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Fate/Fanzine Circle-聖杯戦争封神陣- 第二章

1 : ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 21:01:02 SvL25HAA0
◆p.rCH11eKY氏と長期間連絡が取れないため、代理でスレを立てさせていただきました。

【ルール】
 ・全二十一騎のサーヴァントによる殺し合いを行い、最後の一騎を選定します。
 ・非リレー企画にするつもりはないので、書きたいと思った方はトリップを付けて予約するか、ゲリラ投下で作品を投下してください。とても喜びます。とても。
 ・予約期限は一週間、任意で延長が更に一週間可能です。(前スレ>>679より)
 ・予約解禁はこのルールを投下し終えると同時とします。

 ・マスターを失ったサーヴァントは、一定時間の経過後に消滅します。
 ・また、サーヴァントを失ったマスターも消滅します。こちらは約半日くらいの猶予があります。
 ・マスターが令呪を全て失っても、サーヴァントは消滅しません。

 
【状態表】
サーヴァントの場合
【クラス(真名)@出典】
[状態]
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1:
2:
[備考]

マスターの場合
【名前@出典】
[令呪]
[状態]
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1:
2:
[備考]


【時間表記】 ※開始時刻は午前とします
未明(0〜4)
早朝(4〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜16)
夕方(16〜20)
夜(20〜24)

wiki:ttp://www8.atwiki.jp/kamakurad/pages/1.html
※地図の正式版をアップしてあります。


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2 : ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 21:08:41 SvL25HAA0
今回スレ立てを行いましたが、あくまで私は代理であって企画主ではありません。
本企画の企画主である◆p.rCH11eKY氏の帰還を心よりお待ちしております


3 : ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 21:10:16 SvL25HAA0
キーア&セイバー(アーサー・ペンドラゴン)、古手梨花&キャスター(壇狩摩)、衛宮士郎&アサシン(アカメ)、キャスター(ベルンカステル)を予約します


4 : ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:27:27 SvL25HAA0
投下します


5 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:28:20 SvL25HAA0





 そして彼らは此処に降り立つ。

 重き木霊は哀絶を奏で。

 灰燼と骸は嘆きを湛え。

 此処は退廃の夢に沈んだ異形都市。

 血肉の雨が、降り注ぐ街。





   ▼  ▼  ▼





 その閑散とした通りにぽつんと建てられた大きめの邸宅は、昼光がさんざめく穏やかな午後の時間帯にあって、しかし何かを拒むかのように硬くその門戸を閉ざしているのだった。
 白く清涼感を思わせるその邸宅は、個人の家屋ではなく児童福祉の法に従って運営されている孤児院だ。常ならば庭先や大きく開かれた窓の向こうからは就学していない子供たちの遊ぶ無邪気な声が、爛漫な雰囲気と共に辺りに広がっているはずである。だからこそ今この瞬間において、この孤児院が重い沈黙と閉塞感に包まれているという現状は、非常に奇異に見えた。
 種を明かしてしまうなら、その理由は至極単純である。ここ一週間ほど鎌倉の街を騒がす不確かな噂どころではない、現実として行われた大規模な破壊行為が、孤児院のすぐ近くで巻き起こったのだ。

 院長を務めるおばあちゃん先生と懇意にしていた名家のお嬢様が、この孤児院を訪れてから幾ばくか。もうすぐ朝が終わろうかとしていた時間帯に、その音はやってきた。
 何かを爆発させ、大きなものが崩れ落ちるような音。工事の時に聞こえるようなものとはそれこそ次元が違う轟音が、一度ならず数えるのも億劫になるほどたくさん鳴り響いた。そして音が鳴る度に、建物自体が揺れ軋み埃が落ちてくるほどの激震が、孤児院を襲ったのだ。
 この時点で、院に残っていた子供たちの多くは恐慌状態に陥り、年長の者に縋りついて離れなくなっていた。そも、この昼間の時間帯において院に残っている子供は、その多くが就学していない幼児であるか、あるいは心に傷を負った不登校児である。こうした非常時に平静に対応できるはずもない。宿直の職員は、必死で彼らをあやしていた。
 その様子をキーアは、周りが感じている不安と同じように優れない表情で見つめていた。

【本戦が始まって半日。この段階で既に、か】
【うん……】

 霊体化し傍に侍るセイバーの声ならぬ声に、キーアは力なく答えた。
 キーアの様子が優れないのは近場で発生した破壊事故だけでなく、聖杯戦争が本格的に始まってしまったこと、そしてその戦火が自分たちの想定以上に急速に広がっている事実を、否応なく実感してしまったことに起因していた。

 原因不明の轟音に際し、職員の一人が情報を得ようと点けたテレビからは、緊急速報が流れていた。
 その内容は、材木座海岸付近の港町の一角が、大規模な竜巻にでも巻き込まれたかのように破壊され、多くの住民が死亡したというものだ。
 現在では消防隊による救出活動と並行して、警察が緊急捜査と現場検証にあたっているという。通行も遮断され、その一角は半ば陸の孤島と化していると、テレビ画面に映し出された無機質な白文字は語っていた。
 すわ災害か事故か、どちらにせよそれに遭遇したのは自分たちだけなのではと考えていた孤児院の住人は、そこで自分たちの所以外にも被害が出た地域があったことに驚愕した。しかも災難はそれだけに終わらず、通常の番組編成を休止して緊急特別番組を敢行したテレビによって、更なる事実が告げられた。
 この鎌倉において、今日半日で発生した重大事件は『四つ』あった。うち二つは言うまでもなく、前述した港町の突風事故と孤児院近くの破壊事故である。しかし更にあと二つ、異常極まる破壊行為が鎌倉では起こっていたのだ。
 一つ、鎌倉市街中央部、鎌倉駅東口方面にて大規模な火災と爆発事故が発生。現場は非常に危険で現在も人が立ち入れず、目撃者によれば「巨大な火柱が上がった」という。
 一つ、数日前から相良湾沖に駐留する正体不明の戦艦が、ついにその沈黙を破って砲撃を開始。稲村ケ崎の住宅街及び電鉄線が車両ごと破壊されたこと。


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6 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:29:03 SvL25HAA0

 これらの事故が一体何を意味するのか、およそ市井の住民では理解できるはずもないだろう。
 しかし他ならぬ聖杯戦争の参加者であり、伝説に生きた騎士のサーヴァントを従えるキーアには、それが何によって齎されたのか理解できてしまっているのだ。
 すなわちサーヴァント。聖杯が招く奇跡の恩寵を求め、この鎌倉を跳梁する幻想の産物たち。人の手の及ばぬ彼らによるものであると、キーアには分かっている。

 だが、それ以上に。
 キーアがここまで心を不安に染め、その表情を優れないものにしている理由の最たるものは、そんな聖杯戦争によって引き起こされた災害そのものではなく。
 テレビに映る災害現場に集う一般市民たちの表情が、隠し切れない喜悦と興奮に染まっているのだという歪さでもなく。
 つい先刻、この孤児院において親交を深めた"とある少女"に起因するものであると、彼女を見下ろすセイバーは知っていた。

【通常七騎で行われる聖杯戦争の定石を覆し、数十にも及ぶ英霊を競わせる此度の戦……半ば予想はしていたけど、どうやら此方の想定以上に戦火の広がりは早いらしい】
【セイバー、私達もやっぱり……】
【巻き込まれる、それは避けられないだろうね。現にこうして、すぐ近くにマスターが存在した】

 セイバーの言葉が指し示すのは、言うまでもなく古手梨花のことだ。キーアに曰く、ドウメイやサーヴァントという単語を使い、見知らぬ男が急に現れたという。たったそれだけではあるが、彼女が聖杯戦争の関係者であることを証明するには十分すぎるほどの状況証拠が存在した。
 先刻の砲兵との邂逅において、セイバーもまたその気配を現出させている。故に、ほぼ確実にこちらの存在は捕捉されていることだろう。悠長にしていられる時間は、極めて少ない。

【きみの命は僕が守る。かつて誓ったその言葉に嘘はない。けれどキーア、きみには選ぶ義務がある】
【義務?】
【そう。戦うか、戦わないか】

 サーヴァントとは守護し戦うものだ。守護し戦うだけのものだ。だから、その力をどう振るうかを決めるのは、全てマスター次第。
 キーアは自身に願いはなく、ただ生きて帰りたいと言った。誠実で優しく、そんな彼女だからこそ、セイバーは心よりの忠誠をキーアに誓ってはいるけれど。
 彼女が一体どうしたいのか。それを決めるのは自分ではなく、彼女自身であるべきだ。

【僕が成せる範囲で、きみには全てが許されている。戦うことも逃げることも、あるいは歩み寄ることも。いずれにせよ、今ここで決めなければならない】

 何故なら戦況とは刻一刻と変化していくものだから。聖杯戦争は容易にその参加者の命を食らい、奇跡へ至るための残骸としていく儀式だ。答えを出せないままでは、キーアに命はない。

【けど安心して。きみがどんな選択をしようとも、僕はそれに尽力しよう。決してきみを裏切ることも、危険に晒すこともない】
【……うん、ありがとう、セイバー】

 言って、キーアは顔を上げて。
 毅然とした表情で告げた。


7 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:29:33 SvL25HAA0

【話してみるわ、リカと。彼女が何を望んでいるのかは分からないけど、でも何も知らないままじゃ駄目だもの】
【……了解した。ならばその間、きみのことを守るのは僕の役目だ】

 頭に響くセイバーの声。そこには何の不純物も含まれておらず、清廉なまでの誠実さだけが伝わってきた。
 それをキーアは、とても頼りに感じると同時に、何か尊いものを思った。それは例えば御伽噺の王子さまのような。正義に輝く、聖なるものであるとか。

 ―――ありがとう、セイバー。

 心の中で感謝を告げる。面と向かっては、もう何度も言ってきたから。きっと彼は「当たり前のことだよ」と言って、困った顔をしてしまう。だから心の中でだけ。
 キーアは椅子から立ち上がり、梨花の姿を探す。孤児院はそう広くもないから、きっとすぐ見つかるはず。


「……?」


 と、そこでキーアは、自分のことを見つめる視線に気付いて。
 ふと振り返る。そこには、怯えと共に何かを遠慮するかのような表情の小さな子供たちが三人、身を寄せ合ってこちらを見ていた。

「どうしたのみんな。何か私に」

 用があるの、と。そう続けようとして。

「……キーアおねえちゃん」

 ひしり、と。
 抱きつかれてしまった。腰のあたりを三人に。見れば目元には涙を湛えて、今にも泣きだしてしまいそうなほどに。
 えっ、と困惑してしまう。次いで、ああと納得することもあった。

「こわいよ、おねえちゃん……」
「みんなどうしちゃったの、せいせいは……」
「もうやだよ、こわいよぉ……」

 心細いのだ、この子たちは。こうも立て続けに災害に見舞われて、大人たちも皆血相を変えて。
 子供は大人が思うよりもずっと、周りの人を観察している。頼れる大人が慌ててしまえば、その気配は容易に子供たちにも伝播してしまう。
 何が起こってるのか分からないけど、大人がみんな惑っている。
 だから自分も惑うのに、その理由が分からないから尚更こらえようのない恐怖が沸き起こる。
 そんな、子供たちが抱える不安というものを、キーアも感じることができたから。


「―――大丈夫」


 ふわり、と。
 風に舞う清涼な外布のように、柔らかな動作で。
 院の外で今なお囀る小鳥よりも、愛らしい声で。
 キーアは縋る三人の子を優しく、優しく抱きしめた。

「きっと大丈夫よ。おばあちゃん先生もお姉さん先生たちも用務員のおじちゃんだって、みんなみんな頑張ってるんだもの。
 先生たちが私たちに嘘ついたこと、駄目だなんて言ったこと、今まで一度だってあった?」

 ううん、と微かに首を振る感触。それを見て、キーアは大きく破顔した。

「でしょう? だから信じて待ちましょう。大丈夫、先生だけじゃなくて、私だってついてるんだから」

 だから安心して、と。告げるキーアの表情は、笑み。
 光そのものである輝きを背に、彼女は笑っていた。
 姿なく見守るセイバーは、そこに暖かいものを思った。木陰に差し込む陽だまりのような、そんな暖かさを。
 やはりこの子には物憂げな顔よりも、こうした笑顔こそが似合う。

 きっと、孤児院の皆はキーアの優しさにこそ惹かれたのだろう。今はもう落ち着きを取り戻した三人の子供たちを見て、思う。
 彼女は決して居てはならない人間ではなかった。例え招かれざる異邦の異物であろうとも、それだけは胸を張って言えた。
 そしてその想いは、これからも曲がることはないだろう。そう、決して。
 少女の輝きに誓い、セイバーは一人、そう述懐した。





   ▼  ▼  ▼


8 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:30:09 SvL25HAA0





(やっぱり、慣れるようなもんじゃないわね)

 吹き抜けになった二階から、階下のキーアたちを見下ろして、梨花はそうひとりごちた。
 やはりというべきか、キーアを見る度に感じる苛立ちにも似た悪感情は、収まりも慣れることもなく梨花の心中に暗い影を落とすばかりである。
 その感情が何であるのかを、梨花は知っていた。それは自分が手放し、二度と手に入らないものを持っている彼女への抑えきれない羨望と、それに付随したどうしようもない嫉妬の念なのだ。
 彼女を見てると、どうも昔のことを思い出す。自業自得とは重々承知してはいるが、しかしそれが腹立たしくて仕方がないのだ。

【よいよたいぎぃ奴ぁのう。百も昔に失ったもんのことなんぞ、今に思っても仕方ないに決まっとろうが】
【うっさいわね馬鹿。そもそもあんた、さっき勝手に動いたのだってまだ詳しいこと聞いてないんだけど。一体何考えてんのよ】
【そがァなことは決まっちょるよ。俺ぁ何も考えちゃおらん、それがこの俺壇狩摩じゃからのォ。うははははははは!】

 頭の中に響く無駄にでかい笑い声に、梨花は思わず顔を顰めそうになった。やはりこの男、自分とはまるで相性が悪い。本当ならば人生の内で1分と関わり合いになりたくない人種だ。
 何せこの男、本当に何も考えてない。やることなすこと行き当たりばったり、どころか常識的に考えて自殺行為に等しいようなことまで平然とやってのけるのだから、見てるこちらとしては心臓に悪いという他ない。
 先ほどだってそうだ。生前の知り合いだかなんだか知らないが、敵マスターの前にいきなり実体化など、仮にもサーヴァントのすることではないだろう。結果的にそのマスターとは同盟関係を結ぶことができたとはいえ、憤懣やるかたなしな思考になるのも仕方ない。
 つくづく、サーヴァント失格な男である。

【まあ、それがあんたの勝ち筋だって言うんなら、私はそれに乗るしかないのは分かってるわ。不本意だけどね。それで、ここからどう動くの】
【さぁてのう。俺ァ反射神経の男じゃけぇ、どう動くかなんぞそん時になってみにゃあ分からんでよ。でもまあ】

 そこで一度、狩摩は言葉を切って。

【探らせとった鬼面共が、さーばんと言うんを見つけてきおったわ。全く幸先がいい話でよ】
【それを早く言いなさい!】

 思わず食ってかかってしまった。しかしそれも仕方ないことだろう。
 何故なら敵サーヴァントの情報は聖杯戦争を勝ち抜くにあたって最重要と言っていい代物だ。敵の容姿、真名、扱う武器に能力の内容。何か一つでも分かれば何かしらの対策を打ち出せる。
 ましてこちらは礼装や陣地の作成など、事前の準備が物を言うキャスターなのだから、そうした情報は何よりも大事にしなければならない。

【そいでじゃが、件のさーばんとゆゥ奴はの……】
【そのサーヴァントは……?】

 そういうわけだから、梨花の顔も自然と真剣なものになる。自分の進退を左右するかもしれない話なのだ、当たり前である。
 そんな梨花に、狩摩は意地汚い笑みを浮かべて。


9 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:30:38 SvL25HAA0

【なんと、お前にそっくりじゃったそうでよ! うはははははは! お前みとうな陰気臭い餓鬼がもう一人たァぶち笑い種じゃのぉ! じめ臭うてかなわんわ!】

 ……一瞬でもこいつに期待した自分が馬鹿だったようだ。

【……で、スキルや宝具は確認できたの?】
【ん? あぁそうじゃの。なんぞやたら"運"がいいゆゥとったわ。まあ俺ほどのもんじゃないんじゃろうがのォ。きひ、ひひひ】

 爬虫類めいた双眸を細め、何がおかしいのか狩摩はひとしきり嗤う。
 不気味、不審、ここに極まれりといった風情だが、梨花としてはもう慣れたものだった。こんなものに慣れたくなどなかったが、人間というものは存外に適応力が高いものである。要らない知識と実体験が一つ増えた瞬間であった。

 ともかく、梨花は得られた情報を整理しておくことにした。正直情報量自体は少ないが、0であるよりは遥かにマシだ。
 まず第一に、そのサーヴァントの外見は少女であったということ(自分に似ているというのは流石に戯言だろうが)。
 そして、運がいいということ。キャスターに追加で聞いてみたところ、どうやらそのサーヴァントは「偶然性、それも自身に都合のいいことを意識的に発生させられる」力を持つらしい。他にも欠片のような空間障壁を展開する、空間転移を敢行するなど、その能力には列挙するだけでも頭が痛くなるほどに荒唐無稽で、だからこそそれが真実ならば相当な脅威であった。
 およそ戦闘には向かない容姿、不可思議な術式を容易く行使する特異性。それらを考慮すると……

【そのサーヴァント、多分キャスターよね】
【さァて、お前がそう思うんならそうなるじゃろ。お前ん中ではな。それが全てよ】
【馬鹿にしてるの?】
【いやいや、それが中々馬鹿にできたもんでもないけぇ。まァお前にゃ分からんことじゃろうがの】
【やっぱり馬鹿にしてるわね、あんた】

 狩摩のたわ言は聞き流すとして、そのサーヴァントがキャスターであることは、まず間違いないだろう。
 聖杯戦争は通常、同クラスのサーヴァントは重複しないという話であったが、どうやらここではそんな常識も通用しないらしい。魔術闘争なんて非常識の産物に、常識という言葉を適用させていいものか、それは分からないが。

【それで、言っておいた"陣地"ってやつはできてるんでしょうね】
【おう、できとるよ。急造のもんじゃが、まァ問題はなかろうよ。じゃけェそう心配すんなや、重ねた歳がそんならの顔に浮かびおるわ】

 キャスターのクラススキルに、陣地作成というものがある。それは文字通り自陣営に有利となる陣地を作成する技能であり、地力で他のクラスに劣るキャスターに残された数少ない光明である。
 梨花は前日から、狩摩にそれの作成を命じていた。そして意外なことに、この奔放に過ぎるキャスターは梨花の命令に唯々諾々と従い陣地の作成に努めたのだ。
 そうして果たして、その陣地とやらは完成したのだという。
 当初、梨花はその言葉を信じられなかった。というのも、所謂目に見える形でこの孤児院に変化点は存在しなかったからだ。
 梨花としては、陣地というものなのだから、少なくともマスターたる自分には分かる程度には施設に変化があると思っていたのだ。しかし陣地と定めたこの孤児院において、昨日までと今日で一切の変わりはなかった。
 だからこの質問をした時点では、梨花は狩摩が作成作業をサボったとばかり考えていたのだ。梨花の言葉がどこか棘を持っていたのには、こういった理由がある。
 しかし、その予想はどうやらいい意味で裏切られたらしい。狩摩が嘘を言っていなければ、の話であるが。


10 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:31:08 SvL25HAA0

【しかしまァ、お前もよいよたいぎぃ先行きじゃからのぅ。焦る気持ちゆゥんも分かるわ。俺とは無縁の感情じゃがの。
 現にお前にとっちゃ頭の痛い話じゃろうよ。まァ、これだけは"間"ぁ悪ぅかった思うて諦めェや】
【は? いきなり何言って……】
【"来る"でよ】

 その一言に、梨花は背筋が凍るという感覚を体感した。氷を入れられた、どころの話ではない。椎骨そのものを鷲掴みにされ、髄液の代わりに冬の真水を注入されたにも等しい悪寒が、背筋を走ったのだ。
 狩摩の言葉に恐れを覚えたのではない。それは、彼が"来る"と評したものが、突如としてその気配を露わにしたものが、梨花にも確かに感じ取れたからだ。
 孤児院の外、ここからおよそ百mほどか。そこに、何か"取り返しのつかない"ものがいるということが、理屈ではなく直感として分かった。

 ドッペルゲンガー、という単語がある。
 自己像幻視とも呼ばれるそれは、有体に言えば自分自身の姿を自分で見るという幻覚症状の一種だ。大抵の場合は精神、あるいは脳の障害に起因する錯覚でしかないが、そういた医学的に説明が付く事例もあれば、逆に医学的には説明不能な事例も存在する。
 ある日突然訪れる「もう一人の自分」。二重写し、影、重なって歩く者。それらは時代も国も超越して、数多くの事例と「死の前兆」というモチーフが付随して語られる。
 それを、何故か突然、梨花は想起した。理由は分からない。けれど、梨花は確かに感じたのだ。

 ドッペルゲンガー、もう一人の自分。
 そうした最も自分に近い、しかし最も遠い存在。そうとしか形容のしようがない何かが、そこにいるのだと―――!

【きひ、きひひひひひ。来る、来るでよ。ぶち恐ろしかものがやってきおったわ】

 狩摩は嗤う。口調とは裏腹の、何もかもを愉快がった嘲笑の笑みを絶やすことなく。

【"魔女"が、来おった】

 睥睨して見つめる視線が、孤児院の壁を貫いて彼方を見据えたのだった。





   ▼  ▼  ▼





 かつて神稚児と呼ばれた童がいた。
 七つまでは神のうち。数えで七歳を迎えるまでの稚児は人ではなく神や霊に近い存在である。そんな伝承がこの国にはあった。
 乳幼児の死亡率が極めて高かった時代、子供は人と神の境界に立つ両儀的存在と見なされた。そして真実、それに相応しい生き残りがその地には存在した。
 人の願いを無差別に叶える万能の現人神。人の数だけ存在する願いを、願いの数だけ現実とする"都合のいい神さま(デウス・エクス・マキナ)"。
 その娘は人の姿をして、しかし決して人ではなく。世界の全てさえ左右できるほどの力を宿し。
 しかし彼女自身が願うのは、本当にささやかなもの。


 かつて正義の味方を目指した少年がいた。
 大災害にて家族を失い、自身もまた冷たい死を待つだけの身であった彼は、そんな自分を救った男に光を見た。
 当初はただの憧れだった。何も知らない子供のように、綺麗なものを見つめる少年のように。
 そして想いは順当に受け継がれ、少年はその身に呪いを受けた。男の犯した過ちを、けれど間違いになどさせないという少年の誓い。
 しかし彼はその果てに、正義ではなく人を選んだ。一を犠牲に全を救う正義ではなく、唯一の幸せのために世界の全てを切り捨てた。
 神の子が願ったささやかな願い。人になりたいというその言葉を、彼は笑顔と共に受け入れた。


 かくして正義に憧れた少年は、その味方となる権利を手放し。
 今や悪の敵たる資格すら失って。
 妹を救いたいと願うだけの少年は、世界の敵と成り果てたのだ。


11 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:31:37 SvL25HAA0











 先の戦いより数時間、士郎の肉体に蓄積された疲労は既に癒えていた。
 拠点よりほど近い市街地にて発生した戦闘……より厳密に言うなら、自分から仕掛けたものであったが、それでも彼らは勝利を手にして戦場を後にした。三騎士たるランサーのサーヴァント、及び準サーヴァント級の規格外マスターを、非才の少年と暗殺者の少女という弱者の牙が打ち砕いたのだ。
 幸いにして、彼らはその戦闘において負傷の類を負うことはなかった。故に彼らは戦闘可能な程度にまで回復すると、すぐさま次の行動に出た。兵は拙速を尊ぶという言葉の通り、生半な作戦を練るよりも、自分たちにはやるべきことがあるのだからと。
 衛宮士郎が望むのは聖杯の獲得にして、世界の救済。より厳密に言うならば、「世界の救済のために犠牲にされようとしている妹に代わる奇跡」である。
 そのためならば、彼は何をも犠牲にしようと構わなかった。聖杯戦争に関わるマスターは元より、それに巻き込まれる無辜の住人であろうとも、彼は一顧だにすることなくひた走ろうとしていた。
 そして。

【アサシン、気配の出所は確かにそこで間違いないんだな】
【そうだ。気配は二つ、微かだが建物内に確認できる】
【二つ、か……厄介だな】

 現在、士郎とアサシンは目下の標的を発見し、その威力偵察を行っていた。
 目標は閑静な土地の通り面した白色の建築物。傍にある看板から、そこが孤児院であることが士郎には分かった。
 なるほど、と納得するものがあった。異世界より召喚され、身分の保障すら与えられない今回の聖杯戦争において、マスターが取れる選択は限られている。
 身分や戸籍を偽装するか、あるいはそうした相手から偽装身分を奪い取るか。そうした力も持たない場合は、素直に路上生活者として活動するか。
 そうした観点から見れば、個人経営の孤児院はある意味うってつけではあった。若年層のマスターに限られるが、孤児として施設に紛れ込むことができれば戸籍や素性の問題に突っ込まれる機会も多くはなるまい。
 しかしそんな与太な思考とは全く別のところに、士郎が危惧する問題があった。すなわち存在するサーヴァントの気配の数である。
 アサシンに曰く、その孤児院にあるサーヴァントの気配は二つなのだという。これは非常にまずいと言えた。何故ならこちらは敵の足を引っ張り隙を突くことしかできない弱兵、正面からぶち当たったのでは万に一つの勝機もあるまい。
 二つの陣営が一つ所に在る理由……同盟か、敵対か、それを知ることは士郎にはできないが、前者であった場合には根本的に作戦を練り直さなければならないだろう。
 無論、後者であった場合には決裂の隙を突くだけの話だが。

【アサシン、お前は引き続き偵察を続けてくれ。動きがあったら教えてほしい】
【了解した、士郎】

 念話でアサシンに命じて、士郎は一人双眸を細めた。強化された視界の先に映る孤児院の姿は、彼に一つのことを思い起こさせた。

(美遊……)

 彼には救いたい者がいた。その者は神としてこの世に生を受け、神としての力を望まれ、人であることを許されなかった。
 世界を救うために犠牲となるただ一人。その者は殺されるために生まれたのだと言われた。
 士郎は、それを許すことができなかった。全を救うために一を犠牲にするという理論、彼が憧れた正義の男と同じ理屈を、しかし彼は受け入れることができなかったのだ。
 その者の名を、朔月美遊。神稚児信仰の体現たる朔月家唯一の生き残りにして、今や一人の人間となった少女。
 衛宮士郎に残された、世界にたった一人の大切な妹だった。

(待っていてくれ、俺は必ずお前を救い出す)

 美遊もまた、孤児と言っていい身の上だった。だからだろうか、孤児院を見ているとそのことを思い出してしまう。
 あそこに住まう子供たちも、恐らくは美遊と同じ年頃なんだろうか―――
 ふと湧き上がった思考を、士郎は冷酷に消し潰した。彼女を救うために悪となった自分には、もう許されないものだったから。

(だからこそ、立ち塞がる敵は総て討ち倒す。そこにどんな正義があろうとも……)

 例えどれほどの正義があり、どれほど正当な大義名分が掲げられようと。
 最低の悪たる自分には通じはすまい。一のために全を殺す自分には。

 いずれ訪れるかもしれない機会のために、士郎はただ待ち続ける。
 救うべき大切な者の影だけを、その瞳に映して。
 正義の味方に焦がれた少年の面影は、最早どこにも残されてはいなかった。


12 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:32:11 SvL25HAA0











 正義の味方の男は言った。自身の生は、見えない月を追いかけるが如き暗闇の旅路であったと。
 世界の敵の少年は言った。例え月が見えずとも、それでも人は星を仰ぎ見るのだと。
 暗闇の中であろうとも、人は星に願いを託す。正しく在ろうと足掻いた男の生涯は、決して間違いなどではなかったのだと。

 けれど、けれど―――

 人が月を見ることができずとも。
 月は人を見下ろしている。
 正義も悪も嘲笑い、慈愛と侮蔑の視線で睥睨している。
 今この瞬間も。
 月は、人々を見下ろしている。
 昼光に遮られ、暗闇が視界を閉ざし、星の輝きさえ届かぬ深淵の玉座から。



 ―――《月の王》が見下ろしている。





   ▼  ▼  ▼





「あら、一足遅かったみたいね」

 破壊の限りを尽くされた市街地を見下ろして、少女のように可憐な、しかし暖かさの一切を感じさせない嘲笑の声が響いた。
 声の持ち主は人ではなかった。黒き肢体をしなやかに躍動させ、黄金の瞳で全てを見通しながら、獣の口元を愉悦に歪ませている。
 書割のように背景から浮き出た黒猫が、人の言語を解していた。

「混沌の坩堝と化した都市……そこで行われる人間たちの狂騒。醜いわね、とても醜い。けれど、いいえだからこそ、観覧の種としては見るものがある」

 黒猫―――奇跡の魔女がこの戦場に望むのは娯楽である。
 彼女自身は知的遊戯を尊び、推理を愛し、他者の知性を嘲笑う魔女ではあるけれど。
 だからこそ、その脳髄を満たす娯楽に関しては貪欲だった。愚かな人間と英雄などと持て囃されている愚者が手を組み殺し合うなどと、なんと暇の潰しがいのある趣向であろうか。
 故に彼女は傍観者の地位に座りながら、そのゲーム盤を睥睨するのだ。将棋かチェスを観覧する淑女のように。

 そして彼女は―――新たな娯楽の種を見つけた。
 この地よりほど近い場所にある、幼子を収容する白箱を視界に収めて。
 そこに集う超常の者の気配を悟って。
 奇跡の魔女は、残酷に冷酷に、弦月の形に笑みを歪ませた。

「ふふふ……楽しみだわ。どこのカケラか知らないけど、まさか"あの子"に会えるなんてね」

 その声は。
 その愉悦は。
 遥か昔に置き去った"何か"を想うようで。

「待っていなさい、■■■■」

 そこ名を聞き取れた者は。
 少なくとも、この場には誰も存在しなかった。


13 : 抽象風景 ◆GO82qGZUNE :2016/10/24(月) 22:32:43 SvL25HAA0

【B-1/孤児院/一日目・午後】

【古手梨花@ひぐらしのなく頃に】
[令呪]三画
[状態]健康、苛立ち
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、百年の旅を終わらせる
0:魔女……?
1:キャスター……もうこいつについて深く考えるのは止めにするわ。
2:百合香への不信感。果たして本当に同盟を受けて良かったのか。
3:キーアに対する羨望と嫉妬。
[備考]
※アーチャー陣営(百合香&エレオノーレ)と同盟を結びました
※傾城反魂香に嵌っています。気に入らないとは思っていますが、彼女を攻撃、害する行動に出られません。

【キャスター(壇狩摩)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態]健康
[装備]煙管
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ。聖杯自体には興味はない。
[備考]
※アーチャー陣営(百合香&エレオノーレ)と同盟を結びました
※彼は百合香へもともと惚れ込んでいる為、傾城反魂香の影響を受けていません。
※孤児院を中心に"陣地"を布いています。


【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、混乱
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:梨花と一度、話してみたい。
[備考]
古手梨花をマスターと認識

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]健康
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:古手梨花とそのサーヴァントへの警戒を強める


【B-1/高所の物陰/一日目・午後】

【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] 魔力消費(小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
1:孤児院への奇襲を仕掛けたい。しかしサーヴァントの気配が二つあることを憂慮。
[備考]
アサシン(アカメ)とは数㎞単位で別行動をしていますが、念話・視覚共に彼女を捕捉しています。


【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 健康
[装備] 『一斬必殺・村雨』
[道具] 『桐一文字(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
1:士郎の指示に従い、孤児院の様子を探る。


【キャスター(ベルンカステル)@うみねこのなく頃に】
[状態] 健康、黒猫
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ
1:面白そうなので観覧する。
[備考]
※『杜に集いし黒猫の従者』に綾名を護衛させています。
※黒猫に変身した状態ではサーヴァントの気配を発しません。


14 : 名無しさん :2016/10/24(月) 22:33:05 SvL25HAA0
投下を終了します


15 : ◆H46spHGV6E :2016/10/26(水) 14:38:21 juXcK7KM0
スレ立て、そして投下乙です

浅野學峯&玖渚友、結城友奈で予約します
また、念のため同時に延長も申請します


16 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:26:17 dnHq7CdU0
古手梨花、壇狩摩、逆凪綾名、ベルンカステル、キーア、プロトセイバー、衛宮士郎、アカメを予約します。
そして前編を投下します


17 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:28:08 dnHq7CdU0











 ―――それでいい。神とサイコロは無口でいい。

               Frederica Bernkastel










   ▼  ▼  ▼





【点在、非在、偏在を確認】

【監視継続】

【時間流への介入を開始】

【……】

【時間軸・432680秒前】

【アクセスしますか?】

【……】





 ………。

 ……。

 …。





【5日前】

【地上、あるいは―――】





 ………。

 ……。

 …。


18 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:29:10 dnHq7CdU0





 その日は休日ということもあって、孤児院の皆は源氏山公園へちょっとしたピクニックを企画していた。
 その頃はまだ、鎌倉に蔓延る異常現象とか大規模事故とか、そういうのも控えめだったため、対処にあたる公共機関の人員はともかく、一般市民の危機意識はまだ低かったのだ。
 街中は当たり前のように人で溢れ、道を行き交う人々は平穏な日常を送っているよう。不安や危機感というものは、およそ表面的な表情からは推し量ることができなかった。
 それはともかくとして。

 わらわら、わらわら。
 よくもまあこれほど集まったと言いたくなるほどに、数人の大人に引き連れられた小さな子供たちは、その小さく大きな目をいっぱいに広げながら思い思いにそこらじゅうに散らばっていた。
 おおざっぱに数えて20人ほどか。ある者は何が楽しいのか無駄に全力で走り回り、ある者はそこらへんの木に駆け寄ってしきりにジャンプしたり、ある者は備え付けのベンチに飛び乗ってはしゃいでいる。
 周りの人に迷惑がかからないように、という引率の言葉が虚しく響いた。遊び盛りの子供たちには馬耳東風か、目の前の遊びや好奇心のほうがよっぽど重要なのだろう。とは言っても、流石に誰かが来た時はある程度自重はするようで、素直に道を譲ったりぶつからないように配慮したり、それくらいの良識は見せるのであった。

(子供ね……)

 そんな稚気の溢れる中にあって、古手梨花は当然というべきか、大きなため息を吐きたくなる気持ちを抑え、内心で小さく愚痴を吐き捨てているのだった。
 梨花は一際幼い子供の容姿こそしているものの、その実態は幾多の時間をループし続ける時間遡行者にも等しい存在である。繰り返した時間はおよそ100年にも及ぶか。流石に同年齢の老女よりは情緒も感性も若いつもりではいるものの、外見通りの子供では決してない。
 そうした梨花の視点から見れば、子供の無邪気で傍若無人な振る舞いは、時に眩しく映る反面、その大半は鬱陶しいものとして映るのだ。
 辺りから聞こえてくる「すげー」とか、「初めて見たー」とか、あとは言葉にもなってないはしゃぎ声とか。なんとも明るく和気藹々とした雰囲気は、常であるなら楽しめでもしたろうが、聖杯戦争などというものに絶賛参加中の身では苛々の素でしかなかった。
 中でも特に。

「わあ……」

 自分の隣で、目を輝かせている少女(キーア)であるとか。
 そんな彼女を横目に、梨花は重たい息を吐きたくなる衝動を、何とかして抑えた。

 このキーアという少女は、何かと同じ境遇である自分に構ってくるのだった。
 眠る部屋は同じだし、食事の度に隣に座ろうとしてくるし、お喋りであるとか、日常の家事雑事であるとか、そういうのも一緒にしようと誘ってくる。それがどうにも、梨花にとっては言いようもない感覚に襲われるのだった。
 別にキーアのことが嫌いであるとか、そういうことではない。
 むしろ好ましい人物であることは分かっているし、仮に元の雛見沢分校に彼女がいたならばと、そう思うこともあるくらいだ。
 ただ、この邪知渦巻く鎌倉の街で見る分には、なんとなく苦手だという、ただそれだけである。


19 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:30:22 dnHq7CdU0

「ねえ見て、梨花! 凄いわ、こんなにたくさんの緑があるなんて!」
「みぃ、キーアは何をそんなに驚いているのですか? 葉っぱがそんなに珍しいのですか?」
「ええ。あたしがいたところには、こんなに綺麗な自然はほとんど残ってなかったの。だから、ここはとっても楽しいわ」

 言ってキーアは両手を広げて、胸いっぱいに空気を味わうように、草木の萌える芝生を踏みしめた。
 くるくると回る姿は妖精のようで、まるで風に舞う花びらを梨花に思わせた。その顔には満面の笑み。彼女が一歩を踏み出したというそれだけで、周りの空気が入れ替わったと錯覚するほどに、その雰囲気が一変した。

「この街はとっても素敵よ。青い空があって、緑の草原があって、そして住んでる人たちはみんな笑顔なんだもの。
 ねえ、梨花」
「なんですか、キーア」
「あたし、この街に来て良かったわ。素敵なものが見れたし、みんなにも出会えた。それに……」

 言って、キーアは更に破顔して。

「梨花にも会えたんだもの。あたし、梨花に会えて本当に良かったわ!」

 はにかむような、弾むような。
 そんな笑顔を、前にして。

 ―――だから、あんたは苦手なのよ。

 笑顔の裏で、梨花は一人、そう思うのだった。





   ▼  ▼  ▼





【現時刻】

【地上、あるいは―――】





   ▼  ▼  ▼


20 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:31:08 dnHq7CdU0





 気絶から目を覚ますと同時に、逆凪綾名は魔法少女スイム・スイムへとその姿を変え、即座に魔女の追跡へと当たった。理由は簡単、そうしなければまともに作戦行動がとれないからである。

 スイム・スイムは予選から今に至るまで、敵主従を討伐するまでのほとんどの工程を自分の手で完遂していた。自身の魔法を使い、地面や建築物に潜航しての不意打ちによるマスター暗殺。そんな、たった一つの手段を極めることで、スイム・スイムはここまで勝ち上がってきた。
 すなわち、彼女は戦闘においてサーヴァントの手を借りることなく勝ち上がってきたマスターという、極めて特異かつ常識外れの存在なのだ。だがそれは、サーヴァントの力が不要であるとか、そういうことでは決してない。
 例えば、スイム・スイムはマスターやサーヴァントを見分けることができない。
 彼女は魔法少女であるが、魔術師ではない。多種多様な魔術的叡智と諸般の技術を身に着けた魔術師ではなく、魔法少女育成計画というソーシャルゲームを通じてたった一種類の魔法を手に入れただけの、未だ年若い少女でしかないのだ。
 故に、彼女は魔力探知というものを行えない。サーヴァントの存在を感知するには、同じくサーヴァントであるキャスターの力を借りる必要があった。
 今まではそれでもやりようがあった。鶴岡八幡宮に潜伏し、そこで戦闘を行う不用意なマスターたちを襲撃するという工程を踏んだのは一度や二度ではない。僅かに残された魔術的な痕跡を辿ったのだって何度もある。しかし本戦に前後する頃から、そういった不用心なマスターというのは、とんと見かけなくなったのだ。
 この時点で、スイム・スイムは自身の限界を悟った。だからこそ、これからの戦いを優位に運ぶためにはキャスターの力が必須になると考えたのである。
 別に頼るわけではない。あくまでその力の一端を利用するだけだ。あの魔女は心身を委ねていいような存在では決してない。
 だから利用する。使えるものは何でも使えというルーラの教えに従って。

「……」

 人の目に留まらぬように、スイム・スイムは地を駆ける。時に壁や地面に潜航してやり過ごし、その姿を余人に見られぬよう憂慮して。
 キャスターの居場所はおおまかに分かっていた。それはパスを繋いでいるが故のこともあるが、それ以上にキャスターの使い魔である『杜に集いし黒猫の従者』の存在が大きかった。
 黒猫からもたらされる情報によれば、現在キャスターは鎌倉西部の笛田の街にいるとのことだ。スイム・スイムが気を失っていた場所からそう離れてはいない。魔法少女の身体能力を以てすれば、十分とかからず移動できる距離である。

 駆けて、駆けて、過ぎゆく街並みを横目に流して。
 そして、その視線の先にキャスターの姿を捉えた。

「……いた」

 一歩を踏み込み跳躍、重力の枷から放たれた体は優に10mの距離を無視して、行く手を遮る障害物の一切を透過しながらキャスターの真横へと着地した。
 久しぶりにまともに見るキャスターの表情は、相も変らぬ下卑たもので満ち溢れている。睥睨するようにこちらを見遣るキャスターに、スイム・スイムは無表情で相対した。

「あら、貴女も来たの。私には頼らないのではなかったかしら?」
「利用できるものは全部利用する。そうルーラが言ってたから」

 キャスターを仰ぎ見ることもなく、スイム・スイムはその先を見た。キャスターが見つめるその先、すなわち標的がいるところ。
 キャスターは、機嫌を悪くするでもなく、ただくすくすと嗤うだけだ。


21 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:31:32 dnHq7CdU0

「あそこに、いる」
「ええそうよ。愚かで愛しい私の駒(マスター)。貴女はどうするの、この盤面を俯瞰して」
「つぶす」

 返答はまるで淀みがない。戦意に猛るわけでも、まして臆するでもなく、あくまで自然体のままにスイム・スイムはそう言い切った。
 何故? ルーラならそうするだろうから。
 彼女にとって全てはルーラに帰結する。ルーラが為そうとすることに、自分もまた追随する。彼女にとっては万事がその理屈で説明可能であり、故に恐怖や躊躇が付随することはない。

「けれど、そうすると貴女はどう行動するのかしら。あそこにいるのは単騎ではなく二騎のサーヴァント。今までのような不意打ちでは対処しきれないわよ?」

 キャスターの言葉に、スイム・スイムは踏み出しかけていた足を止め、言葉なく熟考した。確かに、これでは分が悪い。
 キャスターの言う通り二つ以上の陣営が一堂に会しているとするならば、今までのような陰に潜んでの暗殺だけでは心細かった。一方を殺している間にもう一方に捕捉されるのは目に見えているからだ。
 攻め込む場合の有効手は敵の分断、あるいは同士討ちの誘発か。N市の戦いにおいて所持していた「透明外套」があったならばもう少し作戦に幅が出来たのだが、ないものを思っても詮無きことでしかないだろう。
 人手が足りない。仕込みの時間も足りない。敵の数も戦力もこちらを上回り、しかし先手を取れるというアドバンテージだけがこちらにはある。
 だとするならば、今ここでスイム・スイムが取るべき行動は……

「一時撤退」

 くるりと背を向け、つかつかと歩き去る。
 キャスターはつまらなさそうにこちらを振り向くのだった。

 スイム・スイムに恐怖はない。しかし、同時に彼女は馬鹿ではない。
 サーヴァントが二騎存在する。正面からでは勝ち目のないバケモノが複数いる。そのことで彼女は恐怖を感じないが、しかし真実勝ち目のない戦いに身を投じるような自殺行為を、彼女は是としない。
 現状、彼女に打てる手は限られていた。かつてのように味方―――ピーキー・エンジェルズやたまのような配下―――はおらず、この街において最大戦力と成り得るサーヴァントはこちらの言うことを聞きやしない。透明外套も元気の出る薬もなく、事実上スイム・スイムは独力で戦うしかなかった。
 そして、この状況で彼女一人で勝てるかと問われれば、それは否である。
 だからこその戦略的撤退だ。未だこちらの存在が気取られていないという前提条件があるならば、不意打ち以外にも見過ごして撤退するという手もある。

 ―――ここで、スイム・スイムが気付いていないことが二つ存在した。

 一つ、彼女らの存在は既に気取られていたということ。魔力探知やサーヴァントの気配探知ではない。それは、ある種の共鳴とも言うべきものによって、キャスター・ベルンカステルがいることを気取られていた。そしてそれは、他ならぬベルンカステル自身も知っていたことだ。
 故に、このことに関してスイム・スイムに落ち度はないと言うべきだろう。何せ彼女のサーヴァントは一等劣悪な精神性の持ち主であり、主たるスイム・スイムに利するかどうかすらその時の気分次第。現に今もその事実を告げてはいなかった。

 そして二つ目に―――


「……!?」

 瞬間、スイム・スイムは自身の身に「何か」が起きたことを直感的に悟った。
 目に見えない力の奔流が流れ込むかのような、感覚的な異常事態。無意識に透過の魔法を行使して、しかしそれは物理的な作用ではないために一切の抵抗を許されなかった。
 そして、彼女は……





   ▼  ▼  ▼


22 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:32:04 dnHq7CdU0





 木陰にて息を潜め、標的を見定める瞳が一対。
 アサシン・アカメは目下の敵地である孤児院周辺の木々に身を隠しながら、その内情を探っていた。白く清潔な印象を与える建物、中には人の気配が大勢。
 雑多なそれらの中にあって、一際目立つものがあった。それは魔力量の多寡という、サーヴァントにとっては当たり前に感じられる気配として、アカメの肌を突き刺すようにその位置を知らせていた。

【いたぞ、士郎。敵は確かに孤児院内部に存在する。大まかな位置も特定した】
【そうか……姿を目視できるか?】
【いや、今のところは魔力反応による位置検出だけだ。構造的にもそうなのだが、やはり霊体化されていては物理的な視認は難しい】

 そうか、とだけ告げて士郎は口ごもる。視認さえ叶うならば、視界をリンクさせることによりその命中精度を確かなものにできたのだが、高望みはすまい。
 それよりも、問題は院内の敵が二騎存在するということだ。一騎だけなら既に行動に移していた。しかし複数ではそうはいかない。
 士郎は数キロ離れたこの場所からでも即時命中させることのできる大火力の攻撃を保持している。それはサーヴァントの殺傷すら容易に可能とするものだが、しかしそれだけで二騎のうちいずれか、ないしどちらをも討ち果たせるというのはあまりにも希望的に過ぎた推測である。
 仮に二騎のサーヴァントが共に生き残って、結託した上で襲い掛かってきたならば、アカメ単騎での対処は難しいものになるだろう。アカメは優れた剣士ではあるが、その本分はあくまで暗殺者。彼女が一対一で負けるとは思えないが、複数人がかりではそれも怪しい。まして、彼女の力は敵の足止めには向かず、故に士郎の元へサーヴァントが接敵することがあれば、最早対処のしようがない。
 いざとなれば虎の子の令呪を使うという手もあるが、それとて先の対ランサー戦で使ってしまっている以上、聖杯戦争を勝ち抜くことを考えればできれば取りたくない手段ではあった。アカメが裏切らないという楽観を信じるとしても、使えるのはあと二画。切り札を使う場面はよく吟味しなければならない。
 なので今自分たちにできることと言えば、相手に動きがあるまで現状維持くらいのものであり、アカメに監視の命令を出して撤退しようかとも思案し始めた。

 その時。

【士郎、これは……!】

 念話から聞こえるアサシンの驚愕の声。その根源たる異常は、士郎の目にも映った。
 孤児院一帯に、突如として謎の方陣が浮かび上がったのだ。光を放つそれは幾何学模様をして、曼荼羅のようにも、あるいは図面のようにも士郎には見えた。
 これは、見間違うわけもなく……

「キャスターの、陣地か……!」

 知らず漏らされる呟きに。
 士郎の見据える瞳は、その鋭さを増すのだった。





   ▼  ▼  ▼


23 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:32:48 dnHq7CdU0





「魔女……?」

 思わず、口をついて出てしまった。

 しまった、と思った時には遅かった。周りにいた小さな男の子が、「どうしたのー?」などと聞いてくる。
 なんでもないですよ、とだけ返し、なおも聞き縋ってくるその子を半ば無理やりに置いて逃げて、梨花は内心忸怩たる気持ちでずかずかと廊下を早足で進むのだった。

【……意味が分からないわ。あんた一体何言ってんのよ】
【ほゥ、一から十まで分からんお前じゃないと思うんじゃがのう。それとも目ェ逸らしちょるんか。まあどっちじゃろうて俺ァどうでもええんじゃが、そのままじゃあそんならの死ぬるは必定よ】
【だから訳のわからないことを……ッ!?】

 自分でも形容できない感情がぐるぐると胸の中で渦を巻き、それをどう処理していいのか分からず、結果として踏み鳴らす足音だけが無意味に大きく院内に響いた。

 分からない。何が起きて、何が来たのか。
 魔女が来たとキャスターは言った。そして自分は"何か"が来たと直感的に悟った。
 その何かが具体的にどんなものを示すのか、それが分からない。自分でも分からないものを、しかし何故か感覚のレベルで梨花は恐れ、存在を感じ取っていた。
 人は自分の知らないものを本能的に恐れる。感覚的に訪れた恐怖と、それに対する無知から生じる二次的な恐怖が、二重の檻となって梨花の思考を占有していた。

 だからだろうか。
 足早に進む梨花は、普段なら気付けたであろうこと、しかしこの時気付くことができなかった。
 勢いのままに曲がり角に差し掛かろうとして、瞬間、梨花はばったりと"そいつ"と会ってしまった。

「……ッ!?」
「あっ……」

 小さな驚愕の声。
 目の前には、焦ったような驚いたような顔をしている、異国の雰囲気纏う少女の姿。

 ―――こんな時に……!

 内心吐き捨て、梨花は作り慣れた「無垢な少女」の仮面をかぶり、言う。

「みぃ、そんなに急いでどうしたのですかキーア。転んでしまったらイタイイタイですよ?」
「あ、梨花……えっと、あのね……?」

 ちぐはぐで要領を得ないキーアの返答。常の彼女らしからぬ物言いだったが、焦燥する今の梨花にはそんなことにかかずらっている余裕はなかった。

「それでは一旦バイバイなのです。キーアもそんなに慌てずに……」
「待って、梨花!」


24 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:33:17 dnHq7CdU0

 その横をすり抜けようとして、しかし次の瞬間に、梨花はその手を掴まれていた。
 振りかえれば、そこには何かを決意したかのように、口元を引き締めるキーアの顔。

「キーア、何を……」
「話したいの、梨花。貴女のことを」

 ……何を言っている?
 分からない。話す? 私のことを?

 こいつ今の状況が分かってないのか、と一瞬だけ考えて、しかしそんなもの自分以外に分かるわけがないと、梨花は思い至った。

「悪いのですけど今ボクは急いでいるのです。ごめんなさいなのですよ」
「ねえ、梨花」
「キーア、あんまりしつこいと」
「貴女、マスターなんでしょう?」

 その瞬間、比喩でもなく梨花は凍りついた。
 氷水に浸された腕で、心臓を鷲掴みにされたようだった。

 今、こいつは、何を言った?

「今朝見たの。貴女がサーヴァントを出して、ここに来た綺麗な女の人と話しているのを。聖杯戦争とか、同盟とか、言ってるのを聞いたわ」

 唐突な告白に困惑していた思考が、徐々に落ち着きを取り戻す。そして、梨花は目の前の少女が何であるのかを完璧に理解した。
 キーア。素性不明の孤児。こいつもまた、聖杯戦争に参加するマスターなのだと。

「キーア、あんたまさか……」
「戦うつもりはないの。あたしはただ、梨花と話したいだけ」

 キーアの声が遠くに聞こえる。自分でもよく分からない胸のざわめきが、不意に大きくなるのを感じた。

「あたし、梨花がマスターだなんて知らなかった。一緒に暮らしてたのに、全然気付けなかった」

 澱みのない瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。ただの視線なのに、痛いほどの力を感じた。

「あたしもね、マスターなの。でもあたしの願いはもう叶ってしまって……だから、あたしは梨花が何を願ってここにいるのか、分からないし想像もつかない」

 それは何も知らない者の声。何も知らない者の瞳。
 痛すぎるほどに真っ直ぐで、無知が故に輝く子供の理屈。
 だから、梨花は。


25 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:33:44 dnHq7CdU0

「ねえ、梨花。貴女はどうして、この街にやって来たの?」

 純粋すぎるほど純粋な、その言葉に。

「……黙れ」

 端的な否定の言葉を突きつけたのだった。

「黙りなさい、キーア。あんたがそれを聞いて何になるって言うの。願いが叶った? ああ良かったわね。なら私からも聞かせてもらうけど、何であんたはまだこうしてマスターとしてここにいるのかしら。
 私に向けるのは同情? それとも優越? どっちにしても、あんた邪魔よ。さっさと令呪を捨ててお家に帰りなさい」

 知らず、無垢な少女の演技はその皮を剥がれていた。
 事ここに至ってする意味も理由もなくなったと、それもあった。けれどそれ以上に、最早そうするだけの余裕がなくなっていたという意味の分からない状況が、梨花を襲っていたのだ。

「……ごめんなさい。貴女を馬鹿にするつもりなんてないの。ただ聞きたいだけ。梨花の事情を聞いても、もしかしたら何もできないかもしれない」
「かもしれない、じゃなくて無理に決まってるでしょうが。いい加減にしないと……」
「でもね」

 けれど。
 傍目には豹変したようにしか見えない梨花に対しても。
 キーアの態度は、まるで変わることもなく。

「それでも、聞きたいの。あたしにできることも、やれることもないかもしれない。けど、それを理由に何もしないなんて、あたしにはできない」

 その瞳に宿る光も、微塵も変わることなく。
 あまりにも眩しく、梨花の目には映って。

「だって、梨花。貴女はこの街にやってきてから初めてできた、あたしの―――」





「はい終わり。そろそろ話ィ先に進めようでよ」





 二人の少女が、不意を突かれたようにばっと振り向いた。
 二人しかいなかったその空間に、突如として場違いな男の声が響き渡った。
 見つめる少女たちの視線の先には、薄ら笑いを浮かべた痩身の男が、まるで幽霊のように不確かな気配で佇んでいるのだった。


26 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:34:13 dnHq7CdU0

「お前の負けじゃて梨花。よいよ下手こいたのぅ、聖杯戦争のマスターに見られたっちゅう時点で誤魔化しに意味なぞありゃせんわ。素直に腹の内晒しゃええじゃろ」
「全部あんたのせいでしょうが……! それになに、いきなり出てきて。ここで戦いでもおっぱじめようっての?」
「ああ、そんなん無理に決まっちょろうが。ほれ見てみぃ、敵手は高名な騎士様よ、俺なんぞ百おってもまるで勝負にならんわい」

 言われてそちらを振り返れば、キーアの傍にはいつの間にか鎧を纏うサーヴァントの姿。キーアを後ろに下げて庇うように立ちふさがる。
 梨花の視界に、マスター権限としてサーヴァント情報が雪崩れ込んでくる。クラスはセイバー、三騎士において最優のサーヴァント。キャスターたる狩摩とは最悪の相性を持つ相手である。

「今この場で事を構える気がない、という点については同意だ。ここはあまりにも無関係な人間が多すぎる」
「とまぁ、こういうことじゃけぇ安心せえや梨花。じゃがまァ、これでお前に逃げ場は無くなったっちゅうことになるがの」

 くつくつと嗤う狩摩。それを前に騎士に庇われる形で立つキーアは意を決したように尋ねた。

「貴方が、梨花のサーヴァント……?」
「おうよ。しかしまァこんならがマスターとはの、お前もよいよ間ァ悪い女じゃけぇのう梨花」

 梨花を睥睨して尚も嗤い続ける。そこには恐怖も、まして喜悦すらも含まれてはいない。

「間ァ悪いにも程があるわ。外にいる"魔女"と、今ここにいるこんならでお前は完全に"詰み"じゃ。困ったのォ、困ったのォ、そういうわけで」

 ―――言葉と同時に、魔力が地鳴りと共に溢れ出る。

 キーアもセイバーも、そして梨花までも、そこで何が起きたか理解できなかった。まるで孤児院それ自体が揺れるように、足元から魔力が湧き出て地を震わせた。
 振動にキーアがふらつき、思わず壁に手をついてしまう。
 それを手で庇うように前へと出るセイバーは、しかし狩摩の気配に敵意や害意が一切含まれていないということを感じ取ると、その顔を訝しげに歪めた。

「ごちゃごちゃと意味分からんけぇ、ここらで一旦"振り出し"としようや」

 振り上げる腕に併せるように、孤児院を中心とした土地に「方陣」が浮かび上がった。
 それは地上と空中で平行になるように、二つの平面が光と共に同時に現出する。
 キーアはそれを、図面だと思った。縦と横に綺麗に区切られた光の線が、マス目上に交差している。
 そして、孤児院に響き渡る大喝破が、"それ"の到来を大々的に宣言したのだった。

「破段・顕象―――」

 天を仰ぐ盲打ちの祝詞が、陣を描く魔力へと伝わり―――

「中台八葉種子法曼荼羅ァ!」

 ―――その瞬間、付近に存在した人間はその全員が感覚に異常を覚えた。
 まず第一に、視界がブレた。今まで自分が見ていた景色が、一瞬にして全く違うものにすり替わった。のみならず、肉体の感覚までもが別位相へと置き換わり、その多くが混乱に思考を占有された。

「ッ!?」

 キーア、セイバー、孤児院の住民たち。あるいは潜伏していたアサシンや、遠方より機を伺っていた士郎に至るまで。
 そして言うまでもなく、スイム・スイムとその侍従も例外ではない。


27 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:35:22 dnHq7CdU0





「―――へぇ」

 酷薄な笑みと共に、奇跡の魔女が言葉を発した。
 先程まで孤児院を見下ろしていた視界は、一瞬にして全く別の場所へと転移していた。
 目の前にいるのは、同じく薄い笑みを浮かべる若い男の姿。





「ちィ、一体なんなの―――!?」

 狩摩の奇行に思わず毒づいた梨花は、しかし己に向けられる殺意に目を剥いた。
 既に周囲には自分とそいつ以外の誰もおらず、必然梨花は一対一で、その殺意溢れる敵手と相対する羽目になっていたのだ。
 薄い桃色の頭髪、白い独特の服装、眠るかのような光を灯さぬ視線。

「……」

 言葉はなく、殺意はなく。
 無機的なまでの昆虫のような視線で、こちらを見る奇異な服装の少女。
 その手には水で出来ているかのような長物を持ち、物騒な巨大刃物がその細腕でくるくると振り回される光景は戯画めいて。

 ―――地を蹴る硬質の音が、梨花の耳に届き。
 ―――次の瞬間には、目の前にまで命を刈り取る刃が迫っていた。





「くッ!」

 突然の異常に身構えたアカメは、周囲の景色が住宅街の一角ではなく、どこかただ広い中庭になっていることに気付いた。

「アサシン! これは一体……」
「構えろ士郎! 悠長に説明していられる場合ではない、敵だ!」

 そして傍らにはいつの間にか、遠方より支援に当たっていたはずの主の姿。しかし現状、アカメはそれに気遣っていられる状況にはなかった。
 何故ならばその視界の先、彼女が今もなお敵意と戦意を向けている先にあるのは、疑いようもない―――

「……向けられる殺気には気付いていた。この特異な状況といい、生憎私には君達に構っていられる余裕などないが」

 清廉な声が届く。静謐の剣気に空間は張りつめ、周囲の喧騒もピタリとそのざわめきを無とした。
 すらり、と抜き放たれる一筋の銀光。纏うは西洋の白銀鎧。

 自身に向けられる二つの殺意に真っ向から相対し、騎士の視線が戦意に猛る二人を貫いた。

「我がマスターを狙うというならば容赦はしない。来るか、アサシンとそのマスターよ」

 ―――セイバーのサーヴァント。

 決して起こり得るはずのない慮外の邂逅が、ここに果たされたのだった。





   ▼  ▼  ▼


28 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:36:02 dnHq7CdU0





「くっくっく、ひははははははは!」

 孤児院上空に突如として出現した奇怪な陣。光条で編まれたかのような幾何学的な曼荼羅の上に立ちながら、神祇の首領は手で顔を覆い嗤っていた。
 敵手たちに対する嘲笑か、それとも見知らぬ異邦人たちへの親愛か。何にも囚われない彼独自の価値観で、この盤面を俯瞰しているように。

「おうおう、現物をよォ見てみりゃあ、これはそっくりそのままじゃのう! 百年どころか千年経ってこのザマか、なんとも皮肉な話ィじゃけぇ」

 対するベルンカステルを目の前に、狩摩は純粋に面白がるように笑っていた。それを向ける相手はおらず、我知らず闊達に。

 ―――ここにいるのはたった二人。壇狩摩と、ベルンカステル。

 向かい合う奇跡の魔女は、双眸を細め同じく笑うかのように語りかけた。

「はじめまして、かしら。それなりに面白い趣向ではあったわよ、どこかの誰かさん」

 くすくすと嗤う魔女。口元を弦月に歪める彼女は、目の前の男がしでかしたことを、一切に至るまで把握していた。

 男―――狩摩が行ったのは、場と人物を対象とした強制的な転移だ。
 陣形崩し、配置の入れ替え。それは盤上に布かれた駒を全く違う場所へと揃え直すかのように、あらゆる状況を困惑させる軍勢崩しの咒法。
 ここで重要となるのは、人物の転移場所は事前に決まるものではなく、全くのランダムということに尽きるだろう。その点においては、術者である狩摩自身でさえもどうしようもない。全ては運次第、天に采配を任せるしかない。
 しかし―――

「けど、アテが外れたようね。この私に不確定要素を与えると"こう"なるわ」

 奇跡の魔女―――ベルンカステルにそんな道理は通用しない。
 彼女が手繰るは奇跡の魔法。起こり得る事象の確率が0でない限り、必ず成就させる大権能である。
 孤児院を中心に布かれた不可視の陣地を魔術的に視認した瞬間、ベルンカステルは全てを理解した。そして、次に起こり得ることを想定し、この奇跡に最も近しい力を行使したのだ。

 すなわち―――転移した場所が、その術者の目の前であるように。
 彼女の前ではあらゆる偶然は必然となる。ベルンカステルが壇狩摩の元へやって来たのは、偶然などでは決してない。

「ここに設置された陣地を見たわ。マス目上に区切られた正方形の図面、何ら魔術的な効能を発揮しない一見役立たずの方陣。
 思わず笑ってしまったわ。まさかこの聖杯戦争で、私にゲームで勝負を仕掛けようなんて思いあがる人間がいたなんて」

 ベルンカステルが嘲笑する。狩摩も変わらず嗤うだけだ。

 この孤児院にて狩摩が敷いた陣地は、まさしく将棋盤かチェス盤の如き様相を呈していた。
 縦横15マス、均等に区切られた正方形。対局に使うゲーム盤を、そのまま巨大化させたような陣。
 およそ工房としても神殿としても使い道のない、娯楽のみに特化した盤上。それを見たからこそ、ベルンカステルはこの陣の持ち主に興味が湧いたのだ。


29 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:36:45 dnHq7CdU0

「どうしようもない恐れ知らず。勇敢ではあるけど、それ以上に愚かしいわね。だからこそ遊びがいがある、と言えなくもないけど」

 奇跡の魔女は知的遊戯を尊ぶ。血みどろで残酷な、あらゆる人間の知性を嘲笑うゲーム盤をこそ好むのだ。
 だからこそ、彼女は狩摩と相対したのだ。武力で競う野蛮な戦場においてなおも知的遊戯を開催するその精神を、"型に囚われない"稀有なものであると認めた上で。

「……なんともまあ、けったいな"夢"じゃのう」

 けれど。
 そんな魔女と向き合う狩摩は、先の哄笑などすっかり鳴りを潜めて。嗤うような哀れむような、そんな声で呟いていた。

「分離した可能性の結晶か、当人が無意識に望んだ姿か、あるいは物語として望まれたか……流石にこりゃあ歪みに過ぎるけぇ。
 仲間だ絆だ平穏だと足掻くあの娘の現身がこれたァ、なんとも救われん話じゃわい」

 既に、狩摩の眼はここを見てはいなかった。その視線は、どこか違う場所に。
 それはベルンカステルではなく、その向こう側を見通すかのように。

「じゃがまあ、これが梨花の"剥された成れの果て"ゆゥんなら、あんならの自業自得っちゅう話になるんかのう。こうして目の前に出てくるんも納得よ。
 まったく、どれだけ適当やろうが大筋のところは外さんように回るゆうんが、流石は流石の万仙陣。どっちにしろ俺らの役どころはワヤになるんが決まりじゃけぇ。
 これが第四の怖いところよ。たとえ甘粕や大将じゃろうと、正攻法じゃ潰せんわい」

 くつくつと嗤う狩摩に、ベルンカステルは嘲笑の貌を向けるだけだ。
 この男の言葉の意図が何であるのか、そもそも何を言っているのか。理解できない。が、そもそも人間とはそういうものだろう。
 人の思考は外から見ることはできない。この奇跡の魔女はそれでも僅かな接触のみでその者の辿ってきた人生に至るまでを推察できるが、それはあくまで人間観察に類した技術であって、完璧な読心の異能を持つわけではない。
 ゲーム盤という型に当てはめるならともかく、そうでもない人間の思考を1ミリのズレもなくトレースするなどまず不可能。
 だからこそ、ベルンカステルはこの相手が言う言葉を、単なるブラフであるか、あるいは正真の戯言であると解釈した。
 当たり前である。目の前の相手は盲打ちにも等しい権謀師、まともに取り合っては掬われるのは自分である。

「あらあら。始める前から騙し合いかしら。私としてはそれを受けてもいいのだけれど?」
「あぁ? ……なんぞ言っちょるんじゃ。誰もお前になんぞ話しとらんわい」

 相も変らぬ態度に不貞腐れたような口調。普通なら激昂するのが筋である場面においてなお、ベルンカステルは薄い笑みを崩すことはなかった。
 むしろ可愛がっている風にすら、余人がいればそう見えたであろう。ああ愚かな人間が必死になって、と。大上段からペットの小動物を可愛がるかのような超越者の笑み。
 壇狩摩とベルンカステル。両者は近くで向かい合ったまま、けれどその思惑を一切交差させることなく立ち会っているのだ。


30 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:37:50 dnHq7CdU0

「ああ、ええ。もうええ。ならちゃっちゃと話ィ進めようでよ。俺の跡継のボケがおらんのが癪じゃが、それが"ここ"の俺の仕事じゃけえのう」

 言葉と共に―――内包する魔力が荒れ狂い、暴風となって周囲に叩きつけられた。
 空間が変質していく。流れる空気が異界のものとすり替わっていく。
 異質な気配に粟立つ皮膚の感触に、ベルンカステルは知らず鬼気めいた笑みを深めた。

『三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝』

 天を指差し、地を抑える。上下に広げた両腕を回し、鳴動する空間そのものに狩摩は勅令を下した。
 それと共に次々と奔っていく光の線。孤児院上空に布かれた陣と比するまでもなく多く、そして込められた魔力が膨大なそれらが、幾何学的な空間を形作っていく。

『―――急段・顕象―――』

 創造されていく狩摩の世界。上空に瞬く軌跡はまるで何かの形状を描いているかのようであり、それは例えるならば将棋の盤面のようにも見えた。
 その全てが言外に物語る。
 これは遊戯。しかして命を懸けた座興なのだと。

『軍法持用・金烏玉兎釈迦ノ掌ァ!』

 盤面不敗の宣戦布告が、空間を断割する号砲となって轟き渡り。
 今ここに、キャスター・壇狩摩が誇る異界創造法が具現したのだった。





   ▼  ▼  ▼





 急段と呼ばれる術法が存在する。

 かつて壇狩摩がその身を置いた世界―――《夢界》においては、夢の名が指す通り、あらゆる事象は物理ではなく術者の精神によって発生するものであった。
 例えば炎や氷といったものを造り出す、破壊的なエネルギーを撃ち出す、自らの肉体強度を底上げする―――それら超常的な現象は邯鄲法と呼ばれ、術者が何を想うかによってその効果を千差万別とした。
 その夢界における戦いでは、当然ながら現実での強さではなく、術者同士の精神的な強さこそが勝敗を分けた。邯鄲法の強さとは術者の精神強度、すなわちどれだけその夢を想っているかによって決定されるため、格の違いがそのまま勝敗を分ける結果となるのだ。
 夢のぶつかり合いとしては至極当然であり、現実にも適用される真理に近いものでもあるだろうが……しかし何事もそうであるように、陥穽も存在するのだ。
 すなわち、それこそが急段。「特定の手順を踏むことにより、他者に協力を強制すること」。
 その手順とは、無論のこと自由勝手にいくらでも決められるというわけではない。せいぜい一人に一つか二つ。しかも術者の人生を象徴するような、強い拘りや哲学を体現したものでなくてはならない。
 故に戦闘という、極限の否定と奪い合いをしている中で成立させるのは至難だが、決めた時の見返りは凄まじい。

 ―――例えば、右腕がない戦士がいたとする。
 彼は自己から欠落した"右"という概念に狂的な執着を持っており、戦いになれば敵の右側しか狙わない。そうした枷を自らに掛けている。
 無論、それはそのまま考えれば当たり前に欠点でしかない。戦いの自由度を自ら制限しているのだから、愚かしい真似に違いない。
 だが、そうした者を前にして、敵は一体何を考え、どう対処するのか。
 恐らくこう考えるのではないだろうか。「こいつは右だけを狙っている、つまり左は狙わない」。
 その時、両者の間で合意が為されるのだ。
 "左は不要"、と。

 瞬間、敵は自らの左半身を根こそぎ喪失するか、よくて機能不全に陥るだろう。これは隻腕の戦士が単独の力で成したことではない。
 誰よりも敵自らが、左は要らないと思ったからこそ発動するいわば共同技なのだ。
 故に抗うことはまず不可能。己自身でやったことであり、更にそこには敵の力も上乗せされている。一人で跳ね返すなどできないのが道理だ。

 協力の強制―――それこそが急段の正体であり、想いがそのまま形となる夢界に特有の現象と言えるだろう。

 無論のこと、今現在狩摩がいるのは夢界ではなく現実である。しかし、サーヴァントという幻想の殻に宿り、宝具というノーブルファンタズムとして具現された現在において、彼は魔力の許す限り急段を現実に行使することが可能となっている。
 ならば、彼の保有する急段とは一体何であるのか。

 その内容は「自分と敵をゲーム盤に当てはめて勝敗を決する異界の創造」。
 協力条件は「行われる戦いがゲームである事実に同意すること」。


31 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:38:44 dnHq7CdU0




「なぁッ!?」

 この瞬間、梨花は本日何度目になるか分からない驚愕に包まれた。
 突如として目の前に現れた、大槍を持つ少女が、その刃を振り下ろしたと思った瞬間、再びその視界が暗転し、周囲は別の世界へと変異を遂げたのだから。

 今、梨花は漆黒の闇に覆われた異空間にいた。
 辺りは一面の黒で、しかし遥か彼方に瞬く星々が明かりとなって、世界の全てを照らしていた。そして足元には光の線が走っており、まるで将棋盤のようにマス目上に区切られていた。
 図鑑で見た宇宙みたいだ―――梨花は内心で、そんな感想を抱いた。
 宇宙空間に浮かぶ将棋盤。その上に、梨花は立っていた。

 目の前には、件の大鎌の少女もいた。しかしその距離はいつの間にか離され、およそ10mほどの距離を置いて二人は向かい合っていた。
 そして、これが一番重要だが……動けない。体を動かそうとしても、何故だかそれは叶わず、梨花はうめき声を上げながら身をよじるしかなかった。それは大鎌の少女も同じようで、感情の見えないその顔を、鬱陶しそうな色に染めていたのだった。

『ルールを説明しちゃる』

 梨花の頭上から、反響する声が辺り一帯に響き渡った。それは聞き間違いようもない、あのキャスター・壇狩摩のものだった。

「ちょっとキャスター! あんた一体何をして……」
『まあ内容は簡単じゃ。今から俺とお前が順番に駒を指し合う。で、負けたほうが死ぬ。それだけよ』

 梨花の抗議などまるで聞こえてないとでも言うように、狩摩の声は淡々と何かを説明していた。
 というよりも、これは梨花に対して話しているのではなく……

『なるほどね。それで、下に見える愉快な盤面は?』

 次いで聞こえてきたその声は、梨花にとってはあまりにも聞き覚えがあり、しかし決して聞くことなどなかったもので。
 狩摩が相手をしているのは、自らの想像もつかないような奴なのだと、理屈ではなく直感で梨花は確信したのだった。





   ▼  ▼  ▼


32 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:39:12 dnHq7CdU0





「ああ、そりゃあ盤上よ」

 詰まらなさ気に話す狩摩と、それを笑って受けるベルンカステルの間には、一つの将棋盤が鎮座していた。
 それは通常の将棋盤よりも巨大な、大将棋と呼ばれる代物であった。
 世間一般に知られる将棋と言えば、9×9のマス目に20の駒を駆使するものである。しかし、この大将棋は15×15の盤面に、130という桁違いの数の駒を配置して競うものなのだ。
 現代にはまるで伝わらず、一時は実在さえ疑問視された、まさしく幻の将棋である。

 現在、狩摩とベルンカステルは小さな部屋のような空間にいた。四方を壁に囲まれ、中央には大将棋の盤上。そして床面には、何処か別の場所の光景が一面に広がっているのだ。
 そこには二人の少女がいた。一人は桃色の頭髪をした、大槍を持った少女。そしてもう一人は、ベルンカステルの生き写しにも見える、瓜二つな青髪の少女。

 足元に映る光景を、狩摩は「盤面の世界」と呼称していた。

「なるほどね……つまりこのゲームには、駒となった人間が戦う盤面の世界と、ゲームマスターたる私達がそれを見下ろしながら戦う指し手の世界の二つがあるということ。
 懐かしいわね、まるでベアトリーチェのゲーム盤みたい」

 ベルンカステルの言葉に、狩摩は静かに頷いた。

 彼らの言葉通り、この対局において世界は二つに分けられる。すなわちベルンカステルたちのいる「将棋を指す世界」と、梨花たちのいる「駒となって戦う世界」だ。
 梨花とスイム・スイムが一切身動きが取れなかったのはこれに由来する。何故ならまだ対局が始まっていないのだから、駒が勝手に動いていい道理などない。

「ここに巻き込まれた人間は全員駒に当てはまる。俺とお前は当然王将よ。そして」
「実際にその駒を取られたら死ぬ。分かりやすくいいじゃない」
「ひひひ、その通りじゃけぇ」

 駒を取られたら死ぬ。それが、この対局における絶対のルールであった。
 これはただのゲームではない。曲がりなりにも聖杯戦争という、命の取り合いを是とした催しにおけるものである以上、そこには生殺与奪の余地が介在する。
 それは当然狩摩もベルンカステルも承知の上であり、だからこそ彼らはそれに「合意」したのだ。
 合意した、故に「そう」なる。それこそが強制協力であり、狩摩の急段の能力でもある。
 故に当然、これは命の取り合いではあるが、同時に公正なゲームでもあるのだ。今この場において、狩摩もベルンカステルも直接的に相手を害することは不可能となっている。例え如何な攻性宝具を繰り出そうが何ら意味を為さない。いや、そもそもそうした手段を取ること自体が不可能なのだ。
 指し手としての決着がつき、その勝敗によってのみ生死が決まる。それ以外の結末は許されない。

 翻って考えると、このゲームは相当な難物と言っていいだろう。
 何せ賭けられているのは指し手である彼らの命のみならず、そのマスターの命もなのだ。マスターがいなければサーヴァントは存在できないという不文律がある以上、王将だけでなく彼らマスターに当てはめられた駒をも守りながら戦うしか道はない。
 その条件がイーブンである以上、ゲームが公正なものであることに変わりはないが……その敗北条件が厳しく、変則的なものになることは疑いようもなかった。

「ルールは理解したわ。それなりに暇が潰せそうで何よりよ。ああ、でも」

 静かにルールを聞いていたベルンカステルは、しかしそこで酷薄な笑みを深めて。

「趣向の凝らしが足りないわ。私を楽しませるなら、もっと喜劇として相応しく演出しなさいな」

 言って魔女は、いつの間にかその手に握られていた金属質に光を反射する8つの駒を、大将棋盤へと落とした。

 ―――梨花とスイム・スイムが立つ盤面の世界に、新たな影が立ち上がった。





   ▼  ▼  ▼


33 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:39:42 dnHq7CdU0





「みんな……!」

 意識のブラックアウトから目覚めたキーアは、そう叫ぶと同時、自分の周囲が様変わりし、そして誰も傍にいないという事実に気付いた。

 一瞬前まで、自分は孤児院にいたはずだった。しかし今のキーアの周囲に広がる光景は、鬱蒼とした木々に囲まれ、鳥の声が聞こえてくるという、自然に満ちた見覚えのないものだった。
 一体何がどうなっているのか。自分の身に何が起きたのか。キーアにはまるで分からず、また推測のしようもなかった。
 ただ思い当たるとするならば、梨花の傍に突如として現れたキャスターの男の仕業であるのだが、それすら具体的に何をされたかなど、キーアに知り得るはずもなかった。
 けれど。

「早く、行かなきゃ……!」

 けれど、分かることが一つだけある。それはあの孤児院に"敵"が来たということ。
 確証はない。そして、仮にそうであったとしても、自分にできることなど、恐らくは何もない。
 しかし、ここで何もせずに座り込んで全てが上手く行くようただ祈るだけという選択は、自分には許されない。

「梨花、セイバー、みんな……」

 行かなくてはならないだろう。例えそこで戦いが始まるのだとしても。

 キーアは戦いを知らない。殺し合ったことはおろか、拳を握って誰かを叩いたことすらない。けれど、そんな自分であったとしても、覚悟を決めなければならない時があるのだと知っていたから。
 セイバーは言った。自分は決めなければならないのだと。
 戦うか戦わないか、逃げるか逃げないか。キーアには、彼が成せる範囲で全てが許されているのだとセイバーは言った。
 だから、キーアは決めたのだ。
 立ち向かわずして逃げるなど、そんなことは許せない。例え数日の付き合いしかなくとも、キーアにとって梨花は親しい隣人であるし、同時にまだ腹を割って話していない人間でもあるのだから。

 キーアは駆ける。舗装もされていない山道を、それでも尚と決意を抱いて。
 遠くに見える孤児院の姿を目に映しながら。










 青の外套が宙を舞う。巻き起こる旋風と、淡く光を反射する白銀の鎧。
 迫る剣閃が怒涛の如く。王者でありながら同時に騎士でもあるかのような威圧感も露わに、セイバー―――アーサー・ペンドラゴンは不可視の剣を振り抜いた。

「ぐぅ……!」

 刀剣の煌めきと火花の花弁、そして甲高い金属音が響き渡り、そこにアカメがあげる苦悶の声が木霊した。
 細身の日本刀が辛うじてセイバーの剣を受け流す。その衝撃はただの一振りで地を割り、アカメの足元に深い亀裂を刻み込んだ。
 同時、吹き荒れる剣気の嵐。翳す刃が超質量となってアカメへ迫り、一合毎に極大の破壊が叩き込まれる。


34 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:40:10 dnHq7CdU0

「成る程」

 放り出された中空にて荒々しく身を翻し、着地するアカメを見て、セイバーは内心の驚嘆を言葉に乗せた。
 白銀色と蒼色に輝く甲冑を身に纏って、その切っ先を後方へと下げながら。

「その剣気は中々のものだ、アサシン。暗殺者などという呼び名が似つかわしくないほどに」
「……」

 他意なく驚嘆を言葉にするセイバーに、アカメは答えない。否、答える余裕がないのだ。
 代わりと言わんばかりにその刀を構え直す。一瞬の膠着の後、両者は再び地を蹴り刃を交えた。

「っ!」

 踏み込みと同時に放つ斬撃、その一刀ごとにアカメは命を宿し刃の生えた烈風となり、蒼銀の騎士と切り結ぶ。
 全身の発条を使い、両足で踏み抜く大地を背に跳躍。飛燕が如く一迅の颶風と化して回転する斬撃を放った。
 高速を超えて超速へ、超速を超えて神速へ、神速を超えて―――残像へ。
 ―――夜に疾駆する、一羽の鴉の如く。
 サーヴァントとして獲得し得る最高峰の敏捷性をこれ以上なく発揮し、アカメは間断なき連撃を敵手に叩き込み続ける。その速度は最早余人の目に映るようなレベルではなく、斬撃というよりはたった一人に向けて凝縮された刃の嵐と形容したほうが適当である。
 その手に持つのは一斬必殺・村雨。ただの一掠りであろうとも、傷をつければ即座に対象を死に至らしめる呪毒の妖刀である。膂力で劣るアカメはしかし決して相手を両断できるほどの力を込める必要性はなく、ただ一度でも相手に傷をつけることができればその時点で勝ちなのだ。
 故に、この速度から繰り出される連撃ほど恐ろしいものはないだろう。一手しくじれば即座に命が消し飛ぶ死の領空域。免れ得る者など存在できるはずもない。
 しかし。

「―――」

 対峙する蒼銀の騎士、未だ健在。その身に傷の一つもなく、その輝きに一片の曇りもなく。彼の騎士は全ての剣閃を受け止め弾き、あるいは捌き。死の運命から逃れ続けているのだ。
 無論のこと、セイバーは村雨に宿る呪毒の存在など知る由もない。つまり彼の取り得る選択肢には、当然肉を斬らせて骨を断つというものも含まれている。にも関わらず今に至るまでそれを為していないということは、それだけ両者の力量に差があることの証左でもあった。

 現状、アカメが眼前の騎士に勝っていると断言できる要素は三つ存在する。一つは言うまでもなく保有する刀の必殺性、二つ目がサーヴァントとして最高の数値を叩きだす敏捷性である。
 本来であるならば、この二つが揃った時点で彼女に打ち倒せない存在など皆無に等しいはずであった。先手を取るということの重要性は最早論ずるまでもなく、如何なサーヴァントであろうとも速度で圧し傷つければ死に至る毒を流しこめばそれで終わる。敏捷性と必殺性、この二つを共に極めたからこそ、アカメは稀代の暗殺者としてその名を人理に刻み込まれたのだ。
 故にこの場においても、その不文律は形となるはずであった。しかし恐るべきは対峙する騎士の技量か、アカメの刃はその命に到達することなく空を斬るばかりである。

 ならば、三つ目の強みとはなんであるのか。
 それは……


35 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:40:40 dnHq7CdU0

「赤原を往け……!」

 後方より上がる声、それが両者の耳に届くより先に、音速を超過した赤原の一矢がセイバーに食らいついた。
 アカメに許された三つ目の強さ、それは他ならぬ彼女のマスター、衛宮士郎の存在であった。
 彼は一般的な魔術師と比較して、非常に特異かつ強力な特性を有している。剣製の力は宝具の投影すらを可能とし、その一撃はサーヴァントを殺傷して余りある威力を誇る。
 セイバーに放たれた一撃は、赤原猟犬『フルンディング』。例え弾かれ外されようと、射手が健在かつ狙い続ける限り標的を襲い続ける、赤光を纏った必中必殺の魔弾だ。
 一度放たれた矢の軌道は変更できないという絶対則すらねじ伏せ、ただひたすらに敵手を狙い追い続けるという、弓矢に天賦の才を持つ士郎の十八番である。

 セイバーが持つ不可視の剣により難なく逸らされた黒矢は、しかし地に落ちることなくその軌道を変じると瞬時に反転、再び蒼銀の騎士を貫かんと迫る。
 同時、地を踏み込むアカメの体は5mの相対距離をコンマ秒以下で駆け抜け、滑るようにセイバーの正面へとその刃を翻した。
 流れるような変則軌道が、切っ先を騎士の背中へと照準する。
 踏み込んだ足が地を削り、加速度が全身の筋肉を水のように伝う。

 閃く銀光は三つ。
 金属音を示す高く澄んだ空気振動が二つ。

 彼と彼女が絶対の自信を持って放った同時攻撃は悉く不可視の騎士剣に弾かれ、騎士の体は既にアカメと鍔迫り合いの姿勢にある。
 まるでこちらの動きが分かっていたかのような反応。触れれば即死の村雨の刀身を受け止めたまま、静かに口を開く。

「成る程、それが君達の力か」

 陽炎が如き不可視剣の輪郭が僅かに揺らめき、次の瞬間村雨にかかっていた圧力が消滅する。
 危険を感じ、後方へ跳躍しようとした瞬間には既に遅く、アカメの腹部に大質量が衝突したが如く衝撃が走った。
 それが騎士剣の柄による殴打であるのを認識するより早く、勢いのままに振り上げる不可視剣がこれまでの剣戟に倍する破砕音を立て、三度迫り来た赤原猟犬を中空にて完全破壊する光景が目に飛び込んだ。
 衝撃に間合いを引き離され、痛みとダメージに蹲るアカメの頬に、汗が一滴伝う。
 こちらは士郎共々完全に殺す気で挑んでいるというのに、あちらは単騎で、しかも加減すらしているかのような余裕を以て相対している。
 劣勢、などというものではない。
 力に差がありすぎて勝負になっていない。
 戦闘開始よりわずか1分足らず。たったそれだけの時間で、既にアカメは彼我の戦力差というものをこれ以上なく理解できていた。
 "まともに打ち合っては勝ち目がない"。それが、この短時間でアカメが打ち出した結論であった。

 そもそもが暗殺を生業とするアサシンが、不慮の事態とはいえ敵前に投げ出された時点で勝負はついていたのだろう。
 アサシンとしては破格の戦闘技量を持つアカメと、マスターとしてはやはり破格の力を持つ士郎。共闘して事に当たれば並大抵の敵を蹴散らすことなど容易な二人ではあったが、しかし眼前の騎士は桁が違った。
 先刻の槍兵といい、流石は本戦に勝ち進んだ三騎士というべきか。その実力は予選で戦ってきたサーヴァントとは一線を画している。


36 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:41:25 dnHq7CdU0

 勝ち目はない。が、しかし。
 付け入る隙がない、というわけでもない。

「しッ!」

 弧を描いて襲いくる光を視界に捉えた瞬間、反射的にセイバーは動いた。指先で剣を手繰ると同時に柄を回転、村雨の斬光を弾くと共に身を屈めて後方より飛来する魔力矢を躱す。地を這うように側方へ飛び退き、立ち上がり様に剣を引く。その眼前に更なる銀光が翻り、セイバーは不可視の刀身でそれを受け止めた。
 風の鞘に包まれた聖剣の刃が、軋んだ金属音を立てて震える。
 目の前には刃を押し込もうとするアカメの姿。
 その右手に光る片刃の剣が、緩やかな軌跡を描いて跳ね返る。
 アカメは全く姿勢を崩すことなく、弾かれた剣の勢いを利用して身を翻す。戦闘用に加速されたセイバーの視界の中、アカメの動きは流水のように滑らかで淀みがない。アサシンなどというクラスに見合わぬという彼の言通り、その動きは堂に入ったもので、およそ未熟さなどというものを感じさせないものだった。
 剣を翳した中途半端な姿勢のまま、半歩退いて体勢を立て直す。アカメは刀を逆袈裟に構え、一直線にこちらの懐へ飛び込んでくる。白銀色の刀が唸りを上げ、セイバーは更に半歩退くことでその攻撃をやり過ごす。
 同時、磨き抜かれた"直感"が攻撃接近を彼に知らせる。アカメの攻撃を逆手に抜き放った不可視の刀身で受け流しつつ身を翻し、背後から襲いくる一閃を回転斬りで叩き落した。

(相も変らず挟み撃ち……些か面倒だな)

 ままならぬ戦況に、セイバーは内心で一人舌を打つ。敵手の二人は揃って防衛に特化した技巧の持ち主故に、どうにも戦いづらさが残るのだ。
 現状、セイバーは宝具の開帳は愚か、彼の近接戦の本領とも言える魔力放出のスキルすら録に使わずに戦いを継続していた。それは周囲の地形や建築物に配慮してというものでもあり、同時に彼と共に転移現象に巻き込まれてしまったキーアの身を案じてのものでもあった。
 同時に、戦闘を放棄し急速離脱してキーアを探す、という選択肢はほぼ無いも同然であった。何故なら眼前の二人は放置するにはあまりにも危険すぎるから。気配遮断を持つアサシン、遠方狙撃能力を持つ容赦や躊躇と無縁のマスター、そして二人は共にキーアを「狙っていた」。対してキャスターともう一騎のサーヴァントは共に閉鎖空間へと閉じこもるのをセイバーはその魔力探知で確認している。キーアの捜索を一時中断してキャスターらの毒牙にかかる危険性よりも、ここでアサシンを放置することの危険性のほうが数段高いのは否めない。
 つまりセイバーは早急にアサシンたちを倒す必要があるのだが、しかし大規模な破壊をもたらしては、どこにいるとも知れないキーアの身にも危険が及ぶ可能性がある。その危険性がゼロにならない限り、セイバーは一切の力を封じたまま戦わざるを得ないのだ。令呪の使用による転移を行使でもしてくれたならそれが最良なのだが、念話圏外に出てしまった以上はこちらから働きかけることもできない。状況的な窮地に、セイバーはあの一瞬で落とされてしまっているのだ。
 アカメたちが付け入るべき隙とはこのことだ。セイバーは本気どころかその実力の1割も発揮できない状況にある。ならばその隙を付かない道理など存在しない。

 視界の端に映る少年が、その両手に中華風の双剣を具現させると同時に投げうち、双剣は空を裂く一対の死鎌として飛来する。更に士郎は無手となった両手に更なる双剣を投影し投擲、自身は三度投影した双剣を手に踊りかかった。
 アカメが持つ村雨と、士郎が放つ干将莫耶。異なる色合いの7つの白銀が弧を描き、左右上下から全く異なる軌道を描いて襲い掛かる。
 下方から切り上げるように襲いくる村雨を逆手に構えたままの不可視剣で受け止めつつ、喉元目掛けて左右から迫る一対目の干将莫耶に剣の柄を合わせる。甲高い金属音が響くと同時に、弾かれ後方へと流れた双剣が前方より来る二対目に引き寄せられるように軌道変更。一瞬だけ引き戻された村雨の切っ先が再度空を貫いて走り、それに呼応するように三対目の双剣を自ら振りかぶった士郎の斬撃が、刀身を滑って絡みつく蛇のように懐へ潜り込む。
 連撃により作り出された一瞬の隙を突く、防御も回避も不可能な同時七撃の剣閃。如何な格上の相手だろうと必勝の型である。
 が。


37 : 死、幕間から声がする(前編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/02(水) 17:41:46 dnHq7CdU0



「……見事」



 生まれる金属音は皆無。驚愕の吐息は二人のもの。
 そして剣戟の場には似つかわぬ、吹き荒れる嵐のような風の音。
 セイバーが構える不可視の剣、それを覆う風の檻がほんの一瞬だけ解き放たれるように渦を巻き、指向的な暴風となって二人の斬撃を弾き飛ばしたのだ。

「ただの剣士ならば、君達の連携を凌ぐことはできないだろう。しかし」

 蒼銀の騎士が構えを変える。
 今までとは違う。武器の間合いの駆け引きなど行わない。常の戦場を意識した剣技ではなく、それは巨獣へと挑むかのような。

 相対する二人は硬直から解け、その頭上に次々と刀剣を投影していく。その数実に十七、それは女アサシンが持つ日本刀と寸分違わぬ刃を晒して。

「凍結、解除(フリーズアウト)……!」

 地を踏み込む騎士と、その敵手たる二人の視線が、一瞬交錯し。

 ―――掻き消える影と共に、轟音が鳴り響いた。





   ▼  ▼  ▼


38 : 名無しさん :2016/11/02(水) 17:42:07 dnHq7CdU0
前編の投下を終了します


39 : ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:30:10 P.5s7Rb60
投下乙です
ゲームが得意な二人のキャスター、梨花との因縁からしてもこの対戦カードは成るべくして成ったのかもしれませんね
そしてプロトセイバーと正面衝突というわかりやすい無理ゲーを強いられた士郎とアカメは生き残れるのか
原作でセイバーをインストールしたザカリーを倒した士郎ならプロトセイバーの真名を知っているはずですがそれが勝利の鍵になり得るのか、目が離せません
私も完成したので投下します


40 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:31:12 P.5s7Rb60

闇のように暗い路地裏に桃髪の少女が座り込んでいた。
少女は誰が見ても重篤と判断するほど傷つき、血に塗れ、左腕に至ってはへし折れ靭帯も損傷している有り様だった。
昨今浅野新市長の下行われている浮浪者狩りに駆り出されている市職員が彼女を見れば、連行より先に救急車を呼ぶことを優先するであろう。

されど、侮るなかれ。この少女こそは此度の聖杯戦争にて拳を以って敵を穿つ型破りの槍兵として現界を果たしたサーヴァント。
英霊であり勇者であるランサーがこの程度の傷で死に絶えることなどあるはずもない。
とはいえ、傷は傷。如何に負傷の度合いに応じて力を引き上げる特殊な技能があるといえどダメージをそのままにして行動するのは上手くない。
不死や蘇生といった類の異能を持たない身である以上、傷を度外視して行動し続ければいずれ耐久力の限度を超えて討ち滅ぼされるのは必定である。

そのためランサーは次の行動に移る前に傷の自然治癒を待つことにした。
霊体であるサーヴァントは大抵の場合魔力でダメージを回復する機能を持っている。
同時に現状を、引いては聖杯戦争という悪辣極まる催しを打ち破るためにどうするべきかを思案していた。

「せめて誰かと協力できたらいいんだけど……」

はっきりと言って、現状は完全なる詰みであることは認めるしかない。
それはマスターが人質となっている今も、そうではなかった先ほどまででも何ら変わりない苦境であった。

聖杯戦争は根幹として、マスターとサーヴァントの共闘を前提として成り立っている。
サーヴァントの役割については今更改めてここに記すまでもない。
サーヴァントより力も存在の格も遥かに劣るマスターにも、サーヴァントの現界を支える以外に適切に令呪を切り、与えられた透視能力で他のサーヴァントの性能を把握するという明確な役割が存在する。
敵対するサーヴァントの能力を知り、対策を講じることが聖杯戦争を勝ち残るための必須事項の一つであることは疑いようもない。
どれほど強大であれ、サーヴァント単体では相対した敵の実力を明確な数値として知ることは叶わないのだ。

ではここに、知性も理性もない白痴同然のマスターがいるとなればどうなるだろうか?
答えは一つだけ。孤立無援と化したサーヴァントが残るだけである。
聖杯への願いを抱くまっとうなサーヴァントであればそんなマスターなど早々に切り捨てて鞍替えを試みるに違いない。
しかし聖杯への願いを持たず、マスターを見捨てることもできないランサーは現界を果たしたその時から孤独な戦に身を投じる以外の選択肢がなかった。
本来マスターを通して手に入るはずの他のサーヴァントの情報は一切入手できず、マスターの透視能力に代わるスキルも持ち合わせず、お世辞にも策謀に秀でているわけでもない。
そんなサーヴァントが容易く詰みの状況に追い込まれることは必定と呼ぶ以外にあるまい。

だからこそランサーは考えてしまう。
志を同じくするマスターやサーヴァントと共に戦うことが出来ればどんなに良いだろうかと。
サーヴァントであろうと聖杯戦争に乗らず、マスターや民衆を守る者なら敵対する理由はないはずだ。
かつてのバーテックスとの過酷な戦いも勇者部の仲間がいたから乗り越えられた。
一人では出来ることはあまりに限られる。

無論、都合よくそんな相手が現れてくれるはずもない。
よしんば見つけられたとしても、手を取り合うことが出来たとしてもあの冷酷非道なライダーに知れれば即座にマスターは殺処分されてしまう。
街の監視に使われているライダー配下の極道の者たちに一切気取られることなく協力者を見つけ出すなどとてもではないが出来るとは思えない。

「…そろそろ、動き出さなくちゃ、ね」

霊基の内部はまだダメージが残っているが、行動に直接支障をきたす左腕はあらかた治癒できたし外装も取り繕えた。
もう少し回復に専念すべきかもしれないが、あまり時間を浪費してはどんどん聖杯戦争は進行してしまう。
取り返しのつかない事態になる前に、戦いを止めなければならない。
せめて鉄火場ではないまともな形で参加者と接触できそうな場所、ないし施設はどこかにないだろうか?


41 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:31:56 P.5s7Rb60

「そうだ、孤児院とか……!」

今まで思いつかなかった可能性が天啓の如く閃いた。
それは乱や如月といった若年のマスターとの出会いを経たからこそ生まれた発想だった。
考えてみれば自分のマスターもかなり若い。ゾンビ化しているのでわかりづらいが恐らく成人はしていないはず。
もしもう少し若い、幼いという形容ができるマスターが存在するとすれば彼らはどうやってこの街で生活するだろう?
一番手っ取り早いのは専門の福祉施設の世話になることだ。
そしてこの鎌倉には誂え向きに孤児院がある。予選期間中鎌倉の地理を把握するために偵察して回っていた時に見かけたことを覚えている。

巻き込まれた子供のマスターと、そういったマスターを保護する精神性のサーヴァントが孤児院にいる可能性は決して低くない。
無駄足に終わる可能性もあるが試さないよりは断然良いに決まっているのだ。
それに孤児院であればやくざ者が立ち入るのは難しいはず。つまりライダーの目を欺けるかもしれない。
絶望的としか言いようがない状況にあってもまだ希望はあるものだ。



「後は話を聞いてもらえるか、だね」

とはいえ、孤児院に目的の主従が本当にいたとして協力を取り付けるのが簡単でないことは理解できる。
本来ならこういった外部との交渉はマスターを中心として行うべきものだからだ。
マスターの顔が見えない、サーヴァント単体で交渉に赴いたとして果たして信用してもらえるものなのか。

それでも、諦めることはしない。信用されないなら話を聞いてもらえるまで粘り続けるだけだ。
どのみちこれ以上にランサーを取り巻く状況が悪化することがあるとも思えない。
自暴自棄になるわけではないが、試せる手は何でも試していくしかない。
暗闇に差した一筋の光明がどれほど遠かろうと勇者の足を止めるには足りない。
路地裏を出て、未だ陽の光が眩しい市街へと躍り出て足早に孤児院へと向かった。



実際のところは事態はまだいくらでも悪化する余地があった。だが勇者はその陥穽に気づかない。
確かに身寄りのない子供が集う孤児院ならマスターを発見できる可能性は十分あるだろう。
幼い子供を保護する、志を同じくするサーヴァントと出会える可能性もあるだろう。
―――だが勇者よ、考えてみるがいい。弱者を護らねばならないサーヴァントがどれほど警戒心が強いのか、生き馬の目を抜く聖杯戦争で複数のサーヴァントが一箇所に集うことがどれほど目立つことなのかを。
そして何よりもこれから目指す施設にどういった存在が集められているのかを。

ランサーはライダー、ドフラミンゴの監視網から逃れて他の陣営と交渉を図るために孤児院を目指している。
だが街に監視の網を張っているのがドフラミンゴだけであるはずがない。
アサシンやキャスターといったクラスの特性からして諜報に長けた面子の存在を失念していた。
つまり、もし孤児院で目的の参加者と出会い、交渉に成功し、かつドフラミンゴの目を逃れてもやはり悪目立ちする可能性は高いのである。

無論、それだけなら鎌倉のどこであろうと常に大なり小なり付きまとうリスクではある。
ではどこに問題があるかといえば、それは孤児院という場所そのものだ。
繰り返すが孤児院には身寄りも社会的基盤もない子供たちが集められている施設である。
そして気配遮断能力を持たないサーヴァントたちが特定の一箇所に集えばそれだけ他の者の耳目を集め、目立つ。
腕に覚えのある者、場を掻き回そうとする者、あるいは漁夫の利を得ようと考える者たちによって、激戦が起こり得る。

そうなった場合真っ先に犠牲となるのはランサーでも、その他のマスターやサーヴァントでもない―――何も知らない施設の子供たちと職員だ。
勇者として最も危惧すべき可能性に結城友奈はまだ気づかない。



【B-3/路地裏の行き当たり/一日目 午後】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:孤児院に向かい協力者を募ることを試みる
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
[備考]


※B-3/路地裏の行き当たりに如月の惨殺死体が安置されています。ゾンビ化の危険性は今のところありません。


42 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:32:32 P.5s7Rb60




     ▼  ▲




鎌倉市役所は未だかつてない喧騒に包まれていた。
その原因は何かと言えば、午前中から立て続けに発生している大規模な事件あるいは事故に他ならない。
湘南モノレール付近で発生した断続的な爆発事故から始まり、材木座海岸付近の港町の一角で起きた原因不明の事故。
どちらも夥しい数の死傷者を生み出していることが確認されており、調査が進めばさらにその数が増えていくであろうことは誰の目にも明白だった。
さらに悪いことに材木座海岸付近で起きた事故によって被害に遭った港町は通行が遮断され生き残った住民は孤立状態にある。

これだけでも十二分に災厄と呼べるが、正午を過ぎてからも凶報が止むことはなかった。
数日前から相良湾沖に駐留していた正体不明の戦艦による砲撃が稲村ケ崎の住宅街と付近の電鉄線を蹂躙し多くの被害が出た。
そのすぐ後には鎌倉駅東口方面にて大規模な火災と爆発事故が発生したとの報道も為された。
現在市役所はこれら事件・事故の情報や家族や友人・知人の安否を確認しようとする者、あるいは単純に避難してきた者たちでごった返していた。
職員たちは総出で市民への対応に当っており、通常の業務どころではなくなっていた。

「ですから、現在消防や警察と連携して対応に当たっておりまして……」
「ふざけるな!日頃どんな仕事してたらこんな事故ばかり起こるんだ!?
うちの息子が鎌倉駅で働いてるんだぞ!!安否はわからないのか!?」
「申し訳ございませんがそれは鉄道会社に方へ問い合わせていただかないことには……」

混沌の坩堝と化した市役所のエントランスを遠目に眺めながら市長・浅野學峯は自身の執務室へ足を運んだ。
非常事態ということもあり、普段のスーツ姿ではなく防災服を着用している。

「想定を越えているな……」

誰にも聴こえないような声で呟いた。
浅野は市長として鎌倉で続々と発生している事件や事故、あるいは災害について多くを知る立場にある。
同時に聖杯戦争のマスターでもある彼はそれらが聖杯戦争にまつわる事、より厳密に言えばサーヴァントによる破壊行為であることにも当然気づいていた。
聖杯戦争の本戦が開始したとなれば、これまで潜んでいた多くのマスターが活発に動き出すだろうことは予測できていた。

しかし本戦開始からまだ一日すら経っていないというのにこれほど大規模な破壊行為が行われるとはさしもの浅野といえど想像できなかった。
今ですら警察や消防が全力で対応しているもののまるで人手が足りていない状況だ。
このままサーヴァントによる破壊活動が続けば遠からず都市機能に甚大な支障をきたす可能性もある。

言うまでもなく、市長としての権力を用いて聖杯戦争を制する構えの浅野にとっては歓迎できない状況だ。
このまま大規模破壊が続けば浮浪者狩りに支障が出るばかりか治安そのものが悪化しかねない。
市長としての権限も秩序が大きく乱れては十全に発揮することは難しい。

「早急にマスターの所在を割り出し対処する必要がある……」

端末を起動しつつ、対処策を巡らせる。
魔術師ではない浅野は英霊の力や規模について決して詳しいわけではない。
それでも自身のサーヴァントであるバーサーカーが派遣した宝具たる疑似サーヴァントが戦闘を行った際に生じた破壊については公的書類を通じて知悉している。
疑似サーヴァント、式岸軋騎がこれまでに派遣された先は主にマスターが潜伏していた空き家や何らかの手段で元の住民に取って代わって住み着いた家屋だ。
そのいずれにおいても計上された被害規模は小さく、最大でも標的が滞在していた家屋一軒が倒壊した程度に収まっていた。

これを基準とするならば、今日の午前から鎌倉で頻発しているサーヴァントの仕業であろう数々の破壊は明らかに常軌を逸している。
英霊が持つ宝具には対軍宝具や対城宝具などといった広範囲を攻撃する類もあるという。
ならば頻発する大規模破壊もまた今日までを生き残ったサーヴァントがふんだんに宝具を使用した結果だろう。


43 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:33:59 P.5s7Rb60



(いや、それだけでは有り得ない)

―――などと安直に決めつけるほど浅野は愚かな男ではない。
いくら本戦が始まったからといって、いきなり多くの主従が情報の秘匿を投げ捨てて宝具を連発するはずがない。
勿論中には宝具によって生じた破壊もあるだろう。正体不明の戦艦などはその最たる例と言える。
しかし一方で通常攻撃やスキルのみによって鎌倉に甚大な被害を齎した、規格外の規模のサーヴァントが間違いなく存在するはずだ。
切り札ではなく捨て札によって巨大な破壊を為す―――想像するだに恐ろしい敵だ。

「こちらは既に切り札を切ってしまっているというのに……」

既に一画が欠けた自身の令呪を見やる。
正午より少し前のこと、突然携帯端末にバーサーカーからメールで連絡が入った。
曰く「廃校にぐっちゃんを向かわせたから魔力供給よろしく」。これまでもたまにあることではあった。
そういう場合は市役所に持ち込んだ栄養ドリンクを人知れず複数本飲んでいたものだが、今回の消耗はまるでレベルが違った。
恐らくは致命傷レベルのダメージを何度となく受けたのだろう。バーサーカーから要求された魔力量は職務中に気絶しかねないほどであった。
極力精神力を総動員して冷静さを保ちながらトイレの個室に駆け込み令呪で魔力供給を行うことで事なきを得たのだった。
幸いにして今のところは浅野に負担はかかっていない。令呪の効力がそれほど強力だったのだろう。

とはいえ状況は予断や楽観を許さないことは火を見るより明らか。
これからも同じような魔力消費を要求され続ければいずれ必ず自滅という名の敗北を喫する。
予選期間の頃以上に巧みに潜伏しているであろうマスターを炙り出すと同時に、負担を減らすために同盟も視野に入れたいところだ。
現状の最有力候補は辰宮百合香か。競争相手には違いないが彼女なら交渉の余地がある。
なおかつ公人の身分である浅野が問題なく会合できるマスターは現時点で彼女だけだ。
交渉の場を準備するべきか―――そう思いながら端末のメールソフトを起動、新着メールを確認した。



『魔力供給ご苦労様。令呪のおかげで余裕あるから孤児院にぐっちゃんを向かわせたよ』
「――――――」

バーサーカーから送られてきていた電子メールには完結な文章とともに二つの画像が添付されていた。
街に増設させた監視カメラの映像から切り取ったものに違いない。
一つ目の画像には孤児院から出た直後だと思しき辰宮百合香の姿があった。
浅野は直感的に百合香が聖杯戦争に関わる何事かを孤児院で行ったのだと断じた。
聖杯戦争が本格化した今、彼女が無意味な行動をするはずがない。

二つ目の画像には特異な衣装を着た桃色の髪の少女が移っていた。
もしやと思い意識を集中すると少女のステータスが読み取れた。実体化したままでいるとはよほど慌てていたのか。
このサーヴァントの周囲の建物、地形とわざわざこの画像を添付した意味を推理するとバーサーカーは「このサーヴァントのマスターが孤児院にいる」と言いたいのかもしれない。
いずれにせよ孤児院にマスターが存在する可能性を示すに足る状況証拠ではある。

「…………」

いや、そもそもが孤児院などという施設は最初から潰しておくべきだったのだ。
聖杯戦争に勝利することを前提にするならばああいった施設ほど浅野にとって手を出しにくいものはないのだから。

聖杯によって選ばれたマスターにこれと定められた基準はなく、無差別に選定されている。
性別、年齢、出身、思想、魔力資質その他の技能。全てが無作為であると推察していた。
であれば、未成年のマスターはもちろんのこと、それより幼い、小学生や未就学児がマスターとなる場合は当然にして想定し得る。
常識的に考えれば体力・知識などにおいてハンデを抱える子供のマスターは脅威にならない、と断じられよう。
しかし浅野はむしろ逆、幼いマスターにこそ注意と警戒を払うべきではないかと考える。



聖杯戦争では選ばれたマスターは何の身分も持たない、戸籍すらない浮浪者として鎌倉に放り出される。
このため多くのマスターは鎌倉の何処かに潜伏するか、戸籍や住居を偽造することを強いられる。浅野自身もバーサーカーの力を借りて身分を作り上げた。
聖杯戦争に端を発する治安の悪化と浮浪者の存在を公的に結びつけることで各マスターの基盤を脅かし炙り出すことが浅野の戦略だ。


44 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:34:46 P.5s7Rb60

だがこの戦略では決してカバーできない死角こそが幼い子供、もしくはそのように偽装したマスターなのである。
一度孤児院に保護されてしまえば、行政の方から戸籍の確認ができないからといって特定の子供を一日二日でいきなり放逐することは難しい。
出来たとしても治安が悪化している現状でそれをやってしまえば市長としての浅野の醜聞にもなり得る。

何より浅野が警戒するのはマスターが子供であった場合のサーヴァントの動きだ。
前述したように基本的に大人より子供の方が力も知恵も行動力も劣る。
そうであるが故に一時代を生き抜き名を残した英雄たるサーヴァントに依存する面はさぞ大きいことだろう。
見方を変えればサーヴァントがマスターの指示や方針に左右されることなく、存分に培った経験や技能を活かすことができる。これは無視すべきでない脅威だ。
またサーヴァントがキャスターや、陣地作成に等しい能力を持っている場合ただでさえ表立って攻め難い孤児院がまさしく鉄壁の要塞と化してしまう。

なればこそ、これを懸念するならばそれこそ予選期間のうちにバーサーカーに進言するなりして孤児院を力で叩き潰すべきだった。
浅野の直接のサーヴァントでもない式岸軋騎を派遣しておけば「怪人釘バット男が孤児院を破壊し子供たちを虐殺する痛ましい事件が起きた」ということにできた。
それこそマスターが存在するか否かなど関係ない。初手の段階で済ませておくべきだったのだ。
ただ純粋に、勝利のみを希求するのであれば。



「………これも私の弱さか」

浅野學峯は聖杯戦争のマスターであり鎌倉市の市長である。だがそうである前に一人の教育者でもある。
子供を教え導き、社会の荒波に呑み込まれることのない強い人間を育て上げることこそが自らの生き甲斐であり使命と自認している。
故にこそ、だろうか。マスターが在籍していても何らおかしくない孤児院から無意識のうちに目を逸らしていたのは。

聖杯戦争の舞台であるこの鎌倉が浅野が元いた世界とは異なるものであることは既に理解している。
バーサーカーのハッキング工作の一環で身分を偽造した際、自分の戸籍があらゆるデータベースを検索しても存在していなかったからこそ確信に至った。
されど、この世界は虚構ではない。この世界に住む人々には紛れもない血が通っている、確かにこの現実に在る人間なのだ。
故に浅野は元いた市民を直接的に殺傷する方針は可能な限り避けて通ってきた。
教育者としての在り方が彼らを無用に傷つけることを許さなかった。

けれど聖杯戦争を征するなら、それこそ無用の感傷と切り捨てるべきものなのだろう。
どれほどのアドバンテージを持とうが、弱さを抱えたまま熾烈な生存競争を生き残れるはずがない。理解していたつもりだ。
なのに何故今までこんな甘さに気づかなかったのか。勝利への執念が自分には足りていないのだろうか。

……そうかもしれない。浅野は心中でため息をついた。
自らの教育の正しさを遍く人々に理解させる。それは本来、聖杯戦争でなければ証明できないようなことではなかった。言うなれば達成すべき目標だ。
聖杯を手に入れて叶えるか?有り得ない、論外だ。願望器に頼った時点で自分では不可能だと認めたも同然、即ち敗北だ。
あるいはマッハ20の速さで動くあのタコを殺すことでも願うか?それも違う。あの生物は教師として教育という舞台で殺さなければ意味がない。
――――――ならば自らの教育方針の誤りで死なせてしまったあの生徒の蘇生を願うべきだろうか?

彼への贖罪をするならばそれこそが叶えるべき願いなのかもしれないが、何かが違うようにも思う。
確かに自分が間違った教育をしなければ彼は死ななかったかもしれない。遺族の無念と悲しみを想えば生き返らせるなり、過去の改竄なりするべきだ。
しかし、だからといって彼が死んだという事実をなかったことにして良いのか?過去の過ちをなかったことにして良いのか?


45 : 陥穽 ◆H46spHGV6E :2016/11/03(木) 16:35:27 P.5s7Rb60

「全く、私もよくよく愚かな男だな。今の今までこんな根本的な事にさえ気づかなかったとは」

たった今理解した。この浅野學峯には何を犠牲にしてでも聖杯に懸けるべき願いがない。
無論そうであるからといって聖杯戦争に敗北するつもりなど微塵もないが、聖杯に対して傾ける熱量の差はいつか他のマスターに敗れる要素になるかもしれない。
実際孤児院への攻撃を無意識に忌避していたのも、明確な願いのなさの顕れだろう。
何でもいい。勝利するためにこそ、何か聖杯でなければ叶わない願いを見出す必要があるのかもしれない。


【C-2/鎌倉市役所/一日目 午後】

【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]二画
[状態]魔力消費(大)、疲労(中)
[装備]防災服
[道具]
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。しかし聖杯に何を願うべきなのか―――?
1:ひとまずバーサーカー(玖渚友)の孤児院攻撃は黙認する。
2:同盟者を探す。現時点では辰宮百合香が最有力候補。
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:バーサーカー(玖渚友)への殺意。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。



【C-3/高級マンション最上階/一日目 午後】

【バーサーカー(玖渚友)@戯言シリーズ】
[状態]健康 、魔力充実
[装備]
[道具]
[所持金]浅野に依存
[思考・状況]
基本行動方針:鎌倉と聖杯戦争の全てを破壊する
1:ぐっちゃん(式岸軋騎)、孤児院にいる奴らを全部壊せ
[備考]
バーサーカー(式岸軋騎)にB-1にある孤児院への攻撃を命じました。
孤児院に到着次第、最も近い位置にいるサーヴァントへ攻撃を開始します。


46 : 名無しさん :2016/11/03(木) 16:36:00 P.5s7Rb60
投下を終了します


47 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:44:35 W2vfiGF20
投下乙です。
自分が詰んでることを悟って協力相手を探そうとする友奈、しかしゾンビをマスターに持ち街に災禍を振りまきまくっている元凶たる自分たちがどう見られるのか、それを隠したまま相手をだますのか、そして何より自分が孤児院に赴くことで更なる戦火が起こることはどうするのか。そうしたことを客観的に見れない限り、彼女の先は長くなさそうですが、自覚できるのは果たして何時になるのか。未だ折れない勇者の強さと、抱え込んだ矛盾の対比が上手い
そして浅野市長。彼が持つ強い信念と、しかしそれを聖杯に託す気はないというプライドと理想の高さ。市長としての働きを交えた話の中にあってとても楽しく読めました。確かに、彼はこういうキャラだった

自分も話が完成しましたので、投下させていただきます


48 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:45:39 W2vfiGF20





【点在、非在、偏在を確認】

【監視継続】

【時間流への介入を開始】

【……】

【時間軸・■■■■■】

【アクセスしますか?】

【……】





 ………。

 ……。

 …。





【少女の旅の終着点】

【雛見沢村 入江診療所】





 ………。

 ……。

 …。


49 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:46:23 W2vfiGF20





 その少女は、二つの世界を同時に観測していた。

 一つは希望の世界。
 あらゆる悲劇が人々に降り注いで、しかし仲間との絆を信じた者たちによってあらゆる不幸が打破された、約束された勝利の世界。

 一つは幸福の世界。
 あらゆる悲劇は最初から存在しなかった。身内の不幸、犯した罪、課せられた咎。そんなものは何もなくて、だからこそ紡いだ友誼すら存在しない世界。

 そのどちらも、惨劇の影など見当たらなくて。
 そのどちらも、少女が望んだ世界だった。

 しかし、少女はどちらかを選ばなくてはならなかった。
 選ばなかった世界は消えてしまう。二度と観測されず、カケラの海に沈んでしまう。
 少女は苦悶した。百年の旅を終えて、掴んだはずの未来は二つに枝分かれして。
 悩んで、悩んで、悩み抜いて。

 その果てに、少女は「希望の世界」を選び取った。

「私はこの世界を選んだ」
「沙都子がいつも一緒にいて、部活メンバーがみんないて、私に優しくしてくれる世界」
「……みんなの罪や、不幸の上に成り立つ世界」

 選んだあとも、少女の苦悩は続いた。自分の選択は、ただのエゴでしかないのではと。
 「幸福の世界」は、文字通り皆が幸福だった。惨劇もなく、悲劇もなく、罪も不幸も何もなく、皆が心からの笑顔を浮かべていられる世界。
 ……代わりに、皆が少女との友誼を持たない世界。

 けれど。

「ありがとう」
「梨花ちゃんは、私たちのことをせめて夢の中だけでも幸せにしてくれたんだね」

 少女の話を聞いた、橙髪の少女は。
 彼女を責めるでもなく、笑顔でそう言ったのだ。

「もしも私にも選ばせてもらえるとしたら、やっぱり私は梨花ちゃんと同じで、こっちの世界を選んだと思うの」
「確かに私にとって、お母さんの離婚はとても悲しいものだった。それで変わっちゃったことも色々あった」
「けど、そのおかげで学びとれたこともある。だから、きっとそっちの世界の礼奈は未熟なままだったと思うんだ」

 橙髪の少女は、滔々と語る。
 二つの世界をどっちがいいか比べる時点で、それは人の身には過ぎたことなのだと。
 世界を比べ悩むことは神さまの仕事であって、自分たち人間の仕事ではない。だから人間にできることは、与えられた一つの世界で懸命に幸せを見つけることなのだと。

 それを聞いた、百年を生きた少女は。
 ただ一人、心の内でこう思ったのだ。

「私は、百年の時を生きた」
「私は、数多の世界を生きた」
「だからこそ億の選択に打ち勝ち、必ず幸せを掴める特別な存在なのだと信じてきた」

「けど」

「人は生きる世界に懸命であるべきで、そうでなければ幸せを掴めないのだとしたら」
「百の時と数多の世界を渡り歩いた"魔女"の私は」
「幸せを掴むという事については、誰よりも劣っていたのかもしれない」

 そこで、老獪な笑みを湛える魔女の貌が。
 ふっと力が抜けたように、外見通りの"少女"の顔に戻って。

「私は、魔女をやめるわ」
「何度も時を繰り返して、百年を生きた私はもう終わり」
「ベルンカステルの魔女なんて必要ない。これからは、一人の"古手梨花"として、この世界を懸命に生きる」

 ―――そうして少女は呪いより解き放たれて。
 ―――真の意味で、光り輝く「希望の世界」へと足を踏み入れた。

 それはありえたかもしれない未来の話。聖杯の恩寵を望み、百年の旅の途中で異邦の鎌倉へと迷い込んだ小さな魔女が、たどり着くかもしれなかった旅の終わり。
 旅の果てに魔女は少女へと姿を変えて、今度こそ掴み取った幸せを享受するだろう。



『ふ、ふふ、ふふふふ』
『あっははははははははははははははははははは!!』



 ―――切り捨てられた"魔女"の半身が。
 ―――永い永い時の果てに、新たな惨劇を生むことも知らずに。





   ▼  ▼  ▼


50 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:47:08 W2vfiGF20





【現時刻】

【地上、あるいは―――】





   ▼  ▼  ▼





 ―――信じられないものを、見た。

 "それ"が現れた瞬間、梨花はおろかスイムスイムまでもが驚愕に目を見開き、硬直した。声も出ないとはこのことだった。呼吸が乱れ、足が震える。何かを言おうと喉が動いて、けれど意味のある言葉として形にはならない。
 聞き覚えのあるような、ないような。そんな少女の声が頭上より聞こえてきたかと思った瞬間、梨花の眼前に"それ"は現れた。突如として眩い光が柱となって立ったかと思いきや、一瞬の後にそれは人の形を取ったのだ。
 数は、都合四つ。
 それは、この百年の中であまりにも見慣れてしまったもので。
 しかし、だからこそ彼女が追い求め、そしてこの場所には決してあり得るはずのない人影だった。

 それは―――

「圭、一……」

 それは、あの雛見沢村で共に過ごした。

「魅音……」

 あの光り輝く日常を駆け抜けた。

「レナ……」

 誰一人として欠けることなく、あの惨劇を抜け出したいと願った。

「沙都子……!」

 かけがえのない、仲間たちの姿だったから。

「あんた、よくも……よくもオオオォォオオォォッ!!!」

 梨花は、沸々と湧き上がる衝動のままに、この見も知らぬ、姿さえ見えぬ何者かに対して激発した。
 目の前に起きた現象の理屈は分からない。だが、一つだけ分かることがある。
 頭上より聞こえる声の持ち主は、よりにもよって何より大事な部活メンバー達を弄んでいるのだと。

『あは、あははははははははははははは!!』

 空、哄笑するは魔女の声。
 大上段から人の運命を弄ぶ女の嗤い声が、梨花を見下して止まらない。


51 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:47:58 W2vfiGF20

『愚かしいわね古手梨花。いつまでそんなガラクラに縋っているのかしら。
 もうとっくのとうに手放して、何度も何度も彼らを見殺しにしてきた貴女に、激昂する権利などないのではなくて?』

 嘲笑の声は止むことがなく、嚇怒の念に憤激する梨花の声など掻き消して響き渡る。
 一見すれば諭しているかのように聞こえなくもない声ではあるが、騙されてはいけない。この魔女は自分以外の知性など認めないし、存在を慮ることなどありえない。
 権利が云々と言っているのも、そのほうがより深く梨花の精神を抉れるからという、ただそれだけの理由でしかない。退屈に飽いた奇跡の魔女は、故にこそどこまでも残酷であれるのだ。

 だが、そんなことなど梨花は知らない。
 あるのは一つ。自身の大切な思い出を穢した魔女への怒りのみ。
 そうして嚇怒の念が赴くままに、その叫びで喉を突き破らんとして―――

「まあ落ち着けって、梨花ちゃん」

 そんな、我知らず激昂する梨花を制する手が一つ。
 それは梨花の横合いから伸ばされていて、告げる声は酷く懐かしく、暖かなもの。
 思わず振り向いてしまう梨花の目に飛び込んできたのは、人形のように立ち尽くす駒などではなく、自らの意思で動き、そこに立つ一人の少年の姿。

 ―――前原圭一の姿だった。

「正直、俺だってこの状況はよく分からねえ……そして、あいつに怒ってる気持ちは俺達だって同じだ」
「でもね」

 続く声があった。少年ではなく、その背後から。

「今ここでいくら喚いても、それはあいつを喜ばせるだけ。そんなものに意味はないし、ただ疲れちゃうだけだよ」
「けど、あたしらにはそんなムカつく奴の鼻っ面を明かせる手段があるわけさ」

 竜宮礼奈と園崎魅音、二人の少女がそこにはいて。
 圭一と並ぶように立っていた。

「このゲームに勝てばいい」

 すとん、と。その言葉は梨花の胸に綺麗に落ち込んだ。
 そうだ、その通りだ。考えてみれば簡単なことじゃないか。ゲームに勝てば官軍、それは自分たち部活メンバーに共通した―――

「全く、いつも冷静な梨花らしくないですわね」
「沙都子……」

 そして最後の一人、みんなの中で一際小さな体躯の、金髪の少女が呆れたような表情で現れた。
 それは仕方ないですわとでも言いたげに、けれど惜しみない親愛の情を以て、梨花へと静かに語りかける。

「わたくし達がなんでこんな場所にいるのか、それはわたくし存じ上げませんわ。けど目の前にゲームがあって、戦うべき敵がいる」
「そんなの、やることは一つに決まってるよね!」

 屈託なく笑い合う部活メンバーたちを前に、梨花もまた、つられるようにして笑みを浮かべた。
 それは今までのような魔女の嗤いではなく、焦燥に狂った引き攣った笑みでもない。
 仲のいい友人たちと遊ぶかのような、それは純粋な子供の笑顔。

 恐らくこのみんなは本物の彼らではない。
 分かっている。それは十分すぎるほどに分かっている。
 けれど、それでも……!


52 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:48:24 W2vfiGF20

「みぃ。みんな相変わらずで何よりなのです」
「あははー、梨花ちゃんにそれ言われると参っちゃうねぇ」
「でも、やっとらしくなってきたよ」
「ああ、そうだな。やっぱり梨花ちゃんはこうして明るく笑ってるのが一番だ」

 そこで圭一は言葉を置き、大きく息を吸い込んで。

「聞けぇ! みんなァ!」

 大きな、大きな声で叫んだ。

「ここが何処とかあいつらが何者とか、そんなことは関係ない! ゲームが相手なら百戦錬磨、最終的には勝てばいいのさぁー!!
 会則第一条! 遊びなんだからなんていういい加減なプレイは許さない!!
 会則第二条! 勝つためにはあらゆる努力をすることが義務付けられている!!
 このゲームに敢然と立ち向かう事が俺達部員の使命なのだぁー!!!」
「いいぞ圭ちゃん、よく言った!」

 喝采と気合が声となる。彼らは手と手を取り合って一つの大敵へと挑みかかる。
 一寸先の見えない未知の状況にあって、それでも恐れることなく前へと進むのだ。

 ああ、全く。
 何処の世界に行こうとも―――

「この仲間たちがいれば、世界のどこに行っても退屈しない」

 さあ行くぞ、退屈に飽いた悪辣の魔女よ。
 私達部活メンバー全員を敵に回したこと、後悔しながら敗北するがいい。





   ▼  ▼  ▼





「あ……」

 その瞬間、スイムスイムこと逆凪綾名は、そんな知性の欠片もない呆けた声を上げることしかできなかった。
 眼前に、あり得るはずのない光景が飛び込んできた。四つの人影が、そこにはあった。

 幼稚園児ほどの体躯をした、そっくりな外見の双子の天使。
 犬を模した意匠の服を着込んだ、小柄な少女。
 そして、そして。
 綾名にとって唯一無二の、最早永遠に失われたはずの、その者は―――


53 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:48:41 W2vfiGF20

「ルーラ……」

 スイムスイムにとって、ルーラは憧れの存在だった。
 君は今日から魔法少女ですと決めつけられ、困惑していたスイムスイムに魔法少女としての生き方を説いてくれた。その姿は、夢に思い描いていたお姫様そのものだった。スイム・スイムはルーラの教えを忠実に実行した。

【リーダーは憧れの対象でなくてはならない。皆がリーダーのようになろうとすることで組織が活性化されるのだ】

 スイムスイムはルーラに憧れた。ルーラこそがお姫様で、お姫様こそが正義だった。ルーラは強く、賢く、可愛らしく、リーダーシップに溢れていた。
 スイムスイムはルーラを目指そうとしたが、ルーラのようになるためには誰よりルーラが邪魔だった。ルーラが二人いてはルーラはルーラ足りえない。ルーラは頂点に立つからこそルーラなのだから。
 だから、スイムスイムはルーラを殺した。直接手にかけたわけではないが、彼女が巡らせた策略によってルーラはその命を終えた。
 ルーラに憧れ、ルーラを尊敬し、しかしそれを形にするいはルーラを殺すしかなかった。

 ルーラは死んだはずだった。
 自分が殺したということも知っているはずだ。
 その事実に、思わず涙が出そうになった。
 なのに……

「……何を呆けてるの、スイムスイム」

 語りかけるルーラの口調は、記憶にあるかつてと寸分違わぬもので。
 何の確執も、悔恨も、怒りも憎悪も感じられないものだったから。

「アンタ一人だけどこかに行ったかと思えば、こんなところで油を売ってるなんてね。このルーラの配下にあるまじき行為よ、猛省しなさい」

 ……ああ。
 この人は、ルーラだ。

 その事実を今度こそ呑みこむことができて、スイムスイムは我知らず一筋の涙を流した。
 排除したはずの一番の邪魔者が蘇ってしまったことを厭んだ故か、それとも憧れだったルーラにもう一度会えたということが嬉しかったのか。理由は自分でも分からないけれど。
 無表情のままのスイムスイムの頬を、暖かな雫が"つぅ"と伝った。

「何よ。いきなり泣くな、鬱陶しい」
「……ごめんなさい、ルーラ」

 ぐしぐしと涙を拭う。その行いに、ルーラは「ふん」と満足したようにふんぞり返った。その向こうから、双子の天使と犬の少女がいそいそと近づいてくるのを、スイム・スイムの視界が捉えた。

「ねーねーこれなんなの。また新しいミッションか何か?」
「真昼間から呼び出されるって魔法少女にあるまじくない? マジダーティ、ありえねー」
「あう……知らないところ、怖い……」

 双子の天使―――ユナエルとミナエルはいつものように悪たれ口を聞いて、犬の少女―――たまは生来の臆病さをここでも発揮している。
 彼女らもまた、本当ならば二度と会えないはずの者たちであった。しかし何故か、こうして再びスイム・スイムの前に現れている。
 何故かは知らない。具体的な原理など想像のしようもない。けれどこれが、己が従える奇跡の魔女によるものだということは分かった。

「それで、スイムスイム。これが一体どういう状況なのか、アンタ説明できる?」
「うん」

 迷いなく頷いた。スイムスイムにとって、ルーラとは何時如何なるときでも憧れの対象で在り続けるから。

「あいつらを、倒す」

 単純明快に、明朗快活に。
 果たすべき目標を、ルーラに告げた。

「なるほど。大凡の絡繰りは見えてきたわ。あいつらをぶちのめせばこのゲームは私達の勝ちになるってことね」
「そう」

 見つめるは正面、集い何かを叫ぶ少年少女。
 ルーラは言っていた。勝利こそが自分たちの義務であると。
 故に負けられない。ルーラの名を背負い、その教えを守る自分には。
 他ならぬ、最も尊いルーラには。
 敗北など許されない―――!

「行こう」

 さあ行こう、ただ一つの想いを胸に抱いて。
 この世においてルーラこそが絶対であると知りながら敗北するがいい、名も知らぬマスターよ。





   ▼  ▼  ▼


54 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:49:16 W2vfiGF20





「ほぉ、こりゃたまげた。やりおるのう」

 言葉とは裏腹の、何も動じていないような口ぶりで狩摩は感嘆の声を上げた。
 その体は動かない。棋士を気取っているかの如く対局の椅子から一貫して不動のままだ。
 彼はただ嗤うだけだ。そしてそれは、向かい合うベルンカステルも同様に。

「お褒めに預かり恐悦至極、かしら。だってこれだけじゃ"駒"が足りないんですもの。駒は一つでも多く、暇つぶしの時間は少しでも長く、起こる惨劇は数多く。そっちのほうが面白いでしょう?」

 酷薄なるベルンカステルの見下ろす盤面。そこには、木造のそれに似つかわしくない白銀の輝きを放つ16の駒が新たに配置されていた。
 キング、クイーン、ルック、ビショップ、ナイト、ポーン……それらは将棋どころか大将棋の駒ですらない、チェスに使われるものだ。
 異種ゲームの配合、ベルンカステルが行ったのはそれだった。本来ならば下らな過ぎてゲームとして成立しないものも、しかしこの場においては真理として機能する。
 如何な行動を取ろうが、如何な抵抗を見せようが、狩摩が展開した軍法持用はその度に"そうしたルール"の創界として変化する。ベルンカステルがやったように後付で駒を追加しようと、互いに同じだけの種類と数の駒を持ち、王将を取れば勝利するという条件がイーブンである以上はそのようになるのみだ。
 すなわち何も問題はない。チェスの駒は大将棋盤の上であろうとも常と同じように歩を進め、敵の駒を取ることだろう。

 では、だとすると盤面の世界に生じた最たる異常―――新たな8つの人型とは一体何であるのか。
 それこそ今更説明するまでもない。ベルンカステルは駒を追加した、つまりは単純に"そういうこと"である。
 かつて孤島にて行われた盤上の残酷劇において、ベルンカステルは今のように自ら駒を配置することがあった。「古戸ヱリカ」と呼称されるそれは固有のパーソナリティを持ち、故に彼らも同質の存在であることに疑いはない。
 "道具"を創ることなど、キャスターたるベルンカステルにとっては造作もないことである。

「どれ、盤面のあんならも待ちぼうけちょるけぇの、そろそろ始めようや」

 言って狩摩は、手番を指し示し。

「対局始めじゃ。先手はお前らに譲っちゃる。少しゃあ俺を楽しませてくれぇよ」

 開戦の号砲が、駒を進める渇いた音として鳴り響いたのだった。





   ▼  ▼  ▼





「ま、命令じゃ仕方ないね」
「ちゃちゃっと終わらせますか」

 そう言って先陣を切ったのは、双子の天使たるピーキーエンジェルズの二人であった。子供のような体躯に純白の羽根を持つ彼女らは、その外見を裏切らず敏捷性に長けるという特徴を持つ。小回り、飛翔能力、敏捷性の高さに連携の上手さ、ルーラ組において先発として出撃するのに彼女たちほどの適役は存在しない。
 左右対称にそっくりな二人の躍動は、一言"速い"。縦横無尽に空間を翔ける姿は燕かはたまた隼か、そうした猛禽の鋭さを想起させるほどであった。
 空気を切り裂いて飛ぶ天使は、地上すれすれの低空飛行から垂直方向へ一気に上昇、そのまま天から落ちるように飛び蹴りを見舞った。
 速く、鋭く、そして重い。それは寸分違わず最前線の敵―――前原圭一へと叩き込まれて。


55 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:49:50 W2vfiGF20

「甘えッ!」

 いつの間にか圭一の手に握られていた金属バットに、二人の蹴りは諸共に受け止められていた。反響する打撃音、硬直する双子は一様に驚きでその表情を彩り、対する圭一は不敵な笑みだ。

「ちょ、マジすか!?」
「ウチら魔法少女なんですけど!?」

 焦燥に染まる声を無視し、圭一は横に構えたバットを力のままに振り上げた。「うわわわわ」という気の抜けた悲鳴を上げる双子が放り投げられ、ぽてんという擬音と共に地面に墜落する。
 金属バットの先端を、真っ直ぐ相手に突きつける。そして圭一は、毅然とした表情で高らかに声を上げて。

「はっ、軽いぜ。魔法少女だか何だか知らねえが、軽すぎて重石にもなりやしねえ」

 右手のバットを両手で構え直し、腰を落として強く地を踏みしめる。

「行くぜお前ら。梨花ちゃんの、仲間の敵は俺達の敵だ。いくら可愛かろうと容赦はしねえ!」

 そう宣言するやいなや、圭一はスタンディングスタートの姿勢から一気に全速力で飛び出すのだった。



 ―――常人でしかない圭一が、人智を超越した魔法少女と互角に打ち合えるのには理由がある。

 まず第一に、これが盤と駒による公正平等なゲームであることが挙げられる。あらゆる駒は該当マスに到達さえすれば全ての敵駒を撃破可能であると同時に、自身もまた全ての敵駒に撃破され得る存在であるという絶対則がある以上、駒として当てはめられた部活メンバーとルーラ組にもそれが適用される。いわば最低勝利確率と最低敗北確率の保障である。
 そして駒に当てはめられるという性質上、その駒が持つ特徴とも言うべき強さが付属されるのだ。結果として、圭一たち部活メンバーは「将」棋の駒として相応しい実力を限界まで引き出されている。そしてそれは、逆に駒の範疇まで力を抑制されることもあるということの裏返しでもある。駒の格に相応しい力しか引き出されず、それは実質的な制限としてルーラ組には機能していた。

 第二に、反魔法力の存在が挙げられる。
 それは魔法を信じようとしない力であり、毒素とも形容される「ニンゲンが持つ独自の力」である。いわば認識の力であり、魔法を信じない人間の前では魔女やそれに類する者たちの力は大幅に抑制されてしまうのだ。
 無論、これはルーラたち魔法少女が住まう世界にも、ましてサーヴァントという超常の存在が跋扈するこの鎌倉にも存在しない荒唐無稽な代物である。これはベルンカステルたち「魔女」が住まう世界における法則であり、それはこの世界においては一切機能しないはずであった。
 しかし此処において、その法則は形となって現れた。何故なら此処はゲームを行うキャスター同士の創界、狩摩とベルンカステルが共同して制作した異界であるが故に。
 半分とはいえ、ベルンカステルの力と認識が流れ込んでいる以上、そこに付随する法則もまたここでは現実となる。狩摩の力もあるために魔法や超人的な身体能力の全てが喪失するわけではないが、魔法少女の持つ力もその大半が封じられていると考えて相違ない。

 駒としての力の平均化、反魔法力による力の抑制。その二つが混ざり合ったが故の、これは偶然の拮抗状態であった。

 ―――否、偶然などではない。
 天運を持つ壇狩摩、奇跡を司る魔女ベルンカステル。この両者がいる場において、全ての偶然は必然へと姿を変える。
 故に、これは―――





「ぶおっふぁあーッ!?!?」

 ところで、駒として当てはめられたが故の制限は、当然ながら部活メンバーにも平等に適用される。
 例えば、今まさに「突如として足をとられ、つんのめるようにすっ転んだ」前原圭一などはまさにそれのせいで行動を制限されていた。
 彼に当てはめられた駒は「歩兵」。知っての通り、一手につきたった一マスしか移動できない最弱にして最多、そして最遅の駒である。
 ならば歩兵の駒に課せられた制限とは何であるのか。それは「急速な移動ができない」というものに他ならない。


56 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:50:25 W2vfiGF20

「ぶっはー! ダッセェでやんの!」
「あんまりチョーシこかないでよね」

 前のめりに倒れるという隙を見逃すはずもなく、双子の天使はすぐさま立ち上がると猛然とした勢いで圭一へと迫る。彼女らが当てはめられた駒は「ビショップ」であり、斜め方向であるならば無制限な移動が可能であるというアドバンテージを持つ。
 その弊害として真っ直ぐな移動が困難になるという制限を受けているものの、ジグザグという変則軌道は敵に対するフェイントとして機能する以上は俊敏性に富む双子にとって大した障害ではない。
 上空より襲いくる襲撃が、今度こそ圭一の頭蓋へと吸い込まれ。

「おじさんたちを忘れてもらっちゃあ」
「困るよね、よね」

 その足を止める者が、更に二人。
 痩身に似合わぬ武骨な鉈を振り上げるレナと、あろうことか素手で戦いに臨む魅音であった。

「たぁッ!」
「そりゃあ!」

 二人は一瞬の躊躇もなく踏み込むと、鉈の一閃と掴みあげを同時に敢行。レナの攻撃は上背に避けたユナエルの前髪を幾本か切り裂くだけに終わったが、魅音の指はミナエルの細腕を掴むことに成功していた。

「どぉっ、せい!」
「お姉ちゃん!?」

 そして加えられる片手投げ。その背を強かに打ち付けられたミナエルは「かはっ」という呼吸音のみをあげ、ユナエルの喉からは悲壮な絶叫が迸った。

「今よ、圭ちゃん!」
「おうよ、任せとけ!」
「さ、させません!」

 横合いから飛び込んできた「たま」が、今まさに復活せんとしていた圭一に飛びかかる。横殴りに振り抜いたバットが爪とぶつかり反響し、黒板を引っ掻くが如き不快な音が響き渡った。

「よっしゃあ! やったれたま、ぶっ殺せー!」
「え、そ、そこまではちょっと……」
「何ィ、たまだと!? 貴様ァ、纏う衣装と名前がアベコベとはいい度胸だ! それでも魔法少女か恥を知れィ!」
「ひっ! ご、ごめんなさい!」
「だがその愛くるしい反応も併せるとむしろギャップ萌えとして成り立つな。よし、許す!」
「へぇ!? あ、ありがとうございます?」

 正眼に構えたバットと爪持つ手での鍔迫り合いという、一見奇妙な拮抗状態を維持する少年少女が噛み合わない会話をしている最中にも、戦況は刻一刻と変化を見せる。
 戦線へと復帰した双子天使が、左右対称の幾何学模様を描きながら自由に中空を飛び交う。散発的に降りてきては繰り返される攻撃に、レナと魅音は苦戦を強いられていた。


57 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:51:18 W2vfiGF20

「ったくもう、きちんと降りてきて正々堂々戦いなさいよね!」
「そんなことしてやる義理なんてないしー。飛べないほうが悪いんですよー」
「ほんとそれだよねー。正論かっくいー、お姉ちゃんマジクール」
「ああもう! しつこい!」

 降下のタイミングを狙っての一撃は、風に舞う木の葉のような身軽な動きでひょいと躱される。斬りつければそれでいいレナの鉈はともかくとして、まず掴んで投げるという複数の工程を必要とする魅音は尚更の苦戦を課せられているのが現状であった。加えて敵の天使は、その愛らしい見た目とは裏腹の悪態を吐いてくるのだから、蓄積されるストレスはそれこそ冗談では済まないだろう。
 双子天使の強襲を踏み込んでは躱し、屈んでは躱し、隙を見つけては一撃を加えようと苦心する。しかし嘲笑うかのように飛び交う天使にはまるで有効打を与えられない。
 しかし。
 突如として急襲するものがあった。それは、宙駆ける双子天使の更に上空から。

 ドでかい金ダライが、盛大な音を鳴らしながら天使の脳天に直撃した。

「あだっ!?」
「おぶっ!?」

 ごち〜んという間の抜けた音と、それに見合わぬえげつないダメージが天使たちを襲う。目から星を散らして落下するユナエルとミナエル、下で待ち受けるは各々の武器を構えたレナと魅音。

「じゃあ、行くよレナ!」
「せーのっ!」

 一閃一打、渾身の一撃が叩き込まれる。ホームランバットのように振り回された鉈が胴体部へと直撃し、まっさかさまに落ちる天使をそのまま体重をかけて地面へと叩きつける投げ技が炸裂する。
 不思議なことに、二人の天使からは血飛沫も骨の折れる音も聞こえず……しかしその体からは金属が割れるかのような硬質の音が響き、その身を粒子へと変換していた。

「うぅ……やられちゃった」
「マジヘビー、あとは頑張ってねー……」

 最後まで真剣味の感じられない声と共に消えていくユナエルとミナエル。その向こうから、腰に手を当て大仰に笑い声をあげる少女の影が見えた。

「おーっほほほほ! トラップは最後の最後でほんのひとつささやかに。戦場における鉄則ですわ!」

 その影―――沙都子は高らかに笑いながら、その指をくるくると回し戦場を見下ろす。
 先の攻撃、金ダライの落下などという荒唐無稽な現象が発生したのは、他ならぬ彼女の仕業である。
 沙都子に宛がわれた駒の役は桂馬。それは一見突飛な場所へと跳躍するトリッキーな駒であり、同時に初心者の目から見ればそれこそ理不尽めいた軌道で襲いくる。
 桂馬の駒による能力付与。それは多次元的な移動、及び攻撃の成就である。

「とぅりゃっ! 前原圭一、パワーアーップ!!」
「ひぅっ……!?」

 そして残る最後の戦闘―――圭一とたまの一騎討ちにも終幕が見えてきた。
 互角に打ち合い、鍔迫り合いを行い、一進一退の攻防を見せていた彼らは、実際その通りではあったのだが、しかし少なくとも圭一の側には一発逆転の考えが存在した。
 すなわちそれこそが、敵陣への移動であり、今まさに圭一がたまを押し込むような形で成し得たことである。
 歩兵であるところの彼が敵陣への侵入を果たすこと。それが将棋というゲームにおいてどのような結果をもたらすのか。

 「成金」。一歩前進するしかなかった最弱の駒である「歩」が、一瞬にして「金将」としての性能を獲得する、文字通りの成り上がりである。
 この盤面において成金がもたらすのは、何も移動性能の向上のみではない。駒の格自体が上がることにより、加えられる身体能力もまた増強されるのだ。
 そして、この覚醒劇を果たせたのは何も圭一一人の成果ではない。


58 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:51:41 W2vfiGF20

「みぃ。これで怖いものはないないなのですよ」
「おう! 助かったぜ梨花ちゃん!」

 圭一に隠れるように、その影に佇む小さな少女が一人。控えめにVサインをしてにっこり笑う。応えるように圭一はサムズアップを返した。
 人目につかないよう立ち回り、こっそりと圭一を支援しその進行方向を誘導していたのは、他ならぬ梨花だ。
 男の圭一のように肉体的に屈強なわけでなく。
 レナのように強力な武器を持つでもなく。
 魅音のように体術を修めているわけでもなく。
 沙都子のように絡め手を使えるわけでもなく。
 そんな梨花に許された特技とは、すなわち百年で得た立ち回りであるのだから。

「クールになれ、なんて。今更自分を自制したりなんかしないさ。
 悪いな子犬ちゃん。俺はもう、この瞬間に全てを燃やし尽くすって決めちまったんだ!」

 滾る熱意が波濤となって、握るバットに込められる。それは真っ直ぐ一直線に、たまの脳天を打ち据えた。
 正真正銘の全力全開。しかしそれは、肉と骨を打つ特有の音など一切発さず、澄んだ清涼な金属音のみを空間に響かせた。

 小さく「ごめんなさい」と呟かれる声を最後に、たまはその肉体を粒子へと変えた。バットを振り抜いた姿勢から立ち上がった圭一は、射抜くような目つきで前を向く。
 その先には、残る二人の敵が存在した。

「さぁて」
「残ったのは、貴方たちだけだね」

 圭一を中心に、部活メンバーが並び立つように集まる。そこに陰りは一切なく、宿すのは純粋な闘志のみ。
 それを真っ向睨み返すのは、ルーラと、スイムスイム。

「ったく、どいつもこいつも使えないわね」
「ルーラ……」

 ルーラ……クイーンの役を宛がわれた彼女は、対局が始まってから一歩も動くことはなかった。
 クイーンは悪戯に動くべからず。それはチェスにおける最も基本的な定石の一つであり、彼女の指し手であるベルンカステルもそう打った結果である。
 しかしそれでも狼狽えない。ルーラは決して怯え、取り乱すことはない。少なくとも、こうして一人でも配下が残っている限りは。
 何故ならリーダーとはそういうものだから。かつてスイム・スイムに教えた魔法少女としての在り方の一つに、そういうものがあったから。
 "だから、このルーラは決して取り乱すことがない"。
 ベルンカステルの駒として生まれ、観測者であるスイム・スイムの認識が入り混じったこのルーラは。

「私がいく」

 そして、だからこそ。
 そんなルーラを前に、彼女が動かない理由もまた存在しなかった。

「ルーラに教えられた通り、かんぺきにこなしてみせる」

 長柄の槍を振り回す。手首を軸にくるくると回る。
 そうしてスイムスイムは、"ルーラ"を手に戦場を睥睨し、その表情を高揚で彩ることなく、突撃を開始したのだった。





   ▼  ▼  ▼


59 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:52:12 W2vfiGF20





「ひひ、なんとも気張る餓鬼どもよ、泣かせる話じゃけぇ」

 戦場を見下ろす指し手の世界において、狩摩は変わらぬ胡乱気な姿勢のまま、くつくつとその喉を鳴らした。
 大将棋における盤面は、現状狩摩が大幅な優勢を誇っていた。梨花たちに宛がわれた駒の活躍ばかりではない。敵陣地には多くの飛車角が攻め入り、麒麟・獅子・奔王といった見慣れぬ駒たちがベルンカステルの牙城を打ち崩している。
 どれがどう動くのかも分からぬ複雑怪奇な盤面をしていながら、しかし素人目に見ても攻め込んでいるのは狩摩の側であると容易に察することができた。ならば彼の余裕とはそれに起因するものか。いいや違う、何故なら対局相手であるベルンカステルは、ここまで不利に追い込まれながらも一切の不安を顔に出していないのだから。

「あら、貴方その手のお涙頂戴は好まないものとばかり思っていたけど?」
「誰が好くかいあんなもん。じゃが見てみぃや、あんならは百年の陰に終止符打とうっちゅうて戦っちょる。俺ァどうでもいいんじゃがの、朔の毒を呑もうと気張っちょる大将の苦労も少しは晴れるっちゅうもんよ」

 狩摩の言葉はベルンカステルには理解できない。恐らくは彼にのみ通じる事情か何かの話か。正直なところ、そんなものにカケラも興味がないベルンカステルは馬耳東風と聞き流すのみだ。

「まあいいわ。何にしても貴方、相当面白いニンゲンだもの。何年ぶりかしら、こんな愉快な玩具は」

 呟かれるベルンカステルの言葉は本心だ。彼女は本心から、狩摩のことを面白いと思っている。
 この対局において、狩摩が指した手はその全てが出鱈目なものだった。それはイカサマであるとか、または稀代の天才が生み出した全く新しい戦術であるとか、そういうことではない。文字通り全てが出鱈目で適当な、子供が盤に駒をぶちまけたかのような手しか彼は打たなかったのだ。
 理論と効率を知り尽くした魔女から見れば、それは単なる無駄の塊でしかない。飛車を前に出すために直進上の歩を開ける、などという初歩中の初歩すら行使しない有り様には、当初は大きなため息すら漏らすほどであった。
 しかし、蓋を開けてみればどうか。
 すぐさま狩摩が負けるだろうと思われた対局は、すぐさま梨花が討ち取られるだろうと思われた盤面の世界は、現在どうなっているか。
 一目瞭然―――何故か、全てが狩摩の有利となって現れていた。

「どんな手を打とうとも、何故かそれがピタリと最適解に収まる天運。なるほどね、それがあなたの有する特異性……いえ、"魔法"とも形容すべきもの、ということかしら」

 このゲームにおけるルールの一つに、次のようなものがある。「指し手が示した駒の動き通りに盤面の者が動くことで、その者の能力に大幅な補正がかかる」というものである。
 無論、これは能動的に活かすのが難しい法則だ。何故なら一手ごとに交代しながら指し合う指し手の世界とは異なり、盤面の世界においては全ての戦闘はリアルタイムで行われる。いちいち意思の疎通を執り行って動いていたのでは結局全ては後手に回らざるを得ない。
 事実、狩摩は今まで部活メンバーと意思の疎通など取っていないし、事前の打ち合わせもしていない。ばかりか彼の指す手は定石外の突飛で考えなしなものばかりで、部活メンバー側が狩摩の行動を予測して動くなどということも不可能である。
 しかし、狩摩が指した手は、その全てが部活メンバーたちの行動と一致していた。
 圭一が進もうと足掻けば、的確に歩兵を前へと進める。
 レナと魅音が同時に踏み込もうとすれば、彼女らに該当する駒を両面的に動かす。
 沙都子が奇襲を仕掛けた時は、桂馬を手繰ってユナエルの駒を取り。
 その盤面を縫うように、梨花の駒を縦横無尽に動かした。
 梨花たち部活メンバーが、仮にも魔法少女という超常を相手に圧倒できたのはこうした理由がある。盲打ちによる天運の支援、それがなくては彼らとてここまで容易に事態を運ぶことはできなかっただろう。
 重ねて言うが、これらは意図して行われたわけでは決してない。狩摩は何も考えることなく、ただ感覚の赴くままに適当な一手を指し続けただけだ。しかしそれら適当な手が、ぴたりと彼に都合のいいように作用したという、これは常軌を逸した幸運の発露である。

 彼の一手は盤面不敗。釈迦の掌を出られぬ猿のように、壇狩摩の裏を取れる者など誰もいない。


60 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:52:34 W2vfiGF20

「けどご生憎様。最初にも言った通り、私に"そんなもの"は通じないわ」

 けれど。
 ベルンカステルが無造作に指した、次なる一手。何の変哲もない、今までと全く同じはずのそれが行われた瞬間。

「運勢、確率、神のサイコロ……つまるところ奇跡。それらは余すことなく私の領分よ。ニンゲン如きに立ち入られる謂れなどカケラ一つたりとて存在しない」

 ―――流れが、変わった。





   ▼  ▼  ▼





 爆音と粉塵が止んだ時、そこには最早動く者は存在しなかった。
 佇む人影は一つ。先程までそこにいた、他の二つの影は跡形もなく消え去っていた。

「……逃げたか」

 誰ともなく、その影、セイバーは呟く。気配探知網には急速に離れていくサーヴァントの反応がある。気配遮断を展開する余力もないのか、しかしそれはある程度のところでふっつりと途切れ、何も感じなくなった。
 遠方よりの攻撃に備え、迎撃態勢を解除せずに立ち尽くす。数分の後、何の気配もないことを確認すると、セイバーは剣持つ手を下げ、ふぅと息をついた。
 不可視の剣を振り払い、その刀身を消し去る。それだけで、辺りに残っていた砂塵は切り裂かれ、吹き散らされて無くなった。

 最後の交錯、17の剣が降り注ぐその中で、彼らは突如爆発する剣の間隙を縫い、その身を逃避させることに成功させた。
 セイバーは、そのミサイルや爆薬めいた剣の激発に覚えがあった。それは壊れた幻想と呼称される、宝具に秘められた魔力の暴発である。
 宝具として昇華された物品には当然として莫大量の魔力が込められており、通常は固体として固められているそれを爆発させるのだから、その破壊力は驚異的なものとなる。
 それは下手な攻性宝具による真名解放すらも上回るほどの威力を有する場合もあり、有効な攻撃手段であることに違いはない。
 しかし、この壊れた幻想はおよそ使われることの少ない技法でもあった。
 まず第一に、宝具というのは英霊にとっては生前共に在り続けた半身であり、それを壊すというのはその身を裂くほどの精神的苦痛を味わうため、まずそこで多くのサーヴァントは躊躇う。
 第二に、宝具を破壊するという都合上、即座に修復などできるわけもなく、その後の戦闘は切り札を欠いた状態で行わなければならない。
 上記の理由により、およそ真っ当な英霊であるならばまず使わない手段なのだ。しかしそれを、彼らは全く躊躇せず実行に移した。その行為は少なからずセイバーの目を瞠目させ、そしてその一瞬にも満たない隙を、彼らが見逃すはずもなかった。
 士郎とアカメ、彼らが共に有する技能は心眼・(真)。絶命の窮地において一筋の活路を見出す弱者生存の業である。彼らがこの結末を勝ち取ったのも、あるいは必然と言えるのかもしれなかった。
 退くというならば深追いする理由もない。それでも、一時撤退から更に攻撃を仕掛けてくるというならば、今度こそ一切の加減なく敵戦力を殲滅するつもりであったが、どうやらそういったこともないらしい。

 セイバーは視線を孤児院そのものへと向ける。そこには巨大な光の方陣が、天を覆うように孤児院上空に展開されているのだった。
 あそこに古手梨花が使役するキャスターと、更にもう一体別のサーヴァントが存在する。
 彼らが何を目的に、何をしているのか。その詳細は杳として知れない。しかし、アサシンたちが退避した現在において、その危険度は最も高いと言える。しかし。


61 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:53:06 W2vfiGF20

(目下、果たすべきはマスターの捜索と保護か)

 目的は変わらず同じ。キーアの安全を確保することである。
 全てはそれを終えてから。あのキャスターへの対処も、古手梨花の処遇も、そしてこれからのことも。
 故に彼は踵を返し、その場を後にしようとした。未だ静寂を保つ閉鎖空間、それよりも先にマスターを保護しようと考えて。
 けれど。

「これは……!」

 異変に気が付いたセイバーの視線の先、孤児院上空の方陣結界が、その姿を急激に崩壊させていくのを見て。
 無意識的に驚愕の念を口に漏らし、セイバーはその歩を俊敏なものへと変えたのだった。





   ▼  ▼  ▼





「うそ……」

 呟きが空しく宙へと消える。現実感の欠いた頭の中で思考が空回りする。
 信じがたい光景が、梨花の目の前に広がっていた。

「うぁ……」
「ぐ、づぅ」
「そんな、嘘でしょ……」

 呻く声が、そこらじゅうから聞こえてくる。それらは全て違わず、部活メンバーたちが上げる声だった。
 終始優勢に立ち回っていたはずの、仲間たちの声だ。それが今や、満身創痍という形容すら生温いほどに、全身に夥しい損傷を負って。
 倒れる者もいた。片膝をついて、尚も戦意を失わない者もいた。けれど、最早その身に抵抗の余地など残されておらず。

「―――」

 舞い降りるかのように軽やかに着地するスイムスイムが、いっそ優雅なほど鮮やかに"ルーラ"を振るう。
 その体には、一つの傷も一滴の返り血もついてはいなかった。


62 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:53:34 W2vfiGF20

 スイムスイムただ一人に、部活メンバーたちは蹂躙されていた。
 梨花は、たった今しがたまで展開されていた悪夢めいた光景を、今さらになってようやく言語化して理解できた。
 分かってしまえば簡単なことだった。こちらの繰り出した攻撃が、あのスクール水着の魔法少女には全く当たらないのだ。
 それは相手のスピードが速いであるとか、回避の技量が卓越しているということではない。文字通り、当たっているにも関わらず物理的な接触ができないということである。
 金となり各種能力が飛躍的に上昇した圭一の振るうバットも、レナが手繰る鉈の一撃も、全てが水を叩くかのように一切の抵抗なくすり抜けた。
 魅音の指はスイムスイムを掴むことすらできず、沙都子のトラップとて結果は同じこと。あとに起こるのは、それこそ一方的な戦いとも呼べない蹂躙のみである。
 防戦一方であった。部活メンバーの奮闘は何ら効することはなく、未だ存命しているだけでも褒め称えるべきなのかもしれない。

 そして、そんなスイムスイムの戦闘を、遥か後方から見据える者が一人。

「よくやったわスイムスイム。あの薄らボケた役立たず共とはまるで違う。それでこそ私の部下、それでこそ魔法少女よ」

 得意げに大上段から語りかけるルーラに、スイムスイムは仕草だけで首肯した。表情の伺えぬ顔ではあったが、そこには喜悦のようなものが浮かんでいるのかもしれない。

 曲がりなりにも三人の魔法少女を相手に互角以上の戦いを繰り広げられた部活メンバーが、こうも容易く一方的な殲滅を受けた理由は、何もスイムスイムの魔法「どんなものにも水みたいに潜れるよ」の相性的なものばかりではない。そこには、三人の魔法少女たちとスイム・スイムとで明確に分けられる差異が存在したのだ。
 部活メンバーの善戦理由の一つに、反魔法力の存在が挙げられる。それは人の認識による幻想否定であり、他ならぬ部活メンバーたちの認識により、魔法少女の力が抑制されたというものだ。
 しかし覚えているだろうか。それはあくまで、ベルンカステルの力とその駒によるところが大きいのだということを。
 部活メンバーとスイムスイム以外の魔法少女は、ベルンカステルの駒ゆえに、彼女の世界が有していた反魔法力という法則が適用された。しかし、当然だがスイムスイムはベルンカステルの主であって、彼女の駒などでは決してない。
 だからこそ、スイムスイムにかかる反魔法力の作用は極めて軽微で済んだのだ。この盤面自体がベルンカステルの力によって生み出された以上は完全に免れることこそできないが、その影響を弱めることはできる。
 ならば、スイムスイムに負ける道理など存在するわけもなく。

「あッはっはははは!!」

 盤面を俯瞰する高みにおいて、この惨状を作り上げたベルンカステルが哄笑する。
 嗤っていた。彼女は、今までの少なくとも表面上は気品を気取っていた微笑みではなく。野卑に、下卑に、大声を上げて。


63 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:54:10 W2vfiGF20

「ニンゲンと魔女が仲良く対戦ごっこッ!? なんて下らないゲロカスッ!
 バカバカしいわ、笑えるわ! そんなものをこの私が、本気で真面目にやると思っていたのかしらぁ!?」

 豹変、とも言えるほどに。彼女の表情は別人さながらの歪みを見せていた。
 嘲笑、優越、憐憫、愉悦……そうした自己肯定と他者否定がないまぜになり、歪みきった渦と化したものが、今のベルンカステルの表情だ。
 ベルンカステルは知的強姦者である。それは言葉が示す通り、純粋な推理や知恵比べで勝敗を競うなどの健全な代物ではない。心理、論説、あるいは精神面において相手より優位に立ち、自らより下の者を玩弄することで快感を得るという無粋の極みのような精神性を示す。
 だから今、彼女はその本性を露わにして嗤っているのだ。狩摩が仕掛けたゲームの全てを、真っ向から打ち破らんとしている今。

 ベルンカステルと狩摩が囲う将棋盤、そこで行われている打ち合いの戦況は、何故かベルンカステルの圧倒的優位へとその盤面を変貌させていた。
 つい先ほどまでは狩摩の優勢で進んでいたはず。適当な手しか打たないはずが、しかし何故かピタリと嵌る盲打ちの手腕……狩摩が誇る極大の天運が味方した盤面は、しかし今やベルンカステルの掌の上と化している。
 ベルンカステルが持つ将棋やチェスの腕前によるものではない。実のところ、両者のゲーム的な力量にはさほど隔絶した差というものはなく、運の要素を除けばほぼ互角と言っても良いほどであった。
 ならば勝負を左右するのは時の運に他ならず……その分野において狩摩に敵うものなど想像すらつきようがないというのに、彼女は一体何をしたというのか。

 イカサマではない。まして武力的な力を行使したわけでもない。
 簡単な話である。ベルンカステルが司る魔法は、奇跡。極小確率を確実に引き出す願望成就の力なれば―――
 自らの思うように、盤面を操ってみせるのも容易である。

「奇跡の魔法……なんとも眉唾じみた話じゃが、しかし本当におったんじゃのう、魔女っちゅう輩は」
「あらあら、余裕ね。その作られたポーカーフェイスは、果たして何時まで保つかしら?」

 未だ表情を変えることなく駒を指し続ける狩摩に、しかしベルンカステルは何も動揺することはない。
 何故なら、両者の持つ力というのは圧倒的に相性が悪いからだ。
 狩摩が持つのは生まれつきの豪運。それ自体に理屈はなく、ただ何となく運がいいという、あやふやで不確かな代物だ。
 対するベルンカステルの魔法は奇跡。確率操作により、僅かでも可能性があるなら100%にまで押し上げるという規格外の大権能。それを形としたものである。

 形さえない不確かな存在が、形ある確固たる力に敵う道理などない。
 同じ土俵で争う限り、狩摩がベルンカステルに勝てることなど那由多の彼方まで存在しないのだ。


64 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:54:42 W2vfiGF20

「つまるところ、この私に勝負を挑んだその時点で、貴方の負けは確定していたということ」

 純粋な勝負事に異能を持ち込むこと。それについての恥や躊躇は、ベルンカステルには存在しない。
 掛け金を取り立てるのはいつだってルールじゃない。ルールを遵守させる武力的背景こそがそれを成り立たせるのだ。
 ならば、偉大な魔女たる彼女を縛れる者など何処にもおらず。
 故に、この空間においても異能行使に対するペナルティは一切発生していない。

 ベルンカステルは一手を指す。それと連動するように、盤面のスイム・スイムも行動を開始した。
 狩摩が一手を指す。ベルンカステルの進撃を止めるように配置された駒は、しかし盤面にて同じくスイム・スイムを阻もうと立ちふさがりあえなく斬り倒された竜宮レナの姿が、その未来を暗示しているようにも見えた。

「貴方がすべきだったのは、私の姿を見た瞬間に尻尾巻いて逃げることだった。惨め、惨めね。でも今の貴方はそんなIFよりもっと惨めだわ」

 梨花が何かを叫ぶ。それは仲間の喪失を厭う叫びか。しかしスイムスイムは止まらない。遮る駒の全てを取り去るように、彼女は部活メンバーの悉くをその大槍で刈り取っていく。
 末期の言葉を言うことすら許されず、次々と消えていく少年少女の姿。彼らは皆一様に梨花を庇い、それは梨花にも分かったから、尚更悲痛な叫びを上げる。
 その悲嘆を耳にして、ベルンカステルは愉悦に顔を歪めるだけだ。
 なんて楽しい、なんて安らげる。ああ、ニンゲンの絶望と悲しみこそが我が悦びであるとでも言うかのように。

「逃走こそが最適解。けど貴方はそうしなかった。自信があったのかしら、この私に勝てるなんていう。身の程を弁えない愚かな男、だからこうして全てを奪われる。
 馬鹿なゲームマスター、馬鹿なミス、馬鹿な駒。馬鹿な驕りに、馬鹿な敗北。馬鹿ばっか、くすくすくす!」

 ベルンカステルもスイムスイムも、梨花を直接狙うということはしない。何故なら彼女らが求めているのは共に完璧な勝利だから。ベルンカステルは己の信条ゆえに、スイム・スイムはルーラの教え故に、それを目指す。
 完璧な勝利、すなわち王将たる壇狩摩の討滅である。
 ベルンカステルの指が次々と一手を指していく。狩摩の手はそれを阻むことができず、彼の駒は次々とその数を減らしていく。

「やめて……もう、これ以上は―――!」

 叫び、梨花は何も持たぬ徒手のまま、果敢にもスイムスイムへと殴りかかった。その手は何を殴ることもできず、水のようにスイム・スイムの体をすり抜けた。
 スイムスイムは梨花を一顧だにすることなく、振り返ることもなく、先へと進む。自分が障害にもなっていないのだと痛感させられた梨花は、その場に力なくへたり込んだ。

「ああ、そうそう。言い忘れていたけど、私は絶対に勝てるゲームが好きよ。だってそうでしょ?
 勝てないかもしれないゲームなんて面倒臭いじゃない」

 ベルンカステルの猛攻は止まらない。スイムスイムの猛進は止まらない。

 梨花は叫んだ。届かない手を伸ばして、ふざけるなと悔しさに顔を歪ませながら。
 ベルンカステルは笑った。愚かなニンゲンよ、せいぜい惨めに泣きわめけと。


 そして最後の一手、ベルンカステルが持つ「ナイト」の駒が、狩摩の王将を上から粉々に踏み砕き。

 盤面の最奥へと至ったスイムスイムが、その空間へと鋭い一閃を放ち。

 梨花が、敗北の悔恨を叫んで。


「それじゃさようなら、下らないゲロカス」


 心底より見下した顔で、ベルンカステルは自身の勝利と共に、ゲームの終了を宣言するのだった。


65 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:55:10 W2vfiGF20





























「おう、お前がな」





























「が、アァ……!?」

 不可思議なことが起こった。それは、ベルンカステルの胸元から。

 "刃"が生えていた。内側から突き破るように、その霊核を貫くように。

 跳ね上がる体。迸る血飛沫。鮮血が盤上にぶち撒けられ、魔女の体躯は力を失って倒れ込んだ。

「……お前も、所詮はその程度じゃったか」

 心底より見下げ果てたと言わんばかりの狩摩の声が、ベルンカステルにかけられる。いや、そもそも彼は最初から、彼女のことなど見ても聞いてもいなかったのだろう。

「なに、が……?」

 ベルンカステルの思考は、困惑と疑念と混乱に満ちていた。一体何が、自分の身に起こったのか。
 いや、それは分かる。自分は攻撃されたのだ。背後から……いや体内から、突如として。刃が生えて。
 だが、それこそが分からない。だってそうだろう? このゲームは、"相手への直接的な攻撃は禁じられていたはず"なのに。
 狩摩の豪運や、ベルンカステルの確率操作とは話が違う。あれらはあくまでゲーム進行それ自体には支障をきたさないために許された例外的なもので、こんな風に対戦相手を殺害するなどということが。
 知的遊戯そのものを愚弄するような真似が、許されるはず……


66 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:55:40 W2vfiGF20

「……あ」

 そこで、ようやくベルンカステルは気付いた。
 なんてことはない。自分が言ったことではないか。

 賭け金を取り立てるのはルールではない、それを可能とする武力的背景なのだと。
 それがない限り、ルールの遵守など戯言でしかないのだと。そう言って、自分は奇跡の魔法の行使という禁じ手スレスレの行為をした。
 なら、だったら。
 負けた側が敗北を認めず賭け金の支払いを拒否するのも、道理なのではないのかと。

「ようやく気付いたか、ボケが」

 何の感情も含まず、ただ目を細めて彼は睥睨し。

「要はこういうことよ。お前、いつからこの遊戯で全てが決まると思っとった?」

 哀れむような瞳を、魔女へと向けた。

「将棋で勝っても、殴られて泣かされちょったら負けじゃろう」

 ひひ、と嘲笑う。

「球技で負けようが、そこで相手の連中を皆殺しにしてしまえば俺の勝ちじゃろう」

 嗤う。それは止まることがない。

 ―――軍法持用・金烏玉兎釈迦ノ掌には、隠された最後の力が存在する。

 この世界において勝敗が決した場合、敗者の側に世界を構築していた全ての力が流れ込む。その点については公平であり、負けた側がその負けを認めた場合、敗者は力の全てを注がれて死に至る。
 しかし敗者がその敗北を認めなかった場合にはどうなるか?
 普通ならばどうにもならない。負けは負けであり、そこに異論をはさむ余地はない。しかしこの世界において、敗者が敗北を認めなければ、その力の全ては勝者の側へと流れ込むのだ。

 「勝敗が決定した瞬間、敗者が負けを認めていなかった場合、勝者を殺すことが出来る」。それこそが狩摩の急段の正体であり、このゲームの本質であった。
 反則どころかゲームの根幹そのものを揺るがす蛮行である。当然、単独の力ではこのような法則を作り上げることなどできない。
 だが強制協力にはめ込んでしまえば、その問題点も解消される。"壇狩摩は型に嵌らない"という共通認識において互いが合意するという強制協力が為されたならば。
 ベルンカステルは当初、こう思考した。「聖杯戦争という武力が幅を利かせる戦場においてそれでもゲームで勝負を仕掛けるなど、この男は型に嵌らぬニンゲンだ」と。
 その時点で強制協力は為されていたのだ。対局を始めるよりも前に、狩摩と顔を合わせるよりも前に、ベルンカステルは既に罠へと落ちていた。狩摩は型に嵌らないと合意が成立している以上、それはゲームの世界においても適用される。

 ―――壇狩摩がゲームに負けた程度で賭け金を支払うなどという、型に嵌った行動を取るはずがないのだと。


67 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:56:22 W2vfiGF20

「分かっちょるよ。お前が頭良いっちゅうことは」

 ベルンカステルは数多のゲーム盤を玩弄し続けた魔女である。知的遊戯においては他の追随を許さない。
 それを、狩摩は分かっていた。

「分かっちょるよ。お前が奇跡を手繰れるっちゅうことは」

 ベルンカステルは奇跡の魔女である。求めたものは必ず形となり、如何な難行であろうと必ず現実とする。
 故に今もそうなった。壇狩摩との対局に勝利するという奇跡を、彼女は確かに現実とした。

「で、それがどうしたんなら。俺ぁそんなもんで勝負する気なんぞハナからカケラもありゃせんでよ」

 ―――それで?
 ベルンカステルは確かに狩摩との指し合いに勝利した。だが、それがどうしたという。指し合いに勝利したのは、単にそれだけのことでしかないだろう。

 他ならぬベルンカステルが言ったことである。ゲームにルールがあるとして、しかしそれを守らせる武力がなければ意味がない。
 故に彼女はルールを無視し、狩摩は"そもそもゲームをするつもりがなかった"。

「お前の敗因は囚われたことよ。遊びに勝てば相手が素直に命まで差し出すなんぞと考えた、その時点で視野が狭い証でよ」

 ベルンカステルは知的強姦者である。知を何よりも重視するその有り様は、つまり知に固執し知に囚われていることと同義でもある。
 故にこそ、彼女は囚われたまま順当にこの結末へと至り、その身を無様に晒して。

「―――殺すッ!!」

 そして同時に、彼女は自らの智慧の否定を何よりも嫌悪しているがために。
 血泡を吹き、眼球からは血涙を迸らせ、放つ語気は荒々しく。
 ベルンカステルという名の魔女は、剥き出しの憎悪と殺意を、恐らくは今生において初めて露わにした。

「愚弄したな……ッ! この私を、物語をッ!
 私はこんな結末を綴るために現界したんじゃない! あんたのせいでッ、全部台無しよッ!」

 怨嗟の声は止まらない。知的活動という存在理由の全てを否定された彼女にとって、眼前の男は何にも勝る仇敵と化していた。
 空間が、次々と罅割れていく。勝敗が決し、世界を構築していた力がベルンカステルへと流れ込んでいるのだ。空間が一つ罅割れる度、ベルンカステルの体が大きく跳ねる。
 世界が崩れる。世界が終わる。それを前に、魔女は滂沱の血涙を撒き散らし、尚も途切れぬ憎悪を漏らす。

「宣言するわ―――あんたたちはすぐに死ぬ! 何が来ようと、どんな加護があろうと、私はあんたらを絶対に殺す!
 呪いよ、これは魔女の呪い! 穢れた奇跡を勝ち取ったあんたらへの、相応しい末路を用意してあげるわ!」

 中空に奔る軋みがついに限界を迎え、ガラスが砕け散るように世界が割れた。薄暗い指し手の小部屋に、眩い光が雪崩れ込む。
 輝かんばかりの白光を全身に浴びながら、影絵のように黒く染まる魔女はのけ反るように立ち上がり。

「ニンゲンは過去を向きながら後ろ向きに未来を歩む哀れな生き物、だから簡単な落とし穴に気付けず無残に無様に転落する! 百年を歩んですら何も学ばないあの小娘のように!
 見ててあげるわ……あんたらが絶望に喘ぎ、惨めにのた打ち回るザマをねぇッ!」

 最期までその呪詛を止ませることはなく。
 光の中に、その姿を塵と霧散させたのだった。


68 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:56:48 W2vfiGF20





   ▼  ▼  ▼





 崩れゆく世界を見つめ、全ての力を使い果たし、魔法少女の姿さえ解除されたスイムスイムならぬ逆凪綾名は、がっくりと膝をついた。
 世界は末端からその姿を失くしつつあり、最早座っていられる場所さえ限られている。膝からぺたりと座り込み、呆然と上を見上げた。
 体に振動を感じ、視界に映る景色が激しくぶれる。とうとう世界の崩壊は終わりに差し掛かったらしく、その消失は綾名の体の末端にまで及んでいた。断続的な衝撃に襲われ、その度に体が崩れていく。

 これが彼女の末路だった。王将の敗残は、すなわち配下たる駒も連動して死に絶える。
 それがこの世界のルールだった。魔女は守ろうともせず、盲打ちは最初から認識してもいなかった、世界のルール。
 そんなつまらないものに巻き込まれて、今から綾名は死ぬ。

 痛みは感じない。
 ただ、自分が消えていくことだけが分かる。
 恐怖は感じない。
 ただ、ルーラの教えを守ることが出来なかったと考えると、胸が締め付けられるようだった。

「ルーラ……」

 傍らにあるそれを、綾名は撫でる。それは、先ほどまでルーラと呼ばれていたもの。今は単なる無機質な駒。掌に収まるくらいの、白銀に輝くクイーンの駒。
 ルーラや、ルーラの教えと共に在れるなら、自分は何も怖くない。
 けれどルーラは単なる駒で、ルーラの教えを自分は守ることができなくて。

「ごめんなさい……」

 逆凪綾名は最早言葉なく、空を見上げる。何も見えない、崩れ落ちる闇と溢れ出る光とだけが満ちる、何もない空虚な空を。
 何も残されていない空を、綾名は最後まで見上げ続けた。

 見えない目で、見上げ続けた。





   ▼  ▼  ▼


69 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:57:10 W2vfiGF20





「……ふぅ」

 街路の目立たぬ場所にて、疲労と焦燥の色を濃くする少年、衛宮士郎は深い息を吐くと共に言った。
 自分たちがほぼ無傷であの場を切り抜けられたのは、最早"奇跡"と形容してもいいだろう。それほどまでに、あの状況は窮地であったし、あのセイバーは強敵だった。

「なんとか逃げ切れた、か」

 敵味方を無差別に転移させる現象、恐らくはあの孤児院に陣を敷いたキャスターの仕業か。そこに一体どんな意図があったのかは分からないが、しかしそのおかげで自分たちは一気に窮地に陥った。
 万全を期し、細心の注意を払い、気配遮断の通じぬ場合をも想定し、それでもサーヴァントの起こす現象は容易くこちらの想像を上回る。
 それはキャスターによる転移もそうだが、相対したセイバーの強さもそうであった。
 アカメは並みのセイバークラスなら上回りかねないほどの剣腕を持つ。事実、予選期間において彼らが倒してきた中にはセイバーを従えるマスターも存在した。村雨という一撃必殺の刃を持たずとも、彼女はそれだけの強さを持つ破格の英霊なのだ。
 それでも、あのセイバーにはまるで敵わなかった。宝具やスキルがどうのという問題ではない。恐らくあの騎士は、セイバーというカテゴリーでも最上位にランクするサーヴァントだろう。複数本の宝具の投影、そして連鎖する壊れた幻想。鶴翼の三連撃を以てしても討滅どころか傷一つ与えられなかった相手をそれで倒せるとは思えないが、それでも逃走の一助にはなったらしい。
 厄介な、と率直に思う。敵が弱いことを期待して戦ったことなど誓って一度もないが、しかしこれほどの敵が同じ聖杯戦争内に存在するとあれば、聖杯獲得までの道行が険しくなることは否めない。

 そしてだが、あくまで推測の域を出るわけではないが、士郎にはあのセイバーの真名に心当たりがあった。
 それはかつて彼が経験した聖杯戦争での出来事。7騎の英霊の力を取り込み戦う戟剣の戦場において、彼が最後に刃を交えた敵のこと。

『ジュリ…アン…を……頼む……』

 想起される、その言葉。
 そのことについて更に思考の海へと埋没しそうになって。

「士郎、呆けている時間はないぞ」

 アサシンの言葉に、我知らず考え込んでいた士郎は即座に目を晴らしたのだった。
 こういう時にひとり思考に埋没してしまうのは、よくない癖だった。今まで一人で戦ってきたから、それが染みついてしまった。
 けれど今はそうではない。サーヴァントという頼りになる存在が、こうして共に戦ってくれるのだから。

「……ああ、そうだな」

 答えを一つ、それで二人は路地の向こうへと踵を返した。
 半日に満たぬ短い間での二連戦、そしてそのどちらもがこちらを上回る強敵だったこと。幸いにして致命的な損害こそ出ていないものの、蓄積された疲労と消耗は無視できるものではない。
 一度拠点に戻ってしっかりとした休息を取るのがベストだろう。そのためにも、まずはこの場所より一刻も早く離れなければ。

【B-1/路地裏/一日目・午後】


【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] 魔力消費(大)、疲労(中)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
1:撤退し、休息する。
[備考]
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)を把握しました。真名について心当たりがあります。


【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 疲労(中)、腹部にダメージ
[装備] 『一斬必殺・村雨』
[道具] 『桐一文字(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
1:士郎の指示に従う。


70 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:57:31 W2vfiGF20










   ▼  ▼  ▼





 終わってみれば、何かもが味気ないものだった。

 盤面より帰還すると、そこはもぬけの殻となった孤児院の中だった。人の気配は何処にもなく、伽藍とした空気だけが張りつめて、暖かな季節であるというのに何処か冷たい印象を受けた。
 何もなかった。それはまるで、さっきまでの自分のようだ。何もかもを失い、何もかもを奪われて、そうした無機的な無感だけが支配する空白の思考。

「……結局のところ」

 ふと声が漏れる。渇いた唇に息がかかって、かさりという感触が肌を撫でた。

「最初から最後まで、あんたの掌の上だったってことね」
「きひひ、当たり前のことを何呆けて言っちょるんじゃ。例え仏や天魔とて、俺の裏を取るなんぞできんわい」

 何とも間抜けな話だった、ということになるだろう。何せ自分は柄にもなく熱くなり、仲間の残影に追い縋り、その喪失を厭い、けれど全ては最初から仕組まれた茶番だったのだから。
 そのことについて文句の一つも言ってやりたいところではあったが、彼らを駒として現出せしめたのはあの正体不明のキャスターだった以上、それを狩摩に言ったところで何にもなりはしないだろう。
 それに何より、なんだか疲れてしまった。肉体面もそうだが、それ以上に精神が。
 正直なところ、もう何をしたいとも思えない。ベッドか布団があるならすぐさま寝転がりたい気分でさえあった。

 けれど。

「……ああ、来たのね」

 その足音に、梨花はゆっくりと振り返る。
 気だるげな視線をやると、そこには一人の少女の姿。

 キーアが、そこには立っていた。

「……梨花」

 キーアの格好は、それはもう酷い有り様であった。
 恐らくは山道でも駆けてきたのだろう。服のところどころは引っ掻き破れ、泥がはねて汚れが目立つ。休まず走り続けたのであろう、息は荒く乱れて脂汗が滲んでいる。
 いつもの彼女ならば考えられない、泥臭い姿だった。
 そうなってまで、急ぐ必要が彼女にはあったのだ。

「梨花、あのね」
「来ないで」

 語りかける声を、梨花は一言で切り捨てた。
 冷徹に、冷酷に。できるだけ厳しく聞こえるよう、心がけて。

「あんたと話すことなんてないって、さっき私言ったわよね? それは今も変わらないわ」
「……うん、分かってる。梨花があたしのことを、嫌っていることも」
「それさえ分かればもういいでしょ。いいからさっさと―――」
「でもね、梨花」

 そこで一旦、キーアは言葉を切って。

「ならなんで、梨花はあたしを殺さないの?」
「……は?」

 言葉を失った。
 その時の梨花の心境を表すなら、その一言が最も妥当だろう。
 だって、意味が分からないだろう。こいつは一体何を言っている?


71 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:57:57 W2vfiGF20

「あたしは今、セイバーを連れていないわ。梨花がその気なら、あたしはもう殺されてるはずよね」
「……なに、あんた自殺願望でもあったの? だったら生憎だけど」
「いいえ。あたしは死にたくないし、その気もないわ。ただね、梨花」

 俯くように伏せられていたキーアの顔が持ち上がって。
 真っ直ぐに、梨花の目を見た。

「あたしは貴女と、ちゃんと話したいの。きちんと、今度こそ二人で。
 話せば必ず分かるはずとか、そういうんじゃないの。でも、貴女に歩み寄る努力もしないなんて、あたしにはできない」

 こちらを向く視線はまっすぐで、毅然として。
 意思の強さを滲ませていた。良いところのお嬢様だなんて、思えないくらいに。

「だって、梨花。貴女はこの街に来て初めてできた、あたしの友達だから」

 ああ、それは。
 それは、かつて梨花も見たことのあるもので。
 それはそう、あの雛見沢で。惨劇が起こり、けれどそれに屈することなく立ち向かった、あの。
 あの―――

「キーア、あんたは……」

 無意識に呟かれる声。意識、多分していない。
 懐かしいものを見たような、そんな気がした。いいや、いいや、懐かしくなどない。それは、つい先ほど、確かにこの目と耳で感じたもので。
 つまり、それは―――

 けれど。

「話しちょるところ悪いんじゃがの」

 それは、空気を読まない男の声が、二人の間に割り込んだことで。

「もう時間じゃ。諦めい」

 唐突に、終わりが来てしまって。


「……ごふっ」


 まるで先ほどの魔女の焼き増しのように。
 少女の胸元から刃が生えた。

 おぞましい吐血の音が、辺りに響き渡った。





   ▼  ▼  ▼


72 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:58:25 W2vfiGF20





「……え?」

 そこ事実に、キーアは数瞬呆然としたままだった。
 理解できなかった。発生したその事実が。

 だって、直前までは本当に何もなくて。
 普通に話していただけで。
 そんな気配も何も、存在などしていなかったというのに。

 ―――梨花の胸に、大きな刀が突き刺さっていた。

 まるで背後から刺されたように、梨花の胸から切っ先が生えていた。
 視界の一面が、鮮血の赤に染まった。

 キーアは知らない事実であったが、それは投影魔術により生み出された一斬必殺・村雨という銘の宝具であった。
 先刻まで近場で行われていた戦場、そこで大量に投影された村雨のうちの一本。矢のように飛ばされ、勢いよく弾かれ、それが故に村雨は今この時間この場所に飛来する可能性が、天文学的極小確率で存在した。
 無論、そんなものが現実になる道理などない。村雨を投影した衛宮士郎も、宝具の持ち主であるアカメも既に退避し、ここには村雨の残滓すら残ってはいない。けれど、ほんのわずかであっても可能性があるなら、それを形とできる者が一人だけいた。
 ―――この現象こそが、奇跡の魔女が遺した呪いであった。

「梨花!」

 崩れるように倒れ掛かる梨花を、駆け寄るキーアが支えた。
 手に掛かる血液が暖かく、それが言いようのない生々しさを感じさせた。
 
 赤い、赤い。迸る血は止め処なく、梨花を抱きすくめるキーアすらも真っ赤に染め上げていく。
 キーアは気付かない。梨花に穿たれた胸の穴、そこから黒い楔のような紋様が走っていくことに。村雨の呪毒が巡っていることに、気付かない。
 梨花が手遅れであることに、気付かない。
 だから叫ぶ、駄目、死なないで、しっかりして。けれどその声は何処にも届かず、聞き入れられず。

 ―――そんな彼女たちの頭の上から。
 ―――突如として現れて、雨のように降り注ぐ剣の群れ。

 その気配に、キーアは気付いて。空を裂く音をその耳で聞いて。

「あっ……」

 頭上に見える剣の群れ。
 危ない、と頭では分かっているのに、突然の事態に体が言うことを聞いてくれない。
 キーアは為す術なく、呆然と頭上を見上げ。

 正面から、誰かに突き飛ばされた。


 そして、キーアは見た。
 無数の剣に貫かれる、梨花の姿を。


「り、か……?」

 何が起こったのか、分からなかった。
 どうして、と思った。
 梨花は、自分のことを拒絶していたはずなのに。
 話すことも、目を合わせることも、嫌悪の表情で拒んでいたはずなのに。
 それなのに、どうして……

「キー……ア……」

 今にも消えそうな、梨花の声。
 貫く無数の剣が光る粒子となって消え去り、体中に穿たれた傷跡から止め処なく血が滴り、膝が崩れる。
 無我夢中で手を伸ばし、その体を抱きとめた。

「―――梨花っ!」

 今は何が起きるか分からないとか。
 次の攻撃が襲ってくるかもしれないとか。
 そんなことは、どうでもよかった。

「梨花、しっかりして……梨花!」


73 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:58:44 W2vfiGF20



「梨花!」

 呼びかけられる声に、梨花は薄っすらと目を開ける。
 視界が霞む。目の前が茫洋として、何がなんだか分からない。
 耳元で叫ぶ喧しい声も、最早遠い。血が足りてないのか思考すら覚束ない。

 自分が何故そうしたのか、分からなかった。
 どうして、と思った。
 自分は、キーアのことを疎んでいたはずなのに。
 話すことも、目を合わせることも、黒いものが浮かんでくるからできるだけしないようにしていた。
 それなのに、どうして……

(……ああ、そっかぁ)

 霞む意識の中で、しかし梨花は、ようやく"それ"の正体に行き着いた。
 今まで自分がキーアに対して抱いていた感情の根源。嫉妬とも羨望ともつかないこの感情が、一体何であるのか。

(私は、ただ……)

 それは、一言では形容し難い心の表れ。
 嫉妬とも羨望とも似た、しかし実際はまるで違う。それは最早手の届かない場所へと行ってしまった人へ、それでも手を伸ばすかのような。
 遠い故郷に想いを馳せるような。そんな郷愁の念。
 なんてことはない。梨花はただ、キーアを通してその向こうにみんなのことを見ていただけなのだ。
 部活メンバー。誰よりも大切な仲間たち。キーアからは、彼らのような明るさと暖かさを、どうしても感じ取れてしまうから。
 久しぶりに"彼ら"と会って、だから分かった。
 だから、梨花はキーアに対して、好意とも嫌悪ともつかない感情を抱いてしまって。
 最後にこんな行動を取ってしまったのだ。

(まったく……なんて無様)

 そのことに思い至った瞬間、梨花は内心のみであったが、僅かに苦笑めいた響きを漏らした。
 百年の時を生き永らえて、それでもこんな簡単なことに気付けないなんて。やはり自分は特別でもなんでもない……一人では何もできない、仲間がいるから歩いていける、そんなどこにでもいるただの人間なんだなぁと。
 そう思うことが、できたから。

(キーア……)

 見えない視界で、彼女を見つめた。
 馬鹿みたいに泣き叫んで、レディがそんなんじゃみっともないでしょうと、ふとそんな場違いなことを思ってしまう。
 しっかり者かと思えばどこか抜けているようで、苦手なのに何故か目が離せなかった少女。
 百年をかけて誰も救えなかった自分が、それでも最後に助けられた少女。

 一度分かってしまえば、あとは簡単だった。

(だからあんたは……)

 力を振り絞り、梨花は口元を動かす。
 声は最早出ないけれど、それでも彼女に伝わるように。
 それは……

「―――――」

 五回、梨花の唇は動き。

(にがて、なのよ)

 何かをやり遂げたかのような微笑みを浮かべ。
 血塗れた瞼が、閉じられた。


74 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:59:08 W2vfiGF20



「梨花……?」

 抱きとめる少女の唇が、音にならない五文字の言葉を紡いだのを、キーアは聞いた。
 それが最後だった。
 呼びかけに、答えは返ってこない。
 もう二度と、返ってこない。
 二度と笑ってくれることもない。
 怒ることも、泣くことも、嫌悪の表情でこちらを見ることもない。
 それが死ぬということ。
 そんな当たり前のことが、ようやく分かった。

 ―――涙が止まらなくなった。





   ▼  ▼  ▼





 キーアが泣いている。
 声を張り上げ、息を詰まらせ、子供のようにキーアが泣きじゃくっている。
 それを、セイバーは何を言うこともなく見下ろしていた。

 キーアは泣きじゃくる。声を殺すことも、感情を抑えることもなく。
 この子の、こんな声を聴くのは、初めてのことだった。

「……」

 声をかけることはしない。キーアには、涙を流す権利がある。
 涙は不安の排出路だ。悲しみも、切なさも、涙は全てを押し流す。泣くという行為は、生者が死者を想い、そして立ち上がるための儀式でもある。
 それを邪魔することは、セイバーには許されない。

(戦闘が行われた、というわけでもないらしい)

 異空間の崩壊を目の当りにし、そこに走る影を見たがために駆けつけた、陽射しに影を落とす孤児院の中。荒れた様子はまるで見えず、そこにはただ血を流し倒れる少女と、それに縋るキーアだけがあった。
 この状況に、キーアの責任はないだろう。
 恐らく彼女は何もできなかったはずだ。倒れる梨花の傷を見れば、それが無数の剣による刺突痕であることが分かる。尋常なるものではない。先ほどの剣製のマスターのような異能によって貫かれたか。それは、例えその現場にセイバーが立ち会っていたとしても防げるものではなかったと、他ならぬ"直感"がそう告げていた。

 まるでそうなるように、運命を捻じ曲げたかのように。
 その結末になるように、神の賽子が振られたかのように。
 古手梨花が相対した敵とは、恐らくそういった手合いの者だったのだろう。ならばその時点で、どうなろうと梨花は"そう"なる運命にあったのだ。

 セイバーは運命論が好きではない。しかし聖杯戦争には人の想像も及ばぬような魑魅魍魎が数多犇めいている。
 ならばこれは、そんな魔道の結果であるのだと一人納得し。


75 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:59:34 W2vfiGF20

「おら、そこの優男。こっち向かんかい」

 己にかけられる声に、セイバーは振り返るのだった。

 そこには一人の男が座り込んでいた。面倒そうな声音はそのままで、自分の状況を知ってか知らずかぼやく。
 彼の不敵さ、その笑みだけは何時如何なる時も変わらない。己の勝利を自然体で受け止めているため、精神的に追い込まれるという事態とは生涯無縁な男なのだ。
 例え、その胸の中心を日本刀で貫かれるという、今のような状況に陥っていたとしても。

「私に、何か用でも?」
「おうよ。お前に一つ、助言でもと思うてなぁ」

 呵呵と笑うその姿は、一周回ってどこか清々しささえ感じさせるものだった。胸を貫く刃は間違いなく霊核を貫通し、全身に呪毒が拡散している。その身に受ける苦痛は尋常ならざるものであることに疑いはない。しかし、それでも狩摩は苦痛など露とも感じていないかのように笑った。

「意図が読めないな。最早死にゆくだけの貴方が、敵とも知れぬ私に助言だと?」
「お前が敵かどうかなんぞ俺ァ知らんわい。いや、敵じゃろうが何じゃろうがどうでもええわ。大事なのは、俺がお前を選んだっちゅうことよ。
 お前が誰かなんぞ知らんが、俺が選んだんならお前は"当たり"じゃ。何せ俺がやることじゃけぇの、最後は上手く嵌るじゃろ」

 狩摩が言いたいことは、つまるところこうだった。俺がお前に助言を残せば、それが巡り巡って俺の勝利に繋がるのだと。
 その言葉に根拠などあるまい。しかし、彼は自身の勝利を疑ってなどいない。そこは今も不変のまま、これまでもこれからも、彼に真なる意味で敗北を味わわせる者などいないのだろう。

「ちゅうわけで、今から言うことをよぉく聞けや」

 そうして、狩摩は二言三言、セイバーに何かを告げた。彼はそれが何を意味するのか理解できていないようだったが、狩摩はそんなことどうでもいいのか呵呵と笑うのみであった。

「おら、聞いたんならさっさと前向けい。やらにゃあならんことは知っちょろうがい。
 さっさと片ァつけるんじゃ。出来るよのう?」
「貴方が何を言っているかは知らないが」

 セイバーは揺るがぬ毅然の瞳で、狩摩を真っ向見つめ返し。

「僕がすべきことなど百も承知だ。そして、できるとも。貴方に言われるまでもない」
「く、かかっ」

 胸に刃を突き刺したまま、セイバーを見上げ狩摩は笑った。徐々にその姿が薄れていく。

「真面目じゃのう、まるで大将みとォじゃ。全くアレじゃのう、たまに自分が怖ォなるでよ。
 こうまで嵌るたァ、よいよ俺も天才ゆうかなんちゅうか……」

 消えていく。それを前に、セイバーは何も言わず見守るだけだ。

「精々気張れや。万仙はえげつないで。俺もあんならも、そしてあの魔女も、結局は桃煙に揺蕩う霞よ。俺の仕事はここで終わりじゃけぇ、あとは知らんしなるようになるがや。
 じゃがまぁ、結局は」

 狩摩の笑みが、とうとう極限まで深まり。

「最後に笑うんは俺に決まっとろうがのう! この壇狩摩の裏ァ取れる奴なんぞ何処にもおらんわい! うは、うははははははははははははははは!!」

 ―――消滅する最期の最後まで、彼は自身の勝利を疑わず。
 全ては自身の掌の中に収束すると確信したまま、セイバーへと託した何某かが実を結ぶと信じたまま。あるいはそれ以外の何かすらも自身に味方すると盲信したまま。

 盲打ちのキャスター、壇狩摩はその姿を幻のように消し去ったのだった。


76 : 死、幕間から声がする(後編) ◆GO82qGZUNE :2016/11/05(土) 17:59:48 W2vfiGF20




【逆凪綾名@魔法少女育成計画 死亡】
【キャスター(ベルンカステル)@うみねこのなく頃に 消滅】

【古手梨花@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【キャスター(壇狩摩)@相州戦神館學園八命陣 消滅】


『B-1/孤児院/一日目・午後』

【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、呆然
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:……
[備考]

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:古手梨花とそのサーヴァントへの警戒を強める
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。


77 : 名無しさん :2016/11/05(土) 18:00:08 W2vfiGF20
投下を終了します


78 : 名無しさん :2016/11/05(土) 19:23:31 7KsYlpTA0
投下おつー
おお、すげえ、ベルンと狩摩の合わせ技だとこうなるのか
将棋前のベルン見た狩摩の独り言といい思わぬ形でめっちゃ噛み合ってたなこいつら
だからこその分かりきった勝負
スーパーまほいくひぐらし大戦の決まりきった結末
からの質ワルすぎるベルンの置き土産。負けはしたけどやっぱこええわ、奇跡
梨花にはお疲れ様を。かつて取りこぼした自分と、いつか捨てることになった自分。
その2つが巡り巡ってそれでも最後につかめたものがあったか


79 : 名無しさん :2016/11/07(月) 18:37:37 /yjn74iE0
投下乙です!
異能バトルとしてだけでも十二分なクオリティーでしたが、何より、この二騎でしか演じることが出来なかったであろう「ゲーム」が、盤外の展開も含めて最高でした!


80 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:30:20 RIO4OYbo0
感想ありがとうございます。励みになります
すばる&アーチャー(東郷美森)を予約します


81 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:32:13 RIO4OYbo0
投下します


82 : 世界で一番近い君 ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:33:35 RIO4OYbo0

 すばるがそこを訪れた時には、全てが崩れ去った後だった。

 廃校での戦闘から離脱し、襲撃したバーサーカーの追撃を振り切るためにビルの谷間を駆けること暫し。すばるがそれを見つけたのは、全くの偶然と言って良かった。
 そこは、一言で言えば巨大な建築物だった。厳密には、その跡と言うべきか。見るも無残に砕け散った、そこは"植物園"の廃墟であった。それを発見したすばるは、自分を抱えるアーチャーに無理を言ってそこへ降ろしてもらった。何故か、そうしなければならないという焦燥じみた感情が、胸の中に渦巻いたのだ。
 そして。

「そんな……」

 呆然とした呟きが、知らずすばるの口から漏れた。
 すばるが目の前にした廃墟は、しかしそれを通り越し最早残骸と形容できてしまうほどに、その威容を朽ちたものとしていたのだった。
 元はドーム状だったのだろう、ガラス張りの天井は粉々に砕け、今は割れた卵の殻めいた有り様だ。コンクリの壁面には至るところに罅が入り、辛うじてその外観を保っている均衡は今にも崩れ落ちてしまいそうな雰囲気を醸し出している。
 一歩、入口へ足を踏み入れる。すると、じゃり、という硬く擦れた感触が靴の向こうに感じられた。見下ろしてみれば、そこには破片となったガラスが、陽光を反射してキラキラと煌めいていた。ドームを構築していたガラスが、ここに落下して割れたのだ。
 その光景に何故かぶるりと悪寒を覚え、しかし次の瞬間には意を決したように、すばるは植物園の中へと入っていく。
 明かりがなく暗い通路、今にも崩れそうな内観。
 それらを通り過ぎ、温室へと繋がるドアへと手をかけ。
 扉を、開く。

「……」

 言葉にならない感慨が、すばるの胸中へ生まれた。
 そこは初めて足を踏み入れる場所でありながら、しかし恐ろしいほどに見覚えのある空間だった。

「ここ、みなとくんの……」

 すばるの声は驚愕と、哀絶と、それらがないまぜになって自分でもよく分からない感情に満ちていた。
 そこは、"あの"温室と酷く似通った場所だった。すばるが、みなとという少年と初めて出会った、あの不思議な扉の先にある綺麗な温室。
 石畳で舗装された通路、その脇には硬く冷たい園芸用の庭。そして目の前には、石造りの大きな噴水。

 ここに来なくてはという根拠のないすばるの直感は正しかった。知るものなど何一つとしてなかった異界の鎌倉で、しかし元の世界の面影を残す場所こそが、ここだった。
 けれど、今のすばるに、郷愁の念に浸れるような余裕などなかった。

 それは、確かに思い出の中にある、彼との触れ合いの場所だったけれど。
 今は全てが朽ち果て、暖かみも輝きもない残骸だけが残されているだけなのだから。
 瑞々しい緑も、綺麗に縁どられたガラスも、溢れ出る水の透明さも、そこにはなかった。
 あるのは瓦礫と、剥き出しの地面と、あとは一面の青空くらいのもの。


83 : 世界で一番近い君 ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:34:16 RIO4OYbo0

【すばるちゃん、ここは?】
【アーチャーさん……えっと、その】

 訝しげにこちらを見遣り念話するアーチャーに、すばるは消沈した面持ちでたどたどしく説明した。
 この植物園が、かつてみなとと共に過ごした温室と酷く似通った場所であること。そして何故か、ここに来なければならないという強迫観念にも近い直感が働いたことを。

【そう。すばるちゃんの気持ちはよく分かったわ】

 果たして、それをアーチャーは真摯に聞いてくれた。突拍子もないすばるの話を、黙って、時折相槌を打ちながら。
 すばるの願い、そしてみなとという少年のことを、アーチャーは既に聞き及んでいた。その少年がすばるにとって、どれほど大事な存在であるかも。
 だからアーチャーは、そんなすばるの気持ちが痛いほどによく分かった。共感した、と言い換えてもいい。何故ならアーチャーもまた、方向性こそ違えどそうした感情の元に聖杯戦争へと臨んでいるのだから。

 だからこそ、分かる。
 思い出の場所があったという、そこから生じる気持ちも。
 思い出の場所が穢されてしまったという、その切なさも。

【でも、こんなふうに考えもなしに動いちゃダメよ。どこで誰が見てるかも分からないんだから】
【あう、そうでした……】

 けど、それとこれとは話が別だ。聖杯戦争中の迂闊な行動は些細なことも死に繋がりかねない。サーヴァントの立場としては、こうした行動はあまり感心できるものではなかった。
 無論、できる限りすばるの願いは叶えてあげたいと、そう思ってはいるけれど。

【でも……】
【どうしたの、すばるちゃん。何か気になることでもあった?】
【あ、うん。えっと、どうしてここがみなとくんの温室そっくりなのかなーって、そう考えちゃって】

 言われてみればそうである。
 ただの偶然、と片づけてしまうのは簡単だ。そもそも植物園の温室などは育成の都合上、構造は似たり寄ったりが多くなる。あとは内観さえ酷似していれば建物の立派なドッペルゲンガーだ。
 けれどそんな在り来たりな言葉では言い表せない何かもまた、ここから感じ取れるというのも事実ではあった。


84 : 世界で一番近い君 ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:35:14 RIO4OYbo0

【そうね。でも、考えるのは後。少なくとも、ここは長居していいような場所ではないわ】
【そう、ですね。なんか崩れてきそうで怖いし】

 てへへ、とすばるが笑う。その笑顔が空元気であるということは、特に観察眼に優れるわけでもないアーチャーでも容易に察することができた。

【ええ、それもあるけど……でもそれ以上に、ここには強い魔力の残滓があるの。多分、サーヴァント同士の戦闘がついさっきまで行われていた証ね】
【アーチャーさん、それって】
【危険だわ。とても、ね】

 サーヴァント同士の戦闘。そう言われ改めて見遣れば、崩れた瓦礫や割れた地面が先ほどまでとは違った意味合いを持つように見えてくる。
 穿たれたように罅の入った地面は、殴られたかのように。
 一直線に抉られた地面は、斬られたかのように。
 今は静寂だけが満ちているのに、すばるはそこに激しい戦いの情景を想起してしまう。

【あ、アーチャーさん、帰りましょうか……】
【そんなに怖がらなくても大丈夫よ。近くにサーヴァントの気配もないのだし】
【そ、それとこれとは話が別ですよ!】

 背筋に悪寒が走り、ぶるりと体を震わせる。あの廃校に突撃してきたバーサーカーのような者が戦ったと考えると、恐ろしい想像が止まらないのだ。近くに誰もいないとアーチャーに告げられても、これは半ば本能的な恐怖なためどうにもならない。暗くて誰もいないところを思わず怖がってしまうのと一緒だ。
 だから、アーチャーに言われるがままに、すばるは踵を返そうとして。

 その瞬間。

「―――え?」

 目に入るものがあった。それは、すぐ目の前を横切るように。
 ひらひらと飛んでいた。それは、青と黒の羽を羽ばたかせて。

 一羽の蝶が飛んでいた。
 見間違えるはずもない。あの温室でみなとと共に見た、あの蝶だった。

「うそ……」

 忘我の呟きが溢れた。知らずすばるはその蝶を追いかけ、温室の脇へと足を踏み入れた。
 アーチャーの声が後ろから聞こえる。しかし、今は応えてなどいられない。この植物園に立ち入った時にも感じていたある種の予感が、今再びすばるを突き動かしていた。
 そして、見た。


85 : 世界で一番近い君 ◆GO82qGZUNE :2016/11/09(水) 19:35:50 RIO4OYbo0

「あ……」

 言葉と共に膝を崩し、座り込む。すばるの声は、何か信じられないものを見たかのように震えていた。
 恐る恐る手を伸ばす。その手の、視線の先にあったのは、花。
 薄紫色をした、六角形の花弁を揺らす、一輪の小さな花。

 ―――すばるとみなとが一緒に育てた、あの花だった。

「みなとくん……」

 その花を前に、すばるは何を想えばいいのか、分からなかった。
 目の前で消えてしまったみなと、それにつられるように姿を消した花々。可能性の結晶。自分は最早、二度とこの花を目にすることはないと思っていた。
 それがここにこうして在って、ならば自分は何を想えばいいのか。

 みなとが、この鎌倉にいるかもしれない。
 自分の敵として、立ちはだかるかもしれない。
 そう思うと、どうしようもなく悲しく、遣る瀬無い気持ちになるけれど。

「また、会えるよね……?」

 彼を想うこの気持ちは、彼と共に在れる嬉しさは、決して嘘ではないのだと。
 すばるはただ、花を包むように首を垂れて、目端に涙を滲ませた。

 ―――すばるの首に下げられた星が、鈴の音を転がすように、小さく音を鳴らした。



【D-2/廃植物園跡地/一日目・午後】

【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯狙い。ただし、すばるだけは元の世界へ送り届ける。
1:アイ、セイバー(藤井蓮)を戦力として組み込みたい。いざとなったら切り捨てる算段をつける。
2:すばるへの僅かな罪悪感。
3:不死のバーサーカー(式岸軋騎)を警戒。
4:ゆきは……
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。



【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 健康、無力感
[装備] 手提げ鞄
[道具] 特筆すべきものはなし
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る
0:みなとくん……
1:自分と同じ志を持つ人たちがいたことに安堵。しかしゆきは……
2:アイとゆきが心配。できればもう一度会いたいけど……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
みなとがこの鎌倉にいるかもしれないという、予感めいたものを感じています。


86 : 名無しさん :2016/11/09(水) 19:36:12 RIO4OYbo0
投下を終了します


87 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:23:27 NE2bPdmI0
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)、イリヤ&アーチャー(プロトギル)を予約します


88 : ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:24:42 NE2bPdmI0
投下します


89 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:25:35 NE2bPdmI0


 鎌倉は逗子市、衣張山中腹。

 杉木立に囲まれた緑の木々の中に、その男はいた。
 四つ角の石碑、上杉朝宗及氏憲邸址碑よりほど近く。経年の劣化が著しい木橋の前に、突如として、その男は姿を現す。
 もしも見る者がいれば―――鎌倉中に災厄が跋扈する中、わざわざこのような場所に足を運ぶ者などまずいないが―――何もない場所に男が出現したのだ、と受け取るだろう。例えば、瞬間的に空間を渡ったのだ、とか。
 違う、空間転移ではない。それは魔法の域にある業だ。
 男は霊体化を解いたに過ぎない。
 暫く前からこの辺りを歩いてはいたのだ。ただ、目に見える形ではなかったというだけで。

「相も変わらず」

 言葉が発せられた。
 それは、王たるが如き覇気に満ち溢れ、しかし隠す気もないほどの呆れを伴って。

「醜いものだ。これほどの僻地に足を運ばねば、緑の一つも見れんとはな。五欲だけでは飽きたらず、朧の繁栄を際限なく肥大させるか」
「……貴方は、そんなことを言いたくてこんな場所まで来たの?」

 異なる声があった。それは、王の右隣から。
 白無垢のような少女だった。白銀をした、王の黄金と対を成すような、儚げな少女。

「無論、否だ。人の欲など見飽きたのも事実ではあり、我は無駄好きでもあるが。
 しかし意味なく足を動かしたりなどせん。当然、ここへ赴いたことにも理由はある」
「それは、何?」
「"敵"だ」

 その一言を聞いた瞬間、少女の閉じられた目すら見開かれんと見紛うばかりに、彼女は警戒を露わにした。
 彼女の魔力探知網には、未だ何の反応もかかってはいない。周囲を飛び交う使い魔8体、何の敵影も観測できてはいない。
 およそサーヴァントの気配探知能力に匹敵する索敵能力。その悉くが捉えきれぬ"敵"の姿。
 それを、この男はかくも容易く予見したというのか。

「なに、案ずることはない。
 仮にも貴様は我がマスター。ならば此処に勝利は確約されるが故に、泰然と構えていればよい」

 少女―――イリヤの心境を知ってか知らずか、あるいは知った上で尚もその傲慢を崩さないのか。男はただ悠然と、何処かの地平を睥睨する。
 そしてその言葉に合わせるように、一帯の空気が"がらり"と入れ替わった。
 平静を保っていたはずの木々が、木の葉が、風の音が。その身を震わせるかのようにざわめき、いっそ滑稽なほどに揺らめきだす。自然が織りなす多様な音が、視界を失って鋭敏化したイリヤの聴覚が悲鳴を上げるほどに肥大化した。。
 まるで嵐が来るかのようだ―――声には出さず、しかし心の中で、イリヤはそんなことを思った。


90 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:26:11 NE2bPdmI0

 そして、呆れるほど唐突に、"それ"は来た。


 ―――圧倒的な"圧"そのものが、二人の頭上より墜落した。


 そうとしか形容ができなかった。強いて他に表すならば、それは鋼鉄の豪雨とでも言えばいいか。しかしそれだけに留まらず、内包した魔力と凶念の桁が純粋に違うがために、それは呪いじみた悪瘡が波濤となって降り注ぐにも等しかった。
 その瞬間、イリヤは驚嘆どころか、まず最初に得体の知れない恐怖の感情を抱いた。そしてそれは、決して間違った印象ではないのだということを、訪れた"敵"を目にした瞬間に彼女は確信する。

「やあ、こんにちはお嬢さん」

 それは、一見すれば幼い少年だった。
 イリヤと大して変わらぬ程度の外見だった。そして、見ようによっては少女とも受け取れる、中性的な容姿の少年だった。
 彼は白かった。肌も髪も、全てが白銀の輝きを纏っていた。しかしイリヤは、これを指して「雪のような」と形容したくはないと強く思った。
 これは死だ。全ての血が抜けきって、肌が本来持つ死色の白が浮かび上がったというそれこそが、この少年の持つ白の気配だ。彼の世界に生きている者など誰一人としていない、これは死の気配そのものだ。
 少年は、死の権化だった。

「何処の英雄豪傑が相手かと思えば……なんともはや、魔性退治とはな。英雄たる我の相手に不足も誤りもないが、しかしこれでは興が削げよう」

 言ってギルガメッシュは、指の一本も動かさぬまま目を細め少年を見遣った。
 そう、彼は指の一本も動かしてなどいなかった。少年が放った弾丸の雨すべて、彼は動かず切り払って見せたのだ。それを為したのが何であるのかは、彼の背後に煌めいた黄金の光以外からは推測のしようもない。
 例え挨拶代りの児戯程度であろうとも、少年が放つは等しく魔弾である。ならばそれを事もなげに斬り伏せる彼は一体何であるというのか。サーヴァントという超常のカテゴリにあって、しかし両者は未だ底知れない強者であることに疑いはなかった。

「おや、随分と手厳しいなぁ。これでも英雄の一角だって自負してるんだけど」
「笑えぬ冗談などやめておけ。貴様は違わず人獣、最早人ではあるまい。狂犬、凶獣、そこいらが妥当であろうよ」
「そうかい。じゃあそんな僕に相対する君は一体何なのかな?」

 見下して嗤う少年は、ただ侮蔑と殺意に満ちた瞳を投げかけて。

「我がクラスはバーサーカー。墓の王に侍りし獣の軍勢である。さあ名乗れ、数多の英霊の墓に立つお前!
 まことその身が強者ならば、彼らの殉教者として微塵に砕け散るがいい!」

 その眼光に真っ向受けて立つ英雄王は、ただ王の風格だけを伴って。

「貴様如き狂犬に我が名を拝する資格などない。しかして此処に王名を示すとするならば」

 瞬間、彼の総身が光り輝き。
 黄金の頭髪は逆立ち、古代の王宮に献上された宝物が如き精美な刻印の為された鎧が男の身を包み。
 不遜はなく。
 尊大もなく。
 ただ在るがままにそこに在る、彼こそは―――

「我こそは人界に在りて万象を統べる王の中の王。災い為す狂獣を斃すのが、我が役目であると知るがいい」

 この都市へと現界した正真正銘の王。英雄王ギルガメッシュに他ならなかった。





   ▼  ▼  ▼


91 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:27:14 NE2bPdmI0





「ド・マリニーの時計よ、秒針を逆しまに廻せ! 現在時刻を記録するがいい!」

 覇風に満ちた喝破が叫ばれた瞬間、杉木立に囲まれた山景の空間は、音よりも早い速度で『書き換えられた』。
 新緑に映える木々と木の葉、肥沃な土と苔生した石群、吹き付ける風にせせらぐ水の音。それら自然の光景が一瞬にして消えてなくなり、代わりに姿を現したのは異様な世界であった。
 ―――紫影の空が天を覆う。
 ―――巨大な歯車が地を覆う。
 それはあまりにも荒唐無稽で、しかし機械的な精密さに満ちた世界だった。あらゆる矛盾を内包し、無窮の広がりを見せる、果てなき無限の空間だった。

「我が宝物の黄金に懸けて、現象数式領域の展開を宣言する。叶えるべき願いなど、最早我には存在しないがな」

 遥か高みより睥睨する声は、尽きることのない情熱と自負に溢れている。
 それを真っ向受けて立つシュライバーは、彼にしては珍しい純粋な感嘆と驚嘆を以て応えた。

「覇道創造、固有結界……いや、これは純然たる異界か。中々どうして器用なもんじゃないか」
「然り。貴様を討滅するに最も相応しい狩場というわけだ。もしや臆したか?」
「冗談―――」

 溢れる悦と殺意を口調に乗せて、蝕の凶星は六十年ぶりの戦争を予感した。
 そう、戦争。今までのような木偶を撃ち殺すだけの蹂躙ではない。正真正銘の戦争が始まるのだとその野性的直感が告げる。

 ああ、この匂い、この敵意、この重圧、この疾風。
 血と鋼鉄と肉と骨と、硝煙の帳に燃えて砕けろ光輝の戦場。
 遍く総て悉く、我が愛で歓びの内に滅ぶがいい―――!

「狂い哭け、黄金を騙る偽なる支配者。
 ここに神は存在しない」
「はッ。斯様なもの、初めから認めてなどおらんわ」

 同時、あらゆる音を無にする轟爆が、両者の間で灼光した。


92 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:29:19 NE2bPdmI0

「はっはァ―――!」

 先手を取って駆けるのは、当然というべきか挑戦を申し込んだ側であるシュライバーだった。
 手に持つは血錆に染まり一切の光沢を放つことのない二挺拳銃。ルガーP08とモーゼルC96。一つは英雄王へ、一つはその傍に侍る白銀の少女へ。交差するような構えを取り、硝煙すらも掻き消えるほどに銃口が火を噴いた。
 連続する銃弾は千発以上。それは弾幕という面攻撃ですら形容としては生温く、鋼鉄の壁が落ちてくるが如き圧倒的質量が、一直線に二人を襲う!
 その速度、その密度。最早躱せるものではない。ならば未だ直立して不動なる英雄王は、如何にしてこれを凌ぐというのか。

「さて、気を抜くなよイリヤスフィール。なに、貴様はただ我を見上げていればそれでいい。
 決闘の余波程度で狼狽えるようでは、我が臣下には値せぬと知れ」

 ―――着弾、轟音。
 二人の存在する場所を中心に半径五十mの範囲が巨人の槌でも受けたかのように大きく陥没し、大量の粉塵が周囲に充満した。
 空間に染み渡る大気の振動が、そこに込められた威力と速度が如何程のものであったのかを物語っているかのようであった。この破壊を為したのが、少年の手に収まる程度の拳銃二つであるなどと、一体誰が信じられるだろうか。
 華奢な見た目からは想像も説明もつかない、これは魔なる者の武装であった。人智を超越したサーヴァント、あるいは聖遺物の使徒であろうと纏めて鏖にできるこの拳銃は、しかしシュライバーが形成する聖遺物ですらないという事実が、彼の持つ常軌を逸した戦闘力を端的に示していた。
 しかし、しかし。

「へえ……」

 凶獣が瞠目する。何故ならばその視線の先、彼が狙い撃ったはずの英雄王は、傷の一つもなく、後退の一歩もなく、不動のままに存在していたのだから。
 彼らを覆うように囲むのは、都合四枚の白銀の盾。それが前後左右に突き立ち、銃弾の全てを弾いたのだ。

「な、なにが……」
「ふむ、弾丸自体は神秘の薄い量産品でしかないか。しかしこの威力には驚いたぞ、ガラクタであろうが質量の桁が違えば侮れんか」

 驚き惑うイリヤを余所に、英雄王はその指にシュライバーの銃弾を摘み取って値踏みしていた。その余裕、その慢心は全く以て崩れてはいない。
 その光景を一瞥し、シュライバーは再度その銃口を英雄王へ照準し、引き金を引いた。銃声はただ一度、放たれた一発の銃弾は白銀盾の間を縫うように、その射線を形成し―――

「無駄だ」

 着弾の音が響き渡る。しかしそれは、人の頭蓋を破壊する粘質の水音ではなく、澄んだ鈴生りの音であった。
 放たれた銃弾は英雄王を貫くことなく、その寸前にて、不可視の障壁に阻まれるように空間へと固定されていた。銃弾と不可視の何かは押し合うように鬩ぎ合い、空間には水面に小石を投げ入れたかのような波紋が、断続的に広がっていた。


93 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:29:39 NE2bPdmI0

「はっはァ―――!」

 先手を取って駆けるのは、当然というべきか挑戦を申し込んだ側であるシュライバーだった。
 手に持つは血錆に染まり一切の光沢を放つことのない二挺拳銃。ルガーP08とモーゼルC96。一つは英雄王へ、一つはその傍に侍る白銀の少女へ。交差するような構えを取り、硝煙すらも掻き消えるほどに銃口が火を噴いた。
 連続する銃弾は千発以上。それは弾幕という面攻撃ですら形容としては生温く、鋼鉄の壁が落ちてくるが如き圧倒的質量が、一直線に二人を襲う!
 その速度、その密度。最早躱せるものではない。ならば未だ直立して不動なる英雄王は、如何にしてこれを凌ぐというのか。

「さて、気を抜くなよイリヤスフィール。なに、貴様はただ我を見上げていればそれでいい。
 決闘の余波程度で狼狽えるようでは、我が臣下には値せぬと知れ」

 ―――着弾、轟音。
 二人の存在する場所を中心に半径五十mの範囲が巨人の槌でも受けたかのように大きく陥没し、大量の粉塵が周囲に充満した。
 空間に染み渡る大気の振動が、そこに込められた威力と速度が如何程のものであったのかを物語っているかのようであった。この破壊を為したのが、少年の手に収まる程度の拳銃二つであるなどと、一体誰が信じられるだろうか。
 華奢な見た目からは想像も説明もつかない、これは魔なる者の武装であった。人智を超越したサーヴァント、あるいは聖遺物の使徒であろうと纏めて鏖にできるこの拳銃は、しかしシュライバーが形成する聖遺物ですらないという事実が、彼の持つ常軌を逸した戦闘力を端的に示していた。
 しかし、しかし。

「へえ……」

 凶獣が瞠目する。何故ならばその視線の先、彼が狙い撃ったはずの英雄王は、傷の一つもなく、後退の一歩もなく、不動のままに存在していたのだから。
 彼らを覆うように囲むのは、都合四枚の白銀の盾。それが前後左右に突き立ち、銃弾の全てを弾いたのだ。

「な、なにが……」
「ふむ、弾丸自体は神秘の薄い量産品でしかないか。しかしこの威力には驚いたぞ、ガラクタであろうが質量の桁が違えば侮れんか」

 驚き惑うイリヤを余所に、英雄王はその指にシュライバーの銃弾を摘み取って値踏みしていた。その余裕、その慢心は全く以て崩れてはいない。
 その光景を一瞥し、シュライバーは再度その銃口を英雄王へ照準し、引き金を引いた。銃声はただ一度、放たれた一発の銃弾は白銀盾の間を縫うように、その射線を形成し―――

「無駄だ」

 着弾の音が響き渡る。しかしそれは、人の頭蓋を破壊する粘質の水音ではなく、澄んだ鈴生りの音であった。
 放たれた銃弾は英雄王を貫くことなく、その寸前にて、不可視の障壁に阻まれるように空間へと固定されていた。銃弾と不可視の何かは押し合うように鬩ぎ合い、空間には水面に小石を投げ入れたかのような波紋が、断続的に広がっていた。


94 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:30:45 NE2bPdmI0

「白銀盾アガートラム。世界の果てより取り出せし絶対防御の幻想だ。如何な質量、如何な物量であろうと神秘の薄いその弾丸では貫けまい」
「ははっ」

 それだけで、シュライバーには四枚の盾がどういうものなのか理解できた。つまりあれは、防御という概念の具現化なのだ。盾で防ぐという物理的な防御だけでなく、概念的な防御結界。故に盾の隙間を狙おうが一切の意味を為さない。

「なるほどなぁ。聖餐杯を除けば、こっちには防御に特化した奴はいなかったから、結構意外だったよ。
 それで、君の力はそれで終わりかい?」
「ほざけよ下郎。貴様が王の真価を問うなど厚顔無恥も甚だしい」

 王の振るう右手に合わせ、背後の空間に亀裂が奔った。それは大口を開けるように押し開かれ、輝かんばかりの黄金光を放出する。
 そればかりではない。発生した空間断層四十八列、一面を覆い尽くす光の波濤となった異相空間群の全てから、夥しい数の武器が顔を出したのだ。
 煌びやかに光を放つ宝剣、宝槍、宝斧、短剣、鏃、槌に戦輪、大鎌戦錐方天画戟……数えるのも億劫になるほど無数のそれらは、一つの例外もなく全てが宝具であり、そのカテゴリでも最上級にランクする伝説級の業物であると、放出される圧倒的な存在圧が告げていた。
 これこそは"神の門"。人々の生み出した宝の原典にしてその叡智の結晶。人の可能性を集約した宝物の扉なれば。

「王律鍵バヴ=イルを使用する。我が宝物を死して拝せよ、不敬!」

 ―――瞬間、天が堕ちてきたと見紛うばかりの衝撃が世界を埋め尽くした。

 ギルガメッシュが行ったことを一言で説明するならば、大量の宝具をそのまま射出したという、ただそれだけのことである。
 しかしそこに込められた威力と速度、そして何よりも"数"こそがあまりにも違い過ぎたために、単純であるはずの攻撃動作は神域の殲滅現象として具現しているのだ。

 その一瞬だけで、何万という数の刀剣が地面へと突き立った。大剣が、直刀が、双剣が、長剣が、大槍が、破砕斧が、破城鎚が。シュライバーの存在し得るあらゆる空間座標を舐めつくし、大地に乱立する刃の樹海へと世界を変貌させた。
 そして英雄王の攻撃はこれで終わらない。射出される宝具はその数と速度を目減りなどせず、秒間毎に数百・数千の光条が空間を断割し、その全てがシュライバーというたった一人の標的目掛けて殺到する。

 圧倒的。そう形容するしかないだろう。その質量、その密度。仮にも英霊に使うには不適ではあるが、怪物と言う他はないかもしれない。
 並みの英霊どころか、千の英雄万の軍勢が相手だろうが一網に破滅させる破壊の具現。これを前にして生きていられるサーヴァントなど存在できまい。
 そう、そのはずであるのだが。


95 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:32:30 NE2bPdmI0

「ふふ、ふふははははははは――――!」

 生きていた。それも発する声に低落の色はなく、その身に一つの傷も刻まぬまま、ウォルフガング・シュライバーは刀山剣樹と化した世界を縦横無尽に駆け回っていた。
 彼は暴嵐のシュライバー。
 誰よりも速く、誰であろうと捉えられない。
 大気が爆発するような轟音を弾けさせ、地面が、刀剣が砕け散る。まるで見えない巨人が暴れ回っているかのようだ。
 しかし、その正体は重力すら振り切る超加速の切り返し。見る間に瓦礫の山と化していく世界の中で、宇宙速度にも達するだろう“人間”が走り回っているだけにすぎない。

「なるほど、速いな」

 その速度を、英雄王は心より認めた。己が見聞きした中でも、あれは速度という分野においては最上級だ。
 そんな彼の正面に、空間的な波紋が大量に発生する。間断なく響き渡る鈴生りの音、そしてばら撒かれる無数の銃弾。その全てがシュライバーの放つ魔銃の連撃であることは疑うべくもない。

「あ、ぐぅ……何よ、この音……」
「耐えろよイリヤスフィール。確かにこれは魔性を含む音撃ではあるが、致死のものではない。なに、終わらせるまでそう時間は取らせんよ」

 苦悶の表情を浮かべ、耳を抑え蹲るのはイリヤだ。卓抜した魔術師であるところの彼女が苦しむなど、一体何が起きているというのか。
 それは"音"だ。アガートラムの防御と鍔ぜり合う銃弾が奏でる反響音だ。攻撃の意図どころか、そもそも攻撃の体を為していない、戦闘に際する副次効果。そんなものに彼女は苦しんでいる。
 何故ならば、シュライバーの放つ魔弾とはそういうものであるから。それは、何かしらの特異な効果が付随しているとか、そういうことではない。偏に込められた魔力の多寡、質量があまりに違い過ぎて「銃弾が大気を切り裂く音にすら激発めいた魔力の衝撃」が付加されているのだ。
 一挙手一投足、彼の行動は全てが魔業。例え指一本を動かす程度の圧でさえ、余人には致死の猛毒として機能するだろう。
 イリヤは既に防音と対衝撃の防護魔術を自身に架している。にも関わらずこの影響力だというのだから恐ろしい。

「そういうことだ。我としてはあまり時間をかけてはおれんのでな。早々に終わらせてもらうぞ、狂犬」

 瞬間、展開される『王の財宝』がその性質を異なるものにした。
 今までのそれは、ギルガメッシュの背後より展開され、ガトリング砲が如くその財を射出するというだけであった。
 しかし今は違う。財の射出口である空間孔が、まるでシュライバーを囲むかのように球体状に展開されたのだ。
 そして何より"速さ"が違った。放たれる宝具の釣瓶打ちは、今までのそれとは比べものにならないほど速く、シュライバーの元へと殺到したのだ。


96 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:33:10 NE2bPdmI0

 局所的な時間流の操作。宝具内の物理法則を改変することによる時間加速により、その速度は一時的にではあるが駆けるシュライバーに迫るほどの超速を獲得したのだ。
 時間の操作など、無論のことギルガメッシュにできるはずもない。しかし彼にはできずとも、その倉に納められた「人類の叡智」がそれを可能とする。どれほどの未来にあるのかは分からぬ超技術だが、遠き未来において人間は時間軸という神の領域にまで手をかけることに成功するのだ。
 自身を迎え撃った加速宝具群を、シュライバーは息を呑んで見つめた。自らの速度に迫り、かつ凌駕する存在などこいつは見たこともないだろう。故の停滞だ。
 裂帛の存在圧を滾らせ迫る宝剣の切っ先。なまじ脅威のスピードで突進していたシュライバーに、これを躱す術などない。急停止など不可能であろうし、後退するなど以ての外だ。
 左右どちらに避けようとも、続く宝具がそれを見逃さない。
 確信する勝利の手応え。その一瞬、かの英雄王ですらそう認識した。
 しかし。

「―――」

 血走ったシュライバーの隻眼が、真っ直ぐにギルガメッシュを突き刺す。そこに渦巻くのは判別不能な狂気の混沌。
 縦に細長い獣めいた瞳孔が微かに揺らめき、口許が吊り上る。
 笑み。嘲笑。その時、シュライバーは紛れもなく嗤っていた。

Yetzirar
「形成―――」

 極限まで遅まった世界の中で、紡ぎだされた呪いの銘は―――

    Lyngvi Vanargand
「―――暴風纏う破壊獣」

 王の財宝が着弾する。大反響の爆発と共に、土砂の粉塵が上空百mに至るまで高く舞い上がる。それだけの威力、それだけの破壊をもたらす一撃を完璧なタイミングで叩き込み、故に英雄王の勝利は揺るがぬものと思われた。
 けれど。

「小癪な……」

 結論から言ってしまえば、王の財宝による加速連撃は一切掠りもせず地を穿つのみであった。シュライバーはあの瞬間、一切の減速をしないまま真後ろへと飛び退ったのだ。
 いや、真後ろに【加速】したのだ。前方に全速力で移動していた状態から、ミリ単位の制動と急停止・反転により真後ろへと加速した。慣性の法則、物理常識を無視した逆走。時の流れを捻じ曲げて、シュライバーへ追い縋った数多の宝剣すら追えない速度でベクトルを反転させた。
 その、異常と言うのも生易しい出鱈目ぶりは……


97 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:33:45 NE2bPdmI0

「ふ、ふふふふふふ」

 立ち込める粉塵、その向こうより健在なままの凶獣が姿を現した。
 駆ける彼の総体は、しかし先までの生身とは違い、彼の全身よりも尚巨大な軍用バイクへと跨り、中空を飛来していた。
 これこそは彼の聖遺物、暴風纏う破壊獣(リングヴィ・ヴァナルガンド)の形成である。魔獣の咆哮めいたエグゾーストが剣戟の音を切り裂き、我ここに在りと自らの存在を如実に知らしめている。

 対峙するギルガメッシュは、その機体のフォルムが何であるのかを知っていた。
 ZundappKS750……殺戮の戦場を電撃の速度で駆けた軍用二輪。
 現存する数多のモンスターマシンに比べればむしろ小型とさえ言える設計だが、その禍々しいフォルムと重苦しい排気音は魔性のものとしか思えない。
 これが駆けるのは公道でも競技場でもなく、競争などという遊びを目的に創られた玩具とは明らかに一線を画している。
 言うなれば、戦車や戦闘機と同じモノだ。戦争のために生み出され、その存在証明として血肉を貪る鋼の魔獣―――

「臭うな。それが貴様の宝具か、凶獣」

 その顕現と笑い声に、知らず英雄王は顔を顰め、曇りなき侮蔑の言葉を吐き捨てた。
 この世のあらゆる悪意の精髄を抽出し、その選りすぐりを大釜で煮詰めたかのような哄笑。そして鼻孔を抉り抜く、吐き気どころか骨の髄まで腐り落ちそうな血の匂い。
 最早誰にも想像できない域でおぞましく血を啜ったであろう殺戮兵器が、あの凶獣の跨るモノなのだと、英雄王はその慧眼を以て一瞬の交錯で理解せしめた。

「出させたね、これを」

 シュライバーが放つ狂性の念がその密度を増す。今までの彼が発揮していた力が常軌を逸した走力であるならば、この疾走兵器がもたらす効果もまた一目瞭然であった。
 そして今、それを形成したことにより、狂った嵐はその狂気と速度を爆発的に増大させて。

「それじゃあ再開しようか。戦争をさァ!」

 吼えるヴァナルガンドの轟音が鳴り響き、一瞬前まで彼がいた場所が抉り取られ消滅していた。シュライバーの肉体は流星と化し、その姿を消失させる。
 速い、あまりにも。疾風より、迅雷より、かつてのシュライバー自身より―――三千世界の遍く総て、これほどまでに速さというものを突き詰めたモノなど存在しないだろう。
 先ほどシュライバーが放った銃弾程度、鼻歌混じりに軽く追い越す神速に、天を覆い尽くす王の財宝群ですら触れることはおろかその影を視認することすらできていない。比較対象となる先の銃弾ですら、音の数百倍という常軌を逸した速度を叩きだしていた事実を鑑みれば、この事態がどれほど異常なのかは追って知るべしというものだろう。
 爆撃めいた轟音と共に、地面がシュライバーの進行方向に併せて捲れ上がる。突き立った宝剣の数々、吹き散らされる木の葉の如く無残に砕かればら撒かれる。音の壁を超えたソニックムーブのみで巨大な爪痕を穿ち、そうした亀裂は一瞬毎にその数を増していく。
 三次元的な移動、そしてそれに付随する爆発的な衝撃波。大気どころか空間さえも砕きながら、その破壊すらも後追いにしかならない速度でシュライバーは剣の樹海と化した現象数式領域を跳ねまわっている。

 シュライバーの魔的な移動に伴って、それ自体が音速を遥か超越した突風が、ギルガメッシュたちの元へ殺到した。
 玉鋼で拵えた頑健なる古代の巨城ですら一秒とて耐えられないと思えるほどの勢いを誇る大嵐は、刀山剣樹の大森林を根こそぎ砕き崩壊せしめる。それは最早風というよりは真空の刃であり、刃が集合した「切っ先の壁」とも言うべき剣呑なるものであった。
 人間はおろかサーヴァントですら、その直撃に晒されれば紙屑のように宙を舞い、五体は瞬きをする間もなく挽肉と化すだろう。
 そんな烈風の最中にあって、しかしギルガメッシュは重ねて不動。一切の後退をすることなく、一切の躊躇をすることもなく、腕を組み仁王立ちのまま戦場を俯瞰しているのだ。
 驚嘆なりしはその周囲を囲む白銀の大盾の権能か。中心に立つギルガメッシュはその頭髪を揺らがせることも、眉根を動かすこともない。その様は、まるで彼だけがこの世の物理法則の外側に存在しているのではないかと思わせるほどに、戦場に似つかわぬ静謐さを保ち続けている。

 俯瞰する表情は静謐。しかし彼は無感に非ず。滾る情念、戦場に懸ける想いの多寡は、むしろ殺意に狂う凶獣すら上回るほどに膨大なのだ。


98 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:34:18 NE2bPdmI0

「抜かせよ狂犬。ならば味わうか、我が宝物庫の真髄を」

 言葉と同時、黄金放つ異相空間より、緑色に光り輝く「糸」が射出された。
 総数およそ五千八百。無尽蔵に伸び続け、放射状に広がり続けるそれはシュライバーが駆ける半径数百mを覆い隠すように殺到する。
 これこそは、かつて天神の手により滅びへ差し掛かった世界において、人類文明圏を守護せし力の「開花」。その発露にして、人を滅ぼす化身を打ち倒せし勇者の力である。
 ならば今この場において、殺戮に酔いしれる人獣を狩るに相応しきはこれを置いて他にない―――!

「さあ、いざ花開き舞うがいい翠緑の勇者よ! あれを見逃せん気概は貴様とて同じであろう!」

 ギルガメッシュの持つ宝具『王律鍵バヴ=イル』と『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』とは、生前の彼が蒐集した宝物を収めた倉とその鍵であるが、しかしより厳密に言うならば収められているのは財宝ではなく「人類の智慧の原典」に他ならない。
 例え彼の死後に作られたものであろうとも、この世の全てを背負いし真実の王たる彼の所有物に変わりはなく、故にその宝物庫はその貯蔵を増し続けるのだ。
 時間軸など関係なく。世界の違いすら関係なく。
 この世の全ては彼のモノであるがために。
 人の生み出す可能性の結晶。その真髄。その全ては彼の手中にこそ握られる―――!

「それがどうした劣等ォ! たかが綾取りで僕をどうにかしようってんなら百年早い!」

 だが、それでも。
 鋼糸結界の繭の中から螺旋状に飛び出し、まさしく鋼鉄の竜巻と化してシュライバーは疾駆する。
 捕えられない―――十重二十重に殺到する糸の奔流、絡め取らんとする幾千条の瀑布はその全てがすり抜けられ、あるいは轢殺する破壊獣の威力によって引き千切られ、まるでその役目を果たせていない。
 いや、違う。よく見ればシュライバーの総体は糸に「触れてすら」いない。今や魔性の速度領域に到達したシュライバーは、身に纏う爆風と衝撃波だけで群がる糸の奔流を切り刻んでいるのだ。
 その速度、最早サーヴァントに出せる限界をとうの昔に超越している。攻撃を当てることは愚か、目で捉えることすら不可能なのが現状だ。
 しかし、相手に対し有効打を与えられないというのはシュライバーの側も同じである。
 彼の有する攻撃手段とは、二挺拳銃による射撃、移動に際する爆発的な衝撃波、そして形成した聖遺物による轢撃である。しかし現状、その全てはギルガメッシュの展開する白銀盾によって無効化され、その衝撃の1%すらも彼らに届けられていない。
 それはギルガメッシュの傍に侍るイリヤが、轟音に耳を塞ぎながらも未だ健在であるという事実が何よりも物語っているだろう。単純な破壊力という一点において、シュライバーは黄金の近衛たる三騎士の中で最も脆弱な立場に位置する。
 故にこれは千日手。どちらも相手を傷つけられず、悪戯に損耗を繰り返すだけの泥臭い消耗戦。

 そうであるかのように、思われたが。


99 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:34:59 NE2bPdmI0

「否―――」

 それでも、黄金なりし英雄王は微塵も臆することはなく。
 この状況の全ては掌の上にあるのだと言って憚らない。

 まず結論から言ってしまえば、彼が展開した糸の多重包囲網はシュライバーを捕えるためのものではなく、進行方向の誘導のために放ったものだった。
 何故ならシュライバーはこちらの攻撃全てを「躱す」から。直撃しても大した痛手にならないような小技であろうと、身に纏う暴風で容易く無効化できるような代物であろうとも、彼は敵に与えられた攻撃の全てを躱している。いいや、躱すことしか選択肢に存在しないのだ。
 戦略を考えるならば、躱すよりも敢えて受けたほうが有利になるような場面においても、彼は攻撃を躱し続けた。まるで飛散する汚物を避けて通らねば気が済まない潔癖症患者であるかのように。一種病的なまでに。
 考えてみれば最初からおかしな話であったのだ。シュライバーの最たる強みとはその速度であり、速度とはすなわち破壊力。軽量だろうとなんだろうと、桁外れの速さに乗せれば関係ない。シュライバーの肉弾は、それこそ外見や印象以上に剣呑であって然るべきもののはずだ。
 にも関わらず、シュライバーの主武装は拳銃だった。肉弾よりも明らかに威力が低く、そもそも弾丸より早い奴が銃器で武装して何になるという。
 ここまで戦った上で出せる答えは一つ。こいつは他者との接触を忌避している。
 攻撃の全てが躱されると最初から分かっているなら、いくらでもやりようはあるのだ。

 ギルガメッシュは異相空間を操作し、展開する多重鋼糸を旋回。ランスが如き円角錐へと変化させシュライバーを取り込んだ。否、シュライバーだけでなく自分ごと、その円角錐状の糸繭に覆いこんだのだ。
 それはまるで、ギルガメッシュへと続く直通の道のようで。
 シュライバーがそれを悟るよりも早く、英雄王はトリガーとなる言の葉を紡ぎ出した。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

 ―――瞬間、世界から一切の音が消失した。

 爆轟する炎幕が眩いばかりの白光を振りまいて、シュライバーの背後から連鎖的に襲いくる熱量と爆風が追い立てるように彼の体を突き動かした。
 爆発そのものを砕かれて脱出されることはない。何故なら彼は「全ての攻撃を躱さざるを得ない」から、その不文律に従うならば、前に進むしかない。
 前へ、ギルガメッシュのいる場所へ。

 そして、待ち受ける彼は不敵に笑みを浮かべ。
 その眼前に、一際巨大な黄金光放つ異相空間を展開していた。


100 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:35:39 NE2bPdmI0

「さあ、来い。狂気に揺れしウェー・イラの生まれ損ないよ。
 貴様には我が財において最奥の一つを見せてやろう」

 言葉と共に、溢れる光がその光度を爆発的に増大させ。
 空間の軋みが、割れんばかりの振動さえをも伴って。

「此処に下るは実行者の裁定である!
 汝は死滅の使徒、ならば癒者を絶ちて終焉への道を為さん!
 されば我は深淵なりし権能を代行しよう、憤怒王の名の下に!」

 ―――そしてこの場に、神体から流れ出る意志が一つの"超越"を具現した。

 空間を引き裂き現れたのは、黒色の巨大な腕だった。鋼鉄の、重く強固な右腕。それが現象数式領域と宝物庫とを繋ぐ空間断層から姿を現した。
 それは今までの宝具と同じプロセスであったが、しかし顕現する位相がズレていた。それが証拠に鉄の腕が奏でる金属音は深く奈落のように、何処までも何処までも落ちていく殺意と深淵の歌だった。
 今まで彼が扱ってきた宝具は、そのどれもが一級品。遍く万象において最も優れたる幻想に疑いはない。しかし、この腕に限って言えば次元が違った。
 指先を現したというそれだけで、前方の空間が文字通り砕け散った。目に見える光景すらも罅割れ、世界そのものが軋みをあげている。
 あまりの規格外に、ギルガメッシュ本人でさえ完全な形でこれを呼ぶことは叶わない。真名の解放はおろか、それが持つ本領の万分の一すらも発揮できず、本来両腕揃ってこその"腕"は右腕のみの顕現に留まるけれど。
 それでもなお、腕の持つ力は凡庸なる万の宝具を束ねたものよりも遥かに強大で。

「故にこそ、我は貴様に勅命を下す」

 その腕を、仮に人の言語で名付けるとするならば。

「王の巨腕よ、打ち砕け―――!」

 ―――《万象打ち砕く王の腕》

 ―――鋼鉄を纏う王の右手。
 ―――それは、時空間すらも打ち砕く。
 ―――御伽噺の鉄の王の腕。


101 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:36:58 NE2bPdmI0

 シュライバーに向かって一直線に突き進む。黒きイリジア鋼を纏う巨神の右腕。
 それこそは遥かカダスの地にて眠りについた旧き支配者、その神体。人が作り上げし憑代の鋼鉄にして、大いなりし《星砕きし水の塊》が持つ影の右腕。
 世界に在らざるもの。
 現実ならぬ幻想。
 存在することを許されぬ異形であった。

 腕を構成するのは、イリジアに名高き超鋼のみではない。
 影。そう、影だ。現実には存在し得ぬ超常の存在であればこそ。
 影は立体の存在ならざる平面として―――
 空間と時間の制約すらも、一切無視して。
 襲い掛かる。襲い来る!
 万象を打ち砕く。時間と空間さえ砕いて―――!

 例えシュライバーが回避行動を取ろうとも、そんなものでは躱せまい。
 超高速移動―――無意味。
 空間転移―――無意味。
 すべて、すべて。
 意味はない。回避も防御も。
 無意味―――

 時間と空間を超越して、絶対必中の咒さえも伴って。
 夜よりも尚昏い影が、白銀の騎士を砕くべく迫る。迫る。迫る―――!
 迫り、ただ一撃の下に。砕きつくす概念、事象―――!

 人が持つ可能性の前に、いざや斃れろ超越者(まけいぬ)よ!





 Fahr' hin,Waihalls lenchtende Welt
『さらばヴァルハラ、光輝に満ちた世界』





 けれど。
 その祝詞が唱えられた瞬間、激震する世界は再度の変貌を遂げはじめた。


102 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:37:54 NE2bPdmI0





   Zarfall' in Staub deine stolze Burg
『聳え立つその城も、微塵となって砕け散るがいい』





 速度という概念すら超越し迫る巨腕が、しかし何故かその間合いを詰めることができていない。
 両者の相対距離は高々二十m。王の腕ならば、それこそ正真正銘の0秒で踏破可能な距離であるはずなのに。





Leb' wohl, prangende Gotterpracht
『さらば、栄華を誇る神々の栄光』





 遅々と紡がれるシュライバーの詠唱、常人ですら容易に聞き取れるほどに遅いはずのそれよりも、超速のはずの巨腕が遅いなどと一体どういうことなのか。
 まるで、"こちらがどれだけ加速しようとその上を行かれる"かのような……





  End' in Wonne, du ewig Geschlecht
『神々の一族も、歓びのうちに滅ぶがいい!』





 進行上の空間を硝子のように砕き割りながら。
 世界そのものを崩壊させて迫る鉄の王の腕を前に。





 Briah
『創造―――』 





 ヴァナルガンドが更なる変形を遂げる。
 エンジンが、ハンドルが、シュライバーに絡みついて融合し。
 砕け散る豪風の中、破滅の御名が告げられる。狂乱の白騎士ウォルフガング・シュライバー、その奥義がここに。





Niflheimr Fenriswolf
『死世界・凶獣変生』





 遍く総て悉く、我が牙で轢殺の轍となるがいい―――!
 創造位階―――何よりも早く誰にも触れられないという、等身大の"世界"が誕生したのだった。


103 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:38:42 NE2bPdmI0





「はッ―――!」

 その瞬間、此度の戦において幾度となく起こり続けてきた不条理が、再び形を成して現実となった。
 何者であろうとも避けられぬはずの鉄の王の腕。シュライバーより明らかに先んじていたそれを、何故かシュライバーが先を取って追い越していた。
 "後が先を追い抜いた"。その不条理を前に、ギルガメッシュの思考が、時間軸に変調をきたしたかのような不可思議な感覚に囚われた。

 見上げた遥か上空に、虚神の腕が打ち砕いた空間が大小様々な破片となって舞い上がる。紫天は硝子のように大きく罅割れ、崩れた空の先にあるのは、宇宙空間のように先の見えぬ暗黒を湛えた外世界。
 舞い散る欠片は花々の散華を連想させて、只中にて君臨するは白騎士の矮小な体躯一つ。

 それを前に、英雄王はただ不遜な哄笑をあげて。

「なるほど得心したぞ。貴様が忌むは接触、そしてその渇望を根源とした独自法則の異界を創り上げたか!」

 ―――創造と呼ばれる位階が存在する。

 これは聖遺物を扱う魔術体系「エイヴィヒカイト」における第三位階にして、根源に到達する前段階である「己が世界の創造」を可能とする術式だ。
 この位階に達した術者は、既存の常識を己が理想で粉砕することができるようになる。その結果、心の底から願う渇望をルールとする“異界”が創造される。
 無論、理想であればいくらでも構成可能であるとか、そのような利便性に富んだ代物ではない。必要となる願いは常識を度外視した「狂信」の域にあることが求められるため、一人の術者が使えるのはせいぜい一つきり。渇望の深度の変化による能力の上昇を鑑みても、類似した力があと一つ、というのが限度である。
 術者の心象に依存した固有世界の展開、という意味では固有結界にも近しい大禁呪とも形容可能か。創造にはそうした「己が世界で既存の世界を上書きする」覇道創造と、「己の中に理想世界を展開する」求道創造の二種類が存在する。
 シュライバーが保有する創造は、後者。
 「誰にも触られたくない」という狂信的な渇望が生み出したそれは、文字通り「誰にも触られない」世界へと彼自身を変貌させるのだ。

「ふ―――はははははははははッ!!}

 誰にも触られないこと。最速であること。シュライバーが思うその定義とは、単純加速による光速超えなどでは断じてない。
 触れられないようにするにはただ一つ。相手より早くなればいい。
 ただそれのみを求めた。それのみを願った。過不足なく単純に、自らを犯そうとしてくる者にさえ捕まらなければそれでいい。
 だから、ここにその渇望を形としよう。
 あらゆる鎖と枷を断ち切って、天地を食らう狼となろう。
 そう、それすなわち―――「この世の誰よりも早く、誰からも触れられない存在」となることで!

 瞬間、比喩ではなく食らいつく獣と化したシュライバーは誰にも認識できない速度で以てギルガメッシュへと追い縋り、囲う四枚の白銀盾へと殺到した。

 ―――轟音が、鳴り響く。


104 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:40:03 NE2bPdmI0

「ぐ、お……!」

 この戦闘が開始されて以来、恐らくは初めて英雄王の口から苦悶の声が漏れた。そしてそれと呼応するかのように、シュライバーの騎乗するヴァナルガンドが激突した白銀盾に、ほんの少しではあるが亀裂めいた傷が刻まれたのだ。今までどのような攻撃ですら小揺るぎもしなかった盾が、ただの一撃で砕けた。
 そして次の一瞬が経過した時には、既に百を超える亀裂が刻み込まれた。それと同じだけの攻撃が、その一瞬で叩き込まれたのだ。あまりにも速すぎて損傷の認識すら追いつかない。絶対防御の幻想たるアガートラムが、凶獣の牙に耐えきれず悲痛な叫びをあげる。

「……大したものだな。その特異性、その強制力。我が手繰る不完全な偽神の腕では太刀打ちできんのも道理よ」

 絶対必中の咒式がかけられた鉄の王の腕と、絶対回避の強制力を持つシュライバーの創造。矛盾の故事成語めいたこの二つの激突が起こればどうなるか、答えは一目瞭然であった。
 "単純に、質量の桁が多いほうが勝つ"。いわばレベル、両者の持つ力量差こそが矛盾構造を打ち砕くのだ。
 ギルガメッシュは数多の宝具を持つが、彼はあくまで所有者であり使い手ではない。真名の解放は行えず、平時における性能も本来の使い手に握られた場合とは比較にならない。
 まして聖杯戦争においては限定的な顕現ですらキャパシティオーバーとなる神体の腕である。先の一撃は、本来発揮されるべき実力の万分の一にすら届いてはいないだろう。
 ならばこの場において、どちらの強制力がより強いかなどは論ずるまでもなく。
 極めて順当に、腕の一撃をシュライバーが回避せしめたという結果に終わったのだ。

「だが、同時に底も見えたか。"平凡"すぎて欠伸が出るぞ、駄犬」

 だが、それと同時に。
 創造とは術者の渇望を曝け出すものであるが故に、自ずと見えてくるものもあった。

「愛されるがために生き足掻き、しかして真実より目を背けたか。醜悪だな、だが珍しい話でもない。
 逃避者が英雄面をするとは、嗤わせる」
「……何を訳の分からないことを言ってるんだい?」

 中空にて視線を交差させたシュライバーは、淡々と告げるギルガメッシュに、心底から理解できないという侮蔑の言葉を吐き捨てた。

「逃げた? この僕が? 馬鹿を言っちゃいけないなぁ。逃げたんじゃない、誰もついてこれなかっただけだ。だから僕の後ろには、轢殺された轍しかない」
「痴れ者が。そのザマを指して逃避者であると、そのようなことすら分からぬか。ならば」

 暴風が如き連撃に晒され、今にも砕けそうな白銀盾アガートラム。その最中にあって、ギルガメッシュは今再び、王律鍵バヴ=イルを振るう。
 その両眼に宿るは尽きぬ恒星にも似た激情だ。それは憤怒にも似て、しかし我を忘れる短慮とは程遠く、それをあえて形容するならば。

「死の淵より口にて嘆け!
 己の存在というその矛盾を噛みしめろ!
 そして思い知るがいい―――貴様の生誕そのものが、凡庸の二字に堕するということを!」

 ―――それは、王者のみが持つことを許された、覇気と称せるのだろう。


105 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:41:06 NE2bPdmI0

 言葉が放たれ、悲痛な軋みをあげるアガートラムが遂にその総身を真っ二つに断裂されたと同時、ギルガメッシュが繰り出したのは"声"だった。
 言うまでもなく、ギルガメッシュ自身のものでも、イリヤのものでもない。それは戦場に響き渡るにはあまりにも無垢で、しかし何よりもおぞましい"破壊"に満ちた声だった。

 ―――《赫炎穿つ命の声》

 ギルガメッシュを中心に彼ら主従を除く全方位、半径500mに"それ"は隙なく展開された。
 それは音にして振動であった。大気の震えであると同時に、形容すらできない遥か高次に位置する粒子の波だった。
 それは、"咆哮"だった。

 周囲の空間が軋んでいく。
 周囲の物体が崩壊していく。
 無垢なる声が響いた空間、その全てが崩れていく。地面は一様に細かな粒子となって散り行き、回収しきれず突き立ったままの無数の宝剣すらも例外ではない。
 閉ざすのではない。破壊しているのだ。
 《赫炎穿つ命の声》。それは万能なる者が数億の日々の果てに生み出した機械仕掛けの偽神、その内部に搭載された機能の一つ。あらゆる分子間結合を崩壊させる超振動。
 すなわち、人類がいずれ辿りつく機関文明の果てであった。

 その声が轟いた瞬間、シュライバーの肉体は一瞬にして命の声の効果範囲外にまで退避していた。コマ割りの最初と最後だけを繋ぎ合わせたかのようなタイムラグのない転移であったが、しかしこれは転移ではない。展開される命の声すら超越した速度による、純然たる移動の結果だ。
 唸りをあげる二挺の拳銃が、振動結界の周囲を旋回しながら幾千幾万と降り注ぐ。しかしその全ては結界の端に触れただけでその姿を消失させ、ギルガメッシュたちに届かせることは不可能であった。
 魔術的な必中が効かぬなら、物理的な必中を食らわせるまで。
 ギルガメッシュが取ったのは、そんな子供でも分かる単純明快な論法である。少なくともシュライバーがギルガメッシュに攻撃するには、この命の声が展開された空間を渡る他はなく、故に千日手を嫌うならば当たりに行くしか道のない、攻防一体の攻撃であった。
 そんな荒唐無稽な術式を可能とするギルガメッシュも凄まじいが、尋常なる勝負をこそ望む彼にそこまでさせるシュライバーもまた凄まじい。神代の絶滅戦争すら幻視しかねない規模と密度を誇るこの戦いは、まさしく現代に蘇った人類神話と呼称しても過言ではなかった。

 ならばこの均衡はどちらへと傾くのか。
 あらゆる攻撃が届かず、故に誰にも冒されないシュライバーであるのか。
 あらゆる智慧の結晶を持ち、故に求道の凶世界にすら手を届かせんとするギルガメッシュであるのか。
 ここに展開されるは互いに互いを害せない千日手。どちらかの魔力が尽きるまで消耗を繰り返す泥仕合であるのか、それともどちらかが起死回生の一手を打ち出すのか。
 その勝負の行方は、しかし。


106 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:41:47 NE2bPdmI0


「―――ぁ……」


 そんな、誰にも聞き届けられないほどにか細い少女の声が、決定づけた。

 今まで必死に防護の魔術をかけ、辛うじて立ち続けていたイリヤが、ついにその身を崩れさせて。

「ふむ、ここが限界か」

 それでも、聞き届けた者が一人。
 膝から崩れ落ちるイリヤの体を、ギルガメッシュは片腕で受け止めた。

 イリヤの顔は、蒼白だった。
 完全に血の気が引いて、ただでさえ白かった肌は今や死人のよう。浮かんだ汗で前髪が額に張り付き、言葉もなく荒い息を吐き続ける。
 魔力の欠乏というわけではなかった。それは単純に、肉体的なダメージだった。
 吹き散らされる魔力嵐、魔性を含む音撃、そしてアガートラムですら砕け散るほどの衝撃波。それらに立て続けに晒された結果が、この有り様であった。

「儚き造花も考え物よな。しかし、それでも尚狼狽えぬ胆力は良し。それでこそ我がマスターよ」

 腕の中に眠るイリヤを見下ろすギルガメッシュの視線は、衰えぬ絶大の覇風に満ちて、己が主を慮る奉仕の心など微塵も存在しないままであったが。
 同時に、平時の彼を見る者には信じられないほどに穏やかなものでもあった。

「悪名高き狼よ。人界に仇為す不遜の獣よ。その根源こそ凡庸なれど、貴様が強者であるのも事実。ゆえ、今暫し戯れるのも一興ではあるが」

 ギルガメッシュは中空より一振りの剣を取り出した。それはまるで鍵のような形をして、しかし宝物庫の扉を開ける王律鍵ではなく。
 なぞるように唐竹割りに斬りつける。ただそれだけで、空間に一筋の線が走り、等身大の空間孔と化した。その先に見えるのは、元の穏やかな杉木立の風景。
 異界を切断し扉を創る、それは世界開錠のための鍵剣であった。

「しかし最早、貴様に付き合う義理も果てた。些か過分ではあるが、手向けとして貴様には"世界"をくれてやる」

 その腕にはイリヤの痩身を掻き抱き、ギルガメッシュは身を投げるように軽く後ろへと跳躍。空間に開いた孔より"外"へと脱出して。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

 "異界"を造り出せし宝具そのものを対象として、そこに込められた幻想全ての破壊を命令し。

 ―――世界が弾けた。





   ▼  ▼  ▼


107 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:42:19 NE2bPdmI0





「下らん閉幕だ。まさか我の財を二つもくれてやることになろうとはな」

 涼やかに風が吹く衣張山の山景を背後に、英雄王は心底興が醒めたと言わんばかりの口調で言い放った。
 その手にはイリヤの体が抱えられ、服装は元の現代風の仕立てに戻っている。つい先ほどまで命を賭けた大戦争をしていたなどと露とも漏らさず、至って平時の態度のまま彼は鎌倉へと続く道を降りていた。

 壊れた幻想、ブロークン・ファンタズムは通常の英霊にとっては敗北以上の屈辱と成り得る。それは数えきれない財を持つギルガメッシュと言えども例外ではなく、破棄したのが取るに足らない木っ端の武装であろうともその内心は憤懣やるかたなしといった風情だ。
 より厳密に言えば、彼が抱く不満とは、半身となる宝具を失ったことへの悔恨や屈辱というよりは、たかが半獣に手を焼いたという事実に対して向けられたものであったが。

「我が最強たる事実に変わりはない。ないが、しかし……盲点ではあったな。サーヴァントというのは要らぬ制約に塗れている。なんとも窮屈なものよな」

 言って見下ろすのはイリヤの顔だ。今は容態も落ち着いてきているのか、先ほどよりは穏やかな表情をして意識を失っている。
 イリヤはマスターとしては破格に過ぎる存在であるが、しかしその身はあまりにも脆弱だった。それはギルガメッシュとて理解していたつもりではあったが、無意識のうちにかつて己が治めたウルクの民を判断基準としていた節があったらしく、シュライバーとの激闘に際して無自覚のうちに酷使を強いてしまった。
 そのことに対し罪悪感を感じることはないが、しかし他ならぬ己自身が見積もりを見誤った結果であるからして、責任の所在が己にあることを彼は誤魔化すつもりはなかった。
 故に、彼は退いたのだ。これが単にイリヤの怠慢や力不足の結果ならば、例え彼女が死そうとも構いはしなかったが、自らの不足によるものならば話は別である。
 彼は冷酷ではあれど残忍ではない。そして市井の道理も十分弁えている。

「面倒なものだが、仕方あるまい。万能に過ぎる我が身を思えば、鎖に繋がれる経験も一興ではあろうよ。そして」

 言って、彼は彼方を見遣る。それはかの地に遺したシュライバーでも、あるいは大規模な破壊が為された市街地でもなく。
 遥か洋上、相模湾沖に浮かぶ黒き鋼鉄の戦艦。

「遂に動き出したか、始まりにして最強の■■よ。開戦の号砲を上げ、貴様は坐して待つのみか。ならば―――」

 英雄王は睥睨して哂う。何故ならば、それは彼を含めたすべての英霊に対する挑戦状であったから。
 彼は王である。王であるが故に、戦う機会も命を賭ける場面も数えきれないほどに経験してきた。しかしそれは、王として"挑まれる"側であるのがほとんどであった。
 挑むことなど、本当に久方ぶりのことだったのだ。故に戦意が駆り立てられる。戦士としての矜持が臨界に達し今にも弾けそうだ。

「待っているがいい、王なき城にて君臨する支配者よ。貴様の挑戦、この我が受けて立とう」

 纏う王者の覇風は揺るぐことも減ずることもなく。英雄王ギルガメッシュは新しい戦場を俯瞰して立ち去るのだった。


108 : 血染めの空、真紅の剣 ◆GO82qGZUNE :2016/11/21(月) 21:42:42 NE2bPdmI0



【C-4/衣張山麓/一日目・午後】

【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[令呪]二画、魔力消費(中)、疲労(大)、意識朦朧
[状態]健康、盲目
[装備]
[道具]
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし、失った未来(さき)を取り戻す。
1:ある程度はアーチャーの好きにやらせる。
[備考]
両目に刻まれた傷により視力を失っています。肉体ではなく心的な問題が根強いため、治癒魔術の類を用いても現状での治療は難しいです。

【ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]健康
[装備]
[道具]現代風の装い
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。
0:?????
1:自らが戦うに値する英霊を探す。
2:時が来たならば戦艦の主へと決闘を挑む。
3:人ならぬ獣に興味はないが、再び見えることがあれば王の責務として討伐する。
[備考]
叢、乱藤四郎がマスターであると認識しました。
如月の姿を捕捉しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を確認しました。





   ▼  ▼  ▼





「あーあ、つまんないなぁ」

 衣張山の山頂、その場所でも一際高い樹の頂点に座り込み。
 ウォルフガング・シュライバーは見た目通りの子供であるかのように、幼稚な仕草で抱える不満を表しているのだった。
 ぶらぶらと足を揺らし、不貞腐れて顎に手を着く姿には、驚くべきことに一切の傷はおろか爆炎の痕跡すら付着していなかった。異界という決して逃げられぬ世界そのものの自壊を受け、されど一筋の疵をも受けぬ様は一体何であるというのか。

 確かにかの現象数式領域が完全な形でシュライバーを捕えていたならば、彼の命は無かっただろう。しかし現実にはそうではなかった。現象数式領域の遥か上空、天頂には空間的な裂け目が形成されており、故に彼は回避せしめるだけの余地を手に入れたのだ。

「いいとこまで行ってたのに、いきなり逃げるだなんて酷いじゃないか。全く、こっちは欲求不満だっていうのにさ」

 その顔は稚気に満ちて、およそ英霊にも殺人者にも見えないけれど。その内に渦巻くのは混沌の様相を呈した狂気に他ならない。
 何故なら彼はバーサーカー。一切の狂化もなしに、しかし狂戦士として呼ばれるほどの精神異常者であるために。

 風が吹いた―――その一瞬で、彼は瞬く暇もなくその場から消失した。
 文字通り、掻き消えるように。一切の残像も痕跡もなく、彼の存在は消え去ったのだ。
 彼が何処に赴くのか、彼が誰をその牙にかけようとするのか。
 それは他ならぬ彼自身であっても窺い知れぬ事象であった。


【C-4/衣張山/一日目・午後】

【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]魔力消費(中)
[装備]ルガーP08@Dies irae、モーゼルC96@Dies irae
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。
1:サーヴァントを捜す。遭遇次第殺し合おうじゃないか。
2:ザミエル、マキナと相見える時が来たならば、存分に殺し合う。
[備考]
みなと、ライダー(マキナ)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
イリヤ、ギルガメッシュの主従を把握。


109 : 名無しさん :2016/11/21(月) 21:43:05 NE2bPdmI0
投下を終了します


110 : ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:42:45 4i0ukVWM0
浅野學峯、ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)、アイ・アスティン&セイバー(藤井蓮)、ランサー(結城友奈)を予約します


111 : ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:47:18 4i0ukVWM0
投下します


112 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:48:43 4i0ukVWM0



 晴天に上がった太陽が徐々に沈み始めていた。
 質素な外観ながらも快適な座り心地の高級椅子に軽く腰掛け、険しい顔に色濃い疲労を浮かび上がらせる男は窓越しにそれを確認する。次いで壁にかけられた時計を見やれば、時刻は午後三時丁度。もうじき昼が終わり、夕刻へと差し掛かろうという時間だ。
 人通りの多い時間帯である。いつもならば、通りを行き交う人々の穏やかな賑わいの音が聞こえてくることだろう。しかしこの日に限っては、その喧騒は些か趣を異としていた。
 浅野はおもむろに窓へ歩み寄り、ブラインドを指で開け階下を見下ろす。そこには、列を連ねる多くの人々が渦巻きのように、この鎌倉市庁舎を取り巻いていた。そこでは常ではあり得ないと思えるような怒号であるとか、あるいは焦燥や憤懣といった表情を湛えた人々による様々な声がざわめきとなってここら一帯を埋め尽くしているのだった。未だ途切れぬ人の流れは、けれど数刻前よりは大分落ち着いてきているのだ。災害から逃げてきた者は最寄りの避難所へと誘導し、事件の詳細を確かめに来た者については市役所側で現時点での発表を行ったことで数が緩和された。現在ここに残っているのは、未だ確認が取れていない親族知人の安否を確かめようと待っている者か、意訳すれば詳細不明という結論となる公的発表に納得できない者、そうした者らに埋もれて非難誘導が終わっていない非難民がほとんどである。
 そんな群衆を見下ろし、浅野は微かに顔を顰めた。喧騒とは言いかえれば街の活気であるが、これは明らかにそうしたものとは違っている。いわば不健全な喧騒だ。今更義憤を抱く感性など残していないつもりではあるが、単純に不快である。喧騒が、ではなく、それをもたらす鎌倉の現状が、であるが。
 鎌倉の街には、人智を超えた災害によって言い知れない混沌がもたらされていた。頻発する怪事件と厄災は、鎌倉市行政の最高権限を持つ彼のデスクに大量の紙束をうず高く積みあげるに至っていた。
 材木座海岸や鎌倉駅東口方面市街地での大量破壊事故、相模湾沖の正体不明の戦艦による攻撃行為、残忍極まる殺人事件の横行、市民はおろか職員にすら目撃例が報告される異形の屍食鬼の噂、にわかに活性化する指定暴力団の一群。そしてそんな大量の事件と噂の中にあって暗躍する、明らかに人ではない者たちによる闘争の跡。
 最早隠蔽はおろか、事態の収拾さえ可能かすら怪しいほどの危機的状況だった。

「だが、解せないな」

 しかしだからこそ、彼には拭いきれない疑惑が存在した。

 まず大前提として、浅野がいるこの鎌倉はれっきとした現実世界である。
 これは異世界が如何ということではない。文字通り、仮想現実や電脳世界の類ではないということだ。
 浅野がこの鎌倉に招かれた当初、彼の前に現れた『言峰綺礼』を名乗る男は、自らを聖杯戦争の監督役であると称した。問題なのは、彼がこの聖杯戦争に際して構築された仮想の人格であったということだ。この時点で、浅野は聖杯戦争とその成り立ちについていくつかの疑念を抱くに至った。
 御伽噺でしか聞き及ばない「魔術」であるならば、そうした存在を創り上げることもできる「かもしれない」。所詮浅野は外様の一般人、魔術のことなど何も知らず、だからそうした非常識な事柄も「魔術ならば」と受け入れるしかない。しかし、浅野はそうした楽観や思い込みというものを抱かなかった。むしろ、言峰綺礼という存在を通して疑いをこそ持ったのだ。
 故に浅野は、まず最初にこの鎌倉が仮想現実の類ではないかという当たりをつけた。仮想的な人格、すなわちAI。そこから連想されるものとしては、至って順当なものだろう。本物と見分けのつかない高度な仮想現実世界という発想は魔術と同程度には荒唐無稽な代物であったが、しかし浅野は月を破壊したという超生物とそれを取り巻く一連の騒動を通じて、政府機関の技術力の高さを知っている。幸いなことに浅野に宛がわれたサーヴァントは電子戦を本領とする死線のバーサーカー、この手の調査にはうってつけの従僕であった。
 結論から言えば、その疑念は全くの杞憂でしかなかった。聖杯戦争の舞台となる鎌倉市は立派な現実世界であり、少なくとも電脳に類するものではないということが分かった。
 そして、だからこそ次の疑念が浮かぶ。ここが現実世界であるならば、やはり不可解な点がいくつも存在するのだ。


113 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:49:44 4i0ukVWM0
 バーサーカーの戸籍改竄により市長職へと就き、鎌倉市内の情勢を把握できる立場にある浅野は、今日一日で発生した事態を受けて災害派遣を名目に自衛隊の投入を"上"が決定するだろうと予測していた。
 それだけの規模の破壊が、今日一日だけで鎌倉市内に発生したのだ。極めて局所的な、一市町村という狭い範囲でしかないが、そうした広さを度外視すれば受けた被害は未だ記憶に新しい大震災のそれにも匹敵するだろう。端的に言って、都市機能の存続も危ぶまれる事態であるし、そもそも「正体不明の戦艦」などというものが大々的に鎮座しているのだから、自衛隊が出張るのは当たり前だ。場合によっては在日米軍に協力を仰ぐ可能性とてあるだろう。
 しかし上からも外からも、鎌倉への干渉は皆無であった。浅野から働きかけても、上からの返事は曖昧なものでしかなかった。ばかりか、このような状況であるにも関わらず市民の市外への流出の動きすらないに等しい。
 この聖杯戦争を国が主導しているのだ、という推測は即座に切り捨てた。何故なら自分たちのような異邦人を使う意味がないからだ。国が主導するならば、それこそ国が選んだ人員だけで行えばそれでいい。
 それもこれも魔術によって都合よく収まっているのだ、という結論も切り捨てた。魔術という「よく分からない凄いもの」ならば何とでもなる、などというのは思考停止でしかない。結果が存在する以上、それに伴う手段と動機が必ずあるはずなのだ。

 このことから、浅野が確信した事実は一つ。

「やはりと言うべきか。この聖杯戦争には裏がある」

 そして恐らく、いやほぼ間違いなく、それは言峰綺礼を生み出した者と繋がっている。
 言峰綺礼は自身を監督役と言った。そして自身を造られた存在であるとも。それはつまり、言峰綺礼を含めた「聖杯戦争」の舞台そのものを創り上げた者が他にいるということの証左である。
 その存在―――仮称「黒幕」の目的が何であるのか、未だ推測の域を出ない。完成した願望器の掠めとりというのがまず思い浮かぶが、それとて確信に至るほどではない。
 黒幕が何を思い、何をしようとしているのか。鎌倉などという聖杯伝説とは関わりのない一地方都市を舞台に、わざわざ異世界から参加者をかき集め、それだけのことをするほどの価値が果たしてここに存在するのか。

「どちらにせよ、私には関係のないことだ」

 そうした思索の一切を―――しかし浅野は「下らない」と投げ捨てた。
 何故なら浅野學峯とは勝利し続けなければならないのだから。
 例え黒幕の思惑が何であろうと、その正体が誰であろうと関係なく、彼はその全てに勝たねばならない。彼にとって勝利とは、生きることそのものであるために。
 それら思索はあくまで勝利への道筋を作るために必要だから行っただけで、思惑や正体如何によって何かを思うということはないのだ。
 だから"関係ない"。どのような存在がどのような論理で待ち構えていようと、自分はそれに勝つだけである。
 故に。

「ところで、いつまでそこに座っているつもりかな。さあ、こちらに入ってくるといい。あまり物はないが歓迎しよう」
「いや、俺はここでいい」

 背中越しにかけた言葉は微塵の揺れもなく、自負と自信と余裕に満ちたものであった。
 デスクに手をかけ静かに目を伏せる浅野の後ろ、陽射しの差し込む窓際には、豪奢な飾り付けをした偉丈夫が、不敵な笑みと共に鎮座しているのだった。





   ▼  ▼  ▼


114 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:50:28 4i0ukVWM0





「聖杯って、なんなんでしょうか」
「はあ?」

 唐突な疑問符だった。
 現在、アイとセイバーの二人は鎌倉の市街地を離れ北上していた。奇妙な熱気に包まれているような気配こそ漂えど、通りを歩く人の姿自体は極めて少ないという、妙に静かな道のりを往く中、アイの疑問が言葉となったのだ。

「いえ、ふと気になったんですよ。私はここに来てから聖杯戦争の知識を無理やり叩き込まれたわけですが、聖杯については願いが叶うくらいのふわふわした知識しかなかったわけで」

 よっ、と一声。ようやく痛みの引いてきた足で歩きながらアイは言う。

「聖杯が実際どういうものなのか、なんで願いが叶うのかっていうのが分からなかったんです。私は当然聖杯なんて使うつもりありませんけど、そういうのも一応知っておかなきゃと思いまして」
「そういうことか」

 セイバーは一応納得したように、一つ頷き。

「簡単に言っちまうと、大量の魔力だな」
「……え、それだけですか?」
「より厳密に言えば何にでもなれる大量の魔力だ」
「えぇー……」

 訝しげ、というよりは困惑の表情でアイは声をあげた。セイバーも自分の回答があんまりにもあんまりなのを自覚しているのか、やや面倒そうにしながらも話を続ける。

「順を追って話していくとだ。人が何かをするには、時間とか手間とか金とかが必要だってのは分かるよな」
「ええ、まあ。それくらいは」
「聖杯の魔力はそういう、願望成就に必要なもの……つまりリソースを肩代わりするわけだ。
 時間が必要なら時間の代わりに、何か素材が必要ならその素材の代わりに。とにかく足らないものを魔力で埋めて無理やり願いを叶える。まあそういうもんだな」

 うーん、とアイが唸る。


115 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:51:13 4i0ukVWM0

「……なんだか、思ってたのとはちょっと違いますね。私は例えば、世界中のみんなが幸せになれますようにって願ったらポンってみんな幸せになれるみたいな、そういうものを想像してました」

 言うなれば、一切の理屈も過程もすっ飛ばして、結果だけがもたらされるような。アイが思っていた聖杯とはそういうものだったのだが、どうやら違うらしい。

「でもお話を聞いてると、なんだかお粗末なものに思えてきました。それってつまり、お金や時間や手間暇をかければ聖杯じゃなくても叶えられることしか、聖杯は実現できないってことじゃないですか」

 アイが驚きだったのはそこだった。万能の願望器、などと聞こえだけはいいくせに実際はどうだ。人の及ぶところまでしか手が届かないというのなら、そんなの全然万能でもなんでもない。
 かつてアイの世界を見捨てた、あの神さまのような力ではなかったのだ。

「そりゃ、魔術ってそういうもんだからな。魔術は基本等価交換、他でも出来ることを魔力で起こしてるだけであって、不可能を可能にしてるわけじゃない。
 聖杯はそんな魔術を、規模だけ大きくしたってだけだ」

 セイバーの言い方は乱暴ではあったが、本質的には決して的を外してはいなかった。
 端的に言ってしまえば、聖杯は人類に達成不可能なことはできないのである。万能と呼べるだけの汎用性こそあれど、決して全能ではない。

 セイバーの説明を頭の中で咀嚼し理解してか、アイは納得したような面持ちでうんうんと頷いていた。

「なるほど、分かりました。ありがとうございますセイバーさん」
「ああ。
 ……ところで、この手はなんだ?」

 前を歩くセイバーは、訝しげな言葉をアイに投げかけた。若干面倒臭そうに振り向いた彼の前に、元気いっぱいなアイの手が、握手を待ちわびているかのように伸ばされているのだった。

「なにって、握手ですよ握手!」
「だから、なんで?」
「改めてこれから頑張りましょうってことです!」
「いや、意味分かんねえんだけど」

 疑問が氷解したようにすっきりとした笑みを浮かべるアイとは対照的に、セイバーは文字通り意味が分からないといった具合に困惑のまなざしを向けている。それに対しアイは、やはり元気よく、胸につっかえていたものが晴れたような笑みで言った。

「実は私、今までちょっとだけ悩んでたんです。何でも願いが叶う聖杯なんてとびっきりのチャンスがあるのに、みすみすそれを見逃していいのかって。
 もしも、仮に、万が一に、私が世界を救えなかったとして。でも聖杯を使えば世界が救えるとしたらって。ほんのちょっぴり、心のどこかで思ってたんです」
「……」

 滔々と話されるのはアイのささやかな、けれど決して無視できない苦悩であった。セイバーはそれを、黙って聞いていた。

「でもセイバーさんの言葉で、やっと分かったんです。仮に世界の救済が人では不可能だとしたら、それを叶えられない聖杯は必要ありません。そして……
 人が世界を救えるんだとしたら、やっぱり聖杯なんて必要ないんですよ」

 満面の笑顔だった。アイは、一片の曇りも迷いもなくそれを口に出していた。

「私は多分、この聖杯戦争で自分の目指す場所が何であるのかを、ようやく理解できたんです。うじうじ悩んでた今までの私とはさよならです。
 そういうわけで、私達聖杯要らない同盟の新たな一歩を祝してもう一回を握手をですね!」
「……お前な」
「? なんですか、セイバーさん」
「……いや、なんでもない」

 絞り出すように呟いて、蓮はアイの手を掴むことなく前に向き直って歩き出した。
 ちょっとセイバーさん! という憮然とした声に振り向くことなく、その目元を影にしたまま、セイバーは無意識に歩を早める。彼の心は、アイに対する言いようのない感情で埋め尽くされていた。


 アイの聖杯否定の言葉は、言いかえればこういうことだ。例え可能性が限りなく0に近かろうと、否、完全に0であろうと、自分はその道を外れるつもりはないということ。
 例え報われることがないとしても。例え果てに待つのが絶望だけだとしても。
 自らの生き方を違えるつもりはないのだという狂気でしかない"夢"を、普通の人間なら投げ出すのが当然でしかない受難の人生を。
 年相応の少女のような満面の笑顔で、アイは受け入れているのだ。

 ……アイが、諦観の欠落した無機的な笑みを浮かべているということが、蓮にはどうしても我慢がならなかった。

 ………。

 ……。

 …。

 ――――――――――――。


116 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:52:20 4i0ukVWM0








「ところで」
「なんだ」
「あの人たちはいつまで付いてくるんでしょうか」

 アイの言葉とほぼ同時に、ぞろぞろと現れたのは数人の男たちだった。皆一様に黒服を纏い、人相を誤魔化すサングラスをかけ、不自然に懐を盛り上げた、明らかに堅気ではない雰囲気の男たちであった。
 見計らったかのようなタイミングだった。周りは人の気配がない薄暗い裏路地で、道幅の狭い通路は逃げ道の確保すら難しい。アイと蓮がここに入るのを狙っていたのは確実であった。

「こいつらが……?」
「例の……」
「若が言っていた……」

「? いったいなんなんでしょう」
「……面倒だな」

 男達は確認するかのように、小声で何かを話している。それを前に、アイは事情のよく分かっていない顔で首を傾げた。セイバーは呆れたような疲れたような様子で嘆息するばかりである。
 風の噂には聞いたことがあった。それはこの鎌倉でにわかに勢力を増しつつあるヤクザ者の噂だった。縄張り争いや他の組との抗争ではなく、何故か一般市民を無差別に殺しているのだというそれは、疑いようもなく聖杯戦争に参加するマスターの炙りだしである。

 やがて男達は話が纏まったようで、代表の一人が一歩前に出て、言った。

「若のご命令だ。嬢ちゃん」

 彼の右手は懐へと入れられて。

「ここで死ね」

 抜き放たれた黒い光沢を持つ拳銃が、轟音と共に火を噴いたのだった。





   ▼  ▼  ▼





「単刀直入に言おうか。俺と手を組もうぜ『新市長』さんよ」

 窓際の縁に腰を下ろし、不遜に足を投げ出した姿勢のまま、余裕の笑みを絶やすことなくその男―――ドンキホーテ・ドフラミンゴは大上段から浅野に提案した。それを見つめる浅野の表情は小揺るぎもしない。
 浅野としては、元より自身がマスターであることの隠匿などできないと踏んでいた。聖杯戦争開始に合わせたかのような市長交代、そして就任早々から浮浪者排除の強硬政策。例え半信半疑であろうとも、市庁舎に忍ばせたバーサーカーの魔力を感知すれば大抵のサーヴァントは浅野がマスターであることを看破できるだろう。
 だから目の前の男―――視界にはライダーと表記されている―――が来たこと自体は驚くに値しなかった。むしろ浅野としては、予選期間中に他のサーヴァントと遭遇しなかったことのほうが驚きであったくらいだ。
 そして他の陣営が自分に接触して来るとすれば、襲撃ではなく同盟等の提案になる確率が高いであろうことも織り込み済みだ。身分の保証されないこの鎌倉においてそれでも市長という公的立場を得たことを鑑みれば、無為に争うよりもその恩恵にあずかったほうがいいと判断するのは極一般的である。無論、そうならない可能性を考慮して浅野なりの対策もしているが、どうやらライダーはある程度は常識があるらしい。
 故に問題は、ここからどう出るかということだが。


117 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:53:11 4i0ukVWM0

「おォっと、勘違いされちゃ困るが、俺は別にお前らの立場にただ乗りしようってわけじゃねェ。それなりに旨みのある話を持ってきたつもりだぜ?」
「随分と自信があるようだね。"元村組の若旦那"」
「ほォ……」

 引っ掛かった。
 趣を変えたドフラミンゴの声と態度に、浅野は知らず一心地をついた。この局面で最悪の展開は、ドフラミンゴが浅野への興味を無くすことである。
 この場で攻撃されるならまだいい。後ろ手に隠した令呪を切ることになるが、死線の寝室での屈服だろうが破壊担当のバーサーカーによる戦闘だろうが取れる手段はいくらでもある。しかし、こちらを敵ないし排除すべき障害と認識された上で逃げ帰られてはどうなるか。そしてそれを防げなかった場合どうなるか。こちらと同等の組織力を敵に回すのは、通常の主従を敵に回すのとは比較にならない困難となって浅野の前に立ちふさがるだろう。
 まずはそれを避ける必要があった。そして、交渉事において主導権の有無は重要である。少なくとも、相手の気勢に呑まれればその時点で終わりだ。

「流石は流石の新市長サマってところか。結構な情報通じゃあねェか」
「何処の英霊かは存じないが、あまりこの国の警察組織を侮らないほうがいい。君の"部下"は幾人かこちらで身柄を預かっている」

 元村組の組長が殺害され、しかし組員の活動が活発となった事実は、当然ながら鎌倉の警察組織は既に認知している。多くの人員を動かすだけでも相当な波紋が広がるが、彼らが行っているのは市民や"浮浪者"の無差別な殺害である。いくら隠蔽工作を施したところで、市井はともかく警察の目をごまかすことは不可能に近い。
 そして浅野は市長に就任した時点で警察上層部に「働きかけて」いる。警察内部で判明した情報は、ほぼ全てが浅野の元まで直通で送られるという寸法だ。故に浅野は、元村組を襲撃したのが出自不明の怪人物であることも承知している。
 予選期間内において彼らが複数の隠れ潜む主従を発見し殲滅できたのには、バーサーカーによる監視網以外にもこうした理由が存在した。

「フッフッフ、そう殺気立つなよ。俺としちゃァあんな木っ端がどうなろうが知ったことじゃねェし、別にそいつらのことで物申したいわけでもねェ。
 さっきも言ったろ、俺は話し合いに来たんだってな」
「手を組む、つまりは同盟締結の交渉というわけか。君らの動向を見るに、まさか戦争否定派ということはないだろうが」
「フフ、あんまり急くんじゃねェよ。お互い初対面なんだしよ、まずは自己紹介と洒落込もうぜ。
 俺はライダー。お前も知っての通り、あのシケた組の頭をやってる。狙いは勿論聖杯だ」

 なるほど、と浅野は一人得心する。そして一切の素振りを見せないまま、表向きは穏やかに話を進めた。

「次は私の番か。とはいえ君がこうして此処にいる以上、わざわざ名乗る必要があるとも思えないが、礼儀として言っておこう。
 私の名は浅野學峯、未熟な身ではあるがこの鎌倉市の市長を任されている。最終的な狙いは君と同じ、聖杯だ」

 白々しいやり取りだ。自己紹介などせずとも、両者は既に互いのことを調べ尽くしている。

「共に聖杯を狙うというなら、いつまでも手を取り合うという選択肢は存在しない。そして私も君も、このように積極的な姿勢を示している以上、そんなことは最初から予想できていたこともである。
 その上で同盟を結びたいということなら、具体的に『この陣営を倒すまで協力したい』という目的はあるのかな? 尤も、そうなると真っ先に挙がる陣営はいくつかあるが」
「あァ、そこんとこは別にいい。悪目立ちするような馬鹿が単騎だったら考えたが、いくらなんでも多すぎだからな。派手に暴れて勝手に潰し合ってくれるだろうよ」


118 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:53:53 4i0ukVWM0

 いっそ討伐令でも出されたら楽なんだがな、というライダーの言葉に、浅野は半分同意すると同時に、果たして討伐令など出されることがあるのだろうかと思考する。
 本戦の開始以降、つまり今日の午前零時以降であるが、監督役であるはずの言峰綺礼は一切その姿を露わにしていない。予選期間であったならば教会を拠点に様々な案内をしていたはずだが、様子見に送った市役所員からは彼が姿を消しているという情報が入ったのだ。
 高見の見物に移行したと考えるには不自然であった。監督役を名乗るのであれば参加者との接触手段は用意しておかねばならないはずだし、そもそもこの舞台の仕掛け人は高見の見物がしたいからこそ疑似人格などという代物を監督役に宛がったはずなのだ。それを、本戦といういわば本番が始まったというのに引き下げるというのはおかしな話である。
 故に浅野は、監督役及びその裏に存在する何者かは、直接的に聖杯戦争に関わることはまずないだろうと推測していた。討伐令の発布さえないと断言はできないが、干渉は極力抑えられるだろうとは確信できる。

「で、だ。監督役直々の討伐令がない以上、こいつを殺すまで肩を並べて仲良くやろうやってのは"無い"わけだ。もしもそいつらと戦うことがあれば、そんな状況に陥ったテメエの不明を呪えってな。
 俺がお前に提案するのはな、情報の共有だ」
「単なる情報交換、というわけではないのだろうね。共有による対策の迅速化が目的というところか」
「よォく分かってるじゃねェか、新市長さんよ」

 情報というものは、時と場合によっては如何なる資産如何なる戦力よりも有用になることもあれば、そこらの塵屑よりも無価値なものに堕することもある。
 その明暗を分ける要素とは、すなわち速さだ。
 情報とは、それが適用される事態が本格化する前に手に入れるからこそ有用なのだ。それを過ぎてしまえば後手の状態となり、当該情報は当然の如く無価値となる。故に、情報の取得は早ければ早いほどいい。
 双方向による情報の伝達は取得を早め、結果として事態への対処を早めることに繋がる。片側にだけ情報が偏る心配も、互いの立場と権力を鑑みれば杞憂でしかない。直接肩を並べ戦うことはしないが、これも同盟の在るべき形の一つと言えるだろう。

「理屈は理解した。しかし肝心要の"信用"に足るものがないな。
 ……そういえば、君は最初に"旨みのある話"があると言っていたが?」
「目敏いな。その通りだよ新市長、ひとまずの手土産としてお前にくれてやる用意がある」

 言ってライダーは、丁寧に整えられた数枚の書類を手に取ると、上に向かって勢いよく放り投げた。木の葉のように中空を乱舞するそれを、浅野は蛇のように腕を動かし掴み取る。
 そこに書かれていた文面は、その時点で粗方目にし記憶できていた。浅野はにやりと口の端を歪める。

「サーヴァントの情報か。しかもこれは……」
「俺も驚いたぜ。近頃街を騒がす屍食鬼、そいつの本元がマスターだったんだからな」

 桃色の頭髪が目立つ少女の写真の横に添えられた、戯画的に歪み腐敗したゾンビのような異形の写真を見ながら、ライダーは心底愉快気に話す。
 屍食鬼の噂は、当然ながら浅野も承知していた。理性なく人を食らい、際限なく増殖していくパニックホラーの産物が如き悪夢。キャスターかそれに準じるサーヴァントによる仕業と考えていたが、まさかそれがマスターの一人によって持ち込まれたものだとは驚きである。無論、ライダーの言葉が真実であればの話だが。


119 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:54:25 4i0ukVWM0

「そいつらは俺達元村組と敵対状態にある連中だ。午前中に襲撃にあってな、それはもう舐めた真似をしてくれたもんさ……
 結果はこうして痛み分け。戦線を離脱した奴は西に向かって一直線だ」

 痛み分けと言うには、語るライダーの表情は不自然なまでに喜悦に満ちている。しかしそれを敢えて指摘する浅野ではなかった。
 額面通りにこれを信用しろと? と目だけで問いかける浅野に、ライダーは薄く笑って返す。

「ま、こいつをどう取るかはお前次第だ。だが、俺がお前から一方的に搾取するだけじゃねェってことは分かったはずだぜ?
 今すぐに答えを出せとは言わねえさ。組む気があるなら俺んところに話を通せばそれでいい」

 ライダーの本拠地である元村組の所在は明らかである。そして、浅野がいるこの市庁舎もまた。
 それを知っているためか、互いの連絡先などどちらも口に出すことなく、ライダーは窓枠に大仰に足をかけ。

「じゃァな、新市長さんよ。いい返事を期待してるぜ」

 言い終わると同時に踏み出し中空へ跳躍、驚くべきことに凄まじい速度で空を飛翔した。
 あっと言う間に、ライダーの姿は空の向こうへと消えていった。去り際の高笑いの残滓だけが、市長室に残されたライダーの痕跡の全てであった。





   ▼  ▼  ▼





「俗物だな」

 ライダーが去って暫し。一人椅子に腰かけながら、険しい表情を崩すことなく、浅野は呟いた。
 言葉を交わさずとも、一目見たその段階でありありと分かるほどに、あの男は我欲というものに満ち溢れていた。浅野は今までの人生で、あの手の輩をそれこそ腐るほど目にしてきた。

「だが、侮りは敗北に、死に繋がるか。あれを放置すればいずれ私に帰ってくる」

 あのライダーは俗物である。だが。
 取るに足らない小物、というわけではなかった。


120 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:55:01 4i0ukVWM0

 あのライダーは元村組の頭をしていると言っていた。事実、報告される元村組の現状や、拿捕した組員たちの証言からもそれが真実であると分かる。
 つまるところ、あのライダー陣営は主従間の力関係が逆転しているのだ。交渉の場にマスターが赴かなかったのは、それが億劫なわけでも隠れ潜んでいるわけでもなく、行動の主体がライダーに依存しているからだろう。
 そして客観的にここ一週間ほどの元村組の動向を追えば、あのライダーが持つ指揮能力には優れたものがあると言わざるを得なかった。ここまで大々的な活動をしておいて矢面に立たされることのなかった手腕は、他の騒乱の影に隠れていたということを差し引いても評価の対象としては十分だった。生前もそうした役職についていたのだろうことが察せられる。
 何より、あの男は「完成」していた。
 それはライダーが完璧であるということではない。単にライダーは人生を全うしたことによってか「これ以上成長の余地がない」ところまで行き着いていたのだ。
 実のところ、浅野が最も苦々しく思っていたのはその点だった。浅野は会話さえできれば3秒で他者を支配・煽動できるほどの教唆能力を持つ。それは彼が半生を過ごす中で身に付けた「教育能力」の賜物であり、教師としての彼が持つ最大の強さでもある。
 しかしそれは、ライダーを名乗るあの男には通じないと、浅野は認めざるを得なかった。教育とは何かを与え、引き上げることによって「成長」を促すものだが、あの男はこれ以上成長することがない。いわばライダーはライダーとしての到達点に達しているため、教育の施しようがないのだ。
 人外の教育能力を持った、浅野學峯が抱える最大の弱点がそれである。完成した者には通じない、それは「完膚無きまでに破壊し尽くされている」がために教育できなかったバーサーカーとはまた違った、彼の陥穽の形であった。

 それらを踏まえて、ライダーとの同盟の提案を受けるかどうかであるが。

「受けるべき、なのだろうな」

 出した結論はそれだった。無論、そこに信頼などありはしない。単に都合がいいからである。
 繰り返すが、身分の保証もされないこの聖杯戦争において、確固とした基盤を持つマスターはそれだけで有用である。それが浅野の市長職と同じくある種の権力を持つものならば尚更だ。
 端的に言えば利害の一致、ならびに利用価値があるという一点に尽きた。それは感情に由来するあらゆる信頼関係よりもずっと信を置ける関係であり、同時にいつでも切り捨てることができるという後腐れのない関係でもあった。
 いざという時は自分が切り捨てられることも覚悟しなければならないが、そんなことは今さらであろう。
 ライダーには機を見て承諾の連絡をしておくべきだろう。無論そのまま受けるのではなく、他陣営との兼ね合いになるだろうが。
 ライダーに関する思考はそこで打ち切って、浅野はおもむろに手元の書類をひらひらと掲げた。

「しかしランサーか……随分と下手を打ったサーヴァントもいたものだな」

 冷たい視線の先には、ライダーとの邂逅よりも前にバーサーカーの監視網で捕捉したランサーの写真があった。
 ライダーが持ち込んだサーヴァントの情報は、既に浅野が掴んでいるものと同一だった。その時点で、ライダーが虚偽を述べている可能性は低くなったと認識している。
 そして、このランサーが霊体化を忘れるほど切羽詰まった状況にある理由も自ずと察することができた。このようなマスターを持っては、如何な英霊であろうともまともに身動きなど取れはしまい。
 だからこそ、浅野やライダーといった複数の陣営に悟られてしまったのか。哀れなものだが、同情はすまい。その立ち回りの愚かさからして、このランサーは言うまでもなく弱者でしかないからだ。


121 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:55:22 4i0ukVWM0

「……」

 言葉無く息を漏らし、浅野は頭を切り替えると、目の前に山積みとなった己が職務に目をやり、手を伸ばす。
 自分にはやるべきことが多くあった。市長としての雑事など及びもしない。聖杯戦争におけるマスターとしての役割もそうだが、こうしてライダーが襲来してきたように他陣営との交渉も一手に引き受けているのだから、些末なことに目を向けていられる余裕などない。
 故に、この哀れなランサーにも、切り捨てるべき弱者以上の印象は持たなかった。
 そのはずで、あったが。

 ふと、心の隅のほんの少し程度ではあるが、浅野はランサーに対してある種の思いを抱いた。それは疑問のようでもあり、期待のようでもあり、自分でも説明の付けづらいものであったが。
 確かなことは、浅野にはランサーに聞きたいことがあったということ。

 ランサーは斯様なマスターを得て、その願いを聞き届けることすらできないような状況に置かれて、尚も奮闘し戦場を駆けている。
 なんともいじましく、そして健気な姿である。それほどまでに叶えたい願いを持っているのか、それとも自分を召喚したマスターへの義理でもあるのか。
 分からないが、だからこそ浅野はランサーに聞いてみたかった。彼女の抱える願いを、その重さを。聞き届け、思考し、自らの糧としたかった。

 それが、願いを持たない自分の「弱さ」から来るものであるということは、浅野自身自覚しているからこそ歯痒いものがあった。



【C-2/鎌倉市役所/一日目 午後】

【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]二画
[状態]魔力消費(大)、疲労(中)
[装備]防災服
[道具]
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。しかし聖杯に何を願うべきなのか―――?
1:ひとまずバーサーカー(玖渚友)の孤児院攻撃は黙認する。
2:ライダー陣営を利用する。次点の接触対象は辰宮百合香だが……
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:バーサーカー(玖渚友)への殺意。
5:ランサー(結城友奈)への疑問。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)と接触。表向き彼らと同盟を結びましたが状況次第では即座に切るつもりです。
ランサー(結城友奈)及び佐倉慈の詳細な情報を取得。ただし真名は含まない。





   ▼  ▼  ▼


122 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:56:01 4i0ukVWM0





 閑静な路地裏に乾いた発砲音が木霊した。
 黒服の一人が抜き放った拳銃は狙い違わず、標的の少女に照準されていた。その手際、その腕前は一介の鉄砲玉としては上々のもので、だからこそその場にいた黒服たちの全員が、次の瞬間には少女の眉間に穴が空き血飛沫が舞うのだと疑わなかった。
 しかし。

「わ、わわわ。なんですこれ、ビックリしました」
「……なんだと?」

 銃を構えた黒服も、その後ろで立ち並んでいた黒服たちも、一斉にたじろいだ。全員に動揺が走り、顔を驚愕や疑念の色に染める。
 少女は健在だった。ほんの少しびっくりしたように声をあげて、けれどそれだけだ。眉間にも、体のどこにも、銃痕らしきものは見えない。少女は少し興奮した様子で隣の男に向き直っている。何やらあわあわと話しかけているようで、対する男も何かを言っているようだった。が、黒服たちにそんなことを鑑みる余裕などない。

 ―――外した……いや不発か?

 即座に我を取り返し、黒服は無意識に下げていた銃を再び構え、今度こそ仕損じることのないように照準を定め、引き金を引いた。

 響いた発砲音は一つ。
 鈍い金属音も、また一つ。

 少女は……アイは黒服たちのほうを見ようともせずに、右手に持ったショベルを軽くスイングした。
 金属同士がかち合う特有の鈍い音が反響した。弾丸が肉厚のショベルに弾き飛ばされたのだと、嫌でも分かった。
 それを2回。
 そのようにして、アイは凶弾から自分を守っていた。

「お前ら!」

 呆然の域にあった背後の黒服たちはその一言で「はっ」と我に返った。一斉に懐から拳銃を取り出し、一つの例外もなく実弾が込められたそれをアイに向ける。
 本物の殺意の群れが、アイを襲う。
 発砲、発砲、発砲。
 全ての拳銃が火を噴いていた。この少女のようなナニカが何者であろうと、これだけの集中砲火を浴びせれば関係ない。

 折り重なる無数の発砲音を掻き消すように、無数の金属音が響き渡った。
 全ての弾丸は墓守のショベルに阻まれた。銀色の刃が振るわれる度に、空中に円形の火花が散り、あとにはひしゃげた王冠のようにめくれ上がった鉛玉と、潰れた果実のようにくだけた鉄鋼弾がバラバラと落ちるのみであった。

「ば、化け物……」
「む、失礼ですね」

 アイはショベルを下段に構えて残心。

「化け物じゃないです。私です」


123 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:56:51 4i0ukVWM0

 言うが早いか、アイは構えるように身を屈め、思い切り地を蹴って前に踏み出した。
 一瞬で黒服たちの目の前まで接近したアイが、平面に構えたショベルを力いっぱいに振り上げる。風圧に押しあげられるように、最前列で最初にアイを撃った黒服が壁に叩きつけられ、力なくずるりと崩れ落ちた。
 速い、あまりにも。それなりに鉄火場を潜り抜けてきたはずの黒服たちが反応すらできていない。
 そのまま子供のチャンバラのように、アイが次々とショベルを振るう。その度に一人、また一人と黒服たちが吹き飛ばされ、壁や地面に叩きつけられる。全員が気を失うまで5秒とかからなかった。

「お母様から受け継いだこのショベル! 悪党の弾ごとき何ともないのです!」

 ふぅ、と一声。アイはまるで「いい汗かいた」とでも言わんばかりに額を拭い、深い息を一つ吐いた。



 そんなアイを、遠目から見下ろす影が一つ。

「……こりゃ驚いた」

 アイが黒服たちと一悶着した現場からおよそ100m、三階建のビルディング屋上の縁に座り、彼は不遜に睥睨していた。
 派手な男だった。特徴的なサングラスに、鳥の羽根を模った飾り付けを施した、大柄なその男は、名をドンキホーテ・ドフラミンゴといった。

「二人組の時はどっちか一人になるまで待てってよォく言いつけといたんだがなァ。だが、仮にサーヴァントなしでも同じことか」

 黒服たちはドフラミンゴが支配する元村組の組員であった。ドフラミンゴ直々に聖杯戦争の知識を与えられ、マスター暗殺の任を受けている。鎌倉市内には、彼らと同じ任務を賜った黒服たちが、それこそ無数に放たれ、マスターと思しき者たちを無差別に襲っているのだ。
 ドフラミンゴが件の現場を発見したのは、全くの偶然であった。彼は末端の構成員になど欠片の興味も抱いておらず、故に"他のもっと重要なもの"を監視していた最中だったのだが、その途中で目に入ったのがアイたちの姿だったのだ。
 駒どもがこの幼いマスターを殺せたならばそれでよし。そうならなかったならば……まあ、その時はその時だ。そう考えてはいたのだが。

「まさかうちの乱と同程度に動けるマスターが他にもいたとは、少しばかり意外だったな」

 感心するかのような口調。ドフラミンゴのマスターである乱藤四郎はマスターとしては破格とも言うべき身体能力を持っていたが、あの少女もスペックだけを見るならそれに追随する域にあった。
 これではヤクザ崩れの屑共などいくらいようと物の役には立つまい。乱と殺し合わせても、刀剣男士たる彼ですら敗北する可能性があった。少なくともドフラミンゴはそう考える。
 ならば、出てくる答えはただ一つ。

「面倒だが、俺が出張るしかねェか」

 それしかあるまい。幸いなことに奴らを一方的に捕捉している今、アドバンテージはこちらにある。そしてドフラミンゴには、遠方の敵を狙撃する術も存在する。
 人差し指を伸ばした腕を、アイに向かって指し示し。


124 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:57:28 4i0ukVWM0

「……いや、ちょっと待て」

 そこで"ようやく"気が付いた。
 倒れ伏す黒服たち、その脇で一仕事終えたかのようにいい表情をしているガキ。それはいい。
 だが、その隣にいたはずの男の姿がどこにもない。
 何時の間に消えた。ドフラミンゴは、一切目を離していないというのに―――!
 余裕そのものだった態度を崩し即座に立ち上がる。

「どこ行きやがった、あの野郎―――」
「ここだよ」

 背後から上がった声を、ドフラミンゴが聞くことはなかった。
 その時既に、ドフラミンゴの額には刃が生えていた。後頭部から突き立った剣先が額まで貫通していたのだ。
 次の瞬間、刃から立ち上る魔力が旋回する戦椎となって放出され、その波濤がドフラミンゴの上半身を消し飛ばした。力と重心を失った下半身が、呆気なく眼下の地面へと墜落していく。

「厄介だな。これ確実にあの連中と繋がってる奴じゃねえか。また面倒なのに目ぇ付けられたっていうか……」

 突き出した剣を魔力の粒子として消し去り、蓮は一人嘆息した。サーヴァントを打倒したにしては、彼の態度はあまりにも達成感に欠けていた。
 それも当然の話である。何故なら今殺害したサーヴァントは『本当の意味で脱落していない』。屋上から地面に落ちた下半身が、粒子となって消滅するのではなく「糸が解ける」ように消えたのがいい証拠だ。
 分身であるのか、特殊な蘇生方法でもあるのか。サーヴァントとしては弱すぎた事実から恐らく前者か。ともかく、あのサーヴァントはまだ生きている。しかも厄介なことに、黒服たちの襲撃のタイミングやそれを俯瞰していたことを鑑みて、両者は確実に繋がっているはずだ。ヤクザによる無差別通り魔事件は小耳に挟んでいる。それらが無関係であると考えるほど、蓮は楽観的な思考の持ち主ではない。
 相手を捕捉したという点においては、蓮の側も同じではあるが。それでも厄介なことに変わりはなかった。

「あ、セイバーさん。そちらも終わったんですか?」
「ああ……少し面倒なことになったけどな」

 アイのもとに戻り、ショベルを下にちょんとさげて待っていたアイに応える。見たところ怪我の類はないらしい。彼女の身体能力を認めていないわけじゃなかったが、だからといって心配しないということもないのだ。
 斃れた黒服たちを見渡して、アイは不思議そうに尋ねる。

「この人たちは一体なんだったのでしょう」
「噂になってた無差別殺人のヤクザ連中だろ。さっきそこでこいつらの元締めっぽいサーヴァントに会った」
「つまり悪人ということですね」
「そういうこと」

 ちょいちょいとショベルで黒服をつつくアイを見ながら、蓮が答える。これまでとは全く違う意味で頭の痛くなるような話だった。

「それで、これからどうするかって話になるんだが」
「なるんですが?」
「サーヴァントがこっち来てる。新手だな」

 蓮が顎だけで指示した方向を、アイが見る。
 そこには何時の間に現れたのか、桃色の髪をした少女が一人立っていた。





   ▼  ▼  ▼


125 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:58:09 4i0ukVWM0





「ちィ、"接続"が切れたか」

 薄暗い王座に座りながら、ドフラミンゴが苛立たしげに舌打ちをした。

 街に放った影騎糸(ブラックナイト)の一人から鎌倉市長「浅野學峯」の情報と交渉結果を受け取ったドフラミンゴだったが、しかしそれら影騎糸のうちの一体が突如として消失し、共有していた視界がノイズめいた空白に切り替わったのだ。
 それはある"もの"の監視のために放っておいたものだった。途中他のサーヴァントを捕捉し、それにかまけたのが敗因だったか。それは、恐らくは敵性サーヴァントの攻撃によって討伐されたのだ。その攻撃を、こちらが感知することはできなかったが。

 視界の消失を確認したドフラミンゴは、即座に新たな影騎糸を生成し、街へと放った。固執するほどではなかったが、リソースが余っている現状敢えて放っておくという選択肢もなかったのだ。それに、自分が目を放しているうちに"アレ"が何をするかも分からないのだから。
 消失した影騎糸が見張っていたもの。それは、野に放したランサー、すなわち結城友奈であった。

 結論から言って、ドフラミンゴは既にランサーから利用価値を見いだせずにいた。
 確かに、ランサーは一陣営を討ち取ることに成功した。彼女が対峙したサーヴァントの情報も得られた。が、その一戦だけでランサーは満身創痍、これ以上戦いを続けても碌な戦果を挙げられるとは思えない。
 元より、ドフラミンゴが友奈陣営に期待していたのは屍食鬼という「無尽蔵に増殖可能な死兵」の大本であり、結城友奈のマスターである"それ"を確保できた以上は友奈は半ば用済みなのだ。
 戦力として期待できず、反旗を翻す可能性もある扱いづらい正義の味方。それを生かしておく理由はどこにもない。
 だからこそ、彼女からは目を離しておきたくはなかったのだが。

「まァ、そっちはどうとでもなるが、問題はこっちのほうだ」

 それよりも、勘案すべきは新市長のほうであった。何故なら浅野學峯という男、あれはどうにも侮れない。

 市庁舎に潜り込ませた影騎糸には、市長室を一通り見てまわらせたが、浅野學峯という男は情報の痕跡というものを一切感じさせなかった。内装は全く弄られておらず、知らず拝借したPCにも鍵がついているフォルダはなし。
 無能なわけではない。むしろ逆だ。恐らくあの男は、得た情報を全て自分の頭の中に叩き込んでいる。自分が死ねばそこで終わりの聖杯戦争において、極めて合理的な思考である。
 だからこそ気に入った。あの男は、自分と組むだけの価値がある。

 そしてドフラミンゴの計画は、おおむね順調に進んでいた。

 複数のサーヴァントの情報を得るという目的は達成された。
 ランサーを使い他陣営を脱落させるという目的は達成された。
 新市長という公的権力を持ち合わせる陣営とのパイプ繋ぎは達成された。
 用済みのランサーをさも有用な情報と見せかけて新市長との交渉に使うという目的は達成された。
 更なる他陣営への当て馬とするために、反旗を翻しかねないランサーの戦力を削るという目的は達成された。
 屍食鬼を使い、いざという時の死兵を増やすという目的は今もなお順調に稼働中だ。

 ただ一点のみ。ほんのわずかな時間であるが、ランサーに対する監視網が外れたことが想定外の出来事だった。
 ドフラミンゴ自身、重要とは全く思っていないその一点だけが、彼の犯した過ちであった。



【B-4/元村組本部/一日目 午後】

【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]総資産はかなりのもの
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
0:新市長……乗るか、乗らないか。
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。が、ランサーはもう用済みだ。
2:『新市長』に興味がある
[備考]
浅野學峯とコネクションを持ちました。
元村組地下で屍食鬼を使った実験をしています。
鎌倉市内に複数の影騎糸を放っています。
ランサー(結城友奈)にも影騎糸を一体つけていました。しかしその影騎糸は現在消滅したため、急遽新たな個体をランサーの元に派遣しています。
上記より如月&ランサー(アークナイト)、及びアサシン(スカルマン)の情報を取得しています。

※影騎糸(ブラックナイト)について
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)の宝具『傀儡悪魔の苦瓜(イトイトの実)』によって生み出された分身です。
ドフラミンゴと同一の外見・人格を有しサーヴァントとして認識されますが、個々の持つ能力はオリジナルと比べて劣化しています。
本体とパスが繋がっているため、本体分身間ではほぼ無制限に念話が可能。生成にかかる魔力消費もそれほど多くないため量産も可能。


126 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 21:59:27 4i0ukVWM0










   ▼  ▼  ▼





 両者は対峙したまま、無言で時を過ごしていた。
 桃色の少女だった。アイと蓮の目の前に立っていたのは、アイよりも少し年上といったころあいの、未だ幼い少女の姿をした、奇妙な装いのサーヴァントだった。
 クラスはランサー。彼女が持つ力量の断片が、アイの視界に滔々と映し出される。アイはごくりと唾を飲んで目の前の現実を見つめていた。
 そしてそれは、目の前のサーヴァントも同じだった。蓮だけが、静かに剣を具象化して隙なく事態を見守っていた。

 そうして誰もが無言のまま、一秒、二秒と時が過ぎ。

「あ、あのっ!」

 と。
 サーヴァントの少女が、意を決したといった面持ちで話を切り出した。
 それを見て、アイは彼女なりの決心がついた。というのも、この少女の様子があまりにも不安と焦燥に満ちていたから、そんな人物を前にした自分が何をすべきかなど、考えるまでもなかったのだ。

 故に、自分の行動など一つしかなく。

「……おい、待て」

 一歩進もうとする肩を、蓮が強く押し留めていた。

「ガキの姿だからって甘く見るな。相手はサーヴァントだ」
「そんなの関係ないですよ。私は相手が赤ん坊だろうとお化けだろうと、態度を変えたりしませんもの」
「だから待てって、せめて俺が前に出る」
「いえいえ、私が行きますよ」
「は?」
「え?」

「あの、良ければ私の話を聞いてくれませんか……!」
「待て」

 踏み出そうとした少女を、しかし蓮は剣を突きつけ制止する。アイと不毛なやり取りをしていたとは思えないほどに、その佇まいに一切の隙がなかった。

「俺がいいと言うまでそこから一歩も踏み込むな。魔力も昂ぶらせるな。
 改めて聞くぞ。お前は誰だ? 何が目的だ? そしてその返り血はなんだ?」

 何か下手な真似をすれば即座に攻撃するという意思を叩きつけ、蓮が詰問する。彼がここまであからさまに少女を警戒するのには理由があった。それは彼が言った通り、少女は夥しい量の返り血を浴びていたのだ。
 こうして距離を開けていてもなお、濃厚に香ってくるほどの血臭。かつては清廉であっただろう意匠の服は見る影もなく穢れ、疲労の色を湛えた顔に染みついた赤色の飛沫が悲壮な気配を漂わせている。
 明らかに尋常じゃない様子だった。サーヴァントであることや状況の一切を度外視しても、怪しさが服を着て歩いているような少女を近づけさせないのは当然の話である。

 しかし。


127 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 22:00:14 4i0ukVWM0

「待ってくださいセイバーさん。そんな聞き方ってないですよ。もうそんなカンジじゃないんですから」

 と、そんなボケた言葉が蓮の背後からあがった。言うまでもなく、アイだ。

「うっせぇ、何が"カンジ"だ。これは俺たちの安全のためにも聞いとかなきゃいけないことなんだよ。どう考えても怪しいだろこいつ」
「そりゃ私だって色々と気になることはありますけど。でもこの人は絶対大丈夫ですよ。捨てられた子犬みたいな雰囲気丸出しで困ってる人に悪い人なんていません」
「それを確かめるために俺が聞いてるんだろうが。いいから黙ってろよお前、ほんと頼むから」

 剣を突きつけ視線は少女を見据えたまま、二人は平行線のまま変わらない意見を戦わせた。なまじ二人共互いのスタンスを理解しているから埒が明かなかった。

「そんなこと言ってセイバーさんのやることって結局は全部自分が背負い込んで駄目になっちゃう系じゃないですか! その変なところで生真面目な性格いい加減にしてくださいよ!」
「おま、そんなこと言ったらお前なんざ勘とフィーリングだけで生きてるファンタジスタじゃねーか! 少しは先の予想とかしろ!」
「あーあーあー、言っちゃいますかそれ! 言っちゃうんですか! だったら私も言わせてもらいますけど―――」

 台無しである。アイは変わらず「ふんす」と息巻いて、蓮はもう勘弁してくれ頼むからと言わんばかりに叫んでいる。それでも少女に対する隙を見せないあたり流石であったが。

「えっと……」

 そんな二人を前に、少女はなんだか脱力して、元より戦うつもりなど微塵もなかった態度を更に軟化させた。
 気配でそれが分かったのか、蓮はおもむろに舌戦をやめて少女へと意識を集中させる。少しの異変も見逃さないという意思の現れであった。

「私は見ての通りサーヴァント、クラスはランサーです。真名は……ごめんなさい、今は言えません。
 私に戦闘の意思はありません。私はただ、お二人に話を聞いてほしくてここに来ました」

 少女の言葉は真実である。彼女は孤児院へと向かおうとしていたが、その道中において彼女を監視していたと思しきライダーの分身を、眼前のサーヴァントが消滅させた場面を目撃したのだ。
 自分に監視がついていることは分かっていた。だからこそ、ライダーの意にそぐわない行動を取ることはできなかった。
 しかし、今ならば。次の分身が放たれ追いつかれるまでの短い時間であるが、その間隙たる今ならば。

「お二人とも関係のある話だと思います。あのライダー……サングラスをかけた男のサーヴァントについて」

 ライダーへの反旗を翻す、絶好の機会であったから。

「お願いします……」

 友奈は、一縷の望みを懸けて。

「私のマスターを、助けてください……!」

 ただそれのみを願って、彼女は懇願したのだった。


128 : 白紙の中に ◆GO82qGZUNE :2016/12/19(月) 22:01:29 4i0ukVWM0

【B-2/路地裏/一日目 午後】

【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
0:眼前のサーヴァントに対処
1:世界を救うとはどういうことなのか、もう一度よく考えてみる。
2:すばるたちと合流したい。然る後にゆきの捜索を開始する。
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばる、アーチャー(東郷美森)とは仲良くしたい。
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
0:眼前のサーヴァントに対処
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
4:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
5:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
6:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処……だが、こいつは何か知っている?
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。


【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:目の前の主従に話を聞いてもらいたい。
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]


129 : 名無しさん :2016/12/19(月) 22:01:48 4i0ukVWM0
投下を終了します


130 : 名無しさん :2016/12/20(火) 19:36:37 r6ZS8xiY0
投下乙です。

セイバーの渇望的に上手くいってもめぐねえは脱落だろうな


131 : 名無しさん :2016/12/20(火) 19:54:01 KbOeoFJM0
投下乙
めぐねぇは肉体的には生きてると言えなくもない


132 : ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:01:15 CPZuPtEg0
閑話的なものを投下します


133 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:02:42 CPZuPtEg0




 ―――"彼"にとって最古の記憶は、桃色に染まる煙に包まれた光景だった。




 そこは一言で形容すれば、矛盾に満ちた空間だった。
 希望に溢れていながら絶望的。至福の極楽でありながら地獄的。渾沌として混じり合うものは存在せず、さりとて争いが起こっているのかといえばそんなことは全くない。
 誰もが愉快に、しかし救いようもなく堕落している。さながら沸騰する渾沌が如く、冒涜的な太鼓とフルートの演奏に狂乱する蠱毒の壺めいた惨状。
 この世のものでありながら、しかし現世とは決定的にかけ離れた白痴の異界。誰も彼もが至福の境地に到達する、それは万人の思い描く幸福の夢であった。

 香を吸えば愉快痛快、苦痛は剥がれて揮発する。
 この楽園は絶対だ。何故なら誰もが閉じている。

 因果? 知らんよどうでもいい。
 理屈? よせよせ興が削げる。
 人格? 関係ないだろうそんなもの。
 善悪? それを決めるのはお前だけだ。

 他我の交わらない心の中で好きに世界を描けばいい。あらゆる者が酔いに酔い痴れ謡いながら、冒涜的な音色の満ちる霞の中で踊っていた。
 それは万人へ分け隔てなく開かれた完全無欠の桃源郷。無償かつ永遠に酒池肉林が広がり続ける"楽"に満ちた仙境は、遍く人々を夢の底へと沈め続ける。

 いつから自分はそこにいたのか。自分はどうやって生れ落ちたのか。そんなことは彼自身にも分からない。
 光差す世界から捨てられた? それともここで泥のように産み落とされた? あるいは自ら足を踏み入れた? そもそもそんなものに意味などあるのか?
 正確な部分など誰にも分からない。知る者など誰もいない。何より疑問に思う者が存在しない。一応母を名乗る女らしきものはいたが、果たしてそれに血縁関係などあるものか。そもそも"彼"に親などいるのか。
 どうでもいいことだった。何せここは天上楽土、桃の煙に揺蕩うだけで世界は幸福なのだから疑問に思う必要はない。正常な宇宙から切り離されたこの場で育ち、彼にとって世界の全てはただひたすら幸福に満ちたまま宴のように進行していく。
 母はいつも幸せそうに笑っている人間だった。夢に包まれ夢に生き、その実何も見ていない白痴の信奉者であった。彼女は"彼"の母親であったが、果たして彼を本当に息子と認識していたのかどうか。しかしそれでも構わなかった。
 何故なら人間とはそういうものなのだから。
 渾沌に生れ落ちた盲目の播神にとって、人間とは"そういうもの"でしかなかった。自己の世界に埋没し完結している、パントマイムの世界。都合のいい独り芝居だけがそこかしこで演じられている。彼にとって世界とはそうであったし、人間もまたそうしたものだった。
 そうだとも。ここは万事、永遠の幸福が約束された桃源郷。困ることなど何もなく、ならば好きにやるがいい。

 母は稀に彼を間違え、打ち捨てられた人形なり死体なりを優しい笑みで愛玩している。いいことだ。
 向かいの男はいつも女へ愛を語り、蛆と蛭の湧いた腐肉へ猛然と股ぐらを突っ込みながら絶頂している。仲睦まじくて素晴らしい。
 隣の老婆は毎日欠かさず、神仙の桃と名付けた馬糞を飽きもせず独り占めしながら貪り食らっている。満足するまで食べるがいいさ。
 不老長寿の小便売りは大繁盛で、通りに座る大将軍は蠅を相手に明日の軍議を説いている。酸で水浴びする女は永遠の美の探求に忙しく、子供は姉の内臓調理に炎で父を洗いながら犬の頭蓋を鍋にしつつ、至高の演奏を披露するは僵屍の群れを前にして、導師が平和を守っているため老人は両目を蠱毒に捧げたのだ。なんて感動的なのだろう。

 あなたの、君の、お前の、きっとたぶん、活躍と勇気と幸運で世界は救われたのだ。
 素晴らしい。今日も世は泰平である。
 何もおかしなことはない。世界は幸せと笑顔で満ちていた。



 生まれながらにしてあまりにも巨大な精神と世界観を有していた"彼"は、故にこそ人とはまるで視点の違った遥か高次より世界を俯瞰していた。
 これこそ"彼"の原風景。此度の聖杯戦争において月の裏側にて眠り、万象を彼の見る夢とした播神を形作った世界の在り方である。





   ▼  ▼  ▼


134 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:03:41 CPZuPtEg0





 煙が流れている。

          ドロドロ。

 命が流れている。

          ドロドロ。


 何が?
 命が?
 それとも、他の、何か?




 ………。

 ……。

 …。

 ――――――――――――。



『すべて』

『そう、すべて』

『あらゆるものは意味を持たない』



 ………。

 ……。

 …。

 ――――――――――――。





   ▼  ▼  ▼


135 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:04:17 CPZuPtEg0





 これは夢と現に交わる、儚い幻の物語。そうした渦中にある彼らにとって、どんな出会いも重ねた時間も、泡沫のように消えていくだけ。

 利己的な復讐を望んだ悪鬼が、しかし無様に敗残して死んでしまったりであるとか。
 誰かの救済を願った人形が、何をも果たせず消えてしまったりであるとか。
 友誼のために戦った少女が、守ろうとした者にさえ忘れられてしまったりであるとか。
 日常への帰還だけを一心に願った弱者が、それとは対極にある無残な末路を迎えてしまったりであるとか。
 愚かな教えに盲目的に付き従う一際愚かな娘が、しかしその教えさえも奪われて一人惨めに潰されたりであるとか。
 百年の時を超えてなお諦めることのなかった魔女が、結局何をも掴めなかったりであるとか。

 彼女たちは意味なく生きて、意味なく死んでいく。たった一つの願いを懸けて、願い敗れた者たちが死んでいく。

 古都鎌倉、聖杯の恩寵を巡る戦争の舞台。これは、そんな盤面を俯瞰する世界の果て。舞台の遥か上に聳える"塔"の話である。





「……」

 昇る。昇る。昇る。黄金螺旋階段を昇る男が一人。
 それは少年。それは愚者。それは神殺し。世界救済の夢を求めた男が喝采なき時計の音を吟じている。
 彼は黄金螺旋階段を昇る。一歩、一歩と踏みしめて。今も、今も。
 頂上を目指して。いと高き場所に在るものを、目指して。

 ―――いいや。いいや。

 そうではない。彼は何をも求めない。
 果て無きものなど、尊くあるものなど。
 彼は求めない。求められない。彼が待ち望んでいるのは、一つだけ。

「……死んだか、壇狩摩」

 ぼそり、と。
 呟かれる声があった。それは心底より驚愕したようにも聞こえて、しかし予定調和であるかのような平坦さも感じられる声だった。

「あいつには期待してたんだけどな。いや、それも含めてあいつの掌の上か?
 どっちにしろ迷惑な奴だよ。あいつのせいで何もかもが狂っていく」

 もしくは、あいつの"おかげ"か。
 独りごちる少年は足を止めることがない。薄暗い紫の闇に覆われる螺旋階段を、彼は一人で昇り続ける。
 一体いつからそうしているのか。一体何が彼をそうさせるのか。
 彼はただ昇るだけだ。今も、かつても、これからも。
 そして頂上に在るものは嗤うのだ。今も。今も。


 くすくす。くすくす。くすくす。


 それは女の嗤う声。幻のように不確かな虚像を伴って、螺旋階段を昇る彼の体に纏わりつく。
 女たちは嗤う。人に非ざる機械の体をしならせて。清らかに、邪悪に、無垢に、微笑む。
 
『くすくすくす。おかしなおかしな拳銃喰らい(ブザービーター)』

『くすくすくす。人間のメモリーなんてくだらないのに』

『くすくすくす。声こそがすべて。言葉は偽らないのに』

 くすくす。くすくす。くすくす。
 嗤う声がする。月の王に寄り添う、囀る笑み。
 諦めろと耳元で囁く女たちに、彼は。


136 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:05:27 CPZuPtEg0

「黙れ」

 たった一言。それだけで、女の声と姿は霧散した。

「黙れ、道化にすら劣る機械人形共め。月並みに神を恨んで、すなわち全てを諦めろと?
 ふざけるな。俺は俺の世界を救う。ただそれだけを選んだんだ」

 少年は階段を昇り続ける。ずっと、ずっと。
 遥か高みを睨みつけて。ただ一人のことのみを、待ち望んで。

「俺は往くだけだ。散々に歪みきった、堕ち行くだけの、この道を」

 あとはもう言葉はなかった。元より止まることを彼は許さず、故に歩みは続けられる。

「だから……待ってるぞ、■■」

 ……■■。
 黙ってお前の背中を押したのは俺だ。だから、俺も黙って昇り続けよう。
 その果てに、例え桃煙に揺蕩う幻に過ぎずとも。願わくばお前の姿があることを。
 黄金螺旋階段の最奥で待ち続けよう。ずっと、ずっと。




【世界塔内部・黄金螺旋階段/?????】

【『世界救済者』@?????】
[令呪]???
[状態]???
[装備]???
[道具]???
[所持金]???
[思考・状況]
基本行動方針:???
[備考]





   ―――アラヤに新しい情報が登録されました。




【クラス】
マシーナリー

【真名】
機械姉妹(マシンメイデン)@紫影のソナーニル-What a beautiful memories-

【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力EX 幸運E 宝具E

【属性】
秩序・悪

【クラススキル】
機鋼の体:A
マシーナリーは生物ではなく完全な機械仕掛けの存在である。
生物に対して働き掛ける干渉を無効化する。

無我:A
自我・精神といったものが極めて希薄であるため、あらゆる精神干渉を高確率で無効化する。

【保有スキル】
幻惑:D
変幻能力。"メモリー"を再生し人間への嘲笑とする■■■■■■の■■。

三位一体:A
マシーナリーの在り方。彼女たちは斯く在れと作られた被造物であるため三体で一体のサーヴァントとなる。


137 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:06:36 CPZuPtEg0

【宝具】
『妄想録音(フォノグラフ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
人間を"孤独の動物"だとして嘲笑する音の女。
4つの腕を有し、顔面と肩には発声器が取り付けられている。

『妄想幻燈(キネトロープ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
人間を"忘却の奴隷"だとして嘲笑する幻の女。
フィルムと回転板を身に纏った華やかなようでどこか不気味な印象を受ける姿をしている。

『妄想白熱(バルブガール)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
人間を"恐がり"だとして嘲笑する明かりの女。
顔面が白熱電球であり、感情に応じて発光する。


【人物背景】
チクタクマンの従者。遍く人を嘲笑する作り物の女達。

【サーヴァントとしての願い】
?????





   ▼  ▼  ▼





 "彼"は未だ目覚めぬ微睡みの淵に在りながら、己が視界の真下に広がる世界を溢れんばかりの愛情と慈しみで以て見つめている。
 桃煙に包まれた地上世界、聖杯という奇跡を巡る熾烈な攻防劇、世界の果てに聳える塔とそれらを取り巻く人々の全て。あらゆる全てを見下ろしながら、彼は切に願っているのだ。


138 : 世界救済者を巡る挿話・その1 ◆GO82qGZUNE :2016/12/22(木) 20:07:14 CPZuPtEg0

 なんと哀れな。救ってやろう。報われてくれ愛しい君よ、俺はお前たちの幸せだけを、いつも変わらず願っている。
 ああ、だから、いったいどうした楽しめよ。お前の世界はお前のもので、お前の形に閉じているのだからお前の真実はお前が好きに描けばいいのだ何を必死に争っているのかなぁ。
 俺はお前たちのことがとても好きだしお前たちも聖杯(おれ)を好きなのだからきっと楽しめるに決まっているのだよそうだ素晴らしいではないか善哉善哉。
 飲めよ吸えよ気楽に酔えよ。さすればそこは羽化登仙。お前だけの仙境はいつもお前も待っているのだ。至福は約束されている。
 丹が欲しいか? 視肉はどうだ? 霊芝はいくらでも揃っているし、艶が好きなら虹の仙女でも呼んでやろう。
 紅衣、青衣、素衣、紫衣、黄衣、緑衣、なんでもよりどりみどりなのだよ、遠慮をするな派手にいこうか。
 一つ蟠桃会と洒落込んでみるのも悪くはあるまい。俺は西王母とも最近懇意になってなぁ。これがどうして、なかなか気前のよろしい瑶池の金母であることよ。めでたい、めでたい。
 聖杯、聖餐、ダグザの大釜。奇跡が欲しいならいくらでもやろう。世界を救う? 妹に幸せを? 母の悲願を? 世の全てを? 輝ける日常を? 一心不乱の闘争を? 未来を希望を尊厳を? いいぞいいぞ、好きなように願えばいい。聖杯(おれ)は全てを叶えてやれる。
 だからなあ、笑ってくれお前たち。世界はこんなにも輝いているのだから。わざわざ他人と関わって悪戯に傷つき惑う必要など何処にもないのだ。他我と交わり争い血を流し、願うものを得られず死んでいくなどと、そんな悲しいことを言わないでおくれ。
 人とは見たいものだけを見て信じたいように信じる生き物なのだから、自分の中の真実だけを見ていればそれでいい。
 ここは太極より両儀に分かれ四象に広がる万仙の陣。故に不可能など何もないのだ。

 遥か高みの渾沌にて。
 今も、君臨する者は語る。救われてくれと。
 今も、君臨する者は囁く。俺を使うがいいと。
 慈愛の王は、ただ募り行く悲しみを惜しんでいる。



『故にこそ、この舞台はすべてが偽りなのだ』



 そこは、世界の果ての塔。その最頂。黄金螺旋階段を昇りきった更に奥。
 睥睨する万仙の王の視線を受けて、今も嗤う男が一人。紫影の玉座に座って嘲笑だけを浮かべ続ける。
 それは裁定者。それは《王》。沸騰する渾沌に微睡む仙王とはまた違う、時に這い寄る月の王。
 箱庭世界の支配者にして、観客にして、自らもまた演者。
 ―――ルーラーと呼ばれる者。

『果てなきものなど。
 尊くあるものなど。
 すべて、すべて。
 あらゆるものは意味を持たない』

 静かに告げて、玉座の主は告げる。
 この聖杯戦争に集う演者の全て。それらを睥睨して、嘲笑して。

 聖杯戦争―――"勝ち残った一人"があらゆる願いを叶えられる奇跡の争奪劇。
 この世界を"そんなもの"だと勘違いしている全ての演者を、嘲笑って。

『例えば―――』

 人とは見たいものだけを見て、信じたいように信じる哀れな生き物。だが。
 朔とは暗夜。目に見えるものなど何もない。見たいものなど見えるはずもない。
 そう、真実など見えるはずはないというのに。

『夢から醒めてしまえば何の意味も、ない』

 いったい何を鵜呑みにしている。
 愛いぞお前ら、永遠に踊れ。そしてそれこそが、この聖杯戦争の真実である。


139 : 名無しさん :2016/12/22(木) 20:07:44 CPZuPtEg0
投下を終了します


140 : 名無しさん :2016/12/25(日) 22:16:50 b8oLAd/w0
投下乙です
このタイミングで出てきたのがチクタクマンの手駒であることを考えると今まで玉座で嘲笑ってるだけだったルーラーも直接舞台に介入し始めるのかな?


141 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:51:49 y7X0rqJw0
辰宮百合香、アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)を予約します


142 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:52:19 y7X0rqJw0
投下します


143 : 存在する必要のない存在 ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:53:56 y7X0rqJw0

「随分と大仰な真似をなされたようで」

 十代の若々しい少女のような、と形容するには年齢に不釣り合いなほど洗練された気品と優美さがそうは思わせず。かといって三十路を越えて酸いも甘いも噛み分けた人生の重みを感じさせるにはあまりにも幼く。そんなアンバランスさを秘めた雰囲気を纏った彼女は、まさしく深窓の令嬢とも言うべき美貌に呆れの感情を隠すことなく、不平の声を私室に響かせた。
 良く通る声だった。生来の美しさもあったが、どのようにすれば人は己の言葉を耳に入れるのかという人心掌握の術を知り尽くした上で放たれる、これはそういった高い教養に基づいた声だ。上流階級ともなればそうした裏芸の一つも身に付けておくのが嗜みであるのか、驚くほどに"様"になった所作は一流の女優にも劣るまい。本人がその気になれば、大舞台の上であろうと十分に通用するだろう。
 しかし現実にはそうではない。彼女はあくまで名家の淑女。花よ蝶よと愛でられるだけの世間知らずのお嬢様に過ぎない。少なくとも、この家に住まう「無関係な」人間は皆そう認識している。

「それがどうした。今更貴様が気にするようなことでもないだろう」

 少女の声に対してそう答えたのは、妙齢の女性だった。
 盛りの時期である二十代はとうに過ぎた年齢であることが、その立ち振る舞いから伺える。彼女の所作は例えて鋼。それも硝煙の臭いが染みついた武骨な戦争の産物とも言うべき剣呑さである。身に纏ったドイツ第三帝国の軍服がそれを如実に表していた。
 かつては美麗であったことを窺わせる顔面は、しかしその半分が見るも無残に焼け爛れ、さながら地獄の悪鬼めいた相貌に歪めている。そこに浮かべられている表情は、少女に対する掛け値なしの侮蔑であった。

「どだい戦争とはそういうものだ。家々は焼かれ、人命は藁のようにくべられる。そこには貴賤も善悪もなく、ただ当たり前の現実として存在する」

 二人が語っているのは、先刻発生した鎌倉市街における爆発事故についてのことだ。午後12時20分に突如として発生した鎌倉駅東口方面市街地の大破壊は、周囲一帯を覆うほどに巨大な爪痕を穿つに至り、消化活動はおろか現場に立ち入ることすら困難な有り様で、未曽有の人災として報道されていた。
 邸宅に引き籠り続けていた少女―――辰宮百合香であってもほぼリアルタイムで耳に入ってきた程度には、この破壊は大々的なものであった。生じた犠牲者に至っては未だ正確な数字が出ていないのが現状である。
 なんとも痛ましい、と普通なら思うかもしれない。しかし百合香が危惧しているのはそういった良識とは多少外れたところにあった。

「ええ、それは承知しています。わたくしとて何の犠牲もなく勝ち抜けるなどとは思っていませんから。
 しかしこれは些かやり過ぎでしょう。物的人的な損失が、ではありません。貴女という存在の誇示についてです」

 聖杯戦争に際して、暗黙の了解というものがいくつか存在する。そのうちの一つにして最たるものが、聖杯戦争とは秘密裡に行われなくてはならないというものだ。
 魔術の世界において神秘とは秘匿されるべきものであり、当然それは聖杯戦争においても平等に適用される。故にサーヴァント同士の本格的な戦闘は、本来それがもたらす大規模な破壊とは対照的に夜間あるいは人目につかない場所でひっそりと行われるのが定例なのだ。
 それをアーチャーは知らぬと言わんばかりに打ち破った。彼女の能力が広域破壊に適しているのは事実だが、彼女はそもそもそういった常道を守る気すらないのだろう。

「監督役、そして召喚されているはずのルーラーは現在は沈黙を保っています。ですが何時それが破られるのかは定かではありません。あるいは討伐対象としてやり玉に挙げられる可能性も否定は……」
「重ねて言おうか、売女」

 淡々と続けられる百合香の言に、アーチャーは侮蔑と嘲笑も露わに口許を歪め、返す。


144 : 存在する必要のない存在 ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:54:34 y7X0rqJw0

「それがどうした。騒ぎたいだけの輩など、勝手に騒がせておけばいいだろう」

 その返答はあまりに単純で、だからこそ正気の口で言っているとは思えない内容であった。

 ルーラーとは聖杯戦争の裁定者にして絶対者である。何故なら彼らは独自の特権として各サーヴァントに対し、それぞれ二画の令呪を有している。極端な話、ルーラーが自害を命じれば大多数のサーヴァントはそれで終わってしまうのだ。
 無論、令呪には令呪で対抗可能であるし、高い対魔力を持っているなら単独でも抵抗は可能となる。だが、ルーラーに敵対するのは無意味かつ踏破困難な厄災を呼び込むのと同義であることに疑いはない。
 加えて悪戯に目立つことは敵対者を一挙に呼び込むことに等しい。討伐令がその最たる例だが、そうでなくとも当面の仮想敵として想定されてしまうことは否めまい。一対一が基本のサーヴァント戦において、複数の敵を同時に相手取る危険性は飛躍的に増しただろう。
 アーチャーとてそれが分からないほど愚かではない。彼女は卓抜した戦略家であり、故にそれらも余さず承知している。
 承知した上で、知ったことではないと切り捨てたのだ。

 アーチャーは端的に言えば自尊と自負が肥大化した、傲慢が服を着て歩いているような女だった。無論のこと自負とは自己の研鑚に必須の要素であるし、その自尊に見合う程の実力も有している。しかしそれらを加味してもなおマイナスに傾いてしまうほどに、アーチャーの精神性は悪辣と称していいものだった。

 人命と都市に対する被害など考慮するつもりもなく、一般的に尊いとされるものをいくら踏みつけようと欠片も良心が傷まない。彼女が力を振るう度に発生する度外れた破壊は無論数多の者に見られており、大混乱どころではない騒ぎを起こしていたがそれでいったいどうしたという。
 秘匿? 隠蔽? 笑止千万。これは覇者の進軍である。一般社会の裏で匹夫の如く隠れ潜む必要など何処にもない。

「故に貴様はもう喋るな。盟約によりこうして顔を突き合わせてはいるが、私に貴様と慣れ合う義理はないのでな。今まで通り、その薄汚い口を閉じたまま坐しているがいい」

 それ以外の価値など、貴様にはなかろう。
 
 それだけを言い残して、アーチャーは霊体化しその場を去って行った。サーヴァントとしての定例報告、それのみを義務的に果たし、再び戦場を求めて彷徨うのだろう。
 百合香は数瞬前までアーチャーのいた空間から目を逸らし―――完全に興味を失くしたように、小さくため息をついた。

「あの方にも困ったものです。これではいざという時、狩摩殿を殺してしまいかねませんね」

 言葉とは裏腹に、百合香の眼には空虚なものしか映っていない。万事が万事、まるで他人事とでも言うかのような態度であった。
 実のところ、先ほどは人命や被害、秘匿がどうのとは言っていたが、百合香はそんなことに一切興味がなかった。どれほどの人間が死のうが、どれほどの建物が倒壊しようが、ルーラーに討伐令を出されようが特に気にも留めなかっただろう。
 百合香とはそういう女だ。現状は生存優先の方針で立ち回ってはいるが、それも単なる惰性に過ぎない。義務があればそれに従うが、この地はどうやら百合香が元いた場所ではなく、そうした柵も大半が消えていた。責任感や我執というものが欠如した有り様は、仮にここがサーヴァントに攻め込まれ首元に刃を突きつけられたとしても、ああそうかと思うだけに終わるだろう。邸宅全域に広がる百合の香りに抵抗し彼女に刃を向けられるサーヴァントがどれほどいるか、という問題は別として。
 故に当然、アーチャーから向けられる殺意と嫌悪も、そもそもアーチャーという存在そのものも百合香は一顧だにしていなかった。彼女は自分の言うことを聞きはしない。今もどこかへ誰かを殺しに行ったのだろう。それで? 知らんよ勝手にすればいい、その勝敗にすら興味はないのだ。

 ―――どうせ自分が何かをしなくとも、壇狩摩がいる限り事態は勝手に転がり落ちていく。

 百合香にはそうした確信があった。壇狩摩が召喚されたというそれだけで、この聖杯戦争は根幹からその存在を怪しいものとしていた。百合香が彼と同盟関係を結んだのは、生前における知己であるという以上に、彼だけが持つ特異性を誰よりも理解していたからに他ならない。
 余談だが、百合香は狩摩との同盟締結の件をアーチャーに伝えてはいなかった。伝える気も、必要性もないからだ。狩摩がアーチャーの襲撃に遭って殺されるという可能性は考慮に値しない。何故なら狩摩はそんなたちの悪い偶然には遭わないし、仮にそうなったとしても、それは狩摩にとっての最善解が「それ」だったというだけの話だろうから。


145 : 存在する必要のない存在 ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:55:12 y7X0rqJw0

「……あら?」

 不意に、私室のドアがノックされる音が響いた。声をかけると、老齢の執事が静かにドアを開ける。

「失礼いたします、お嬢様」
「構いません。何かありましたか?」

 透き通るような声で、内心は気だるげに、百合香は焦燥の色を隠し切れていない執事に向かって尋ねた。
 はて、仮にも熟達の心得を持つ彼がこうも狼狽するとは、一体何があったのか。

「たった今、かねてより懇意にしておられました児童ホームより連絡がございました」

 そして続けられるように告げられた内容は、百合香をして驚愕に値するものだった。というよりは、つい先ほどの思考がそのまま現実となって現れたのだ。

 ―――狩摩殿が、逝った……?

 戸惑いも露わに古手梨花の怪死を告げる老爺を前に、百合香はただ訪れた事態に対し、その意識を思考の海に埋没させるのであった。





   ▼  ▼  ▼





 ところで、辰宮百合香という女は酷く歪んだ、筆舌に尽くしがたい醜悪さを誇る人間である。

 名家に生まれ、美貌を持ち、ありとあらゆる人間に頭を垂れられてきた彼女だが、あまりにも恵まれすぎた環境に置かれたせいであらゆる物に価値を見いだせない価値不信に陥っている。
 どのような好意、どのような愛情ですら自分ではなく家柄に向けられたものであると、真贋を見極める程の見る目も無い癖にそう信じ込んでしまっている。
 ここまでなら単なる世間知らずの馬鹿娘でしかないが、更に性質の悪いことに彼女は自分をそんな境遇から連れ出してくれる「王子様」を求めている。
 他人からの好意を信じられないくせに、誰かありのままの自分を見てと訴えている。
 まず嫌われなければその相手を信じられないくせに、自分を嫌うその人に救ってほしいと訴えている。
 自分からは何もしないくせに、何故何もしてくれないのかと不満に思っている。
 あまりにも愚かしすぎるその有り様は、なるほど確かに、かのアーチャーをして売女と呼ぶにすら値しない汚物と評されるだけのことはあった。

 そう、辰宮百合香は愚かしく、醜い。それは事実である。しかし、ここで疑問が一つ。
 百合香が相手を信じるためには前提としてまず嫌われることが必須となるが、ならば何故彼女はアーチャーを軽んじているのか。
 アーチャーは百合香を忌み嫌っている。そのザマを醜悪と切って捨て、嫌悪と侮蔑も露わに見下している。
 反魂香にすらかからない忠節の魂を以て百合香に厭忌の念を抱くアーチャーは、確かにその条件を満たしているというのに。百合香はアーチャーのことを、有象無象と同じ雑草程度にしか認識していないのだ。
 条件を満たしているというだけで、そこから好くか嫌うかは別問題―――そうではあるだろう。
 サーヴァントなど何処まで行こうとただの贋作、物に傾慕する趣味は百合香にはない―――確かにそれも頷ける。
 しかし、しかし。ここに一つ、百合香自身も知る由のない事実が一つ存在した。

 彼女が元いた世界において、傾城反魂香にかからない人間は二人いた。そのどちらもが、彼女に惚れ、そして彼女を拒絶する男であった。
 二人の男と辰宮百合香。三人を取り巻く愛憎劇は渾沌と熾烈を極め、その果てに一人の男が命を散らした。それは醜悪なるも美しい、報われない悲恋の幕切れであった。
 無論、そんなことを今ここにいる百合香は知りもしない。その出来事が起こるのは時系列で言えば未来の話で、これから百合香が辿るかもしれない可能性の一つに過ぎない。
 その可能性を知る者はいない。とうの本人である百合香すらも。

 けれど。

 知る者がいた。望む者がいた。"斯く在れかし"と百合香の愛憎を規定し、"そうあってほしい"と切に望む者がいた。
 故に百合香は"そう"なった。彼女が真に愛情を向けるのは未来に訪れし二人の男のみであるのだと。
 これは単に、それだけの話。ささやかで取るに足りない、けれど聖杯戦争という舞台を解き明かす上で重要なファクターと成り得るかもしれない、それだけの話。

 ―――桃色に染まる月の中枢にて、盲目白痴の渾沌が地上を見下ろし哂っている。
 ―――王を取り囲む無数の奉仕者たちが、喝采の声と共に哂っている。


146 : 存在する必要のない存在 ◆GO82qGZUNE :2017/01/17(火) 03:55:49 y7X0rqJw0

【C-2/辰宮邸/一日目 夕方】

【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]高級料亭で食事をして、なお結構余るくらいの大金
[思考・状況]
基本行動方針:生存優先。
1:古手梨花、壇狩摩との同盟はとりあえず遵守するつもり、だったが……
[備考]
※キャスター陣営(梨花&狩摩)と同盟を結びました
アーチャー(エレオノーレ)が起こした破壊について聞きました。
孤児院で発生した事件について耳にしました



【アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]軍式サーベル
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を楽しむ
1:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とアーチャー(ストラウス)は次に会った時、殺す
2:サーヴァントを失ったマスターを百合香の元まで連れて行く。が、あまり乗り気ではない。
[備考]
ライダー(アストルフォ)、ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と交戦しました。
No.101 S・H・Ark Knight、ローズレッド・ストラウスの真名を把握しました。


147 : 名無しさん :2017/01/17(火) 03:56:12 y7X0rqJw0
投下を終了します


148 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 02:49:27 LTsCqKfg0
アイ・アスティン、藤井蓮、結城友奈、すばる、東郷美森、笹目ヤヤ、アストルフォ、アティ・クストス、ローズレッド・ストラウス、みなと、マキナを予約します


149 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:35:09 LTsCqKfg0
投下します


150 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:35:59 LTsCqKfg0





 この街は病んでいる。
 人も舞台も、鎌倉というものを構成する全てが条理というものを逸脱し、渾沌とも言うべき惨状へと街を変貌させている。
 願い求めあり得ざる奇跡へと手を伸ばす23のマスターたち。
 超常の力を用いてこの鎌倉に跋扈する23のサーヴァントたち。
 それら異物の悉く。人々の心と暮らしに癒しがたい爪痕を穿ち、消えぬ恐怖を与えているということに疑いはない。

 けれど。
 渾沌の最たるものは異邦のマスターでも超常のサーヴァントでもなく、この都市に住まう全ての人々に他ならない。
 鎌倉に暮らす人々は聖杯戦争に付随する異常事態に恐怖しながら、しかし同時に心の底ではそうした非日常が自分のところにも来ないだろうかと待ちわびているのだ。
 街に屍食鬼が出没した―――いいぞいいぞ、祭りのようで心が躍る。
 爆発事故が発生した―――花火のようで綺麗じゃないか。次はもっと盛大にやるがいい。
 沖合に正体不明の戦艦が―――なんとも現代伝奇のようで愉快痛快。お次は戦艦らしく砲でも撃ってくれるのだろうか、胸が高鳴る。
 巻き添えとなった多くの者らが傷つき死んでいる現状にも、彼らは全く頓着しない。このような凶事に犠牲は付き物だろうと悦に入り、狂騒の供物に自分が選ばれない限りは眼前の楽しみだけを追い求める。いや、例え自分の番が来ようとも彼らは狂喜と共に受け入れるだろう。何故ならそれはとても面白いから。
 自らの身の破滅すら厭うことなく人々は熱に浮かれ続ける。もっと派手に、もっと面白く、もっと刺激的な"何か"が起こらないものかと内心で望みながら、朦朧と痴れた頭で各々の理想図を描き続けるのだ。

 呆れるほどに単純で、救えないほどに無知蒙昧。しかし人ならば誰しも抱く当たり前の感情と、誰しも行う当たり前の行為とを、この鎌倉に照らし合わせて例えるとするならば。

 ―――この街の住人は、皆"夢"を見ているのだ。





   ▼  ▼  ▼


151 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:36:39 LTsCqKfg0





「アイちゃんとゆきちゃん、どこに行っちゃったんだろう……」

 鎌倉の空が抜けるような青から黄昏色に変わりつつある頃。とぼとぼと俯くように歩く少女の姿があった。
 暮れつつある陽射しが空を夕焼け色に染め、それを背にして影法師が道路に長く映って揺れる。
 少女の名はすばる。つい数時間前までは多くの仲間に囲まれて、けれど今はたった一人残された、聖杯戦争のマスターである。

 廃植物園を出て数時間。こうしてはいられないと付近をくまなく捜索したすばるたちは、しかしアイやゆきの姿はおろか、他のマスターやサーヴァントを発見することも叶わなかった。アーチャーの持つ探知能力、並びに長距離視野を以てもその影を見つけることはできなかった。
 今にして思えば、単純にすばるたちの近くに聖杯戦争関係者は誰もいなかったという、ただそれだけの話だ。しかしあの時のすばるはアイとゆきの二人を見つけなければという気持ちだけが先走って、多少冷静さを欠いていたようにも思えた。
 それには理由があった。廃植物園で見つけた、みなとと一緒に育てたはずの小さな花。それを目にした瞬間に、今までは実感として乏しかった死や危険といった類に関する諸々が、急に現実味を帯びてすばるを襲ったのだ。
 聖杯戦争などという御伽噺めいた代物ではなく、元の日常で目にしていたものを見てしまったせいか。一度目が覚めてしまえば、あとに残るのは周囲に散らばった廃植物園の残骸。凄惨な破壊の痕はすばるの心中に焦燥と不安をもたらして、尚更アイやゆきといった知り合うことのできた少女たちの影を探させたのだった。

【これだけ探して気配の片鱗も感じ取れないとなると、多分相当離れた場所まで遠ざかったんでしょうね】

 頭の中に聞こえる声。霊体化して傍に侍るアーチャーからの念話だ。
 アーチャーの言葉は恐らく正しいのだろう。すばるたちが離ればなれになってもおかしくないほどに、廃校舎での戦闘は苛烈なものだった。だからこそ、あの二人には生きていてほしいと、心からそう願う。
 アイとゆきの二人は、この聖杯戦争で巡り合った「聖杯戦争に積極的でない」数少ないマスターだ。誰もが願いのために戦うのだとばかり思っていたこの鎌倉において、初めて出会うことのできた協力者と成り得る少女たち。その存在は、すばるが自分で思っている以上に、不安に押しつぶされそうだったすばるの心を救っていた。
 縋るべき家も知己もなく、未だ幼い身の上で「殺し合いの世界を生き残らねばならない」というあまりにも重いプレッシャーを背負っている彼女は、自分でも知らないうちに多くの心労を重ねてきたのだ。

 だからすばるは、アーチャーに対し珍しくも、ほんの少しだけ我儘を言って捜索を続けて。
 ……気が付いたら、何の収穫もないままこんな時間まで外を出歩くことになってしまっていた。

【でも、あのアサシンの様子と、セイバーの力量を考えれば、最悪の事態にはなってないと思うわ】
「うん……でも、もしもわたしがいない間に酷いことになったらって思うと、なんだかいてもたってもいられなくなって……
 それにわたし、何もできてない……」
【すばるちゃんは十分頑張ったわ。何もしてないなんて、そんなふうに自分を責める必要はないの。だから】

 慮るように、あるいは忠言を聞かせるように、アーチャーが言う。

【一旦あの家へ帰りましょう? あの人も、きっとすばるちゃんのことを待ってるわ】

 まるで年下の妹か後輩を気遣うかのような言葉に、すばるは俯いたまま「うん……」とだけ頷いた。その呟きに、隠し切れない不安と心配が込められていることは、一目瞭然だった。


152 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:37:22 LTsCqKfg0

 あの家とは、すばるがこの鎌倉に招かれてから居候をしていた、とある女性が営む商店のことだ。夫を失くし一人で店を切り盛りしているという中年女性は、素性の知れないすばるに暖かく手を差し伸べてくれた恩人だ。すばるはそんなおばさんに言葉では表しきれないくらいの恩情を感じていたし、聖杯戦争や居候の件を度外視しても、人情味に溢れ肝っ玉の大きいおばさんのことをすばるは好いていた。
 けれどそんなおばさんの話題を出されても、今のすばるは暗い雰囲気を崩そうとしない。何故なら、彼女の店がある一角で大規模な爆発事故があったと、ニュースで大々的に報道されていたからである。
 すばるがその事実を知ったのはつい先ほどのことだった。アイとゆきの捜索に疲れ果て、アーチャーの言に今度こそ従って帰路につこうとした瞬間。通りの騒がしさに気付いたすばるの耳に飛び込んできたのが、その「鎌倉駅東口方面で起こった大火災」のニュースであった。
 それを聞いた途端、すばるは道行く人に猛然と縋りつき、事態の詳細を教えてほしいと嘆願した。仕事中だったのだろう背広の中年男性は少しだけ訝しげな表情をしたものの、事の次第からすばるを火災被害者の関係者だと勝手に勘違いしたのか快くかつ心配げにニュースのことを教えてくれた。
 幸いなことにおばさんの商店は被害区画とは微妙にズレた箇所にあり(地図との照らし合わせは、商店の具体的な位置が分からなかったすばるの代わりにアーチャーが行った)、すばるはひとまず胸をなでおろすという一幕があった。
 それでも心配だからアーチャーの手で跳んで帰ろうと主張するすばるに、しかしそれではあまりにも目立ちすぎるというアーチャーの尤もな意見に封殺され、すばるは今こうして自らの足で帰宅の道を歩いているのだった。

【そんなに落ち込まないで。夜に出歩くのは危険だから、すばるちゃんには一旦帰ってもらうけど、あの子たちは私がちゃんと探しておくから。
 こう見えてもアーチャーのクラスだから、視力結構いいのよ?】
「……ありがとう、アーチャーさん」
【ふふ、お礼なんて必要ないわ。私だって、あの子たちが心配なのは同じだもの】

 こちらを心配させまいというアーチャーの明るい声が、今のすばるにとってはとてもありがたかった。自分と同じように少女らのことを思ってくれるアーチャーに、改めて自分は得難いサーヴァントと出会ったのだと、すばるは感謝の念を静かに抱く。
 そうしているうちに、細まった道の先に見覚えのある商店街が映し出されて、すばるはそのうちの一軒に近づき。

「すばるちゃん、どこ行ってたの!?」
「おばさん……」

 驚いたような、けれどどこか安堵の含まれた声をあげながら、一人の中年女性がすばるの傍まで駆け寄ってきた。すばるが居候させてもらっている商店主だ。
 今までずっと外にいたのだろう、おばさんからは疲労と焦燥の気配が色濃く感じられる。ずっとすばるのことを心配していてくれたのだろうか、そう思うとすばるは、心の中に棘が刺さるような小さな痛みを覚えた。

「心配かけちゃって、ごめんなさい……」
「……もういいのよ。こうして元気に帰ってきてくれたんだから。あたしはてっきり、どこかで事件に巻き込まれたんじゃないかと心配で心配で」

 すばるの無事を確かめるように肩を掴んでしゃがみこむおばさんは、けれど心底安心したような笑みを浮かべ、そう言ってくれた。

 裏表のない純粋な善意が、しかし今のすばるには少しだけ重かった。





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153 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:38:03 LTsCqKfg0





 助けてほしい。
 それが、ランサーの少女の第一声だった。
 アイとセイバーが一瞬のうちに目配せする。
 セイバーが黙って一歩下がり、アイがランサーに向かってにっこりとほほ笑んでみせた。

「……分かりました。ではお話を聞かせてください。助けると言いましても、あなたのことを色々説明してもらわないと助けようがありませんから」

 ランサーの目が一瞬喜色に染まったことをセイバーは見逃さなかった。剣を握る指に力が入ったが、アイに目で制された。ここは自分にまかせろ、と言うつもりらしい。

「それでは、えっと……ランサーさん、でいいですか?」
「えっ、うん。大丈夫だよ」
「ではランサーさん、ということで。私の名前はアイ・アスティンと言います。どうぞよろしくお願いしますね」
「! う、うん! こっちこそよろしくね、アイちゃ……」
「自己紹介はいいから話進めろ、あんま時間ないんだろお前」

 ランサーは思いがけず嬉しそうにしていた顔を強張らせ、それは、と言いかける。アイが非難するような目をセイバーに向けるが、とうのセイバーは素知らぬ顔だ。

「気を取り直しまして。それではランサーさん、まずあなたのマスターがどんな状況にあるのかということを教えてくださいませんか?」
「……うん、そうだね。私のマスターは……」

 アイに促されるように、ランサーはぽつりぽつりと、彼女自身の事情を話すのだった。



 ランサーの話によれば、彼女のマスターは最初から"普通ではない"状態にあったという。
 普通でない、というのは怪我や障害を負っていたとか、あるいは魔術師ではない例外的な能力を持っていたというわけではない。そのマスターが持つ異常性とは、精神にあった。
 端的に気が触れていたのだ。まともに会話ができず、協調どころか方針の確認さえ定かではない。ランサーはサーヴァントとして召喚された以上は召喚主の意向に従うつもりであったが、これでは従う云々以前の話である。
 そうして手をこまねいていたところに、あのライダー……ド派手な衣装の大男が現れた。手を組もうと持ちかける彼に、しかしランサーは仄黒い悪逆の気配を感じたのだという。当然として交渉は決裂、両者は戦闘に突入した。
 結果的に、ランサーは敗北した。決め手はマスターの有無。気が触れ指示どころか身の安全すら確保できない足手纏いを抱えたままの戦闘は、ランサーの力を半減させた。そうしてマスターは囚われの身となり、自分はライダーの命令により意にそぐわぬ戦いを強制されているのだと、ランサーは話を締めくくった。

「ライダーは精神操作のスキルを持ってて……私のマスターもそれに操られちゃってるんだ」

 俯き暗い影を落とすランサーの話に、アイはふむと頷いた。「これは見過ごせませんね……」と小声で呟くのがセイバーの耳に入った。

「それでは、そのライダーという人がどこにいるかは知ってるんですか?」
「うん。鎌倉宮の近くにある、元村組っていうお屋敷だよ」
「……聞いたことがありませんね」
「マスター狩りやってるヤクザ連中の本拠地だろ」
「そう、だね。ライダーはヤクザさんたちを取り込んで色々やってるみたい」

 その"色々"の部分を、ランサーはあえて口にはしなかった。アイのほうも、後ろでのびている黒服たちから何となく察した。

「ということは、ランサーさんはそのマスターを取り返したいというわけですね」
「うん。私はマスターに、まだ何もしてあげられてないから……せめてあの人を助けたいって、そう思うんだ」
「で、お前は俺達に一緒になってヤクザの屋敷に突っ込んでくれ、って言いたいのか?」

 再度口をはさむセイバーに、ランサーが再び怯んだように反応した。アイが反論する。


154 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:38:27 LTsCqKfg0

「セイバーさん、あなたはもうちょっと労わりの気持ちというやつをですね」
「うだうだ言ってても仕方ねえだろ。こいつのマスター助けるってことは、つまりライダー相手に全面戦争仕掛けるってことだろうが」
「……そうだね。言い訳はしないよ。でも、あなたたちにとっても悪い話じゃないと思う。ライダーの端末に見つかったあなたたちには」

 ランサーの言葉は、なるほど確かにその通りであった。そこはセイバーも認めざるを得ない。
 アイとセイバーはライダーと思しきサーヴァントの分身に捕捉された。厳密にはアイだけだが、そこにさしたる違いはないだろう。そして暴力団を事務所ごと乗っ取り無辜の住民諸共無差別にマスターを殺してまわっていることを鑑みれば、ライダー陣営が手段を問わない強硬派であることは一目瞭然だ。
 つまるところ、この聖杯戦争を生き残るにあたって、アイたちはライダー陣営と無関係でいられることができなくなったわけだ。こちらから仕掛けるかあちらから仕掛けてくるか、どちらにせよ戦いは不可避だろう。まず和解の道はないものと考えたほうがいい。そうすると必然、対ライダーを同じくするランサーとの協調はセイバーたちにとっても悪い話ではなかった。

「……私はこれから、孤児院に行こうと思ってるんだ。あそこなら多分、まだ生き残ってるマスターがいるかもしれないから」

 ふと振り返り、どこか遠くを見るように、ランサーは言った。その佇まいは今までの不安と無力に苛まれる少女のそれから、戦士を彷彿とさせる凛々しいものへと変わっていた。

「戦いたくないって気持ちだったら、私はそれを尊重したいと思う。私を聖杯戦争の敵として倒すって言うんなら……悲しいけど、それも仕方ないって思う。
 けど私と一緒にライダーと戦ってくれる人がいるなら、私はその可能性に賭けてみたい。私はサーヴァント(勇者)だから、私を呼んでくれたマスターのことは絶対助けたい」

 ランサーが語るのは、揺るぎない善性の意思であった。自らを頼りとして召喚したマスターへ奉ずるため、彼女は絶望的な戦いに挑むのだとその目が雄弁に語っていた。

「今夜18時、鶴岡八幡宮で待ってます。もしも私と一緒に戦ってくれるなら……その時は」
「助けますよ」

 答える声があった。それは何の迷いもなく、決然たる思いと共に放たれた言葉だった。
 微かに驚くランサーの目の前。その小さな体に大きな決意を秘めた、アイ・アスティンという少女が放った言葉だった。

「私はあなたを助けます。何があっても、どんなことが起きようと。誰かを助けたいと思うあなたは決して間違ってなんかいません。だから」

 そこでアイは、何かを思うように目を伏せ、意を決したように続けた。

「私はあなたを見捨てません。どうか安心してください。あなたには、私がいます」

 アイは笑った。それは何の不純物も含まれない、純然たる善意の笑みだった。
 それを受けて友奈もまた、恐らくはこの時になって初めて、心からの笑みを浮かべた。

「……うん、ありがとう。アイちゃん」

 ランサーは静かに膝をつき、アイの手を取った。そこには、救われたかのような安堵の想いが感じられた。

「待ってます。18時、鶴岡八幡宮で。ランサーさんも、どうかお気をつけて」
「うん! アイちゃんも、またその時に!」

 そう言ってランサーは立ち上がり、勢いよく地を蹴って飛び出していった。向かう先は西、そこに彼女の次の目的地があるのだろう。
 遠くなるランサーの背に向けて、アイが小さく手を振るのであった。


155 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:39:11 LTsCqKfg0





 ランサーの姿が遠ざかっていく。アイはそれを確認すると、強張った顔をセイバーのほうに向けた。

「嘘、ついてましたね」
「ああ、そうだ」

 無表情のままで、セイバーが頷き返す。

「どの辺りで気付いた?」
「まず初めに怪しいと思ったのは―――」

 ランサーがアイたちの目の前に姿を現した直後からだった。
 彼女はその総身を返り血で汚していた。彼女の説明に曰く、それはライダーによって強いられた戦いによるものだと言うが、だとすればそれはおかしい。
 サーヴァントとは霊体である。魔力で肉体を形作ってはいるが、あくまで受肉を果たしていない仮初の亡霊。人と同じように動き、血肉らしきものを持ってはいるがその本質は魔力の塊である。
 つまり、"あの返り血はサーヴァントのものではありえない"。サーヴァントは血を流しはするが、肉体から離れた血液は指向性を持たない魔力の粒子となって大気中に解けて消える。あそこまで大量、かつ長時間にわたって痕跡を残すことはありえないのだ。
 ならば考えられるのはマスター、あるいは一般人の血ということになるが、それだと彼女の話と矛盾する。望まぬ戦いを強いられた場合、普通はどのように行動するだろうか。逃走、もしくは小競り合いに留めるのが妥当な落としどころだろう。にも関わらず、ランサーは「前線に出てくるはずもなく狙うとしたら相当の修羅場となるだろうマスターの返り血を大量に浴びて」いたのだ。

「それから……」

 彼女の説明の中にもおかしな点はいくつかあった。気が触れたマスターに手をこまねいているところを他のサーヴァントに捕捉されたと言っていたが、それが本当だとすればおかしい。
 マスターとはサーヴァントにとって最大の弱点と成り得る要素だ。それが自律的な判断ができないほどに精神をやられているのだとすれば、まず最初にやるべきは「危険に遭わないようその行動を制限する」ことだろう。
 人道や意思の尊重が云々という次元の話ではない。自分でそうした判断ができない以上、そのマスターの安全確保はサーヴァントの急務だ。勝手に出歩かないよう、そして勝手に行動できないよう一つ所に軟禁する、というのがまず最初に出てくる方策だが、ランサーの話にはそうした行動の気配は全く感じられなかった。
 まずそうした対処を経て、サーヴァントが独自に行動を開始する。それならばサーヴァント同士の気配感知にマスターの所在が巻き込まれることもなく、ランサーのような状況に陥る可能性は極めて低くなる。そこについての説明をランサーは一切しなかった。忘れていた、というよりは意図的に言及を避けているようなそぶりが随所に感じられた。
 令呪で強制されたという可能性は考えづらい。そもそも白痴のマスターとやらにそこまでの判断能力があるのかという時点で疑問だが、曖昧になるしかなくランサー本人も望まぬ命令内容を、更にランサーたる彼女が持つ対魔力を貫通して強制させるなど不可能だからだ。

「お前の推測は正しい。俺の目から見ても、あいつからは令呪に相当する魔力の残滓は感じられなかった」

 会話をアイに任せ後ろから俯瞰していたセイバーは、アイ以上にランサーの挙動に注意を払っていた。いっそ笑ってしまうくらいに、あれは後ろめたいことを隠す人間の素振りであった。
 英雄などとは思えない、まるでごく普通の中学生の少女のようであったと、セイバーは言う。

「あいつはほぼ確実に嘘を吐いている。助けを求めた俺達にも言えないということは、それはつまり俺達にとって都合の悪いことだとあいつが判断したんだろう」

 セイバーは最早ランサーに対する敵意を隠そうともせず、言葉を続けた。


156 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:39:55 LTsCqKfg0

「それらを踏まえて、お前はどうする」
「助けます」

 即答だった。一瞬の間も、考えるそぶりすらなかった。

「この前セイバーさんは言いましたよね。誰かを助けようとした私に、誰も私の助けなんて必要としてないって」

 事実だった。セイバーは確かに、他のサーヴァントの攻撃によって被害に遭った一般人を助けに行こうとしたアイに、そういった意味合いの言葉を言った。

「今は違います。ランサーさんは明確に、私に助けを求めてきました」

 故にアイは止まらない。膨れ上がる救済の意思、肥大化する利他精神。誰もアイを止められない。

「私に助けを求める人を、私は見捨てません。今回ばかりはセイバーさんにだって何も言わせませんよ」

 屹然とアイはセイバーを見据える。それはまるで戦いに赴くかのような、いっそ悲壮なまでの鋼の意思を見せるものであったが。

「……まあ、いいんじゃねえの?」
「って、あれ? いいんですか? てっきりまた止められるのかと」
「分かってるならやるなっての。……まあ今回ばかりは話が別だからな」
「そういうものですか」
「そういうもんだ」

 ふむ、と分かったような声をあげるアイを後目に、セイバーは淡々と思考を巡らせていた。
 実際のところ、今回に限ってはアイを無理に説得する必要はないのだ。ライダーという厄介な相手に目を付けられた以上、戦うにしろ交渉するにしろ、遅かれ早かれそいつと何かしらの決着をつける必要があった。ならば自陣営単独で事を為すよりも、他陣営の助けを借りられるこの状況は渡りに船である。何も本格的にライダー陣営と敵対するわけじゃなく、セイバーとしてはランサーを敵情視察の斥候として利用したいと考えているのだが。
 この場合最悪の展開は、自分たちを襲ってきたサーヴァントとランサーの言う元村組を支配したサーヴァントが全くの別物であるということだが、元村組構成員とライダーの襲撃タイミングを考えればその可能性は極めて薄いと言える。
 故に現状の最適解は、このまま騙されたふりをしてランサーを突っ込ませるというもの。あちらから持ちかけてきた以上、ランサーにはライダーを倒す必要性があり、ならば当面逃げられることも裏切られることもない。

(それに何より、な)

 "アーチャーの捜索を中断できる"、というのがセイバーにとっては僥倖であった。
 すばるというマスターと、そのサーヴァントであるアーチャー。かの陣営にアイはえらく執心しているが、セイバーは全く信を置いていなかった。そもそもの挙動があまりにも不自然であるのもそうだが、あれはあまりにも腹芸が下手すぎる。聖餐杯という智謀の凝縮体のような男を見てきたセイバーにとって、あのアーチャーは滑稽なほどに単なる思いつめた少女でしかなかった。とはいえ今までは根拠のない疑りでしかなかったが、つい先ほどランサーの有り様を見て確信に至った。アイは気付いていないのだろうか、欺瞞を抱く者に特有の気配というやつを、ランサーとアーチャーが共に纏っていたのだということを。
 アーチャーとランサー、共にこちらを騙すつもりでいることに変わりはないが、目的が明確な分ランサーのほうがまだマシである。廃校舎での邂逅において、セイバーがわざと互いの所在地の確認を取らなかった、その甲斐もあるというものだろう。

 「とりあえず、ランサーにはこのこと言うなよ」とアイに釘をさしつつ、最悪の場合アイだけでも無事に逃がす方策をセイバーは考え始めたのだった。





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157 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:40:29 LTsCqKfg0





 部屋に入り扉を閉めた瞬間、荷物も靴も乱雑に脱ぎ散らし、ベッドメイクの行き届いた白いシーツの上に倒れ込む少女が一人。
 仰向けの大の字になって、「んー……!」と軽く背伸び。気の抜けた声が狭い一室に反響する。
 ぱたり、と伸ばしていた腕をベッドに放りだし、ぽつりと一言。

「あぁー……もうダメ、疲れた。一歩も動きたくない」

 若い身空に似つかわしくない疲れ切った声をあげる。彼女の名は笹目ヤヤといった。

「……もう、なにがなんなのよ」

 ぼそり、と呟かれる。それは弱音でもあったし、不安の吐露であった。

 一足早く拠点のホテルに戻ってきて、ヤヤの目と耳に真っ先に飛び込んできたのは鎌倉中を騒がす大事故の報道であった。ホテルへ立ち寄るまでの道中も何やら騒がしく物騒な雰囲気が漂っていて、何となく嫌な予感がしていたのだが、それは見事に的中したと言えるだろう。
 事故のニュースはいくつもあったが、中でも特に酷いものが、鎌倉市街地を丸ごと炎上させたという爆発事故だった。テレビの画面に映る街の様子は凄惨の一言で、未だに多くの人が現場で右往左往しているのだとか。
 言うまでもなく、ヤヤが巻き込まれたあの戦闘の痕である。そのニュースを見た瞬間、ヤヤは今さらになって恐怖の記憶がよみがえり、その体を酷く震わせたのだった。
 鎌倉に起きた異常事件という意味では、今までも様々な事件事故があった。続発する殺人事件、発見される惨殺死体、活性化する暴力団、市が推進する浮浪者の掃討……それらは確かに痛ましく恐怖の対象であったが、ヤヤにとってはどこか遠い世界の話のように思えてならなかったのだ。
 そうした修羅場に今まで巻き込まれなかったから、というのはある。
 使役するサーヴァントが善良を通り越して能天気だったから、というのもある。
 だが何より、ヤヤ自身の危機感というものが決定的に足りていなかったのだろう。聖杯戦争に巻き込まれた、それはどうやら危険らしい―――それは知識としては分かってはいたが、そこに伴うはずの実感が欠けていた。だからこそ「自分だけは大丈夫」という、万人に共通する根拠のない思いが蓄積されていったのだ。
 実際、この世界に来て最初の接敵以来、予選期間内においてヤヤたちはひたすら平和な時間を貪ってきたのは事実であったのだが、それも今日あの時を以て終わりを告げた。
 今思い出しても寒気がする。視界の全てが赤く染まった瞬間、ヤヤの胸中を満たしていたのは死への実感と、それに対する恐怖だった。事ここに至ってようやく、ヤヤは自分の置かれた状況が一瞬の安穏も許されない極限の殺し合いであることを思い知ったのだった。
 ……結局、いくつもの幸運が折り重なって今こうして落ち着いていられるのだけど。

「こうしていられるのも、今日が最後……なのかな」

 それが何だか怖かった。静かで安穏としたこの時間が、処刑台に登る前の猶予時間のように思えてならない。
 自分で思っている以上に、精神的な疲れが出ているのかもしれなかった。その証拠にか、こんなに早い時間帯だというのに眠くて仕方がない。
 一旦自覚してしまうと、あとはずるずると睡魔に引き寄せられてしまう。瞼が重く感じられて、自然と閉じてしまう。

(あとで、あの人とも話しておかないと……)

 眠りに落ちる寸前。アーチャーが連れてきた「あの人」のことを脳裏に描きながら、ヤヤは静かに寝息を立てるのであった。


158 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:41:33 LTsCqKfg0





「幸いにも十数分だけ情報監視網に綻びが出てね。何とか"これ"だけは間に合わせることができた」

 ヤヤと同じホテルの別の部屋でのこと。突如として間借りしていたアパートからここまで連れてこられたアティは、その下手人であるアーチャーからそんなことを言われていた。
 曰く、この街における個人情報をアーチャーは偽装したのだという。今までは他の陣営(話によると電子網?というのを支配できるサーヴァントらしい)の妨害からできなかったが、正午前後に一度だけ"乱れ"があったのだという。
 そういうことで、アティは急遽、いつ見つかるかも分からない盗み借りしていたアパートから、安全なこちらへと移動してきたのだ。いつでも引き払えるようにと、日頃からゴミを出さないよう綺麗に使っていた甲斐もあってすぐに痕跡なく出立することができた。今まで苦労をかけた、と言うアーチャーには曖昧な返事しかできなかったが、よく考えなくても世話になりっぱなしなのは自分のほうであるから、遠くないうちに改めてお礼の言葉を言っておこうと思う。

 というのが少し前の出来事。アティは俯きがちな顔をあげ、アーチャーと向かい合い、言う。

「この街のニュース、少し見たよ。タブロイドとはちょっと違ってたけど……
 色んなところ、大変なことになってるみたいね」
「ああ。予選期間とは比べものにならないほど、衝突の規模は増しているようだ」

 アパートに滞在していた頃のアティは、慣れないものであったがテレビからある程度この街の現状というものを見聞きしていた。所詮一般人の視点から編集された映像故に詳しいことは分からず仕舞いであったが、それでもこの街に起きたことがどれほどの脅威を持つかは、おのずと察することができた。そして、それがいつ自分に降りかかってくるのか分かったものではない、ということも。
 正午を過ぎたあたりだったか。憂鬱な午後を迎えたアティが、突如として起こった轟音と地鳴りを感じ取ったのは。後ほど分かったことだがそれは東鎌倉で生じた原因不明の爆発事故であり、なんと恐ろしいことにアティのいた場所からそう離れていない地点で発生したものであったのだ。
 茫洋とした頭でそれを聞いたアティは、恐怖を感じるよりも先に、ああもう猶予はないのだな、という事実を改めて実感したのだった。

「ごめんね、アーチャー。答えを出すって言ったのに、あたしまだ何も分かってないみたい。
 街が大変なことになって、アーチャーも他の人たちも必死になって、あたしは何もできてないのに……」

 結局、アティは自ら何もできないまま、流されるままにこうして時を過ごしていた。
 自分に宛がわれたサーヴァントがアーチャーでなければ、多分だがとっくに自分は死んでいたんだろうと思う。アーチャーの万能さに助けられてばかりというのもあるが、そもそも普通のサーヴァントなら自分のようなマスターのことなど迷いなく見捨てているはずなのだ。
 マスターとして何ができるわけでもない、迷ってばかりの役立たず。自分でも、こんな人間が好感に値するとは思っていない。自虐の念を堪えきれず、思わず声と態度にもそれを出してしまう。

「落ち着くといい、マスター。自虐など百害あって一利もない」

 我知らず漏らした心中を、それこそ毒気もない諌めの言葉で返されて、アティは思わず放心したように彼を見つめてしまう。
 アーチャーは変わらず穏やかな表情のままだった。そこでアティは知らず気持ちを逸らせていたことに気付き、僅かに羞恥を覚えた。

「前にも言ったが、迷いは人として当たり前の感情だ。恥じる必要などないとも。
 少なくとも、一つの答えのみを正しいと盲信するよりはよほどいい」

 薄い笑みは慙愧の念か。彼は何を糾弾することもなく、ただ事実としてそう言った。

「遠くの景色を見るのもいいが、そればかりでは足元の石に躓くこともあるだろう。
 時には手元に視点を置くのも肝要だ。特にそれが、先の見えぬ難題に直面しているのなら尚更な」

 言い切るとアーチャーは踵を返し、アティに背を向けた。黒衣が彼の肩に現れ、ばさりと布擦れの音が響く。

「私はこれから付近の警戒に当たる。マスターはこれからの動乱に備え、体を休めておくといい」
「うん……気を付けてね、アーチャー」

 夕焼けの陽射しに黒く浮かぶアーチャーの姿が、一瞬で消え失せた、霊体化したのだと理解できる。それを確認して、アティは気が抜けたように一息をついて。


159 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:42:16 LTsCqKfg0

「やっほ。ちょっと今いいかな?」
「ひっ!?」

 背後から突如としてかけられた声に、思わず体がびくついた。恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには人のいい笑みを浮かべた少女の姿。

「えっと、あなたは確か……」
「ライダーだよ。ボクとボクのマスターがお世話になったからね、挨拶でもしておこうかなって」

 言われてアティは納得する。確かに、アーチャーからそう説明を受けていた。同盟関係を結んだ陣営があるのだと。
 けれど、眼前の彼女はどう見ても線の細い少女でしかなかった。ともすればアティよりもずっと華奢で年下にも見える。気さくな雰囲気は親しみやすく、戦士というよりは冒険家のようだと、アティは思った。

「あっ、今こいつ弱そうだなーとか思ったりしたでしょ。ふーん、そっかー、そういうこと思っちゃうんだー」
「え……あたしそんなつもりじゃ……」
「うそうそ冗談! ああごめんね、そんな顔させるつもりじゃなかったんだ。沈んでたみたいだからちょっと元気づけようって思ったんだけど……」

 目の前のライダーが英雄然としていない、という内心の評は別に悪い意味でのことではなかった。親しみやすい空気を創る彼女は、多くの笑顔を人々に伝えていったのだろうと、そう思える。それは今まさに慌ててこちらを慮ってくる様子からも察せられた。

「ともかく。これから一緒に頑張るってんだから、ここは一つ親交を深めようと思ってさ」

 閑話休題。
 改めて向かい合い、ライダーがそんなことを言ってきた。そこには何の他意も含まれず、純粋に話をしに来ただけのようである。

「それはいいけど、あなた自分のマスターは?」
「疲れがピークに来て就寝中。今日は色々あったからね、ゆっくり休ませてあげたかったんだ」

 あははと笑うライダーからは、"色々"がどのようなものだったか察することはできない。しかし、アーチャーから事の次第を聞いているアティには、彼女たちが聞くだに恐ろしい苦難に遭ってきたのかを知っていた。
 その上でこうして笑えるということがどれほど妙々たることであるか、同じく苦難に遭いながらただの一度も笑えてないアティにはよく分かった。そして同時に、弱そうだなどと一瞬でも考えてしまった自分の思考が、実はとんでもない間違いであるということにも思い至る。

(そう、だね)

 思う。今、自分がすべきことを。
 アーチャーは言った。遠くを見るのもいいが、目先のことも大事だと。それを疎かにしてはいけないと。
 ならば、今しなくちゃいけないのは。

「ライダー」
「うん?」
「いつまでになるかは分からないけど、仲良くしましょう。これから、よろしく」

 手を取ることになった同盟者との親交、そして意思の疎通であろう。人は一人じゃ生きられないのだから、誰かの手を掴めるのならそうしなければならない。
 言葉を受けたライダーは、ぱぁと表情を輝かせて、うんうんと頷いてくれた。

「こっちこそよろしく! えっと」
「アティ・クストス。アティって呼んで」
「うん! よろしくね、アティ!」

 そこからは、喜色満面のライダーに押され気味ではあったが、二人共朗らかに談笑を続けることになった。アティにとっては、久方ぶりの楽しい時間であった。

 余談だが、彼らのいる部屋には悪意に反応して自動攻撃する魔力結界が巧妙に隠蔽されつつ展開されていたのだが、結局この結界が役目を果たすような事態になることはなかった。





   ▼  ▼  ▼


160 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:42:57 LTsCqKfg0





 夕暮れの陽が一面の海原を赤く染め上げていた。
 広がる海には風もなく、静かに波揺れ凪いでいた。一見すれば平和な光景、あるいは牧歌的とも称せたかもしれない。

 ―――水平線の彼方に浮かぶ、黒い戦艦の度外れた威容さえ存在しなければ。

「……」

 渾沌の只中にある鎌倉の動乱など、露とも知らぬと言わんばかりにその存在を誇示し続ける戦艦を眺めながら、みなとは言葉無く思考の海に埋没する。
 あれが聖杯戦争の関係者であることは、最早誰に言われるでもなく明白である。ただそこに在り続けるだけならともかく、あの戦艦は遂に砲撃まで開始したのだ。その動きはただ一度のことであったが、市井に大きな混乱をもたらしたことは言うまでもない。
 ここまで徒に目立ってしまえば、多くの陣営がその動向に注目するだろう。聖杯戦争の定石から外れているなどということは今さら語ることでもなく、端的に言って馬鹿としか形容のしようがない。
 しかし同時に、そんな彼らに対して先んじて敵対し戦闘を仕掛けるのもまた、馬鹿としか言えない。
 突出する者は叩かれる。そんな定石を度外視しても、かの戦艦の主が持つ自信と力の程は如何程か。無策に突っ込むほど愚かしい真似はないだろう。
 加えて位置的な問題も存在した。彼らがいるのは海の向こう、沖合およそ3㎞の海上である。水上歩行の加護を持つか、それとも空を飛べるかでもしない限りは辿りつくことさえ至難の業とくれば、表立って立ち向かう陣営はそれこそ数を少なくするに違いない。そして事実、こうまで目立つ真似をしておきながら、未だ黒の戦艦に戦火が上がる様子はなかった。
 かくいうみなとのサーヴァントであるライダーも、そうした問題を抱えていた。彼は無双の手練れであるが、地に足つけていなければ成り立たない戦士でしかない。みなと自身は飛行の術を持ってはいるが、サーヴァントを相手にすればたちどころに打ち落とされるのが関の山であろう。
 故に現状、みなとには戦艦のサーヴァントに手を出す理由も手段も無かった。聖杯の獲得を目指す以上はいずれ激突しなければならない相手であるから、その時に備える必要はあったが。

「これは、同盟者を募る必要も出てくるかな」

 そう嘯きながら、海岸線にほど近い道を脇にずれるようにして歩く。通りの曲がり角へ差し掛かり、ふと視界の端に浮かび上がるものがあった。
 みなとが従えるサーヴァント、ライダーが不意に霊体化を解き、その姿を現したのだ。

「どうしたんだライダー、サーヴァントの気配でもあったのか」

 問いには答えず、ライダーは先導するように歩き出す。怪訝に思いながらもみなとはそれに随伴し、数分の後に人気のないひっそりとした路地裏に辿りついた。
 誰もいない。どこにも、誰の気配もなかった。みなとは緊張に固まった体をほぐし、一つ息を吐く。

「ライダー、一体何の用があったんだ。ここには何も……」
「"来るぞ"」

 言葉と同時、

「ッ!?」

 みなとは背後に何者かの気配が出現したのを肌で感じ取る。瞬間、弾かれたように後ろへ下がり、知らずその手に握った杖を相手に向けた。思考よりも先に魔力が一気に凝縮し、その破壊が放たれようと―――


161 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:43:30 LTsCqKfg0

「跳ねるな」

 ―――する寸前、その影から発せられた一言により、反射的に動いてしまっていたみなとの体がピタリと動きを止めた。
 黒い男だった。夜闇を切り取り人の形に押し固めたような外套は黒よりもなお黒く、蒼白の頭髪は白磁の肌を以てなお映える輝きを湛えていた。
 貴人に特有の怜悧な表徴の顕れと、それに相反するような覇気とが混ざり合った気配は、ただそこにいるというだけで常人には耐えきれない威圧となって具現する。ライダーという極限域の武威を知らなければ、あるいはこの男に敵意を向けられたというただそれだけで、みなとはあらゆる抵抗の意思を喪失していたかもしれない。
 しかしそれは仮定の話だ。その男は小波すら立たぬと形容できる落ち着いた所作で、何の敵意も害意もなく、みなとへと語りかけた。

「ここは市街地にほど近い。小競り合いならまだしも、本格的な戦いともなれば多くの被害が出る。お前はそれを容認するか?」

 問われ、混乱に沸騰しかけていた思考が徐々に冷静さを取り戻していく。
 確かに眼前のサーヴァントが言う通り、みなとは市井への犠牲は極力抑えたいと考えていた。義憤というわけではないが、衆目の目に晒されては単純に厄介だからだ。神秘の秘匿云々はどうでもいいとしても、聖杯を巡る戦いは当人たちの手でのみ行えばいいという一点において、みなとは通常の魔術師と考えを同じものとしていた。
 向けかけていた黄金の杖を下ろす。それを見て、黒衣のサーヴァントは静かに目を伏せ答えた。

「賢明で助かる。私としても事を構えるつもりはないのでね」
「……なら、一体何のために僕たちの前に姿を現した。まさか偶然の産物だとでも?」
「あり得ない、と言い切ることができるのか?」

 数瞬の無言。押し黙るみなとに、男は薄く笑みを浮かべ、冗談だと小さく告げた。

「本当なら、お前達を無視しても良かった」

 スッと足を踏み出し、男はゆっくりとみなとの方へと歩み寄る。

「私にはやるべきことがある。だから隠れ潜みやり過ごす、という選択もあった。しかしそちらの側からやって来たというなら話は別になるだろう」
「……笑わせる。これ見よがしに己が存在を誇示したのは貴様のほうだろう」

 男に対して初めて紡がれたライダーの言葉が、それだった。
 みなとの傍に立ちつくし、不動のまま時を過ごしたライダー。しかしその目は何の怯みも持ち合わせず、男の前に立ちはだかる。
 突如としてライダーがここに来たのにはそうした理由があった。脈絡なく空白地点に発生したサーヴァントの気配。アサシンがヘマをしたのかと思いきてみれば、そこにいたのがこの男だ。
 しかも彼はアサシンに非ず。影に潜み闇討つだけが能の暗殺者などでは断じてない。これは、自分や他の大隊長にすら比肩する強者であると、磨き抜かれたライダーの直感が指し示していた。

「重ねて言おう、"賢明で助かる"と。察しが良いと話が早い」

 果たしてどの口がそれを言うのか。しかし男は、そんなみなとの非難するような視線を意に介することなく続けた。


162 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:43:56 LTsCqKfg0

「一つ尋ねたいことがある。この聖杯戦争の根幹に関わることだ」

 そして男が言った言葉は、みなとにはまるで理解できない事柄であって。

「お前を、いや"お前達"を差し向けた存在。それは黄金の獣と呼ばれるものか」

 しかしライダーにとって、それは虚を突かれるに等しい一言であるのだということが、背中越しでもみなとには理解できた。
 この男は、何某かの理由によってライダーの真名に纏わる物事を看破したのだ。

「それを聞いて、貴様に何の益がある」
「その返答は何よりも雄弁にお前という存在を語っているぞ、Dreizehnの天秤よ。破壊のみを為し、故に何物にも触れることのない永遠のアハシュエロス。人類悪を体現するかの如き男が、今さら聖杯に何の用だと言う」
「知らんし、そして知ったことでもない。俺の望みはただ一つ」

 一切の無駄がない動きで、ライダーはその両腕を眼前に構えた。漆黒に染まった拳は、ただ鋼鉄の重量のみを湛えている。
 それこそは機神・鋼化英雄。ライダーがその身に宿す、いいやその身そのものである特殊発現の聖遺物。鈍く剣呑な、それ故に業物と呼ぶことすら烏滸がましい、戦いのためだけに在る武装である。

「唯一無二の終焉を寄越せ。だがそれを為すのは貴様ではない」
「我が身では不足と言うか。随分と高望みをするものだ、ならばかの愛すべからざる光に挑めば良かったものを」
「抜かせ」

 そう声を発した瞬間、両者は同時に地を蹴り抜き突進を開始した。
 黒のライダー、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。そして黒のアーチャー、ローズレッド・ストラウス。二人の孤高なる戦士の激突は、かくの如くに始まりを告げたのだった。





   ▼  ▼  ▼





 ―――黒剣が空を断つ。

 ―――絶拳が虚を穿つ。

 斬撃、砕撃、刺突、裂蹴。周囲の大気を激震させながら展開される血風の剣刃乱舞。地を踏み抜いて放たれる剛腕は爆音と共に空間を貫き、舞踏さながらに舞う剣閃は視界を一刀両断する。
 体捌きに技の妙、どころか呼吸視線に至るまで。それら一挙一刀足の全てが余さず絶技。傍から見ているだけのみなとでさえ、その速すぎる挙動が見えず認識できずとも、そこに込められた凄まじいまでの技量と経験を絶大の覇気として感じ取ることができた。
 しかし、そんな彼らの剣戟には一つの異常点が見受けられた。

 神速で振り下ろされた拳が一直線にストラウスの肩を狙う―――当たらない。
 返しとばかりに放たれた胴を狙った横薙ぎ一閃―――当たらない。
 武闘の粋を極めた一撃、その応酬。されど奇妙なことに、そうした武闘において必須となる防御や鍔迫り合いといった行為が一切存在していないのだ。
 幾度拳と剣を振るおうとも、当たらない、当たらない、当たらない、当たらない―――
 息が触れ合うほど近いのに、空振りし続ける刃と拳。死を搭載した二つの絶技が、重なることなく乱れ狂う。
 まるで、予め決められていた殺陣のように。二人の放つ攻撃は一度たりとも被弾という結果を起こすことがなかった。
 ただの一度も防御を選択することなく、彼らは空間を破壊しながら更に更にと加速を続けていた。


163 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:44:32 LTsCqKfg0

 このような拮抗状態に陥ったのは、互いの能力が絶妙に噛み合わなかった結果である。どちらも等しく近接戦闘を得意としていながら、しかし両者の誇る力が攻撃への接触を頑なに封じていた。
 分子間結合を崩壊させ、接触したなら破壊の内部伝播を行う振動魔力を帯びた、ストラウスの黒剣。
 遍く防御を穿ち貫く特性を秘め、その衝撃を過不足なく敵手の体内に叩き込むマキナの機神・鋼化英雄。
 そう。ストラウスとマキナ、彼ら二人の攻撃は一撃必殺の特性をどちらも多分に帯びているのだ。
 過程や性質は全く違えど、食らってしまえばどちらも同じ。容赦なく一方的に、掠っただけでも即死する。

 特にストラウスは、振るう剣が纏う魔力の変化からも、それが分かりやすいだろう。
 黒い瘴気にも似た莫大量の侵食魔力。その刃に触れたが最後、傷口から浸透した漆黒の煌めきはあらゆる物体を崩壊させながら対象を蝕み抹殺する。太陽が沈み夜種としての本領を発揮しつつある今だからこそ揮える、それは吸血種としての力の神髄である。
 対魔力に防護の加護、体質耐性無効の概念―――そんなもので防げはしない。故に受けるなど言語道断、よってマキナはこれを躱す他になかった。刀身には決して触れず、身を襲う刃の嵐を見切りながら戦い続ける。それは人の身には永すぎたグラズヘイムの殺戮劇ですら数えるほどしか経験しない代物である。
 本来、魔拳の形成―――万物貫通の聖遺物は他のサーヴァントが発現した魔力さえ関係なく破壊することができる。
 風であろうが雷であろうが、振動であれ光であれ存在するなら鏖殺し。鋼の求道に曇りはなく、故に敵手が何を繰り出そうが諸共に穿ち貫くのみであるが。
 しかし、眼前の敵手たるこのストラウスにだけは話が別だ。
 常軌を逸する戦闘技巧、変幻自在という言葉すら生温い極大規模の魔力操作。そしてこれほどの戦力さえも"小手先"と言わんばかりに掌握する類稀なる戦術眼を持つこの敵手に対し、何の策もなく正面突破を試みるなど愚の骨頂。まず間違いなく致命的なカウンターを食らうと、磨き抜かれた彼の直感が告げていた。
 このマキナをしてここまで言わせるほどの凄味が、この若き夜の王には存在した。駆け抜けてきた戦場の数、潜り抜けてきた修羅場の数さえ、地獄の戦鬼たるエインフェリアを超えて余りあるとすら錯覚するほどだ。一体どれほどの研鑚をこの青年は積み重ねてきたのか。振るわれる剣腕はザミエルはおろか、彼の知る最高域の達人であるベアトリス・キルヒアイゼンですら及ばないことは確実であろう。
 仮にこの黒き魔力群を掌握ないし破砕した上で敵手を殺害するというならば、光速に至る反応速度とナノ単位の精密動作が最低限の条件として厳しく要求されるだろう。

 ならば劣勢なのは拳振るう黒騎士であるかというと、それは否。
 ストラウスもまた、相手と全く同様に機神・鋼化英雄には触れられない理由がある。
 そう、マキナの拳もまた恐るべき一撃必殺―――終焉の渇望が付与された悪夢のような絶拳なのだ。
 刀身で防御でもすれば、それこそ一巻の終わりというもの。翳す刃など関係なく、マキナの拳は一切の減衰なく、ストラウスの剣や腕諸共こちらの心臓を貫くだろう。何故ならマキナの渇望とは「終焉」なのだから、創造を発動せずとも世界を捻じ曲げる領域にある渇望は拳に付与され、遍く万象を破壊して余りある。
 故に、彼の魔拳は防御不可能。躱す以外に処置はなし。

 ―――だからこそ、二人は絶妙に噛み合わない。
 何百と放たれながら、掠りもせずすれ違う刃と拳。
 このうちの一発でもぶつかり合えば、侵食魔力はすかさずマキナを滅し、同時に放たれる終焉の拳がストラウスを必ず殺す。勝敗と言う概念は消え、共倒れに終わるだけ。両者は類稀なる戦術眼よりその未来を看破し、同時に両者共そんな結果を望むなどありえない。
 よってどちらも選択肢から衝突、ないし防御を捨てる。
 舞踏のような武闘を興じ、変則的で自由自在な身も凍る死線を描いて戦闘行為を続行していた。

「シッ!」

 踏み込みざまに繰り出されたマキナの右腕が、屈んだストラウスの頭上数センチの空間を穿つ。同時、眼前に掲げられたストラウスの黒剣はマキナの顔面すぐ脇を掠め、その体勢を崩させる。
 結果はこれまで通りの空振り同士。互いの攻撃は絶妙にずらされた体躯の残像のみを捉え、その本体には一切の手傷を与えない。
 大きく上体を仰け反らせたストラウスが、重心移動を利用して返す刃を放つ。
 体勢を崩したマキナが、知ったことかと強引に右脚を踏み出し拳を放つ。
 そしてそれらはまたしても、対称的とも言うべき構図で互いに触れることなくすれ違う。


164 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:45:01 LTsCqKfg0

「前言を撤回しよう、Dreizehnの天秤」

 刹那、放たれる言葉が一つ。それは眼前のストラウスから。
 回転する剣舞が螺旋のようにマキナの首を狙い、しかし首級を捉えることなく後方へと流れ行く。返しとばかりに放たれた裏拳は、しかしそれより先に移動を終了させていたストラウスに触れることなく、先の展開をなぞる様に空を切る。

「お前はそれなりに話の通じる手合いだと考えていた。賢明、と言ったのは何も世辞や皮肉の類ではない。お前は黒円卓の中にあって、数少ない本物の武人だろう。
 しかしこのザマはなんだ。お前のマスターは条理というものを弁えていたが、お前はその者の許しを得ることもなく剣を交える猪武者か」

 告げるストラウスの言葉は事実である。マキナのマスターであるみなとは、ただ放心したかのように立ちつくし、この場を見守るだけとなっていた。
 マキナの放つ鬼気に中てられたのだ。戦場を知らぬ子供であれば無理もない。心を蝕む死の気配は余人には毒にしかならないだろう。あの様子では、この戦闘中において令呪を使ったサポートすらできまい。
 すなわち、マキナはそれだけ形振り構わずストラウスに攻勢を仕掛けているのだ。赤騎士や白騎士ならいざ知らず、ストラウスの知識にある黒騎士とは思えない愚行である。
 旋回する巨腕が弧を描き、斜め上からストラウスを狙い打つ。足は動かさず体勢移動のみでそれを回避し、続けざまに放たれる震脚の一撃を後方へ下がることでやり過ごす。

「それこそ愚問。俺に残された唯一の手段が殺戮のみであるというならば、ただそれに従うだけだ」
「武人としての矜持すら残されていないとでも? 聖杯に縋るなどと、黄金錬成の真実を知る者ならば疑ってかかるのが当然だろう。いや、それとも」

 そこで、両者の間に空白ができた。
 それは幾重にも重ねられた剣戟の中で、互いの呼吸が合致したことにより生まれた、ほんの一瞬の停滞だった。互いに腕を引き戻し、故にどちらの攻撃もなく。動きが静止し、あらゆる音が消え失せて、顔を突き合わせる二人だけが世界に取り残された。これはそんな、偶然の空白地帯。
 音もなく、動きもなく。時間が止まったようにさえ思えるその一瞬に、ストラウスの言葉だけが、透き通るように響き渡った。



「お前が奪われたのは、これで二度目ということか」



 無言。
 静寂。

 ………。
 ……。
 …。

「く、くく」

 巻き起こる微かな笑い声に、みなとは「はた」と気付いた。
 声の出所はどこなのか。一瞬、彼には分からなかった。アーチャーか、ともすれば自分のものかもしれないと考え、しかしそれが間違いであると気付いた瞬間、彼は信じがたいものを聞いたかのように、その表情を驚愕に染めた。
 哂っていたのは、ライダーだった。自嘲の笑みだ。
 ライダーの哂いなど、今までただの一度も聞いたことがなかった。


165 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:45:30 LTsCqKfg0

「そうだ。俺は二度と目覚めたくなどなかった」

 重く、重く、漆黒と鋼鉄の声で黒騎士は答える。

「求めた終わりをあの男に奪われ、その果てに得たはずの納得さえ聖杯に奪われた。ならば俺に残されたものとはなんだ? 魔力によって縁どられただけの偽物(おれ)など、こうするより他にないだろう」

 それは言葉か。黒騎士が幾度となく自問し、迷いすら投げ捨てた彼にとっての真理か。

「問答は終わりだ。俺も貴様も、此処にいるべきではない亡霊に過ぎん」
「ああ、その言には同意しよう。我らも、そしてこの世界も。生まれてはならなかった桃園の残滓でしかないのだから」

 最早二人に言葉はなかった。向かい合う両者は、全身に戦意のみを満ち溢れさせ、渾身の力を込めながら攻撃が解き放たれる瞬間を今か今かと待ちわびていた。
 次に動く時は、すなわち決着の時。繰り出される一撃は致命のものに相違なく、如何に相手の必殺を潜り抜け己の必殺を当てるのかということを、二人は現実には1ミリも動かないまま、しかし脳内においては千回も万回も予測演算を繰り返していた。

 じり、と空気が焼け付く。張りつめるような緊張感が場を満たした。
 息をするのも忘れ、みなとはただ事の推移を見守るのみ。そして翳る陽射しがその傾きを深くした瞬間。

Briah
「創造―――」

 THE RECORD
「月の恩寵は―――」

 二人は同時に、己が必殺の銘を口にして―――




「―――ッ!」




 ―――その体が突如として反転し、腕を振り抜いた空間に盛大な火花が散った。
 甲高い反響音が、鳴り響いた。

「な、何が……!?」

 驚愕の声はみなとのものだ。いや、彼には全てが見えていた。「遠方より飛来した三発の弾丸が、中空にて打ち落とされた」のだ。
 サーヴァントどころかみなとをも狙った弾丸は、丁寧なことにライダーとアーチャーが激突する瞬間、すなわち両者が外部に対して最大の隙を晒す瞬間を狙ったものだった。そしてそれを、二人は同時に、みなとを狙った分まで纏めて叩き落したのだ。

「無粋な真似をしてくれる」
「とはいえ、それが聖杯戦争の定石だろう。所詮これは醜い殺し合い、正当な決闘ではないのだからな」

 言うが早いか、アーチャーは肩口まで持ち上げた右手の上に黒い魔力弾を生成。添えるように軽く押し出すと、それはアーチャーの緩やかな所作とは裏腹の驚異的な初速と共に撃ち出され、遥か遠方まで一直線に駆け抜けていった。
 その方向は、正体不明の弾丸が飛来したのと同じ方角であった。


166 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:46:03 LTsCqKfg0

「さて、私はもう行くが、お前たちはどうする」
「え……」

 急に問われ、自分に振られるとは思ってなかったみなとは一瞬言葉に詰まってしまう。それを前にアーチャーは構うでもなく続けた。

「横やりが入った以上、この場で戦闘を続行するのは愚の骨頂だろう。そして、私には"奴"を追う理由はない。最初にも言ったが、私に交戦の意思はないのだからな」
「……」

 出会いの記憶を辿ってみれば、確かにアーチャーはそんなことを言っていた。仕掛けたのはあくまでライダー、つまり自分たちなのだから。こちらに続行の意思がないとなれば、彼がここに留まる理由も遠方より飛来した銃弾の主を追う理由もないだろう。
 みなとは少しだけ考え、そして決然とした意思と共に答えた。

「追おう。このまま逃げたとしても、そちらはともかく僕たちは狙い撃たれるがままだ。それだけは絶対に避けなくちゃいけない」

 ライダーには遠隔的な攻撃手段も、防御の術も存在しない。故に彼らが背を見せたとて、撃たれ続ける弾丸を防ぐ手段をみなとたちは持ち合わせない。一方的な攻撃に晒されるということがどれほど致命的かなど、今さら論ずるまでもなかろう。
 故に取るべきは攻勢の一択。逃げられるよりも先に間合いを詰め、一撃で以て首を取るのが最適解だ。

「行こう、ライダー。僕らの戦いはここで終わるものじゃない。今は彼よりあちらを優先すべきだろう」

 マキナは何を言うでもなく、先ほどまでの過熱ぶりが嘘であるかのように、ただ静謐の面持ちでみなとに追随した。その視線は既にストラウスから離れている。
 不動のまま立ち尽くすストラウスの横を、歩むマキナがすれ違った。二人が交錯するその瞬間、マキナは小さくストラウスに呟く。

「……この舞台にラインハルトは関係ない。俺達は、ただ俺達のままこの都市に呼び出されたのだ」

 それだけを残して、マキナとみなとは勢いよく飛び出し、その場を後にした。ストラウスの他には無音の静寂のみが、そこに残された全てであった。


「……」


 周囲には誰もいない。それを、五感のみならず魔力的な感覚においても確認したところで、ストラウスはほっと一息をついた。
 当初彼が想定していた目的は全て達成された。情報を得るというのもそうだが、危険を遠ざけるという意味においても。
 実のところ、ストラウスがみなとたちに語った交戦の意思の有無については、言葉と真意を異としていた。より厳密に言うなら、"一芝居うつための交戦の意思"は存在したのだ。
 ストラウスは最初から、遠方よりこちらの様子を伺う気配に気づいていた。故に、その真意と行動、及び素性を探るためにマキナを相手に軽く刃を交わしたのだ。結果としてはご覧の通り、こちらの隙を伺い射殺しようとする強硬派であることと、ストラウスが求める人材ではないという事実が判明したわけだが。
 そしてそれは、マキナとて最初から承知していただろう。何故なら、為された破壊の規模があまりにも小さすぎるからだ。地面に穿たれた踏み込みによる破壊以外、ここには何の破損も見受けられない。
 当初語った通り、ストラウスとマキナが本気で激突した場合、被害はこんなものでは済まないはずなのだ。本気で彼を獲ろうとすれば、最低でも区画の一つは更地となるだろう。場合によっては街一つが地図上から消滅するかもしれない。
 故に、先ほどの戦闘はストラウスだけでなくマキナの側もまた、様子見に徹する程度の力しか出していなかったのだ。そしてこちらと同じく、狙撃主のいる方角に意識を割きながら戦っていたことは、その様子から容易に察することができた。
 マスターの滞在するホテルからマキナと狙撃主という二つの危険要素を遠ざける。そして必要な情報を取得する。この二つの達成を、ストラウスは成功させることができた。
 しかし、彼の表情は成功者のそれとしてはあまりに晴れず、浮かばないものであった。


167 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:46:30 LTsCqKfg0

「そうか……少なくとも、最悪の一つは当たらずに済んだということになる」

 ストラウスがマキナの真名を看破できたのは、何も彼が不手際を仕出かしたわけではない。単純に、先刻戦った赤騎士との類似性から推察したという、ただそれだけの話だ。
 聖槍十三騎士団黒円卓。元はヒムラーの遊戯でしかなかったはずのオカルト集団が、本物の魔人と化したことを知る者は少ない。そしてその内情は、血と戦争に狂ったウォーモンガーには留まらないものがあった。
 黒円卓第一位、破壊の君、愛すべからざる光、黄金の獣。かの如き存在がこの地に絡んでいないという事実は、例えそれが仮定であったとしても喜ばしいことになるだろう。
 ただし、それが真実だとすれば―――死せる英雄(エインフェリア)でさえも傀儡となる絡繰りがこの地上に顕現していることの証左となるのだから、彼の表情が晴れることには繋がらない。
 例えグラズヘイムがなかろうと、この世界が地獄であることに変わりはないのだから。

「つまるところ、黒円卓は無視して構わないということだ」

 黒騎士の言が真実と仮定すればそういうことになる。彼らはどこまで行っても外様の異人、この舞台に関係する根幹とは成り得ぬ端役でしかない。
 この時点で、ストラウスが求めるべき人物像というのは大凡形となっていた。そして、自らが何者であり、何をすべきかということも。
 それすなわち、この地に遺された外史に記されしあり得ざる英雄。
 曰く、人生の無常と真理を悟りし者の名を冠した三人の稀人たち。
 曰く、人理においてその守護の最たるクラスで呼び出される、人類の代表者にして現世と無意識を繋ぐ架け橋となる者たち。
 そして、その一人は―――

「……私としても、第一ではなく第二か第三に託したいところではあるのだがな」

 事ここに至っても現れぬということは、つまりそういうことなのだろう、と。諦観するように、あるいは自嘲するように呟いて。

「私も、マスターと同様に答えを出さなければならないか」

 それでも、立ち止まるわけにはいかない。自分が召喚されたその時から―――いいや、この世界が閉ざされたその瞬間から。
 すべて、すべて。最初から分かりきっていたことなのだから。





   ▼  ▼  ▼


168 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:47:04 LTsCqKfg0





「な……」

 信じ難いことが起きた。生じたその感情を一切隠すことなく、アーチャー・東郷美森は驚愕に顔を歪ませた。
 現在彼女がいる地点より2㎞先、かねてより目をつけていた主従が他サーヴァントとの戦闘に入ったことを確認した彼女は、彼らが最大の隙を晒す瞬間を今か今かと待ち伏せ、そして満を持して精密狙撃を放った。それが、つい数瞬前の話である。
 結果的にそれは外れた。というよりは外されたと言ったほうが的確か。それは躱されたわけでも、障壁の類で防がれたのでもない。あろうことか、中空にて叩き落されたのである。それはつまり、美森渾身の狙撃弾が完全に捕捉されていたということに他ならない。ともかく、彼女の放った弾丸は標的を貫くことなく一人の脱落者も出すことはなかった。
 予想外の、そして最悪の事態であった。美森は敵情を把握するため、そしてあわよくば更なる追撃を放つために手元のスコープを覗きこむ右目を更に細めて。

「―――あぐっ!?」

 その瞬間に発生した出来事は、焦燥に支配された美森の思考を更なる混乱の坩堝に叩き落した。
 "突如として、彼女が構えていたライフル銃が暴発した"。敵の一人、黒衣を纏った蒼髪の男に照準を定めようとした刹那、高速の何かが飛来し美森のライフル銃に着弾したのだ。爆発・分解したライフル銃の破片が弾かれるように後方へと四散し、衝撃にもんどりうって思わず尻餅をついてしまう。
 この時の彼女は知る由もないが、それは黒衣の男―――ストラウスが放った魔力弾であった。構えられた銃口へと正確に着弾させ、かつライフル銃を完全に破損させつつ美森に痛打の一つも与えない精密性は常軌を逸しているとしか形容の仕様がなく、曲がりなりにも銃士であるためにそれを直感的に理解した美森は感嘆よりも先に恐怖を感じ入ってしまう。
 更に最悪は続くものであり……破壊されたスコープを覗いた瞳が映した最後の光景には、こちらに向かって一直線に進撃してくる軍服のライダーの姿があったのだ。

(一時撤退……ううん、そう簡単に逃がしてくれるわけない。でも、まともに立ち向かってどうにかなる手合いじゃない……!)

 故に取るべきは撤退戦。即座に中空より二挺の小銃を具現化し、180度反転して脱兎のごとくに駆け出す。そのまま振り返ることなく後ろ手に引き金を引く。撃鉄の音とマズルフラッシュの閃光が連続して耳と目に届くも、こちらへ向かってくるサーヴァントの気配はその存在感を一切減衰させることはない。外れたか、それとも叩き落されたか。そこに大きな違いはなく、つまり美森の攻撃は功を奏していないということだ。
 鋼の大塊が迫りくるような圧迫感が背中越しにひしひしと感じられる。鳴り響く軍靴の音が、積もる焦燥の念を強くさせる。

「あんなのとやり合うなんてまっぴら御免……けど!」

 絶体絶命の窮地。しかし、それでも彼女は諦めるわけにはいかない。ここで死ぬつもりはないし―――何より、為すべき願いというものが彼女にはあったから。

「勇者部五箇条一つ、なるべく諦めない……!
 そうよね、友奈ちゃん……!」

 そう言って、美森は笑った。強がるように、何かを諦めないように。
 終わらない悲劇からみんなを救うのだという、世界諸共大切な人を殺害する安楽死の願いを抱いて。
 とっくの昔に全てを諦めた少女が、今さらになって勇者の在り方を夢見ていた。


169 : 夢は巡る ◆GO82qGZUNE :2017/01/24(火) 20:47:25 LTsCqKfg0

【B-2/路地裏/一日目 夕方】

【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
0:ランサーさん、嘘ついてますよね。

  けど助けます。
1:世界を救うとはどういうことなのか、もう一度よく考えてみる。
2:すばるたちと合流したい。然る後にゆきの捜索を開始する。
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばる、アーチャー(東郷美森)とは仲良くしたい。
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。
ランサー(結城友奈)と18時に鶴岡八幡宮で落ち合う約束をしました。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
4:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
5:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
6:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。


【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。



【C-2/個人商店/一日目 夕方】

【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 健康、無力感
[装備] 手提げ鞄
[道具] 特筆すべきものはなし
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る
0:少し休みたい
1:自分と同じ志を持つ人たちがいたことに安堵。しかしゆきは……
2:アイとゆきが心配。できればもう一度会いたいけど……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
みなとがこの鎌倉にいるかもしれないという漠然としたものを感じています。


170 : 名無しさん :2017/01/24(火) 20:47:52 LTsCqKfg0

【D-3/ホテル/一日目 夕方】

【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(中)
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。


【笹目ヤヤ@ハナヤマタ】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(中)、睡眠中。
[装備]
[道具]
[所持金]大分あるが、考えなしに散在できるほどではない。
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の場所に帰る。
0:……
1:聖杯獲得以外に帰る手段を模索してみたい。例えば魔術師ならなんかいいアイディアがあるかも
2:できる限り人は殺したくないからサーヴァント狙いで……でもそれって人殺しとどう違うんだろう。
3:戦艦が妙に怖いから近寄りたくない。
4:アーチャー(エレオノーレ)に恐怖。
5:あの娘は……
[備考]
鎌倉市街に来訪したアマチュアバンドのドラム担当という身分をそっくり奪い取っています。
D-3のホテルに宿泊しています。
ライダーの性別を誤認しています。
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名は知りません
如月をマスターだと認識しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。


【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯に託す願いはある。しかしそれをどうしたいかは分からない。
0:えっと、よろしく……?
1:自分にできることをしたい。
2:落ち着いたらライダーのマスターとも話をしておきたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。


171 : 名無しさん :2017/01/24(火) 20:48:20 LTsCqKfg0

【D-2/海岸線付近/一日目 夕方】

【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 陽光下での活動により力が2割減衰、魔力消費(小)
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:現状を打破する方策を探る。
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月とランサー(No.101 S・H・Ark Knight)の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。真名を把握しました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
アーチャー(エレオノーレ)とライダー(マキナ)の真名を把握しました。
アーチャー(東郷美森)を確認しました。



【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯狙い。ただし、すばるだけは元の世界へ送り届ける。
0:逃げる。
1:アイ、セイバー(藤井蓮)を戦力として組み込みたい。いざとなったら切り捨てる算段をつける。
2:すばるへの僅かな罪悪感。
3:不死のバーサーカー(式岸軋騎)を警戒。
4:ゆきは……
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
ライダー(マキナ)及びアーチャー(ストラウス)に襲撃をかけました。両陣営と敵対しています。



【みなと@放課後のプレアデス】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)
[装備]金色の杖
[道具]
[所持金]不明(詳細は後続の書き手に任せます)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の奇跡を用い、自らの存在を世界から消し去る。
0:追撃する。
1:聖杯を得るために戦う。
2:次に異形のバーサーカーと出会うことがあれば、ライダーの宝具で以て撃滅する。
[備考]
直樹美紀、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)の主従を把握しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)の真名を把握しました。
アーチャー(ローズレット・ストラウス)を把握しました。


【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae】
[状態]健康
[装備]機神・鋼化英雄
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得を目指す。
1:終焉のために拳を振るう。
[備考]
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。


172 : 名無しさん :2017/01/24(火) 20:48:46 LTsCqKfg0
投下を終了します


173 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/25(水) 18:38:35 9izmMSps0
投下お疲れ様です
マキナとストラウス、超絶級の益荒男同士の戦い、実にお見事でした
一方で東郷さんはまさに絶望的としか言いようのない戦いですね。
一度追い付かれてしまえば精霊の自動防御が事実上意味をなさない終焉の拳が相手ですので、うまく逃げ切れなければ非常に辛そうです

こちらの企画で書かせていただくのは初めてですが、キーア&プロトセイバーをよろしければ予約させて下さい


174 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 00:07:51 creYQAv60
失礼、予約にランサー(結城友奈)、バーサーカー(式岸軋騎)を追加します


175 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:12:52 creYQAv60
完成したので投下します


176 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:14:20 creYQAv60
 日は既に傾き始め、混沌の鎌倉市にもじき、夜が訪れようとしていた。
 事情を知らぬ大人達は皆一様に困惑と疲弊を顔に浮かべ、一刻も早く今日という日が終わってくれることをただ祈るしかない。一体今日だけでどれだけの騒動が起き、どれだけの狂騒があっただろうか。しかもそれらは夜闇に紛れ、密やかに行われた訳ではないのだ。
 白昼堂々、誰に憚ることもなく連続した事件。あるいは、事故。日が照らしている時間帯だけでこれなのだから、日が落ち、街を闇が覆ってからどうなるかなど考えたくもない。
 不思議と彼らは誰一人、"夜になったら少しは騒ぎも収まるだろうか"とは考えなかった。これは誇張でも何でもない。本当に誰一人として、平穏へ回帰する為の希望的観測をしていなかった。
 異常事態は続く。日が落ちても、夜が再び明けても、鎌倉の街から熱が消えることはない。
 誰もがそう信じている。声には出さないし、仮に出す者があったなら顔を顰めて不謹慎だとか非常識だとか、尤もらしい言葉で制止を図る者もあったろう。そんな一見マトモそうな人物でも、根っこの所は同じだ。結局はこの混沌が穏便に終結するなどとは欠片も思っちゃいない。そう祈っているだけで、誰も希望を信じていない。
 
 霊体化した状態で孤児院の内部を慌ただしく行き来する大人達をちらりと一瞥したセイバーのサーヴァント……アーサー・ペンドラゴンは、既にこの街の住人達が隠し持つそんな"異常"を認識していた。
 とはいえ彼は特別他人の感情の機微に聡い、という訳でもない。人々の様子を見るだけでその内面を完全に理解出来る、もし彼にそんな才があったなら、きっと彼のブリテンはあんな結末は辿らなかったろう。
 では何故、今セイバーはそれをこうして認識することが出来ているのか。それはひとえに、死に行く謀術師との邂逅に裏打ちされた鑑識眼であった。
 あのキャスターと言葉を交わした時間は決して長くないが、そんな短時間でも彼の人となりをある程度理解することは可能だった。結論から言えば、相手にしていて心地よい人物では断じてなかった。セイバーも俗に曲者と呼ばれるような難儀な性分を持った人間とは何度も相対してきたが、あれはその中でも一際異質と言っていい。
 例えるなら、蛇――体を不規則に撓らせ、その身体を敵手に正しく捉えさせない薄霧めいた男。
 只者ではないことは、あの短時間でも十分理解出来た。だが彼はもうこの街には居ない。胸を日本刀の刀身で貫かれ、呪毒をそこから流し込まれ、完膚なきまでに"殺された"。
 故に彼がまたセイバーの前に現れることは、恐らくないだろう。……消滅する瞬間をこの目で見届けた相手だというのにどうしても"恐らく"という予防線を張ってしまう辺りに、セイバーが壇狩摩という術師(キャスター)にどういう印象を抱いたのかがよく表れている。

 キャスターがセイバーに遺した言葉。もとい、吹き込んでいった言葉。
 それを踏まえた上で改めてこの街に暮らす人々を眺めてみて、セイバーは長らく感じていた疑問が氷解する感覚を覚えた。キーアに召喚されてから予選期間を経て今に至るまでの間、ずっと微かな違和感はあったのだ。視界の端を延々小虫が飛び回っているような、そんな嫌悪感も今思えばずっとあった。
 その正体が、恐らくこれだ。聖杯戦争の原則を平然と冒し、民間に姿を露見させるのはおろか、厳しく弾圧されて然るべきである過度な魂喰い行為さえ平然と横行する現状――ではなく、それを感じ取っていながら、普段通りの日常を続けようとするこの街の住人達。
 危機意識が欠けているのではない。彼らはちゃんと、当たり前にそういうものを持っている。では何が足りないのか。
 違う。何かが足りない、のではない。有り余っている、のだ。それは人として当然の感情。未知なるものに焦がれ、非日常をこそ渇望する、俗に好奇心や探究心と呼ばれるもの。
 
 例えば、自分の親しい人が死んだとする。
 家族なり、友人なり。かけがえのない人物が"非日常"に巻き込まれ落命したとする。
 普通ならば悲しみ嘆き、それで頭が一杯になる筈。もしくは大切な人を奪ったその事象に怒りを燃やすなり、飛び火を恐れて街を離れるなりする。人として至極当然の行動だ。
 にも関わらずこの街の住人は、そんな悲しみや怒り、恐怖の中に等しく"期待"を飼っている。
 次は何を魅せてくれるのだと胸を高鳴らせて前傾する舞台の観客のように、誰もがどこか夢心地なのだ。当事者意識がないだとか抜けているだとか、そういう次元では最早ない。まさしく今の鎌倉は熱に浮かされているのだと、セイバーはこの時確かにそう理解した。
 事は望まれる通りに過熱し、蝋燭が溶け落ちるように都市の寿命は目減りしていく。
 悪夢だ。悪夢の担い手たるサーヴァントやマスターばかりが事の危険を正しく理解し、夢を観ている市民達は白痴のように次の展開を切望している辺りが終わっている。


177 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:15:03 creYQAv60

"……病んでいるな"

 病んでいる。狂っている。――痴れている。
 
 形容する言葉は数ほどあるし、そのどれもが的を射ているから本当に始末に負えない。
 だがこれすらほんの序の口。この聖杯戦争を取り巻く悪夢はもっと膨大で、吐き気がするほど質が悪い。
 キャスターは彼に事の全てを語った訳ではない。キャスターはあくまで吹き込んだだけ。セイバー自身、当初は彼の言う意味をまるで理解することが出来なかった。それについて考え、彼の言動の一つ一つを思い返し、セイバーなりに推察することで、どうにか住人の異常性を認識するまでは漕ぎ着けた。
 セイバーは聖杯戦争の真実はおろか、その奥に眠るモノの存在、悍ましき陣の絡繰りを見出してすらいない。
 彼は真相に一歩近付いただけ。されども、その背中を押したのはあの盲打ち。万象全てが自分の方にしか転がらない、存在そのものが規格外とでも呼ぶべき男。故にその一歩は小さくとも、偉大だった。セイバーが思っているよりもずっと偉大で、後に必ず大きな意味を持つことが確定している第一歩。

 セイバーは思考する。回想する。彼が言う所の、自分がやらねばならないことを。

"僕がすべきことなど百も承知だ。そして、できるとも。貴方に言われるまでもない"

 その答えに変わりはない。そう、誰に言われるまでもない。
 推察と発見の末に再考しても弾き出された答えは同じだった、その事実だけを機械的に自分の脳奥に押し込みながら、セイバーは思考をすっぱりと切り替える。
 アサシンとそのマスターとの戦いから、既に二時間近い時間が経過していた。自分もキーアも肉体的なダメージは殆ど皆無だが、精神的な方のダメージとなれば話は別だ。キーアは目の前で友人――少なくともキーア自身はそう思っていた――の少女を貫かれ、自分の腕の中で亡くしている。
 彼女は強い子だ。死の重さに潰れてしまうことは、恐らくないだろう。
 それでも、全く平気ということは絶対にない筈。現にセイバーはあの時、声を張り上げ、息を詰まらせ、年相応の子供のように泣きじゃくる彼女の姿を見ている。

 慰めることは幾らでも出来る。だが人が死を割り切るためには、まず自分自身で心に整理を付けることが肝要だ。
 心の傷が大きくて、どうしても立ち上がれない――大人が手を差し伸べるのはその時でいい。

 それに今、キーアには孤児院の先生が付いている。
 傷付いた子供の扱いはきっと、彼女達の方が自分よりよっぽど上手だろう。
 だからセイバーは今は黙して、先の戦闘で微量なれども費やした魔力の補填に徹していた。
 ……そこかしこから聞こえる不安げな子供達の泣き声を耳にしながら、目を閉じ、背を壁に委ねて。

 ……この地に新たな嵐が近付いているのを彼が感知したのは、それから数分あってのことである。


178 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:15:55 creYQAv60
  ◇  ◇


 ――急がなければならない。

 未だ癒えきっていない疲労と各所のダメージで軋む身体を強引に動かしながら、ランサーのサーヴァント・結城友奈は孤児院への道を急いでいた。その目的は他マスターへの協力の要請。本来それは彼女のマスターが行うべき行動だが、ランサーを召喚した人物にそれが可能なほどの理性は残っていない。 
 だからこそこうして、お世辞にも万全とはいえない状態のランサーが走っている。霊体化すらせずに、脳を支配する焦燥感に浮かされながら。
 八方塞の袋小路といっても何ら過言ではない現状を打破し、マスターを取り戻して未来を切り開く為に、彼女は孤児院を目指す。今のランサーには助けが必要だった。サーヴァントのスペックがどうだとか贅沢を言うつもりは毛頭ないし、そんなことを言ってられる状況でもない。
 全てが最悪の方に転がり切る前に、滑落を食い止める為の杭を打ち込む必要がある。ランサーも当然聖杯戦争のルールやセオリーについて、ある程度の知識は有している。だが、この聖杯戦争においてそれは糞ほどの役にも立たない。何から何まで常識外れが過ぎる、そもそもからして常識の物差しが溶けて歪んで捩れて廻っておまけに円の終着点まで噛み合っていないと来ているのだ。

「はっ、はっ、はっ、はっ――」

 サーヴァントなのだから、走った程度で息は切れない。疲れもしない。だと言うのに、ランサーは長距離走に臨むランナーのようにその息を弾ませていた。それほどまでに今の彼女は焦っている。唯でさえ気配の隠匿に優れるアサシンのサーヴァントにでも見つかったなら、まず確実に初撃は貰ってしまうだろう程に。
 そう考えれば、これも不幸中の幸いというべきなのかもしれない。
 勇者の少女はその行く手をこれまた意図せず阻まれることになるのだが、最悪のカードは引かなかった。

「ッ!!」

 瞬時に、霊体化を解いた何者か――サーヴァントの気配を感知して振り向くランサー。
 その視界では既に、剣呑に過ぎる形状の得物を振り上げた男が一人、ランサーを睨め付けて殺意で呼気を荒げていた。

"――バーサーカー!"

 クラスの看破には一秒も要さない。何故なら誰の目から見ても、その男は狂っていたからだ。これで狂戦士以外のクラスがあてがわれているというのなら、そもそも狂戦士のクラスなど必要ない。そう断言できてしまうほどに、今ランサーが対峙せねばならない敵手は狂奔していた。既に振り被られた鈍器を、一瞬だけ両手を交差させることで防御しようと考えて、すぐにそれを撤回し足を後方へと動かす。
 
「■■■■■■■――――!!!」

 単語としての意味を持たない絶叫じみた咆哮と共に、空振った歪な鈍器がアスファルトの地面に着弾する。小規模なクレーターすら生み出す馬鹿げた威力は、直撃すればサーヴァントだろうと重傷、最悪即死さえあり得るだろうことをランサーに理解させる。
 ランサーは唇を噛んだ。それと同時に、霊体化すらせずに聖杯戦争の舞台を駆けていた己の愚かさに辟易する。こうなることくらい、本来予期して然るべきなのだ。理性のない、それ故に原則として直情的な戦闘以外を封じられているバーサーカーが相手だったからまだ良かったものの、これが他のクラスのサーヴァントだったらと考えると背筋に走る悪寒を禁じ得ない。そして無論、このバーサーカーとて御し易い敵ではない。
 自分の目的を最優先するのなら、此処は撤退が最善策だ。しかし頭ではそう分かっていても、結城友奈という英霊はその選択肢を選べない。何故なら彼女は勇者であるから。自分が戦いを避けたなら、この魔物めいた男は鎌倉の街を跋扈し続ける。そうなればまた不要な犠牲が積み重なるのは避けられない。
 そう思えばこそ、勇者たるランサーは拳を握る。このバーサーカーを一刻も早く退ける為に、多少の負傷と損耗は覚悟の上で、戦いに臨む決意を固める。


179 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:16:54 creYQAv60
「■■■■■■■――――!!!」

 今度は横薙ぎに振るわれた釘バット――『愚神礼賛(シームレスバイアス)』を、ランサーはまたしても回避。とはいえ彼女が逃げ腰なのではなく、この武器が剣呑過ぎる。宝具でこそないのが救いだが、バーサーカーの膂力でこんな殺傷のことだけを考えたようなナリの得物を振るわれては、最早そこに細かい差異は存在しない。
 不用意に受ければ腕の方が圧潰する。それを最初の時点で理解したランサーは、この戦いにおける戦略を即決した。
 即ち、ヒット・アンド・アウェイ。攻撃を喰らわないことを重視しつつ隙を見て拳を打ち込む戦法。時間が掛かってしまうのが難点といえば難点だが、その分安全性にかけては最上に近い。このバーサーカーをきちんと相手取った上で、尚且つこれ以上状況を悪化させずに退ける。ほぼ無理難題に近い命題を解決する上で一番都合の良いやり方こそが、今回ランサーが選び取ったものだった。
 風圧だけで髪の毛を何本も持っていかれるような殺人スイングの真下に、勇者の胆力で以って一ミリメートルたりとも臆すことなく飛び込んでいく。殆ど一瞬と言っていい時間でバーサーカーの懐への侵入を果たし、後は簡単だ。岩のように硬く握りしめられた右拳を、敵の土手っ腹に遠慮なく叩き込む。
 攻撃は命中したが、ランサーの表情は芳しくない。宝具を使用していない状態とはいえ、勇者の鉄拳は相応の威力を持つ。にも関わらずバーサーカーは、彼女のそれを受けて吹き飛びはしなかった。仰け反りはしたものの、脅威的な脚力でもってアスファルトを抉りながらその場で持ち堪えたのだ。

 バーサーカー・式岸軋騎の耐久は最高ランクでこそないもののそれに次ぐBランクだ。よもやこれでステータスが低いと言える者は存在すまい。彼はかつて『仲間(チーム)』と呼ばれる組織にて外部破壊を担当すると同時に、それとはまた別な、もっと物理的な意味で剣呑な集団にも属していた過去を持つ。
 それこそ、式岸軋騎の裏の顔。血統ではなく流血にて繋がった醜悪なる魔群、『零崎一賊』が一鬼――零崎軋識。
 暴力を生業とする世界ですら大半の存在に嫌悪され、畏怖されていた殺人鬼集団の一人である彼は、『仲間』において最大の戦闘力を有していた。故に此度、彼らを率いる死線に宝具として召喚された『仲間』メンバーの中で唯一彼のみが狂化して尚"戦闘要員"として機能している。
 狂化の補正を最大限に受けた軋騎もとい軋識のステータスは、今や下手な英雄共よりよっぽど高い域にある。
 現にランサーのステータスは彼よりも僅かに下だ。部分的に見れば勝っている箇所も確かにあるものの、肝心な筋力で打ち負けてしまっているのが何よりの痛手だろう。僅かな指向性のみを残して狂獣が如く荒れ狂うバーサーカーは時に、まっとうな理性を持ったサーヴァントよりよっぽど厄介な存在となる。

 下方から跳ね上げられた膝を体をくの字に折り曲げながら敢えて軽く被弾し、ダメージを最小限に留めながらランサーは後方へと退く。それを追うように鈍器を振り上げながら迫るバーサーカーに、再び地面を蹴ってランサーは向かっていくが、その時彼女はある微小な違和感を覚えた。
 このバーサーカーは自分と同じで、どこか、何かを急いているように見える。狂化しているのだから攻撃の質が落ちているのは当然のことだが、それにしても幾らかばかりの不自然さが否めない。得物を振り上げる動き、そしてそれを振り下ろす動き。それら全ての動作から、早急に自分を退けてしまいたいという意志のようなものが透けて見える。
 一度は考え過ぎかと切り捨てそうになったランサーだが、いいや違うと、彼女はバーサーカーの真意を看破した。


180 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:17:32 creYQAv60

"もしかして、このバーサーカー……!"

 この道を暫く進めば、孤児院に到着する。そもそもそこを目指して走っていたのだからそうなるのは当たり前だが、重要なのは眼前のバーサーカーの"都合"だ。彼はただ闇雲な索敵と襲撃を命ぜられて街を彷徨いているのか。バーサーカーなのだからその可能性は勿論十分にあるが、そうではないとランサーは確信さえしていた。そうせねばならない理由があった。
 もしも彼もまた、マスターの意向なり何なりで孤児院を目指していたのだとしたら? バーサーカーの習性上実体を晒しているランサーに襲い掛かったものの、本懐は見敵必殺のそれではないのだとしたら? ――なおさら、バーサーカーを先に進ませる訳にはいかない。交渉や同盟相手との合流が目的であるのなら、理性のないバーサーカーを単独で向かわせることには何の意味もない筈だ。
 だとすれば答えは一つ。それは最悪のパターンだが、だからこそ想定する価値がある。
 このバーサーカーは殺戮を目的にして放たれた――それも孤児院の襲撃と、そこにある全ての破壊を。

 そんなランサーの予想は、殆ど完全に的中している。
 バーサーカーは孤児院を目掛けて放たれ、その道中で実体化したまま街を駆けているランサーを見含めた。
 彼は狂っても尚、死線の従者だ。死線に仇なす外敵(サーヴァント)を打ち殺すのは当然のことである。故に彼はランサーを襲撃したが、さりとて最大の目的は孤児院の襲撃だ。絶対である死線の命を正しく遂行すべく、眼前の敵を一刻も早く討伐し、死線の望みを果たさねばならない。その半ば本能的な優先順位こそが、バーサーカーに狂人らしからぬ焦りの動作を引き起こさせていた。
 
「悪いけど――行かせないよッ!!」

 一発一発は脅威だが、技巧の伴わない攻撃ならば見切って対処することは然程難しくない。生前のランサーが戦っていたバーテックス共に比べれば攻撃の範囲も小さく、言ってしまえばまだ"戦いやすい"といえる相手。それでもランサーは一切油断しない。油断、慢心。そんなものを抱いた上で何かを成せる程聖杯戦争は甘くないし、今の自分が置かれている状況は優しくない。そのことを彼女は誰より知っていた。
 巻き上げられるアスファルトやコンクリートの粉塵を片手で払い除けながら、余波で空気の渦を巻き起こす程の剛拳をバーサーカーへと放つ。それをバーサーカーは、鉄塊を真横に構えることで防御。突き刺さった釘にランサーは拳を抉られたが、これまでに負ってきたダメージと比べれば微々たるものだ。特筆するにも値しない。
 脇腹目掛けての回し蹴りでバーサーカーを吹き飛ばせば、ほんの軽い動作からのドロップキックで胸板を打つ。もんどり打って転がる殺人鬼の姿は、ランサーに"攻撃が通っている"ことを実感させてくれる。莫大な代償を伴う宝具の解放を行わずともこれだけ戦える、これは素直に有り難かった。
 転倒から復帰し、またも襲い掛かってくるバーサーカー。ランサーは今度は回避に専念する。バーサーカーの攻撃は破滅の風車、釘バットを振り回しているという絵面は多少コミカルだが、トップサーヴァントの攻撃に匹敵する脅威だ。欲を掻いて被弾することのないよう、ランサーは徹底的に回避する。周囲の塀や電信柱さえ足場として利用しながら、攻める隙が生まれるのをじっと待つ。


181 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:18:25 creYQAv60

「■■■■■■――――!!」
「っ、と……!」

 ランサーが仮初の足場としていたコンクリート製の電信柱を鉛筆か何かのようにへし折り、空中に投げ出された彼女を叩き潰さんと愚神礼賛を突き上げるバーサーカー。それに対しランサーは、宙返りからの踵落としで対処する。されどこの判断は、あまり良いものではなかった。ランサーの右足に走る鈍い激痛、軋み。それがどうやら自分は今、いつもの癖でつい無茶をしたらしいと伝えてくる。
 バーサーカーの筋力はA+、実質最高ランクと言っていいランクだ。単純に見てランサーの二ランク上。宝具を使えば幾らか詰められるだろうが、それでもあの水準にまで辿り着けるかは疑わしいものがある。思考能力を犠牲に強靭なステータスを獲得するという狂戦士のサーヴァント、その在り方を良くも悪くも体現した相手だとランサーは思った。正気を失っているから付け入る隙は多い、しかしその分ちょっとのミスが即・命取りになる。
 とはいえ、敵わない相手じゃない。仮に此処でランサーを襲撃したのがアンガ・ファンダージ……今から数時間前に軋騎が交戦した彼とはまた別のバーサーカーであったなら、まず間違いなくランサーは苦戦を強いられていただろう。広域攻撃に手数の多さ、どれを取っても近接戦以外に能のないランサーでは辛い相手だ。
 その点リーチが短く、これと言って変わった攻撃手段も持たないこのバーサーカーは相手にし易かった。
 愚神礼賛の突き上げでより上空へと跳ね上げられたランサーは、跳躍で追ってくる彼の武器を真横から蹴りつけて一気にリーチから脱出。それと同時に手元を僅かに狂わせ、追撃までの間に微弱なラグを作り出す。その隙に素早く地上へ着地、それを追うように降りてきたバーサーカーへと即座に突進。痛烈な右フックを彼の側頭部へと叩き込み、仰け反ったのをいいことに今度は左のフックで反対側を痛打。バーサーカーが斬り上げの要領で振るった鈍器を軽いバックステップで避ければ、お返しとばかりに至近距離からの蹴りを打ち込んでやる。

「勇者――」

 式岸軋騎/零崎軋識の愚神礼賛は確かに強烈な武器だ。
 頭部に直撃したなら大概の相手は致命傷、腕や足を掠めただけでも十分戦いの行く末を左右するだけの痛打となり得る。だが先も述べたように、この禍々しい凶器は宝具ではない。真名解放で戦況を覆すことは出来ないし、長物の宿命である一振り一振りに付随する隙もバーサーカーの頭抜けた筋力値で補っているとはいえ、完全に克服出来ている訳ではない。現にランサーは先程からそれを利用し、攻撃を確実に命中させている。
 中距離のリーチを保ったまま攻撃し続けられるならいざ知らず、このように至近まで接近を果たされた上で相手にペースを握られてしまえば、バーサーカーにとっては辛い戦いとなる。理性を失くしているとはいえ、彼も本能的に自身の不利を悟り、後退からの仕切り直しを試みようとするが――勇者の少女はそうはさせぬと、鬼気迫る形相で拳を既に引いていた。

「――パァァァァァンチッ!!!」

 炸裂する、一際重く鋭い拳。一気呵成に孤児院を目指す狂戦士を討ち取らんと振るわれるそれは、勇者というよりも狩人か何かを思わせる苛烈な一撃だった。
 顔面を真正面から打ち据える、勇者の鉄拳はバーサーカーに完全と言っていい形で直撃した。ランサー自身、この戦いで一番の手応えを感じていた。しかしながら、その表情に会心の色はない。ランサーは今、バーサーカーを倒し切るくらいの心持ちと気合で攻撃を放ったのだ。にも関わらず、バーサーカーは吹き飛んですらいなかった。体全体を大きく後ろに仰け反らせながらも、自分の顔面へ炸裂したランサーの拳を掴むことで強引にそれを防いだのである。こうなると、窮地に追いやられるのは一転ランサーの方。


182 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:19:13 creYQAv60
 腕を破壊する程の膂力で、勇者の右腕が握り締められる。鈍痛に顔を顰めるが、その程度のことに気を取られている暇はない。この状況を打破するためにランサーは自由の利く左を強く握り、先の拳にも劣らぬ程の力を込めて右腕を戒めるバーサーカーの左腕へと振り下ろした。
 二度、三度、四度と振り下ろし、彼の腕から骨の罅割れる音が聞こえたのと同時に、ランサーの脇腹を凄まじい衝撃が襲う。肺の空気を逆流させながら、口から赤い液体を吐き出して、彼女は数メートル離れた石塀まで吹き飛ばされた。何が起こったのかなど、言うまでもない。バーサーカーの得物、愚神礼賛の一撃を喰らった。その証拠に彼女の脇腹からは、単に打擲されただけではあり得ない量の出血が見受けられる。
 衣服の上からでは今ひとつ分からないが、恐らく傷口は相応に悲惨なことになっているだろう。幸いなのは当たったのが脇腹という、致命傷には繋がり難い場所だったことか。痛みはあるし衝撃で肋骨も恐らく数本は逝っている――だがこれならまだ、戦闘の続行に支障はない。ランサーが持つ最高レベルの戦闘続行スキルを活用するまでもなく、戦いを継続できる程度の傷だ。

「……こんな、ところで……!」

 が、それを良かったとはまるで思えない。
 自分は追い詰められている。バーサーカーに、ではない。この聖杯戦争においてずっと、自分は断崖を背にして戦い続けている。アイ・アスティンのような善良なマスターと出会えたのは幸運だったが、それでも状況が好転したとは到底言い難いのが現状なのだ。
 そんな状況で更に傷を負ってしまった。重傷でこそないが軽傷とは言えない、"そこそこ"の痛手だ。
 ランサーは油断はしていなかった。だが、焦っていた。こんなところで時間を食っている暇はないと目の前の敵をある意味で軽んじ、勝負を決めるのを急いた。
 彼女にいつも通りの思考力が残っていたなら、あの場面で全力を打ち込むまではいいとして、その後速やかに敵のリーチから逃れて有利な状況を可能な限り維持しに掛かっていただろう。少なくとも自分で決めたヒット・アンド・アウェイの戦法を自ら崩し、その挙句に被弾するような愚は冒さなかった筈だ。

「■■■■■■■■■――――!!!」

 そんなランサーの胸中など知ったこととばかりに、破壊を命ぜられた釘バットの狂戦士は咆哮する。
 死線は彼に乱れることを望んだ。だからバーサーカーは狂気に包まれながら爆進する。全ては死線の命を果たす為。彼もまた、勇者・結城友奈などという存在は路傍の石程度にしか見ていない。
 向かってくるその姿を視認し、ランサーもまた拳を構える。過ぎたことをいつまでも悔やんでいたって仕方がない。今はとにかく、この敵を倒すことに専念する。勇者の矜持は災厄じみた狂戦士を前にしての撤退を許さない。故に当然不退転、勇者として悪しき魔物を粉砕するまでだ。
 バーサーカーが得物を振り上げ、ランサーが拳を握る力を更に強めた。
 

「――そこまでだ」


 ……ランサーのみならず、理性を欠いている筈のバーサーカーまでもが別な方向を凝視したのは、いざ第二ラウンドの開幕かと思われたまさにその瞬間のことだった。
 感じたのは新たなサーヴァントの気配。それも、目の前のランサー/バーサーカーよりも格段に大きい。
 気配の主は、その双眸に翡翠の光を湛えた――甲冑姿の偉丈夫。黄昏の微風に靡く金髪は上質なビロードを思わせるくらいに美しく、顔立ちはまさしく絶世の美男子という形容が最も相応しいだろう整美なものだ。だが何より特筆すべきなのは、その総身から絶え間なく滲み出る"強者の気配"である。ランサーは生前からこの鎌倉に至るまで、俗に言う強い存在というものを山ほど目にしてきた。


183 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:19:56 creYQAv60

 愛すべき勇者達。
 恐るべきバーテックス。
 許し難き天夜叉のライダー。
 髑髏面のアサシン、アイの連れていたセイバー、今まで戦っていた釘バットのバーサーカー。
 いずれも闘うとなれば尋常ではない相手で、現にランサーはこれまで何度か敗北を喫してもいる。
 それでも、断言できる。今挙げた者達の全てを、この騎士は凌駕している。搦め手や状況の如何によっては事態も変わるだろうが、直接戦闘ならば間違いなく最強――もとい最優だろう。一目見ただけでそう確信させる存在感と凄味が、この美男子には余す所なく備わっていた。

「これ以上の戦いは容認しない。もし続けるのであれば、この私が相手になろう。ランサー、並びにバーサーカー」

 潔く矛を収めるのであれば、この場で討つことはしない。このセイバーはそう言っている。その物言いは裏を返せば、自分にはおまえ達を同時に相手取り、それでも上回れるだけの力があると暗に語っているのに等しい。また、ランサーは彼について、「もしかして」と思う所もあった。
 わざわざ戦いを止めに出てきたということは、即ちこの場で暴れられると困る理由があるということになる。ではこの近くには何がある? ……改めて論ずるまでもなく、孤児院だ。ランサーとバーサーカー、その双方が目指していた施設。それを踏まえて考えれば、このセイバーはランサーが接触してみたいと思っていた"孤児院のマスター"に使役されている可能性が高い。
 ランサーはそこに思い至れば、握った拳を解いて即座にその場から飛び退く。言わずもがな、勧告に従うという意味合いの行動だ。それをセイバーは一瞥すると、すぐに視線を外す。ランサーの意図は、どうやら無事彼に伝わったようだ。
 そして、バーサーカー――死線により遣わされた破壊狂いの殺人鬼は、ランサーとは違って殺意でセイバーへ応じた。

「■■■■■■■■■――――!!!」

 愚神礼賛を振るい、常人なら浴びただけで気絶するような強烈な風圧を巻き上げながらセイバーへ迫るバーサーカー。その埒外の膂力を目にしても、セイバーの顔色は全く動かない。見えざる刀身、風の鞘を纏った不可視の剣を振るうことで、禍々しい鈍器の炸裂を軽々受け止める。
 セイバーの筋力はBランクだ。ランサーには勝っているが、目の前のバーサーカーには一ランク以上も劣っている。では何故、彼はこうも軽々とバーサーカーの攻撃を止めることが出来るのか? その答えは単純に、彼の技巧が桁外れの域にある為だ。
 剣士の強さとは、力の強弱では決まらない。無論それも重要な要素の一つではあるが、力の有無は経験と修練で培った技の巧さで幾らでも埋めることが出来る。相手の力を剣を用いて受け流し、軽減して受ける。或いは振るい方、当て方を工夫することで斬撃に威力を上乗せし、スペックの差を無為なものへと変えてしまう。セイバーが今の一瞬で用いたのは、紛れもなく前者の技であった。

「これ以上は容認しない、そう言った筈だ」

 刃を引き、鍔迫り合いの状態を自ら解除。バーサーカーは当然更に攻め入ろうとするが、それを許すセイバーではない。彼が愚神礼賛を振るうよりも速く不可視の剣を振るうことで、強引にバーサーカーを守勢に回らせる。そうなれば、後は消化試合に等しかった。片や伝説の騎士王、片や理性を失くした殺人鬼。双方の踏んできた場数には天地の差があり、それだけにバーサーカーが直接勝負でセイバーに勝てる道理はない。
 彼の身に刻まれる裂傷は増えていき、ランサーとの戦いで負った消耗も手伝い、見る見るその烈しさは衰えていく。


184 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:20:48 creYQAv60

「■■■■■■■■■■■■■――――!!!」

 吼える、バーサーカー。意味を持たないその咆哮に少なくない怒りの感情が滲んでいるのは、気のせいではないだろう。
 彼は剛力に任せた力押しで防戦一方の状況を打破し、強引に攻めへ打って出る。いざ愚神礼賛を振るい、死線の命を阻む忌まわしき偉丈夫を粉砕せんとしたバーサーカーは――自らの腕が片方、いつの間にか欠けていることに思い当たった。切り飛ばしたのが誰かなど、言うまでもない。バーサーカーが攻勢に移ろうとしたその瞬間にセイバーは剣を動かし、疾風の如き捷さで狂戦士の左腕を切断したのである。
 両手で振るうのと片手で振るうのとでは、長物の威力はまるで変わってくる。見えざる剣にて受け止められた愚神礼賛が持つ力の程は、腕が左右揃っていた時に比べて明らかに見劣りしていた。万全ですら攻め落とせなかった無双の騎士王を、文字通りの片手落ち状態でどうこう出来る道理はない。
 セイバーは一瞬だけ刃を引き、すぐに戻すことで愚神礼賛に自らの剣を衝突させ、かの武器を左方へと僅かに弾いた。それを戻す暇すら与えずに突きを放ち、バーサーカーの首筋を切り裂く。
 そこから剣を下へと振り下ろし、残された右腕も切断。宙に舞う愚神礼賛を、バーサーカーはいよいよ拾う手段がない。両手を失い、得物も失った彼は足まで用いてセイバーを打ち倒さんとするが、蹴撃が放たれるよりも、セイバーの剣が振り抜かれる方が倍は速かった。

「■■――――」

 ――バーサーカーの首が、今度は完全に切り飛ばされて転げ落ちる。

 それと同時、首と両腕を欠いたバーサーカーの肉体は金色の粒子と化して消滅する。セイバーは何ら感慨を抱く様子もなく消滅するバーサーカーを見送り、その眼光を今度はランサーの方へと移した。一瞬怯みそうになるランサーだったが、怖気付いてはいられない。それだけの理由が彼女にはある。

「……あのっ! もしかしてあなたのマスターは、孤児院に――」
「答える理由はない」
「違うんです! 私は……あなたのマスターと、話がしたいんです!!」

 最初は取り付く島のない、城壁めいた雰囲気を漂わせていたセイバーだが、ランサーの続く台詞を聞けば微かに表情が変わる。彼にとってそれは、いささか予想外の展開だったらしい。そう、ランサーは彼のマスターをどうこうしたい訳でもなければ、その周辺に危害を加えたい訳でもない。ただ、話を聞いてほしいだけなのだ。話した結果が決裂でも、ランサーは彼らを欠片とて恨みはしない。
 
「………」

 セイバーも、初めてその姿を見た時からランサーに悪意のようなものがないことは勘付いていた。
 彼女に邪悪な気配は真実皆無。この様子を見るに、当初は正面から孤児院を訪れて、交渉に当たる算段だったのだろう。……聖杯戦争に何の関連もない子供達が大勢居る場所に踏み入って交渉とは、余程周りが見えていないらしい。結果的にこうして孤児院に辿り着く前に彼女と接触することが出来たのは、そういう意味では幸運というべきか。


185 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:21:26 creYQAv60

「分かった。但し、話は僕が聞く」

 彼女が言うところの"話"の内容にもよるが、一先ずは一定の信用を置くに値する相手と、セイバーはランサーを認識した。だが、いきなり己のマスター……キーアに会わせはしない。万一の危険を考慮する以上に、彼女の精神状態の問題だ。古手梨花という友人を目の前で失ってしまった今のキーアに、血腥い聖杯戦争に纏わる話題を近付けるのはセイバーとしては避けたい所だった。
 このランサーを更に見極めるという意味でも。まずは自分が話を聞き、後のことはそれから考える。これ以上の譲歩はしない。
 しかしランサーにしてみれば、それでも十分にありがたい返事だった。無論マスターも一緒に聞いてくれるのが最上だが、彼らには彼らの事情や考えがあるのだろうし、我儘は言えない。

「ありがとうございます! 実は、私は――」

 そしてランサーは、傷付いた勇者は、荘厳なる騎士王へと話し始めた。
 この接触が凶運のランサーの未来をどう左右するかは、全て騎士王――アーサー・ペンドラゴンの判断に掛かっている。
 いずれにせよ。これがランサーにとって一つの正念場であることは、疑う余地もない。


【バーサーカー(式岸軋騎)  一時消滅】


【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)、脇腹に外傷(出血は有るが重大ではない)、肋骨数本骨折
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:目の前の彼に、話を聞いてもらう
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
0:ランサーの話を聞く
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:キャスター(壇狩摩)が遺した言葉とは……
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。


186 : 夢に墜ちていく ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/26(木) 17:22:09 creYQAv60
  ◇  ◇


 あれから――どれくらいの時間が経ったろう。
 院の中は慌ただしさに包まれていたが、キーアが実際にそれを目にすることはなかった。彼女は駆け付けた孤児院の先生によって梨花の屍から引き離され、別室に連れて行かれて、ずっと声を掛けて貰っていたからだ。すぐ戻るからと言って先生はついさっき部屋を出て、今部屋に居るのはキーア一人である。
 古手梨花という少女とキーアが仲良しだったかというと、きっとそんなことはない。
 少なくともキーアは友達だと思っていたが、梨花はそうは思っていなかった。むしろキーアに苦手意識すら感じていたし、マスターであるということを言い当てられた時には彼女の本性とでも呼ぶべき一面を垣間見ることになった。それでも、キーアは彼女の死を悲しく思う。痛ましく思う。だって古手梨花は、キーアの敵として死んでいったわけではないのだから。

 自分を拒絶し、嫌悪していた彼女。なのに彼女は最後、自分を突き飛ばした。迫り来る剣の群れ、死の運命から自分を逃して、その結果梨花は無数の剣に体中を穿たれて――死んだ。梨花はあんなに自分を嫌っていたのに、最後の最後で、そんな自分を助けて死んでいったのだ。
 死は、重い。鉄塊のように重く、溶けた鉛のように熱く人の心に伸し掛かって離れない。
 ……それでも。キーアは、強い少女だ。きっと彼女は遠からず、梨花との死別を乗り越えるだろう。毅き騎士を傍らに侍らせて、聖杯戦争を生き抜いていくだろう。
 だがその果てに待つものを、彼女はまだ知らない。予想すらしていない。鎌倉という街が罹った熱病、夢を見るということの意味。月の彼方にて嘲笑う善性という名の人類悪。今も尚絶えることなく廻り続けている『陣』の正体。それら全てを知る時は、果たしてこの強い少女に訪れるのか。それともキーアは無力な少女として全てを知ることのないまま、熱病の中に沈み果ててしまうのか。
 
 あと数時間で夜が来る。
 日が沈んで、鎌倉は夜に覆われる。
 日常は暗い夜天で隠されて、非日常はいよいよ喜々としてその姿を現すだろう。
 聖杯戦争は続く。永遠に。全ての願いが果て、夢見る想いが満たされるまで――終わることは、ない。止まることは、ない。


【B-1/孤児院/一日目 夕方】

【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、悲しみ
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:……
[備考]


187 : 名無しさん :2017/01/26(木) 17:22:47 creYQAv60
投下終了です


188 : ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:00:49 RGTwdibU0
投下乙です。
圧倒的スペック差を前にしてもまるで怯むことなく、そして果敢に立ち向かい実際に善戦してのける友奈の意地と根性。バーサーカーの名に相応しい暴れっぷりを見せる軋識。そしてその二人すら歯牙にかけないプロトセイバーの凄まじい強さ。それらを如何なく描写した戦闘内容お見事です。
マスターを慮りつつもバーサーカーを軽くあしらうプロトセイバーはまさに騎士の面目躍如、登場した瞬間に空気が一変するのを読んでて感じました。そしてそのセイバーに交渉を申し込む友奈は、これで状況が好転するのかどうか。死者を悼むキーアの心情描写の裏に潜む、不穏な影の描写もまた素晴らしい。
とても読み応えのある話でした。改めて、投下お疲れ様です。

感想だけというのも寂しいので、自分も一つ話を投下します。


189 : 伽藍の姫はかく語る ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:01:27 RGTwdibU0



 ―――それは深淵の底にいた。

 いつからそうなのかは分からない。
 ただ、時の流れが不明になるほど永い間、何の疑問もなくずっとずっとそこにいたのだ。
 それを好み、安息と感じ、故に祝福と信じて疑わない。事実そのモノらにとってはそうなのだから、これは紛れもない幸せの形である。

 愛よあれ。光あれ。まつろわぬ闇の底に福音を。
 そう一点の曇りもなく理性なき頭脳で思考しながら、死と再生の円環を永遠に循環する哀れな女たち。
 それはまるで、深海の魚が蠢くように。
 健気な虫けらが這うように。
 敗残の輩が足掻くように。
 ずっと、ずっと。悶え狂うほどに狂騒の笑みを湛えながら、その瞳の奥で救いの手を求め焦がれているのだ。

 その名を―――





   ▼  ▼  ▼


190 : 伽藍の姫はかく語る ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:02:11 RGTwdibU0





 その場を包んでいたのは、暗がりの異様な静けさだった。
 誰もいない。動くものは何もない。仮に人がこの場所に立ったなら、きいーん、と耳鳴りがしたことだろう。音の受信機である耳は、音なしには正常な状態を保てないのだ。

 ここは、あまりにも静かだった。
 煉瓦とコンクリートの建造物、うち捨てられた何かの残骸。夜に染まり行く風景は夕闇に照らされ、廃墟のような静謐さで広がっている。

 その中心に、"それ"はあった。

 一見すると、それは人形のようにも見えた。力なく放り出された華奢な手足はてんでバラバラの方向を向いて、曝け出された肌は青ざめているのを通り越して陶器のような白一色。重さを感じさせない伽藍堂の気配はマネキンにも似ていた。
 周りは、一転して赤い。どこまでも赤く、赤く。ペンキをぶちまけたかのように一面の赤が広がっていた。膨れ上がった肉色の何かは地面に敷き詰められて、柔らかな寝台のように人形の体を包み込んでいた。
 人形の顔に湛えられているのは、じっと虚空を見つめている、ガラス玉のように虚ろな目。
 それは、少女の死体だった。

 血液の海に沈み、臓物のベッドに横たわる白一色の少女は、まるで世界という画布に空けられた人型の空白のようでもあった。





「――――――――――――――ァ」





 もぞり。
 と、蠢く音があった。微かに、ともすれば風の音に紛れて消えてしまいそうな、それはか細いものだったけど。
 少女の右手が、ピクリと動く。
 生前には白魚のようなと例えられたであろう、儚げでしなやかな繊手。そこに、映えるような赤い紋様が強い光と共に浮かび上がった。
 血ではない。辺りに広がる凝固し黒ずみかけた赤ではない。それは閃光。深海から浮かび上がるかのような、薄くぼやけた赤い光。
 令呪の輝きだった。


191 : 伽藍の姫はかく語る ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:02:51 RGTwdibU0





「―――――――――――――アァ」





 次の瞬間、跳ね起きるように少女の体が持ち上がった。壊れた関節が引っ張られるように、力の抜けきった体がそれでも立ち上がった。
 あらゆるものが静止したはずの空間に、突如として動きあるものが生まれた。

「――――――――……」

 予兆と呼べるものは何もない。眩い光が乱舞することも、大地を割るような轟音が鳴り響くこともなく、電灯のスイッチが切られるように、それは動いたのだ。
 ぞんざいに投げ捨てられた操り人形が、子供の手によって無理やりに動かされているような歪さと共に。

 それは、白い少女だった。
 しかし、とても少女とは呼べない有り様だった。
 ただ一言、白い。肌はおろか、髪も衣服も何もかも。しかしこれは新雪の白さではない。火葬の果てに墓へ収められた人骨が持つ、不浄と腐敗の白さだ。
 様相は尚酷い。特に異常が目立つのはその頭部だ。頭頂からは異形の如き角が三本も生え、それを支えているはずの頚骨は無残に折れ曲がり、顔面は逆さまとなって胸の前でぷらぷらと垂れさがりながら揺れていた。右半分が罅割れた顔面からは判別のできないうめき声が延々と垂れ流されている。折れた関節を無理やりに曲げるかのようなぎこちない動作で手足を彷徨わせる様と相まって、まるで何かを探し求めているかのような印象を見る者に与えるかもしれない。
 蠢く少女は異形に満ちて、それでも作り物めいた気配を変えることはない。何故ならこれには中身がないから。腹部に相当する部分は大きく裂け、中身と呼べるものは全て引きずり出されている。一見して軽そうだと思えてしまうのも仕方なかろう。彼女は全てが伽藍堂だった。

「――――――■■……」

 呟かれる人外の言語。それが何を意味しているのか、そもそもそれに意味などあるのか、誰も分からない。

 彼女を殺した下手人、結城友奈がこれを見たならば、きっと「嘘だ」と漏らすだろう。何故なら彼女は、如月を「こうしない」ために殺したのだから。

 街を騒がす屍食鬼。その正体とは特殊なウィルスに感染した人間の成れ果てであり、神経系を狂わされることによって反射的に動作する死体でしかない。
 故に彼らはその本体、脳や脊髄といった中枢神経系を破壊されれば活動を停止させる。友奈が如月の頸椎を折ったのにはこうした理由がある。首を折られた死体は死後に屍食鬼となることはない。
 だが、現実にはこうなった。ならば彼女は屍食鬼ではなく、しかし違う何かとしてここに存在しているのだ。
 それは一体、何であるのか。


192 : 伽藍の姫はかく語る ◆GO82qGZUNE :2017/01/26(木) 22:03:25 RGTwdibU0

「――――■■、ァ……」

 ―――それは、まつろわぬ異界のモノ。

 その者の正体については諸説ある。かつての敵対国が所有していた「それら」の成れ果て、あるいは深淵に沈んだ魂の具現化。様々な説が飛び交い、正しい答えは誰も出すことができていない。
 しかし、「彼女ら」に共通することが一つだけ存在する。

 曰く、深海より浮上するもの。
 曰く、遍く人類の敵対者。
 曰く、人類海域の守護者たちと対を成す何者か。

 深く深淵の底より現れ、生ある全てのモノを憎悪し敵対する侵略者。人に限りなく近く、しかし決して相容れない世界の異物。





「―――睦月、チャン」





 その名を―――地上では"深海棲艦"と呼んだ。




【B-3/路地裏の行き当たり/一日目 夕方】

【■■@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[令呪]?????
[状態]?????
[装備]?????
[道具]?????
[所持金]?????
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
深海棲艦と便宜上仮称されますが、それ以外にもゾンビウィルスとか他の諸々も混じったハイブリットな存在になってます。そのうち突然変異とかもするかもしれません。


193 : 名無しさん :2017/01/26(木) 22:03:49 RGTwdibU0
投下を終了します


194 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/01/30(月) 19:33:43 Ceg4yyKA0
投下乙です
無念の死を遂げてしまった如月ですが、どうやらまだ終われそうにはないようですね
深海棲艦に変生した彼女が今後どのように物語に関与していくのか興味が尽きません
また死骸が生き返るという不条理現象がとてもおぞましく生々しく描かれており、氏の筆力に感嘆の一言です。

丈槍由紀、真アサシン、キャスター(幸福)を予約させていただきます


195 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:17:51 ZEupJCPI0
大分ギリギリですが、投下します


196 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:20:14 ZEupJCPI0

 ――己の不覚と怠慢への苛立ちは未だ尽きねど、修行僧めいた自罰に浸っている暇は無い。

 かつて"呪腕"と呼ばれたこの暗殺者は、極めて優秀な男だった。かの暗殺教団の教主を襲名し、英霊の座に登録されたと言う時点で凡愚である筈はないのだが、それを差し引いても彼ほど秀でた暗殺者はそう居ない。
 三騎士と真っ向から張り合いでもすれば流石に遅れを取るが、暗殺者としての戦い方に終始していれば、彼らの心臓を奪い去る事など容易い。現にアサシンは三騎士の一角であるレミリア・スカーレットをその手で屠り、特異な状況だったとはいえバーサーカーのサーヴァント、アンガ・ファンダージさえも仕留めている。これ程までに暗殺者の本分を全うしている彼を無能呼ばわり出来る者は、まさか存在しないだろう。
 人格が破綻している訳でもない。それどころか病んだ童女に召喚された不運に愚痴の一つも零さず、切り捨てる算段を練るでもなく、彼女のサーヴァントとして黙々と仕え続けている。
 有能な人格者。サーヴァントとしては凡そ最高レベルの条件を満たしている彼だったが――或いは、だからこそ、だったのかもしれない。彼は余りにも優秀過ぎた。丈槍由紀という少女の抱える問題について理解を示し、そんな彼女を聖杯戦争の喧騒から護る事にも徹底していた。彼女が愛する"がっこう"……もとい、鎌倉市内の廃校に住まわせて、其処から出ないように厳命する。成程確かに、精神病者の扱い方としては至極模範的と言えるだろう。
 然しそれは、悪く言えば過保護だった。アサシンは彼女を護ることには全力を注いでいたが、彼女という人間の中身にはこれまで目を向けてこなかった。故に彼はあの瞬間、自らの手で歯車を狂わせてしまった。滞りなく回っていた歪な歯車に、砂を吹き掛けるが如く。

"幸い――追っ手は無いか"

 腕の中で意識を手放した少女の様子を時折確認しつつ、アサシンは風と化して山中を駆ける。
 この余裕のない状況で追走劇を演じねばならない、そんな最悪の展開だけはどうやら回避出来たらしい。その事に少なからず安堵しつつ、思案するのは"これから"のことだ。過去の失態は後の立ち回りで幾らでも挽回出来る。悔恨に囚われて未来までも失ってしまっては、それこそ無能の誹りを免れまい。
 現状何より厄介なのは、事実上の拠点だった廃校を追われてしまった事だ。彼処は由紀を隠しつつ、彼女の精神状態を平常に維持出来る大変都合の良い場所だったが、一度でも他者に露見してしまった以上はもう使えない。とはいえ子連れ狼宜しく由紀を抱えたまま戦うなどは論外だ。早急に何処か別な場所を探す必要がある――最悪孤児院辺りに保護させるよう仕向けるのも手か。マスターの潜んでいる可能性は相応に高いものの、敵の懐に自然な形で潜り込めると考えれば、多少冒険ではあるが悪くない選択か。
 ……等と考えているアサシンは、意識を失う前に由紀が何を思っていたのかなど、当然知る由もない。それどころかあの時自分が彼女の前で貫いたのが"誰"なのかすら、既に脳裏から消し去ってしまっている。仕事人(アサシン)たる彼にしてみれば無理もない話だが、それは従者(サーヴァント)としては最悪と言っていい醜態だった。
 
 彼と彼女は、等しくお互いを視ていない。
 由紀も、アサシンも。互いに相手を尊重しているのに、二つの心は向かい合うどころか背中合わせ。由紀は言わずもがな現実を見ておらず、アサシンはそんな彼女の真実を見ていない。

 病み、夢に酔っている憐れな娘。壊れているのは最早疑いようもないが、されど己は御身に勝利を持ち帰ろう。ハサン・サッバーハの名に於いて、輝ける黄金の杯を必ずや勝ち取ってみせよう。だからユキ殿はただ夢を見続けていればよい、何も知らぬまま、望むがままに酔っていればいい――この通り。彼は由紀を尊重はしているが、逆に言えばそれだけなのだ。

 言葉を交わしてその内情を知ろうとはしない。成長を促すでもなく、現実からの逃避は詮無きことと目を瞑り、壊れているの一言で由紀を定義し其処で自己完結してしまっている。
 故に壊れた少女は彼にお膳立てされ、幻想の学校生活を白痴のように謳歌し続けた。アサシンは虚空に話しかけ、ありもしない出来事を楽しそうに報告する彼女を憐れみながら、やっぱり最後はそれでも勝利し聖杯を持ち帰ると、尤もらしい方に落ち着けて終わってしまう。
 目を閉じ、耳を塞ぎ、関わらない。
 己の世界を己の形に閉じたまま、痴れた音色を奏で続けた彼女は宛らラプンツェル。彼女と彼の主従関係は良好に交わっているようで、これまで只の一度も真っ当に交差していなかった。ああ、ならばこうなるのはきっと必然だったのだろう。性命双修を怠った弱者は絶望の中に墜落し、夢を見せ続けた仮面の暗殺者はその事に気付いてすらいない。


197 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:20:59 ZEupJCPI0



 丈槍由紀は憐れだ。
 平穏な日常を彼女には全く非のない不条理で打ち砕かれ、大切な人を不本意に失い、心が壊れてしまった娘。何もかも奪われ続けた結果として、彼女は現実を許容出来なくなった。それは確かに逃避であることには違いないが、誰がその弱さを責められようか。そんなことは、きっと誰にも出来はしない。

 ハサン・サッバーハもまた憐れだ。
 聖杯の寄る辺に従い現界し、宛てがわれた主は幻想の日々に微睡み続ける壊れた少女。それでも彼女を見捨てる事なく献身的に護り続け、その上で戦果すら挙げてきた彼は紛うことなき立派なサーヴァントだ。然し優秀過ぎるが故に、彼は誤った。壊れたモノは壊れたままそっとしておけばいい、その至極当然の考えこそが彼の首を静かに絞めていく。
 



 ――嗚呼、なんて可哀想なのかしら。


 こんなのは駄目、すれ違いの悲劇なんて可哀想過ぎて見ていられない。
 そんなに辛い思いばかりしているのに、これからまた泣かなくちゃいけないなんて仕打ちが過ぎるわ。だからねえお願い幸せになって。あなた達は幸せになるべきなのだから、わたしはあなた達のお願いごとに応えてあげる。ううん、応えさせて? だって私はみんなに幸せになって欲しいんだもの。
 あなたが誰でわたしは何で、これまで何があって何がなかった、そんなの全てどうでもいいことじゃない。幸せであることに嘘も真も存在しない。あなたが願ったのなら、それがあなたにとっての本当の幸福なのだから、細かいことを考える必要なんて何処にもないのよ。
 夢見ることは悪いこと? 逃げることは情けない? そうね、あなたがそう思うならあなたの中ではそうなのでしょう。それが全てで、だからこそあなたが願えばそれはちゃんとした道理に早変わり。幸せになりたい、その思いに善悪なんてありはしないのだもの。
 さあ、幸せになりましょう? わたしを見て、わたしを願って、そしてあなたは望み通りの幸せの夢に微睡むの。


198 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:22:01 ZEupJCPI0
「何――」

 疾駆する足を止め、獣の鳴き声を聞いた木こりか何かのようにアサシンは周囲を見渡す。
 その様子には明らかな驚きが見て取れ、彼ほどのサーヴァントをしても予想外の事態が勃発したらしい事が容易く読み取れた。ただサーヴァントに襲撃された程度では、驚かない。今回の聖杯戦争が魔境である事は既に感じ取っているし、その時は厄介だと思いながらも粛々と対処する腹づもりでいた。
 だが今、アサシンの耳粱に触れた声には敵意と呼べる物が全く介在していなかったのだ。例えるならそれは、眠れないと駄々を捏ねる幼子に優しく物語を囁く母親のよう。にも関わらず、アサシンの本能は喧しい程に警鐘を打ち鳴らしていた。危険だ、即座に逃れよ。"お前の側に怪物が居る"。
 それに従い疾くこの場を離れんとしたアサシン――然しその前方に、いつの間にか甘い囁きの怪物は現れていた。

「……ッ」

 可憐な顔貌に優しい笑みを貼り付けて、くすくすと零す笑い声は妖精の囁きのよう。
 だと言うのに、背筋に走るこの悪寒は一体何だ? 眼前に立つのは見るからに非力な、歴代のどのハサン・サッバーハでも一撃の下に抹殺を成し遂げられるだろうか弱い少女のサーヴァント。だがアサシンは一切の誇張抜きに、そんな彼女に対しこの聖杯戦争に召喚されて以来最大級の戦慄を覚えていた。
 それは恐怖ともまた違う。断崖の真上から遥かな深淵を見下ろした時のようであり、毒々しい色合いの醜い毛虫を見つけた時のようでもある。本能的な忌避感と嫌悪感。その両方を全身のあらゆる部位から常に放っている目の前の少女を、アサシンは異形の存在にしか思えなかった。

「貴様は……」

 一瞬にして渇いた口を開き、絞り出すように発声する。
 
「……貴様は、何者だ?」

 短刀に手を掛け、次の瞬間にでもその霊核を破壊する準備を完了した上で、アサシンは少女へ問いを投げる。
 お前は何なのだ、と。この理解不能な何かを理解する為に、意思の疎通を図る。
 それに対し、少女も静かに口を開いた。精微な顔で微笑みながら、憐れな暗殺者の問いに答える。
 それが"答え"になっているかどうかなど、彼女にとっては些細な事だ。

「私は、みんなに幸せになって欲しいだけよ」

 善性に満ちた台詞である筈なのに、これほど心胆を寒からしめて来るのはどういう訳なのか。
 答えになっていない答えを聞くなり、アサシンはこれ以上の会話は無用と判断し短刀を抜き、投擲の構えへと移った。話すことは愚か、一秒とてこの存在を視界に含めていたくない。暗殺者にあるまじき直情的な嫌悪を原動力として、瞬時に敵対行動へ移るアサシン。
 それを見た少女のサーヴァントは悲しむでも怒るでもなく、やはり静かに笑ってみせた。短刀がアサシンの手を離れ、少女の眉間に吸い込まれていく。刃の鋒が彼女の脳天を抉る、その瞬間。美しい桜色の唇が静かに動いて、何事かを呟いた。春の花園で歌うように、冬の雪原で唱えるように。どこか童話じみた幻想的な所作で彼女が発声したその内容を、アサシンは正確に聞き取ることは出来なかった。されど、丸っきり聞こえなかった訳ではない。ある一単語だけは、確かに聞き取ることが出来ていた。


 『幸福』と。
 その次の瞬間――呪腕のハサン・サッバーハは、『幸福』に満たされた。


199 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:23:01 ZEupJCPI0
  ◇  ◇


「――ぬ」

 総身を包む暖かさが、どうやら自分はうたた寝をしてしまっていたらしい事を伝えてくる。
 久しく味わっていなかった心地よい倦怠感に包まれながら、凭れていた柱から体を持ち上げ、沈みかけの太陽に目をやった。
 一体どれほどの時間、自分は眠っていたのだろうか。最近疲れが溜まっていたせいか、眠りに落ちる前の状況が詳しく思い出せない。記憶が混濁していると言っては大袈裟だが、どうやら随分と熟睡していたようだ。何ならこれから更にもう一眠りする事も出来そうな程である。

「ふふ……そういう訳にも行くまいよ」

 軋む体を強引に動かして立ち上がり、もう一度彼方の夕陽に視線を向ける。
 意識が段々とはっきりして来て、自分のこれまでの記憶も朧気ながら浮かび上がって来る。
 これまでのこと。そしてこれからすべきことを、"嘗て呪腕と呼ばれる暗殺者だった"男は思い出していく。
 沢山の犠牲が有った。沢山の無念が有り、涙が有り、そして笑顔が有った。遠くの方から聞こえる誰かの不安などまるで感じさせないのどかな声が、自分達が勝利したのだという事実を如実に物語っている。長い、長い戦いだった。辛く苦しい旅路の末に、漸く勝ち取った勝利。それすら忘れていた自分の呆けっぷりに思わず辟易する。
 
 白亜の理想都市。その最奥に座す獅子の王と、それに仕える騎士達。
 聖抜と称して民を殺し、非道を尽くした彼らとの長き戦いが、つい数日前に漸く終わったのだ。
 勝利の証である右腕の空白を残された左腕で撫でれば、こうして追憶に浸っている暇は無いぞとはっとなる。
 まだ、戦いが終わっただけだ。これからは荒らされ、踏み躙られた世界を立て直す使命が残っている。
 暗殺者ハサン・サッバーハとしてではなく、この時代を生きる一人の力なき"人間"として。
 
 決して楽な道でないことなど承知の上だ。これからも、自分の前には様々な難題や壁が立ち塞がるだろう。
 出来ないからと投げ出す事は許されないし、そんな醜態を晒すつもりはない。それはきっと過酷な道であり、数多の苦悩と数多の疲弊が付き纏うのが誰の目から見ても明らかな難行だ。――それでも。称号を失い人に回帰したこの男にとって、この黄昏に包まれた世界は紛れもない最高の『幸福』だった。
 足を動かし黄昏を進んでいけば、見慣れた顔が温かく迎えてくれる。
 よく眠っていたなとからかう者もあれば、疲労を労ってくれる者もあった。
 そして、遠くの方から自分を呼ぶ幼い声がして。その方向に目を向ければ、ひとりの子供が自分に笑顔で手を振っている。そんな彼を困ったように見つめながら、優しい瞳で自分に微笑んでいるあの女は――

「……ああ」

 噛み締める。
 この『幸福(イマ)』を、二度と無くさない為に。
 
「――今、行くとも」

 そして、全てを得た男は願うのだ。
 顔のない暗殺者など、此処にはいない。
 居るのは一人の幸せな男。優しい世界に囲まれて、久しく忘れていた感情に口許を緩める誰か。
 
 この幸福よ、どうか永遠なれと。

 二度と無くしたくない景色を目に、いざ一歩を踏み出さんとして――


200 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:23:33 ZEupJCPI0



 ――――ごぅん、ごぅん、ごぅん、ごぅん。夜の訪れを告げる鐘の音色が、至高の世界に重く響いた。


「…………こ、れは」

 足が止まる。
 体が止まる。
 視線が止まる。
 呼吸が止まる。
 視界の先の子供と愛しい女も、止まっている。
 周りの声はいつからか聞こえなくなっていて、世界には風一つ無い。

 鐘の音。
 それを自分は知っている。
 ああ――どうして今まで忘れていたのだ?
 それこそは終わりの音色。己が乗り越えたと勝手に錯覚していた死の象徴。

 無論、この『幸福』の中に死などという不幸せなものが存在する訳は無い。あくまで景色の一つとして、世界を構成する雑多な歯車の一つとして鳴り響いただけの音響。"幸せを司る怪物"は人に幸福な夢を見せ、溺れさせるが、彼女自身があれこれ考えて夢を編んでいる訳ではない。彼女に囚われた者が望んでいる景色、光景。彼女はその人物にとっての『幸福』を具現させ、幸せな微睡みの完成を後押ししているだけに過ぎない。
 要するに鐘というパーツは、夢見る彼の脳内に存在していた景色の一つだった。
 彼のみではない。歴代のどのハサン・サッバーハが彼女に囚われたとしても、必ずや同じ事になったろう。
 ハサン・サッバーハ――暗殺教団を統べる当代の"山の翁"がその資格を失った時、その存在は現れる。晩鐘の音色を響かせて、彼らの任を解く為に。故にこそ、鐘の音色は彼らの酔いを覚ます。恐るべき"初代"の存在しない世界ですらも、かの冠位暗殺者の存在は教主達を戒め続けるのだ。

 そうだ、これは夢だ。呪腕のハサン・サッバーハという男が望む幸福を、一体の怪物が具現させた偽りの世界。


201 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:24:23 ZEupJCPI0
「――おのれ、がァ……!!」

 まんまと酔わされていた自分への怒りと屈辱、あまりの冒涜に意識を怒りが満たしていく。
 作られた景色を切り裂いた次の瞬間、彼は元通りの鎌倉市――山林の中へと巻き戻り、悪辣なる怪物は変わらぬ表情で笑いかけていた。どうしたの、幸せになりたいのでしょうと。囁く精微な顔貌を、最早アサシンは悍ましい怪物のそれとしか認識出来ない。眉間に確かに炸裂させた筈の投擲が全く効果を成していない事実は不可解だが、それについて考える時間すら惜しいと、アサシンは宝具の開帳を決心する。
 ――間違いない。このサーヴァントは、"最悪"だ。現実から逸脱した『幸福』を望む気持ちが少しでもあれば、容赦なく甘い夢の只中に落とし込んでくる見目麗しい食虫植物。他の主従がどんな末路を辿ろうが知ったことではないが、これまでに彼女の毒牙に掛かって物言わぬ白痴と化した者がどれだけ居るのか考えたくもない。そして何より、自分もあと少しでその一員となりかけていたという事実が忌まわしくて仕方がなかった。

「瞬きの内に殺してみせよう。貴様は我が逆鱗に触れた」

 ひらりと身を躱せば、少女のサーヴァントの姿が数メートルは後方へと移動する。
 されど、敏捷に優れたアサシンにとってその程度の距離など所詮誤差でしかない。文字通り瞬きの内に確保された距離を詰め、夢見る冒涜者を必殺のリーチへと収めた。
 ――『呪腕』の宝具はその肩書の通り、呪われし魔腕である。彼の右腕は精霊シャイタンの腕で有り、人間を呪殺する事に何より長ける。それはサーヴァントに対しても同じだ。中東に生きた山の老翁、暗殺教団全十八代が一。その魔腕が今、幸福という名の怪物の胸へと触れた。
 
 瞬間、彼の手元に現れたのは――あろうことか怪物の"心臓"だ。無論、今の一瞬の内に抉り出した訳ではない。それどころか、彼女の心臓は今もその平坦な胸の奥で鼓動を刻んでいる。
 今アサシンが握っているのは、エーテル塊によって作り出された少女の心臓の二重存在。もっと通じの良い言葉に直すなら、コピーと呼ぶべきそれに他ならない。だが偽物は偽物でも、シャイタンの右腕が生み出した二重存在は単なるガラクタに非ず。事実この時点で、『幸福』の少女の命運は完全に尽きていた。
 日本風に言うならば、これは即席の藁人形なのだ。宝具『妄想心音(ザバーニーヤ)』は、暗殺対象の心臓の鏡面存在を創造する奥義。鏡写しである故に、呪いの魔腕によって創造されたそれは暗殺対象の心臓と連動している。
 呪術の世界では、これを類感呪術と言う。類似したもの同士は互いに影響しあうという発想に則った呪術形態。一口に呪術と言っても種類は多岐に渡るが、特に此処日本で最もポピュラーな呪術と言えば、間違いなくこれだろう。

 本物と連動した偽物の心臓。
 それが今、アサシンの手の中にある。
 ではそれは、一体何を意味するのか? その答えは、問うまでもなく明らかとなった。


「苦悶を溢せ――『妄想心音』」

 紙風船を握り潰すように、少女の偽心臓が粉砕される。
 それと全く同時に、確かに其処に存在していた筈の少女の姿が薄れ、虚空へ溶け始めた。
 これぞ、呪腕のハサン・サッバーハが誇る呪殺奥義。作り出した偽物の心臓を粉砕する事で、連動して本物の心臓をも遠隔破壊する必殺宝具である。

 心臓を砕かれ、薄れ行く少女の体。
 然し、宝具を炸裂させたアサシンの口元に会心の笑みは浮いていない。寧ろその逆、苦々しいものが貼り付いている。その理由は単純明快、彼は偽の心臓を粉砕した瞬間に理解したのだ。"これでは此奴は殺せない"と。何故なら砕いた心臓には、凡そ手応えと言うものの一切が欠けていた。それこそ紙風船のように、中身が空洞であるとしか思えなかった。
 そして、その通り。幸福の少女はアサシンの宝具から、微風に吹かれた程のダメージも受けていない。
 何故ならそもそも彼女は此処に居て、同時に此処には居ない存在。幻に限りなく近い虚像。霧で出来た心臓を幾ら潰されようが、怪物の本体には何の悪影響もない。その事実は、アサシンでは彼女を殺せないと言う事を意味していた。少なくとも、この場では。アサシンの宝具が『妄想心音』のみであり、幻像の存在を殺められるような便利なスキルも所持していない以上、忌まわしいが、完全に打つ手は潰えたと言う他ない。


202 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:25:14 ZEupJCPI0

 だが。サーヴァントである以上、聖杯戦争の舞台からその存在を弾く手段は必ず有る筈だとアサシンは冷静に推察する。
 例えば、彼女をこの地に呼び出したマスターの抹殺による自動消滅。これが最も現実的な手段だが、同時に最も非現実的な手段でもあった。少なくとも眼前の怪物に、マスターだから夢に落とさないなんて分別が有るとはアサシンにはとても思えない。あくまで予想でしかないが、元凶となったマスターは召喚した瞬間に令呪を使う間もなく夢へ落とされ、幸福の内に衰弱死でもしたのではないかと彼は踏んでいた。
 その予想が当たっていれば、この怪物は驚異的な単独行動スキルで現界を維持していると言う事になる。
 どんな攻撃をしても滅ぼせない不滅のサーヴァント。そんなものが仮に存在したとして、マスター無しでいつまでも生き残っていられるとは思えない。無差別に夢を撒き散らしてきたのだろう彼女に魔力の消耗が全く見られない以上、魔力が尽きるまでの猶予付きで鎌倉に残留していると言う事も無い筈。となれば、残された答え/取るべき手段は一つしかない。

"此奴は触覚――何処かに、これを動かしている『根』があるのだな"

 根とは言うが、実質的には心臓と同じだ。それを破壊する事で、恐らくこの怪物も殺す事が出来る。
 言葉にするだけなら簡単だが、それが用意ではないだろうことも、アサシンは理解していた。鎌倉の広い街の中から、奴の本体が眠る場所を探り当てる。よしんば其処まで完遂出来たとして、果たして己のみの力で討伐を成せるかどうか。暗殺者のサーヴァントであり、おまけにマスターが病んでいる現状、同盟を組む事も出来れば避けたいのが本音だ。
 兎にも角にも、この場で此奴とこれ以上対峙している事に意味はない。アサシンは悪罵の声を叩き付けるでもなく、消滅寸前の少女の脇を通り過ぎて離脱を図る。――が。その時、消えかけの少女が微笑んだ。そして、決して無視できない言葉を口にした。幼児に向けるような優しい声色で、どんな魔物よりも悍ましい言葉(ノロイ)を。

「そっちの子は、幸せになってくれたみたいね」

 ハッとなってアサシンは、左に抱くマスターの顔を見る。
 安らかで、満たされたような顔をしていた。それはとても微笑ましく、事情を知らぬ者が見たなら思わず頭でも撫でたくなるような幸せそうな寝顔。"余程良い夢を見ているのだろう、起こすのは酷だなあ"等と、戯言の一つも零してしまうような。『幸福』に満ちた顔で、丈槍由紀は怪物の術中に落ちていた。

「貴様――ッ!!」

 叫べど、もう其処に怪物の姿はない。なのにアサシンは、自分の鼓膜に少女の笑い声がまだこびり付いているような錯覚を覚える。それに形容し難い忌まわしさを覚えながら、それどころではないと眠りこける由紀の体を揺さぶりにかかった。

「ユキ殿――起きられよ、ユキ殿!!」

 返事は、ない。閉ざされた瞼が上がることもなければ、んんぅと眠りを阻害された事への苛立ちを見せる様子さえない。
 丈槍由紀はハサン・サッバーハの腕の中で、深い、深い眠りに落ちていた。彼に何か、由紀に強く現実を意識させる手段が有ったならば、大した事態ではなかったろう。所詮夢は夢。ちょっと普通より深いだけの眠りなのだから、意識の深くまで届く声があれば怪物の宝具は払拭できる。然し――ハサン・サッバーハという英霊にはその手段がない。丈槍由紀を現実まで引き戻せる、彼女を起こす為の声がない。
 由紀に、自ら幸福の世界をかなぐり捨てる気概があれば話は別だろうが、それは余りにも望みの薄い話だった。
 現実に打ち拉がれ、目の前の世界から目を背けるしかなかった娘。聖杯戦争の中でも一人夢を見続けていた彼女が、自分の意志で辛い現実を受け入れる等とてもではないが不可能だ。しかも、問題は過去に負った心の傷だけじゃない。
 緩やかでも、少しずつでも治癒は進んでいた傷。其処に駄目押しとばかりに釘を捩じ込んだのは、他ならぬハサン・サッバーハその人なのだ。そのことに気付きもせず、幸福に墜ちたマスターを引き戻さんと四苦八苦する姿は、事情を知る者が見たなら滑稽な道化にすら写るだろう。

 最早事態は急を要する。
 一刻も早く、あの怪物の『根』を探し出し、撃破して宝具を解除させねば――由紀を待っているのは緩やかな衰弱死だ。願いを求めるサーヴァントとして、それと同時に丈槍由紀という娘に仕える者として。その結末だけは、何としてでも回避せねばならないとアサシンは思う。故にこの時、彼の行動目標は決定された。
 『幸福』のサーヴァントの可及的速やかな抹殺。如何なる手段、如何なる策を用いてでも、それを成し遂げねば未来はない。度重なる失態に身を焦がしながら、それでも由紀の為にとアサシンは鎌倉の大地を駆ける。

 未だ、何も知らぬまま。致命的なまでに事の核心を見つめないまま、暗殺者は颶風となる――


203 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:26:01 ZEupJCPI0

【B-2/浄智寺付近の山林/一日目 午後】

【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[令呪] 三画
[状態] 昏睡
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: わたしたちは、ここに――
0:…………。
1:■■るち■んにア■■■ーさ■■■。■いお■達にな■そう!
2:アイ■■ん■セイ■■さ■もい■■■ゃい! ■■はお■さ■■多■ね■
3:■■■■■■■■■■■■■■■■■
4:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[備考]
※サーヴァント同士の戦闘、及びそれに付随する戦闘音等を正しく理解していない可能性が高いです。
※『幸福という名の怪物』に囚われました。放置しておけば数日以内に衰弱死します。


【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night】
[状態] 健康、魔力消費(中)、焦燥
[装備]
[道具] ダーク
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:由紀を守りつつ優勝を狙う
0:『幸福』のサーヴァントの早急な討伐。並行して由紀を目覚めさせる手段の模索
1:由紀の安全を確保する
2:アサシン(アカメ)に対して羨望と嫉妬
3:セイバー(藤井蓮)とアーチャー(東郷美森)はいずれ殺す
※B-1で起こった麦野たちによる大規模破壊と戦闘の一部始終を目撃しました。
※セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)の戦闘場面を目撃しました。アーチャー(東郷美森)は視認できませんでしたが、戦闘に参加していたことは察しています。
※キャスター(『幸福』)には本体と呼ぶべき存在が居るだろうと推察しました。


【???/?????/一日目 午後】

【キャスター(『幸福』)@地獄堂霊界通信】
[状態]健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:幸福を、全ての人が救われる幸せな夢を。
1:みんな、みんな、幸せでありますように。
[備考]
幸福』は生命体の多い場所を好む習性があります。基本的に森や山の中をぶらぶらしてますが、そのうち気が変わって街に降りるかもしれません。この後どうするかは後続の書き手に任せます。
軽度の接触だと表層的な願望が色濃く反映され、深く接触するほど深層意識が色濃く反映される傾向にありますが、そこらへんのさじ加減は適当でいいと思います。
スキル:夢の存在により割と神出鬼没です。時には突拍子もない場所に出現するかもしれません。
エリア移動をしました。何処に移動したかは次の話に準拠します。


204 : 落魂の陣 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:26:25 ZEupJCPI0
  ◇  ◇


「……輩。先輩、ゆき先輩っ」

 体を揺さぶられて、目を覚ます。
 寝起きで潤む瞳を擦ると視界が晴れてきて、其処には呆れたような顔で由紀を見ている後輩の顔があった。
 
「んぅ……あれ、みーくん……」

 直樹美紀。学園生活部の可愛い後輩。
 部長の悠里とはまた別なベクトルで真面目な彼女を見て――由紀は、その大きな瞳から一筋の涙を零した。
 瞳の潤みが水滴になって零れたとか、そういう訳ではない。

「あ、あれ? なんでだろ……わかんないけど、涙、止まらない……」
「ちょっ……ゆき先輩? 本当にどうしたんですか……具合でも悪いんです?」

 不安げに顔を覗き込んでくる彼女に心配をかけないために制服の袖で涙を拭いて、空元気で笑ってみせる。
 
「ちょっとね……変な夢を見たの。すごく怖くて、嫌な夢。みーくんがいなくなっちゃう夢」

 まるで現実でついさっきあったことのように、その光景は思い出せる。
 胸から銀の刃を生やして、茫然とした顔をしている美紀。
 そして、それを見ている自分。ひどい――ひどいユメだった。二度と見たくないと心からそう思う。

「……ふっ」
「あっ、笑うことないじゃんっ。本当に悲しかったんだからね!」
「いや、……なんだかゆき先輩らしいなあと思って」

 美紀は笑いながら、「大丈夫ですよ。所詮夢は夢なんですから」と由紀を励ます。
 その言葉に、ほんの一瞬だけ何か引っ掛かるものを感じたが、「そうだよね」とすぐに由紀も笑う。
 それから由紀は、おもむろに美紀の手を握った。
 あたたかい、柔らかい手触り。その感覚にようやっと、心の底から安堵する。

「……よかったあ」

 また浮かんできた涙を拭って。

「みーくん、ちゃんとここにいるんだね」

 美紀は一瞬きょとんとしたが、ぽかんとした表情はすぐ「仕方ない人ですね」とでも言いたげな苦笑に変わった。

「はい。私は、ちゃんとここにいますよ」


 斯くして少女は救われた。因果、理屈、善悪、そんなものは揃って全部どうでもいい。
 幸福には嘘も真も存在しない。誰かの願った福音は、その人物の中では紛うことなく真実の救いなのだから。
 桃色の霧で周囲を包まれた学び舎で、少女達は自分達の存在を確かめ合う。
 たとえ嘘でも、偽りでも。逃避した末の幻想だとしても――彼女たちは、そこにいる。


205 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/06(月) 17:26:52 ZEupJCPI0
投下を終了します


206 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/07(火) 16:24:26 2d2Cb6Xk0
投下乙です。
非常に高い文章力で描かれるゆきとハサンの噛み合わない擦れ違い、そしてまさかの六章ネタ! ハサンにとっての幸福の景色がかの光景であること、そしてその夢を覚まさせるのが晩鐘の音であること、そのどちらもが十分すぎる説得力となって伝わり、「おお!」と唸らされました。
そして二重の意味で夢に沈むゆき。美紀の「ちゃんとここにいます」という台詞が何とも皮肉めいて、綺麗な情景とは裏腹の不気味さを醸し出してますね。

予約ではありませんが、FGOでの設定追加等を鑑みてキャスター・幸福のステータス表を一部書き直させていただきました。
あくまで若干の言い回しの変更なので、これまでの話との矛盾や性能の変化はないはずです。


207 : ◆H46spHGV6E :2017/02/09(木) 20:53:13 aRui5Bc20
投下乙です
ハサン先生、これまで悪環境の中で獅子奮迅の働きをしてたけど確かに彼はゆきを知ろうともしてませんでしたね
初代様にも言われた「お前は諦めが早い」がこんな形で活きてくるとは

私もみなと&ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン、東郷美森、衛宮士郎&アカメで予約します
同時に延長も申請しておきます


208 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/15(水) 14:03:04 h1MbtbGU0
エミリー・レッドハンズ、ウォルフガング・シュライバーを予約します。


209 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:50:28 bOULc1sw0
投下します


210 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:51:35 bOULc1sw0


―――アサシンがその激突を目撃したのは偶然であり、同時に必然だったと言えよう。



孤児院であまりにも不本意な形で生じた最優のクラスたるセイバーとの正面対決から辛くも逃れた後、アサシン主従は二手に分かれて行動していた。
マスターの士郎は群衆に紛れて拠点に帰り、アサシンは鎌倉の最南端である海洋に鎮座する戦艦の偵察に向かっていた。

何時から其処に在るかは定かではないが鎌倉全域を射程に収めていると思しき彼の船に対し無警戒でいるのは愚の骨頂。
それ故こうして物陰から鎌倉を睥睨するかの如き戦艦を見て、改めてその威容を感じ取っていた。



(―――想像以上の圧だ)

肉眼で直に視認する彼の船の威容はやはり並の宝具のそれとは違う。
あるいは搭乗するサーヴァントの圧力が滲み出ているのか、ともかく相手が色々な意味で凡百のサーヴァントとは違うことは見て取れた。
なるほど確かに堂々と海上に布陣するという馬鹿げた行為に出るだけのことはある。それにあの行為にも利がないでもない。

来るなら来い、という意思表示とも取れる示威行為はそれだけで半端な実力しか持たぬ者どもを寄せ付けぬ威圧感を放つ。
また海上という地理が水上を移動する術を持たない大半のサーヴァントが近づくことを許さず、接近できたとしてもあそこからでは丸見えというもの。
かくいうアサシンもあの戦艦へ上手く近づく手立ては今のところ何も見出せない。

となればロングレンジからの射撃戦を挑むのが定石となるが、そこで問題となるのがあの戦艦がどれだけの性能を有しているか、という点だ。
鎌倉市に砲撃を行うという参加者への挑発めいた行動までしておきながら、まさか相手の射砲撃に対する備えがないとは思えない。
マスターの士郎は弓の英霊に勝るとも劣らぬ技量を持ち、サーヴァントすら爆殺し得る武装もあるがそれ一つで戦艦に抗するのは無理がある。
第一、先んじてあの船に挑んだところで後ろから他の者に撃たれるのがオチだ。

(士郎、例の戦艦を確認した。やはり海上に布陣するだけあって一筋縄ではいきそうにない。
正直に言って私達であれをどうにかするのは不可能だと言わざるを得ない)
(やっぱりそうなるか。だとしたら出来るやつに倒してもらうしか手がないな)
(確かにその通りだが、アテはあるのか?)

士郎と念話を繋ぎ、対策を話し合うも答えは手詰まりの一言。
とはいえ戦艦を操るサーヴァントを退場させる術が存在しないかと言われれば否だ。
聖杯戦争には相性がつきもの。自分たちでは倒せない敵がいるのなら他の者にやらせればいいだけの話。
そして衛宮士郎には戦艦を打倒できる存在に心当たりがあった。



(アサシン。さっきのセイバーが使っていた剣は―――エクスカリバーだ)


211 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:52:13 bOULc1sw0


士郎の断言にアサシンは困惑を禁じ得ない。
何しろ先のセイバーの宝具は大気を圧縮させた風の鞘に封じられており、その全貌を目にすることはできなかった。
実を言えば先の戦闘でアサシンがあれほど圧倒的にセイバーに遅れを取った原因の一つにはこの風の鞘があった。
無論両者に多大な実力差があったことは紛れもない事実ではあるが、相手の武器の間合いを測れないという不利は決して小さくない。
たらればの話をしてどうなるものでもないが、もしセイバーの得物のリーチがわかっていればアサシンも多少はマシな戦いが出来ただろう。
閑話休題。

(どうしてわかる?)
(前に俺の世界で起きた聖杯戦争の話はしたよな?
その聖杯戦争で戦った六人六騎のマスターとクラスカードの中にあのセイバーとよく似た鎧を纏い、風の鞘で覆った聖剣を使う者がいた。
鎧の意匠が似ているだけならまだしも風で刀身を隠すなんて芸当を違う英雄が使っているとは思えない。
さっき戦いながら把握してたんだが、刀身の長さも綺麗に一致したから間違いない)
(そうか。あれが彼の騎士王で間違いないなら確かにあの戦艦をいつまでも放置することは有り得ない)

星の聖剣エクスカリバーの担い手、円卓を束ねし常勝の英雄王アーサー・ペンドラゴン。
それほどの大英雄ならばアサシンたる己が勝てないのも当然だろう、と改めてアサシンは納得する。
同時に十二の会戦に勝利しブリテンを守護した正当なりし英雄が市井を脅かす黒の戦艦を危険視しない理由もまたあるまい。

英雄性を抜きにして考えてもセイバーは最終的に戦艦を操るサーヴァントに挑むしかない。
セイバーのマスターは孤児院に引き取られている子供であろうことはほぼ確実であり、つまり迂闊に拠点を移せないということだ。
何時孤児院目がけて砲撃が来るかわからない以上、セイバーは絶対にあの戦艦を無視し続けることができない。
そしてセイバーが無事に黒の戦艦と対峙を果たせば、エクスカリバーを以って見事に討ち果たすだろう。
宝具には相性というものがあり、鈍重で巨大な的である戦艦はエクスカリバーとは相性が悪いからだ。
自分たちはその舞台をお膳立てしてやることに終始すればいい。

そうしておいて、宝具を使用し疲弊したセイバー、あるいはそのマスターを討ち取るのがスマートだ。
あらかじめ相手の真名がわかっているのだから士郎ならば弱点を衝ける剣を用意しておける。
セイバーの方はこちらがセイバーの真名を知っているという事実を知り得ないというのも良い。一方的に対策を立てられるというものだ。



(待て、士郎。接近してくるサーヴァントがいる。…相当な規模の英霊だ。
私は引き続き隠れて偵察を続けるが万一発見されたら撤収してそちらに合流する)
(わかった。十分気を付けてくれ)


212 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:52:53 bOULc1sw0

アサシンのサーヴァントとしての知覚がこの場にやって来るサーヴァントの気配を捉えた。
とはいえそれだけで発見されたと考えるのは早計に過ぎる。
アサシンには最高峰の気配遮断スキルがあり、相当高ランクの気配察知スキルでも持たない限り発見できるものではない。
相当の実力者であるセイバーでさえ直感か何かの能力で微かな殺気に気づくのがやっとで対面するまでアサシンの正体には気づいていなかった。
迂闊に動かずまずは様子見に徹するのが得策だ。



やって来たのは長い赤髪の、女性と見違えかねない端正な顔立ちの少年だった。
彼自身はサーヴァントではない…ないが、霊体化して侍るサーヴァントの気配は存分に感じ取れた。
実体を現してすらいないというのにピリピリとした威圧感が肌に伝わってくる。

やはりと言うべきか、彼らは隠れ潜むアサシンには全く気づいていない。
というよりあの戦艦の威容を彼らも確かめに来たと言うべきか。あれのおかげでアサシンの存在が更にカモフラージュされている。
少年は何か思案しながら海岸線にほど近い道を脇にずれるようにして歩いていく。通りの曲がり角へ差し掛かった辺りで彼のサーヴァントが不意に姿を見せた。

――――――あれは、不味い。
鋼、一目見てそう形容できる長身痩躯のサーヴァントは並の英霊とは一味どころか一桁は違っていそうな超常存在だった。
軽く見積もっても先のセイバーと同等かそれ以上、それ以前に戦ったランサーなどでは最早比較対象にすらならない。
あのセイバーの他にもまだこれだけの規模を持つサーヴァントがいようとは。

「どうしたんだライダー、サーヴァントの気配でもあったのか」

少年の疑問には答えず鋼の男は少年を先導するように歩き出し、やがて人通りのない路地裏へと入っていった。
事ここに至り、これから何が起ころうとしているのか察せぬほどアサシンは愚鈍ではない。
更なる超級のサーヴァントの気配を明瞭に感じ取っていた。これは後をつけない理由がない。
むしろ鋼の男を誘っているのかと勘繰るほど不自然な気配の現出だ。おかげでアサシン自身の存在が露見する可能性が更に下がったのは有難くはあるが。



赤髪の少年の背後から急に影が現れた。いや、実際に影と見紛う漆黒を形にしたかの如きサーヴァントであった。
この黒衣の男もまたセイバーや鋼の男に匹敵する手練れだ。この調子では彼らに並ぶサーヴァントが他にもいるかもしれない。頭が痛い話だ。

「ここは市街地にほど近い。小競り合いならまだしも、本格的な戦いともなれば多くの被害が出る。お前はそれを容認するか?」

黒衣の男がマスターである少年へと問いかける。
確かにあの二人ほどの戦士が戦闘行為など行えば被害は人気のないこの一帯だけでは済むまい。
それを察したか少年は黒衣の男に向けていた黄金の杖らしきものを下ろした。無論警戒態勢までは解いていないが。

「賢明で助かる。私としても事を構えるつもりはないのでね」
「……なら、一体何のために僕たちの前に姿を現した。まさか偶然の産物だとでも?」
「あり得ない、と言い切ることができるのか?」

ひどい冗談だ、とアサシンは内心でひとりごちる。
誘っていたのは明らかにお前の方だろう、と状況が許すなら非難してやりたいところだ。
まあすぐに黒衣の男が「冗談だ」と訂正したのだが。

その後行われた会話の内容をアサシンはしっかりと聞き取っていた。中には聞き捨てならない単語もあった。
黄金の獣にDreizehnの天秤。これだけの手掛かりがあればアサシンにも鋼の男の正体は看破できる。
聖槍十三騎士団の大隊長が一人、鋼鉄の腕(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)。あらゆる全てに終焉を齎す破滅の拳を宿す者。
それならばまっとうなサーヴァントとはまるで次元の違う存在感にも合点がいく。
それに黒衣の男は「お前達」と言った。つまり他の聖槍十三騎士団がこの鎌倉に存在するとでもいうのか。


213 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:53:54 bOULc1sw0

「唯一無二の終焉を寄越せ。だがそれを為すのは貴様ではない」
「我が身では不足と言うか。随分と高望みをするものだ、ならばかの愛すべからざる光に挑めば良かったものを」
「抜かせ」

幾ばくかの応酬を経て、ヒトガタの災厄二つが共に地を蹴り激突を果たした。
黒剣が空を断ち、絶拳が虚を穿つかの如き戦はこの世の物理法則を徹底的に蹂躙する凄烈さだった。
サーヴァントたるアサシンには両者の動き、一挙手一投足が確かに見えている。見えているが故に悟ってしまう。

―――あれは駄目だ。同じサーヴァントでも自分などとは天と地の差がある。
元より暗殺者とは戦う舞台が違う者ではあるが、まっとうに戦えば戦闘行為すら成立せずにこちらが灰燼に帰すのみだろう。

状況が許すのなら感嘆の息を漏らしてしまうかもしれないほどに濃密な経験と技量を感じさせる両者の戦いはしかし、ただの一発も互いの肉体に命中することはない。
それは当然、どちらもが防御不可能にして必殺の技を絶えず繰り出しているからだ。
このような局面での両者共倒れなど有り得ぬ話。故に二人は舞踏を舞うが如くして決して嚙み合わぬ応酬を繰り返す。
その馬鹿げた妄想じみた様子の攻防はしかし現実に行われているものであり、彼の帝国最強の女傑ですらこの二人の前では初めて剣を執った小娘同然に成り下がるであろう。



戦いの中、鋼と黒衣は問答を交わす。それは何の間違いかサーヴァントとして迷い出た鋼の男、マキナの本質を突くものであった。
それはアサシンには関わりのない話だったが、絶え間なく行われていた応酬の一瞬の空白から行われた問答の後、両者はこれまでの攻防が児戯に思える必殺の空気を纏った。

「――――――」

これは絶好の機会だ―――そう早計に断じるほどにアサシンは愚かではない。
必殺、つまりは宝具に相当する攻撃に出ようという態勢にあって尚この二人に隙と呼べるものは存在しなかったからだ。
いや、彼らと同等の使い手であればそれを隙と呼び一太刀を入れることが敵うのであろうが、少なくともアサシンに出来る芸当ではない。
仮令気配遮断という優位性を活かし、こうして近くで一方的に観戦しているとしてもだ。
だがサーヴァントといえど誰しもがアサシンと同じ見解に至るわけでもなかったらしい。

遠方より飛来した三つの弾丸が鋼と黒衣の両者によって打ち落とされた。ご丁寧にマスターの赤髪の少年を狙った分もだ。
アーチャーのサーヴァントの仕業だがしかし何と未熟な。相手が狙撃しようとしている自身を捕捉しているかどうかすら判断できないとは。
言うまでもなくアーチャーの気配は二人の男には勿論、アサシンも察するところだった。
抜き身すぎる殺気はそもそも人を狙い撃つという行為そのものに慣れていないのかと疑うほどのお粗末さだ。マインなら決して有り得ぬ不始末だ。

どうやら鋼のサーヴァント、マキナはアーチャーを追撃し、黒衣のサーヴァントは戦意がないのか戦闘を止めた。
良くない状況だ。強豪同士潰し合ってほしいところだったがそう上手くはいかないらしい。
加えてマキナの存在は士郎とアサシンが先ほど練った計画の大きな障害になる。

マキナの宝具は誕生から僅かでも時が経過していれば問答無用に触れた全てを終焉に導く概念を帯びた絶拳。村雨の上位互換と呼ぶのも担い手ながら憚られるほどの超絶宝具だ。
セイバーの宝具であるエクスカリバーとは最悪の相性だ。戦えば容易くセイバーが粉砕されて終わる。
それに恐らくだがマスターのバックアップという観点でもマキナの方が優れている。あれほどの魔力を持つマスターなどそうそう転がってはいまい。


214 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:54:32 bOULc1sw0

さりとてマキナが戦艦を駆るサーヴァントの打倒に役立つかと言えばノーと言わざるを得ない。
これまた宝具の相性というもので、地に足つけていなければ成り立たないタイプの戦士であるマキナでは海上3㎞先の戦艦には立ち向かえないのだ。
まともに戦えば自分たちは愚かセイバーでも勝てないが、放置してもただ戦うだけで鎌倉中に被害を撒き散らし、やがてはアサシンが隠れ潜む場所すら消滅せしめるだろう。



―――だが勝てずとも手立てはある。奴が他のサーヴァントに対し攻勢に出ている今ならば。
しかし仕掛けられるのか。出来たとして、それをやっていい状況なのかどうか。



(士郎、実は)
(いい。状況はお前の視界を借りて大体把握してる。
あの軍服のサーヴァントとマスターはここで落とそう)

士郎に念話を入れたところ、間髪入れず返事が返ってきた。
いつの間にか視界共有を行い事のあらましは把握していたようだ。
だが、マキナと赤髪の少年主従への奇襲はアサシン自身考えたことといえどやはりリスクが大きすぎはしないか。
単純な成功率もそうだが、自分たちは既に連戦を経ている。魔力消費が非常に少ないアサシンはともかく士郎は肉体的な疲労の問題もあるはずだ。

しかし同時に鍛え上げられた心眼が好機はここにしかないと告げていた。
マスターを連れての追撃戦となれば、どれほど気を張っていたとしても完全に普段通りの警護をすることなど不可能だ。
間合いが拳の届く範囲にしかない、攻勢特化型サーヴァントのマキナであればその傾向は尚更強まる。
無論生半な強襲では膨大な戦闘経験とアカメすら上回るであろう心眼に看破され、目論見ごと破砕される結果に終わるだろう。今マキナに追撃されているアーチャーが良い例だ。

何より今もってアカメの存在がマキナ及び黒衣のサーヴァントに全く捕捉されていないという事実が最大の好機の訪れを知らせている。
勿論上級のサーヴァント相手であってもそこにいることを悟らせないのが気配遮断スキルの効能にして存在意義だ。が、今回相手取ろうとしているのは上級ではなく超級のサーヴァント。
流石に詳細な位置までを感じ取ることは専用の技能でも備えていない限り有り得ないとしても、先のセイバーのように向けられる視線や殺気に気づく程度のことなら有り得なくはなかったはずだ。
その様子すら全く見受けられない、というのはアサシンが様々な幸運に恵まれた、あるいはマキナが不運に見舞われたからだ。

黒の戦艦の存在、黒衣のサーヴァントの挑発的な誘いに隠す気も感じられないアーチャーの殺気。これらの複合的要因がマキナにアサシンの気配を感知させなかったのだ。
それだけなら一方的に情報収集ができた、というだけで済む話だが今のマキナはマスターを連れた上で他のサーヴァントを追撃している。
本選の進行速度を考えても、一定の勝算を以ってあの主従に挑める機会は今後もう訪れない可能性が極めて高い。
そしてその「一定の勝算」とはアサシン単独ではなく士郎との連携があって初めて存在し得る。


215 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:55:13 bOULc1sw0



(…わかった。しかしお前の狙撃がないと作戦は成り立たない。
家に帰るところだったんだろう?ポジションは取れるのか?)
(実はお前の視界を借りたあたりから移動してたんだ。
急げば良い位置で狙撃できると思う。むしろお前の方が危険な役割だろ?絶対に無理はするなよ)
(いや、お前が言うな。…まあそれはともかく、実行するにもまだ問題はある。
見たと思うが黒衣のサーヴァントも今の私達ではどうしようもない強敵だ。好戦的ではないようだからこちらから刺激しない限り反撃される可能性は低いがそれが楽観でない保証もない。
奴の大まかな位置は常に知らせるから絶対に奴の射線に入らないようにしろ。数㎞単位で届く遠距離攻撃を持っているぞ)




     ▼  ▲




しくじった。アーチャー、東郷美森は絶望的な逃走劇を演じながら先の失態を悔いていた。
敵を発見し、尾行したまでは良かった。しかし狙撃のタイミングを完全に誤った。
戦っていた二人のサーヴァントの宝具が完全に発動しきるまでは撃つべきではなかった。

あるいは恐れていたのかもしれない。
あの二人が有する宝具が激突した時、如何なる現象が起きるのか。少なくともアーチャーの認識や理解を遥かに超える事象が起ころうとしていたことは間違いないように思う。
その未知こそを恐れてあのような暴挙にして愚行に踏み切ってしまったのかもしれない、と自己分析した。

「やってしまったことはもう取り返せない。だから…!」

マズルフラッシュ。二挺の銃で後方へ銃弾を発射した。
迫りつつある追跡者には効果があるとは思えないが少しでも足を止めなければならない。捕まれば待っているのは一撃の下に訪れる死だ。



このまま行けば程なくアーチャーを捉えられる。ライダーからつかず離れずといった距離で滑空するみなとは遠からず訪れるであろう決着を予感していた。
あまりライダーの近くにいては彼の戦いを邪魔してしまうし何より余波でみなと自身が重篤なダメージを負いかねない。さりとて遠すぎてもライダーの守護が間に合わない。
ライダーもまたみなとを護衛するために彼のスピードに合わせて追撃の速度を緩めている。いや、みなとも全速力なら容易く単独でアーチャーに追いつけるのだが相手はサーヴァント。
まっすぐ全速力で突っ込めば何があるかわからない以上、程ほどにスピードを落とし慎重に追う必要がある。
幸いにして敵のアーチャーはかなりの鈍足のようで多少速さを落としたところで追撃には然したる支障はない。

「気を抜くな。我らはアーチャーを追っていると同時に最大の隙を晒している」
「わかってるよ。さっきの奴にしても手を出さないという言葉が嘘じゃない保証もないからね」
「違う。狙撃の気配だ」

ライダーの言葉に思わずギョッとして周囲を見渡す。だがそれだけで相手が見えるはずもない。
彼はこう言っているのだ。「どこかで第三者が狙撃の機会を狙っている」のだと。
しかしそれだけ理解していれば問題はない。仮令如何なる相手が自分を狙っていようとライダーが遅れを取るとは思えない。
宝具の発動の隙を突かれた先ほどでさえ予め読んでいたとしか思えない超反応で迎撃してのけた。きっと彼の中では既に迎撃態勢が敷かれているに違いない。
後はみなと自身の心構えの問題だ。ライダーのマスターとしてあまり無様を晒すわけにはいかない。



「来るぞ」



そう言って、ついにアーチャーを踏み込めば拳が届く距離にまで追い詰めたライダーがアーチャーへ躍りかかる。
この意味を理解できぬほどみなとは愚かではない。つまるところあれは狙撃手の位置を明確にするための誘いだ。
一見してライダーに隙が生まれたように見えても彼にとっては隙足り得ぬものでしかないのだ。
理解すると同時に気を引き締めたみなとの耳に風切り音が聞こえた。


216 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:56:23 bOULc1sw0



―――何のつもりだ?



ライダー、マキナは4㎞先から迫る凶弾を明瞭に認識していた。いや、それは弾丸というよりは柄の部分だけを矢に適した形に改造したような刀剣の宝具だった。
しかしそれは超音速で飛来しながらライダー、みなと、アーチャーのいずれにも直撃しないコースを辿り、一瞬後にはライダーの手前に落ちる運命にある。
はっきり言って敢えて迎撃する必要も感じない。狙撃手の腕が悪いのか。いや有り得ない。
これほどの距離から矢を放ち、宝具を撃つ者がサーヴァントでない筈もない。この距離ではサーヴァントの反応は感知できないが相手の正体は火を見るより明らかだ。

ならば何が狙いなのか。次弾が撃たれる気配は感じられない。
とすれば有り得るのは「迎撃するまでもない」と思わせること。即ち何らかの効果を付属させた剣弾である、という可能性だ。着弾することで発動する概念でもあるのだろう。
良いだろう、敢えてその思惑に乗ってやる。如何なる概念が炸裂しようとこの終焉の拳を以ってして消滅させるまで。
そのまま少女のアーチャーも粉砕し、返す刀で貴様に終焉を手向けてやろう。

しかし着弾と同時、ライダーはほんの一瞬だが心から驚愕した。



―――壊れた幻想だと?



爆ぜる剣。炸裂する高い威力、神秘を纏った爆光それ自体はライダーへ致命傷を与えるものでもなければ思考を奪うにも至らない。
ライダーの絶拳を一度振るえばただの煙のように散る程度のコケ脅しにもならぬ代物ではある。
ライダーが注目した、いやさせられたのは着弾する際に起きた事象だ。

壊れた幻想。ブロークンファンタズム。
英霊それぞれが持つ宝具を担い手の意思で破裂させることにより宝具に込められた魔力と神秘を解放、強力な攻撃手段と為す技能である。
宝具によっては本来のランク、威力を超えた力を叩きつけることもできる。ある意味では真名解放にも勝る強力な技と言えよう。

だが聖杯戦争において壊れた幻想が使われることはまず起こり得ない。
何故ならば宝具とは英霊の半身にして誇りそのもの。これは英雄であれ反英雄であれ変わることはない。
仮令決して敵わぬ強者を前にしようとも、自棄にでもならない限り自らの半身を自らの手で散らす英霊などまず存在し得ないからだ。
それでも何を犠牲にしても勝たねばならぬ局面であれば使われることは有り得るだろう。だがそれは断じて今ではない。
未だ数多くの英霊が鎬を削る中で、希少な切り札たる宝具をこんな形で使い潰すなどあまりにも不可解。ライダーが驚愕したのはこの点だ。
早い話があまりに頓珍漢な愚行だったためについ驚いてしまったのだ。



―――その“つい驚いた”という隙こそが敵の狙いであったことに気づくのは、彼をしても一秒の時間が必要だった。



追撃しているアーチャーとは異なる敵が放った狙撃によって生じた爆発はみなとからも視認できた。
心構えをしていたとはいえBランク宝具の炸裂にも等しい威力と規模の爆発はやはり慣れるものではなく、そちらに意識が集中したことを咎められる者はいないだろう。



「―――葬る」



―――その隙を、神速で現れた暗殺者に突かれたとしても。



声を出す暇さえ与えられなかった。
みなととライダーがアーチャー、東郷美森を追跡しはじめた直後から気配を消して尾行していたアサシン、アカメが桐一文字を手に跳躍。すれ違いざまにみなとの肉体を十五のパーツに分解した。
ライダーから離れすぎぬよう近場のビルや建造物と同程度の高度を保って滑空していたことが災いし、ビルの影から飛びかかったアサシンに反応はおろか存在を認識することすらできず聖杯戦争からの退場を余儀なくされた。


217 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:57:09 bOULc1sw0

気配遮断スキルは一部の例外を除きサーヴァントが攻撃態勢に入った時点で大幅にランクが落ち、発見されるため完全な奇襲は極めて難しい。
―――ただしそれはあくまで同じ超常存在たるサーヴァントが相手の場合の話。大半のマスターは仮令アサシンが攻撃に移ろうがその気配を感知し対処することなど出来ない。
準サーヴァント級の実力者だった麦野沈利でさえアカメを十分に警戒していたにも関わらず彼女の奇襲攻撃を完全には回避できなかったことからもそれは明らかだ。
ましてや美森の存在や第三者から放たれた狙撃によって生じた爆発に意識を持っていかれていたみなとがアサシンの攻撃を認識・対処するなど夢のまた夢と言うしかない。

この結果だけを見てみなととライダーを嘲るのは莫迦のすることだ。彼らはこれまでの行動に大きな落ち度と呼べるものは何一つとしてなかった。
この鎌倉に召喚された他の黒円卓のサーヴァント二人のマスターとの関係性を見れば自明だろう。
みなととライダーは主従として一定の協力関係を築くことに成功し、互いが互いを嫌い合うようなこともなかった。
戦略・戦術にしてもライダーの強みを生かしつつ過ぎた無茶や突出はしない、と堅実そのもの。どこにも彼らが責められる謂れはない。
だが残酷な言い方をすれば、単に実力があって確実な方針を取っていればそれで優勝できるほど聖杯戦争は甘くはない。
運も実力のうち、などという諺があるがまさにそれこそが真理であり勝利の女神にそっぽを向かれれば最強の陣営であろうと呆気なく脱落することもあるのだ。
みなと、ライダーは実力も見識も十二分にあったが……運の悪さだけは如何ともし難かった。

そして聖杯戦争の参加者であるからといって誰しもが劇的な死を遂げられるわけではない。
何かを言い残すことも、何かを思考することすらも覚束ないまま人が死ぬ事例など枚挙に暇がない。
みなともまたそういった事例の一つになったというだけの話。


「みなと……!!」



突然の狙撃から生じた爆風から傷を負いながらも逃れたアーチャーは見た。
己のマスターの名を叫ぶライダーを。つい先ほどまでライダーに追随しながら自分を追っていた、赤髪の少年だったもの、空中から力なく落ちていく彼を構成していた肉片を。
そして近場の建造物に着地した、黒い長髪に紅い相貌が印象的な少女のサーヴァントを。

「アーチャーとアサシンの共同戦線―――!」

目で見たままに、アーチャーはそう断じた。
恐らくはライダーに追われている自分を囮(デコイ)にしてライダーのマスターを確実に抹殺するために仕掛けられたサーヴァント同士の共闘。
相当綿密に打ち合わせがなされたと思える絶妙な連携だった。

マスターを失ったライダーが無言のままアサシンへと急接近。絶拳を以って粉砕せんとする。
マキナが培った戦闘経験は膨大の一言であり、極限の武錬を有する。彼より圧倒的に速いという程度では到底終焉を齎す拳から逃れるなど不可能。


218 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 13:58:05 bOULc1sw0



―――が、それはあくまでライダーが“万全であれば”の話。
これまでアンガ・ファンダージを圧倒し、ローズレッド・ストラウスとも渡り合った終焉の拳はしかし暗殺者に過ぎないアカメに掠りもせずいとも容易く躱された。

アカメもまた幼い頃から数多くの死地を潜り抜けたベテランの暗殺者であり、敵の攻撃への高い対応力と戦術眼を併せ持っている。
まして小手調べ程度とはいえ先んじてライダーの戦い方を目の当たりにし、動きを把握している。
真っすぐ殴りに来るとわかっている攻撃など回避に専念してさえいれば躱すことなどさほど難しくはない。
マスターを失ったライダーの力が既に数分の一にまで減じているのであればなおさらだ。



――――――I am the born of my sword



回避したアサシンへ畳みかけようとしたライダーへ、真名解放された螺旋の剣が飛来する。
周囲の空間を削り取るほどの威力を有する宝剣はマキナといえど明確な対処行動を取らざるを得ない。
魔力を込めた拳が標的を穿ちズタズタに寸断するはずの螺旋剣と衝突。これを逆に粉砕した。

「―――」

だが普段のライダーならばどうということのない攻撃が、彼の鋼鉄の身体に傷をつけていた。本来の終焉の拳ならば決して有り得ぬ結果だ。
どれほど強力なサーヴァントのスキルや宝具も、それらを維持・駆動せしめるのはマスターからの魔力提供に他ならない。
例え最強の宝具であろうと魔力が枯渇していればその威力・効能は激減するのがサーヴァントの宿命。
マスターを失った今のライダーの宝具は今や終焉の拳、幕引きの一撃などとは到底呼べぬ代物になり下がっていた。

マスターという現界の依り代を失ったサーヴァントは単独行動などのスキルを持たない限り数時間と世界に留まることができず、魔力切れで消滅する。
特にライダーの場合、高ランクのステータスと常時発動している宝具『機神・鋼化英雄』が逆に仇となり通常のサーヴァントを上回る早さで魔力が漏れ出てしまう。

同じ黒円卓に属する大隊長、ザミエルやシュライバーは単独行動や魔力消費を肩代わりする魂喰の魔徒のスキルを有している。
このため彼らなら今のマキナと同じ状況に陥っても、魂喰の魔徒のスキルを完全に使い潰せば戦闘能力の低下率は半分から三分の一にまで抑えることを可能とする。
だがマキナだけは駄目だ。単独行動も燃費を向上させるスキルも持ち得ない彼はマスター不在による弱体化の影響をダイレクトに受けてしまう。
マキナというサーヴァントを支える聖遺物そのものの鋼の肉体も、全てに幕を引く終焉の拳も到底その本領を発揮することはできなくなる。



カラドボルグを迎撃した隙を突き、アサシンがライダーの背面に回り込み斬りかかる。
カウンターに振るった拳もアサシンを捉えることはなく、逆に桐一文字の斬撃がライダーの身体を削った。

「まっとうに戦えば私では到底お前に勝ち目などないだろう。だが」

アサシンの姿が掻き消える。嵐の中の風の刃の如くして縦横無尽にライダーを襲う。
極限域の武勇、経験値を誇るはずのライダーの反撃がまるで当たらない。あるいは桐一文字によって受け流される。
形成位階にあってもあらゆる守りを貫通するはずの拳も今や少々防御判定に対して有利を取れる程度の効力にまで落ちていた。


219 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:00:07 bOULc1sw0

「今のお前の霊基(からだ)に対してなら私の刃でも通る。そして今のお前の拳なら受け流すこともできる」

何故このような理不尽な事象が生じるのか。煎じ詰めれば答えは簡単、それほどライダーが弱くなっているからだ。
マスター不在の状態で真名解放された宝具を相殺するのはライダーをしても無茶が過ぎた。更なる魔力消費によってライダーの能力値は既に本来の二十分の一以下にまで減じている。
はっきりと言って最早極限域の技などでどうにかなるようなステータスの差ではない。限度を超えた身体能力の差の前では技量や相性の差など意味を為さない。
未だに戦闘行為と呼べるものが成立しているのはライダーの有する戦闘続行を兼ねたスキルあればこそだ。

それでもアサシン側に一瞬の隙があれば拳を差し込み一気に逆転することも不可能ではなかった。
しかしアサシンは圧倒的どころではないレベルにまで開いた彼我のスピードと刀と拳というリーチの差を活かしてライダーが決定打を放てる間合いまで決して近づこうとしなかった。
無論こうなればアサシンも一息に勝負を決めることはできないがそれは問題足り得ない。
時間が経てば経つほどライダーから魔力が失われていく以上急いで決着を着ける理由はない。極論ライダーが魔力枯渇で消滅するまで粘ればいい話だ。

「この状況で、お前は私に勝てないぞ」

ライダーが唯一突ける隙と呼ぶべき油断・慢心の類はアサシンには無縁の感情だ。
それもそうだろう。本来ならアサシン如きではライダー相手には戦闘行為など成立しようがないほどの実力差がある。
どれほど衰えようと完全に死に切るまで一切隙を見せる余裕などあろうはずもない。



「まだだ」
「いや、もう終わりだ」



四十秒。最後にアサシンのマスターである士郎から援護射撃が放たれてから経過した時間だ。
この瞬間、完全にアサシン陣営の勝利が確定した。



―――赤原猟犬(フルンディング)



4㎞先からマッハ4の速さで流星の如き一撃が飛来した。
北欧の英雄、ベオウルフが使ったとされる宝剣・赤原猟犬。射手が健在である限り何度でも標的を狙うこの宝具は魔力を込めるほど威力を増す。
四十秒をかけ、最大限度まで魔力を込められた赤原猟犬は最早セイバー、アーサー・ペンドラゴンが魔力放出を全開で使用したとしても射手を倒す以外の手段では対処不可能。
先の戦闘ではセイバーの眼前に突然投げ出されたこともあってフルチャージが叶わなかった宝具の本領がここに来て発揮された。

これで詰みだ。退避しながらアサシンはそう確信していた。
十全のライダーなら終焉の拳で以って問題なく迎撃できるだろうが消滅寸前の有り様ではそれも無理な話だ。
士郎が魔力のチャージを済ませるまでの四十秒を稼いだ時点でアサシンの仕事は完了していたのだった。

当然だが連戦を経た今の士郎にこれほど宝具を連発するほどの魔力は残っていない。
だが自身の魔力で足りないなら余所から補うのが魔術師というもの。士郎は本来魔力を提供される側であるはずのアサシンから逆に魔力を融通してもらったのだ。
マスターとサーヴァントを繋ぐパスは別段一方通行というわけではない。とはいえ常道ならサーヴァントが力で遥かに劣るマスターに魔力を渡す意味などない。
だが何事にも例外はある。行動に伴う魔力消費が非常に少ないアサシンと彼女より火力、防御力に秀でるが魔力を使う機会の多い士郎の場合は多少アサシンが士郎に魔力を渡したぐらいでは戦闘に支障をきたすことはない。


220 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:00:58 bOULc1sw0



「侮るな」



絶対的な窮地。明らかな詰みの局面にも黒騎士の眼は死なない。
何処に力が残っていたのか。残された魔力を掻き集め一時的に本来の力を取り戻した終焉の拳が極大のインパクトとともに打ち落とせぬはずの赤原猟犬を微塵に砕き散らした。
機神英雄、未だ死なず。誰もその威容を否定できない騎士の姿がそこにはあった。

されどその代償はあまりに大きい。限界を超えた一撃はエーテルで構成された仮初の肉体に罅を入れ、霊核の消耗を招いた。
その隙を付かない愚か者がこの鎌倉に未だに残っているわけもない。



「聖槍十三騎士団黒円卓第七位・大隊長ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン――――――」

内心の驚嘆を面に出すことはなく、黒の暗殺者が迫る。
今度こそ全ての機能を使い果たしたマキナに対処の術は―――無い。

「――――――葬る」



神速の斬撃、五つ。消耗し極度に脆くなったライダーの霊基を一息に寸断し、その中に霊核も含まれた。
まして致命の一撃を与えた宝具はあらゆる治癒を封じる桐一文字。仮令蘇生の術を持つ英霊だろうと最早脱落を免れない。
ライダーもその例外とはなり得ず、霊基が光の粒子となって消え始めた。

「…見事だ、アサシンとそのマスターよ」
「やはり気づいていたか」

ライダーの心眼はアサシンと衛宮士郎の目論見を寸分違わず見抜いていた。
彼らはあわよくばこの奇襲作戦を「アーチャーとアサシンの連合による攻撃」に見せかける算段でいた。
弓兵の英霊にも劣らぬ射の腕を持つ衛宮士郎とアサシンの組み合わせなればこそ成立し得る策だった。
敢えて彼らの策に穴があったとすれば、連携があまりに完璧すぎたことだろう。英霊同士の力量が合わさったからこそ、などという言葉では片付かない一糸乱れぬ連携技はライダーの眼には露骨な違和感としか映らなかった。
無論、0.1秒でもタイミングがずれていればみなとは殺せず駆けつけたライダーにアサシンが瞬殺されて終わっていたのだが。

「こうなることは必然だったのだろう。俺にはサーヴァントに在るべき願いが、サーヴァントをサーヴァントたらしめる骨子がなかった。
かつて得られた終わりを聖杯に奪われ、カタチを真似た英霊などという存在として現界し、挙句仮初めの主一人守れぬときた。
ああ、今なら断言できる。この聖杯戦争に召喚されたサーヴァントで俺ほどに不出来な愚図はいまい」
「そんなことは―――」

そんなことはない、と言おうとしたアサシンが口を噤む。
何を言おうと結果は既に出た。自分たちがライダーとそのマスターを殺し未来を奪った。
その相手に対しての慰めの言葉は侮辱にしかなり得ない。

「…貴様は暗殺者(アサシン)にしてはまっとうだな。だがそのような甘さではザミエルやシュライバーには到底勝てんぞ」
「!やはり、お前以外にも黒円卓は存在していたか」
「ああ、だがサーヴァントとしてなら奴らは俺よりも遥かに手強い。
ザミエルには直接会っていないが、大方聖杯をラインハルトに捧げるために妥協なく動いているのだろう。あれはそういう女だ」

ライダーが何を以って残る黒円卓の二人を自身より上、と定義しているか理解できないアサシンではない。
要は願いの強さ、あるいは執念とも言い換えられる。単純な力だけなら相性上三人は三竦みの関係になるがそこに聖杯戦争という要素が絡めば話が変わる。
ライダーは聖杯戦争に興味も希望も願いも抱けなかったのだ。アサシンのように、マスターの人生を助けるといった願いでさえも。
あったのは唯一無二の終焉を齎すという、ほとんど八つ当たりに近い感傷だけだった。それ故の必然の末路。


221 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:01:36 bOULc1sw0

それ以上何を言うこともなくライダーは静かに消滅を受け入れた。
サーヴァントとして迎えた終焉に彼が何を思ったのか、所詮他人であるアサシンにはわからない。
残れなかった者、死者は何も語らない。



(終わったな、アサシン)
(ああ、マスター一人に“サーヴァント二騎”。十分過ぎる戦果だ。
しかし今のライダーと同格がまだ何人も残っている。問題は山積みだ)

幸運に幸運が重なって、策を尽くしてやっと最強格の英霊を一騎だ。至弱が至強を討つとはそういうことだとはいえ、理不尽さを感じずにはいられない。
これではセイバーを生き残らせて黒い戦艦を倒させるという目論見さえ達成できるか怪しい。
今回こそは比較的スマートに事を運べたが未だ生き残っているという二人の黒円卓大隊長や彼らと同等の力を誇る黒衣のサーヴァントに果たしてどう対抗したものか。
運良く自分たちと同等の戦力の陣営と共闘できたとしても、彼らは数をすら粉砕する恐るべきトップサーヴァントたちだ。
光明は未だに見えてこない。が、もとよりそんなものだろう。
力に劣る者が強者を食うには常に頭を動かし続ける他ないのだから。


【みなと@放課後のプレアデス 死亡】
【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae 消滅】



【C-3/森林/1日目 夕方】

【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] 魔力消費(大)、疲労(中)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
1:速やかにこの場を離れ、休息する。
2:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)を利用して戦艦を操るサーヴァント(甘粕正彦)を倒させる。
3:残りの黒円卓(シュライバー、ザミエル)と黒衣のサーヴァント(ストラウス)を強く警戒。対策を練る
[備考]
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を看破しました。またエクスカリバーの性質及び刃渡りの長さを把握しています。
黒円卓(マキナ、ザミエル、シュライバー)、アーチャー(ストラウス)を把握しました。



【D-3/街中/1日目 夕方】

【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)、気配遮断
[装備] 『桐一文字』
[道具] 『一斬必殺・村雨(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
1:士郎の指示に従う。
2:厄介な敵が多すぎる……
3:残りの黒円卓(シュライバー、ザミエル)と黒衣のサーヴァント(ストラウス)を強く警戒。対策を練る
【備考】
士郎を通してセイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を把握しました。
黒円卓(マキナ、ザミエル、シュライバー)、アーチャー(ストラウス)を把握しました。


222 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:02:17 bOULc1sw0




     ▼  ▲



人々が行き交う通りを奇抜なファッションの少女が歩いていた。
踏みしめる足取りは一歩一歩が重く、ふらふらといつ倒れるとも知れぬ有り様はまるで病人のよう。
街を歩く市井の人々はそんな少女を奇異の目で見ながらも、しかし近場で起こった爆発の方へ興味を示していたため助けることはなかった。

「……はっ……、ぁ…………」

誰が知ろう。蒼白な面持ちで歩く少女が今まさに死に向かっているなどと。
少女が鎌倉に甚大な災害を齎している超常存在、サーヴァントの一柱などと。

「す、ば…るちゃん………」

アーチャーのサーヴァント、東郷美森。
彼女は既に霊核を破壊されており、最早消滅を待つのみという状態に陥っていた。



衛宮士郎、アカメの二人が最初の奇襲の一射の後何故アーチャーに一切の対処を行わなかったのか。
そんなものは決まっている。必要がなかったからだ。

衛宮士郎が最初にライダー、アーチャーへ向けて放った投影宝具の正体は柄部分を改造した一斬必殺・村雨だ。
村雨は真名の解放がなくとも傷をつけた相手に心臓破壊の呪毒を流し込む。その概念そのものを壊れた幻想によって爆散・解放したのだ。
ライダーとアーチャーを襲ったのはすなわち一斬必殺という概念そのもの。飛び散った破片か猛毒を帯びた爆風のいずれかで傷を負った時点で心臓ある存在なら致命傷が確定する。
先のセイバーとの戦闘でも近い手段を使ったがその際はセイバーを負傷させることはできなかった。
ライダーに至っては肉体が機械であるため呪毒が効かない。―――が、アーチャーはそうはいかない。
呪毒を寄せ付けない体質も、爆風から無傷で脱出する対処能力も健脚も持ち得ない彼女はただの一撃で脱落する羽目になった。
程なく仮初めの肉体は露と消えるだろう。



「せめ…て…もう一度……」



それを理解しながら何がアーチャーを突き動かすのか。
アーチャーのマスターであるすばる。不幸にもこんな魔窟に呼び寄せられてしまった少女。
このまま自分が消えれば何も知らない彼女が一人で取り残されてしまう。それだけは受け入れられない。

この鎌倉に蔓延る凶悪なサーヴァントたち。そしてアーチャーとライダーのマスター、みなとと呼ばれた少年を殺害した“アサシンとアーチャーの連合”についての情報を残さなければ。
…アーチャーにはみなとという少年がすばるの語ったそれと同一人物なのかどうかはわからない。
けれど消えるまでの間にもう一度すばるに会って伝える義務が自分にはある。
勝手に殺し合いに乗った挙句、すばるを残して死ぬことが決まってしまった自分には、必ず。


【D-3/街中/1日目 夕方】

【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] 魔力消費(小)、ダメージ(極大・致命傷)、心臓破壊
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: …………
0:せめてもう一度すばるちゃんに会う
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
ライダー(マキナ)及びアーチャー(ストラウス)に襲撃をかけました。両陣営と敵対しています。
みなとの名前を把握しました。すばるの語ったみなとと同一人物かもしれないと考えています。
アサシン(アカメ)について「アーチャーのサーヴァントと同盟を組んでいる」と誤認しています。


223 : ◆H46spHGV6E :2017/02/16(木) 14:03:04 bOULc1sw0
以上で投下を終了します
タイトルは「機神英雄を斬る」でお願いします


224 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/16(木) 16:53:06 I29WAhmE0
いや、幾ら何でもこれはどうかと思うのですが……
因縁やフラグのあるキャラを殺してはいけないというわけではもちろんありませんが、氏はこれまでに執筆された作品の中でも同主従により別主従を殺害していますよね
今回の話を含めても合計三作、その内二作で主従を脱落させた挙句サーヴァント一体には致命傷、それも全て士郎&アサシンの主従による戦果というのははっきり言って贔屓と見られても不思議ではないと思います
自分はこれまでに二作しか執筆しておらず現在の予約を含めても三作の新参書き手ですが、正直受け入れがたいものを感じるのは否めません


225 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/16(木) 20:50:43 1PpgkKQg0
投下お疲れ様です。
前話の内容を踏まえてのアカメたちの動向観察と考察、そして遂には格上殺しを成し遂げるに至るまでの描写とバトル内容は見事の一言です。
マキナが敗れることになった要因や、二重の隙についても説得力があり、総じて完成度の高いSSであると思いました。

しかし私個人の意見を申し上げますと、今回投下していただいたSSは脱落者の掘り下げの薄さ、原作から存在したフラグの未消化ぶりが目立つのではないか、と認識しております。
脱落者を出すことは聖杯企画としてはむしろありがたいことですし、同一キャラによるキルスコアも私としましては一向に構わないのですが、その一点だけがとても残念です。
結論を申し上げますと、私も◆srQ6oTQXS2 氏同様、今回のお話には受け入れがたいものを感じてしまいます。
事実上の破棄要請となりますが、何卒ご了承の程をよろしくお願いいたします。


226 : 名無しさん :2017/02/16(木) 21:37:44 YWeZttyU0
ぼくはそのままでいいとおもう


227 : 名無しさん :2017/02/16(木) 21:57:43 r66YlugwO
壊れた幻想したら、その宝具が持つ性質も無くなるんじゃないの?


228 : 名無しさん :2017/02/17(金) 07:34:25 Rijqb9fg0
いやいやいや、ちょっと待って作品見た後にこの書き手両氏の反応で呆然としてるんですが
要するに「具体的な矛盾点は見当たらないが気になるところがあって受け入れがたいから破棄して下さい」という話なんです?
いくら何でもそれは不条理すぎるでしょう……

◆srQ6oTQXS2氏、そもそも事実誤認と思われる部分があります
氏が言っている同一主従による別主従殺害とは恐らく「暗殺の牙」を指していると思われますが、この話で士郎組が明確に殺害したのはマスターの麦野だけで、レミリアはハサンの手による殺害です
付け加えるとこの話で士郎組は戦闘の一部始終をハサンに目撃されるというディスアドバンテージも背負っています
今話の感想にしても詳細な内容を吟味せず結果のみを見て批判されている節が見受けられます
本当に今話及びこれまでの投下作を読み込んだのですか?

◆GO82qGZUNE氏は以前「獣たちの哭く頃に」を手掛けられましたよね?
この話はアンジェリカと針目が脱落していますが二人とも詳細な掘り下げや描写があったとは言い難く、投下直後にこのスレにも物言いがあった通り徹底してマキナと同作品キャラであるシュライバーが厚遇される作品でした
こうした過去の作品と繋げて見ると受け入れがたいものを感じますね、具体的に言うとダブルスタンダードと感じられます

名無しの身で長文失礼しました


229 : 名無しさん :2017/02/17(金) 08:27:31 RilgCiuU0
>今話の感想にしても詳細な内容を吟味せず結果のみを見て批判されている節が見受けられます
>本当に今話及びこれまでの投下作を読み込んだのですか?

>この話はアンジェリカと針目が脱落していますが二人とも詳細な掘り下げや描写があったとは言い難く、投下直後にこのスレにも物言いがあった通り徹底してマキナと同作品キャラであるシュライバーが厚遇される作品でした
名無しが1レスで内容矛盾した挙句この長文
すごいなー
あこがれちゃうなー


230 : 名無しさん :2017/02/17(金) 08:40:41 2sbY.Eok0
名無しの意見を無視しろなんて言わないよ
でも必ずしも反応する必要はない。今回のはでかでかと書かれた以上、修正するかは別として反応は必要かなあ


231 : 名無しさん :2017/02/17(金) 08:44:23 2sbY.Eok0
>>229
ごめんね、擁護するわけじゃないけどダブルスタンダートって言ってるからそこを見落として貶めるのはちょっとかわいそう


232 : 名無しさん :2017/02/17(金) 12:33:45 ZncsRNWg0
>>228


233 : 名無しさん :2017/02/17(金) 13:49:30 rWWmgrVM0
破棄させたいなら「展開が気に入らない」以外にもう少し明確な理由が必要だと思います

私は別に必ずしも落ちるキャラには深い掘り下げが不可欠とも思いませんし、フラグを回収してから落ちるのも絶対条件とは思いません
同じキャラがスコアを上げることも破棄させるほどの問題とは考えられないです


234 : 名無しさん :2017/02/17(金) 17:41:37 9eEK3hUQ0
この企画で重要な役割を担っている◆srQ6oTQXS2氏と◆GO82qGZUNE氏が意を決して問題があるとおっしゃっている以上、企画にとって重大な悪影響があると書き手レベルで判断しているわけです。企画のためにも破棄もしかたないか、あるいは大幅な修正が必要ということでしょう。


235 : 名無しさん :2017/02/17(金) 17:59:58 aox7zgKs0
すぐ破棄とか言うのはだめ。気持ちはわかるけどだめだよ。
せっかく時間を割いて書いてくれた人に対して最低限の配慮はしてあげなよ。
こんなんじゃ書き込み難いし書き込んでも破棄する流れじゃん


236 : 名無しさん :2017/02/17(金) 18:34:11 aox7zgKs0
というか投下したのは木曜でしょ?じゃあ当事者以外は黙って日曜ぐらい待とうよ。
まだスレ見てない可能性すらあるのにちょっと気が早いような気もする。
名無しの意見で申し訳ない。


237 : ◆H46spHGV6E :2017/02/18(土) 14:12:23 CbIiIOno0
多くの感想、ご指摘ありがとうございます
◆GO82qGZUNE 氏、 ◆srQ6oTQXS2氏も感想を書いていただきありがとうございます

◆GO82qGZUNE氏
ご指摘の通り拙作には描写不足な点があることは事実かと思われます。同時にこれは偏に私の書き手としての力不足であることは否定しようもありません。ご指摘は真摯に受け止め、今後書き手として一層の精進に励んでいきたいと考えております
しかしながらそれと拙作を破棄するか、は別の話です。加えて氏のご意見では「受け入れがたいから破棄にしてほしい」というように受け取れます
確かに氏の勧めに従い私がここで拙作を破棄すれば話はこの場では丸く収まるでしょう。ですが、それは当企画において「破棄せざるを得ない致命的な破綻、矛盾点の指摘がなかったにも関わらず作品が破棄される、することができる事例が出来た」という前例を生むことをも意味しています

例えば今後◆GO82qGZUNE氏や ◆srQ6oTQXS2氏、あるいは当企画を見て参加を決意した新規の書き手さんが素晴らしい作品を投下されたとしましょう
そうした作品をトリップ付きの書き手さんのいずれかが具体的な、破棄するに足る矛盾点の指摘なしに破棄に持ち込むことができる、などという事態が起こってしまう可能性は否めませんし、その可能性は企画が続く限りずっと付きまといます。前例を作るとはそういうことです
そのような事態に陥るのはとても悲しいことですし、私自身も嫌です。また軽薄な物言いに聞こえるかもしれませんが「こうなる原因を作ったのだから責任を取れ」などと言われたとしても一書き手に過ぎない私にはとても無理です
無論当企画は◆p.rCH11eKY氏の俺ロワ企画であり、氏の一声、判断があればこのような心配は無用でしょう。しかしながら◆p.rCH11eKY氏は長らく連絡のつかない状況にあり、この状況が続くようであれば当企画も完結した「二次キャラ聖杯戦争」様と同様書き手同士の合議制に落ち着く可能性は決して低くないと思われます
こうした見通しの中で今後書き手間の巨大な火種になりかねない前例を作ることはどうしても避けたいのです
よって大変心苦しく、申し訳ありませんが少なくとも現時点において氏の要請に従って拙作を破棄するという判断はできかねます

ですが◆srQ6oTQXS2氏のご意見にもある通り企画を早く進行させようとしたあまり展開が性急になり、士郎組にキルカウントが集中してしまったことは否めません
そこで提案があるのですが、予約分のキャラのうちみなとを除く士郎、アカメ、マキナ、美森の生死含む状態・展開が大幅に変化する修正作を執筆させていただいても構わないでしょうか?
実は今回執筆するにあたって実際に投下した分とは展開の異なるアイデアを暖めていたのですが、そちらの方へ展開を寄せたいと考えております
しかしながら問題点がありまして、修正を行うと仮定して私の予約分の延長分を含めた当初の締切日が今月23日なのですが、リアルの都合もあって23日までに修正が間に合うかが微妙なところなのです
もし23日を超過するとなるとその分長くキャラを拘束することになるわけで、私含め現在このスレに書き手が最低でも三人はいるこの状況において長期間に渡るキャラの拘束は必ずしも好ましいとは言えません
つきましては修正を行うにあたって◆srQ6oTQXS2氏、◆GO82qGZUNE氏の両氏に長期の修正作業になることを了承していただけるとありがたいのですが、如何でしょうか?
ご返答をお待ちしております


238 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/18(土) 15:00:07 lk5b8kBE0

◆H46spHGV6E氏の御返答に感謝致します。
それと同時に、最初の指摘の際に此方の方に受け入れ難いと言う思いが強く存在し、些か公共の場には不適な不躾な物言いになってしまった事を謝罪致します
私個人としては、キルスコアの集中もそうですが、何より◆GO82qGZUNE氏と同様に脱落者、主にみなとと東郷さんの描写が士郎・アカメ主従に比べ極めて少なく、正直な話、(事実的なものも含めて)これで退場と言う事にどうにも納得できなかったのが受け入れ難く感じていた最大の要因でした。
よって氏が今回の作品を修正していただけると言うのであれば、私は素直に受け入れようと思います。
◆GO82qGZUNE氏の意見を伺わない事には何とも言えませんが、予約期限の問題などについても私は構いません。

また今回の一件で痛感した事なのですが、やはり俺ロワと言う土俵である以上、明確な企画主様が実質存在しない、と言う現状は少々問題があるかと私は思います。
元祖二次キャラ聖杯戦争様では◆H46spHGV6E氏の仰る通り合議制に移行しましたが、やはりある程度企画を纏め、音頭を取る人物が居るに越したことはないかと。
其処で今後、企画主様の代行を差し支えなければ、企画初期から今に至るまで恒常的な投下やスレ建てなどで当企画を支えて下さっている◆GO82qGZUNE氏にお願いしたいと思うのですが、ご両名は如何お考えでしょうか。

念の為補足しておきますが、この意見は今回のように議論が持ち上がった作品を問答無用で破棄にする為などではなく、このまま企画が進行して終盤に差し掛かったりした際や議論時にある程度の意見の指標となっていただければ、企画進行が円滑になるのではないかと思っての提案であって、誓って他意はありません。
また作品がきっかけで議論に発展した際には、その時はその時でまた話し合って解決すればいいかと思っております。
今後のスレ建ての際などに連携が取れずもたついてしまったりするのもやや面倒ですしね。◆GO82qGZUNE氏には負担をおかけしてしまうことになりますし、何でしたら私は自分も含めて書き手の誰が請け負っても良いと思いますが、現在当企画に寄与している書き手諸氏の中では氏が最も適任かと私は思っています。

無論、私の一存で決定できることではありませんので、お二方の御返答を戴きたく思います。話が完全に反れてしまいましたが、どうぞ宜しくお願いいたします


239 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/18(土) 17:09:56 8TtJSGf60
◆H46spHGV6E氏のご返答に感謝いたします。
また、こちらの言い分があまりに性急、かつ公共の場での発言としては不適切なものになってしまったことについて謝罪いたします。誠に申し訳ありませんでした。
今回の物言いにつきましては、 ◆srQ6oTQXS2氏も仰られています通り脱落者に関する描写が乏しすぎること、そして原作から存在する極めて強い因縁が全く消化されず終わってしまうことについて納得できないという思いがありました。
ですので◆H46spHGV6E氏が作品の修正を行うというのであれば、私としましても異論はございません。
その上で指摘なのですが、件のSSに登場するアーチャー「ローズレッド・ストラウス」にはAランク宝具による常時発動の気配感知能力があります。アカメの気配遮断のランクには達していないものの、スキルと宝具の違い、ランクが極めて近似値であること、そして会話を逐一聞くことができるほどの近距離にあるということを含めて、全くの無反応で終わるというのは疑問が残ります。修正作業の際に留意していただけると幸いです。

企画主代行の件につきましては、私のほうからは異論はございません。◆H46spHGV6E氏のご返答次第ではありますが、了承をいただけるのであれば、何かと未熟な身ではありますが精一杯務めさせていただく所存です。

また今回の件とは全く関係のないことではありますが、◆srQ6oTQXS2氏に一つお願いがございます。
氏の執筆された「落魂の陣」に登場するキャスター幸福の台詞のカギ括弧を「」から『』に修正していただけないでしょうか?
こちらとしてはできるだけ原作での表記に忠実にしていきたいという思いがございますので、お手数ではありますが、よろしくお願いいたします。


240 : <削除> :<削除>
<削除>


241 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/20(月) 16:55:54 yusY4x1s0
>>239
了解です。折を見て修正させて戴きます


242 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:11:27 QN7pEBKw0
報告が遅れましたが、昨日の内に修正を完了しました。
また、予約分を投下させていただきます。


243 : 微笑みの爆弾 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:13:23 QN7pEBKw0
 エミリー・レッドハンズが己のサーヴァント・バーサーカーの凶行に嘆息して、既に半日以上の時間が経過していた。にも関わらず、エミリーが外に出ようと言う気配はこの期に及んでも全く無い。拵えた質素な拠点、蝋燭の灯りだけが照らす薄暗い世界の中で小型テレビに映したニュース番組に目を向け続けている。
 では、彼女は自身のサーヴァントに全てを委ねて静観し、その癖彼の奔放な殺戮に頭を悩ましてみせる無能の典型例のようなマスターであるのか。それは、断じて否だった。
 エミリーは優れた暗殺者だ。鮮血解体の殺害遺品を持つ権利者にして、武者小路祝と言う少女を狙って極東に渡った暴力装置。幼い身体に歳不相応な知識と経験を詰め込んだ彼女は、朝の時点で当分の間は下手に動かない方が良いだろう事を確信し、メディアが提供する揺れ幅が大きい物ではあるが、情報を集める事に全力を注ぐ事にしたのだった。
 彼女には、確信があった。この聖杯戦争は、当初自分が予想していたものと明らかに違う。セオリーも糞も無い、宛ら子供が出鱈目に暴れ回る砂場か何かのようだ。
 当初は、そんな真似をするのは自分の所のバーサーカーだけだろうと思っていた。だが蓋を開けてみれば、どうだ。洋上に堂々と鋼鉄の艦城を出現させてみたり、破壊兵器もかくやの大火力で民間に災害規模の被害を齎してみたり。これで戦争は佳境でも何でも無く、序盤も序盤だと言うのだから気が遠くなる。
 
"これは――下手に動き回らない方が良いかな……"

 人間としてはいざ知らず、聖杯戦争のマスターとしては至極まっとうな思考回路の持ち主であるエミリーがそう考えてしまった事は誰にも責められないだろう。不用意に出歩けばアサシンに狙われるなんて大人しい話では最早無く、出先で"偶然"サーヴァントの戦闘に巻き込まれ、不運な犠牲者の一人として舞台から退場してしまう可能性さえ十二分に有るのが今の鎌倉の現状だった。少なくとも、今は黙して待つのが丸い。エミリーはそう結論付け、テレビの画面だけを注視した。
 とはいえ、彼女もずっと今のまま怠惰に時間を費やすつもりはなかった。それで勝利出来ると言うのなら構わないが、現実問題、聖杯戦争はそう容易い物ではない。
 バーサーカーがあれほど狂った男なのだから、彼の尻拭いをしつつ必要な時に手綱を引く役目が必要になるのは明白だ。言葉が通じる相手とはそもそも思っていないが、エミリーには対サーヴァント用の虎の子、令呪がある。対魔力スキルを持たないバーサーカーであれば、多くとも二画を費やせばまず確実に制止できよう。
 また――殺し殺されの世界に慣れている自分でさえこうなのだ。この有様に動揺している人間はきっと多いだろうし、前後不覚で街を彷徨っているような阿呆も少なからず居る筈。エミリーは、それを狩る。正々堂々、騎士道精神等という耳触りの良い言葉で手札を絞って戦う事は無意味が過ぎる。手段は選ばず、確実なる勝利を。それこそが、エミリー・レッドハンズという殺戮者にとっての聖杯戦争に他ならなかった。
 
 動き出すとなれば、夜。
 この様子を見るに被害は日が落ちても引かないだろうし、人の心がざわめく夜間帯であるに越したことはない。
 直に来る暗躍の時。この世界に来てからは久しく味わっていなかった殺しの感覚。記憶の中からそれを掘り返しながら、エミリーは自身の得物である刃を静かに見下ろす。

「やあ、エミリー。姿を見ないと思ったら、まぁだこんな陰気な所で蹲っていたのかい」

 そんな時――唐突に響く、軽薄な声。少年のようでもあり少女のようでもあるそれは、然し底知れぬ魔獣の唸り声にも似た、背筋を寒からしめる独特の波長に満ちていた。
 振り返れば、其処にはやはりケラケラと笑みを浮かべて佇む、バーサーカーのサーヴァントの姿がある。
 深雪を思わせる白髪。右眼を覆う眼帯。ナチスドイツの軍服、第三帝国の戦徒の証である鉤十字(ハーケンクロイツ)の文様。精神を病んでいるとしか思えない奇矯な装いの彼からは、僅かながらに血の臭気が漂ってくる。
 彼は一体、どれほど殺してきたのだろう。朝に殺戮した民間人だけでは、恐らく無いだろう。ひょっとすると自分これまで手に掛けてきた人数を、この狂戦士は今日のたった何時間かで飛び越えてしまったのではないかと、そんな事をすらエミリーは大真面目に想像してしまう。


244 : 微笑みの爆弾 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:14:55 QN7pEBKw0
「……バーサーカー」
「やだなあ、それは止めろって言ったろ? シュライバーで良いよ。僕は騎士団の中でもちょっとばかし特殊でね。所謂魔名とか、そういう特別な名前で呼ばれる機会がほぼほぼ無かったのさ。それに、サーヴァントの枠組みなんかを意味する記号で呼ばれるってのはあんまり気分の良い物じゃない」

 バーサーカー……シュライバーは笑顔を浮かべているが、これは"笑い"ではなく"嗤い"の類だ。
 いつこのフランクさが一線を超え、エミリーを物言わぬ肉塊に変えてしまうか分からない。聖杯戦争のサーヴァントがそんな真似をするかと言う話だが、彼に限っては、その時になれば間違いなくそうする。何ら躊躇いもなく、可笑しそうに笑いながら少女の喉笛を刳り千切るだろう。
 何故なら彼は狂っている――狂化だの何だの、そういう枠に当て嵌める事からして間違っている、救いようのない忌まわしき狂犬であるのだから。

「折角近くまで来たから、少しはサーヴァントらしく健気に報告でもしてみようと思ってね」
「……何か目立った事はあった?」
「まあ、幾つかはあったさ。サーヴァントも殺したしねえ」
「えっ?」

 さらっと語られた功績に、エミリーは目を丸くした。
 聖杯戦争は、そう単純なものではない。闇雲に殺し回ったからと言って、それで敵サーヴァントを首尾よく蹴落とせるかと言うと運や諸々の事情が絡み合ってくる。それを承知しているエミリーは、だから戦果には然程期待していなかった。いなかったのだが、その予想は良い意味で裏切られた事になる。
 
「す――すごい。ありがとう、シュライバー」
「礼には及ばないさ、これが僕の仕事だからね。それに、対して手応えのある奴じゃなかったし。
 ……ああ、そうだ。ついさっき戦闘したアーチャーのサーヴァントなんかは、その点結構なもんだったよ? あれはザミエルでもなかなか厳しいだろうね。マキナなら有利に戦えるだろうけど、いずれにせよもうちょっとゆっくり殺し合ってみたかった――」

 エミリーは改めて思う。この狂犬は確かにどうしようもなく狂っており、終わっている存在だ。
 だがその分、戦力としては最高峰の物があった。殺戮、殺戮。定石通りの聖杯戦争であれば、彼などは真っ先に目を付けられて運営から袋叩きに遭っていたのだろうが、完全にレールを外れた今回のような状況では最上に近い。凡そ一対一の正面戦闘において、シュライバーを倒せる英霊はかなり限られるだろう。
 尤も、それはこれからの戦いは楽勝だと言う話にはなり得ない。戦果自体は素晴らしいものだが、今の話に拠れば、彼を正面戦闘で打倒し得る猛者もこの聖杯戦争には招かれているらしかった。となると、此処から戦争がどう転んでいくかにはある程度の予想が付く。

「―――淘汰」

 所謂上級サーヴァントの猛威を前に、戦力で劣る者達は次々と弾かれるだろう。
 それが極まれば、最後に待つのはラグナロクの神話じみた潰し合いの地獄絵図だ。
 ただエミリーとしては、なるだけそれは避けたい事態だった。そんな事になれば、最早後は戦力の比べ合い。小細工や知略が通じる領域は完全に超越されてしまう。それは恐ろしい事だ。何しろ勝てる勝てないの図式が不確定要素無しに明確化されるのだから、擬似的な勝者の確定が起こるに等しい。
 妙な暗雲が立ち込め始めた事に僅かな憂いを懐きつつ、エミリーは質問を投げる為に口を開く。


245 : 微笑みの爆弾 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:15:55 QN7pEBKw0

「ところで……ザミエル、とかマキナ……って言うのは?」
「同胞さ」

 同胞――これほど恐ろしい単語は、今のエミリーにはなかった。
 何せ彼女はつい今、ウォルフガング・シュライバーの強さを実感したばかりなのだ。その彼と同格に戦えるレベルのサーヴァントが、先程彼が語ったアーチャーに加えて二騎。

「尤も、僕は誰と戦っても負けないけどね」

 そんなエミリーの不安を見透かしたように、シュライバーはカラカラと笑う。
 弱気になるエミリーを励ます為の計らいとかでは、断じて無い。彼は単に頑然たる事実として、自分は負けないと豪語しているのだ。無謀な自信ではなく、確固たる経験と実力に裏打ちされた確信。轢殺の白騎士は誰より強く己を無敵と奉じるが故に、決して恐れない。
 その自信に僅かに勇気付けられたエミリーは口許を緩める。其処でシュライバーは、「そういえば」と手を叩いた。

「ところでエミリー。君は何だって、こんな冬空の下の野良猫みたいな真似をしているんだい?」
「……?」
「だーかーら、どうして己の手足で戦場に赴かないのかと聞いてるんだよ。その鉄屑、玩具って訳じゃないだろう?」

 ああ、そういうことかとエミリーは漸く彼の言いたいことを理解した。
 その理由は、前述した通りである。戦略的静観。時を待ちつつ、現状の理解に全力を注いでいた。そう伝えるエミリーだったが、然し聞いたシュライバーの顔に浮かんだのは、彼女が予想だにしなかった表情だった。三日月を描く口許。悪意に染まった瞳。そして、鼻から漏れた小さな声。
 ――嘲笑。この白騎士は、"つまらない"とでも言いたげに、己のマスターを嘲笑したのである。

「ハ――君はそういう思考をするのかい、エミリー」
「……なにが、可笑しいの?」
「可笑しいさ。真に願いを求め、未来を求道する者がよりにもよって時を待つだなんて、惰弱も甚だしい」

 シュライバーはくつくつと嘲りながら、エミリーの瞳を見据える。昆虫の複眼めいた不気味さを宿すその双眸で見つめられたエミリーは、瞳を反らす事も出来ない。針で生きたまま標本箱に縫い止められた蝶のように、今の彼女は無力だった。重ねてきた屍(スコア)の違いの前に、鮮血解体のオープナーはただ硬直するより術を持たない。

「良いとも。君は其処で蹲って怯えていれば良い。僕はこれまで通り、轢殺の勝利(わだち)を刻み続けよう」
「……っ」
「そして手にした願望器に、鼻水垂らした不細工面でも晒して願いなよ。どうやら君も敗北主義者らしいし、得意だろうそういうの? 精々愉快な顔芸で叫び散らせばいい。
 聖杯はきっと優しいさ。君のVaterも、完璧な形で蘇らせてくれるだろう。そうして蘇った愛しのVaterとの再会をベッドで祝しな、可愛い可愛い僕のエミリー。ああ、生みの親の男根をしゃぶった経験はあるかな? 股ぐらを弄られた経験は? それとも君のVaterは後ろの方が――」
「――シュライバー!!」

 エミリー・レッドハンズは、これまで自分のサーヴァントを"そういうもの"と認識していた。狂っているのだから、いちいちまともに取り合う方が馬鹿馬鹿しい。故に多少の暴言や過ぎた戯れは受け流していたのだが、親愛なる父の名誉を冒涜する物言いだけは我慢ならなかった。
 怒気を露わにし、口角泡を飛ばしながら叫ぶエミリー。それに対する返答は、右眼へ向けられる銃口だった。


246 : 微笑みの爆弾 ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:16:55 QN7pEBKw0

「勘違いするなよエミリー。僕にとっては、"誰でも良いんだ"」

 ぐぐ、と銃口が前にせり出して。
 エミリーの眼球に、触れる。
 嫌悪感と激痛に、ぃっ、と声にならない呻き声が漏れた。

「君である、」

 そのまま、ぐり、と目の赤い部分に押し付ける。

「必要は、」

 鍵のように、回す。
 エミリーの口許から、涎が一筋垂れ落ちた。
 人体において決して鍛えられない部位である眼を痛め付けられる苦痛に、身体が自然と涙を流させる。

「無いんだよォッ」

 ようやく銃口が離れると同時に、エミリーは思わずその場に膝を突く。
 息は荒くなり、涙と涎が顔を伝い落ちていて、今の彼女は何処から見ても、歴戦の殺人者とは思えなかった。

「ま、そういう訳だから、僕は君にはあまり期待しないよ。かと言って死なれると僕も困るから、まあ適度に生き汚く足掻いててくれると助かるな」

 踵を返すシュライバーの背中に、エミリーは左手を伸ばす。それが伸び切る前に、白騎士の姿は虚空に解けて消えた。
 残されたのは、少女一人だ。彼女の考えは至極まっとうなものであり、本来このように糾弾されるべきものではない。
 では何故、此処に来て主従は一悶着を起こすに至ったのか。理由は、一つである。ウォルフガング・シュライバーは闇夜に潜んで獲物を狩る暗殺者ではなく、堂々と行進し、誉れの中で敵を轢き殺す殺戮の覇者であるからだ。
 秘匿し、隠れ、忍ぶ事に微塵の意義も感じられない彼ら。素性を晒す事を厭わず進軍する覇軍の爪牙と、現代に生まれ、已む無く殺人者となった少女とでは、そもそも話が成立する訳がない。常識観からして絶望的なまでに食い違っているのだから、こうなるのは当然の事。然しエミリーには、そう自分を擁護する余裕は無かった。

「……違う」

 違う。あの人は、彼が言うような汚らわしい人間じゃない。
 一番穢されたくない部分を土足で踏み荒らされた挙句、それに吼える事も満足に出来なかった自分が情けなくて仕方ない。無力感と、シュライバーの言葉により生まれた今後への焦燥感。手を汚した身とはいえ幼いエミリー・レッドハンズの思考を停滞させてしまうのに、それらは余りにも十分すぎた。
 
 テレビの灯りと蝋燭だけが照らす、薄暗く黴臭い拠点の中で。鮮血解体の少女は一人、打ち拉がれていた。


【D-4/エミリーの拠点/一日目・夕方】

【エミリー・レッドハンズ@断裁分離のクライムエッジ】
[令呪]三画
[状態]健康、無力感、右目に痛み
[装備]なし
[道具]ワンセグテレビ
[所持金]そこそこ。当面の暮らしには困らない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。手段は選ばず、敵を排除する
0:私は……
[備考]
※テレビで報道の内容とオカルト番組をチェックしています。


【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)
[装備]ルガーP08@Dies irae、モーゼルC96@Dies irae
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。
1:サーヴァントを捜す。遭遇次第殺し合おうじゃないか。
2:ザミエル、マキナと相見える時が来たならば、存分に殺し合う。
3:エミリーには然程興味はない。
[備考]
みなと、ライダー(マキナ)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
イリヤ、ギルガメッシュの主従を把握。


247 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/02/21(火) 18:17:12 QN7pEBKw0
投下を終了します


248 : ◆H46spHGV6E :2017/02/22(水) 14:18:12 19OdP6wE0
◆GO82qGZUNE 氏、 ◆srQ6oTQXS2氏ともにご返答ありがとうございます。
そしてこちらからの返信が遅れてしまい申し訳ありません。現在修正作業中ですが、やはり23日を超過してしまう見通しです。
出来る限り修正を急ぎ、目途が立ったら改めて経過を報告させていただきたいと思います


◆GO82qGZUNE 氏
修正内容の件、了解しました。予約に入っていないストラウスの動向を直接追加することはできませんが、アカメと士郎から見て「実は自分たちの存在に気づいた上で見逃していただけかもしれない」という趣旨の会話と描写を盛り込みたいと思います
また氏の企画主代行の件についても異論はございません。ですが、それはあくまで◆GO82qGZUNE 氏のこれまでの企画に対する誰にも勝る多大な貢献を鑑みての支持です。
失礼かつ不躾な意見であることを承知の上で誤解を恐れず申し上げますと、今後の氏の企画主代行並びにリレー書き手としての動向如何によっては支持を取り下げさせていただく場合もございます。悪しからずご了承願います。


◆srQ6oTQXS2氏
修正、並びに投下お疲れ様です
エミリーの思考は至極まっとうだったんですが、まっとうであるほど噛み合わないのがシュライバー
従者に全力で蔑ろにされている現状ですが、ここから彼女がどう動くのか続きが気になります


249 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/22(水) 23:21:52 fxvUPb7s0
投下お疲れ様です。並びに修正願いへの対応ありがとうございます。
マスターとしては何も判断を間違ってない準備万端のエミリーに対し、気狂いそのものの論法を有無を言わさぬ態度で押し付けるシュライバーという構図が、彼らの性格の再現度の高さを感じさせるものであると同時に「バーサーカーを召喚したマスター」の縮図にもなっていて非常に面白い内容でした。
狂化Eという狂化がそもそも働いていない状態であるにも関わらず全く会話が成立していない現状、まさしくバーサーカーとしか言えないシュライバーとのやりとりは圧巻でした。そして地味にエミリーが一つ場所に引き籠るだけでなく外に出る理由も構築されており、今後の展開を広げるお話であったと思います。
改めて、投下お疲れ様でした。

アティ・クストス、ライダー(アストルフォ)で予約します


250 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 19:58:10 LaG4Vl8E0
投下します


251 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 19:58:43 LaG4Vl8E0



 殺人鬼、という言葉がある。

 陳腐でありきたりな表現だ。手垢で黒ずんでいると言っていい。
 だがそれは、そう感じてしまうほどに、その手の者らが存在したという事実を示す。
 現実であれ、空想であれ。

 人を殺す鬼。
 人でありながら、しかし人ではなく鬼と呼称される人非人。
 社会規範から外れ弾劾されるべき立場にある彼らは、それ故に普遍的であり恐らく永劫、人の世から消えることはないだろう。
 何故なら人類の歴史は死で満ち溢れているから。
 同属で殺し合うのは人の専売特許でこそないものの、動機や手法、意味その他の多様性に関してなら、人間ほど複雑な殺意を持つ種は他に見当たらない。

 ある者は純粋な娯楽として。
 ある者は哲学の体現として。
 己から欠けてしまった何かを求めたが故の行いであったり、怒りや悲しみによる突発的な行いであったり。
 あるいは何も考えていなかったり。
 人が人を殺す理由など、それこそ千差万別。それはただ厳然たる事実としてそこにあり、美醜や真贋、優劣を問うものではない。

 だが、あえて彼らを区別する基準を一つ、設けるとするならば。

 それは、根源的に人を愛しているのかいないのか、というものだろう。





「私が思うに、人が人を殺すことの多くは他者を殺そうという意思に因るものではなく、人が意思を放棄したことによるものなのだろう」





 声があった。それは無機的なまでに寒々しい、機械のような女の声。

「人を殺すというのは、実のところ恐ろしく容易いことだ。現に今でも世界のどこかで人は死に、その多くの死因に他者が関わっていることは間違いない。
 だが多くの人間は通常他者を殺しはせず、しかし殺意に近い感情は、人は日常的に抱くことがあるという」

 厚く、昏く、幾重もの暗闇に塗り潰されたような無謬の空間。
 その只中にあって、女の姿は灯火のようにくっきりと浮かび上がっていた。
 何もかもが不確かなうたかたでただ一つ確たる輪郭を持つ女の声と姿は、この夢を見ている全ての者らに等しく届けられた。


252 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 19:59:13 LaG4Vl8E0

「だから私はこう考える。人は殺意を抱くことによって殺人を行うのではなく、殺人を犯さないという意思を常に働かせているのではないのかと。
 つまるところ殺人者とは、殺意という意思を以て成し遂げる偉大な実行者などではなく、ただ人間としてあるべき意思と理性を保つことができなかった落伍者なのだと」

 鬣のように長く、靡く金髪。非人間的なまでに怜悧な微笑。
 悲観的なことを口にしながら、声音はどこか楽しげだ。
 しかしそこから伝わる印象は、決して周りを和ませる類のものではない。

「暴論ではあるが、あながち的外れということもないだろうさ。何故なら私は、人の心というものが未だに理解できていない。少なくとも、その何たるかを見いだせていない。
 ならば、そんな私が人殺しであるのも頷けるというものだろう。心がないということは意思がないということなのだから、そんな私が意思の敗北者であることに疑いはない」

 磨かれた刃で首筋をなぞるような。
 銃口の黒い空洞を覗きこんでしまうような。
 破滅を予感させる昂揚に精神が掻き立てられる。
 これに触れて、触れられたら死ぬ―――だから尚更魅せられる。

 言うなれば、死への憧憬。
 人ならば誰しもがいつかは抱く普遍的な感慨。そういったものを呼び起こさせる女であった。

「お前は私を機械のような女と言ったが、否定はしない。
 ああそうだとも、機械だからな。作りの乱れているものを見るのが甚だ我慢ならんのだ。
 私を動かしているのは、つまりはそういう衝動」

 自らの在り方について語る声音は、重ねて機械的。
 声の端々から感情のような響きをくみ取ることはできるが、それが本心から湧き出たものではなく、単なる思考のトレースであることは彼女自身の言から明らかなことであった。
 道理は分かる。理屈も分かる。自身が所謂悪性であるということも、恐らく彼女は理解している。
 しかしそれだけだ。感情という方程式を解いたにすぎず、そこに込められたエネルギーの本質を理解も実感もできていない。
 女が語るのは、つまりそういうことだった。
 ならば、そんな彼女が掲げる真とは、一体何であるのか。

「とかくこの世は不平等だ。不条理、不整合に満ち溢れている。よって、平等を体現するなら殺すしかないだろう。
 私も、お前も、彼も、彼女も―――いつか必ず死ぬ。その一点のみ、貴賤も上下もない摂理だと思うから」

 死こそが救い。死こそが唯一普遍のもの。神が与えたもうた愛である。
 故に殺すことが世界に対する己の処し方。彼女はそう言い切っていた。

 これはとある女の話。
 世界との繋がりを知らず、人との繋がりを知らず。
 故にそれを探し求めている。消え果てていくその時まで、ずっと止まらないと誓った女の話。


253 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:00:17 LaG4Vl8E0





「俺は俺の感情のままに人を殺す。胸の内に残った怒り、すなわち俺自身の意思によってだ」





 声があった。それは諧謔的なまでに猛々しい、怒りに狂った男の声。

「俺は……いや、俺達は間に合わなかった。41人の子を見殺しにして、俺達だけが死にながらに生きてきた。
 挙句の果てに、10年の時を与えられても、何を思い出すこともなかった。
 なあ、随分と冷たいもんだよ。だから俺達はあそこで終わる。そのはずだった」

 女の姿と切り替わるように、今度は男の姿が空間に浮かび上がっていた。
 痩身の灰色がかった男だ。退廃と厭世に塗れた雰囲気が全身を包み、潤いなく佇む様はまるで朽木のようである。
 彼は眉間に深い縦皺を刻み、吐き捨てるように呟く。

「殺人が意思の敗北だというなら、ああその通りだろうさ。あの日、あの時、俺は一つを諦めた。だから、俺はこうして巡回殺人を続けてきたわけだからな」

 万色の煙を揺蕩わせながら、男は怜悧な視線を更に細める。刃のような、という形容があるが、男のそれは更に剣呑だ。
 言うなれば、その視線は鎌だ。無慈悲に命を刈り取る死の鎌。今に至るまでどれほどの死体を山と築き、どれだけの殺戮を重ねてきたのか。血風漂う所作はまさに暗殺者のそれであった。
 ならば彼は悪しき者か? いいや違う。
 彼の怒りとはそういうものではない。善悪の軸になどそもそも最初から存在せず、ただ厳然たる事実としてそこにあるのみ。

「だが」

 故に、彼の表情には善意も悪意も存在しない。彼の行ってきたものは、つまりはそういうことなのだ。

「人は皆、殺さない意思を持つことで人を殺さない、なんてことを言ってる奴がいたが。それは正直、人を買いかぶり過ぎだぜ。
 人殺しなんざ最初からできないから、正しい人間なんだ。そうでない人間は、もう人間とは呼べない。呼ぶべきじゃない」

 ならば。
 滔々と人の在り方を問うておきながら、しかし自らの歪みを知っている彼は、一体どのような人間であるというのか。

「人を殺すことの意味を知りながら、死を肯定した人間は、もう人間じゃない」

 彼は、ただ彼のまま、己自身すらも嘲笑い、言った。

「俺は人間じゃない」



 ………。

 ……。

 …。





   ▼  ▼  ▼


254 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:01:15 LaG4Vl8E0





「なるほどなるほど。つまり君は、その"カダス"ってところから来たってわけだね」

 目の前にはライダーのにこやかな顔。
 それに向かい、アティは少しほぐれた気持ちでもって頷き返していた。



 ライダーとの対話は、いつの間にか互いの身の上をネタにした雑談に変わっていた。
 最初はまだ、これからの聖杯戦争をどうするかとか、最終的な身の振り方であるとか、そういうことを話していたように思う。しかしライダーの「考えても分からない嫌なことを話すのはやめやめ!」という言葉と共に、その話題は終わりを迎えたのであった。

「これからの話って言っても、短期的な作戦なり行動方針なりはアーチャーがいなけりゃ話にならないしね。
 最終的な着地点だって、ボクらも君らも同じく"生きて帰りたい"に集約されるのは分かりきってるわけだ。だから、この話はここでおしまい」

 正確にはボクのマスターと君だけど、と付け足して、本当にこの話はそこでお終いとなった。アティとしても、ライダーの言葉には頷けるものがあったし、分かりきったことをそれでも延々と話し続ける趣味もない。
 そういうことで、そこからは意味があるのかないのか分からないような歓談に興じることとなった。若干人見知りの気があるアティだったが、ライダーの話は純粋に面白く、またライダー自身の人柄もあってか、すぐに緊張も解けて朗らかな雰囲気となった。

 ライダーの冒険譚は、躍動と痛快に溢れていた。
 ヒポグリフという翼持つ馬の幻想生物に乗っての気ままな旅を楽しみ、諸国を外遊して様々な場所を訪れた。ある時には呪いをかけられた国に赴き、夜毎襲ってくるハルピュイアの大群を退治したり。ある時は魔法の本で姿を変え、とあるお城に忍び込んで敵兵たちを散々におちょくった挙句に城を丸ごと瓦礫の山にしてみたり。ある時にはなんと樹に変えられ、仕方ないので誰か解いてくれる人が通りがかるまで気長に待ち続けてみたり……
 御伽噺の絵本のようだと、アティは思った。そんな空想の中にしかないような冒険をした人間が、しかし目の前にいるのだと考えると、何故だか自然と心が躍った。まるで昨日のことのように大仰かつ楽しげに語るライダーと一緒になって、アティもまた微笑みながら相槌を打っていた。

「ライダー、凄いのね。色んなところに行って、色んな人と会って……なんだか羨ましいな」
「ふふーん、そうでしょそうでしょ! 特にあの時は凄かったんだー、ボクの友達にオルランドって奴がいてさ……」

 とまあ、そんなことを続けていたら、いつの間にか小一時間ほど経っていた。まさしくあっと言う間のことだった。

「ありゃ、ちょっと話し過ぎちゃったかな?」
「ううん、大丈夫だと思う。それに、ライダーのお話すごく面白かったし」
「へへ、ありがと。でも君のいたところの話も、ボク結構好きだなー。
 暗い空と海に覆われた排煙の世界かぁ、本当は明るいところが一番好きだけど、でもそういうところもロマンに溢れてていいよね」

 そこで、ライダーのにこやかな顔に、ほんの少しの怪訝な色が混じった。


255 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:01:59 LaG4Vl8E0

「けど、君が住んでた国は初めて聞いたなぁ。王侯連合に北央帝国、それに理想都市インガノックか……なんていうか、知らない場所だ」

 不思議そうに呟くライダー。けれど、それも仕方ないとアティは思う。
 カダス文明圏と西享(ライダーたちは地球と呼んでいた)の交流が始まったのは、歴史的に見れば随分と最近の話なのだ。

 北央大陸北西に位置する《ロマール海》。それまで世界の果てだと思われていた黒い荒海だったが、ある時からその認識は一変する。
 北央歴2125年、連合歴452年、ロマール海の向こう側からやってきたというザ・ファーストの到来により、黒海の向こうに大規模な都市国家が存在することが明らかになったのだ。それが帝国の公式発表に曰く「西享」であり、ロマール海に面する都市国家が大英帝国という……らしい。
 それが今から80年ほど前の話。アティからすれば大昔だが、数百年前の英雄であるライダーにとっては自分が死んだずっと後の話だ。知らなくて当然である。

「うーん、そういうんじゃなくてね……おっかしいなぁ、聖杯から貰った知識にそんなのなかったはずなんだけど……」

 アティの説明を聞いて、ライダーは尚も不可思議そうに首を傾げていた。
 しかし次の瞬間には「ま、いっか」と表情を一変。とことこと歩き出すと、鏡台付きのデスクに腰かけ、笑いかけた。

「とにかくさ、これからよろしくってことだよ。ボクは君のことも結構好きだし、できれば傷ついてほしくないなーとも思うから」
「それ、矛盾してない? 聖杯が欲しいって聞いてたけど」
「いやまあ、ボクのマスターを帰す手段が今んとこそれしかないから、嘘じゃないんだけど……別にボクはどうしても聖杯が欲しいってわけじゃないんだよね。
 だからいざとなったら、ボクの分の願いは君が使えばいいよ。勿論、ボクのマスターが最優先だけどね。うん、これで万事解決だ!」

 あははーと笑うライダーに、嘘や格好つけの気配は感じられなかった。それが本心から言っているのか、それとも何か考えがあってのことなのか、アティには分からない。けれど、無自覚に降り積もっていた心の負担が、どこかしら軽くなるのを、彼女は感じた。

「……それはともかくとして、行儀悪いよ、ライダー」
「えっ、ああごめんごめん。今降りるから……」

 と。
 "そこまで気が回らなかった"とでも言わんばかりのあっけらかんとした声と共に、ライダーが腰かけていたデスクから身を乗り出した拍子に、その右手が隣に積まれていた本の山にぶつかった。
 勢いよく飛び降りようとしていたからか予想以上に力が入っていたらしく、ぶつかった本の山はバラバラと散らばり、床に散乱した。

 大参事を前に、アティとライダーは二人して沈黙した。

「……えっと」
「あ、あははー……なんていうか、ごめんね?」

 困るような、咎めるようなアティの視線に、ライダーは彼にしては珍しくしどろもどろで返した。

「ていうかこれ、アーチャーの本?」
「うん、多分そうだと思う。確か、どこかから持ってきたって」
「あー、そういやあの場所で色々漁ってたっけ。学校、だっけか。あいつも物好きだなぁ」

 とか言いながら、アティとライダーは二人していそいそと本を拾い始める。そしておもむろに、ライダーがそのうちの一冊を手に取ると、パラパラと中を読み始めた。


256 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:02:50 LaG4Vl8E0

「ふーん、へー、ほー?」
「何か分かるの?」
「全然。でもアーチャーにだけ押し付けるわけにもいかないしね。それに本も嫌いじゃないし」

 意外だった。この奔放な騎士は学問や読書といった類のものは嫌ってそうだと、勝手に思っていたから。
 それを前にライダーは少しむっとした。

「心外だなぁ。そりゃボクは頭良くないしそういうの苦手だけど、でもこの世のものは大体好きだからね。本だってそうさ。
 本は書いた人の知識なり、葛藤なり、努力なり、歓びなり……そういうものを詰め込んだものだからね。ただ何となく書かれたものだって、それ自体の苦労ってものがある。
 誰かの思いが詰まったものを、どうしてボクが嫌うのさ」

 とか言いつつ、ライダーはページをめくる指を早めた。パラ、パラと紙擦れの音が小さく響く。それに合わせるかのように、ライダーは時折「うわ」とか「えー……」とかリアクションを交えていた。

「ねえ、ライダー。それ、あたしが見てもいいかな?」

 少し経ってから、アティはそんなことをライダーに言った。他に散らばった本は全部元の場所に片づけて、あとの残りはライダーが読んでる一冊だけだった。

「ほら、あなた言ったじゃない。アーチャーにだけ任せてちゃ良くないって。
 だから、何も分からないかもしれないけど、あたしも目を通しておこうかなって」
「うーん、別にいいけど……」

 そこで、何故だかライダーは渋るような反応を見せた。
 「見せたくないってわけじゃないんだよ?」と少し慌てるように付け加えて。

「ただ、これ結構えぐい内容だから気を付けてね。歴史書みたいだけど、正直あんまり良いもんじゃないよこれ」

 と、件の本を受け取る際に言われた。
 怪訝に思いつつも、アティはページをめくることにした。





   ライダーの言う通り、それは歴史書の類であるようだった。
   書かれているのは今から80年ほど前の出来事。動乱渦巻く大陸を舞台に起こった、人類史上稀にみる大災厄―――いや、大人災。
   俗に満州事変と呼ばれるこの動乱において、しかし裏で人知れず巻き起こったという、類を見ない規模の大虐殺の記録。
   渦中の人物として挙げられていたのは二名。一人はこの国の偉大な英雄。もう一人は、稀代の殺人者と呼ばれた女性。
   人類史を闇の歴史であると声高に叫ぶその殺人鬼は、件の動乱において300万にも及ぶ人々を皆殺しにしたのだという。
   この本はその殺人者を止めようと奔走した英雄の記録であり、中には確かに、気分を悪くするような記述や篆刻写真も載せられていた。
   そして、その英雄と殺人鬼の名前は……
   名前、は―――……


257 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:03:27 LaG4Vl8E0





「―――あ、ぐぅ!?」

 殺人鬼という単語を認識した瞬間、アティは突如として頭に奔った激痛に、思わず蹲った。
 放り出された本が、部屋の床を滑っていく。「どうしたの!?」と叫ぶライダーの声がやけに遠い。

 ずきずきと頭が痛む。白熱する意識が断線しかかり、無意識に表情が歪む。
 その中で、脳裏に"何か"の声と知識が、断続的に走っていった。

 ―――殺人鬼……

 ―――死の肯定……

 ―――巡回殺人の……

 ―――異形と化した……

 ―――黒い猫……

 ―――現象数式……

 浮かんでは消えていく、知らないはずの記憶。ライダーに肩を揺さぶられ、あげられる声にすら反応できないまま、アティは正体不明の単語の羅列を強制的に聞かされ続け―――





   『アティ』

   『僕は、きみを』





 ―――……ノイズのかかった、声が聞こえた。
 そんな気が、した。

 聞き覚えのない声だった。多分、若い男の人の声。線の細い、優しそうな声だった。

「……誰、これ」

 ぽつりと呟かれる。それにライダーは安堵したような溜息をついていたが、今のアティにはそれに構っていられる余裕はなかった。

 頭に浮かんだものが、いくつかあった。歴史書に書かれた殺人鬼についての記述を読んだ瞬間に訪れた、知らないはずの巡回殺人鬼の記憶。知らない都市の歪んだ記憶。知らない女性の、黒猫のような姿の記憶。
 そして、かの殺人鬼を止めた英雄についての記述。それを読んだ瞬間に訪れた、この記憶は。

「お医者、さん……?」

 最後に浮かんだ、白い外套を着た誰かの後ろ姿。
 それが誰なのか、今のアティには見当などつくはずもなかった。



【D-3/ホテル/一日目 夕方】

【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 健康、正体不明の記憶(進度:極小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯に託す願いはある。しかしそれをどうしたいかは分からない。
0:これは……
1:自分にできることをしたい。
2:落ち着いたらライダーのマスターとも話をしておきたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。それに伴い思い出せない記憶が脳裏に浮かびつつあります。が、そのままでは完全に思い出すのは困難を極めるでしょう。


【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(中)
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。


258 : 彼岸にて ◆GO82qGZUNE :2017/02/23(木) 20:03:57 LaG4Vl8E0














   ▼  ▼  ▼





 かつて一人の女がいた。
 彼女は不整合に溢れる世を憂いた。憂いたが故、世界で唯一平等なるものを以て人を救わんとした。



 かつて一人の男がいた。
 彼は己が傍らにある美しきものを愛した。愛したが故、それが朽ちていくことに耐えられなかった。



 死神と呼ばれた女がいた。
 死の肯定者と呼ばれた男がいた。



 共に同じもの―――人を愛した殺人鬼であった。


259 : 名無しさん :2017/02/23(木) 20:04:15 LaG4Vl8E0
投下を終了します


260 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:11:13 B3QWlI4g0
甘粕正彦を予約します


261 : ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:13:06 B3QWlI4g0
投下します


262 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:13:43 B3QWlI4g0


 夕暮れを告げる放送が、稲村ケ崎の街に響いた。
 夜の色に染まりつつある落陽の赤い光に照らされる海岸線を、割れんばかりの喧騒が包んでいた。
 人々は飽きることなく通りのそこかしこに溢れだし、それを防災服を着込んだ警察官らが必死になって制している。事態の中心地に取り残された人間を諦められないのか、置いてきたものに未練でもあるのか、あるいは単なる見物か。押し寄せる人々は皆一様に必死の形相で、事態発生より数時間が経った現在でも悲鳴と怒号が鳴りやまず、重なる声は巨大な音となって稲村ケ崎の街に響いた。
 彼らの興味と執心の対象はただ一点。正午に発生した軍艦の砲撃行為により破壊されてしまった、稲村ケ崎と七里ヶ浜の街だ。
 いや、厳密に言うならば―――それを為した当人である、正体不明の軍艦こそか。

 数日前より相模湾に突如として漆黒の軍艦が姿を現して以来、その話題は市民の間でひっそりと語られ続けている。
 「この軍艦の正体とは一体何であるのか」「その目的とは」「何か嫌な予感がする」―――人々が言外に感じていた鎌倉市の変貌、その中に渦巻く言い知れぬ異常と災害の気配。それについての漠然とした不安と疑問は、正体不明の軍艦という具体的な形を得たことで市民の間に急速に浸透していったのだ。
 そこに持ってきて、今回の砲撃行為。
 市民が感じていた危機意識、その不安を見事に的中させてしまったこの事態はかえって市民の興味を掻き立て、二射目もなくほとぼりも冷めつつある現在では近隣住民の誰もが家を飛び出して最寄りの海岸線に集まり、自分なりの憶測を語り合い遠目に事態の変遷を見守るという状況が発生していた。
 ここ数日、及び今日の午前中において行政機関と警察組織は、鎌倉全域に均等に警備網を配置させていた。各所で起こる大量殺人事件や大規模事故を恐れてのことは勿論、今や暴動を起こさんばかりに熱狂する市民に対処するため、これら機関は全ての予備人員を投入せざるを得なかった。そしてその一部には、事件事故の容疑者あるいはテロリストの可能性があるとして「戸籍を持たない浮浪者」を検挙・鎮圧する役目を負った者らもいるということは、最早言うまでもないだろう。
 つまるところ、件の場所を包むのは狂乱の渦であり。
 本来脇目も振らず逃げ去るのが当然の災害現場に集る有象無象の群れであった。





   ▼  ▼  ▼


263 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:14:18 B3QWlI4g0





 海原の空高く、一つの影が飛んでいく。
 跳んでいるのではない。文字通り飛翔しているのだ。その影は人の形をしていながら、しかし鳥であるかのように空を翔けていく。
 地上からはその姿を捉えられまい。その影はあまりに高く、そして速い。サーヴァントであっても視力に優れるアーチャー以外では見えるかどうか。

 不敵な微笑と共に空を裂いて飛ぶ、ドンキホーテ・ドフラミンゴの姿がそこにはあった。



 彼が今ここにいる理由は単純だ。相模湾海上に陣取る黒塗りの戦艦、明らかにサーヴァントの手のものと思しき正体不明の物体に対する秘密裡の偵察である。
 本来あれに接近するのは至難の業だ。海上を移動する手段を持ち得る者からして限られてくるし、仮にその手段があったとして下手に動けば相手に感づかれて迎撃される。遮蔽物が何もない海上において、身を隠しながらの接近など不可能に近い。
 それを為せるとするならば、例えばこのドフラミンゴのように、姿が見えぬほどの高高度を飛翔するのが第一候補に挙がるだろう。
 雲の隙間を縫うように飛ぶ彼は、言葉通り雲に糸を引っ掛けることによって空中移動を可能にしている。それは逆に言えば雲が無ければ宙を移動することができないということだが、まばらに雲のかかる今においては関係のない話だ。
 恐るべきは彼の有する糸の異能、その汎用性の高さと言うべきだろうか。今こうして空を翔けるドフラミンゴが、実は彼の糸によって編み出された精巧な分身であると信じられる者がそう多くあるまい。彼の座する屋敷においては人に寄生し操る糸を以て意思なき屍の鬼たちを従属させていることも、戦闘に際しては自らの肉体のみならず周囲の無機物からすらも無数の攻性糸群を呼び出すことも、彼にとっては容易いことである。
 故に、最初の砲撃が開始されて数時間経った現在において、最も早くその元凶たる戦艦に手をかけたのが彼であるのは、ある意味必然であったのかもしれない。

「よ、ッとォ」

 戦艦のちょうど真上で静止する。軽い掛け声と共に、指先から飛び出た視認も難しいほどに細い糸が、眼下に浮かぶ漆黒の戦艦に向かって真っすぐに伸びていく。それは戦艦の外壁に突き立つと、たわむことなくピンと強く張った。
 それは震える大気に反応して声と音を伝える、糸電話の原理を用いた盗聴であった。

「どれ、出てくるのは自信過剰な猪武者か、はたまた考えなしのボンクラか……」

 言いつつ、ドフラミンゴは糸を伸ばした指を耳元に寄せる。
 この場所からは眼下の詳細を目視することは叶わないが、こうして音を拾うことによって内部の様子を探るというのが、彼の狙いであった。
 果たしてこの戦艦の主はどのような考えを持っているのか。何を思ってここまで大それた真似を仕出かしたのか。
 その真実次第で同盟を持ちかけるか戦力をけし掛けるかが決まるのだと、ドフラミンゴは言葉なく思考して。



「―――素晴らしい!」



 唐突に鼓膜を震わせた、およそ知性の欠片も感じられない大声に、彼ですら思わず面食らってしまったのであった。





   ▼  ▼  ▼


264 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:14:52 B3QWlI4g0





「―――素晴らしい!」



 陽に暖められた潮の空気が、緩やかに頬を撫でた。
 人々の集う海岸線から離れた水平線、渦中の黒船の艦首にて。
 茜色の空を見上げ、腕を組み仁王立ちする男は一つ頷いた。

「今この街は絶命の危機に晒されている。遍く幻想たちの跳梁跋扈、天下に名高き豪傑共の英雄譚。それらが混沌となって相交わり、かつてないほどの災厄が降り注いでいる。
 だが同時にそれを否と、あるいは是なりと憤激し立ち上がる者もいよう。故に、ここまで戦火が広がったのだ」

 男の言通り、この鎌倉市は地獄絵図にも等しい魔窟と化していた。被害の規模、築かれた惨劇の多様さ、そこに含まれる悪意の多寡……そんなものは最早、語るまでもなく荒れ果てた惨状となって具現している。
 それを成したのは間違いなく聖杯によって呼び出されたサーヴァントたちだ。己が譲れぬ願いのため、街と無辜の住民を犠牲にしてでも悲願を成就せんと手を伸ばす者たちによる行いだ。
 市街地中央部での巨大な火柱、材木座海岸での突風騒ぎ、笛田での大規模破壊、その全てを彼は視界に収め睥睨していた。
 そして曲がりなりにもそれら戦闘が勃発し破壊が為されているということは、転じてそうした蛮行へと立ち向かう者らも等しく存在するということであり。

「都市を覆う未曾有の大災害、そしてそれに立ち向かう者たちの雄々しき決意と覚悟。ああ素晴らしいぞ、寿ごう。皆等しくこの魔都を戦い抜くに値する勇者に相違ない。
 願いの善悪を俺は問わん。貫きたい想いがあり、それに見合う意思さえ示せるならば、俺は善哉と認めよう」

 集った輝きを睥睨し、男―――甘粕は震えていた。それは彼の見つめる先、すなわち鎌倉を舞台とした聖杯戦争が、真実彼の求める形で進行していたからだ。
 互いに譲れぬ己が真を見出し、それを貫かんがためにぶつかり合い、自らの命を賭して相手への敬意と共に輝きを高め合う―――それは甘粕が理想とする世界の在り方であり、彼が終生求め続ける楽園の原風景でもあった。
 我も人、彼も人、故に対等。甘粕の求める世界とは人類全てが全霊の境地に至れる研鑚の世だ。そしてそれには、文字通り全霊を賭さねば生き残れない過酷な試練が必要であると、甘粕は考えている。それ故の歓喜である。

 甘粕は笑う。笑う。満面の笑みを以て遍く聖杯戦争の全てを祝福している。
 そこに自分が加われなかったのは残念だが、讃えるべき事象に変わりはないと喝采している。

 その時だった。


「だが」


 ぞわり、と。異質な空気が場に満ちる。

 甘粕は哄笑をそのままに、おもむろに手を伸ばす。
 同時、周囲を空間が歪曲したかのような揺らぎが覆った。


265 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:15:23 B3QWlI4g0


「何者かは知らんが、興味があるなら正々堂々と正面から来いよ。覗き見に終わるなどと、英雄の名が泣くではないか」


 その瞬間、甘粕の掲げた腕が、姿形はそのままであるというのに"何故か巨大化したように"見えた。
 虚像かそれとも幻覚か、真実定かならぬままに甘粕は腕を振りおろす。

 何かが叩きつけられる音が、甲板に響いた。

 膝をついて起き上がり、突然の事態に呻くそれは、大柄な男の姿をしていた。

「ほう、これはこれは。奇しくも俺と同じクラスで現界したサーヴァントとは、験を担ぐ気は毛頭ないが結構結構。
 ともあれよく来た、歓迎しよう。何処とも知れぬ時代より現れた英雄よ」
「……てめェ」

 呻く声の主はドフラミンゴその人であった。
 サーヴァントの索敵圏外であるはずの超高高度、そこから糸の振動を用いて盗聴していたはずの彼は、突如として"巨大な手に掴まれる"ような感触と共に、急速に眼下の甲板へと引き寄せられたのだ。

 ドフラミンゴの声には隠し切れない嚇怒の感情が含まれていた。
 サングラスに遮られた視線は、しかし物理的な重圧を感じるほどに鋭い眼光をしているのだと、光景ではなく感覚として伝わるものがあった。

「随分と不躾な真似してくれるじゃねェか。こっちは穏便に話を進めてやろうって気だったが、どうやらそっちにゃその気はねェらしいな」

 敵意も露わに殺気を振りまくドフラミンゴとは対照的に、軍服の男は泰然とした姿勢を崩さない。
 敵意はない。甘粕は常態のまま、むしろ友好的とさえ見えるそぶりでドフラミンゴに接している。

「不躾だったのは謝ろう。いやなに、性分でな。面白そうなものには生来目がないのだよ。
 何しろこれは聖杯戦争、世に名高き英雄豪傑が集うとあっては黙っておれん。開戦の号砲を鳴らしたはいいが客人に恵まれなくてな。
 退屈していたところに視線を感じては、思わず手を伸ばしたくなるというものだろう?」

 だが、それでも自然と滲み出る威圧感が、あろうことか殺意振り撒くドフラミンゴと対等に拮抗さえしているのだ。
 その事実は、彼という存在がどれほどに逸脱し、また危険な属性を秘めているかの証左であろう。

 だがドフラミンゴの心胆を最も硬直させたのは、そんな彼の纏う気配や威圧感などではなく、次瞬に出されたいっそ場違いに思えるような台詞であった。


266 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:15:58 B3QWlI4g0

「さて、不躾ついでだが俺は一体何を話せばいいと思う?」
「あァ?」

 ……こいつ、今なんと言った?
 いきなり拉致同然に目の前へ連れてきて、すわ戦闘かと思えば何も考えていないと?

 ブラフの可能性が頭をよぎるが、当の加害者は心底困ったようにどうしたものかと顎を撫でている。
 ふざけてるとか舐めてるとか、そういう次元じゃない。

「よォく分かった……てめェ単なる馬鹿だな?」
「そう怒るな。先にも言ったが性分なのだ」

 重ねて一切の敵意なく語りかける甘粕に対し、しかしドフラミンゴの忍耐は限界に達しつつあった。
 生来持ち合わせる高すぎるプライドがそうさせる、というのもある。生まれることそれ自体が偉業とまで揶揄される天竜人だった彼は、地に落とされて以降も変わらぬ溺愛を受けたことにより肥大化する自意識を止めることができなかった。
 不意を突かれ地に這いつくばされた、というのもある。彼が最も嫌うのは他者に見下されること。それは精神的な意味でもそうだが、物理的な意味でもまた同様であるから。

 だがそれ以上に、ドフラミンゴの逆鱗を逆撫でし続けるものがあった。

「ここには同盟の算段でも立てようかと思って来てみたんだが、どうやら外れのようだな。
 思い上がった屑や弱者はいくらでも利用のしがいがあるが、馬鹿はそうも行かねェ。
 なんせ馬鹿だからな、どう動くかなんざ予想もできねェ」

 それはすなわち、理解不能の馬鹿を相手に話さなければならないという苦行。
 "何故自分がこんな徒労をかけなくてはならないのだ"という不満の爆発である。
 自信過剰な猪武者なら矛先を操ってやればいい。考えなしのボンクラなら甘い言葉で自陣営に利する考えを吹き込んでやればいい。
 だが馬鹿はそうはいかない。彼らは一切の常識を持ち合わせないがために、どんな行動をするのか全く予測がつかないのだ。生前におけるドレスローザでの屈辱、麦わら一味のような採算度外視で殴りかかってくるような大馬鹿共。ドフラミンゴは、死して尚あのような手合いにかかずらう気は毛頭なかった。


267 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:16:25 B3QWlI4g0

「そうか、お前は俺に交渉事を仕掛けにきたのか」
「その気も失せたがなァ!」

 なおも訳知り顔で勝手に頷いているこいつになど構ってやるものか。
 同盟交渉など以ての外、一切関わらず野垂れ死ぬことを期待するか、あるいは自ら引導を下してやるかの二つに一つだ。
 ドフラミンゴが選んだのは後者であった。ここにいるのはドフラミンゴ本体ではなく影騎糸による劣化した分身だが、だからこそ躊躇する理由も無かった。大きく後方に跳躍することにより体勢を整え、十指を伸ばし弾糸の発射準備を整える。
 男が備えるは腰の刀。両足を付けて立つは騎乗宝具と思しき戦艦。帯刀相手に近接戦を仕掛けるには情報不足で、しかし遠距離に間合いを開けては戦艦の砲に狙い撃たれるが道理。幸いにしてドフラミンゴがいるのは戦艦の只中であるのだから、この利を捨てるは愚の骨頂。
 故に取るべきは戦艦の甲板から逸脱しない程度に間合いを開けての中距離戦。飛び道具の釣瓶打ちで削るのが最も確実な方法だ。

 爆縮する魔力が両の指より放たれる十の弾丸となる。
 頭上に集合した魔力が雨雲のように糸を降り注がせる。
 弾糸、そして降無頼糸。合計して36にも及ぶ糸の奔流が、怒涛の勢いを以て一直線に男へと殺到した。

 けれど。


「駄目だな」


 その全てが、雨露を振り払うような仕草一つで纏めて霧散した。
 男が行ったのは、ただ腕を横に払うという、それだけのことだった。それが一体何を意味し、そして何故攻撃が無力化されたのか、ドフラミンゴは全く理解できない。

 解法という術技がある。
 邯鄲法が五常・顕象の最たる術法、五つの基本術式の一つである解法は、文字通り他の存在を「解す」術だ。
 それは主に力や感覚、場の状況等を解析・看破することに長ける「透」と、他の存在を直接解体・崩壊させることに長ける「崩」に分かれる。邯鄲法の基本五種の中では最も剣呑であり、最も汎用性に富む術式と言えるだろう。

 甘粕が先の交錯において用いたのは解法の崩だ。自らに触れた、あるいは触れる直前にある物体を根底から崩壊させる防御無視の一閃。先の一瞬において、崩が施された甘粕の肉体は触れる全てを解体する常軌を逸した存在と化していた。
 それが証拠に、薙ぎ払われる甘粕の腕に付随する形で、黒色の結晶がばらばらと散らばり落ちていた。腕に触れ、原子単位まで分解された糸群が、空中で再結晶することにより歪な黒い塊となって散らばったのだ。そしてそれは甲板に墜落するより先に、指向性を持たない魔力の残滓として解け、再度霧散した。

 腕を揮う。それを除いて、甘粕は重ねて不動。足の一本を動かすこともない。
 そしてドフラミンゴに向けるのは、隠そうともしない失望の視線であった。


268 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:16:48 B3QWlI4g0

「話にならんぞ騎兵の英霊よ。交渉事とは媚びへつらうだけの場ではなく弁舌を用いた戦争行為、すなわち己の命を対価とした尋常なる決闘に他ならん。
 にも関わらず交渉の席に座らせるのが当人ではなく木偶人形とは、命を懸けるどころか対等に向かい合う気概すら感じられんではないか。
 我も人、彼も人。故に平等、基本であろうが。その真すら示せんようでは、お前に勇者を名乗る資格などない」

 尚も繰り出される理解不能のたわ言に、もう付き合ってられないとばかりに再度の攻撃を果たそうとしたところで、ドフラミンゴは気付く。
 体が動かない。手も足も、指の一本すら自由にならないのだと。
 いや、それだけではない。そもそも跳躍したはずの自分は、"何故未だに着地を果たしていないのか"。

 ドフラミンゴの肉体は、何某かの不可視の力によって中空へと縫い付けられていた。

「そして」

 甘粕の視線が射抜く。それを前に、しかしドフラミンゴは微かな違和感を覚えた。
 甘粕はドフラミンゴを見ている。見ているが、しかし同時に見ていない。そのような矛盾を何故か感じた。
 それは何故か。どういうことなのか。
 大して時間もかからずに理解した。

「情けない、情けないぞお前たち。一時の好奇に踊らされ、覚悟もなしに見物するのみで一体何を為せるという?
 気に食わんなぁ、喝を入れてやるとしよう。この一撃でお前たちが輝きを取り戻し、都市を覆う災厄を乗り越えてくれると信じている」

 甘粕は、笑っていた。
 その目が射抜くのはドフラミンゴにしてドフラミンゴに非ず。彼は、その背の向こうにある街並みを睥睨していたのだ。
 すなわち―――海岸に集う、無辜の住民たちを。

 甘粕の後方、戦艦の中枢に備え付けられた主砲が、軋む鋼鉄の音と共に変形を成し遂げた。
 軋みをあげて旋回する。照準は空中に縫い付けられたドフラミンゴに向かって。そしてその向こうにいる多くの住民たちに向かって。
 子供が無理やり玩具を扱っているが如く、毒蛇のように砲身をしならせて、普通ならば物理的な機能など失っているに違いないほどの変形を果たしながら。
 それでも、その主砲は壊れながらも問題なく作動していた。

 常軌を逸した光景だった。これが全て邯鄲法による不条理の実現、すなわち物質創造法である創法の「形」が為せる業だということを、ドフラミンゴは知る由もない。


269 : 楽園の花が咲く ◆GO82qGZUNE :2017/02/27(月) 03:17:10 B3QWlI4g0

「安寧という名の檻に囚われ意思を腐らせる人間たちよ!
 俺はお前たちが堕落していく姿など見たくはない。命が放つ勇気の輝きを、未来永劫に渡り愛していたいのだ。守り抜きたいと切に願う。
 故に立ち上がれ! お前たちの勇気と覚悟で、天上の光へ至る階段を築いてくれ。俺はその果てで待ち受けよう、祝福を歌い上げるために!」

 まさか、と思う暇さえなかった。
 もはや戯画的なほどに曲がりくねった戦艦の主砲が、炎の咆哮を迸らせた。
 放たれた砲弾は今や魔弾と化し、射線上にあったドフラミンゴの総身を苦も無く呑みこむと、数刻前の展開を再びなぞるかのように七里ヶ浜へと着弾した。
 響き渡る轟音と、地を震わせる振動が、波となって戦艦伊吹の元まで轟いた。

 業火が地上を舐めつくすように広がっていた。
 様子を見に訪れていた多くの市民も。
 それを抑えようとしていた警察官や行政職員も。
 人々を救わんがため消火活動にあたっていた消防士も。
 皆残らず、一切の区別なしに、塵となって消えていた。



「ふふ、ははは、ふはははははははははははははははは―――ッ!!」



 哄笑が響き渡る。
 轟く怒号が喝采となって魔王の降臨を祝福している。

 希望となるべき要素など、ここには一つとして存在してはいなかった。





【E-2/相良湾沖/1日目・夕方】

【ライダー(甘粕正彦)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態] 健康、高揚
[装備] 軍刀
[道具] 『戦艦伊吹』
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:魔王として君臨する
1:さあ、来い。俺は何時誰の挑戦であろうと受けて立とう。

※D-1エリアが再び砲火に晒され崩壊しました。集まっていた一般市民に多くの被害が出ています。
※ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)が影騎糸によりライダー(甘粕正彦)に関する情報を取得しました。


270 : 名無しさん :2017/02/27(月) 03:18:27 B3QWlI4g0
投下を終了します


271 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:32:28 9tg.Nwf20
お待たせいたしました
これより拙作「機神英雄を斬る」の修正版を投下します
修正部分が多いため最初から投下させていただきます


272 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:33:25 9tg.Nwf20


―――アサシンがその激突を目撃したのは偶然であり、同時に必然だったと言えよう。



孤児院であまりにも不本意な形で生じた最優のクラスたるセイバーとの正面対決から辛くも逃れた後、アサシン主従は二手に分かれて行動していた。
マスターの士郎は群衆に紛れて拠点に帰り、アサシンは鎌倉の最南端である海洋に鎮座する戦艦の偵察に向かっていた。

何時から其処に在るかは定かではないが鎌倉全域を射程に収めていると思しき彼の船に対し無警戒でいるのは愚の骨頂。
それ故こうして物陰から鎌倉を睥睨するかの如き戦艦を見て、改めてその威容を感じ取っていた。



(―――想像以上の圧だ)

肉眼で直に視認する彼の船の威容はやはり並の宝具のそれとは違う。
あるいは搭乗するサーヴァントの圧力が滲み出ているのか、ともかく相手が色々な意味で凡百のサーヴァントとは違うことは見て取れた。
なるほど確かに堂々と海上に布陣するという馬鹿げた行為に出るだけのことはある。それにあの行為にも利がないでもない。

来るなら来い、という意思表示とも取れる示威行為はそれだけで半端な実力しか持たぬ者どもを寄せ付けぬ威圧感を放つ。
また海上という地理が水上を移動する術を持たない大半のサーヴァントが近づくことを許さず、接近できたとしてもあそこからでは丸見えというもの。
かくいうアサシンもあの戦艦へ上手く近づく手立ては今のところ何も見出せない。

となればロングレンジからの射撃戦を挑むのが定石となるが、そこで問題となるのがあの戦艦がどれだけの性能を有しているか、という点だ。
鎌倉市に砲撃を行うという参加者への挑発めいた行動までしておきながら、まさか相手の射砲撃に対する備えがないとは思えない。
マスターの士郎は弓の英霊に勝るとも劣らぬ技量を持ち、サーヴァントすら爆殺し得る武装もあるがそれ一つで戦艦に抗するのは無理がある。
第一、先んじてあの船に挑んだところで後ろから他の者に撃たれるのがオチだ。

(士郎、例の戦艦を確認した。やはり海上に布陣するだけあって一筋縄ではいきそうにない。
正直に言って私達であれをどうにかするのは不可能だと言わざるを得ない)
(やっぱりそうなるか。だとしたら出来るやつに倒してもらうしか手がないな)
(確かにその通りだが、アテはあるのか?)

士郎と念話を繋ぎ、対策を話し合うも答えは手詰まりの一言。
とはいえ戦艦を操るサーヴァントを退場させる術が存在しないかと言われれば否だ。
聖杯戦争には相性がつきもの。自分たちでは倒せない敵がいるのなら他の者にやらせればいいだけの話。
そして衛宮士郎には戦艦を打倒できる存在に心当たりがあった。



(アサシン。さっきのセイバーが使っていた剣は―――エクスカリバーだ)


士郎の断言にアサシンは困惑を禁じ得ない。
何しろ先のセイバーの宝具は大気を圧縮させた風の鞘に封じられており、その全貌を目にすることはできなかった。
実を言えば先の戦闘でアサシンがあれほど圧倒的にセイバーに遅れを取った原因の一つにはこの風の鞘があった。
無論両者に多大な実力差があったことは紛れもない事実ではあるが、相手の武器の間合いを測れないという不利は決して小さくない。
たらればの話をしてどうなるものでもないが、もしセイバーの得物のリーチがわかっていればアサシンも多少はマシな戦いが出来ただろう。
閑話休題。


273 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:34:05 9tg.Nwf20

(どうしてわかる?)
(前に俺の世界で起きた聖杯戦争の話はしたよな?
その聖杯戦争で戦った六人六騎のマスターとクラスカードの中にあのセイバーとよく似た鎧を纏い、風の鞘で覆った聖剣を使う者がいた。
鎧の意匠が似ているだけならまだしも風で刀身を隠すなんて芸当を違う英雄が使っているとは思えない。
さっき戦いながら把握してたんだが、刀身の長さも綺麗に一致したから間違いない)
(そうか。あれが彼の騎士王で間違いないなら確かにあの戦艦をいつまでも放置することは有り得ない)

星の聖剣エクスカリバーの担い手、円卓を束ねし常勝の英雄王アーサー・ペンドラゴン。
それほどの大英雄ならばアサシンたる己が勝てないのも当然だろう、と改めてアサシンは納得する。
同時に十二の会戦に勝利しブリテンを守護した正当なりし英雄が市井を脅かす黒の戦艦を危険視しない理由もまたあるまい。

英雄性を抜きにして考えてもセイバーは最終的に戦艦を操るサーヴァントに挑むしかない。
セイバーのマスターは孤児院に引き取られている子供であろうことはほぼ確実であり、つまり迂闊に拠点を移せないということだ。
何時孤児院目がけて砲撃が来るかわからない以上、セイバーは絶対にあの戦艦を無視し続けることができない。
そしてセイバーが無事に黒の戦艦と対峙を果たせば、エクスカリバーを以って見事に討ち果たすだろう。
宝具には相性というものがあり、鈍重で巨大な的である戦艦はエクスカリバーとは相性が悪いからだ。
自分たちはその舞台をお膳立てしてやることに終始すればいい。

そうしておいて、宝具を使用し疲弊したセイバー、あるいはそのマスターを討ち取るのがスマートだ。
あらかじめ相手の真名がわかっているのだから士郎ならば弱点を衝ける剣を用意しておける。
セイバーの方はこちらがセイバーの真名を知っているという事実を知り得ないというのも良い。一方的に対策を立てられるというものだ。



(待て、士郎。接近してくるサーヴァントがいる。…相当な規模の英霊だ。
私は引き続き隠れて偵察を続けるが万一発見されたら撤収してそちらに合流する)
(わかった。十分気を付けてくれ)

アサシンのサーヴァントとしての知覚がこの場にやって来るサーヴァントの気配を捉えた。
とはいえそれだけで発見されたと考えるのは早計に過ぎる。
アサシンには最高峰の気配遮断スキルがあり、相当高ランクの気配察知スキルでも持たない限り発見できるものではない。
相当の実力者であるセイバーでさえ直感か何かの能力で微かな殺気に気づくのがやっとで対面するまでアサシンの正体には気づいていなかった。
迂闊に動かずまずは様子見に徹するのが得策だ。



やって来たのは長い赤髪の、女性と見違えかねない端正な顔立ちの少年だった。
彼自身はサーヴァントではない…ないが、霊体化して侍るサーヴァントの気配は存分に感じ取れた。
実体を現してすらいないというのにピリピリとした威圧感が肌に伝わってくる。

やはりと言うべきか、彼らは隠れ潜むアサシンには全く気づいていない。
というよりあの戦艦の威容を彼らも確かめに来たと言うべきか。あれのおかげでアサシンの存在が更にカモフラージュされている。
少年は何か思案しながら海岸線にほど近い道を脇にずれるようにして歩いていく。通りの曲がり角へ差し掛かった辺りで彼のサーヴァントが不意に姿を見せた。

――――――あれは、不味い。
鋼、一目見てそう形容できる長身痩躯のサーヴァントは並の英霊とは一味どころか一桁は違っていそうな超常存在だった。
軽く見積もっても先のセイバーと同等かそれ以上、それ以前に戦ったランサーなどでは最早比較対象にすらならない。


274 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:35:01 9tg.Nwf20
あのセイバーの他にもまだこれだけの規模を持つサーヴァントがいようとは。

「どうしたんだライダー、サーヴァントの気配でもあったのか」

少年の疑問には答えず鋼の男は少年を先導するように歩き出し、やがて人通りのない路地裏へと入っていった。
事ここに至り、これから何が起ころうとしているのか察せぬほどアサシンは愚鈍ではない。
更なる超級のサーヴァントの気配を明瞭に感じ取っていた。これは後をつけない理由がない。
むしろ鋼の男を誘っているのかと勘繰るほど不自然な気配の現出だ。おかげでアサシン自身の存在が露見する可能性が更に下がったのは有難くはあるが。



赤髪の少年の背後から急に影が現れた。いや、実際に影と見紛う漆黒を形にしたかの如きサーヴァントであった。
この黒衣の男もまたセイバーや鋼の男に匹敵する手練れだ。この調子では彼らに並ぶサーヴァントが他にもいるかもしれない。頭が痛い話だ。

「ここは市街地にほど近い。小競り合いならまだしも、本格的な戦いともなれば多くの被害が出る。お前はそれを容認するか?」

黒衣の男がマスターである少年へと問いかける。
確かにあの二人ほどの戦士が戦闘行為など行えば被害は人気のないこの一帯だけでは済むまい。
それを察したか少年は黒衣の男に向けていた黄金の杖らしきものを下ろした。無論警戒態勢までは解いていないが。

「賢明で助かる。私としても事を構えるつもりはないのでね」
「……なら、一体何のために僕たちの前に姿を現した。まさか偶然の産物だとでも?」
「あり得ない、と言い切ることができるのか?」

ひどい冗談だ、とアサシンは内心でひとりごちる。
誘っていたのは明らかにお前の方だろう、と状況が許すなら非難してやりたいところだ。
まあすぐに黒衣の男が「冗談だ」と訂正したのだが。

その後行われた会話の内容をアサシンはしっかりと聞き取っていた。中には聞き捨てならない単語もあった。
黄金の獣にDreizehnの天秤。これだけの手掛かりがあればアサシンにも鋼の男の正体は看破できる。
聖槍十三騎士団の大隊長が一人、鋼鉄の腕(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)。あらゆる全てに終焉を齎す破滅の拳を宿す者。
それならばまっとうなサーヴァントとはまるで次元の違う存在感にも合点がいく。
それに黒衣の男は「お前達」と言った。つまり他の聖槍十三騎士団がこの鎌倉に存在するとでもいうのか。

「唯一無二の終焉を寄越せ。だがそれを為すのは貴様ではない」
「我が身では不足と言うか。随分と高望みをするものだ、ならばかの愛すべからざる光に挑めば良かったものを」
「抜かせ」

幾ばくかの応酬を経て、ヒトガタの災厄二つが共に地を蹴り激突を果たした。
黒剣が空を断ち、絶拳が虚を穿つかの如き戦はこの世の物理法則を徹底的に蹂躙する凄烈さだった。
サーヴァントたるアサシンには両者の動き、一挙手一投足が確かに見えている。見えているが故に悟ってしまう。

―――あれは駄目だ。同じサーヴァントでも自分などとは天と地の差がある。
元より暗殺者とは戦う舞台が違う者ではあるが、まっとうに戦えば戦闘行為すら成立せずにこちらが灰燼に帰すのみだろう。


275 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:36:06 9tg.Nwf20

状況が許すのなら感嘆の息を漏らしてしまうかもしれないほどに濃密な経験と技量を感じさせる両者の戦いはしかし、ただの一発も互いの肉体に命中することはない。
それは当然、どちらもが防御不可能にして必殺の技を絶えず繰り出しているからだ。
このような局面での両者共倒れなど有り得ぬ話。故に二人は舞踏を舞うが如くして決して嚙み合わぬ応酬を繰り返す。
その馬鹿げた妄想じみた様子の攻防はしかし現実に行われているものであり、彼の帝国最強の女傑ですらこの二人の前では初めて剣を執った小娘同然に成り下がるであろう。



戦いの中、鋼と黒衣は問答を交わす。それは何の間違いかサーヴァントとして迷い出た鋼の男、マキナの本質を突くものであった。
それはアサシンには関わりのない話だったが、絶え間なく行われていた応酬の一瞬の空白から行われた問答の後、両者はこれまでの攻防が児戯に思える必殺の空気を纏った。

「――――――」

これは絶好の機会だ―――そう早計に断じるほどにアサシンは愚かではない。
必殺、つまりは宝具に相当する攻撃に出ようという態勢にあって尚この二人に隙と呼べるものは存在しなかったからだ。
いや、彼らと同等の使い手であればそれを隙と呼び一太刀を入れることが敵うのであろうが、少なくともアサシンに出来る芸当ではない。
仮令気配遮断という優位性を活かし、こうして近くで一方的に観戦しているとしてもだ。

(―――いや、果たして本当にそうだろうか?)

気になる。あのマキナと対峙するサーヴァント。本当にこちらに気づいていないのか?
正体のわかったマキナと違いあちらは完全に未知数であり、本当に気づかれていないと言えるものだろうか?
ともかく気づいてないにせよ見逃されているにせよギリギリまで彼らを観察し情報を手に入れるべきだ。危険があるにせよそうしなければ弱小の陣営は生き残れない。
だがサーヴァントといえど誰しもがアサシンと同じ見解に至るわけでもなかったらしい。

遠方より飛来した三つの弾丸が鋼と黒衣の両者によって打ち落とされた。ご丁寧にマスターの赤髪の少年を狙った分もだ。
アーチャーのサーヴァントの仕業だがしかし何と未熟な。相手が狙撃しようとしている自身を捕捉しているかどうかすら判断できないとは。
言うまでもなくアーチャーの気配は二人の男には勿論、アサシンも察するところだった。
抜き身すぎる殺気はそもそも人を狙い撃つという行為そのものに慣れていないのかと疑うほどのお粗末さだ。マインなら決して有り得ぬ不始末だ。

どうやら鋼のサーヴァント、マキナはアーチャーを追撃し、黒衣のサーヴァントは戦意がないのか戦闘を止めた。
良くない状況だ。強豪同士潰し合ってほしいところだったがそう上手くはいかないらしい。
加えてマキナの存在は士郎とアサシンが先ほど練った計画の大きな障害になる。

マキナの宝具は誕生から僅かでも時が経過していれば問答無用に触れた全てを終焉に導く概念を帯びた絶拳。村雨の上位互換と呼ぶのも担い手ながら憚られるほどの超絶宝具だ。
セイバーの宝具であるエクスカリバーとは最悪の相性だ。戦えば容易くセイバーが粉砕されて終わる。
それに恐らくだがマスターのバックアップという観点でもマキナの方が優れている。あれほどの魔力を持つマスターなどそうそう転がってはいまい。


276 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:37:09 9tg.Nwf20

さりとてマキナが戦艦を駆るサーヴァントの打倒に役立つかと言えばノーと言わざるを得ない。
これまた宝具の相性というもので、地に足つけていなければ成り立たないタイプの戦士であるマキナでは海上3㎞先の戦艦には立ち向かえないのだ。
まともに戦えば自分たちは愚かセイバーでも勝てないが、放置してもただ戦うだけで鎌倉中に被害を撒き散らし、やがてはアサシンが隠れ潜む場所すら消滅せしめるだろう。



―――だが勝てずとも手立てはある。奴が他のサーヴァントに対し攻勢に出ている今ならば。
しかし仕掛けられるのか。出来たとして、それをやっていい状況なのかどうか。



(士郎、実は)
(いい。状況はお前の視界を借りて大体把握してる。
あの軍服のサーヴァントとマスターはここで落とそう)

士郎に念話を入れたところ、間髪入れず返事が返ってきた。
いつの間にか視界共有を行い事のあらましは把握していたようだ。
だが、マキナと赤髪の少年主従への奇襲はアサシン自身考えたことといえどやはりリスクが大きすぎはしないか。
単純な成功率もそうだが、自分たちは既に連戦を経ている。魔力消費が非常に少ないアサシンはともかく士郎は肉体的な疲労の問題もあるはずだ。

しかし同時に鍛え上げられた心眼が好機はここにしかないと告げていた。
マスターを連れての追撃戦となれば、どれほど気を張っていたとしても完全に普段通りの警護をすることなど不可能だ。
間合いが拳の届く範囲にしかない、攻勢特化型サーヴァントのマキナであればその傾向は尚更強まる。
無論生半な強襲では膨大な戦闘経験とアカメすら上回るであろう心眼に看破され、目論見ごと破砕される結果に終わるだろう。今マキナに追撃されているアーチャーが良い例だ。

何より今もってアカメの存在が少なくともマキナはに全く捕捉されていないという事実が最大の好機の訪れを知らせている。
勿論上級のサーヴァント相手であってもそこにいることを悟らせないのが気配遮断スキルの効能にして存在意義だ。が、今回相手取ろうとしているのは上級ではなく超級のサーヴァント。
流石に詳細な位置までを感じ取ることは専用の技能でも備えていない限り有り得ないとしても、先のセイバーのように向けられる視線や殺気に気づく程度のことなら有り得なくはなかったはずだ。
その様子すら全く見受けられない、というのはアサシンが様々な幸運に恵まれた、あるいはマキナが不運に見舞われたからだ。

黒の戦艦の存在、黒衣のサーヴァントの挑発的な誘いに隠す気も感じられないアーチャーの殺気。これらの複合的要因がマキナにアサシンの気配を感知させなかったのだ。
それだけなら一方的に情報収集ができた、というだけで済む話だが今のマキナはマスターを連れた上で他のサーヴァントを追撃している。
本選の進行速度を考えても、一定の勝算を以ってあの主従に挑める機会は今後もう訪れない可能性が極めて高い。
そしてその「一定の勝算」とはアサシン単独ではなく士郎との連携があって初めて存在し得る。
マキナとそのマスターを尾行しながら念話を続ける。



(…わかった。しかしお前の狙撃がないと作戦は成り立たない。
家に帰るところだったんだろう?ポジションは取れるのか?)
(実はお前の視界を借りたあたりから移動してたんだ。
急げば良い位置で狙撃できると思う。むしろお前の方が危険な役割だろ?絶対に無理はするなよ)
(いや、お前が言うな。…まあそれはともかく、実行するにもまだ問題はある。
見たと思うが黒衣のサーヴァントも今の私達ではどうしようもない強敵だ。好戦的ではないようだからこちらから刺激しない限り反撃される可能性は低いがそれが楽観でない保証もない。
何より……もしかすると奴は私の存在に気づいていて泳がせた可能性がある)


277 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:38:00 9tg.Nwf20

アサシンは思い出す。あの黒衣のサーヴァントは「交戦の意思はない」と繰り返し口にしていた。
あれはもしかするとマキナの陣営だけでなく隠れて見ていたアサシンに対してのアピールでもあったのではないか?
「隠れているのはわかっているが、そちらが手を出さない限りは見逃してやる」と言っているようにも思えた。
考えすぎと言われればそうかもしれないが、何しろマキナに匹敵するようなサーヴァントである以上アサシンの気配遮断を破る異能があったとしても不思議ではない。
そういった思惑もあってアサシンもマキナの陣営と同じく素早く黒衣のサーヴァントから離れるべく移動していた。

(…そう考えると辻褄が合うんだ。こういったバトルロイヤルでは無闇に敵を増やすのは上手くない。
私達があいつとマキナを同時に相手取ることができないと見抜いていたとしたら。その上で自分の戦意のなさをアピールして矛先をマキナに向けさせる狙いがあったとしたら、私たちはまんまと誘導されていることになる)
(…でも、結局マキナとそのマスターを落とす機会はどのみちここしかない)
(そうだ。あちらの思惑がどうあれここで連中を落とせないと厳しいのは間違いない。
大まかな位置を伝えるから絶対に刺激せず、あちらの射線に立たないようにしろ。数㎞単位で届く攻撃手段を持っている)




     ▼  ▲




しくじった。アーチャー、東郷美森は絶望的な逃走劇を演じながら先の失態を悔いていた。
敵を発見し、尾行したまでは良かった。しかし狙撃のタイミングを完全に誤った。
戦っていた二人のサーヴァントの宝具が完全に発動しきるまでは撃つべきではなかった。

あるいは恐れていたのかもしれない。
あの二人が有する宝具が激突した時、如何なる現象が起きるのか。少なくともアーチャーの認識や理解を遥かに超える事象が起ころうとしていたことは間違いないように思う。
その未知こそを恐れてあのような暴挙にして愚行に踏み切ってしまったのかもしれない、と自己分析した。

「やってしまったことはもう取り返せない。だから…!」

マズルフラッシュ。二挺の銃で後方へ銃弾を発射した。
迫りつつある追跡者には効果があるとは思えないが少しでも足を止めなければならない。捕まれば待っているのは一撃の下に訪れる死だ。



このまま行けば程なくアーチャーを捉えられる。ライダーからつかず離れずといった距離で滑空するみなとは遠からず訪れるであろう決着を予感していた。
あまりライダーの近くにいては彼の戦いを邪魔してしまうし何より余波でみなと自身が重篤なダメージを負いかねない。さりとて遠すぎてもライダーの守護が間に合わない。
ライダーもまたみなとを護衛するために彼のスピードに合わせて追撃の速度を緩めている。いや、みなとも全速力なら容易く単独でアーチャーに追いつけるのだが相手はサーヴァント。
まっすぐ全速力で突っ込めば何があるかわからない以上、程ほどにスピードを落とし慎重に追う必要がある。
幸いにして敵のアーチャーはかなりの鈍足のようで多少速さを落としたところで追撃には然したる支障はない。

「気を抜くな。我らはアーチャーを追っていると同時に最大の隙を晒している」
「わかってるよ。さっきの奴にしても手を出さないという言葉が嘘じゃない保証もないからね」
「違う。狙撃の気配だ」

ライダーの言葉に思わずギョッとして周囲を見渡す。だがそれだけで相手が見えるはずもない。
彼はこう言っているのだ。「どこかで第三者が狙撃の機会を狙っている」のだと。
しかしそれだけ理解していれば問題はない。仮令如何なる相手が自分を狙っていようとライダーが遅れを取るとは思えない。
宝具の発動の隙を突かれた先ほどでさえ予め読んでいたとしか思えない超反応で迎撃してのけた。きっと彼の中では既に迎撃態勢が敷かれているに違いない。
後はみなと自身の心構えの問題だ。ライダーのマスターとしてあまり無様を晒すわけにはいかない。


278 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:38:53 9tg.Nwf20



「来るぞ」



そう言って、ついにアーチャーを踏み込めば拳が届く距離にまで追い詰めたライダーがアーチャーへ躍りかかる。
この意味を理解できぬほどみなとは愚かではない。つまるところあれは狙撃手の位置を明確にするための誘いだ。
一見してライダーに隙が生まれたように見えても彼にとっては隙足り得ぬものでしかないのだ。
理解すると同時に気を引き締めたみなとの耳に風切り音が聞こえた。



―――何のつもりだ?



ライダー、マキナは4㎞先から迫る凶弾を明瞭に認識していた。いや、それは弾丸というよりは螺旋のように捻じれた剣だった。
しかしそれは超音速で飛来しながらライダー、みなと、アーチャーのいずれにも直撃しないコースを辿り、一瞬後にはライダーの手前に落ちる運命にある。
はっきり言って敢えて迎撃する必要も感じない。狙撃手の腕が悪いのか。いや有り得ない。
これほどの距離から矢を放ち、宝具を撃つ者がサーヴァントでない筈もない。この距離ではサーヴァントの反応は感知できないが相手の正体は火を見るより明らかだ。

ならば何が狙いなのか。次弾が撃たれる気配は感じられない。
とすれば有り得るのは「迎撃するまでもない」と思わせること。即ち何らかの効果を付属させた剣弾である、という可能性だ。着弾することで発動する概念でもあるのだろう。
良いだろう、敢えてその思惑に乗ってやる。如何なる概念が炸裂しようとこの終焉の拳を以ってして消滅させるまで。
そのまま少女のアーチャーも粉砕し、返す刀で貴様に終焉を手向けてやろう。

しかし着弾と同時、ライダーはほんの一瞬だが心から驚愕した。



―――壊れた幻想だと?



爆ぜる剣。炸裂するAランクの威力と神秘を有する爆光それ自体はライダーへ致命傷を与えるものでもなければ思考を奪うにも至らない。
ライダーの絶拳を一度振るえばただの煙のように散る程度のコケ脅しにもならぬ代物ではある。
ライダーが注目した、いやさせられたのは着弾する際に起きた事象だ。

壊れた幻想。ブロークンファンタズム。
英霊それぞれが持つ宝具を担い手の意思で破裂させることにより宝具に込められた魔力と神秘を解放、強力な攻撃手段と為す技能である。
宝具によっては本来のランク、威力を超えた力を叩きつけることもできる。ある意味では真名解放にも勝る強力な技と言えよう。

だが聖杯戦争において壊れた幻想が使われることはまず起こり得ない。
何故ならば宝具とは英霊の半身にして誇りそのもの。これは英雄であれ反英雄であれ変わることはない。
仮令決して敵わぬ強者を前にしようとも、自棄にでもならない限り自らの半身を自らの手で散らす英霊などまず存在し得ないからだ。
それでも何を犠牲にしても勝たねばならぬ局面であれば使われることは有り得るだろう。だがそれは断じて今ではない。
未だ数多くの英霊が鎬を削る中で、希少な切り札たる宝具をこんな形で使い潰すなどあまりにも不可解。ライダーが驚愕したのはこの点だ。
早い話があまりに頓珍漢な愚行だったためについ驚いてしまったのだ。



―――その“つい驚いた”という隙こそが敵の狙いであったことに気づくのは、彼をしても一秒の時間が必要だった。


279 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:39:32 9tg.Nwf20



追撃しているアーチャーとは異なる敵が放った狙撃によって生じた爆発はみなとからも視認できた。
心構えをしていたとはいえAランク宝具の炸裂にも等しい威力と規模の爆発はやはり慣れるものではなく、そちらに意識が集中したことを咎められる者はいないだろう。



「―――葬る」



―――その隙を、神速で現れた暗殺者に突かれたとしても。



声を出す暇さえ与えられなかった。
みなととライダーがアーチャー、東郷美森を追跡しはじめた直後から気配を消して尾行していたアサシン、アカメが桐一文字を手に跳躍。すれ違いざまにみなとの肉体を十五のパーツに分解した。
ライダーから離れすぎぬよう近場のビルや建造物と同程度の高度を保って滑空していたことが災いし、ビルの影から飛びかかったアサシンに反応はおろか存在を認識することすらできず聖杯戦争からの退場を余儀なくされた。

気配遮断スキルは一部の例外を除きサーヴァントが攻撃態勢に入った時点で大幅にランクが落ち、発見されるため完全な奇襲は極めて難しい。
―――ただしそれはあくまで同じ超常存在たるサーヴァントが相手の場合の話。大半のマスターは仮令アサシンが攻撃に移ろうがその気配を感知し対処することなど出来ない。
準サーヴァント級の実力者だった麦野沈利でさえアカメを十分に警戒していたにも関わらず彼女の奇襲攻撃を完全には回避できなかったことからもそれは明らかだ。
ましてや美森の存在や第三者から放たれた狙撃によって生じた爆発に意識を持っていかれていたみなとがアサシンの攻撃を認識・対処するなど夢のまた夢と言うしかない。

この結果だけを見てみなととライダーを嘲るのは莫迦のすることだ。彼らはこれまでの行動に大きな落ち度と呼べるものは何一つとしてなかった。
この鎌倉に召喚された他の黒円卓のサーヴァント二人のマスターとの関係性を見れば自明だろう。
みなととライダーは主従として一定の協力関係を築くことに成功し、互いが互いを嫌い合うようなこともなかった。
戦略・戦術にしてもライダーの強みを生かしつつ過ぎた無茶や突出はしない、と堅実そのもの。どこにも彼らが責められる謂れはない。
だが残酷な言い方をすれば、単に実力があって確実な方針を取っていればそれで優勝できるほど聖杯戦争は甘くはない。
運も実力のうち、などという諺があるがまさにそれこそが真理であり勝利の女神にそっぽを向かれれば最強の陣営であろうと呆気なく脱落することもあるのだ。
みなと、ライダーは実力も見識も十二分にあったが……運の悪さだけは如何ともし難かった。

そして聖杯戦争の参加者であるからといって誰しもが劇的な死を遂げられるわけではない。
何かを言い残すことも、何かを思考することすらも覚束ないまま人が死ぬ事例など枚挙に暇がない。
みなともまたそういった事例の一つになったというだけの話。


「みなと……!!」



突然の狙撃から生じた爆風から傷を負いながらも逃れたアーチャーは見た。
己のマスターの名を叫ぶライダーを。つい先ほどまでライダーに追随しながら自分を追っていた、赤髪の少年だったもの、空中から力なく落ちていく彼を構成していた肉片を。
そして近場の建造物に着地した、黒い長髪に紅い相貌が印象的な少女のサーヴァントを。

「アーチャーとアサシンの共同戦線―――!」

目で見たままに、アーチャーはそう断じた。
恐らくはライダーに追われている自分を囮(デコイ)にしてライダーのマスターを確実に抹殺するために仕掛けられたサーヴァント同士の共闘。
相当綿密に打ち合わせがなされたと思える絶妙な連携だった。



「違う」
「え…?」



果たしてアーチャーに対しての言葉だったのか。たった三文字だけを言い残してライダーは狙撃手のいる方向へと一直線に駆けだした。


280 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:40:28 9tg.Nwf20

(私を無視する!?)

予想外の展開にアサシンは顔にこそ出さないものの内心で焦りを感じていた。
当初の予定ではまず士郎の偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)を使った壊れた幻想による爆撃を行い相手方の注意を惹き、アサシンがライダーのマスターを奇襲で仕留める。
その後気配遮断を解除した状態にあるアサシンでライダーを引きつけつつ、弱体化したライダーを撒いて撤退する腹積もりであり、実際その目論見は半ば成功していた。

しかし作戦の最終段階になってライダーは目の前のアサシンではなく4㎞離れた士郎への攻撃を優先した。
アーチャーとアサシンによる同時攻撃と勘違いしてくれれば良かったが、流石にライダーの戦術眼を欺ききれなかったということか。
いくら士郎との距離が離れているとはいえマキナほどのサーヴァントから単独で逃げ果せるのは厳しいものがあるだろう。

ライダーをアサシンが神速で追撃する。
元より敏捷性ではアサシンの方が上回り、さらに今のライダーはマスターの死亡に伴い絶え間なく魔力が漏れ出て弱体を余儀なくされている。
倒しに行きさえしなければ自分程度でも士郎が退避する程度の時間は稼げる。マキナほどの使い手にこちらから仕掛けに行くのは危険が大きいがやるしかない。



「退け」
「うっ……!!」



ライダーの両拳から繰り出された指向性を持った嵐の如き連撃。それらはアサシンに直撃こそしなかったが数分の一まで力が落ちて尚接近を許さず風圧だけで押し返すほどの圧力があった。
ライダーがアサシンへ攻勢を仕掛け捉えきるのは最早困難だが、迎撃し追い散らすだけならまだ十分に可能なのだ。
もう用は済んだ。そう言わんばかりにライダーはアサシンを無視してビルや家屋を跳躍していく。

「させるか…、っ!?」

追い縋ろうとするアサシンが殺気を感じ素早くその場を飛び退くとサーヴァントを仕留めるには十分な数の銃弾がアサシンが今しがたまでいた場所に突き刺さった。
何故、誰が撃ったかなど考えるまでもなかった。二挺の銃を携えたアーチャーがアサシンを妨害したのだ。

「邪魔を―――」
「あなたのマスターのところには、行かせない」

アサシンが何か表情を変化させたわけではなかった。しかし纏う空気が変わったように思えた。アーチャーにとってはそれだけで十分だった。

(あんなことが出来るマスターをすばるちゃんに近づけるわけにいかない…!)

ライダーの一言がなければ危うく彼女たちの策に騙されるところだった。
満開をしていない状態だったとはいえ、曲がりなりにも弓兵(アーチャー)である美森を上回る距離から宝具級の爆撃にも等しい攻撃を仕掛けてみせる。そんな存在がサーヴァントではないなどとよくあの騎兵は見抜けたものだ。
無論満開さえ発動していれば容易く封殺できるだろうが、逆に言えば満開なしでは最悪返り討ちにされかねないほどの実力を持つマスターだということだ。

さらにマスターである以上当然サーヴァントを従えている。言うまでもなくアサシンだ。
アーチャー級の射撃能力を備えたマスターに奇襲・暗殺に秀でるアサシンの組み合わせなど悪夢としか言いようがない。
何処からでもAランク宝具級の狙撃を放ってからアサシンで追い討ちをかけられる主従に果たして何組が対処できるのか。
だからこそ、何としてもここで落とさねばならない。すばるの為にも。


281 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:41:31 9tg.Nwf20

先ほどのライダーの叫びが脳裏を掠める。
みなと。あの鋼の如き威容のサーヴァントは確かに自らのマスターをそう呼んだ。
ライダーに追われていた時は考える余裕すらなかったが、今にして思えば外見的特徴もすばるに聞いた話と一致していたように思う。
そのすばるの友達が、殺された。そしてアーチャーも彼を殺そうとした。

「っ……!」

誰を呪えばいいのか。知らず彼を殺そうとしていた自分自身か、実際に殺したアサシンか、あるいはすばるとみなとを共に聖杯戦争などに放り込んだ世界そのものか。
わからない。けれどここで死ぬわけにはいかない。そしてアサシンだけでもここで倒すことがすばるとみなとに対するせめてもの償いだ。
時間さえ稼げば必ずライダーがアサシンのマスターを仕留めるはずだ。それまで待てば間もなく発動可能になる満開をせずともアサシンを倒せるはずだ。
しかしそれは相手も理解しているはず。何よりあのアサシンは自分と違って対人戦闘に恐ろしく長じている節がある。
万が一ライダーが手間取った場合、満開をしたとしても簡単に落とされてはくれないだろう。



どうするべきか。アサシンはアーチャーが放つ銃弾を建造物を駆使して躱しながら対処を考える。
今現在士郎からの念話はなく、令呪でアサシンを呼び戻す気配もない。
通常ならば有り得ざる愚行だが相手が相手だ。令呪の使用に伴う魔力の発露で自らの居場所を知らせるより魔術回路を閉じて群衆に紛れ逃げに徹する方が僅かであれマキナを撒ける確率が高いと踏んだのだろう。

加えてアーチャーの存在もある。遮蔽物の多い地形であることも手伝ってアサシンなら十分アーチャーを撒けるがそれをするとアーチャーがフリーになる。
アーチャーを無視して士郎に合流すると今度はこちら側がアーチャーの狙撃に晒される羽目になりかねない。
人間や自分のような並レベルの耐久力しか持たないサーヴァントを仕留めるのに士郎が使うような大威力の宝具など必要ない。急所に矢なり弾なりが当たれば人は呆気なく死ぬものだ。
その意味でこのアーチャーは他のクラスのサーヴァント以上の脅威と言えよう。―――ましてまだ切り札を秘蔵しているのならば尚更だ。
桐一文字を村雨に持ち替え、敢えて姿を晒してアーチャーと向かい合う。



「違う刀……?」
「そうだ。こちらが私の真の宝具だ。お前もまだ隠している宝具を出すといい。
それとも、使えるだけの条件がまだ整っていないのか?私にはお前が何らかの機会を待っているようにしか見えないが」
「!」



何ともわかりやすい。アーチャーの顔に「図星です」と書いてあるかのように感情が読み取れる。
ウェイブや出会ったばかりの頃のタツミに匹敵するほどの正直さだ。
しかしこれではっきりした。アーチャーの宝具は何らかの条件を満たさなければ使用できないタイプなのだ。
帝具にもそういった条件を満たさなければ使えない奥の手を秘めたものは少なくない。村雨もそのうちの一つだ。

アカメに言わせれば、戦いとは相手と面と向かって斬り合うところからなど始まっていない。
挑発、ブラフもまた立派な戦いの、敵を殺し自らが生き抜くのに必要な術であり戦術だ。
特にああいった対人に不慣れな、恐らくは怪物殺しで名を上げて英霊に至ったであろう手合いにはこうした言葉による攪乱が覿面に作用する。


282 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:42:23 9tg.Nwf20
今が一刻も早くマスターの下へ向かわねばならない危急の時であるかに関係なく、相手に本来の実力を発揮させない術があるなら迷わず使うべきだ。

(―――勝負は紙一重になる)

相手の宝具の性能は未知数。そして戦場では未知という事柄が即、死に直結する。だからこそ極限まで頭脳を行使し最善の一手を掴み取らねばならない。
敵はアーチャー。ならば持ち込んでいるとすれば射撃に関わる宝具である可能性が高い。真名解放で強力な射砲撃を撃ち込むタイプか、あるいは村雨の奥の手のような自身の性能強化か。
いずれにせよあちらの奥の手は直撃すればアサシンを一撃で蒸発させるに足る代物であることは間違いない。
本来なら慎重に、時間をかけてその本質を見極めるべきなのだが今はそれをしている時間がない。

「アーチャーのサーヴァント―――」

敢えて殺気を顕わにして構えを見せる。
アーチャーが息を吞む音が聞こえた。それで良い、そうでなくては困る。
つけ入る隙は二つ。彼我の対人戦闘経験の差ともう一つは相手にとってもこちらの宝具は未知数であるという事実。
サーヴァントとしてのスペックでは恐らくアーチャーの方が上だろう。しかし基本パラメーターが高ければサーヴァント戦に勝てるとは限らない。というかもしそうなら聖杯戦争はバーサーカーの奪い合いだ。
故にアサシンが取る戦術は相手のペースを乱した上での速攻。宝具という本領を発揮させる前に仕留めるのがベストだ。

「―――葬る」

生か、死か。
この戦いは長くはかからない。双方がそう予感していた。





     ▼  ▲




逃げるか、迎え撃つか。
選択にかけた時間はそう多くはなかった。

作戦は半ばほどまでは上手くいっていた。
まず狙撃を行うにあたって不足していた魔力はアサシンから融通してもらうことで補填した。マスターとサーヴァントを繋ぐ回路(パス)は決して一方通行ではない。
そして自分の狙撃でライダーとアーチャーの足を止めた隙にアサシンがライダーのマスターを殺し、適度にライダーの注意を惹きつつ最終的に離脱するのが作戦だった。

だがライダーの洞察力を見誤ったか、最後の仕上げの段になって策を見破られた。
おまけにアーチャーもライダーに味方するかのようにアサシンを足止めしはじめた。アーチャーにもこちらの陣容を見抜かれたと見ていい。
こうなると令呪でアサシンを呼び戻すわけにもいかなくなる。アーチャーを自由にすればライダーに対処している隙に狙い撃たれてしまう。
アサシンにはどうしてもアーチャーを止めていてもらわなければならない。
せめてもの足掻きに魔術回路を閉じて魔力を探知されないようにしつつ人通りの多い大通りを走っているが―――



「…まあ、諦めるわけないよな」



肌を突き刺すような重厚な威圧感は魔術回路を起動させずとも存分に感じられる。
如何なる代償を払ってでも必ず殺すという気迫の全てが衛宮士郎一人に注がれていることも。
そもそもアサシンを無視してこちらに来ている時点で覚悟の程が伺い知れるというものだ。
新たなマスターとの再契約の可能性を捨ててまで殺しにかかってくる。そんな退路を封じた敵に常道など通じるはずもなし。

交差点に差し掛かったところで止まり、魔術回路を起動した。周りではライダーの殺気に充てられた人々がパニックに陥り我先にと逃げ出している。どうでもいい。
視界共有を行った際に得たライダーの戦闘情報から奴を迎え撃つに最適な剣を選び保存する。パニックを収めるべき警察官ですら恐慌状態になっている。…どうでもいい。



「――――投影、装填(トリガー、オフ) 」

その剣を手に取った時、周囲一帯に伝わるほどの衝撃とともに鬼神の如き英雄が降り立った。
あちこちで車が衝突し、悲鳴と怒号が音楽のように鳴り響いている。……何もかもどうでもいい。
見ているのは滅ぼすべき敵のみだ。


283 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:43:13 9tg.Nwf20

機神英雄、ライダー・マキナが踏み込んだ。
その姿はかつてアンガ・ファンダージを迎え撃った時のような悠然とした歩みではない。全てを賭けて相手を討つ、高速の踏み込みだ。
可能な限り敏捷性の劣化を抑えて無理な高速移動を行った結果、残っていた魔力の過半を消費した。常時発動している宝具がこの状況では災いし、マキナの現界可能な時間をさらに削る。
同じ黒円卓の大隊長でもシュライバーやザミエルなら魂喰の魔徒のスキルを完全に使い潰すことでマスター不在時の魔力を補い戦闘力の劣化も三分の一から半分程度にまで抑えてみせるだろう。
だがマキナだけは駄目だ。単独行動もそれに替わるスキルも持たないマキナにはマスター殺しという戦略が致命的に作用する。
現にサーヴァントとしての性能は既に十分の一を切った。―――だが、そうであっても衛宮士郎を三度殺して余りある。



「 全工程投影完了――――是、射殺す百頭(セット、ナインライブズブレイドワークス)」



ならば勝てるものを用意すればいい。
瞬時に振るわれた絶拳を迎え撃つのはオリンポスの大英雄が使ったとされる斧剣。彼の英雄が編み出した奥義の一つ。
如何なる不死身の敵をも殺し尽くすことを目的に生み出された超高速の連続斬撃。
九つの剣閃が直撃すれば、今のライダーでは即死を免れない。

では、ライダーはこの奥義を前に命を散らす程度の存在なのか?
否。そうであるはずがない。



九の斬撃に重なるように繰り出された連撃。
本来のそれよりも劣化を免れぬとはいえ彼の大英雄の筋力すらも投影して放った対人奥義は完膚なきまでに防ぎ切られた。
ばかりか、投影した斧剣すらも破砕しガラ空きになった衛宮士郎のボディ目がけて更なる追い討ちをかける。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)」

士郎の左手から光が漏れる。
ライダーほどの大英霊を相手にたった一つの策で挑むなど有り得ぬ愚行。故に備えは常に脳裏に在る。

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス )!!」

不完全ながらに展開された衛宮士郎が持ち得る最強の護り。ライダーの追撃に合わせるように拳と衝突する。
生半な攻撃など跳ね返すはずの盾はしかし、一瞬にして砕かれさらに絶拳が士郎の身体を捉え高々と宙へ飛ばした。

まさしく詰みの状況。空を駆ける術を持たない身ではどんな英雄であっても空中での自由な動きはできるものではない。
地上へ落ちたが最後万全の姿勢から放たれるライダーの攻撃の前に儚く命を散らすだろう。
―――何の備えもなければ、の話だが。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)。
―――赤原猟犬(フルンディング)!!」

元より盾などでマキナの終焉の拳を防げるなどとは期待していない。肉体へのダメージを抑えるクッションの役割を果たせば十分以上だった。
故に打ち上げられた後の対処策も準備済み。黒塗りの洋弓と如何なる敵にも追尾し追い縋る概念を持つ魔剣を投影し空中から即座に発射した。
四十秒をかけて魔力を込めればセイバーですら射手を斃す以外の手段では対処できないポテンシャルを秘める剣。だが不完全な態勢で放った一撃では到底ライダーを射抜くには足りない。
残り少ない魔力を振り絞り繰り出した左拳で概念ごと粉砕。同時に士郎が着地、ライダーは躊躇なく接近する。


284 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:44:49 9tg.Nwf20



「凍結、解除(フリーズ、アウト)……!」

ライダーがフルンディングを迎撃するために費やした一瞬の時間こそ衛宮士郎が最も欲したものだった。その時間で投影準備を済ませていた白と黒の双剣を顕現させる。
ライダーの拳に合わせて双剣で防ぎ、そして一撃の下に砕かれた。だが砕かれる度に新たな双剣がその手に握られ、辛うじてライダーの攻勢を防ぎ続ける。
砕かれる毎に新たに投影し直すのではライダーの攻撃速度に対応しきれない。故にこの段階に至るまでに数十もの数の投影を準備し防ぎながらそれらを解凍、同時に脳裏に新たな投影を貯蔵し直す。
明らかに破綻した戦い方だ。こんな方法では遠からず自滅するのは明白。そもそも防げてはいてもライダーの拳は双剣越しに衛宮士郎の肉体へ着実にダメージを蓄積させる威力を持つ。
だがライダーも今となってはもはや不滅最強の存在ではない。故にこの攻防も長くは続かなかった。

「……!」

二十七。それだけの双剣を砕き次の一撃を繰り出した時異変が起きた。
何者も粉砕するはずの終焉の拳が突如干将を砕ききれず、亀裂を入れるに留まった。
その変化を見逃さなかった士郎がここぞとばかりに後退しライダーとの距離を稼いだ。



弱体化もここまで極まったか、とライダーは僅かに嘆息した。
如何なるサーヴァントの如何なるスキルや宝具も、駆動し維持するためにはマスターからの魔力提供が必要不可欠。それを欠けば本来不変のはずの宝具の威力も激減する。
衛宮士郎との会敵を果たした時点でライダーの拳は終焉の拳などとは到底呼べない代物にまで成り下がっていた。
そうでなければ如何に英霊の力を引き出しているとはいえ人間の魔術師をこうまで攻めあぐね、あまつさえアイアスを砕くのに一瞬もの時間を浪費するなどという無様を晒すはずもない。

ライダーの両拳には亀裂が入っていた。それだけではなく霊基そのものが大幅に損耗し彼を構成するエーテルの肉体が悲鳴を上げている。
常のライダーならばともかく、マスター不在の現状では彼といえどもオリンポスの大英雄の技や北欧の魔剣を代償なく打ち払うことはできなかった。
端的に言って弱った霊基に負荷をかけすぎたのだ。このダメージもどちらかといえば自傷・自爆の類に近い。
だが十分だ。この霊基(からだ)でもまだ眼前のマスターを屠るには十分な力が残っている。



「アサシンのマスター。認めよう、この戦いは俺の敗北だ。
我がマスターを殺したのは貴様達の武勲であり俺の失着だ。…だが仮初めであれ主は主。貴様を終焉に落とすまではこの舞台を降りる気はない。
敗北は認めるが、勝利までは譲らん。―――ここで俺と共に消えろ。それが貴様に相応しい終着だ」

ライダーは既に死に体だ。霊基は罅割れ能力値は二十分の一以下にまで至り宝具もほとんど機能していない。何よりあと数分現界を保つことすら困難な有り様だ。
ならば士郎は万全の態勢でライダーの猛攻から逃げ切れるかと言えば、それもまた未知数。アサシンから融通してもらった魔力の大半を消費し攻撃を受け止め続けた代償に身体には大きなダメージが蓄積している。
どちらも等しく満身創痍。

「いいぜ、それならとことんまで殴り合ってやる。どちらかが倒れるまで……!」

破損し使い物にならなくなった干将を破却し新たに同じ剣を作り直す。
ここまで来れば後は聖杯戦争の常道などどこにもない意地の張り合いだ。根負けした方が先に倒れるだけのシンプルな勝負。
遠くで何かが落ちたような轟音が聞こえた。その音を合図に両者は再び踏み込んだ。


285 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:45:30 9tg.Nwf20


【みなと@放課後のプレアデス 死亡】


【D-3/街中/一日目 夕方】

【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] ダメージ(中)、軽度の火傷、魔力消費(小)、満開ゲージ八割、若干の動揺と焦り
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯狙い。ただし、すばるだけは元の世界へ送り届ける。
0:アサシンに対処。
1:アイ、セイバー(藤井蓮)を戦力として組み込みたい。いざとなったら切り捨てる算段をつける。
2:すばるへの強い罪悪感。
3:不死のバーサーカー(式岸軋騎)を警戒。
4:ゆきは……
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
ライダー(マキナ)及びアーチャー(ストラウス)に襲撃をかけました。両陣営と敵対しています。
アサシン(アカメ)と交戦中ですが、マスター(衛宮士郎)の姿は視認していません。
みなとがライダー(マキナ)のマスターだと確信しています。

【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)
[装備] 『一斬必殺・村雨』
[道具] 『桐一文字(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
0:アーチャー(東郷美森)を速やかに排除する。
1:士郎の指示に従う。
2:黒衣のサーヴァント(ストラウス)を強く警戒。対策を練る
【備考】
士郎を通してセイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を把握しました。


【C-3/交差点/一日目 夕方】

【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] ダメージ(大)、魔力消費(大)、疲労(大)
[装備] 干将・莫邪
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
0:ライダー(マキナ)と決着を着ける。
1:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)を利用して戦艦を操るサーヴァント(甘粕正彦)を倒させる。
【備考】
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を看破しました。またエクスカリバーの性質及び刃渡りの長さを把握しています。
アーチャー(ストラウス)を把握しました。

【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae】
[状態]霊基消耗(大)、両拳損傷(小)、魔力消費(極大・戦闘に甚大な支障)、人世界・終焉変生発動不可能
[装備]機神・鋼化英雄 (機能八割以上減衰)
[道具]
[所持金]最早意味なし
[思考・状況]
基本行動方針:――――――
0:アサシン(アカメ)のマスター(衛宮士郎)を屠る。それまでは消えない。
[備考]
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
マスター不在です。現在ステータスは二十分の一以下に低下、何の措置も取らなければ数分以内に魔力切れで消滅します。


286 : ◆H46spHGV6E :2017/03/02(木) 14:46:12 9tg.Nwf20



以上で修正作の投下を終了します。
主な変更点は以下の通りです

・士郎が最初の狙撃に使う宝具を村雨(投影)から偽・螺旋剣に変更
・美森が健在、マキナが消滅間近ながら存命、士郎の負担増
・戦闘続行中
・アカメの視点からストラウスがアカメの存在に気づいていた可能性を示唆

戦闘の決着については他の書き手諸氏のリレーに委ねたいと思います。
この度は修正作業に多大な時間を費やし長期間に渡りキャラを拘束してしまったことをお詫びいたします。


287 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/02(木) 17:30:50 CZVzGYwA0
投下お疲れ様です。
まず初めに、長期に渡る修正作業を課してしまったことをお詫びします。そして改めて修正ありがとうございます。内容と修正点に関しましては、私としてはこれで問題ないと考えます。

衛宮士郎&アカメ、マキナ、すばる&東郷美森、アイ・アスティン&藤井蓮、イリヤ&ギルを予約します。


288 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/02(木) 18:02:05 c3Ju2i4U0
投下、及び大規模に渡る修正お疲れ様です。

自分も
アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)
佐倉慈
乱藤四郎&ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)
浅野學峯&バーサーカー(玖渚友) 予約します。


289 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/02(木) 18:14:46 c3Ju2i4U0
自己リレーになりますが、バーサーカー(式岸軋騎)も追加しておきます


290 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/07(火) 01:03:09 IIHHc6160
延長します


291 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/07(火) 23:57:30 6BZf5Mnc0
延長します


292 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:07:09 i6y6kayU0
予約分を投下します


293 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:08:21 i6y6kayU0

 



 日が落ちた鎌倉にて、灼熱の太陽を思わせる業火の波濤が轟いた。それは鉄骨を飴細工のように溶かし、瓦礫や人命を炭一つ残さず消滅させる焦熱地獄の大熱波。秘匿の意思など、真実絶無。常世の者よ刮目せよ、我らの進軍に震えるがいい。震え、慄き、逃げ惑い、我が炎を余す所なく脳裏に刻み付けよ。
 それはまさしく覇者の進軍だった。地獄と現世が繋がったような光景が悲劇の連鎖に晒される鎌倉市に顕現するに至った、とあるサーヴァントが吹っ掛けた"戦争"。その顛末を語る前に、我々は一つ知っておかなければならない。蒼の深淵を覗き込み、深奥にて微睡む死線の主を知らなければならない。
 
 そも。バーサーカー……玖渚友というサーヴァントは、決して強者などではない。
 嘗て日本中を震撼させた究極絶無のサイバーテロリスト集団、『仲間(チーム)』を統べる女帝。蒼色サヴァンとも呼ばれる彼女の頭脳は埒外の領域に達している。その凄まじさたるや、ある碩学が生涯を賭して積み上げた大研究を、その気になれば三時間そこそこの時間で完遂出来てしまう程だ。
 だが仮に彼女がバーサーカーではなく、その魔術師めいた手腕を評価されキャスターのクラスで召喚されていたとしても、マスターの為にその頭脳を全霊で使う事はまず無かったろう。彼女の全ては、ある一人の青年に向けられているからだ。もしも彼が消えたなら自分は世界を壊すと豪語し、現にこうして破壊の権化として召喚されてしまう程に、玖渚友は戯言遣いの青年を愛している。彼以外の人間が玖渚を召喚した所で、引き出せるスペックは全力の三割が精々だろう。
 要するに、玖渚友は戯言遣いにしか扱えないサーヴァントなのだ。理性を保ち、持ち前の頭脳が完全に機能するキャスタークラスでさえそうなのだから、怒れる破壊者として召喚された彼女を従えられるマスターなどそもそも居る訳がない。
 その気になれば総理大臣の座すら簡単に取れると称された天才中の天才・浅野學峯ですら、彼女の手綱を引くどころか、そもそもまともに運用する事さえ出来ていないのが現状なのだから、他の人間ならばまず間違いなく予選の段階で死んでいる。不運にもこのサーヴァントを召喚してしまった浅野は、持ち前の人心掌握術で市長の立場を勝ち取り、戦力面の欠落を他の面から補うことで今日まで勝ち残ってみせたが、そんな事が出来る人間など日本中見渡しても数える程しか居まい。
 そして何より大きいのが、この鎌倉の聖杯戦争に於いて、サイバー技術の関与する隙が余りにも少なすぎる事だ。もしもこれが電脳世界を舞台とした聖杯戦争だったなら、玖渚友は間違いなく最強クラスのサーヴァントとして鎌倉を地獄に突き落とした筈である。
 騎士王、大隊長、英雄王、赤薔薇王、第一盧生、奇跡の魔女、幸福の怪物――そういった恐るべき強豪達とも真っ向から鎬を削り、場合によっては討ち果たす事もあったかもしれない。それ程までに、サイバーテロリストの長であった彼女と電脳世界との親和性は高いのだ。反面、玖渚は現実世界との親和性が最悪レベルに低い。
 生前から今に至るまで、身体スペックは障子紙も同然の超低数値。従える仲間達も、一人を除いては狂化してしまった時点で糞の役にも立たない気狂いにまで落ちさらばえる。情報操作等の腕は未だ健在だし、現に彼女はとっくのとうに鎌倉市のインフラを掌握しているのだったが、生憎と此度の聖杯戦争は普通ではない。

 平然と街中で宝具を抜き、民間人を虐殺し、英霊としての姿を晒す。
 謂わば、神秘秘匿の原則が抜け落ちている。それこそ今の鎌倉市は、中東の紛争地帯と比べても何ら遜色ない、それどころか危険度で数倍は上回る、神秘と死がそこら中に跋扈した魔境と化していた。そんな街の中で、情報を操り、掌握する事に一体どれほどの意味があるだろう。
 それで押さえ付けられるのは一定以下のサーヴァントと、良識に縛られたマスターのみだ。民衆に囲まれ、悪評を叩き付けられた所で、邪魔だ死ねと蹴散らす輩がごまんと居るこの鎌倉では――情報の持つ意味は余りに心許ない。断言しよう、玖渚友は詰んでいる。死線の蒼が勝利する結末は何処にも存在しない。
 尤も、聡明な彼女の事だ。こんな誰にでも考察出来るような事を、他ならぬ死線の蒼ともあろう人が見落とす筈はない。不都合な現実から目を逸らして逃避するだけの人間味がもしも彼女にあったなら、そもそも英霊・玖渚友は誕生していない。玖渚友はとっくのとうに自分の破滅を認識し、それが秒読み段階である事も含めて承知の上だった。

 ――そして黄昏の終わりに玖渚は、自身が住まう城へ迫る赤き焔の死神を視認した。


294 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:09:16 i6y6kayU0
  ◆  ◆


 赤騎士、出陣――霊体ではなく実体を露わにし、軍靴の音色を響かせながら、アーチャー……エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグは死線の寝室を目指していた。仮初の主・辰宮百合香への報告を終え、再び闘争を求めて歩き出したその矢先に、奇妙な魔力の波長を感知した為である。
 それを例えるならば、"誕生"。つい先程までは確実に存在しなかった魔力反応が、突如ある地点に再出現した。グラズヘイム、ヴェヴェルスブルグ城の住人として凡百の英霊を遥かに越える闘争を踏んできた者だからこそ解る、怒りに満ちた剥き出しの殺気。空気を伝って此処まで届く程なのだから、間違いなくクラスはバーサーカー、もしくはアヴェンジャー。復讐者の英霊にも興味は有るが、現実的な線としてはやはりバーサーカーか。
 それも、中途半端な狂化ではない。恐らくは理性も人格も失って、本能と僅かな意思の残滓のみを寄る辺にする手合い。Aランク相当の深い狂化を受けている事を、エレオノーレは伝わってくる殺気の質から看破した。――面白い。理性を欠いているのは残念だが、破壊を求めるならば買ってやろう。
 笑みを浮かべ、気配が生じた方……駅前方面へとエレオノーレは歩を進め始めた。それが、数分前の事だ。この時には既に、彼女が感知したバーサーカーを消滅状態から修復した親玉の青色サヴァンは、自身の寝室へと迫る赤騎士の存在を視認している。斯くして、死神は死線の城下町へと踏み入った。それと同時に、彼女に闘争を齎す狂気が再度爆裂する。


「■■■■■■■■――――!!」

 耳を劈く咆哮。
 遠方にて感じた通りの殺気を全方位に放ちながら、無数の釘が打ち込まれた鉄塊を振るうはバーサーカー。民家の屋根上から得物を振り上げて襲い来る彼を、エレオノーレは己の剣で以って迎撃する。剣と鉄が猛烈な勢いで激突し、爆発と見紛う程眩い火花が散った。
 剣で撲打を受け止めたエレオノーレの足元が、大きく陥没する。赤騎士のステータスは決して低い物ではないが、バーサーカーは筋力面においては完全に彼女の上を行っていた。流石に、最高ランクの狂化が施されているだけは有る。もしも直撃しよう物ならば、さしものエレオノーレでも大ダメージは免れないだろう。
 続けて真横から薙ぐ鉄を、今度は剣閃で受け流す。返しに曲芸のように華麗な閃を放ち、バーサーカーの身体に手傷を刻み付けていく。今彼女が切り裂いたのは、バーサーカーの鼻だ。剣士の戦略に、敵の末端部位を次々と切り落とし、動揺と狼狽を誘うと言う物がある。別段それを狙った訳ではないが、そういう戦法が確立される程、部位の欠落が人間の心理に齎すダメージは大きいのだ。事実まともな理性の残ったサーヴァントであれば、鼻を失った時点でそのペースを大きく乱されていてもおかしくはない。
 然し、そこは理性なきバーサーカー。身体の末端が飛ばされたからどうした、知った事かと暴威を撒き続ける。
 
 社会の裏側に存在するあらゆる世界に於いて平等に忌まれ、恐れられる殺人鬼集団――零崎一賊。
 バーサーカーこと式岸軋騎は『仲間』の一員でありながら、零崎に名を連ねる殺人鬼、零崎軋識でもあったと言う話は既に語られた通りだ。愚神礼賛と名付けた凶器を振り回し、一賊の敵を悉く鏖殺してきた彼だが、然し彼単体で英霊として召喚できるかと言えば、否である。
 仮に召喚出来たとして、狂化の効力を最大限に受けることが出来たとしても、今ほどの高ステータスを得られはすまい。神秘の薄れた現代、人間由来の反英霊として、今の軋識が持つスペック、特に筋力のランクは明らかに異常な域に達していた。それこそ、場合によっては神話の英雄や怪物にも匹敵しかねないレベルまで。
 その事に気付けないエレオノーレではない。自分と同じ、ともすればそれよりも年代の新しいサーヴァント。宝具を使うでもなく愚直に殴り掛かるのみの彼が何故、此処までの暴威を振るうに至っているのか。砲弾の爆裂めいた衝撃に持ち前の剣技で対抗しながら、エレオノーレは口を開いた。
 
「……成程。妙だとは思っていたが、貴様――使い魔の類か」

 つまり、この男はそもそもサーヴァントなどではないのだ。
 エレオノーレは使い魔と口にしたが、無論、魔術師の飛ばす偵察用の蝙蝠やら鼠やらとは訳が違う。在り方としては極めて近いが、この偽バーサーカーに任されている役割は恐らく破壊と駆逐だ。現代の人間に分かり易い表現をするのなら、戦地の空を飛び回って死と焦熱を振り撒く無人爆撃機が一番近いだろうか。


295 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:10:03 i6y6kayU0


「差し詰めキャスター辺りの宝具かな。貴様を何度殺そうが、魔力源のマスターが生き永らえている限りは其処から燃料を吸い上げて無限に復活する、そんな所だろう」
「■■■■■■■■――――!!」

 所詮は鈍器と刀剣で打ち合っているだけ。絵面としては地味ですらある一騎と一体の戦闘の余波だけでコンクリートは砕け、電信柱には亀裂が刻まれていく。最高位の剛力と最高位の柔技が真正面からかち合えばどうなるかを端的に示した光景だった。
 普通の戦いならば此処らでどちらかが宝具を開帳してもいい頃合だ。にも関わらず、どちらもそうする気配がない。その理由は、少なくともバーサーカーに関しては明快だった。
 彼はあるサーヴァントの宝具により、電脳の海を依代に顕現した疑似サーヴァントである。そういう出自である故に、バーサーカーは宝具を持たない。彼の殺し道具である釘バットも、宝具と呼ぶには余りに神秘が欠乏していた。
 対するエレオノーレが己の宝具を抜かない理由も、其処にある。尊き幻想(ノウブル・ファンタズム)を持つでもなく、誇りも信念も狂気の汚濁に塗り潰された傀儡人形。幾ら力が強かれど、そんな相手に自らの炎を開帳する等、赤騎士の矜持が許さない。
 
「何にせよ、つまらん主を持ったらしいな。同情するよ、木偶人形」
「■■■……■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■ァァァァァ――――ッ!!!!」

 エレオノーレが口にした主への侮辱の言葉。それを耳にした瞬間、バーサーカーの咆哮が単なる暴性だけではなく、明らかな赫怒の念を含んだものへと変化した。只でさえ頭抜けた域にある剛力が、より一層激しく迸る。エレオノーレとしても、彼がこれほどまでに過剰な反応を見せてくるのは予想外だった。狂化した事で精神面が単純化しているのも激憤の原因なのだろうが、それを差し引いても理性なき破壊者らしからぬ挙動であった。
 彼は今、主への侮辱を受けて激昂したのだ。黙れ、お前如きがあの方を語るなと。最高位の狂化を付与され、理性も分別も一片残さず押し流された思考回路で、それでも忠誠のままに吼えたのだ。其処には自分がこのように災害めいた走狗として扱われている事への不満など、微塵も見て取れない。こんな有様に成り果てて、自分と言う物を殆ど削ぎ落とされていながら、この男は今も変わらず主君への忠と愛を抱き続けていた。
 その事に僅かに驚いた様子を見せるエレオノーレだったが、その剣技には未だ微塵の隙も無い。攻撃の回転率をリミッターの外れた筋力に任せて引き上げていくバーサーカーに、相変わらず鋭く迅い刺突と斬撃で以って拮抗していた。――口に咥えた煙草の火が、バーサーカーのスイングが起こした風で掻き消される。

「分からんでもないがね、そういう感情は」

 呟く赤騎士の脳裏に浮かぶのは、彼女が唯一絶対の至高と奉ずる光の魔君の面影だった。
 仮に己が存在を砕かれ、零落させられ、何もかもを踏み砕かれ、貶められても。底無しの憎悪と狂気だけが残った残骸に成り果てようとも、自分は黄金への忠義を決して失わないだろう。どんな姿形だろうと、確たる魂がこの宇宙に残っている限り、自分は金色の彼に全てを捧げ続けるだろう。有り得ない事だが万が一、いや億が一、兆が一彼の覇道が踏み躙られる事があったなら、地を這い泥を啜ってでも生き延び、報復に向け刃を研ぎ続けるだろう。
 これはつまり、そういうことだ。真に誰かへ忠する者の胸に宿る思念は、狂気の中に在っても薄れない。
 
「良いだろう、来るがいい狂戦士。貴様の忠誠に、私が今終わりをくれてやる」

 返事は咆哮だった。人間の鼓膜を一瞬で破る程の大音量を口腔から撒き散らしながら、破滅の風車を回し続ける。


296 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:10:42 i6y6kayU0
 それにエレオノーレは捌く、避ける、いなす、受け止める――永遠の戦徒として積み上げてきた極限の研鑽、其処で手にした人外の戦技を駆使して対応していく。彼女は、騎士だ。相手が当初の想像以上に価値ある魂の持ち主だったとしても、一度剣のみで討つと決めた以上はそれを貫くのみ。
 彼女の振るった剣が狂気の猛打を掻い潜り、バーサーカーの胸を浅く切り裂いた。それを皮切りに、これまで保たれていた戦況の拮抗が一気に崩壊の様相を見せる。さしずめこれは、狂気の力、言ってしまえば不正に得た力と、常識を逸脱しているとはいえその身一つで勝ち取った力の差か。
 胸を、腹を、腕を、足を、首を。剣の切っ先が切り裂いて、血飛沫が霧のように虚空へ舞い上がる。
 バーサーカーは痛みを感じない。故に怯む事もない。どれだけ自分の身体が傷付こうが、死線を害さんとする破壊すべき存在が其処に在る限り戦闘を継続する。その内両眼が潰れ、耳が削げ、喉仏が両断されて咆哮すら碌にあげられなくなりながらも。彼は、赤騎士に向かい続けていた。
 
「■■……■、■■…………ッ!!」

 全身を血で染め上げられながら、力任せに真上から一撃を見舞うバーサーカー。それを受け止めたエレオノーレの足元が、また伝わってくる衝撃に耐え兼ねて崩壊する。
 好機だ。あと一撃あれば、押し切れる。そう思ってバーサーカーは、横薙ぎに攻撃を切り換えるが――

「幕だ」

 其処で、バーサーカーが腕を振るうよりも速く突き出されたエレオノーレの剣が、彼の霊核を過つことなく一息に貫いていた。これまで只の一度として攻撃を繰り出す手を止めず、望まれるままの破壊者であり続けたバーサーカーの動きが、止まる。世界が停止したような光景だった。やがてエレオノーレは彼の胸より剣を抜き、付着した血糊を振り払って数歩後退する。戦いは決したと、その動作が無情に告げていた。
 戦闘続行スキルを持っていればいざ知らず、サーヴァントでないが為にそういった後ろ盾を一切持たない彼では、此処から巻き返す事はまず不可能だ。にも関わらず、理性が消滅しているからか、バーサーカーは尚も愚神礼賛を振るわんと血の滴る豪腕に力を込める。エレオノーレは知らない事だが、バーサーカーは今から一時間程前、彼女をすら遥かに凌駕する腕を持つ超級の剣士に敗北を喫していた。
 霊核を破壊されて消滅し、魔力を基に復元されたバーサーカー。正気を失っていながら、同時に忠誠心を己の深奥に残している彼。燃料さえあれば自在に復活する事の出来る身だと言うのに目の前の戦いに固執しているその姿は、これ以上愛する主から失望されたくないと奮起しているようでさえある。
 尤も、彼の真意は狂気に塗り潰されている。エレオノーレにも、或いはそれを手繰る主にすら、何が正しいかは解らない。然し只一つだけ、確かに解る事があった。

 それは――彼の主は、この狂戦士の想いを汲み取らない、と言う事だ。


297 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:11:07 i6y6kayU0
  ◆  ◆




「■、■■、■■■■、■■■■■■――――」


「■、あ■、あ■あ■、■ぁあああ■――――」


「あ、ああ、ああああ。■ぁああああ――――っ」


「あー、あーーー。あーーーーっ」


「……よし。やっとまともに喋れるようになったね」


「それじゃあ――真っ赤な真っ赤な死神ちゃんを、"私"のところまでご招待しようかな」


  

  ◆  ◆


298 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:11:54 i6y6kayU0


『――ぐっちゃん、聞こえる? それとも、もう無様に消滅しちゃったかな?』

 突如として狂戦士達の戦場に響いたのは、幼さを多分に残した少女の声だった。
 念話だの何だの、摩訶不思議な手段で声を届かせている訳ではない。もうめっきり使われていない、電信柱の上部分に括り付けられた町内放送用のスピーカーから、その声は響いていた。声の主である死線の娘は電脳分野の覇者である。ちょっとした道具さえあれば、通信機能のジャックなんか三十秒も掛からない。

「■■……■■■■■ッ!?」
『あは、何言ってんのか全然分かんないや。でもま、ぐっちゃんが何を言いたいのかは大して重要じゃないんだよね』

 其処に、文字通り身を粉にして戦った部下への労りなんてものは欠片も存在しない。
 それどころか真実、声の主――バーサーカーの主たる少女は、彼の奮闘等何とも思っていなかった。感じ入る物が無いと言えば、まだ優しい。感じる物がそもそも無いと言うのが、現実だ。少女にとって重要なのは壊せるか壊せないか、ちゃんと自分の思う結果を作ってくれるかどうか。徹頭徹尾それだけである。
 
『"もういい"よ。ぐっちゃんはもう、なーんにもしなくていいから』
「■■――」
『あれ、聞こえなかった?』

 そしてバーサーカーは、彼女の期待に応えられなかった。そもそも最初から期待されていたかどうかからして怪しいが、兎に角彼は、彼女が求めただけの成果を収める事が出来なかった。だからこの時、彼は主に見捨てられたのだ。これ以上余計な雑音を奏でる必要はないと、そう告げる。

『"もういい"んだよ。私は、そう言った』
「――――」

 その言葉が最後の止めになったかのように、バーサーカーはその場で崩折れ、地に膝を突いた態勢のまま金色の粒子となって虚空へ解けていった。それを見送り、赤騎士はスピーカーへと目線を向ける。其処に宿る感情は、嫌悪だ。バーサーカーに共感していた訳では無いし、彼女が従僕に掛けた言葉に義憤を燃やした訳でもない。
 もっと簡単で、それ故に一番どうしようもない理由。――即ち、根本的な問題だ。
 声を聞いただけで湧き上がってくる苛立ち、吐き気にも等しい嫌悪。同性としてどころか、そもそも同じ生命体としてこの女とは相容れない事をエレオノーレは確信する。誰彼構わず魅了の香を撒き散らし、悲劇の主役を気取る自分のマスターにも彼女は並々ならぬ悪感情を抱いているのだったが、それとはまた別なベクトルで、エレオノーレにとってバーサーカーの主であろう女は度し難い存在に感じられた。
 もしも今、バーサーカーの主たるこの人物が己の目の前に居たのなら、一秒の迷いもなく灼熱の業火でその存在を滅却していた事だろう。そんな感情を両の瞳へ浮かべながら、赤騎士は続きの言葉を待つ。このタイミングでわざわざ念話も用いず介入してきたと言う事は、つまり念話では会話できない相手に用があったからに他ならない。何を言われようがこれから行う事は変わらないが、エレオノーレは黙して続く言葉を待つ。

『さ、煩いぐっちゃんには退場して貰った所で――初めましてかな、聖槍十三騎士団黒円卓第九位、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグちゃん?』
「ほう。貴様のような女も、黒円卓の名は知っているのか」
『ナチ公御用達の鈎十字を付けた火傷顔(フライフェイス)の女サーヴァントなんて、黒円卓の魔操歩兵以外には居ないでしょ。少し調べれば簡単に分かったよ』
「そうかよ、塵。ならばこの後貴様が辿る末路も、当然承知しているのだろうな?」
『勿論』

 歴戦の兵士が縮み上がり、歯を震わせて後退りするような桁違いの殺気を通信越しにぶつけられても、少女に何ら臆した様子は無い。ごく平然とした口振りで、彼女はエレオノーレの詰問に応じた。――己の下にこれからこの赤騎士が侵攻してくる未来を承知していながら、恐れも焦りもしていない。胆が据わっていると言う表現だけでは到底形容し切れない、超然とした物がその応答にはあった。


299 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:12:40 i6y6kayU0


 エレオノーレもそれに驚くでもなく、気に入らんとばかりに鼻を一つ鳴らすだけだ。
 そう、存在を確認した以上、赤騎士は少女のサーヴァントを絶対に逃さない。街を戦火に染めながら、人命を薪木代わりに燃やしながら、魂を吸い上げながら、狩猟の魔王めいた威容で紫煙を燻らせて、蒼の女王を極刑に処すべく地の果てまででも追い立てるだろう。
 無論其処に、炎を抜かないだとと言う縛りは存在しない。正真正銘、万全の赤騎士が蒼の世界を塗り潰す。

『見えるかな? 其処からそう遠くない場所に、多分この街で一番大きなマンションがあるんだ』
「……」
『その最上階に、私は居る。殺したければ、おいで』

 だと言うのに――彼女は何と、自分の死神と成り得る魔弾の射手に、わざわざ己の居城を教えてのけた。
 これにはさしものエレオノーレも眉を顰める。何故なら、発言の意図が解らない。
 自分を罠に嵌めて葬り去ろうとしているのなら滑稽極まるが、どうもそう言う訳でも無いように聞こえる。

「解せんな。貴様、何を考えている?」
『別に? 何も考えてないよ、私は。と言うより考える事からして、もう無意味って所があるからね』

 要領を得ない、意味深長な返しだった。
 エレオノーレは相変わらず険しい表情をしたまま、彼方の方を見据える。見れば其処には確かに、少女が言う通りの高層マンションが聳え立っていた。あの最上階に、この不気味なサーヴァントは居を構えていると言う。普通に考えて、これは警戒して然るべき場面だ。つい数十秒前まで敵対していた相手をいきなり自陣に招き入れるなど、あからさまに不審が過ぎる。どんな馬鹿でも、何か裏が有ると一発で気付くだろう。
 赤騎士もそれは同じだ。然し、彼女は斃すべき敵が居ると解った時点で進軍と蹂躙を決めている。罠や奸計が待ち受けているのであれば、それ諸共に焼き払うまで。純粋に高過ぎる実力と能力を兼ね備えたサーヴァントだからこそ可能な思考を基に、彼女は"美味すぎる話"に真正面から乗り込んでいく。

「――今、至高の焔(ローゲ)を届けよう。首を洗って待っていろ」
『りょーかい。待ってるよ、死神ちゃん』

 そうして――バーサーカー・玖渚友は自らを敵駒の真ん前へと置き、詰みの運命を引き寄せた。


300 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:13:23 i6y6kayU0
  ◆  ◆


「が――」
 
 ――無人の市長室にて、鎌倉市現市長を努めるその男が苦悶に胸を抑えた事を知る者は居ない。
 
 自他共に認める全分野の天才である浅野學峯は当然、自身の体力を管理する手段など当たり前の基礎知識として心得ている。強さを希求する上で武術の研鑽にも手を出した彼は其処で、如何に効率よく身体を動かすかを学んだ。浅野もそろそろ若いとは言えない年齢だが、それでもちょっとやそっとの運動では息が荒れる事さえない。年甲斐もなく長距離走なんかしたとしても、陸上選手顔負けのスコアを叩き出せる自信が彼にはあった。
 その彼が、脂汗を顔中に浮かべてみっともなく膝を突いていた。目はこれでもかと見開かれ、呼気は病的な物を連想してしまう程荒く、吐き気も催しているのか時折身体が不規則に引き攣っている。何らかの発作が出たとしか思えない彼の有様は、然し日頃の不摂生に由来する物ではない。
 
“駄目だ……幾ら何でも、消耗が大き過ぎる……ッ”

 彼のサーヴァントである、バーサーカー。その宝具により呼び出される、戦う手段を持たない死線の代わりに暴れ狂う殺戮者。それが討伐されて実体を失った事により、再出現を可能とするだけの魔力の吸い上げが行われたのだ。一級サーヴァントにも匹敵するスペックを持つ殺人鬼の完全復元に要する魔力は、魔術師ではない浅野にとっては殺人的と言っていい分量だった。
 午前中に要求された魔力供給の際にも凄まじい消耗を強いられたが、今回のそれは度を越している。と言うのも、浅野はつい一時間程前にも同じだけの魔力吸引を行われていた。その時点で、浅野は既に満身創痍。それに輪を掛けて枯渇しかけの魔力プールを一気に吸い上げられたのだから、最早彼の身体は困憊という次元にすらない。二画目の令呪を使う羽目になったが、勿体振ってはとてもいられなかった。
 意識を保っていられる時点で、奇跡。浅野の強靭な精神力と肉体だから、どうにか身動き一つ出来ない程度で済んでいる。怒りの一つも覚えて然るべき消費の連続であったが、浅野は自分の身を案ずるよりも先に、自分とそのサーヴァントを包んでいる状況に強い危機感を抱いた。
 ――二度だ。これだけの短時間で、あの釘バットが二度滅ぼされた。

“耐えられて、あと一度……それ以上は私の心臓が先に潰れてしまう――バーサーカーめ……!!”

 浅野學峯と言う男が、これほど純粋に他者への苛立ちを示す事は珍しい。
 そもそも彼を苛立たせる事からして常人ではまず困難と言う事があるのだが、その点バーサーカー……玖渚友はやはり異常だった。浅野程の男をして恐怖し、平伏するしかなかった狂える天才。こと"敗北"に対して極めて強い拒否反応を発する浅野にしてみれば、彼女の存在は聖杯戦争を勝ち抜く為の希望であり、同時に一秒たりともこの世に存在している事を容認出来ない怨敵に違いなかった。
 浅野にとって玖渚友は、"頼れる味方"ではなかった。常に自分に殺意を抱かせ、意識するだけであってはならない劣等感に苛まれる劇物のような女。挙句この通り、浅野を一番消耗させているのは他ならぬ彼女の従僕だ。味方なのか敵なのかさっぱり解らないと、皮肉の一つも溢したくなる。


301 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:14:21 i6y6kayU0

 ――彼は、知らない。何も知らない。今、自分のサーヴァントが何をしようとしているのか。狂化の縛鎖をその天才的な頭脳で"理解"する事で外し、無限の破壊衝動を抱きながら正気を取り戻した死線の蒼が、己の寝室である高級マンションの最上階に何を招いたのか。
 何も知らされぬまま、浅野學峯は失墜の時を迎えようとしていた。彼にとって玖渚友と言う天才は恐るべき存在であり、許し難い目障りな存在であり、無視出来ない恐怖の象徴だった。この世界で暗躍を重ねている間、浅野の頭の片隅にはいつも人知を超えた青色サヴァンの影があった。
 彼の殺意を玖渚友は察知していたのかもしれないし、全く気付いていなかったのかもしれない。
 されど、きっとそれはどちらでも同じだ。結末は何も、変わらない。
 玖渚友と言う天才にとって、浅野學峯と言うマスターは終始全てを衝動のままに破壊する上で必要な生命維持装置兼燃料源程度の認識でしかなかった。『仲間』のように好き勝手に動かす駒ではなく、自身に敵意を抱く油断ならない男でもなく。玖渚友にとっての浅野學峯は、結局、只の路傍に転がる石ころだったのだ。

 その事実を浅野が知らずに済んだ事は、彼の不運ずくめな聖杯戦争の中で、数少ない幸運であったと言えよう。
 空手の師範代に敗北し、打ちのめされた程度の挫折で、後一度でも負ければ自分は発狂死すると言う程己を追い込んだ男が、己の羨み、恐れた天才が最初から最後まで自分の事を"何とも思っていなかった"と知ってしまったなら、その精神は間違いなく無事では済まない。彼は、壊れていたかもしれない。
 だが、幸いそうはならなかった。浅野學峯は致命的な敗北と取り返しの付かない挫折に跪く事なく、死線と離別する。
 
 ――彼を責める事は誰にも出来ないだろう。彼は天才だが、玖渚友はそういう枠で図れる存在ですらなかった。それだけの事で、それまでの事なのだ。


  ◆  ◆


 進撃は蹂躙と共に行われる。
 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグとすれ違った人間が、一人残らずその魂を貪られた。何故なら彼女は魂喰の魔徒。サーヴァントとして呼び出される以前から既に"魂を喰う"と言う概念に精通していた生粋の捕食者だ。加え、それを包み隠すと言う心配りが存在しないのだから民間人としては堪った物ではない。彼女がサーヴァントとして召喚されておきながら、未だ街が街の機能を保っているのは違う事なく奇跡の一つであった。
 進む、進む。紫煙の香りを燻らせながら、赤騎士は蒼の寝室へと近付いていく。異変を感知した警備員が数人、彼女を取り押さえようと現れたが、次の瞬間には生命機能と魂を失って目を見開いたまま屍と化していた。結局、焔の魔人が最上階に辿り着く迄に犠牲となった人間の数は三十以上。誰かを殺めたと言う自覚さえあるか怪しい気軽さで、それだけの命が聖杯戦争の露と消えたのだ。
 そうして――

「…………」

 赤騎士の軍靴の音色が、死線の寝室の、その前で停止した。
 ノックをする礼儀をこれから撃滅する敵に対して払う理由はない。中から入室の合図が聞こえる前に、エレオノーレは扉を睥睨すると同時に超高熱で溶解させ、何に憚る事もなく"其処"へ土足で踏み込んでいく。彼女の姿はまさしく異境の侵略者。一つの王政を終わらせる悍ましき死神に違いなかった。
 然し、こうして実際に現れた赤騎士を前にしても、少女の顔に恐怖の色が浮かぶ事はなかった。
 かと言って、笑顔を浮かべる事もない。最愛の男が目の前から消えた事への怒りと破壊衝動と、それとはまた別な事に対する激情を蒼の瞳の奥に渦巻かせながら、少女――玖渚友が、エレオノーレの方を見た。その瞬間、比喩ではなく空気が質量を持ったように重くなるのをエレオノーレは感じる。半面を火傷に覆われた鬼女の貌が、不快そうに歪んだ。

「"らしい"じゃないか、バーサーカー。女帝気取りの貴様に、実に相応しい寝室だ」

 エレオノーレは此処に踏み入るまで、釘バットのバーサーカーを操っていたサーヴァントはキャスターであると思っていた。だが、一目見た瞬間にそれは誤りだったのだと確信する。歴戦の戦徒である彼女から見ても、この死線を統括する青色のサーヴァントは"異常"な存在だった。白兵戦が出来るとは思えないし、魔力の波長も大して感じない。にも関わらず、その矮躯から絶えず発せられている殺気は魂を喰らう魔人達のそれにすら匹敵している。


302 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:14:56 i6y6kayU0

 こんな女が、正気である筈がない。このような女が喚ばれるとすれば、あらゆる狂気を許容するバーサーカークラス以外には有り得ない。
 玖渚友と言う女は、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグに言わせれば"虫酸が走る下種"だ。その第一印象は、こうして実際に顔を合わせた今でも何も変わっていない。然し彼女程の豪傑ですら、内心では玖渚の脅威としての評価を密かに改めていた。もしもこれの実力が最大限に発揮される舞台で聖杯戦争が行われていたなら、自分ですら対処に難儀したかもしれない。他でもない黒円卓の大隊長が、何の世辞でもなくそう直感した。エレオノーレは死線が巻き起こした災禍を知らないが、それでも彼女の秘めたる"此処では活きない力"を察知する事は出来た。

「察しが良いね、赤騎士ちゃん。正解だよ」
「それで? 己の破滅を自ら招き入れた自覚は有るのかよ狂女。
 よもやこの期に及んで、盟を結ぼうなどと戯言を言うつもりではないだろうな」
「何を言った所で殺すんでしょ? そんなこと、知ってるよ」

 心臓が停止するような桁違いの殺意を浴びせ掛けられても、玖渚はやはり平然としている。
 恐怖に慄くどころか、怯みすらしないのだ。下手な英傑、英雄の何倍も強固な胆力の持ち主である事は疑いようもなかった。狂気の有無など、一切関係ない。青色サヴァンにその異常性有る限り、何人たりとも彼女に"人間らしい顔"をさせる事は叶わない。例外は無いと言えば嘘になるが、少なくともエレオノーレにはそれは不可能だ。

「でも――その様子だと、赤騎士ちゃんは何も知らないんだね」

 エレオノーレの眉間に皺が寄る。どういう意味だと、彼女は尋ねた。

「私はね、気付いたんだよ。気付けた、って言うべきかもしれないけどね。
 なんてったって私には時間が有り余ってたから。主戦場の制圧とそれを使った破壊は召喚されて二日も掛からずに終わっちゃったから、後はぐっちゃんが現実の部分をありったけ、全部全部壊してくれるのを待つだけ」

 凡そ情報分野を支配する英霊の中で、玖渚友は間違いなく最強格だ。
 そんな彼女にしてみれば、県一つならまだしも、街一つ程度の情報網及びサイバー部門を掌握するくらいなら一日と少しも時間があれば簡単に終わってしまう程度の些事であった。現に彼女の情報面に作用する破壊はこの地獄絵図の中でも一向に敷かれない警備・救助・避難体制と言う形で現出しており、間接的に犠牲者の数を大きく増加させている。
 それを早々に終えた玖渚は、バーサーカー・式岸軋騎の暴れる様を観測し、時にカメラや通信を乗っ取って彼の暴虐をサポートしながら、狂気で自閉した脳髄を機械めいた高速さで回転させ始めた。彼女の頭脳は何も、情報分野限定ではない。そちらが強すぎるだけで、玖渚友は他のあらゆる分野にも超級の頭脳を以って当たる事が出来る。
 何せ玖渚はAランクの狂化を付与されていながら、"天才であるから"と言うそれだけの理由で、狂っていながら見掛け上は意思疎通が成り立っている――そんな高位狂化バーサーカーの原則に反する様な在り方を実現していた。狂化した状態ですら天才であり続けられる彼女にとって、狂気の檻を破る事は決して不可能ではなかった。


 ――頭の内側に食い込んでいた狂化の茨を外すまでに、凡そ半日。
 それでも破壊の逸話からの顕現と言う経緯からか"暴君"の気性までもを収める事は出来なかったものの、燃え盛るような破壊衝動を抱きながらその頭脳を回すくらいは彼女にとっては朝飯前だ。まして、事前に狂化付与と言う厄介な枷の解除に成功しているのならば尚更の事。
 破壊と言う本能に従いながら、玖渚はその片手間で考えた。聖杯戦争とは何か。鎌倉の聖杯戦争に、何があるのか。


 結論は数時間で出た。そして、玖渚は思った。――やってられっか、と。


303 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:15:31 i6y6kayU0


「茶番だよ、全部。付き合ってられない――どだい、がっちゃんの方も直に限界っぽいしね。
 壊して壊して壊して壊し尽くす事を望まれて顕象した私は、遠くない内に用済みになるだろうから」
「貴様は……何を言っているのだ?」

 エレオノーレには、玖渚の言葉の意味が皆目理解出来ない。
 狂人の妄言のように聞こえるそれは、然し妄想では有り得ない確たる根拠に基づいているように聞こえた。
 黄金を奉じ、獣の修羅道に身魂を捧げた赤騎士に恐怖と言う感情は最早存在しない。彼女は、死線の蒼を恐れない。
 だが、エレオノーレはこの時、眼前の無力なサーヴァントの瞳に深淵の海を見た。底のない蒼色の世界。身を投げよう物なら最果てまで沈み続けるしかない、異界の入り口めいた深みと悍ましさを確かに見た。これぞ、どんな天才ですら屈服させてきた、死線の蒼と言う怪物の恐ろしさである。


「壊すのは、別に何とも感じない。どうでもいいから。
 狂うのは、別に何とも感じない。どうにでもなるから。
 叶わないのは、別に何とも感じない。興味がないから。

 でも、いーちゃんへの気持ちを利用されるのは――流石の"僕様ちゃん"も、腹が立つ」


 全てを知った玖渚友は――結論から言うと、激怒した。
 聖杯戦争の真実に。その余りに冒涜的な真相に。激怒して、投げ出した。
 そして自ら、嘲る者達の期待を外すように自殺の手筈を整えた。
 おまえ達の望んだ"私"は、怒りのままに期待された役割をこなすだろう。
 されど、"僕様ちゃん"はそうは行かない。暴君とはまた違う怒りで、身の程知らずな愚衆共へ報復するように、死ぬ。
 それが玖渚友と言う天才が辿り着いた、一つの結論であり、最適解だった。

 天下無双のサイバーテロリストが、聖杯戦争で猛威を奮う姿を見たい。
 釘バットの怪人を従え、声だけはでかい英雄共を薙ぎ払う様を見たい。
 其処に生ずる理屈や、彼女の人格を度外視して、痴れた妄想を奏でる■■共。
 
「――ざまあみろ、ってね」

 玖渚は笑う。
 エレオノーレには、解らない。
 その真ん前まで近寄れば、胸倉を掴み上げて童女のような矮躯を宙に浮かせた。

 重ねて言うが、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグには、玖渚友の言っている内容は皆目理解出来ない。
 かと言って、これで何も察せない程エレオノーレは莫迦ではない。この蒼きサーヴァントが聖杯戦争の核心……本来知ってはならない何かを突き止めたらしい事には、彼女も気付いている。であれば、問い質さない理由はない。彼女は聖杯戦争の真実を突き止める事には毛程の興味もなかったが、無知を晒し続ける程恥知らずでもなかった。
 吐かせる必要がある、全てを。蒼色の脳細胞が導き出した、真実を。


304 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:16:03 i6y6kayU0


「自慰に酔うのは大概にして貰おうか。もう一度聞くぞ、貴様は何を言っている」


 ――玖渚は答えない。


「いや……質問を変えようか」


 ――玖渚は怯えない。


「貴様は、何を知っている」


 ――玖渚は笑った。


「■■■■■■」


 そして、言った。
 時が止まったような静寂が、死線の寝室を満たす。
 エレオノーレの口に咥えられ、今も尚紫煙を燻らせている煙草が、静かに床へと落ちる。
 あの恐るべき赤騎士が、明らかな驚愕を覚えている。それこそ驚愕に値する事実が、其処にはあった。

「それが――真実、だと?」

 微笑むだけの玖渚を、乱暴に離してエレオノーレは沈黙する。
 それを見上げる死線の蒼は、笑みを浮かべていた。勝利を確信したような、不敵な笑みを。

「――く。クク、ハハ、フハハハハハハハハ……!!」

 数秒の後に、響いた笑い声はエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグのもの。
 
「……そうか、それが真実か」

 次の瞬間、彼女の貌は、玖渚の物とは全く逆の怒りに歪んでいた。
 エレオノーレにとって玖渚は気に食わない、存在している事自体が許せない質の女である事はこれまで散々述べてきた。彼女が一度これほどの酷評を下した人間の評価を改める事は、まずない。だからこの瞬間に至ってもエレオノーレは玖渚を忌み嫌っていたし、これから彼女を消し飛ばすのに一ミクロンの躊躇いも存在していない。
 然しそれとは別に、共感はあった。これならば確かに、貴様が激昂するのも理解出来る。
 これで何も感じないようならば其奴はそもそも英霊等ではなく、只の下賤な塵芥に過ぎまい。


「感謝するよ。貴様に対する好感は真実微塵も存在しないが、その聡明さは確かに類稀なる物だ。
 故に褒美だ、約定通り至高の焔で浄滅させてやる。――貴様は此処で去ね、死線を司る蒼き狂女よ」


305 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:16:37 i6y6kayU0



 瞬間――エレオノーレの背後に、巨大な魔方陣が出現した。
 それは灼熱の赫色を湛え、焦熱世界(ムスペルヘイム)を満たす業炎が如く爛々と煌めき、その奥よりこの世ならざる聖遺物を常世に現出させる。 

Yetzirah
「形成――」

 これぞ、死線の蒼を焼き尽くす至高の赤。
 赤騎士が誇る炎、それを自在に吐き出す列車砲。
 WW2の遺物として現在に語り継がれているそれは、黒円卓の手により魔人の銃身に姿を変えていた。


 Der Freischütz Samiel
「極大火砲・狩猟の魔王」


 刹那。
 全てを塗り潰す獄炎が、瞬く間に蒼の世界を焼き尽くしていく。

 ――その中にありながら、最期の一瞬まで、玖渚友は恐怖しない。
 自らがこれより何処へ行き着くかも定かではないと言うのに、其処に微塵の不安も感じていない。
 己の行き着く先は一つしかないと、敬虔な修道女のような純粋さで信じているから、玖渚は滅びに対して無敵だった。

「にしても、つまんなかったなあ」

 暴君ではなく。
 死線の蒼として。
 全てを知ったが故、狂気を地力で解いたが故の何処か抜けた様子で。
 青色サーヴァントは滅びの焔を迎え入れる。
 
「やっぱり"私"じゃダメだね。次があるならちゃんとした"僕様ちゃん"で、出来れば電脳世界が舞台だと嬉しいかも」

 マシンは熱に耐え切れず溶解した。
 バーサーカーの召喚は間に合わない。
 生き延びる手段は絶無。
 生き延びる気も、ない。

「ふふ。まあ、僕様ちゃんのマスターが務まる人なんて全多元宇宙を見渡しても一人だけなんだけど」

 自分が終わるその時まで。
 "物語"より解き放たれるその時まで。
 ついぞ、己を恐れ、それ故に殺意を迸らせた一人の傑物の存在など考えもせず。
 にへら、と、暴君では有り得ない呑気な笑顔を浮かべて。


「――ね、いーちゃん?」


 "死線の蒼"――玖渚友は滅却された。


【バーサーカー(玖渚友)@戯言シリーズ  消滅】


.


306 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:17:19 i6y6kayU0


  ◆  ◆


 鎌倉随一とも称された高級マンションが、燃え落ちる。
 最上階から火の手が上がったと思われた次の瞬間には、マンションそのものが巨大な火柱となった。
 中の人間は全員死亡。幸福だったのは、それが熱を感じる暇もない、一瞬の蒸発だった事だろうか。
 恐怖と動揺、そして一抹の高揚を浮かべた野次馬達も、通報を受けて駆け付けた消防隊も、誰一人知らない。
 燃え盛る火柱の中より堂々と姿を現し、そのまま不可視の霊体と化して去っていった軍服の女が居た事を。
 今はもう燃え尽きるのを待つばかりの高層建築物の最上階にて、一人の恐るべき天才が滅んだ事を。

 滅びの焔を最も間近で浴びながら、満足気な笑みを浮かべて死んだ"恋する乙女"が居た事を――誰も知らない。



【C-3/高級マンション最上階/一日目 夕方(夜に近い)】

【アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]軍式サーベル
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を楽しむ
0:――それが真実か。
1:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とアーチャー(ストラウス)は次に会った時、殺す
2:サーヴァントを失ったマスターを百合香の元まで連れて行く。が、あまり乗り気ではない。
[備考]
ライダー(アストルフォ)、ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と交戦しました。
No.101 S・H・Ark Knight、ローズレッド・ストラウスの真名を把握しました。
バーサーカー(玖渚友)から『聖杯戦争の真実』について聞きました。真偽の程は後の話に準拠します。


※C-3・高級マンションは全焼しました。恐らくあと十分前後で倒壊します。


307 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:17:54 i6y6kayU0
  ◆  ◆


「――――」

 未だ爆発的な魔力消耗の余波に苦悶する市長・浅野學峯の表情が、固まった。
 これまで浮かべていた苦しみと殺意の入り混じった鬼気迫るそれですら、最早無い。能面のような無表情と形容するのが、恐らく最も相応しいだろう。他人が見たならその身を案ずる以前に、恐怖で思わず後退りしてしまうだろう程の空虚な顔で、浅野は視線を自らの右手へと移す。
 其処にあるべき、朱色の刻印は最早一画たりとも残されていなかった。それが何を意味するのか、理解出来ないマスターなど居るまい。令呪を全損する程使った覚えはない。これまで浅野が消費したのは二画だけだ。では今、自分が苦しんでいる隙を突かれて何者かに奪取されてしまったのか。――其処まで考えた所で、浅野はもう指一本動かすのも苦痛な困憊の身体を驚く程スムーズに動かし、ソファの背凭れに身を委ねた。

 現実逃避は止めろ。お前/私ともあろう者が、この現実を理解出来ぬ筈がない。それに、只令呪が消えただけではない。これまでずっとこの身を苛んできた契約のパスが完全に消え失せている事に、気付いていない訳でもないだろうに。
 浅野は机の上に置いてある、最後の一本の栄養ドリンクを手に取り、震える右手で蓋を開け、一口喉へ流し込んだ。
 明らかに体に悪い、栄養剤特有の甘さと薬臭さが口の中に充満し、喉へ流れていく。常温で放置し続けた為か既に微温くなってしまっており、喉越しは最悪に近い。それでも、浅野は構わなかった。気を抜けば意識が飛んでしまいそうなこの状況を繋ぎ止められるのなら、彼は濃硫酸さえ喜んで飲み干したろう。

「……そうか」

 天井を見上げ、表情のない顔のまま、彼は口にする。
 その真実を。目を逸らしてはならない、自分を取り巻く現実を。
 浅野學峯と言う"勝者"にとって、あってはならないその事態を。

「逝ったのか、死線の蒼」

 ――己の召喚したバーサーカーのサーヴァント、玖渚友はどうやら死んだらしい。

 一体何処の誰があの天才を葬ったのか、其処に至るまでに何があったのか、浅野は何一つ知らないままだ。念話による連絡は一度もなく、そもそも孤児院襲撃を決行させた旨を連絡してきて以降は一切音沙汰がなかった。最後まで浅野は蚊帳の外に置かれたまま、かの青色サーヴァントと離別した訳である。
 ……サーヴァントを失ったマスターは、一定の時間の後に消滅する。元の世界に帰して貰えるなんて甘い話はない。本当に、この世界から消えてなくなってしまう。
 戦争に負けた上に、何も成せぬまま塵になる。それは本来浅野にとって発狂してもおかしくない無様であると言うのに、不思議と市長の心は静かだった。バーサーカーの不始末に憤るでもなく、今後を憂いて焦り散らすでもなく。あの恐ろしい蒼の存在を二度と見ずに済むと思うと、心に安堵の念が浮かんでくる。


308 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:18:38 i6y6kayU0


“……情けないな。私は”

 浅野學峯と言う男が、天才に付いて行けない程凡庸だった訳ではない。
 彼は間違いなく天才だ。こと人心に対する理解の深さと話術を用いた交渉ならば、浅野は死線の蒼を凌駕する物を持っていた。……或いは、それがいけなかったのか。
 死線の蒼と呼ばれるサヴァン症候群の少女と出会った才人は、誰もが己の敗北を悟る。心を折られる。なまじ優れているからこそ、彼らは自分では決して並び立てない"怪物"と出会した時のダメージが常人に比べて何倍も大きいのだ。それこそ人生が変わってしまう程、強いショックを受けてしまう。
 浅野もそうだった。一目見た瞬間に勝てないと悟り、挫折し、恐怖した。
 この存在を従える――"教育する"事は絶対に出来ないと解ってしまったから、彼は少女を憎むしか出来なかった。
 決定的に"折れ目"が付いてしまった事を自覚しながら、浅野は鉛を詰め込まれたように重い体を無理矢理引き摺って、市長室に備え付けられている電話の下まで歩いて行く。立ったままでは無様な乱れた息遣いが混ざるので、座椅子をわざわざ引っ張ってきて、それに腰掛けた上で彼は予め記憶していた"その番号"をダイヤルした。

「もしもし。此方鎌倉市役所――"市長"の浅野學峯ですが」

 浅野が一体誰に電話を掛けているのか、それをもし他の誰かが知ったなら、とんでもないスキャンダルになるだろう。
 何故なら現職の市長である彼が連絡を取ろうとしているのは、現在進行系で不穏な動きを数多く見せている極道組織、元村組の本部なのだ。マスコミに漏れでもすれば、あの敏腕市長に暴力団との繋がりがあったとはと、大喜びで記事を仕上げてセンセーショナルな見出しを躍らせるに違いない。
 だが浅野は、別に薬や金のやり取りがしたい訳ではない。要件は賭博でも工作でも、個人的な癒着でもない。
 これから行うのは彼にとってれっきとした"仕事"だ。失敗の許されない、鎌倉に来て以来最大の大一番と言ってもいい。
 電話の向こうで、事を察したらしい息を呑む音が聞こえてくる。少し待つように言って、通話の相手は然るべき誰かに代わるべく慌ただしく駆けていった。
 程なくして、通話に"その男"が出る。耳障りな笑い声は、然し今の浅野にとって最大の"希望"だった。

『フッフッフ! お早い連絡だなァ市長殿! だがやはりお前は頭が良い。おれと組む利点をちゃんと理解――』
「ああ、その件なのだがね」

 浅野は、微笑しながら言った。

「バーサーカーは死んだ。私は今この時を以って、サーヴァントを失い消滅を待つだけの身に堕ちた訳だ」


309 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:19:13 i6y6kayU0


『――――』

 浅野には、通話相手――元村組の若頭こと、ライダーのサーヴァントがどんな顔をしているのか手に取るように解った。
 眉間に皺を寄せ、何を言ってやがるんだコイツは、とでも言いたげな渋い顔をしているのだろう、この男は。
 そして事実、その通りだった。ライダー……ドンキホーテ・ドフラミンゴには、この状況で浅野學峯がわざわざ律儀に連絡を入れてきた理由が解らない。

『……お前、何を考えてる?』
「単刀直入に言えば、取引がしたい」
『おいおい、バカも休み休み言えよ市長。サーヴァントを失ったお前が一体何を取引しようってんだ?
 何をしたところでお前はあと半日も保たずに塵と消えるんだ。それともおれに、新しいサーヴァントでも見繕ってくれと頼むつもりかァ?』
「まさか。君は俗な男だが、然し頭の切れる策士だ。
 私がどんな利点を持っていた所で、最終的に戦わなければならない敵を一つ増やすような愚は冒すまい。よしんば君がそれに乗ってきたとして、散々しゃぶり尽くされた挙句契約を笑いながら反故にされるのがオチだろうしね。私としても、そんな事態は避けたいところだ」

 ライダーは、浅野に"まるで別人のようだ"と言う感想を抱いた。
 先程同盟締結の為に彼の下を訪れた際の印象は、"頭は切れるが、押し切れる相手だ"と言うものだった。
 いざとなれば武力で押し潰し、交渉を呑むしかない状況を作ってやればいい。そんな風に思っていたから、ライダーは急ぎはしなかった。だが今の浅野學峯には、妙な気迫と凄味がある。海賊として名を馳せたライダーは当然、こうした輩にも覚えがあった。純粋な力こそ無いが、粘り強く巧妙に交渉を挑んでくる手合い。
 サーヴァントを失ったと言うのに、何故サーヴァントが健在だった頃よりも勢いを増しているのか。その理由は、ついぞライダーには解らなかったが。

「それに、君の敵を増やさずに私が聖杯戦争に復帰する手段も、実のところ無い訳ではないんだ」
『……何?』
「話は変わるが、ライダー。君は随分と、出しゃばりなサーヴァントなんだね」

 その意味が理解出来ないライダーではない。
 彼の沈黙に、浅野は笑みを禁じ得なかった。
 聖杯戦争はリソースの限られた陣営戦だ。最後まで自分のサーヴァントと共に戦い抜くと言うのも勿論悪くはないが、それではどうしても不自由な場面が生じてくる。情報面であったり、魔力面であったり、或いは純粋な戦力面であったり。戦争が進む中で表面化してくる問題と言うのは存外多く存在する。
 だから、先のライダーのように同盟締結の交渉を持ち掛けるのは何も珍しい話ではない。
 この場合問題は、"本来従僕である筈のライダーが、マスターが行うべき交渉の仕事を自ら行っている"事だ。

「非礼を承知で問おう。ライダーよ、君の主は有能かな?」
『てめェ――』
「不具なのか、それとも幼く青いのか。其処までは予想しかねるが、私はこう思っている。
 君のマスターは……言ってしまえば"使えない"。魔力の量や戦闘能力など優れた面も勿論有るのだろうが、少なくとも陰謀を巡らせて暗闘を繰り広げる、なんて事が出来る程頭の切れる人物ではない。その為君はこうしてわざわざ、本来マスターがするべき仕事を代行している」

 今の浅野は、完全に"普段通り"の浅野學峯だった。
 純粋な頭脳、洞察力、考察力、交渉術、人心理解。
 培ってきたあらゆる対人会話の能力を総動員して、ライダー陣営の"事情"を読み取る。言い当てる。
 そして出すのだ、ワイルドカードとなるその一言を。交渉は何事も詰めが肝心。詰めのインパクト次第では、本来成功する取引すらも容易く失敗に終わる。
 その点浅野には自信があった。戦闘や魔力量の問題ならばいざ知らず、頭を回して解決出来る問題なら――"正解"するのは、赤子の手を捻るよりもずっと簡単だ。

「――ライダー、君のマスターと私では、どちらの方が君をより勝利に近付けられると思う?」


310 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:20:05 i6y6kayU0



 一瞬の静寂。
 その後で響いたのは、可笑しくて堪らないと言った調子の、天夜叉の笑い声だった。

『フッフッフッフッ! そうかそうか、おめェそういう魂胆か!!
 ――おれにマスターを取り替えねェかと! そう言ってる訳かァ!!』
「我ながら、悪い話ではないと思っているよ。サーヴァントこそ居ないものの、未だ市長の立場と情報網は有効だ。それに加え、私自身非凡な物を持っている」

 浅野は自分を卑下しない。売り込むべき場面で謙遜するのは阿呆のする事だと、教育者としてそう心得ている。そうでなくても彼は、自分が才人である事をよく理解していた。だからこそ、誰よりもこの話の旨味が解るのだ。ライダーのマスターがどんな人物であれ、即断即決では話を切り捨てられない事も。
 
「只、所詮カタログスペックだけでは信用出来ない部分も有るだろう。返事は何も、今でなくても構わない。私がこの街から消滅するまで、まだ半日近い時間が残されている――それまでの間の私の働きを見て、君がどうするか判断してくれ。……尤も、私が君の立場だったなら、答えは最初から決まっている所だがね」

 浅野にしても、これは賭けだった。何しろ自分の口で言ったように、今の浅野にはサーヴァントが存在しない。新たなサーヴァントを見付けようにも、この満身創痍の有様で街を彷徨こう物ならそれこそ巻き添えで死にかねない。まさしく浅野にとって元村組のライダーは、勝利する為の最後の希望に他ならなかった。
 もしもこの話を蹴られてしまったなら、浅野の敗死はほぼほぼ確定。饒舌に語る彼であったが、まさしく彼は今、運命の分かれ道に立たされているのだ。にも関わらず不思議と心臓の鼓動は平静だった。恐れる事なく、余裕有る心境でライダーの返事を待つ事が出来ている。果たしてこれは、死線の蒼と言う異物が視界から消えた為か。それとも後が無くなった事で、精神が異常な領域に踏み入ったのか。両方だろうなと、浅野は思っていた。

『フ……良いぜ。面白ェ、乗ってやるよ』

 待ち望んでいたその返事にも、過剰に喜びはしない。
 何せ、此処からが本番なのだ。これから自分は――それ自体、認め難い屈辱だが――彼に己の有用性を最大限行動で以って誇示しなければならない。

「ありがとう。では精一杯、君の眼鏡に適うよう奮闘させて貰うよ」
『フッフッ! 期待しといてやるぜ、市長。精々切り捨てられないよう、死ぬ気で頑張る事だ……!!』

 ブツン。耳障りな音と共に、通話が切断された。受話器を置いて浅野は座椅子に戻り、静かに目を瞑る。
 鎌倉の街は今、大変な混迷に包まれている。市役所に鳴り響く苦情と誹謗の電話は殆ど絶えると言う事がなく、浅野自身、まだ片付けなければならない仕事が山積みだった。そんな状況だと言うのに何故、彼は呑気に瞑想めいた事をしているのか。その理由は、次の瞬間に明らかとなった。

 浅野のこめかみや額に、今にもはち切れそうな程の太い血管が次々浮き出てくる。普段のクールで淡々とした彼からは想像も出来ない修羅めいた形相で、浅野はこれまでの自分の有様を述懐する。理性を失くしたバーサーカーに恐怖し、隷属。魔力を吸い上げられて何度となく気絶しかけ、解決出来ていない課題も山のよう。挙句バーサーカーは自分の知らない所で一足先に退場し、これから自分はあの俗なライダーに媚を売る真似をしなければならない。

「有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得ない」

 自分は誰だ? ――浅野學峯だ。浅野學峯ともあろう者が、これほどの敗北と失敗を重ねて何故のうのうと生きている?
 負け癖が付いてしまったのでも言うのなら、それこそ死んだ方が何百倍もマシだ。自分は勝者として、勝ち続けねばならない。踏み越えられる屈辱に甘んじ、敗北と挫折を仕方のない事と受け入れているようでは未来は見えている。そんな惰弱には生きている価値もない。
 自罰する、自罰する。もう何年も忘れていた敗北への嫌悪と怒りが、最凶の教育者を進化させる。
 只でさえ満身創痍の身体に鞭を打って精神を発狂寸前まで追い込んでいるのだから、身体に掛かる負担は尋常ならざる物となっているが、そんな事は瑣末だ。仮眠や休息を取っている暇はない。周回遅れに追い込まれた長距離ランナーが、解けた靴紐を結び直すか? 浅野は否だと考える。本当に勝ちたいと願っているなら靴など必要ない。それを脱ぎ去ってでもゴールに向かい、願った勝利をもぎ取るべきだ。
 変えなければならない、この現状を。その為に、進まねばならない。これまでの自分よりも、一本進んだ自分に。


311 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:20:59 i6y6kayU0



「市長、市長! 少々宜しいでしょうか――!」

 そんな時、ノックの音色が市長室に木霊した。
 一瞬で思考をクールダウンさせ、いつも通りの顔を作ってから入室を促す。
 扉を開けた市職員は、浅野の浮かべる柔和な笑みを見て、一瞬目を見開いた。浅野が笑みを浮かべている事に対して驚いたのではない。誰の目から見ても明らかな程の疲弊を湛えた顔に驚いたのだ。何日も続けて徹夜しているかのような、浅野はそんな疲れきった顔をしていた。
 なのに、どうしてだろうか? 今すぐ医務室に運び込むべきに見える浅野市長から、普段の何倍もの存在感と気迫を感じるのは。自分の気のせいだろうか――思わず棒立ちでそんな事を考えてしまう職員の青年に対して、浅野は口を開いた。

「で、要件は何かな?」
「あ……はい。実は先程、七里ヶ浜に再び沖上からと思われる砲撃が――」
「"ああ、そんな事か"」

 え、と口が動く。
 今、この人は何と言った?
 自分の聞き間違いでなければ、市長は本来頭を抱えて然るべき事態に対し、"そんな事か"と――

「時に、君。その目は良くないな……もっと堂々とすべきだ」

 いつの間にか。
 浅野市長の手が、彼の肩に置かれていた。
 疲弊を湛えた顔が目の前にある。そして耳元に口が近付けられ――


「君は優秀だ。こんな異常事態程度、すぐに解決出来てしまう。
 支配する。支配する。力のある君は、全てを支配する。踏み潰し、制圧する。
 事務作業でも同じ事だよ。強くなければ生き残れない。君は強い。強くなる。強くなって支配する」


 市長室をかの職員が出た時、既に彼は虚ろな目で、ブツブツと何かを呟きながら、仕事だけは驚く程の能率でこなす不気味な有様へと変えられていた。それに驚く間もなく、市長室から姿を現した足取りの覚束ない浅野學峯が、その風体とは余りにも不似合いな優しい笑みを浮かべて職員達の中心に立ち、言う。
 これからホールにて、士気高揚の為の短時間ミーティングを行う、と。
 異論は認めない。黙して従え。無論そんな事を浅野は言わなかったが、誰もが彼の穏やかな声色から、そうした強い強制力を感じ取った。コールの鳴り止まない市役所内に、民間からの電話を無視してまで全ての職員がホールに向けて歩いて行くと言う、奇怪極まる光景が繰り広げられていた。
 全職員が集まった所で、浅野はマイクを取り、パイプ椅子に座ったまま話し始める。――いや、施し始める。

「さあ、戦いはこれからだ」

 洗脳を。人の心を支配し、人格を失う代わりにあらゆる能率を向上させる魔法の話術を。
 浅野學峯はサーヴァントを失い、敗北者になった。高慢なる大海賊に媚を売り、自分の有用性を認めさせねばならないと言う、惨めな労働者の立場になった。浅野の心は既に度重なる屈辱で崩壊寸前。仮にこの計画に失敗したならば、彼は身体が消滅する迄もなく発狂死するだろう。
 ――故に勝負は此処から。全てを失った男は、然し未だ支配する力を持っている。


 彼の覚醒を以って、鎌倉市役所は一つの巨大な人形館と化した。



【C-2/鎌倉市役所/一日目 夕方(夜に近い)】

【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]無し
[状態]魔力消費(極大)、疲労(極大)、執念、サーヴァント喪失
[装備]防災服
[道具]
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。しかし聖杯に何を願うべきなのか―――?
0:私は勝利する。
1:ライダーのマスター権を手に入れる。
2:辰宮百合香への接触は一時保留。
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:ランサー(結城友奈)への疑問。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)と接触。表向き彼らと同盟を結びましたが状況次第では即座に切るつもりです。
ランサー(結城友奈)及び佐倉慈の詳細な情報を取得。ただし真名は含まない。
サーヴァントを喪失しました。このままでは一定時間の後、消滅します。


312 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:21:41 i6y6kayU0
  ◆  ◆


 ドンキホーテ・ドフラミンゴと言う人物は、浅野學峯を高く評価していた。
 混乱の鎌倉市を統括する身分でありながら、一切のボロを出す事なく事を進めるその頭脳。他者から読み取れる場所に情報を残さず、全てを己の脳裏に叩き込む事で情報漏洩の可能性を絶無にすると言う合理的思考。其処を買って、ドフラミンゴは彼と、正確には彼らの主従と手を組みたいと考えていたのだ。
 然しさしもの彼も、浅野のサーヴァントが討たれたと聞いた時には驚いた。ドフラミンゴは彼のサーヴァントが一体どんな人物だったのかすら知らないが、どうやらあの優秀な男をして扱い切れない程、ピーキーな性質の英霊だったらしい。
 尤も、真に驚くべきは其処からだ。何と浅野は、サーヴァントを失った身でありながら自身に取引を持ち掛けてきたのだ。此方の事情を僅かな情報から完璧に見抜き、其処に付け込んでマスターの座を奪い取ろうと画策し、浅野は実行に移した。崖っぷちに立たされて後がない状況であるとはいえ、凄まじい胆力と言う他ない。

「さァて、どうなるかねェ」

 浅野學峯がどうなろうと、ドフラミンゴにとっては構わない。彼が成り代わりに成功するにしろ失敗するにしろ、ドフラミンゴにしてみれば得しかないのだ。
 浅野はこれから自らを売り込む為、市長の権限と持ち前の頭脳を最大限発揮して此方の陣営を援護してくれる。その時点で既に、非常に強力な手札だ。後は現在の自分のマスター……乱藤四郎と浅野學峯を比べてみて、今後の戦いが容易になると踏んだ方を正式にマスターとして認めればいい。
 と言うのも、浅野學峯と言う男は優秀だが、それ故に侮れない相手だからだ。いざマスターの権利を握るや否や、令呪を用いて自身を駒の一つに変えてしまう可能性もある。非常に高い王としての矜持を持つドフラミンゴにとって、それは許し難い事態であった。だから、直ぐに返事はしない。ギリギリまで判断を渋り、どちらが今後の為になるかを見極めた上で、乱か浅野のどちらかを切り捨てる。そういう腹積もりだった。

“まァ……それでもどっちを取るかは見えてるけどなァ。フッフッフッフッ……!!”

 天夜叉は嗤う。刀剣男士の迷いも天才市長の執念も、全て平等に見下した上で、掌で躍らせてほくそ笑む。
 浅野は自身の部下を全て忠実な人形に変えてしまったが、ドフラミンゴに言わせれば、浅野もまた人形の一体だ。
 ドフラミンゴの前には無数の可能性があった。大海賊は今、自由に未来を選ぶ権利を持っている。


【B-4/元村組本部/一日目 夕方(夜に近い)】

【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]総資産はかなりのもの
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
0:新市長の提案に乗る。いざとなれば乱を切り捨てるのも吝かではない
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。が、ランサーはもう用済みだ。
2:軍艦のアーチャーに強い危惧。
[備考]
浅野學峯とコネクションを持ちました。
元村組地下で屍食鬼を使った実験をしています。
鎌倉市内に複数の影騎糸を放っています。
ランサー(結城友奈)にも影騎糸を一体つけていました。しかしその影騎糸は現在消滅したため、急遽新たな個体をランサーの元に派遣しています。
上記より如月&ランサー(アークナイト)、及びアサシン(スカルマン)の情報を取得しています。

※影騎糸(ブラックナイト)について
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)の宝具『傀儡悪魔の苦瓜(イトイトの実)』によって生み出された分身です。
ドフラミンゴと同一の外見・人格を有しサーヴァントとして認識されますが、個々の持つ能力はオリジナルと比べて劣化しています。
本体とパスが繋がっているため、本体分身間ではほぼ無制限に念話が可能。生成にかかる魔力消費もそれほど多くないため量産も可能。


313 : 深蒼/真相 ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/08(水) 18:22:05 i6y6kayU0
  ◆  ◆


 そんな陰謀が繰り広げられている事など露知らず、乱藤四郎は聖杯戦争の趨勢を見守っていた。
 嘗ては刀剣男士として歴史修正主義者と果敢に戦いを繰り広げていた彼も、サーヴァントの破壊が入り乱れるこの鎌倉では勝利を祈る事しか出来ぬ無力な存在でしかない。自らの現身である短刀で敵を切り伏せるでもなく、主として己のサーヴァントに策を授けるでもなく。
 見た目通り、無力な少女のように――それを見ているだけ。天夜叉の暗躍が実を結び、全ての主従が倒れ、自分が聖杯の前に立つ瞬間を願い、待っているだけ。このままでは行けないと、頭では解っている。然し解っていても、乱に何かを変えられる力はない。前線に出て戦おう物ならドフラミンゴに嘲笑された挙句、刀剣としての矜持を侮辱され、後ろに引っ込んでいろと言われるのが関の山だ。

“……どうすればいいんだろう”

 また、遠くの方で音がした。大きな音。何かが壊れたか、爆発したような音。
 聖杯戦争は止まらない。自分は、その流れから一人取り残されている。
 
“ボクは――”

 乱は、まだ知らない。
 こうして悩み、考えている間にも、彼の命運は悪魔のような男によって天秤に掛けられている事を。
 彼が抱き、夢見た理想の未来が、無力と言う怠惰の対価として失われようとしている事を。
 彼は果たして、全てが終わる前にそれに気付くのか。狂える天才に、勝てるのか。
 それとも――天夜叉と言う名の巨大な"鳥カゴ"から、飛び立つ事が出来るのか。


【乱藤四郎@刀剣乱舞】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]短刀『乱藤四郎』@刀剣乱舞
[道具]なし
[所持金]割と多め
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、いち兄を蘇らせる
0:……どうしよう
1:魂喰いを進んで命じるつもりはないが、襲ってくる相手と聖杯戦争の関係者には容赦しない。
2:ランサーを利用して聖杯戦争を有利に進める……けれど、彼女の姿に思うところもある。
[備考]


  ◆  ◆


 そして――

 何も知らず、白痴のように幽閉された"かのじょ"は、夢見るように停止していた。
 奇しくも、幸福の夢に堕ちた嘗ての教え子と同じように。
 どこまでも救われないまま、屍食鬼・佐倉慈は其処に居る。


【佐倉慈@がっこうぐらし!】
[令呪]三画
[状態]理性喪失、魔力消費(小)、寄生糸による行動権の剥奪
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
※慈に咬まれた人間は、マスター、NPCの区別なく彼女と同じ状態になります。
※彼女に咬まれて変容した者に咬まれた場合も同様です。
※現在はB-4/元村組本部の地下室に幽閉されています。周囲には常時数名の見張りがついており、少なくとも自力での脱出はほぼ不可能です。


314 : 名無しさん :2017/03/08(水) 18:22:31 i6y6kayU0
投下を終了します


315 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:04:46 OZZemC9E0
投下乙です。
玖渚が辿りついた真実、彼女と相対するザミエルの描写が熱い。玖渚を屑と断じ、軋識の忠義に思うところを見出し、そして真実を前に激高するザミエルがとてもらしく、圧倒的な力の描写も相まって強者の風格というものをひしひしと感じられました。
そして玖渚と理事長という、特徴的な文体・雰囲気のある原作キャラの再現度が素晴らしく高く、特にその部分が唸らされました。誰よりも弱いはずが誰よりも常軌を逸した精神性のみを以て強者を圧する異常者である玖渚も、ひたすらに勝利を渇望し高すぎるプライドを持つ理事長も、行動といい台詞といい文体から発せられる雰囲気といい原作さながらといった具合で感服する他ありません。
改めて投下お疲れ様でした。

私も予約分が完成しましたので投下させていただきます。


316 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:06:00 OZZemC9E0




【点在、非在、偏在を確認】

【監視継続】

【時間流への介入を開始】

【……】

【時間軸・221184000秒前】

【アクセスしますか?】

【……】





 ………。

 ……。

 …。





   【7年前】


   【星宙の詩編 1/4】





 ………。

 ……。

 …。










「ねえ君、星を見なかったかい?」

 満点の星々が輝く、とある夜のこと。
 病室の片隅で生まれた不思議な邂逅は、そんな一言から始まったのだった。





 ――――――――――――。


317 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:06:44 OZZemC9E0





 「みなと」という少年を一言で表現するならば、病弱児というのが妥当であろう。
 彼は生来病弱な身の上だった。物心ついた頃から病院暮らし、出歩けたことなどほとんどなく、白くて冷たい無機的な病室だけが自分の知り得る宇宙(せかい)の全てであった。

 そのことについての不安や恐れは、あまりなかったように思う。
 あの頃は幼く、死というものをよく分かっていなかったというのもそうだが、単純にいつか治って退院できるのだと希望を抱いていたのだ。
 ただ、自分で見渡せる世界の風景が人よりもずっと狭かったから、もっと広い世界を見てみたいなと、ずっと夢見ていた。

 例えば宇宙、例えば星々。
 そうしたものを見て、触れて、広い世界を実感することができたならば、それはとても素敵なことだと思った。


「君、僕が見えるのかい?」


 "彼"との出会いは、酷く唐突なものだったように思う。
 いつもと同じ一日が終わろうとしていた夜、開け放たれた窓から堂々と病室に分け入ってきた彼は、何かを探しているようだった。
 だからみなとは何をしているのかを尋ね、彼はまず驚いた。

 綺麗な男の子だった。
 見たことのない格好をした、けれど不思議と似合ってる、そんな子。
 朗らかに語りかけてくる彼は利発そうで、みなととしては何だか圧倒されるばかりであった。

「ねえ君、星を見なかったかい?」

 "彼"の問いかけに、みなとは心当たりがあった。
 何日か前に見た、とても多くの流星雨。
 夜空に輝く宇宙からの星屑を、みなとは大きな感慨と共に夜通し見続けていたのだ。


318 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:07:15 OZZemC9E0

「そう、それが僕らの宇宙船ってわけだ」

 彼は語る。みなとが見た流星雨は壊れた宇宙船やエンジンの欠片で、彼は故障した宇宙船を直すため、一人地上に降りてきた宇宙人なのだと。
 みなとに、彼は指先に収まるくらいの小さな宝石のようなものを見せてくれた。
 彼は"それ"を集めるため、みなとの病室にお邪魔したのだそうだ。

「このキラキラはいわば可能性の結晶。僕たちの宇宙船のエネルギー源でもある。あの流星雨となって地球に降り注ぎ、人々の心に宿ったんだ」

 彼の話は難しく、それ以上に神秘的で魅力的だった。いつしかみなとは、彼の語る言葉に夢中になっていた。

 だから、これ以上長居はできないと言う彼に、みなとは縋った。
 僕にも手伝わせて、と言ったのだ。

 その本心が、親切心こそ嘘偽りないものでこそあれ、大半が未知の世界に対する期待であったことは言うまでもない。

「それは助かるけど……君、寝てなくていいの?」

 だから、"彼"の訝しげな疑問の声も、その時は全く聞く余裕がなくて。
 みなとはただ必死に、差し出された腕を掴み取ったのだった。



 彼は僕を、暗い病室から連れ出してくれた。僕にとって彼は、初めての友達だった。
 彼は名をエルナトと言った。そう名乗られたのではなく、僕が名付けたのだ。
 おうし座の二番星、僕の一番好きな星。
 そう言ったら、じゃあ君は一番星のアルデバランかい?と言ってきて、二人して笑い合った。


319 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:07:36 OZZemC9E0

 エルナトは僕に"魔法"をくれた。僕たちはそれを使い、夜毎キラキラを集め歩いた。
 ある時は公園の片隅に、ある時は病院の通路に。
 捨てられた植木鉢をひっくり返してミミズと一緒に見つかったり、眠っている猫の隣に落ちていたこともあった。
 キラキラは色んなところにあって、空を翔けて町中を巡り歩くという体験は、僕にとってかけがえのない思い出となった。
 不思議なことに、僕たちの姿は誰にも見つかることはなかった。それは心のどこかで小さな疑問になったが、敢えて尋ねることはなかった。

「僕たちの宇宙船は物質でもありエネルギーでもあり、あるいはそのどちらでもない。重ね合せのような存在なんだ」
「重ね合せ?」
「そう、色んな可能性が幾重にも重なり合っているんだ。そういう意味では人間も僕らの宇宙船と似ていると言えるかもしれないね。
 特に幼い子供は"何者でもない"からこそ、"何者かになれる"というたくさんの可能性の間で揺れ動いてる」

 エルナトは語る。そんなたくさんの可能性を持つ人間の心で育まれ、やがてその人が「何者か」になると、失われた可能性と共に心からはじき出されたものが、このキラキラなのだと。
 彼の話はやっぱり難しくて、その時の僕は半分も理解しきれていなかったと思う。
 けれど、彼の語る言葉で一つだけ、どうしても気になることがあった。

「はじき出されたら、どうなるの?」

 問われ、一瞬だけエルナトは顔を伏せる。
 その横顔はどこか、寂しそうにも見えた。

「何者になることもなく、消えてしまうね」

 ……可能性の結晶。選ばれることなく消えゆく運命にある者たち。
 僕にはなんだか、愛おしく感じた。



 それは過去。彼の記憶、少年の記憶。
 今は擦り切れ薄れてしまった、けれど確かにそこに在った、輝かしい思い出の日々。
 彼の生涯において最も尊く、それ故に聖杯の恩寵を望むまでに絶望してしまうことになる、その幕開けでもあったのだ。





   ▼  ▼  ▼


320 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:08:08 OZZemC9E0





 ―――魔力充填。

 手に持つ二挺の拳銃と肩口に現出させた更なる二挺の長銃に弾丸となる魔力の充填を完了させると同時に、黒髪の少女が一直線に突っ込んできた。躊躇というものが微塵も感じられない、迷いのない動き。両手で構えた細身の刀は古風な日本刀のようにも見えた。
 一撃目は右から。鈍い銀色の刀身が、弧を描いて美森の喉に迫る。

「させない……!」

 クイックドロウの要領で放った速射弾が目の前で弾け、炸裂する衝撃とマズルフラッシュが無理やりに剣の軌道を捻じ曲げる。襲い来る刃は数センチしか逸らせなかったが、美森にとってはそれで十分。生まれた隙を逃さず後方へ跳躍すると同時に、滞空させていた長銃の片方を選択して魔力を解放。解き放たれた青色の魔力弾がアサシンの体を貫くかと見えた瞬間、彼女の姿は陽炎のように美森の視界から掻き消えた。
 それは特異なスキルや宝具、あるいはそれらに類する異能の行使の結果ではない。
 単純な敏捷差の顕れである。
 アサシンのサーヴァントたるアカメは、極めて高い敏捷性を誇る。体術に身のこなし、一瞬が全てを決める暗殺稼業においてアカメは速度を極めるに至った。
 対して美森は敏捷性という一点においては劣悪を極めるサーヴァントである。彼女の場合、最低値を示すEの敏捷性は生身の肉体における下半身不随を表すものであるからして、実際の移動性能及び動体視力は実数値よりもいくらかマシであるとはいえ、アカメの速さとは雲泥の差であることに変わりはない。先の攻防における姿の消失とは、すなわちこの差が生んだ結果であるのだ。

(けど……!)

 それは誰よりも美森自身が自覚している。しかし、だからといって彼女に勝機がないと言えばそれは否だ。
 アカメの攻撃手段とは構えた刀による刺突・斬撃である。それは言いかえるなら、攻撃に至るには敵に接近し、そして腕を振るうというプロセスを経ねばならないということだ。投擲という手段もあるが、こちらもむしろ斬撃よりも隙が増える以上は同じことが言える。
 すなわち、接地における一瞬のタイムラグ。それがアカメの弱点。
 圧倒的に不利な対剣士戦闘における、美森に残された唯一の勝機である。

 更に二つの銃を具現化すると同時に、残る一つを加えた三挺の長銃をそれぞれ壁、地面、上空へと配置。虚ろな夕闇に光を穿つ。三本の光条は互いに交わらぬ軌跡を描き、踏み込みのために静止したアカメへと同時に襲い掛かる。

 少女の剣が、舞う。

 二本の光条がただ一度の斬撃によって掻き消され、残る一本が最小限の動きで回避される。
 微かな驚きが、美森の表情を覆った。
 アカメの攻撃から逃れるために、御幣めいた外布を操作して左側方へと飛び退る。アカメの剣が闇に閃き、その動きを塞ぐ。防御に重ねた拳銃は呆気なく切り裂かれ、上方からアカメを狙った光弾は後ろ手に構えたもう一振りの剣によって阻まれる。回避の代償として切り裂かれ機能を失った拳銃を放り捨て、美森は内心忸怩たる思いで更に後方へと逃れた。
 こうも密着されては美森が得意とする射撃は有効な攻撃手段に成り得ない。自分自身を巻き込まないように光弾の軌道を設定すれば、攻撃パターンはおのずと制限されてしまう。巻き込まれてもいいように威力を絞る選択は対サーヴァント戦においては本末転倒だろう。
 外布を必死に操作して、かろうじてアカメの斬撃を躱す。アカメは再び攪乱のためトップスピードへと移行し美森の視界から消えようとする。させじと解き放った四条の光芒は悉く目標を外し、青い魔力の光条が織りなす僅かな隙間からアカメの体が滑り込んでくる。


321 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:08:40 OZZemC9E0

 防戦一方だ。美森はそう述懐する。
 単純な性能差がどうこうという次元の話ではない。戦闘予測という一点において自分は明らかに相手から上回られている。敏捷性による知覚能力の格差は元より、恐らくは対人戦における経験値が自分とは圧倒的に違うのだ。

 東郷美森は怪物退治で名を馳せた英霊である。
 人類領域を襲う未曾有の大災害、人の手では決して及ばない威容を誇る未知の知性体「バーテックス」。神話に登場する怪物にも比肩し得る巨獣を相手に戦い抜き、最終的にバーテックスの一時根絶まで成し遂げた美森は、怪物殺しの面においては近代最高峰の英霊であると言えるだろう。
 だが、裏を返せばそれだけでしかないのも事実であった。端的に言って美森は対人戦闘の経験が皆無なのである。人を相手にした戦いも、戦争行為というものも一切経験していない。故に明確な思惑を持ち一種の騙し合いとも言える一対一の戦闘において、美森は素人とさえ呼べてしまうような若輩であった。
 故にこの戦況は、個人が持つ能力や技能以前の、性質としての相性が現れた結果と言えた。仮にアカメの相手が"怪物"であったならば、圧倒的な膂力と芳醇な生命力という獣の強さの前に苦戦を強いられたはずだ。逆に美森の相手がそれだったならば、恐らく彼女はここまで苦戦することはなく、場合によっては容易に勝ちを拾えた可能性だってある。
 しかし現実はそうではなく、この戦いは怪物殺しの英雄と英雄殺しの暗殺者という構図だ。英雄は怪物には勝てても、英雄を殺す暗殺者には無力となる。本来アサシンが圧倒的に不利となる正面切った対三騎士戦闘においてここまで一方的な戦況となっているのにはそうした理由が存在した。

 だが、それでも。
 それでも、全てを誤ってしまった自分には、負けることなど許されないから。

「これ、でも……!」

 滑るように地を駆け、10mの距離を一瞬で0にする。空気抵抗が体の表面を流れ、微かな風を肌に感じる。
 後ろへと踏み込みざま、再度現出させた拳銃でアサシンの眉間を狙う。
 飛び出した弾丸はアサシンの眼前に掲げられた刃に逸らされ、美森の意図とはかけ離れた軌跡を描いて虚しく宙を貫く。

 ―――まだ!

 崩れた体勢に逆らうことなく体を流し、踏み込んだ右側面の外布を軸にして背中から回転。広範囲に向かってばら撒かれた弾丸がアサシンの回避軌道を塞ぐように展開され、やはり最小限の動きにより目標の一センチ手前を通過する。
 続く三撃目を繰り出そうとした瞬間、目の前のアサシンの姿が唐突に掻き消えた。
 右か、左か―――いや違う。あの姿勢では側方にばら撒かれた銃弾を弾きながらの移動は叶わないはずだ。
 ならば下か―――いや違う。如何な速度を以てしたとしても、それでは美森の視界から消えることはできない。

 つまり、残された可能性は一つだけ。

「上―――!?」

 驚愕と共に仰ぎ見た頭上に、高く剣を振りかぶるアサシンの姿。
 反射的に拳銃弾を撃ち放つも、そのような攻撃が通じるはずもなく左手に翳された一刀のもとに弾かれる。
 そして振りかぶるは、本命の右―――!

 絶体絶命の窮地であった。
 行動を射撃に費やしてしまった今の美森には、防御も回避も不可能。
 そして振るわれる剣閃は、一筋の疵のみで相手を死に至らしめる呪毒の妖刀。

 走馬灯のようにゆっくりと流れる視界の中、白刃の煌めきが美森へと迫る。
 美森は為す術もなく、呆然とそれを眺め―――





 ―――美森の痩身を覆う花の紋様に、光が満ちた。





   ▼  ▼  ▼


322 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:09:11 OZZemC9E0





   【7年前】


   【星宙の詩編 2/4】




 ………。

 ……。

 …。



 ――――――――――――。



 それは、エルナトとのキラキラ集めを続けていた、ある日のことだった。
 僕の小さな宇宙に、"君"が現れたのは。

「わぁ、きれい」
「え……?」

 病室の扉を開け放って、そんな声が自分の耳に届いた。
 その子は僕と同じくらいの年ごろの、可愛らしい女の子だった。
 僕と付添の看護師以外に開ける人などいなかったはずの扉を開けて、その子は僕の持つキラキラを、同じくらいキラキラとした目で見つめていた。

「ねえ、それなあに?」

 無邪気に、楽しげに、悪意の欠片も見当たらない真っ新な笑顔で僕に訪ねてくる女の子。
 それに、僕は思わず戸惑ってしまった。
 だって、僕の短い人生で同い年の子と話したことなんて初めてだったから。

 その子は母親のお見舞いで病院に来ていて、迷ってしまったらしい。
 僕のベッドの片隅に座り、俯いて足を揺らしながら、彼女は話してくれた。

「夕べ、流れ星におねがいしたの。おかあさんが早く良くなりますようにって。
 きれいな流れ星だったのに、おとうさんはそんなのなかったって言うんだよ」

 彼女の言葉に、僕は「はっ」と息を呑んだ。
 思い当たることがあったからだ。昨日の夜、魔法で誰にも見られないはずの僕は、けど確かに誰かに見られているような、そんな気がしていたのだ。
 誰なんだろう、どんな人なんだろうと、あれからずっと僕はそう考えていて、だから。


323 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:09:38 OZZemC9E0

「あれ、君だったんだ」

 いつの間にか、僕は自然と笑みをこぼしていた。
 女の子は「え?」と不思議そうにしてて、けど僕はそんなのお構いなしなくらいに嬉しかった。

「その流れ星って僕のことだよ。見てて」

 言葉と共に、手元のキラキラを共鳴させる。
 ふわり、と光が灯ったかと思えば、それは病室を塗り替えるように広がり、ベッドに座る僕たちを壁も床も天井もない場所へと導いた。
 あたりは小さな病室ではなく、星々が瞬く宇宙に姿を変えていた。

「え、わ、わあ〜〜〜〜!?」

 あわあわと顔中で「びっくり」を表現する女の子の手を、僕はそっと握った。

「大丈夫だよ、僕は魔法使いなんだ」
「まほう、つかい……?」

 なおも呆然とする女の子の手を取り、僕はベッドから足を踏み出した。
 ふわりと浮きあがる。そのまま僕らは、舞うように、自由に、星々の間を飛び回った。

「僕は、君の星も好きだな」

 女の子が作ったという、折り紙の星。
 本物の星空ではくすんでしまうと嘆いたそれを、けれど僕は何より綺麗だと思った。

「ほんとう?」
「本当さ。だから、僕の星と交換しよう」

 そうして手渡したキラキラに、女の子は心の底から浮かべたであろう満面の笑みを湛えていた。
 僕もまた、心から笑みを浮かべた。



 その子との出会いは、僕に希望をくれた。
 人の心から零れ落ちたキラキラ。夜毎それを集めて飛ぶ僕を、流れ星だと思ってその子は願いをかけてくれた。
 勘違いだったとしても、彼女は僕に願ってくれたのだ。

 今の僕なら、それに応えられるんじゃないか。
 誰かの役に立ったり、誰かを守ることもできるんじゃないかって。

 生まれて初めて、そう思えたんだ。





   ▼  ▼  ▼


324 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:10:03 OZZemC9E0





 微かな風の流れに揺られて、街路樹の梢が葉音を立てた。

 商店の二階、自分に宛がわれた部屋の窓辺に肘をつきながら、すばるは軽く息を吐いた。
 夜間照明が点きつつある鎌倉の街を窓の向こうに見下ろし、揺れる前髪を言葉なくつまんでみる。

「……」

 独り言をする気すら、今はしなかった。
 静寂満ちる暗い部屋の中で、拭いきれない無力感がすばるを苛む。

 おばさんの心配する声を遮ってこの部屋に戻ってから、そろそろ一時間が経とうとしていた。
 アーチャーからの連絡は、まだない。と言っても、ドライブシャフトを用いて変身していない状態の自分は単なる一般人でしかないから、おのずと念話の範囲も狭まってくるので当然の話ではあるが。
 だからと言ってずっと変身しているというわけにもいかなかった。おばさんへの言い訳も必要になってくるし、そもそも変身している間は認識阻害の効果が付いてしまうから、こういう時はあまり変身していたくないというのが、すばるの正直な気持ちであった。

 それはつまりどういうことか?
 結局のところ、今日一日を通して、すばるは何もできていないということだ。
 サーヴァント同士の戦いに素人が出る幕などないという、そんな次元の話じゃない。
 自分は今まで、ただ状況に流されるだけで何も行えてないし、決断もできていないのだ。

 鈍臭くて何もできない自分。
 変わりたい、変わりたいと思って、カケラ集めを通して少しは前に進めたかな、と思っていたのに。

 人は一朝一夕では変われない。
 変われるようなら苦労しない。

 魔法なんてものを手に入れて、魔法使いになったとしても。
 すばるは未だ、何者でもなかった。


325 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:10:33 OZZemC9E0

「だったら、わたしがやりたいことは……」

 決まっている。みなとにもう一度会うことだ。
 目の前で消えてしまって、呪いを抱いているのだと言い残して、世界のどこにもいなくなってしまった彼。

 ―――いやだ、絶対にいや。みなとくんがいなくなるなんて、そんなこと。

 不意に連想してしまった最悪の想像に、すばるはぶんぶんと頭を振る。
 ネガティブで、すぐ嫌なことを考えてしまう。
 これもまた、変わりたい自分の悪癖の一つであった。



「……あれ?」



 ふと。
 見えるものがあった。それは、視線の先のほうに。
 街と空の中間、地平線まで行かないくらいのところ。そこに、キラキラと輝くものが見えたのだ。

「なんだろ……」

 目を凝らしてじっと見てみる。それは、青い線のようにも見えた。
 青い光の線。いつか見た流星みたいなそれは、中空を一直線に進んでは途中で消えて、また生まれてすぐ消えての繰り返し。様々な方向から伸びては無軌道に瞬いていた。

 すばるは、その光に心当たりがあった。
 流星ではない。あの光を見たのは、流星のようにこの鎌倉に来る前ではなく、来た後。
 アーチャーのサーヴァントと契約し、この聖杯戦争に挑むことになってから見たもので。
 それは、つまり。

「アーチャーさんの、銃?」

 その答えに思い当たった瞬間のことだった。



「―――え?」



 今までは遠くに小さく見えるだけだったその光が、突如として視界のいっぱいに広がった。
 それを前に、すばるは全く反応ができなくて、呆けたような声を上げるのが精いっぱいだった。


 次の瞬間、凄まじい衝撃と轟音が響き渡り、すばるのいた場所が抉られるように、この世から消失したのだった。


 ……すばるは知らない。
 その破壊が、他ならぬアーチャーの放った魔力弾の直撃であることを。
 マキナに弾かれた一発が、それでもなお減衰することなく突き進み、こうして偶然にもすばるの住まう部屋に殺到したのだということを。

 もうもうと煙が立ち込め、崩れた瓦礫が散乱するばかりとなった部屋から消えたすばるには。
 知る由も、なかった。





   ▼  ▼  ▼


326 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:11:00 OZZemC9E0





   【7年前】


   【星宙の詩編 3/4】





 ………。

 ……。

 …。



 ――――――――――――。



 ある夜のことだった。
 いつものようにエルナトと一緒にキラキラを集めていた僕たちの前に、とても大きな輝きが姿を現した。

 それはまるで流れ星のように、光の尾を引いて夜空を翔けていた。
 「あれなあに?」と興奮気味に聞く僕に、エルナトはいつも以上に真剣な声音で答えた。

「あれがエンジンの欠片だ」
「あれが?」

 思わずそう聞き返してしまう。
 話には聞いていた。エンジンの欠片とは、文字通りエルナトたちの乗る宇宙船のエンジン、その一部なのだと。
 あくまで燃料の一つでしかないキラキラと違い、宿す力も可能性も段違いの存在。それが、エンジンの欠片。

「あれには僕たちの運命だって変えられる力があるんだ。
 今の僕たちじゃ、とても手が届かないけどね」

 少しだけ残念そうに語るエルナト。しかし、その時の僕はそんなことを気遣う余裕さえなかった。

「あれがあれば、あの子の願いも叶えてあげられるんだ……」

 あの子? というエルナトの声を無視して、僕は一直線にエンジンの欠片へと向かって飛び立った。慌てたような声が後ろから届くが、それさえかつての僕にとっては雑音でしかなかった。

「どうする気だ、みなと!」
「捕まえるんだ! 今の僕ならできる!」
「よせ! あの力を個人の願いのために使うつもりか!」


327 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:11:20 OZZemC9E0

 必死に諌めるエルナトの心が、今は胸に痛い。けど、ここで諦めるわけにはいかなかった。

 あの子は僕と言う流れ星に願いを託してくれた。こんなにちっぽけ、取るに足らない僕なんかに。
 だったら僕が、本当の流れ星を捕まえて願いを果たすべきなんだ。
 それが、僕に希望をくれたあの子に報いるたった一つの方法なのだから。

 そうだ、僕は―――


「だって、僕は……!」


 あの子の願いを叶える―――


「魔法使いなんだから!」


 星空に浮かぶ大きな輝きに、ただ一心に。

 右手を、伸ばす。



 ―――――――――――――――。



「―――えっ?」

 ぱきん、と。
 何か致命的なものが砕けるような、そんな音が聞こえた。

 突如として重力の檻に囚われた僕の体は、真っ逆さまに墜落していった。
 まるで、魔法が解けたように。
 まるで、夢から醒めたように。

 不遜にも太陽に挑み、日の熱で溶け落ちた蝋の翼と同じくして。
 僕を僕足らしめていた不思議な力は、呆気なく消えてなくなったのだ。





   ▼  ▼  ▼


328 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:11:57 OZZemC9E0





 轟音と共に、大量の粉塵が舞い上がった。
 大気を激震させる振動は鼓膜を貫き、平常な聴覚を麻痺させる。流れる視界の端ではいくつもの自動車が弾き飛ばされ、さながらジオラマの小道具めいて吹き散らかされている。

 誰が信じようか。今ここにある、地盤沈下でもしたかのように巨大な穴が穿たれ、剥き出しの地下構造を露わにした災害現場もかくやという瓦礫の山が、つい先ほどまで多くの人々が行き交う交差点であったということを。
 夕焼けに染まる陽が傾き夜になろうかといった頃合い、帰宅途中の通行人や自動車が多いその時間帯に、"それ"は訪れた。

 最初は空高くに浮かんだ小さな黒い点だった。その時点で気付けた一般市民は、恐らく一人もいなかっただろう。それが、突如として交差点の真ん中に墜落した。衝撃で人も車も諸共に吹き飛び、周囲数十mに渡って蜘蛛の巣状に巨大な亀裂が刻まれたのだ。

 建築物のガラスが一斉に砕け散り、衝撃に大気が押し出されることにより生まれる一瞬の静寂。その只中にあって尚鮮烈な黒の凶眼。
 それを前に、衛宮士郎は動揺も鷹揚もなく、剣のみを手に。鉄心の表情で以て相対するのだった。




「くっ―――!」

 喉元めがけて突きこまれた武骨な拳を寸前で躱し、大きく後退して転げるように着地する。罅割れ剥き出しとなったコンクリの地面が崩れ、ガラガラと硬質の音が鳴る。一転して立ち上がり、身構えたその鼻先に尚も繰り出される男の拳。霊基を損傷し極限まで劣化した状態でさえその動きは人外の領域に達し、5mの距離を完全に無視してその姿は既に士郎の目の前にある。

 ―――投影、完了(トレース・オフ)

 立ちあがり様に薙いだ干将莫耶の一閃がマキナの拳と正面からぶつかり合う。終焉の渇望すら薄れているにも関わらず、夫婦の宝剣は硝子のようにその刀身を砕けさせ、中空にて無数の破片が散らばった。
 だがそれでいい。元よりこの一撃で敵手を獲れるだなどと思いあがってはいない。
 剣閃を物ともせずに繰り出される突きの一撃を身を捻って躱し、その瞬間にはマキナの右脚が唸りをあげる。
 無意識に干将莫耶の投影を完了して防御として軌道上に配置。刀身が粉砕する音が響くよりも早く、士郎の体は勢いを利用して更に後方へと飛び退った。

「投影、開始(トレース・オン)―――!」

 中空にて身を捻り体勢を確保。黒塗りの洋弓と細身の魔剣を手に宿し、弦に番えて一息に射出する。
 赤原猟犬、真名をフルンディング。本来ならば相応の時間をかけて魔力を練り上げるところだが、今回最も必要とするのは速度だ。故に力を込めることなく速射の形で放ち、狙い撃つ。
 放たれた魔弾は弓矢とは思えぬ変則軌道を描いてマキナへと迫る。射手が標的を視界に収め続ける限り如何なる回避も無意味と化す必中の矢、これを無力化したいならば矢そのものを迎撃・破砕する他なく、故にマキナはそのための攻撃体勢を取ることを強いられるが。

「―――!」

 しかし士郎の予想に反し、マキナが拳を動かすことはない。膝から先の動きだけで放たれた蹴りはこれまでとは明らかに異なる複雑な軌道を描き、士郎の認識をすり抜けて懐へ潜り込む。
 鈍い衝撃が、右のわき腹を貫く。
 最早手番変えの迎撃は無意味と判断したのか、あるいは肉を斬らせて骨を断つ気概であるのか、マキナは肩口に食らい付くフルンディングを省みることなく、拳をフェイントとした蹴りを士郎の脇腹へと突き刺したのだ。
 内臓が破裂しそうなほどの衝撃に痛覚神経が悲鳴をあげる。咄嗟に弓を犠牲に衝撃を緩和しなければどうなっていたことか、無残に砕かれ細かな破片となった洋弓の末路を見れば一目瞭然であった。


329 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:12:24 OZZemC9E0

「―――工程完了(ロールアウト)。全投影待機(バレットクリア)」

 蹴り込まれた衝撃に身を任せて距離を稼ぎ、痛みを無視して投影を開始。
 生み出すのは今までと変わらず干将莫耶。しかし馬鹿の一つ覚えでは断じてない。それが証拠に、現出するのは一対二振りに留まらず、士郎の周囲にいくつもの光が生まれ、次々と剣の形を成していく。
 魔力にて仮想の刀身を練り上げ、それを手にするのみならず滞空する弾丸として撃ち出す魔業。およそ投影魔術では説明がつかない、けれども衛宮士郎が誇る唯一にして最大の技が剣製となって解き放たれる。

「停止解凍(フリーズアウト)。全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)……!」

 瞬間、滞空していた27の双剣が一斉に射出された。
 白銀と漆黒の刀身が風切り音を鳴らし、銃弾さえ上回る速度を与えられた中華剣は猛烈な回転と共に光となって撃ち出される。
 針のような切っ先で空を穿ち、薄紙のような刃先で空を斬る。漂う粉塵を螺旋に散らして刃が駆け抜ける。
 その後を追うように、士郎は両手に投影した干将莫耶を構え疾走した。
 視界の先で黒騎士が動く。軍帽に隠されたその顔に鬼相が走り、両の拳が胸の前で構えを取る。黒い軍服に包まれた体躯が瞬時にして幻のように霞み、襲い来る無数の刃を拳打によって打ち落とす。
 無傷ではない。その体、捉えきれなかった刃が節々を切り裂き紫電が散る。だがそれだけだ。頭部に頸椎に胴体部、致命傷になる軌道上の刃のみを的確に叩き落した黒騎士の気配は全くの不動。先の剣雨ですらも揺るがすことはできない。

 故に予想通り。この結果は士郎とて攻撃前から織り込み済みだ。
 そも、これだけで倒せるならば最初からこんな状況には陥っていない。
 裂帛の気合が咆哮となって、黒騎士の口から迸る。地を蹴る踏込が震動となって士郎とその周囲を揺らす。
 5mの相対距離を無視した黒騎士の体は、既に士郎の目の前。
 唸りをあげて突きだされる右の拳が、士郎の顔面を襲う。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)」

 瞬間、静謐の呟きと共に、空間を無数の刃が断割した。
 弾かれ、砕かれ、あるいは逸らされ。虚しく地面へと突き立った干将莫耶。その全てが一気に肥大化した。
 それは巨大で分厚く、さながら鳥の羽根のようにも見えた。そしてそれらは全てがマキナを目指して伸び上がり、刀山剣樹が如くにその体を切り裂いた。


330 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:12:55 OZZemC9E0

 ―――干将莫耶・オーバーエッジ。

 壊れた幻想とはまた違った魔力暴走、それを為すことで本来在るべき形から逸脱した肥大化を成し遂げる荒業である。
 基本骨子を解明し、基本材質を解明し、しかしそれで終わらぬ強化を果たして敵手を穿つ。
 かつて確かに存在した幻想を写し取り、その劣化コピーとして構築された贋作の幻想が、轟爆と共に走り抜けようとしていた黒騎士の体を切り刻む。
 この時になって初めて、目の前の威容から苦悶の声が溢れた。
 衝撃に飛び散った鮮血が、視界の端に緩やかな線を描く。

「弾けろ……!」

 士郎はその隙を逃すことなく身を翻し、諸手の剣を振りかざす。肥大化した刃は今や長剣はおろか大剣とさえ形容できるほどの大きさとなり、翳す刃が閃光となってマキナへと襲い掛かる。
 獲った、と確信した。これ以上ないタイミング、これ以上ない技巧、士郎が注ぎ込める文字通りの全力が、そこには込められていた。
 しかし、それでも。

「舐めるな……!」

 ―――まだだ。
 ―――まだ終われない。

 あろうことかマキナは、単なる執念の結果として更なる駆動を成し遂げた。
 事ここに至って尚、マキナの戦闘意欲に減退は見られない。消滅必至の肉体に無視など到底できないはずのダメージの蓄積、そして何より秒単位で急速に崩壊していく霊基に彼の戦闘スペックは劣化という言葉すら追いつかないほどの矮小化を強いられている。
 にも関わらず、マキナは振るわれたオーバーエッジの一閃を両の拳で叩き伏せた。両翼から迫る大剣の巨壁が如く一撃を、交差させた鋼拳で以て迎え撃つ。
 辺りに木霊する、これまでに倍する反響音。衝撃が波濤となって地面を駆け抜け、堆積した粉塵が勢いよく宙へと舞い上げられた。


331 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:13:18 OZZemC9E0

 粉塵に視界が曇る。衝突の余波で髪と衣服が喧しいほどにはためく。
 その中で、硬質のものが罅割れる音が、嫌に大きく耳に届いた。

 マキナの肉体は既に限界を超過していた。
 本来マキナは……いいや、サーヴァントとはマスターなくして存在することは叶わない。単独行動かそれに類するスキルを持ち合わせない限り、数分と保たずに消滅する。
 しかも、それはあくまで魔力の維持に努めた場合の話だ。そこから更に傷を負い、ましてや戦闘行為まで重ねては加速度的に余命は削られていく。マキナのように全力で敵手を追い、幾度となく拳を振るうなど以ての外だ。敗残どころか、そもそも今こうして現界を果たし続けていられること自体が奇跡に等しい。

 故に、これは当然の結果と言えた。
 オーバーエッジを迎え撃った両の拳が、今度こそ砕け散った。
 両拳を覆う罅は凄惨を極め、最早腕の形状を保つだけで精一杯。戦闘はおろかそもそも腕としての機能を果たすことさえ、恐らくは永遠にあり得ない。
 それを前に、士郎はただ純然たる事実として、誇ることもなく告げるのだった。

「俺の、勝ちだ」
「いいや―――」

 だが、それでもマキナの戦意は衰えるということを知らず。

「まだだ」


 ――――――――――――――。


 その言葉が呟かれた瞬間。
 士郎とマキナを照らすように、眩いばかりの極光が覆ったのだった。





   ▼  ▼  ▼





   【7年前】


   【星宙の詩編 4/4】





 ………。

 ……。

 …。



 ――――――――――――。


332 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:13:44 OZZemC9E0



 暗い病室に、心電図の無機質な音だけが響いていた。
 目の前には、呼吸器を取り付けられ瞼を閉じる少年の姿。

「これ、僕だ……」

 呆然と呟かれる声を証明するように、みなとは鏡写しのようにそっくりな少年の体を見下ろしていた。
 もう一人の自分、いいや自分そのものを前に立ち尽くすみなとに、エルナトが居た堪れず声をかけた。

「そうか、君は気付いていなかったのか……」
「どういうこと……?」

 エルナトの声が、酷く遠かった。
 何もかもが信じられず、空白となった意識は涙を流すことさえできなかった。

「一体いつから、僕は……」
「初めて僕らが出会った時から、ずっとさ」

 エルナトのほうを振り返る。
 彼は悲しそうな、遣り切れないような表情をして、そのことが「彼の言葉は真実である」のだと如実に語っていた。


「じゃあ、看護師さんは……」


 今まで僕に関わってきた人たちも。


「家で待ってる父さんや母さんや……」


 僕のことを待っていてくれているのだと信じていた人たちも。


「あの、女の子は……」


 僕に希望をくれたあの子も。

 全部、全部、現実じゃない幻でしかなかったというなら。


「で、でも、また君と一緒にキラキラを集めればいいよね……?
 そうすれば―――」
「もう、駄目なんだ。君にかかっていた魔法は、解けてしまった」

 見たくない現実から目を逸らすみなとの言葉を、半ばでエルナトは切って捨てた。
 その言葉には憐憫と悔恨と無力感と、何より絶対的な事実が込められていた。

「そんな……」

 みなとを支えていた最後の一線。
 その糸が今、切れた。


 力なく崩れ落ちる。立ち上がる意思も、希望も、残されていなかった。
 エルナトはそんなみなとを、ただ黙って見つめていた。

 絶望が、彼らを覆っていた。


333 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:14:26 OZZemC9E0

























「あの力を使えば、運命だって変えられるんだよね……?」

 光が溢れた。


334 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:14:50 OZZemC9E0
























「―――この世界に可能性がないなら、過去からもう一度可能性を選び直せばいいんだ!」

 "可能性の結晶"から溢れる光の中で、みなとは再び立ち上がっていた。
 その体を覆うは魔法の衣服。手に握るのは魔法の杖。
 "エンジンの欠片"と同期することによりただ一時取り戻した力によって、みなとは星の満ちる空へと踊り出した。

「駄目だ! エンジンは未来へ向かうためのものだ!
 今の自分を否定すれば、魔法は呪いへ変わってしまう!」
「だって、否定するしかないじゃないか! 僕のことを想ってくれる人なんて誰もいない!
 あの子も、何もかも幻だったんだ……! 僕が初めて抱いた希望は、全て……!」

 現実には存在しない偽物だった。

 笑いかけてくれた優しさも。
 傍にいてくれた暖かさも。
 生まれて初めて誰かの役に立ちたいと思えた、あの日の誇らしさも。
 全部、勝手に抱いた妄想でしかなかったのだ。

 血を吐くように絞り出した声は最早絶叫で、そこには抑えきれない涙があった。

「よせ、自分自身を呪うな!」
「うるさい! どうせ君も幻なんだろ!?」

 僕の手を掴んだエルナトを、しかし渾身の力ではねのける。
 遥か後ろに吹き飛ばされた彼を、もう振り返って仰ぎ見ることさえしない。

「僕は必ず運命を変えてやる……こんな現実は認めない!」

 ―――右手を伸ばす。
 希望へ。
 輝きへ。
 あの日の思い出へ向けて。

 エンジンの欠片という、運命を掴むために。



 ……。

 ……。

 ……。

 ―――――――――――――――――。


335 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:15:28 OZZemC9E0



 僕はたった一人の親友を突き放してエンジンの欠片を目指した。
 すぐ届きそうに見えた輝きも、手を伸ばしてみれば遥か遠くにあった。

 自分自身を呪った僕の強い感情は昏い星となって、意識は次第にぼやけ、闇に呑まれるように途絶えた。
 そしてもう一方の僕は、病室にいくつか残された可能性の結晶と共に眠りについた。



 ―――それからどれほどの時が経ったのか。

 ―――再び扉が開いた。



 扉を開けてくれた彼女だけは、幻ではなかった。
 すばるは僕にとって、ただ一つの希望だった。
 その彼女も、今や僕のことを覚えてはいない。
 僕は今も、自分自身のことを呪い続けている。

 僕が消えれば全ては本当の幻となる。
 扉が開くことは、もう、ない。




   ▼  ▼  ▼





 瞬間、虹色の光がアカメの見る全てを埋め尽くした。

 莫大量の魔力が一点へと集中する。
 万色に揺らぐ光の奔流が等身大の人型へと凝縮し、次瞬には臨界に達するが如く弾け飛んだ。

 それは、まるで蕾が開花するかのように。
 それは、まるで蝋の翼が溶け落ちるように。

 荒れ狂う魔力嵐に顔を覆うアカメの視線の先には、空の彼方に静謐と浮かぶ、一輪の花。
 吹き荒ぶ無数の花弁に包まれて、紫色の大花が咲き誇る。

「絶対に、逃がさない」

 只中に浮かぶ影は人の形をして、しかしそれは人ではあり得ない形をしていた。
 言ってしまえばそれは"座"だ。多くの祝詞幣をあしらった意匠へと変化した美森を囲うように、多くの砲身を備えた巨大な座が出現していた。それは極限域まで凝縮された機動要塞めいて、実際にその印象を裏切ることのない暴力的なまでの破壊を身に秘めている。

 紡がれる声の響きは静穏で、しかしそこに込められた感情は嚇怒の一色。しかしそれも当然であろう。
 何故ならこいつは美森の大切な人を傷つける。すばるを、そして彼女が想う少年を。傷つけ、そして殺すのだ。
 聖杯戦争という、願いのために他者を踏み躙るという極限の背理が支配する戦場において、今さら命の価値がどうこうと講釈するつもりはない。
 けれどそれとは話が別だ。このアサシンを放置するわけにはいかない。そして、許すつもりも毛頭ない。
 最早何が間違って、誰が悪かったのかは分からない。すばるとみなとを殺し合わせる運命へと放り込んだ聖杯なのか、知らずその運命に加担した自分なのか、それとも直接手を下したアサシンなのか。
 分からない。けれど、いいやだからこそ、せめて残された命を守り抜こうと決意する。
 すばるの命を狙うこのアサシンを消し去ることで。
 東郷美森は、今こそ勇者としての責務を果たすのだ。

 美森が纏うは勇者に与えられし力の「開花」。対価と引き換えに強大な力を獲得する、文字通りの切り札なれば。


336 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:16:31 OZZemC9E0

「我、敵兵に総攻撃を実施す!」

 宣誓の言葉と共に、美森の肉体を覆うように現出した巨大な砲台が一斉に火を噴いた。
 赤から黒に染まりつつある空を無数の紫電が撃ち貫く。左方右方合計十八門、広範囲に展開された砲身が魔力を解き放ち、撃たれた蒼白の光条は容易く地面を穿ち、高熱によりコンクリートを硝子質へと変貌させながら縦横無尽に眼下の景色を蹂躙した。
 空を裂く甲高い振動と、大気を焼く特有の臭いが木霊する。それすらも断続的に放たれる無数の光条により掻き消され、周囲にはただ圧倒的なまでの光だけが満ち満ちた。
 その光はこれまで美森が放ってきた全ての光弾を纏めて凌駕しても尚余りあるほどの密度と威力を誇っていた。一撃一撃が人の身長ほどなら苦も無く呑みこめるほどに巨大、放たれる速度はこれまでに倍するほどで、それは射撃の域を逸脱し今や地上を舐めつくす災禍の炎と化している。

 美森が対峙するアサシンは対人戦闘においてこちらを圧倒するものを保有する。それは、今までの交戦から嫌というほど理解できた。
 間合いを取っての遠距離戦、本来ならば美森に圧倒的有利に運ぶはずのそれですら、瞬く間に距離を詰められこのザマだ。まともに打ち合っては押し負けるのは道理であり、射撃という点の攻撃では変幻自在に戦場を駆ける暗殺者の影を捉えることすらできはしまい。
 ならばどうするか―――簡単な話である。点で駄目なら面で攻撃すればいい。
 逃げる隙間もないほどの絨毯爆撃、美森が採った選択とはそれであった。英雄殺しの暗殺者に対抗するには英雄として磨き上げた技巧ではなく、単純かつ圧倒的な怪物の強さをぶつけてやればいい。
 かのアサシンは極めて高い敏捷性を持つが、それはあくまで身のこなしや反応速度といった、人としての速さだ。ライダーの騎乗宝具のように長距離の移動速度に優れているというわけではなく、故に広範囲の爆撃から逃れる術はなし。

 無心に、ただひたすらに、美森は視界の全てに熱量を投下し続ける。
 車道と歩道が諸共に砕け、飛び散る瓦礫すら蒸発する。光条の一つがビルを掠め、凄まじい轟音と共に硝子の破片が宙を舞う。
 避難する一般市民は既にいない。とうの昔に、美森たちの戦闘とその余波による損害を前に逃げ出しているからだ。
 それでも、巻き込まれる者は決して皆無ではないだろう。
 美森はそれを自覚している。その上で、尚もこの選択肢を選び取った。
 言い訳などしない。それが、世界を滅ぼすために聖杯を求める自分に課せられた責務であるから。
 顔も知らないみんなではなく、大切な誰かのために戦うと決めた、自分が往くべき道であるから。

「そして……!」


337 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:16:57 OZZemC9E0

 そして、美森がこうも強硬な戦術を取ったのは、何もアサシン単騎を討ち取るためだけではない。
 きっ、と見据える視線の彼方。そこに映るのはアサシンではなく、先刻戦場を離脱した二人の男の姿があった。
 そう、美森はアサシンと交戦しながらも、徐々に彼らとの相対距離を縮められるよう立ち回っていたのだ。無論その過程でアサシンを仕留めることができたならばそれが最良、しかし最初の一合で既に自身の限界を推し量った美森は、更に次善の策を練らざるを得なかった。
 すなわちマスターの暗殺。あの場はライダーに任せたが、しかし数分と保たず消えてしまうであろう彼に全てを任せるのは博打が過ぎた。霊基の損耗による弱体化も否めず、万が一の場合においては強力な魔術を操るマスターにさえ敗れてしまう可能性だってある。故に静観する選択肢などなく、アサシンのマスターをも殺さねば美森は真に安心を得ることはできなかった。
 誘導は予想よりも楽に済んだ。単純な戦闘内容において圧倒されていたのは美森の側だが、手数と殺傷性においてイニシアチブを取っていたのもまた美森だ。マスターとの合流を優先しようとしていた節のあるアサシンは気付かなかっただろう、まして戦闘において自分が優位に立っていたなら尚更だ。徐々に自分のマスターのもとへと移動しているという事実が、自らの優位によるものではなく美森によって誘導されていたなどと、どうして考えられようか。
 対人戦闘に優れているのがアサシンならば、対怪物戦に優れているのが美森である。生前には嫌というほどバーテックスの侵攻ルートを誘導・修正していたために、この手の立ち回りは容易であった。

 矢の如く鋭い視線で彼らを射抜く。
 美森は的確に砲台を操作すると、一切の躊躇なく、二人の存在する地点を薙ぎ払った。
 眩い光芒が破壊となって街並みを抉り抜く。美森の目は、赤髪の青年が確かに自身の放つ光に呑まれ消える場面をおさめていた。如何に強力な魔術を操るとはいえ、本体は脆弱な常人である以上、サーヴァントの攻撃を食らって無事で済む道理はなし。
 黒のライダーを巻き込んでしまったのは不本意だが……しかし、放っておいても数分ともたず消えてしまう定めにある以上、躊躇などしてはいられない。彼もあくまでサーヴァントである以上、優先順位は今を生きる人間よりも遥かに下となるのが現実だ。

「これで終わり……これで、すばるちゃんは」

 安全、と。
 そう言おうとした瞬間であった。

 ―――骨肉の切り裂かれる音が、耳元のすぐ近くで響いた。

「……えっ?」

 目の前を鮮血が流れる。
 視界の端に、千切れ飛んでいく何かが映る。
 そして一瞬の停滞の後に、突如として襲い来る激痛。

 ―――左腕が、二の腕のあたりから切断されていた。
 視界の端を飛んで行ったのは、切り落とされた美森自身の左腕だった。


338 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:17:35 OZZemC9E0

「―――ぁ」

 脳を焼き切る痛覚神経の絶叫に、処理限界を越えたのか声さえ出ない。
 光が弾けるように、美森を覆っていた満開の外装が消失した。飛行能力を失ったことで、美森の体が崩れるように傾ぐ。
 力なく真っ逆さまに墜落する。その刹那、美森は"それ"を目撃した。

「―――」

 それは、落ち行く自分を迎え撃つかのように、刀を構えたアサシンの姿。その更に向こう側、赤色の花弁のような盾を張った青年が撤退していく姿。
 仕留めたと思ったはずの、しかし健在であった敵の姿であった。

 ―――そんな、どうして……

 墜落する美森の思考は、一瞬にして困惑の海に投げ入れられた。かの絨毯爆撃をアサシンが躱せる道理などなく、ならば何故彼女が生きているのか分からない。

 絡繰りを言えば、それは至極単純な話であった。
 アサシンは美森よりも圧倒的に速い。それは身体の動作速度ではなく、相手の意を読み最短距離を進むという見切りがあまりにも速すぎるのだ。
 確かにアサシンの動作速度では、畳み掛けるように投下された美森の掃射を躱しきることはできないだろう。しかし、"それを放つ"という美森の意識を先読みし、予め爆撃圏内から退避することにより、アサシンは無傷のまま絶命の鉄火場を乗り切ったのだ。

 だがここで疑問が一つ浮かぶ。「攻撃する前から躱される」という可能性を、何故美森は考慮できなかったのか。
 それは。

「教えてやろう、アーチャー。お前は確かに強者ではあった。その類稀なる力の解放も認めよう。
 だがお前は、強くなると同時に弱さも手に入れたんだ」

 それも当然。何故ならあの時の美森は、満開によって向上した出力により荒ぶっているがため、繊細さを著しく欠いた状態にあったのだから。
 それは普段なら気にも留めない僅かな意識の齟齬なのだろう。即座に修正可能な隙は、しかしあの瞬間美森自身の変貌により大きな意味を持ってしまう。
 ほんの一秒にも満たない刹那、「光の奔流に呑まれたがために視界で相手を追えない事実」を見過ごしてしまった意識の変化が、彼女の技の全てを台無しにした。
 皮肉にもそれは、技を以て敵を射殺す常の美森なら、笑ってしまうくらい稚拙なミスだった。


339 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:18:00 OZZemC9E0

 この世は遍く表裏一体。何かを得れば何かを捨てなければならないのが道理である。
 剛性を増せば、その分柔軟性が失われる。
 攻撃性を加速させれば、それだけ冷静さは失われる。
 完全な存在など、それこそ天頂に在る神さまくらいなものだが、きっとそれにしたって本当は完全とは程遠いのだ。
 利点あり、欠点あり。だからこそ美森は、過剰な火力と網膜を焼く光量と引き換えに注意力を失った。

「お前はやはり、以前のほうが強かった」

 アサシンは静かに一刀を構える。その銘は一斬必殺・村雨。先ほど投擲し、美森の左腕を切断するに至った桐一文字と並ぶアカメの必殺宝具だ。
 先の一撃、何故アカメが村雨を投擲しなかったのか。その理由も単純至極、"怖かったから"である。
 村雨の呪毒は傷つける全てに等しく感染する。それは持ち主たるアカメも例外ではなく、故に取扱いには細心の注意を払う必要があった。
 まして自分の手の届く範囲から手放すなどと、そんなことは許容できるはずもない。仮に弾かれ、よしんば奪われでもすればどうなるか。想像もできないほどアカメは愚鈍でも楽観的でもなかった。

(わた、しは……)

 鈍くなる肉体と反比例して加速する視界の中、主観的には酷くゆっくりと落ちていく美森。その胸中は、哀絶と遣る瀬無さに満ちていた。
 ああ、自分は負けたのか。脳内にリフレインする敗残の二文字。後悔は先に立たず、自分が為せたことは何もない。

 弓兵の利を生かせず、逆に暗殺者に敗れたこと。
 負け戦に差し込む一筋の光明であったライダーすら、自分の手で排除してしまったこと。
 恐らくは自分の死後に、アサシンたちはすばるをも殺そうとするだろうこと。
 そもそも、自分が消えてしまってはすばるにも未来はないということ。

 それらの過ちが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 後悔と謝罪の念だけが次々と溢れてくる。

(ごめんなさい……すばるちゃん……)

 そして、遅すぎる謝罪の言葉を脳裏に浮かべて。ついに美森はきつく瞼を閉じ。



「―――アーチャーさんッ!」



 自分の名を呼ぶ誰かに、全身を抱きとめられる感覚。
 真下に向かっていた体が、突如として真横へと軌道変更を果たす。
 何が起こったのか。首を竦ませ、しかし恐る恐ると目を開き、そこに映ったのは―――

「良かった……間に合ったよぉ……」

 心底安心したと言うように、まなじりに薄く涙を浮かべたすばるの姿であった。





   ▼  ▼  ▼


340 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:18:29 OZZemC9E0





 全てが静寂に満ちていた。
 風も、音も、光でさえ凪いでいた。静まり返った無謬の空間に、マキナは立ち尽くしていた。

 凄まじいまでの光芒が自身を襲ったことを知っている。それが先ほど別れたアーチャーによるものであることも、今まで自身が戦っていた剣製のマスターが赤色の盾を張ることで逃げおおせたことも知っている。
 自身を襲った暴威の程はあまりにも強大で、感覚器の処理が追いつかず一転した静けさを湛えていた。
 防御は不可能。回避は不可能。迎撃など尚更不可能。
 本来であるならば可能だったろう。しかし今は駄目だ。マスターを失い、その力の大半を失った今のマキナでは。
 故に彼は、一身にその光を浴びた。今はもう、指先や足先といった末端から体が魔力の粒子となって解け消えかけている。

 だが、マキナがこうも立ち尽くしているのには、理由があった。
 最早抵抗が不可能であると、諦めたからではない。
 アーチャーやアサシン、剣製のマスターの手管に感じ入ったからでもない。

 気配を感じたのだ。それは、あまりにも懐かしく、狂おしいほどに求め焦がれたもので。

 ああ、それは―――


「よう、久しぶりだな」
「ああ、どれほどになるか」


 苦笑したように応えるマキナに、その影は苦々しさだけを湛えた口調で。

「何故、などと今更問うような真似はすまい。俺はこうして蘇り、お前もまたサーヴァントとして現界した。その現実が今の全てだ」
「ああ、腹立たしいことにな。ここに来るまでに何となくだが、お前がいるんじゃないかっていう予感はしていた。そして、お前がそう言ってくることも」
「奇遇だな。つくづく俺たちは、絶対者の掌の上で転がされるのが似合っているらしい」

 剣を抜く。その影は、ただ透徹に見据える瞳を以て。

「お前を殺してやることが、俺のやり残した役目の片割れだ。だから、お前はここで死ね」
「言葉を返すぞ、戦友」

 構えを取る。砕けた拳を握りしめ、なおも尽きぬ戦意のみを携えて。
 聖槍十三騎士団黒円卓第七位、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンは立ち上がる。

「決着をつけよう。俺達の戦場は、ここでようやく終わる」

 セイバーのサーヴァント―――藤井蓮を目の前にして。

 次瞬、両者の姿が霞のように消え失せたのは、全く同時のことであった。





   ▼  ▼  ▼


341 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:19:03 OZZemC9E0





 多くの人の怒号が響く、さながら地獄絵図めいた街の片隅。
 数えきれない人の死と数えきれないほどの喧騒に包まれて、ひっそりと散乱した死体があった。
 打ち捨てられた人形のように、力なく放り出された手足。15のパーツに断割され、五体満足であった頃の面影など微塵も感じられない惨殺死体。
 常ならば一目見ただけで恐慌の声が挙げられよう有り様だが、我先にと逃げ出す人々の前では路傍の石と無視される、他にも散らばった多くの死体に紛れて存在感を亡くしたそれ。

 かつて"みなと"と呼ばれた少年。その残骸。
 切り離されたその手には、折り紙で作られた小さな星が握られていた。


342 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:19:45 OZZemC9E0
前編の投下を終わります。タイトルは「あの日見た星の下で -what a shining stars-」です

中編を投下します


343 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:20:39 OZZemC9E0


 ある男の話をしよう。
 限りある世を尊び、故にこそ唯一無二の死をこそ重んじた、誰よりも真摯に人間の一生を全うしようとした男の話である。

 気付いた時には、男は毒壺の城にいた。
 見渡す限り同じ光景の続く、砂塵と石榑だけが覆い尽くす不毛の大地であった。囲むようにそり立つ巨壁は中にいる者を決して逃がさないという絶対的な隔意のみが感じられた。
 コロッセオ、奴隷たちの剣闘場。男がいたのは最後の一人になるまで殺し合いを強要される奴隷たちの墓場。誉れの欠片も存在しない、薄汚れたヴァルハラだった。

 集められた人間は、幾千幾万にも及んだ。
 その全ては戦場で死したはずの者らであった。各々が譲れぬ思いと共に銃弾飛び交う戦場を駆けぬけ、その果てに命を散らしたはずの死者であった。

 壁の上に立つ影は言った。此処にいる者らで殺し合えと。
 理由は分からない。従う理由もない。しかしそれでも、彼らは何故か互いに傷つけ殺し合うことを強制された。

 真実戦場で終われたのだと確信できればまだ幸せだっただろう。
 だがここは名誉も意味も存在しない愁嘆場。戦士の最期を飾るにしては、あまりにも侮辱した共食いの箱庭でしかなかった。
 故に彼らはこう思う―――もう嫌だ。やめてくれ。早くこんなことは終わらせてくれ。
 千人が、万人が、全く同じ思いを抱いて殺し合う。
 国の栄華も家族の無事も、友や女の幸せも、依るべき大義も何もない。
 納得のできぬ死に場所に、ヴァルハラなど降りてはこない。
 そしてそれは、男もまた同じであった。

 自分の名前が分からない。自分が死んだ瞬間を思い出せない。
 ただ胸を焼くのは、奪われたという正体不明の屈辱。残されたのは、生き恥とも言えぬ汚らわしい死者の生。
 駆け抜けた戦場。辿りついたと夢想した安息。
 この手に掴んだと信じた栄光は、次の戦場に挑むための基点に過ぎなかったという愚かしさ。


344 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:21:04 OZZemC9E0

 要らない。こんなものは要らない。
 血の赤も、骨の白も、焼け爛れる肉の黒も腹から噴き出る臓腑の灰も。
 銃剣の煌めき弾丸のメタル。軋む戦車の振動に塹壕の饐えた臭い。
 避けられぬならもう一度、また全霊を以て殺戮する他はなく。

「俺は、お前を殺さなければ終われないのだ」

 修羅道の蠱毒にて、彼は無限にその呪詛を吐き捨てた。
 
 そして渇望は利用される。"終わらせてくれ"と願い殺し合った者らの、未練と怨嗟と嘆きに満ちた血が、魂が、何千何万も集まり錬成される。"核"は更に分けられて、依代となるモノに収められる。
 一人は、とある鋼鉄に。
 一人は、■■の血が満ちたフラスコの中に。

 かくして男は産み落とされた。狂おしく悲嘆する呪いの喚起。蠱毒、狗神に相通ずる外法を以て反魂と成し、黒円卓に残された最後の空席は埋められた。
 第七位、十三騎士団(Dreizehn)の天秤。物語を左右し、何となれば終わらせることさえできる者。
 "終焉"の渇望を持つ男。

 彼は今も戦い続けている。
 死者の生という耐えがたいイマを絶つために。
 ただ一度だけ取り逃がしてしまった死を取り戻すために。
 未だ終わらぬ蠱毒の儀式を終わらせるため、男は己が片割れとの決着を求め戦い続けている。

 その男の名を―――





   ▼  ▼  ▼


345 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:21:44 OZZemC9E0





 それは、今よりほんの少しだけ前のこと。
 黒の騎兵と剣の英霊が出会うより、数分ほど前のこと。

「……あれ?」

 来たるべき衝撃に備え、思わず目を瞑ってしまったすばるは、しかしいつまで経ってもやってこない痛みに恐る恐る瞼を開けた。

「……」
「あ、気付いたんですねすばるさん。大丈夫でしたか?」

 そこにいたのは、憮然とした表情の青年と、こちらを伺うように覗き込んでくる少女の顔。
 今までずっと探し続けていた、アイとそのセイバーが、そこにはいた。
 一瞬何がなんだか分からなくて、でもこみ上げる感情のままに、すばるは素っ頓狂な声をあげる。

「あ、アイちゃん!? え、なんで、どうしてここに!?」
「それはこちらの台詞です。ド派手におっぱじめたサーヴァントを追って来てみれば、いきなりこんなことになるんですから。私だってびっくりです」

 ふぅ、と一息ついてるアイを目の前に、そこですばるはようやく、自分が元いた商店の一室ではなく、民家の屋根の上にいることに気付いた。
 ついでに言えば、すばるはアイの手で抱きかかえられていた。
 正直びっくりである。

「単刀直入に聞きます。すばるさんは、何が起きてるか理解できていますか?」
「え、えっと……わたしも何がなんだか……」

 屋根上に仁王立ちするアイ。とりあえず恥ずかしいから降ろしてもらって、消え入るように「ありがとう」と返す。
 正直に言って、すばるは現状を全く理解できていない。部屋で黄昏ていたら突然光が飛び込んできて、次の瞬間にはアイに抱きかかえられていて、展開が次から次へと転がるせいで思考の処理が追いつかない。
 と、そこまで考えて。

「……そうだ、アーチャーさん! アーチャーさんがあそこで戦ってて、でもおばさんが……!」
「あの商店のことなら心配ないぞ。見てみろ、その"おばさん"ってのも無事っぽいしな」
「でもお店の二階は滅茶苦茶ですね」
「命があるだけマシって思ってもらうしかないな」


346 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:22:12 OZZemC9E0

 混乱しかける頭に、すっとセイバーたちの言葉が入り込む。指差すところを見遣れば、そこには往来に飛び出て右往左往するおばさんの姿。その後ろには、二階の窓からもうもうと煙をあげる商店があった。
 アイがいなければ、今頃自分はあそこで……
 そう考えると、途端に背筋が凍るような気持ちになった。ぶるり、と肩を震わせる。それを見て、アイが安心させるかのように、にこりと笑いかけた。

「安心してください、すばるさん。
 私たちが、助けに、来ました」
「……」

 胸を張るアイの後ろで、セイバーはなおも無表情のままだった。
 アイたちがすばるのものへ来たのは、実のところ単なる偶然だった。戦闘が引き起こされているということを知ったアイが、半ばセイバーを引きずる形で現場に向かおうとしていたところ、たまたますばるが目に入ったというただそれだけ。
 セイバーも、何やら件の場所には思うところがあるようで、いつものような反対はしなかった。

「それでですね。私たちはこれからあそこへ向かうわけですが」
「わ、わたしも行く! アーチャーさんを放ってなんかおけないよ!」

 食い気味に懇願するすばるに、アイはやはり困り顔のままだった。





 そうして、すばるはここにいた。
 アイたちから先行する形で、アーチャーを助けるというその一心で、文字通りに飛んできたのだ。

「アーチャーさん、しっかりして!」

 そして今、すばるの思考は焦燥の一色に染まっていた。
 間に合ったと思った。墜落するアーチャーを、それでもすばるは助け出すことができた。それは事実だ。しかし、話はそれで終わらない。

「血が……どうしよう、なんで治らないの……!?」

 地上に降り、脱力するアーチャーを寝かせたすばるは、アーチャーの切断された左腕から止め処なく溢れ出る血液を前に、平静を取り戻せないでいた。
 治癒促進のために魔力を注いでもどうにもならない。普通なら目に見える形で再生が始まるはずの切断面が、けれど全く回復の兆しを見せない。なけなしの思いつきで傷口を押さえつけても、勿論状況は好転しない。
 それも当然の話であった。何故ならこの傷をつけたのはアサシン・アカメが持つ宝具「桐一文字」。受けた傷の快癒を許さぬ再生阻害の刃であるために。
 すばるはその事実を知ることはない。だから致命の現場と理解不能の事態を前に、焦燥だけを募らせて無駄に魔力を消耗する。

「アーチャーさん、駄目……! 死んじゃやだぁ……!」

 どうして治らないのか分からなくて、何が悪いのかも分からなくて。
 すばるはただ、失われゆく現実を拒絶するように嗚咽した。
 それを前に、アーチャーは何ができるわけでもなく、ただ唇開いて。

「―――」

 何かを言おうと、した。





   ▼  ▼  ▼


347 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:22:30 OZZemC9E0





 そこはほんの十数分前まで、人々が多く行き交う和やか雰囲気の交差点であったと、果たして誰が思うだろうか。
 夕暮れ時は家路へと着く時間。ある者は学校から、ある者は仕事から、またある者は買い物から、暖かな食卓の風景へと帰ることができるのだと本気で信じていた。多くの者が日常を過ごし、そして幸せな家庭へと帰る、それは幸せの交錯する場所であった。

 今はどうか。
 砕かれ隆起したコンクリートが、最早土塊と同じく無残に無数に転がっている。路面だけではない、砕かれているのは周辺のビルや建物類も同じであった。多くは爆撃でも受けたかのように黒ずんでバラバラとなり、酷いものでは溶解を繰り返して硝子質に変貌したものまで存在する。
 車道、歩道、隣接する建物群に標識や信号といった諸々の設置物に至るまで、全てに等しく破壊がもたらされていた。不幸中の幸いと言えるのは、それでも逃げ遅れた無辜の市民がほとんどおらず、死体となって転がっている者も少なくともこの周辺では見受けられないということくらいか。

 その爆心地もかくやという空間において、二人の男が戦っていた。
 見る者はただ一人。そこには賞賛も感嘆も存在しない。何故なら聴衆たる少女は戦いを嫌うから。暴力を以て他者を否定するという極限の背理を、この世において最も嫌悪しているから。
 だから、例えどれほど膂力や術理が凄まじかろうと、彼女は決してそれを褒めない。
 けれど、例えどれほど嫌おうとも、戦う彼らがその行いでしか語り合えないという事実は、何故か言われるまでもなく理解できてしまった。

 故に少女は、アイ・アスティンはただ見守る。藤井蓮と黒騎士の戦いを、じっと耐えて見つめているのだ。

「セイバー、さん……」

 彼はここに赴く直前、すばると再会するよりも前、アイにこう言っていた。"これから出会う奴は、ともすれば戦いを避けられない相手かもしれない"と。
 彼は直感で悟っていたのだろうか。ここでアーチャーと戦っていたのが、生前より因縁深い宿敵であることを。
 アイはセイバーの過去をほとんど知らない。知っているのは、精々が死者の生を厭うことと、誰かを愛していたことくらい。
 だからアイには、彼らにどのような因縁があり、変遷があり、願いがあるのかを知らない。
 だから待つしかない、というのは分かっていた。無知な自分が手を出していい領域ではなく、実際にそうしているのも確かだ。

 だが、それでも。
 それでも、何もできない無力な自分を見せつけられるのは、あまりにもつらく、悲しいのだと。
 もう何度目になるかも分からない自虐と共に、アイは心の内にそう思ったのだ。


348 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:23:09 OZZemC9E0





「おおおおおォォォォォオオオオオオオオオッ!!」

 それは大気を―――いや、大地を揺るがすほどの鬨の声。音ではなく気の轟哮が、周囲の空間へ黒騎士を中心に弾けたのである。
 単純な"意"の発露。すなわち殺意や戦意といったものを瞬時に爆散させて"威"に変える技術自体は珍しくない。彼のそれは桁外れに強大かつ高密度なものだったが、それさえ歴戦のサーヴァントであるなら狼狽える道理はない。
 故に、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン―――鋼の黒騎士を恐るべしと蓮が思った原因は別にある。
 それは落差。静と動の振り幅であった。
 つい最前まで巌のように静謐であったという絶。そしてこの発。
 彼の内に渦巻く数万の戦士たちの魂群が、咳ひとつ立てずに付き従っていたということ。
 想像を絶する統率力によって支配された軍勢が、今、抑圧の軛から放たれたのだ。

 マキナは今、猛っている。予選期間において名もなきサーヴァントを屠った時よりも、アンガ・ファンダージを一撃のもとに下した時よりも、アサシンと錬鉄のマスターを相手にした時よりも。
 そして、己がマスターの弔い合戦に赴いた時よりも。それら全てを合わせても尚、比較にならぬほどに、今のマキナは史上類を見ないほどに激情を滾らせているのだ。
 それもそのはず、何故なら藤井蓮とはマキナにとって何よりも求め、焦れ、そしてこの手で打倒したいと強く願った男であるために。己を縛る呪われた生、狂った儀式を破壊するための聖戦。その相手はこの男しかいない。この男でしかありえない。
 錬鉄のマスターに抱いた激憤さえ、蓮を一目見た瞬間には忘我の彼方へと追いやられていた。全ては今、この時のために。男同士の戦場に、不純物など必要ないし入り込む余地もないのだ。

 ならばこそ、ここで疑問が一つ。何故マキナは、消滅寸前の状態だったにも関わらず戦闘を続行できているのか。
 その理由は三つある。まず第一に、黄金の獣が近衛たる大隊長が共通して保有するスキル「魂喰の魔徒」の存在が挙げられる。
 このスキルは、彼ら三人の大隊長が生前に行った「とある逸話」とその結果から生じるスキルだ。曰く、第一の黄金錬成。曰く、首都ベルリンの陥落。そこで行われた事実とは、すなわち三人の手による赤軍・ナチスドイツ軍双方の殲滅である。
 無論ただの大虐殺ではない。エイヴィヒカイトの持ち主とは、殺した相手の魂を吸収し、その分だけ物的・霊的に強化される。マキナ、ザミエル、シュライバーの三人はその虐殺で蓄えた魂を以て、エインフェリアに相応しいだけの格を手に入れたのだ。
 すなわち魂喰の魔徒とは、彼ら三人がその状態に関わらずデフォルトで備えているべき、当たり前のスキルなのだ。その存在を前提にしている以上、外的要因によって消失することなどありえない。
 だが実際はどうか。マキナはこのスキルを失った状態で現界している。それは単に、彼の精神性に由来することである。
 マキナは黒円卓において数少ない、真っ当な武人である。無為な殺戮を好まず、逃げる相手は追わず、そうした矜持を抱いている。ならば、そんな彼が黄金の束縛から解放され、サーヴァントとして現界するにあたってどうするか。


349 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:23:49 OZZemC9E0
 決まっている。己の為した不名誉な行いなど、唾と共に打ち捨てたのだ。戦場を誉れとし、男の本懐としてはいても、血に愉悦する獣性など彼は持ち合わせないから。
 彼が当該スキルを持たなかったのはそういうこと。それは逆説的に考えて、今までのマキナは大隊長に相応しい性能を発揮できずにいたということでもあるが、この話には関係ないので省除する。
 これまでの戦いにおいて魂喰の魔徒を持たなかったマキナは、しかし今の戦闘に限っては、何故かそのスキルを全開に至るまで発揮しているという事実があった。
 何故なのか。それは、二つ目の理由に大きく関係している。

 マキナが戦える第二の理由。それは、彼が戦う相手である藤井蓮の存在だ。
 彼らは同じ魂から分けられた。数千数万の怨嗟渦巻く蠱毒の壺から、一つの核を為しそれを分断された兄弟だ。彼らの個我は明確に個人となってはいるが、ルーツを辿れば同一人物と言ってもいい。
 ならば二人が出会えばどうなるか。"斯く在れかし"と望まれた魂が、彼ら二人の憤激さえ糧にして更なる駆動を果たすのみ。
 すなわち、魂の共鳴現象。マキナは蓮と相対する時のみに限り、全ての力を極限以上に発揮することが可能となる。どころか、彼らのどちらかが覚醒あるいは力の向上を果たせば更にもう片方もつられて覚醒を果たすため、相乗効果となって天井知らずに出力は上昇していく。
 そして全力を出すという都合上、マキナは自ら捨て去ったはずの魂喰の魔徒までをも自動的に取得してしまう。魔力消費の軽減化、霊基消耗の無視。それはこの状況において、何よりも明確なメリットとして具現する。

 そして第三は言うまでもない。すなわち気合と根性、心の力に他ならない。
 現実? 常識? 言い訳など不要、そんなものはねじ伏せよ。ただ聖戦を望む心のままに、規定外の多大な過負荷で肉体を崩壊寸前まで追い込みながら、しかしマキナは何ら躊躇もしていない。
 馬鹿げた話にも程があるが、しかしこれが現実なのだ。そもエイヴィヒカイトとは心の力によって世界を塗り替える術法。術式以前に使用者の常軌を逸した精神が前提であり、それは単独であっても物理法則を捻じ曲げる域に達している。
 ならば、その使徒が揮う心の力が超常の力を発揮するなど言うに及ばず、更にマキナは来る戦友との聖戦に際し狂おしいまでに精神を猛らせている。

 物理的な相性。霊的な相性。精神的な相性。この三つが揃って初めて、マキナは常識外の復活劇を為すことができたのだ。
 いや、復活どころの話ではない。現状の彼の実力は、この聖杯戦争に際して過去最大級の力を発揮していた。
 余命を削るに等しい行い。故に稼働時間は極めて短いだろう。火に飛び入る蛾のように、尽きかけた蝋燭が放つ最後の光のように、マキナは最終最大の力を振り絞るのだ。


350 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:24:40 OZZemC9E0

「さあ、唯一無二の終焉をくれ……!」

 刹那、全てに先んじてマキナの剛腕が蓮の眼前に迫っていた。
 同時に行動を起こしたはずが先制攻撃の態を為す。それは決して不意をついたわけではなく、宝具の真名を開帳したが故のことでもない。
 両者の速度差は、ただ単純な能力そのものの違いであった。ステータスなどという表面をなぞっただけのカタログスペックの話ではない。戦闘に際する思考速度、状況判断、勘の良さに積み上げた経験則。万事をマキナが上回っているが故、それは状況有利として表れる。
 蓮とマキナでは積み重ねた修羅場の数が圧倒的に違う。60年もの歳月を終わりなき闘争のグラズヘイムに費やすことで研ぎ澄まされた才覚は、最早千年の研鑚すら凌駕する密度となって具現する。ならば修羅道に堕ちることなく現世を生きた蓮が叶う道理はなく、厳然たる結果としてこの場に証明された。
 蓮の鼻先へと飛来する拳は最早回避不可能―――このまま為す術もなく、蓮の頭蓋を柘榴の如く弾き飛ばす未来が想起されたその瞬間。

「だったら―――」

 ―――空を裂く超高速の迎撃が、マキナの右腕へと突き刺さった。
 戦闘者としての技量では敵わない。元よりそれを悟っていた蓮は、破壊力に割くべき力をそのまま迅速へと転換していた。そして放たれた要撃は威力こそ些か劣るものの、マキナの放った拳の軌道を変えるには十分すぎる。
 両者交錯の結果として生まれたのは、空白の瞬間。
 致命の隙を生み出した判断―――それはまさしく弱者生存の業であり、戦いの手法とは一つに非ずと雄弁に語っていた。

「お前が、くたばれ」

 右腕を突き穿つ勢いのままに、背中から回転して浴びせるは怒涛の連打。まるで散弾銃のように打ち込まれた突きの連撃が、一切の抵抗すら許すことなくマキナを逆に蹂躙していく。蓮がマキナに劣るだなどと誰が決めたか、彼の技量もまた超越の領域に到達している!
 両腕、体躯、胴、腕、顔面。叩き込まれる破壊の嵐―――仮借なく。蓮もまたずっと戦い続けていた。人ではあり得ぬ年月を、人を超えてしまったがために生き抜いて、人では及ばぬ魔人の一切を滅ぼさんがために。故に完成した彼の剣技は銅頭鉄額。その成果こそがこの爆撃じみた怒涛の剣刃乱舞。
 マキナと蓮、共に甲乙付け難き彼らは極めて高い領域において互角の戦いを継続していた。元より彼らは、厳密に言えば同一人物。それ故単純な出力差や能力の性能などで勝負がつくなどありえない。
 互いが互いを知り尽くしている。その存在を、魂を、鮮烈なまでに焼き付けている。それが故に判断まで似通っている二人の明暗を分けるのは力でも技巧でもなく、そこに込めた想いの多寡であるのだろう。

 だからだろうか。紫電纏う聖剣の乱撃を受け続け、全身から膨大な火花を撒き散らし鉄の軋む音を鳴らしても尚、蓮の眼前に立つ黒騎士は―――


351 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:25:13 OZZemC9E0

「否、否だ。戦友よ。俺はまだ終われない」

 俄かには信じがたい光景―――連撃を受けながら歩み寄る。
 一つ一つが渾身、例えサーヴァントであろうとも防御もなしに受ければ絶死となるはずの斬撃嵐を、さながら豆鉄砲であるかのように受け流して蓮を見遣る。
 無傷であるはずがない。現に全身は軋む音を掻き鳴らし、激突の度に致命の火花が散っている。にも関わらずただ平然と、泰然と、肌を涼風が撫でた程度の感覚だと言わんばかりにマキナは静謐の表情を崩さない。

 そして出し惜しみや躊躇など一切考えることもなく。
 永い時を越えて邂逅した戦友への昂揚さえ、己が運命を破壊する業を前に砕きつくし―――

「―――俺は、お前を殺さぬ限り終われない」

 鋼鉄を思わせる瞳に浮かぶのは反撃の狼煙。
 自らに拮抗する戦友を完膚なきまでに終わらせるため、黒騎士の渇望が駆動する。


Hochsten Heiles Wunder: Erlosung dem Erloser
「いと高き救いの奇跡よ。我が救済者に祝福を」


 ―――それは、終わりを宣誓する祝詞であった。
 ―――彼が秘めた力の解放、その宣言であった。

 解放と同時、夥しい量の魔力をその身に迸らせる。
 心の底からわき出した歓喜は漆黒の魔力流となって全身を駆け巡り、瘴気が如く昏い波濤となって余人にも目視可能なほどに密度を上昇させる。それに伴い拡大する圧力は無双の極致。彼が戦意を露わにしたというそれだけで、足元の地面は見渡す限り巨大な蜘蛛の巣めいて罅割れた。
 そして、次なる刹那―――

「ぬるいぞ。何をいつまでも寝ぼけている」

 剛腕一閃―――まるで至近距離で重火砲が放たれたような衝撃。
 驚愕の表情と共に辛うじて身を捻り、蓮は何とかその一撃を躱すも、瀑布にも似た轟爆は周囲の空間そのものを鳴動させる。
 マキナにしてみれば、これでも全力には程遠いのだろう。劣化、損耗、ここに極まれり。何とも無様で滑稽であるとさえその気配は語っている。だが、それだけで内在する破壊力は如何ばかりか。触れてすらいない地面が大きく抉れ、砕け散って宙を舞う。


352 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:25:43 OZZemC9E0

 続いての二撃目。体勢を崩した蓮を追撃するように放たれた横薙ぎの裏拳は更に身を捻ることにより回避され、その背の向こうにあったビル群を乾いた紙粘土の如くに吹き飛ばす。鼓膜を震わす地響きが一帯の空間を埋め尽くした。
 踏み込んだ震脚に周囲の瓦礫が爆散する。
 構えを取るための所作一つで大気が破裂し水蒸気爆発もかくやという爆発音が轟く。
 マキナの拳が放たれる度、空を切る衝撃だけで周囲の建築物が根こそぎ崩壊していく。
 理解不能な絡繰りを聞いたならば、この黒騎士は答えるだろう。これこそ我が望み、終焉が至る果てであると。

 そう、それはゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンのエイヴィヒカイト。
 その本質は極端に特化した破壊能力による物質・事象崩壊に他ならない。

 通常、エイヴィヒカイトによる「形成」位階とは核となる聖遺物を武装に適した形で物理的に具現する術法だ。
 朽ち果てた旧世紀の剣であるならば、斬殺に特化した質実剛健な刃として。
 錆びつき動かなくなった銃であるならば、銃殺に特化した魂喰らいの砲として。
 それはすなわち、常態としては聖遺物は形成されないということの裏返しでもあるが、しかしマキナの場合はそれと趣を異としている。
 彼は生きた聖遺物―――ティーガ―戦車を媒体に毒壺の魂をくべられた人造物であるために、彼の形成は極めて特殊な発現を為す。
 それが常時発動型。常に渇望を発揮し続けるがために、創造の展開により発揮されるべき終焉の残滓が形成の拳にすら付与されるという異例の事態に陥っているのだ。
 現状の彼は創造を発動できない。マスターの不在に霊基の損傷、拳は終焉として変生することなく、触れたものに幕を引くこともない。しかしそれでも彼はマキナ、鉄腕の黒騎士であるために、振るわれる拳には絶死とも言うべき破壊力が乗せられる。

 故、戦況は一方的な状態へと転じていた。すんでのところで蓮は躱し続けているものの、被弾は時間の問題。そして一撃でも食らったならば、極限域の破壊力が五体を微塵に散らすだろう。
 例え皮膚に掠る程度であっても爆散する衝撃が内部に伝播し破砕する。否、躱し続けているはずの現状でさえ、付随する衝撃波だけでも相当の圧力と破壊が為されているのだ。仮にここで相対するサーヴァントが三騎士クラスの白兵戦能力を持たない場合、それだけで戦闘不能に陥る可能性とて十分にあり得るだろう。
 地に足踏みしめて迫るマキナ。禍々しささえ感じさせる弩級の打撃が蓮に対して殺到する。


353 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:26:20 OZZemC9E0

「相変わらずなんだな、お前は」

 繰り出される拳の弾幕、決して速くはないはずなのに巨岩の崩落が如く怒涛に押し寄せるそれを、手に持つ剣で捌きながら蓮が言う。
 相変わらずだ。その拳から感じられる渇望の種別、その深度。何もかもが昔と変わらない。
 こいつは今でも死を求めている。奪われた物を返せと、それだけを言っている。

 終わり終わりと負け犬のように、都合が悪けりゃ逃げることしか考えない。

「飽きもせずに俺を殺すだなんだのと、要は怖気づいてるだけのくせに偉そうにしてんじゃねえ!」

 叫びと共に渾身の一閃。それはマキナ本体ではなく、振るわれる拳の可動域、すなわち手首を狙ったものだ。
 甲高い反響音と共に火花が散る。それは一瞬ではあったが空白の間隙を生じさせ、更に拳の軌道そのものを捻じ曲げる。
 滑り込む体、振るわれる斬撃は確かな痛覚を伴ってマキナの胴体へと炸裂する。更に追撃、サーヴァントとして備わった敏捷差を生かした連撃がいずれも余さずマキナの肉体を捉えて損壊させる。
 挽回不可能であると思われた局面を、しかし彼は一度の攻撃で退けた。そしてその後も続く追撃の嵐。死角となる横合いからの柄での殴打が脳を揺らし、回転するまま内懐へ入っての突きが鳩尾を抉る。

「死にたがりが、一丁前に吠えるな」
「ああそうだ。俺は変わらない。俺の望みは誰にも譲りはしない」

 すなわち、唯一無二の終焉を。マキナが望むのはそれだけで、たった一つのためだけに彼はその拳を振るう。
 残像すら捉えられぬ波濤の嵐。躱されては引き戻し、一心不乱に敵手の破壊を求め続ける。
 銃砲火器など目ではあるまい。激震する拳と紫電の剣圧が鬩ぎあい、空間に一種の断層すら刻み付けながら踊り狂う。

 口を開くことさえ致命の隙と成り得る剣戟。その最中に、しかしマキナはそれでも尚を口を開き。

「だが、それを言うならお前はどうなのだ。なあ戦友、最早矛盾でしかない在り様を晒す宿敵よ」

 一言だけ、問うた。それを前に、蓮は一瞬の狂いもなく肉体と剣を駆動させながら、その眉を僅かに動かした。
 ああ、その言葉は、決して否定することなどできないもので。

「失ったものは戻らない。死んだ者は生き返らない」
「……戻ってくるなら、それは価値がないからだ」
「そうだ。それだけが、俺とお前が共に抱いた原初の誓いであったはずだ」


354 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:26:46 OZZemC9E0

 静謐に告げるマキナと、追随するように続きを返す蓮。それを前に、マキナはただ泰然と構えるのみ。

 彼らは共に生を尊んでいる。限りある一生を、人としての生涯を、愛するが故に彼らは対称となる極点へと辿りついた。
 ただ一度きりであるが故に重く、尊い「死」を選んだマキナと。
 ただ一度きりであるが故に重く、真摯に向き合うべき「生」を選んだ蓮。
 かつての戦いにおいては、死を奪われたがために蘇ったマキナを、明日を生きることを望んだ蓮が打ち倒した。それはつまり、二人が共に嫌悪する死者が、共に尊ぶ生者に打ち負けたという順当な結果となったのだ。

「かつてお前は言ったな。生き残るのは自分であると。ああ認めよう。あの時のお前は、俺という死者を打倒するに足る英雄だったと」

 しかし、とマキナは続ける。

「ならば今はどうだ。お前も俺と同じサーヴァント、蘇った死者に過ぎまい」
「―――ッ!」

 その言葉に、蓮の挙動が明らかに精彩さを欠いた。弾かれた剣握る右手が、後ろ手に流されて大きな隙を晒す。
 すかさず放たれる鉄拳を、体勢を崩しながら辛うじて回避した。しかしここに、致命の隙を作りだしたが故の趨勢が決定づけられた。

 マキナの言葉は、藤井蓮という一個の人間に突き付けられた矛盾であった。人はいつか必ず死ぬ。死は一度きり、故に烈しく生きる意味がある。だからこそ、失われた命は戻ってきてはならないのだという思想。
 ならばこの場で最も矛盾しているのは、奪われた死を取り返そうとするマキナではなく……

「お前では俺に勝てんよ。何故ならお前も止まっている。ましてここで、このザマで。俺を倒したくば敗北(なっとく)に足るものを示すがいい」

 徐々に追い詰められていく。回避と防御に割くリソースが、一合ごとに嵩を増していく。そうして蓮はいつの間にか、防戦一方の状態へと成り下がっていた。

 彼らは全く違わぬ因子を有した同位体。故に単純な出力や性能差などで勝負がつくなどありえない。
 ならば彼らの明暗を分かつものは何であるのか。決まっている、譲れぬものに懸けた精神の多寡、想いの力以外にない。

 故に蓮は敗北する。大義を失い、名分を失い、今や彼自身が忌避すべき生ける死者と成り果てた以上は。
 藤井蓮が勝る道理など、何処にも見当たるはずもなく―――

「させんがなァッ!」

 轟、と武威が放たれる。
 大気を貫く爆轟と共に撃ち出された正拳が、一直線に蓮の顔面へと吸い込まれて―――


355 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:27:25 OZZemC9E0



「―――ああ、そうだ。確かに今の俺は矛盾してる」

 けれど。
 違わず蓮の頭蓋を粉砕するはずの拳は、しかし何をも穿つことなく軌道上に配置された剣の腹に阻まれた。
 そしてそのまま、両者は鍔迫り合いにも似た鬩ぎあいへと移行する。ぎりぎりと上げられる刀身と拳の軋む音は、両者が叫ぶ悲鳴に他ならない。
 
 限りある生を重んじる蓮の渇望は、今も彼の戦闘力を支えている。それはつまり、彼は一度きりの死を否定せず、故に蘇りなど肯定するはずもないということを示していた。
 そう、彼は蘇りたくなどなかったはずなのに。

「それでも、放っておけなかっただけだ。
 あいつがまだ生きている。だったら俺だけ逃げるわけにはいかないだろう。こんな偽物(おれ)を、それでも大切な光だと言ってくれるなら尚更に」

 語られた彼の真意に、マキナは眉根を寄せた。彼には分かったからだ、蓮が一体誰のことを指して言っているのか。
 それは彼らの後方。この戦いが始まってから、ずっとそこで事態を見守り続けていた、一人の小さな影。
 ―――アイ・アスティン。藤井蓮の、マスターだった。

「理屈じゃないんだよ。例えそれが、どれだけ矛盾したことだとしても。お前には狂ってるようにしか見えないだろうけどな」

 自分以外の誰かのため、己を曲げて戦場に居座ること。それは矛盾していても正しいことで、人足らんとするならば自然なことだと蓮は断言した。
 彼女のため、そして何より己のため。余人の目にはどう映ろうと、彼の中では釣り合いが取れている。利他と利己、どちらも必須のものであり、どちらにも傾かない無謬の天秤。
 ともすれば不整合なその在り方こそ、人の真であるのだと。

 そして、マキナは見た。驚愕と共に、それを目の当りにした。
 今、目の前にいるこの宿敵は……

 ―――笑った、のだろうか。
 夢か幻か、それとも見間違いか。ほんの僅か、蓮から滲んだものは確かな苦笑の念だった。


356 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:27:57 OZZemC9E0

「あいつは、夢見がちな奴だったよ」

 言いつつも、自らもまた夢見る者であるかのように、蓮は少女のことをそう語る。

「そして、俺はそんなあいつだからこそ、死想を曲げてでもサーヴァントとして振る舞おうと思えたんだ」

 思い返すのは召喚されたあの日のこと。少女の歪みを垣間見た時のこと。
 世界を救う己は救われてはならないと決めつけて、報われぬ道程に足を踏み入れた。
 それは呪いだ。その歪さを肯定すれば、彼女を蝕む呪縛は未来永劫解けはしないだろう。
 だからこそ―――

「そんなあいつが、生きたいと言っている。だったら俺も死なねえよ」

 神としての永遠ではなく、人としての一生を。
 歩ませたいと願うがため、今の自分に迷いはない。明日を生きる人間として、藤井蓮はアイ・アスティンを生かして帰すと決めたのだ。

「マスターのため、か。繰り返すのが好きな男が、なんとも殊勝なことだ」
「そういうお前はどうなんだ。自分を喚んだ奴一人さえ、お前は報いず死なせたのか」

 蓮の問いかけに、マキナは一瞬の無言。微かに表情が揺らぐ。
 しかし代わりに構えたのは幕引きの鉄拳一つ。

「……知らんよ、そんなものなど。俺の望みは俺自身の力で完遂する―――他力などには頼らん」
「ああ、そうかよ」

 吐き捨てて、蓮もまた剣を構える。これより先は、もう言葉で問う領域を脱すると分かったから。

「問答は終わりだ、戦友。今こそ幕を引くとしよう」
「言ってろ。勝つのは、俺だ」

 先に進むのは、俺達だ。
 幕引きになど囚われない。どう死ぬかではなく、どう生きるかを考える俺達が、明日さえ見ようとしないお前に負けるものか。

 そうして二人は目線を合わせ―――
 両者の姿が霞のように消え失せたのは、次の瞬間であった。





   ▼  ▼  ▼


357 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:28:51 OZZemC9E0





「……え?」

 すばるは、それが何を意味しているのか分からなかった。

「何、してるの、アーチャーさん……?」

 分からず、目の前のそれを見つめる。ぱくぱくと、水面で喘ぐ魚のように口を開閉し、しかし彼女は何をも言うことはない。
 何かを伝えたいということは分かる。けれど、何故彼女がそうしているのか、すばるには理解できなかった。

「―――! ……!?」
「アーチャーさん、もしかして、声が……」

 必死に何かを言おうとして、縋るような目をする美森に、そこでようやく、すばるはこの事態が何なのかを理解した。

 ―――満開という術法には代償が存在する。
 古今、万物にある程度共通するように、大きな力にはそれ相応の対価というものが付随する。等価交換は世の原則であり、身の丈に合わぬ力は持ち主に必ず破滅をもたらしてきた。
 何かを得るには何かを失う必要がある。それは満開に限ったことではなく、通常の宝具とて、発動には莫大な魔力の消費が要る。しかし満開とは、得られる力と反比例するように魔力消費は極めて軽微で、故に他の要素で埋め合わせが求められた。
 それが"散華"。"満開"に付随する代償であり、美森たち勇者が強大な力を揮うことに課せられた宿業でもあった。
 満開を決行した勇者は、その発動が終わったと同時に肉体の一部を永遠に失う。喪失する肉体部位は基本的にランダムであり、視覚や聴覚といった五感から手足の動作、あるいは記憶といった概念的なものまで含まれる。
 実のところ美森が抱えていた下半身の失調も、生前に敢行した満開の代償であるのだ。サーヴァントとなった現在ですら引きずるほどと言えば、その代償がどれほど重いかは想像に難くない。
 そして今、彼女は何を散華したのか。
 それは"声"だ。彼女は、他者へと語りかける機能を永遠に失った。言葉を紡げず、語りかけるという概念そのものの剥奪であるため念話による会話も不可能。それは奇しくも、生前における彼女の友人と全く同じ代償であった。
 咲き誇る徒花は、いずれ散華するのが定め。満開となった花の寿命は短く、遠からずその花弁を地に落とす。
 それは皮肉なことに、すばるへ伝えなければならないことがある今の美森にとって、何よりも重い代償であった。


358 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:29:18 OZZemC9E0

「……!」
「アーチャーさん、何を……」

 美森は残った右腕ですばるを引き寄せると、その背を抱いて指でなぞった。その動きは、文字を示していた。すばるもそれを遅まきに理解すると、黙って美森に身を任せた。
 彼女には何としてもすばるに伝えなければならないことがあった。みなとという少年のこと、ライダーのマスターであったこと、そして何より……アサシンの存在のこと。
 それらを、一字一句丁寧に、美森は文字にしていった。

 ―――この時、美森は一つ重大な失敗を犯した。
 状況が混迷しているがために言葉に迷ったということもあるだろう。左腕の喪失という、極限状態にあったこともあるだろう。それら要因が重なってか、美森は常の冷静さを欠いており、彼女らしからぬ不手際を犯した。
 それは、伝える事物の順番。この状況において真っ先に伝えるべきなのは未だ近くに潜伏しているアサシンの存在だ。第三者の視点から見れば、それは明白なことである。
 しかし美森は当事者で、しかも混乱と激痛と血液不足による思考の鈍麻の只中にあった。だから彼女は、時系列を整理することなく「自分が体験した順番通りに」すばるへと語り聞かせたのだ。

「アーチャーさん、いま、なんて……?」

 すると、どうなるか。
 未だ話の途中であるというのに、すばるの顔は驚愕と困惑に満ちて。

「みなとくんが、死んだ……?」

 信じられないといったすばるの言葉に、ここでようやく、美森は自分がしでかした失敗を悟り、ただでさえ蒼白となった顔を更に蒼褪めさせた。

「うそ、だって……みなとくんは、え……?」

 渇いた哂いが漏れる。違うのだと伝えようにも、美森の声帯は機能しない。指でなぞろうにも、もうすばるはそれを認識できていない。

 確定ならざる情報、しかしすばるには何故か、美森の言葉が真実であると確信できていた。
 それは予感だ。かねてから感じていた予感。それは彼女の裡に眠る可能性の結晶が紡いだみなととの縁であり、廃植物園で彼の花を見つけた時に確証へと変わった。
 そして今、すばるの裡にあったはずのみなととの繋がりは、途絶えていた。理屈では分からずとも、無意識で理解していた感覚として、すばるはどうしようもなく、みなとが死んでしまったのだと分かった。


359 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:29:37 OZZemC9E0

「みなとくんが、死んだ……殺された、なら……」

 かくり、と。幽鬼のように力の抜けた相貌で、すばるは彼方を見遣る。
 こうしている間にも断続的に響く、轟音と激震。何かが崩れる音が耳に痛い。そんな破壊が為されている中心を、すばるは睨む。

「みなとくんを殺したのは、あいつ……!」

 違う! と、美森は叫びたかった。違うのだ、そうではない。
 みなとを殺したのが、すばるの睨む黒騎士ではないというのもそうだ。しかしそれ以上に、"今集中すべきはそれではない"!

 すばるは身に抱く杖を強く抱きしめる。何かが弾ける音と共に、彼女の姿が純白のそれへと切り替わる。

「よくも、よくもみなとくんを―――!」

 あっ、と言う暇もなかった。
 縋るように伸ばされた美森の手をすり抜けて、すばるは一直線に黒騎士へと突貫した。涙ながらに絶叫する相貌は悲壮で、だからこそ美森は、後悔と遣る瀬無さに苛まれた。
 すばるは元来、あまりにも優しすぎる心根の持ち主だ。エンジンの欠片集めに際する邪魔にも落ち込むことこそあれど憤ることはなく、怒気を露わにすることに至っては人生において数えるほどしか存在しない。怒りよりも悲しみが先に立つ、すばるとはそういう少女だった。
 そのすばるが、今は怒りと敵意に染まっていた。
 それほどまでに大切な存在だったのか。彼女は今まで見たこともないほどに眉根を釣り上げて。一心不乱の突貫を果たす。
 それは逆に言ってしまえば、心理的な最大の隙を晒すと同義であり……

 ―――違う、違うの。すばるちゃん、逃げて―――!

 声なき美森の叫びは、当然届くはずもなく。


「―――あ……」


 遠くから、小さな光が放たれた。
 瞬時に目の前まで迫った"それ"に、すばるは頓狂な声をあげた。
 それは、夕闇に白く光る、巨大な戦錐の形をしていた。
 身を裂くような衝撃が全身を襲い、すばるの意識は闇に包まれて―――

 ―――その刹那。
 ―――すばるの胸に、一筋の光が輝いた。


360 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:30:21 OZZemC9E0
中編の投下を終了します。タイトルは「かつて神だった獣たち -what a brave worriors-」です

後編を投下します


361 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:30:53 OZZemC9E0


 勇者―――その輝かしい名の響きに、人は何を思うのか。
 少なくとも、そこに負の印象を抱く者は皆無だろう。憧れ仰ぎ見ずにいられない対象として認識する場合がほとんどのはずだ。
 理由はいくつか考えられるが、まずは救済や希望を担う者であるからという点は何をもってしても大きい。誰か―――自分以外の他者を救うという行為は、例外なく讃えられるに違いない。
 そして、理由ならもうひとつが挙げられるだろう。それは偏に希少性―――つまり、十把一絡げのありふれた存在ではないという一点だ。
 まず人々を救うという道。それを目指すこと自体が既に希少であるし、かつ目指したからと言って誰もがなれるものではない。
 志だけでなく継続して貫く実力、困難を乗り越える天与の才能……そういった諸要素の篩にかけられ、選ばれた一握りの者だけが至れる存在。だからこそ勇者は憧憬を一身に集めやすい。
 ならば、勇者を生むその希少性とは具体的にどんなことを意味するのか。
 個人に当てはめてみるならば、それは「皆と同じことをしてはならない」ということが第一条件になるのではないだろうか。
 つまり家族が大事とか、友人たちを愛しているとか、当たり前の職業に就いているとか、些細なことで悩んでいるとか―――
 そういった普通の人々が抱くだろう概念を持たず、そこから離れていればいるほど人はそれを特別に思うはず。逆に常人としては祝福すべき素晴らしい環境や出来事も、勇者を目指す者にとってはその条件たる希少性を大いに毀損する要因となってしまう。
 万人と大差ない道を歩もうとする者が、勇者として認められることはまずないのだ。

 だから。
 もしここに勇者であろうとする少女がいたとして、その一方で個人的な友誼を守ろうと奮闘しているとしよう。そしてそのために近しい友人以外の全てを犠牲にしようとしているのだとしよう。
 すなわち誰もが羨むような典型的な幸福を、歓びをもって彼女がその手に掴もうとしているのだとしたら。
 救済や希望をかなぐり捨てて世界の破滅を寿ごうとしているのだとしたら。
 それは、つまり―――





   ▼  ▼  ▼


362 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:31:41 OZZemC9E0





 夢を見ているような、微睡んでいるような感覚があった。
 一面の闇の中。夢のわたしは蝶になって、セルリアンブルーの翅をひらひらと羽ばたかせた。
 生身の体では決して味わえない感覚。けど、この感覚をわたしは知ってる? 宇宙の中を自由に飛び交う楽しさ。それを、わたしは知っている?

 無明の闇の中を進むと、いつしか一筋の光が見えた。誘蛾灯に誘われるように、ひらひらとそこへ向かう。
 光の正体は扉だった。闇の中にぽつんと浮かぶ、一つの扉。それが微かに、暖かな光を放っているのだ。

 これはなんだろう。わたしは、なんでこれに惹かれたんだろう。

 わずかな疑問が湧いて、でもそれを考えることもなく、わたしは扉を開け放った。

 ―――光が、溢れた。

 ………。

 ……。

 …。

 ―――――――――――――――――――――。


「……えっ?」

 ―――気が付いた時には、わたしはわたしであって、蝶ではなかった。
 二本の手があり、足があり、いつもの制服を着ているわたしの体が、そこにはあった。

 そして次瞬、わたしは全てを思い出した。
 わたしの名前はすばる。中学一年生で、コスプレ研究会に入ってて、今は聖杯戦争っていうものに参加させられてて、何か凄い衝撃に巻き込まれて……
 みなとくんを、探してて……

「ここ、は……」

 ぼんやりとしていた視界が、徐々に色を取り戻していく。
 焦点が合い、自分がどこにいるのかが分かってくる。


363 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:32:04 OZZemC9E0

「病、室?」

 そこは、暗がりの病室だった。
 機材が放つ青い光に照らされ、心電図の無機質な音だけが響く、ひっそりとした暗い病室。

 ベッドには、呼吸器に繋がれた男の子が、静かに眠っている。
 その、少年の、顔は……

「みなとくん……」

 すばるが必死に探し求め、追い掛けた少年の姿が、そこにはあった。

 白いシーツに包まれたみなとは、見ているこちらが苦しくなるほどに青白い顔をしていた。今まで見てきた少年とは似ても似つかぬほどに、痩せ衰えて。
 すばるは崩れるように膝立ちになると、横たわるみなとの手をそっと握った。点滴の管が走るその手は、木乃伊のように細く、乾いて。ふとした拍子に折れてしまいそうで。
 折り紙でできた星を、大切そうに握っていた。

「こんなところに、いたんだね」

 それでも、すばるは笑みを浮かべた。
 目の奥が熱くなり、鼻につんとした感覚が宿る。涙が滲んで、上手く前を見られない。

 この状況が一体何で、どのような意味があるのかは分からない。けれど、それでもすばるは、求めた少年に追いつくことができたから。

「みなとくんもわたしも、幻なんかじゃないよ」

 言葉と共に、溢れるものが一つ。
 すばるの裡から、微かな光が漏れだす。それは一つの星となってすばるから湧き出た。
 「わ、わ」という声を余所に、それはみなとの手のひらへと落ちた。すばるがそっと握った手のひらと、折り紙の星。そこに落ちて、光はその輝きを増し―――



「君も、ここに来てしまったんだね」



 記憶の中にしかない彼の姿が、すばるの目の前に存在していた。





   ▼  ▼  ▼


364 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:32:33 OZZemC9E0





【無事だったか、士郎】
【アサシンか……アーチャーの攻撃に紛れる形で、何とかな。そっちはどうだ?】
【腕一本を取った。しかし、仕留めるには至ってないだろう】

 再び戦場と化した街を俯瞰できる場所にて、身を隠し睥睨しながら士郎は念話を行う。
 混沌とした状況だ。先ほどまで自分が戦っていたライダーは、今は乱入した別のサーヴァントと戦闘を行っている。クラスはセイバー、アーサー王と同じく最優の一騎だ。できれば相手にしたくない手合いであった。

【士郎、この状況をどう思う】
【……色々と理屈の分からないことばかりで何とも言えないな】

 士郎の言は事実である。この状況、彼らの視点ではあまりにも不可解なことが多すぎた。
 例えばライダーの継戦状態。例えば乱入してきたセイバーの存在。アーチャーのマスターと思しき人影。不確定要素は多く、軽率に結論を出すには些か混迷に過ぎた。
 しかし。

【それでも一つだけ言えるのは、俺達にとっては都合がいいってことだ。逃げるにせよ、仕掛けるにせよ】

 そういうことだった。今の状況とはすなわち、敵性存在の全てが士郎とアカメからチェックを外した状態にあるというものだ。
 故に逃走は容易である。唯一の懸念点はアーチャーの存在だが、アサシンの言によれば片手を喪失し、こちらから見る限りにおいても既に戦闘能力は失われている。逃げる士郎たちを追撃してくる可能性は決して高くはないだろう。
 ここで最も気を付けるべきは、アーチャーが保有する宝具にあるが。

【そうだな。それとアーチャーの宝具だが、あれは単純な性能強化だった。上げ幅が尋常じゃなかった分、反動も相当なものなのだろう。あの様子を見れば想像がつく】
【だな。俺も同じ意見だ】

 これこの通り。宝具の種が割れた以上はどうとでもなる。戦闘能力の消失と代償の関係上、短時間での再使用はまずないと言っていい。
 消滅必至と思われたライダーの復帰、未知のサーヴァントの登場、丸裸となったアーチャーのステータス。
 それら要素を加味して、ならば自分たちが採るべき選択とは何か。


365 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:33:13 OZZemC9E0

【それでなんだけどな、アサシン。俺は今からもう一回、あいつらに仕掛けたいと思う】

 士郎の選択とは、それだった。
 逃げようと思えば確かに逃げられるだろう、しかしそれを選ぶには余りにも後のリスクが高すぎた。
 ライダーとセイバーが潰し合ってくれる、という展開ならば理想だ。しかしそう楽観はできないし、何よりアーチャーが生き残っているというのは見逃せない。
 端的に言ってしまえば、彼ら三陣営が全騎生存し結託するという最悪の展開が起こる可能性を、士郎たちは否定できないのだ。確かに今はライダーとセイバーが戦っている。しかしアサシンの存在を彼らが知り、かつアーチャーによる裏付けが取れればどうなるか。
 更に言えば、ライダーは放っておいても消滅する……そう楽観もできない状態にあった。士郎たちは、彼が何故復帰できたのかという絡繰りがてんで分からない。その理屈次第では、この戦闘はおろか長期間に渡って現界し続ける可能性もあるし、何よりアーチャーかセイバーのマスターと契約してしまえばその時点で消滅は免れてしまう。
 放置などしておけない。狙うならば今、同士討ちが起こっている時を置いて他になかった。

【……了解した。その決断に否やはない。士郎の決定に従おう。
 そうなると、私は誰を狙う?】
【"セイバーのマスター"だ。俺はアーチャーのマスター、そしてセイバー自身に狙撃を行う。アサシンはその隙を突いて欲しい】
【分かった。確かにそれが妥当なところだろうな】

 二人は更に襲撃タイミングなどに関わる作戦を十全に話し合い、念話を継続したまま所定の位置についた。士郎は低階層ビルディングの屋上へ、アカメは戦場近くの物影へ。そして息を潜め、最善の時をじっと待つ。
 轟音が幾度も響く。その度に、瓦礫は崩れ細かな塵が降ってくる。その振動と圧力に耐えて、耐えて、耐えて。
 そして、その時はやって来た。

 発端はアーチャーのマスターだった。
 彼女は何かを叫びながら、一心不乱に戦闘の中心へと突貫した。その速度、長距離移動に限定すればサーヴァント級か、あるいはそれ以上か。士郎とアカメでさえも目を見張るものがあったが、しかし。

(冷静さを欠いたか)

 所詮はそれだけだ。あのマスターはあまりにも素人に過ぎる。サーヴァントを振り切っての単独特攻など、"狙ってください"と言っているようなものだ。
 故に、殺される。
 故に、俺の願いの礎となる。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)。赤原猟犬(フルンディング)!!」

 詠唱と共に放たれるは、絶対必中の魔剣が一。
 四十秒をかけて魔力を充填させた一矢はセイバーへ、間髪入れずに放った二矢はアーチャーのマスターに。
 それぞれ向かい、距離的に士郎たちと近い位置にいたアーチャーのマスターへとまず到達し―――

「―――あ……」

 呆けたような少女の顔が目に映り。

「セイバーのマスター、葬る」

 それと同時、物陰から飛び出したアカメが一刀を振りかざし、立ち尽くす異国の少女へと迫ったのであった。





   ▼  ▼  ▼


366 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:33:46 OZZemC9E0





 弓兵のクラスで呼び出されたが故の視力によって、美森はそれを正確に目撃した。
 遥か遠くで瞬いた光。番えられた鏃。それを引き絞ったと思しき青年の姿と、放たれる螺旋の軌道。
 美森は、その全てを明瞭に認識できていた。
 美森は、その全てを分かりながら、しかし体を動かすことができないでいた。

(すばる、ちゃん……!)

 立ち上がろうとして、失血とバランス欠如から無様に崩れる。
 駆けだそうとして、けれど最初からこの足は動いてはくれない。
 助けたいという思いだけが先行して、なのに体は言うことを聞いてくれない。
 螺旋剣が、不自然なほどゆっくりと流れる視界の中、徐々にすばるのもとへと迫っていく。

 這いつくばったまま、無我夢中で手を伸ばした。
 一生懸命伸ばしたのに、届かなかった。
 涙が、溢れた。

(私は、また……)

 誰をも守れないのか。また、自分一人が残されてしまうのか。
 それが嫌だったから、力を手に入れて挙句に英霊とまでなったのに。
 また、繰り返してしまうというなら―――

(だったら……)

 ―――だったら、"全部壊してしまえばいい"。
 悪魔が囁いた。諦めてしまえと、諦めて"それ"を使うがいいと。
 東郷美森が備える最終宝具。彼女の望みを疑似的に果たす仮初のラグナロク。

 逡巡していられる時間は、残されていなかった。

(私は―――)

 そうして美森は、何かを決意したように唇を噛みしめて、瞬間的に膨大な魔力を放出した。
 ―――それは身の破滅を告げるような、昏く不吉な気配を湛えていた。





   ▼  ▼  ▼


367 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:34:25 OZZemC9E0





 どこかで見たような、景色だった。
 どこかで見たような、星宙だった。
 無明の闇ではない。ところ狭しと星々が煌めき、宝石箱のように輝いている宇宙。

 ―――ここは……

 その光景を目にした瞬間、すばるを猛烈な眩暈が襲った。
 くらり、と意識が揺れる。けれど苦しみはそこまでで、次いで思い出されるのは、"何故自分がこの光景を知っているのか"ということ。

 エンジンの欠片集めで宇宙を巡ったから、ではない。
 コスプレ研究会のみんなと眺めたことがあるから、でもない。
 どこを見渡しても似たような景色ばかりと、宇宙をよく知らない人ならそう言うかもしれない。けれどすばるは違う。

 ここは、この景色は。
 そうだ、これは、あの時に―――

「そう、僕と君が一緒に見た、あの星宙だ」

 それは過去。かつて共に垣間見た星々の残影。
 思い出の中だけにあるはずの光景だった。しかし、ここは過去じゃない。
 確かな今として、すばるはここにいるはずだ。

 ―――遥かな星海の中で、すばると少年は向かい合うように立っていた。

「みなとくん……」
「訳が分からない、って顔をしているね。すばる」

 不安げなすばるとは対照的に、少年―――みなとは泰然とそこに立っている。
 彼は手を翳し、どこか遠くを見つめるように言った。


368 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:34:49 OZZemC9E0

「距離も時間もあやふやになり、我と汝が一体と化し、生と死を超越した境地……
 僕は暫定的に純粋空間と呼んでいるけれど、本当のところはここがどういう場所なのか、僕にもよく分からないんだ」

 赤いセミロングヘアに中性的な顔立ち。
 忘れられない彼の顔。もう二度と会えないはずだった少年の姿。
 今はこうして、すばるは彼と向かい合っている。
 ―――けれど、それは生きて再会できたということでは、決してなくて。

「君がここに来れたのは、君の持っている"星"が導いたんだろう。まだ生きている君が迷い込むはずはないから」

 彼は語る。ここは、生きとし生ける者がいるべき場所ではないのだと。
 すばるは、なんとなくだけれど彼が何を言いたいのか分かるような気がした。
 ―――分かってしまうから、それを聞きたくはなかった。

「さっき君が見たのが、本当の僕だ。選ばないんじゃなくて、選ぶ可能性すら初めから失われている」

 病室で眠る彼。幼少期から、目覚めることのなかった少年。
 そこから分離した存在なのだと、目の前の彼は言う。何者にもなれず、なることを許されず、ただ消えていくしかない存在として。
 彼は、それを認めることができなくて。
 誰でもない自分自身になることを夢見て。
 そうして、願いを叶えるために、あの世界に来て……
 そして―――

「そして、ここにいる僕は」

 すばるの知っている、彼は―――

「もう死んでいる。あの鎌倉で、とっくの昔に殺された」

 ―――頭を殴られたような感覚が、すばるの脳内を襲った。


369 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:35:56 OZZemC9E0





「知っているはずだ、すばる。自分で見たか、誰かから聞いたか、それは知らないけれど。
 君は僕が死んだことを知っているはずだ。そうでなければ、こうしてここで会うことはできなかった」

 みなとの言葉は、事実だ。
 すばるは既に知っている。アーチャーの声なき言葉、胸の裡から感じられたみなとの消失、それらが実存よりも尚確かな実感となって、すばるは否応なく彼が死んだことを思い知らされた。
 それで、すばるは自暴自棄になって。
 あのライダーへと突貫して。
 目の前が暗くなって。
 ここに、来てしまった。

「この僕は言わば残影だ。君の記憶から投射された記録の残像。それが一時形を得たに過ぎない。
 本物の僕と同じく、何の可能性も残されていない」

 語るみなとは淡々と、何の感情も見えないように。
 それがすばるには無性に悲しかった。すばるはただ、みなとともう一度会いたかっただけなのに。
 日常を過ごしたかっただけなのに。
 どうして、求めた再会がこんな形になってしまったのだろうと。

「すばる、君はどうしたい?」

 ふと、そんなことを聞かれた。
 あまりにも唐突過ぎて、思わず言葉に詰まった。みなとは更に言葉を続ける。

「君は何かを選ぶことができる。君を導いたキラキラは可能性の結晶だ。だから一つ、そう一つだけ。君は未来を選択できる」

 掲げるように、指を指して。

「生きるか」

 苦難の道を再び歩むか。

「消えるか」

 ここでみなとと運命を共にするか。

「君だけが決めることができる」


370 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:36:31 OZZemC9E0

 ……何を言えばいいのか、分からなかった。
 ここに至ってようやく、すばるはこの少年のことを何も知らないのだと気付いた。

「わたし、は……」

 絞り出すように、声を出す。
 生きるか消えるか。その二つは、どちらも認めたくない現実だった。
 すばるはみなとのいない世界が嫌で、だからこんなところまで来てしまった。
 すばるはみなとと一緒に生きたくて、だから消えてしまった彼を追い求めた。
 一人で世界に取り残されるのも。
 二人で一緒に消えてしまうのも。
 どちらも、すばるは選びたくなくて。

「―――……っ」

 だからすばるは悩んで。
 悩んで、悩んで、悩んで。
 噛みしめた唇から、一滴の血が落ちるほどに、悩んで。

 そして。

「……わたしは、生きたい」

 そう、言った。

「……そうか」

 それを聞いたみなとは、安心したように顔を綻ばせた。
 あれほど見たかった彼の笑顔なのに、何故か心が痛んで、とても見てはいられなかった


371 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:37:02 OZZemC9E0

「なら、ここでお別れだ」

 ぽつり、と彼が呟く。
 呟き、縋るようなすばるの視線に気付いて、寂しげに微笑む。

「もうさよならだ、すばる」
「みなと、くん……」

 すばるは何とか少年を引き留めようと、必死で言葉を探し。

「すばるはすばるの居るべきところへ。僕は僕、君は君だ」

 うん、と呟き、すばるは俯いた。
 俯いて、必死に言葉を探した。
 何か言わなきゃと思うのに、ろくな言葉が浮かんでくれない。

 ―――ごめんなさい。
 違う。

 ―――ありがとう。
 違う。

 ―――さようなら。
 ぜんぜん違う!

 こんな大事な時にろくに働こうとしない自分の頭が嫌になる。言わなきゃいけないことがあるはずなのに、それが何なのか全然分からない。馬鹿みたいに押し黙ったままで、いたずらに時間だけが過ぎていく。
 みなとは、すばるの肩に手を置き、そっと突き放した。

「すばる、そろそろ時間だ」

 すばるの体が、びくりと震えた。
 俯いたままで、小さく言葉を絞り出した。

「……みなとくん」
「キラキラは、所詮は小さな可能性だ。この世界を長い時間留まらせることはできない。
 もうじきここも崩れる。だから」
「やだ……」
「……すばる?」

 すばるは、猛然と顔を上げた。
 涙で潤んだ瞳でみなとを睨みつけ、声の限り叫んだ。


372 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:38:03 OZZemC9E0



「―――そんなのいやだ!」



「すばる……」

 みなとは、困ったような顔をした。

「そんなの、やだ、やだよぉ……」

 声が震えた。

「わたし、行きたくない……みなとくんをここに置いて、あんな暗い病室にひとりっきりにさせて、わたしだけいけない……」

 なんてカッコ悪いことを言うんだろう、と思った。
 みなとの困り顔に、胸が激しく締め付けられた。
 それでも、溢れ出る思いは止められなかった。

「どうして、どうしてこんなことになったの……だってみなとくん、何も悪いことしてないじゃない! 生きたいって、願ったのはそれだけで! それなのにみなとくんは消えて、なんでわたし一人だけ!」

 涙が次々と溢れ、鼻水に喉がむせた。泣き顔を見られたくなくて勢いよくうつむき、拳を握りしめて必死に嗚咽をこらえた。
 弱弱しく、絞り出すような声で。

「行きたく、ないよぉ……」

 それだけ言うのが、精一杯だった。

「すばる……」

 みなとの手が、そっとすばるの頬を撫でた。
 白く綺麗で、思ってたよりも小さな手。あんなに大きく見えたのに、本当はすばると同じくらいの、小さな子供の手。
 指先を目元まで這わせ、そっと涙をぬぐった。
 こわごわと顔を上げるすばるに、みなとは優しく微笑みかけ、
 こう言った。


373 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:38:43 OZZemC9E0



「だけど、すばるはまだ生きているじゃないか」



 涙に濡れたすばるの顔を、みなとは真っ直ぐに見つめた。

「僕はもう、ここから先には行けない。本当の僕は眠ったままで、この僕はもう消え去った桃煙の残滓に過ぎないから。
 けど君は違う。すばるはまだ、ここにいる。君は、かけがえのない君なんだ」

 何度も詰まり、考えながら、言葉を紡いでいく。

「……僕は、ずっと苦しんでいた。希望が僕を苦しめた。何一つ希望が無ければ、こんなつらさを感じることも、もしかしたら無かったかもしれない」

 パンドラの箱に残された小さな光。人はそれに縋るが故に、多くの絶望を味わう羽目になる。
 みなともそうだった。微かな光明があったせいで、それに縋って今までずっと苦しんできた。

「でも、希望があったから……僕はこの気持ちを感じることができた」

 それでも。
 それでも、掴めたものがあった。優しいあの日の思い出は、決して嘘ではなかったから。

「君が生きてくれるなら……君が僕や、あのキラキラや、他にもいっぱいいた可能性たちを憶えていてくれるなら。
 そして、時々でいい……こんな愚かな人間もいたんだと、ふと思い出してくれるなら。
 僕は、幸せだ。もう何も望むことはない」

「忘れないよっ!」

 すばるは叫んだ。嗚咽に塗れ、しゃくり上げながら、それでも決然と言い放つ。

「忘れるわけない……みなとくんはここにいた、確かにここにいたよ!
 だからわたし、ずっと……みなとくんのこと……!」
「……ありがとう」

 万感の思いを込めるように。
 みなとは、笑った。


374 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:39:02 OZZemC9E0

「これで、僕は消えない。僕の全ては、君が証明してくれる……!
 ありがとう、すばる。僕に希望をくれて……」

 すばるの背にそっと手をまわし、抱きしめる。
 すばるは目を閉じ、それを受け入れた。

 腕の中に抱かれて、一つの情景が目の前に浮かぶ。
 思い出が、心を駆け抜けていく。
 こんな時なのに、もっと他にいい思い出がいくらでもあるはずなのに。
 心に浮かんだのは、特別でも何でもない、一緒に園芸をした他愛もないあの日の記憶。


 ―――わあ。これ、この前植えた種?
 ―――ああ。花が咲くのは、もう少し先だね。


 みなとは手を離し、そっと微笑みかけた。
 すばるは何かを言おうとして、けれどそれを堪えるように、一つだけ頷いた。
 涙は、いつの間にか止まっていた。
 何も言うことはできなかった。

 ただ、またいつか、と。心の中だけで呟いて。
 すばるは虚構の世界から、その姿を消したのだった。





   ▼  ▼  ▼


375 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:39:54 OZZemC9E0





 消えゆくすばるの姿を見届け、全ての力を使い果たし、末端から消滅しつつある体で、みなとは静かに息を吐いた。
 罅割れる音が断続的に轟き、振動が体を襲う。もう時間がないらしい。世界そのものが軋みをあげて、急速に崩れ去っていく。
 痛みはない。ただ、自分が消えていくことだけが分かる。
 怖い。
 自分が今から消えてしまうであろうことが、泣きたくなるくらいに怖い。
 それでも、今、この時だけは。
 せめて彼女の思い出を抱えた今だけは。
 笑っていたいと思う。

「……そうだ」

 一つだけ忘れていた。
 とても大事なこと。すばるに与えた、可能性の結晶のこと。
 もう全ての力を使い果たしたはずのキラキラ。
 そこに施した、小さな小さな仕掛け。
 それを教えるのを、すっかり忘れていた。

 まあいいか、と思う。
 びっくりさせてしまうかもしれないけど、彼女を守るものに変わりはないのだし。
 それに死した自分でも、一回くらいは好きな女の子を守ったって、罰は当たらないだろう。
 でも。

「自分で言いたかった……いや」

 そこでみなとは、自嘲するようにかぶりを振って。


376 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:40:13 OZZemC9E0

「もう少しだけ、すばると話していたかったな」

 それだけが、残念でならなかった。

 ……もう何度目かも分からない衝撃が、世界を襲う。
 視界が白み、意識が急速に遠のいていく。

 彼女は、どこまで往ったのだろうか。
 彼女は、どこまで往けるのだろうか。

 僕の分まで生きてくれるだろうか。

 それは分からない。消えてしまう自分には、知る術はない。

「……っ!」

 眼窩の最奥が疼き、瞳を覆った水の膜。視界がぼやけ呼吸が乱れる。
 頬を伝い落ちる雫が涙だと気付いた時には、みなとは嗚咽を殺すこともできないまま、幼子のように泣きじゃくっていた。

 そう、僕は消える。けれど。

「僕は確かにあの世界に……君の隣にいたんだ」

 君の存在こそ、僕の生きた証となるだろう。



 そうして、瞬いては消えていく一筋の流星のように。
 みなとという少年の意識は、眩い光に包まれながら途絶えたのだった。





   ▼  ▼  ▼


377 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:40:58 OZZemC9E0





 そして今、生きたいという想いに応え、至大至高の奇跡が具現した。





   ▼  ▼  ▼


378 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:41:28 OZZemC9E0





 ―――光が立ち昇っていた。
 すばるを守るように、慈しむように、その光は柱となって少女を中心に天へと駆け上がる。そしてその周りには、隙無く囲う万色の魔術方陣。
 金色の光に抱かれて、すばるの纏う服はその色を変化させていた。今までのそれは、彼女の無垢な心を表すかのような純白。しかし今は、遥かな宇宙を体現するような漆黒だった。
 それは、かつてみなとという少年が纏った色だった。
 すばるは目を閉じ、眠るようにして浮かぶ。ふわり、と髪が揺れ動く。

 ―――辺りに響くのは、軋むような甲高い破砕音。
 ―――すばるに向けて突き進む螺旋剣を阻む、魔術方陣の悲鳴であった。

 光で形作られた幾何学的な紋様の施された方陣が、螺旋剣の暴威を食い止めている。さながら防御結界のように、攻と防が鬩ぎあって火花を散らしている。
 誰が知ろうか。この陣はすばるのものでも、かといってこの場に存在する誰のものでもないのだということを。かつてこれを用いたのは、既に死したとある少年ただ一人であるのだということを。
 その方陣が、今はすばる一人を守るために展開されているのだと。
 知る者は一人もいない。
 そして、剣と結界の間にいるのは……

「―――っ」

 言葉なく、吐き散らされる血塊。
 残された右腕ですばるを守るように、その背に庇い螺旋剣へと立ち塞がった人影が一つ。

 それは、他ならぬ東郷美森の姿であった。

 すばるが狙撃された瞬間、美森が行ったのは極めて単純、かつ自殺紛いの行いだった。
 すなわち"魔力の暴走"。あの刹那、美森がすばるを救うにはそれしか方法がなかった。片腕を失い魔力残量もほとんどなく、戦うどころか碌に動けさえしない状況。駆けつけるには遅すぎて、撃ち落すには美森の銃では威力不足。虎の子の満開もゲージは溜まらず、故に彼女はそれを選んだ。
 自身の霊核を炉とした全魔力の意図的な暴発。壊れた幻想にも近しい原理のそれは、動けなかったはずの美森でさえも、すばるを追い抜きその背に庇うことを可能とさせた。
 だが、それだけだ。弾丸での迎撃は間に合わず、生身ではどう足掻いても宝具の一撃に対抗できない。だから、美森はこれで自分が死ぬのだということを、誰よりも正確に理解していた。
 理解した上で、実行に移したのだ。


379 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:41:54 OZZemC9E0

(今度、こそ……)

 力なく、美森は眦を上げる。
 そこには傷の一つもなく、穏やかに眠るすばるの姿。それを前に、美森は血塗れの顔で慈しむように微笑んだ。

(私は、間に合ったんだ……)

 ……あの瞬間、美森は発動できたはずの宝具を、しかし結局使うことはなかった。
 最終宝具『その願いが、世界を導く(ラグナロッカー・バーテックス)』。世界の破壊を望んだ美森に顕象した偽りの救済。
 比喩ではなく世界を滅亡へと導く、正真正銘最後の手段。
 自分もすばるも死んでしまうならと、一瞬頭をよぎったことは否定できない。
 いずれ使う時が来るかもしれないと、備えていたことも事実だ。
 けれど。

(あなたを、たすけることが、できた……)

 それでも。
 目の前で死のうとしているこの子を見捨てるなど、できなかった。
 自分の大切な人達。その誰をも失いたくないと思った。それのみを願った。
 そんな自分が、今さらできた大切な友人を、殺せるはずなどなかった。

 ―――仮に、東郷美森が行動を起こさなかったら。
 すばるは無残にもその命を散らしていただろう。彼女を守る防御陣は強力だが、しかし仮にも高位宝具の一撃である螺旋剣を完全に防ぐことはできない。戦錐の穂先は無慈悲に障壁を貫き、少女の五体を微塵としたはずだ。

 ―――仮に、防御陣が存在しなかったら。
 この場合もまた、すばるは命を散らしたはずだ。英霊とはいえ生身の、何の守護も施されていない肉壁一つで宝具の一撃を凌げるほど甘くはない。螺旋剣は美森の体ごとすばるを貫き、諸共に殺していただろう。

 すばるを守ろうとしたそのどちらもが、単独では力及ばず。
 しかし二つが合わさったことで、初めて誰か一人を守ることができたのだ。


380 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:42:42 OZZemC9E0

 よって全ての因果はここに結実する。
 螺旋剣の消失と同時に、すばるを覆っていた力の奔流もまた消え去った。とさり、と静かに落ちるすばるに、同じく崩れ落ちるように倒れ、美森は右手を伸ばす。
 嬉しそうに微笑む。血に濡れた手で、優しげにすばるの頬を撫でて。

(ごめんなさい……そして)

 ありがとう、と。

 その形に、唇が動いて。
 頬を撫でる手が、滑り落ちた。





「馬鹿、な……」

 驚愕の声は一つ。
 響いた音は、二種類。

「防がれたのがそんなに意外か、アサシン」

 鍔迫り合いの向こう側で、特に驚いた様子もなくセイバーが呟く。
 その右手には、アサシンの刃を防ぐ長剣。その左手には、掴み取られた細身の剣。
 村雨を苦も無く捌き、中空にてフルンディングを鷲掴みにしたセイバーの姿がそこにはあった。

 先の一瞬で、いくつかのことが起こった。

 フルンディングの狙撃を前にセイバーはその身を反転、一挙動に跳ね起きた。超音速の魔弾が唸りを上げ、駆けるセイバーの背に追い縋る。
 アカメの凶刃に辛うじてか反応できたアイは、咄嗟にショベルを掲げようとして失敗、圧倒的な剣圧を前に後ろへと体勢を崩す。
 その時には既に、村雨の白刃は大きく振り上げられていた。
 体勢を崩したアイに、鋭い剣閃が襲い掛かる。
 ぎゅっと目を瞑るアイの前に、滑り込んでくる黒い影。
 アカメが、驚愕に目を見開く。
 フルンディングの弾速すら追い越すほどの疾走速度で、セイバーが刃の前へと割り込みその剣を受け止めた。同時、全身から放出される魔力を以て左腕が蛇のようにしなり、追い縋るフルンディングの柄を掴み取る。


381 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:43:37 OZZemC9E0

 そして生まれるは拮抗状態。
 アカメは鍔迫り合いになった村雨を下げることができない。戦闘を放棄し全力で後退したいのが本心だが、仮にそうすれば自由になったセイバーの剣が即座に自分を斬り捨てるだろうと、心眼による戦闘予測が告げていた。
 汗が一滴、頬を伝う。
 何故、ここまで完璧に対応されたのか理解できない。
 アサシンの気配遮断、遠方よりの狙撃弾。双方を同時に敢行したはずなのに、どうして、と。

 ―――アカメが知らない事実が一つ存在する。それは、目の前のセイバーは既に一度、アサシンによる奇襲というものを体験しているということ。
 仮にアカメと、かつてセイバーを奇襲したアサシン「ハサン・サッバーハ」を比較した場合、果たしてどちらに軍配が上がるであろうか。
 戦術眼に精神性、剣の技量に経験値……サーヴァントとしての性能を考慮するに際してそれらは確かに重要な項目であろうが、仮に「純粋な暗殺者としての技量」を比較した場合にはどうであるのか。
 アカメは確かに優れたアサシンである。セイバークラスにも比肩し得る剣術を誇り、一打が致命となる無慈悲な宝具をも兼ね備え、格上殺しとも言うべきスキルを持つ。彼女をサーヴァントとして落第と断言できる魔術師は、まず存在しないだろう。
 だがそれは総合的な力量であって、暗殺者としての技量ではない。
 確かに彼女は剣士と暗殺者という二つの特性を高いレベルで兼ね備える英霊ではあるだろう。しかしそれは、逆に言えば一点に特化した者には各々の分野で劣ってしまいがちであることの裏返しでもある。
 剣士としての戦いで、アーサー・ペンドラゴンに後れを取ったように。
 暗殺者としての力量では、彼女はハサン・サッバーハの足元にも及ばない。
 剣の腕を暗殺に転用したアカメと、生まれ落ちた瞬間から暗殺に特化された山の翁の、それは悲しいほどに埋めがたい差であり、特性の違いであった。
 故に。

「同じ手に、二度も引っ掛かると思ったかよ」

 これは単純にそういうこと。"アカメよりも優れた暗殺者の奇襲を経験していたから"という一点が、セイバーの超反応を生み出した。
 彼はかつての失態から、常に気を配っていた。二度と同じ過ちを繰り返さないよう、二度と自分のマスターをアサシンの魔の手に晒さぬよう、エイヴィヒカイトにより強化された五感と第六感を以てして警戒を怠らなかった。
 ならばアカメの奇襲に対応できない道理などなく。


382 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:44:04 OZZemC9E0

「くっ……!」

 ―――目の前の凶手を相手に加減する道理もない。

 呻きを吐き捨て一転して逃走を図ろうとするアカメ。それを前に、セイバーは一言、自らの渇望を生み出す詠唱を紡ぎ。

 Briah
「創造―――」

Eine Faust Scherzo
「死想清浄・諧謔」

 ―――そして、具現するは死想の世界。
 万象終滅させる反転の渇望が、魔力の満ちる空間さえ破壊しながら降誕した。

「が、ああああァァァァァァアアアアアアアアッ!!?」

 よって次瞬、既に全ては終わっていた。噴出する浄化の祈りがほんの僅かに触れた途端、アカメを構成するあらゆる力が嘘のように掻き消される。
 躍動する肉体、必殺を誇る一刀、それらを構築する魔力。その全てが蝋燭の火を吹き消すかのように容易く無明へ葬られた。漲る魔力は泡沫の泡と消え、代わりに体を蝕むのは凍えるような喪失感と、心を砕く激痛だった。
 減退、衰退―――違う、これはそんな生易しいものじゃない。対象に生存の余地を残す甘いものでは断じてない。
 これこそまさに死者殺し。生を反転させ塵へと還す対消滅の理だ。サーヴァントという蘇った死者である限り、この理から抜け出せる者など一人もいない。
 そう、死者だけだ。この創造が殺すのは死した者のみ。故に死想の世界は、この場に存在するアイとすばる以外の全員を破滅へと追いやった。

 アカメの体が力を失い、膝から崩れる。いや、厳密に言えばその表現は正しくない。既に彼女には、崩れる脚部さえ残ってはいない。うつぶせに倒れる彼女は末端から急速に崩壊していき、最早悲鳴をあげる気力さえ残されていなかった。
 力の喪失と同時に肉体と魂をも蝕み崩壊させる終滅の世界。空間そのものに浸透する攻撃故に、如何な速度を持つ者であろうとも回避は絶対的に不可能。
 原型を失いつつあるアカメの口から、か細い絶叫の尾が漏れる。あらゆる拷問に耐えうる訓練を積んできたはずの彼女ですら、痛覚神経を剥き出しにし内部そのものに反粒子を叩き込まれるが如し喪失の激痛には耐えられない。


383 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:44:47 OZZemC9E0

 全てが塵へと還っていく。
 全てが粒子へと変換される。
 存在情報が抹消されていく。

 その最中、唯一残されたアカメの眼球は、"それ"を目撃した。
 アカメの奇襲に合わせるように、士郎が放った投影宝具。
 それが何故か、セイバーの手に握られたままであることを。壊れた幻想が、何故か未だに発動していないことに、アカメは末期の思考で気付いた。
 そして、それが一体何を意味しているのかに気付いたアカメは、最早消え果てた声帯に声を乗せようとして。


「―――赤原猟犬(フルンディング)」


 真名解放と共に、セイバーはその手に握った細剣を、全力で擲った。
 その視線は遥か中空の一点、剣の狙撃が行われた場所を睨みつけていた。
 『超越する人の理』、セイバーの肉体そのものを指す宝具。それが意味するところはすなわち、自身が掴み取ったあらゆる宝具の支配・掌握。
 切り裂かれる大気の振動が、絶望の音となってアカメの鼓膜を震わせた。
 それまで残っていた視覚で、アカメは本意に非ずその一部始終を見届けてしまって。
 潰えつつある脳が、最期の言葉を思考させた。

(士郎……にげ……)

 当然としてそれを言うことなど叶うはずもなく。
 歴史の闇に消え失せた暗殺者は、その逸話と全く同じに呆気なく消滅した。


384 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:45:27 OZZemC9E0










 ―――奪われた。
 そう認識したのは、狙撃が失敗に終わったと確信した半瞬後だった。
 赤原猟犬(フルンディング)。自身の手で投影したはずの宝剣。それが奴に触れられた瞬間、"俺の物じゃなくなった"。

 それが何を意味するか、理解するより先に体は逃げ出そうと無意識に動いた。
 しかし、それよりも遥かに速く、視線の先にいるそいつが、掴み取った剣を振りかぶって―――


「―――赤原猟犬(フルンディング)」


 遠く離れているはずなのに、何故かはっきりと、その宣誓は聞こえたような気がした。
 どうして、と思った瞬間には、既に"それ"はすぐ目の前にあった。
 真っ直ぐに、自分へと向かって突き進んでくる、矢のように細く鋭い剣。

 避けることは、不可能だった。
 アイアスを展開するには遅すぎた。
 迎撃なんて、尚更できるはずもない。
 不自然なほどにゆっくりと流れていく視界の中、士郎はすぐそこまで迫った細剣を、醒めた目で見つめた。

 自分たちの選択は、決して過ちではなかったはずだ。
 戦略、戦術、あらゆる理屈は合理的で、だからこの奇襲も不正解ではなかった。
 実力が足りない―――そんなものは言い訳だ。所詮我らは弱卒故に、強者の隙を突いて殺すしか能がない。
 だから、失敗したとすれば、それは不足ではなく選択そのものが間違っていたということに他ならず、ならば何がいけなかったのか。
 セイバーらに奇襲を仕掛けたこと……違う。
 ライダーやアーチャーとの同士討ちを狙ったこと……違う。
 ライダーとの正面対決を敢行してしまったこと……違う。

 違う。違う。そうではない。自分たちの戦略は間違ってはいなかった。
 なのに、目の前の現実は自分たちを殺しに来る。

 俺は、どこで道を間違えたのか。
 俺は、どこかで道を間違えたのか。
 そんなことを、ふと思った。


 ―――腹部を抉り抜いた細剣が、血と肉と臓腑のコントラストを螺旋と散らした。






   ▼  ▼  ▼


385 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:46:02 OZZemC9E0





「……お前、なんで手を出さなかったんだ」

 語りかける声は敵手の命を奪った直後とは思えないほどに小さく、静謐なものだった。
 蓮がアサシンとそのマスターを相手にしていた時間は、10秒もないほど短いものではあった。しかしそれは、戦闘の最中であることを考慮すれば、隙どころの話ではないだろう。
 しかし目の前の男は、マキナはその間、蓮を攻撃することはなかった。千載一遇のチャンスであったはずだ。にも関わらず、何故この男は静観を選んだのか。

「深い理由などない。単に奴らの尻馬に乗るのが気に入らなかっただけのこと」

 語るマキナの身体は、今や満身創痍という言葉すら生温い状態となっていた。
 全身の至るところが罅割れ、砕け、無事な部位など一つとしてない。末端は既に空気中へと魔力の粒子として消失しかかっており、半透明になった肉体は徐々にその嵩を減らしつつある。
 限界であった。あらゆる要素を総動員して最後の聖戦へと挑んだ男は、それでも耐えられぬほどに消耗していた。

「俺達の聖戦は、俺達自身の手によって完遂されるべきだ。他力などには頼らん。
 それに、な」

 そこで、マキナは、自嘲するように口元を歪めて。

「奴らの勝利など、俺は認めんよ。それで今更何が変わるというわけではないが……俺は、みなとに何も報いてやれなかったのでな」
「それは……」

 言葉を続けようとして、しかし思い直し口を結ぶ。その先を言うのは最早野暮であり、今さら言葉にするまでもないことであることが分かったから。

 片膝をついていたマキナは、会話を打ち切るように立ち上がる。それだけで鋼の軋む音が辺りに反響した。いっそ痛々しいほどの損耗の大半は、紛れもなく蓮の創造によって刻み付けられたものだ。
 死に還れ、死に還れ、死んだ者は蘇らない―――その侵食は当然ながらマキナも一身に浴びており、致命傷などとうの昔に10も20も負っている。
 ならば何故、彼は今もなお立ち上がるというのか。

「最早、俺がやるべきことも、残されたものも何一つ存在しない。だから、兄弟」

 決まっている―――まだ死ぬわけにはいかないからだ。至高の死を求めるということは、逆を言えばそれ以外では死ねないということだから。
 何よりも優先すべきは聖戦。その先にこそ彼の求める地平があり、他の選択などありえないのだ。
 消えればいい。塵と還ればよかろう。呪われた機神と化した身体になど、端から一片の愛着もない。
 大事なのは魂。守るべきは誇りである。
 己が己だという確信を持ったまま、至高の敵と相対して取り逃がした極点へ至りたい。
 故に今こそ、積年の想いを拳に込めて―――


386 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:46:50 OZZemC9E0

「俺は、お前がいい。誰よりも真摯に生きた、お前にこそ」

 それは、あるいは彼の吐露した、たった一つの―――

「俺の生に、幕を引いてくれ」

 言葉と同時、マキナと蓮は、共に己が武装を構えて。
 刹那、二人の影が交錯した。
 一瞬の停滞。無言。
 静寂を切り裂いて響くのは、何かが崩れ落ちる音。

 倒れたのは、マキナの側だった。

「……これで終わりだ。もう二度と、お前に会わないことを願うよ」
「ああ、俺とて二度と蘇りたくはない。しかし、もしも次があるとしたら、その時は……」

 倒れる彼は、胸に深い亀裂を刻み、もう半ばまで消滅していて。生き残る道理など消え去っているというのに。
 敗北したというのに。

「俺の名を呼んでくれ、戦友。
 それによって、俺も確固たる真実を取り戻し……この忌まわしい世界から解放されると信じている」

 蓮に向けられた、いっそ穏やかな表情は、紛れもなく勝利を確信している顔であった。

 ―――そうして男は最期の瞬間まで、静穏な気配を崩さぬままに、ただそうであるかのようにしてこの世から姿を消した。

 ……。

 ……。

 ……。


387 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:48:14 OZZemC9E0


「……」

 マキナの消滅を見送った蓮は、そのまま膝から崩れるように、地面へと倒れ込んだ。

「セイバーさん!」

 慌てたような声と、駆け寄ってくる音が聞こえる。今まで尻餅をついたままだったアイは、しかしすかさず起き上がると、一直線に蓮のもとへと駆けてきたのだ。

「ああ、お前か……大丈夫か、怪我とかないよな」
「私はどうでもいいんです! でもセイバーさんは、また……また!」

 蓮の肩を縋るように掴むアイ、その声には微かに、嗚咽のようなものが混じっていた。
 彼女が見下ろす蓮の姿。彼の身体は、右腕を中心に大きく罅割れているのだ。流血もなく、崩壊もなく、けれど鉄が壊れたように刻み込まれた亀裂の数々。
 それが、蓮の右半身を覆っていた。

「悪いな。約束、破っちまった」
「もういいですそんなこと! それよりセイバーさんは、こんなに傷ついて……」
「……心配ねえよ。致命傷ってわけじゃねえし、治らないわけでもないんだ」

 そうして彼は、彼方を指差して

「それより、これは流石に目立ち過ぎだ。向こうに倒れてるあいつ連れて、さっさとずらかるぞ」
「でも、セイバーさん……」
「俺は平気だ。何度も言わせるな」

 アイは何度か逡巡し、すばると蓮を交互に見返していたが、やがて何かを決心すると一目散にすばるへと駆け寄って行った。
 蓮はそれを見送ると体を起こし、立ち上がる。
 静かに息を吐く。倒れるすばると、抱き起すアイを見遣る。
 その目は、彼女たちを見ているようで、しかしその向こうの誰かを見ているようでもあった。


388 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:48:57 OZZemC9E0

「アーチャー……」

 呟かれるのは、すばるのサーヴァントであった少女か。

「正直、俺は最後までお前を信用できなかったよ。腹の内に何を隠していたのか、それはもう分からないけどな」

 アーチャー、東郷美森は蓮にとって猜疑の対象であった。最初からこちらを騙すつもりで接触し、何を企んでいるのか分かったものではない。故に、セイバーはこの戦場に来た当初から、アーチャーのことを救うつもりなど欠片も存在しなかった。
 けれど。

「それでも、お前は自分のマスターを守り通したんだな」

 結局のところ、自分たちに残されたアーチャーの面影とはそれ一つだけだった。
 彼女が何を思い、何を願って戦っていたのかは、最早永遠の闇の中だけど。
 最後に己が主を庇い命を散らしたという、それだけが彼女の真実だから。

「正真正銘、お前は英雄だったよ、アーチャー。
 こんな俺とは、比べものにならないくらいに」

 その言葉だけを彼方に残して、蓮は罅割れた体を引きずるようにして歩き出すのであった。





   ▼  ▼  ▼





 夜空を見上げるように倒れ、瞼を閉じる少女が一人。
 アイに肩を揺さぶられながら、目尻から雫を一つ落とす。
 その手には、今まで持っていなかったはずの、折り紙でできた星が、固く握りしめられていた。

 アルデバラン。プレアデス星団「スバル」に続いて空へと上がる、おうし座の一番星。
 その星が意味する言葉は、『希望』。


389 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:49:36 OZZemC9E0



【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae 消滅】
【アサシン(アカメ)@アカメが斬る! 消滅】

【みなとの星宙 Quod Erat Demonstrandum…】



【C-3/崩壊した街並み/一日目・夕方】

【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 気絶、サーヴァント喪失
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る……そのつもりだった。
0:……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
使役するサーヴァントを失いました。再度別のサーヴァントと契約しない限り半日ほどの猶予を置いて消滅します。



【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
0:すばるさん……
1:世界を救うとはどういうことなのか、もう一度よく考えてみる。
2:ゆきの捜索をしたいところだが……
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばるとは仲良くしたい。アーチャー(東郷美森)とは、仲良くなれたのだろうか……?
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。
ランサー(結城友奈)と18時に鶴岡八幡宮で落ち合う約束をしました。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 右半身を中心に諧謔による身体破壊、疲労(大)、魔力消費(中)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
0:アイ、すばる両名を連れてこの場から離脱。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
4:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
5:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
6:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)及びアサシン(アカメ)と交戦しました。


390 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:50:31 OZZemC9E0










   ▼  ▼  ▼










 とある少女の話をしよう。
 独りになるのが嫌で、だからこそ自分一人が残されてしまうのを厭んだ、他の人間よりほんの少し心が強かっただけの寂しがり屋な少女の話。

 彼女はサーヴァントとして現界するにあたり、一つの願いを抱いた。
 "現世界の破壊"。少女たちの犠牲なくしては成り立たない、悲劇と不条理が満ちる世界の終焉。
 もう二度と誰も勇者にならなくて済むようにという、それは自らが置いていかれることを恐れたが故の逃避の願望であった。

 けれど。
 けれど、忘れてはいないだろうか。サーヴァントとは死後に信仰によって精霊種へと昇華された英霊の魂を分け御霊として召喚する術法。それが意味するところは、英霊は己が死の瞬間までに至る全ての記憶を持ち合せるということ。
 彼女は生前、確かに世界滅亡の願いを抱いた。しかし同時に、彼女は最も近くにいた"大切な友人"によって確かに救われているのだ。
 故に本来、サーヴァントとしての彼女が斯様な願いを抱くことなどない。既に真の意味で救われている以上、世界の破滅などという偽りの救済に逃避することなどありえない。

 ならば、何故彼女はその願いを抱くに至ったのか。

 それは、世界の果てに坐する者が決めたこと。紫影の果て、遥か高き世界塔の頂上におわす者が決めたこと。
 あるいは、桃煙の向こう側から嘲笑する無貌の■■たちによって"望まれた"がため。
 勇気と共に戦い、一度は絶望し、しかし再び勇者となった少女が"今度こそ堕落する姿を見たい"という下卑た願望。
 "こうなればきっと面白い"という手前勝手な願いが引き起こした結果が、この地において顕象された少女の有り様であった。

 しかし。
 しかし、その彼女は最後にはどうしたか。

 見たはずだ。かの地に集いし全ての人間は、遥か高みより睥睨する■■たちは知ったはずだ。
 世界を壊すことを望まれ、勇者から堕することを願われ、斯く在れかしと強いられた少女は。
 それでも、ただ一人の主のために己が命を散らしたのだと。世界の破滅を願わなかったのだと。

 故にこれは少女の勝利であり、世界から押し付けられた因果を乗り越えた最たる証でもある。
 顔も知らない誰かではなく、大切な皆のために。
 今こそ少女は、皆を救えた勇者となれたのだ。

 その少女の名を―――


【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である 消滅】






   ▼  ▼  ▼


391 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:51:09 OZZemC9E0





 ふらつく足元が、木の根や石に躓きかける。
 流れ出る血が寒々しく、急激に体温が失われていくのが自覚できた。体力も既に限界であったが、咳も息切れも起きない。それだけの余裕は存在しない。
 かの戦場から逃げ出した士郎は、暗闇が満ちる雑木林の中を、ひたすらに進んでいた。

 ―――死ねるか、こんなところで……

 気力だけを頼りに足を動かす。しかし地面に張った根に躓き、力なく倒れ伏す。
 あたりに水場などないのに、派手に響く水音。枝に引っ掛かり深く抉れた頬に痛みは感じない。
 抵抗する力も無ければ、立ち上がる力も無かった。
 心ばかりが先行して、体が言うことを聞いてくれない。当初は荒々しかった吐息すら、今は漏れるような小さな音しか出せていなかった。

 分かっている。自分が最早助からないことなど。
 けれど、それでも諦めるわけにはいかなかった。

 ―――俺が死んだら、誰が美遊を……

 考えることはそればかり。事ここに至って、士郎は自らのことなど露とも考慮していなかった。
 美遊。大切なたった一人の家族。
 彼女さえ守れるなら、自分は何もいらなかった。
 受け継いだ矜持も。
 自分の命も。
 ちっぽけな幸せも。
 差し出すことで美遊が幸せになれるなら、躊躇いなどしない。だからこそ、他者の命を奪って奇跡と為す聖杯戦争にだって、彼は表情一つ変えず臨んだのだ。
 人類を裏切った自分が、碌な死に方はしないなどと、とうの昔に覚悟はしていたはずだった。
 だが、まだだ。まだ自分は死ねない。
 美遊を救えてない自分は、死ぬことなど許されない。

 だからせめて、この願いを託せる誰かを求めようと。
 力を無くした腕を尚も、前へ伸ばそうと足掻いて。


392 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:51:35 OZZemC9E0




「―――え……?」




 はっ、と。その動きを止めた。
 葉の擦れる音に紛れて聞こえる、誰かの足音。先程まで戦っていた者たちではない。もっと小さな、そうだ、美遊と同じくらいの誰か……

 じりじりと顔をあげ、目を見開いた。

 銀色の髪に、赤い瞳の少女が、そこにはいた。
 妖精のように儚げな気配を湛えて、あの日出会った少女の姿が、そこにはあった。

「きみ、は……」

 頭の中が真っ白になった。
 どうしてここにいるのだと、そう考えるだけの余裕はない。反射的に、士郎はその少女へと手を伸ばした。
 少女は、差し出された腕をそっと握ると、安心してと言うかのように笑いかけた。
 その光景を前に、士郎の頬を一筋の涙が伝った。

 蘇るのはかつての記憶。
 エインズワースの牢に閉じ込められて、全てが徒労に終わったのかと絶望していた自分のかけられた、彼女の決然とした言葉。

 ―――友達だから助けます。ミユを不幸にする人がいるなら、私が絶対許さない!

 その言葉に、自分はどれほど救われたか。
 彼女がいてくれたから、俺の願いは半分叶った。
 美遊を傷つけない優しい世界は確かにあった。そして、美遊の友達が彼女を助けようとしてくれる。

 ああ、それは、なんて……

 ―――そうか。
 ―――お前はもう、独りじゃないんだな。

 ―――美遊。

 なんて、遠い遠い回り道。
 自分にとっての救いはすぐそこにあったのに、どうして今まで気付けなかったのか。
 不明な我が身を恥じる気持ちが湧いてくる。そしてそれを上回るほどに、暖かな想いが胸の奥から溢れてきた。


393 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:51:57 OZZemC9E0

「たのむ……みゆを、たすけ……」

 二人の間に、もう言葉は必要なかった。
 決意を湛えた表情で、彼女は一つ頷いた。白い少女はそのまま踵を返し、背中を向ける。

 ああ、それでいい。美遊を救ってくれるなら、俺はもう何も望まない。
 俺の役目は、ここで終わりだ。

 白い少女の姿が消える。もう行ったのだろう、それを見ることなく、士郎は再び倒れ伏した。
 見上げた空には、夜半の星が輝いていた。
 それを見て、士郎の口元に浮かぶのは、何かをやり遂げたような小さな微笑み。
 星の輝きを掴むように、もう一度だけ、そっと手を伸ばして。


 ―――切嗣……星が、見えるよ……


 奇跡はなく、希望もなく、理想は闇に溶けて消えた。
 見えない月を追い掛けて、それでも星を仰ぎ見て。
 夜闇を照らす輝きに、一縷の小さな願いをかけた。

 正義の味方にも悪の敵にもなれなかった自分は、ここで死んでしまうけれど。
 それでも、託せたものがあったなら。


 ―――ああ。なんて、きれいな……


 それは、確かに救いだろうと。
 奇跡へ伸ばした手を落としながら、衛宮士郎と呼ばれた男は静かに瞼を閉じた。


 あの日見つけた希望を胸に抱き、残せた希望を後に託して。
 果て無き旅路を往った男の人生は、かくの如きに終わりを迎えた。



【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 死亡】










   ▼  ▼  ▼


394 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:52:27 OZZemC9E0










「いや、稀なほどに醜悪な愚物よな。醜いからこその希少性を考慮しても尚、その腐臭は耐えがたい。
 贋作者の更に偽物などと、道化にすら劣る身で剣の丘の主を気取り、偽りの奇跡などに手を伸ばして一体何処を目指していたのやら」

 ……また、訳の分からないこと言ってる。
 イリヤが傍らの男の言葉に抱いた感想は、概ねそんなところであった。

 バーサーカーの襲来を退けて幾ばくか、イリヤとギルガメッシュは衣張山から麓までを繋ぐ参道を歩いていた。
 イリヤを介抱(と言うには些かぞんざいな扱いだったが)し終えた後、それなりに時間が経っており、目覚めたイリヤがこれからについて聞くと、「我に続けば良い」という有難い返事を貰ったという経緯がある。
 それは要するにアテがないってことじゃないのか、という内心は口には出さなかった。

「だから、"あれ"を殺したの?」
「愚弄しているのかイリヤスフィール。斯様な汚物、我が態々手を下してやる義理などないわ。
 勝手に朽ちるに任せればよかろうよ。あのザマでは死を免れまい」

 つい先ほど、ほんの数分ほど前。イリヤたちの前に"誰か"が現れた。それは、聖杯戦争のマスターだった。
 どうやら死にかけだったようで、その人物はイリヤたちのすぐ目の前で倒れ込んだ。死にかけで声も出さず、イリヤも目が見えなかったのでそいつがどのような人間なのかは分からなかったが、感じられる魔力の残滓からそいつが魔術師であることだけは理解できた。
 サーヴァントを失い自身も力尽きようとしているマスターになど興味はなく、イリヤはさっさと踵を返したのだが、どうにもギルガメッシュは無関心どころか嫌悪の感情さえ抱いているようだった。

「訳分かんない。つまり死にかけの負け犬がいたってだけなんでしょ。
 それともまさか、何か脅威になるようなことでも……」
「はは」

 薄っすらと、ギルガメッシュが笑みを浮かべ。

「イリヤスフィール、面白いぞ。貴様も冗談が言えるようになったか。
 そういう機能を積んでいたか、アインツベルンは」
「……何よ、いきなり」
「訂正しよう。二つだ」

 イリヤの言葉を待つこともなく、ギルガメッシュは勝手に話を進めていく。

「一つ目。あれは既に脅威と成り得ない。言ったはずだぞ、最早死は免れんと。
 二つ目。あれは我の天敵ではない。その身は剣製そのものだが、あれは正義の味方ではなく世界の敵だ。
 三世の果てたる、遥か遠きあちらのものだ」

「分かるか。これが何を意味しているか」

 全くもって分からなかった。
 このサーヴァントは、時々変なことを言う。しかしイリヤには、それが戯言であるとは何故か思えなかった。
 思えなかったが、それでも意味が分からないことに変わりはなく。


395 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:53:12 OZZemC9E0

「だから、分からないわよ」
「そうか。まあ仕方あるまい。貴様が望まれた役割とは意味合いを異とするものであろうからな」

 金色の男は目を細める。
 それは、遥かな果てを見据える瞳か。
 透き通った色の瞳で彼は、今や偽りとなった空を見つめる。
 彼は、星々の浮かびつつある天を見上げて。

 僅かに唇開いて。
 誰にでもなく呟いた。

「だが……ああ、そうだな。これだけは言っておかねばなるまい。
 イリヤスフィール、いと儚き造花の妖精よ。かの娘と同じく聖杯の器となることを運命付けられた者よ」

 そしてその瞳は、空からイリヤへと向けられて。

「美遊とは、何者なるや」
「ミユ?」

 イリヤは、眼窩に刻み込まれた傷を更に歪めるように、眦を曲げて。

「誰それ」


 ―――ギルガメッシュは、笑みを浮かべたままだった。



【C-3/常栄寺近くの雑木林/一日目 夕方】

【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[令呪]二画、魔力消費(中)、疲労(中)
[状態]健康、盲目
[装備]
[道具]
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし、失った未来(さき)を取り戻す。
1:ある程度はアーチャーの好きにやらせる。
[備考]
両目に刻まれた傷により視力を失っています。肉体ではなく心的な問題が根強いため、治癒魔術の類を用いても現状での治療は難しいです。


【ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]健康
[装備]
[道具]現代風の装い
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。
0:?????
1:自らが戦うに値する英霊を探す。
2:時が来たならば戦艦の主へと決闘を挑む。
3:人ならぬ獣に興味はないが、再び見えることがあれば王の責務として討伐する。
[備考]
叢、乱藤四郎がマスターであると認識しました。
如月の姿を捕捉しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を確認しました。






   ▼  ▼  ▼


396 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:53:39 OZZemC9E0





 常栄寺のすぐ近く、暗闇が満ちる雑木林の奥底で。
 たった一人うつ伏せに倒れる青年がいた。脇腹に大きな風穴を開けて、骨や内臓が垣間見える。夥しい出血は、彼の命がそう長くないことを告げていた。
 彼は地に顔を伏せたまま手足の一つも微動だにせず、何事かをぶつぶつと呟いていたが、程なくしてそれも途切れると、二度と動くことはなかった。

 星が、彼を照らしている。
 月を、彼を照らしている。

 けれど、彼の顔は最期の瞬間まで地に伏せられたままで表情は伺えず。彼が星の輝きを見ることはついぞあり得なかった。


397 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/11(土) 11:54:22 OZZemC9E0
後編の投下を終了します。タイトルは「いつかあの花が咲いたなら -what a beautiful hopes-」です


398 : <削除> :<削除>
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399 : <削除> :<削除>
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400 : <削除> :<削除>
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401 : <削除> :<削除>
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402 : 名無しさん :2017/03/11(土) 21:27:26 OD685DUE0
投下乙です!
傷つき人の機能を失ってまでただ一人を守りたいと願った「勇者」の思いは、同じ志を抱く英雄ではない「人間」に引き継がれる。
そして受け取ったのは蓮だけではなく、すばるもまた同じ。
士郎とアカメは鋭利で強力な「武器」だったけれども、彼らはどこまでも「個」の力。
実際に二人を倒したのは蓮であっても、蓮がこの戦場に到るその因果を導いたのはすばると美森だった、と考えると感慨深いものがあります。
大作の執筆、お疲れ様でした!

そしてこちらは感想からは外れますが。
キャラの扱いといっても、前話から戦闘中のままリレーされたのなら誰かが落ちるのはむしろ自然であり、その過程に説得力があるかないかではないでしょうか。
その点、今回のSSは非常に濃密に三陣営の戦闘・葛藤が描かれており、無理な展開ではなかったと感じます。


403 : 名無しさん :2017/03/12(日) 00:04:58 nu3cznUk0
>>398,400,401
じゃあお前らが書けよ


404 : 名無しさん :2017/03/12(日) 00:08:28 dNppsTCI0
これ前の話で修正させる必要あったの?


405 : <削除> :<削除>
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406 : 名無しさん :2017/03/12(日) 00:58:13 M8ykiDjk0
疑い出したらキリがないぜよ


407 : <削除> :<削除>
<削除>


408 : 名無しさん :2017/03/12(日) 08:19:05 GUH8Ns5g0
>>403
何いってだ


409 : 名無しさん :2017/03/12(日) 13:32:04 T12UhTJ60
>>407
日付変わって即難癖レスが出たって意味で増えたって多いって意味じゃねーだろ


410 : <削除> :<削除>
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411 : 名無しさん :2017/03/12(日) 17:46:11 GUH8Ns5g0
>>410
話の内容そのものには矛盾がありませんが、
話の内容と書いた◆GO82qGZUNE 氏の前話へのスタンスが矛盾しているように思えます。
具体的には「脱落者の掘り下げの薄さ、原作から存在したフラグの未消化ぶりが目立つ」ということです。


412 : ◆HzzAu1EcCw :2017/03/12(日) 17:58:27 06b/rW3E0
必ず消化しなければならないものでも無いでしょうに


413 : 名無しさん :2017/03/12(日) 18:00:28 XlRCGs0Y0
誰だよ


414 : 名無しさん :2017/03/12(日) 18:20:48 M8ykiDjk0
ワシじゃよ新一


415 : 名無しさん :2017/03/12(日) 18:25:31 nVK/kxHQ0
脱落者の掘り下げどうこう言うんなら前の話のみなとの扱いにも突っ込んでね、どうぞ


416 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/12(日) 22:41:26 WDNWUeJg0
wikiにて>>391以降の展開に加筆修正を加え、話を分割しました。タイトルは「星に願いを」です。


417 : 名無しさん :2017/03/12(日) 23:31:00 RdgkuguY0
俺は、どこで間違えたのか
の部分でアサシンのサーヴァント+アーチャーの千里眼持ってながら情報収集を完全に怠っていたことと
欲のかきすぎだよwって突っ込んだわw


418 : ◆srQ6oTQXS2 :2017/03/13(月) 00:31:40 0lOkKPOk0
 投下お疲れ様です。
 相変わらず非常に高い文章密度で繰り広げられるバトルと、一転非常に繊細な心情描写が素晴らしい作品でした。
 マキナと蓮の死闘も然ることながら、個人的に一番好きだったのは東郷さんの最期ですね。
 自分自身の願いをかなぐり捨ててでも一人の少女を護る為に死力を尽くした彼女の有り様はまさしく勇者と呼ぶに相応しい物であり、たとえすばるに黙っていた事が有ったとしても、その生き様はとても美しい物であったと思います。
 そして放課後のプレアデス組のやり取りと補完は原作の魅力や独特の雰囲気を最大限に引き出した、彼と彼女の物語の集大成とすら呼べるものでした。みなとは惜しくも脱落、すばるもサーヴァントを失う結果にはなりましたが、少年から受け継いだ奇跡は少女の胸の中に。星宙の物語は、形を変えて続いていくことでしょう。
 士郎とアカメの立ち回りは実に理に適った物であり、冷静な判断力と高い研鑽から繰り出される殺し手の数々は今作でも健在でしたね。満開を行った東郷さんすらも退け、結果的に彼女を破滅させた辺りは流石だな、と感じました。然し、堕ちた贋作者と暗殺者の結末は彼らがこれまで与えてきた物と同じように無情な物。士郎の最期は致命的にズレた勘違い、間違った幸福の中で迎える破滅――心無しか、アニメ版Fate/Zeroの間桐雁夜を思わせるそれだったように思います。
 "最低の悪"たる男は役目を終え、希望を託せた事に安心しながら命を落とす。されど、最期に幸福な達成感を抱いて死ねたのは、彼にとって救いだった事でしょう。たとえそれが、末期の瞬間に見た偽物の希望だったとしても。

 私としては加筆無しでも充分に良い作品だと言う考えでしたが、改めて加筆された事で作品としての完成度が高まったのもまた確かだと思います。いずれにせよ、特にこれ以上目立って修正が必要な問題は見当たらないかと。
 予約ではなく感想だけのレスになってしまい恐縮ですが、改めて素晴らしい大作、投下お疲れ様でした!


419 : <削除> :<削除>
<削除>


420 : ◆H46spHGV6E :2017/03/13(月) 07:21:26 ilc0bB.g0
投下お疲れ様です
まず読む前に増えたレス数を見てびっくり、投下作を読んでその内容の濃密さにびっくりと二重の意味で驚いた超大作でした
すばるとみなとの最後の交流、再会を果たした蓮とマキナの壮絶な死闘と決着。そして散りゆく者たちの思い。全てが情感を込めて、たっぷりと描かれていて陳腐な表現ですが感動しました
何より凄いのはこれほどの大作を予約から九日で書き上げ投下したという事実。一人の書き手として尊敬の念を禁じ得ない素晴らしい速筆さと技量だと思います

ただ投下を読んでいていくつか気になった点がありましたので修正要望という形で記させていただきます
まずすばるの宿泊している商店に美森が放ってマキナに弾かれた魔力弾が直撃したという描写ですが、マキナの宝具である「機神・鋼化英雄」には常時終焉の拳の効果がある程度まで付与されており、実際に「夢は巡る」においても地の分にて「創造を発動せずとも世界を捻じ曲げる領域にある渇望は拳に付与され、遍く万象を破壊して余りある」と明記されています
明確な描写こそありませんが美森がみなと組から逃走する際に放った魔力弾はマキナが拳を使って迎撃したと考えるのが自然でしょう。サーヴァントの攻撃をわざわざ拳以外の身体部分で受ける、ないし弾く意味がありませんし、やむを得ずそうしなければならないほどマキナの技量が低いということもこれまでの描写からは極めて考えにくいと思われます。
迎撃に拳を使ったとすると魔力弾は終焉の拳の効果によって完全に破壊され消滅していなければならないはずであり、今回の描写と矛盾が生じます。少なくとも家屋一つを破壊するほどの威力を保ったまま、マップにして一ブロック離れた商店まで飛んでいくと考えるのは無理があるのではないかと
また実際にマキナが魔力弾を弾いて遠くへ飛んで行っているのなら、随伴しているみなとがその様子に気づかないはずがなく、一般市民を巻き込むことを避けている彼が何のリアクションもしなかったこととも矛盾するかと思われます。さらに拙作「機神英雄を斬る」においてみなと組、美森はD-3まで移動しており、その直上のC-3にいる士郎が何のリアクションも見せていないのも不自然です。何せ流れ弾が自分に飛んできてもおかしくないということになるのですから作戦を見直す必要が生じるはずです。この点でもやはり矛盾が生じるかと
それら矛盾点を抜きにしたとしても、マキナが弾いた流れ弾が偶然一ブロック離れたすばるの宿泊先にピンポイントで命中し、偶然同じタイミングでアイ組がその場に居合わせているというのは個人的にご都合主義が過ぎるように思います。言葉を選ばなければ、すばるとアイ組を再会させることありきの超展開と言われても仕方ないのではないでしょうか


421 : ◆H46spHGV6E :2017/03/13(月) 07:22:09 ilc0bB.g0

次にアカメが満開を発動した美森に対して桐一文字を投擲したシーンですが、これも不自然と思える描写がありました
アカメの宝具である「一斬必殺・村雨」は原作「アカメが斬る!」に登場する帝具の中でも特に使い手を選ぶものであり、適性の低い者が持つと刀の妖気に充てられ振るうことはおろか手に持つことすらままならないという性質を持っています。当企画でこれを免れる可能性を持っているキャラは村雨を投影することで自身が担い手になれる士郎か強烈な自我を持ち財宝を用いた加護が期待できるギルガメッシュ、宝具の所有権を奪い取れる蓮ぐらいでしょう
上に挙げた面々にしてもサーヴァント戦の常識では有り得ないイレギュラーな存在なので、アカメが常日頃からサーヴァントに村雨を奪取されるリスクを厭うのは原作の設定・描写に反すると思われます。加えてアカメは基本的に帝具への愛着が薄いので奪われるリスクに精神的な抵抗を示す可能性も極めて低いでしょうし、そもそも奪われるリスクの大きさは使い手を限定する村雨より桐一文字の方が上です
また前話でのアカメの思考からしても極力手早く美森を倒したいという状況、かつ満開を発動した美森の意識の隙を突いた千載一遇の好機であるという点から鑑みても当該シーンでアカメが投擲する宝具は桐一文字ではなく村雨が自然かと思われます。村雨の刃が当たるリスクについても手元に桐一文字が残っていれば十分対処可能でしょう

第三に士郎とアカメが合流した際の行動についても違和感を感じました
まず前話終了時点で士郎の状態はダメージ(大)、魔力消費(大)、疲労(大)と明記されており、地の分にて「満身創痍」とも書かれています。この段階から今回の投下分でさらにフルンディング、ソードバレル、干将莫邪オーバーエッジ、ロー・アイアスを使用、かつマキナの攻撃も受けた上で一度撤退しアカメと合流しました
これほどの消耗を重ねた上でさらに攻勢に出て、あまつさえもう一度フルンディングを真名解放できるほどの余力があるとするのは無理があると思います。士郎は性格的に無茶をしやすいところがあり、アカメからさらに魔力を融通してもらうことで無理矢理戦闘を継続した、と解釈することもできますが、その場合アカメが士郎を制止しないのは明らかに不自然です
また既に一度大規模な戦闘と破壊が行われた現場にもう一度アカメを派遣するということは前話で二人が警戒したストラウスに発見される確率が(彼らの視点から)上がることをも意味しています。無論ストラウスに戦意がないことも二人は理解していますが、同時にそれが楽観でない保証もないという認識も抱いています
ただでさえも前話の時点で作戦が狂い、蓮という乱入者が現れたことで目立ちやすい状況でストラウスが何の行動も起こさないと言い切ることはできないでしょう。ストラウス以外にも騒ぎを聞きつけて介入してくる陣営の存在も十分考慮し得る状況です
この状況であれば逃走することで蓮やマキナたちに結託されて追われるリスクよりも再度戦場に介入することで返り討ち、ないしはストラウスを含めた他の陣営による襲撃を受けて死亡するリスクの方が上回ると思われます
追われるリスクに関してもアカメの気配遮断スキルの存在を考慮すればある程度軽減できるでしょう。
士郎組の消耗具合、目立つ戦場へ介入することに伴うリスクという二つの観点から当該シーンで士郎組が取る行動としては撤退が自然ではないでしょうか


422 : ◆H46spHGV6E :2017/03/13(月) 07:22:45 ilc0bB.g0

第四にアカメと蓮の戦闘シーンにおいて不自然、ないしは矛盾点と思える箇所がありましたので記させていただきます
まずアカメがアイを攻撃した際にアイが辛うじて反応していたシーンがありますが、これは些かアイへの過大評価ではないかと思われます。アカメの気配遮断は最高クラスであるランクA+であり、蓮はともかくマスターのアイが反応できるというのは不自然かと
加えて前話では多少なりとて戦闘に心得があるみなとがアカメの存在を認識すらできずに殺害されています。勿論みなととアイは全く違う作品のキャラであり、みなとは士郎の狙撃に意識を向けていたということもありますが、だとしても何の理由付けもなくこういった描写をされるのはリレー無視ないしは過度の軽視にあたるのではないかと感じました
またアカメについて「剣の腕を暗殺に転用した」と記述されていますが原作「アカメが斬る!」シリーズにそのような設定や描写は存在しません
原作においてアカメは幼少の頃に帝国に売られ暗殺者になるべく訓練を受け、その結果帝国の暗殺部隊の中でも成績上位七名だけが入れる精鋭部隊に配属されています。加えてそこからも多くの実戦経験を経て原作最強キャラであるエスデスが舌を巻くほどの気配遮断能力を得るに至っています
作品が違う以上多分に書き手としての解釈が関わる面もあるでしょうが、それを加味しても暗殺者としての技量でハサンの足元にも及ばないとするのは流石にアカメに対する冷遇が過ぎます。私も拙作「暗殺の牙」にてハサンの諜報の腕はアカメを上回ると書きましたが、ここまで極端な差として描写したつもりはございません
実際に当企画のサーヴァントのステータスシートでハサンとアカメの気配遮断スキルは同等であり、実際にアカメの暗殺者としての実力がハサンを遥かに下回るのであればステータスシートと矛盾することになります

第五に、こちらは少々細かい指摘になりますが死亡寸前の士郎がイリヤ組に出会った際の描写についてです
原作の参戦時期からすると士郎はイリヤの声を牢屋越しに聞いただけで直接対面はしていません。少なくとも顔を見ただけでイリヤを美遊の友達と認識することは不可能です

ここからは修正要望とは直接関係のない個人的な感想になりますが、今回の氏の投下は一つの話として非常によく出来ており、素晴らしいクオリティでした
しかしながら複数の書き手によるリレーとして見た場合のクオリティには些か難がある、とも感じられ、その一点だけが残念でなりません
既にWikiに収録しているにも関わらずの修正要望になりますが、何卒ご一考して下さいますようよろしくお願い申し上げます
以上複数レスに渡る長文、失礼致しました。ご返答をお待ちしております


423 : 管理人★ :2017/03/13(月) 19:38:14 ???0
管理人です。
当スレッドにおきまして、当掲示板としての容認基準を超える発言が散見されましたので
レス削除対応をとらせていただきました。

以降、無警告にて書き込み制限対象とさせていただく可能性がありますので、
当該レスに心当たりのある方はローカルルールをよくご覧の上、発言には
充分ご留意いただきますようお願い申し上げます。


424 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/13(月) 19:58:58 yKqbS4hk0
感想及びご指摘ありがとうございます。
wiki編集によるものですが、ご指摘いただいた箇所の修正並びに理由付け等の補完のための加筆修正を行いました。
主な変更点は以下の通りです。
・すばるの所在地まで銃弾が届いたことへの原因の説明を加筆。
・満開状態の美森への攻撃に使用した武器を村雨から桐一文字に変更。前後の戦闘内容を修正し加筆。
・士郎が戦闘状態を維持することへの理由付けの強化、並びに損耗状態の緩和についての描写を追加。
・アイがアカメに反応できたという箇所の描写を削除、並びにアカメとハサンの比較描写を修正。
・イリヤが士郎に対し姿だけでなく声をかけたという描写を追加。

以上になります。


425 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/13(月) 21:53:18 yKqbS4hk0
>>424
誤字がありました。
>村雨から桐一文字に変更
ではなく
>桐一文字から村雨に変更
が正しいです。


426 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/13(月) 21:59:50 yKqbS4hk0
>>423
ご対応ありがとうございます。お騒がせして申し訳ありませんでした。


427 : ◆H46spHGV6E :2017/03/14(火) 15:23:37 zhZi3paM0
◆GO82qGZUNE 氏

修正作を拝見いたしました。長文かつ多岐に渡る修正要望にも関わらずの迅速な修正に感謝を。ありがとうございます
アカメと美森の戦闘シーン、士郎とアカメの合流した際の会話と行動、士郎組によるアイ組への奇襲シーン、士郎とイリヤの邂逅シーンの描写についてはこれで問題ないと思います
しかしながら、すばるの宿泊先に美森の放った銃弾が飛んできたシーンに関しては修正が不十分かと。厳しい物言いをさせていただくならば、この加筆では何の説明にもなっていないと申し上げる他ありません
先に申し上げた通り、このシーンには複数の矛盾点があります。一つは何故触れたものを破壊する終焉の拳を持つマキナに弾かれて何故家屋を破壊するほどの威力を保ったまますばるの宿泊先に飛ばすことができるのかについて確たる理由付けや説明がないこと。もう一つは流れ弾が飛んでいく様子が見えていなければおかしいみなと、士郎といったキャラのリアクションが前話「機神英雄を斬る」及び前々話にあたる「夢は巡る」にて描写されていない以上この描写は成立し得ないという二点です
先に挙げた五つの修正要望の中でもこの部分こそが最も強く前話との繋がり・リレーを無視ないし破壊していると言えるでしょう

よって申し訳ありませんが当該シーンについてリレーにおける矛盾点が解消されるよう修正していただかないことには、私としてはこのSSを通すことに同意するという判断は致しかねます
これは何も当該シーンの存在が不快であるから認められないと言いたいわけではありません。むしろこのシーンの後の素晴らしい展開に続く重要な布石であることは重々承知しております
しかしそれが書き手同士のリレーという企画の前提を無視したものである以上、当企画に参加する書き手の一員として見過ごすことはできません。一読者として話を楽しむことと、書き手として話を通すことに同意するかは別ということです

以前◆GO82qGZUNE 氏の破棄要請を拒否した時に申し上げたことと被りますが、現状修正が不十分なこの話を通すということはリレーを無視した話が書き手の合意によって許容されたという前例を作るということと同義です
まして今の◆GO82qGZUNE 氏は企画主代行という立場にあります。その立場にある方が率先してリレーを無視したという前例が残ることは、その後のリレー展開において書き手の悪意の有無を問わず以前の話との繋がりを無視した話の投下が横行する原因となりかねません

とはいえ現時点で◆srQ6oTQXS2 氏が今回の話を通すことに賛同されている以上、私の見解は少数派の意見であることも事実でしょう
企画主代行である◆GO82qGZUNE 氏が企画の進行を重視し今回の話をこのまま成立させるという判断をなされるのであれば、一書き手に過ぎない私がそれ以上口を出せることではありません
しかしながらその場合、やはりリレーを無視した展開が罷り通ったという前例が残ることになり、また今後氏が当企画以外の聖杯・パロロワ企画で活動する際に第三者から偏見の目を向けられることも同時に懸念されます

結果としてさらなる修正要望になってしまいますことをお詫び申し上げます。最終的な判断は◆GO82qGZUNE 氏に委ねたいと思います
長文失礼致しました。ご返答をお待ちしております

それから管理人様。荒れたスレへの対応ありとうございました


428 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/14(火) 18:25:47 HGytHpVY0
まず初めに、修正点の確認のため再度拙作をご精読いただきありがとうございます。それと同時に、私の修正作業が甘く矛盾点が残ってしまったこと、当該修正点における加筆修正の箇所が分かりづらかったことをお詫びいたします。
事後報告になりますが、wiki編集において再度の加筆修正を行いました。修正箇所につきましては「かつて神だった獣たち」におけるすばると美森が合流した直後のパート、及び「いつかあの花が咲いたなら」における東郷美森の死亡表記が出るパートです。ご確認のほどよろしくお願いいたします。

またご指摘頂いた箇所と修正内容につきましては、当企画及び舞台設定の根幹となる相州戦神館學園万仙陣の設定を多分に使用しています。
現時点でこれら設定の詳細を記述した場合、終盤の展開・主催関連・舞台や参加者の根幹に関わる事情といったものの致命的なネタバレとなってしまうため、作中では敢えてボカした書き方をしています。言い訳にも近くなりますが、そういった事情があるということを留意していただけると幸いです。


429 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/14(火) 18:36:49 HGytHpVY0
平行しまして、ハサン・サッバーハを予約します。予約中であっても再度ご指摘を頂いた場合は逐次対応したいと思うのでよろしくお願いします。


430 : <削除> :<削除>
<削除>


431 : 名無しさん :2017/03/14(火) 19:53:17 iPlfMtvIO
ネタバレが存在するのなら、チャット等で他の書き手と共有した方がいいんじゃないでしょうか?


432 : 名無しさん :2017/03/14(火) 20:03:33 BW64vwPo0
リレー小説なことを考えると勝手に終盤の展開とか言っちゃうのは悪手な気がします
個人で書いている企画ではないので事実だとしても触れないのが正解だったと思います


433 : 名無しさん :2017/03/14(火) 20:51:49 BqlprAbA0
スレ1代行を行う以上黒幕や終盤の展開のビジョンを持つのは当然では?
それ無しに舵取りもできないと思うが


434 : 名無しさん :2017/03/14(火) 21:37:17 .8RBMiGY0
代行と言っても一介の書き手ですしその構想を他の書き手さん方と共有しないのは如何なものかと
それこそ非リレーで書くべきでは?


435 : 名無しさん :2017/03/15(水) 00:19:20 jHJWjwzg0
思ったんですが、こうまでこじれたのは企画主代行の曖昧な権限も一因ではないでしょうか
ここらでちゃんと、代行には企画主と同等の強い権限を持たせ(もちろん企画主様が戻られれば解任する)、さらに今一度誰が企画主に相応しいか投票なり合議なりで決めるべきでは?


436 : ◆H46spHGV6E :2017/03/15(水) 16:42:01 aCwNZ0Bc0
◆GO82qGZUNE 氏

再修正分、拝見いたしました
先に申し上げた通り、氏が企画の今後を見据えた上で決断されたことであれば私がこれ以上口を挟めることではないでしょう
とはいえ改めて説明するまでもないこととは思いますが、本来リレーの不備や破綻をこういった手段で強引に解決することは決して褒められたことではありません
また私の修正要望も無関係ではありませんが、今回の氏の投下によって企画を応援して下さっている多くの方々を困惑させ、管理人様が対処を行わなければならない事態に発展したことは事実です
無用な混乱を避けるためにも、今後のリレーにおいては終盤の展開のネタバレ防止を利用した強引な展開は極力控えていただきますようお願いいたします
私の長々とした修正要望に付き合っていただいたことに改めて感謝を。ありがとうございました


437 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:23:35 .6I7UcPc0
予約分を投下します


438 : ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:24:13 .6I7UcPc0

 夜に沈む古き都を、一迅の颶風となって駆ける黒き影が一つ。
 その動きは最早人の目には映るまい。速さもそうだが、気配と物的な痕跡の隠蔽が余りにも卓抜すぎる。時速にして100㎞を越える速度を出す等身大の小さな影が、三次元的な立体機動と"草"としての気配隠蔽術を駆使しながら疾走しているのだから当然の話だ。現にその影は幾度も無辜の通行人と思しき人影とすれ違っているが、彼らは皆一様に自らの傍を通り抜けていった風に振り返り首を傾げど、それが一体何であったのかはまるで分かっていない様子であった。
 その影―――ハサン・サッバーハは本来であるならば、このように軽率な真似は決してしない人物である。例え余人に目撃されぬほどの技量を持てども、衆目の前に姿を晒すような愚行を、山の翁たる稀代の暗殺者は犯さない。
 つまりそれだけ、今の彼には余裕がないということだ。
 まず単純に時間がなく、そしてそれ以上に―――相対する敵の全貌がまるで見えてこない。

(厄介極まる、四方五里を覆う霧の中を探すが如しとはこのことか……)

 加えて捜索の手がかりすら乏しいのが現状だ。これが人間であるならば、如何な隠蔽を施そうが大した労力もかけずに手がかりの一つは見つけられただろう。方法論こそ多様化すれどそれを扱う人間の精神性は古今変わらぬのが通説。人の心理を逆手に取り道筋を辿るのはハサンにとっては初歩の初歩なれば、これもまた暗殺術の応用の一である。
 しかしハサンの追う宿敵にその常識は通用しない。何故ならあれは人でもなければそもそも実体ですらない。比喩でもなく幻めいた姿は神出鬼没、痕跡を残すどころか物理的な距離を無視しているが如き移動は、まともに追跡できる範疇を逸脱して余りある。かといって心理を読みその移動先を推測するのも難しい。何故ならあれはハサンの右腕たる魔神(シャイタン)と同じ人外の存在だから、人の心理に当てはめることなど不可能。
 普通ならば、ここで捜索を諦めてもおかしくはないだろう。しかしハサンはそうしなかった。彼の執念がそうさせる、というのもあるが、彼にはある種の「アテ」があったのだ。

 ここで情報を整理しよう。
 ハサンが追っているサーヴァント―――仮に「幸福のキャスター」と呼称する―――は推定、マスターの存在しないサーヴァントだ。
 何故ならアレは無差別だから、アレを召喚したマスターとて無事で済むとは到底思えない。触媒等を用いて意図的に呼び出されるような存在ではなく、ならば偶発的な事故にも等しい形で召喚されたと見るべきだろう。そしてその場合、マスターの側に幸福のキャスターに対抗できる手段は用意されていない。
 すなわちアレはマスター不在でも長期間行動できる規格外の単独行動スキルを持つと推測できるが……しかし絡繰りはそれに留まらないと、ハサンは踏んでいる。
 その論拠としては、まず幸福のキャスターが扱う力が関係している。出会った者を無差別に籠絡し夢へと沈める精神攻撃、それはアレの在り方としてなのか、あるいは宝具の具象化なのか、ともかくとして"常時発動されている"タイプのものなのだ。性質としては歴代ハサンの一人である"静謐"のものに近しい。しかし物的な毒素である静謐のとは違い、こちらはあくまで精神攻撃、すなわち魔術的な手段によるものだ。その発動には確実に魔力消費の余地が存在する。
 そして何より、ハサンが遭遇したものは枝葉にも等しい端末。すなわち作りだされた分身だ。百貌のような霊基分割によるものか、新規で作成しているのかは分からない。だがそれにしても、少なからぬ魔力消費の余地があるとハサンは踏んでいる。
 如何な単独行動持ちとはいえ、常にそれらを垂れ流しにして現界を続けるのは難しい。ならば、その場合自分ならどうする?

 決まっている。内で足りないなら外から補ってやればいい。


439 : 夜を往く ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:24:46 .6I7UcPc0

「まさか、とは思うが……」

 あらゆる角度から死角となる、遮蔽物に囲まれた高所にて。夜闇に沈み徐々に街灯が点き始める鎌倉の街を見下ろし、ハサンは呟く。
 彼は何も、悪戯にここまで走ってきたのではない。彼が走ってきた、否「なぞってきた」のはこの地に奔る霊脈である。
 人における血管、魔術師における魔術回路と同じように、大地にもまたエネルギーを循環させる経路というものが存在する。
 それが地脈、あるいは霊脈と呼称されるものであり、かつそのエネルギーが地上に放出する場所こそが世に言われる霊地である。ハサンは今に至るまでそうした経路の直上をなぞるように駆け抜け、霊地と呼ばれるに相応しい土地を捜索していたのだ。そこに自分の求めるモノの姿があると思考して。
 何故なら、それら霊地はサーヴァントにとっては非常に都合のいい土地であるから。
 例えば、人間でないモノを存続させたりであるとか。

 今、ハサンの見下ろす眼下の街並み、その視線の向こうにあるものは、朱塗りの大規模な神社であった。
 山間の木々に囲まれた参道。有名な観光名所として普段ならば賑わっているはずが、今は人の気配など微塵も感じられない閑散とした雰囲気に包まれている。

 鶴岡八幡宮。鎌倉の街においても最大の規模を誇る大霊地だ。

 まさか、とは思った。
 市街地にもほど近く、多くの人の目に留まるであろうその場所。
 だがしかし、霊脈の筋と霊地としての格を鑑みれば、潜伏場所として最有力なのは疑いようもなく。
 そして何より、境内から感じられる微かな気配だ。魔力反応とは少し違う、恐らくはアレと直接相対していなければ違和感も持たないであろう多幸感にも似た感覚が、肌を刺して仕方がない。
 あの場所には幸福のキャスターの本体、ないしそれに近いものが存在する。一般市民の姿がないのもそれが原因なのだろうか。ともかくとして、ハサンは半ば確信に至るが……

(しかし迂闊には近づけまい。端末でさえあの強制力だったのだ、本体を呼び起こせばどのような災厄が降りかかるか……)

 故に彼は未だ近づくことができない。そも、彼単体では幸福のキャスターの本元を潰せるかどうかも分からないのだ。出来得るならば他の陣営を誘導し送り込んで始末させたいところだが、前提条件があまりにも厳しすぎる。
 ハサンのように、いやハサン以上に精神に耐性を持つことは必須であり、かつできるならば対軍か対城の攻性宝具を持つ者が望ましいが……そのような人員を確保し、あまつさえ誘導できるかと言えば、厳しいとしか言いようがない。
 これが百貌のハサンであったならば、偵察なり接触なり取れる手段は多くあっただろう。しかし呪腕のハサンはこの身一つしか持たず、故に失敗は許されない。


440 : 夜を往く ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:25:10 .6I7UcPc0

(優先すべきは幸福のサーヴァントの討滅……ならば一時殺しは封じ、誘導工作に徹するべきか)

 手が足りないなら他の者の力を使う。それは万事に共通する有用策であり、何も馬鹿正直に協力を申し出るだけには留まらない。自分の都合の良いように誘い、体よく使い倒すのもまた人心操作の手管だ。
 とはいえそれも、他者の存在ありきの策。ハサン一人ではどうしようもないという現状には変わりなく、故に彼は付近一帯に誘い出せそうな主従がいないかの捜索に移ろうとして。


「……む」


 視線の先に、それを見つけた。

 人のいない夜道をふらふらと歩く、それは歪な形をした影だった。
 首は折れ、肌は白く、およそこの世のものとは思えない人型。
 市井に蔓延る都市伝説の一つ「屍食鬼」に、それは酷似していた。

 本能のままに食らうだけの獣。化生がこの世に彷徨い出たか、と屍食鬼を見下ろせる位置からハサン。
 魔性なりしは我が道の障害であると、懐のダークに手を伸ばしかけ―――

(……いや。今は無駄に殺しを行い隙を見せるべきではないか。それよりもむしろ……)

 寸前で止めると、ハサンは気配の隠匿を更に強め、夜闇と同化するように潜めながら屍食鬼へと接近する。理由は明白、これを幸福のキャスターへの餌と利用するためだ。
 本当ならば、サーヴァントないし魔術師といった者を使いたかったが、ないものねだりはできないし、何より時間が足りない。それに屍食鬼などと明らかにネクロマンシーの関わる神秘ならば、釣られて幸福のキャスターが躍り出る可能性も少なくないはずだ。
 討滅の機会こそ未だ得ないが、その先駆けとしての情報は得られるだろう。変わり果てた少女の異形に、これが聖杯戦争などという場でなければ哀れみの一つも感じ入ったかもしれないが、しかしハサンは躊躇などしない。
 故に。

「存分に使わせてもらうぞ、御身の身体」

 そこからは、声もなかった。
 瞬時に四肢と口唇を拘束すると、ハサンは少女の異形ごと闇の中に沈み消えた。その場面を目撃できた者は皆無であろう。仮に少女の異形のすぐ隣に誰かがいたとしても、彼女が消えた事実に気付ける者はいまい。それほどまでに、鮮やかな手さばきであった。
 後には変わり映えのない夜闇の静寂だけが、その場を満たしていた。激化していく戦場とは裏腹に、鎌倉の街は不自然なまでの穏やかさを保っているのであった。


441 : 夜を往く ◆GO82qGZUNE :2017/03/20(月) 22:25:37 .6I7UcPc0

【B-3/路地/一日目 夜】

【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night】
[状態] 健康、魔力消費(中)、焦燥
[装備]
[道具] ダーク
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:由紀を守りつつ優勝を狙う。だが……
0:鶴岡八幡宮へと他陣営を誘導したい。最優先は『幸福』のサーヴァントの討滅。
1:『幸福』のサーヴァントの早急な討伐。並行して由紀を目覚めさせる手段の模索。
2:アサシン(アカメ)に対して羨望と嫉妬
3:セイバー(藤井蓮)とアーチャー(東郷美森)はいずれ殺す。しかし今は……
※B-1で起こった麦野たちによる大規模破壊と戦闘の一部始終を目撃しました。
※セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)の戦闘場面を目撃しました。アーチャー(東郷美森)は視認できませんでしたが、戦闘に参加していたことは察しています。
※キャスター(『幸福』)には本体と呼ぶべき存在が居るだろうと推察しました。
※丈倉由紀は現在B-2山間部の人目に付きにくい場所に隠蔽された上で安置されています。
※キャスター(『幸福』)の本体が潜伏している場所の有力候補として鶴岡八幡宮があると推測しています。実際これが当たっているかどうかは後のリレーに任せます。
※現在■■を確保し、それを鶴岡八幡宮への斥候として使おうと画策しています。行動の優先順位は1.敵情視察、2.戦力確保になります。


【■■@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[令呪]?????
[状態]?????
[装備]?????
[道具]?????
[所持金]?????
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
深海棲艦と便宜上仮称されますが、それ以外にもゾンビウィルスとか他の諸々も混じったハイブリットな存在になってます。そのうち突然変異とかもするかもしれません。


442 : 名無しさん :2017/03/20(月) 22:25:57 .6I7UcPc0
投下を終了します


443 : 名無しさん :2017/03/21(火) 01:03:56 OBcOdq.Y0
投下乙です
ついに焦点が当てられてきた『幸福』、鎌倉のサーヴァントの中でも最も謎に包まれた存在ですが、ハサン先生はこいつを討伐できる主従と出会えるのかどうか、そして死んでゾンビになっても利用される如月に黙祷

それにしても、全身黒ずくめの仮面被った男が少女を後ろから拘束……事案かな?


444 : 名無しさん :2017/03/21(火) 01:45:33 bBkcQJBE0
投下おつー
鎌倉聖杯である意味いっちゃん厄介な幸福がついに剥がされていくことになるのかな、これは
ちょいちょい他のハサンズに触れられてたのが嬉しかった
しかし如月はいくら不死身のアークナイトのマスターとは言え本人までとは……
バリアン化待ったなし


445 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/06(木) 21:12:20 bjPL5Pkk0
叢、スカルマン、ストラウスを予約します


446 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:13:14 baa7dMsE0
予約に丈倉由紀を追加します


447 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:13:48 baa7dMsE0
投下します


448 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:14:16 baa7dMsE0


 この土地を囲んでいる山林を臨み、住宅よりも更地が目立ち始めた街の外縁部。
 すっかり日が傾き、厚い雲に覆われた空の下、めっきり人家が減ったため夕闇に包まれた道を、一人の男が黙々と歩いていた。
 そう早くない歩調で歩むのは、先の戦闘以来そのままに黒衣を纏ったストラウス。
 彼は言葉なく、表情を変えることなく、視線を一点に定めたまま歩む。


「……」


 黙々と歩く彼の周囲に満ちるのは、梅雨の空にも似た、湿気た感触の生温い空気。
 吸血種に特有の、血臭の空気。
 そんな空気に満たされた夕闇の中を、アスファルトを踏む男の足音が、規則正しいリズムで淡々と響いている。

 人家や街灯の灯りが少ない、無人の空間。
 こつり、と歩みの止まる音が一つ。

 立ち止まるストラウスは、振り向くことなく、ただ静かに口を開いて。


「……マキナ卿は離れ、弓兵の目は遠ざかり、何処かのアサシンもまたこの場を去った」


 誰もいないはずの虚空に、言葉を投げかけた。


「そろそろ出てきてもいい頃合いだ。そうは思わないか、"アサシン"」


 ───……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


449 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:14:43 baa7dMsE0


 この一日足らずで鎌倉の街には多くの戦場が生まれた。比較的長期間あった予選期間ではまずありえなかったほどの破壊の爪痕が、極めて短い間にいくつも穿たれた。
 その中でも最も目立ち、衆目にその姿を晒したのが、鎌倉駅近くで発生したあの烈しい火柱だろう。そこで行われた戦闘がどのようなものだったか、想像することさえ難しいが、ともかくその余波で今も交通や人の流れに混乱が生じているのだ。
 為された破壊は無論これだけに留まらず、市街地や公道、あるいは山林といった諸々が等しく大規模な被害を受けている。そのどれもが、本来の聖杯戦争であったならば神秘の秘匿に反するとして警告ないし討伐令が課されるほどの規模であることは言うまでもない。
 そう、普通ならば。監督役や、あるいはルーラークラスの采配によりある程度の抑止が存在するはずなのだ。
 それは逆説的に、この聖杯戦争が普通でないことを意味している。
 よってこの街で行われるのは力と力の衝突であった。単純明快、あまりにも分かりやすい構図は故に各々の持つ戦力差を常以上に浮き彫りにするのだった。
 一般社会の裏で匹夫のように隠れ潜む必要がなくなり、そもそもマスター自体が"この街どころかこの世界の住人"でない以上、遠慮する意味すら存在しない。情報、絡め手、社会的束縛───そうした本来ならば極めて強い効力を発揮したであろう要素は軒並み無価値となり、出会い頭に殴りつける力だけの強者が幅を利かせているのがこの聖杯戦争の現状だ。
 何とも単純で、甲乙分かりやすく、だからこそ歪な代物だ。
 今や魔都と化した鎌倉は狡からい弱者の生存を許さない。適者生存などと生温く、文字通りの弱肉強食こそがこの街を支配する理であった。

 そんな中でアサシン───スカルマンはひたすら偵察と諜報に徹していた。
 それは先の理論に当てはめるなら間違いなく弱者に分類されてしまうがための護身であると同時に、その隠密性こそがスカルマンの備える強みでもあるためだ。

 大きすぎる力の発露は、言わば巨大な光源だ。誰しもが目を惹かれ、そこに視線を釘づけにされてしまう影響力を持つ。そして光あるところには、必ず影が生まれる。光が強ければ強いほどに、生まれる影は色濃くなる。
 アサシンとは影に潜むものだ。巨大な力とその発露によって発生する混乱、その隙間を縫い暗躍する者が呼ばれる名だ。
 気配遮断の効力など言うに及ばず、起こり得る幾多の戦闘を回避し自分が勝てる戦いのみを取捨選択する。それが、アサシンたるスカルマンの闘法である。戦況のと状況の単純化により策謀の入り込む余地は激減してこそいるものの、闇討ちの有用性は変わらず高いままだ。
 事実、彼はその信条によって多くの勝ちを得てきた。予選期間の暗殺は元より、本戦に入っても三騎士の一角たるランサーを正面から打倒するという快挙を果たした。

 気配の寂滅───夜に溶け影と同化し、比喩でもなく闇から不意を討つ暗殺者の業は、アサシンにとっては最大の武器であり唯一の生命線だ。


「そろそろ出てきてもいい頃合いだ。そうは思わないか、アサシン」


 だから、その言葉に驚きが無かったと言えば、それは嘘になるだろう。
 投げかけられた声は当てずっぽうの類のものではなかった。声に込められた意識は、物陰に息を殺して潜むスカルマンを明確に貫いていた。


450 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:15:26 baa7dMsE0

 先の騒乱───黒円卓のライダーと黒衣のアーチャーの衝突に際し、膨大な魔力の奔流を感知したスカルマンは事態に関わることなく静観の構えを取っていた。
 事態を見極める必要があったのもそうだが、スカルマンにはあの戦闘に介入できるだけの実力がないというのが大きかった。正午頃のランサー二騎との戦闘とは比較にならない。状況の偏移を利用すれば勝ちを拾える可能性が十二分にあったあれとは違い、黒のライダーとアーチャーは真正面から戦っては絶対にいけない存在であると直感していた。
 よしんば不意打ちに成功し、どちらか一騎を仕留めたとして……残る一騎の追撃を振り切る余裕はスカルマンにはない。彼は精神が破綻した人間であるが、実利と理合を解するだけの知性を持ち合わせている。
 だから彼は、乱入した別個体のアーチャーの追撃に離れたライダーを見送り、一人立ち去るアーチャーをこそ追跡した。実のところ理由は他にもあるのだが、彼自身あやふやにしか認識できていないため上手く言葉には表せない。ともかくとして、スカルマンは気配遮断を発現させたままストラウスを追跡するに至っていた。
 気付かれてはいない。そのはずだったが……

「何故気付いた」

 姿は見せないままに、低く振り絞るように声を出す。
 存在を悟られているからには、これ以上息を潜めても意味はない。

「その問いに意味などないということは、お前が一番分かっているんじゃないか?
 どのような理由があるにしろ、お前の存在は暴かれ、我々はこうして向かい合うに至っている」
「故にその先を見ろとお前は言うのか。ならばどのような魂胆で語りかけた。私と言葉を交わしてお前に何の益がある」

 両者の声は、耳鳴りがするほどに静かな夜半にあって澄み渡るように響くものだった。どこまでも透徹で、どんな感情の奔流をも伺わせない。
 声と並行して、スカルマンは襟の裏に仕込まれた白銀色のナイフに指を這わせた。迎撃の準備はできている。ここで事を荒げる気はスカルマンにはないし、それはアーチャーも同様だろう。
 だが後者に関しては推測にすぎない。警戒と準備をしておくに越したことはない。

「聞きたいことが一つある」

 振りかえることもなく、ストラウスは言葉を続ける。

「何の用でここまで来た」
「質問を返そう。何故来られないと考えた?」


451 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:15:58 baa7dMsE0

 それは余りにも今更過ぎる疑問だった。
 あれだけ目立つ真似……とまでは言わないが、特に隠蔽の術式も施さぬままでの戦闘を行っておいて、それを他の陣営に感づかれないと高を括っているのだとしたら、それは相当な間抜けだろう。
 そして衆目に姿を晒したサーヴァントを、そのまま放置する道理もない。そのような誰でも思いつく事柄を、まさかこのアーチャーが気付いていないとは思えない。

「無論、お前が私を殺すつもりで来ていたなら、こんなことは聞かないさ」

 ぬけぬけとストラウスが返答する。

「あるいは私を利用ないし貶めようとしての偵察であるならば、私はお前を逃がしはしなかった。対話とて望みはしない、ただ一刀の下に斬り伏せただろう。
 だが違う。殺意も害意も、謀略の気配すらお前は感じさせなかった。さりとてこうして向き合う限り、無感というわけでもないらしい」

 ストラウスが更に言葉を続ける。木枯らしが吹きつけるかのような寒々しさが、夕闇に木霊する。

「故にもう一度聞くぞ、アサシンよ。"何の用でここまで来た"?」

 そこでストラウスは初めて振り返り、スカルマンの潜んでいるであろう空間の座標へと視線を向けた。
 瞬間、人間的な感情など磨滅したはずのスカルマンの総身を、例えようもない悪寒が走り抜けた。ただストラウスが目を向けたというそれだけで、古代の頭部体により汚染され尽くされたはずの精神が凍りついたのだ。
 射殺すような視線という比喩があるが、これはまさしくその発露に他ならない。相手が相手ならばそれだけで精神死を与えかねないほどの威圧が、今はスカルマンただ一人を狙い撃っていた。

「……返答次第では、どうするつもりだ」
「己に不都合な者への対処など、それこそ一つしかないだろう。
 その口と手足を、二度と動かせぬようにするまで」

 瞬間、スカルマンは腕に蓄積させていた力を解き放ち、ノーモーションで手のひらのナイフを擲った。
 一呼吸する間もなく虚空から15もの銀閃が電光の弾丸となって降り注ぐ。その全てがスカルマンの投げ打つ特殊性のナイフであり、瞬間的に秒速500mを突破した質量のある閃光は曲線的な幾何学模様を描きながらストラウスへと殺到する。
 一つ一つがサーヴァントの頭蓋を粉砕して余りある威力を誇る一撃だ。無拍子で放たれたそれは10mの相対距離をコンマ秒以下で踏破する。生半なサーヴァントでは反応どころか前兆を悟ることすらできないであろう超速だ。
 しかし。


452 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:16:58 baa7dMsE0

「───……!」

 声なき声はスカルマンのもの。
 髑髏の面に覆われ心すらコーティングされたはずの彼の表情は、しかし生身のものであったならば埒外の驚愕に歪んでいただろう。

 狙い撃ったはずのナイフ群は、しかしストラウスへと突き立つことはなかった。
 彼の肉体に吸い込まれる寸前、まるでその直前の空間に縫い付けられたかのように、全てのナイフが慣性の法則すら無視して完全に静止したのだ。
 そこだけ時間が止まったかのような光景であった。動から静へ、100から0へ。音速を越える速度の弾丸となったはずのナイフは一切動かぬ彫像と化し、払うように動かされたストラウスの腕に従うように、次瞬にはバラバラと地面へと落下したのだった。

「実のところ、お前の魂胆はある程度予測はできる」

 そして、異常事態はそれだけに留まらない。
 撤退に脚を動かそうとして、気付く。自分の体が思うように動かない。
 何時からそうなったのか、スカルマンには皆目見当がつかなかった。動かそうとした直前か、ナイフを落とされた時か、あるいは"もっと前から"仕組まれていたことなのか。
 思慮の暇もなく不可視の力が全身を覆い、投網に引かれるように総身が物陰から引きずり出された。動作の利かない肉体がストラウスの前に投げ出され、圧し掛かる超重力と化した圧力をその身に受けながら、彼の透徹とした視線に見下ろされる形となる。

「確証と、お前が何者であるのかという裏付けが欲しかった。
 そして確信したよ、お前は私が何を目的に動いているのか、単純にそれを見極めようとしていたのだな」
「……その通りだ」

 窮地に立たされているとは思えないほどに静かな声で、スカルマンが首肯する。
 彼は今まで幾人もの主従を目の当りにしてきた。聖杯を望む者、聖杯を拒む者、只管に帰還を願う者、現状に戸惑い狩られるのを待つだけの者……大まかにはその四種だった。
 極限状態において人間の思考というものは想像以上に単純化される。聖杯戦争という命の獲り合いに際してほとんどの者が四通りに分類できてしまうほどに。
 それ自体の善悪を論議するつもりはスカルマンにはない。ただありのままに受け入れ、四種の主従全てを平等に討ち果たしてきた彼だが、しかし目の前のサーヴァントは些か趣が違っていた。


453 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:17:31 baa7dMsE0

「幾多のマスターにサーヴァント……奴らは聖杯を肯定するにせよ否定するにせよ、行動の大前提として聖杯の存在を視野に入れていた。
 だが、お前は……"それ"を見ていない。先の行動も、私への言動も、聖杯戦争に臨むサーヴァントのそれではない」

 黒円卓は見るに値しないと言った。その先を見ろと彼は言った。
 俄かには分からず、あるいは愚者の戯言とさえ聞こえてしまう言。しかしスカルマンには、都市の暗部を駆け抜け一寸先すら見えぬ謀略の闇を踏破したスカルマンには、それがアーチャーにしか見えない光明であるのだと直感として理解できた。
 戦術、戦略の面において強大なサーヴァントを放置していい道理などなく、ならば彼にしか見えぬ先とは一体何であるというのか。

「お前は、何を観ている?」
「それをお前が知る必要はあるのか、スカルマン───夜闇に跳梁する悪殺しの暗殺者よ」

 事もなげにスカルマンの真名を言い当てるアーチャーに、しかし最早驚きさえ覚えない。
 その程度こいつならばやってのけるだろうという、根拠のない思いがスカルマンの中で輪郭を濃くしていた。
 この世に君臨していながら、しかし別位相の世界を睥睨しているとさえ思えてしまう、浮世とは無縁の気配を醸し出すこの男ならば。

「私は私の目的を果たすまでだ。そしてそれは、他の者とて同じだろう。
 彼らと私の違いは、その途上に聖杯の存在があるかどうかという一点に過ぎまい」

 ストラウスが、そこまで言ったその瞬間であった。

 耳を劈く轟音と、地を揺るがす激震が二人を襲った。突発的に発生した大規模な地震の如く、目に見える視界が肉体ごと揺れ動く。
 何者かの攻撃かと重圧に抵抗して視線を向けるも、周囲はおろか隣に立つアーチャーさえも平静そのものだ。スカルマンはそこで初めて、この揺れが自分たち"だけ"を襲ったのではなく、極めて広範囲に渡って伝播したものだと気付いた。

 遠く離れた視線の先。西方、稲村ケ崎方面の街並みが、夕焼けよりも尚赤く燃え上がっているのを、伏せたままのスカルマンは目撃したのだった。

「これは……」
「再度砲撃が行われたか。何を考えているかなどと、私などよりもアレのほうが余程理解が及ばないだろうに」

 砲撃───正午頃、相模湾沖に鎮座する戦艦がその沈黙を破り、海岸線へ向けて艦砲射撃を敢行したことは、スカルマンも知っている。
 そして今、二度目の砲撃が行われた。それは一体何を意味しているというのか。


454 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:18:03 baa7dMsE0

「流石にいつまでもアレを放置しておくわけにもいくまい。遠からず討伐のため乗り出す主従も出てくることだろう。
 そして無論、"私もそうするつもり"だ」

 言葉と同時、スカルマンの総身にかかっていた不可視の重圧が、突如として消失した。
 赤い眼光が一瞬閃き、四肢を躍動させて瞬時に飛び退る。その様子を、ストラウスは何をするでもなく見下ろしていた。

「今回は見逃してやる。疾く失せるがいい、スカルマン」
「……何の、つもりだ」
「二度言うつもりはない」

 何を手出しすることもなく佇み続けるストラウスに、スカルマンは訝しげな視線を寄越すも、この場を去るのが得策だと分かってかすぐさま音もなく闇の中へと走り去った。
 秒とかからず、ストラウスの姿は遠くなり、スカルマンの視界から姿を消す。
 暗くなりゆく街並みを駆けるスカルマンは、先ほどまで絶対の窮地にあったとは思えないほど、痛みも支障もなく軽快に動作していた。

 ───命拾いをした……いや、情報拡散のために見逃されたと言ったほうが妥当か。

 考えるのは当然、一連の出来事についてだった。恐らくは戦艦の主に対する動向を拡散するため見逃された、自分たちのやり取り。
 スカルマンがアーチャーに対して一種の疑念を持ち、それを晴らすために行動していたということについては、最早説明するまでもないことだろう。
 それは他ならぬスカルマンだからこそ思い至ることができた疑念だった。都市を覆う複雑怪奇な陰謀を巡り戦った暗殺者の英霊たる彼だからこそ、感づくことができた違和感だった。
 結局その疑問が晴れることはなかったが、しかしそうだとしても、何故殺害に徹する暗殺者であるはずの彼が、ここまでその払拭に執心したのか。

 それは、ある種の確信があったからだ。
 理屈ではなく、直感として。
 彼のアーチャーが見据えるものが、自分たちの行く先、ひいては聖杯戦争そのものを左右するのだという言い知れぬ予感が存在した。
 黒衣の彼を見た瞬間にスカルマンの脳裏によぎったのは、そうした彼自身も分からぬ思考だったのだ。


【D-3/材木座海岸付近/一日目 夕方】

【アサシン(スカルマン)@スカルマン】
[状態] 気配遮断、疲労(小)
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、敵を討つ。
1:……
[備考]
※現在叢とは別行動を取っています。
※ランサー(結城友奈)、アーチャー(ストラウス)を確認。





   ▼  ▼  ▼


455 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:18:37 baa7dMsE0





 鎌倉の街を覆う都市伝説の一つに、骸骨男というものがある。

 それは闇夜を駆ける一つの影。
 夜に溶け込むような漆黒のコートを身に纏い、白い髑髏の顔だけを、月明かりで照らし出す。
 正体不明のその影は、鋭い刃物を以てして逃げ惑う者を切り裂き、その命を奪うのだという。

 よくある犯罪型のフォークロアだ。取り立てて珍しいことでもない。しかしこの街においては有する意味が全く違ってくる。
 当初、ストラウスはこれを暫定的にハサン・サッバーハによるものだと仮定した。
 イスラム教の伝承に残る暗殺教団の長。山の翁と呼ばれる者たち。
 "聖杯戦争において最もアサシンとして呼び出される機会が多いであろう"反英霊だ。

 とはいえそれだと疑問が残るのも事実だった。
 仮にそれがハサンであるならば衆目に目撃されているとは考えづらいのだ。
 彼らほど卓抜した暗殺者は人類史においてもそうはいまい。それが外見的特徴を言伝にされるほど明瞭に姿を晒すなどと、単純におかしな話である。

 所詮は多くある都市伝説の一つ、あるいは聖杯戦争とは関係ない風聞の産物である可能性もあったが、しかしストラウスの眼前に現れたサーヴァントによりその疑問は氷解した。
 髑髏面に漆黒のコート。衆目に姿を晒す可能性があり、ストラウスの気配感知に引っ掛かる程度の遮断能力を持ち合わせ、なおかつ現代装備で身を固める英霊ともなれば、思い当たる候補は一つしかない。
 すなわちそれがスカルマン。企業城下都市大友において新人類を巡る戦乱に身を置いた英霊だ。
 それならば暗殺者として落第とも称せる真似をしたことにも納得が行く。何故ならスカルマンとは「本来暗殺者などではない」からだ。
 闇夜に紛れ敵を討つ様は、確かにアサシンのそれではある。しかし彼はガ號計画によって生み出された人造の幻想種を真っ向から相手取り、その悉くを討ち滅ぼした「戦士」としての英霊である。
 故に本来、彼は暗殺や気配遮断の逸話にはそう恵まれてはいない。市井に流布された風聞と、近現代の英霊であるための矮化が重なったことによる霊基の劣化から、アサシンのクラスに宛がわれたと見るのが妥当であろう。


456 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:19:02 baa7dMsE0

「単純化した状況を崩すには、暗躍する者が必要となる」

 ストラウスが彼の真名を言い当てるに至った理由はそこにある。しかし、重要なのはそれではない。
 スカルマンを見逃した最たる理由。それは「悪殺し」の逸話にあった。
 悪を以て悪を殺す、それすなわち悪殺し。生前の逸話においてスカルマンが殺してきたのは、何時だとて悪と、それに連なる者であった。

 そして、仮にこの聖杯戦争がストラウスの考える通りのものであるならば。
 この地に集うサーヴァントは触媒ではなく縁によって召喚されるものだ。ならば悪殺しのスカルマンを召喚したマスターの性質も予想は難しくなく。

 故に、彼はスカルマンを解き放ったのだ。

「繋がってくれるならば僥倖だが、さて……」

 これは、いわば布石の一つだ。
 策とは状況が複雑になるほど効力を増す。単純な状況下ならば正面から殴り合い力で劣るほうが負けるだけとなるが、複雑化すればその者にも把握できない情報や読み切れない局面というものがどうしても生まれてくる。
 逆に言えば、保有する情報が限定されればそれに縛られることもあるということ。

 仮に……いや十中八九、彼は聖杯を狙っている身であるだろうが、しかしスカルマンも分かっているはずだ。"自分には打ち倒せない存在がこの街には多く在る"ということを。
 材木座海岸の彼方に見える、漆黒の戦艦がいい例だ。翼を持たず遠距離の火力も持ち合わせないスカルマンにとって、あれほどの鬼門は存在すまい。戦うどころか、まず近づくことさえ困難であろう。
 故に、彼はストラウスを害せない。そうする利がまるでない。そして、先の問答においてストラウスは"それ"を更に強固なものとした。一つの情報だけを与え、野に放した。ならば彼はどう行動するか?
 決まっている。強者を弱者が滅ぼす手段とは、大抵が不意打ちか計略、あるいは"同士討ち"が主だ。それは古今東西変わることがない。

 かくして楔は打ち込まれ、局面は更に転換していくのだった。


【D-3/材木座海岸付近/一日目 夕方】

【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 陽光下での活動により力が2割減衰、魔力消費(小)
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:現状を打破する方策を探る。
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
・確認済みのサーヴァント:
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(東郷美森)
・真名を把握したサーヴァント:
アーチャー(エレオノーレ)、ライダー(マキナ)、ライダー(アストルフォ)、アサシン(スカルマン)





   ▼  ▼  ▼


457 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:19:44 baa7dMsE0





「そうか……よくやったな、小太郎、影朗」

 人の気配が微塵も感じられない山間の獣道に、叢たちの姿はあった。
 低く唸るような声で労いの言葉をかける叢の傍には、今の日本ではそう見られないであろう巨体の狼が二頭、寄り添うように首を垂れていた。

 叢が秘伝動物たる二頭の狼を解き放ち、索敵の結果報告を受けたのはつい先ほどのことだ。
 人間を遥かに超える感覚機能を持ち、忍としての技量と勘も兼ね備える彼らは諜報員として優秀であり、単純に頭数が増えるということもあってこうした場面では非常に重宝する。予選期間内において複数人のマスターを発見し掃討できたのも、彼らの存在あってことであった。

「よし、では案内してくれ。我も向かおう」

 うぉん、と吠える声が二つ。
 勢いよく飛び出していった二頭を見送り、叢もまた一歩足を踏み出した。

 街中の喧騒とは打って変わり、風の音だけが微かに耳に届く山景を歩くこと暫し。叢を先導していた二頭が、その位置を示すように座り込み、じっと叢に視線を向けているのが見えた。

「そうか、ここか」

 平静そのものな口調とは裏腹に、叢は内心驚愕と感嘆の念を湛えていた。
 小太郎と影朗が示したのは、一見すると何の違和感もない茂みである。素人目には分からないどころの話ではなく、叢の目からしても、二頭の案内が無ければまず発見できなかったであろうほどに、その隠蔽は巧妙なものであったのだ。
 直接的な隠蔽工作のみならず、地形的な角度に獣道の心理的な誘導、それらを余さず駆使することにより叢ですら分からないほどの隠行が施されていたのだ。
 更に恐ろしい事実に、叢は知る由もないが、この隠蔽は「時間が無かったために急造で拵えた簡易的なもの」なのだ。余りに急を要するために対人用に特化して施された隠蔽は、しかしあと少しでも余裕があったならば小太郎と影朗ですら感づけない完成度にすることも容易であっただろう。
 あくまで仮定の話であり、そんな事実を知り様もなく、故に叢たちにとっては目の前の現実こそが全てではあるが。

 叢は無言で茂みに手を突っ込み、中に安置されていた「もの」を引っ張り出す。がさり、という音と共に土の上に引きずり出されたそれは、何とも穏やかな寝息を立てているのだった。


458 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:20:12 baa7dMsE0

「これは……マスター、なのか」

 困惑の色が叢の声に混じる。彼女の眼前で眠るのは、赤い令呪を宿した少女だった。
 だが「眠っている」というのが何とも奇妙な話であった。単なる睡眠であったならば叢にも分かる。だがこれは、明らかに普通のものではない。
 昏睡の魔術にでもかかったのか、その少女は多少手荒な真似をされても一顧だにせず眠り続けている。引っ張り出された時に体を打ったであろうに、そんなことはつゆ知らぬと言わんばかりに、幸せな夢を見ているかのように笑顔を浮かべたままだ。それが叢には不気味に思えて仕方がない。

(だが、我には関係ないことだ)

 内心で声を一つ。叢は得物である出刃包丁を翳すと、その刃を少女の首に宛がった。
 これでまた一人、労せずマスターを葬れる。
 そんな思いと共に、柄を握る腕を引こうとして。


「…………」


 腕は、動かなかった。

「……っ」

 小さく息を呑む。
 震える腕の感覚が伝わってきて、それなのに腕は固まったように動かない。
 動け、と強く念じる。
 自分の手はとっくの昔に血で汚れているのだと、そう強く言い聞かせる。
 何を戸惑っているのだと、自分のことであるはずなのに、他ならぬ自分に対して半ば本気の怒気さえも覚えて。
 動かそうと努めて、努めて、努めて。

「……いや」

 そっと、叢は包丁を構えた腕を下ろした。

「この域の昏睡をもたらす魔術の絡繰り、解いておかねばいずれ我の身も危うい。
 それにマスターを手の内に収めておけば、此奴のサーヴァントを傀儡とするのも容易い、か……」

 そういうことにしておこう。叢は自分にそう言い聞かせ、刃を収めると少女の体を担ぎ上げた。
 誰も、言葉は無かった。静かにその場から歩き去る叢も、眠り続ける少女も、傍らに侍る小太郎と影朗も。
 虚空に浮かぶ月だけが、彼女たちを見下ろしているのだった。





   ▼  ▼  ▼


459 : 落日の影 ◆GO82qGZUNE :2017/04/08(土) 01:20:41 baa7dMsE0





 我には大切な友人がいた。詠という名の、ブロンドの髪の毛がよく似合う女の子だった。
 彼女の両親は仕事で不在が多く、それで我が家に招くことがよくあった。我ら家族の輪の中で、嬉しそうに具なし味噌汁を啜り、野草の漬物を齧る彼女の顔は今でも忘れられない。日が暮れるまで一緒に遊び、仲良く手を繋いでバナナの腐ったような臭いのする貧民街を歩いた。
 今にして思えば、我とその子は姉妹のような間柄だったのだろう。血の繋がりこそないが、築いた絆は本物だった。
 
 忍だった両親が事故で死んだと聞かされたのは、我が小学五年生の頃だった。
 車に撥ねられたとお父さんの知り合いは言っていたが、それが嘘だということは子供の我でも察しがついた。
 我の両親は忍の任務で死んだに違いない。そう思うと悲しくて、遣る瀬無くて、それ以上に怖くて。
 気付けば、我は素顔を隠すようになっていた。道に散乱していたゴミ袋を被り、外界を拒絶するように。
 そして、あの子は……

『ほら、見て?』

 あの子は袋を継ぎ接ぎして、同じように頭からかぶってくれた。
 皆に笑いものにされても、あの子は気にせず我に笑いかけてくれた。
 その笑顔は、今でも思い出の中に強く焼き付いている。
 あの子は本当に、我の大切な友達だった。

 だからだろうか。
 夢見るように眠り続ける名も知らぬ女の子を、我は手にかけることができなかった。
 仮にこれが我を憎悪なり嚇怒なりで睨んできたならば、聖杯戦争の敵対者として一切の躊躇なく刃を揮えただろう。
 仮にこれが恐怖に震える弱者であったならば、悪党に墜ちたことを自嘲しながら手にかけることができただろう。
 しかし、現実はそうではなかった。女の子は恨むことも敵意を持つことも、恐怖に震えることもなくただ嬉しそうに笑みを浮かべ続けていた。

 それは、遠いあの日の記憶のように。本当に綺麗な笑顔だったから。
 それに向かい合う自分が尚更汚いもののように思えて、直視などできるはずもなかったのだ。


【B-2/山間部/一日目 夕方】

【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)、迷い?
[装備]包丁、槍、秘伝忍法書、般若の面
[道具]死塾月閃女学館の制服、丈倉由紀
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる。
0:私は……?
1:日中は隠密と諜報に徹する。他陣営の情報を手にしたら、夜間に襲撃をかける。ひとまずスカルマンと合流したい。
2:市街地を破壊した主従の情報を集めたい。
[備考]
現在アサシン(スカルマン)とは別行動を取っています。
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
現在丈倉由紀を確保しています。マスターだと気付いてますが、処遇は不明です。



【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[令呪] 三画
[状態] 昏睡、叢に抱えられてる
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: わたしたちは、ここに――
0:…………。
1:■■るち■んにア■■■ーさ■■■。■いお■達にな■そう!
2:アイ■■ん■セイ■■さ■もい■■■ゃい! ■■はお■さ■■多■ね■
3:■■■■■■■■■■■■■■■■■
4:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[備考]
※サーヴァント同士の戦闘、及びそれに付随する戦闘音等を正しく理解していない可能性が高いです。
※『幸福という名の怪物』に囚われました。放置しておけば数日以内に衰弱死します。


460 : 名無しさん :2017/04/08(土) 01:20:58 baa7dMsE0
投下を終了します


461 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:38:59 SaSK2J9A0
アーサー・ペンドラゴン、結城友奈、辰宮百合香を予約します


462 : ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:39:16 SaSK2J9A0
投下します


463 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:40:09 SaSK2J9A0

「なるほど。君の事情は大凡理解した」

 先の邂逅から狂戦士の襲撃を退けて幾ばくか。セイバーは眼前に立つランサーから全ての事情を聴いた。境遇に切迫した状況、ここに至るまでの経緯も含めた、文字通りの全てだ。
 白痴のマスター、天夜叉のライダー、土着の暴力団を支配しての組織的行動、マスターたちを暗殺する人海戦術。
 そして、この半日の間にランサーが見聞きしたことと、ランサーがこれからやらなければならないこと。
 「とある一つ」を除き、全てを隠蔽することなく正直に、目の前の騎士に打ち明けた。闊達な常の彼女にしては珍しく、実にたどたどしい口調ではあった。それをセイバーは真摯に、しかし感情を伺わせない表情でじっと聞いていた。

 そして、話を粗方聞き終えて、口を開いたセイバーから放たれた言葉が、先述の台詞であった。

「確かに、そのライダーは私としても見過ごせない。討伐するにあたって君と共闘するというのも、吝かではない」

 その言葉は、友奈にとっては救いの光にも等しいものであった。
 今まで俯き沈んでいた表情が、一転して明るいものに切り替わる。

「だが」

 感極まったように顔を上げる友奈を押しとどめるように、セイバーは更に言葉を続けた。

「一つ君に問う。自分を喚んだマスターに従うという君の言葉が真実だとして。
 君は彼の者の真意をどう確かめ、その上でどう動くつもりなんだ?」

「それは……」

 思いがけず言葉に詰まってしまう。喜色に染まりかけた表情が一瞬で元の暗いものに戻り、声が萎んで後が続かない。
 友奈にはマスターの女性の意思を確かめる手段はない。しかしこの場合、セイバーが聞いているのは別のことだろう。
 彼は言ってしまえば、友奈がどこまで協力できる相手なのか見極めようとしているのだ。今回限りの共闘に終わる程度なのか、長期的な同盟関係を築ける相手なのか、あるいは初めから決裂してしまうような手合いであるのか。
 「ライダーを倒した後、友奈はどう動くのか」。要はそれを聞いているのだ。

「私は……」

 一瞬、友奈は迷った。単純に分からなかったというか、そこまで考えていなかったのだ。考えるだけの余裕が今まで全く存在しなかった、と言い換えてもいい。あまりにも理不尽かつ間断なく降り注いできた苦難の数々は、自分の置かれた状況を俯瞰して思考するだけの余地を友奈から奪い去っていた。生涯通して人生経験こそ持ち合わせど、精神構造が肉体相応のものとして呼び出された友奈にとって、それら状況の全てを泰然として受け止めろと言うのは些か厳しいものがあった。


464 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:40:40 SaSK2J9A0

「正直、これからのことは全然分からない。私は本当は何をすべきで、マスターが何を望んでいるかすら、私には確かめられないから……
 でも、それでも私は……できるだけ"みんな"を助けたいって思う」

 だから、友奈は具体的な案ではなく、今の自分が抱く素直な気持ちを口にした。
 何ができるかではなく、何をしたいかということを。

「私のマスターや、戦いを望まない人たち……そんな、戦いとは関係ない人たちに、私は笑顔でいて欲しいんだ。
 その笑顔を、私は守りたい」

 自分の語ることが理想論であるなどと、言われなくても分かっている。けど、自分はどうやったってそのようにしか生きていけないのだ。理想から目を背けるのが賢い生き方なのだとしたら、自分は馬鹿なままでいい。
 だから。

「だって───私は、勇者だから」

 瞳の奥に消せない輝きを宿して。
 友奈は決然と、真っ直ぐに。セイバーを見つめ返したのだった。





   ▼  ▼  ▼





 危うい少女だ。
 友奈の言葉を聞き届けたセイバーは、まず第一にそんな印象を抱いた。

「そうか。それが君の考えか」

 言って暫し、セイバーは思考の海に埋没する。考えるべきは一つ、すなわちランサーの提案に同意するか否かだ。


465 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:41:06 SaSK2J9A0

 眼前のランサーは間違いなく善性の英霊だ。その一点について、今やセイバーは微塵の疑いも抱いていない。一介の騎士としてのアーサー・ペンドラゴンは、ランサーの語る理想に一定の共感を抱いていた。
 市井を騒がせる悪逆のライダーの討伐もそうだが、ランサーの語る信念はセイバーが善しとする善良なる人々の心そのものだ。悪を許さず、自らの手の届く範囲で誰かの幸福を願うその在り方を、どうして彼が否定できようか。
 仮にセイバーがサーヴァントではなく、ブリテンにおける一介の騎士の立場であったならば。即座にランサーの手を取り共に戦ったであろう。
 けれど。

「まず最初に言っておこう。私は現状、君のことを信用することはできない」

 だがしかし、此処にいるのは騎士たちの王たるアーサーではなく、セイバーのサーヴァントなれば。
 侍従としての我が身を縛る柵があり、天秤にかけられたのが己のみならずマスターの命も含まれる以上、些細な違和感すら逃してはならぬという道理もあった。

「それは、どういう……」
「君の主張、君の信念には心から同意しよう。
 ライダーを倒すという決意も、善性を尊ぶ心も、マスターを第一とする忠義にも、私は敬意を示そう。
 だが君の在り方は酷く盲目的だ。君も自覚はしているのだろうが、それでは遠からず破滅してしまうだろう」

 セイバーが危惧したのはそれだった。
 確かに、ランサーの言い分には嘘はないだろう。その言葉が己の内から来た信念の顕れであることも分かる。その方向性がセイバーの善しとするものと合致しているのも確かだ。
 しかし、ランサーのそれはどこか盲目的なのだ。何かを見定めているようで、その実何も見えていないような。あるいはありもしない幻覚を追い掛けて断崖へ駆け寄っているかのような。
 端的に言って何かがズレている。そんな違和感が、ランサーと話している間ずっとセイバーに纏わりついた。
 嘘は言っていない。しかし、本当のことを話してもいない。
 これはつまり、そういうことで。

「君は何かを隠している……いや、私に言っていないことがあるね?」

 引っ掛かったのはその一点。
 問われた途端、ランサーの表情は叱責される子供のように悲しく歪んだ。

 重ねて言うが、ランサーの言葉に嘘はない。セイバーのことを騙そうというつもりもないのだろう。これは多分、後ろめたさから来る隠蔽だ。何とも子供らしく、分かりやすい隠し事だった。


466 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:41:37 SaSK2J9A0

「それが何であるかは、敢えて問うまい。しかしそれが明かされない以上、真に君を信頼するわけにはいかない」
「わ、私は……でも、でも信じてください! 私、嘘なんて……」
「君が嘘を吐けない人間なのは分かる。これは単に、信用性の問題だ」

 表情は鉄のまま、声音は氷のまま、セイバーは続ける。
 一人の人間ではなく、あくまでマスターを守護するサーヴァントとして在る以上、恩情を見せるつもりはセイバーにはなかった。
 セイバーと相対するランサーの顔色は、今や親や教師に叱られるのを恐れる子供そのものであった。精神年齢や感性が見た目相応に固定されているのか、それとも若くして死んだのか。
 ともかく、このような幼子まで英雄として祭り上げられなければならなかったという事実が、セイバーには酷く哀れに思えてならなかった。

「君に時間的な猶予がないということを知った上で告げねばならないのは心苦しいが……しかしこの一件は、私一人で判断していいものではない。
 マスターには私から伝えておく。今はそれでいいかな?」

「……はい。ありがとう、ございました」

 それきりセイバーは姿勢を正し、直立して不動。ランサーは気落ちしたように礼を言い、静かに背を向けた。

「……最後に一つだけ、言っておこう」

 そんなランサーに、セイバーは言葉をかける。

「先にも言ったが、私は君の信念自体は正しいと考えている。
 だから、できることならば……君と肩を並べて戦える未来があればいいと、そう思っているよ」

 そんな、慰めにもならない無意味な言葉に。
 それでも友奈は振り返り、笑みを浮かべて。

「……はい! ありがとうございます!」

 そう言った、瞬間であった。


467 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:42:03 SaSK2J9A0










「───そのお話、よろしければ私にもお聞かせ願えないでしょうか?」










 鼻をつく芳醇な百合の香りが、一瞬にして辺り一面を覆い尽くした。

「……!」

 油断なく声の方向を見据えるセイバー。視線の先に立つのは、薄っすらと笑う一人の少女の姿。
 つい先ほどまでは、確かに無人だった場所だ。そこに、いつの間にか少女が立っている。

 それは儚くも美しい、花のような少女ではあった。
 しかし醜くも悍ましい、腐乱した少女でもあった。
 毒花の少女が笑っていた。そこには何の邪気も見られなかったが、だからこそセイバーには、その様子がどこか寒々しく、空恐ろしいものに感じられた。

「君は、誰だ」
「申し遅れました。私の名は百合香、辰宮百合香でございます」

 場違いなまでに寂静の気配を崩さない少女に、しかしセイバーは僅かな違和感を覚え、視線を横へとずらす。
 そこではランサーが、まるで空間に縫い付けられたかのように硬直し、忘我の表情で百合香へと虚ろな目を向けていたのだった。明らかに尋常ならざる様子を前に、セイバーは即座にその可能性へと思い至る。

「精神への干渉……いや、これは魅了の香か!」
「ご名答、と言ったところでしょうか。ああいえ、私にあなた方への敵意は存在しません。この力は私の意思で出し入れできるような便利な代物ではなく……
 ああ申し訳ございません、私としても心苦しいのですが」

 けれどあなたがこれを跳ね除けられるお強い方で何よりです、などと。
 百合香の白々しい言葉が虚しく反響した。

「敵意がない、という言に嘘も含みもございません。現に私はサーヴァントを連れ立たず、あなたがその気になれば容易く切り伏せられる程度の無力な女に過ぎませんから」
「ならば、此処に何の用があるという」

 尚も警戒を解かないセイバーに、百合香は微笑みかけて。

「会いに来たのですよ、セイバー殿。この辰宮百合香が……
 いえ、"盲打ちのキャスター、壇狩摩"の知己であるこの私が。
 と言えば、分かるでしょうか?」

 その言葉に、ここで初めて僅かに表情を硬くしたセイバーを前に、百合香は微笑みを深くするのだった。


468 : 盤上舞踏 ◆GO82qGZUNE :2017/04/29(土) 00:42:32 SaSK2J9A0

【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)、脇腹に外傷(出血は有るが重大ではない)、肋骨数本骨折、忘我。
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:……
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。
傾城反魂香に嵌っています。百合香に対して一切の敵対的行動が取れず、またその類の思考を抱けません。

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
0:目の前の相手に対処。
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:キャスター(壇狩摩)が遺した言葉とは……
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。
傾城反魂香にはかかっていません。

【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]高級料亭で食事をして、なお結構余るくらいの大金
[思考・状況]
基本行動方針:生存優先。
1:セイバーとランサーから話を聞く。
[備考]
※キャスター陣営(梨花&狩摩)と同盟を結びました
アーチャー(エレオノーレ)が起こした破壊について聞きました。
孤児院で発生した事件について耳にしました
孤児院までは送迎の車で来ました。


469 : 名無しさん :2017/04/29(土) 00:42:51 SaSK2J9A0
投下を終了します


470 : ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 01:58:37 GTyeiJe60
アイ・アスティン、すばる、藤井蓮予約します


471 : ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 01:59:02 GTyeiJe60
投下します


472 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:00:13 GTyeiJe60










 夕焼けは彼岸の色。かの地において、それは死を暗喩する。










   ▼  ▼  ▼


473 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:00:55 GTyeiJe60





 ……小鳥の囀りが遠くで聞こえた。
 柔らかな風が頬を撫でる感触に、すばるは目を開けた。

「ようやく目が覚めたのかい、すばる」

 一面の草が揺れる緑の平原。隣に座っていた少年が呆れたように薄く笑う。あの黒いローブ姿ではなく、白を基調にした穏やかな色彩の服装。長い髪を無造作に背中に流した彼はおもむろに立ち上がり。

「まったく。君があまりにも気持ち良さそうに眠ってるから、結局起こせなかったじゃないか。思ってたより時間も経ってしまったし、貸し一つだからね」

 そう言って手を差し伸べる少年に掴まり、立ち上がる。
 頭上には、どこまでも澄み切った青空。
 鳥の群れが緩やかな弧を描き、風の向かうほうへ消えていく。

「どうしたんだい、すばる?」

 不思議そうに問う少年を見上げ、少し迷ってから口を開く。
 いったい何が起こったのか、わたしたちはどうなったのか、という問い。
 少年はますます不思議そうに首を傾げ、小さく笑って。

「僕たちがどうなった、か。
 帰ってこれたんだよ。すばる、君と僕の二人で」

 そう言って少年が示す方向に視線を向け、目を見開く。
 降り注ぐ太陽の光に照らされて輝く、とても見慣れた街並み。
 すばるの生まれ育った街。学校へと続く道に、大きな看板が目印のスーパーマーケット。天体観測をする時によく行く神社や、他にも色々。
 平穏な街の風景がそこにはあった。行き交う小さな点の一つ一つは人影。それぞれの日常を謳歌する表情は笑顔に彩られ、にぎやかな声はここまで届いてくるようだった。

「僕がこうしてここにいられるのは、全部君のおかげなんだ」

 独り言のような声。
 視線を向けると、少年ははにかむような響きを湛えてすばるを見ていた。


474 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:01:38 GTyeiJe60

「僕一人だったら、きっとこうはなっていなかっただろう。生きる意志を失くした僕を、それでも掴みあげてくれたのは君だ。
 感謝している。本当に、心から」

 そう少年は視線を逸らし、なんだか恥ずかしいな、と呟く。
 その姿に小さく笑う。少年は頬を赤くしてそっぽを向き。

「ねえ、すばる」

 名前を呼び、空を見上げて。

「君は今、幸せかい?」

 そうだね、と頷く。

「それは良かった」

 少年もまた、口許に笑みを浮かべる。

「僕は幸せだ。色々なことがあったけど、今、本当に幸せだ。
 ……僕の見る世界は変わった。君が変えてくれた」

 そう言って、少年は左手をそっと差し伸べ。

「だからどうか笑ってほしい。君の生み出してくれた世界は、こんなにも輝いているんだから」

 ありがとう、と少年の手を取り、共に空を見上げる。
 青い空が頭上に広がり。
 緑の草原が見渡す限りに開かれて。
 そして、大切な人が傍にいれば。
 それだけで、すばるの見る世界は美しかった。

 すばるは目を閉じ、心の中で祈る。
 こんな幸せが広がって、みんなが笑顔になって。




 そんな未来が本当にあったならば。
 どれだけ良かったのだろう、と。




 ───世界が、一瞬で黒く塗りつぶされた。





   ▼  ▼  ▼


475 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:02:35 GTyeiJe60





 アイが戦場から逃げ帰った時には、時刻は既に18時を越えていた。

 誰もいない公園のベンチに腰かける。辺りは物音一つなく、先の破壊的な喧騒など無かったように静まり返っていた。日は未だ沈みつつある途上だが、空は夕焼けを通り越して黒い夜へと移りつつある。アイは空の色を瞳に映して、ほぅと軽く息を吐いた。
 こうしていると村で暮らしていた時のことを思い出す。かつてのアイは、毎日毎日日が沈むまで、ショベルで土を掘り返しひたすらに墓を作っていた。体を包む心地のいい疲労感と、何かをやり遂げた誇らしい達成感。幼い日のアイは、繰り返す日常の中で確かな充足を味わっていた。それがどうにも、今の状況と重なっているように思えた。

 かつてと今で違うことは、そこには達成感も充足感もないということ。
 かつてと今で同じことは、結局自分は何をもできなかったということ。

「……本当に、ちっぽけですね、私は」
「何言ってんだ、突然」

 かけられた声に思わずびくりと反応してしまう。振り返って見れば、そこには席を外していたはずのセイバーの姿。
 若干呆れたような様子で、彼は何かを差し出してきた。

「ほら、適当にだけど買ってきたから食っとけ。昼からずっと動きっぱなしで碌に休むこともできなかっただろ、お前」
「あ……はい、ありがとうございます」

 おずおずと受け取って、膝の上に置いた手に視線を落とす。透明な袋に入った、これは多分パンなのだろう。アイが知ってるそれよりもずっと柔らかかったけど、うん、きっとそうだ。
 切れ込みから袋を裂いて取り出し、一口齧る。練り込まれたバターの香りが鼻孔をくすぐる。胃袋が空っぽ同然のこの状態なら間違いなく美味しいはずなのに、味なんてさっぱり分からない。
 初めて食べるたくさんの具が入ったパンも、おにぎりという不思議な食べ物も、まるで土の塊を食べているかのよう。
 煩雑に並べられた食糧を、ミルクで無理やり飲み下していく。
 無言の時間が、少しの間続いた。

「あの……」
「なんだ?」
「すばるさん、まだ起きないみたいで……」
「ああ、そのことか」

 ベンチに座るアイの横には、すばるが仰向けに横たわっていた。
 身動きの一つもなく、その瞼は閉じられたまま。あれからずっと眠り続けていて、起きる気配は全くない。
 無理やり起こそう、とは思わなかった。
 セイバーもまた、そんなアイの気持ちを知ってか知らずか、アイの好きなようにさせていた。


476 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:03:04 GTyeiJe60

「大して時間も経ってないんだから焦る必要もないだろ」
「それはそうですけど、心配なんです。セイバーさんみたいに、万が一ってこともありますから」

 言ってアイはセイバーのほうをじっと見遣る。
 何だか責められてるような気がして、セイバーは罅の残る右半身を隠すように姿勢を正した。

「……鈍痛は残ってるが、その程度だ。俺は大丈夫だよ」
「セイバーさんの大丈夫は信用できないんです」

 返す言葉もなかった。
 ともあれ無事なことを納得したのだろう。アイは両ひざをつき、未だベンチで眠ったままのすばるへと慈しむようにその手を差し伸べた。その手は祈りであるかのように、厳かに組まれて。
 それが眠り続ける彼女への祈りか、犠牲となった誰かへの鎮魂なのかはセイバーには分からなかった。
 ただ、そうしたアイの姿は純粋に綺麗だと思った。
 綺麗であると同時に、どこか痛ましくもあった。藤井蓮は知っている。祈りはどこにも届かない。神に縋っても良いことなど何一つとしてないのだと。
 それは誰よりアイが一番知っているはずだ。神さまなんてどこにもいない。祈れば叶う奇跡など、彼女の半生に一つ足りとてなかったのだから。
 けれど、少女は祈る。アイ・アスティンというちっぽけな一人の少女は祈る。
 それは神や運命といった超越的なものに訴えかけるものではない。アイとアイの向き合う者が持つ心に訴えかけた、それは少女だけの祈りであるからだ。

「……ねえ、セイバーさん」
「なんだよ」
「アーチャーさんは、救われたんでしょうか」

 だから。
 そんな少女の問いかけを、セイバーははぐらかすこともできずに。

「……さあな」

 そんな、当たり障りのない答えしか返すことができなかった。


477 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:03:32 GTyeiJe60

「そんなことをいくら考えても、全部徒労だよ。死んだ奴はもう何も言わないし、何を考えてたのかだって分からないわけだしな」

 結局のところ、セイバーにとってはその結論が全てだった。失ってしまったものは、常に思い出の中だけで輝き続ける。現実に帰ってくることは決してない。
 そうですね、とアイ。二人は隣り合うように座って、誰ともなしに空を見上げる。
 再びの沈黙が、二人の間に流れた。

「あれからですね、私も少し考えてみたんですよ」

 ふと、アイがそんなことを言った。セイバーは特に思い当たる節もなかったので、怪訝な顔をした。

「世界の話です。視点の話、と言い換えることもできますけど」
「ああ、あれか」

 人の見る世界は個々人の視点によって姿を変える、というやつだ。確かにそんな話をしたような覚えがある。

「あれからずっと考えてました。世界は私の想像以上に大きくて複雑で、そんなとんでもないものをどうやったら救うことができるのか」

 そこでアイは一旦切って、大きく息を吸い、意を決したように。


「私は多分、"みんな"を助けたかったんだと思います」


 そんなことを、言った。

「……」
「私の世界は"みんな"で出来ています。私の世界やこの街で出会った皆さんや、他にもいっぱい、みんなの世界がひしめき合って、響き合って、ずっとずっと続いていくかのような。
 そんな世界が、私は好きです。私はそれを、手助けしていきたいって、そう思いました」

 セイバーは無言のままだった。アイは正面だけを見据えて、重く、言葉を続けた。

「でも、みんなの世界は、私のものじゃなく皆さんそれぞれのもので。私が救う、なんてことはそもそもできないんです」

 アイは悲しげだった。せっかく答えを一つ見つけたというのに、悲しそうだった。

「だから私は、どうか皆さんが自分の世界を見捨てないようにって、そう願いました。それ以外なら、私はいかなる害悪からでも世界(みんな)を守ります。けど……でもそのひと本人が、自分の世界を壊すのを、私は止めることができません。その人が『もういいんだ』って諦めたものを、私はどうしたって救うことができないんです。
 だってその人の世界を救えるのは、その人だけなのですから」
「……」

 何も答えない。セイバーは黙ったままだ。


478 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:04:14 GTyeiJe60

「ですから、セイバーさん。アーチャーさんは、救われたんでしょうか。
 あの人は最後まで、自分自身のことを諦めないでいてくれたんでしょうか」
「……」

 問いには答えず、数瞬の間が空く。
 セイバーは呆れたように、あるいは不貞腐れたように、億劫な所作で頭をかきながら言った。

「なんていうか」

 残念そうな、視線を向ける。
 セイバーの表情を彩るのは、どのような感情であったのか。傍目からも、本人すらも、判然としなかった。

「変なところで馬鹿真面目だよな、お前。みんなのためとか、結局世界全体のことから何も変わっちゃいない」
「なんですか、それ。私は真剣に……!」
「じゃあ聞くけどな」

 そこでセイバーは体ごとアイへと向き直り。

「みんなのためにってお前はそう言うけど、それって一体誰なんだ?」
「え?」

 身も蓋もない疑問を突き付けられた。
 "みんな"とは誰かという、そんな子供でもしないような、簡単なもの。

「それは、だからみんなはみんなで……」
「だから誰だよ。具体的に言えよ。顔も名前も知らない、どこかにいるはずのお前の助けを求めてる誰か?
 いねえよ、そんな都合のいい奴は」

 顔も知らない人々、不特定多数の弱者、救済を求めて喘ぐどこかの誰か。
 そんなものを救い上げるというアイの理想は確かに尊いだろうが、そんな"誰か"はどこにもいない。
 そもそもアイのことを知りもしない大多数の人間が、アイに助けを求めるなんてできるわけがないのだ。アイの言うことは前提から破綻している。

「助けたいって言うんならちゃんと名前を口にしろよ。大切だって叫んでやれよ。お前のために頑張ってると、面と向かって自慢してやれ。話はまずそこからだろうが」
「何を、言ってるんですか」

 声が無意識に震えだす。何故ならそれは、アイにとっては夢の根本を否定されたに等しいことだったから。


479 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:05:03 GTyeiJe60

「それってつまり、自分の周りの人だけ見てろってことじゃないですか」
「ああそうだよ。さっきからそう言ってるだろ」
「そんなこと認められません! そんな自分勝手な、私の大事な人だけを贔屓にするなんてこと!」
「なんで?」
「なんでって!」

 信じられない質問だった。そんなことは答えるまでも、いや考えるまでもない自明の理だった。
 世界(みんな)を救う自分は、そんな狭いところで足踏みしていることなど許されない。
 自分の大切な人を守り、自分とその周りだけが幸せになるなどということが。
 許される、わけが。

「だったら、お前が誰かを助けたいってのと同じように、お前を助けたい誰かがいたらどうするんだよ」
「……え?」

 予想もしていなかった、と言わんばかりにぽかんと開けられる口。
 そんなアイに構うことなく、セイバーは言葉を続ける。

「お前のことが大切で、お前のことを助けたくて、お前のために頑張ってる奴がいたらどうする?
 お前を救うことがそいつの救いだとしたらどうする?
 友人なり家族なり、お前の幸せだけを願ってる奴を、お前はどうするつもりなんだ?」
「そ、そんな人、いるわけ……」

 いるわけがない。
 そう言おうとしたアイの口は、しかし音を紡ぐことはなかった。

「いるだろ、お前にだって、もう」
「……」
「旅の連れが、いるんだろ?」
「……」

 アイは、口をつぐんだ。
 ユリーやスカーのことが、思い出された。

「そいつらはお前と世界、どっちが大切なんだろうな」
「……」
「ユリーって奴や、スカーとかいう墓守。お前の父親に、母親に、同じ村で暮らした47人の人間たち。生きてる奴らも死んでる奴らも、お前を幸せにしたいって連中はそんなにたくさんいるのに、お前はそいつら全員見捨てて、"みんな"なんてもんのところに行くんだな」

 アイは、何も答えなかった。

「お互い、不幸者だ」

 セイバーは言い、背もたれに体重を預けた。
 沈黙が場を満たした。先程までの、会話がなくとも気まずくなどなかったそれとは違った。互いに黙り込んで、居心地の悪い空気が二人の間を流れた。

 そのまま一分、二分と時間が過ぎていった。巣に帰る鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。身じろぎの一つさえ、アイは取れなかった。


480 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:06:05 GTyeiJe60

「そういえば」

 不意に、前を向いたままのセイバーが口を開き。

「さっきの質問、アーチャーが救われたかどうかってやつだけどな。
 何度聞かれても同じだよ。分からないとしか、俺は言えない」

 その結論を曲げるつもりはセイバーにはなかった。
 死んだ者は何も言わない。人の思考を外から覗くことはできない。そこを無視して、他人の考えを知った風に語る趣味を、彼は持たないから。
 けれど。

「けどさ、あいつは最後に笑ってたよ。
 すばるを身を挺して守って、それでも笑って消えていった」

 あの瞬間に垣間見たそれだけは、決して変えることのない真実だった。
 アーチャーは、あの真名も分からぬ少女は、己が主を守って死んだ。そのことを誇るように、良かったと言うように、笑って逝ったのだ。
 顔も知らない誰かではなく、大切な一人のために。

「そう、ですか。アーチャーさんは、笑えたんですね」

 知らず、アイの口元にも安堵したかのような笑みが浮かんだ。アーチャーが死んでしまったことに変わりはないけど、それでも一抹の救いがあったのだと信じることができたから。

「嬉しい、なんて言えないですけど。でもアーチャーさんがせめて満足して逝けたなら……良かったです、本当に」
「ああ、良かったなアイ。自慢してもいいぞ」
「いや、なんでそこで私が出てくるんですか」
「分からないか?」
「分からないです」

 本当に分からないといった風情のアイに、セイバーはさも当然といった口調で。

「すばるは、アーチャーの遺した希望だ。すばるが生きているのは、アイ、お前がいたからだ」

 不出来な子供を褒めてやるかのように。

「お前が助けたんだ」

 そんなことを、言った。

「……それは違いますよ、セイバーさん。すばるさんを助けたのはアーチャーさんで、戦ったのはセイバーさんです。私なんて、何もできて……」
「あのな」

 呆れたように言う。


481 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:07:09 GTyeiJe60

「確かに、実際に戦ったのは俺だ。自画自賛なんてするつもりはないけど、俺がいなかったらアーチャーどころかすばるも死んでただろうしな。
 けど俺があの戦場に行ったのは、お前がそうしようって行ったからだぞ」
「それは……」
「言っておくが、俺一人だったら絶対行かなかったからな。薄情と言われようとそれが事実だ。俺はアーチャーを信用していなかったわけだし」
「ちょ、初耳なんですけど」
「そりゃまあ、言ってなかったしな」

 なんて自分勝手な、とアイは思った。
 けれど、だからこそ過去の選択は、自分の意思があってこそだと思うことができて。

「なあ、アイ。お前はあの時、なんでアーチャーのところに行こうとした?
 自分が死ぬかもしれないのに銃弾から庇ってまで、すばるのことを助けようとした?」
「……そんなの、決まってます」

 アイは、決然と言った。

「すばるさんとアーチャーさんを、助けたかったからです」

 それを聞いたセイバーは───
 笑った、ようにも見えた。

「……はは」
「む、なんで笑うんですか」
「いや悪い。だってさ、言えたじゃんか。"誰か"の名前」

 言われて、アイはようやく気付く。
 その言葉は不意打ちめいて、思わず驚いた表情になってしまう。けどすぐにそれも沈んで、絞り出すように呟く。


482 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:07:28 GTyeiJe60

「けど、私はアーチャーさんを……」
「助けられなかった、か?」
「そうです、そうですよ。私の力が足りなかったばかりに。死んでしまっては、どうにもならないのに」
「そうだな。あいつは死んだし、本当に救われてたのかだって分からない。
 けど、お前は助けることができたんだ。誰かじゃなくて、すばるのことを」

 救いたいと思う、誰か。
 顔も知らないどこか遠くの人間じゃない。アイが出会って、向き合って、親しくなった大切な人。
 アイが確かに、その手で助けることのできた、初めての一人。

「忘れるな。死なれちまった悲しさを。そしてお前の手の中にある確かな温もりを。
 いつかお前が、親しい人と向き合うために。本当の意味でそいつを救えるように」

 言われ、アイは自分の手と、握るすばるの手を見下ろした。
 眠るすばるの手のひらは、それでも確かに暖かかった。

「でも、私は……」

 アイは、ぎゅっと目を瞑り。

「それでも私は、一人でも多くの誰かを……一つでも多くの幸せを、助けたいんです」

 振り絞るように、あの日の誓いを口にした。
 その瞬間。

 ───瞼が、開いた





   ▼  ▼  ▼


483 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:08:13 GTyeiJe60





 夢からの覚醒は唐突だった。
 夕闇の中、ベンチの上に横たわる自分の姿に、すばるは唐突に気が付いた。

 頭は、何か靄がかかったようにはっきりとしない。
 全身がだるくて、妙に寒気もした。訳もなく体が震え、痛みもないのに酷く悪寒が走る。

 アイが驚き、次いで何かを言っている。心配そうな顔、多分、自分を気遣ってくれている?
 けど聞こえない。それだけの余裕がなくて、耳は音を拾ってくれない。周囲がしんと静まり返ったように感じられる。
 胸が締め付けられるような感触を覚えた。

「ずるいよ、みなとくん……」

 声が漏れる。
 無意識に漏らした声。それだけは、不思議と音として耳に捉えることができた。

「最期にあんなこと言って……そんなんじゃわたし、もう何も言えないよ……。
 まだ生きてって、死んじゃダメだって、そんなこと言われたら……もうずっと、みなとくんに会えないじゃない。同じところになんか行けないじゃない……」

 頬を一つ、雫が落ちる。
 見開かれた眼窩を伝い、大粒の涙がこぼれる。それはひたすらに、すばるの頬を濡らして。

「いつも勝手だよ、みなとくんは……。
 大事なことは何も言ってくれないし、みなとくん一人だけでずっと抱え込んで……わたし、まだお礼だって言えてないのに。
 本当はずっと、みなとくんに感謝してた。みなとくんのことを頼りにしてた……こんなわたしの傍にいてくれてありがとうって、これからも一緒にいようねって……わたしずっと、そう言おうと思ってて……」

 言葉が途切れる。
 すばるは泣き濡れた顔のまま、戦慄く両手を見下ろし。

「……ああ、そっか」

 ようやく気が付いたと、目尻を大きく歪ませて。

「わたしは……みなとくんに、恋してたんだ」

 響き渡る、慟哭の声。
 ただ見守るアイと蓮の前、すばるはひたすらに嗚咽を漏らし、夜半の風を震わせた。


484 : 葬送の鐘が鳴る ◆GO82qGZUNE :2017/05/10(水) 02:08:59 GTyeiJe60

【C-3/北部/一日目・夕方】

【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] サーヴァント喪失、深い悲しみ
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る……そのつもりだった。
0:……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
使役するサーヴァントを失いました。再度別のサーヴァントと契約しない限り半日ほどの猶予を置いて消滅します。



【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
1:"みんな"を助けたかった。多分、そういうことなんだと思う。
2:ゆきの捜索をしたいところだが……
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばるとは仲良くしたい。アーチャー(東郷美森)とは、仲良くなれたのだろうか……?
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。
ランサー(結城友奈)と18時に鶴岡八幡宮で落ち合う約束をしました。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 右半身を中心に諧謔による身体破壊(修復中)、疲労(中)、魔力消費(中)、霊体化
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
4:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
5:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
6:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。ランサーの誘いに乗る……?
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)及びアサシン(アカメ)と交戦しました。


485 : 名無しさん :2017/05/10(水) 02:09:15 GTyeiJe60
投下を終了します


486 : 名無しさん :2017/05/10(水) 15:24:29 knTmc2QE0
投下乙です。
すばるはつらいなぁ、死んで初めて自分の恋心を自覚するのは切ない。是非とも立ち直って頑張ってほしいが、サーヴァントがいないし大ピンチだしなぁ。

アイの願いは原作fateの士郎の正義の味方になりたいって言う理想と似てるんだなぁ、身近な人間を置いて見知らぬ遠い人のために命をかけるあたり。
そのぶん蓮がいい感じに頼れるお兄ちゃんやってて安心できる。


487 : 名無しさん :2017/05/13(土) 11:20:37 3/O4SbNM0
保守


488 : ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:07:22 16XWYYJQ0
浅野學峯、『幸福』を予約


489 : ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:08:50 16XWYYJQ0
投下します


490 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:09:24 16XWYYJQ0

 もし世界の全てが幸福に包まれたとしたら、それは一体何を意味するのだろうか。
 あらゆる貧困、あらゆる不足は消えてなくなり、人々の間には差別も偏見もなくなる。病も老いも負傷の概念すら消え、危険や不安に怯えることはこれより先は一度たりとてありえない。
 人々の欲求は叶え続けられる。空腹も眠気も性欲も常に満たされ、無償の愛は天より無限に降り注ぐ。娯楽、挑戦、研鑽、冒険の機会も果てなく与えられ、全人類は真に満ち足りた幸福の只中に落とされる。彼らの中に最早恐れも不満もありはしない、あるのはただ水晶のように清らかな幸福感だけだ。

 もしもそんな世界があったとしたら───それはこの世の地獄に相違ないだろう。
 何故なら人は欲求で動く生物だから。食べなくても空腹を感じないなら栄養補給としての食事すら滞り、性欲が無ければ子孫を次の代に残すこともできない。欲望が消えて無くなればあらゆる生産ラインはストップし、一日とかからず文明は麻痺するに違いない。
 それでも、人々は生存のためにすら動こうとはしないだろう。何故なら彼らは”満たされて”いるから。瑕疵のない幸福とはそういうものだし、死の恐怖すら彼らの中からは失われている。
 故に『幸福』は怪物と称される。かつてかの者が地球上に降り立った際、南米に栄えた古代文明は数日で滅亡した。彼らは極めて高度なテクノロジーを有し、天の星にすら手をかけつつある者らであった。現代とは比較にならないほどに高尚な精神活動を行う種族であった。しかし『幸福』が立ち去る頃に残されたのは、満足気な表情で夢死する人々の亡骸だけ。それほどまでに、夢死へと誘う幸福感とは甘美なものだったのだ。

 もし世界の全てが幸福に包まれたとしたら、それは一体何を意味するのだろうか。
 ───『幸福』とは、本当に幸福なのだろうか。





   ▼  ▼  ▼


491 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:13:32 16XWYYJQ0





「な、なんだね君は!? 一体、どうやって……」
「大したことではありません。あなたの部下に『お願い』してみたところ、ここまで丁重に案内してもらえたのですよ。
 ああそれはどうでもいい、本日ここまで足を運んだのは訳がありましてね」

「”あなた方”の力を、是非とも私に貸して欲しいのです」



 ………。

 ……。

 …。



 浅野學峯が警察署員たちの”教育”を終え、外に待たせていた送迎車に乗り込んだ頃には、辺りはどっぷりと暗くなっていた。
 灯を敷き詰めた街を睥睨するかのように、天に届けと言わんばかりにそびえ立つ建造物。石造りの壁、補修用の足場。
 車の中から眺める鎌倉の町並みは、静まり返った穏やかな夜景そのものだった。月明かりを拒否するかのように煌々と灯る街灯が窓ガラスの外を次々と駆け抜けていく。

 バーサーカーを失ってから一時間、浅野の行動は極めて迅速だった。
 手始めに5分とかからず市役所を掌握すると、緊急事態への対処を名目に警察消防各署とコンタクトを取り電話越しに担当者らを洗脳。鎌倉市内に散開していた署員を各署に集めさせ自ら赴いた浅野がこれを”支配”した。
 今や各行政機関並びに交通機関は浅野の手足も同然であった。今更に発令した緊急避難警報で鎌倉市民を誘導し、浮浪者狩りを加速させると同時に一つ場所に留めて鎌倉という街そのものを丸裸とする腹積もりだった。
 浅野の演説により目から光を失い、画一的な思考の元に群体もかくやという忠実さと均一さで”職務”に当たった署員たちの姿が記憶に新しい。彼らは消耗も利害も自らの生存すら度外視して最大効率で職務を遂行するだろう。


492 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:14:18 16XWYYJQ0

 本来、浅野とはこの程度の芸当は軽くこなしてみせる男である。それが今まで虜囚のように市長室に閉じこもっていたのは、偏にバーサーカーの存在あってのことだった。
 バーサーカーは優秀なサーヴァントだった。狂化されてなお隔絶した頭脳、電脳を意のままに操ってみせる手腕、実際に破壊を為す暴力性の多寡、そのどれもが一級品であった。
 だからこそ、浅野は自縄自縛の状態に陥った。なまじ優秀なサーヴァントであったがために、浅野が動くことで得られるメリットよりも公に姿を晒すデメリットが上回ってしまった。少なくとも浅野はそう考えた。それだけの力と気風が、あのバーサーカーには存在したのだ。
 実際のところ、それは正解でもあったし不正解でもあった。浅野は決して足手まといではない、彼にしかできないことも数多あった。しかしサーヴァントという巨大すぎる力が、一時とはいえ浅野の目を曇らせた。端的に言えば、彼は己が侍従を扱いきれなかったのだ。だから彼は今の今まで潜伏を余儀なくされた。
 今はどうか。
 彼は今、文字通り解き放たれている。サーヴァントという己が身を縛る枷が無くなった今、皮肉なことに浅野は鎌倉の街を訪れてから初めて、自身が持つ最大の力を発揮できていた。
 肉体は既に限界を超過し、蓄積した疲労は途切れることなく浅野を苛んでいる。常人ならば一秒と保たず気絶するであろう苦痛の中にあって、しかし彼は執念という精神力だけを頼みに活動していた。その有様はまるで気狂いじみて、まさしく意思の怪物と呼んで相違あるまい。


493 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:18:19 16XWYYJQ0

「……すみません、ちょっと停めてください」
「は、はい……」

 余裕の無さをおくびにも出さずシートに腰掛けていた浅野は、ふと何かを見咎めて停車を要求した。
 言外の気迫に声が震えている運転手に構わず車を降り、通りに面した遊歩道へと足を向ける。
 そこには見るからに只事ではない様子の警察官と、彼に庇われるようにへたり込む中年男性の姿があった。
 
「君、どうかしたのかな」
「はっ! 報告にありました屍食鬼と思しき人物が民間人を襲っていたため、これを鎮圧いたしました!」

 ふむ、と浅野。狂信者めいた眼差しで受け答える警官の手元には硝煙も新たな拳銃が握られ、彼の後ろには屍食鬼と思しき人影が倒れていた。
 肌は腐乱し黒く崩れ、窪んだ眼窩からは目玉の代わりに蛆が大量に顔を出している。浅野も部下や市民の通報により聞き及んではいたが実際に見るのは初めてだった。
 なるほど、と得心する。屍食鬼とは言い得て妙だ。死体が歩き回っているとしか思えないし、普通の人間ならこれを前にすれば腰を抜かしてしまうだろう。襲われて実際に腰を抜かした男性は警官にしきりに礼を言い、対して警官は焦点の合わない目で「問題ありません! 果たすべき職務ですから!」と興奮気味に答えている。”教育”の成果が見られる態度で何よりだ。


494 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:24:47 16XWYYJQ0

(これが、件のランサーとそのマスターが生み出した厄災か)

 警官の大声をバックに考え、しかしすぐに思考を打ち切った。考える意味が無かったからだ。
 ランサーが何を考えていようと、そのマスターが何者であろうとも、そんなもの一切関係ないのだ。先ほどまではランサーに対しその願いの是非を聞きたいとさえ考えていた。けれど今の浅野は、それさえも余分の極みであると断言できた。
 願いの種別? 叶えるべきこと? ───笑止。それを吟味できるのは”勝者”だけだ。勝者だけが、勝った後に掴み取った成果が何であるかを確かめることができる。ならば無様に生き足掻く今の自分にそんな余裕も権利もあるはずがない。あっていいはずがない。

 勝利とは、進み続けること。
 勝った者だけが先へ進む権利を獲得し、負けた者は全てを奪われる。己が息子や教え子たちに語った人生哲学は今も変わらず、故に浅野は止まることなどない。

 屍食鬼を排除ないし利用するための方策を考えはしても、そこに感傷を挟むことはない。
 躊躇も同情もない。浅野の中で、ランサーはずっと変わらず敵のままなのだから。

(無駄な時間を過ごしたな)
「では引き続き職務に当たってくれ」
「はっ! 誠心誠意尽くす所存であります!」

 軽く会釈して立ち去る。背中越しに警官の声を聞きながら歩みを進めて。


495 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:25:37 16XWYYJQ0


「……む?」


 ふらり、と。
 唐突に視界が揺らいだ。一瞬気が遠くなって塀に手をつく。

 疲労が限界に来たか? しかしここで倒れるわけには……
 いや……いや、待て。何かがおかしい。分からないが、些細な違和感のようなものが。
 視界が白む。意識が沈む。駄目だ、ここで気を失ってはいけない。私にはそんな余裕も遊びの余地もないのだから。
 早く行かなければ。こうしている間にも聖杯戦争は加速している。一歩をしくじるだけで私に未来はない。
 そのはず、なのに。
 ああ、ああだが、これは……

 ───この、懐かしい感触は……


 その思考を最後に、浅野は意識を闇に落として倒れ伏した。
 どさり、と重い音が響く。夜闇の遊歩道に浅野は倒れて。





『人の想いは、儚く』
『幸福へと伸ばす手を、阻むことはできない』




 ………。

 ……。

 …。





   ▼  ▼  ▼


496 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:26:58 16XWYYJQ0





 夢を見ていた。
 強者も弱者も自分のもとを去り、自分自身にさえ裏切られる夢を。

「先生、おーい先生!」

 ……声が聞こえる。
 呼び声に瞼を開けると、私の顔を覗き込む三人の悪戯っぽい表情が見えた。

「やーっと起きたぜ。ったく、先生にしては無防備すぎるんじゃねーの?」
「きっと疲れてたんだよ。先生っていつ休んでるのかも分からないくらい働き詰めだし」
「でも先生が私達の前で隙を見せたのって、もしかして初めてじゃない?」

 あはは、と楽しげに笑う。三人はとても幸せそうに見えた。
 元気の良い溌剌としたスポーツ少年の、池田くん。
 眼鏡をかけた真面目そうな、そして実際にひたむきな性格をした永井くん。
 明朗で明るく笑っている、要領のいい森さん。

 ……ああ、やっと頭のモヤが晴れてきた。どうやら彼らの言う通り、私はいつの間にやら眠っていたらしい。

「すまないね、みんな。まだ授業中だというのに眠ってしまって」
「ほんとーだぜ。あんまり気持ち良さそうに寝ちゃってるから、流石に俺も手出さなかったんだぜ? へへ、偉いだろ?」

 勝ち誇ったような笑い声に、苦笑しながら体を起こす。池田くんとは自分に一撃入れたらその日の授業は遊びにするという約束を交わしている。無論一度も食らってあげたことはなかったのだが。

「そうだね、偉い偉い。少しは素直になってきたんじゃないか?」
「げー、嫌味ー」

 私の言葉に嘘や含みはない。池田くんにとっては千載一遇のチャンスを、しかしこの子は自分なりのモラルを優先して手を出さなかった。それは私の隙をつくなんてことよりずっとずっと素晴らしいことだ。
 私と池田くんは互いに笑い合う。私達の間を、開け放たれた窓から入り込む、春の穏やかな薫風が抜けていった。


497 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:28:53 16XWYYJQ0



 山の上に建つ校舎は私の建てた私塾だ。彼ら三人が、記念すべき第一期生。
 雑音のない山奥で各人の長所を存分に育てる、私の理想とする教育だった。

「しっかし先生って頭いいけど教育馬鹿だよなー。山の上の廃校借りてまで塾開くなんてさ」

 ふと池田くんがそんなことを言った。残る二人も「うんうん」と頷いている。

「海外の一流大学出て、凄い資格だっていっぱい持ってるんでしょ?」
「才能とお金の無駄遣いな気がします。ここに来るの、無駄に疲れるし」

 努めて明るく、何でもないふうに答える。

「世の中に無駄なことなんてないんだよ、永井くん。この山道は君の体力不足を鍛えるにはうってつけだしね」

 痛いところを突かれた、と永井くん。森さんが続けて質問をする。

「じゃあお金は? この塾赤字でしょ?」
「心配ないよ森さん。赤字分は株投資で補填してある。才能あるから適当にしてても稼げるんだ」
「「「完璧超人め」」」

 呆れと驚きと親しみの混じったツッコミだ。なんとも微笑ましい。

「そこまでして俺たちを育てたいっつーんだもんな。期待が重くて潰されそうだぜ」
「まーた心にもないことを……」
「はは、そんな気負うことはないさ。
 ”良い生徒”に育ってくれたらいい。私が望むのはそれだけだよ」

 ふーん、と得心したように頷いて。

「でも”良い”の基準は人それぞれだ。
 池田くんは元気が良い。
 森さんは要領が良い。
 永井くんは真面目が良い。
 君たちは自分らしく伸び伸び育ってくれたらいい、たまに間違ったりした時にちょっと正してあげるのが私の役目なんだ」

 はーい、と三人の返事。
 自然と笑みがこぼれてくるようだった。


498 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:29:42 16XWYYJQ0



「それじゃあ気をつけて帰るように」
「はーい」
「先生、また明日ー!」

 ばいばいと手を振って、下校する生徒を見送る。夕日に照らされた木造校舎の昇降口、それは毎日の密やかな楽しみでもあった。
 彼らは素直な良い子たちだ。その事実だけで、不思議と報われるものがあった。
 後ろ姿が見えなくなるまで見守ると、さて自分の帰宅準備も整えねばと振り返り。

「よっ、先生」
「池田くん?」

 窓から差し込む夕日をバックに、池田くんが手を振っていた。

「姿が見えないからどうしたのかと思ってはいたけど、忘れ物かな?」
「いや、そういうんじゃなくてさ、なんていうか」

 歯切れの悪そうに視線を逸らし、もじもじと恥ずかしそうに。

「先生と二人でさ、ちょっと話したいなって思って」
「……そうか、遂にこの日が来てしまったのか。大丈夫だ池田くん、私は完璧だから当然女性の機微にも聡い。仮に失敗したとしても骨は拾ってあげよう」
「ばっか、ちげーよ!」

 気を取り直すように一つ、小さく息を吐いて。

「───先生は今、幸せか?」

 そんなことを、聞いてきた。

「……うん、難しい質問だね」
「先生でも難しいことってあるんだ」
「まあね。けど幸せ、幸せか……」

 少しだけ考え込み。

「少なくとも不満はないかな。生徒たちはみんな良い子だし、家庭にも私生活にも不備はない。
 そうそう実は昨日また株で勝ってね、今度は700万稼いだ」
「それ言っちゃうかなー……」
「だから、うん。そうだね」

 ほんの少し微笑んで。


499 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:30:24 16XWYYJQ0

「───私は、幸せだ。うん、断言したっていい」
「……そっか。良かった」

 安心したような声。ふと疑問に思う。

「なんでこんなことを?」
「いやまあ、なんていうか、俺って先生の期待に応えられてるかなーって」
「何を今更。十分だとも」

 十分以上だ。彼は本当に良い生徒に育ってくれた。
 気が早いと言われるかもしれないが、彼らのような教え子を持てたのは私の誇りでもあった。

「ここで学んで、良い生徒になって。卒業しても大人になっても、その時は良い奴になって会いに来たい。そう思ったんだ」
「いいとも。君ならいつだって歓迎だ」
「だから、さ」



「───先生、ずっとここにいてくれるよな?」



「……」
「ずっとここで先生やって、一年が経って何年も経って、みんな笑顔で再会するんだ。だれもいなくならない、強さなんて必要ない。”良さ”さえあれば理不尽なんて降りかからない」

 彼の言葉は今や不可思議な熱さえ帯びて、しかし浅野にはそれを指摘する余裕はない。何故なら……


500 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:31:09 16XWYYJQ0

「だからずっと、”このまま”でいいんだよな?
 だって”幸せ”なんだから。幸せなら、もうそれだけでいいんだ。
 なあ、先生───?」
「……」

 浅野はいつの間にか目を伏せ、ただ彼の言葉を聞いていた。
 じっと、黙って、耐えるかのように。

「もう何も失うことはない」

 これは私が望んだ世界。

「弱くたって構わない」

 私の願う世界。

「悔いることもない」

 私の求める幸せ。

「”ここ”は永遠だ」

 そのことが、良く分かったから。

「ずっと、ここにいようぜ。先生───」
「ああ……」

 猛然と顔を上げて。


501 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:32:04 16XWYYJQ0







「───ふざけるなぁッ!!」







 ───景色が。
 夕焼けの校舎の風景が、一瞬にして消し飛んだ。
 青々とした木々の緑も、陽に照らされる山道も、笑いかける少年の姿もどこにもない。
 あるのはただ、無残に転がる屍食鬼の残骸と倒れ伏す警官や民間人。夜闇に烟る都市の摩天楼。

 ───そして目の前に立つ、白に染まった少女の姿。

『どうして?』

 少女は問う。何の邪気もなく、心底から不思議そうに。

『幸せになりたいのでしょう? 幸せになっていいのよ、貴方はもう苦しむ必要なんてないの』
「抜かせぇッ!」

 だからこそ───こいつは悍ましく、汚らわしく、許し難かった。

 浅野は激情に打ち震えていた。怒りと屈辱で顔面の血管は太く隆起し、噛み締められた歯は今にも砕けんばかりに音を鳴らしている。
 浅野を知る者がこの光景を見たならば、目を疑うに違いない。彼はおよそ人間的な感情とは無縁な男であった。狂死寸前まで達した悔しさを抱こうが決して表情一つ変えなかった男が、しかし今は只人のように激している。

 怒りの感情などと、そんなもの。彼が弱さを悔いたあの日に置いてきたはずなのに。
 鉄の心を持った強者は、今だけは理想に燃えたかつての弱者に戻っていた。


502 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:32:59 16XWYYJQ0

「これが幸せだと、これが私の望みだとお前は言うのか。ふざけるなッ!
 私は二度と、私の弱さを許しはしない!」

 だから───あれが幸福の景色だなどと、どこまで愚弄すれば気がすむのだという。
 あれは浅野の罪の証だ。過ち、喪失、悔恨。かつてあった浅野の”弱さ”そのものに他ならない。
 それを手前勝手に掘り返し、これがお前の幸せなのだと押し付けられた……許せるはずがないだろう。

「私は負けない! 私は強者だ! 二度と誰も取り零しなどしないッ!
 知った風な口を聞くなよサーヴァント! お前のような都合のいい幻など、私は求めてなどいない!」

 周囲の空気が震えていると思えるほどの怒気。それほどの拒絶を浴びせられても、『幸福』の無垢な表情は変わることはなく。

『どうして?』

 ただただ不思議そうに、純粋なまでに浅野の幸せだけを願いながら、彼女はその姿を霧散させた。
 後に残ったのは倒れる人々と、その只中に一人だけ立つ、肩で息をする浅野だけだった。


503 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:33:55 16XWYYJQ0

「……」

 言葉なく、浅野はふらふらと帰路へ着く。
 倒れる者らには目もくれず、細い路地を抜けて表通りに戻って。

 そこには地獄が広がっていた。

 静謐な夜の街並みが、根こそぎ崩れ去っていた。車は皆路肩に突っ込み大破している。一切スピードを緩めず衝突したのか紙玩具さながらに大きくひしゃげ、煙を噴いた車の残骸が点在していた。引きずったような血の跡は、歩行者を文字通り引きずった跡か。
 そうした凄惨な事故が見渡す限りに広がっていた。先ほどまでは多くの車が行き交う路上でしかなかったこの場所は、今では戦災地もかくやという破壊に満ちていた。

「……これは、あのサーヴァントの仕業か」

 そう当たりをつける。あの少女の姿をしたサーヴァントが現れた瞬間、浅野を含めあの場所にいた全ての人間が眠りに落ちた。詳しい絡繰りは不明だが、つまりはそういうことだろう。
 見渡す限りにいた全ての人間が、あのサーヴァントによって覚めない夢に落とされたのだ。都市にいる人間が瞬間的に意識を失えば、こうした光景が生まれることにも納得がいく。

 浅野は言葉なく、未だ無事であった送迎車に近寄る。案の定意識を失っていた運転手を席から道路に引きずり出すと、代わりに自分が運転席へと座った。


504 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:34:46 16XWYYJQ0

 ───約束だからな。

 ───最後までやり通せよ、先生!

「……そうだ。私は最後まで勝ち続ける。止まりなどしない」

 蘇るのは笑顔の記憶か。理想に燃えていたあの日、あの時。刻み付けられた敗北の痛みは決して消えることはない。

 分かっている。弱者をふみつけてでも理不尽に負けぬようにというこのあり方が、最早彼の望んだ姿とはかけ離れているのだということなど。
 けれど、それでも。
 それでも、自分はもう引き返すことなどできはしないから。

「永劫、贖い続けるのだ……私が死に果てる、その時まで」

 感情の見えないはずの浅野の声は、ただ悲壮感のみを湛えた決意の再認であった。


【D-2/交差点/1日目・夜】

【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]無し
[状態]魔力消費(極大)、疲労(極大)、執念、サーヴァント喪失
[装備]防災服
[道具] 送迎車
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。
0:私は勝利する。
1:ライダーのマスター権を手に入れる。
2:辰宮百合香への接触は一時保留。
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:ランサー(結城友奈)への疑問。
5:『幸福』への激しい憤り。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)と接触。表向き彼らと同盟を結びましたが状況次第では即座に切るつもりです。
ランサー(結城友奈)及び佐倉慈の詳細な情報を取得。ただし真名は含まない。
サーヴァントを喪失しました。このままでは一定時間の後、消滅します。


D-2にて『幸福』が一時顕現、周囲数百メートルに存在するほぼ全ての人間が昏睡状態に陥りました。





   ▼  ▼  ▼


505 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:35:25 16XWYYJQ0





 鶴岡八幡宮は異様な静けさに包まれていた。
 夜の静寂は街全体を覆っているが、しかしこの場所においては意味合いが違っている。
 そこはあまりにも静か過ぎた。まるで世界からも現実からも、その場所がぽっかりと抜け落ちているようだった。
 暗がりとなった境内には人の気配はなく、明かりの一つすらない。それは常に人の監視があるべき施設において明らかな異常事態であったが、その事実を咎める者の気配すら、この地には存在しなかった。

 ───それは、静寂の奥底にいた。

 散りかけの桜並木、はらはらと無数の花びらが舞い散る月明かりの下。照らされる桜で天地が真っ白に覆われた情景の中にそれはいた。
 姿は見えない。だがそいつは確かにそこにいるのだ。幻想的な景色の中にあって、何もいないはずの空間から脈動じみた大気の揺れが辺りに木霊している。

 その者には、確たる名が存在しない。
 精霊とも、夢魔とも、あるいは悪魔とも称されることもあった。ある時には救いをもたらす神とも、ある時には世界を滅ぼす化け物とも呼ばれた。そのどれもが正解であり同時に不正解であり、彼とも彼女ともつかぬそれは、自らを呼んだ全てを区別なく救済してきた。

 その者には名前がない。
 しかし、共通して呼ばれるある呼称が存在した。
 其は人間によって望まれた、外宇宙より飛来せし夢幻の大災害。

 ───名を、『幸福』。
 七つの■■■から零れ落ちた欠片の一つ、『■■』の理を持つ獣である。


506 : 盲目の生贄は都市の中 ◆GO82qGZUNE :2017/05/29(月) 23:36:00 16XWYYJQ0

【B-3/鶴岡八幡宮/1日目・夜】

【キャスター(『幸福』)@地獄堂霊界通信】
[状態] ???
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:幸福を、全ての人が救われる幸せな夢を。
1:みんな、みんな、幸せでありますように。
[備考]
『幸福』は生命体の多い場所を好む習性があります。基本的に森や山の中をぶらぶらしてますが、そのうち気が変わって街に降りるかもしれません。この後どうするかは後続の書き手に任せます。
軽度の接触だと表層的な願望が色濃く反映され、深く接触するほど深層意識が色濃く反映される傾向にありますが、そこらへんのさじ加減は適当でいいと思います。
スキル:夢の存在により割と神出鬼没です。時には突拍子もない場所に出現するかもしれません。


507 : 名無しさん :2017/05/29(月) 23:36:24 16XWYYJQ0
投下を終了します


508 : ◆GO82qGZUNE :2017/07/06(木) 23:56:46 exxV/wWQ0
ヤヤ、アストルフォ、アティ、ストラウス、プロトセイバー、友奈、百合香、キーア、イリヤ、ギルを予約


509 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/06(木) 23:58:12 exxV/wWQ0
投下します


510 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/06(木) 23:58:37 exxV/wWQ0




 死者は蘇らない。
 亡くしたものは戻らない。
 如何な奇跡と言えど、
 変革できるものは今を生きるものに限られる。

 末世に今一度の救済を。
 桃源郷の再現。
 理想郷の顕現。
 三世の彼方より、四凶渾沌、発狂する時空が現れる。
 罪深きもの。
 汝の名は救済者。
 そのあらましは孤独。
 その言祝ぎは冒涜となって吹き荒ぶ。

 遍く夢想を礎に。
 ここに逆説を以て、失われた母の愛を証明せん。





   ▼  ▼  ▼


511 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:00:33 PbonCYko0




Dead Blueさんが入室しました。

Dead Blue:あー、テステス
Dead Blue:うん、問題ないみたいだね
Dead Blue:というわけでようこそ! 死線の寝室へ!
Dead Blue:旧式の古臭いチャットしか用意できなかったけど、そこはまあご愛嬌ってことで
Dead Blue:一応説明しておくとだね
Dead Blue:ここは目障りで耳障りでカンに触る虚構をぶっ壊してやろうって趣旨の場所なわけ
Dead Blue:勿論運営側から干渉してるだろう監視ソフトの類は全部処分したし、セキュリティも一新した
Dead Blue:『チーム』の誰かでも限り、新しく監視の目を入れることは不可能だと自負してるよ?
Dead Blue:で、だ
Dead Blue:私として顕象された僕様ちゃんは全部まるっとお見通しなんだよね
Dead Blue:私に感づいて逐一様子見してる奴とか
Dead Blue:今もこそこそ嗅ぎまわってる奴とか
Dead Blue:いるでしょ?
Dead Blue:別に怒ってないよ。むしろ逆
Dead Blue:破壊しかできない私はともかく、僕様ちゃんは期待してるんだよ
Dead Blue:なんかもうやってらんないから私は舞台から降りるけど、それは諦めたわけじゃ決してない
Dead Blue:あいつらだけは滅ぼしてやる。道連れだ
Dead Blue:そのためだったら何だってやるよ
Dead Blue:例えばこんなまどろっこしいことだったり、驚きの真実を暴露したり
Dead Blue:私以外の人間に後を任せたりね
Dead Blue:そういうことだけど、どうかな?
Dead Blue:この聖杯戦争がまともだなんて痴れたこと考えてる木偶の坊ばっか、なんて
Dead Blue:思いたくないんだけど、いないの?
Dead Blue:私以外の反抗者はさ

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────。





赤薔薇さんが入室しました。
欠片さんが入室しました。





   ▼  ▼  ▼


512 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:01:41 PbonCYko0




 ───人形の夢を見た。

 どことも知れない闇の中を、無数の人形と共に漂う夢だ。
 人形はどれも自分そっくりで、14歳の少女の体を模している。腕も、足も、腹も、胸も、首も、頭も、長い黒髪も、全部が人間そっくりで、動き出さないのが不思議なきらい精巧に作り込まれている。
 ただ、顔だけがない。
 本来顔があるべき場所は影になっていて、目も鼻も口も、何も見えない。
 人形の一つが、目の前に流れてくる。
 胸の前で祈るように両手を組み、一糸纏わぬ姿をヤヤの前に晒す。
 いつの間にか、ヤヤの手にはナイフがある。
 厚い刃のナイフを逆手に構える。
 そのまま、人形の胸目掛けて真っ直ぐに落とす。
 分厚いナイフは、なんの抵抗もなく人形の胸に吸い込まれる。
 人形の胸から、鮮血が溢れる。
 流れた血が世界を満たし、闇が真紅に染まる。

 ───これでいい。

 知らず思考が為される。無意識の、自分でも思ってもみなかった考え。
 生き残るための必要悪。自然淘汰。
 笑い声が聞こえる。
 いつの間にか、人形には顔がある。
 自分にそっくりの顔で、自分にそっくりの体で、突き立てられたナイフを震わせ、胸に真っ赤な花を咲かせて、けたけた嗤う。
 驚いてナイフを離し、一歩後ずさる。
 背中に、冷たい何かが当たる。
 振り返る。
 なるの顔が、そこにはあった。
 ハナも、たみも、そして自分も。世界に漂う全ての人形が、同じ嗤いを顔に貼り付けている。
 口々に笑いながら、ヤヤをじっと見つめてくる。
 不意に感じる熱。
 いつの間にか辺りは真っ赤な炎に包まれて、なるも、ハナも、たみも笑いながら燃えていた。
 鳴り止まない嘲笑。
 視界の全てが真っ赤に染まる。
 痛みは感じない。
 苦しいとも思わない。
 ただ、自分がバラバラになっていく。
 灰となった体が血色の炎に溶けて、消える。
 自らのために他者を手にかけようとした代償そのままに。
 ───そこで、目が覚めた。


513 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:03:06 PbonCYko0

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────。










「なんでアンタが知らぬ間に仲良くなってるかな〜……!」

 日没後。ホテル一階のレストランにて。
 ヤヤを含めた三人は向かい合うように座っていた。向かい合うとは言っても三人だから、隣り合って座る二人に仲間外れの一人という構図だ。
 隣り合って座るのは、ライダーとアティ。ヤヤは仲間外れの一人だった。
 ……なんか納得がいかない。

「まあまあ落ち着きなって。ほら良く言うじゃん、和をもって貴しと成すってさ! これから一緒にやってくんだからいがみ合うよりずっといいじゃない?」
「もっともらしく言って、どうせ何も考えてないでしょアンタ」
「分かる? いやあ理解のあるマスターに恵まれて幸せだなぁボクは!」
「はぁ〜〜〜〜……」

 能天気に笑うライダーに深く深くため息をついた。視界の端には、困惑気味なアティの姿。と、そこで気づく。自分、初対面の人相手にかなり態度悪い。
 ライダーに呆れたのは事実だがこのひとまで邪険にするつもりはないのだ。慌ててフォローする。


514 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:03:54 PbonCYko0

「あ、えっと、こいついつもこんなんで……なんていうかすみません」
「いえ……」

 ……。
 うん、気まずい。
 こんなことになったのもお前のせいだー、という逆恨み9割の視線をライダーに送って笑顔で流されつつ、ヤヤは改めてアティと向かい合った。
 自分より年上の、多分大学生くらいだろうか。肌も髪も目も色素が薄い、白人系の顔立ち。日本人ではないと思うけど、それにしては流暢な日本語だと思う。親日なのかハーフなのか、こちらに縁があったからこんなものに巻き込まれたのだとすると、なんとも不運なことではある。
 まあ、そんな益体も無いことはさておいて。

「えと、さっきは色々ごたついて話せなかったけど、笹目ヤヤです。とりあえず、よろしく……?」
「ええ、アーチャーから聞いてるわ。この聖杯戦争脱出方法を探しているんだって。
 あたしはアティ、アティ・クストス。あなたのライダーと一緒のところにいなきゃいけなくて、だからよろしくね」
「ボクが君の護衛をして、アーチャーが外回りの担当ってわけだ。逃げ足だけは早いから大船に乗ったつもりでどーんとしててよね」

 何が自慢なのか堂々と胸を張るライダーに、遠慮がちに微笑むアティさん。親しげなのは本当みたいだけど、なんだか所作がぎこちない。
 それを見て、ふと私は気づく。
 ああこの人、無理をしているな、と。
 なまじ色んな子の世話を見てきたから、何となく分かってしまう。ライダーの言葉に微かに浮かべる笑みも、別に作り笑いというわけではないだろうけど。でもまるっきり楽しいだけ、というわけでもない。そんな笑顔。
 なるがよくしてた表情だ。


515 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:04:51 PbonCYko0

「……アティさん」
「うん?」
「アティさんはどうして、この街に?」

 だから、ほんの少しだけど。
 聞かなきゃ、と思った。
 染み付いたお節介なのか湧き上がった使命感にも似た感情なのか、それは分からないけれど。
 この人を放ってはおけないな、と思ったのだ。

「……あたしね、記憶がないの」

 一瞬黙って、目を伏せて。
 絞り出されるように語られたのは、そんな言葉だった。

「記憶?」
「ええ。あたしの住んでたところ、インガノックというのだけれど……」

 訥々と彼女は語った。
 アティ・クストス、理想都市インガノックの一市民。機関工場で計算手として働くごく普通の人間、だったはずだという。

「あたしは確かに、昨日までを普通に過ごしていたはずだった。なのに、気がついたらあたしは、何もかもが変わり果てた都市に取り残されていた」

 彼女が言うには、予兆も前兆も何もなかったのだという。
 普通に日常を送っていたその一瞬後には、突如として世界が一変していた。綺麗だったはずの街並みは錆と瓦礫に塗れて、自分の知らぬ間に世界では十年もの歳月が経過していた。
 自分の中では昨日のはずなのに、世界はそれを十年前だと言う。
 身寄りもなく、知り合いもいなくなり、働いていたはずの工場も両親の待つ家さえもが跡形もなく消え去って。
 月並みな表現ではあるが、アティは混乱の只中に叩き落とされた、らしい。


516 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:05:37 PbonCYko0

「それは……」

 余りにも惨すぎる。
 口をついて出そうになった言葉を、ヤヤは寸でのところで飲み込んだ。
 自分では彼女の境遇を慮ることなどできないからだ。人にも時間にも世界にも置いていかれた経験など、ヤヤにはないし想像すらできやしない。
 ヤヤの身に起きた不幸など、精々はバンドでの失敗か、友人とのすれ違いくらい。自分にとっては十分大事ではあったけど、それが世に同情されるような大層な不幸であるとは、流石にヤヤも思ってはいない。

 そこまで考えて、気づいた。
 あれ、私、なんで聖杯なんか欲しがってたんだろ、と。

 聖杯、万能の願望器。そんなものに縋らなければならない者の抱える事情がどのようなものかなど、思えば自分は何も考えたことがなかった。
 大金だとか幸せだとか、そんなことをぼんやり考えたことはあったけど。そんな安っぽい甘えた思考で命を賭ける者などいるわけがないのに。何もかもを失って最後に奇跡なんかに縋って、そんな人たちばかりだと簡単に分かるはずなのに。

 だから尚更、どうして自分なんかがマスターに選ばれたんだろうと思えてしまって。

「良くない顔だ。マスター、何か駄目なこと考えてたでしょ」

 いつの間にか、すぐ目の前にライダーのむすっとした顔。
 ひゃあ、と思わず飛びのいてしまって。半ば反射的に文句が口を突いて出そうになったけど。
 じっと見つめてくる見透かしたような視線に、ヤヤは何も言えなくなった。


517 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:06:37 PbonCYko0

「駄目なことって、何……?」
「そんなの、分かりきってるじゃないか」

 ライダーは大仰に手を広げて。

「確かにアティの事情はつらい。ボクだって聞いてて悲しくなったし、その先行きを案じる気持ちもある。
 けどね、それはあくまでアティの事情であって君のものじゃない。義憤や痛みならともかく、君が負い目を感じる必要なんてないし、感じちゃいけないんだ」

 図星を突かれてしまった、のだと思う。
 思わず呆けたような顔になって、気恥ずかしさと後ろめたさに顔を伏せてしまう。
 このアーパーとしたサーヴァントは、変なところで鋭かったりする。普段はふざけてるようにしか見えないのに、肝心な時には真面目な顔でずばりと言い当ててくるのだ。
 そんなライダーのことが、少し鬱陶しくもあり、どこか頼りにも思っていた。

「ヤヤ、もしかして、あたしのせいで何か……」
「……ううん、何でもないの」

 おずおずと控えめに尋ねてくるアティに、小さく首を振って返す。
 心配していたはずが、逆に心配されてしまった。
 そう考えるとなんだかおかしくて、不思議とこんなんじゃいられないなという気分になってきた。

「自分でも分からないうちにナーバスになってたみたい。ごめんねアティさん、なんだか変な空気にしちゃって」
「ううん、そんなこと……」

 いつの間にか弛緩していた場の空気に、自分もアティも自然と表情が和らぐ。場を満たすのはそんな柔らかな雰囲気と、ライダーの笑い声だ。

「うんうん、二人とも良い笑顔だ。どんな時でもとりあえず笑えるなら何とかなるもんだからね、無駄に悲観するよりは楽しくいこう! ってやつさ」
「……強いね、ライダーは。言うのは簡単でも、実際には凄く難しいのに」
「まあライダーの数少ない得意技よね。正直、これから話す話題ってあんまり楽しく話せるものじゃないんだけど……」

 憎まれ口を叩きながらも、本心がどうであるかはヤヤの顔を見れば一目瞭然である。
 ま、こういうのもいいか、と内心考えながら、ヤヤは二人に向き直ろうとして───


518 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:07:26 PbonCYko0


「確かにライダーの言う通りだ。差し迫った危険がなく打開の道も閉ざされてない以上、無用の悲観は何も生むまい」


 突然の声に体が跳ね、ガタリとテーブルの動く音。
 予期せぬ声に体と心臓をビクつかせ反射的に振り返れば、そこには数瞬前までいなかったはずの男の姿があって。

「無論、楽観視が過ぎるというのも問題ではあるが。君には要らぬ心配かな、ライダー」
「買い被り買い被り。気をつけちゃいるけど、この通り理性がどっか行っちゃってるからさ、たまには釘刺してくれると嬉しいかな」

 あはは、と脳天気に笑うライダーだけが驚いてない様子だった。ヤヤもアティも強張った表情をして、言葉なく男を見やっていた。
 男……アーチャーは、ヤヤとライダーの同盟者にしてアティのサーヴァントだ。王侯貴族のような黒い外套を身に纏い、それに恥じない気品漂う物腰の男だ。彼は近場の椅子に腰掛け、ライダーやアティに柔らかな笑みを向けている。
 同年代同士の和気藹々とした雰囲気だったのが、彼が現れた瞬間には一変していた。堅苦しいとか怖いというわけではないが、場の空気が自然と引き締まったものになったのだ。まるでこの場を支配されたようだ、と朧げながらにヤヤは思った。

「や、おかえりアーチャー。見張りにしては随分と時間がかかったみたいだけど。もしかして何か収穫でもあったかい?」
「新規の発見が、という意味では、残念ながら。
 これまで不確実だった事象にようやく確信が持てたという意味では、僥倖なことに」
「あったってわけだ。なら丁度いい、実はボクらも今から今後のホーシンについて話し合おうって思ってたんだ。ついでだから君の考え?確信?まあとにかくそれも一緒に出しちゃおうよ」
「言われずともそのつもりだ。だがその前に」

 ようやく事態を呑み込めてきたヤヤとアティを尻目に、嬉々とアーチャーに話しかけるライダー。それを穏やかに制しながら、アーチャーは中空に何か印のようなものを結んだ。それは指で軽く宙をなぞったというだけの簡単な所作であったが、その動きを契機として周囲の空気が一変したことを、三人は肌で感じ取った。

「一帯の空間と認識に干渉した。ヒュブリスの心理迷彩とはいかないが、これで他の人間には我々の会話は意味あるものとして知覚されることはない。ちょっとした盗聴対策というわけだな」
「あ、はい、なるほど」

 なんだかよく分からないがとにかく凄いことは分かったのでとりあえず頷いておいた。


519 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:08:53 PbonCYko0

「では、まず大前提として我々の最終目的を確認しておこう。大丈夫かな、マスター」
「……うん。もうこれ以上、迷ってるなんてできないって、分かるから。もう大丈夫だよ、アーチャー」

 問われたアティは決然として、確かな意思と共にアーチャーへと向き直った。アーチャーもそれが分かっていたのだろう、静かに頷くと先を促した。

「あたしは、記憶を取り戻したい。失われた十年で何があったのか、あたしは何を失ったのか。ただ、それだけが知りたいの。
 だから、あたしは聖杯を望まない」
「……それでいいんですか? 聖杯があれば、そんな不幸自体を無くすことだって……」

 思わず問うてしまう。しまった、と後悔する内心とは裏腹に表情は真剣そのものだった。何故ならその疑問は、ヤヤが心底から知りたい類のものであったから。
 アティは静かに首を振って。

「確かにそう思う気持ちもあったわ。けど、そもそも過去を変えることなんてできないし……できたとしても、する気はないの。
 だって、それじゃ”同じ”だから」
「同じ?」
「そう、同じ。今あたしの胸を苛んでる喪失感や虚無感、それは聖杯を得たとしても晴れることはないと思う。むしろもっと重くなってのし掛かってくるはず。
 だって、聖杯を目指して誰かを切り捨てたって事実は決して消えないから。自分勝手な人殺しだっていう烙印は、一生ついて回るから」

 失ったものがあった。無くしてしまったものがあった。
 仮にそれが聖杯という奇跡で補填できたとして、しかしそのためにはまた”同じだけ”失う必要がある。
 だからアティは願わない。そもそも聖杯では過去の改竄などできず、解釈のすり替え程度しか叶わないから、願えないというのが正しいが。
 それでも、アティは今、確かに自分なりの答えを選んだのだ。

「だから、あたしの目的は生きて帰ること。できるだけ聖杯に縋らないように道を模索しながら、最後まで諦めずに」

 語るアティの横顔を、アーチャーは黙って見つめていた。一字一句を刻み込むかのように、眩しいものを見るかのように、ただ真摯な表情で。


520 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:09:46 PbonCYko0

「よし、じゃあ次はボクらの番だね。というわけでマスター、ここはひとつバシッと決めちゃいなよ!」
「え、わ、私?」
「あったりまえじゃん。未来を決めるのは、この先を生きるマスターの務めだからね。ボクらの領分じゃないよ」
「う、うぅー……」

 珍しく真面目なライダーのよく分からない圧力に押され、ヤヤは視線を下げて少しだけ考え込み。
 意を決したように、言った。

「……わ、私も同じよっ、死にたくないし人だって殺したくない! 罪悪感に塗れて生きるのだって真っ平!
 訳もわからず連れてこられて、願いを叶えてやるからいきなり殺し合えとか言われて、もうたくさんよそんなの!」
「じゃあ、貴女も?」
「ええ、アティさんと同じ! 聖杯なんていらないからさっさと帰りたい、ただそれだけ!」

 言いたいことは全部ブチまけたのか、荒い息のヤヤは何かをやり遂げたような面持ちだった。自暴自棄のような口調ではあったが、これがヤヤなりに考え経験した末に出した答えであった。

「つまりだ。ボクらの目的は一緒ってことだよね? しかも聖杯要らないってんだから、途中までどころか最後まで協力できるってことじゃん! ヒャッホーイ!」
「ああ。とはいえ問題は山積みだ。まず聖杯に拠らない帰還方法を探るところから始める必要があるし、当然他の陣営からの襲撃もあるだろう」
「うわー、一気に現実に引き戻された感じ。でもそこらへんをどうにかしようってのがこの作戦会議なんだろ? そこんとこなんか案でもあるのアーチャー」
「投げたわね」
「うん、投げた」
「そんなこと言ったってボクに頭脳労働とかできるわけないんだから仕方ないじゃんかー! あ、でも万が一逃げる時は安心してよね、ボクには必殺のピポグリフがいるからさ!」
「あれ、一回やられてなかったっけ」
「うん、実はまだダメージあってめっちゃ拗ねられてる」
「ともかくだ」

 脱線しかかった話を強引に引き戻す。


521 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:10:33 PbonCYko0

「道行きは困難極まる、しかしやることは変わらない。各々の得手不得手を鑑みての役割分担だ。私は外部調査と索敵を、ライダーはマスターたちの護衛と有事に際しての避難をそれぞれ担当する」
「まあそのことについて異論はないんだけどさ……一つ聞いていいアーチャー?」
「何かな」
「現状この世界とか、聖杯戦争の諸々とか、はっきり言って分からないことだらけじゃん?
 だからそもそもの話、アテとかあるの? さっきようやく確信が持てたとか言ってたけどさ」
「無論」

 その返答は短いものだったが、疑念や恐れの入る余地がないものであった。

「アテがある、とは少しばかりニュアンスが違うか。より厳密に言えば、私は私のやるべきことを定めた、というほうが正しい」

 腕を組み講義するような所作で彼は続ける。

「我々の勝利条件は聖杯戦争からの脱出、あるいは事態そのものの解決だ。それに対し、私には果たさねばならない三つの課題が存在する。それは解消し乗り越えるべき壁ではあるが、同時にこの歪な物語を解き明かす鍵でもある。
 それは───」





   ▼  ▼  ▼


522 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:11:48 PbonCYko0





赤薔薇:まず第一に、彼らは必ず隙を用意する
赤薔薇:第二に、彼らはおよそ真っ当な英霊ではない
赤薔薇:その身は英霊の座はおろか地球圏のあらゆる歴史にすら存在すまい
赤薔薇:人類史から抹消された裏側の存在だ。その身に従える神格でさえ、人ならざる者の手で編み出されたに等しい
赤薔薇:七竅を持たぬがために視聴食息を行わず。行わないがために外界に対して完全に独立している
赤薔薇:そう考えればこの世界にも合点がいく。我々という異邦者の存在にも
赤薔薇:これは言わばカードの裏表だ。カードに描かれた人物は決して裏の模様を見ることはできない。無理に見せればカードは折れ曲がる
赤薔薇:我々は折り曲げられたカードであり、かの裁定者はそもそもカードですらない
赤薔薇:仙境の王は、果たしてどちらであるか
赤薔薇:尤も、そのような有様だからこそ、反撃の余地があるというのだから皮肉な話ではある。この場の存在が良い証拠だ
赤薔薇:作為的に用意された陥穽ではあるが存分に利用させてもらおう
赤薔薇:さて、それを踏まえて私の出した結論だが
赤薔薇:単刀直入に言うと、私はこの世界を滅ぼそうと思う





   ▼  ▼  ▼


523 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:13:10 PbonCYko0





「三つの条件?」
「ああ。キャスターは確かに、私にそう告げた」

 開口一番に告げると、辰宮百合香は思案するかのように目を細めた。
 ランサー、及びバーサーカーの接敵に加え、キャスターの知己を名乗るマスターの来訪。短時間で大きく状況が動く中、セイバーはひとまず辰宮百合香を信用に値すると判断した。先の言は言わばこちらに話し合うつもりがあるということを伝える意思表示だ。
 無論、伝えたのは表層だけ、つまりは触りの部分である。信用はしたが、信用と信頼は似て非なるものだ。人柄や善性に共感すれど黙する何かを秘めるがために、信頼はできても信用はできないランサー。目的が明白かつ行動と言動に矛盾がないため信用は可能であっても、腹の内が分からない以上信頼はできない百合香。その双方を秤にかけ、提示されるであろう情報の確実性では百合香の側に傾いたというだけの話である。

「そしてこうも言っていた。”自分の死後、毒花のような女が訪ねてくる”と」
「狩摩殿の悪舌は、どうやら死に至る程度では変わらなかったようですね。毒花などという形容には思うところがありますが、そのおかげで話がスムーズに進んだと考えれば文句も言えませんか」

 楚々と笑む百合香は少女とは思えぬほどに妖艶で、彼女に内在する精神的な歪さが具象化したようだった。
 セイバーは尚も濃度を増す爛熟した百合の香りに顔を顰め、視線でランサーを指し示した。百合香はさも今気づいたように僅かな驚きの表情を形作ると、次いで内心の読めない笑みで言葉を返す。


524 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:14:02 PbonCYko0

「そうですね。ここから先は我らしか知り得ない、そして知ってはいけない密約。部外者の立ち入りは避けねばなりません」

 言って百合香はランサーへと歩み寄った。未だ忘我の状態にあるランサーに手をかけると、うたた寝からはね起きるようにびくんと体を震わせ、しかし魅了の香は解けないのか恍惚とした表情で言葉なく百合香を見つめ返す。
 人形のように虚ろなランサーの瞳を見下ろし、百合香はにっこりと微笑んで。
 瞬間、辺りに漂う百合の香りが一層濃いものになった。

「ではランサーさん、貴女に勅命を下します。付近を警戒し一帯の安全を確保なさい。
 貴女はわたくしたちの会話は聞かなかった、そしてこの警邏が終わるまで聞くこともない。よろしいですね?」
「───はい! それじゃあ行ってきます、百合香さん!」

 満面の笑みで言うと同時に勢い良く跳躍し、建物の向こうに消えていくランサー。小さく手を振り見送る百合香に、芳香の濃度が元に戻ったことを知覚しながらセイバーが語りかける。

「……随分と強制力の高い香だ。治癒と隠蔽術の腕といい、魔術師としては卓抜しているようだな」
「厳密には魔術ではなく邯鄲法と呼ばれる術法となります。それとこの香……反魂香については先程も申し上げた通り、わたくしの意思では強弱をつけることしかできず完全に遮断することは叶わないのです。セイバー殿が魔力干渉に高い抵抗力を持っていたことが何よりの僥倖でした。そうでなければこうしてまともに話をすることも出来ませんでしたから」


525 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:14:56 PbonCYko0

 先程ランサーへと百合香が触れた瞬間、多量の魔力がランサーへと流れ込み外傷が瞬く間に治癒されたと同時、サーヴァントが常態として放つ高密度の魔力反応が消え失せた。現状のランサーは恐らくは低ランクの気配遮断に匹敵する気配隠滅を伴って行動しているはずだ。魔術……本人に曰く邯鄲法の腕は極めて高いと言わざるを得ない。
 敵意なく笑う百合香に、しかしセイバーは一瞬足りとも油断はしない。セイバーの対魔力はAランク、つまりは現代の魔術師では一切の干渉が出来ない域にある。故に百合香はセイバーに仇なすことはできず、現に万人を付き従わせる反魂香も全く用を足してないのだが、それが警戒を怠らない理由にはならない。

「では続きと行きましょう。狩摩殿が一体何を言い残したのか」

 ………。

 ……。

 …。


526 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:15:50 PbonCYko0
 今にして思えば、梨花は余裕のない子だったのだと思う。

 梨花は良く笑う子だった。頼まれごとも年下の子の世話も、梨花は何一つ嫌な顔をせず引き受けた。どんな話にも笑顔で答えて、どんな子とも仲良くして。
 それは、逆に言えば誰にも心を開いていないということだったのだ。
 誰とでも仲良くしていたのは、馬脚を現さないため取り繕い、一人一人には興味を抱いていなかったから。嫌な顔一つしなかったのは常に気を張って自然体でいることも出来なかったから。梨花はこの街に来てから、ずっと一人で演技を続けていたのだ。

 それがどれほど辛く、孤独な戦いだったのか。今までそんなことを考えることすらなかったキーアには想像もつかなくて、だからこそ眼窩の奥から溢れ出るものがあった。

 ───梨花。
 敵だったあなた。最後まで触れ合えなかったはずの、けれど最後にあたしを助けてくれたあなた。
 結局、あなたが何を考えていたのか。何を願っていたのか。そんな簡単なことすら分かってあげられなかった。
 ごめんなさい。
 ちゃんとお話できなかったことも、助けてあげられなかったことも、いっぱいいっぱい、ごめんなさい。
 でも、それでも。

 私は、あなたを───

 ………。

 ……。

 …。


527 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:16:51 PbonCYko0










「第一に、世界を繋ぐ楔を外せ。
 第二に、盧生へ真実を伝えろ。
 第三に、現を覆う囲いを壊せ。
 それこそが、退廃の夢に沈んだ世界を解放する術である」

 一つ一つを再度確認するかのように、重い口調でセイバーが挙げていく。

「……これが盲打ちのキャスター、壇狩摩の言い残した言葉だ」
「曰く三つの条件、というわけですか。けれど何かを伝えたいにしては抽象的過ぎますし、暗号にしては詩的に過ぎるように思えますね。
 他に言伝は? 確かわたくしがここに赴く旨も言い残していたようですが」
「……ある。だがその前に聞かせて欲しい」

 告げて、セイバーはその翠玉のように煌めく瞳を決然とした意思に染め、百合香へと問い掛けた。

「君は何を知っている? 世界を繋ぐ楔、盧生、真実、囲い、退廃の夢……抽象的、詩的と言った君の言葉通りだ。彼の言動はあまりにも不可解に過ぎる。
 そしてこの遺言を聞いて、壇狩摩の遺志を継いで、君は一体何を成す? 聖杯の獲得か、それとも別の道か。君は、壇狩摩は一体何処を見据えているというのだ?」

 問われ、百合香は憂いた色の表情を浮かべ、言う。

「……そうですね。実のところを言えば、わたくしも事態の全てを把握できているわけではありません」

 というよりは、ほとんどと言うべきでしょうね、と続けて。

「しかし、盧生へ真実を伝えろという言、これは見逃せません。何もかもが不確かな現状ではありますが、盧生が誰を指しているのかはわたくしも存じております。そしてその上で、他ならぬ狩摩殿があの男に頼れと言う。これはつまり、それだけの難事ということなのでしょう。
 ……ところで、セイバー殿は狩摩殿の来歴をご存知でしょうか?」
「真名に付随する簡易なものであれば」


528 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:17:59 PbonCYko0

 大日本帝国神祇省。旧くは飛鳥時代、律令制にて設けられた国家守護及び鎮守を生業とする官庁名だ。宣教と政を行う八咫烏と数多の密命を遂行する鬼面衆という二つの顔があり、首領たる壇狩摩は専ら鬼面を率い自らをタタリ狩りと称していた、らしい。
 鬼面衆とは神祇省の裏の実働部隊であり、すなわち悪辣な暗殺者の集団だ。およそ邪道を体現する集団であり、ともすれば壇狩摩はキャスターでありながらアサシンとして召喚される可能性もある英霊ということになる。

「大筋では間違っておりません。より厳密に言えば、狩摩殿の代では神祇省は解体され、残党が鬼面衆として活動しているというのが実情です。その活動内容は、先程セイバー殿が言った通り”タタリ狩り”となります。
 話が逸れましたが、つまるところ神祇の首領たる狩摩殿は、あれでも日本国の守護を至上の命としているのですよ。それはサーヴァントとなっても変わらぬはず。
 そしてわたくしは辰宮の娘。神祇省と盟を結ぶ貴族院辰宮が当主、辰宮百合香。ならば成すべきはただ一つ」

 言って、百合香は憂うように伏せていた面を上げ、セイバーと向かい合った。
 その瞳からは今までのような人形めいた虚ろな色は消え失せて。課せられた責務を遂行せんとする貴人の輝きが宿っていた。

「聖杯戦争が単なる奇跡の争奪戦ならば、一人の女でしかないただの百合香は聖杯になど興味を抱きません。事態がどう転がろうと天命の為すがままに流離うのみでしょう。
 しかし貴族院として果たすべき使命があれば、わたくしは粉骨砕身し事態の解決に当たりましょう。例えそれが、聖杯戦争という舞台そのものの否定に繋がろうと」
「その言葉、信じていいのだな?」
「信じられないというのならば、そして信ずるに値しないと判断したならば、その時はどうぞ遠慮なくわたくしを斬り捨てればよろしいかと。しかしそうならない限り、わたくしは貴方の信に背くことはないと誓います」


529 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:18:48 PbonCYko0

 平静そのままの声。そこには一切の虚偽や恐れは含まれていなかった。
 聞き届け、セイバーは僅かに戒心の構えを解いて。

「随分と剛毅な女性だ。そも、私が聖杯を望む真っ当なサーヴァントであったならば早々に斬り伏せられていたろうに」
「そこはそれ、狩摩殿の面目躍如です。
 仮にわたくしが事態解決に必要ない人材だったならば、貴方の言う通りわたくしは無為に死んでいたでしょう。しかしこうして生きているということは、わたくしはまだ必要な人材であり貴方もまた然りということなのです」

 あながち冗談では済まないから笑えなかった。
 気を取り直すように咳払いを一つ。セイバーは更に続ける。

「仔細承知した。君を私の歩む道行の輩と認め、一介の騎士として君に信を置こう」
「貴族院辰宮男爵家当主、辰宮百合香としてその信を賜ります。騎士の誓いに背かぬよう、全霊を以て努めましょう」

 あくまで事務的な口調で手を結ぶ。

「言伝の続きだが、これより君を我がマスターと引き会わせたい。これは私だけでなく私のマスターも聞かなければならない内容だからだ」

 セイバーのマスター、キーアは未だ孤児院にいる。
 泣き腫らした彼女は、友人をその腕の中で亡くし、喪失の事実と向き合わねばならない。それは再び立ち上がり歩みを続けるために必要な儀式である。
 セイバーにはそれが分かっていたし、尊重していたからこそなるべく多くの時間を与えてあげたかったが……しかしそうも言っていられる状況ではなくなってしまった。立ち止まり涙を流す権利が彼女にはあると同時に、涙を止めて歩みを再開しなければならない義務もまた彼女にはあった。

「行こう。酷ではあるが、マスターにも向き合って貰わなければならない。立ち上がって貰わなくては、ならない」

 だからこそ、セイバーは百合香に目配せし、孤児院へと続く道に足を向けて───


530 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:19:37 PbonCYko0





「───心配してくれてありがとう、セイバー。
 でも平気よ。あたしも、あたしなりに覚悟は決めたのだから」





 キーアが、そこには立っていた。
 着の身着のままで飛び出してきたのだろう、血濡れとなって着替えた服装はラフなもので、ここまで駆け寄ってきたのか息は荒いものがあった。それでもその鋭い視線には揺るぎない意志の力が垣間見えて。
 セイバーは彼女がここにいる驚きよりも先にある種の安堵と、敬意にも似た感情を覚えた。

「キーア、君は……」
「盗み聞くつもりではなかったの。でも、あたしにもやれることがあるなら……やらなきゃいけないことがあるなら。
 あたしはもう大丈夫。立ち止まってるだけじゃ駄目だって、知っているから」
「君は、それでいいんだね?」

 力強く頷く。確認の言葉さえ無粋であったかと、セイバーは恭敬の念を抱きキーアを仰ぎ見た。

「わたくしの反魂香は常態においてはわたくしに敵意を抱かないという効能に留まり、当人の自由意思を損なうものではありません。ですかは、キーアさんの決意は紛れもない本物でしょう」
「分かっているとも。君に最大の敬意を、キーア。僕は君のようなマスターを持てて幸運だった」

 笑みに、キーアもまた笑みを返す。懸念が取り払われ舞台が整ったことを知り、セイバーは改めて言葉を紡いだ。

「では、壇狩摩……古手梨花の従えたキャスターの言伝の続きだ。
 ”毒花のような女が訪ねてきたら、共に鶴岡八幡宮へと赴け”と。我らの真なる敵はそこにいるのだと、彼は言っていた」

 神妙な面持ちの二人に告げる、最後の言葉。
 あるいは彼らの聖杯戦争は、この瞬間にようやく始まったのかもしれない。


531 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:20:26 PbonCYko0










 ふと目を閉じれば、そこには血塗れで倒れる梨花の姿。
 あたしを庇って死んだ彼女。ずっと触れ合うことはなく、最後の瞬間にあたしを助けてくれた女の子。
 どうして、と思った。あなたはあたしを嫌っていたのにと。
 そこに在った意味があたしには分からなくて、彼女の気持ちが分からなくて。でもあたしの胸を刺す悲しみは本物だった。
 悲しくて、つらくて、蹲って泣き腫らした。そうしているのが楽だったから、あたしはずっと泣いていた。
 喪に服すという行為は、きっと死者ではなく生者のためにあるのだろう。挫折と諦めは微睡みのような優しさで包んでくれて、もう立ち上がることさえ億劫になってしまったけれど。

 ───でも。

 でも、あたしにはまだ行かなくてはならない場所があったから。
 後ろを向くのはもうお終い。散々に涙を流したなら、今度は涙を拭って立ち上がる番だ。
 だから、梨花。
 ごめんなさい。あなたをここに置いていく薄情なあたしを、どうか許してください。
 ちゃんとお話できなかったことも、助けてあげられなかったことも、いっぱいいっぱい、ごめんなさい。

 でも、それでも。
 私はあなたを───友達と思って、いいですか?

 ………。

 ……。

 …。


 瞼を開け、視界を覆う闇が崩れ、柔らかな光が周囲に溢れる。意識がゆっくりと浮き上がり、キーアは決意と共に一歩を踏み出した。

 瞼の裏側に浮かぶ、梨花の記憶。
 血濡れでも何でもない、生前そのままの梨花の姿。
 その幻が、仕方ないなといった様子で、キーアの背中に声をかける。

 ───いきなさい。

 それは、在りし日の彼女が言い遺した最後の言葉そのままに。
 もう存在しないはずの笑顔で、それでも投げ掛けていたのだった。


532 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:22:12 PbonCYko0

【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(小)、精神疲労(小)、解法の透による気配遮断
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:百合香さんの安全を確保する。
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。
傾城反魂香に嵌っています。百合香に対して一切の敵対的行動が取れず、またその類の思考を抱けません。
現在孤児院周辺を索敵しています。

【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、決意
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:もう迷わない。止まることもしない。
[備考]

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
1:キャスターの言を信じ成すべきことを成す。
2:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。
傾城反魂香にはかかっていません。

【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]高級料亭で食事をして、なお結構余るくらいの大金
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争という怪異を解決する。
1:セイバー陣営と共に鶴岡八幡宮へと赴く。諸々の説明もしなくては……
2:ランサーも連れていきましょうか。
[備考]
※キャスター陣営(梨花&狩摩)と同盟を結びました
アーチャー(エレオノーレ)が起こした破壊について聞きました。
孤児院で発生した事件について耳にしました
孤児院までは送迎の車で来ました。





   ▼  ▼  ▼


533 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:23:39 PbonCYko0





欠片:君達の話を真実と仮定すると辻褄の合う事柄はいくつか出てくる。類似する事象もだ
欠片:物語編纂に伴う歪曲召喚、月の聖杯より生み出される仮想人格。そもそも元を辿れば英霊召喚自体が極めて近似した特徴を持つ
欠片:困惑はあるが、それ以上に納得したよ。何故ならこの私も、ムーンセル・オートマトンにおいては同様の存在だったからだ
欠片:形作るのが死者の願いであるか生者の願いであるか、根本の違いはそれだけなのだろう
欠片:そして分かったことが三つある
欠片:一つは、この聖杯戦争において私の願いはどうあっても叶わないということ
欠片:二つは、この私が消滅したとしても私の願いは潰えないということ
欠片:三つは、私はこの舞台そのものを否定しなければならないということ
欠片:私が望むのは万人が等しく生存し得る闘争であり、停滞の極致である微睡みなど認められない
欠片:ならば遠慮も躊躇も無用だろう。早速だが鎌倉市全域の解析データと私の持つムーンセルでの実証データを送らせてもらった
欠片:この段階に及んだ以上、最早必要ないとは思うが
欠片:そして赤薔薇と言ったか
欠片:君に協力を求む。厳密には、私が君に協力する形になるが
欠片:素性を明かせば、私は君の求める人物に非常に近しい位置にいるのだよ





   ▼  ▼  ▼


534 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:24:43 PbonCYko0




 手元に映るヴァーチャル仕様のコンソールパネルを消去し、白衣のトワイスは小さく一つ嘆息する。彼はおもむろに立ち上がり、周囲一帯を睥睨した。

 薄暗い聖堂は窓から差し込む僅かな月光に照らされ、青みがかった暗がりの中、高い天井に淀んだ埃がきらきらと光っていた。入り口の扉から真っ直ぐに伸びる道には赤いカーペットらしきものが敷かれ、両側には長椅子がいくつも並び、正面の一番奥には巨大な十字架とそれを彩る色彩豊かなステンドグラスの数々。

 誰が知ろうか。この聖堂としか形容できない空間が、実際には外洋に浮かぶ戦艦内の一室に過ぎないということを。
 外観から見ればどう考えても艦内に収まりきるはずもない大聖堂。それが成立しているということは、すなわち戦艦内において空間が拡張されている事実を指す。
 これは極めて異例の事態であろう。戦艦を模した宝具は固有結界に匹敵する存在強度と独自法則を伴って、しかしマスターたるトワイスには全く魔力消費を強いていないというのだから。
 いや、厳密には現界にかかる魔力負担は存在する。しかしその消費量はもたらされる結果と比べて明らかに少な過ぎた。
 今までは気にも止めていなかった。いや、気にすることが”できなかった”と言うべきか。ライダーの特殊な召喚形態と特性のおかげと言えばそれらしく聞こえるし、何より自陣営に有利なのだから追求する意味もない。

 ───ああ、なんて愚かな。

 ───答えはこんなに近くにあったというのに。


535 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:25:54 PbonCYko0
 自分は今に至りようやく気付き、彼は未だに気付いてすらいない。
 考えてみれば簡単なことだ。外洋に鎮座する正体不明の戦艦を前にこの街の住民は何を思った? 恐怖か、畏怖か、混乱か───いいや否。砲撃を受け大量の死傷者を出して尚彼らはそんなことを思いなどしない。
 更なる混沌を、より刺激的な展開を、そのためにできるだけ長く存在して欲しい───それこそが人々がこの戦艦に望んだことではないのか?

「皮肉なものだ。人類種の輝きを求めたあの男が、斯様な愚かしさに支えられているなどと」

 皮肉ではあるが、同時に光明でもある。
 ライダー───甘粕正彦は正規のサーヴァントではない。本来サーヴァントとして召喚されるには死後に英霊の座へ登録される必要がある。しかし彼は現在も存命であり、己が意識のみをこの鎌倉に時間跳躍させることで擬似的にサーヴァントとして振舞っているに過ぎない。
 つまり、甘粕正彦はサーヴァントとしての性質の一部を一時的に獲得しているだけであり、本来的にはマスターでもサーヴァントでもない特異な存在なのだ。
 招かれざるイレギュラー、字義通りの異邦人。それが甘粕正彦であり、恐らくは此度の聖杯戦争における唯一の───

「しかし、馬鹿正直に彼に伝えれば万事解決、とはいかないのが歯痒いところだな。それだけでは意味がないし、そもそも彼は言って素直に聞く性質ではない」

 そう、それこそが最も厄介な要素であった。
 端的に言って、甘粕正彦は人の言うことを聞かない。他者の意見に耳を傾け理解を示す理性と聡明さは確かに持ち合わせてはいるが、だからと言って己を曲げるかと言えば答えは否だ。
 ───お前の理屈と覚悟は理解した。ならば俺を打ち倒し未来を目指す覚悟もまた持っているのだろう?
 などと訳の分からないことを言って殴りかかってくる程度のことは間違いなくしてくるはずだ。甘粕にあるのは「人が逆境を乗り越えて輝く姿が見たい」という憧憬めいた想いだけであり、それさえ果たせるならば後のことなど考えもしない。世界を救う希望を試すつもりが”ついうっかり”加減を間違えて殺してしまったなどと、目も当てられない事態になる可能性とて決して低くはない。
 だから、トワイスが甘粕に対してできることなど一つとして存在しない。令呪を使おうと気合のみで拘束を打破してくるような意思の怪物を前に、どんな理屈も弁舌も無意味なのだから。


536 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:26:58 PbonCYko0

「故に私の役目は定まったというわけか。これでも人間的な感情の全てを捨てたつもりはないのでね。微力ではあるが、精々足掻かせてもらおう」

 何の抑揚も感じさせない声。しかしその内実には、抑えきれないある種の感情が渦巻き、能面のような表情をしかし有機的に彩っているのだった。

【E-2/相良湾沖/1日目・夕方】

【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[令呪] 三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:この聖杯戦争を───
1:ならば私がすべきことは……





   ▼  ▼  ▼


537 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:27:49 PbonCYko0





 山の麓に、しん、と降る月の光が、景色から色彩を奪っている。
 煌々と照らす月光は山に落ちる影を色濃くし、その夜闇は視界を阻まないにも関わらず、酷く暗い印象を見る者に与えた。
 街中から離れた麓であるためか、ホテルのあちこちには明かりが点いていたが、その無機質な光さえも、今の一帯を覆う闇を強調する働きしかなかった。有限の白い明かりの一歩外には、なお暗さを増す闇が、黒々と口を開けて、濃密に広がっている。

「……」

 そんな影の落ちる景色を晒すホテル近辺の中でも、最も濃密な闇があった。
 月明かりを臨む木々の間、拓けた広場のような場所に、彼はいた。
 石畳の小さな広場に、切れるような月光と、それが映し出す不吉なほど暗い影が落ちている。夜空にくっきりと浮かぶ白月を仰ぎ見るように、その男は茫洋と屹立していた。

 月明かりに照らされて、そこは周りより明るいはずなのに。
 男の立つその場所こそが、最も深い闇を湛えていた。

 それは他ならないこの男こそが、夜闇の気配を滲み出させる根源だからだ。男は人の形をしながら、しかし人ではあり得ない気配のままに立ち尽くす。

 まるで冷たい闇が人の形をしているようだ。
 そんな益体もつかない思考を、木陰から見るアティはしたのだった。

「アーチャー、こんなところにいたのね」
「……ああ、マスターか。何かあったかな」
「特に何が、ってわけじゃないけどね」

 はにかんで隣に並ぶ。二人は並んで夜空を見上げた。真円に近い月が、緩やかに時を刻んでいた。


538 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:28:44 PbonCYko0

「少しばかり浮かない顔をしているね。レストランでも感じたが、思い詰めてというよりは混乱しているように見える」
「……実はね。ほんの少しだけ、記憶が戻ったんだ」

 ぽつりぽつりと、アティは先刻のことを話し出す。
 記憶、都市に纏わる恐怖と白衣の後ろ姿。失われた記憶の断片を、何とか言葉にして紡ぐ。
 アーチャーは何も言わないまま、じっと話を聞いていた。

 やがてアティが語り終えた頃、アーチャーは静かに問うた。

「君が聖杯への姿勢を確固たるものにした時、正直に言えば、私は安堵と共に少しばかり驚いたんだ。だがその話を聞いて納得した。その記憶は、君にとって聖杯などに懸けてはならないほどに大切なものなんだね」

 無言で首肯する。アティが聖杯に記憶の快癒を望まないのは、それが願いに値しないからではない。むしろ逆だ。”記憶の中の人は、聖杯などというものの恩寵をきっと望まない”という、不可思議な確信があったのだ。
 これは単に、それだけの話。大切であっただろう人の気持ちを裏切れないという、アティにとって当たり前の話なのだ。

 それに対し、アーチャーは何も言わなかった。暖かな沈黙が、アティの選択を静かに肯定していた。
 ───しばらく、静かな時が流れた。
 アティとアーチャーは並び立って、瞬く星を仰ぎ見た。


539 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:29:22 PbonCYko0

「この聖杯戦争の決着は、比較的早期につく可能性が高い」

 そんな言葉が、口をついた。

「この地に後悔を残すことのないよう、気をつけるといい」

 空を見上げたままで、アティは「うん」と頷く。

「……そろそろ戻ったほうがいい。私にはまだやることが残っているが、君はとにかく自分の体を大切にすべきだ」
「やることって、ライダーに言ってた”アテ”?」
「まあ、そうだね」

 呟いて、下ろした視線がアティの不思議そうな顔にぶつかる。

「どうかしたかな」
「うん、アーチャー。そもそもね」

 アティは口を開いて。










「アーチャーはライダーと、何を話していたの?」










 そんなことを、問うた。


540 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:29:57 PbonCYko0

「……」
「あ、えと、ごめんなさい。聞き逃すつもりじゃなかったの。でもその時だけ、何故かちょっと意識が遠くなって。疲れてたのかな、だから後でもう一回聞いておこうと思って……」
「───知っている」
「……アーチャー?」
「知っている。何故なら、君だけでなくライダーと笹目ヤヤも同様の有様であったからだ」

 アーチャーは振り返る。そこには先程までの柔らかな雰囲気は微塵もなく、能面のように冷たい無表情があるのみだった。

「アーチャー、何を……」
「今まで君やライダーたちに私の考えを話さなかった理由は三つある。まず第一に、レストランで君たちに話す直前まで信憑性に乏しかったということ。事実と確定していない以上は推測でしかなく、そんなものを口に出すわけにはいかなかった。
 第二に、話しても意味がない可能性が高かった。夢界に在らぬ現実を認識できる者は限られる。そもそも大半の者は”そういうもの”として顕象されているために。
 第三に、仮に私の言葉を理解できたとして、それが事態の好転には繋がらないからだ。この現実の認識は、廃神として顕象された者にとっては自己の否定に他ならない。まず間違いなく存在が揺らぎ、そうでなくとも体調や思考に変調をきたす。あの場において君たちが私の言葉を理解できるようだったら即座に話を打ち切っていた。しかし実際にはそうはならず、故に私は実証として話を続けた」
「……何を言っているの、アーチャー。
 ”よく聞き取れない”、あの時と同じ……」

 アティの声は困惑に満ちて。だが、ああ、だが。彼女はそれを認識できない。芥子の実の匂いがもたらすもの。歪んだ妄想がもたらすもの。狂った都市の真実すらも、何も。何も。


541 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:31:04 PbonCYko0

「《幸福の怪物》とは、夢界を繋ぐ楔であると同時に、廃せる者たちの試金石でもあるのだろう。最低限、奴のもたらす偽りの救済を跳ね除ける程度の気概が無ければ、”物語”と相対することすら叶わないということだ。
 ───ところで」

 視線をアティから外し、左側方へとスライドして。

「いつまでそうしているつもりだ。出てくるがいい」

 たっぷりと、三秒ほどの間が開いた。
 次瞬。



「───いやぁ、バレちゃったか。ごめんごめん、ちょっと驚かせてやろうって思ってさ!」



 ガサリと藪から飛び出してあははと笑うライダー、その後ろには控え目というか及び腰というか、何やってんのだからやめようって言ったでしょみたいな微妙な顔をしたヤヤがおずおずと付いているのだった。

「……ライダーとヤヤ? どうしてここに?」
「実は君がホテルから出るとこを見てさ。そういやアーチャーもいなかったしどこ行くんだろって、ちょっとした興味?」
「私はやめろって言ったんだけどね。
 ……ほんとよ? 言い訳じゃなくてほんとに───」


542 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:31:54 PbonCYko0
「違う、君たちではない」

 透徹した声が否と告げた。瞬間、弛緩しかけた空気が再度張り詰め、三人の顔は同様に凍りついた。

「出てくるがいい、私の語る全てを理解していた者よ。今更隠れ潜む無為を知らぬわけではあるまい」

 ───────────────。



「───ふはははははははは!!
 そうかそうか、貴様はアレを垣間見たか。いや許せよ、よもやこの我以外に己が分を弁える者がいるとは思わなんだ。
 抱腹絶倒とはこのことよ、これでは我も前言を撤回せねばなるまいて」

 ───男が。
 男が、そこにはいた。煌々と照らす白銀の月明かりを背に、しかしその輝きすら霞んでしまうほどの王気を伴って。不遜に、傲岸に。
 彼は人の持つ意思や力が黄金色の輝きとなって放たれているような、英雄的な力強さに満ち溢れた男だった。
 万夫不当の英霊たちの中にあって尚、その光は決して色褪せることなく在り続けるであろう説得力に満ちた、太陽が如き黄金の男だった。
 男は、英雄の中の英雄だった。

「だが、そうでなくてはな。この末世に在るのが意思なき傀儡のみであるならば、我が最強の証明を以て滅び行く世界の墓標とするのみであったが。どうやら現世も捨てたものではないらしい」
「確かにお前はそうであろうよ。人類の裁定者、この世総てを背負う者よ。守るに値しないとなればお前は容易く切り捨てる。
 しかしどうだ、気付いたのは私やお前だけではない。この世界、この舞台において約束された末路はしかし、混沌にうち沈むカルシェールであるとは限らないということだ」

 ストラウスは睨め付け。
 ギルガメッシュはただ笑う。

 そして二人は、激発する意思と共に対峙して。

「話をしようか、赤薔薇王」
「望むところだ、英雄王」

 この聖杯戦争において恐らくは、ある種のターニングポイントになるであろう語らいを始めるのであった。


543 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:34:46 PbonCYko0

【D-3/ホテル周辺/一日目 夕方】

【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[令呪]二画、魔力消費(中)、疲労(中)
[状態]健康、盲目
[装備]
[道具]
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし、失った未来(さき)を取り戻す。
0:こいつらは……?
1:ある程度はアーチャーの好きにやらせる。
[備考]
両目に刻まれた傷により視力を失っています。肉体ではなく心的な問題が根強いため、治癒魔術の類を用いても現状での治療は難しいです。


【ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]健康
[装備]
[道具]現代風の装い
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。
0:?????
1:話をしようか。
2:自らが戦うに値する英霊を探す。
3:時が来たならば戦艦の主へと決闘を挑む。
4:人ならぬ獣に興味はないが、再び見えることがあれば王の責務として討伐する。
[備考]
叢、乱藤四郎がマスターであると認識しました。
如月の姿を捕捉しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を確認しました。


【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 健康、正体不明の記憶(進度:極小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯に託す願いはある。けれどそれを聖杯に望む気はない。
0:何が……
1:自分にできることをしたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。それに伴い思い出せない記憶が脳裏に浮かびつつあります。が、そのままでは完全に思い出すのは困難を極めるでしょう。


【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 健康。
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:目の前の手合いに対処
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
確認済みのサーヴァント:
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(東郷美森)
真名を把握したサーヴァント:
アーチャー(エレオノーレ)、ライダー(マキナ)、ライダー(アストルフォ)、アサシン(スカルマン)


544 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:35:26 PbonCYko0

【笹目ヤヤ@ハナヤマタ】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]大分あるが、考えなしに散在できるほどではない。
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の場所に帰る。
0:え、なに、誰?
1:聖杯獲得以外に帰る手段を模索してみたい。アーチャーが良いアイデアあるって言ってたけど……?
2:できる限り人は殺したくないからサーヴァント狙いで……でもそれって人殺しとどう違うんだろう。
3:戦艦が妙に怖いから近寄りたくない。
4:アーチャー(エレオノーレ)に恐怖。
5:あの娘は……
[備考]
鎌倉市街に来訪したアマチュアバンドのドラム担当という身分をそっくり奪い取っています。
D-3のホテルに宿泊しています。
ライダーの性別を誤認しています。
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名は知りません
如月をマスターだと認識しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。


【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(中)
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
0:アーチャーのことが心配だったけど、これはややこしいことになってきたぞ……!
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。





   ▼  ▼  ▼


545 : 夢より怪、来たる ◆GO82qGZUNE :2017/07/07(金) 00:36:01 PbonCYko0





Dead Blue:勿論分かってるとは思うけど
Dead Blue:このサイトは聖杯戦争を知っていて、かつ恣意的に私のことを探った人間じゃないと辿り着けないようにできてる
Dead Blue:そういうふうに私が作ったからね
Dead Blue:心当たりあるんじゃない?
Dead Blue:だからね
Dead Blue:あいつは絶対に辿り着けない
Dead Blue:私のことを虫か何かとしか考えてなくて、私のことを見ようともしないあの裁定者だけは
Dead Blue:ま、別にいいけど
Dead Blue:仮にそうじゃないとしても、ここは私の領土なわけだし
Dead Blue:そこだけは譲らないよ
Dead Blue:例え世界の大部分を奪われて、ちっぽけな領域しか勝ち取れなかったとしても
Dead Blue:私の両手が届く範囲に限定するなら、数理の神だろうが時計人間だろうが侵させるもんか
Dead Blue:お前らの企みは私っていう虫けらのせいで台無しになるんだ
Dead Blue:僕様ちゃんの気持ちを利用した報いだ
Dead Blue:ざまあみろ
Dead Blue:っと、そろそろかな
Dead Blue:真っ赤な真っ赤な死神ちゃんが来る頃だから
Dead Blue:私はもう消えることにするよ
Dead Blue:後は頑張ってね
Dead Blue:応援してるよ

Dead Blueさんが退室しました。


546 : 名無しさん :2017/07/07(金) 00:36:44 PbonCYko0
投下を終了します


547 : ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:18:34 GiA48ka20
番外話を投下します


548 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:20:11 GiA48ka20

 其処が地上の如何なる場所であるのか、それとも陽の光届かぬ地下なのか、あるいは陽よりも更に高みにある深奥の地であるのか。
 推察できる者は何処にもいない。玉座で嘲笑う主を除けば、覇道と求道の二極に到達せし稀代の超越者であるか、漆黒の権能を体現する黒の王でもない限りは。

 窓も無ければ敷居もなく、入り口と出口すら果てなく見えず、音も生物の気配すら一切感じ取れず。永遠に続くと錯覚するような回廊が一直線に延びている。深海を思わせる、淡く深い青を孕んだ闇の中、茫洋と吊るされた機関灯が等間隔に、見えなくなるほど遠くまで並んでいる。
 光と闇の無限回廊。
 完成された静寂の空間。
 しかしそこに今、静けさを乱す硬質の音が紛れ込んでいた。

 それは、一人の男から響く靴音だった。
 こつり、こつり、規則正しい音が闇の中に反響する。音の主は真っ直ぐ、単調に、回廊を悠然と歩いている。
 黄金の男であった。先をも見通せぬ黒と白のコントラストが支配する世界に在って、尚も男の総身は色褪せぬ黄金の輝きを放っていた。それは男の纏う財の輝きであったが、同時に人の意思の輝きたる尊き黄金でもあった。
 不意に、足音が止む。続き、重厚な門扉が開く軋んだ音。目の前には名状し難い金属の光沢と古び黒ずんだ木製に覆われた巨門が、表面に刻まれた幾千の魔術的言語も露わに、幾星霜待ちわびた来客の到来を告げるかのように押し開かれて。


549 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:21:14 GiA48ka20

「───」

 僅かに唇歪めて、男は躊躇なく足を踏み入れる。不遜に、泰然と、何をも恐れることなく。

 ───男を迎えたのは、距離感が狂うほどの広大な書庫であった。
 見渡せど右も左も果てはない。見上げても頂上の見えない巨大な書庫が、どこまでも途切れることなく等間隔にずらりと並んでいる。
 これほど広いにも関わらず不可思議な狭苦しさを感じさせる空間だ。それは果てなく詰め込まれた膨大な書の数々という、この空間が内包した質量があまりにも巨大に過ぎるからだということは語るに及ばない。
 納められるは洋の東西に形作られた年代、様々な装丁や様式、各国の言語はおろか象形文字やおよそ人類史に存在しない文字の数々。書から木板、粘土板、骨や亀甲から近未来的な合成樹脂の記録媒体まで。数え切れぬほどの叡智と想念が交錯する。

 此処には、あらゆる書が収められていた。
 此処には、あらゆる知が満たされていた。

 それらは人の綴ったメモリーだ。人類が遺した、あるいはこれより遺すあらゆる智慧に他ならない。三世の果て、外典に記されしカルシェールの黙示録に他ならない。

 故に、幸か不幸か此処に迷い込んだとしても、長居してはいけない。正気が惜しければ。目を閉じ耳を塞ぎ踵を返すべきだ。此処はおよそ尋常なる地ではない。
 例えば、この世のあらゆる智慧を納めた《緑色秘本》と《赤色秘本》が。
 例えば、狂気なりし雷電王さえも遠ざける《水神クタアト》が。
 例えば、美しくも悍ましい言語で埋め尽くされた詩劇《黄衣の王》が。
 例えば、今は亡き星系を記す浮き彫りの粘土板《ガールン断章》が。
 例えば、遥かドリームランドに納められし古の神々の記録《サンの七秘聖典》が。
 数多の冒涜的神秘が眠っている。故に、人は其処へ近づいてはならない。狂気に耐えられないのであれば。メスメルを修めたとしても耐え得るかどうか。


550 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:22:18 GiA48ka20

 これなるは《根源》の一。誰もが、神秘に魅入られた愚かなる者すべてが追い求めやまぬ場所。聡慧なりしプトレマイオスの蔵知窟。
 窮極の門の向こう側にあるとされる、城よりこぼれた欠片の一つ。

 廃せぬものだけが、そこに辿り着けるという。
 廃せぬものだけを、そこで待っているという。

 それすなわち、漆黒のシャルノスと全く同じに───

「……」

 男はおもむろに立ち止まり、書架から書を一冊取り出した。その手には淡青色の光を放つペンデュラムが下げられ、丸窓から差し込む月光のように、磨き抜かれた宝石の振り子から放たれた光は指向性を持って一点のみを指し示している。男はそれを指針に選んだのか。自らが真に必要とする書を。
 《太陰星君経世書》と名付けられたその古びた書は、神代以降のあらゆる月の満ち欠けとその異常を記した記録図であり、月齢と魔力の相関を用いた占星術の奥秘すらもが記述されている、写本を含めても世界に五冊とない貴重な書物であった。
 それは人の正気を蝕む冒涜なる魔道書であったが、同時に月に纏わる全ての歴史が記された備忘録でもあった。そう、全て。この書は月に限定すれば読む者に全知を与える禁書だ。
 月の都に旅立った罪科仙女の記録も。
 千年の昔に月の彼方まで到達した夜の王についての記録も。
 人類発生に際し月より降り立った原初の女についての伝承も。
 およそ人の知り得ぬ真実の全てが書き連ねてある。その気になれば星天の運行すら操り、連動する地脈の流れをも我が物とすることさえ叶うであろう。
 人の身には過ぎた力と誘惑。だが男の欲するところは得られたのか、中身を一瞥するように検分すると、秘められた叡智も成せる業も全ては瑣末事であると言わんばかりに嘆息し、あとは興味も無さげに書架へと戻したのだった。


551 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:22:56 GiA48ka20

 続いて彼が手にしたのは《神祇邯鄲録》と称された書物だ。それは歴史の闇に消え失せた鬼面の残党が遺したものであり、人の夢に纏わる奥秘を記した書だった。
 成立年代は比較的新しく、これを著した者は来たる露西亞との戦いに備え、この書に記された術法を用いて不死の軍団を創造していたとか。
 どこまでが真実なのか、それは分からない。男はまたもつまらなさげに目を通し、更に検分の手を進める。

 三度手に取ったのは、真新しい歴史書であった。背表紙には《上海幻夜》と銘打たれ、しかしそれは先の二冊のように人を狂わす魔道書ではない。およそ神秘に属するものでは、ない。
 何の変哲もない歴史書だ。しかし男の表情には、何故かこれまで見ることのなかった確信のような色が浮かんで。

「ふ───」

 湧き上がる諧謔の念、そして。

「ふ、はは───ふははははははははははははは!」

 次瞬、響き渡るのは哄笑の声だった。
 嗤いに歪む顔面を抑えつけ、男は身を震わせる。しかしそこにあるのは、断じて愉悦の感情ではない。

「なんとも笑わせてくれるではないか! 随分とつまらぬ世に召喚されたと思っていたが、まさかここまで腐りきった腑を晒しているとはな!
 肥大化した人の欲は夢死の毒薬に飽き足らず、斯様な偽神まで産み落としたか!
 滑稽なるかな愚昧共よ、己が内にしか存在せぬ妄念を投射して一体何処を目指すという!」


552 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:23:34 GiA48ka20

 停滞と鬱屈が支配する、旧い遺跡のような空間の中で。
 男の哄笑がただ一つの動あるものだった。そこに含まれるのは何某かへの侮蔑と万民への哀れみ、そして痴れた音色に覆われた世界へと向けた嘲りの感情であった。

「滑稽だが、しかしそれも道理よな。人より生じ人を愛し、故に人が滅ぼさねばならない人類史の歪み、それこそが奴だ。神を望まれ神へと至り、しかし神に在らざる人の業だ。
 ああ得心したぞ、どだい神では世界を侵す愛など抱けまい。人であるがために、奴は救済へと手を伸ばしたのだ。例えそれが醜悪極まる贋作であろうともな」

 男以外に誰もいないはずのその場所で、しかし男は誰かに語りかけるように言葉を続ける。それは諧謔が為す気紛れであるのか、あるいは本当に誰かへと言葉を投げかけているのか。

「人の業、其は普遍にして不変。だがこれは流石に看過出来ん。欲など幾らでも張れば良いが、未来のない欲は我の趣味ではない。ましてそれが、人に在らぬ悪神の手引きなら尚更に」

 鷹のような眼光は遥か彼方を見据えて、嗤い浮かべる顔と声とは対照的に一切の感情を伺わせない。彼は世の有様に諧謔を感じながら、同時に深い思慮を重ねているのだ。

 故に、声は───

 ───闇は、嗤った。

『ならば、君は何を為す』

『この果てなく無意味な世界で』

「愚問。何を為すかなどと」

 男の声は揺らぐことなく。ただ決然とした意思のみを伴って返される。

「これなる当世、我欲に溺れ自滅する雑種など知ったことではない。我以外に誰一人として、各々が裏に在る真実に辿り着けぬというならば、我も世界もそれまでの器。我が最強の証明を墓標として共に朽ちるのみよ」

「だが」

「貴様だけは話が別だ。どのような結末を迎えるのだとしても、いずれ降誕する貴様だけはここで断つ」

「何故なら貴様は英霊どころか人でもない。人の生み出した七つの大災害ですらない。人類が自らの罪で消え去るならばそれまでだが、関わりなき外敵は払うのみよ」

「それすなわち、王たる我の責務故に」


553 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:24:25 GiA48ka20


 ────────────。


 男の投げかけた言葉に、姿なき声が反応を示すことはなかった。
 向き合うこともなく、遥か高き玉座に在って。男の存在を意にも介さず。瞳を揺らすこともなく。
 ただ、嘲りの嗤いだけを浮かべて。

『それは、どうかな』

 反響する。


 ────────────。


「……時間か」

 感慨もなく呟き、男は億劫な面持ちで己が体を見下ろした。
 その総身にはこれまでとは別種の輝きがあった。薄っすらと体を包む赤い燐光。令呪が行使されたことを示す光だった。

「笑えよ、貴様が造物共に施した令呪のほどは見ての通りだ。いつの世も、神々(きさまら)の鎖は忌々しく在り続ける」

 その瞳に映し出すのは遠い過去か。男の辿ってきた旅路、それに思いを馳せているのか。しかし思い浮かべるのは思い出や英雄譚といった陽性に属する類のものではあるまい。そうであったならば、ここまで純粋な殺意を露わにすることなどできるはずもないのだから。
 そう、男は怒っている。怒り、蔑み、排撃の意思を昂らせ、透徹した殺意は一周して静謐の気配を形作るまでに至っていた。

 それは人を裁定する王としてか。
 それは神を憎悪する人としてか。

 男は最早用は済んだと視線を外し、重く踵を返して。

「何時の日か、貴様も地に墜ち天を仰ぎ見るだろう。その時まで。
 待て、しかして───」

 男は金色の粒子となって消え失せた。この空間から、この世界から、在るべき元の場所まで戻ったのだ。それきり一帯から音は無くなり、耳が痛くなるような冷たい静寂だけが取り残された。

 果たして、彼は最後に何と言ったのか。
 聞こえぬ声に、しかし分かることは一つだけ。
 彼が悪神に与える言葉に、希望的な要素など何一つとして存在しないということ。

 これは過去。聖杯戦争が始まるより前、英雄の王が顕現した時の話。
 月におわす混沌が、地上に降りるよりも前の一幕である。


554 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:25:17 GiA48ka20










   ───アラヤに新しい情報が登録されました。

【宝具】
『アレクサンドリア機関図書館』
ランク:EX 種別:文明宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
世界の何処かには喪われたアレクサンドリア図書館がかつての規模以上で保存されているという。
超大型の階差機関を中心とした完全機関化が施され、 今では図書館そのものがきわめて高度な情報処理機械と化しているとか。

チク・タク。





   ▼  ▼  ▼


555 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:26:08 GiA48ka20





 誰か嗤っている。

                   ケタケタ

 月が嗤っている。

                   ケタケタ

 誰が?
 月が?
 それとも、他の、何か?





   ▼  ▼  ▼


556 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:26:58 GiA48ka20






「この聖杯戦争が始まった当初において、答えに一番近かった者は奇跡の魔女だった」

 声が響く。それは、光満ちる空間の中で。
 万色に包まれた厳かな空間。まるでステンドグラスから差し込んだ光が色とりどりの影を落とすように、目も眩むような鮮やかな光が途方もなく高い天窓から降り注いでいる。
 だというのに、光満ちるはずなのに、ここは紫の闇に覆われて。
 光と闇が奇妙な共生関係を成していた。それはまるで陽の光が差し込む深海のように、言い知れぬ矛盾と停滞が支配していた。

 ここは塔。天へと至る世界の果ての塔の中。少年は塔の頂上に繋がる螺旋階段を、一歩、一歩と昇っていた。

「元来、魔女ってのはそういうものだ。特にカケラの海を渡る航海者は”世界を観測する”ことに長けている。いわば在り方としての問題で、奇跡の魔女だけは他の連中とはスタートラインが違っていたってわけだ。今更言っても意味ないけどな」

 少年は語る。残念そうに、あるいは憎々しげに。この程度かと嘲り吐き捨てるかのように。
 ”一番近くにいたなら一番早く気付かなきゃいけないだろうに”と。

「そう、意味はなかった。愚かなもんだよ、誰より奇跡に近かったのに結局何をも掴めなかった哀れな女。
 百年の絶望からオルゴンを手放した末路があのザマなら、奴より古手梨花のほうが余程望みがあるってもんだ」


557 : 世界救済者を巡る挿話・その2 ◆GO82qGZUNE :2017/07/28(金) 22:27:42 GiA48ka20

 ベルンカステル。奇跡の魔女。彼女は確かに強大な存在だったが、その成り立ちはとある少女の半身が引き裂かれたことに由来する。
 すなわち絶望、虚無、人としての悪しき意思。明日を生きるため光へ歩みだした少女の反存在であるベルンカステルは、故に当然、人なるものの尊き意思たるオルゴンの輝きなど一片足りとも持ち合わせてなどいない。

 仮に顕象された魔女がベルンカステルではなかったならば。
 例えば、努力の結実の象徴たる絶対の魔女であったなら。
 例えば、果てなきものを追い求めた黄金にして無限の魔女であったなら。
 例えば、影の騎士を付き従える幼ごころの君たる薔薇の魔女であったなら。

 きっと話は違っていただろう。しかし彼女らはここにはいない。いたのは哀れな女だけだ。かつての自分、ただの無力な少女にすら敗北した光無き者だけだ。

「結局のところ、盲打ちを除いて自力で辿り着いたのは三人だけ。
 一人は勇壮なりし英雄王。遥かな未来世までをも見通す千里眼を以てアレクサンドリア機関図書館まで踏み込んだ。
 一人は絢爛なりし赤薔薇王。かの地に残された伝承と痕跡、タタリと頸木の存在を論拠として真実を暴き立てた。
 最後の一人は狂気なりし死線の女王。正直これは予想外だった。常の奴ならともかく、この地のデッドブルーは狂わされていたわけだからな。
 まあともかくとして」

 少年は立ち止まる。こつり、階段を踏みしめる硬い音がする。
 立ち止まり、顔を上げ、高みにいるものを睨め付けて。

「こんな分かりきったことを聞いてどうするつもりだ。なあ、───」

 ───……。

 名と共に問われた、その者は。
 言葉なく、蛇のような笑みを浮かべるのみだった。


558 : 名無しさん :2017/07/28(金) 22:28:17 GiA48ka20
投下を終了します


559 : ◆GO82qGZUNE :2017/09/24(日) 03:44:30 u.NxooM60
辰宮百合香、ランサー(結城友奈)を予約します


560 : 灰色の一方通行 ◆GO82qGZUNE :2017/09/24(日) 03:48:11 u.NxooM60





 人の死には三つの種類が存在する。

 一つは生命活動が停止した時。
 一つは誰からも忘れられた時。
 一つは、在り方を損なった時。





   ▼  ▼  ▼





【つまり百合香さんは、みんなを助けようとしてくれてるんですね!】

 友奈は喜色に染まった声を、感極まったように張り上げた。
 とはいえ実際に大声で叫んだわけではなく、あくまで念話でのことである。友奈は今索敵行動中であるからして、その程度の分別はついている。

 夜になりかけ、薄暗がりと街灯の明かりが目立つ街並みを見渡して。
 友奈は遠く離れた百合香に、快然たるありったけの気持ちをぶつけた。

【………………。
 まあ、そうとも言えるかもしれませんね】

 返答は、たっぷりの間が空いた後だった。

【わたくしの目的はあくまで原因の究明と事態の解決になります。現状、その最終的な着地点は聖杯の解体に行き着く可能性が高いというだけに過ぎません。
 無論、その過程において発生する人的な被害を最小限に食い止めるための努力は尽くしましょう】
【それならやっぱり百合香さんはみんなを助けようとしてくれてるんですよ!
 良かったぁ、百合香さんみたいな良い人に会えて!】

 百合香の静かで落ち着いた声音とは正反対に、友奈の声は破顔したように明るかった。

【あ、でも……だとすると、ちょっと困るかも】
【何かなさいましたか?】
【えっとですね……実は私のマスター、呪いみたいなのにかかったっていうか、ちょっとだけ"普通じゃない"ことになってて……
 できれば聖杯の力で元に戻してあげたいなって思ってたんです】
【ランサーさんのマスターというと、確か極道者に組するライダーに囚われているというあの。
 ……なるほど、事情は概ね分かりました。それでしたら救う手だては存在します】
【え、本当ですか!?】

 食い入るように問い返す。あのマスターをまだ助けることができるというのか。


561 : 灰色の一方通行 ◆GO82qGZUNE :2017/09/24(日) 03:49:00 u.NxooM60

【願望器たる聖杯が持つ力とは、脱落したサーヴァントの魔力そのもの。七騎のサーヴァントが相争う元来の聖杯戦争においては六騎の脱落を以て願望器として完成します。
 それを踏まえるとこの地にある聖杯もまた、既に十全の魔力が貯蔵されていることになるでしょう。無論、未だ多くのサーヴァントが現界している以上は真の意味で完成はしていないでしょうが、ランサーさんのささやかな願いを叶える程度の力はあるはずです】
【な、なるほど……】

 言われてみれば確かに、聖杯の構造としてはその通りだ。今までは知識こそあれど実感として感じられなかったから曖昧だったが、それならば話は別である。

【ところで一つお聞きしてもよろしいですか?】
【え? はい、なんですか?】
【ランサーさんの言う"呪い"とは、どのようなものなのでしょう】

 ……まずい質問が来た、と友奈は内心思った。
 屍食鬼のことはあまり言いふらしたくはなかった。単純に協力や信頼が得られないというのもあるし、言ったが最後自分が責められているように思えてならなかったからだ。
 しかしこうして問われた以上は"言うしかあるまい"。無意識に歪曲させられた思考のもと、友奈は口を開きかけて。

【これはあくまで推測ですが、もしやその呪いとは噂に挙がる"屍食鬼"のことではないですか?】

 ……意表を突かれ、一瞬だが唖然としてしまった。

【……はい、その通りです。でもなんで分かったんですか?】
【単純に当てずっぽうです。私の知る限り致命的な"呪い"の類はそれしかなかったので。キャスターや魔術師による別個の呪いという可能性も、というかそちらのほうがずっとあり得ましたが、どうやら当たってしまったようですね】

 しかしあまり嬉しくはないですね、と一人ごちる百合香を後目に、友奈は観念したかのように黙りこくった。

【別段私はあなたを責めるつもりはありません。むしろ納得いたしました。そのような事情があれば隠したくもなるというもの、他人に言えず一人で抱え込むしかなかったあなたの気持ちは察するに余りあります。
 どうかご安心を。私はあなたを咎めません】
【百合香さん……】

 思わず足を止め、感じ入るように息をつく。
 百合香の暖かな言葉が胸にしみるようだった。聖杯戦争が始まって以来ずっと燻り続けた不安や痛みが、ほんの少しではあるが和らいだように思えた。

【つもる話もありましょうが、それはあなたが帰ってきてから改めてといたしましょう。
 付近の様子はどうですか?】
【特に異常は見当たらないです。魔力の反応もありませんし】
【では早急な帰還を。極道者のライダーへの対策も含め、今後の方針について協議したいと思います】
【はい、分かりました!】

 そうして念話が遮断された。


562 : 灰色の一方通行 ◆GO82qGZUNE :2017/09/24(日) 03:50:28 u.NxooM60

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────。





   ▼  ▼  ▼





「まだいける……まだ、大丈夫」

 念話を打ち切ると同時、友奈の表情は先程までの明るいものから、険しい無表情へと変化した。
 明るい声も、明るい顔も、無理して作られたものだった。未だ事態が何一つ解決を見せていない以上、手放しで喜ぶことはできなかった。

 マスターは囚われの身で。
 ライダーへの対抗策はなく。
 いざ取り返しても屍食鬼と化したマスターを前にどうするか。

 問題は山積みで、ともすれば挫けそうにもなってしまうけど。

 それでも。

「マスターを助ける」

 自分を頼ってくれた人を、見放しなんてしない。

「あの女の子に報いる」

 自分を信じてありがとうと言ってくれたあの子。あんな悲劇を二度と生まないことが、死んでしまったあの子に報いるただ一つの方法だ。

「大丈夫。だって、私はもう一人じゃない」

 かつて天夜叉のライダーに敗北を喫した時とは違う。今の自分にはもう、頼れる仲間がたくさんいる。
 百合香さんとアイちゃんは、こんなボロボロの私にも手を差し伸べてくれた。
 あのセイバーさんだって、本当なら手と手を取り合えたはずだ。あの時は私がいくじなしで本当のことを言えなかったけど、でも今ならきっと大丈夫。
 百合香さんに言えたんだから、きっともう一度できるはずだ。

 一度諦めかけるほどの逆境でも、諦めなければ必ず道は拓けるから。
 今なら心の底から言える。かつての時と同じように、為せば大抵なんとかなるのだと。

 故に。

「讃州中学勇者部所属、結城友奈。
 私はもう、二度と諦めない!」

 ───不屈の心は、この胸に。


【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(小)、精神疲労(小)、解法の透による気配遮断
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:───私はもう、二度と諦めない。
1:聖杯によりマスターを普通の人間に戻し、その願いを叶えてあげたい。けど必ずしも他の全員を殺す必要はない?
2:ライダーからマスターを取り戻す。そのためにも百合香さんたちに協力したい。
3:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
4:セイバー(アーサー)とも、今度こそ本音で向き合いたい。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。
傾城反魂香に嵌っています。百合香に対して一切の敵対的行動が取れず、またその類の思考を抱けません。
現在孤児院周辺を索敵しています。
咒法の射により百合香と疑似的な念話を行うことができます。





   ▼  ▼  ▼


563 : 灰色の一方通行 ◆GO82qGZUNE :2017/09/24(日) 03:51:02 u.NxooM60





(さて、ライダーへの対策も含め、厄介なことになりつつありますね)

 念話を切ったと同時、それまで温かみのあった百合香の言葉から、それらが一切合財消え失せた。いや、そもそも思考に限れば、彼女は最初から慈悲や慈愛の類は一切見せていなかったのだろう。
 では彼女は冷酷な悪人なのか───違う、そうではない。彼女はそんな次元で話をしていない。
 事実、彼女は友奈に対して一切嘘を言っていない。

 彼女の目的も、聖杯を利用できるかもしれない可能性も、友奈を咎める気はないということも、ライダー対策に協力するという言も。
 嘘は一切含まれない。ただ意図的に"一言"少なくしただけだ。

 百合香の目的は貴族院として事態の収拾にあたること。"みんなを助ける"というのは友奈の勝手な解釈に過ぎない。
 無論、彼女の言ったように人的被害は極力少なくするが、必要とあればその限りではないのは明白だ。

 聖杯を利用できる可能性があり、ささやかな願いは叶う。これも嘘ではない。しかし百合香はそれで友奈のマスターが救われるとは一言も言っていない。
 聖杯に為し得ることは人の領分で為し得ること。故に既に死んでいる屍食鬼を蘇らせることなどできない。過去は変えられず、できるのは解釈を書き換える程度。

 友奈を咎める気は全くない。そもそも咎めるだけの期待も興味も持ち合わせない。

 極道のライダーに共に対抗する気もある。ただし友奈やそのマスターの生存は度外視だ。いざとなれば捨石や肉壁に使うことも辞さない。


 それが辰宮百合香という女だった。彼女は決して人並の感情がない冷血漢ではないが、少なくとも"香"に対して耐性のないものにそれは向けられない。
 傾城反魂香、万人を等しく百合香へと隷属させる支配の香り。
 "最初から自分に好意的な人間など信じるに値しない"。病的なまでに歪んだ思考は、百合香から切り離すことなどできない。

 友奈とて、本来なら分かったはずだ。百合香の話す事柄が信用ならないということなど。
 見誤ったのは香による思考能力の低下もあるが、それ以上に百合香がセイバーへと向けた感情と、友奈に向けた感情が同一のものだと錯覚したことが大きい。

 セイバー陣営はその来歴も、鎌倉での行動も、壇狩摩に全てを託されたという事実も、その全てが信頼に値する陣営だった。故に百合香が彼らに向けた感情は、純粋な好感の眼差し。
 しかし友奈は?
 決まっている。相当のお人よしや愚か者でもない限り、信頼などできるはずもない。
 香で嘘偽りのない来歴を聞きだしたということが、この場合はむしろ疑惑を強める結果となっていた。マスターの状態、屍食鬼という存在、行動の矛盾に言動の不和。その全てが友奈という存在そのものを疑わしいものにしている。

 これはただ、それだけの話。
 単なる些細な擦れ違い。どこでも見られる、ありふれた光景の一つに過ぎなかった。

(全く面倒なことをしてくれたものです。これもどこまであなたの掌の上なんでしょうか、狩摩殿……?)

 百合香は腐乱した内腑をおくびにも出さず、ただ静かに微笑み続ける。
 その思考には既に、友奈の面影など欠片も残ってはいなかった。 



【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]高級料亭で食事をして、なお結構余るくらいの大金
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争という怪異を解決する。
1:セイバー陣営と共に鶴岡八幡宮へと赴く。諸々の説明もしなくては……
2:ランサーも手元に置くが信頼はしない。
[備考]
古手梨花の死と壇狩摩の消滅を知りました。
アーチャー(エレオノーレ)が起こした破壊について聞きました。
孤児院で発生した事件について耳にしました。
キーア、セイバー(アーサー)の陣営とコンタクトを取りました。


564 : 名無しさん :2017/09/24(日) 03:51:18 u.NxooM60
投下を終了します


565 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:00:09 OuqjjN.s0
エミリー、シュライバー、叢、スカルマンを予約します


566 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:00:34 OuqjjN.s0
投下します


567 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:01:13 OuqjjN.s0





◆Tips:殺害遺品
人々を殺戮しその身に膨大な血と魂を浴びた凶器は、時として物理的な干渉力とは別に概念的な力を纏うことがある。
オリジナルの殺人犯の模倣として成立する殺害遺品はかつての犯行に由来する特殊能力を持ち主に与え、殺害遺品の権利者は強力な異能の代わりに強い殺人衝動に見舞われる。
髪の女王の呪いと犠牲者たちの魂によって霊的武装を成し、宿る妄執を果たすという一点に限れば極めて絶大な効果を発揮する。
中でも人為的に作りだされた殺害遺品は受注製品と呼称される。





   ▼  ▼  ▼





「……」

 一切の音を立てないままに鉄扉を開錠。開閉の気流に舞い上がる埃を無視して覗き込むと、扉一枚隔てた向こう側は奥行き2メートルほどの狭い闇。黴と鉄の臭いが強い空間には最近人が出入りした痕跡こそあれど、当事者の姿はどこにもない。

「……もぬけの殻か」

 嘆息一つ。踵を反転させ振り返る。
 コンクリートの床、低い天井に切れたライト。奥の見えないほど長く細い通路の中点に、叢は立っている。
 一帯は完全な闇に覆われており常人では文字通り一寸先も見えないであろうが、忍として鍛え上げた視覚と鋭敏な感覚を持つ彼女にとっては何ら障害とはならない。常とほぼ同じ視界を確保できている。

 鎌倉市街から僅か数キロ。今は使われなくなった廃工場の片隅に、この地下水道への入り口はあった。いつから放置されているのだろうか、取り壊しさえされない廃墟の一つ。
 木々の間に埋もれるように隠れていたマンホールの内部は、普通ならばまず立ち入らないような朽ち果て様ではあったが、明らかに最近人の手で開けられた痕があった。
 古今、隠れ潜むとなれば人の取る選択肢は似たようなもの。人を辿り隠を暴く、忍びならば初歩の初歩である。

 叢の役割は偵察、拠点調査だ。マスターのものと思しき足跡を辿り潜伏先を割り出す。ただし深追いはせず、あくまで他陣営を一方的に把握するのが狙いだ。
 実行を忍である叢が担当し、万一に備え外にアサシンが待機する。有事の際には令呪の行使も視野に入れ、サーヴァントとの遭遇戦においてはアサシンの気配遮断を活かし更なる他陣営への誘導に使う。

(この聖杯戦争は規模が度外れて巨大だ。抗する力を持ちえないマスターは十中八九一箇所に隠れ潜むはず。そして身分の保証が為されない以上、そんな場所は自然と限られる。
 そしてその場合、マスターとサーヴァントは行動を共にしていない可能性が高い)

 思考を巡らせている間にも足は止まらず、一分ほどで終点に辿りつく。通路の行き止まりには古びた扉。数年分の埃が積もったノブを回して入ると、そこには使用済みの蝋燭の残骸と、今まで使われていたであろう簡素な机と椅子が放置されていた。
 明らかな暮らしの跡である。
 叢は一つ頷くと、溶けた蝋のこびりついた皿を手に取り、じっと見つめ検分する。

(読み通り人のいた痕跡はあった。それも真新しい、恐らくここを離れてから数刻と経ってはいない。まだ遠くへ行ってないと見るべきか、あるいは……)

 と、そこまで考えたところで。


568 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:01:51 OuqjjN.s0

「……いや、待て」

 動きを止め、ゆっくりと視線を動かし、部屋の隅の壁を見つめる。

 ……今、あの場所で。

 小さな音が、耳に届いた。
 そろりとベッドに歩み寄り、床に膝をついて足の周辺を調べる。一見すると動かした形跡はないように思えるが、注意して見れば丸い足の周りに積もった埃の山が少しだけ崩れているのが分かる。できるだけ音を立てないようにベッドをずらし、その向こうの壁を手で探る。

(……やはり)

 壁に見せかけた隠し扉。元からこうだったのではなく、恐らくは扉に急造の隠蔽処理を施したといったところか。荒削りだが見事なものだと舌を巻く。常人ならば見つけるどころか違和感の一つすら覚えまい。
 だが、確かに音は、この向こうから聞こえた。
 聞き間違いなど、忍たる叢にはあり得ない。

 深呼吸を一つ、静かに扉を押す。わずかに開いた隙間から、室内に身を滑り込ませる。暗く、埃っぽく、カビ臭い部屋。奥行き6メートルほどの小部屋だ。やはり明かりはなく、しんとした暗がりとなっている。

 静寂。
 張り詰めた空気が肌を撫でる。

「……!」

 瞬間。
 ぞわりと、肌が粟立った。
 肌を突き刺す強烈な”意”が、叢に向けられた。

 視線を正面に固定したまま、腰に帯刀した包丁の柄に手をかける。明らかに意思を持った何者かの殺意が周囲の空間を満たし、巨大な生物の体内に閉じ込められたような感覚。
 気を巡らせ意識を集中させるまでもなく分かる。
 間違いなく、この部屋のどこかにいる。

 ───令呪を使うか……?

 頭に浮かんだ思考を取り払う。声を発した瞬間にこいつは襲ってくる───そんな確信がある。
 言葉なく忍転身の術を起動、戦闘態勢を取る。相手の攻撃方法が分からないこの状況で、最も適切な防御手段は「避ける」こと。とにかく相手の能力を見極めないことには「受け止める」ことも「撃ち落とす」こともままならない。まずは、攻撃点を正確に見極める目と、攻撃より速く動く足が必要だ。

 ───どこから来る?

 柄にかける手が汗に濡れる。大きさを増す鼓動を胸に感じながら、小さく息を吸い込み、吐き出し、気配の元へ一歩足を踏み込む。

 その瞬間、叢は自らの間違いに気付いた。
 正しい選択は「避ける」ではなく「受け止める」だった。

 ───攻撃は、全方位360度からやってきた。


569 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:02:13 OuqjjN.s0



 咄嗟に後方へ跳躍し、左手の槍を水平に振り抜くのが精一杯だった。
 床、天井、四方の壁。空間のあらゆる場所から放たれたそれは、あらゆる角度から叢を襲った。
 槍の一撃が正面と左右からの攻撃を撃ち落とし、脱出のためのスペースを生む。着地と同時に地を蹴り、後方からの攻撃を躱し様にそのスペースへ逃げ込む。半ば倒れ込む格好で床に身を投げ出し、瞬時に体勢を立て直して跳躍、下方から来る新たな攻撃を槍で受け流す。
 槍の刃先が攻撃と擦れ合い、甲高い金属音と共に火花を撒き散らす。
 そこでやっと、攻撃の正体を確認する。
 視界の端に見えたそれは、「ナイフ」。
 銃弾の類ではない、前時代のアンティークめいた古びたナイフの群れだった。闇の中、僅かな光を反射して剣呑に煌めく刃が見える。それがおよそ数十本、同時多角的に擲たれ叢を襲ったのだ。
 僅かに驚愕するが、同時に納得もした。全方位隙なく攻撃されたにも関わらず叢が傷を免れたのは、攻撃が角度によって時間的なズレを伴っていたからだ。正面が最も速く、次いで左右。ワンテンポ遅れて上下、背後からの攻撃は最も遅かった。察するにそれは壁や天井を用い跳弾の要領で叢を狙ったがためだろう。

 隠行から、虚を突いての全方位攻撃。
 確かに有効ではあるし実際に肝を冷やした。それを為せる技量もまた素晴らしいものがある。数瞬を経ねば叢ですら完全には見えないほどの投擲速度は目を見張るほどだ。
 しかし、種が割れたならこんなもの、ただの曲芸に過ぎない。

 足に着地の感覚、休む暇なく疾走を開始。動きを止めれば狙い撃ちにされる。再び正面から攻撃の気配、しかし攻防の密度とは反比例に心は落ち着きを取り戻す。
 バラけるナイフを大きく跨ぎ大上段へ跳躍。迫るナイフを最小限の動きで撃ち落とし、視線は過たず一点のみを見据える。
 正面右側方、天井角。すなわちナイフの投擲手が存在する場所!
 壁に張り付く小さな影が驚愕に息を呑む。目を凝らせばそこにいると分かる、そもそもここまで攻撃を許せば自ずと射手の位置は特定される。叢の場合、その判断と暗闇に対する適応力がずば抜けて高かっただけだ。影は慌てて次弾を用意するが、こちらのほうが遥かに速い。叢はお構いなしに包丁を振り上げ、最早分厚い刀剣としか形容できない剣呑な刃を叩きつけた。

「───ぁっ!?」

 肉を打つ重たい打撃音が響き、同時に漏らされたのは対照的な少女の高い声。
 辛うじて両断を避け床に叩き落とされたのは、十にもならないような小さな幼児だった。





   ▼  ▼  ▼


570 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:02:38 OuqjjN.s0





 ───しくじった。
 そんな思考を振り切るかのように、エミリーは間髪入れることなく地を蹴った。この敵手を相手に一瞬足りとて暇を与えてはいけない。単純な実力差もあるが、それ以上に相手に令呪を行使する隙を与えてはいけなかった。

「はぁッ!」

 滑るように地を駆け、5mの距離をコンマ秒で0にする。空気抵抗が体の表面を流れ、微かに風の動きを感じる。
 踏み込みざまに、一撃。
 敵手の股下に潜り込み、突き出された右手の一閃は眼前に掲げられた大振りの刃に逸らされ、エミリーの意図とはかけ離れた軌跡を描いて虚しく宙を泳ぐ。

(……まだ!)

 つんのめるように崩れた体勢に逆らうことなく体を流し、一歩踏み込んだ右脚を軸にして背中から回転。逆手に持った左のナイフが弧を描いて敵手に襲い掛かり、しかし槍の柄で叩き落され目標には届かない。
 続く三撃目を繰り出そうとした瞬間、エミリーの眼前から敵手の大女の姿が掻き消え、次いで頭上から突き刺さる鋭い殺気に敵の攻撃を悟る。
 一挙動に後方へと撥ね飛んで、一瞬遅れてエミリーの残像を槍の穂先が貫いた。コンクリの地面に金属の刃が刺さる甲高い音が反響し、突き立った槍を軸に浴びせられる回転蹴りをエミリーは両手をクロスさせることで受け流し、浮いた体を危うげなく着地させた。

 強い。素直にそう思う。
 一対一で戦いたい相手ではない。しかし、今ここでバーサーカーに頼るわけにはいかなかった。

 バーサーカーは、狂っている。
 狂化のスキルがどうこうという話ではない。アレは根本的に常人の理解できる存在ではない。アレは堂々と姿を現し覇道を突き進むことを是とし、あろうことか己がマスターにすらそれを強要する。
 マスターがサーヴァントに太刀打ちできるわけもないという条理すら無視して、奴はエミリーに自ら刃を持って戦えと脅してきた。
 話が通じない。理屈が通らない。しかしそれこそがアレにとっては真理であり、エミリーにはその暴論を跳ね除けられる力がなかった。
 そんな彼が、今この場で「マスターにすら苦戦する自分」を見たら、どう思うか。
 その末路を考えただけで、エミリーの心根は冷え切り、言い知れない恐怖に見舞われる。殺されるだけならまだマシだ。仮にあの眼帯の向こう側、魂を吸奪する魔業に囚われたらと、考えるだに恐ろしい。

 自分にとって一番穢されたくない部分を土足で踏み躙られたことへの反発心はある。自分の手で何かを為さねばという焦燥感もある。けれど今、エミリーを単騎で突き動かしている最も強い感情は、恐怖。
 そんな彼女が令呪を使うことを渋るのは言うまでもなく。故に、攻撃の手を休めることはできなかった。


571 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:02:55 OuqjjN.s0

「死んで……ッ!」

 停滞は一瞬。身を捻りナイフを投擲すると同時に地を蹴り跳躍。投擲は上体を逸らすことにより回避されるも、それ自体は織り込み済み。回避先に移動した敵手の体めがけ、エミリーはナイフごと突貫する。
 仮面の奥から驚愕の念が伝わってくる。突撃そのものは上手く受け止められダメージは与えられなかったが問題ない。そのまま二人でごろごろと転がり、しかし最初からそれを承知していたエミリーのほうが圧倒的に速く体勢を整えると、そのまま一気に叢とは逆の方向へ駆け出した。

 最後まで戦うつもりは毛頭ない。元より実力差のある相手、一対一で戦闘を続行すること自体が愚の骨頂である。
 一度戦線を離脱すれば身を隠す手段などいくらでもあるし、例えサーヴァントを呼び出されようとも見つからない自信はあった。戦闘力と隠密の技量はまた別個のものであり、確かにエミリーの狙い自体は悪くなかった。

 しかし。

「……残念だったな。既に逃げ道は封じている」
「えっ……!?」

 外に飛び出そうとしたエミリーの眼前に、突如光の壁らしきものが出現した。何もない中空に電流が奔るように展開されたそれはエミリーの行く手を阻むようにそり立つ。しかも。

「うそ、壊せない……!?」

 すぐさま両手のナイフによる渾身の斬撃を浴びせるも、しかし結界は小揺るぎさえしなかった。エミリーにとって、この展開は予想だにしないものであった。
 エミリーの持つ殺害遺品「鮮血解体のオープナー」に宿る属性は切断強化。この効能が付与されたナイフはコンクリートや鋼鉄すら溶けたバターのように切断するほどの威力を誇る。由来故に概念武装に匹敵する神秘も内包するオープナーによる斬撃は、生半な魔術程度では防げないほどのものであると、予選における対魔術師戦でも証明されているというのに。

「当然だ。忍結界とは忍同士の決闘に用いられるもの。その使用には当然、秘伝忍法の衝突すら想定に入れられている」

 語る叢の声は近く、既にエミリーのすぐ背後にあった。バッと振り返れば、そこには幽鬼のように歩いてくる叢の姿。

「我を前に逃走を選んだということは、最早貴様に対抗の手段はないということ。詰みだ、潔く首を垂れるがいい」

 その言を前に、しかしエミリーが従うことはない。今や泣き言を言っている場合ではないと、ここでようやく令呪の使用に踏み入ろうとした瞬間。

「あくまで抵抗を続けるというなら、良いだろう」

 その動作すら軽く飛び越える速度で、叢の体はエミリーの眼前まで迫って。

「鎮魂の夢に沈め」

 振るわれた一閃が、エミリーの視界を焼き切った。





   ▼  ▼  ▼


572 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:03:33 OuqjjN.s0





『そのようにして君は死ぬ』


 男の声だけが、その空間に響き渡った。
 銀の剣で突き刺されるかのような感触を覚える、それは歯車めいて無機質な男の声だった。


『避けられぬ死だ。既に、君の運命は固定された』


 エミリーは今、静寂の空間にいた。場面は何も変わっていない。目の前では凶手の女が大刀を振りかざし、エミリーの首を断とうとする一瞬手前まで迫っている。
 暗い地下の様相も、舞い上がる埃のコントラストも、何もかもが変わっていない。エミリーすら、抵抗の余地なく殺される寸前の状態で動けない。
 何も変わらない。問題なのは、"あまりにも変わらなすぎる"ということだ。
 全てが停止していた。まるで時間が止まったかのように、あらゆる物体はその運動を止めていた。

 動あるモノは二つだけ。
 こうして状況を俯瞰できるエミリーの意識。そして、誰とも知れぬ男の声。
 そして、その声は。


『このままでは、の話だがね』


 嗤っていた。
 その口を、三日月型形に切り取ったかのように釣り上げて、男は嗤っていた。視線を動かせないエミリーは男の姿を見ることはない。けれど気配だけでそれが分かった。一挙手一投足までを脳裏に想起させるほどの濃密な存在感。それはまるで、男の存在が人類の本能そのものに刻み込まれたものであるかのように。

 これは、誰だ?
 言葉を解する者、人間? まさか、そんなことはあり得ない。その思考に恐怖さえ感じる。こんな気配の者が、人間であるはずがない。


『そのまま聞きたまえ。君に、選択肢を与えよう』


 そして二重の意味で硬直するエミリーの目の前に、何かが現れた。
 周囲の暗闇が凝縮するかのようにして現れる、それは時計の針であった。小さな黒塗りの、けれど秒針であると分かる作り。時計盤も支えもないはずなのに、ひとりでに浮かんでチクタクと時を刻む。


573 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:03:54 OuqjjN.s0


『君が死を受け入れないというならば……他者の思いを踏み拉き、弱き者、物言わぬ者を、ともすれば自らをも蹂躙して進むというならば。これを食らいたまえ。
 君が死を受け入れるというなら……自らの思いに殉じ、弱さに殉じ、物言わぬ肉塊となることを承認するならば、これを胸に突き立てたまえ』


 それで、どうなる?
 これを食らったところで、一体何が好転するという?


『"力"が手に入る』


 男は、くつくつと暗鬱な嗤いを繰り返すのみで。


『さあ、よく考えてみたまえ。君の奥底に眠る"願望"はなんだね? 君は、助かりたいという以上の望みを有しているはずだ』


 望み……。
 私の、望み。


『君は、どうしたいのだね?』


 私の……。
 私の、望むことは───


「……ッ!」

 瞬間、エミリーは肉体を固定する縛鎖を振りほどくと、飢えた獣が群がるかのように、その秒針に食らい付いた。
 秒針は固く、けれど口に含んだ瞬間にはバラバラに崩れ、解け、溶けて喉の奥に流れ込んだ。針の触れた部分から、何か熱いような感触が感じられた。


『そうか、それを選ぶか』


 声は嗤い続けて、けれど貪るエミリーは最早聞く耳など持たず。


『ああ、やはり』

『果て無きものなど』

『尊くあるものなど』

『あるはずもない』


 声は今や遠ざかり。
 蹲るエミリーの右手は、遂に伸ばされることはなく。

 ───意識が、裏返る。





   ▼  ▼  ▼


574 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:04:48 OuqjjN.s0





「馬鹿、な……ッ!?」

 呻くような叢の声。信じがたいことが、目の前で起こっていた。
 敵の少女が、大槍の一閃を受け止めていた。
 確実な必殺の手応えと共に放った一撃。止められるとは思っていなかった。いや、それだけならまだ分かる。窮地に陥った人間の底力は、叢とて承知している。
 だが、それにしたってこれは異常すぎた。

 大槍を受け止めたのは、得物のナイフではなかった。
 それは、口だった。

 あろうことか、この少女は物を噛むようにして大槍を白刃取りしているのだ。
 がちがちと、両の歯のみで、今にも噛み砕かんとするかのような少女の形相は獣じみて。
 "ぎょろり"と、少女の眼球が叢を見上げ睨みつける。
 不覚にも叢は、その様子に恐怖を抱いて。

「───動揺したね?」

 バキリ、と。
 大槍の刀身が砕かれた、その瞬間には既に、エミリーの体躯は叢の眼前にあった。
 総身を走る悪寒を振り払い、半ば条件反射的に包丁で薙ぎ払う。今までならばその身を捉えていただろう一撃は、しかし何に当たることなく宙を泳ぎ、次の瞬間には直感に突き動かされて後方へ跳躍する。
 跳び退った叢の残像を切り裂くかのように、頭上からの銀光の一閃。
 振り下ろされたナイフは縦一直線に空間を断割し、エミリーは屈んだ姿勢からゆっくりと立ち上がる。
 その姿は影となって表情が伺えず、けれど感じられる感情の色は、殺意。

「───わたしはあかいあかてぶくろ」

 茫洋と語られる言葉は、宣誓とも祝詞ともつかない何か。
 新たに少女の手に現出したナイフは都合6本。それらが光さえないはずの地下でぎらりと煌めく。


575 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:05:17 OuqjjN.s0

「魔法使いの腕さえもいで、なくしたものを見つけるの!」

 新生───鮮血解体。
 魂の絶叫と共に放たれた六条の銀光は、忍結界ごと天井を貫き爆風と共に地上までの巨孔を穿った。

 なんという出鱈目な腕力。
 レールガンでも発射したと言ったほうがまだ信じられるほどの荒唐無稽。

 冷や汗を流し逃れるように穴から地上へ這い出た叢は、同時に舞い上がる瓦礫の中にエミリーの姿を確認した。
 その目は確りと、こちらを視認している。
 まき散らされるコンクリ塊に大量の土砂、それらを意に介することもなく彼女はただ殺すべき敵だけを見つめている。

 だが、ああ、だが。

「にげられるなんて思わないでよね、ニンジャさん?」
「馬鹿め、罠にかかったのは貴様だ」

 誘い込まれたのは貴様のほうだ。
 叢は軽く手を挙げ合図する。この距離ならば令呪を使うまでもない。

「頼むぞ、アサシン!」
「令呪を以て命ずる。来なさい、バーサーカー!」

 瞬間。

 膨大な魔力を持つ何者かが現出し、爆轟する大気が余波となって周辺地形の悉くを抉り飛ばしたのであった。





   ▼  ▼  ▼


576 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:05:43 OuqjjN.s0





「いやはやまさか、君がそんなんになるとはねぇ」

 爆心地かと見紛うほどに破壊し尽くされたその中心で、白髪の少年は心底愉快そうにケラケラと笑っていた。
 周囲一面、地肌が剥き出しとなり不毛の大地と化していた。かつてこの場所に、廃棄されたとはいえそれなりの規模の工場が建っていたと誰が思うだろうか。今やこの場所にはクレーターのように抉り取られた更地しかなく、粉砕された瓦礫がその名残を残すばかりであった。
 攻撃があったわけではない。
 ただ爆撃じみた魔力の激発があっただけだ。
 ウォルフガング・シュライバーが、この地に降り立ったという、ただそれだけの話であった。

「令呪まで使ってさ。これでつまんないこと仕出かしてたら、流石に君でももう要らないかなって思ってたんだけど。これがどうして、中々愉快なことしてるじゃないか」
「……シュライバー、あいつらは」
「ん? ああ、どっか逃げたんじゃない?
 多分アサシンだろうね、随分と気配隠しが上手い。追えないこともないけど、小物を虱潰しにってのは僕の趣味じゃないんだよね」
「そう……」

 あっけらかんと、バーサーカーは敵を見逃したことを告げた。本来草の根を分けてでも探し出して殲滅すべき敵を、その場の気分だけで放置したと断言したのだ。
 なんという無知蒙昧、これが余裕の表れだと言うのなら傲慢甚だしいが、しかしエミリーはそんなシュライバーの態度に一切言及しなかった。恐怖のためではない、彼女にはそれにかかずらうだけの余裕がないのだ。

「うぐ、げぇ……!」

 膝から崩れ落ち、こみ上げる吐き気に空っぽの胃の中身を吐きだそうとする。
 わずかな胃液をぶちまけるエミリーを、シュライバーは興味深そうに見下ろして。

「ああ、やっぱりだ。そういや君のそれ、結構な数を殺してるんだったよね。
 十人かな? 百人かな? 人工的な殺人鬼を生み出すのに、どれだけ殺して魂を蓄えたんだい?」
「シュライバー、もしかして……」
「分かるさ。だってそれは、僕らの聖遺物と同じアプローチで生み出されたものだからね。まあ色々違いはあるみたいだけど、根本のとこは一緒だ」

 殺害遺品とは殺人鬼の血の歴史そのものだ。
 数多の人間を殺しその血と魂を吸い続けた凶器は、いつしか"そのための"遺物と化す。刺殺に使われた刃物は刺し殺すことに特化され、絞首刑の荒縄は縊り殺すことに特化される。そしてそれら遺品は人間の魂を求め、最後には使い手そのものを食らい尽くして諸共に終わる。
 聖遺物も殺害遺品も、人の想念を力に変える術法。聖遺物はエイヴィヒカイトで、殺害遺品はゼイヴルファの呪いで形作られているが、彼の言うようにアプローチ自体は非常に似通っていると言える。


577 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:06:19 OuqjjN.s0

「僕らみたいなエイヴィヒカイトは位階の強化を成し遂げ、君らの殺害遺品はオリジナルの犯行を模倣させる。僕らの聖遺物も、使う奴が使えば元の持ち主の特性なんかを模倣できたりするのかもしれないね」
「つまり、何が言いたいの?」
「分からないかなぁ。君はそのチャチなナイフで、僕らと同じ領域に踏み入ったってことだよ。
 執念か根性か、はたまた生まれ持った才能か。ともあれ自力でエイヴィヒカイトの真似事なんてね」

 すなわち、オリジナルの模倣に留まらず位階の強化を成し遂げた。つまりはそういうことだ。
 同じ原理で形作られているならば、その結果として引き出される効果もまた、同じものが期待できる。方向性の違いから習得難易度は跳ね上がるだろうが、決して不可能な事象というわけではない。

「前言を撤回しよう。僕は君に期待しないと言ったけど、ありゃ無しだ。
 少なくとも魔人錬成に耐えられるだけの器があったってことは認めてもいい。黒円卓の魔人としちゃ落第甚だしいけど、サーヴァントに在らぬマスターとしちゃ及第点だ」

 シュライバーの言に、エミリーの表情が少しだけ柔らかなものとなる。それは果たすべき何某かの成就を、心待ちにしていたかのように。

「なら、これからはわたしの言うこともきちんと聞いてくれる?」
「ああいいとも。さっきまでは好き勝手やろうと思ってたけど、これまで通り君の指揮に従おうじゃないか」

 エミリーを見つめるシュライバーの笑みが深まる。釣り上げられた口許は弦月めいて、肉食獣の裂けた口を彼女に想起させた。

「どうせ、どんな道を辿っても僕が勝つ以外の結末なんてないんだからね」

 その言葉を最後に、シュライバーは霊体化して消え失せた。それを見届け、エミリーは無言でその場を後にする。
 彼女の表情は明るいものではなかった。
 先のような純真な、少女のような無垢さは欠片も存在しない。
 ただ、昏い喜びの表情が、エミリーの顔にはあった。

「ふ、ふふ、ふふふふふ……」

 エミリーは力を得た。
 何某かの助力によって、彼女は権利者(オーサー)以外に更なる異能を獲得した。それはともすれば、あのシュライバーでさえも打ち倒せるかもしれないものだった。
 エミリーは最初から気付いていた。この力が、シュライバーの繰るものと同質のものであると。
 同じならば力の多寡で上回れば奴さえも殺せるものだと、エミリーは知っていた。


578 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:06:55 OuqjjN.s0

(待っててね、シュライバー)

 エミリーはシュライバーを許してはいなかった。
 エミリーはあらゆる罵倒とあらゆる暴挙を許してきた。けれど、それでもあの言葉だけは耐え難かった。
 少女にとって、父親の記憶は聖域だ。
 それは彼女が生きる上で最も大切な支えだ。彼がいなければ自分は生きてなどいなかった。命が無かったということ以上に、"人"として生きることができたのは彼のおかげであるから。
 そんな父親を否定する言葉だけは、エミリーにはどうしても許すことができなかった。

 今までは力が無かったから、己が侍従に屈する他なかった。
 けれど今はどうか。
 これからの蓄積次第ではあるが、届き得るのだ。あの狂犬を、シュライバーを、殺せるだけの下地が自分にはある。

 今はまだ殺さない。聖杯戦争に勝ち抜くために必要だからだ。けれどそれが終わったら?
 その時は殺してやる。令呪など使わない。自分の手で、自分の力で、殺して初めて父の名誉を守ることができるのだから。

(いつか、私が殺してあげるから)

 エミリーは嗤う。未来を思い描いて、そのための力を誇って。


 "思考を誘導されている"とも気付かずに。


 ……エミリーの知らない事実が存在する。
 受注製品の殺害遺品には、本来あるべき殺人衝動と代償が存在しない。故にエミリーは冷徹な殺人者として完成していたし、その力を十全に扱うこともできた。
 しかし聖遺物は違う。
 聖遺物を扱う者は、その全てが強烈な殺人衝動に支配される。例外は存在しない。恐怖心はおろか無意識の手加減や本能レベルの良心さえ消し去り、持ち主を都合のいい魂の運び手に仕立て上げてしまう。
 特に活動位階において、エイヴィヒカイトの持ち主は聖遺物を使うのではなく、聖遺物に「使われる」とさえ形容される。

 常のエミリーなら当たり前に気付いたはずだ。力の危険性にデメリット、授けた者の信用性やそもそも相手が何者かさえ分からないという事実。
 しかし、死を目前とした袋小路が彼女に破滅を選ばせた。
 そして全ての理性は聖遺物によって押し流され、胸の内に秘めておこうとしていた無意識の殺意すらも無理やりに引きずり出された。

 聖遺物に思考を支配され、単純かつ凶暴な衝動に身を任せる破滅的な姿勢。
 それを、エイヴィヒカイトの創造主は「暴走」と呼んでいる。


579 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:07:33 OuqjjN.s0

【D-4/廃工場跡地/一日目・夜】

【エミリー・レッドハンズ@断裁分離のクライムエッジ】
[令呪]二画
[状態]活動位階、魂損耗(中)、思考混濁、疲労(大)、全身にダメージ、身体損傷(急速回復)、殺人衝動(小・時間経過と共に急速肥大)、"秒針"を摂取
[装備]鮮血解体のオープナー(聖遺物として機能、体内に吸収済み)、属性付与済みのナイフ複数。
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。皆殺し
1:自分の力を強化する。
2:敵を殺す。
3:その後でシュライバーも殺す。
[備考]
※魔力以外に魂そのものを削られています。割と寿命を削りまくっているので現状でも結構命の危険があります。
※半ば暴走状態です。
※活動位階の能力は「視認した範囲の遠隔切断」になります。


【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]ルガーP08@Dies irae、モーゼルC96@Dies irae
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。
1:サーヴァントを捜す。遭遇次第殺し合おうじゃないか。
2:ザミエル、マキナと相見える時が来たならば、存分に殺し合う。
3:エミリーにもそこそこ見どころがあったみたいだ。
[備考]
みなと、ライダー(マキナ)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
イリヤ、ギルガメッシュの主従を把握。





   ▼  ▼  ▼


580 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:08:04 OuqjjN.s0





【アサシン、必要な情報は取れたか?】
【令呪の使用を確認した。サーヴァントはバーサーカー、こちらに気付く様子は……どうやらないようだな】
【そうか……】

 爆心地となった廃工場より少し離れた木陰、そこに叢とスカルマンはいた。
 計画は戦闘の最中に念話で取り決めていた。脱出経路さえ確保したら、すぐにそれを実行できるよう叢はアサシンを待機させた。
 相手にも分かるよう大仰にアサシンを呼び、しかしあえて攻撃は加えず一心不乱に逃走する。
 その声につられ、相手が令呪等でサーヴァントを呼んだならばそれで善し。
 サーヴァントを呼ばなかったならば、すぐさま跳ね戻って相手を殺害。
 どちらに転んでも得しかない状況だった。できるならば本格的に事を構えるより前に殺害しておきたかったが、令呪を無駄打ちさせ一方的に情報を仕入れたというだけでも戦略的には十分勝利と言えるだろう。

【だが厄介なことになった。鉤十字の軍服にトーテンコープの眼帯、恐らくあれは黒円卓の大隊長だ。既にもう一騎、私はあれの同類を確認している】
【強いか?】
【まともにやり合えば太刀打ちできん。しかしそうでなければ話は別だ】
【同感だ】

 元よりアサシンに常道は通じない。如何に強力とはいえ相手はサーヴァント、マスターという生命線を切れば討伐は容易だ。
 それにあのマスター、アサシンをぶつけるまでもなく叢だけでも対処が可能な手合いである。
 技量、膂力、有する異能に思考速度。その全てを鑑みて、もう一度一対一の状況に陥ったとしても余裕を持って対処できると断言できる。
 確かに途中の豹変には不意を打たれたが、何もその言は誇張やうぬぼれではない。何故なら自分はあの戦いにおいて手の内を見せきっていない。
 命駆に秘伝忍法、小太郎や影朗との連携といった奥の手が、まだ叢には存在する。

 故に、対処は可能である。
 現状あの主従は打倒不可能な怨敵ではなく、厳正に処理が可能な当て馬に過ぎない。その力を他の陣営排除に利用した後、排除する一つの障害でしかない。

(しかし……)

 それとはまた別の問題として、疑問が湧く。あの少女が見せた豹変とは何であったのだろうかと。
 自分のような多重人格であるのか、戦いの最中に何かしらのスイッチでも入ったのか。無意識に働きかける類の魔術なり奥秘なりを習得していたか。
 スペック的な脅威以上に、言葉にできない不気味さがあった。勝てると踏んだ戦いを放棄し次善の策に切り替えたのにはそこに理由がある。

 それに、何より。

(一体何だと言うのだ。この"黒い秒針"は……)

 目を向けようとすればふっと消えてしまうような視界の端に。
 いつの間にか正体も分からぬ黒い秒針が浮かんでいることを、叢はアサシンに相談することもできないまま持て余しているのだった。


581 : 半透明少女関係 ◆GO82qGZUNE :2017/10/03(火) 23:08:22 OuqjjN.s0


【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)、迷い? 視界の端で黒い秒針が廻っている。
[装備]包丁、槍(破損)、秘伝忍法書、般若の面
[道具]死塾月閃女学館の制服、丈倉由紀
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる。
0:なんだ、これは。
1:日中は隠密と諜報に徹する。他陣営の情報を手にしたら、夜間に襲撃をかける。
2:市街地を破壊した主従の情報を集めたい。
3:強力な主従には正面からではなく同士討ちを狙いたい。
4:できれば槍の代わりを探したい。
[備考]
現在アサシン(スカルマン)とは別行動を取っています。
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
エミリー、バーサーカー(シュライバー)を確認。
由紀はそこらへんにいます。


【アサシン(スカルマン)@スカルマン】
[状態] 気配遮断、疲労(小)
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、敵を討つ。
1:……
[備考]
※ランサー(結城友奈)、アーチャー(ストラウス)を確認。
※エミリー、バーサーカー(シュライバー)を確認。


582 : 名無しさん :2017/10/03(火) 23:08:45 OuqjjN.s0
投下を終了します


583 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:51:55 w1LjhAJk0
トワイス、甘粕、エレオノーレ、『幸福』を予約します


584 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:52:31 w1LjhAJk0
投下します


585 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:53:13 w1LjhAJk0



「人とは極論してしまえば、皆が"幸福"を求める生物なのだろうよ」

 月明かりの照らす静かな海原に、朗々と語られる男の声が響く。
 その男は黒船の甲板に立ち、白光が中天に浮かぶ夜空を仰いでいた。波浪の一つも立たない水面と同じくして、彼の語り口は穏やかなものだった。

「恐らくは、これこそが人と動物を分ける決定的な違いなのだと、俺はそう解釈している。
 自然に生きる人類以外の動植物を見るといい。彼らの在り方、生き方は至ってシンプルだ。生物としての本能に従い、必要な数だけ食らい増えるためだけに繁殖する。全ては生きるため、自らの種が存続するための行いだ。そこには不必要な利己がない、純粋な命の形がある。
 対して人間はどうだ? 地球に発生した遍く生命たちの中にあって、唯一人間だけは無駄に塗れている。不必要な行いが多すぎる。
 生きるための糧でしかない食に美味を求め、繁殖のための交わりに愛だの快楽だのを求める。果ては人類種族や共同体の未来よりも、自身の一時的な利益を優先させることさえある。
 種族全体から見ればあまりに無価値。万物の霊長たるに相応しい知性を得ておきながら、しかし人間は種としての存続には極めて不向きな性質を持ち合わせている。
 それは何故か───決まっている、人とは幸福を追求する動物だからだ」

 男の声は穏やかで、友愛に溢れたものだった。敵意の類は一切なく、それは友人や家族、あるいは教え子に語る口調にも聞こえた。

 敵意はない。
 しかし、仮にこの場に第三者として誰かがいたならば、きっとこう思うはずだ。
 ───恐ろしい。体が、心が、最大級の警鐘を鳴らしている。

「念のため言っておくが、俺はこのような人の性を醜いとは一切思っていない。
 むしろ逆だよ。種としての総意すら凌駕する自我、自らの欲(アイ)を以て突き進む意思の強さは須らく賞賛されるべきなのだ。
 日々を生き、より良きものを求め、至らぬ己を恥じた上で更なる高みを目指す。幸福の追求とは、すなわち人の努力と研鑚の動力源なのだから。
 ああ素晴らしいぞ、寿ごう。世界は愛で満ちている!」

 男が語るのは人間の賛歌だ。人の在り方を認め、賛美し、肯定する言葉でしかない。
 だというのに、何故か。語る男の気配には尋常ならざる"圧"というものが存在した。敵意はないのに、男がそこに在るというだけでただただ恐ろしい。
 それは意思の輝きだ。恒星のように燃え盛る精神が、否応なく畏怖の念を喚起させる。巨大な業火が人の足を竦ませるように、桁違いの熱量は常人には直視すら許さない。


586 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:54:03 w1LjhAJk0

「俺が醜いと言っているのはな、それを覚悟なく求める人間のことなのだよ」

 ───ならば。
 ならば、愛と理想を謳うだけで余人の膝を折らせるだけの意思を持つこの男が、仮にその意思を敵意に染めたとしたら?

 男の口調が変わる。美しいものを賞賛し、眩しいものを見つめる感嘆の声だったそれまでのものではない。彼が心底唾棄すべきと考える諸々に対する怒りと敵意が、その声にはあった。

 周囲の空気が一変する。
 波一つなかったはずの水面に、にわかに微かな揺れが生じ始めていた。

「己の身の丈に合わん過剰な利潤を対価もなしに寄越せと強張る。自分は守られ、殴られず奪われず殺されず、生きていく権利を持っているのだからと、そんな自分は優先されて然るべきだと何の努力も覚悟もなしに暴食と貪欲を底なしに求める。
 ここ数日、海岸に屯していた連中がいい例だろう。奴らは熱狂と混沌を求め群がっていた。もっと刺激的な光景を、もっと熱狂的な展開をと望みながら、しかし自分は何もしない。する気もない。命を奪われる修羅場を目撃したいと願うのに、自分の命が奪われる可能性など微塵も考慮していない。
 なあ、何なのだそれは。殺されはしないと高を括って、努力もしなければ覚悟も持たず、自分からは何も差し出さないまま夢を幸せを熱狂をと浅ましく求めるばかり。それはこの日の本において保障された人権と平和故に、安穏たる素晴らしき日々であると……そうなのだろうかなぁ。俺は悔しくて泣いてしまったよ。情けなくてみっともなくて、人間とはそんなものでよいのだろうかと」

 言葉を皮切りに、男の内面にあったものが露わとなる。
 その激情、この街に暮らす全ての人間、そして現代の人類そのものに対する、どうしようもない憤りが。

「自由とは、夢とは、尊厳とは───幸福とは。そこまで安く下卑たものか? 尊く光り輝くものは、時代の流れや見方使い方の些細な変化で、容易く醜悪に堕す程度のものか?
 俺は違うと信じている。普遍でかつ不変であれと、人の歴史に謳い上げたい。盧生としてこの身が紡ぐ夢の形とはそういうものだ。
 掴み取り、勝ち取ってこその幸福ではないか。だからこそ勇気の賛歌が眩しく諸人を照らすのではないか。
 なあ、分かるか? 幸福の妖精よ」

 そうして彼は、ずっと彼の傍らに在り続けたモノへと問いかけ。


『分からないわ』


 "それ"は、一切の躊躇も迷いもなく、そう断言した。


587 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:54:37 w1LjhAJk0


『幸せになることは罪じゃないの。理由も躊躇いも関係ない、幸せになりたいと願ったなら、誰だって幸せになっていいの。
 どんな迷いや、戸惑いや、疑問があっても……すぐに全てが消えてなくなるの。私は、そういう世界を作れるの』

 それは、少女の姿をしていた。あまりに儚く、ともすれば実在すら疑ってしまうほどに存在感の希薄な少女。
 サーヴァントは愚か市井の平凡な男にも容易く組み伏せられそうな華奢な体躯。
 薄っすらと笑みを浮かべる、敵意の欠片も存在しない表情。
 余人が気絶する重圧の只中にあって尚、平静を崩そうともしないその在り方。

『生きることも死ぬことも、恐れる必要はないの。死は一つの通過点に過ぎない、幸せの前には苦痛なんてないも同じなのだもの』

 それを、最早人とも呼べぬその存在を睥睨して。男はつまらなさげに言った。

「なるほどな。お前はそういう性質を持つのか」

 男は最早、少女を見ない。
 男は今や、言葉を聞かない。

 その目には、幸福の輝きなど何も映ってはいない。

「お前の在り方について、特に言うべきことはない。誰かを幸せにしたいという意思、大いに結構だとも。
 だがお前には分かるまい。死の恐れすら取るに足りぬと言って憚らぬお前には、恐れも苦しみも痛みも悲しみも人には要らぬとするお前には」

 男が掲げるは属性を問わぬ絶対値だけを基準とする異常の美学。
 善も悪も男は問わない。輝きを宿してさえいればそれでいい。
 故に人を醒めぬ夢に沈め、人類を滅亡させる暴挙であろうとも、それに値する意思があれば男は喝采しよう。

 しかし。
 しかし、それが己一人で完結し、他者の一切を見る意思さえないというならば。

「お前は誰も救えない」

 そうして男は、『幸福』にとっての価値全てを否定した。


『……分からないわ』


588 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:55:31 w1LjhAJk0


 ラピスラズリの瞳を閉じて、少女のような何かは霧散した。現実には在らぬ幻のように、最初からそこにはいなかったとしか思えないほどに、それは静かな消失であった。
 悲しげな表情を浮かべて、しかし彼女は悲しみを解さない。分からないという言葉はしかし、彼女の裡にある疑問を保障さえしない。湛える感情は幸福のみで、口では疑問を呈しようと「疑い」や「理解」の思考を彼女は持たない故に、それにはどこまでも幸福しか存在しないのだ。

 後にはただ、凪いだ海原だけが残された。そこに浮かぶ戦艦の甲板にて、独りの男がただ空を仰ぐのみであった。
 男一人だけの世界。
 しかしそこに、突如として新たな気配が現れた。

「やあ、もう終わったのかな」

 それは白衣の男だった。痩せ細った体は危うげで、しかしそこに感じられる気配は頼りなさではなく、妄執。
 執念めいた何かを感じさせる男だ。男───トワイスは、己がサーヴァントである空を仰ぐ男に話しかけた。

「あれは恐らく『幸福の精』だろう。鎌倉で囁かれる都市伝説の一つだよ。何でも、出会えば一つだけ願いを叶えてくれるそうだ。笑えない冗談だね」
「笑えはせんが、あれはあれで興味深くはあったぞ。後学のために一度は見ておいて損はなかったと思うが?」
「それこそ悪い冗談だ。僕にアレを見ることはできないよ。何せ出会えば眠りに落ちる。
 意思の絶対値ではなく、相性的にそうなるんだ。真っ当な強者ではなく螺子の外れた狂人でなければアレを耐えることはできない。君の言う"普通の人間"ではおよそ太刀打ちできないだろうね。
 ……ああそうだ。由比ヶ浜の一帯で大規模な昏睡事件があったそうだよ。聞くところによれば数百人もの人間が一斉に昏睡状態に陥ったとか。原因は未だ不明とのことだけど、十中八九アレの仕業だろうね」

 『幸福』のサーヴァントは相対した人間を無差別に醒めることのない夢へと引きずり込む。
 耐えるにはある種の狂気か相互理解の放棄が必要であるという。
 "事前に聞いていた"情報と寸分違わず合致していた。

「正直なところ、あんなものが街中に放り出された状態で未だにインフラが機能しているということ自体が信じられないな。アレがその気になれば、鎌倉市程度なら半日とかからず壊滅できるだろう。
 何かしらの制約があるのか、何某かの妨害を受けているのか、あるいは"そう定められて"いるのか……実はその気がない、というのは楽観視に過ぎるだろうけれど。君はどう思う、ライダー」
「さてな。興味は湧かんし、はっきり言ってしまえばどうでもいいことだよ。
 それよりも、な」

 ライダーと呼ばれた男は、つまらなさ気にしていた口許を、しかし愉快そうに釣り上げて。

「ようやくのお出ましだ。聖杯戦争が始まって以来、最初の"敵"が現れたぞ、トワイス」

 鬼気迫る破顔を遥か遠くの地平線へと向けて。
 同時に、夜闇を照らす赤い巨大な光が、戦艦ごと二人を呑みこむように着弾した。

 ───轟音が、鳴り響く。

 ………。

 ……。

 …。





   ▼  ▼  ▼


589 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:55:58 w1LjhAJk0





 真っ赤な花が夜闇に咲いた。

 その瞬間、鎌倉市南部に住まうほぼ全ての人間が"それ"を目撃した。
 もう何日も沖合に停泊している巨大な黒い戦艦。その総身を呑みつくすほどに巨大な、真っ赤な大輪の花。
 そうとしか形容のできない橙色の光を彼らは目撃し、しかしその認識が間違っていることに気付いたのは、忘我の淵に追いやられてから数瞬が経過した後であった。

 ───相模湾沖に発生した膨大な質量の爆発が、由比ヶ浜と材木座海岸全域の大気を震わす極大の重低音を以て轟き渡った。



「死んだか? 不遜の輩」

 夜の帳に沈む街並み、その中でもひときわ高い尖塔の先に立ち、長身痩躯の赤い影───エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグは呟いた。彼女の立つ塔はおろか、眼下の街並みは未だ激震に揺れている。荒れ狂う大音響と衝撃波は鳴り止むことがなく、まるで鎌倉という箱を巨人が揺すっているかのように、目に映る全てが出鱈目なまでに震えていた。
 核爆発もかくやという、巨大な紅蓮の火柱。
 それを生み出した張本人が、烈風吹き荒ぶ中ですら何の影響もないかのように煙草の煙を燻らせるこの女であることは、最早言うまでもないことだった。

「既に話は承知している。純粋な力の多寡だけで言えば第四を遥かに超える原初の到達者……だったか。それが真実だとすれば、まさかこの程度でくたばるまい」

 女はその背に炎によって構成された魔法陣を従えていた。描かれた紋様はルーンの秘跡か。それが意味するところは「勝利」の加護。
 そう、彼女は戦奴たる己に勝利の責を課している。遍く戦い、遍く敵に勝利すべし。我が敗北を捧げるは唯一黄金の君だけであると。
 そんな彼女は今、激憤する嚇怒の念を抱いていた。見た目こそ平静そのものだが、中身は今や煮えたぎるマグマのように沸き立ち。触れる全てを焼きつくさんと吠え猛っている。
 それは何故か? 如何なる戦場においても冷静さを失わないザミエル・ツェンタウァが、何故ここまで我を忘れるほどの暴挙を為すに至っているのか。
 決まっている───この聖杯戦争が、最早勝敗を決する以前の茶番に堕しているからだ。

 死線の蒼よりもたらされた情報、それを理解した上での凶行。
 破壊と殺戮をこそ望まれた自分には大勢を決する理などなく、故に行うは実行者の裁定である。

 盤面は理解した、末路も承知した───だがそれで黙っていられる己ではない。
 理屈としてはただそれだけ。全てが夢想の残骸ならば、せめて黒円卓の誇り高き騎士として痴れた宇宙に亀裂を刻み込むまでのこと。

 故にこそ、己に容易く葬られる程度の英霊など、最早一秒たりとてこの鎌倉に存在して良い理屈などなく。


590 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:56:27 w1LjhAJk0

「───いいぞ、それでこそだ」

 海上にて燃え盛る業火の中から飛来する暴威を前に、エレオノーレは猛獣の如く裂けた笑みをその顔に浮かべるのだった。

 大きく飛び退り100m近い距離を逃れたその瞬間、一瞬前までエレオノーレがいた空間を貫いた何かが、尖塔とその周囲の建築物や地形を諸共に砕き、ハンマーを叩きつけたかのように数多の破片と爆火を飛び散らせた。
 極超音速の弾丸の軌道さえ捉えるエレオノーレの視覚は、それが一体何であるのかをはっきりと視認していた。
 それは"砲弾"だ。数キロもの距離を突き抜け、たった今地殻ごとを赤熱させ破壊した、直径40.6センチにもなる鉄塊だった。
 凄まじいまでの衝撃と振動がエレオノーレを襲う。赤を冠し極大量の熱を操る彼女でさえも脅威と感じるほどの熱量が、直撃から逃れたはずの彼女へ追い縋るように襲い掛かった。

「──────」

 視界の端を半ばから千切れたビルディングが枝葉のように吹き飛んでいくのが見える。凄まじいまでの衝撃波にしかし体勢を崩されることもなく、エレオノーレは粉砕され地肌が見えた地面に着地する。爆発自体は既に終わっていたが、朦々と立ち込める土煙は未だ止むことがない。天まで昇らんばかりに立ち昇る煤けた煙は、爆発の着弾の衝撃を何より雄弁に語る証人だった。
 直撃していれば命はなかった。黄金の近衛たるエレオノーレの、それが忌憚のない見解だった。その質量、その破壊力。概念崩壊という特殊性に頼らぬ純粋な破壊能力で言うならば、三騎士の中で最も暴性に特化したマキナにさえ手をかける領域である。

 咥えた煙草を吐き捨て彼方を見遣るエレオノーレの視界の先に、新たな影が三つ現出していた。それは大気を突き破りこちらへと猛進してくる砲弾だった。これほどまでの破壊を為した一撃さえ彼奴にとっては取るに足らぬ通常攻撃でしかないのか、対峙するエレオノーレは浮かべる狂相を更に深いものとして迎え撃つ。
 彼女の背に浮かぶ巨大魔法陣が更に数を増やした。都合三つ、現れた幾何学模様からは常人ならば触れただけで狂死するであろう莫大量の魔力が噴出し、滾る赤熱の砲撃となって彼方の三矢を殴りつけた。
 射出の衝撃でエレオノーレの立つ周囲一帯はその罅割れを更に巨大なものとした。砲撃音が轟く度に蜘蛛の巣状の亀裂が奔り、中心点の地面が大きく陥没する。エレオノーレにとっての数瞬、常人では認識することさえできない刹那、遥か上空で激突した三対六発の砲撃が、これまでに倍する規模の爆発を夜空に咲かせた。

 一瞬の静寂、そして押し寄せる破壊の嵐。
 最早それは音ですらなかった。押し潰された大気は物理的な多重圧と化して、眼下の全てを圧壊させた。見えない力に薙ぎ払われて、竜巻にでも遭ったかのように粉砕される家々。しかし被害の程は竜巻の比に非ず。
 間髪入れずに攻勢を展開する。エレオノーレの背に現出するは先と同じ魔法陣。違うのはその大きさだ。精々が数mでしかなかったこれまでとは違う、今度のは直径が30mほどもある巨大な代物。内部に蓄えられた魔力が夥しい光量の発光として解き放たれ、周囲の大気を著しく掻き回す。そして雨あられと放たれる、数えるのも億劫なほどの炎塊砲撃。
 成し遂げたのは単純な数の増幅だ。一発二発では埒が明かないと言わんばかりの猛攻は、今や秒間1000発にも相当する高密度の弾幕として機能した。
 これにたまらないのはエレオノーレ以外の全てである。一つ一つの威力は抑え気味になったとはいえ、単発の砲撃ですら余波で周辺地形が消し飛ぶ一撃だ。放出される魔力は過剰な熱量となってエレオノーレの体に纏わり、周囲の地面を融解させ泡立てている。
 月光の降りる夜の闇を、無数の炎弾が貫いていく。一発一発が攻性宝具の一撃に匹敵する大火力の軍勢は、その全てがただ一つの標的に向かって放たれたものだ。
 最早彼奴に打つ手はない。これだけの数をどうやって凌げばいいというのか。
 仮にこの戦いを見る者がいれば、きっとそう思ったはずだ。しかし現実はどうであるか。彼方に浮かぶ漆黒の威容に立つ第一盧生は、その程度の絶望になど屈しはしない。


591 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:57:23 w1LjhAJk0

「ははは、ははははははははは!! ふはははははははははははははははは──────ッ!!!!」

 諸手を挙げた大喝采と共に───なんということだろうか。彼の立つ戦艦そのものが異常変形を成し遂げる。
 甲板から、左舷外舷部から、右舷外舷部から。内側から艦首が突き破るかのように姿を現し、そこから更に新たな艦首が突き破って出現するという無限連鎖。そうして戯画的なまでに肥大化した異形戦艦の一つ一つに搭載された主砲が、まるで植物の成長を早送りしたように急速に伸び、毒蛇のように捻じ曲がり、その全てがたった一つの方向へと照準された。

「全砲門一斉掃射───」

 炎の咆哮が迸る。漆黒の水平線が紅蓮の大火で彩られる。こちらも最早数えるのが億劫になるほどの弾幕が一斉に射出された。
 果たして無数と無数の砲弾は相交わって激突し、エレオノーレと戦艦との中点に位置する空間が波紋に満たされた。一つ一つが砲弾の衝突によって形成された波紋は、広がりきるよりも前に新しい波紋によって書き換えられた。彼と彼女の殺意は荒れ狂う豪雨のように空間を千切に乱し、その光景は余人には炎による巨大な断層にも見えた。

「はははははは、素晴らしいぞよくやったッ!
 この力、この想念。お前もまた俺が愛してやまぬ人間の一人に相違ない。その輝きを俺は保証しよう。実に、実に見事だッ!」

「どうにも奇矯な男だな。こうまでされて褒め殺しとは、頭が茹っているのか。その薄汚い脳味噌だけを狙って沸騰させてやった覚えなどないのだがな」

 相殺される砲撃群から零れ落ちる流れ弾を回避し、宙高く跳躍したエレオノーレが苦笑と共に吐き捨てた。
 甘粕の賞賛など彼女に聞こえるはずもない。しかし攻撃と共に放たれる想念、魂の叫びとも言える強烈な気配には抑えきれない賛美と崇敬の念が込められているのを、人の魂を測ることに長けたエレオノーレはくみ取った。

 天から墜落する火の礫はその数を増し、今や驟雨の如くに降り注ぐ。流れ弾の悉くは空を切り、僅かにエレオノーレを直撃する軌道にあったものは指を弾く小さな音一つで粉みじんと吹き飛んだ。

「だが、ああ。その大上段から見下す態度は気に入った。随分と甘く見られたものだが、果たしてそれに足るだけの力があるのかどうか、私の炎で試してやる」

 比喩ではない火の海で、灼熱に染まる大地に立つエレオノーレが宣言する。
 試す───それこそが、この赤騎士が此処へと赴いた理由であった。
 そしてそれすなわち、今に至るまでに繰り広げてきた攻防は、試すうちにすら入っていなかったということ。しかしそんなもの、真の強者ならば乗り越えて当然とさえエレオノーレは考えている。
 仮に、エレオノーレがこれまで遭遇してきた強者ならば、やはりこの程度本気を出すまでもなく凌いでみせるはずだ。
 蒼銀の騎士王ならば、聖剣を抜き放つまでもなく風の鞘のみで捌ききるだろう。
 黒衣の赤薔薇王ならば、星砕きの本領を見せるまでもなく同数の振動矢のみで相殺してみせるだろう。
 彼方の砲撃手にとってこれらの射撃が児戯であるのと同様に、エレオノーレにとってもまた、こんなものは戯れに過ぎない。
 故に、彼奴の真価が試されるのはここから。
 万物を焼き尽くす赤騎士の世界を耐えきってこそ、その存在に価値が生まれるのだ。


592 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:58:02 w1LjhAJk0

『この世で狩りに勝る楽しみなどない。狩人にこそ、生命の杯は泡立ち溢れん』

 紡がれるは焦熱の渇望、その一端。
 炎を以て"活動"し、解き放つ砲門を"形成"し、しかし歩みはそこで止まらない。

『角笛の響きを聞いて緑に身を横たえ、藪を抜け、池を越え、鹿を追う』

 これこそは軍勢殺し。遍く無数の敵兵を、皆悉く灰燼に帰すための術法。
 それは未だ創造にまで至らぬが、しかし現実火器にはあり得ぬ果てのない出力を擁する。

『大者の歓び───』

 戦争用に枷を嵌め、必殺性に劣る代わりに破壊規模では他の追随を許さない。
 地形ごとを壊滅させる、防御も回避も不能の破壊力を持つ。

『若人の憧れ───ッ!』

 地上存在の奔走許さぬ、それは必中という概念の具現である。

『形成───極大火砲・狩猟の魔王!』

 創生、焦熱世界。
 その能力とは、爆心地の無限増幅。

 戦艦浮かぶ相模湾に、これまでに十倍する爆発が巻き起こった。膨大な熱量は海水面の強制的な蒸発を招き、無数の水蒸気爆発を誘発させる。
 その一瞬、鎌倉市の全てが赤く照らし出された。直撃を逃れた漆黒の戦艦は、しかし追い縋るように迫る炎の壁を振り切ることができない。
 それも当然の話だろう。何故ならこの砲撃は、「標的を着弾の爆発に飲み込むまで爆心地が拡がり追いかけ続ける」代物故に。
 例え一時逃れることができようとも、いずれ地上の逃げ場は消え標的は焼き尽くされる他ない。回避の選択を奪い取る、それは実質的な絶対必中の業であった。

 この聖杯戦争にて、エレオノーレが焦熱世界を放つのは二度目である。最初にこれを向けた赤薔薇王は、瞬時に攻撃の特性を掴むと片手を犠牲に攻撃終息の条件を満たし逃げおおせた。しかしそれとて、吸血種に備わる強靭な肉体と再生力、そして赤薔薇王が持つ類稀なる観察眼あってこそ。そのような芸当ができる存在など、一つの戦場に多くいる道理もなし。
 故に終わりは訪れる。全速で逃れようとする戦艦はしかし呆気なく炎へと呑みこまれ、爆轟する大気の悲鳴と共に全てが消え去った。
 地上の一切を焼き尽くす業火は、その剣呑なる性質と反比例する静かさで、これまた呆気なく消失した。先程までの轟音など嘘であるかのように、夜の海に静寂が舞い降りた。


593 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:58:30 w1LjhAJk0

「……」

 沈黙。
 再び咥えられた煙草に火がつき、紫煙がゆるやかに風に流れる。
 遥か水平線を見つめるエレオノーレは、この程度かと落胆の表情を張り付けて。
 しかし。

「……ああ、それでこそ」

 賞賛とも違う、しかし彼女にだけ通じるある種の是認を、その顔に浮かべて。

「それでこそだ。生半な力と心など最早この舞台にしがみ付く価値はない。他を圧倒する純粋な強者こそ、この茶番を終わらせる鉄槌に相応しい」

 彼女の見つめる先には、未だ健在な戦艦の威容が存在した。
 如何なる道理であの爆発を凌いだのか、総身を呑みこまれたはずの戦艦はその姿を保っていた。

「私はいずれケリをつける。この世界にも、そして私自身にも。
 故に認めようとも。仮にその時まで、貴様が生きていたならば───」

 後に続く言葉は風に掻き消され、気付いた時には、赤騎士の姿は揺れる炎の向こう側へと消え、どこからもいなくなっていた。
 かつて行楽地として栄えたであろう風景など何処にもない。そこに残ったのは、ただ破壊の爪痕とそれすら燃やし尽くす炎が彩る地獄のような絵図だけだった。


【E-3/焼け跡/一日目・夜】

【アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)@Dies irae】
[状態]魔力消費(中)、霊体化
[装備]軍式サーベル
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:終わりにする。
0:――それが真実か。
1:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とアーチャー(ストラウス)は次に会った時、殺す
2:サーヴァントを失ったマスターを百合香の元まで連れて行く。が、あまり乗り気ではない。
[備考]
ライダー(アストルフォ)、ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と交戦しました。
No.101 S・H・Ark Knight、ローズレッド・ストラウスの真名を把握しました。
バーサーカー(玖渚友)から『聖杯戦争の真実』について聞きました。真偽の程は後の話に準拠します。


※エリアE-3の大部分が壊滅しました。





   ▼  ▼  ▼


594 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:58:53 w1LjhAJk0





「力を持つが故に道を踏み外す。道を踏み外すために逸脱した力を希う。
 矛盾した愚かしさだが、しかしそれも人の証か。相手を問わず戦い、競い、殺し合うのが人間の本質だ。動物を絶命させ、資源を食い荒らし、消費するだけの命。しかしそれ故に、彼らの争いには必ず欠落以上の成果が伴う。
 はず、なのだが」

 憐憫すら浮かべて失笑する。
 疑問への解答として戦争の概念を得た男が、人類種の悲哀を謳う。

「悲しいかな、有史以来変わらぬ不文律であったそれも、此処では些か勝手が違うらしい。
 闘争とは人間が行う中で最も動的な活動だが、そもそもこの世界は完全に止まっている。表面的にどれだけ争い動いているように見えても、本質的には微睡み眠っているのと同じでしかない」

 トワイスは戦争という概念を肯定する。
 生存の為の搾取。繁栄の為の決断。それら一切を野蛮と断じながら、しかし人の成長には不可欠な要素であると認めている。
 犠牲となった人々を悼み、その欠落を糧とし、強いられた涙の量に倍する希望がその先にあるのだと信じている。
 故に彼は叫ぶのだ。人類に、世界に、ただ一言。
 「止まるな」と。

「止まってはいけない。人は常に歩み続けなければならない。その理屈に照らし合わせるならば、停滞した世界の人形として顕象されたこの私もまた、自己矛盾に満ちた存在になってしまうわけだ。
 全くもって度し難い。人の可能性は尽きぬというのに、いつまで眠りこけているのやら」
「話の文脈は分からんが、お前が何に対して憤っているのかは理解できるぞ、トワイス」

 彼方を見遣り嘆息するトワイスに、語りかける声が一つ。
 肉が煽動する湿った音を立てながら、声の主は得心したかのような声音で話を続ける。

「とかく人間とは楽をしたがるものだ。人の可能性とは、本気とは、その程度に収まる矮小なものではないというのに。誰しも自分の意思と価値を信じず、ただ怠惰に流されるのみ。それでは彼らが生まれ持った輝きに失礼というものだろう。
 だからこの俺がいる。人の持つ勇気を最大限発揮するに相応しい舞台を、壁を、難敵を、試練を、この俺が与えようと言うのだよ。安息に身を委ね意思を腐らせるなど断じて許さん。諦めなければ人は誰もが勇者になれるのだと、俺は信じているのだからな」


595 : 過日は禍を兆す ◆GO82qGZUNE :2017/10/08(日) 09:59:22 w1LjhAJk0

 語る甘粕の総身は、凄惨たる有り様となっていた。
 全身が黒く焼け焦げ、炭の性質を表すように表面がささくれ立っている。その合間から僅かに見える、生々しいピンク色の組織。血は流れるまでもなく蒸発して一滴もこぼれることはない。
 そんな人の形をした炭から、ジュルジュルと大量の蛆がうねるかのような粘っこい音が木霊している。新たな筋線維が次々と生え変わり、損傷個所を覆うように張られていく。それは全身を致命的なまでに焼却された甘粕が、己の肉体を急速に再生している光景だった。

 あり得ぬ光景である。総身を覆う損傷は致命傷など当の昔に逸脱しており、末端は愚かその内腑や脳の一部までもが完全に炭化しているのだ。邯鄲法による再生能力があるとはいえ、それはあくまで「死なない程度の傷から立ち直るため」の術。致命傷を受けないための術でも、ましてや致命傷を受けても死なない術でもない。
 だから彼は死んでいなければならないはずなのだ。何物をも焼き尽くすドーラの炎を、かの赤薔薇王ですら片手を奪われたドーラの炎を受けて、ただの人間が生きていられる道理などない。事実、彼はその肉体の全てを炭化させて、そのような状態で生存できる生物などいるはずがないというのに。
 それでも、甘粕正彦は崩れた顔面で笑う。

「故に、そんな俺がこれしきのことで斃れるわけにはいかんだろうよ。人には無限の可能性があり、意思の躍動さえあれば為し得ぬことはないのだと。そう嘯く俺が、まさか殺された程度で死ぬわけにはいくまい。
 それはお前も同意してくれると思うのだが、どうだ?」
「同感と言いたいところだが、それにしても流石にふざけ過ぎているとも思うかな。君、なんで死んでないんだい? 我がサーヴァントながら、時々君のことが理不尽に思えてならないよ」
「褒め言葉と受け取っておこうか」

 今になってようやく修復の追いついた目を細めて、甘粕は笑う。彼が未だ存命していられる理由が単なる気合と根性であるなどと、さしものトワイスも笑うより他はないと、能面のような無表情で口に出さず心のみで思った。

 既に日は沈み、夜の空には白い月が煌々と照らし出されている。激動の昼光は過ぎ、人が眠りにつく静寂の時間が街には訪れようとしていた。
 けれど───この聖杯戦争が静けさを取り戻すには、まだ少しばかりの時間が必要であると、この一幕に関わった者の全員が確信しているのであった。


【E-2/相良湾沖/1日目・夕方】

【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[令呪] 三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:この聖杯戦争を───
1:ならば私がすべきことは……


【ライダー(甘粕正彦)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態] 魔力消費(大)、ダメージ(大)、全身に重度の火傷、内臓を含む至る箇所が炭化、それら全てを修復中。
[装備] 軍刀
[道具] 『戦艦伊吹』
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:魔王として君臨する
1:さあ、来い。俺は何時誰の挑戦であろうと受けて立とう。





【キャスター(『幸福』)@地獄堂霊界通信】
[状態] ???
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:幸福を、全ての人が救われる幸せな夢を。
1:みんな、みんな、幸せでありますように。
[備考]
『幸福』は生命体の多い場所を好む習性があります。基本的に森や山の中をぶらぶらしてますが、そのうち気が変わって街に降りるかもしれません。この後どうするかは後続の書き手に任せます。
軽度の接触だと表層的な願望が色濃く反映され、深く接触するほど深層意識が色濃く反映される傾向にありますが、そこらへんのさじ加減は適当でいいと思います。
スキル:夢の存在により割と神出鬼没です。時には突拍子もない場所に出現するかもしれません。


596 : 名無しさん :2017/10/08(日) 09:59:45 w1LjhAJk0
投下を終了します


597 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/21(土) 15:37:34 Ic2QF5iA0
キーア、アーサー・ペンドラゴン、アイ、藤井蓮、すばる、イリヤ、ギルガメッシュ、アティ、ストラウス、辰宮百合香、ザミエル、如月、佐倉慈、結城友奈、ヤヤ、アストルフォ、乱藤四郎、ドフラミンゴ、叢、スカルマン、ゆき、ハサン、浅野市長、『幸福』を予約します。
またあらかじめ延長しておきます


598 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:19:06 6XwzKctk0
予約分を投下します。無駄に長くなってしまったので7つに分割します


599 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:19:56 6XwzKctk0




 ───夜が始まる少しばかり前のこと。

 "それ"の復活を最初に知ったのは人でもネズミでもゴキブリでもなく、闇色の翼を持つカラスたちであった。
 太陽が西の海原に沈む夕暮れ、ゴミ溜めの片隅で最初の一羽が「カー」と鳴く。隣の一羽も同意して、鳴き声はたちまち群れの意思となって飛び上がり、真っ赤な空に一握の黒雲がぽかりと浮かぶ。
 夕陽が雲から下を照らして、あべこべの影が宇宙に向かって伸びている。鳥は食べ過ぎて重たくなった体をどうにかこうにか気流に乗せて眼下の街を見下ろした。街にはぽつぽつと灯り始めた明かりと、硝煙のような臭いを孕んだ火事場の煙が立ち上っていた。
 カー。良くない気配だ、鳥は東の夜に向かってそのようなことを叫ぶ。
 『カー』と、皆が同意した。
 この街は元々あまり魅力的な場所ではなかった。からかいがいのある人間はたくさんいたが、嘆かわしいことに彼らは生ごみを全くと言っていいほど出さないのだ。生ごみを出さない人間にいかほどの価値があるのか、そういう手合いに限って面白味も少ないものなのだと考えていた。
 ところが、ここ数日はそうでもなかった。人間共は何かにかかずらっているのか、ゴミの出し方がどうにも杜撰なことになっていた。今やこの街の片隅には魅力的なゴミ捨て場があり、手つかずのゴミ溜めが文字通り腐るほどあった。今まではそう旨みのない場所だったが、最近は中々の穴場となっていたのだ。
 できれば明日も明後日も、共にあらんことを願うばかりではあったのだが。
 どうにも今日は、何か様子が変だった。
 思えばここ何日か、そう、例えば人間共がゴミを放置するようになってからだ。この街はどこかおかしかった。
 それは、何か得体のしれないものが潜んでいるかのような。
 そんな言い知れない不安のようなものが、彼らを包んでいる。
 おかしいが、しかし魅力的には変わりがなく。カラスたちは夜に染まりつつある空を翔けていたのだが。

 『ガー!!』

 警戒信号。羽根とくちばしをたちまちに乱れさせて、木霊のように叫びあう。長は地上で獣に襲われた時の声をあげてぐんと背筋を伸ばし、先頭を切って眼下を示した。脅威は山間の半ばにあった。
 それは厳かな空気を湛えた、大きな神社の敷地であった。桜の木が満開となり、静かに風に揺れている。一見すると何もいない、しかしそこには確かに"何か"があった。
 よく見てみれば、それはカラスたちの大好きなゴミ溜めによく似ていた。広い敷地にありとあらゆる廃棄物が積み上げられて何か建物の真似をしているかのようにも見えた。巨大で、正常なものなど何もなく、それは廃棄物ではなかったが、しかしそうであったならば良かったほどに、異常な巨体を持ち合わせて。
 その巨大な何かが、こちらをじっと見つめていた。


600 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:20:35 6XwzKctk0

 ───くす、くすくす。

 まるで悪夢を切り取って体に張り付けたかのような異形はそれ自体が生きているかの如く、その身を蠢動させていた。およそ現実離れした光景、どんな野生生物を引き合いに出してもこんなものなど存在すまい。
 鳥はギャーギャーと警戒しながら神社の上を旋回する。日没までの間にできるだけ情報を集めようと、異形の奥底に視線を注ぐ。
 化け物は古い骸のようにぽっかりと中央が吹き抜けており、心臓を晒すようにその奥底を見ることができた。
 鳥はそこに、宝石を見つけた。
 宝石は少女の形をしており、異形の只中にあって唯一の正常なるものであった。その身には服も武器も持ち合わせず、夢すらも手放して、ただ命だけを抱えて前を見ていた。
 ふと、目が合ったように見えた、その瞬間。少女はすぅと大きく息を吸いこんで。

『ーーーーーーーーーー!!!』

 ───それは、歌声のような絶叫だった。
 それは若い狼が月夜の晩にどうしようもなく叫ぶ遠吠えのようでもあり、初めて飛んだ鳥が叫ぶ震えた声のようでもあった。
 気付いた時には、鳥は自らが力を失って墜落していることに気付いた。
 何故なのか、皆目見当がつかない。思考は真っ白に染まって意識が遠く、しかしどうしようもなく"気持ちがいい"ことだけは分かった。

 そうして茜空に黒雲の一団は次々と落ちていって。
 後にはただ、元の静けさが広がるばかりなのであった。





   ▼  ▼  ▼





 見据えた鶴岡八幡宮の境内は、異様な静けさに包まれていた。

「なんだか、寂しいところですね」

 呟くアイの目の前には、遠くまで敷き詰められた灰色の石畳が、月明かりに照らされてぼんやりと浮かんでいた。
 向こうに見える参道は鬱蒼とした木々に挟まれ、明かり一つない夜の闇を一層黒いものとしていた。
 空には、月。
 雲の向こうに月があるのは分かっていたが、こんなに大きな満月とは思わなかった。
 なんだか禍々しい月だ、とアイは思う。
 人工の光が存在しない境内で唯一の光源に、感じるのは頼もしさではなく漠然とした不安だった。


601 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:21:14 6XwzKctk0

「そうだな。人の気配がないってのもあるが、ここには"音"がない」
「あ、なるほど。言われてみれば確かに」

 今までは自分たちの足音と何より会話の声があったから気にならなかったが、言われ周りに意識を向けてみればその違和感の正体が掴めた。
 音が、ないのだ。
 神社は異様なほどの静けさに満ちていた。こうして周囲に耳を澄まし、気配を探ればすぐに分かる。自分たち以外、この一帯で音を出すものが存在していない。桜の葉すら、かさりとも音を立てない。
 夜の静けさ、とはまた違う。
 夜というのは無音ではない。空気の音、動物の音、虫の音……人の立てる音以外にも、夜は別の様々な喧騒に満ちている。自然溢れる場所でなら尚更だ。
 にも関わらず───ここには一切の音がないのだった。きぃーん、と耳が痛くなるほどに本当の無音が満ちている。夜気が張りつめ、まるで月明かりが音を吸収しているようだった。

 アイが寂しいと形容したのも頷ける。気配や明かりの有無以上に、人の感性は音というツールに依存している。音があるとはそこに動く何かが存在することであり、無音の空間では人は他の存在を容易に認知することができない。

「正直、まずいな。聖遺物を追ってた時に何度かこれと似たようなのを体験した覚えがある。
 確か……無音円錐域だったか。これがある時は、決まって"本物"が顔を出してやがった。向こう行ったら油断はできないぞ」
「そういうものですかね?」

 大げさでは、と一瞬思ったが、言われてみれば周囲にこれほど存在する木の葉が少しも音を立てていないのは少々不気味だった。

「でも、だとするとすばるさんを置いてきたのは正解だったみたいですね。そんな危なさそうな場所に、彼女を連れてなんてこれません」
「珍しく同意見だよ。できることなら俺一人で来たかったんだけどな」
「意地悪言わないでくださいよ、セイバーさん」

 皮肉や衒いでなく本気で言ってるアイ。彼女の言う通り、すばるはこの場には連れてきていない。サーヴァントを失い自衛手段が無くなったのもそうだが、鉄火場に赴ける精神状態ではなかったというのも大きい。
 一応、彼女が気を失っている間に起こった出来事や諸々の説明はしておいた。マキナとの決着やアサシンの襲来。アーチャーの消滅と、そして恐らくはマキナのマスターであっただろう、みなとという少年のこと。蓮は淡々と「下手人は恐らくアサシン」とだけ伝えて終わったが、アイのほうは何とか慰めようと四苦八苦慌ただしく、見てるこちらが恥ずかしくなるような空回りっぷりを見せていた。
 そして二人は、すばるに宛がう野良サーヴァントの捜索と、ランサーへの協力の見返りとして彼女にもそれに協力させようと、当面の目標を定めた。
 ともあれ。


602 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:21:53 6XwzKctk0

「けどなんて言うか、結構意外ではあったな」
「何がですか?」
「お前がすばる連れてこなかったことがさ。割と意外だったって話だよ」
「いや、そんなの当たり前じゃないですか。あんな落ち込んでる人を追い立てるみたいな真似、流石にしませんよ」

 心底不思議そうにアイが首を傾げる。次いでうわっという表情になって。

「もしかしてセイバーさん、私のこと鬼畜か何かだと思ってたんですか!? 酷いですよ、今までのセイバーさんとのあれこれは何だったというんですか!」
「お前こそ何言ってんだ。別に俺だってお前がそこらへんの根本的な感性ずれてる奴だとは思っちゃいねえよ。でもなんていうか、そうじゃなくてだな」

 そこで蓮は一呼吸置いて。

「お前、挫折とか放棄とか、そういうのを絶対認めてないって思ってたからさ」

 そんなことを言った。

「……」
「失敗したり間違ったり、何かあって悲しんだり。そのくらいまでならお前は共感できるんだろうけど、でも"そこ"止まりだって思ってた。
 間違ったなら何度だって立ち上がればいいとか、落ち込んでる奴の前で平然と言っちまいそうというか」
「……まあ、確かにそうですね」

 アイは静かに頷いた。正直蓮の言葉は失礼千万じゃないかとほんのちょっぴり思ったが、大体正解だったので何も言えなかった。

「私ずっと思ってたんですよ。なんでみんな頑張らないんだろうって。やりたいことや成し遂げたいことがあって、そのために必要な努力とか解決しなきゃいけない問題があるのに、何でみんな怠けてるんだろうって」

 それはこの聖杯戦争においてのみの話ではなく、アイが下界に降りてきた当初からずっと思っていたことだった。
 やるべきことを正しくやり遂げる。そのために努力する。そんなことは当たり前の常識で、大人も子供もみんな分かっているはずなのに。

「なんでみんな、世界を救おうとしてないんだろうって」

 なんでその程度のことを誰もしていないんだろう、と。アイはずっと思っていた。
 やり方が分からない? 確かにその通りだ。現に自分だって分かっちゃいない。けどそんなもの、目指さない理由にはなり得ない。
 目指そうとしている人がいても、何故か簡単に足を止めてしまう。非情な現実に挫折した、もうこれ以上努力できない、大切なものを失って前に進む気力がない───いくら倒れようとまた立ち上がって進めばいいだけの話なのに?

 人生を懸けた目的を失敗した。終生大事にしたいと思える人を亡くした。
 ああ確かにそれは悲しいが───その程度のことが、足を止める理由になるとでも?

 アイはずっと、そんなことを考えてきた。
 けれど。


603 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:22:20 6XwzKctk0

「そこらへん、ずっとセイバーさんに違う違うって言われ続けたわけで。そこまで言われると、私としても「あれ?」って一度は思うわけですよ」
「思ったわけか」
「まあ最初はセイバーさんが変人なだけって考えてたわけですけど」
「おいこら」
「けど本当は、周りの人たちじゃなくて私のほうが変だったんですよね」

 ゆきは何某かの喪失に耐えきれず、都合のいい幻ばかりを見て現実から逃避した。
 すばるは想い人の死に膝を折り、何をするでもなくたださめざめと泣くばかりだった。
 この街の人たちは、街と自分の危機に陥ったと分かっているはずなのに、何ら具体的なアクションを起こそうともしない。
 それは彼らが殊の外愚かだったからでも弱かったからでもなく、それこそが大多数の、普通の人間だったというだけの話なのだろう。

「人間って、私が思ってたほど、強くもなんともないんですね」
「……そうだな。世の中頑張れない奴はいくらでもいる。というかほとんどがそれだ。本当はお前の言うように、みんな正しくあれたら良いんだろうけどな」

 けどそんなことはあり得ない。人から悪性を駆逐できないのと同じように、人から弱さを無くすことは不可能だ。
 正しいことはみんな痛くて、間違いや怠惰のほうがずっと楽で気持ちがいい。世界を救うだなんだと主語のでかい話を持ち出すまでもなく、今日やるべきことを明日にまわしたり細かな作業をついつい不精したりといったことは恐らく万人が経験していることだ。

「話はズレちゃいましたけど、つまりそういうことですよ。
 すばるさんは頑張りました。頑張って頑張って、それでもどうしようもなくて。なら、私から言えることなんてありません。すばるさんの頑張りを否定して、"頑張れ"なんて安易なことなんか言えません」

 頑張れという言葉は、励ましであると同時に「お前はまだ全力を出していない」という大上段からの言葉でもある。正論という強者の理屈は、それがどれだけ正しいことであったとしても他者に受け入れられることは稀だし、悪戯に心を傷つけるだけなのだ。

「そっか」
「一応言っておきますと、別に私はすばるさんを信じてないわけじゃありませんよ。
 すばるさんならきっと、もう一度立ち上がってくれるはずです。ただそれは今じゃないというだけのことです」
「そうだな。分かってるよ」

 淡々としたアイの口調と、どこか安心したような蓮の口調。
 気が付けば二人は、赤い鳥居の前まで辿りついていた。


604 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:22:53 6XwzKctk0

「セイバーさん、ここが?」
「ああ。異様な魔力と気配が充満してやがる。神社の鳥居は現世と神域を隔てる境界なんて言われてるが、まさにそれだな。一歩向こうに踏み出せば、そこはもう異界も同然だろうな」
「なるほど」
「今からでも遅くないから帰らないか?」
「駄目です。件の気配が何にしろ、こんなところにランサーさんを放ってはおけません」
「俺だけ突入するってのは」
「勿論後から私も勝手に突撃しますが何か?」
「おし、一緒に行くか。そのほうが万倍マシだ」

 諦めたような腹を括ったような、どちらともつかない声音で蓮が言う。その脇では興奮で鼻息を荒くしたアイが、ふふんと言わんばかりに胸を張っていた。

「……よし」
「じゃあ、行くぞ」
「ええ」

 そうして二人は、同時に足を踏み込んで───

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼





「キーア」

 彼が沈黙を保てたのは、ここまでだった。
 等間隔に照らされる街灯の光だけが飛び込んでくる車中。セイバー、アーサー・ペンドラゴンは絞り出すように、声を出した。

「闘いへと挑むには、勇気が必要だ」

 腕を組み、ただ真っ直ぐに少女の瞳へと向き合って、彼は言葉を紡ぐ。
 この言は騎士道に基づくものではない。
 まして彼女にそれを説くつもりもない。
 それは恐らく、遠き現代に生きる少女の身に理解し得るものではないだろうから。


605 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:23:25 6XwzKctk0

「恐らく、君は既にそれを得ているのだろうね」

 強制的な言葉にもなり得ない。
 何故なら、彼のマスターは誰あろう、この少女に他ならないのだから。

「君の勇気ある態度に、僕は敬意を表する。君のようなマスターを持てたことは幸運だったと、その言葉に嘘はない。
 しかし勇気と蛮勇は別物だ。事態の推移を把握してもらいたいと考えてはいたけど、それと実際に戦場に赴くのとではまるで話が違う」

 瞼を閉じ耳を塞ぎ蹲る、少女はそれをしなかった。
 聖杯戦争のマスターとして、屹然と立ち向かう勇気と覚悟を彼女は示した。
 そう、それは少女の強さだ。セイバーはただ、その意思のみを示してくれたならばそれで良かったというのに。

「キーア、ここから先は戦場だ。一つ間違えばどんな人間であろうとも命を落とす、ここはそんな碌でもない場所なんだ。だから」

 眼前の無垢へ語りかける。
 まさしく、年若い幼子へと言い含めるように。
 せめて、この少女が、血濡れた修羅の洗礼を受けることのないように。
 けれど───

「ありがとう、セイバー。でもね、あたしはもう決めたの」

 毅然とした顔は、揺るがない。
 諌める彼の言葉を至極当然であると受け止めて、それでも尚揺るがぬ意思は巌のようだった。
 輝く瞳が、真っ直ぐに彼を見つめ返している。

「決めた?」
「そう。梨花が何でこの街に来たのか、梨花はなんで死ななきゃいけなかったのか。サーヴァントや聖杯戦争が本当はどういうもので、私達は一体何のために戦わなきゃいけなかったのか」

 セイバーはただ、無言でその言葉を聞く。
 彼女はきっと、額面通りの疑問に答えを求めているわけではあるまい。もっと抽象的な、ひいては本質的な部分に対する疑問であった。
 あるいは、納得と言い換えてもいい。
 理由さえ知れぬこの不条理そのものへの、これは彼女なりの宣戦布告であった。

「ごめんね。きっとあたしは足手纏いにしかならないんだと思う。それでも、あたしは───」

 言いながら、彼女は胸元に手をかける。
 黒色のドレスの胸元。
 そこに光るブローチをさすり、彼女は言う。

「あたしは、もう立ち止まりたくなんてないの」

 その右手は、前へと伸ばされて。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。


606 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:23:55 6XwzKctk0


 停車した黒塗りの高級車から降りた先は、人気のない大通りであった。巨大な赤い鳥居を正面に臨むその通りは、中央を豪奢に植樹された街路樹に囲まれた歩道が貫く、風情ある場所だった。平時ならば昼夜を問わず人通りが絶えないであろうと容易に推察できる。しかし今は、不自然なまでに誰もいない。
 煌々と灯る無機質な街灯の光だけが、夜の闇を一層寂しいものにしていた。

「エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ、黒円卓の魔操砲兵。辰宮嬢の制御すら利かぬ暴走機関車。
 のみならず、一帯を牛耳る天夜叉のライダーに、外洋に浮かぶ戦艦の主……問題は山積みだな」

 その中にただ一人、この騎士だけはその存在感を異なものとしていた。
 蒼銀の輝く鎧は一片の曇りもなく、湛える覇気は押し込められた黄金の如く。
 煌びやかでありながら一切の無駄がない、精錬された一振りの鋼にも似た剛健な気配を、彼は有していた。

 彼は先の未来に思いを馳せるように、深々とした息を吐く。
 彼の言う通り、問題は山積みだった。
 例えば、それは今これより挑む八幡宮の何者かであるとか。
 例えば、それは今この時には味方であるはずの少女であるとか。

(彼女の話では己がマスターを屍食鬼に変異させられたということらしいが、さて)

 ランサー、徒手空拳の少女の英霊から、彼は既に事の次第を聞き終えている。
 一度は隠し立てしたその事実を、確たる理由と謝罪を添えて、聞き届けている。

 確かにつじつまは合う。マスターが屍食鬼になってしまったなら、普通はそれを隠したいと考えるはずだ。
 協力どころかヘタを打てばこちらのマスターまで二次感染してしまう危険性がある上に、そもそもマスターが屍食鬼ではそのサーヴァントには未来がない。マスター替えを善しとするなら話は別だが、ランサーはあくまで自分を召喚したそのマスターに忠義を尽くしたいと考えたため、このような隠し事をしたのだろう。
 気持ちは理解できる。話にも理屈は通る。
 が、何か納得がいかない。
 性質の悪い詐術にでも引っ掛かったような違和感が、胸の奥に纏わりつく。
 理屈ではない。これはあくまで直感だ。しかし彼は自身の直感をこそ信じる。この話はまだ終わったわけではないのだと。


607 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:24:32 6XwzKctk0

「ともあれ」

 思考を打ち切るように、彼は振り返り。

「君も今回行動を共にすると、その理解でいいのだな」
「はい、よろしくお願いします!」

 振り向いた先にあったのは、桃色の装飾が施された外装を纏った少女の姿。
 サーヴァント、ランサー。かつてセイバーに助けを求めてきた者であり、今はセイバーの協力者である彼女。
 セイバーはその顔を少しばかり訝しげにし、尋ねた。

「最後にもう一度聞くが、君はそれでいいのか。これは私達にとってはやらねばならない事だが、君には本来関係のない話だ。
 真実を話してもらった以上、君への協力に否はない。しかしこのような事態にかかずらっていられる余裕など、君にはないはずだ」
「関係あるとかないとか、それこそ私には関係ないよ。そんなこと言ったら、あなたは助けなくていい私の求めに応えてくれたんだから、私が協力するのなんて当たり前。
 それにここを放置すれば、きっとまた大勢の人が巻き込まれる。そんなの、絶対認められない!」

 それとここで待ち合わせしてる人たちもいるし、とランサー。件のセイバー主従か、協力できれば頼もしいと素直にそう思う。
 放置はできないというランサーの言葉に、彼は内心頷きを返した。鶴岡八幡宮、かの地に何が潜んでいるのかは未だ不明ではあるが、これを放置していい道理などないと、実際目にしたことでその思いは確信に至った。
 見据える先、八幡宮の中心点から滲み出る魔力は、今やその密度を異常な域にまで達していた。
 端的に言って禍々しい。街は今夜の闇に沈んでいるが、それよりも尚昏く黒いものが、大質量を伴って流れ出している光景を彼らは幻視した。
 肌に突き刺さる得体のしれない感触は、量と性質を異常なものとする魔力によるもの。周辺住民の気配が微塵も感じられないのも恐らくはこのせいだろう。
 このような光景、当世では決してあり得ない。神代にも近しい深淵の神秘が、彼の地に顕現しているのだと、サーヴァントたる彼らは容易に察することができた。

「ランサーさんの言う通りです。これなる異状を放置すること罷り成りません。聖杯戦争におけるサーヴァント同士の決着などよりも優先される、今こそまさにその時であると言えるでしょう」

 声は、後ろから静かに歩いてくる百合香のものだった。傍らにはキーアを連れている。
 百合香の言葉は、ランサーに壇狩摩に纏わる諸々の事情を言い含めていないがための修飾があったが、しかしそれ自体もまた事実であった。これはまさしく災禍そのもの、放置すればどのような事態を招くか想像すらつかない。
 これほどの事態に何故監督役は、ルーラーは動かないのか。そもそも顕現すらしていないのか。理由は不明だが、彼らの助力がないのだとすればあとは現地にいる自分たちがどうにかする他ない。
 そして何より、狩摩の遺言だ。
 この地には聖杯戦争そのものの根幹に関わる何かがある。足を踏み入れない理由など、彼らには存在しなかった。


608 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:25:06 6XwzKctk0

「……行こう。キーアちゃんはセイバーが、百合香さんは私が守るから」
「頼りにしていますよランサーさん。では」
「ああ」
「行きましょう、セイバー。みんな」

 四人は足並みを揃える。眼前に立つ鳥居を見据え。

 一歩、踏み越える。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼





「見つけた」

 嘲笑う声が反響する。
 それは此処にはおらず、けれども遥か彼方を視認して。
 "目"を通してそこを見る。視線の先に、探していたモノはあった。

「ちょいと見ねェ間に随分とイキがってくれたようじゃねェか。なあランサー、そのお仲間はお涙頂戴に訴えたか? それとも似合わねェ口八丁でも使いやがったか。
 まァいい」

 言葉と共に立ち上がり、軽く腕を上げる動作に合せて周囲を囲う人の気配が動く。

「出立だ。準備しとけ」
「若、何処へ」
「八幡宮だ。それと」

 サングラスの奥の目がぎらつく。
 それは嚇怒か、愉悦か、それとも嘲笑か。
 少なくとも。

「あの屍食鬼を牢から出しな」

 歪む口元は吊り上げられて、そこに一切の善性が含まれていないという、それだけは明白であった。





   ▼  ▼  ▼


609 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:25:45 6XwzKctk0





 この街に来てから、色んなものを目にしてきた。
 この街に来てから、色んなものを失った。
 それに対して、果たして自分は何をし、何を思えば良かったのだろう。
 自分のしてきたことは、正しかったのだろうか。

 そんな益体もつかない思考を、本当は意味などないと分かっているのに止められない自分を、すばるは自覚していた。

「アーチャーさん……」

 自分の声に応えてくれた弓兵のサーヴァントは、気を失っている間に消滅してしまった、らしい。
 自分の目で確かめていないから、らしい、としか言えない。けれど輝きを失った令呪と繋がりを感じないパスから、彼女の存在が消えてしまったということは、拭うことのできない実感として感じることができた。

 アーチャーは優しい人だった。英雄としての彼女は強くて頼もしく、凛々しさを思わせる人だった。けれど東郷美森という一人の少女としての彼女は、暖かで優しく、まるでお姉ちゃんのような存在だった。ふわりと包んでくれるような、そんな人だった。
 最後の最期まで、こんな情けないわたしを気遣ってくれる人だった。
 願いがあったろうに、それを押し殺してまでわたしを助けてくれた。
 暖かくて、感謝の念ばかりが湧いてきて、思い出す度泣きたくなった。

「みなと、くん……」

 追い求めていた少年は死んでしまった。それを、すばるは明確に認識している。
 彼の死を目撃したわけではない。ただの伝聞で、しかもその情報は正確性に欠けるものだった。けれど、それでも彼は死んでしまったのだと、どうしようもなく分かってしまう。

 彼についてすばるが知っていることは、あまりに少ない。
 ただ言えることは、わたしは彼のことが好きだったということ。もう二度と失いたくなかったということ。
 だから、こんな街に迷い込んでしまって、そのはずだったのに。

「アイちゃん、セイバーさん……」

 二人のことを思い出す。
 彼らがいなかったら、きっとすばるはとっくの昔に死んでいただろう。
 アイ、勇敢な子。わたしもあの子のようにあれたらと、思ったことは一度や二度ではない。
 セイバー。綺麗な男の人。まだほとんど話せてないけど、ぶっきらぼうな口調でもこちらを気遣ってくれていたことはありありと分かった。


610 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:26:01 6XwzKctk0

「わたし、は……」

 わたしは何をすればいいのだろう。
 分からない。けれど、確かなことが一つ。

 このままじっとしていたら、とてもじゃないが正気ではいられない。
 次々と湧いてくる後悔や慙愧の念が強すぎて、今は何でもいいからそれを振り切りたかった。
 忘れることはしたくない。それはみなとくんを忘れてしまうのと同じだから。けど、けど。それでもこれは辛すぎる。
 現実逃避であると分かっている。それでも何かをしなければ耐えられない。

 だからすばるは、今ここにいた。
 鶴岡八幡宮。アイとセイバーが向かうと言った場所。物陰に隠れて通りの向こうの鳥居を見る。

 ついてくるなという二人の言葉は、痛いほどよく分かった。
 サーヴァントを連れ立たない自分にできることなど何もない。力の伴わない意思はただの無力でしかなくて、できることなど何一つとして思い浮かばないけれど。

「わたしは、生きるから」

 生きて帰る。そのためにこの聖杯戦争から抜け出す。
 じっとしていても半日ほどの時間と共に消えるしかないなら、か細い希望であってもそれに縋ろう。
 故にすばるは前へと向き直る。
 アイたちへと向けて、一歩を踏み出す。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼


611 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:26:27 6XwzKctk0





 "それ"に人間らしい意思は一欠片も存在しなかった。
 人の姿をしているが、それは最早死体でしかなく。
 人の言葉を発しているが、そこに最早意味はない。
 肉塊が歩いているだけだ。生前の反復行動としての肉体運動と、腐敗したシナプスの誤作動が引き起こす音でしかない声だけがそこにはあった。

 判別付き難い呻き声を上げながら、それは夜の参道を彷徨う。
 民間人が皆無だったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。それは人の気配を感じ取るや、すぐさま襲い掛かりその爪と牙を以て捕食する性質を持っているからだ。だがそれは真に幸いであるとは言えない、何故ならそれと同じ代物は既に街全域へと拡散している。

 ふらふら。
 ゆらゆら。

 揺れるように歩く。意思などないはずなのに、ただ一点へと向かうかのように。目的地、向かう場所がこれにはあったのか?
 八幡の中心、本宮へと向かう。目的地であるというよりも、厳密に言えば引き寄せられているのだ。それには最早意思はなかったが、本能に根差した欲求の残滓はあった。故に、そうしている。

「■■■───……」

 階段を昇る。一歩、一歩と足を踏みしめて。
 本殿の入り口はぽっかりと黒い穴を開けて、それがまるで巨大な生き物の口腔であるかのように、有機的な脈動すら滲ませて"それ"を迎え入れた。
 それが消えていく。月明かりのある外の闇から、真に光のない内の暗闇へと姿を消していく。
 そして───。

「─────────」

 そして、そこで何を見たのか。
 何に触れたのか。

 何の予兆もないままに、静寂だけが支配していた本殿から、突如として空間的な振動が巻き起こって。
 地鳴り。
 振動。
 空間途絶、始まって。



 ───世界が、裏返る。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼


612 : 迷いの園 ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:26:47 6XwzKctk0





「なんと……」

 思わず忘我の声が出てしまったことは、きっと誰にも責められないだろう。
 それだけの衝撃が、事態の行く末を見守っていたハサンにはあった。当然だ、鶴岡八幡宮とその周辺の全てが、突如として"白い濃霧で構築された半球形の結界"に覆われたのだから。

 白色の巨大球体。
 極大規模の天球結界。

 それは、月明かりに尚白く映えて。何者をも内から逃がさないとでも言うかのように。
 目測およそ350m、それだけの範囲が一瞬にして、異なる世界へと塗り潰された。

「キャスターの陣地……いや、これはもしや固有結界の類か? 内在する魔力の底がまるで見えんな。
 いずれにせよ大禁呪には違いあるまい、これほどの化生がサーヴァントとして現界しておったとは」

 内心の驚愕を言葉にしながら、ハサンは次なる行動の準備を整えていた。くたばり損ないの屍鬼を八幡宮に放ってから未だ半刻と経ってはおらず、まさかここまで事態の推移が急速であるとは思ってもみなかったが。しかしそうであるなら話は早い。
 ハサンの目は、先ほど数騎のサーヴァントが八幡宮へ侵入する様を目撃していた。セイバーが二騎とランサーが一騎、内一騎は午前に拠点としていた廃校傍で見た顔であり、キャスターを相手取るには十分すぎる戦力である。
 つまるところ、狙うべきは漁夫の利。
 ハサンが事態に絡んでいることは物言わぬ屍鬼の少女しか知らぬ以上、これを置いて他になし。

 透徹した気配を更に希薄なものとしながら、ただ主のために奔走するハサンはあらゆる事態を観察し続けるためより相応しいポイントへと移動を開始するのだった。


613 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:27:10 6XwzKctk0
その2を投下します


614 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:27:42 6XwzKctk0





 ありふれた願いがあった。

 大それたことなんて何もない。私はただ、生きたかっただけ。

 青い海が大好きで、もう一度あの鎮守府に戻りたかった。
 もう一度友達に会いたかった。
 何でもない日々を過ごしたかった。

 聖杯なんていらない。
 万能の願望器なんていらない。
 私は、ただ。
 生きて帰れるなら、それで良かったのに





   ▼  ▼  ▼


615 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:28:56 6XwzKctk0





「贋作者(フェイカー)はお手柄だったというわけだな」

 悠然と男が言った。静かに、けれど強い意思を秘めて。
 黄金なりし男は全てを睥睨し告げるように言う。それは王としての在り方か、あるいはこの舞台そのものに対する姿勢の表れであるのか。
 白銀の月を背に仁王立ち、しかして影法師に堕すことなく煌々たる耀きを放つ。
 この場にいるは幾人もの人間、英雄たち。しかし彼の王に向かい合うは、同じく王であるところのただ一人のみ。

 ───蒼銀の月光なりし赤薔薇の君。
 ───若き夜の王だけが、黄金王たる大英雄と相対して。

「奴の無謀が黒騎士の牙城を崩した。一には及ばず無限にすら至れぬ半端者が、地の利と天の利と時の利を得て勝利を知る。効果的だな、奪うにはまず与えねばならん。
 実に心地よかっただろうよ。強者を食らう弱者の逆襲は総じて陰惨な愉悦を伴う。己では決して届かぬ高みにある者を引き摺り下ろす快感は麻薬のように美味で、抗い難い。それはあの贋作者も同じだったろうさ。全て貴様の掌の上だと気付くこともなくな」

「私と三騎士がまともにぶつかればこの街そのものが持たない。それはお前や、第一盧生であっても同じことだ。
 その点彼らは非常に有用だったよ。余計な力を持たぬから一点を突くことしかできず、故に周辺被害をもたらさない弱者の刃。贋作でも時には本物に手が届き得るということだ」

「ハッ、下らんな。それに何を言うかと思えば、この期に及んで朧の繁栄に浸る都市の心配とは、随分と慈悲深いものだ。庇護するだけが王政ではあるまいに」

「後の賢王とは違い暴風としか在れぬお前に言われる筋合いではないな」

 二人の言い合いを、遠巻きにして眺める四人がいた。
 そのうちの二人であるアティとヤヤは、全く状況が掴めていないのか、呆けたような表情で固まっている。自分のサーヴァントであるストラウスと、その向かいに立つギルガメッシュとをおろおろと交互に見るアティ。その顔は困惑に満ちていたが、しかしそれでも常人の反応としてはまだマシな部類なのだろう。もう一人のマスターであるヤヤは、その視線を釘づけにされていた。彼女は忘我そのものの表情でギルガメッシュを凝視し、全く体を動かせないでいた。見開かれた瞳に映るのは畏怖か、それとも崇敬か。端的に言って完全に気を呑まれている。目の前のそれが圧倒的すぎて、一時的に思考が真っ白になっているのだ。
 ならばストラウス側にいるもう一人、ライダー・アストルフォはどうしているのかと言うと……じっとギルガメッシュのほうを見つめている。理性が蒸発し空気というものを全く読めない彼にしては珍しく、殊勝かつ冷静に事態を見守っていた。彼なりに何か思うことでもあるのだろうか、ヤヤとアティの二人を庇うようにして、彼女らとギルガメッシュとを結ぶ直線上に自らの体を置いてきその身を不動のものとしていた。
 残る最後の一人、英雄王ギルガメッシュの横にいるのは、彼のマスターたるイリヤスフィールだ。己が侍従たるサーヴァントを連れ立ちこの場を訪れた以上、何かしらの目的ないし思惑があるのだろうと誰もが思っていたが……しかし、その顔はアティやヤヤと同じくして困惑に満ちたものだった。何ということだろうか、彼女は自分のサーヴァントたる英雄王が何をしているのか、何を言っているのかまるで分かってないように見えた。それは少しでも情報を得ようと彼らを注視していたアストルフォには、すぐに分かった。ならば、だとすれば、ストラウスと英雄王は一体何を話しているというのか。

「知っているか赤薔薇。この街の人間はその全てが微睡みの底に沈んでいるが、それは街そのものも同じなのだと。世界が目を瞑っておるのだ。見捨てられたと言ってもいい。
 黒円卓なぞただ強大なだけの路傍の石に過ぎん。夢に囚われているのは誰もが同じよ。滅びるだの死ぬだのと、事はそれ以前の話なのだ」

「しかし楔は残存している。ただ一つの真実たる盧生も、囲いを打ち壊すべき者もまたここにいる。それにな、贋作嫌いのお前は心底不愉快ではあるだろうが」

 そこで一度、言葉を切って。苦笑するかのような響きと共に。


616 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:29:40 6XwzKctk0

「それでも世界は続いているのだ。瀕死寸前であろうと盲目に彷徨おうと、例え全てが偽物であったとしても。目覚め、抗い、己が意思を持ったその時点で我らは唯一の独立性を確保したのだ。
 それを作られたなどと、お前は言うまい。己の生き方を他者に委ねることなきお前ならば」

 ストラウスは笑った。心の底から、何かを信じるかのように。
 ギルガメッシュも嗤った。真意は分からず、ただ何かを睥睨するように。

「どちらにせよ、やるべきことは変わるまい。私としては、その確約さえ貰えるならばそれでいい」
「不遜だな。だが良い、許す。先にも言ったが、貴様はこの衆愚の坩堝には珍しく己が分を弁えている故な」

 その言葉に含まれる感情は一体何であったのか。
 肯定か、喝采か、あるいは侮蔑か。彼は燃えたぎる意思宿る瞳を伏せ、あるいは何かに思いを馳せるかのように。

「結論を言おうか。貴様の言い分、思惑、結構ではないか。好きにやるがいい我が許す!
 貴様が貴様の思うまま動くように、我もまた我の思うままに流離おう。元来、我らはそのようにしか生きることのできぬ身であるのだからな」
「同感だ。口では何を言おうと、結局我々は己のエゴを貫くことしか頭にない、どこまでも自己中心的な存在なのだろう。故に」
「ああ、故に」

 ストラウスは口許を引き結ぶ。ギルガメッシュは凄絶に哄笑する。

「故に、我は我の思うがまま」
「故に、私は私の為したいがまま」

 その右手は、遥か遠く一点へと向けられて。

「今こそ───その薄皮剥される時だ、鴻鈞道人」

 重なる声と共に、彼らの右手は、前へ。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼


617 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:30:30 6XwzKctk0





「ははッ! こいつはまた随分と派手なことしやがるじゃねェか!」

 鶴岡八幡宮東門にやってきたドフラミンゴは送迎車から足を下ろすと、大げさに手を振り上げて哄笑した。
 それは物静かな夜の街では嫌に目立つ行為ではあったが、大通りに面する正門とは違い小町大路の細い脇道にある東門には活気というものがなく、それを咎める者は誰もいなかった。

 彼の目の前には、屹立する白い壁が見渡す限りに張り巡らされていた。
 それは俯瞰して見れば巨大な球体の上半分であったろうが、すぐ近くまでくれば最早ただの壁だ。そしてその白さとは壁材の色ではなく、先を見通すこともできないほどに濃密な霧の白さである。
 言うなれば、それは巨大なガラス玉の内部に煙を充満させたような光景であった。霧は不動ではなく一定の速度で常に流動しており、それがかえって視界の悪さを助長している。
 ぞろぞろと、連れも連れたり10人ほどの黒服が、目の前の異常事態に顔面を引き攣らせていた。

「わ、若様、これは一体……」
「大方キャスターあたりの陣地か宝具、それも龍穴を利用した特注品ってとこか。
 フッフッフ、なんだよランサー、似合わねえお仲間作ったかと思いきや結局てめえは良いように利用されたってことじゃねェか!」

 キャスターのクラスは単純な戦闘能力では下位に属するサーヴァントだが、代わりに自軍に有利となる陣地や魔術礼装の作成を行えるクラススキルを持つ。時間と共に陣地はより強固となり、礼装はより質が良く数も多くなる。直接戦闘に向かない代わり籠城戦・消耗戦・長期戦に適しているのがキャスターであり、セイバーら三騎士に極めて不利な彼らにとって唯一の勝ち筋となるのがその作成技術だ。
 キャスターの陣地に無策で飛び込むことは相手の体内に取り込まれるに等しい。本来キャスターに有利であるはずの三騎士クラスであろうと、単騎では心もとないどころか為す術なく殺されてしまう可能性が高いだろう。それを鑑みれば、あのランサーがどのような状況にあるのか容易に察することができる。
 すなわち隷属、体のいい操り人形兼捨て駒としてこの中に突貫させられたに違いない。ドフラミンゴに対抗する戦力を集めようとして、逆に自分が相手の戦力に組み込まれるなど本末転倒甚だしい。全くもってお笑い草だ。

「まァ奴についてはどうにでもなるとしてだ。
 おいお前、ちょっとこっち来い」
「え、あ、はい! 何でしょうか若様!」
「いやなに」

 ドフラミンゴは傍らで未だ呆然としている黒服の一人を呼び寄せる。我に返り駆けよるその男に、ドフラミンゴは笑顔で応え。

「ちょっくら実験台になってこい」
「え───あ、あああああああ!?」


618 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:31:11 6XwzKctk0

 駆けよる背中を思い切り蹴り上げた。
 唖然とした顔が白霧の向こうへ消えていく。どよめく周囲を、軽く手を上げ黙らせる。

「さァて、こいつァどんな絡繰りが仕掛けられているのやら、ってな」

 ドフラミンゴは掲げた手を引っ張るように、思い切り引く。その動きに連動して重い物体が引きずられる音が鳴り、霧の向こうから倒れ伏す男が引きずられてくるのだった。
 あっさりと結界の中から引きずり出された黒服を、他の黒服たちが囲む。検分するように見下ろすドフラミンゴの表情には怪訝なものがあった。

「あァ? なんだこりゃ」
「若様、我々にはもう何がなんだか……」
「うるせェよ、少し黙ってろ」

 引きずり出された男は、眠っていた。
 死んでいるわけではない。ただ眠っているだけだ。その寝息は穏やかで、その寝顔は至福に満ちているような笑みで彩られている。
 極道者とは思えない無垢な寝顔だ。厳つい顔つきの男には全く似合わない腑抜けヅラでムカつく部分があったがひとまずよしとする。
 問題なのは、何故このような状態になったのかという点、そしてこの空間がどのような構造になっているかについてであり。

「"弾糸"」

 掲げた指先から弾丸を射出する。上向きに放たれたそれは白霧の中へ吸い込まれるように消え、しかし天球の向こうを突き破ってくることはない。
 弾糸の射程は優に1㎞を越える。それが、奥行300m程度しかないこの空間を横断して向こう側から飛び出してこないということは、つまり。

「空間の拡張、中は見た目以上にデケェことになってるわけだ」

 薄っすらと笑みを浮かべる。

「外界と隔絶してるってわけじゃねェ。こいつを見る限り致死毒の類も魔力ダメージもほぼ皆無、効力は昏倒による無力化あたりか?
 覇王色にも似てるがまるっきり同じってわけじゃねェらしいな。原理としちゃ精神系か魔力系か。前者なら俺の覇気、後者なら対魔力で対抗できるかってとこだが確証がねェのがな。さてどうしたもんか……」

 優れた長は恐れを知る。
 勇気や度胸の有無とは全くの別次元で、集団を束ねる長には恐怖心への理解が求められる。
 未知の敵や難事への打開策を探り、何時如何なる時も冷静さと慎重さを失わない。その姿勢こそが集団を存続させる最善手であり、また基本中の基本だ。
 正体不明の敵に現象、何かしらの条件を満たさない限りは即座に無力化される広域結界。そこに無策で突っ込むほど、ドフラミンゴは愚かではない。

 と、その時。


619 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:31:50 6XwzKctk0

「ン? なンだあれは」

 遠くから、小さな影が飛んでくるのを見咎めた。それはドフラミンゴたちではなく霧のほうへ、真っ直ぐ突っ込むように夜空を翔ける。サーヴァントの気配を感じない以上、それは恐らくどこぞのマスターなのだろう。
 また新手か、とドフラミンゴは、弾糸の照準をその影に合せようとして───

「……いや」

 直前で取りやめ、手を下げた。影はドフラミンゴたちには気付くことなく、ボフッ、と音を立てて霧の中に突っ込み消えていった。
 一部始終を見届けると、ドフラミンゴは何か思いついたような顔つきで薄く嗤う。

「そうか、そうだよなァ。使えるもんはなんでも使え、当然の話じゃねェか!
 これが最後の仕事になるんだ。精々気張ってくれや、勇者ランサーさんよ!」

 その眼光は真っ直ぐと、結界の中へと向けられて。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼





 空を斬る鋭い音と、それに伴って真一文字に切り裂かれる白亜の大気の向こうに、藤井蓮の姿はあった。

「しつけえ」

 たった今、展開される退廃の夢を一瞥することもなく両断した男の言葉は、そんな短くそっけないものであった。

「二度目は喰らわない……ってだけの話じゃないな、これは。"最初"より明らかに効力が弱まってやがる、どういうことだ?」

 この現象には覚えがある。今朝方遭遇した正体不明のサーヴァントだ。あの時も今回も自分はこうして危機を脱することができたが、しかしどういうわけか体感的な効き目は今回のほうが遥かに弱い。
 この地に巣食っていたのは奴であったのか。事前に感知していた魔力の多寡から言って、強化されることはあっても弱体化することは考えづらかったが、しかし無理やり解釈を当てはめるならば、恐らく奴は力の大半を空間の展開に割り振ったのだろう。自身の性質と力の総量をそのままに、効果範囲だけを飛躍的に増したのだ。その結果として、一人当たりの食らう濃度が薄くなった。
 情報が乏しい故の仮説ではあるが、一応筋は通っているはずだ。足元に煌めくダイヤモンドのような透明の結晶を、しゃがんで手に取りながら、蓮は思考する。


620 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:32:40 6XwzKctk0

「欠片……残滓? 魔力は感じるが脈動はない、もう死んでるのか」

 掴みあげようとしたその結晶は、しかし触れると同時に脆く砕け、指の間を流れ落ちていった。キラキラと輝く砂粒は、地面に落ちるよりも早く空中に溶けるようにして消えてなくなった。
 指に残る粒子を振り払い、蓮は周囲を見渡す。ここは、恐らく参道だろうか。灰色の石畳に等間隔に並んだ石灯籠が、海のように浸された霧の中でぼんやりと赤い灯りを放っている。
 幻想的ではあったが、異質な光景でもあった。およそ元の神社仏閣ではあるまい、明らかに空間が変質している。
 そしてこれが最も重要なのだが、この付近に人の気配はない。つまるところ、アイとはぐれてしまっていた。

「そんな長く意識を失ってたつもりはないんだけどな」

 不可思議なことが多すぎる、と蓮。しかし困惑気味の口調とは対照的に、その内心はある種の戦意が鎌首をもたげ始めていた。
 この事態の中心にいるのは、ほぼ間違いなく今朝方のサーヴァントだ。状況的にも心情的にも、蓮は彼奴を殺せるうちに殺しておきたかった。
 何故ならアレは人間に対して絶対的に有害な存在であるから。至福齎す夢幻を拒絶できる者など、蓮のように幸せを幸せと思えないひねくれ者か、理性を持たない狂人か、あるいは狂気的に精神を理論武装した強者くらいのものだろう。大半の人間はまず間違いなく覚めない眠りに落ち、そのまま死ぬまで幸福に浸り続けるはずだ。
 決して人界には在ってはならぬ存在である。そんな歩く核爆弾のような奴を放置しておける道理などないし、それ以上に気に入らない。アレは蓮の信条と真っ向から相反する上に積極的にこちらを害しにかかってくる。その意味も、己以外の知性もあるのだと理解しないままに。
 故に戦う機会があるのなら、蓮は今度こそ容赦なく攻撃を加えるつもりであった。
 が、その前に。

「アイの奴を見つけてやらねえと」

 そう言って歩き出した蓮の耳に、ガサリと何かが動く音が届いた。目を向けてみれば、そこには小さな人の影。

「さて」

 アイであるか、鬼か蛇か。あるいはもっと他の何かか。
 決して油断はしないまま、蓮はその人影へと歩み寄るのだった。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。


621 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:33:05 6XwzKctk0





 霧を抜けた先にあったのは、輝かんばかりの太陽だった。

「え?」

 素っ頓狂な声を上げて、すばるは周りを見る。いつの間にか自分は学校の机の前に座っていて、今までドライブシャフトに乗っていたはずなのにそれも見当たらない。そもそもこの光景は一体なんであるのか。

「すばる」

 後ろからかけられる声。聞き覚えのありすぎるその声は、親しみを込めた口調で。

「何してるんだい? 次は移動教室だから早めに───」

 だから、すばるは思いっきり叫んだ。

「───ふざけないで!」



 目を開けた瞬間、目の前には真っ黒な地面があった。

「うわ、わわわわわわわわわわー!?」

 突然の事態に慌てて舵取り、進行方向を無理やり上へと変更する。急減速するドライブシャフトが、地面ぎりぎりのところでストップすると、冷や汗を流しながら深々と息を吐く。

「あ、危なかった……」

 本当に危なかった。意識を失っていたのは恐らく数秒程度なのだろうが、高速飛行している最中では致命的すぎる。墜落しなかっただけマシ、と考えるしかないだろう。

「それで……」

 恐る恐る地面に降りたすばるは、不安そうというか頼りなさ気というか、途方に暮れたように呟いた。

「ここ、どこ?」

 まずそこからして分からなかった。

 周りは全部真っ白。多分、霧かなにか。そこはいい。八幡宮が白い結界に覆われた時点で、中はそういうふうになってるんじゃないかなーみたいな予感はあったからだ。
 にしても、これはちょっと何かがおかしい。鶴岡八幡宮は相当大きな神社だと言うのは聞いていたけど、それにしたって肌に感じられる奥行の縮尺が違い過ぎる。一つの建物の敷地内にいるというよりは、カケラ探しでよく行った広大な宇宙の中にいるような感覚。なんというか、もう一つの別の世界に入り込んでしまったかのような気分だ。

「結界、なのかな。変な夢も見せられたし……よくわかんないけど」

 漫画やアニメで聞きかじった知識では、とてもじゃないが現状を推察することはできない。すばるは魔術師ではないし、そういった世界の裏側についての知識など微塵もない。ドライブシャフトを手に入れたのだって偶然みたいなものだし、本当にどこにでもいるただの中学生でしかないから。
 すばるには何もなかった。力はない、知識もない。何か特別な技能も、こんな時に役に立つ道具も持たない。心だって決して強くはない。平凡な、何者にもなれないその他大勢の一般人。それがすばるだ。
 こんな弱虫が飛び込んだところで、何かが変わるとは自分でも思っていなかった。


622 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:33:26 6XwzKctk0

「……行かなきゃ」

 けど、そんなことはとっくの昔に承知している。
 自分の無力を嘆くだけなら、そもそもこんなところになんか来ていない。
 アイとセイバーを手助けする、契約してくれるサーヴァントを探す、協力できる誰かを見つける。
 それらは残されたマスターとして達成すべき義務であるし、すばるが生き残るために必要な絶対条件だ。
 道行は困難極まるが、だからと言って立ち止まってはいられない。行くべき道がそれしかないのなら、どれだけ不可能に見えても突き進むしかないのだから。

「アーチャーさんがいたら、怒られちゃうかな……?」

 アーチャー。優しかった彼女。いつもすばるの隣にいてくれた少女。
 彼女がいたら、きっと怒られてしまうに違いない。あの人はそういう性格だ。いつも誰かを気遣って、自分のことは後回し。憧れるくらい大人びてるのに、かと思えばどこか抜けてて微笑ましい気分にもなった。
 そんな優しいあの人なら、きっとこんな場所にいちゃダメよと諭してくれたんだろうなぁ、と。
 そう思うと、涙と共に流しきってしまったはずの悲しさが、また溢れてくるようだった。

 すばるは白く染まった空を見上げ、歩みを進める。
 無音と霧だけが支配する世界にあって、ただ見上げる。そうすることしかできない。今だけは顔を上げておきたかった。
 俯けば───
 きっと、涙が落ちてしまうから。





 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。


623 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:33:51 6XwzKctk0





「はえ?」

 気が付くと、世界は真っ白になっていた。

「は? ……は?」

 訳が分からないので、とりあえずそこらへんを闇雲にまさぐってみた。特に何もない。
 平衡感覚は正常、触覚も正常、自分が地面に立っていることは分かる。ついでにここは結構広くて、どこかに閉じ込められたわけでもないらしい。
 だが白い。とにかく白い。腕を真っ直ぐ伸ばしてみればもう指先が見えなくなるくらい視界が悪く、さっきまで夜だったはずなのにこの白さのせいかあまり暗いとは感じられない。精々夕方近くの薄暗闇くらい? いったいどういうことだこれは。

「えと、セイバーさん? どこにいるんですかー?」

 おずおずと呼びかけてみる。声は反響することもなく、霧の向こうに消えていった。なんだこれ。

「何がどうなってるんでしょうか……」

 こうしてても仕方ないので、とりあえず歩いてみる。先が見えないのでおっかなびっくり、伸ばした手をぷらぷら前に翳して、ゆっくりと。

「セイバーさーん、聞こえてるなら返事してくださーい、もしもーし?」

 声が虚しく辺りに響く。応えてくれる誰かはまだいない。
 とぼとぼ、という擬音が似合う足取りは、その後暫く続いた。

 試しに大きくジャンプしてみる。普通に着地して特に何も起きない。
 10mくらいダッシュしてみた。躓きそうになって慌ててたたらを踏み、何とか転ばずに済んだ。
 思い切って全力で叫んでみた。「わーーーーーーー!!!」という絶叫は霧を吹き飛ばさんばかりに轟いて、耳がキンキンしたがやっぱり誰も来ることはなかった。

「さ、流石に心が折れそうになりますね……」

 肩を落としながら道なき道をいく。というか自分は何をやっているんだ。本当ならこんなところで道草を食っている場合じゃないのに。
 そう、"自分は誰かを救わなくてはいけない"のに。
 その方法も見つけなければいけないのに。
 と。
 そんなことを考えた時。


624 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:34:47 6XwzKctk0


「あ、アイちゃん!」


 霧の向こうから声がした。

「やっと見つけた!」

 アイの顔が驚愕に染まった。その向こうには、

「すばるさん?」

 ここにはいないはずの彼女が、満面の笑みで立っていた。





「ここで何をしてるんですか、すばるさん」

 アイの声は、言葉は、ほんのちょっぴり棘が含まれていた。
 当然である。ここは敵地で危険なのだから、自衛手段を持たないすばるが一人で来ていい場所ではないのだ。あんなことがあった以上、すばるにはもっと自分の体を大事にしてほしい。
 ぷりぷり怒ってるアイを見て、すばるはなんだか楽しそうな表情をしていた。

「付いてくるなら付いてくるって言ってください。そうと言ってくれたら私もセイバーさんも色々やれることはあったんです。飛んできた、なんて。危なっかしいにも程があります」
「ご、ごめんね」

 話を聞くに、彼女はアイたちと別れた後、思い直してドライブシャフトを使って文字通り"飛んで"きたらしい。ここぞというところで行動力を発揮するすばるらしいな、とは思ったが、それ以上に危なっかしいとアイは感じた。

「とにかく、一緒に行きましょう。近くにセイバーさんがいるかもですし、じっとしていたら危ないですから」

 言って、手を伸ばす。

「ね?」
「……」

 アイとしては極当たり前の、普通の提案だった。ここが死地であることは未だ変わりなくて、下手をしたら殺意満々のサーヴァントに遭遇する可能性だってある。だからこれは受け入れられることが前提の、アイとしては"おはよう"や"こんにちは"と同じく肯定の返事が返ってくる言葉だった。
 けれど。

「ううん、もうその必要はないの」

 すばるは小さく首を振って、アイの手を掴むことはなかった。


625 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:35:19 6XwzKctk0

「……え?」

 挨拶を冗談で返されてしまったような心持で、拒絶された手を見下ろした。
 妙な違和感を憶えた。

「どうしたの?」
「どうしたって……すばるさんこそどうしたんですか?」

 意味が分からないといった風情で、アイはすばるの手を半ば無理やりに握った。繋がった手は暖かくて、何の嘘も見当たらなかった。

「私の説明を聞かなかったんですか? ここは危なくて、他のサーヴァントがいるかもしれない場所なんですよ?
 私達二人だけじゃ、万が一があったら……」
「だからね」

 すばるは笑いかける。その様子は今まで見たことがないくらい上機嫌で、こちらの手を両手で握り返すと、祈るように破顔してくる。アイの困惑は増すばかりだ。

「別のサーヴァントに会っても、もう怖くなんてないの。というか、もう戦う必要だってなくなったし」
「は?」

 アイの混乱が頂点まで極まった。何がなんだか分からなくて、誰かに説明してもらいたい気分だった。
 その時。

「お、ここにいたのか。探したぞお前ら」

 霧の向こうからひょっこりと、蓮が顔を出した。

「! セイバーさん!?」

 アイは反射的に叫んでいた。

「なんだよ、そんな怖い顔して」

 おどける蓮の顔は穏やかだった。先程までの闘いに赴く前のような険しい顔ではない、アイと街を散策していた頃のように朗らかだった。
 それに彼は、すばるが今ここにいることを、まるで不思議に思ってない様子だった。

「なんだって、それはこっちの台詞ですよ。ここは危ないって言ってたのはセイバーさんじゃないですか。それにすばるさんまで、もう何がなんだか」
「ああ、そのことか」

 蓮は何でもない風に。


626 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:35:53 6XwzKctk0

「簡単に言うとな、全部解決した」
「はぁ?」
「ここの問題と、あと聖杯についてもな。聖杯は無事に起動して、参加者全員の願いを叶えても大丈夫なようになったんだ」
「はぁ!?」

 空いた口が塞がらなかった。

「つまり、もう俺達が戦う必要はなくなったってわけだ」
「ど、どうしてそんな……」

 一体何が起きれば、そんなことがあり得るというのか。

「監督役の人がね、わたしたちの訴えを聞いてくれたの」
「監督役って、あの神父さんですか?」
「うん。そしたらルーラーさんが、神さまが、全部叶えてくれたの」

 監督役の神父は本戦の開始と同時に消滅したはずだ。
 それにルーラーとは、なんだ? 聞き覚えはないはずなのに、何故か頭の中にこびり付いて離れない。

「詳しいことは後で教えてあげるね」

 言って、すばるは手を差し伸べた。

「だから、今はわたしたちと一緒にいこ?」
「……」
「ね?」

 だから、アイはその手を取れなかった。

「どうしたの?」

 訝しげに、すばるが聞く。

「アイは、こうなりたかったんじゃないの?」

 それは、その通りだ。

「もう戦う必要はない。
 もう誰かが死ぬ必要はない。
 聖杯という、世界を救う手段が手に入る。
 アイはそうなりたかったはずでしょ?」

 この手を取れば、"そう"なれるよ、と。彼女は嗤った。
 だから、アイは。

「ああ、なるほど」

 もうその手を取ることはなかった。

「それがあなたの言う、"みんな"の救い方ですか」

 そして、アイは目を覚ました。


627 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:36:19 6XwzKctk0





 気が付くと、アイは地面に倒れていた。

『どうして?』

 目の前には茫洋と立ち尽くす少年の姿があった。
 黒地の燕尾服に亜麻色の綺麗な髪、桜色の頬にラピスラズリの瞳を持った、綺麗な少年だった。
 彼の差し伸べた右手が、孤独なままに垂れ下がっていた。

「……よいしょっと」

 アイは一息で立ち上がって辺りを見渡した。
 真っ白な霧の中。
 辺りには誰もいなかった。

「今のは幻覚ですか?」

 返事はなかった。それは別に構わない。期待してたわけじゃないし予想もつく。
 多分、今のは幻覚じゃなくて、ある意味では本物だったのだ。
 ある一点を除いて。

『どうしてこの手を取らなかったんですか?』

 "彼"は心底不思議そうに、アイに尋ねた。

『この手を取れば、君は幸せになれたのに。君は救われたのに』

 彼の顔には敵意も害意も浮かんでおらず、ただ底なしの幸せだけが湛えられていた。
 その時にはもう、アイはここで何が起こっているのかを理解した。自分の身に起きた出来事と周囲の異変、そして蓮から聞いた「キャスター」の情報とを照らし合わせて、彼が一体何であるのかを悟った。

「これが、あなたなりの世界の救い方なんですか?」
『うん、そうだよ』

 宝物を自慢するように、彼は笑った。


628 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:37:05 6XwzKctk0

『世界はとっても広いんだ。広くて、大勢で、でもそれは一つの大きなものじゃない。"誰か"っていう一つ一つが合わさって、無限に大きくなっていくんだ』

 それはアイの出した答えと限りなく似通っていた。世界は一つではなくて、一人一人が積み重なってひしめき合って生まれる集合体。世界が石ころでできているように、"みんな"は"ひとり"でできている。
 だから。

『だから僕は、"みんな"の願いを全部叶えるんだよ』

 狂気そのものが、笑った。

『全員、誰一人の差別もなく。一人残らず、男も女も老人も乳飲み子も、誰一人余すことなく救ってあげたらいい』

 それは不可能を表す逸話によく似ていた。
 みんなを救う、などという絵空事を、しかし眼前の存在は可能にしてしまう。この世にいる全ての人を訪ね歩いて、一人一人を救うことすら可能なのだ。
 それが、『幸福』の力。

『僕ならみんなを幸せにしてあげられる。死んだ人も生き返る、悲しいことは全部なくなる、つらさも痛みもなくなって、幸せだけがある世界にしてあげられる。
 一つの悲しみもない世界、一つの不幸もない世界、そんな世界をみんなにあげたいんだ。そうすれば、世界は救われるから』

 その結果どうなるか。
 アイは簡単に予想することができた。

「そして、世界を滅ぼすんですか?」

 今なら分かる。あの時この少年の手を取っていたら、自分は確実に死んでいた。
 きっとすばるは立ち直って、みなとという少年も生き返って、蓮は本懐を遂げるだろう。
 そうして元の世界に帰った自分は聖杯の力で世界を救って、全部解決めでたしめでたし。
 一日が終わって、次の一日が来て、一年経って何年も経って歳を取って、笑って喜んで嬉しがって、悲しみも不幸もない世界を生きていくのだ。
 ただし現実ではない夢の中で。
 段々と衰弱して死に向かう体を放って、意識だけは夢の中で生きていく。

「そんなの、私は嫌です」
『どうして?』

 少年は叫んだ。それは全く大きくも荒げてもいない穏やかな口調だったが、それは紛れもない叫びであるのだと、アイには分かった。


629 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:37:37 6XwzKctk0

『君は幸せになりたくないの?』
「ええ。世界を救う私は、決して救われてはいけませんから」

 それは自信を持って言えた。
 けど、問題はそこではないのだ。

「まあ私は希少種というか、みんなの中では少数派なんでしょうけど……でも私と違って幸せになりたいって人も、あなたは救うことはきっとできません」
『……どうして?』
「そもそも方法論として間違ってるんですよ、それ」

 人の願いを無制限に叶える。相反する誰かと誰かの願いすら、両立した上で両方叶える。
 それは確かに人の思い描く夢の形で、あるいは至上の幸福なのかもしれないけど。

「夢に沈んだ人が現実で衰弱する、なんてのを差っ引いても、やっぱりそれは間違ってるんです。
 ねえ、名前も知らないあなた。願いの全てを叶えた人間がどうなるか、あなたは知っていますか?」

 アイがまだずっと子供だった頃、ふと考えてみたことがある。あらゆる願いが叶うなら自分はどうなるか。

 願いが叶う。夢が叶う。即物的な物欲も遠大な理想も成し遂げられ、平穏な世界の中できっと自分は百歳まで生きていく。
 そして段々と箍が外れていくのだ。自分が死んでみんなが死んで、そしてこっそりと願ってしまう。どうか彼らを生き返らせてください、と。
 そこから先は転げ落ちるばかりだ。一つの願いはやがて二つ三つと膨らんで、最後には無限の願いとなって叶えられ。
 いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも。
 そうしていつか全ての願いを叶えてしまい、あとはもうすることもなくなって、石ころみたいになってしまう。
 それは、覚めない眠りに沈み続けるのと一体何が違うだろうか。

 夢に生きようと現実に生きようと、願いの全てが叶えられるとはそういうことで。
 つまるところ、この少年には。

「残念ですが、あなたは誰も救えません」

 一つの真理を、アイは口にした。
 だから、当然。


630 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:38:03 6XwzKctk0

『……分からない』

 子供は、泣いた。

『分からない、そんなの』

 声は、口調は、表情は変わらない。けれどそれは、湛えられる感情は、嘆きだった。

「分かってください」

 アイは言う。容赦することなく、それが真実だと突きつける。

「今のあなたでは誰も救えません。そのことをどうか、分かってください」
『嫌だ、嫌だよ。僕は世界を救うんだ、それが、こんな……』

 少年の瞳に、みるみる涙が溜まっていった。瞼を越えて流れだし、純粋な雫は悲しみだけを含んで濁りなく、顎を伝って地面に落ちた。

『あ、ああ、あああああああ……』
「……ごめんなさい」

 アイは少年を抱きしめた。世界を救おうとする貴重な同志を、アイは自らの手で引き裂いてしまった。けどどうしても、彼にはここで止まってもらわなくてはいけなかった。

『なら、僕は、何をすれば……』
「変えてください」
『変える?』
「ええ。あなたの夢は、それ自体は尊いものです。諦める必要なんてありません。ただ方法が間違っていただけなんです。
 だからもっと別のやり方を考えましょう。大丈夫、あなたならきっとできます」

 世界を救おうなどという不可能を志した少年なら。
 きっと乗り越えられると、アイは純粋すぎる思いでそう答えた。

『……そんなこと、できるの?』
「できます」
『なんで、そんなこと言えるの?』
「言えますよ。だってあなたは私と同じなんですから」


631 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:38:49 6XwzKctk0

 同じく世界を救おうと志した者同士。
 私にできることは彼にもできるし、その逆も然りだ。
 できなければ、嘘だ。
 世界を救おうとする彼にできないならば、それは自分にもできないということであり。
 そんなことはあり得なかった。

 そう、あり得ない。
 アイにできないことは、彼にもできない。
 だから。



『分かったよ。僕は、きっと夢を叶えてみせる』



 その言葉を聞いた瞬間、アイは目覚めた。





『どうして?』

 気が付くと、地面に倒れていた。

「……え?」

 目の前には少年が一人で立っていた。

『どうして拒むの? 人はみんな幸せになれるのに。どうして君はそれを拒んでしまうの?』

 少年は変わらない。その笑みも、声も、何もかもが変わることのない不動を保っていた。
 さっきまでは、そこに何かしらの感情を見ることができた。変わらない表情でも、悲しみや苦悩があるのだと信じることができた。

 今は違った。

 彼の内にあるのは、徹頭徹尾"幸せ"だけだった。そこには悲しみも、怒りも、苦悩も、憎しみも、何もかもがなかった。疑問すら、本当は存在しないのだ。目の前にいる少年を、アイはどこか異質な異次元の物体にしか見ることができなかった。


632 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:39:28 6XwzKctk0

「あなた、今……」

 がばりと跳ね起きて辺りを見た。記憶が強烈に蘇る。
 これは、まさか……

「夢の中で、夢を見せられてた……?」
『怖がってるの?』

 バッと振り返る。そこには変わらぬ少年の笑顔。
 ぞぉ、と背筋に怖気が走った。

「あなたは!」

 初めて、アイは怒りに任せて叫んだ。

「私に、何をしたんですか!」

 拭うことのできない恐怖が、心にこびり付いて。

『怖がらないで』

 それでも、少年は何も変わることがなかった。

『何も恐れなくていいんだ。悲しみも苦しみもあり得ないんだから、死さえ人には一つの通過点でしかない。君は救われていいんだから』

 話が通じない。こちらの話を聞く気がない。
 どこまでも一方通行で、相互理解など絶対的に不可能な、外宇宙からの飛翔体。
 彼は何度も───何度も何度も何度も何度も、一回や二回ではすまないくらい膨大な数を、失敗し続けていたのだ。
 何重映しもの無数の夢の中で。

『救われてほしい。君は、幸せになって』

 アイを救うために。
 世界を救うために。
 冷や汗が止まらなかった。


633 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:40:21 6XwzKctk0

『幸せになって』

 声が聞こえる。

『幸せになって』

 それは愛くるしい、慈愛に満ちた優しい声。

『幸せになって』

 でも、何故だろう。

『幸せになって』

 それはアイには最早、宇宙の底から轟く得体のしれない金切音にしか聞こえない。

『幸せになって』

 だって、それは人間のことなんて全く理解してない。

『幸せになって』

 人間も彼を理解することができない。

『幸せになって』

 だからアイは。

『幸せになって』

 その人型が、その幸福が。

『幸せになって』

 どうしようもなく、恐ろしかった。


『幸せになって』


 声が止まる。
 へたり込んだアイの顔の目の前に、少年の顔が突きだされていた。
 動くものは何もなかった。
 静寂が辺りを包み込んだ。
 少年の笑顔は、能面のように固く、冷たかった。


634 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:41:09 6XwzKctk0

「わた、しは……」

 アイは、身を震わせた。

「私は、あなたを拒絶します」
『駄目だよ』

 少年は、アイと突き合わせた顔をにっこりと歪めて。

『君は僕に救われるんだ』












「いらねえからさっさと死ねよ」












 斬、と。
 目の前の顔が真っ二つになった。縦に切り裂かれた体は溶けるようにして、声も姿も何もかも、後には何も残らなかった。
 ぱたり、と。
 へたりこんでいたアイは、脱力するように背中から地面に倒れ込んだ。

 見下ろす視線が、アイの目とかち合った。

「……セイバー、さん?」
「ああ」
「ほんとのほんとにセイバーさんですか?」
「だから、そう言ってるだろ」

 瞬間、アイは全身の緊張を解除して「はぁああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と深く息を吐いた。両の手と足を投げ出して、大の字を描いて寝転がる。自然と顔がにやけてくる。

「良かったぁ……今度こそ本物だぁ……」
「まあ、何があったかは大体想像つくけどよ」
「あ、ちょっと待ってください。なんだか泣きたくなってきました」
「なんで」
「あとちょっと怒りも」
「なんで!?」


635 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:42:06 6XwzKctk0

 言葉とは裏腹に、溢れてきたのは笑い声だった。緊張がほぐれた反動か全身が怠く、今暫くは体を動かそうという気分にはなれなかった。

「セイバーさん」
「うん?」
「セイバーさんに聞いてたサーヴァントと出会いました」
「ああ」

 アイの隣に座りこんでセイバーが頷く。アイの遭遇した少年は、なんとこれが初遭遇ではないらしい。本戦が始まってすぐ、朝の雑木林で既に出会っていたのだ。
 ちなみにその時は為す術なく眠り込んだとか。我ながらなんとも情けない。

「それでですね。夢を見たんですけど、何とか自力で起きることができたんです」
「マジでか」
「すごいですか?」
「すごいし、偉いよ」
「えへへー」

 アイは笑った。それは心からの笑みだった。しかしそこに、多少の無理があるようにも、蓮には見えた。

「夢を見たんです」
「ああ」
「今朝は凄く良い夢でした。さっきのは都合の良い夢で、最後に見せられたのは鏡写しの夢でした」
「うん」
「本物みたいでした」
「だろうな」
「本当じゃなくて、良かったんですけど」

 アイの丸い瞳が、ふと伏せられた。
 幼い少女には似つかわない、憂いの色がそこにはあった。


636 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:42:49 6XwzKctk0

「私はあの人の見せる夢を否定しました。世界を救うっていう夢を、みんなを助けるっていう夢を。私は否定しました」
「当たり前だろ。アレの見せる夢は人を殺すしか能がない」
「そうじゃ、ないんです」

 アイは瞼を閉じる。目に映る世界から自分を閉ざす。そうでもしないと、涙がこぼれてきそうだったから。

「私の夢は"みんな"を救うことです。だから私は、ずっと"みんな"を助けようと考えていました。一人一人に寄り添って、一人一人のささやかな夢を叶えて、そうしていけばいつか世界は救われるんだと、そう考えていたんです」
「……」
「でもですね、私はその夢を、よりによって私が、否定しちゃったんですよ。
 人を死なせてしまうとか、そういう上辺の部分じゃない。もっと根本的なところを、間違ってると言っちゃったんです」

 人の願いに際限はない。
 叶った傍から次から次へと新しい願いが生えて、やがて無限の願いとなって持ち主すら食い破る。
 そして仮に、その願いの全てを叶える手段があったとしたら。
 全ての願いを叶えた人間は生きることさえ放棄して、救われることなく永遠の眠りへと落ちてしまう。

「"みんな"を救おうと穢れなく志して、仮にそれを実現できるだけの力が本当にあったとして、それでもあんな風に誰も救えないなんて。
 ねえセイバーさん。そんなの、あんまりじゃないですか」

 アイは本当に、心の底から悲しそうに。遣り切れず行き場のない疑問と感情を、セイバーに吐き出した。

「なんで人は、こんなにも救われないんでしょうか」
「そんなの当たり前だろ」

 至極何でもない風に、蓮は返した。

「俺達は現実に生きている。良いこともあれば悪いこともあるし、満たされない夢を抱えて飢えもするさ。けど、それが人間だろう?」

 人は誰だってそうだ。理想はいつも遠くにあって、手を伸ばしても現実に掴むことなんかできない。美しい刹那を永遠に、遍く世界を救うなどと馬鹿げた願望を捨てきれないし、叶えられないから渇きを癒すこともできない。
 不安で、不満で、いつも揺れて。
 けど、そんな姿こそが他ならぬ人間であるから。


637 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:43:31 6XwzKctk0

「人間なんてみんな我儘なんだよ。幸せばっかじゃ飽きが来て、不幸なだけじゃ飢えるばかり。けどいくら願ったって幻想(かみさま)になんかなれないから……なっちゃいけないから、こうして生きていくしかない。
 それを救われないと、お前は言うのか」

 人は誰しも幸せになりたいと願う。けれど、幸せになりたいからと言って悲しみや不幸に消えてほしいと願うことは全くの別物なのだ。
 感情に貴賤はない。悲しみや怒りや憎しみだって立派な感情で、それを喜びや嬉しさと比べて下劣と切って捨てることは誰にもできない。
 楽しさも、嬉しさも、悲しさも、つらさも。幸福も不幸も。
 どちらも人間には必要なもので、一方だけを選択しては歪みが生じるのみ。
 だから結局のところ、人間は陰や弱さを背負って生きていくしかない。希望と光と幸せだけをくれる神さまがいれば他に何もいらないなどと、そうはいかないのが人間の難儀なところなのだ。

「……人間は、欲張りな生き物です」

 やがて、嘆息するように呟いた。

「綺麗なだけでも汚いだけでも満足できない、幸せなだけじゃ幸せになれないなんて。欲張りであやふやで、よく分からない生き物です」
「だな。そろそろ愛想も尽きたか?」
「まさか」

 アイは力強く身を起こすと、すっくと立ち上がり身だしなみを整えた。バサバサと埃を払い、前を見据えて宣言する。

「行きましょうセイバーさん。この事態の中心に向かえば、きっとそこにランサーさんの姿もあるはずです」
「ここに来てるなら、の話だけどな。けど、どっちみち脱出するにはそうするしかないか」
「そういうことです……って、セイバーさん何してるんです?」

 ふと見遣れば、屈んで何かを摘み上げてる蓮の姿。
 顔の高さに上げたそれを険しい目で弄ってる蓮を、逆に興味深そうな顔をしてアイが見上げる。


638 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:44:18 6XwzKctk0

「何って、まあこれなんだけどさ」
「わ、きれいな砂ですね」
「砂っていうか、種かな」
「種?」
「例えだよ。実際どこまで正確か分かったもんじゃないけど」

 蓮の指先からサラサラと零れ落ちる砂状の何か。僅かな光に煌めいて宝石のように輝くそれを手のひらで受け、アイは不思議そうに問い返す。

「あのキャスターの残滓だ。これはもう死んでるけど、お前が遭遇した"奴"は確かにこれで構成されてた。いわばアレらは本体ではない分身であって、端末に近い存在なんだろう」
「分身……じゃあセイバーさんは、あんなのが無数にいるって言うんですか?」
「流石にそこは魔力の関係上無尽蔵にとはいかないだろうと思うけど、どこまでアテになるやら」

 ぎり、と音がするほどに強く拳が握りしめられ、掌で僅かに形を保っていた欠片がとうとう完全に砕け散る。
 アイはそんな蓮を、不安そうな、あるいは怯えるような目で見上げて。

「奴の落としていく種子は人の欲を吸って開花する。欲望に惹かれるのは、本体も端末も同じってことだ。
 ああクソッ、これだけパーツが揃えば嫌でも分かりやがる。なんてモンを喚び出してやがるんだ、これを召喚した魔術師は!」
「……セイバーさん?」
「最初は訳分からなかったけど、ようやく見えてきた。真っ当なサーヴァントじゃあり得ないとは思っていたが、いくらなんでも外れすぎだ。
 かつて南米の古代文明を数日で壊滅させ、当代の魔狩人が総力を挙げて狩りだしても尚幾度もの奔走を成し遂げた異次元からの来訪者。遂に正体が明るみに出なかったがために英霊の座にすらその真名が登録されてない、正真正銘外宇宙から飛来した怪物!
 英霊なんてもんじゃない、神霊ですらあり得ない。本当になんてものを喚び出しやがる。仮にアレが聖杯を獲ったら、文字通り"人類が滅亡する"ぞ!」

 人類の滅亡。
 世界の滅亡。
 そのワードを耳にして、血の気が戻りつつあったはずのアイの顔は、今度こそ蒼白なものと化した。





   ▼  ▼  ▼


639 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:44:51 6XwzKctk0





 約束の場所。
 それは、いつか至るはずだった黄金の草原か。
 血みどろの戦いを繰り広げた屍の丘か。
 あるいは聖剣の返上を決めた微睡みの森か。

 いいや。いずれも。違う。

 王ではなく、一人の騎士として在ろうと決めた時、
 約束の場所は定められた。
 すなわち。

 ───愛によって遺された庭。
 優しい月明かりが降り注ぐ、ガーデン。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





「ランサーは何処へ行った?」

 微睡みから目を覚まし、辺りを見回したアーサーの最初の言葉は、そんなものだった。

「駆けていきました。わたくしの制止も利かず、言葉を交わす暇さえありませんでした」
「……私が意識を失っていた時間は?」
「30秒ほどでしょうか。むしろその程度で目を開けられるとは、わたくしとしましては驚嘆するばかりです」
「世辞はいい。有事の際に居合わせられなかったことは事実だ」

 言うが早いかアーサーは意識を魔力反応に集中させ、周囲一帯の気配を探った。しかし返ってくるのは、何も感じられない無音の静寂のみ。

「……気配感知がほとんど働いていない。加えてこの視界の悪さ、一旦見失ってしまえば追跡はほぼ不可能と考えたほうがいいか」
「まさしく電光石火の早業というべき行動でした。しかしあれはセイバー殿のように夢から醒めたというよりは、夢遊病者のような様子でしたね。何にせよ厄介なことになっていなければいいのですが」
「同感だ。人を眠りに誘う結界か」

 アーサーはそう言うと、手元に抱き寄せた少女を見下ろす。
 少女は───キーアは、アーサーの腕に抱かれて安らかな寝息を立てていた。幸せな夢でも見ているのか、その寝顔は穏やかそのもので。しかしそれに微笑ましさを感じさせる要素は、残念ながら皆無であった。


640 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:45:15 6XwzKctk0

「ここまで大規模な陣地作成を行えるとすれば、相手はキャスターの他にいまい。そうと仮定すれば、まず間違いなく己の力を十全に発揮できる陣地内に潜伏しているはず。
 問題は、探し当てるには現状虱潰しにやるしかないということだが」
「そうですね。この霧は人を夢に沈める他に、多量の魔力を含んでいるためか気配感知を阻害してしまうようです。
 わたくしの"力"も、その大半が働かなくなっていますし……」

 そこで百合香は、アーサーの怪訝な視線に気付いたのか、「ああ」と説明する。

「わたくしの反魂香は既にご存じでしょうが、アレはこの結界内に充満する力とほぼ同質のものです。そのためか、常に滲み出す香は強制昏倒から身を守る役割を果たしているようなのです。
 尤も、効果の抑制だけで大半の力を使用してしまっているのが現状。これでは邯鄲法の行使も碌に行えないでしょうね」

 覚めない眠りに落ちるよりはずっとマシですが、と百合香。彼女の言う通り、確かに今の百合香からはむせ返るような花の香りは全く漂ってこなかった。自発的にON/OFFができない能力である以上、確かに彼女の力は現状そのほとんどが封殺されてしまっているらしい。

「君がいち早く意識を取り戻したのは、つまりそういうことか」
「ええ。そうでもなければ、わたくしでは霧のもたらす幻惑に耐えられなかったでしょうね。こうして見てとれる性質上、これは高潔な人間以外には酷く相性が悪い」

 呟く百合香の右目は青く輝き、瞼を閉じて伏せると同時に僅かな魔力が霧散し中空に残滓を散らせた。
 解法の透。解析・看破に特化した邯鄲法の一つであり、高ランクのものとなれば街一つに存在する人間の全行動を計算処理可能な代物だ。
 百合香の適性は咒法、解法、創法に異常特化されている。例え力の大半を封じられても、目の前の存在を解析する程度のことは可能なようだ。

「しかし……本当に困ったことになりました。キーアさんは眠りに落ち、ランサーさんは出奔。わたくしの力は抑えられ、事実上まともに動けるのはセイバー殿のみ。
 無論、これをわたくしが動かぬ言い訳にするつもりはございませんが……しかし、それでも困った事態に変わりはありません」

 事実である。単純に戦力は半減し、後に残されたのはセイバーを除けば完全な足手纏いが二人。仮にこの状態で好戦的なサーヴァントに出会ってしまえば、それだけで壊滅の危険性がある。
 この状態で探索を続けるのは自殺行為ですらある。単独での戦闘に特化したセイバーではマスターの守護には不向きであるからだ。


641 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:45:36 6XwzKctk0

「そこで提案なのですが、一旦ここで二手に別れるというのはどうでしょう?」

 だから、百合香の言い出したその提案は合理的でもあり、ある種渡りに舟でもあった。

「それは私も一考はしてみた。しかし、君はそれで大丈夫なのか?」
「確かに戦う力は残されていませんが、自分の身一つを隠す術くらいは残っています。不幸中の幸いと言うべきか、この中ではサーヴァントの魔力感知能力も低減されているようですし、接敵を回避する程度のことは可能でしょう」

 流石にキーアさんまでカバーすることはできませんが、と付け加える。

「どのみちこのままでは共倒れです。虱潰しに探すしか方策がない以上、一箇所に固まっても益が少ないのも事実。ならば多少の危険は押していかねばなりません。
 それに……」
「それに?」
「いえ、ただの思い過ごしでしょう。特に言う必要は……」
「曖昧な言い方は感心しないな」

 ぴしゃりと言いきられる。苦笑したように百合香は答えて。

「そうですね。この期に及んで隠し立てするようなこともないですか。
 とはいえただの勘でしかないのですが、事の元凶は一つではないように思えてならないのですよ」
「一つではない?」
「セイバー殿は耳にしたことがありませんか? この街で囁かれる都市伝説の一つ、夢を叶えてくれる妖精のお話です」

 百合香の語る都市伝説を、アーサーもまた聞いたことがあった。あれは確か、孤児院に住まう少年たちの会話だっただろうか。
 学校帰りの子供たちが何気ない話をしている中で、奇妙なものがいくつかあった。それらは実しやかに囁かれる都市伝説の類であったが、その中に幸福の精というものが混じっていたことを思い出す。

 曰く、それはこの世のものとは思えないほど綺麗な姿で現れる。
 曰く、それは出会った者に望むものを与えてくれる。
 曰く、それは望む夢が身の丈に合わぬものであったなら怒りだして永遠に眠らせてしまう。

 内容はそんなものだったか。都市伝説としてはありふれたもので、その時はアーサーもさして気にしてはいなかったのだが。

「噂には尾ひれか齟齬が付随しているのでしょうが、恐らく幸福の妖精は実在します」

 きっぱりと、百合香は断言した。


642 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:45:56 6XwzKctk0

「この聖杯戦争が始まってから、少なくともわたくしが調査を開始して以降、鎌倉市では原因不明の昏睡状態に陥る人間の数が飛躍的に増加しているのですよ。
 それも同時多発的に、離れた場所に在る者らが同じ時刻に、というケースも多くありました」
「そしてこの状況……確かに符合する点は多いな。元凶が一つではないという直感は被害規模の不可解さから来るものか」
「ええ。下手人が複数でなければ成立しないケースが多すぎるのです。となれば、相手は文字通り自らを分かてるか、あるいは……」

 そこで百合香は、何か思案するように目を伏せ、数瞬の後に言った。

「わたくしの力は幸福の妖精に対してカウンターに成り得る可能性があります。現状碌に働いていませんが、死力を尽くせば短時間の抑え込みは可能となるでしょう。
 あくまで推論、それも不確定極まりないものでしたから、面と向かって言うのは憚られたのですが……」
「いや、構わない。推論でも耳にしておけば、万が一の場合にも早急に対応できる」

 例えば幸福の妖精の話。これなどはその筆頭と言えるだろう。
 彼の都市伝説は、つまるところ精神面での絡め手を使ってくる手合いだ。ならば正体や絡繰りについての情報を揃え事前の心構えをしておくだけでも大分話は違ってくる。
 キーアは眠りに落ちてしまったが、それは幸福の妖精についての論拠が提示されたのが八幡宮内に侵入して以降であったからだ。これがもしも事前情報ありきだったなら、話は違っていた可能性だってある。

「状況は一刻を争う。君を矢面に立たせるのは心苦しいが、それしか手段がないならば致し方ない。頼めるか?」
「言われるまでもなく。わたくしは辰宮としての責務を果たしましょう」

 そう言って百合香はアーサーの手を取り、微かに魔力を流した。両者の手に魔力的な流れが通じたことを、アーサーは感じ取った。

「わたくしとセイバー殿の間に経路を繋げておきました。これならばこの霧の中でも念話が可能となるでしょう。
 それでは、また後ほど」
「ああ。武運を祈る」

 その言葉を最後に、百合香の姿は霧の中に溶けるようにして薄まり、消えていった。解法の透による認識阻害が働いたのだろう、弱体化しても尚見事な隠行であると言わざるを得なかった。

「さて」

 呟きを一言、アーサーは改めて自らのすべきことを反芻する。
 一刻も早くこの事態の元凶を討ち果たす。
 壇狩摩の遺言や聖杯戦争の打破、それもある。しかしそれ以上に、キーアを無事に起こすにはそれしか方法がない。

 アーサーの左腕に抱かれ眠る少女。彼女をこのままにしておくわけにはいかなかった。
 事を静観する余裕はなく、しかし冷静さは失わず、アーサーは結界の奥底に潜むであろう何者かを目指し駆け出そうとした。

 その時だった。

「あれは……」

 アーサーの視線の先、霧に煙る白亜の向こうに、まだ子供と言える小さな影が浮いていた。


643 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:46:23 6XwzKctk0





   ▼  ▼  ▼





「大仰なこと言っちまったが、かと言って死に物狂いで急ぐ必要があるかというと、別にそんなわけじゃない」

 会敵と合流から暫し。アイと蓮の二人は足元の地面に目を凝らしながら、ゆっくりとした歩幅で並び歩いていた。
 とてとてと歩くアイが、おもむろに何かを拾い上げる。キラキラと光る砂のようなそれは、発芽することなく死滅した『幸福』の種子だった。
 風に吹かれて崩れ去っていく種子を見つめ、なんとも言えない表情で見送るアイ。それを余所に「こっちだな」と蓮は行く先に当たりをつけている。それは、ここに来るまでに何度も繰り返されてきた行いだった。
 まるでヘンゼルとグレーテルの童話のように、地面に点々と落ちている『幸福』の種子を辿る。それが、二人の取った追跡方法だった。

「陣地を展開した以上、術者は自由に動くことができない。結界内に閉じ込められたのは俺達だけじゃなく奴だって同じことだ。
 しかもこの霧は一度目覚めてしまえばあとは精神的に耐性が付く。時間経過での魔力切れはむしろ望むところだし、奴は猶予時間で何かしら対策なり備えなりをしてくる手合いじゃない。
 外から勘付かれて対軍規模の宝具で諸共木っ端微塵なんて可能性もあるからのんびりはできないけど、必要以上に焦ることはない」
「つまり、気持ちに余裕を持てということですね」
「そういうこと」

 言って、アイは更にもう一つ、種子が落ちているのを目敏く見つけた。視界の悪さを考慮すれば相当な視力と直感と言うべき……なのだろうか。事この分野に関しては、アイはなんとサーヴァントである蓮の一枚上手を行っていた。

「ところでセイバーさん」
「うん?」
「その、『幸福』……でしたっけ。その人はどういう英霊なんですか?」
「とりあえず人じゃないことは確かだな。というか英霊なのかどうかも分からん。知識としては、さっき俺が言ったことが全部だよ。それ以上はほとんど記録に残っていない」

 曰く、この次元ではない何処かから飛来した怪物。
 曰く、南米の古代文明、彼の有名な空中都市を滅亡させた元凶。
 曰く、英霊の座にすらその真名は登録されていない正体不明の高エネルギー生命体。

 ……なるほど、よく分からない。

「一応『幸福』を封印した術師がいて、そいつ曰く地球に来るより以前に二つの文明と種族を滅亡させたとかなんとか。
 まあ化け物だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「化け物、ですか」

 不思議な響きだった。幸福なんて俗称が付けられているのに、何故それが人類を滅ぼす怪物であるのか。
 昨日までのアイならきっと不可解に思っただろう。けれど、実際彼と対峙した今のアイなら、分かる。

「そうですね。あれは……あの在り方は、人には眩しすぎます」

 眩しくて、強すぎて、純粋すぎる。
 悪意も敵意も何もなく、ただ幸せを与えたいとだけ願う妖精。その在り方も何もかもが善性のそれなのに、どうしようもなく人とは相いれない。
 それは、なんて。


644 : 亡霊は夢に囁く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:46:42 6XwzKctk0

「なんていうか、悲しい人ですね。人ではないけれど」
「悲しい、ね。随分とお優しいことで」
「自分が嫌いだからってふて腐らないでくださいよセイバーさん」

 閑話休題。

 そんなことを話しているうちに、二人の目の前に小さな建物が現れていた。八幡宮の本宮ではない、恐らく職員用の宿舎か何かだろう。木造とトタンでできた小さな建物。
 『幸福』の種子は、その玄関の前で途切れていた。

「……ここ、なんですかね」
「さあな。特に魔力とかは感じないけど、何が出るか分からないから警戒はしとけよ」
「分かってますよ」

 はぁー、と深呼吸を一つ。アイはドアの前に立ちトントンと控えめなノックをした。

 「はーい」という軽い返事が、なんか普通に返ってきた。

「……」
「……返事、ありましたね」
「ああ」
「なんていうか、普通の人みたいでしたね」
「そうだな」
「『幸福』っていう可能性は」
「お前、この声は男と女どっちに聞こえた?」
「女の人みたいでした」
「じゃあ大丈夫だ。アレは女には男の姿に見えるし、声もそうなるからな」
「ははぁ、なるほど」

 なんて緩い会話に興じている場合ではない。
 これはおかしい。明らかにおかしい。こんなところに普通の人間がいるわけがないし、だったらあの返事は一体何であるというのか。
 推察するには情報が足りなさすぎるし、そもそもこれだけ目の前に来ているのだから手遅れだ。つまるところ、あとは虎穴に入るしかないわけで。

「アイ」
「はい」
「警戒、怠るなよ」

 珍しく緊張したような面持ちで「はい」と答えるアイ。それから十数秒ほど沈黙が続く。これほど重く長く感じる沈黙は初めてかもしれなかった。
 そして。



「こんばんは。まあ、珍しい。こんなところにお客さんなんて」



 戸を開いて出てきたその"人"は、にこやかにそんなことを言って。



「まだ、生きてる人がいたのね」



 どこからどう見ても普通にしか見えないという極大の異常を、その嫋やかな笑みに張り付けているのだった。


645 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:47:08 6XwzKctk0
その3を投下します


646 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:47:47 6XwzKctk0







 自分で言うのもなんだが、私は酷く臆病な人間なんだと思う。
 周りにはよく能天気だとか生きてるだけで人生楽しそうとか、そういうことをよく言われる。他にも面倒見がいいとか頼れるとか、うん、こっちは褒められてるみたいで嬉しいかな。

 けど、本当の私はそんな大層な人間じゃない。
 痛いのも怖いのも嫌いだし、そういうのを目の前にしたらきっと足が竦んでしまう。
 平凡で、ありきたりな、どこにでもいる普通の女の子。

 そんな私が戦ってこれたのは、きっとたくさんの友達がいたからなんだって思う。
 友達、仲間、勇者部のみんな。
 みんなが傷つく姿が見たくなくて、だから私は勇者の力を手にした。
 誰かが傷つくより自分が傷つくほうがいい。誰かが辛い思いをするくらいなら、自分がそうなったほうがいい。
 私一人ならきっと耐えられなかった。けどみんながいたから……傷ついてほしくないと思える誰かがいたから、私は頑張ってこれたんだ。

 誰かのためなら、いくらでも力を振り絞れる。
 だから私はいつかきっと、勇者になるんだって、そう願い続けて───





   ▼  ▼  ▼





 調理用のコンロがぱちぱちと静かに音を鳴らしている。
 台に置かれた大き目の鍋からは、暖かな湯気が立ち上っていた。年若い黒髪の少女は、にこやかな様子で、鼻歌などを交えながらおたまで鍋の中身をかき混ぜている。
 家庭的な食卓の風景だった。平和で穏やかな、今外を覆っている状況には似つかわしくないほどに。

 正常だった。
 頭がおかしいくらい、ここは普通の日常を保っていた。
 今この場所だけ、外の時間から切り離されているかのようだった。
 少女とこの食卓だけが、異常事態とは無縁であるかのように、どこまでも普通に存在していた。

 アイは知らなかった。何もかもが異常な環境で、一つだけ正常を保つとは、ここまで異常なものとして映るのだということを。
 蓮と一緒にテーブルにつき、緊張した面持ちで座るアイは、知らなかった。

「アイ」

 傍らの彼がアイの名を呼んだ。
 彼女は返答しない。視線を向けることもない。

「アイ。何時までこうしている気だ」

 アイは返答しない。
 蓮に名を呼ばれても、ただ、その少女を見つめている。
 願うように、あるいは縋るようにか。
 自分の考えていることが当たりませんように。そんな顔を、アイはしている。

「もうすぐできるからね」

 黒髪の少女が、言った。
 にこやかで朗らかな声だった。柔らかで、何の敵意も異常性も感じられない表情だった。
 固まった表情で沈黙を保っていたアイが、つられて、唇を開いてしまう。何を言うべきか僅かに逡巡して、アイは、少女の言葉から数秒の時を経て言葉を返した。努めて穏やかに、一歩以上を踏み込まない。踏み込んではならない、と本能のレベルで理解しながら。


647 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:48:19 6XwzKctk0

「どうぞお構いなく。私達は、ただ話を聞きたかっただけなので」

 静かな声だった。
 そして固い声でもあった。
 緊張、恐慌、そういったものを感じさせる声だ。普通の人間なら、何かあったのかと訝しげに思うであろう、そんな声。
 けれど黒髪の少女は、そんなこと露とも思っていないかのように、あまりにも普通すぎる態度で聞き返す。

「私の話?」
「ええ。ここがどんなところなのかとか。あなたがどんな人なのかとか。こういうところに来るのは初めてなんです。こんな風におもてなしまでさせてもらって……」
「それこそお構いなくよ。気にしないで、鎮守府に一般人の来客なんて久しぶりだったから」
「鎮守府?」

 聞き覚えのない単語。蓮がそっと「海軍の拠点だ」と耳打ちしてくれた。
 海軍。海。
 海軍の拠点。ここが、そうであると?
 この小さな宿舎が、街中にあって海など臨めないこの場所が。
 鎮守府であると、少女は言うのか。

 ああ、やはり……

「ここには、あなた一人だけなんですか?」
「ううん、同じ部屋に二人、住んでる子がいるの。睦月ちゃんに夕立ちゃんって言って……でもごめんなさいね、ご挨拶もなくて。そんなに人見知りってわけじゃなかったと思うんだけど」
「いえ」

 アイは微笑む。
 何かを一つ諦めるように。願いを一つ失ったかのように。



「あなたは、一人なんですね」



「え?」

 少女は小首を傾げて、アイの言葉の意味が分からないと素振りで告げる。
 ギシ。小さな、金属の軋む音がした。
 魂が軋む音だった。


 ………。


 ……。


 …。


 ────────────。


648 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:48:54 6XwzKctk0




 ぐつぐつと鍋の煮込む音がしている。
 少女は既に料理を終えた素振りをしているというのに、それでも鍋はまだ煮込まれていた。音を立てる鍋の匂いは今や部屋中に立ちこめていた。蓮は何かを言いたげであったけど、そっとアイの手が彼の膝に触れると、何を言うこともなかった。
 アイと蓮は、とある宿舎の中にいた。台所と食卓が同じ部屋にある、昔ながらの小さな一室。
 食卓。テーブルクロスの上には一輪の花がそっと遠慮がちに飾られている。
 出された料理を、しかし二人が口にすることはない。
 二人は、じっと、ただひたすらに少女の姿を見つめていた。

「晴れないわね、霧。月明かりも見えないなんて」

 少女は窓辺に立って、言った。
 確かに霧に包まれている。
 鍋を煮込む音で気づきにくいものの、外は霧が立ち込める時特有の異様な静けさに満ちていた。
 霧と靄の違いは見通しの良さだとアイは聞いたことがある。だとすると、これは確かに霧だった。窓から見える外は十m先すら満足に見えないほど煙のようなものに満たされて、向こうに何があるのか、ここはどこなのかすら曖昧になるような寂寥感を覚えさせた。

「嫌な霧ね」

 溜息を一つ。少女は零す。

 霧の風景はアイにとって物珍しいものではあったが、アイも少女の意見に賛成だった。
 この霧は嫌なものだ。晴れてくれたらいいのに。

「こんな中を歩いてきたなんて。二人とも大変だったでしょうに」
「いえ」

 アイは努めて穏やかに。

「これくらいへっちゃらです」
「あら、頼もしい。元気で良いわね、子供は風の子って言うし、そういうものなのかしら」
「……子供というのはやめてください。確かにあなたより年下ではありますけど」
「ごめんなさい、ちょっと微笑ましくて、つい」

 少女は笑う。朗らかな笑みは崩れることがない。


649 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:49:17 6XwzKctk0

「その服、素敵ね。牧歌的というか、どこか外国のものみたい」
「ありがとうございます。私はここからずっと離れたところから来たので、そのせいかもしれません」
「遠くから? じゃああなたたちは旅を?」
「……どうなんでしょう。実はこの街に来たのは偶然で、でも世界中の色んな景色を見ることができたらな、と思ってます」
「ええ、ええ。素敵ね。私もそう思うわ。もしそんな旅ができたら、きっと楽しい旅行になるでしょうね」

 朗らかに笑う。彼女は、心の底から言っているようだった。旅、風景、それらを見て感じたいと、本心から言っていた。
 楽しそうに、嬉しそうに。でも少女は困ったような笑みを浮かべて言う、

「私も一度は旅をしてみたいわ。でも、私だけそういうわけにもいかないわよね」
「たまにはいいと思いますよ」
「ダメよ。私はこれでも艦娘で、軍人なのだから。少しの外出はともかく遠出なんて以ての外。よく遠征には行ったけど、あくまで任務ですものね。危険も多かったし……けど、せっかくの綺麗な海なんですもの、船旅をしてみるのもいいなって思うの」
「羨ましいです。私はお山で育ったので、今まで海は見たことがなかったんですけど。でも、綺麗でした。本当に」
「ええ、とても綺麗なの。暁の水平線は本当に、本当に……」

 語る少女は嬉しそうに、その口許を綻ばせた。それは大事な思い出か、あるいは強く残った記憶であるのか。
 少女は、本当にただの少女であるようにしか見えない姿と言葉で、自らの郷愁を振り返っているようだった。

「でも今は駄目ね。ここの所ずっと、霧が立ち込めて全然晴れないんだもの。せっかくの景色も台無しで困っちゃうわ」

 これじゃ出撃もできないし、早く晴れてくれたらいいのに、と。
 そう呟いたところで、ふと、少女の表情は不安定なものになって。
 不安定。表情が崩れて。それは感情の変化というよりは、機械部品が動作不良を起こしたような奇妙さがあった。

「あれ? でも、晴れたこと、あったかしら?
 いえ、晴れてたわ。陽射しが強くて、青い海がずっと広がって……鎮守府は、そこにあって……」
「……えっと、あなたのことを教えてはくれませんか?」
「あら……あら! そうね、失礼してしまってごめんなさい。そういえばまだ自己紹介もしてないなんて、こんなに忘れっぽかったかしら?」
「いえ、私達こそ。
 私はアイ、アイ・アスティンです。こっちはセイバーさん」

 アイは隣に座る蓮を視線で指し示す。


650 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:49:45 6XwzKctk0
 背の高い男。剣士(セイバー)、と呼ばれて。
 整った顔はよくできた仮面のようで、アイにはそれが憮然としたものだと理解できた。
 事実、彼は少女と顔を合わせてから一度も表情を変えていない。鉄面皮というには普段とは違い過ぎて、彼の心境が少しではあるが察せられた。今も、紹介されて尚、表情浮かべずただ会釈するのみで。

「私は、ええと……名前、そうね、名前……」

 少女は何かを一つ忘れるようにして、何かを一つ失うようにして、名を述べる。

「……棲姫」
「素敵な名前だと思います」

 棲姫。それは姫の字を冠して、けれど人の名前に使うにはあまりに仰々しい響きがあった。
 それが意味するところを、アイは知るまい。そして当の本人である少女さえ、そのことを覚えてはいまい。

 ただ、独りだけ。
 棲姫という名を聞いた蓮だけは、ぴくりとその眉を動かして。

「棲姫さん、それがあなたの名前なんですね。生まれた時からの」
「ええ勿論。それより料理、冷めちゃうわよ?」
「本当に?」
「えっと、どうだったかしら……?」

 あっさりと。
 少女は不思議そうな顔を浮かべて首を傾げる。
 自分の名であるはずなのに。短く一言確認しただけで、ぐらりと揺らぐ。
 蓮が何かを言おうとするのを、もしくは何か行動しようとするのを、今度は腕を強く掴んでアイは再び制する。まだ、何もしてほしくなかった。まだ、このままでいさせてあげたかった。
 もう少しだけ、時間をください。
 お願いします、セイバーさん。

「もう一つ質問します。棲姫さん、あなたはいつから一人なんですか?」
「一人じゃないわ」
「いいえ、一人です。残念ですけど」

 表情を、アイは浮かべようとする。
 穏やかに。例えば微笑みを作ろうとするけど、できない。
 できなかった。
 だから酷く歪んだ表情になった。泣くのを堪えるような、怒るのを我慢するような、微笑むのを途中で止められたような、酷く奇妙な顔になって。
 加熱される鍋の中身の匂いなど、もう、気にならなかった。

「……一人なんです。あなたは、棲姫さん」
「どうしたの、泣きそうな顔をして。ええと、可愛いあなた。名前はなぁに?」
「アイ」
「アイちゃんっていうのね。あなたは異国の人かしら? 素朴で素敵な服だと思うわ。なんだかのどかな雰囲気で、えっと、それでこちらの男の人は……」

 少女の、棲姫の言動は明らかに混乱していた。
 言葉ひとつ毎に、態度は、少しずつ変化していく。
 奇妙に歪む。
 アイの表情よりも更におかしな具合になっていく。
 もう少しでお料理がでいますからね。既に鍋の中身を皿に取り分けた後なのに彼女はそう言った。
 嫌な霧ね。既に告げた言葉を、再度、窓のほうを見ながら彼女は言った。
 二人の名前は何かしら?
 あなたは異国の人?


651 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:50:04 6XwzKctk0

「記憶の混濁か、これは」

 セイバーが短く告げる。
 刃を思わせる鋭い声だった。

「やめてください」
「だが」
「……お願いします、まだ」

 彼の腕を強く掴みながら囁く。
 ただ、焦れるように。願うように。
 アイは、まだ、少女を。
 棲姫と名乗った少女を見つめていた。彼女は笑顔を浮かべていた。出会った時とそっくり同じ。朗らかで穏やかな、人の良さそうな笑み。

「こんばんは。まあ、珍しい。こんなところにお客さんなんて」

 同じ笑顔。

「まだ、生きてる人がいたのね」

 同じ言葉。

 出会った時の言葉。十三分と五十二秒前とそっくり同じ言葉を彼女は告げる。
 同じ顔で。同じ声で。まるでビデオテープを巻き戻して、わざと同じシーンを繰り返し再生するかのような。何もかもが同じなまま。

「はい……二人で、ここに来たんです」

 声、なんとか絞りだす。
 アイの表情が更に歪んでいく。
 笑顔を浮かべる寸前のように、憤りを爆発させる寸前のように、涙を零す寸前のように、けれども決して涙の雫を瞳に浮かべることはなく。
 何かに耐えるように。願いを、打ち捨てられたかのように。
 焦がれる想いすべてを引き裂かれる最中であるかのように。

「アイ」

 セイバーが名前を呼ぶ。
 アイは返事をしない。したくなかった。

「こいつは」

 ───この人は、なんだというのか。
 ───違う、手遅れではない。まだ見込みは。


652 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:50:34 6XwzKctk0

「やめてください……」

 ───また、助けられなかったなんて。

「こいつはもう駄目だ」
「やめて、くださいよ」
「こいつは駄目だ。艦娘、人類海域を守護する艦船に宿る御霊の英霊を俺は知っている。棲姫なんざこいつらの名前じゃない。いや、名ではあるが」

 セイバーの瞳は彼女を見据えている。まるで射抜くかのように。

「それは呪いの名の一つだ」
「でも、この人は、まだ」

 人であることを願っている。
 人であった頃の記憶を、意思を、失いたくないともがいている。
 だからアイは、こうして彼女が人であるかのように接して。
 でも、だとしても、もう。
 どうしようもないくらい、彼女は手遅れで。

「なんのお話をしてるの? 喧嘩するほど仲がいいって言うけど、でも私はあんまり好きじゃないかな。やめて頂戴、ね?
 さ、召し上がれ。スープが冷めてしまうわ」

 少女は笑顔でそう告げる。
 どろりと濁って、人間にはおよそ耐えられないであろう悪臭を放ち続ける、大量の血と臓物が茹った二枚の皿を示しながら。笑顔で、にこやかに。美味しいシチューができたから召し上がれ。そう表情が告げている。
 何を疑うこともなく、恐らくは彼女自身のものであろうおぞましく煮溶けた内臓を見下ろして。胸から腹部にかけて大量の血をへばり付かせ、引き裂かれた胎の内を露わにした姿のまま、彼女は笑う。
 張り付けられた笑みは揺るがない。例え今この場でアイとセイバーが血反吐を撒き散らし惨死しようとも、その穏やかな表情は崩れないのだと思えるほどに、冷たく無機質な微笑み。

 セイバーは席から立ち上がる。
 アイは「やめて」と小さく呟いた。セイバーは構わずにアイの腕を掴んで無理やりに立たせると、一歩、前へと進む。まるで、少女からアイを庇うようにして。

「……料理、食べてはくれないのね」
「悪いな」
「いいえ。いいの。本当はね、料理の仕方なんて忘れちゃってたの」

 少女はまだ笑顔を浮かべていた。
 今や、混乱した精神をその両目にはっきりと顕しながら。
 すなわちぐるぐると人間にはあり得ない形で回転させながら。それでも、朗らかで穏やかな笑顔を浮かべたままで。声、ひび割れさせながら。
 涙を、一筋だけ流しながら。


653 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:51:11 6XwzKctk0

「付き合ってくれてありがとう。最後に、生きてた頃を思い出せて嬉しかった」
「棲姫さん、待って」

 アイの言葉は届かない。
 既に、少女の聴覚は失われただろうから。

「ごめんね、私はもう、生きて、は、いない、から……」

 涙の色が変わる。

「誰も、彼をも、殺し、尽くすの」

 透明な雫から、血の赤色に。

「逃げて、殺して、逃げて、殺して、お願い、わた、し、を、殺し、て、もう終わり、にして……」

 艶やかな黒髪は抜けるように真っ白に変色し、首の骨は枯れ木を折るような音と共に砕けて。
 ぐるり、と頭が回転する。半ばで折られた首はだらりと垂れさがり、逆さまになった頭は胸のあたりで揺れていた。
 その頭頂には、人ではないかのような角が、何本も。

「逃げ、て……」

 最後の言葉は、声は、悲鳴は、残酷な金属音で食い破られる。
 少女の喉は内側から破れて、瞬時に、幾つもの金属の棒が生える。棒はぐねぐねと形を変えながら質量を増して、柱と化して、少女の体を包み込む。押し潰すようにして。
 ぱしん、と音がして女性の姿が消えた。
 人体が弾けるかのようにして消えてなくなり、そこに残ったのは、巨大な鉄の塊。
 そうして、少女は姿を変えていた。
 巨大に、禍々しく。規則性など見当たらない、金属を滅茶苦茶に繋ぎ合わせたかのような異形の塊に。
 タールのような黒い体表はおぞましくも光沢を放ち、体の随所からはいくつもの砲塔が付きだしている。腹部を覆う口は人間なら一呑みにできそうなくらい大きくて、無機的な目からは一切の生気を感じ取れはしなかった。
 そう、生きてはいない。この鉄くずは既に死んでいるのだ。
 ───深海棲艦。
 ───少女の成れ果てが、ここにはあった。

「下がってろ、アイ」

 セイバーは抑揚を感じさせない声で告げる。
 そこには一切の容赦もなく、故にアイには理解することができた。

「お前ができないって言うのなら。代わりに、俺がこいつを埋めてやる」

 セイバーの言うそれだけが、今やあの少女に残された、唯一の救いなのだと。





   ▼  ▼  ▼


654 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:51:33 6XwzKctk0





「静かに。僕は敵じゃない」
「……え?」

 思いがけず柔らかな声だった。
 突如目の前に黒い影が現れて、頭の中がパニックに染まりかけたすばるは、しかし声を掛けられた瞬間には不思議と落ち着くことができた。言葉の内容その物ではなく、声の響きが混乱を止めたのだ。酷く落ち着いた男の声。漏らしかけていた悲鳴を喉奥に呑みこみ、すばるは声の主を振り返ろうとして。

「こっちだ」

 振り返った先で黒い影が先導するようにゆっくりと歩き出した。「あ、待って」と慌てて駆け出そうとし、足元の小石に躓きかけた。影について行くこと1分ほど、すばるは何かの建物に辿りついた。朱色の柱が立ち並び、赤い柵に囲まれた賽銭箱が見える。奥まったところは段差となっていて広い舞台。立派な屋根はついているが壁はなく、横合いに吹き抜けになっていて向こう側が見えそうだった。
 これは……

「神社の一部、なのかな」
「舞殿だね。神社の境内に設けられた、舞楽を行うための建物。ここなら霧も少しは薄まるから、話すにはちょうどいいと思って」
「あ……! え、ええっと……」

 その声でようやく、自分が一人でないことを思い出す。胸の前で構えていたドライブシャフトを降ろし、ぱたぱたとスカートの裾を整える。
 目の前には、白銀に映える鎧に青色の外套を身につけた、すばるよりもずっと年上の青年の姿。アイと一緒にいたセイバーと同じか、もうちょっと上くらい? 日本人じゃない、どこかもっと遠い国の人。
 翠色の瞳で真っ直ぐにこちらを見つめ、「よし」と頷き。

「自己紹介をしよう。僕はセイバーのサーヴァント。そしてこちらが僕のマスターだ」
「え、えと」

 青年───セイバーの腕に抱えられた少女の姿にここで初めて気づき驚きの声を上げそうになって、でも自分も何か言わなくてはとやはり慌てて。

「すばるです。えと、よろしくお願いします……?」
「ああ、よろしく」

 セイバーはもう一度頷き、ほんのわずかに表情を和らげる。
 すばるは思わず、その顔に見惚れてしまった。

 ……きれいな人。

 今の状況も忘れて、そんなことを思う。綺麗というよりは格好良い、と言うべきなのだろうか。鋭い瞳も固く結ばれた口許もびっくりするくらい整ってて、とても厳しい感じなのに何故かそれが怖いというイメージに結びつかない。透き通るように白い肌と金糸のように鮮やかな髪は西洋人のもので、銀色の鎧と合わさって何だか御伽噺の王子様のような雰囲気を作りだしている。
 勇猛果敢に敵と戦う、御伽噺の王子様。
 でもそんな彼からは、偉い人特有の冷たさみたいなものは感じられない。
 どうしてかな、と思って気付く。彼の腕に抱かれた女の子が、とても気持ち良さそうな顔をしていたからだ。何の憂いも恐怖もなく、すやすやと安らかな寝顔をしている。女の子にそんな表情をさせる人が、まさか怖い人なわけがないだろうという、それはつまりそういうことだった。


655 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:52:02 6XwzKctk0

「わぁ……」
「どうかしたかい?」
「え? あ、いえ! なんでもありません!」

 セイバーの不思議そうな顔から勢いよく視線を逸らす。訳もなく頬に血が上り、顔が俯き加減になってしまう。変なことを言ってしまった、おかしな子と思われてはいないだろうか。
 上目遣いにちらりと様子を見てみると、彼は難しい顔で何かを考え込み。

「それにしても、何故こんなところに」

 鋭い瞳を、こちらに向けて。

「君は一体、何の目的があってこの場所に?」
「はい、あの……」

 そこから何を話せばいいのか分からなくなり、言葉に詰まって。

「……せ、セイバーさんはどうしてわたしを?」
「僕かい?」

 青年は小さく首を傾げるようにして。

「元々ここに用があってね。そうしたら君が彷徨っているのを見つけて、気になったんだ」
「そうなんですか……」

 俯きながら、まるで子供みたいな扱いだな、と思った。実際自分は子供で相手は大人なのだけど、改めて自分がちっぽけな存在だと思い知らされてるみたいで、なんだか自分が情けなくなってくるのだ。
 セイバーが悪いわけでは決してないんだけど、というかこんなこと考えて失礼なのかもしれないけど、と思う。

「で、でも、敵って思わなかったんですか? わたし、一応マスターで……」
「君がサーヴァントを失っていることは分かっている。その手の令呪を見れば一目瞭然だ。それに……」

 青年は少し考えるようにして。

「誤魔化すこともできただろうに、マスターやサーヴァントという単語にもきちんと反応していた。気付いていないだけなのかもしれないけれど、どちらにしても君に敵意はないと思った。それだけだよ」
「あっ……」

 言われてすばるはようやく気付いた。すばるはマスターやサーヴァントの存在を当たり前のものと認識していたけど、聖杯戦争の参加者以外の人間にとってそれは未知の単語である。サーヴァントを失っているすばるの立場からすれば、それらを敢えて知らないフリをしてやり過ごしたり、あるいは不意打ちに繋げようとしても全然おかしくない。
 それをしなかった時点で、セイバーはすばるのことを信用したということらしい。彼を騙すつもりが無かったのは本当だしそれがいい方向に転がってくれたことも僥倖だけど、元は自分の不注意といか考えの至らなさが原因であるため、すばるはさっきぶりに顔を赤面させ俯く角度が更に下のほうになってしまった。

「ともあれ、最初の質問にまだ答えてもらってないのだけど、君は何故ここに?」

 青年は体をずらして道を開け、段差に座るよう勧める。

「は、はい……えっと……」

 冷たい木組みの段差にぺたんと座り、すばるは、これまでのことをぽつりぽつりと話し始めた。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。


656 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:52:26 6XwzKctk0



「……なるほど」

 まとまりのないすばるの説明を聞き終えると、セイバーは小さく呟いた。

「つまり、君の仲間が二人、この場所に囚われていると」
「はい。アイちゃんとセイバーさんは……」

 名前を口にしてしまったことで涙腺が刺激され、まぶたの縁がじわっと熱くなる。唇を噛んで涙を堪え、言葉を続ける。

「二人はわたしに待っててって……きっと助けてあげるから、待ってろって……」
「賢明な判断だ」

 セイバーはすっと姿勢を正し。

「状況はあまり良くないらしい。すぐにここを離れよう」
「え、状況が良くないって……」

 話の流れについていけずに戸惑い、はっと目を見開いて。

「もしかしてアイちゃんたち、もう……」
「いや、違う。そうじゃないんだ」

 セイバーは首を振り。

「この霧の性質についてはある程度把握済みだ。業腹だけど、僕のマスターが既に術中に嵌ってしまったからね。けど見て分かる通り、この霧は覚めない眠りに引きずりこむけど即座に人を殺すようなものじゃない。仮にその二人が昏倒していようと、今すぐどうにかなってしまう危険性は少ない。むしろ、問題は僕たちのほうだ」
「わたしたちの?」
「そう。僕たちはこうして、少なくとも二人が眠ることなく行動できている。そして敵手の腹の内とも言うべきこの領域内にあって、自らの術中に嵌らない相手をどうするかなんて、古今東西を問わず決まりきっている。僕とマスターだけならまだ何とかなったかもしれないが、君も含めるとなると話は別だ」

 言葉を切り、沈痛な声で。

「もしもの場合、僕だけでは君達を守り切ることができないかもしれない」
「それって……」

 敵襲の可能性、そして"足手纏い"の存在。
 セイバーがどれほど優れた戦士であろうとも、無防備な一般人二人を抱えた状態でまともに戦えるはずがないという、そんな当たり前の話だった。





   ▼  ▼  ▼


657 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:52:46 6XwzKctk0





 故に、その事象は発生する。

 危険があると、戦わねばならぬと、彼らはその事実に合意した。
 認めた、故に"そう"なる。何もかもが不確かな夢の中にあって、それは如何なる道理よりも優先される唯一の真実であるから。

 強制協力、条件達成。
 溢れだす悪夢の源泉が、今こそ彼らへ襲い掛かる。





   ▼  ▼  ▼





 すばるが何かを言おうとした、その瞬間だった。
 爆音と共に、舞殿の天井が跡形もなく消し飛んだ。

「風よ!」

 砕けた天井の向こうに黒い影を認めた瞬間、考えるよりも速くアーサーの剣が動く。不可視の鞘と為す風圧が三人の周囲に展開、迫る瓦礫を押し返し敵襲への反撃とする。
 通常なら瓦礫どころか遠間の敵影すら諸共に打ち砕ける暴威は、しかし今は発揮されることがない。反動の負荷はアーサー自身はともかく常人の二人に耐えられるものではない。事実、この一合だけですばるは悲痛な叫びを上げ、腕の中で眠るキーアの体が軋みを上げていた。
 少女らにできるだけ負担をかけない範囲での最大威力を脳内で演算し、片腕のみで剣を翻す。敵影は既に目の前。何かを掲げるその影は、弧を描いて閃く一撃により両断された。
 ───甲高い、金属音。
 敵影を斬り捨てた感触は生身の肉体にはあり得ぬ鉄塊の手応えだった。それを証明するかのように、辺りに響く斬撃音は金属のそれ。それを訝しむ暇もなく、新たな影が次々と霧の向こうから現出する。

 そして鳴り響く、鉄砲雷火の多重奏。

 無数の弾丸が、三人のいた空間を滅多刺しに貫いた。絢爛な舞殿は既にその姿を崩し、襤褸屑のように木切れを宙に舞わせ瓦礫の山と化している。
 朦々と、土煙が立ち込める。影たちは一斉に射撃の手を止めて、じっと煙の向こう側を見据えた。
 煙が晴れるのを、じっと待った。
 殺意の籠った視線だった。
 やがて風がゆっくりと吹き、煙をどこか遠くへ持っていって。



「───斬る」



 空間を断割する一閃が、影たちの間をすり抜けていった。
 今度は何の音も響かなかった。射撃の手だけを止めていた影たちは、今度こそ一切の動きを止めてしまって、次瞬には上半身と下半身を致命的にずらして、ボトボトと地面に落ちていった。


658 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:53:05 6XwzKctk0

「げほっ、げほっ、な、なにが……」
「敵襲の第一陣だろう。何とか凌ぐことはできたが……ともかく、怪我はないかい?」
「え……は、はい!」

 土煙をまともに吸い込んで咳き込むすばるは、アーサーに庇われるように瓦礫の山から抜け出した。
 盛大に汚れた服をパタパタと払い、何事かと周囲を見遣る。その困惑した目に並び、アーサーは対照的に油断なく彼方を見据えた。

「それなら良かった。けれど、ここからが正念場だ」
「え?」
「言っただろう、第一陣と。つまり、本格的な攻撃はここからになる」

 アーサーの言葉を一瞬理解できなくて、しかし次の瞬間、すばるはその表情を恐怖で硬直させた。
 肌で感じることができたからだ。周囲一面の至るところから、何か得体のしれないものが蠢いているという気配を。"戦いの経験がないすばるでも容易に感じ取ることができるほど大量のそれら"を前に、アーサーはただ一刀のみを構えて。

「戦いだ。これより先は死力を尽くさねばならない」

 二人の前に立ち塞がる盾のように、その剣を振るい翳すのだった。





   ▼  ▼  ▼





「はあああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 アイと蓮が立つ寄宿舎の壁を、何者かが凄まじい勢いで貫いた。
 轟く爆音が大気を引き裂き、横合いに殴りつけるかのような衝撃が建物全体を襲う。
 弾き飛ばされ壁に叩きつけられる寸前、蓮に抱き寄せられるようにして受け止められたアイは、何事かと目を見開き、襲撃者の姿を視認した。

 そこにいたのは、少女だった。
 桃色の頭髪に花をあしらった意匠の装飾。手には何も持たず無手のままで、しかし何よりも力強い拳圧が彼女にはあった。
 何かを殴りつけたかのように拳を突きだした姿の少女を、アイは知っていた。
 見間違えるはずもない。それは数時間前に出会ったばかりの少女であり、アイがここに来るきっかけとなったサーヴァントでもあったのだから。

 サーヴァント・ランサー。
 アイが助けると約束した、主を想う少女であった。


659 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:53:37 6XwzKctk0

「ら、ランサーさん!? 待って……!」
「"その子"から、離れろォォォオオオオオオオオオッ!!」

 聞く耳を持たず、躊躇なく振りかぶる。
 その気迫にアイは思わず目を瞑り、しかし背後から腕が繰り出され肉を打つ鈍い音だけが、アイの耳に届いた。
 恐る恐る、目を開く。
 ランサーの拳は真っ直ぐに突き出されて、けれど蓮の右手が、それを受け止めていた。

「何をしやがる、てめえは!」
「……っ!」

 掴んだ拳を振り払い、ランサーは舞うように後退する。
 蓮は腰の抜けたアイを無理やりに立たせ、背後に庇うようにして一歩前に出た。

「何があったんですかランサーさん! 私達が戦う必要なんて……!」
「……アイ。あいつは今正気じゃない」

 はい? と一瞬真顔になる。
 けれど、よくよくランサーを見てみれば、その視線はどこか焦点が合っていない。彼女はアイたちを見ながら、けれど全く違う何かを見ているかのような不確かさが介在していた。

「正気じゃないって、まさか『幸福』のアレですか? でも、それならなんで……」
「分からん。だが確実なのは、あいつは今夢遊病者みたいな状態になってるってことだ。錯乱してるってよりは、俺達のことが何か違うものにでも見えてるっぽいな」

 この場に突っ込んでくる際、ランサーは異形のことを「あの子」と呼んだ。それはランサーの知己か、あるいは守るべき無辜の少女に見えているのだろうか。
 現実として、彼女は異形を庇護対象に、アイたちを敵対対象に見ているのは間違いなかった。睨みあう両者。蓮は視線をランサーと異形の少女に固定しながら、背後のアイに問うた。

「なあアイ。お前はあいつを助けたいか?」
「……当たり前です」

 ランサーを助けるためにアイはここに来た。それを撤回するつもりはない。

「あいつを死なせたくはないか?」
「だから、当然です」

 アイたちが戦う必要はない。夢に墜ちているといっても、そこから目覚めさせることは可能であると、他ならぬアイ自身が証明している。ランサーを死なせず救う方法は、確かに存在しているのだ。


660 : 葬列は再び来る ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:53:57 6XwzKctk0

「だったら逃げろ、今すぐに」
「えっ?」

 だから、アイは蓮の言ったことがよく分からなくて。

「逃げろ、早く───!?」
「うぁ……!」

 言葉が終わるより先に、突貫してきたランサーの拳が蓮へと襲い掛かった。
 重い衝撃が、周囲に伝播する。思わずそれを手で庇って、霞む視界の先にアイは"それ"を見た。



 蓮の体は、ボロボロだった。



 戦闘のために魔力を充填させたその瞬間、無傷に見せかけていた外装はそのメッキを剥して、一瞬にして彼の状態を一目の元に曝け出していた。
 剣を翳す右手は罅割れて、なんで腕の形状を保っていられるのか分からないくらい。
 ランサーの膂力に抗しきれず、体の節々から鮮血が噴出している。

 平気だよ、と無理に笑っていた彼の姿が思い起こされた。
 心配ないとこちらを気遣って、声にも態度にも苦しみを出さなかった彼のやせ我慢が簡単に想起できた。
 ようやく気付いた。自分を庇うこの男は、本当ならもう戦えないくらい限界に近かったのだということに。

 気付いて、でもアイにはどうしようもできなくて。

「逃げろ!」

 最早自分の出る幕はないのだと叫ぶ、彼の声に。

「……はい!」

 恐らくはこの聖杯戦争が開始されてから初めて、アイは素直に従ったのだった。


661 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:54:12 6XwzKctk0
その4を投下します


662 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:55:02 6XwzKctk0





 夢を見ていた。
 現実には決してあり得ない、けれど私がずっと実現してほしいと願い続けた、そんな幸せな夢を。

 私はただ、あの子を死なせたくなかっただけだ。
 マスターを助けるには他のマスターを殺さなきゃいけなくて、でも私はそんなことしたくなかった。
 できるだけ殺さずに、それでもやらなきゃいけない時はできるだけ苦しまないように。そう思い続けて、でもあの子はどうしようもなく救われなくて。
 それなのに、あの子は私に希望を託してくれた。

 私はそれに報いたかった。ありがとうと言ってくれた彼女を、いつか絶対救ってあげたいと強く思った。
 私のマスターと同じように。
 聖杯の力さえあれば、それができるのではないかと考えた。

 私は、あの子が笑っていられる世界が欲しかった。
 生前の勇者部のように。パスを通じて垣間見たマスターの過去の風景のように。

 私はただ、それを見てみたかっただけなんだ。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。



 見つけた、見つけた、見つけた!
 生きてた、あの子は死んでなかったんだ!

 傷なんてどこにもない、きれいな姿のままで、あの子はちゃんと生きててくれた!
 良かった、良かった! 無事でいてくれて、元気な笑顔のままで、本当に良かった!

 あの子を傷つけようとする人は許さない、あの時は助けられなかったあの子を、私は今度こそ助けるんだ!!

 だから。
 だから。
 だから!

 あの子を傷つけようとする"怪物"二匹!
 殺させはしない───私は誰かを助ける勇者なんだから!





   ▼  ▼  ▼


663 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:55:34 6XwzKctk0





「わ、わたしがキーアちゃんを守ります!」

 思いがけず上げられた声に、アーサーは剣腕を止めることなくすばるを振り返った。
 周囲一帯、破砕と炸裂の音に満ちている。市井の人間ならば身じろぎひとつできないであろう鉄風雷火の中にあって、すばるの表情は尚も折れぬ覚悟に染まっていた。

「やれるか?」
「はい! ここを切り抜けるくらいなら、必ず!」

 すばるの持つ力については既に聞き及んでいる。ドライブシャフト、飛行補助の魔術礼装にも近しい魔杖。騎乗者を高速移動による風の反動から守る機能もあるという。
 それはアーサーにはできない芸当であった。生身のキーアを連れて急速離脱を試みようとすれば、彼女の体は高速移動の負荷に耐えられない。だからこそアーサーはこの場に留まっての迎撃しか選択できず、すばるの戦力もアテにはできなかったわけだが。

「ならば、頼む。君達の退路は僕が作ろう。だから後ろを振り返ることなく駆け抜けてくれ!」
「───はい!」

 言うが早いか、すばるはキーアを受け取ると、決然とした表情でドライブシャフトに跨った。瞬間、総身を覆う光と共に変生する姿。少女の道を切り拓くため振るわれたアーサーの風の刃が異形の群れを薙ぎ倒し、出来上がった隙間を縫うかのように、漆黒の衣装に身を包んだすばるは猛然と飛びだっていった。
 あっと言う間に小さくなっていく後ろ姿。それに、アーサーは知らず感嘆の息を漏らした。すばるの力、ドライブシャフト。見てとれる移動性能は下手なサーヴァントすら凌駕している。自分は無力だなどと何の卑下か、すばるは立派な力を持っていたではないか。

「……これで、後願の憂いも消え果てた」

 離れ行くすばるを狙撃しようとする異形たちの弾丸を悉く打ち落とし、舞殿の残骸の上に降り立つアーサーは銀影の中で剣を構える。
 不可視剣の切っ先を緩やかに持ち上げ、並み居る異形たちに向けた。

「ここを通しはしない───死にたい者から前へ出るがいい」





   ▼  ▼  ▼





 壁にできた大穴から、アイが離れていくのが見える。
 それを見送り、決して通さないと仁王立つ足を踏みしめる。ランサーが勢いよく地を蹴ったのはほぼ同時だった。

「お前なんかに、奪わせたりしない!」

 踏み込みざまに繰り出されたランサーの右手は、咄嗟に掲げた蓮の右腕から防御に構えた細剣を弾き飛ばしていた。

(何を───)

 しているんだ、と一瞬の思考。困惑はそのままに蓮は上体を大きくのけ反らせ、防御を弾いてなお迫るランサーの左手を回避。魔力放出による戦闘加速を発動し、減速する視界の中で右手を跳ね上げ、飛び去ろうとしている細剣を空中に掴み取る。
 右脚を強く踏み出し、崩れかけた体勢を強引に立て直す。
 一挙動に腕を引き戻し、続けざまに襲い来るランサーの右腕に合せるように剣筋を滑らせようと……


664 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:55:58 6XwzKctk0

 ───私はランサーさんを助けます。

「……チッ!」

 左胸を貫く衝撃。
 剣閃を寸でのところで停止させたことで生じた隙間から滑り込んだランサーの右拳が、蓮の左胸を情け容赦なく打ち抜いていた。
 激痛を示す危険信号が脳内を駆け巡る。骨折とまではいかなくとも、骨に罅が入っていることは間違いない。咄嗟に一歩後ずさり、それに呼応するようにランサーが前進する。滑るよう、というよりは荒々しい。余裕や冷静さなど完全に失っているその挙動は、精彩さを欠く反面原始の野生に近しい力強さを感じさせた。

 桃色の外套が、陽炎のように揺らめく。
 踏み込むランサーの右脚が、霧に満ちる大気を震わせる。

 つま先を軸に体全体が螺旋を描き、左の踵が横薙ぎに襲い掛かる。頭部を狙ったそれを体勢を落とすことで回避し、地を這うように低い回し蹴りを放つもランサーは軽く跳躍することで難を逃れる。
 起き上がりと着地はほぼ同時。再び距離を開けて対峙する二人。
 ランサーの動きに淀みはない。痛みや損傷等による動作制限は皆無。夕方ごろに見受けられた魔力消費に代表される諸々の損耗は、その一切が消え失せ万全の状態へと復帰していることが見てとれた。
 対して蓮の側は、対照的なまでにボロボロだ。二度の宝具解放による魔力消費は甚大で、死者否定の渇望による自壊は未だその傷を癒すに至っていない。実際のところ戦闘行為を成立させるどころか普通に立ち上がっているというそれだけでも奇跡的な損傷を彼は負っていた。アイやすばるの前では極力そうした消耗を見せないよう立ち回っていたが、それもそろそろ限界が近づいている。加えて蓮はランサーをできるだけ傷つけずに戦わねばいけないという重い制約が課せられており、状況的に不利なのは確定的に明らかだった。

(まずい、な……)

 正直言って、打開策が見つからない。
 倒していいなら話は別だ。逃げてもいいならとっくにそうしている。しかし前者は絶対的に認められず、後者はアイの逃走時間を稼いでいる以上はやはり不可能。
 よって蓮としては第三の選択肢、つまりは対話や休戦といったものを取りたいところなのだが。

「おいランサー、こっちの話を───」
「この子を、傷つけるなァァァアアアアアアアアアアッ!!!」

 その瞬間には、既に、3mの距離を無視して踏み込んだランサーの左足が唸りを上げていた。
 奇襲に限りなく近い行いはランサーの体勢を不安定なものとしていたが、そこから繰り出される蹴撃は、それでもガードに置いた蓮の右腕ごと彼の体を弾き飛ばすには十分な威力を持ち合わせていた。
 空中に投げ出された蓮の体を、深海棲姫の砲弾が照準する。理性を失おうとも戦闘に関する直感と本能は失わないのか、少女の異形はこの場における生存に向けて最適な、蓮にとっては最悪の行動を叩きだした。
 放たれた砲弾が、超音速の初速を以て蓮に襲い掛かる。その数3発。その数自体対処は容易であり、形成した刃を振るい眼前まで迫ったそれらを中空にて叩き落すことに成功する。
 しかし、一連の行動によって蓮の体勢は崩れ、一瞬だが行動が制限される。その隙を見逃すランサーでは、残念ながらなかった。

「勇者ァ───」

 大きく飛び上がる、少女の影。
 咄嗟に振り向いた視線の先には、その顔面を鬼気に染め上げたランサーが、大振りに拳を振り上げていた。
 未だ空中にある蓮は、それに対し有効的な回避行動を取ることができない。
 だからせめてもの抵抗に両腕をクロスさせ防御として。


665 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:56:34 6XwzKctk0

「パァァァァァァァンチッ!!!」

 炸裂する、これまでで最も重い一撃。蓮の体は真っ直ぐ地面へと叩きつけられて、凄まじい轟音と土煙が辺りを埋め尽くした。
 着地して静かに事の成り行きを見守るランサーに、勝利の余韻も、まして落ち着いた様子も見られない。その表情はあくまで戦意一色に染まり、決して逃がさぬと睨む視線が告げている。
 戦意───戦意?
 だがそれは、彼女のその感情は、果たして本当に戦意と言えるのか?
 戦意───戦い勝ち取り前へと進む、そのような光に属した感情なのか?
 それはあるいは、直視したくない現実から逃避する───

「……いい加減にしろよ、テメェ」

 煙を払うように立ち上がった蓮は、低く唸るように吐き捨てた。
 頭からは血を流し、全身の至る箇所は襤褸屑のように擦り切れている。
 しかしそれでも、彼は膝を屈しはしなかった。

「いつまで夢、見てやがる。いい加減に目を覚ませ! お前も英雄の端くれなら、目の前の現実くらいきちんと認識しやがれ!」

 叫ぶ蓮の訴えを、唸る拳の風切り音が掻き消した。
 地を蹴るランサーの体は一呼吸の間もなく蓮へ肉迫、右腕が螺旋の動きで跳ね上がる。突き上げた拳は一直線に鳩尾を狙って、しかし横合いから差し込まれた掌に軌道を逸らされ肉ではなく宙を穿つ。
 そこから間髪なく繰り出される裏拳、肘打ち、蹴撃。無抵抗に近い蓮を決して逃がさないとばかりに追い立てて、的確にその命を狙いに行く。
 その形相は鬼気迫り殴打にも渾身の力が込められて、けれどその猛攻故に守りへの精彩さは欠けていて。

「起きろッ!」

 不意打ち気味に放たれたその一撃を躱すことは、ランサーにはできなかった。
 正拳を受け流し懐に潜り込んでの鳩尾突き、この戦闘が開始されてから初めて放たれる蓮の攻撃である。
 肉を打つ鈍い音に引き絞るようなか細い悲鳴が混じる。死なないよう極力威力は絞ったが、それでも一切の苦痛を感じないほど弱いものではない。できればこの一撃で正気に戻るか、最低限意識を失ってほしいと、後方へ飛び退り様子を見る蓮はそう考えていた。
 けれど現実はそう甘くはない。

「……はあああああああぁぁぁぁああああああああああ!!」

 片膝をついていたランサーが、しかし一挙動に跳ね起きる。その動きに消耗の二文字は皆無。蓮の拳撃など意に介さず、ダメージも何もかも意識の向こうに置き去りにして、尚も屈さぬと吠え猛る。
 凄まじき執念、凄まじき戦闘続行能力。サーヴァントとはいえ人の形を取る以上人間と弱点を同じくするのは明白であり、故に神経系の集合箇所である鳩尾に強烈な打撃を食らえば一時昏倒するのが妥当であるはずなのに。
 特殊な防御能力を持ち合わせているのではない。蓮のように自己回復能力を強化されているのでもない。
 それは単なる意地と執念。有体に言えば「根性」というありふれた精神論でしかない。
 そんなものでも突き詰めれば、このように立派な武器になるのだと、猛る勇者の姿は語っていた。
 しかし。


666 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:56:53 6XwzKctk0

「私は負けない! 私は勇者だ! 二度と誰も死なせたりしない!」

 しかし、何故だろう。
 勇者であるという自負も、誰かの命を守るという矜持も。
 その口から語られる全て、善性や正義に基づくものであるというのに。
 そこに嘘は含まれていないはずなのに。

「私は勇者になるんだぁぁぁぁあああああ!! 救えなかったんじゃない、私は願いを託されたんだ! ありがとうって、その言葉を嘘になんかさせない!」

 それは心の奥底から来る信念の発露というよりは、追い詰められた子供が心の支えに繰り返し唱えるような、切迫した余裕の無さが感じられた。
 勇者だから戦うのではなく、戦うことで勇者足らんとしているかのようだ。端的に目的と手段が逆転している。その有り様は何某かの直視したくない事柄から、必死で目を背けているようでもあった。

「……別に、それを悪いとは言わねえけどよ」

 肉迫し乱撃するランサーの拳から逃れて蓮が呟く。
 錯乱しているとはいえ、ランサーの正義は間違っていない。現実がどうであれ、彼女は自分の目に映る無辜の少女を救おうとしている。そのための足掻きも、語られる決意も、頭ごなしに否定していいものではなかった。
 現実逃避と詰るのは簡単だが、その根底にあるのは正義だ。蓮は我欲のみに根差した現実逃避の愚者たちを知っている。あの黒円卓の塵屑に比べたら……いや、比べるのもランサーに失礼なほど、彼女は真っ当な倫理観を持っている。
 ランサーは悪ではない。
 けれど、いいやだからこそ。

「だったら尚更、こんなことしてる場合じゃないだろ。お前が本当にやるべきことはなんだ? 残念だが、こいつはもう……」

 とっくの昔に手遅れだ。そう言う蓮の口を塞ぐかのように、絶叫と共にランサーは突貫した。

「私は守る! 私が助けられる全員を!」

 その願いは間違っていない。この場に助けられる誰かが一人もいないことを除けば。

「私は負けない! あの子に託された言葉を果たすまで!」

 その願いは間違っていない。振るう拳を向ける相手を見間違ってることを除けば。

「私は諦めない! もう二度と、何もかも!」

 その願いは間違っていない。彼女が自分を見つめ直す機会さえあるならば。

「私は、マスターの願いを───」

 彼女が語る全て、決して間違いではない。ただボタンの掛け間違えのように、ほんの少しだけ何かがズレてしまっただけだ。
 彼女は何も間違えていない。

 ただし。

「死んでも諦めなかった夢を、絶対に叶える!」

 全ては"ランサーが加害者ではない"という前提があればの話だが。


667 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:57:19 6XwzKctk0



「……おい。今なんて言った?」

 自分でも驚くほど冷たい声が、蓮の口から漏れ出た。

「お前のマスターはまだ生きてるだろう。でなきゃお前はここに来ていない」

 ランサーがこの八幡宮を訪れたのは蓮たちとの連携のためだが、その前提となるのは「ライダーに囚われたランサーのマスターの救出」である。
 一帯を牛耳るライダーの存在は蓮の側でも認識済みだし、その手口や行動もある程度は知っている。前後の状況から鑑みてもランサーのマスターがライダーに囚われたことは疑いようもない事実だろう。

 だが、"死んでも"とはどういうことだ?
 ランサーに曰く、彼女のマスターは聖杯戦争が始まるより前から"気が狂っていた"という。気が狂う、精神状態がまともではない、それは一体"どれ"を指している?
 そして彼女はアイと蓮との遭遇に際し、いくつか奇妙な点が見受けられた。明らかにサーヴァント以外の返り血を大量に浴び、徘徊する「まともではない」マスターを野放しにした。令呪による拘束もなく、全てはランサーの自由意思の下に。
 それは一体、何を意味している?

 今のランサーは『幸福』の夢にいるのだから、文字通りの寝言でしかないと、確かにそうだろう。普通なら蓮とて寝ぼけているだけと聞き流すところだ。
 しかし聞き流すにはあまりにも符号が多すぎた。そしてその符号を偶然と切って捨てるには、ランサーにはあまりにも疑念が多すぎた。

 一連の矛盾に不可解な点。確定でこそないが、しかし彼女のマスターが「アレ」であると仮定すれば、恐ろしいことに一切の辻褄が合ってしまう。
 マスターが最初から意思疎通できなかったことも。
 一般人の返り血を浴びていたことも。
 徘徊するマスターを放置していたことも。
 手練手管を主とするライダーがわざわざ彼女のマスターに目をつけたのも。
 それら全ての根本的な部分を、ランサーがひた隠しにしていたことも。
 全部が全部、簡単に説明がついてしまう。

 ああ、つまり、彼女は。

「なあ、おい。答えろランサー」

 返事が返ってくるはずもない相手に、それでも問いかける。

「お前のマスターは、屍食鬼か」

 ランサーは答えない。蓮の言葉など聞いてもいない。
 ただ無言で拳を構えるのみ。彼女はあらゆる一切に耳を傾けない。

「この街に屍食鬼を蔓延させたのは、お前か」

 街に蔓延る屍食鬼に咬まれ、自らもまた屍食鬼に変貌してしまったのではない。
 ランサーのマスターが、この街に来るより以前から「そんなもの」であったとしたら。


668 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:57:48 6XwzKctk0

「答えろ、ランサーッ!!」
「私はッ!」

 言葉さえ飛び越えて、夢想の拳士は拳を揮う。
 飛びかかるその姿は勇壮で、剛毅で、勇気と決意に満ち溢れているように見えて。

「私は、勇者になるッ!」

 ───そんな虚飾に覆い尽くされた、ただの哀れな子供でしかなかった。

「形成」

 だから蓮は、この時になって初めて、殺意と共に武装を形成し。

「戦雷の聖剣!」

 迫りくるランサーの拳諸共、その総身を両断しようとして。



「───ガッ」



 瞬間、蓮の右半身が割れるように砕け散った。
 何の予兆も流血もなかった。鏡が罅割れるように、それは突如として彼の体を襲った。
 攻撃による負傷ではない。
 金属疲労に陥った鉄がある日自然と砕けるような、それは蓄積されたダメージが限界点を超えた故に生じた、必然の結果であった。
 死想清浄・諧謔による自壊の痕と、無抵抗にランサーの拳を受け続けたがために負った過負荷。その二つの要因が、今この瞬間に結実したという、ただそれだけの話であった。

 蓮の動きが一瞬止まる。
 肉体の崩壊に攻撃の手が止まる。喉元に迫らんとしていた剣閃、骨肉を断つこと叶わず薄皮一枚を斬るのみに終わる。
 その一瞬の隙を、逃がすことなく。

 ───蓮の胸を、ランサーの拳が穿ち貫いた。





   ▼  ▼  ▼


669 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:58:22 6XwzKctk0





 砲火に満ちた白亜と漆黒の空をアーサーは駆ける。不可視に揺らぐ剣を駆り、雨霰と降り注ぐ弾丸の間隙を掻い潜り、濃青の外套を翻して夢幻の大気を跳躍する。
 参道を覆うようにして立つ朱塗りの巨大な壁面に音もなく着地し、僅かな継ぎ目を足がかりに疾走を開始。垂直に切り立った壁の上を重力方向を無視して駆けるアーサーの後を追い、壁面に突き刺さった無数の銃弾が足跡のように火花を散らす。
 視界の先に浮かぶ戦艦級の砲塔が火を噴き、射出された誘導弾体が行く手を遮るように迫りくる。命中の直前で重心を一気に下に傾け、壁に対して平行な姿勢まで倒れこむその勢いを利用して剣を振りぬく。騎士剣の長大な刀身が1mを越す巨大な弾体の表面を捉えた瞬間、刀身を覆う風の檻を瞬間的に放出。一挙動に粉砕され細かな破片と散る弾体と共に一直線に降下する。
 地表に叩き付けられる寸前で未を翻し、機関銃を揃えた駆逐級一個小隊の前に着地。目の前に迫った数百の弾丸を騎士剣の一閃で叩き落し、頭上から射出された数発の誘導弾に気付いて地を這うように駆け出す。

「随分と群れるな」

 戦闘開始から既に5分と20秒。延々斬り倒せども湧き出る敵の底が見えない。魔力放出による戦闘強化は、瞬間的な消耗が激しくマスターに大きな負荷をかける。アーサー自身に内在する魔力もそう多くはない以上、長時間の戦闘は自殺行為になりかねない。
 周囲一帯に集結した異形の軍勢は既に数百の規模に達し、現在も少しずつ増えつつある。マスターたちを逃がすため敢えて陽動兼囮として残ったからには全戦力がここに集うのはむしろ好都合ではあるのだが、それにしても状況が好転したと断言できないところがつらい。
 だが、それだけならどうということはない。かつてブリテンを蹂躙せんと迫った巨獣の数々、悉く打ち倒した逸話に偽りなく、この程度の雑兵物の数ではない。
 真に厄介なのは───

『ココデ、シズンデイケ……』

 足を強く踏み出す反動で速度を殺し、反転すると同時に不可視剣を一閃する。金属音を示す空気振動が鼓膜を揺らし、両腕に圧し掛かる衝撃に抗しきれず一歩後ずさる。
 目の前には、人の形を模った異形の鉄塊。
 両腕に携えられた主砲塔が火を散らし、弾丸が喉元めがけて弧を描いてねじり込まれる。
 側方に大きく跳躍してその攻撃をやり過ごし、地を蹴った足が再び地に触れるより速く背中越しに"直感"が告げる警告。遥か頭上より落下してくる新たな敵影が真っ直ぐこちらを照準し、それと同時に背後からも複数の射撃音。瞬時に旋回させた剣で頭上の敵を打ち払い、次いで背中に回した騎士剣の刃で攻撃を受け流し、衝撃を利用して左側方へ逃れ出る。
 土煙舞う地面に一転し、立ち上がった視界の先に煌めく更なる銀光。
 巨大鉄塊を振りかぶった異形醜女の姿は、既に目の前にある。
 考えるより速く体が動き、振り下ろされた鉄塊を紙一重で躱す。
 地を這うが如き下段の回し蹴りを浴びせつつ、回転する勢いを利用して後方へ飛び退る。着地と同時に剣を構え、前を見据えればそこに在るのは二桁を越える数の異形の女たち。
 死人のような白い肌、赫や蒼に濁った光を放つ両眼、体の節々から生えるできそこないのような鉄の塊。
 完全に畸形としか呼べない奇怪生物たちとは異なる、中途半端に人の形を残した者たち。人体部分は作り物めいた美しさがあって、しかし半身を覆う異形は尚おぞましく、半端にこびりついた美は彼女らの放つ醜悪さに拍車をかけるばかりであった。

 深海棲艦・鬼/姫/水鬼
 型番で括られる有象無象とは一線を画す、それぞれ固有の忌み名を与えられた存在たち。
 その存在規模は最早使い魔や粗悪な分身を遥か逸脱し、デミサーヴァントの域にまで手をかけていた。そのような者らが一つ所に群れて、ただアーサー一人を殺そうと迫りくる。


670 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:58:51 6XwzKctk0

「……まだまだ未熟だな」

 自嘲するように呟かれる。何とも不甲斐ない我が身が情けないと。
 トリスタン卿ならば、音の刃を以て一息に彼女らの首を狩るだろう。
 午前の数字を身に宿すガウェイン卿ならば、この程度文字通り造作もないはず。
 彼のランスロット卿ならば、特に何の小細工もなしに淡々と斬り倒し続けるだろうか。
 対して自分はというと、諸々のしがらみに束縛されて、相手に有利な土俵で延々と一人相撲を繰り返すばかり。力づくで拮抗させてはいるが、本当の戦上手ならばそもそも最初からこんな戦場で戦う展開そのものを回避できるはずなのだ。
 故に未熟。これで誉れ高き騎士達の王とは笑わせる。

「だからこそ、此処は押し通らせてもらうとしよう」

 未熟───故に。
 我が身には為すべき使命があり、我が身には守るべき主君がいる。
 故にこんな場所で、こんな戦場で、倒れていられる道理などない。

 再び戦列の前に飛び出した目標めがけて、異形達が一斉に銃火砲の引き金を引く。秒間数十発の単位で撃ち出される銃弾が雪崩を打って襲い掛かり、衝撃波を表す空気振動が波紋となって視界の中に緩やかな紋様を描く。漂う弾丸と弾丸の僅かな隙間に身を滑り込ませた刹那、頭上から飛来した数十条の爆雷がその間隙を埋めるように降り注ぐ。
 思考と直感が脳内を駆け巡り、瞬時に解を導き出す。騎士剣の刀身が空を裂き、風王の衝撃が目前まで迫った爆雷の熱量を方々に飛散させる。飛び散った爆雷の破片がアーサーの頬を浅く裂き、傷口から鮮血が飛び散るよりも速く爆風が周囲の銃弾を薙ぎ倒す。それは連鎖反応のように別の弾丸、更に別の弾丸へと広まり、次瞬には弾幕の全域にまで拡散する。
 騎士剣を引き戻しアーサーは地を蹴り跳躍。大きく軌道を逸らされた銃弾の雨を見事掻い潜って降り立ち、行く手を阻む駆逐級3体を有象無象と斬り捨てる。
 鬼/姫/水鬼たちはここでようやく反応が追いつき、その砲身をアーサーの方へと向ける。しかしその瞬間には既に彼は疾走を開始しており、放たれる無数の弾丸は後追いに周囲の深海棲艦たちを穿つに終わった。
 同円心上をぐるりと回るように駆ける、アーサーの姿。女たちはその速さに追随すること叶わず、闇雲に武器を振り回しては翻弄されるばかり。
 そして。


671 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:59:16 6XwzKctk0

「捉えたぞ」

 一息に飛びあがったアーサーが、眼下を見下ろして静謐に告げる。
 彼の攻勢に翻弄され、右往左往と誘導された彼女らは気付いていない。密集した軍勢はその体積を一点に集中させ、上空のアーサーから迸るは清廉なる魔力の奔流。
 そして彼の騎士王は、眼下の異形たちに何の行動を起こす暇も与えず。

「───風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 ───吹き荒び、殴り飛ばす風の鉄槌。
 ───それは、敵勢皆諸共に粉砕する巨大な塊。

 ───御伽噺の、風の王の力。

 振り抜かれた刃から迸った風の魔力は、超高密度の質量を伴って異形の全てを叩いて砕く。瞬時に破壊する。
 風に吹かれて崩れ去る砂像のように、不可視の力が通り抜けていった異形の全てはバラバラに砕け散る。崩れ、粒子となってばら撒かれる。
 後に残るは静寂のみ。風が吹きぬけた後のように、ただ凪いだ静けさだけが残るのみだった。





   ▼  ▼  ▼





「やった、やった、やった……!」

 霧に煙る森の中を駆け、友奈は歓喜と達成感に震えていた。
 走りながら、自分の小脇に抱えているものを見る。何度もそれを確認し、脈動を確かめ、その度に友奈は笑った。

「助けられた、今度こそ私は助けることができたんだ!」

 あの子を殺そうとする怪物は追い払った。
 一匹はすぐに逃げて、もう一匹はこの拳で殴り飛ばした。
 あとは安全な場所に逃げるだけだ。それで友奈の贖罪は完遂される。

 化け物を倒して───本当に?

 二匹の化け物を───"二匹"じゃなくて、"二人"の間違いじゃないの?

 死んでなかったあの子を───死んだ人は生き返らないって、そんな当たり前のことも分からなくなった?


672 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 15:59:47 6XwzKctk0

「違う、違う、違う!」

 激しく首を振る。そんな幻聴は知らないし聞こえない。
 そんなのありえない。そんなのあり得ないのだ。
 だから、奔り続けよう。一心不乱に、ただ誰かのために。

 友奈はただ喜び続ける。
 心の底から、笑みを浮かべて。
 だって、ほら、ここにいるじゃないか。
 血に汚れた死に顔じゃない、まっさらなあの子の顔が!

 ほら、見える。

 死んでなんかいない、まだ生きているあの子が笑っている。
 自分が助けることのできた、あの子の顔が笑っている。

「良かった……」

 それは全ての心を吐き出したかのような、とてもとても、安堵したような呟きだった。

「……」

 そんな友奈を見つめて、少女の姿をした誰かは、言葉なく薄い笑みを浮かべていた。

 ずっとずっと、笑っていた。





   ▼  ▼  ▼





 凪いだ風だけが、その周囲を満たしていた。
 音はない。動く者は一人としていない。蒼銀の騎士王、遍く敵を打ち倒して。最早彼以外の誰一人として、その場に動ける者などいるはずもない。
 そのはずだった。
 けれど、彼の対面に一人、小柄な体躯の少女が立って。


673 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:00:17 6XwzKctk0

『そう、みんないなくなってしまったのね』
「……」

 何時から現れたのか、そもそもこの少女は一体誰であるのか。
 白いドレス、亜麻色の髪、紅潮した頬。
 現実に在らざる儚さを持つ少女。何処からともなく現れて。

 アーサーは少女が誰なのかを知らない。しかし、感覚として其れが何者であるのかを識っていた。
 幻想めいた不確かな輪郭、肌を突き刺す多幸感。
 間違いない。これは、壇狩摩の言っていた───

『だから。ええ、だから。
 私が謳うわ。その続きを、私が唄ってあげる』

 綺麗な声で。
 綺麗な、きらきらした、輝くような声で。

 少女は語り出す。それは旋律に在らぬ詩として。
 何某かの想いを代弁するかのように。

《これは海色の詩編。仄暗い水の底に沈んだ少女の寓話》
《誰にも知られない。そう、誰も知ることのなかった血だまりの詩》

《それは哀絶の詩ね。最も哀れで最も愚かな、けれど最も強き人の意思》
《死にたくない。生きていたい。それは誰もが思う一番の願い》
《だからこそわかる。消えてしまった命が、意思が、消されてしまった願いが何を生むのか》
《それは胸のうちで黒く渦巻き、深く、深くに突き刺さってしまう》
《どうしようもないほどの》
《怒り───》
《だってそうでしょう? そんなの怒って当然だもの。素敵なもの、奪われてしまったなら》
《悲しみと、寂しさと。怒りを込めてしまう。どうしようもない理不尽への怒り》
《命を、想いを、願いを。その手で手折ってしまうなんて》
《そんなのだめ。そんなのだめなのよ》
《物語、途中でやめるなんて。
 命を、途中でやめるなんて》
《そんなのだめ。
 そんなの許さない》
《怒りを込めてあの子は思うの。
 皆も、きっと、きっとそうなのよ》
《怒りを胸に》
《滾らせて───》


674 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:00:54 6XwzKctk0

 少女は滔々と語る。歌うように、舞うように。それは出来過ぎた一枚の絵画のような光景にも見えて。
 だが、それは一体誰のことだ。一体何を、彼女は言っている。

 怒り───
 悲しさと、寂しさと。それと。
 どうしようもなく胸の奥に湧き上がってくるもの。

 言わんとしていることは理解できるが、しかしそれをここで語る意味が分からない。
 だがしかし、少なくともそれは少女自身の感情ではあるまい。そうでなければ、ここまで他人事のように語れまい。
 だとすれば、少女は誰かの想いを代弁している?
 何故───その誰かは、もう語れないから?

『黒い塊たちは、彼女の防衛心そのもの』
『どうか、怖がらないで』

 詩を終えて、少女はにっこりとほほ笑みながらそんなことを言う。
 対するアーサーは言葉なく。一切の油断もしないままに少女と向かい合う。
 険しさの多分に混じった視線に、けれど少女は何を思うこともなく無垢なままで。

 浮かべられる笑顔は、キーアや記憶の中の彼女のよう。
 同じものをアーサーは思う。輝いて、眩しくて。
 なのに。
 なのに。
 この儚げな少女は何かが違う。同じものを浮かべても、その内実は存在を異なものとして。



「君は───何だ?」



 誰だ、ではなく。
 『何だ』と彼は問うた。名前や出自よりも、根本的なところでこの者は異なる存在だと直感したのだ。
 人ではない。
 サーヴァントでもない。
 英霊でも、魔物でも、あるいは精霊種や神霊でも。
 究極の一たる原初の存在でも真性悪魔でもない。

 これは───
 なんだ───


675 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:02:24 6XwzKctk0

『なんでもないよ。私はただ、そこにいるだけ』

 彼女は笑う。笑う。戦うことも感情を高ぶらせることもなく、ただ笑うだけ。
 花の妖精は、幸せそうに微笑むだけで───

『幸せにしてあげるわ。あなたも、みんなも。
 だからおいで、私の愛の晩餐へ』

 少女が最後の言葉を紡いだ刹那、一陣の風が霧を薙ぎ払った。
 吹き付ける雫に一瞬目を閉じたその直後、アーサーの目の前から、少女の姿は忽然と消失していた。

「……」

 少女の喪失に伴って、がらりと空気が入れ替わった。今までの閉塞していた空気ではない、もっと正常なもの。この場に満ちていた異様な気配が、まるで破裂するような消え失せていた。
 アーサーは無言で、ついさっきまで少女が立っていた場所に屈んだ。そこに落ちていたものを拾い上げ、顔の前に持って検分する。

 ガラスのように煌めく、きめ細やかな粒子だった。

「……原理や由来は分からないが」

 おもむろに立ち上がり、きっと前を見据える。
 今彼の手の中にある砂粒と全く同じものが、転々と落ちているのを確認して。

「その先にいるのなら。行こう、そして討ち果たそう。例えそれが何者であろうとも」

 決意は重く、甲冑の足音として鳴り響いた。





   ▼  ▼  ▼


676 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:02:45 6XwzKctk0





 空より空想の根が落ちる。
 現実に在らぬ幻想が沈殿の版図を広げていく。

『チク・タク、チク・タク。
 イア、イア。■■……』

 源平池と呼ばれる場所。
 軽やかにして舞うように、その影はあった。

 奇妙な光景であった。そこは八幡宮の只中にあって、けれど全く霧がない。煌々と照らす月明かりは白く、夜空と空間を占める闇は黒く、ガラスのような無機質さに満ちた、そこは市井と変わり映えのしない普通の夜であった。
 池は音もなければ波もなく、暗闇に満たされて鏡のように広がった。
 水面には何も見えず、ただそこには空に浮かぶ、真円を描いた月だけが映っているのだった。

『素に揺蕩う長笛と太鼓の音色。祖に微睡み痴れる鴻鈞道人。
 昏き宵には至福を。崑崙を桃に染め、紫禁の城へ座し、楽園に至る虚夢は循環せよ』

 希望を奏でるように、それは微睡みながら紡がれる。
 鏡のように張りつめた水面を、"それ"は本当の鏡張りの地面であるかのように歩き、跳ね、踊っていた。あるいは妖精が風に舞っているかのような、見る者に重さや質量といったものを感じさせない、決して現実には在り得ない光景でもあった。
 "それ"は謳う。救われてくれと。
 "それ"は奏でる。愛しているからと。
 その内にあるのは純粋なまでの人類愛。人類を讃える冒涜の言辞は絶えずふつふつと膨れ上がり、下劣な太鼓と呪わしきフルートの連打さながらに、あまりにも愚かしすぎる人のユメとはなんたる愛しさであることかと喝采を上げていた。

『閉じて。閉じて。閉じて。閉じて。閉じて。
 繰り返す都度に五度。ただ、満たされる刻を夢想する』

 あなたたちは盲目だ。等しく何も見ていない。
 他者も、世界も、夢も、現も。全ては自分の中だけに。閉じては包まれる心の殻の中だけに、あなたたちの真実は存在する。
 見たいものだけを見て、信じたいように信じる人間は、それによってのみ救われる。

 理性的に育まれた狂気が行儀よく回転し始める。壊れた歯車がそれでも動き続けるために何かを生贄にし始める。発狂した時計が過去をバラバラに切り刻んでひとりでに回転し始める。
 始まり、終わる。何かが狂う。
 曇りなき慈愛と献身が、狂気となって押し寄せる。


677 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:03:11 6XwzKctk0

『閉じて。
 汝の身は我が望みに、我が命運は廃せる汝に。
 仙境の寄る辺に従い、この夢、この愛に応えるならば目覚めよ』

 その言葉は何かに語りかけて、しかし紡がれる位相が明らかにズレている。
 それはいわば呼びかけであった。ここにはいない誰かを、ここにはいられない何かを引きずり出すための、呼び水だった。

 ざわざわと、俄かに空気が震えはじめる。
 "それ"の紡ぐ言葉に呼応するかのように、空間自体が鳴動を始めたのだ。

『誓いを此処に。
 我は羽化登仙に至る者、我は永遠の幸福に沈む者』

 祝詞が重ねられる度、目に見えない"何か"は凄まじい勢いで噴出した。
 その音、叫び、あるいは歌か。空間それ自体が奏でる絶叫が爆発的に広がり、空気の全てが塗り潰されるようにして、世にも非人間的なものへと変貌していった。それは言葉として意味を持ちながら、しかし通常の次元では理解できない不協和音として吐き出されていた。その"音"は空気を、闇を、空間を、時間を震わせて、世界を本質から揺さぶり、軋ませ、狂わせ、塗り潰していった。
 その小さな影から、世界が"変質"していった。
 音は池の全ての空気を呑みこむとそこから急速に広がっていき、まるで地球上ではない別惑星のような、別の生き物が住む空気のような異質なものへと夜を変貌させていった。
 狂った音が、世界を捻じ曲げていく。
 まるで帝王やってくることを告げる先触れの使者が、先んじて帝王の過ごしやすい場を作るために、全てを作り変えているかのように。

『汝廃せる御霊を抱く八等。夢界の輪より来たれ、桃源の担い手よ』

 それは遥か高みへ呼びかけて、未だ深い眠りにある者を呼起こすように。
 語りかけるように響く。それは懇願でもあり、願いでもあり、あるいは英霊召喚にも酷似した、しかし全く別種の何かであった。

 それは、《神降ろし》だった。





『太極より両儀に別れ、四象に広がれ万仙の陣───終段顕象』





 ぶつっ、

 と、言葉が切り離されたように消え失せ、同時に全ての音という音が、この世界から消失した。


678 : 狂気は咒を叫ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:03:42 6XwzKctk0





 ────────────────────────。





 世界が無くなったかのような静寂が、突如、浮島に落ちた。
 耳が聞こえなくなったのかと疑うほどの無音が、その一瞬にして、それ自体が密度でも持っているかのような凄まじい緊密さで、浮島のある水辺へと張りつめた。
 ぴん、と耳鳴りがするほどに張りつめられた無音は、肌に触れているかと錯覚するほど、冷たく空気に満ちていた。空気の動きが凍ったように止まり、冷たく鋭く密度を増して、まるで空気がもっと透明で硬質な、例えるなら"鏡の向こうに見える大気"と入れ替わったかのような、それほどの凄まじい静謐を、この空間へともたらしていた。
 凍った、静寂。
 氷原のような空間で、『幸福』は尚も幸せそうにほころんで、くるくると廻り続ける。
 壊れた踊り人形の舞う水面は波一つなく張りつめ、鏡のように動かない。そしてその巨大な"鏡"の中心には、空の上にあるもう一つの"鏡"───大きく丸い月が、しん、と静かに映り込んでいた。


「──────なるほど」


 抑揚の欠けた女の声が、源平池に響いた。

「象徴として『月』は鏡、『水』も鏡。天と地の巨大な合わせ鏡ということですか。
 貴方のような異界の存在を呼び込むには、確かにうってつけの環境なのかもしれませんね」
『あれ?』

 突如静寂に響いたその声に、池の真ん中の月に立つ『幸福』は、静かに笑って答えた。

『こんばんは、初めまして。貴女も救われたいのですか?』
「さて、どうなのでしょう。与えられるものは数知れず、けれど欲しいものは一つだけ。それが救いを欲しているというのなら、確かにその通りなのかもしれませんが。しかし」

 声は淡々と、童子のように笑う影へと向けられる。
 百合香は、その"黒い燕尾服を着飾り紅顔を花のような笑みで彩る少年"に、明確な敵意と共に向き合って。

「残念ながら、その救いをもたらすのは貴方ではないのですよ、現世界を繋ぎとめる幸福の楔よ。
 貴族院辰宮と神祇省の盟のもと、厄災齎す貴方にはここで潰えていただきます」

 その身に宿す反魂の香気を、過去に類を見ない域の強度と密度を以て、彼女は解き放ったのだった。


679 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:04:03 6XwzKctk0
その5を投下します


680 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:04:42 6XwzKctk0




 ───ああ。
 ───視界の端で道化師が踊っている。

 いつもは見ないようにしている。道化師は、いつも悲しみだけを運んでくるから。

 悲しみ───悲鳴と絶望の呻き。
 悲しみ───諦める声さえあちこちで響いて。

 差し伸べた手からこぼれていく、暖かな命。
 小さな命。生まれてこなかった、子供たちの。41の命。

 そして、あたしの。
 キーアという名を持っていたあたしの。

 血。包帯。塞がれた視界。
 何も見えなくて、痛みだけがそこにあって。
 だけど───

「死なせない」

 あたしに呼びかけてくれた声。
 それはあなたの声。

「きみは絶対に」

 ───聞こえていた。
 ───手を差し伸べるあなたの声が。

「僕が助ける」

 ───そう、あなたが言ったから。

 ───こんなに多くの誰もが諦める中で。
 ───こんなに多くの絶望が満ちる中で。
 ───あなただけが。

 ───だから、あたしは。
 ───あなたに、問いかけようと。




「……ううん」


681 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:05:15 6XwzKctk0



 ようやく分かったと、キーアは立ち上がる。
 血も包帯もなくなって、全身を襲う痛みさえ引いて。キーアは、目の前に蹲る男を見る。
 決して諦めなかった彼。ずっと、ずっと探していた。

 ───ギー。
 ───あたしを助けようとしてくれた、お医者さん。

「あたしね。ずっと、あなたに聞いてみたかったの。尋ねてみたいことがあったの。
 でもいいわ。だってここは夢の中で、あなたは本物ではないから」

 薄っすらと微笑んで、キーアは告げる。

「あたしの願いはあの都市で。
 ええ、本物のギーと一緒に」

 そう告げられた、蹲る男は。
 何か眩しいものを見たように目を細めて。

「───ああ。それでこそ、キーアだ」

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。



「なんですばるさんがここにいるんですかー!」

 目を覚ましたキーアの耳に最初に届いたのは、そんな困惑と驚愕とあと色々が混じり合った悲鳴だった。

「本物ですか!? 本物ですよね!? 今度こそ夢じゃないんですね!? ここまで来てまた振出し最初からなんてあんまりですよ!」
「え、えっと、アイちゃん何言ってるの?」
「こっちの話です。ですがすばるさんこそ何をやってるんですか! お留守番しててって私言いましたよね!?」
「お、お留守番って、わたしそんな子供じゃないもん! そもそもアイちゃんこそセイバーさんはどうしたの、やっぱり危ない目に遭ってるんじゃない!」
「私は別にいいんですよ!」
「アイちゃんが良くてもわたしは良くないの!」

「え、えと……」

 おずおずと上げられた声に、アイとすばるはピタリと口論を止め、キーアのほうを振り向いた。
 ぐりんと首だけを動かして凝視する二人。
 ……正直、ちょっと怖い。

「ご安心を。私達は敵ではありません」
「あ、あのね! わたし、セイバーさんに……あなたのサーヴァントの人に頼まれて!」
「セイバーに?」

 わたわたとジェスチャーで慌ただしいピンク髪の少女を後目に、キーアは内心で首を傾げる。ハチマングウというところに入ってからの記憶がないが、この状況を見るに自分はずっと気を失っていたのだろうか。手がかりが少なくて判断に困る。

「そこのところは私も聞いておきたいところなのですが……ともあれ、このまま放っておくわけにはいきませんし……」
「あ、アイちゃん?」
「すばるさん、ちょっと頼みたいことがあるんですが」


682 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:05:38 6XwzKctk0

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼





 そこはかつて、八幡宮の本宮があるはずの場所であった。
 けれど今は無残にも倒壊して、夥しい数の"何か"が縦横無尽に突き出していた。

 それは、"草"だった。

 巨大な草が、まるで巨木であるかのように真っ直ぐ空へと向かって生えていた。
 全長は何十メートルになるだろうか。茎の太さは三十センチほど、枇杷にも酷似した葉は一枚一枚が四、五十センチほどあり、その葉の所々から、様々に発光する風船のような球体を静かに揺らめかせていた。
 それらは空気を孕んでいて、その浮力でこの巨大な草が折れることなく大地に真っ直ぐ屹立できていられるのだと、容易に推察することができた。
 そのような葉が、細長い茎へと無数に群生していた。その総数は数十か数百か。それぞれがゆらゆらと揺らめきながら発光し、辺りを仄かな七色に照らしている。

 幻想的な光景ではあった。
 しかし、それに見惚れるだけの余裕を、セイバーは持てなかった。

「そうか」

 波間に漂うジャイアントケルプめいた草々に囲まれ、その仄かな七色の明滅の中に、これもまた七色に美しく輝く巨大な花のようなものがあった。大きさは五メートルほどはあるか、根のようなものを辺り一面に張り巡らせている。
 それは花びらのようであって、ヴェールのようで、あるいは羽根のようでもあった。それが幾重にも重なり、幻想的な透けた色合いを見せている。その羽のようなものの表面を、七色の輝きが次々と滑り落ちていた。後から後から零れ落ちる小さな泡のような、粉のような粒子。それがヴェールの上で生まれては滑り落ち、七色に煌めいては消えていった。
 セイバーは射抜くかのような視線を、中空のただ一点へと向けた。

「そこが、本体か」

 視線の先、幾重もの花びらに覆われて、人がいた。人と言っていいのだろうか。その肌の色を何と言おう。薄葉の淡い緑のようで、滑らかな真珠色のようで、紅潮にも似た紅水晶のようで、そんな様々な色がオパールのように輝き、夕陽に燃えているようだった。その中で、濃淡の瞳が夢見るように瞬いた。ほんの少し身じろぎするだけで、光の粒子が煙の如く揺らめき、いくつもの虹が周囲にかかったようにも見えた。深みを増した月の銀光を受けて淡く輝く姿は、今ここに存在しているのかすら疑いたくなるほど幻想的で、非現実的で、夢のように危うかった。
 あまりに形容しがたい存在感。
 手を伸ばせば消えてしまいそうな儚さ。
 それは、ただ光の屈折で出来上がった幻のようだった。例えば、そう。虹のように。


683 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:06:19 6XwzKctk0

『……さあ……行きましょう……』

 その声は絢爛に奏でられる幻想曲のような響きだった。言葉ではなく、意味がそのまま音となって発せられたような心地がする。

『争いもなく……悲しみもなく……痛みもない……
 私は……そこへ至る道を知っている……連れていってあげられる……』

 心に降り注ぐように、染み入るように聞こえた。今すぐ踏み込んで斬り捨てねばならない相手だというのに、その音と意味は思わず耳を傾けてしまう魔性の魅力があった。

『冬が終わって……春が来る……暖かい雨が大地に降って……花が咲くわ……その周りを……天使の羽根が舞っている……春の香りが、匂っているわ……』

 『幸福』が一言発する度に、その体中を覆う光が瞬いた。明滅する美しさが言葉と相まって、いっそう余人の胸を打つ音となって響いた。

(人を堕落させる化生の類か……しかしこれでは、誰もが魅入られる……)

 ぼんやりと思考して、しかしセイバーはハッと気付く。
 今、自分は何を考えていた?

 一瞬前まで、自分の思考は磨滅していた。かの美しさは地上の一切に在り得ざる特異なもの、故に感嘆の息を漏らすのは"当然である"などと、いつの間にかそう"思わされていた"。
 大脳と精神をも麻痺させる、天上の美。
 視覚的、聴覚的なものを越えた、最早意味概念の域にある美しさ。
 それを前にすれば人はどうなる? セイバーのように一瞬見惚れるだけで終わる者などむしろ希少種だ。多くの者はその時点であらゆる闘争心と悪徳を失い、永遠の忘我に包まれるだろう。
 そして仮に、"それ自体が罠であった"とするならば?

(まさか!)

 気付いた時には、もう遅かった。"身体が言うことを聞かない"。
 呆然と立ち尽くしたまま、セイバーの体はまるで『幸福』の詩に聞き惚れるように、一切微動だにしない状態にあった。

「不動縛、いや、これは……!」

 その時点で、もう言葉も出なくなった。霊的なことでもなく、精神的なことでもなく、肉体的に身体が反応しなくなっているようだった。

『鐘の音が溢れている……光が溢れている……草原を風が吹きぬけていく……空は青くて、陽射しは暖かいわ……歌が聞こえる……とても素敵な歌が……』

 足元の地面が、『幸福』を中心に捲れ上がるように次々と消失していく。その美しさは、その美がもたらす夢の波動は、今や心を持たぬ無機物にさえ影響を及ぼしつつあった。
 そう、波だ。波のような何かが『幸福』から放たれている。
 それは、果たして───


684 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:06:38 6XwzKctk0

『人は誰でも、そこへ還っていく……人は誰でも、それを願っている……それは、過ちでも、罪でもないの……それは一つの……たった一つの……祈りなのよ……』

(そうか。これは、『快楽』か!)

 そう分かっていても、セイバーの体中がそれを求め、頭の中は今にも真っ白になりそうであった。

 「悦楽」「快感」「快楽」。人が気持ちいいと認識する感覚は、暗い欲求から健全な喜びまで様々で、それを得る方法はいくつもある。しかし、真に純粋な快感というものは、普通の人間にとっては一生涯得ることのない感覚だ。得る機会がない、というよりは、感じることが不可能なのだ。何故ならそれは、特別な精神修行をしている時にしか起こらない感覚であり、そしてあまりにも純粋すぎる感覚は、普通の人間にとって下手な傷害などよりもよほど危険なものとして機能する。いわば強烈すぎる薬効のようなもので、精神や肉体がその負荷に耐えられないのだ。
 『幸福』の発する「純粋な幸福感」は、劇的な快感となって肉体を麻痺させていた。傾城の反魂香どころの話ではない、これは最早国すら越えて星そのものを傾ける対星の快楽である。
 最高レベルの対魔力を有するセイバーですら、その波濤に抗う余地などない。サーヴァントは愚か通常人がこれを受けた日には、快楽物質の過剰分泌により即座に脳の活動が停止し、死んでしまうかもしれない。

 荒れ狂う快楽の波が、ついには物理的な破壊力さえ伴って周囲を薙ぎ払った。木々は倒れ建物は崩れ、その破片が竜巻となって巻き上げられる。荒唐無稽な光景だが、その光景は『幸福』の放つ幸せというものがどのような意味を持つのか如実に表しているかのようだった。
 セイバーは、アーサー・ペンドラゴンは幾多の戦場を駆けぬけ、幾多の強者を目にしてきた。星光を放つ聖剣や世界を繋ぎとめる錨の聖槍、音撃で首を狩る魔業に太陽の如き燃え盛る聖剣、巨人の力に決戦術式と様々な暴威が彼の人生にはあった。
 そのいずれもが、敬意と畏怖を捧げるに足る強大なものだった。
 しかし目の前のこれは、そのいずれとも在り方を異なものとしていた。
 これには何の力もない。本来的には何を壊すこともない。何故ならこれには敵意も害意もなく、ただ相手を思いやり幸せにしてやりたいという願いしか含まれないからだ。
 にも関わらず、これはアーサーが目にしてきた数多の危機の中にあって、特級の危険度を示していた。人はこれに耐えられない。こんなものが支配する世界で生きられるはずもない。
 この存在は美しい。恐怖と絶望さえ感じさせぬ幸福の中にあって、その肌は尚も輝きを増し、地獄美と言っていい美しさは文字通り世界を狂わせている。
 そして、彼女に触れた物は必ずこう感じる。殺されてもいい、もう消えてしまって構わないと。思うのではなく存在としての在り方そのものを蕩かされ、自ら自死を選んでしまう。本来破壊をもたらさない快楽の波が周囲の物質を崩壊させているのは、つまりそういうことだ。

 故に、最早アーサーに為す術はない。この存在が支配する領域に足を踏み入れたというその時点で、この聖杯戦争に属する全ては敗北を確約されているのだ。例えそれが黄金に侍る大隊長であろうとも、全てを解する英雄たちの王であろうとも、遍く奇跡を手繰る稀代の魔女であろうとも。
 だから順当に、真っ当に、彼は迫りくる滅びに抗うことさえできずに───


【今です、セイバー殿!】


 頭に響いた声と同時に、彼は全霊の力を解き放った。その声が何を示唆しているのか、どのような絡繰りで引き起こされたものかなど、考えていられる余裕はなかった。

「───風よ、吹き荒べ!」

 右手に握る不可視の刃から、旋回する烈風として魔力が吹き荒れた。足元の地面が砕け、アーサーの身を押し潰す魔力を周囲の白霧ごと吹き飛ばす。
 姿を現すは輝きの聖剣、その周囲に渦を巻くは万象切り裂く風の結界。

 ───風王結界。聖剣エクスカリバーを拘束する鞘の一つ。
 轟々と鳴り響く風の音が耳に届く。今やアーサーはその身を荒れ狂う風の化身とし、その手に光剣を構えるに至っていた。

【どうやら間に合ったようですね。仔細はまた後ほど、今は楔の討滅を!】
【諒解した! 助力に感謝する!】

 言うが早いか、アーサーは下段に構えた剣を横一文字に薙ぎ払った。破壊力を伴った暴風が『幸福』の快楽波と衝突・拮抗し、あろうことか不可視の波を諸共に打ち砕く。


685 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:07:06 6XwzKctk0

 ───『幸福』のもたらす快楽とは、極論してしまえば波としての指向性を得た魔力の奔流である。
 『幸福』本体の快楽波は、端末のもたらすそれと比較すれば確かに強制力の強い代物ではある。現に端末の見せる夢を難なく打ち破ったアーサーですら、本体を前にしては陥落一歩手前まで追い込まれた。
 しかしこの性質変化は効能が強化される代わりに、新たな欠点とも言うべきものを抱え込んでしまっていた。
 端末のもたらす幸福とは、視覚や精神に訴えかけるいわば精神的なものである。しかし本体のもたらす幸福は、肉体に影響を及ぼす物理的な代物なのだ。
 つまり如何に不可視で形がないとはいえ、確かな"魔力"として実体を持つに至っている以上、同等の魔力を用いれば弾き打ち払うこともまた可能ということだ。
 アーサーは襲い来る快楽の波を、吹き荒ぶ風の波で以て押し返したのだ。

「決着を付けよう、幸福の妖精よ───!」

 力強く一歩を踏み込み、逆袈裟に剣を振り下ろす。風の刃が幸福満ちる空間を引き裂き、アーサーが歩を進められる隙間を生み出す。
 剣を一つ揮う度、衝撃音と共に更なる一歩を成し遂げる。ゆっくりと、だが着実に、アーサーは『幸福』の下へと突き進む。
 快楽の影響は完全に無くなったわけではない。流動する気体のように纏わりつく強刺激の感覚は、風の刃を以てしても完全に打ち払うこと叶わない。アーサーの肉体は今も常人が狂死するほどの強感覚をもたらして、けれどその精神は屈服することなくひたすらに前進を続ける。

 狂楽のあまり、ついに神経が焼き切れる。
 歯を食いしばり、それでも歩き続ける。
 彼らの相対距離は今や半分ほどが踏破され、到達は最早時間の問題であった。

 何という精神力、何という不屈の意思であろうか。
 現状の構図を生み出したというそれだけで、普通ならば考えられない偉業だ。例え尋常ならざる英霊であろうとも『幸福』本体に抗える者はそういない。ましてその呪縛を打ち破り討滅のために肉迫するなど、並みの英霊では絶対的に不可能な所業である。
 だが此処に在るは稀代の大英雄、セイバーというカテゴリにおいて最上に位置する聖剣携えし騎士の王なれば。
 光明が存在した。あるいはこの男ならば、『幸福』にさえ手が届くのではないかという、そんな微かな光明が。

 しかし。

『幸せになって』

 突如、空間が震動した。
 七色の粒子がその輝きを劇的に増して、溢れんばかりの光が周囲一帯を満たした。
 アーサーは押し潰されるように、片膝をつく。押し返す幸福の圧力が、飛躍的にその力を増したのだ。

『暖かな陽光の中で、私が歌を歌ってあげるわ……繰り返し、繰り返し、歌ってあげるわ……』
「ぐ、おぉ……!」


686 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:07:28 6XwzKctk0

 今にも押し潰されんばかりの総身に、アーサーは更なる力を込めた。拮抗する魔力嵐がバリバリと音を立て、体中が過負荷に軋みを上げた。
 限界点は越えている。余人であるなら立ち上がれる道理などない。英雄譚はここに潰えるのだと、仮に傍観者がいたならば誰もがそう思ったであろう。
 けれど。

「───まだだ」

 けれど、之に立ち向かいしは誉れ高き英雄である!
 爪は罅割れ血飛沫が飛び、内部負荷に耐えきれず両眼から血の涙を流そうとも。
 騎士王は倒れない。その歩みは止まらない。英雄とはそれすなわち、決して諦めない者の称号であるのだから。

「オオオオオォォォッ!!」

 騎士が吠える。その叫びを力とし、その歩みを偉業として彼は更なる剣撃を揮う。切り裂かれる快楽の波濤、しかしその奥から、次々と襲い来る無限の連鎖。
 手が足りない。絶えず押し寄せる大波が如き流れを押し留めるには、一つの刃だけでは到底足りない。
 風の刃、幸福なりし徒花の化身打ち破るに足りず。
 聖剣の騎士王、極大域の流れ堰き止めること能わず。
 一人では勝てない。
 共に戦う新たな勇者が必要である。

 ───故に、その閃光はやってきた。

「形成───戦雷の聖剣よ、奔れッ!」

 構えるアーサーの背後より、一筋の流星が飛来した。それは魔力満ちる空間を引き裂き、地面へと突き立つと莫大量の雷電を放出する。放たれる輝きは悦楽の波さえ焼き、アーサーの眼前に進むべき道を指示した。
 風王の鉄槌ですら表層しか払えぬ魔霧、大海を割るが如く一斉に両断されて。

「行け! そして倒せ! 露払いは俺が全部引き受ける!」
「───感謝する!」

 叫ぶ誰かに振り返ることもなく、アーサーは地を蹴り跳躍する。今や彼を阻む壁はなく、空を切り舞い上がった彼の目の前には、『幸福』本体の姿。
 すぐ目の前で視線がかち合う。一瞬の交錯が生じ、加速する体感時間の中、呆れるほどゆっくりと流れる視界の先で、『幸福』はにっこりとほほ笑んでいた。
 視界いっぱいに、彼女の笑顔が溢れる。この状況に至って尚、『幸福』は敵意も害意も欠片すら抱いていなかった。

『さあ、おいで……』

 そうして、まるでアーサーの到来を歓迎するかのように、彼女は抱擁する腕を差し伸べて。

「……真名解放、疑似宝具展開」

 それに叩き返すは、ただ撃滅するのみという意思一つ。


687 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:07:59 6XwzKctk0

 ───アーサー・ペンドラゴンの持つ約束された勝利の剣には、二重の拘束がかけられている。風の鞘たる風王結界の他にもう一つ、その強大すぎる力を封じ込める機構が存在するのだ。
 彼が生前に束ねた円卓の騎士たちによる議決。合計で13存在する条件の内過半数を満たすことで、星の聖剣はその真価を発揮するに至る。
 しかしこの『幸福』に対して、円卓の制約は条件を解除するに至らなかった。
 「心の善い者に振るってはならない」「是は邪悪との戦いである」「是は精霊との戦いではない」
 それら条件は『幸福』に対して満たされない。彼の者は真に善良であり、それを討ち果たす戦いは「誉れ高きもの」であるはずもなく、また自身が「生きるため」のものでもない。
 故に過半数の可決は満たされず、聖剣は究極の斬撃を放つこと叶わない。

 しかし。

「最果てに至れ、限界を越えろ。彼方の稀人よ、この光を刻みこむがいい!」

 しかし!
 それでも為せる業がある。それでも押し通すべき誓いがある。
 今この時、この瞬間を以て、騎士王アーサー・ペンドラゴンは新たな伝説を成し遂げる!

 その手、振るわれるは星の聖剣。今やその輝きは、偽りの救済を断絶する光なれば!

《是は、己より強大な者との戦いである》───ベディヴィエール承認
《是は、勇者なる者と共する戦いである》───ガレス承認
《是は、人道に背かぬ戦いである》───ガヘリス承認
《是は、真実のための戦いである》───アグラヴェイン承認
《是は、私欲なき戦いである》───ギャラハッド承認

 十三拘束解放───円卓議決開始。
 その承認は、やはり半数にすら遠く及ばぬ数であり、真価を発揮するには至らない。
 星の理、地に顕現させること叶わない。

 しかし、しかし。
 光は既に、彼の手の中にある!
 星の聖剣、その輝きを露わにして!

「───縛鎖全断・過重星光(エクスカリバー・オーバーロード)!!」

 ───切り裂き、融かして消し飛ばす。
 ───極光纏う断罪の一閃。
 ───それは、触れる全てを切り拓く王の一撃。

 光の斬撃となる魔力を放出することなく、対象を斬りつけた際に解放する剣技に寄った一撃。
 それ即ち人が修練の果てに至る極み。世界の外より来たる敵を討滅する極光たる《星の理》ではない、ただ当たり前の技を突き詰めた《人の理》である。


688 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:08:55 6XwzKctk0

『私が、みんなを抱きしめるから……』

 慈愛の笑みを浮かべる『幸福』を前に次々と迫る快楽の波を、多重展開された魔力の結界を、その悉くを聖剣は切り拓く。薄絹のヴェールのように周囲に広がる魔力の多重層が、砂鉄の絨毯に磁石を走らせたように断割された。最早その剣に敵はなく、阻める物など存在するはずもない。
 人が振るう刃の煌めきを、現実に在らぬ幻想が阻めるはずもなし。『幸福』はただ為す術もなく、一刀の下に斬り伏せられようとしていた。
 そのはずだった。少なくとも、直前までは。

「ぐッ!」

 けれど、敵手は条理を逸脱する特異存在である。
 振り下ろされた剣閃は、しかし『幸福』の頭頂を薄皮一枚隔てた地点で堰き止められた。ビデオの再生を一時停止したように、あるいは緩やかに受け止められるように、全ての動きが止まる。鈴のように澄んだ金属音が辺りに木霊する。
 それは『幸福』の最後の抵抗か、それとも秘めたる最大の力であるのか。次瞬、静止していた空間から多量の魔力が激発し、大気が激しく振動した。
 両者の衝突によって、七色の粒子が炎のように舞い上がる。その粒子一つ一つの間に黄金の放電が発生し、『幸福』とアーサーは光の渦の中にいるようだった。
 奇しくも最後の鍔迫り合いとなる交錯に、アーサーは息を呑む。黄金の光の塊となった『幸福』はいっそう美しくて、彼すらも震えが来るほどだった。

 剣閃が軋む。金属の悲鳴が辺りに轟く。激震する空間が激動する粒子群の流れを伴って大気を激しく震わせる。
 『幸福』の抵抗はこれまでに倍する力を以て、アーサーの一撃を押し返そうと溢れ出る。刃を押し込むことが、トドメを刺すことが、できない。

 両者の出力は全くの互角。拮抗する押し合いの形は、しかし徐々にアーサー側の不利となって表れ始めた。
 剣筋がブレる。聖剣の光が明滅する。敵手を両断するはずの力が、少しずつ弱くなっていく。
 それも当然の話であろう。何故なら両者の持つ"魔力"という厳然たる貯蔵量には明確な差があるのだから。
 『幸福』は規格外の魔力をその身に宿す。単独顕現による魔力の消費は既に癒え、地脈から汲み出した魔力は潤沢を越え無尽蔵。およそエネルギーという事象に陥ることはない。
 しかしアーサーは真っ当なサーヴァントだ。彼を使役するマスターは魔術の薫陶なき少女であり、矮化したアーサーの魔力適性は並み居るサーヴァントたちの中にあって尚低い。長時間の戦闘はほぼ不可能であるのが現状である。
 故に、互角の拮抗に陥った場合、軍配が上がるのは『幸福』の側であることは明白であった。

『怖がらないで、怖がらないで。幸せを、光から目を背けないで……
 私があなたを救うから……私がみんなを包むから……』
「……ッ!?」

 拮抗し停滞するアーサーを捕まえるように、二本の腕と無数の繊手が彼を包む。いや、捕まえようとか動きを止めようという意思は彼女にはないのだろう。彼女はただ、抱きしめたいだけだ。抱きしめ、慈しみ、心からの幸福を感じてほしいという、それは抱擁の腕だ。
 しかしそれは、この場この瞬間において最悪の事態を招いていた。直接取り込まれてはさしもの騎士王とて一たまりもなく、そして彼は千載一遇にして二度と現れないであろう撃滅の機会を前に撤退は許されていない。
 腕が、繊手が、アーサーを中心に繭を作るように閉じていく。星光の輝きごと、その身を己の内に取り込もうとしている。

 仮に、アーサーのマスターが優れた魔術師であったならば。
 仮に円卓議決の承認があと一つ外れていたならば。救援に来た雷剣のサーヴァントがその身に多大な消耗を抱えていなかったならば。百合香による楔の抑え込みがあと少し強力であったならば。この場にもう一騎戦えるサーヴァントがいたならば。
 きっと話は違っていただろう。その内のどれか一つさえあったならば、既にアーサーはその手に勝利を掴み取っていたはずだ。それほどまでに、両者の拮抗は危ういバランスで成立している。

 しかし現実はそうではない。ここにそれら要素が成立し得る道理はない。
 故にアーサーは、彼らは、極めて順当に敗北へと突き進むのだ。
 騎士王は勝てない。傾星の魔性を前に、ただ敗残を晒すのみであると───


689 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:09:37 6XwzKctk0


『───あ……』


 あるいはその通りだったのかもしれない。
 "その二撃が無ければ"の話ではあったが。

 瞬間、飛来する二つの力が、『幸福』に直撃した。嫋やかに揺れていた『幸福』の体は弾かれたように体勢が崩れ、押し返していた不可視の波が霧散する。『幸福』の外縁部に突き立つ、漆黒の巨矢と煌めく宝剣。
 飛来した二つの力は、聖剣の一撃や交差する雷電に比すれば微々たるものではあった。しかし際どいところで成立していた拮抗を崩すには、余りにも十分すぎる代物だった。

 故に。

「叩き斬る───ッ!}

 そして、宣するアーサーの叫びと共に、遂に決着の時が訪れて。

 ───真っ直ぐに振り下ろされた光輝の一閃が、『幸福』の本体を二つに両断した。



 ***



 『幸福』の体、ヴェールとも花びらともつかない重なり合いの間から、血飛沫のように大量の光が溢れ出ていた。
 美しい光だった。様々に変色する光の中で、夥しい量の粒子が星のように煌めいた。

「終わった、のか?」

 アーサーの後ろから、足を引きずる音と共に声がした。アーサーは無言で首肯するように、隣に立つその男を横目で見やった。今に至るまでの間、アーサーに襲い来る快楽波の全てを雷電で焼き払い続けた男だ。この者がいなければ、アーサーはもっと早くに敗北を喫していただろう。
 それ以上は言葉もなく、美しい光の中で、二人は薔薇の花が咲いたかのような『幸福』の姿を見つめた。

『どうして拒むの……幸せになれるのよ……?』

 『幸福』の声は、今やただの声だった。心を震わせるような響きは、もうなかった。

『幸せになることは罪じゃないわ……幸せになってもいいのよ……?』

 無言。ただ黙ってその声を聴く。

『幸せになるのに……理由なんていらないわ……躊躇いなどいらないわ……あなたの中に、どんな迷いや、戸惑いや、疑問があっても……すぐに全てが消えてなくなるの……そこは、そういう世界なの……』

 とてもいい話に聞こえた。事実、彼女にはそういう力があるから尚更だ。人の世は、苦しみと悲しみに満ちている。誰だって、苦しんだり悲しんだりなどしたくはない。誰だって、幸せになりたいと願っている。

『私が全てを取り除いてあげる……私が全てを与えてあげる……あなたの望むもの……あなたの夢……過去も、未来も……永遠も……』
「お前から与えてもらうようなものなんざ、俺にはない」

 右半身を庇うように立つ、その男───藤井蓮は吐き捨てるように言った。心底から侮蔑して、見下げ果てたような瞳をしていた。


690 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:10:10 6XwzKctk0

「お前の言う永遠は幻想だ。結局は逃げ込むだけだろう? 目の前に現実に耐えられなくなってな。だからお前は、そんな風にいつまでも一人きりなんだ」

 それは彼なりの哲学から放たれる言葉であるのだろか。アーサーには分からなかったが、言えるとすれば一つだけ。

「人間は、結果だけでは報われない」

 それが手向けであるように、アーサーは告げる。

「君のそれは幸福という結果だけを人にもたらす。逆に言えば、結果以外の何も、君は誰かに与えることはない。
 過程と結果はワンセットじゃない。結果を出せない過程に意味はないと君は言うが、愚かしい詭弁だよ。
 努力や困難という過程と、得られる幸福という結果はそれぞれ独立したものだ。"結果"そのものである君に、それを説く意味があるかは分からないが」

 『幸福』から漏れだす光は空気へと溶けて消え、赤く燐光する様はまるで巨大な炎に包まれているかのようだった。事実、彼女は燃やされているのだろう。生の鼓動が段々と弱まり、火刑に処されているかのように徐々に光が細々としたものになっていく。

『分からないわ……』

 ラピスラズリの瞳が、ゆっくりと閉じていった。薔薇色の光の中で、炎のように瞬く光が段々と数を減らしていく。

「……ならば、もう君に言うことはない。君は、恐らく永劫分かることがないのだろう。何故なら君は、怒りも悲しみも憎しみも、そして喜びや愛さえ持たないから。
 君にあるのは幸福だけだ。それしか、君にはないのだから」
『……わたしは……』

 『幸福』は何重もの羽をたたむかのようにして、小さく小さくなっていった。
 恒星の死であるように、皆を照らす太陽とは成り得なかった偽物の恒星が、小さく小さくなっていって。
 そして、弾けた。

 光が、粒子が、小さな玉となった『幸福』から解き放たれて。まるで何処かへ手を伸ばすかのように、弾けて消えた。
 古都の天蓋に命の欠片が舞い上がる。仄かに紅く光る粒子は、その刹那まで幻想的で───

 その光景は、散りゆく薔薇の花弁を連想させた。
 麗しくも、儚い。現実には根を張れない……幻想の華を。





   ▼  ▼  ▼


691 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:10:28 6XwzKctk0





「終わったか」
「ああ。抜錨は無事に済んだらしい」

 対峙する二人の王は、しかし今は共に右手を伸ばし、並び立つように彼方へと目を向けていた。
 ストラウスの右手からは漆黒の瘴気が如き魔力が、ギルガメッシュの右手からは黄金光が如き空間断裂が。
 銃口から立ち上る硝煙であるかのようにして揺蕩い、まさにたった今攻撃を放ったのだと如実に伝えていた。

 その場にいた二人以外の全員は、何が起こったのか分かっていない表情をして。けれどただ一人アストルフォだけは、何を言うこともなくじっと二人のことを見つめているのだった。

「世界の箍が外された。夢を構築し根本を為す土台、そうなるために呼び出された第八等だ。
 故に事態はもう止まるまい。あとはただ、崩れ落ちるのみ」
「そんなことは当の昔に諒解している。全て分かった上でやったはずだ。私も、そしてお前も」
「違いない」

 鷹揚に笑う英雄王に対して、赤薔薇王はどこまでも石のような無表情を崩さない。それは彼らの覚悟の現れであるのか、あるいは運命やその類に対する思いの違いであるのか。
 ともあれ、黄金の男はやるべきことは終えたとばかりに踵を返し、場から立ち去る意思を見せた。黒衣の男はそれを止めることもなく、ただ無言で返すのみ。
 一歩を踏み出して、止まる。「ああそうだ」と、何気ない世間話でもするかのように。

「アレは倒されるべくして倒された。人の内より生まれ、故に人が滅ぼさねばならない悪逆の一。他ならぬ人間自らが乗り越えるべき試練に過ぎん。
 分かっているだろう。何故なら我も貴様も、本来"人間"によって倒されねばならない存在である故に」

「同じことを二度言われる趣味はない。言っただろう、分かっていると」

 威圧的を通り越し、最早凶眼と言って差し支えない視線で以て、ストラウスは応える。
 その両眼は恒星が如き意思の燃焼に満ちて。己の命運も末路も応報も全て承知であると、その上で選んだのだと豪語して止まらない。
 彼は───

「私はいずれ殺されよう。月がある限り、夜がある限り。他ならぬ人の手によってだ。
 しかしそれは我が罪に起因するものではない。そしてお前も世界蛇の逸話とは異なり、その傲岸の報いに起因はしまい。
 それだけのことだ。どこまでも単純に、ただそれだけのことなのだ」

 聞き届けたギルガメッシュは愉快気に笑い、あとは言葉なくその場を後にした。金色の男と白銀の少女の姿が、夜の帳から姿を消した。


692 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:11:06 6XwzKctk0



 ……………………。



 さあ────────────っ、と木の葉のこすれ合う音が、夜の広場に広がった。
 木の葉の音と闇が、そのがらん、とした空間いっぱいに広がった。

 「はぁー……」と気の抜けた声を出すのはアストルフォだ。彼は殊更に肩の力を抜いて、次いで聞こえるのはどさり、という尻餅をつく音。ヤヤが、完全に腰を抜かしていた。

「い、今のって……」
「英雄王ギルガメッシュ。遥か紀元前のメソポタミア時代、人界の王として世界に君臨した男だ。原初の英雄にして、神代の終わりをその目で見届けた人類の裁定者。
 その精神性は常人に理解の範疇を超えている。圧倒されるのも無理はない」

 呆然と呟くヤヤの手を引いて、ストラウスが答える。その言葉にヤヤは二度驚いた。ギルガメッシュと言えば、神話にさほど詳しくないヤヤでも名前くらいは聞いたことのある人物だ。アストルフォとかいうよく分からないサーヴァントを引いたヤヤにとって、サーヴァントとは過去の偉人であるという事実を実感として認識した初めての瞬間だった。

「つまり、君らはゆっくり休むべきってことさ!」

 ストラウスの後を引き継ぐように、割って入ったアストルフォが明るく声を出す。
 わっ、とヤヤ。虚を突かれたようにぽかんとした表情をして、同じく手を繋いで引っ張られてきたアティと一緒に呆けた声を上げる。

「僕らはみんな頑張った。そしてもう夜だ。ぐっすり寝て英気を養って、あとのことはそれから考えればいい! 急いては事を仕損じる、昔の人は良いこと言うよね!」
「その諺が成立したのは君が生きた時代よりもずっと後の話だけどね」

 あれ、そうだった? とアストルフォ。あははと能天気に笑う彼だが、場に満ちた陰惨な空気はいつの間にかすっかり晴れているのだった。
 さあ早く早くと二人の少女の背を押して、彼は振り返ることなく。

「でも君も悪い奴だよね。僕らに相談の一つもしないでさ……って、まあ今回のは偶々出会っちゃっただけっぽいけど」
「その点はすまないと思っている。別に私が君達を信用していないというわけじゃないんだ」
「ホントーかなー? ホントに悪いと思ってる?」
「随分と信用がないな、私は」
「べっつにー?」


693 : 幸福は死を運ぶ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:11:25 6XwzKctk0

 そこでアストルフォは、何でもないと言った風に。

「ただ、昔から変わらないなと思ってさ」
「……」

 二人の歩みが、止まる。
 ヤヤとアティとは、既に結構な距離が空いていた。声を届けようと思えば届けられる距離だが、大声を上げねばまず聞こえまい。
 アストルフォが振り返り、何の邪気もない笑顔で言う。

「いつも一人で抱え込んで、誰にも言えませんって顔してる。それはとても強くて気高いとボクは思うけど、残される方としては結構悲しいんだよね」
「……」

 シャルルマーニュ十二勇士が一人アストルフォには、幾多の逸話が残されている。
 翼持つ幻想種を駆り諸国を巡り、時には樹木に姿を変え、時には有翼種の群れを討伐し。そんな彼の逸話でも、特に有名なものの一つに以下のようなものがある。
 叙事詩「狂えるオルランド」。それは、月への旅行。

「ねえ、赤バラさん」
「何かな」
「国を滅ぼし……かつての仲間をみんな敵に回し、千年以上もたった一人で世界を彷徨って───……
 時々こう、叫びたくならない?」
「それは───」

 俯きつつあった彼の顔が起こされた。
 その目は真っ直ぐアストルフォを貫いて、困ったように頬を掻いて。



「───恥ずかしいから秘密だ」


694 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:11:55 6XwzKctk0
その6を投下します


695 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:12:39 6XwzKctk0


「すばるという名の少女、もしくは桃色の髪をした無手のランサーに覚えは?」

 『幸福』の消滅を確認し互いに剣を収めたところで、騎士のセイバーはそんなことを聞いてきた。
 互いに敵意はなく争う気もない、というのを確認した矢先のことだった。蓮は半秒ほど考え、やがて納得したように返す。

「どっちも知り合いだ。じゃあアンタがランサーに協力するっていうサーヴァントなんだな」
「ああ。ここに赴いた理由自体は別にあるが、彼女に請われ協力した事実は間違いない」

 誠実毅然に返す騎士を目の前に、蓮はなるほどと納得の念を覚えた。
 このセイバーは、清廉潔白な騎士道の体現のようなサーヴァントだ。ならば多少の打算もあるのだろうが、弱者の懇願を受け入れても不思議ではない。
 しかし気になる点が一つ。こいつは何故すばるのことも知っている?

「君達の後を追ってきたそうだ。サーヴァントもなく、たった一人で。勇敢な少女だよ」

 勇敢じゃなくて無謀だろ、という言葉を何とか喉元で飲み下す。無為に強い言葉を使う必要はない。
 彼の話ではこの霧の中でも正気を保っていたそうだ。ならその時点で、あのランサーよりはマシだろう。
 説得が不可能と判断して元凶を先に討滅したわけだが、これで奴は正気に戻っているかどうか。

「だが、それなら話は早い」
「何の話だ?」
「すばるを頼む。僕のマスターも、恐らくはそこにいるだろうから」
「はぁ!?」

 いきなり何を言ってるんだ、このセイバーは。
 会ったばかりのサーヴァントに頼むには、あまりに無防備に過ぎるだろう。
 そんな顔を察してか、騎士のセイバーはただ一言。

「"直感"だ。そう馬鹿にしたものでもない」
「勘って、お前な……」
「それよりも」

 小言を無視し、彼は続ける。

「嫌な予感がする。何かが、まだ続いているような気がしてならない」





   ▼  ▼  ▼


696 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:13:00 6XwzKctk0





 白い結界が、まるで風船でも割れるかのように呆気なく「ぱりん」と消えた。

「……あ」

 怪物たちとの交戦から全力で離れ、木陰で体を休めていた友奈は、それを目撃した。
 突如、天が罅割れるように大きな亀裂が走り、次の瞬間には甲高い音と共に砕け散った。同時に白い霧も急速に晴れていき、物の数秒程度で境内は元の穏やかな夜の景色を取り戻したのだった。

「良かった……元に戻ったんだ」

 友奈は安堵の息を吐く。これで当面の危険は無くなったというわけだ。
 恐らくはセイバーと百合香が何とかしてくれたのだろう。できれば自分もそれを手伝いたかったが、一人でも助けられたのなら上出来だ。
 そう、助けることができたのだ。例え一人だけだったとしても、友奈は誰かを助けられた。
 一度は見捨ててしまった子を、友奈は救えた。
 誇らしい気持ちが胸いっぱいに広がるようだ。

「そういえば、まだ名前聞いてなかったっけ」

 ふと思い出す。激動続きで自己紹介の暇さえなかったのだ。
 でも、まあいいだろう。時間はこれからいくらでもある。
 まずはセイバーたちと合流して、次はマスターの救出だ。やるべきことはまだまだたくさんあるのだから、いつまでも休んではいられない。

「霧が晴れたよ。もう大丈夫みたいだから、一緒に……」

 行こう、と声をかけようとして。

「……あれ?」

 振り向いたところで、気付く。

 あの子がどこにもいない。

 さっきまで友奈の傍にいた。手を握れるほど近くに、けれど今はもういない。
 あれ、あれ? と周囲を探して。ほどなく、少し離れたところに立つあの子の後ろ姿を見つける。
 何をしてるんだろう、とちょっとだけ思ったけど。でもそんなの関係ないから、その背中に声をかけようと───


697 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:13:22 6XwzKctk0


『どうして?』


 ぴたり、
 と、友奈の動きが止まった。
 何を言われたのか、一瞬分からなかった。
 友奈は身体を硬直させて、手を伸ばそうとしている中途半端な姿勢のまま固まっていた。
 虚を突かれたような気分だった。
 直視したくない現実を突き付けられたようで、身も心も強張らせることしかできずに。

「な、なにを……」

 振り絞るように声を出して、けれど後ろ向きの彼女は無言。
 いいや、違う。よく聞けば彼女は何事かを呟いている。ぶつぶつ、ぶつぶつと何かを呟いて、けれど明確な声は聞こえない。
 低い呟きの声に交じるのは、時折泡を噴くような、くぐもる音。
 そして、

 ひゅーっ、

 と口の端から溢れる、息の漏れる、劣化した蛇口が立てる、笛のような音。
 同じ音を、友奈は聞いた覚えがある。それは生前や、あるいは今日の昼ごろに。

 ひゅーっ、
 ぶつっ、ぶつっ、ぶつっ、

 目の前の"人間"が、異様な音を立てる。
 確かに、その音には聞き覚えがある。
 例えば、それは今日の昼ごろ、この手で看取ったあの子のように。
 "死に瀕した人間が立てる異常な呼吸音"に、酷似した音だった。

 そして、異常はそれだけではない。


698 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:13:44 6XwzKctk0

「あ、あのね……」

 夜の闇で見えづらかったが、目の前の少女は友奈の記憶とは異なる点がいくつもあった。
 まず第一に"髪が白い"。くすんだ骨色の髪は夜闇に黒く染まり、けれどかつてとはまるで違うのだと一目で分かる。
 頭頂から何かが生えている。後ろからでは分かりづらいが、恐らくは角のようなもの。角、頭から生えている?

「ねえ、いったいどうしたの……?」

 問いかける。その声は縋るかのように、信じたくないとでも言うかのように。
 いやいやと、そんなのはあり得ないと、頼むから嘘だと言ってほしいと。
 そんな友奈の嘆願に、少女は変わらず何事かをぶつぶつと呟き続けるだけで。

『…………………で…』

 辛うじて言葉だと認識できる、言葉としての形の最底辺。そんな声を呟きながらほとんど動かない体から、ぽつりぽつりと何かが滴っているのが見える。
 涙、涎? それは顎を伝ってか、足元にぽつぽつと滴り落ちる。
 だが友奈には分かった。分かってしまった。そのどうしようもなく覚えのある鉄錆の臭い。雫にしては粘性の強い、特有の音。
 いやだいやだ、そうあって欲しくないと凍った体と心で唱え続けるけれど。
 いずれにせよ、少女は口の中を咀嚼するように動かしながら、泡を吐くような呟きを、淡々と続けていた。
 よく聞けばその口の中から聞こえる、歯が噛みしめられているらしい、軋んだ音。
 そしてそんな壊れた言葉の滓のように溜まり続けた血の泡は、やがて限界を迎えて口の端からこぼれたのか、これまで以上に大きく地面へと落ち、ぽちゃんと湿った音を立てた。
 それまで泡でくぐもっていた声が、微かに聞こえた。


『ねえ』

『どうして助けてくれなかったの?』


 少女は、ぶつぶつと、口の中でそんなことを呟いていた。


699 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:14:12 6XwzKctk0


『どうして』


 低く小さく淡々と呟く。


『どうして』


 木々の間に見え隠れする月明かりだけが、僅かな光源の暗い境内で。
 ぼんやりとした白い光が少女の後ろ姿を薄く照らし、骨色の髪が同じ光を鈍く反射する。


『どうして?』


 誰のことを言っているのか、今や明白だった。
 彼女がどういう状態にあるのかすら、最早明確だった。

「……やめ……て……」

 友奈はか細い悲鳴のように、恐怖に絞られた声で少女に言った。
 何を? 言葉を? それとも現実を?
 分からない。とにかくやめてほしかった。安堵に暖まったはずの心が、徐々に不安へと天秤を傾けつつあった。
 その声が聞こえたのか、少女の成れ果てが首だけで、ぎしっ、と軋むような動きをして、友奈のほうを振り向いた。
 そして何かを言おうとするかのように、微かに口を開いた。

 だが──────どっ、と口の隙間から溢れだしたのは言葉などではなく、蟲卵と見紛うほどの大量の真っ赤な泡を大量に混じらせて糸を引く、頭蓋の中身が全て溶けだしたのではないかと疑うほどの、恐ろしい量の血液だった。



「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 夜の境内に、自分の耳が壊れるかと思うほどの、凄まじい悲鳴が響き渡った。
 悲鳴の爆発する境内で少女の口から大量に溢れだした粘性の血液が、ぴちぴちと音を立ててまき散らされて、薄く開かれていた口は弛緩したように顎が外れて広がった。ぱっくりと開いた口から更に量を増した血液が吐き出されるにつれ、首が内容物を失ったようにゆっくりと傾ぎ、口が、下顎が、中身が溢れだす皮袋のように重力に従って引き伸ばされた。
 がくり、と頭が自重で下を向いた瞬間に、ぼきりと聞こえる骨折の音。それがかつて自分の手折った首を想起する暇もなく、容器を傾けたかのように泡混じりの血が、鼻から、目から、噴き出した。
 そして大きく見開かれた眼窩から、まるで内側からの圧力で栓が抜けるように、流れ出す血泡に押し出されて、ごろりと両の目玉がまろび出て、粘つく血液に絡め取られるようにして、ごろごろと泡と共に流れ出していった。


700 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:14:46 6XwzKctk0

「────────────────────────────────────!!!!」

 絶叫した。
 全てが悲鳴で埋め尽くされるほど絶叫した。
 顔中の穴という穴から血と泡を吐き出す少女と向き合ったまま、身動きもできずに全身を震わせて絶叫した。
 身体ががくがくと痙攣するように揺れて、目の前の現実さえ輪郭がぼやけるように視界が白んで。


「──────あ」


 そんな恐怖すら過去と思えるような"喪失感"が、友奈の総身を襲った。
 何もかもが、途切れた。

 暗転。
 暗闇。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。



「まあこんなモンだろうよ。ちっとばかし順当すぎる結果じゃァあるがな」

 ポンポンとボールめいたものを片手で投げ、弄びながら、中空に立つドフラミンゴは嘲笑の響きでそう言った。
 彼はずっと待ち続けた。自分では何もせず、ただただ事態の推移を見守っていた。死地に飛び込む不用意などせず、自分以外の諸々が奮戦する様をずっと嗤いながら待っていたのだ。
 ランサーをここまで放っておいたのは、単純に戦力として期待できたから。
 そして事態の元凶が討たれた以上、やるべきは一つである。


701 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:15:09 6XwzKctk0

「だが、しかし……フフフッ! その顔は傑作だなァランサー!
 死体抱えて逃避行たァ泣かせる話じゃねェかよ! おれはンなもんごめんだがな、死体なんざ気色悪くて仕方ねェ」

 心底気持ち悪いとしか思っていない物言いで、ドフラミンゴは手にした"それ"をゴミを投げ捨てるかのように放り捨てた。歪な球体はボールのようで、しかし「ドサリ」という弾力性の欠片も見当たらない音を立てて転がり、"それ"は茂みの向こうへと消えていった。

「若様! ご無事でしたか!」
「おいおいそんな血相変えてくんじゃねェよ。馬鹿共みてェに鉄火場行ってたわけじゃねェんだ」
「し、しかしこれほどの異常事態、我々は見たこともなかったもので……」

 おろおろと狼狽する黒服に、ドフラミンゴはただ鼻を鳴らすだけだった。黒服はドフラミンゴが曲がりなりにも命を懸けた闘争に赴いたものだと考えていたが、当の本人はただの様子見、安全席から大上段で見る観覧程度にしか思っていないという、その違いが現れていた。
 ドフラミンゴは己の命を賭けない───そうするメリットが薄すぎるからだ。
 ドフラミンゴは誰とも対等な目線で立ち会わない───彼は己を人間などとは比べものにならない高みの存在であると定義しているからだ。
 そして彼は───

「まァ、確かに異常事態ではある。まさかあの小娘、揃いも揃ってゾロゾロと連れ出してくるたァ思わなかったからな。
 最低でもセイバーが二騎に、他のマスターが更に二人。ちっとばかし目を離した隙にワラワラと群れやがって目障りったらありゃしねェ……!」
「わ、若様……?」
「だが、逆に良い機会だったのかもしれねェなァ。人手は足りちゃいたが所詮は表に出てこれねェゴロツキの屑共ばかり、支配してやるのは楽だったが使い勝手がよろしくねェ。
 最低限の間引きと隠れ蓑にはなったし、他のアテもついた。どうせここまで残ってる連中なんざ、つまらねェ小手先じゃ狩れねェ奴らばかりだろうしな」
「若様、一体何を……先ほどから言ってることが、よく……」
「……ああ、悪ィ悪ィ。つまりだな」

 彼は、口だけを動かして笑みを浮かべ。

「もう潮時ってことだ」

 瞬間、噴出する大量の血が夜空を赤く染めた。
 悲鳴とどよめきが黒服たちの間を伝播する。それもそのはず、何故なら今までドフラミンゴと話していた黒服が"突如として首を切断され血を噴き出した"のだから。
 ホースから飛び出す水のように、勢いよく飛び出る血液。頭部を失った体は支えを無くして地に倒れ込み、後には物言わず水音だけを出す肉塊が転がるのみだった。


702 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:15:38 6XwzKctk0

「ひ、ひィ……ッ!」
「怯えるんじゃねェよ。まあアレだ、先延ばしになってた死刑の期日が今来たってだけのことだ。別におかしな話じゃねェだろ?」

 ドフラミンゴが元村組を訪れたあの日、あの時。
 確かに彼は言った。ナワバリを追われた者がどうなるかと。
 その時既に彼らの命運は決まっていたのだ。あとはその末路を迎える時が早いか遅いか、その違いしかない。

 怒号と共に、誰かが発砲した。
 最初は一人、次に二人。悲鳴と発砲音はすぐさま黒服全員に蔓延して、何丁もの銃が火を噴く。
 けれど銃撃を受けたはずのドフラミンゴに一切の傷も流血もなく、それは彼ら全員が最初から分かっていたことだ。
 分かっていてなお、もしかしたらと縋るしかなかったのだ。
 嗚咽をかみ殺す声が、そこかしこで木霊した。

「それじゃあアばよ人間(ゴミ)共。フフフッ、少しは役に立ってくれたぜ?」
「ひぁ、うわぁ!?」

 皆一様に銃を構えていた黒服たちは、突如としてその銃口を互いの眉間に照準し合った。
 その行為は彼らの本意ではなく、その首に纏わりついた寄生糸(パラサイト)の特性によるものである。

 ゆっくりと歩み去るドフラミンゴの背後で、発砲音と微かな発光が何度か続いた。
 彼の姿が完全に消え去った頃、その場に動く者は一人として存在していなかった。


 


   ▼  ▼  ▼





 自分に何が起こったのか、分からなかった。
 目を開けるとそこは真っ暗な木々の間で、友奈は酷使した肺から荒い息を吐きだしているのだった。
 周りを把握しようとして、膝が砕ける。激しい眩暈に、額を押さえて呻く。どうやら、自分でも分からない内に逃げ出していたらしい。
 でも、でも、あれ?
 私、なんで逃げてるんだっけ。


703 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:15:56 6XwzKctk0

「……私、一体何を……」

 一瞬訳が分からなくなり、しかし次の瞬間には全てを思い出していた。
 目の前に霧が広がった瞬間、自分が覚えたのは昂揚と幸福感と、誰かを救わねばという強迫観念。そして助けられなかった少女を助けて、助けたのだと思い込んで、そして……
 そして、あの子を前に、私は……

 マスターを、失った……?

「はぁ……はぁ……ぐぅッ」

 自覚した瞬間に、蓄積されていた不快感が一気に襲い掛かってきた。ぐらりと体がよろけ、必死に悲鳴をかみ殺す。
 吐き気、などという生易しいものではない。
 壊れた脳の壊れた命令に従って、壊れた心と壊れた体が自分を攻撃している。
 空っぽの胃は止め処なく胃液を吐き出し、あまりの苦しさに涙が滲む。三半規管は滅茶苦茶で、自分が真っ直ぐに立っているのかすら分からないほど。
 魔力の欠乏は深刻で、既に手足の末端から消滅しつつある。

 いっそ倒れてしまいたいのに、倒れてはならないと心が叫ぶ。
 言うことを聞かない体を無理やり動かし、とにかく前を目指した。参道を抜け、林の中へ。ここではないどこかへ逃げられるならどこでも良かった。
 荒れる息と霞む視界。走馬灯のように浮かぶのは聖杯戦争の記憶。行けども行けども死屍累々が積み重なる地獄の光景、咽るような血臭と肺にへばり付く脂の臭い。その全てが自分の生み出したものなのだと、今更になってようやく友奈は自覚した。

「う、ぅぶぇ……ッ」

 今も鼻の奥にこびり付く強い死臭に、立ち止まっては血の混じった胃液を吐き出した。今までなら耐えられた。でももう無理だ。最早周りの景色も見えなくなって、とうとう自分がどこにいるのか分からなくなった。霧の中を、朧気な意識のままに彷徨い続けた。

 私は何のために戦ってきたんだろう。
 ……何かのために戦えた?
 ……どうだろう、分からない。

 辿りついた場所は、円形に開かれた林の広場。
 木々に囲まれ月明かりに照らされた、夜の底のような空間。
 そこが、終着駅だった。

 友奈以外には一人として、そこには誰もいなかった。
 辿りついた先に、友奈を待ってくれている人などいなかった。

 諦観が体の隅々を満たしていくような感覚を、友奈は覚えた。友奈は空っぽの心で、半ば条件反射的に肉体を動かす。
 わたしは、何をしているんだろう。そんな疑問が頭に浮かんだ。もう、守るべき人なんていない。自分の闘いも、マスターの願いも、あの子の死も、このままでは全てが無意味なものになってしまう。
 マスターは死んだ。あの子もそうだ。このままでは私も消えてしまって、そうなったら後には何が残る? 生き返ったと思いたかったあの子は異形と化して、私はマスターの願いすら碌に聞けてあげられないまま。
 そんなのは、認められない。
 そう考えている間にも、体は休むことなく生存に向けて動かされる。


704 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:16:20 6XwzKctk0

 ───讃州中学勇者部五箇条……なるべく、諦めない……

 かつて自分を支えてくれた矜持として在る想いを、心に再び刻み込む。
 諦めない。諦めない。勇者になりたいと願った自分は、もう二度と諦めないと決めた。

 崩れそうになる足を、それでも踏みとどまって進む。
 力を失ったはずの右腕が、僅かに持ち上がる。
 私は、色んなことを間違えた。
 私は勇者失格だ。
 ───だけど。

 ───それでも、私は……
 ───私は、勇者に……










『勇者になれるって、本当にそう思ってるの?』










 耳元で、笑みを含んだ暗鬱な声が囁いた。
 びくりと体が竦んで、忘我にも似た表情に、友奈は顔を凍りつかせた。
 それは脈絡なく訪れた声に驚いたようにも見え、あるいは何か得体のしれないモノへの警戒のようにも見え、そのいずれにも似た感情の正体は、恐怖。

 その声を聴いた途端、夜闇の鬱屈した気配が一人の人間の形へと集約した。
 友奈を見上げるように佇む、機械の少女。
 鉄錆色のドレスと白熱電灯の顔が、形を取る。


705 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:16:46 6XwzKctk0

『───可哀相』

 機械の少女。
 鉄錆の臭いを纏わせて、夢のように、幻のように、現実味も伴わぬままに彼女は現れる。
 月の向こうから、女は来る。
 何処とも知れぬ場所から、女は来た。

 そして、その女は告げるのだ。
 人間め、恐怖の生贄よと嗤いながら。
 人間め、悪質な装置だと嗤いながら。

 空間さえ捻じ曲げて。
 月の見ている場所ならどこにでも。

『あなた、そんなに怯えて』

『暗いからそんなことになるの。
 暗いから、見えないすべてを怖がるの』

「え……?」

 頓狂な声をあげる。状況、まるで分かっていない。
 この少女は誰? 少女、異形? 目の前のこれは何?

 突然現れて、空間、時間さえ無視したように。
 知らない。知らない。私はこんなもの知らない。
 ああ、でも。何故だろう。私はこんなもの知らないはずなのに。
 その声に、耳を塞ぐことができない。
 その光に、目を閉じることができない。

『光が欲しいんでしょう?
 なら、あげる。あなたにあげる』

「い、いらない……」

 震える声を出す。言葉、振り絞るように。
 耳は塞げない。
 目は閉じられない。
 それと同じように、口、止めることもできずに。


706 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:17:15 6XwzKctk0

「そんなのいらない……だって、私、暗くなんかなってない……。
 こないで、こっち、こないで……!」

『あなたはずっと暗闇の中よ』
『幸福にも考えものね。あんなもので人は恐怖を忘れ去る』
『何度も何度も、夢の中で夢を見るなんて。やっぱりあなたには光が必要ね』

「なにを……!」

『必要でしょう?
 ほうら、明るい明るい』

 その身に灯るものを、女は見せる。
 その身に灯る白熱電灯。

 それは照らすだろう。
 恐怖を、長い長い影としながら。
 それは呼び起こすだろう。
 恐怖を、メモリーに繋ぎながら。

 耐えきれない現実と共に。
 耐えきれない過去と共に。
 刻み付ける、影を際限なく伸ばして。

 力を失った少女では、
 光は、避けられない───

 ただ、浴びて───

『照らしてあげる。
 照らしてあげる。
 ほうら、これであなたは明るくなった』

 光、ただ一身に浴びて。
 苦痛もなく、恐怖もなく、ただ友奈は。


707 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:17:47 6XwzKctk0

「───あ、ああ、え……?」

 困惑、していた。
 何が彼女をそうさせるのか。何が彼女を惑わせるのか。
 それは───

「これ、あの子の、記憶……?」

 映し出されるのは、何処かの光景か。
 今や友奈の視界には、この場所ではない別の場所の光景が映っていた。夜ではなくまだ明るくて、林の中ではなく人工的な壁と通路が見える。

 それは記憶だ。友奈のものではない、これは既に死んだとある少女の記憶。
 友奈が救えずこぼれ落とした犠牲者の記憶。

 最期に「ありがとう」と言ってくれたはずの、あの子の記憶。

 そして、その中で彼女は。
 屍食鬼に、体を、貪られて。

「うそ、うそ、うそ、うそ……。
 だって、そんなの、なんで、私は……!」

 ───そして、友奈は全てを見た。



【───ありがとう】

 それは、幼い少女が勇者に抱いた憧憬。

【───え?】

 それは、幼い少女が勇者に抱いた疑念。

【───違う、違う、違う。そんな言葉なんて欲しくない】

 抱いた希望は砕け散った。お前は救われないと告げられた。
 後に残ったのは虚飾だけ。お前は救われないからお前以外を救うという、少女にとってはどうしようもない死刑宣告。

【───いや】
【───いやだ。死にたくない。死にたくない!】

 そうして、彼女は目の前の存在に最後まで助けを求め。
 救いと信じたその腕で。

【この】
【嘘つき】

 ───首を、折られた。

 ………。

 ……。

 …。


708 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:18:06 6XwzKctk0



「いや……いやあああああああああああああああ!!!」

 絶叫が迸る。友奈は、恥も外聞もなく、ただ感情のままに叫んでいた。

 信じられなかった。
 友奈が信じてきたものが、根本からぶち壊されたような気がした。

「うそ、うそ! そんなのうそ! あの子にありがとうって言われて、だからこれが正しいんだって考えて! なのに!」

 少女は決して、友奈に感謝などしていなかった。
 最期まで願っていたのは自らの生存。友奈に求めたのは自らの救済。
 助けて、助けてと懇願する声が木霊する。自らの運命を悟り気丈に振る舞う健気な少女の姿はどこにもなかった。そこにいたのは、ただひたすらに生きたいと願うありふれた人間だけだった。
 ありがとうという末期の言葉は、友奈が勝手に聞き間違えたものでしかなかったのだ。

「それが嘘なら、わたし、今まで何を……」

 機械の女は答えない。ただ、嗤いを深めるだけで。

『明るくなった、明るくなった。
 これで何も怖くないわね』

『光があれば、いいんでしょう?
 光、希望、あればいいんでしょう?
 あなたたちは、嬉しいんでしょう?』

「なんで!?」

 言葉を遮るように叫ぶ。その声は、最早肯定でも否定でもなく、単なる感情の発露でしかなかった。

「何なの、何なのこれ! 私はただ助けたくて、せめて苦しまないようにって、それだけで!
 私頑張った! いっぱいいっぱい頑張ったよ! でもどうにもならなかった! 私一生懸命頑張って、でもどうしようもなかったの!」

 友奈の心は、もう限界だった。
 彼女はずっと追い詰められていた。マスターが会話のできない屍食鬼であった頃から、彼女が無辜の民を傷つけた時から、天夜叉のライダーに良いように使われた時から、幼い少女を手にかけた時から。
 ずっとずっと、友奈は心をナイフで串刺しにされ続けていた。

 それでも頑張ってこれたのは、それが自分以外の誰かのためになるからと信じていたからだ。
 マスターのため、あの子のため。救うのだと、報いるのだと。
 ありがとうと言われたならば、つまりそれは願いを託されたということだったから。
 マスターはもう死んでしまったけど、でも、だったらせめてあの子の最後の願いだけはと。
 そう信じて、ずっと頑張ってきたのに。


709 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:18:54 6XwzKctk0

「マスターは最初から狂ってた! あの子は私が来た時には手遅れだった!
 私はみんなの願いを叶えたかった。私は勇者になりたかった。でもマスターは誰かを殺すだけで、あの子は怪物に成り果てて!」

 くしゃりと歪む。ぽろぽろと、涙が落ちる。

「私に、どうしろって言うのよぉ……!」
『でも殺したのはあなたよ?』

 すとん、と投げかけられる言葉。
 一瞬何が何だか分からなくて、慟哭の声さえも思わずぴたりと止んだ。
 友奈は不出来な機械のように、ぎぎぎとぎこちなく振り返る。

「……あなた、なにを、言って……?」
『殺したのはあなたよ。
 屍食鬼の蔓延を防がなかったのは誰?
 あの子がその屍食鬼に襲われる原因を作ったのは誰?
 まだ生きていたあの子の首を折ったのは、誰?』

 問われ、けれど考えるまでもなく答えは明白だった。

 殺したのは、友奈。
 全部全部、友奈。
 間に合わなかったとか、力が及ばなかったとか、そんなこと以前に。
 全ての悲劇を引き起こした原因は、友奈。

「で、でも、でも!
 マスターは最初から屍食鬼だった! その原因は私じゃない!
 私だって、そんなマスターを助けたくて……」
『そのマスターさんが他の人を噛むのを黙って見てたのは誰?
 知ってたのに、止めることもできたのに、黙って見過ごしていたのは誰?
 マスターに逆らえなかった? アレは令呪を使うこともできなかったのに?』

 女の言葉に、友奈の頭にかつての記憶がリフレインする。

【マスター……】
【お願い――こんなことはもうやめてください】

 確かに、自分はそう言っていたと思う。
 けど、あれ? 私は、マスターを止めた?


710 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:19:21 6XwzKctk0

 口を血糊で濡らす彼女を、私は悲しい気持ちで見つめて。
 ああ、また咬んで来たんだなと。遣る瀬無い気持ちになって。
 止めることはできたはずだ。令呪の強制がない以上はサーヴァントの行動を縛るものはない。
 何も殺す必要なんてない。腕を掴んで押し留めて、行動を制限するだけでいい。
 たったそれだけで、都市を襲った未曾有のパンデミックは防ぐことができたはずなのだ。

 でも私はマスターのために……
 あれ……あれ?
 私、一体、何を……?

『あなたは何を考えていたの?
 えっと、確か……勇者になる、だったかしら?』

 女の言葉に、逡巡していた思考が現実に引き戻される。
 怯えた目で女を見る。後に続くであろう言葉が、今の友奈には何かとてつもなく恐ろしいものに感じた。

『あなた、そんなもののために沢山沢山殺したのね』

 決定的な何かを、突きつけられた気がした。
 友奈は言葉もなく、震える息を吐くだけだった。自分の仕出かしたことが、それが客観的な事実として語られることが、底冷えするほどにおぞましくて仕方がなかった。

『みんなのために? あの人だけは守る? 報いるために? 慈悲の死を?
 ねぇねぇねぇねぇ───どれがいい?』

 挙げられた四つの言い訳は、全部友奈が口にしてきたこと。

『どれもみぃんな同じよ。だって最後には殺してるもの!
 情状酌量? なら殺された人たちに聞いてみるといいわ。頑張ったから仕方ないの、私が勇者になるために大人しく死んでくださいって!』

 勇者。
 その名の響きが、今は何故だか異質なものにしか聞こえなかった。

「やめ、て……」

 か細い声が漏れる。それが、今の友奈にとっては精一杯だった。

「やめてよ、お願い……」


711 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:19:49 6XwzKctk0

 ───古今、英雄というものは何かを打倒することでそう呼ばれる。
 強大な敵を倒し、戦争を勝利へと導き、あるいは優れた武功を以て英雄と祭り上げられる。
 英雄とは、時として人殺しの代名詞でもある。

 その意味で言うならば、今の友奈は───

『おめでとう。あなたは確かに殺戮者(ゆうしゃ)になれたんだわ!』
「黙れえええええッ!!!」

 その言葉を止めさせようと駆けだして、しかし友奈の拳はつまずくように空回る。意識と肉体の動きがズレて、上手く合わせることができない。

「なんで……なんでぇ……!」

 信じられないといった表情で、友奈は己の両手を見下ろす。何ということだろう、友奈の力の象徴たる薄桃色の勇者服が、何故か急速に消失しつつあった。
 マスターを失ったが故の魔力欠乏───それだけではない。それだけでは、友奈自身ではなくその力だけが失われることに説明がつかない。
 その原因は、先刻刃を交えた藤井蓮の特質にあった。
 彼のスキルに神殺しというものがある。全宇宙を掌握する覇道の神格を打ち倒した彼の一挙手一投足には、その全てに神性に対する特効が付与される。物理的な干渉力とは別個に、神性という概念そのものを破壊する力が付随するのだ。

 結城友奈、ひいては"勇者"とは、八百万の神々が集いし神樹より力を与えられし存在。彼女らが纏う力とは神の力そのものであり、逆に言えば神性を除かれた勇者は只人でしかない。
 先刻の戦闘、最後の交錯において、友奈は藤井蓮により掠り傷程度の斬撃を食らっていた。
 その程度では、本来何も影響が及ぶことはない。如何に強力な神殺しであろうとも、蚊の一匹すら殺せない小さな傷では何をも殺すことはできない。

 けれど、今はどうか。
 マスターを失い、魔力を失い、全快時とは比ぶべくもないほどに弱体化した今の友奈なら、どうか。
 本人も気づかないほど小さな傷に残留した神殺しの概念は、遅行性の毒のように弱った彼女を蝕んだ。
 その結果がこれだ。ボロボロの外装は魔力の粒子となって溶けて剥がれ、後に残されたのは何の力もない無力な少女のみ。
 抜け殻の死骸を守るために刃を向けて、要らぬ戦いを相手に強いた。相手は自分に本気で攻撃できないと、心のどこかで甘えていた末路がこの有り様だった。


「うあ、ああ、ああああああああ、ぁぁぁあああああああああああああああ……!」


 友奈は叫んだ。身体が泡となって消えてしまいそうだった。
 心が消え、思いが消え、肉体さえも消えていくかのような喪失感が全身を叩いていた。


712 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:20:10 6XwzKctk0

「取り消して、取り消してよ!
 やだ、そんなのやだぁ! 私は、誰かのために……!」

 我武者羅に腕を振り回して、けれども機械の少女はひらりひらりと舞うように。
 当たらない。当たらない。腕は悉く空を切って、少女はただ哂うだけ。

「マスター、マスター、マスターッ……!」

 友奈にマスターはもういない。佐倉慈は最初から死んでいた。そしてその残骸さえ、今は主としての機能を無くして真実ただの塵屑となった。

「助けてくれって、ありがとうって、そんなの……全部、うそなんて……!」

 あの少女はもういない。他ならぬ友奈が殺した。死者蘇生の奇蹟なんてあるはずもなく、友奈は自分が殺した亡骸に縋りついていただけだった。

「誰か、誰かぁ……」

 もう何度目かになる空振りと共に、足元に躓いて、友奈は顔面から地面に倒れ込んだ。
 滲む涙を拭うこともできず、瞼と歯を食いしばって、友奈は懇願するかのように。

「誰か、私を頼ってよぉ……!」

 最早立ち上がる気力さえなく、無力な少女がさめざめと泣きわめく。
 傍で見下ろす機械少女は、喜びも悲しみもなく、ただ嗤うだけで。

『笑いなさいよ。笑いなさいよ!
 泣くのは駄目。泣くのは駄目!
 チク・タク。ほらチク・タク!』

『チク・タク。刻むの。
 チク・タク。刻むの。
 イア・イア。喚ぶの……!』

『あははははははは……!』

 嗤って、笑い声だけを残して、跡形もなく消え去った。
 まるで最初からいなかったかのように。まるで最初から、友奈一人が虚しく押し問答をしていただけであるかのように。

 そして、入れ替わりに現れたのは。


713 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:20:32 6XwzKctk0


『ァ、ガ、ガァ、ギィイイイィィイイィイイ……!!」


 ───本物の異形が、そこにはあった。

 機械の少女のように、人の輪郭を保っているような生易しいものではない。これは本物の、人でもなければ人外とさえ呼べはしない、異形としか形容のしようがないものだった。
 そんなものが、倒れる友奈の目の前に立っていた。

 一言で言ってしまえば、それは粗雑な金属をこね合せたグチャグチャの球体だった。
 鉄材や鉄鋼、歪んだ砲塔が至るところから突き破る歪な球体から、辛うじて人のものだと分かる四本の手足が生えていた。しかしそれも左右非対称のバラバラな位置で、足など二足歩行できていることそれ自体が不思議なほどに歪んで、鉄に埋もれて。
 垂れ下がった頭部は、内側からいくつもの鉄材に貫かれ膨れ上がって。戯画的に裂け広がって。
 滅多刺しにされたズタ袋。
 それが、その異形に対する第一印象だった。
 そして、この塊から感じられる感情は、純粋なまでの怒りと憎悪。

「あ、ああ、あああ───」

 友奈には、その醜悪な鉄塊が何なのか、分かった。
 見る影もなく凌辱され尽くして、変質し尽くして。
 けれどもそれが、あの少女であるのだと、友奈にはどうしようもなく完璧に分かってしまったから。

 絶望がゆっくりと心を絞めた。

 ───結城友奈は誰も救えない。
 その事実が確たる現実となって目の前に現れた。

 ───結城友奈は誰も救えない。
 それは動かすことのできない絶対的な証明。

 ───結城友奈は誰も救えない。
 信じていたものは全てでたらめで、自分の努力なんて何の意味もなかった。

 ───結城友奈は誰も救えない。
 最初から何もかも間違えていた哀れな子供は、ただの一人さえ助けることもできずに。


 ───結城友奈は、
 ───勇者などでは、


714 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:20:59 6XwzKctk0


「あ、うっ、あぁぁ…………。
 ああ、あ、ぁぁああああああああああああああああッ──────」


 ………。

 ……。

 …。

 胸に宿る遠い日の記憶。憧れた輝かしい背中。
 勇者は何をも諦めない。
 私はそれが格好良いと思ったから勇者に憧れた。
 弱きを助け強きと手を取り合い、みんなに笑顔を届ける暖かな人。
 私もそう在ろうと思って、ずっと頑張ってきた。


 白痴のマスターを助けるため、友奈は頑張って走り続けた。
 天夜叉のライダーが襲撃してきた時も、友奈はずっと諦めなかった。
 法外な契約を取り付けられても、複数のサーヴァントに囲まれても、釘バットのバーサーカーに襲われても、騎士のセイバーに不信を向けられても。
 多くの人を見殺しにしても、あの子の手を掴めなくても、幸福のサーヴァントに何もできなくても、誰からも理解されなくても。
 流す必要のない血を流し受ける必要のない傷を負い。痛みと苦しみに歯を食いしばり喪失の悲しみに心をズタズタにし。
 打ちのめされてボロボロになって、それでも守れるものがあるなら構わないと戦い戦い戦い抜いて。
 あきらめないで。
 がんばって。
 ずっとずっと、ひとりぼっちで走り続けた。


 勇者は何も諦めない。
 だから私も諦めない。
 諦めない、諦めない、諦めない。
 諦めない、諦めない、諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない諦めない───。


 けど。
 そうだけど。


715 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:21:29 6XwzKctk0


「わたし、なにを、あきらめないんだっけ……?」


 すぐ目の前に迫る黒腕を見つめて。
 友奈は泣き笑いのような声で、己の為した全てを嘆いた。

 ───水をぶちまけるかのような撒血の音が、辺りに木霊した。





【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である 霊基喪失】





   ▼  ▼  ▼





「あの子は人形だよ。彼にとっては壊れた人形。勇者の器なんかじゃない。ただの死に損ないさ」

 ───視界の端で道化が嗤っている。

 何処かで少女の声がする。あの緋色の瞳だけが記憶に強くこびり付く。
 時計の音に紛れ込んで、零時示す黒き秒針さえ遮って。
 それは少女であって少女ではない。道化へ堕ちた声だけが、少女の残骸を今に遺す。


716 : 咎人は夜に哭く ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:21:51 6XwzKctk0

「この物語はエンドロール。流れる文字の背後に映される、細切れになった過去の追憶。
 誰もが信じている。諦めなければ夢は叶うと、手を伸ばせば何かを掴めるのだと。
 けどそれは誤りだ。全てはもう終わってしまって、取り返せるものなんて何もない。だからこそ、この聖杯戦争は幕を開けた」

 そこは紫影の塔。神々の玉座に連なる世界の果ての塔、その階段。
 黄金螺旋ではあり得ない影の連なり。
 道化はそこから全てを見下ろし嗤っているのだ。今も、今も。

「君は分かっているはずだよ。最初から全て分かっていたはずだ。アレらはとっくに壊れていて、君が願うような尊さなんて何処にもない。
 さっきのがいい例さ。自分が壊れているとも気付かないまま滑稽に踊り続けた人形。あんなものがオルゴンだって? 勇者にもなれず潰えていったあんなものが?」

「黙れ」

 挑むかのような声に、道化は嗤う。
 馬鹿だなぁ、分からないなぁと口許を弦月に歪めて、ただ諦めろと囁く。

 少年はただ、それを真っ向から否定するように。

「黙れ、黙れ、黙れ。
 自分の手で歪めておいてそれを偽物と嘲笑うか。自ら突き落としてそれを愚かと、お前は嗤うのか。
 滑稽に過ぎるぞ西方の魔女。囁くだけが能のお前が、根源なりし道化を気取るか」

 否定の声は憤怒に満ちて。
 嚇怒の念は憐憫に満ちて。
 惻隠の情を以て紡がれる。なんと哀れな女であることかと。
 自嘲と悔恨さえ伴って、声はただ過去の残影に向けて。

「結城友奈は勇者じゃない? 馬鹿を言え。
 逆だよ。結城友奈が堕ちたんじゃなく、アレが最初から結城友奈じゃなかっただけだ。前提そのものをはき違えた、ただそれだけのことだろう」

「ク───フフ、ふふふふふふふふふ!」

 堪えきれないと声を漏らし、道化はただ嗤うのみ。
 壊れた魔女。偽りの支配者。世界の境目を越えてきた者。
 ───世界の破壊者にして、観客にして、自らもまた演者。

「───成る程」

 道化の声には嘲りが含まれている。
 対する少年は、無言。

「そういうこともあるのだろうけど、そうでないこともあるのだろう。
 さあ、ボクの愛してやまない世界救済者の皆々様。どうか御笑覧あれ!
 是なるは既に終わりし物語、大いなる正午の腕に抱かれた夢の残骸なれば!」

 それは何かを尊ぶように。
 それは誰かを慈しむように。
 果て無き希望を叫ぶ。退廃満ちる都市を見下ろし、それでも尚と叫ばれる。
 少女であった道化はただひたすらに、彼らの救済を願うだけで。

「───これこそ、我が愛の終焉である!」

 だが、しかし───喝采はない。


717 : ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:22:35 6XwzKctk0
その7を投下します


718 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:23:04 6XwzKctk0



 燃えていた。
 何もかもが燃えて、真っ赤な炎が全てを包んでいた。

「た、助けてくれぇ! 死にたくねえ、俺はまだ───!」
「腕! 俺の腕ぇ! なんで勝手に、動くんじゃねえ!」
「嫌だ、嫌だ! 死にたくない、死にたくない!」
「こんなことになるなんて聞いてねえぞ! おい、若様はどうし───!?」

 轟く悲鳴、怒号、断末魔。
 慌てふためく人影が、炎に照らされて影絵のように踊っている。

 そんな滑稽な地獄絵図を見つめて、乱藤四郎は何をすることもできず、ただ己と同じ銘を持つ短刀を握りしめるばかりであった。

(どういうことだ、他の陣営に嗅ぎつけられた? しかしライダーからは何の連絡もない)

 このような事態に陥った場合、真っ先に疑うべきは他のサーヴァントによる襲撃である。少なくとも官憲の仕業にしては直接的に過ぎる。この街で聖杯戦争外の軍事活動が行われていたという情報もない。
 そう、それこそ最有力の可能性ではあるのだが、それにしてはライダーからの連絡が一切ない。
 既にやられた、ということではないだろう。藤四郎の手には未だ令呪が輝いており、サーヴァントが脱落したならばこの光も消え失せる。感知できていない、というのは更にあり得ない。ライダーはほぼ無制限に近い分身能力を有し、例え余所に出向こうとも本拠地に一体くらいは分身を残しておくはずだからだ。
 つまるところ、この状況は明らかにおかしい。
 そして、この場合最も疑うべきなのは───



「よォ乱、まだ生き残ってたみてェだな!」



 空から舞い降りてくる、影と声。
 炎に映える巨躯。ド派手な羽毛のジャケットと奇抜なデザインのサングラス。
 見間違えるはずもない。藤四郎が従えるサーヴァント、ライダー・ドンキホーテ・ドフラミンゴがそこにいた。

「……ライダー。今まで何してたの」
「フフフ、そう邪険にするなよ。なァ乱、別にテメェの不利益になるようなことしてたわけじゃねェんだ。一蓮托生の仲ならもうちょい柔らかくなれや」
「冗談。どこまで信用できるか」
「おうおう怖いなァ。だが、フフフッ!」

 何がおかしいのか、ライダーはずっと笑いを堪えるように語りかけてきて。
 何かがおかしい。そう藤四郎が直感するよりも早く。


719 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:23:19 6XwzKctk0

「不利益になるようなことはしてねェ。なんせ今からするんだからな」
「ッ! 令呪を───」
「遅ェ」

 ───ぶつり、と耳に届く鈍い音。
 ───視界の端を鮮血が舞う。

「ぎ、ゃああああああああああああああああああ!!?」

 半ばから切断された右腕を抱いて、藤四郎は絶叫と共に蹲った。
 それを見下ろすドフラミンゴは、変わらず嘲笑を浮かべたままで。

「つーことで令呪は貰ったぜ。ま、テメェはそうやって丸まってるのがお似合いさ乱。なんせ今までずっとそればっかだったんだからな。
 女々しいのは見た目だけじゃねェってか!? 最期まで笑わせてくれる腰抜け野郎だったぜ、テメェはよ!」
「……なんで」
「あァ?」

 地に蹲ったまま立ち上がれず、しかしその眼光だけは意思を絶やさずに、藤四郎がドフラミンゴを睨み上げる。

「なんで、ここまでする必要があった。お前らしくないじゃないかライダー」
「おいおい、まさかここのボンクラ共の心配か? この期に及んで他人の心配たァお人よしも極まれり……」
「違う」

 そこで初めて、藤四郎は笑った。
 ドフラミンゴの足元へへばり付いて、けれどその視線は大上段から見下ろすかのように。

「見限るにしてもここまで派手にやる必要はないって言ってるんだよボクは。慎重派だったお前らしくもない、戦略的にも価値のない行動だ。
 つまり、お前は自発的にこの状況を作ったんじゃなく、必要に迫られてやらかしたんだろう? こうしなきゃ生き残れないから、捨てざるを得なかったんだろう?」
「……」
「何が天夜叉だ、笑わせる! お前は尻尾巻いて逃げ出すだけの負け犬だ! あれだけ見下していたランサーにでも一杯喰わされたか、馬鹿が極まってるのはお前のほうじゃないか!」
「ま、そこらで黙っときな」

 ドフラミンゴの足が翻り、藤四郎の顎を強かに打ち付けた。少年の小さな体は後方へもんどりうって、芸術的なまでに回転して地面に叩きつけられる。


720 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:23:37 6XwzKctk0

「テメェの論理にケチつける気ならいくらでもできるんだがな。生憎おれはそこまでヒマじゃねェんだ」

 実のところ、ドフラミンゴがこの本拠地を放棄する理由は至って単純だ。
 まず第一に、最悪四騎ものサーヴァントに目をつけられているということ。
 第二に、そもそも常人を使った人海戦術に限界が見えてきたということ。
 元の原因を紐解けば、確かにドフラミンゴがランサーに一杯食わされたという評価も、あながち間違ってはいない。
 それは事実だ。けれど。

「だがまァ、その糞生意気な態度は買ってやるよ。仮にも主従関係だったよしみで楽に死なせてやろうって思ってたんだがな」

 ドフラミンゴの笑みが、亀裂を刻んだかのように深まる。そこに親愛に類する感情など微塵も含まれていない。

「今暫く生きててもらわなきゃ困るからなァ。テメェにはこいつらの相手をしてもらおうか」

 瞬間、天から降り注いだ糸が藤四郎に残った片腕と両足を貫き、総身が地面に固定された。
 悲鳴を上げる余裕もなかった。霞む視界に捉えたのは、ドフラミンゴの手に合わせるように湧いて出る、何匹もの屍食鬼。
 藤四郎の顔色が、如実に変化した。

「ライダー、お前は……!」
「おっと、だから怖い顔すんじゃねェよ。けど、まあ」

 全て見透かしているような彼の顔は、夜闇に赤く照らされて。

「その悪たれ顔も見収めとなると、ちょっとは寂しいかもなァ」
「……!」

 そのまま天高く飛び上がり、哄笑する天夜叉の姿はあっと言う間に見えなくなった。
 後には黒服たちの怒号と、燃え盛る炎と、藤四郎と屍食鬼だけが残されて。

「くそ、畜生───ッ!!}

 小柄な少年の総身は、いくつもの屍食鬼覆われて、一瞬で埋もれ見えなくなってしまった。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼


721 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:24:27 6XwzKctk0





「つーわけでよ、おれと再契約を結ぼうか市長さんよ」
「……」

 夜の闇すら知らぬと言わんばかりの不夜を誇る市役所の一室にて。
 向かい合う男たちがいた。如何にも堅気ではない男と、品行方正を体現したかのような堅気そのものの男だった。
 アウトローの極みのようなその男は、自身で切り離したのであろう誰かの片腕をひらひらと弄び、これ見よがしに対面の男に見せつけている。それを前に、鎌倉市長「浅野學峯」は余裕を持った態度で見つめていた。
 少なくとも外面を取り繕えるだけの余裕が、今の彼にはあった。苦痛と殺意入り混じる鬼気迫る表情でも、それらを超越し激情が混じり合った結果としての無表情でもない。何か思案するかのような、先の展開に計算を働かせるかのような余裕が、彼の表情には滲んでいた。

「それは手土産といったところかな。令呪、それも三画もとは。しかし君に移植の技術があるとは初耳だね」
「おおっと、それは言わないお約束だぜ市長さんよ。曲がりなりにも"頭"になるには相応の知性ってのが必要になるんだ。表も裏も関係なくな。お前なら分かるだろう?」

 かつて、ドフラミンゴはオペオペの実による不老化手術を目論んだことがある。
 オペオペの実───すなわち"手術"に特化した悪魔の実は、実の能力以上に当人の医療知識が物を言う特異な実である。
 オペオペの実究極の力、極限まで圧縮された医療知識の下に行われる「能力者の命と引き換えの不老化手術」を敢行するために、ドフラミンゴはオペオペの実能力者「トラファルガー・ロー」に徹底的な教育を施した。そこには当然、医療の知識も含まれる。
 故にドフラミンゴは相応の知識というものを所有していた。少なくとも、令呪の譲渡に必要な心霊手術程度、造作もなく行える程度には。

「手前勝手ながら、テメェの働きっぷりを見せてもらったぜ。行政どころか警察消防インフラに至るまで、数時間足らずで支配できるとはな。その地位に就いたのは引いたサーヴァントの恩恵かと勘繰っちゃいたが、とんだ誤解……どころか、相当見くびってたようだぜ」
「世辞で喜ぶ趣味はないし、謙遜するほどの器も生憎持ち合わせていないのでね。単刀直入に行こうか」
「おう。おれもそのつもりだぜ市長さん……いや、"マスター"さんよ」

 互いに友愛の欠片もない握手が交わされ、その手から眩い光が迸った。
 主従契約の更新。浅野は赤い輝きを取り戻した自らの手を、まじまじと見つめた。

「まずは一画。そして君のそれを合せると四画か。失った分を差し引いても相当の優位を得たということになるな」
「そしておれたちの戦略上、表に出ない限り令呪を無駄に消費する事態には陥りにくい。フフフッ、なんとも笑える話じゃねェか!」

 二人は笑う。表情筋だけを動かして、目は全く笑わないまま。

 最凶の教育者と、最悪の天夜叉。単純戦闘力に因らない影響力の高さで言うならば、残存参加者内では間違いなく群を抜いた二人であった。





   ▼  ▼  ▼


722 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:24:54 6XwzKctk0





「終わり、ましたか……」

 元の静けさを取り戻した源平池のほとりにて、力なく膝をつく女が一人。
 豪奢な白いドレスは土に塗れ、その美貌は脂汗と吐血に汚れ、凄惨たる様相に血の気さえ引いた死人が如き肌を晒す。
 今の今まで『幸福』に反魂香を以て対抗し続けた、それは辰宮百合香であった。本体とは異なり、しかし月への媒介となる核を抑え込み続けた女だ。
 此処で行われしは《神降ろし》。『幸福』が自らの存在を以て呼び出そうとする神格を、その儀式諸共反転させ続けたのが彼女だ。
 本体の消失によって辛くも最悪の事態は免れたが、仮にこれが成功していたらどうなっていたことか。呼び出される神格の正体さえ、彼女には片鱗を掴むことすらできない。
 "楔"とはよく言ったものである。これが解き放たれてしまえば、あとは裏に繋ぎとめられた何某かが目覚めるのみであると、けれど幸福の妖精は消滅し遺恨の類は一切が消え失せた。

「そのはず、なのですがね」

 だが、しかし───"その程度"で、あの壇狩摩がわざわざ必須事項としてセイバーにその旨を伝えるだろうか。
 神格召喚、廃神顕現……確かにそれらは脅威であるし、タタリ狩りを生業とする神祇省鬼面衆としては見過ごせない事態ではあるだろう。
 だがしかし、言ってしまえばそれまでだ。少なくとも八幡宮の楔と同列に列挙されていた第一盧生などとは比べものにならない。
 夢界の理を現世に持ち込む意思の魔人、そしてその下に付き従わせられる第八等の廃神たち。それらの脅威と、今回の事態は釣り合っていたか?
 廃神としてのランクを鑑みれば、管公や崇徳院といった怨霊でさえも五等か六等が精々。確かにあの『幸福』は人類種にとっては天敵とさえ言える存在ではあったが、サーヴァントとして矮化している以上は八等に相当する神威は発揮できないはず。

「ああ。ですが結局のところ、わたくしにできるのはここまでですか」

 百合香はそっと微笑む。その笑みは文字通り百合の花が如く、清廉さと儚さを兼ね備えた美しさがあった。

「無粋ではありますが、受け入れましょう。それこそが、きっと───」
「苦悶を零せ───『妄想心音(ザバーニーヤ)』」

 かふっ、
 振り向いた百合香の口から、鮮血と共に零れる声。命の源たる心臓を握りつぶされて、百合香は茎から手折られた花の如く、嫋やかに地に倒れ伏した。
 その視線の先にあるのは、ただ無音の闇。
 その向こうに溶け込むように、黒い影が一つ、あった。


723 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:25:29 6XwzKctk0

「……面妖な女よ」

 心底おぞましいと言った口調で、影───ハサン・サッバーハは呟く。

 彼はずっと戦場を監視していた。屍食鬼の少女を囮に使い、誰よりも速く誰よりも的確に、天球結界が貼られるより以前の戦場を把握していたのだ。
 午前の廃校にて姿を目撃したセイバーも、ランサーに連れ立たれた新たなセイバーも、数多の黒服たちと共に張り込むライダーも、彼は全てを見ていた。
 幸福のキャスターの討滅を願い、有事の際には自らも突貫する準備を整え、時が来たならば"最も厄介であろう人物"を暗殺するために、じっと息を潜めていた。
 そして遂にはハサンにとって理想通りに展開が運び───彼はかねてより画策していた要注意人物の暗殺に手をかけた。
 ならばこの状況、この面子において最も殺しておくべき人物とは、誰か。
 戦力的に正面からでは絶対に打倒不可能なセイバー二騎───違う。
 無防備な背中を晒す幼子のマスター三人組───違う。
 現地民を使い人海戦術を駆使する智謀のライダー───違う。
 そのどれもが強敵か、あるいは美味しいカモではあるだろう。しかし、しかし……機会次第ではまた倒せる可能性があるそやつらとは違い、この女だけはここで殺しておかなければならなかった。

 辰宮百合香。反魂の香を垂れ流す毒花の女。

 ハサンがそこまで彼女を危険視する理由は至って簡単だ。天球結界が張られるよりも前、つまり初めて彼女を発見した当初、ハサンは彼女に対して"一切の敵意・殺意を抱くことがなかった"。しかも、それに対する自覚まで存在しなかったのだから恐ろしい。
 彼が初めてその事実に気付いたのは、結界が解除され地に座り込む百合香を見つけた時だった。何某かの闘いで力を使い果たし、精神操作の余力さえ失くしてようやく、ハサンは彼女を敵と認識することができたのだ。
 このまま見逃して、少しでも余力を取り戻したら……考えるだに恐ろしかった。この機会を逃してしまえば、ハサンは彼女を倒すどころか敵として認識することすら永遠に叶わないだろう。
 故に彼は一切の出し惜しみなく、マスター相手に宝具さえ解放して事に臨んだ。そして今、その結果が目の前にある。

「己が死に際しても笑みを崩さぬか。気狂いか、もしや白痴か? いずれにせよ、貴様の命運は此処に尽きた」

 即死である。心臓を失って生きていられる人間などいない。例え魔術師であったとしても、霊核とも言える心臓を潰されたならば、蘇生には大魔術級の術法と専用の陣地が不可欠になる域だ。不意打ちのそれに対処できる道理などない。
 故に最早脅威に足るものはなしと、踵を返そうとして───

「───いいえ、いいえ。我が命尽きようとも、それは命運の終わりではないのですよ、暗殺者殿」

 突如として、ハサンの思考が百合の濃密な香りで占められた。
 視界が霞む、思考が鈍る。価値観行動方針感情の好悪……その全てが無意識レベルで改変され、本来の意思とは裏腹の動作を強制される。

「ぐ、ぅ、お……!」
「ええ、ええ。ある程度予期はしていましたとも。狩摩殿にとって必要な内は死なずに済むということは、逆を言えば役割を果たせば後は用済みであるということ。
 討伐を為した時より……ええ、殺される覚悟はしておりました。しかし」

 己の意に反して硬直する体に全力で抵抗するハサンを、百合香は倒れたままで見上げる。震える手を伸ばし、彼の足に触れると、そのまま何かを強く念じるように。


724 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:25:51 6XwzKctk0

「しかし、このような終わりなどわたくしは認めません。故に命じましょう、アサシン。"聖杯を求める者らを皆殺しにした後、自害なさい"」
「ぬぐ、ぅお、おぉ……! 味な、真似をォ……!」
「……"行きなさい"」

 その命令と同時、ハサンは百合香の認識すら遥か超えた隠行を以て、その場を離脱した。その様を見届けることもなく、百合香は力なく手を地に落とし、荒い息と共に大量の喀血をまき散らした。

「これは、そう長くは持ちませんね……」

 邯鄲法が一つ、盾法の活を最大稼働して心臓の修復に努めているが、まるで追いついていない。単純な物理破壊もそうだが、呪術的な破壊が為されているため治癒が極端に遅いのだ。元々盾法の素質は低い百合香である。先延ばしにしているだけで、数分以内の死を免れることはできないであろうと予測できた。
 そのことについて、恐怖のようなものは特にない。
 惜しいとは思うが、大して執着するような命でもない。
 故にこの結末自体は、役目を果たした以上はさして悪いものではないのだが。

「───百合香嬢!」
「……ああ。セイバー殿、ですか」

 既に視力を失った体が抱き起される。
 肩を抱かれて、けれどそこにあるであろう掌の暖かさすら最早感じない。

「……致命傷だ。最期に言い残すことはあるか、百合香嬢」
「わた、くしは……」

 苦悶に満ちた声が聞こえる。
 本当ならば状況の仔細を聞きたいであろうに。傷の深さを悟って遺言に譲るとは、騎士の矜持か人道であるのか。
 どこまでも真面目な人だ。
 だからこそ、自分の死にはお誂え向きなのだろう。

「……アサシンです。呪術的に心臓を直接破壊する宝具を持つ……それ以上は……」
「……そうか。情報に感謝する。しかし君は」
「ええ、最期にやり残したことが、一つだけ」

 百合香は感覚すら当の昔に消えた腕を持ち上げ、そこにあるはずの輝きに命じた。

「令呪を以て命じます……アーチャー、全ての真実を暴き立てなさい……その先に何が待ち受けようと、心折れることなく」

 壊れかかった耳に、何かが落ちる音が聞こえた。
 腕の力が失われたか。とうとう死期も近いらしい。


725 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:26:09 6XwzKctk0

「……生憎ですが、わたくし自身に思い残すことなど何もないのですよ……それほど、価値のある人生ではなかったので……」
「だが、それでも君は希望を残した。数多の人々にとっての希望だ。それは公人としての責務であったかもしれない。けれどそれすら価値はないと、君は思っているのか」

 セイバーの声が、掠れ気味に聞こえる。
 安易な同情ではなく、それは確かな事実として。
 ああ、確かに。それはその通りなのだろうけど。
 そして、そんなことを言ってくれる人が最期に傍にいるということ自体、相当に恵まれているのだろうけど。

「───……」

 それでも、その全てに価値を感じることができない自分というものが、今になって少しだけ恨めしいと思った。

 そして、意識は浮かばぬ無明の闇へ。
 "心"を失った人間が、人として生きられる道理がないのと同じように。辰宮百合香は静かに息を引き取った。





   ▼  ▼  ▼





 最近、わたしは学校が好きだ。

 そう言うと変だって言われそう。
 でも、考えてみてほしい。学校って凄いんだよ?

 物理実験室は変な機械でいっぱい。
 音楽室。綺麗な楽器と怖い肖像画。
 放送室。学校中がステージ。

 なんでもあって、まるで一つの国みたい!
 こんな変なたてもの、他にはない!
 中でもわたしが好きなのは……


726 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:26:35 6XwzKctk0

「おっはよーぅ! みんなー!」
「うお!? いきなり脅かすな!」

 バシーン! と勢いよく扉を開けて、元気にあいさつ。
 教室にはもういつものメンバーが揃っていて、テーブルの上には美味しそうなカレーがほかほか湯気を上げているのです。

「おはようゆきちゃん。今日はいつもより早いのね」
「えへへー、今朝はちょっぴりがんばったんだー。もっとほめてほめてー」
「いや、言うほど頑張れてないだろゆき」
「ですね。いつもより早いとは言っても結局一番最後ですし」
「ひどい!?」

 とまあこんな感じで、毎朝恒例のやり取りしてるのが我ら「学園生活部」の栄えある部員一同なのです。
 おしとやかに笑ってるのは「りーさん」。やさしくって頭が良くて、みんなの頼れるお姉さん。
 ショベル片手に座ってるのは「くるみちゃん」。八重歯がチャーミングポイントの女の子。明るくていつも元気で、とてもかっこいい! でもその座り方はちょっと女の子らしくないと思う。
 すました顔で頷いてるのは「みーくん」。学園生活部では最年少。わたしやくるみちゃんよりずっと大人びててクールなんだけど、でも本当は凄く可愛い子なんだよ!

「はいはい、漫才はそこまでにして、冷めないうちに食べちゃいましょうか」
「わぁ〜〜〜〜カレーだぁ! 美味しそうだねりーさん!」
「そこ、犬みたいにがっつかない」
「……いや、話が進まないんで落ち着きましょう」

 というわけで。

「みんな、手を合わせて」
「「「「いただきまーす!」」」」

 とまあ、わたしたちの日常はこんな感じです。

 学園生活部とは!
 心得一条、学園での合宿生活によって授業だけでは触れられない学園の様々な設備に親しむと共に……
 ……えっと、つまり学校で寝泊まりしようっていう部活です。
 だけどね、これがすっごく楽しいの!
 りーさんもくるみちゃんもみーくんも皆大好きで、もうそれだけで人生満足しちゃう!

 でもね、最近また良いことがあったんだよ。
 なんと、学園生活部に「体験入部」した人たちがいるのです!

「おお、よく参られたな由紀殿。今ちょうど茶請けの菓子などを出していたところでして、良かった由紀殿もご一緒にいかがですかな?」
「え、いいの? わぁい! アサシンさんはやっぱり優しいなぁ……えへへー」

 ということで紹介します! 体験入部第一号のアサシンさんです!
 全身黒尽くめでドクロのお面を被ってるから、ちょっと怖い感じがするけど……でも本当はとっても親切でとっても優しい、気配り上手な良い人なんだー。
 最初はみんなにも怖がられてたけど、でもすぐに打ち解けちゃったあたり、やっぱりアサシンさんは良い人だよぉ、って。そんなこともあったなぁ。


727 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:26:56 6XwzKctk0

「こんにちはー!」

 バシーン! と、朝と同じく勢いよく扉を開ける。
 そこにいたのはなんと四人。アサシンさんも合わせると五人! す、すごいよ。学園生活部が一気に倍以上に増えちゃってるんだよ!? なんか感慨深いよねぇ。

「こんにちは、ゆきさん。授業のほうはどうでしたか?」

 落ち着いた様子で聞いてくるのはアイちゃん。なんとみーくんさえ下回る学園生活部最年少! まだ12歳で、初等部からこっちに通ってきてるんだって。まだ小さいのにすごいなぁ。

「うーん、ちょっと分かんないとこばっかで眠くなっちゃって……」
「むぅ、居眠りとは感心しませんね」
「う、ごめんね……」
「でも、ちょっと分かるかも。こんなにあったかいとお昼寝したくなっちゃうよね」

 助け舟を出してくれたのはすばるちゃん。引っ込み思案で大人しい、何気に今まで学園生活部にはいなかったタイプの子です。部のマスコット役を取られそうでちょっと心配です。

「そこらへんにしとけ。確か今日は入部の手続きとかあって色々やるんだろ? 早くしないと昼休み終わっちまうぞ」
「そうね。でも肝心の先生が来ないことには……」

 と、そんなことを言ってくるのはセイバーさんとアーチャーさん。二人はアイちゃんとすばるちゃんの保護者みたいな人で、心配だから一緒に入ったんだって。
 でも本当は二人ともわたしより年下なんだよ。セイバーさんはみーくんと同い年で、アーチャーさんはなんと中等部! うーん、世の中は広いねー。

「それじゃあ、わたしがめぐねえ呼んでこよっか」
「いいんですか?」
「いいのいいの! わたしもめぐねえに会いたかったし!」

 そのままばびゅーん!と部屋を出て全力疾走。明るい廊下を駆けていきます。
 お昼休みで廊下は人でいっぱい。でも学園生活部のわたしにはこのくらい朝飯前、すいすいと縫うようにすり抜けていきます。

「あ」

 と、廊下の向こうに見慣れた顔を発見しました。
 紫のウェーブヘアーを白いリボンでまとめた、同じ生徒にも見えるような人。
 わたしたち学園生活部の顧問で、今わたしが探してた人。つまり。

「めぐねえーっ! 探したよーっ!」
「ひゃあ! って、ゆきちゃん。もう、めぐねえじゃなくて佐倉先生でしょ?」

 なんて、こんなやり取りもいつもの風景です。えへへと笑ってごまかすと、めぐねえは「仕方ないんだから」といったふうにしています。
 この人はめぐねえ。国語の先生をしてる実はすごい人で、学園生活部の顧問でもある人なのです。
 いつも優しくにこにこ笑顔で、でも叱る時は厳しく叱ってくれる、生徒想いのとってもいい先生なんですよ。


728 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:27:14 6XwzKctk0

「それよりめぐねえ、今日はみんなと話し合う日だよ」
「分かっています。だからこうして部室に向かってたんだから」
「あ、そっかー」

 と、そのままわたしたちは二人並んで歩いているのでした。
 開いた窓から流れてくるそよ風が気持ち良くて、明るい陽射しはぽかぽかあったかい。
 いい小春日和です! あ、ちなみに小春日和って言葉は春には使えないんだって。こないだめぐねえに教えてもらったんだー。

「ねえ、ゆきちゃん」
「ん? なあに、めぐねえ」
「ゆきちゃん、最近変わったわね」

 んー?

「そっかなぁ」
「ええ、とっても。明るくて、楽しそうで」
「そりゃあ毎日楽しいですから。明るくもなるってもんですよ、ふふん」

 そう、毎日がとても楽しい。
 学園生活部のみんなといるのが楽しい。新しい人たちと知り合えたのも楽しい。何気なく過ごす日常が、とても眩しくて愛おしい!
 そして、何より。

「それにめぐねえもいるし」
「え?」
「ううん、なんでも」

 はにかんで顔を伏せ、えへへと笑う。
 めぐねえやみんなと一緒にいられるというだけのこの日常が、まるで夢みたいだなんて。
 そんなこと、流石のわたしでもちょっと恥ずかしいのです。

「あのね、めぐねえ。わたしとっても幸せだよ」
「……」
「たまにね、夜眠る時に怖い夢を見ちゃったりするんだけど。でも、不安なのはそれくらいだし。朝起きたらみんながいるから、いくらでも我慢できるもんね!」
「……ん…」
「だからね、めぐねえ。めぐねえたちがいるなら、わたしは……」
「ごめんね、ごめんねぇ……」
「……めぐねえ?」


729 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:27:33 6XwzKctk0

 あれ、なんで泣いてるの?
 どうしたの、何か悲しいことでもあった?
 わたしもめぐねえもみんなも、何も悪いことなんてないのに……

「泣かないで、めぐねえ。わたしたち、こんなに幸せなのに。泣くことなんかないよ」
「うん、うん……! 幸せだった。楽しかった! だから、ごめん。ごめんなさい……ゆきちゃん、ごめんね……!」

 どうしていいのか分からなくておろおろする。めぐねえ、なんで泣いてるの?
 悲しいよ。大好きな人が悲しんでるのを見るのは、とっても悲しいよ。なんで、めぐねえの悲しみは、なに?

「この夢はとても幸せだけど、でも、私はもういなくなっちゃうから……!」
「え……?」
「ごめんね、先に死んじゃって、もう会えなくなって……!」
「めぐねえ、何言って……」

 そうして、
 めぐねえはがくりと、不自然に立ちあがって。

「大好きだよ……ゆき、ちゃん……」
「あ───……」

 そのまま、どこかへ引っ張られるように。
 突然、消えて、なくなって。

 沈黙。
 静寂。

 ぽつり、と。わたしは一人だけ残されて。

『斯くして演者は舞台袖へ。観客は一人取り残されるのみ』
「あえ、え……?」

 いつの間にか、わたしの隣に男の人がいました。
 白くて、黒い男の人。白いスーツを着て、肌はとても黒くて。どこか外国の、遠い国の人?
 へたれこんだわたしを見下ろして。ねえ、あなた、誰?


730 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:28:18 6XwzKctk0

『選べ』
「え?」
『選ぶがいい。丈倉由紀、夢想の申し子よ。この街に顕象されるより以前に悦楽の夢に沈んだ人の子よ。君には選ぶ義務がある』

 男の人はそう言って、腕を払って。
 いつの間にか、わたしの周りの風景が様変わりしていた。
 綺麗な白い廊下はボロボロに荒れ果てて。
 ぽかぽかの陽気は暗い曇り空になって。
 あれだけいた生徒たちは、もう一人もいない。

『選べ。何も残されてはいないが全てが本物たる現実への帰還か。あるいは全てが与えられるが何もかもが幻でしかない夢に留まるか。
 君だけが選べる。選ばなければ、君は先には進めない』
「わたし、が……」

 男の人の言っていることは、正直よく分からない。
 今わたしがどうなっているのか、めぐねえがどうなったのかも分からない。

 男の人は、お面みたいな笑いを、顔に張り付けて。

「わたしは……」

 わたしは───

「わたしが、選ぶのは……」

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。


731 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:28:36 6XwzKctk0



「解かねば……この縛り、解除せねば我々に未来はない……!」

 夜を駆ける影が一つ。それは目にも止まらぬ速さで、しかし隠し切れぬ焦燥を滲ませて跳躍する。

 失態だ、失態だ! 事態を解決するつもりが、新たな不利益を呼び込んでしまった!
 聖杯求める者の皆殺し、そのこと自体は構わない。元よりこの身は暗殺の徒、いずれは己ら以外の全てを殺さねばならぬのだから。
 しかし無差別に殺戮へと駆動する制御の利かない肉体と、恐らくは己のマスターさえも手にかけんとするその衝動は認められない!
 この縛、早々に解かねば自滅するが自明の理。術者の死亡と共にその効能は薄れるだろうが、しかしいつまで続くものか。
 身を隠さねばならない。人目に触れず誰からの干渉もなく、故に誰をも殺すことのない無明へと。一時この身を沈めねばならない。

 そのはずであったが。

「──────ッ!?」

 突如迫りくる四条の銀光を叩き落とし、ハサンは周囲を警戒する。
 右、左と見回して、次いで仰ぎ見た頭上より降りかかるは、黒衣と髑髏の白い面。
 ───全く同じ二人ではあった。
 ───けれど出自を全く異なるものとした二人でもあった。

 垂直に襲い来る槍の穂先を辛くも捌き、着地するその影と対峙する。
 長大かつ近代的な槍を構える影に対し、ハサンは懐より多量のダークを取り出す。
 ここに至るまで気配を感知できなかったということは、相手は自分と同じアサシンか。意匠すら酷似しているが、歴代ハサンのいずれかではあるまい。もっと近代の、暗殺ではなく直接戦闘に特化した部類の反英霊だろう。
 アサシンの厄介さは、他ならぬアサシン自身が熟知している。殺気を垂れ流す今の自分を捕捉するは容易であり、ならばこそ討滅できる今こそ好機と踏んだか。理解できる、仮に自分が同じ立場なら確実に同じことをするはずだ。

 いずれにせよ、この身を縛る強制命令がある以上、戦いは不可避であり。
 踏み込む足と同時に、ハサンは強く思うのだ。

(ユキ殿、どうか起きておられよ───!)

 ぶつかり合う刃と刃の衝突に、しかし彼は殺意ではなく、ただ主の帰還をこそ望むのだった。



 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。


732 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:29:10 6XwzKctk0



「わたしは、ここにいます」
『……』
「わたしたちは、ここにいます。それでいいんです。きっと、それだけで」

 立ち上がり真っ直ぐに男を見つめる由紀の隣には、いつの間にか佐倉慈の姿があった。
 先ほどまでの嘆きに暮れる彼女ではない。純粋に日々を謳歌する偽物の彼女が、そこにはいた。
 何を言う暇もなく、二人は手と手を取り合うと、廊下の向こうへと消えていった。
 丈倉由紀は、現実を直視する最後のチャンスを拒絶して、もう一度夢の世界に浸るのだ。

 彼女は狂っていたわけではない。
 自暴自棄になったわけでもない。
 欲に目がくらんだわけでもない。
 理性を働かせ、よく考え、深く思考し、それでも彼女は身を滅ぼす道を選んだ。

 丈倉由紀は悪人ではない。
 先の展望すらできぬ愚者でもない。
 ただ、弱かっただけだ。
 一人では生きられないほどに、か弱い一人の人間だったというだけだ。

 世界が歪み、暗転し、意識が夢から現実へと浮上する。
 その感覚の中で、男はただ、静かに呟いて。

『果て無きものなど』
『尊くあるものなど』
『すべて、すべて』
『あらゆるものは意味を持たない』

『───例えば』


 ……………………。


 夢だということはわかってる。
 夢でも構わない。
 みんなのいない世界なんて夢ほどの価値もない。
 夢を夢と気付くまでわたしは夢に浸り。
 夢を夢と気付いたらわたしはまた夢に還る。
 それを馬鹿みたいに繰り返す。

 いつか夢の世界の虚しさに耐えきれなくなったら、現実に戻る日が来るのかもしれない。
 でも、それまでは。
 現実の虚しさに耐えきれない今はまだ。
 夢の世界に溺れていたい。

 みんな、ごめんね。
 みんなのことは忘れないから。
 この夢の世界でみんなと一緒に過ごすから。
 だからわたしの我儘を許してください。


733 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:29:37 6XwzKctk0



 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。




 夜闇が占める漆黒の木陰で。
 一人眠る少女がいた。少女は、安らかで幸せそうな寝顔をして、穏やかな寝息を立てている。
 温かみのある光景ではあった。けれど、内実を鑑みれば残酷な光景でもあった。
 退廃の夢へと人を沈める病原は既に討伐されたというのに。それでも少女は夢に浸る。
 耐えきれない"現在"を拒絶するかのように。有限の過去を無限に再生するかのように。
 そして夢を求める少女の意思に呼応して、夢への適応が加速するのだ。
 夢へ、永遠の眠りへ。
 少女はひたすら沈んでいく。
 現実へ戻る"いつか"など、当の昔に失われている。 




『例えば』
『肉体が死ねば何の意味も、ない』




 虚空には、嘲笑の声だけが響いている。





   ▼  ▼  ▼


734 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:30:03 6XwzKctk0





 そして、諦める者がいるのと同じく、諦めない者もまた此処には在った。

「散れよ貴様ら。墓から這い出た者が囀るな」
「──────ッ!?」

 声と同時、藤四郎に群がろうとしていた屍の群れたちが、その脅威も嘘であるかのように一瞬にして灰と消えた。
 凄まじい熱が、藤四郎の背中を襲った。あまりの衝撃に思わず目を閉じて、しかし次に来るべき苦痛の何もかもが来ないことに訝しみ視線をあげると、そこには新たな影が立っていた。

 赤い、女だった。
 火事に燃え盛る炎よりも尚赤く、苛烈な内面が滲み出ているかのような女だった。
 紫煙を口から燻らせて、何物をも睥睨して止まぬ不遜の目をして。

 それはあのライダーと同じ、高みから人を見下す類のものであった。
 ライダーと同じく、下を顧みぬ傲岸なる者の視線であった。

「問おうか小僧。貴様は戦士か、それとも否か」
「……ボクは、」
「貴様の有り様など見れば分かる。サーヴァントを失い、居場所さえ失い、だがそれでも剣を手放さぬ姿勢。結構ではないか。
 この程度の苦境で嘆くような軟弱者だったならば、捨て置き私も潔く消えていたのだがね。貴様は劣等だが、その中ではまだまともな部類ではあるらしい」

 ……何だと言うのだ、こいつは。
 その言葉で、彼女がマスターを失ったサーヴァントであることは察せられた。にも関わらず、この尊大どころの話ではないでかい態度は何なんだろうか。まるでプライドが肥大化して人の形をしているかのようだ。ライダーとは違った意味で、まともな性格をしていない。
 あちらが小物だとすれば、こちらは現実を見ない馬鹿。
 そうであるはずなのに、藤四郎には選択の余地などなくて。

「ボクは、戦う」
「……」
「言われなくてもそうするさ。嘆きも悔やみもしない、ただ勝つことだけを目指す。そして聖杯を、この手に……」


735 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:30:32 6XwzKctk0

 いち兄を生き返らせる。
 それだけを誓い、戦ってみせよう。そのためだけにボクは生きよう。
 その意思を瞳に宿して、赤い女を一心に睨みつけて。

「……及第だ」

 瞬間、手足を貫いていた糸が焼却された。
 寸分の狂いもなく糸だけを焼き尽くした炎。全身を襲う衝撃に咽込み、しかし気概で負けてはならぬと必死に立ちあがる。
 立ち上がって尚ボクよりもずっと背の高い女は、見下す視線で笑っていた。

「貴様を仮の主として認めてやろう。どの道あの売女よりはマシだ。全く、最期に下らん令呪まで残して逝くとは、つくづく救えん女だよ。そして」
「ぐ、うああああああああああああ!?」
「その傷、塞がねば命に係わるのでな。要らぬ節介だが焼いておいた。これで当面、死ぬことはなかろうよ」

 切断された右腕の断面を、炎が焼いていた。苦痛に耐えきれず悲鳴を上げる。歯を食いしばり大量の汗と涙があふれ出て、幾ばくかの拷問を味わった果てに見遣れば、そこには出血の余地もないほどに炭化した傷口があった。
 血は止まった。あとは藤四郎の体力と気力が勝つか、その勝負にかかっている。

「さあ、立ち上がったらならば敵を示せよ。貴様の執念、その程を見せるがいい」
「……敵なら、いる」
「ほう?」

 思い起こすは先の情景、自分を裏切ったライダーの姿。
 藤四郎は今まで伏して己がサーヴァントのもたらす恩恵に縋ってきたか───いいや違う。
 彼は彼なりに努力し、勝利のために行動してきた。己がサーヴァントの行動を、少なくともどこで何をしているのかという情報だけは逐一仕入れていた。
 午後の段階で、ライダーは何処かへ交渉へと赴いた。
 夜の段階で、ライダーは黒服たちを伴ってランサーのマスターを連れ出した。
 黒服が受け取ったという、鎌倉市長からの直通通信。連絡が途絶えた八幡宮への出向組。飛び去っていった方向。
 再契約相手が八幡宮にいたとは考えづらい。そうであるならばそもそもランサーのマスターなどという特大の厄ネタを連れていく意味がないし、いずれ始末する黒服を無駄に分散させる必要もないからだ。
 となれば、現状可能性が高いのは……

「敵の名前はライダー、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。奴は今、鎌倉市役所にいるかもしれない」

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼


736 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:30:50 6XwzKctk0





 林の小さな片隅で、これまた小さな墓守がショベルを振っている。
 小さな少女、必死に穴を掘る。大きなショベルを力いっぱい使い、土に刃を刻み込み、テコの原理で引っぺがして籠に入れる。
 ごりごりごり、どさどさどさ。
 小さな墓守、穴を掘る。
 腰のあたりまで掘り込まれた地の底で、アイはふうと息を吐いた。腰を伸ばして西の空を見る。視線の先の月はその輝きを露わにして、びゅうと鳴る風も大分冷たい。
 アイは意を決したように穴から飛び出し、傍らに置かれた何かを掴む。それはアイよりずっと大きく、何かよく分からないごちゃごちゃとしたもの。アイはそれを力づくかつ丁寧に、今まで掘っていた穴の中に入れた。

 どさり、と重い音。
 その全身がきちんと穴に入ったことを確認すると、今度は掘り返した土をざくざくと穴の中に入れ始めた。ショベルが目まぐるしく回転し、そのうち穴の中にあったものは、土に埋もれて見えなくなってしまった。

「誰か埋めたのか」

 すぐ隣で声がした。振り返らずとも誰か分かる。アイは視線を動かすことなく、声だけで返事をした。

「はい。私とセイバーさんが出会った、あの女の人です」
「……そうか」
「殺して、とあの人は言いました。人であろうとして、けれど人ではなくなってしまったあの人。姿さえも異形に変わってしまって。自分の意思すらも見失って。
 だから、私は……」
「お前は間違っちゃいないよ。それが奴の最後の願いだった。なら、お前は間違えちゃいない」
「はい……」

 すばるたちと出会った後、アイはすばるに頼み込んでドライブシャフトの力を使ってもらった。あの杖には認識阻害の機能が搭載されているから、隠れて近づくにはうってつけだと思ったのだ。すばる以外には使えない力だから彼女は当然同行してもらい、キーアも一人放っておくわけにはいかないので来てもらい、結局は三人揃ってあの場所まで戻ってきたのだ。
 蓮とランサーがいるはずの場所へ。異形へ変わってしまった少女のいた場所へ。
 結果として、そこにはもう誰もおらず骨折り損になってしまったけど。ぱりんと結界が解けてから、すぐ近くで悲鳴が聞こえたアイはすぐさま駆け出し、その現場まで急行した。
 そこにあったのは、アイより少し年上の少女を襲おうとする、見覚えのある異形の姿で。
 アイは彼女の最後の願いを、心の中で反芻した。

『逃げて、殺して、逃げて、殺して、お願い、わた、し、を、殺し、て、もう終わり、にして……』

 自らの死を願うほどに自罰的な彼女が、果たして他者を傷つけるなんてことを許容するだろうか。
 そう考えた瞬間には、既にアイはショベルを大きく振りかぶって。
 勢いよく振り下ろされたショベルの刃は、異形を縦に真っ二つにしていた。


737 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:31:07 6XwzKctk0

「ところで、念話も寄越さないでセイバーさんはどこ行ってたんですか。パスが切れてなかったから万が一ってことはないと思ってましたけど、それでも心配なものは心配なんですよ」
「いい加減埒が明かなくてな、『幸福』の本体を叩こうと思ったんだよ。ああそれと、俺以外のセイバーに会ったんだけどさ」
「それ多分キーアさんのサーヴァントですね。キーアさんならすばるさんと一緒に向こうにいますよ」
「OK、何でお前まで一緒にいるんだとかは言わないでおくわ。話が早くて助かる」

 そう言うと、二人は並んでぞろぞろ歩きだした。藪を一つか二つ越えたあたりに、その少女らはいた。
 すばる、金髪の少女と何かを話している。騎士のセイバーの言う通り、何故かここにいた。彼女はこちらに気付くと、少しバツが悪そうに頭を下げた。軽く手を上げて応える。事によっては後で少し言い含めておく必要があるかとも思っていたが、この様子なら別にいらないようだ。
 すばるに向き合って何か話す少女。金髪の、アイと同じく日本人ではない。彼女があのセイバーのマスターなのだろうか。すばるに次いでこちらに気付くと、にこりと微笑んで会釈してきた。完璧な所作と角度であった。なるほど、あの騎士とはお似合いだなと心の中だけで思った。

「おかえりアイちゃん。そしてセイバーさんも」
「はい、ただいま帰りました。すばるさんもキーアさんも、大事はないみたいですね」
「ええ。ありがとうアイ。それと初めまして。みんなから話は聞いています」
「ああ、よろしく。で、それはいいんだけどさ」

 手を差し伸べるキーアに応えつつ、蓮は不可思議なものでも見るかのような目で、"それ"を見ていた。
 ふと視線を横にずらせば、すばるの右手に輝くのは令呪の赤い光。サーヴァントを失った彼女からは無くなったはずのそれが、今は煌々と輝いて。
 ああつまり、これは───

「悪いが説明してくれ。"こいつ"は、なんだ?」

 蓮の視線の先。そこには、どこかの学校の制服を着た中学生くらいの少女が、呆けた表情で座り込んでいるのだった。





   ▼  ▼  ▼


738 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:31:27 6XwzKctk0





 ───結城友奈は全てから解き放たれていた。

 今や彼女を縛るものは何もなかった。
 守るべきマスターも、救うべき誰かもいなくなった。

 友奈は自由だった。
 使命も、勇気も、正義も、勇者の力も何もかも。友奈がやらなければいけないことは一つだってなかった。

 全てが失われた。
 ただ、自由だけがあった。
 最期に残されたものがそれだった。
 戦う意味も、信じた理想も、守ろうと誓った誰かもいなくなった友奈に残された、最後の砦が自由だった。

 救いたいと願ったマスターは、最初から友奈のことなど見てもいなかった。
 願いを託されたと思っていた少女に、本当にかけられていたのは呪いだった。
 みんなの笑顔を守りたいと言いながら大勢の笑顔を奪った。
 信じた理想は他ならぬ自分の手で完膚無きまでに踏み躙った。
 唯一の頼りだった勇者の力は、自分を見限ったかのように消え失せた。
 その果てに、自分を殺しに来た被害者すら、目の前で壊れて死んだ。

 あの子はもういない。
 友奈の罪を裁いてくれる人はもういない。
 殺されることによる贖罪の機会すら、友奈は永遠に失ってしまった。

 友奈には、何もないという自由しかなかった。
 寒々しいまでに広く何もない世界が、目の前に広がっていた。


「……はは」


 友奈は声を上げて笑った。虚ろな目で、口だけを動かして笑った。
 頭上では、絶望的に白い月光が輝いていた。

 友奈は哂っていた。ずっとずっと哂っていた。
 そうでもしなければ、気が狂いそうだった。



【キャスター(『幸福』)@地獄堂霊界通信 消滅】
【佐倉慈@がっこうぐらし! 再殺】
【辰宮百合香@相州戦神館學園八命陣 死亡】
【如月@艦隊これくしょん(アニメ) 再殺】

【結城友奈@結城友奈は勇者である 
 ランサーとしての霊基喪失。
 ロストマンとして霊基再臨】


739 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:31:56 6XwzKctk0


『B-3/鶴岡八幡宮/一日目・夜』
 
【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 深い悲しみ
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る……そのつもりだった。
0:……
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
ランサー(結城友奈)と再契約しました。


【ロストマン(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]魔力消費(超々極大・枯渇寸前)、疲労(極大)、精神疲労(超々極大)、精神崩壊寸前、神性消失、霊基変動。
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:……。
1:……。
[備考]
神性消失に伴いサーヴァントとしての戦闘力の一切を失い、また霊基が変動しました。
クラススキル、固有スキル、宝具を消失した代わりに「無力の殻:A」のスキルを取得しました。現在サーヴァントとしての気配を発していません。現在のステータスは以下の通りです。
筋力:E(常人並み) 耐久:E(常人並み) 敏捷:E(常人並み) 魔力:- 幸運:- 宝具:-
すばると再契約しました。



【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、右手にちょっとした内出血
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代服(収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
1:"みんな"を助けたかった。多分、そういうことなんだと思う。
2:ゆきの捜索をしたいところだが……
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばる、キーアとは仲良くしたい。アーチャー(東郷美森)とは、仲良くなれたのだろうか……?
[備考]
キーア&セイバー(アーサー・ペンドラゴン)と邂逅しました。


740 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:32:10 6XwzKctk0


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 右半身を中心に諧謔による身体破壊(大・修復中)、疲労(大)、魔力消費(中)、全身にダメージ
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
4:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
5:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。ランサーは……?
[備考]
バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
すばる&アーチャー(東郷美森)、キーア&セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とコンタクトを取りました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)及びアサシン(アカメ)と交戦しました。
ランサー(結城友奈)の変質を確認しました。


【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、決意
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
0:……えっと?
1:もう迷わない。止まることもしない。
[備考]

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(大)、全身にダメージ、七孔からの墳血(修復済み)、疲労(大)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
1:キャスターの言を信じ成すべきことを成す。
2:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。
傾城反魂香にはかかっていません。


741 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:33:20 6XwzKctk0
『D-3/ホテル周辺/一日目・夜』



【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[令呪]二画、魔力消費(中)、疲労(中)
[状態]健康、盲目
[装備]
[道具]
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし、失った未来(さき)を取り戻す。
0:こいつらは……?
1:ある程度はアーチャーの好きにやらせる。
[備考]
両目に刻まれた傷により視力を失っています。肉体ではなく心的な問題が根強いため、治癒魔術の類を用いても現状での治療は難しいです。


【ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]健康
[装備]
[道具]現代風の装い
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。
0:?????
1:全ては下らぬ座興である。
2:自らが戦うに値する英霊を探す。
3:時が来たならば戦艦の主へと決闘を挑む。
4:人ならぬ獣に興味はないが、再び見えることがあれば王の責務として討伐する。
[備考]
叢、乱藤四郎がマスターであると認識しました。
如月の姿を捕捉しました。
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を確認しました。


【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 健康、正体不明の記憶(進度:極小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯に託す願いはある。けれどそれを聖杯に望む気はない。
0:何が……
1:自分にできることをしたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。それに伴い思い出せない記憶が脳裏に浮かびつつあります。が、そのままでは完全に思い出すのは困難を極めるでしょう。


742 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:33:35 6XwzKctk0


【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 健康。
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:最善の道を歩む。
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
確認済みのサーヴァント:
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(東郷美森)
真名を把握したサーヴァント:
アーチャー(エレオノーレ)、ライダー(マキナ)、ライダー(アストルフォ)、アサシン(スカルマン)


【笹目ヤヤ@ハナヤマタ】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(中)、忘我、精神疲労(大)
[装備]
[道具]
[所持金]大分あるが、考えなしに散在できるほどではない。
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の場所に帰る。
0:……
1:聖杯獲得以外に帰る手段を模索してみたい。アーチャーが良いアイデアあるって言ってたけど……?
2:できる限り人は殺したくないからサーヴァント狙いで……でもそれって人殺しとどう違うんだろう。
3:戦艦が妙に怖いから近寄りたくない。
4:アーチャー(エレオノーレ)に恐怖。
5:あの娘は……
[備考]
鎌倉市街に来訪したアマチュアバンドのドラム担当という身分をそっくり奪い取っています。
D-3のホテルに宿泊しています。
ライダーの性別を誤認しています。
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名は知りません
如月をマスターだと認識しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。


【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(中)
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
0:───変わらないね、君は。
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。


743 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:33:59 6XwzKctk0


【B-4/元村組焼け跡/一日目 夜】

【乱藤四郎@刀剣乱舞】
[令呪]0画
[状態]右腕欠損、大量失血、疲労(大)、精神疲労(大)、思考速度低下、令呪全喪失、右腕断面を焼灼止血
[装備]短刀『乱藤四郎』@刀剣乱舞
[道具]なし
[所持金]燃えた
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、いち兄を蘇らせる
0:……僕は、戦う。
1:ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を殺す。
2:魂喰いを進んで命じるつもりはないが、襲ってくる相手と聖杯戦争の関係者には容赦しない。
3:ランサーを利用して聖杯戦争を有利に進める……けれど、彼女の姿に思うところもある。
[備考]
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)との主従契約を破棄されました。
現在はアーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)と契約しています。


【アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)@Dies irae】
[状態]魔力消費(中)、令呪『真実を暴き立てよ』
[装備]軍式サーベル
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:終わりにする。
0:――それが真実か。
1:黒円卓の誉れ高き騎士として、この聖杯戦争に亀裂を刻み込む。
2:戦うに値しない弱者を淘汰する。
3:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とアーチャー(ストラウス)は次に会った時、殺す
[備考]
ライダー(アストルフォ)、ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と交戦しました。
No.101 S・H・Ark Knight、ローズレッド・ストラウスの真名を把握しました。
バーサーカー(玖渚友)から『聖杯戦争の真実』について聞きました。真偽の程は後の話に準拠します。
乱藤四郎と契約しました。




【C-2/鎌倉市役所/一日目 夜】

【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]4画
[状態]魔力消費(極大)、疲労(極大)、執念
[装備]防災服
[道具] 送迎車
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。
1:私は勝利する。
2:辰宮百合香への接触は一時保留。
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:ランサー(結城友奈)への疑問。
5:『幸福』への激しい憤り。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。
ランサー(結城友奈)及び佐倉慈の詳細な情報を取得。ただし真名は含まない。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)と主従契約を結びました。


【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]総資産はかなりのもの
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
0:元村組はよく燃えますねェ!
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。が、ランサーはもう用済みだ。
2:軍艦のアーチャーに強い危惧。
[備考]
浅野學峯とコネクションを持ちました。
元村組地下で屍食鬼を使った実験をしています。
鎌倉市内に複数の影騎糸を放っています。
ランサー(結城友奈)にも影騎糸を一体つけていました。しかしその影騎糸は現在消滅したため、急遽新たな個体をランサーの元に派遣しています。
上記より如月&ランサー(アークナイト)、及びアサシン(スカルマン)の情報を取得しています。
乱藤四郎は死んだと思っています。

※影騎糸(ブラックナイト)について
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)の宝具『傀儡悪魔の苦瓜(イトイトの実)』によって生み出された分身です。
ドフラミンゴと同一の外見・人格を有しサーヴァントとして認識されますが、個々の持つ能力はオリジナルと比べて劣化しています。
本体とパスが繋がっているため、本体分身間ではほぼ無制限に念話が可能。生成にかかる魔力消費もそれほど多くないため量産も可能。


744 : そして終わらぬエピローグ ◆GO82qGZUNE :2017/10/31(火) 16:34:15 6XwzKctk0


『A-3/六国見山周辺/一日目・夜』

【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night】
[状態] 魔力消費(中)、焦燥、傾城反魂香の影響下(現在の影響:大)、疲労(中)、精神疲労(中)
[装備]
[道具] ダーク
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:由紀を守りつつ優勝を狙う。状況が収まり次第迎えに行きたい。
0:アサシン(スカルマン)に対処。
1:由紀を目覚めさせる手段の模索。『幸福』のサーヴァントは倒されたはずだが……
2:アサシン(アカメ)に対して羨望と嫉妬
3:セイバー(藤井蓮)とアーチャー(東郷美森)はいずれ殺す。しかし今は……
[備考]
※B-1で起こった麦野たちによる大規模破壊と戦闘の一部始終を目撃しました。
※セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)の戦闘場面を目撃しました。アーチャー(東郷美森)は視認できませんでしたが、戦闘に参加していたことは察しています。
※傾城反魂香によりある程度思考に誘導が掛かっています。しかし術者の死亡により時間経過で徐々に影響は無くなっていきます。


【アサシン(スカルマン)@スカルマン】
[状態] 疲労(小)
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、敵を討つ。
1:アサシン(ハサン・サッバーハ)に対処
[備考]
※現在叢とは別行動を取っています。
※ランサー(結城友奈)、アーチャー(ストラウス)を確認。


【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)、迷い? 視界の端で黒い秒針が廻っている。
[装備]包丁、槍(破損)、秘伝忍法書、般若の面
[道具]死塾月閃女学館の制服、丈倉由紀
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる。
0:私は……?
1:アサシン同士の戦闘を見守り、随時マスターとして援護する。
2:眠り続ける幼子(由紀)を利用する手段を考える。
[備考]
現在アサシン(スカルマン)とは別行動を取っています。
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
現在丈倉由紀を確保しています。マスターだと気付いてますが、処遇は不明です。



【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[令呪] 三画
[状態] 昏睡、叢に抱えられてる、衰弱進行(大・進行速度が加速)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: わたしたちは、ここに――
0:……めぐねえ?
1:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
2:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
3:■■■■■■■■■■■■■■■■■
4:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
[備考]
※サーヴァント同士の戦闘、及びそれに付随する戦闘音等を正しく理解していない可能性が高いです。
※『幸福という名の怪物』に囚われました。病原は除かれましたが今もなお起きる気配はありません。
※叢に拿捕されました。


745 : 名無しさん :2017/10/31(火) 16:34:30 6XwzKctk0
投下を終了します


746 : 名無しさん :2017/11/01(水) 17:17:57 2vwaQSuY0
文字通りの超大作、投下お疲れ様です!

個人的に、今回の七部作を象徴する言葉は“因果応報”だなと感じました。
特にそれを強く受けたのは言うまでもなくあの子だったわけですが、それは後に置くとしまして。
今までは誰かの前に現れて夢を振り撒く舞台装置といった役割の強かった幸福の怪物の恐ろしさに(原作未読ということもあり)度肝を抜かれました。外宇宙から飛来した人類を滅ぼし得る存在ということはステシで知っていましたが、まさかあれほどとはとても……。
本体に近付いてしまえば今回の聖杯戦争はおろか公式最強クラスのサーヴァントであるプロトアーサーすら呑まれかけ、地の文いわくギルガメッシュや大隊長たち、今は亡きベルンカステルのような存在でも一人では勝てないと明言されるほどの怪物とは思いませんでした。
しかしそこは流石に英雄の象徴、誉れも高き騎士の王。彼は劣勢ではあっても、孤独ではなく。
縁と幸運の両方に助けられながら悦楽の波に抗い、最後には『幸福』を文字通り一刀両断することができましたね。最後の一押しを手伝った片方がギルガメッシュであるというのも原作的な意味で面白い(アーサー本人は微妙な顔をしそうですが)。
『幸福』は終始不気味でミステリアスな存在でしたが、まさしく彼女は作中で語られた通りの“結果そのもの”だったのでしょうね。
相互理解など絶対に不可能。しかし本当にひとかけらの悪意もなく、純粋な善意だけで行動しきった彼女の最期はどことなく物悲しいものだったように思います。
……それにしてもハサン先生はいつ介入してくるのだろうとこの時点では思っていたわけですが、まさかの幸福戦には絡まず百合香を闇討ち。
かなり驚かされましたが、よくよく考えると“傾城反魂香”の種が割れていて、なおかつその力が満足に働いていない状況となれば優先して排除しにかかるのは当然ですね。あまりにも危険すぎます。
しかし不意打ちで妄想心音を受けてもなお最後に一矢報いることができたのはさすがという他ありません。思えばこの百合香というキャラクターも今まで底が見えないというか、幸福ほどではないにしろいつか何かやらかしそうな不気味さがありました。負の意味ではなく正の意味では、彼女は間違いなく大きな爪痕を聖杯戦争に残して逝ったわけですが。


747 : 名無しさん :2017/11/01(水) 17:18:43 2vwaQSuY0
不利とかそういう次元を完全に通り越した呪いを刻まれたハサン先生の不幸はそれに留まらず、マスターである由紀が現実への帰還を拒否して夢の世界に留まる方を選んでしまうという……。
由紀はこれで事実上の退場に近い状態となってしまいましたが、確かにこれは不思議でもなんでもなく当然の結果なんですよね。
彼女は元を辿ればごく普通の女子高生で、パニックホラー的状況にあったとはいえFateやその他バトル作品のように命をとんでもない豪速球で奪われる環境にいたわけではありません。おまけにこの企画の出典時期は彼女の中で踏ん切りがついて現実を生きるようになる前であり、みーくんを目の前で失った状態で過酷な現実を受け入れられるかというと――……。
創作談義でよく聞く「この状況でこの選択が出来る時点で一般人じゃない」という話の分かりやすい例を見た気がします。彼女の決断は紛れもなく逃避ですが、誰もそれを責めることは出来ないでしょう。
とはいえハサン先生は本当にかわいそう! ぜひとも頑張ってスカルマンとの戦いという窮地を切り抜けてほしいです。
アイ、すばるやキーアといった面々は人間賛歌というか、非常に眩しい活躍でしたね。アイは今回の一件を通して更に成長し、すばるも想い人の死で折れてしまうことなく立ち上がり、キーアもその芯の強さが非常によく描写されていたと思います。
自分としては、特にすばるが好きでした。サーヴァントでさえ高潔さか狂的な意志の強さがなければ易々とは弾けない幸福の夢を、効き目が弱まっているとはいえあっさり一蹴するところが今回のお話だと一番好きだったかもしれません。プロトアーサーが飛び去る彼女を見送るところもよかったです。放課後の魔法使いは、子供ではあっても無力ではない。
一方で今回のお話である意味最も目立っていたといっても過言ではない友奈は、とにかく悲惨でしたね。
ただ、作中でも描写されているようにこの企画の友奈は(登場話時点から)勇者らしからぬ行動や矛盾した立ち回りを繰り返していましたので、こういう報いがやってくるのは自明の理といえるのかもしれません。
氏の筆力と鬼気迫る心理描写から繰り出される因果への応報はとても苛烈で、読んでいる側も辛くなってくるくらいでした。勿論褒め言葉です。
霊基を失った友奈がFGOの某キャラのようにロストマン化するという展開もまたクロスオーバーしてるなあと感心させられました。
ある意味退場するよりも残酷な状態になってしまった彼女がこれからどうなるのか。このままロストマンとして終わるのか、それとも勇者の形を取り戻すのか、あるいは別な形で答えを見つけられるのか――。とても楽しみです。

ドフラミンゴと浅野市長やエレオノーレと乱くん、ストラウス達などなど触れたい部分はまだまだあるのですが長くなりすぎたのでこの辺りで。
改めて、今回は大作の投下お疲れ様でした。


748 : 名無しさん :2017/11/03(金) 13:53:56 Bv3mkdMc0
投下乙です
騎士王は本当に格好いいなあ、ストレートな英雄って感じだ
アストルフォの逸話からストラウスとの間に関係性を持たせるというのは見事なクロスオーバーで思わず唸ってしまいました
遂に行き着くところまで行き着いてしまった友奈と、それとは裏腹に転機を迎えた乱、絶好調のドフラミンゴ
などなど、今後の展開がとても気になります


749 : 名無しさん :2017/11/05(日) 22:37:22 KuMado220
投下乙
幸福が思ってたより遥かにヤバい奴だった


750 : 名無しさん :2017/11/06(月) 09:09:42 H0LLBEFM0
投下おつー
猛威を振るった幸福もここで脱落か、最後まで理解しがたいまさに怪物でしたね
そしてそれを屠ってこその英雄、誘惑を振り払ったプーサーの宝具開放シーンは正に怪物退治の英雄譚のクライマックスが如し
暗躍するドフラミンゴさんもイキイキしてて非常にいい、ザミエルが向かって来るけどドフラミンゴスならきっと乗り切れる
友奈はとうとうこれまでのツケを祓わされてしまった、東郷さんがいれば「勇者部は、仲間を見捨てねぇ!」と助けてくれたかもしれないが、時すでに遅し
ロストマンとなった彼女がこれから再起するのか、これまでと同じくこのまま朽ちていくのか、楽しみです


751 : 名無しさん :2017/11/07(火) 17:36:37 27o/d5us0
投下乙です
ごっそり堕ちましたね今回の話
友奈はずっと最初の過ちとドフィに振り回されていた気がする
彼女の勇者としての力を奪った最後の決め手が、彼女を案じていた練炭なのは皮肉な話ですねぇ
アストルフォの月旅行とストラウスの原作の逸話はクロスオーバーの妙、唸らされました
スタートダッシュから絶好調で今や鎌倉を代表とするマーダーのドフィ、これからザミエルがシュババってきますが追い詰められてからの粘りこそドフィの持ち味なので頑張ってほしい、乱に糸付けてたら何とかなるか…?
そして原作で現実を生きるようになったゆきだけど、それも部活メンバーが全員いてこそ、みーくんを欠いた状況では、ダメだった。幸福を払える人もいれば払えない人もいる
ただそれだけの話なんですが、無情でしたね……
盤面が大きく動いた鎌倉、生き残ったメンバーのこれからに期待です


752 : <削除> :<削除>
<削除>


753 : ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:00:32 MMHpQrRI0
すばる、友奈、アイ、蓮、キーア、アーサーを予約します


754 : ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:00:55 MMHpQrRI0
投下します


755 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:01:35 MMHpQrRI0

「改めて話をしよう、藤井蓮」

「構わないぞ、アーサー・ペンドラゴン」


 開口一番に互いの真名を突きつけて、二人の剣士は静かに顔を突き合わせていた。
 バツの悪いような雰囲気はどこにもない。二人のどちらもが、相手が自分の名を知っていることは想像の範疇だったと言わんばかりに、当然の顔をして話を続けていた。

 アーサーが蓮の名を特定できたのは、事前の知識があったればのことであった。
 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ、黒円卓の魔操砲兵。その名を告げた際の反応と、彼の持つ雷剣の真名とを結び付ければ話は単純である。
 スルーズ・ワルキューレはザクセン選帝侯の所有下にあった宝物として有名だが、それはあくまで宝物、兵器として運用された逸話は存在しない。
 第二次大戦下において流出したその剣を実戦にて用いた者は歴史上に一人だけ。聖槍十三騎士団黒円卓第五位、ベアトリス・キルヒアイゼンは、しかし眼前の男とは性別も人種も噛み合わない。
 黒円卓関係者の日系人と言えば第二位トバルカインの櫻井武蔵だが、彼の得物は巨大な槍。ならば残る可能性は、ベアトリスと同じく黒円卓に反旗を翻した副首領の代替品を置いて他にない。

 蓮のほうは更に単純だ。アーサーの用いた宝具「エクスカリバー」は多くの贋作や姉妹剣があるものの、星そのものの燐光たる黄金を解き放つものなど一つしかない。
 すなわち真なるエクスカリバー、その輝きだ。ならばかの聖剣を携えるは騎士たちの王以外になく、真名の特定は容易である。


「本戦が始まって以降、事態の推移が著しく早まっている。本来なら日常の非日常の狭間で行われる戦いが、最早日常と化してそこかしこで振るわれている」

「戦いが激化すれば当然脱落者も倍増する。戦場の移り変わりが激しい以上、情報の更新は最優先か」


 なるほど、と頷く。聖杯戦争は究極的には個人戦だが、バトルロワイアルの形を取っている以上は徒党を組むのが常套手段。特に序盤、仮想敵が多い時ほどその有用性は増大する。
 しかしこの状況を見れば、聖杯戦争は既に山場を越えている。今までは複数人で行動していたがために身動きが取れなかった者らが、個人へと戻りその活動を活発化させていてもおかしくはない。
 故に対処の手は早ければ早いほど理想的で。
 そして何より、終盤に同盟の手を切る利得は「聖杯を求める主従」にしか存在しないために。


「情報交換をしようか。きっと、まだ先は長い」


 二人は互いを睥睨し、どちらからともなく話し始めた。



 ────────────────────────。


756 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:02:18 MMHpQrRI0



「丈倉由紀に骸骨面のアサシンか。すまないが覚えがないな」

「そうか」


 壁に背を預けペンを持つ蓮は、紙面に目を落としながら短く答えた。


「僕たちのいた孤児院を襲ったサーヴァントの中にもアサシンはいた。しかしあれは骸骨面……ハサンの系譜に連なる英霊ではないだろう。それに」

「ああ。そのアサシンは俺が殺した。マスターの特徴も酷似しているから間違いない」


 顎を押さえ、何かを思案するかのようにアーサーが頷く。


「だがそれよりも、聞き捨てならないのは赤のアーチャーだな。そいつの真名は、本当にエレオノーレで間違いないんだよな?」

「直接面通ししたわけではないが、彼女のマスターからそう聞いている。
 身体的な特徴に戦闘スタイルから鑑みても疑いの余地はないだろう」

「……そうか。
 だとすれば、かなり頭の痛いことになっちまうな」

「それは?」

「俺のほうでも大隊長に遭遇してる。黒騎士、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンだ」


 蓮のその言葉に、アーサーは驚きの念を隠すことができなかった。

 ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。黒騎士マキナ。
 その名はアーサーの遭遇した赤騎士と同じく、魔人集う黒円卓において尚超越者として列席された三騎士の一角だ。
 その拳は現存する遍く全てを打ち貫き、万物の歴史すら終焉させるという幕引きの一撃。
 アーサーの持つエクスカリバーとはあらゆる面で最悪の相性を持つ宝具だ。仮にアーサーの遭遇した者が赤騎士ではなく彼であったなら、果たしてその命があったかどうか。


「心配しなくても、そいつは俺が殺したよ。でも問題はそこじゃない」

「……確かにそうだ。黒化と赤化が揃ってしまった以上、玉体たる黄化と産道の翠化は除外しても、まず間違いなく白化もこの街に喚ばれている」


 不死創造───黄金錬成。
 その核となる五つの要素のうち、黒・赤・白の三つは極めて深い繋がりを持つ。
 死なずのエインフェリア、すなわち黄金獣の眷属。彼らは一個人としての肉体と自我を持ち合わせているが、その本質は黒円卓首領ラインハルト・ハイドリヒを構成する爪牙の一部に過ぎない。その意味で言えば、彼らは存在を同じくする同一人物と言ってもいいのかもしれない。

 聖杯戦争において、その強すぎる縁は「連鎖召喚」として機能する。
 つまり。


757 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:02:49 MMHpQrRI0


「白化、ウォルフガング・シュライバー。考え得る限り最低最悪の戦争狂だ。
 とにかく殺すことしか頭にない気狂いだからな。交渉の余地だとか戦闘回避だとか、そういうことは考えないほうがいい。考えるべきじゃない」


 伝聞ではない実感として、蓮は心底の忌避がこもった口調で呟いた。
 彼の言にはアーサーも全面的に同意するしかない。たった一人で18万もの人民を殺戮し尽くした、血に狂った殺人レコードホルダー。まず話の通じる手合いではない。
 それに何より。


「仮に白騎士が召喚されているとしたら……まずいな、僕とは酷く相性が悪い。
 ある意味では黒騎士以上だ。マスターを狙う以外に対処法が思い浮かばない」


 白騎士ウォルフガング・シュライバーの持つ創造は「絶対回避」「絶対先制」。アーサーの手持ちの攻撃手段ではそれらを突破する道がない。
 無論ただでやられる気など毛頭ないが、それでも圧倒的に不利なのは事実。なんとか打開策を見出したいところではあるのだが。


「それなら心配するな。俺が何とかする」

「……やれるのか?」

「まあ、アンタよりは勝算があるよ。それより、もしも同時に赤騎士が出てきたら、その時は」

「ああ。彼女は僕が受け持とう。尤も、彼女のマスターは既に脱落しているわけだが」

「未来は常に最悪を想定しろってな。それにマスターが死んだ程度でアレを倒せるなら、俺は生前苦労しちゃいないよ」


 赤騎士のクラスはアーチャー。マスター不在でも活動できる単独行動のスキルにより生き残っている可能性は決して否定できない。
 新たなマスターを獲得しているとしたら、彼女もまた難敵となって立ち塞がるだろう。願わくば、百合香の遺した令呪がこちらの有利に働けばよいのだが。


「ともあれ、俺達の情報を照合すると本戦以降の陣営はこうなるわけだ」


 そう言うと、蓮は今まで書き綴っていたメモ帳からペンを離し、アーサーにも見えやすいよう手元に置く。
 アーサーは書かれた内容に目を落とし、納得するように頷いた。


 自陣営
 キーア───セイバー
 アイ・アスティン───セイバー
 すばる───無手のランサー(霊基変動?)

 健在
 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ(アーチャー)
 ???───元村組のライダー
 丈倉由紀───歴代ハサンのいずれか(アサシン)
 ???───ウォルフガング・シュライバー
 ???───戦艦のサーヴァント

 脱落
 すばるのアーチャー
 無手のランサーのマスター
 辰宮百合香(赤騎士のマスター)
 みなと───ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン(ライダー)
 古手梨花───壇狩摩(キャスター)
 ???───幸福(キャスター)
 ???───キャスター(壇狩摩により双方消滅)
 少女(名称不明)───異形のバーサーカー
 錬鉄のマスター───アサシン

 不確定
 黒の矢と黄金の剣を放つサーヴァント(単騎ではなく複数?)
 浅野學峯鎌倉市長


758 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:03:12 MMHpQrRI0


「確認が取れたのは俺達を含めて15陣営。内7騎は脱落済み、未確認の連中が全員生き残ってると仮定しても残りは俺達を除いて最大13陣営。
 実際には俺達の知らないところでも戦火が広がってる以上結構な数が脱落してはいるんだろうが、そこらへんは未知数だな」

「幸いと言えるのは、未確認の主従でも協調の意思がある者たちがいるかもしれないという可能性が残っていることか。
 キーアもアイもすばるも、そのいずれも参戦意思の確認なく強制的に連れてこられた。だとすれば聖杯戦争に反発する者がいてもおかしくはない」

「健在の奴らでそういう連中が見当たらないのは、そもそも脱出派はできるだけ目立つ真似をしたくないから……だったら良いんだけどな。あくまでいたら儲けもの程度に考えておくべきだな。
 確認済みの連中で協調できそうな奴はなし。せいぜいがハサンくらいだが望み薄、そして未確定が8陣営」

「目下接触すべきなのは黒の矢と黄金の剣を持つサーヴァントかな。僕たちを手助けした理由が打算に基づいたものであったとしても、少なくとも利点があれば協力できる可能性がある」

「まあ、そうなるよな」


 仮に自分たちが大隊長と戦うのだとして、現状では戦力があまりにも心もとない。
 理想はその前に脱出手段を確保することであるが、どちらにせよ他陣営との接触は急務である。


「俺としちゃ、キャスターがほぼ確実に全滅してるってのが気になるな。幸福ともう一人はともかく、壇狩摩の消滅は惜しい。
 奴の逸話を鑑みれば聖杯の解体なり地脈の接続なりができたかもしれないけど、後の祭りだな」

「……済まない。彼の脱落は僕の落ち度だ」

「いや、責めるつもりはないよ。言いたいのはキャスターの代わる魔術師か、それに詳しい人間を確保しなきゃいけないってこと」


 アーサーの瞳が蓮を映す。
 確認し合うようにお互い頷くと、蓮は言葉を続けた。


「ルーラーも監督役も姿を見せない以上、参加者間で事を解決するしか方法はない。
 探すべき相手も見定まった。反撃はここからだ」





   ▼  ▼  ▼


759 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:03:34 MMHpQrRI0








 閉じた視界に光が差す。
 瞼の裏に映る暗闇、そこに佇む四人の人影が、徐々に遠のいていった。

 友奈には、それが誰なのか分かった。
 あれはかつての自分たち、幼い日に見た大切な友人たちの姿だ。
 不思議だったのは、それが"五人"ではなく"四人"だったこと。
 そこにいるべき自分が、独りだけ離れていたということ。

 追いつこうと駆け出して、けれど足が動かない。
 石のように固まって、友奈はただ見ているしかできなくて。

 手を引かれる感触がした。
 背後を振り返るとかつての自分と同じように、満面の笑みを張り付けた少女がいた。

 手に持っているのは古びたハサミ。
 友奈は何かを言おうとして、
 けれど耳を劈く悲鳴に掻き消された。

 視界の黒が赤に染まる。
 少女の笑顔と手に持つハサミが赤に染まる。
 張り裂ける絶叫が、胸に刃を突き立てられた自分のものだと分かった瞬間。
 友奈はただ、懇願にも似た謝罪を心の中で繰り返した。

 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。

 心の中で百度も千度も許しを乞うて。
 けれどもそれは、一度も口から出ることはなく。

 鮮血に煙り笑う少女のその向こうで、憐れむ誰かの声が木霊する。



「…………。
 懺悔ってのは免罪符じゃないんだよ、友奈。今更言っても遅いけどね」








   ▼  ▼  ▼


760 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:04:02 MMHpQrRI0





 少女が涙を流していた。

 すばるはどうしてか。
 その少女が深く深く悲しんでいるのと同じに、どうしようもないほど自罰しているのだと察することができた。


「彼女は、とても優しい人」


 隣にしゃがむ、キーアという名の少女。
 キーアは嫋やかに手を差し伸べて、涙流す少女の頬に触れる。


「誰かを思いやれる人。自分以外の、助けを求める誰かの手を掴むことができる人。
 とても優しい、暖かな人」


 零れ落ちる雫を拭う指、柔らかに滑らせて。


「そうじゃなければ、こんなに自分を追い込んで、涙流すなんて。
 きっとできないもの。涙、こんなにも溢れさせて」


 キーアは悲しげに、その瞳を伏せた。
 その目は眼前の少女ではなく、どこか遠くへ。
 ここではないどこかへ向けられていた。悲しげな表情の向こうに何を見ているのか。
 何を想起させているのか。

 すばるには分からない。
 尋ねることもできない。
 けれど。


「だとしたら……」


 思いを馳せることはできた。

 優しい少女。涙を流す少女。
 真名は分からず、そのクラスさえ茫洋と判別がつかず。
 その優しさ故に地に堕ちたというならば。
 それは、きっと。


「悲しいね……とっても」


 ロストマン。喪失者のクラス。
 言葉交わさずとも伝わるその悲しみ。
 その優しさが本物ならば、きっと彼女は失ってしまったのだ。
 助け求める誰かを。自分以外の、大切な誰かを。

 すばると同じように。
 あるいは、キーアと同じように。

 失ってしまって、だからこんな風になってしまって。
 声持たぬ彼女の悲しみを、何故理解できたのか。その理由が分かった気がした。


761 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:04:34 MMHpQrRI0


「ねえ。あなたの願いは、なんだったの?」


 ───願い。
 尊く輝くもの。
 手を伸ばせば、きっと誰もが掴めるはずのもの。


「わたし……あなたがいてくれたっていうそれだけで、これ以上ないくらい救われたんだけどな」


 自分でも判別のつかない感情を滲ませて。
 すばるは、囁くように声を漏らし。


「───……あ」


 ふらり、
 と、一瞬気が遠くなって。

 我知らず後ろへ倒れてしまおうとしたところに、
 ぽん、と肩を抱かれ、すばるは誰かの腕に受け止められた。


「大丈夫ですか、すばるさん?」

「……アイちゃん」


 肩から振り向けば、そこには少女の小さな顔。
 エメラルドのような翠色の瞳が、心配そうな気配を湛えてこちらを見つめている。


「すばるさん、やっぱり疲れが溜まってるんですよ。今日は色んなことがありましたから……
 少し休んでください。まだ時間はありますし、こんな調子じゃいつ倒れてもおかしくありません」

「でも、まだみんなが……」

「大丈夫です。セイバーさんたちが戻ってきたら、私達も少し眠りますから」

「うん……」


 肯定されて、途端に瞼が重くなったのをすばるは自覚した。
 緊張の糸がほぐれたのか、疲れのことを認識してしまったからか。
 分からないが、今まで鳴りを潜めていた睡魔が、一気に頭へ圧し掛かる。


「……じゃあ、ちょっとだけ……アイちゃんと、キーアちゃんたちも……」

「はい。きっと無理はしませんから、ご安心ください」

「……うん」


 か細く返事をして、あれ、と思った時には鉛のように重い瞼を閉じていた。
 夜空の藍色と杉林の黒が混じったかと思うと、頭の中がその色に染まる。

 不思議と早く眠りに落ちたすばるは、そのまま静かに寝息を漏らす。
 意識を失う最後まで、そうと気付かないままだった感情で胸を満たしながら。

 胸に満ちる暖かなもの。
 ───安心感、だった。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。


762 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:05:06 MMHpQrRI0



 項垂れる友奈の隣にちょこんと座り、
 アイとキーアは隣り合って、共に夜空の星を見上げていた。
 街の喧騒は遠く、声は小さなものでも残らず空に吸い込まれていくようだった。


「ユリカさんとは、私も一度お会いしてみたかったです」


 アイは、その視線を空に固定したまま、そんなことを言った。

 辰宮百合香のことを、二人は既に知っている。その人となりは元より、彼女の顛末すらも。
 戦場より戻ってきたアーサー・ペンドラゴンの口から、仔細の全てを聞かされた。


「色々役立つ情報が聞けたかも、というのもありますが。
 それ以上に、もしかしたら助けてあげることができたのかもしれないなって、
 思い上がりかもしれないけど、そう思うんです」

「……アイは、誰かを助けたいの?」


 アイの横顔を覗きこむキーアが尋ねる。
 その口調は不思議そうにというよりは、何かの確認のようでもあって。


「そうですね。私はみんなを助けたいと思ってます」

「みんな?」

「ええ。みんなです」

「聖杯戦争に集められた人たち、みんな?」

「それだけじゃありません。私は世界を救いたいんです」


 ああ、やはり、と。
 口に出すことなく、心の中だけで思って。


「雲を掴むみたいなお話ね」

「ええ、その通りだと私も思います」

「それでもあなたはみんなを助けたいの?」

「ええ、それが私の夢ですから」

「……もう、死んでしまってる人もいるのに?」

「それは確かに私の不徳ですね。所詮私はちっぽけな存在ですから、助けられない人も出てしまうのかもしれません。
 ユリカさんのように、アーチャーさんのように。
 でも」


 でも、
 と言うアイの言葉は、強い意思が込められて。


763 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:05:33 MMHpQrRI0


「それでも、私は私の手が届くみんなのことを、
 絶対に諦めません。例え何があろうとも、助ける意志だけは燃やし続けます」


 そのあまりにもひたむき過ぎる心を、キーアは見飽きるほどにずっと傍で見てきたから。


「勿論、あなたのこともきっと助けてみせますよ、キーアさん。
 セイバーさんたちほどじゃありませんが、私もこう見えて結構強いんです。
 ですから、ええ。ゾンビくらいからなら守り切ってあげますよ」

「ありがとう。頼りにしてるわアイ、それは本当よ」

「え、えへへ……初めて頼りにされちゃったかもしれません。
 新鮮な気持ちというか、これはかなり嬉しいかも……」

「でもね、アイ」


 だから。
 だから、キーアは問いかけるのだ。

 目に映る全ての人間を助けようとして、
 手の届く全ての人間を死なせまいとして、

 自分以外の誰かを救わんとするあなたは───



「あなたはみんなを助けようとして、
 その"みんな"には、アイもいるの?」



 空を見上げていたアイの顔が、こちらを向いた。
 ゆっくりと、柔らかく。それはまるで子供に言い聞かせるため振り向いたかのように。
 あるいは、親へ何かを自慢するため振り向いたかのように。

 アイは、その顔いっぱいに満面の笑みを張り付けて。




「───いいえ?」




 そんなことを、至極当たり前であるかのように言った。


764 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:06:00 MMHpQrRI0


「……」

「あ、セイバーさんたちがこっちに来るみたいです。
 ちょっと迎えに行ってきますね、キーアさん」

「……アイ、あなたは」


 声をかける暇もなくアイは向こうへ駆けて行って。
 伸ばしかけた手を中途半端に宙へと漂わせるキーアだけが、眠る二人と共にその場に取り残されてしまって。


「……」


 言葉なく、キーアは記憶の中の彼を思う。
 ギー。魔法使いのお医者様。滅私で他者を救い続ける気狂いの巡回医師。


「アイ、あなたもギーと一緒で……」


 キーアはずっと見つめてきた。
 キーアはずっとその姿を見てきた。

 我を殺し、取りこぼす無数の命たちを見つめ、失ったものが何であるか確かめるように歩き続ける彼らを。
 キーアは、ずっと見つめてきたから。


「ずっと、泣き続けているのね」


 その瞳は、何を───

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼





「そういうわけで、ちゃちゃっと魔力を吸ってください」

「は?」


 少女たちのもとへ戻ろうとして、駆けてくるアイを拾って幾ばくか。
 話があるというアイの言葉にアーサーを先に戻した蓮は、思いがけぬ言葉に疑問符を打った。


「いきなり何言ってんだお前」

「何言ってるんだはこっちの台詞です」


 言い訳は聞かないぞと言わんばかりに、アイは「ふん」と胸を張って指差す。


765 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:08:23 MMHpQrRI0


「その傷のこと」


 後ろに隠すようにしていた蓮の右半身を、アイは指差す。
 袖から出ている肌は、ガラスか何かのように罅割れていた。


「誤魔化せると思ったら大間違いですよ」

「……別に、誤魔化そうってつもりはないぞ。けどこんなの時間が経てば」

「治るって前にも言って、でも全然治ってないじゃないですか」


 図星を指されたと言わんばかりに、蓮は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
 アイの指摘は尤もだった。諧謔で刻まれた亀裂は完治する様子を見せず、事実として先の戦闘では一気にその傷を深いものとしていた。
 治癒が遅い、というのは聞いている。そこはいい。全くもって良くないけど、理屈としては納得している。
 アイが怒っているのは、アイから蓮に流れていくはずの魔力が、明らかに少ないということなのだ。


「セイバーさん。私が負担するはずの魔力を、あなたは自分でやりくりしてますね」

「……」

「気付かないと、思ってましたか?」

「……」

「私は、そんなに、頼りないですか……?」


 アイの言葉は、最後のほうには端々が震えていた。
 お前は役に立たないんだと突きつけられているような、そんな気さえした。


「……別に、そういうわけじゃない。俺だって必要になればその分貰うよ。けど」

「けどなんですか。言っておきますけど、私だって私なりに覚悟はしてるんです。
 魔力が足りないなら血肉を、血肉が足りないなら魂を、削り取っても構いません。
 それがあなたを召喚した私の責任なのですから」


 それを言った瞬間、蓮の顔が凶相に染まった。
 一瞬アイはたじろんだが、気落とされまいと必死に表情を取り繕って言葉を続ける。


「ですから、必要な分だけ吸ってください」

「……」

「今がその時なんです。諦めてください」

「……分かったよ」


766 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:09:00 MMHpQrRI0


 諦めたように蓮が言った瞬間、アイの総身を急激な苦痛が襲った。
 体中を走ったのは激痛と、活力そのものを根こそぎ奪われるかのような虚脱感だった。三半規管を揺さぶられる不快感に重い吐き気を覚え、立っていられず倒れるように膝をついた。腰が崩れ、両手を地面につく。胃の内容物がせり上がり、熱いものが食道にこみ上げたかと思うと喉から大量の吐瀉物をぶちまける。
 滲む涙で視界がぼやけ、思考は靄がかかったように鈍重だった。上手く物を考えることができず、ただ目の前の不快感に身を委ねて言葉にならないうめき声だけを上げ続けた。むせ返る喉は大量の酸素を必要とし、自然と息が荒くなる。脳がある程度の余裕を取り戻した頃には、アイは全身にびっしりと脂汗を張り付けていた。


「……う、うぅ」

「だから言っただろ。魔力の欠乏は場合によっちゃ命に係わることだってあるんだ。そう簡単に……」

「うぅうううう……」

「……おい、一体どうした」


 四つんばいになって顔を俯かせるアイの呻きは、いつしか苦痛によるそれから嗚咽にも似た響きへと変わっていた。
 蓮はそんなアイに声をかけるべきか迷ったが、少しだけ悩んで声をかけることにした。肩を揺すり、大丈夫かと覗き込む。


「うぅ……セイバーさん、ごめんなさい……ごめんなさい……」

「なんで謝ってんだよ」

「だって、私、たったこれだけしかセイバーさんの代わりになってあげられなくて……」


 アイは、口の端から血さえ滲ませながら、そんなことを言った。
 蓮は一瞬虚を突かれたような表情になって、次いで呆れたような、あるいは何とも形容しがたい表情で。


「何馬鹿なこと言ってんだよ」

「うぅ〜〜〜〜〜……」

「落ち着け。変な心配すんなって」


 そのままアイが落ち着くまで、ずっと背をさすりながら傍にいた。
 呻きながら、嗚咽しながら、生理的な反応で涙を滲ませながら。それでも本当の意味で泣くことがないまま、アイはされるがままに苦痛に耐えていた。

 数分が経過して。
 痛みや不快感が収まりつつあったアイは、蓮の隣に座り込み、小さく膝を抱えていた。


767 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:09:32 MMHpQrRI0


「落ち着いたか?」

「……はい」

「それで、なんでいきなりこんなことしようって思ったんだ」


 アイが彼女自身以外の誰かを過剰に慮るというのは、何も珍しいことではない。
 けれど、それを加味しても尚、今のはあまりに唐突でいきなりな出来事だった。

 疑問を呈する蓮の顔を見て、溜息をつくかのように吐息を一つ。アイは次に頭を上げて空を見上げた。


「……私、実は結構たくさん、後悔してることがあるんですよ」


 故郷の空とも荒野の空とも違う、都市の空。
 それを見上げてアイは語る。
 話題が変わったように思えたのは、きっと迂遠な話をするためなのだろう。蓮はそう解釈すると、口をはさむことなく先を促した。


「その一つに、ヒコさんっていう快楽殺人鬼たちのことがあるんです」


 自分の父、キヅナ・アスティンを狙った殺人鬼のことを、アイは思い出していた。


「私は彼らを叩きのめして、お父様を助けました。そして彼らはスカーさん……他の墓守に埋葬されました」


 今でもよく覚えている。
 すぐに生き返るはずだったのに、ずっと白いままの父の肌。アルビノの肌より尚白い、死者の肌色のうすら寒さ。
 その時の自分はそれらに絶望するのに夢中で、その横で悪漢どもを埋めるスカーを見逃した。
 いや、そうでなくとも、きっとあの時の自分なら、それは当然だとスルーしただろう。

 この街に来た当初、自分たちを襲ったランサーを斬り捨てた時のように。
 当然であると、仕方ないのだと、見捨てたのだろう。


「でも、きっと、私はあの人たちを見捨てちゃ、いけなかったんですよね」


 それは例えば、すばるを狙っていた顔も名前も知らないマスターも。
 蓮が死想の渇望で消滅させたアサシンも。
 同じことなのだ。彼らみんなを、アイは見捨ててはいけなかった。
 すばるや自分の命と天秤にかけてとか、それ以前の問題として。
 秤にかけなければならない事態にしてはいけなかったというのに。


768 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:09:54 MMHpQrRI0


「私が、本当にみんなを救うなら、どんな人も見捨てちゃ、いけないはずなんです」


 アイは、ぎゅっと膝を抱えて、足の骨の硬い感触を頬で感じた。


「私が決めちゃ、いけなかったんです。私にできるのは、提案することだけだったんです。考える手助けや、手を貸すことしか、できなかったんです」


 アイは視線を横に向ける。
 そこには自分の助けを拒む、古ぼけた死体があった。


「だから、私はあなたの死を止められません。死にたいと言っている人を……助かりたくない人を助けることは、私にはできません」


 そうか、と死者が答える。


「でも、その上でお願いします」


 アイは膝をついて、だらりと下がった死者の手を取り。


「どうか、消えないでください」

「……」

「私は、あなたに、消えてほしくありません」


 泣かない。それは卑怯だから。
 アイはただ、死者の手を握って、自分の体温が相手を温めるのを感じた。
 そうやって自分の気持ちが、少しでも伝わればいいのにと思った。


「……俺が消えると思ったのか」

「違いませんか?」

「まあ、まるっきり的外れってわけでもないけど」


 魔力の欠乏、あるいは致命的な損傷によってサーヴァントはその身を消してしまう。
 活力なくして生きられぬのは生者も死者も同じことで。
 アイはただ、蓮に消えてほしくなかっただけだった。


769 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:10:23 MMHpQrRI0


「言われなくても、お前が帰るまで俺は消えないよ」

「その後もです」

「……そこで死に損なったら、俺はきっと地獄を見る」

「どこまでもお付き合いしますよ」


 そうか。と死者は沈黙した。
 表面上は何も変わらない。しかしその、生きているようにしか見えない瑞々しい肌の裏で、確かに死者は揺れていた。
 そして、それでも。



「ごめん」



 彼は、自分の夢を諦めなかった。


「……そうですか」


 アイはそれ以外、何も言えなかった。


「さっきも言ったけど、お前を無事に帰すまで消えるつもりはないから、心配すんな」

「……はい」

「だからそれまで」

「ええ……それまでは」


 アイは我知らず、ぎゅっと蓮の手を握りしめた。
 強く強く握りしめて、この感触がずっと残り続ければいいのにと思った。


770 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:10:40 MMHpQrRI0


『B-2/源氏山公園/一日目・夜』


【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 深い悲しみ
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る……そのつもりだった。
1:生きることを諦めない。
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
ロストマン(結城友奈)と再契約しました。


【ロストマン(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]魔力消費(超々極大・枯渇寸前)、疲労(極大)、精神疲労(超々極大)、精神崩壊寸前、呆然自失、神性消失、霊基変動。
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:……。
1:……。
[備考]
神性消失に伴いサーヴァントとしての戦闘力の一切を失い、また霊基が変動しました。
クラススキル、固有スキル、宝具を消失した代わりに「無力の殻:A」のスキルを取得しました。現在サーヴァントとしての気配を発していません。現在のステータスは以下の通りです。
筋力:E(常人並み) 耐久:E(常人並み) 敏捷:E(常人並み) 魔力:- 幸運:- 宝具:-
すばると再契約しました。



【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、吐き気、魔力消費(大)
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代服(収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
1:"みんな"を助けたかった。多分、そういうことなんだと思う。
2:ゆきの捜索をしたいところだが……
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばる、キーアとは仲良くしたい。アーチャー(東郷美森)とは、仲良くなれたのだろうか……?
[備考]
キーア&セイバー(アーサー・ペンドラゴン)と邂逅しました。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 右半身を中心に諧謔による身体破壊(中・修復中)、疲労(大)、魔力消費(中)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
4:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
5:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。ランサーは……?
[備考]
バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
すばる&アーチャー(東郷美森)、キーア&セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とコンタクトを取りました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)及びアサシン(アカメ)と交戦しました。
ランサー(結城友奈)の変質を確認しました。
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)と情報を共有しました。


771 : そして誰かはいなくなった ◆GO82qGZUNE :2017/11/26(日) 02:11:19 MMHpQrRI0

【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(中)、決意
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:もう迷わない。止まることもしない。
[備考]

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(大)、全身にダメージ、疲労(大)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
1:キャスターの言を信じ成すべきことを成す。
2:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。
傾城反魂香にはかかっていません。
セイバー(藤井蓮)と情報を共有しました。


772 : 名無しさん :2017/11/26(日) 02:11:33 MMHpQrRI0
投下を終わります


773 : ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 14:57:21 gBVzU/B60
市長、ドフラミンゴ、藤四郎、ザミエルを予約します


774 : ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 14:57:36 gBVzU/B60
投下します


775 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 14:58:55 gBVzU/B60



 支配の"腕"が行き渡ったこの鎌倉において、浅野學峯の名を知らぬ市民など恐らく一人とて存在しないだろう。
 センセーショナルな条例を打ち出し、一種強引なやり口によって街の"不純物"を狩りだす話題沸騰の新市長───というのは確かにある。
 支持率9割を優に超える圧倒的人気を誇る、市民にとって最大の好感を抱くに足る傑物であるから───というのもある。
 しかし鎌倉市民のそれこそ全員と言っても過言ではない者たちが彼の名を脳に刻まれている事実には、彼の持つ"話術"こそが最も大きく起因していることは語るに及ばない。

 例えどんな思想を抱いていようとも。仮に初対面で彼に対して抑えきれないほどの憎悪を抱いていたのだとしても。
 一語の下に一切合財を捻じ伏せ、相手の思考に自らの言葉を無理やりねじ込み上書きする条理逸脱の言論の才を持つ彼にとって、
 他者とは支配する対象でしかなく、支配者たる彼を無視できる人間などいる道理はない。

 この鎌倉市において彼の言葉を───例えテレビ画面越しの間接的なものであろうとも───聞いた者は、ただ一人の例外もなく彼の存在を頭の中心に刻み込まれている。


「故にこそ、皆さまの協力が不可欠なのです」

 静かに落ち着いた、しかし聴衆の全員に聞こえる大音量で、その声は議場と傍聴席の全てに響き渡った。
 聴衆たちはその全員が言葉も動きもなく、統率された軍隊であるかのようにただ一点を注視している。

「今この街は未曾有の窮地に立たされています。
 度重なる爆発事故、止むことのない連続殺人、沖合に停泊する正体不明の戦艦。
 それら現実的な脅威だけではなく、市民の皆様の不安を煽るかのような不確かな噂や都市伝説の数々も後を絶ちません」

 それは例えば生者を食らう屍食鬼の存在であるとか。
 あるいは夜な夜な人を襲う怪人や怪生物であるとか。
 もしくは覚めない眠りに誘う善意を装った怪異であるとか。

 多少なりとも好奇の感情を持つならば誰もが知っている噂の数々。まるで90年代に流行ったオカルトブームの残り滓であるかのようなそれらを、市長たる彼は大真面目に語っている。

「断言しましょう。それら多くの都市伝説は真実であると」


776 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 14:59:25 gBVzU/B60

 その言葉に、今まで精巧な人形のように固まっていた聴衆たちの間に、にわかに動揺が走ったのを、彼は見逃さなかった。
 それはこの場に集った面々のみならず、インターネット生中継でこの場を見ている者らも同様のはずだろう。
 笑えぬ冗談か乱心か、はたまた本気で狂ってしまったか。
 ともすればそんな風に取られるであろう妄言を、しかし浅野は狂気の色など微塵も見えない決然たる顔つきで、一切臆することなく断言してみせた。

「無論、市井に囁かれる噂話の一つ一つを検証したわけではありません。
 夜の高徳院で剣を構える鎧武者が本当にいるのか。
 八幡宮の屋根上を駆ける西洋の騎士が本当にいるのか。
 建長寺の境内で土の怪物を生み出すローブの女が本当にいるのか。
 それについて明言はできません。しかしそれら都市伝説が実在し得る土壌は確かに存在しているのです」

 荒唐無稽な言説だ。しかしだからこそ、人々はその言に耳を傾けざるを得ない。
 この男は何を言っている───疑問は興味関心となり、意識は自然と彼の言葉を耳に入れる。
 大仰な身振り手振りも、静かながらも鬼気迫る語り口も。
 全ては人々の視線を自身に集めるためのものだ。これだけの大人数を前に堂々と周知させることで、既成事実であるかのように逆に説得力を持たせている。

 何か箱のようなものを運ぶ職員が数人、議場に立ち入る。それには布がかぶせられ、中では何かがもぞもぞと蠢いているのが見えた。

「その証拠をご覧に入れましょう」

 そして、聴衆の関心を最大まで高め、"もしかしたら"と思わせたその瞬間に。

「これこそ、私が都市伝説の実在を訴える最たる証拠であり───」

 浅野は壇上から降り、運ばれてきた箱にかぶせられた布を思い切り引っ張り除けた。

「そして、この街を襲う災厄そのものなのです!」


777 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 14:59:57 gBVzU/B60

 ───一瞬の静寂。
 ───そして、議会場を埋め尽くすどよめきの嵐。

 そこに入っていたのは、誰の目にも明らかな死体であった。皮膚は腐り爛れて変色し、全身の至る箇所からは肉が削げ落ち、窪んだ眼窩は眼球が存在せず、このようなものが生きていられるはずもない。
 腕を後ろ手に縛られ猿轡を噛まされ、それでも"それ"は抵抗をやめることなく蠢き続けている。凄惨な死体ではあったが、同時にそれは正体不可解な物体であった。果たして人であるのかさえ。

「選挙権保持者の確認───通称浮浪者狩りとも言われていましたか。ともかく、その対処に追われていた職員たちが偶然発見したのがこの"屍食鬼"です。
 "これ"は噂にある通りに人を襲い、あろうことか罪なき人々を殺傷しました。お分かりでしょう皆さん、今この街に蔓延る怪事件の一端を!」

 平素であれば、あるいはよくできた作り物と弾劾する者もいただろう。精巧なメイクであると一笑に付す者も少なからずいただろう。
 しかし今この瞬間、この光景を見ている者でそんなものを想像する人間は一人も存在しなかった。そうなるように浅野が思考を誘導したのだ。
 このゾンビは本物である。噂される怪事件は本物である。街に迫る危機は本物である。
 非日常に興奮し、浮かれた思考は冷静さを失わせ、ただ言われるがままを頭に叩き込まれる。
 なまじショッキングな現物を見せられた以上は言葉の全てを無視することができず、故に鈍麻した脳は安楽な道を求め、こう結論を出すのだ。
 ───浅野學峯の言っていることは正しい。だから何も考えず従ってしまおう、と。

「このようなものを見せて何がしたいのだと、そう仰る方もいるでしょう。
 そんなものは警察なりに任せていればいいと、そう憤慨する方もいるでしょう。
 しかし私は敢えて言いたい! このまま坐して眺めるだけで何が人間であるのかと!」

 浅野の口調に熱がこもり始める。淡々と事実のみを口述してきた舌が、今度は人々を駆り立てるための昂揚を紡ぎ始める。

「私の話をしましょう。私はこの鎌倉において教職を勤め上げ、皆さまの支持あって市民の生活と安全を守る立場に就きました。そして全国を、国際社会を知る者としてこの街の隅々を眺め、その素晴らしさに驚嘆の念を抱きました!
 この街に住む人々は皆誇り高い! 格式と伝統を重んじ、人々の和を尊び、街には日夜多くの笑顔が溢れている!
 日本有数の観光地として活気を見せながら、古きものの価値を認め新しきをも受け入れ、実り豊かな自然を拝するこの街には暖かな情と秩序が保たれている!」


778 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 15:00:23 gBVzU/B60

 何とも歯の浮くような綺麗事だ。鎌倉が観光地として有名なのは事実だが、言ってしまえばそれまで。住まう人間の民度などそこらの地方都市と何も変わらないし、何か特筆して優れたものを持ち合わせているなど浅野とて思ってはいない。
 だが、住まう人間は凡俗だとしても、この地そのものへの誇りというものは確かに存在している。古都鎌倉、その史料的価値は誰もが知るところであるし、自分たちはそれを守ってきたのだという自負もまた彼らにはある。
 例え口には出さず日頃無関心を貫こうとも、人は自分の所属する集団を賞賛されれば自然と昂揚する。全体への賛美を個人のものとすり替えて勝手に自分のことであると錯覚してくれる。
 そして熱狂は集団の間を駆け巡り、累乗倍となって全体を支配する。一人ならば落ち着ける程度の盛り上がりも、一つ箇所に集まればあとは止めることのない雪崩が如しだ。

「しかし今、この街は脅かされています! 経済や政治の危機といった目に見えないものではない、屍食鬼という確固たる外敵によって! そして数多存在する無数の都市伝説によって!
 今我々は警察消防と手を組み必死に事態の解決を担っています。しかし我々だけでは手が足りない! この未曾有の脅威を前に一部の人間だけが奮起するのみでは全く手が追いつかないのです!」

 語気は荒く、しかし早口でまくしたてることはしない。十分に時間を取り、自らの放った言葉を理解させるだけの猶予を与える。人々が向けるべき敵意の矛先をイメージできるよう仕向けるのだ。
 政治経済といった目に見えない大局的な代物で動ける人間はそういない。目先の利益につられる人の性もそうだが、自分がどう動いた結果どういう影響が出てどう反映されるのかという具体的なイメージが掴めないのだ。
 しかし浅野が言う敵は違う。鎌倉を襲う怪異には確かな姿があり、それに対する行動目的も明瞭だ。自分たち人間とは明確に区別される人外であり、物理的な排除という子供でも分かる対処法が存在している。

「皆さまに戦えと、私は言いません。しかし自分たちが何に追われ、何によって危険にさらされているのかを知っていただきたい!
 今こうして皆さまが住む家を追われ避難民としての立場を余儀なくされているのは天災や事故などではない、形ある外敵の仕業であるのだと理解してほしい!
 そして皆さまには自分にできることをやってほしい! 自衛の手段を確保し、避難の経路を覚え、一体となって速やかに行動する。それだけで我々の活動にとっての大いなる助けとなるでしょう!
 重ねて申し上げます───この危機において、皆さまの協力こそが不可欠なのです!」

 屍食鬼の存在を受けて当初、困惑と警戒の色に染まっていた聴衆の声。それは今や、抑えきれぬ熱狂の色へと塗り替わりつつあった。不安というマイナスからスタートした演説は、昂揚というプラスに置き換わりより大きな揺れ幅を聴衆たちに叩きつける。
 語る浅野の口調は本気そのものだ。拳は強く握られ、強い眼差しが人々を見下ろす。
 本気にならなければ人はついてこない。本気で自分の言葉を信じ込まねば、誰かに信じてもらうこともできない。

「対抗策はあるのか、そう問われる方もいるでしょう。
 ご安心ください! 我々には確かな対処法が、この事態を解決する術が存在します!」

 そして、ここからがキモだった。
 熱狂し視野が狭まった聴衆たちは"それ"を拒むことができない。普通ならおかしいと感じられる違和感を、誰もが察知することができない。
 つまり。

「体の何処かに赤く発光する痣を持つ人間、それこそが屍食鬼を無尽蔵に増やすウィルスキャリアであるのです!」

 それこそが、浅野の真意をねじ込ませる最大の隙間であるのだ。





   ▼  ▼  ▼


779 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 15:00:58 gBVzU/B60





「暴動モンだなこりゃ」

 怒号とざわめきと激しい靴音が絶え間なく響く階下を見下ろし、窓のバインダーから手を離してドフラミンゴが言い放った。
 その口調は誰の目にも明らかな嘲笑で彩られている。熱に浮かされ奔走する民衆を文字通りに見下して、その全てを徒労であると鼻で笑っている。

「珀鉛病の名目で滅ぼされたフレバンス王国もかくやって勢いだな。あァ、こっちの世界風に言えば魔女狩りか?
 どいつもこいつも目の色変えて赤痣持ってる奴を狩りだそうとしてやがる。どこまでも馬鹿な連中だ、哀れで仕方ねェよ」
「あまり彼らの悪口を言ってやるのはやめてあげたまえよ。そうなるよう仕向けたのは私だ。まあ」

 二人は共に、その口許に嘲りを浮かべて。

「それもこれも、全ては彼らが『弱い』から、なのだがね」
「『弱者』は強者の餌となる。フフフ、言うまでもねェ当たり前の話でしかねェなァ!」

 浅野の『教育』は今度も滞りなく最良の効果を発揮した。
 教師の説明を聞き実践する生徒のように、彼の演説を聞いた聴衆たちは皆一様に"殺意"を刷り込まれ、そのように行動を開始した。
 赤い痣、令呪を身に宿す者を探しだし、その都度殺すようにと。

 暴徒と化した民衆は正義の名の下に殺戮を繰り広げるだろう。
 その際、些細な行き違いや勘違いによって無為に命を落とす者も出るだろう。
 殺意の教育が薄れた時に、人々は自らが行った所業を激しく後悔するだろう。
 その過程で更に多くの人間が命を絶ち、全ての咎を向ける相手を求め、その矛先は浅野へと向かうだろう。

 そんなもの、浅野はこれっぽっちも知ったことではないが。

「民衆の暴動は良い隠れ蓑になる。そして炙り出しとしても非常に有用だ。
 つまるところ、"これ"に呑まれぬ者を見つければそれでいい。異常が大半を占めれば正常こそが異常となる、そして大勢からはじき出された異常を探し出すのは容易い」
「呑まれちまうマスターは放っておいても自滅する。強引な手だが悪くはねェな。今回ばかりは事後処理の心配をする必要がねェってあたりが特に、な」


780 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 15:01:25 gBVzU/B60

 この聖杯戦争は数日以内に終結する。勝ち上がり聖杯を手にしたならばもうこんな世界に用はなく、浅野は自分の元いた場所へと帰還するのみ。
 飛ぶ鳥跡を濁さず、などという殊勝な考えを浅野は持たない。たかが一人の人間如きに翻弄される弱者の群れ、そしてそれらの後始末など一考の価値すら存在しないのだ。

「私が求めるのは『強者』だよ。見つけ出した彼らを誘導し、相模湾に停泊する軍艦のサーヴァントに仕向ける。
 たった一日でこれほどまでに街を破壊し尽くす体力の余りっぷりなのだ、無駄にさせることなく余さず潰し合いに注いでもらうとしよう」

 理想としては相討ちの形に終わることだが、どちらかが生き残ったとしても相当の消耗を負わされるのは想像に難くない。
 幸いドフラミンゴは単独戦力としても中々の力量を持つサーヴァントだ。尋常なる決闘ならまだしも、手負いのサーヴァントを相手に負ける道理などない。そして不測の事態に陥ったとしても、こちらには虎の子の令呪が四画も温存されている。

 立場と情報収集能力において浅野を上回る陣営など他にはいまい。そして聖杯戦争における自分たちの立ち位置を知る者は浅野とドフラミンゴ以外誰もおらず、こちらが一方的に他陣営の情報を掴んでいる状態にある。
 状況は完全に自陣有利。バーサーカーが残した破壊工作と相まって戦略的にこちらを侵せる陣営などありはしないのだ。

「さて、あとは釣り出されるのを待つのみだが……ライダー、万が一に備えた防護策は万全かね?」
「勿論だぜマスター。このチンケな市役所も、おれの手にかかりゃァそこらの要塞すら目じゃねェ代物に早変わりだ」

 サングラスの奥の瞳を細め、ドフラミンゴは応える。そこにあるのは強者の余裕か。

「建物丸ごと一つ使った完璧な布陣だ。
 敷地内には蜘蛛の巣がきによる防御反応結界30層。全域に寄生糸による身体強化済みの職員138人を配置、その全員に『覚醒』強化済みの銃火器を装備させ、壁や廊下には接触感知式のトラップを無数に施してある。魔力に余裕があったから影騎糸による分身も総勢20体は各所に配置済みだ。
 馬鹿正直に乗り込んできやがったら例え三騎士だろうと仕留められる自負があるぜ。まあそこまで到達できる奴はどれほどいるんだって話なんだがなァ!」

 哄笑するドフラミンゴの言は、決して慢心でも誇張でもない。
 触れれば攻撃が射出される蜘蛛の巣の多重層、防御結界故に力づくの破壊が困難なそれらを仮に乗り越えた先に待つのは、弾糸が空間を埋め尽くす弾幕の嵐。そこから更に逃げ切ったとてただ歩くだけで致死の罠が絶えず襲い掛かる異界にも等しい建物内部を潜り抜ける必要があり、最奥で待つのは無傷のドフラミンゴなのだ。
 例えアサシンに潜入されたとて、二人が動くまでもなく早期の討伐ないし発見が可能であるだろう。

「まァあんたのおかげでやりやすくはあったぜマスター。乱の奴じゃこうはいかねェ、元村組のアホ共でもだ。こうして手を組めたのはラッキー……いや、運命だったのかもしれねェな!」
「そういう意味では我々を巡り合わせたランサーには感謝しなくてはならないな。そして、愚鈍な君の元マスターにも、ね」
「違えねェ!」

 二人に翻弄されて散っていったランサーと少年を想起し、ドフラミンゴは愉悦の笑みをこぼす。


781 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 15:02:08 gBVzU/B60

 ランサー。最初から最後までどこまでも愚かだった小娘。結局掌で踊る駒から脱することなく無様に死んでいった。
 乱藤四郎。自分は何をするでもなく戦争の趨勢をドフラミンゴに任せたきりの無能なマスター。だから最後には捨てられ、負け惜しみの絶叫を上げることしかできず死んでいった。
 どいつもこいつも自分が勝てると思いあがって、糞ほどの価値もない人間(ゴミ)と道具(カス)の分際ででかい口を叩いていやがったが。

「あァ、あいつらの死に様は傑作だったなァ。最期まで虫みてェに吠えてよ。
 だが吠えたところで現実は変わらねェ。運命も覆らねェ……!
 全てはおれたちの掌の上、良いように転がされてンのが人間(ゴミ)には相応しい。
 この戦争の始まりから終わりまで、そして未来永劫に!
 神たるおれには完勝が約束されてンだ、それすら分からねェ馬鹿共の吠え面ほど笑えるモンはねェよ!」

 弱者を踏み躙るのは強者の特権である。足元に集る蟻を潰そうが咎められる謂れはなく、また咬みつく窮鼠を捻り潰す快感は何とも言い難い。
 それが許されるのは天下にただ一つ、神たる天竜人であり、つまりこの世界においてはドフラミンゴ一人を除いて他にはいない。
 今この瞬間、ドフラミンゴは確かに世界の覇者なのだ。彼が覇を唱えるべきは偉大なる航路をおいて他にないが、それでも愉快な気分であることは間違いない。

「さァ永遠に踊れや間抜け共。最後の最期でおれたちに搾取されるためによォ……!」

 階下で蠢く民衆たちにも負けぬほどに、ドフラミンゴの熱狂は最高潮に達して。
























「───活動(アッシャー)」























 ───夜闇を切り裂く轟音と閃光が、灼熱の太陽であるかのように轟いた。

 鎌倉市役所、浅野たちの仮初の城が燃え落ちる。
 周辺地形ごと市役所を呑みこんだ業火は、次の瞬間には空へ立ち昇る巨大な火柱となって街並みを照らした。
 悲鳴も怒号もなかった。辺りはただ、コンクリートの焼け付く蒸発音が響くばかりで。それはあたかも不浄の温床が炎で清められているかのような印象を見る者に与えた。





   ▼  ▼  ▼


782 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 15:02:39 gBVzU/B60





「やった……?」
「いや、手応えがない。曲がりなりにもここまで生き残ったサーヴァント、この程度で死ぬような輩ではないということだろうよ」

 紅蓮に燃え落ちる市役所跡を見下ろして、二人の人影が言葉を交わす。
 一人は少年。少女と見紛うばかりの外見をした、失った右手の跡が痛々しい、短刀持つ和装の子供。
 一人は女。ナチスドイツの鉤十字をあしらった軍服を身に纏う、炎が映える赤髪の女。偉丈夫と言ってもそのまま通じてしまうのではないかと思うほど鍛え上げられたその体は鋼の如し。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ。糸使いの異能を持つ海賊のカリスマ、だったか。なるほど分かりやすい。
 事前情報が無ければ話は別だがね、こうも厳重に糸を張り巡らせたとなれば自分はここにいると喧伝してるに等しい。
 ……そら、巣を追われた蜘蛛が逃げ出してきたぞ」

 エレオノーレが指し示す視線の先、燃え盛る火の海から黒い影が飛び出してきた。別の誰かの首根っこを掴み、全力で駆けている。その顔は見覚えのあるもので、しかし優美さの欠片もない焼け爛れた装いと必死の形相は初めて見るものだったから。

「ライダー……」
「……乱か。ああなるほどなァ、テメエまだ見苦しく生き足掻いていやがったか」

 見下ろす少年と睨め上げる天夜叉の視線がかち合う。不遜な態度はそのままに、しかしドフラミンゴの語り口には隠し切れない怒りの感情があった。

「復讐でもしてやろうとここまで来たのか乱。チンケなサーヴァントをこしらえて、一丁前におれに挑みに来たのかクソガキィ!
 てめェみてェなガキが、一瞬でもおれに勝てると思い上がりやがったか! 世界一気高い一族"天竜人"たるこのおれに、てめェ如き三下が!」

 全身は黒煤と熱傷に覆われ、豪奢な服は見る影もなく焼け落ちて、それでもドフラミンゴの瞳から闘志が消えることはない。
 あるのは膨れ上がった自尊、放つは自らに逆らった者への殺意一色。彼は掴んだ浅野を放り捨て、勢いよく地面に掌をつく。

「おれの一番キライなことを教えてやるよ。見下されることだ……!」

 ドフラミンゴの掌を中心に、周囲がにわかに震えだす。
 固体であるはずの地面がまるで波打つ水面であるかのように。

「おれに使われる程度のクソガキが、調子に乗ってんじゃねえええええええええええええッ!!」

 喝破と同時、周囲30mの地面全てが突如として"白い糸束"となり、白亜の高波となって藤四郎らに殺到した。
 海原白波(エバーホワイト)。己の肉体のみならず接触した無機物に至るまで糸として操作する覚醒段階の能力。
 視界を埋め尽くし迫る糸の波を前に、それでも藤四郎は表情を変えることなく。

「うるさいよ」

 ───爆轟と、散らされる赤と白。
 藤四郎たちを避けるように白亜の大津波に巨大な穴が空き、糸の燃えカスがばら撒かれる。
 後ろから進み出るように、一歩、赤騎士は足を踏み込んで。

「下らん話は終わったか」
「うん、もういいよ」

 二人の背後に、巨大な魔法陣が現出し。
 そこから膨大な熱量が顔を見せ。
 二人は───

「ならば死ね」

 ───二人は、共に見下ろして。


783 : 鎌倉市役所爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2017/11/30(木) 15:03:02 gBVzU/B60



『C-3/鎌倉市役所跡地/一日目・夜』

【乱藤四郎@刀剣乱舞】
[令呪]0画
[状態]右腕欠損、大量失血、疲労(大)、精神疲労(大)、思考速度低下、令呪全喪失、右腕断面を焼灼止血
[装備]短刀『乱藤四郎』@刀剣乱舞
[道具]なし
[所持金]燃えた
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、いち兄を蘇らせる
0:鎌倉市役所はよく燃えますねぇ!
1:……僕は、戦う。
2:ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を殺す。
3:ランサー(結城友奈)の姿に思うところはある。しかし仮に出会ったならばもう容赦はしない。
[備考]
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)との主従契約を破棄されました。
現在はアーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)と契約しています。


【アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)@Dies irae】
[状態]魔力消費(中)、令呪『真実を暴き立てよ』
[装備]軍式サーベル
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:終わりにする。
0:――それが真実か。
1:黒円卓の誉れ高き騎士として、この聖杯戦争に亀裂を刻み込む。
2:戦うに値しない弱者を淘汰する。
3:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とアーチャー(ストラウス)は次に会った時、殺す
[備考]
ライダー(アストルフォ)、ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と交戦しました。
No.101 S・H・Ark Knight、ローズレッド・ストラウスの真名を把握しました。
バーサーカー(玖渚友)から『聖杯戦争の真実』について聞きました。真偽の程は後の話に準拠します。
乱藤四郎と契約しました。




【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]4画
[状態]魔力消費(極大)、疲労(極大)、全身の至る箇所に重〜中度の火傷、意識朦朧、執念
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]燃えた
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。
0:……
1:私は勝利する。
2:辰宮百合香への接触は一時保留。
3:引き続き市長としての権限を使いマスターを追い詰める。
4:ランサー(結城友奈)への疑問。
5:『幸福』への激しい憤り。
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。
ランサー(結城友奈)及び佐倉慈の詳細な情報を取得。ただし真名は含まない。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)と主従契約を結びました。


【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]全身火傷
[装備]燃えてボロボロの服
[道具]
[所持金]燃えた
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
0:ガキ共が調子に乗ってんじゃねええええええええええええ!!!
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。が、ランサーはもう用済みだ。
2:軍艦のライダーに強い危惧。
[備考]
浅野學峯とコネクションを持ちました。
元村組地下で屍食鬼を使った実験をしています。
鎌倉市内に複数の影騎糸を放っています。
如月&ランサー(アークナイト)、及びアサシン(スカルマン)の情報を取得しています。
乱藤四郎は死んだと思っています。

※影騎糸(ブラックナイト)について
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)の宝具『傀儡悪魔の苦瓜(イトイトの実)』によって生み出された分身です。
ドフラミンゴと同一の外見・人格を有しサーヴァントとして認識されますが、個々の持つ能力はオリジナルと比べて劣化しています。
本体とパスが繋がっているため、本体分身間ではほぼ無制限に念話が可能。生成にかかる魔力消費もそれほど多くないため量産も可能。

※市役所員は全員燃えました。
※避難民も燃えました。
※屍食鬼も全滅しました。
※影騎糸の分身も市役所に待機していた分は全滅しました。
※鎌倉市役所が全壊しました。
※用意されていた罠等も全て破壊されました。
※中の資料等も燃えました。


784 : 名無しさん :2017/11/30(木) 15:03:50 gBVzU/B60
投下を終了します


785 : 名無しさん :2017/12/04(月) 17:31:51 th4KOwlc0
投下乙です
順調と思いきや一瞬で叩き落されたドフラに草


786 : ◆GO82qGZUNE :2017/12/04(月) 20:35:00 INBQdTNA0
叢、スカルマン、ゆき、ハサン予約します


787 : ◆GO82qGZUNE :2017/12/04(月) 20:35:17 INBQdTNA0
投下します


788 : 影、蠢くものふたつ ◆GO82qGZUNE :2017/12/04(月) 20:35:49 INBQdTNA0


 情けは人のためならず。
 情けをかけてはその人の為にならない、という意味ではなく、
 情けをかければ巡り巡っていずれは自分に良い報いがあるという意味の言葉だ。

 それは何も、利益目当ての人助けを浅ましいと論うわけではなく、
 要らぬ不利益を被るというイメージの強い善行を、それでも推奨するための言葉なのだろう。

 善因には善果あるべし。
 救いの手は須らく万民を繋ぐべし。
 しかし忘れてならないのは、
 情けをかけた結果、誰も望まぬ不幸が訪れる未来もあるということ。
 善行も悪行も、深い思慮のもと行われることで、初めて善果と悪果をもたらす。

 これはつまり、ただそれだけの話なのだ。





   ▼  ▼  ▼





 黒く染まったスカルマンの腕が、のたうつ蛇のように跳ね上がった。
 接敵まであと三歩、というところまで迫っていたハサンは咄嗟に右腕を地面に突き立てて急停止。のけぞるように上体を逸らした次の瞬間には、銀光と化したスカルナイフが鼻先スレスレを掠め、ハサンは左腕と握られたダークによってその攻撃を振り払い、後方に跳躍して二撃目三撃目をやり過ごす。
 ハサンが着地するのと同時、スカルマンは一挙動に撥ね飛びハサンの頭上から刃を振りかぶっていた。
 地上のハサンが迎撃のために身構える。両足を僅かに開き、異様な長さの右腕を腰だめに構え、一直線に迫る槍の穂先に真っ向から対峙する。

 ───甘い。

 腕の射程に入る直前にスカルマンは槍を投擲、返す刃で懐から更に四本のナイフを取り出し瞬時に射出する。ハサンの頭上に閃く五つの銀光、前後左右から同時に襲い来るそれらは、サーヴァントの急所たる霊核一点を正確に狙っていた。
 ハサンの対応は早い。
 一瞬の躊躇もなく左前方へ踏み込みダークを一閃、逃げ場を塞ぐよう飛来したナイフを弾くと同時に右腕が動き、正面の二本も迎撃される。
 スカルマンが着地する頃には既にハサンは攻撃範囲を抜け出し、瞬時に敵の懐へと忍び込まんと駆け出しその身を一陣の颶風と化した。
 突き出される魔神の右手。
 スカルマンの痩身に触れようとしたその瞬間───切り上げるような一閃がハサンを襲い、咄嗟の判断で身を翻す。のけぞるように後方へ倒れ込み、滑らかな金属光沢を持つ刃が目の前三センチの空間を滑る。


789 : 影、蠢くものふたつ ◆GO82qGZUNE :2017/12/04(月) 20:36:50 INBQdTNA0

 山の翁ハサン・サッバーハと、夜闇の跳梁者スカルマン。共に尋常なる勝負を忌避するアサシンのクラスにあって、彼らはそれぞれ別個の理由によって互角の格闘戦を成立させていた。

 己の土俵にあらぬ真正面からの近接戦においてハサンが頼みを置くのは、その身体性能である。
 魔神シャイタンを身に宿す呪腕のハサンは、歴代ハサンにおいても例外的な身体スペックを持つ。筋力耐久敏捷の三項目だけを見るならばライダーどころか下手な三騎士にすら匹敵するステータスを誇り、純人間のアサシンにあっては他の追随を許さない域にあると言えるだろう。
 言ってしまえば獣の強さ、カタログスペックによるゴリ押しである。しかしそれでも彼を戦下手の無能と誹ることはできない。何故なら彼の本業はあくまで暗殺、戦うどころか敵の目の前に姿を現すことさえ本来は分野違いの行いであるのだから。

 遠心力に任せる形で後方に逃れ、流れるようにダークを放つ。尚も追い縋ろうと迫るスカルマンはただの一閃で三本のダークを弾き飛ばし、しかしその瞬間には体勢を整えたハサンがダークを片手にスカルマンの首を狙う。
 迎撃に足を止めたスカルマンにそれを防ぐ手立てはない。伸びきった腕では防御不可能、タイミングの問題から既に回避も不可能。勝利の確信がハサンの脳裏をかすめ、しかし次の瞬間には肉を斬るのとは程遠い甲高い金属音が辺りに反響した。
 回転する槍の穂先がダークの腹を強かに打ち付け、ハサンの手からその刃を弾き飛ばしていた。僅かな足の動きのみで足元のスカルスピアを跳ね上げ、ハサンの攻撃に合せて高速回転させたのだ。
 驚愕する暇もなく、目の前に迫る握り拳。直撃すれば頭蓋を一撃で粉砕するナックルガードを寸でのところで回避し、ハサンは更なる後退を余儀なくされた。

 油断なく残心の構えを取るスカルマンは、ハサンとは対照的な戦闘スタイルを持っている。拳の間合いに歩法、理合、呼吸の妙。純粋な戦闘技量による技の数々、すなわち戦士としての力だ。
 スカルマンは"闇に潜む者"としての側面が強く信仰された故にアサシン適性が高いサーヴァントであるが、その本質は暗殺者ではなく戦士である。それも尋常な人間の戦場で戦ってきたのではない、人を超えた魔獣にも等しい新人類を相手に真っ向から絶滅闘争を挑んだ、獣狩りの英雄なのだ。
 その点から見れば、この戦いはハサンの側が圧倒的に不利なものと言えるだろう。スカルマンにとってスペックだけが頼りの猪武者など取るに足りない。生前から己よりも強大な敵と戦い続け、その悉くを討ち滅ぼした彼にとってこの程度は苦難にすらなるまい。

 真っ当に戦っていてはハサンの敗北は揺るぎない。まして現状の彼は思考と行動の制限を受けており、目の前の状況に対して適切な行動が取れない以上は尚更だ。
 それは自明の理である。
 故に、ハサンは逆転の手段を手繰り寄せようとしていた。
 宝具───妄想心音の使用である。

(しかし……こやつ、隙がない)

 妄想心音ザバーニーヤ。敵対象の心臓をコピーし、その鏡面存在を握りつぶすことによって対象本人の心臓をも破壊し呪殺を成立させる、歴代ハサンの編み上げる奥秘の一。
 対人に関しては文字通りの必殺故に、如何な状況からも逆転を狙える一撃ではある。しかしそれでもハサンにとっては苦しい状況と言わざるを得なかった。

 妄想心音の欠点に、敵対象に直接接触しなければならないという制約がある。普段ならば腕の長さがその弱点を補うのだが、そもそもこの宝具は暗殺に用いて初めて真価を発揮する。
 端的に言って、真正面からの闘いにおいて間合いの有利程度で敵に接触できるほどの腕を、ハサンは持っていないのだ。同じく暗殺型のアサシンや、肉弾戦を不得手とするキャスター、理性を失ったバーサーカーなら容易いだろう。しかし眼前の相手は紛うことなき戦士、開戦間もなく黒布に包まれた右腕の異常を察した手練れである。
 見抜かれた以上最早隠す必要なしと両腕を以て応戦しているが、現状のハサンは防戦一方にまで追い込まれている。瀬戸際のところで何とか拮抗を保っているが、果たしてそれもいつまで保つものか。


790 : 影、蠢くものふたつ ◆GO82qGZUNE :2017/12/04(月) 20:37:37 INBQdTNA0

 ハサンの勝利条件は二つ。
 一つは当然として敵アサシンの打倒。そしてもう一つは、十分な時間稼ぎだ。
 この身にかかっている戦闘の強制さえ解けたならば、最早ハサンに戦う理由はない。単純な敏捷性とアサシンとしての技量で勝っている以上、逃げに入れば追い縋れることもない。
 つまるところ倒せずとも拮抗状態を維持できればそれでも構わないのだが、押し切られるのも時間の問題であるという点がいただけない。
 ハサンに残された活路は、敵手の打倒をおいて他にない。
 そして彼に残された逆転の可能性は妄想心音を置いて他になく。

「柘榴と散れ───!」

 もう幾度目になるかも分からない必殺の一撃を繰り出し、それまでと同じようにあっさりと躱される。
 返す刃を辛うじて弾き返し、ハサンは猛る思考を押さえつけか細い勝利への道を模索するのだった。





   ▼  ▼  ▼





(互角……いや、今のところこちらが優勢といったところか)

 戦場からある程度離れた木の枝に乗る叢は、己がサーヴァントたるスカルマンの戦いをそう評した。
 敵手もまた同じアサシン。しかし何某かの理由か、気配遮断を行わないまま奔走していたところを発見し攻撃に移ったのがつい先ほど。
 アサシンの厄介さは他ならない自分たちこそが熟知している以上見逃す道理はなく───果たして同種同士の潰し合いは、現状スカルマンの優位として進行していた。
 戦士としての力量もあるだろうが、相手のアサシンの不調も理由としては大きいだろう。彼のアサシン、スカルマンと同じく白い髑髏面を被った黒い影は、どうやら一種の暴走状態にあるようなのだ。
 狂化であるのか精神操作であるのか、あるいはただの焦燥か。彼のアサシンには闇に潜む者としての精彩さの一切が欠けていた。
 それは叢たちにとっては紛れもない好機であったが、同時に何か釈然としないものを感じさせた。
 彼のアサシンは直接戦闘ではスカルマンに遅れを取る程度のサーヴァント。それは純粋な力としては弱輩ということだが、しかし叢は油断しない。ここまで生き残っている者に弱者は一人としていない。生き残るに足る"何か"を必ず持ち合わせているはずなのだ。
 仮にスカルマンと敵手のアサシンの総合力を同値であるとして、直接戦闘力で劣っているならば、代わりに何か別の分野で優れた力を備えていると考えるのが妥当だ。スカルマンが暗殺者としては邪道であることを踏まえれば、それはおのずと隠密・諜報能力であると推察できる。


791 : 影、蠢くものふたつ ◆GO82qGZUNE :2017/12/04(月) 20:37:56 INBQdTNA0

 アサシンとしては王道だ。
 しかし、だとすれば何故ここまであからさまに衆目に姿を晒す?

 叢には一つ心当たりがあった。
 精神操作───人を幸福の眠りに落とす怪異。
 隠されるように安置された、覚めない眠りに沈むマスター。
 この位置からでも確認できた白亜の天球結界。
 その方向から逃げるように疾走してきたアサシン。
 その向かう先は、叢が少女を拾った箇所とぴったり符合する。
 つまり……

(我が仕掛ける、という選択もあるか)

 叢の手には、眠りに落ちた幼子のマスターがある。
 今も木陰で寝息を立てる無垢な少女だ。利用価値があると踏んで連れてきた人質兼交渉材料だ。
 仮に叢の考えが正しければ、この一戦のみならずこれから先の聖杯戦争でも優位に立てる展開があるかもしれない。

(アサシンが出会ったという黒衣のアーチャー……アレへの対抗策にはスカルマン以上の高位隠密能力を持つアサシンが欲しい。
 やれる……か?)

 無論、血気に逸って矢面に突出するような愚を、叢は犯さない。打って出るのは確信が持てたその瞬間だ。
 少女を交渉に使えたならば言うことはなし。
 このまま戦いが推移しても、その時は厄介なアサシンを一騎退場させるだけ。
 どちらに転がっても叢たちに損はない。

 故に平常心を保ったまま、叢は見守る。
 己が侍従の戦いを、暗殺者同士の影の戦いだけを。

 視界の端で廻る時計から目を逸らしながら。
 見守る───





   ▼  ▼  ▼





 そして事態の中枢にいる少女は、何も見ることなく夢に沈み続けていた。

 少女はもう目覚めることはない。喪失だけが残る現実に未練はなく、耐えられない痛みに彼女は安楽へと逃避した。
 それを弱者の醜さであると、弾劾できる者は果たして何処にいるだろうか。
 何処にもいない。ただ哀れなだけだ。
 少女はついぞ、世界の何も見ることはなかった。そして少女のサーヴァントもまた、彼女を見ることがなかった。

 そのどちらにも悪意はなく、そのどちらもが互いを思いやった。
 親愛と忠義。
 無垢と秩序。
 善因に依った二人の結末は、しかし決して善果という報いには至らない。
 結果をもたらすのはいつだとて、善悪の違いではなく意志力の絶対値であるために。

 故に少女は眠り続ける。
 夢を夢と思わなければそこは現実となり、
 少女が少女を騙し続ければそこは確かな世界となる。

 失うことはない。
 死ぬこともない。
 家族も、友人も、仲間も、未来も、笑顔も、望む全てがそこにはある。


 丈倉由紀は、確かにここにいる。
 ここには夢がちゃんとある。


 少なくとも───

 少なくとも、彼女自身はそう思い続けている。


792 : 影、蠢くものふたつ ◆GO82qGZUNE :2017/12/04(月) 20:38:22 INBQdTNA0


『A-3/六国見山周辺/一日目・夜』

【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night】
[状態] 魔力消費(中)、焦燥、傾城反魂香の影響下(現在の影響:大)、疲労(中)、精神疲労(中)
[装備]
[道具] ダーク
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:由紀を守りつつ優勝を狙う。状況が収まり次第迎えに行きたい。
0:アサシン(スカルマン)に対処。
1:由紀を目覚めさせる手段の模索。『幸福』のサーヴァントは倒されたはずだが……
2:アサシン(アカメ)に対して羨望と嫉妬
3:セイバー(藤井蓮)とアーチャー(東郷美森)はいずれ殺す。しかし今は……
[備考]
※B-1で起こった麦野たちによる大規模破壊と戦闘の一部始終を目撃しました。
※セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)の戦闘場面を目撃しました。アーチャー(東郷美森)は視認できませんでしたが、戦闘に参加していたことは察しています。
※傾城反魂香によりある程度思考に誘導が掛かっています。しかし術者の死亡により時間経過で徐々に影響は無くなっていきます。


【アサシン(スカルマン)@スカルマン】
[状態] 疲労(小)
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、敵を討つ。
1:アサシン(ハサン・サッバーハ)に対処
[備考]
※現在叢とは別行動を取っています。
※ランサー(結城友奈)、アーチャー(ストラウス)を確認。


【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)、迷い? 視界の端で黒い秒針が廻っている。
[装備]包丁、槍(破損)、秘伝忍法書、般若の面
[道具]死塾月閃女学館の制服、丈倉由紀
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる。
0:アサシン(ハサン)と少女の関係が明らかになり次第、適時行動を開始する。
1:アサシン同士の戦闘を見守り、随時マスターとして援護する。
2:眠り続ける幼子(由紀)を利用する手段を考える。
[備考]
現在アサシン(スカルマン)とは別行動を取っています。
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
エミリー・レッドハンズをマスターと認識しました。
現在丈倉由紀を確保しています。ハサンとの交渉に使えそうかもと思っています。



【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[令呪] 三画
[状態] 昏睡、叢に抱えられてる、衰弱進行(大・進行速度が加速)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:必要なし。彼女は既に何も考えることがない。
[備考]
※サーヴァント同士の戦闘、及びそれに付随する戦闘音等を正しく理解していない可能性が高いです。
※『幸福という名の怪物』に囚われました。病原は除かれましたが今もなお起きる気配はありません。
※叢に拿捕されました。
※夢なんてどこにもありません。


793 : 名無しさん :2017/12/04(月) 20:39:02 INBQdTNA0
投下を終了します


794 : ◆GO82qGZUNE :2017/12/12(火) 00:54:11 ewwQVh6M0
エミリー、シュライバー予約します


795 : ◆GO82qGZUNE :2017/12/12(火) 00:55:10 ewwQVh6M0
投下します


796 : 見えざる者の夜 ◆GO82qGZUNE :2017/12/12(火) 00:55:43 ewwQVh6M0





 動く者なき静寂の空間に、雫の垂れる音が響く。
 ぴちゃん、ぴちゃんと規則的に落ちる雫は水たまりに波紋を描き、水面に映る月影をその度に揺らしていた。

 ぶつ切りにされた人体の破片が散らばる路地を、エミリー・レッドハンズは言葉無く彷徨う。
 一歩を踏み出す毎に、雨も降っていないはずなのに反響する水音。白い月明かりを背に歩く少女の、焦点の合っていない目はどこか虚ろだった。

 鮮血と肉片と臓物満ちる惨状を往く彼女は、まるで幽鬼のようで。
 けれどもその瞳に、昏い意思は尽きることなく───





「レッスン1。エイヴィヒカイトは人の魂を扱う」

「魂を燃料に超常の力を発現させるのがエイヴィヒカイトなわけだけど、僕が言いたいのはそれじゃない」

「単純な話でね、聖遺物の使徒は魂を吸えば吸うほどに強化されるんだ」

「百人殺せば百人分の、千人殺せば千人分の、命と力を得てそれに比例して死に難く、感覚も含めた身体能力が増強されていくってのが術理の基本骨子さ」

「単純な不死性にしても、蓄えた魂分殺せばいいってものじゃない。魂の総量に比例した霊的装甲を身に纏うことで肉体の耐久度も格段に上昇する」

「今の君でも拳銃程度じゃ傷つかないくらいには硬くなってるんじゃないかな?」

「そういうわけで、手っ取り早く強くなりたいってんなら簡単なことさ。分かるだろう?」

「手当たり次第に殺してまわればいい。それだけで、君は今よりずっと強くなれる」





797 : 見えざる者の夜 ◆GO82qGZUNE :2017/12/12(火) 00:56:09 ewwQVh6M0


 シュライバーの言っていることは、どうやら本当のことだったらしい。
 活力が満ちる。体の内側から熱くなって、激しい高揚感が全身を駆け巡る。
 全身を満たす充足感は、決して殺人の快楽であるとか閉塞の打破から来る精神的なものに留まるまい。

 人を殺せばその魂を回収し、吸った分だけ強くなる外法。
 単純で悪辣で何より荒唐無稽だが、なるほど確かに、実現してしまえばここまで凶悪な代物もそうない。
 単純だから隙がない。悪辣だから躊躇もいらない。荒唐無稽だからこそ、現実に現れれば文字通りの悪夢だ。

 殺害遺品のようにオリジナルの狂気性が具現した異能が容易に発現しない分、単純な強化率で言えばこちらのほうが圧倒的に高い。
 どちらがより強力か、より有用かなどと、その場の状況や使用用途によっていくらでも変わるのだろうけど。
 少なくともエミリーにとっては、こちらのほうが性に合う。

 ……そんなような、気がする。





「レッスン2。エイヴィヒカイトには位階が存在する」

「分かりやすく言えばレベルだね。全部で四段階あって、君はレベル1。ちなみに僕はレベル3」

「活動、形成、創造、流出。聖遺物の使徒の強さは魂の保有量に比例するけど、位階の違いも大きく関係する。というかメインはそっちかな」

「位階が一つ違えば強さも桁外れに跳ね上がる。よっぽどの例外でもない限り、下の位階の奴が上の位階相手に勝てる道理はない」

「特にレベル1……活動は完全に扱いきれてない都合上、暴走の危険もあるからね。できるだけ早く形成位階に到達することをお奨めするよ」

「方法? 知らないよそんなの。僕らは早々に卒業しちゃったからねぇ、基準を底辺に合せる趣味はないんだ。
 ああでも、ヴァルキュリアの後釜はそこまでいくのに数年かかったとか言ってたっけ? 彼女がいれば色々聞けたかもしれないけど、無いものねだりしても仕方ない」

「とりあえず殺しまくってみればいいんじゃない? 幸い活動位階の能力は初動が速い上に不可視だから、大量殺戮には向いてる代物だし」

「一万人くらい殺す頃には身体に使い方がしみ込んでるだろうさ。どれだけ頭が足りてなくても反復学習は有効だからね」





798 : 見えざる者の夜 ◆GO82qGZUNE :2017/12/12(火) 00:56:29 ewwQVh6M0


 確かにこの力は、無力な一般人を大量に殺す分には非常に有用なものだった。
 見えない刃を素早く広範囲に散らせる活動は、往来を埋め尽くす人の群れを瞬時に狩りつくした。
 胴体手足の区別なく寸断し、切断に切断を重ねた肉片は空中で血煙となって霧散した。人の形を保つどころか、そもそも肉塊として地面に転がることのできた者はまだ幸運な部類だったと言えるだろう。大半の者は粒子のレベルまで切り刻まれ、辺りを満たす血の海の一滴と成り果てた。

 彼らが一体どんな人々であったのか。
 エミリーは知らない。考えもしない。

 街の異変に怯え逃げ惑う無辜の民であったのか。
 訳も分からず飛び出して、あるいは恐怖によって凶行に及ぶ衆愚であったのか。
 目の前の異常事態にただ目を輝かせ熱狂する、痴れた盲目の輩であったのか。

 エミリーは知らない。考えもしない。
 血に愉悦する快楽殺人鬼でも、血の道に殉教する求道者でもなく。
 既に彼女は、人の死を"統計"として観測する者となっていたから。

 人とは数。自らの内に取り込まれる魂の総量。
 エミリーは、人をそのようなものとしか見ることができなくなってしまったから。

 だから、彼女は───





「レッスン3。渇望について」

「さっき位階を上げる方法なんて知らないって言ったけどね。実はあれ、半分は嘘なんだ」

「なんせこれに関しては言ったところで意味ないからね。むしろ知識が先入観になって成長を妨げる恐れすらある」

「でもまあ、そんな悠長なことは言ってられないみたいだし」

「君も聞きたがってるしね。いいよ、言ってあげようじゃないか」

「聖遺物の使徒の強さは、さっき言った通り魂の総量と位階の高さの相乗で決定される。それは間違いない」

「けどね、強さを決めるファクターは他にも存在する。忘れてないかな? エイヴィヒカイトを扱う本人だって魂を持ってるんだ」

「つまり"当人の魂の強さ"が第三の要素ってわけさ。そこらの雑多な人間の魂には誤差程度の違いしかないけど、僕らは元から超人だったのが魔人錬成で更に強化された存在だ。その身一つで常人を遥かに超える強度の魂を持っている」

「その強さを決定するのが"渇望"。どれだけ狂信的な思いを抱いてるか、強く願えば願えるほどにその魂は輝きを増す」

「つまるところ、そんな渇望を持ってさえいるなら簡単に上の位階に行けるのさ。そして当然だけど、肉体や技術と違ってそんなものは意図的に習得することができない」

「言ってしまえば心のありようだからね。訓練するとか学習するとか、そんな道理が通じない次元の話になるのさ」

「翻って、君は狂信に足る"何か"を持っているのかな?」

「今までのちっぽけな人生の中で、そういったものを得ることができたかな?」

「心当たりがあるなら───精々祈ればいい」

「泣いて喚いて叫び尽くして、夢よ叶えと願えばいい。狂信すらできない奴に、現実を捻じ曲げることなんかできるわけないんだから」





799 : 見えざる者の夜 ◆GO82qGZUNE :2017/12/12(火) 00:57:11 ewwQVh6M0


 狂信と彼は言った。
 狂おしく願う何かがあるなら、それを強く祈ればいいと言った。
 信じるものは、ある。
 欲しくて欲しくてたまらなくて、失いたくないと心の中で万も億も叫び続けた願いがある。

 ───パパ……

 エミリーは心の中で呟いていた。

 ───パパ、パパ、パパ、パパ、パパ!

 エミリーは心の中で叫んでいた。
 駄目だ、まだ足りない。まだ勝てない。まだ見えない。
 わたしのパパを思う気持ちは、こんなものじゃない。

 愛を求めた。それのみを願った。
 何もかもを失くした自分に、パパは何もかもを与えてくれた。
 だからわたしは、パパさえいてくれるならそれでよかった。
 それだけで、よかったはずなのに。

「パパ……」

 茫洋と呟く。
 心の中だけじゃなく、はっきりと自分の口で。

 呟く。
 秘めた想いの形のままに。

「パパ、今までどこいってたの……?
 ほら、ジャックとペーター、もうこんなに大きくなったんだよ。みんな良い子で、なかよしで、ずっとずっといっしょ……」

 ただ情景を思い浮かべる。叶えたい望みを、手を伸ばす願いを、溢れ出るがままに言の葉に乗せる。
 文脈として成立しない小節の羅列は、しかし他ならぬ彼女の中にあっては何よりも尊い言葉として成立していた。
 謳うその様は詩劇のようで、朧気な月の明かりの下、揺れ歩く少女の姿は一種の神秘性すら感じさせた。

 あるいは、その光景を見る者があればこう口にするかもしれない。
 不思議の国のアリスと。

「───パパ」

 誰も見えず、誰にも届かない無意味な呟き。
 しかしそれは、心の全てを吐き出したかのような、とてもとても、愛おしそうな呟きだった。






『D-3/市街地/一日目・夜』

【エミリー・レッドハンズ@断裁分離のクライムエッジ】
[令呪]二画
[状態]活動位階、魂損耗(中)、思考混濁、疲労(大)、精神疲労(大)、全身にダメージ、身体損傷(急速回復)、殺人衝動(小・時間経過と共に急速肥大)、"秒針"を摂取
[装備]鮮血解体のオープナー(聖遺物として機能、体内に吸収済み)、属性付与済みのナイフ複数。
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。皆殺し
1:自分の力を強化する。
2:敵を殺す。
3:その後でシュライバーも殺す。
[備考]
※魔力以外に魂そのものを削られています。割と寿命を削りまくっているので現状でも結構命の危険があります。
※半ば暴走状態です。
※活動位階の能力は「視認した範囲の遠隔切断」になります。
※最低でも数十人単位の魂を吸奪しました。


【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]ルガーP08@Dies irae、モーゼルC96@Dies irae
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。
1:サーヴァントを捜す。遭遇次第殺し合おうじゃないか。
2:ザミエル、マキナと相見える時が来たならば、存分に殺し合う。
3:エミリーにもそこそこ見どころがあったみたいだ。
[備考]
みなと、ライダー(マキナ)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
イリヤ、ギルガメッシュの主従を把握。


800 : 名無しさん :2017/12/12(火) 00:57:30 ewwQVh6M0
投下を終了します


801 : ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:21:20 j5zCPVhU0
投下します


802 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:22:12 j5zCPVhU0



 窓にぶつかり続ける蠅。
 彼を見る度に、いつもそんなイメージを心に思い描く。
 ブブブとにぶい音を立てて、力いっぱい硝子にぶつかる小さな蠅。そこにある透明な物質を理解できずに、何度も何度も頭をぶつける馬鹿な蠅。

 彼を見る度に、いつもそんなイメージを心に思い描く。
 蠅は飛ぶ。無言で飛ぶ。
 無言で飛んでまたぶつかって、ころりと転がって、不思議そうに窓の向こうを見つめたりする。


「そこにはガラスがあるんだよ」


 時折、蠅に呟いたりする。


「才能ないんだから」
「背、伸びないんだから」
「夢でしかないんだから」
「外には出られないんだから」


 そして、


「世界はもう、滅びちゃったんだから」


 だからもうやめなよ、と、彼に言ってみたりする。

 でも彼は蠅がそうであるように、少女の言葉なんてまるで分からないみたいな顔をして、また、ふっと窓の向こうに行こうとするのだ。

 その羽が折れても。
 その脚がもげても。
 その瞳が潰れようとも。





















 例題です。

 世界の救済とは?















   ▼  ▼  ▼


803 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:23:02 j5zCPVhU0





 そこに音はなかった。
 そこに声はなかった。

 静寂と、無言の祈りが空間に満ちていた。

 そこは暗闇。
 黄金螺旋ではあり得ぬ影の連なり。
 神々の玉座へ至る階段か。

 ひとりの少女が宣言する。
 傀儡たる三人へ。静かなる決意を込めて。

 周囲に満ちた暗がりの中に何かがある。
 それは、蠢く闇だったか。
 それは、赤い瞳だったか。

 無数のそれらに無言で取り囲まれたまま。
 その少女は、言葉を。

 ───穏やかに。
 ───穏やかに、けれど僅かに震えを残して。

 ───謳うように。
 ───謳うように、けれど強い想いを込めて。


「そしてボクは願いを叶える」

「それは想い。
 それは想いの果てへと至る、我が狂おしき情念」

「そのためならばボクは何をも犠牲にしよう。
 世界とそこに住まう数多の人々だろうと。彼らが紡ぐ無数の明日と希望だろうと」


 静かに告げて。
 少女であった道化は、深い笑みを浮かべる。

 人のような笑みではあるが、
 骸のような笑みではあった。

 石英で作られた仮面のような、およそ暖かみの感じられない笑みであった。


804 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:23:37 j5zCPVhU0


「けれど」

「けれど、ボクはこうも思う。
 この恐怖がもしも幻想であってくれたらと」

「けれど、ボクは知ってしまった。
 時計仕掛けの大偏差機関《アーカーシャ》により、
 封印された都市に訪れた15年の意味を知ったボクは」

「この恐怖が紛うことなき事実であると。
 内で滾る情念さえ、抗うことはできない」


 嘲笑に歪む少女の顔。
 その顔が、恐怖に。正確に、恐怖の形に変わる。
 人に在らぬ道化が、まるで人であるかのように。予め用意していたかのように。
 故にそれは、少女の心を、足を絡め取る。漆黒の荊の蔓がそうであるのと同じくして。


「ならばボクは戦おう。
 誰に否定されようとも。何に道を阻まれようとも」

「たった一人を救うまで」

「例え世界そのものが敵であろうと。
 ボクは、この身尽きるまで抗おう」

「この身を苛む恐怖。
 この想い届かぬままに」

「もしも、死が二人を別つのだとしたら───」


 その恐怖の赴くままに。
 その願いの行き着くままに。
 遍く理想を胸に抱き、
 蠱毒の儀たる聖杯戦争を完遂せよと。

 《奪われた者》たちへと語りかけ───





   ▼  ▼  ▼


805 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:24:24 j5zCPVhU0





 ───第一の《奪われた者》
 ───それに伴う過去の再編とは。

 その者、愛しき人間の《復活》を望みし魂なれば、かの者なくして生きられぬ。

 故に彼は32の命を顕現し、故に彼女は《神》との融合を果たす。

 しかして命なき彼らが《願いの果て》に至ること叶わず、想いはただ夢想となりて消えゆくのみ。

 第一なりしは敗残者の物語。

 己が支配者であるなどと思い上がった、真実に気付けぬ愚者たちの寓話である。





   ▼  ▼  ▼


806 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:25:14 j5zCPVhU0





「針目縫。我が傀儡」

 語りかけるは道化の声。
 受け取るは意志の光失くした女であるのか。

 暗がりの中にその者はいた。
 金糸の髪を暗闇に溶かした、狂ってしまった童女の姿。

「君には心底失望したよ、哀れで惨めな糸操り人形。
 愚かなことは別にいい。人形に知性など期待しないから。
 悪なることも別にいい。人形に善性などあるはずないのだから」

 侮蔑の言葉に、しかし童女は何も返すことがない。
 その目は望月であるように見開かれ、およそ何の正気も感じさせない。口すら茫洋と開かれて、そこから漏れるは意味のない呻きであるのか。

 構うことはないと道化は断じる。
 そう、構うことなどないのだ。知性も善性も、そんなものは何一つとして人形には必要ない。
 けれど。

「けれど無様なまでに弱いこと、そのことだけは許せない。
 殺すだけが能の道具が、それすらできないなら正真正銘ただの塵屑だろうに。
 滑稽だよ高次縫製師。君の声はもうどこにも届かない」

 道化の声には嘲りが含まれている。
 対する童女は、無言。

「第一なりしは敗残者の物語。けれど、かの大公爵には他にも逸話があってね。
 特に狂ってしまったというところがいい。狂気なんてもの、所詮は現実を前に意志を捨て去った惰弱でしかないけど、サーヴァントシステムに当てはめれば話は別だ。
 バーサーカーは力の足りない英霊を一端のものにするためのクラスなんだろう? だったら君にはお似合いじゃない」

 道化はタクトを揮う指揮者の如く、その指を持ち上げる。
 つられるように、意志なき傀儡と化した狂戦士は立ちあがり、その総身を闇の中に浮き上がらせた。

 黄金に染めた絹糸を束ねたかのような髪をした、未だ幼き少女の姿をした女だった。彼女はロリィタファッションにその身を包み、均整のとれた顔と相まって作り物めいた雰囲気を醸し出している。
 何より特徴的なのが、左目を覆う眼帯。そして右肩の付け根からその威容を誇示する、武骨で巨大な鋼の義手であった。
 もしもその身体的欠損と、白痴を思わせる精神的欠損が無ければ、さぞや美しく庇護欲を掻きたてる少女であったことだろう。彼女は文字通り人形のような模造品の美を持っていたが、完成されたビスクドールのそれとは違い、つぎはぎのパッチワークを思わせる歪さが介在していた。

「さあ、階段を下りなよ。君の願いは未来永劫決して叶うことはないけど、焦れた想いに従ってどこまでも駆けるといい。
 大公爵のように、歪められてしまった32の子供たちのように。君もまた愛しき者の《復活》を願う者なのだから」

 憂いを帯びた緋の瞳がある。
 陶器のような白い肌も、造花の茎であるような細い手足も、これより巻き起こる殺戮と血の宴にはまるで似合わない。
 けれど彼女は殺すのだ。ただそうであるようにと望まれたがため、実際にそうならなければいけない哀れな魂。

 歪な少女は背を向け、影の連なりたる階段を下りていく。

 その一瞬だけは、道化ではなく少女として。
 その背を見つめ、憐れむような声で呟く。

「さようなら、針目縫」





807 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:26:18 j5zCPVhU0





Answer:全てはママの手の中に





【クラス】
バーサークセイバー

【真名】
針目縫

【ステータス】
筋力A 耐久A+ 敏捷A 魔力C 幸運B 宝具B

【属性】
混沌・狂

【クラススキル】
狂化:A+
筋力を3ランク、その他全ステータスを1ランク上昇させる。
代わりに理性の全てを剥奪される。

対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

騎乗:D
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。

【保有スキル】
《奪われた者》:-
人のかたちを持ちながら、人ではない者たち。
人ではなく、人であったかもしれない者たち。
異形都市を保つ根源によって、彼らの"かたち"は保たれる。

高次縫製師(グランクチュリエ):-
狂化によりこのスキルは失われている。

神出鬼没:-
狂化によりこのスキルは失われている。

【宝具】
『生命戦維の怪物(カヴァー・モンスター)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
針目縫という英霊の肉体そのもの。
彼女の身体は生命戦維で出来ており、そのため高い身体能力と再生能力を併せ持つ。
また、この宝具を応用することで自己の分身を生み出すことも可能。
生命戦維の彼女を傷つけたくば同ランク以上の宝具で攻撃するか、一撃で滅殺するだけの火力を用意する必要がある。

『《打ち砕く王の右手》』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1〜10 最大捕捉:1
圧死を司る鋼の権能。
御伽噺の鉄の王の右手により、超質量を以て対象を打ち砕く。

これは圧し潰されることで命を失った彼女に与えられた、仮初の王の力。
とある悲劇から産み落とされた無数の明日の一つ。
されど紡ぐ運命を守り切った数式医と子供たちの、果て無き意思と想いはどこにもなく。
故に是は偽王の右手。赫炎ならざる愚者に宿った、想い無き暴威に堕した力そのもの。

【weapon】
片太刀バサミ@キルラキル。生命戦維を裁つことができる。

《打ち砕く王の右手》
針目縫の失われた右手に代わり取り付けられた鉄の王の腕。

【人物背景】
第一の《奪われた者》。代償は狂化、司るは圧死の権能。
思慕託す者の復活と誕生を願った、意思なき女の哀れなる末路。
狂ってしまった大公爵の想いに呼応して力を得た女は、原初の衝動に従って遍く総てを破壊するのみ。

【サーヴァントとしての願い】
傀儡に願いなど必要ない。
あるのは強さだけでいい。






   ▼  ▼  ▼


808 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:27:13 j5zCPVhU0





 ───第二の《奪われた者》
 ───それに伴う愛憎の真実とは。

 その者、《愛》を求めし魂なるも、不条理により全てを喪失した弱者なれば。

 輝ける未来を謳歌するはずであった子供たちは、しかし崩壊する世界に呑まれ反転する。

 遍く総てに救済を、斯く在れかしと祈られた救いは耐えられぬ現在を前に砕け散るのみ。

 故に彼らは彼/彼女に非ず。ここに在るのは鏡像の対存在である。

 第二なりしは忘却者の物語。

 ただ一人の愛を求め、しかして忘却の果てに置き去りにされた、過去再生者にして現在増殖者の物語である。





   ▼  ▼  ▼


809 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:27:50 j5zCPVhU0





「何故私を喚んだの」

 怜悧そのものである声で、その少女は尋ねた。

「君が世界の終焉を望んでいるからだよ、東郷美森」

 対する道化もまた、少女の姿で応えた。

「そんな理由で? だとしたら貴女、性質の悪い自殺志願者か何か?
 笑えない冗談はやめてほしいわね」

「冗談なんかじゃないさ。君もまた冗談じゃなく本気で事を為そうとしているのと同じように」

 東郷美森と呼ばれた少女の顔が不愉快そうに歪んだ。
 対面の道化の言葉、自身の心中、そしてこの状況の全てを理解した上で、彼女は一切を不愉快であると断じたのだ。

「言いたいことは分かるよ。つまりボクが何を目的として君を喚び出したかってことだろう?
 実のところ、君の抱く願いの内容自体は然して重要じゃないんだ。大切なのは絶対値。何を犠牲にしてでもその願いを叶えるという、欲望の大きさだよ。渇望と言い換えてもいい」

「私にはその要望に応えられるだけの欲があると?」

「そうでなきゃ君はここにいないさ。救うにしろ滅ぼすにしろ、世界なんて大仰なものを持ちだすくらいの大馬鹿なんだからね」

「……分かって呼び出す貴女は、どうなのかしら」

「勿論ボクだって同じさ。でもそれがどうしたって? 賢しらに吐き捨てられる綺麗事なんかで何かが変わるわけじゃないと、君も知っているはずだよ。
 正気にては大業ならず、狂気にまで堕ちない愛など愛ではない。それくらいしなきゃ、"願い"なんて叶うはずがない」

 その言葉を受けて、美森は何かを考え込むかのように、深く目を伏せた。
 沈黙が二人の間を満たす。
 そして美森は、決然とその顔を上げて、言い放つ。

「確かに、私は世界の在り方が許せない」

「……へえ」

「理屈として理解することはできる。けど納得はできない。
 勇者システム、神樹の加護。聞こえは良いけど要は単なる生贄よ。ボロボロに擦り切れるまで使い倒されて、あとは厄介払いに祭られて……そんなの、私は認めない」

 自分たちが戦わねばならない理由は、美森にも分かる。
 勇者の死によってかろうじて生き永らえる、神樹と人類。
 子供たちの犠牲なくしては成り立たない、あの世界。

 何も知らず暮らす人々が憎いと思ったわけではない。
 自分たちが助かるなら人類全てが死ねばいいと、思ったわけでもない。


810 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:28:16 j5zCPVhU0

 ただ。
 自分たちが戦う理由も、守りたいと思った友達も、彼らと過ごした思い出さえも消えていくというのなら。
 そんなもの、耐えられるわけがないではないか。

「私たちは満開を繰り返し、体も心も失い……いつか大切な思い出や、楽しかった日々の記憶さえも奪われて……
 それでも戦い続けなければいけないなら、私達にもあの世界にも、未来なんてないじゃない!」

 あの凶行に及んだ理由は、きっとそれだけ。
 傷つくのが自分なけなら良かったと、勇者部の仲間を巻き込むことがなければ良かったと。そう心の中で百も千も悔やみ続けて。
 それならもう、答えは一つしかなかった。

「私は二度と忘れない。
 私は二度と……大切な思い出を、奪わせない」

 破滅寿ぐ声は決意に満ちて、彼女を揺らがせることなどできはしないと如実に示す。
 それは彼女なりの献身であり、勇気であり、そして譲れない愛憎でもあった。

「……そうか。なら君の願いは叶うだろう。この地、この理を以て顕現する"聖杯"を掴んだならば」

「ええ、そのつもりよ。私は今度こそ、みんなを救ってみせる」

 それが自分の、みんなの"世界"を救う方法なのだと。立ち去る美森は言外に断言していた。
 影の連なりである階段を下りる彼女、消えゆくその背を見つめ、少女は呟く。


「思い出を奪わせない、か。その気持ちは痛いほど理解できるよ、東郷美森。
 でも、だからこそ哀れだ。君はもう二度も救われたというのに、それすら忘れてしまったんだから」

 一度目は、バーテックスが支配する世界の外側で。
 二度目は、今や異形の都市と化した鎌倉で。

 東郷美森は無二の親友とマスターの手によって、二度に渡って救われた。
 それは揺るがすことのできない事実であり、その記憶は尊き思い出として彼女の中に刻まれただろう。
 けれど。

「とうに奪われているんだよ。反転してしまった君は、それすら思い出すことはできないだろうけど」

 彼女はその言葉に、あらんかぎりの共感と憐憫を乗せて。


「さようなら。君の願いは、とっくの昔に叶ってたんだ」






811 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:28:57 j5zCPVhU0





Answer:我が罪のある限り、世界を壊すだけのこと





【クラス】
アーチャー

【真名】
東郷美森[オルタ]@結城友奈は勇者である

【パラメータ】
筋力B 耐久A 敏捷C 魔力A+ 幸運E 宝具B

【属性】
混沌・悪

【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。

【保有スキル】
《奪われた者》:-
人のかたちを持ちながら、人ではない者たち。
人ではなく、人であったかもしれない者たち。
異形都市を保つ根源によって、彼らの"かたち"は保たれる。

神性:A+
御姿。アーチャーの肉体はその全てが神性によって形作られた存在である。
満開の常時使用と合わさり、その適性は最大値となる。

勇者:E
世界を襲う脅威、バーテックスと戦う勇者へ変身することができる。
ただし東郷の願いは勇者のあり方と反するものであるため、ランクダウンしている。

精霊の加護:A-
勇者の欠損を補う存在であり、武装補助や攻性存在からの防御を担う。
散華が行われる度にその数を増やし、現状のアーチャーは実に三体もの精霊を使役する。

忘却の呪詛:A
反転の際に付与された精神汚染スキル。精神汚染と異なり、固定された概念を押しつけられる、一種の洗脳に近い。
与えられた思考は己が大切な者たちの解放と救済をこそ至上目的とし、それ以外を見捨てる在り方を善しとしたもの。
Aランクの付与がなければ、この少女は反転した状態での戦闘能力を十全に確保できない。

【宝具】
『咲き誇れ、思いの儘に(マンカイ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
勇者が戦闘により蓄えた力を開放することで行う二段変身。
巫女衣装になり、武装もより強力なものとなる。いわく、「勇者の切り札」。
反転と共にこの宝具もまた暴走しており、常時発動の状態となっている。
しかし大幅な能力向上と引き換えに多大な魔力消耗を自身に課しており、本来無制限での現界が可能なはずの彼女は外部からの魔力供給がなければ短時間で消滅してしまう。


『捧げ給え、神樹の糧へ(サンゲ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
前述の宝具暴走により事実上失われている。
そも、彼女は既に己が至上の対価を支払っている。故に、少なくともこの状態での現界において彼女がこれ以上の代償を背負うことはあり得ない。


812 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:29:40 j5zCPVhU0


『その願いが、世界を導く(ラグナロッカー・バーテックス)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~1000 最大捕捉:10000人
世界の敵であるバーテックスをあえて引き寄せ、勇者の「生き地獄」を終わらせんとした所業が宝具化したもの。
無差別攻撃を行うバーテックスを鎌倉へ侵攻させることで、文字通り地獄絵図を作りだす。
欠点は、この宝具は彼女自身にすら制御不能であるということ。
制御できるはずがない。何故なら本来、東郷美森という英霊がこの宝具を持つことは絶対的にあり得ないからだ。
この宝具とはすなわち、東郷美森という少女が苦難と絶望の果てに掴んだ光を全否定する代物である。
既に救われた彼女が、救いですらない偽りの導きを手にすることなどありえない。
それ故に、反転した彼女は真っ先にこの宝具を使用するだろう。愛する者を殺してでも世界を壊すという、友人たちに対するこれ以上ない裏切りの形を。


『《安らかなる死の吐息》』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1〜3 最大捕捉:1
失血死を司る鋼の権能。
背より生えた刃による切断・粉砕の概念。厳密には奇械ではなく《御使い》としての権能。

これは失血によって命を失った彼女に与えられた、仮初の安らぎの力。
とある悲劇から産み落とされた無数の明日の一つ。
されど紡ぐ運命の喪失に都市の救済を願った男の、果て無き意思と想いはどこにもなく。
故に是は致死の刃。安楽の死を願う弱者の少女に宿った、欺瞞に満ちた殺戮の腕。


【weapon】
多数の砲塔を擁した巨大浮遊砲台。
その背からは第三の腕と刃が生えている。

【人物背景】
第二の《奪われた者》。代償は反転、司るは失血死の権能。
愛憎の果てに世界の破滅を願った、光なき女の哀れなる末路。
反転した少年王の想いに呼応して力を得た女は、歪められた願いに従って周囲を殺戮し尽くすのみ。

【サーヴァントとしての願い】
愛する者を殺してでも世界を滅ぼす。
手段と目的すら、彼女は反転してしまった。




   ▼  ▼  ▼


813 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:30:23 j5zCPVhU0





 ───第四の《奪われた者》
 ───それに伴う運命の具現とは。

 その者、永遠に幼き魂なれば、無垢なるままに世界を俯瞰する。

 両の眼窩には光輝の赫眼。響き渡るは亡き少女のためのセプテット。

 黒きものにその身を浸し、紡がれる因果の糸を見つめ約定の時を待ち続ける。

 第四なりしは観測者の手記。その一端。

 この物語は未だ終局には至っていない。少女は今も都市の中に在る。





   ▼  ▼  ▼


814 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:30:48 j5zCPVhU0





「不愉快ね」

 開口一番、放たれたのはそんな罵声であった。
 暗闇だけが満ちる影の階段、その最奥。黒きものに覆われたその中で、蝙蝠の羽根を持つ異形の少女は不快気に眉を顰める。

「お気に召さなかったかな?」

「召すと思うか、この有り様を。サーヴァントとして隷属させるだけならまだいい。だがお前は事もあろうに破損した霊基をそのまま肉付けした。
 今の私には敗残の屈辱も、麦野への怒りも、何もかもが残っている。尊厳も自由も奪った上で、更に生き恥まで晒させる気か。反吐が出る」

 蔑みの表情に顔を歪める異形の少女に対し、対面の少女が浮かべるのはあくまで笑み。
 侮蔑と慢心。
 憐憫と嘲笑。
 互いが互いに向ける感情は、それがそのまま両者の立ち位置となって現れ、対極の様相を呈しているのだった。

「けど、唯一愉快なことを挙げるとしたら、それはお前よ。道化気取りの小娘」

「へえ?」

「全てを操った気でいながら、誰よりもこの臥篭に縛られている。しかもその根源は取るに足らない子供の癇癪。
 呆れた話ね。これほどの大事に関わっておきながら、胸に抱くものがそれだけとは。
 お前には過ぎた代物よ。ねえ、第三の───」

「《奪われた者》であると? いいや、いいや、そうじゃない。君は間違えている。その異能、運命見透かす双眸すら、黄金螺旋の果てを掴むことは叶わないのだから。
 君にできるのは見ることだけだ。運命も可能性も命も何もかも、君はいつだって傍観者にすぎない。手ずから変えることは、できない」

 それは例えば、今この時のように。
 自身にかかる傀儡の糸、目に見えず実体として存在せずとも確かにそこに在るものを、振りほどくことができないように。
 少女はあくまで舞台の演者。第四の壁を踏破して事態を破壊できる機械仕掛けの神などでは断じて、ない。

「どう思うかはお前の自由よ」

 敵意も侮蔑も消え失せたと言わんばかりに、少女は興味を失くしたかのように視線を逸らす。
 その先にあるのは影の階段。眼下に広がる都市を見下ろし、少女は降りるのだ。一歩、一歩と踏み出して。

「さようなら、悪魔を騙る吸血種。"願い"なき君が、《美しいもの》を見ることはないけれど」
「さようなら、魔女を騙る哀れな人間。願わくば、お前が原初の過ちに気付くことを祈っているわ」

 立ち止まり、一瞬だけ振り返って。

「最初に死んだのは、本当は一体誰だったのかしらね?」

 答えを聞くこともなく、少女は階段の向こうへと消えていく。
 徐々に遠ざかっていく足音だけが残響する闇の中、少女は憎々しげに口を開き。

「虚言を吐くなよ、所詮は運命を操ること叶わない吸血鬼如きが」

 無駄な時間を過ごしてしまった。
 今や彼女に遺された時間は永遠にも等しいが、地上の諸々は止まっていないのだ。
 時は巡る。一寸の光陰すら置き去りにして、目まぐるしいほどの速度で。

「ボクはお前なんかとは違う。ボクは必ず、ボクの願いを叶えてみせる」

 だから、彼女は誰よりも早く、刹那を駆け上がるのだ。
 永遠のような一瞬を掴むために。
 一瞬でしかない永遠を掴むために。

 故に、束縛の糸を振りほどくことすらできない傀儡になど、構っていられる暇はない。
 都市そのものを見下して、少女は呟く。

「レミリア・スカーレット。役割を果たし、ただ潰えるがいい」

 例え何を持ち出そうとも。
 お前は始点から終点まで、この掌の上なのだから。








815 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:31:08 j5zCPVhU0





Answer:私の知ったことじゃない





【クラス】ランサー
【真名】レミリア・スカーレット
【属性】秩序・中庸

【パラメーター】
筋力C 耐久B 敏捷A 魔力A 幸運D 宝具B

【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

【保有スキル】
《奪われた者》:-
人のかたちを持ちながら、人ではない者たち。
人ではなく、人であったかもしれない者たち。
異形都市を保つ根源によって、彼らの"かたち"は保たれる。

運命操作:D
彼女の持つ能力。運命を操るとされるが、実際のところ操れてはいない。
なので「それとなく幸運が起きる」程度の代物であり、しかも本人に時期の操作は不可能。
そのはずである。運命を変えるなど、一個人にできるはずがない。そんなことは許されない。許せるわけがない。

吸血鬼:B
強靭な肉体と再生能力を両立する。
但し、直射日光を浴びれば気化してしまう弱点を持つ。

【宝具】
『運命射抜く神槍(スピア・ザ・グングニル)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1-99 最大補足:1人
正確には槍そのものを投げているのではなく、弾を超高速で投げつけることで槍のように変化させるとされるランサーの十八番。原典におけるランサーの代名詞とも取れる技であるが故に、此度の聖杯戦争において宝具の域にまで昇華され、とうとう持って振るうことも投げることも可能な槍へと変貌を遂げた。
真名開放と同時に投擲することで真価を発揮する。
その性質は不明だが、単純に強力であるが故に穴がない「対軍宝具」。

『《この胸を苛む痛み》』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1〜20 最大捕捉:50
心臓死を司る鋼の権能。
万物の自壊を誘発させる黒霧を纏った触腕を繰り出す、自滅因子の理。

これは心停止によって命を失った彼女に与えられた、自死を促す嘲笑の力。
とある悲劇から産み落とされた無数の明日の一つ。
そして紡ぐ運命に翻弄された《美しきもの》見通す少女の、果て無き意思と想いを受け取って。
故に是は反逆の腕。《虚空の月》に非ざる《幼心の君》へと手を伸ばし、そして彼女は───

【weapon】
攻撃手段は専ら魔力による光弾。
羽根の付け根に近い部分から対となる二本の触腕が生えている。

【人物背景】
第四の《奪われた者》。代償は傀儡、司るは心臓死の権能。
光なき漆黒の夜にその身を置き、しかして胸に宿すは太陽が如き黄金の輝きか。
赫眼宿す無垢なる少女。その想いに呼応して願いを受け取った女は、果たしてその瞳に何を映す。

【サーヴァントとしての願い】
抗う。





   ▼  ▼  ▼


816 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:31:44 j5zCPVhU0





 そして終わりの時が来る。

 役者が揃い、その全員が階段を下りきった直後、反転した祝詞は満天下に叫ばれた。





「神の形骸たる檻は崩落し、世界は今禍時へと至る───『その願いが、世界を導く(ラグナロッカー・バーテックス)』」





 宣誓される破滅の序曲。嫋やかな少女の繊手が遍く世界の崩壊を寿ぐ。

 世界が割れる。
 空間が割れる。
 漆黒に覆われた星空が、ガラスに罅が入るかのように真っ二つに裂ける。

 この日、数多の破壊に晒されてきた都市が、しかしそれすら凌駕する未曾有の大災害に襲われる。
 暗中に大量の羽虫が集るかの如き都市を睥睨するは、三対の瞳。

 一つは月。夜天の大陰そのものの双眸で無機的に見下ろす。
 一つは渾沌。人々の死すらも愛い哉と献身の瞳で全てを慈しむ。
 一つは魔女。ただ己の願いだけを掲げて、彼女は万象を嘲弄する。

 そして、ただ一人の世界救済者は───








817 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:32:27 j5zCPVhU0





「ボクはこう思うんだ。一度叶えただけで終わるのは"願い"じゃない。それはただの欲なんだと。
 自分の居続けたい場所、在り続けたい姿。それを見るのが、本当の願いなんじゃないかってさ」


 地上へ降り立つ三人を見届けた少女は、ただただ謳い続ける。


「その意味で言うなら、ボクはきっと世紀の大悪党なのだろうね。一度終わらせるだけじゃなく、永遠に終わらせ続けることを願うボクは。
 許されるはずがない。ああ分かっているとも。最も罪深いのは誰でもなく、このボクなんだって」


 既に分かりきったことだった。
 少女は決して狂気にその身を窶した者でも、その果てに思考を放棄したものでもない。
 人並の感情を備え、人並の良識を持ち、人並の聡明さを持った標準的な人間だ。
 故に己の愚行も、それにより齎される悲劇の何たるかも、痛いほどに分かっている。
 それでも。


「それでもボクはこの道を選ぶ。
 世界を殺し己を救う、この運命を往く。
 それ以外の如何なる道も、ボクには赦されず、与えられず。
 ならば他者など知ったことか! 舞台に上がれぬ端役の芥共、何処とも知れぬ片隅で勝手に息絶えていればいい!」


 分かった上で、その答えを返すのだ。
 人倫と道徳に唾を吐き捨てる。自分以外の何者も、考慮するに値しないと斬り捨てる。

 所詮は取るに足らない雑多な有象無象、顔も知らない価値なき小石の群れに過ぎない。
 そんな塵屑を万や億積み重ねようとも至高の黄金になどなるわけもなし。

 誰に否定されようとどうでもいい。百億の憎悪など無いも同じだ。
 他ならぬこのボクだけが、この選択をこそ福音であると謳い上げていればいい。

 故に。


「喝采せよ! 喝采せよ!
 ああ、ああ。素晴らしきかな。
 地獄の歯車に奪われし愛を、今こそボクの手の中に!
 現在時刻を焼却せよ、《大機関時計》!
 ボクの望んだその時だ!
 誰をも愛さぬ救済者よ、待っているがいい!」


 故に、己に非ざる願いの全てを否定する。
 綺麗なものも汚いものも、尊いものも俗なものも。
 万感の想い込められた願いの全て、省みることなく踏み躙る。

 妹を救いたい? 大人しく世界の礎として生き埋めにしてしまえ。
 生徒たちの無事を? 腐乱死体が未練がましく墓から這い出るなよ、汚らしい。
 惨劇のループから抜け出す? 無限の機会を与えられた幸せ者が賢しらに願いを語るな。
 ルーラの教えのために? 自分の意志すら持てない愚鈍な糞餓鬼、お前如きが報われるとでも思ったか。
 憎き相手に復讐を? 愚かすぎて言葉もない。無様に屍を晒せばいい。


818 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:32:56 j5zCPVhU0

 ああ、ああ! どいつもこいつもなんて痴れ者! 破綻しているとも気付かないまま踊り続ける滑稽な人形共!
 その思い上がりこそお前たちの真実だ。その否定こそお前たちの幸福だ。
 あまりにも愚かしすぎる人の夢はなんたる醜悪さではあるが、それこそ我が盤面には都合がいい。

 お前たちは盲目だ。等しく何も見ていない。
 他者も、世界も、夢も、現も、いつも真実とはお前たちそれぞれの中にしかないのだろう?
 見たいものしか見ないのだろう?

 愛い、愛い。実に素晴らしい。その調子で聖杯を求め足掻き続けるがいい。
 聖杯の降り立つ時こそ、我が愛が終焉を迎える瞬間だ。
 万能の願望器を呼び水として、今こそ我が願いの果ては形を成す。

 ああ、けれど。
 この目に浮かぶものはなんだ。
 この胸に刺さるものはなんだ。
 誰かの顔が脳裏に浮かぶ。
 歓喜とも悲嘆とのつかない涙の粒を眼の端に乗せて。

 叫ぶ。


「これは復讐だ! これは復讐だ!
 運命への、世界への!
 救い齎さぬ幻想を赦すな!
 否定するだけが能の現実を赦すな!
 生まれ行く命たちが幸福を掴むことなく潰える世界を赦すな!
 ボクは───」


 歪む。
 声が、表情が、あるいは想いが。
 憤怒と哀絶張り付けた顔で、少女は彼方へと叫んで。


「ボクは、永遠さえあったなら、それで良かったのに……!」


 それは揺るがすことのできない、たった一つの真実。







「あははははははははははははははははははははははははは!!!」







 ───けれど。

 ───けれど、もしもこの身が夢ならば。










819 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:34:03 j5zCPVhU0





Answer:黙れ。ボクが告げるのは"願い"だけだ。





【道化、あるいは盲目の生贄@?????】
[状態]差し伸べた手は振り払われ、
   求めた明日は永遠の今日に阻まれる。
   白痴と盲目に堕したその身は《西方の魔女》には在らず、
   しかして体現せしは無貌の《根源存在》
   悪なる右手は地に落ちて、
   破滅を告げるは白き死の仮面。
   故に彼女は救済者などではなく、
   砕けた過去を追憶する、世界の破壊者。
[装備]???
[道具]???
[所持金]???
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える。
1:三人の《奪われた者》を放ち、聖杯戦争を加速させる。
[備考]
※第三の《奪われた者》、無限の現在(イマ)を増殖させる女こそが彼女の正体です。
※奪われたことを、彼女は決して認めません。






820 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:34:54 j5zCPVhU0










 時よ永遠に止まれ。君は誰よりも美しいから。



































   ▼  ▼  ▼


821 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:35:24 j5zCPVhU0





 その始まりは偶然か必然か。そもそも偶然と必然にどれだけの違いがあるのか。



 さわ、



 と木々を揺らせて吹き抜けた風に、微かに、ほんの微かに混じった物音。
 人気のない、街灯の薄ぼんやりとした白い光が照らす夜の公園。市街地や住宅街から少し外れた、山の麓に近い場所にあるその一角に、今は使われていない半開きの窓があった。

 そこに、腕が一本生えている。

 腕はまるで水面を割るかのように境界をさかいに飛び出し、暗闇を手探りするかのように所在なさげに彷徨っていた。
 腕がぱたぱたと動く。その所作は驚きと困惑に満ち満ちて、近くにあるものを掴んだり、一瞬出たり消えたりを繰り返していた。が、やがて己を囲む窓枠の存在に気付いてそこを掴んだ。虚空からにょきりともう一本が続く。両手は身を乗り出す一瞬前のように力を湛えて。

「……………………あ」

 そして、"彼"は鎌倉の街に降り立った。
 彼は静謐な空気に満ちる夜の公園に突っ伏し、驚きと困惑の入り混じった表情で瞬きをし。

「……やった」

 すぐにその意味するところを知って、みるみるうちに顔を緩ませる。

「よっ───っしゃああああああああああああッ!!!」

 力強く、ガッツポーズ。

「やった! やってやった! 俺はついにやったぞ! ってうお!?」

 興奮と眩暈で一瞬前後が不覚になり、バランスを崩して倒れ込む。もつれた足を基点に半回転して背を強かに打ち付け、仰向けに倒れ砂まみれになった顔はそれでも笑顔に溢れていた。

「はっはー! やったぜ! やってやった! 俺はついに抜け出したぞ!」

 両手を天に衝き、勝利の雄叫びが夜半を震わせる。

「ざまあみろ!」

 彼は泣いていた。それはただ、目に砂が入ったからという理由だったが、彼はその涙を拭おうとはせず、勝手に溢れるがままにした。

 その声が聞こえるまでは。





「……ねぇ、どこ行っちゃったのさぁ……ボ……ク、怖い、よぉ……」





 窓の空間にまた一つ波紋が広がり、もう一つ腕がまろび出た。

「ひぃ、ぐ、どこぉ……?」

 恐れと不安だけを湛える、か弱い少女の声。
 秒毎に近づいてくるそれに、彼は慌てて涙を拭い起き上がる。


822 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:35:51 j5zCPVhU0

「待て、気をつけろ! 落っこちるぞ!」
「え、アリ───きゃあ!」

 遅かった。少女は彼と同じように上半身を乗り出して落下した。

「ちっ!」

 彼は腰を落として抱き留める姿勢に入る。
 驚愕に表情を染める少女は、しかしそれを見ないうちから「彼なら自分を絶対に抱き留めてくれる」と確信して、むしろ自分から飛び込むように手を広げた。
 言葉を交わす必要もなかった。
 日常の当たり前の行いであるかのように、二人の行動はぴったりと重なっていた。
 それは二人が、二人であるからこそできる以心伝心であった。

 そして。


「……大丈夫か?」
「うん……ありがとう、ね」


 果たして彼は少女を抱き留めた。細い体の柔らかさは赤ん坊を抱いた時のように頼りなく、彼は少女の頭を割れやすい卵を扱うようにそっと抱えた。
 抱き寄せた二人の体はしなやかに地面へと落ちる。引き寄せられて、少女の頭が彼の胸に当たった。腕が背中に回り、知らず強く抱きしめる。制服を通して少女の頬に彼の体温と鼓動が伝わった。

「相変わらずドジだな、お前は」
「うぅ、ごめん……本当にありがとうね、■■■」

 しずしずと離れ、少女は彼から離した手でぎゅうと己を抱いた。未だ晴れぬ浮遊感と動悸から、そこに自分が在るということを確かめているようだった。

「それで……」

 そして、少女は顔を起こし。

「ここが、外の世界なの?」

 世界を見た。

 優しい月光を拒否するように、煌々と明かりが灯る街が、眼下にあった。
 彼方には海を臨み、三方を山に囲まれている。中央にできた空間に敷き詰められた人々の営みは、煌びやかな光に彩られて、しかし同時に作り物のような無機質さも感じさせた。
 二人にはそれが、檻のようにも見えた。
 一度入った者を決して逃がさない、自然で出来た巨大な檻。

 そこは確かに生者の暮らす街であるはずなのに。
 死、そのものの気配に溢れた街の姿が、目の前には広がっていた。

「なんなのこれ……ここ、オスティアじゃ、ない?」

 少女の声は、先ほどとは別種の困惑に満ちていた。
 ここは明らかに、自分たちのいた場所ではない。いや、それはいい。それはいいのだが、しかし"違う"のだ。
 ここは、自分たちが目指した場所では、ない。

 それに。


823 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:36:30 j5zCPVhU0

「う、ぐぁ……!」
「が、あぁ……!」

 二人は同時に腕を抑え、突如走った激痛に苦悶の声を漏らした。数秒か、あるいは数分か。それだけの時間をかけてようやく痛みが沈静化した頃に、発生源となった箇所を見遣れば、そこには不気味に輝く赤色の痣。

「なんだよ、これ……」
「……うぅ、うぐぅうううう……」
「お、おい、大丈夫かしっかりしろ!」

 彼は目に見えるほどに震えだした少女の肩を掴む。そして上げられた顔を正面から直視して、恐怖に彩られた少女を何とか奮い立たせようと強く思う。

「ね、ねえ……怖いよ、ボク、何がなんだか……」
「大丈夫だ、俺だって同じだ! だから」
「違うんだ……ボク、何がなんだか、"分かっちゃう"……」

 その言葉を聞いて、彼はびくりと身を硬直させた。
 そんな彼を余所に、少女は最早止められなくなった言葉を洪水のように吐き出す。

「知らないはずなのに頭の中に入ってくるんだ……ここがどこで、この赤痣が何で、ボクたちが何をしなきゃいけないのか……
 ねえ、殺し合わなきゃいけないんだって……サーヴァントっていうのを呼んで、他の人たちと戦って……ボクたち、そんなことを……」
「……ああ」

 震える少女の肩を抱きながら、若干のタイムラグを超えて少女と同様に事態を察した彼は、小さく呟いた。
 知識が、脳内に溢れる。令呪、サーヴァント、クラス、聖杯、マスター……この場において必要な諸々が、まるで何度も読み返した小説の内容のように鮮明に脳裏に浮かびあがった。

「やだよ、怖いよ、なんでボクたちがこんなことをしなきゃいけないの……!
 ボクたちは、ボクたちはただ……!」
「ああ、そうだな」

 言って、静かに立ちあがる。
 縋るような少女の手を優しく、けれど明確な拒絶の意志を持って振り払う。
 恐怖に震えていた少女は、そんな彼の姿に、泣くことも怖がることも一瞬忘れてしまって。

「……行くの?」

 少女は、二の腕をぎゅうと抱きながらその背に問うた。

「ああ」

 彼の答えは、予想通りだった。


824 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:36:59 j5zCPVhU0



 ガラスにぶつかり続ける蠅。
 彼を見る度に、いつもそんなイメージを心に思い描く。
 ブブブとにぶい音を立てて、力いっぱい硝子にぶつかる小さな蠅。そこにある透明な物質を理解できずに、何度も何度も頭をぶつける馬鹿な蠅。

 そこにはガラスがあるんだよ、と、少女は蠅に呟いたりする。



「行っても無駄だよ」



 だからもうやめなよ、と彼に言ってみたりする。



「ねえ、もう帰ろうよ……こんなところ、ボク、嫌だよ。怖いよ……本当に怖いよ……ねえ、君もそう思うでしょ……?
 外の世界がこんなひどいことになってるなんて、知らなかったもんね……ねえ、帰ろうよ。ボクたちの、三年四組の世界にさ。閉ざされてても、きっとここよりはずっといい場所だよ。それが分かっただけでも収穫だよ」

 少女は縋るように、あるいはどうかそうでありますようにと願うように。

「ねえ、そうでしょ……?」
「……」



 ───でも彼は、蠅がそうであるように、少女の言葉なんか分からないみたいな顔をして。



「ねえ!」
「お前は戻れよ」



 窓の向こうへ、行こうとするのだ。



「俺は行く。俺達を解放するために」



 それを聞いて、少女は決めた。怖いけど、決めた。

「……じゃあ、ボクも行く」
「おい」
「絶対、ついてく!」
「……帰れ馬鹿」


825 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:37:27 j5zCPVhU0

 とんと突き放すように手を出そうとして、けれど決然とした表情の少女に一瞬気圧されて、失敗を犯した子供のように手をすっこめた。
 少女は強張った顔に力を入れて、無理やりに笑った。

「ふ、ふんだ! 置いてきぼりにしようったってそうはいかないんだから! ぼ、ボクは絶対君についていくからね!」
「……ああ、そうだな」
「突き放したり、閉じ込めたりしたらひどいんだからね!」
「お前、分かってるなら素直に帰るとか考えろよ……」
「絶対、絶対……怖いけど、絶対……」

 ひっく、ひっくと嗚咽が漏れる。
 彼はがしがしと頭を乱暴に掻き、仕方なさそうに声を上げた。

「好きにしろ」

 少女の瞳から零れ落ちた涙は、小さな顎に引っ掛かって落下した。肌の上でころころと輝いていたそれは音もなく地面へと落ち、暗闇の中になお滲む染みとなって地面を濡らした。

「泣くな……もう行くぞ」
「な、泣いてないもん馬鹿ぁ! って、待って! 待ってよ!」

 そうして二人は歩き出した。



 これは過去。最初の聖杯戦争の話であり、地の獄が形成されていない頃の話であり、地上が痴れた音色に包まれていない頃の話であり、月の王が顕現していない頃の話であり、世界が未だその目を開いていた頃の話であり。

 そして。
 彼が既に、世界救済者であった頃の話であり。



「行こうぜ。俺達を、三年四組を解放するために」
「───うん!」



 少女が世界の破壊者になる前の、話であった。






826 : 世界救済者を巡る挿話・その3 ◆GO82qGZUNE :2017/12/17(日) 14:37:48 j5zCPVhU0


















 例題です。
 いいえ、是は御伽噺です。

 誰か、どうか教えてください。

 一体どうすれば、ボクは世界を救えていたというのですか。



 …………。

 …………。

 …………。



Answer:お前に答えなどくれてやるものか。























※現時刻を以て鎌倉市内全域にバーテックスが襲来します。全ては揺蕩う蕃神の夢見るままに。
※回答は不適格です。誰も世界を救うことはできません。


827 : 名無しさん :2017/12/17(日) 14:38:26 j5zCPVhU0
投下を終了します


828 : ◆GO82qGZUNE :2017/12/18(月) 03:39:05 9goIY79Q0
投下します


829 : 終わりの始まり ◆GO82qGZUNE :2017/12/18(月) 03:39:35 9goIY79Q0


 最早どうすることもできない。
 したり顔で出すには今更すぎて、胸に秘めたままではとても正気ではいられない結論を、十数人からなる警官隊を指揮する男は口の中で漏らした。

 災害の報を受けて現場に急行した彼らを待ち受けていたのは、これが人間の生活圏なのかと疑いたくなるほど荒廃し、瓦礫や死体すらほとんど残っていないほど徹底的に破壊し尽くされた区画の惨状だった。
 これを前に、自分たちは一体何をすればいいのか。そもそも自分たちにできることなどあるのだろうか。そんな単純な判断すらおぼつかず、あまりの衝撃に停止しそうになる思考を、彼は無理やりに奮い立たせる。

 事ここに至っては認める他にない。今や、いいやとっくの昔に、この鎌倉は異常な街に成り果てていた。
 不審な事件や事故、あるいは不穏な噂というものは、数週間前から存在していた。暴力団の活性化と街中での堂々とした殺人行為、突如として理性を失い隣人を襲うようになる謎の奇病、時代錯誤の合戦場であるかのような凄惨な殺し合いに、多くの行方不明・死亡事故の数々。
 それらはどれ一つを取っても常なら大々的なニュースとなるような一大事件であるはずだった。年に一度あれば大騒ぎになるであろうそれらが余りにも立て続けに発生し、警察署内は今まで類を見ない慌ただしさであったことを鮮明に思い出せる。
 そう、昨日までの時点でもあり得ない規模の異常事件が発生していたというのに、しかし今日の鎌倉は端的に言って桁が違った。

 材木座海岸の港町の一角が、文字通りに根こそぎ吹き飛んだ。
 笛田の街そのものが、大規模な地盤崩落により壊滅的な被害に遭った。
 鎌倉駅東口方面の繁華街が、爆撃と言ったほうが的確であるほどの火災により多くの人命と共に焼き払われた。
 相模湾沖に停泊していた謎の戦艦が二度に渡り砲撃を敢行、稲村ケ崎と江の島電鉄が区画ごと崩壊した。
 鎌倉駅西口方面では突如として謎の大破壊が起こりビル群が軒並み倒壊し、大規模レジャー施設である逗子マリーナは戦艦の砲撃と謎の火炎によって瓦礫も残さず消滅。下手人不明の大量殺戮は最早発生件数を数えることすら億劫なほどで、街路はそこかしこが死体と肉片で埋め尽くされている。事件のいくつかを主導したと思しき暴力団元村組に目をつければ、今度はそこまでも爆発事件によって壊滅する始末。
 警察行政が把握していないだけで、これ以外にも多くの死亡事故・破壊事故が起きているのだろう。

 率直に言おう。この事態は最早警察の手に負える段階を逸脱している。
 未だ記憶に新しい先の大震災や大津波による被災地域が如き惨状が、今やこの街のデフォルトと化しているのだ。鎌倉市警が有する現場レベルから指揮レベルまで含む全人員を動員しても、手の施しようがない。最低限、自衛隊への災害派遣要請が必要だった。それすら、今の鎌倉では焼け石に水でしかなかろうが。


830 : 終わりの始まり ◆GO82qGZUNE :2017/12/18(月) 03:39:59 9goIY79Q0

 そんな、空襲でも受けたかと思えるほどの大災害の中にあって、鎌倉が街としての機能を失わなかったのは、偏に鎌倉新市長の尽力があったればこそであった。
 浅野學峯。新進気鋭の政治家にして、元は教育現場において多大な功績を残した才人。現代の偉人と言っても過言ではないという声もよく聞こえる。それは男も同じ思いであった。
 浅野は、陳腐な表現をすれば"天才"だった。早急な解決を求められる事件事故の多発、キャパシティオーバーにも程がある人員と時間の不足、各地に分散してしまう人手、終わらぬ作業へ心身の疲弊のケアから自ら現場に立っての指揮に至るまで、常人ではどれ一つ取っても達成できないであろう作業の全てを、彼はマルチタスクの要領でこなし続けていたのだ。
 小規模な現場レベルとはいえ人を指揮する立場にある男には、その異常さがよく理解できた。こんなことができてしまう浅野は普通じゃない。最早人間であるのかどうかさえ。
 いつもなら尊敬よりも先に恐怖が勝っていただろう。しかし異常事態に直面する今の状況において、彼の存在は何よりも勝る救いの光として男には映った。そして事実、浅野の存在こそが鎌倉の街を崩壊一歩手前の瀬戸際で食いとめていた最大の功労者であったのだ。

 浅野學峯は鎌倉の守護神だ。
 しかしそんな彼ですら、街を襲う未曽有の災害を前に散ってしまった。

 鎌倉市役所が突如謎の大爆発を起こし消滅したという報が入ったのは、つい数分前のことだ。陣頭指揮に当たっていた男は、それを聞いた瞬間に全身の力が虚脱する感覚を覚えた。腰が抜ける、などという現象が実在したことを、男は生まれて初めて自分の体を以て思い知った。
 このことはまだ部下たちには伝えていない。伝えたところでどうなるのか。士気を失うだけならいいが、錯乱して暴れまわられては手の施しようもない。そして恐らく、十中八九そうなるであろうと男には予測できた。

 絶望に浸るよりは、目の前の任務に集中したほうがよほど救いとなった。
 しかし、遂行すべき"人命救助"という任務すら、彼らには達成できそうになかった。
 何故か───そもそも生きてる人間が見当たらない。
 見渡す限り目の前に広がるのは死体、死体、死体の山。そればかり。焼け焦げて真っ黒になったものから、バラバラになった人体の部品、砕けて赤い粘性の半固形物になった肉塊まで幅広く、そこは死体の展覧会のような有様を晒しているのだった。
 遺体の回収どころか、生存者を見つける作業すら追いつきそうにないほどの、大量の死体。鼻を突く死臭は辺りに充満し、嗅覚はとっくの昔に機能を停止している。あまりの凄惨さに耐えきれず嘔吐する隊員の声が、耳に木霊する。

 生存者は見つからない。
 見つけたとして、果たして自分たちに何ができるというのか。
 警察と同じように病院のキャパシティもまたオーバーしているだろう。いや、そもそも病院は午前の段階で既に消し飛ばされていたか? その記憶すら曖昧だ。

 絶望と諦観が、心を支配しかける。
 隊員たちの悲鳴すら、どこか遠い世界の出来事のようだった。

 ───地獄とは、きっとこのようなものを言うんだろう。

 そんな益体もつかない思考が、脳裏に掠めた。
 我ながら笑える冗談だと、心の中だけで男は笑った。

 ───しかし最も笑うしかなかったのは、この惨状は地獄の前兆ですらなかったという事実を、この後すぐ思い知らされることになるということだった。


831 : 終わりの始まり ◆GO82qGZUNE :2017/12/18(月) 03:40:15 9goIY79Q0





   ▼  ▼  ▼





 突然、鎌倉市内全域、街の至るところで、ガラスを掻き鳴らすかのような甲高い音が鳴り響いた。
 程なくして、家々の窓に明かりが灯り、街全体が、人々のざわめきに満たされていく。

 ───信じがたいことだが、これだけの惨状に塗れてもなお、一切の被害を受けていない地域というのもまた存在していた。
 地震や台風のように一定範囲全体をくまなく破壊する災害とは違い、鎌倉を襲ったのは散発的な人災だ。数多の爆発・破壊・倒壊・地盤崩落を招いても、網の目を潜るように無傷で済んだ区画は、確かに存在するのだ。
 そして、そんな人々は決して少なくはなかったし、彼らは共通して危機感というものが薄かった。直接被災した者とは対照的なまでに。

 そんな彼らの多くは、突如鳴り響いた音に何事かと反応を示す。
 眠たい目をこすりながら窓を開け、音の発生源を探す者。
 外套を着こみながら家を飛び出し、何も起こってないのに気付いて舌打ちをする者。
 反応は様々だったが、人々は一様に甲高い音を掻き鳴らす夜空に不審のまなざしを向け、静かに事の成り行きを見守った。
 金切音は、始まった時と同じように唐突に途切れた。
 人々は安堵の溜息をついた。
 だが次の瞬間、人々の見上げる夜空そのものが、鏡を割ったかのように巨大な亀裂を刻み込んだ。





   ▼  ▼  ▼


832 : 終わりの始まり ◆GO82qGZUNE :2017/12/18(月) 03:40:33 9goIY79Q0





 街に住まう生存者の全てが、一様に"それ"を見上げた。
 文字通りの天変地異が巻き起こってから優に一分。人々の驚愕が徐々に不安に取って代わり始めた頃、それは何の前触れもなく始まった。

 月明かりに照らされた亀裂から、小さな何かが這い出るように飛んできた。
 街灯に群がる蠅や羽虫を想起するそれは、見る見るうちに満月の白を黒い影で塗りつぶし、本当に昆虫の群れであるかのように爆発的にその数を増していった。
 呆然と見上げる人々の前で、黒蠅の群れは規則正しく煽動し、やがて徐々に大きくなっていった。
 徐々に輪郭を大きくする黒い影。それが巨大化しているのではなく"近づいている"ということに気付く者が現れ出したのは、一体いつのタイミングであったのか。

 あ、と誰かが声を上げた。
 次の瞬間、声を上げた誰かは掻き消えるようにその場からいなくなった。

 あ、と隣に立つ女が、呆けた声を上げる。
 その女もまた、次の瞬間には最初からそこにいなかったかのように掻き消えた。

 ばしゃり、と水をぶちまけたような音が響いた。
 声もなく事態を見守っていた男は、自分の顔にかかったそれを、手で拭ってみた。
 嫌に暖かく、"ぬるり"と滑るそれ。
 口の中にも少し入って、口中に鉄の味が広がる。
 まさかと一瞬考えて、恐る恐る振り返る。
 ふと後ろを見上げてみれば、そこには何かを咀嚼するかのような音と共に、5mくらいの何かが浮遊していた。
 寸胴の、節のない瓢箪のような形の、何か。
 それは前方の顔の部分にあたる箇所に付いた巨大な口腔で、しきりに何かを咀嚼し、噛み砕いていた。
 それが一体何であるのか、見えないはずなのに男には手に取るように分かってしまった。

 "何か"の意識が、こちらに向く。
 噛み砕く動作をやめて、昆虫のような無機質さで、こちらを見る。
 月光を背にしたそれの口元に見えるのは、ピンク色の肉塊。
 小さな悲鳴が上がった。
 悲鳴は更なる悲鳴の連鎖を生み、瞬く間に辺り一帯へと広がった。
 一人の男が、周囲の人間を突き飛ばし、どこかへ走り出した。
 突き飛ばされた女は、血相を変えてその後を追った。
 どこかへ、ここではない安全などこかへ。
 突き飛ばされた子供が、路傍にうずくまって泣き叫ぶ。
 タイルの継ぎ目に足を取られた老人が、人の波に踏まれ、蹴られ、襤褸屑のようになって吐き出される。
 最早理性を失った人々は、目を血走らせ、先を争って走り出す。
 巨大な"何か"は、そんな人の群れに頭を突っ込んで、千切れ飛んだ肉片が辺りに降り注ぐ。
 新たな悲鳴が上がる。
 "何か"は無造作に口を開き、歯に付着した汚濁を吐き捨てると、再びその照準を人々に向けた。
 そして遠く空の上では、数えるのも億劫なほど大量の"何か"たちが、地上を目指して全速力で降下し始めた。

 ───地獄が、始まった。


833 : 名無しさん :2017/12/18(月) 03:41:20 9goIY79Q0
投下を終了します


834 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/02(火) 23:44:26 gFrMHz3Q0
閑話を投下します


835 : 閑話・墜落の逆さ磔 ◆GO82qGZUNE :2018/01/02(火) 23:45:22 gFrMHz3Q0




 ───落ちていく。

 落ちていく。
 落ちていく。
 ふんわり、落ちていく。

 目を覚ますと……
 ううん、そっか。わたし、眠ってたんだ。

 ランサーさん……もうそうじゃなくなってしまった彼女を見て、キーアちゃんとアイちゃんとお話をして。
 眠いのを我慢して、我慢して、でも、やっぱり眠くてどうにもならなくて。
 ふらっと転びそうになったところを、アイちゃんに助けてもらって。

 大丈夫だよ、って言うアイちゃんに、なんだか暖かいなぁって思いながら、わたしは瞼を閉じて。
 眠った。
 うん、わたしは眠っているんだ。

 だからわたしは落ちていく。
 気付いたら、こんな風に落ちている最中だった。

 前に感じたものと、似てる。
 ちょっと違うかな?

 ここはどこ?
 これはなに?
 分からない。
 分からないのは前と同じ。
 みなとくんみたいに、話してくれる人が、今度はいないだけ。

 ただ、ただ、落ちていく。
 どこまでも続く深い穴の中を落ちて。

 周囲を埋め尽くすのはなんだろう。
 海?
 水?
 ううん、違う。
 見えているのは、ざぶんと勢いよく流し込んだ水にできる泡みたいな、青い色をした光の粒。粒。粒。
 たくさんの輝きの形。
 群青色の海中に降るマリンスノーのような。

 なんだろう?
 これ、なに?
 ぷかぷかして、きらきらして、不思議。

 落ちる。
 ああ、わたし、どんどん落ちていく。

 落下。
 重力。
 そういうものとは違う。
 それとは何か別のもの。
 星宙の中を駆けていくような、深い水の底に沈んでいくような。吸い込まれる感覚。

 落ちていく。
 でも、消えたりはしない。
 どこかへ、流れて、落ちていくだけ。

 どこかへ、流れて、渡るだけ。

 何を───
 渡るんだっけ───


836 : 閑話・墜落の逆さ磔 ◆GO82qGZUNE :2018/01/02(火) 23:46:01 gFrMHz3Q0


《───おや》


 ……ふと。
 声がした。それは何重にも反響する、不思議な声。
 誰の声だろう。セイバーさんたちじゃない、と思う。

 どこからか聞こえてくる声。
 落ちていくわたしの目には何も映らない。
 見えるのは、無数の青い光の粒と、それを取り巻く群青の空間だけ。


《おやおや。これは、可愛い仔猫とは》


 仔猫?
 わたし、猫なんかじゃないよ。


《こんなところまで迷い込んでしまったか。
 可愛らしい仔猫。蜂蜜酒を飲んだわけでもあるまいに。
 名前は何という?》


 すばる。
 わたしの名前は、すばる。


《なるほど。ふふ、可愛い名だ。どうやら、きみはかの星渡りたちの眷属であるらしい。
 それに、ああ。驚いた。刹那ならざる諧謔の神格とも縁を結んでいるとは。
 珍しい子なのだね、きみは》


 ……わたし、普通の女の子だよ。
 見えないあなた。聞こえるあなた。あなたはわたしのこと、そういう風に言うけど。
 わたし、ただの女の子なんだから。


《だからこそだよ。遠きヒアデスの対となる星の名を持つ子。
 普遍とは未だ何者でもないということであり、逆に言えば何にでもなれる無限の"可能性"なんだ。
 それは例えば、きみの胸にある"星"のように。小さくも仄かに輝きを放つ》


 よく分からない。
 夢だからかな、そんなに不思議な言葉なのは。

 あなたは誰?
 わたしに見えない、わたしに聞こえる、あなたは誰?
 お爺さんみたいな、男の子みたいな、不思議な声。
 あなたは誰?


837 : 閑話・墜落の逆さ磔 ◆GO82qGZUNE :2018/01/02(火) 23:46:40 gFrMHz3Q0


《私はトート・ヒュブリス・ロムという。
 黄金を瞳に戴く者だが、太極座に至る求道者たり得なかった》


 聞いたことのない名前。
 日本人じゃない、外国の人?

 心当たりもないし、
 やっぱり、これは夢なのかな。


《私のような者の前に顕れてしまうとは、きみの"起源"となった人物は随分と優しい少女であるらしい。
 それとも、自分が何者であるのかを定めかねているからかな。
 さりとてここはヒュプノスの領域にほど近い。そちらへ行ってはいけないよ》


 ヒュプノス?
 なに?

 わたしは首を傾げる。
 すると、くいっと体が傾いて、どこかへ吸い込まれるみたいな感じがした。
 名前を呼んだせいなのかな、って、わたしはなぜか思う。
 名前を呼ばれた誰かがわたしを引き寄せてる。
 そんな感じ。
 うん、そんな感じ。


《いや。そちらはいけない》


 え、なに?


《薄暗いバーがあるだろう。そこへ行ってはいけない。
 そこにはひとならぬものどもが集う。
 プレアデスの名を持つきみを彼らが見れば、きっと、何か思い違いをしてしまうだろう。
 黒の王の機嫌が悪ければ、ひと呑みにされてしまう。
 もっとも、黒の王も近頃は変質したようだけれど》


 黒い王さまって、なに?
 そういえば蜂蜜酒って言ってたっけ。でも、わたしバーになんか行かないよ。未成年だもん。お酒飲める歳じゃないし……


《いや。きみには分からないことだったか》


 分からないことばっかりだよ、わたし。
 分からないこと、教えて欲しいよ。
 じゃないと、わたし、いつまでたっても役立たずで。

 みんなのこと、助けられないし。
 こんなわたしでも何か変われるんだって、そんなことも思えなくなっちゃう。

 そんなの、わたし、嫌だよ。


838 : 閑話・墜落の逆さ磔 ◆GO82qGZUNE :2018/01/02(火) 23:47:23 gFrMHz3Q0


《きみが知らぬのも無理はない。知ればきみの夢は霧散し朝露と消えてしまうだろうから。
 夢を夢と知ってしまえば、あとは目覚める他にない。認識した現実の中に、夢の居場所など何処にもない。
 ヒュプノスの領域に近づけたのも頷ける。どちらかというと、オネイロスの領分ではあるけど》


 分からないよ。
 あなたの言ってることも、わたし、
 何も分からない。


《ならばこれはどうだろう。
 きみの行くべき場所は他にある。できれば、そこへ至ってほしいものだが》


 え。

 わたしの行くべき場所?
 どこ?


《きみの助けを必要とする人がいる》


 ひと?


《そう、人間だ。
 超人でも狂人でもない、ありふれた一人の少女だ。
 きみと同じような》


 わたしと、同じ?
 その人のところに行けばいいの。

 でも、それはいったいどこに……


《きみの行くべき場所。それはたった一つだけ。
 運命の奔流に産まれ落ちた一人の人間の物語。
 一輪の花の如き少女幻想の中心核。
 天神の災厄襲う世界の真ん中で、暖かな日常を守り切った少女の。
 外側から、炎から、異空から、外宇宙から。
 そしてかの王の顕現体のひとつからさえも守り抜いた。
 花結いの意志と想いが込められた物語》


 周囲に煌めく光の粒が、にわかに瞬く。
 それは本の頁が勝手に捲れるように。
 進んで、戻って。進んで、戻って。
 題名を告げるかのように、その人は言う。


839 : 閑話・墜落の逆さ磔 ◆GO82qGZUNE :2018/01/02(火) 23:47:46 gFrMHz3Q0


《名を、『勇者の章』という》


 ……勇者。
 その人のところに、行けばいいんだね?


《そうだね。そしてそれ以外にきみの行くべき場所はない。
 我がカスパール体に非ざる月が見下ろす都市。きみはそこより生じ、そこに還る他にない。
 残念だよ。きみがすばるという名の   でなければ。本当のすばるであったならば。
 あるいは、夢を歩き、夢を渡り、幾万、幾億、幾星霜の果て、物語られる世界を渡ることもできただろうが》


 ……え、と。
 だから、分かんないよ。
 もっと簡単に言ってほしいな……


《きみは旅人ではなく帰り人なのだよ。
 そして、物語を渡ることこそ叶わないが、代わりにきみは何にでもなることができる。
 他者から押し付けられた"かたち"など、きみには何の意味も為さない。
 きみにはすべてが許されている。
 何と為すのもきみの自由だ。
 例えば、そう。運命樹を遡り、五十六億七千万の月日の果てにきみ自身を再定義することも、また───》


 あれ、聞こえなくなっちゃった。
 待って……!

 ちょっと、待って。
 わたしは言おうとするけど、その時初めて気づいた。

 そういえばわたし、きちんと声だけの人と話してない。
 わたし、声を出してない。

「待って」

 言いかけたけど、もう、声は遠くへ消えていて。
 わたしは───

 今度は、上がっていく。
 落ちるんじゃなく、引き上げられていく。
 浮遊感。
 ふわふわとした、けれどどこか急ぐような。

「わ、わ、わ……」

 自然と声が出る。
 それくらい、体に感じる力ははっきりとしていて。

 おかしいね。夢なのに、体の感覚あるんだ。
 それなら、本当に……

「夢を現実にすることも、できるかな」

 わたしは、小さく呟いて。
 そして、意識の戻るべき場所へ、ふわりと浮き上がる。





 ───それは、少女たちの物語。

 ───そして。それから。別の、次の、物語。


840 : 名無しさん :2018/01/02(火) 23:48:01 gFrMHz3Q0
投下を終了します


841 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:50:45 kEyeMi0A0
ヤヤ、アストルフォ、アティ、ストラウス、エミリー、シュライバー、レミリア、東郷さん予約します


842 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:51:15 kEyeMi0A0
投下します


843 : 目醒めのルサールカ ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:51:50 kEyeMi0A0





『イザヤ書13章に曰く』

『"彼らは、遠い国からそれを送る、天の果てからそれを仕掛ける"
 "これは、主自身の怒りの技で、全地の悪を仕留めるために来る"』

『怒りの日において、背徳の都を滅ぼせしは全能者の差し向けであるらしい』

『なんとも───』

『なんとも、滑稽なことだ』

『小さきお前たちの小さき祈りなど、届くはずもないというのに』

『小さきお前たちの小さき悪徳など、響くはずもないというのに』

『お前たちを滅ぼすのは、いつだとてお前たち自身だというのに』

『如何なる時でさえ、人は神を必要とするらしい』

『……滑稽なことだ』

『こんなにも悪夢でしかない世界の中で』

『お前たちは、まだ普通の夢を見ようとするのか』



 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────────────────。








844 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:52:45 kEyeMi0A0





 ───それは、異空の侵略者たちが鎌倉へ迫る前のことである。



「……」

 遥か高みの空へ浮かんで、その少女は己が後悔の全てを思い出していた。

 影連なる螺旋階段、最奥にて佇む誰か。告げられる言葉の意味。
 知られている。全て、東郷美森が歩んできた全て。あの少女は自分が何たるかを知っている。
 自分が何を為そうとしているか。
 自分が何を目的としているのか。
 その結果として発生する事象が、何であるのか。

 全て承知の上で、自分を呼びだした。

「……くふ」

 はためく風の音に紛れて、声が漏れた。それは笑い声であったか。東郷美森は、その口許に微かな笑みを浮かべていた。
 見渡す眼下、足元には鎌倉の街並みが広がっている。
 人の営み。尊く、守るべき無辜の民たち。
 勇者たちが守り続けてきた世界。

「こんなもののために……」

 笑う。
 笑みは更にその深さを増す。
 しかしその所作とは裏腹に、喜悦や歓喜の情はどこにも見受けられず。

「こんなもののために、私たちは死に続けたというの」
 
 言葉に憎悪を乗せて、彼女は言い放つ。
 引き攣った嗤いが、顔面にへばり付く。

 あらん限りの激情を湛えて、尚も少女は嗤っている。いいや、反転した彼女はそれ以外の貌というものを知らないのだ。
 言い難い憤怒と絶望は喜劇に似て、悶え狂うほど笑い転げたあとも残滓が消えなかったモノこそがこれだから。

「だったら、全員」

 嗤う少女は腕を振るう。合わせるように、無数の異形が空の彼方より現れる。
 高みに在る誰かはこのために私を呼んだ。私は所詮、世界を壊すための捨て駒に過ぎない。

 ───ああ、それで?

 もう何もかもがどうでもいい。空虚さしか残らない心はとっくに罅割れて、考えることさえ億劫で仕方ない。
 高く掲げた腕を、街に向けて振り下ろす。
 街も人も何もかも、私にとっては無価値でしかないから。



「死ね」



 万象、悉くが滑稽なり。





   ▼  ▼  ▼


845 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:53:29 kEyeMi0A0





 けれど───

 けれど、けれども。
 少女の言葉は、その言葉だけは。

 その憎悪は誰にも届かない。
 その願いは誰にも届かない。
 そういう風に、決められてしまっているから。

 誰に? 人ではない。
 誰に? 獣でもない。
 それは人でも英霊でもなくて。

 ただひとりの何者かが決めたこと。
 ただ一柱のいと高きものが定めたこと。

 時間だ。時が。突然、来てしまった。
 誰にもそれは止められない。

 時間が来てしまうから。
 残酷な、時計の音がすべてを告げる。

 終わりの足音。
 終わりの秒針。
 食らう、蝕む、侵食する。
 そうして何もかもが消えてなくなる。

 チクタク。
 音は、静かに告げる。

 チクタク。
 足掻くのをやめろと嗤いながら。

 チクタク。
 それはまるで月のように。
 それはまるで神のように。

 そして、いと高きものは告げるのだ。
 遠く、空の果てから。
 遠く、月の果てから。

 声を───



《領域支配(ドメイン)は四象へと広がります》

《永劫休眠状態(ルルイエ・モード)は必要なし》

《■■への負荷はあるはずもなく》

《何故なら最初から、人は現実を認識していない》

《世界は目を瞑ったまま》

《潰れた瞳を、それでも瞼で覆ったまま》



 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼


846 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:54:23 kEyeMi0A0





 ───この右目。
 ───黄金色の瞳は、きっと、過去への鍵。

 あたしはそう思っている。
 あたしはそう思うしかなかった。学なんてないけれど、それでも、こうもはっきりと痛みと連結していれば、因果関係を想像してしまうのは仕方がない。

 最初は、ライダーと一緒に本を読んだ時。
 次に、アーチャーと黄金色のサーヴァントの会話を聞いた時。

 それは多分、失ってしまったというあたしの10年を思ったからで、つまりこの痛みとはその10年の何かから来るものなんだろう。

 あたしが忘れてしまったという、10年。
 都市の人々が、あたし以外の人々が口にした《復活》より後の日々のこと。
 都市の外にとっては2年足らずであっても確かに都市の内の人々にとっては10年間だったという、訳のわからない時間。あたしの空白。

 記憶なんて、何もないのに。
 思い出そうとすると痛みだす。

 頭の中で、爪を持った小さな子鬼か鼠か猫が暴れているんじゃないだろうか、とか。
 そんなことまで考えられるようになってきたのは、こういう状況に慣れてきた証なのかも知れない。


「……」


 声にならない溜息ひとつ。


「頼りっぱなしね、あたし」


 ベッドのシーツを、無意識に握りしめる。顔は自然と俯き、こんなんじゃ駄目だとひとり心の中で自戒する。

 アーチャーに曰く、聖杯戦争は早く終わる可能性があるらしい。
 参加者が減ってきているのか、それとも根本的な解決が近いのか。聖杯戦争を最前線で見てきたアーチャーの言うことだから、どちらにしても本当のことなんだろう。
 そのことは純粋に嬉しい、と思う。でも同時に、本当にこのままでいいのか、とも思う。
 あたしは聖杯に何も望まない。そう決めたことに間違いや迷いはもうない。そしてあたしにできる一番の方策は、こうしてじっと身を隠しておくことだというのも分かる。
 けど、なんでだろうか。それだけじゃ駄目なんだという言いようのない予感みたいなものもある。
 理屈ではなく、勘としか言いようがないよく分からないもの。それは記憶の痛みから来るものか、それとも違うものなのか。
 "まだ自分は、自分が生まれた意義を果たしていない"などという、意味の分からない焦燥が、胸の中に沸き立ってくる。

 これは一体何であるのか。
 分からない。果たしてこれは、"解消しても良い謎"であるのかさえ。

 ふと顔を上げ、そこにある鏡を見た。映る顔は青白く、目元には隈が目立つ。
 なんてことない顔だ。おかしなところは何もない。
 けれど───



 ───鏡に映ったあたしの顔。
 ───黄金色の右目が微かに光ったように見えたのは、果たして気のせいだったのだろうか。








847 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:55:14 kEyeMi0A0





 生き延びた。
 笹目ヤヤの今日一日を振り返るなら、まずその言葉が妥当だろう。
 赤いアーチャーに襲われて死にかけて、街一つ消える爆発に巻き込まれて、知らない間にそんなバカみたいな戦いが数えきれないくらい起きて、自分はなんとかそれらを回避できて。
 そして、こうして五体満足のままここにいる。

「……」

 ふぅ、と吐息を一つ。疲れた息を吐く。
 溜息ほど重くなく、呼吸ほど軽くなく。

 ベッドのスプリングに寝転がって、言葉なく天井を見つめる。
 その沈黙はなんだか気まずくて、一人だというのにライダーと一緒にいる時よりも、よほど重くて息苦しかった。

「……ね、ライダー。いる?」
「いるよ」

 虚空に問いかけると、すぐ返答があった。天井を見つめるヤヤの視界いっぱいに、逆さまになったライダーの顔が映り込んだ。
 その表情は相も変らず明るくて、こいつは不安とかそういうのは持ってないのかと思わせるものだった。

「どうしたんだいマスター。もしかして人恋しくなっちゃった?」
「言ってなさい。まあ、でも……」
「でも?」
「ううん、アンタと話したくなっただけ。なんとなくだから、なんとなく」

 なんて誤魔化すように言って、ぷいと顔を背ける。ライダーはやっぱり笑いながら、ヤヤの横に「よいしょっ」と飛び込んできた。

「……色々あったわよね、今日は」
「そだねー。まさに激動の一日ってやつ。マスターは大丈夫? 気疲れとかしてない?」
「私は別に平気。それよりアンタよ、その……助けてもらった、わけだし?」
「ボクはまあ、この通りピンピンしてるよ。それより問題はヒポグリフのほうかなぁ。まだ傷が癒えてないんだよね」

 ほら、やっぱり色々あったから、とライダーの言。ヤヤはそれに、曖昧に頷くしかなかった。

 思い出す。ヒポグリフ……ライダーの乗る不思議な生き物のこと。あの時私たちを守るために突撃して、身を挺して戦ってくれたという幻想種のことを。
 ライダー共々ボロボロになって、でも彼らは生きている。表立って言葉にすることはなかったが、ヤヤはそれが嬉しかった。
 死んでしまわなかった。
 まだ生きててくれた。
 そして私も生きている。

 連れ去られて、彷徨って、戦って、戻って───そして今、ここにいる。重要なのは、まず何よりも生きているということ。
 今日一日を生き延びたということ。
 そして明日は───


848 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:55:46 kEyeMi0A0

「……っ!」

 そう考えた瞬間、不意にヤヤの体が寒気に襲われた。冷たいナメクジが体の中を這いずるような言い知れない不快感が全身を襲う。
 これは───恐怖だ。
 今までは感じなかった感情。ライダーとアーチャーに守られて、感じることができなかったものが反動のように襲い来る。冷たい手が、べたべたと全身に纏わりつく。

 ───なんで私は生きてるんだろう。

 哲学的な意味でなく、純然たる疑問だった。
 自分は死んでもおかしくなかった。いや、普通に考えて死んでる。
 サーヴァントに襲われて、手も足も出なくて、ついさっきもとんでもないサーヴァントに出くわして……比喩ではなく死ぬかもしれなかった体験を、この一日でどれだけ潜り抜けてきたか。

 死ぬかと思った。
 明日は死んでいるかもしれない。
 そう考えると、震えが止まらなくなった。



「あ、来た来た。オッケー、大丈夫大丈夫! いいかい、キミは生きてる! ボクも無事だ! みんな助かって万々歳、もう心配することなんてない!
 今はそれでOKにしよう、ね?」



 半身を起こしたライダーが、笑いかけながら叫んで手を握る。
 その叱咤が、辛うじてヤヤの意識を繋ぎとめた。嫌な脂汗が消えていく。張り付いた喉に徐々に熱が戻って、どうにか言葉を出せるようになった。

「……ごめん、情けないとこ見せちゃったわね」
「ううん、全然。キミは情けなくなんかないし、とても強い女の子だよ」

 ライダーが笑いながら言う。そこに嘘の気配は一つもない。


849 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:56:11 kEyeMi0A0

「ボクもね、生前似たような経験があったんだ。確かアレだったなー、理性を取り戻した時に戦争に行く羽目になってさ。いつもなら何てことない行動の一つ一つが、やけに怖くて仕方なかった。その時分かったんだ、いつもの怖い者なしの勇気は、理性が吹っ飛んでるからできたことなんだって。そう自覚した時は本当に怖かったよ。一歩間違えてたら死んでたかもしれない、そう考えたら怖くて怖くて、天幕で毛布被って一人でブルブル震えてたっけ」

 笑いながら、ライダーは過去の思い出を朗らかに語った。それは騎士にあるまじき、普通なら赤っ恥になるような失敗談だが、彼にとって目の前の少女の涙は、そんなつまらない見栄より何倍も重要なものだった。

「眠ってからも怖かったからねぇ。夢にまで見て、起きたら思いっきり吐いてたよ。いやあ、寝ゲロって気持ち悪いよねー。口の中が酸っぱいわ変にザラザラするわ。あ、その時食べてたのが」
「いや、そこまで言わなくていいから」
「あっはっは、ごめんごめん。まあ何が言いたいかっていうとさ、キミのそれは誰でも同じってことだよ。騎士様だろうが誰だろうが最初はそんなもん、どころかボクの場合死ぬまでそうだったし。
 だから情けないなんてことないし、そもそもキミにはボクがいる。キミはボクのマスターで、ボクはキミのサーヴァントだ! ああ全く、こんなことを堂々と言えるなんて騎士冥利に尽きるなぁ!」

 全身で喜びを表現するように、ライダーは今にも跳ねそうな勢いで言い切った。その顔は満面の笑みで、見ているこちらの毒気が抜かれるようなほどだった。

「いやまあ、お前弱いじゃねーかとか言われたら……うん、否定はできないけどさ。でも頑張るから! これでもボクは英雄だ、そう呼ばれたとあったら男が廃る! ってもんさ」
「……本当に、アンタは」

 くすりと笑う。ライダーを見ていたら、不安も何も吹き飛んでいった。
 ちょっと前までなら、気恥ずかしさで素直になれず突っぱねていたかもしれないけど。

「うん……頼りにしてる。私の引いたサーヴァントがアンタで、本当に良かった」
「ふふん、その言葉はまだ早いぜマスター。何もかもが終わって、キミが家に帰れるハッピーエンドを迎えた時に、きっとそう言わせてやるさ」

 ライダーは喜び誇るかのように胸を張る。
 その姿はどこまでも勇ましく、光に満ちて。

「───ボクがサーヴァントで、本当に良かったってね!」





 ───そんなライダーの後ろを、横合いからぶち抜かれた壁が思い切り吹っ飛んでいった。





「……へ?」


 間抜けな声は一体どちらのものであったか。
 振り返った先には、壁を壊して入ってきたと思しき、白くて大きな"何か"がいて。
 その顔が、ぎょろり、と、こちらを向いて。


「────────────!!!!!!!!」


 およそ尋常の生物とは思えない奇怪な絶叫が、辺りに木霊した。








850 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:56:47 kEyeMi0A0





「こなくそ──────ッ!!」

 半壊したホテルの壁面から、人間大の何かが勢いよく飛び出した。
 一対の鳥の翼と、駿馬の如し体躯。その上には二人の人影が騎乗している。
 片側だけで優に3mはある大きな翼をいっぱいに広げ、その幻想種は流星のように空を翔けた。
 のだが。

「うそうそうそ何アレ気持ち悪い! こっち見たなんかもぞもぞしてたぎょろってしてたーーーっ!」
「マスター落ち着いて舌噛むから! って、やっぱり一匹じゃなかったか!」

 そこには予想外の事態に頭を混乱させる少女が一人。何が何だか分からず感情のままに言葉をぶちまけ、それをなんとか制止するライダーは正面に迫るいくつもの影を視認する。
 白く巨大な正体不明の物体。その数三体!

 二人は露知らぬことだが、それらは星屑と呼ばれるバーテックスの一種だった。西暦の時代において人類を殺戮し尽くした天の御使いにおいて、最も低級であり力も大きさも最弱に位置する個体だが、代わりに膨大な個体数を誇る尖兵とも言うべき存在である。

「舐めるなっ!」

 ヒポグリフが一対の翼で風を吐き、羽ばたく力で大気の壁を殴りつける。緩急の勢いを利用してライダーは右手に握る黄金槍を一閃───ただの一振りで、槍の全長よりも巨大な星屑を一刀両断する。
 更に槍を引き戻し中空を蹴るようにして旋回、振り返りざまに後続の二体に槍の穂先を合わせ、一気に突貫。一直線に駆けぬけた騎兵の突撃は二体の異形を同時に砕き、塵として宙に舞わせるのだった。

 訪れる静寂に、ヤヤは呆然と目をパチクリとさせ、次いでその表情にじわじわと喜びを込み上げさせて。

「や、やった!」
「へへーんどんなもんだい! 弱いと言われようが腐っても英霊、こんな怪物如きにやられるボクじゃないってね!」

 いぇいと二人でハイタッチ。自分のしたことに気付き顔を赤くするヤヤを後目に、ライダーは槍を虚空へと消して腕を組み。

「けど、おかしな奴だったよなー。サーヴァントじゃありえないし、使い魔にしても見たことないや。マスター、あれ何か知ってる?」
「知ってるわけないでしょ。私は何の変哲もない学生なん、だか、ら……」
「ま、そうだよねー。やっぱりキャスターが召喚した使い魔の類なのかな、戻ってアーチャーにでも」
「ら、ライダー、あそこ……」
「え、何さマス、ター……」

 ヤヤにせっつかれ、その指差す空を見上げたライダーは───その体勢のまま、硬直した。
 空は、黒く染まっていた。
 あれほど月が明るかったはずなのに、今はその光さえ遮られて。

 ───何かが、空を覆っていた。








851 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:57:26 kEyeMi0A0





 その時、夢に沈む少女と夢を失った少女を除く全てのマスターとサーヴァントは、それを見た。

 束の間の安息を享受する二人の聖剣使いも。
 赫炎に身を委ねる赤騎士と天夜叉も。
 相争い食らい合う二騎の暗殺者も。
 狂乱にうち震える白き凶獣も。
 大海にて戦場を俯瞰する戦艦の主も。
 全てを見通すとされる慧眼で以て世を睥睨する、英雄たちの王も。

 皆等しく、それを見上げた。

 蠢く音がする。
 蠢く音がする。

 幾つも幾つも蠢く音。悲鳴のように。
 幾つも幾つも蠢く白。怒濤のように。
 絶え間なく、止め処なく。

 空を埋め尽くすは、白い星屑たちの群れ。
 群れ、群れ、群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ───!

 その数、百や二百では到底きくまい。千か万か、あるいは更に多いかもと思わせる大群は乱雑に絡み合い、その様はまるで蟲の苗床のようで。
 地平線の彼方から水平線の彼方までをも埋め尽くす。

「何よ、これ……」

 呆然と呟かれた言葉は何のためであったか。
 目の前の光景が信じられないからか、それとも何かに救いを求めたが故か。
 どちらでもあり、どちらでもなかった。単純に圧倒されたのだ。その数と質量に、気圧されてしまった。
 確かに一匹一匹は、ライダーでも容易く対処が可能な程度の存在だ。しかしこの数はどうだ。雨粒を振り払うことはできても、ダムの決壊を前にしては押し潰されるが必定である。

 勝てない。どう足掻いても、為す術はない。
 ヤヤは理屈ではなく直感として、それを確信した。

 天蓋を構築する星屑の群れ。その意識が、今、地上を向いた。
 無数の星屑が、規則正しく眼下を向く。

 星屑たちの一角、全体から見ればほんの一部でしかなく、しかしそれでも尚膨大な質量を持つ大群が、こちらを見た。
 今しがたライダーに討滅された個体を感知した一群は、次の瞬間には猛烈な勢いでこちらに迫って。


852 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:58:09 kEyeMi0A0


「ひっ……」
「……逃げよう、マスター。怖がらないで」

 か細い悲鳴をあげるヤヤに、ライダーが声をかける。
 それに辛うじて我を取り戻して、けれど平静さを失ったまま、ヤヤは自棄糞に叫んだ。

「ど、どうやってよ! いくらそいつが速くても逃げ場なんてないじゃない! そ、それに、あいつら……」
「大丈夫。そりゃボクは弱っちいけど、ボクの宝具はみんな強いんだ。まあ魔力がないと何もできないってのはつらいけど」

 苦笑するライダーの背後では、白亜の天が落ちつつあった。
 まさしく世界の終わりそのものである光景を前に、それでもライダーは常と変らずに。

「だからマスター、悪いんだけど令呪を使ってくれると助かる。そのブーストがあれば、多分何とかなるから」
「……本当に?」
「うん」
「信じて、いいの……?」
「ボクがキミを裏切ったこと、あるかい?」

 あるはずがない。召喚してから今に至るまで、このサーヴァントが自分を裏切ったことなんて、一度だってない。
 ポンコツで、能天気で、何も考えてなくて、どうしようもなく危なっかしくて。
 けれど、こんな何もできない自分を、それでもずっと守ってくれた。
 ライダーは英雄だ。自分を弱いと言い張ろうと、見た目が単なる女の子でも、それでもアストルフォというサーヴァントは確かに英雄なのだ。
 ヤヤにとって、誰より強くて頼れる英雄。
 そんな彼女が裏切るはずなどない。

 そうであるはずなのに、今にも「そんなことない」と叫びたがってるのに、けれど体が恐怖で固まり言うことを聞かない。
 ただ震えるヤヤに、ライダーはにっこりとほほ笑んでみせて。

「ボクはキミの英雄だ。どんなことがあっても、キミだけは絶対守ってみせるから」

 言うが早いか前へと向き直り、その手に黄金の槍と漆黒の長笛を具現させる。
 今にも迫りくる大量の星屑を前に、それでも意志だけは折れることなく。

「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!
 我が名はシャルルマーニュが十二勇士アストルフォ! 武勲詩に誉れ高き騎士の一人である!」

 大見得を張り武装を振りかざす。
 此処に在るは英霊の一角、確かな武勇と伝説を持ち合わせる戦士なれば。

「いざ尋常に―――勝負ッ!!」

 勝ち目のない戦いへと、勇気だけを胸に突撃し───



 その時、夢に沈む少女と夢を失った少女を除く全てのマスターとサーヴァントは、それを見た。

 束の間の安息を享受する二人の聖剣使いも。
 赫炎に身を委ねる赤騎士と天夜叉も。
 相争い食らい合う二騎の暗殺者も。
 狂乱にうち震える白き凶獣も。
 大海にて戦場を俯瞰する戦艦の主も。
 全てを見通すとされる慧眼で以て世を睥睨する、英雄たちの王も。

 皆等しく、それを見上げた。

 蠢く音がする。
 蠢く音がする。

 幾つも幾つも蠢く音。悲鳴のように。
 幾つも幾つも蠢く白。怒濤のように。
 絶え間なく、止め処なく。

 空を埋め尽くすは、白い星屑たちの群れ。
 群れ、群れ、群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ群れ───!

 その数、百や二百では到底きくまい。千か万か、あるいは更に多いかもと思わせる大群は乱雑に絡み合い、その様はまるで蟲の苗床のようで。
 地平線の彼方から水平線の彼方までをも埋め尽くす。

「何よ、これ……」

 呆然と呟かれた言葉は何のためであったか。
 目の前の光景が信じられないからか、それとも何かに救いを求めたが故か。
 どちらでもあり、どちらでもなかった。単純に圧倒されたのだ。その数と質量に、気圧されてしまった。
 確かに一匹一匹は、ライダーでも容易く対処が可能な程度の存在だ。しかしこの数はどうだ。雨粒を振り払うことはできても、ダムの決壊を前にしては押し潰されるが必定である。

 勝てない。どう足掻いても、為す術はない。
 ヤヤは理屈ではなく直感として、それを確信した。

 天蓋を構築する星屑の群れ。その意識が、今、地上を向いた。
 無数の星屑が、規則正しく眼下を向く。

 星屑たちの一角、全体から見ればほんの一部でしかなく、しかしそれでも尚膨大な質量を持つ大群が、こちらを見た。
 今しがたライダーに討滅された個体を感知した一群は、次の瞬間には猛烈な勢いでこちらに迫って。


853 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 19:59:35 kEyeMi0A0

「ひっ……」
「……逃げよう、マスター。怖がらないで」

 か細い悲鳴をあげるヤヤに、ライダーが声をかける。
 それに辛うじて我を取り戻して、けれど平静さを失ったまま、ヤヤは自棄糞に叫んだ。

「ど、どうやってよ! いくらそいつが速くても逃げ場なんてないじゃない! そ、それに、あいつら……」
「大丈夫。そりゃボクは弱っちいけど、ボクの宝具はみんな強いんだ。まあ魔力がないと何もできないってのはつらいけど」

 苦笑するライダーの背後では、白亜の天が落ちつつあった。
 まさしく世界の終わりそのものである光景を前に、それでもライダーは常と変らずに。

「だからマスター、悪いんだけど令呪を使ってくれると助かる。そのブーストがあれば、多分何とかなるから」
「……本当に?」
「うん」
「信じて、いいの……?」
「ボクがキミを裏切ったこと、あるかい?」

 あるはずがない。召喚してから今に至るまで、このサーヴァントが自分を裏切ったことなんて、一度だってない。
 ポンコツで、能天気で、何も考えてなくて、どうしようもなく危なっかしくて。
 けれど、こんな何もできない自分を、それでもずっと守ってくれた。
 ライダーは英雄だ。自分を弱いと言い張ろうと、見た目が単なる女の子でも、それでもアストルフォというサーヴァントは確かに英雄なのだ。
 ヤヤにとって、誰より強くて頼れる英雄。
 そんな彼女が裏切るはずなどない。

 そうであるはずなのに、今にも「そんなことない」と叫びたがってるのに、けれど体が恐怖で固まり言うことを聞かない。
 ただ震えるヤヤに、ライダーはにっこりとほほ笑んでみせて。

「ボクはキミの英雄だ。どんなことがあっても、キミだけは絶対守ってみせるから」

 言うが早いか前へと向き直り、その手に黄金の槍と漆黒の長笛を具現させる。
 今にも迫りくる大量の星屑を前に、それでも意志だけは折れることなく。

「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!
 我が名はシャルルマーニュが十二勇士アストルフォ! 武勲詩に誉れ高き騎士の一人である!」

 大見得を張り武装を振りかざす。
 此処に在るは英霊の一角、確かな武勇と伝説を持ち合わせる戦士なれば。

「いざ尋常に―――勝負ッ!!」

 勝ち目のない戦いへと、勇気だけを胸に突撃し───


854 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 20:00:04 kEyeMi0A0








「散れ」








 背後からの声が耳に届くと同時、轟音と共に視界が一面の白に塗り潰された。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼





「あ、アーチャー……?」

 閃光が晴れ恐る恐る目を開いた視線の先、ホテルの屋上に立つ男の姿を、アストルフォは捉えた。
 ヒポグリフを寄せるため手綱を引く。空中を滑るように歩み寄り、アーチャーの隣へと軽やかに着地すると、彼は彼方を見遣ったまま口を開いた。

「ライダー。早速だが、いつかの契約を履行してもらう時が来た」
「契約って……えっと、いざという時はアティを護衛する、だったよね」
「そうだ。もうここに連れてきている、さあ」
「う、うん……」

 抑揚なく頷くアーチャーと、その後ろからおずおずと進み出るアティを前に、ライダーは内心納得する。そりゃこんな有り様なのだ、今が緊急事態だなどと火を見るまでもなく明らかである。
 改めて空を見上げれば、そこには白い異形の群れ、群れ、群れ。文字通り天を覆い尽くす様は視界に収まらず、全体像を把握するには首を右から左に動かす必要があった。
 文字通り世界の終わりにさえ感じられる光景を前に、ヒポグリフで世界の果てまで駆けたところでどうなるのだろうと、あるいは理性の戻りつつある新月の夜であったなら思ったかもしれないが。

「よし来た。アティはボクのマスター共々、ボクが絶対に守り抜いてみせるからね!」

 それでも、根拠もなく大丈夫と言ってのけるのがアストルフォという英雄である。彼は大仰に胸を叩いてみせ、大船に乗ったつもりで任せろと見栄を切る。

「助かる。それと、これは私からの餞別だ」

 と、アーチャーがヒポグリフに静かに触れる。首を撫でるようにした彼の掌から多量の魔力が伝わり、ヒポグリフを通じてアストルフォとヤヤにまで流れ込んでくるのが感じられた。

「え、わわ、何これすごい!」
「正午の戦闘で負った損耗は把握している。ヒポグリフについた傷のことも、な。それでは君達も真価を発揮できまい」

 軽く笑ってみせるアーチャーに、ライダーは感極まったように。

「〜〜〜〜〜っ、ありがとうアーチャー! アティのことは心配しないで、きっと無傷で送り届けるよ!」


855 : 目醒めのルサールカ(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 20:00:21 kEyeMi0A0

 笑うライダーは分かっている。自分たちの傷を把握した上で、今の今まで手を付けなかった理由。簡単なことだ、いつ敵になるかも分からない相手にそこまで施しを与えてやる必要なんてない。それは当たり前のことで、アストルフォは自分はやらないにしても他の誰かがそうするのは至極当然だと考えていた。
 だからこのことに怒るつもりなんてない。むしろ逆だ。今まで最低限の警戒をしていた彼が、本当の意味で自分たちを信用してくれたのだ。アストルフォにとって、それが嬉しくないわけがなかった。信頼には成果で応える、それが英雄たる彼の矜持であるために。
 先ほどよりも尚硬く、彼の覚悟は固まった。

「アーチャー……」
「大丈夫だとも。心配する必要はない。マスターは彼らを良く信じ、良く付いていくといい」

 駆け抜ける刹那、アティとアーチャーはそんな会話を交わして。
 再び空へと飛びあがったアストルフォは、声高々に叫ぶのだ。

「さあ、行くぞヒポグリフ! 例え世界が終わっても、ボクらの疾走は誰にも止められない!

 さあ行こう、どこまでも駆けよう。
 先に待つのが絶望だけだったとしても、それでも笑顔だけは絶やさずに。
 この異形蔓延る魔都と化した鎌倉を、一陣の風となった彼らは一直線に飛翔していくのだった。





   ▼  ▼  ▼





 一瞬のうちに遠く飛び去っていくライダーたちを見送って、ストラウスは視線を横にずらす。
 そこでは、白亜の天空を構成する星屑のうちの何%かが蠢動し、再び地上へ降りようとしているところだった。
 目標は鎌倉全土、しかし決して少なくない数の星屑が、同胞を消し飛ばしたストラウスを脅威と認め、排除するために殺到しようとしていた。
 猛る異形の白色が、膨大な群れを成して漆黒の弓兵を食いつくさんと迫る。

「……さて」

 余人ならばその光景を目の当たりにしただけで恐慌に陥るであろう状況に置かれて、しかし彼は声を乱すことなく彼方を見遣る。
 そう、それはアストルフォを此処へ迎え入れた時と変わらず。ただ一点のみを見つめている。
 そしてそれは、先ほどよりもずっと近くへと来ていて。

「お前を呼んだ覚えはないのだがな。白騎士、フローズヴィトニル」














「へえ?」















 ───彗星の如く飛来した何者かが、星屑の群れさえ貫いてホテルの屋上へと突き刺さった。

 衝撃に弾け飛ぶ群れとホテル建築、遅れるように鳴り響くは爆轟する大気の悲鳴か。
 天高く舞い上がった砂埃は上空100mにも達し、十数秒の時を経て砂塵が収まった頃には、瀟洒であったホテルはどこにもなく、ただ無残に崩れ落ちた大量の瓦礫が散乱しているのみであった。

「ま、君の事情なんてどうでもいいんだけどさ」

 その中心、たった今できたのであろう半径数十メートルにも及ぶ巨大なクレーターの只中に立つのは、ひとりの少年。
 白い頭髪とトーテンコープの眼帯を下げ、両手に持つは剣呑な輝きを放つルガーとモーゼルの二挺拳銃。
 狂的な笑みに彩られた顔を上げ、見開かれた碧眼は決して満たされぬ飢えと渇きに狂った凶獣。
 異形と化した月夜を睥睨して、彼は呟くのだ。

「───こんばんは。僕が、君の"死"だ」

 清廉なる月の光を一身に浴びて。
 大隊長ウォルフガング・シュライバーは、喜悦にも似た殺意を放出するのだった。


856 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/15(月) 20:00:57 kEyeMi0A0
>>852はミスです


857 : 名無しさん :2018/01/15(月) 20:01:18 kEyeMi0A0
投下を終了します。後編はそのうち投下します


858 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:11:35 t9FIanA.0
後編投下します


859 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:12:08 t9FIanA.0





 愛してください。僕は男じゃないけれど。

 愛してください。僕は女じゃないけれど。

 愛してください。僕は出来損ないだけど。

 貴方たちのことが好きなんです。





   ▼  ▼  ▼


860 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:12:51 t9FIanA.0





 異形都市に舞い降りる白い御使い。
 その容姿は天使のようで、されどその精神は狂った魔獣。
 魔人揃いの黒円卓で、至上最も人類種を殺戮し尽くした者。

 聖槍十三騎士団黒円卓第十二位、ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル。
 狂乱の白騎士が、星屑によって乱される蒼月の輝きを背負い、赤薔薇王の前に顕現していた。

 弦月に歪む口で見下ろすシュライバーへと、ストラウスはただ静かに。
 言葉を告げる。それは停戦の意味を持てども、敵意の絶無であることを示すわけでは決してなく。


「生憎と、私は無意味な戦いはしたくない性質でね。大事の前に余計な消耗は控えたい。
 退いてくれ、と言われて素直に退いてくれるなら嬉しいんだが」

「く、ふふ……」


 言葉になっていない含み笑いが、返答の全てを物語っていた。見逃すなどありえない、眼前の凶獣は認識した存在を皆殺しにしなければ気が済まないのだ。
 それは例えば、星屑へと突貫しようと猛るアストルフォへ向けて、遥か遠間よりその殺意を滾らせていたように。
 愛も、憎しみも、この獣にとってあらゆる感情は殺害へと結びつく。無関心などあるはずがない。ウォルフガング・シュライバーという狂人は、殺害という手段でしか他者と関わることができないのだ。


「白騎士の名を知っておいてまだそんなことを聞くのかい? 僕にそんな道理が通じるとでも思ってんならご愁傷様、君がここで死ぬのは確定事項だ。
 まあ君がどこの誰でどうやって僕のことを知ったかなんてどうでもいいんだけどさ、その涙ぐましい努力もここで水の泡だ」


 案の定、シュライバーの答えなど決まりきっていたらしい。そうと分かっていたからこそ、ストラウスは彼を引きつける殿としてこの場に残ったのだ。
 月を背後にその燐光を受けるシュライバーは、その口許に笑みをこぼす。しかしそこに親しみの湧くような要素は欠片とて存在しない。
 まともな理性、まともな思考、まともな精神を持つ相手ではない。あるのはただ、煮え滾る殺意と糜爛した愉悦。
 強者と血の臭いに狂乱した、最悪の嵐そのものなのだ。


「ああそれとも、逆に僕を殺してみせるかい?
 どんな御大層な大義名分を掲げても、結局は力で押し通さなきゃ叶わないのが世の常だ。弱けりゃ死んで強けりゃ勝ち残る、至極単純で当たり前の理屈だよ。
 君が僕を退けたいなら、その剣で首でも刎ねてみるといいさ」


 自分の首に親指を当て、見せつけるかのように横に引く。できるわけがないだろうと、嘲笑も高らかにそう言っているようでもあった。


861 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:13:26 t9FIanA.0


「できるもんなら、だけどね」


 くつくつと、シュライバーは侮蔑を隠そうともしない口調で語りかける。会話の体を取ってはいるが、彼にとってストラウスとのやり取りは対等な会話ですらない。これから潰す虫に対して、気紛れに話しかける退屈凌ぎでしかないのだ。相手に知性など期待していないし答えなんか聞いちゃいない。
 ただ、彼は誇っているのだ。地を這う虫を踏みつぶすことで自分が大きく偉大な存在であるのだと確認するのと同じく、足を上げる前に大仰な演説でもするのと同じく。
 ストラウスへの言葉の全て、結局はそうした自己愛の発露に過ぎない。


「お前を倒す、か」


 真っ向からぶつかる視線と視線。侮蔑と優越に染まるシュライバーの目は、しかしまさしく凶眼だった。
 人も獣も、そして知る限りの吸血種でさえも。あんな目はしていないと断言できる。
 極大の殺意と嗜虐性に憑りつかれた昆虫の眼光。この世に真に悍ましいものがあるとすれば、この目とそれを生み出した人生そのものに違いない。
 常人ならば視線に宿る殺気だけでとうに気を失うか、あるいは狂死しているだろう。英霊であっても生半な相手ならば五体無事で済むかどうか。
 侮れる道理はない。これを前にしては、誰もが死を目前とした構えを取ってしまうだろう。


「容易い。お前はありふれている」

「……はぁ?」


 しかし。
 ストラウスの返す言葉の、なんとあっけらかんとしたものか。シュライバーは思わず呆けた声を上げてしまう。

 今、こいつは何と言った?
 容易い、ありふれている。誰が? ───僕が?
 この僕を、死なずの英雄を、超人より錬成されし魔人集う黒円卓にあってなお隔絶した力を持つ、三騎士の一角たるこのウォルフガング・シュライバーが?

 凡俗であると。
 劣等であると。
 今、こいつはそう言ったのか?

 だとすれば、それは───


「……んー、残念だったね。とりあえずそういうのには引っ掛からないぞって言っておこうか」


 努めて冷静なまま、シュライバーは嗤いを顔に張り付けて言ってのける。出鱈目な躁鬱の落差と嵐のような暴力を振り回す気質ではあるが、しかし彼は馬鹿ではない。
 というよりも、あまりにも単純すぎて外部からの影響を受けないのだ。壊れた理性は共感を知らず、他者の心理を現象として受け止めている。例えば優れた狩人が、動物の言葉こそ分からずとも、その習性や動きの法則性を理解するように。シュライバーという男は殺した人数と浴びた血の数だけ、人類という獲物を知り抜いている怪物なのだ。
 故に、罵倒や挑発といった心理戦は意味を為さない。いつでも潰せる虫に何を言われたところで人は怒りを覚えないのと同じように、彼は他者という存在をそのように認識している。


「ま、君が何を根拠にそんなこと言ったのかなんて興味ないけど、そのカールクラフトみたいな減らず口を黙らせるってのも悪くないね。あいつには───」


 そして、これ以上喋らせてはいけない。
 話せば胸糞悪くなるとかそういう問題ではない。これ以上シュライバーから言葉を引き出せば、内に秘めた何かが露出する。
 恐らくシュライバー本人も気づいておらず、自覚もしていないドロドロに爛れた感情の腐汁───
 それが滾々と漏れ出していることに、ストラウスは気付いていた。
 故に。


862 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:14:10 t9FIanA.0


「出来損ないって言われたんだ」


 黙れ、もうそれ以上喋る必要はない。
 中空に生成した魔力弾を宣告なしに射出する。魔力の爆発と共に放たれた弾丸は───


「お前なんか、お前なんか、お前なんかがいい気になるな。男のくせに男のくせに、私のほうが綺麗なのに女なのに……」





「お前なんか、出来損ないの化け物じゃないか───!」





 瞬間、爆音を弾けさせてシュライバーの姿が掻き消えた。


「そうだよ、僕は女じゃないが男でもない! そんな普通の枠に囚われるようなちっぽけな存在じゃない!」


 続く衝撃は絶叫に先んじ、ストラウスの立つ地面そのものが圧し潰され、深く巨大なクレーターに陥没する。


「───」


 衝撃と余剰魔力と粉塵によって掻き消される空間にあって、ストラウスは何も行動に移さなかった。いや、できなかったのだ。シュライバーが行ったのは技術も何も存在しないただの体当たり。しかし余人は愚かサーヴァントの動体視力ですら視認の叶わない速度のそれは、まさしく砲弾の一撃である。
 全壊し堆積したかつてホテルだったコンクリ塊の瓦礫が、一斉に吹き飛ばされゴミのように空を舞った。激震が周囲を伝わり、バリバリと振動する大気が轟音となって地平線まで駆け廻る。


「女だったムッターは殺した。男だったファーターも殺した。小さい子供も老いさばらえた年寄も、みんなみんな殺しまくった!
 死ぬんだよ、あいつら簡単に死ぬんだ! ちょっと首を掻っ捌いてやったり頭を銃でぶち抜いてやったりするとさァ!
 じゃあ僕は! 殺し続けても死なない僕はいったいなんだ!? そんな下等な連中とはわけが違う!」


 狂える白騎士は止まらない。敵対象の姿が砂塵に紛れ見えずとも、魔力反応で今確かにそこにいると分かっている故に攻撃の手は休まらない。
 空間を乱反射する光線の如く、慣性の法則すら置き去りにして駆け回り手に持つ銃からは無数の銃弾が射出される。一度の交錯毎に地面は割れ、建築物の壁面が巨人の槌でも受けたかのように陥没し、後追いで発生するソニックブームで真横を通り抜けられた物体は悉くが粉微塵となってばら撒かれた。
 ただの一瞬で、閑静な通りに面するホテルの周辺は見渡す限りが更地と化して崩壊した。
 天を衝くような轟音がそこかしこに鳴り響き、大質量が如き衝撃波が大地を抉る。視界の彼方まで一直線に大地が爆ぜ、直撃した民家が文字通りに紙屑のように宙へと舞った。
 これほどまでの大破壊が、軍や城塞ではなくただ一人の人物へと向けて放たれているのだと、一体誰が信じられるであろうか。しかしそれが現実なのだ。一挙手一投足が宝具の一撃に匹敵する破壊の嵐、しかしそれすらシュライバーにとっては余技ですらなく、手足を動かす際の空気の揺れと同程度でしかないという事実が恐ろしい。

 魔速に霞むシュライバーの顔が喜悦に歪む。強大な己を誇るように、そしてその力を以て他者を轢殺する優越に浸るかのように。


863 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:15:04 t9FIanA.0


「僕は不死身の化け物なんだよ! 男でも女でもない僕は子を成せず孕ませることもできない、つまり種として完成されてる世界に僕一人だけの完全無欠の生命体!
 たった一人で生きられる僕は、つまり死なないってことなんだよォッ!!」

「なるほど。それがお前の信仰か」


 声と同時、空間を断ち切る一閃がシュライバーを襲う。
 まき散らされる衝撃諸共断割される空間を、一足飛びに宙を駆け抜け回避するシュライバーは、それを見た。

 ストラウスは一歩すら動くことなく、膝を屈することさえなく未だその場に立っていた。
 無傷だった。今まで暴風のような攻撃に晒され続けたはずのストラウスの総身は、傷はおろか細かな汚れすら付着していない。並みの英霊なら一撃毎に十度は死んでいる破壊の嵐、そよ風にすら劣るとでも言わんばかりにストラウスは視線を強めて。


「随分と幼稚なものだ。特に意外性もない」

「……ムカつくなぁ。それ、僕の一番嫌いな目だ」


 猫撫で声は悪辣で、そして敵意の塊だ。絞り出した声は怨嗟が詰まっており、怒りが可視化されてまるで炎のよう。
 だがしかし、殺意を浴びるストラウスは動かない。ただ常と変らぬ鋭い視線で、狩人の側であるはずのシュライバーを下らぬものだと見つめていた。

 怯えもしない。狼狽えも、身構えさえ不要。淡々とこちらを観察する無機質な眼光。
 観察者の瞳がシュライバーの神経を逆なでする。こちらを見下し、一挙一動を値踏みしているかのような立ち振る舞い。
 所詮は狩られる立場に過ぎない雑多な獲物が、何を一丁前に狩人を気取っている。
 ああ気に入らない。気に入らないぞ劣等。不愉快にも程がある。
 技術だの武術だの、せせこましく効率を追求していたらこんな瞳になるのだろうか。
 ならばやはり自分はお断りだ。ただ圧倒的に、容赦なく、超越者としての純粋な強さで以て駆逐するのみ。

 だってそうだろう?
 せっかく人を超えたってのに、なんで今更習い事などしなきゃいけない?
 自分たちは人を超え、常識を超え、特別な存在になったが故に高みへと飛翔したのだ。


「その薄汚い口閉じてさっさと死になよ劣等。いい加減うざったいからさ」


 抜き打ちで銃を揮う。認識すら追いつかない超速で攻撃動作を終えたシュライバーの手から、魔弾としか形容のできない銃弾が百では利かない数で以て撃ち出された。
 聖遺物の起動は必要ない。黒円卓の魔人さえ一撃のもとに打ち砕く銃弾は、猛禽が如き鋭さでストラウスの総身へと迫る。
 音さえも風圧で切り裂くだけの速度、破壊力。
 人体など、これにかかれば紙細工。それが例えサーヴァントのものであろうとも、単純な頑健さでこれを上回る存在などそうはいない。


864 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:16:15 t9FIanA.0


「もう一度言おう。やはりお前はありふれている」


 しかし。
 しかし、それでも銃撃はストラウスを穿つことはなく。
 その手前の空間で弾かれる。黒きものに阻まれて、その身に秘めた暴威を発揮すること叶わない。

 彼の影が揺らめく。
 彼の影が不気味に伸びあがっていく。
 言葉に応じるかのように。
 意志に応じるかのように。
 それは影だ。漆黒の、彼が手繰る魔力の形だ。

 それは、黒く。
 それは、昏く。
 それは、荒ぶる魂の具現として。
 白騎士から放たれる破壊を、触れるものすべて砕き崩す衝撃と銃撃とを受け止め、泡と消しながら押しとどめる。
 砕かれようが押し寄せる。
 崩されようが押し寄せる。
 それは底のない無尽蔵の力として、彼の総身より放たれる。


「人を殺し、魂を吸い上げ、魔人となったお前は『自分だけは特別』だとでも思いこんだか。
 人を超えたと? 他人とは違うのだと? ああ聞き飽きた、"お前たち"はいつも同じことを口にする」


 告げるストラウスの表情は、能面のように冷たい無表情だった。
 侮蔑浮かべるシュライバーとは対照的だ。彼の裡には嘲りも、義憤も、怒りすらない。目の前の存在にそうした感情を抱くだけの価値を認めていなかった。
 どこまでも取るに足らない、哀れで、つまらないものを見る目。


「正直に言えば、私はお前のように人を捨て力を得た類の連中は見飽きた。そして、彼らは皆口を揃えて同じこと言っていたよ。
 誰もが自分は人間でないと言い、誰もが人を超えたと言い、誰もが自分は特別な枠にいるのだと言う。
 揃いも揃って判を押したように、お前のような者は掃いて捨てるほど溢れかえっていた」


 故にありふれている。
 特別に憧れた普通。枠を超えた絶対者の吹き溜まり。この世にただ一つの希少が溢れかえる溜まり場。全てが矛盾している。
 特別という言葉の安売りだ。何十万といるありふれた害虫の一匹が、害虫らしく行動しているだけに過ぎない。珍しくもなんともない。
 男女の垣根を超えたが故に自らは唯一無二だとする思想はシュライバー以外に持たない? ───くだらない。
 そんな取ってつけたような小さい考えなど、彼が得たという特殊性の片鱗にすら及ばない。それすら、大海に落ちた雫の一滴にまで希釈される。


865 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:17:09 t9FIanA.0


「父母を殺したと言ったな。男のくせにと、女である自分には及ばないとでも母親に言われたか。
 幼少期の性倒錯環境と日常的な暴力行為、シリアルキラーとしては典型的な見苦しい経歴だな。やはり凡俗だよ、見るべきところがない」


 その言葉を最後に、断続的に響き渡っていた発砲音が、ぴたりと止んだ。ストラウスの周りに落ちる銃弾が、カラカラと澄んだ音を立てる。
 彼に向かって射出された銃弾の数は、今や千を超え数万もの大台に突入していたが、その一つすら彼の体を傷つけること叶わず影によって阻まれた。
 ストラウスに銃撃は意味を為さない。こんなものでは彼を倒すことはできない。
 それを悟ったシュライバーは───しかしそんな道理など思慮の外に投げ飛ばして、叫ぶのだ。


「……いいだろう。これを見てもまだその悪態をつけるなら、認めてやってもいい。けどまあ───」


 噴き上がる黒煙の向こうより響くは、不吉そのものである声。
 怒りに震えるでもなく、驚愕に慄くでもない。
 静か、ただどこまでも静かな声。

 そのはずであった。けれど次瞬、含まれる純粋な殺意は激する炎のように燃え盛り。


「その時には潰れた挽肉になってるだろうけどさァッ!」


 ───帳が、魔獣に引き裂かれるが如く四散した。


「…………」


 吹き荒れる裂波に煙も砂塵も弾かれる様を視界に収めながら、ストラウスは敵手の繰り出した一手の正体を見極めるより早く、一瞬にして周囲に満ちた臭気に眉を顰めた。
 血の臭い、何千何万ではきかない。
 万単位の人間を地獄の苦悶の元に引き裂いて磨り潰し、阿鼻叫喚で飽食した人食いの末路がそこにはあった。

 頭上、白亜に彩られた異形の空にひと筋の流星が閃く。目で追えないほどに速く、大群体の星屑たちに比べるとあまりに小さく、そしてあまりに速い物体が、縦横無尽の夜空を駆けまわっていた。
 そして"それ"が星屑の海に接触する度に、雷鳴めいた爆轟を響かせて破砕・爆散させ、一分の隙間もない空に網の目のような空隙を作りだしているのだ。
 切り裂かれる大気の絶叫、魂まで凍らせる咆哮は、可燃性の血に猛るエグゾースト。
 主と同じ単眼の光芒(ヘッドライト)が、闇夜を裂いて地上を照らす。


866 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:17:57 t9FIanA.0

 ───永劫破壊第二解放、形成位階。

 ドイツの軍用バイク、ZundappKS750を素体としたこの聖遺物は生まれ自体は近現代であり、積み重ねた神秘は極めて薄い。
 代わりに、本来ならば宝具になり得ないただの機械でしかないこのバイクは、足りない霊格を常軌を逸した血肉で満たし、無理やりに聖遺物と押し上げたのだ。
 神秘の代わりに血と怨嗟を。
 概念の代わりに魂と絶望を。
 "聖なるもの"という言葉から連想される一般的なイメージとは異なり、より直接的に幾多もの戦場に使われたこの宝具は、聖性や荘厳さとは無縁であるものの通常の聖遺物を遥かに凌駕する剣呑さを持つ。
 それも当たり前だろう。伝説に謳われ宝物庫で錆びついた古いだけの骨董品より、より洗練されより効率的に敵を殺すことを考え作られた現代の兵器のほうが殺傷力で上回るのは当然である。

 戦争のために生み出され、その存在証明として血肉を貪る鋼の魔獣。
 その巨躯が地上の一点、すなわちストラウスを射抜くように照準し。


「真名解放、暴嵐纏う破壊獣───潰れろ、砕けろ、粉々に砕け散って死ね!」


 ───不可視の流星と姿を変えて、突貫した。

 白き怪物が吼え狂う。
 蠢き、天空に坐する白き星々の残骸の悉くを吹き飛ばして。

 それは恐るべき殺意の咆哮。
 それは恐るべき呪詛の咆哮。
 人の意志と思考を凍らせ、のみならず物理的な破壊能力すら獲得した魔性の音撃。

 ただの咆哮のみで周囲のすべてを砕きながら。
 ただの移動のみで付随する衝撃が星の軍勢を崩壊させながら。
 直下の街並み、並び立つ家々、大気を構成する細かな粒子に至るまで。
 音の届く範囲にあるものすべて、諸共に砕き消滅させながら。
 縦横無尽に駆け回る。あまりに速く、捉えられる者などいない速度で。
 誰も動ける者はいない。
 人々、誰も。あるいは彼の咆哮により既に命を落として、あるいは精神を凍らされて。

 誰も、為す術なく。
 誰も、逃げることができずに。


867 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:18:35 t9FIanA.0


「確かに速いな」


 それでも───
 それが絶対の破壊でも。
 それが超越者の理でも。
 赤き薔薇の意志宿す彼の、心を砕くことはできない。

 立ち向かうように前へと立って。
 怯むことさえなく一歩を踏みしめて。
 声、言葉を告げる。高らかに謳うが如く。

 ただ静かに、迫る白銀の流星に向けて。
 その右手を、前へと伸ばし───


「だがそれがどうした。私は最初から、お前の土俵で戦うつもりは微塵もない」


 着弾。


 …………。

 …………。

 …………。










「───なん、だと……?」


 信じられないという響きを湛えた声は一つ。辺りに木霊した衝突の轟音は、零。

 ───ストラウスの掲げた右手が、上空より飛来した機械獣の前輪を受け止めていた。
 風に揺らぐ柳のように柔らかく、接触すれば万物轢き潰すはずの車輪を、いとも簡単に。
 受け止めて、彼は立っていた。僅かな傷すら負うこともなく、ただ悠然と。
 轟音はなく、破壊もなく、一瞬前まで激動の戦闘を描いていたはずの世界は、しかし今は完全に静止したかのように音もなく、その動きを止めていた。


 ───馬鹿、な……


868 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:19:29 t9FIanA.0


 拭い難い驚愕が、シュライバーの心中を満たした。何故ならこれは、あまりにも想像の範疇を逸脱している。
 エイヴィヒカイトにおける戦闘力は位階が一つ上がる毎に次元違いとなる。先程までのシュライバー、すなわち第一段階である活動位階においての彼でさえ、大隊長以下の黒円卓や並みの英霊程度であれば造作もなく瞬殺できるほどの実力があるのだ。事実、初戦において彼の相手となったセイバー・針目縫は令呪の強化を受けてなおヴァナルガンドの一撃により容易くその命を散らした。しかもそれは真名解放を伴わないただの凶器として運用したヴァナルガンドによる轢殺であり、真名解放まで行使した今回とは比較にならない威力である。今のシュライバーは比喩抜きで、鎌倉という街そのものを一撃のもとに消滅させることも可能な威力を放出したのだ。
 それが、弾かれるでも避けられるでもなく、受け止められた。それだけではない、余波だけで周辺地形を崩壊させて余りある威力の全てが、最初から無かったかのように掻き消されていた。一体どれだけの異常出力と精密動作性があれば実現し得るのか、18万もの魂の吸奪によって条理を逸した演算能力を獲得したシュライバーでさえ皆目見当がつかない。

 信じられない。
 あり得ない。
 こんなことが、たかが劣等如きに行えるはずがない。

 その一瞬、シュライバーの思考は確かな停止を見せた。100万分の1秒にも満たない、あって無きに等しい僅かな時間。
 しかしそれは、赤薔薇王の前で晒すにはあまりにも致命的すぎる隙であった。


「……あ」


 忘我に追いやられたシュライバーの視界の端で、ストラウスの持つ黒剣が振り上げられた。
 遅い。サーヴァントの基準に当てはめれば疾風の如き速さだが、シュライバーと比すれば亀も同然。シュライバーとその聖遺物たるバイクを狙う一撃を、常の彼なら容易く回避することができたはずだ。
 だが、彼は出遅れた。
 精神を瓦解させる出来事からいち早く思考を回復させ、戦闘用に切り替えて対処してもなお、一手遅かった。それでもシュライバー自身は躱せたが、剣の軌道上から未だ動かせない聖遺物だけはどうしようもない。
 聖遺物の破壊は術者の破壊。
 故に彼は、自分と武装の二つを同時に回避させる必要があり……


「───ッ!」


 瞬間、剣が直撃すると思われたバイクが姿を消した。形成の解除、武装化した聖遺物を概念存在へと還し、自身の中に呼び戻したのだ。
 強制的に位階を下げたことによりスペックもまた比例して低下するが、それでも他を圧倒する迅速は健在。故に何の問題もなし、敵手は千載一遇のチャンスを逃したのだと心でほくそ笑み、シュライバーは改めて殺し合いを再開しようと───


「させると思ったか?」


 疾走を開始しようとするシュライバーの目の前に、小さな漆黒の弾丸が一つ出現する。至近距離から眼球を狙って直接出現した影弾を、シュライバーは紙一重で身を捻って躱す。
 その回避した先に、待ち構えていたかのように新たな影弾が出現する。
 シュライバーの超加速を完全に先回りし、わずかずつのタイムラグをつけて次々と生み出される影の魔力弾。その釣瓶打ちにシュライバーの進行方向は少しずつ逸らされ、いつしか完全に別方向に動かされてしまったシュライバーはついに蹴り出すための大気の壁を失してしまう。
 時間にしてわずか0.1秒足らず、ほんの一瞬の攻防。
 落下しかけたシュライバーがそれでも体勢を立て直し、その口が何某かの文言を紡ごうとして。


869 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:19:58 t9FIanA.0


「そう、そこで創造位階の詠唱」


 小さく呟いたストラウスが、右手の指を細かに動かす。それに応えるように幾何学的に射出された弾丸がシュライバーの矮躯に殺到。追い立てられるように回避した先に数十の影の弾丸が新たに出現、ちょうどシュライバーが通り抜けられないぎりぎりの間隔を置いて球形の配置に展開し、中空の体を中心に回転しながら全方位から包囲を狭めていく。
 発動が間に合わないと見るや、シュライバーは右手の銃を持ち上げ、目の前の空間に発砲を試みる。
 全く同時のタイミングで、その手の動きを封じる位置に、新たな魔力弾が左右一つずつ出現する。
 シュライバーの動きが今度こそぎこちないものとなる。無理な体勢から手首を返して強引に軌道修正、自分の行く手を遮る弾丸を撃ち落とす。体勢が更に不安定なものとなり、次の瞬間、それでも強引にこちら目掛けて飛びかかろうとしたシュライバーは目を見開く。
 針山のように球形に列を成し、シュライバーを全方位から取り囲む、長さ50㎝を優に超える数百本の影の矢。
 これまでの攻撃とは比較にならない大質量。
 シュライバーは断続的に襲い来る鏃を両の拳銃で必死に撃ち落とし、とうとう圧力に抗しきれなくなったのかこちらを離れ背中向きに落ちていく。


「おま、えェ……ッ!」


 シュライバーの表情が歪む。空という絶対の高みを奪われたことへの怒りと、かの黄金の獣を除けば初めて地に落とされたという屈辱がないまぜになって憤激する。
 銃弾による面制圧はシュライバーもよく知るところの戦術であるが、ストラウスの見せた戦い方は彼自身のそれとは根本的に異なっている。
 シュライバーがよくやるような、自身の圧倒的な性能に任せて大量の攻撃を叩きつけるのではない。
 ストラウスは「相手が避けたり受けたりできる攻撃」を一発ずつ高い精度で撃ち出し、それを迎撃ないし回避させることで相手の行動の選択肢を制限、自分の望むとおりに動かざるを得ない状況に敵を追い込むのだ。
 単純な速度ではシュライバーのほうが圧倒的に勝っている。けれど何故か、シュライバーは後手に周るのを余儀なくされていた。それは動作としての速度ではなく、読みの速度において完敗を喫しているからだ。シュライバーが何か行動を起こそうとした瞬間には、その四手も五手も前から既に敵手の攻撃は完了している。
 尋常ならざる芸当だった。シュライバーとてその思考速度は条理を逸脱した域にあり、内に渦巻く幾万の魂の経験値により優れた戦術眼を持つ。それをすら上回り、常に先手を打つその手際、一体どれほどの熟練度を持てば至れる境地であるのか。
 それはシュライバーの殺戮本能と直感に拠った戦闘法ではなく、ザミエルが手繰る戦略術によく似ていた。
 いや、この精度を見るに、もしかすれば彼女以上の……


「図に、乗るなァ……! 勘違いするなよ間抜け……!
 この程度でボクを追い込んだとでも思ってるなら───!?」


 背面に足を蹴りだし空気を足場にしようとして、やはり図ったかのようなタイミングで出現した弾丸に行く手を阻まれ、シュライバーは本来の意図とは全く別の方向への跳躍を余儀なくされる。
 弾丸は次瞬には細く鋭い槍に姿を変え、上方に退くシュライバーに追い縋る。数は僅か三本。だが、それはストラウスが魔力の出力を極限まで絞っているからだと既に理解している。
 全力で戦えば……いや、周囲に垂れ流されてる余剰の魔力だけでもこの数百倍の数の攻撃を繰り出せるはずなのに、そうはしない。如何な場面でも細かな制御のみでこちらの動きを制限し、ここぞという場面でのみ適切な物量を投入する。それが奴の戦略。
 これが創造位階や、あるいは聖遺物を形成した状態だったならば、無理やりにでも突破することは可能である。しかし話はそう簡単ではない。今のシュライバーは己の狂気を強く認識し瞑想に至る詠唱を唱えることは愚か、形成のための予備動作さえ行う余裕がない。呼び出そうとする度に、こちらの思考を読んだ上で未来を予測していたのではないかと思えるほど正確かつ的確に攻撃が配置され、その迎撃と回避に行動を消費し次の段階に踏み込むことができないのだ。
 思えばあの一手、ヴァナルガンドで突撃した瞬間から自分は敵手の糸に絡め取られていたのだ。腕一本で形成の一撃を受け止めるド派手な演出でこちらの意識を奪い、一度後手に回すことで聖遺物への攻撃回避に形成解除を強制させられた。あとは活動位階にまで劣化した自分をこのように追い込めばいい。そもそも、自分に形成させ突撃させようと思わせたその時点で、彼に誘導された結果なのではないか?
 最初から詰まされていた。
 最初から掌の上だった。
 ───怒りが、沸き起こる。


870 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:20:29 t9FIanA.0


「だからさァ───」


 凶相が歪む。
 総身から噴き出る魔力が、爆発的に質量を増す。
 嚇怒に彩られた表情のまま、シュライバーは高らかに絶叫して。


「調子に乗るのもいい加減にしろよ、薄汚い劣等がよぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉおおおおおお──────ッ!!!」


 瞬間、爆縮する空間諸共周囲の黒が弾き飛ばされる。物質を崩壊させる存在圧に耐える魔力弾の諸々が、その耐圧すら上回る魔力によって悉く消し去られる。
 その一瞬、束縛より解き放たれた凶獣は、爆散する魔力嵐を身に纏い一つの弾丸と化して突撃した。
 理屈は至って単純、エイヴィヒカイトの標準能力である魔力放出を行使したというだけ。しかしその規模が度外れている。
 今までシュライバーが当たり前に行使していた程度のものではない、今や彼の肉体そのものが自壊する領域で出力は上昇し、噴き出る魔力は目に映る瘴気の域にまで至り空間を侵食している。
 小賢しい小細工を労する劣等の塵屑如き、圧倒的な力で上回ればそれでいい。厳然たる実力差の前に、多少の策や罠が何だというのか。
 この身に傷を負わせた不埒者、最早一秒たりとて生かしておくものか。無様な敗残者としてこの僕の前に屍を晒すがいい───!


「そう、その程度で終わるなら、午後の段階でお前は英雄王に殺されている」


「ぎッ……!?」


 絶速であるはずのシュライバーが、しかし強制的に停止させられた。手が、足が、指の先から硬直する。壁に縫い付けられた昆虫のように、身動きのできない身体が中空に固定される。


「お前を殺すのに速さはいらない。何をしようとお前は万物の先を行く。
 お前を殺すのに威力はいらない。指の一押しであろうとお前は容易く死に至る」


 静かに告げながら、ストラウスは剣を抜く。前傾体勢となり、一挙動に跳ね飛んでシュライバーへと迫る。
 瞬時、振りかざされる黒剣。シュライバーの目は、その切っ先が自らの首を両断せんとする瞬間を、克明に知覚した。

 ───物質の存在は空間を歪曲させる。
 一般相対性理論によれば、全ての有質量物質はただ存在するだけで周囲の空間を自分のほうへと引き込み、捻じ曲げている。
 曲がった空間の中を直進しようとすれば、その軌道は必然的に捻じ曲げられ、何らかの力に引かれた───つまり重力を受けた運動として観測される。例えば惑星サイズの質量であればその影響は誰の目から見ても明らかなほど大きくなるが、そうでなく如何に小さな質量であったとしても、空間の歪みとそれに伴う万有引力はあらゆる物体に付随して存在している。
 それを読み解き自在に操るとは、すなわち空間を操るに等しい。
 空間曲率制御。
 ストラウスたち夜の一族が手繰る魔力は万物に作用する。たとえそれが無形の存在であっても、必要な出力と精密ささえ用意できれば例外はない。
 例えば、中空に静止するシュライバーのように。
 固定化された空間そのものによって捕われた彼は、必然物理的な力で動くことは叶わない。


871 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:21:10 t9FIanA.0

 エイヴィヒカイトの位階とは渇望の深度。行使する位階が上がれば上がるほどに、力が増す代わりに己の渇望に縛られる。
 それは逆を言えば、低位の状態においては渇望の反動を受けずに済むということ。
 活動位階において、シュライバーの「接触拒絶」のタブーはその効力を極限まで低下させる。それでも他者に触れられたなら彼は狂乱の檻に囚われるだろうが、自傷の域であるならまだ耐えられる。
 そう、ストラウスは最初からそこまで織り込み済みだった。
 活動位階に動きを制限したシュライバーは、こちらの包囲網を力尽くで突破してくるのだと。
 故に、こうして事前に仕掛けておいた。


「僕は……」


 すぐ目の前に迫る黒剣。走馬灯のように緩やかな視界の中で、シュライバーは呆然と呟いた。

 負ける。
 ───負ける、僕が?

 男でも女でもない僕は、だから完全で無敵の存在であれたのに。
 そんな僕が、どうして。

 ───どうして?

 自問する彼は論理の破綻に気付かない。
 シュライバーは陰も陽も持たない虚無。それは完全どころか"無い"ということ。
 駆け抜けた、駆け抜けた、殺し続けて食い続けた。
 彼の人生は轢殺の轍。振り返った後に見る屍の山でしかない。

 その信仰は、最初から虚構だった。


「───黙れ」


 空洞となった右眼窩から血が流れる。
 穴。僕には穴がないから抉り取られたんだ。
 出来損ないじゃなくなるように、ママ(ムッタ―)に愛される少女に僕はなりたくて。
 完全になることを求めて欠落した。もう取り戻せない人間部分。
 喪ったのは全ての愛情───


872 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:21:33 t9FIanA.0


「ハイドリヒ卿は僕の穴を埋めてくれるんだ」


 屍を。屍を。屍を。屍を───
 無限にこの星を覆い尽くすまで殺し続ける。
 僕の轍を、駆け抜けた僕の穴を埋めてくれるのはあの人しかいない。


「だから僕は、お前を勝利(わだち)にするはずだったのに」


 この右目に、この魂に、お前たちの残骸を詰め込もう。
 そして僕は完全となる。
 人も男女も超越して、黄金のグラズヘイムに生きる真に不死身の英雄となるんだ。

 ───そのはずだったのに


「完璧になるはずの僕が、どうして……!」


 どれほど希っても。
 その声は届かない。赤薔薇の振るう黒剣、音もなくするりと滑り込んで。


「敗れ去った夢想の残滓に縋り泣くその姿、男として実に醜い。
 幻の愛を求めて鬼となり錯乱するその姿、女として実に醜い」

「─────────!」


 ───噴血の水音が、辺りに木霊する。

 断末の絶叫さえも置き去りにして、音もなく黒の剣が振り抜かれた。
 月が照らす空の下、胴体から泣き別れとなった首がくるくると舞う。

 残心の構えを崩さないストラウスは、ただその行く末を見守って。





 ───その二人を、猛烈な勢いで拡散する黒霧が瞬時に包み込んだ。





   ▼  ▼  ▼


873 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:22:08 t9FIanA.0





 体中の至る箇所に鮮やかな白い溝を走らせた星屑が、次瞬には大小7つの部位に切断され、地面の上に墜落した。


「……なに、これ」


 床の上に転がる、血液ともつかない異様な白い液体を垂れ流す巨大な肉塊。
 つい今しがた自分の手で解体した星屑を眺め、エミリー・レッドハンズは不思議そうに首を傾げた。


「おばけ?」


 と言ってはみたが、流石にそれが真実であるとはエミリーも思っていない。
 ふと通りの向こうを見遣れば、そこでは自分と同じように白い何かに襲われる人々の姿。悲鳴と怒号が飛び交い、それに倍する血飛沫の音が木霊する。今しがた路地の入口を横切ろうと走ってきた女は、後ろから迫る化け物に頭から食い付かれ、千切れた下半身だけが力なく地面に崩れ落ちるのだった。
 阿鼻叫喚。
 そう表現するのが一番相応しいだろう。どうやらこれはエミリーのみを狙ったものではなく、本当に無差別に人を襲う代物らしい。十中八九サーヴァントの仕業だろうが、随分と派手なことをしたものだと思う。道徳や倫理観を説くつもりはないが、単純に馬鹿なのではないか。
 自分のサーヴァントである、シュライバーと同じだ。

 と、そこまで考えて。


「っ、痛……」


 突如、右手の甲に鋭い痛みが走る。ナイフで串刺しになったような熱に顔を顰め、痛みに耐えること暫し。
 異常が治まり何事かと患部を見たエミリーは、僅かな驚愕と嫌悪の声を上げた。


「シュライバー……なにしてるの」


 掲げられたエミリーの右手。
 そこに刻まれた令呪は、いつの間にか一画分の輝きを喪失し、ただの赤痣に戻っているのだった。





   ▼  ▼  ▼


874 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:22:35 t9FIanA.0





 闇に閉ざされた公園。
 中心に立つ街灯の白く無機的な灯りだけがぼんやりと照らしている。


「まずは非礼を詫びるわ。殺すつもりで攻撃したのは事実だもの、仕方ないとは言わないわよ」


 その誰もいない、モダンな煉瓦造りの床石が敷き詰められている広場の真ん中で、レミリア・スカーレットは彼女にしては珍しい畏まった声を出した。
 暗闇の中、一人。
 周囲には、誰もいない。
 そして、何の音も聞こえない。
 そこかしこで蠢くはずの星屑も、それに捕食される人々の叫喚も、今この場においては存在すらしていないかのように。
 ぴん、と張りつめた闇が世界には満ちて、レミリアの声が虚しく空間に広がった。
 木々も、建物も、ただ陰影としてのみ、周囲に存在している。その墨色の闇に、レミリアの声は静かに吸い込まれ、溶解して消える。

 静寂が広がる。
 透明な、静寂。
 そんな静寂を湛える闇が、レミリアの声を吸い込むと、あたかも混沌をかき混ぜたかのように、微かな気配を一つ生み出した。


「応じる姿勢はあるということか」


 その闇が、声を発した。
 刹那、冷たい闇の気配が凝縮し、黒衣の男がレミリアの後ろに顕れた。
 いや、その表現はおかしい。彼はずっと前からその位置に立っていた。ただ、彼女の声に応じて気配を現したというだけだ。それまで無謬の闇としか認識できないほどに気配を薄めて、熟達の暗殺者でさえこうも上手くはいくまい。
 夜色の外套。その輪郭は周囲の闇へ溶けて、青い頭髪と白い顔がくっきりと闇夜に浮かび上がる。


「夜の国に豊穣をもたらした赤薔薇の王。力、頭脳、全ての技能と能力に於いて他種を圧倒する夜の一族の中でなお、魔人とまで恐れられた御伽噺の黒の王。
 貴方のことは寝物語に幾度も聞かされたわ。座より与えられた知識とは大分違っていたけれど……歴史という名の大海より消え果て最早伝説となった貴方と会えるなんて、英霊召喚のシステムにも一応は感謝しなくちゃいけないかしらね?

「……なるほど。純血種のヴァンパイアは極めて希少な種、なおかつ大戦が終わりブリジットがダムピールの存在を俗社会から切り離した後の生まれとなると自ずと出自は絞られる。
 見たところスカーレット家の嫡子か。君の父君には迷惑をかけた。今更私が言ったところで、詮無きことではあるが」

「姉のほうよ。それと、全然気にしてないから。私自身は実害被ってないし、結果的には良いきっかけにもなったしね。
 幻想郷、知ってるのではなくて?」

「そうか。コミュニティの網にかからなかったのも頷ける」


 男の声が納得の響きを返す。
 同時、その気配が濃度を増した。
 見る者、感じる者すべてを凍えさせる、そんな気配を総身に湛え、ローズレッド・ストラウスは静謐の中、静かに、しかし有無を言わさぬ圧力で問いを投げた。


875 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:23:39 t9FIanA.0


「君にいくつか聞くことがある。沈黙は肯定と解釈する」

「ええ、どうぞ」


 そんなストラウスを背後にしても、レミリアの調子は変わらなかった。
 常人ならば背筋が凍る、この黒衣の魔人に対して。ただ友人と語らうかのように、気軽に返事をしてみせたのだ。


「まず第一、君はマスターを失い単独行動にある」

「……」

「第二、その性質は君が持ち合わせる能力ないし逸話、あるいはクラススキルによる恩恵ではない」

「……」


 迂遠な質問だ。しかし彼がそうする理由を、レミリアは理解できる。
 いわば爆弾の解体作業と同じだ。事を急いて不用意に手をかければ起爆してしまう。そしてそのスイッチがどこにあるかは分からない。
 ストラウスにも、そしてレミリア自身にも。


「第三、この剣を退けた場合、君は即座に私に襲い掛かる」

「……」


 背後の気配が動く。同時、彼を覆う闇が薄れ、レミリアの首筋に突きつける黒剣が姿を現した。
 今この瞬間に宛がったものではない。言葉を交わすよりも遥か以前、レミリアが最初に声を発したその瞬間には既に、この剣は首に触れていた。あまりにも卓抜した隠行の術で、今までその気配を悟らせなかっただけだ。
 レミリアはそれを知覚していた。
 故に、この瞬間まで穏当な会話を続けることができたのだ。
 そして。


「第四、君はこの有り様を善しとしない」

「……」


 ………。

 ……。

 …。

 ────────────。


876 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:24:12 t9FIanA.0

 結局。
 レミリアは全ての質問に対し黙して語ることはなく、しかしその沈黙こそが何より雄弁に彼女の答えを示していた。


「では、これが最後の質問だ」

「あら、もういいの?」

「生憎時間をかけていられる余裕はなくてね。だからこれが最後の質問だ」


 静かな声のままに、首に添えられた剣を虚空へと霊体化させて。


「君の他にあと何人いる?」


 ───猛然と振り返ったレミリアの手から、"二発"の光弾が放たれた。
 あらん限りの力を込めた手加減抜きの魔力弾が、闇の只中に佇むストラウスへと殺到する。後ろ手に後退したストラウスの姿が闇夜に溶けるように消え、光弾はその残影を貫いて背後の公園樹を半ばからへし折って地面を爆散させた。
 砂煙が朦々と立ち込める中、今度こそ自分以外の気配が無くなった公園の真ん中で、レミリアはひとり息を吐く。


「……食えない男ね」


 レミリアの行動にはある種の制限が掛けられている。
 大前提としては「聖杯戦争参加者との戦闘の強制」。彼女の戦意を問わず、認識した瞬間に強制的に攻撃を加えるよう体が動くのだ。
 とはいえそれは殺意に塗り潰されたバーサーカーのそれではなく、今もレミリア自身の自由意思は健在であるために、戦闘内容にもある程度の自由が生まれる余地がある。
 それは例えば、「敵に命を握られた状況で、より長く生存するために敢えて無抵抗となる」であるとか。


「最初から分かってそうしたのかしら。まあ、傍目から見ても分かるくらいズタズタではあるけどね、私の霊基」


 苦笑の響きが漏れる。あの瞬間、何処かのサーヴァントを下した赤薔薇王の姿を見た時、接触しようと試みて正解だったかもしれない。
 《この胸を苛む痛み》。万物の自壊を誘発させる黒霧を充満させる、防御も回避も不能の一撃。
 如何な手段でそれを潜り抜けたのか、レミリアにさえ見当がつかない。元々自分の力ではないのだから当たり前だが、それを抜きにしても尋常なる手段でこの黒霧を無効化するなど想像もつかないのだ。
 あれこそが伝説。
 超絶の力を以て永遠とも思える時間を生きる存在。

 ……思わず軽く身震いをしてしまう。


877 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:24:39 t9FIanA.0


「でも、これで私の"具合"も多少なりとも分かったことだし。次はもうちょっと上手くやりたいわね。
 ……あーもう、分かっちゃいたけどお先まっくらー。こんなとき咲夜がいてくれたらなー」


 大きくため息をひとつ、とぼとぼ歩きながらぶつくさと吐き捨てる。
 そして、それを最後に二人の吸血鬼の邂逅は本当の意味で終わりを迎えたのだった。

 夜に溶けるように、ストラウスの姿が跡形もなく消え失せた空間。
 レミリアはその場所から再び空を振り仰ぎ───渦巻く暗雲を見上げ、その目を険しく細めて。


「見てなさいよ」


 努めて不敵に、獰猛な笑みを浮かべる。


「私が必ず、お前たちを引き摺り下ろしてやる」


 ───その右手は、高みの月へ。




『???/異形の空/一日目・禍時』

【アーチャー(東郷美森[オルタ])@結城友奈は勇者である】
[状態] 《奪われた者》、単独行動、精神汚染
[装備] 満開による浮遊砲台、シロガネ、刑部狸の短銃、不知火の拳銃、《安らかなる死の吐息》
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し
1:聖杯の力で世界を破壊し、二度と悲劇が繰り返さないようにする。
2:バーテックスの侵攻を以て鎌倉市を滅ぼす。
[備考]



『D-3/ホテル跡地/一日目・禍時』

【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 健康、正体不明の記憶(進度:極小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:抱く願いはある。けれどそれを聖杯に望む気はない。
0:私は……
1:自分にできることをしたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。それに伴い思い出せない記憶が脳裏に浮かびつつあります。が、そのままでは完全に思い出すのは困難を極めるでしょう。
ヒポグリフに騎乗しています。


【笹目ヤヤ@ハナヤマタ】
[令呪]三画
[状態]精神疲労(大)、魔力充填
[装備]
[道具]
[所持金]大分あるが、考えなしに散在できるほどではない。
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の場所に帰る。
0:キッモ!なにあれキッモ!
1:聖杯獲得以外に帰る手段を模索してみたい。アーチャーが良いアイデアあるって言ってたけど……?
2:できる限り人は殺したくないからサーヴァント狙いで……でもそれって人殺しとどう違うんだろう。
3:戦艦が妙に怖いから近寄りたくない。
4:アーチャー(エレオノーレ)に恐怖。
5:あの娘は……
[備考]
鎌倉市街に来訪したアマチュアバンドのドラム担当という身分をそっくり奪い取っています。
D-3のホテルに宿泊しています。
ライダーの性別を誤認しています。
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名は知りません
如月をマスターだと認識しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。
ヒポグリフに騎乗しています。


878 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:25:03 t9FIanA.0


【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力充填
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
0:すたこらさっさだー!
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
2:とは言ってもこの状況は一体何なのさ!?
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。
ヒポグリフに騎乗しています。



【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:最善の道を歩む。
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
確認済みのサーヴァント:
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(東郷美森)
真名を把握したサーヴァント:
アーチャー(エレオノーレ)、ライダー(マキナ)、ライダー(アストルフォ)、アサシン(スカルマン)、バーサーカー(シュライバー)、ランサー(レミリア)


【ランサー(レミリア・スカーレット)@東方project】
[状態] 《奪われた者》、単独行動
[装備] スピア・ザ・グングニル、《この胸を苛む痛み》
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:玩弄されるがままに動かざるを得ない。しかし───
1:強制の綻びを利用し、少しでも自分の思うように動きたい。
[備考]






   ▼  ▼  ▼


879 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:25:27 t9FIanA.0





 Silberner Mond du am Himmelszelt,strahlst auf uns nieder voll Liebe.


 Still schwebst du über Wald und Feld,blickst auf der Menschheit Getriebe.


 Oh Mond, verweile, bleibe, sage mir doch, wo mein Schatz weile.


 Sage ihm, Wandrer im Himmelsraum,ich würde seiner gedenken: mög'er,leucht ihm hell, sag ihm, dass ich ihn liebe.


 Sieht der Mensch mich im Traumgesicht,wach' er auf, meiner gedenkend.


 O Mond, entfliehe nicht, entfliehe nicht! Der Mond verlischt


 verzaubert vom Morgentraum,seine Gedanken mir schenken.


 Oh Mond, verweile, bleibe, sage mir doch, wo mein Schatz weile








880 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:26:20 t9FIanA.0





 そして後には静寂だけが残された。

 月と異形が見下ろす都市、その一角。今は朽ち果て崩壊した。
 静寂に包まれている。もう誰も、そこにはいないから。壊す者も死ぬ者も、誰一人としてそこにはいない。
 無辜の民は死に果て、シャルルマーニュの騎兵と二人の少女は何も知ることなく逃避し、二人の吸血鬼は願いだけを共にし袂を分かち、狂える凶獣は塵と消えた。

 そのはずだった。
 けれど、得体のしれない"何か"が、周囲の空気を震わせていた。
 誰か人がいたならば、その空間が正常なものではなくなっていくのを感じることができただろう。
 強烈な腐臭が噴出する。それは今や煮詰めたように濃縮し、呼吸するだけで胃液が逆流するであろうほどに空気から飽和し始めていた。その異常極まる腐った大気は崩れ落ちた瓦礫の空間から直接沁み出し、臭いも空気も空間も、正常なものを悉く犯して塗り潰していった。
 それはかの白き者が首を飛ばした瞬間、まき散らされる血煙を触媒にしたかのように加速を始め、世界を滲ませ境界を溶かし、徐々に現実の世界を侵食していった。
 そして。
 腐敗した空気を押しのけるかのように、「獣の気配」がその密度を増した。

 ───塵が、宙を舞った。
 それは砂粒よりもなお小さく、儚く頼りない粒子の群れであったが、しかし場を埋め尽くす獣の気配は他ならぬその塵から発せられていた。
 塵は風に吹かれながら渦を巻き、黒い霞のように満ち満ち始める。瓦礫を覆い、地面を覆い、一面をわさわさと這いまわりながら、徐々に一点へと集中していく。


 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!


 激しい感情、敵意、殺意、あるいはもっと別の何か。そうしたものが空間を満たし、巨大な気配が湧き出ようとする。
 黒い霞の中心点。そこに滲みだす、禍々しい気配。
 塵は今や黒く渦巻き、尖塔のように聳え立っている。
 徐々にそれが形を歪め、塵の塊が何か別の形に見えてくる。
 黒い塔は輪郭を不定形に崩しながら形を変え、中央の気配を肉付けし、造形していった。
 塵が飛び散り、また群がり、その度に輪郭が霞み、また形を変えた。
 それは、人間だった。
 伸び上がり、鞭のように四肢を伸び撓ませて、昏い都市の一角に《天使》の姿がそそり立った。


881 : 目醒めのルサールカ(後編) ◆GO82qGZUNE :2018/01/21(日) 02:26:46 t9FIanA.0


『────────────』


 それは、黒く不浄な塵でできたとは思えないほどに白く、滑らかで、美しい姿をしていた。
 背丈は小さく、体躯は細く、月光に映える白磁の肌は陶器で形作られた人形であるかのよう。
 白く長い頭髪は僅かな光を反射して煌びやかに舞っている。その様は正しく天より遣われし御使いの如く。
 白痴の眼差しが空を見上げる。
 茫洋と開かれた口が何事かを謳う。
 ああ、けれど。けれど。
 それは断じて天使などではない。人を救うものではあり得ない。
 白きもの。白く世界を冒すもの。ああ、それが真に純粋なる存在であるはずなど───


「……ふふ」


 "それ"は笑う。怒りも悲しみも蔑みも憎しみも、あるいは『幸福』さえもないただ透明なだけの笑みを。
 その穢れなき顔に浮かべて。彼は笑うのだ。

 死世界、ニブルヘイムがこの世に降誕する。
 逃れ得る者など、何処にもいない。



『D-3/市街地/一日目・禍時』

【エミリー・レッドハンズ@断裁分離のクライムエッジ】
[令呪]一画
[状態]活動位階、魂損耗(中)、魔力消費(中)、思考混濁、疲労(大)、精神疲労(大)、全身にダメージ、身体損傷(急速回復)、殺人衝動(小・時間経過と共に急速肥大)、"秒針"を摂取
[装備]鮮血解体のオープナー(聖遺物として機能、体内に吸収済み)、属性付与済みのナイフ複数。
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。皆殺し
0:何があったの……?
1:自分の力を強化する。
2:敵を殺す。
3:その後でシュライバーも殺す。
4:化け物共も殺すがいちいち相手にしてられない。
[備考]
※魔力以外に魂そのものを削られています。割と寿命を削りまくっているので現状でも結構命の危険があります。
※半ば暴走状態です。
※活動位階の能力は「視認した範囲の遠隔切断」になります。
※最低でも数十人単位の魂を吸奪しました。


【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]?????
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:?????
1:……
[備考]
みなと、ライダー(マキナ)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
イリヤ、ギルガメッシュの主従を把握。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)を確認しましたが……?


882 : 名無しさん :2018/01/21(日) 02:27:03 t9FIanA.0
投下を終了します


883 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:06:55 cGMKTCw60
針目、藤四郎、ザミエル、市長、ドフラミンゴ予約します


884 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:07:11 cGMKTCw60
投下します


885 : ここは地獄にあらず ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:07:48 cGMKTCw60

 空から降りた巨大な生物が、街を圧し潰していった。
 もはや市民も行政職員も関係なかった。すべての者が泣き叫び、逃げ惑い、為す術もなく蹂躙されていく。
 目の前には、崩れゆく鎌倉の街。いたるところで大地が抉れ、天に空いた巨大な裂け目からは街を襲う奇怪生物が無尽蔵に湧き出でる。人々は逃げ場を求めて通りを駆けるけれど、結局は力尽きて無慈悲に捕食されていく。
 そんな光景が広がる様を、紅蓮の業火に包まれる市役所跡地から浅野學峯は見つめた。
 そして、それらの全てが、今の學峯にはどうでもいいことだった。

「私は……」

 うつろな目で空を見上げ、それだけ呟いた。その後に何と続けていいのか分からない。
 あらゆる学問を修めあらゆる強さを学び、彼がその生涯において最も信頼を寄せる完璧なはずの頭脳は、そんな簡単なことにも答えをくれなかった。

 自分は───
 何をしているのか。どうすれば良かったのか。何ができたのか。
 今となっては、全てが虚しい問いかけだった。

 弱者は全てを奪われる。
 それが學峯の持論だったはずだ。無論のこと、それは他者のみならず自分自身にも適用される。
 ならば今の惨状はどうだ? 自分が従える立場にあるはずのサーヴァントに恐れを抱き縄をかけられ、抱いた殺意は遂に無意味なまま終わり、幾度も魔力を吸い上げられては無様にのたうち、自分が関与さえできないうちにサーヴァント戦で敗残し、低俗が服を着て歩いているような小物極まりないライダーに媚を売り、挙句こちらの全力すら羽虫を払われるかのような気軽さで台無しにされ、自分は全身に大やけどを負って死にかけている。
 それが自分の限界点だ。心の中で誰かが囁いた。
 世界とはこんなものだ。社会は理不尽の連続で、特に強者と弱者の間では日常茶飯事。だから強者になれなかった弱者は、頭を低くして分相応に人生を送るしかないのだ。

 あの時も、一番最初の時もそうだった。
 結局、私は何も強くなどなっていなかった。

「……は、はは」

 どこかで笑い声が聞こえた。少し遅れて、それが自分の喉から漏れだしているのだと気付いた。
 ああ、私は笑っているのか。
 そう考えた途端、本格的な笑いの衝動がこみ上げてきた。
 手のひらで鷲掴みするように額を抑え、學峯は腹の底から笑った。熱された空気が肺に潜り込んで内部を焼くのにも頓着しない。
 できることなら自らの頭蓋を叩き割って脳髄を引きずりだし、その手で完膚無きまでに砕いてしまいたかった。

 ふと、向こうに人影が見えた。
 並び立つ二人の人影。背の高い女と隻腕の子供。
 ───殺せ。
 心の中で誰かが叫んだ。
 発狂寸前だった學峯の思考は、その指示に従った。仮初の正気を保つための、たった一つの方法を選択した。

 あれは、敵。
 殺すべき、敵。
 口許が凄絶に歪み、声にもなっていない音が喉から漏れる。
 學峯は狂喜に突き動かされるまま、何故動けるかも分からないほどに損壊した足で地面を蹴り上げた。





   ▼  ▼  ▼


886 : ここは地獄にあらず ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:08:26 cGMKTCw60





 戦闘とは、極論してしまえば読み合いの応酬に等しい。
 如何にして相手の繰り出す一手を事前に察知し、逆に自分の繰り出す一手を相手に悟らせないか。それは単純な一対一での決闘の最中に出されるフェイントから、長期的な戦略プランに至るまで全てにおいて適用される真理である。
 少なくともドフラミンゴはそう考えているし、だからこそ彼はその頭の中で幾百幾千もの戦場をシミュレートし、その対応策を練ってきた。生前も、この聖杯戦争にサーヴァントとして召喚された後も。
 敗北とは、予想の上を行かれること。

 そしてその意味で言えば、この状況は明らかに予想の範疇を逸脱していた。
 燃え盛る赤騎士の奇襲が───ではない。
 問題は、その後に発生した。

「■■■■■───ッ!!」

 およそ人のものとは思えない絶叫が夜空を切り裂き、ザミエルとドフラミンゴが睨みあうちょうど中間地点に"何か"が墜落した。
 轟音と共に地面が割れ、大量の土砂が宙を舞う。衝撃冷めやらぬ内にゆっくりと立ち上がったそれは、小柄な少女の形をしていた。
 ピンクと白を基調とした少女趣味全開の服装と、それに見合う可憐な顔立ちの少女。しかし彼女の可愛らしい雰囲気を損なっているのは、何も左目を覆う痛々しい眼帯だけではない。
 左手には少女の全身すら越えるほどの巨大な片鋏を持ち、右手はそれ自体が武骨な巨大金属義手に置き換えられている。嫋やかな少女性と剣呑な攻撃性とが混在するその様は、何もかもがアンバランスで見る者に不気味な印象を与えた。

 ぐるりと首が曲がり、右の片眼が殺意一色の光を放つ。
 その目が見定める先は、腕を組み静かに佇む赤騎士!

「■■■ッ!!」

 次瞬、四足獣のような前斜姿勢で飛びかかる少女を、咄嗟に抜き放たれたザミエルの剣が迎撃した。中空でぶつかり合う刃と刃が火花を撒き散らし、一瞬の拮抗の後に弾かれて少女は軽やかに着地する。

「これは、なんとも」

 呟かれるザミエルの声音には、僅かばかりの驚愕の念が込められていた。
 先の一瞬、彼女は飛びかかる少女を軽くあしらったように見えたが、実際は違う。その証拠に剣持つ右手は衝撃に痺れ、足元の地面は1mほどが抉れてその分後退を余儀なくさせられている。少女の一撃を凌げたのは、単にザミエルの持つ技量が隔絶しているというだけであり、単純な身体スペックでは大きく上を行かれているのだ。

「バーサーカー……いや、セイバーの霊基を弄られたのか。クラススキルの二重付与、さしづめバーサークセイバーとでも言ったところかね。カールクラフトのような悪趣味さだな」


887 : ここは地獄にあらず ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:09:03 cGMKTCw60

 間髪入れず食らい付く少女を捌き、いなして吐き捨てる。この手の輩を相手に正面から立ち回るは愚の極み、受け止めるのではなく受け流すことで衝撃を逃がし無力化する。
 斜め上から振り下ろされる一閃を、上体を逸らして回避する。
 刃先を翻して足元から繰り出される追撃を、一歩後ろに飛び退いてやり過ごす。
 大きく踏み込んで突き出される切っ先を、剣を用いて上方へと弾き虚空のみを穿たせる。
 単純速度にして自分の倍以上も速いであろう相手に平然と渡り合うは、永遠の戦奴として積み上げた研鑚の為せる業か。
 しかし如何に技で圧倒しようとも、それだけで倒せるほど易い敵ではない。戦って肌で感じられるステータスは、恐らく夕刻に剣を交えた鉄塊のバーサーカーすら超えて余りあるほどだ。そして特殊な出自故に実質的に宝具を持たなかった奴とは違い、恐らくこの少女は何かしらの宝具を持ち合わせているはず。
 そして何より───

「硬いな。それが貴様の特質か?」

 返す刃が真横から少女の首を狙い───結果、薄皮一枚を裂くこともなく受け止められる。
 全くの無傷。サーヴァントであっても首を刎ねられるであろう威力を込められた一閃は、確かに直撃したはずなのに掠り傷一つ負わせることもできていない。
 単純な頑強さによって弾かれたわけではない。硬質の反響音が鳴るわけでもなくただ柔らかく威力を消された絡繰りを推察するなら、これは恐らく何らかの特殊能力。考え得る候補としては、聖餐杯のような超防御ではなく一定条件下のみの攻撃無効化。基準点は神秘の高さか単純威力か、あるいはニーベルンゲンの歌に名高き竜殺しの大英雄のような特定部位への攻撃か。

「いずれにせよ、このままでは埒が明かんな」

 鍔迫り合いの状態から腹を蹴り飛ばし、無理やりに距離を開ける。近接戦を不得手とするわけではないが、アウトレンジこそが砲兵たるザミエルの本来の距離である。

「いいだろう。来るがいい狂剣士。そして」

 その口許が、凄絶に釣り上がる。その視線は少女ではなく、その後方を貫いて。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ。匹夫の如く隠れ潜み企てた奇襲の準備は終わったかね。この際だ、そこな気狂いと共に戦っても構わないが?」
「抜かせクソアマ……千本の矢、羽撃糸(フラッグスレッド)!!」

 瞬間、二人の立つ地面はおろかその周囲の街並みまでもが一斉にその形を失くし、白い波となった地面から大量の槍が如き線条が聳え立って二人へ殺到した。
 超人系に分類されるイトイトの実は、通常は自分自身の肉体にしか作用しない。しかし覚醒段階に入れば接触した他の物質にも作用し、ドフラミンゴほどの練度ともなると街一つを一斉に糸化させることも可能となるのだ。
 大質量から繰り出される糸の奔流はまさしく圧倒的、糸による刺突どころか比喩抜きの大津波が如き様相を呈した白色が、睨みあう二人の女を呑みこまんと迫る。

 が、しかし。


888 : ここは地獄にあらず ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:09:22 cGMKTCw60

「学習せん男だな。私にそれは通用しない」

 ザミエルを呑みこみその姿を埋没させた糸の波が、突如紅蓮の大爆発を起こして飛散した。その只中にあるザミエルは無傷、汚れの一つすら服につけることなく、消耗の色もなく佇むのみ。
 先ほどの光景の繰り返しである。同じく覚醒段階の能力である海原白波(エバーホワイト)ですら彼女を捉えることはできなかった。ならばこれは破れかぶれの悪あがきか?
 いいや違う。

「16発の聖なる凶弾……」

 そんなことはドフラミンゴとて理解している。故に羽撃糸(フラッグスレッド)の攻撃は決定打にあらず、広範囲を呑みこむ性質を利用した目晦ましだ。
 彼の本命はその両手。音もなく駆け寄りザミエルへと突き出そうとしている黒く染まった腕にあった。
 これこそはドフラミンゴの必殺。覚醒段階にあって尚群を抜いた威力を誇る、まさしく"神をも殺す一刺"。
 その名を───

「神誅さ……ッ!?」

 ───ドフラミンゴの不幸を挙げるとすれば、彼の戦っている相手との相性の悪さがまず存在する。
 ドフラミンゴの持つイトイトの実の能力は非常に汎用性が高い。遠近を問わない全ての距離に対応し、様々な補助から分身の作成、精神操作はおろか羽根持たぬ人の身では不可能な飛行までをも可能とする。いわば万能の資質を持つ能力だ。
 できないことはなく弱点すら存在しない万能型。それ故に、彼は突出した長所というものを持たない。
 それは格下や同格との戦いにおいては隙を突かれることがない安定性として機能するが、それは格上に対する対抗手段を持たないということでもある。
 彼が対抗するザミエルもまた、この万能型に分類される能力資質の持ち主だ。この型同士が激突すれば、その戦いに不確定要素が入り込む隙間はない。ただ厳然に、よりレベルの高いほうが勝つ。
 ザミエルとドフラミンゴ。どちらがより強いかは議論の余地が残るが、少なくとも一つ言えることは、単純に炎と糸では概念的な相性としてドフラミンゴの側が圧倒的不利に立たされる。

 そして、彼が苦手とする相手はザミエルだけでなく。

「───■■■■!!!」

 糸の大波を切り裂いて、津波に呑まれたはずの少女が天高く跳躍、そのままドフラミンゴへ向けてその刃を振り下ろした。
 少女───針目縫は生命繊維の申し子。生まれながらにして糸と共にあった存在である。類稀な高次縫製師として在る彼女は狂化によりその技能を喪失しようとも、糸の動作とその要を見抜く直感は健在だ。
 そして何より、彼女がその左腕に持つ片太刀バサミ。
 突然の襲撃に咄嗟に蜘蛛の巣状の大盾「蜘蛛の巣がき」を展開するドフラミンゴ。しかし片太刀バサミの刃は巣がきに弾かれるどころか、バターに熱したナイフを押し付けるかのように"するり"と何の抵抗もなく、あっさりと切り裂かれたのだ。

「馬鹿、な……!」

 上段からの斬撃を思い切り飛び退ることで辛うじて回避するドフラミンゴは、内心の驚愕を隠そうともせずに叫んだ。
 自分の糸が押し負けるというならまだ分かる。生前の時点で、彼の蜘蛛の巣がきを力づくで突破してくる人間は確かに存在した。故に、理解できる。
 だが一切の抵抗すらなく文字通りの細糸であるかのように切断されるとはどういうことか。まるで理屈に合わない。

 これこそ針目の持つ長大な刃・片太刀バサミの神髄。強大な生命繊維の生命そのものを両断する「断ち斬りバサミ」の片刃は、ドフラミンゴという"生命"より生まれ出づる"繊維"に最大の特効を発揮する。ドフラミンゴの手繰る技が何であれ、それが命より生じた糸である以上この刃には一切が通用しない。
 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグと針目縫。二人の女傑は、ドンキホーテ・ドフラミンゴにとって最悪の相性を持つサーヴァントである。
 どちらか一方ですら致命の巡り合わせであるというのに、そのどちらもが彼を狙うこの状況。まさに絶体絶命という他はなし。


889 : ここは地獄にあらず ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:09:40 cGMKTCw60

「興醒めだな」

 そして───今にもドフラミンゴへとその刃を振り下ろさんとしていた針目の両名を、横合いより通り抜けた巨大な火球が諸共に吹き飛ばした。
 最早痛みでしかない熱気が二人を叩く。ドフラミンゴは武装色で、針目は純粋な耐久力で、火球に耐え強引に地に足つけて勢いを殺す。ダメージに喘ぎ見上げる彼らを大上段から睥睨し、ザミエルはただ告げるのみ。

「茶番に付き合うのも飽いた。特に貴様、まともなサーヴァントではあるまい。その腐乱した骸が如く崩れきった霊基、見るに堪えんよ」

 ザミエルの背後から凄まじいまでの熱量が発生する。空間が捻じ曲がり、向こうの風景さえ歪むほどだ。業火の如く立ち昇る魔力が巨大な列を成していき、形を収束させていく。
 ドフラミンゴには、それが人間にも見えた。
 ザミエルに従うように後ろに立つ、全長100mを優に超える炎の巨人。
 そんなバカげたものが誕生しつつあるという事実が、彼にはどうにも笑えて仕方がなくて。

「……ふざけろ」

 けれど───ここで諦めるほど彼は潔い人物ではない。
 マスターごとぶちのめされ、本拠地を壊滅させられ、正体不明のサーヴァントまで押し寄せ、挙句の果てに無数の巨大生物が飛来する。
 ああ認めようとも、こんな事態は想定していない。こちらの予想を完全に上回られた。

「茶番だと? あァ同感だね。こんなクソ展開ちっとも笑えねえ」

 故に、早急な対応が必要だ。
 寄生糸の兵隊だの影騎糸の諜報だの、もうそんなまどろっこしい事をしている段階ではない。
 笑えない茶番はもう終わり。これより起こるは全聖杯戦争参加者を巻き込んだ"惨劇"だ。

「だからテメェらに教えてやる……これがドレスローザを恐怖のどん底に陥れた根源、この世に悪夢を具現する"絶望の鳥籠"だァ!!」

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────────────────。











「やっぱり滅茶苦茶だ」


890 : ここは地獄にあらず ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:10:20 cGMKTCw60

 戦場となった市役所跡地から全力で離脱した藤四郎は、自分が逃げてきた先を振り返り言う。
 遠間より見える灼熱の戦場は、その比喩の通りに視覚化された熱量が仄かに赤い光を放って、半球形状のフィールドを構築しているのだった。
 曰く、あれは攻撃でも何でもない、赤騎士がその力を揮う際に自然と発生する力場のようなもの、らしい。戦いの構えを取るため地を踏みしめれば足元の地面が抉れ、腕を振れば空気が動いて埃が舞うのと同じように。あれはそうした取るに足らない副産物、なのだそうだ。
 余りにも馬鹿げた話だった。
 事の規模が違い過ぎて藤四郎では計り知れないどころか想像すら及ばない。攻撃ではなく呼吸のような生態活動と同義と言ってのけたあの力場は、空より赤騎士へと群がる無数の異形たちの悉くを焼き払い、近づくことさえ許さなかったのだ。
 サーヴァントとは、やはり想像を絶する化け物だ。
 そしてそんな化け物と渡り合って、今もなお生存しているドフラミンゴもまた、藤四郎では手の届かない化け物なのだ。

「……」

 不甲斐ないな、と内心で述懐する。
 藤四郎の行動は、客観的に見ればどこまでも正しい。サーヴァントならぬ人の身であの戦場に耐えられるはずもないのだから、一目散に退避するのが最も賢明な判断だ。先ほどから街中に飛来する正体不明の異形も、一度赤騎士の力場に殲滅されてからは恐れか学習したのか遠巻きに旋回するのみで近寄ってもこない。故に、近場にいる藤四郎の座標に彼らの姿はなく、言ってしまえばこの上ない安全圏を確保するに至っていた。
 自分の身を守る、サーヴァントの戦闘環境を整える、どれもマスターとしては正しい行いだ。
 だがそれでも、敵を前に逃げるしかない自分というのは、どうにも情けなくて。
 戦える力を持つが故の贅沢であると理性では分かっているけれど、感情までは誤魔化せなかった。

 だからだろうか。
 そんな感傷に浸ってなどいるから、藤四郎は気付かなかった。
 辺りはもう何もかもが崩れ去って、自分以外に生きている者などいないと思っていたから。
 あそこまで傷ついた者が動けるなどと、思っていなかったから。
 すぐ近くまで接近していた"彼"に、本当に直前まで気付かなかった。


「ゲェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア───ッ!!」


 およそ人のものとは思えない咆哮と、頬に感じる風圧。
 そして何より強く肌を突き刺す、極大の殺意。
 嫌な予感か凍る背筋か、ともかくそうした直感に突き動かされ無意識に回避行動を取った藤四郎の、一瞬前までいた空間を鋭い回し蹴りが薙ぎ払っていた。
 明確にこちらの延髄を狙った、殺す気しかない殺人技巧。
 感じられる威圧の程は幾度も刃を交えてきた時間遡行軍すら上回っていた。検非違使にさえ届くかもしれないと、そう思えてしまう。
 だからこそ信じられなかった。過去に遡り歴史を修正し、数多の時代と歴史を葬り去らんとする稀代の異形群さえ凌ぐほどの殺意を、たった一人の人間が持ち得るのかと。
 そうだ、人間。藤四郎の目の前にいるのはただの人間だ。
 何の力も異常も持たない、ただの人間。
 その事実が、藤四郎は何よりも恐ろしい。

 これは、一体何だ?

「あなた、何?」

 思わず声が漏れる藤四郎に、幽鬼めいた所作で振り向く男は無言。
 その目はただ殺意のみに塗れて、およそ人間的な情緒は感じられず。

「───ッ!」

 次瞬、二人は猛然と地面を蹴り上げ、霞むような速度でその腕を振るうのだった。


891 : ここは地獄にあらず ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 20:10:37 cGMKTCw60

『C-3/鎌倉市役所跡地/一日目・禍時』


【バーサークセイバー(針目縫)@キルラキル】
[状態]《奪われた者》、理性剥奪
[装備]片太刀バサミ、《打ち砕く王の右手》
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し
1:■■■■■───!!!
[備考]


【乱藤四郎@刀剣乱舞】
[令呪]0画
[状態]右腕欠損、大量失血、疲労(大)、精神疲労(大)、思考速度低下、令呪全喪失、右腕断面を焼灼止血
[装備]短刀『乱藤四郎』@刀剣乱舞
[道具]なし
[所持金]燃えた
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、いち兄を蘇らせる
0:目の前の敵に対処
1:……僕は、戦う。
2:ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を殺す。
3:ランサー(結城友奈)の姿に思うところはある。しかし仮に出会ったならばもう容赦はしない。
[備考]
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)との主従契約を破棄されました。
現在はアーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)と契約しています。


【アーチャー(エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ)@Dies irae】
[状態]魔力消費(中)、令呪『真実を暴き立てよ』
[装備]軍式サーベル
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:終わりにする。
0:――それが真実か。
1:黒円卓の誉れ高き騎士として、この聖杯戦争に亀裂を刻み込む。
2:戦うに値しない弱者を淘汰する。
3:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とアーチャー(ストラウス)は次に会った時、殺す
[備考]
ライダー(アストルフォ)、ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と交戦しました。
No.101 S・H・Ark Knight、ローズレッド・ストラウスの真名を把握しました。
バーサーカー(玖渚友)から『聖杯戦争の真実』について聞きました。真偽の程は後の話に準拠します。
乱藤四郎と契約しました。




【浅野學峯@暗殺教室】
[令呪]4画
[状態]魔力消費(極大)、疲労(極大)、全身の至る箇所に重〜中度の火傷、精神崩壊寸前
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]燃えた
[思考・状況]
基本行動方針:自らが強者であることを証明する。
1:殺す
2:聖杯戦争などどうでもいい
[備考]
※傾城反魂香に嵌っています。百合香を聖杯戦争のマスターであり競争相手と認識していますが彼女を害する行動には出られません。
ランサー(結城友奈)及び佐倉慈の詳細な情報を取得。ただし真名は含まない。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)と主従契約を結びました。


【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]全身火傷、魔力消費(大)
[装備]燃えてボロボロの服
[道具]
[所持金]燃えた
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
0:どいつもこいつもいい加減にしやがれテメエらあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。が、ランサーはもう用済みだ。
2:軍艦のライダーに強い危惧。
[備考]
浅野學峯とコネクションを持ちました。
元村組地下で屍食鬼を使った実験をしています。
鎌倉市内に複数の影騎糸を放っています。
如月&ランサー(アークナイト)、及びアサシン(スカルマン)の情報を取得しています。

※影騎糸(ブラックナイト)について
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)の宝具『傀儡悪魔の苦瓜(イトイトの実)』によって生み出された分身です。
ドフラミンゴと同一の外見・人格を有しサーヴァントとして認識されますが、個々の持つ能力はオリジナルと比べて劣化しています。
本体とパスが繋がっているため、本体分身間ではほぼ無制限に念話が可能。生成にかかる魔力消費もそれほど多くないため量産も可能。


892 : 名無しさん :2018/01/23(火) 20:10:52 cGMKTCw60
投下終了します


893 : 名無しさん :2018/01/23(火) 21:17:46 Hj5DX5K20
投下お疲れ様です!
ドフラミンゴはもうダメですねこれは(呆れ)。
糸を焼き切るザミエルの次は糸を断ち切る針目、果たしてこの状況で鳥カゴがちゃんと活躍してくれるのかどうか……。
鳥カゴを軽々破れそうな強者が山ほど残ってる中で、彼の言う悪夢はそもそも具現してくれるのか。
若は立ち回りのあれこれとかで自業自得ですが市長はもう、憐れとしか……。相手は片腕がなくなったとはいえ刀剣男子ですからねえ。

細かい指摘なのですが、ドフラミンゴの技「神誅殺」は確かルビが「ゴッドスレッド」だったはずなので、「神誅さ……ッ!?」という台詞はちょっとおかしいかな? とだけ思いました。


894 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 22:43:16 cGMKTCw60
感想とご指摘ありがとうございます。ゴッドスレッドに関しましてはwiki収録の際に「ゴッドスレッ……ッ!?」みたいな感じでルビを振りたいと思います。

ついでに甘粕とトワイスを予約します


895 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 22:53:40 cGMKTCw60
投下します


896 : 鎌倉市爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 22:54:33 cGMKTCw60



 相模湾、波もなく月を映す漆黒の海上に、光が爆ぜた。
 立ち昇る光は明るく、煌びやかで、天へ駆けのぼる御柱であるかのようにそそり立った。
 不可思議な、神秘的な光景だった。
 その光は巨大であるが故に明るかったが、しかし決して暖かなものではなかった。
 あまりにも強すぎるのだ。太陽は地上を暖める光なれど、地球のすぐ傍に来てしまえば星ごと燃えてしまうように。その光は人が慈愛の象徴と見上げるには余りにも強すぎた。
 事実、その光柱に触れた異形群は片端から溶けるように消却されていく。これは人を導くものではなく、対敵を滅ぼすためのものなのだ。

 そして光柱が細まるように収束した先、海面上に浮かぶ漆黒の戦艦の甲板で、二人の男が並び立っていた。

 一人は白衣を纏う学者然とした男。一見して印象に乏しく、ともすれば穏やかさにも似た表情は"虚無"。
 この男は渇いている。端的に潤いが足りない、朽木のような男だった。その心を満たす空虚さは、一体何に端を発するものであるのか。

 もう一人は軍服を着た男。白衣の男とは対照的に、確かな両の脚で地を踏みしめる力強さを感じさせた。その顔に浮かぶは、意志の燃焼。
 それはまるで先程の光柱の如く。滾る情熱は衰えることなく、世界を照らさんばかりに光り輝いている。

「さて、お前はこれをどう見る?」
「どうもこうもないだろう。馬鹿に理屈を付ける徒労など、流石に私でもしたくはない」

 溜息を吐くかのような口調に、軍服の男───甘粕正彦は僅かに苦笑めいた響きを漏らした。
 なるほど確かに、この現象に理屈をつけようとすること自体がナンセンスなのかもしれない。
 唐突に脈絡もなく、天を割り現出した異形の群体。あれが何であるかと問われても、見渡すべき視点の規模が度外れすぎているため何とも言えない。
 ただ一つ言えるのは、これを引き起こした下手人は救いようのない馬鹿であるということだけ。


897 : 鎌倉市爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 22:55:03 cGMKTCw60

「何らかの宝具であることは確かなのだろうけどね。君が英霊の座からの知識を得られず集合無意識にもアクセスできないとなると、正体を考察する意味もない。推測にいくら推測を重ねようと、結論は出ないのだから」
「だがある程度の定義は決めておいて損はあるまい。解法の透を使ってみたのだがな、どうもあれは神性に属する存在なのだそうだ」
「……神性? 確か君が言っていた、廃神の類かい?」

 甘粕のいた事象世界において、廃神と呼ばれる概念が存在する。
 妖、異形、化外。呼び名は様々あれど、共通するのは人の思念から生まれた災厄そのものであるということ。
 つまり彼の世界において、妖物や怪異というものは、全て人の夢から生まれた存在なのだ。そしてそれは神であっても例外ではない。

「いや、あれは廃神ではない。人の夢より顕象された紛い物ではなく、正真正銘の神格から生じたものだ。現行人類を根絶し新たに地上を統べるため蠢く、異形の新人類と形容しても良いかもしれん。
 いや全く恐れ入ったよ。こんなものが襲い来る世界というのも存在するのだな。その世界ではさぞや輝かしい勇者が誕生し、種の生存競争を勝ち抜くべく勇気と愛を胸に抱き戦ったのだろう。実に素晴らしい、俺も一度は目にしてみたいものだ」

 甘粕の口調にふざけや冗談の色はない。その全てを、彼は本気で言っていた。
 彼は賛美する。この異形を前に戦ったであろう異邦の勇者を、この事態を引き起こすまでに焦れた願いを持つ誰かを、そして未曾有の大災害に奮起するであろう無辜の民衆たちも。
 試練を前に意志を輝かせ、勇気を振り絞る人間の何と美しいことか。

 故に。

「故に、これだけの事を仕出かしたのだ。当然俺と戦う覚悟もあるのだろう?」

 そう信じるがため、甘粕は止まらない。
 聖杯に託す願いのため、世界を滅ぼし人々を殺戮してでも己が道を貫き通すその気概、実に見事。
 それだけの大業は生半な意志で実行できることではない。ならば当然、その過程において立ちふさがる俺と戦い捻じ伏せるだけの覚悟はあるはずだ。

 故に。
 故に、次に彼の取る行動は決まりきっていた。

「切なる願いと覚悟で殴られた、ならば俺も殴り返そう。そして願わくば、異形の神性統べる主よ。再び俺を殴り返すがいい。その交情こそ人の証、意志と意志のぶつかり合いこそが我が願い。
 そうだ、諦めなければ誰もが願いを叶えることができると信じているから! 俺に殺された程度で倒れるな。そして見せてくれ、その輝きが真に尊いのだという証明を! この俺を打ち倒すことで!」

 そして───甘粕の掲げた手のひらに魔力が収束していく。
 その光景を前に、今まで己は背景の一部だと言わんばかりに自らを主張しなかった白衣の男は、らしからぬことに戦慄の声を上げていた。

「いや、なんだそれは少し待て。甘粕、君は……」

 制止の手を伸ばそうとして、けれどその手は絶望的なまでに間に合わない。
 否、仮に届いたとして、それで彼を止めることなどできなかっただろう。
 何故なら甘粕は余りにも馬鹿すぎるから。一時の感情に従って全てをご破算にする"やらかし"を、彼はどうしようもなく止めることができない。
 そう、彼はやらかしたのだ。

 夢の形が紡がれる。精緻な造形を基本として、その物質が創形される。
 甘粕の頭上に顕れるは、円筒状の鉄塊。
 それは第二次世界大戦において生み出され、使用された悪魔の兵器。この日本国に消えない傷を刻み込んだ広島の炎。
 既知科学最強の力。一都市を滅ぼして余りある破壊の光。
 すなわち───


898 : 鎌倉市爆破セレモニー ◆GO82qGZUNE :2018/01/23(火) 22:55:22 cGMKTCw60



「リトルボォォォォイ!!!」



 最早何度目になるかも分からない滅亡が、鎌倉の街に降り注いだ。



【E-2/相良湾沖/1日目・禍時】

【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[令呪] 三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:この聖杯戦争を───
0:何やってんだこの莫迦
1:ならば私がすべきことは……


【ライダー(甘粕正彦)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態] 魔力消費(大)
[装備] 軍刀
[道具] 『戦艦伊吹』
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:魔王として君臨する
0:星屑を召喚した者が尊すぎるから鎌倉滅ぼす。
1:さあ、来い。俺は何時誰の挑戦であろうと受けて立とう。
2:例えこの身が燃え尽きようともだ。


※現時刻を以て鎌倉の街に原爆が投下されます。


899 : 名無しさん :2018/01/23(火) 22:56:19 cGMKTCw60
投下を終了します


900 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:36:03 7N7UKZr20
叢、スカルマン、由紀、ハサンを予約


901 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:36:20 7N7UKZr20
投下します


902 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:37:30 7N7UKZr20


 善悪の定義。
 古来より多くの人が考え、議論し、数多の答えを出してきた命題だ。
 善の定義も悪の定義も、時代と土地によって多種多様に変わってくる。それでも人は善と正義を求め、あるいは自らが敵対する対象に悪を求めた。
 彼───スカルマンもまた、そうした善悪の基準によって遍く敵を打倒してきた。
 しかし実のところ、彼はこうした善悪二元論にはあまり興味がなかった。探求への欲求が薄かったのだ。
 スカルマンとはマスクに蓄積された歴代装着者たちのデータの集合体。故に素体となった人間の持つ個我が薄まり、人間的な感情や道徳に鈍くなったというのもある。
 だがそれとて決して零になったわけではない。それは偏に、彼の中に設けられた善悪の基準が、極めて単純かつ厳然と成り立っているからに他ならない。

 彼の考える善悪の定義。
 それは、真に邪悪なる者は無口であるということ。
 彼はそれのみを絶対の基準として、今まで戦ってきた。

 そして今、彼の目の前には───





   ▼  ▼  ▼


903 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:38:34 7N7UKZr20





 結局のところ、その戦局はあくまで"彼ら二人"でしか成り立たないものだったのだ。

 力のハサンと技のスカルマン。暗殺者でしかない者と戦士としてある者。
 性質の違いこそあれど絶対値としてはある程度拮抗している両者は、故に戦えば技巧に優れるスカルマンに分があると。
 先を見据え、緻密な戦略を立て、一手も二手も先を行く。

「……!」

 暗闇を駆ける一陣の颶風。音もなく、気配もなく、文字通りの影となって瞬時に間合いを詰める。
 体勢を崩し身動きの取れぬ一瞬を逃さず、遂にその首へと刃を叩き込まんとする。敵手は未だ反応すらできていない。
 それで終わりのはずだった。理合によって動きを崩されたハサンを、スカルナイフの一閃が刈り取り首を落とす。
 その確約された未来は、しかし想定外の闖入者によって阻まれる。

 ───二人の間に、鉄槌が如き一条の槍が飛来した。
 地響きと衝撃に土煙が舞い、狭まりつつあった両者の間合いは互いが飛び退ることで再び開かれる。柱のように突き立った槍を見遣れば、しかしそれは槍ではなく、球体の連なりの先に備わった巨大な針であった。
 スカルマンには、それが恐ろしく巨大で歪な、何かの"尾"のようにも見えた。
 そして事実、その認識は間違いなどではなく。

「これは……」

 見上げた先、"尾"の繋がる向こうには、何とも形容しがたい巨体が鎮座していた。
 その頭部はおよそ生物のものではなく、しかし鼓動めいて蠢動する様は条理を逸脱した命の形か。
 一見して蛇にも見えて、その尾にあるは二人を襲った鋭い長針。
 肉体を形作るのはそれ自体が十数メートルはある球体の集まり。波打ち蛇行する様は外見とは相反した生々しさで、だからこその冒涜がそこにはあった。
 身の丈およそ50m。
 長く、天を衝く巨体の頭部が、無機質な視線を彼らに降ろした。


904 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:38:50 7N7UKZr20

「───ッ!?」

 瞬間、闇夜に銀光が閃いた。それが林内の巨石を穿ち、次いで地面を抉りながらスカルマンへと薙ぎ払われる。
 腰に構えたスカルスピアが跳ねた。その刃は盾となって、巨針の一閃を防ぐ。
 迅雷の如き反応だったが、しかし体格差から来る威力を殺しきることはできない。
 弾かれるように吹き飛ばされるスカルマンは中空で体勢を整え、何とか地面に叩きつけられることなく着地する。地に槍を刺して勢いを殺す彼を、旋回する尾が再び殴りつけた。
 空気を裂いて迫る一撃を、それより速く前方へと滑り込むことで回避する。上体を後ろへ逸らして腰を落とし、勢いのままに地面を擦る。間髪入れずに跳躍し、尾の攻撃可能圏内からの離脱を図った。
 攻撃はしない。この巨体を倒せるだけの火力を持たないから。
 逃避もしない。まだ自分は倒すべき相手がいるのだから。
 距離を取り、着地と同時にナイフを取る。そして再度の戦闘のために反転し。

「ただ一言、無様」
「ガッ……!?」

 その口から、溢れんばかりの喀血を噴き出した。





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905 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:39:21 7N7UKZr20





「アサシンさん……ああぁ、アサシンさん!」

 最早そこに呪腕のハサンの姿はない。己を討ち倒したという事実と共に飛び去ってしまった。
 力の失せたスカルマンを背負い、駆ける叢が慟哭めいた叫びを上げる。しかしその声に答えることすら、今の彼には難しい行いだった。

 少し考えれば分かることだった。あの場に二騎存在したはずのサーヴァントを、けれど何故、あの巨体はスカルマンしか襲わなかったのか。
 今まで戦っていたはずのハサンは何故攻撃の気配すら漂わせなかったのか。
 己らのクラスは一体何であるのか。
 少し考えれば分かるはずだった。けれど火急の事態が思考を阻害し、致命の攻防が直感の働きすら妨げた。

 どれだけ先を見据え、緻密な戦略を立てようと。
 一手の判断を誤るだけで、全ては───

「ごめんなさい、ごめんなさい……!
 すぐに出てこられなかった! アサシンも、"あれ"も、怖くて……できたはずなのにやれたはずなのに我はもう無力じゃないのに!
 でも、令呪を使うことだって、我は……」

 少女が泣いている。
 冷徹な仮面はボロボロに剥がれて、その下の素顔が露わになっている。
 極度の恥ずかしがり屋で素顔ではまともに人と話せないはずの彼女は、けれど今はそんなことも関係なしに。
 その涙が、彼女自身に向けた無力感や情けなさだけでなく、この自分に対する感情も含まれているのだと。
 うぬぼれではなく確かな実感として、伝わってくるものがあった。


906 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:39:54 7N7UKZr20

「我は何もできなかった……!
 黒影様のために戦うと言って、でも口ばっかりで!
 願いもないのに我のために戦ってくれたアサシンさんに全部全部押し付けて!」

(お前は……)

 早く逃げろと言いたかった。後ろからあの巨体が迫る地鳴りが聞こえる。忍の脚力と言えど、人間ひとりを抱えていつまでも体力が保つわけではない。
 自分のことなど放っておけばいい。元よりこの身は影、死んだところでこの闇夜に溶け消えるだけなのだから。

 だから。
 自分を見捨て、ひとりで逃げろと、そう言いたかったのに。

「アサシンさん……! 我は今度こそ上手くやりますから! もう失敗しない! 絶対絶対勝ってみせる奪われたりなんかしませんから!」

(なにを……)

 ───願いなどないと言っていたが、実のところ、スカルマンにも思うところはあった。
 それは聖杯に託すような大それたものではなく、願いとさえ呼べないような微かな気がかりのようなものでしかないのだけど。
 この現界に際し、"できるならそうあってくれ"と望んだものは、彼にも確かに存在した。

 善悪の定義。
 彼はそれを、真なる邪悪は無口であると定めている。
 故にこそ悪を滅ぼす悪たる彼はその口を開くことは滅多になかったし、叢は心を覆う仮面がなければあまりにも多弁に過ぎた。
 仮面被る暗殺の徒として在った二人は、しかし決定的なまでに善と悪に分かたれていた。

 彼はそれを善し哉と受け入れていた。悪を殺すのはいつだとてそれ以上の悪だが、世に善行を為すのはいつだとて善人であるべきなのだから。
 そして今、彼の目の前には涙ぐんで手を取る少女の姿。
 自分とは違うその在り方を、スカルマンは善しとするから。


907 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:40:45 7N7UKZr20

 だから───
 だから、どうか願う。少女よ、何の因果かこの私を呼びだしてしまった哀れな娘よ。

 どうか───
 どうか、その素顔までをも悪に染めてくれるな。
 私のような、救いようのない"悪"になってくれるなと。



「アサシンさんの力は、我が全部受け継ぎますから……!」



 そう祈った、最早名前すら失った男の最後の願いは。
 他ならぬ少女自身の手で踏み躙られた。意志を継ぐという、恐らくは彼女の為し得る最後の善行によって。

「──────」

 言葉もなく、力もなく、この夜ひとりの暗殺者がこの世から姿を消した。
 悪に叶えられるべき願いなどないという、彼自身の矜持に従って。





   ▼  ▼  ▼


908 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:41:21 7N7UKZr20





 振り返ってみれば、ハサン・サッバーハというサーヴァントが今まで取ってきた行動に、瑕疵と呼べるものは何一つとして存在しない。
 例えば彼のマスターである丈倉由紀の扱い。彼はその歪みを悪戯に指摘するでもなくただ受け入れ、現状出来得る限りの庇護と安寧を与え、一つ所に匿った。その判断は決して間違いではない。時間的な猶予もなく街全体が戦場となっている中、社会的な立場もないサーヴァントが取った行動としては模範とさえ言えるだろう。
 例えば戦果。白痴のマスターというこの上ない重荷を背負って尚、彼は己の本分を貫き通した。予選期間においてはその姿を一度も晒すことなく多くの陣営を破滅に追いやり、本戦に移ってもその勢いは衰えず数多のサーヴァントを屠った。マスターが複数のサーヴァントに囲まれるという危機的状況からも無傷で生還し、『幸福』討伐戦においては自らの労を支払うことなく目的を果たし、目下最大の脅威たる辰宮百合香をその手にかけることさえ成し遂げた。
 そして今、衆目に姿を晒さざるを得ない状態にて一対一の戦いに持ち込まれて尚、彼はその手に勝利を掴んだ。

 そのどれもが正しい行動だった。
 先を見据え、緻密な計画を立て、十分以上の働きをした。

「全ての障害は……排除せり」

 数多の不測、数多の困難に晒されて。
 それでも彼は全ての試練を乗り越えた。仲間も持たず、主さえ頼れず、ただ己一人のみで。
 無論、未だこの身を蝕む香の影響は抜けきっていないが、それさえある程度は意思力で抑制できるくらいには収まりつつある。夜闇に紛れて身を隠し、機を見て戦場に戻れば問題はなし。それでようやく、被った不利益の全てを帳消しにすることができる。
 とはいえ、それはあくまでゼロ地点に戻るだけ。過去の失態を取り戻した後は、それ以上の功を得なければならない。度重なる破壊の痕を見るに、聖杯戦争の趨勢は既に終わりに差し掛かっていると見てもいい以上、次なる一手こそが自分たちの命運を分けることとなるだろう。
 外洋上のライダーへの対抗策や原因不明の異形発生への対処など、問題は未だ山積みではあるが、それは他の連中も同じこと。元よりこの身は暗殺者、影に潜み闇討てばそれで良い。

「退けよ貴様等、意志の伴わぬ怪物に用はない」

 そこかしこに湧く白色の異形を、すれ違い様に切り裂く。両断された肉塊が地に落ち、しかし周囲の異形はその痕跡にすら気づくことがない。
 気配遮断を敢行するハサンを彼らが認識することは叶わないが、単純に数が多すぎて進行の邪魔なのだ。今や異形達は地上を埋め尽くさんばかりに増殖し、隙間を縫って疾走することさえ難しいほどだった。
 鬱陶しくはあるが、見方を変えれば僥倖だった。香による攻撃の強制を向ける相手が増えたという点で、この異形共は都合がいい。この分なら、腕に主を抱えた状態でも彼女を傷つけることなく行動できるかもしれない。


909 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:41:41 7N7UKZr20

 どこまでも合理的に、ハサンは思考を巡らせる。
 感情の熱が入り込む余地のない、冷たい論理の思考。何の間違いもなく、事実として身の丈以上の結果を彼にもたらしてきた合理性。
 歯車のように理路整然として、だからこそ砂の一粒が入ればどうなるか。

 ───結局のところ、彼は最期までそれを自覚することなく終わった。
 故に。


「……な、に?」


 故に。
 この結末は、あるいは最初から決められたものだったのかもしれない。

 地を駆けるハサンの全身から、急速に力が抜け落ちていく。
 腕が、足が、指先が、金色の粒子となって宙に解けていく。
 一瞬前まで体を満たしていたはずの魔力が、栓を切ったように消失していく。

 これは───


910 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:42:17 7N7UKZr20

「契約の喪失……まさか、ユキ殿!」

 焦燥から駆け出そうとして、けれどその脚はもう半ばまで消え失せた。
 這ってでも前へ進もうとして、けれどその腕は最早動くこともなく。
 失われていく活力に徐々に鈍くなっていく思考は、「何故」というフレーズを延々と繰り返していた。

 ……何故。
 何故、このようなことになってしまったのか。

 ───君が真実を知ろうとしなかったから。見せかけの答えに縋って何も変えようとはしなかったから。

 耳元ですぐに回答があった。それは彼の心の裡から漏れ出たものか、末期の走馬灯に属するものなのか、それすら鈍った頭では判別がつかない。
 ハサンはついぞ知ることが無かったが、彼がその手で殺害したバーサーカーのマスターは、丈倉由紀の無二の親友であった。
 由紀の話をきちんと聞いていたならば。彼女の纏う制服が由紀のものと酷似していると察することができたなら。穏やかに由紀と話す彼女が、敵意の一欠片も持っていないと見ることができていたなら。
 きっとその悲劇は起こらなかっただろう。あるいは夢想から目を覚まし、真に現実へと向き合う未来もあったかもしれない。
 だがそうはならなかった。由紀のことを何も知らないハサンに為せることではなく、結果として丈倉由紀は夢の世界に埋没し、その元凶を追ったハサンは辰宮百合香の反魂香に囚われた。


911 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:42:45 7N7UKZr20

 互いが互いを尊重し、けれど互いが互いを見ることはなく。
 由紀は最後まで夢に逃避し現実を認識せず、ハサンは最後まで現実に逃避し夢を理解しなかった。
 目を閉じ、耳を塞ぎ、関わらない。
 己の世界を己の形に閉じ込めたまま、口では互いを思いやりながら見ていたのは自分ひとりだけ。由紀にとってハサンはサーヴァントではなかったし、ハサンにとって由紀は自分を現世に繋ぎ勝利を持ち帰るだけの置物だった。
 二人は最後まで見たいものだけを見て、信じたいように信じた。
 その末路がこれだ。由紀の抱える真実を知ろうともせず、自分はただ仕えるだけという見せかけの答えに自己完結して現状を変えることもなかった。

 以て性命双修、能わざる者墜ちるべし。
 どれだけ先を見据え、緻密な計画を立てようとも、ただ一手を間違うだけで。
 主従の思いを交えるという、最初の一歩を間違うだけで───

「ぬ───ぐ、オォ、おおおおおぉぉぉぉおぉぉおおおおぉおぉぉおおおおおおおぉぉぉぉ……ッ!」

 ついに体勢を維持することも叶わなくなり、気配遮断が解かれたハサンは、無数の星屑に群がられながらも叫ぶ。
 全身を襲う激痛も肉を食まれる咀嚼音も意に介さず、彼の脳内を彩るは敗残の屈辱と守れなかった悔恨と、無数の疑問符。

 何故?
 何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故───!?

 その本当の答えを知る機会は、永遠に訪れることはない。
 晩鐘の音すら、彼には届くことがなく。絶叫は闇夜に溶けて消えた。





   ▼  ▼  ▼


912 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:43:18 7N7UKZr20





 白い月光に照らされる、大きく並ぶ杉木立。
 その頭頂にて佇む、闇色のコートを羽織った影。
 コートの襟から覗くは白色の骸骨面。右手に携えるは、血も滴る少女の生首。

 遠くに、こちらへと迫る異貌の巨体が見える。
 けれど彼奴は自分を捉えられまい。アサシンのサーヴァントとして受胎し、気配隠滅の術を究めた己を。

「……」

 ハサンがどれだけ由紀の隠し場所へ急ごうと、その脚が間に合うことは決してなかっただろう。
 何故なら彼が守り求めた少女は、夕刻の時点で既に、叢の手の中にあったのだから。
 叢は、自分が捕獲した少女と、今しがた自分のサーヴァントを討ったアサシンが主従関係にあることなど知りもしない。
 ならばこれは運命のいたずらであるのか───いいや違う。
 人とは因果な生き物だと、言ったのは誰だったろうか。
 宛がわれた主という因果に惑い、主の親友を討つという因果を手繰り、『幸福』とそれに対抗した女から等しく呪詛を受け、果ては生存のためにスカルマンを退けた因果が巡りくる。
 ハサンは最初から最後まで、そうした因果に弄ばれた。
 それは運命ともよく似通った事象だが、選んだのは全てハサンの意志によるもの。
 彼は、彼自身の選択によって殺されたのだ。
 そして、叢は───


913 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:43:39 7N7UKZr20

「我……いいや」
 
 叢は。
 かつて叢という少女だった新たなスカルマンは。

「"私"は、いざ鎮魂の夢に沈もう」

 最早、仮面で覆うしかなかった多弁な素顔など何処にもなく。
 真に無口となった"かつて少女だった"誰かが、いるのみであった。



【丈倉由紀@がっこうぐらし! 死亡】
【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night 消滅】
【アサシン(スカルマン)@スカルマン 霊基譲渡】



『A-3/六国見山周辺/一日目・禍時』

【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]スカルマスク着用、デミ・サーヴァント化。精神汚染、視界の端で黒い秒針が廻っている。
[装備]包丁、槍(破損)、秘伝忍法書
[道具]スカルマンのコート
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる……?
1:最適行動で以て聖杯戦争を勝ち抜く。
[備考]
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
エミリー・レッドハンズをマスターと認識しました。
※スカルマンと霊基融合しデミ・サーヴァントとなりました。叢固有の自我が薄れつつあります。





   ▼  ▼  ▼


914 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:43:54 7N7UKZr20




















 私たちは、ここにいます。
 ここには夢がちゃんとあるから。




















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915 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:44:25 7N7UKZr20





 壁にかけられた時計が、午後5時を知らせた。
 学園生活部の机で、由紀はひとり、みんなの帰りを待っていた。
 机の上では湯煎されたレトルトカレーが、とうに冷え切っても手をつけられないまま寂しく残されている。
 すごくお腹が空いたけど、でも食べようとは思わない。
 だって、これはみんなのものだから。
 私と、りーさんと、くるみちゃんと、みーくんと。
 それとそれと、他にもいっぱい増えたみんなの分。
 みんながどこに行ってしまったのか、由紀は知らない。すぐ帰ると言ったきり、誰も帰ってこない。
 探しに行こうかと思って、やめた。
 だって、誰かが帰ってきた時、部屋に誰もいないのは寂しいから。
 だから、自分はこうやってひとりで、みんなが帰ってくるのを待っていようと決めた。
 みんなは、きっと帰ってくる。
 だって、今日は楽しい日だから。
 昨日も、明日も、その先もずっと。楽しい日だけが続いていくんだから。
 そんな楽しい日々に、悪いことなんて起こるはずがない。
 だから、由紀は待ち続けた。
 机に頬杖をつき、そっと目を閉じ、口許に小さく笑みを浮かべて、真っ赤な夕陽を浴びながら。
 そして。


916 : きっと誰もが運命の敗残者 ◆GO82qGZUNE :2018/01/26(金) 17:45:02 7N7UKZr20


「ただいま、ユキ」


 扉を開ける音に、由紀は嬉しそうに振り返るのだ。
 そこにいる大切な人達を、思いながら。
 これからも続く永遠の今日を、想いながら。
 花が咲くような、満面の笑みを浮かべて。


「おかえり、みん


 ──────ぶつっ、

 …………。

 …………。

 …………。


917 : 名無しさん :2018/01/26(金) 17:45:24 7N7UKZr20
投下を終了します


918 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:47:59 jPS2nAds0
すばる、友奈、アイ、蓮、キーア、プロトセイバー、ヤヤ、アティ、アストルフォ予約します


919 : ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:49:20 jPS2nAds0
投下します


920 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:50:27 jPS2nAds0




 ───人でいたいと少年は願った。
 ───彼女と共に生きていたいと、少年は祈った。



 使い潰せる呪いの継承先として生み出され、幼き日に全てを奪われた女の子。
 修羅の戦場を駆け、心も体も磨り潰しながら生きてきた彼女が望んでいたのは、ささやかな幸せだった。

 兄がいて、姉がいて、笑い合える友達がいる。なんてことない、ありふれた日常の風景。
 血に塗れた戦士ではなく、一人の少女として当たり前の幸せが、彼女は欲しかった。

 ただ一つの譲れぬ思いを懸けて、少年と少女は幾度もぶつかり、戦い、殺し合って。その果てに黄金錬成の真実を知って。
 懸ける望みを失い、最後の願いを奪われ。
 ずっとずっと一人で戦ってきた少女はもう限界で、唯一残った命にすら意味はないと項垂れるけれど。


「ヒーローなんていないと言ったな。誰も助けてくれないって叫んだな!」

「なら、たった今から、ここにヒーローがいるッ! お前を助ける最初の一人だ!」

「よく覚えとけ───主人公ってのは無敵なんだよ!」


 沈みゆく少女の手を掴み引き上げてくれたのは、敵だったはずの少年。
 何の力も持たない、弱くてちっぽけだった男の子。
 彼はいつしか少女よりずっとずっと強くなって、本当にヒーローになってくれた。
 こんな私を、助けてくれた。


921 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:51:13 jPS2nAds0

 だから願う。どうか神さま───彼を持っていかないで。
 私のヒーローを、奪わないで。

 待ってほしいと伸ばしかけた腕を、銃火が貫いた。
 飛び散った血と肉片が、視界を赤く染める。
 痛みに歯を食いしばり、堪えきれずに膝をつく。
 声の限り叫んでも、心の限り祈っても。
 その声は届かない。
 奇跡は起きない。
 神さまなんてどこにもいない。
 そのことが、どうしようもなく分かってしまったから。


「……悪いな」

「文句はいくらでも聞いてやるから」

「今は黙って行かせてくれ」


 少女の手は悲しいほどに短く少年には届かない。
 彼の声は既に遠く、もう二度と答えが返ってこないと分かった。
 もう二度と、帰ってきてくれない。
 二度と笑ってもくれない。
 怒ることも、悲しむことも、些細なことで言い合うこともない。
 共に歩むことも、共に生きることもできない。
 それが、世界を救うということ。
 私たち以外の全員を救って、私たちだけは救われないということ。
 その思い出は、決して過去の光として埋葬されることはなく。





「"流出"」





 ───その日、少年は本物の神さまになった。





   ▼  ▼  ▼


922 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:51:42 jPS2nAds0










《ごきげんよう、すばる》

《おやすみ。そして》

《目覚める時間だ》










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923 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:52:49 jPS2nAds0





 源氏山公園。
 名の通り、小高い山の周辺に設立された公園の中に、アイ・アスティンはいた。
 木々に囲まれ円形に開かれた広場の隅、ベンチの上にちょこんと座って、アイは何の気なしに辺りを見渡してみる。
 夜で人の気配がないせいか、静寂がむしろ耳に痛い。一面の黒い木々は本当なら暖かみを感じさせてくれるはずだろうけど、今は夜の静けさと月の光に照らされて無機的な印象しか伝わってこない。

「やっぱり寂しいところです」

 溜息を吐くかのような物憂げな口調で、アイは呟く。八幡宮の時のような特殊な静寂ではなく、単純に誰もいないがための寂しさが、ここには満ちているのだと感じた。
 それは聖杯戦争の進行と深く結びついているのだと、察せられないほどアイは馬鹿ではない。今の鎌倉を出歩く危険度、追い詰められていく住民たちの精神、そして命を奪われることで減っていく人口。何もかもがこの侘しい静けさを作りだしているのだと分かる。

 今日は激動の一日だった。
 一日が終わろうとしている今、世界は冷たい静寂の底に沈んでいる。

 ……聖杯戦争も、既に終わりが近いのだろう。戦いはその意義を失い、今や道徳さえ失われた冷たい安寧の時間。死と停滞によって作り出された偽りの平穏こそが、今この瞬間なのだ。
 けれど。
 けれど、そんな終焉期においても、誰かを救う奇跡を夢見る者はいる。"世界"を救おうと夢見る者は、いる。
 例えば、そう。


 あなたにとって、"世界"とはなんですか?
 そう聞いてみたアイに、キーアは笑ってこう答えた。

"あたしと、あたしの大切な人達"

 続けて、アイはこう聞いた。
 あなたはそれをどうしたいんですか?
 キーアの答えは、『ありがとうと伝えたい』だった。
 すばるの世界は『日常』で、彼女はそれに『帰りたい』と言った。
 蓮の世界は『自分とその周り』で、彼はそれを『ずっと続けていたい』と言った。
 騎士のセイバーさんの世界は『人々の営み』で、彼はそれを『守りたい』と言った。
 アイはすばるが眠りに落ちるまで、ずっとみんなの"世界"を聞いてまわった。
 そこには色んな世界があって、みんな自分なりにその世界を救おうと必死になって。
 この街にはきっと、他にもたくさんの世界があったのだと思った。


924 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:53:21 jPS2nAds0

 その事実を思えば、何と尊く、残酷なことだと感じる。
 そう思い至った瞬間、アイは自然と瞼を伏せて。

「それは祈りかい?」

 いつの間にか傍にいたセイバー───騎士の青年に問いかけられ、アイは自分が手のひらを合わせていたことに気付いた。

「えと、はい、そうですね。
 セイバーさん……っていうと、被っちゃってちょっと不便ですね」
「真名呼びは流石に拙いからね。でもそれ以外なら君の好きなように呼んでいいよ。隣、いいかな?」
「では騎士さんと……はい、どうぞ」

 答えながら、アイはベンチの端っこのほうに身を寄せる。騎士のセイバーと二人、隣り合って空を見上げた。

「死んでしまった人たちへのお祈りです。意味は……多分、ありませんけど」
「その口ぶりからすると、信心深いのとは少し違うようだね。君のそれは、神や運命といったものに訴えかけているわけじゃないみたいだ」
「……すごいですね。騎士さんには何でもお見通し、って感じです。これが大人のヨユウって奴なんですかね」

 それもちょっと違うかな、とアーサー。二人して少し笑って、ややあってアイが続ける。

「結局のところ自己満足なんですよ。私が納得するための、私のためのお祈りなんです」

 君のための? とアーサー。アイはそれに小さくうなずいて。

「信仰ともちょっと違いますけど、死んだ人のことを想ったり祈ったりするというのは、人として当たり前のことだと思ってます。
 だったら、私が彼らに祈らないというのは、つまり私が彼らのことを何とも思ってなかったってことになってしまうじゃないですか。
 私は確かに彼らのことを助けたいと思っていました。だから、祈るんです」

 それは───
 何とも、神も仏もない考えだと思った。
 思想自体にはある程度共感できる部分もあったが、それにしても幼子が抱くにしては渇きすぎている。


925 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:53:41 jPS2nAds0

「君は……神を信じていないのかい?」

 だから。
 アーサーは、少女の顔を真っ直ぐに見下ろして言った。
 アイはきょとんと目をしばたかせてから、ああ、と笑って。

「ええ、まあ。いないんじゃないですかね、多分」

 そんな風に答えた。

「……君の世界は、15年前に神の消失を見たと聞いたが」
「まあそうなんですけど、でも私はその瞬間を見てませんしね。それに神さまの声を聞いたなんて言ってますけど、その時のことを覚えてる人って結構少ないみたいなんですよ。だから実際には嵐や地震と同じで、いたとしてもただの現象なんじゃないかってお父様が」

 アイはいっそのんびりした顔で答える。それなら、と言いたげなアーサーに、アイは尚も笑いながら。

「でもですね、それでも神さまに祈るってことは、大事だと思うんですよ」
「生者が生者のために行うことだから、かな」
「はい。神さまがいると思えば、悪いことはできません。神さまが見てると思えば、誰も自分を見てくれなくてもひとりで頑張れます。神さまがいるいないじゃなくて、神さまに見られても胸を張れるように生きていくことが大事なんだって、そう思うんです」

 そう語るアイは、彼女の言う通りに胸を張り、どこか誇らしげだった。
 自然と、それを見守るアーサーの表情も柔らかいものになる。

「ならば、君には確かに神が見えているんだろうね。良心という、君の中にある君だけの神が」
「そ、そう言われるとちょっと照れくさいですね……」

 人の信仰とは多少の違いこそあれど、どれも似かよった性質がある。
 それは時に宗教として、時に道徳として語られど、すべてに共通するのは、それが人の生きる寄る辺であるということだ。
 汝、罪を犯すことなかれ。善悪や罪刑など時代と場所によって様々姿を変えるけれど、いつだとて人は彼らなりの信仰によって自らを善良であろうと心掛けてきた。
 ならばきっと、神とはそうした人の善き行いにこそ宿るのだと、アイは思うのだ。

「……えと、なんだか変な話しちゃいましたね。ごめんなさい」
「いや。とても良い話だったよ。僕も改めて学ばせてもらった」
「口が上手いですねぇ、もう」

 セイバーさんにも見習わせてやりたいですよ、と上機嫌で嘯くアイを横目に、アーサーは何か眩しいものを見るかのように目を細める。
 それはかつて、彼がひとりの騎士であることを決めた場所での一幕にも似て───





   ▼  ▼  ▼


926 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:54:00 jPS2nAds0





「盗み聞きか?」
「ひゃっ!?」

 突然後ろからかけられた声に、キーアは思わず飛び上がってしまう。
 慌てて振り返ればそこにはあきれ顔の青年の姿。セイバー───キーアのサーヴァントと同じクラスの彼は、仕方ないなと言わんばかりの顔で話しかけてくる。

「ま、あいつも節操なくベラベラ大声で喋ってれば嫌でも聞こえてくるか」

 ほら、と手渡される小さい円筒。触ると仄かに暖かい、夜風に少しかじかんだ手を解してくれる。
 それを両手で包むように受け取って、キーアは安閑とした声を漏らした。

「いい加減喉も乾いただろって思ってな。
 ……一応お茶じゃなくてココアにしたけど、どうも駄目そうなら言ってくれ」
「わざわざ選んでくれたの?」

 別に、と憮然な態度の彼。ぶっきらぼうに見えて、意外と他人のことを良く考えてた彼。
 その様子を見ていると、何故だか心の奥底から笑みがこぼれてきてしまう。
 自分のまわりには、こういうタイプの人はいなかったから。最初の頃のギーにもちょっと似てて、少しだけ懐かしい気持ちになってくる。
 あ、こういうのが"微笑ましい"ってものなのかな、なんて。
 そんなことを思いながら、キーアは蓮に笑い返すのだった。





「あたしのいたところには、神さまは"なかった"の」

 先ほどの場所から少し離れ、史跡の近くの台座の上。
 缶の開け方が分からなくて結局蓮に開けてもらったそれを手に持ちながら、キーアはそんなことを言った。

「なかった?」
「ええ。そういう、考え方?みたいなものがそもそもなかったの。西享の人たちが来てからは"神"っていうものの意味も分かるようになったみたいなのだけど、でもやっぱり馴染みは薄いわ」


927 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:54:19 jPS2nAds0

 曰く。
 キーアの住んでいた土地───カダス地方において神性に対する概念は存在しなかったらしい。
 代わり、彼らは機関(エンジン)の導きによって日々の糧を得ているのだと信仰しているのだとか。何とも即物的、かつ醒めた合理主義めいてるなと、別に神や宗教を快く思ってるわけじゃない蓮でさえそう思った。

「でもきっと、根っこのところは同じなんだと思うの」
「というと?」
「何かを大切に思ってるっていうこと。西享の人たちにとってそれは神さまで、あたしたちにとってそれは機関。でもひとりひとりに聞いていくと、みんな違うものを大事に思ってる。そういうもの」

 分かってるのか分かってないのかよく分からない顔をした蓮に、キーアは続ける。

「機関の恵みは、あたしも大切に思ってるわ。それを作った人にも、動かしてる人にも、そうした積み重ねのすべてにも。
 でも、あたしにとって一番大事なのは、色んな人の笑顔とか、優しさとか、そういうもの」

 それは例えばギーやアティといった家族のような人たち。パルやルポやポルンといった友達に、アグネスとフランシスカやドロシーやアリサ・グレッグのようなご近所さん。ルアハやヴォネガット老人や黒ぎぬの子のように、今はもう会えなくなった人たちも。
 キーアの見知った彼ら彼女らが、日々を健やかに過ごしてほしいという思い。それこそがキーアにとって一番大事な、何にも譲れないもの。

「だからあたしにとっての"神さま"は、みんながいてくれるってことなんだなって。
 そして、みんなにもそういうのはあるんじゃないかって。アイの話を聞いて思ったの」

 そう言ってはにかんで、「あ」と顔を赤らめて。

「ご、ごめんなさい」

 意味もなく両手を振り、顔を俯かせる。

「あたしばっかりいっぱい喋っちゃって。迷惑、だった?」
「いや」

 後ろ手をついて少しだけ空を見上げ、蓮は言葉を返す。
 その脳裏には、彼自身の経験と記憶がリフレインしている。


928 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:55:15 jPS2nAds0

 ―――神
 ―――いと高き場所に在って見守るもの。
 ―――空にて輝くもの。
 信じ難き奇跡を用いて人々を救い、
 幸福すべてを司り、慈しむ。大いなるもの。
 人は皆、それを信じて生きている。

 ある者は米を神と呼んだ。
 ある者は空疎な観念を神と呼んだ。
 ある者は金や女、学歴や見識を神と呼んだ。

 人とは、"神"なくしては生きていけない生き物だ。だから。

「あるかもしれないな、そういうの」

 神もまた、"神"なくしては生きていけないのだ。

 ───二人は、一緒になって笑った。





   ▼  ▼  ▼





 眠るすばるを、友奈の虚ろな瞳が見つめていた。
 双眸が光を放つ。しかしそれは意思の輝きなどでは断じてなく、水晶体が街灯の光を反射というだけの、単なる現象に過ぎなかった。
 死人のように濁った瞳は、何者をも映してはいなかった。まるで骸がそのまま、操り糸に支えられて歪に座り込んでいるかのよう。
 彼女が見失ったのは、正しく己の全てか。
 色褪せない思い出の尊さを前に、彼女自身の築き上げたものが圧殺されているのだろう。

「……」

 穏やかな寝息を立てるすばるの横顔を覗きこんで、しかし友奈はぴくりとも動かない。
 周囲からは、かすかに聞こえる談笑の声。
 何を思うこともないはずの友奈の唇は、決して開かれることはなく。

 ───激しい振動が、二人を襲った。





   ▼  ▼  ▼


929 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:56:09 jPS2nAds0





「これは……!」

 一瞬の自失から立ち直った瞬間には、全てが遅かった。
 正体不明の振動に虚を突かれたアーサーと蓮の二人は、咄嗟に自分のすぐ傍にいた者を庇った。熟達した戦士であり超常の反応速度を持つ二人ですら、それしかできないほどに短い一瞬だった。
 白い星屑の群れが、流星であるかのように次々と地面に着弾していく。片手で少女を庇いもう片方の手で剣を手繰る二人は僅かな手首の回転のみで周囲の星屑を薙ぎ払い、蓮が小さく舌打ちを漏らす。見渡す一面には更に無数の星屑が湧き出で、周辺の景色すらまともに見えないほどに白一色に埋め尽くされていた。

 ───すばるは無事か。

 そう思考が過る二人の視界に、凄まじい速度で上昇を果たす小さな影が見えた。それは夜空に幾何学模様を描き、そしてそのまま何処かへと飛び去っていく。
 咄嗟にアーサーが駆けだした。交錯するように擦れ違い、背中越しに蓮が剣の魔力を解き放つ。

「戦雷よ、奔れ!」
「風よ、吹き荒べ!」

 瞬間、蒼白の光が二条、星屑を貫いて夜空へと駆け上がった。生じた空白は瞬間の停滞もなく殺到する星屑によって埋められたが、セイバークラスのサーヴァントが囲いから抜け出すには十分すぎるものだった。
 少女を抱えたアーサーの体が、冷たい夜空を駆け抜ける。
 耳元で、ごう、と風が叫ぶのをアイは聞いた。木々に覆われた夜の風景が、視界を高速で流れていく。


930 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:56:49 jPS2nAds0

「すまない、少しだけ我慢してくれ!」
「───!?」

 奇妙な浮遊感と共に落着、間を置かずに再度の跳躍。声にならない悲鳴さえ置き去りにしてアーサーとアイは夜闇の中へ消えていく。
 それを背中に感じる気配だけで見送りながら、雷電放つ剣を振るう蓮は言葉には出さず心の中で彼らの健闘を祈った。

(頼んだぞアーサー王……すぐに片づけて俺もそっちに行く)

 トレードされる形になった二人のマスターは、この状況では元のサーヴァントの手元に戻すことは難しい。互いに令呪を使って転移させようにも、魔術師ではない彼らでは念話でタイミングを計ることもできず、また転移にかかる一瞬でさえ無力な少女たちにとっては致命的だ。
 この場の星屑を殲滅しようにも、キャスターやアーチャーと違って広域戦闘に向かない彼らでは相応に時間がかかるし、悠長にしていたら単独で逃げ出したすばるの安否も危ういものとなる。
 つまるところ、彼らは文字通り片手落ちとなったこの状態ですばるを追走する他はなく。ならばどちらがより適任かと言えば、より殲滅戦に特化した蓮を星屑掃討に残すが定石。
 アーサーがすばるを追い、蓮は星屑たちを引きつけるデコイとして残る。言葉を交わさずとも直感のみで互いに合意を得た、二人のセイバーの連携であった。

「レン、なにが……」
「悪いが説明する余裕はない。けど心配すんな、すぐ終わらせてやる!」

 キーアを後ろ手で庇うように屈み、抜き放たれた剣閃が紫電となって遍く星屑を打ち砕く。塵となる傍から新たに押し寄せる異形の津波を真っ直ぐに見据え、蓮は立ち向かうように一歩を踏み出した。





   ▼  ▼  ▼


931 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:57:09 jPS2nAds0





 両の手足で必死に挟み込むような姿勢で杖に跨り、すばるは飛ぶ。ドライブシャフトを掻き鳴らして、闇色の空間に身を翻す。目の前を巨大な異形が横切り、次の瞬間には無数の殺意となって背後より押し寄せる。間一髪で衝突を避け、上を目指してひたすらに飛ぶ。そこかしこで白い異形が蠢き、まるで虫の大群であるかのようにざわめいている。
 自分のいる場所がどこなのか、自分は今どこをどう飛んでいるのか。それすらも分からない。
 鎌倉の空は、とうにその姿を失っていた。

「ぅう、ううぅぅぅ……」

 叫びだしそうになるのを堪え、渾身の意志力で悲鳴を押し殺す。
 すばるが眠りより覚め、即座に事態に対応できたのは夢の中の「声」のおかげだ。目覚める時間だと導いてくれたあの声に従って、そうしていたら起き抜けの思考の白濁も突然の事態に対する困惑も一切無視して、無意識に肉体が反応してくれた。
 実のところ、すばるは未だに自分が危険回避したという事実を呑みこめてない。彼女の意識は未だにあの公園のベンチの上にあって、こうして必死になって星屑から逃げているという事実すら現実味が感じられない。

 風を切る音だけが耳に煩く。
 けれど背中に突き刺さるは無数の殺意。

「わたし、どこまで……」

 逃げればいいんだろう、と思いが過る。
 飛び立ち際に見た膨大な星屑の群れと事態に対する混乱で、セイバーたちの元に戻るという選択肢は彼女の中から失われていた。そもそもこの群れを撒いて戻るということ自体が可能なのかどうか。
 この状況に曲がりなりにも心が折れなかったのは、すばるがひとりではないからだ。その腕に抱え込むように、同年代の少女の姿がひとつ。
 ロストマン、結城友奈。
 彼女を守らねば、という意識が強いというわけではなかった。自分がそんなことを思うのは烏滸がましいと考えているし、単純に彼女のことをよく知らないのだから殊更に庇護意識があるわけでもない。同情の気持ちはあるけれど、それで死地に飛びこめるほどすばるは聖人ではない。
 ただそれでも。この状況にいるのが自分だけではないという事実そのものが、すばるを幾分か心強くしてくれるのだ。

「たす、けてよぉ……」

 それでも。精一杯に勇気を振り絞って、体を動かすことはできても。
 それは平気へっちゃらであることを意味していない。今もすばるの心は軋みを上げて、恐怖に泣き叫びそうになって。

「誰か、助けて……!」


932 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:57:26 jPS2nAds0












「任せろぉ!」












 一陣の突風と共に、透き通るような声がすばるの耳元を駆け抜けていった。

「……え?」

 呆然とした声。しゅるしゅるとドライブシャフトの速度が弱まり、振り返れば自分を追ってきていたはずの異形の姿はどこにもない。
 代わりにそこにあったのは。

「───大丈夫だったかい?」

 翼持つ不思議な馬に乗った、綺麗な女の子の姿だった。





『B-2/山道/一日目・禍時』

【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(大)
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代服(収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
0:騎士さんと一緒にすばるを追いかける。
1:"みんな"を助けたかった。多分、そういうことなんだと思う。
2:ゆきの捜索をしたいところだが……
3:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
4:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
5:ゆき、すばる、キーアとは仲良くしたい。アーチャー(東郷美森)とは、仲良くなれたのだろうか……?
[備考]
キーア&セイバー(アーサー・ペンドラゴン)と邂逅しました。
現在セイバー(アーサー・ペンドラゴン)と行動を共にしています。


【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(大)、全身にダメージ、疲労(大)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
0:すばるを追走する。
1:キャスターの言を信じ成すべきことを成す。
2:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。
傾城反魂香にはかかっていません。
セイバー(藤井蓮)と情報を共有しました。


933 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:57:47 jPS2nAds0



『B-2/源氏山公園/一日目・禍時』

【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(中)、決意
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
0:事態への対処。
1:もう迷わない。止まることもしない。
[備考]
現在セイバー(藤井蓮)と行動を共にしています。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 右半身を中心に諧謔による身体破壊(中・修復中)、疲労(大)、魔力消費(中)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
0:白の異形を殲滅する。その後、アーサー王と合流したい。
1:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
2:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
3:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
4:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
5:ヤクザ連中とその元締めのサーヴァントへの対処。ランサーは……?
[備考]
バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
すばる&アーチャー(東郷美森)、キーア&セイバー(アーサー・ペンドラゴン)とコンタクトを取りました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)を無差別殺人を繰り返すヤクザと関係があると推測しています。
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)及びアサシン(アカメ)と交戦しました。
ランサー(結城友奈)の変質を確認しました。
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)と情報を共有しました。



『C-3/鎌倉市上空/一日目・禍時』

【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 深い悲しみ、疲労(大)、飛行中
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る……そのつもりだった。
0:逃げる。
1:生きることを諦めない。
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
ロストマン(結城友奈)と再契約しました。


【ロストマン(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]魔力消費(超々極大・枯渇寸前)、疲労(極大)、精神疲労(超々極大)、精神崩壊寸前、呆然自失、神性消失、霊基変動。
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:……。
1:……。
[備考]
神性消失に伴いサーヴァントとしての戦闘力の一切を失い、また霊基が変動しました。
クラススキル、固有スキル、宝具を消失した代わりに「無力の殻:A」のスキルを取得しました。現在サーヴァントとしての気配を発していません。現在のステータスは以下の通りです。
筋力:E(常人並み) 耐久:E(常人並み) 敏捷:E(常人並み) 魔力:- 幸運:- 宝具:-
すばると再契約しました。


934 : 誰かを信じる金曜日 ◆GO82qGZUNE :2018/01/30(火) 19:58:06 jPS2nAds0

【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 健康、正体不明の記憶(進度:極小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:抱く願いはある。けれどそれを聖杯に望む気はない。
0:私は……
1:自分にできることをしたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。それに伴い思い出せない記憶が脳裏に浮かびつつあります。が、そのままでは完全に思い出すのは困難を極めるでしょう。
ヒポグリフに騎乗しています。


【笹目ヤヤ@ハナヤマタ】
[令呪]三画
[状態]精神疲労(大)、魔力充填
[装備]
[道具]
[所持金]大分あるが、考えなしに散在できるほどではない。
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の場所に帰る。
0:なにこのモザイク
1:聖杯獲得以外に帰る手段を模索してみたい。アーチャーが良いアイデアあるって言ってたけど……?
2:できる限り人は殺したくないからサーヴァント狙いで……でもそれって人殺しとどう違うんだろう。
3:戦艦が妙に怖いから近寄りたくない。
4:アーチャー(エレオノーレ)に恐怖。
5:あの娘は……
[備考]
鎌倉市街に来訪したアマチュアバンドのドラム担当という身分をそっくり奪い取っています。
D-3のホテルに宿泊しています。
ライダーの性別を誤認しています。
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名は知りません
如月をマスターだと認識しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。
ヒポグリフに騎乗しています。


【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力充填
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
0:助けを求められたならそれに応える。
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
2:とは言ってもこの状況は一体何なのさ!?
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。
ヒポグリフに騎乗しています。


935 : 名無しさん :2018/01/30(火) 19:58:44 jPS2nAds0
投下を終了します


936 : ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:20:27 EDGKimUY0
エミリー、シュライバーで予約します


937 : ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:23:07 EDGKimUY0
投下します


938 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:23:36 EDGKimUY0








 じゃあ、ある男の話を取り上げてみるとしようか。

 時代が生んだ歪みであり、生まれるべくして生まれた半人獣(キメラ)。
 意図せず重なった数多の要因により形作られた怪物は、如何にして半陰半陽の窮極へと至ったのか。
 これから少しだけ、それを語ってみるとしよう。

 時は第一次大戦下まで遡る。世界中が狂気に酔いしれて疲弊していく最中、彼はうら寂れた貧民窟でこの世に生を受けた。
 当然、母親は花売りさ。それしか生きる術がないし、ついでに言うなら父親はその稼ぎで酒に溺れるロクデナシだった。
 この事実だけでも、少年の生まれが祝福に満ちたものなんかじゃないってことは明白だね。
 これで親が彼を愛していたならまだ救われたけど、もちろんそんなことは全然ない。
 彼を生んだのは暮らしのため。女を生んで自分と同じ娼婦仲間として稼いでいくためだった。
 子供は男だろうって? ああその通り。だから彼の母親は心底落胆したし、彼を人間として扱わなかった。

 劣悪極まる環境だって思うかい? それともあまりの不幸に同情でも抱くかな?
 まあ確かに、まともな神経ならこの先の未来に希望なんて持てるはずもない。君の時代の人間なら……いや、ボクの時代の連中でも、これが作り話じゃなくて事実だと知ったらさぞや眉を顰めることだろうね。
 けど悲しいかな。その当時の情勢は戦時下だ。
 狂気が正気。異常が正常。すべての価値観は愚かしくも歪み、けれど理性を取り払った純然極まりない代物だったわけだ。
 この程度の不幸はどこにでも溢れている。だから彼の誕生は容認され、畜生としての生を世の道徳に見過ごされてしまった。簡単に言ってしまえば、生まれながらの負け犬ってことさ。


939 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:24:01 EDGKimUY0

 それでも少しだけ。ほんの少しだけ彼が特別であるという部分を挙げるなら、それは二点。

 まず一つ。彼は女じゃなかったが、それでも娼婦として無理やりに働かされたってこと。
 男娼ってわけじゃないよ。男だった彼に母親は怒り狂って、ナイフで男性器を切り落としたんだ。だから彼は自分のことをずっと女だと思って生きてきたし、事実ホルモンバランスが崩れた彼は中性的で美しい容姿を得ることができた。
 彼はそりゃ綺麗なもんだったよ。綺麗すぎた。娼婦として絶頂を迎えた彼は、対照的に美貌に翳りが見え始めた母親の嫉妬を買ったんだ。今度は右目を刺されて、お前は出来損ないと狂笑する母親の姿は彼のトラウマになった。
 医者になんて診せられるわけもない。母親は化膿し腫れ上がった顔を指して嘲笑い、虐待を受けながらも彼は客を取ることを強要された。そして現れた父を名乗る男から、今度は目を抉られた上でそこを凌辱された。
 これだけならまだ耐えられたかもしれない。けどね、父親は彼が女ではなく男である事実を告げた。折れ行く彼を支える唯一の頼り、自分は母親に愛される女であるというアイデンティティは斯くも容易く崩壊したってわけさ。

 第二に、狂った彼は妄念を抱いたということ。現実に救いを見出せないから妄想の世界に逃げ込んだんだろうね。至極当然の成り行き、何ともつまらない行動さ。
 けど彼がそこらの凡人と違ったのは、その妄想が狂信の領域にまで達してたってことだ。出来損ないじゃなくなれば母親に愛されると思った彼は、喪失した右目や局部に動物や人間の該当部位を押し込む凶行に出た。それ自体は何の意味もないけど、それだけ彼が妄念に囚われていたって証拠ではある。

 この二点。これこそが、その後における彼の人生を凡百の敗者たちと決定的に分かつ要因となった。
 人として出来損ないということは、人以外としての性質を得たということ。
 それを祝福と信奉し、盲信した果てに、彼は真実の半人半獣として暴力の才能を開花させていくことになる。
 皮肉にも生れは底辺でありながら、闘争においては類稀なる素質を備えていた。
 背負い込んだ負の要因と反比例するかのように、少年は夜の世界において版図を広げていくことになる。


940 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:24:56 EDGKimUY0

 ───結果、当然の経過として彼は親殺しを敢行する。

 父を殺し、母を殺し、客として居合わせたごろつきも殺した。
 愛されるがために足掻き、けれど愛を得られなかった子供はもう殺すことでしか自分の愛を証明することができない。
 そして、彼はその殺人を機に確信を得て悟る。

 ───己は超越種だ。

 それは誤認。しかし同時に、何よりも凄烈な存在への解。

 ───男でも女でもなく子を孕めないし産ませない自分は、故に世界でただひとつの生命体。

 ああ心地よい倒錯感。度し難い思い込み。それであるが故に、なお強く自己へともたらされる変革の産声。

 ───この世の誰ひとり、己に敵う者はいない。

 狂念は現実を歪め、現実的な力をもたらしながら深まっていく。
 その結果として、ここに妄執は真実へと姿を変えた。

 肉親の殺害に、しかし彼は後悔など何一つ抱かない。
 何故なら彼の愛は轢殺の轍。彼にとって愛情も憎悪も、最終的にすべては殺害へと帰結する。故に父母はその死を以て彼の愛を証明し、永遠に消えない轢死体となって彼の背後に積り重なっている。
 何という無知蒙昧。愚行極まる短絡的な思考と、それを躊躇なく実行する異常性を孕んだ行動力。
 獣の脳にそれは酷く単純な道理であったし、現状を変える特効薬であったことは想像するに難くない。
 事実、肉親の殺害以降、彼はまさに無敵だった。その人生において然したる難敵は現れず、阻める者もまたいない。まさに意のままの状況が続くことになる。
 彼は環境の生んだ半人獣(キメラ)。
 あらゆるものを叩き潰し、人を食い殺す凶獣として己が存在を確立させていく。
 後天的だけど、しかしある意味で先天的と言えるだろう。
 時代背景によって誕生した戦争の申し子。
 その彼にしてみれば、この瞬間は人生における栄光の期間だった。
 それは自らの同種であるヴィルヘルム・エーレンブルグと出会い、諸共にラインハルト・ハイドリヒによって屈服させられるまで、無敗の歴史として続くことになる。

 故に───


941 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:25:27 EDGKimUY0

「勘の良い君ならもう分かるんじゃない?」

 茫洋と。
 煙に巻かれたかのように、揺蕩っていた思考が引き戻された。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼





「Haenschen Klein ging allein in die weite Welt hinein.
 Stook und Hut steht ihm gut,ist ganz wohlgemut.」

 月明かりの下、空けた無人の空間に歌声が流れる。
 美しく、天使のような旋律は、しかし聴衆のいない場所においてはただ微かに反響して消えるのみだ。
 既に生物の死に絶えた街では、どれほど明るい曲調ですら鎮魂歌にしかなり得ない。

 その中で奏でられるは如何なる声か。如何なる心で、斯くも陽気に喉を鳴らすのか。

「Aber Mutter weinet sehr,hat ja nun kein Haenschen mehr.」

 Haenchen Klein(幼いハンス)。
 かの有名なオランダ民謡を歌っているのは、ひとりの少女。
 いや、少年であろう外見を持つ者であった。
 長く伸びた白い髪が流れるように景色に舞い、軽快なステップがワルツとなって地面と音を鳴らしている。
 瞳だけが茫洋とした光を宿し、目に映るものとは別の光景を宿していた。


942 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:25:50 EDGKimUY0

「Wuensch dir Glueck,sagt ihr Blick,Kehr nur bald zurueck.」

 彼は御伽噺から抜け出した真実の妖精。
 現実に住めない存在ならば、見ている世界は幻想であるのか。
 故に当然、彼の自意識はここにはない。

 心は彼方で宙を舞い、記憶は混濁の最中にある。自分が今歌を口ずさんでいることさえも、恐らくは認識できていないだろう。
 しかしこの上なく純粋で余分がなく、妖しかりて美しい。無垢であるために現実には在らぬ異界の美を放つ。

 その、妖精が踊る非現実めいた世界に───



「シュライバー……」



 わずかに響く、幼い靴音。
 怪訝に、あくまで純粋な疑問となって放たれた声が、死都に流れる歌声を止めていた。

「……?」

 その人影を、エミリーは最初、自分の知っている人間だとは思わなかった。
 暗闇の中で、黒一色にしか見えない瓦礫の山を背に、白い身体が浮かび上がっていた。
 くるりと振り向いた人影は、白い総身を服の一枚も着ずに曝け出していて、表情を彩る無垢さも併せ、エミリーの知る狂犬めいたサーヴァントとは思わせない気配があった。

「あれ? おねえちゃん、なんでわたしのこと知ってるの?」

「何を……」

 言っているんだ、と言いかけて押し黙る。
 こいつは一体、何がどうなっている?

 星屑───白い異形の群れが大挙して押し寄せてきたのと時を同じくして、エミリーの腕に刻まれた令呪が一画、何の命令も下していないにも関わらずその輝きを消した。そして突如圧し掛かる膨大な量の魔力消費。文字通り身を削られる痛苦を味わった。
 その異常性を放置してはおけず、けれど念話の呼び出しにも応じないシュライバーをまさか残る一画で呼びつけるわけにもいかず、エミリーはこうして彼の元まで足を運んできたわけだが。


943 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:26:18 EDGKimUY0

「……あなたはエミリーのサーヴァント。エミリーを勝たせてくれるための、力」

「サーヴァント? あ、わたし知ってるよ。めしつかいさんのことでしょ?
 この前お客さんが言ってたの聞いたんだぁ。でも、わたし、おねえちゃんと初めて会ったよね?」

 首を傾げて考え込む仕草まで取り始めたシュライバーに、エミリーは真っ先に得体のしれない恐怖を抱く。
 言ってることが支離滅裂だ。会話になっているようで、決定的に現状の認識がズレている。端的に言って頭の中身が狂気らしき色に染まっているのだ。
 それは常の彼よりもバーサーカーらしいと言えなくもなかったが、どちらにせよ異常なことに変わりはない。
 何もかもがかけ違ったシュライバー。しかしエミリーは知らないことだが、ある意味において彼の言動は一貫性が取れていた。再誕の前兆、小康状態に落ち着いている今、彼の意識は完全に過去の世界へと飛んでいる。

 エミリーは一瞬、途方に暮れる。しかし彼女はそこに至って、初めて"近づく"という選択肢に思い至る。
 あまりに異様な状況に、シュライバーのところに行くという行動を思いつかなかったのだ。

「……シュライバー!」

 エミリーは掠れた声で呼びかけながら、シュライバーの元へと近づいていった。
 駆けよるには疲弊し過ぎていて、重い足を引きずっていく。令呪を失った際に課せられた魔力消耗は元より、不完全な聖遺物の行使により心身共に限界が近づきつつある。
 故に、彼女は深く考えることができなかった。
 エミリーは一歩を踏み込んで、シュライバーの目の前に立った。
 ここに来るまでに疲弊しきった体が、気が抜けて崩れそうになった。しかしエミリーは必死で気を持ち直し、何とか立ったままでいる。
 取り繕う余裕なんかなくて、剥き出しの苛立ちや困惑や恐怖が表に出てきそうになっていた。
 もう全部放り投げて眠ってしまいたい衝動に駆られるが、しかし完全に勝利を得るまで、まだ終わりではないのだ。

「……シュライバー」

 エミリーは、半泣きにも聞こえる声で、シュライバーに呼びかける。

「もう行こう」

 エミリーは他の言葉も思いつかず、そのまま黙った。
 シュライバーは何も分からないかのように、ただ首を傾げている。


944 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:26:43 EDGKimUY0

 エミリーは緩慢な動作で、シュライバーの肩へ手をやった。が、触れる直前でびくっと引っ込める。彼の体に纏わりつく空気が、触れてもいないのに伝わってくるくらい、驚くほどに冷え切っていたのだ。
 まるで死体のようだ。
 こうして動いているにも関わらず、そう思ってしまうような何かが、この少年にはあった。

「おねえちゃん、わたしを連れてってくれるの?」

「……」

「やさしいなぁ、うれしいなぁ。わたしにそう言ってくれる人なんて、いままで誰もいなかったんだ」

 沸き起こる暖かな喜びに、シュライバーは身を震わせていた。
 歓喜、躍動、愛情の念。
 それは人として当たり前の、誰もが持つ些細な感情だった。一般には良いとされる、時には善性とさえ呼べるような代物。
 けれど、忘れてはいけない。
 彼の感情は、愛情であれ憎悪であれ、最終的にすべては───

「わたしは、こんなにがんばってるのに」

 ───周囲の空気が、変質した。
 彼、いいや今は彼女となったシュライバーの総身から、何か別種の気配が流れ出す。
 全身を中てられたエミリーは一瞬で硬直すれど、その場から動くこと叶わず。
 その眼前で、尚も変質していくシュライバーが沸々と何事かを垂れ流す。

「痛いよムッター目を刺さないで、何も見えないの暗くて怖くてねえどこにいるのわたしを置いてかないで。
 そんなに目障りなのみんなに愛されるのがそんなに悪いことなの? うん分かってるよムッターのほうがきれいムッターのほうが美人ムッターのほうが何倍も愛されて分かってる分かってる分かってるよぉ……」

 空洞になっている右目を抑えて、シュライバーがすすり泣く。
 良く聞き取れず、しかしその微かな声の意味をくみ取った瞬間、エミリーは冷水を浴びせられたように鳥肌が立ち、言葉を失った。

「出来損ないなんて言わないでわたしを見てわたしを愛して愛して愛して愛して愛してもっとちゃんとした娘になるからそんなこと言わないで。
 ───あなたがわたしのファーター?」

 哀願するような声は一瞬にして切り替わり、見も知らぬ誰かへの疑問となって口に出ていた。
 彼の中での時系列がシフトしたのだ。今、彼は過去の出来事を走馬灯のように反復している。


945 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:27:30 EDGKimUY0

「痛い、痛いよ、何するの放して、お願いやめて……
 あ、ああ、あ───痛いィィィィッ!!」

 身を切るような絶叫。
 そして手のひらで抑えられた右目の空洞から、頭蓋の中身が全て溶けだしたのではないかと思えるほど大量の血液が、どっと溢れだした。

「あああ、あぁ、がああ、あああああああああああぁぁぁぁああああああああぁあぁぁぁああああああああああ…………!!!」

 眼前で繰り広げられる狂気じみた叫びに、エミリーはただ顔を硬くする他になかった。
 悲鳴が爆発する空き地の中でシュライバーの右目から漏れ出た大量の血液が、ばしゃりとエミリーの顔面に飛沫し赤色に染めた。頬と喉を伝う粘性がやけに生暖かく、顎が外れんばかりに広げられたシュライバーとは裏腹に、その口は必死に硬く閉ざされるばかりであった。

「ぼく、ぼく、わたし、ぼく……
 ああ、なんで……ぼくは、息子……?
 うあ、あ、あぁ……」

 そして上がる、再度の絶叫。

「あああああああああああああああああああああああぁぁぁぁァァァッ───!!」

 聞いた者の心に一生涯残るかのような、それはある種の断末魔。
 顔中に浴びせられ、その残響が消えたあと、エミリーは虚空を見つめる隻眼に狂気の熱が灯るのを見た。

「……死ね」

 短い文言に、計り知れない憎悪が宿る。
 如何に豪胆な者であろうと、この目を直視することはできまい。エミリーは瞼を閉じることも許されず、ただ必死に目線を逸らすばかりで。
 憤怒。まさに狂うとしか言えない嚇怒。
 嵐の如き殺意がそこに渦巻く。

「ムッターもファーターも男も女も! みんなみんな、みんな死ね!」

 地上最後のひとりまで、人という生き物を残らず殺し尽くしてやろうと。

「僕は───
 僕は、あんな奴らと同じ生き物なんかじゃない!」

 人として死んだ日の瞬間を、彼はここに再現していた。
 忘れていながら忘れていないのだ。忘れられるわけがない。


946 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:27:47 EDGKimUY0

 これこそ、シュライバーにとっての精神と記憶の再構築作業。
 彼の"渇望"によりその身は何よりも繊細となり、触れれば砕ける徒花の輩。
 そして砕けた精神は逆行し、彼を織りなす過去を再現しながら現実へと戻ってくる。
 これはその作業。半獣は触れられることで人に戻され、その過程を経ることで真なる獣に生まれ変わる。

 そう、彼の渇望とは───

「───シュライバー!」

 呪縛から解き放たれるように、一挙動に跳ね起きたエミリーがシュライバーの肩を掴む。
 虚空に向かい吠え猛っていたシュライバーは、しかしその瞬間エミリーへと目を剥き、これまでに倍する嚇怒を込めた叫びを上げるのだった。

「わたしに触れるなぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ──────ッ!!!!」

 ───思えば、もっと早くに気付くべきだったのだ。
 何故、彼の踊る周辺だけこんなにも無人だったのか。
 何故、こんなにも星屑の溢れる中で、彼の歌う周辺だけが何もない空白だったのか。
 万物に先んじ、万物を避ける彼の渇望とは一体何だったのか。

 けれど全ては遅きに失した。
 取り違えた選択をやり直す機会は、もうない。

 暗転。

 ………。

 ……。

 …。

 ────────────────────────────────────。





   ▼  ▼  ▼


947 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:28:19 EDGKimUY0





 風が運んだ淡い花弁、春の追想。

 蒼を繋いで流れる雲、夏の追想。

 夜の窓辺に微笑む月、秋の追想。

 大地を包み微睡む雪、冬の追想。


 頭に過るものがある。それは、かつて受け取った想いの数々か。
 あなたと見た景色、あなたと紡いだ思い出。泥に埋もれるしかなかった自分に与えられた、とてもきれいな《美しきもの》。
 今まで知らなかった、暖かな日々。
 知ってしまったからこそ、もう二度と手放したくない幸せという麻薬。

 パパに別れを告げられた刹那。生まれた、理解不能の感覚。広がった、未知の異世界。
 熱くも、冷たくも。疼いて止まず、押し殺されそうな身体の芯。
 エミリーはどうしたら良かったのだろうか。
 エミリーはどうなってしまったのだろうか。
 生まれて初めて、この胸が苦しい。
 誰かが死ぬのも誰かがいなくなるのも、散々見飽きた当たり前のことなのに。
 それがあなただというだけで、エミリーの胸は、こんなにも……

「だからエミリーは、パパを生き返らせようと願った」

 最初は、髪の女王を殺すことで。
 次は、聖杯戦争に勝ち残ることで。
 欲しいのは道徳云々なんて絵に描いた餅じゃない。パパという現実にある確かな存在。
 天にまします我らが父よ、なんて言葉があるけれど。神の奇蹟なんて有史以来存在なんかした覚えがないし、空は空気が濁ってて顔向けする天が見当たらない。


948 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:29:00 EDGKimUY0

 自分の願いは、自分の力で成し遂げる。
 ただそれのみを望んで、エミリーはここまで歩いてきた。

 それなのに……
 それなのに、何も報われることがないなんて……

『勘の良い君ならもう分かるんじゃない?』

 茫洋と。
 煙に巻かれたかのように、揺蕩っていた思考が引き戻された。

 ───ああ。

 ───視界の端で誰かが笑っている。

 チクタクと、黒い秒針が時を刻んでいる。せめて一分、いいや二分。自らの滅びを認めないとでも言うのかのように。

『君がこの都市に訪れた意味。
 君がその手を赤色に染めてきた意味。
 君が引き当てた"最強"の意味。
 如何なる理由と思いとが、その根源か』

 囁く声は止まらず、それが意味するところを理解すること叶わず。
 けれど。
 けれど、わたしが引き当てた"それ"があらゆる不条理の根源なのだとしたら。
 それを宛がったものが偶然などではなく、特定の意志によるものなのだとしたら。
 全ての糸を引いていたものが……

「神……!」

 もしも、本当にいるのだとしたら。


949 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:29:29 EDGKimUY0

「え、エミリーは、あなたを呪う……!
 罪悪の塊たる人を呪う……!
 愚かなエミリーを呪う……!
 善良を呪う、義を呪う、理を呪うッ! 全てを呪う!」

 このわたしの苦しみを。
 全てを見誤った我が従僕の愚かさを。
 殺戮を重ねた我らが罪悪を。
 何をも救えぬ善良さを。
 終ぞ存在しなかった義を。
 こうまでしなくては自分を保つことさえ許さなかった世界の不条理を。

 わたしは永遠に呪い続ける。
 だから。

「みんな……みんな、苦しめ……!」

 彼女が呪うあらゆるものを壊し尽くす死世界の誕生を目にして。
 そして何より、このケダモノにこそいずれ避けえぬ破滅が訪れるであろうことを確信して。
 エミリー・レッドハンズは陰惨な喜びを胸に、その意識を闇へと沈めた。





   ▼  ▼  ▼


950 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:29:57 EDGKimUY0





『ああ私は願う どうか遠くへ 死神よどうか遠くへ行ってほしい
 私はまだ老いていない 生に溢れているのだからどうかお願い 触らないで』


 未だ忘我の顔と口調で、破滅の詠唱を垂れ流すシュライバー。しかしその手は休むことなく動き続け、眼下の何かへと執拗に拳を振りおろし続ける。


『美しく繊細な者よ 恐れることはない 手を伸ばせ
 我は汝の友であり 奪うために来たのではないのだから』


 透徹した無感情に彩られた顔面。奈落のように口を開ける右眼窩から、夥しい量の血液が堰を切ったように溢れだす。
 それだけではない。膿と腐汁が、精液と蛆虫が、細切れになった人体の残骸が、腐れ交わり溶け合って流れ出る。
 致死レベルの悪臭と渦を巻く怨念が、煌々たる月の見下ろす静謐の空間を侵食して何かおぞましいものへと塗り潰している。


『ああ恐れるな怖がるな 誰も汝を傷つけない
 我が腕の中で 愛しい者よ 永劫安らかに眠るがいい』


 紡がれる呪いに呼応するように、銀髪がおどろに乱れて更に伸びていく。
 既に銃もバイクも消え失せて、今の彼は徒手空拳。にも関わらず跳ね上がり続ける重圧は一体何であるというのか。
 大気が震え、空間が悲鳴を上げ、周囲の瓦礫すら不可視の圧に押しつぶされて砂となる。


951 : デンジャラスゲーム ◆GO82qGZUNE :2018/02/02(金) 09:30:15 EDGKimUY0


『創造───』


 人器融合型───その極致がここにはある。
 本来彼はその系統に属する者だった。血を好み、殺しを好み、悲鳴と断末魔を愛する者が発現させる戦闘形態。
 バイクに跨っていた状態など、彼にとっては偽装でしかなかった。本人すら制御できない狂気が爆発した瞬間こそ、シュライバーは真の姿と力を発揮する。
 鋼鉄の魔獣と融合し、本当の意味で狂戦士(バーサーカー)と化すサーヴァント。文字通りの最速にして絶速と為す人面獣心の怪物に。

 故に彼は、かつてアンナと呼ばれた人間でも。
 白騎士と呼ばれた英雄でも。
 フローズ=ヴィトニルと呼ばれた殺人鬼ですらなく。


『死世界・凶獣変生』


 今や絨毯が如く敷き詰められた赤いものの上に立って。
 生れ落ちた最悪の獣は最早言葉なき主の呪詛を一身に背負い、この世界に歓喜の産声を轟かせた。





【エミリー・レッドハンズ@断裁分離のクライムエッジ 死亡】



『D-3/市街地/一日目・禍時』

【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]
真なる創造発動、以て獣の目醒めと為す。

[装備][道具][所持金][思考]
一切必要なし。此処に在るはただ殺戮するのみの厄災である。

[備考]
彼が狂乱の檻に囚われ続ける限り、何者もその生を断つことはできない。


952 : 名無しさん :2018/02/02(金) 09:31:06 EDGKimUY0
投下を終了します


953 : ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:46:33 /3QLb/EQ0
ヤヤ、アストルフォ、アティ、ストラウス、すばる、友奈、東郷を予約


954 : ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:47:03 /3QLb/EQ0
投下します


955 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:47:40 /3QLb/EQ0






 ───セピア色に彩られた回廊。
 ───ひと筋の光だけがスポットライトのように差す、暖かくも冷たい空間。

 音が響く。
 音が響く。
 機関の揺り籠から泣き叫ばれるは、生まれることなく消えていった可能性たちの慟哭か。
 世界の果てに隠された静穏なる幕間の世界だ。
 物言わず、動くこともなく。
 この世界が《美しきもの》たちの産声上げる場所であると、分かる人間はそう多くない。

 ───月の中枢に眠る蕃神が何であるのかを知る者と。
 ───恐らくその数は概ね同じであるはずだ。

 例えば───
 滅亡さえ厭わぬ既に諦めた少女であるとか、
 世界塔の最奥で蠢く虚空の赫眼であるとか。
 今もなお諦めることなく黄金螺旋階段を昇り続ける、《魔弾》の魔名を得た者であるとか。

 世界の果ての奥深く。
 既に幻想と放逐された残骸であり、大階差機関の一部でもある《異形都市》の一角。
 色彩を失った道。砕かれた石畳と、そこに芽生えた新緑だけが光に照らされて。

 ───墓標を思う者もいる。
 ───希望を思う者もいる。

 決してそこに足を踏み入れることはできない。
 人であるならば。

 何者が潜むのかすら認識することはできない。
 人であるならば。

 そこには現実の存在など何ひとつとしてない。
 ただ誰かの想いと願いがあるだけだ。


956 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:48:58 /3QLb/EQ0

 故に───
 今ここに足を踏み入れた【書生風の軍服を着た青年】もまた。
 尋常なる者ではない。彼は悠然と歩を進め、ここではないどこか奥底を目指す。

 そして彼方の光から投射されるように、空間へと浮かび上がる影法師。
 実体にあらぬ心の在りよう。誰かの想いによって形作られた影の彫像たち。

 ───時に、それは観測者たちによって。
 ───《心の声》と呼ばれることもある。

 【黒衣の男】【星を宿す少女】【喪失者】【かつて黒猫であった者】【騎士】【普遍なる少女】【奪われた者】【鋼鉄の腕】【道化の仮面】

 それだけの数が並び立ち。
 そして青年は、うちの一つに手を伸ばして───





   ▼  ▼  ▼


957 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:50:12 /3QLb/EQ0





 【鋼鉄の腕】



「───《奪われた者》とは」

「人のかたちを持ちながら、人ではない者たち」

「人ではなく、人であったかもしれない者たち」

「この都市の夢を保つ根源によって、彼らの"かたち"は保たれる」

「都市には四人の《奪われた者》が在る。いや、在ったというべきか」

「ひとりは少女。針と糸と服に支配され、母への愛を叫びながらも願いに狂った女」

「ひとりは勇者。今やその資格すら失って、友への悔恨と己が絶望に酔いしれて目を背け続ける」

「ひとりは吸血鬼。《運命》の傀儡となるも、今もなお諦めぬ唯一の者」

「そして、もうひとりは……」








958 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:51:29 /3QLb/EQ0




「いっくぞー!」

 どこまでも明るい掛け声と共に、片翼だけで優に五メートルはあろうかという翼をいっぱいに広げ、幻馬に跨る少女は踊るように空へと身を翻した。
 猛禽めいた頭部を持つ翼持つ馬───ヒポグリフは、翼の一羽ばたきで大気を捕まえ、黒い風となって星屑の一団へと突っ込んでいく。その手に構えるは黄金の槍、先を争うようにして群がる星屑たちに穂先が触れた瞬間大気が爆ぜ、拡散する衝撃が強風となってすばるの顔を撫でた。

「まだまだぁ!」

 返す刃で腰のサーベルを抜き放ち、投擲。それは何故かすばるの方向へと迫り、思わず目を瞑った次の瞬間には背後から迫る星屑の一体が旋回する刃によって両断されていた。

「ほら、こっちに来て!」
「あ、わ、はい!」

 有無を言わさぬ強い語気に反射的に従って、すばるはヒポグリフを追いかけるように加速。空を切り裂く二筋の光が、打ち崩された星屑の包囲網を潜り抜けて夜空に流線を描く。

「あ、あの! どこまで行くんですか!?」
「ずっとずっと向こうさ! あいつらが追いつけないくらい遠くへ!」

 ごう、と耳元で叫ぶ風すら置き去りにし、上へ上へと加速した両者は遂に雲すら突っ切って上空へと出る。
 前方には月が浮かぶ漆黒の天蓋。
 後方には真っ白な雲海。
 既に異形たちの掻き鳴らす牙の音は聞こえない。

「もう、大丈夫……?」
「だね。今が好機、とっとと逃げよう───って、言いたいとこではあるんだけどね」

 奇妙な浮遊感と共に放物線を描き、緩やかに減速するすばるとアストルフォ。空を翔ける主役は二人だったが、けれどこの場にいるのは彼らだけではなく。

「率直に聞きます。あなたは"アレ"に、心当たりはある?」

 ヒポグリフに乗る三人のうち、最後尾に座る女性、アティ・クストスはやや強張った顔を隠そうともしないまま、すばるへと問いかけた。
 けどそんなこと聞かれても分かるはずがない。ふるふると首を横に振るすばるに、ライダーは「だよねぇ」と呟く。

「仕方ないか。発生源さえ分かればボクだけでも何とか……って思ったんだけど。けどキミたちだけでも助けられて良かったよ。それでキミはこれから───」
「って、その前に!」

 突如声を荒げる少女。ライダーとアティの間に挟まった、すばるより少し年上くらいの少女───ヤヤは、すばるたちを指差して。


959 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:52:04 /3QLb/EQ0

「アンタ……えっと、名前は」
「すばるです」
「そう、すばる! って、別に怖がらせたいわけじゃなくてね。
 えっと、そのモザイクとかは脇に置いといて……そう、アンタのサーヴァント!」

 びくっ、と身を震わせるすばるに若干慌てつつ、ヤヤはしどろもどろに。

「そいつ、戦えないの? モザイクかかってるからか分かんないけど、色々とノイズだらけで読めないっていうか」
「あの、それは……」

 問われ、その時になって初めて、すばるは自分たちの状況や従えるサーヴァントが客観的には奇異であるのだということを思い出した。
 ドライブシャフトにはある種の暗示迷彩が付属している。それは街中を飛び交いエンジンの欠片を収集するすばるたちが市井の人間に姿を見られないようにするため、プレアデス星人が作り上げた超科学によるステルスだ。素養のない一般人にはそもそも一切姿を認識されず、素養のある者にはモザイクがかかったように不鮮明な姿で見える。
 眼前の少女たちに曰くすばるは後者、つまり声や姿は認識できるが極めて不鮮明な状態に見えるらしい。すばるには詳しい原理は分からないが、サーヴァントやマスターたちには完全なステルス機能は発揮されないようである。
 そしてこれが最も重要、かつ奇異なものなのだが……

「この人……ロストマンさんは多分、戦えません」

 すばるがその背を抱きかかえるようにしている少女、ロストマンの存在だ。
 彼女は厳密にはすばるのサーヴァントではない。アイとセイバーの両名に助けを求めた、自分のマスターを救うために行動していたランサーの成れの果てだ。鶴岡八幡宮における『幸福』のサーヴァントを巡る騒乱の中で、何の巡り合わせか元のマスターを失った彼女を、同じくサーヴァントを失ったすばるが再契約し今に至る。
 そう、彼女は元々ランサーだったのだ。それが今はロストマンという聞き覚えのない特殊クラスに変じてしまっている。しかもその霊基は不安定で、マスター特権であるステータス視認も碌に通じず、ノイズがかかったように乱れた文字列しか読み取ることができないのだ。

 つまるところ、この場に存在する五人のうち、戦えるのはライダー一人きりということになる。
 彼女一人に押し付けるには少々荷が重い状況だ。事態の解決を目指し行動するには不足が過ぎる。


960 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:52:29 /3QLb/EQ0

「じゃあ大人しくアーチャーを待ったほうがいい。ボクだけでもキミたちを守ることはできるけど、それだけだしね」
「……あれ、なんかアンタにしてはお利口じゃない?」
「そりゃボクだけならともかく、キミたち全員の安全がかかってるなら少しは考えるよ。その上での結論」

 肩をすくめて一言。雑談めいたノリを崩さないが、ライダーの意識は変わらず周囲の警戒に徹している。
 未だ星屑の侵攻は収まっていないが、しかしライダーたち五人の周囲に彼らの影はない。一時的なものとはいえ、彼女らには安息の時が与えられた。

 一息つく、つまりは気を緩めるということ。
 だから、その異変に気付けたのは一人だけだった。


「───伏せろ、みんな!」


 泡を食ったライダーの叫びと共に、全員を衝撃が貫いた。





   ▼  ▼  ▼


961 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:52:55 /3QLb/EQ0





 【かつて黒猫であった者】



「あたしは、結局のところ逃げていただけなのだと思う」

「頭を押さえて、頭を振って、疼く痛みに耐えて」

「あたしは逃げる。不安から、痛みから」

「頭蓋の中に木霊する、陰鬱なドラムとフルートの旋律からも」

「……もしかすると、あたしは恐れているのかもしれない」

「この胸を苛む記憶。失ったはずの過去から追いかけてくる何かを」

「恐れて、だから逃げ出していた」

「目を背けていた」

「だから、これはきっとその報い」

「ああ───」

「目の前の一面が、赫色に染まって……」








962 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:53:39 /3QLb/EQ0





 しまった、と思った時には、とっくに手遅れだった。
 身体がバランスを失い、頭と足がひっくり返って、闇の中を真っ逆さまに落ちていく。

「くっ、そ……!」

 苦悶の声は唸る風の音に掻き消される。大気の壁が背中を打ち据え、ほんの数秒前まで自分のいたヒポグリフの体躯は黄金の粒子となって、とっくの昔に視界の彼方。両腕を前に伸ばした中途半端な姿勢のまま、重力に引かれて容赦なく速度を増していく。
 無理やり視界を確保して周囲を確認、共に落下する二人のマスターの位置を確かめる。だがすばるたちの姿が見えない。無事なのか、それとも自分たちより先に墜とされたのか。分からないがしかし、それより先に現状を解決しなくてはならない。
 鎌倉市上空、高度は少なく見積もってもおよそ500m。墜落して無事に済む高さではないし、群がる星屑たちに先んじられるわけにもいかない。マスターたちの確保が最優先だった。

「この───!」

 右手に魔力を収束し、瞬時に馬上槍を形成。下方から捕食せんと迫る星屑へ向けて一挙動に突き立てる。
 肩が砕けそうなほどの、衝撃。
 黄金の装飾が施された穂先は星屑の表皮に深々と食い込み、秒速20メートルを超えようかとしていた落下速度が全て槍を持つ右腕に集中する。運動エネルギーが右手を破壊するより先に槍を引き抜き、体勢と方向を転換して跳ね飛んだ。

「よし、来……たっ!」

 速度が軽減されたアストルフォの体目掛け、ヤヤとアティが一直線に突っ込んでくる。それを柔らかく受け止め再度の自由落下を開始。三人はもんどり打つように絡み合い、回転しながら地上へと落ちていく。既に気絶しているアティとは違い、ヤヤは未だはっきり意識を保っているようで、アストルフォの登場に目を丸くしていた。

「ら、ららら、ライダー!? これ何がどうなって……!?」
「落ち着いてマスター! 大丈夫、別に死ぬわけじゃない」
「死ぬでしょ! こんな高さから落ちたら死ぬわよ! しかもアンタの馬、あんなになってたし!」


963 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:54:04 /3QLb/EQ0

 悲鳴を通り越して絶叫となったヤヤの声が耳元で唸る。アストルフォは苦笑するばかりだが、彼女の言うことは確かにその通りだ。
 あの一瞬、正体不明の攻撃からアストルフォたちを庇って、ヒポグリフは胸を穿たれたのだ。死んではいないが相当の深手だ。戦闘はおろか、もしかすると今聖杯戦争の期間はもうまともに飛び立つこともできないかもしれない。
 つまるところ、もうアストルフォたちに落下を食い止める手段は残されてないわけで。

「だから大丈夫! まあボクにはもうどうしようもないけど、マスターには奥の手があるじゃん!」
「サムズアップすんな無駄にいい笑顔で言うなぁ! アンタでも駄目なら私たちじゃもう……」
「だからほら、令呪がさ」

 ほらここ、とアストルフォに指差されて、ようやく理解する。
 あった。奥の手。
 マスターたるヤヤにしかできない、起死回生の手段が。

「わ、分かった! これ使えばいいのね!?」

 テンパりながらも手を掲げ、覚悟を決めたように叫ぶ。

「【令呪を以て命じる! ライダー、私たちを助けて!】」

 瞬間、三人を眩い光が包み、これまでに倍する速度で地上へと突っ込んでいった。








964 : 雲の彼方の空遠く(前編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/11(日) 17:54:42 /3QLb/EQ0





「いっだー!」
「あぐっ……!」

 地上に降りた光から弾きだされるように、三人はてんでバラバラの方向に吹き飛ばされた。
 ゴロゴロと転がって地面を這うヤヤ。衝撃が体を貫き、悲鳴さえ上げられないほどの痛みが全身を駆け巡った。

「ライダー……みんなは」
「……アティは無事だ。でもすばるたちは分からない。どこかに逃げてるといいけど」

 いち早く立ち上がり、ヤヤの元にしゃがみ込むアストルフォが言う。痛みを我慢して視線を横にやれば、そこには確かに倒れるアティの姿。

「早速で悪いんだけど、早く逃げたほうがいい。ほら、立てるかい?」
「逃げるって……そういえば、さっきは何が……」
「分からない。けど確かなのは、ボクたちは"攻撃された"ってことだ。周囲に何の気配もなく、あんな上空にいたボクたちを一方的に。だから多分、これは……」

 理性が蒸発しているとは思えないほどに、アストルフォの語り口は饒舌かつ的確だ。それは今日の昼間、市街地で見せた表情にも似ていた。
 つまりそれだけの大事。あの時のような命の危険がすぐそこまで迫っているということ。
 自然とヤヤの表情が強張り、震える手足で何とか立ち上がろうとする。

 その瞬間。

「───危ない!」

 "何か"を察したかのようなアストルフォに、思い切り突き飛ばされ。
 再度地面に叩きつけられたヤヤは、痛みに火花が散る視界の中でそれを見た。

「らい、だー……?」

 こちらに向かって突き出すように手を出すアストルフォが、その胸から大量の赤いものを散らしていた。
 その光景が現実のものだとはとても思えなくて。
 ヤヤはポカンとした顔のまま、走馬灯のようにゆっくり流れる情景を呆然と見つめていた。


965 : 名無しさん :2018/02/11(日) 17:55:37 /3QLb/EQ0
投下を終了します。続きはそのうち投下します


966 : ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:01:36 inlr7SZA0
中編を投下します


967 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:02:27 inlr7SZA0





 【奪われた者】



「……不条理に対する私の怒り」

「身を焦がす怒り。
 何にも気付けなかった私と、世界のあらゆるものへの怒り」

「たったひとつだけ残された私のすべて。
 無力さと残酷さへの怒り」

「……それが、熱く燃え滾る」

「それだけが私の全身を突き動かす。
 ひとつきりの感情。ひとつきりの記憶」

「これこそが私を破滅へと向かわせる。
 私以外の全てを破滅へと向かわせる」

「私が私であることのすべて。
 私を滾らせ突き動かす衝動の源」

「……私は、考えないようにしている」

「この身を突き動かす激情。それが一体何を意味するのか」

「この嚇怒は、私と私以外のすべてに向けられたもの。
 けれどその根源は、一体何であったのか」

「勇者システムの悲劇。神樹が課す勇者たちへの災厄」

「ああ、けれど。私は、誰にその不条理を味わってほしくなかったのだろう」

「……私が忘れているのは、誰?」








968 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:03:36 inlr7SZA0





 ───仕留めた。
 夜天を飛ぶ鳥馬から五人の人影が墜落し血の花を咲かせる一部始終を見届け、美森は誰ともなしに呟いた。

 彼女が"それ"に気付いたのは偶然の産物だった。
 地表付近に降り、自分もまたサーヴァントを索敵しようとした時、そう遠くない空の上を何かが飛んでいるのを目撃した。
 最初は星屑かと思ったが、注視するとどうにも違う。鳥のような翼があり、星屑のように丸くはなく、そして二つの影が並び飛んでいる。
 そのような芸当ができるとすれば、それは聖杯戦争関係者だろう。
 仮に無関係な人間や使い魔であろうとも、この街の住人を根こそぎ殲滅する以上は一切の区別なく撃墜するのみ。
 どちらにせよ美森の取るべき行動は一つである。

 そう判断してからは早かった。
 砲台の上よりシロガネを顕現、スコープから瞬時に狙いをつけて引き金を引く。
 両腕で構えられた長銃から放たれた一撃は、違うことなく標的に着弾。標的がバラバラに墜落を始める。
 視認できた人影は五人、サーヴァントは一人。内二人は制御を失った軌道を描いてビルの向こうへと落下。
 あの高さでは助からないと思うが、しかし完全に飛行能力を失った上での墜落ではないため不安が残る。
 ビルに遮られて状態を確認できないのも痛いが、サーヴァントが含まれてないため確認の優先順位は低い。

 そして残りの三人は、一際眩い光に包まれて地上へと転送された。
 恐らく令呪による転移か。初撃で仕留められなかったのは痛いが、しかし射程内から離脱されていないのは好都合。マスターを運び出そうとするサーヴァントを追撃する。
 果たして目標のサーヴァントは胸から大量の血液を撒き散らす。明らかな致命傷だ。確かな勝利の感覚が流れ込み、知らず笑みをこぼす。
 そしてそのまま残る二人のマスターへと照準を移し、確実に敵手を討滅するために更なる引き金を引こうとした。

 その瞬間。

「……まさか」

 スコープ越しの視界の彼方、既に死にゆくだけの騎兵の目が、一直線に東郷を射抜いたのだった。





   ▼  ▼  ▼


969 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:04:21 inlr7SZA0





 【騎士】



「……ヤヤ。当世を生きる輝かしいキミ」

「ボクはヤヤが好き。
 綺麗な顔と黒髪が好き。
 細いのに柔らかくて、それでいて格好良いところが好き」

「一生懸命なところが好き。
 そのくせ努力の痕を隠しちゃう、ちょっと素直じゃないところも好き」

「サーヴァントなんて幽霊じゃないのー、なんて。
 そう言ったのに、なんだかんだ手を繋いでくれたキミが好き」

「可愛い子、ヤヤ。
 どんな時も強がってみせるキミが好き。
 こんな怖いところに引きずり込まれて、
 それでも笑顔を失わないキミが好き」

「そう。
 だからボクは声に応えた。
 今この時代、ボクらが紡いだ明日を生きるキミの声に」

「だから安心して、ヤヤ。
 たったひとりのボクのマスター」

「たとえ、何があろうとも。
 たとえ、世界が終わっても」

「ボクは、キミを───」








970 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:04:55 inlr7SZA0





 胸の中心を穿った巨大な穴は、どう見ても明らかな致命傷だった。
 少なくとも、大量の鮮血をその顔に浴びてそれでも瞼を閉じることもできずに目を見開くヤヤには、そうとしか見えなかった。

「……ら、ライダー……?」

 やっとの思いで絞り出した声に答えることなく、アストルフォは苦悶の表情で左手を地につける。
 そしてその姿勢のまま右手だけを振りかぶり、背後の空間を真横に一閃した。

 響き渡る、甲高い金属音。

 鼓膜を突き刺す鋭い音に、思わず顔を手で庇い、目を瞑る。
 恐る恐る瞼を開けば、アストルフォの右手にはいつの間にか現出した黄金の馬上槍が握られていた。

「ライダー、それ……」
「……下がって」

 ふらり、と身体を引きずるように立ち上がる。
 瀕死の脱力しきった体で、それでも大きく槍を振るい、再度鳴り響く金属音。
 そして同時にアストルフォの体が揺れ、飛び散るいくつもの血飛沫。

(……あ、そっか)

 ここまで見てようやく、ヤヤは目の前で何が起きているのか、自分たちはどのような状況に置かれているのかを理解した。

 ───遠距離からの狙撃。

 今だけではない、きっとヒポグリフを撃ち落としたのも同じものだ。何処とも知れぬ遠くから自分たちを狙っている狙撃主は、ずっとその殺意をこちらへ向けていたのだ。
 そこまで理解が及んだ瞬間、ヤヤの身を襲ったのは純然たる恐怖だった。
 炎や雷を操るような、フィクションめいた超常のものではない。
 音もなく襲い来る、それは彼女のよく見知った現実的な死の恐怖だ。
 故に恐ろしい。なまじ現実の延長として存在する殺害手段であるために、それによって殺される自分の姿が容易に想起できてしまうのだ。
 そして、そんな凶弾に倒れるアストルフォのことも。


971 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:05:19 inlr7SZA0

「……いや」

 血だまりに伏せるアストルフォ。
 そんな最悪の想像が、頭にこびり付いて離れない。
 恐怖と混乱と忌避感とがないまぜになって、考えや言葉が纏まらない。
 吐き気と息苦しさに苛まれ、自然と呼吸が荒くなる。思考は熱く沸騰しそうで、それと反比例するかのように肌は冷たく汗ばんでいた。

「ライダー……」

 呟く間にも瀬戸際の攻防は継続し、アストルフォは幾重にも迫る死を右手だけで弾き返している。
 何かを話す余裕もなく、ヤヤを顧みる余地もなく。
 その姿はあまりに悲壮で、鬼気迫って、ヤヤは何も言えなくて。

 ぐるぐる、ぐるぐると脳内を駆け巡る一つの言葉。
 それは場の状況や文脈など関係なく、ただ一心にヤヤの望む事柄だった。
 緊張と恐怖に喉を潰されて、か細い掠れ声しか出なくとも。
 それでも、どうしても"そうなってほしい"という、それは少女の心からの願い。
 すなわち。

「ライダー───【死なないで】!」










「ぁ……ああッ!」










 助けを求める少女の声に。
 確かな力強さを伴って、返される叫びがひとつ。
 思いは今、力となって湧き上がり、両の脚で大地を踏みしめる。

 呆然と顔を上げるヤヤの前に、その背中は真っ直ぐ立ちふさがって。

「任せろ。ボクは───キミを守る、英雄だ!」

 黄金槍を旋回させ、アストルフォは一挙動に地を蹴った。








972 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:05:45 inlr7SZA0




 死にかけた体が力を取り戻す。
 血に塗れた四肢を伸ばし、アストルフォは一陣の颶風と化して跳ねあがった。
 大気を切り裂く銃弾を打ち払い、一気に狙撃主との距離を詰める。

 死に体となった彼が復活した理由は至って単純、ヤヤに刻まれた絶対命令行使権───令呪の恩恵である。
 単なる命令の強制のみならず、宿る莫大量の魔力はサーヴァントの行動を強化したり、純粋魔力に変換して駆動燃料とすることもできる。回数制限こそあれど文字通り「万能」の補助手段だ。
 恐らくヤヤは意図して使用したわけではあるまい。無意識によるものか、あるいは強い願いに呼応したか。
 ともあれ一画の令呪に込められた魔力は、アストルフォに再びの戦闘に耐え得るだけの活力を与えた。この状況を構築した理屈はそれだけのことである。

「行くぞ、姿を見せない卑怯者め!」

 射線は変わらず。つまり間に存在するアストルフォが倒れなければ、背後にいる二人の少女が死に瀕することもない。
 説得は不可能。この距離では声が届かないし、こちらに届くものは銃弾以外には殺意しかない。
 姿さえ見えない狙撃主の狙いはこの場にいる全員の皆殺し。自分たちが生き残るには相手を打倒する他にない。
 何故なら───

「ライダー、逃げるわよ! 【令呪を───」
「駄目だマスター! それじゃ"そもそも逃げ切れない"!」

 我を取り戻し叫ぶヤヤに、負けじと叫び返して令呪の行使を制止する。
 二度に渡る実践で、彼女のマスター適性の程は白日のもとに晒された。
 つまりは落第。笹目ヤヤは聖杯戦争のマスターとしてこれ以上ないハズレである。

 それは最初から分かっていたことだ。魔術師どころか伝承保菌者や先祖返りの魔術回路を持つわけでもなく、真実ただの一般人であるヤヤにまともな魔力などあるはずもない。
 アストルフォ自体が大して強力な英霊ではなく負担が少なかったこと、単独行動のスキルにより消費が抑制されたことにより、今までは何とかやりくりすることができていたが。
 しかしそれにも限度がある。アストルフォ自身の継戦能力の問題ではない、ヤヤの持つ令呪の効力についてだ。

 令呪とは宿主の魔力回路と一体化することで命令権として成立する代物である。術者の魔力に相応して効力は強まり、より強大な魔術師であるほどその強制力は絶大なものとなる。
 故に当然、ヤヤの行使する令呪の力は極めて弱い。
 それでも切り札と呼ぶに相応しい力は持ち合わせるが、単純に出力が弱いのだ。例えば一画目の令呪、逃走と着地を補助する命令を仮に一般的な魔術師が使っていたなら、直下の地面ではなく自分の望む地点への移動を果たしていただろうし、アティが気絶するほどの衝撃も伴わなかったはずだ。
 故に三画目を逃走に使ったとして、大した距離は稼げまい。狙撃主の射程距離から抜け出せないか、抜け出せたとしてもすぐに追いつかれる。最早余力もなくヒポグリフもまともに召喚できず、更に気絶したアティまで抱えてとなれば当然の話だ。

 さらに付け加えるとすれば、今ここで自分が戦闘を放棄した場合、狙撃主の矛先は未だ姿の見えぬすばるたちに向く可能性が高い。彼女らが無事に着陸していたとして、一部始終を目撃した狙撃主がその着地ポイントを見逃しているわけがない。サーヴァントのいないすばるたちでは、狙われた場合一たまりもないのだ。

 この場でアストルフォが迷わず迎撃を選択した理由はその二つである。どのみちここで敵手を倒さねば自分たちに未来はない。ならば少しでも可能性の高い選択をと、そう考えて彼は死地へと飛び込んだ。


973 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:06:46 inlr7SZA0

「─────────」

 そして無論のこと、相手もそれを承知で攻撃を重ねている。
 逃走の気配を見せず、遠距離の攻撃もなく、ならば多少は抵抗されようともここで仕留めるのが最良。
 銃撃音の間隔は次第に狭まり、辛うじて捌くアストルフォの足はいつしかその勢いを失い、一箇所に釘づけにされているのだった。

 ───肩を狙った弾丸に、左腕が後ろに弾ける。

 ───右脚を掠った銃傷に、膝が折れかかり体勢が崩れる。

 ───脇腹を抉る傷から、大量の血が噴き出して止まらない。

 一歩を進むごとにそれに倍する傷が体を覆って、もう見ていられずにヤヤが叫ぶ。

「ライダーッ!」
「心配、いらないさ……!」

 唸るようなアストルフォの声。しかし彼が劣勢に陥っているのは素人目にも明らかだった。
 狙撃主はアストルフォではなく、背後のヤヤたちを狙っている。細かな狙撃ポイントの変更も相まって、対応するアストルフォは完全に後手に回らざるを得ない。
 微力ながらも機能する直感と、類稀なる幸運とが合わさって拮抗状態に持ち込んではいるが、それも時間の問題だ。
 時が経つにつれ、こちらは不利な状況に立たされる。
 生き残るためには勝たねばならない。けれど、勝ちに行くことができない。
 敵の正体が不明瞭な以上、相手の魔力切れを狙うのは愚策。そもそも魔力量の少ないヤヤのほうが先にへばりかねない。

 相対距離は約300m。サーヴァントたるアストルフォなら数瞬で駆け抜けられる距離だ。しかし今はその僅かが何よりも遠い。
 今ここに立つ自分、アストルフォの両肩に少女の命が懸かっている。
 その重要性を熟知しているからこそ、揮う槍はあまりに重く、重圧がのしかかってくるけれど。

「言ったろ、ボクはキミの英雄だって」

 笑う。できるだけ不敵に、余裕綽々だと見えるように。
 この程度の逆境がどうしたと。ヤヤが心配することのないように。


974 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:07:51 inlr7SZA0

「ボクを誰だと思ってる。シャルルマーニュ十二勇士がひとりアストルフォ! 世界の果ても月世界も踏破した、騎士にして英雄だ!
 このくらいどうってことない、ボクはともかくボクの経験した修羅場の数を甘く見るなよ!」

 次第に激しさを増していく銃弾の反響音に、無数の火花を散らせながらアストルフォは吠え猛る。
 正面より襲い来る数百の死の弾丸を前にして、それでも心は折れることなく。
 その全てを、彼は防げているわけではない。頭部や胴体、関節に利き手───そうした重要な箇所を除けば、もう彼の体はボロボロだ。全身は血で濡れ、痛みは脳内でスパークしてまともな感覚など残っていやしない。
 それでも、彼は止まらない。
 一歩、また一歩。その歩みは遅々として、けれど一瞬足りとて止まることはなく。
 近づいている。敵手へと、勝利へと。その歩みは不撓不屈のものとして。


「──────ッ!」


 殺意の源たる敵手から、息を呑むような気配が伝わる。
 しかしそれを何より驚いているのは、他ならぬ狙撃主本人。

 なんだこれは、理解不能。私の身体が震えている?

 引き金を引く指先を統制できない。額からひと筋の汗が流れ、静寂にあるはずの鼓動が耳元で煩く高鳴っている。
 まさか、まさかあり得ぬ不可思議───願いに全てを捧げたこの身が、恐怖に逃げようとしているなどと。

 ───認めない。我は修羅に身を窶した勇者なり。

 何人だろうと何があろうと、この想いだけは譲らないし覆させない。
 絶望を、絶望を絶望を───勇者たちの悲嘆と共に断崖の果てを知るがいい。
 故に。

「倒れろ、サーヴァント……!」

 未だ"最初の傷さえも完治していない"手負い風情、恐れることなど何もないのだと。
 我知らず逸った指先が更なる熱量を投下し、その弾幕は激しさを増すけれど。


975 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:08:54 inlr7SZA0

「……倒れるもんか」

 そんな敵手の思考を読み取って、なおも笑みを口許に浮かべる。
 倒れるものか。この身は所詮弱兵なれど、敗北は決して許されていない。
 死んでも勝利せよ、と。
 たとえ我が身が滅びても、眼前の敵に必ず勝利せよ、と。
 その覚悟さえ持たないで、一体何が英雄か。

「一瞬だけでいい、この戦いが終わるまで───
 絶対、倒れてなんかやるものか!」

 英雄は覚悟を叫び。
 勇者は恐怖を知った。

 だから、"それ"が来るのは至極当然だったのだろう。

「……え?」

 夜闇に沈む視界の中、辺りを照らすほどに眩い巨大な光。
 三人を呑みこんで余りある膨大な光条が奔流となって、アストルフォたちへと殺到した。











「ライダー……」

 彼の叫びが聞こえる。
 彼の悲痛な声が分かる。

「なんでよ……」

 我知らず声が漏れる。
 それはヤヤの思う、紛うことなき本音。

 もういい、もう逃げよう。だってこんなの勝ち目がない。立ち向かったって死ぬだけじゃない。
 そんなに格好つけないでよ。無様でも見苦しくても格好悪くても、アンタが傷つくところなんて見たいわけないじゃない。
 傷ついて。
 ボロボロになって。
 なのに自分はつらくないよって、アンタは笑うばっかりで。
 ズルい、卑怯だ。私だってアンタのマスターなのに。
 結局、全部アンタに背負わせちゃって。


976 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:09:16 inlr7SZA0

「なんで、アンタはそこまで頑張るのよ」

 自分のような木っ端のマスターなど放っておけばいい。
 死のうが生きようがどうでもいいし、本当はそうするのが一番頭のいい選択だ。
 なのにアイツは軽薄に笑って、いつも私を助けてくれる。
 あの時もそうだった。
 赤いアーチャーに襲われて、勝ち目のない戦いに少しも迷わずに突っ込んで。

「バカよ。本当に、バカ……」

 本当は逃げたいのに。
 今すぐここから逃げ出したくて、ライダーにも逃げようって言いたいのに。
 でもそんなこと言えない。こんな自分を守るために命を懸けて戦ってくれてる、あの後ろ姿を裏切るなんてできない。
 だから、私は……

「……勝って」

 私は。

 ───私は、アンタを。

「【絶対に勝ちなさい】! ライダー!!」

 勝敗はもう分かり切ってる、奇跡でも起きない限りどうにもならない。
 そんなことは分かっている。けど、けど!

 たとえどんなに無様で、見苦しくて、格好悪くても。
 こんなに強くて格好良いアンタを、私は勝たせてやりたい!
 だから!



「──────応ッ!!」



 ───そう。
 相性や時の運など容易に消し飛ばす圧倒的な実力差を前に、勝敗は既に決定されたも同然でありそれが覆ることなどありえない。
 為し得るとすればそれは奇跡くらいだが、奇跡とは平時では起こらぬからこそ奇跡と呼ばれる。
 故に、彼らの敗北は決定事項であるのだと。


977 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:09:52 inlr7SZA0



「真名解放、魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)───いいや!」



 だが。
 だが、奇跡とは。



「───破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)!」



 ───奇跡とは。
 ───本来このような時に起こるからこそ、奇跡と呼ばれるのではなかったか?



「そんな、嘘でしょ……!?」

 信じがたい光景を前に、美森は思わず驚愕の声が漏らす。

 舞い散る無数の紙片が標的たちを覆い、敵を殲滅するはずだった光の洪水の悉くを受け止め、押し流していた。
 それはまるで、彼らを守る盾であるかのように。
 砕かれてもなお押し寄せる、光を阻む壁として。
 美森の持つ最大火力、満開の放つ極大の破壊光にさえ耐えていた。

「おおおおおおおおおォォォォオオオオオオオオオオオオオオオっ!!!」

 猛るアストルフォの右手からは既に槍は消え失せ、代わりに古びた書物が携えられていた。
 それが一体何であるのか。美森には推察することもできないしするつもりもない。
 やるべきことは、変わらずただひとつ。
 例え敵が何を繰り出そうとも、今ここで叩き潰すというその一念だった。

「……死ね」

 ぽつり、漏らされる怨嗟の声。

「死ね、死ね、死ね!
 いい加減に死んでよ、私の手を煩わせないで!」

 次瞬、破壊光を放出する砲台の出力が爆発的に増大する。
 威力を増す光条、爆散する着弾点。しかし光の向こうに見える敵手の姿は健在で、その事実が美森の神経を逆撫でる。

「私の"願い"を、邪魔しないで───!」

 願いを叫ぶ彼女の祈りは、物理的な破壊力として地を削り、遍く敵を撃ち滅ぼそうとするけれど。


978 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:10:31 inlr7SZA0

「負ける、もんか!」

 それでも。
 それでも、前へと掲げられる彼の手を、沈ませることはできない。
 絶望も、失意も、諦観も、一切を知らぬままに希望へと伸ばされた彼の腕。
 それは卵の殻を破らんとする生命の荒々しい脈動であるかのように。

 進む。進んでいく。
 巨大な、膨れ上がり続ける光の中へと。
 一切を恐れることもなく、一切を諦めることもなく。
 ただ、勝利のために。
 ただ、主を守るために。
 彼の右手は、前へと伸ばされる!

「言ったはずだ! ボクは主命を果たす騎士、マスターを守る英雄だと!
 この光景の彼方で今もボクを見据えるか狙撃主、勝利者めいてボクらを嘲笑うか反英雄!
 お前がいくら絶望たる暴威を揮おうとも、その思惑だけは叶わない!
 諦めろ、ボクに諦めさせるというその徒労を!」

 光と紙片が拮抗する。
 世界は今二分され、輝く洪水とそれを阻む盾とで分かたれる。
 轟音は最早震わせる大気すら消し飛ばして、臨界点を超越した凪が如き静寂を保つばかり。
 永遠とも思えるような一瞬、されどその光景にも終わりは訪れて。

「……届いた!」

 戦いが始まって以来、一瞬足りとて止めることのなかった歩み。
 未だ狙撃主との距離が開けられているにも関わらず、騎兵の顔には微塵の敗北感も浮かんではいない。
 彼は確かに目的を成し遂げた。だが。

 同時に、彼の口から大量の血液が溢れ出る。

「が、は……!」

 アストルフォの肉体は限界だった。
 二画の令呪による補助があれど、度重なる魔力の消費に無数の銃創、失った血液に完治せぬ致命傷、彼を地に伏せさせるだけの要素は数多く存在した。
 それでも倒れなかったのは単に意思の力あってこそだ。既に半ばまで死に絶えた肉体を、それでも尚と駆動させる眩いまでの意志の輝き。
 だが、それも限界を迎えた。
 口も目も鼻も耳も、顔中の穴という穴から鮮血が噴き出す。膝は崩れかけ、前のめりに体が傾ぐ。


 ───ああ、やっぱりボクは弱いな。


 右腕が力を失う。
 古書が、ゆっくりと手から滑り落ちていく。
 力は尽きた───このままでは死んでしまう。
 やり過ごしたとて自分を失ったマスターはこれからどうなる───戦の道理を分からぬほど、自分は馬鹿ではない。

 ああ分かっている。自分が最早助かる身ではないことは。
 ボクは負けて死ぬ。
 ボクは、出来損ないの英霊だ。
 ───だけど


979 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:11:11 inlr7SZA0



「ボクは……!」



 それでもボクは───



「マスターを絶対死なせやしない!」



 それでもボクは、彼女を守れる騎士でありたい。



「ヒポグリフ! 誇り高き我が愛馬、駿足なりし無二の戦友よ!
 キミにも騎士の誓いがあるならば、一度でいい。今この時だけ立ち上がってくれ!」



 右腕が力を取り戻し、破却宣言を強く握る。
 今一度奔流を弾き返し、あらん限りの声で叫ぶ。
 見据えるは狙撃主、込めるは魔力。
 過剰な力の放出に耐えきれず内側から崩壊していくが気にしない。
 アストルフォは血の涙を振りまいて、それでも尚と手を伸ばす。



「あれこそ我らが最期の敵、無辜の民を殺さんとする非道卑劣の射手なれば!
 走れ、疾れ! 見敵を必殺しろ!
 少女(ヤヤ)の生きる道を切り拓くために───どこまでも、駆け抜けろぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」



 今や死に体となり、何の力も残っていないはずの肉体。
 ついには、その全身は溢れんばかりの光を放ち、現出するはこの世ならざる幻馬。

 彼の持つ真の力、それこそが「次元跳躍」。世界の裏側へと跳躍し、あらゆる観測とあらゆる干渉を免れ、全力の解放を以て致命の一撃と為す。
 その威力、Aランクの攻性宝具の一撃にすら達するものなれば、如何な回避も防御も無意味と堕する。
 目視しての超高速回避───無意味。
 盾を張り撃ち落とす防御───無意味。
 故に、視界の彼方で防御姿勢を取らんとする敵手の姿。今や遅きに失している。

 彼が今まで歩みを進めていたのはこのためだった。
 レンジ、すなわち有効射程距離。ヒポグリフの一撃を見舞うには、最初の位置はあまりに遠すぎたから。

 世界の果てまでをも駆け抜ける相棒、その後ろ姿を見て、アストルフォは束の間笑みをこぼす。

 ───これでボクの役目は終わりだ。あとは……

 全ての力を使い果たし、後ろ向きに倒れる刹那。彼は背後の少女を見て。

 ───キミは、どうか……

 あらゆる音が、そこで途絶えた。





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980 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:12:00 inlr7SZA0





 【道化の仮面】



「───破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)とは」

「シャルルマーニュ十二勇士がひとり、アストルフォが保有する宝具のひとつ」

「さる魔女から譲り受けた、全ての魔術を打ち破る手段が記載されている書物」

「遍く魔術を破却する機能が備えられ、ただ所有しているだけでもAランクの対魔力に相当する対魔術防壁を取得可能」

「しかしその真価は真名を解放した際に発揮される【可能性の発露】にある」

「古書からは対魔術に特化したあらゆる打開の可能性が引き出され、舞い散る紙片が通常時を遥かに超える防壁を展開する」

「その効力は凄まじく、固有結界かそれに極めて近い大魔術ですら破却の可能性を掴めるという」

「ただしアストルフォは普段、この宝具の真名を忘却している。蒸発した理性が狂気となって、記憶の想起を妨げているからだ」

「彼の狂気の源泉となる月が隠れる夜、すなわち新月の晩にのみ、彼はこの宝具の真の力を扱えるようになる」

「繰り返す」

「新月の晩にしか、真名を解放することはできない」








981 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:13:06 inlr7SZA0





「ライダーッ!」

 悲痛な叫びが辺りに木霊した。
 それがヤヤの叫んだものなのだと、アストルフォは認識するまで数瞬の時間を必要とした。

「……やあ……無事みたいだね、マスター……。
 どう、怪我とか……ない、かい?」

「なに、言ってんのよ……」

 どしゃり、という音が聞こえた。崩れるように膝をつき、ヤヤはアストルフォの手を取る。

「みんな無事よ。私もアティさんも、掠り傷ひとつだってないんだから」
「……そっかぁ。良かった、ボクは今度こそやり遂げられたんだな」

 彼の声は、酷く穏やかなもので。
 怒りも悲しみも憎しみも、あるいは痛みや不快感めいたものすら感じることができなかった。

「ボクは……ちょっと、限界っぽいけど。
 まあボクにしては、結構頑張ったんじゃない、かな……」

 言葉が掠れる。思うように声が出ない。
 あれだけ燃え滾っていた命の炎が、もう何の熱も感じられない。
 血潮は流れきって指先から冷たくなっていくし、痛みはとうに限界を突破して感覚は喪失し。

 そんな、もう死ぬしかないような状態になっても、およそ負の感情らしきものは微塵も浮かばずに。
 だから。

「……なんでよ」

 ぽつり、と呟かれる。

「なんで……」

 それは、絞り出されるような。
 か細く、慟哭のような響きを持って。


982 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:13:36 inlr7SZA0

「なんで、笑ってるのよ、ライダー……!」

 あるいは縋りつくように。
 ヤヤは、そんなことを叫んでいた。

「……」

「なんでよ、なんで笑ってられるのよ……!
 アンタ死ぬのよ、消えちゃうのよ! そんなに傷ついて、ボロボロで、すっごく痛くて苦しくて、なのにアンタは何ももらってないじゃない!
 報われて、ないじゃない……叶えたい願いだって、あるって言ってたのに……」

 ヤヤの手が震える。
 アストルフォの手を取って、今にも消えゆくそれを両手で包んで。

 叫んだ。

「なんで、そんなに嬉しそうなのよぉ……!」

 アストルフォは、ぽかん、とした表情で。
 次いで、ああなんだそんなことか、なんて顔をして。

「悲しいよりも嬉しいからさ。笑う理由なんて他にない」

 何でもないことのように。
 あくまで軽く、そんなことを言ってのけた。

「報われないって、勝手に決めないでよ……そりゃボクにだって願いはあったけどさ……。
 それでも、ボクはライダーである前にアストルフォだ。サーヴァントである前に……英雄だ。
 だからボクは、キミを助けた……理由も報酬も、それで十分じゃない……?」

 得られずとも救いはあった。
 今ここに当世を生きる少女たちがいる。
 それだけで、報われることもあるのだと、この小さな騎士は言っていた。

「そんなの、詭弁じゃない……。
 だって、私は……私は、アンタに何も……」

「してもらった。ボクは、返しきれないほど、キミにたくさんのものを貰った。
 暖かくて、眩しくて……そんなものを、たくさん……」

 だから、と続ける。


983 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:14:00 inlr7SZA0

「泣くな、ヤヤ。出会いがある以上ボクらは別れて死ななきゃならない。
 それは必然だ。ボクたちが出会った時から決められている事柄だ」

 サーヴァントを召喚し、聖杯戦争に挑んだ時から。
 いいや。笹目ヤヤが鎌倉に生を受け、アストルフォが中世フランスに生を受けたその瞬間から。
 それは定められていた。生きとし生ける者すべて、出会いと別れから逃れることはできない。

「だから泣くな。別れはいつも悲しさを運んでくるけれど……」

 ヤヤの手を握り、安心させるようにほころんで。

「笑ってくれると、その悲しさが、少しだけ和らぐんだ」

 その言葉に、ヤヤは一体何を返せただろう。
 あるいは彼の言うように、笑顔を返せたら良かったのだろうけど。
 出てくるものは嗚咽ばかりで、今にも泣き叫びたい衝動を抑えるのに精いっぱいだった。

「キミもそう思うだろ?
 ねえ、アーチャー……」

「ああ、そうかもしれないな」

 だからこの時まで、ヤヤはその影に気付けなかった。
 虚ろに振り返る視線の先、そこには今までいなかったはずの男が、月を背に立っていた。

 手には眠るアティを抱きかかえ、顔は陰になってよく見えず。
 けれどそれが、自分たちのよく見知ったアーチャーであると、何となく察することができた。

「アーチャー、ボクはさ……ようやく、ようやく気付けたんだ。
 "使えた"んだよ。本当は無理なはずなのに……」

「……」

「空恐ろしいくらい、頭が冴えてさ……。
 蒸発なんてしてなかった、ここは最初から暗夜だった……今もボクらを見下ろしている、あの月は……」

「ああ、分かっている」

 アーチャーは歩み寄り、ヤヤとは反対側に片膝をついて、アストルフォの手を取った。
 力強く、安心させるように。もう心配はいらないとでも言うかのように。

「お前の献身を無駄にはしない。その気づきも、虚構が虚構たる事実も、一切は私が引き継ごう」

「……うん、ありがとう。それと、最後にもう一つだけ、お願いしてもいいかな……?」

「笹目ヤヤのことか」

 名を呼ばれ、ヤヤはぼんやりと顔を上げてしまう。
 アストルフォは無言で頷き、言葉を続けた。


984 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:14:52 inlr7SZA0

「彼女はさ、普通の子なんだ……どこにでもいる、普通の……英霊(ぼくたち)が愛した無辜の民だ……。
 だから、お願いだ。どうかヤヤを、元の日常に帰してやってくれ……!」

「それが、お前の最後の"願い"だというならば」

 更に強く、その手を握り返して。

「請け負った。必ず、私がそれを果たしてみせよう」

「……良かった。これでもう、思い残すことはないや」

 目の前が、とうとう暗闇に包まれる。
 もう、なにもわからない。
 なにも感じない。

「バカよ。アンタは、本当にバカ……」

 ヤヤの声は震えていた。
 抑えようのない悲しみが、そこにはあった。

「でも、そんなの最初から分かってたことだったのよね。
 そんなアンタと一緒だから、私は今まで頑張ってこれた」

 掠れる視界の中で、少女の黒髪が揺れた。
 ぽたり、ぽたりと何かが顔に当たって、熱い。

 涙。
 そんな言葉が、アストルフォの心に浮かんだ。
 そして。

「アンタが私のサーヴァントで、本当に良かった……」

 笑顔。
 もうほとんど残されていない視力で、彼は確かにそれを見た。
 その笑顔も、流れ落ちる熱い雫も、そのどちらもが本当だった。

「……ボクは涙が嫌いだ。キミをそんな顔にさせたくなかった。
 だけど、それでも……」


985 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:15:27 inlr7SZA0

 力も感覚も残されていない手を、それでも必死に持ち上げる。
 少女の頬へ。熱いものが零れ落ちるその目元へ。
 そっと、指先で拭うように。

「それでも、今、キミの頬に流れる涙を。
 ボクは、嬉しく思う」

 泣き笑う少女に向けて、彼はいつもの笑みを返す。
 果たして、それはちゃんと届いたのだろうか。
 それを確認する時間は、もう残されていないけれど。

「それじゃあ、赤バラさん。みんなが待ってるから、先に行くよ」

 意識が闇に沈むその間際、彼は確かな感慨を伴って。

「ヤヤ。死者(ぼくら)の分まで、どうか幸せにね」

 それが、本当に、最後の最期だった。
 アストルフォと呼ばれた小さな騎士は、二人の友人に看取られて、この世界から消滅した。



【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha 消滅】








986 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:17:26 inlr7SZA0





 ヤヤはじっと目を閉じ、目を開け、立ち上がった。
 涙が際限なく溢れそうになるのを、必死にこらえた。
 しっかりしろ、と自分を叱咤する。
 まだ自分がやらねばならないことがあると、ヤヤは知っていた。
 向かい側で、アーチャーがゆっくりと立ち上がる。
 ヤヤは一歩下がって、向き直り、真っ直ぐ彼と向かい合った。

「ごめんなさい、私は……」

「いや、君が謝る必要はない」

 静かな声で、ストラウスはそう返す。

「私はただ、彼の遺志を尊重するのみだ。
 これから先、例え何があろうとも。君を必ず君の居場所へと送り返す」

「……うん、ありが───」

「だから」

 ありがとう、と言おうとして。
 その瞬間、周囲の空気が変質していることに、ヤヤはようやく思い至った。

「な、なに……?」

 言い知れない悪寒が、全身を包んだ。
 それは今まで感じてきた殺意であるとか悪意であるとか、そういうのとは全く違うはずなのに。
 何故か、嫌な予感が止まらない。

「もう終わりにしよう。できることならば、少しでも長く"君"という個我を保っていて欲しかったが」
「───ッ」
「けれど、それも欺瞞でしかなかったのだな。無事に帰還させるには、最初からこうするより他なかったのだから」

 身体が凍り付いて、言葉が出なかった。
 ゆっくりと近づいてくるストラウス。その歩みに、ヤヤは何の抵抗もすることができずに。

「君の名は、笹目ヤヤ」

 ただ黙って、その言葉を。


987 : 雲の彼方の空遠く(中編) ◆GO82qGZUNE :2018/02/14(水) 18:17:59 inlr7SZA0

「"ではない"」

 ただ、受け入れて。

「本当の君はなんだ?
 君の本当のカタチは君しか知らない。
 誰も君のカタチを縛ってなどいない」

 言葉の意味も理解できずに。
 滾々と耳に染み入って。

 いいや、いいや、そうではない。
 分かっていたのだ。最初から分かりきったことだったのだ。
 私たちは最初から、全てがそういう存在で。
 あるいは、全てが幻なのかもしれなくて。

 見たいものだけを見て、信じたいように信じて。
 今まで目を背けていた、これこそが真実であるというのなら。

 私は、きっと───



「変われ」



 ───けれど。

 ───けれど、もしもこの身が夢ならば。


988 : 名無しさん :2018/02/14(水) 18:18:30 inlr7SZA0
投下を終了します。後編はそのうち投下します


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