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オリロワA part2

1 ◆H3bky6/SCY:2025/04/02(水) 21:46:15 ID:MiWqrB860


登場人物全員悪人


【wiki】
ttps://w.atwiki.jp/orirowaa/

【したらば】
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16903/

【地図】
ttps://w.atwiki.jp/orirowaa/pages/10.html

【過去スレ】
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1737876475/

401We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 22:53:25 ID:iFBZSaEk0

 まるで猛禽のように流麗な動きで、ジェイは肉薄した。
 その右手に握り締める武器を、眼前へと突き出す。
 ソフィアは目を見開きながら、すぐさま奇襲へと対応。
 迫る攻撃が超力によるものではないことを、一瞬の内に悟った。

 ソフィアが右手の手刀を鋭く振るい、ジェイの振るう攻撃を弾いた。
 彼の右腕を逸らすような形で、彼女は斬撃を凌いだのだ。
 奇襲への対処に、ジェイもまた驚愕の表情を見せる。

 ――ジェイの手には、木製のナイフが握られていた。
 刺突に適した、杭のような武器だった。
 ブラックペンタゴンへと向かう途中、超力の刃で樹木を削って作り出した即席の武装。
 持続性の低さから投擲と暗殺にしか用いられない超力に代わり、近接戦闘を想定して用意したものだった。

 超力制圧の異能を持つソフィアとて、純粋な武器ならば傷つけることが可能である。
 ジェイは意図せずして、彼女への的確な対抗策を用いていたのだ。

 刺突のように鋭い瞬発力で、ソフィアの左腕が突き出される。
 武器を携えたジェイの右手を抑えようと、掴み掛かる。
 しかし彼は、即座に対応――“先読み”する。
 掴み掛かろうとするソフィアの腕を、咄嗟に左手の一振りで弾いてみせた。

 そのまま間髪入れず、ジェイは即座に右手のナイフの刃を振り上げる。
 これに対し、ソフィアは瞬時に身体をすぐ横へと逸らす。
 刃が左の二の腕を掠めながらも、怯むことなく。
 右手の手刀をジェイの首へと叩き込まんとする。
 直後にジェイが、自らの左腕を振り上げた。
 再び“先読み”。左前腕で手刀を的確に受け止めた。

 防御と同時に、右手の刃をソフィアの腹部へと突き立てる。
 手刀を防がれたソフィアは、瞬時の思考を続ける。
 左手で振り払うように、ナイフを握るジェイの右腕を弾いて逸らす。
 目を見開くジェイ。歯を食いしばり、驚愕の表情を見せる。

 その隙を見逃さず、既に引いていた右手の拳を脇腹へと叩き込まんとする。
 ジェイは動揺しながらも、後方へと即座に下がる。
 右拳のフックを回避。“先読み”によって、軌道を予測した。
 それでもソフィアは躊躇うことなく、床を蹴ってジェイへと接近。
 電撃的な速度で迫るソフィアを、ジェイはキッと睨むように見据えた。


 ――――そこから先は、応酬の連続。
 ――――互いの両腕が、幾度となく交錯する。


 拳撃。刺突。手刀。掴み。フェイント。
 互いに技を繰り出し、その度に互いの攻撃を凌ぐ。
 凄まじい瞬発力と反応速度で、相手の一手を悉く妨げていく。
 至近距離。ゼロ距離。眼前で肉薄する攻防。
 腕と腕が目まぐるしく放たれて、次々に捌かれていく。

402We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 22:54:38 ID:iFBZSaEk0

 技量においても、余力においても。
 明確に優っていたのは、ソフィアの方だった。
 反射神経と動体視力によって、的確に敵の攻撃へと対処していた。
 対超力犯罪の特殊部隊に所属した過去を持つ彼女は、数多の超力犯罪者を体術によって制圧してきた。

 “超力の無効化”という超力を持つが故に、あくまで戦闘は自らの身体能力に頼らねばならない。
 そうして死線を潜り抜けてきたソフィアの格闘術は、紛れもなく卓越している。
 彼女は応酬の中でも冷静に、淡々と手札を切り続けていた。

 対するジェイの表情に、余裕はなかった。
 鼻血を流して必死に歯を食いしばり、無我夢中の攻撃を繰り返し。
 それでも尚、彼はソフィアとの応酬を成立させている。

 ごく短時間の“未来予知”を連続発動し、相手の一手を次々に予測していたのだ。
 ソフィアの超力無効化の影響を受けない、生来の異能。
 それによる“先読み”を駆使することで、ソフィアに食らいついていた。

 そして、15年ものブランクを背負っているとはいえ。
 ジェイは暗殺者の家系に生まれ、物心ついた時から戦闘や暗殺の訓練を受けている。
 彼にとってはそれが日常であり、それこそが当然の教育だった。
 自覚こそ希薄なものの、ジェイの身には研ぎ澄まされた体術が染み付いているのだ。

 激突が続く。交錯が繰り返される。
 果てしない攻防が、延々と反復されて。
 やがてその均衡を崩したのは、ソフィアだった。

 ソフィアの瞬発力が、先読みするジェイの反射神経を上回った。
 彼女の左手が、ナイフを握るジェイの右腕を掴んで制止させる。
 咄嗟の反撃として繰り出された左拳の一撃も、ソフィアは右手で受け止める。
 そのままジェイの行動を封じ込めて――両者の顔が、至近距離で肉薄する。

「――――ジェイ・ハリック、ですわね?」

 膠着状態。乗るか反るかの状況。
 眼前で視線を交わし合う二人。
 鋭い眼差しを向けるソフィアと、動揺を瞳に浮かべるジェイ。
 互いに睨むような表情で、相手と対峙する。

「知ってんのかよ、俺のこと」
「“予知能力一族”ハリック家のお話は、以前よりかねがね」

 拘束から抜け出そうと力を込めながら、ジェイが言葉を返す。
 冷や汗を流しながらも、強がるようにソフィアを睨みつけている。
 ソフィアはあくまで淡々と、自らの言葉を続ける。

「貴方が行動を共にしていたお方。
 アレは、このアビスにおいても“普通”ではないでしょう」
「……まぁな」

 肉薄する対峙の狭間で、ソフィアは投げかける。
 対するジェイは、自嘲するように苦笑を浮かべる。

403We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 22:55:24 ID:iFBZSaEk0

 ソフィアは、あの銀色の髪を持つ淑女――銀鈴の佇まいを振り返った。
 名も知らぬあの犯罪者が何者であるのかは分からなかったが。
 彼女が決して“まともではない”ことなど、一目見ただけでも明白だった。

 ハリック家。超力時代を経て立場を失った異能者の一族。
 公権力のエージェントへと転身した優秀な兄とは異なり、身を持ち崩して些細な犯行で逮捕されたとされる弟。
 ジェイ・ハリック――その存在は、一族没落の象徴として扱われていた。
 そうして堕ちぶれた男が、此処に来て“悪魔”に手を引かれている。

「お聞かせください」

 故にソフィアは、この刹那の交錯の中。
 眼前のジェイに対し、問いかける。

「貴方は、彼女と共に」

 まるで、己に対する自戒を刻み込むかのように。
 自らの葛藤に対する答えを求めるかのように。

「“地獄”へ堕ちるおつもりですか?」

 ――――お前もそうなのか、と。
 ソフィアは、ジェイへと投げかけた。

 問われたジェイは、唇を噛み締める。
 苦い表情を浮かべて、葛藤を滲ませる。
 ソフィアの問いかけに迷いを抱くように。
 自らの指針に、躊躇いと不安を抱くように。
 彼は僅かな間、その口を噤む。

 この遣り取りの最中においても、互いの両腕は拮抗し続ける。
 ジェイの両腕を制圧し、行動を留めさせるソフィア。
 ソフィアの拘束を振り払うべく、両腕に力を込め続けるジェイ。
 問答の狭間においても、二人の攻防は静かに続けられる。

「……分からねえ。俺にも、よく分からねえんだよ」

 やがてジェイは、口を開いた。

「でもなぁ」

 晴れぬ疑念と、道半ばの混迷の中。
 それでも胸の内に、兄の教えが宿り続ける。

「“機を伺え、耐え忍べ”って。
 そんな単純な教訓さえも学べなけりゃ……」

 己を見失うな、と。
 兄はジェイに語りかけていた。
 それは今の彼にとって、紛れもない指針であり。

「きっと俺は、今度こそ本当のクズになっちまう」

 自らの存在を繋ぎ止める為の、試練であった。
 故にジェイは、貫くことを選ぶ。

「俺は、俺に価値があるのかを――――」

 瞳に迷いを湛えながらも、ジェイは歯を食いしばる。
 その眼でキッとソフィアを見据えながら、彼は啖呵を切る。


「――――ただ、確かめたいんだよッ!!」


 次の瞬間。
 ソフィアの視界の端で、何かが崩れ落ちた。
 それは勢いよく落下し、一瞬の轟音を響かせた。
 耳を劈くような音と、物体が床に叩きつけられた衝撃。
 思わずソフィアが、目を見開く。

404We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 22:56:08 ID:iFBZSaEk0

「ッ!!」

 近くの灯りが途絶え、幾許かの影が生じていた。
 ――すぐ傍の天井から、照明器具が落下したのだ。
 ソフィアは咄嗟に、反射的に、そちらへと気を取られた。
 ほんの刹那。コンマ数秒の判断。しかし、それが命取りとなる。

 ソフィアの鼻っ面に、衝撃が叩き込まれた。
 鈍痛が顔面に響き、鼻から血を流しながら後方へと仰反る。
 両腕を拘束されていたジェイが、頭突きを放ったのだ。

 つい先ほど、密かに空中で生成されていた“不可視の刃”。
 不可視であるが故に、初撃は悟られない。
 刃はそのまま虚空へと放たれ、近くの照明器具を破壊したのだ。

 例えソフィアに超力が通用せずとも、周囲の物体へと干渉することは出来る。
 照明器具が破壊された際の音と衝撃によって、彼女の注意を僅かにでも逸らすことは出来る。
 優秀な戦士であるが故に、ソフィアは咄嗟の反応を強いられた。

「っ、の――――!!」

 ソフィアの喉元から、声が漏れた。
 頭突きで怯んだソフィアの隙を見逃さず、ジェイは即座に彼女の両手による拘束を振り払う。
 自由になった両腕を構え直しつつ、彼は後方へと跳ぶ。
 苦悶を堪えつつ、咄嗟に追撃を行おうと右腕を伸ばしたソフィア。

 されどその手は、ジェイが握る木製ナイフの一振りによって妨げられる。
 ソフィアは即座に右腕ごと身体を引き、迫る刃を紙一重で回避。
 攻撃への対処を強いられたソフィア。
 彼女から逃れる形で、ジェイは豹の如き瞬発力で後退。
 そのまま本棚の影へと姿を隠し――その気配を押し殺す。

 暗殺者としての技能。隠密行動の術。
 ジェイはこの大図書室にて、自らの技巧を発揮する。

 鼻血を拭いながら、ソフィアは呼吸を整える。
 並び立つ本棚の陰に潜みながら、敵は虎視眈々と此方を狙ってくる。
 特殊部隊に所属していた頃に染み付いた格闘術の構えを取りながら、感覚を研ぎ澄ませる。

 ルクレツィアとの合流に急ぐか。
 あるいは、此処でジェイ・ハリックを討つか。

 気配に絶えず注意を払いながら、ソフィアは思考する。
 相手もまた、同行者と分断されている状況だ。
 判断を強いられているのは、互いに変わりないだろう。
 攻めるか、退くか。周囲に警戒しながら、彼女は決断を迫られる。


 ――――自分自身に、何の価値があるのか。

 
 先程のジェイの言葉が、ソフィアの脳裏で反響する。
 悪魔の手を取り、地獄へと堕ちていく――。
 自分と同じ面影を、ソフィアはジェイに微かにでも見出していた。
 その姿を感じ取ったからこそ、彼女は問いを投げかけた。

 されど、彼は自分とは違っていた。
 愛を失い、生きていく意味さえも失い、亡霊と化した自分とは違う。
 あの男は――ジェイ・ハリックは、何かを得ようとしている。
 葛藤の中で、自らの答えを探し出そうとしている。

 それを察したからこそ。
 ソフィアは、思い知らされる。
 朝焼けにも似た悲哀を、胸に抱いていた。

 刹那の戦局で、ほんの一瞬。
 彼女は、感傷と悲壮に駆られていた。


【D–4/ブラックペンタゴン1F 北西ブロック(中央) 図書室/一日目・朝】
【ソフィア・チェリー・ブロッサム】
[状態]:精神的疲労(大)、疲労(小)、身体にダメージ(小)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.恩赦を得てルクレツィアの刑を一等減じたい。もしも、不可能なら……。
0.ジェイ・ハリックに対処。始末か、ルクレツィアと合流か。
1.ルーサー・キングや、アンナ・アメリナの様な巨悪を殺害しておきたい
2.この娘(ルクレツィア)と一緒に行く 。例え呪いであったとしても
3.あの二人(りんかと紗奈)には悪い事をしました
4.…忘れてしまうことは、怖いですが……それでも、わたくしは
5.やはり、あのハリック家の者でしたか。

【ジェイ・ハリック】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)
[道具]:木製のナイフ(樹木を超力で削って作った)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き延びる。チャンスがあれば恩赦Pを稼ぎたい。
0.ソフィア・チェリー・ブロッサムに対処。始末か、銀鈴と合流か。
1.銀鈴の友人として振る舞いつつ、耐え忍んで機会を待つ。
2.呼延光、本条清彦、バルタザール・デリージュ、銀鈴に対する恐怖と警戒。

405We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 22:57:28 ID:iFBZSaEk0



 ブラックペンタゴン1F。
 北東ブロック中央――『補助電気室』。

 そこは配電室のすぐ隣に位置する一室。
 大規模な施設の電気供給を補うために、予備の設備が用意された空間だ。
 四角いキャビネットにも似た電気設備が、整然と並び立つ。
 規則正しく配置された機器の数々が、無機質な内装を形作る。
 灰色の壁や天井には、幾つものパイプが張り付くように伸びている。

 配電盤などが並ぶ通路。
 無骨な施設に似合わぬ、二つの麗しき影。
 分断された戦局の片割れ。

 その姿を血に濡らした二人の淑女が、対峙する。
 共に銀糸のような長い髪を持ち、陶器のように白い肌を際立たせる。
 優雅な佇まいと瀟洒な面持ちで、互いに見据え合っている。

 負傷が深いのは、“血濡れの令嬢”の方だった。
 ルクレツィア・ファルネーゼ。手榴弾の炸裂で、その顔には火傷を負う。
 更には幾度かの銃撃に穿たれ、また手刀によって肌を抉られている。
 また先刻の手榴弾の炸裂によって、その右肩には火傷を負っている。
 ――そうした傷のいずれも、徐々に回復が進んでいる。
 彼女の超力である黒煙が、その身を治癒させている。

 ルクレツィアは、眼前の淑女――銀鈴を見据える。
 相手の負傷は浅い。二、三度だけ強引に打撃を与えられただけだ。
 彼女は優美な姿を保ち続け、そこに悠々と佇んでいる。
 笑みは消えない。飄々と微笑みながら、銀鈴はルクレツィアを見つめていた。
 そんな彼女を捉えるルクレツィアの瞳には、嫌悪と関心の入り混じった色彩が宿る。

「――嬉しいわ。貴女みたいな娘と遊べて」

 やがて、銀鈴が悠々と口を開く。

「貴女、血の匂いが染み付いている。
 粗相をしてしまうのはお互い様みたいね」

 鈴が鳴るように、澄んだ声が。
 ルクレツィアの鼓膜に、そっと触れる。
 得体の知れない手触りのような、奇妙な感覚。
 血塗れの令嬢は、眉間へと微かに皺を寄せていた。

「ええ。好きなんですよ、命と向き合うことが」

 それでもルクレツィアは、すっと答える。
 
「誰かを愛でるのも、苦痛に喘ぐのも、私にとっては極上の愉悦です。
 人間は愉しいですもの。私は骨の髄まで、それを味わうだけ」

 銀鈴の気さくな呼びかけに対し、ルクレツィアは笑みと共に応える。
 ――それは気を張り、強がるような笑いだった。

「まあ、それはそれは――とっても素敵なことだわ!
 私と同じように、人を愛しているのね」

 肩の力を抜き、余裕を持って微笑む銀鈴とは違う。
 彼女は悠々と、ルクレツィアを見つめている。

「こうして巡り会えたのも、きっと何かの縁ね」
「ええ……そうかもしれませんね」

 二人は既に、幾度かの駆け引きを繰り広げていた。
 つい先程まで互いの体術を駆使し、敵の命を刈り取らんと攻防を行なっていた。
 故に、共に呼吸を整えている。

「お名前。伺ってもいいかしら?」
「……ルクレツィア・ファルネーゼ。貴女は」
「銀鈴。宜しくね、ルクレツィア」

406We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 22:58:21 ID:iFBZSaEk0

 優位に立っていたのは、銀鈴。
 一切の気配も殺気も感じさせない攻撃に対し、ルクレツィアは後手に回り続けている。
 驚異的な治癒能力も含めて、身体能力においては間違いなくルクレツィアに軍配が上がる。

 されど、“血濡れの令嬢”の強みはあくまでフィジカルに物を言わせた強引な攻勢にある。
 戦闘者としての技巧に乏しい彼女は、感知不可能の行動を次々に繰り出す銀鈴に対して不利に陥っている。

 銀鈴もまた、ルクレツィアを殺し切れるほどの決め手に欠けるという状況ではあるものの。
 それでも現状の交戦において常に先手を取り続けているのは、間違いなく銀鈴の方だった。

 ルクレツィアの心は、ざわついていた。
 まるで焦燥の波が押し寄せてくるかのように。
 彼女の思考には、ざりざりとノイズが走っていた。
 言い知れぬ不安が、胸中に押し寄せてくる。

 これは何なのだろうか、と。
 ルクレツィアは、思いを馳せる。
 敵へと傾く戦局への焦りなのか。
 きっと違う。そんなものではない。

「ねえ、ルクレツィア」

 この感情の答えは、眼前の相手から突きつけられている。
 ルクレツィアは半ば悟ったように、銀鈴の言葉に耳を傾けていた。
 彼女を見るたびに、令嬢の心は掻き毟られていく。


「貴女。とてもかわいいわ」


 ――――何故ならば。
 こんな眼差しで見られたことなど。
 生まれて一度も、有りはしなかったから。
 

「貴女も、遊ぶのが大好き。人間を愛してる」


 こういう目を、ルクレツィアは知っている。
 人を、自分と同じモノと思っていない。
 人を、自分とは違う下等な存在と見ている。
 人を人として扱っていないから、幾らでも残酷になれる。


「私といっしょだけれど」


 知っている。とうに見知っている。
 退屈で、不粋で、つまらない眼差しだ。
 人間と向き合おうともしない、稚拙な猟奇だ。
 命を粗末に捨てるだけの、味気無い悪意だ。
 この世界においては、ひどくありふれている。


「あなたはもっと無邪気」


 だと言うのに。
 このざわめきは、何なのか。

407We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 22:58:59 ID:iFBZSaEk0

 まるで、店頭に並ぶ愛玩動物として見られているかのような。
 ルクレツィア・ファルネーゼという存在を、好奇心で観察しているかのような。
 そんな態度で、眼の前の女は自分を眺めてくる。
 とうに見慣れた筈の眼差しが、ルクレツィアの胸中を淡々と掻き乱してくる。


「無邪気だから、不安げになってる」


 拷問を通じて、散々見つめてきた。
 人間が絞り出す慟哭というものを。
 紫煙を通じて、散々感じてきた。
 人間に刻まれる苦痛というものを。


「――――私と向き合うのが、不安なのね」


 ルクレツィアは、何年も、何年も。
 貪欲なまでに、喰らい続けてきた。


「かわいいわ。ほんとに」


 知り尽くした筈なのに、知りもしない戦慄が押し寄せてくる。
 他人という媒体を介したモノではない、己が身を以て“生の感覚”を思い知らされる。
 今まで生きてきた中でも、全く異質の――胸の内がさざめくような焦燥感。


「かわいい」


 これは、何だ?
 その自問の果てに。
 “血塗れの令嬢”は。
 それを理解する。


「赤ん坊みたい」


 たおやかな微笑が、澄んだ瞳が、ルクレツィアを射抜いた。
 人ですらない“怪物”に愛でられるような動揺を前にして、彼女は自らの感情の意味を悟った。


 ――――ああ、これは。
 ――――“恐怖”なのだと。


 生まれて初めて抱くような、動揺。
 生まれて初めて感じるような、戦慄。

 狩る側。喰らう側。弄ぶ側。虐げる側。
 ルクレツィアはいつだって、誰かの上に立っていた。
 令嬢は常に、他者の命をその手に握り締めていた。

 けれど、今は違う。
 今は、目の前の相手に“見られている”。
 犬か何かのように、貶められている。
 此処に立つ自分は、彼女にとって好奇心の対象に過ぎない。

 まるで自分が、孤児や召使い達を弄んだ時のように。
 銀鈴という淑女は、私を見下している。

 それを自覚した瞬間から。
 言い知れぬような興奮に、掻き立てられる。
 自らを苛める感覚に、胸の奥底から高揚が込み上げてくる。
 ルクレツィアは、情動に揺さぶられていた。

408We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 22:59:39 ID:iFBZSaEk0

 何の感覚も、生きる実感も得られなかった幼少期。
 けれど他者を嬲ることで、人の苦痛に触れることができた。
 自らの超力を使うことで、生の感覚を得ることができた。
 苦痛と絶望。人が人であるが故に得られる、極上の快楽。
 それを求め続けてきた。渇望し続けてきた。

 だからこそ、ルクレツィアは思う。
 これもまた、一つの“痛み”なのだろう。
 ああ、だとすれば――愛おしさすら感じる。

 生粋の“恐怖”を味わうことなど、今まで一度たりとも無かった。
 だからこそ今、眼前に立ちはだかる“闇”さえも愛おしい。
 自分は紛れもなく生きている。そんな感覚を得られるから。

 強がりでしかなかった、強張る笑みは。
 獰猛なまでの、不敵で優雅な笑みへと変わっていた。
 すっと優雅にステップを踏んで、礼儀正しくその場に佇む。


「ねえ、銀鈴さん」


 まるで舞踏会の淑女のように、ぴんと真っ直ぐに佇む。
 その身を夥しい程の赤い血に染めようとも。
 ルクレツィア・ファルネーゼは、ひどく可憐だった。
 そして、彼女は静かに一礼をする。


「悪魔と、踊りませんか?」


 彼女は、舞踏へと誘う。
 目の前の怪物に、手を差し伸べる。
 死の匂いを纏う舞台へと、銀鈴を手招きする。

 そんなルクレツィアからの誘いを、じっと見つめて。
 銀鈴は、口の両端をゆっくりと吊り上げた。
 愛おしさと高揚を掻き抱くように、彼女もまた優雅な所作で応えた。
 片足を後ろへと引き、スカートの裾を摘んで――微笑みと共に一礼をした。


「ええ。喜んで」


【D–4/ブラックペンタゴン1F 北東ブロック(中央) 補助電気室/一日目・朝】
【ルクレツィア・ファルネーゼ】
[状態]: 疲労(小)、複数の銃創や裂傷(中)、顔面に火傷(中)、血塗れ、服ボロボロ
[道具]: デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針] 殺しを愉しむ
基本.
0.さあ、踊りましょう。
1. ジャンヌ・ストラスブールをもう一度愉しみたい
2.自称ジャンヌさん(ジルドレイ・モントランシー)には少しだけ期待
3.お友達(ソフィア)が出来ました、もっとお話を聞いてみたい気持ちもあります
4.さっきの二人(りんかと紗奈)は楽しかったです。出来ればもう一度会いたいです。

【銀鈴】
[状態]:疲労(小)
[道具]:グロック19(装弾数22/10)、デイパック(手榴弾×2、催涙弾×3、食料一食分)、黒いドレス
[恩赦P]:4pt
[方針]
基本.アビスの超力無効化装置を破壊する。
0.ええ、喜んで。
1.ジェイで遊びながらブラックペンタゴンを目指す。
2.人間を可愛がる。その過程で、いろんな超力を見てみたい。
※今まで自国で殺した人物の名前を全て覚えています。もしかしたら参加者と関わりがある人物も含まれているかもしれません。
※サッズ・マルティンによる拷問を経験しています。
※名簿で受刑者の姓名はすべて確認しています。
※システムAに彼女の超力が使われていることが真実であるとは限りません。また、使われていた場合にも、彼女一人の超力であるとは限りません。

409We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 23:00:28 ID:iFBZSaEk0



 爆発のような轟音と衝撃が、何処からか響き渡る。
 別のブロックか通路で、既に受刑者同士の交戦が始まっているのだろう。
 されど今の仁成に、そこへと意識を向ける余裕などなかった。
 それが手榴弾の炸裂によるものであることも、知る由はない。

 物置部屋では、既に幾つかの棚が“腐敗”していた。
 徐々に室内へと散布されていく、濃紫の瘴気。
 拳闘士を起点に、次々と生まれていく紫花。
 戦場と化した空間を、毒が蝕んでいく。
 紫骸(ダリア・ムエルテ)――エルビスの超力が、展開されていく。
 長期戦になればなるほど、彼の優位は約束される。

 仁成は荒れる息を何とか整えながら、迫る敵を見据えていた。
 エルビスが“待ち受ける側”だった、あの階段前での攻防とは違う。
 むしろ今は、彼が積極的に攻勢に出てくる。
 退却の隙を悉く潰すように、仁成へと幾度となくインファイトを挑んでくる。

 人類最高峰の肉体を持つが故に、辛うじて粘ることが出来ている。
 強靭な肉体を備えるが故に、エルビスの腐敗毒にも気力で持ち堪えることが出来ている。 

 迫り来るエルビスへと向けて、瞬時に拳銃を抜いた。
 所謂、早撃ち。西部劇のガンマンのようなファストドロウ。
 距離を詰めてくる相手への迎撃手段として、即座に発砲を行う。

 ほんの刹那、迫るエルビスの右拳が風を切った。
 脇腹を打ち据えるような低い軌道で、それは虚空へと放たれる。
 ――そして金属の破裂音が響いた。
 放たれた拳が、弾丸を一瞬で打ち砕いたのだ。

 先刻の初戦と同様の技巧だ。
 銃撃の軌道を先読みし、それに合わせて拳を振るう。
 言うのは容易くとも、そう簡単に実行へと移せるものではない。
 故に此度もまた、仁成は驚愕させられるが――。
 それでも一度は目にした技であるからこそ、彼は後方へとステップしながら対応する。

 目視による角度の計測。物質の質量や高度の推測。弾丸の速度。
 仁成はこの一瞬で、それを即座に割り出す。
 そして、仁成は迷わず銃撃する。
 数発の弾丸を、それぞれの角度で瞬時に放った。

 反射音。金属製の棚や、無機質な壁面へと衝突。
 弾丸は弾き返り、跳ね飛び、そして――エルビスへと目掛けて殺到。
 跳弾である。反射した弾丸が、正確な角度で四方から拳闘士を襲った。

 逃亡生活の中で体得した武器術により、仁成は拳銃をも自在に操る。
 更には人類最高峰の身体機能を駆使し、視力と空間認識能力を極限まで引き出した。
 そうして“ぶっつけ本番”で、跳弾を敢行したのだ。
 放たれた銃弾の雨は、極めて正確にエルビスを狙ってみせた。

 ――首や胴体を、ほんの微かに動かしつつ。
 ――エルビスが、最小限のステップを踏んだ。

 弾が掠れる。弾を躱す。
 一撃たりとも、直撃はしない。
 殺到した筈の跳弾が、悉く外れていく。
 僅かな動作のみで、エルビスは完璧に回避する。
 跳弾の“反射音”のみで、彼は弾丸の軌道とタイミングを読み切った。

 そして、迫る。
 エルビスが、再び肉薄する。
 即座に地を蹴り、迫り来る。

 されど仁成は驚嘆しつつも、最早跳弾すら躱してくることを予想に入れていた。
 故に彼は、即座に迎撃の態勢へと切り替える。

410We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 23:01:23 ID:iFBZSaEk0

 ――拳銃の銃口が軋む。腐敗していく金属が、限界を迎えてゆく。
 紫花の腐敗毒に曝され続けた拳銃が、先の発砲で遂に破損を迎える。
 使い物にならなくなった鉄屑を、仁成は躊躇なくエルビス目掛けて投擲。

 我武者羅な飛び道具など物ともせず、エルビスは突進を続ける。
 拳銃が直撃したところで、怯ませるどころか瞬きひとつの隙を作ることさえ出来ない。

 迫り来るチャンピオンから、バックステップで必死に距離を取り続ける仁成。
 拳の射程から逃れるべく、歯を食いしばりながら後退に徹する。
 その跳躍に乗じて、身を翻して出口へと向かおうとするが――。

 そうして晒した隙をエルビスは決して見逃さず、即座に“遠当ての魔拳”で追撃。
 仁成は対処へと追い込まれる。飛ぶ拳撃に対し、回避や防御を余儀なくされる。

 その僅かな猶予の狭間に、再びエルビスが猛追を仕掛けてくる。
 決してこの戦場から逃しはしないと、獲物を狙う豹の如く機敏に迫る。

 怪物同然の強さを見せつけるエルビス。
 己を殺すべく、牙を向き続けるチャンピオン。
 目を見開く仁成の視界が、思考が、刹那へと収束していく。
 極限の駆け引きの中で、彼は自らを必死に奮い立たせる。
 まだだ、まだ膝をつくな、と。
 己の力を振り絞って、敵を見据える。
 自らの肉体を、全身全霊を持って躍動させる。

 ――――まだ、死ぬ訳にはいかない。

 何が、己を奮い立たせるのか。
 ただ生きるためか。刑務から抜け出すためか。
 生き別れた家族と再会を果たすためか。
 間違いなく、それもあるだろう。
 けれど今は、きっとそれだけじゃない。

 ――――彼女が、自由を求めている。

 そう、あの少女が。
 自分と同じ、孤独と束縛の中に身を置いていた少女が。
 自由と贖罪を求めて、この地の底で生き抜こうとしている。

 ――――彼女が、償いを望んでいる。

 今の自分が、こうも立ち続ける理由。
 そんなものが、あるとすれば。
 結局、そこに行き着くのだ。

 ――――いつか、秘密を語り合おう。

 あのとき彼女と、そう約束したのだ。
 それだけだ、拳闘士(チャンピオン)。
 留まるか、抗うか。
 往くべき道は、既に決まっている。


 ――――くす。


 そして、声が聞こえた。
 まるで仁成の意志に、呼応えるように。


 ――――くすくす。


 あの囁きが、耳に入った。
 まるで仁成の決意に、共鳴するように。

411We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 23:03:02 ID:iFBZSaEk0


 ――――くす。くすくすくす。


 あの忌まわしき嗤いが、ぬらりと現れた。
 ひどく悍ましく、禍々しく。
 悪霊の如く、忍び寄ってくる。


 ――――くすくすくすくすくす。


 祟りを思わせる、その嗤い声。
 しかし仁成は、静かなる安堵を抱いていた。
 彼女の存在。彼女の証を示す、黒鳥の囀り。
 それは仁成にとって、己に寄り添う“昏き光”だった。


 ――――くすくすくす。くすくすくすくす。


 そして、エルビスが。
 瞬時にその場から跳躍した。
 瞬きの合間に、斬撃が一閃する。
 “漆黒の靄”が、鞭のように駆け抜ける。
 振るわれた一撃が、荷台や貨物をギロチンのように断ち切った。

 跳躍によってその一撃を躱したエルビス。
 彼は後方へと着地し、靄との距離を取る。
 しかし靄は大蛇の如く唸り続け、枝分かれしながら拳闘士へと殺到していく。
 その褐色の肌を貫くべく、黒き敵意が迫り来る。

 されどエルビスは、一呼吸を置いた後。
 そのまま上半身を屈めた姿勢から、身体を∞の形に回転させ。
 猛烈な遠心力を乗せた拳を、次々に打ち出した。
 
 遠心力と反動を乗せた猛打が、黒い靄を打ち砕いていく。
 祟りや禍を思わせる敵の攻撃を、鍛え上げた肉体によって破壊する。
 乱入してきた黒靄を凌ぎ切り、エルビスは再び拳を構え直す。

 ――――仕切り直し。
 ――――エルビスの攻勢が、打ち切られた。

 援護のように割り込んできた攻撃を見つめつつ、仁成は乱れた息を整えていた。
 後方から姿を現し、すぐ傍らへと歩み寄ってきた影へと視線を向けることはない。
 ――それが誰なのか。それが何者なのか。
 その目で確かめることもなく、仁成には理解できたからだ。

 黒い靄が、仁成と“彼女”の周囲に展開される。
 超力を否定する力。その力となる“恨み”の不足により、完全なる無効化は果たせない。
 それでも無差別に撒き散らされる腐敗毒は、その防御によって軽減される。

「“脱獄王”、トビ・トンプソン」

 先程まで響いた嗤い声とは、対照的な。
 透き通るような声が、仁成の耳に入る。

「奴との協力を取り次げた」

 この地の底で出会い、共に困難を乗り越え。
 そして互いの境遇を共有した“同志”が、そこに佇んでいた。

412We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 23:04:04 ID:iFBZSaEk0

 彼女が口にした受刑者の名は、当然仁成も認知している。
 脱獄のプロ。この刑務から脱出するための要となりうるかもしれない存在。
 彼との協力を取り付けたのならば、それは間違いなく大きな収穫なのだ。

「見返りの条件は?」

 そして、仁成が問いかける。
 当然“ただ”で取引をしたわけではないのだろう、と。

「あのチャンピオンをどうにかすること」

 ――この施設の調査を阻む、最大の障壁。
 無敗のチャンピオン、エルビス・エルブランデス。
 彼の足止めや排除こそが結託の条件であることは、想像に難くなかった。

「……だろうな」

 だからこそ、仁成はその一言で答える。
 苦笑を浮かべながら、視線の先の敵を据える。
 エルビスは、今なお連戦の消耗を感じさせない。
 凄まじいタフネスとスタミナによって、鬼神の如き継戦を果たしている。

 つくづくとんでもない怪物と出会ってしまったものだ、と。
 仁成は己の不運を自嘲し、その上で静かに身構える。
 この刑務から脱出する糸口を掴むべく、あの男を食い止める。
 その為にも――――すぐ傍らに立つ彼女と共に、戦わねばならない。

 仁成は、一呼吸を置いた。
 そして、決意と覚悟を瞳に宿し。
 並び立つ仲間と、言葉を交わし合った。


「――――行くぞ、エンダ」
「――――ああ、仁成」


 その遣り取りが、開戦の合図。
 リベンジマッチの始まりを告げる火蓋。
 第2ラウンドの、幕開けだ。


【D–4/ブラックペンタゴン1F 北西ブロック(内側) 物置/一日目・朝】
【エンダ・Y・カクレヤマ】
[状態]:健康
[道具]:デジタルウォッチ、探偵風衣装、ナイフ、ドンの首輪(使用済み)、ドンのデジタルウォッチ、図書室の本数冊
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱出し、『エンダの願い』を果たす。
0.エルビス・エルブランデスに対処。可能ならば排除。
1.仁成と共に首輪やケンザキ係官を無力化するための準備を整える。
2.囚人共は勝手に殺し合っていればいい。
3.ルーサー・キング、ギャル・ギュネス・ギョローレンには警戒する。
4.ヤミナ・ハイドを使うか、誰かに押し付けるか考える。
5.今の世界も『ヤマオリ』も本当にどうしようもないな……。
※エンダの超力は対象への〝恨み〟によって強化されます。
※エンダの肉体は既に死亡しており、カクレヤマの土地神の魂が宿っています。この状態でもう一度死亡した場合、カクレヤマの魂も消滅します。
※黒靄による超力干渉でエルビスの腐敗毒をある程度遮断できます。
 ただし〝恨み〟による強化が発揮しない限り、完全な無効化は出来ないようです。

【只野 仁成】
[状態]:疲労(大)、全身に傷、ずぶ濡れ、服の全面が溶けている、精神汚染:侮り状態
[道具]:デジタルウォッチ、図書室の本数冊
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き残る。
0.エルビス・エルブランデスに対処。可能ならば排除。
1.エンダに協力して脱出手段を探す。
2.今のところはまだ、殺し合いに乗るつもりはない。
3.エンダが述べた3人の囚人達には警戒する。
4.家族の安否を確かめたい。
5.少女(四葉)にも対処したい。
※エンダが自分と似た境遇にいることを知りました。
※ヤミナの超力の影響を受け、彼女を侮っています。

【エルビス・エルブランデス】
[状態]:疲労(大)、幾らかの裂傷、腹に銃創(軽) 、強い覚悟
[道具]:
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.必ず、愛する女(ダリア)の元へ帰る
0.エンダと仁成を殺す。
1."牧師"と"魔女"には特に最大限の警戒
2.ブラックペンタゴンを訪れた獲物を狩る。

413We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 23:04:45 ID:iFBZSaEk0



(――上層階に行けば、警備室の類もあるだろう。
 そいつがあれば施設内の様子を探れる筈だ。
 ヨツハの安否もその時に確認すりゃいい)

 放送を経て、エンダ・Y・カクレヤマと離別し。
 探索を優先して結果的に放置することになった同盟者に対し、僅かに思いを馳せつつ。
 トビ・トンプソンは、再び排気管を移動する最中に思慮する。

 なぜ自分のような受刑者をこの刑務に参加させた。
 なぜ自分という刑務の妨げになるような受刑者を選別した。
 なぜ“脱獄王”と呼ばれる犯罪者に、こうして一時的にでも自由を与えたのか。
 導き出せる答えは単純だ――“放り込むことに意味があるから”。

 自分には何かしらの役割が与えられていると、トビは考える。
 役割を与えたのならば、それを遂行して貰わねばアビスにとっても意味がない。
 これは単なる刑務ではない。戦術や駆け引きが介在する命懸けの競技、いわばゲームなのだ。
 ゲームマスターからすれば、プレイヤーにはイベントを経由して貰わねばならない筈だ。

 この刑務とは、何のためのゲームなのか? 
 最も考えられる推測があるとすれば、それは“超力による戦闘実験”だ。

 “開闢の日”以降、世界では表立った大規模戦争は起きていない――不気味な緊張状態のみが延々と続いているとされる。
 されど東欧での紛争が示したように、対立の火種は今なお静寂の下で燻り続けている。
 いつか超力を動員した国家間の衝突が起きるのも時間の問題であると、表社会でも噂話のように囁かれていた。

 故に決して公の場には出てこない“地の底”で、そうした状況に備えた多角的な実験が行われたとしても不思議ではない。
 それこそ噂に聞く“秘匿受刑者”が現実のものだったように、少なくともアビスは間違いなく犯罪者に“被検体”としての使い道を見出している。

 受刑者同士を意図的に競わせる為の仕組みと、秘密裏に事を進められる“制御された盤面”。
 そうしたシステムさえ用意できれば、世界でも記録に乏しいとされる“本格的な超力戦闘データ”を回収できる。
 ――なればこそ、奴らは実行に移したのだろう。
 現状の世界を繋ぎ止めるGPAからすれば、そのデータは喉から手が出る程に求める代物なのだから。

 そして土台を用意できたのなら、戦闘実験と並行して“受刑者を使った他の現場実験”を行うことも不思議ではない。
 自分のみならず、怪盗ヘルメスやデザーストレのような受刑者も参加させられているのがその証拠なのだ。
 彼らのような受刑者には、戦闘以外での明確な価値が存在する。
 アビスがそうした面々を使い、実験と共に何かしらのテストを目論んでいると考えるのが妥当だ。

 ――先刻と同じように、排気口からトビは躍り出る。
 1Fの階段前。既にそこには四葉の姿も、エルビスの姿もない。
 伽藍堂となっていることを確認したが故に、トビは迷わず降り立った。
 そうして今なお残留を続けている紫骸の瘴気から逃れるべく、彼は迅速に移動する。
 門番がいなくなった階段を、素早く駆け上がっていく。

 エンダによれば、上層階には彼女の同行者が居る。
 ヤミナ・ハイドという女囚らしい。可能であれば彼女を回収してほしい、と頼まれた。
 結託したよしみということもあり、トビはその依頼もまた引き受けた。
 無論、あくまで施設調査が最優先であることは事前に伝えたが。
 そう、施設を探ることがあくまで現状の目的なのだ。

414We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 23:05:56 ID:iFBZSaEk0

 ――――賭けてもいい。
 この施設には、間違いなく意味がある。

 ブラックペンタゴンは、ただ受刑者達の鉄火場として機能するだけの施設か?
 受刑者達を誘き寄せるための誘蛾灯に過ぎないのか?
 その可能性も高い。順当に考えれば、この施設自体が何かしらの罠なのだろう。
 だが、トビはそれだけではないと推測する。

 この施設のみに電気や水道がある可能性からして、既に予見されていたが。
 禁止エリアの配置からして、アビスは明らかに受刑者達を中央付近へと誘導することを意図している。
 受刑者達の選出に明確な意味があり、彼らに役割を遂行させることをアビス側が見越しているのならば。
 24時間のタイムリミットが設けられている中で、彼らを目的から遠ざけるような采配を取るはずがないのだ。

 単なる刑務ならまだしも、これは恩赦という賞品を懸けた一種の実験(ゲーム)である。
 恐らくは受刑者達を集わせることには明確な意味があり、受刑者達にイベントに挑んでもらうことに意義がある。

 ――廃墟と思わしき島であるにも関わらず、此処には野生動物の気配は一切存在しない。
 この会場が何らかの手段によってアビスが用意した“都合のいい舞台”であることは明白だ。
 有り得ないことなどない。開闢後の世界において、それだけは肝に銘じねばならない。
 そしてこの刑務場がアビスによって用意された舞台であるのなら、彼らの意向に沿う形で会場が整備されているのも必然だろう。

 故にアビスが“目立たない僻地”に刑務の要を設置するとは考えにくい。
 あったとしても、それは多少のヒントに過ぎないか、大局には何の影響を齎さない代物である可能性が高い。
 そして例え今後ブラックペンタゴンそのものが禁止エリアになるとしても、少なくとも現時点では“調査できる猶予”が与えられている。

 電気が通り、水道が通っている可能性が高い。
 受刑者達にとっては刑務を生き延びるための拠点となり、恩赦ポイントを稼ぐための狩り場となる。
 故に、受刑者同士の争いそのものこそが“刑務の要”を守るための抑止力となりうるのだ。
 ブラックペンタゴンは、受刑者達による主体的な相互監視と衝突によって成り立つ施設であるとトビは推測した。

 此処に誘われることが、彼らの思惑ならば。
 トビは、受けて立つのみだった。
 悪党たちの流刑場。地の底の監獄、アビス。
 彼らから直々に挑戦状を叩きつけられているのだ。
 如何なる悪辣な罠が待ち受けていようとも。
 それに挑み、打ち破ってこその“脱獄王”である。

 トビ・トンプソンには過去の脱獄において、超力を含む数々の警備システムを出し抜いてきた。
 彼は脱獄遂行のために、自らの身体機能を幾度となく“作り変えている”。
 ネイティブに多く見られる”脳の自認に基づく心身の変異“を意図的に引き起こしているのだ。
 当然ながら心身への負担は大きいため、おいそれと濫用できる手段ではないが。
 それでもトビは、その変異を要所において的確に利用し続けている。

 そしてアビスへと投獄されたトビは、対ヴァイスマンを見越した術理をも編み出している。
 名付けるならば――――“脱獄最適化”。
 この刑務を見届ける読者諸氏、その全貌については暫しお待ち頂きたい。
 いずれ語られる時が来るであろう。

 尤も、脱獄王がその時まで生き残れるか否か。
 それは全て、彼の実力と天運に委ねられている。
 此処は悪辣なる看守長によって掌握された舞台だ。
 冷徹なる悪意の牙は、脱獄王さえも掠め取らんと機を伺い続けている。

 彼は所詮、釈迦の掌の上で踊るだけの孫悟空に過ぎないのか。
 または緊箍児の束縛さえも超越する、真なる斉天大聖(トリックスター)なのか。
 その答えは、今は誰も知らない。


【D-5/ブラックペンタゴン2F 南西ブロック(内側) 階段付近/一日目・朝】
【トビ・トンプソン】
[状態]:疲労(小)皮膚が融解(小)
[道具]:ナイフ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.脱獄。
0.ブラックペンタゴン2~3Fの調査、そして検分。可能ならばヤミナ・ハイドとも接触。
1.内藤 四葉と共闘。彼女の餌を探しつつ、護衛役を務めてもらう。
2.首輪解除の手立てを探す。構造や仕組みを調べる為に、他の参加者の首輪を回収したい。
3.ジョニーとヘルメスをうまく利用して工学の超力を持つ“メカーニカ”との接触を図る。
4.銀鈴との再接触には最大限警戒
5.岩山の超力持ち(恐らくメアリー・エバンスだろうな)には最大限の警戒、オレ様の邪魔をするなら容赦はしない。
6.ブラックペンタゴンには、意味がある。
※他にも確保を見越している道具が交換リストにあるかもしれません。
※銀鈴、エンダが秘匿受刑者であることを察しました。
※配電室へと到達し、電子ロックを無力化しました。

415We rise or fall ◆A3H952TnBk:2025/06/02(月) 23:07:03 ID:iFBZSaEk0




 人類の究極は、並び立つ同志と共に往く。
 黒靄の巫女は、地の底から抜け出すべく奔る。
 無敗の拳闘士は、愛に殉じて拳を振るう。
 銀の凶月は、人ならざる好奇に嗤う。
 血濡れの令嬢は、不敵なる狂気を翳す。
 堕ちし桜花は、葛藤の中で過去を求める。
 隠忍の暗殺者は、己の価値を渇望する。
 不縛の脱獄王は、ただ脱獄の為に駆け抜ける。
 
 ――――彼らは戦士。
 ――――彼らは罪人。
 ――――立つか、倒れるか。






[共通備考]
ブラックペンタゴン1Fの北西〜北東ブロックの隣接地において、複数の戦局が同時多発的に発生しています。
今後それぞれの戦闘同士が合流して乱戦化する可能性があります。

416名無しさん:2025/06/02(月) 23:07:47 ID:iFBZSaEk0
投下終了です。

417 ◆H3bky6/SCY:2025/06/03(火) 00:09:42 ID:JU3XbRyI0
投下乙です

>We rise or fall
ブラペンでついに始まった本格的な乱戦、秘匿連中が乱戦の中心になっている、対戦カードが決まってワクワクがとまらねぇぜ!

穴熊決め込んでると思い込んでいたエルビスさんが追撃してくるとか怖ぇえ〜!不動ボスが動くという約束事が破られるとホラーめいた怖さがある
只野一人では歯が立たない相変わらずの強さのエルビス、エンダと合流して2対1でも「勝ったなガハハ!」とは全く言い切れないのが恐ろしいところ

殺気なしでヘッドショットかます銀鈴も怖いけどそれで死なないルクレツィア嬢も相変わらずホラー
動きの最適化された銀鈴と無駄の多いルクレツィアでは命中回避に関しては銀鈴有利で、火力がない銀鈴と無限耐久のルクレツィアではルクレツィアが有利というバランス
多くの人間にとっての恐怖だったルクレツィア嬢が、より強大な捕食者に出会い恐怖を覚える、これもまた節理か。その初めての恐怖も楽しめるのは被虐も楽しむのは流石のメンタルではある

これまでいいとこなしだったジェイくんがソフィアと互角に渡り合えるくらいに強いとは、これまで相手が悪すぎただけで予知と超力の2重能力が弱いわけがないんだよね
言われてみれば、事情は違えど悪魔と連れ立ってる2人なんだなぁ。
相手を通して自分の価値を証明したいジェイくんと、全てを捨てても恋人の夢を見たいソフィアではだいぶ価値観が違うけど

トビは自分自身の存在から刑務作業の目的にまで考察がいっているのは流石の鋭さ、頭も回らなきゃじゃない
すでに2階3階の調査はヤミナが行っているけど、ヤミナと違ってトビなら何か見つける期待感がある
詳細はCMの後というヴァイスマン対策、それどうやってるんだ脱獄王!?

418ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:34:47 ID:VSHBuE7.0
投下します

419ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:34:59 ID:VSHBuE7.0
One for all,all for one(一人は皆の為に。皆は一人の為に)





 「奴等と闘る前に、訊いときたい事が有る」

 弾倉の内部で響く声。外には聞こえぬ、“家族”にしか届かない声。

 「まずはサリヤ。“メカーニカ”の鎧はどんなモンだ?」

 声の主のは、スプリング・ローズ。欧州に悪名を轟かせたストリートギャング“イースターズ”の首魁だった少女。
 至極当然の様に場を仕切っても、誰も何も言わないのは、戦時に於いては“アイアンハート”と覇を競ったストリートギャングのトップが、リーダーに相応しいと認めているからか。
 
 「私達は武闘派じゃ無かったから、あまり戦った事は無いし、戦った所を見た事も殆ど無いけれど…アレはかなり頑丈よ。車に轢かれても耐えたくらいには」

 成程。と頷いて、ローズはサリヤへ向けていた視線を、異なる相手へと動かした。

「次は無銘。アンタはサリヤのサポートが有れば、あの狂犬と“メカーニカ”に勝てるか?」

 「四葉の負傷の具合は俺以上だが、俺もお前と戦った後だ。何方か一人だけなら勝てるが、二人を相手にするのは無理だな」

 「無銘さんは,『二人相手でも勝てる』と言うかと思っていましたが」

 ローズの問いに答える無銘。二人のやりとりに、サリヤが割って入った。

 「粋がっても始まらん。それに、そんな事を言うのは、互いに死力を尽くして戦った、ローズと四葉に対する非礼だ」

 「……そういう、ものなんだね」

 「そうだぜキヨヒコ。戦う男の気概って奴だ。ちったぁお前も見倣えよ」

 ローズに バシバシと背中を叩かれ、清彦が咽せる。
 そんな二人の様子を、無銘とサリヤが温かく見守っていた。


 誰もが理解している。
 今から戦う相手は、誰もが掛け値なしの強敵で。
 この戦いで、“家族”と別れなければならないかも知れないと言う事を。

 「じゃあ…決まりだ。3on3と洒落込むか」

 ローズが右の拳を左の掌に打ちつけ。

 「サポートは任せて」

 サリヤがウィンクをし。

 「こ…怖いけれど……頑張るよ」

 本条は決意を表明し。

 「誰かと力を合わせて戦うのは、二度目の経験だな」

 無銘はいつもの様に自然体。

 「まぁ…機会があれば、私は弾丸になる……。その時は、アンリに宜しく言っといてくれ」

 「ああ」
 「わ、わかった」
 「任せといて」

 四人は“家族”。誰か一人の問題も、四人掛りで臨んで解決する。
 彼等は“家族”。One for all,all for one。


◯◯◯

420ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:35:32 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯


 「ヨツハに気を許すなよ。メリリン」

 四つの殺意が絡まり合い、鬩ぎ合う、一触即発の空気の中で、ローマンはメリリンに警告した。

 「どういう事?アンタ達知り合いでしょ?それとメリリンって呼ぶな」

 肩を竦めて、ローマンは疑問に応えた。

 「あの駄犬は骨の髄まで戦闘狂だ。さっきは此方がヤル気を見せていなかったから、まだ抑えていたが、始まったら確実に見境が無くなるぞ」

 「ええ……」

 「ルーサーの野郎のシマ荒らして、アビスに放り込まれた気狂いだぞ。常識が通じるなんて思うな」

 天を仰いだメリリンを余所に、ローマンは四葉と本条へと、素早く交互に眼線を走らせた。
 未だに茫漠とした気配のままの本条と、獰猛な精気を総身に漲らせ、“その時”を今か今かと待ち望んでいる四葉。
 口の両端を吊り上げ、ネイ・ローマンが凄絶な笑みを浮かべる。
 餓狼の群れでさえも恐れて退散しそうな、そんな笑み。

 「俺だけを見て、俺だけを信じて、俺だけを頼れば良いのさ。メリリン」

 「キッッッッッッショ!あとメリリン呼ぶな」

 「ハッ!その意気だ!メリリン!」

 ローマンの全身に力が漲る。
 闘志と戦意が形を成して、全身を包み、大気を震わせる。
 赤黒い、乾いた血液の様な色彩のスパークが、ローマンを彩る様に、身体のそこかしこで発生した。

 「来いよ牝犬。ケリ着けようぜ」

 ネイ・ローマンの超力。破壊衝動を衝撃波として撃ち放つという至極単純なソレは、しかして単純で有るが故に、侮る事は決して出来はし無い。
 高威力の破壊エネルギーは攻防一体。生半可な攻撃は撃ち砕かれ、ローマンに届く事は決して無い。
 壁の様に撃ち放つ事や、全方位に放出する事も可能な超力は、死角に回り込むことすら許さない。
 速度と力で圧倒するスプリング・ローズが、ネイ・ローマンと複数回戦って未だ決着を得られない理由である。

 「今のテメェは見るに堪えねえよ」

 言葉に込められたのは、嘲りと失望と、ほんの僅かな怒り。
 
 「ルーサーの飼い犬の手下ではあったが…群れのアタマとしては、テメェの事は認めてたんだぜ。
 テメェは手下を盾にしないで、いつも先頭に立っていたからな。
 “ハイヴ”の時だって、テメェが血塗れになって戦った。手下をぶつける事もできたのによ」

 大気が震える。音になら無い振動が、無音のままに、この場にいる全員の鼓膜を震わせる。
 ローマンの周囲に溢れるエネルギーだけでも、その猛威を知らしめるには充分に過ぎる。

 「それが何だ?今の醜態(ザマ)は、先陣切るのは変わらねぇが、取り込まれて良い様に使われてやがる」

 乾いた破裂音が、ネイ・ローマンの周囲で連続して生じる。
 音の正体は、高まるネオスが、空気を引き裂き爆ぜさせる事により生じるものだった。

 「生きてた時も不細工だったが、今のテメェはlルーサーの手下に飼われていた時より不細工だよ」

 四葉の、メリリンの、本条の、全員の耳に聞こえた音。
 荒ぶるネオスが、音の域にまで大気を震わせだしたのだ。

 「殺してやるよ。スプリング・ローズ」

 強く強く、ネイ・ローマンの拳が握り込まれる。殺意と力を僅かも零さぬ様に。

 「一つ言っとくぜ。ローマン」

 答える声は、十代前半の少女のもの。
 一千人の敵も背を向けて逃げ出すだろう、ネイ・ローマンの殺意を正面から受け止め、同等の殺意をぶつけ返す少女が、齢わずかに十三などと、だれが信じるだろうか。

 「私は私の意思で、“家族”の前に立っている」

 本条の姿は既に無く、本条の居た場所に立つはスプリング・ローズ。
 ネイ・ローマンと並び立つ、欧州のストリート・ギャングの絶対者。

 「それは誰にも否定させねぇ」

 少女の姿が変わる。
 矮躯が膨れ上がり、大きく。巨(おお)きく変貌していく。

 「例えボスでもな」

 真紅の毛が全身を覆っていく。
 人体など骨ごと噛み砕けそうな強靭な顎に、生え揃った鋭い牙。
 鋭利な刃物を思わせる、凶々しい鉤爪。
 
 矮躯の少女の姿は消えて失せ、そこに立つは人狼(ヒトオオカミ)。

 「殺してやるよ。ネイ・ローマン」

421ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:36:03 ID:VSHBuE7.0
かつて欧州のストリートで、幾度も激突した2人。
 此処は欧州でも、ましてやストリートですら無い。
 何処とも知れぬ孤島で、強いられた刑務で、しかも片方は死人の残響ときている。
 それでも。
 それでも充分だと。
 殺すべき相手がいれば、それで良いと。
 立ち込める二人の殺意が宣言している。
 広大なエントランスの空間に、二つの殺意が充満し、鬩ぎ合い、弾けて爆ぜるその直前。

 「ねぇ、ネイ。私さぁ、もう一度会いたいと思ってる人がいてさぁ…。その人どうもローズと一緒に居るらしいんだ」

 最後の鎧を装甲し、内藤四葉が割って入った、

 「だからさぁ…。ローズを私が殺っちゃっても……良いよね?」

 「……此奴とケリつけるのは俺だ」

 「早く会いたいんだよぉ〜。トビさんも待ってるしさぁ」

 ローズと殺りあいたいだけだろうが。と、ローマンは心の中っでツッコミを入れた。
 しかし、である。この後にルーサー・キングと決着を着けねばならない。
 そこを考えると、難敵であるローズの相手を四葉に任せる。というのも手ではある。
 四葉とローズ、戦えば五分と五分。どちらが勝つにせよ。生き残った方は無事には済まない。
 四葉が勝てば良し、負けた所で、手負の獣を楽に仕留める事が出来る。
 ローズの“現状”を考えなければ、という前提付きだが。

 「ルーサーとケリつける事も考えると、お前にやらせた方が良いか」

 この後の展開を予測し、ローマンは敵意の方向を切り替える。
 最早敵は一人だけでは無い。

 「ヤッタァ!」

 破顔した四葉は、ガッツポーズを決めて前へと出る。
 ローズとローマン、何方へも襲い掛かれる場所へと。

 「けどさぁ…ネイ。私がローズにぃ、殺されそうになったらさぁ………アンタ私を殺すよねぇ……」

 歓喜漲る精気を全身から溢れさせ、四葉が言う。あまりの精神の昂揚に、呂律が上手く回っていない。
 死闘を前に猛り狂うその姿は、先刻エルビス・エルブランデス相手に、負傷して逃げ出した敗残の身とは思えなかった。

 「当然だ。軍勢型(レギオン)だぞ。お前が取り込まれて面倒なことになる様なら、俺の手で始末した方が、後の面倒がねぇ」

 「そっかあ〜〜。そうだよね〜〜〜」

四葉は笑う。口の両端が裂けたと言っても過言では無い程に吊り上がり、歯を剥き出した顔は、笑顔というよりも、屠った獲物に喰らい付く肉食獣を思わせた。

 「仕方無いよね〜〜〜〜……クヒッ」

 四葉の纏う濃密な闘志を浴びて、ローズとローマンは互いに視線を交わした後、揃って肩を竦めた。

 「サシでケリつけたかったんだがな。ローズ」

 「物事ってのは、ままならねぇよなぁ。ローマン」

 ギャングスターと人狼は、頷き合う。
 この先に何が起きるのか、知り尽くした風情だった。
 一人メリリンだけが何が何やら理解できずに取り残されていた。
 
 「キヒッ…キヒヒヒヒッ!」

 欧州のストリートで覇を競った宿敵同士の間に、狂気そのものの笑声が生じた。
 四葉の狂態に、メリリンが不安気にローマンへと近付き。
 ローズとローマンは揃って溜息を吐いた。

 「キヒヒヒヒヒヒヒヒッ……。ならさぁ……ネイも私の敵って事で良いよねぇ!!」

 狂悦、興奮、歓喜、高揚。
 複数の感情が混じり合った、聴くもの全てが狂気を感じる声と共に、四葉が行動を開始する。
 残った鎧である『ラ・イル』を纏い、手にした長弓から、機銃掃射の如き勢いと数の矢を、三人目掛けて撃ち放った。
 鋼人合体した四葉は、宮本麻衣の眷属の中で、最大の力と巨軀を誇るギガンテスに引けを取らない剛力を発揮する。
その剛力を以って、矢羽から鏃に至るまで鋼で出来た矢を射れば、放たれた矢は音速を超えて飛翔し、岩すら貫く魔弾と化す。
 
 「それが遺言かよ、もう少しは気の利いた事言えや。狂犬」

 ローマンとメリリンへと飛来した矢は四十と三。その全てを超力で微塵と砕き、ローマンが呆れた口調で呟く。

422ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:36:30 ID:VSHBuE7.0
 「テメェも今、此処で死ぬかぁ!?」

 大気が絶叫し、床が砕ける。
 尚も飛来する鋼矢を悉く塵と変え、ローマンと四葉の間を遮る壁の様に形成された破壊エネルギーが、四葉の五体を砕くべく放たれる。
 赤黒い破壊エネルギーは、幅にして20m、高さにして7m。その大きさを以って回避を不能としている。

 「アンタを殺してからにするよ!」

 手に執るは、長弓に非ず、柄が半ばで俺砕けた“ヘクトール”の鋼槍。
 エルビスの拳を防ぐのに用い、守備よく受けたものの支えられず、鋼で出来た柄が砕け、続いて胸甲が撃砕された。
 四葉の超力、『pquatre chevalier(四人の騎士)』。武装した四体の鋼の鎧を召喚し戦わせる超力。
 召喚に際しては、全てを出すのでは無く、一部だけを出現させるという事も可能。
 例えば────騎士の持つ武装のみを出現させるという事も出来るのだ。

 「どっせええええええええい!!!!」

 鋼の鋒を床に突き立てると、叫喚と共に槍を振り上げる。
 大気との摩擦熱で、鋒が燃え出しそうな速度で振り上げられた槍先から、引き剥がされた床が飛ぶ。
 優に数百キロは有るコンクリート塊は、ローマン超力とぶつかり、秒と持たずに砕け散る。
 赤黒い破壊エネルギーは、次いで四葉を捉え、後方へと跳ね飛ばした。


 宙を舞う四葉を見る事無く、ローマンはローズへと向き直り様に、超力を発動させる。

 「土は土に、灰は灰に…塵は塵にっっってなあ!!!」

 死者を埋葬する際の、祈りの言葉を叫び、拳を振るって、破壊衝動を力と変えて撃ち放つ。
 床が捲れ上がる。大気が悲鳴を上げる。轟く音は、龍の咆哮にも似て、メリリンの鼓膜を打ち叩いた。
 形容し難い響きと共に、鋼鉄で出来たホールの扉が捻れて曲がり、複数の鋼片へと裂けながら宙を舞う。
 
 壁や床、高く天井にまで達した鋼片が跳ね返って落ちる中を、真紅の影が疾駆する。
 
 「相変わらず単純だなぁ!そんなんじゃあ当たらねえよマヌケ!猿でも少しは工夫をするぜ!!」

 「残骸が喋るな!癪に触るんだよ!」

 再度放たれる破壊の奔流は、虚しく床を粉砕するだけに終わる。
 ローマンが狙いを付けた時には、既に回避行動に移っていたローズは、ローマンの攻撃で砕けて宙へと舞い上がった床の破片を蹴り飛ばして加速、空中からローマンへと強襲を掛ける。

 「アホが!」

 ローマンが拳を繰り出す。
 ローマンとローズ、二人の間の距離は5m。あまりにも離れ過ぎているが為に、繰り出した拳は、空を打つだけに終わる。
 拳を放ったのが、ネイ・ローマンでなけれさえすれば。
 
 赤黒い奔流がローズを飲み込み────破壊エネルギーが過ぎ去った後に残る、気配も存在感も何もかもが希薄な男。

 「ああ!?」

 「良くやったキヨヒコ!姉ちゃんが褒めてやるぞォ!!」

 “敵対してはならない”とまで言われるネイ・ローマンの超力。
 一度敵対して仕舞えば、怒れる神の劫罰の如くに降りかかる破壊をやり過ごしたのは、本条清彦。
 殺意も敵意も持たず、気配さえ希薄で、かつローマンからは敵と認識されていない本条は、ネイ・ローマンの破壊の意志をすり抜ける。
 “家族”の中でも、知にも武にも暴にも秀でていない本条が、欧州のストリートの絶対者を出し抜いたのだ。
 有りえざる事態ではあるが、不条理が当たり前の様に生じるのが超力が横行する新時代。
 軍勢型(レギオン)の特性を活かした回避と奇襲は、ものの見事に成功し、本条はローマンへと迫る。
 だが、キングス・デイという巨大組織を相手に戦い続けたローマンは、この程度の不条理には飽きる程に遭遇している。
 驚きつつも、意識を余所に、肉体は迅速に対処。
 拳にに赤黒いエネルギーを纏わりつかせ、本条の胸部に鋭い拳打。
 素人の拳打では有るが、踏んだ場数が動きに洗練を齎し、纏わりつかせた超力が、攻撃に過剰なまでの殺傷性を付与する。
 並の“ネイティヴ”であれば、確実に心肺が破裂する威力の拳が、本条の胸部を捉え、鈍い音が生じた。

423ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:36:55 ID:VSHBuE7.0
 「そういう事かよ!」

 ローマンの拳を受けたのは、本条清彦では無くスプリング・ローズ。
 “弾丸”として取り込まれ、能力が劣化しているとは言え、その強靭な毛皮と筋肉は、ローマンの拳打の威力を真っ向から受け止めて微動だにしない。

 「ハッハァ!良い家族だろぉ!」

 振われる真紅の剛腕。残骸に過ぎぬ身であるとはいえ、欧州のストリートに名を轟かせたスプリング・ローズ。
 凡百な強化系ネイティヴならば、躱す事など出来ない速度で腕が振り抜かれる。

 「遅えよ」

 されども相手はネイ・ローマン。本条清彦の“家族”となる前のスプリング・ローズと複数回殺し合って、決着を見なかったギャングスター。
 見慣れたローズの動きよりも、遥かに遅くなっている事に、嘲る余裕すら見せながら、半歩退がってローズの振るった爪を回避、至近距離から凄絶な威力の衝撃波を撃ち放った。

 「ワンパだって言ってんだろ」

 ローマンが衝撃波を放つよりも早く、後背に廻り込んだローズが、背後から五指を揃えた貫手で、ローマンの心臓を穿ちにいく。
 響き渡る鈍い音。ローズの爪を、赤黒い熱風が弾き飛ばした音だった。
 右腕を弾き上げられ、舌打ちしたローズが右の蹴りでローマンの足を刈ろうとするも、ローマンは超力を纏わせた脚で床を蹴り、前方へと跳躍。
 ローマンが空中で身を捻ってローズへと向き直った時には、既にローズが吐息が掛かる距離にまで密着していた。
 ローマンの眼が驚愕に見開かれる。
 明らかにローマンの知るスプリング・ローズの動きでは無い。
 ローマンの知るローズの動きは、並の獣化系超力者や、身体強化系超力者が比較にならない程の身体強化を用いたゴリ押しだ。
 ローズ自身の膨大な戦闘経験が、動きの洗練や駆け引きを齎してはいるが、骨子となるのは超力んk基づく力押し。
 それが、明らかに異なっている。
 ローマンの動きを予測して、先手を取って動いてきている。
 理論の蓄積と、繰り返した鍛錬に基づく理合で動いている

 「遅えよ」

 先刻のローマンの嘲りをそのまま返し、スプリング・ローズの禍爪が、ローマンの首筋へと振われた。
 
 ────間に合わない。

 ローマンの脳裏を“死(DIE)”の文字が過ぎる。
 メリリンがドローンを操作してボルトを放つも、超力を纏ったローマンの拳すらが通じぬ人狼の体毛を貫く事は出来ず、虚しく跳ね返った。

 ────死ぬ。

 ローマンの胸に沸き起こる諦念。そして諦念を薪として燃え盛る凄まじい赫怒。

 ルーサー・キングの首に手が届くというのに、相見える事もできずに死ぬ事への憤激。

 何処かの組織に捕まった仲間が、薬漬けにされ、全身を素手で刻まれ砕かれ潰されて、惨殺された動画を見て、報復を誓った時の激怒。

 麻薬根絶という大願を果たせず死ぬ事への憤慨。

 複数の“怒り”胸の内で渦を巻き、荒れ狂う激情が、身体を突き破って噴出しそうな錯覚を覚える。
 今の状態で超力を放てば、ブラックペンタゴンを半壊させる事も出来るだろうが、ローマンが超力を放つよりも速く、ローズの爪がローマンの頭を落とすだろう。
 
 ローズの爪が、首筋に触れる。その瞬間が、ローマンの眼にはやかにハッキリと、緩慢にすら映った。
 爪が皮膚を破り、眼前の人狼(ヒトオオカミ)の体毛を思わせる赤が滲んで────。

424ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:37:32 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯

 ローズの爪が上方に跳ね上げられた。
 ローズの体毛を貫けず、跳ね返ったボルトガン床に落ちて、硬い音を立てた。

 ローマンとローズの間を奔る剣閃。
 両目を薙ぎに来た剣閃を、ローズは右の五爪で受け止め、支えきれずに三歩後退する。
 ローマンの眼が、何かを察した様に細められた。
 ローマンが浮かんだ疑問の解消に勤しむ間にも、乱入してきた鎧姿は、連続して鋼の長剣を振るい続け、ローズを後ずらせ続けていった。
 舌打ちしてローズが大きく後ろへ飛ぶ、ローズを追って跳躍した鎧に対し、ローズの姿がオッドアイの女性の姿へと変わり、鎧へと両手の十指を向けた。
 連続して空気が震えた。鎧へと向けられた十の指先から、間断無く撃たれ続ける空気弾。
 空気の塊が鎧の表面で弾ける音が響き続けるが、鎧は意に介することもなく猛進し、剣をを振るい落とし、振り上げ、横に薙ぎ、連続して刺突を入れる。
 その全てを女は躱すと、再度人狼の姿となって後方へと跳躍。鎧も後を追って跳ぼうとしたタイミングで、ローマンの放った衝撃波が奔り抜けた。

 「……ローマン殺したら、無銘に変わってやっからよ。邪魔すんな。狂犬」

 ローマンの衝撃波を躱し、怒りを滲ませてローズが言う。
 後一息でローマンを仕留められたというのに、邪魔をされたのだ。怒りの一つも湧くというもの。

 「い・や・だ・ね!!全員私が喰うの!」

 ローマンの生命を救ったのは内藤四葉。
 衝撃波を受けて跳ね飛ばされ、床に転がったのものの、即座に起き上がって、ローマンとローズの殺し合いに割って入ったのだ。
 ローマンを救った理由は他でも無い。ローマンが死んでローズとタイマンになるよりも、ローマンとローズを同時に相手にする方が面白そうだから。
 欧州ストリートの生ける伝説である、ネイ・ローマンを、心ゆくまで味わいたいから。
 この、常人の利害損得とは無縁の基準は、脱獄を全てに優先する脱獄王に通じるものがある、
 トビと四葉。二人が道連れになるのは至極当然というべきだった。
 ともあれ、狂人そのものの四葉の思惑により、ローマンの生命は救われたのだった。

 「キシシシッ……。ねぇローズゥ、アンタ“達”の動きさぁ…私凄く覚えがあるんだぁ……無銘さんでしょ?」

 手首と指を巧みに動かし、握った長剣を片手で器用に舞わしながら、四葉が
上擦った声で訊く。
 
 「動きが妙に良くなってると思ったら、お前動かしてるのは別の奴か?負けて食われて、チンケなメンツもプライドも、無くしちまったかぁ!?」

 四葉に次いで、ローマンの嘲り。
 己一人で戦う事も出来なくなった負け犬と、スプリング・ローズを嘲罵する。

 「なんとでも言えよ、ボケが。これは今の私の力。私が支え、私を支えてくれる、“家族の絆”だよ」

 「………やっぱ見るに耐え ねーわ。今のお前」

 殺されて取り込まれて、その様で“家族の絆”。生きている時のローズならば、決して口にしないどころか、思いもしなかっただろう言葉。
 それを誇るかの様に語るローズは、殺されて在り方を捻じ曲げられた“残骸”だ。
 ローマンにしてみれば、向かい合っているだけで、反吐が出る様な思いだった。

 「無銘って奴か?お前を殺したのは」

 「ああ?勝ったのは」「俺だ」

 ローズの声に、精悍な男の声が被さった。
 四葉以外は初めて聞く声で、それでも声の主が無銘という名の男だと即座に理解する。

425ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:38:04 ID:VSHBuE7.0
 「テメェ私にしこたまやられて気絶しただろうがっ!」

 一人芝居を始めたローズを放置して、ローマンはメリリンへと向き直った。

 「おいメリリン。さっき狂犬に空気弾撃ってたのが“サリヤ”か?」

 「そうだよ。あとメリリンって呼ぶなクソガキ」

 「…“サリヤ”の超力は、あんなモンだったか?」

 「いいや…サリヤの空気弾は、大口径マグナム位の威力は有った……けれど、アレじゃあ小口径の弱装弾だ」

 そうかい。と呟いて、次に四葉の方を向く。

 「おい狂犬。一つ訊きたい事が有る」

 「何さ」

 「無銘って奴は、どんな超力を使用(つか)っていた?」

 「知らない。使わなかったし、強化系じゃないかなぁ」

 四葉は過去の死闘を思い出して、懐かしげに呟く。
 拳で蹴りで、四葉の纏う鋼の鎧を撃ち砕き、自前の身体能力と、岩をも砕く鎧の剛力とが合わさった、鋼人合体した四葉を相手に、互角に殴り合った無銘の姿。
 四葉や宮本麻衣の様に、何かを召喚すること無く、ローマンの様に力を放つ訳でも無く、ローズの様に変身するでも無く、メカーニカの様に、武器を造る訳でも無い。
 只々己が五体を以って、四葉と戦い引き分けた強者。
 超力が何かと問われれば、身体能力強化系と、誰もが答えるだろうが。

 「違うな。ローズと戦って、メリリンに話を聞いて理解ったが、あの軍勢型(レギオン)に取り込まれると、超力が弱体化する。超力で身体能力を強化するタイプなら、ローズを殺すのは無理だ」

 「ああ〜。超力使って私と互角なら、弱体化した状態でローズと戦うと……死んじゃうねぇ〜。
 つまり、無銘さんは、大根卸さんと同じで……クヒヒッ!悪いねネイ!私だけそのままで!」

 「うるせえ盛るな狂犬。楽に殺せるんなら、それに越した事はねぇ。お前と同じにするな」

 「はぁ〜。男のロマンとか気概とか無いの?男のクセに。タマ付いてる?」

 「うるせえよ!それより狂犬。さっきぶっ飛ばされて分かっただろう?命を助けて貰った借りと昔のよしみだ。詫び入れるなら許してやるぜ」

「んん〜。そうだねぇ、ネイの超力はやりづらいしなぁ……。謝っとこうかなぁ」

 虚空を見上げ、腕を組んで思案する。

 「とか言うとでも?」

 「思わねぇ」

 首目掛けて薙ぎつけられた長剣を、ローマンは衝撃波で弾き飛ばす。

 「テメェ等二人とも、此処で死ね」
 
 ギャングスターが告げる殲戦布告。その言葉を開戦の号砲とし、三つ巴の死闘が開始された。

◯◯◯

426ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:38:36 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯

 鋼の長靴が床を踏み鳴らし、長剣が空を裂く音が絶え間なく響き続ける。
 衝撃波が大気を軋ませ、床と壁を撃ち砕く。
 空気の弾丸が乱れ飛び、真紅の人狼(ヒトオオカミ)が、爪を振るう。
 三者三様。沸る殺意を抑えもせずに、他の二人の生を此処で終わらせるべく死力尽くす。

 「ッだあありゃああああ!!!」

 四葉が、ローマンの胴を輪切りにするべく、長剣を横薙ぎに振るい抜く。
 対してローマンは、迫る長剣へと左掌を差し出す。
 生身の掌で、鋼の刃を防ぐなどという事は、旧時代に於いての不可能事。
 しかしていまは新時代。超力を用いれば、武器や装甲が無くとも、鋼の刃は防ぎ得る。
 乾いた音がして、四葉の振るった長剣が弾かれる。
 ローマンの左掌に生じた赤黒いエネルギーの塊が、鋼の剣身を弾いたのだ。
 刃が弾かれた勢いで、大きく仰け反り隙を晒した四葉へと、ローズの凶爪が振われる。
 本条の“家族”に加わり、心の安らぎを得たのと引き換えとなったかの様に、弱くなった人狼(ヒトオオカミ)だが、それでも鋼の鎧を内部の人体ごと引き裂く力は確と有している。
 姿勢を崩し、更に不意を突かれた強襲を受けたにも関わらず、四葉は当然の様に爪を回避して、渾身の前蹴りさえ見舞ってみせる。
 数歩後退ったローズへと、追撃の刃を振るう事無く、その場から跳躍。刹那の間も置かずに、四葉の居た場所を、鋼の杭が過ぎ去った。
 
 「“メカーニカ”の話は聞いていたけれど、結構やるじゃん!」

 杭を撃ち放ったのは、メリリンが作成した杭打ち銃。
 設置式ボルトガンとラジコンを材料に形成し、ローマンの攻撃で砕けた床を杭と為して撃ち放つ。
 四葉の鎧にも、ローズの身体にも、ボルト如きでは通じぬと識って、新たに作り出した一品だ。
 作成して、即座に四葉を狙撃するも、死角から撃ったにも関わらず、簡単に回避されてしまった。
 四葉の勢いは止まらない。それどころか、一合交える度に、意気が軒昂となり、全身に力が漲っていく。
 ローズとローマンとメリリンの、三人の攻勢を悉く躱し捌いて、寄せ付けない。
 脳の自認が身体に影響して、身体機能すら変異させる、ネイティブに見られる特性を、四葉は当然の様に発揮している。
 その特性により変異した場所は、脳。
 四つの鎧を自らの意思で操るという性質上、四葉の脳は異常とすら言える成長を見せていた。
 自律で動く宮本麻衣の“眷属”達を相手にして、四つの鎧を縦横に駆使して渡り合った様に、
 狂乱した“眷属”達の猛攻に晒されても、凌ぎ切った様に。
 大脳の持つ情報処理能力が、超力によりネイティブの比では無い程に跳ね上がっている。
 単騎であってもその脳力は、存分に発揮されていた。
 複数方向からの攻撃を全て見極め、優先順位を正確に定めて対処、最適なタイミングを見極めて反撃する。
 四体の練達の武技を振るう鎧も、自らの身体能力に、鎧のそれを加算する鋼人合体も、四葉の強さの本質では無い。
 大根卸呪魂という、超力に拠らぬ強さを持つ怪物に焦がれた少女は、見事に自らを超力に拠らぬ強さを持つ存在へと育て上げたのだ。
 エルビス・エルブランデスと戦った時の様に、脳震盪を起こしても、なおも戦い続けられる程に、四葉の脳は優れている。

427ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:38:55 ID:VSHBuE7.0
対する本条清彦もまた、同様の強みを有している。
 傷ついた無銘は戦わず、無銘の指示を受けてローズが動き、戦う。
 ローズの劣化した超力を、無銘が補い、動きを練達の武人のそれに変えている。
 ローズの感覚と身体能力に、無銘の技量に判断力、この二つが合わされば、四葉もローマンも、有効打を加えるに至れない。
 更に本条が 現状のローズでは到底耐えられない上に、回避が困難なローマンの超力に対処し、サリヤが射撃により援護する。
 戦闘狂の無銘も、ローマンと決着を望むローズも、メリリンを眼前にしたサリヤも、共に“家族”の為に己を歪めて、協力して敵と対峙する。
 この敵には、我意を捨てて、団結しなければ、“家族”が死んでしまうと理解しているから。
 嗚呼、美しき家族愛。彼等の絆に敵は無い。

 この両者に対するネイ・ローマンは、如何なる強みを有しているのか。
 本城清彦と内藤四葉、両者の強みがソフトの部分に有るとすれば、ネイ・ローマンの強みはハードの部分に存在した。
 欧州のストリートに君臨し、邪悪の巨魁ルーサー・キングから、殺しておきたい相手だと認識され、刑務早々に大根卸呪魂と渡り合ったネイ・ローマンの強さを支えるもの。
 単純な肉体と超力の強さ。そして数多の場数を踏むで得た経験。
 撃ち放つ赤黒い超力は、銃弾はおろか超力ですらも捉えて無効化するドミニカ・マリノフスキの重力場をも貫き、
 集束させれば、ヤワな超力など軽く弾く強度の肉体を有する、人狼と化したスプリング・ローズすら撃ち倒す。
 素の身体能力ですらが、膨大な戦闘経験により鍛え上げられ、下手ね身体能力強化系の超力者ならば、最も容易く殴り倒し制圧出来るレベルに達している。
 小賢しい理屈付けなど必要としない。単純(シンプル)な強さ。
 殺人者として生きてきた、ジェーン・マッドハッターをして、『格が違う』と言わしめたその戦力。
 三人が入り乱れる乱戦であっても、巨大組織キングス・デイを相手に戦い続けたローマンにとって、多対一は、むしろ慣れ親しんだもの。
 経験を活かしに活かし、攻防一体の超力を存分に駆使して、他の二人を寄せ付けない。

428ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:39:27 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯

 振り下ろされる長剣を、ローマンは後ろに下がって躱すと、首筋目掛けて放たれた爪へと、超力を纏わせた拳を打ちつける。
 詰めと拳が接触した場所で、乾いた炸裂音が生じ、ローズの体毛とローマンの前髪を掻き乱した。
 更なる攻撃を行おうとしたローズの顔面へと、複数方向からボルトが連続で飛来する。
 思わず手で目を覆ったローズの腹に、ローマンが超力を纏わせた前蹴り。
 生前のローズならば、直撃しただろう一蹴は、ローズが後ろに下がった事により宙を穿つに留まった。
 攻撃を空振りした程度で、ローマンは止まらない。蹴り脚を踏み込みに用い、勢いのままに再度の拳打。
 この攻撃をローズは大きく横に飛んで回避すると、サリヤの姿に変わりローマンへと指先を向ける。
 
 「洒落臭ぇよ!」

 例え十指を用いての乱射であっても、ローマンの超力は空気弾の全てを砕いてサリヤを殺す。
 ローマンとサリヤの間を隔たる様に放たれた衝撃波は、本条清彦が擦り抜ける。
 だが、本条が擦り抜けたその先には、既にローマンが距離を詰め、超力を纏わせた拳を繰り出していた。
 至近距離で範囲攻撃を放たれれば、例え生前のローズの脚を持ってしても、回避は困難。現在では不可能だ。
 ならばどうするか?単純な問題だった。先程の様に擦り抜けるしか無い。
 そして、ローマンの超力を擦り抜けられる人格は、戦闘能力が皆無である。
 つまりは、楽に殺せる。
 本条清彦はネイ・ローマンの超力を擦り抜けられるが、ネイ・ローマンその人には無力なのだ。
 振われる拳。カリブ海の怪物、ドン・エルグランドでさえもが、受ければ只では済まないだろう猛撃が、本条へと奔る。
 本条が受ければ良くて瀕死、普通ならば即死するだろう攻撃は、先刻の蹴りの様に虚しく宙を疾り抜けた。
 ローマンが間髪入れずに衝撃波を放つ。
 拳が直撃する直前に、本条がしゃがみ込んだのが見えた為だ。
 そして至近距離で攻撃を空振りすれば、次に来るものは。

 「言っただろうが!家族(私達)を舐めるなってなぁ!!」

 当然、スプリング・ローズの猛襲だ。
 真紅の剛腕が、ローマン目掛けて五爪を振るう。
 衝撃波でローズを後ろに退げる事が出来たとしても、胸を切り裂かれる事は避け得ない。
 メリリンが、咄嗟にローマンの襟首を掴んで引っ張らなければ、そうなっていただろう。
 メリリンにより、ローマンの上体は大きく仰け反り、ローズの爪は虚空を薙ぐ。
 衝撃波を受けてよろめいたローズへと、渾身の一撃を浴びせて仕留めようとしたその時、メリリンがローマン前へと出る。
 甲高い金属音を響かせ、鋼の剣身がメリリンの纏う鎧に食い込んだ。

 「随分と頑丈じゃない」

 「俺のネオスに耐えた位だからな」

 あまりの速度でで放たれた破壊エネルギーにより、高速で押し出された大気が、結果として爆ぜる。
 ローマンの放つ凄絶な威力。
 赤黒い本流が三人の女を呑み込み。直後、ローマンは顔めがけて飛んできた鉄拳を、大きく後ろに飛んで躱す。

429ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:39:55 ID:VSHBuE7.0
 「危ないじゃないかクソガキ!」

 「加減はしたし、鎧着てるし、敵意無いから問題無いだろ?信じてるんだぜ、メリリン」

 「次やったら殺すよ。あとメリリンって呼ぶな」

 「戯れるなら、私としなよ!」

 ローマンとメリリンの間に割って入るには、内藤四葉。
 神々の終末(ラグナロク)の時至るまで、ヴァルハラにて殺し合いを続けるエインヘリヤルの如く、戦いを欲し、求め、望み、渇える狂戦士。
 二十を超える鋼矢を、2秒と掛からずローマンとメリリン目掛けて乱れ撃つ。
 裏社会で名の知られた殺し屋であるジェーン・マッドハッターが、一撃で敗北を認めた苛烈な超力を複数受けて、その戦意は些かも減衰していない。どころかより一層盛んとなっている。
 
 「じゃあ遊んでやるよ!」

 ネイ・ローマンの超力は攻防一体。
 銃撃どころか砲撃ですら、飛来する弾を微塵と砕いて防ぎ切り、放った超力で射手を砕く。
 突進する普通乗用車程度であれば、台風に遭った木葉の如くに宙に舞わす事が出来る。
 かつて、ネイ・ローマンを殺す為に、大型犬トラックが持ち出された所以である。
 今もまた、放たれた衝撃波は、鋼矢を全て砕き散らし、四葉に何度目かの空中浮遊を経験させた。

 「芸が────」

 ローマンの言葉が中途で途切れる。
 メリリンに体当たりをされて、跳ね飛んだのだと理解したのは、元居た位置に立ったメリリンの胸に、ローズが強かに強打を撃ち込んでいるのを見た時だった。
 胸部の装甲が大きく歪み、分厚い鎧に覆われたメリリンの身体が広報へとすっ飛んでいく。
 急いでローズ狙いをつけたローマンは、後背から迫る歓喜と殺意の混合物(ブレンド)を感じた。

 「引っ掛かったぁ!!!」

 全ては四葉の計算尽く。
 ローズから距離を置いてローマンへと攻撃し、ローマンの敵意を自身に惹きつける。
 ローマンの意識が四葉に向いている間に、ローズは本条に交替。本条の超力を活かして悟られずに近づき、接近したところでローズに交替。
 そして、ローズが渾身の不意打ちを見舞ったのだ
 ローズに対し、メリリンが気付けたのは、メリリンの意識が“サリヤの亡霊”に注がれていたからだ。
 ローズがローマンへの奇襲を成功させれば、ローズの晒した隙に乗じる。ローマンが迎撃すれば、ローマンの晒した隙に乗じる。
 どちらへ転んでも四葉に損は生じ無い。この作戦が前提として、必然的に、ローマンの猛撃を受ける事になるという事を除けば、だが。
 後ろから振われた凶刃に対し、ローマンは前転する事で、回避と距離を取る事を両立させる。背中を切先が掠り、熱いものが生じた。
 追撃してくる四葉に対し、全方位に衝撃波を放つ事で対処するも────。

 「何度も何度も!食わないよ!!」

 四葉はローマンを起点として、前後左右に放たれる超力の死角────ローマンの頭上へと跳躍。長剣の切先をローマンへと向け、脳天目掛けて繰り出した。
 ローマンもまた、頭上の四葉へと超力を纏った拳を繰り出すが、僅かに遅く、四葉の切先が、先にローマン頭を抉る。
 ローマンが致死の一撃を受ける、その直前。四葉は身体の向きを変え、振われたローズの爪と、長剣を噛み合わせた。
 
 「一遍に仕留める好機(チャンス)だったんだけどなぁ」

 「そうは簡単には行かないよ」

 笑い合うローズと四葉。
 四葉がローマンを殺したタイミングに合わせて、四葉を殺害する事で、強敵を2人纏めて撃破するというローズ“達”の目論見は、四葉が気づいた事により失敗に終わった。
 同時に振われる剣と爪。超力を放とうとしていたローマンは後ろへと跳び、斬殺を回避する。
 
 「愉しくなってきたねぇ〜!!」

 四葉が猛り、

 「テメェ等さっさと死にやがれ」

 ローマンの苛立ちは募る一方。

 「お前等が死にやがれ」

 ローズの殺意は変わらない。

430ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:40:17 ID:VSHBuE7.0
 交錯する剣と爪と拳脚。
 鋼の長靴(ブーツ)が床を踏み砕き、真紅の人狼(ヒトオオカミ)の爪が空を裂き、赤黒いエネルギーが壁を穿つ。
 広大なエントランスは、放埒に暴れ回る三人に耐える事など出来はせず、一秒毎にその姿を喪っていく。
 
 「化け物共め…」

 メリリンの声は、呻きであり心の軋む声だった。
 メリリン一人だけ、着いて行けていない。
 三人の戦いは、ネイティブを基準としても常軌を逸脱していた。
 元より戦闘の経験の無いメリリンでは、この戦闘に介入する能力を持ち合わせ無い。
 制作した杭打ち銃も、このままでは宝の持ち腐れだ。
 何か出来る事は無いかと思っても、出来る事が思い付かない。

 鋼の刃と爪が交わり火花を散らし。
 拳と爪が激突し。
 鋼矢を衝撃波が粉砕し。
 空気弾を鋼弓が打ち払い。

 メリリンが見守る中で、三人の死闘は激化の一方を続けていく。

 
 ◯◯◯

431ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:40:44 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯

 四葉はローマンの拳を剣で受け、ローズの爪と数合撃ち交わし。ローマンの衝撃波をローズ共々後方に跳んで回避する。
 着地と同時に、折れた鋼槍を取り出して、床に突き立てると、ローズへと向かい掬い上げ、投げつけた。
 
 「ウゼェ!」

 時速にして100km以上の速度で飛来する、100kg近い床の破片を、ローズは腕を振るって弾き飛ばし────視界を鋼色が埋めた。

 「ゴアっ!」

床の破片の後から跳躍した四葉が、ローズの鼻面にドロップキックを見舞い、派手に後方へと蹴り飛ばす。
 間髪入れず、四葉は折れた槍を床に投げつけると、突き刺さった槍を足場にして、思い切り飛ぶ事で、ローマンの衝撃波を回避する。
 空を往く甲冑姿が、不意に大きく姿勢を見出し、地へと落ちた。
 
 「死ねやオラァ!」

 墜落した四葉に迫る真紅の影。サリヤが十指から空気弾を放って四葉を撃ち落とし、立て直す前にローズが仕留める。
 この連携攻撃に対し、四肢に力を込めて、思い切り跳ぶ事で、ローズの禍爪を回避。
 再度放たれた空気弾を、長剣を振るって打ち砕く。

 ────チャンピオンに壊されて無ければなぁ。

 連携の取れた攻撃に、四葉は内心で羨望を覚えた。
 エルビスに壊された、三つの鎧が有れば、此方ももっと連携の取れた戦いを披露してやるのに。
 紫骸に蝕まれ、破城槌の如き拳を受けて砕けた鎧は、四肢を覆う部分が残るだけで、胴と頭部は未だに修復中だ。
 これでは出したところで動かせない。オジェ・ル・ダノワのハルバートも、ヘクトールの長槍も、破損していて戦力として機能しない。
 
 ────ああ、でも、手足が有るなら、何とかならないかなぁ。

 考えながら、ローズの爪を躱し捌いて、剣を横薙ぎに振るい抜き、後ろへ下がって躱したローズへと、逆方向から再度の横薙ぎ。
 ローズが爪で止めたのと同時、前蹴りをローズ腹へと放つも、大きく後方に跳んで躱される。
 視界の端で、ローマンが拳を振り上げるのを見て、跳ぼうとした直前。衝撃を受けてよろめいた。
 ローズがサリヤへと変わり、十の指から同時に空気弾を放ったのだ。
 空気弾に四葉の鎧を貫く威力は無いが、十発同時に直撃させれば、四葉の姿勢を崩す程度の事はできる。
 
 ────しまっ

 よろめいた身体を立て直すことも出来ず、ローマンの衝撃波が放たれた。
 飛来する赤黒いエネルギーの奔流。それを何処か醒めた目で見ているおのれを自覚する。
 これは躱せない。これは防げない。これは死ぬ。
 醒めた思考で現実を正しく把握し。

 ────どうせ死ぬなら。いっちょやってみようか。

 砕かれた鎧を起動する。現れたのは三対の鋼の籠手。
 ひび割れて、指すら欠けている籠手達は、四本が四葉の身体を引っ張って、衝撃波の射線から外し、残りの二本が、ローマンへと殺到した。
  
 「鬱陶しい」
 
 鎧の腕だけが飛んでくるという非条理にも、即座に応じるのが、超力時代に生まれたネイティブ。
 衝撃波で二本の腕を吹っ飛ばすも、直後に足元から出現した鋼の脚に、顎を蹴り上げられた。

 「俺と戦った時には、使わなかったな」

 ローズから聞こえる、男の声。
 ローズの“家族”となった無銘の声。

 「今さ、やってみたら、出来たんだ」

 「あ〜。面倒くささに磨きかけてんじゃねぇよ狂犬」

 「凄いでしょ」

 右手でVサインをする四葉に対し。

 「「死ね」」

 ローマンとローズ。相入れない二人の見解がものの見事に一致した。

 
◯◯◯

432ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:41:56 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯

 タイマンならば、ローマンは既に本条を下している。
 本条がローマンの超力を擦り抜けられる問いったところで、ローマン自身の拳脚に耐えられ無い。
 因縁の相手であるローズにしても、生前ならば、ローマンの拡散型の衝撃波ならば軽く耐えるが、今のローズは拡散型だろうが当てれば大きなダメージを受ける。
 つまりは、拳の届く位置で衝撃波を放てば良い。
 そうすれば、本条に変わっても殴り殺せば済むし、ローっvズのままなら大ダメージを負うだけだ。
 ローマンのこの見立ては正しい。この戦い方をされれば本条もローズも諸共に死ぬ。
 ならば何故ローマンはそれをしないのか、答えは二つ。内藤四葉の所為である。
 衝撃波を放ち、本条に代わった隙を狙おうにも、そこへ四葉の横槍が入る。
 四葉にしてみれば、愉しい三つ巴の時間を終わらせたくは無いのだろうが、ローマンにとっては良い迷惑でしか無い。
 もう一つはローズの動きだ。衝撃波を放つと、ローズは後ろへ下がる。
 ローマンの拳が届か無い位置まで下がる。
 そうして、本条に代わって、ローマンの衝撃波をやり過ごす。
 その後はサリヤに代わって空気弾を撃つか、ローズに代わって爪を振るう。
 この繰り返しだ。この繰り返しで、ローマンを疲弊させ、若実に仕留められる様になるまで弱らせようとしている。
 ローマンは知らぬ事だが、今のローズ“達”の動きは、ローズがローマンを殺す為に考えた動きと、性質を同じとするものだった。

 「クソが…」

 必然として、苛立ちが募り続けて入る。
 募る苛立ちの中で、冷静な部分が告げている。
 四葉に助けられている状態のローズが、四葉を平然と殺そうとするのは、何か隠し球が有る所為だと。
 その隠し球を見せる前に、ローズを殺すべきなのだが、奔放に暴れ回る四葉がそれを赦さ無い。

 「クソが…」

 戦意が高まる。怒りが込み上げる。
 凶暴な力が、身体の内側に充填されていく。
 だが、解き放つ事は叶わない。
 ローズの動きと四葉の横槍。この二つの要素が、ローマンの怒りに鎖を付ける。
 自由の息子達(Sons of Liberty)名を冠する超力が、鎖で雁字搦めに戒められている。

 「クソッタレが…」

 ローズの爪を衝撃波で弾き、首を薙ぎにくる鋼の刃を回避して、四葉の腹に前蹴りを入れて下がらせる。
 大気を震わせ、衝撃波で二人纏めて薙ぎ払い、擦り抜けた本条を無視して、四葉へと拳を振るう。
 赤黒いエネルギー奔流が真っ直ぐに四葉へと飛ぶが、四葉は大きく横に跳ぶことで回避。ローマンとローズへと鋼矢を乱れ撃った。
 大気が爆ぜ、折れ砕けた鋼の矢が宙を舞う。
 四葉の放った矢を、床に伏せて全て回避したローズが、低い姿勢を維持したままでローマンへと走り寄った。

433ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:42:12 ID:VSHBuE7.0
舌打ちして、ローマンはローズの攻撃を待つ。
 無闇に衝撃波を撃っても意味が無い。ローズの攻撃に合わせて、カウンターとして放つ事で、ローズを殺す。
 身体の周囲に赤黒いスパークを纏わせ、ローマンはローズの攻撃を待つ。

 四葉が再度放った矢を、ローマンが全て粉砕する。

 ローズがローマンを間合いに捉える。

 四葉へと放たれ、躱された衝撃波が、壁に穴を穿ち、朝の光をエントランスへと差し込ませる。

 砕けた鋼の矢が床に落ちる音が響く中、ローズが遂に右腕を振るい、ローマンふぁ衝撃波を放った。

 衝撃波が床を砕き、底の見えない穴が生じる。
 ローズはローマンの背後に居た。
 ローマンがカウンター狙っていることを見越した上で、ローマンの攻撃を誘い、自身は背後へと回り込んだのだ。
 
 ────ローズの動きじゃねぇ…。

 低い姿勢から、飛び上がる様に身体を伸ばしたローズの爪が疾る。

 ローマンは、咄嗟に衝撃波を放ちながら前に跳ぶが、間に合わない事は誰よりも、ネイ・ローマン自身が知っていた。

 「グア…」

 食いしばった歯の間から呻きが漏れた。
 人狼(ヒトオオカミ)の爪に切り裂かれた背中から、派手に出血しているのが判る。
 前に跳ぶ。衝撃波で爪を弾く。どちらかが欠けていれば、背骨を断たれていただろう。
 衝撃波を再度放つ、本条に変わって回避したのだろう、手応えが全く無い。
 身を投げ出す様にして床に転がる。此処まで姿勢を低くすれば、立ち上がったローズの攻撃は届かない。
 床から見上げたローマンの視界に映るオッドアイの女。
 ローマンに右手の五指を、四葉に左手の五指を向けていた。
 サリヤ・K・レストマン。この女の超力は、棒立ちのままでも床に転がる人間を殺害できる。
 ローマンの動きを読み切った上で、最適な交代を行う。
 過去のローズでは、有り得なかった。
 群れの先頭に立ち、仲間を庇って────仲間を頼ることをせずに────戦ってきたローズでは、決して行わなかった。
 もはやスプリング・ローズはネイ・ローマンの知るスプリング・ローズでは無い。
 ネイ・ローマンの敗因は、スプリング・ローズの過去の残影に惑わされていた事だろう。


◯◯◯

434ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:42:42 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯

 ローマンの視界の端で、メリリンが杭打ち銃を撃とうとしているのが見えた。
 遅過ぎるというべきだが、元より荒事に不慣れなメリリンだ。むしろ早い方だと言うべきだろう。
 四葉もまた、サリヤが撃ち続ける空気弾に、動きを止められている。
 宙に跳ね飛ばされ、落下する最中にありながら、地上を走るローズ眼を正確に射抜くサリヤの技量。
 連続して放たれる空気弾は、四葉の眼の部分に集中し、四葉の視界と動きを封じていた。
 メリリン間に合わず。四葉は動けない。
 ネイ・ローマンは此処に命運極まった。
 
 ローマンへと向けられた、サリヤの五指の指先が、陽炎の様に歪む。
 装填される空気弾。放たれれば、ローマンは死ぬ。
 怒りが、先程よりもさらに強い怒りが、ローマンの胸中に沸き起こった。

 「舐めてんじゃ────」

 衝動のままに、エントランスどころか、ブラックペンタゴンに甚大な破壊を齎す衝撃波を放とうとしたその時。
 サリヤが横に飛び、ローマンでも四葉でもメリリンでも無い誰かへと、空気弾を撃ち放った。

 「メリリン!」

 乱入者は、メリリンへと走り寄りながら、ボルト投げ続ける。
 投げられたボルトが、サリヤの空気弾により撃ち落とされ、床に落ちて硬い音を立て続けた。

 「ジェーン!」

 乱入してきたのは、ジェーン・マッドハッター。メリリンの残した痕跡を辿り、メリリンとローマンの交戦した形跡を過ぎて、今此処に合流した。

 「メリリン!こんな事してる場合じゃ無くなった!」

 血相を変えて叫ぶジェーンに、察したメリリンの顔から血の気が引く。

 「山の上の奴かい!?」

 「エミリーが、どうしたって?まさかこっちに来るのか!?」

 ローマンも事態を察し。

 「えっ?メアリーがこっちに来るの!!」

 事態を知る全員が恐慌する中で、一人平常運転の狂犬。

 そして、事情を知らぬ最後の一人は。

 「邪魔……しやがって!」

 猛り狂ってジェーンへと襲い掛かった。
 元より破格の身体能力は、劣化したとはいえ並のネイティブでは対抗する事など出来はしない。
 更にジェーンの超力は、身体機能を強化するものでは無い。ローマンとメリリンの交戦跡から拾ってきていたボルトを取り出すより早く、ローズの爪がジェーンへと迫る。
 この猛襲に、ジェーンは硬直も後退もせず、冷静に前進。
 意表を突かれたローズの懐に潜り込むと、胸に鋭い右掌打を撃ち込んだ。

 「はあ!?」

 背後から聞こえた、ローマンの間抜けな声に、ジェーンの口元が僅かに綻ぶ。
 ローマンの視界に映る、鮮血を吐いて後退る真紅の人狼(ヒトオオカミ)。
 幾ら劣化したとはいえ、ローズの身体は、ジェーンの掌打でダメージを受ける事など有り得ない。
 ましてや血を吐くなどと────。
 蹌踉めくローズへと、ジェーンの左腕が振われる。
 どう見ても50cm以上の間が有ったにも関わらず、ローズ胸が裂け、鮮血が噴き出した。
 ローズ胸を裂いたものは、ジェーンの左手に握られていた。
 赤い血の球を複数滴らせる銀の糸。ジェーンの髪の毛だった。

435ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:43:25 ID:aaXQZmmg0
 「……この、威力……テメェは…カラミティ・ジェーンか」

 ローズは取り乱すことも、狼狽える事も無く、ジェーンを睨み据えた。
 同じキングス・デイの傘下に在った者同士、ローズもジェーンも互いの事を話には聞いていた。

 曰く、キングス・デイに対立したフランスの政治家を、着火したライターを投げつけて消し炭にした。
 曰く、ハンガリーの反キングス・デイの集会で喫煙し、数十名を即死させ、数倍の人数を病院送りにした。
 曰く、拳銃から放った一発の銃弾で、装甲車を破壊し、中の人間を全員死亡させた。

 超力が存在しない旧時代ならば、戯言として片付けられそうな数々の“実績”は、しかして事実として公式な記録に残る。
 カラミティ(厄災)の名を冠せられるに足る、凄まじいまでの実績だった。
 
 「話には聞いていたが、噂以上じゃねぇか…」

 ローズに血を吐く程の痛手を与えたタネは、ジェーンの右掌に、ジェーンの髪の毛で結びつけられたナットだった。
 『屰罵討(マーダーズ・マスタリー)』。生物に対する殺傷性を付与する超力。
 小石一つぶつけるだけで、人体に穴を開ける、殺人の為の超力。
 生物を殺す事に特化した超力を、劣化している身で受けて、血を吐く程度で済ませた、スプリング・ローズの頑強は、やはり脅威の一言だった。

◯◯◯

436ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:43:44 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯

 「ドミニカが食い止めているけれど、じきにやられる。そうなったら、此処はエミリーの領域に飲み込まれる」

 ローズを警戒しながら、ジェーンが外の状況を説明する。
 ローマンに思うところも含むところもあるが、メアリーという直近の脅威が、それらを後回しにしていた。

 「早く何とかしないと、私達もやばいって事か」

 「エミリーちゃんを止められる人が居るの!?ドミニカって、あの“魔女の鉄槌”!?」

 「何でお前は平常運転なんだよ…」

 「早くどうにかしないと……」

 メリリンとジェーンとローマン。三人が考え込む中で、四葉だけは変わらない。意外に大物なのかも知れなかった。

 「早くソフィアを探さないと」

 「そうするしか、無いよねぇ」

 「いやネイの超力なら、領域の外からエミリーちゃんを仕留められるんじゃない?」

 「出来るのかい?」

 四葉とメリリンに期待の籠った眼戦を向けられて、ローマンは腕を組んで考える。

 「あの山全部覆うくらいだろ…。500m位は有るのか?ルーサーの野郎が相手なら、三キロ離れてても届かせるんだが……」

 「褒めてやるから少しは頑張れ」

 「いや大分キツイぞ、恨みどころか関わりも無いし。ソフィアってのなら何とか出来るんだろ?其奴にやらせろ」

 メリリンの発破も意味は無く。

 「ソフィアは超力を無効化する超力を持っている。だからエミリーの領域にも影響されない」

 ジェーンの言う様に、ソフィアの協力を仰ぐしか、無い様だった。
 
 「決まりだな。ソフィアって奴が何考えてるかは兎も角、此処に来る可能性は高い。先ず此処を捜すとして……。なぁマッドハッター」

 「何?」

 「ソフィアって奴は、超力を計算に入れない場合、スプリング・ローズに勝てるか?あの残骸じゃねぇ、生きてた頃の、彼奴にだ」

 「不可能ね。彼女は強いけれど、常人の域を逸脱してはいない。ドン・エルグランドの様な怪物とは、訳が違う」

 「なら話は簡単だ。一階だけを探せば良い」

 ジェーンと会話する隙に、ローズも四葉も乗じない。
 エミリーの脅威を知る四葉は兎も角、ローズが動かないのは、今後の趨勢に関わる話だと、理解したのと、少しでも回復する為だろう。

437ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:44:06 ID:VSHBuE7.0
 「二階へ通じる階段にはエルビス・エルブランデスが居る。生きてた頃のローズに勝てない様じゃ、エルビスは無理だ。2階には登れねぇ。
 メリリンと一緒に行け、ソフィアがゴネるようなら、メリリン、お前ががシメろ」

 ソフィア・チェリー・ブロッサムが、果たしてエミリーの始末を引き受けるか?
 ソフィアがエミリーを始末するとして、それは今この時か?
 ソフィアはエミリーの領域に影響されない。ならばエミリーの領域で刑務者達が死に絶えてから、悠々とエミリーを始末する事も有り得る。

 「どうしても直に殺したい奴でも居ない限り、エミリーを利用しようとする筈だ。マッドハッターじゃソフィアのポイントになるだけだろう」

 だからこそ、メリリンを付ける。
 メリリンの機械は超力で作成されたものだが、原材料は調達した人工物だ。無効化能力といえども、超力に依らず物理的に存在する物には無力だろう。
 ソフィアがエミリーを利用しようとするなら、その時はメリリンの出番だ。

 「俺は狂犬とクソ犬を躾けなきゃなえあねぇ、頼んだぞ、メリリン」

 場を仕切って、的確な差配をする辺り、欧州に名を轟かせたストリートギャングの首領だけだった事はある。
 
 「メリリン言うな!!!」

 吐き捨てて、メリリンとジェーンが、エントランスから退出する。
 スプリング・ローズは、見送るだけで、後を追って動こうとしない。
 
 「おい狂犬」

 「何さ?ローズ」

 「此処から先は、黙って見てろ」
 
 「最初からそのつもりだけど?」

 「……もうやらねぇのかよ」

 「二人だけの決着でしょ?首突っ込むのは野暮ってものでしょ?」

 「最初からそうしとけ。アホ」

 あまりにもとんでもない言葉に、ローマンが突っ込むも。

 「あのさネイ。さっきは私以外にもメカさんも居たでしょ?」

 「………いや…ああ……もう良いわ」

 何処までも自分勝手で、己の基準で動く狂犬。
 世界を渡り歩いた愉快型超力犯罪者。
 放埒に奔放に暴れ回り、キングス・デイにすら喧嘩を売ったアホ。
 そんな相手に、常識だの道理だのを説くくらいなら、ローズを口説く方が、まだ目は有るだろう。やらないけど。

 苦笑して、ネイ・ローマンは、スプリング・ローズの残影と対峙する。
 
 「決着だ。ローズ」

 「決着だ。ローマン」

438ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:44:42 ID:VSHBuE7.0
────頑張れ、ローズちゃん。
 ────ま、負けないで。
 ────勝てるさ。お前の強さは俺が保証する。

 「ありがとうよ。“家族”(みんな)。

 ────じゃあなアンリ。今度こそサヨナラだ。

 シリンダーが廻る。撃鉄を起こす。
 放たれる弾丸の名は、スプリング・ローズ。
 全開放された超力が、ローズを極限を超えて強化する。


 疾る真紅の人狼(ヒトオオカミ)。

 迎えるは欧州ストリートに君臨するギャングスター。

 幾度もの相剋を繰り返し、二つの影が、激突する。
 生き残るは、一人かゼロか。
 


【E-5/ブラックペンタゴン南・エントランスホール/一日目・朝】
【ネイ・ローマン】
[状態]:全身にダメージ(中) 両腕にダメージ(小)、疲労(大)、右手首にボルトによる刺し傷
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。
0.ローズと決着を着ける。
1.ブラックペンタゴンでルーサーを探す
2.ルーサー・キングを殺す。
3.スプリング・ローズのような気に入らない奴も殺す。
4.ハヤト=ミナセと出会ったら……。
※ルメス=ヘインヴェラート、ジョニー・ハイドアウトと情報交換しました。


【内藤 四葉】
[状態]:疲労(極大)、左手の薬指と小指欠損、全身の各所に腐敗傷(中)、複数の打撲(大)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.気ままに殺し合いを楽しむ。恩赦も欲しい。
0.ローズとローマン決着が着いたら、無銘さんと再戦する。
1.トビと連携して遊び相手を探す、または誘き出す。今はトビと合流する。
2.ポイントで恩赦を狙いつつ、トビに必要な物資も出来るだけ確保。
3.もしトビさんが本当に脱獄できそうだったら、自分も乗っかろうかな。どうしよっかなぁ。
4.“無銘”さんや“大根おろし”さんとは絶対に戦わないとね!エルビスともまた決着つけたい。
5.あの鉄の騎士さんとは対立することがあったら戦いたい。岩山の超力持ちとも出来たら戦いたい!
6.銀ちゃん、リベンジしたいけど戦いにくいからなんかキライ
※幼少期に大金卸 樹魂と会っているほか、世界を旅する中で無銘との交戦経験があります。
※ルーサー・キングの縄張りで揉めたことをきっかけに捕まっています。




【本条清彦】
[状態]:全身にダメージ、現在はスプリング・ローズの姿
[道具]:なし
[恩赦P]:18pt
[方針]
基本.群生として生きる。弾が減ったら装填する。
0.ローズちゃん。勝って
1.殺人によって足りない3発の人格を装填する。
2.それぞれの人格が抱える望みは可能な限り全員で協力して叶えたい。
3.ブラックペンタゴンへ行って“家族”を探す。

※現在のシリンダー状況
Chamber1:本条清彦(男性、挙動不審な根暗、超力は影が薄く人の記憶に残りにくい程度 睾丸と肛門にダメージ)
Chamber2:欠番(前2番の山中杏は無銘との戦闘により死亡、超力は口づけで魅了する程度だった)
Chamber3:無銘(前3番の剛田宗十郎は弾丸として撃ち出され消滅、超力は掌に引力を生み出す程度だった。睡眠中)
Chamber4:欠番
Chamber5:サリヤ・K・レストマン(女性、詳細不明、超力は指先から空気銃を撃ち出す程度)
Chamber6:スプリング・ローズ(前6番の王星宇は呼延光との戦闘により死亡、超力は獣化する程度だった)

439ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:44:59 ID:VSHBuE7.0
◯◯◯


 私はドミニカが嫌いだ。
 メリリンが居なかったら、きっと殺し合いになっている。
 私と同じ殺しにしか使えない超力を持ちながら。
 自分を肯定し、殺すしか出来ない超力を押し付けた神様を信じ、信仰に基づいて殺戮する。
 何もかもが、わたしとは正反対だ。
 私はドミニカが大嫌いだ。
 けれども、ドミニカが良い娘なのは確かで。
 ドミニカに助けられたのは事実で。
 ドミニカが今一人で戦っているのも事実で。
 だから、私は、ドミニカを助ける。
 ソフィアを必ず連れて行く。
 だから────。

 「どうかドミニカを死なせないで、神様」

 今まで祈った事など皆無な神様に祈り、ジェーン・マッドハッターは、ブラックペンタゴンをひた走る。


【E-5/ブラックペンタゴン南・エントランスホール西側出入口/一日目・朝】

【ジェーン・マッドハッター】
[状態]:全身にダメージ(中)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.無事に刑務作業を終える
1. 山頂の改変能力者に対処。ソフィア・チェリー・ブロッサムを探す。
2.死なないで。ドミニカ
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました


【メリリン・"メカーニカ"・ミリアン】
[状態]:全身にダメージ(小)、フルプレートアーマー装備、軽い打ち身
[道具]:デジタルウォッチ、生成ドローン2機、ラジコン1機、設置式簡易ボルトガン。
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き延びる。出られる程度の恩赦は欲しい。サリヤ・K・レストマンを終わらせる。
1. 山頂の改編能力者に対処。ジェーンと一緒にソフィアを探す。
2サリヤ・K・レストマンを終わらせる。
3.ローマンに従いブラックペンタゴンを調査する?
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました。

440ROULETTE ◆VdpxUlvu4E:2025/06/04(水) 13:45:11 ID:VSHBuE7.0
投下を終了します

441 ◆H3bky6/SCY:2025/06/04(水) 20:51:55 ID:7SwqzyTg0
投下乙です

>ROULETTE
本条さん1人(4人だけど)に過剰戦力かな?と思ってたけど、狂犬すぎる四葉ちゃんがローマンにも噛み付いたおかげで、だいぶ戦力バランスが崩れて三つ巴の乱戦になってしまった
それぞれが怪物ぞろいだから、目まぐるしく有利不利が入れ替わる攻防が続いて全く勝敗が読めなかったぜ
一人置いて行かれているメリリンだけど、まあネイティブでも上澄み連中の激戦に技術者であるメリリンがついていけるはずもなく

四葉の超力は確かにリアルタイムに4人を動かすようなものだから、並列処理が脳を鍛えられるのもわかる。ふつうは混乱しそうだし、NT的なものが発展しそう、それに伴い身体能力まで上がるのはインチキすぎるぜネイティブ!
本条ファミリーは結構役割を分割できるよね、個々の超力が弱体化しているというのは付け入る隙なんだろうけど、ローズのフィジカルと無銘の判断力を組み合わせられるのはズルいよその家族の絆
ローマンはシンプル強いのもあるけど、追い詰められてもストレス溜まっていつ爆発すのかハラハラする爆弾のような奴だなこいつ
やっぱ、ジェーンの超力は当たればクソ強いよなぁ。攻撃自体を破壊できるローマンには負けても、ライフで受ける耐久型のローズには通るのは相性の妙

メアリーと言う共通の驚異の接近に小競り合いは一時中断、災害型幼女過ぎる。
ストリートのリーダー2人がそれぞれの集団を仕切ってるのは流石の統率力を感じさせる
外の状況を知らないから対処に動くわけだけど、ソフィアさん説得できるだろうか?

ジェーンのドミニカへの想いは、表でドミニカがどうなってるのか知ってるので悲しくなっちゃうね
そして残るローマンとローズの宿命の対決に、順番待ちの四葉ちゃん出番は回るのだろうか?


あと一点指摘と言うか、何か所かメアリーがエミリーになってる所がありますので修正しておきますね

442 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:33:17 ID:IwbDKrGw0
投下します

443氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:33:58 ID:IwbDKrGw0
朝靄に包まれた草原に、ひとりの影があった。

ジャンヌ・ストラスブールの面影をそのまま写した容貌。
だがそれは、奇跡ではなく執念の産物。超力による整形、調整、模倣。
風にたなびく青みがかった地毛は、唯一、獄中で染められぬ彼自身の証明だった。

ジルドレイ・モントランシー。
彼は歩く。朝露に濡れる草の中を、ゆっくりと。
目的地など無い。あるのはただ、探すという執着の一点のみ。
その歩みは、目覚めと眠りの狭間にいる夢遊病者のように、危うく、脆く、だが決して止まることはない。

「ジャンヌ……貴女は、どこへ行かれたのですか……?」

澄んでいるのに酷く悲しい声。
まるで泣き声のようでいて、そこに涙は伴わない。
彼の魂は、涙という現象を知らない。
悲しみを演じることはできても、感じることはできない。

草の匂い、朝露の冷たさ。
東の空には、昇り始めた太陽が金色の光を落とす。
けれどジルドレイの胸に射すものは、ただ凍てついた沈黙のみ。

「早く…………早く、貴女を……見つけねばならぬ……っ」

その足元で草花が凍りつき、ぱきぱきと脆く砕ける音が微かに響く。
彼の超力が、無意識に滲み出ていた。朝の温もりすら彼の存在を拒むかのように。

「そうだ……崇高なる御身を拝謁できれば、我が信仰を否定せんとする下らぬ妄言に揺れる事などなくなるはずだ……っ!」

ジルドレイは微笑んでいた。
しかしその笑顔は空虚で、頬を動かすという表情の定義を模倣しているにすぎなかった。

「『誰でもジャンヌになれる』だと? 笑止千万……!! ああ、否、断じて否!!
 貴女は……誰でもなれるなどという、安い神聖ではない……そのような世迷言、断じて認めてはならぬ……!」

神父の言葉が脳裏を苛み声が震える。
怒りか、あるいは自分が信じてきたものを失う恐怖か。
唯一、信じるに値すると選んだ光が、無数の偽物の中に溶けて消えてしまう恐怖。

その否定のために、ジルドレイは叫ぶ。
崇拝を壊すものすべてに牙を剥く。

けれど、現れるのは光ばかりだった。
あの神父も。
燃え尽きたフレゼアも。
手を取り合った幼い少女たちさえも。

彼らは光を放った。
彼の知らぬ、けれど確かに誰かのためを想う心から生まれた輝き。

「違う、違う……奴らの放つ光など、偽りだ……違うと言え……!!」

否定せねばならぬ。
それらの光が『本物』だったならば、自分が信じたものが、凡庸の果てに過ぎなくなってしまう。
そんなことはあってはらない。

「貴女は……貴女だけは、特別なのです。唯一無二の光なのです……そうでしょう? ジャンヌ……」

時さえ凍てついたような、悲しき沈黙。
草原に一陣の冷気が走り、朝露が一面の霜へと変わる。

その瞬間、朝霧の中に光が揺れた。
白銀の鎧に身を包んだ聖女の姿が、草原の彼方に立っているように見える。
ジルドレイは片方になった目を細め、震えるように手を伸ばす。

「……ああ、ようやく……」

しかしそれはただの光の戯れの生み出した幻想。
揺れる陽光と朝靄が描き出した一瞬の偶像にすぎなかった。

彼は立ち尽くす。
伸ばした右腕は既に失われており、そこには虚空しかない。
彼はしばし沈黙したのち、かすれた声で呟いた。

「ジャンヌ……私は、貴女を見つけねばならぬ。
 貴女の神聖さを、この眼で見て、この身で触れなければ……この歪んだ世界に、貴女以外の光など存在しないと、確かめねばならぬ……!」

ジルドレイは再び歩き出す。
ふらつきながら、それでも真っ直ぐに。

これほどの狂信を捧げながら、ジルドレイはジャンヌ本人と一度も会ったことがない。
画面越しに、記事越しに、ただ情報と映像の中の彼女を見続けてきただけ。
だが、それこそが彼の純粋さだった。
現実を知らぬからこそ、幻想を神聖化できたのだ。

だからこそ、直接その威光に触れれば、この惑いも、紛い物たちの光も、全て払えると信じている。
信じずには、いられなかった。

朝の陽光が、彼の背に長い影を落とす。
それはまるで、ジャンヌその人の姿。

草原を、狂気と信仰の狭間で彷徨う影。
それはまるで、神を求めながら、神に見放された巡礼者のようだった。



444氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:34:15 ID:IwbDKrGw0
「……フレゼア」

朝の草原を一人歩いていたジャンヌ・ストラスブールは、放送で告げられたその名を思わず繰り返すように呟いた。

雲ひとつない青空の下、港湾を目指していたその途中だった。
巨悪ルーサー・キングとの決戦を見据え、ただ前を見据えて歩いていた足が、不意に鳴り響いた定時放送の声に止まる。

耳に馴染んだ看守長の無機質な声。
その口から告げられた十二名の死――そして、その中にあったのは、因縁深き名だった。

フレゼア・フランベルジェ。
その名が胸の奥を貫いた瞬間、何か重たいものが沈む。

ジャンヌは静かに立ち止まり、両の掌を胸の前で重ねる。
薄く目を閉じたその顔には、死者への祈りと慈悲、そして何よりも深い哀惜が滲んでいた。

浮かぶのは、あの狂気を孕んだ狂熱の瞳。
そして無垢な笑顔で自分の名を呼んだ少女の声。
かつて救いの手を差し伸べた少女――そして、やがて戦場で剣を交えた炎帝。

歪んでしまった魂。
だがその歪みを生んだのは、他ならぬジャンヌ自身の存在だった。

彼女はジャンヌに憧れていた。
正義の象徴と信じ、ひたすらに追いかけた。
けれど、その憧れはいつしか歪み、暴走の果て、破滅の道へと変貌していった。

(その魂に……救いは、あったのでしょうか)

その答えは誰にも分からない。
彼女がどのように己が業と向き合い、どんな最期を迎えたのかも、今となっては知る術もない。

この地で、なお罪に囚われたまま逝ったのか。
それとも、ほんのわずかでも救いを掴めたのか。

願わくば、せめてそうであってほしいとジャンヌは思う。

「……どうか、貴女の魂が安らかでありますように」

ジャンヌは草原に膝をつき、祈りを捧げる。
その声は、風に乗って遠くへと届いていく。

「この地に堕ちた者にも、罪に囚われた者にも……どうか等しく赦しが与えられますように」

そよぐ風が、金の髪を優しく揺らす。
露草の匂いが仄かに香り、静かな朝に、たしかな祈りの余韻を残した。

たとえこの地に、救いが見えぬとしても。
たとえ祈りが届かぬとしても。

れでも、自分は正義を信じ続ける。
かつて、自分を正義と信じてくれた少女のためにも。

迷いを抱えながらも、それでも彼女は歩いていく。
自らの罪と、世界の業と、全てと向き合いながら、自らの正義を貫くために、

ジャンヌは顔を上げる。
ジャンヌの翠の瞳には、再び静かな決意の光が宿っていた。

「――――――」

だが、そのジャンヌが目の前の光景に言葉を失っていた。
決意に満ちていた瞳が困惑に揺れる。

ジャンヌの目の前には、鑑写しのように自分自身が立っていた。



445氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:35:08 ID:IwbDKrGw0
朝日に煌めく草原には、まるで神の吐息が残されているかのような静謐が漂っていた。
冷たい空気は夜の名残をわずかに引きずりながらも、神聖な祈りの気配に満ちていた。
ジルドレイ・モントランシーは片目をゆっくりと開き、凍りつくような視線をその先に送る。

視線の先――朝露に濡れた草原に、ひとりの女が静かに祈りを捧げていた。

囚人服であるはずの衣が、朝日を受けて淡く輝き、まるで神聖な法衣のように見えた。
彼女は掌を重ね、瞼を閉じ、誰かの魂に静謐な祈りを捧げている。
きっと、この地で倒れた名も無き誰かのために、彼女は祈りを捧げていたのだろう。

ジルドレイの呼吸が止まる。
青空の下、清らかに祈るその姿こそ、彼が心の中で数え切れぬほど夢見た、あの人だった。
ただ一人の聖女。その理想。その幻影。

そして、次の瞬間。
彼は崩れ落ちるように膝をついた。

「……ああ……ああ……!」

風が吹いた。
それは草原を撫でる優しい朝風ではなかった。
ジルドレイの内奥から噴き出した、歪んだ信仰の冷気。
喜悦、感動、崇拝――いや、それらを模した陶酔と狂気が雫となってぼれ落ちる。

「見つけた……見つけたぞ……ついに……! 私の、ジャンヌ……私だけの、貴女が……!」

風の音に紛れても、その嗄れた声は確かに届いた。
ジャンヌは静かに目を開け、声の主に視線を向ける。
そして――彼女の目に映ったのは、自分自身の姿だった。

驚愕を声には出さず、しかしジャンヌの顔に戸惑いと緊張が走った。
十五歳の自分。まだ現実を知らず、ただ理想だけを抱きしめていた、純粋無垢の頃の古い鏡。

違うのは、片目と片腕、そして髪の色だけ。
だが、最も決定的に違ったのはその眼差しだった。
慈しみでも哀しみでもない。戦意でも、情熱でもない。
そこにはただ、命を持った蝋人形のような虚無と執着が宿っていた。

「貴女に……ようやく……ようやく、会えました……」

恍惚とした笑みを浮かべ、ジルドレイは立ち上がる。
残った左腕を広げ、一歩、また一歩とジャンヌへとにじり寄っていく。
その動きに、ジャンヌは一瞬身を引き、眉をひそめた。

「……貴方は……何者ですか?」

毅然と問う。
明らかな警戒があったが、それでも相手を理解しようという意志がそこにはあった。

ジルドレイは応えない。
ただ、頬に穏やかな笑みを貼り付けたまま、再び口を開いた。

「ジャンヌ……ジャンヌ・ストラスブール……本当に……貴女なのですね?
 ああ、なんという神の采配か……この邂逅、まさに奇跡……!
 いや! これはもはや、奇跡などという生温い言葉では足りませぬ……神慮の祝福そのもの……!」

片膝をつき、胸に手を当てる。
それは祈りであり、讃歌であり、崇拝そのものだった。

「申し遅れました。私は、ジルドレイ・モントランシー。
 貴女の姿に、貴女の在り方に魅せられ、貴女の影を追い続けてきた者です。
 本当に御身を拝謁する誉に授かれる日が来ようとは……このジルドレイ幸甚の極みにございます!」

ジャンヌはその姿を凝視し、目を細めた。
困惑と警戒を押し殺しながらも、彼の姿をしっかりと見つめる。

446氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:35:26 ID:IwbDKrGw0
「……その姿は……」

まるで問いかけるように、彼女は言った。
なぜ自分と同じ顔をしているのか――当然の疑問だった。
世界には自分と同じ顔をした人間が3人いるとは良く言うが、このアビスに偶然それがいたと考えるほどジャンヌは楽観的ではない。
偶像から直接問いを投げられたこと自体に歓喜してジルドレイは、嬉々として語った。

「私は、貴女の足跡を追っております。心から、魂から!
 この姿もまた、そのためのもの……超力による施術にて、貴女の御姿を借り受けたのです」
「借り受けた…………」
「はいぃ! これも御身が偉業をなぞらんがため」

整形により外見を弄る行為自体は他人がとやかくいうような事でもない。
誰かの存在に憧れその行為を模倣するという行いそのものだって悪ではないだろう。
むしろ、何かを始める切っ掛けとしてはありふれた話だ。

だが、どのような行為を行き過ぎると醜悪さを帯びる。
ジルドレイの模倣は明らかに常軌を逸している。
自身の姿を捨ててまで行なう模倣は信仰の域を通り過ぎて狂気に踏み込んでいる。

「貴女が微笑んだと知れば、私は鏡の前で幾度もその笑みをなぞりました。
 貴女が涙を流せば、その意味を知りたくて私も涙をこぼしてみました。
 貴女が戦災孤児を救ったと聞けば、私は財を投じて彼らを支えました。
 貴女になり替わろうなどと言う烏滸がましい考えはありませぬ。ただ、貴女に近づきたかったのです。
 貴女という軌跡をなぞりジャンヌ・ストラスブールという『奇跡』をこの身と世界に刻み付けたかったのです!」

ジルドレイは祈言のように語る。
大方の人間はその在り方に嫌悪感を抱くのだろうが、当の本人であるジャンヌはそのような感性は持ち合わせなかった。
善行を成そうという相手を咎める事は出来ない。

「……ジルドレイ。私を慕うその思いは、確かに受け取りました。
 けれど私は、この地に巣食う悪を討ちに行く最中。ここで立ち止まることなど許されぬ身なのです。
 どうか、道を開けてはいただけませんか」

毅然として、揺るがぬ声。
心に葛藤を抱えながらも、ジャンヌは正義として在り続ける者の姿を見せた。

ジルドレイは一瞬、沈黙した。
顔を曇らせかけ、すぐに再び恍惚の笑みを浮かべる。

「……ああ……その高潔さ、その気高さ……! 貴女は……本当に、貴女なのですね……!
 やはりこの凍った我が心を震わせし聖女は、この世にただ一人……!」

信仰は、熱狂のうちにさらに高まる。
ジャンヌの凛とした態度が、彼にとっては祝福の鐘に聞こえたのだ。

「そして、此度は巨悪を討たれると。なるほどなるほど。
 おお……ここは悪徳蔓延る地の底なれば、悪逆よりも正義の方が為しやすい。
 このジルドレイ、後期のイメージに引かれそこに思い至らず不徳の至りにございます」
「……どういう意味です?」

語り口に不穏な気配を感じ、ジャンヌは問う。
そして――彼は語り出す。まるで聖典を朗読するかのように。

「無論、この不詳ジルドレイ、正義の象徴たる貴女のみならず、悪徳の象徴と貶められた貴女すらも、等しく崇め奉っておりますとも……!
 貴女が政治家を惨殺なされたと騒がれれば、私もまた、偽りの正義を掲げた議員どもを一人ずつ絞殺いたしました。
 貴女が孤児を手に掛けたと報じられれば、私も救いを求める無垢なる子らに愛を注ぎその魂を永遠の静寂へと導いて差し上げたのです。
 貴女が信徒を焚刑に処したと報道されれば、私は信仰を騙る偽善者たちを火にくべ、罪と共に焼き尽くしました。
 貴女が敵軍の降伏者を虐殺したと囁かれれば、私もまた、降りた兵らを祝祭の舞台にて氷の刃で浄化いたしました。
 教会を血で汚したと嘲られれば、私はその嘲笑を真実に変えるべく、教壇の上で神の名を口にした司祭を屠り、聖書を血で綴り直しました……!
 ――すべては、ジャンヌ。特別な存在である貴女の軌跡を、この哀れな魂に刻みつけるために……!」

ジャンヌの模倣。その名目で自らが行ってきた様々な悪行。
それを、親に褒めてもらいたがる子供のように、誇らしげに口にする。
悪徳を誇るのではなく、自分の行ってきた献身を、ただ相手に認めて欲しいという純粋な哀願が込められていた。

その告白に、ジャンヌは全てを理解したように深く、長く、目を閉じた。
目の前の相手はフレゼアと同じだった。
目の前にいるのは、自分という象徴が生んでしまった『歪み』そのものだった。

447氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:35:58 ID:IwbDKrGw0
ジャンヌは、目を開ける。
その瞳には、迷いがあった。痛みがあった。
それでも彼女は決して揺るがぬ聖女としての声で、まっすぐに言葉を紡いだ。

「……ジルドレイ。あなたのしてきたこと。その動機も、その歩みも……すべて私を慕うその一心から。
 その心に偽りはなく、その始まりに何の悪意もなかったと私は信じます」

その声は澄んだ響きをもってジルドレイの耳を貫いた。
ジャンヌは、模倣と狂信に取り憑かれた目の前の男の存在を否定しなかった。
それは彼の心にとって、最初で最後の承認だった。
ジルドレイの顔が、一瞬で歪む。狂喜の熱がその頬に走る。

「けれど――それが正しい行いであるとは言えません。
 模倣そのものは悪ではない。人は誰しも、誰かに憧れて、真似て、そこから道を歩き始めるもの。
 けれど、その行いが『正しいかどうか』を決めるのは、貴方自身の心でなければならないのです」

風が草原を撫でた。
どこか寂しげで、冷たい風がジルドレイの頬を撫で、彼の皮膚を薄く凍らせてゆく。
彼は目を細めた。困惑するように。

「な……何をおっしゃるのですジャンヌ。
 正しき貴女の行いであれば、それは正しきことなのでしょう!?」

ジルドレイの声が荒れる。怒りではない。
それは、怯えと、何かに縋る不安の声だった。

ジルドレイは心を持たず、共感という概念を知らない。
だからこそ、世界で唯一『絶対に正しい存在』であるジャンヌをなぞり続けてきたのだ。
彼にとってそれは、正しき人であるための唯一の道標だった。
だが、その道標たるジャンヌは痛ましげに首を振った。

「……私は、決して全てを正しく導けるような特別な存在ではありません。
 たとえ人々が聖女と呼ぼうと、私の本質は変わりません。私はどこいでもいるような小娘でしないのです。
 当たり前の正義感を持って、目の前の苦しみに手を伸ばした、ただそれだけの人間です」

その言葉は優しく、それゆえにあまりに残酷だった。
ジルドレイの内側で、何かが壊れる音がした。

「……な……ん、ですと……?」

ゆらり、と彼の身体が揺れた。
瞳に宿っていた狂信が、ひび割れたガラスのように音もなく軋む。

「違う……違う……そんなはずは……! 何をおしゃるのですジャンヌ!?
 貴女は選ばれし者だ……唯一無二の聖女だ……!!」

ジルドレイの声は、掠れたように震えていた。
まるで道に迷った幼子のように。

「それが……どこいでもいるような凡俗? 誰でもなれる?
 何故そのような世迷言を……貴女は、特別でなければならないのに……。
 あの愚かな神父と同じことを言うのですか、ジャンヌ……ッ!!?」

脳裏に、かつてジャンヌを凡俗と貶め自分を否定した神父の言葉が浮かぶ。
それと同じことを、彼にとって『聖典』だったジャンヌが口にしたのだ。
それはジルドレイにとって、全てを否定されることに等しい。

「私が……何も感じず、誰にも共感できなかった人生で……ただ、貴女だけが……唯一、美しかった。光だった。
 貴女を特別だと……信じていた想いだけは……どうか、それだけは……奪わないでくれ……!」

嗚咽のような声だった。
それは、泣けない生き物が泣こうとしたような、命の音だった。

「だから……どうか、それだけは――それだけは否定しないで……」

草原に立つジャンヌの姿を、ジルドレイは懇願するように見つめる。
その目に宿るのは、歪な信仰でも、純然たる憧憬でもない。
けれど確かに、ジルドレイ・モントランシーという人間にとって、それは唯一の尊き灯火だった。

ジャンヌは、黙してその姿を見ていた。
拒絶ではない。ただ、言葉を探していた。
目の前にいる、導を失った迷子に語りかけるための、たったひとつの言葉を。

448氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:36:17 ID:IwbDKrGw0
彼の足元から、静かに冷気が広がる。
草花が凍りつき、霜が白く地表を覆ってゆく。
ジルドレイの感情が、超力とともに世界へ滲み出していた。

「……ジルドレイ。貴方が私を通して見た『光』が、たとえ歪んでいたとしても……それを私は否定しません。
 それが貴方の中に、初めて灯ったものだったのなら、それは……確かに貴方のものです」

その声は、限りなく優しかった。
けれどその優しさは、ジルドレイの魂を裂くほどに痛みを孕んでいた。

「……ですが、あなたは、その光の使い方を間違えた。
 光を盲信するのではなく、自らの足元を照らす灯火として、進むべき道を照らすべきだったのです」

言葉の温度がわずかに下がる。
ジャンヌの声は、今や決意を帯びた硬質な響きを纏っていた。

「貴方が私の光によって生まれた影だと言うのなら……私は、貴方を止めなければなりません」

その瞳が、真っ直ぐにジルドレイを見据える。
赦しではなく、責任として告げられた非情な宣告。

これを受けたジルドレイは、笑っていた。
それは歓喜の笑みではない。
諦め、壊れ、崩れた、泣き笑いのようなものだった。

「おお…………おおっ……正しくそれだっ!! その輝きッ、これこそが、私のジャンヌ……!」

嗚咽と歓喜がない交ぜになった声。
口元に、血のように薄い笑みがにじみ、わずかに引きつる。

自身に向けられる意志の光。
これこそが、心無きジルドレイが焦がれたジャンヌの光。
これほど眩いものが、凡庸な紛い物などであるはずがない。

「なんという…………なんという悲劇だ……まさか貴女ご自身が、それに気づいておられないとは!!」

その声からは、もはや先ほどの哀願は消えていた。
氷のように粉々に砕け散った信仰が、継ぎ接ぎのまま形を成して行く。
同じではなく、都合のいい形を成すように、歪んだ違う形で。

「確かに……自身の光というものは、己には見えぬ。道理です」

氷の花が一輪、彼の足元に咲く。
それは、まるで神像の祭壇に捧げられた供物のように、儀式的で、厳かだった。

「よろしいっ!! ならばこの不肖ジルドレイ・モントランシーが証明致しましょうぞ!
 貴女こそが唯一無二、真なる神聖であると、この世の隅々に至るまで知らしめて差し上げます……!」

ジルドレイの両目が見開かれる。
欠損したはずの右目には、青白い氷のレンズが構築され、幽かに輝く義眼となった。
目としての機能がある訳ではないのだろう。だが、もうそこに忌々しい神の幻影は映さない。
外ならぬジャンヌのためと言う使命感が、その幻影を塗りつぶすように打ち消した。

失われた右腕には鋭利な氷の義肢がせり上がり、冷気が血管のように皮膚下を這っていく。
美しさすら感じさせる彫刻のような形状。
しかし、それは冷たく、禍々しく、まさに異形の象徴。

ジャンヌと同じ顔をした怪人がそこに立っていた。
ジルドレイ・モントランシーは、いまや人を超え、聖女の形をした祈りの偶像と化していた。

449氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:36:44 ID:IwbDKrGw0
「な、にを…………?」

ジャンヌは困惑に眉を寄せた。
ジルドレイは、祈りにも似た敬虔な口調で答える。

「ご安心めされよ! ジャンヌが凡俗を自称し、己が光を否定する。ならば……ッ!!」

ジルドレイの声は、静かに、けれど確かな熱を孕んでいた。
瞳に映るジャンヌを仰ぎ、胸に手を当てるように一礼すると、告げる。

「この私が、それをお見せいたしましょう。
 貴女の知らぬ貴女の光を……ジャンヌ・ストラスブールの正義を、この身にて、貴女様に証明してみせます!!」

その声音には、誓いにも似た敬虔な決意が宿っていた。
だがそれはあまりに一方的で、狂気じみた献身だった。
続けて、ジルドレイは思案するように呟く。

「確か、御身はこの先で巨悪を討つご予定でしたか。
 ふぅ〜む。この先にある施設と言いますと、港湾と灯台でしたか……どちらかに『巨悪』がいるのですね。
 まあどちらも両方を訪ねるとしましょう。正義の証明に相応しい舞台ですから」

氷の靴音を響かせ、ジルドレイが歩き出す。

「お待ちなさい!!」

ジャンヌの声が、鋭く空気を裂いた。
彼女が駆け出そうとした、だがその刹那――氷が爆ぜ、地を這い、彼女の足元へと一気に迫る。
瞬く間に草花が凍結し、大地は白銀の監獄と化した。

「く……ッ!」

身体を翻す間もなく、膝上までを凍てつかされる。
さらに分厚い氷の壁が、彼女の周囲を静かに覆い囲む。
それは攻撃ではない。
触れさせず、近づけず、穢れさせぬための――隔絶の結界だった。

「そこで少々お待ちを、貴女が訪れる頃には既に証明は完了していることでしょう。
 存分にご照覧あれ、私の信ずるジャンヌの光を。さすれば貴女もご理解なさる事でしょう、御身が特別な存在であると!!」
「ジルドレイ……!」

ジャンヌの叫びは、氷壁に吸い込まれ、音すら凍るようにかき消える。
瞬時にジャンヌは焔の翼を広げ、氷を融かした。
彼女の身体を包んでいた霜が、一気に蒸気となって立ち昇り、周囲を朝靄のように覆ってゆく。

白煙が晴れたときには、もうそこにジルドレイの姿はなかった。
草原の彼方、港湾へと続く道を、氷の風が駆けていく。

「くっ……!」

歯を噛み締めるジャンヌ。
港湾に待つのは巨悪。宿敵たるルーサー・キングだ。
それがジルドレイと潰し合うのならジャンヌにとって好都合な展開である。

だが、彼女の脳裏にはそのような損得勘定など一切浮かばなかった。
ジルドレイがこれ以上間違いを重ねる前に止めねばならない。
彼女を動かすのはその責任と使命だけである。

凍りついた朝露の大地に、炎を帯びた足が再び触れる。
まるで陽光のように、ジャンヌ・ストラスブールは、走り出す。
残る氷は溶け、砕け、どこにもなかったように消え去った。

【D-4/草原/一日目 朝】
【ジャンヌ・ストラスブール】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、右脇腹に火傷
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.正義を貫く。だが、その為に何をすべきか?
1.ジルドレイを追い彼の凶行を止める
2.ルーサー・キングとの合流地点(港湾)を目指す。
3.刑務の是非、受刑者達の意志と向き合いたい。
※ジャンヌが対立していた『欧州一帯に根を張る巨大犯罪組織』の総元締めがルーサー・キングです。
※ジャンヌの刑罰は『終身刑』ですが、アビスでは『無期懲役』と同等の扱いです。

【ジルドレイ・モントランシー】
[状態]: 右目喪失(氷の義眼)、右腕欠損(氷の義肢)、怒りの感情、精神崩壊(精神再構築)、全身に火傷、胸部に打撲
[道具]: 無し
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本. ジャンヌを取り戻す。
1.港湾と灯台に向かい、ジャンヌの光をジャンヌに証明する
2.出逢った全てを惨たらしく殺す。
※夜上神一郎によって『怒りの感情』を知りました。
※自身のアイデンティティが崩壊しかけ、発狂したことで超力が大幅強化された可能性があります。

450氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:37:11 ID:IwbDKrGw0
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