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オリロワA part2

447氷の偶像 ◆H3bky6/SCY:2025/06/08(日) 13:35:58 ID:IwbDKrGw0
ジャンヌは、目を開ける。
その瞳には、迷いがあった。痛みがあった。
それでも彼女は決して揺るがぬ聖女としての声で、まっすぐに言葉を紡いだ。

「……ジルドレイ。あなたのしてきたこと。その動機も、その歩みも……すべて私を慕うその一心から。
 その心に偽りはなく、その始まりに何の悪意もなかったと私は信じます」

その声は澄んだ響きをもってジルドレイの耳を貫いた。
ジャンヌは、模倣と狂信に取り憑かれた目の前の男の存在を否定しなかった。
それは彼の心にとって、最初で最後の承認だった。
ジルドレイの顔が、一瞬で歪む。狂喜の熱がその頬に走る。

「けれど――それが正しい行いであるとは言えません。
 模倣そのものは悪ではない。人は誰しも、誰かに憧れて、真似て、そこから道を歩き始めるもの。
 けれど、その行いが『正しいかどうか』を決めるのは、貴方自身の心でなければならないのです」

風が草原を撫でた。
どこか寂しげで、冷たい風がジルドレイの頬を撫で、彼の皮膚を薄く凍らせてゆく。
彼は目を細めた。困惑するように。

「な……何をおっしゃるのですジャンヌ。
 正しき貴女の行いであれば、それは正しきことなのでしょう!?」

ジルドレイの声が荒れる。怒りではない。
それは、怯えと、何かに縋る不安の声だった。

ジルドレイは心を持たず、共感という概念を知らない。
だからこそ、世界で唯一『絶対に正しい存在』であるジャンヌをなぞり続けてきたのだ。
彼にとってそれは、正しき人であるための唯一の道標だった。
だが、その道標たるジャンヌは痛ましげに首を振った。

「……私は、決して全てを正しく導けるような特別な存在ではありません。
 たとえ人々が聖女と呼ぼうと、私の本質は変わりません。私はどこいでもいるような小娘でしないのです。
 当たり前の正義感を持って、目の前の苦しみに手を伸ばした、ただそれだけの人間です」

その言葉は優しく、それゆえにあまりに残酷だった。
ジルドレイの内側で、何かが壊れる音がした。

「……な……ん、ですと……?」

ゆらり、と彼の身体が揺れた。
瞳に宿っていた狂信が、ひび割れたガラスのように音もなく軋む。

「違う……違う……そんなはずは……! 何をおしゃるのですジャンヌ!?
 貴女は選ばれし者だ……唯一無二の聖女だ……!!」

ジルドレイの声は、掠れたように震えていた。
まるで道に迷った幼子のように。

「それが……どこいでもいるような凡俗? 誰でもなれる?
 何故そのような世迷言を……貴女は、特別でなければならないのに……。
 あの愚かな神父と同じことを言うのですか、ジャンヌ……ッ!!?」

脳裏に、かつてジャンヌを凡俗と貶め自分を否定した神父の言葉が浮かぶ。
それと同じことを、彼にとって『聖典』だったジャンヌが口にしたのだ。
それはジルドレイにとって、全てを否定されることに等しい。

「私が……何も感じず、誰にも共感できなかった人生で……ただ、貴女だけが……唯一、美しかった。光だった。
 貴女を特別だと……信じていた想いだけは……どうか、それだけは……奪わないでくれ……!」

嗚咽のような声だった。
それは、泣けない生き物が泣こうとしたような、命の音だった。

「だから……どうか、それだけは――それだけは否定しないで……」

草原に立つジャンヌの姿を、ジルドレイは懇願するように見つめる。
その目に宿るのは、歪な信仰でも、純然たる憧憬でもない。
けれど確かに、ジルドレイ・モントランシーという人間にとって、それは唯一の尊き灯火だった。

ジャンヌは、黙してその姿を見ていた。
拒絶ではない。ただ、言葉を探していた。
目の前にいる、導を失った迷子に語りかけるための、たったひとつの言葉を。


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