
星が、輝きだしている。
昼と夜が入れ替わる。
その中間で。
「あな……たは……いったい……何なんだ……?」
騎士と戦争屋は向かい合う。
ブレイズルミナスが作り上げた僅かな隙、ランスロット・アルビオンを乗り捨ててでも生存するという、意思。
脱出していたスザクは、それを言葉にする。
目前に迫る、敵へ。
体中から血を流し、満身創痍の体で。
「どうして……そこまでして……続けようとする?
殺し合いを……そんなに楽しいのか? 人を……殺すことが……人と争う事が……」
872
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:34:49 ID:B6bM9.2g
何故、戦おうとするのかを。
何故、そうまでして、戦争を続けようとするのかを。
明らかに歪んでいながらも、ある意味で、決して揺らがなかった男へと。
「ああ……聞いてくる奴はやたらと居るが、俺は毎回こう言ってる」
枯れた華(ダリア)。
砕けたコックピットを蹴り破って現れた、一人の少女の姿。
少女の殻に押し込められた、大量の火薬。
「俺が俺だから、だ」
ダリアを貫いたランスロットの剣。
刀身によってかかる橋。
突き立つ刀身を足場にして、戦争屋は進む。
火薬たる本分を果たすため。
己の中で今も燻るプリミティブな衝動に準ずるままに。
「俺はどこまでいっても、俺だ」
そう、彼は今でも衝動に駆られている。
心底湧き立つ欲望に飲まれるままに動いている。
愛機を失っても、武器を失っても、己の肉体すら失っても。
それは、止められるものでは、ないからだ。
「俺が俺である限り」
彼は往く。
すり減らした肉体が、死の寸前であろうとも。
戦いたいわけではない。
殺したいわけでも、殺されたいわけでもない。
ただ彼は望むのだ。
「俺は俺を偽らねえ」
衝動を、己を、炸裂させるに足る戦場を。
「なあ? テメエはどうだよ……?」
その問いは、その問いこそは。
他でもない、枢木スザクに向けられていた。
「テメエはなんだ?」
己を決して、偽らない。
敵であろうとも。
世界の歪みであろうとも。
それは紛れもなく、己に、枢木スザクに、発された意志であったから。
「ナイトオブ・ゼロ……そして枢木スザク、だ。
今だけは、僕も、僕でしかない」
応えなければならない。
この、火薬のような存在に対する、スザク自身の感情を。
結局どこまでも枢木スザクでしか在れなかった、枢木スザクの、回答を。
「最後だ、傭兵」
刀身の橋の上、二人は向かい合う。
走りくる戦火。
近づいてくる電速の暴力。
騎士は、戦うために、剣を抜き放ち。
「戦争を、終わらせよう」
倒すため。
殺すため。
終わらせるために。
突き刺した。
「……」
それ以上、枢木スザクは何も告げない。
今度こそ胸を貫かれた傭兵は、躊躇なく最後のカードを切るべく後ろ手に、
「は―――くそが、テメエも死にやがれ」
隠し持っていた、手榴弾のピンを抜いていた。
873
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:35:37 ID:B6bM9.2g
「――ッ!!」
蹴撃一閃。
スザクの回し蹴りが傭兵の身体を吹き飛ばす。
少女の体躯となり体重が軽くなっていたこと、最後にそれが、命運を決めた。
「あークソが」
剣の上を滑り落ち。
ダリアのコックピット内に、体を叩き付けられながら。
「ま、とはいっても、面白かったなぁ」
アリー・アル・サーシェスは最後に、どこまでも、どこまでも、純粋な笑顔で。
「これだから止められねえよ、戦争ってやつぁよ……」
大口を開けて、笑う。
響く大笑をかき消すように、爆音が轟く。
爆散する大輪の華。
火炎に包まれながら崩れ落ちていく機械の兵。
片方の機体が崩れる事によって、崩落する剣の橋。
機体を失い、既に体力も底をついたスザクに、逃れるすべは無かった。
消えていく足場に、バランスを崩す身体。
それでも最後に、彼はもう一度だけ問いかけていた。
「だから、お前は結局、何がしたかったんだ? アリー・アル・サーシェス」
応える者はもういない。
代わりに、こつりと、足元に転がる何かがあった。
拾い上げた、掌には一発の銃弾。
『―――――次の火種だ。使え。終わらせんなよ、戦争を』
足元が崩れ落ちる直前。
それに触れた瞬間、脳裏に割り込む映像が在った。
――――路地裏。
――――銃を向ける傭兵。
――――ニヒルに相対するアロハシャツの男。
――――投げ渡される銃弾と。
――――そして。
『そぉかい。じゃあ俺の好きに使わせてもらうぜ。
――ああ? 好きに、だよ。俺は、俺のやりたいようにやるだけだ』
何故あの傭兵が『これ』を持っていたのか。
何故、最後の交差の瞬間、スザクに投げ渡したのか。
『――俺は俺だ』
ならばこれは、彼がしたかった事だというのだろうか。
それともただの気まぐれか。
何にせよ、他に選択肢は無く。
スザクはそれを銃へと装填し、迫る地に向かって、トリガーを引いた。
874
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:36:54 ID:B6bM9.2g
「――――来い」
放つ信号弾はアスファルトの地面を砕くにとどまらず、その下に迫っていたモノを顕現させる。
地表を抉り、砕く螺旋。
現れる巨大なドリル。
開かれる輪。
――ジングウ。
多くの参加者が知りつつも、
決して表に出ず、秘せられていた切り札が、ようやく姿を現していく。
戦争の為に作られた機械が今、また一つ、舞台へと上がっていく。
スザクは降り立つ。
そこに、在り続けた縁(えにし)の上に。
ジングウの内側に格納されているモノ。
赤いフォルム。
無骨な装甲。
黒いマント。
そのシートに、かつて座っていた者を、枢木スザクは知っている。
幾つもの思いがあった。
幾つもの思いを、枢木スザクは受け止めた。
次は、枢木スザクの思いを、誰かへと。
トリガーを握る手には、もう一度だけ、力を込める。
訪れる最終局面。
枢木スザクは今、空を、そこに立つ、思いをぶつけるべき者をしっかりと見つめていた。
「サンクションズチャージ」
届かせるべき、枢木スザクの思いを胸に。
「―――ヴォルケイン」
◇ ◇ ◇
875
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:37:48 ID:B6bM9.2g
3.5 / おしのインターバル
―――海の中。あるいは地の底。
静謐なほど沈んだ場所に震える、音。
地上で起きている争乱とは最も遠く離れている区域。
それは物理的な話のみならず、魔術的概念の見地においても外界とは切り分けられた別世界。
荒耶宋蓮の造り出した隔離式の遮断結界。魔術師が死した後でも機能を保つよう調整された置き土産。
でありながら、ここではない所から伝わってきた何かの振動。
障子の紙のように容易く裂けた境界。
地殻を変動させるほど莫大の力が、奔流となり放たれたということ。
綻びが始まっている。
結界を極めた魔術師の業といえど、超えられない閾値はある。
生まれた亀裂に水を流し込むように呪いは浸食する。
一端裂ければ砂の城に水をかけるのと同様に防護は溶け、地上の地獄がここにも迫ってくる。
そして臨界点はもう間際。いつ決壊しようとも不思議ではない。
「そんな危険な場所で、おまえはいったい何をしてるんだ?って言いたい顔でもしてそうだね」
いつ決壊しようとも不思議ではない。
ただ同時に、今はまだ裂け目が開いてはいない。
護りは保たれ、内部の安全は確保されている。
その意味をどこまで図っているのか。
外と繋がれていない天井を見上げ、誰に向けたものかも判然とせず、忍野メメはなんでもないようにそう呟いた。
「いえ、別に……」
「構わないよ。このまま説明不足なのも少し理不尽だ。
阿良々木君がいなくなって空気も寂しくなってきたし、折角だから詳しく話そうか」
展示場から続いている、誰も通った形跡のない入り組んだ通路。
阿良々木暦とインデックスが離れて行ってから、元主催陣の二人は先の道を歩き続けている。
原村和は忍野の言葉に応えるでもなく、黙ったまま後ろからついていっている。
地上に降りてきてから変わらない、予定通りの行動。
和は前を行く男を追っているだけだから、意図して進んでいるのは忍野一人ということになる。
「無秩序で無差別なように見える黒の聖杯だけれど、アレにはアレで一定のルールがある。
一つの方向に純化した濃密な魔力の海。強者も弱者も聖者も悪党も、命あるものは全て分け隔てなく接して殺し尽くす。
ある意味で究極の平等主義、もしくは無差別主義者だ」
景色の変化に乏しい通路では、ここが地面から上なのか下なのかも分からない。
外の情報を削られて、どれだけ時間が経ったのかも曖昧になる。
歩いた距離でいうなら恐らく、この展示場の規模の施設はほぼ回り切っているだろう。
「あんな呪いを抑止するなんて芸当は、人の身の範疇じゃまず不可能だ。
対抗したければ、それこそ本物の仏でも連れてくるしかない。
強いて出来ることがあると言うなら、後押しするくらいだ。
背中を押したら逆に染められるから、予め道を舗装しておくようなものだけど。
ようはあれ、夜間の交通整理。君と同じアルバイトさ」
果ての見えない廊下で忍野は繰り返し『仕込み』と称した作業を進めていた。
壁や床に触れてなにか文字を切ったり。
古めかしい、いかにもなオカルトめいた札を貼ったり。
傍で眺める和には理解できない理屈で、術は基点を持ち発動している。
施工を済ます度に廊下が水面のように漣立ち、生じた波紋が遠くにまで伝わっていく。
効果が行き渡ったかどうか確認してから、忍野は腰を上げて進み、また別の座標に点を打つ作業に戻る。
876
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:38:13 ID:B6bM9.2g
いつまで、こうしているつもりなのか。
忍野が言った通り、和には焦りが湧いていた。
上で戦う参加者達を慮ってのことではない。そんな資格は失われている。
主催に囚われ、ただ一人のために動くしかないと諦観した頃から。
せめて自分に願えるのは、友人の宮永咲の安否のみ。
大切なものを守ること以外を切り捨てた。汚れた身でもなお願う一縷の望み。
そこまでしておきながら結局は失う終わりになる、そんな最後だけは避けたかった。
「本来なら餌にならないゴミとして判断され焼却処分されるものだけど、特例というのは何事にもある。
不完全な出来のままで出現した聖杯(ソレ)は、自己の完成を急ぐという優先順位を付けてしまった。
だからこそ半身、同一存在、双子ともいえる『白い聖杯』を求めて手を伸ばしている」
塞がれて通行不能となっている壁を無視して前に出ると、肌に触れた面が透け、先に続く通り道が開けた。
新たに現れたのは行き先を惑わす三叉路。
分かれた道の中間で忍野は止まりもせず迷いなく右に曲がる。
まるで、それ以外に道は続かないと分かっているようだった。
主催の防衛措置の一環。正しい順序で近づかなければ最初の地点に弾き出される迷宮路(ラビュリントス)。
地下工房に続く通路を発見しても、事前の知識無き者は最深部には決してたどり着けない。
何の補助もなく通行できるのは予め認可を受け使用権を委譲されていた言峰綺礼。
それともう一人、結界の維持と修正の役目を請け負い、構築式についても調べ尽くしてある忍野メメのみだ。
逆に言えば、ここは外からの干渉を受けない会場内での唯一の安全地帯。
身柄の隠匿。災害からの避難。
目的は違えど、二人の裏役は同じ場所を目指した。
言峰綺礼は秘していた隠し玉を使う為に。
忍野メメは、細かに仕込んだ細工を通して外に繋がる場所に干渉を施す為に。
「話は少し逸れるけどさ、両儀式と一方通行。二人には共通点と対極点が多くある。
内訳は割愛するからこの場で必要な点だけ述べるよ。二人は各々の世界で、人為的に生まれた存在だ。
片や魔術論の終始に当たる対極の器。片や科学によって天界の門を叩くに至った観測器。
荒耶宋蓮は両儀式の肉体を使い根源という高みへ昇ろうとし、学園都市も何がしかの極地に入る道として一方通行を欲していた」
それはとうの昔に過ぎた事実。単なる知識のみでしかない情報。
だが無駄に冗長で婉曲な話はしても無意味な話はしないこの男が語る意図は明白で。
「カラを満たす器としては、この二人は恐らく全参加者中でも極上と最上の二翼を担っている」
解説を聞く者の胸を、漠然とした不安でざわつかせる。
上で起きている事態(コト)、前後の忍野が語った内容を咀嚼して組み合わせれば予測できる答え。
和は勘付いてしまった。その計算高さゆえに。
まさかと思い、しかしこの男はやりかねないかもしれないと思うのは、原村和が忍野メメを理解するには足りない部分が多すぎたからか。
「何を、したんですか」
和は問う。
何が返ってくるか、半ば予測してしまいながらも。
「両儀式と一方通行に関する全ての情報を、ここから介してあの付近にバラ撒いて置いた。直に伝わるよう加工してね。
もうとっくに食べて中枢に渡っているだろう。
なまじ本能しか生まれていない分、自分にいま必要なものには無意識に惹かれるしかない」
最悪の答えを、胡散臭い顔のままで。
忍野はいともあっさりと言ってのけた。
「両儀の器か一方通行(アクセラレータ)。
いずれかか両方を使って自分の聖杯の完成度を高めてから白聖杯を乗っ取る。
質で言えば両儀式が上だが、相性の点なら一方通行が適しているだろう。既に何度も接触してるから馴染みもいいはずだ。
これが、『黒い聖杯が白聖杯を略取する』現状唯一の手段さ」
バトルロワイアルの中で最大最悪の異端要素。
あの紛い物、凶つ者を。
宮永咲を喰らった聖杯という怪物が勝つ可能性を、この男はわざわざ用意したのだ。
877
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:39:22 ID:B6bM9.2g
「どうして、そんな―――。
誰も、助けないんじゃなかったんですか」
「そこは僕がリボンズをも掌の上で転がしていた裏ボスであり真の主催者だった、ぐらいのノリが必要だよ原村ちゃん。
ああゴメンゴメン、冗談だよ」
愕然とした声を震わす和とは対照的に。
やはり忍野は緊張感のない抜けた表情のまま淀みなく作業を続けている。
冗談を言う余裕があるのは、所詮他人事と切り捨てられるからではなく―――。
赤い罫線が走る壁面をなぞり、行き渡る情報を綿密に精査してから送る。
そこで初めて、忍野は手も足も止めて和へと振り返った。
表情は胡散臭いままだが、目線だけは真剣味を帯びたものへと変わっていた……。
和には、そのような気がした。
「その通りだよ。前言は撤回しない。僕は誰も助けない。
リボンズと違って僕らはまだ裏方担当だ。この場面で表舞台に訳知り顔で表れるなんて無粋は認められない。フラグ不足もいいところだ。
出たところで、できることなんて何もないよ。出る『意味』がない。一切。絶対に。
丹念に、意味深に、巧妙に散りばめた伏線を仕込んでおかなければ参加者ならぬ端役は檀上に昇るには値しない。主催者がそうだったように」
忍野メメは万能者などではない。便利屋だ。
都合のいい場合になって、都合のいいものを提供する貸し付け人。
物語を完結させるのに足りない欠片を、簡潔に意味深に用意して話を繋げる。
たいてい、それは正しい結果に作用する。
世界という一舞台を、上から俯瞰していると思えるまでの先見性。
住人に縛られた設定、固定された視点を変えて事態を図る柔軟さ。
阿良々木暦が今まで関わってきた怪異絡みの事件も然り。
忍野メメは、実際調整人として優れた資質を有している。
そして、それ以上を踏み込むことをよしとしていない。
場を整え設える段階で、その先に手を出すことを否定している。
「けど、裏方でも、端役だからって手を抜いて理由はどんな世界にも存在しない。
目に見えない場所で働く彼らは誰よりも必死に懸命に全霊で表を支えるのが義務だ。
望まず望まざるに関わらず、この役に収まったからにはね」
忍野メメは、調停者ではない。
正義の味方とも、救いのヒーローと呼ぶには程遠い。
彼はどこまでいっても、傍観者の立ち位置を崩さないままでいる。あえて崩さない姿勢を貫く。
そここそが、自分の居るべき場所だと定めたように。
阿良々木暦が今まで関わってきた怪異絡みの事件も然り。
決して、自らの手で全てを解決する真似だけは絶対に避けていた。
そこに理由はあるのか。
君が勝手に助かるだけだ、と男は常に言う。
誰も、人に他人(ひと)は救えない。自分を助けられるのは、結局は自分しかいない。
自身から生じた問題に自分で向き合い、さんざんに打ちのめされ、それでも最後には頼りない足で懸命に立ち上がり、自分なりに答えを示す。
その姿を、上から目線で差し出される都合のいい救いの手で瑕をつけて穢すことに、何か障るものがあったのか。
「僕はただ仕事を続けるだけさ。帝愛からの依頼はまだ失効しちゃいない。きちんと真面目に契約書にサインをしたからね。
つまるところ、別に僕は帝愛を裏切ったわけじゃない。従って、参加者(かれら)の味方をしているつもりもない」
『このバトルロワイアルのバランサーを取り持て。途中棄権は許されない』。
半強制的にバトルロワイヤルの準備役に任命されてから、最初に言い渡された雇用内容。
依頼は忠実に守っていた。頑ななまでに。
己に課せられた役割を、片時も怠りもせずやり通していた。
「アンリマユには新たな器候補を提供したけど、それは同時にその眼が強く着目することも意味する。
自分の血肉にしようと取り込もうとして消化が遅れる分、二人にとっては反撃のチャンスも生まれてくる。
彼らに限ったことじゃない。勝利の確率がゼロである参加者がここにいないようにするのが僕の仕事だ。
バランスを整えるってのはそういうことさ。誰もが勝ちながら誰もが負ける未来をひとつの選択肢として提示する。
報酬も貰った以上請け負うのは、プロとして最低の矜持だ」
最低限ではなく、最低と。
限界を切り上げた口調には、どこか苦い味がする。
それは最後まで保証を万全にできなかった己に向けた言葉だったのか。
878
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:40:21 ID:B6bM9.2g
「君についてもだよ、原村ちゃん。実際ものすごい感謝しているんだ。
君がいなくちゃコンピューター上の参加者の重要プロフィールを纏めて紙面に写すなんて無理だった。
遠藤は死んだ後で末端の黒服にそこまで権限はないしインデックスちゃんは僕と同類の機械オンチ。言峰綺礼と荒耶宗蓮に頼るのは問題外。
ダモクレスの地図の件といい、実は僕は君におっぱいを借りっぱなしなんだ」
「……胸は貸してません」
「おっといけない、噛んじゃったよ。正しくは胸を借りてる、だね。
だから君に対しても僕は正統な報酬を支払う。いやこの場合は賠償と言ったほうがいいか。
さっきの札もそうだし、ほぼ怪異寄りになってしまった宮永咲を、多少なりともこっち側に引っ張られるよう新たな器候補をちらつかせる。
……あの子だけは、本当にただ巻き込まれただけの可哀想な犠牲者だからね。
バランサーたる僕としては、そしてそれを全うできなかった僕としては、彼女を見捨てるわけにはいかないよ」
バランス。均等。整合性。
忍野メメが自身の行動の基本を語る上で出てくる言葉。
この男が動く時は、大抵そういった物言いを付け加える。まるで言い繕うように。
一方的に奪われるだけの形では、聖杯を降ろす儀式には至らない。
罪がないままに罰を受けるのは均整が取れてない。だからその補償を行う。
理屈は通っているようで、けれどそこにはまた別の意図が隠れている。
あくまで単純に、デジタルに考えた計算の結果。
ガチリと噛み合ったパズルのように出てきた答え―――
「さて、作業の気を紛らわせる長話に付き合ってくれてありがとう原村ちゃん。
それじゃあここでお別れだ。そこの壁の前に立って。なるべく無心で、歩調を乱さずに一定のペースで」
掌で押した壁が一度きりの脈動をする。
表面に出て来たのは、手で掴む取っ手に、お決まりの非常口マーク。
動かなかったのは説明釈明などでなく、単にこの場所で手を打つのは最後だっただけのこと。
壁際に寄って道を空ける忍野。促されるままに和は前を通り過ぎる。
「今いるそこの座標が、丁度この施設で一番安全な地点だ。
施設そのものが壊れちゃ意味がないけど、その時は後ろの非常口を使えばいい。僕らも使った帝愛仕込みの脱出経路だ。
そこの札がぜんぶ燃え尽きて、その上で和ちゃんが大丈夫だと思ったのなら、その時には全部終わってるだろう」
指さされた古めかしい札は、数枚に渡って廊下と天井を一週して張り付けられている。
それが今までしかけていた細工とは違う、和の為に配置されたものだ。
「そうすれば後はもう、君と宮永咲は二度とここに関わる災害に晒されることはない。
リボンズが優勝し悲願を果たそうと、参加者が奇跡の逆転を見せようと、黒聖杯が全てを呑み込もうと。全ては他人事だ」
区切られた境界の外からの声。
忍野はとうに踵を返して歩いた道に向き直り、今にも立ち去ろうとしている。
「あなたは、どこへ?」
「僕はまだまだ頑張らなくちゃいけない。ここのバランスを保つのは、正直かなりギリギリの綱渡りだ。
存在を気取られれば真っ先に殺される。かといっていつものように引きこもっていてはいつ結界が剥がれるとも限らない。
常に目を離さず点検と修正を兼ねる必要のある、効果はともかく実用性は皆無な出来のものだからね」
片手を気だるげに上げての、他愛ない挨拶。
始めからの知り合い以外で、最も和と関わりのあった人物との別れ。
互いが生き残る結末だとしても、これが最後になると和は知っている。
はじめから、そういう間柄だ。
安全を確保したからには自分がついてる意味もない。叶えられるだけの補償も渡した。
なら後は、『勝手に助かれ』ということなのだろう。
「最後にひとつだけ、いいですか」
「うん、いいよ。先を急ぐからひとつだけね」
背中を見せたまま、火の点いてない煙草を咥えた首だけを振り向かせて忍野は聞く。
「あなたは、この先どうなるか知っているんですか。
どうなって欲しいと思っていますか」
原村和は思う。
デジタルである彼女は、
忍野の言葉に付け加えられる装飾の全てを視界からはがし、本質のみを見つめた彼女には、思えた。
決して誰かを助けるとは口にしなかった男。
けれども、自分やその友人に助かる道を残してくれた人。
いろいろと理由を取ってつけているが、この人は本当は。
「一つ目には答えられない。僕は何も知らないからね。ウィキペディアでもない、ただのいち読者だ。
そして二つ目は内緒。答えられるのはひとつだけって言っただろ?」
胸が痛くなるほどの、お人よしなのかもしれない。
□ ■ □
879
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2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:41:41 ID:B6bM9.2g
4 / THIS ILLUSION (Ⅰ)
流星が煌めく天空の下。
荒れ狂う呪怨の波を、避け、斬り裂き、吹き飛ばす。
軽く置いた足を基点に、猛烈な勢いで上方向へ飛散した岩盤。
一方通行の前面に展開された石壁は、迫りくる灼熱を孕む泥で出来た触手を受け止める。
超能力『一方通行(アクセラレータ)』により瞬間的な盾となった瓦礫の山は、殺戮の呪いからの浸食を押し留めていた。
ベクトル操作による『反射』の膜が通用するか疑わしい、明らかに物理法則下から外れている攻撃。
これまでの常識が通用しない超常者すら超える規格外など何度も会ってきた。
超能力の行使の節約のコツは完全に掴んでいる。
注入したベクトルは極僅か。制限時間内の1%程度の消費に過ぎない。
それでも射出された岩盤の砲弾にはロケット弾の初速並の運動力が込められている。
目前の生命に絡みつこうとする触手の包囲は瞬く間に飛散し―――その突破を一瞬で塗り替える頭上からの波濤が押し寄せた。
「……ちィっ!」
舌打ちと同時に後方に飛び退く。
小石を蹴る程度の小突きで十メートルはゆうに超えた距離にまでの超移動。
数秒前に立っていた位置には四方八方から雪崩れ込んだ大波が叩きつけられ、泥沼の一部と変わっていた。
やおら頭上に目をやる。
そこには、別の「根」から持ち上げられた野太い縄のような泥が計七筋。
退避した一方通行を逃がすまいと、泥第の二波が空から落ちてくる。
瓦礫を射出し迎撃するが、止められるのは末端のみ。
頭部にあたる場所を吹き飛ばされても、残った部分だけで脈動し、軌道を修正して再び躍りかかってくる。
下がる一方通行を獰猛に追いすがり陰湿に付け狙ってきた。
「しつけェぞ、ゲテモノ野郎!」
乱雑に袈裟に右腕を振るい上げる。
腕の軌跡をなぞって、通過した斬裂の空刃が黒縄を両断する。
大気の流れを操って生み出した真空の衝撃波は、瓦礫の投擲とと同様純粋な物理攻撃だ。
微細な物理計算を念頭に入れる必要もなく、ただ破壊に必要な運動エネルギー分だけぶつければ事足りる。
『反射』を封じられても、ベクトル操作による多種多様な手段は未知の物質にも有効となる。
万能にも等しい法則改変こそが一方通行の超能力が最強たる所以だ。
戦術もなく、遮二無二突っ込んでくる悪意など、脅威には値しない。人類根絶の呪いであろうと銃火器と大差のない障害だ。
「……はァ」
問題となるのはむしろ、際限なく溢れて止まない無尽蔵の質量だ。
泥の支配に濡れてないまだ安全領域の場所にまで下がって俯瞰するのは、全身をよじるおぞましき妖樹。
飛散していく泥は骨格という決まった形で定まれておらず、生体を補う内臓も詰まってない。
アメーバのような単細胞生物に等しく、従って弱所もありはしなかった。
毛先一本分に足らない分を潰した程度で動きが止まるほど、繊細な造りはされてはいない。
現出を促し、自然崩壊を留めている「核」を叩かない限り決定打になり得はしない。
それがなんであるかを、とうに一方通行は看破している。
「……」
樹体に半分埋もれたオブジェと化した少女。
もはやヒトとしての機能は求められていない。ただ悪魔をこの世に招き寄せる為の依代、儀式の生贄の供物。
一方通行は同情はしない。
たとえ彼女が何の罪も背負わない陽の元の世界の住人だとしても、全てはとうに遅い。
切り捨てるのは悪だろう。速やかに終わらせるのが唯一の救いになる、という言い分も所詮は詭弁。
救える手には限りがある。血に染まった己に救えるのはもうただひとつしかない。
誓ったのだから。それ以外に手を差し伸ばせるわけもない。
「第一、構ってやれるほど暇じゃねェンだ。
せいぜい恨み辛み重ねたまま、絶望して消えて逝け」
悪の殺到する死の森へと切り込む。
迷いなく一方通行は選ぶ。人でも敵でもない障害として、非道に片づける修羅の道を。
880
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2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:42:04 ID:B6bM9.2g
一方通行が離脱したアンリマユの支配圏では、今も両儀式が駆け走っていた。
視覚もなく本能といえるものすら曖昧なのにも関わらず、そこにいる命には鋭敏に察知し蹂躙しようと根が向かう。
戦場をくまなく覆い尽くしてあらゆる地点から飛び出す魔手。
正面、背後、地表、天井。
逃げ場のないそれを、手に持った一刀が照らす白銀の煌めきが切り拓き道を成す。
間合いに入り込んだ敵は例外なく斬滅する『剣の結界』。古の剣士の業が犠牲者と共に再現される。
両目に映るのは赤。流れ落ちる血の色。燃え上がる戦火の色。
泥に刻まれた呪詛のような『線』は、眼球を蕩かせるような熱を押し込んでくる。
目を通し脳に伝わる痛みを切り捨て、その線に刃を入れてその身に死を具現させる。
ボロボロと崩れゆく触手の末路には一瞥もくれず、瞬きの後には返された二の太刀が次なる獲物を斬っていた。
『死』ははっきりと、これ見よがしに鮮明に映っている。
それは異常だった。気を抜けばあらゆる物、人に死を見るとはいえ、この泥に入っている線はあまりにも、濃い。
かといって脆く虚弱というわけでもなく、まともに受けては式とて死に至る殺傷性がソレにはある。
全身に死を明瞭に映し出しているくせに、世界を死に至らす圧倒的な闇を振りまいていく。
弱さと強さを併せ持った矛盾の塊。犠牲者でありながら簒奪者であり続ける死神。
立ちはだかる存在のその奇妙さに、だが式は疑問を覚えない。
分かりもしない意味を考えることはせず、単にそういうものだと割り切って済む話だ。
刀剣の暗示化にある中でそのような些事は抱かない。
あるのは直感、戦闘本能としての違和感だけ。
戦闘、生存に特化した人体は背筋に走る氷の冷たさを常に満たしている。
その冷たさを飲み干して、改めて敵へ肉薄する。
魔眼と刀技による絶対死の一撃も、武器の間合いにないものには届かない。
周囲を埋め尽くす勢いの大滝の如き呪いの坩堝に飛び込むとしても、そこにしか勝機がないのなら選ばない理由はない。
狙うのは祭壇に侍る言峰綺礼。
式が生きるにはこの聖杯の根源を抹消する他ない。だがその時間違いなく邪魔なのはむしろ神父の方だった。
危険の度合いでいうなら、人殺しに特化した泥を生む聖杯のが大きく上回っている。
それでも脅威の点、存在を許容できない意味で、式は聖杯以上に言峰へと先に剣を突き付ける。
水溜りを踏みつけ、飛沫が舞う。
聖杯に言峰を守る意志などだいだろうが、それでも自らの元に走り寄る命には貪欲に引きつけられた。
怪魔の軍勢が、我こそはと式の肢体を蹂躙せんと詰め寄る。
対極の聖杯の略奪が最優先だとしても、それで他の存在に手心を加えるなどという機能はこの聖杯には元からない。
生き物の気配を感知したのなら是非もなくその身を焼き焦がし責め殺す。そんな使命の元悪意を躍動させていた。
その死の渦を、掻い潜る。
正に渦を巻く、と呼ぶべき螺旋廻廊。
その内の洞。呪いの通貨しない空いた箇所へと身をねじ込んだ。
悲鳴を上げる関節。
粒になって散った泥が付着し叫ぶ肌。
その全てを無視して、渦の外を突破する。
着地と同時に、隙を逃さず真上から落下する魔力の波濤。
逃れられず、防ぎようのないそれを、触れるより前に手にある刃で祓い落とした。
唐竹に割れる汚泥。
周囲を闇に覆われながら裾を黒ずませても、中心に立つ姿は未だ無垢に残ったままだ。
「私を先に狙うか。懸命だな。
劣る敵とはいえ倒せる相手なら先に倒すべきだ。でなくばいざという時足元を掬われかねん」
言峰との距離は、既に十メートルを切っていた。
死の圏内が縮んできても、神父は相変わらず悠然な笑みのままでいる。
「それとも。さっきの一言が余程腹に据えかねたのか?
荒耶も言っていたな。おまえは見かけよりも激情的な―――」
語らせる気も、聞く耳も持たない。
その口を噤ませるべく、いますぐ一閃を払って言峰を両断せんと、体が流れ次の一歩を深く踏み込む。
881
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2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:42:35 ID:B6bM9.2g
その直前。
夜気を揺るがす豪爆の音界が、燐光を伴って並み居る触手を燃え散らした。
「………………!」
起きた風が紬の袖を払い、カソックをはためかす。
濃霧舞う空を切り裂き貫通した空間にあるのは、やはり赤い粒子。
この世全ての悪とはある種同一にあたる、人造の悪意である劣化GN粒子。
GNドライブ搭載機の基本武装のひとつであるGNミサイルの炸裂した跡だった。
比喩などではない本物のミサイルの爆発は、周囲にあった泥を根こそぎ消失させていた。
もし飛来物に反応して飛びついた触手の数が少なければ、式と言峰にまでも被害が及んでいただろう。
「……ち。照準がズレたか。まだ粒子が馴染まねェのか。
成分は理解してるが弾くならともかく、自分で使うとなると勝手が違うな」
一方通行は、空になった手を前方に突き出したままの姿勢で立っている。
推し量るまでもなく、彼は自らを誘導弾の"発射台"としていたのだ。
殺害の報酬に頂いた多量の首輪を換金して得た銃火器のうち、最も大きな武器であるGNミサイル。
対モビルスーツ戦を想定して造られた、人に向けるには過剰極まる破壊力。
だがその照準は人ならざる魔性。機械など及びもつかない真性の悪鬼だ。
能力の制限に縛られている中で攻撃力を維持するにはうってつけだった。
「まァ、いい。今のでコツは覚えた。次は直撃させるぜ?
逃げられるもンなら逃げてみなァ。その寸胴から足が生えるかは知らねェがよ」
デイパックから引き抜かれる二基目のミサイル。
人間一人では引き摺ることさえ出来ない質量のそれを、まるで紙細工の模型かのように軽々しく持ち上げる。
内部機器に干渉して推進に点火し、勢いのまま手づかみで投擲した。
射角調整は僅かな操作で事足りる。センサーは己の感覚で補う。
「そうら、ブッ散れ」
手から離れ、猛進する第二射。
だがここで、ただこのまま固定砲台に甘んじる気概で収まる一方通行ではない。
次なる一手は構築済み。殲滅のための超能を制御する知識が回転する。
「はっ――――――!」
ミサイルが射出されるや否や、一方通行もまた前方に跳んだ。
高速で移動するミサイルに更なる超高速で追いすがり、その上体に足を着け、乗り上げたのだ。
そこからは、まるで大道芸でも見るかのような光景だった。
取り付いた一方通行はその姿勢のままベクトル能力を行使、ミサイルの運動法則を操りサーフボードの要領で「操縦」した。
二転三転と繰り返す蛇行。
運動神経では人並み以下でも、それに反比例して頭脳内での演算力は卓越してる。
襲いかかる触手の速度、精度はとうに見切った。
戦国武将の剣戟、見上げる巨躯の機動兵器に比べれば稚拙そのもの。馬鹿正直に来たものに突っ込むしか能がない。
肉体的な反応でなく、起きる現象の数値を正しく計算した結果であれば、軌道の穴に入り込むのは余裕だった。
無数の触手を、風を読み自在に羽ばたく燕のように鮮やかな演舞でかわし切る。
「おらァっ!」
右往左往する蛇の上まで昇り、決着の一撃を放つ。
足の接地を外し空に浮く体。制御から離れ先を行く爆槍。
後背部のブースター面へと、裂帛の気合いを込めて力強い蹴りをぶつけた。
膨張する火焔の柱。
けたたましく鳴る龍の逆鱗の咆哮。
今までとは比の違う時間行使。桁外れの力(ベクトル)を注入され、人智の兵器はいま条理を越えた魔具へと変性を遂げる。
埒外の加圧を受けたミサイルは、城門を砕く破壊槌そのものだ。
中に貯蔵されたGN粒子までもが付与された力に騒然としている。
食らいつく先はただひとつ。いまも無防備に括られている裸身の生贄。
神父の謳う女神とやらを、木端微塵に打ち砕くべく突貫する。
だがそれさえも、超能力者には布石の一投に過ぎない。
槍は泥の集積した塊に阻まれ、本懐を果たせずまま火花を散らした。
莫大な威力の余波で、防いだ壁の包囲には完全な穴が貫通する。
表面を焦がされたことで凝固したトンネルを、颶風と化した白の影が通り抜ける。
飛び勇む一方通行の狙いは変わらず、少女を磔にする聖杯の中心部。
「じゃあな、潰れろォ!」
一本に重なるふたつの撃槍。
ひとつ目で盾を奪い取った今、邪魔するものは何もない。
轟然と向かう五体が流星となり、肉の詰まった杯を爆砕するべく衝突する―――。
882
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:42:56 ID:B6bM9.2g
一方通行の蹴撃が振るわれると同時の瞬間、式は弾けるように駈け出していた。
一発目の時点で、影はもう消えていた。
上から落ちてくる一撃がただならぬ脅威と察知したのか、周囲に寄っていた触手が空へと吸い込まれるように昇っていった。
無限を誇る総量の泥が、この時点でのみその均衡が崩れる。
解れた結び目の境の間隙を未来予知の域にまで高まった直感で見つけ、その先を踏破する。
進路の邪魔になる触手の根を横薙ぎの斬撃で消し去り、振り抜いた反動を使って黒縄の檻の外―――言峰綺礼の立つ地面へと跳ね飛んだ。
一足。
泥の障害が消えた今、言峰の眼前にまで踏み込むにはそれだけで十分だった。
言峰は構えを取る。しかし遅い。
音速の域に辿り着く式の足運びは言峰の反応速度の限界を凌駕している。
たとえ防御が間に合っても、その守りごとを切り落とす。
掲げられた上段。限界まで引き絞られる筋繊維。
直に構えられた太刀が、雲耀の速度を以て振り下ろされる―――。
両儀式と一方通行との連撃は、阿吽の呼吸に相応しいタイミングで続いた。
当然、連携の示し合せなど二人は行っていない。
他に向けられる意識は用意されておらず、自分が定めた敵を倒すためだけに動いている。
だが他者を見ずとも、状況は常に確認している。
自らにとって有利な展開を定め、生み出すために直感と知能を総動員している。
結果、両者はそれぞれ同時期に勝機の到来となる鍵を見つけた。
それは一方通行には聖杯付近に踏み込んで泥の襲来を集中されている両儀式であり、
式には上からミサイルを蹴り放ち、核を守ろうと泥を集約させた一方通行の存在だった。
最大の真価を発揮するために他人を利用する。
言葉にすればそれだけの方法だが、それが成立するには数々の条件が塞いでいる。
狙う敵が一致し、思考が同一だったからこそ成り立った共同戦線。
どちらかが少しでも違った行動を取れば即座に双方共自滅する、綱渡りの選択。
だがそもそも、この二人が直に殺し合った回数は一度や二度では済まない。
死線で結ばれた関係は、所詮互いの否定でしかない。
理解しているのは、その戦法。
使う武器、持ち得る能力、予測される攻撃、弾き出される運動性能の限界。
刃を重ね殺し合いを演じるごとに、二人の間には情報が蓄積されている。
技の冴えも、武装の破壊力も。自分が相対した場合の対処法を幾つも想定している。
それを応用に使ったのが、今し方の連続攻勢の仕組みだった。
繰り出される心技を十分に把握していた二人は、片方がこの状況で取る行動を逆算し、それに後続して相乗った。
前進して出来た孔は直後の後押しの相乗効果を受けて拡大し、遂に泥の牙城を突き破ったのだ。
確信があった。次の手で完全に決まると。
GNミサイルの爆散で、一方通行と核の少女との間を阻む壁は取り払われている。
両儀式はアンリマユの波状攻撃を透過し、言峰綺礼の目の前に辿り着いた。
これ以上ない絶好の勝機。
この手を下ろせば汚濁は潰える。二人の願いを壊す禍つ聖杯は崩れ去る。
二人は全く同じタイミングで悪夢を終わらせる止めを刺そうとして。
『怪異』が、起きた。
883
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:43:22 ID:B6bM9.2g
「「――――――――――――――――――!!!???」」
得も言われぬ悪寒が、両者に走った。
何か、道の途中で大切なものを落としてきてしまった気がする。
自分達は途方もない思い違いをしていたのではないかという、猛烈な不安が。
あり得ないと信じる思考が、覆さざる現実によって脆くも浸食され、反転する。
宮永咲に差し出された一方通行の拳は、顔面に触れる寸前に中空で制止していた。
泥の強度を念頭に入れて設定された威力の一撃。
粘性と熱性の防壁が敷かれようと纏めて風圧で吹き飛ばして、減衰したままでも無抵抗の少女の首を折る計算の力を発揮したはずだった。
なのに、今一方通行の拳を受け止めたのは、たった一枚の掌大の花弁だった。
花弁は他の泥の溶けた鉄のような色とは違う、鮮明な光が灯っている。
美しく幻想的な灯。春に吹雪く桜の華。
一方通行の目に、それは死者の人魂としか見えなかった。
式の持つ中務正宗もまた、言峰を斬ることなく軌道を止めていた。
髪の先まで近づいているのに、そこから先がまったく動かない。
阻んでいるものは、刀と男の合間に境界となって挟まれた細い根。
今までとはまるで手応えの違う感触にただ困惑した。これではまるで鋼で出来た業物の刀剣だ。
そして乱れる自分の呼気の音を聞いて、その事実に固まった。
あれだけ死を味わいながらもこの身を刀に保っていた暗示の術が、解けている―――。
突如の異変に時が止まる。
異常な事態だと理解しているのに体が追いつかない。
「――――――――」
先に復帰したのは一方通行だった。しかしそれは自力での復帰ではない。
肌が触れ合う近さで自分を真っ直ぐに見る「視線」に気づき、反射的にそれを見返してしまったのだ。
屍同然だった宮永咲の瞳は、開いていた。
虹彩は赤い。生まれ持った花の可憐さはなく、眼光には見た者を焼き焦がす烈火の炎だけが炯々と灯っている。
そして瞼の内からはごぼごぼと、どろどろと、黒い涙が滂沱と溢れていき……。
「……………っっっ!!!」
本能からの警鐘で完全に自己復帰して咄嗟に後ろに飛び退いた。
攻めを止め下がる選択をしたのは単なる警戒か、それとも殺意よりも生存の意志が勝ったのか。
当然前者だ。前者でしかない。それ以外であっていいはずはない。
答えの出ない迷宮に囚われた思考で、今はただこの「敵」と距離を取る事だけを考えるのみだ。
弾けた白影に連動して、式もまた背後に下がった。
得体の知れない異常よりも、確かに死の手応えを教える硬い感触が腹部に押し込まれる。
その寸前、身をよじり衝撃の全てを受け止めるのだけを避ける。
「……っ―――」
それでも、触れた箇所には鈍い痛みが疼く。
内部からの破壊を目的にした八極の拳打は、まともに入れば内臓と、それを守る骨が砕かれていただろう。
逸らした顔があった位置を、幹のように野太く鍛えられた言峰綺礼の腕が通過する。
まともに打たれれば首がもがれてもおかしくない功夫の冴えに、式の本能は刺激される。
続く拳をスウェーでかわし背後に下がる。
空いた隙へ切り込むよりも、全身に刺さる怖気から身を守る方を選んだ。
周囲にひしめく泥は何の反応も見せず、拍子抜けするほど簡単に退避が出来た。
884
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:44:01 ID:B6bM9.2g
聖杯を俯瞰できる位置、即ち初めてここの着いた時の場所にまで戻って、式は海に浮かぶ樹を見上げる。
空に巣食う赤い稲妻。
天上での死闘の余波が、聖杯に触れようとする黒い泥の手を打ち落とす。
「―――――――――これは」
隣には、立ち戻った一方通行が焦燥した表情で同じ標的を睨んでいる。
「……この感じ、前にもあったぞ。
似たような胸糞悪い障られ方だ。あの紅いヤツとやってた時、か?」
かつて似た現象に囚われていた記憶を一方通行は反芻する。
そう、あれは駐車場での事だ。あらゆる手を封じて詰みに入っていた紅い騎士の機動兵器。
それが突如として威勢を取り戻した、あの時の不穏な不運を招かれた謎の介入操作―――。
「そうか、決めにきたか。
調整するのはもう十分かね?宮永咲」
「あン?」
ただ一人。
全てに納得しているとばかりに、異変に顔を強張らせないまま微笑でいる男の声が聴こえる。
「なんだ、ここに至ってまだ分かっていないのか。
数々の未知の異能、ありえざる異常に関わってきたのならすぐ気づくかと思っていたが、残念だな」
『樹』は、未だ異変の只中にいたままでいる。
花葉が枝が根が幹が、樹全体が激しく揺れている。
「―――遊戯の中では、時に魔物が身を潜めていることがある。
賭けるものがないがゆえに他を顧みず容赦なく全力を尽くし、命を取り合う恐怖がないからこそ他を竦ませる戦術を躊躇いなく用いる。
戦場であれば恐れられ疎まれるであろうその魔物は、遊戯台にあってはむしろ賛美と名声で迎えられる。
当然だ。彼らは公正な試合の元で戦い、単純に勝ったのみだ。それが疎まれる謂れはない。
己の異質さ、禍々しさを自覚することなく、戯れに人の死を築き上げていく。
悪意も敵意もないまま、純然たる善意と好意を以て他者を蹂躙し嬲り屠る魔性の化物。
宮永咲はまさにそれだった」
伝わる揺れは樹木全体が起こしているものだ。
根を張る地面のみならず、空までもが樹の振動に震撼していた。
「単に素養があるだけで聖杯の器は務まらん。
まして始めから器になるべく設計も調整も為されていない娘では、この孔を固定することは到底かなわん。
だが彼女には別の素質があった。世界という絵巻の秤となるべく生まれ落ちた舞台装置。
そして卓上のみにおいて発揮される、運命を決める権能の力。
誇張なく、宮永咲は『世界の主役』と呼ばれる存在だ」
然り。これこそ震えだった。
殺戮の喜悦によるものとは質の違う漣の根源は、途方もない恐れから振るえているのだと式には思えた。
あの視線を受け止めた一方通行は、ふと思ってしまう。
悪しか齎さない殺害という概念の化身であるあの泥。
意志すら定かでないこの世全ての悪が、あんな踏めば潰れるような草花に恐怖しているのだと、あまりにも馬鹿馬鹿しい考えを。
「私とお前たち、そして彼女。
これで四人。卓を囲むには丁度いい数だ。
とうに牌は配られ、賽子(ダイス)は回っている。ならば後はもう思うがままだ」
「さっきから、何を言ってる。おまえ」
殺し合いに巻き込まれた不幸な被害者。
何の責もなく、無理やり生贄の役目を負わされた憐れな犠牲者。
式も一方通行も、あの少女はそれだけの存在だと認識していた。
今でも、それが間違っていると思わない。
だが、それなら今あそこに収められている人型は。
全体を影に呑まれ、焔を宿した眼でこちらを睥睨するその姿は。
「単純な話だ。既に我々は彼女の遊興に付き合わされていたというわけだ。
損傷、消耗、彼我の戦力差。
真剣に殺し合ってるように見えて、その実我々には互いに何も失っていない。
全てが以前と――――変動なし(プラスマイナスゼロ)のままでいる。
私も含め誰もが決着を望んでいるというのに、彼女の意志がそれを拒んだというだけで、こうして膠着を生み出した。
聖杯ですらもその指向性を誘導させられている。引き役を務めるこちらでさえ空恐ろしさを覚えずにはいられんな」
戦慄する。
勘違いしていたのは―――果たして、いったいどちらだったのか。
885
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:44:46 ID:B6bM9.2g
予め定められた都合のいい展開を相手から差し出され、知らぬうちにそれに乗せられ操られていた。
これまで思い通りに進めていた戦いが全て、あの掌の上で転がされていたとすれば。
もはや人に収まる業ではない。正統な流れにある者には受け入れられない邪に映る。
「魔」と呼ばれる類の、怪異だ。
「だがそれも終わりだ。
どうやら、この状態でも勝利の決意は残っているらしい。本能が剥き出しになったと言った方が正しいか。
図らずも、私にとっても喜ばしい限りだ。虚飾のない人間の命の疾走は、誰であろうと美しい」
神父は笑った。これ以上なく朗らかに。晴れやかに。
虚偽なき本心からの祝福を、人ならざるカタチに昇華された魔姫へ送る。
「―――喜べ少女。君の願いは、ようやく叶う」
聖杯は願いを叶えるもの。
どのような人物、どのような小さな願望だろうとその理想を形にして見せる。
少女はいま、確かに願った。
人間性、世界との関わりを削ぎ落とし、裸になった心になお残った、あまりにもささやかな希望。
それが此処に、最悪の形で曲解され一つの局を立つ。
「さあ、開化(カイホウ)が始まるぞ。
せいぜい耐えるがいい。命を消(とば)されたくなければな」
妖花が狂い咲く。
悶え乱れた触手総てが、無作為に悪害を散らすだけだった呪いが、ここにひとつの意志の元で統一される。
声を皮切りに、地に埋もれていた"根"が一丸となって、猛烈な勢いで二人に押し寄せてきた。
町を飲み込み災禍を引き起す、荒海の津波そのものの速さ。
これまでにない膨大な量の泥は、左右に別れて回避した式と一方通行の間を通過したまま残留し、二人を分断する壁となった。
「「っ――――――!」」
動いた後で、双方が詰んだと悟った。
何が起きたかは計れない。ただ体の奥底で警鐘を通り越して観念したに近い声を鳴らしたのだ。
これから先、自分達はあの少女に殺される。
真綿で締められるように刻一刻と、絶望を丹念に塗り込められながら死んでいく。
理論を一切挟まない直感だけが、そう真実を叫んでいた。
当然、両者ともそれを易々と受け入れる性根の良さは持ち合わせていない。
式の前に踊る泥の筋は六条。刀を握った時で踏み込めば容易に討てる数。
しかし、繰り出されてきた触手の群れは一糸乱れぬ無駄のない機動で人体の急所めがけて突き入れにきた。
泥状の固形物でしかなかった呪いは、今や研ぎ澄まされた槍の形に先鋭化していた。
古流の剣客の業を継承した殺人鬼を以てしてかわしきれない槍撃の冴え。
研ぎ澄まされた殺意に統率された、訓練を受けた兵士の槍捌きであるかのような攻めは、式に迎撃の間を与えずその場に釘付けにする。
その肉の内は、よく見れば人間の静脈のような青い筋が通っている。
バースデイを介して混入させられたG-ER流体は人の悪意という記憶を読み取る。
そしてその惨劇の再現を行い、死を演出する。
幸せの時と名付けられた織物の如く。
少女に幸福な夢を魅せるため、ふたつの水は融和し、世界を満たそう広がっていた。
斬りつけ合う間に、槍衾は数を増していき、広がる光景は地獄の剣山の様相を呈していた。
一際大きい、心臓を狙う突き。式は避けも防ぎもせず正眼の大勢で槍の到来を待つ。
柱大の太さの黒槍が刃先に触れた瞬間、柄を持つ手首を捻り刀身を穂先に絡みつかせる。
流された槍の柄に浮かぶ溝に刀を押し込んだ途端、それまでの豪壮さが嘘のように槍は霧散した。
一本を凌いだところで安堵には遠すぎる。剣の山はひっきりなしに襲い掛かってきている。
二本目を落とす。三本目、四本目も同様に切る。
五本、裂く。六本を殺す七本を刈る八本九本は半ば無理やりに押し通す。
だが減らない。無限の質量は未だ健在のままでいる。
ただ一点の変化は、この呪いが今一人の意志に基づいて運動していることだ。
獲物は槍といわず、あらゆる類の武器が押し寄せる。
人の全知を尽くした殺戮の道具。それを自らの手で握り振るう血潮の武芸。
式に斬りかかっているのはただの呪いではなかった。
その対象に選別され凝縮された死の歴史。その閲覧に他ならない。
浅く、手足を戦斧が掠める。
継戦には支障ない。だがそれは今の式の剣捌きが現界に達しつつあるのを示す。
限界なのは肉体のみではない。中務正宗の刀身は綻び、名刀の銘に陰を落としていく。
付着する泥の一粒が、武器を腐食させる強酸となってじわじわと力を削いでいく。
地面から伸びる棘に間一髪で飛び退く。
通った跡を縫うように次々と棘が突き出て行く。
どこまでもどこまでも、追いかけていく。
886
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:45:22 ID:B6bM9.2g
「は―――っ、が、ァ――――――!」
別れた一方通行もまた、追われる立場にあった。
変化した戦法は無粋な物量戦。
無思慮に飛び込むだけだった呪いの塊は、明確な目的に測りその性質を多様化させていった。
対空迎撃用の榴弾を浴びせ続け、地面には一帯を覆う棘が足場を奪い時には串刺しにせんと伸縮する。
空を遮断するドームから滴り落ちる花弁が全身を打ちつける。
地より突き上げられる朽ちた死者の腕が仲間を求め足を掴んで引き摺り下ろす。
ただ独り、一方通行だけを取り残して、この世の全てが敵に回っていた。
無論、単なる物量に任せた包囲戦など超能力者の一方通行はものともしない。
回避するまでもなくただ立っているだけで凡そ全ての通常兵器はねじ曲がり、反射される。
だが今一方通行を襲うのは、この世にあらざる側から招かれたこの世全ての悪だ。
「っ!ギィ――――――!」
落ちてくる泥を退けようと振り上げた腕に、横から伸びた黒い縄が縛り上げられる。
肉は、溶けていない。デフォルトの反射では機能しなくとも一方通行の意志で適応するフィルターは変更できる。
泥と同質である脳内にこびりつく怨念を精査し、それに対応するよう再設定することで、即座に死に至ることは防いでいる。
そこまで対処しても、巻きつかれた触手は一向に離れようとはしない。
リアルタイムで設定を組み替えているのに、泥はそれに応じて組成を変化させているかのようにフィルターをすり抜けようとのたうっている。
結果、肌にへばり続けている泥は徐々にだが一方通行の肌に染み込み、内側から侵されつつあった。
「ベタベタと、付き纏って……鬱陶しいことこの上ねェンだよ!」
繋がれた線を介して逆流のベクトルを送り返す。
膨張破裂する触手。しかし既に次の手は迫っている。
空より降ってくるのは、一方通行を丸ごと包む大きさの桜色の泥花。
「この、クソがァっ!」
手で払いのける動作の通りに引き裂かれる花の蜜。
直接触れぬまま風圧でかき消せば反射の浸食も関係ない。
だがその分、能力時間は減っていってしまう。必要なベクトル数量が上がってしまう。
泥の強度が増しているのだ。
飽和状態で野暮図に垂れ流すだけだった能力が、ここにきて急速に結束している。
より硬く、速く、鋭く。
まるで何かを果たす為に計算されているような、豪胆と緻密が両立した間断なき攻め。
全方位からくまなく振りかかる呪詛の大波を止めるのに、既に能力の制限時間の四割を費やした。
条理外の法則で動く泥は能力による迎撃に相当のロスを生じさせていた。
まるで蜂にたかられる蟲だ。
飛べるのならまだいいが、羽をもがれて地に落ちれば、今度は蟻の群体についばまれ解体される。
「何も見ェねェ聞こェねェ分からねェ、その癖して好き勝手しやがって……!
こンなモン、もう能力でもなンでもねェぞクソッタレがァ!」
触手をかわし続けつつ、黒くなった少女の能力を見抜こうと計算しても、答えにまったく行き着かない。
解析不能(エラー)ですらもない。『何が起きているか分からない』。
少女がこの異常を握っているのは理解できる。
何か、この場そのものに介入しているのも想定はできる。
空間に作用しているのか、特殊な電磁波を発しているのか。
たとえ一方通行自身に解析・観測されない波だとしても、結果としてあるものを見れば逆算して答えを導けるはずだ。
なのに齎す効果がなんなのか、能力の性質を読み解くピースが一片すら手に取ることが出来ないのはどういうことなのか。
887
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:47:07 ID:B6bM9.2g
宮永咲の能力。
果たして、それを能力に定義してしまっていいものなのか。
かつて一度、一方通行の挙動を翻弄してのけた天江衣も、この類の"魔"を携える雀士であった。
『麻雀を打つ』。
そんな他人からすれば一笑に付すような状況が、彼女らが生まれ持つ奇跡を発現するための土台となるものだった。
彼女が彼女であること以外に理由はなく、彼女らがそこに立つだけで事は速やかに成る。
そこにはありとあらゆる理論は省略され、ただ結果だけを現実に書き起こす。
規模こそ小さいが、それは確かに奇跡と呼ばれる業のひとつだった。
観測した現象から逆算して本物に近い推論を導こうにも、現象そのものが不理解であれば推理しようもない。
因果の累積で導けるとは違う、真の意味での運命。
人類、如何な系統樹の生命でも届かない断崖の果て。
一方通行にとって、彼女らの力は天敵に当たる存在というわけだ。
直死の魔眼でさえ、運命の死に線を通すのは叶わない。
……当然その発揮は麻雀内に限定される以上、本来なら脅威になどなりようはずもない。
ただの競技、遊興の域でしかなかった力を変えたのは、言うまでもない。
意思の強弱に関わらず。願いの質を問わずして。
万人の声を聞き届け実現する魔女の窯は、今目の前で中身を盛大に返しているのだから。
槍群に挟み込まれる。
空間ごと呑まれていく。
何処へ行こうが、死の轟雷は鳴り止まない。
嗚咽。苦悶。人の負の声が地獄で響き続ける。
段々と、『流されている』のを二人は感じた。
まるで強風に飛ばされる花弁のように、為す術なく風の向くままに吹き飛ばされている。
落ちる先が煉獄の炎だと理解しており、必死に抜け出そうとしても、風の檻は堅牢でまったく刃が立ってない。
印象を操り、思考を謀り、行動を縛る。
相手の自由を根こそぎ奪い尽くして自分の優位を不動のものにしてから、その果てに討ち取る。
これこそが遊戯の本質。差し手の赴くまま、盤上の駒は玩弄させられる。
命は転がされ、娯楽の大衆は消費される。
それを眺めて花々は微笑む。
搾り取られる贄の叫喚を、貌を綻ばせて愉しいと。
血の味も死の意味も知らなかった身で、少女は地獄を具現する。
それでも。
そう、それでもと、膝を折れない理由がある。
流れる血の海の中で、呪詛の弾雨が四方に散る。
絢爛とは真逆の汚濁した武具が粉と消える。
服を煤けさせ、幾度なく身に傷を増やそうとも、二人の動きが止まることはなかった。
皮膚から溶かされていく肉は、全ての熱を失ってない。
肉体の限界。能力の制限。そんなものは知らないと愚直に前を睨み進み続ける。
遊びに精を尽くす少女とは違う。
式が先に進むのは。一方通行が命を賭けるのは。より硬い意志から伸びているもの。
こんな枝葉で止められほど、止まっていられるほど彼らの決意は温くはない。脆くない。
この世全ての悪だろうと地表に墜落寸前の彗星だろうと、立ち向かうという選択以外取るべき道(コト)はない。
何故なら、その先に求めるものがあるから。
その先が、自分の歩みたい道なのだから。
全世を覆う怨念に比べてなんとも小さい願い。
だから、譲らない。自分だけのものだからこそ、誰にも邪魔させることはない。
制限時間の四割を切りながらも障害を跳ね除けて一方通行は前進する。
式も壁となって潰しかかる武具の猛撃を死の線に這わせて屑鉄に変えながら走り出す。
奇跡の恩寵を受けた聖杯の呪層界をものともせず突っ切って行く。
肉体の限界。能力の制限。そんなものは知らないと愚直に前を睨み進み続ける。
888
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:48:41 ID:B6bM9.2g
故に。
己の導いた通りに動いた二人を、少女は完全に刈りにかかった。
時間がない、と二人は言った。これ以上の暇はないと。
事実その通りだった。もう、時間はない。
生者が生きていられる時間はここで打ち止めとなる。
駒は回りに回り、場は掻き混ぜられた。『宣言』の準備は成っている。
対峙者の血をも蒸発させる、極大極地の一撃。
千山に咲き誇る、大輪の花の開放は。
「当たりを引いた、か。ではこれで終局だな」
逃れようのない終わり。
聖杯の女神と化した、少女が少女である所以の発動。
コールタールのように濁った海。
煮えたぎり、泡立つ、命の生存を許さない泥の中で、瘤が隆起した。
足を広げた地面に枝、式と一方通行の立つ位置、聖杯自身からも至る場所に瘤が表れていく。
拳大でしかなかったそれは空気を含んだ風船のように急激に膨れ上がり、瞬く間に破裂直前にまで成長した。
水から上がったクラゲじみた、滑稽にも映る風体。
だがそこに詰まっているだろうものを想像すれば、笑いなどすぐに引きつった。
樹木から生えてくるモノといえば当然、開化を待つ前の蕾に他ならない。
「「 !!」」
絶句。
秒を刻むより先に疾駆。
白と黒の直線を残像にして二人は走り出していた。
空気が爆発し、中空で急激に加速する一方通行。
式も網の目をくぐるように呪いの剣槍をかいくぐって最短で中心に向かおうとする。
確信だ。
ここで落とさなければ間違いなく終わる。
予測予感なんてものとは比較にならない実感が背中を後押ししていく。
「黙って、撃たせて、やると、
思ってンのかァ――――――!」
足を着けて移動しなければならない式より、空を弾けて飛ぶ一方通行が一歩早く必殺の態勢を取った。
手と手の間。風を吸い込み収束される電子の波。
圧縮された空気はプラズマ化され融滅の光線へと変わりゆく。
この桜花が中身にある種子を破裂させるより前に、大元たる黒樹を焼き散らす―――!
照準を向けている光を理解したか、阻止させる迎撃が振るわれる。
地盤ごと持ちあがったような震動を上げて放たれたのはもう触手とは呼べない形状だった。
太さといい大きさといい、深海の海獣が全身をそのまま叩きつけるのに等しい。
海中を遊泳する鯨の如き泥の結晶は猛然と一方通行へと突貫し――――途中でビタリと微動だにせず制止した。
「邪魔だ」
切り開くのは、一刀の煌めき。
数百メートルに及ぶ巨躯に、数十センチ程度の小さな傷が突き刺さる。
悪魔はその動力の元を断たれ、十と七の破片に分割した。
式にとっては、進行上の妨げだったものを殺しただけ。
接近して自らの手で聖杯に刃を通すために進行上の障害物を破壊したに過ぎない。
それでも、一方通行にとってはこれ以上ない援護の形。
「素敵な仕事だな両儀クン、ご褒美にトドメは貰っといてやるよォ!
さあ燃え散れ!チリも残らずなァ!!」
照射される熱線。
吼え奔る光の渦。
灼熱の衝撃が悪を具現した黒い巨塔を眩く照らす。
怒れる雷神の鉄槌が、科学の鬼子の手によって振り下ろされる。
触れるまでもなく蒸発していく泥沼。
汚濁の跡も許すまいと閃光の熱波は容赦なく世界を滅ぼしていく。
889
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:49:03 ID:B6bM9.2g
その、筈なのに。
「な」
白滅する視界の先に広がるのは、
怪物の口を思わせる、底なしの暗闇。
咲き乱れる、惡の華。
光をも飲み干す黒い海。
雷火の輝きすらもが、無窮の地獄に落ちていく。
「に―――」
プラズマの熱線が少女に直撃するよりも前に。
式が裂いた巨塊の破片それぞれの中に、無数に敷き詰められた蕾が破裂したという、起きた事実を理解する事もない。
ベクトルの反射など何の抵抗ももたらさず。
断末魔の声を上げる間もなく、一方通行の全身は波濤に押し流されるように消えていった。
「ぁ――――――」
正面から大波を浴びた一方通行と違い、聖杯に肉薄していた式は背中から諸共にソレを受けることになった。
断線される意識の中で感じたのは泥がもたらす灼熱の傷みではなく、腹部に叩きこまれた拳打の衝撃。
蕾の炸裂と同時に震脚を打ち鳴らし懐に滑走した言峰綺礼の発勁だった。
吹き飛ばされる全身が、爆散して溜め込まれた泥の海に激突し、中へと沈み込んでいく。
呪いのたちこめる展示場から、生きる者の気配が消える。
立つのはただ一人の死者、言峰綺礼だけ。
死人は濁った空を仰ぎ見て、地の底へと思いを馳せる。
「そろそろ、だろうな。
最後に待つ扉まで辿り着いた時、君は如何とする?」
◆ ◆ ◆
890
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:53:47 ID:B6bM9.2g
4 / 花痕 -shirushi- (Ⅰ)
音を追う。
怪物に浸食された展示場。黒く染まり鼓動する壁面の続く先。
奈落のような螺旋階段。
螺子巻く道の最奥から広がる音を、僕は追う。
こつ、こつ、こつ、と。
それは小さな靴音だった。
決して力強くはない、むしろ可愛らしさすら感じさせる、弱い音だった。
だけどその音は、決して止まることが無かった。
どこまでも行く。
地下へと潜る階段の向こう、闇の向こう、僕のずっと先を行く少女の足取りに、迷いだけは無かった。
少女は、秋山澪は進んでいく。
ひたむきに。ひたむきに。怪物の腹の中を進んでいく。
潜り込んでいく。
廊下の先に広がる闇の、更に更に奥へと。
僕はその足取りを追い続けていた。
先ほど廊下で見た、流れる黒髪の残滓。以降、秋山澪の姿を見てはいない。
尾行に気づかれないよう、後姿が見えないギリギリの距離で足音を追い続ける。
だから僕たちはまだ、お互いの顔を見てすらいないのだ。
「どこまで……いくんだろうな、アイツ」
口の中で、僕は小さくつぶやく。
実際、尾行を始めてから、かなりの時間が経っていた。
黒き聖杯と同化した展示場外周廊下から地下に降り始め、もう数十分は経過しただろうか。
かなり地下深くに潜っている筈だけど、螺旋階段の終わりは一向に見えない。
外の戦いは今、どうなっているんだろう。
そもそも、どこに繋がる階段なんだろう。
秋山澪は、今、このタイミングで、どこを目指しているのだろう。
そして僕の全身を襲う寒気は、言いようのない不安は、どこから来ているのか。
秋山澪の黒髪を見た時。
感じた恐怖の正体。
きっと僕はどこかで、確信を抱いていて……。
「なあ、この階段、どこに繋がってるんだ?」
だから僕は小声で、知っている奴に答えを聞くことにした。
「おそらく工房……アラヤの残した結界の内側です」
僕の背中にのっかる小さなシスター。
忍野から僕に引っ付き先を映した魔導図書館は、今までとは少し違った口調で答えてくれる。
「黒聖杯の影響か、アラヤの仕掛けか、分かりませんが、展示場地下の構造が変化しています。
ですが向かう先は間違いなくそこです。目的までは推定しきれませんが」
今の彼女の声には、『色』があるような気がした。
少しずつ見え始めていた物がいよいよ顔を出したような。
所謂、人間味という暖かさ。
それが、今、薄暗い螺旋階段を潜り続ける僕の身には、とても優しく感じられた。
◆ ◆ ◆
891
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:54:33 ID:B6bM9.2g
足音が、止んだ。
長い長い螺旋の終わりを告げる無音。
つまり彼女はもうすぐたどり着くのだ。彼女の目指していた場所に。
僕の歩みも自然、早くなりかける。
だけど抑えなければならない。
ここで一気に距離を詰めようとしたら、今まで気づかれないように尾行してきた意味がない。
目の前に広がるのは長い長い廊下。
幾重にも分岐した、迷路のような真っ黒い道だった。
もう一度だけ考える。
彼女がここに居る意味。
僕がここに居る意味。
僕が感じていた予感の意味を。
何故、彼女はまっすぐここに来たのだろう。
僕たちの敵を名乗った彼女が。
一人の味方すら持たない彼女が何をもって戦おうとし、ここに現れたのか。
当然、ここに勝ち目があるからに他ならない。
そして、もしも、もしも、だ。
参加者も主催者も、誰しも平等に混乱を約束されていた、『黒聖杯』の出現。
この世界の神を名乗る者でさえ、知らなかったというもう一つの『逸脱した力』。
この状況で、冷静で在れた者が居たとすれば。
冷静に、己の勝筋に進んでいける物が居たとすれば。
それは、それを『知っていたモノ』に限られる。
そしてそれが、もしも、彼女だとするならば。
「―――――なっ!!」
前方から微かに聞こえていた足音が、唐突に切り替わった。
穏やかな『歩行』リズムから、連続した、そして切迫した『走り』のそれへと。
「くっそ! ……ここで待ってろ!」
慌てて僕も、インデックスを背中から降ろし、その場に残したまま床を蹴り飛ばして駆け出した。
何故気づかれた?
いや、違う。
「いつ、バレてたんだよ!?」
足音が遠すぎる。
全力で追いかけているのに、未だに背中が見えない。
距離が、開きすぎている。
少しずつ、少しずつ、秋山澪は歩くスピードを上げていたのか。
螺旋階段の一本道では追いつかれるから。
迷路のように複雑な廊下に出てから、一気に僕を引き離すつもりで!
「にがすか……!!」
まだ僅かに聞こえる足音を追って、スピードを上げる。
道に迷ったら終わりだ。
曲がる廊下を間違えないよう、体に残る吸血鬼の血を総動員して、聴覚を研ぎ澄ます。
目を凝らして薄暗い廊下の先を暗視する。
―――足音が、完全に止んだ。
秋山澪はたどり着いたのだ。
思考が、そして体が『急げ!』と命令してくる。
何かが、手遅れになる前に。
廊下の角を一度曲がり、二度曲がり、見えた。
通路突当りの部屋――と言っていいのだろうか。
シェルターのように大掛かりな扉が今にも閉じようとしていた。
◆ ◆ ◆
892
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:55:22 ID:B6bM9.2g
広く、そして真っ白い部屋だった。
壁も、床も、何もかもが白い。
黒く染められた建造物の中にあって、それは異質な場所だった。
だけど白さの質は、空に浮かぶ清廉とはまた別種の物だ。
機械的な白。無機質な白。滅菌処理を徹底し、生活感を削ぎ落したような無の空気。
滑り込んだ部屋は、そんな場所だった。
部屋にはプラスチック製の机が大量に置かれ、机の上にはずらりとPCが並べられている。
そして中央、聳え立つモニターの集合体のような塔の麓に、彼女は立っていた。
平沢と同じ女子高の制服を着た、一人の少女。
部屋に侵入した僕を無視し、モニターの塔の麓でコンソールを叩き続ける彼女は一心不乱に指を動かし続けている。
僕が来る前からずっと、操作し続けていたのだろう。
かたり、かたり、と。
最後に一度二度操作を行ってから。
彼女はこちらを振り返った。
「そっか、あなたが、来たんだ」
黒髪が、流れる。
突発的に脳裏によぎる、第一印象。
『綺麗な女の子』だ。
そう、『綺麗』で『女の子』だ。
傷だらけで、もうどうしようもない位彼女はいろんな意味で傷だらけで。
それでも目の前に立つ少女は『綺麗』で、そして『女の子』だった。
ああ、平沢から聞いてた印象と、ピタリと、当てはまる。
「お互い。実際に会うのは初めてだな。秋山澪」
「そうだな。阿良々木暦」
その話し方に、物凄いアンバランスさを感じる。
アンバランスさが、マッチする。
何とも言い難い大和撫子。
そんな事を、思った瞬間だった。
『管理コード:コトミネキレイ 認証』
無機質な機械音声が、辺りに響き渡った。
『最終権限者と認識します』
発生源は秋山の背後の機械塔に取り付けられたスピーカー。
同時、映し出されるモニター、そして部屋中のPCが一斉に起動した。
嫌な予感が、いや、絶望的な予感が、全身を駆け巡る。
ここは一体、何をする場所なんだ?
「……お前……」
「―――言っただろ。私は、敵だって」
冷淡な声で、冷淡な言葉を、少女は奏でる。
その眼からは、欺瞞も、迷いも、一切の躊躇すらも、感じ取ることはできなかった
『フェーズ:5 開始』
秋山澪の背後。
モニターに表示された事象が、どれだけ非現実的な光景であったとしても。
『最終権限行使により、ゲームの強制終了を実行します』
眼は、本気だと、何より饒舌に語っていた。
「私は勝つよ、阿良々木暦。あなただけじゃない、全員に、勝たせてもらう」
ああ、本当に、ここまでとは思わなかった。
893
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:56:00 ID:B6bM9.2g
『使用兵器名称―――――』
完全に、僕の予想を超えていた。
終わらせる。
ここは『そのための場所』なのだ。
「勝って、取り戻す。
取り戻す為に私は、この世界を……ぶっ壊す!!」
『"Field Limitary Effective Implosion Armament"』
フレイヤ。
領域制限爆縮兵器の『大量投入』による、地上空間の消滅。
そう、殲滅ですらない――消滅だ。
モニターに表示されている圧倒的な破壊事象は、文字通り、地上に存在する生命全てを壊すと告げていた。
『最終認証を行います。実行しますか……?』
白聖杯、そして黒聖杯。
幻想の究極系を打ち倒す『現実』の究極系は、
幻想よりも遥かな非現実感をもって、僕の前に映し出されている。
「待……っ!」
駆け出した時には遅かった。
いや最初から、この部屋にたどり着いた段階から、僕は遅すぎた。
僕の足が部屋の中央に辿り着くよりも、少女の手が振り下ろされる方が、早いに決まっている。
機械塔から飛び出した認識口を切り裂くように、スラッシュされるカードキー。
最後のトリガーが、引かれた。
『最終認証終了。カウントダウンを開始します』
次に上げられた少女の手は、既にカードキーを握っていなかった。
代わりに、銀の銃を……どこかで見覚えのある銃口を、こちらへ突きつけていた。
「……ッァ!!!」
思考を放棄し、身体を捻って、近くの机の影に飛び込む。
瞬間、肩口に焼けるような痛みが走った。
無視して這いずりながら、放たれる銃撃をやり過ごす事に全神経を集中する。
『フレイヤ発射まで、残り十分です』
机の影に隠れ、銃撃を凌ぎながら肩口を押さえる。
回復力は……だいぶ弱まってはいるものの、まだ働いている。
戦う事は出来るだろう。
だけど既に、トリガーは引かれてしまった。
希望があるとすれば……実行までの残り時間だけか。
「……このカウントダウンが終われば、フレイヤは発射される。
それを使えば、地上の会場全部が吹き飛ぶんだってさ」
淡々と、淡々と、冗談のようなスケールを少女は語る。
「帝愛が残した最後の切り札。ゲームのリセットボタン。
……すごいよな。
空に浮かんでる神様も、このすぐ上の真っ黒お化けも。
全部全部、平等に消えてなくなる。そしたら……勝ったも同然だ」
全てを壊して、求める全てを手に入れると。
いや、全てを、取り戻すのだと。
「地下シェルターとアラヤの結界で地上と二重に切り離されたこの場所だけは、爆弾の影響範囲外。
だから……あんただけは、私が直接殺さなきゃいけないみたいだけど」
「それで……願いを叶えられるモノまで消してしまったら、どうするつもりなんだよ!!」
「―――心配ないよ」
僕の叫び声を、一笑に付して、少女は軽く言い切った。
「願いだけは、誰にも撃ち落せないから」
894
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:56:44 ID:B6bM9.2g
無茶苦茶だ。
方法が滅茶苦茶すぎる。
そしてそれ以上に滅茶苦茶なのは――
「だから早く、さ。出てきてほしいんだ。
なるべく早く終わらせたいんだよ、こんなの」
彼女が今、泣いていることだ。
後悔、罪悪感、恐怖。正体ははっきりしていない。
だけど初めて彼女の顔を見た時から既に、彼女の表情はくしゃくしゃに歪んでいた。
泣きながら、そして涙をぬぐいながら、彼女は、リセットボタンを押し切ったのだ。
「私の願いは、失くした物を取り戻すことだ。
その為に、自分勝手に全部壊そうとしてる。
正義の味方がやりたいなら、出てきて私と戦えばいい。まあ、どうせ手遅れだけど」
自分の為に。
求める物の為に。
全部を壊すと言い切った。
その願いを、その想いを、その行為すらを。
僕は、愚かと思う事も、悪だと断ずることも、出来なかった。
彼女はヤケになったわけでも、気が狂ったわけでもない。
ただ純粋に求めているだけだ。
泣けるほど痛みを感じる事が出来る、震えるほど恐怖を感じることができる。
無感になったわけでも、無痛になったわけでもない。自分を偽ったわけですらない。
『それでも』だ。それでも、求めてやまないから。
諦めることが出来ないから、手を伸ばす。
失くした物を、理不尽に奪われたものを、ひたむきに。
泣きながらでも。震えながらでも。
取り戻したいと願っている。
その姿を、愚かだと、悪だと、誰にも言う権利はない。
僕だって、彼女と同じ思いを感じることが出来るから。
僕には、それを、彼女ほど純粋に願う事が出来ないだけで。
取り戻したいと思う気持ちなら、十分に理解できてしまうから。
世界の崩壊すら、こんな世界なら、いっそ痛快かもしれない。
むしろ彼女から、僕から、大切なモノを奪った世界へと振るわれる鉄槌に、多少の正当性すらあるように感じる。
そう、何故なら僕は―――
「僕は、正義の味方じゃない」
僕には彼女の願いも、行動も、否定できない。
この場所にはもう、善も悪も、残っていない。
在るのは一つの純粋な祈りだけ。少女の背負う、ひたむきな『願い』だけだ。
だから他に、在るとすれば、あと、もう一つ。
「僕は僕の、身勝手な理由で、お前に殺されてなんかやらないよ。秋山」
ああ、やっぱり。
僕が請け負うべき役目はここに在るらしい。
それは、正義などではない。
善などでは、全くない。
酷く、酷く、残念で最低な役柄だ。
世界丸ごと敵に回した少女の、ちっぽけで尊い願いを、踏みにじる為に、一人の無粋な男がやってきた。
それが誰かは、もはや言うまでもないだろう。
かちり、と。
遠くで装填の音が聞こえる。
ぐい、と。
止血を終えた僕は、膝に力を込める。
「残り十分。時間もない。始めようか」
どちらからともなく、そう言った。
一応、世界の命運を左右するんだけど、実は世界なんかどうでもいい個人戦。
最終幕。
僕にとっての、戦いの始まり。
最後にしてもっとも規模の小さく、そのくせ与える影響のもっとも大きな戦局が、静かに動き出していた。
◆ ◆ ◆
895
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:59:04 ID:B6bM9.2g
5 / THIS ILLUSION (Ⅱ)
本当なら、ただ待っていればそれで済む話。
なのに「それでいい」とそこで満足出来なかったのは。
今の私があまりに愚かで、恥知らずな思いを抱いたからだった。
息を切らせて、炎のヴェールに包まれた道を走る。
取り込む空気は燃焼に消費され、何度も大きく口を開け息を吸わねば灰に酸素が足りなくなる。
その上壁の隅々からは、濃すぎる程に黒い泥が漏れ出している。
見ただけで吐き気を催す、邪悪が物質化した汚濁。
口からせり上がる胃液を堪えて、ただ道の広がる先に進んでいく。
それはもう、気の迷いとしか言いようのない、最高に頭の悪い考えで。
私達だけが確実に助かる方法はもう手に入れている。
黙っているだけで何もしなければ、求めていた望みが叶う。
なのに、火傷するリスクを背負って火宅に飛び込む馬鹿な真似をするだなんて。
咲さんはいいのだ。
彼女は本当に何もしていない。
良い事もやってないけど、悪い事も犯していない。
一方的に囚われ、弄ばれたただの被害者だ。
他の誰よりも無事でなくてはならない人だし、優先して一番に帰っていい権利がある。
…………なら、私は?
望んでこんなことに協力したわけがない。
従っていたのは人質に取られたから。
仕方なく、嫌々に、無理強いさせされ。
そして……それ以外にどうしようもないから手を貸すしかなかった。
何もかも知りながら。
殺し合いで死ぬ人を、狂っていく友達を見ていながら。
見ぬふりもしない癖に、結局何もしないままで、誰も助けられず。
ずるずると、ここまで都合に引き摺られてきた。
そんな私が、誰よりも真っ先に逃げ道を与えられ、退場の準備を整えられている。
こんなにも整えられてるのは、ここまでお膳立ててくれた人の誠意の表れでもあるけれど。
同時に、私の胸に罪悪感となって突き刺さった。
誰かを助ける力なんて私にはない。
自己犠牲なんて、はじめから言う資格すらない。
これはそれにすら劣る自己満足。
背中を押すでもなく、声援をかけるわけでもない。
こんなのはそう。ほんの少しだけ、道を整理するようなもの。
あくまで私の願いを果たすため。
二人揃って一緒に帰れる未来のために。
泥が集まる中心点。
そこにそびえ立つ黒い大樹と、傍らに立つ神父。
大聖杯。アンリマユ。
普通の世界の人々にとってあまりにも非常識(オカルト)な存在。
その全てよりも、私の目を釘付けにする一輪の花が咲いている。
手を伸ばしても、掴むのは空だけ。
目に入るのに、どうしても届かない高嶺。
行かないで。お願いだから。一緒にいて。
溢れ出す想いは止めどなく。胸をいっぱいに満たして、取り落してはいけなかった恐怖感を薄れさせる。
そして私は手を伸ばし―――。
◆ ◆ ◆
896
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 01:59:29 ID:B6bM9.2g
敵の排除は速やかに済んだ。
聖杯と同期した卓上の魔王が打った嶺上開花は泥の爆散として現象化し、一方通行と両儀式の両名をその内に収めた。
急ごしらえの器としては、宮永咲は破格の適正だった。
後はこのまま、黒聖杯が完成するのを待てばいい。
質として白聖杯と同等に至れれば直接接触した瞬間に決まる。
一点の濁りで破綻する白聖杯には、相性の関係上で黒聖杯が圧倒的に優位に立つ。
ダモクレスの防壁は健在。
守護者たるリボンズ・アルマークは空の戦士の掃討を続けている。
遠からず参加者は打ち倒されるだろうが、聖杯浸食を阻止するリボンズの邪魔くらいの働きは見せるだろう。
黒の望みが果たされるにはまだ多くの障害がある。聖杯にとっての勝負はこれからだ。
「彼らが聖杯を手に出来ないのは些か残念だが……これもまた結末か。
これを見れただけでも、価値はあるとしよう」
展示場内にただ一つ残った青い生命が謳歌する。
奈落に根付いた聖杯は絶えず成長を続けていく。
言峰の頭上に広がるのは、一面の花畑であった。
枝に付くのは美麗な華。
雪の儚さ。薔薇の情熱。桜の可憐さ。
全てを併せ持った、奇跡の造花だ。
咲いた花弁の数とは即ち、樹が熟す段位の証。
吸った血を彩に変えて、喰らった肉を養分に変えて、
花弁はより可憐さを増しながら満開に至ろうとしている。
全ての蕾が花開いた時、造り替えられた黒色の聖杯は完成体への成就を果たす。
それは舞い散る桜吹雪。
風を伝い三千世界を焦がす春の雪。
この世を紅蓮に染め上げる産声の夢が、間もなく現実に成り替わる。
「―――良い光景だ。酒があれば実に進んだろうに」
殺し合いとはあまりに無縁な感想。
これを見届けられるのが自分一人しかいないことに。
最高の肴があるのに肝心の盃を持ってこなかったとを、言峰は心底惜しんだ。
聖杯の中身―――アンリマユが生まれれば言峰も死ぬ。
誕生の余波にも巻き込まれるし、心臓への泥による魔力供給も途絶える。
二極の聖杯の決着を見ることが叶わないのには未練もある。
だとしたらこれこそまさに徒花。冥土の土産には上々といえるだろう。
せめて少しでも長く花の育つ様を確かめていたくて、慈しむように視界を上に傾ける。
その視界で―――天へと屹立していた聖樹の輪郭が、陽炎のようにぼやけ出した。
「―――――――――何?」
それは言峰の視覚が霞んでるのではなく、紛れもなく聖杯に起こった異変だった。
花が散る。
枝が腐る。
強く地盤に張っていた根が飛び上がる。
聖杯の全体が、突如として激しく揺さぶられている。
地震ではない。現に傍に立つ言峰の脚は平衡を保っている。
震えているのは、聖杯そのものだ。
一方通行と両儀式を取り込み満足し得る器を手に入れ、未完成の状態を超えた筈の黒聖杯が、悶えるかのように痙攣している。
規則的に鳴らしていた胎児(アンリマユ)の鼓動も、激しくバラつき出した。
脈拍のリズムが狂い、明らかに安定を欠いている。人間でいう不整脈の状態に陥っていた。
尋常ならざる聖遺物である黒聖杯が生理的な不調を起こすわけがない。
ならば原因は、外部。
この聖樹の活動を阻害させる働きをする害敵(むし)が、付近にいる―――。
言峰が黒鍵を抜き放ったのと、触手の一本が同時に動き、同様の位置に飛来する。
刃は下手人が隠れていた岩を貫き、泥が一帯を融かす。
一瞬にして薙ぎ払われ平らになった地面には、誰もいない。
泥を諸共に食らい跡形も残らず焼失したか。
だが周囲はまだ多く遮蔽物が残っており、先にはホールの準備室もある。やり過ごして撤退した可能性も捨てきれない。
生死は判明しなかったが、攻撃の狙いをすました際言峰の耳に届いた音があった。
897
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:00:23 ID:B6bM9.2g
女の悲鳴だ。
言峰はその声に聞き覚えがあった。
泥が落下した箇所は泡ぶき焼け爛れて生命のいた痕跡を見つけることは不可能だ。
代わりに、ある筈のない燃え残っていた物質がそこに捨てられていた。
「……」
何の変哲のない、一般の神社で売られているような護符。
だがそれを魔術師としての眼で見れば、そして今しがた何を起こしたかを鑑みれば、その価値は測りがたいものとなる。
障りを起こした蟲を払いのけて、聖杯にも正常が戻ってきていた。
胎動は元通りの間隔に直り、しぼみかけていた花々も再び咲き乱れている。
干渉は一時的かつ瞬間的なもの。反応してからは呪いの概念的な重量で術式ごと破壊されていた。
そもそも聖杯の力を完全に留める術などこの世界には存在しない。
白聖杯ですら、最悪の相性であるが故接触もままならないのだ。
今ので防げるのはせいぜいが残滓。飛び散った泥を避けるかぐらいが関の山だろう。
結局、生まれたは僅かばかりの遅延。
一分にも満たない、何も齎しはしない時間の浪費。
その程度の価値しかない、無駄な足掻き。
通り過ぎただけの一陣の風。流された砂塵。
ただそれだけに過ぎない時間はそのままで終わり。
そして―――
「っ――――!?」
止まっていた運命が、動き出した。
◆ ◆ ◆
898
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:01:39 ID:B6bM9.2g
闇の中。
地獄が無間の中に反響していく。
人の酸鼻。残虐。冷淡。罪業。殺害。
苦痛と嫌悪に満ちた声。
憎み恨み怒り忌み呪い滅し殺し恨み。
全てが叫びとなってこの闇に捉われる誰彼に喚く。
人類が生み出した、人類を苛む罰の炎。
だから逃げられない。
だから死ぬ。
許されない恐怖に自らの足を食み、自らの脳を飲む。
炙られるに関わらず熱は奪われ、やがてこの声の渦の一部に墜ちる。
「飽きねェよなあオマエらも。
こンなもンを、ン百ン千年と続けてるってのかよ」
耐えられるはずのない闇の中で、それを退屈だと詰る声が響く。
「ま、当然か。だからあの街にはクズが幾らでも湧いてくるし、俺みたいな悪党も造っちまう。
あンなのが今ものさばってる限り、オマエらが消える事もないンだろうよ」
淵に浮かぶ白い影。
痩せた体躯に、色素の失せた髪。
もはや元の名前は忘れ去られ、能力の名称でしか語られることのない少年。
亡者と大差のない姿のモノは、だが眼に熱い生気を宿らしている。
「何故だ、どうしてとかつまンねえこと今更聞くンじゃねえぞ?
だいたい俺を招いたのはそっちじゃねェのかよ」
確かに。
彼の者を招いたのは此方が先だ。
魔王の取り込んだ瘴気を介して、彼は己を受け入れた。
脳に浸った声のままに、この世の全ての悪を請け負うと宣言してみせた。
形成するだけが限度の不完全な器を捨て、より上位の素体へと移り変わるだけの資質と性質を併せ持つ。
普通の人間なら浴びた時点で精神を崩壊させる泥を浴びても平然としているのは、そういうことだ。
「ああ。物理的に焼かれて死ぬならともかく、一度『奥』に潜り込ンじまえば俺にとってはむしろ逆に楽ってことだ。
声に従って脳波の流れを読めば自然と行き着いたぜ。『ここ』も、もう何度も来た場所だからな」
現実感も不確かな幻影という『ある』が『ない』虚数の澱。
それを、自らの脳の働きを辿って座標を割り出した。
だとしても、あり得ない。
科学の域に収まらない、魔を総べるという行為、それ以前に。
死には至らずとも、狂気には飲まれていなければおかしい。
演算し、向かい合う意思など残せるはずがない。
否そもそも、何故此処で『個』の存在を認めているのか。
泥はただ殺傷し呪いは常に渦を巻き闇はどこまでも否定する為のモノでしかないのに。
闇は気づかない。異物を取り込まなければ完全となれない。
全ての否定が意義たる泥が他を必要としてしまった矛盾を。
「ボサっとしてるンじゃねェよ。
ほうら、来てやったぜ」
酷薄な笑みのまま語っていた者の顔が引き締められる。
血管が浮き出た手を広げて、招くように待ち受ける。
「ビビンなよ。オマエから誘ったからには腹をくくれ。
殺してェんだろ?壊したいんだろ?やってやるって言ってンだよ。
けど使うのは俺だ。俺が、俺だけの意思で、俺の手で殺すンだ」
全てを委ねると、そう言ったはずだ。
望みを叶えるというのなら、今すぐ叶えろ。
新しい力などではない、己の始まりにあった能力(ちから)のありったけを、ここに返上しろ。
899
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:06:07 ID:B6bM9.2g
「生まれてもねェ奴に、いや誰であろうとこの役を渡してやるかよ」
剥がされる。
空間を支配していた、否、世界そのものであった闇が渦中の白点に収束していく。
伸ばした指先に、優しく振りかかる泥の滝。
熱さはなく冷たい感覚が肌を通る。温度が低いのは果たしてどちらかなど些細なこと。
血管を巡り心臓、そして脳へ流し込まれる。
瘴気とは比べ物にならない原液の濃度。
内包する起源の風景。この呪いの発生、人の醜さ、贖いの罪の数を知る。
「――――――あァ、いいぜ」
云って、嗤う。
人から生まれ、人の手に余るほどに肥大化した悪性の怪物。
それを、残さず飲み干す。
灼熱が血管を通り抜ける。
躰を燃やす。髪を焦がす。
全身に絡みつく泥が魂を染め上げる。
「オマエが何もかも殺し尽くすっていうのなら」
まずはその幻想(あくむ)からぶち殺す。
誓いを此処に。
全身に、脳髄に、魂に刻み尽くして顕す。
一を守るために全を殺す。
常世全ての悪を敷き、咲を拓く。
あらゆる矛盾を乗り越えて、何度でも悪を為そう。
もう誰にも、悪を名乗らせないほどの悪と成ろう。
◆ ◆ ◆
900
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:08:45 ID:B6bM9.2g
「っ――――!?」
「が、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
濃密な泥の中を貫いて出てきた手から、魂を揺さぶる絶叫が木霊する。
肉を千切り臓腑をかきわけ、魔物が零れる。
戸惑う言峰などお構いなしに、全身が抜かれる。
べちゃりと地に打ちつけられる黒い塊。
母胎から摘出された赤子のように、這い出たモノは身悶えしている。
「――――ぶ、あぐ――――きァ―――――ひ―――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
全身を黒い泥に纏われる姿は、溶岩を浴びて炭化した遺体にも見える。
薄らと浮かぶ赤い線は、全身の血管なのだと気づいた。
喉に泥が絡んで呼吸もままならいまま口腔から漏れ出る。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――くか」
聞こえてきたのは。
この世からのものとは思えない、ひずんだ奇声。
「く、くかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかkか、
くかきけこかかきくけききこくけきこ死きかかかききくくくくけけけこかかきききけ死」
爆ぜる哄笑。
壊れたとしか表すしかない音。
そこに隠しきれない異常を感応したか、影が乗り上げる。
否定の海から逃れたあり得ない蟲(バグ)を、泥地から生えた触手が潰そうと押しかける。
「きgかきこけ死ここきかくくけきくか%tdhかき滅くけjh呪ukhijiきけけき殺こ死くけ死asdjij悪knbvくく死死adfg死死死死死死jkjnhbgfcdvbnmgjjjjjj
ぎィィああああああああああああははははははははははははははははははははは――――――――――――――――!!!!!!」
魂を焼き切る絶唱に呼応して陥没する地面。
降りかかる触手が、見えない足に踏み潰されて千切れ散る。
範囲も威力も、この会場での殺し合い以来最高出力を突破していた。
「――――――――――――――、あァ」
帯電する火花。
逆巻く風塵。
どこまでも砕け続ける地殻。
これまでの制限時間全てを使い切ってようやく出せる破壊の跡。
それを吐き出してもなおまだ余るベクトルの波動。
「そうか。そういやァ、こういうもンだったっけなァ」
意味するのは、即ち帰還。
失われた、二文字の称号の復活。
901
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:09:15 ID:B6bM9.2g
「随分懐かしく感じるぜ。
まったく、加減がなってなくていけねェ」
口調は存外に静かなものだった。
穏やかなものすら思わせた。
内にあった激情が際限なく高まり続けて、遂に限界を振り切ってしまったから。
「―――さて、と。聞いてますかァ? そこの三下以下のクズ共が。
これからさンざンいたぶってくれた落とし前をつけるわけだが」
森羅万象を操作し、真理を推し量る。
世界の根源を解き明かす粒子加速器。
学園都市能力者第一位、その名実が真実であった頃の時代がここに返る。
「ここから先は一方通行だ。
悪いとは言わねェ。
謂われなく乞いも聞かないまま、オマエらの存在する価値ごと、ゼロになるまで殺してやるよォ!」
其の能力名は、一方通行(アクセラレータ)。
最強の字名を欲しいままにした異能の全開が、ここに解禁された。
泥団子のような呪いの塊が投げつけられる。
軽く手首を捻るだけで一瞬で、その全てが異常な方向に跳ね上がった。
こうして泰然に、脱力した姿勢でいる今も、赤黒の触手は一方通行に伸びている。
生き物を敏感に察知し、味を舐め上げようと涎を垂らしながら飛び出す何枚もの舌。
その全ては、肌に触れるより前に停止し、ねじ曲がって、下方向に叩き潰された。
衣服に触れるのも叶わず。飛沫ひとつかかることすらままならない。
身をよじりうねらせながら消える様はさながら、罪人が苦悶の叫喚を上げながら死に行く様に見えた。
泥の解析が済んだわけではない。
今まで通り、物理的な衝撃波による迎撃。
違うのは、そこに込められた力が先とは比較するに値しないだけの破壊力をもたらしている点だ。
弾く。
押し出す。
汚濁を一方的に微塵もなくなる程に消し飛ばす。
白貌が孤軍でせせら笑い、大軍を蹴散らしていく。
圧倒的に陣を埋める黒が、ただひとつの白を染め上げられず拘泥している。
これが第一位。
これが最強。
これこそが―――一方通行(アクセラレータ)。
科学によって産み落とされた、絶対という概念に最も近い位置にいる能力者。
その一端だけでも存分に振るえれば、この世は震え、悪は散る。
「終わりかよ。
なら、もう攻めるぜ?」
零度に冷え込むような凄絶な笑みを、塔の上で磔にされてる少女にぶつける。
視線はおろか形のない声すらもが、殺意に濡れて滴っている。
902
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:09:43 ID:B6bM9.2g
感情の閉ざされたままの宮永咲は、果たしてそれをどう受け取ったか。
答えは闇に呑まれたままでも、結果として撃退の陣は起動された。
膨張する蕾の爆弾。花開くと同時に空間を塗り潰す黒色の改変。
変わるのは戦勝のルール。嶺上の掌握を確定化する豪運の魔法。
一介の少女を盤上の魔王に引き上げさせる絶対権能が解放される。
「またソレかよ。まァ確かにオマエの生み出すルールはまだ理解できてねェ。
その中でなら俺にだって無敵を貼れるかもなァ」
すぐ傍で溜め込まれる悪意の波動を目にしても、動揺の素振りはない。
恐れる必要はないのだ。対策の構築は済んでいる。
足りなかったのはたったひとつ。「それ」には多大に時間が必要だった。
そして欠けたピースが揃った今、条件は全てクリアされてる。
ルールそのものに干渉できないのであれば、いっそ―――
「だったら、こういうのはどうだよ」
何のことはない動作。
両手を大仰に広げる。
天を仰ぎ見るように大きく上体をのけぞらせる。
それだけで―――世界は天変をきたした。
一方通行を基点にして渦巻く風。
風は轟然と勢いを強めていき、五秒と経たない内に嵐へ変わる。
すぐにハリケーン級にまで風速は回転していた。
台風が頻発する地域ですら、これほどの大型のものは観測されていまい。
範囲は展示場の内部だけ。局地的の超大型災害が突如として現出される。
有形無形、質量の軽重を問わず全ての物質が浮き上がり螺旋を描く。
大地に強固に張り付いていた根は引き剥がされ、本丸たる大樹そのものにも何重もの裂傷を刻み付けていく。
嵐が運ぶのは泥のみでなく、辺りに投棄された展示品、崩れた会場の瓦礫を巻き込んでより被害を凄惨にした。
牌であったらしきモノ、賽子かもしれなモノも何もかも飲み込んで、範囲は絞られたまま規模だけを拡大させる。
ベクトルは無限に加速し、一帯の空間を断層する。
たった一人のヒトガタがそこにいるだけで、空想の災厄は現実に書き換えられる。
あらゆる生命を許さない異界。それは、己の『敵』である世界に向けられた言葉なき叫びなのか。
混沌した隠滅の舞台に展開されたのは、天上天下を貫く怒りの号砲だった。
「そォさ、簡単な話だったンだ。
ルール操作してこっちを縛るってンなら、ルールそのものをブチ壊しちまえばいいンだろうがっ!!!」
場の流れではなく、周囲の物理全てのベクトルを滅茶苦茶に捻じ曲げることでルールの土台となっている会場を物理的に覆す。
なんとも乱暴で荒唐無稽な方法は、しかしこの場合には実に有効となった。
宮永咲達の起こす奇跡に等しい運気の力は、卓上というホームでのみ機能し得る小規模の現象だ。
反則、イカサマと呼ばれる行為も、あくまでルールの間隙を突いて試合に勝利する方法のひとつでしかない。
こんな、試合を放棄して暴動に走る行為には、一切の強制力を発揮することはできないのだ。
それこそ究極の反則行為(ルールブレイカー)。
完全復活した一方通行ならではの、暴虐極まる勝利への方程式だった。
身を削られる烈風の直撃を受けていながら、しかし呪いの大樹の根本は崩れない。
押せば沈む泥の肉でいながら、その堅牢さは古の城壁も及ばない。
取り込んだ流体は何故か動きを鈍らせているが、ここまで一体となれば関係ない。
嶺上の台頭を妨げられてはいるが、最上級の聖遺物の神秘は風の刃如きには掠れない。
破壊はあくまで表面的なもの。体を形成する泥の量は損失を補って余りあり、核となる宮永咲にも致命的な損傷は及んでない。
意志の消えた装置と化している宮永咲は、その状況をただ無感情に俯瞰している。
怯えや怯みといった人間的な情緒は切り離されている。故に自らの身を危惧し手を緩ませる隙を生むなど起こり得ない。
機械の本能はただ認識し対策する。
気勢は乱された。
変わってしまったのなら、また変えればいい。
幾ら風速が上がろうとも聖杯を完全に破壊するのは不可能だ。じき一方通行は次の手を取る。
その時には再び支配は戻る。決定打となる一撃をもらうより先んじて場を操作できる。
903
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:10:10 ID:B6bM9.2g
ただ能力を吐き出す塊になった咲には、知性も知恵も知識も失われている。
残った本能だけで、僅かに残った望みのままに意志(ゆび)を伸ばす。
それは逆説的ながらも、人間の領域の極みとされる無我の境地に達した結果。
不要な生物機能を排すことで全ての潜在力を引き出し、過去最高潮の能力の冴えを見せていた。
心は記憶の彼方に置き去りに。
記憶は楽しかった頃の過去を回帰して、そこで停まっている。
だからこそ。
もう彼女ではないソレは、決定的な破滅の最後まで気づかない。
知識もなく知恵もない姿では察する事すらもできないでいる。
法則を破壊する宝具(ちから)は、白い超能力者のみの特権ではないことを。
豪風にも剥がされないほど野太い木の幹、聖杯を地盤にがっしりと支える気根の一部が弾けとんだ。
奮える根は膨張と収縮を繰り返し、繋がっている聖杯との波長を激しく掻き乱す。
異常の集大成のような泥樹にあって、なおわけても特質な変化。
それは生物に例えるなら、飲み込んで胃に収めた食物が死に至らせるほどの劇物を含んでいると知り、
内臓全体が必死に吐き戻そうと胃液を逆流させようとするような……
死から逃れようとのたうつ様も、その瞬間には無意味となる。
既に中の毒(し)は、免れようのない段階まで浸透している。
恐慌を止まぬ黒体は、実像を保っていられる限界を超えて紙絵のように引き裂かれ、中にいたモノが表れる。
穢れのない和の紬。
肩口に切り揃えられた絹の黒髪。
相貌に宿りし魔眼が視た箇所には、存在の始めから内在される"終わり"の疵痕。
たおやかな指に握られるのは、ひどく歪に捻じれ曲がった、虹色に光る短剣。
宝具の名を、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。
コルキスの魔女の辿った裏切りの人生の象徴。遍く魔術的契約を初期化せしめる究極の対魔術礼装。
狂嵐が荒ぶ視界のない場所で、淡く光る双つの蒼光。
破戒と直死。魔を破るふたつの刃を携えて、両儀式は戦場に帰還を果たした。
「――――――まさか、な」
言峰綺礼は瞠目する。
大竜巻に巻き込まれない為に、聖杯の中心部にいる自分の立つ九歩手前。
先程と同様の剣戟の範囲内。
肉を焼かれ骨を焦がし魂を融かす、呪いの具現化である泥に沈んだのにも関わらず。
アンリマユを内側から突き破って出てきた殺人鬼の姿には、言峰もが息を呑んだ。
前例は、ある。
泥に潜む怨嗟にも消化しきれない圧倒的自我によって不純物として廃棄された黄金の王。
一度は自身のみで、二度目は投影した奇跡によって干渉を退け、己の胸に短剣を突き立てた、剣の英霊のマスター。
そして、言峰自身もこの泥に受け入れられ蘇生を果たしている。
だから彼女が同様に打ち破ってくるのには、驚きこそあれ気を揺らがせることはなかった。
完全な『悪』をも殺してのける直死の魔眼。両儀。それへの畏怖はない。
そんなことが、問題なのではない。
「泳いでここまで渡ってきたのか。あれの中を。
私を殺すという目的だけで……!」
狙いすましたように言峰の近場に落ちたのは、決して偶然ではない。
悪だけが詰められた臓腑の中に潜り込んで、掻き分けて、
確実に言峰を斬る間合いに入るため、この泥を利用したということだ。
直死の魔眼の絶対性。アンリマユの死を見切った事実。「 」に至る器。
それら全て、彼女の行動を前にしては単なる付加物でしかない。
904
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:10:38 ID:B6bM9.2g
式は何も語らない。
口を広げ息を荒げた、苦しげな呼吸。
腹部に叩き込まれた拳打の傷は今も残っている。
ただ眼だけは一切萎えていない。
研ぎ澄まされた抜身の刀じみた殺気が言峰を貫いて離さないでいた。
短剣を腰に戻し、空になった手を宙に置く。
その手にまるで自らの意志で持ち主の招集に応じたかのように、黒風に流されて降ってきたデイパックの持ち手がかかる。
式は横を見ないまま開け口から覗かせていた先端を掴み、流れるようにその剣を引き抜いた。
「……あるのはこれだけか。
使いたく、なかったんだけどな」
刀類は日本刀。鍔があり、反りのある形状をしている。
だがその刀身は異様なほど長かった。
平均よりもやや高い式の身長も届かない、恐らくゆうに二メートルは超している。
これでは相当の巨躯でなければ、鞘から抜くだけでも苦労する長大な刀剣だった。
この剣を本来預かり振るっていたのが、今これを有する式と変わりない女の身であると、誰が信じられようか。
無論その持ち手は唯人に非ず。
奇跡の人と同じ造りを持って生まれた現代の聖人。
苦難に満ちた信仰の希望となった、ある英雄の流儀の後継者。
「でもま、仕方ないか」
七天七刀という、貴き幻想にまで昇げられた至刀が、至上の殺人鬼に交差する時。
「絶対に―――許さないって決めたんだから」
ここに物語は、終焉を迎える。
左腰に鞘を差して、柄を握る。
上体はやや前のめりで、右足が一歩前に出されている。
左手は鞘を押さえて下に。右手はゆるりと前方に浮く。
刀身を抜いてからの剣術を表技とするならば、この構えから撃たれるものは裏技。
鞘の内部で刀を走らせる抜刀術、居合と呼ばれる技。
戦国にある侍が編み出した肉体を戦闘用に作り変える、脳の意識変性。
刀を手にすることをトリガーとするこの技術は、即ち翻せば刀が総ての基点となる。
持った刀によって肉体の変革を促すのなら。
刀の構造に合わせて肉体を改造することも可能ということ。
不可能なことではない。
刃渡り。形状。切れ味。
その得物の全性能を把握して自らの肉体の延長とする。否、己そのものへと変えていく。
刷り込まれる新しい自分。知識としてではない鉄の情報が体内を満たす。
創造の理念。構成の材質。製作の技術。成長の経験。蓄積の年月。
そして知るのは、"それ"の力を最大限に発揮させる刀法。
長年に渡って使い込まれた武器に刻まれる、川路の溝のような手順(ルート)に突き当たる。
元来、"それ"は特殊な呼吸法によりもたらされるもの。今まで行ってきたことの延長で条件は済む。
抜刀にはとても不釣り合いな刀身は、肉体の運動を組み替えて補う。
関節を引き伸ばし、血管を締め上げ、内臓機能を停止させる。
そこにどれだけの負担がのしかかろうとも、この一振りのみを完徹するためには躊躇はない。
聖人の力を注ぎ込んで放たれる奥義には多大な消耗を要する。
両儀式の器はそれに耐え得る。後は、振り抜く最後まで体力が保つかどうか。
散々動きを阻んできた触手もこの時ばかりは止んでいる。
代わりに轟と唸る風と瓦礫も、標的である聖杯の中枢が壁となることで邪魔を免れていた。
腰元が捩られる。
柄に指が握られる。
刃向くは拝火教、善悪二元論。
居合うは大陸陰陽道が両儀。
諸々の不安要素、恐れや怯えとは無縁だった。
体の痛みも、心の悼みも、今は忘れる。
この身の全てを一刀に捧げ、「 」になった体は、決められた通りの動きを追想(トレース)する。
用をなす眼球が妖気を捉える。
浮かび上がる死線に、一秒先の剣の軌跡を重ね合わせる。
905
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:11:33 ID:B6bM9.2g
生を得たが故に、その身には死もまた内包される。
存在するモノである以上、限界(おわり)が来るのは自明の理。
理解せよ。それがモノを殺すという現象(こと)。
この世にカタチを持って生まれようとする、かつて誰にも望まれなかったナニモノか。
自他の望みに依って芽吹いた誕生の兆し。
「アンリマユ……悪神か。売り文句を証明するにはちょうどいいだろ」
そこにある生死の境界を、ここで殺(た)つ。
「―――生きているのなら、神様だって殺してみせる」
解き放つ大太刀。
声のない裂帛が、空を叩く。
斬り拓かれた唯の一閃(ひとふり)が、邪悪の総てを討ち祓う。
黒き巨大樹に、稲妻めいた断裂が走った。
大地を叩き割るが如し激震が、魔王の居城を一掃する。
過程は省かれ、剣閃が通過した箇所は結果だけを残していく。
屹立した聖杯に深々と穿たれた痕は、端の気根から頂点の先にまで届き切った。
傷は線でなく面状となっており、数千年経とうが朽ちないだろう幹が、左右に泣き別れする寸前に分割しかかる。
剣で斬ったというより、スプーンでくり抜いたといったほうが適切な破壊だ。
傷口からは奈落の闇を思わせる、泥よりもさらに昏い色が覗いている。
それは死の色だった。
闇もない、無という言葉すらありえない螺旋の果て。
記憶流体による防御も、千変万化の呪いの守りも、牌に愛された少女の加護も、この世全ての悪という概念の重さも。
そんなものの一切合切を貫き通し、美麗なまでに殺害してのけた。
居合いを抜く直前の、鞘を納めたままの状態で式は固まっている。
納刀の動作はあまりに自然で、目の前で起きた惨状に霞んで誰にも気づかれていなかった。
直死の魔眼にとって、善悪の秤などなんの意味もない。
カタチを持たない概念であるが故に手出しの出来なかった悪という観念は。
第三の奇跡によって実体を持ち始めた時点で、この異能の前にはただの障害物にまで堕していたのだ。
そして映った破滅の線に打ち込まれたのは、天草式十字教稀代の聖人が出力を全開にしてのみ使用が可能の奥義。
何の抵抗も許されず存分にその力を受け止めてしまった聖杯の被害は決定的過ぎるものだった。
式の放った『唯閃』の破壊は圧倒的の一言に尽きた。
発動に必要となる要素を構成し、直死の魔眼と掛け合わされてその威力は格段に増大された。
複数教義による宗教防御突破の能力を抜いた分の綻びを埋め合わせて余りある絶対殺刃。
それは単なる再現、模倣に留まる域を超えている。
劣るでも勝るでもない、両儀式にのみ可能な必殺の型。
『死閃』は決して名付けられることなく、ただ所以だけを記録した。
906
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:12:36 ID:B6bM9.2g
真縦に引き裂かれた聖杯の樹が、びくびくと断末魔に喘いでいる。
肉になっていた泥の大部分を失い、損傷は器となっている宮永咲にまで及んでいる。
とうに切り落されていた左腕のあった位置には、ごっそりと陥没して全体が沈みかかっている。
更には通されたのは単なる傷ではなく、直死の魔眼によって捉えられた死の線の上からなぞられた傷だ。
紛れもなく瀕死の状態。なのに樹はまだ崩れない。
それは執念なのか。
知性のないモノであっても、自己の崩壊を潔く認める物質はないと宣言するように。
決定的な柱を壊され、傾いて倒れる間際になっていても存在を諦めてはいなかった。
「なァ?
これで敵のターンはオシマイ。ここから奇跡の大逆転、なンてユメ見てるわけじゃねェよなァ?」
―――そんな芥子粒大の希望すらも踏みにじる声が、絶望と共に発される。
いつの間にか止んでいた大嵐。
塔に磔にされた少女が見たのは、真紅の凶眼を貌に嵌めた、
「カスほどの可能性も与えてやらねェ。ゼロになるまで殺してやるって、そう言ったぜ?
それでもまだ足掻くってンなら―――」
禍つ音。
新たな風迅が幾重も流れ、ある一点に収束をする。
一方通行の小さな掌に集まる嵐の織。
そこに待つのは嵐も及ばない超自然に潜む殺戮の兵器。
二度目のプラズマ生成はより多くの風を巻き込み、以前を上回る速度で完成される。
「残業サービスだ。くれてやるよ」
線を切る超越の閃光。
黄昏を真昼に書き換える白光の奔流。
既に致命傷の聖杯には、今度こそ凌ぐ術はなかった。
「これでゲームセットだぜクソ神父。
おっと、試合は俺の反則負けだったか?
ひはっ。まァ、だからなンだってとこだけどな」
幻想が現実に殺される。腐乱した樹木のように、くの字に折れ曲がる。
冬の一族が妄執の末生み出した第三の法を取り戻す儀式の核。
神秘の結晶の成れの果てが、光の中で焼け落ちていく。
意識もない宮永咲には、己に起きている事態を認識するだけの能力はない。
体を覆う泥ごと炎に包まれている我が身を顧みるだけの感情も残されていなかった。
無価値ではないが無意味な苦痛に濡れた生。
存在の悉くを利用され尽くした少女は、煉獄に続く火にまかれてその幕を閉じる。
僅かに光の灯った、胡乱げに開かれた意識の瞳が映すのは、
赤い目と白い髪をした―――背中に小規模の竜巻を背負って並び立った一方通行。
「遊びの時間はもう終わりだ。
お楽しみは、向こうで好きなだけやってきな」
目を覆うように出される手。
最後に見えた、三日月状に口を歪めた笑顔は心底恐ろしく。
なのに何故か、とても優しさで溢れているものだと、死に体の彼女は錯覚していた。
907
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:13:24 ID:B6bM9.2g
夜が明ける。
裂かれた闇の先から光が漏れる。
崩れ落ちる聖杯を、言峰綺礼は落下する破片に臆さず眺めている。
今回も、失敗に終わったか。
残念ではあるが、落胆するというものでもない。
どこかで予感していたなのかもしれない。
こんな風に夢破れ、こんな風に終わるのが言峰綺礼の定めなのだと。
舞台を退場した者に、新たに演じられる劇を止める事などできない。
それに……何一つ無為になった、というわけでもない。
十分に答えに近い者を見つけることはできた。
歪さを抱えたまま悪の道を突き進み、それでも何かの為という願いだけは手放さない狂える聖者。
その末路を見届けられないのは口惜しいが、立ち会えただけでも僥倖とすべきだろう。
「―――満足かね、両儀式。私を殺すことが出来て」
「全然。
楽しみなんて、始めからどこにもない。
だいいち、おまえを殺したいだなんてオレは一度も思ってなんかない。オレはただ、」
「私が在るのが許せない、か。
ああ、その通りだな。
死人はあるべき場所に還る。ごく自然な正しい成り行きだ」
言峰はもう動かない。
神父の胴体には上から落書きのように黒い線が袈裟上になぞっている。
左胸の黒ずんだ心臓をより濃く塗り潰されて、言峰の体は完全に停止していた。
「死ぬのはこれでもう三度目になるが、なるほど。衰える一方だな」
己の死の淵に対し、特に思うような真似は些かも見せず。
腰から下を置いたまま、半身だけがずり落ちる。
「じゃァな」
追撃に、力を解放した一方通行の魔手が迫りくる。
倒れる先は、男が望んでやまなかったモノである、奈落色の泥の底。
「――――では」
最後に、男は選んだ。
この世界に三度目の生を得て、唯一の選択を行った。
それは『どちらが、殺したか』という判定であり、そして――――
「おめでとう、一方通行。
君が、――――――――の勝者だ」
言祝ぐ言葉は崩壊の音にかき消され、誰に聞かれることもなかった。
◆ ◆ ◆
908
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:16:26 ID:B6bM9.2g
5α / メモリーズ・ラスト
地獄のような地獄。
最果ての最低辺。
混沌と屈辱と悪意のスープ。
荒廃しきったこの世界で。
私は腕の中に、一筋の光を抱えている。
「――――……っ、……咲、さん……っ」
堪えていた何かが瞳から溢れ出す。
――やっと、やっと。
あなたを取り戻した。
ああ――。ああ。ああ!
華奢な身体を抱きしめる。ほのかに、あたたかい。
胸に耳を当てると、心臓がドクンと脈打つ音が聞こえた。
あぁ、生きている。
泥に染まる身体が、失ってしまった腕が痛々しいけれど。
でも、生きている。
咲さんが、生きている。
咲さんが、ここにいる。
それだけで、私は。
全部、無駄じゃなかっんだと、思えた。
「よかった……ほんとうに、よかった……っ」
ぴくりと、腕の中の咲さんの身体が震えた。
少し身体を離して、咲さんの顔を覗き込む。
ゆっくりと目を開いた咲さんは……まだ少しだけ虚ろな瞳で私を見て。
首をかしげて私に聞いた。
「泣いてるの、和ちゃん……?」
涙が、止まらない。
悲しみでではなく、喜びの感情で。
私は、震える声で咲さんに答えた。
「いいえ……いいえ! 笑って、いるんです」
うまく言えていただろうか?
それでも、咲さんは一瞬きょとんとした後。
「そっか……。それならいいんだけど」
そう言ってくれたから、私だってそれでいい。
涙を拭い去る。
いつまでもこうしてはいられない。
まだ、やらねばいけないことがある。
それに、時間も多くない……。
私は、咲さんのために出来る最期の役割を……。
「―――っ!?」
びくびく、ずるずる、じるじる、ぞるぞる。
背筋を凍らせる音に思わず振り返る。
目も、鼻もないのっぺらぼう。
ぶよぶよしたゼリーの塊。
ゲームに出てくるスライムみたいな泥の群れ。
それはさっきまで、咲さんを取り込んでいた泥。
バラバラにされた筈なのに、その破片だけが動いている……!?
どうして?
何故?
いや、違う。落ち着け私。
これにもう、知性なんてあるわけがない。
根源だった樹の形をした塊は、さっき砕かれた。
散らばってるのはただの残骸に過ぎないはずだ。
この泥は命を奪うためだけのモノだという。
なら私達が生物だから、それに引き寄せられているのだろうか。
909
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:16:54 ID:B6bM9.2g
「ぁ――――」
ぴくん、と。
咲さんの小さな喘ぎ声が聞こえた。
「咲さ、―――っ!?」
信じられない、信じたくないものを私は見た。
もうなくなった咲さんの痛々しい左腕。
千切れた腕の先から、夥しい血管のようなものが伸びている。
血の代わりに出てきたのは、黒々とした粘りついた泥。
今もにじり寄ってくるあの泥と、同じ色だった。
「そんな……」
そんな。
まさか。
引き寄せているのは、咲さんの方?
先ほどまでこの泥の核になった咲さんを取り戻そうと迫っている?
体の中に残った泥が、それと引き合っているのか。
「咲、さん……!」
持ち上げようとするが、体は重くてあまり言うことを聞かない。
咲さんが重いのではなく、私の体が思うように動かない。
これでは咲さんを運んで逃げるなんて不可能だ。
……なら。
咲さんのために出来る私の最期の役割は、これしかない。
「咲さん、これを持ってください」
「……何? 和ちゃん」
急がなければ。
早く、咲さんを治療してあげなければ。
その為の手段は手に入れている。
泥と泥が集まり合おうとしてるなら、それがなくなればいい。
これが、最後に残された希望。ぎゅっと、握りしめてから、咲さんに手渡した。
「……お守り?」
寝ぼけたような濁った瞳で咲さんは不思議そうな顔をする。
私は、もう痛みさえ感じなくなってきたお腹を押さえながら、咲さんに伝える。
「咲さんは、悪い、病気のようなものにかかっています。
それを、治療しなくては咲さんは、いずれ死んでしまいます。だから……これを、」
落とさないように大切に懐に入れていた“それ”を私は取り出した。
神社で売っていそうなお守りだけど、そこに詰められたのは特別なおまじない。
この世全ての悪を退けるための、霊験あらたかな護符。
若干赤い物が付いてしまっているけれど、あの人が言うには少し汚れるぐらいなら平気らしいし、いいだろう。
『……あの子は本当にただ巻き込まれただけの可哀想な犠牲者だからね。
バランサーたる僕としては、そしてそれを全うできなかった僕としては、彼女を見捨てるわけにはいかないよ』
眼を閉じて思い出す。
……その通りだ。
咲さんは、何も悪くないのだ。
私のようにこの殺し合いに加担したわけでもない。
ただ、利用されただけ。
だから。
死んでいいはず、ないじゃないか……!
「これを握って……それで……」
――――――。
……意識が。遠のく。
流れている血が、止まらない。
少し、あの泥を被ってしまっただけなのに。
910
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:17:36 ID:B6bM9.2g
近づいただけなら、護符のおかげで大丈夫だったはずだけど。
飛びかかってきた泥は直撃こそしなかったものの、地面に飛び散った飛沫の方は避けきれなかった。
かかった泥はまるでマグマのように私の身体を侵食して、溶かした。
明らかすぎるほどに、腹部を持って行かれた。素人目にもわかる。
もらった護符はふたつ。
自分用のものは、あの時に取り落してしまっている。
致命傷を負った上に、助かる唯一の手段も失った。
もう助からない……死ぬのだ。
私は確実にここで死ぬ。
けれど、それでも構わない。
今になって他人を助けようだなんて考えた、馬鹿な私への罰だ。
咲さんの護符はまだある。それなら彼女は大丈夫だ。
最後に咲さんを救うことができるなら、私はそれで構わない。
だから、最後までやり遂げよう。
私の、この役目を。
「それで……です、ね……。祈って……ください……」
「祈る?」
「そうです……。なんにでもいいから……ただ、祈ってください」
まだ、ぼうっとしたような感じで言葉を聞いていた咲さんは。
お守りに付いた赤いそれを見て首をかしげた。
「……のどか、ちゃん」
「なんですか?」
「……怪我、してる?」
「……そうですね」
気づかれてしまった。
……まあ、いいか。
ここまで来たら同じことだもの。
説明を詳しくしている時間はない。
泥の群れは少しずつ迫っている。急がないと間に合わないかもしれない。
早く、咲さんを救わないといけない。
だから私はあっさりと認めた。
「このまま、死んじゃうの?」
「はい……だから、早く……」
「そっか……そうだね」
咲さんは突然私から離れて立ち上がった。追って視線を上げる。目と目が合った。
黒い。一片の光も、そこにはなく、漆黒に淀んだ瞳で、濁りきって、堕ちきっていた。
けれども、浮かべられた笑みはいつもと変わりない純粋なもので――。
ぞくりと、背筋が震えた。
――とても、愛らしかった。
「えいっ」
そう、一瞬呆けてしまった私の隙を見計らったかのように。
ぽい、と。
咲さんは、護符を投げ捨てた。
「…………え?」
思考が停止した。
放物線を描いて護符は飛んでいく。
心が真っ白になって、体温が冷え切る。
――そんな。
……あれがなかったら!
慌てて立ち上がろうとするけれど、間に合うわけもなく――。
風に乗って護符は何処かへと飛び去って、炎の中に消えて行った。
私の、目の前で。
咲さんを救うための手段が――――。
失われ、た…………?
「あ…………あああああああああああ!!!」
「っと、だめだよ。和ちゃん」
落ちた地点に駆け寄ろうとした私を咲さんが止める。
あぶないじゃない、と私に笑いかけるその顔。
どうして……っ!?
叫びたくなった。
咳き込んだ口から血が漏れる。
言葉にならない。
なんで。
どうして。
助かる、のに。
助けれると思ったのに。
やっと、あなたを助けられると思ったのに!
こんなことじゃ。
私は私は私は一体なんのために……。
911
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:18:12 ID:B6bM9.2g
「……っ、かふっ……なっ、なんで……どうしてですか……咲さん……っ!」
「あは。ごめんね」
漆黒の瞳で彼女は言った。
「ねえ、『銀河鉄道の夜』……和ちゃんも読んだんだよね」
「え…………?」
「私ね、ずっと思ってたことがあるんだ」
何を話し始めたのだろう。
お腹の痛みも、感じた絶望も忘れ、呆然とする。
読んだ本の話を口にするなんて……。
まるで、いつもどおりの咲さんのようだった。
こんな異常な状態なのに。
平常のように振舞う彼女。
舞い上がっていた私は、のぼせ上がっていた私は、やっと気づいた。
彼女がオカシクなっていることに。
「カムパネルラって、勝手だよねぇ……って」
カムパネルラ。
銀河鉄道の夜の登場人物。
孤独な少年である主人公ジョバンニの数少ない友人にして、物語のキーパーソン。
孤立しているジョバンニと別け隔てなく付き合ってくれる存在。
「もしかして、咲さん……あの泥に――?」
「ジョバンニはね、ずっと一緒に行きたかったと思うんだ。どこまでも、どこまでも」
物語中で、そんな彼と共にジョバンニは銀河鉄道に乗って宇宙を旅することとなる。
旅の中で様々な出来事が起こり、人々と出会い、別れていく。
そんな物語の終盤で、ジョバンニはカムパネルラに言うのだ。
二人きりで、どこまでもどこまでも一緒に行こう、と。
けれど、カムパネルラはジョバンニを置いていく。
それは……。
「私なら、きっとそうして欲しかったな。だって、とっても大切な友達だから。……ね?」
――銀河鉄道とは、『死』へと向かう道行だったから、である。
「行こうよ、和ちゃん。私もうあんな暗い泥の中だってこわくない。どこまでもどこまでも私たち一緒に進んで行こう」
「咲……さん……」
胸が締め付けられるような気持ちがする。
息が苦しくて、言葉がとっさに出てこない。
出尽くしたかと思っていた涙が、零れた。
…………ああ。
ああ!
彼女は言ったのだ。
私に言ってくれたのだ。
あなたが死ぬなら私も死ぬ、と。
死んでもあなたと一緒にいたいのだ、と!
溢れる涙が止まらない。
震える心が止まらない。
ごめんなさい。
きっと、こんなことを言うのはあなたが汚染されてしまったからなんだと思う。
本当のあなたなら、そんなことを言わないのだと思う。
それ以前に、こんな思いはきっと間違っているんだと思う。
だけど。
ごめんなさい。
それでも、私は――。
ありがとう。
――とても、嬉しい。
912
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:18:37 ID:B6bM9.2g
全て、許されたような気になった。
全てが報われたような気になった。
これ以上なんて、ない。
紛う事無き最高の結末だ。
死んでしまいたいと思うほど辛いことがいっぱいあったけど。
……でも、生きていて、よかった。
咲さん。
好きです。
愛しています。
あなたを知ってから、私の世界は変わった。
あなたが居たから前に進めた。
あなたのためなら何だって出来た。
何の後悔もない、なんて言ってしまったらきっと嘘になるけれど。
あなたが笑ってくれるなら。
――私は、ぜんぶ、それでいい。
だから。
伸ばされた手をとって、私は精一杯の笑顔で彼女に答えた。
「……ええ、きっと。あなたとならば、どこまでも」
……そうして、私たちは取り囲む泥へと飲み込まれていく。
私たちを守っていた護符が無くなってしまった以上、当然の帰結だ。
けれども、決してそれは辛いことではないのだ。
私にとっては。そして、きっと咲さんにとっても。
――だって、こんなにも私に笑いかけてくれるのだ。
幸せでないはずがない。
嬉しい。
最期まで一緒にいてくれる人がいることが。
その笑顔を最期まで見ていられることが。
だから私も最期まで笑おう。
体を包む灼熱の揺りかご。
けれど身を焼く痛みも辛かった出来事も気にならない。
泥のような歓喜が私を覆う。
くすんだ瞳で彼女を見つめて。
繋いだ手を握り合わせる。
ねえ、咲さん。
……私、幸せです。
【原村和@咲-Saki- 死亡】
【宮永咲@咲-Saki- 死亡】
◆ ◆ ◆
913
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:20:58 ID:B6bM9.2g
5 / 花痕 -shirushi- (Ⅱ)
時間が、過ぎていく。
『フレイヤ発射まで、残り五分です』
スピーカーから流れだす機械音声。
それは私、秋山澪が勝利するまでの残り時間。
そしていま敵対する彼、阿良々木暦の目的が果たされる可能性の残り時間だった。
とてもとても悪い神父から渡された『鍵』と『情報』は、紛れもない本物だった。
ゲームの行く末。
最終局面を迎えた時、何が起こるのか。
白い聖杯。
黒い聖杯。
神父の目的。
リボンズ・アルマークの目的。
私は、全部を知らされていた。
知っていたからこそ、こうして動くことが出来た。
そして、手渡された、鍵。
ゲームを強制的に終わらせるリセットボタン。
フレイヤ。
『あちら側』に対抗する、『こちら側』唯一にして最強威力の武器。
地上を消し炭にすら出来る、破滅の弾頭の標準は定まっている。
神を名乗るガンダム。
いくら神様が強くたって、この兵器には耐えられない。
そしてもう一つ、黒き塔を崩せば、そこに立つ者達も、連座して消えていく。
最後に、空に浮かぶ城にある、願望の器だけが残ればいい。
それ以外の何もかも、消えてしまっても、いい。
消すことが、ただ一つの勝利条件。
私は、その為に、ここに居る。
「どうする? 阿良々木暦。このままじゃ、時間切れだ」
私は待っている。
時が尽きること、あるいは障害物の影に隠れた彼が動くことを。
手には銃、心には重い重い、一つの思い。
『取り戻す』。
その為に、彼を、殺す。
私の目的の為に、もう一度、殺人という行為に手を染める。
これで、三度目。
一度目は、明智光秀。悪い人だった。
二度目は、福治美穂子。善い人だった。
そして今、目の前に立つ人は、どちらなのだろう。
いや、目の前の人だけじゃない、私は今、全部を巻き込んで壊そうとしている。
地上に居る、生き残る全て。
善い人も、悪い人も、全部。
善と悪。
そこに、やっぱり差異なんて無かった。
例え相手がどんな人だって。
当たり前のように、人を殺すことは、今も怖い。
痛い、と思う。
苦しい、と思う。
悲しいって、どれだけ心を凍らせても、私は思ってしまう。
麻痺する事なんて、どうしても出来ない。
この先ずっと、出来ないんだろう。
914
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:21:20 ID:B6bM9.2g
だけど、私はこの銃弾を、放つことが出来てしまう。
出来てしまうんだ。
何故なら――――
"――――許せない"
恐怖も、痛みも、悲しみさえも。
"―――その喪失を許さない"
忘れてしまうくらい強い思いが、今、この胸に在るから。
◆ ◆ ◆
915
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:21:50 ID:B6bM9.2g
『フレイヤ発射まで、残り五分です』
ご丁寧に教えてくれる機械音声を耳にしながら、僕は息を整える。
銃撃から逃げ回るのもそろそろ限界だった。
分かってる。
僕が行かなきゃ始まらないし終わらない。
この勝負は僕が挑戦者の側だから。
「どうする? 阿良々木暦。このままじゃ、時間切れだ」
ごもっとも。
だけど勝算も無しに飛び出す訳にはいかない。
銃を持つあちらの圧倒的優位に対して、無手のままうかつに姿を晒したところで、撃ち殺されるのがオチだ。
部屋中に並ぶ机の影に身を潜めながら、ディパックの中を漁る。
武器として使えそうなものは……真っ赤な槍と、輪刀。
少し考えてから、槍を手に取った。
ファサリナさんが使っていた槍。
名前を、ゲイボルグというらしい。
ファサリナさんが残した説明書を読んだところ、何だか凄い効果が書かれていた(宝具だとか、心臓を貫くとかなんとか)けれど、
残念ながら僕に使いこなせるモノではなかった。
棒術の達人級っぽかった女性に使いこなせなかった物が、僕に使いこなせるワケも無く。
そもそも普通の槍だったとしても、素人の僕がスマートに扱えるわけがない。
つまり折角の宝具が泣いちゃうわけだけど、輪刀よりはまだ使いやすいから泣かせておく事にする。
さて、この武器で、秋山の銃撃をカキンカキンと弾きながら接近してパコンと叩いてノックアウト。
秋山の背後のコンソールを弄ってフレイヤ停止。
なんて簡単に行けば苦労はない。
が、現実は甘くないだろう。
まず、僕には槍で銃撃を凌ぐ力量なんてない。
だからまだ、あと一工夫必要だ。
もう一度、ディパックに手を伸ばし―――
「なあ、阿良々木暦。あんたの『願い』って、なんだ?」
その質問を耳にした。
「ここまで必死に生きて、まだ戦ってるってことは、あんたにも在るんだろ?
願い。空の上から降りてくる魔法に、告げる祈り。
無敵の神様をやっつけてまで、叶えたい願望が……」
時間稼ぎかもしれない。
気を逸らそうとしているのかもしれない。
あるいは反応から僕の位置を見極めようとしているのか。
もしかしたら、本当に知りたいのだろうか。
「さっきも言ったけど、私は、取り戻すため、だよ。
この場所で、失くした全てを、失くしちゃいけなかった全部を、元通りに戻すため。
だって、絶対にそれは、無くなっちゃいけないものだったから。
失くしたままだなんて、許せないから。
あんたは、思わないのか? ……あんただって、きっと死んだんだろ? 大切な、人がさ」
だけど、いずれにしても、答えなきゃいけない。
「……僕は」
「……それとも、あんたも人を生き返らせることなんて間違ってるって、そんな正しいことを言うのか?」
何故なら、僕も、彼女と同じ気持ちを持っているからだ。
目を閉じれば、何時だって、ああ本当に、何時だって浮かんでくる。
消えてしまった誰か。
失くしてしまった何か。
愛していた、全部。
もう、永遠に戻らない。
手に入らない。
少し前までは、すぐ隣に居た人達が。
本当に、本当に、大好きだった、僕の一部。
それを奪われることを、どうして許せるだろう。
ああ、許せねえよな。分かるよ、分かるんだよ、お前の気持ちは。
だからさ―――『人を生き返らせることなんて間違ってる』って?
「……いいや。口が裂けたってそんなことは言えないさ。
僕だって、できることなら取り戻したい。みんな生き返らせて、ぜんぶをなかったことに出来るなら、それはとても魅力的だ」
916
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:22:51 ID:B6bM9.2g
僕は正義の味方じゃない。
とても、とても、俗な願い。
単純で、純粋で、愚かでさえある目の前の少女の、当たり前の願望が、理解できてしまう。
痛いほどに、苦しいほどに、良く分かる。
「……そっか。だったらさ、このままフレイヤを発射させるといい。
その後で私と殺し合って勝てたら、あんたの優勝だ。
私の持ってるペリカを使えば、きっとあんたの知り合い全員を生き返らせて元の世界に帰るに足りると思う」
負ける気は、ないけれど。
そう言った秋山澪のことを、僕は、阿良々木暦はやっぱり憎めない。
こうやって相手に殺意を伝えておかなくてはまともに人を殺すことも出来ない彼女を憎めない。
だから僕も、まっすぐに自分の気持を偽ること無く口にすることにした。
「いやだ」
「…………」
「僕は、これ以上。誰にも死んでほしくない。誰にも、だ。
たとえ、友人を、恋人を、大切な人を生き返らせるためだとしても、僕は誰かを殺せない」
「……なんだよ、それ。逃げてるだけじゃないのか? 自分の本当の気持ちから」
「……かもな」
でもさ、って。
一拍おいて僕は言い放つ。
「それでも僕は、あいつらを生き返らせないことを決めた。お前と同じように、選んだんだ」
「……私も、あんたと同じように逃げてるだけだ、って言いたいのか?」
「いや……。逃げてるとか、向き合ってるとか。……そんなものはただの言葉遊びだって言ったのさ!」
「――――!」
言葉と共に、飛び出す。
話している間に準備は終わっていた。
机を乗り越えて、少しずつ移動していた地点から―――秋山の背後から一気に接近する。
「……!?」
机を乗り越える際の物音に、秋山の反応は素早かった。
振り向き、そして放たれる銃弾。
しかし、そこにあるモノは――
「…………人……形?」
衛宮邸で回収していたガラクタが、ココに来て役に立った。
銃弾は囮として投げ入れた彫像(白髭を蓄えた鶏肉屋っぽいおじさん)を吹き飛ばし、少しずれた地点から走りこむ僕に時間を与える。
だけど、その場しのぎだけじゃ……。
「足りないよなあ」
少しだけ遅れたものの、接近を続ける僕へと、今度こそ射撃が浴びせられる。
走る僕の身体のあちこちに鉛が突き刺さる。
「痛ッ……くぉぉぉ……ッ!」
構わず、腕で首と頭を庇いながら突き進む。
幸いなことに、秋山は銃の扱いに慣れてるワケじゃないらしい。
戦うという行いに、そもそも不向きなんだろう。
鋭い痛みが何度も走り、体のあちこちに穴は開くけど、致命傷を負う事は無かった。
「なんで……痛く……ないって言うの!?」
血みどろになりながら近寄る僕に、秋山が一歩下がる、
いやいや、滅茶苦茶痛い。
けど慣れてはいる。
生憎、こっちの強みは痛みへの耐性だけだ。
人形で凌いだ時間と合わせて、ギリギリで、辿り着ける、辿り着いて見せる。
「―――ッ!!」
銃を持っていない方の手に、秋山は何かを持っていた。
それが、彼女の奥の手、ってことだろうか。
―――剣。
幾度も湾曲した刀身、アレは確か……ショーテル、ってやつか。
僕が握る槍以上に、使いにくそうな武器だけれど。
戦い慣れてない少女に果たして扱える物なのか。
「!!」
なんて侮りが僕の頭をかすめた瞬間。
ショーテルの刀身が赤く、紅く、染まり始めた。
加えて、シュウシュウと空気が熱される音と共に、煙が上がる。
917
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:24:19 ID:B6bM9.2g
違う。
ただの『変わった武器』じゃない。
少女の細腕で、振りぬかれるショーテル。
どういうことだ?
早すぎる。
まだ僕は、剣の通過する範囲に居ないぞ。
扱いなれない武器に振り回されたのか。
いや違うと、気づいたときには遅かった。
秋山の握るショーテルの柄。
トリガーのようなものが見えた瞬間、身を捩って避けようとしたけれど、既に射出は行われた後だった。
熱された刃が柄から放たれ、飛来する。
技量の無さは単純に得物の威力で相殺する、ということらしい。
秋山の握る剣は僕の槍と違って、誰にでも使えるように調整された物。
武器の差で、明らかに、僕の、不利だ。
だったら――僕に取れる―――手段は―――なにも、ない、から。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!」
飛び散る血。焼ける肉の匂い。
勝負は、既についていた。
高熱の刃が、僕の左肩口を貫いている。
気づけば全身、血まみれだった。
普通人なら痛みで気絶、ショックで絶命してもおかしくないほどの傷を追いながら。
「……捕まえ、た」
僕はただ歯を食いしばって、秋山の目の前に、立っていた。
「……あんた、いったい、なんなんだよ」
「――ああ、お前には言ってなかったっけ」
襲い来る痛みに耐える。
耐えることに慣れている。
阿良々木暦の最大の武器。
そして、その理由こそ、勝負を分けた僕らの差異―――
「……ただの人間モドキの吸血鬼崩れさ」
ああ、そういえばもう一つ。
こいつに、答えてない事が残ってたっけ。
「――――――――」
だから目を見開く彼女に、ソレを告げて。
「だったら、私たちは……」
「ああ、宿敵って、ことかもな」
残った右腕に握る槍の柄で、思いっきりぶっ叩く。
吹き飛ばされる秋山を見ながら、
なんか僕、ここに来て女の子に叩かれたり、女の子叩いたりばっかだな……なんて、思った。
◆ ◆ ◆
918
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:26:37 ID:B6bM9.2g
そうして、勝負は決した。
いや、最初から決まっていたのかもしれない。
「がッ……ぁ……っ……」
カランと音を立てて、床に刃が転がる。
阿良々木暦の左肩から抜け落ちた、ショーテルの刀身だった。
血が飛び散ることはない。傷口は焼かれている。
代わりに、焦げた匂いが辺りに漂った。
「あ゛……づ……」
阿良々木は左肩口を抑えながら、数歩、後ろに下がった。
息を整え、床に倒れた秋山澪を見下ろす。
うつ伏せに倒れた少女は動かない。
気絶しているのか、戦意を喪失しているのか、阿良々木には分からない。
分かることがあるとすれば、
「時間が……無い……くそっ……」
澪から視線を切り、振り返る。
背後には、モニターの塔。
その麓にあるコンソールの集合体。
『フレイヤ発射まで、残り1分です』
部屋に響き渡る機械音声は、無情なリミットを告げていた。
コンソールに飛びついて、キーボードを叩いたり、適当なつまみを回しても、意味があるとは思えない。
「それでも……諦めるわけには、いかないよな」
残り時間は六十秒。
出来ることは限られていた。
目立つ装置を探してみる。秋山澪が触っていた部位。モニターの示す表示。
考えられる全部を試し―――
「……おいおい」
残り時間は三十秒。
試そうにも……全て反応しなくなっていた。
コンソールの操作が、何一つ受け付けられない。
「……まさか」
残り時間は十五秒。
機械のロック、あるいは、故障か。
事実は、明らかに、単純な真実を示していた。
919
:
2nd / DAYBREAK'S BELL
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:27:13 ID:B6bM9.2g
「冗談じゃない!!
みんな、死ぬんだぞ、ここで!! 僕が止められなかったら……!!」
そう、勝負は決していた。
最初から、阿良々木暦に、何かを変えるチャンスなど、用意されてはいなかったのだ。
「……は」
十秒。
背後から聞こえた笑い声に、振り返る。
「……は、ははは」
五秒。
少女の泣き笑いが木霊する。
立ち上がりながら、涙を流しながら、秋山澪は宣言する。
「私の勝ち、だ」
ゼロ秒。
「消えろ神様。ざまあみろ」
最初から決まっていた顛末が、訪れる。
『フレイヤ―――発射』
神を殺す一撃が今、ひとりの無力な少女の手によって、放たれた。
【 2nd / DAYBREAK'S BELL -END- 】
920
:
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 02:28:09 ID:B6bM9.2g
投下終了です
921
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/02(月) 02:30:55 ID:qzrmz3a.
投下乙です
ああ…
922
:
◆ANI3oprwOY
:2015/03/02(月) 03:20:48 ID:B6bM9.2g
次回、3月15日。
/3rd
そして『最終回』の連続投下を行う予定です。
大変長らくお待たせしました。
長く続いた物語の、そして登場人物たちのオーラス。
どうかその本当の最後まで、お付き合いください。
923
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/02(月) 03:29:42 ID:LrJZxLrg
投下乙です
色々と凄すぎて鳥肌立った
925
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/02(月) 22:21:02 ID:Ryu3MBhc
ここまで長い作品の投下、本当に乙です。
まさか首輪ちゃん(死語)の現状諸々を最大限利用してのダリア操縦とは意表を突かれました。
どの場面も終局に向かう登場人物たちが輝いていて、数々の展開から様々な可能性を秘めているため非常にクライマックスが気になり楽しみです。
最後にリボンズが嘲笑うのか、彼の思惑を上回り優勝を果たすのか、死力を尽くして全ての敵を打倒するのか、そして誰もいなくなるのか……
もう最終回がまじかになり、ワクワクともの悲しさを感じますが、書き手の皆さん、最後まで振り絞って頑張ってください。
926
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/03(火) 17:02:58 ID:l7NJu/w6
投下おつー
おお、すげえ、流石最終決戦なだけある総出っぷり
レディオノイズでオリジナルセブンとかすげえクロス
そういえば咲って元文学少女だったなと思い出しつつ、すごいところできってどうなるのか期待大です
927
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/04(水) 14:59:49 ID:2WCh/Z8E
2/8の投下分から一気読みした
長く待っていた甲斐があった…
本当にありがとうございます。最終回も楽しみにしています
928
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/07(土) 09:33:13 ID:62dSWlJI
追いついた・・・重厚すぎる、この密度
咲の二人はここで退場か、その結末がBADなのかHAPPYだったのか俺には分からないけど
ああ、あと一週間がこんなにも長いとは
929
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/11(水) 00:27:21 ID:APP4k6GA
投下乙です
グラハム!グラハム!グラハム!
かっこよかったぞ・・・!
そしてリレー当時、何度か存在を匂わせたジングウフラグがついに回収されて、ちょっと涙出そうになりました
サクライズを組んでいたスザクの手にヴォルケインが渡ったのは、何か感慨深いです
ラスト投下、お待ちしています
最後までどうか頑張ってください!
930
:
管理人◆4Ma8s9VAx2
:2015/03/12(木) 21:37:27 ID:???
次スレを用意しました
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/13481/1426163679/
931
:
名無しさんなんだじぇ
:2015/03/15(日) 10:08:05 ID:Qf.HZdBs
ふう、やっと追いついた
どのパートも面白かったー
最近クソ忙しいからチョコチョコしか読めないけど、最終回も楽しみにしてます
932
:
管理人◆4Ma8s9VAx2
:2015/03/15(日) 20:29:22 ID:???
次スレを立て直しました
>>930
のスレは完全削除しております
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/13481/1426418463/
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