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ガールズアンドパンツァー・バトルロワイアル part2
1
:
名無しさん
:2020/01/02(木) 11:46:13 ID:E/jojs..0
―――学園艦生徒諸君。本日はまこと残念ながら、殲滅戦へ参加して頂く。
まとめWiki
ttp://www65.atwiki.jp/gup-br/
<参加者名簿>
【県立大洗女子学園】 10/18
○西住みほ/○武部沙織/●五十鈴華/○秋山優花里/○冷泉麻子
○角谷杏/○河嶋桃/●磯辺典子/●近藤妙子/●カエサル
○澤梓/●山郷あゆみ/○阪口桂利奈/●丸山紗希/○ホシノ
○ツチヤ/●園みどり子/●後藤モヨ子
【聖グロリアーナ女学院】 4/4
○ダージリン/○オレンジペコ/○アッサム/○ローズヒップ
【サンダース大学付属高校】3/3
○ケイ/○アリサ/○ナオミ
【アンツィオ高校】 2/3
○アンチョビ/○ペパロニ/●カルパッチョ
【プラウダ高校】 1/3
●カチューシャ/○ノンナ/●クラーラ
【黒森峰女学園】 1/3
●西住まほ/○逸見エリカ/●赤星小梅
【知波単学園】 1/2
●西絹代/○福田
【継続高校】 2/3
○ミカ/●アキ/○ミッコ
【大学選抜チーム】1/1
○島田愛里寿
以上、25/40名
187
:
西住より──あなたの戦車道
:2023/09/14(木) 06:08:31 ID:bcIUdLzA0
「レスバぐらいしないから、こうやって騙されるのよ!」ケイはエリカから目を逸らさない。撃てない銃に価値はない。彼女には撃てない。そんな認識が反応を遅らせた。アンチョビが小銃の銃床をこん棒のように振りかぶる。右腕を挟んで、衝撃を和らげるよりも先にエリカの渾身の一発がケイの顎を捉える。衝撃とともにケイの脳が揺れる。遅れて届いた銃床が、彼女の頭を捉えた。「…………っ!」ケイの身体が中空を掴みながら地面に倒れた。ひどく脳を揺らされて意識が朦朧としていた。と同時に、エリカが振り切った勢いを制御しきれず地面に転がる。気が付けば、その場に立っている者はアンチョビだけだった。──────────────
188
:
西住より──あなたの戦車道
:2023/09/14(木) 06:08:49 ID:bcIUdLzA0
半壊したアイスグリーンのツインテールを揺らして、一人残った隊長がふらふらと倒れ伏した二人に近寄る。不用心に、彼女たちがちゃんと生きているかを確かめるように。「ねえ、」「うわあっ!」アンチョビは残った方のツインテールが跳ね上がるほど驚いた。すでにケイはしっかりと意識を戻している。立とうと思えば立てる、でも。立ち上がる気になれなかった。それに何よりも気になることもあったから。「どうやって、銃弾を躱したの? 指の動き? 体幹の重心? それとも──」「いやいや、そんなの無理無理」身体を動かすのも億劫そうに、しかし口と意志をぶつけるケイにアンチョビは首を振った。お前やまほでもないのにそんなことができるわけないだろ。「ただ、内心撃ちたくないと思ってるって信じてたからな」「だから、お前の眼を見て、一番躊躇した瞬間に横に飛んだだけだ」言っとくけど、今同じことをやれって言われたって絶対に無理だからな!「あなた、思ったよりもトンでもなのね……」どーいう意味だよ!ケイは、ハアっと聞こえよがしに本当に大きな溜息をついた。何もかもが馬鹿らしくなりそうだった。この子は、本当に、本当に──。「……最後のは? 私の銃を落としたの」「ああ、あれは……あいつの真似だよ」やっとのことで出した付け焼刃を正面から打ち破るの、あいつの十八番だっただろ。ケイはキョトンとして、次に微笑を零して、そうね……と小さな同意を囁いた。彼女には遠く及ばないけどね。「それにあなたのも小細工じゃない」「分かってるよ。……本当にすごい奴だったよな」「……ええ、本当に」
189
:
西住より──あなたの戦車道
:2023/09/14(木) 06:09:03 ID:bcIUdLzA0
私たちの世代は、いつだって彼女が中心で、皆が彼女に憧れて、皆が彼女を目指していた。西住まほは、私たちの世代の中心だった。アンチョビは目を潤ませて、どこか戦車道の後の検討会のようなこの時間にフフッと笑ってしまった。ケイはバツが悪そうに黙り込んで、また大きな息を吐いた。その隣で立ち上げる姿が見えた。逸見エリカ。「エリカ?」そのまま立ち上がったエリカに、アンチョビはカッコよかったぞくらい言ってやろうとして、無言でケイに向かって歩み寄るエリカを見た。エリカはそのまま横たわるケイに蹴りを入れる。これにはケイも"oops"と悶絶。そのままファックサインしながら。「せめて専スレぐらいは覗いておくべきだったわね!」うーん。思ったよりカッコよくなかったな。「絶対に健康に悪いぞ」エリカがアンチョビを見た。アンチョビもエリカに近づいていく。どちらともなく拳を突き出して、パシンと乾いた音が鳴った。彼女たちの勝利である。※ ※ ※
190
:
西住より──あなたの戦車道
:2023/09/14(木) 06:09:16 ID:bcIUdLzA0
『それでも彼女は大人ではなかったですね』『あの人がこの場でなすべきことは人々を導くこと』『危険を冒して人々を守るなんてことは隊長にあるまじき行為』『но、だからこそ彼女は素敵で誰からも慕われる隊長だったのでしょう』『あなたはどうです。みほさん……』※ ※ ※
191
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:09:47 ID:bcIUdLzA0
角谷ってさあ、ロリ体系だよな。13歳のガキが言い合っていた。角谷杏は相手にしなかった。彼女は思慮深く大人びていた。彼女の年齢にしては高度な知性は、知った言葉を使いたがる子供を相手にしない態度を──、ある種の驕りを抱かせるのに十分だった。ただ、集団は常に上から目線の増長慢はつまはじきにするので、哀れ角谷杏はいじめに遭い、知性は感情によってくすんでしまい、恐るべき才能の輝きがそこら辺のイミテーションに劣るまで削られる。そんな可能性もあった。しかし、そうならなかった。角谷杏は人を利用することに長けていたし、その才能をふるうことに何ら躊躇しなかった。並み外れたその才能。人の弱点を的確に掌握し、意のままに操る、そんな謀略の才能が彼女の小さな身体に眠っていた。悪意の標的にならないように立ち回ることも、上位カーストから畏怖を得ることも、ガキの彼女にとって児戯にも等しかった。彼女になかったのは人に好かれる才能と身長くらいで、そんなものに彼女は人生の価値を見出したりはしなかった。周辺と比べて頭一つ小さかろうが、桃ちゃんと比べて頭三つくらい小さかろうが、桃ちゃん三つ分くらいの計算能力も想像力もあるから。角谷杏は負け惜しみでもなくそう思っていた。──それに、小山もかーしまも何がいいのかこんな性悪のことを支えてくれるから。だからあいつらにはいい思いせてやりたいよねえ。もらったものは返してやりたい。とくにかーしまは私のことをヒーローかなんかを見るみたいな目で見るからさあ。裏切れないよね。どうしても。角谷杏の世界は二人がいて、二人を取り巻く街並みと人々がいて、あとは何か持っているお偉いさんと、テレビの向こうの見当もつかない人たちと有象無象たち、それから幼き日に見た思い出の宝石でできている。優れた能力から見下げる偏狭な世界観。彼女はそんな世界をうまく泳ぐ能力がある。いつか鼻っ柱をへし折られるんだろうな。そう思っても上手く生きることはやめられない。それは自分の優れた才能なんだぞと、言わなきゃ何だかやってられないから。二人と彼女たちが信じる人たち以外信じてない。二人のことは好き。失敗しても構わない。人間限界があるよねえ。かーしま無理するなー。生徒たちも好き。私たちが生きている場所を構成しているから。間違ってもいいよ。私たちが何とかしてやろう。ほかの人もいいよ、失敗しても、どうでもいいから。自分の身もあいつらの身も守れるくらいの対策はしているから。勝手に転んでうずくまっていろ。今日も楽しいなあ。面倒くさいことはしたくない。いつか私もミスって派手に転ぶ日が来るかもしれないね。どうにもできない時間がやってくるかも。それを避けるにはもっと真面目にやっていかなきゃならないんだけどさ。どうにもやる気が出ないんだよね。
192
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:10:07 ID:bcIUdLzA0
そんなの彼女にはどうだって良かった。今は杏には杏を受け入れてくれる人たちがいて、その人たちを取り巻く優しい世界がある。もしかしたらぬるま湯の中にいる小娘が見る砂上の楼閣かもしれないけれど、そこにいる今の私は十分幸せ。才能あるから見えちゃうんだよね、これ以上登ったら面倒くさいぞって。人生賭けてやることなんて思いつかないし、のほほんと生きていよう。たまに寂しくなるけどね。その辺のお嬢さんみたいにこと考えちゃうよ。私のこと分かってくれる人なんていないとも思うし、簡単に理解されたら反発しちゃうみたいなさ。だから、ついに年貢の納め時が来た方って思ったよ、自分の能力を総動員しても超えられるかわからない壁、阻まれたらきっと糸が切れた凧みたいにどこかに流されてしまうだろうなって障害。なまじ先が見えちゃうから、分かっちゃうんだよね。自分じゃ超えられないってことが。あいつらには見せないようにしていたけれど、内心無理だって思っちゃってたよ。心の奥底には諦念があった。でも、何もせずに負ける姿なんて見せられない。かーしまの憧れを裏切れない。方々に手を尽くして、可哀そうぶって愛想を振りまいて、賢しらぶって感情を隠して、一縷の望みを賭けて戦車道にも手を出して、でも現実は非情で──。いるんだよ。かーしま、小山、ちょび。現実を変えられる英雄は本当にいたんだ。彼女は私の先に立っていてくれてるんだ。だから私はもう寂しくなんてないんだよ。※
193
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:10:22 ID:bcIUdLzA0
五十鈴華が爛れた身体を斜めに切り裂かれて倒れている。すでに命はない。武部沙織が爛れた身体を抱え込んで蹲って動かない。もうすぐに命はなさそうだ。ここまで6時間余り、14人に加えて少々が同じ目に遭っているのだろうな。と杏は思う。放送で名簿が割れるまで、その中に小山や河嶋がその中に含まれていない保証はなかった。河嶋については今すぐにでもそうなってしまう可能性が残っている。(西住ちゃん。君も君の仲間もそうだよ)賢い君ならわかってるよね。言いたくもない台詞が杏に浮かぶ。できるなら心の底から彼女には励んでほしい。角谷杏はモチベーションを大切にします。それが君ならなおさらね。しかし、あのイカレた北の6尺様は随分暴れまわったようだ。彼女の抱える肉塊寸前とその前にあるなり立てを見てげんなりとした。「……安心してよ西住ちゃん。その子たちをそんなにして奴はもうやっつけたよ。もう気にしなくていいよ」パチンッ! 手を叩いた。話を切り替える。西住みほの視線を取り戻す。「単刀直入に言おう西住ちゃん! 世界の半分をあげるから世界の半分を頂戴!」西住みほが怪訝な──焦りと不可解さを抱えた視線を杏に浴びせる。目の前に横たわる沙織をしきりに気にしている。「さっさと済むよ」10年前なら武部ちゃんを助けられなかったかもしれないけれど、今は違うからね──。「さっきの声、聞いたっしょ」……カチューシャさんの、拡声器ですか。そうそうそれそれ。あれは元は西ちゃんのなんだよね。さっき死んじゃったけど。「アレでカチューシャ殺したんだけどさー、それをそこにいた二人に見られちゃったんだよね」ケイとアンチョビにさ。何でもないことのように語る杏をみほは眦を歪ませて見る。この人は、本当に一緒に戦ってきた生徒会長の角谷杏なのか、みほには信じられなくなった。滔々と自らの殺人について語る姿は、まるで別の生き物のようだ。あのとき喜びを露わにして抱き着いてきた少女と同じ人物なのだろうか。信じられない。……いや、違う。一度だけ、同じ印象を抱いたことがある。大洗学園にやってきたとき、しがらみから解放された新しい生活を送ろうとしていたとき、この人に声を掛けられたとき、同じ印象を感じたような。「声は君も含めて何人かには聞かれたかな。これじゃすぐに知れ渡っちゃうね。角谷杏は人殺しだって」
194
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:10:36 ID:bcIUdLzA0
どうしてですか。んー? 杏が小首をかしげる。この人に口で勝てるとはみほも思えない。この人は他人を型にはめて動かすのが抜群にうまい。今の状態なら彼女に何を言ったところでいなされてしまって終わりだろう。ただ、どうしても聞きたかった。どうして会長さんもそんなに平気な顔ができるんですか。「そりゃ平気だから。しかしもと来たかー」……ケイだったりしたら、ちょびがまずいかもね。話を逸らさないでください。みほが睨みつける。杏がぱちくりと瞬きをする。全然慣れていない顔だった。ああ、ごめんね。でも平気だから平気としか言いようがないんだよね。「目的としては大暴れしてるノンナをおびき寄せて殺すためだったわけだけど」あ、ちなみに武部ちゃんと五十鈴ちゃんをそんなにしたのはノンナね。西住みほは目をきつく瞑った。そして開いて出てきた瞳はやりきれない子供のような瞳。角谷杏は微笑む。「誰かが立ち向わないといけない──そして私はすぐに状況に適応できた」となれば戦わなくちゃ。君たちみたいな、日常に微睡んでる愛おしい大洗を守るためにさ──。うさん臭い口ぶりだが、表情は真摯なものであり、少なくとも真実の一端を含んでいた。そして、それもまた彼女のアピールだということも。「さて、私が遅かったせいでそんなにされた武部ちゃんのためにも話を前に進めようか」「今私が乗った、あるいは殺したと知っているのは4人、君とさっきの二人、あとは君のツレ」教えてくれてもいいかね。……エリカさんです。「へー、やるねえ、西住ちゃん。あの副隊長を手なづけたんだ」あ、ごめんごめん。そんな顔しないでよ……。
195
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:10:52 ID:bcIUdLzA0
「有名校の隊長と副隊長、その前に私という現実的な脅威が迫っているわけだ」「君という総隊長は私を討伐しなければならないね。すごい、現代の征夷大将軍だ」「で、提案ってのはさ。裏で私と組みながら、君が大集団を形成するんだ」「君に説くまでもないけれども、数は力だ──。隊長ばかり4人集団なら正面から突っかかれる奴はいない」「そして西住ちゃんは高校戦車道を率いた隊長、能力、実績としても十分。正直、多人数でいるなら面と向かって君を殺せる奴なんていないと思うよ」「それは、君が強いということもあるけど、皆が内心持っているある種の希望を完全に断ち切る行為だからね」言葉にはしないが、そ殺し合いの打破のことを言っている。みほは理解する。「そもそも先の戦いも君と戦って感化された皆が集まってくれたから勝てたんだ」「君が乗るわけないなんてみんな分かっている。君は集団の頭目としてこれ以上ないほど最適なんだ」「で、私と組もうよ。君はたらたら戦って集団を徐々に消耗させる」「私は逃げ回りながら、君の統制を乱すやつを粛正していく」「名付けて、干し芋半分こ作戦だ。西住ちゃん、私と組んで、すべてを手にしようよ!」まあ、すべてって言っても。人間ばかり三人分だけだけどね。首輪を叩いて杏がみほに視線を送る。みほは会長の意図するところをすぐに理解する。すなわち、自身に対主催グループを率いろ。殺人者や裏切り者の粛清は自身がやる──と。「あ、あと一人は私はかーしま入れたい。納得できなければそこでバトルね」「……ふざけないでください。そんなことを本気で言っているんですか?」
196
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:11:06 ID:bcIUdLzA0
言いながら横たわる武部沙織の胸元あたりを優しくさする。彼女は身じろぎもしない。身体に力がなくて心配になる。みほは杏に急かすような視線を向けた。「ふざけてないよー。……正直さ、死人の偏りがひどすぎるんだよね」「君に言うのは釈迦に説法で、大分もどかしい話にかもしれないけど、さっさと現状を再認識しようか」「前回放送までに死んだのは14人、さっきのアラーム加えて16人。アレが言ってたけどさ、ほんとにとんでもないペースだよ」「うち私たちと同校の生徒は6人、プラウダと知波単が全滅。他がちらほら死人を出している」「にもかかわらず、聖グロとサンダースは一人も死んでいない。どういうことだろうね」チーム戦のルールが効いているということだと、みほが答える。「そう、このルールによって抑制されたことは同高校生徒の同士討ちだ」どこの高校の生徒が何人参加しているかわからないなら、同校の奴相手を即殺したりしないよね。「つまるところ三人生き残れるわけだから、初めに出会った奴が同じ高校ならそいつらは基本的に殺しあわない」「にもかかわらず私たちの生徒が6名も死んだってことは、他校には最高で6人の人殺しがいるってことだ。6/22だね」最低だったら一人、いや二人か。ノンナ乗ってたからね。最も一人で5人殺す激ヤバ殺人鬼がいるとは思いたくないけど。
197
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:11:21 ID:bcIUdLzA0
「もちろんそれは他校にも当てはまる──私たちを含めてさらに7人、いや、4人か。私が二人殺して、福田ちゃんがノンナに殺されたからね」許してね。福田ちゃん。つまり最も悪い場合を仮定すると、全体として10/40が乗ってるし、今生きている連中の中にも8人、8/24が乗っている可能性が有るってこと。「3分の1人殺しだよ。友情はどこ行っちゃったんだか」「さて、西住ちゃん。ここまで推定の乗っちゃった人数だけど。まだまだ絞れる材料があるね」チーム数、チーム名と所属していない人の名前、あの役人はチーム無所属者は乗っている可能性が高いと言っていたが、それは彼らによる心理誘導だ、と思う。「そう、今あるチームは6チーム。青い鳥とまずい朝飯、アンツィオのと島田、それと君たちと我らが杏ちょび」君らのダガーマークについて聞き明かしたいところだけど……話を進めようか。「フリーの奴らの名前と人数、冷泉麻子、河嶋桃、ホシノ、ダージリン、オレンジペコ、アッサム、ペパロニ、島田愛里寿、ミッコ。以上9名と照らし合わせて後に、私たちの所属チームを除外する」「さて、分かることは何かな?! 西住ちゃん!」「すみません、名簿はまだ、見ていないんです……」「おいおい、しっかりしてよ、西住ちゃ〜ん」けどまあ、しょうがないか。目の前で親友二人が殺されたあるいは死にかけているんだ。その上、お姉さんが死んで、こうやって平静に話ができるだけでもありがたい状態だ。角谷杏は思う。やっぱり、鉄火場ではいつも強く在ってくれるんだね。私が君を心から尊敬している理由なんだ。「まあ、あとで名簿見ればわかるけど、ダージリンは乗っていない、けど聖グロメンバーは乗ってるってことだね」「乗ってるダージリンには、ペパロニなんかと組む理由はない。ましてやちょびを呼び出す理由もね」ちょびがうおお殺しまくるぜなんて性格じゃないことは誰だって知ってる。さっきまで泣きべそ掻いてたし。「この暗号含んだ名前ならダージリンが主導権握ってるだろうし、まっとうな協力体制のチームってところかな」ちょびが生きている限り、……ケイが本気で殺しに来たら今のちょびなんて5秒も持たないからさっさと終わらせるか。
198
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:11:44 ID:bcIUdLzA0
「さて、聖グロの殺人鬼たちについてだね。君なら朝飯前だとおもうから、武部ちゃんのためにもさっさと終わらせるために整理しないでごちゃごちゃ言うよ」全体の南部で起きてた戦闘は撃ったり刺したりで終わる小規模なものばかりだった。そいしてだいたいが偶発的、出会い頭で迷いながら殺しましたってものばかり。想像だけどね。対して北部はさっきからの爆発音やら黒煙やらと良い、配信されてきた拷問動画と良い、手の込んだものばかりだ。その上、死人も大量に出ている。あんなもの単独犯じゃ到底できないだろうね。少なくとも、気の知れた仲間がいるグループ、それとは別に、積極的に乗っている奴、そこら辺の協力があったんじゃないかな。「……ッ」見ると、西住みほが武部沙織に負担をかけないように縋りついている。杏は無慈悲に、聞こえてると思うからと言うと、ろくでもない話を続ける。さて、さっきの考え方、乗ってるだろう人数、チーム所属者、それから明かされた名簿と死亡者の位置、それに継続生徒の拷問映像から見るに、おそらくC-4、C-5の住宅街には殺人鬼グループが居座っている。そしてそれは即興で人殺しができるだけの関係性で、そこそこ力量がある。死にまくっている私たちの学校の生徒ではない。全滅した知波単は関係なく、黒森峰、プラウダでもない。継続の二人もない。おそらく、サンダースか聖グロ。(言い忘れていたけど、西ちゃんと一緒にいたローズヒップがさらに北上して、そして死んでなさそうなところを見るに)聖グロ二名、アッサムとオレンジペコは確定でクロだ。そしてサンダースの二人も乗ってる可能性が高い……前の戦車道の試合であんなチートした奴と、冷徹なスナイパー。彼女たちならケイが乗る可能性が高いことを理解しててもおかしくない。その上で乗らない道を選べるかって言うとね。できないんじゃないかな。そんな奴らが、未だに住宅街に留まっている。「一方でこれはチャンスでもある。一気に敵を片付けるね。それがさっきの干し芋半分こ作戦」今、私たちのエリアにはケイとちょび、エリカがいて、そして1時間後には封鎖される。人数差を生かしてケイを片付ける。何なら私が殺してもいいよ。それから君たちは、可能ならばダージリン及びペパロニと合流。それができれば、もう勝ったようなものだね。D-2を占拠して、あとは君が適切に采配を振るえれば──北部の殺人集団を一網打尽にできる。その後はさらに北の生き残りたちを見つければ、あとは私と君で選民決めればいい。小規模な殲滅戦だね。──まあ、ダージリンがC-3側についたら危ないかもしれないけどさ。西住ちゃん、ダージリンにだけは弱いからね〜。そのときは私が殺しに行くからさ。
199
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:12:02 ID:bcIUdLzA0
「君にしている提案はこんな感じだよ。さ、西住ちゃん、」私の手を取って。君と私が組めばできないことなんて何もない。私、君のためだったら何でもするよ。君が私たちのためにしてくれたこと。君が起こしてきた奇跡、それはどんなものと引き換えたとしても足りないんだ。(そう、結局、この殲滅戦は君のためのもの)君がいて、主催者に対抗できる要素が残っていて、君がその気になれば、君が君らしくあって、そのポテンシャルを発揮できるのならば、いつだって打破できる程度のもの。カチューシャを射殺した、あの瞬間、君の声が聞こえたときに、私は勝利を確信したんだ。あとはノンナを殺すことができたのならば、君を阻むものは何もないって。そして、私は引き寄せた。君と接触する機会を、勝利への道筋を。後は君が君の道を歩んでいくだけだ。……なのに──。(……なのに、なんでこんなに嫌な感じがするんだろう)河嶋が得意げに話しているときみたいな、破綻の感覚が忍び寄ってきている。
200
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:12:16 ID:bcIUdLzA0
角谷杏は西住みほを見る。胸部が上下していない。止まっている武部沙織を見る。アラームは未だに鳴っていない。まだ武部沙織は生きている。そんな生ある物体を、罅の一つも許さないかのように丁重に扱っている。縋っている西住みほ。いつかは杏も、沙織とみほのような関係をみほとの間に築きたかった。彼女と一緒にいろんな場所にいって、いろんなものを楽しんで、色んなことを言い合える。そんな関係。一般的な友人関係。時間をかけてそんな関係になりたかった。不意に音が聞こえた。ひいーひいー喉が引き攣った音で、抑えきれない悲しみの音だった。どこから聞こえるのか。杏は周囲を見渡した。光が差し込む窓際から、水にまみれた周辺のベッド。いろいろな液体の混じった目の前の床。そして、少女二人。音の出所は西住みほだった。彼女の呼吸音だった。彼女は過呼吸を起こしていた。「西住ちゃん、……大丈夫?」西住みほは、そんな優しさを全く無視した。彼女はもう、他者の感情にも、杏が述べていた戦略にも、今自分が置かれている状況にも、あるいは目の前にいる武部沙織のことさえも、頭の中から消し去ってしまっていた。彼女を支配しているのはたった一つ。角谷杏の話から気が付いた、ただ一つの事実。嗚呼。「ああ、…………お姉ちゃんが死んだ」※ ※ ※
201
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:12:31 ID:bcIUdLzA0
過呼吸に苦しむ西住みほのために、角谷杏は病室を飛び出した。無残さが撒き散らされた部屋とは異なり、水浸しではあるが、白く清潔な廊下を彼女は進む。(紙袋の一つも見つけてやろう──何を言えばいいかわからないしね)思えば、彼女と出会ってから、杏が彼女に対してできたことは、彼女の背に対して鞭打つ行為ばかりだった。少なくとも、目に見える形で飴のようなものを提示できたかといえばそれは否で、有意義な行為をしてやれたか問われれば怪しいと答えざるを得なかった。西住みほにとっての角谷杏という存在について、みほを自分にとっての英雄と位置付けている角谷杏は、考えることを避けていた。そのことは、みほに独りよがりな善意を押し付けることにつながっているとは思うが、どうしても、関係性の清算に踏み切ることができなかった。そのくせ新たに降りかかる問題の解決は、いつも彼女に任せている、いつも彼女の背に鞭を繰り出し続けている。馬じゃないんだからさー。(ごめんね、ごめんね、西住ちゃん)でもさ、君しかいないんだ。私にとっては、どこまで行っても君一人。あるいは、さらけ出せばよかったのか。私にはどうすることも出来ません。またいつものように私たちを救ってください。どうかお願いいたします。彼女に縋りついてお願いすればよかった?それは……嫌だ。角谷杏には受け入れらない。彼女を囲む信奉者の一人になるのはごめんだった。そんな角谷杏はただただ無力な小娘になってしまう。今までの角谷杏の世界は。自分と親友二人と地元と過去の友人、それを取り巻く環境だけの世界。いつ脅かされるかわからず、容易に崩壊しうる世界。それを救ってくれたのは西住みほだ。彼女は角谷杏の世界を救い、そして新しい景色を見せてくれた。純粋な期待を取り戻してくれた。だから角谷杏も、西住みほの世界の賑やかな群衆に紛れるくらいなら、角谷杏として彼女の世界に明確に存在していたい。どんな分類をされたとしても。しかし、トートロジー。角谷杏が存在感を示すことはいつもも西住みほを苦しめた。彼女は吐き捨てる。結局自分も西住みほという天才の前では群衆の一人に過ぎない。大人しく彼女に慈悲を乞い続けるしかない。今まで培ってきた偏屈な世界観は、彼女という本物の世界においては害悪にしかならない。彼女の世界を汚すものでしかない。
202
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:12:46 ID:bcIUdLzA0
現に、角谷杏はまたミスを犯していた。一つ、目の前の事柄だけに集中してしまったこと。角谷杏の知性は確かに世間一般よりも高い。しかしあくまで、西住みほやダージリン、賢いほうに分類される隊長たちと比べたなら同じレベルか、わずかに上回る程度に過ぎない。他者を圧倒して寄せ付けないと言えるほどではない。だからこそ相手より一つでも多く策謀を張り巡らせて続けることが大切だった。手数では相手より常に優位でなくてはならなかった。それが過去の角谷杏の勝利の秘訣だったのに。一つ、自我を出し過ぎたこと。角谷杏の大胆な一手は、常に自分を突き放したような態度から生まれる。廃校騒動における挫折の数々は、少なからず彼女の精神を苛んでいる。彼女が折れることがなかったのは、彼女自身が世界に対して冷笑的で身の程をわきまえていたからだった。彼女の余裕は彼女の不真面目さから生まれている。角谷杏の高い能力をもってすれば大抵の問題は何とかなったし、力を出し切っても解決できないようなことによる破滅を彼女はいつも受け入れていた。その態度は角谷杏の鉄壁の守りだったのに、それが突如として綻びを見せている。彼女は初めて夢を見せてくれる人を見つけたから。守りたいものができちゃった。そして、彼女にとって最悪の結果を招いた最後のミスは、気にしないようにしてきた弱さから生まれていた。なんで私は、西住ちゃんを脅したんだろうね。彼女の人格をもっとよく知っていれば、誠心誠意頼む道を検討できたのかもしれないのに。なんで私は廃校撤回についてよく確認しなかったんだろうね。あの役人との間で、もっと条件を詰めていたのならば、殲滅戦を開かせちゃうくらいに恥をかかせるととはなかったのかもしれないのに。なんで、カチューシャを撃ってしまったんだろう。もしかしたら、カチューシャにノンナを説得させていたなら、プラウダという巨大戦力を温存したうえで、主催と戦えたかもしれないのに。なんで、西住ちゃんを気遣えなかったのかな。西住ちゃんがそんなに強い人じゃないなんてこと、はじめっから分かっていただろ。勝手に彼女を英雄だと思い込んで、彼女を苦しめて。どうして考えることをやめたんだろう。それだけが私の武器なんだよ。 角谷ってさあ、ロリ体系だよな。皆で殴り合いになったらお前なんて下から数えた方が早い 角谷ってさあ、ロリ体系だよなあ。そんなお前が知性を捨てたなら、あとには何も残らないよ。角谷ってさあああ、ロリ体系だよなあああ。誰の役にも立てない。みんなに迷惑かけちゃうのに。なんで私は、あのとき……角谷ってさあああああああ、あいつの顔面に……体系いいいいいいいいいだああああああな。二発目の銃弾をぶち込まなかったんだろうね?
203
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:12:59 ID:bcIUdLzA0
息がかすれる声がした。目の前には怪物が立っていた。角谷杏は尻餅をついた。水面に手をついて、下半身を水に濡らす。怪物がいる。黒い艶やかな髪の毛をなびかせて、眼球を爛々と輝かせ、形のいい鼻をつんと尖らせている。それから下の部分はぐちゃぐちゃに崩壊している怪物。ほとんど屍のような風体にもかかわらず、力強さを欠片も失っていない身体。まごうことなき化け物が目の前に立っている。「しくじった……!」杏が身を翻す瞬間に、怪物が──ノンナが動いた。首から上のダメージを全く換算せずに放たれた蹴り、身長差34cmの威力は、杏の頬に正確に命中した。ギヒィとどこから漏れたかわからない声を上げながら転がっていく杏の軽い身体。当てられた側の歯が奥歯から揺らぎ、上下左右どころか世界が消失するほどの揺れが彼女の脳を襲う。ジタバタと手足が意識に反して勝手に動く。(何が、ああ、?)辛うじて思考をまとめた瞬間には、足が目の前に来ている。恐る恐る見上げた、上顎の歯は円形に折れており、ちぎり取れた舌先がチロリ、と覗けていた。全体が歪んでいることが怪物の笑みだということに気が付いた瞬間に、怖い頭の高い背丈の下胸の下の腕から銃口が覗いた。軽機関銃、戦場を引き裂く尖峰の切っ先が杏に向かっている。「──ッ」肩口を掠めて、転がって避けた。というよりは、当てなかった。続いて飛んできた蹴りが今度は杏の薄い腹に突き刺さる。衝撃と一緒に唾液と胃液が入り混じった汁を吐きながら、彼女の小さな体が宙を舞い、壁にぶち当たって止まった。(ああ、これは……やってしまったな)
204
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西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:13:16 ID:bcIUdLzA0
嬲るように、電池切れ寸前の玩具が動くように、ゆっくりと長身の身体がこちらに向かってくるのを見ながら、角谷杏はそんな諦念を思い浮かべた。ノンナは、この怪物はどうやら一発の銃弾では殺しきれなかったらしい。ほとんど死にかけの様子だが、どういうことか身体能力が全く鈍っていない。おまけにさっき重くて、杏ではとても持ってこれなかった軽機関銃まで引っ提げている。完全に奇襲を受けてしまった。これは──もう、打つ手がない。(終わったね)再びの衝撃を受けて、思うように動かない身体を他人事のように眺めながら、杏はそう思った。まあ、カチューシャやらをあんな殺し方したし、しょうがないかなとも。足が一歩一歩近づいてくる。一歩、(あのアラームは、ということは武部ちゃんか悪いことしたなあ)一歩(大丈夫かな、西住ちゃん。まあ、なんとかなる……かなあ)一歩(逸見エリカあたりが戻ってきてくれないかな)一歩(それだとちょびが死にかねないか、ままならないものだね)一歩(かーしまー悪いなー私は死ぬけど、達者でやれよ)一歩(小山ーお前が頼りだから。なんとか皆をまとめてくれ)到着(ああ、痛いのはやだなあ)「ひっ……殺さないで、やめてよ、ねっ」(まあ、こいつももうすぐ死ぬでしょ)ゆっくりしてなよ。西住ちゃん。「殺さないでーーーーっ! 謝るからーーーー!」私はしばらく遊んでるからさあ。※ ※ ※
205
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西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:13:32 ID:bcIUdLzA0
知ってますか。お姉ちゃんって、あんまり虫が好きじゃないんですよ。昔、お父さんと一緒に近所のくぬぎ山にクワガタを取りに行ったんです。太陽が地平線にかかって、空が真っ赤になり始めたころに私は起きて、隣の布団ですやすや眠っているお姉ちゃんが身じろぎするのを跨ぎながら、部屋の外にいる大きなお父さんに向かっていきました。お父さんが運転しする車で山に行って、雑木林でクヌギの木に近寄って、用意していたバナナネットにくっついていた、オオクワガタ、ノコギリクワガタ、アカアシクワガタ。くっついているのを素手で取ろうとしたら、お父さんが乱暴にしちゃだめだよって私をたしなめて、丁寧に一匹ずつ虫取りかごに押し込んでくれました。私はそれを口を開けて笑いながら見ていて、それからかごの中の虫たちを取り出してまた木にくっつけたり、切り株の上で戦わせようとけしかけたのに、なかなか戦わなくてぶー垂れたりしていました。すっかり日が登ってくる頃、お父さんと一緒に車に向かって戻っていると、日傘をさしたお母さんの姿が見えました。傍らにいるのは幼き日のお姉ちゃん。私はお姉ちゃんに駆け寄っていって、泥の道でべしゃりと転んで、泣くのよりも早く、かごの中からクワガタムシを取り出しました。そして心配そうな顔をしているお姉ちゃんの腕にクワガタを乗せてあげました。お姉ちゃんの顔は、すぐに固まって、私の顔と腕にいる虫を往復しました。その後、しょうがないなあと苦笑いをします。追いかけてきたお父さんが虫を取ると、お姉ちゃんはお父さんに抱き着いていました。私はお母さんに、いきなりそんなことをしちゃ駄目だって怒られました。今思えば、本当に子どもでした。ごめんね、お姉ちゃん。知ってますか、お姉ちゃんって、弱い所はお父さんにしか見せないんですよ。ある日、お姉ちゃんが戦車道の試合で本当に初歩的なミスをしたとき。西住流のコーチはお姉ちゃんをひどく叱ってました。お姉ちゃんは平然として、強く返事を返します。私はそれを窓の外で聞いていました。ひとしきり説教が終わると、お姉ちゃんが出てきます。私はお姉ちゃんを傷つける可能性なんてまったく考えず、駆け寄って姉の心配をしました。お姉ちゃんは大丈夫だと優しく言うと、次の用事の準備をしていました。その日のお姉ちゃんは様子がおかしかったです。簡単なミスが続けてしました。コーチの指摘も内容よりも体調を心配するものになってました。家に帰ると、お母さんにお姉ちゃんは連れていかれました。私はついていこうとしましたが、お母さんにあなたには関係がないでしょう、そんな風にぴしゃりとはねのけられると、どうしてもくっ付いていることが出来ませんでした。決して声を荒げないけれども、厳しいことを言うお母さん。私は自分に置き換えて身震いしていました。終わるころにお姉ちゃんに近寄ると、お姉ちゃんはさすがに堪えたのか、今は近寄らないでくれと、私に言いました。私はしょんぼりして部屋に戻って、見飽きた本を言い訳するみたいに読んでいました。喉が渇いたので、飲み物を飲もうとリビングに寄って行くと、お母さんがお父さんの部屋の前に立っているのが見えました。私に気が付くと、本当に小さな息を吐いて、自分の部屋に戻ります。私もその部屋を扉の隙間からチラリと覗きました。お姉ちゃんはお父さんに寄りかかって、頬に涙の後を残して、小さな寝息を立てていました。彼女の頭に手を置いていたお父さんは、私に気が付くと、静かにするようにと、指を立てるジェスチャーをしました。私に言ってくれてもいいのに、でも私じゃお姉ちゃんに負担をかけるだけか、大きくなりたいなって思って、お父さんの大きな身体を見ていました。
206
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西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:13:47 ID:bcIUdLzA0
知ってますか。お姉ちゃんは誰よりも優しいんですよ。私が全国大会で、取り返しのつかないミスをして、そのせいで黒森峰にいられなくなって、明日から大洗に行くってなったとき。お母さんとの話が終わって、ベッドに横になって、眠る気にもならなくて、一人天井を眺めていたとき。お姉ちゃんはそっと私の部屋に入ってきました。けれども私はそんな優しいお姉ちゃんの相手をするのも億劫で、下手な眠るふりをしていました。お姉ちゃんにはそんなことバレバレだったはずなのに、傍らの椅子に腰かけると、私の額にかかっている髪の毛を優しい手つきでかき分けると、そのまま丁寧に手を置きました。そして、優しい、本当に優しい声で、大丈夫、大丈夫、と、小さく澄み渡る声で囁いていました。私はお姉ちゃんのことを思い返して、それから試合の失敗のことをまた思って、そして、今傍らにいる姉をぼんやりと意識しました。自分にはどうしようもない感情と、何やらこそばゆい感覚に身体が襲われて、それでも大切なお姉ちゃんに心配をかけないように泣くのを我慢していました。いつの間にか眠ってしまっていた。朝を起きたときに、お姉ちゃんのいない椅子を見て笑みが零れました。こんなお姉ちゃんの姿、私と両親しか知りません。私はもっとそういうところ皆に見せてあげればいいのになあって思います。でもいつものお姉ちゃんのカッコいいイメージには確かに合わないかも。いつか、お姉ちゃんが肩の荷を下ろせる人の前で、そういう姿を見せられればいいね、って私は思います。お姉ちゃんには内緒ですよ。※ ※ ※
207
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西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:14:00 ID:bcIUdLzA0
(…………?)「……殺してえ……ンググッ!」湧き出る復讐心でひたすら命をつないでいる怪物、ノンナは目の前のクソの口に銃を突っ込みながら、首を傾げる。死が近づくにつれて思考がクリアになり、解放されるメモリの片隅に違和感を感じ取る。さっきからこのクソの左腕をへし折って、右目を殴り潰して、奥歯を引き抜いて空いた穴に指を突っ込んでやっている。一つ段階を進めるたびに、命乞いをしていた口は、決して許されない神を罵る不届きなものに変わり、その後ひたすら許しを請うものに変わって、今ではただただ死を願うものになった。まさしく、さっきまで思い浮かべていた場景、まだまだやってやりたいと思うことは山ほどあるが、そろそろ自分が死にそうなので、これの首を持ってカチューシャに会いに行こうかと思っていたところだった。(なんでしょうか、この感覚は)これの反応は予想の範囲を出るものではない。カチューシャに伝えても趣味が悪いと一蹴される未来しか見えないが、あの人の無聊を慰める手助けぐらいにはなるだろうと、クソによるアクロバティックな命乞いを期待したのだ。が、出てきた反応はこれ、期待外れ。この世に顕現した現人神を汚す大罪を犯したのだから当然というべきなのか。とにかく納得の範囲には収まっている。のだが。(どこか覚えがある感覚……?)口調から感じる舐めた気質、コイツの生来の性格なのだろう。死はカチューシャ以外に平等だから。別に真剣に向きあわなくてもいい、そのまま死ね。それでいい。だが、これが決して悟られまいとひた隠しにしている感情は何だろう。満足感のような、使命感のような。これがそんな感情を持つ? 死も主観的に見られないような奴が。(そう、私はこの感覚に見覚えがある)これは、そう。信仰心だ。何か絶対のもののために命をささげる感覚。どんなに暗い漆黒の中に投げ込まれたとしても胸に抱いていられる安心感。天井から降臨した絶対に対して、己が身のすべてを持って献身すること。そんな尊い感覚をコイツは抱いている。こんな奴が、何に対してそんなものを抱けるのだ。(まだ、死ねませんね)
208
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:14:13 ID:bcIUdLzA0
この愚物に似合わぬ衷心の拠所を奪い去らなければならない。復讐を完遂しなければならない。考えるのだ。これが心からの信心を抱くことが出来るのはどのようなものか? 大洗女子学園、生徒会長の角谷杏がすべてを捨てられるものとは何か。銃を咥えて、透き通った左目と向き合って、疑問符を浮かべる。──"この人は何が好き?""……ひいー……"呼吸音がした。そちらを振り向く。そしてすぐさま角谷杏の目を見る。驚愕の色、少しづつ滲む焦りの色。痕跡をなんとか消そうと試みる献身の色。この人は、こいつは、これは、このクソは。(あなたは、私と同じですね? 角谷杏)あるいは、まだ自覚していない感情かもしれない。カチューシャに捧げる純粋で深き尊崇には一生至れない。未熟で歪んだ、自己中心的な信仰心。ただ、種が心に芽吹いた感覚、世界の根幹に触れたような高揚。いかなる信仰もまさにそれから始まるのだ。私がカチューシャと出会ったときにのように。(微笑ましく見守ってももよかったのですよ?)角谷杏と目を合わせる。ただひたすらに眼の中を黒く塗ろうとする少女にノンナは微笑む。嗤うべきことに、これは、自分が抱いている奇妙な満足感を上辺を見ただけで理解したと思い込んでおり、その根幹が何から来ているのかを考えようとすらしていないようだった。いや、理解したくないのか。これの性質を見るに、そんな感情は今までの生き方と全く相反するものであるから、知ろうとすること避けていたのだろう。そう思うと哀れなものである。この世の真理に近づくこと、自身の幸福や欲望の形をどうせ叶わないと、理解しないで遠ざけてしまう性質というものは。(お前がカチューシャを殺さなければ)
209
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:14:28 ID:bcIUdLzA0
笑みが浮かんだ。三日月のような笑み、上顎の折れた前歯の裏からチロチロと血に染まった蛇が覗いた。我が神への冒涜は異教徒の神の死によって贖われなければならない。ノンナの身体に力が戻ってきた。信仰心の本懐を遂げなければならない。それはこの世界に最後に残された使命。角谷杏を掴み上げる。すべての余裕の色が剥げて、先ほどまでの迫真の演技も消え去り、異物が消えた口元からか細く、やめて、やめて、と怯える童女の声がする。その小さな身体を先ほどの呼吸音がした部屋に、渾身の力で、投げ入れる。果たして、追った先にいるのは。(なるほど、軍神)未だに武部沙織の死体を抱えて突っ伏している、西住みほの姿。大洗を救った軍神、いかなる状況からも逆転して見せる天才、あるいは穏やかで優しい少女──その、心折れた姿。死に絶えた友人に縋って泣く。凡人と変わりない少女。(本当に理解が浅い……あなたは)自分の憧れの姿と相手の実情を見間違い、一方的な期待を押し付けたのだろう。なるほど、大洗に来てからの彼女しか見ていないのであれば、起こりうる事態だ。信仰対象に関する分析、それに伴う研鑽が甘いからこうなる。そしてそんな優しい少女とは、それなりに付き合いもあり、性格に好感も持っている。個人的には殺したくない、が。(残念です。みほさん)「西住、ちゃん……!」転がって藻掻いているこれが本当に守りたいものがあなたであるならば、私もまた信仰に従いあなたを永遠に消し去りましょう。これが私の神を奪ったように、私もまた地上からあなたという英雄を奪い去りましょう。(そうしたら、一緒にカチューシャに会いに行きましょう。……あなたのお姉さんも一緒に)きっと和やかな場になるでしょうね。
210
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:14:59 ID:bcIUdLzA0
西住みほは動かない。誰よりも早く動くはずの彼女の脳は哀傷によって機能のほとんどを停止し、鋭さと愛嬌が切り替わり人を引き付ける眼は沈潜し、頼りなさげな一方で確かな力量を秘めていた身体にはもはや一片の力もない。西住みほという天才は、彼女を包む人格によってその才能のすべてを封じ込められてしまっていた。本当に惜しいです、みほさん。西住みほは動けない、動かない。悲嘆にくれる彼女の才能をその身体から解放せんと、軽機関銃の引き金に手をかけ──。※ ※ ※
211
:
西住へ──あなたのための殲滅戦
:2023/09/14(木) 06:15:13 ID:bcIUdLzA0
「は?」異様な光景であった。西住みほは立ち上がっていた。ゆらゆらと、頭よりも首が彼女の上に来ている、力なく浮き上がり揺れるように彼女の手足が持ち上がっていく。その身体にはまったく西住みほの自我から切り離されていて、まるで天上の意志あるものが人形を操るように、彼女の手足を吊り下げていた。ノンナさん。どこからか声がする。ノンナは喉が引き攣りそうになるのを必死に押し留めた。揺れるだけの西住みほの肉体とは違う、しかし、西住みほの声をした何かがノンナに語り掛けている。そしてその声は、決して反論を許さない厳かな重力を含んでおり、この世を生きる者にとって従わざるを得ない権威を伴ってノンナに呼びかけていた。──お姉ちゃんを殺しましたね。怯む気持ちを抑えながら、引き金を引こうとした手から軽機関銃が消えている。投げつけたはずの角谷杏の姿もなく、水浸しになったベッドも、濡れてくしゃくしゃになった仕切りもなく、差し込んでいる日の光さえ消えて、暗闇の中で、奇妙に吊るされた西住みほとノンナの姿だけが残っている。配信された拷問映像から、犯人のおおよその体格は推定可能です。私は、暗記が得意でした。あなたもご存じですね。友人の誕生日はすべて記憶しています、おおよその身長や体重くらいは見た姿からわかります。一度目の映像。私は深くは観察してはいませんが、部屋の間取りと日光の角度、遠方から聞こえていた爆発音。聖グロリアーナの方の大砲、もしくは場所を探るための意図的なそれ、音が聞こえてくる方角と映像で流れる音のタイムラグから、映像の位置を辿ることは技能を持つ者には容易でした。プラプラと声に従って西住みほの身体が揺れる。身体を支える糸がノンナにも見える。糸ははるか上方の闇の向こうにまで繋がっていて、どれだけ目を凝らしても見えないように思えた。そして、それはあなたにも分かっていた。あの映像は単なる示威行動ではなく、一定の条件を満たしているものを刈り取る罠。状況を判断できるだけの冷静さを持ち、場所を暴くだけの知性が有り、罠と分かっていても突入できるだけの正義感、親しい友人かあるいはまったくの善意で人を助けようと考えられる人。おおよそ当てはまるのは、各校の隊長たち及び一部の生徒。そしてそれはたまたま西住まほだった。
212
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:16:07 ID:bcIUdLzA0
※失礼しました。上のレスからタイトル変わります。姉の名前を呼ぶ声が流れると、世界がノイズを放った。不快な揺れが場にいる者の脳を揺さぶる。ただし、あの映像による罠にはリスクが存在していました。罠を仕掛けた自分と同じ学校の生徒が助けるために飛び込んできてしまう可能性。C-4から6には乗っている生徒が集まっていることはお互いに認識している。あの場では奇妙な協調関係が構築されていたかもしれませんが、脅威度が高い人物を排除できるならば容易に裏切ったはず。隊長だけで言うならば、アンチョビ、西絹代、西住まほ。この三人は飛び込むことは容易に予想できます。ミカは同じ高校の可愛がってる生徒がやられた以上飛び込む。ダージリンとケイは可能性が有る、可能性が有る以上実行にはリスクが高い。カチューシャはどうでしょう。──飛び込むと思いますか。ノンナは首を横に振った。侮辱とは思わない。地吹雪のカチューシャはリスクが高い状況で自らを危険に晒すことは決してしない。冷徹な知性と神域に等しいカリスマで、プラウダという巨大な身体を相手にぶつけ、その上で削り勝つのがあの人だ。そう、ただ。ここまでは心理的印象でしかないですね。……その後あなたが病院で武部沙織、五十鈴華、ケイ──世界に強いノイズ、声が飛び飛びになる──三名を襲撃しました。この病院は台地です。侵入経路は限られています。そして、あなたの移動経路は一つしかない。からの坂道しか。なぜなら、あなたはD-3からE-3に移動中の隙だらけの逸見エリカを殺害できておらず──砂嵐──F-3を通過している時点のケイとも戦闘を行わず、同じくF-3からF-4を経由し移動しているカチューシャとも合流できていない。あなたは北もしくは東から病院に来た。北のどこから来たのでしょう。あなたが病院に居ると目される時刻にもC-4から爆発音は響いています。あなたには以前からこの爆発音を聞いていたはず。つまりどこから移動するにしても殺傷力の高い武器を保有しているC-4の方と衝突することは避けたはずです。あなたはD-5から来た。そして、開始時期から爆発音や銃声が響き渡るこの町で、逃げ場のない港に引きこもるなんて考えられませんよ。またそれ以前に、南から来たということもない。もし来ていたら西さんはもっと早くに亡くなり、カチューシャさんの拡声器はあなたのものになっていたでしょうから。あなたはC-6にいたんです。あそこからこの病院にやってきたんです。声は完全にノンナの行動を把握していた。ノンナは身震いする。本当に見ていたかのように語るその声が、この世のすべてを見通す千里眼の持ち主にのように思える。ともすればその在り方は本当にこの世に君臨した軍神なのだろうか。
213
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:16:30 ID:bcIUdLzA0
軍神、軍神。ノンナは声の正体に気が付いた。この声は"西住みほの才能"だ。彼女に宿っている余人をもって代えがたき才能──戦車道に携わる誰もがかくあれかしと望んだ西住みほという偶像が、みほという人格の枷を破って出てきているのだと思った。誰もが届かない天頂に至った彼女の才能が、遂に主従を逆転し、糸を解して絶望に沈んでいる西住みほを動かしている。しかし──ノンナは尋ねた。「なぜC-6でまほさんが亡くなったとわかるのですか? あなたは名簿も地図も見ていないはずでしょう」その瞬間、西住みほの首がゆっくりと持ち上がった。力をなくして揺られるままだった四肢には生気が戻り、ゆっくりとその瞳には光が戻ってきた。わかりますよ。私もこの町に来てから随分と時間が経ちました。その間、ずっと努力してきたんです。この町になじもうって、この町の一員になろうって。……あの映像の部屋がこの町のどこの民家かぐらいわかりますよ。それに、西住まほなんですよ。高校戦車道、西住流……いえ、私が誇る、私が本当に尊敬していて、本当に大好きなお姉ちゃんなんですよ。「死にません。お姉ちゃんは。これ以外の方法で……」上がった顔のその表情は、今にも溢れようとする悲しみを必死に抑えようとしている顔で。ノンナが糸から解き放たれこらえきれなくなったようにあふれる彼女の感情をを認識したと同時に、周囲の景色が絶対なるものに奪われていた光を取り戻し、現実へと立ち返っていく。
214
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:16:54 ID:bcIUdLzA0
──気が付けば同じ状況である。西住みほは相変わらず動いていないし、武部沙織は死んでいる。あのクソはみほの足元で汚い水につかりっぱなしだ。(……臨死体験?)手元の軽機関銃の重さを認識してから、意識が戻ってきてくれたことに彼女は安堵する。本願を果たせないままで、幻覚を見ながら往生していたのなら、カチューシャとの間にいたたまれない雰囲気が生まれていたに違いない。(……彼女の才能に感謝ですね)才能が見せて来たのか、ノンナ自身が勝手に見ていたのかはわからない。西住みほの無意識の防衛機構のようなものだったのかもしれない(人間離れしすぎですね……)しかしながら、行き過ぎた衝撃と緊張は心臓の鼓動を止めるどころか早めてくれたようで、彼女の命脈はいまだに保たれている。少なくとも西住みほを始末して、このクソに地獄を見せられるぐらいには。(あなたの才能はあなたを幸せにしなかったみたいです)до свидания、ミホーシャ、親愛なる方の名称を引っ張りながら、再び軽機関銃の引き金に力を込める。躊躇することはない。妨げるものも、彼女の親愛なる友人は冷たい物体として彼女の動きを妨げて、見当違いな信奉者は、痛みと絶望に震えながら自分の貧弱さを噛み締めている。プロセスは、完了、のはずなのだが、一片引っかかることは──(彼女の才能がこれで終わるだろうか)銃撃を撃ち放ちながら、浮かび上がる思考は、果たしてその通りに、西住みほの肢体がしなやかに跳ね上がった瞬間、一気に色を濃くした。
215
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:17:15 ID:bcIUdLzA0
(снова、もう!)また幻覚を見せられているのか? そう思うほど俊敏な動きで西住みほが跳ねる。おっつけ追っかけの銃口はその豹のようなしなやかな動きについていけない。先に放たれていたはずの銃弾はとっくに彼女がいないところを通過していた。隣にカチューシャがいたら、口をあんぐりと開けて、ふざけるんじゃないわよとぷりぷりしていただろうなとノンナは思った。……クラーラは、拍手をして……ノンナは虚空を睨んだ。いかにもあの世に持っていかれそうな思考を切り替える。まだ、彼女の近くには二つの重荷が纏わりついている。彼女の性格からして、見捨てることはできないはずだ──遅い。みほはベッドを足で引き倒して両手で杏を掴み上げてその陰に押し込んで、沙織を抱えて立ち上がり、こちらを見据えている。(五十鈴華といい……)彼女たちのチームは人外魔境か。この分ではほかの少女たちもどんな強者なのか分かったものではない。武部沙織を有無を言わさずに始末できてよかった。彼女の死体は五十鈴華の足を引っ張りそしてこの軍神の枷になっていてくれている。影になって伺い知ることが出来ない西住みほの顔、再び撃ち放つ軽機関銃の弾丸──、雲間から太陽が覗く。水浸しになっている床が太陽光を反射して輝きだす。ノンナの目が眩む。彼女に相対する少女の姿をしたものが、完全に掻き消える。辛うじて機能している耳が再びベッドを引き倒す。放たれる鉄の弾幕は誰にも当たらず壁に穴を穿つ。目の前で汚れたカーテンが降りた。ノンナは銃撃をやめた。カーテンの隙間から誰にも触れられない瞳が覗いた。(運まで味方につけたのですか)彼女は呆れたように体を弛緩させて、身震いして恐怖に身体を硬直させた。そして、ない交ぜにした闘志を叩きつけるようにそれを睨みつけ、"それ"を見た。(……полубог?)
216
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:17:30 ID:bcIUdLzA0
果たして、その瞳が含む神聖さは。先ほどの幻覚が思い浮かぶ。天を仰いで、ずっと目を凝らしてなお、影すら掴ませなかったあの絶対なる存在を。誰もが思い見上げ仰ぎ見るであろう才能、その戦いに関して傑出し並び得るものがいないであろうそれを。ノンナはカチューシャのことを思い浮かべた。彼女と出会った時のことを、彼女の横顔を、そして瞳を覗いた。……大丈夫だ。ノンナの中心にはカチューシャが居座っている。決してあのようなものに心を持っていかれたりしない。しかし、もしも順序が逆だったら、カチューシャより前にあなたのその瞳を見ていたなら──。(あなたに惹かれていたかもしれませんね)目の前の存在、半神半人を打倒しなければならない。ノンナは小さく瞬きをする。そうしなければ彼女の神を奪われた復讐を遂げることが出来ない。幸いにして、人知を超えた存在が憑いていようとも彼女の肉体は人間だ。銃撃を与えれば死ぬ。おそらく。そして、彼女には明確に足を引っ張る存在がいる。彼女は常にそれらを、彼女より速い、おそらく、速い銃弾から庇い続けなければならないということ。ただ、彼女は今無手である。引き倒したベッドのどれかに弱点を隠している。ベッド自体は数秒銃撃を浴びせ続ければ貫通する。しかし、それは彼女の接近を許すことと同義だ。対格差から角谷杏を圧倒することが出来たノンナでも、さすがに無傷の戦車道隊長には叶わない。たちまち引き倒されて、武器を奪われる。直接みほを狙うか。しかし、死に瀕しるせいか先ほどから反応が悪いノンナが、神懸かりのみほに対して、放つノープランの銃弾が当たるだろうか。カチューシャと触れ合ってきたノンナにはそれがどれだけ不可能なことなのか分かった。一番乗っているときのカチューシャなら、戦場を散歩したところで弾は当たらないだろう。ならば、目の前の半神半人には──。(……半神半人)
217
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:17:47 ID:bcIUdLzA0
再び、ノンナの脳内にカチューシャの顔が浮かんだ。それは些細なノンナのからかいに怒っているあどけない顔だった。自分の腰ほどまでしかない背丈の、無垢で可愛らしい少女のような趣味の女性。神懸かり的なカリスマを持ち、誰よりも上に立つ者としての責任感を秘めていた隊長。(…………あああああああ)ノンナはその時初めて気が付いた。彼女を死に追いやったのは自分であると。自分という存在がカチューシャの神聖さを傘に着て振舞ったことが、結果としてカチューシャの神聖さというヴェールを剥ぎ取り、彼女の人間としての側面を露出させてしまったのだ。そうでなかったら、そもそもカチューシャに銃を向けることなどできないはずで、カチューシャも自身の危機を感じ取り、事前に回避できたはずなのだ。それができなかったのは、つまり自分がカチューシャの神聖性を損なったからに他ならない。(ああああ、ごめんなさいカチューシャ、ごめんなさい)……彼女は、もっと単純な理由を無視した。誰でも思いつくであろう、"自分が人を殺したせいで、カチューシャが死んだ"ということを。というよりも無意識に無視した。今になってそんなことを考えてしまえば、もはや指一本動かせなくなることは昭からだった。一通りの懺悔を心中で終えると、ノンナは復讐を遂げること以外の思考を脳から消し去った。いかにして目の前の偽神を人に引きずり降ろして殺すかだけを考える。再び太陽が雲の隙間から顔を出し、辺りが俄かに輝きだす。カーテンの隙間の人影が動き出す。ノンナが構えた銃口の先には、ベッド。再び銃弾が吐き出され始める。人影がが走り寄ってくる。ノンナはそれを視界に入れさえしない。ただ、裏に何があるのかもわからないベッドを狙う。接近した人影がノンナにタックルする。ノンナが体制を崩す。機関銃は離さない。銃弾も止まない「……めて」(みほさん)影がノンナの銃を持つ手を抑えようとする。ベッドを弾が貫通し始める。「やめて」(喧嘩に慣れていませんね)ノンナがうつ伏せになって、ただ銃だけを撃ち続ける。西住みほがノンナの腕を折らんとする勢いで負荷をかける。銃弾は止まらない「やめて!」(あなたは優しすぎる)銃弾の雨は完全にベッドを貫通していた。裏にあったものを完全に破壊しつくす。
218
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:18:03 ID:bcIUdLzA0
ノンナの顔に温かい雫が落ちた。みほの涙だった。ノンナは先ほどまでの雰囲気がほとんど消えてしまったその瞳をじっと見つめて訴えかけた。(もうとっくに気が付いていたでしょう? 賢いあなたが気が付かないわけがない)(あなたは優しい、しかし、人間関係という面に関しては恐ろしいほど無垢だ)(決してそれを認めないことは友情ではありませんよ)一番奥のベッドの裏から角谷杏が飛び出した。そして、みほに向かって叫んだ。「西住ちゃん、」ああ、会長……。「西住ちゃん!」言わないで「もう死んでる! 武部ちゃんはずっと前から死んでたんだ!」果たして、角谷杏の見た光景は。西住みほは、泣いていた。親を探して泣く子供のように。振り返って泣いている彼女に、角谷杏は何をすればいいのかわからなかった。実際に、彼女にやってあげられることは何もなかった。彼女にできたことはただ見ていることだけだった。みほの腹部が朱色に染まるまで。
219
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:18:18 ID:bcIUdLzA0
「うわあああああああああああ!!」角谷杏の叫び声を背に、ノンナは弾が切れた軽機関銃をガシャリとその場に捨てた。あれだけ撃っていたにもかかわらず、浴びせられたのはたった2発の銃弾のみ──。身震いして、倒れた西住みほを見る。当たった弾は致命傷ではない。しかし、大量に出血している。動かさないで適切な処置をしなければ10分ほどで血が足りず出血多量で死ぬだろう。そして、この病院のあるエリアは──。あと15分前後で禁止エリアだ。(どう考えても動かせるまで間に合いませんね)(さあ、選んでください。角谷杏)(西住みほを連れ出して殺すか。彼女を治療して爆死させるか)(彼女が死んだらどうします。へらへら笑います? わあわあ泣きます?)(それとも、彼女の意志でも継いでみますか……ああ、そうだ)力が抜けていき、倒れるのを待つだけだった彼女の身体が止まった。(もう一つ、希望を折っておきましょう)胸元にあるスマートフォンを取り出す。横たわりうつろな目をして腹部から血を流す西住みほを撮影する。ベッドの裏にいる、爛れて、弾痕が開いた武部沙織の死体と一緒に。
220
:
半神半人
:2023/09/14(木) 06:18:37 ID:bcIUdLzA0
(武部沙織さん)思えば、ここまで才能ある者たちを引き付けるとは、五十鈴華は彼女のために死を顧みず抵抗したし、西住みほは死んでいるのにも関わらず彼女を守ろうとした。(随分おモテになりますね。……あなたこそ彼女たちのファム・ファタールかもしれません)(守ろうとした者が皆破滅しているという点においても、ね)埒も開かないことを考えながら、スマートフォンの操作を終える。そこかしこで電子音が鳴る。この瞬間、武部沙織の死体と死にゆく西住みほの写真は広報権によって配信された。(これで、この会場からは希望が消えるでしょう。角谷杏が遺志を継ぐことも出来ない)作業を終えて全身の力が抜ける。どちゃりと水浸しの床に崩れ落ちる。ノンナは目を閉じる。(カチューシャ、今からあなたの御許に向かいます)(あなたの御許で犯してすべての罪を償います)(本当にごめんなさい、カチューシャ)荒い息がする。ノンナは目を開ける。角谷杏が銃を向けて立っている。(可哀そうに、あなたはこれからなんの希望もない荒野を彷徨うのですね)(神も英雄もいない荒野を……)(彷徨って彷徨って、疲れ果てて、絶望の声をあげて……)「сожалетьЙ」その頭部を銃弾が通過して、彷徨う狂信者は動かなくなった。【ノンナ 死亡】※ ※ ※
221
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半神半人
:2023/09/14(木) 06:18:51 ID:bcIUdLzA0
「西住ちゃん! 大丈夫、大丈夫だから!」角谷杏が西住みほに駆け寄る。みほの腹部の傷が次第に彼女のジャケットを汚していく。杏は言いながら目の前の光景をどこか夢見心地で見ている自分に気が付いた。信じられない、西住みほは負けない。あんなことを言った私を助けてくれた。彼女はいつだって私たちに答えてくれる。だから、死んだりしない。そうだよね、西住ちゃん。「とにかく傷を塞がなきゃ、ごめん、私が足を引っ張って」「会長……ごめんなさい」彼女から謝られた瞬間、杏は孤独が胸中から溢れそうになった。謝らなくていいんだよ、西住ちゃん。悪いのは私なんだ。私がが君の足を引っ張り続けたから、すべて私が悪いんだ。ごめんね。お願い、謝らないで。「謝らなくていいよ、大丈夫だから!」「会長……沙織さんは」「武部ちゃんは…………ごめん」みほの顔が後悔に染まる。そんな顔をしないでくれ。西住みほは何の間違いも犯していないんだ。彼女に与えられるべきものは万雷のような称賛なんだ。決してこんな風な、死に怯えながら後悔に苛まれることなんかであってならないんだ。どうして彼女がこんな目に合わなくてはいけないんだ。彼女は他人より才能を持って生まれただけじゃないか。それだけで他人から利用されて、期待されて、失望されて。本当の彼女は、もっと優しくて、もっと賢くって、ええっと、ええっと。君と私の仲は、私たちは、私たちは……息を呑んだ。みほと杏の関係を形容する劇的な言葉は杏の脳からは出てこなかった。杏は震える。自分は言うほど彼女のことを知っているのだろうか。誰よりも憧れて感謝していたはずの少女のことを。知っているのは戦車道の仲間たちも知っているようなこと、河嶋桃が集めてきた書類の上の彼女の姿。それ以外のことは何も知らない。月並みな言葉で彼女を評することしかできない。その癖、彼女がされてきた嫌なことはほとんど彼女にしてきた。勝手に期待して追い込んで利用する。杏も彼女につどる虫のような人間たちと変わりはなかった。「沙織さん……華さん……ごめんなさい。私が……私があなたたちを巻き込んだんです」「私のせいで……」「そんなこと言わないで、西住ちゃん、大丈夫、大丈夫だから」お願い、後悔しないでよ。君がやってきたことを誇ってくれ。君にしかできないことなんだ。謗られるようなことはないんだ。そんなことを言おうとして、出てくる言葉は月並みなものばかり。薄っぺらくて、誰も信じられないような言葉。なんで私は、もっと真面目に正しく生きてこれなかったのだろう。今の彼女を支えられるような言葉はまったく出てきてくれない。「とにかく傷の治療をしよう、西住ちゃん、ここは病院だから──」「いいんです、会長、治療は要りません……」「要りませんって、すぐに治療しなくちゃ」「もう、間に合わないんです。……私は、ここで、死にます」みほの目を杏は見た。なおも説得しようとすることを彼女はやめる。みほが杏に向けている目は決して絶望に振り回されている目ではなかった。いつもの戦車道の試合中にしている目。客観的に見た事実を伝えるような目を幾分弱った様子でしていた。この目をしているとき、彼女は間違わない。「う、ううううう」
222
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半神半人
:2023/09/14(木) 06:19:04 ID:bcIUdLzA0
角谷杏はうめき声を漏らす。西住みほはここで死ぬ。角谷杏は西住みほの助けにならない。彼女を、彼女の大切な人を、学校を、学園艦を救ってくれた西住みほを、杏は助けることが出来ない。与えてくれた恩に報いることはできない。ずっと君に報いたかったのに。何でもしてやりたいって思っていたのに。みほにとっての杏はただのはた迷惑な少女で終わってしまう。「西住ちゃん……何か私に出来ることはない?」悪あがきのようなことを言った。言葉の内容とは裏腹な縋るような言葉だった。死に行く彼女が、少しでも自分のことを覚えて欲しい。思ってほしい。そんな薄汚さのない交じりになった言葉だった。「にしずみちゃん……」/一緒にいて欲しいって言って。君のためなら一緒に死んだって構わないんだ。それだけの恩を君からもらっているんだ。君がこんなところで孤独に死んでいいわけがないよ。ねえ、淋しいでしょ。一緒にいるよ。「皆を守ってください」/やめてよ、ねえ「さっきの写真のせいで皆さん、動揺してしまったと思います」/どうでもいいよ「何とか混乱を治めないと……」/お願い、言ってよ「お願いします」/一緒にいてって私たちの町を守ってください。会長。
223
:
※すみません ノンナ死亡の後からタイトルが変わります
:2023/09/14(木) 06:21:00 ID:bcIUdLzA0
「わかったよ、任せて。西住ちゃん」こんな言葉で終わり? こんな月並みな言葉で?「会長は……私に何かしてほしいことは……」/一緒にいたいって言えよ私のために一緒に死んで欲しいんだ。それしか私から上げられるものはないんだ。君をこんなところで孤独に置いていきたくはないよ。ねえ、淋しいよ。一緒にいてよ。「…………ないよ、君からは色んなものをもらってきてるんだ」/言えよ「これ以上君に臨むことなんてない」/言うんだ「ごめんね、迷惑しかかけらなくて」/どうでもいいって、そんなこと「ごめんね……」/一緒にいたいって、言うんだどの口で言えるんだ。そんなこと。私は彼女に何一つしてあげられてないんだぞ。彼女にとって私は、いつだって理不尽な要求をしてくる、恐ろしい生徒会長。それだけだ。"私たちの町を守ってください。会長" ……それだけなら。そうだね。前の私に戻るよ。西住ちゃん。「……と言ったけど、西住ちゃん。やってほしいことあったわ」「ねえ、西住ちゃん」「遺言、頂戴」それだけは死んでも忘れないでね。※ ※ ※
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人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:21:54 ID:bcIUdLzA0
※ ※ ※「────ッ!」スマートフォンを覗いていた逸見エリカが、なりふり構わず病院に向かって駆け出していく。アンチョビはその後姿を呆然としながら見送ることしかできない。彼女の脳内に浮かぶ大量の疑問符。(何が起きたんだ?)(どうなっているんだ)(どうしてみほが死にかけているんだ)(私たち、勝ったじゃないか)(ケイを説得して、殲滅戦を止めるって雰囲気だっただろ)なのに、どうしてこうなるんだ。「しくじったわね。アンジー……」ケイが億劫そうに立ち上がる、冷たく冷えたような瞳に戻っている。視線を合わせないようにアンチョビを見遣ると憂鬱そうな大きな溜息を吐いた。「私はね、アンチョビ。協力してあげてもいいかって思えてたのよ」あなたたちにね。「まだ、まだ間に合うだろ、まだ」言い縋るアンチョビにやっとケイが視線を合わせた。本当につまらなさそうな、失望したような色がアンチョビには見えた。「ねえ、アンチョビ」平坦な調子の声が続く。「あなたに戦略はある?」「私たち全員が勝利するための……」ある、とはアンチョビには言えなかった。張ったりであっても言い張れば、ケイを繋ぎとめることが出来るかもしれない。しかし彼女は何も言えない。さきほどまでの熱の残火が彼女を正直にして、そしてぶちまけられた水が楽観論さえ口にさせなかった。
225
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人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:22:11 ID:bcIUdLzA0
「そうよね、結局……」ケイが言いよどんだ。「結局私たちは西住世代なのよね」「彼女たちがいないと、どこかものたりない」自分を説得するように振舞う声、事実として、彼女が言葉を重ねるたびに、彼女の中で何かがなえていくようにアンチョビには感じられた。それはとても大切なものなのに。「ねえ、アンチョビ」あなたはすごいわ。あなたの共感は他人を勇気づけて説得できる。あなたの人の好さは大概の人を絆すことが出来る。あなたの情熱は人を動かすがある。「お前だってそうだろ、ケイ」お前の力強さは皆を引っ張っていける。お前の繊細さは誰にだって寄り添うことが出来る。お前のリーダシップなら誰だってお前についていくだろ。「そう、そうね、……でも必要なのはそんなありきたりなものじゃないの、必要なのはもっとセンセーショナルなもの、根本的かつ根源的なもの。……そんなものを持っているのは彼女たちしかいなかったわ」「やめろ、やめろよ、」アンチョビは懇願するように言った。すっかり先ほどまで猛々しさは鳴りを潜めていた。「自分を説得するようなことはやめろよ、あきらめるなって、私たちなら何か……」また、嫌味で臆病な優しさだけが戻ってきて、アンチョビはそれで言葉を切った。ケイは何も言わない。残酷に遮ったりも軽薄に乗ることもしなかった。言葉を弄することは何もしない。その誠実さがかえって、自分にはもうどうすることもできないと思っていることをアンチョビに伝えた。パチン、と音が鳴った。ケイが手を叩いた音である。そして不自然なくらい明るい声を出した。「ねえ、アンチョビ! 私たち、組みましょうか。南からあなたたちが攻めて、北から私たちが攻略するの! そしたら、最後はあの丘の向こうで会いましょう。雌雄を決するための戦い。どっちの方が強いか決めましょう!」「できないよ、……それはできない」押し殺すような声。しかし、どうすればいいのだ。何が私たちにはできる。結局私は無責任に人の力を頼ることしか考えていなかったのか?私の望みは自我を通すための理想論でしかないのか。超えることが出来ない現実を前にして、さっきまでの言葉が急速に色褪せ始めた。「……分かっているでしょう? アンチョビ、あなたの強さは相手を選ぶ」あなたが勝てたのは相手が私だったから。「ノンナみたいのを相手にしたら、あなたたちはあっという間に殺されて終わり」「…………」「きっとここからはそういう戦いになる。このままじゃあなたたちは悲惨な死に方をする」アンチョビの脳内に自分の無残な死体が浮かんだ。それからペパロニとカルパッチョ、そして西住姉妹、逸見エリカの死体までもが脳内を巡る。それは未来の可能性の一つであるが、ケイの言う通り実現可能性が高い未来の一つであった。
226
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人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:22:26 ID:bcIUdLzA0
……それでも。しかし、アンチョビはまだ生きている。「いたずらに希望を振りまくのはやめなさい。力もないあなたの願望を押し付けるのは」生きている自分には残っているものは何か。不意に、アンツィオ高校で戦車に乗ったことを思い出した。キューボラから頭を出して風を切って進む感覚を。横にいるペパロニとカルパッチョの横顔を思い浮かべた。そして向こうにいる、フラッグ車に乗っているまほの顔が見えた。(そうだ、もう決めてたんだった)こんな簡単に揺らぐようじゃ、皆信じられないよな。「必ずしっぺ返しがくる。……もう大人になりなさい、アンチョビ。私はあなたたちのそんな姿を見たくないわ」ケイがアンチョビを見た。震えている。しかし、その身体に宿っているのは諦めとは別の何か。自分より小柄な体に、自分じゃ見えなくなった何かを持っているように見えた。彼女は、アンツィオの隊長は歯を食いしばりながら口を開く。「それでも、まだ生きてるから」「生きている限り、行先は変えられても道は、道は曲げられない……」喘ぐように言うその姿は、泣きべそを掻く寸前のような情けない姿。ケイの口は呆れ果てたようにまた大きな溜息をついて、鼻の奥からはこらえきれない何かを抑えるみたいなツンとした感触がして、目はまるで愛おしいものを見るように目元をゆがめる。彼女はその感覚をそのまま捨て去るように封じ込めた。どの感情にも向き合いたくなかった。ただ捨て去って残った純粋な感覚が、彼女の口から飛び出した。
227
:
人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:22:44 ID:bcIUdLzA0
「ドゥーチェ! 背筋を伸ばしなさいな」「伸ばしたら、お腹に力を入れて胸を張るの」「奥歯を噛み締めて、視線をまっすぐ向けて」言われるがまま、アンチョビは背筋を伸ばして、お腹に力を入れて、胸を張って、奥歯をかみしめて、視線をまっすぐケイに向けた。「そうしたら……笑いなさい」それが、私が思う隊長の顔。忘れないでよ。言うだけ言って、彼女は北の方に向かって歩いていく。
228
:
人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:23:06 ID:bcIUdLzA0
「ケイ……! 絶対に殺すな! 皆のためにも、お前のためにも、もう、殺すなよ!」「善処するわー、もう会わないでね。どっかで死になさい」「絶対にまた会うぞ!」アンチョビはふらふらと上がった手を見ると、エリカを追いかけて駆けていく。振り返ってその背中を見つめたケイは、この短時間で癖になりそうな溜息をついた。(まあ、もう彼女たちは無視していいでしょう。あそこまで大人になれないなら、どうせ生き残れないわ)(あの子たちはおそらく北ね。ナオミは良いけど、アリサは心配だわ……)……それにしても、(残った中で警戒すべきはやっぱりダージリンね。部下も好き放題暴れているようだし)(ちゃんと統制ぐらい取りなさい。まほ相手にギラギラしてたんだから)それにしても(それにしても今日は蒸し暑いわ。湿度が高すぎよ、もう……)(遠くの空が曇ってきたかと思えばたまに冷たい風も。嵐が、来るんじゃ、ないの)それにしても……!「──かっこよかったなぁ……」アンチョビも、エリカも。私が諦めた茨の道を進む彼女たちは。……私は、彼女たちみたいになれない私は、アンジーほど大人にもなれない私は。本当に、中途半端で、この上なく──。器から溢れ出ていく一筋の後悔は、夏の熱気に飲み込まれて、軌跡すら残さず消えてしまった。
229
:
人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:23:30 ID:bcIUdLzA0
【ケイ @フリー】[状態]脇腹に刺し傷(止血済み)頭部に打撲(軽傷) 疲労(大) 価値観の揺らぎによる精神的ダメージ(大) [装備]パンツァージャケット M1918トレンチナイフ[道具]基本支給品一式 不明支給品-は S&W M36(装弾数5/5) 医療道具 ファーストエイドセット[思考・状況]基本行動方針:生きて帰る1:隊長の顔って……よくよく考えると恥ずかしいわね。ダージリンが言ったことにしましょう。2:『それが隊長の顔よ……』BY ダージリン。3:『絶対に殺すなよ!』4:それでも私は、殺すでしょうね5:落ち着いたら戦略について考えないと。6:アンジー、しくじったわね。もうあなたを恐れなくてもいい?7:あの子たちは大丈夫かしら……。【アンチョビ @チーム杏ちょび】[状態]生きている限りやるべきことをやる。今はとにかくエリカに追いつく。全身に打撲痕。首に痣。精神疲労(大)疲労(大) ツインテール半壊[装備]タンクジャケット+マント ベレッタM950(装弾数:9/9発:予備弾10) 不明支給品-ナイフ[道具]基本支給品一式 髑髏マークの付いた空瓶[思考・状況]基本行動方針:皆で帰って笑ってパスタを食べるんだ。そのために、わたしがやりたいことをやるよ。1:エリカ、みほ。今そっちに追いつくから。2:手を汚させない。やったことはここから出てから償うんだ。一緒に手を取って脱出しよう。3:杏の考え方を考えるんだ。あいつが何のためにしたのか。あいつを止めるにはどうしたらいいか。4:ありがとう、ケイ。……殺すなよ。お前は向いてないよ。【逸見エリカ@†ボコさんチーム†】[状態]背に火傷 精神疲労(大)全身に渡る打撲 頬から首筋にかけて傷 [装備] 64式7.62mm小銃(装弾数:6/20発 予備弾倉×1パック【20発】) M1918 Mark1トレンチナイフ(ブーツに鞘ごと装着している)[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)[思考・状況]基本行動方針:みほ、なんで! やめてよ……悪い冗談でしょう!1:??????
230
:
人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:23:44 ID:bcIUdLzA0
携帯から電子音は鳴らない。アンチョビも逸見エリカも生きている。あるいは、今の自分たちと同じ状態にあるのかな? 角谷杏はみほの遺言を録音したノンナのスマートフォンをいじりながら、そんなことを考えた。西住ちゃんとも感動的な別れとはいかなかったな。彼女から遺言を受け取って、やっぱり一緒にいようかって未練がましく言おうとしたら、早くここを離れた方が良いだってさ。会長、皆をよろしくお願いしますって、そのままさようならってお互いに言い合って、南に向かって出発進行。ま、しょうがないか。あの子も死に際まで私の顔なんて見たくはないだろうし、それにもしケイなんかが向かってきたら二人仲良くお陀仏だっただろうからね。もっと早く来いっての。それにしても彼女、最後は全く弱い所なんて見せなかったな。まあ私に見せたってしょうがないけどさ。役に立てるとも思えない。一人寂しく死ぬのにさー。よっ、それでこそ私の唯一無二だ。まあこれで私も君の唯一無二になれたかな。君にとっての私は怖くて恐ろしい理不尽の塊! そんな生徒会長。君のために何もできない半端ものとして、忘れられるよりは、そんな風に考えてもらえれば生徒会長冥利に尽きるってものだよ。さてと、ノンナのスマホの広報権とやらで、彼女の最期の言葉を皆に聞かせてやるか〜まあ、ちょっとした抑止ぐらいにはなるっしょ。西住ちゃんの言葉だからね!……西住ちゃん、本当は全部わかってたりする? そこまで賢くて神懸かりなら、何もかもお見通しだったりしない? お見通しだったら、私が君どう思っているのかも知っててさ。でもこうやって別れるってことは、初めに会ったことを滅茶苦茶恨んでて、これはその仕返しだったり。かーしまーお前も同じ目にあうかもなー。お前やばいこと言ったし。まあ、そんなことはないか。あの子、結構天然なところがあるからなあ。それに言わないこともやってもいないことが伝わるわけがない。あの子にとっての私は意地悪な抑圧者! それでいいのさ。それで。「ヒヒヒ、ヒィ、ヒィ、人でなし、人でなし。ひどい奴だよ!」西住ちゃん。君は。あーあー心が揺れる。揺れるから。皆にメンヘラをお裾分け。彼女の言葉を聞いても殺しあう奴はー!皆纏めて人でなしだー!
231
:
人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:23:57 ID:bcIUdLzA0
【D-4/病院付近】【☆角谷杏 @チーム杏ちょび】[状態] 覚悟完了? 躁。右目失明。左手骨折(処置済み) 左右下奥歯抜歯。疲労(大)精神疲労(大)[装備]タンクジャケット コルトM1917(ハーフムーンクリップ使用での装弾3:予備弾18) APS (装弾数19/20:予備弾倉×3) オンタリオ 1-18 Military Machete Cz75(装弾数:13/15+1発 予備弾倉2) 杏の不明支給品(ナイフ)[道具]基本支給品一式(杏、カチューシャ、ノンナの所有していたものを背嚢2つに詰めている) 干し芋(私物として持ち込んだもの、何袋か残ってる) 人事権 M2カービン(装弾数:5/30発 予備弾倉3) M7A2催涙手榴弾 7/10 広報権 カチューシャの不明支給品(ナイフ・その他) 福田の不明支給品(ナイフ・その他) 近藤妙子の不明支給品(ナイフ) アキの不明支給品(銃・ナイフ・その他)[思考・状況]基本行動方針:『私たちの町を守って、会長』1:西住ちゃんの遺志を継ぐ。皆も継げよ。2:カーシマとちょびにも協力させよう。私たちがこの町を守らないとね!3:……ごめんね、西住ちゃん。全部私のせいなんだ。4:君のために何もできない私を、君に迷惑ばかりかける私を、よろしくね。5:…………死なないでよ。【備考】※広報権の扱いについて、『一つだけ画像・音声・動画をアップロード』ということから、それぞれ一つずつと解釈しております。もしも解釈が異なり、一度のみの使用に限られる場合は広報権部分を修正いたします。企画主様におかれましてはお手数おかけしますが、何卒裁定をお願い申し上げます。広報権が使用されました。画像……武部沙織の死体と死にかけの西住みほの画像 対象:無制限動画……アキの拷問映像。対象:無制限音声……西住みほの遺言。対象:無制限すべての広報権が使用されました。
232
:
人でなしと子供たち
:2023/09/14(木) 06:24:14 ID:bcIUdLzA0
──西住みほの遺言は配信された。他の殺人者がやってくることを恐れて必要最低限の情報しか入れられなかった遺言。内容は、味方の死の隙を突かれたこと。相手がノンナであること。彼女が何人も殺していること。そのノンナは角谷杏が殺したこと。しかし、彼女たちもまたこの殲滅戦の犠牲者であること。そして──。『どうか、どうか皆が一丸となって戦ったことを思い出してください』『私はもうすぐ死にます。皆さんが犯した罪は私があの世に持っていきます』『だから、もう誰も殺さないでください。あの日の戦車道をもう一度思い出してください』『お願いします。お願いします……』会長、賢くて器用でずるい会長。誰よりも心が強くてこの町を愛している人。後のことをどうかお願いします。"皆さんと協力して"この町を戦車道を、守ってください。言わなくっても、わかりますよね。会長さんなら。【D-4/病院】【☆西住みほ @†ボコさんチーム†】[状態]腹部に弾痕、出血多量。精神疲労(大) 死を自覚。[装備]パンツァージャケット スタームルガーMkⅠ(装弾数10/10、予備弾丸【20発】) 九五式軍刀 M34白燐弾×2[道具]基本支給品一式(乾パン入りの缶1つ消費) S&W M36の予備弾丸15発 彫刻刀セット(三角刀抜き)不明支給品(その他)[思考・状況]基本行動方針:みんなともう一度、笑いながら戦車道をしたかったな。1:沙織さん、お姉ちゃん、ごめんなさい。2:会長……後のことをお願いします。3:ケイさん……私が止めないといけなかったのに。4:寂しいなあ。エリカさん。【備考】出血多量にせよ首輪の爆破にせよ、13時時点で死にます。
233
:
名無しさん
:2023/09/14(木) 06:24:44 ID:bcIUdLzA0
投下終了です。お手数おかけし申し訳ございません。
234
:
◆ogG4Ywmaq2
:2023/09/14(木) 21:59:52 ID:bcIUdLzA0
申し訳ございません修正用のトリだけ置きます
235
:
◆ogG4Ywmaq2
:2023/09/15(金) 05:10:40 ID:GSQ5K7fc0
したらばリーダーを使用したところ改行が全て飛んでいますね……
236
:
◆ogG4Ywmaq2
:2023/09/15(金) 05:11:38 ID:GSQ5K7fc0
繰り返し申し訳ございませんとりあえずwikiに収録するので指摘等はこちらでお願いします。
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