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Fate/Winter morning ―史実聖杯― Ⅱ
『それは絶え間無く変化して行くもの。
視点によって二転三転するもの。
善となり、悪となるもの。
つまり、アレは、言うならば。
ヒトの歴史のような存在なのだ。』
"
"
・企画について
冬の冬木市が舞台です。
電脳空間ではなく現実ですが、たまに本来冬木市にないはずの施設や居ないはずのNPCが存在します。
・定時通達
毎朝、手紙の形で通達が行われます。
緊急の場合は、また別の方法で行われるかもしれません。
・マスター、サーヴァント、令呪
令呪を全て失っても、マスターもサーヴァントも消滅することはありません。
また、サーヴァントを失っても、マスターはそのまま舞台に残り続けます。
・時間表記
未明(0〜4)
早朝(4〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜16)
夕方(16〜20)
夜(20〜24)
開始日時は12/23です。
・予約期限
二週間+延長一週間とします。
『俺は大長編を書くんだ! せめて一ヶ月は時間が欲しいぜ!』って人が出てくれたら、その時はその時で特例的に変更が起きるかもしれません。
・状態表テンプレート
【場所/12月○日 時間帯】
【名前@出展】
[状態]
[令呪]残り◯画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]
・参加者一覧
No.01:神谷奈緒@アイドルマスター シンデレラガールズ&セイバー(源頼政(猪隼太))
No.02:川尻早人@ジョジョの奇妙な冒険(第四部)&セイバー(小碓媛命)
No.03:新田美波@アイドルマスター シンデレラガールズ&セイバー(スルト(スキールニール))
No.04:ウェイバー・ベルベット@Fate/zero&アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)
No.05:安部菜々@アイドルマスター シンデレラガールズ&ランサー(中村長兵衛)
No.06:直樹美紀@がっこうぐらし!&ランサー(カメハメハ一世)
No.07:白菊ほたる@アイドルマスター シンデレラガールズ&ランサー(ガレス)
No.08:ウェザーリポート@ジョジョの奇妙な冒険(第六部)&アサシン(貂蝉)
No.09:市原仁奈@アイドルマスター シンデレラガールズ&ライダー(オシーン)
No.10:アレル@ドラゴンクエストⅠ&ライダー(董卓 仲穎)
No.11:恵飛須沢胡桃@がっこうぐらし!&キャスター(アヌビス)
No.12:音石明@ジョジョの奇妙な冒険(第四部)&キャスター(紅葉)
No.13:高垣楓@アイドルマスター シンデレラガールズ&キャスター(パトリキウス)
No.14:南城優子@影を往く人&キャスター(マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス(ヘリオガバルス))
No.15:???(ウェカピポの妹の夫)@ジョジョの奇妙な冒険(第七部)&バーサーカー(モードレッド)
No.16:滝澤政道@東京喰種:re&バーサーカー(███(ジェヴォーダンの獣))
No.17:スティーブ・ロジャース@マーベル・シネマティック・ユニバース &バーサーカー(ファヴニール)
No.18:ジョーカー@ダークナイト&バーサーカー(フォークロア)
No.19:トニー・スターク@マーベル・シネマティック・ユニバース&シールダー(ウィンチェスター・ミステリー・ハウス)
No.20:ウェカピポ@ジョジョの奇妙な冒険(第七部)&シールダー(ベンディケイドブラン)
裁定者:カシヤーン
主催:魔女(???)&魔法少女(姫河小雪@魔法少女育成計画シリーズ)
・Wiki
ttp://www65.atwiki.jp/winterfate/sp/pages/2.html
二スレ目突入です!
予約開始は明日の0時からとします!
OP投下お疲れ様です!&2スレ目おめでとうございます!
魔女さんです 支援にでもなれば幸いです…
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1029748.jpg
>>4
フォーウ! 支援絵ありがとうございます!
表情から煽り力の高さが滲み出ていて、私が彼女に抱いていたイメージとぴったりで嬉しいです!
そばに書かれたタイトルロゴも、シャレオツだあ!
wikiの方に支援絵として掲載してもよろしいでしょうか!?
"
"
>>5
どうぞどうぞ!ありがとうございます
そう言っていただけて何よりです…!
滝澤政道、新田美波&セイバー、ウェカピポの妹の夫&バーサーカーで予約します
ウェイバー・ベルベット&アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)
セイバー(スルト(スキールニル))
ウェカピポの妹の夫&バーサーカー(モードレッド)
予約します
アレル、ライダー(董卓)、スティーブ、バーサーカー(ファヴニール)で予約します
おっと
これはどうしましょう
>>10
お譲りします。
代わりに、ウェカピポ&シールダーを予約します
>>11
すみません、ありがとうございます
投下いたします
There's guns across the river aimin' at ya
川 の 向 こ う で も 銃 が 狙 っ て る
Lawman on your trail, he'd like to catch ya
役 人 が 跡 を つ け て い る
Bounty hunters, too, they'd like to get ya
賞 金 稼 ぎ は 殺 し た い
Billy, they don't like you to be so free.
ビリー、君 が 逃 げ た の が 許 せ な い
.
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ウェイバー・ベルベットは暗闇の中にいた。
埃っぽく、黴の臭いが微かにし、寝台は軋み、長らく使っていなかった部屋だと良くわかる。
とろとろと微睡むような眠りから目を覚ました彼は、僅かに瞼を擦った。
ひどく腹が減っていた。喉がひりつくように乾いている。
ここのところの緊張感が、平素以上に彼の精神を責め苛んでいたのだろう。
――まったく、気苦労が絶えないったら。
何しろ連日の人喰い殺人事件で、冬木の街は緊張が高まってきていた。
そこに加えて昨晩は冬木センタービルが何者かによって爆破されたとかで、街中大騒ぎ。
昨今世界は物騒だとはいえ、このタイミング。十中八九は参加者の手によるものだろう。
ウェイバーはふと、以前に見た映画を思い出した。いや、コミックスだったか?
仮面の道化染みたテロリストが、次々と建物を爆破し、国家転覆を謀る物語。
11月5日のお祭りには随分と日が過ぎているが、あの主人公は神出鬼没で謎めいていた。
そんな奴が敵に回っている事を考えると、とても気の休まる暇がない。
ウェイバーはぶつぶつと意味の無い不平を漏らしながら、するりとシーツから滑り出た。
――確か、夕食のローストビーフとか何かが残っていたはずだ。
彼が召喚したサーヴァントである女には、振り回されっぱなしで参る。
朝にステーキを要求したかと思えば、昼に酒を煽り、夜は英国名物の冷えたローストビーフを堪能。
わがまま放題なのにマッケンジー夫妻がニコニコと孫娘を見守るように応対するのは、彼女の魅力からだろうか?
『私の尊敬する男二人のうち、一人は英国紳士だったからね。大英帝国万々歳だ』とか言っていたが、どうだか。
おまけに恋人扱いとか、本当に困る。
『年上の女の子を捕まえるとは、ウェイバーもやるなあ』じゃないよお爺さん。ウィンクとかいらない。
おまけに気を使って同室とか、いやサーヴァントと離れるよりはありがたいが……。
――ッ!?
不意にウェイバーはドキリとした。心臓を鷲掴みにされたようだった。
抜け出た寝台に手をついたら、柔らかく、温かいものに触れたからだ。
女。
未だウェイバーが触れたことのない、それは確かに女の白い尻肉の感触だった。
悩ましげな声を漏らして身じろぎする、美しい稜線の輪郭。ウェイバーは唾を呑む。
――勝手にこっちのベッドに潜り込んでくるとか、悪ふざけにも程がある!
しかも裸だ。くそ。朝になったらこっ酷く叱ってやる。令呪も辞さないぞ。
決意したウェイバーは、怒りをぐっと足元にこめて寝室を抜け出した。
ぎしりぎしりと軋む安普請の床――急ごしらえの――板張りに、ウェイバーは首を傾げる。
さて、こんなにマッケンジー夫妻の家は、安っぽかったろうか?
けれど違和感と疑問は寝起きの脳の中で撹拌され、するりと抜け出てしまった。
ウェイバーは足音を立てないように台所へ向かい、貯蔵庫から瓶を取り出す。
栓を抜いて、一口、二口。アルコールが乾いた喉に心地よい。唇を拭う。
さて、次は食事だ――というところで、ふとウェイバーは何か、物音を聞いた気がした。
「誰だ?」
ふと振り返ったウェイバーの視界に、白い光が膨れ上がった。轟音と共に、胸を熱いものが貫いた。
もんどり打って仰向けに転げたウェイバーは、口から血を溢れさせ、一度か二度、息を吐いた。
そして何も言えぬまま、彼はあっけなく死んだ。
.
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「uh-huh?」
「うわっ!?」
ウェイバー・ベルベットの意識を覚醒させたのは、不意に頭に当たった軽い感触だった。
がばりとベッドから飛び起きた彼は、寝間着のはだけた胸元を押さえ、慌てて周囲を見回す。
薄暗い、けれど近代的な部屋。月光。昨日から降り続けていた雪は、どうやらほんの一時、途切れたらしい。
マッケンジー夫妻の丁寧な掃除によって清潔感の保たれた、彼の寝床。
いつ息子夫婦が遊びに来ても良いようにと、ツインベッドの客間の手入れを二人は欠かさなかったようだ。
枕元の時計は朝の三時。遅くまで地図を見ていたウェイバーの睡眠時間は、約四時間。
そばに転がったのは丸められた紙。
それをひっつかんだウェイバーは犯人を探し求めて窓辺を睨み、はっと息を呑む。
「よぉ、ウェイバー。起きたようだね。――おはよう?」
裸身にシーツを纏っただけの女が、薄い笑みを浮かべ、月明かりに身を晒していた。
身体がそう露出されているわけではないい。だが柔らかな線はわかる。その肉の白さも。
ふと右手に蘇った胸の中の感触が、ウェイバーの頬を通って、その頭に血を昇らせた。
「な、なにすんだよ! 眠らなきゃ魔力も回復しないし、明日にも響くんだぞ!?」
「手配書だよ」
「……手配書?」
うわずった声で叫ぶウェイバーにくすくす笑いながら、女はするりと窓辺から降り立つ。
小さな素足で床を踏み、軽い音を伴って彼女はベッドに尻を座らせる。マットはほとんど沈まない。
この聖杯戦争におけるただ一人のアーチャー、ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム。
即ちビリー・ザ・キッドは、記録上21人を殺したという白く整った人差し指で、ウェイバーを指差した。
「そ。保安官(シェリフ)から、生死問わず(デッドオアアライブ)、賞金は令呪1画」
「ッ!? ルーラーからの討伐令ってやつか……!」
大慌てでウェイバーは、その丸められた紙を開いた。
そこに書かれているのは、やはりというべきか、昨日の爆弾テロの首謀者、そして人食い殺人の犯人たち。
「……令呪1画」
「どうする、ウェイバー? よぉーく冷静に考えろよ?」
眠気は頭から吹き飛んだ。紙面を睨みつけるウェイバーへ、アーチャーは目を細める。
「こいつは聖杯戦争の予行練習だ。標的を仕留めりゃ終わりってのが簡単なとこさね。
でも勝つのは一組――いや、標的が二つだから二組だな。
聖杯も同じ。残り二組で顕現、手に入れられるのは――――」
「一組だけ。わかってるよ、基本だろ?」
「いいや、一人だ」
ウェイバーは、はっとして紙面から顔をあげ、アーチャーを見つめた。
彼女はちろりと唇の隙間から赤い舌を覗かせて、唇をじっくりと舐めた。
「もし私に願いがあってかち合ったら、ウェイバー、お前は私を殺さにゃならない」
「こ、殺すって……!」
「どうする? 殺るかい? それとも、諦めて見逃すか……」
にやにや笑い、チェシャ猫かなにかのような表情は、ウェイバーをひどく苛立たせる。
暗闇の中で撃たれる夢――撃ったのは誰だったのか。
アーチャーは自分をからかっている――いや、試されているのだろう。
マスターをマスターとも思っていない態度。ウェイバーはちらりと令呪を見た。
これを振りかざしてマスターだと認めさせるのは、ウェイバーのひどく矮小なプライドを傷つける。
実力で教師を見返してやるために聖杯戦争に挑んだのだ。
それに何より、この女を相手に「絶対服従しろ!」と令呪を使うのは、負けた気がしてならない。
――くっそぉ……! 考えろ、考えるんだ、ウェイバー・ベルベット……!
そう、令呪1画。
これは大きい。討伐に成功した者への報酬として、参加者を駆り立てるには十分だ。
けれど報酬が大きいということは、それだけ危険もあるということ。
そもそも管理者が自力で対処できないからこその討伐令ではないか。
少なくとも――人喰いが魂喰いだとすれば、相応に強化されているのは間違いない。
ビルの爆破はどうだ? 狙いはわからない。爆破では魂喰いはできない。
けど、宝具にしろ魔術にしろ、それだけの威力を持つ何かだ。
こんな奴らは放置はできない。おおっぴらに大勢の人を殺している。
――魔術師として、神秘の隠匿は絶対だものな……!
ウェイバーはそう自分の中で理屈を練りながら、ひたすら思考を纏めて――
「あ」
――なんだ、そんな事か。
「別に今決める必要ないじゃないか、そんなの」
「当たりだ」
はたと気づいて呟いたウェイバーに、ぱちぱちとアーチャーが拍手をする。
そう、その通りだ。今この場で伸るか反るかを決める必要は一切無い。
それを決めるには、情報が足りなさ過ぎる――他の参加者も、標的についても。
つまるところ、ウェイバーはあやうくアーチャーのペテンに引っかかりかけたのだ。
「なんなんだよ、お前……!」
「誰と手を組んで、誰を殺すかは慎重に決めなきゃね、って事さ」
じろりと睨みつけても、彼女は気にした風もない。
相手にするだけ意味が無いのはわかっているが、ウェイバーは冷静沈着さが欠けている。
それは成長と共に手にするものであるから、つまり経験が致命的に足りていないのだ。
「…………とりあえず保留して、集まってくる奴らを観察・偵察するぞ、アーチャー!
他の連中の能力もそうだけど、スタンスとか、そういうのも全然わからないしな」
「ま、英霊ってのは清く正しい連中が多そうだし、乗るヤツはいるだろうね。
それで討伐が上手く行きそうなら横から掠め取るも良し。もしダメそうなら…………」
膝の上に頬杖をついてウェイバーを眺めていたアーチャーが、ふと身を乗り出した。
シーツが緩んで露わになりそうになる胸元からウェイバーが慌てて目を反らすと、彼女と視線が交わる。
「……ダメそうなら、どうする?」
「り、臨機応変にやるんだよ!!」
顔を赤くして怒鳴りつけると、ウェイバーはアーチャーから逃れるようにベッドから飛び降りた。
彼女に背を向けて寝間着のボタンに手をかけて、荒っぽく外しにかかる。
もはや曖昧になりつつある自分の死の夢がなくとも、もう、眠れそうにはなかった。
「とにかく、偵察行くぞ。もう動いているヤツがいるかもしれないし、夜明けまでまだ間があるんだ!」
「心当たりは? 無いなら無いで良いけど。そういう名目でデートってのも悪くない」
「あるよ! ……多分だけど。良いから、さっさと支度しろ!」
「アイ、アイ」
ウェイバーの背後で、するすると布が擦れる音がする。
シーツから抜け出した彼女が、着替えを始めているのだろう。
サーヴァントなんてのは自分の装備をすぐに実体化できるはずなのだが、アーチャーはそうしない。
下着もつけずにシャツを着て、下はぴっちりとしたジーンズ。
使い込まれたガンベルトを腰に巻き、足にはごつごつとした拍車付きのブーツ。
アーチャーがコートを羽織って帽子を被るまで、ウェイバーは自制心に厳しいトレーニングを課している。
毎朝のことだ。――もっとも、これまではだいたい、彼女は普通の服を着る事が多かったけれど。
「とはいえ、手配書だけ配って自分で動かない保安官なんざ、ロクなもんじゃないけどね」
「……なんだそれ。無法者としての意見か?」
「いいや。元保安官としての忠告さ」
そう言って、アーチャーは鮫のように嗤った。
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『おいおいおいおい、黒き者、枝の破滅、ムスペルの子の長がなんてぇツラだい!』
あれは確か、主人の婚礼が終わった後の事。
主人から諸用を命じられてニヴルヘイムを訪れた時だったはずだ。
門を通り過ぎようとした自分に対して、あの緑の仮面の道化が声をかけてきたのは。
『おっと、失礼! 今は「輝く者」でしたな。なぁに、ちょいと娘の顔を見に来ただけさ!』
巨人の末裔とはいえ仮にも神々の一員、冥府の女王の父、雷神の親友、大神の義兄弟である。
慎み深く彼女が黙って頭を垂れたのを見て、道化はやはり悪びれずに笑ったものだ。
『いや、なに。遠いとはいえ親戚だからね。老婆心ながらご忠告を差し上げようと思ったまで』
神々からの言葉である。従者たる自分はそれを聞き漏らすような事があってはならない。
身を糺して、受け入れようとした事を――後悔するべきかどうか、今でも悩む。
『いやさ。いくらフレイの忠臣、一の部下でござい! なんて凛々しく麗しい従者っぽく格好つけてたってよ?
本性は「あぁん、フレイさまぁっ」ってもじもじ太腿こすり合わせて股ぐら濡らしてるメスガキじゃあねえか。
気づかねえフレイもとんだボンクラ鈍感だって宣伝しているようなわけでね。
だいたい惚れた女を、自分に惚れてる女に迎えさせるあたり、どうしようもねえ。
まったく主従揃って痛々しくて笑え――いや、笑えるか? 良いや、笑っちまえ!!』
下卑た嗤い声が、地の底奥深く、冥府の国に木霊する。
自分は歯を食いしばって、ぎりりと主人より授かった剣の柄を握りしめていたのを覚えている。
生まれたのは怒りか、羞恥か、それとも嫉妬か。
あるいは、理解してもらえた暗い、昏い――悦びだったのか。
いずれにせよ間違いの無い事は、ただひとつ。
世界を燃やし尽くした一振りは。愛する人の命を焼き尽くした魔剣は。
あの日、ニブルヘイムの門の傍、一人の道化によって鍛え上げられたという事だ――……。
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「…………」
深い思索から現世へ回帰し、セイバー・スキールニルはゆっくりとその瞳を開いた。
全ては白く、静寂に包まれている。小休止をやめた雪が、再びちらほらと舞い降り始めていた。
ステージの上、つい数時間前までは骨組みだけだったそこに立ったセイバーは、一人観客席を見回した。
――遠い。
誰もいない伽藍の空間。ただ椅子の上に雪が積もるばかりのそこは、あまりにも遠く、広い。
かつて巨人の国へ向かう時、名馬血塗れの蹄に跨って世界を駆けた時も、そんな思いを抱いたものだ。
決して手が届かぬ場所へと思いを届けられるのだから――
――歌い手が戦乙女の魂を宿すのも、無理はないことですか。
古来より詩(エッダ)は魔的なものであった。
神代の頃、世界を紡いできたものは神秘と伝承、そして歌である。
明日、彼女の主人は此処に立つ。立って歌う。
つまりはこの冬木という世界の中心が、このステージに焦点を合わせるという事だ。
で、あるならば。
「ロキのような輩が、何を考え、やらかすつもりでいるのかは、火を見るより明らかですよ、ね」
忌々しい過去の記憶から、セイバーは深々と溜息を吐いた。息が白く煙り、溶けていく。
そう、あのような道化に何もかもを台無しにされてしまうのは、一度だって十分だ。
連中に望みなどない。交渉の余地もない。引っ掻き回す事そのものが目的であり、手段。
自分はそれを知っている。
知っているからこそ、防ぐ義務がある。
その決意のもと、セイバーはステージ上に設置された制御盤を爪先で蹴り上げた。
「この私に隠形は通じませんよ。聖杯を求めて集いし英霊であれば、堂々と姿を現しなさい!」
数刻早い太陽の如き、真白いスポットライト。
眩くステージを、観客席を照らす白、熱灯の光の中。
じゃりん。
伊達に拍車を鳴らす薄ら笑いの女と、強張った表情の少年が、ゆっくりと歩み出てきた。
「ちょ、お、み、見つかったぞ!? どうすんだ!?」
「そう慌てなさんなって。……へぇ、やっぱ他のやつも動いてたか。当たりだな、ウェイバー」
「バッ……おま、お前なあ、アーチャー! マスターって呼べよぉっ!」
「やだよ」
少年――ウェイバーが思わずといった風に女、アーチャーを怒鳴りつける。
セイバーは僅かに眉を顰めた。連携が上手くいっていないのか? そういう主従もいるということか。
鍔広の帽子に、おそらくは乗馬用と思わしき出で立ち。
しかしセイバーの生きた時代からは遠い未来のものであるらしい。
――そう古き英霊という事はないでしょう。
もっとも、英霊というのは時として驚くべき姿かたちを取る。変化の術を会得している者もいる。
断定はできない――セイバーはひとまず判断を保留する事にした。
相手もこちらについては、同様に思考をしているに違いない。
新しい英霊ではないだろうが……と。
「ま、待て! えーっと……こ、こっちとしては戦うつもりはないぞ!?」
「まだ、な」
「余計なこと言うなって!」
必死に虚勢を張っている少年の姿に、セイバーは僅かに頬を緩めた。
得体の知れないアーチャーはともかく、これが演技の類とすれば相当のものだ。
いきなり切り伏せるほどの関係、因縁は――今、この場には存在し得ない。
「……良いでしょう。こちらとしても、即座に切り結ぶつもりはありません」
「た、助かった……」
「私はセイバー、剣の英霊です。
そちらも討伐令に参加し、件の道化を追う心算なのでしょう?
どうでしょうか。此処は協力するというのは――……」
――ミナミの事は明かせない。
彼女は有名人だ。名前を知れば、それだけで居場所を突き止める事も容易。
嘘では無い程度に真実を隠しながら、セイバーは慎重に言葉を選んで口にした。
敵は増やせない。
道化は殺さねばならない。
ミナミは守らねばならない。
見たところ、あの少年、ウェイバーは善性の人間であるらしい。
そうなると、問題は――
「待ちなよ。――――幾ら出す?」
――アーチャーの方だ。
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「……なに?」
「お、おい、アーチャー……!」
「協力を持ちかけたのはそっち。なら値段は決められるよな、私たちが」
ふてぶてしく笑うアーチャーの横で、ウェイバーは内心だらだらと冷や汗を流していた。
ライブ会場を偵察しよう。そう言い出したのは、ウェイバーの方である。
人喰いの怪物の狙いも、あのビルの爆破の狙いも、もちろんウェイバーにはわからない。
だけれど――いずれにしても、人目を憚らずに人を殺すという方法を取っているのなら。
――ライブを、狙わないわけがない、と思ったんだけど……!
ウェイバーが最初に思ったことは「ヤバい」であり、そして「死ぬ」だった。
アーチャーと共に立入禁止のロープをくぐってライブ会場に入った後。
ステージ上にいた女性――セイバーを見た瞬間、ウェイバーは全部放り出して帰りたくなった。
その女はただそこに立っているだけなのに。
こちらを見て、声を発しただけなのに。
――ヤバい。
ウェイバーが逃げなかったのは、勇敢だからでも、アーチャーがいたからでもない。
ただただ、怖くて身動きが取れなかったという、それだけの事だ。
目の前に起爆寸前の核弾頭が置かれていたら、誰だってこうなる。
今だってそうだ。
アーチャーがわけのわからない事を言っているから、かろうじて怒鳴って、平静を保てているだけ。
アーチャーがあまりにも馴れ馴れしかったせいで、ついうっかり忘れていた。
英霊とはこういうものだ。
ウェイバー・ベルベットという少年と、セイバーは、生物としての格がまるっきり違うのだ。
「…………一時的な不戦では不服なのですか?」
「バカいっちゃいけないよ。それは大前提だろ」
アーチャーはそう言って、鍔広帽の下から鋭くセイバーを見やりつつ、ポケットの中を探した。
いつの間に――本当にいつの間に、だ!――か彼女の口元には紙巻きのタバコが咥えられている。
しばらくして舌打ちをした彼女は、ウェイバーに「ん」と唇を突き出した。
「え?」
「ん!」
「えぇと……」
「だから、ほら、ウェイバー、火だ。火!」
「あ、お、う……うん。 Incendium(燃)」
一節の呪文を口にして、ウェイバーは親指の先に炎を灯した。それを煙草に近づけてやる。
火のついた煙草を美味そうに深々と吸ったアーチャーは、すぐに怪訝な顔をした。
そして舌打ち混じりにフィルターを噛み千切って吐き捨て、今度こそ満足そうに一服。
セイバーが、わずかに顔をしかめるのにも気にした様子がまるで無い。
「……ちッ どっかの誰かみたいなツラをしていやがる」
「ア、アーチャー……?」
不意に漏らした苦々しげな言葉も、どうやらウェイバーにだけ聞かせたものらしい。
アーチャーはセイバーを他所に煙草を吸い、煙を悩ましげに吐いた。白煙が雪と混じる。
「令呪が1画。山分けは不可能。協力しろってんなら、相応の代金が必要だろ。常識だ」
「数日で消える運命のサーヴァントが、金銭を欲しがる、と?」
「は」
アーチャーは唇の端を釣り上げた。ウェイバーは身を強張らせた。
金も払えない。善意で人を殺すのに手を貸せ。そんなやつは信用できない。
そううそぶく、アーチャーの笑顔は。
「私たちに明日は無いから金も酒も欲しいのさ? そのために人だって殺してきた」
「成程、反英霊でしたか……」
それは先日の酒場で見たのと、まったく同じ笑顔で。
「いえ、すみません。謝罪します。今の発言は冗談として下さい。
報酬――ええ、多少の金銭であれば、私のマスターが用意できます。
……しかし、本当にそのためだけに…………人を?」
「……いいや」
躊躇なく酔漢相手に銃を抜いた時と、まるで同じ――…………。
「そいつが冗談を言ったからさ」
次の瞬間、"魔法のように"現れた銃が火を噴き、轟音が響き渡った。
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愛して欲しかった。
認めて欲しかった。
褒めて欲しかった。
どれももらえなかった。
だから殺した。
あのヒトよりも優れていると示すために。
あのヒトに愛してもらうために。
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一人の男の話をしよう。
名前は知られていない。
我々が、ウェカピポの妹の夫と認識している男の話だ。
彼について語られていることは三つ。
ウェカピポの妹の夫であること。
ネアポリス王国、財務官僚の息子であること。
妻に暴力を奮ったことで離婚を求められたこと。
それが逆に逆鱗に触れ、汚名を雪ぐために決闘に挑んだこと。
四つだ。
暴力的ではあれど、教育を受け、名誉を重んじ、正々堂々と決闘を行った男である。
仮にも王族護衛官である武官との対決に、互いの伝統ある鉄球で挑んだ男である。
つまり何が言いたいかというと、彼は決して短絡的な男ではないという事だ。
死からの復活、聖杯戦争、負傷しつつも蘇った自身の肉体、そしてサーヴァント。
様々な異常事態と現状について、ウェカピポの妹の夫は冷静に分析し、状況把握に努めていた。
自分の技量がどれほど怪我に影響されているか、確かめる必要があるとも考えていた。
それにはせめて、雪が止むか小康状態になるまでは待とう、とも。
しかしサーヴァントの運用については天候など問題とならない。
むしろ鉄球の技に不安が残る以上、サーヴァントの状態を正しく認識する事は急務でさえあった。
討伐令に参加するかどうかなどということは、その後の事だ。
故にこれは、ウェカピポの妹の夫にとって想定内の、想定外。
彼は偵察に出した自身のサーヴァントが、紛れもない狂戦士なのだと、正しく認識する事になる。
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「Faaaaatthhhhhheeeeeeeherrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
獣の咆哮が轟き渡り、六基あったスポットライトが"全て同時に"砕け散る。
一瞬にして白い闇に閉ざされた会場に、魔力の炎が煌めいて踊る。
セイバーが自身の肉体に、燃えたぎる甲冑を身に纏ったのだ。
「アーチャー、貴女……!」
「知らないよ! ほら、ウェイバー頭下げな!」
「う、うわぁっ!?」
帽子を手で押さえてニィッと笑いながら、アーチャーはウェイバーを横抱きに椅子の海へ身を躍らせる。
遅れて衝撃波が走り、ドンッと椅子の群れを宙空へと巻き上げた。
雪煙を撒き散らし、全身から放出する魔力でそれを蒸発させながら君臨するは、赤い騎士甲冑のサーヴァント。
「ば、バーサーカー!?」
悲鳴のようにその正体を看破したウェイバーの手元に、ぽいと熱く焼けた鉄が放り込まれる。
連射で銃身を赤くした拳銃をお手玉しながら慌てるウェイバーへ、弾薬を放ったアーチャーは、片膝立ちに身構える。
「あ、つっ!? お、おい、アーチャー!?」
「弾込めくらいできるだろ? いつもやってるみたいに、ロッドしごいてやりゃあ良い!」
「してない!」
わめきながらもウェイバーは、シリンダを回しながらロッドを前後させ、排莢を繰り返す。
直感と早撃ちあっての緊急回避。一瞬で灯りを打ち砕いて暗闇に踊る。
さもなくば死んでから百年少し程度の英霊で、今の一撃躱し切れたかどうか。
だというのにアーチャーの顔には笑みが浮かぶ。
――やっぱり、こうでなくっちゃ。
「アーチャー! 会場を破壊するわけには行きません、引き離しましょう!」
「報酬は?」
――この女はッ!
セイバーはぎりっと歯を食い縛った。人の気も知らないで。
突然の乱入。会場の破壊。もしもライブができなくなれば、ミナミはどれほど悲しむだろう。
何故ならばミナミにとって、歌うということは愛を伝えることでもある。
自分にはそれさえもできなかった。それさえもできないという事が、どれほど辛い事か。
「払います! 私の名にかけて!」
「ようし、乗った!」
「Faaaaatthhhhhheeeeeeeherrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
剣士が魔剣を構えて身を躍らせ、弓兵が銃を片手に狙い定め、狂戦士が狂乱のままに暴威を振るう。
12月23日、夜明け前の空、溺れるように降り注ぐ雪の下。
友に殺された女。想い人を殺した女。父を殺した女が集い。
聖杯戦争の戦端は、かくあれかしというように開かれたのだった。
【442プロダクション前特設ステージ/1日目 未明(4:00)】
【ウェイバー・ベルベット@Fate/ZERO】
[状態] 健康
[装備] 無し
[道具] 魔術的実験器具類一式
[令呪] 残り三画
[所持金] それなり(旅費+マッケンジー夫妻からの小遣い+アーチャーの稼ぎ)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜いて自分の実力を認めさせる
[備考]
1.討伐令については保留し、状況判断を優先するようです。
2.セイバー(スキールニル)、バーサーカー(モードレッド)を認識しました。
3.セイバー(スキールニル)と共同でバーサーカー(モードレッド)の撃退を開始します。
【ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム@アーチャー】
[状態] 健康
[装備] コルト・サンダラーx2
[道具] ガンベルト 予備弾多数 現代衣装多数
[所持金] それなり(ウェイバーからの小遣い+マッケンジー夫妻からの小遣い+自分の稼ぎ)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ。
[備考]
1.セイバー(スキールニル)、バーサーカー(モードレッド)を認識しました。
2.セイバー(スキールニル)に報酬を要求し、同意を得ました。
3.セイバー(スキールニル)と共同でバーサーカー(モードレッド)の撃退を開始します。
【スルト(スキールニル)@セイバー】
[状態] 健康
[装備] 万象焼却せし栄光の灰燼 焔の鎧
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:ミナミを守る
[備考]
1.ロキとの経験から、ジョーカーがライブ会場を襲撃するだろうと判断しました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、バーサーカー(モードレッド)を認識しました。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)に報酬を要求され、支払いを同意しました。
4.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)と共同でバーサーカー(モードレッド)の撃退を開始します。
【ウェカピポの妹の夫@ジョジョの奇妙な冒険第七部】
[状態] 健康?
[装備] 剣・鉄球
[道具] 無し
[令呪] 残り三画
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:自陣営の戦力を把握する
[備考]
1.討伐令についての参加は保留し、状況の把握を優先します。
2.バーサーカー(モードレッド)を偵察に派遣しました。
【モードレッド@バーサーカー】
[状態] 健康
[装備] 王剣 不貞隠しの兜 騎士甲冑
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:Faaaaatthhhhhheeeeeeeherrrrrrrrrrr!!!!
[備考]
1.ウェカピポの妹の夫の指示で偵察に向かいました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)を認識しました。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)と交戦を開始します。
以上です
ありがとうございました
>>25
投下お疲れ様です!
とても参加者発表から一日で書かれたとは思えない粋な台詞回しに痺れました!
開幕から急展開でいやが上にも期待が膨らみます。
あとは狂化モーさんの魔力消費で義弟が雁夜おじさん状態にならないことを祈るばかり……改めてお疲れ様でした!
>The Good, the Bad and the Ugly
はっやああああああああああああい! 説明不要っ!
というわけで、感想も最速で返すことにします!
お譲りして良かったなあ、と思える程に濃密で読み応えのある話でした!
書き手の皆様が候補作時点でしっかりと書いていた、ということもあるかもしれませんが、半オリキャラであるサーヴァントたちがどれもキャラがしっかりと立っているのは読みやすくて良いですね!
ウェイバー君が起きて、撃たれるまでのシーンはあまりに衝撃的な事態で、思わず戻って読み返してしまいました!
しかし、よくよく見てみると、そこまでの文中にそれがアーチャーの過去を映す夢の中のシーンであるヒント(床の描写やアルコール)があって、良かったです。再読することによって、また新たな発見があるのは良いことですね!
そして、アーチャーはやはりエロい……エロすぎる!
また、後で出会ったばかりのセイバーにも臆せず、どころか手を結ぶ代わりに金を要求する彼女はトコトンアウトロウなのだなあ、と思わされます。
(あと、「弾込めくらいできるだろ? いつもやってるみたいに、ロッドしごいてやりゃあ良い!」というハリウッドジョークじみた台詞がすごく好き)
そんな彼女に振り回されるウェイバーくんには、同情してしまいますね……!
セイバーの回想に出ていたロキ。
彼の性格のクソっぷりの再現には思わず笑いますね。
台詞やテンションだけで「あー、ロキだ」と思わせられるパワーがありました。
そして、山場であろうバーサーカー登場のシーンは「Faaaaatthhhhhheeeeeeeherrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!!!!!」という叫び声から始まり、インパクト抜群でした!
円卓の騎士がバーサーカーになったら、王を叫ぶのですかねぇ?
叫び声から「父親に関するトラブルがあったのか?」と思われて、真名バレに至らない事を祈るばかりです。
と、そんなこんなで聖杯戦争開始初っ端から、ステージはステージでもバトルステージと化してしまった特設ステージですが、このあとどうなってしまうのでしょうか?
そういう部分も含めて、後の展開が非常に気になる、リレーしがいのありそうな話でした!
投下ありがとうございました!
あっ、すいません。最速では返せませんでしたね、あはは
マッハな投下お疲れ様です!
いいところだらけなのですが、特にアーチャーの粋な台詞回しがカッコよかったです。
殺し殺された女たちとそこに巻き込まれた少年。
第一話であるにもかかわらず激しく動く事態、
文字通り聖杯戦争の口火を切るのにふさわしい一話だったと思います。
しかし
>「Faaaaatthhhhhheeeeeeeherrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ンモー円卓連中は発狂すると王様を呼び続ける
一番槍はやーい!
まさに開戦と呼ぶに相応しいド派手な幕開け。ウェイバーはいつでもどこでもサーヴァントに振り回される運命だなぁ
最優の名に恥じずマスター第一のセイバーと、マスターをぞんざい荷扱いながらも相棒感あふれるアーチャーが対象的。
ただでさえジョーカーあたりに目をつけられそうなのに破壊に定評のあるバーサーカーまで現れ、やはりアイドルのライブとは激戦の舞台となるものなのか……投下乙でした!
そして企画開始&2スレ目おめでとうございます。
私もトニー・スターク、シールダー(ウィンチェスター・ミステリー・ハウス)で予約させていただきます。
それと、拙作「スティーブ・ロジャース&バーサーカー(ファヴニール)」を採用していただきましたので、wikiのキャラ個人ページに原作や関連書籍を紹介しておきました。
把握の一助になれば幸いです。ページ作成していただいた方、ありがとうございました。
記念すべき第1作目、投下乙です!
飄々としながらも抜け目ないアーチャー頼もしくてかっこいいなあ…!
エロさと洒落た台詞回しも相俟って魅力的だし、ウェイバーとの奇妙なコンビも見てて楽しい
しかしライブ開始前からアイドル絡みの場所はいきなり波乱ですね……
「Faaaaatthhhhhheeeeeeeherrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!!!!!」の咆哮と共に殴りこんでくるモーさんのインパクトが凄すぎる
そして拙作の採用ありがとうございます。
キャスター(アヌビス)のプロフィール欄に古代エジプトの死生観に関する備考を追加させていただきました
ttp://www65.atwiki.jp/winterfate/pages/180.html?pc_mode=1
誰かさんが参加者一覧の画像を作っててくれました!
ありがとうございます!
おお、一覧画像になるとまさに壮観……!
特にサーヴァントの統一感の無さが、古今東西の英雄が結集してる感じが出ていてグッと来ますね。
高垣楓&キャスター(パトリキウス)、安部菜々&ランサー(中村長兵衛)、白菊ほたる&ランサー(ガレス)、予約します。
直樹美紀&ランサー(カメハメハ一世)
恵飛須沢胡桃&キャスター(アヌビス)
予約します
追加でジョーカー&バーサーカー(フォークロア)を予約します
支援です
個人的な女性鯖のイメージを…
ttp://light.dotup.org/uploda/light.dotup.org383644.jpg
>>37
あわわわわわわ!
まさか女性サーヴァント全員を描いていただけるとは……!
彼女たちの一部は割とビジュアル的な自分の好み? 趣味? 性癖? も交えて選んだ分、ひっじょーっに嬉しいです!
スルトさんは禍々しい鎧姿ですが、そこからチラリと覗く太腿がセクシー!
他のキャラたちと一緒にビジュアル化されて思い出したのですが、ビリーさんって、あんなお姉さん系の性格してて背が小さいんですね!(史実だとたしか、150センチメートルほどだったとか?)
そのギャップがまた、こう、なんというか、すごく、良いですね……!
あと、サーヴァントたちにシレッと混ざっているペレ様……いったい、何者なんだ……!?
なにはともあれ、支援絵ありがとうございました!
wikiに支援絵として掲載してもよろしいでしょうか?
>>38
どうぞどうぞ!!いつも掲載ありがとうございます……!!
個性派揃いのサーヴァントの中、女性鯖は特にみなさん(性癖とか趣味とか的な意味でも)魅力的でとてもイイな、と思います〜!
おー、これはすごい>支援絵
一体一体もすごいんだけど並んでいることによる身長対応が素敵だ
>>37
スルトさんめっちゃデカくてワロタwww
ビリーちゃんはビリーくんの正当派女体化っぽいね
紅葉さんはスルトさんとは別の意味でデカイ……
皆様、感想と支援絵ありがとうございます
ビリーを可愛く描いてくださって嬉しく思います
>ビリーの身長
史実では推定160cm未満との事でしたので
ウェイバー157cmより高い158cmと設定させて頂きました
>>37
やっぱり支援絵はワクワクしますね……!
可愛らしくもかっこいい女性鯖の面々に見蕩れてしまいます
ビリーさんはあの性格で史実通りのちっこさなのが可愛い……
さて、予約分投下させて頂きます
私――――直樹 美紀の自宅に一件の手紙が届いた。
それは裁定者から直々に送られてきたという一通。
そこには聖杯戦争の戦いに関わる内容が記されていた。
この町での私は一人暮らしをしている。
聖杯戦争の話や手紙に関して、家族の目を気にする必要は無い。
リビングの椅子に座り、私はそこに記された内容を見つめる。
―――――これはルーラー及び聖杯戦争を主催する者たちから参加者に宛てた手紙である。
―――――既に知っている者がいるかもしれないが、冬木市の周りに特殊な結界を張っているので、街から抜け出せる事は出来ない。
―――――そして滝澤政道とバーサーカー、及びジョーカーとバーサーカーに討伐令を下す。
目を引いたのは、討伐令の報告。
先に手紙を読んでいたランサーもこの件には警戒をしていた。
警戒だけではない――――静かな憤りもまた、垣間見えた。
そして彼は今日も『偵察』の為に霊体化し、外出していった。
短い間の関わりではあるものの、既にランサーのことは信頼している。
私も『あの世界』で生き抜いてきたとは言え、相手にしてきた『彼ら』は動く屍に過ぎなかった。
古今東西の英雄が集う戦争において通用する能力、戦術は持ち合わせていないのである。
だから私は、戦術や戦略などにおいてはランサーに任せている。
他の主従との戦闘や交渉等に関しても下手なことはしないだろうと信用している。
さて、本題に戻ろう。
討伐令。即ち、特定の主従の排除命令ということ。
何でも彼等は聖杯戦争のセオリーから外れ、民間人の虐殺を繰り返しているのだと言う。
思えば、ニュースでも騒がれていた。
『人食い殺人事件』や『猟奇殺人事件』。
そして先日には、新都のセンタービルが爆破された―――――なんて話も出てきた。
それらの犯人こそが、この二つの主従なのだと言う。
彼等は――――人殺しだ。
私が暮らしている日常の裏で多くの人間を殺している。
そう、人が死んでいる。
正直言って。
自分自身、『死』には慣れていると思っていた。
聖杯戦争は、詰まる所サーヴァントを用いた殺し合い。
未だに実感が湧かないとは言え、他者を蹴落として勝ち残る戦争だ。
元の世界で『彼ら』と何度も対峙してきた自分なら、きっと大丈夫だ。
そう言い聞かせていた、筈だった。
無言のまま手紙を手に取っていた私。
その手が、僅かに震えていた。
小刻みに震え。
僅かに揺れ動き。
自分の恐怖に戦く心を、露にしていた。
そう―――――――恐れていることに、気付いてしまった。
死への恐怖?否、違う。
自分がこれから『生きた人間を殺すことになる』という事実への恐怖だ。
生きる屍だった『彼ら』とは、違う。
正真正銘。
生きている人間。
―――――考えるな。
《人殺しだ》
―――――ランサーがやってくれる。
《ランサーに指示を出すのは私だ》
―――――相手だって覚悟を決めている。
《私は覚悟を決めて此処に来たか?》
―――――私だって、勝たなきゃ日常を取り戻せない。
《その為に誰かを蹴落とすのか?》
―――――相手だって人殺しだ。
《相手がそうだからって免罪符になるのか?》
―――――考えるな!私は、
「ねえミーちゃん!まーだ雪は積もってるの!?」
騒がしい声が耳に入ってきた。
泥沼のような自問自答を繰り返していた私は、呆気に取られた。
そして私はぼんやりと思考を切り替える。
この騒がしい声。やけに馴れ馴れしい口調。
話し掛けてきた相手が誰なのかは、考えるまでもない。
私は椅子に座ったまま、声の方へと視線を向ける。
そこにはテレビの前のソファに腰掛け、テーブルの上に置かれたパック入りの苺を摘む女性――――もとい女神が一人。
彼女はペレさん。ランサーと一緒に現界してきた女神様。
炎とダンスと暴力を司る、凄まじい神様……の筈なのだが。
「……そりゃ当たり前ですよ、つい先日降ったばかりなんですから。
というか止めて下さいよ、そのミーちゃんって呼び方……」
「別にいいじゃない!カッくんとミーちゃん!お揃いっぽくて可愛らしいもの!」
勝手にお揃いにしないでほしい。
というか先日も「止めて欲しい」って言ったのに、この人(もとい神様)は変なあだ名で呼ぶことを止めようとしない。
そう言えばゆき先輩からもみーくんって呼ばれてたな、と思いつつ軽く頭を抱える。
「というかペレさん、雪嫌いなんですか?まあ炎の神様ですし、何となく解りますけど」
「当たり前じゃない!」
ペレさんがバンッとテーブルを叩いて声を上げる。
テーブルの上に乗ってる苺のパックが揺れちゃってますよ。
「あの雪女を思い出すのよ!ちょーっとキレイだからって調子に乗るアイツ!
大体カッくんのハワイで雪って何よ!あそこは火と太陽の楽園に決まってるじゃない!
それなのにマウナ・ケアに居座って雪なんか降らせて……」
―――――急に愚痴が始まった。
どうにも『雪女』とやらに関する苦い思い出があるらしい。
「でも本気になればあんな奴すぐに追い払えたわ!」と適度に自慢を交えつつ、話が続く。
『すぐに追い払えた』筈なのに『追い払えていない』と言うことは、つまり、まあ、そういうことなのだろう。
その後も延々とペレさんが何やら愚痴をこぼし続けている。
そんな彼女に悟られないよう、私は小さく溜め息を零す。
ランサーはこのペレさんを強く信頼している。
偵察に出かけている間にも、こうしてペレさんを私の側に置いてくれる……のだが。
正直言って、現状では『まあ楽しいけど面倒臭い人』以上の評価にはなりそうにもない。
宝具の解放以外でやってることと言えば、勝手に外出に付き合ってくるか、横で五月蝿くはしゃいでいるか。
彼女はそれくらいしかしていないのだ。
ランサーは『困っている時にはペレ様を頼るといい』と言っていたが、そもそもダンスしか出来ない人に何を頼ればいいんだ。
神話のような力を持っていれば頼ることも考えたし、彼女を怒らせまいと機嫌を伺っていたとは思うのだが。
詰まる所、自分はあまりペレさんを信頼する気にならないということだ。
――――――とはいえ、彼女の明るさで少し気が楽になることも、無くはないのだが。
先程の自問自答だって、彼女が話し掛けてこなかったらもっと泥沼に嵌っていたかもしれない。
彼女が気さくに話し掛けてくれたから、気が和らいだ。
そういう意味では、僅かに、ほんの僅かとは言え、好感が持てる。
ただ、やはり愚痴に付き合わされるのが面倒なのも確かである。
このままペレさんに付き合うくらいなら、一人で外の空気でも吸いに行きたい。
そして、少し考えごとがしたい。
……よし、ちょっと気晴らしに散歩に行こうかな。
「あの、ペレさん」
「何よ!」
「ちょっと出かけてきます。ペレさんは家で」
「あっ私も」
「ペレさんは!!家で大人しくしてて下さい!!!」
「ミーちゃんのバカーーーーーーッ!!!!」
◆◆◆◆
◆◆◆◆
――――十数分後。
やれやれ……何とか説得して大人しくさせることが出来た。
ある意味、一番面倒だった。
彼女の顔色を伺わなくてはならないランサーへの同情も覚えた。
ペレ自身、相当不満げな顔をしていたのがやけに印象的だった。
ともかく私は、外出した。
閑静な住宅街の路地を、私は傘を差して歩いていた。
自動車の通った痕が道路に残り、ある程度雪を溶かしてくれている。
しゃり、しゃり、と溶けかけた雪を踏み頻る。
この小気味良い音は嫌いではない。
靴底に踏まれた雪が潰れ、水のように散らばる。
そんな足下の様子を見つめつつ、白い吐息を吐く。
そして、降り続ける雪を眺めるように―――ぼんやりと空を見上げた。
深夜と比べれば、雪の勢いは大分大人しくなっている。
それでも小雨のような白い粒は緩やかに降り続けている。
ここ最近、雪が降ることが多い。
クリスマスも控え、冬も本番と言った所だろうか。
時には豪雪となることもあったが、学校は既に冬休みに入っている。
そのため通学の必要が無いのは幸いだ。
そもそも、今の自分は聖杯戦争の参加者。
生憎、学業と戦争を両立させるような器用さは無い。
そういう意味でも、冬休みには有り難みを感じる。
――――そう、聖杯戦争は既に始まっている。
少し、外の空気を吸って落ち着きたかった。
少し、一人で考え事がしたかった。
聖杯戦争は、英霊を召還するマスター。
そして英霊の写し身であるサーヴァントの二人一組で行われる。
言うなれば、主従だ。
優勝賞品――――とでも言うべきなのだろうか、聖杯は。
この町に存在する数多くの主従が聖杯を手にすべく、戦い合う。
つまり、殺し合うことになる。
戦いを受け持つのはランサーだ。
彼は「戦いは自分が引き受ける」と言ってくれた。
そして、「他者を殺める役目を担うのは自分である」とも言った。
それは恐らく、少しでも私の罪の意識を和らげる為の発言か。
他者を蹴落とさねばならない聖杯戦争において、あくまで汚れ役は自分が引き受けるという意思表示か。
しかし、そのランサーを従えるのは自分自身だ。
自分が殺人を犯しに行くのと――――きっと、変わらない。
底抜けに明るいペレさんとの会話を挟んだことで、少しだけ冷静になれた。
だから改めて、冷静に考えてみようと思える。
私は、殺人者になるのだろうか。
サーヴァントを使って他者を殺すことになるのだろうか。
――――――『彼ら』の時は、どうだったか。
あの時は『彼らは人間ではない』『動いているだけの死体だ』と思い込むことで誤摩化した。
元は人間だった―――――その事実から目を逸らすことで、彼らを傷付けることが出来た。
だが、これから戦うことになるのは紛れもなく人間だ。
他のマスターは、何を考えているのだろうか。
もしかしたら、自分のように迷い続けている者が他にも居るのだろうか。
あるいは、譲れない願いの為に覚悟を決めた者も居るのだろうか。
願い――――――そうだ。
私達は、願いを叶える為に戦うことになる。
私の願いは。
元の平和な日常を取り戻すこと。
『彼ら』の存在を消し飛ばして、何もかも元通りにすること。
―――――――由紀先輩。胡桃先輩。悠里先輩。
あの破滅的な世界で出会った、先輩たち。
学園生活部の部員として共に過ごした、仲間たち。
全てを元通りにしたら、先輩たちとの思い出も消えてしまうのだろうか。
苦しくも楽しかったあの日々は、全部嘘になってしまうのだろうか。
……いや。
だからと言って。
全てを解決する為の手段が目の前に在るというのに。
それから目を逸らして、破滅した世界を受け入れるのは正しいのか。
きっと、違う。
平和な世界の方が、いいに決まっている。
日常を亡くす必要なんて無い。
死と隣り合わせの日々を過ごす必要も無い。
それがいい。いいに決まっている。
全て元通りにすれば、圭だって――――――
「あ」
「あ」
交差点で、右側の道路から現れた誰かとぶつかりそうになった。
私は咄嗟に足を止め、その場で謝ろうとしたが。
『誰か』も私も、きょとんとした顔のまま動きを止めてしまう。
お互いにまじまじと顔を見つめる。
微妙に気まずい空気が流れる。
…………何だろう、これ。
今の状況に我ながら呆れつつ、私は『誰か』に声をかけた。
誰か――――――否。
この人は、私の見知った人物だ。
「……おはようございます、先輩。雪が降ってても走り込みするんですね……」
「あっ……おはよ。まあ、そんなとこかな……あはは……」
彼女は、胡桃先輩。
元の世界では―――――学園生活部の先輩だ。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
雪混じりの風が吹きすさぶ。
霊体となった身では、その冷たさを感じ取ることも出来ない。
雪景色に埋もれた街を見下ろしつつ、ランサーは霊体化した状態で跳ぶ。
建物の上から、建物の上へと。
跳躍を繰り返し、空を駆け抜ける。
建物の屋根。道路の端。人々が歩く歩道。
至る所に雪が積もっており、街並を白化粧で飾っている。
――――――白銀に染まったマウナ・ケアの山頂を思い出す。
彼が治める島において、雪とは珍しいものだった。
常に暖かい気候に覆われる『ハワイ』に、このように凍えるような冬は訪れなかった。
思えばペレ様は雪が嫌いであったな、と彼は思い返す。
雪の女神ポリアフとの交戦を繰り返し、その都度敗北してきた苦い経験があるからだろう。
雪が降り始めた先日、ペレ様の雪の女神への愚痴に長々と付き合わされたことを思い出して苦笑する。
しかし、彼の国では滅多に見られなかった気候であることも確かだ。
ましてやこのような光景など、見たことが無かった。
街全体が雪に覆われ、白銀の世界を形作っている。
それはある種、未知の情景と言ってもいい。
彼―――ランサーは、目の前に広がるそんな光景に感嘆を覚えていた。
一種の感動を改めて感じていた。
されど、感慨に耽っているばかりではいられない。
自分にはやるべきことがあるのだから。
そう思い、ランサーは前方の『それ』を見据える。
(魔術師の使い魔、か……)
彼が追いかけていたもの――――それは鳥だ。
否、ただの鳥ではない。
その身に魔力を帯び、『干涸びた肉体』を持つ奇怪な鳥だ。
『……問おう。お前が余のマスターか?』
始まりの夜の出来事が、脳裏を過る。
ランサーは現界を果たした夜、異形の獣に襲われていた美紀を助けた。
あの獣は恐らくどこぞのキャスターが召還した使い魔だろう。
犬のような姿をしたあの獣は、高い身体能力と獰猛な攻撃性――――――それらに不釣り合いな『干涸びた肉体』を持っていた。
まるで防腐処置を施した死体のように、あの獣の肉体は厚みを失っていた。
そして、目の前で羽搏く『鳥の使い魔』もまた、あの獣と同じように。
その肉体が『干涸びていた』。
羽毛の多くが抜け落ち、翼も貧相。とても飛べるとは思えない姿であるが、確かに飛んでいる。
魔術で肉体を操り、擬似的に飛翔しているのか。
魔術的な使い魔であることは明白だろう。
鳥が放つ魔力は極めて微弱であり、通常ならランサーが存在に気付く可能性は低かった。
探知能力に長けるサーヴァントなら兎も角、ランサーにそのような技能は無いのだから。
しかし、鳥は『自ら』ランサーの前に姿を現した。
数分程前、ビルの上で実体化し周囲の様子を見ていたランサーの前に鳥の使い魔は現れた。
その後まるでランサーを誘い込むかのように南の方角へと飛翔を始めたのだ。
(恐らく余を案内しているのだろう)
跳躍を続けながら、ランサーは思う。
罠―――――ではないだろう。
使い魔が堂々と姿を現し、堂々と誘い込んでいる。
余りにも露骨な行動だ。
罠として考えれば軽卒過ぎるし、単純にも程がある。
恐らくは別の目的で案内している。
例えば、自身との接触の為。
そしてランサーは跳躍の末、雪原へと降り立つ。
其処は深い森のすぐ側、人々も余り寄り付かない町外れの地。
近くでは『幽霊屋敷』の存在が噂されるという。
ランサーは尚も飛翔を続ける鳥の姿を見据える。
鳥は霊体化したランサーの気配を感じ取りつつ――――森の中へと飛んでいく。
鬼が出るか、蛇が出るか―――――。
あるいは、それ以外の何かか。
罠の可能性は低いにせよ、ランサーは警戒を怠らずに鳥を追いかける。
深い森が続いていた。
立ち並ぶのは鬱蒼とした木々。
時には木の枝から雪が落下し、地面の白い絨毯と一体化する。
除雪すら行われない森の中で、雪は雑多に積もり続けていた。
白く染まった世界が、延々と広がっている。
そんな森の中、冷えきった風を突き抜けるように鳥は飛び続ける。
ランサーがそれを追い続ける。
そして――――――鳥の動きが、変わった。
森の中での飛翔の最中。
突如としてその場で方向を転換し、近くの木の枝の上に泊まったのだ。
ランサーは疾走を止め、鳥を見上げる。
霊体化を解き、実体となって鳥を見据える。
ランサーは既に感付いていた。
近くに、『何者』かがいる。
あの鳥とは別種の魔力と気配が感じ取れる。
鳥の使い魔の役目は、その『何者』かと自身を引き合わせることだったか。
そして―――――『何者』こそが、鳥の使い魔を飛ばした張本人か。
ざく、ざく、ざく―――――。
一歩一歩、雪で埋もれた地面を踏み頻る音が響く。
ランサーが音の方へと視線を向ける。
『人影』が歩み寄ってきているのが見えた。
その者は森の奥底――――木々の隙間から現れるように、ランサーの前へと姿を見せる。
「――――待っていたぞ、槍兵よ」
.
現れたのは、奇妙な装いの男だった。
その右手には杖が携えられており。
衣を纏っていない上半身は金色の装飾で着飾られ。
そして、『古びた布で頭部を覆い隠している』。
それ故に素顔は見えず、表情は伺えない。
だが、その身からは明らかに魔力が感じ取れる。
人間とは明らかに異なる気迫を、その身に纏っている。
ランサーにとって確かに解ること。
それは目の前に立つ男が人間ではないということ。
自分と同じ『座』に召し上げられし英霊――――――サーヴァントである、ということだ。
布によって頭部を覆い隠しているのは、『顔を視るだけで真名を看破できる英霊である』ということなのだろうか。
「『魔術師』の使い魔にしては随分と目立ちすぎていると思ったが、やはり余を誘っていたという訳か」
「如何にも。察し通り、我はキャスターのサーヴァント……其方と相見えたいと思っていた。
我が僕の『目』を介し、其方の存在を知っていたが故に此処まで誘い込んだ」
「僕、か……その件で一つ聞かせて貰いたいのだが、構わぬな?」
キャスターが、静かに頷く。
ランサーには気になることがあった。
それは使い魔のことだ。
先程まで自身を案内していた使い魔へと視線を向ける。
干涸びた肉体を持った鳥が、木の枝の上で静止を続けている。
『ランサーが召還された夜』に美紀を襲った獣もまた、干涸びた肉体を持っていた。
そのことを追憶しつつ、ランサーが口を開いた。
「あの夜、『干涸びた獣共』を差し向けたのはお前であろう」
「……如何にも」
ランサーの一言に、僅かな間を置いてキャスターが頷いた。
そしてキャスターが杖を僅かに動かすと、近くの木の陰から『獣』が姿を現す。
干涸びた貧相な肉体。四足の脚。鋭い牙。飢えた瞳。
その姿は宛ら、犬のミイラ。
狩りの為に生み出された屍獣とでも形容すべき人外の者。
その名はチズム。
古代エジプトにおいて様々な階級の人々に飼い馴らされ、狩猟の為に利用された犬種。
それがミイラの使い魔として召還され、神秘の属性を帯びて現界しているのだ。
ランサーはその獣を知っていた。
彼が聖杯戦争に召還されたあの夜――――美紀を襲い、後に群れをなして姿を現した『獣』。
キャスターの傍で唸り声を上げるミイラ犬は、あの夜の獣そのものだったのだから。
――――――余談であるが、ミイラとは何も人間だけがなるものではない。
紀元前の古代エジプトでは多くの動物が神聖視された。
人々を病気や悪霊から守護する神バステトは猫の頭部を持ち。
知恵を司る神トトは鴇の頭部を持つ。
エジプトの人間にとって、動物とは神の化身だった。
それ故に彼等は動物の死骸をミイラとして保護し、丁重に埋葬していた。
当然、鳥や犬もその対象に含まれる。
キャスターは本来ミイラ作りを司る神であり、サーヴァントとなった今はミイラを模倣した使い魔を召還する術を持つ。
人間のミイラを使い魔として呼び出せるのだから、獣のミイラであっても呼び出せて当然であるのだ。
「成る程……ならばお前が余の存在を知っていたのも頷ける。
先程の鳥のような偵察の使い魔を用い、『あの夜』の出来事を把握していたという訳か」
「然り。其方の戦いを見させて貰った。
あの膂力に加え、我が僕達を焼き付くした紅蓮の奔流。相応の力を備えた英霊と見る」
キャスターの発言に、ランサーは僅かに警戒する。
紅蓮の奔流――――火山の怒りを再現する宝具「大地の怒り、加護受けし者の槍を此処に(イヘ・ペレ)」のことだろう。
それについて言及したということは、彼は間違い無く宝具を解放する瞬間を見ているのだ。
つまり、あの一連の戦闘に顛末は間違いなく把握している。
恐らく、マスターである美紀も確認している筈だろう。
警戒せねばならぬとランサーは心中で思う。
「余の主を仕留めんとした者が余を誘い出すとは、随分と大した度胸であるな」
「確かに、あの時は我も其方の主を殺そうとした。
勝ちに焦る余り、敵を叩くことを急いてしまったのだ。
然れど我は所詮魔術師、真っ当な英霊と正面から戦える身ではない……」
「だから、手っ取り早くマスターを狙ったという訳か」
「然り。あの夜の一件は我の咎……すまなかった。非礼は詫びさせて頂く」
キャスターが俯き気味に謝罪の言葉を述べる。
マスターを狙ったのは、聖杯戦争の序盤で勝ちに焦ったが故。
そう語るキャスターを暫しの間見つめ、ランサーは答える。
「構わぬ。これは英霊を従えし者達が覇を競い合う聖杯戦争。
勝つ為の策を講じることは当然であり、お前はサーヴァントとしての使命を果たそうとしただけだ。
我が主を狙ったことは不届きではあるが、憎みはしない」
「……忝い、ランサー」
これはあくまで戦争であると、ランサーは認識している。
複数の主従が入り乱れ、奇跡の願望器を巡って争うのだ。
その為に様々な手段を講じることは何らおかしくはない。
敵に勝つ為に、あるいはマスターの為に策を練るのは当然だ。
故にキャスターを責めはしなかった。
「して、其方は何の為に余を誘い込んだ。よもや立ち話をする為ではなかろう」
「そうだな……無礼は承知の上であるが、本題を謂わせて貰おう。
我はキャスターのサーヴァント。小細工こそ得意ではあるが、戦いは不得手の身。
直接の戦闘に於いては不安要素が残る……故に同盟者を欲している」
「余と同盟を結びたい、ということか」
「左様。とはいえ、常に協力を求めるというつもりは無い」
少し間を空け、キャスターは言葉を紡ぐ。
「守るべき盟約は『我らが主従に手を出さず、不利益となる行動も可能な限り取らないこと』――――――それだけで構わぬ。
その代わり、我は使い魔によって得た『情報』を与える。其方には先鋒として動いて貰いたい。
戦闘能力に長ける三騎士と言えど、偵察や監視に於いては其方も不得手であろう?」
故に、偵察の術を持つ自分と組むことは得だ。
そう言いたげにキャスターはランサーを見据える。
確かに彼の言う通りであると、ランサーも半ば認める。
ランサーはこれまで自らの足で各地を偵察してきたが、やはり限界がある。
たった一人では索敵の範囲も限られる上、霊体化では隠密性にも不安が残るのだから。
「しかし、余にキャスターであるお前を見過ごせと言うのか?
キャスターとは陣地形成を得意とし、長期戦になる程に優位に立てると聞く」
「三騎士である其方には敵わぬ。それに、其方と我はそもそもの相性が悪い。
幾ら使い魔による軍団を築いても、其方が操る紅蓮の奔流の前には全て焼き尽くされてしまうのだからな」
懸念を指摘するランサーに対し、キャスターはきっぱりと言う。
対魔力を備える三騎士という相性に加え、悪しき軍勢を焼き尽くす宝具。
それらを持つランサーには敵わぬことをキャスターが認めたのだ。
キャスターとしては『自身を見過ごした所でランサーに大きな不利益は無い』とアピールしたかったのだろう。
だが、ランサーはそんな彼の意図を鋭く見抜く。
(――――――やはり、少なからず余を恐れているということか)
ランサーはキャスターの態度から、自身への『警戒』を見出した。
彼は『自身の代わりに動くものが欲しい』と言っていたが、その本心は恐らく違う。
この同盟の目的は、キャスターが警戒の対象であるランサーとの衝突を可能な限り避けることだ。
その為に偵察の使い魔による情報提供と言った材料を使い、ランサーに対する得を提示した。
聖杯戦争序盤から強者と潰し合うことを回避しつつ、『ついで』に同盟者として利用する。
キャスターの意図はそんな所だろうとランサーは推測する。
マスターである美紀の存在を把握しているのに攻撃せず、同盟を持ちかけてきたのもその証拠だ。
あるいは美紀の傍に居るペレが何かしら能力を持っていることを警戒しているのか。
とはいえ、キャスターとて何らかの宝具を持っている筈だ。
戦における真の切り札とは敵に易々と見せるものではないのだから。
故に慢心はせず、警戒は怠らない。ランサーは心中でそう決める。
「それに、我は既に『情報』を得ている。其方にとっても有益であろう」
―――そして、キャスターが同盟の為の『もう一つの札』を切ってきた。
「……何の情報だ?」
「『討伐令』を下された、あの二組の主従についての情報だ」
ランサーが目を見開く。
殺戮を繰り返し、討伐の対象となった二組の主従。
彼等に対する情報を持っているというのだ。
そしてキャスターは、それらについて語り出す。
――――――獣のバーサーカーは、まず人間の『頭部』を喰らう。
――――――時には異様なスピードで捕食を成立させる。
――――――まるで『噛み付く前に』『頭部を噛み砕いた』かのように。
――――――道化師のバーサーカーは、『変化』する。
――――――様々なものを具現化し、殺人に用いる。
――――――具現化されるものに共通されるのは『人々が噂していたもの』。
主催から送られていた手紙にも犯行について記されているものの、『具体的な能力』に関しては余り言及されていない。
しかし、このキャスターはある程度とはいえそれらについて把握していたのだ。
使い魔の類いによって索敵をしたのか。あるいは、別の何かを利用したのか。
どちらかは解らない。出任せの可能性も考えたが―――――この場で嘘を吐くとも思えない。
同盟を結ぶ以上、口八丁の情報で誤摩化すようなことをすれば後々不利になるのだから。
意図的に情報を隠す可能性は否定できないが、同盟を組む為の交渉の段階で嘘の情報を流すのは考えにくい。
まずキャスターは「ランサーが召還された夜」のことを把握していた。
そして微弱な魔力しか感じ取れず、ある程度ならば隠密行動に利用できる鳥の使い魔を操ることが出来ていた。
つまり彼が使い魔を偵察や監視に用いることは間違い無く可能なのだ。
故にキャスターが得として提供する『情報』には、一定の信用が置ける。
更にあの夜に獣を複数放っていたことからして、複数の偵察を街に放つことも可能だろう。
少なくとも、槍兵であり隠密行動に向いていない自身が単独で動き回るよりも遥かに効率的に情報を集めることが出来る。
ランサーはそう考えた。
「成る程、お前の情報網は確かなものであるようだな……」
交渉や戦闘に関して、ある程度はマスターから判断を任されている。
美紀はランサーを信頼し、彼の裁量による事態の対処を許しているのだ。
故にランサーは答える。
キャスターの提案に対し、返事を告げる。
「……いいだろう、お前と組もう。だが、一つだけ確認させてほしい」
◆◆◆◆
◆◆◆◆
「おーい、買ってきたぞー」
「あ、どうも」
戻ってきた先輩を見て、ぺこりと礼を言う。
その両手に握られてるのは二つの暖かい缶コーヒー。
先輩が近くの自販機へと赴いて態々買ってきてくれたのだ。
住宅街の傍らに存在する小さな公園。
屋根付きの簡素な休憩所にて、私は腰を下ろしていた。
胡桃先輩はよいしょ、と言いながらベンチに腰掛ける私の隣にぽすんと座った。
「ほら」
「ありがとうございます。……それじゃ、頂きます」
先輩から缶コーヒーを受け取る。
ほかほかとした温もりが掌に広がる。
ああ、あったかい。
ほっとするなあ。
そんなことを暢気に考えながら、蓋を引っ張って飲み口を開ける。
やはり雪が降るような寒い日には温かいコーヒーが一番である。
両手で挟むように持ったコーヒーをごくごくと飲みながら、しみじみと思う。
――――――はぁ。ついほっとした一息ついてしまう。
「それにしても先輩、まだ走り込みしてるんですか?しかもシャベル背負って」
「あー、まーな」
「変人だと思われますよ」
「いーんだよ。シャベルはこう……相棒みたいなもんだからさ」
「はぁ……」
同じようにコーヒーに口をつけていた先輩に話し掛ける。
この冬木市において、自分と胡桃先輩の関係はよく解らない。
一応学校の先輩後輩の関係であることは確かだ。
しかし、別に部活動で一緒だったとか、共通の趣味があったとか、そういう訳でもない。
ただ何となく知り合って、いつの間にか親しくなっていたらしい。
腑に落ちないかもしれないが、そんな所である。
「えっと、確か陸上部はもう引退したんでしたよね」
「うん、もう三年だしな。だから走り込みはただの日課。
あんまりダラけてると身体鈍っちまうからなー」
胡桃先輩は既に部活動を引退している。
なので走り込みで体力を付ける必要は無いのだが、どうやら日課として行っていたらしい。
確かに日常的に身体を動かして健康な肉体を保つのはいいことである。
――――――だからと言って、雪の日でも走るのはどうなのかと思うが。
「そういえば、結局OBの先輩とは上手く行ったんですか?」
「あー……いや、全然……」
「先輩、男勝りなのに意気地なし……」
「う、うるさい!ほら、その……色々あんだよ!」
逞しくて男勝り、活力に満ち溢れてる。
でも、密かに女の子らしい一面も持ち合わせている。
この世界の胡桃先輩も、どうやらそんな感じらしい。
それにしても、OBの先輩に想いを寄せているだなんて。
こういう可愛らしいところがあるのが先輩らしいな。
そんなことを思い、自然と口元に微笑が浮かんでしまう。
「ふふっ……」
聖杯戦争について考える筈だったが。
気が付けば、こうして先輩との時間を過ごすことになっていた。
今まで送ってきた毎日と比べれば。
ほんのちっぽけで、短い時間に過ぎない。
それでも、ここには安息があった。
ゾンビとか、死ぬこととか、そういうのとは無縁な日常がある。
裏では戦いがあるとしても。
ここが聖杯戦争の舞台であっても。
それでも、ここには人々が暮らしている。
死の瀬戸際で必死に生きる必要なんて無い。
当然のような日常を、当然のように享受している。
こうして―――――先輩とも、平和に語らえている。
そう思うと、何だか気が安らいだ。
顔を赤くした先輩が、ごくごくとコーヒーを一気に飲み干す。
照れ隠しなのだろうか。
やっぱり可愛らしくて、微笑ましくなる。
というか、ホットコーヒーをそんなにグビグビ飲んで大丈夫なのだろうか。
そんなことを思っているうちに先輩は飲み干し、「ぷはぁっ」と声を上げる。
そして、急に先輩が黙り込んだ。
何か言いたいことがあるかのような。
複雑な心境でいるかのような。
そんな微妙な表情で、少し俯いていた。
まるで何かを思い悩んでいるかのように。
何か深刻なことを考えているかのように。
先輩は、沈黙していた。
――――――――深刻な、こと。
ふと、自分自身の顔が脳裏を過った。
聖杯戦争の手紙を見つめる自分自身の姿が、思い浮かんだ。
まさか――――――いや、考え過ぎだろう。
恐らく、自分が疲れているからそう見えただけなのかもしれない。
そう結論付けようとしたが。
「………なあ」
「何ですか」
「その、変な感じだよな」
急に先輩が話し掛けてきた。
私は、普通に返事をして。
そして、先輩が突然そんなことを言い出した。
「あたし達はこうしてのんびり過ごしてる。
いつも通りの生活を、当たり前のように送っている」
当たり前のように――――そうだ。
ここには、平穏がある。
ここには、日常がある。
私にとっての日常(ゆめ)がある。
当然だ。この世界に『彼ら』は存在しない。
いつも通りと言う、掛け替えの無い安息が――――――。
「だけど、そこから一歩踏み出した先で……何人も死んでる」
――――――ぞくり。
背筋に悪寒が走るとは、このことだろう。
先輩の一言に、私は一瞬でも震えていた。
「みんなが、このままの日常を過ごしたいって。
そう思ってても、いつかは『あっち』から来るのかな……ってさ」
何を言ってるんですか、先輩。
それじゃまるで、自分もその『当事者』だって言ってるみたいな者じゃないですか。
そう言おうとしても、声にはならなかった。
当たり前の生活をしみじみと噛み締めていて、このまま日常を過ごしたいと思って。
でも、いつかは訪れるかもしれない『現実』を理解して憂いている。
それじゃ、まるで―――――私と同じじゃないか。
先輩は、何でそんなこと言ってるんですか?
どうして、そんな切なげな顔をしているんですか?
思い悩んでいるみたいじゃないですか。
私の心中で幾つもの疑問が浮かぶ。
まるで先輩が何かを抱え込んでいるかのように見えてしまう。
先輩と私が、『分かたれてしまう』かのような。
そんな恐怖を、感じてしまう。
――――否、違う。
そんな筈は無い。そうだ。
先輩はただ、『人食い事件』のような巷を騒がせる事件についてちょっとぼやいてみただけだろう。
あの事件のせいで日常の隣で死者が出ているのは確かなのだから。
『あっち』から来る、というのも。
平穏に暮らす人々を犯人が脅かしてしまうという事実を、憂いているだけだ。
きっとそうに違いない。
その筈だ。
そうに、決まって……。
だけど。
だけど―――――先輩は。
本当は、何を考えて。
「……あー、悪い。変なこと言っちゃったな。
あたし、また走り込みに行くわ!じゃあな!」
先輩が唐突に立ち上がり、その場から立ち去ろうとした。
まるでここから逃げるように、彼女は日課に戻ろうとする。
私はハッとして、思わず声を上げてしまった。
「先輩!」
ぴたりと、先輩が動きを止めた。
振り返り、私の顔を見つめる。
あ、と私は声を漏らしてしまう。
少しばかり、言葉を詰まらせてしまった。
だけど、だけど。
それでも一言、言いたかった。
「……どこにも、いかないでくださいね」
何故、この言葉を言おうと思ったのか。
それは元の世界で、先輩に対して言った言葉。
肉体の異変が進んだ先輩と結んだ、「どこにもいかない」という約束。
あの時の先輩はそれに応えてくれた。
可愛い後輩の為だもんな、と言って承諾してくれた。
元の世界での『約束』を、どうして此処で告げてしまったのか。
自分でも、自分が解らない。
だけど、言いたかった。
様子のおかしい先輩に。
何処か遠くへ行ってしまいそうな気がする、胡桃先輩に。
そして、少しだけ沈黙に包まれた後。
胡桃先輩は、答えた。
「いかないよ。あたしは、ここにいる」
そう呟いて、走り去って行く先輩。
その背中を、私は無言で見つめていた。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
天から降る雪を払い除けるように、走り続ける。
雪で埋もれた地面を踏み頻りながら、駆け抜ける。
日々の日課の走り込み――――――というのは、名ばかりだ。
誤摩化す為の嘘でしかない。
本当の目的。
それは、戦いになった時の為の体力作り。
殺し合いになった時にいつでも対処できる為の、訓練のようなもの。
その最中に、美紀と会うことになるなんて思わなかった。
でも、良かった。
少しだけでも世間話が出来て、ほっとした。
(心配……されてないよな)
だからこそ、気掛かりだ。
聖杯戦争。
二組の主従による殺戮。
自分の身体のこと。
そしてキャスター。
様々な事態を抱え込み、自分は少しばかり思い悩んでいた。
だから、つい零してしまったのだ。
美紀に対し、『非日常を示唆するような呟き』を。
白状すると、あたしはキャスターを避けていた。
だけど―――――自分は聖杯戦争のマスターだ。
元の平和な日常を取り戻すためにも、戦わなくちゃならない。
汚れ仕事を受け持つのは、あたしだった。
『あいつら』を薙ぎ倒してきたのは、シャベルを握ったあたしだ。
それと一緒。今回も、それと変わらない。
でも。
今度の。
敵は。
おなじ。
人――――――――――――
(――――考えるなッ!考えたって仕方無い!)
走りながら、あたしは頭の中に浮かび上がった言葉を振り払う。
そんなこと、考えてたって仕方無い。
そもそも既に人間は死んでる。
あの人食いやピエロの騒動で解った筈だろ。
聖杯戦争に巻き込まれて、沢山死んでるんだよ。
だから、遅かれ早かれ、この町では誰かが死ぬ。
日常なんてものは、嘘偽りでしかない、
ここは――――――戦場だ。
(くそ、くそ―――――――)
歯を、食いしばった。
そう考えなければやっていけない自分に、嫌気が差した。
はぁ、はぁ、と走りながら息を吐く。
―――――――しかし、その息は無色だ。
震えるような気温であるにも関わらず、吐息が白くならない。
先日、家で体温を測った時も、異常なまでの低温を叩き出した。
自分の身体の異変からは、最早目を逸らせない。
相手は自分と同じ人間だと、先程は思った。
しかし、だけど、されども。
今の自分は本当に、にんげんと言えるのか。
脳裏を過る、キャスターの軍勢。
彼が従える無数の人面鳥―――――死者の魂。
そして、干涸びた死体の従者たち。
お前はあいつらの同類だ。
お前に帰る場所なんか無いぞ。
お前は死者の群れを形成する一匹に過ぎない。
どこからか、そんな囁きが聞こえてくるような気がしてきた。
だけど、あたしはそれを振り払う。
振り払わなくちゃ、立っていられない。
自分は、ここで止まりたくはない。
そうだよ。
どこにもいかないって。
かわいい後輩と、約束してるんだから。
脳裏に刻まれた『元の世界』での記憶を思い起こし、あたしは走り続ける。
この戦いに勝つ為に。勝ち残って、生きて帰る為に。
『……どこにも、いかないでくださいね』
あの公園で、美紀は『元の世界』と同じように。
あたしに、そう言ってきた。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
「……いいだろう、お前と組もう。だが、一つだけ確認させてほしい」
ランサーの一言に、キャスターが耳を傾ける。
同盟は成立、だが一つだけ確認したいことがあると言う。
一体何なのかと思った矢先。
「あの夜、お前の使い魔である獣共は我がマスターを襲った」
「ああ……その通りだ」
「お前は敵マスターを狙い、獣共を街に送り込んだ」
「ああ―――――――――」
「―――――――――いいや、違うな」
ランサーの一言。
それが、キャスターの返答を遮った。
彼を見据えるランサーの表情は、険しく。
そして、キャスターを糾弾するかのような眼差しで見据えていた。
「『敵マスターを仕留める為に使い魔を差し向けた』とお前は言っていた。
成る程、確かにあの獣は我がマスターを狙っていた。それだけならば解らなくもない」
キャスターは先程そう言及していたと、振り返る。
彼は敵を倒すことに焦り、マスターに襲撃を仕掛けてしまったのだと。
そう語っていた。
だが。
「では、あれだけの頭数を揃えていたにも関わらず―――――
何故『一頭のみ』でマスターに襲撃を仕掛けた?」
ランサーの一言に、キャスターは何も返さない。
無言を貫く彼に対し、更に言葉を続ける。
「マスターを確実に仕留めたいのならば『初めから』群れを成して襲い掛かればいい。
戦に於いて、数の利とは覆し難い力なのだからな。
だが、獣共はそうしなかった。何故か一頭がやられてから初めて他の獣共がぞろぞろと姿を現した」
あの夜、美紀は獣に襲撃された。
しかし最初に美紀を襲った獣はたった一匹のみ。
獣の断末魔を聞いて、初めて他の獣も姿を現したのだ。
おかしい。奇妙な話だ。
『敵マスターを始末する為に』大軍で町に送り込まれたというのに、何故最初に一匹だけで襲撃を仕掛けたのか。
あの一匹が美紀を攻撃していた最中、他の群れは何をしていたというのか。
偵察に送り込まれていた個体が獣の死を感知し、一同に集まってきたか?
あるいは一匹の獣が襲撃している間、周囲の警戒に当たっていたのか?
いずれも違う。
偵察や周囲の警戒に用いるのならば、鳥の使い魔のみで十分。
狩猟用の獣の群れを見張りにする必要など無い。
そもそも、あの時現れた群れは『ペレが対軍宝具を使うことを提案する程の大軍』だったのだ。
マスター殺害を目的としているのに、彼らを何故マスターの攻撃に用いない。
敵サーヴァントを警戒して斥候として一匹のみを送り込んだにしても中途半端すぎる。
初めから大軍で押し寄せ、物量で仕留めに掛かる方がまだ理解できるのだ。
そう、あの夜の出来事は不自然な点が多すぎた。
これらのことから、ランサーはある推測を立てた。
キャスターは嘘を吐いている。
本当の目的を話していない、と。
「あの獣共は我がマスターを狙って差し向けられたのではない。
お前が獣を放った真の狙いは―――――――『無差別な殺戮』であろう」
―――――キャスターが、布に覆われた『仮面』の下で。
目を見開き、驚愕していた。
「あの獣共は殺戮の為に周囲に散らばっていた。
その内の一頭が『偶然』我がマスターを発見して攻撃し、余に倒された。
そしてその一頭の断末魔を聞き、他の獣共が異常を察知し……群れを成して戻ってきた。
大方、そんな所か」
そう考えれば、まだ納得は行く。
彼らは無差別な殺戮の為に町へ送り込まれていた。
その一匹が偶々美紀を発見し、攻撃した。
無論、マスターであることなど知らぬまま。
しかし直後にランサーが現れ、獣を倒した。
それで『獲物』を探していた他の個体が異変に気付き、大挙してきた。
これがランサーの推理だった。
キャスターが吐いた『マスターを狙った正当な戦い』という嘘を見抜くロジックだった。
沈黙が、場を支配する。
暫しの間、二人が睨み合う。
吹き荒ぶ風と雪が、二人の身を撫でる。
そして、キャスターが僅かに俯いた。
くく、と僅かな笑いの声を漏らしながら口を開く。
「随分と饒舌に語るものだな、槍兵よ。
ならば、何故我は裁定者に目を付けられていない?
あの二組の主従は殺戮を繰り返し、討伐令を下されていたであろう」
「裁定者に警戒される前に、お前が殺戮を必要としなくなったからだ。
お前の代わりに『殺戮』を行う主従……つまりあの二組が現れた」
ランサーは即座に答える。
現代にはテレビと言う文明の利器があることは聖杯の知識で知っている。
そしてランサーは先日マスターの自宅で報道番組を視聴し、あることを知った。
『人食い事件』最初の被害者は、ランサーが召還された翌日に殺害されたとされること。
つまりマスターである美紀が獣に襲われた翌日から人食いは始まったのだ。
「獣の使い魔を目にしたのはあの日……余が召還された夜のみだ。
以降は『何故か』一度たりとも姿を現すことがなかった」
『干涸びた犬の使い魔』が現れたのは、ランサーが召還されたあの夜のみだった。
以後は町の探索を行っても一切目にすることもなく、被害の痕跡が見つかることもなかった。
『道化師』や『人食い』による被害の痕跡は幾度と無く見つかったにも関わらず、だ。
それは何故か。
優れた隠蔽能力を持っていたから―――――――否。
あれだけの数の獣共の痕跡を隠し通すのは不可能に近いだろう。
『人食い』に紛れて襲撃を行っていたから―――――――否。
彼等が目をつけられているのだから、キャスターが目をつけられぬ筈が無い。
では、何故なのか。
恐らく、あの夜だけだったのだ。
キャスターが殺戮を行おうとしたのは、あの一夜だけだったからだ。
ならば、何の為に。
「使い魔を介した魂喰い、あるいはそれに類する行為」といった可能性も考えられたが、それは違う。
魂喰いを行うということは慢性的な魔力不足に陥っているということだ。
ならば以後も魂喰いを続ける必要があるし、そもそも魔力が足りない時に『戦闘能力を持った獣を大勢使役する』というのも可笑しな話だ。
それでは魂喰いをしたところで魔力の消費と回復の差し引きが割に合わないだろう。
ならばキャスターの殺戮の動機は、恐らくスキルや宝具に由来することだと推測できる。
使い魔による殺戮を行う必要があった。
その翌日に他の殺戮者が現れた。
以来、自分で殺戮を行う『必要がなくなった』。
そしてキャスターは擬似的な死者(ミイラ)を使役しており、恐らく『死』と何らかの縁がある英霊である。
これらの仮定から、ランサーはキャスターの思惑を探り当てた。
「お前は『死という事象』あるいは『死者の魂』に干渉し、自らに有利なものを得る能力を持っているのだろう。
事象か魂に干渉することが能力の本質であるから、他者が殺戮を行えば自ら手を下す必要が無くなる。
そして十分な利益を得たか、あるいは殺戮者への討伐令をきっかけに彼等への見切りをつけ、他の参加者との同盟構築へと移行した――――――違うか?」
キャスター――――――アヌビスのスキル『死の守人』。
それは会場内の死者の魂を自身の陣地まで引き寄せ、魂の記憶を読み取る能力。
何故キャスターが討伐対象の主従の能力をある程度掴んでいたのか。
彼等の犠牲となった者の魂を陣地まで引き寄せ、記憶を読むことで犯行の瞬間を『見聞き』したからだ。
そして宝具『彼の者は屍守の冥王(ンブ・ター・ドジス)』。
それは陣地内に存在する魂の数だけ自身の魔力値にボーナス補正が掛かる効果を発揮する。
この二つこそキャスターが殺戮を行おうとし、そして中止した理由だ。
キャスターは自身の宝具を機能させる為の『魂』を得るべく、殺戮を行おうとしていた。
だが、殺戮者が他にも現れた。それも二組だ。
街に放った鳥のミイラの使い魔による偵察、そして彼等の犠牲となった死者の魂の記憶を読んだことでそれを知ったのだ。
彼等が殺戮を行って死者を増やすたび、自動的にそれら魂はキャスターの陣地へと引き寄せられる。
それによってキャスターは労すること無く宝具による強化補正を得られた。
バーサーカー/ジェヴォーダンの獣は人肉の捕食によって魔力を回復するため魂喰いの必要がなく、更にマスターも殺戮を繰り返している。
バーサーカー/フォークロアは狂気のマスターと共に愉快犯的な凶行を繰り返し、時には魂喰いすらせずに殺人を行うこともあった。
それ故にキャスターは死体に残された魂を陣地へと数多く引き寄せることが可能となり、自らの手で殺戮を行う必要がなくなったのだ。
即ち。
ランサーの『推測』は、ほぼ当たっていたのだ。
彼はごく僅かな情報からキャスターの行動の動機と能力の一片を暴いてみせたのだ。
「――――――、」
キャスターは無言のまま、ランサーを見据える。
内心、僅かとは言えど―――――驚愕していた。
『民間人の虐殺』という行為は、未遂と言えど周囲からの警戒を受ける可能性がある。
聖杯戦争とは魔術師や英霊同士の戦い。
一般人を過剰に巻き込むことは討伐の対象となるのだから。
故に彼は嘘を吐いた。
既に過ぎ去り、目的を果たさずとも問題が無くなった事象を、適当な体面で取り繕った。
だが、目の前の槍兵は己の本来の思惑を見抜いてみせた。
剰え、そのことから自身の能力さえも推理してみせたのだ。
此れは最早、認めざるを得ない。
己の『負け』を。
己の『非』を。
そして、この槍兵の能力を。
「ああ――――――認めよう、其方の知を。
其方の見込み通り、我は生贄となる民を求めていた。
その為に我が僕達を一度は街に放ったのだ」
観念したキャスターは、白状した。
無論、キャスターとて討伐令は避けるつもりだった。
ある程度の殺戮を遂行した後、頃合いを見て身を引く手筈だった。
尤も、二組のバーサーカーらによって殺戮の必要すら無くなったのだが。
「して、それを暴いた所でどうする―――――此処で我に裁きでも下すか?」
「否、今はそのつもりではない。我らは仮にも盟を結んだ者同志だ。
それに、お前と組むことで得られる利も理解している。―――――だが」
瞬間。
一迅の風が吹く。
キャスターの傍にいた犬のミイラが、倒れ伏した。
その身には一閃の傷が生まれていた。
ランサーが右手に握りし槍を振るい―――――ミイラを切り裂いたのだ。
キャスターがそれを理解するのに然程時間はかからなかった。
そして掌で柄を回しながら槍を地面に突き、鋭い眼光で『王』は言い放つ。
「もし、お前が再び民を傷付けんとすることがあれば―――――――
我が槍は王の怒りを纒いし『誅罰の槍』となる。それだけだ」
それは即ち、死者の守護者に対する警告。
使い魔への攻撃は、言うなれば見せしめ。
『民草を傷付けるようなことがあれば一切の容赦はしない』。
そう印象づける為の、見せしめだ。
罪を憎み、罪に対する罰を下す『冷徹な王』としての威厳を、滲み出す。
「―――――――そうか」
キャスターはただ一言、そう答える。
淡々とした声色。布に包まれて見えぬ表情。
彼がどのような感情を見せているのか伺えない。
唯一つだけ、解ること。
それは目の前の王の威厳に対し、何ら動揺することは無かったということだ。
暫しの沈黙の後、ランサーが背を向ける。
そのまま彼は霊体化し、この場から姿を消した。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
キャスターは、ランサーが去っていったことを確認する。
既に気配はない。
森を抜けているか、相当に離れたか。
―――――真の意味で、『焦り』を覚えた。
幸い衝突を避けることは出来たが。
あのランサーは、強敵だ。
単に武勇に優れるだけの者ではない。
僅かな情報から真実を推理し、見抜いてみせる程の洞察力を備えている。
キャスターが吐いた嘘を暴き、『あの夜』の真の目的を見抜いてみせたのだ。
有能な知将か。あるいは、相当の知恵を持つ王か。
恐るべき相手であることには間違いない。
だからこそ、彼と不可侵の同盟を結ぶことが出来たのは上々だ。
ランサーとの交戦を当面の間避けられ、剰え間引きの駒として利用することが出来るのだから。
そのまま彼は、自らの顔を覆っていた布を剥ぎ取る。
黒い犬のような仮面が露となる。
アヌビスが持つジャッカルの頭部は余りにも有名だ。
一度見られただけでも真名を看破される可能性がある。
それ故にランサーとの対面時には顔を覆い隠していたのだ。
―――――仮面を外す、という選択肢は無い。アヌビスに『なりきっている』彼には『思い浮かばない』。
「―――――――、」
ふと、足下に転がる犬の使い魔を見下ろす。
ランサーの槍によって胴体を切り裂かれ、倒れ伏しているのだ。
辛うじて存在を保ってはいるものの、既に消滅寸前だ。
だが、キャスターはそんな彼を見下ろし。
そして―――――杖を構え、奇怪な呪文を唱えた。
次の瞬間。
犬の使い魔の胴体に生まれていた裂傷が、数秒足らずで塞がった。
そして使い魔は四肢を使い、何事も無かったかのように再び立ち上がったのだ。
アヌビスとはミイラ作りを司る神である。
ミイラ作りとは、即ち人体の処置に繋がる。
このことからアヌビスは医学の神としての信仰も備えている。
古代エジプトの医学は、当時としては極めて優れていた。
無論、神秘や呪術的な要素が全く含まれていなかった訳ではない。
しかしそれらを差し引いても、彼らの医療は高度なものであったとされていた。
外科手術の技能。薬局方やカルテの存在。解剖研究や内蔵の仕組みについて記された医学書の存在。
中には近代に通ずる治療法さえも確立していたという。
そんな古代エジプトにおいて、アヌビスは医学を司る神としても崇められていた。
彼は実際に人体の構造や処置についての知識も備えていた。故に、医術にも長ける。
そして彼は医術の知識を魔術に転用し、利用することで――――――他者を癒す術を行使することが出来る。
言うなれば『治癒魔術』だ。
傷を癒した使い魔の頭を撫でた後、キャスターは森の奥へと向かって歩き出す。
同盟を結ぶと言う目的は果たした。
故に再び森の最深部の陣地――――岩窟墓へと戻るのだ。
暴走を続ける二組の主従の存在にはスキルや使い魔を通じて以前から気付いていた。
しかし、敢えて無視し続けてきた。
ランサーが推測した通り、彼らの殺戮を利用していたからだ。
彼らの犠牲となった魂を陣地へと引き寄せ、自らの宝具の糧とする。
その為に彼らを無視してきた。
されど、潮時だ。
討伐令を出された以上、あの二組は集中的に攻撃を受けるか。
あるいはその動向を警戒されるだろう。
最早彼らを利用するよりも、他の主従との接触を行うことを優先するべき時期だ。
とはいえ、陣地には既に多くの魂が集まっている。
夥しい数の魂――――『人面鳥(バー)』が墓場に集っているのだ。
故に問題は無い。
キャスターが自らの能力を最大限発揮するには、十分すぎる収穫だ。
(あの槍兵と関係を結べたのは好事……然れど油断は出来ぬ)
そう、警戒は怠れない。
武力、知力、宝具――――いずれにおいてもランサーは優れた能力を持つ。
まさしく英傑と言ってもいいだろう。
更には彼と共に居た美女の能力も未知数だ。
彼の使い魔か、あるいは宝具の産物か、応えは解らぬ。
しかし警戒に値するのは確かだろう。
勝者は一組のみ。いずれランサーとは対立することになる。
真名の看破か、あるいは頃合いを見てから他の主従と結託するか。
何にせよ、奴への対策を考えるべきだろう。
既に町には複数の偵察用の使い魔を放っている。
魔力を極力まで抑え、擬似的な隠密性を獲得した鳥や鼠のミイラたちだ。
その分肉体の強度は特に低いものの、仕方のない代償だ。
キャスターは使い魔たちの視聴覚を駆使し、現代の魔術の原理で町の監視を行っている。
その存在は鋭い探知能力を持つサーヴァントには見抜かれるだろうが、並のサーヴァントでは気付かないだろう。
これらで掻き集めた情報も当然利用する。
ランサーに対する協力にもなり、そしてランサーを打倒する手段を見つける切っ掛けとなり得るかもしれないのだから。
思考を重ねながら、キャスターは森を進んでいく。
そのまま木々の隙間に紛れるように、奥へ、奥へと消えていった。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
ランサーのサーヴァント、その真名はカメハメハ一世。
彼は人類史上初めてハワイ諸島を統一した王である。
近代に活躍した英霊に分類され、彼自身の神秘の格は決して高いとは言えない。
しかし、それは彼の能力が低いことを表す訳ではない。
カメハメハ一世は優れた慧眼と人徳を併せ持つ優秀な王だ。
近代的な兵器や戦術を惜しみなく取り入れる柔軟な思考。
先進国と関係を結び、ハワイの独立を保った巧みな外交能力。
彼は武力のみならず、様々な点に於いて王としての資質を備えていたのだ。
ランサーがキャスターの嘘を見抜き、彼の当初の思惑を看破してみせたのも王としての優れた知性と洞察力があったからこそだ。
そして、ランサーが『殺戮』を行わんとしたキャスターへの怒りを見せたのは。
彼が人徳に満ちた、慈悲深き王だったからだ。
ママラホエ・カナヴィ。
其れは彼が生前に打ち立てたハワイの法。
其れは現代の人権法にも繋がる、非戦闘員を保護する為の掟。
他者を思いやり、自らを大切にせよ。
罪無き民を守り、安息を与えよ。
この法は戦闘において、老人や女子供などに危害を加えぬことを明文化した。
他の先進国が成し得ていなかった『戦わぬ民を保護する法律』を、彼は逸早く打ち立てていたのだ。
ランサーは王として、その法に籠められし意志を守り続ける。
誓いの象徴として、彼は護る為の槍を握り続ける。
(此処は彼等の土地だ。彼等の家族が住まう地だ。
我々はその大地を侵し、戦っている。故に民の命だけは守らねばならない。
罪無き人々が犠牲になることの無いよう、尽くさねばならぬのだ)
だからこそランサーは、静かな怒りを胸に抱く。
『人食いの主従』と『道化師の主従』。
彼等は聖杯戦争の参加者でありながら、戦争よりも虐殺を優先している。
罪無き人々を殺戮し、蹂躙することを繰り返している。
在ってはならぬことだ。絶対に野放しにしてはならぬ事態だ。
何も知らぬ弱者を、何の関わりもない弱者を巻き込み、踏み躙る――――――それは真に憎むべき罪だ。
(―――――――故に、余はお前達を決して許しはせぬ)
ランサーは、心中で誓う。
殺戮を続ける悪しき者達を裁くことを。
この地に住まう民を死と恐怖から護ることを。
勝つ為に策を練ることは構わぬ。
それは戦争において当然のことだ。
だが、戦争と関わることの無い民間人をその策に巻き込むなど。
ましてや、無差別に民間人を殺戮するなど―――――言語道断。
無論、キャスターから与えられる情報や周囲の状況にも注意は払う。
そして己のマスターの意思も尊重する。
無鉄砲に正義を振り回すつもりはない。
されど、この『怒り』そのものを絶やすことは決して叶わぬだろう。
彼が善性の英雄であり、人徳に満ちた人物であるからこそ。
そして。
何よりも。
――――――――王であるが故に、民の蹂躙に怒るのだ。
見守ろう。
老人、女子供、全ての無辜なる者達が。
死や隷従に怯えることなく、安らかに暮らせるように。
【深山町 住宅街/1日目 早朝】
【直樹 美紀@がっこうぐらし!(原作)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]財布や携帯電話などの日用品
[所持金]一般的な学生並
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り、元の平和な世界を取り戻す。
1.胡桃への心配。
2.戦略などの方針はランサー(カメハメハ)に任せるが、必要があれば協力。
3.他のマスターのことは……
[備考]
※参戦時期は単行本6巻、第33話『ひみつ』終了時点です。
そのため元の世界での胡桃の異変を知っています。
【恵飛須沢 胡桃@がっこうぐらし!(原作)】
[状態]健康?、精神的疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]スコップ(当然のように背負っている)、財布や携帯電話などの日用品
[所持金]一般的な学生並
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り、元の平和な世界を取り戻す。
1.キャスター(アヌビス)と連絡を取る?
2.他のマスターのことは……なんとか、割り切る。割り切らなくちゃ。
[備考]
※参戦時期は単行本6巻、第33話『ひみつ』終了時点です。
【深山町 町外れ/1日目 早朝】
【ランサー(カメハメハ一世)@史実(19世紀ハワイ)】
[状態]健康
[令呪]
[装備]無銘・槍
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守り抜く。
1.無辜の人々を脅かす『道化師』と『人食い』は倒す。
2.情報を咀嚼し、他の参加者の動きにも注意を払う。
3.キャスター(アヌビス)との契約は守るが、民間人に危害を加えた場合はその限りではない。
[備考]
※キャスター(アヌビス)と不可侵の同盟を結びました。内容は以下の通りです。
1.ランサーはキャスターに手を出さない。不利益となる行動も取らない。
2.その代わりキャスターは偵察の使い魔によって得られた情報をランサーに提供する。
※キャスター(アヌビス)からジョーカー主従、滝澤主従の犯行に関する情報を得ました。
【深山町 町外れの森(最深部・岩窟墓)/1日目 早朝】
【キャスター(アヌビス)@エジプト神話】
[状態]健康、魔力潤沢
[令呪]
[装備]ウアス、
[道具]仮面を覆い隠す為の布
[思考・状況]
基本行動方針:異教の概念を淘汰し、古代エジプトの信仰を蘇らせる。
1.使い魔を用いて偵察。ランサー(カメハメハ)にも定期的に情報を提供する。
2.今後の為にランサー(カメハメハ)への対策も考える。
[備考]
※ランサー(カメハメハ一世)と不可侵の同盟を結びました。内容は以下の通りです。
1.ランサーはキャスターに手を出さない。不利益となる行動も取らない。
2.その代わりキャスターは偵察の使い魔によって得られた情報をランサーに提供する。
※鳥やトガリネズミのミイラを偵察の使い魔として各地に放っています。
※医学の神としての技能を魔術に転用し、治癒魔術を行使することが出来ます。
※直樹美紀&ランサー登場話『わたしたちは此処にいます』で登場した獣はキャスター(アヌビス)が宝具で召還したミイラの使い魔でした。
投下終了です
滝澤政道&バーサーカー(ジェヴォーダーンの獣)、安部菜々&ランサー(長兵衛)
予約します
すいません、奈々さん予約されてましたね
奈々さんをやめて
滝澤政道&███(ジェヴォーダンの獣)、神谷奈緒&セイバー(源頼政)で予約します
>>67
投下お疲れ様です!
アヌビスもカメハメハも登場話からグッとキャラが深まった気がします。
こういうのは、史実を元にキャラクターをリレーで作っていくこの企画ならではですね。
登場話の「獣」の辻褄合わせもお見事でした。
投下お疲れ様です!
おお、カメハメハ大王……まさに統治者としてのカリスマよ……!
アヌビスの真意を見抜きながらも釘を刺す。
やだ……かっこいい……
そして前の方も言われてましたが登場話の辻褄合わせおがすごいです。
過去に遡って、しかも大王のほうのエピソードを使ってアヌビス側のキャラも深めるお見事な手前でした!
同原作マスター同士の不穏な絡みもお見事でした。
皆さん投下お疲れ様です
ウェイバー・ベルベット&アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)
新田美波&セイバー(スルト(スキールニル))
ウェカピポの妹の夫&バーサーカー(モードレッド)
予約させて頂きます
投下させて頂きます
スルトルは南からやって来る
枝に燃えたつ火を持って
剣は輝き
死者の神々の太陽は輝く
石の頂は砕かれ
そして女巨人たちは歩き出す
兵士たちはヘルから続く路を歩く
そして天は割れてしまう
――――巫女の予言 第50節
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雪が舞い、炎が踊り、稲妻が閃き、雷鳴が轟いた。
致死的な熱が交差する度、耐えかねた雪がじゅうじゅうと音を立てて蒸発する。
深夜から降り続ける雪は尚も勢いを増していたが、もはやこの場には一ひらたりとて届かない。
歌い手の為に設けられた神聖なはずの祭壇は、しかし今や完全に戦火で塗り潰されていた。
そう、それは地上で最も小規模な戦争だった。
聖杯戦争。
最高位の聖遺物、聖杯を実現させるための大儀式。
儀式への参加条件は二つ。
魔術師であることと、聖杯に選ばれた寄り代である事。
聖杯は一つきり。
奇跡を欲するのなら、汝。
自らの力を以って、最強を証明せよ。
「せ、ぇいッ!!」
「Faaaaaaaatttttttthhhhhhhhhheeeeeeeeeeeeerrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!」
「ハッハァッ!」
赤黒い炎の鎧を纏った女騎士と、真紅の稲妻を帯びた狂戦士が真っ向から激突する。
そこへ拳銃遣いが下品な笑みを浮かべながら、次々と鉛玉を叩き込む。
赤いバーサーカーは一声喚くと、鬱陶しい雨粒を振り払うように振り回した。
一歩退いて間合いを改め、すかさずセイバーが踏み込み、その燃える枝で斬りかかる。
「……ッ!?」
だがしかし、かつて世界を滅ぼした魔剣は、狂戦士の父を殺めた魔剣の前に拮抗する。
がっきと噛み合った刃と刃。セイバーが押し切らんと力を込めても、まるで微動だにしない。
衝撃の余波を受けて整然と並べられていたパイプ椅子が、木端の如く吹き飛んだ。
「こ、の……ッ!!」
ばかりか、雷電と生き物のように絡み合った劫火が、一瞬の内に電撃に飲み込まれる。
両腕にかかる重量は致命的なものであり、ついにセイバーの膝ががくりと崩れた。
バーサーカーは兜の奥でぐるぐると呻きながら、体格で勝るセイバーへ覆い被さっていく。
――マズい!
このままでは剣ごと叩き切られかねない。
セイバーの額に汗が滲んだ瞬間、一連なりの轟音が響き渡る。
「Hey! Watch Me!」
途端に軽くなった剣を手元へ引き寄せ、セイバーは後方へと飛び下がった。
バーサーカーの魔剣を弾いて拮抗状態を打ち崩したのは、言うまでもなくアーチャーだ。
正確無比な射撃を放ってのけた彼女は、立ち込める硝煙を振り払って嗤う。
「困るね、雇い主さん。死ぬならせめて、報酬払った後にしてよ」
「わかっています! それより、援護を!」
「アイ、アイ」
――このアーチャーは!
女の顔に貼り付いた、にやにやした笑みが妙に癪に障る。
慇懃なセイバーにしては珍しく、その援護に礼を述べる気が失せていた。
セイバーはアーチャーの事を努めて意識の外へ放り出し、呼吸を整え思考を走らせる。
武具の差か? 否、そうではない。神秘の格では此方が上回っている。
担い手の力量差か? それも違う。バーサーカーに技などありえない。
能力差? 互角だろう。でなくば一瞬たりとて鍔迫り合いが成立することは無い。
魔術や能力? 違う。炎も赤雷も、その本質は同じ。純粋なる魔力放出だ。
では、何故か。
本来セイバーがかく在るべしとする自分の枠は、従者(サーヴァント)である。
と同時に、その心の奥底で燃え盛る愛憎の炎は、彼女を容易く狂戦士(バーサーカー)へ貶める。
戦場経験では劣っているとしても、同じクラス適性を持つ神代の英霊である以上、それは決定的差には成りえない。
では、何故なのか。
.
「後先を考えていない……というわけですか!」
セイバーはキツく唇を噛み締めた。そうとしか考えられない。
目の前でフェンリルの如く喉を唸らせ、今にも飛びかからんとするバーサーカー。
その全身からは今も尚、赤い稲妻がバチバチと音を立てて流れ出していた。
マスターはよほどの魔力を持っているのか、バーサーカーは枯渇を危惧する様子が無い。
戦闘能力では完全に拮抗していながら、ただこの一点において、セイバーはバーサーカーに劣っていた。
もしもセイバーが同様に全身から炎を噴き上げて一薙ぎすれば、バーサーカーを退ける事は容易い。
だがそれは同時に、彼女のマスターである新田美波の全てを搾り取れば、の話だ。
魔力が枯渇し、魂を消耗した少女の末路は想像に難くない。
セイバーがセイバーである以上、これだけは絶対に譲れない一線だ。
――ミナミ……。
叶わぬ恋、報われぬ恋に身を焦がし、けれども健気に一途な思いを胸に抱きしめた少女。
守ってやりたい、救ってやりたい、恋を成就させてやりたい。
――だって私は、思い慕うことさえ許されなかったのだから。
その瞬間、セイバーの胸の内でちくりと何かが痛んだ。
羨ましい。そう僅かでも思いはしなかったか? セイバーは燃え上がる枝を握り直す。
セイバー、スキールニール、スルト。
その本質はサーヴァントであり、同時にバーサーカーだ。
故に彼女は世界全てを焼き尽くす事よりも、ただ一人の主人を思う自分を恐れている。
そしてその事に気づかぬまま、きっと彼女は世界を滅ぼすのだろう。
僅かに耳に残響する道化の哄笑を振り払い、セイバーは剣戟を再開した。
.
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コルトM1877サンダラー。
コルト社初のダブルアクション式リボルバー拳銃、41口径。
「ともかくダブルアクションは止めておけ」という創始者サミュエル・コルトの遺言を無視して制作された。
そのせいかどうか、世間からは一般的に、失敗作という評価が下されている。
そもそもダブルアクションとはなにか。
銃爪と撃鉄が連動し、銃爪を引くだけで銃が撃てる、引かなければ撃てない仕組みの銃である。
対してシングルアクションは撃鉄を起こした上で、銃爪を引かねばならなかった。
そう考えればなるほど、すぐに撃てる分良い機構に思える。
実際は、思えるだけだった。
シングルアクションならば、シリンダーが連動しているのは撃鉄の方。
故に銃爪を絞ったまま撃鉄を叩き続ければ、その分だけ連射ができる。
しかしダブルアクションの場合、シリンダーが連動しているのは銃爪だ。
銃爪を絞ったまま幾ら撃墜を叩いたところで、最初の一発以外は空撃ちになる。
ちょっと何かが撃鉄に触れただけで暴発するかもしれないシングルアクションでも、その方が良かったのだ。
ダブルアクションの重たい銃爪では、とても早撃ちはできないし、構造的に連射も不可能。
成程たしかに此方の方が暴発の危険性はないが、そんなものは初弾を抜いておけば同じこと……。
だが、コルトM1877サンダラーは幾人かの著名なアウトロー達が愛用していた事で知られている。
その理由は定かではないが、ビリー・ザ・キッドについては一つの仮説が立てられる。
後にパット・ギャレットが語ったところによれば、ビリーの手はかなり小さく華奢だったという。
コルトM1877の特徴である嘴のようなグリップは、その小さい手でも扱いやすかったのではないか?
そしてビリー・ザ・キッドとコルトM1877サンダラーを語る上で、欠かせない逸話が一つ。
ある時、ビリーのいる酒場に一人のガンスリンガーが乗り込んできた。
彼は銃把に真珠の装飾をつけている事を自慢にしており、ビリーは銃を借りて見せてもらった。
やがてビリーが席を立って酒場の外に出ようとすると、男はビリーを背後から撃った。
だが銃を借りた時にビリーはこっそり初弾を抜いており、撃鉄の落ちる音が響くのみ。
次の瞬間、ビリーは振り返りざまに男を撃ち、男は"同時に三発"眉間に受けて斃れた。
事実上連射不可能なコルトM1877サンダラーで、どうやってそんな早撃ちを可能にしたのか。
衆人環視の中で起こった出来事にも関わらず、これを説明できた者はいない――…………。
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「まったく、こうも煙が濃くっちゃね」
大嘘を吐きながらアーチャーは銃を撃ち、的確に赤雷の狂戦士へと鉛玉を叩き込み続ける。
しかし無法者21人の命を奪い取った銃弾も、しかし英霊を斃すには至らない。
着弾の衝撃を受けて姿勢を崩す事はあれど、バーサーカーは平然と剣を振るっていた。
ともあれ一瞬の隙きを突き、アーチャーはウェイバーともどもパイプ椅子の列の隙間に滑り込む。
幸いというか、バーサーカーはセイバーに一直線。
弾き飛ばされた椅子やら稲妻やらは四方八方例外なく襲うが、遮蔽を取れば会話を交わす余裕もあった。
「あ、あの胸の傷を狙ったらどうだ? あれ、見るからに弱点だろ……よし、できたぞ!」
「狙ってるんだって。ありがと」
ウェイバーから差し出された銃を受取り、アーチャーはくるりとそれをスピンさせた。
手に馴染むその銃の輪胴を、まるで男根を愛撫するかのように一撫で。初弾を合わせる。
連射についてはともかくも、右手に六発、左手に六発、こればっかりは揺るがぬ現実だ。
自分がリロードを担当することで少しは戦いに寄与できているのか、ウェイバーは考える。
――っていうか、凄まじいよな。
魔剣の類が唸りをあげて激突し、炎と稲妻が渦を巻き、魔力が嵐の如く吹き荒れる。
そこに鉛玉だけで挑むアーチャーも大概だが、もし自分と彼女だけなら、どうなっていたか。
あの炎を噴き上げながら戦うセイバー。彼女がいなければ、自分たちは死んでいた。
ウェイバーはそう考えて首を振る。自分たちではない。自分"は"だ。
英霊を前にして、人間が対等だと考えるほうがおかしい――
「見な、ウェイバー。あんだけ血がぼたぼた出てるのに死ぬ気配がまるでない。どうよ?」
「……そりゃあサーヴァントは霊核が壊されない限り、魔力があれば存在を維持できるさ」
「違うって。ほら」
ウェイバーは溜息を吐いた。
くいくいと彼女は小さな手で袖を引っ張ってくる。面白いものを見せたがるように。
アーチャーが親指で示したのに従って、ウェイバーはそっと椅子の背から様子を窺った。
――うわぁ。
成程。セイバーの剣戟で押し込まれている間、散々っぱら撃たれたのだ。
バーサーカーの腹部からは、ドロドロと絵の具のように粘ついた血が滴り落ちている。
赤い稲妻が迸り、セイバーの炎剣が襲い来る度、その血が沸々と音を立てて煮え滾る。
「Faaaaaaaatttttttthhhhhhhhhheeeeeeeeeeeeerrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!」
それでも咆哮を上げて躍りかかる姿は、まさしくバーサーカー。
サーヴァントでも血を流すんだな。ウェイバーはふとそんな事を思った。
「で、どうなのさ? っと、ほら危ない!」
「わ、ぷ!?」
吹き飛んで来た椅子を前にアーチャーからぐいと引っ張られ、ウェイバーは堪らず倒れ込む。
柔らかな感触。肉のぬくもり。彼女の胸元に顔を押し付けていると気付き、彼は慌てた。
ふと昨晩の夢の記憶が蘇る。女を抱いた――抱いていたらしい、おぼろげな残り香。
それがふと彼女の汗の香りと同じと気づき、ウェイバーは転げるようにして身を離す。
「ど、どうって……!?」
「サーヴァントだよ、サーヴァント」
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、アーチャーの笑みは崩れない。
彼女は僅かに濡れた音を伴わせ、獲物を狙うように赤い唇へ舌を這わせた。
「わかるんでしょ、マスターなら」
ついとアーチャーの目線が横に流れる。ウェイバーはその瞳に映る自分を見た。
「ば、バーサーカーはさっぱりだ……! 騎士っぽいとは思うけど、視界がなんか、チラチラして……」
唾を飲む。言葉を選ぶ。自分の中で噛み砕く。吐き出す。
「たぶん正体を隠す礼装か宝具かスキルがあるんだと思う」
「で、セイバーの方は?」
「焔を纏った鎧に剣、女騎士ってだけじゃ……なんとも」
ウェイバーは眉間にシワを寄せて、もう一度戦場の方を盗み見た。
赤い稲妻を纏った狂戦士に、あの恐ろしい女騎士は一歩も引かずに剣をぶつけ合っている。
そう、剣――あの捻くれた異様なものは、剣以外にありえない。
炎の剣。一瞬過ぎった余りにも安直過ぎる連想を「まさか」と振り払い、ウェイバーは言った。
「ぱっと思い浮かぶのはブリュンヒルデとかだけど……」
「私みたいに、伝わってる話じゃ男ってのもあるかもな」
「あ、ただ……いや、僕のカンなんだけど……」
「言ってみてよ、0ドルより1セントのがマシなんだから」
ウェイバーが言い淀んだことを、アーチャーは無理やり引き出そうとする。
口調こそは軽いけれど、まっすぐに此方を向いた瞳は狙いをつける時のそれと同じ。
降参したウェイバーは「ホントにカンでしかないからな」と言って、幾つかの推論を伝えた。
アーチャーは「は」と歯を見せて笑った。ウェイバーは馬鹿にされるかと思って身を縮こまらせた。
「上出来」
「――は?」
代わりにかけられたのは、ひどく優しげで、そして愉快そうなものだった。
思わず目を瞬かせたウェイバーに、アーチャーはにっと八重歯を見せて微笑んだ。
「ま、とはいえ勝った後の話だね」
しれっとそう言ったアーチャーが、ガキガキと音を立てて両手の撃鉄を起こす。
黒い鉄の塊。艶やかな色合いを放つそれが、アーチャーの白い小さな手に握りしめられている。
ウェイバーはなんとも言えない表情でそれを見やる。
「なあ、アーチャー……」
「うん?」
唇の端を吊り上げて、心底楽しいと言いたげなアーチャーの表情。
勝てるのか? その言葉を、ウェイバーは唾と共に飲み込んだ。
「その銃じゃ効かないんじゃないか?」
「かもね? ま、弾は貫通してない。ってことは……」
いつどうやってどのようにアーチャーが構えたのか、セイバーにもバーサーカーにもわからなかったろう。
ウェイバーは、長く尾を引く銃声が響き渡った後にようやく気がついたほどだ。
さっと椅子の陰から飛び出したアーチャーが、二丁拳銃を思う様にぶっ放したのだ。
「ハッハァッ! ビンゴ!」
遅れて、ぶつっと何かが千切れるような音と共に、バーサーカーの背と口から濁った赤が噴き出した。
体内に残っていた弾丸が、続けざまの連射で叩かれ押し出され、ついに体を食い破っていた。
「aAAaaaAaaaaAAAaaaa!?」
さしものバーサーカーといえど、これには堪らず膝が崩れかける。
それは英霊同士の戦いでは、致命的とも言える一瞬だ。
「セイバー、ぶっ放せ!」
「言われずともッ!!」
高らかに唱えられる言葉は三度。
sowilu! sowilu! sowilu!
「 死者の 神々の 太陽は輝く 」
黒き炎が、セイバーの魔剣から噴き上がる。
その恐るべきまでの高熱が天まで届き、鉛色の雲に穴を穿つ。
炎の柱。燃える杖。輝ける剣。これこそまさに貴き幻想――英霊の宝具。
「……ッ!?」
だが、ウェイバーが息を飲んだのはそこではない。
その神威の如き豪剣を手にしながら、これほどの熱をその手に担いながら。
セイバーの顔に浮かぶのは、喜怒哀楽が凍りついてしまったような、寒厳たる微笑。
「これなら貴様だけを焼き滅ぼすことができますね、バーサーカー」
・・・・・・・・
彼女にとって、この程度、なんてことはないのだ。
ウェイバーのあずかり知らぬこと。これは百の権能、そのうちの十。
主に負担をかけぬよう、自らに宿る魔力のみを燃やして生み出す、小火。
そう、これは宝具でもなんでもなく、ただ目前の敵を滅ぼす最低限度の火力に過ぎない――……。
「a……a,A……」
その姿を。
劫火を輝かせる魔剣を。
両手で構え、振りかざし。
約束された勝利を手にせんとする、女騎士の姿を。
「FAAAaaaaAaaAaThHHhhhheeeeeEEeeeEeEeeeerRRRrrrRrrRrrRrr!!!!!!!!!!!!!!」
狂戦士は、どう見たのか。
「う、うぁ……ッ!?」
稲妻が甲高い音を上げて踊り狂い、ウェイバーの網膜を焼いた。
赤を通り越して白に近い閃光は、竜の如くのたくり、会場内を蹂躙する。
金属製の椅子がバチバチと音を立てて帯電し、引き寄せられるかの如く浮かび上がる。
バーサーカーが両手でその大剣を握りしめ、振り上げる。振りかぶる。
赤い雷は忠実なまでに狂戦士の動きに従って、王の武威を伝えんが如く圧力を高めていく。
原初の焔と紅雷の激突する、その刹那。
ウェイバーは眩さに塗り潰された視界の中、泣き叫ぶ、金髪の少女の姿を―――
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辛い。苦しい。痛い。怖い。悲しい。寂しい。悔しい。父上。父上。
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一人の男の話をしよう。
我々からウェカピポの妹の夫と認識されている男だ。
「っ、がぁあぁぁああぁぁぁ……ッ!」
バーサーカーを偵察に送り出しベッドに潜り込んだ彼は、恐るべき苦痛と共に覚醒した。
それは痛みが遅れてじわじわと襲い掛かってくるなんて、チャチなものじゃあなかった。
体中の水分を気化冷凍によって末端から凍結されていくかのような苦しさだった。
何を言っているのかわからないと思うが、魔力の消耗に初めて直面した以上、どう説明して良いものか。
「バーサーカー……! っ、止めろ! 止めろと言っているんだ、聞こえないのかこのクソカスがッ!!」
いずれにせよ、不可視の力で捻じ曲げられた操り人形のように悶え苦しむ彼の心にあるのは、たった一つ。
――――なんで俺がこんな目にあわなけりゃァならないんだ!?
それだけだった。
全てはウェカピポのせいだ。ウェカピポの妹のせいだ。そしてバーサーカーのせいだ。
ウェカピポの妹の夫は、苦痛で朦朧とする意識の中、自分の手に刻まれた印へと目を向けた。
令呪――赤く輝くそれは、この聖杯戦争に於ける参加権であり、三画だけの絶対命令権。
これを用いてバーサーカーを撤退させれば、この苦しみからは逃れられる―――……
「馬鹿にするんじゃあないッッ!!」
ウェカピポの妹の夫は叫んだ。叫び、令呪の浮かび上がった手を握りしめた。
「そんな不確かなものに、命を掛けられるわけがあるものかァッ!!」
ウェカピポの妹の夫の頭脳は今、生存するために全力で動き続けていた。
成人男性が一日で消費するカロリーは約2000キロカロリー。
その中で脳が用いるのは、なんと400キロカロリー! 実におよそ1/5!
チェスや囲碁の達人が、対局後に1キログラムも痩せていたという逸話がある!
戦いにおいて脳を働かせることは、それほどまでのエネルギーを用いるということなのだ!
それほどのエネルギーを費やさねば、勝つことはできない!
――思考しろ! あのバーサーカーを制御する方法を! 使いこなす道を!
――犬コロが棒っ切れを追いかけるように、あいつが何を求めているのかを考えるんだ!
あのサーヴァントは何者なのだろう?
サーヴァント、英霊を召喚する方法。
その一つは英霊に関わりのある触媒を用いること。
もう一つは自身と英霊との縁を頼りにすること。
ではあのバーサーカーは、ウェカピポの妹の夫の先祖なのか?
「――いいや、違う!」
もしもあのバーサーカーが彼の先祖であるならば、武器は鉄球であるはずだ。
剣ではない。誇り高く、伝統ある鉄球でなければならないッ!!
ならば彼とバーサーカーの間には、何か類似している点があるはずだった。
誇り高き血統か? そうだろう。あれは騎士のはずだ。自分は政務官の息子だ。
戦士か? その通り。騎士は戦うからこそ騎士だ。自分も鉄球の業を受け継いでいる。
では何故戦う?
そう考えれば、答えはたったひとつしかないッ!
自分が命を掛けて戦いに挑んだ理由ッ!
今此処にこうしている理由ッ!!
「バーサーカー!」
ウェカピポの妹の夫は叫んだ。声も枯れよと叫んだ。命をかけて彼は叫んだ。
「父祖にかけて、貴様の名誉はそこには無いッ!! 戻れッ!!」
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――――不意に剣を下ろし、稲妻を収束させた狂戦士の姿を見た。
「……っ、う……?」
残光が緑色に残る目を何度も瞬かせ、ウェイバーはそうっと様子を窺った。
ライブ会場は――英霊三騎が激突したにしては、随分とマシといえる状況だ。
ステージは無事だが、椅子はことごとくなぎ倒され、装飾類は破れ飛んでいる。
其処此処に焼け焦げがあり、電飾はバチバチと火花を上げていた。
そして無残に割れ砕けたスポットライト――ウェイバーは目を背けた。見なかった事にした。
「aaa……」
「…………来ないのですか」
バーサーカーは、まるで叱られた子供のように肩を落として、そこに立ち尽くしていた。
セイバーは表情を崩さぬまま、炎の剣を下ろした。枝についた火を消すような仕草で。
もはや戦いの気配は失せている。アーチャーが「はッ」と小馬鹿にしたように隣で笑った。
「ありゃ、マスターに叱られたな」
「令呪……ってことか?」
「さぁね」
セイバーがちらりと、忌々しそうに此方を見たので、ウェイバーはぎくりと身を強張らせる。
彼女がアーチャーの笑みを気に入らないのは、なんとなくわかる。
だから「おいアーチャー」とウェイバーは咎めるように彼女の小腹を肘で突く。
「あたっ。なにすんのさ!」
「良いから、ちょっと真面目な顔しとけよな……」
「しょうがないじゃん。私の顔なんだから、これ」
などと、気の抜けた会話をしていたせいだろうか。
バーサーカーは一度戦場全体を見回すと、やがてスゥッと大気に溶けるように消え失せた。
霊体化――したのだろう。セイバーがふぅ、と呼気を漏らし、ウェイバーはどっと息を吐く。
「どうやら終わったようです……ね」
「撃退成功。ま、万々歳ってとこだな」
にんまり顔のアーチャーが、ポケットからくしゃくしゃになった煙草の箱をひっぱりだした。
唇で挟んで抜き取るとフィルターを噛みちぎり、「ん」とウェイバーへ、キスをねだるように突き出す。
「……お前な。僕はライターじゃないぞ」
「と言いつつ火をくれるとこ、好きだよ?」
親指に灯した火を差し出したウェイバーが「な」と赤くなったのを無視し、アーチャーは旨そうにたっぷりと煙を吸い込んで、吐いた。
.
「例の契約については色々と詰めたいとこだけど……」
「……時間がありませんね」
セイバーが渋々といった様子で、報酬の支払いを許容した答えを返す。
どうやらやっぱり、生真面目な性質らしいとウェイバーは思う。
あの火力ならこの場で二人を薙ぎ払って「なかったこと」にだってできるだろうに。
「こんだけ大騒ぎしたんだ。すぐに保安官どもが来るよ。お互い、長居もできないね」
言葉通り、既に遠くからはパトカーか消防車か救急車か全部か、ともかくサイレンの音が近づいてきている。
周囲の空気もざわざわと騒がしく、ほどなく野次馬たちも集まってくるだろう。
「わ、わ、わ!?」と慌てるウェイバーを他所に、アーチャーはしごくのんびりと煙草を吹かす。
官憲に追い掛け回されるのに慣れているのだろう。あるいは、パット・ギャレット並のやつはいないと高を括っているのか。
「で、どうするんだ、報酬は?」
「……用意しましょう。幾らがお望みですか。あまり馬鹿げた額を提案されても困りますが」
「いや――…………」
に、と。
悪戯好きの猫のように、にまーっと目を細めたアーチャーを、ウェイバーはきっと止めるべきだったのだろう。
「――――どうせなら、私もライブに出たいな」
「は――――?」
.
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「ふぅー……ッ! これはちょっと、『しつけ』が必要なようだなァ……」
ウェカピポの妹の夫は、全身を襲う虚脱感にベッドへ倒れ込みながら、勝ち誇った笑みを浮かべた。
あのひと声を叫んだ途端、力の流出はぴたりと収まった。つまり彼はバーサーカーに勝利したのだ。
シャツは汗でべっとりと濡れて貼り付いているのが不快だが、今はシャワーを浴びる気力も無い。
朝になったら使用人に命じて入浴の準備を整えさせ、朝食にはちょうど良い具合の半熟卵を食べよう。
ウェカピポの妹の夫はそう考えながら、鉄球の鍛錬として教わった、先祖伝来の深呼吸法を始めた。
呼吸を整えることで、体内の血流を整えるのだ。東洋の仙道で言う所の、調息というものだ。
――しかし、それにしても……。
長く息を吸い、そして吐き続けながら、ウェカピポの妹の夫は、ふと自分の手へと目を落とした。
令呪――英霊に対する絶対命令権。
今後も、あの狂戦士と共に戦って生き延びることを考えるなら、これの使い所を考えねばならない。
「クソがっ! 主人の言うことも聞かないとは、とんだ駄犬を引当てちまったもんだぜ……」
あれと自分のどこに縁があるのか、ウェカピポの妹の夫は苛立たしげに親指の爪を噛んだ。
この聖杯戦争の主催者という奴も気が利いていない。
どうせ自分を招くならば、もっと完璧な状態で身体を治しておけというのだ。
鉄球の技術はともかく、この治癒したての肉体では不完全も良いところ。
そこにきて、あの狂犬だ。
偵察に出ろという言葉を聞いたあたり、まるっきりのド低能ではないようだが……。
「だが腐れ脳味噌には違いない……!」
ひどく苛立たしかった。
絶対の切り札とも言える令呪を保有しておきながら、迂闊にこれを切る事はできない。
彼は自分に残された手札が限りなく少ないことを、正確に把握していた。
ウェカピポの妹の夫という人間は、暴力的であるが、しかし別に犯罪者というわけではない。
彼の行為は全て『許されている』から、『正当な権利』だから行われているのだ。
正しい理由のもとで権力を使うことを良しとする彼にとって、その権力の使用が禁じられる事は『悪』でさえある。
「……いや、待てよ」
逆に考えれば良いのではないか。
三画しか使えないというのではなく、逆に使ってしまっても良いやと考えては、どうだ。
そう、たとえ令呪がなくても、あのバーサーカーが命令を聞くようにすれば良いのだ。
そのために令呪を使うのであれば――……。
「…………」
『絶対服従しろ』などというバカみたいな命令に使っちゃあいけない。
そんな事は、ランプの魔神に「願いを増やしてください」などと言うようなものだ。
アホ丸出しの行動をして死ぬのはゴメンだ。
もっと限定的に、かつ効果的なものを考えなければならない。
そう、例えば――例えばだ。
「俺の暴力には絶対に抗わず、受け入れろ」
これならば、どうだろうか。
限定的、局所的、効果的。
その上で相手の心をへし折るのは、それこそ鉛筆を折るほどに容易い。
ウェカピポの妹の弟は、何度だってそういう事を繰り返してきた。
あの日、決闘で敗北するまでは。
「……ウェカピポの野郎ッ!!」
ウェカピポの妹の夫は、呼吸を整えながらも掌の上に鉄球を転がした。
音もなく回転を続けるそれを用いて、相手の感覚を狂わせる恐るべき技も彼には受け継がれている。
人間には効くだろう。だが魔術師には? あるいはサーヴァントには……?
――俺の技が鈍っているかどうか、サーヴァントに通じるかどうか、『試す』には持って来いだ。
そう、聞き分けのない犬をひっぱたくように、鉄球をバーサーカーへぶつけてやるのだ。
どんな馬鹿な犬でも、殴られ、蹴られれば誰が主かを覚える。
否ッ! そうしなければ犬は自分の誤ちに気づかず、主人を理解することもできない!
そして何よりも、自分の犬を『調教』し、『始末』をつける事こそが主人の務めではないか。
それにもし、あの無骨な甲冑の下が女であるというのならば――……。
「殴りながらヤりまくるのも、いいかもしれねぇしなァ……」
窓の外からは夜明けの薄明かりが差し込み始めている。
今日はまた、ずいぶんと忙しくなりそうだった。
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「お前なあ、何考えてるんだよッ!?」
「そう怒るなって。悪い取引じゃあなかったろ?」
怒鳴るウェイバー、にへらっと笑うアーチャー。
ライブ会場を後にした二人は、ぶらぶらと歩いて帰路についていた。
多少とはいえ魔力を消耗したウェイバーは途中、コンビニを訪れて栄養ドリンクにカルチャーギャップを覚えながら幾本か買い込んだ。
店員が何か意味深な目つきをしていたのは、はなはだ不本意である。
「マスターに黙って勝手に進めるなよな! それにあの、名前とか……!」
「まあまあ。つまり明日の夜まではあのセイバーから撃たれる心配はない、ってことなんだし」
「でも一時的な休戦は……」
「前提だけど、それより確実。あ、一本もらうよ?」
「……良いけど」
疑問形だが答えを聞くよりも早く、アーチャーはビニール袋からペットボトルを抜き取った。
エナジードリンクのキャップを捻り、彼女はこくんと喉を鳴らして中身を煽る。
ホントはビールかウィスキーが良いんだけどね、と僅かな笑い。
「ま、得るものは大きかったろ、ウェイバー?」
「それは否定しない。……けどやっぱり、お前弱いなぁ」
「あははははっ。そうだねぇ」
しみじみと溜息を吐いたウェイバーを、自分の事だというのにアーチャーはけらけらと笑って受け流す。
もとより初めからわかっていたことだ。
19世紀末の、ちょっと大暴れした程度の犯罪者が、神代の英霊と真正面から戦えるわけがない。
その事実を再確認し――なら正面から以外で戦えば良いとわかったのは、十分な収穫だ。
「やっぱ銃だね、銃。ウィンチェスターライフルが欲しいよ。1873モデル、ウィンチェスター73」
「銃砲店は確かあったと思ったけど、でも確か日本だと買うのめちゃくちゃ手続きいるぞ?」
「最悪、盗んじゃえば良いじゃない。どうせ他にも強盗がいるんだから、そっちにおっかぶさるでしょ」
「僕の良心の問題だよ! 真っ当に買えって言ってるんだ!」
「そこはそれ、ウェイバーの暗示術に期待ってことで」
「お前なぁ……。……良いけどな」
横で「お?」とアーチャーが目を丸くしているのを無視して、ウェイバーは苦甘い栄養ドリンクを煽った。
どっちみち、火力はあった方が良い。それもなるだけ長射程の――ライフルは。
なにしろアーチャーは「アーチャー」なのだ。
超遠距離からの射撃能力を有すれば、それだけでどれほどのアドバンテージになるだろう。
足りないものは他から補えば良い。
それは魔術師としての鉄則、基本中の基本だった。
「あとは、衣装かなぁ。あ、歌も考えなきゃだな。まあ別に私ならその場で合わせられるけど」
「お前、ホントに出る気かよ?」
「パンフ見たけどカエデって女はなんでも25歳らしいじゃない。私は21歳だよ? いける、いける」
確かに欧米人にしては小さく小柄だ。ハイティーンといっても通じるかもしれない。
身振り手振りも大きく今後の展望を語るアーチャーを横目に、ウェイバーは苦々しげに考える。
――何でそのくせ僕より背が高いんだコイツ。
「あ、それとも……あー、そっか、そっか」
と、不意にアーチャーが、にやにやとチェシャ猫のように目を細めた。
「着飾った私を他のやつに見せたくないんだろ?」
「違う!」
ウェイバーは顔を真赤にして怒鳴った。
そんな気持ちが1%くらい無いではない事は、絶対に否定しなければならなかった。
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「たぶん、セイバーはこのライブの関係者なんだと思う」
真剣な面持ちで、けれど自分でもどこか疑ってかかるような慎重さで、ウェイバーはそう口にした。
「僕らは例の討伐令を受けてすぐ動き出した。一番かはわからないけど、初動は早い方だった。なのにセイバーはここにいたんだ」
「マスターはいなかったな。その分、私たちより速かっただけじゃないの? あとは拠点が近く、とか」
「うん、でもさ、考えてみろよ。僕らは『戦場になるかもしれないし、他の組が来るかもしれないから偵察しよう』で出たんだぜ?」
だったら。
「――――なんでセイバーは、ここで他の陣営を待ち構えていたんだ?」
「同盟狙いか、ライバルを減らすつもりか、それとも気が早かったのか」
アーチャーはちらりと椅子の裏から戦場を観察しながら、思いつきをそのまま口にするかのようにポンポンと案を放る。
顔をしかめたウェイバーは、手元に目を落として空薬莢を弄びながら、顔をしかめた。
「……お前セイバーの言ったこと聞いてなかったのかよ」
「『この私に隠形は通じませんよ。聖杯を求めて集いし英霊であれば、堂々と姿を現しなさい!』だっけ?」
覚えてるじゃないかと不平を漏らすウェイバーへ、アーチャーはついと指先を滑らせた。
「薬莢は捨てないでよね。あとでリロードするんだから」
「わかってるよ。……でさ、それ、守ってる側以外が言ったらおかしいセリフだろ。そうなると、さっきの言葉も意味が変わってくる」
「『会場を破壊するわけには行きません、引き離しましょう』?」
「今ここにいるの僕らだけだぜ? 高潔な英霊にしたって、そんなに気を使う必要ないじゃないか」
「普通なら、ね。……成程」
アーチャーは「は」と歯を見せて笑った。ウェイバーは馬鹿にされるかと思って身を縮こまらせた。
「上出来」
「――は?」
代わりにかけられたのは、ひどく優しげで、そして愉快そうなものだった。
思わず目を瞬かせたウェイバーに、アーチャーはにっと八重歯を見せて微笑んだ――…………。
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朝一番でかかってきた電話は、ライブ会場で漏電事故と小火騒ぎがあったという連絡だった。
驚いてテレビをつけると、朝一番のローカルニュースでそのことが取り上げられていた。
幸い怪我人もなく、設備もスポットライトなど一部が破損していたものの、ライブ開催に影響はないらしい。
スタッフの苦労を思いながらも、新田美波はほっと胸をなでおろし、しかし傍らに佇む執事姿の女性――セイバーを見上げる。
「ねえ、これって……」
「はい、ミナミ。聖杯戦争――サーヴァントと交戦しました」
「そう……」
「銃を使うアーチャーと、そのマスターである少年。戦った相手のバーサーカーは……その……良く覚えていないのですが」
ついに始まってしまった。
届けられた討伐令というものにも、街で引き起こされている事件の犯人として、二組の参加者の名前が上がっている。
美波は物憂げな目線でそれを見つめると、一度くしゃりと丸めて捨てようとし、しかし溜息を吐いてその紙を広げ直した。
「ミナミ?」
「討伐令に参加するかはわかりませんが……。不審者がいて怖い、という事をプロデューサーさんに伝えましょう。これで、他の子も気をつけてくれるはずだから」
新田美波はアイドルだ。彼女を守り、支えるために多くの人間が動いてくれる。
それを彼女は自分の強みだと意識しているわけではない。
ただ、友だちや仲間たち、アイドルを目指す彼女たちが危険に巻き込まれないようにと、思うだけなのだ。
――だからこそ。
そう、召喚された夜にセイバーは言ってくれた。
「……さ、セイバー。今日はライブの前日よ。きちんと朝ごはんを食べて、練習しましょ」
「はい、ミナミ。すぐに準備をします」
セイバーはそういって、てきぱきと執事服の上からエプロンをつけて台所に立った。
美波は何となくその後姿を目で追いかける。綺麗だな、と思う。
彼女自身はそう思っていないだろうけれど、胸はともかく、柔らかな肩から背中、腰、尻の線は魅惑的だ。
大きさじゃないんだよ――とは、同じ事務所に所属するアイドルの言葉だが、至言だと思う。
「あ、ミナミ、その……」
「なあに?」
そんな事をぼんやり考えていると、セイバーがひどく申し訳なさそうな表情で後ろを振り向いていた。
美波は慌てて取り繕うように姿勢を正し、きりりと表情を引き締める。
「実は、アーチャーとの取引で、ライブに出させろ……と言われてしまいまして」
「ライブに?」
「勝手に取り決めをしてしまい、申し訳ありません。無理なら現金でとも、言っていましたが……」
それは――非常識と言うべきか、それとも随分と優しいと言うべきか。
命をかけた殺し合いでの手助けに対する代価として、どう評価して良いか、美波にはわからない。
彼女はほっそりとした指を顎先にあて、うーんと考え込みながら眉を下げた。
「わからないわ。……たぶん予定に余裕はあると思うから、プロデューサーさんに相談してみる」
「すみません、お手数をおかけします。それと、もうひとつ……」
「何かしら?」
セイバーは、どうも困りきってしまった子犬のような――期せずして美波と同じような――表情で、小首を傾げた。
「――――ミナミは、ベル・スタアをご存知ですか?」
「……はい?」
西部開拓時代、"コルト・サンダラー"を手に荒野を駆け回った女ガンスリンガーの名前を、彼女は知らない。
そしてもちろんセイバーも、それが偽名だなんて思いも依らなかったのである。
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【442プロダクション前特設ステージ/1日目 早朝(6:00)】
※ステージで本日未明、漏電事故による小火が発生したというニュースが報道されました。
これに伴うライブへの影響は今のところありません。
【ウェイバー・ベルベット@Fate/ZERO】
[状態] やや疲労
[装備] 栄養ドリンク数本
[道具] 魔術的実験器具類一式
[令呪] 残り三画
[所持金] それなり(旅費+マッケンジー夫妻からの小遣い+アーチャーの稼ぎ)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜いて自分の実力を認めさせる
[備考]
1.討伐令については保留し、状況判断を優先するようです。
2.セイバー(スキールニル)、バーサーカー(モードレッド)を認識しました。
3.バーサーカー(モードレッド)を撃退しましたが、詳細識別に失敗しました。
【ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム@アーチャー】
[状態] 健康
[装備] コルト・サンダラーx2
[道具] ガンベルト 予備弾多数 現代衣装多数
[所持金] それなり(ウェイバーからの小遣い+マッケンジー夫妻からの小遣い+自分の稼ぎ)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ。
[備考]
1.セイバー(スキールニル)、バーサーカー(モードレッド)を認識しました。
2.バーサーカー(モードレッド)を撃退し、セイバー(スキールニル)に報酬を要求しました。
3.「ベル・スタア」を名乗ってライブに出演することを計画しています。
【スルト(スキールニル)@セイバー】
[状態] 健康
[装備] 万象焼却せし栄光の灰燼 焔の鎧
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:ミナミを守る
[備考]
1.ロキとの経験から、ジョーカーがライブ会場を襲撃するだろうと判断しました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、バーサーカー(モードレッド)を認識しました。
3.バーサーカー(モードレッド)の撃退に成功し、アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)にライブ出演を要求されました。
4.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)を「ベル・スタア」と誤認しています。
【新田美波@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態] 健康
[装備] 無し
[道具] 無し
[所持金] アイドルとしての平均的
[思考・状況]
基本行動方針:ライブを成功させる
[備考]
1.討伐令については保留し、対象の情報をアイドル達に周知、警告しました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)からライブ出演を要求されました。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)を「ベル・スタア」と誤認しています。
【ウェカピポの妹の夫@ジョジョの奇妙な冒険第七部】
[状態] 疲労?
[装備] 剣・鉄球
[道具] 無し
[令呪] 残り三画
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:自陣営の戦力を把握する
[備考]
1.討伐令についての参加は保留し、状況の把握を優先します。
2.バーサーカー(モードレッド)の『調教』を決意しました。
【モードレッド@バーサーカー】
[状態] 軽傷
[装備] 王剣 不貞隠しの兜 騎士甲冑
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:Faaaaatthhhhhheeeeeeeerrrrrrrrrrr!!!!
[備考]
1.ウェカピポの妹の夫の指示で偵察に向かいました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)を認識しました。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)と交戦し、撤収しました。
以上です
ありがとうございました
乙
モーさんとウェカピポの妹の夫はどういう縁かと思ったけど
血統への強い自負と誇りがあったんだね
何気にモーさんのことよく理解してるじゃないウェカピポの妹の夫
>殴りながらヤりまくるのも、いいかもしれねぇしなァ……
やっぱりクズじゃないか!(憤怒)
投下乙です
調教と同時に魔力供給もできる
なんて一石二鳥の素晴らしい案なんだ!
カップルがコンビニで栄養ドリンク買ったら、完全に「今夜はお楽しみですね」
てかエナドリがコンビニで買える世界……!
>錆びつく世界を、スキップでかけて
水面下で動くキャスターの策謀を見抜くランサーはまさに大王の器。
協力はするがいつ決裂してもおかしくない関係、マスター同士が知り合いなのもあって先が楽しみな同盟ですね。
双方のキャラを掘り下げつつ、お話としてもとても面白い作品でした。
>Belley Star
当聖杯戦争初の乱戦を鮮やかに描き切った一作。
地力が桁違いのセイバーとバーサーカーの戦いに臆することなく介入していくアーチャーの不敵さ、胆力が凄まじい。
ウェカピポの妹の夫は拠点から一歩も出ていないのに謎の存在感。でもそのバーサーカー、叛逆の騎士だからなぁ。
投下第一作目を飾っただけでなく、この短時間にその終結まで書ききる圧倒的な筆の速さには溜め息しか出ませんね……
お二方とも投下お疲れ様でした。
こちらも投下します。
アンソニー・エドワード・スターク――トニー・スターク。
大企業“スターク・インダストリーズ”の社長職を務めていた彼は、経済界において無視できぬビッグネーム。
企業運営に辣腕を振るい、科学者としても他の追随を許さない優れた才覚を示す。
さらに自ら開発したパワードスーツ“アイアンマン”を身に纏い、ヒーローとして世界の危機と日夜戦い続ける男。
世に言う、“戦う実業家”である。
Iron Man
「“鋼鉄の男”。実業家のあだ名としては、やや固すぎやしないか?」
「文字通りに、ですね。マスター」
その肩書は、この聖杯戦争の舞台においても有効に機能する。
近年、本社を置くアメリカからこの日本に進出してきた世界的大企業、スターク・インダストリーズ。
その日本支社に長期出張し、どっしりとこの国に根を張り巡らす野心家の社長――それが、トニーに与えられた役割(ロール)。
多方面の事業に手を出しことごとく成功を収めるトニーの手腕は、スーツを纏ってもいないのにも関わらず“鋼鉄の男”と囁かれるほど、らしい。
「と言って、僕にはまったくそんな記憶はないんだけどな。まあ、兵器を扱っていないことだけは本当にありがたいが」
ただ一点、トニーが心底から安堵したことに、このスターク・インダストリーズは軍需企業ではなくなっていた。
取り扱うのは生活に便利な家電、身体的に不自由な者の介助をする器具、運転者・歩行者双方の安全を可能な限り保護する自動車、など。
世のため人のためになる商材を扱っている、真っ当な企業。それが、この聖杯戦争において構築されたスターク・インダストリーズである。
かつての苦い経験から軍事産業に関わることを放棄したトニーとしては、“本当のスターク・インダストリーズ”に極めて近い、理想的な企業と言えた。
「日本の安全保障は専守防衛を掲げている。そんな国を舞台とするにあたり、軍事企業の存在は好ましくない……そんなところか」
「肯定です、ミスタ・スターク。日本は世界的に見ても稀に見る治安の良さを誇ります。
軍事企業としてのスターク・インダストリーズが存在していれば、銃火器の調達も容易となってしまいます」
「それでは治安などあってないようなもの。戦闘行動はあくまでサーヴァントという戦力を用いて行うもの、という訳か」
「例外は、マスター。あなたのように自前の戦闘手段を持つマスターたち、ですね」
トニーに相槌を返すのは、古典的な女給服に身を包んだ長髪の女性。シールダーのクラスを司る、トニーのサーヴァント。
この館そのものがシールダーの実体であるので、目の前の彼女は触れることのできない立体映像に過ぎないが。
トニーの極めて個人的かつセンシティブな事情により、彼女の呼称はクラス名であるシールダーではなく“フライデイ”とされている。
「フライデイ? “我が社”のビジネス状況はどうなっている?」
「業績は極めて好調です。この冬木市においても、財界・政界多方面に多少の口利きができる程度の影響力は保持しています」
トニーの眼前に幾つものグラフ・表が投影される。社の状況をわかりやすく整理した資料。シールダーは優秀な秘書でもあるようだ。
極めて好調。シールダーの言葉通り、ぱっと見て何かしらトニーが干渉すべき事案はなさそうに見えた。
この分なら、放っておいても業務は滞りなく行われる。トニーの行動を縛るものではない。今のところは。
「ふむ、予期せぬ朗報だな。少なくとも、行動を制約されるどころか、採れる選択肢は大きく広まるだろう」
「一般的なマスターと比較し、金銭的な面で我々は圧倒的なアドバンテージを得ていると言えます。ですが、デメリットも」
「有名税かな? 僕は我が国屈指の高額納税者だと自負しているんだけどね」
「イエス、マスター。仮にマスターがこの館から一歩も出なかったとしても、あなたの名が何かのニュースで読み上げられない日はないでしょう」
アメリカに本社を置くスターク・インダストリーズ、その社長が直々に日本支部に出張してきているのだ。
なるほど、少し調べてみればトニーの名はネットで容易に目にすることができた。
曰く、会社運営だけでなく新商品開発も自ら手掛ける天才科学者。
曰く、恵まれない子どもたちに多額の寄付を行う慈善家。
曰く、見目麗しい女性に目がない尻軽プレイボーイ――
「おい、なんだこれは。風評被害も甚だしいぞ」
「そうでしょうか? 極めて妥当な評価だと言えるのでは」
「まださっきのニッタミナミ嬢のことを引きずるのか? 君は結構根に持つタイプだな」
「学習の成果です」
「まったく……まあ、いい。次、スーツの方はどうだ?」
トニーが手を振ると社の資料は跡形もなく消え失せ、代わりに人型の影を捉えた映像が表示される。
空飛ぶ鋼鉄の鎧。トニー・スタークのアイデンティティ。
すなわち、アイアンマン・スーツ。
トニーがシールダーと初めて会ったとき、スーツは着用していなかった。
戦車以上の戦力を持つスーツそのものを持ち込むのはさすがにアンフェアと判断されたのだろう。
護身用としてか、腕時計から変形する掌だけのスーツ――言うなればアイアン・ガントレットだけは持っていたが、さすがにこれでは心許ない。
故にトニーは、館をバージョンアップするのと平行してアイアンマン・スーツの作成にもとりかかっていた。
「間もなくマークⅣ’がロールアウトします。その後、マークⅦ’の建造に着手する予定です」
「ふむ。技術者としては、古いバージョンを再利用するのは些か抵抗がないでもないが、まずモノがないと話にすらならないからな」
トニーがまずシールダーに生産を急がせたのは、第四世代のアイアンマン。
装着車の衣服を問わず装着でき、また独立したアーク・リアクターを搭載しているためトニーの胸のアーク・リアクターに負荷をかけないモデルである。
これ以前のバージョンでは安定性に難があり、これ以降のバージョンは生産に時間が掛かる。
まず一体確保しておくべきと、時間と戦力を秤にかけ選んだのがこのモデルだった。
マークⅦはマークⅣの三世代後のモデル。過日のチタウリ襲来の際、最後に使用した決戦用のスーツだ。
それ以前のモデルとは違い、完全なスタンドアロン型で飛行も可能。
メカニックアームに頼らず身体一つで装着できるため、基地に帰還せずどこでも着脱可能という汎用性の高さが自慢であり、トニーが記憶している中で最も戦闘力に秀でたスーツだ。
これ以降ともなると、現在構想中の新型か。だがそれはまだ実用化できていない――トニー本来の環境においても。
「しかし、“マークⅣ’”か。そのままではサーヴァントに通用しないというのは悔しいところではあるな」
「ミスタ・スタークは魔術に関しては門外漢です。仕方のないことでしょう」
「不思議なものだな。設計自体は何も変えていないのに、メイド・イン・フライデイのパーツで組んだだけで魔術的にも有効になるものとは」
「ですが、マスター。先ほどお伝えした通り」
「サーヴァントとの直接戦闘は危険、だろ。わかっているよ」
シールダーによって生産されたアイアンマン・スーツは純機械でありながら神秘を帯び、サーヴァントとも戦闘が可能となる。
が、それはイコールで勝てる、というものでもない。
トニーが試算したところ、どんな高性能のスーツを開発したとしても、勝算は“まったく相手にもならない”から“多少は食い下がることができる”程度にしか変動しない。
それほどにサーヴァントという存在が持つ戦力は、トニーの常識を逸脱したものであった。
「戦闘力に優れた三騎士にはまず勝てない。同じ理由でバーサーカーも不可。
英霊にもよるが、スーツ以上の空中機動力を持つであろうライダーも厳しい。となると、やりあえそうなのはキャスターとアサシンくらいか」
「その二つも、よほどの例外が重なったときにかろうじて、というものです。基本的にはマスターが押し勝てる存在ではありません」
「やれやれ。この冬木市では泣く子も黙るアイアンマンも型なしだな?」
しかしトニーは特に沈んだ素振りも見せず、シールダーににやりと笑う。
それを強がりと取るか無理解と取るか迷ったシールダーだったが、
「僕より強い奴がいるなんて、別に初めてって訳じゃない。
なんならソー、バナー……ハルクだって、本気を出せばそりゃもう手がつけられないからね」
意外なほどに晴れやかなトニーの表情を見て、これはネガティブな意味ではないとシールダーは悟る。
トニー/アイアンマンが所属するスーパーヒーローチーム、アベンジャーズ。
かつて共に戦った盟友、マイティ・ソーとブルース・バナー/ハルク。
彼らが持つ武力は、アイアンマン・スーツの遥か上を行くものだったとトニーは語る。
ソーは別世界の神々の一柱であり、天を引き裂く雷と大地を砕くハンマーを振るう。
かつてトニーはソーと戦ったことがあった。一見互角に渡り合ったように見えたが、ソーは人間の世界を守るために動いていたのだ。
今にして思えば、ソーはあのときは手を抜いていたのだろう。チタウリ決戦でソーが見せた巨大な雷を食らっていれば、アイアンマン・スーツなど一溜まりもなかったはずだ。
ハルクはトニーと同じ世界の出だが、特殊な実験によって巨人と化す体質になった男だ。
ソーのような雷も武器もないが、ハルクの脅威はただ、異常とも言える怪力ただ一点に尽きる。
カーボンナノチューブのワイヤーを百万本束ねてもこうはならない、という説明不能な強度としなやかさを併せ持つ肉体。
その豪腕から繰り出されるパンチは、ただの一発で巨大な飛行戦艦をばらばらに粉砕せしめる。
ちなみに、ソーもハルクとほぼ同等の身体能力を誇るらしい。さすが神々だともはや笑えてくる。
「ここにいる連中は手加減無し、本気のソーとハルクばかりだ、と思うとわかりやすい。それは僕一人で太刀打ちできるはずがない」
「ええ、ですから私が存在するのです」
「頼りにしているよ、フライデイ」
トニーとて、いくらスーツが用意できても一人で戦うつもりなど毛頭ない。
シールダーは元来、防戦に特化したサーヴァントだ。移動できない代わりに、鉄壁の防御と豊富な迎撃兵装を誇る。
アイアンマンが活躍するとすれば、敵を誘い込んでのシールダーとの共同戦線。
彼女の援護を得たのなら、対サーヴァント戦の勝敗は“多少は食い下がることができる”のではなく“返り討ちにする”ことが可能なはずだ。
「では、当面の予定としては。迎撃兵装の増産、マスターのスーツの作成。平行して市内の情報を収集、でよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む。戦力が整わないうちから打って出るのはバカバカしいからな。
さて……僕は少し休むとするよ。ずっと机に向かってたらさすがに肩が凝ってきた」
「浴槽は最適な温度をキープしています。入浴後はシャンパンを開けられますか?」
「魅力的な提案だが、さすがにアルコールは止めておこう。何か動きがあったら知らせてくれ」
あくびを一つ、ぐっと伸びをしたトニーは席を立って浴室へ向かう。
ついてこようとしたシールダーに無言で止まれ、とジェスチャーし、しばしの休息を堪能することにした。
熱い湯を全身に浴びると、疲労で鈍っていた頭が爽快に動き出す。
睡眠不足の根本的な解決にはならないが、いまはそう長く思考を止めていられる状況でもない。
「アベンジャーズの仲間はいない。だが孤立無援という訳でもない……」
ここに、彼らがいれば。
神話より出でし天翔ける雷神、ソー。
剛力無双、憤怒の化身、ハルク。
美しく危険な女、ブラックウィドウ。
俊敏で精確、百発百中のホークアイ。
気心の知れたもう一人の“鋼鉄の男”、ローディ。
そして――アメリカの英雄。
父から何度名を聞かされたか。スクールの教科書で、ペーパーバックで、フィルム・ピクチャーで、何度その名を目にしたか。
そう、彼はアメリカの象徴。彼を示す言葉はひとつ――“正義”。それだけで事足りる。
キャプテン・アメリカ/スティーブ・ロジャース。
かつてアメリカを、ひいては世界を救った男。本物の、英雄。
冷たい海より蘇りし、旧時代の遺物。トニーとは意見信条主義嗜好と何もかもが食い違う、まさに骨董品たる堅物。
だが。
口惜しいことに、否定できない。
ここにキャプテンがいてくれれば、隣りに立って共に戦ってくれるのならば。
どれほど、心強いことか。
「……まったく。“アイアンマン”が、聞いて呆れるな」
弱気の虫を冷たい水で押し流す。ないものねだりをしてもしょうがない。
いまここにいるトニーが、いまここにあるもので戦うしかないのだ。
カランを捻り水を止め、トニーは浴槽に身を沈めた。胸のアーク・リアクターには防水加工が施してあり、浸水の心配はない。
温かい湯が身体の奥まで染み込んできて、払ったはずの眠気が再び忍び寄ってくるのを感じる。
「孤立無援ではない……そう、必要なのは協力者だ。僕と同じ志を持つ、善意の協力者」
すなわち、街を、市民を、そして平和を守る者。
トニーはシールダーを魅力的な研究対象として捉えてはいるが、だからと言って他のマスターを皆殺しにしてまでその力が欲しいと思っている訳ではない。
それはトニーが憎む悪の所業だ。戦火を広げる者を討つ、それがいまのトニーを突き動かす唯一にして絶対の行動原理。
故に、トニーが“聖杯”を獲る方法は優勝ではない。
この知識で、この智慧で、この機転で、この想像力で、奇跡もたらす“聖杯”を徹底的に分析し尽くす。
“奇跡”を、人の手で再現できるように。
得体の知れないオカルティックな遺物を、ロジックが支配する科学の領域に引きずり下ろす。
“奇跡”ならぬ“性能”を以って、襲いかかる敵を撃退する。永遠に。犠牲を出すことなく。
そうすることでトニーの願いも――人々が怖れることなく心安らかに暮らし、戦士たちも武器を捨てて家に帰る――叶う。
「なんなら、そうだな……僕に協力してくれるのなら、その誰かの願いもついでに叶えたって良い……。
ホワイトハウスを買い取る? 太平洋に新大陸を創造する? 十人前のピザを一分で食べられるようになる?
はは、何だって思いのままだ……逆上がりだってできるようにしてやるぞ……」
思考の体を成さず、無意識にこぼれ落ちる言葉の数々。
その羅列は、突如耳と言わず鼻と言わず流れ込んできた湯によって強制的に遮断された。
「……っぷぁ! はっ……なんだ、眠ってしまったのか」
慌ててバスタブの縁を掴み、身体を引き上げる。
思いのほか、長湯したようだ。一瞬とはいえ完全に意識が飛んでいた。
「……出よう。さっぱりしたことだしな」
浴室を出て、タオルで身体を拭いて衣服を身につける。
ふと、シールダーは何をしているのだろう、と思った。
「マスターが溺れかけたってのに、薄情なやつだ」
子どものような失敗をした気恥ずかしさからか、八つ当たり気味に口を尖らせる。
もちろん、シールダーが見ていたら見ていたでトニーはプライバシーの侵害だの母親気取りかだの、何かしら文句を言ったのだが。
ぶつぶつと呟きながら作戦室――設備の設計を行い、また市内の様子をモニターできるように設えた部屋――に戻ってきたトニーを、
「フライデイ? 悪いが熱いコーヒーを……どうした?」
「マスター……これを」
出迎えたのは、先ほどの打ち解けた様子もどこへやら、緊張した面持ちで立ち尽くすシールダーだった。
その手が握り締めているのは(彼女はホログラムだから実際に握っているのは彼女専用に作ってやったロボットアームだが)、一枚の手紙だった。
「この聖杯戦争の主催者からの、通達です」
微睡みの時間は終わりのようだ。
トニーは頭を拭いていたタオルを放り出し、シールダーから受け取った手紙を開封して一息に読む。
ご丁寧に写真まで同封されていたそれは、文面を読んでいないシールダーにさえ容易に内容を想像できるものだった。
「……どこにも馬鹿はいるものだ。まさかこんなに早く動き出すとはな」
「とすると、その手紙はやはり討伐令でしたか?」
「ああ。しかも二組! まったく、クリスマス前だからってはしゃぎ過ぎだ! 良い子にしてないとサンタは来ないっていうのにな」
苛立たしげに吐き捨て、トニーは手紙を机に叩きつけた。
そこに写っているのは、片目が紅いフードを被った男と、二メートルを越す長身の女。どちらも赤い。返り血の赤か。
こいつらは人を喰う。比喩ではなく文字通りに。血の海になった路地裏の写真が吐き気を催す。
人間は同族を食わない。人間を食うのは、人間はないモノ。人間とは、相容れない存在。
もう一組の写真は、二人の男。だがどう見ても、これは――
「双子のピエロかな?」
「いえ、おそらくサーヴァントがマスターの姿を真似ているものかと」
「……そうだな」
さすがにこの状況ではジョークを返してくれないシールダーにやや凹まされ、トニーは写真をひらひら振ってみせる。
写っているのは瓜二つどころではない、まったく同じ容貌の男だ。
白く染め抜いた顔に、口紅を引いたように赤い唇が三日月のような弧を描く。笑っていた。嗤っていた。嘲笑っていた。
さも愉快そうに、愉しそうに。トニーの心中に抑えがたい不快感が込み上がる。
「こいつらは両方ともバーサーカーだと。ここまで見境がないのも納得だな」
「ですが、マスター。彼らはサーヴァントだけが狂っているのではなく」
「ああ、マスターも同様だ。人喰いの化け物に、快楽殺人者。なんでこんなイカれた奴らに制御できないクラスを割り当てたのか、理解に苦しむね」
「そういうマスターだから……かも、しれません。彼らは今後引き起こされる闘争の中心に位置することでしょう」
「争いを誘発する存在、か。本当に度し難いな」
トニーの言葉には紛れもない嫌悪感が満ち満ちている。
それも当然だ。二人のバーサーカーのマスターは、ヒーローたるトニーの対極に位置すると言っていい。
騒乱を巻き起こし、破壊を振り撒いて、人の命を奪う。一分一秒、生存を許してはならない邪悪。
「どう致しますか、マスター。我々も動きますか?」
「そうしたいところだが……バーサーカーともなると、間違いなくこいつらは強い。僕だけが出向いても、熱々のピザをデリバリーするようなものだな」
「はい……残念ですが。この近辺に現れたならともかく、こちらから仕掛けることは困難です」
「こうして大々的に狩れと命じてきたからには、僕ら以外の奴らにも声をかけているだろう。
令呪は貴重だ。すぐにでも動く奴はいるはずだ……とすると、市内は戦場になる。僕らはそっちのフォローに回ろう」
「了解です、マスター。市内を巡回しているアンドロイドに指令を出します」
「逃走経路の構築、避難誘導の文言、ああ、シェルターも用意しないと。近くならここでいいんだが、ただの建築物がサーヴァントの戦闘に耐えられるはずもないしな。
よし……フライデイ。追加の発注だ、十数人が乗り込めるバスを作ってくれ。有事にはそれで市民をピックアップし、ここまで連れてくるんだ。
運転は僕がプログラムを組もう。とにかく数とスピードが最優先だ、市内の倉庫を幾つか買い取ろう。そこにバスを待機させて」
矢継ぎ早に指示を繰り出すトニー、その命令を忠実に実行していくシールダー。
が、まるでゼンマイが切れたかのようにその動きがぎこちなく停止する。
「フライデイ?」
「マスター、アンドロイドの一つが接触しました……ピエロの二人組です!」
鋭い刃のようなシールダーの報告が作戦室を貫き、トニーを身構えさせる。
「モニターに出せ!」
スクリーンに投影されたのは……奇妙なほどに澄んだ瞳だ。
覗き込んでいるとどこまでも吸い込まれそうな。あるいは、呑み込まれそうな。
カメラが引く。いや、引いたのは瞳だ。
「……っ!」
トニーは息を呑む。思わず引いた身体が机にぶつかり、空のカップが落ちた。
レンズが捉えたのは、満面の笑みを浮かべる道化師の男。
バーサーカーのマスター、ジョーカーという男だった。
◆
HA
HA
HA
HA
HA
HA
HA
HA
――――――――……
笑声は後方に置き去られる。
朝日に照らされ始めた道を疾走するのは影なる鋼鉄の騎馬、二騎。
まばらな車影を縫うように、凄まじいスピードで駆け抜けていく。
闇そのものを固めて形作ったバイクに跨るのは、首から上を失くしたライダー。
その後ろにタンデムするのは、道化師の男。男たち。
影のバイクは先を争うようにコーナーに侵入し、焼けたタイヤが煙を立ち登らせた。
「GOOOOOOOOOOOAL!! YEAR! チェッカーフラッグはオレのもんだな」
「“オレの”ものということは、“オレの”ものだ。つまりはオレの勝ちだな」
「HAHAHA、そうだったなァ、じゃあノーゲームか。次は何する?」
「モグラ叩きはどうだ?」
「いいねェ! 乗った!」
バイクは車線を空けていた先行車に寄せる。するとジョーカーが身を乗り出した。
振り下ろされたのはどこにでもある鉄パイプ。無骨な、太い、変哲もないただの鈍器。
自動車のフロントガラスが破砕する。コントロールを失った車体は大きくスピンし、あるものは転倒、あるものはガードレールに衝突。
やがてそこかしこから爆発音と真っ赤な炎が吹き上がる。
片手では足りない数の自動車をクラッシュさせて、ふとジョーカーは首なしライダーの背をトントンと叩き停車させた。
「どうした?」
「見ろよ、アレ。面白いものがあるぜ」
首なしライダーのバイクから降りたジョーカーとバーサーカーは、大破した車の一台に歩み寄った。
ドライバーの手が割れたガラスからはみ出ている。その手が流す血は、赤ではなく黒い。血ではなく、オイルだ。
骨は金属のフレーム、神経はケーブル。人のものとは似ても似つかぬ、メカニカルなパーツ。
いくつもの死体の中に一つだけ、死体ではないものがあった。
「なんだこりゃ。最近の義手は良くできてるな」
「カッコいいねえ。オレも作ってもらおうか?」
「そいつぁいい。そうだ、ついでにパンをトーストする機能もつけてもらおうか」
「こんがり焼かないとな ……お? まだ動くな、こいつ」
ジョーカーは、あるいはバーサーカーは車からメカ人間を引きずり出した。
顔面――を偽装していた合成樹脂を引き剥がす。現れたのはやはり、金属の頭蓋骨。
眼球はカメラのレンズ。そのレンズがぎょろりと動き、ジョーカーを映した。
◆
――うん? こいつ、オレを見てるぞ?
――こいつは使い魔の一種だな。映像を何処かに送信している。
――ほう、ほーう。じゃあ何か、こいつを通して誰かがオレたちを覗き見てるってことか!
――誰か、じゃなくてサーヴァントだなあ。誰だ? オレたちと遊びたいのか?
モニターに映った二人の道化師は、寸分違わぬ狂笑を張り付かせてレンズの向こうのトニーを見据えていた。
こちらの存在を認識しているはずはないのに、何故だかトニーはジョーカーに見られている感覚を打ち消せなかった。
「フライデイ、こちらの情報が漏れることはあるか?」
「ハッキングは受けていません。今のところは問題ないはずです」
トニーとシールダー合作のアンドロイドは、魔術と機械のハイブリッドだ。
捕獲され、解析されればこの場所を辿ることも不可能ではないが、それにはシールダーと同等の魔力、さらにトニーに匹敵する技術力あってこそだ。
見たところ、ジョーカーとバーサーカーにそれはない。故に、トニー達の情報を知られる可能性はほぼない、はずだった。
もちろんこちらからコンタクトをとることは不可能ではない。が、トニーはどうしてもそうする気になれなかった。
理由は、ジョーカーの瞳を見てしまったからだ。
あの、底なし沼のごとく見る者を引きずり込む引力を放つ狂気の……
――……おいおい、だんまりか。つれないなぁ。
――恥ずかしがり屋の“ピーピング・トム”、出ておいで、ってな。
――まあ、いいさ。こうやって偶然当たりを引いたってことは、街を歩けばまだいくらでもこいつらがいるだろ。
――ショーには観客がつきものだからな。
――安心したぜ。オレたちの功績まで全部あのグールに持ってかれちゃあ堪らんからな。
――つまり、“お前が”オレたちの“スコアラー”ってことだ! よォく見てろよ? 数えとけよ?
――ああ、なんだかやる気が出てきたぞ! 見られるってキモチいいなァ!
二人のピエロはステップを踏み、手と手を取り合ってダンスする。
まるで子どものように。無邪気に、愉快そうに、そして残酷に。トニーに見ろと、記憶しろと迫る。
彼らがこれから行う破壊と殺戮、混沌と悲嘆のパレードを。余すところなく見届けろと。
ギリッと、噛み締めた奥歯が鳴る。最初に感じた怯えはどこかへ吹き飛んだ。
こいつは……こいつらは、放っておいてはいけない。いや、生かしておくのすら許されはしない。
――いよォし! じゃあ次行くか! どこ行く!?
――そうだなァー……おっ、これどうだ?
沸々と怒りのボルテージを上げるトニーをよそに、ひとしきり踊って満足したかピエロたちは辺りの散策を始めた。
アンドロイド同様、ひっくり返って絶命した市民――助けられなかった。頭痛がひどい――の懐を探り、一枚のチラシを取り出した。
シールダーがすかさず拡大する。文字を読み取る。
442プロ主催、クリスマスライブ。
出演アイドル【高垣楓】【新田美波】【神谷奈緒】【白菊ほたる】【市原仁奈】……
アイドル。ライブ。新田美波、ニッタミナミ。数時間前にテレビで見た、美しい女性。
ぞくり、とトニーの背筋を悪寒が這い上がる。
予想通り、そのチラシを見たピエロどもはにんまりと満面の笑みを浮かべていた。
――見ろこれ見ろこれ、ライブだとよ。楽しそうじゃないか?
――ああ、きっと楽しいぞ。でも見てるのは退屈だ。だからオレたちも一つ、盛り上げてやろうじゃないか!
――演出か! やったことはないが、いや待てあるか? ああ、こういうのは得意だぜ。
――ジョーカー&バーサーカーが送るサプライズイベント! こいつは見逃せないな、“ピーピング・トム”!
――明日の15時、特設ステージ……なんてこった、時間がねえぞ! こりゃ急いで準備しないとな!
――そうと決まればこうしちゃいられねえな、行こうぜ“オレ”!
――OKOK、楽しいクリスマスパーティの始まりだ! HA HA!
BAN!
銃声を最後にアンドロイドからの映像は途絶えた。
そのまま、静寂が作戦室を支配する。
「……マスター? あの、どう致しますか……?」
たっぷり数分は待っても主が動かないので、シールダーは恐る恐る問いかけた。
それでもトニーはやはり動かない。その手はぐっと胸を――心臓を押さえつけている。
動悸よ静まれと念じるように。あるいは、神に勝利を誓う戦士のように。
さらに数分、トニーはようやく目を開く。
「……フライデイ、プラン変更だ。打って出るぞ」
「マスター!? 危険です、それは!」
「こいつらを野放しにしておくのは危険だ。どれほどの犠牲が出るかわかったものじゃない」
「それはわかります。ですが……!」
ジョーカーの挑発に乗る、とトニーは言った。だがそれは自殺行為だ。
そんなことはシールダーに言われるまでもなく、トニー自身が一番理解している。
「落ち着けよ、フライデイ。なにもこいつらのところに正面から殴り込むって言ってるんじゃない。
それは他の奴らがやるだろう。人喰いの方は、遺憾だが他の誰かに任せる。
僕らは表から……いや、裏から、かな? ピエロどもの動きを封じるんだ」
トニーは机に向かい、新たな設計図を引いていく。
そのペンは先程にも増して早い。ジョーカーに対する怒りと嫌悪がトニーを突き動かしていた。
聖杯戦争の常道、つまりサーヴァント同士の戦闘を“表”とするなら、トニーがこれからやるのはまさしく“裏”の戦法だ。
「スーツを用意してくれ。ああ、パワードスーツじゃないぞ。カメラ映えする、ビシっとしたビジネススーツをだ。
それと、スターク・インダストリーズの名前を使ってテレビ局にコンタクトを取ってくれ。この僕、トニー・スタークがアイドルたちのライブに大いに興味を持っているとな」
「テレビ局に、ですか。不可能ではありませんが」
「あと、442プロダクションと言ったか。僕が、スターク・インダストリーズがスポンサーになると申し出ろ。
今からではライブ開演に口を出すのは無理だろうが、関係の理由付けにはなる。
とにかく今日、僕がアイドルと接触できるような場を作るんだ。トークショーでも取材でも何でもいい」
単純な戦闘力では、いまのトニーとシールダーでは、ジョーカーとバーサーカーを仕留められない。
だからこそ、トニーは“戦わない”。
トニー・スタークの一番の強みは、戦闘力ではない。
創り、生み出し、活用する。それがトニーの、アイアンマンのスタイル。
それはモノには限らない。行動を起こす機会でさえも、自らの意志で創り上げるもの。
「ライブに出演するアイドルを全員、“ここに”、このウィンチェスター・ハウスに保護する。
そして彼女たちと入れ替わったアンドロイドは“事故”に遭ってもらい、土壇場で明日のライブを中止させるんだ」
これが、トニーの頭脳が弾き出したプラン。
犠牲を最小限に抑え、かつジョーカーとバーサーカーを確実に討伐する。
ライブを見せ餌とし、ジョーカーたちを誘い出し、その目論見を挫いた上で全戦力を投入し、カタをつける。
一人二人の欠員ではライブは続行するだろう。だが出場予定のタレントが全員いなくなればどうか。
穴埋めの人員は一日では手配できまい。仮に無理やり都合をつけたとして、それは本来のライブとは比べるべくもないお粗末なものとなるだろう。
そんな舞台であのジョーカーは満足するか? 答えは否だ。
行動を取りやめることまではしないかもしれない。だが、打撃には違いあるまい。その僅かな間隙を千載一遇の好機に変えるのがトニーの仕事だ。
工作のための資金は、幸運な事に潤沢だ。戦闘力に劣る代わりに、トニーに与えられたロールが最大の効力を発揮する。
昨夜見たニッタミナミ嬢ら、アイドル諸君には申し訳なくも思うのだが、人名が最優先だ。
首尾よくジョーカーらを始末できれば、改めてライブを開けば良い。そのための資金は全額スターク・インダストリーズが補償しよう。
「金はいくらかかってもいい。もし足りないのなら本社の株を売るなり特許を売るなり、あらゆる手を使ってかき集めろ」
「いえ、おそらく資金は問題ありませんが。ライブを中止に、ですか。それであのピエロたちが諦めるでしょうか?」
「ないな。だが、少なくともこちらがイニシアチブを取れるはずだ。
ライブ会場の見取り図を用意しろ。万全の体制で奴らを誘い込み、迎え撃つぞ」
ジョーカーが攻める、のではなく、ジョーカーに攻めさせる。
来るとわかっているのならば、またそこに罠を仕掛けられるのならば、主導権を握るのは容易いことだ。
トニーの目的はあくまで狂ったピエロの打倒であって、報酬である令呪にはさほど興味がない。
ジョーカーを倒しやすい舞台に誘導し、周辺被害の心配もなくしてやれば、猟犬のように集まってくる血気盛んな誰かが勝手に倒してくれるだろう。
「さっき言った通り、避難用のバスの生産は続けろ。それと平行して、乗用車もいくつか作れ。
その車に攻撃用の兵器を幾つか積む。自走式の砲台だ。これなら館から離れてもある程度の火力を運用できるだろう。
完成次第、さっき言った空き倉庫を適当に買い上げて詰め込んでおけ。
あと、僕のスーツ……パワードスーツの方だが、マークⅦ’の製造は一旦保留。代わりにマークⅤ’を再優先だ」
「マークⅤというと、携帯用ですか?」
アイアンマン・マークVは携帯性に優れたモデル。
アタッシュケース型のボックスにまで縮小したパーツを展開することで、いつでもどこでもアイアンマンになれる。
小型化の代償として性能はお話にならないものだが、それでも戦車くらいなら軽くスクラップにできる。
サーヴァントと殴り合えるものではないが、少なくともある程度逃げ回ることくらいは可能なはずだ。
「そうだ。本当はマークⅦ以降の完全スタンドアロン型が理想だが、人目につくのもまずい。
あれなら持ち歩いてもアタッシュケースと言い張れるからな」
「その分、性能に不安が残ります」
「緊急離脱用だ。戦闘力はさほど問題じゃない……というか、そういう状況にはならないようにする」
人目につく場所でアイドルを拉致するからには、当然トニー自身が疑われる状況は避けねばならない。
そういった点でも、手軽に携帯できて数秒で完全に容姿を変更できるアイアンマン・マークⅤは非常に有用だ。
無論、トニー自身が手を下すのは最終手段だ。
基本的には、シールダーが送り込む人間に擬態したアンドロイドに任せるつもりでいる。
「しかし……この館を出ては私の力は届きません。それではマスターを守れない……」
「反対か? 僕も正直、こんな危ない橋は渡りたくない。
だが今は、動かせるユニットは僕自身だけだ。助っ人がいれば別だが、そうではない以上他に選択肢はない」
「……了解しました。でも、ご自身の安全を再優先にしてください、マスター。
あなたがいなくなれば私も消える。街を、人々を守れる存在が消えてしまう」
「させないよ、そんなことはな。大丈夫だ、僕はやれる……やってみせるさ」
守ってみせる。この街も、人々も。
傷つき倒れた仲間たちのビジョン――あんなものを現実にしてはならない。
トニー・スタークは一人かもしれない。だが孤独であることが、戦いを止める理由になどなりはしない。
あの日、初めてアイアンマンを名乗った日から、トニー・スタークに立ち止まることは許されていないのだから。
数時間後。
冬木市に住む人々が朝のニュースを見るべくテレビを点けたとき、そこには一人のアメリカ人が映っていた。
家庭の食卓に留まらず、通勤中の携帯端末で、街頭の大型モニターで、何百人もの人々がその男を目撃した。
一部の乱れもなく完璧にスーツを着こなす洒脱なその男は、カメラに向かって微笑みかけ、溢れる自信を言葉へ変えて放つ。
「ごきげんよう、日本の皆さん。少しだけ、皆さんの貴重な時間を拝借したい。
私の名はトニー・スターク……そして」
すぅ、と一息。
行け、行け、行け。
戦いを始めろ。
鋼鉄の鎧を身に纏え。
開始せよ、トニー・スターク!
自らに言い聞かせるように、胸の内で唱える。
そして。
「I am Iron Man.」
この偽りと闘争の世界の真ん中で。
人を/街を/すべてを守るため、アイアンマンの戦いが幕を開ける。
【新都 テレビ局/1日目 早朝】
【トニー・スターク@マーベル・シネマティック・ユニバース】
[状態] 健康
[装備]
[道具] アイアンマン・スーツ・マークⅤ’@マーベル・シネマティック・ユニバース
[令呪] 残り三画
[所持金] 潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:街を、市民を守る。
[備考]
1.442プロのアイドルと接触、アンドロイドと入れ替えて明日のライブを中止させる。
2.ジョーカー&バーサーカーの目論見を阻止する。
3.協力者を探す(あまり期待はしていない)。
※アイアンマン・スーツ・マークⅤ’
13.6kgのアタッシュケースに偽装されたコンパクトなアイアンマン・スーツ。
携帯性に優れるが、武装・装甲ともに貧弱。とはいえ、車を蹴飛ばすなど超人的なパワーは健在である。
シールダーにより生産されたため神秘を帯びており、サーヴァントやそれに準ずる存在とも戦闘行動が可能になっている。
【深山町 ウィンチェスター・ミステリー・ハウス/1日目 早朝】
【ウィンチェスター・ミステリー・ハウス@シールダー】
[状態] 健康
[装備] 防衛兵装、防衛アンドロイド多数。
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守り、市民を守る。
[備考]
1.トニーのバックアップ。
2.避難用のバス、攻撃用の兵器搭載自動車、アイアンマン・スーツの製造。
3:市内各地の空き倉庫を買収、仮拠点の作成。
4.市内の情報を収集。
※現在、市民避難用のバス、攻撃用の兵器搭載自動車、アイアンマン・スーツを製造中。
【深山町/1日目 未明】
【ジョーカー@ダークナイト】
[状態] 健康
[装備] 拳銃、鉄パイプ、その他色々
[道具] 442プロ主催クリスマスライブのチラシ
[令呪] 残り三画
[所持金] 二百万円前後。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を自分好みに“演出”する。
[備考]
1.聖夜に最高のパーティを。
【フォークロア@バーサーカー】
[状態] 健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:(ジョーカーに準ずる)
[備考]
1.(ジョーカーに準ずる)
投下終了です
乙
アイアンマンvsジョーカーとかマジで映画にならないかな
乙です
何故かこの社長、足を掬われる気がしてならない
投下乙です
やっぱりジョーカーに目を付けられたライブ
アイドル集団誘拐を目論むアイアンマン
ライブが無事に終わる未来は消え去った!
>錆びつく世界を、スキップでかけて
おお、これはすごい!
各所にたっぷり盛り込まれた史実小ネタは勿論のこと。
まさか、ランサー登場話に出ていたネタを引っ張って、これまでの推理劇を生み出すとは……! すごすぎる!
いっそ逆に、あの登場話がこの話の為に書かれたのでは無いか、と錯覚してしまうくらいですね!
キャスターと同盟関係を結び、彼の秘密を見事当て見せたランサーには「流石交渉術スキル持ちだ!」と感服してしまいます!
ですが、この話のすごいところを個人的にあえてピックアップするならば、秘密を暴かれた方であるキャスターの株がてんで下がらず、むしろ上がっている気さえする、というところだと思いますね!
どちらの持ち味やキャラも存分に使い切った推理&会話劇は読み応えバツグンでした!
また、一方みーくんサイド。
置いてけぼりにされたペレ様は可哀想――ですが、彼女みたいな人(女神)を一人ぼっちにしていて大丈夫なんでしょうかねぇ? ちょっぴりに不安になります!
その後、胡桃先輩と会った後の二人の会話は、場所が冬の公園ということもあって、どこか寂寥感の漂う良いムードでした!
人を殺すことに葛藤を感じる彼女たちが、今後どのような行動を起こしていくのか!? 気になりますね!
投下ありがとうございました!
>Belley Star
あっという間に二度目の投下アーンド一度目のライブステージ大乱闘の終結ですね!
まずは個人的に一番目を惹かれた義弟サイドから!
バーサーカーを引いた魔力に乏しいマスターの宿命と言いますか、急激な魔力消費に苦しむ義弟の姿は、(サーヴァントがバーサーカー化した円卓の騎士だということもあるかもしれませんが)Zeroの雁夜おじさんのようで、痛々しいですね! ざまあみろ、という感じです!
しかし、その後バーサーカーが自分の元に呼ばれた理由を推知し、令呪を用いずに彼女を撤退させた彼の姿は正に理想のマスター像そのものと言えるでしょう! すごい!
そして、最もインパクトが大きかったのはやはり、最後に彼が考えたバーサーカー調教計画、及び、「殴りながらヤリまくるのも良いかもしれねぇなァ……」ですね。
お前、女が相手なら誰でも殴りながらヤリまくるのか……(困惑)。
まあ、言葉が通じない以上、肉体言語に頼るのは仕方の無いことなのかもしれませんね!
一方、バーサーカーはバーサーカーの方でこちらも素晴らしい。
特に、彼女がスルトの天を衝く炎の剣を見た時のリアクション。これは良いですね!
その後書かれているバーサーカーの心情を含めて、彼女の背景を知った上でこの部分を読むと、こう、胸に来るものがあります!
こんな彼女を殴りながらヤリまくろうとする義弟は、マスターの屑なのでは……?
アイドルビリーさんに、バーサーカー調教、ライブステージ漏電事故、と今後が気になる展開ばかりで、とても面白かったです!
投下ありがとうございました!
> I am Iron Man
社長ダー!
アメコミ勢のセリフ回しが絶妙に上手い!
限られた期間内で史実ネタを調べるのに加えて、セリフもそれらしく整えて来てくださるのは、すごい、としか言いようがありませんね!
道具作成に使えるシールダーのスキルを利用して、サーヴァント相手とも戦闘ができるアイアンマン・スーツを製作する、というアイデアは正にこの主従ならではだなあ、と思いました!
途中で挟まれる、アベンジャーズの仲間たちを思い出すトニーの姿を見ると、彼がキャップと再会した時にどんなリアクションを見せてくれるか楽しみになってきます!
そして次に登場したのはジョーカーたち!
首無しライダーの操るバイクでのチェイスから、『モグラ叩き』とインパクトバツグンな登場を果たした彼らはまさに狂人ですね……!
個人的ではあるのですが、特に「“オレの”ものということは、“オレの”ものだ。つまりはオレの勝ちだな」の部分がかなりイカれてる感じがして好きです!
この後、案の定ライブの存在を知ってしまったジョーカーたち、そしてそれを止めるべく動く社長。そして巻き込まれるであろう可愛い可愛いアイドルたち!
いったい彼ら彼女らはどうなるのか!
っていうかライブは無事に開かれるのか!?
そこらへんがすっごく気になる一話でした!
投下ありがとうございました!
予約延長します
皆さま投下お疲れ様です
>錆びつく世界を、スキップでかけて
カメハメハ大王の交渉シーンが格好いい!鋭い洞察力とアヌビスへの啖呵は正に英雄って感じで格好いいですね。
対するアヌビスも着々と戦力を蓄えていて油断なりませんね。こと情報戦にかけてはかなり優位に立てそうです。
>Belley Star
序盤からのド迫力の大乱戦。
圧倒的な力でぶつかりモーさんとスキールニールは勿論小技で対抗するビリーも格好いいですね。
そして義弟、モーさん呼び戻す時のクレバーな対応の時は「おおっ!」と思ったのにその後はやはり義弟だったというかなんというか。果たしてモーさんの貞操はどうなってしまうのか……
> I am Iron Man
社長格好いい!
取る手がダイナミックでスケールでかいあたり流石の頭がいい脳筋。
対するジョーカーは次の獲物をアイドルに……どこの世界もアイドルは大変だ。果たして社長は彼女達を守り抜くことができるのか……
遅れてしまいましたが投下します
◆
「討伐令、報酬は令呪一画、ね」
昨日のセンタービル爆破のせいか不穏な空気が漂う冬木の早朝。
仮の住まいのポストに投函されていた手紙をひらひらさせながらアレルが呟く。 この聖杯戦争の管理者をなのる人物から送られてきた討伐令に書かれていた対象は人食い事件の犯人と、昨日センタービルを爆破した犯人。
神秘の秘匿などという魔術師のルールをアレルが知る道理はない。それでいても討伐令を出されたこの二人があまりにもやり過ぎたという事は理解はしている。
そして同時に彼らと同じ様に周囲の被害を考えずに暴れまわる事があれば、次はここに載るのが自分になるのだという警告と彼は受け取った。
アレルのサーヴァントであるライダーの宝具。夢で見た、都をたった一騎で焼き付くした光景は今でも鮮明に記憶の中に焼き付いている。
周囲に熱波を放出するという、防御手段が限られる宝具は強力な類ではあるが、雑多に建物が並ぶこの街で一度でも火力や範囲の調整を誤ってしまえば炎焼による大惨事は免れないだろう。
サーヴァント同士の戦いの場合はどこまでのレベルの被害が討伐令を出す基準になるかはわからないが、少なくとも街の一角を焼く危険なサーヴァントに対抗する為と他の主従に結託をされては堪らない。
「軽率にあんたの宝具を使えば俺もこいつらの仲間入りって訳かね、ライダー」
「さてな、しかし加減を誤れば他のサーヴァントらに目をつけられることは確実だ。面倒ではあるが使いどころは見極めねばならんだろうよ」
アレルが用意した簡単な朝食を口にしながらライダーが問いかけに答える。
自身と同じ思考をライダーがしていた事に、内心で安堵の溜め息をつきながら、アレルも朝食を口にした。
サクリ、と小気味いい音を立てるくらいに表面が程よく焼けたトーストを咀嚼しながら、思考はこの討伐令に乗るか反るかの判断へと切り替わっていく。
「令呪が一画、報酬としては魅力的だよな」
「その為にこちらの手札をむざむざ他の主従に晒してまで得るものか、といったところだな。加えて先ほど俺が答え、お前が懸念していることを忘れた訳ではあるまい?」
ライダーの言葉に、アレルは「そこだよなぁ」と返して悩ましげな表情で天井を仰ぎ見る。
討伐令に参加するということは対象のサーヴァントと戦闘をしなければならないという事だ。
暗殺という手の取れるアサシンであるならばまだしも、ライダーは正攻法で勝負をするか、あるいは漁夫の利を狙って強襲する以外の方法はない。
そこでネックとなるのが無差別に周囲を炎焼させるライダーの宝具となる。
周辺被害を鑑みると使う場所が著しく制限されてしまう宝具を使わずに、被害を顧みず暴れまわるであろう討伐対象を殺害するのは骨が折れるだろう。
逆に宝具の使用に踏み切った場合、もしもその特性を他の参加者に知られてしまえば対策を取られる危険性もある。
無論、危険なサーヴァントと判断され、対ライダー同盟として徒党を組まれる可能性も無視できない。
一画分令呪が増えるというのは確かに他の主従に対してのアドバンテージになるが、それに比べて発生するリスクは彼らが勝ち残るという最終目標からしてみれば大きい。
「結局のところ、令呪が一画増えたからって、それを使われる前に倒しちまえばいいって話だもんな」
「よくわかっているではないか」
アレルの言葉に董卓の厳めしい顔がにんまりと歪む。
危険を侵してまで令呪を狙うこと、また他者に令呪を渡さないこと、その両方は自身らにとっての優先度としてはそこまで高くはない。仮にこの討伐で敵対者が令呪を得たとしても令呪を使われる前に使い手を無力化させるか、令呪を使えない状況にまで持ち込めばいい、という考えにアレルは最終的に行き着いた。
相手の強みを潰す。それは無数の魔物の軍勢に単身で戦い続けたアレルが自然と覚えた戦い方だ。
魔法を得手とする敵なら魔封じの呪文で魔法を唱えられなくしてやればいい。
剣を弾く堅牢な装甲を誇る敵でも閃熱の呪文ならば焼き殺せる。
身体能力に優れた敵には眠りの呪文で動きを鈍らせて叩く。
それと何ら変わらない。やることが分かれば対策を取るというだけの話だ。
「だったらいっそ、令呪はくれてやるって前提で他の参加者と協力するのはどうだ? どうしてもあいつらを倒したいってていで持ち掛けてさ」
「あまり勧められんな。都合のいい話は相手に疑心を呼び裏を読まれるぞ? 目先の利益にしか目のいかぬ凡百の有象無象どもならまだしも、ここに呼ばれているのは一騎当千の英雄達だ。こちらの思惑に乗せたつもりがあちらの罠に嵌まっていたなどということもありえるかも知れん」
ことり、とライダーが中身を飲み干したコップをテーブルに置く。
アレルの提案は同盟にかこつけて他の主従の能力を少しでも多く把握するというものだった。
しかし、ライダーはその提案を逆に相手に利用される危険性を示唆し、同盟事態に乗り気でない姿勢を見せる。
「一度討伐令を敷かれ連合軍を組まれた人間から言わせてもらえばな、最終的に争い合う道しか持たぬ者共が徒党を組んだところで基本的には烏合の衆と変わらぬのだ。
倒すべき敵が眼前にいるにも関わらず、一人でもそこで保身を見せれば余程の阿呆か傑物でもない限り全員がそれに倣い、一人でも欲を見せればそれは全軍に波及して不和を呼び敵につけ入れられる隙となる。……その結果は語らずともわかるな?」
経験則からくる重みのある言葉に、アレルは難しい顔になる。
アレルがその様な手に出るのを諫めるだけでなく、同盟を組んだサーヴァントのどれか一組でもその様な手に出ることがあれば同盟などあっさり瓦解するのだという忠告だった。
「理では討伐に参加する事が得策でない事は理解している。しかし情ではこいつらを始末したい。といったところか」
アレルの煮え切らない様子を見たライダーが少しの思案の後、確かめる様な調子で呟く。
その言葉に、アレルはピクリと反応を示して気まずそうに目線を逸らした。
図星であることは明白であり、ライダーは嘆息混じりに口許を吊り上げる。
「この手の輩は"勇者"としては捨ておけんか? 立派な事だな」
「関係ないだろ、勇者は」
ライダーが嘲るような笑いと共に問いかける。
アレルにとって勇者という単語がコンプレックスになっていることを理解した上で、中途半端な正義感で動くのならばやめておけと言外に釘を刺す。
そんなライダーの意図を読み取り、アレルは顔を不機嫌そうにしかめた。
「確かに関係ない人間を無差別に巻き込むような奴らを見過しちゃおけないって思いはあるさ、それは認める。
でもそれと同じくらい、こいつらに俺は脅威」
「脅威、か」
興味を持ったのか話を聞く体制に董卓が入った事を確認し、アレルが話を続ける。
「こいつら、特にビルを爆破した奴らは俺達みたいに聖杯戦争に勝利するって事を第一に動いてる様には見えない。それはいいか?」
「ああ、俺も同意見だ。もしもこれで聖杯を狙って動いていたのであればこのような令を出された時点で余程の大間抜けかサーヴァントを制御できていない無能のどちらかだろうよ」
アレルの推察に董卓が首肯と共に同意する。
まだ本戦も始まっていない段階では目をつけられる事を防ぐ為に表立った行動は控えるものであるし、もし人を襲っていたにしても隠蔽工作くらいは行う筈だ。
しかしこの二組に関してはそれは行っていない。それどころか片方は態々目立つような真似を進んで行っている。
だからこそ聖杯戦争の優勝ではなく、別の何かに沿って動いている可能性は大いに有り得ると考えた。
「つまりこいつらに聖杯戦争のセオリーは通じない可能性が高い。俺達がまずやらないような事や予測がつかない事を回りの被害や自分達の後先を考えずにやる危険性が高いんだ。今回は偶々巻き込まれなかっただけで次は俺達も巻き込まれるかもしれない。
買い物に行ってようが、他のサーヴァントと戦っている最中だろうが、家に引きこもっていようが、こいつらが生きている限りその危険性はついて回る訳だ」
もし、昨日の爆発でターゲットに選ばれていたのがセンタービルではなく、アレルが立ち寄っていたヴェルデであったらどうなっていたか。同じ新都に立ち並ぶ巨大施設である以上、可能性が無い訳ではない。
冬木市という限定した空間の中でいつ爆発するかもわからない爆弾が2つも彷徨いている。これを厄介と呼ばずになんと呼ぼう。
聖杯戦争が本格化し戦いが激化していく最中にこの二組に引っ掻き回されるようでは堪らないのだ。
「ざっくり言っちゃえばさ、こいつらは邪魔なんだよ、俺達が聖杯戦争をするにあたって。で、こいつらに対して俺と同じように考えている参加者だって決して少なくはない筈だ。だからまあ、こっちの手が少しくらいバレてもさ、それは必要経費なんじゃないかって俺は考えてる」
「 湯の沸騰を止めるには薪を取り去るのに勝るものは無い、か」
「なんだって?」
「先人の言葉よ。噛み砕いて言えば厄介なものは根から絶つに限るという意味でな。たしかに既に見えている禍根の根を絶たずにいて、後々に俺達の災いになるようでは目もあてられんか」
そう言うと、ライダーがのっそりと立ち上がる。文字通りに重い腰を上げたというところだろうか。
ライダーが討伐令に乗る姿勢を見せた事で、アレルは一先ず安堵する。
ライダーとアレルの関係がサーヴァントからマスターへの絶対服従ではない以上、ライダーが反対の意を示した行動を強要する訳にはいかない。
ましてやライダーが自身の意にそぐわぬと感じた者であれば例え皇族であろうと構わずに殺害する男であると知っている以上、互いの行動方針を出来るだけ一致させる事は大切な事だった。
「当面の方針は承諾しよう。して、これからどうするつもりだ?」
「一先ずはセンタービルに足を運ぶさ。何かわかるかもしれないし……」
「お前と同じ考えのマスターに出会えるかもしれん、か」
「そういうこと。組むかどうかはそいつの人となりを見てってところかね」
そう言ってアレルは食器を片付け始めた。
出来ることなら話の分かりそうな相手に出会える事を祈りつつ、アレルは出発の準備を黙々と進めていく。
☆
爆音。
紅蓮。
悲鳴。
警報。
昨日の夕暮れ時に発生した爆発事件。
スティーブ・ロジャースはそれを黙って見ている事しかできなかった。
駆けつけた時には全てが遅く、昼間に彼がコスチュームをつけて見回っていた時とは大きく様変わりしたセンタービルにはただ破壊の痕と収束しきれぬ混乱だけがあった。
消防隊員や警察官、救急隊員が忙しなく動くこの場所で彼がやれることはもうない。
血が滲むほどに彼はギュッと自身の手を握りしめる。
しんしんと降り積もる雪にも構わず、未だに紅く燃えるセンタービルを青い瞳に映し、ただ立ち尽くしていた。
「……」
次の日の朝、スティーブは爆破事件の犯人の手掛かりがないかとセンタービルの近くまでバーサーカーを伴って足を運んだ。
12/23は日本では祝日とはいえ、雪が降り冷え込んだ早朝、ましてや連日の通り魔事件と昨日の爆発の事もあってかセンタービル周辺の人通りは極端に少ない。
ビルの周りには立ち入り禁止のテープが貼られ、その外には昨夜の惨状を伝えるマスコミ、そして内には事件を調べる捜査員達の姿がある。
今いる場所はセンタービルへと繋がる裏手の路地、だがここからも侵入する事は難しそうだった。
『これでは中の様子を調べられそうにないな』
『ああ、そうみたいだ』
バーサーカーの念話に同じく念話で返しながら、スティーブは自分の元に送られて来た手紙、二組のバーサーカーの討伐令を見つめる。
連続殺人事件の犯人、そしてセンタービル爆破の犯人、そのどちらもが彼にとって見過ごせる存在ではない。
例え討伐令が出てなくとも、スティーブはこの二人の凶行を止める事を第一に動いていただろう。
「討伐令を出すくらいなら彼らの真名か宝具くらい教えてくれてもいいだろうにね」
『逸脱した行いをしていても聖杯戦争の参加者である事に代わりない。特定勢力が不利になり過ぎる事態を避けたのかもしれん。
そもそもどうしてもこの二組を排除したいのであればルーラー自身がその権限を持って排除にあたればいいだけの話だ。
それをしない以上、この聖杯戦争の主催にとって彼らは多少聖杯戦争の進行の邪魔にはなるが自分達が出ていってまで排除するほどのものでもない、という認識なのかもしれないな』
スティーブの呟きにバーサーカーが自分なりの推測で答える。
聖杯戦争の進行や運営を司るエクストラクラス・ルーラーという存在が他のサーヴァントに対して強権を発動できるという話はスティーブも聖杯戦争の知識としてバーサーカーから聞かされていた。
そんな存在が今日までにこれだけの被害を出してきた相手に対し、自ら動かず他の参加者達へ処分を一任した事に対してスティーブは苦い表情を浮かべる。
「彼らを止めるだけの力を持っているにも関わらず、被害が出るのを黙って見ているだけ、か」
怒気の混じった呟きが漏れた。
何人もの人間が既に亡くなっている、亡くならせてしまっている。
それは力を持っているにも関わらずに状況を放置しているルーラー達への怒りであり、力を持っているにも関わらずにみすみす被害を出してしまった自分自身への怒りだった。
やはりこの聖杯戦争を止めなくてはならない、痛ましい爆発の爪痕を眺めながらスティーブはその思いを募らせていく。
『報酬かそれとも別の動機があるかまでは分からないが、他の陣営もこの二組に関しては動きを見せてくるだろうな』
『出来れば手を組みたい。僕らだけでやれる事には限度があるからね』
スティーブとバーサーカーは戦闘力だけで見れば、この聖杯戦争でも上位に入る主従だ。
しかし、直接戦闘力に秀でている分、斥候や探索能力には乏しい。今回の様に潜伏している特定の対象を捕捉するという一点に関しては地道な捜索以外に有用な手を持っていないと言えるだろう。
アサシンやアーチャー、キャスターのクラスが主に該当する、比較的探索能力に優れたサーヴァントとの協力を取りつける事が望ましかった。
『だが、お前の望みはこの場に呼ばれた者達の大半と相反するものだ、そいつらの利になるかもしれないぞ』
『今一番大事なことはどうやってこの二組のバーサーカーを止めるかさ。勿論、報酬の令呪を手にして悪戯に被害を出そうとしている奴らや、聖杯を悪用しようとしている奴らになら報酬の令呪は渡しちゃ行けないし、そもそも協力はしないさ』
そう言って、スティーブは手に持っていた手紙をジャケットのポケットにしまい、センタービルから視線を外す。
ここに留まっていても得られる物は少ないと分かった以上、宛は無いとはいえ別の場所に捜索に行かねばならない。
出発する為にバーサーカーに念話をしようとしたその時、ザリっという足音が響いた。
「!!」
弾かれる様に音がした方向へとスティーブが顔を向ける。
視線の向かう先は路地裏の入り口、センタービルの様子を探る為にスティーブ達が入ってきた道。
彼の目に映ったのは黒髪の青年、アレルだった。
「あ……」
アレルの口から呆けた様な声が漏れた。
驚きに目を見開きこちらを凝視するアレルを見て、スティーブはこれが互いにとって想定していない突発的な遭遇である事が推察する。
「……やあ」
「……どうも」
奇妙な緊張の生まれた空間で、場繋ぎ的な挨拶を交わす。
何故、目の前の男は早朝にこんな人通りの少ない路地裏にいるのかという当然の疑問がお互いの中に芽生える。
そして、疑問はこの男が聖杯戦争の参加者ではないかという疑惑に変わっていく。
確証は無いにしろ、事件のあった翌日に現場近くでかつ人の目を割けるような場所に態々いるのだ。疑いを持つ材料として充分だろう。
問題はそれをどう切り出すか。
『バーサーカー、どう思う』
『怪しくは思う、がサーヴァントが霊体化していては俺も目の前の青年がマスターであると確信は持てないな。そしてそれは相手も同じだ』
『そうか、なら話し合うしかないな』
「酷い事件だ」
バーサーカーとの念話を経て、口火を切ったのはスティーブだった。
顔をセンタービルへと向けると、アレルもつられる様に視線をビルへと向ける。
「そう、ですね。俺も酷いと思います」
少し、思考する様な沈黙の後、アレルが頷きながらスティーブの言葉に同意する。
一歩、二歩とアレルがスティーブの方へと近づいていく、それに気付きながらもスティーブはそれに反応を見せる事はなかった。
「この街のシンボルの1つだ。沢山の人があそこで働いていた。君はこの街に住んで長いのかい?」
「いえ、少し前に来たばかりで」
「そうか、僕もだ」
他愛もない世間話を装った会話。
隣に立ったアレルに対し微かにスティーブが視線を向けると、アレルの視線とぶつかった。
「観光ですか?」
「いや、不可抗力みたいなものさ、巻き込まれたって言った方が正しいかもしれない。君は?」
「俺は……ちょっとやらなきゃいけないことがあって」
言葉を交わす。
腹の内を探るというよりも自分がマスターであると教えるかのように、断片的に身の上の情報を出していく。
互いに現地の住民ではない事を明かし、疑惑は確信へと近づいていくが、それでもまだ会話は続いていく。
「やらなきゃいけないことって言うのは?」
「そうですね、色々とはあるんですけど……、今は悪い奴らを倒すってところですかね。なにせこんな事をする奴らが街にいたら、おちおち買い物も出来ませんから」
「そうか、僕も同じ事を考えていた」
視線だけの交錯だった二人が、ゆっくりと体を向けあい対峙する。
それはお互いに分かりきった繕いを取り払い、腹を割って話し合おうという意思の表れでもあった。
「自己紹介がまだだった。スティーブ・ロジャースだ。何としても手配された二組のバーサーカーを止めたい」
「アレルって言います。俺もそいつらを倒すつもりです」
二人の英雄は自分がマスターである事を明かす。
いずれはぶつかり合う事になる運命ではあるが、今一時は轡を並べる意思をお互いに表明したのだった。
「僕と君は当面の目的が一致している、それはとても喜ばしい事だ。ただ……」
「だからってそのまますんなり共闘が出来るとは限らない、ですよね。報酬の問題もありますし、最低ラインでは討伐令が出された2人が脱落するまではお互いを攻撃しない約束をする、あたりが落としどころかなっていうのは俺たちも考えています」
「そうだ。だから僕はお互いの聖杯戦争に対するスタンスだけでも表明しておいた方がいいとは思っている、もちろん聖杯にかける願いがどういったものかっていうプライベートなものまでは強要はしないけどね」
スティーブの提案に対し、アレルは特に否定の意見は出さず「ええ」という軽い返答と首肯によって同意示す。
「なら、提案した人間から話すのが筋だろう」と、スティーブが口を開いた。
「僕は聖杯戦争を止めるつもりだ。万能の願望器なんてものを僕は信用していないし、その為に関係ない人達が犠牲になることを認められる訳がない。殆どの参加者からしてみれば僕は異端だろう」
スティーブの発言に、アレルが目を驚きによって微かに見開く。
聖杯戦争を止めるなどという、他の参加者が聞けば十中八九敵対か警戒の意思を見せるであろうスタンスを臆面もなく伝えてくるとは予想外だったのだろう。
僅かな沈黙。アレルの視線が時おりチラチラと動く、どう返事をするか考えているのか、それとも彼のサーヴァントと相談しているのかまでは、スティーブにもわからなかった。
「だが、お前達がマスターへの害意を持つというのならば話は別になる」
側頭部から生える一対の角。
両の手をまるで手甲の様に覆う鱗と、そこから伸びる鋭い爪。
その特徴的で特異な体のパーツは4足と2足の違いこそあれ、アレルにとって命をかけた激闘を繰り広げた相手を想起させるに十分だった。
囚われた姫を逃がさぬ為に数多の戦士を屠った魔物。
竜王の城にて、無数の傷を負いながらを討ち果たした魔物。
「戦うしか能のない男なのでな、存分に思い知らせてやろう」
竜――ドラゴン――。
魔物の中でも最上位に位置する強靭な種族。
目の前のサーヴァントにその面影を感じ、アレルはごくりと唾を飲み込んだ。
倒したとはいえ、竜という種族の恐ろしさは身をもって体感している。
全ての魔物を倒し竜王の座へとやってきた彼をして、勝てた事が奇跡と思うほどの難敵。
それが再び目の前に、今度はサーヴァントとして立ちはだかる。
「反英雄か、この様な男に貴様の様な存在が宛がわれるとは皮肉が効いている」
「お前も似たようなものだと見受けたがな、反英雄なのはそちらとて同じだろう?」
「さて、どうかな?」
バーサーカーとライダーがそれぞれのマスターを守る様に、一歩前に歩み出た。
バーサーカーが竜の手を前に構るのに呼応してライダーが腰に佩いた剣をスラリと抜き放つ。
「待ってくれバーサーカー」
一触即発の空気を止めたのはスティーブだった。
制止が入り逡巡を見せたものの、バーサーカーが構えを解く。
ライダーとアレルはそこにつけ入って攻めるような真似もせずに、ただ黙ってスティーブへと視線を向ける。
「僕達はお互いに相容れない、それは分かった。だけど今ここで僕達は戦うべきじゃあない。違うかい?」
「……ええ、そうですね。下がっていてくれライダー、話はまだ終わっちゃいないんだ」
戦闘の意志はないと告げるスティーブにアレルが同調する。
ライダーはアレルの命令を受けると黙って剣を収めた。
「ならばここは剣を収めてやろう。今度は無駄な沈黙で余計な時間を使わぬようにな」
そう言ってライダーはアレルの背後へと移動する。
それを見届けるとバーサーカーも同様にスティーブの後ろへと歩を進めていく。
市街地のど真ん中での戦闘を回避できた事に、お互いが安堵の溜め息を吐いた。
「で、どうします?」
「そうだな、最終的な方針は違っても今お互いの目的は一緒な訳だ。なら一時的に協力はできると思うけど、それはいいね?」
「ええ、俺もそれが前提でしたから」
互いに共闘には前向きな姿勢であることを確認し、頷きあう。
二人の後ろに控えるサーヴァント達も異論はないようだった。
「そちらのライダーは探索は得意だったりするかい?」
「せせこましく動き回るのは部下の仕事だ。俺の仕事ではなかったな」
「僕のバーサーカーもそういうのは得手じゃない。探索に長けたわけでもないサーヴァントが二騎連れだって歩くよりは、別々に捜査を行う方が幾らかは効率的じゃないかというのが僕の考えだ」
「なら手を組むけども行動は別、不戦の協定に近い形になりますか」
「だろうね。お互い調べた情報に関しては時と場所を設けて共有すればいい。君も今日は捜査に?」
「ええ、まあ。ここに特に何もなければ新都の方を適当に探して回るつもりでしたけど」
「OKだ、なら手分けをしよう。僕は深山町で君が新都。何かわかれば連絡してくれ。これが僕の連絡先だ……」
そう言ってスティーブが懐からメモ帳を取り出し、自分の携帯電話の番号を書いて渡す。
対するアレルは差し出された紙を見て怪訝な表情を見せる。
「……」
「どうした?」
「いや、何の数字です?これ」
「何を言っているんだ? 電話番号さ、君だって携帯電話の1つくらい持っているだろう?」
予想していない返答に、今度はスティーブが怪訝そうに眉を潜める番だった。
冗談か何かという疑惑がスティーブの脳裏を駆け巡るのに対し、電話番号という単語を聞き、アレルが「あー……」と歯切れの悪い声をあげる。
そして申し訳なさそうな表情を浮かべるアレルの口から飛び出した発言にスティーブは耳を疑う羽目となった。
「俺、電話っていうんですか? それ持ってないんですよ」
「……なんだって?」
アレフガルド生まれアレフガルド育ち。連絡手段はもっぱら手紙か人手を使う以外の手段のない世界から来たアレルは当然の事ながら電話を持っていない。
聖杯戦争の説明のついでに得た知識の中には電話についてのものも存在し"便利な道具だなぁ"程度の認識はあったものの、他者に連絡を取る必要も無かった為か今の今まで購入には至ってなかったのだった。
無論、そんなアレルの身の上など知る筈もないスティーブは、信じられない物を見たかのような目付きでアレルをまじまじと見つめる。
「り、りろんはしっています」
「そ、そうか……」
取り繕うような笑みを浮かべたアレルの発言にスティーブはただ絶句する他はない。
取り急ぎ、今日は夜に一度合流し情報交換をするという約束を交わして、二人のマスターはその場を後にした。
☆
人通りの少ない路地をスティーブが歩く。
その顔には微かに陰がさしている。
『どうかしたのか、マスター』
『ああ、いや……』
スティーブの様子に気づいたのだろう、バーサーカーがスティーブへと心配そうな声を投げかけると、スティーブは歯切れの悪い返事で返す。
『可能性はあるのは分かっていたんだ、奇跡に縋るしか方法がない人だって参加者にはいるって事ぐらい』
『……さっきの青年か』
苦々しい声に、バーサーカーは先ほど自分のマスターと協力関係を結んだ青年の姿を思い浮かべる。
スティーブの望みを達成させるのであれば、恐らくアレルは何らかの理由で助からないのだろう。
本人の言でしかなかった以上、どこまで信用できるのかは分からないが、スティーブの問いかけに対する返事には少なくとも嘘らしいものは感じなかった。
『僕は僕の道を変えるつもりはない、でもそうなると僕は彼の人生を終わらせる事になるんだろう』
『恐らくはそうなるだろうな』
『何か、彼を助けられて聖杯戦争を止める手立てがあればいいんだけれどな』
『マスター、それは』
『わかってるさ、都合のいい話だ。現実はそんなに都合よくは進んじゃくれない』
脳裏に浮かぶのはここに来るまでの経緯。
かつての自分を知る友人の殆どいなくなった世界。
殺し屋として洗脳されその手を多くの血で濡らしてしまった親友。
年老い、亡くなった愛した女性。
信じるべき道を進んだ結果、衝突した仲間達。
親友を守る為に今の時代に出来た友人との決裂と死闘。
現実はとても残酷だ。
そんな事はスティーブは骨身にしみてよく分かっている。
それでも、だからといって膝を折る事を良しと出来るほどに彼は諦めは良くなかった。
超人となる前から持っていた彼の強さだった。
『それでも、もしそんな方法があるのなら、僕はそれを諦めたくない。そう思うんだ』
(トニー、こんな時に君ならどうする? 色んな不可能を可能にして君なら、いったい)
決別した友に思いを馳せる。
主義から主張まで様々な事で衝突したが、信頼できる仲間の一人だった。
今更会わせる顔もないが、もしこの場にいてくれたらと、そんな事を思わずにはいられなかった。
一陣の風が吹く。今のスティーブにはいつもの風より寒く感じられた。
◆
『気に食わん事でもあったか』
街を歩くアレルにライダーが唐突に念話で語りかけてきた。
『なんだよ藪から棒に』
『いやなに、あのスティーブとかいう男の問いかけに対するお前の返事はやけに棘があったものでな』
ライダーの指摘にアレルの顔が渋いものに変わる。
実際、ライダーが乱入をする前の会話の時はアレル自身攻撃的だった自覚があった。
その理由もアレルは理解している。それをライダーに話すかどうか悩むものの、しつこく聞かれるよりはマシという答えに至る。
『スティーブさんが聖杯戦争を止めるっていった時さ、ご先祖様を思い出したんだ』
『初代の勇者か』
『ああ、きっとご先祖様もこの人みたいに迷う事なく聖杯戦争を止めるって言っただろうな、って思ったら悔しくなった』
自虐的な笑いがアレルに浮かぶ。
今の自分が取っている方針に迷いはない。
だが、まるでお伽話の英雄の様に迷いなく聖杯戦争を止めると言ったスティーブの姿に小さい頃から伝え聞かされた勇者ロトの姿を重ねてしまった時、"だからお前は勇者になれなかったんだ"と内なる嘲りが聞こえた気がした。
英雄然としたスティーブが勇者という存在そのものにコンプレックスを抱いているアレルの琴線に突き刺さると自然と口調も攻撃的になっていた。
『皮肉な話じゃないか、あれだけ憧れて解放されたがっていた肩書きと、何度も何度も戦って最後には屈しちまった相手がタッグを組んで襲ってきやがったんだ』
勇者の様な高潔さを見せたスティーブと、それに尽き従う竜のバーサーカー。
勇者と竜、それはアレルにとってどちら因縁深く、切っても切り離せない存在と言えた。
『だからこそさ、俺は多分あの人を超えなきゃいけない気がするんだ。縁と因縁とか天命とかってやつは良く分かんないけどさ。ここで最初にあったのがあの二人だったっていうのは偶然じゃあない気がするんだ』
アレルが聖杯を狙う以上、いずれ彼らと戦う時は来る。
羨望とも嫉妬ともつかない感情から端を発した決意は、スティーブ達を明確に敵と捉えていた。
強大で乗り越えなければいけない壁。いずれ戦うであろう竜王の前哨戦にするならおあつらえ向きだとアレルは闘志と敵意を燃やす。
だが、それはまだ先の話。スティーブの戦いの前に倒せねばならない敵がいる。
アレルの姿が雑踏に紛れ消えていく。その目に映る敵の姿は道化か喰種か、それとも勇者か。
【新都 センタービル周辺/1日目 早朝】
【スティーブ・ロジャーズ@マーベル・シネマティック・ユニバース】
[状態] 健康
[装備]
[道具] 特製シールド
[令呪] 残り三画
[所持金] 10万前後
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
[備考]
1.討伐令が出された二組のバーサーカー主従の凶行を止める
2.深山町周辺にて捜索、夜7時頃に一度アレルと合流して情報共有。
3.バーサーカー討伐の協力者を探す。
4.聖杯戦争を止めた上でアレルを助ける手がないか探してみる。
※ライダー(董卓)の姿を確認しました。
※アレルと共闘関係になりました。期限は討伐令の出されたバーサーカーの二組が脱落するまでです
【ファヴニール @バーサーカー】
[状態] 健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
[備考]
1.マスターに同行する
【アレル(DQ1勇者)@ドラゴンクエストⅠ】
[状態] 健康
[装備]
[道具]
[令呪] 残り三画
[所持金] 5万前後
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にする
[備考]
1.討伐令が出された二組のバーサーカー主従を優先して倒す
2.新都周辺にて捜索、夜7時頃に一度スティーブと合流して情報共有。
3.バーサーカー討伐の協力者を探す。
4.スティーブとバーサーカーを倒す。
※バーサーカー(ファヴニール)の姿を確認しました。
※スティーブと共闘関係になりました。期限は討伐令の出されたバーサーカーの二組が脱落するまでです
【ライダー@董卓 仲穎】
[状態] 健康
[装備] 剣、弓
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:一先ずは小僧に従う。
[備考]
1.小僧に同行する
以上で投下終了します
期限ギリギリの駆け込みになってしまってすみません、これより投下します。
冬木市は、冬という名を冠する割には温暖な気候なのだという。
とはいえ、クリスマスも目前に迫ったこの時期に、よもや寒さと無縁でいられるはずもなく。
高垣楓は、マンションの玄関から顔を出した瞬間に肌を刺した寒気と、積もった雪からの照り返しの眩しさに、一瞬目を細めた。
思わず、ほう、とついた息が白い。
十分に着込んではいるものの、冬の厳しさは否応なしにこの身を苛んでくる。
見れば未だにちらほらと雪が降り続けているようだ。
念のために傘を持って行った方がいいのかもしれないと思い、玄関の脇に手を伸ばす。
『――故郷の人々は、寒さの厳しい日には口々にこう言ったものです。
こんなに外が寒いのは、ジャックフロストが悪さをしているからだ、とね』
在りし日を懐かしむような声が、楓の頭の中に直接響いた。
まだ若い男性の声だ。
しかし、その語り口は永い年月を経た者だけが持つ落ち着きを含んでいるように聞こえる。
声の主の名は、聖パトリキウス。
アイルランドを守護する聖人にして、高垣楓と契約したキャスターのサーヴァントだ。
彼の存在、そして念話という非常識な手段で語りかけてくるこの状況は、楓が置かれた現実をこの上なく確かに証明していた。
すなわち、聖杯戦争――万能の願望器を懸けた血の魔術儀式の当事者として、ここにいるということを。
「そのジャックさんというのも、妖精なんですか?」
『ジャック・オー・フロスト、縮めてジャックフロスト。ブリテンに伝わる寒気の精ですね。
無邪気な性格ですが、人を氷漬けにするほどの力を持つ強力な妖精です。いずれ呼び出す機会もあるかもしれません』
何気ない風を装って行われるこの会話自体が、本来の高垣楓にとっては非日常以外の何物でもない。
楓はアイドルという世間一般からすれば珍しい仕事に就いてこそいるが、当然魔術師ではないし、儀式など耳にする機会もなかった。
無論――人の死にも、血が流れるような事柄にも、一切の縁を持たない。
少なくとも、高垣楓はそういう生き方をしてきた。
これからもしていくつもりだった。
ままならないものだと肩を落としてみたところで、何の解決にもならないのだけれども。
『そもそもにして、この国の人々が抱いている妖精のイメージは、エリン……つまりアイルランドやブリテンのものとは大きな隔たりがあります』
パトリキウスの講釈は続く。
そう長い時間を一緒に過ごしたわけではないが、彼について既に楓はいくつかのことを知っている。
そのうちのひとつが、彼は意外と話が長い、ということだ。
というよりも、説法に熱が入ると周りが見えなくなる性質というべきか。
以前そのことを指摘したら、彼は「生前も話に夢中になって王の足を杖で突き刺してしまったことがある」と照れくさそうに言っていた。
どうやら自覚はあるらしいが、だからといって生来の気質を改めることができるのかというのは別の話だ。
ましてや彼は伝道者の英霊なのだから、きっとそういうものなのだろう。
楓はひとりで納得して、玄関の鍵を閉めるとエレベーターホールへ歩き出した。
『妖精と聞くと、この国の人はピクシーやエルフのような、背中に羽を生やした小人を思い浮かべる。
確かにそれも妖精のひとつの姿ですが、しかし全てではない。本来、妖精とはもっと多様なのです』
ボタンを押して一分足らずで昇ってきたエレベーターは、早朝だからか他の階に止まることもなく、真っ直ぐに一階に到着した。
外に出てみると、思ったよりも降っている。やはり傘を持ってきて正解だった。
慣れた手つきで傘を広げると、ブーツで新雪を踏みしめながら歩き出す。
いくつになっても、まっさらな雪の上に足跡を残していくのは心躍るものだ。
非常時なのにこんな些細なことでうきうきしてしまっている自分が、楓は少しだけおかしかった。
『妖精、すなわちフェアリーとは本来、神と悪魔、そのいずれにも属さない超自然の存在すべてを指します。
いうなれば幻想種の大半、あるいは竜種すらも定義上は妖精ということになる。もっとも私に竜種の使役能力はありませんが』
キャスターの講義を聴きながら、朝の雪道を行く。
目的地はそう遠くない。
バスを使うまでもなく、雪の中だろうと徒歩で十分な距離だ。
加えて言うなら、この時間ならばきっと急ぐ必要もないだろう。
待ち合わせ場所は市内でも穴場中の穴場で、おそらく客は楓たちだけであるはずだ。
念のために前もって席を取ってもらってはいるが、果たしてその必要があったのかは少し疑問ではある。
もっともそこの店員は楓とは旧知の仲で、朝一番に行くと連絡した時は大いに喜んでくれたので、それだけでも電話の意味はあっただろう。
『我がスキルである妖精の秘蹟とは、それら自然を形作る妖精達に語りかけ、状況に応じた力を借りるというものです。
既に述べた通り、妖精の能力は千差万別。家の主人が寝ている間に靴を仕立て上げるような平和なものばかりではありません」
表通りを曲がると、途端に人通りが少なくなる。
すでに学校はどこも冬休みに入っていて、行き交う人々には学生と思しき姿も混じっているが、それも表に限っての話だ。
お目当ての店はこのすぐ先だが、休みの日なのにこうも人が少ないと、流石に心配になってしまう。
ちゃんと彼女のお給金は出ているのだろうか。
……いや、店の給料で食べていくのは彼女にとって不本意だろうけど、それでも。
『人を化かすもの。惑わすもの。焼くもの、凍えさせるもの、呪毒で冒すもの。あるいは力でもって砕くものまで、様々です。
これらを臨機応変に使い分けて初めて、私はマスターの十全たる守護者となりうる。その事実をマスターも十分に理解して――』
『キャスターさん』
『なんでしょう?』
『到着です』
目的地である喫茶店の前で念話を送ると、返事代わりに咳払いが返ってきた。
楓は小さく微笑んだ。
この賢者には、どこか真面目すぎるが故の愛嬌があるように思える。
『ふふっ、大丈夫。話はちゃんと聞いていましたよ』
『いや、私の方もつい熱が入ってしまいました。続きはまた今度といたしましょう。
……何より、こちらも本来の役目に本腰を入れねばならなさそうです。では、また後ほど』
キャスターがそういうのと時を同じくして、店の奥からぱたぱたと快活な足音が聞こえてきた。
駆け寄ってきた足音の主は楓の前で立ち止まると、元気よく頭の上のウサミミを揺らしながらお辞儀した。
「いらっしゃいませ、楓さん! 朝から誰もお客さん来ないから、ナナ、もう暇で暇で」
「ふふ、おはよう、菜々ちゃん。あまり大きな声だと店長さんに聞こえるわよ」
楓がそう言うと、目の前の小柄な少女――安部菜々は慌てて口を押さえて店の奥を伺った。
幸いというかなんというか、年老いた店長は店の奥のテレビで囲碁の中継に夢中になっている。
街に物騒な噂が広がる中で平和を満喫するのはいいことだが、この店は本当に大丈夫なのだろうか。
「ところで、ほたるちゃんは?」
「まだ来てないですねぇ。ナナはほたるちゃんの連絡先知らないので、店に連絡が来ることはないと思いますけど」
スマートフォンで待ち合わせの約束を確認すると、約束の時間までは少しだけ間があった。
なら、別に焦ることはないだろう。
ライブの打ち合わせまではまだ間があるし、本当に遅刻ならほたるは連絡を入れてくるはずだ。
それに元々、高垣楓は気が長いたちなのだ。菜々も一緒なら、きっと退屈することはない。
▼ ▼ ▼
初めて行く店への道を一本間違え、気付いて動転した矢先に雪で滑って街路樹にぶつかって、枝の上からの落雪を頭から被り。
その拍子にひっくり返ってお尻を打って、よろよろと涙目で起き上がった頃には、既に約束の時間は目前だった。
「……うぅ、朝からついてない……」
白菊ほたるの溜息も、真っ白に染まって大気に溶けていく。
ほたるは決して注意力散漫なわけでも、ことさらにドジなわけでもない。
むしろ、物事には慎重をもって当たるタイプだ。
しかし悲しいかな、こうして頑張りが裏目に出てしまうのは、そういう宿命だと納得するしかないのだろうか。
「あ、黒猫……」
コートに付いた雪を払っている間に、目の前を真っ黒な猫が横切った。
通りを横切ったところで立ち止まってこちらを見つめて、何か言いたげにニャアと鳴いている。
ますます縁起がよろしくない。
『なんだか随分と頻繁に猫を見かけますね。この街には野良猫が多いのでしょうか』
ほたると契約しているランサーのサーヴァント、ガレスがそんなことを言う。
言われてみれば、今日に限っても黒猫に前を横切られたのは先ほどが初めてではないし、ここ数日を含めると相当だ。
なんだか冬木という街に嫌われているような気がして、ほたるはまた陰鬱な気分になる。
「……駄目、せっかく楓さんが付き合ってくれるんだから、もっと前向きにならないと……」
スマートフォンを確認。これでも楓との約束には、ぎりぎり間に合うはずだ。
また転ばないように気をつけながら間違えた道をひとつ戻って、今度こそ正しい道を歩んでいく。
『そうですよ、ホタル。明日はせっかくの大舞台。アイドルとして修練を積み、一回り大きく成長するのです』
毎日泣いてばかりいたほたるに、アイドル活動に専念してみてはどうかと提案したのはガレスだ。
そうすれば、元の場所に戻った時により輝くことが出来るはずだと。
ガレスにしてみれば、少しでも主の不安を紛らわすことが出来ればという配慮もあるのだろう。
怯え続けて毎日を過ごすよりは遥かに気が晴れるのは確かで、ほたるは極力アイドルのことだけを考えようと努力してみた。
だが、思うようにいかない。
どうしても考えてしまう――聖杯戦争のことを。
ガレスは戦争に関わることは全て自分に任せるようにと言ってくれているが、それだけで肩の荷が降りるわけもない。
心の迷いはどうしても表面に出て、歌もダンスも精彩を欠いてばかり。
このままでは袋小路に追い詰められることになってしまいそうで、思い切って相談の約束を取り付けてみたのだ。
ちなみに相手に高垣楓を選んだのは、彼女が文句なしにトップクラスのアイドルなのも大きいが、何故か電話帳に連絡先が載っていたからだ。
ほたるの「元の場所」ではそれほど親交があったわけではないはずだけれど、この冬木では「そういうこと」になっているのだろう。
「あら、ほたるちゃん。おはようございます。今日も雪が……降ってま、すのう。ふふっ」
思案を巡らせている間に目的地の喫茶店に着いたようだ。
楓はこんなに朝早く、華やかとは言い難いところにいてもなお、ハッとするようなオーラを放っていた。
それでいて開口一番の挨拶は随分砕けたもので、こういうギャップがまた彼女の魅力の一つなのだろう。
心に垂れ込めた暗雲が少しだけ晴れるのを感じながら、ほたるもおはようございますと努めて笑顔で挨拶した。
ところで隣の女の子はカフェのウェイトレスさんだろうか。そう訪ねようとしたところで、
「おはようございます、ほたるちゃん! はじめましてじゃないはずですが、念のため!
喫茶店のメイドさんは世を忍ぶ仮の姿! その実体は〜歌って踊れる声優アイドル、安部菜々ですっ! キャハッ☆」
決めゼリフ付きで挨拶されてしまい、気圧されてしまったほたるは曖昧な微笑みで応えた。
言われてみると、見かけたことがあるようなないような。
アイドル……同業者なのだろうか。
少なくとも、クリスマスライブで同じステージに上がるわけではないはずだけれど。
「お、おはようございます……あの、どこかでお会いしたことが……?」
「えっ……」
「……?」
「あ……えーと、ほら、ほたるちゃんがゲストだったこの間の収録、ナナもひな壇の三段目の一番端に……」
「――ほらほら、二人とも。まずは一息入れましょう? 菜々ちゃん、私は熱燗、人肌でお願いね」
「あ、っ…………もー、楓さん! まだ朝ですしうちは居酒屋じゃありませんよう!」
一瞬妙な空気になったものの、二人のやりとりに緊張していた表情がほぐれたところで、勧められるままに席に座る。
と、これまで沈黙を保っていたガレスが、ささやき声の念話で語りかけてきた。
『では、しばらく私は席を外しましょう。きっとアイドル同士でしか出来ない話もあるでしょうしね。
いざという時は迷わず令呪で呼んでください。我が槍は、いつでもホタルの傍らにあることを忘れないで』
『あの……どこか行っちゃうんですか……?』
『ふふっ、ただの散歩です。そうですね、さっきの猫でも追いかけに行きましょうか』
霊体化していたガレスの気配が遠ざかった。
まさか本当に猫を追っていったわけではないだろう。多分。
菜々に尋ねられて(メイドさんは仮の姿ではなかったようだ)、甘めのカフェオレを注文する。
既に楓は普通に紅茶を注文し、テーブルの向こう側で微笑みながらほたるの顔を見つめていた。
(……うん、勇気を出さなきゃ……聞いてもらいたいこと、たくさんあるんだから……)
今さら怖気づいてはいられない。
震える心の、震えるその理由を聞いてもらうために、ほたるはこうして会いに来たのだ。
明日のステージのこと。アイドルのこと。それだけでなく、もっと深刻な、それでいて取りとめのないこと。
自分の立っている場所が分からなくて、毎日が、怖くて怖くてたまらないことを。
上手く伝えられるだろうか。ほたるはぽつぽつと、自分の言葉を口にし始めた。
▼ ▼ ▼
結論から言うと、ガレスは本当に猫を追っていた。
「この……思ったよりも素早いですね……!」
路地裏を走り抜け、石塀の上に飛び乗って、屋根伝いに家から家へ。
既に霊体化は解いている。
霊的な感知能力だけでなく五感の全てをもって、先をひた走る黒猫を見失わないように注力するためだ。
日中に街なかで姿を晒すことの危険性は承知しているが、ガレスにはライネット夫人に賜った真名秘匿の指輪がある。
現に今もガレスの服装は刻一刻と変化を続けていた。
仮に遠くから目視した者がいたとして、その特徴を細部まで捉えることは困難を極めるだろう。
「あっ、また立った!」
信じがたいものを見て、ガレスは疾駆しながら憤慨した。
サーヴァントの脚力を試すように走り続ける黒猫が、方向転換の時に二本足で立ち上がったのだ。
それも今が初めてではない。器用に四本足と二本足を使い分け、ちょこまかと逃げ回っている。
見ようによっては愛嬌があるし、平時であればガレスも可愛らしいと思ったかもしれない。
だが、今は明らかにそういう状況ではない。
あの猫は、完全にガレスを誘っている。
ついでにいうと、間違いなくこちらをからかってもいる。なんて猫だ。
(それにしても、聖杯戦争はじまって初めての冒険が、よりにもよって猫との追いかけっことは)
ガレスは口元に笑みを浮かべた。
それは自嘲であると同時に、ちょっとした期待が含まれた微笑みだった。
思い返せば生前、ガレスにとって待ち焦がれた王都キャメロットでの生活は、陽の当たらない厨房から始まったのだ。
それを思えば、どんなにぱっとない始まりであっても、そこから始まる冒険までもつまらないものだとは限らない。
あの猫を追った先にあるものが想像通りなら――なおさらだ。
それに、とガレスは思う。今は、冒険譚が必要だ、と。
円卓の誰よりも清き騎士であるガレス。
一方で彼女には冒険を愛し、栄光を夢に見、未知へと心を躍らせる純粋さがある。
しかし今、彼女が冒険譚を求めるのは、己の探究心だけによるものではない。
ガレスは己の主、白菊ほたるのことを考える。
毎夜のように彼女の頬に残っていた、涙の痕を思い出す。
彼女には支えが必要だ。
支えがなければ、ほたるの優しすぎる心は過酷な現実に押し潰されてしまう。
ほたるに対してアイドルとしての生活に励み、知人を頼るよう助言したのはガレスだ。
それは同時に、ガレス自身が真の意味でほたるの心の支えになれていないことの自覚の表れでもある。
だからこそ、必要なのだ。
口先だけの誓いではない、ガレスがほたるを護る槍であることの証明が。
自分のことを信じてほしい。自分のことを頼ってほしい。
不安を、恐怖を、自分に対して打ち明けてほしい。
そのためには、ガレス自身が打ち克つ必要がある。
打ち克つ、何に?
言うまでもない。
ほたるをおびやかす、この世界の全てにだ。
「いつまで追いかけっこを続けるつもりです! 私を試すつもりならば、姿を現しなさい!」
打ちっぱなしのコンクリートの屋上で、黒猫に向かって声を張る。
いや、正確には猫の向こうにいるはずの者へと。
言葉を聞き届けたか、黒猫が立ち止まった。
もはや隠そうともせず、二本足で立ち上がってこちらを見定めている。
ガレスは一刻だけ、足を止めた。
止めてから、意を決して一歩、近づいた。
▼ ▼ ▼
ゲール語で『シー(Sidhe)』とは妖精を指すが、語源を辿れば本来は『丘に棲むもの』を意味していた。
これは、妖精達が遥かに臨む小高い丘のような、人の世界にごく近く、それでいて少しだけ遠くの場所に暮らしていたことを示唆している。
ゆえにその境界を越えようとする者は気をつけなければならない。
妖精の国は遥か遠く、それでいて容易く踏み込むことができるほど近くにあるのだから。
▼ ▼ ▼
.
――踏み出せば、匂い立つ緑の世界。
立ち並ぶ曲がりくねったブナの巨木。
地には絨毯のように敷き詰められたカタバミに混じって、ブルーベルの青い花が揺れる。
足元の感触すら、コンクリートの硬さから積もる落ち葉の柔らかさへと変化している。
冬木の住宅街の一角にて、ガレスは『森』の只中へと迷いこんでいた。
それも、尋常なるものではない。
匂いが違う。
空気が違う。
気配が違う。
ここは、人ならざるものの森である。
(サーヴァントの攻撃?)
僅かに逡巡……そして、否定。
(いえ、違う。これは『惑わし』の秘蹟……私は『似たもの』を知っている)
ガレス自身がかつてキャメロットにて目の当たりにした夢幻の魔術。
円卓に名を連ねる者ならば誰もが知る『花の魔術師』。
彼の使う魔術と、この森は同じではない。この森は彼のものではない。
だが――性質が近い。
魔術の方向性だけではない。
この森が含む魔力はあの時代のブリテンのものに近いと、ガレスは直感した。
「――縁ある土地、近しき時代の魔術師とお見受けします!」
指輪による変装を解き、燦然と輝ける銀の鎧を纏い、ガレスは問うた。
木漏れ日を浴びて、彼女の金髪が燐光を放つがごとく輝いた。
「街中に放った妖精猫にこうして案内をさせ、森のまやかしで私を試すのはいかなる理由あってのことですか!」
威風堂々。
敵地においてなお勇ましく立つ姿は、まさしく誉れ高き円卓の騎士の一人のものである。
「聖杯戦争の理ゆえに名は明かせませんが、この槍に懸けて逃げも隠れもしないと誓いましょう。さあ、お答えを!」
魔術に対して策を弄するなどという考えは頭から捨てている。
常に正々堂々、誇りある行いを為せ。それが英霊ガレスの誓いであるがゆえに。
敵の術中にあるからといってこの信念を曲げるぐらいならば、そもそも彼女はこの地に召喚されてはいない。
ガレスの正道は、今もこの迷いなき眼差しと共にあった。
「――――佳い目をしている」
しばらくの間の後、返ってきた声は若く落ち着いた男のものだった。
「この“惑わしの術(グラマー)”を見抜いた上で、いささかも動揺することないその眼差し。
喜ぶべき立場ではありませんが、しかし喜ばしい。最初に出会えた英霊があなたであることに感謝すべきでしょうね、ランサー」
声の主は、はじめからそこにいたかのように、一面の緑に溶け込んで座っていた。
身に纏う緑の衣が、まるで森の一部であるかのような錯覚をガレスに与える。
木々の間を吹き抜ける穏やかな風が、彼の長髪をゆるやかになびかせる。
緑衣のサーヴァントは、慈しみの籠もった眼差しでもって、ガレスに相対していた。
「貴方が、この森の主――この結界を張った、魔術師ですね」
「さて、どうでしょうね。確かに私はキャスターですが、私が自ら魔術師を名乗ってしまえば、都合が悪く感じる者がこの世には大勢いる。
加えて言えば、私は少しだけ力を借りているだけです……クラス名のキャスターと呼ぶぶんには、止めはしませんが」
長髪のサーヴァント、キャスターはその穏やかな態度を崩そうとしない。
「そして先ほどの問いに答えましょう。ランサー、私は我が『妖精猫(ケットシー)』に気付いた貴方と話がしたかった。
もっとも、元々そのために放った妖精というわけではありませんが――ランサー、『乾いた獣の使い魔』はご存知ですか?」
「……いえ。恥ずかしながら、使い魔を見かけたのは貴方の猫が初めてです」
「ならば用心なさい。『乾いた者ども』は私が動くよりも先に、この街を探っていた。うまく尻尾を掴みたいものですが、さて」
キャスターがかぶりを振るのを見、ガレスはこの話は本題ではないようだと判断した。
「忠告には感謝しましょう、キャスター。しかし、私と話をしたかったというその理由をまだ聞いてはいません」
「そちらの答えは単純です。ランサー、あなたは『討伐令』をどう見ます?」
「どう見ます、とは?」
「乗るか降りるか、と言い換えてもいい。私はあなたとあなたのマスターの意向を確かめたい。ただそれだけです」
「…………」
ガレスは口をつぐみ、答えあぐねた。
討伐令とは言うまでもなく、この街で殺戮を繰り返しているという二組の主従に対してのもの。
サーヴァントは共にバーサーカー。既に多くの者が殺され、センタービルの爆破事件もこの片割れの仕業と聞く。
ガレス個人の考えだけで答えるならば、許せるはずがない。
騎士道どころか人の道にもとる所業、一刻も早く成敗すべき――と、ガレスはそう考える。
だが、しかし。
「……私達は……」
ガレスは戦うべきだと考える。しかし、ほたるは。
ほたるはそうは考えない――いや、考えようがない。
主に余計な心労をかけまいと、討伐令はほたるの目に届かぬようにガレスが懐にしまい込んでしまっている。
ゆえに、ほたるは何も知らない。
自分もまた、市内で頻発するおぞましき事件の当事者であることを。
知らないほうがいい。知らないままであるべきだ。
そう思いやった上での行いが、果たして本当に正しいのかは――まだ、胸を張ってはいえないが。
「……葛藤があると見えますね。事情に踏み込むような真似をしたことは、謝罪しましょう」
先に詫びの言葉を発したのはキャスターだった。
葛藤があるのは事実であるだけに、ガレスは口を挟めない。
「ならば先に私の考えを明らかにしましょう。私も彼らの非道は見過ごせない。無辜の民の犠牲を強いるなど、断じて許せない。
しかし――我がクラスはキャスター。バーサーカー二騎を正面から仕留める力は持ち得ず――また、主を危険に晒したくもない」
都合のいいことを言っているという自嘲が、キャスターの顔に陰となって落ちた。
「ゆえに、我らの代わりに邪悪に立ち向かう勇気ある者を探していたのです。虫のいい願いだと笑っても構わない。
だが、災いは除かれねばなりません。報酬の令呪など不要。心に正義を持つ者になら、私は迷いなく手を貸しましょう」
「…………」
「そして、あなたと巡り合った。ゆえに、問わねばなりますまい」
ガレスの瞳を、キャスターの視線が正面から射抜いた。
それは意志の宿る視線だった。
生涯を苦難の道に捧げ、それを信念のみでもって乗り越えた者だけが持つ、意志の力の眼差しだった。
「麗しき騎士、清廉なるランサーよ。あなたは、何のために槍を執るのか。
その鎧に相応しい、太陽のように輝く心をもってあなたは槍を振るうのか、と」
頭のなかで、木霊のようにその問いを反響させてから。
ガレスは、深く森の空気を吸い込んだ。
より一層強く、かつてのブリテンのものと近しい、懐かしい何かを感じた。
この空気を全身に行き渡らせていると、あの頃の記憶が甦るようだ。
誇りを胸に馬を駆り、穢れなき風のように生き抜いた我が生涯の記憶が。
後悔はない。迷いもない。
いかなる最期を迎えようとも、良い一生であったと胸を張って誇れる。
ならば、問いへの答えもまた、誇りと共にあるはずだ。
「私はこの二度目の命を、我がマスターのために使い切ると決めた。
そのために必要となるのならば、迷わず槍を振るいましょう」
その言葉は揺るぎなく、白き輝きをもって森に響いた。
「ゆえに我が槍は――“己が栄光の為でなく”」
キャスターは頷いた。
そして、この答えを聞けただけで満足だというように微笑んだ。
「――結構。何かお困りのことがあれば、先ほどのように猫を探しなさい。
あなたがその輝ける誓いを胸に抱く限り、私は可能な限りあなたの力となりましょう」
「それは貴方がたの陣営が、我々と手を組むということですか?」
「さて。これは取引ではないし、私は損得ではなく正邪をもってあなたと向き合っただけのこと。
力を借りるつもりはないと言うならそれもよし。無論、戦いを挑んでくるならば受けて立ちますよ」
ガレスは金髪を揺らして小首をかしげた。
「……おかしなサーヴァントもいたものですね」
「全くです」
そういって二人は同時に、小さな笑い声をあげた。
「それと、キャスター。私を太陽に喩えるのはやめてくださいね。その呼び名にはもっと相応しい人がいます」
「おや、失礼。ならば次からは気をつけましょう、清き騎士よ」
「ええ。次があることを祈ります、緑の賢者」
ふと気づけば、森が、次第に輪郭を無くしていく。
話したいことを語り終え、キャスターが術を解いたのだろう。
そして森の結界とともにキャスターの姿もまたぼんやりと揺らぎ始めた。
「それでは、しばしの別れを。直接語り合える時を楽しみにしています」
そう言い残すと、キャスターは――いや、キャスターの幻影は、数百の蝶に分かれて飛び去った。
時を置かずして、森の結界も完全に解除され、世界は元の姿を取り戻した。
妖精猫もいつの間にか姿を消し、コンクリートの屋上にガレスはただ一人立っていた。
「……本当に不思議なサーヴァントでしたね」
果たしてほたるの心を癒せる土産話になるかどうかを考えながら、ガレスは屋上から跳び去った。
主の元へ向かいながら、自分が太陽に擬えられたのを思い出し、少しだけ誇らしげに笑った。
▼ ▼ ▼
これから戻りますとの報告をガレスから念話で受け取った頃には、ほたるは自分の持ち得る勇気を使い果たす寸前だった。
最初はライブについての相談をしていた、と思う。
一生懸命練習してきたこと、だけど本当に結果がついてくるのか不安で仕方ないこと。
アイドルならば誰もが抱える、だけどアイドルにしか真に理解してもらえないような悩みを、ほたるは楓へと打ち明けていた。
隣の菜々が神妙な顔をして俯いていたが、その理由を考えられるような余裕は、その時のほたるにはなかった。
だけど、途中から話の風向きが変わってきた。
というよりは、ほたるにとってライブの不安はあくまで表向きで、話しているうちに奥底から本当の不安が浮かび上がってきた。
それは不幸という言葉でくくれるほどに簡単なものではなく。
そして当事者ではない楓や菜々には伝えられるはずもなく。
ほたるが一人で「抱え込まなければならない」類の不安だった。
――それを直接触れないように言葉にしたから、ひどく取り留めのない話になってしまったように思える。
聖杯戦争などという殺し合いに巻き込まれてしまいました、助けてください……なんて、とても言えるはずがなかったから。
それでも話して、話して、話して……しまいには涙を浮かべながら、ほたるは話した。
恐ろしさの原因は最近冬木で起こっている事件だとかに置き換えたけれど、心の痛みはそのまま伝えてしまった。
楓はただ黙って耳を傾けていてくれた。
そして、ほたるの言葉が途切れたところで、辛かったのね、と声をかけてくれた。
「……ねえ、ほたるちゃん。今、この街にはほたるちゃんみたいに、怖い思いをしている人が大勢いるわね」
その言葉に少しだけ鼓動が早くなったが、楓は聖杯戦争の話をしているのではないはずだ。
この冬木では今も恐ろしい事件がたくさん起こっていて、そういう人達のことを言っているのだろう。
「そんな人達のために、私達アイドルは何が出来ると思う?」
「それは……」
言うべき答えと自分の心があまりにかけ離れていて、一瞬ほたるは言い淀んでしまう。
「私達の歌で……不安な人達の心に、勇気とか温かさを、届けて……。
……でも、私、今の私には、そんなこと……。誰かにあげられる勇気なんて、ありません……」
最後の方は、まるで絞り出したような声だった。
少なくとも、冬木に来る前の自分なら、もっと自信を持って答えられたはずだと思う。
自分はアイドルだと、トップアイドルを目指しているのだと、胸を張って。
でも、どのみち、今のほたるは八方塞がりなのだ。
ガレスが何と言って励ましてくれようとも、戦うことの出来ない自分が、もう一度ステージで輝けるイメージが浮かばない。
まるで「元の世界」でプロデューサーに出会う前の、真っ暗闇の底なし沼に沈み込んでいくような感覚。
藻掻いても藻掻いても、明日が見えない。
願っても願っても、未来が見えない。
こんな自分に、誰かの心を救うなんて大それたことができるわけがないのではないか。
どうしても、そう思ってしまって――。
――だけど、高垣楓は、そんなほたるに手を差し伸べた。
「……それじゃ、こういうのはどうかしら。私が、私のステージでほたるちゃんに勇気をあげる。
ほたるちゃんは、それをファンのみんなに分けてあげて。ほたるちゃんのステージを楽しみにしている、みんなに」
思わず顔を上げると、楓は変わらぬ微笑みを、真っ直ぐにほたるへと向けていた。
何かを決意している人の目だ。
そして今回のステージは必ず成功すると、いや必ず成功させると、確信している人にしか出来ない表情をしている。
どうしてそんなに強く在れるのだろうか。
聖杯戦争のことを何も知らないからだろうとまず思い、それからそんなことを考えてしまった自分を恥ずかしく思った。
楓は他の誰よりも、ファンの皆のことを大事に思っているのだろう。
ほたるには、そんなことを考えている余裕がなかった。
本当は、アイドルならば真っ先に考えないといけないことだったのに。
「……ありがとうございます、楓さん……ライブ、頑張りますね」
人を殺すのも、殺されるのも嫌。
聖杯戦争への覚悟なんて、決められるはずもない。
でも、ほんの少しだけ前向きになれたら……何かが、変わるだろうか。
ライブを乗り越えて、もしも「もっと輝きたい」って思えたら、この真っ暗闇から抜け出すことも出来るだろうか?
分からない。何も分からないけれど、せめて。
今できることだけはやってみよう。ただ、それだけを。
「――そうですよ、ほたるちゃん……ナナも、応援しちゃいます! ハートウェーブ注入、ですよ!」
声の方に視線を向けると、隣の菜々がぐっと両手を握りしめていた。
その手が、それに声もどこか震えているような気がしたのは、ほたるの気のせいだったろうか。
「菜々さんも、ありがとうございます」
「いえいえっ! ナナ、ライブの成功をウサミン星からお祈りしてますよ!」
いや、やっぱり気のせいだったのかもしれない。
真っ直ぐに応援してくれる彼女のその心には決して嘘はなくて、それがほたるには無性に嬉しい。
菜々と楓に繰り返しお礼を言いながら、ガレスが戻ってきたら彼女にもありがとうって言いたいなと、ほたるは思った。
▼ ▼ ▼
――キャスター、聖パトリキウスは思い返す。
マスターである高垣楓が討伐令の封書を読んだ、今朝のことだ。
パトリキウスもその内容を確認し、大いに義憤に駆られ、同時にやり切れなさを覚えていた。
サーヴァントとしてのパトリキウスは基本的に防性のサーヴァントである。
自分の陣地に相手を誘い込んで初めて互角以上に戦える、キャスターらしいキャスターだ。
ゆえに、何の計画性もなく被害を撒き散らすバーサーカーの相手をするのは困難を極める。
悔しいが、この件に関してパトリキウスに出来ることはないだろう。
他に正義の心を持ったサーヴァントが召喚されていることを祈り、楓にもそう告げようと口を開きかけた。
「……ライブ。大丈夫でしょうか。中止になったりはしないでしょうか」
そんな矢先に楓の口から飛び出した言葉は、パトリキウスを一瞬呆けさせるに十分だった。
討伐令を見てクリスマスライブの開催を心配しているマスター。
もともと掴みどころのない女性だとは思っていたが、流石に危機感が無さすぎるのではないか。
死者も大勢出ている。何より、楓自身がターゲットにならない保証はどこにもない。
いや、それどころか、マスターであることが割れれば真っ先に狙われるだろう。
ライブどころではない。
パトリキウスはそう説き、しかし、楓の視線に続く言葉を留められた。
「キャスターさん。大勢の人が亡くなったと言いましたね。そしてもっと沢山の人が、今も不安を感じていると」
その通りだ。だからこその討伐令。
もはや魔術儀式としての隠蔽が困難になったがゆえの緊急措置。
本来はルーラー自身が直接事に当たるべきではないかという忸怩たる思いはあるが、しかし現実として対処は必要だ。
彼らが野放しになっていること自体が、この街にとっての恐怖なのだ。
「でしたら、これはもう、私の戦いです」
パトリキウスには楓の言う意味が分からず、重ねて問うた。
楓は何でもない事のように微笑み、さも当たり前のことを言うように、唇を開いた。
「街中の人々が不安がっているのなら、そんな人々に勇気と希望を与えるのは、アイドルの仕事です。
そして、高垣楓はアイドルですから。この街を脅かすものがいるのなら、私は私にしか出来ないやり方で戦わないと」
パトリキウスは呆然とした。
しかしそれは先ほどのものとは全く理由を異にした一瞬の放心だった。
そして我を取り戻した彼が真っ先に感じたのは、己の認識への羞恥だった。
つまるところ、パトリキウスは今この瞬間まで、マスターである楓のことを内心で軽んじていた。
軽蔑していたのではない。ひとりの女性として敬意を払っていた。
だが、マスター足りうる存在ではなく、庇護しなければならない無力な女性だと、どこかで考えていた。
それが今、覆された。
楓はただの無力な女性ではなかった。
彼女にはアイドルとしての矜持があり、彼女にとっての戦場はステージの上だった、というだけのこと。
高垣楓は今、命を懸ける覚悟を持ってここにいる。
「――マスター。貴女もまた、ひとりの“伝道者”なのですね」
どうして自分が楓に召喚されたのか、ようやくパトリキウスは得心した。
聖パトリキウスは伝道者の英霊だ。
自分から青春を奪い、奴隷として虐げたエリンの民に、しかし愛と慈しみを伝える為に文字通り生涯を捧げた。
なまじサーヴァントなどという枠に囚われたばかりに、その生涯と彼女との相似に気付けずにいたとは。
生前の自分の戦いは、人々に慈愛を伝えるためのものであり、武器を携えてのものではなかったではないか。
ゆえに、誓おう。
キャスターのサーヴァント。真名はパトリキウス。不屈の伝道をもって、聖人に列せられる者。
その持てる力の全てを懸けて、楓の戦いの場は自分が護ると。
恐らくこの冬木最大のイベントを、数多の主従が『利用』しようとするだろう。
だが、そうはさせるものか。
必ずライブは成功させる――それがアイドル高垣楓の戦いであり、パトリキウスが命を賭す理由である。
聖人たる誇りにかけて、無辜なる人々の心を救うための行いを、誰にも踏みにじらせはしない。
そして今。
楓からほたるの話を聞いた緑の賢者は、その思いを一層強くしながら、一足先にライブ会場へと向かった。
あの騎士のサーヴァントがバーサーカー達を討ってくれるのが一番だが、そう楽観視も出来ないだろう。
それに――
(あの森の結界には、ランサーと私の幻影以外に、『何か』がいるような違和感があった。
使い魔か、アサシンか。盗み聞きの可能性がある以上あまり思い切ったことが言えなかったのが心残りですが、さて……)
もっとも、相手が誰であれ、今の自分にできることはただ護ることだけだ。
守護聖人パトリキウス。
英霊となってはアイルランドの地を護り、今はただひとりの女性の願いを護る。
▼ ▼ ▼
――ほたると楓が別れて立ち去り、マスターが店の奥に引っ込んでしまったので、自分たち以外に誰もいなくなった喫茶店で。
「バレないように後を追ったつもりが、気付いた時には森の中。もう面食らったのなんのって」
黒のドレスに着替え直したランサー、中村長兵衛は、この数刻の偵察の結果をマスターである安部菜々に報告していた。
テーブルの上に腰掛けるその姿はお世辞にも上品なものではなかったが、不思議と様になるのが彼女の魅力である。
あの時、楓とほたるが喫茶店で合流したのとほぼ時を同じくして。
喫茶店から僅かに離れた時点でサーヴァントの気配――パトリキウスのケットシーを追い実体化したガレス――に気付いた長兵衛は、
可能な限り気配を殺しながらそのサーヴァントの後を追跡していた。
長兵衛はアサシンとしての適性を持つこともあり、こと相手に気取られないことに関してはガレスの遥か上を行く。
気配遮断スキルこそ持っていないが、風景の一部として溶け込むスキルはある意味では気配を完全に殺すよりも強力だ。
結果、ガレスが猫に気を取られていたこともあり、共に結界に進入することに成功したのである。
「いい男に会えればとは思ってたが、あの男か女か分かんない騎士サマも、もう一人の澄まし顔の優男も好みじゃなくてねえ。
サクッと突き殺してやろうかとも考えたけど、あいにくあたしは不意討ち上等。一人殺ったところでもう一人と正面からってのは勘弁でね」
結果、長兵衛は攻撃態勢を取ることなく(それが幸いして二人に完全に気取られることはなかった)、情報だけを回収して戻ってきた。
とはいえ得られた情報といえば、既に街中に使い魔を放っているキャスターが少なくとも二騎はいるということ。
それに加えて、裁定者からの討伐令は確かに他の主従の方針に影響を与え、動かしつつあるということぐらいだ。
確かに討伐令の報酬は魅力的だ。
特に基礎能力に不安の残る長兵衛にとっては、瞬間的なブーストや奇襲に活用できる令呪は喉から手が出るほど欲しい。
「でも、あいつらと組むってのは無しだね。お二人ともご立派な信念をお持ちのようだが、あたしにとってはお上品に過ぎる。
誇りだの信念だので戦うのは否定しないし、やりたいやつが好きにやりゃあいい。
そういう連中のおかげで、あたしらみたいなヤツにも機会ってのが巡ってくるんだ。
それでも流石に、自分が肩を並べるところを想像するとゾッとするねえ。おサムライの流儀とはなるだけ無縁でいたいもんだ」
気だるげな口調でそこまで話し終え、長兵衛はちらりと視線を下に落とした。
菜々は長兵衛が腰掛けているテーブルに突っ伏し、ぴくりとも動かない。
「……まあ、あたしのほうの話はこれで終わりかな。で、さ」
わざとらしく大袈裟な溜息をついてみせ、長兵衛は力なく垂れている菜々のウサミミを指先でつついた。
「あんたのほうはいったい何があったのさ。……というか、いい加減泣き止んだ?」
顔を上げた菜々は、本物のウサギみたいに真っ赤な目をしていた。
目元をぐしぐしと拭ってから小さく鼻をすするのを見て、長兵衛はやれやれと頭を振った。
何があったのかは分からなくても、菜々が何を感じたのかは嫌でも分かってしまう。
「アイドルの知り合いと会ってたんだろ。そのぶんだと……あんまり楽しい話じゃなかったみたいだね」
「……楽しい話でしたよ、とっても」
無理に笑おうとする姿が、痛々しい。
その知り合いとやらと一緒の時も、無理をして笑っていたのだろうか。
菜々はそのぎこちない笑顔のまま、ぽつぽつと話し始めた。
「楓さんも、ほたるちゃんも。一生懸命でした」
「そうかい」
「明日のライブ、絶対に成功させようって。意気込みがナナにも伝わってくるくらい」
「なるほどね」
「凄いんですよ、二人とも。ステージに立ってなくても、輝きをこう、内側に秘めてるっていうか」
「大したもんだ」
「ほんとです。だからナナにも分かります。明日のライブは、きっと最高の舞台になるって」
「だろうね」
「だって、楓さんも、ほたるちゃんも、アイドルなんですから。キラキラ輝く、最高の」
「…………」
「きっとたくさんの人が見に来て、二人や他のみんなから笑顔をもらうんです」
「マスター」
「夢のような時間でしょうね。まさにシンデレラの舞踏会。アイドルだったら、誰もが夢見る……」
「あんたさ」
「アイドルだったら……誰もが……誰も……っ」
何でもない風を装って始まった言葉は、だけど、次第にか細い声に変わっていって。
そして――最後には、ほとんど無理やり絞り出したように、切々として。
菜々は、どうしようもないその気持ちを、ただ吐露することしか出来ずに。
「どうして…………どうしてナナも、そっち側にいられなかったんですかね……?
何がいけなくて、ナナは『頑張って』って、『応援してる』って、そう言う側になっちゃったんですかね?
みんながキラキラしてるのは嬉しくて、応援してるのも本当で、だけど……本当は、ナナも、ナナだって……っ!」
それ以上言えずに菜々はまたテーブルに突っ伏し、長兵衛はその頭を手のひらでぽんぽんと叩いた。
叩くたびにウサギの耳が揺れ、長兵衛は菜々が落ち着くまでそうしていた。
その間、彼女は何の言葉も掛けなかった。
励ましも、気休めも、何の足しにもならないことは、他ならぬ彼女自身が何よりも知っていた。
菜々が抱える理不尽の正体を誰よりも分かっていたから、長兵衛はただ黙って、そばにいた。
「……長さん」
不意に菜々が口を開いた。
「聖杯の、ことなんですけど」
「……やる気になった?」
「いえ……ナナ、夢を叶えるために聖杯を使うのは、なんだか違うなって思ってて。
そんなことをしたら、ナナのこれまでの努力も、時間も、全部裏切っちゃう気がして」
「あんたね……」
この期に及んで何を、なんて言うわけにもいかず、そのまま長兵衛は次の言葉を待つ。
「でも、でもですよ? もしも、聖杯の奇跡が、ほんのちょっとだけ、きっかけをくれたら……。
ほんのちょっとのチャンスでいいんです。それで、もし、ナナが、ここから一歩を踏み出せたら……」
踏ん切りが付かないのか少しだけ躊躇ってから、菜々は続けた。
「そしたら……ナナも……幸せになれますかねぇ……?」
それだけを言って、そのまま顔を伏せたままの菜々にも伝わるように、長兵衛はあえて笑ってみせた。
「……あんたの言ってたその、シンデレラってのも、カボチャの馬車は魔法で出してもらったんだろ。
幸せは自分で掴むとしても――それくらいの奇跡は、願ってもバチは当たらないんじゃないかね」
それを聞いて、菜々はようやくおずおずと顔を起こした。
彼女が真っ赤な目のまま決まり悪そうな顔を見て、長兵衛も笑い返した。
「ははっ。マスターの顔、今ひどいことになってるよ。アイドルの自覚あんならさ、すぐにメイク直してきな」
「は、はいっ」
誤魔化し半分だろうか、わざとらしく跳ねるように立ち上がった菜々がロッカールームに駆け込んでいく。
それを見届けてから、長兵衛は勢いをつけてテーブルから飛び降り、大きく伸びをした。
これで菜々の心が聖杯戦争へと向けて定まった……というわけではないだろう。
戦いへの覚悟とは、そんなに生易しいものではない。
こんな僅かな時間で無理やり固めたような意志ならば、むしろ無い方がマシなくらいだ。
それでも、彼女は今、自分の願いを自覚した。
ほんのちっぽけな、つまらない、吹けば飛ぶような願いを。
「……少しは、忙しくなりそうかねぇ」
落ち武者狩りの中村長兵衛。
藪の中こそ我が王道。
森で見たあの騎士のような誇りなどなく、あの賢者のような慈愛もない。
だからこそ、長兵衛は思うのだ。
そんな英霊だからこそ、つまらない願いのために命を賭すも悪くない、と。
▼ ▼ ▼
今一度、ガラスの靴を履いて。彼女達、それぞれにとっての聖杯戦争が、ここから始まる。
▼ ▼ ▼
【深山町 商店街/1日目 早朝】
【高垣 楓@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]財布や携帯電話などの日用品
[所持金]生活に不自由の無い程度
[思考・状況]
基本行動方針:アイドルとして、ライブを通じて人々を勇気づける。
1.必ずクリスマスライブを成功させる。
2.聖杯戦争についてはキャスター(パトリキウス)の判断を尊重する。
3.他のアイドルに対しても気を配る。
[備考]
※442プロ所属のアイドルとは相互に面識があります。
また、菜々ともアイドルとしての親交があります。
【キャスター(パトリキウス)@史実(5世紀アイルランド)】
[状態]健康、魔力潤沢
[令呪]
[装備]シャムロックの杖
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:楓の信念を尊重する。
1.楓よりも先にライブ会場を訪れ、可能ならば陣地を作成する。
2.妖精を使い魔として情報を収集。
3.乾いた使い魔を使うサーヴァント(アヌビス)を警戒。
[備考]
※ケットシー(妖精猫)をはじめとする妖精を使い魔として街中に放っています。
またガレスを認め、討伐令に参加する場合は力を貸すつもりでいます。
【白菊 ほたる@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、精神的憔悴(小)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]財布や携帯電話などの日用品
[所持金]一般的な学生並
[思考・状況]
基本行動方針:殺したくないし、殺されたくない。
1. 今はライブのことを考えよう……。
2. 聖杯戦争については、まだ考えることすら怖い。
[備考]
※442プロ所属のアイドルとは相互に面識がありますが、菜々のことはよく知りません。
※ガレスがあえて伝えなかったため、討伐令の内容を知りません。
【ランサー(ガレス)@アーサー王伝説】
[状態]健康、魔力潤沢
[令呪]
[装備]無銘・馬上槍
[道具]ライネット婦人の指輪
[思考・状況]
基本行動方針:騎士の誇りにかけてほたるを護る。
1.ほたるの安全が最優先。
2.状況によっては、キャスター(パトリキウス)へと連絡を取ることも考える……?
[備考]
※ケットシーを通じてキャスター(パトリキウス)に連絡を取れるようになりました。
またパトリキウスに対し、地理的・時代的に近い英霊であると直感しています。
【安部菜々@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、精神的ダメージ
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]メイド服、財布や携帯電話などの日用品
[所持金]あまり余裕はない
[思考・状況]
基本行動方針:迷い。
1. 奇跡を願っても、いいんですか……?
[備考]
※アイドルですが442プロ所属ではなく、当然クリスマスライブの出演者でもありません。
冬木市内における知名度も、442プロのアイドルには遠く及びません。
【ランサー(中村長兵衛)@史実(16世紀日本)】
[状態]健康、魔力潤沢
[令呪]
[装備]無銘・竹槍
[道具] 黒のドレス(菜々の私物)
[思考・状況]
基本行動方針:どんな卑怯な手を使ってでも勝ち残る。
1. ひとまずは菜々が決意を固めるまで見守る。
[備考]
※ランサー(ガレス)とキャスター(パトリキウス)の会話を聞いています。
投下終了しました。
投下お疲れ様です!
アイドルとして戦う楓さんは格好いいなあ!それに触発されるほたるちゃんにも頑張ってほしいですし、頼りになる相棒も含めて是非ともライブを成功させて欲しいものです。
それに対して、輝ける舞台に立てなかったウサミンは切ない。切ないからこその必死な願いとそれを叶えようとする長さんが素敵。
それぞれの戦いが待っていますが彼女達は悪意になんて屈してほしくないと思ってしまう作品でした。
それと私事で申し訳ありませんが昨夜投下した拙作ですが見直してみたら投下中にコピペミスで本文に欠落がありました。申し訳ありません。
よろしければttp://www65.atwiki.jp/winterfate/pages/186.htmlに欠落無し版を載せましたのでそちらをご覧いただければありがたいです。
お二人とも投下乙です!
>勇者と竜と魔王と俺と
ここにいるメンツはまさにタイトル通りの三役が揃ってて、アレルだけがいまだ何者でもないという感じ
かつて自分がそうあろうとし、偉大な先祖もまさにそうであった「勇者」をごく自然に体現するスティーブは眩しすぎて逆に嫌味にも見えるよなあ…
サーヴァントが竜であるのも相まって、アレルにとってはどこかで必ず乗り越えなければならない壁になる。これはもう必然というしかない
この不和が、狂ってはいれども油断ならないバーサーカーたちと戦うときに表出しなければいいが
>今一度、ガラスの靴を履いて
物理的に戦える力を持つマスターたちとは違う、ステージという舞台で輝くアイドルたち
殺伐とした状況だからこそライブで人を勇気づける、これもまた一つの戦いの形だなあ
そんな楓さんに導かれて前向きになるほたる らと対象的にガンガン曇ってく菜々さん
全然血生臭くないのに一人だけ重い精神的ダメージ負ってるのが見てて辛い
そもそもほたるちゃんの記憶にすら残ってなかったんだな…
乙
安倍ナナさんの欲望や願望が出てきたのはいいゾ〜
南城優子&キャスター(ヘリオガバルス)
市原仁奈&ライダー(オシーン)
以上二組四名予約します。
予約にバーサーカー(モードレッド)を追加します
予約延長します
>勇者と竜と魔王と俺と
勇者としてくたびれてしまった、何者でも無い「俺」であるアレルの心情にスポットを当てたこの作品は、非常に読み応えがありました!
魔王であるライダーとアレルの、決して仲が良いわけではないけれども、そこそこの距離感を持っている関係は良いですね! いかにも、聖杯戦争の主従という感じです!
邂逅の後、何度か言葉を交わした後で繕いを取り払うシーンではそこまで張り詰めていた緊張がようやく解け、読んでるこちらの肩の力も緩みました!
竜のバーサーカーに勇者のキャップと出会い、彼らに闘志をふつふつと燃やすアレル。今後の展開で、彼がどうなるかは見ものですねぇ!
投下ありがとうございました!
>今一度、ガラスの靴を履いて
複数のアイドル(でない人も居るけれども)が集うという、可愛い要素の高い話でしたが、個人的に一番可愛かったなあ、と思ったのはガレスでした! 猫を追いかける彼女は可愛い〜!
しかし、キャスターとの遭遇シーンでは騎士らしくカッコイイガレス。このメリハリが素晴らしい!
「ゆえに我が槍は――“己が栄光の為でなく”」。この台詞も、彼女のキャラクターを知っていると思わずニヤリと出来て良いですね!
そして最後の菜々さん! ようやく願いを見つけたとはいえ、ここまで曇っている彼女が今後どうなるかは心配ですね……。あと、モバマスの方で新しく、温泉姿で登場しましたね! おめでとうございます!
投下ありがとうございました!
投下します
十二月二十三日は天皇誕生日。
国民の祝日にして、休日である。
年末の忙しい時期に設けられたこの休日の過ごし方は、人によって様々だ。
あるものは年末の慌ただしさから逃れるように、体を存分に休ませ、
またあるものはせっかく出来た丸一日の休みだからこそ、その時間を年末のイベントに向けた準備に注ぐ。
果たして日本国民の中に、この日天皇の誕生日を祝っているものはどれくらい居るのだろうか――と、疑問に思わなくもないが、
まあともかく、大抵の人はそんな事を気にせず、せっかく与えられた休日を各々の好きなように過ごしているのだ。
しかし、その男――ウェカピポにとっては休日など関係ない。
天皇誕生日であろうと、国民の祝日であろうと、今日も彼は出勤することになっていた。
昨日のセンタービル爆破事件や以前から起きている人喰い事件を受け、市内各所の警備態勢は普段以上の高水準を要されていた。
それに、今日は休みということで、市内の観光施設や商店には普段以上に人が集まるのだから、
ウェカピポのような警備員職の需要がいっそう高まるのは仕方のないことである。
勿論、その分後日に埋め合わせの休みが与えられるのであろうが、
聖杯戦争の期間中――つまり僅かな間しか冬木市にいないウェカピポにとって、それはあまりありがたみのない話だ。
そもそもの話、聖杯戦争の最中に職場へ律儀に出ること自体がおかしいのかもしれない。
しかし、特に大した理由もなくこの忙しい時期に仕事を休むのは難しい。
万が一職場に聖杯戦争の関係者が居て、その人物から急に休んだことを疑われたら、面倒なことになりそうだ。
ここはやはり、普段通りの行動をするのが無難なのである。
というわけで。
本日も出勤することになっていたウェカピポは、いつも通りの朝早くに目を覚ましたのであった。
▲▼▲▼▲▼▲
ジャムを塗っただけの生の食パンに、湯に溶かして作るタイプのコーンスープ。
そしてコップに注がれたミルク。
成人男性の献立にしては量が少なめな朝食が、安っぽい机の上に並べられる。
それらを食べながら、ウェカピポは机の真ん中に広げた手紙を読んでいた。
それは今朝、聖杯戦争の主催者を名乗る者から彼に届けられた一通である。
内容の殆どは、聖杯戦争の説明の補足であった。
既知の情報は飛ばしながら、ウェカピポは手紙を読み進める。
しかしその途中。
見覚えが無く、とびきり目を引く項目を見つけた。
討伐令――聖杯戦争の運営上、障害となると判断された主従の排除命令だ。
成功した暁の報酬には、聖杯戦争のキーアイテムである令呪一画が約束されている。
また、そこには討伐対象の二つの主従について、写真付きで詳細が書かれていた。
一つはフードを被った男と赤い女。
最近の冬木市を騒がせる『人喰い事件』の犯人――二匹の人喰いである。
その被害の大きさに対し目撃証言はあまりにも少なく、世間では未だに外見情報すら定かではなかった彼らだが……なるほど。
人喰いと言うのだから、もっと化物じみた見た目を予想していたが、そのビジュアルは意外と人間のそれに近かった。
全身が血のように真っ赤で、獣のような耳が頭頂部に生えた女の方はともかく、フードの男の方は見た目を整えれば人間社会にいとも容易く溶け込んでしまうだろう。
だがその本質は人でない何か。
人を喰らう獣にして化物。
戦争で競う敵以前に、種としての天敵なのだ。
もう一つはピエロのような顔をした二人の男。
双子かと見間違うほどにそっくりな彼らだが、片方はマスターでもう片方がサーヴァントである以上、それはあり得まい。
サーヴァントがマスターの姿を鏡のように真似ている、と見るべきだ。
付け加えられていた説明によると、どうやら彼らは市内で猟奇殺人を起こしているらしい。
人喰い事件に紛れて現状あまり目立っていないが、その被害者数はかなり多いようだ。
その上、彼らは昨日のセンタービル爆破事件の犯人でもある。
討伐令について与えられた情報を一通り読んだ後、ウェカピポは写真の中の彼らに不快感を抱いた。
多くの命を屠った彼らについて知れば、誰もが取るリアクションであろう。
それは机を挟んでウェカピポの向かいに座るシールダーも同じだったようで、眉を顰めて狂人たちへの嫌悪感を露わにしていた。
いたずらに人を殺めるこの二主従は、許しがたい外道だ――そう思っているのだろう。
込み上げてくる不快感と共に食パンの最後の一口を飲み込んだウェカピポは、手紙を読む為に伏せていた目元を上げて、
「……それで、どうする?」
と、前置き無く問うた。
この場合の『どうする?』とは『討伐令に乗るか否か』だ。
問われたシールダーは凛とした表情で答える。
「当然、乗るべきだ。
民の命を奪う彼奴らを許すわけにはいかない。一刻も早く排除すべきだと思う」
「が」、と彼女は言葉を続ける。
「……そう考える主従は他にもいるだろうし、そうでなくとも報酬を目当てに乗る者だって居るはずだ。
故に、これに乗ればバーサーカーたち以前に他の主従と衝突する危険性が、飛躍的に上がるだろう」
それはつまり、ウェカピポが命の危険に晒される可能性もぐんと上昇するというわけだ。
マスターを守護する為に戦うシールダーにとって、そのような状況は好ましくない。
寧ろ避けるべき事態である。
彼女にマスターを守る自信があるとは言え、危険地帯にわざわざ足を運ぶのはどうしても躊躇われるのだ。
シールダーの返事からその思いを推知し、ウェカピポはふむ、と物思いに耽る。
彼も、討伐令に対してシールダーが言ったような意見を抱いていた。
『参加したいのは山々だが、それに伴うリスクは極力避けたい』――というわけである。
しばらく考え込んでから、ウェカピポは再びシールダーに顔を向け、
「それじゃあ、とりあえず今この件は保留、という形にしておこう。
実際に何らかの行動を起こすのは、他の主従が討伐令にどんなリアクションを取るのかを知ってからでも、遅くないはずだ」
シールダー、キミならな――と。
ウェカピポは、言葉の最後にそう付け加えた。
それを受け、シールダーは首肯する。
何だか周囲の後に回る感じで、消極この上ないような作戦に思えるが、これはウェカピポがシールダーのことを、
『彼女なら多少遅れを取っても巻き返せる実力があるだろう』と評価している証でもある。
この男、一度信頼した相手にはかなり高めの評価を下す節があるのだ。
信じて妹を嫁がせた義弟の件ではそれで痛い目を見たが、今回の場合、彼の目に狂いは無いと見て良いだろう。
何せ、シールダー――ベンディゲイドブランは、此度の聖杯戦争において、文句無しにトップクラスの実力を持っているサーヴァントである。
最優のクラス、セイバーと肩を並べるほどにだ。
大抵の相手には遅れを取っても、余裕で追い越せるに違い無い。
マスターからの信頼をしかと受け、誇らしそうな顔をしているシールダー。
それを見つつ、ウェカピポは食べ終わった朝食を片付けようとした。
空の食器とカップ、コップを両手を駆使して持ち、椅子から立ち上がろうとする。
だが、その時。
「マスター」
と、シールダーが思い出したかのように声を掛けてきた。
「討伐令が出された、つまり聖杯戦争が本番へと突入したことを受けて、やっておきたい事があるのだが、提案しても構わないだろうか?」
本番へと突入した聖杯戦争に向けて、シールダーがやっておきたい事。
それは何だろうか? という純粋な好奇心もあり、ウェカピポは肯定の言葉を返した。
「何だ?」
「カラスを飛ばそうと思うのだ」
「カラス?」
予想だにしない言葉に、思わずウェカピポは普段の彼らしからぬ調子で返事をしてしまった。
▲▼▲▼▲▼▲
ベンディゲイドブランとカラスにまつわるエピソードは多い。
彼女の『ベンディゲイドブラン』という名前自体が『祝福されたカラス』を意味するのだから、当然と言えば当然だ。
特に有名なのは、『ロンドン塔の大カラス』である。
『ロンドン塔の大カラス』。
ベンディゲイドブランの首が埋められた場所であるロンドンでは、後に大カラス――ワタリガラスが数多く見られた。
屍肉を喰らい、周囲に不衛生を振りまく彼らは百害あって一利なし。
受け入れようとは、当然思えまい。
時の権力者であるチャールズ二世は、ワタリガラスたちを駆除しようとした。
しかし、その時彼は占い師から「カラスがいなくなれば国が滅ぶ」と助言を受ける。
加えて、ワタリガラスは古くからベンディゲイドブランの変身した姿、あるいは彼女の使い魔とも考えられていた。
巨人の戦士、ベンディゲイドブラン。
巨大なカラス、ワタリガラス。
この二つに、現地人が共通性を見出したのは無理のないことだ。
占い師の助言、古くからの言い伝え――これらを踏まえ、チャールズ二世はワタリガラスを駆除する方針から飼育する方針へと考えを変え、実行したのだ。
そして、今ではロンドン塔で何羽かのワタリガラスが飼育されている。
そういう理由があり、サーヴァント・ベンディゲイドブランは、ワタリガラスとの縁が非常に深く、彼らを使い魔として召喚できるようになったのだ。
彼女には『海王結界(インビンジブル・スウィンダン)』 という、非常に優れた気配探知能力を持つ宝具がある。
しかし、それは霧の結界――常時発動していては目立つし、何より探知できる範囲には限りがあるのだ。
当然ながら、範囲外に対して探知能力の手は及ばない。
何より、それがシールダーの霊基(からだ)の一部である以上、彼女が霊体化すれば霧も自然と消え失せる。
そこで役に立つのが、ワタリガラスたちだ。
召喚された彼らは戦闘能力こそないものの、空中において非常に高い機動力を持ち、シールダーからかなり離れた所までいつでも飛んで行ける。
冬木市の彼方此方を飛び回り、街の様子を上空から見下ろせるワタリガラスたちは、情報収集や敵性探知で優秀を誇るはずだ。
とはいえ、此度の聖杯戦争においてベンディゲイドブランは使い魔の使役に長けたキャスターでなく、シールダーとして現界している。
ということもあり、現在彼女が召喚できるのは、彼女の名前を冠した『ブラン』と妹と同じ名である『ブランウェン』の二羽だけとなっていた。
けれども、用途が戦闘ではなく偵察ならば、数の少なさは欠点になるまい。
激化しつつある聖杯戦争において、ワタリガラスたちが密かに集める情報は、きっと役に立つであろう。
「――先ほど貴方が言った、『他の参加者が討伐令に対して取るリアクション』も、カラスたちを介して調べれば容易く知ることが出来る。
しかし、彼らを扱うには一つの短所があるのだ」
時計を見ると、家を出る時間まであともう少し。
シールダーの説明を聞きながら食器を洗い、片付けたウェカピポは、外出用の服の袖に腕を通しながら、彼女が口にした不穏な言葉に反応した。
偵察用に使い魔であるカラスを飛ばすという意見には同意したいところだが、この後提示される短所次第では、それも覆りかねない。
シールダーはピアノの黒鍵のように艶やかな鎧から一羽のワタリガラスを召喚した。
ここから先は口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早い――百聞は一見に如かずと言うわけだろう。
鎧の黒から滲み出すようにカラスを出現させるシールダーの姿は、まるで奇術師のようである。
一羽目が出現した後、続けて二羽目のカラスも召喚された。
カラスたちは湧いて出た勢いのまま机に向かい、羽毛が舞い落ちるかのようにふわりと着地した。
カァー! と鳴く声が狭い部屋に響く。
「これは……」
一連の光景を目の当たりにし、ウェカピポは目を見開いた。
それは、シールダーが行ったカラスの召喚に驚いた、というのもあるが――
「予想以上に大きいな……」
「うむ」
ワタリガラスの大きさが彼の予想を遥かに上回るものだったからである。
全長はウェカピポの片腕と同じか、それ以上はあるのではないだろうか。
シールダーの説明で散々大カラス大カラスと聞かされたが、それでも実際に目にすると、彼らの大きさに圧倒されそうだ。
それを自覚すると同時に、ウェカピポはシールダーが言わんとしている短所が何なのかを察する。
「あまりの大きさ故に印象的で目立つ、というわけか。
彼らは普段空高くを飛ぶのだろうから、大きさが目立つことはあまりないかもしれない――が、相手は人外の力を有する英霊だ。
異常に目が良く、遥か上空のカラスを正確に視認する者がいたって、なんらおかしくない……」
ウェカピポの言葉にシールダーは頷き、台詞を受け継ぐようにして口を開く。
「加えて、彼らはこの街では見られないタイプのカラスだ。
街の生態系から外れている彼らを、使い魔だと判断する聖杯戦争の参加者はそう少なくあるまい。
そしてもし彼らがワタリガラスだと知られたら……」
先ほども言った通り、ベンディゲイドブランとワタリガラスには深い縁がある。
だからこそ、使い魔としてのワタリガラスを知った者が、その召喚者がベンディゲイドブランであることを推測するのはあり得ない話ではないのだ。
宝具開放の瞬間を見られるまでもなく、使い魔から真名を推測される可能性がある。
これこそが、シールダーの言う短所だ。
「いくらやっておきたい事とはいえ、このような短所がある以上、彼らを私の独断で飛ばすわけにはいかない。私は貴方を守る為に戦うのだからな。
故にだ、マスター。貴方からの了承を頂きたい」
二つの翠眼がウェカピポを見据える。
同時に、カラスたちが黒い羽根をばたつかせた。
▲▼▲▼▲▼▲
ベランダから夜明けの空へと飛んで行くカラスたちを見上げ、ウェカピポは白い息を吐いた。
同時に飛び立った二羽はそれぞれ真逆の方角に向かって行く。
彼らがみるみるうちに小さくなり、やがて吹雪に隠れて見えなくなると、ウェカピポは部屋に入り、ベランダの戸を閉めた。
時計を再びちらりと見ると、普段家を出るのとちょうど同じ時間だ。
鞄を取って、中に『鉄球』が入っているかを確認する。ちゃんと入っていた。
『鉄球』は、シールダー以外でウェカピポが頼りに出来る唯一の武器だ。肌身離さず持ち歩かねばならない。
また、その大きさは拳大程度である為、鞄にも楽々と収納が出来るのが利点である。
靴を履き、玄関のドアを開ける。ベランダの時から外の寒さは十分承知していたので、頭には暖かい素材でできた帽子を被っておいた。
自分で決めたヘアスタイルとはいえ、頭部の地肌が出ているまま外を出歩くのは厳しい。
寒さに震える手でドアの鍵を閉め、横殴りの風に耐えながら、目的地に向かって歩き出す。
まだ朝早くだからか、道を歩く人は見られない。
まるで、この世界にいるのは自分だけになったかのような錯覚さえ抱く。
その時、ウェカピポの脳内に霊体化したシールダーからの念話が響いた。
『了承を貰い、改めて感謝するぞ、マスター』
それは感謝の言葉。
先ほどシールダーが行った使い魔のメリットデメリットの説明を受けて、統合的に判断し、ウェカピポはカラスを飛ばすことを了承したのである。
いくら短所があるからとはいえ、町中から情報を集められる手段があるならば、使わない手はない。
それに、たとえカラスから召喚者の真名を突き止めたとしても、そこからウェカピポたちに辿り着くまでには若干の時間がかかるはずだ。
使い魔を通じてその危機的状況を知っている分、その間にウェカピポたちが先に対策を練る時間はあるのである。
まあ、一番いいのは、そんな事態が起こらないことなのだけれども。
そのような判断の末、ウェカピポはGOサインを出したのであった。
【深山町 住宅街/12月23日 早朝】
【ウェカピポ@ジョジョの奇妙な冒険 Steel Ball Run】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]鉄球×2
[道具]日用品
[所持金]そこそこ
[思考・状況]
基本行動方針:国へ帰り、妹を幸せにする。
1.討伐令の参加については保留。
2.警備員として働く職場に向かっています。
[備考]
1.冬木市では警備員の役割を与えられています。
【シールダー(ベンディゲイドブラン)】
[状態] 健康
[装備] 国剣イニス・プリダイン
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:今度こそ、誰かを救う
[備考]
1.討伐令の参加については保留。しかし、対象者たちは許しがたいと考えている。
2.使い魔のワタリガラスである『ブランウェン』と『ブラン』を召喚し、空から冬木市を探索させています。
▲▼▲▼▲▼▲
ベンディゲイドブランと言えば、ワタリガラス。
ワタリガラスと言えば、ベンディゲイドブラン。
読者諸君がそのようなイメージを抱くであろう説明を先ほどしたが、ロンドンにはベンディゲイドブランの他にもう一人、ベンディゲイドブラン以上にワタリガラスと縁の深い人物がいる。
その名はアーサー王。
かの聖剣『エクスカリバー』を振るい、ブリテンを築き上げた、世界的に有名な大英雄である。
彼女の伝説には、ある魔法使いからワタリガラスに変身させられた、というエピソードがあるのだ。
その事から、後のロンドンにおいてワタリガラスを殺すことは、騎士王への叛逆だと考えられ、忌避されているのである。
日本で言えば、皇族を象徴する動物に危害を与えるようなものだ。誰だってやりたくないし、まず、やろうとも思わない。
先ほどの説明中でチャールズ二世がワタリガラスの駆除を諦めたのは、この言い伝えを考慮した部分も大きい。
かつてアーサー王によって統治された土地に住まう人々が、彼女への叛逆にあたる行為を進んで行うわけがないのだ――どこぞの叛逆の騎士でもあるまいし。
▲▼▲▼▲▼▲
時はやや進み、場所は変わって、新都の何処か。
それはまるで。
打ち上がりつつある花火のような。
地上から天空――通常とは真逆の向きに落ちる雷のような。
火を吹きながら飛び立つロケットのような。
そんな光景であった。
飛んでいるものの正体はバーサーカー――モードレッド。
素の力プラス魔力放出のジェットエンジンによって、重力を無視した大跳躍をしている、叛逆の騎士である。
赤雷の尾を引きながら、彼女は遥か上空にある何かを目指す――先ほど、マスターであるウェカピポの妹の夫から迅速な帰還を命じられたにも関わらずだ。
寄り道をしている場合ではない。
向かう先に、マスターからの言葉を無視するほどに重要な物でもあるのだろうか。
しかし、彼女の視線の先にあるのは、ただの一羽の黒い鳥――所謂カラスであった。
そのサイズは通常のそれよりも大きい。
間違いなく、日本のものではないだろう。
けれどもカラスはあくまでカラス――多少大きいとは言え、それ以外に不審な点は見られない。
『直感』的に発見でもしなければ、地上からでは、まずその存在にすら気づかないであろう。
「Farrrrr……thhhhhhhh…………」
だが、バーサーカーはその何の変哲もないカラスを発見し、飛び向かっているのだ。
彼女の口からは、まるで『憎くて憎くてたまらない敵を、ようやく見つけた』かのような、憎悪と怨嗟に満ちた呟きが漏れていた。
跳躍の果てに、バーサーカーはカラスの真横に到達する。
その瞬間。
「errrrRRrrrrrrrRrrrrrrrrrr!」
携えた魔剣を一層強く握りしめ、カラスが居る空間を横薙ぎに切り裂いた。
まともにくらえば、サーヴァントでも致命傷に至る威力である。
ましてやカラスならば、そのインパクトの余波だけで、跡形もなく吹き飛ぶに違いない。
しかし――
「…………███?」
魔剣を振ったと同時に跳躍の勢いが弱まり、落下しつつあるバーサーカーは、手応えの無さを感じていた。
剣に視線を向けてみると、カラスの肉片どころか返り血一つ付いていない。
ふと、上を見上げてみる。
そこには先ほどと変わらず、大カラスが悠々と飛び回っていた。
つまり、バーサーカーの渾身の一振りはカラスにあっさりとかわされてしまった、というわけである。
サーヴァントからの攻撃を避けるとは、なんという機動力の高さか。
「█ッ!」
放電のような音を舌打ちと共に響かせるバーサーカー。
重力に従い、彼女の身体は地面に向かってするすると落ちていく。
轟音、そして舞い上がる雪。
跳躍の際に彼女の踏み込みが生んだクレーターは、着地の衝撃によって、その深度が更に増していた。
サーヴァントにとって、たかが数十メートルの落下は何てことはないのか、バーサーカーは着地点からすぐさま立ち上がる。
再び空を見上げた。
しかし、そこにはもうカラスの姿は見られない――どうやら、何処かへと逃げたようである。
それを知って諦めたのか諦めたのか、バーサーカーは「Grrrrr……」と低い唸り声を上げ、霊体化する。
こうして短い――時間にすれば一分にも満たない寄り道を終え、彼女は主人の元へと再び向かった行った。
【新都/12月23日 早朝】
【バーサーカー(モードレッド)】
[状態] 軽傷
[装備] 王剣 不貞隠しの兜 騎士甲冑
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:Faaaaatthhhhhheeeeeeeerrrrrrrrrrr!!!!
[備考]
1.ウェカピポの妹の夫の指示で偵察に向かいました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)を認識しました。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)と交戦し、撤収しました。
4.シールダー(ベンディゲイドブラン)の使い魔であるワタリガラス『ブラン』を認識しました。しかし、それの捕獲や殺害にまでは至れませんでした。
投下終了です。
女神ペレ、川尻早人&セイバーで予約します
投下お疲れ様です!
ウェカピポは様子見かー、やっぱり冷静だし義弟を除けば人を見る目はあるんだよなぁ。
それにしても偵察手段を持っているのは強い。
そしてカラス繋がりで剣を振り回しながらカラスを追いかけまわすモーさんは可愛い。義弟に怒られそうだけど。
マスターの信頼を受けて誇らしげなベンディゲイドブラン王はカワイイ。
そういうわけなので投下します。
暁(アウローラ)は詩歌(ムーサ)の友なり
――――『学問・芸術は早朝に励むとよい』を意味するローマのことわざ。
◆ ◇ ◆
少女――南城優子は、憂鬱な気分でトーストを咀嚼していた。
優子は美少女である。
と、自分で思っているし、事実彼女を見る者知る者に尋ねても同じ答えが返ってくるだろう。
化粧は薄い――朝だからまだしていないのではなく、常にそうだ――が、モデルのような顔立ちはそれだけで既に美しい。
髪は茶色のソバージュ。
ギリシャ彫刻のように整った顔立ち。
着やせするタイプだが非の打ちどころのない見事なプロポーション。
しかし、どこか強気さを感じさせる迫力のある瞳。
現在は憂鬱さで気だるげな雰囲気を纏っているが、逆にそれが彼女本来の明るさを強調していた。
月のような妖しい美しさではなく、太陽のようなカラっとした美しさ。
……彼女のボーイフレンドがその例えを聞けば、顔を顰めるだろうか。それとも、笑うのだろうか。
例えるならば戦女神アテナのような――否。
ミネルヴァのような、とするべきなのだろう。彼女の『サーヴァント』のことを思えば。
優子は憂鬱な気分をトーストごと飲み込もうとして、けれどもやはり憂鬱な気分を胸中でくゆらせながら彼を見た。
彼、と言っていいのだろうか。
いいはずだ。少なくとも、生物学上は。
それは男性と女性の美しさを兼ね備えたヒトだった。
けれども、どちらかと言えば女性のようだと思う。美少女のようだと思う。
そしてその美しさは、優子とは逆に月のように妖しい美しさなのだった。
太陽神を称える神官だったというこいつが月のようで、夜の眷属と好き合っている自分が太陽のようだなんて。
なんとも妙な話だというのが優子のぼんやりとした感想だった。
彼は、優子のサーヴァントであるところのマルクス・アウレリウス・アントニヌス……ええい長い。キャスターでいいだろう。
キャスターは現在優子の女子制服を着て、ソファに腰かけ頬杖をついて、つまらなさそうにテレビを見ていた。
繰り返すが、彼は生物学上男だ。つまり女装である。
が……その姿は妙にサマになっていて、一見して美少女のようにしか見えない。
優子としては正直気持ち悪い事この上ないのでやめてほしいのだが、
それを口に出すとこの変態が余計に悦ぶような気がして、代わりにため息をついた。
彼女がキャスターについて知っていることはそう多くない。
なんでもローマ帝国の皇帝らしいが、生憎と勉強が得意な方でもない。
かしずこうとも思わないし、敬おうとも思えなかった。
――――――――こいつは度し難いほどの変態で、屑のウジムシだ。
それが優子のキャスターに対する理解の全てで、そしてその理解が間違っているとも思わない。
優子の脳裏に先日の光景が浮かび上がる。
夜中の公園。なんてことのない日々の中で泣いたり笑ったりしていたはずの彼らを、こいつは殺した。
愉悦の表情を浮かべ、ただ楽しいからと、こいつは何の罪もない人を殺した。いともあっさりと。
別に優子は正義の味方を気取るつもりはない。
つもりはないが――屑は屑だ。
この屑と共に聖杯戦争とかいう殺し合いに参加しなければならないということが、優子にはたまらなく憂鬱だった。
「おい」
ハッ、と優子は顔を上げた。
いつの間にか、視線を下に向けていたらしい。
気づけばキャスターがテレビから視線を外し、その美しい顔を優子の方へと向けていた。
ゾッと凍る背筋は、冬の寒さによるものではあるまい。どこまでも不気味な美貌。
その表情はともすれば優子以上に憂鬱そうだったが、それが彼の魅力を際立てていた。
元より、そういった魅力を持つ人物だ。
「な、なによ」
優子は少しだけ気圧されながらも、気丈に返した。
下手に出てはならない。優子にはキャスターを制御し、支配する必要がある。
そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、キャスターは深く深くため息をついた。それすらも様になっていた。
「余は退屈だ。この殺人鬼とやらの話はもう聞き飽きた」
言われて、優子はテレビに視線を向ける。
テレビでは、昨今巷を騒がせている殺人鬼の特集をやっていた。この手のニュースは繰り返し報道される。
殺人鬼、というと語弊があるかもしれない。犯人は、人を食っているのだ。
おぞましい、と思う。
しかし同時に、納得もした。
今朝優子の家――優子は冬木市のアパートに住む、仕送りで暮らす女子高生『ということになっているらしい』――に届いた手紙。
討伐対象。
二組の殺人鬼。
討伐した者には令呪一画の報酬。
つまり、そういうことだ。
これは聖杯戦争の、イカれた参加者による凶行。
脳裏に浮かんだのは顔見知りの殺人鬼、真鉤夭。
彼は殺人衝動を抱えた殺人鬼で、二週間に一度ほどのペースで人を殺害しなければならない不死身のバケモノだ。反吐が出る。
その殺人鬼と、自らの恋人が友達付き合いをしているということも腹立たしいが――
ともかく、この一連の事件は奴の同類によるものなのだろう。
他人を殺すことを宿命づけられた怪物。
本当に、反吐が出る。
そんな怪物が自分と同じ町にいて、自分がその怪物と殺し合う運命にあるとは。
優子は努めて挑発的な笑みをキャスターに向けた。
「そ。なら、あんたが止めれば。そいつら倒せば、ニュースでも騒がれなくなるでしょ」
「それこそくだらんな。そんなものは兵士の仕事ではないか」
優子は内心舌打ちした。
キャスターはこの討伐令に乗り気ではないらしい。……それでは困る。
率直に言って、自分たちが弱者であることを優子は理解していた。
他の参加者を見たことがあるわけではないが、キャスターが強力な英霊であるとも思えない。
少なくとも優子でも知っているようなビッグネーム――ヘラクレスとか、アレキサンダー大王とか――に比べれば、どう考えても弱いはずだ。
なにせ、キャスターは戦士ではないのだ。ただの王様に過ぎない。
いや、ただのと言うにはアクが強すぎるが。
ともあれステータスも多分高い部類ではない。
皇帝というからには戦争を指揮した経験ぐらいあるのかもしれないが……(優子は彼が傀儡で、しかも在位が僅か四年であったことをまだ知らない)
そしてマスターである自分もまた、弱い。
多少腕っぷしに自信があるとはいえ、女子高生だ。
殺し合いの場で優位が取れるほどとは思えない。
手紙に同封されていた殺人鬼たちの写真は、なんだかたまらなく不気味だった。
間違いなく四人とも生粋の殺人鬼。
人殺しの宿命を背負った怪物だ。
自分では勝てない。
である以上、追加の令呪というのは優子に取って喉から手が出るほど欲しいものだった。
優子にはこの聖杯戦争とかいう殺し合いを生き延び、勝ち抜き、静秋のもとへ帰り、そしてあのイカれた殺人鬼と縁を切って平和に暮らすという目的がある。
そのためには、少しでもアドバンテージを取らなければならないという自覚があった。
さて、この変態をどうその気にさせるか……殴って言うことを聞かせるか? 気持ち悪いが、手っ取り早くはある。
そんなことを考えていると、視線をテレビに戻していたキャスターが「おっ」と声を上げた。
なにか変態の興味をそそるものでもあったのかと思考を打ち切ってテレビを見れば、どうも明日のクリスマスライブの宣伝らしい。
きらびやかな衣装を着た美少女たちが、歌い踊る光景が画面いっぱいに映し出されていた。
「おいマスター、これはなんだ!?」
いささか興奮した様子で、キャスターは尋ねた。
「なにって……明日のライブの宣伝よ。
この町の、442プロとか言ったっけ? アイドル事務所がやってる……なに、あんたアイドルに興味あるの?」
「アイドル! アイドルと言うのか、この乙女たちは!」
キャスターは目を輝かせ、食い入るように画面を見ている。
度し難い屑の変態とはいえ、キャスターが派手好きの芸術好きであることも優子は理解していた。
となれば、彼がアイドルに興味を示すのもひとつ道理なのだろう。気持ち悪いが。
思えば優子も昔アイドルに憧れていたような、憧れていなかったような。
まぁ自分の容姿ならなろうと思えば簡単になれると思うのだが、そういうことでなく。
女の子というのは、いつまでとか、いつ頃とか、どのぐらいかとかは違いがあるにせよ、アイドルが好きなのだ。
かわいい服を着て、歌ったり踊ったりするアイドルが。
小学生のころ、クラスの女子はみんなアイドルに憧れていたように思うし、自分もそうだったと思う。今はそうでもないが。
言わばアイドルとは女の子の憧れで……この変態屑ウジ虫皇帝も、女装するからには心の中に女の子の部分があるのだろう。最高に気持ち悪いが。
きっとこいつの中にある女の子がアイドルに興味を示したのだ。吐き気がするほどに気持ち悪いが。
それにしても、テレビにかじりつくその姿はなんだか子供のようで、優子は思わず吹き出しそうに――
「――――決めたぞ! 余はこのライブとやらに出る!」
「…………はぁ!?」
――吹きだす代わりに、優子は頓狂な声を上げた。
◆ ◇ ◆
わが高殿に声を聞かせないでほしい
夜の亡霊とともに眠らせてもらいたい
悲しいことに、自分には、無用の体が高齢に打たれ寒い暗い石積みの中に落込み、
山の上を歩く自分の姿が見られなくなり皆のところへ歓んでゆくまでは
どうしても仲間のことが忘れられない
――――『オシァン クーン・ルーフとグーホウナ』より、老いたオシァンの言葉。
◆ ◇ ◆
「それじゃあ、行くですよライダー!」
少女――市原仁奈は、傘を手に家の扉を閉めてから元気に快活に声を上げた。
外では雪が降っていた。
今日の服は雪兎。長靴履いて、雪兎の気持ちになるですよ、だ。
『うむ、今日もパワフル&パッショナブルだねレディ・ニナ!
しかし、外で私とお話する時は心で念じてくれると私は嬉しいな!』
返ってくる声は、しかし空気を震わせることなく仁奈の頭の中で響く。
契約を交わしたサーヴァントとマスターとの間で行われる基礎能力、念話である。
「あっ、そーでした……」
前に説明されたのに、ついつい声に出してしまった。
悪いことをしてしまったと、仁奈はしょんぼりする。
怒られてしまうだろうかと、仁奈はドキドキする。
けど、嬉しかったのだ。
行ってきますと言えることが。誰かと一緒にお出かけできることが。
仁奈の母は忙しく、仁奈の父は外国にいて、いつもは仁奈の朝は一人きりなのだから。
ライダーは霊体化していて姿を見ることができないが、すぐ傍にいることが仁奈にはわかって、
仁奈はそれがたまらなく嬉しくて、つい声に出してしまったのだ。
『……だけど、やはり朝は元気のいい挨拶がなければね!
おお、レディ・ニナの元気なパワーが私にも伝わってきたぞ!』
「……! ほ、ほんとうでごぜーますか!」
『もちろんだとも! 私は嘘をつかないからね!』
ライダーの言葉に、仁奈の表情がぱぁっと明るくなった。
よかった。自分はこの少女を傷つけずに済んだのだと、ライダーは胸をなでおろした。
彼のマスター、市原仁奈は孤独な少女である……ということを、ライダーはこの数日間で把握していた。
友人はいる。
仲間もいる。
だが、両親がいない。
仁奈はいつも明るく振る舞っているが、時折たまらなく寂しそうな顔をすることを、ライダーは知っていた。
人に嫌われることを心から恐れていることを、ライダーは理解していた。
守ってやらなければならない。
ライダーは誓ったのだ。
この少女を守り、必ずや父親と再会させようと、指切りをして誓ったのだ。
幼子と戯れに交わした誓いではない。
騎士として、力なき少女の願いを叶えると誓った。
なればこそ、彼女の笑顔を曇らせることはあってはならない。
例えば――――聖杯戦争という、殺し合いなどで。
ライダーは思い返す。
今朝、ルーラーから届けられた通達……討伐令。
この町には無差別に殺人を行う凶悪な参加者がいる。それも二組。
彼らは無辜の民を殺戮し、喰らっている。
フィオナ騎士団の名にかけ、許すわけにはいかない――とも思うが、それ以上に問題なことがあった。
マスター、仁奈の存在である。
まず前提として、彼女を巻き込んではならない。
彼女は幼い少女で、守るべき少女で、優しい子だ。
ライダーとて誇りの無い戦いをするつもりはないが、それでも殺し合いは殺し合い。
平和な時代の年端も行かない少女を巻き込んでいいものではない。
彼女の日常――この歳で『アイドル』という職業についているらしい。巫女の類だろうか。なんにせよ立派なことだ――を守らなくてはならない。
そのために、まずライダーは討伐令のことをマスターに隠した。
話せるはずがないし、話す意味もない。無暗に不安がらせてしまうだけだ。
しかし、討伐対象を放置することもできない。
彼女や彼女の友人がこの狂人たちの魔の手にかからないとも言い切れないし、
それでなくとも自分の住む町に殺人鬼がいては気分のいいはずがない。
そして、彼女を置いて戦いに出て行くわけにもいかない。
マスターはきっと自分の出立を許してくれるだろう。見送ってくれるだろう。
だが、心の中では寂しがり、悲しむのだろう。
彼女を守ると約束した。
ならば彼女の笑顔を曇らせることは許されない。
故にライダーは彼女を護衛しつつ、彼女が友人などと合流し次第、情報収集に繰り出すつもりだった。
万が一に備え、マスターには何かあったら令呪を使って自分を呼び戻せと言い含めてある。
彼女の仕事が終わる頃に戻り、また帰路を護衛し、彼女が寝静まった頃に再び町に繰り出して戦争を行い、彼女が起きる前に帰ってくる。
差し当たって、ライダーの聖杯戦争のプランはそんなところであった。
……本音を言えば、一時も彼女から離れたくはない。
彼女から離れれば――――また、逢えなくなる気がした。父や、仲間のように。
そんなはずはないと頭ではわかっていても、生前の悔恨がライダーの胸を焼き焦がす。
それでも、自分はマスターを戦争から切り離し、彼女のために戦わなければならない……――
『……ライダー? どうしたですか?』
『っ、な、なんでもないよレディ・ニナ。少し考え事をしていただけさ』
『考え事?』
……ライダーの思いつめた気配を感じ取ったのか、仁奈が不安げに念話を飛ばしてきた。
姿も見えないだろうに、聡い子だ……というよりは。
どちらかと言えば、人の顔色を窺うことに長けてしまっているのか。
怒られないように、笑ってもらえるように、人の顔色を窺う。
この少女はこの幼さで、そんな能力を得てしまうような環境で生きてきたのだ。
人の感情の機微を、鋭敏に察知してしまう能力を。
それがまたライダーの胸を締め付け、その痛みを押し隠すようにライダーは明るく振る舞った。
『……明日のライブで、レディ・ニナがどれほどキュートなダンスを見せてくれるのかと思ってね!
たくさん練習もしているようだし、楽しみだなぁ!』
『そうですか?
……えへへ、楽しみにしてほしいですよ!』
なんとか誤魔化せたか。
しかしこの調子だと、夜中に出かけると気づかれてしまうかもしれない。
十分に注意しておかねばなるまい……
……と、ライダーが気を引き締めていた矢先のことであった。
「いい加減にしろ変態!」
「ンっ! イイぞ女! もっとだ!」
「もっとだ、じゃないでしょーが! このっ!」
「あぁっ、イイっ!」
「このっ! このっ!」
――――年頃の少女(茶髪)が、年頃の少女(金髪)に対し馬乗りになって顔面を殴っていた。
メチィッ、という生々しい音が周辺に響き渡る。
幸い、朝早い時間帯ということもあって野次馬の類もいないようだが……
なんだこの絵面は。
あまりにもショッキングな光景に、ライダーの思考は完全にフリーズ。
恐ろしいのは、殴られている方の少女が嬌声を上げていることである。
なんだか殴っている少女の方が必死で悲壮な表情をしている。意味が分からない。
二人とも、美少女と言っていいような美貌であることが余計にシュールさを醸し出していた。
なんだこの絵面は。
……なんだこの絵面は。
混乱するライダーよりも早く、現実に意識を引き戻したのは仁奈の方だった。
傘を放り捨て、焦った様子で少女たちに駆け寄り、必死に叫ぶ。
「お、おねーさんたち、喧嘩はやめるでごぜーます!」
「はぁ?」
「……む?」
ピタ、と少女たちの動きが止まった。
美しいのに妙な迫力のある顔で拳を振るっていた少女が睨むように仁奈を見た後、すぐに『しまった』というような表情を浮かべ。
美しいのに妙に不気味な笑いを浮かべた少女もどこか不満げに仁奈を見た後、すぐに驚いたような表情を見せた。
しまった、と思っているのはライダーも同じである。
この謎の惨劇、どう考えてもなにか厄介ごとだ。
そしてライダーはサーヴァントである以上、この状況に関与することができない。
もはや成り行きを見守る他ないのである。助言ぐらいはできるが。
そんなライダーの内心など露知らず、仁奈はあたふたと身振り手振りで少女の蛮行を止めようとしていた。
「か、顔をぶったらいてーです……喧嘩したらダメですよ……」
この状況が仁奈の心を痛めたのか、その表情は徐々に暗くなっていく。
このまま放っておけば泣き出しそうで、慌てたのは拳を振るっていた少女の方だ。
「あ、いや、違うの。これは喧嘩とかじゃなくて、その、じゃれあい? みたいな……」
どう考えてもじゃれあいの域は超えていたとライダーは思う。
なにせ殴られていた方の少女は唇を切り、鼻からも血を出していた。……それすらも妙に色気があったが。
……いや待て、この少女、なにか違和感が……
「こいつは別に殴られても平気な奴で、むしろそれで喜んでるって言うか……」
「――――イチハラニナ、だな」
殴られていた少女が、歓喜に口角を吊り上げた。
仁奈はきょとんとした表情を浮かべ、殴っていた方の少女が『何言ってんだコイツ』と言わんばかりの表情を向ける。
「フフ……流石は余だ……幸運に恵まれている……エル・ガバルの寵愛を感じるぞ……」
「な、なによ急に。とうとう幻覚でも見始めた?」
「? ……おねーさん、仁奈のことを知ってるでごぜーますか?
もしかして……仁奈のファンですか?」
滴る血を拭いもせず、馬乗りになっていた少女をゆっくりと押し退け、ブツブツと呟きながらフラフラ立ち上がる。
ただ立ち上がっただけだと言うのに、その光景はまるで舞台演劇のような美しさがあった。
背中や髪についた雪もそのままに、喜悦の表情で仁奈を見ていた。
殴っていた方の少女が気圧され、ジリと数歩下がる。
そして同時に、ライダーが霊体化を解いた。
「下がれッ! レディ・ニナ!」
鋭く飛んだ指示に、仁奈は驚いて動きが止まる。
現れたのは、白馬に跨った大柄の青年だ、手には黄金の剣を持ち、明らかに現代の人間ではない。
それを見た少女たちは、ほうとなにやら感心する者と驚愕に目を見開く者とに分かれた。どちらがどちらかは言うまでもない。
「ほほう、ライダーか。中々の体つきだな……イチハラニナのサーヴァントか?」
「そうとも。私はライダー……キミも英霊だね?
……レディ・ニナ、私の後ろに」
「ラ、ライダー、どーしたですか? ライダーは人に見られちゃいけないんじゃ……」
「ちょっ、嘘でしょ、こんな街中で……!」
困惑する少女たち――マスターたち。
睨み合う青年と少女――サーヴァントたち。
ライダーは油断なく少女のサーヴァントを観察し、少女の方は不敵に愉悦の笑みを浮かべていた。
「いかにも余はキャスターだ。
……フフ、そう睨むな。興奮してくるではないか……!」
訂正。頬を紅潮させ、喜悦の笑みを浮かべていた。
伝え聞くクー・フーリンのように、戦場の興奮で狂乱する英霊か?
ライダーは一瞬そう考えたが、キャスターというクラスを思いその考えを否定する。
先ほどの光景と合わせて考えれば、虐げられることで興奮しているのだろうか。
戦場の興奮で狂乱する英霊の方が良かったなぁ、と思った。
「……Youはレディの教育に悪いね!」
「むぅ。つまらんな……もっと鋭く罵倒せよ!」
「バカ言ってる場合じゃないでしょうが!」
キャスターのマスターの拳がキャスターの腹部に叩き込まれた。
ふぐっ、というぐぐもった悲鳴と共に、キャスターの喜悦がさらに高まる。
キャスターのマスターは物凄く嫌そうな顔をしていた。
「ら、ライダー……?」
一方で、仁奈が不安げにライダーを見上げた。
いけない。
自分は険しい表情をしていたか。
すぐにライダーは柔らかく仁奈に笑いかける。
明るく、余裕の笑顔。ありし日の偉大な父のように。
「大丈夫だレディ・ニナ! 心配することはナッシン!
ほら、私のお馬さんに乗るといい。離してはいけないよ!」
「は、はい、わかったですよ」
なんだかよくわからないが、キャスター組が揉めている今がチャンスだ。
常に最適な道筋を示す白馬『疾く渡れ、金の白馬(チル・ナ・ホース)』が緩やかな後退を騎手に促した。
相手の狙いが読めないが、逃走を考慮するべきか……そう考えながら、ライダーは仁奈を抱えるように自分の前に乗せる。
その光景は、有袋類の子供が親にしがみつく姿にも似ていた。
「……それで、キャスター。レディ・ニナに何か用かい?」
しかし結局、再度ライダーはキャスターに問いかける。
彼のマスター、市原仁奈はアイドル――つまり、芸能人だ。
それは彼女が有名人で、顔と名前が広く割れていることを意味する。
故にキャスターが仁奈のことを知っている点についてはさほど不思議ではないが、しかしそれでは仁奈に用ができる理由にならない。
相手のスタンスがわからない内に逃走するのは危険だ、とライダーは思考した。逃げるのはその後でも遅くはないだろう。
その疑問に、ひとしきり腹部の苦痛を堪能したキャスターが尊大に答える。
王族、なのだろうか。随分と余裕と自信に満ち溢れているが。
「ああ、テレビとやらでその少女を目にしてな。
アイドル……フフフ、中々に煌びやかで美しく、面白そうではないか!」
「…………それで?」
油断なくライダーは身構える。
キャスターの発言の意図が掴めない。
どこか中性的な美貌から漂う妙に妖しい雰囲気が、ライダーを警戒させた。
馬上から注がれる視線を受けたキャスターは満足げに頷くと、ピンと指を立てて退廃的に笑った。
「決まっているだろう。余もライブとやらに出せ」
「……えっ?」
「……What?」
「ああ、もう、ほんとに……!」
腹立ちまぎれに放たれたキャスターのマスターのフックが再びキャスターの腹部を捉え、キャスターは喜悦の嬌声を漏らした。
◆ ◇ ◆
オシァンよ、父の槍をとれ、
誇りにかけて敵を倒す時は
名誉の戦いで高く振りかざせ
自分の行くところ、祖先が居られ
自分の行為を見ておられる
丘の上に出てゆくと、祖先の鼠色の影が戦場に射した
自分の手は弱い者を危害から守り、傲慢な者は自分の怒りの下に消え去った
――――『オシァン タイモーラ第八の歌』より、フィンガル王が勇退に際し息子にかけた言葉。
◆ ◇ ◆
……さて。
「えっと……つまり、おねーさんはライブに出てーんですね?」
「そうだ! 輝く照明! 突き刺さる衆目の視線!
舞台でステップを踏む余の肢体を、男たちが獣欲に満ちた視線でねめつけるのだ……! あぁっ!」
「気色悪い」
「イィッ!」
「ぶ、ぶったらダメですよ!」
「……レディ・ニナ。アレはその……見てはダメだ。ああいう人も世の中にはいるんだ」
キャスターは、自らの望みを正直に――マスターによる打撃で話が中断することもあったが――話した。
つまり、キャスターはテレビで見たライブに興味を持ち、これは出たい……否、出ねばなるまいという気になったのである。
そう、もはやこの祭典に美の極致である自分が出ないなど世界の過ち、民衆にとっての大いなる損失に他ならない。
ライブというのは中々美しく面白そうだが、自分の演出と出演が加わればまさに最高の芸術になるだろう。
そう確信したキャスターは、困惑するマスターを放置して外出。
なんでもその足で事務所に押しかけ、自分をライブに出せと直談判するつもりだったのだとか。
ところが途中で追いかけてきたマスターによる物理的な妨害を受け、とりあえず快感を甘受していたら……
……そこに仁奈とライダーが現れ、今に至るというわけである。
「……Youはこう、すごいな!」
「フッ、そう褒めるな」
「褒めてない」
「あンッ」
もはや何度目だったか、キャスターのマスター……南城優子の拳がキャスターの顔面に突き刺さる。
どうやらこれがこの主従の正常なコミュニケーションの形らしい。
マスターの教育に悪いのでほんとにやめてほしいとライダーは思った。
「フゥ……で、どうなのだ。
『是非とも出て頂きたい』とか、『売女め、お前を裸に剥いて客席に放り込んでやる』とか、言うことがあるだろう」
「…………」
「ン゛ッ!」
もはや優子の拳に言葉が伴っていない。
優子はひたすらに憂鬱だったし、ライダーは頭を抱えていたし、仁奈は状況がよくわからなかった。
荒い息を吐いて嬉しそうに悶絶するキャスターにゴミを見るような視線を向けた後、優子は視線をライダーに向けた。
「というかあんたも。なにその馬」
「む。My horseがどうかしたかい?」
「目立つでしょ。バカなの? 人に見られたら騒ぎになるじゃない」
「ああ……その心配は杞憂だぞ、マスター」
「は?」
キャスターが這いつくばって悶絶しながらも尊大に口を出した。
器用なことをするな、とライダーは思った。
そして杞憂だと言った理由も、ライダーは理解していた。
「人払いの結界だね。これは君が張ったものだろう?」
「そうとも。余の神聖かつ深遠なる発案が事前に知れ渡ってしまってはつまらないからな」
ライダーは「キャスタークラスならその程度のことは造作もないだろう」と納得した。
が、首をかしげたのは優子の方だ。
人払いの結界……というのは理解できる。
彼女の恋人も、似たようなことができるからだ。他者から気配を隠す結界なのだろう。
だが……キャスターのスキルにそんなものがあっただろうか?
キャスターは魔術師のクラスでありながら、魔術スキルすら持っていないというのに……
……その答えは、スキル『皇帝特権』にある。
本来持ちえないスキルを一時的に獲得できる特殊スキル皇帝特権――キャスターはこのスキルにより、魔術を取得したのである。
ランクはそう高くないが、人払い程度のことは簡単に行えた。
キャスターは元々、太陽神エル・ガバルに仕える最高神官として君臨した皇帝だ。
体系だった魔術を学んだことこそないが、神秘の技法を操るに足る素養と十分な魔力量はあった。
「……そ。ならいいけど」
なんにせよ、人目につかないのなら問題はない。
優子はとりあえず納得することにした。
「…………とりあえず、この変態が妙なこと言い出して悪かったわね。
こっちで黙らせておくから、ひとまずこの場は……」
「あ、あの……」
そのままキャスターを掴み、引き摺って家に戻ろうかと優子が考え始めた矢先。
おずおずと声を出したのは、仁奈であった。
「に、仁奈はわかんねーですが……
キャスターおねーさんがライブに出れるかどうか、プロデューサーさんに聞けばわかるかもしれねーです」
「ほう!」
「はぁ!?」
「レディ・ニナ!?」
三者三様、大きな声を上げる。
キャスターは喜びにより。他二人は驚愕により、である。
その隙に仁奈はするりとライダーの腕の中を離れ、馬から降りてキャスターに駆け寄った。
あっとライダーが慌ててももう遅い。
既に仁奈はキャスターのすぐ足元にいて、朗らかな笑顔を彼女に向けている。
「おねーさんキレーですから、プロデューサーもきっと喜ぶですよ!」
いや、確かに美人ではあるが、そういう問題ではない。
というかこれまでの痴態を見て、仁奈は何も思わなかったのだろうか?
疑問に思うライダーを余所に、今度は優子の方が先に納得した。
若干怯えてはいるが、しかし明るい少女のこの表情……
――――この子、魅了されてる……!
キャスターの保有スキル『紅顔の美少年』!
男と言わず女と言わず魅了する美貌の毒に、この少女は参ってしまったのだ。
自分はその手の呪いや術を受け付けない体質だったし、ライダーも何かしらの方法で抵抗(レジスト)しているのだろうが……
その手の抵抗力を持たない無垢な少女。
明確に敵意を持っているわけでもなく、それでは抵抗できるはずもなかったか。
幼さ故か同性故か、その感情は恋心のようなものではなく、美人への憧れのような形で収まったようだが。
「フフ、話が早いではないか!
そうと決まれば、そのプロデューサーとやらに会わせるがいい!
知っているぞ……アイドルというのは『枕営業』とかいうのがあるのだろう。
あまりの美貌に喜んで出演を望まれる余。
しかし美しすぎるが故に男の下卑た本能を刺激し、出演の条件として無理矢理手籠めにされてしまうのだな……!」
「まくらえーぎょー?」
「なんだかよくわからないがとにかくレディに聞かせる話じゃなさそうだね! ほんとにやめてくれないかなキャスター!」
なお当のキャスターはすっかり出来上がっていた。
暇を持て余して眺めていたテレビでワイドショーでもやっていたのだろうか。
ため息ひとつ。
優子は拳を握りしめつつ、キャスターを睨んだ。
「キャスター。あんた、ふざけたこと言うのもいい加減にしなさいよ。
そんな目立つことして、他の陣営に狙われたら……」
飛び込みでライブに出る謎の外国人!
……聖杯戦争関係者なら、即座にサーヴァントだと気づくだろう。
いや、あまりにもバカバカしくて逆に気づかれない可能性もあるが。
それ以上に問題なのは、キャスターの人格だ。
優子の脳裏をよぎるのは……先日の、公園で起きた美しい惨劇。
キャスターの倫理観はネジが外れている。
この快楽主義者は、『楽しそうだから』の一言でライブを訪れた観客をあの薔薇の海に沈めかねない。
そうなればどうなるか?
簡単だ。翌日、優子とキャスターの写真が他の参加者に配られる。
『この陣営は衆人観衆の中で大量虐殺を行った。討伐者には令呪一画を報酬として与える』というメッセージ付きで。
それだけは避けなければならない。
それはつまり、優子の死を意味するからだ。
キャスターと優子の能力では、複数の陣営に狙われた上で勝利するのはまず不可能。
最悪令呪で制御する手もあるが、危ない橋を渡ることもない……
……そう考えてキャスターを睨む優子だったが、対するキャスターの視線はそれ以上に冷ややかだった。
失望した、とでも言いたげな視線。
仕方ない奴だ、とでも言いたげな視線。
優子は言葉に詰まった。
代わりにキャスターがため息交じりに口を開く。
「女……なにか勘違いをしているな」
ゾッ、と優子の背筋を走る悪寒。
ここ数日、心のどこかで安心していた。
なんだかんだと言って、こいつは暴力を振るえば制御できる相手だと。
首輪をはめて手綱を握れば、操縦できない相手ではないと。
「確かに余は、お前が余に暴力を振るうのであればサーヴァントでいておいてやろうと言ったが……」
違う。
違うのだ。
「――――――それは、余を退屈させてよい理由にはならんぞ?」
首輪をはめた狂犬は、確かにどこかへ飛び出してしまうことは無いだろう。
だが――飼い主に牙を突き立てることは、いつだって可能なのだから。
「っ、わ、わかったわよ……好きにすれば」
じりと後ずさりしながらどうにか優子が声を絞り出せば、キャスターは満足げに頷いた。
「うむ、それでよい。
さてニナ、そのプロデューサーという者の話だが……」
……優子は焦る。
マズい。このままでは。
令呪で無理矢理言うことを聞かせるか?
いや……令呪は僅かに三回しか使えない奥の手。
ライブを諦めさせる。それで一回。
さて、それで不満を覚えたキャスターを制御するのに、一体何画の令呪が必要なのか?
二画や三画では足りるはずもない。
その先にあるのは、優子の死だ。
焦燥から親指を噛みたくなる衝動を堪えつつ、視線を巡らせれば……ライダーと目が合った。
「……ライダー、ちょっとこっち来て」
「む。いや、しかし……」
「いいから!」
流石に自分のマスターと他のサーヴァントが二人きりというのは気が引けるのか、渋るライダー。
それを強引に引きずって――と言っても馬上なので形だけだが。不思議と白馬は抵抗しなかった――優子は声を潜めた。
「……あんた、あれどう思う?」
「どう思う、と言われても……レディ・ユーコ。君のサーヴァントが言い出したことだろう?」
「見ればわかるでしょ。あいつはどうしようもない屑で変態なのよ」
むぅ、とライダーが唸る。
あまり女性を罵りたくはないが、しかし優子の言葉を否定する要素が思い当たらないようだ。
「あんた、自分のマスター守りたいわよね?」
「当然だ! 私はレディ・ニナの騎士なのだからね!」
「…………」
私もこういうサーヴァントが良かったな、と優子は内心でため息をついた。
もちろん、無い物ねだりをしてもしょうがないのはわかっているが。
わかっているからこそ、死に物狂いで勝つ手段を手に取る必要がある。
「もうひとつ聞くけど、あの討伐令はどうするつもり?」
「……一刻も早く倒したいと思っている。
レディ・ニナや、そのfriendsにも危害が及ぶかもしれない。
キャスターは……あまりそういうことに興味がなさそうだね」
正義感が強いようにも聞こえるが、その実マスターへの気遣いが色濃い言葉。
いけるか?
優子は酷い焦燥感を飲み込み、言葉を続ける。
喉がカラカラで、胸は張り裂けそうだが、ここで逃げるわけにはいかないのだ。
頼れる恋人の助けは、今は無いのだから。
「キャスターは、見ての通り何をしでかすかわかんない奴よ。
屑で変態で、どうしようもないウジ虫みたいな奴。
ライブに出たらどうなるかなんて、考えたくもないわ」
「しかし、ライブというのはそんな簡単に出れるものなのかい?
確か、開催は明日という話だったろう。急すぎると思うが……」
「できるのよ。あの変態なら」
優子は横目で仁奈を見た。
……随分キャスターに懐いているようだ。
ライダーが自分から離れていることよりもキャスターと一緒にいることの方が重要らしく、こちらを見向きもしない。
「魅了。それと暗示ね。
やろうと思えば簡単だと思う」
優子の恋人も暗示能力を持っていたからわかる。
魔術による暗示があれば、ライブに割り込む程度造作もない。
現場の人間が誤魔化せればそれでいいのだから。
…………恋人と同じことをキャスターが行えるという事実が、優子を余計に不機嫌にさせた。
「……それで、なにが言いたいんだい?」
話の意図を掴みかねるのか、ライダーが話を促した。
「わからない?
これであんたは、あの変態から目を離せなくなったってことよ」
「脅しか……しかしそれなら、私がキャスターを倒せば済むだけの話だね」
「へぇ、あんたのマスターはあんなにあいつに懐いてるのに、殺せるんだ」
「…………むぅ」
キャスターを倒せば、ライブで妙なことが起こる心配はない。
だが、仁奈は大いに悲しむだろう。
それが魅了スキルによる感情だったとしても、仁奈はキャスターに懐いてしまっている。
無論、命の危険に比べるものでもないが……魅了とはきっかけに過ぎないのだ。
例え植え付けられたものであろうと、その感情が偽物ではないということをライダーは知っていた。
彼の友、ディルムッド・オディナがまさしくそのことで大いに嘆き苦しんでいたのだから。
「あんたはあの変態が暴走を始めた時、それを止める。
その代わり、私たちはあんたの戦いを助けてあげるわ。
討伐対象は二組だし、一人よりは二人よ」
「それは同盟の提案、ということかい」
優子は頷いた。
「そ。まぁこのままだとなし崩し的に一緒にいることになるし、ちゃんと色々取り決めといた方がいいと思わない?
言っとくけど、あんたが逃げてもあいつは事務所に行くだろうし、ここで襲い掛かってきたら私は逃げるわよ。
どっちみちあいつは事務所に行ってライブの出演まで漕ぎ着けるだろうから、同じことよね」
ライダーは眉を寄せ、思案した。
この少女の言葉に嘘はない、と思う。
問題は、お互いのメリットとデメリット。
確かにここでキャスターを倒すか、仁奈を仕事から遠ざけるかしなければ、いずれにせよキャスターと仁奈は共に行動するハメになる可能性が高い。
そしてライダーにとって、そのどちらも論外だ。
自分は仁奈の笑顔を守るために戦っている。
悲しませることはできない。
そして、実際にキャスターの支援を受けられるなら悪くはない話と言える。
あの不気味なキャスターと仁奈を共に行動させる、ということを除けば。
「……それで、君たちのメリットは?」
「あの変態を制御できる。
あいつ、自分で戦う気が無いのよ。
だからあんたに戦わせるって形なら、協力してくれると思う。それに……」
優子は得意げに仁奈と会話しているキャスターを努めて視界から外しつつ、答えた。
「言っちゃえば弱いのよ、あいつ。私もね。
だから誰かと同盟組まないと生き残ることもままならないってわけ」
「…………なるほど」
さて、どうする?
不気味な、手の内のわからないキャスター。
マスターですら満足に制御しきれないサーヴァント。
放っておけば、害になろう。
しかし倒せば、仁奈を悲しませよう。
どうする?
どうすればマスターの笑顔を守れるのか?
父ならこういった時、どうしていただろう。
あの偉大な、誰よりも賢かった父なら。
窮地となれば親指を咥え、常に最適の答えを出した父なら。
「わっ、ちょっ、なによ」
父の代わりに答えを示したのは、愛馬だった。
その時々、常に最適な進路へ騎手を導く白馬『疾く渡れ、金の白馬(チル・ナ・ホース)』。
白馬はそっと頭を垂れ、優子に顔をこすりつけた。
優子がくすぐったそうに白馬を押し退けようとする。
……それで気づいた。
優子の手は、微かに震えていた。
「――いいだろう」
「えっ、なに……もう! 馬の躾ぐらいちゃんとやりなさいよ!」
「レディ・ユーコ。youの申し出を受けよう。
私はキャスターを見張り、暴走すれば止める。代わりに君たちは私の戦いを補佐する。
お互い、具体的なことが言える内容の契約ではないからね。
ライブの後がどうなっているかわからないから、同盟期間についてはライブの後に改めて考える。
ひとまずこの場はこれでいいね?」
ライダーは胸を張った。
大柄なライダーの体は馬上ということもあり、余計に大きく見えた。
「オホン。
……うん、それでいいわ。
よろしく頼むわよ、ライダー」
「オフコース! 任せたまえ!」
ドン、とその広い胸を叩く。
如何にも頼もしげなその姿に優子は内心ほっと胸を撫で下ろし、ついでに小さくガッツポーズをした。
なし崩しだが、緩やかだが、同盟は締結したのだ。
これが、この四人の聖杯戦争の第一歩……
「ライダー! ライダー!
キャスターおねーさんはすげーですよ!」
「うむ!
そして余は艶めかしく衣を脱ぎ捨て、男たちの前で股を開いてだな。
切なげに指を唇に宛がい、甘えた声で……」
「子供に何話してんのよアホッ!」
「ン゛ン゛ッ!」
………………同盟ははやまったかもしれないなぁ、とライダーは思った。
◆ ◇ ◆
災難は勇気を試す機会である
――――ローマの哲人、小セネカの言葉。
◆ ◇ ◆
――これでいい。
優子はキャスターをひとしきり殴ってから、ひとりごちた。
リスクは大きい。
これは相手の良心に訴えた同盟だ。
束縛力は薄く、いつでも切られる覚悟はしておかなければならない。
だが、それでも一歩前進は一歩前進だ。
まずはライダーと同盟し、時間を稼ぐ。
情報収集、陣地作成、やるべきことはいくらでもあるのだ。
そもそも、優子はただの女子高生である。
頭に美人という形容詞が付くが、能力的には一般人もいいところ。
当然、あれこれと策略を巡らせる才能があるわけでもない。
そういうことは、全て恋人の日暮静秋の領分だ。
彼は強く、賢く、優子を守ってくれた。
くだらないことをすぐに言うし、デリカシー無いし、軽い男だが、それでも優子の恋人だ。
彼に会いたい。
心からそう思う。
そう思うからこそ、南城優子は止まれない。
生き残って、勝ち残って、再び静秋の下へ帰るのだ。
聖杯が万能の願望機というのなら、あのおぞましい不死身の殺人鬼との縁だって切れる。
そのための手段は選べない。
あの変態も、幼い少女も、真っ当そうなライダーも。
まだ見ぬ他の参加者も、全てを利用して、自分は勝たなければならないのだから。
私は負けない。
もう一度、優子は自分に誓った。
どこか遠くにいる静秋に誓った。
……例え、陰を往くことになろうとも。
◆ ◇ ◆
――これでいい。
ライダーは再び霊体化しながら、ひとりごちた。
不安はある。
不穏でもある。
いつ暴走するともしれないキャスター。
そのキャスターに魅了されてしまった自らのマスター。
前途多難もいいところで、少なくとも明日のライブが終わるまでは目が離せそうにない。
だが、これでいいのだ。
ライダーの胸中に浮かぶのは、かつての仲間たち。
勇猛果敢で知られたフィオナ騎士団の騎士たち。
それを束ねる大英雄、フィン・マックール。
自分は英雄でなくてはならない。
誰よりも勇敢で、誰よりも強い英雄として、この聖杯戦争を戦わなければならない。
仁奈を守ると誓った。
その笑顔を守り、必ずや父親と再会させると誓った。
優子の手は震えていた。
不安と恐怖と決意の色を、その瞳は浮かべていた。
――自分は英雄でなくてはならない。
胸を張って、そう叫べる騎士でなくてはならない。
自分を見送ってくれた仲間。父。
悲しみながらも、称えながらも、自分の出立を見送り、そして帰りを待ってくれていた人たち。
かつて自分は能天気にもそれを裏切った。
常若の国から帰ってくれば、頼もしい騎士たちの姿はどこにもなく、遠く古の伝承と化していた。
逢いたい。
父に、仲間に、私は幸せだったと、立派な英雄として数多の冒険を果たしたと、逢って伝えたい。
そのために、自分は英雄でなくてはならない。
いつか家に帰った時、誇らしく無事を伝えるために。
どんな苦難も乗り越えてみせよう。
我が名はオシーン。
勇敢なるフィオナの騎士。
偉大なるフィン・マックールの息子。
――――その名に恥じない自分でなくてはならない。
◆ ◇ ◆
――これでいい。
キャスターは仁奈たちと共に事務所へ向かいながら、ひとりごちた。
絢爛なる舞踏を見せよう。
至上たる歌を歌おう。
崇高なる美を教えてやろう。
舞台の上に自分が立った時、観衆はどんな反応をするだろうか?
拍手喝采?
素晴らしい。
我が美貌を称えるに、どれだけの喝采が必要だろう。
非難轟々?
素晴らしい。
突如現れた謎の美少女に、期待を裏切られたと罵声が飛ぶか。
しかし、だがしかし、まだ足りない。
それだけでは楽しくない。
全然まったく満足できない。
となればやはり、皇帝自ら舞台を整える必要があるか。
魅了をかけてしまうのはどうだろう?
数多の観衆が股間をいきり立たせ、一斉に自分や他の女たちに襲い掛かるのだ。
その光景を思うだけで、キャスターは興奮で背筋を震わせた。
会場を薔薇で埋め尽くすのはどうだろう?
数多の観衆が悲鳴を上げ、許しを乞いながらエル・ガバルに捧げられるのだ。
その光景を思うだけで、キャスターは興奮で股間が熱くなった。
なんとも楽しみなことではないか。
まずはプロデューサーとやらに会いに行き、我が美貌と魔術によって話をつけてしまおう。
それこそ『枕営業』という奴をしてやってもいい。
自分ほどの美を褥に連れ込むことができるなど、なんと光栄なことか。
まったく自分の慈悲深さと来たら留まることを知らないな、とキャスターは思った。
マスターはどうやら乗り気ではないようだが、今はいい。
別のマスターを見つけるにしても、とりあえずライブとやらが終わってからでいいだろう。
それまではひとまず、いかにして天上の美を表現するかを考えようではないか。
史上最悪の暴君は期待に胸を躍らせ、その表情が気持ち悪いとマスターに殴られて嬌声を発した。
◆ ◇ ◆
――楽しみだなー。
市原仁奈はキャスターを連れて事務所へ向かいながら、ひとりごちた。
キャスターはとびっきりの美人だ。
442プロにはたくさんの美人がいるが、彼女ほど綺麗な人はそうそういないだろう。
きっとみんなもキャスターのことが好きになるだろうし、喜んでくれると思う。
ファンはきっと、美人なキャスターが歌ったり踊ったりすれば喜ぶだろう。
ニコニコでウォォーってなってくれると思う。
プロデューサーもきっと、美人なキャスターを連れて行けば喜ぶだろう。
いっつも新しいアイドルを探しているような人だし、すぐにキャスターをアイドルにしてくれるはずだ。
そしたら、仁奈もキャスターと一緒に歌ったり踊ったりできる。楽しみだなー。
そして他のアイドルもきっと、美人なキャスターとお友達になれれば喜ぶだろう。
とっても美人なキャスターだから、みんなもこんな風になりたいって思うはず。
そしたらみんなも美人になって、ファンもプロデューサーももっと喜ぶ。
みんなニコニコ。
楽しみだなー。
仁奈はみんなのきもちになって、とっても嬉しくなっていた。
みんながニコニコ笑って喜んでくれるのは、とっても嬉しいのだ。
そしたら、みんなも仁奈を褒めてくれるかもしれない。
褒められるともっと嬉しい。
仁奈はいつもキグルミを着て歌ったり踊ったりするけど、そうするとみんなが可愛い可愛いと笑って褒めてくれるのだから。
はやくキャスターおねーさんを連れて行って、みんなで嬉しくなりたいな、と仁奈は思った。
仁奈はアイドルだ。
だからみんなに、ニコニコを届けるのだ!
……少女はまだ、夢心地。
【新都 住宅街/1日目 早朝】
【南城優子@陰を往く人】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]携帯電話、財布など
[所持金]月末の学生程度(つまりあまり持っていない)
[思考・状況]
基本行動方針:キャスターを制御し、なんとしても勝ち残る。
[備考]
1.キャスターの暴走を抑える。最悪令呪の使用も辞さないが……
2.ひとまず市原仁奈、オシーンと共に442プロの事務所へと向かおう。
3.できるだけ討伐令にも手を出していきたい。
※新都の住宅街にアパートを借りています。
※市原仁奈・オシーンとなし崩し的に同盟を組みました。
ひとまずライブ終了までは行動を共にするつもりです。
【キャスター(ヘリオガバルス)@史実(3世紀ローマ)】
[状態]健康
[装備]短剣、女子高生服、金髪のカツラ
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:楽しいことをする。
[備考]
1.442プロとかいうのに向かい、ライブに出る。
2.ライブは派手に面白く! 方法は考え中。
※市原仁奈・オシーンとの同盟についてまだ知りません。
【市原仁奈@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康(魅了)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]財布など
[所持金]小学生並(つまりあまり持っていない)
[思考・状況]
基本行動方針:ライブに出て、みんなに笑顔を届ける。
[備考]
1.キャスター(ヘリオガバルス)を事務所に連れて行き、彼女がライブに出れないかプロデューサーに聞いてみようと思っている。
2.聖杯戦争については、よくわかっていない。
※キャスター(ヘリオガバルス)のスキル『紅顔の美少年』による魅了を受けています。
恋心には至っていませんが、美人であるヘリオガバルスに対し憧れを抱き、懐いています。
※南城優子・ヘリオガバルスとの同盟についてまだ知りません。
【ライダー(オシーン)@ケルト神話】
[状態]健康
[装備]白馬、金の剣
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守る。肉体的にも、精神的にも。
[備考]
1.英雄らしく在ろう。
2.討伐令には参加したいが、マスターを守るためにはあまり離れられない。
3.キャスター(ヘリオガバルス)をあまりマスターと関わらせたくない。教育に悪い。
※南城優子・ヘリオガバルスとなし崩し的に同盟を組みました。
ひとまずライブ終了までは行動を共にするつもりです。
投下を終了します。
君たち(サーヴァント数名)のライブにホイホイ出れると思うその自信は何なのかなぁ!?
投下お疲れ様です!!
へ、変態だ……EXレベルすら超越してそうな変態だ……
朝っぱらから教育に悪いアブノーマル全開で、これじゃあ討伐令下される前に捕まってもおかしくなさそうで
巻き込まれ優子さんには強く生きてほしい……
さてさてそんなハイレベルなお姉さん2人(内ひとりは男)に出会っちゃったあげく魅了受けてる仁奈ちゃん……仁奈ちゃん……!!
そいつはおねーさんじゃないよ男だよ仁奈ちゃん……!!
オシーンと優子さんで全力でセーブかけないととんでもないことになりそうだぞこいつら……先行きが心配ですね……
とりあえず仁奈ちゃんに悪影響を及ぼす前に変態皇帝を黙らせよう(切実)
あ、すみません、タイトル間違ってました。
正しくは『お気に召すまま』でした。
誤ったままWikiに登録を行ってしまったのですが、Wikiのページ名を変えてもらうことは可能でしょうか?
乙
こんな変態がローマ皇帝やってたのか……(ドン引き)
でも神祖ロムルスなら、「これもまたローマ」と受け入れるんだろうな
神祖の器がデカすぎる
投下乙です
このままだと、アイドル達は拉致されて、ロボットとサーヴァントがライブするはめになってしまう……!
投下します
もっとも強いのは、なにももたない人間。
もっとも弱いのは、全てを抱える人間。
おまえは、どっちだ。
○ ●
酉ミスしたのでやり直します……
もっとも強いのは、なにももたない人間。
もっとも弱いのは、全てを抱える人間。
おまえは、どっちだ。
○ ●
まだ太陽も見えない夜の町。
町の明かりは未だ消えず、煌々と辺りを照らしている。
冷たい夜風が頬を撫で、無骨な住宅街の隙間を縫う闇がひっそりと佇む。
その中を、男が駆ける。
青い制服、立派なバッジ。
キリリと引き締まった身体は日頃の鍛錬の成果を思わせる。
所謂、街の守り人―――警察官である。
「治安の悪くなったもんだ、この町も」
俺が子供の頃はもっと平和だったのに、と。
口の中で煙草の煙を巡らせ、ほう、と吐く。
本来なら善良なる人間の見本であるべき日本の警察官が歩きながら煙草を吸うなどとは御法度な行為だ。
しかし、太陽が未だ登らない時刻だからか、周りに人気などない。
少しばかりなら構わんだろうなどという気の抜けた思考が、彼を堕落させていた。
「…ま、当たり前か。こんな御時世に夜出歩く馬鹿はいねえよな」
ここ数週間で冬木市での行方不明件数―――及び変死件数は跳ね上がっている。
老若男女、人種問わず。
冬木市で起こる一年のの行方不明事件を、数週間で軽く上回ったのだ。
身元不明の肉塊すら多々目撃されており、夜のニュースはそれらの報道でひっきりなし。
特にセンタービルの爆破テロは、幾つかのテレビ局が速報としてTV放送スケジュールを変更し報道したほどだ。
こうなれば、警察も積極的に動かなくてはならない。
冬木市中に警官が配備され、犯人の一早い逮捕が期待されている。
「しかし、このザマだ」
当てもなく町を見回る彼の視界には、静かな夜の住宅街。
犯人どころか人間すら見当たらない。
右を向く。
人影は見当たらない。
左を向く。
人影は見当たらない。
目を凝らす―――すると、何かが、写った。
「…?」
少女が、立っていた。
大胆に露出した太股は街灯に照らされ、珠のような肌は雫を弾く。
瑞々しい二の腕は滴る水滴で鮮やかに彩られ、艶やかな雰囲気を醸し出している。
顔は見えない。
影で隠れ、人相までは見えない。
「おーい、早く家に帰りなさい。危ないぞ」
近くに寄っても、女は反応した素振りすら見せない。
赤いシャツが鮮やかに、輝いている。
「ほら、君」
警察が女の肩に手を置く。
ポンと、まるで子供の頭の上に手を置くような、優しい手つきだった。
なのに。
だというのに。
ポトリ、と。
女の身体が、地面に落ちた。
ぴしゃり。
水分をよく含んだものが落ちる音。
女が倒れると同時に、何かが男の頬に付着する。
ふるふると震える指先で、頬をなぞる。
指先に付着したのは―――血液だ。
「血……ッ!?」
じわりじわり。
倒れた女の首を中心に、血溜まりが拡がっていく。
じわりじわり。
じわりじわり。
血液が止めどなく流れ、間欠泉のように吹き出している。
―――首から先が、ない。
男がそのことに気づくのにそう時間は用さなかった。
「ぐーる ぐーる」
「…!」
男が胸の連絡機器に手を伸ばした瞬間。
声がした。
濁った声。抑揚が少ないようでいて時に激しくなる、まるで理性の削れたような声。
その声は―――頭上。
高い電信柱の上で、此方を見下ろしていた。
「おま おま お巡りィ〜〜お巡りさん。俺、知ってるのよ」
「おまえ、何を持って、」
「こうやったら、血が集まって旨くなる」
顔を隠したフード。身体を包んだ、服と呼ぶのも烏滸がましいボロボロの布地。
黒の生地は返り血が固まったのか、所々が変色し固まっている。
腕と、その握った『何か』をぐるぐると振り回す。
それを見た男の顔が、青ざめる。
頭だ。女の頭を、その髪を掴んで振り回している。
「おまえ……その手を下ろせッ!」
それを見た警察官の動きは迅速だった。
腰に佇んでいる拳銃を引き抜き、構える。
発砲は許可されていない。
もしも何らかの方法で此方に危害を加えるのなら発砲も許されてはいるが、此方から撃つことはない。
『警察官職務執行法第7条』。
警察官は―――己から積極的に武器を持って相手に危害を加えることはできない。
『命を奪うため』に発砲してはならない。
『命を護るため』に発砲するのが、日本の警察官だ。
しかし。
凶悪犯罪を犯したと現行犯で判断できる時のみ、最低限度の武器を扱うことを許されている。
だが、直撃はさせない。
まずは威嚇射撃で相手の動きを見る。
「動く『ばちゅん』―――へ?」
たんまり水が入った風船を割ったような音。
発砲した、射出音とほぼ同時。
拳銃を握った突き出した腕が、空を舞っている。
くるくる。くるくる。
メリーゴーランドのように空中で回る腕を、フードの男が掌で受け止める。
「小さい頃、習ったよなぁ。
危ないものはヒトに向けちャアいけねえぜ」
(熱―――ッッッ!!!!!)
右の肩から先を失った傷口が、熱を主張する。
熱い。熱い。熱い。
人の知覚できる"痛み"の域を超えた何かが、脳髄に警鈴を鳴らす。
「―――懐かしい、感じだぜ」
警官から捥ぎ取った右腕を弄びながら、フードの男はその右手に握り締められた拳銃を掌に収める。
慣れた手つきだった。
まるで、人が食事の際に箸を取るような。
そんな、当たり前のように拳銃を握る。
「昔はよく教官に褒められたっけなァ」
「"おまえは羽赫の扱いがいい"って」
「成績も良くてな」
「次席だったンだぜ」
「一番には、なれなかったけどな」
違和感が、この場を支配する。
片や右腕を捥がれた男。
捥いだ張本人はまるでそれが大したことではないかのように思い出話に興じている。
眼中にないのだ。
この白髪の男は、最初から警官のことなど"障害"とすら見なしていない。
蚊が腕に止まったから潰すことと同じ。
ただ―――何か目障りなものが近づいてきたから、払っただけ。
この男は。
既に『人を人と認識していない』。
そう気づいたときには、遅かった。
彼は逃げるべきだった。
残った左腕で胸の無線機に手を伸ばす。
血液を流し過ぎたのか、失った右腕の感触は痛みごと既に消え去っている。
だが、警察官としての最期の意地が、彼の左腕を突き動かした。
コイツをこのままにしてはいけない。
今すぐ、この場で捕らえなくては―――
「至急応え゛ん゛ッ」
ぶちゅん、と。
再び、水気を伴った音が響く。
「人の話は最後まで聞けよ、オマワリさん」
首が、飛んだ。
まるで、実った果実を捥ぐように。
そうして。
自分が何を相手にしたのかも理解できないまま、男の人生は幕を閉じた。
○ ●
警官の身体は筋肉が引き締まっていて、齧る度に程よいナゲット感覚が口内を満たす。
最近はこのご時世故か、女は早々に帰宅してしまって喰えていない。
ここ数日は男しか喰っていない。
男の歯応えも良いが、女の弾力も棄て難い。
血液は喉越しが良く、開けたてのミネラルウォーターでも飲んでいるかのよう。
髪を掴み切断した頭を振り回すと、血液が脳に集まって齧りついた時の快感が増す。
溜まった血液が溢れ出すその様は、まるで人間の食事で言う小籠包。
もぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐもぐ。
胃袋の底にでも穴が開いているかもしれないと錯覚するぐらい、肉が再現なく口の中に吸い込まれていく。
しかし。
「…足りねえ」
白髪の男―――滝澤は、まだ空腹を訴えていた。
食べても食べても腹が減る。
満たされてもその直後に、食欲に襲われる。
この場に来てからというもの、そんな状況がずっと続いていた。
体内から体外へ、"何か"が流れ出すのを感じる。
滝澤は知り得ないことだが―――流れ出しているそれこそが、『魔力』だった。
彼が使役するサーヴァント。
バーサーカーとは、英霊の理性を奪いその代わり身体能力を増幅させるクラス。
英霊の理性を奪い、扱いやすい兵器へと堕とすものだ。
しかし理性を奪い身体能力を上げるその触れ幅が大きいほど、マスターへの魔力の負担は格段に増える。
バーサーカー―――此の場では"ジェヴォーダンの獣"と称するのが適切か―――が捕食によって自ら魔力を調達していると言っても、膨大な魔力消費全てをそれで賄える訳ではない。
その足りない分の魔力を、繋がった主従のパスを通してマスターである滝澤の身体から奪い取っているのだ。
元来、滝澤は魔術師ではない。
魔術師の家系でもない。
本来はバーサーカーのクラスを行使することなど、余りにも難しい。
しかし。
滝澤は、その魔力の問題を『人を喰う』ことで解消している。
魔力とは、人の体液に溶けやすいもの。
本来微弱な魔力回路しか持たない人間であっても、体液ごとその全てを喰らえば多少は魔力の足しになる。
そうして、滝澤は魔力の枯渇を防いでいる。
……その対価として、満足することのない飢えを課せられている訳だが。
極上の美味を口に運びながら。
人肉の一部を口に運びながら。
滝澤は、思う。
この身体になってから何もかもが最悪だ。
―――この身体になってから、何もかもが美味い。
この身体になってから、人の肉しか喰えない。
―――しかし、飢えを満たすそれらは美味だ。
真戸を助けたかった。法寺さんを助けたかった
―――だが。腹が減るのに堪えられない。
理性と本能が相反する。
結果、滝澤は人を喰う。
目の前の肉が。人だったものが。
『わたしをたべて』と懇願する。
ならば。
食べてあげないと、可哀想じゃないか。
「―――……あ……?」
そこまで思考が稼働して。
滝澤は、グルン頭を回す。
目の端に、獣が映った。
「なんやの」
直前まで忘れていたと言わんばかりにコンコンコン、と頭の中を整理するように叩き、
「ちゃんバサ」
その獣の名を、口にした。
何も言わずに、獣の女が立っている。
バーサーカー。ジェヴォーダンの獣。彼女を言い表す言葉は沢山あるだろう。
しかし。そんなことはどうでもいい。
少し時は遡った、センタービルでの一戦。
サーヴァントでありながら、敵の前にマスターを差し出す愚行。
滝澤からしてみれば、あのピエロ達から逃げる間の時間稼ぎ、撒き餌に使われたのと同義だ。
マスターが滝澤でなければ、即座に犬の餌になっていただろう。
怒りがないと言えば、嘘になる。
この場で赫子を用いて四肢を貫き標本にしてもいい。
だが、それはまだ早い。
聖杯なんてものに近づくには、まだ早い。
やるなら、聖杯を取った後だ。
そして。
バーサーカーも、無意味にマスターを襲う意味も理由もないようで、其処に立ち尽くしていた。
バーサーカー自身、『マスターが一人じゃ心配』などという忠犬染みた理由で帰って来た訳ではない。
彼女も獣だ。狩りをするならば、楽な獲物を選ぶ。
ただ、血液の臭いがして、その中で一番近い場所に駆けつけたらマスターである滝澤がいた。
ただ、それだけ。
食事の際の、匂いに釣られただけ。
「なあ ちゃんバサァ」
ゆらり、と幽鬼の如き挙動で、バーサーカーへと向き直る。
そのままの勢いで手元の、警察官からむしりとった頭を投擲する。
狙いは、バーサーカーの顔面。
しかし衝突することはなく―――バーサーカーの腕の一振りによって、果実のように破裂した。
血液が辺りに撒き散る。
鉄の臭いが充満する。
これが昼間だったなら、どんな騒ぎになっていたか想像するのも恐ろしい。
「どうせ喰うなら」
「美味いモン獲ろうぜ」
ニチ、と。
口元から垂れる血液が音を鳴らす。
その手元には、一通の手紙が握られている。
討伐令の報せだ。
「二人っきりで」
その言葉を理解したのか、していないのか。
獣の女の口元も、ニヤリと笑った。
○ ●
「おお、早いな。まだ日も昇っとらんというのに」
「…んー、まあ。セイバーに全部任せて一人だけ爆睡はできないじゃん」
気だるげな身体をベッドから起こし、寝ぼけ眼を擦りながら意識を覚ます。
茶のもふもふとした髪を揺らし、太い眉が特徴的な少女―――神谷奈緒。
時計を確認するより先にベッドの脇のカーテンを開くと、そこはまだ一面の闇。
窓から差し込む月光は、未だ夜が明けてないことを示している。
(……夢じゃない)
サーヴァント。聖杯戦争。
左手に刻まれた、弓を張ったような紋様の痣。
起きる度に、この出来事はただの夢だったのではないかと疑うほどの数奇な出来事。
…実際、まだ現実感はない。
今このタイミングで、影から『ドッキリ大成功』の看板を持ったお笑い芸人などが出てきたならば、笑いながら信じてしまいそうだ。
「しかし、そろそろ身の振り方を考えんとなぁ。
そろそろ加熱してくる頃合いだろうて」
眼帯の青年。
剣の英霊、セイバーが顎を掌で擦りつつ溢す。
身の振り方と問われても、奈緒自身には願いなどないければ目的もない。
どうしても叶えたい望みなどないし、躍起になって取り組むほどのものもない。
アイドルとして更に成功したいという目標はあるが、さて、それを他人の力で叶えて良い望みかどうかはまた別の話だ。
あくまでこれは『神谷奈緒のアイドルとしての目標』である。
そこに向かって走るべき『目標』であり、無理矢理今叶えたい『願い』ではない。
…その、願いがあるとすれば。
己の呼び掛けに答え助けてくれたセイバーの願いを叶えてあげたい、ということぐらいか。
「セイバーは、こう、考えとかあるのか?」
故に、具体的なビジョンが浮かばなかった。
聖杯戦争と言われても、特に何をすべきなのなわからない。
台本も何もなしにロケに送り込まれた気分だ。
そうするとセイバーは、ほれ、と一通の手紙を投げた。
まだ寝巻き姿の奈緒の膝に落ちたそれはぱらりと開き、数枚の写真と文が刻まれた紙が落ちる。
白髪の男と、赤に染まった女。
双子だろうか。全くそっくりの姿をしたピエロ。
アニメからそのまま出てきたような、奇抜な格好をしている。
特にピエロの方など、アニメの敵役にピッタリだ。
コスプレだろうか。
コスプレも、最近のモノは出来が良いから侮れない。
「…これは?」
「よく読め」
「?」
冬木センタービルの破壊。
冬木住民の捕食事件。
殺人事件及び凶悪事件の数々が列挙されている。
その全ての端から端までを読み直し、はて、ともう一度読み直し首を傾げる。
捕食。
捕食。
捕食?
「捕食?」
「その白いのと獣が人を喰うた、ということだろうて」
「人を?」
「うぬ」
「人が?」
「うぬ」
「食べたのか?」
「らしいな」
さーっ、と。
血の気が失せ、自分の顔が青くなっていくのが分かる。
人が、人を、喰う。
「おそらく化生の者の類いだろうさ。人間ではなかろう」
「人じゃ、ない?」
「言うならば"人の形をした化物"、か?」
現実味はないが。
『人の形をした何かが人を喰っている』と言われると、何となく恐ろしさが伝わってきた。
脊髄に氷柱が差し込まれたような、悪寒に近い恐怖。
未だ下半身は暖かさの残った布団にくるまれているというのに、何処か肌寒さを感じた。
「そこで、だ」
顔の眼帯を弄りながら、セイバーは告げる。
一枚はピエロ。もう一枚は白髪の男の写真を摘まみながら。
「俺としては此と言って急務もない。
此度の戦を始めるに早いが得も遅いが損もなかろう。
なら後は一つ―――主殿が、どうしたいかだ」
「あたしが…?」
「そうだ。今や俺も主殿に仕える身。その決定には従おう」
腕をひらひらと振りながら、セイバーはそう言った。
自分が、どうしたいか。
茶の両目が白髪とピエロを捉える。
……特に、理由があった訳じゃないけれど。
ベッドに横たわっている加蓮が。大切な、友達が。
『もし標的になったのが知り合いだったら』―――そう思うと、自然に口が動いた。
「駄目だ」
「ん?」
「上手く言えないし、あたしが何か出来る訳じゃないけど…」
セイバーのような特別な力を持っている訳じゃない。
襲われたら大の大人にだって勝てないかもしれない。
でも。
それでも。
「このまま見過ごすのは……なんか、違うと思うんだ」
理由もなく全てを奪われていく人達がいて。
自分には、それを阻止するだけの手段があって。
アニメの主人公になったつもりではないけれど―――止めなきゃ、と思った。
「ふむ」
其処まで、きっちりと聞いて。
若造の正義感などと笑わずに、真摯にその全てを受け止めて。
セイバーは奈緒を見据えて、言った。
「それは"此奴らを殺す"ということか?」
「……え?」
予想外の、返答が来た。
「悪さをする連中を取り締まる。それは良かろう。正しきことよ。
しかしな、嬉々として人を殺し回っている連中よ。無傷で解決とはいくまい。
奴らが主殿を殺そうとすれば、俺は必ず阻止する。場合によっては殺すだろう。
…その時、主殿はどうする?」
「それは」
言葉に、詰まった。
止めなければ、と思った。
でも。
殺すかどうかなんて、考えていなかった。
悪さをする連中を倒して、それでハッピーエンド。
…奈緒が好きなアニメは、大抵がそんな終わり方だ。
現実は、そう簡単には終わらない。
現実にはその先が、倒された悪役にも命がある。
それを。
自分が奪って、いいのか―――
「……殺したくは、ないな」
答えは、否。
殺したくない。
相手が酷い悪人でも、一方的に殺してはいけないと思った。
恐る恐る奈緒は顔を上げ、セイバーの顔を見る。
何を腑抜けたことを言うのかと険しい顔がそこにあると思ったが、
「うむ。主殿はそれでよかろう」
満足したような、男の顔がそこにあった。
「へ?」
「へ?じゃないだろうに。此処で意気揚々と"殺そう"などと口にしていたら逆に俺が怒っていたわ。
せっかく争いと無関係の時代に産まれたのだ。主殿を応援してくれる"ふぁん"とやらが大勢いるのだ。
主殿が手を血に染める必要はない。殺したくないというのなら、戦の場で俺がなんとかしよう」
試すような真似をして悪かったな、と。
かっかっかと快活に笑うセイバーを前に、奈緒の顔がボッと、茹で蛸のように赤く染まった。
「おま、おまっ、真面目に答えちゃったじゃんか!」
「ほっほ、そう照れるな。戦場での無茶は俺らの仕事よ。
主殿は後ろで、でんと構えておれば良い」
一人真面目になっていた自分が馬鹿みたいだ。
ぷくーと膨れた己の頬に熱を感じながら、奈緒は赤くなった顔を隠す。
冬の空気に当てられた掌は冷たいのに、顔は真夏のように熱い。
もう二度と真面目に答えてやらないからな、と。
左手で赤い顔を隠し、右手でセイバーを指差し文句を言った。
言おうとした、瞬間。
だぁんッッッ!!!!と。
耳を劈く、破裂音がした。
「おわっ!?な、何だ、風船か……!?」
一人でわたわたと慌てる奈緒を他所に、セイバーはほう、と息を吐く。
「主殿、着替えよ。寝巻きのままでは寒かろう」
「え、何で」
「出陣るぞ。直ぐ其処に、何か在る」
どうやら。
聖杯戦争とやらは、和気藹々とするような暇は与えては貰えないらしい。
○ ●
「……寒いな」
流石に、冬の夜は寒い。
住宅街をてくてくと歩きながら、奈緒はそう呟いた。
重ね着していても冷気は服をすり抜け、直接身体を冷やす。
破裂音が鳴り響いてから、セイバーと奈緒は直ぐに家を出た。
"主殿には家で待ってもらうという手もあるがなぁ。しかし自衛手段のない主殿を俺の手の届かん場所に置くのは如何せん不安よ。
多少危険でも側に付いて貰うしかなかろう。安心せよ、危険を察知したら直ぐに届く範囲におる"とは、セイバー談。
別に己の安全だけ確保してセイバーだけ戦わせるようなつもりはなかったからいいのだが、こうも守られると少し罪悪感が湧く。
しかし。
しばらく歩いても、どれだけ歩いても、不審な影など何もない。
セイバーは"何か在る"と言ったが、此処まで何もないと勘違いだったのではないかと疑いたくなる。
闇夜を照らす電灯がちかちかと光る。
「…なあセイバー」
「……」
「なあってば」
「……」
「おーい」
「主殿」
暇を持て余したのか、奈緒の間延びした言葉をセイバーが切る。
いつになく、冷静で研ぎ澄まされた―――まるで、一本の刀のような声。
それは。
セイバーが、臨戦態勢に入ったことを言外に告げていた。
「余計に動くな。俺が"良い"というまで、絶対にな。
危険を感じれば令呪を通して俺にも通じる。そうすれば―――」
言葉は最期まで、紡がれなかった。
何故ならば。
「■■■ーーーッ!!!!!」
セイバーの研ぎ澄まされた身体が、ボールのように弾き飛ばされたからだ。
いや、弾き飛ばされたのではない。
獣に、捕まれている。
そのまま、首根を掴んだまま運ばれる。
地面でガリガリと背中を削りながら、獣は走りながらセイバーを地面に擦り付け、そのまま投げ飛ばす。
「ぐぅ…っ!」
解放されると同時に体勢を立て直すセイバーだが、既に遅い。
奈緒とは50mほどだろうか―――障害物で姿は見えないが、距離を離されてしまった。
ぴちゃり。ぴちゃりと。
構えるごとに、鉄の臭いが混じる水音がする。
血液が、地表を覆っている。
何人の人間の頸動脈を切り裂き、その血液を地面にばら蒔けば此処までなるのかと疑問を抱くほど、まるで雨が降った後の地面のように地が血液で染まっている。
人の気配はない。
人が歩くべき通路に一人として存在しないのは、真夜中故か。
「…これも、手前の仕業かね」
目前には幾つもの肉の塊。
団子のように磨り潰された"ソレ"は、所々に現代風の布切れが混ざり―――"先ほどまで人間であった"ことを言外に告げている。
そして。その中央に、セイバーを襲った獣はいた。
しかし、獣というには人の姿に近かった。
服に該当するモノは僅かにしか纏っていない。
長身の身体のサイズに合っていないその服は、もはや布と形容した方が正しいかとさえ思う。
しかし。
人の形をしているとはいえ、ソレは人間ではない。
爪や牙。獣のような耳や尻尾は人外のソレだ。
瞳からは溢れんばかりの野性と狂気が宿っている。
返り血だろうか、全身が赤く染まったその姿は人間というより化物に近い。
その化物が人だった肉の塊を食い千切り、咀嚼し、飲み込んでいる。
異常な光景だった。
セイバーがもし普通の人間だったなら、失禁し失神してもおかしくはない。
これが、サーヴァント。
超常の化身。
恐らく、狂戦士だろうか。
「どうやら、初戦から"人喰い"か」
血の臭いを辿ってみたら、これだ。
主殿を待機させておいて盛会だったな、と。
辺りは濃密な死の気配が充満し、セイバーの直死は絶えず獣の"死"を見ている。
気休めでしかない眼帯が、更に役立たずに成り下がる。
すらり、とセイバーの掌に刀が現れる。
"骨喰"。主人が観測する度に姿を変えるその武器は、此度は扱い慣れた由緒正しき日本武器―――日本刀として、現れた。
「■■■」
野性の獣が此方に気付く。
どうやら食事に夢中で今の今まで此方に気付いていなかったらしい。
は、完全な獣よな、と。
セイバーは笑みを溢す。
「なあ狂戦士よ」
「俺のマスターは子供でな」
帰ってくる言葉はない。
当たり前だ。狂戦士に言語能力は存在しない。
残ったのは純粋な食欲と本能だけ。
「手前みたいな連中でも"殺したくない"と溢す」
「従者としては此ほど頭を抱えることはない。戦の場に主義主張なぞ持ち込んでも録な結末にはならん」
「手前らのような者の前に話し合いの席など設けては頭から喰らわれて終いだろうに」
ぐるると、狂戦士の首が此方を向いた。
成る程此は恐ろしい、と剣士はおどけて見せ、しかしな、と続ける。
「主の無茶を叶えるのが従者よ」
「サーヴァントは殺しても座に帰るだけ。
マスターの願いを壊すことにはならんだろうて」
骨喰が、刀が狂戦士の頭蓋に狙いを定める。
瞬間にでもその首を切り落とさんと、剣気を上げる。
「だからな」
「此処で手前を殺し、手前の主に"無理矢理にでも行動不能に陥って貰う"」
腕の一本や脚の二本。
化物なら切り落としても生きるのに問題はなかろうて―――。
そう語るセイバーの顔は、笑っていた。
化物退治は英霊の得手。
人々を害する化物退治こそ、英霊の新真骨頂。
「…狂戦士に、獣の類いにこんな話しても無駄だろうが」
狂戦士の瞳孔が開く。
その眼に感情はない。
ただ。
ただ、腹が減った。
生きるために、何かを喰らおうとした。
彼女が―――その獣が生きていた頃から、それは変わらない。
ただ、腹が減ったから喰った。
ただ、目の前に肉があったから喰った。
造られた身体が、疼く。
「ほれ―――」
ダンッッッ!!と。
弾丸のように、黒い風が疾る。
たった一歩で、互いの距離が零になる。
刀を振れば。爪を下ろせば、互いの肉が抉れる距離。
互いが、互いを仕留める間合い。
そこで
「―――自分が消える理由ぐらいは、知っておきたいだろう?」
「■■■ーーー!!!!!」
爪と刀が、交差した。
絹を裂くような繊細な刃が、狂戦士の首を斬らんと空を駆ける。
眼帯はとうの昔に外している。
"死"を見る眼は、既に狂戦士の死を捉えている。
だが、斬れない。
その"線"を刃でなぞるより先に、バーサーカーが振り回すその爪で弾かれる。
爪と刀が交差する。
打ち合うこと実に四度。
セイバーがその"死"を斬ることもなく、バーサーカーの爪が獲物を貫くこともなく。
互いに互いの存在は要らぬとせめぎ会う。
(筋力は彼方が上か……ッ!)
打ち合う度に、セイバーの腕がビリビリと痛む。
瞬間的な出力では此方が上回ろう。
しかし、平均とすれば獣の贅力はセイバーを上回る。
並の剣ならば、二人の衝突に耐えられずとうの昔に砕けていてもおかしくない。
セイバーの命を繋いでいるのは、まさにこの"骨喰"だった。
爪を弾く。
返す刃で首を落とす。
当たらない。
袈裟気味に切り上げる。
爪で逸らされ、身体には及ばない。
振り下ろし。
突き。
切り上げ。
袈裟に。
両断する。
しかし、その全てがバーサーカーの以上な筋力と野性により弾かれる。
(こいつ、手馴れてッ)
生前に数多くの者と争ったのか。
このバーサーカー、"対人に慣れている"。
技術というほどのものではない。
言うならば、獣の本能。
直感染みた本能と野性が、セイバーの次の剣の軌道を読み打ち返している。
剣撃に雷撃を挟んでも、獣は寸でのところで回避する。
(しかし、こいつ)
しかし。
決定的な一撃だけは、撃ってこない。
セイバーの預り知らぬことだが―――一対一において、バーサーカーは無類の戦闘力を誇る。
何故ならば、ただ宝具を発動して頭から喰ろうてやればそれで済む。
回避も防御も許さない捕食行為。
しかし、バーサーカーがそれを行わないのは理由がある。
―――セイバーの、直死だ。
直死を扱う者は、例外なく無意識に"死の気配"を発するのだ。
濃密な、死の気配。
それが、バーサーカーの攻めを躊躇させていた。
無遠慮に攻勢に出た瞬間。
この"死"に、間違いなく両断されると。
それを本能で感じ取っているからこそ、バーサーカーも下手に出られない。
そもそも、バーサーカーがセイバーを襲ったのはマスターに命じられたからでもない。
ただ、旨そうな―――一般人よりも旨そうな魔力(霊基)があったから、狙っただけだ。
故に、"結果的に喰らえればそれでいい"。
決着を急ぐ必要もなく、獣の狩りの方法として、じわじわと追い詰めていけば良いのだ。
それは。
ライオンが獲物の首を噛み千切り、窒息させ弱らせてから食すように。
獣の、本能としての狩りだった。
そして。振り下ろしたセイバーの刀を、ガシリと掴んだ。
「ッ!?」
「■■■」
次の、瞬間。
ドゴンッッと、バーサーカーの拳がセイバーの顔面を捉えた。
その衝撃で、セイバーは彼方10m後方まで飛んでいく。
塀に身体をぶつけ、瓦礫と粉塵を生み出しながら、すぐに立ち上がる。
口に含んだ血を吐き捨て、バーサーカーを見る。
「こりゃ、一筋縄じゃいかんな……!」
早く仕留めて、主殿の元へ戻らなければ―――
「お嬢さん 夜遊びは危ないぜ」
白髪の、食人鬼。
「は、なせ……ッ!」
気道が圧迫される。
肺は酸素を求め胸は激しく上下し、しかし求めたモノが得られない。
ぱたぱたと宙に浮いた足を動かすが、地を蹴ることなく空を切る。
白髪の、食人鬼。
それが、今奈緒の首を掴み持ち上げている。
その掌に力は込められていない。
ただ、己の体重を支える点が首だけになったことにより、気道が圧迫されている。
「…その赤いの。俺と同じだなァ嬢ちゃん。
待ってた甲斐があった」
奈緒の左手に刻まれた令呪を見ながら、食人鬼はニヤリと笑う。
誘い出した。
この男は今、そう言ったか。
「派手な音鳴ったら一人二人来てくれると思ってたぜ。正義感燃やした連中が。
―――俺を、殺しに来ると思ってた」
「お前も、俺を殺しに来たんだろ」
「法寺サンと同じだ」
「真戸も」「お前も」
矢継ぎ早に繰り出される言葉を理解する暇もない。
脳に送られる酸素が極端に減った影響か、言葉の意味の半分も理解できない。
羅列される名前が何を指しているのかも、彼女にはわかるはずもない。
だが。
"お前も、俺を殺しに来たんだろ"
それは、違うと思った。
返り血で染まった白髪の怪物。
"うむ。主殿はそれでよかろう"
己の行動を是として認めてくれた。
自分の我が儘を、良しとして肯定してくれたセイバーがいる。
だから。
その一点だけは、否定しなければならない。
「…殺、さない」
「……あ?」
「私は、殺さない」
自分は、アイドルだ。
笑顔を振り撒くだけではない。
人を笑顔にするのが、アイドルなんだ。
元より、自分なんて何の力も持たない一般人だ。
だから―――その一点だけは、譲れない。
己の全てを懸けても。
人の笑顔を、命を奪うのかと聞かれれば、その一点だけは否定しなければならない。
「私は、殺さない」
精一杯声を振り絞って。
肺の空気を全て吐き出して。
この一言だけは、言わないといけない。
「私は、アイドルだ」
「お前みたいな化物とは違うんだ……ッッッ!!!!」
どさり、と。
持ち上げられていた奈緒の身体が、地面に落ちた。
尻餅を突き、けほっけほっと肺が酸素を吸引する。
足りていなかった酸素が全身を巡る。
白髪の食人鬼は、何故か、己の首から手を離したのだ。
「…?」
ああ、と。
食人鬼は―――タキザワは、息を溢す。
"私は、アイドルだ"
その言葉が脳髄を駆け巡る。
"俺は、喰種捜査官だ"
かつての言葉が、リフレインする。
「いいなァお前。ノーテンキで」
この女は、知らない。
自分を構成していたものが崩れ落ち、化物に落とされる絶望を知らない。
『自分が何者であるか』なんて、酷く曖昧なものだ。
状況で簡単に変えられる。
そのことを、この女は知らない。
自分は喰種捜査官ではない。喰種だ。
この女の言う通り、化物だ。
「ああ、わかった」
『怖い』という感情は、それは『相手と自分が違う』から起こるものだ。
男と女が。大人と子供が。大男と小女が。
互いに互いをいがみ合うのは、『自分』と違うからだ。
「お前も、俺と同じにしてやるよ」
「自分の在り方なんて、簡単に変わることを教えてやる」
未だ尻餅を突き咳き込むだけの奈緒に、タキザワは指を差す。
その頭蓋を。
二度と、忘れられないように。
タキザワは、高く飛び上がり、左手を掲げる。
その赤い一画の令呪に、意思を乗せる。
「アイドルを、殺す」
「この街にいるアイドルを、一人残らず殺す」
「お前を殺すのは、最後だ」
「それが嫌なら―――俺を止めて(殺して)みろ、アイドル」
その言葉を最後に。
タキザワは、闇へと姿を消した。
そして。
その場には、奈緒だけが残された。
あの化物は言った。
アイドルを全て殺す。
それは。
奈緒だけでなく、奈緒の仲間も殺される。
未だ。
病床に伏している、加蓮も。
「それは、駄目だ」
止めないと。
止めないと。
止めないと。
未だ酸素の回りきっていない、気怠い身体を起こす。
あの凶行を止めなければならない。
そのためにも、セイバーとも合流しなければいけない。
「加蓮……みんな……助けなきゃ」
この場にアニメのような正義の味方はいない。
誰も彼も助けてくれるような万能の人は、いない。
ならば。
自分が、ならなければ。
奈緒は身体を起こし、ヨロヨロと数歩歩き―――ぽてん、と倒れた。
「―――おっと!」
そして、寸でのところでその身体を受け止める。
セイバーだった。
バーサーカーとの剣撃を終え―――その結末は令呪というつまらないものだったが―――マスターの窮地を魔力のパスを通じて感じ取り、全速力で帰還したのだ。
見たところ、外傷はない。
病に浮かされている様子もない。
首に多少締め付けられた後があるが、数分もすれば消えるものだろう。
恐らく、酸欠と緊張で意識を失ったか。
医療知識のないセイバーでも、そう予測できるくらいには、安全のようだ。
「…間に合った、ことだけを喜ぶとするか。今はな」
とりあえず、帰還する。
主殿の自宅でいいだろう、と奈緒をおぶり、セイバーは移動を開始する。
介錯という訳ではないが、辺りに落ちている肉片程度は消し去ってやるべきかと思いもしたが、今は主殿の安静が先だとその場を後にする。
もごもごと口の中で何かが蠢く。
口から吹くように吐き捨てると、地面に転がったのは、折れた奥歯だった。
(…あの時か…)
バーサーカーに一撃、顔面に貰った時のことを思い返す。
獣。化生。化物。
(あやつは、俺が始末するべきかもな)
鵺ではないが。
確かに、その姿は化物だった。
それならば次こそ―――確実に"死"を与える。
そう、誓った。
【深山町 衛宮邸周辺/1日目 未明(4:00)】
【神谷奈緒@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態] 気絶、酸欠(特に身体に影響はなく、直に目覚める)
[装備] 無し
[道具] 無し
[令呪] 残り三画
[所持金] 学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:セイバーを勝たせてあげたい。
1.滝澤を止める。
2.討伐令はなんとかしなければと思う(殺しはしない)
3.ライブのことも忘れない。
[備考]
・衛宮邸周辺に自宅があるようです。
【源頼政(猪隼太)@セイバー】
[状態] 折れた奥歯・胸部打撲(ほとんど再生済み)
[装備] 骨喰
[道具] 特に無し
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえずは、奈緒の意思に従う。
1.滝澤、ジョーカーのサーヴァントを消し、二人の足を斬ってでも止める。マスターの意向により殺しはしない。
[備考]
なし
タキザワは駆ける。
住宅の隙間を抜け、闇夜を走る。
"私は、アイドルだ"
"俺は、喰種捜査官だ"
かつての自分とあの女が重なる。
あの女は、俺を殺さないと言った。
お前みたいな化物とは違うのだと。
―――ならば、同じにしてやろう。
奴の言う"アイドル"を殺し尽くした上で、奴が自分を殺したいと思うまで殺す。
そうして、自分が、奴を殺す。
バーサーカーは何処に消えたかわからない。
完全に使役の外だ。
だが、何時かまた出会うだろう。
自分の歩む先に血があるのなら。
きっとバーサーカーとは、また出会う。
「……いやァ、名前聞いてなかったな」
まあ別にいいか、と。
何れ喰う相手だ。覚えても仕方がない。
じゃあまた会おうぜ、毛玉アイドル、と。
もふもふとした髪の毛を思い返し、タキザワはそう呟いた。
【深山町 /1日目 未明(4:00)】
【滝澤政道@東京喰種:re】
[状態]健康
[装備] 無し
[道具] 無し
[令呪] 残り二画
[所持金] 学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残る。
1.奈緒を挫折させるため、殺意を抱かせるため、アイドルを全員殺す。
[備考]
・令呪を一画使用しました。
・人間を喰うことで少量魔力を回復します。
【ジェヴォーダンの獣@バーサーカー】
[状態] 健康
[装備] 特になし
[道具] 特に無し
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:■■■
1.(狂化により現時点では判別不可)
[備考]
・『アイドルを殺せ』との令呪を受けました。
・冬木市の中で、血の臭いの強い方に牽かれます。
[全体備考]
深山町で一部人肉の塊と血液の溜まり場ができています。
投下終了です
乙
源さんは渋いかっこよさだね
そして目の敵にされるアイドル…
彼女たちがなにやったというのだw
やれることが少ないからね、撒き餌にしていかないとね
皆さま投下乙です!
>The Good, the Bad and the Ugly
派手な開幕戦だー!
英霊のキャラは破天荒だけど、正攻法な攻略を最速で始めた印象のあるキッド組。
不穏な過去を思い出すセイバースルト、うっかりバーサーカーを偵察に出す義弟と丁寧な滑り出しです。
どの主従もいいなぁ
>錆びつく世界を、スキップでかけて
マスター同士の、大事なことは言えないけれど互いを思いやる姿が美しい……
しかし何より凄いのはサーヴァント同士の駆け引きですよ。
カッくんマジ王の器! 圧倒されたアヌビスもしっかり当初の狙いは達成してるし、ほんとどっちも大物感がすごい。
>Belley Star
開幕戦決着っ! 勝者も判然としない痛み分けながらも、それぞれの強みが伝わるド派手なバトルでした。
パワーに劣ることを自他共に思い知りつつも美味しいとこ持ってくアーチャーほんとズルい。
そして義弟おまえー!w 一瞬感心しちゃったのを後悔したぞwww
>I am Iron Man
挑発しまくるジョーカーを目にして、最強の引きこもり出陣!
しかしその方針はアカン……w 聖杯戦争関係者が何人も含まれるとは知らないから仕方ないけれど。
おそらく一筋縄ではいかないライブ中止計画、いったいどうなるのか実に楽しみです。
>勇者と竜と魔王と俺と
まさにタイトル通り、4人4様の想いと態度が実に魅力的。
勇者として胸を張れるでもなく、闇の王にもなりきれないアレルの苦悩が痛々しい。
絶対に相容れない2組がそれでも手を結ぶ、これぞ聖杯戦争といった同盟が面白いです。
>今一度、ガラスの靴を履いて
ガレスちゃん可愛い! パトリキウスの聖性ほんと突き抜けてる!
猫を追って辿り着いた森の中での問答が、とても美しく神々しさすらある。
けれどウサミンの痛々しさが全てを持っていく、そんなお話。幸せになって欲しいなぁ……!
>To From
目立つけどすごいカラス参戦!
バーサーカーの無闇に放った一撃とはいえ、これを回避する大ガラスは凄い。
さてこの先どんなモノを見て、どんな行動をするんだろう。
>お気の召すまま
この変態皇帝めっちゃ教育に悪い! 誰か早く仁奈ちゃんから引き離してー!
でもヒドイ言動が目立つ皇帝だけど、皇帝特権の使いどころや魅了、マスターへの威圧など凄みも十分。
単なる変質者で済まないだけに、優子とオシーンの苦労人っぷりに泣けてくる……w
>喰い足らずの心
人喰い主従が「アイドル」という概念にロックオンしたー!
とんでもない脅威となった訳だけども、これまで捉えどころのない主従が方針を絞ったことにもなる訳で。
この令呪が吉と出るか凶と出るか。いやどっちに転んでも凶ばかりを振りまく2人ではあるけれど。
そしてこちらも予約を。
音石明&キャスター(紅葉)、予約します。
投下乙です
もうライブどころじゃない
アイドルを殺せってだけじゃ、奈緒もターゲット。そもそも獣にアイドルを判別できるんだろか
予約分、投下します。
一流のアーティストに必要なモノのひとつに『インスピレーション』がある――というのが彼の持論だった。
根拠には乏しい勘、および、その勘に身を委ねる勇気。
テキトーな思いつきや気まぐれと区別する方法などないが、それでも、直感は大事だ。
普段は臆病と紙一重なほどに慎重な彼ではあったが、それでも時には自らの感性を信じて『跳躍』してみる。
思慮深さと奔放さの自然な統合、それこそが彼の目指す自らの在り方であり、日々試行錯誤している所でもあった。
――冬木市新都に建つ、冬木ハイアットホテル。
最上階スイートの一室から見下ろしながら、男は自らの『直感力』のもたらした成果に、密かに自信を深めていた。
窓越しの眼下、夜が明けて間もない街並みには、ホテルより一回り小さなお城のようなビルディングと――
薄く白煙の上がる、準備中のライブ会場、だった場所。
上半身裸で意外と引き締まった身体を晒す音石明は、遠くの物音に耳を澄ますような仕草を、ゆっくりと解く。
「……赤い鎧のバーサーカーは引いたみてーだ。
燃える剣のセイバーと、二丁拳銃のアーチャー、それにアーチャーのマスターらしい小僧は、手を組んだ。
なんか揉めてやがるけどな。報酬がどうとか……あァ?
ライブに出るだァ? 女アーチャーがかよッ?!」
双眼鏡でも使わない限り、とてもこの位置からは現場の細かい様子は見えない。
にも拘わらず、青年は『まるで見てきたかのように』――いや、『間近で聞き耳を立てているかのように』語る。
その背中を頼もしそうに見つめるのは、未だ豪華なベッド上に横たわる、燃えるような緋色の髪の女。
「なかなか役に立つものですわね、マスターの使い魔の雷獣も」
「おうもっと褒めてもいいんだぜ、遠慮するな――
だが『使い魔』でも『雷獣』でもねぇよ、何度言えば分かるんだ。
おれ様の『スタンド』、『レッド・ホット・チリ・ペッパー』……最高にクールなこのおれの『分身』だ」
長髪を掻き上げ、音石はキザったらしく微笑んで。
純白のシーツを身に巻き付けた紅葉も、外見だけは完璧な微笑みを浮かべてみせる。
「そう、そんな名前でしたわね。『チリチリチリチリパッパッパー』」
「全然ちげぇよ! ボケてんのかてめぇーッ!」
「臆病で弱虫なマスターにそっくりな、コソコソすることにかけては天下一品の」
「せ、せめて『隠密性に長けている』と言え!
それにな、『スタンド』の中ではパワーもスピードも悪くねぇ方なんだぞ!」
「そう、前にもそんなことおっしゃってましたわね。
その時は私の張り手一発で吹き飛ばされてましたけど」
「あ、あんときはコッチも充電足りてなかったんだよ! 電気を集めればもっとだなぁ!」
「はいはい」
まるっきり台無しである。
聖杯戦争が始まってすぐの頃、音石明はレッド・ホット・チリ・ペッパーと紅葉とで力比べを試みたことがある。
それは自陣営の力を計るためには必要な作業。
スタンドがサーヴァント相手にどれだけ対抗できるかは、実際に確認しなければ分からない。
……そしてその結果といえば、チリ・ペッパーの惨敗であった。片手で転がされ、勝負にもならない。
音石としては、切り札である『地域全域の電気集中』をすれば十分ひっくり返せるのではないかと見ているのだが。
切り札であるだけに簡単に試す訳にもいかず、紅葉と音石の力関係はその時の勝負のままに固定され。
ようやくイイ所を見せられたかと思ったのにこの扱いだ。
(まあいいさ。こんな一晩の関係程度でどうにかなる相手とも思っちゃいない)
貞操観念なんてものには中指を突き立てるような2人だけに、その程度の絆への期待もあまり抱いてはいない。
紅葉の性格もイヤというほど知っている。
音石は気を取り直して、握りしめていた手紙に目をやる。
討伐令。
それは、ある二組の主従を討て、というルーラーからの指令書。
二人が安眠を妨げられたのも、眼下で3組の主従が争っていたのも、この手紙が全ての引き金だったのだろう。
自宅でもない高級ホテルに泊まっていた2人の所まで届いた、この手紙が――!
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
そもそも、音石明はこの冬木市の舞台において仮初の住居を持っている。
一人で暮らすにはやや広い、だが二人で住むには正直狭い、深山町の片隅にある1LDKのアパート。
壁が薄いため、楽器の演奏がロクにできない他は不満のない部屋である――まあそれが最大の問題でもあったのだが。
そんな訳で、盗んだ金がたんまりあるのをいいことに、貸しスタジオに入り浸っていた2人。
その日、紅葉と思いのほか息の合ったセッションができたことで、音石の頭にある邪念が浮かんだ。
――これは、ひょっとして『ヤれる』んじゃねぇかァ〜〜?!
演奏の興奮のままに、うっとりとした恍惚の表情を浮かべる紅葉は、気持ちを掻き立てるのに十分な存在だった。
音石明は欲張りな男だし、行動を起こせないようなチキンな青年でもない。
ただ今夜キめると心に決めたなら、行動は確実に、そして大胆に、だ。
安っぽいラブホテルに連れ込むなど論外。
幸い、今なら金はある。
部屋を取るなら最高級、一番イイやつだ。
12月22日という日付も、音石に味方した。
翌日からはクリスマスイブ、クリスマスと続く大人気のシーズンだが、その直前の僅かな間隙。
『連泊する場合は部屋を移動して頂きます』と何度も念押しをされたが、最上階スイートは見事に空いていた。
いまいち意図が分からないままといった風の紅葉を連れ込み、最高級のディナーを楽しみ、そして……
いやまあ、結局のところ、最後には主導権は奪われてしまったのだけども。
ともあれしっかり楽しんだ2人は、早朝に雷と爆発、それに銃声のような音に叩き起こされ。
途中からではあったが、しっかり神話級の戦いっぷりを観察させて貰うこととなったのだった。
まさに偶然の賜物、だが音石にとってそれは、自らの『インスピレーション』に従ったことで得た戦果、なのだった。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「しかし、すっかり真っ赤に染まっちまったなァ〜〜」
ウンコ座りの恰好で、音石明は手元に戻した『レッド・ホット・チリ・ペッパー』をしげしげと眺めながら首を傾げる。
二足歩行する恐竜のような、小柄な子供のような、彼のスタンド像。
バチバチと周囲に電気をまとうのは変わりなかったが――ただ一点。
黄色かったはずのスタンドは、赤一色に染まっている。
文字通り『レッド・ホット』な外見だ。
「どうやら『神秘』の力も帯びているようですわね。魔力も少し感じますわ」
「やっぱ『あの時』の赤い雷のせいかねェ……?」
3騎のサーヴァントの激突の現場のすぐ近くにまで、『チリ・ペッパー』を偵察に出した音石。
彼のスタンドは電気機器の中に潜んでいる限りにおいて、ほぼ看破不能なほどの隠密性を誇る。
これ幸いとライブ用の機材の中から様子を伺っていた彼であったが……
両陣営がさあ全力で激突するぞ、と力を大きく溜めた、その時。
赤い鎧のバーサーカーから放たれた赤い稲妻のひとつが、『チリ・ペッパー』の潜むスポットライトを直撃したのだ。
回避するだけの余裕はなかった。しかし飛んできたのは雷――つまり『電気』の塊でもあった。
反射的に音石はその攻撃を『吸収』し、すぐさまその場を離れ。
恐る恐る別の機材の中に戻ってきた時には、一連の戦闘は終わっていた。
最後に盗み聞いたのは、セイバーとアーチャー主従の短い戦後処理の相談。
「雷獣を戻してしまいましたけれど、もう偵察はよろしいのです?」
「ああ。
セイバーは多分ライブ関係者、アーチャーの名は『ベル・スタァ』、アーチャーのマスターは『ウェイバー』。
アーチャーの二人組は偽名かもしれねぇけどな。そしてアーチャーは明日のライブに出る気マンマン。
これだけ分かれば十分だ。下手に深追いして勘付かれてもヤバい」
慎重過ぎるほどに慎重な音石は、それ以上の欲張りは危険だと直感した。
特にあのアーチャーは要注意だ。理屈抜きに分かる。
直接的な戦闘力は英霊としては低いようだったが、それでも持てる力を出し惜しみしていたような印象を受ける。
『レッド・ホット・チリ・ペッパー』に気づいていたとは思わないが、第三者の『視線』を意識しているような態度。
戦闘中の覗き見程度ならともかく、ああいうタイプをべったり尾行するのは得策ではない。
名前と大まかな行動方針が分かれば、他にも調べようはある。焦る必要はない。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「で、だ……肝心の『討伐令』について、だが」
二組のバーサーカー主従を討伐せよ、というルーラーからの示唆。
片方は人喰いコンビ、片方は双子のいかれピエロというろくでもない連中。
報酬はどちらも、討ち取った者に令呪一画分の追加。
実に魅力的な報酬だし、早朝から動き出す奴が出るのも分かるし、しかし実行はハイリスク。
実際にこうして動き出している他のチームを見てしまえば、自分たちも方針くらいは確認しておく必要がある。
「貰えるモンがあるなら貰ってはおきたい。
けれど、上から命令されてハイ分かりましたって従うなんてのは――」
「「『ロック』じゃない」」
音石と紅葉の声が綺麗にハモる。
しゃがんだままニヤりと笑う音石、ベッドの上に身を起こし、こちらもニヤりと笑う紅葉。
「とはいえ、頂けるモノをむざむざ見逃して他所様に掻っ攫われるなんてのは――」
「「『我慢』ならない」」
今度は紅葉からの言葉に、音石が綺麗にハモらせる。
2人は悪そうな表情で視線を交わす。音石が立ち上がる。シーツをまとって紅葉もベッドから降りる。
「決まりだな。
真面目に頑張って探したりはしねェ。真面目に頑張って先陣切ったりもしねェ。
そういう仕事は真面目な『良い子ちゃん』たちにやって貰う。
さっきのセイバーやアーチャーみたいな、な」
「けれど、こちらはいつでも臨機応変。
何か騒ぎがあれば駆けつけて、標的の命だけ、戦果だけ横から素早くサクッと頂く――!」
確認するように呟くと、ガッ!と腕をクロスさせる2人。
すっかり息はピッタリである。
「それで、キャスター。
美味しいとこだけつまみ食いするとして……おめーの『鬼道』とやらは結局どうなんだ?」
「やはり『死人の霊』は気配すらありませんわね。
どこぞのファッキンキャスターが『何か』やらかしているのでしょう。
あとは例の『虫の羽根をつけた異国の小人』や『異国の化け猫』ばかり居やがりますわね」
「フェアリーだかピクシーだか知らねェが、どいつもこいつも好きにやってやがるなァ……!」
本来であれば、情報収集において紅葉の鬼道は非常に有用なモノになるはずであった。
何しろ霊的な存在のほぼ全てを力づくで味方にできるのである。
特に殺人事件の捜査であれば、『当事者』に話を聞くのが一番。
そしてそれが紅葉にはできる――はずだったのだが。
蓋を開けてみれば、冬木市はどこを歩いても死人の霊など見当たらず。
日本には相応しくない、西洋風の妖精ばかりが散見されるという有様だった。
「あの小妖怪どもも、脅せば一回は言うことを聞かせられるでしょうけれどね……。
それをすれば、確実に『あれを使役している者』に勘付かれますわ。そして対策を取られてしまうでしょう」
「そうすると妖精どもを脅すのは『最後の手段』だな。
まだ使う必要はねェ。切り札は必要な時までとっておくもんだ」
情報収集の面では二手三手遅れているようだが、しかし他の陣営の行動の一端を掴めただけでも儲けものだ。
もうこの際、標的の発見まではそいつらに頑張ってもらうとしよう。
いざとなれば妖精を捕まえて締め上げて、強引に割り込みだ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「それで、マスター。『討伐令』はそれでいいですけれど、『あちら』はどうなされるのです?」
「『あっち』? あっちって何のことだ?」
「もう、嫌ですわ。『あれ』です、『あれ』」
紅葉は窓越しに眼下のステージを指さす。
いつの間にやらセイバーもアーチャー主従もおらず、一般人らしき男たちが慌てた様子で動き回っている。
そういやせっかく組み上げた舞台のセットも壊されたのだったか。朝からご苦労様である。
「ああ、三流アイドルどものライブか」
「アーチャーは参加するというのでしょう? でしたら、私も……」
「甘い、甘いぜ紅葉ッ!!! そいつはクソみてぇな発想だッ!!!」
バッ! と裸の肩に愛用のギターをひっかけると、音石はジャンッ!!!と掻き鳴らす。
アイデアをけなされた紅葉が少しムッとした表情を浮かべるが、音石はまるで構わず。
「他の誰かの舞台に! こっちから頭を下げて!
後からお情けで入れてもらう、なんて発想は『ロック』じゃねぇッ!」
「…………ッ!!」
「ヤるなら真っ向勝負だッ! 向こうに負けない舞台を、おれたち自身の手で作り出すんだッ!
そうだ、ゲリラライブだっ! アイドルどものライブの時間に合わせて、『路上ゲリラライブ』だッ!!
あいつらのライブを見に行った連中が後から泣いて悔しがるくらいの伝説を、おれたちの手でブチ上げるんだッ!!」
音石明は断言する。
決して、『アーチャーの後から言っても二番煎じだしなァ、インパクトねぇよなァ』とは言わない。
決して、『女の子アイドルのライブに参加なんかしたら紅葉が主役になっちまうじゃねーか!』とも言わない。
思っても口には出さない。
その代わり、堂々と詭弁を口にする。なんだか言ってるうちに自分でもできそうな気がしてきた。きっとイケる。
クリスマスの夕刻、颯爽と現れた謎のギターリストによるスペシャルライブ。
そこから始まるスーパースターの伝説!
束にしてナンボのアイドルどもの定例ライブなんぞハナにもかけないような大盛り上がり!
噂を聞いて押しかけた観衆の歓声が耳に浮かぶようだ!!
音石明は自らの幻視と幻聴にうっとりとした表情を浮かべる。紅葉もまた、同じような表情を浮かべる。
「ああ、旦那様……! 流石ですわ……! 演奏はクソみたいですけど発想のスケールがBIG……ッ!」
「おう、もっと褒め称えていいんだぜ……って、んあ? 『旦那様』?」
なんだか聞き捨てならない単語を聞いたような気がする。
気のせいだろう。あるいは言い間違いか。
まあいい、今は紅葉も路上ライブというアイデアにヤる気十分、そのことが一番大切だ。
「そうと決まればそのギターを私に……」
「そうと決まれば、まずは場所探しだ! どこでやれば人が集められるのか、こういうのは下見が肝心なんだ!
演奏の曲目だって考えなきゃならねぇし、衣装だって用意しなきゃならねェぞォ……!」
何やら紅葉が言いかけたのを遮って、音石は綿密なプランを考え始める。
場所はどこがいいだろうか。このホテルの前か、爆破されたセンタービル前か、それとも。
何にせよ『伝説(レジェンド)』の始まりだ、念を入れ過ぎて困るということはない。
「さっさと服を着ろ、すぐに出かけるぞ!」
刮目せよ! 世の中のボケども! 未来のスーパースターの出陣だッ!!!
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
【新都 冬木ハイアットホテル最上階スイート/1日目 早朝】
【音石明@ジョジョの奇妙な冒険Part4 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]こだわりのギター
[道具]携帯電話、財布など
[所持金]盗んだ現金(そこそこ)&盗んだ貴金属類(たっぷり・ただし換金手段のアテなし)
[思考・状況]
基本行動方針:美味しいトコを掠め取りつつ聖杯戦争で勝利を。ついでに伝説開始
[備考]
1.討伐令には真面目に取り組まないが、チャンスがあれば美味しいとこだけ横取りを狙う
2.442プロのライブの時間に合わせて『路上ゲリラライブ』を決行する! そのための準備だ! まずは場所探し!
※深山町の片隅にアパートがあります。
※バーサーカー(モードレッド)、セイバー(スルト)、アーチャー(ヴェルマ)の戦闘を途中から観戦していました。
セイバー(スルト)とアーチャー(ヴェルマ)主従の同盟を確認しました。
※スタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は、バーサーカー(モードレッド)の赤雷の余波を少量吸収しました。
スタンドの色が黄色から赤へと変化し、僅かに神秘の力と魔力を纏っています。
【キャスター(紅葉)@史実(10世紀日本)】
[状態]健康、魔力補給十分、お肌ツヤツヤ
[装備]紅葉琴(ギター型)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:美味しいトコを掠め取りつつ聖杯戦争で勝利を
[備考]
1.討伐令には真面目に取り組まないが、チャンスがあれば美味しいとこだけ横取りを狙う
2.442プロのライブの時間に合わせて『路上ゲリラライブ』を決行ですわ! そのための準備です!
※バーサーカー(モードレッド)、セイバー(スルト)、アーチャー(ヴェルマ)の戦闘を途中から観戦していました。
※冬木市に死者の霊が居ないことに気付きました。何らかのキャスタークラスの干渉を疑っています。
※キャスター(パトリキウス)が斥候に放った妖精たちの存在に気付いています。
1回に限り脅して支配権を強奪できると読んでいますが、実行すると確実にパトリキウスに察知され対策されます。
以上、投下終了です。
予約を延長します。感想はまた後ほど
投下乙です!
ごく自然に一夜を過ごした音石と紅葉、綺麗なハモりを見せたりと意思疎通もバッチリな様子でなにより。
討伐令への態度といい、ゲリラライブをするという発想といい、ワルい二人の魅力がふんだんに出ていたように思います。
原作では主人公に対しての敵役でしかなかった音石ですが、この聖杯戦争では、なんだか伝説を打ち立ててくれそうな雰囲気がありますね。
この主従が何をしでかすのか、楽しみであります。
予約に滝澤政道とトニー・スタークを追加します
予約から川尻早人&セイバーを外します。すみません。
投下は今日中に出来るよう頑張ります!
投下します
☆魔女
ある時、とある魔女が言った。
「ねぇ、スノーホワイト。この聖杯戦争の参加者の一人にさぁ、『直樹美紀』って子が居るよね?
「そうそう。まるで漫画みたいに日本人離れな髪色をした、ガーターベルトのエロい女子高生さ。
「あの子についてのクイズが二つほどあるんだけど、して良いかな?
「っていうか、良いよね。 じゃあ、するよ?
「さーてさてさて! 問題です!
「第一問!
「この聖杯戦争において、直樹美紀ちゃんが一番幸運だった事はなんでしょーか!
「シンキングターイム! チックタク! チックタク! チックタ――
「……………………。
「おいおい、なんだいその顔は。
「まるで、『こんな殺し合いに呼ばれた時点で、幸運も何もあったもんじゃないだろ』とでも言いたげじゃあないか。
「それともなんだ。問題があまりにも簡単すぎて、出題者のボクに呆れているのかい?
「そりゃそうだよねぇ。美紀ちゃんが一番幸運だった事なんて、考えなくても分かるもん。
「うんうん。
「答えは『ランサー――カメハメハ大王を召喚できた事』、だね。
「この聖杯戦争では、キャスターが他のクラスよりも比較的多く召喚されている。
「四体も居るんだぜ、四体も。
「多すぎでしょ。
「そんな中で、キャスターに有利なスキルである『対魔力』を持ったクラス――ランサーを召喚できたのは、これだけでもかなりのアドバンテージだ。
「三騎士に相応しく、あの王様はステータスもかなり高いしね。
「多分、総合ステータスは全サーヴァントの中で一番高いんじゃないかな?
「加えて、宝具もめちゃめちゃ強いしねえ。
「【大地の怒り、加護受けし者の槍を此処に(イヘ・ペレ)】だっけ?
「超高熱の溶岩の放出――文字通り、とんでもない『火力』の宝具だ。
「雪細工のように脆くて儚いボクなんかが食らったら、ひとたまりもないだろうねぇ。
「次に、カメハメハ自身の性格。
「こちらは何かと問題児が多い偉人にしては珍しく、優良極まりないと言えるだろう。
「歴史上の実際のエピソードを紐解いてみれば分かるけど、彼の人となりは人徳と慈悲に満ちたものさ。
「非戦闘員の保護を唱えた『ママラホエ・カナヴィ』なんかが良い例だね。
「強くて優しく、無力な人を守ってくれる戦士。
「女の子の憧れみたいな人だねぇ……。
「どう? やっぱ、スノーホワイトもそーゆー人がタイプだったりする?
「いつか出会えると良いね、そーゆー人に。
「もしかして、もう会ってたりするのかな?
「まあ、そんな事はさておき。
「続きまして第二問!
「さきほど、直樹美紀ちゃんが一番幸運だった事を聞きましたが!
「まーしーたーがー!
「ではでは? その次に、二番目に幸運だった事はなんでしょーか!?
「シンキングターイム!
「チックタク! チックタ――
「……………………。
「やれやれ、ノリが悪いと嫌われるよ? スノーホワイト。
「それともそのリアクションは、問題が難しいから答えられないって意味かい?
「仕方ないなあ。
「ま、たいていの場合、『二番目』ってのは認識されず、意識されない事が多いからね。
「どこぞの人喰い風に言うならば、『百点と九十九点の差は一点ではない。その間にはものすごい違いがある』って事かな。
「例えば、『人類史上最大の発見・発明を、一人目とは僅差ながらに、二番目に達成した人物』なんて、だーれも知らないだろう?
「日本人のキミにも分かりやすく、更に例を上げるなら、『日本一高い山は富士山だと知っているけれども、二番目に高い山はよく知らない』だね。
「つまり、この問題の難易度が上がるのは必然だったというわけだ。
「けどさぁ、それでも何らかのアンサーは欲しかったなあ。
「むぅ……。
「ま、いいや。そんじゃ、答え合わせー!
「カメハメハを召喚できた事の次に美紀ちゃんが幸運だった事――それはね、『女神ペレを無力な状態で呼べた事』だよ。
「意外な答えだろう? 一番幸運だったのが『力を持ったものの召喚』で、二番目に幸運だったのが『力を持たないものの召喚』なんてさ。
「しかし、これは紛れもない正解なんだぜ。
「たしかに、女神ペレが本来有しているはずの火炎と暴力の権能は、戦争において非常に役立つかもしれない。
「その一部がカメハメハの宝具として顕現している【大地の怒り、加護受けし者の槍を此処に(イヘ・ペレ)】だけでもあの威力なんだからね。
「けれど、それはあくまで力単体を見た場合での話だ。
「力の使い手が、あの脳内常夏パラダイスの女神様ってのが問題なんだよ。
「世界中、どの神話を読んでみても、大抵の神様は何かと『力を持て余している子供』じみた行動が目立つだろう?
「その中でも女神ペレは、トップレベルのチルドレンなのさ。
「気に入らない事があったらすぐにプッツンブチ切れて、火炎と溶岩を辺りに振りまくイカれた奴。
「自分の彼氏が妹に寝取られたら、二人をまとめて焼き殺そうとするヒステリーな女。
「嫌いな奴との喧嘩の為に、島ひとつ巻き込む大災害を起こすような神様。
「それが、女神ペレというキャラクターなんだよ。
「だからもし、あの女神様が火炎と暴力の権能を十全に有した状態で此処に呼ばれていたら――この街は一日足らずで溶岩の底に沈んでいただろうね。
「炎上都市 冬木になり、烏有に帰していたはずさ。
「そんな事は考えるだけで恐ろしい――震えが止まらないよ。ぶるぶる。
「……実を言うとね、女神ペレが現界したと初めて知った時、ボクはすぐさま彼女を潰し、この聖杯戦争から排除しようと思ったのさ。
「それほどまでに、女神ペレの力――性格(キャラクター)は危険すぎる。
「まあ結局、女神ペレはそこらの三流魔術師以下の無能状態で呼ばれていたから、討伐令を出したり、ルーラーやボクが直接出向いたりなんてことはせずに済んだんだけどね。
「どれだけ危険な性格をしていても、何も出来ないんだったら、放っておいても大丈夫だろう?
「いやぁ、よかったよかった。
「……しかしだね。
「それならそれで、一つ疑問に思う事があるんだ。
「一切の力も持たずに現界して、一体ペレは何が出来るのかなあ?」
☆女神ペレ
「はっ――」
深山町の住宅街に位置するマンション。
その一室である、直樹美紀の部屋。
「――くしょん!」
そこで、女神ペレは盛大なくしゃみをした。
カメハメハの召喚物、すなわち霊的存在である彼女は寒さを感じず、くしゃみもするわけがないので、これはおかしな事である。
だが、
「誰かが私の噂でもしているのかしら? 主に、私から離れて寂しくなったであろうミーちゃんとかが」
と、くしゃみをした当の本人はそのような解釈をし、それに納得した。
ペレは両手を前に投げ出し、頭を顎で支えるようにして、テーブルに上半身を倒している。
『ぐうたらぐうたら』というオノマトペがよく似合う格好だ。
彼女の両肘の間――目と鼻の先に置かれていた空のプラスチックパックは、くしゃみに飛ばされ、テーブルの端から落ちて行き、床に当たると、カンッという軽く、物寂しい音が部屋に響いた。
「こんなに早く無くなっちゃうだなんて……完全に予想外だったわね」
かつては美味しい苺をこんもりと詰めていた残骸が落ちていったのを目にしつつ、ペレは残念そうに呟いた。
一パックに多くても精々十数個程度しか入っていない苺をひょいぱくひょいぱくと食べていれば、すぐに無くなるのは当たり前だ。
しかし、そんな因果なぞ知るもんかとばかりに、ペレはただただ不機嫌そうな顔をしている。
いや――彼女の機嫌が損なわれているのは、何も苺の在庫切れだけが原因ではない。
「それにしても、ミーちゃんはまだ帰って来ないのかしら?」
彼女を置いて外に出て行った直樹美紀も、その一因であった。
壁に掛けられた時計を見る――美紀が出て行ってから、まだ半時間も経っていない。
しかし、ペレにとってみれば、それは数時間に等しい長さだ。
彼女の気は、火の付いた線香花火の寿命よりも短いのである。
「まったく、この私を置いて出かけるだなんて……許せないわ!」
ペレは眉を吊り上げて、怒りの言葉を口にする。
「帰って来たらたーんまりと苺を強請ってやるんだから!」
たとえ美紀が出掛けていなくても、苺を食べ終えていたら、どっちみち強請っているであろうが、ともかくペレはそう叫んで、両腕全体でテーブルをババンッと叩いた。
まるで癇癪を起こした幼児のようだ。
その拍子に、テーブルの端に置かれていたテレビのリモコンが落ちた。
ガチャンッ――と。
プラスチックパックが落ちた先程よりも、重い音が鳴る。
と、同時に、室内に設置されているテレビが起動した。
どうやら、床にぶつかった際にリモコンのボタンが押されたらしい。
さっきまで真っ暗だった画面が、明るく輝いた。
その中では人が動き、喋っている。
突然の出来事に驚いたペレは、動きをピタリと止めた。
「えっ……と……そう、たしか、これはテレビって言うのよね。知ってるわ。ミーちゃんがたまーに見ていたもの。ええ……遠くの映像が見られるっていう……」
猫のように目を見開くペレ。
テレビに興味が湧いたのだろう。
さきほどまでの怒りはどこへ行ったのやら、突如発声能力を失ったかのように静かになり、食い入るようにしてテレビを見つめている。
やがてペレはソファから降りてテーブルの向こうのテレビの前まで行き、そこの床へ直に座った。
『テレビを見る時は離れて見てね!』というお決まりの文句を完全に無視したスタイルである。
しかし、テレビすらよく知らないペレにとって、そんな注意は知った事ではないのであった。
☆輿水幸子
ローカルテレビ局――名前の通り、ローカルなテレビ局である。
正式には長ったらしい名前が付いているのであろうが、特に詳しく明かす必要もないだろうから、そのまま『ローカルテレビ局』と呼ばせてもらうことにする。
ここでは日夜、冬木市を中心とした県内各所の情報を発信しており、情報と共に人の出入りも激しい。
情報番組で人喰い殺人や連続窃盗についてそれらしいコメントを語る、なになにの専門家やら取材班などが良い例だ。
更に彼らの他にももう一つ、最近この施設に度々出入りしている人々がいる。
それはアイドル――血生臭い殺人事件や不気味な窃盗事件とは無縁な、輝かしい職業に就く少女たちである。
市内に事務所を構える442プロダクションに所属する彼女らは、とある理由から、最近ローカル番組に出演する機会が増えているのだ。
その理由とはずばり、『クリスマスライブ』。
来る12月24日に開催を予定している、442プロダクションの一大イベント――その宣伝の為、毎日何人かは事務所所属のアイドルたちが、テレビに出演しているのであった――。
さて。
12月23日の朝。
テレビ局内にある楽屋の一室には、三人のアイドルが居た。
皆それぞれ、煌びやかで華やかな、目立つ衣装に身を包んでおり、まるでパーティを控えたプリンセスたちのようである。
そんな三人のうちのひとり。
左右に外ハネの生えたヘアスタイルをしたカワイイ少女――輿水幸子は、普段よりも神妙な、しかしそれでもカワイイ面持ちで椅子に腰掛けていた。
彼女は冷や汗を流しながら、正面にある鏡の中に映る自分と、壁に設置された掛け時計を交互に見つめている。
どうやら、この後自分がする仕事――朝の情報番組への出演に、緊張しているらしい。
何せ、プロダクションに所属する全アイドルを代表して生放送へ出演するのだ――緊張するのも、無理はない。
その上、本日幸子が共演する人物には、同じ事務所のアイドルやニュースキャスターだけでなく、何故か突然442プロダクションクリスマスライブに興味を持ち、プロダクションのスポンサーになったという『トニー・スターク』まで居るのだ。
世界ランクで上から数えた方が早いほどの大企業のトップ――そんなビッグネームとの邂逅に向けて、緊張するなと言う方が難しいであろう。
幸子のそんな様子を見て、同じく楽屋内に居た他の二人の少女が、幸子の背後から心配そうに声を掛けた。
夜空に浮かぶ月のような金色の髪で片目を隠している少女の名前は白坂小梅で、銀色のロングヘアからぴょこんと長いアホ毛の生えている方の少女は星輝子と云う。
彼女たちの容姿は幸子に勝らずとも劣らず、世間の美的基準を十二分に満たしていた。
「さ、幸子ちゃん……き、緊張、し、してるの?」
「フ、フヒ……あ、ああ、安心するんだ……わ、私たちが付いてるぞ……」
励ます二人の方こそ、幸子以上に緊張しているように思われた――普段以上に声が震え、顔色はますます白くなっている。
まるで、脳の言語野が壊れてしまったゾンビのようだ。
なんて頼りない励ましであろう。
しかしそれを受け、幸子は逆に「こういう時はボクがしっかりしなくては」と気を引き締めた。
彼女の身体を蝕んでいた、冷たい何かがすうっと消えて行く。
よく聞く、『人間が一番しっかりするのは、自分よりダメな人間を見た時』という話は、どうやら本当だったらしい。
幸子は前傾していた背をまっすぐ伸ばし、自身の胸の真ん中に手を添えて、小梅と輝子の方を向いて立ち上がった。
「フフーン!」
幸子は室内に蔓延る全員の緊張や不安をまとめて吹き飛ばすように、大きな声で言う。
わざわざ大声で言ったのは、小梅と輝子は勿論、自分を鼓舞するためでもあるのだろう。
「小梅さん、輝子さん。ボクが緊張しているですって? このカワイイボクに限ってそんな事、あるはずがないでしょう!?」
「でも……膝が、震えてたよ?」
「あれは武者震いです!」
武者震いがカワイイ少女が言うのに相応しい言葉かどうかはさておき、幸子はそう言い切って、薄い胸を張った。
「そう! むしろ、今からの仕事が楽しみで楽しみで仕方がないんですよ、ボクは! 何せ、多くの人にボクのカワイさを見せつけられるんですからね!」
彼女の身体の構成物質が『水、カワイさ、自信』の三つであると言われれば思わず信じてしまうほどに威勢のいい――側から見れば虚勢や強がりを一切感じさせられないポーズを取りつつ、その上カワイらしいキメ顔まで加えて、幸子は高らかに言った。
彼女のスピーチを聞き、小梅と輝子はぽかんとした表情をする。
だが暫くすると、どちらからともなく小さく笑い出した。
くすり、くすくす――と、まるで森の妖精のような二つの笑い声が、室内に響く。
――なぜ急に笑うんですか!? 何か、おかしな事でも言ってしまったんでしょうか……。
ついさっき吹き飛ばしたはずの不安に、また別方向から襲われそうになった幸子であったが、彼女の心情を察したのか、小梅と輝子は「違う違う」と言いながら、片手で否定のジェスチャーを取った。
「ようやく、普段の幸子ちゃんに戻ったと思ったら安心しちゃって……思わず、笑っちゃったの」
「やっぱり……幸子ちゃんは、いつも通り自信満々な方が良い……カワイイな……」
「そ、そんな理由でしたか……」
安心したような、呆れたような顔をする幸子。
未だ口元に微笑みを残してる小梅と輝子を見つめつつ、しばし黙していた彼女であったが、やがて自然と頰が綻び、二人と一緒に照れ臭そうに笑い出した。
小梅と輝子が幸子を、幸子が小梅と輝子を――互いが互いを思いやれる自分たちの関係が、何だかとても愛おしく思えたからである。
それは小梅たちも同じ事を考えたのであろう、彼女たちの笑みもいっそう深くなった。
少女たちの笑い声と共に、カワイく、そして幸せな空気が室内の空間を埋め尽くす。
そこにはもう、緊張や不安なんてものは一ミリグラムたりとも残っていない。
この調子なら、彼女たち三人でかの大社長を前にしても、きっと普段通りに振る舞う事が出来るであろう。
そのまま幸子たちは、スタッフから番組開始の呼び出しが来るまで、一緒に笑い続けたのであった。
☆女神ペレ
「誰よこのオジさん」
女神ペレは目の前のテレビの画面内に映るアメリカ人男性に対して、そのような感想を抱いた。
男の名は『トニー・スターク』。
米経済の影響を強く受けている日本において、超が付く程の有名人である。
画面内の彼は朝の情報番組(ニュース)に出演しており、微笑みと共に簡単な自己紹介を済ませた後、何やら語り出した。
語った内容は、彼が442プロダクションに興味を持った事や、今後同プロダクションのスポンサーになりたいといった事だ。
たかだか一都市に置かれた芸能プロダクション――そこへ、世界的有名企業の社長が経済的支援を行うのは、異例の事態である。
異常と言ってもいい。
ローカル番組どころか、全国ネット、世界規模で報道されてもおかしくないほどのビッグニュースだ。
けれども、スタークをオジさんと言っていることから察せられる通り人間世界の事情に然程詳しくないペレは、歴史的とも言えるその衝撃映像を、興味なさげに見ていた。
テレビが点いた当初の興味津々な態度は何処へ行ったのであろうか。
チャンネルを変える方法を知ってさえいれば、すぐさま変えているくらいの興味の無さっぷりを、ペレは見せている。
しかし、トニー・スタークの次に紹介される人物たちを見た瞬間、彼女の態度はまたも百八十度変わる事になるのであった。
☆トニー・スターク
トニー・スタークの戦いの幕開け、則ちニュース番組への出演は上々に始まった。
そんな確信を胸にトニーは演説を終え、自分の席に腰を下ろした。
座った彼と入れ替わるように、三人の少女が立ち上がり、彼女たちの方へカメラが向いた――トニーの視線も、それにつられる。
彼女たちこそが、トニーがこの番組に出演する事になったきっかけである442プロダクション所属のアイドルたちだ。
(外ハネが生えている少女がサチコ、金髪の少女がコウメ、長髪の少女がショウコ、だったか……)
トニーは三人の少女の言葉に耳を傾ける。
ライブの宣伝自体は一時間前の放送中に、昨年のクリスマスライブ等の映像を用いて行われたらしいが、アイドルが直々に出演して宣伝するのは、今日ではこれが初である。
少女たちの幼い声で語られる宣伝は、まるでクリスマスプレゼントのように魅力的で、開催が楽しみになるものであった。
聞いているだけで、他の誰よりも彼女たちこそが、そのイベントを一番楽しみにしている事が伝わって来る。
その様子を微笑ましく思いつつ、少女たちの楽しみをこれから自らの手で台無しにしてしまうという事実に、トニーは申し訳なさを感じた。
(しかし、そうでもしなければ、彼女たちは命の危機に晒される事になる……それだけは、絶対に避けなくてはならない)
トニーの脳裏に、数時間前にモニター越しで目にした映像が浮かぶ。
笑い声。振り下ろされる鉄パイプ。割れるフロントガラス。二人のピエロ――そして、銃声。
あの映像を見てから、トニーは442プロダクションとスポンサー契約を迅速に結び、テレビ出演もその日の朝に間に合わせたのだ。
忌々しい道化師共の魔の手から、アイドルたちを守る計画は着々と進んでいると彼は自負していたし、事実その通りと言えよう。
シールダーの生産能力とトニーの経済力と権力を持ってすれば、道化師共の凶行を食い止める事は、限りなく可能に近い。
しかし、だ。
残念な事に、トニーの計画には一つ重大な欠陥があった。
『いくら道化師達への対策を講じようとも、それ以外の参加者――例えば、道化師共と同じく討伐令を出された人喰い――がライブ前にアイドルを襲って来たらどうするのか?』
彼がその欠陥に向かい合うのは、これから数分後の事になる。
☆滝澤政道
「そこの君。止まりなさい」
制服の上から防寒着を着込んだ警備員の男は、ローカルテレビ局の正面玄関に向かって来た白髪の青年――滝澤政道を正面から呼び止めた。
血まみれのローブに身を包んだ、どう見ても危険な不審者がやって来たのだ――警備員として、呼び止めるのは当然である。
しかし、声を掛けられた本人である滝澤はそれを無視し、歩みを止めなかった。
己の発言を無視された事で機嫌を悪くしたのだろう――警備員の男は警棒を取り出し、口を大きく開いて叫んだ。
「おいッ! 止まれと言って 『ズブゥッ』
「邪魔だ」
滝澤とぶつかった瞬間、行く手を阻む壁の如く立ちはだかっていた警備員の身体は、青年の片腕によってまるで豆腐のように易々と貫かれた。
生物としての生存機能を一瞬で失った警備員の男の膝からは力が抜け、彼はそのまま地面に倒れ伏す。
「俺が通る」
滝澤の片手には、警備員の男の身体を貫いたついでに掴んだ臓物があった。
もぎ取られたばかりのそれは、赤い血を纏っており、実に新鮮な色味を放っている。
滝澤はそれを齧りつつ、先ほどまでと変わらぬ歩調で進み、テレビ局の中へと入って行った。
それから一分と経たない内に、テレビ局の一階フロアが警報と血と悲鳴に沈んだ事は言うまでもあるまい。
☆女神ペレ
「ライブ!? アイドル!? 歌!? ダンス!? ステージ!? しかも明日、近所で開かれるの!? 何これ楽しそーう!」
空に昇る太陽のように目をキラキラと輝かせながら、女神ペレはテレビ画面を見つめていた。
そこにはトニー・スタークに替わり、まるで楽園に住む妖精のようにカワイらしい三人の少女たちが映っている。
まずは三人の容姿、次に派手な衣装に目を奪われたペレであったが、少女たちが口にしたクリスマスライブにはそれ以上の興味を抱いた。
参考として流されたこれまでのイベントでのライブ映像では、何十人ものアイドルたちが歌って踊っていた。
その中には、(精神)年齢がペレと然程変わらないような女児も居れば、(肉体)年齢がペレと然程変わらないような女性も混ざっている。
画面内の彼女たちを、ペレは羨望の眼差しで見つめた。
先ほどまでの退屈そうな態度は、既に綺麗さっぱり消え失せている。
随分とテンションのアップダウンが激しい。
ダンスを司る事から分かる通り、この女神は――というよりも、神様全般に言えることだが――、お祭りごとが大好きなのだ。
身近で行われるお祭り(ライブ)に、このような反応を見せるのも仕方がない。
「良ーなー。 私もライブを見に行きたいわー……って言うか――」
ライブに出たい!
――と、女神ペレが最早お約束な、本企画2016年流行語大賞最有力候補である台詞を言いかけた時、テレビ画面から不快なノイズが響き、彼女の言葉を遮った。
ハンバーグを作る工程で挽肉を揉み潰す時に聞こえるような――文字で表すと『ギュジュリ』という感じの音である。
あまりの不快さに、ペレは脳内に広がるライブの妄想から現実に思考を戻し、テレビ画面に目を向けた。
そこには、先ほどの楽園のような映像とは打って変わって――地獄が映っていた。
☆輿水幸子
突然の出来事だった。
ドアを蹴破る騒音。それと共にスタジオに入って来た青年――滝澤政道を見て、その場に居た誰もが驚いた。
それは、滝澤の髪色が雪のように真っ白だったからと言うのもあるが、彼の全身が白とは真逆の赤――血に塗れていたからでもある。
要するに、滝澤のビジュアルはインパクト抜群だったのだ。
彼を見て、幸子は以前小梅に見せられたスプラッタ映画に出て来た殺人鬼を思い出した。
ドアの近くに座って居たアシスタントの男性が驚き、悲鳴と共に立ち上がる。
だが、彼が立ち上がる速度よりも速く、滝澤は右腕を突き出し、アシスタントの男性の頭をもぎ取った。
人の首の皮、肉、骨――それら全てが一瞬で力任せに分断される音が周囲に響いた。
「しィィー……静かにしろよ。カワイイカワイイアイドルたちが、撮影中だぜ?」
突き出した唇の前で人差し指を立て、物言わぬ生首と化したアシスタントの男性に向かって、滝澤はそのように呟いた。
スタジオが、水を打ったような静寂に包まれる。
カメラに向かってカワイイ笑顔と共にライブの宣伝を行わなければならない幸子たちも、引き攣った表情で息を呑んだ。
別に滝澤の注意に、全員が従った訳ではない――想像だにしないショッキングな光景を見た時、人は喋れず、動けなくなる物なのだ。
だが、それからはもう、蜂の巣を突いたかのようなパニックであった。
間を置いて誰かが上げた、ガラスを引っ掻いたかのように甲高い悲鳴を皮切りに、スタジオ内は絶叫に包まれた。
未だカメラが回っているにも関わらず、誰も彼もが逃げ惑う。
しかし、逃げられない。
飛ぶ肉塊。
撒かれる血飛沫。
「警備員はどうした!?」という、答えの分かりきった怒号が、何とも滑稽に聞こえた。
――何なんですか、何なんですか、何なんですかこれは!? もしや、ドッキリ!?
幸子は目を白黒させ、辺りを見回した。
――いやいや、ドッキリだとしても、アレはリアルすぎるでしょう!? どう見ても、人が、本当に、し、し、死んで……えぇ!?
恐怖と混乱で、幸子の脳はショート寸前であった。
あと一回でも人の首が飛ぶ光景を見せられれば、腰が抜けて、その場に座り込んで居たであろう。
しかし、その時彼女の肩を誰かが掴んだ。その感覚で、幸子の思考ははっと現実に引き戻される。
幸子の肩に乗せられた小さな手は、星輝子の物であった。
「幸子ちゃん……に、逃げよう……!」
今までに見た事がない程に鬼気迫る表情をしている輝子は、近くにあるもう一つの出入り口を指差して、そう言った。
提案を受け、幸子は輝子の向こう側に居る小梅に目を向ける。小梅は同意の意思を示すように、青白い顏を上下にコクコクと振っていた。
白髪の殺戮者を見ると、彼はまだスタッフたちの殺戮に勤しんでいる。あの様子だと、幸子たちの所に来るのは、まだ時間が掛かるであろう。
しかし、時間が掛かるとは言っても、それは一分にも満たないたかだか数十秒の話。今すぐ逃げ出したとしても、滝澤の凶手から逃れられるかは定かではない。
けれども、ここで逃げなければどっちみち屠られるのだ――ならば、すべき行動は一つしかない。
意を決した幸子は輝子に向かって首を縦に振ると、出入り口の方を向いた。幸子が先頭になって、まるでRPGのパーティのように三人一列で行動する形になる。
と、その時、幸子はある事に気が付いた。
先ほどまでゲスト席に座っていたトニー・スタークの姿が見られない。
先に逃げたのだろうか? それならついでに幸子たちの事も一緒に連れて行って欲しかったのだが……。
そのような思考の所為で、幸子の歩みは一瞬緩んだ。
その瞬間。
幸子の鼻先すれすれを、『何か』が高速で飛来し、横切って行った――もし、幸子がペースを緩めずに進んでいれば、その『何か』は彼女の頭にクリティカルヒットしていたであろう。
遅れて、『何か』が飛んで行った方向から『ギュジュリ』という醜悪な音が鳴る。
見ると、女性の生首がガラス張りの壁に叩きつけられて潰れ、蜘蛛の巣状に浮かんだヒビの上に血と脳漿と肉片をぶちまけていた。
「ひっ」
と、小さな悲鳴を漏らす幸子。
女性の頭部が飛んで来た方角を見るべく、首を横に百八十度、恐る恐る回転させる。
そこには投擲を終えたピッチャーのようなポーズを取っている滝澤が居た。
「おいおいおい、逃げんじゃねぇよ。メインディッシュは皿の上で大人しくしとけや」
殺害予告と受け取れる発言。
滝澤から向けられた純度の高い殺意に、幸子は思わず失禁しそうになった。
何で自分がこんな目に合うのか。あんなイカれた殺人鬼に自分たちが狙われる理由なんてないだろうに。
幸子の脳内では、WHYがワルツを踊って居た。
小梅と輝子も同様らしく、冷や汗をかき、膝をガクガクと震わせ、怯えている。
もうダメだ、おしまいです。カワイイボクたちは此処で訳も分からないまま殺されるんですね――幸子がそう思ったその時。
赤い風がスタジオを横切り、滝澤へと衝突した。
否――それは風などではない。
あまりの速さに風と表現してしまったが、その正体は全身をアーマーに包んだトニー・スターク――アイアンマンであった。
☆トニー・スターク
討伐令のリストで見かけた人喰いの殺人鬼による突然の襲撃を受けてから、トニーがアイアンマンのパワードスーツを着るまでの僅かな時間――その間に、一体何人の人が殺されたのだろうか。
そのことを考えると、トニーの心は締めつけられ、苦しくなった。
もっと速く行動することは出来なかったのか。そもそも、この襲撃を予見し、阻止する事は出来たのではないか。
後悔が身体にのしかかる。守るべき人々を守れなかった悲しみをトニーは感じた。
しかし次の瞬間、その感情は目の前の人喰いへの怒りへと変換される。
死んだ者たちを弔う暇はない。今はこの憎っくき怪物を倒さなくては――方針を定めたトニーは、衝突の勢いを乗せた右腕に力を込め、滝澤の顔面を思いっきり殴った。
普通の人間ならば頭蓋が陥没するほどの衝撃を受けた滝澤は、そのままアイドルたちが居るのとは逆方向に飛んで行く。
小型化しているとは言え、アイアンマン・マークⅤの力は人の限界を超えた物だ。青年一人程度を殴り飛ばす事ぐらい余裕である。
滝澤は機材やカメラに派手な音を立ててぶつかった。
ただの人間ならば、それだけで全治何ヶ月か、あるいは即死する程のダメージを受けていたであろう。
しかし、滝澤は人間ではない――半喰種だ。
彼は何事もなかったかのようにすぐさま立ち上がり、崩れた機材から立ち籠める埃の中から、猛スピードで飛び上がった。
放物線を描きつつ、滝澤はトニーへと向かって来る。
先ほど受けた奇襲の意趣返しであろうか。上空からの衝突の瞬間、滝澤はトニーの身体を踏みつけた。
トニーはクロスさせた腕を構えて、飛来物を受け止める。
「オッほぉぉ!!!マジかッッ!!! 止めやがったッ!」
一体何が面白いのか、滝澤はそう叫んだ。
ミシリ――と、アイアンマンのパワードスーツが俄かに悲鳴をあげる。
(抑えきれなっ……! このままではマズい!)
そう判断したトニーは、腕を横に振るうようにしてガードを解き、その勢いで滝澤を弾き飛ばした。
彼我の距離が取れたその僅かな隙に、トニーはアイドルたちが居た方向に目をやる。
そこには既に誰も居なかった。無事逃げ出せたのであろう。
その事に安心し、トニーは思考を再び滝澤へと向ける。
どういう理屈か知らないが、サーヴァントではない生身の状態であるにも関わらず、人喰いの殺人鬼はアイアンマンのパワードスーツと同等、あるいはそれ以上の怪力と敏捷を有しているようだ。
装甲の薄いマークⅤを着て、接近戦で彼に挑むのは難しい。
(ならば……!)
開いた手のひらを滝澤に向けるトニー。
手のひらの中央から、一筋の光が放たれた。
指向性エネルギー兵器『リパルサー』――アイアンマンスーツ・マークⅤに唯一搭載されている武装である。
近距離戦で駄目なら、遠距離用の武器を用いれば良いという発想を元に、トニーはこれを使ったのだ。
太陽の光よりも更に眩い光線は、床から起き上がろうとしていた滝澤に見事命中――彼の腹を貫いた。
「ぐっ……げっ、がぁ……?」
信じられないものを見るような目で、腹に開いた拳大の大穴を見下ろし、滝澤は驚愕の声を上げた。
だがそれも、やがて彼の口から溢れて来た血によって止められる。
元から血塗れだった滝澤の身体は、初めて彼自身の血によって汚れた。
最早これ以上の戦闘行為は不可能であろう――そう判断したスタークは腕を下ろした。
だが、
「なぁ〜んて、この程度でやられるわけねぇだろがよ。余裕カマしてんじゃねえぞッ‼︎!!!」
ああ、何という事か。
滝澤の身体から、赤く、されど血ではない何かが湧いて出て、彼の腹に開いた風穴を埋め尽くした。
傷口はみるみる内に塞がって行く。
「並外れた怪力と敏捷に加えて、再生能力を持った人喰いだと? 一体どこのB級パニック映画に出て来るモンスターだ!」
ジョーク混じりの感想を呟きつつ、トニーは冷や汗を流す。
いずれも人の枠を超えた怪力に敏捷、耐久。リパルサーを食らっても、物ともしない回復能力。
ここまでのスペックを持った相手に、アイアンマンスーツ・マークⅤでの戦闘を続けるのは不可能だ。
ならば、取るべき行動はただ一つ――逃亡である。
しかし、それは同時に辺りに殺戮を振りまく狂人を放っておくという事だ。そんな事をトニーが出来るはずがない。
己の現状と良識に挟まれ、悩むトニー。
そんな彼が決断を下すのを滝澤は呑気に待ちはせず、回復直後に己の首元から無数の刃(ブレード)――赫子を生やした。
あんなもので攻撃されたら、トニーの身体は蜂の巣になってしまうだろう。
『マスター! 逃げてください!』
そこで突然、トニーの耳にシールダーの声が届く――念話ではなく、アイアンマンスーツに搭載させた通信機能によるものだ。
「逃げろだと!? 本気で言ってるのか、フライデイ! そんなこと――」
トニーの反論が終わるのを待たず、シールダーは鬼気迫る声で通信を投げた。
『ここで人喰いを放置するのに、抵抗があるかもしれません……!
しかし、生存者を逃した今ではマスター、あなたの命が最優先なのです! ここはどうか、お逃げください!』
「……!」
シールダーの言葉に、トニーは言葉を返せなかった。
何故なら――
「なァ〜〜〜にブツクサ呟いちゃってんですか〜〜〜〜ッッ!?」
滝澤の肩から生えた赫子――それが超高速で射出され、トニーへと襲い掛かったからだ。
目の前に広がる弾幕攻撃に、トニーは息を呑む。
その一瞬後。
苦渋の果てに意を決したのか、トニーはアイアンマンスーツのジェット機関を起動した。
ブーツの底から放たれるエネルギーによって、彼は赫子以上のスピードで後方に飛んで行く。
トニーは忌々しげに呟いた。
「……あぁ、分かった。分かったよ! ここは一時撤退だ!」
やがて、トニーは一面ガラス張りの壁に背中から衝突――勢いを殺さぬままそれを突き破り、地上から十数メートル離れた空中へと身を放り出した。
赫い弾丸群はなおもトニーを追い掛けてくる。だが、彼がジェット噴射によって身体をほんの少し上昇させるだけで、直線に進むだけのそれを避ける事は容易く出来た。
赫子はそのまま真っ直ぐ進んで行き、テレビ局の隣に立つオフィスビルのワンフロア――今日は休日というのもあって、幸いにも無人であった――へと、次々に飛び込んだ。
ガラスが割れ、デスクが砕けるけたたましい音を背中で聞きつつ、トニーは更に上空に向かって飛んで行った。
☆滝澤政道
時間を食い過ぎた。このままでは誰かがここに来るかもしれない。
撤退して行くトニー・スタークを目で追った後、滝澤政道はそう考えた。
いや、彼にとって、今更警備員や警察がやって来ようとも、別に然程問題ではない。
一般人が群をなして来たところで、全員殺して食うだけだ。
しかし、騒ぎを聞きつけてやってくるのが一般人ではなく、聖杯戦争の参加者――それも、サーヴァントであったら、それはマズい。
自身のサーヴァントであるバーサーカーを傍らに置いていない状態で、サーヴァントとの交戦は避けたい所だ。
故に、ここは手早くテレビ局から去るべきであろう。
「そういや、ちゃんバサの方はうまく殺ってんだろうなぁ?」
ふと思い出したかのように、滝澤は呟いた。
床に散らばっている『人だったもの』の一欠片を拾い上げ、それを口に運ぶ。
酸化した血の味は、時間の経過を何よりも雄弁に物語っていた。
「俺の方は初っ端から失敗したが……クソッ、あっちの方は上手くいっていて欲しいものだぜ」
予定外の出演者であったトニー・スタークに妨害を受けて失敗に終わったが、滝澤がテレビ局を襲撃したのは、そこで生放送撮影を行なっているアイドルを殺すためであった。
『アイドルを殺そうとするならば、事務所を直接襲えば良いのでは?』という疑問を抱く読者がいるかもしれないが、それは最後にやるべき事である。
今は、街中に散らばっているアイドルをじわじわと殺して行き、最後の最後で事務所を襲撃――そしてその時、そこに居るであろうあの毛玉のようなアイドルの心を折るのだ。
滝澤は、先ほどまでアイドルたちを映していたカメラに近づいた。
既にそれの電源は切られていた。滝澤の襲撃から暫くして、外部から操作されたのであろう。
しかし、それまでに掛かった僅かな時間の間、惨劇を伝える音や、それに怯えるアイドルたちの様子は街中に放送されたはずだ。
例え放送を見ていないとは言え、必ずいつかはあの毛玉のようなアイドルにまでその情報は伝えられるであろう。
「初回は失敗に終わった――が、次はこうはいかねぇ。いかせねぇ。見てろよ、もふもふ女。絶望はまだ始まってすらいないんだぜ」
誰に聞かせるわけでもなく滝澤はそう呟き、割れたガラス壁に近づいた。
そのまま、『たんっ』と床を蹴り、空中へと跳躍。
隣のビルの壁にへばりつき、そのまま地面とは垂直に走って登り、その後はビルの屋上からまたべつのビルへと飛び移るようにして渡った。
やがて、彼の姿は雪の中に消えて行った。
【新都 テレビ局/1日目 午前】
【滝澤政道@東京喰種:re】
[状態]健康 、腹部損傷(完治済み)
[装備] 無し
[道具] 無し
[令呪] 残り二画
[所持金] 学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残る。
1.奈緒を挫折させるため、殺意を抱かせるため、アイドルを全員殺す。
[備考]
・令呪を一画使用しました。
・人間を喰うことで少量魔力を回復します。
・パワードスーツを着たアイアンマン(トニー・スターク)を確認、交戦しました。
【トニー・スターク@マーベル・シネマティック・ユニバース】
[状態] 疲労(小)
[装備]
[道具] アイアンマン・スーツ・マークⅤ’@マーベル・シネマティック・ユニバース(腕部損傷(小))
[令呪] 残り三画
[所持金] 潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:街を、市民を守る。
1.442プロのアイドルと接触、アンドロイドと入れ替えて明日のライブを中止させる。
2.ジョーカー&バーサーカーの目論見を阻止する。
3.協力者を探す(あまり期待はしていない)。
[備考]
・滝澤政道を確認、交戦しました(彼がテレビ局を襲った理由は知りませんが、後の推理次第ではそれに気づくかもしれません)。また、アイアンマンスーツ・マークⅤでは滝澤に勝てない事を認識しました。
※アイアンマン・スーツ・マークⅤ’
13.6kgのアタッシュケースに偽装されたコンパクトなアイアンマン・スーツ。
携帯性に優れるが、武装・装甲ともに貧弱。とはいえ、車を蹴飛ばすなど超人的なパワーは健在である。
シールダーにより生産されたため神秘を帯びており、サーヴァントやそれに準ずる存在とも戦闘行動が可能になっている。
☆女神ペレ
テレビを介してこの騒動のほんの一部分を見て、女神ペレは何も出来なかった。
『放送が再開されるまで、暫くお待ちください』というテロップの浮かんだテレビ画面を眺めているだけである。
ペレは先ほど画面に映っていた映像を思い出した。
血に塗れたガラス壁。恐怖に震える少女たち。幾人もの悲鳴。
その情報から察するに、カメラの後方では何者かが――それも、サーヴァントのように人外の力を持った存在が暴れていたのであろう。
長年神として生きていた彼女であっても、滅多に体験しなかった地獄絵図が画面内の情報から推測できた。
彼女はそれを純粋に怖いと思った。
しかしそれ以上に、そんな惨劇を起こしていた犯人が許せなかった。
果たして犯人が誰なのかは知らないが、アイドルたちを恐怖に陥れ――そして何より、ペレの幸せな妄想を邪魔した罪は重い。万死に値する。
端的に言って、今のペレは物凄く怒っていた。
激おこである。
もし、彼女の火炎の権能が制限されていなければ、漫画的比喩表現抜きで火を吐いて、怒り狂っていたであろう。そして、テレビ局までひとっ飛びして凶行の犯人を捕らえ、懲らしめていたであろう。
しかし何度も言うように、現在のペレにそんな力は無い。皆無だ。
無力な彼女が出来ることと言えば、テレビの前で地団駄を踏み、唇を噛む事ぐらいしかない。
ああ、なんと無意味な行為か。
世界に一切の影響を与えない行動の末、ペレは心の底から湧き上がった物を吐き出すようにして、叫んだ。
「絶対に、絶対に……ぜぇ――――――――――――――――――――ったいに、許さないんだからっ!」
しかし、その大声は室内のガラス窓をほんのすこしだけ震えさせただけであった。
【直樹美紀の部屋/1日目 午前】
【女神ペレ@ハワイ神話】
[状態]健康 、怒り(激)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:カッくんを手伝う。
1.442プロのライブが気になる。
2.アイドルたちの生放送を襲撃した何者かは絶対に許さない。
投下終了です。感想は今日中に投げます
>お気に召すまま
また此処に一人、アイドルマスターならぬアイドルサーヴァントが誕生してしまうのか……(困惑)
仁奈ちゃんと変態な皇帝という会ってはならない二人を予約された当時は不安になったものですが、予想よりも悪い影響は受けていない様子で安心ですね。キャスター主従の変態行為を喧嘩だと勘違いして止めに入る仁奈ちゃんは可愛い。
作中で終始変態発言をし、優子にボコパンされていたキャスターですが、優子がキャスターのライブ入りを止めようとした際に彼が見せた、冷ややかな視線。このシーンは素晴らしい。ここまでの展開で愉快な変態というイメージのあったキャスターが、『それでもこいつは歴史に名を残した怪物の一人なんだよなあ』と再認識させられましたね。そのギャップで、キャスターのキャラがより一層深まったと思います。
四人それぞれの思いが入り混じり、今後どうなるのかが楽しみです。投下ありがとうございました。
>喰い足らずの心
混沌渦巻く冬木アイドル業界に新たな参加者が!? 楽しみですね。
ちゃんバサの宝具は初見殺しの即死技で発動も容易であり、その為いざバトルが始まってもすぐに終わってしまうので、まあ言ってしまえば書き手殺しな宝具なんですが、それをこのような展開で封じるとは……!
まさに相性勝負。聖杯戦争の醍醐味ですね。
一方、滝澤と奈緒ちゃんサイド。原作読者が読んだらニヤリと出来る滝澤の言い回しは素晴らしい。これぞ、二次創作のお手本だ、と叫びたいですね。
滝澤とちゃんバサコンビに今後狙われるアイドルたちの事を思うと、不安で不安で夜も眠れなくなりそうです。
投下ありがとうございました。
>Freaky Styley
キャスターはなあ、ホテルの最上階スイートでヤリまくるのがいい女だったんだよ……。
はい、というわけでですね! 本編初っ端からインパクト抜群な登場を果たした彼らにはとても驚かされました! 行為の最中については殆ど語られてませんでしたが、それはそれで大人な感じなのでオッケー! って感じですね! ひゅー!
音石のスタンドは、冬木市のような市街地だと並外れた偵察能力を持っているから凄い。その上、シレッとバーサーカーモードレッドの赤雷を吸収して神秘まで獲得したと来た。これはかなりのアドバンテージですね。
そしてまーたアイドルサーヴァントが……と思いきや、ゲリラライブ。新しい。その案に至るまでの、音石とキャスターの会話で、二人の噛み合いっぷりが描写されていたのが良かったです。
……旦那様? 何だか不穏な気配を感じますね。
彼らが無事ゲリラライブを成功させられるのか? 続きが気になりますね。
投下ありがとうございました。
投下乙です!
>Hurt Voice
しょっぱなからノリノリだなぁ魔女ちゃんw 悪辣だけど面白いキャラだ……。
そしてまさか、142sが出てくるとはww その142sの眼前でいきなり殺戮とバトルだー!
いやぁ人喰い組ほんと行動が早い。アイアンマンさっそく大変な目に。
ほんと事態の加速っぷりが素晴らしいですね! 獣ちゃんはどこで何してんのかなぁ……!
さて。
恵飛須沢胡桃、キャスター(アヌビス)、神谷奈緒、セイバー(源頼政(隼猪太))、川尻早人、ジョーカー、バーサーカー(フォークロア)、そして主従外から北条加蓮、を予約します。
予約分、投下します。
.
この街には昔から 悪いうわさがあった
誰も口にしたがらない 悪いうわさがあった
―― 谷山浩子『たんぽぽ食べて』
―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――
しん、と冷え切った広い空間。
窓の外からは、未だに男たちの声と、何やら作業をしているらしい音が聞こえてくる。
だだっ広いレッスンスタジオにて、ジャージ姿の北条加蓮は一人ストレッチを続けながら溜息をついた。
「みんな大変だね、ほんと……」
明日はいよいよライブ本番。
加蓮もまた、出場者の一人としてけっこうな長さの出番が割り振られていた。
原因不明の体調不良で入院騒ぎとなり、出演が危ぶまれてもいたのだが、なんとか間に合った格好である。
とはいえやはり練習不足は否めない。ダンスも歌もだいぶカンが鈍っている。
泥縄ではあるが、自発的なレッスン、振付の最終確認をするべく、今日は一日この大部屋を借り切りの予定だった。
ちょっとした体育館ほどもあるフローリングの大部屋は、壁が鏡張りなこともあって、やけに広く感じられる。
「おう、早いな北条」
「あっトレーナーさん! よろしくお願いします!」
部屋に入ってきた精悍な印象の女性に、加蓮は跳ね上がって頭を下げる。
事務所の専属トレーナー、その中でもかなり優秀なベテランの人だ。自然と加蓮も敬語になる。
普段はあまり直接指導を受ける相手ではないが、自主トレを申し出た加蓮のやる気にプロデューサーが手配してくれたのだ。
「会場の方はどんな感じです?」
「うちの妹も手伝いに行ってるが、まあなんとかなりそうだよ。
警察や消防の検証や安全確認も含めて、今日いっぱいかかるらしい。
お客さんが入ってからの『事故』でなくて良かったと思うべきだろうな」
2人は窓の外を見るともなく見る。
窓際に寄ってもここからは直接見えないが、聞こえてくる音は明日の屋外ステージで現在進行中の作業によるもの。
何やらライブ用の機材が漏電を起こし、ちょっとした小火があったらしい――
もっとも聞こえてきた話では、小火どころか爆発事故でもあったかのような惨状だということだが。
「ところで、神谷はどうした? 遅刻か?」
「あれ、そういえば……何も聞いてないですね」
トレーナーが周囲を見回し、加蓮も小首を傾げる。
言われてみれば確かに来ていない。
加蓮の親友であり、仕事の上でもコンビを組むことが何かと多い神谷奈緒。
今日の最終確認にも付き合ってくれるという約束だった。それが時間になってもまだ姿を見せていない。
さほど几帳面な子でもなかったが、連絡もなしにすっぽかすというのは少し考えづらいことだった。
「まさか寝坊でもしたのかな……ちょっと電話してみますね」
何気なく答えて、部屋の隅に置いておいた自分の荷物に向かって1歩、2歩、踏み出した、その時。
どくんっ。
「あ……あ、れ……?」
何の前触れもなく、強く心臓が打つ。
天地が音もなく大きく廻り始める。
息が詰まる。何故だか呼吸が苦しくなる。急に熱が出てきたような気がする。
「お、おい、どうした北条?!」
動揺したトレーナーの呼びかけにも答える余裕はない。
そのまま膝をつき、膝をついても身体を支えきれず、どさりと横倒しに倒れる。フローリングの冷たさが心地よい。
胸を押さえてはっ、はっ、と浅い息をつきながら、脂汗を吹き出しながら、加蓮は思い出す。
そう、この症状には覚えがある――
(なんで……! もう、治ったはずなのに……!)
そう、それは、ついこの間まで北条加蓮を病院のベッドに縛り付けていた、あの奇病。
検査を繰り返してもめちゃくちゃな異常値が出るばかりで、まるで原因が分からなかった。
ベテランの医師たちが頭を突き合わせて悩んで議論して、それでも解明できなかった。
感染症ではない。腫瘍らしい腫瘍もない。中毒などでもない。
ホルモン分泌の異常、自律神経の異常、起こっていることは断片的には分かる、しかしその原因も対策も分からない。
そうして誰も彼もが首を捻っているうちに、始まった時と同様に、あっさり急に治ってしまった、あの時の――!
「――誰か! 誰か来てくれ! 救護室、いや救急車だ! 誰かッ!」
遠くでトレーナーが悲痛な叫びをあげている。
自信に満ち溢れているはずの彼女の動揺っぷりに、なんだか少しおかしくなる。
そんな小さな笑いも、すぐに全身を苛む苦痛に上塗りされて。
薄れゆく意識の中、そして加蓮は、何故だか親友の顔を思い浮かべていた。
前回の入院の時、ひどく心配し、何やら思い詰めたような表情を浮かべていた、あの神谷奈緒の顔を――。
―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――
「……で、なんか本当に取材に行ったアイドルが体調悪くなっちゃったんだって!」
「それ聞いたことあるー。でも兄貴がその子もう退院したって言ってたよ」
「へぇ、あのビルってこの街だったんだ……」
雪がうっすらと積もり、白に染まったとある公園の片隅で。
古びたジャングルジムに寄りかかりながら、3人の少年たちが何やら無責任な噂話に興じている。
見たところ小学生高学年といったところか。この雪景色の中で半ズボンの子も居たりして、見ているだけで寒くなる。
本などを抱えた子もいるあたり、近くの市営図書館にでも寄ったところなのだろうか。
(……でも、寒さは感じないんだよな)
街灯の柱に寄りかかり、見るともなく少年たちの姿を眺めながら、恵飛須沢胡桃は溜息をついた。
本当はベンチに腰掛けたいところだが、そういったものも全て等しく雪を被ってしまっている。
さっき後輩と出会った公園のように、屋根つきの休憩所ならまた違ったのだが。
胡桃には一応、帰るべき家はある。
この冬木市の中、深山町に、自分が住んでいたのとまったくそっくりの一軒家が用意されている。
住人は……胡桃ただ一人。
窓も割れていない。部屋も荒れていない。
両親の寝室も全て完全にそのままに再現されているのに、何故かたった一人で暮らしている。
周囲の人間も、その不自然さを指摘したりはしない。ごく当たり前のことになってしまっている。
いちおう、両親は仕事の都合で冬木市を離れていることになっているんだっけ。電話もできないけれど。
家族と会えないことが、果たして良かったのか悪かったのか、胡桃には判断できなかった。
嘘でもいいから会いたかったと思う反面、かりそめにでも会ってしまったら心が折れていたような気もする。
聖杯戦争という状況を理解し、両親の不在を確認できた時、正直どこかほっとしている自分にも気付かされた。
以来、胡桃はなるべく家を避けるかのような行動をとっていた。
ベッドに眠りに帰る、着替えに帰る、シャワーを浴びに帰る。
そういった用事がある時だけ、仕方がないから自分の家を使う。そんな生活を送っていた。
とてもではないが、例えばリビングでTVでも見ながらくつろいでいるような気分にはなれなかった。
朝の走り込みも、家を空ける口実作りのような側面もある。
しかし、不自然な一人暮らしをしている割には、胡桃が自由になるお金も学生相応。
あまりお金のかかるところで時間を潰すような真似もできない。
頻繁に立ち寄る場所と言えば、別に買い物をせずともけっこう間が持つショッピングモール。
互いに名前も知らないが、格子のような髪と髭が印象的な警備員とはもはや顔馴染みである。
あとはたまにコーヒー一杯で長々と粘れる小さな喫茶店に寄ることもあるくらいだった。
他に自らのテリトリーとしては、キャスターが陣地を構築している森も挙げられるか。
しかし、別の意味でこちらも居心地の良い場所ではない。
いちおう毎日、顔を出しては最低限の相談と状況確認をしているが、あまり長居せずに立ち去っている。
キャスターの側も勝手に聖杯戦争を進めるつもりらしく、マスターである胡桃の指示を仰ごうともしない。
かくして、学校が休みとなれば胡桃にはやるべきこともなく、居場所もなく。
こうしてぼんやりとフラフラと、市内に何か所かある公園をはしごしていたりするのだ。
いちおう、聖杯戦争のためにも何か変わったコトがないか見て回っている、というつもりはある。
しかし何のアテもない。何を探すべきなのかも分からない。
さらに言えば自分のキャスターは情報収集に関しては飛びぬけた能力を持っているらしい。
意味のないことをしている、効率の悪いことをしている、という自覚はある。
はぁ。
思わず溜息が漏れる。そして吐いた息が白くならないことに、さらに気分が暗くなる。
「……怪しいなーそれ!」
「そう言われりゃそうだけどよォ!」
視野の片隅で、小学生たちは何やら下らない話を続けている。胡散臭いオカルト話みたいなもので盛り上がっている。
ちょっとだけ楽しそうだな、と思う。
小さく微笑んで軽く目を閉じた、その時。
「他になにか、噂になってる変な話ってないかな?」
「そうだな……あっ、そういや、あれがあった! 『死んでも動き続けるビョーキ』の話!」
「ああ知ってる知ってる、なんか怪しいケンキュージョでケンキューしてるってやつだろ!?
兄貴もなんか言ってた! 学校とかには『きんきゅー対策マニュアル』とか配られてるんだって!」
「噛まれるとうつるんだろ! で、うつると、こう、死んだまま、ウーッ!って動き回って」
「ケンキュージョで閉じ込めてるけど、出てきたらヤバイってヤツ!」
(……なっ!?)
大きな本を抱えたおかっぱ頭の少年の問いに答えた、残る2人の小学生たちの言葉と仕草。
少しだけ脳内で文字に直すのが遅れた。
少しだけ理解するのに時間を要した。
『死んでも動き続ける病気』
『怪しい研究所で研究しているらしい』
『学校に配られている緊急対策マニュアル』
『噛まれると感染る』
『感染すると死んだまま両腕を突き出して不格好に動き続ける』
『研究所で閉じ込めているけれど、出てきたら大変』
まさか、それって。
「お、おいお前らっ!!」
「わぁっ!?」
気づいた時には、思わず胡桃は声をかけていた。
驚く少年たちに気遣う余裕もなく、ずかずかと近づき、声を張り上げていた。
「ちょっとその話、よく聞かせろ! 誰から聞いた! 『こっち』でもあるのか!」
―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――
小学生男子にとって、高校生というのは大雑把に言って「大人」に近いところに分類される存在だ。
それがいくら幼い顔立ちをしていても、髪型をツインテールにしていても、依然として上に仰ぎ見る相手だ。
見も知らぬそんな相手が、子供同士の会話に突然割り込んできた――
それは少年たちにとって、パニックになるに十分な状況だった。
「ど、どこで聞いたって言われても……なんか友達が前に、その……」
「お、俺は兄貴からだけど……」
「その友達は誰から聞いたんだ! その兄貴は誰から聞いたんだ!
実際に『出てきた』ことがあったのか!? どうなんだ、おい!!」
何故かシャベルを担いだ女子高生が、口から泡を飛ばす勢いで問い詰める。
話を知っているらしい悪ガキ風の少年2人は、しどろもどろになるばかり。
とうとう我慢できなくなった女子高生が、少年の片方の胸倉を掴みかけた、その時。
「……たぶん無駄だよ、お姉ちゃん」
「っ!?」
3人の少年のうちの残る1人が、女子高生の行動を止めた。
少し異質な雰囲気をまとった、おかっぱ頭の、小柄な少年。小脇には大きな本を抱えている。
「たぶん二人とも、それ以上は何も知らないよ」
「お前、何か知ってるのかっ!?」
「知らないよ。でも、お姉ちゃんが話の出所を探そうとしても無駄だってくらいは想像できる」
少年は女子高生を見上げながら、淡々と語る。
冷たい風が吹き抜ける。少年の髪が揺れる。
「よくある、『友達の友達が言ってた話』ってやつだと思うよ。
誰が言ったか分からない怪しい話。尾ひれがついて無責任に膨らんだ怪しい話。
お姉ちゃんも憶えあるでしょ?」
「それはっ……!」
「それより、『こっちでも』って言ったよね? どこか別の場所でも同じような話あるの?
それとも『出てきたことがあったのか』って、つまり……!」
年齢差に全く憶することなく、少年は女子高生に逆に問いかける。
深い知性と意志の力を宿すその視線に、少女はさっきまでの勢いも無くして少しひるむ。
何かが、違う。3人の少年たちのうち、この1人だけは、何かが。
残る2人の少年も、シャベルを担いだ女子高生も、一瞬のうちにそれを察する。
やがて言葉に詰まった少女は、顔を伏せたまま、背中を向ける。
「……何でもない。ごめんな、邪魔をした。それじゃ」
とぼとぼと、少女はその場を離れようとする。
訳の分からないままに、その背を見送る少年たち。
本を抱えたおかっぱ頭の少年が1歩踏み出し、声をかける。
「――ぼくは、『川尻早人』。この街に引っ越してきたばかり。お姉ちゃんは?」
「――『恵飛須沢胡桃』。じゃあな」
振り返りもせずに一言、自分の名前だけ返して。
女子高生は、そのまま走り去った。
―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――
……そこで何故、名前を名乗ったのか、川尻早人自身にも良く分からなかった。
ただ、脳裏を過ったのは、『吉良吉影』を巡る事件が一段落した後、何かの拍子に東方仗助から聞いた言葉。
『スタンド使いはスタンド使いと『引かれあう』、らしいぜ』
仗助自身も他の誰かから聞いたらしい、スタンド使いたちの間で広く語られる経験則。
絶対的な数は乏しいはずのスタンド使いが、異常な頻度で別のスタンド使いと遭遇する、という現実。
その偶然の導きがあればこそ、早人(あるいは吉良吉影)は仗助たちと出会ったし、事件は解決もしたのだけれど。
(まさかとは思うけど、『聖杯戦争のマスター』も『引かれあう』……なんてことは、ないよね)
確証なんてない。
けれど、さっきのツインテールの女子高生……『恵飛須沢胡桃』は、必死だった。
事情はまるで分からないけれど、死に物狂いな感じを受けた。
そして……今のこの街で。
言葉を濁さざるを得ないような事情を抱えたまま、あんな表情をしなければならない理由は、そう多くないはずだ。
ひょっとしたら。
彼女とはどこかでまた、巡り合う運命なのかもしれない――
「おーい、川尻ぃ。今度はお前が何か話してくれよ!」
「そうそう! 前に住んでた街でもなんかあったろ、怪しい話!」
級友たちが声をかけてくる。
転校してきたばかりの学校の、名前もロクに覚えきれていない同級生。
早人が街を歩いていてたまたま見つけて、自然に発生した雑談の流れの中で尋ねてみたのだった。
『この辺、何か怪しい噂話とかってない?』と。
引っ越してきたばかりの新参者の問いに、彼らは快く応じてくれた――
早人の読み通り、大人が馬鹿らしいと笑って話題にもしないような話が、子供たちの間では広く共有されている。
ひょっとしたら超常の力を持つ英霊たちの行動の一端などが、そういう話の中にも混じっているかもしれない。
子供であるということは、川尻早人にとって大きなハンディキャップであり、アドバンテージでもあった。
数々の噂話の代償に、自分も語ることを求められて、早人は少し思案する。
気になるのは先ほどの女子高生の過剰反応。
何か、こういう噂話と直結するモノがあるのかもしれない。
考えすぎかもしれないが、そういう力を持つ『サーヴァント』も居るのかもしれない。
ならば念のため、当たり障りのない所を選んで語っておいた方がいいだろうか?
「そうだね――そういうことなら。
ぼくが住んでた街、杜王町のとある路地には、人の顔の形をした岩があって。
なんか知らないけど、みんな『アンジェロ』って呼んでいたんだけど――」
噂話は続く。
雪の積もった寒々しい公園でも、人の集まる街中でも。
老若男女、全ての人々が、信憑性に乏しい怪しい噂話を語り続ける――!
【深山町 住宅街/1日目 午前】
【川尻早人@ジョジョの奇妙な冒険 第四部】
[状態]健康
[令呪]――
[装備]なし
[道具]偽臣の書、ハンディカメラ、鞄
[所持金]小学生にしてはやや余裕がある程度
[思考・状況]
基本行動方針:母の願いが叶う展開を阻止する。同時に、悪の手に聖杯が渡るのも阻止する。
1.情報収集と探索を続ける。
[備考]
※恵飛須沢胡桃と面識を得ました。聖杯戦争関係者である可能性を疑っています。
※今現在の冬木市で流行っている『怪しい噂』をいくつか、級友たちから聞きました。
『廃ビルの幽霊話』『死んでも動く感染症の話』の他にも、噂を聞いている可能性があります。
※今回の話の間、早人のサーヴァントである小碓媛命が何をしていたのかは後続の書き手にお任せします。
実は傍にいた、一時的に別行動を取っていたなど。
―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――
駆ける。
駆ける。
駆ける。
何かから逃げるように、恵飛須沢胡桃は駆ける。
「冗談じゃない、ぞっ……! なんで、あんな話がっ……!」
友達の友達から聞いた程度の、怪しい噂話。
ふつうに考えれば、真に受ける方がおかしい、そんなヨタ話。
だけど、あの話は。
そこで語られたあの存在は。
駆ける。
駆ける。
住宅地を抜けて郊外へ。
周囲の景色に、木々が増える。じきに建物もまばらになる。
死んでも動き続ける。
感染する。
噛まれると『おんなじ』になる。
怪しい研究所が関係しているらしい。
そんなの、そんなのって、まるで。
駆ける。
駆ける。
いつしか足元はコンクリートから砂利道になり、すぐに土の道に。処女雪に足跡が刻まれる。
見回せばもうそこは森の中。
胡桃は大きく息を吸って、そして。
「……アヌビスッ! キャスターっ! 居るんだろ、出てこいよっ! 『見てる』んだろっ!」
無人の森に向けて、叫ぶ。
数十秒の沈黙、そして。
「――我が『真名』をそう容易く口にしないでくれるか、マスターよ」
獣頭人身の異形が、虚空から滲みだすように出現した。
裸の胸を寒空に晒す、古代エジプトの『神』の一柱。
この森を『陣地』として着々と力を蓄えている、胡桃のサーヴァントである。
小さな影が、アヌビスの差し出した掌に躍り出る。
干からびた小さなネズミのような小動物。胡桃は嫌そうに顔をしかめる。
自らのサーヴァントがこういったミイラを行使するのは知っているが、何度見ても慣れることはできない。
「如何にも、全て我が使い魔を通して聞かせて貰った。
マスターの動向は全て追わせて頂いている。其方の命運は我が命運にも直結しているがゆえに。
しかし空を『獲られた』のは痛いな。鼠だけでは時に其方を見失う。
今後は走り出す前に念話で一言頂けると有難い」
念話。そういえばそんな能力もあったんだっけ。使っていないから忘れていた。
わざわざ相談のためにサーヴァントの陣地まで走ってきたことが馬鹿らしくなる。
「空をとられたって……何があったんだよ」
「今朝になって『黒き猛禽の使い魔』を放った主従が居る。カラスにも似るが、我が知識には無き巨大な鳥だ。
とても我が小鳥の木乃伊(ミイラ)では太刀打ちできぬ。一方的に狩られるがオチだ。ゆえに早々に撤退させた。
『客人』を呼ぶのに使えただけでも良しとするべきなのであろうが、な」
マスターであるはずの胡桃にも良く分からないことを言う。相変わらずこいつは好き勝手やっているようだ。
ともあれ、空からの監視の目が封じられたのは事実であるらしい。
「それはともかく、さっきの話だ。あんた、何か聞いてないか?
てか、まさかあんたの仕業じゃないよな?!」
「先の話というのは『死人が動く』という童たちの話か。
『噛まれし者にも降りかかる、死ねずの呪い』の話か。
主よ、我が真名を忘れたか。
我は冥府を司る者。
生と死の境界を揺るがすものがあれば、それはたちどころに我の知る所となる。
ゆえに断言しよう、先の童たちの話に出てきたような事実は、この地にはない。
少なくとも此度の聖杯戦争のために用意された『場』の範囲において、そのようなものは実在しない」
キャスターは堂々と断言する。胡桃は少しだけほっとする。
内心、恐れてはいたのだ、少年たちの噂する『怪しい研究所』が実在する可能性を。
その『研究所』から『犠牲者』が溢れだし、あの胡桃が見てきた惨劇が再現される可能性を。
だがキャスターはアヌビスの名に賭けて、「それはない」と断じてみせた。
「我は『冥界』――『異なる世界』と『現世』とを繋げる者。
ゆえに、神々の中でも『異界』との接続については多くの知見を持っている。
我の見たところ、此度の聖杯戦争、数多の『異界』が強引にまとめられているようだ」
「たくさんの、異界」
「『異界』、あるいは『ありえたかもしれない可能性』とでも呼ぶべきか。
其方も見ただろう、己の常識とは異なる日常を送る人々の姿を。
どうやら其方ひとりではなく、『この冬木の地』とは『異なる』所から呼ばれし者は少なくない」
「…………」
「おそらくあの『噂』は、それらの強引な接続の『余波』であろう。
今の時代の言葉を借りれば、『無意識』と呼ぶのであったか――
異なる世界の気配を、感受性高き者がまれに『魂の深層』で感知して、『夢』や『噂』という形で認識する。
先の童たちの話も、その一例であろう」
異なる世界。
ありえたかもしれない別の可能性。
なるほど、胡桃たちが過ごした学校暮らしの日々と、今の冬木市での生活とは、まさにそんな関係だ。
これを無理やり繋げたから、その影響が間接的に出ている。
無意識とか夢とか、そういう部分に反映されている。
まるで見てきたかのように、胡桃たちが体験したあの惨劇の様子を語る子供たちも出る。
細かい理屈は分からないけれど、キャスターの説明は胡桃にも直感的に飲み込めるものだった。
「ともかく、『噂』でしかないんだな! なら気分は悪いけど、それなら……」
「だが」
安堵の溜息をつく胡桃。
しかしキャスターはそれを遮る。
表情の分からない犬の顔。見上げるだけで不吉さを感じさせる顔。
果たしてそこから放たれた次の一言は、胡桃に息を飲ませるのに十分な衝撃だった。
―― HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA ――
冬木市新都の片隅に、再開発に失敗した廃墟群がある。
工事途中で放棄されたビルディングに、崩れかけた民家。シャッターが閉ざされたままの商店。
あまりに不気味で、また立ち寄る用事もないため、このエリアには休日の真っ昼間から人の気配がない。
そんな路地を、笑いながら歩く影が2つ。
まっさらな雪の路面に踊るように足跡をつけながら、迷いのない足取りで進んでいく。
「『犯罪者こそ勤勉たれ』、ってのがオレの持論でね。
口を開けて事件を待ってりゃいい『正義の味方(ヒーロー)』と違って、『悪党(ヴィラン)』は仕込みが命だ」
「そいつぁ同感だ。
勤勉な下準備こそがオレをオレたらしめる!
真っ白な紙に思うがままに計画を書き上げていく快感!
創造こそが人間に与えられた最大の娯楽だ! オレたちはその最先端に居る!」
「いやまったく気が合うなぁ、相棒」
「ほんとだぜ。まあ何といっても『オレ』はオレだからな!」
鏡合わせのように同じ姿をした怪人は、顔を見合わせてさらに笑う。
緑の髪。真っ白な顔。裂けたような口。紫のスーツ。
異常な風体の道化師2人は、廃墟の街を進んでいく。
「そんな計画的なオレだからよ、既に考えてあるのさ。『聖杯』を手に入れた時の願い事!」
「奇遇だな! 実はオレも考えてあるんだ!
どんな願いでも1つだけ叶えてくれるっていう『聖杯』の奇跡の使い道!」
「じゃあ、答え合わせするか?」
「いいぜ。
せーの、で言うんだぞ。じゃ、せーの、」
「「『願いを2つにしてくれ』!!」」
HA HA HA HA HA
HA HA HA HA HA
HA HA HA HA HA
いつしか笑う2人は、1つの廃ビルの前に辿り着く。
行く手を阻んでいたであろう鉄の扉は、それを封じていた鎖もろともバターのように切られて転がっている。
ひょい、と何でもないことのように門を潜ると、道化師たちはずかずかと入り込む。
「都市伝説ってのは便利なもんだ。
薄っぺらだが底がない。いくらでも湧いて出る」
「犯罪計画には仕込みが大事?
OK、ならばさっそく仕入れよう、世間の『噂』を、無責任な『語り』を! 異界を映す、無意識の『悪夢』を!」
「『深夜のプールで泳いでいると、音もなく大きな黒い影が出てきて、水に浮かぶ全てのものを飲み込んでしまう』」
「おう、いかにも『それっぽい』安いお話だ」
「そう、だからこそオレたちの武器になる。
安いナイフに安いガソリン、安いヨタ話こそがオレたちには相応しい」
「ああしかしコイツは条件が厳しすぎる。
今は真冬だぞ?! いったいどこの馬鹿が夜中のプールに忍び込むって言うんだ!?」
2人はビルの奥に歩を進める。
一気に回りが暗くなる。床や壁に、稲妻が通り抜けたかのような黒い焦げが走っているが、2人は気にも留めない。
「よし次だ。
『住宅街の片隅、いつの間にやらあった人面岩。時々奇妙な唸りを上げる!』」
「よぉアンジェロ、こんなとこまで出張ご苦労さん!」
「こういう話はいつの間にやら『場所』が曖昧になったりするもんさ。冬木市も杜王町も関係ねェ」
「だけどコイツは使えねぇ! アギアギ言うばっかりで動けもしねェ!」
「じゃあこんなのはどうだ。
『最近流行りのソーシャルゲーム。
やると数万人に一人の割合で、ホンモノの魔法少女に成れる!
そうして生まれた魔法少女たちは、人知れず人助けをしているらしい』」
「ああ畜生、そいつぁ『ナーサリーライム』の領分だ!
恐怖と絶望の『フォークロア』はお呼びじゃない!」
「……『ほとんど』は、な!」
2人はやがて、ビルの奥深く、お目当ての部屋へと辿り着く。
湿っぽく、カビ臭く、しかし――何の気配もしない、ガランとした部屋。
一通り見まわして、パントマイムめいた大袈裟な仕草で道化たちは嘆いてみせる。
「おう何てこったい、元気に引き篭もってるかなと覗きに来て見りゃ、誰かに『殺され』てんじゃねぇか」
「酷いことをする奴もいるもんだ。健気に世間を呪っていた亡霊を、無理やり一方的にイかせちまうなんて」
「起きろ起きろ、寝てるヒマなんてないぞ! これからが面白くなるんだからな!」
「『TV番組でも取り上げられた、猟奇殺人のあった廃ビルの奥深く。怨霊は不用意に近づく者の精気を奪う!』」
「『なんでも実際、取材に行ったアイドルの1人が入院したらしい!』」
道化師たちの唱和に応えるように、何もなかったはずの空間が『歪む』。
姿は見えない、声も聞こえない、しかし、圧倒的な『存在感』だけがそこに『出現』する。
常人ならばその気配だけでも倒れてもおかしくないような、そんな強烈な『恨み』『妬み』『害意』――
だが哀しいかな、この場にいるのは狂人のみだった。
今まさに顕現した怨霊を前に、何やらがっかりした様子で肩を落とす。
「おいおい、多少は使えるかと呼んではみたが、よく見りゃこいつ、ココから動けねェじゃねぇか」
「そりゃまあ、そういう噂だからな……おい、もういいぞ、帰れ」
「それがどうやらコイツ、出てきて早々『仕事』しているらしい。犯罪者も呆れる勤勉っぷりだ」
白塗りの道化師たちは顔を見合わせる。
そして唐突に笑い出す。
耳障りな声を上げながら、回れ右。楽しそうな足取りでビルの外へ向かう。
「仕事中なら仕方ねェ。気が済むまで呪ってて貰おう!」
「邪魔したな坊や! 今度こそ殺されないよう、オレたちも祈ってるよ!」
「しかしそうなると、やっぱり『アレ』を使うしかないかな!」
「そうだな! やっぱり本命は『アレ』だろう!」
「『どこぞの研究所で、怪しい研究をしているらしい!』」
「『そいつは感染したら最後、『死んでも動き続ける』感染症らしい!』」
「『噛まれりゃうつる、鼠算式の惨劇! 間違っても世に放たれてはいけないやつ!』」
「『誰もが知ってる、B級パニックホラーで御馴染みの『アレ』! そう『アレ』だよ『アレ』!」
「『だけどその名は『知らんぷり』するのが『お約束(マナー)』! 口に出したら台無しだ!』」
再び陽光の中に歩み出ながら、道化師(ジョーカー)たちはにんまりと笑う。
スキップを始めかねないような上機嫌っぷりで、街へと出ていく。
「こいつは使いどころが肝心だぞ! こればっかりは狙いすまして使わなきゃ!」
「人が集まっている所がいい! 人の注意が逸れている時がいい!」
「そうするとやっぱり、『あの』タイミングだな!」
「ああ、オレもそうだと思っていたよ! 本当に気が合うな、『オレ』!」
ビルの中に『再現された怨霊』を残し、狂気の嘲笑者たちは街の中へと消えていく。
両手いっぱいに『安っぽい噂』というおもちゃを抱えて、どうやって遊ぼうかと思案しながら……!
―― HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA ――
【新都・再開発失敗エリア/1日目 午前】
【ジョーカー@ダークナイト】
[状態] 健康
[装備] 拳銃、鉄パイプ、その他色々
[道具] 442プロ主催クリスマスライブのチラシ
[令呪] 残り三画
[所持金] 二百万円前後。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を自分好みに“演出”する。
[備考]
1.聖夜に最高のパーティを。
【バーサーカー(フォークロア)@民間伝承】
[状態] 健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:(ジョーカーに準ずる)
[備考]
1.(ジョーカーに準ずる)
※廃ビルの怨霊が、バーサーカー(フォークロア)の能力によって『再現』されました。
かつてセイバー(源頼政(猪隼太) )に倒された霊的な存在の、コピーのようなものです。
その影響で、北条加蓮の『症状』も再発しています。
―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――
森を吹き抜けた冷たい風が、遠くから笑い声の幻聴を運んできた、ような気がした。
『死んでなお動き続ける感染症』。
それは今はまだ、実体のない噂話に過ぎない。
けれど。
此度の聖杯戦争、『噂』を『本当』にできる者たちがいる。
討伐令も出された、ピエロの2人組。
しかも彼らはその『噂』の産物を使って、愉快犯的に人を殺して回っている――。
自らのキャスターから聞かされたその事実に、胡桃は唇を噛む。
絞りだすような、声を上げる。
「……キャスター。止めるぞ。絶対に。
『その噂』だけは『現実』にしちゃいけない。『その噂』を『使われる』前に――そいつらを、止める」
「無論だ。
他の話はともあれ、『その噂』だけは我にとっても不快極まりない。我が名の下において、止める」
期せずして初めて、主従の意見が、意志が合う。
胡桃は腹を決めて自らのサーヴァントをしっかりと見据える。
どこを見ているかも分からぬジャッカルの顔は、しかしほんの少しだけ、怒りを滲ませているかのようにも見えた。
今でもアヌビスへの不快感は消えない。
けれど、今の胡桃はこいつを使うしかない。
不愉快な部分も認めたくない部分も、持てる強みは全て惜しみなく使う覚悟が必要だ。
絶対に、どんなことをしてでも、あの学校で怯えて暮らすような日々を再現させてなるものか。
雪に覆われた森の中、胡桃は強く強く、シャベルの柄を握りしめた。
【深山町 町外れの森(入り口付近)/1日目 午前】
【恵飛須沢 胡桃@がっこうぐらし!(原作)】
[状態]健康?、精神的疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]スコップ(当然のように背負っている)、財布や携帯電話などの日用品
[所持金]一般的な学生並
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り、元の平和な世界を取り戻す。
1.道化師の主従を止める。『死人が動く感染症』の惨劇再現はやらせない。
2.他のマスターのことは……なんとか、割り切る。割り切らなくちゃ。
[備考]
※川尻早人と面識を得ました。
※ジョーカー主従が『噂を現実にする力』を持つことを知りました。
【キャスター(アヌビス)@エジプト神話】
[状態]健康、魔力潤沢
[令呪]
[装備]ウアス、
[道具]仮面を覆い隠す為の布
[思考・状況]
基本行動方針:異教の概念を淘汰し、古代エジプトの信仰を蘇らせる。
1.道化師の主従を止める。
1.使い魔を用いて偵察。ランサー(カメハメハ)にも定期的に情報を提供する。
2.今後の為にランサー(カメハメハ)への対策も考える。
[備考]
※大きなカラス(ベンディゲイドブランの使い魔)の出現を受け、小鳥のミイラの使用を取りやめました。
サーヴァントの誰かが放った使い魔だという所までは理解しましたが、相手の正体までは見抜けていません。
以上、投下終了です。
申し訳ありませんが、神谷奈緒&セイバー(源頼政(隼猪太))は結局未登場です。悩んだのですけれども。
「加蓮のレッスンに付き合う約束をしていた」「でもその約束の時間に来なかった」ことだけ確定ということで。
勝手ながら、wiki上ではこの2名の記載は無しでお願いします。
投下乙です
早人がエンポリオみたいなポジションになっとる
ジョーカーの所、トランプ繋がりで
恥知らずのパープルヘイズのオールアロングウォッチタワーと語り方がすごく似てたな
>Hurt Voice
142s!今回はNPCでの登場だけど、全アイドルが危機にさらされるこの聖杯戦争では出て良かったのか悪かったのか……
バーサーカーのマスターらしく無軌道な行動に出る滝澤だけど、結果的に多くの陣営に影響を与えている辺り存在感が増してるなぁ
いきなり計画を挫かれた形の社長だけど、社長がいなかったら142sは助からなかったんだしひとまずはグッジョブ
>たんぽぽ食べて
142sの次は加蓮が……この企画はアイドルに厳しくないです?
人の集まるところには決して切り離せないのが「噂」。それを力にできるフォークロアは戦闘力などとは別の次元で脅威だ
性質的には決して善とは言えないアヌビスがジョーカーらに憤るのは、死者の守人としての矜持を感じさせてカッコいい
どちらのお話も討伐令を出された二組が良い感じに引っ掻き回し、他の主従もそれに誘われるように動き出してきましたね
お二人とも投下乙です
スティーブ・ロジャース&バーサーカー(ファヴニール)、ウェカピポ&シールダー(ベンディゲイドブラン)を予約します
>たんぽぽ食べて
加蓮ちゃん……! 強く生きてほしいものですね! 彼女の容態の急変を知った奈緒ちゃんがどのような反応をするかが、すごく楽しみです!
フォークロアは都市伝説から異形を存在するだけかと思いきや実際に冬木市でされている噂まで司るとは恐ろしい奴ですね! 一見トンデモビックリに見える設定も異界が云々の所でしっかりと説明されていて納得が行けたのが良かったです!
そして早人くんと胡桃ちゃん! スタンド使いのように巡り会った彼らですが、本格的に聖杯戦争参加者として関わるようになるのは、まだまだ先の事になるんでしょうか! 小学生とは思えない積極性で周りの子供たちから情報を集め、どころか胡桃ちゃんの発言の怪しい部分を的確に指摘するは恐ろしい! 彼は本当に小学生なのだろうか?
フォークロアの超強化や、マスター同士の邂逅、そしてジョーカーを阻止するべく立ち上がるアヌビス主従! たった一話でここまでのイベントを滑らかに、面白く描き切る技量は素晴らしい! パーフェクトです!
投下ありがとうございました!
>たんぽぽ食べて
加蓮ちゃん……! 強く生きてほしいものですね! 彼女の容態の急変を知った奈緒ちゃんがどのような反応をするかが、すごく楽しみです!
フォークロアは都市伝説から異形を存在するだけかと思いきや実際に冬木市でされている噂まで司るとは恐ろしい奴ですね! 一見トンデモビックリに見える設定も異界が云々の所でしっかりと説明されていて納得が行けたのが良かったです!
そして早人くんと胡桃ちゃん! スタンド使いのように巡り会った彼らですが、本格的に聖杯戦争参加者として関わるようになるのは、まだまだ先の事になるんでしょうか! 小学生とは思えない積極性で周りの子供たちから情報を集め、どころか胡桃ちゃんの発言の怪しい部分を的確に指摘するは恐ろしい! 彼は本当に小学生なのだろうか?
フォークロアの超強化や、マスター同士の邂逅、そしてジョーカーを阻止するべく立ち上がるアヌビス主従! たった一話でここまでのイベントを滑らかに、面白く描き切る技量は素晴らしい! パーフェクトです!
投下ありがとうございました!
予約延長します
延長したにも関わらず、期限を超過してしまい申し訳ありません。
明日には投下できますので、もう一日時間を頂いてもよろしいでしょうか?
>>267
一日だけですか! いいですよ! (まあ、私もこの前一日オーバーしてしまいましたしね!) 投下楽しみに待ってます!
>>268
遅れて申し訳ありません、と再度の延長ありがとうございます。
これから投下します
「ここも空振りか」
スティーブ・ロジャースは、この一時間でもう何度目かの溜息を吐いた。
手近な家屋の屋上から様子を窺う彼の見下ろす先、幾人もの警察官たちが慌ただしく動き回っている。
所々に散らばる金属は車の残骸。乾き、アスファルトにこびり着いた赤い色――血痕も多数。
ここは未明に起きた交通事故の現場だ。ざっと数えただけでも十台ほどの車が大破した痕跡が見て取れる。
まるで渋滞に重機で突っ込んだかのような惨劇だが、そうでないことはスティーブにはよくわかっていた。
「生存者……なし。目撃者もなし。だがタイヤ痕などからこの現場にはあと二台のバイクがいたはずだ、か」
警官が無線で報告している内容を、スティーブは聞き取っていた。
この道に繋がる道路は既に封鎖されていて、またスティーブも念のため身を隠しながら現場を観察しているため、警官たちに気付かれた様子もない。
漏れ聞こえてくる無線の内容からして、この冬木市はいま大変な混乱の最中にあるようだった。
平時であれば、この交通事故は稀に見る大事件として新聞やニュースの一面を飾るだろう。
だがそれすら日常の一つと化すほどに、現在の冬木市の治安は乱れに乱れている。
『やはり例の討伐令を出された奴らか』
「おそらくはな。それだけではないのかもしれないが、大部分は彼らの仕業と考えて間違いないだろう」
スティーブの相棒、バーサーカー=ファヴニールは現在霊体化しているため姿は見えない。
だが常に傍にいる。スティーブに危機が迫ればすぐさま対応できるよう、彼の背中を守ってくれている。
バーサーカーが警戒してくれているおかげで、スティーブは警官たちの動きに集中できる。
が、調査の結果はあまり芳しいものではなかった。
「二台のバイクはどこかに去った。途中でバイクを捨てたか、警察の監視網でも追跡はできなかったようだ」
『元より魔術師やサーヴァントでない者が尻尾を捕まえられるとも思えんが。どうやらただの狂人どもではないようだな』
「ああ、一見奔放に見えるがその実非常に計算高い。自分たちの正体に迫るものは何一つ残していない。厄介だな」
センタービルの調査の際、スティーブは別のマスター、アレルと出会った。
お互いの立場を語り、相容れないことを知り、だが危険なマスターとサーヴァントを排除するという同一の目的のため、僅かな間だけ盟を結んだ。
アレルと別れたその後、スティーブは深山町に渡りあてどない探索を続けていたのだが、辿り着いたのがここだった。
数時間前に大規模な交通事故が起きた現場。道行く人の口に上るほど大きかったそれは、あと数時間もすれば別の事件に塗りつぶされるものかもしれない。
スティーブは下手人への怒りを抱くとともに、自らの不甲斐なさも痛感していた。
「わかっていたことだが、やはり僕らにこういった調査活動は向いていないな。既に事が起こってしまってから気付くようでは意味が無い」
『うむ……俺にはライダーの機動力も、キャスターの使い魔もないからな。地道に足で稼ぐしかないとは情けない限りだ』
「それは僕も同じだ、バーサーカー。今さらながら、ナターシャやサムにどれだけ助けられていたのか実感するよ」
ふと零したのは仲間の名だった。アベンジャーズの大切な仲間たち。
諜報活動に長けたナターシャ・ロマノフ=ブラック・ウィドウ、ウィングパックで空を駆けるサム・ウィルソン=ファルコン。
アベンジャーズが敵対者に対して常に攻勢を保っていられたのは、両者の正確かつ迅速な情報収集力にかかっていたところが大きい。
スティーブ・ロジャースの本質は兵士、戦う者だ。その能力は戦闘の際に最大限発揮されるものであり、こうした情報戦においてはやはり遅れを取ってしまう。
「……少し、方針を変えてみるか。討伐令を出された主従を追うのではなく、それを追う者たち……つまり、僕らと同じ立場の者を探すというのはどうだろう?」
『アレルたちのような、か?』
「討伐令が全てのマスターに届いたのならば、動き出したのは僕やアレルだけではないはずだ。手の早い者は既に斥候を放っていてもおかしくない」
『だが、どうやって探す? 同じように動いているからといって、俺たちが人探しに不向きなのは変わらんぞ』
「探す必要はない。向こうから見つけてもらえば良いのさ」
スティーブは物陰から身を起こし、周囲に人の目がないことを確認して屋根から飛び降りた。
隠しておいた荷物を背負い路地からゆっくりと進み出る。その姿はすぐに雑踏に紛れ、仮に誰かが見たとしてもすぐにマスターとは断定できないだろう。
平均的な日本人を頭一つは優に越える長身。
衣服の上からでもわかる、一欠片の贅肉もない引き締まった筋肉。
整った顔立ち、爽やかに刈り整えられた短い金髪、青い瞳。
日本人の中にあっては非常に目立つスティーブの風貌も、ここ冬木市では特段注目を集めはしなかった。
実際、すれ違う人の中には外国人――日本人の感覚からして――も多く、スティーブも故郷を離れ日本で働く一人と思われているのだろう。
これが戦闘用スーツを見られでもしたらまた話は別だろうが、少なくとも人種の面で奇異の視線を集めないことはありがたかった。
『そういえばマスター。仕事の方はいいのか?』
「仕事? ……ああ、僕に割り当てられた役割(ロール)のことか」
スティーブは現在、この冬木市に滞在する一市民、ということになっている。
この世界にアベンジャーズは存在しない。そのため、スティーブ・ロジャースもまた戦闘者として日々を送っていた訳ではない……と、言う事になっている。
代わりにスティーブが日々の糧を得ていたのは、あるスポーツクラブのインストラクター職だった。
そのスポーツクラブは若い世代向けのトレーニングプランを主たる収入源としているのだが、指導員がひ弱では説得力などあるはずがない。
そこでスティーブだ。一欠片の贅肉もない引き締まった体躯、爽やかな人柄と、人を指揮することに長けた的確な判断力。
外国人ながらそこそこの待遇で採用されていたのは、スティーブがクラブに対し並々ならぬ貢献をしていたから……らしい。
スティーブ目当ての客もそこそこいるらしく、彼が出勤する時間帯はそこそこの賑わいを見せているようだった。
「ああいった仕事は経験がなかったが、新兵訓練と思えばそう違いはない。第二の人生としては悪くないかもしれないな」
冗談めかして言う。だがその仕事も、今はやや暇な時期にあった。
時は年の瀬、新年までもう十日を切っている。スポーツクラブに足を運ぶ人も最近は減ってきており、スティーブのシフトもかなり緩いものとなっている。
さらには昨今の治安の悪化もその一因だ。日が暮れると途端に灯りが頼りなくなるこの時期、あえて夜遅くまで外にいようという人間が減るのは道理。
例外は、近く開催予定であるというアイドルによるクリスマスライブか。
スティーブはああいったステージにはやや苦い記憶が呼び起こされるので、必要でない限り特に意識はしていなかったが。
「今日は特に予約も入っていない。呼び出しがない限りは、こうして探索に専念できるさ」
『ならいいが。他のマスターも役割があるとするなら、日中の接触はあまり期待できんかもしれんな』
「ああ……いや、だが丁度いいかもしれない。僕も少し考えをまとめたかったからな」
『アレルのことか?』
歩きながら、スティーブは数十分前の邂逅を思い出す。
黒髪の青年、アレルはこの聖杯戦争に勝たなければ人生が終わると言った。最初で最後のチャンス、とも。
わかっていたことだ。スティーブはたまたま聖杯に掛ける願いがないだけで、他のマスターは違うということは。
たとえば現代医学では治せない不治の病を患っていたり、不慮の事故で命を落とした縁者がいたり、ざっと思いつくだけでも聖杯を欲する理由はいくらでもある。
スティーブ自身、考えなかった訳ではない。
あのときもっとうまくやれていれば、ソコヴィアの市民に犠牲を出さずに済んだのではないか?
あのときバッキーの手を掴めていれば、彼がウィンター・ソルジャーになることもなかったのではないか?
あのとき氷の海に沈まなければ、愛する人と共に生きていられたのではないか?
そういったIFはいくらでも思いつく。どれもこれも、スティーブには拭いがたい後悔と苦痛を与える記憶である。
これらをやり直せるとするなら、確かに甘美な誘惑だ。屈してしまいそうになる。
だが……やはり、認める訳にはいかない。
自らの願いのために他者を手に掛けることなど、今日まで生きてきたスティーブ・ロジャース=キャプテン・アメリカの生き方を否定することと同義だ。
かつて共に生きた彼女の……ペギー・カーターの、言葉を思い出す。
自分が正しいと思うことは決して譲らない。誰かが立ち塞がって自分を曲げろと言ってきても、決して屈しない。
ペギーはその意思を貫き、逝った。共に生きることは叶わなかったが、その生き様をスティーブが忘れることは決してない。
であれば、聖杯を認めるということはすなわちペギーの人生をも否定するようなものだ。
さらには、今も同じ世界で共に戦う仲間たちの信頼をも裏切ることになる。
故に、スティーブ・ロジャースは聖杯を否定する。それはアレルとの対話を経ても変わらない。
「だが、僕が聖杯を必要としないからといって……それを必要とする人を、否定することが許される訳はない」
聖杯に縋らなければ救われない人もいる。アレルがまさにそうだ。
その唯一の救いを諦めろというのは傲慢だ。スティーブは神ではないし、そんな権利は誰にもない。
もちろん、そいつが討伐令の主従のように罪もない人に手を出すというなら話は別だ。どんな理由があろうとそんな奴の願いを叶えさせる気はない。
だがそうでない者……アレルのように、悪を為す者を叩くという考えを持っているのなら、どうだろうか。
もし聖杯戦争の参加者が全員アレルのような人物ならば、少なくとも一般人に犠牲は出ない。
やる気のある奴だけが戦い、消えていく。それは……スティーブが否定できることだろうか?
「自分のために他人を利用し、踏み付ける奴は悪党だ。でもアレルはそうじゃない。もしかしたら、他の誰かもそうかもしれない。
なら僕は、彼らの意思は尊重すべきじゃないかと思う。少なくとも否定はできない」
『聖杯を欲する彼らを認めると?』
「いや……受けて立つってことだ。否定するのも、逃げるのも、僕にはできない。なら後は受け止めるしかない。
彼らの意思が僕より強ければ聖杯を得るだろう。だが僕を超えられないのなら……」
『聖杯を壊すか?』
「……その判断はまだ下せないな。実際、この聖杯戦争を誰が開いたのかすら、僕らはわかっちゃいないんだ。
もしかしたら、聖杯に頼らず彼らの問題を何とかできる可能性があるかもしれない……」
それが希望的観測、問題の先送りだということはスティーブもわかっている。
だが信じたい。奇跡に頼らずとも、人は人の力で未来を掴めるということを。
傲慢だと自分でも思う。ともすればかつての友にすら否定されるであろう。
今ほど彼の助言が訊きたいと思ったことはない。自分とは考え方の違う、しかし人を守りたいという願いは同じはずの……
「……ここらでいいだろう」
思考を打ち切る。周囲に誰も居ないことを確認して、スティーブは立ち止まった。
どのみち、今の段階で答えを出せることではない。結論を出すにはもっと多くのマスターと接触し、彼らの考え方を知らねばならない。
今やるべきことは討伐令の主従の打倒だ。答えの出ない問題にいつまでも時間を取られてはいられない。、
背負っていた荷物――勤務するクラブのロゴが入った、折り畳み自転車用のキャリーバッグ――を下ろす。
取り出したのはキャプテン・アメリカの盾だ。さすがにこればかりは剥き出しで持ち歩く訳にはいかなかった。
他にも戦闘用スーツ一式が入っているが、今回それは取り出さない。防御力に不安はあるが、日中からこんなものを着ていては目立ってしまう。
「バーサーカー、霊体化を解いてくれ」
スティーブの指示でファヴニールが実体を表す。
濃密な魔力が放射される。真なる竜の心臓が生み出す魔力はマグマのように煮え滾り、物理的な熱波となってスティーブの身体を叩く。
周囲の木々から一斉に鳥が飛び立った。竜という桁外れに強大な生物の放つ気配は、魔に属するものでなくとも本能的に感じ取れるらしい。
「これで気付くだろうか?」
「よほど勘の鈍い者でもない限り、どんなクラスだろうとわかるだろうさ。俺たちが誘っているということは」
ファヴニールの言葉通り、スティーブたちは他のサーヴァントを誘い出すつもりでいた。
こちらが見つけられなくとも、こうして盛大に存在を喧伝すれば他のサーヴァントがスティーブたちを見つけることは容易いはずだ。
討伐令のバーサーカーたちとの違いは、一般市民にはそれがわからないということだ。この方法で釣れるのは同じマスターとサーヴァントだけ。
もちろん、こんな街中で本格的な戦闘に移行するつもりはない。実体化したファヴニールはスティーブを抱えて跳躍した。
周囲でも一番背の高いマンションの屋根に着地する。屋上に誰もいないことは遠目から確認済みだ。
そのまま地上から見えない位置に移動し、じっと待つ。
「どうだ、何か感じるか?」
『ああ、どこかはわからんが確かに見られている。だがサーヴァントの気配はない』
「霊体化しているからか、あるいは使い魔とやらか……ふむ」
仮にサーヴァントだとして、こうまであからさまに誘っている以上腕に覚えがあるということはわかるはずだ。
太陽も明るい今の時間、無闇に近づいてきたりはしないだろう。であればサーヴァント本人ではなく、その目となる使い魔の可能性が有力だが。
「鳥か……」
先ほど脅かした鳩やカラスの群れが、ギャアギャアと鳴き声を上げて飛んで行く。
たとえばあの中に使い魔がいるかもしれない。そうだとして、スティーブが見分けることはできなかったが。
そこで、スティーブは戦友サムのことを思い出した。
機械仕掛けの羽根を用いて自由に空を舞う男。情報収集力に優れた彼の仕草、思考を思い出す……
「バーサーカー、鳥を探してくれ。変わった鳥はいないか?」
空から地上を調べようとすれば、何より高度が重要となる。
サムはまず大きな視野で異変を発見し、近づくなり子機を飛ばすなりして状況を精査していた。
ファヴニールの気配を解放した際、近くにいるサーヴァントないし使い魔はまず気付いただろう。
次に行うのは精査……より監視に適した姿勢でこちらを見ているはずだ。
「……奇妙な鳥がいる。俺の気配を浴びていながら逃げようとはしていない」
ファヴニールがすぐに気付いた。
竜の気配を叩き付けられた小動物は三々五々散らばっていくが、その中にあってじっとこちらを見ている鳥がいる。
逃走ではなく確認を選んだ。つまり、生物本来の意思ではなく他の意思に統制されている個体だ。
ファヴニールが指し示す鳥をスティーブも見る。カラスだ。しかし他のカラスとは桁違いに大きい。
スティーブらが注視することに気付いたらしく、大カラスは翼を打って反転した。
「行ってくれ、バーサーカー!」
即座に応じたファヴニールが再度の跳躍。筋力に物を言わせたロケットのような勢い。瞬時に彼我の距離を詰める。
ファヴニールが伸ばした手がカラスの足を掴もうとしたところで、カラスは翼を大きく羽ばたかせ、ひら、と上昇した。
野生動物の動きではない。ファヴニールの動きを予測し、対応した。淀みない反応の良さだ。
間違いなくサーヴァントの使い魔。と悟ったところで、スティーブは既に盾を投げ終えていた。
ファヴニールの巨体に隠れるようにして投げ放った盾は、カラスの視界の中にはない。
「狙い通りだ」
一方、スティーブから念話で伝え聞いていたファヴニールに驚きはなく。
ファフニールが手足を振って悠々と反転し、一直線に自分に向かってくる盾を蹴り上げた。盾は弾かれ、ピンボールのようにカラスへと向かう。
スティーブは三次元的空中格闘を得意とするファルコンを知っている。ならばそれを撃墜するための戦術も、選択肢にあるということだ。
そして、ファヴニールをやり過ごすため一動作を取られたカラスに、続く二撃目を防ぐことはできなかった。過たずその翼に盾がめり込み、衝撃を伝える。
悲痛な叫び声を上げ、カラスの羽ばたきが止まった。先に着地したファヴニールが即座にジャンプし、落ちてきたカラスと盾を引っ掴む。
マンションの屋上で待つマスターの元へ、戦果を伴い帰還する。
「よくやってくれた」
「この程度、仕事の内にも入らん」
ぐったりとしたカラスは足首をファヴニールに掴まれ、逆さ吊りにされていた。
死んではいないが、勝手に逃げ出すこともできない程度のダメージを負っている。
カラスが暴れ出さないように注意しながら、スティーブは話しかける。
「まずは謝罪する。このカラスに手荒な真似をして済まない。
だが他に手がなかった。僕の声が聞こえるなら、応答して欲しい。
僕らは討伐令を出されたマスターたちに対抗するため、同じ目的を持つ者を探している」
使い魔の向こうにいる、その主に向けて。
スティーブは交渉を開始した。
◆
『マスター、よろしいか?』
「どうし……どうした、シールダー」
危うく幽霊と会話するところだった。
ウェカピポは喉元まで出かかった声を押し殺し、再度小声で問い直した。
幸い、隣に立っている警備員の同僚にはウェカピポの独り言は届かなかったようだ。慣れない念話に切り替える。
ここはとある病院のエントランスだ。本日のウェカピポの勤務地である。
『うむ……報告だ。いや、まずは謝罪か。済まない、仕損じたようだ』
『仕損じた? 何があったんだ』
『先ほど放ったカラスだが、どうやら他のサーヴァントに捕らえられてしまったらしい』
何だと、とこれは念話ではなく肉声で呟いた。
ウェカピポのサーヴァント、シールダー=ベンディゲイドブランはワタリガラスを統べる。
つい数時間前、そのワタリガラスを斥候に放ったばかりだ。
そのカラスが早速捕らえられた、という報告。吉報であるはずがない。
『待ってくれ、では君の正体が露見した可能性があると?』
『いや……それがどうもそうではないらしい。私も予想外だったが、カラスを捕らえた者は私たちとの接触を望んでいるようだ』
聖杯戦争も始まったばかりだというのに、いきなり真名を知られてはこの後の戦略に多大な影響が出る。
だがそうしたウェカピポの危惧はシールダーにはあまりないようで、彼女の声はむしろ困惑していたという方が近い。
『接触を?』
『ええ。交戦の意思はない、討伐令を出されたバーサーカーたちを追う、そのための仲間を探している、と』
『返答はしたか?』
『いえ、まだ。マスターの意向を伺いたい』
『うむ……少し待ってくれ。わたしも場所を変える。その間、君が対応していてくれないか?
ただしこちらの名前やクラスは伝えないように』
『了解した。では、また後で』
念話を終えると、ウェカピポは隠し持っていた鉄球を密かに取り出した。
ネアポリス護衛官、先祖から受け継いだ鉄球の技。それがウェカピポの武器。
同僚から見えない位置で密かに回転させた鉄球を、ウェカピポは自分の身体に押し当てた。
「うっ……済まない、少し体調が優れないようだ。早めに休憩に入ってもいいだろうか?」
「お、おお。あんた顔が真っ青だぞ。ここは俺一人でいいから先に休みな。何だったら医者に診てもらったらどうだ?」
「いや、そこまで辛いってほどじゃない。ありがとう、恩に着るよ」
「こう連日の勤務じゃそりゃ身体も壊すよな。お大事に」
気の良い同僚に礼を言って、ウェカピポは守衛室に引き上げる。責任者に事情を話し、早めの昼休みをもらった。
忙しい時期ではあるが、無理をして倒れられては明日以降のスケジュールに影響が出るためか、特に時間も掛からず受け付けてもらえた。
制服の上にコートを羽織ったウェカピポは足早に病院を出る。年末の混雑からか、来院者は例年よりかなり多いそうだ。
そのため警備員も大幅に増員しており、ウェカピポ一人抜け出しても早々支障は出ないはず。
病院から距離をとったとき、ウェカピポの顔色はすっかり良くなっていた。元々、鉄球の回転で辛そうに見せていただけだ。
『シールダー、わたしももう動ける。そっちはどうだ?』
『色々聞けた。マスターの名はスティーブ・ロジャース、サーヴァントはバーサーカー、だそうだ』
『もう名前までわかったのか。君は意外と交渉上手だな』
『お褒め戴いて光栄だが、そうではない。向こうから名乗ってきたのだ』
ふむ、とウェカピポは思案する。
通常、敵に名を知られて良いことは何もないはずだ。名前から容姿や能力が割れて対策を取られることもある。
だというのに名乗ってきたということは、ブラフか、あるいは本気でこちらの信用を得ようとしているのか。
『こちらから情報は渡したか?』
『何も。その旨も伝えたが、相手はそれで構わないと。よほど我々と接触したい事情があるらしい』
公園に入り、ベンチに腰掛ける。一見、仕事に疲れてサボっているただの男にしか見えないはずだ。
ウェカピポはコートの下に握っていた鉄球から手を離す。姿は見えないが、傍にシールダーがいるはずだ。もうウェカピポが警戒する必要はない。
『相手は何と?』
『バーサーカーたちを追うため、我々と協力したいと。今はマスターと協議するため、待たせている』
『素直に待っているのか? 君のカラスは?』
『必要以上の危害は加えられていない。私見だが、交渉したいという意思は本物だと思う』
『そうか……よし、わたしが話そう。繋いでくれ』
『了解した。カラスの視界も中継する』
眼を閉じているウェカピポの視界に、逆さに吊られた男が映る。否、逆さなのは自分……つまりはカラスの方か。
長身のウェカピポよりもさらに大きいだろうか。手に大きな円形の盾を掴んだ男がまっすぐにこちらを見ていた。
金髪、青い瞳。盾に刻まれた意匠に既視感を覚える。
青地に白い星、あれはネアポリスから遠く海を渡った大国、アメリカの星条旗だ。
「待たせて済まない。私がマスターだ」
『応答に感謝する。僕はスティーブ・ロジャースだ。サーヴァントはバーサーカーだ』
「バーサーカー、か。その割にはよく制御できているようだ」
『幸い、彼とは気が合ってね。君ともそうであったら良いと思っている』
軽い牽制から入る。実際、視界に映るスティーブのバーサーカーは、本当に狂戦士化と疑いたくなるほど落ち着いていた。
そういえば数時間前、ワタリガラスを放った後、一度サーヴァントに襲われたらしい。
そのときの映像をベンディゲイドブランから見せてもらったのだが、何故だかうまくイメージできない。
かろうじて見えたクラススキルから、あれはバーサーカーだとはわかっているのだが、どうにも記憶に靄がかかったような違和感があった。
ベンディゲイドブランは、もしかしたら認識を阻害するスキルなり宝具なりが機能しているのかも、と言っていたか。
とにかく、目の前のバーサーカーは件のバーサーカーとは違い、外見をつぶさに観察できた。
屈強な大男だ。側頭部から生える角が人間ではないことを示している。
ステータスそのものはややベンディゲイドブランが勝る……が、彼を見ているとどうにも胸の奥がざわつく。
子どもの時分、獰猛な犬を前にしたときのような拭いがたい圧迫感だ。本能に訴える、と言い換えても良い。
一筋縄ではいかない相手だ、とベンディゲイドブランも警告してくる。
「で、だ。始める前に一つ、そのカラスを解放してくれないか。君の顔が逆さに映って見え辛いんだが」
『ああ、すまない。どうしても君らと話がしたかったものでね……バーサーカー、放してやってくれ』
解き放たれたカラスが地面に着地し、ようやく視界が正常に戻る。
どのみち、この状況でカラスを逃がすことはできない。腹を括ってスティーブ・ロジャースと相対するしかない。
「感謝する。君は……その盾からして、アメリカ人でいいのだな」
『ああ。この日本という土地にもようやく慣れてきたところだよ。君は?』
「そこそこうまくやっているよ。今も仕事から抜け出してきたところだ」
出自を問う質問をやり過ごし、敢えて名乗りもしない。
こちらの正体に関する手がかりはできるだけ与えたくない。ウェカピポは仕切り直しの咳払いを一つ。
「それで、要件は何だったかな。我々に用がある、と?」
『ああ。君らに……というか、広範囲を調査できるサーヴァントを探していたらまず出会ったのが君らだった、ということだ。
先ほどそちらのサーヴァントにも伝えたが、僕らは討伐令を出された二組のバーサーカーを止めようと思っている。そのために力を貸して欲しい』
「ふむ……」
この申し出自体は、ウェカピポたちにとっても渡りに船だ。積極的にバーサーカーらを追うのではなく、他の主従の様子を見てから、という方針と合致する。
内心、ウェカピポとベンディゲイドブランもあのバーサーカーたちに得も言われぬ不快感を抱いていたのだ。
ウェカピポたちにとってはデメリットのない提案ではあった。だがそう安々と呑む訳にはいかない。
一見善良そうなこのアメリカ人が腹の底で何を考えているか、わかりはしないのだから。
ウェカピポの良い友人であった同僚が、家庭の中では妻に暴力を振るう最低のクズであったように……
「要件はわかった。だがまず訊きたい。何故君らはあのバーサーカーたちを追う? 令呪が欲しいのか?」
『報酬の件か。いや、それはどうでもいい。奴らを放置しておけば罪もない人たちが徒に犠牲になる。それを許すことはできない』
きっぱりと言うものだ。その迷いのなさに、思わず頷きそうになってしまった。
だが、まだ信用できるものか。口ではいくらでも綺麗事を言える。
「それは私も同感だ。だがこれは戦争だ。犠牲は避けられん。罪があろうと、なかろうと」
ベンディゲイドブランの不興を買わぬよう、ハッタリだということを手振りで伝える。
内心ではウェカピポもスティーブと同じ想いだ。ベンディゲイドブランも。
だが戦争である以上、状況を利用してスティーブらがウェカピポを謀ろうとしている可能性は決してゼロではない。
もっと深く、このスティーブ・ロジャースという男の本質を計らねばならない。
「さらに言えば、私はこの街の出身ではない。見も知らぬ人々がどうなろうと、大して心は傷まない。君は違うのか? アメリカ人」
『確かに僕もこの街の人間ではない。だがそんなことは関係ない。目の前に傷つけられそうな人がいるのなら、助けない理由などないからだ』
「……ご立派なことだ。何故そうまでして他人を助ける?」
『それが僕の生き方だからだ。兵士……戦う者が戦場で命を落とすのは仕方がない。それを覚悟して戦場に立つのだから。
だが、覚悟なき者、平穏に暮らしている人たちを私欲で傷つける奴は、悪党だ。僕は悪党が大嫌いでね』
言葉の端々から滲み出るのは、揺るがない意思。
耳障りの良い綺麗事のはずだが、どうしたことかウェカピポの心にするりと入り込んでくる。まるで自分の心を言い当てられているようだ。
そう、ウェカピポとて、何か意味のある大きなもの……たとえば祖国の民を守りたいという一心で、ネアポリス王族の護衛官になったのだから。
これが嘘だとしたら、彼は稀代の役者と言えるだろう。
『もちろん、これは僕の理由だ。君に強制はしない。だがもし、君が僅かでもこの平和な街の生活を気に入っているのなら、手を貸して欲しい。
共に戦ってくれとは言わない。このカラスを使って情報を提供してくれるだけでいい。それで僕らは十全に力を発揮できる』
「もし我々がバーサーカーどもを発見したとして、対処は君らがすると?」
『ああ。人任せにする気はない』
「私が漁夫の利を狙うとは考えないのか?」
『そのときはそのときだ。受けて立つよ』
静かに、やはり揺るぎなく。裏切りすらも考慮に入れている。
どこまでも、自分よりこの街の人々を優先しているという言葉。
スティーブに断りを入れ、一度通信を遮断。ベンディゲイドブランに問う。どう思う、と。
国を率いた彼女の人を見る眼は、ウェカピポよりも確かだろうから。
「虚言でない、と思う。このスティーブというマスター、本質はあなたととても良く似ている。
あなたは何かを守ることで自らの存在意義を見出す人間だ。だからこそ、あなたは私を召喚し得た。
おそらく、彼も。あの盾を見たか? あれは宝具ではないが、ただの盾でもない。長きに渡って幾多の死闘を潜り抜けてきたのだろう。
想い、意思、信念。守るという一点において、あの盾が放つ輝きに偽りはない」
シールダーとして、盾には一家言あるのか。スティーブが抱える盾を見て、ベンディゲイドブランは目を細める。
星条旗をモチーフにしたらしき円形の盾。埃や煤で薄汚れ、鋭い爪で引っ掻いたような傷跡が残るその盾は、儀礼用のハリボテではない、確かな重みと歴史を感じさせる。
あれは、ウェカピポにとっての鉄球と同じなのだろう。祖先から受け継ぎし鉄球の技。敵を倒し、大切な者を守るための力。
常に人々の前に立ち、背中にいる者を守る。ウェカピポも常にそうあろうとした姿。
「そもそも、彼らが私たちを謀ろうとしていたとして、利益がないか。こちらが差し出すのはワタリガラスによる索敵で、実際に血を流すのは向こうと言う。
シールダー、君の正体を暴こうとするならこうしてわざわざ接触してきたりはしないはずだからな」
「そうだな。特に今回、あちらから存在を知らせてきている。現に私たちも使い魔を放っているのだから、他のサーヴァントがそうしていてもおかしくはない。
返り討ちにする自信はあったのだろうが、かなり危険な橋を渡っていることに変わりはない」
「そこまでして他者に協力を求める。うむ、彼の言っていることが真実だとすれば確かに辻褄は合うな……」
たまたま今回はウェカピポとベンディゲイドブランが引っ掛かったが、他のサーヴァントがスティーブたちを発見していた可能性は低くない。
その誰かが好戦的な主従であった場合、戦闘は不可避であったろう。そのリスクを承知した上でこうしてウェカピポに協力を求めているなら、やはりスティーブの言葉に偽りはない、ということだろうか。
「…………」
黙考する。
最善手が何かはわからないが、少なくともここで手を引けば何も失わずには済む。
放ったワタリガラスをここから遠隔的に自死させることは可能だ。カラスという手がかりはもうどうしようもないが、それ以上の情報を与えないようにはできる。
ただしその場合、ウェカピポは討伐令には参加しないということになる。出遅れる、というだけではなく、利己的な計算で民間人の命を切り捨てたということだからだ。
ベンディゲイドブランは咎めはしないだろうが、ウェカピポ自身の心のしこりになるのは間違いない。心が清らかではいられない……
「……シールダー。彼らに会おうと思う」
「直接か? 危険ではないか」
「だが、顔を見てみなければわからないこともある。幸い、向こうに交戦の意思はないだろう。交渉がどうなるにせよ、君とあちらのバーサーカーがぶつかることはないはずだ」
「……了解した。これが好機であることは疑いない。ただし、場所はこちらが指定するところで。水辺なら私の宝具も最大限に稼働する。第三者の介入があったとしても、対応は可能だ」
「わかった。よし、繋いでくれ」
結論、ウェカピポはスティーブに会ってみることにした。これ以上言葉を重ねても確信は得られないし、またいつまでも使い魔を晒しておくのもうまくない。
顔を合わせる旨を伝えると、スティーブはやや驚いたように問い返してきた。
『いいのか? こちらにとっては願ってもないが』
「構わない。だが、他のサーヴァントの襲撃を避けるため、場所は指定させてもらいたい。埠頭で落ち合おうと思うが、どうだろうか」
『埠頭だな、了解した。このカラスはどうする? 連れていくか?』
「いや、そいつは一度消すことにする。君にこっぴどくやられたようだからな」
『ああ、それは……すまない』
「構わんさ。おかげでこちらも動く機会を得た。では、また後でな」
通話を切る。ウェカピはベンチから腰を上げると、霊体化したままのベンディゲイドブランを伴って埠頭を目指す。
馬はこの時代にそぐわないため、タクシーを利用した。ウェカピポが生きていた時代、自動車はようやく実用化されたというところ。
技術の進歩に内心驚いてはいたが、これが案外快適で気に入ってもいた。
『カラスは消したか?』
『ああ。しばらくは休ませたい』
『構わんが、もう一羽のカラスを先に埠頭に飛ばしておいてくれ。他のサーヴァントがいたら目も当てられん』
『既に向かわせている。だが問題はないだろう。特に変わった様子はない』
事務的に指示を終えると、ウェカピポはコートの下にある鉄球に触れる。
レッキング・ボール。壊れゆく鉄球。ウェカピポの武器。鉄球の状態は万全だ。
交渉の結果次第では、この鉄球が物を言うことになる……
タクシーが埠頭に着くまでのほんの僅かな間、ウェカピポは目蓋を閉じ、少しでも体力を温存しておこうと思った。
◆
「約束の場所はここだな」
カラスを通じた交渉を終え、実際に対面することになってから数十分後。
スティーブとファヴニールは指定された埠頭に到着した。彼らを待っていたのは、むせ返りそうなほどに濃密な霧の海だった。
「霧がひどいな……」
「待て、マスター。これは魔力の霧だ。迂闊に立ち入るな」
「ということは、これは彼らの仕業か、それとも別のサーヴァントの?」
俄に警戒を深める二人だが、その眼前に空から黒い影が舞い降りる。
それは先ほど捕獲した大ガラスだった。といって違う個体なのか、スティーブが与えたダメージはないようだったが。
『待っていた。先導する、このまま進んでくれ』
「君はさっきの……彼のサーヴァントか?」
『そうだ。横槍を入れられるのも困るので、人払いついでに結界を張らせてもらった。
安心してくれ、あなたたちに害は与えない。少なくとも、この交渉が終わるまでは』
カラスは男のマスターの声ではなく、凛とした女性の声で喋った。これがサーヴァントなのだろう。
ファヴニールと顔を見合わせる。敵の張った罠の中に飛び込むことに彼は良い顔をしなかったが、止めたところでスティーブが聞き入れるはずもないとわかってもいた。
「良かろう。だが忘れるな、もし我がマスターを謀ろうとしたのならば、この俺が黙ってはいない」
『承知しているさ、賢きバーサーカー。お前が並々ならぬ強者であることもな』
戦うならば、誰であろうと遅れは取らない。サーヴァントはお互いに譲らぬ自負を抱え、ここにいる。
カラスに先導され、スティーブとファヴニールはある大きな倉庫の中に入る。
埠頭にも倉庫にも人影はない。カラスのサーヴァントが人払いをしたと言っていたが、まさに人っ子一人いない。
「ここにいた人たちは無事なんだろうな?」
『当然だ。無辜の民に危害を加えることはしない。この霧では仕事にならないと引き上げさせただけだ』
やや強い口調でカラスが言い返す。疑いを持たれたことすら心外というように。
その様子を見て、スティーブはひとまず安堵する。邪悪なサーヴァントではない。今のところは。
倉庫の奥には、彫りの深い顔立ちの男が立っていた。
「ようこそ、スティーブ・ロジャース。改めて名乗ろう。オレの名はウェカピポ。サーヴァント、シールダーのマスターだ」
男――ウェカピポの傍に、長身の女が現れる。長身のスティーブよりなお高い。
輝くような金髪と、それとは対象的なカラスのように黒い鎧。中世の騎士のような出で立ちだ。
このとき、スティーブは無意識に戦友の……アスガルドの雷神、ソーを思い出していた。
確かにソーが着用しているのと同じような鎧だが、そこではない。身に纏う空気というか、雰囲気がソーに似通っているのだ。
知らず、畏敬の念を抱く。もしかすると彼女は、ソーと同じく神々の系譜に記される存在なのかも知れない、と。
だが、スティーブは怯まない。
彼女がどれだけ強大なサーヴァントであろうと、スティーブの隣に立つ男もまた、決して彼女に引けを取るものではないと信じているから。
その意気に応えるように、ファヴニールも霊体化を解いてスティーブと肩を並べる。それだけで身体を押し包んでいた圧迫感は消え失せた。
シールダーから、マスターであるウェカピポへと視線を巡らせる。
「初めまして、だな。僕はスティーブ・ロジャース。まずは交渉に応じてくれて感謝する」
「礼はいらない。こちらもどう動くか悩んでいたところだ。きっかけをくれて、むしろ感謝している」
「にしても、シールダー……か。奇遇だな。見ての通り、僕も盾持ちでね」
「中々の腕前だとお見受けする。相手にとって不足はない」
ウェカピポは静かに言う。スティーブはその声の響きに張り詰めたものを感じ取った。
まるで今から一戦交えようと言い出すかのような、そんな緊張だ。思わず手が盾に伸びる。
「お察しの通りだ。ロジャース、私と立ち会ってもらいたい」
「何故だ? 戦う気はないと言ったはずだが」
「それは聞いている。だが必要なことだ。お前が本当に手を組むに値する男かどうか知っておきたい」
すっと、ウェカピポがコートから手を出す。そこには、野球のボールとほぼ同サイズの鉄の球が握られていた。
「お前の言葉、偽りはないように思える。だが、言葉だけでは信頼することはできない。
お前が本当に無駄な犠牲を出したくないなら、相応の力を持っていることを証明しなければただの絵空事に過ぎないからだ」
「なるほど。吐いた言葉に見合うだけの力を示せということか」
少なくともこれが騙し討ちや罠に類するものではないということを知り、スティーブは逆に安心した。
ウェカピポが悪党なら、こうしてわざわざ宣言する必要はない。どこかのタイミングで自由に襲われたら先制攻撃をまともに受けていただろう。
だが彼はそうしなかった。曲がったことを嫌う、筋を通す男だということだ。
スティーブはウェカピポに好感を持った。次は、スティーブが彼の信頼を得る番だ。
「バーサーカー、手を出さないでくれ。僕がやる」
「しかし、マスター。いざというときには」
「それはそちらのサーヴァントが動いた時だけだ。これは僕とウェカピポの勝負。ここを越えられないようではどのみち先はない」
「……了解だ」
渋々、ファヴニールは引き下がる。こうなったらもうスティーブは止まらない。
短い付き合いだが、ファヴニールもそれは理解している。
「当然、こちらもシールダーに手は出させない。公正な果たし合いだ」
「決闘か。古風だが、憎しみによる戦いではないことが救いだな。相手になろう」
ここに来るまでの間に、スティーブは既に戦闘スーツに着替えていた。
このスーツを纏ったとき、スティーブは一人の兵士……キャプテン・アメリカとなる。
十メートルほどの距離を挟んで、キャプテン・アメリカとネアポリス護衛官は対峙した。
お互いのサーヴァントが見守る中で、マスター同士の決闘が始まる。
「シールダー、合図を頼む」
「うむ。では……始め!」
女騎士の号令により、スティーブは地を蹴った。
全力ではなく、六部ほどの力で走る。ウェカピポが何をしてこようと、余裕を持って対処できるように。
距離が半分ほど縮まったとき、ウェカピポは腕を伸ばし投擲のモーションを終えていた。
放たれる鉄球。メジャーリーガーもかくやという投球速度。当たれば頭蓋骨など容易く粉砕しそうな質量弾。
スティーブは足を杭のように地面に打ち付け、踏ん張る。左手の盾を構え、右手で支える。
この盾は、戦友であるトニー・スタークの父親ハワード・スタークが鍛えた盾だ。
今まで幾つもの戦場をキャプテン・アメリカと共に潜り抜けてきた相棒。半身とさえ言っても良い。
かつて怒れるソーの一撃すらも防ぎきったこの盾ならば、初めて見る鉄球の技にとて負けはしないとスティーブは信じる。
果たして、鉄球と盾は激突。重い衝撃がスティーブの腕に伝わる。直撃していれば、超人血清で強化されたこの肉体すらも貫くだろう威力を秘めている。
だが、防いだ。スティーブが全霊を込めて掲げた盾は見事に鉄球を受け止め、あらぬ方向へと弾き返した。
がら空きのウェカピポへ、再度突進。固めた拳を振り上げる。
殺す気はない。だが、一度始めた以上は何らかの形で決着を着けなければ終われない。
攻撃を防がれ、立ち尽くすウェカピポへ一撃を加えようとし……
違和感を覚えた。あまりにも、呆気なさ過ぎる。
鉄球の威力は大したものだったが、何の裏もない真っ直ぐな投球だった。盾がなくとも身をかわせば避けられたかもしれない。
自分から決闘を持ちかけておいて、こんなにも簡単に終わるものか? ウェカピポとは口だけの男なのか?
そうではない。それは、確たる光を宿す男の瞳からも明らかだ。
ウェカピポは勝負を捨ててなどいない!
「マスター!」
危機を感じたスティーブの脳がアドレナリンが多量に分泌し、自身を活性化させる。
泥めいて鈍化するスティーブの主観時間。一瞬が数秒にも引き伸ばされる感覚。
ファヴニールの声が遠く聞こえる。
突進の勢いのままに身体を捻り、盾を背後へと向ける。
スティーブが見たのは、弾いたはずの鉄球からいくつも飛び出てくるさらに小さな弾……衛星の群れだった。
散弾のように散らばり、向かってくる弾を盾で受ける。一発、二発……七発、八発……十四発。
次々に襲い来る衛星を受け止める。衛星は一発ごとに違う軌道を辿り、スティーブへと襲い来る。
必死に身体を操作し、盾で受け、回避。息吐く暇もなく衛星を受け止めていく内、スティーブの体勢が崩れていく。
だが一発とて直撃を許さない。本職のシールダーからしても文句のない盾捌きを見せるスティーブ。
足を狙った衛星を、盾を打ち下ろして弾く。最後の一発は肩を掠ったが、スーツを貫くほどのものではない。
凌いだぞ。スティーブはそう言おうとし。
「……何っ!?」
突如、転倒した。何の前触れもなく。
慌てて手を突き立ち上がろうとするが、うまくいかない。何度試そうとも、バランスを崩してしまう。生まれたての子鹿のようにもがく。
「どうした、マスター! 何をしている!?」
「バーサーカー、僕の……僕の左腕はどうなっている!? まるで感覚がない!」
「何だと……?」
ファヴニールが見ているのは、スティーブが右手と右足だけで立ち上がろうとして何度も失敗している姿だけだ。
何故左半身を使わないのか。左手を突けば、左足の膝を立てれば、すぐにでも立ち上がれるだろうに。
「バーサーカー! 僕の左腕は、左足は、“ある”のか!? 盾を持っている感覚すらない!」
「ある! なくなってなどいない、今もお前は左腕に盾を持っているぞ!」
ファヴニールの眼には、スティーブの左腕にある盾がはっきりと見える。
だがそれを、当のスティーブは認識できないという。
「ある、のにない……認識できていない……?」
「そうだ。左半身失調……今、お前のマスターは自身の左半身を一切認識することができない。
これが我がネアポリス護衛官の技……レッキング・ボール(壊れゆく鉄球)」
第三者が見ている以上、特に隠す必要もないと判断したか、ウェカピポ自身がファヴニールのの疑問に答えた。
その手にはもう一つの鉄球がある。ただの一発でスティーブを戦闘不能に追い込んだ鉄球が、もう一発。
加えて、もうスティーブは盾を構えることができない。これでは衛星どころか大本の鉄球すら防げはしない。
「果たし合いは……オレの勝ちだな。降伏するか?」
静かに、ウェカピポ。勝ち誇ったりなどしない。
鉄球の技は、知らぬ者にとってはほぼ一撃必殺。レッキング・ボールの本当の脅威は鉄球そのものではなく、その衝撃波が起こす効果にある。
それが、左半身失調だ。視界の片側、左手や左足の自由を奪う。
本来であれば二人一組、奪った視界の片側にもう一人が入り込んでとどめを刺すのがこの戦法の常道だが、今はウェカピポ一人。
スティーブが降伏しないのならば、容赦なく鉄球を打ち込む。その意志が言葉にせずとも伝わってくる。
降伏すれば命は助かるかもしれない。だが、ウェカピポの信頼を得ることはできなくなる。それは……認められない。
「力が伴わなければ、理想は空論に過ぎん。そんな輩にオレの命運は預けられない」
「動くぞ! 構わんな、マスター!」
マスターが命を奪われようとしている。ファヴニールが黙っているはずもない。
しかし彼を阻むようににベンディゲイドブランが立つ。
彼女はウェカピポの行動に口を挟まない。だが、二人の決闘に水を刺そうとするファヴニールを看過もしない。
ファヴニールが爪を剥き出し、戦闘態勢に移行しようとした。
「どけ……!」
「待て、バーサーカー! まだ終わっちゃいない!」
そのファヴニールを押し留めるのは、誰あろう彼のマスター本人だ。
左半身が動かない。それがわかったのなら、何とか立ち上がれもする。右手と右足を撓め、地面を押し出すように突き放す。
常人を超えた肉体はその無茶に応え、スティーブは何とか右足一本で自立した。
「……なるほど、これが君の技か。驚いた。こんなのは初めてだ」
「まだやる気か? その状態で勝てると思っているのなら、甘いぞ」
「当然さ。君の力は見せてもらったが、それだけで終われるはずがない。まだ、僕の力を見せてはいないからな!」
スティーブは片足立ちでファイティングポーズを取る。
だがいかに鍛えた超人の身体とはいえ、右半身だけで戦闘を行うのは不可能だ。
加えて、頼みの盾すら今は認識できない。
「戦闘は続行、ということだな。ならばオレも遠慮はしない。構わんのだな」
「もちろんだ。バーサーカー、もう一度言う。これは僕とウェカピポの勝負だ。手を出すなよ」
ファヴニールがスティーブを想って行動に出ようとしたのはわかる。
しかし、ここで彼の手を借りてはいけない。ウェカピポは己の身体一つでスティーブと向かい合っている。
ならばスティーブもそれに応えなければ、どうして彼の信頼が得られようか。
スティーブと霊的なラインで繋がるファヴニールは、その想いをこれでもかと叩き付けられる。
こうなればスティーブは梃子でも動かない、それこそ世界を敵に回してでも。
「信じてくれ、バーサーカー。僕は……いつだって、負けると思って戦うことはない」
「……ああ、わかった。お前を信じよう、スティーブ・ロジャース。決して砕け得ぬお前の盾を、信じよう」
「すまないな……!」
スティーブは片足で深く身を沈める。ウェカピポが再度投球のモーションに入る……と見せかけ、一歩横にズレる。
スティーブの認識できない左側の視界の中に。
だがそれを卑怯と責めはしない。何となればこの症状のカラクリを明かしたのはウェカピポ自身だ。
その言葉に則った戦い方をするのは正しく“公正”なものだ。
だが、結果的にスティーブは危地に追い込まれる。どこから、いつから撃ってくるかわからない致命の鉄球。
鉄球本体を受ければ死ぬ。本体を避けても、衛星を受けても死ぬ。衛星をかわしても、衝撃波を受ければまた左半身の自由が奪われる。
絶対不利の状況。しかしファヴニールに啖呵を切った通り、スティーブはこの状況にあって決して勝負を投げてはいない。
(右目は見えるってことは……)
右足を撓め、右腕を大きく振って勢いをつける。スティーブの身体はその場でコマのように回転し始めた。
倒れるより早く回転、ベクトルを下向きから横向きに変換して回転を速めていく。
左半分が見えなくとも右半分が見えているのなら、一回転すれば右の視界はいずれ左に辿り着く。
見えた。ウェカピポは左側に動きながら投球モーションに入っている。スティーブはさらに回転する。
片足片腕とはいえ、超人の肉体だ。一回転の速度は一秒にも満たないコンマ何秒の世界。
それでも、一回転する度にウェカピポは刻一刻と鉄球に力を送り込み、投げ放とうとしていく。終わりの瞬間が近づいてくる。
まだだ、まだ、まだ……タイミングが全てを決める。
ウェカピポが完全に鉄球を手放す、その一瞬……一瞬の一呼吸前。
(ここだ……!)
スティーブは回転を止める。唸りを上げて放たれる鉄球。左半身の自由はまだ戻らない。
盾を構えられなければ、即ち死だ。彼方でファヴニールが拳を握る。その僅かな音さえ聞こえるほど、心臓が早鐘を打ち、思考が加速している。
鉄球はまだ破裂しない。好都合だ、今は散弾よりも一発が重い方が対処しやすい。
三秒後にはスティーブの胸板に鉄球が着弾する。
いかに防弾防刃性のスーツといえど、この鉄球の威力の前には布切れ同然。死が口を開け、スティーブを呑み込もうとした。
「トニーに感謝することになるとは……な!」
左半身は動かない。右半身は動く。スティーブは胸元に右腕を引き寄せ、拳を強く握った。
鉄球が着弾。甲高い金属音。
ウェカピポの眼が見開かれた。
スティーブにはわからないが、対峙していたウェカピポにははっきり見えていた。
操作権を失っているはずのスティーブの左腕が弾かれたように持ち上がり、鉄球とスティーブの間に盾を滑り込ませた瞬間を。
鉄球の衝撃がスティーブに叩き込まれる。が、ダメージを負わせることはない。盾がその力を全て吸収した。
結果、後方に弾かれたようにスティーブが飛んで行く。鉄球の本体は……盾によって弾かれ、空中へ。
「しかし、まだだ! まだ衛星は生きているぞッ!」
ウェカピポの気合。応じるように、弾かれた鉄球から次々に衛星が飛び出していく。
体勢を崩したスティーブはもう踏ん張れない。盾で防ぐことはもうできない……はずだ。
そんなウェカピポの予想を、スティーブは上回る。
スティーブが欲していたのはほんの僅かな時間だ。
レッキング・ボールの散弾が全て解き放たれ、各々の軌道を宙に描き出すまでの、二秒にも満たない時間。
その一秒で、スティーブは十四個全ての衛星を視界に捕らえた。
「おおおおぉぉっ!」
雄叫びを上げる。左腕にマウントされていた盾は、いつの間にか右腕に移っていた。。
体勢は崩れている。踏ん張る時間はない。だが、キャプテン・アメリカの強靭な肉体と運動神経は、倒れ込みながらの回転運動を可能とする。
倒れ込みながら……回転する。足首、膝、腰、背骨、肩、肘、手首へと力が伝わっていき、盾に注ぎ込まれる。
そして、発射。
スティーブの右腕から放たれた盾は、襲い来る衛星の先頭、最初の一つに激突。
質量で勝る盾が衛星を弾く。衛星は叩き落とされ、盾は僅かに軌道を変更し、次の衛星へ食らいつく。
その衛星を蹴散らし、また軌道を変えて次の衛星へ。その次も、その次も……
「何だと……!」
ウェカピポの眼前で、キャプテン・アメリカの盾が縦横無尽に飛び回る。
直進する衛星の間を縫うように飛び回り、一つ一つ叩き落としては自らは逆に衛星の勢いを吸収して速度を増していく。
ウェカピポの鉄球の技とは違う。物体に当て、その反射する角度を計算し尽くし、微細な力加減で挙動をコントロールする。
極めれば数人の敵を順々に薙ぎ倒し、最後にスティーブの手元に戻すことも可能。
キャプテン・アメリカが戦場で見出した、誰も真似することのできない彼だけの戦闘術だ。
瞬く間に十四個の衛星全てを撃ち落とし、盾は地面に突き刺さった。
ウェカピポの手元に鉄球本体が帰ってくる。衛星を撃ち尽くしたそれはかなり軽くなっていたが、殺傷力は今だ健在だ。
スティーブに向けて放つ寸前、盾が一人で動き出しスティーブの元へと飛んで行く。
彼が掲げた腕に吸い寄せられ、装着された。
「トニー・スターク謹製のスーツがなければ負けていたな。だがずるいとは言わないでくれよ」
左半身を失調している状態で、どうやってスティーブは左腕の盾を動かしたか。その理由はスティーブが着用している戦闘スーツにあった。
このスーツは、アベンジャーズの共同リーダーにしてメインスポンサーにして装備開発部長であるところのトニー・スタークが作ってくれたものだ。
キャプテン・アメリカが得意とする盾の投擲術だが、しばしば敵に受け止められたり弾かれたりで戻ってこないことがあった。
そんなときのために、磁力でスティーブの方から盾を引き寄せる機能を持たせたのが、このスーツだった。
左腕とそこにある盾を認識できないとはいえ、“そこにある”のは変わりない。
ならば脳の認識が介在しない方法で……つまりは機械的、自動的な方法で右側に引き寄せればいい。
盾を動かしたのはスティーブの左腕ではなく、右腕のスーツから発した磁力だ。これなら左半身失調を発症していても問題はない。
じっと、スティーブとウェカピポは睨み合う。
一合目はウェカピポが勝り、二合目はスティーブが凌いでみせた。
そして三合目だが、こうなると不利なのはウェカピポの方だ。鉄球本体は二発とも健在とはいえ、双方の衛星は全て撃ち尽くしている。
だがウェカピポから果たし合いを持ちかけた以上、不利だから止めようなどと言えるはずがない。
二人はじっと、睨み合う。
「……ここまでだ。もう十分、力を示しただろう? お互いに」
先に武器を、盾を下ろしたのはスティーブの方だった。
元より相手を殺そうとする戦いではない。手の内を見せ合った以上、これ以上やり合う理由はないと判断したのだった。
「……ああ、いいだろう。先の言葉を取り消そう、スティーブ・ロジャース。お前には力がある。その言葉に見合うだけの力が」
ウェカピポもまた、武器を下ろす。
こうして、彼らの聖杯戦争初となる戦いは、双方血を流すことなく終わりを迎えたのだった。
◆
「別れる前に一つ、言っておくことがある。僕は聖杯を破壊するつもりだ」
決闘が終わったが、すぐに同盟を組むという話をすることはできなかった。
理由は簡単、ウェカピポの昼休みの時間がそろそろ終わるからだ。
別にこのままサボってもいいのだが、不用意に目立つ真似をするべきではないというベンディゲイドブランの意見と、一度受けた仕事は全うしたいという彼自身の掟において、ここは解散することになった。
それに、いくらベンディゲイドブランが結界を張ったとはいえ、“この埠頭に結界がある”という事実そのものが他のサーヴァントに対して警戒を促すことになる。
ここはひとまず仕切り直しを、と全員が同意した。
そんなとき、スティーブから切り出された言葉はウェカピポを驚かせるに足るものだった。
「何だって? 聖杯を壊す?」
「ああ。僕は聖杯を……誰かの犠牲の上に成り立つ奇跡を認められない。だから、聖杯を壊し、この聖杯戦争を開いた者を倒す。それが僕らの方針だ」
「バーサーカー、貴殿も了承しているのか?」
ベンディゲイドブランがファヴニールに問う。
それはサーヴァントにすれば到底了承し得ない、戦う意味すら無に帰す馬鹿げた道であるためだ。
「ああ。俺はマスターと共に行く。彼の歩く道を守ることこそ、俺の願いそのものだ」
「……つくづく変わったバーサーカーだ」
しかしファヴニールは躊躇なく肯定した。叶えたい願いなどない、マスターの盾となるだけだ、と。
その在り様は、クラスこそ違えどまさに“守る者”――シールダーのようで。
決闘の間、ずっとファヴニールに警戒を払っていたベンディゲイドブランだが、ここで少しだけ表情を柔らかくした。
「しかし、何故それを俺たちに明かした? 得はない……どころか、反発されるだけだとわかっているだろう」
「共に戦う以上、隠し事はしたくなかった。今は協力するが、僕がこういう立場である以上、いずれ君たちと戦うこともあるかもしれない。
ウェカピポ、君にも聖杯を望むだけの願いがあるんだろう?」
「……ああ。あるとも」
「それについては僕がどうこう言うことはできない。事情は人それぞれだしな。実際のところ、僕の願いは君の、いや他のすべてのマスターには受け入れがたいものだろう。
だが、無意味な犠牲を出したくないということだけは本当だ……聖杯に頼らないでも問題が解決する、その方法を探してみるつもりだ」
「そんなもの……」
あるはずがない。そう言おうとしたが、言えなかった。
ウェカピポとて、手を汚さずに願いが叶うのなら、光を失った妹を幸せにできるのなら、その方が良い。
「……お前の言い分は覚えておく。だが今はいい。まずバーサーカーどもを何とかすることから考えよう」
「ああ、惑わせるようなことを言ってすまなかった。じゃあ、後で連絡する」
こうして、スティーブ・ロジャースとファヴニールは去っていった。
ベンディゲイドブランの霧が彼らを保護しているため、誰かが監視していたとしてもそうそう後を追われることはないはずだ。
再びタクシーに乗り、座席に身を沈めたウェカピポ。念話でベンディゲイドブランに話し掛ける。
『どう思う、シールダー。彼らは……彼は』
『……私個人の感想で言えば、スティーブ・ロジャースは紛れもなく英雄の器だろう。ともすれば、いずれサーヴァントに至るやも知れない』
『確かにな……』
聖杯を壊す。犠牲を食い止める。悪党を倒す。
なるほど、絵に描いたように善良な英雄だ。異なる立場のウェカピポですら、その言葉を信じてしまいそうになるほどに強烈な魅力を放っている。
だが、いや、だからこそ……
『危険だな、彼は』
『そうだな。彼の意思は強固だ。おそらく何者にも曲げることはできないだろう』
スティーブは聖杯を壊すと言った。当然ウェカピポには認められないその願いだが、もしかしたら賛同する者が出るかもしれない。
スティーブやウェカピポのような戦闘者ではない、たとえば妹のような力の弱い者がマスターとなっていたならば。
殺し合い、奪い合いを否定するスティーブは彼らの希望の拠りどころとなり、一つの巨大な力へと成長してしまうのではないか、と。
当面は頼れる味方であるが、いつかは強大な敵になる。スティーブ・ロジャースはそんな男だ。
『個人としては信頼に足る男だ。こんな場所で出会いたくはなかったな』
『だが、それが聖杯戦争だ。いずれ戦うことを思えば、あまり情を移すべきではない』
『わかっている……わかっているよ』
ウェカピポの本質は、守る男だ。
大切な者、故郷、誇り、約束……ウェカピポは何かを守ることで存在意義を確立している。
であれば、人々を守ろうとするスティーブに親近感を抱くのは何らおかしくはない。それが危険なこととわかってはいても。
『やりようによっては、利用できると言えなくもない。彼らが好戦的な主従を倒して回ってくれるのなら、オレたちは労せずして聖杯に近づける』
『……そうだな』
とても公正とは言えない、ウェカピポの独り言。応じるベンディゲイドブランの声も苦い。
別にそうすると決めたわけではない。そういう選択肢もあると常に考えておかなければ、スティーブを倒すべき敵として見ることが難しくなる。
やれやれ、と首を振る。とにかく、短時間であるが手を組むとは決めたのだ。
スティーブのスタンスがどうあれ、当面彼らが裏切る心配はしなくていいはずだ。
連絡先を交換したため(ウェカピポからすれば未来の技術、携帯電話は職場から支給されている)、次からはカラスを介さずに済む。
仕事が終わり次第、もう一度彼らと接触を図ろう。そう考え、病院に戻ったウェカピポのすぐ前を、ストレッチャーに乗せられた患者が搬送されていく。
「――の名前は北条加蓮、先日まで入院していた患者です! 症状は以前と同じ、血圧低下、すぐに処置室に――」
学生と思しき少女。肌にはびっしりと汗が浮かび、呼吸も切れ切れで、今にも呼吸を止めてしまいそうだ。
切羽詰まった意思と看護師のやり取りを尻目に、ウェカピポは勤務に戻る。
しかし、霊体化しているはずのベンディゲイドブランが搬送されていった少女の行方をじっと見つめていることに気がついた。
「どうした? シールダー」
「いや、何でもない……少し気になることがあっただけだ。報告するほどではない」
何やら思案しているベンディゲイドブランだが、それを問い質すことはウェカピポにはできなかった。
午後の勤務が始まる。早めに抜けた分、ここで取り戻しておかなければ今後の活動に支障が出るかもしれない。
スティーブ・ロジャースとの対話を脳内で思い返し、次にあった時にどうするかを考えつつ……ウェカピポは労働に励むのだった。
【新都 病院/12月23日 午前】
【ウェカピポ@ジョジョの奇妙な冒険 Steel Ball Run】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]鉄球×2(衛星は回収した)
[道具]日用品
[所持金]そこそこ
[思考・状況]
基本行動方針:国へ帰り、妹を幸せにする。
1.スティーブと組んで、バーサーカーたちを討伐する。
2勤務を終えた後、再びスティーブと接触する。:
3:スティーブ・ロジャースの在り方を警戒。
[備考]
1.冬木市では警備員の役割を与えられています。
2.今日(23日)の現場は新都の病院。
3.ウェカピポと連絡先を交換しました。
【シールダー(ベンディゲイドブラン)】
[状態] 健康
[装備] 国剣イニス・プリダイン
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:今度こそ、誰かを救う
[備考]
1.討伐令の参加については保留。しかし、対象者たちは許しがたいと考えている。
2.使い魔のワタリガラスである『ブランウェン』と『ブラン』を召喚し、空から冬木市を探索させています。
3.ワタリガラスのどちらかが負傷したため、休ませています。
【深山町/12月23日 午前】
【スティーブ・ロジャーズ@マーベル・シネマティック・ユニバース】
[状態] 健康
[装備] 戦闘用スーツ
[道具] 特製シールド、キャリーバッグ
[令呪] 残り三画
[所持金] 10万前後
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
[備考]
1.討伐令が出された二組のバーサーカー主従の凶行を止める
2.深山町周辺にて捜索、夜7時頃に一度アレルと合流して情報共有。
3.バーサーカー討伐の協力者を探す。
4.聖杯戦争を止めた上でアレルを助ける手がないか探してみる。
[備考]
1.ライダー(董卓)の姿を確認しました。
2.アレルと共闘関係になりました。期限は討伐令の出されたバーサーカーの二組が脱落するまでです
3.冬木市ではスポーツインストラクターの役割を与えられています。
4.ウェカピポと連絡先を交換しました。
【ファヴニール @バーサーカー】
[状態] 健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
[備考]
1.マスターに同行する
投下終了です。遅くなって失礼しました……
タイトル、最初の方はスペルミスをしてしまってますので「Wake Up People」でお願いします。
投下乙です
ウェカピポ自身がキャップのように在りたいと思うからこそ、その輝きが大きな障害になると判る
皆様投下乙です。
日付的にもせっかくなので支援として…
はしゃいでいるのはルーラーさん(イメージ)。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1103164.jpg
>Wake Up People
マスター同士のバトル!
その方法は……「決闘」だ!
やっぱりウェカピポさんの「鉄球」の技術は、かなり初見殺しですねぇ。
これがもし実力試しではなく、真剣の殺し合いだったら――と思うと恐ろしいです。
(そもそも、バトル以前にも体調不良を偽ったりしている「鉄球」の技術は応用幅が凄まじく、今後も多様な場面で活躍しそうで楽しみですね)
ともあれ、「鉄球」による半身失調を食らってしまったキャップがどのようにしてこの窮地を乗り越えるのか……? と半ば不安になりながら画面をスクロールしていたのですが、後に続いた展開を読んで、思わず膝を打ってしまいました!
原作の設定を使いつつ、他作品の能力への対策へと繋げる……これぞまさに二次創作! いやぁ、素晴らしい!
しかも、「鉄球」の回転への対策の一部に身体の回転が用いられているというのも、これまた何ともニヤリとさせられる展開でしたね(これは考えすぎでしょうか?)
最後の最後でチラッと名前が出てきた加蓮ちゃんは果たしてどうなってしまうのでしょうか!? 気になりますね!
投下ありがとうごさいました!
そして、おお! 支援絵ですか! しかもクリスマスバージョン!
クリスマスを祝うルーラー(ですかね?)と魔女ちゃんの笑顔が眩しいです! あの二人は結構なんやかんやで仲が良さそうなので、こんな一コマもあるかもしれませんね!(一方、スノーホワイトがどうかは知りませんが)
支援絵ありがとうごさいました!
wikiの方に掲載してもよろしいでしょうか?
>>292
ひゃーーー毎度ありがとうございます…ぜひぜひよろしくお願いします!
みなさん、こんばんは。良い年末をお過ごしでしょうか? イッチです。
突然ですが、本企画のウェザー・リポート&アサシンの登場話とOPを読み返して『うーん、なんだかキャラが違ってないかなあ?』と思ったので、OPの方を若干(というか大幅に)訂正しました。ほら、あのままだと本編に絡めづらそうでしたしね。
今更になっての訂正、すみません。
どうしても『いやいや、前の方が良かったよ』という方や、他に何らかの意見がある方がいらっしゃれば、是非是非ご意見よろしくお願いします。
来年も本企画をよろしくお願いします。
>>294
お疲れ様です! wiki上でOPを修正した、ということで宜しいのでしょうか。
だいぶあの主従を取り巻く状況が変わりましたね。
消えた設定=今後自由に作れる部分も出てきて、これは書きやすそう。
いちおう念のために、別ページでも作って旧OPも見れるようにしておいた方がいいかな?とは思いますが、
それ以外は問題ないと思います。
思い切ったテコ入れ、GJです!
ウェザーリポート、アサシン
魔女ちゃん、ルーラー、スノーホワイト
で予約します
南城優子&キャスター(ヘリオガバルス)
市原仁奈&ライダー(オシーン)
新田美波&セイバー(スルト)
神谷奈緒&セイバー(源頼政)
バーサーカー(ジェヴォーダンの獣)
予約します
予約延長します
予約延長します。あと、なんやかんやの都合上、主催トリオの出番は多分無くなると思います、すみません
投下します
「そういえば文香さん、聞きましたか?」
442プロダクション、ロビーにて。
ソファに並んで腰掛けるアイドルが二人。
その内の片方、橘ありすが隣に座る女性に声を掛ける。
「はい……何でしょうか?」
「ライブ会場で漏電による小火騒ぎが起こったそうですよ。小規模だったので幸い明日の進行には支障は無いらしいですが……
近頃は不審者も多くて心配だって、美波さんが言ってました」
ありすと会話する女性、鷺沢文香は少々不安げな様子を見せる。
此処最近の冬木市は、何やら騒がしい。
銀行等から大量の金銭が盗まれる事件。
『人食い』という恐ろしい異名が付けられた猟奇殺人事件。
そして、相次いで発生している不可解な殺人事件。
ライブが近いと言うのに、気が滅入ることが少なくない。
今回の小火騒ぎも、少し不吉なように感じてしまった。
「……この頃は、物騒な話も多くなってきましたね」
憂うように呟く文香を、ありすは見つめる。
ありすは文香と動揺に美波とは親しい間柄だ。
三人で同じ仕事をしたこともある。
そんな美波とは今朝、プロダクションに来た時に真っ先に対面した。
その時に会場の事故や不審者のあれこれについて、親しい間柄の文香への『伝言』を頼まれた。
言い付け通りに伝言をしたのだが――――やはり文香の不安げな顔をありすは見たくはなかった。
ありすにとって、文香は憧れの対象だ。
彼女が辛い表情を見せていると、ありすも悲しい気持ちになる。
だからありすは、文香を支えようと言葉を紡ぎ出した。
「……そんな暗い話なんて、吹っ飛ばしちゃいましょう。クリスマスライブを成功させて、パーッと明るくしちゃえばいいんです!」
咄嗟に出た言葉に、ありすは直後にハッとする。
――――――吹っ飛ばしちゃいましょうとか、パーッと明るくとか。
――――――ちょっと、子供っぽいのではないか?
口にしてから、急に恥ずかしくなってきた。
あっ、その、と言葉を吃らせてしまう。
何でもないです。今のは忘れて下さい。
そう言おうと思ったが。
文香は、ふっと微笑む表情を見せており。
「……ふふ……ありがとうございます、ありすちゃん」
ありすへ、静かに礼を述べた。
彼女の微笑に照れてしまったありすは、少し目を逸らす。
ちょっと恥ずかしかったけど―――――結果オーライなら、まあいいかな。
文香さんを励ませたなら、何よりだ。
そう思い、ありすは「どういたしまして」と小さな声で呟いた。
そんなありすの様子を、文香は微笑ましげに見つめていた。
「……そういえば楓さんやほたるちゃんは……ラジオの収録、でしたか」
「あ、はい。よその放送局でお仕事みたいですよ。幸子さん達もテレビの収録だとか―――――――」
文香がふと口にした言葉を皮切りに、空気は元に戻る。
そのまま適当な世間話へと移行しようとしていた。
だが、唐突に会話は打ち切られることになる。
「――――――おお!此処がプロダクションとやらか!!余は興奮してきたぞ!!」
聞き覚えの無い声が、耳に入ってきた。
ありすと文香は、ほぼ同時に入り口の方へと視線を向ける。
そこにいたのは、金色の髪を靡かせる美少女だった。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
「うーん……」
事務所の椅子に座り、プロデューサーは頭を悩ませる様子を見せていた。
時折眼鏡を弄るようにズレを直しながら、背もたれに寄り掛かって考え込んでいる。
そんなプロデューサーの姿を、新田美波は机の前に立ちながら見つめていた。
彼が、『この世界』における美波のプロデューサーだ。
この冬木で彼女の才能を見出し、アイドルとして育てた人物だ。
明日控えるライブを主導しているのもこのプロデューサーである。
その風貌は、美波の知る『彼』には似ても似つかなくて。
それ故に、美波は仄かな安心感を覚える。
目の前のプロデューサーとの思い出は、きっと幾つも積み重なっている。
この世界の新田美波は彼と共に歩み、彼と共に成長していったのだろう。
そこには様々なドラマがあったはずだ。
ここにいる『新田美波』にも、19年分の人生と、冬木でのアイドルとしての生活が在る。
だが、今の彼女にはそれに深く入れ込むことなど出来ない。
何故なら、今の彼女は背負っているから。
本当の新田美波が歩んできた青春を知覚し、その心に抱えているからだ。
『彼』に才能を見出され、『彼』と共に歩み、大好きな『彼』に恋い焦がれ。
しかし大好きな『彼女』と『彼』が結ばれ、想いを隠して二人を祝福した――――――そんな悲恋のような青春。
それが、新田美波の歩んできた本当の人生。
彼女が体験してきた、アイドルとしての生活。
故に、美波は『今の』アイドルとしての生活には複雑な想いを抱えていた。
442プロダクション所属アイドル、新田美波。
それは冬木という戦場の街で与えられた、偽りのロール。
どれだけ努力しようと、どれだけ成果を出そうと、結局は偽りのものでしかない。
その気になれば、放り出すことだって出来たかもしれない。
しかし、美波にはそれは出来ない。
美波は元より責任感や挑戦志向の強い性格の持ち主だ。
例えこの日常が偽りであろうと、与えられた『役』は遣り遂げなければ気が済まない。
それがアイドルという情熱の対象であるのならば、尚更だ。
そして、この街にも他のアイドルがいる。
この街にもアイドル・新田美波のファンがいる。
仲間と共に努力し、声援に応えるのがアイドルの役目だ。
それは元のプロダクションでも、冬木でも変わらない。
彼女らを危険な目に遭わせたくないという思いもまた、変わらなかった。
美波は、追憶する。
アイドルとしての在り方を教えてくれたのも『彼』だったことを思い出す。
恋に敗れても、アイドルへの情熱は捨て切れない。
ファンに応え、笑顔で舞台に立つのがアイドルだという『彼』の教えを守り続けている。
『彼』と共にいることがつらくなったのに。
結ばれなかった自分を惨めに思ってしまったのに。
『彼』と『彼女』を見るだけで、胸が締め付けられるような想いを微かにでも抱くようになってしまったのに。
それでも『彼』が居ないこの世界では、『生真面目な優等生アイドル』をやっていられる。
自分の中のアイドルへの情熱はまだ昂っているのか。
それとも、『彼』がいないからこうして生真面目なままでいられるのか。
このプロダクションにいるかもしれない『彼女』と会えば、心が揺らいでしまうのだろうか。
美波は心中で問答を続ける。
この冬木には、本来の知り合い達が似たような役割を与えられて暮らしている。
もし、『彼』が此処にいたら。
自分は、どうなっていたんだろう。
ぼんやりと、美波はそんなことを考える。
案外何ともなく、いつものように付き合っていくことになっていたのか。
ちくりとした蟠りを胸に抱えたまま関わっていくのか。
あるいは、『彼』の存在に耐え切れずにアイドルから逃避していたのだろうか。
それとも――――――――――。
ふと思い浮かんだ考えを振り払う。
自らの心のうちに仄かに浮かんだ想いを抑え込みつつ、美波はプロデューサーに声を掛ける。
「やっぱり、厳しそうですか?」
「まあ、何とか一、二枠捩じ込むことは出来なくもないと思うんだけどね……」
そう言うプロデューサーの反応は、やはり困った様子であり。
「……上に相談してみるよ。もしかしたら入れて貰えるかもしれないしね。
ただ、あまり期待しないでほしい」
気を遣うようにそう返答するプロデューサー。
しかしその態度や口振りからは『急な相談は厳しい』と言わんばかりの様子が見て取れた。
そんな彼を見つめつつ、美波は『例の主従』のことについて思い返す。
「ですよね……」
「ベル・スタアさん、だったかな。アイドルになりたいという娘を拒みはしない。
でも、流石に明日参加のライブに土壇場で参加と言うのは厳しいかな……」
ベル・スタア―――――それがセイバーが出会ったというアーチャーのサーヴァントの名である。
サーヴァントとは真名を隠すものだという話を聞いていたが、まさか堂々と名乗る相手がいるとは思わなかった。
セイバー曰く、何でもベル・スタアと共闘してバーサーカーのサーヴァントを追い払ったのだという。
共闘の見返りとして要求してきたのが、今回のライブ参加。
無理ならば金銭での報酬でも構わない、とのことだった。
美波はサーヴァントのことに関して思い返す。
サーヴァントとは古今東西の英雄の化身。
人類史に名を連ねる豪傑を使い魔の枠組みに当て嵌めたもの。
美波のサーヴァントであるセイバーもまた、浮世離れした雰囲気を纏っており。
そして、あのプールで枝のような剣を抜いた時は―――――只ならぬ気迫を感じた。
なんとなく、なんとなくだが。
まるで魂や存在とか、そんな次元で格が違うような。
それだけの凄みが、彼女からは感じられた。
サーヴァントは、そういったものだと思っていた。
ただの人間とは格が違う、超級の存在。
英雄として讃えられ、歴史にその名を刻んだ超人。
そんな存在の一人が、あろうことか『ライブに出たい』と言ってきた。らしい。
英雄にも様々な性格の持ち主が居るのだろう。アイドルだって十人十色の形相を見せているのだから。
それにしたって、アイドルのライブに出演したいなんていうお願いは美波にとっても予想外だった。
(どういう人なのかしら……)
プロダクションに着く前、美波はベル・スタアという名前をスマートフォンの検索機能で調べた。
名前はすぐに見つかった。どうやら西部開拓時代の無法者らしい。
『山賊女王』という異名を付けられ数々の伝説が語られた女強盗、とのことだ。
西部開拓時代風の装いを身に纏った、銃を扱う女性。
セイバーが語っていた特徴とベル・スタアは確かに一致していた。
確かに無法者ならライブに乗り込もうなんていう発想に至るのかもしれない、なんてことも考える。
それにしても、本当に彼女は本名を堂々とバラしたのだろうか―――――と、美波はふと思った。
真名の秘匿というものに余程無頓着な人なのだろうか。
あるいは実は偽名を名乗っていて、上手いこと誤摩化しているのだろうか。
考えてみても答えは出ない。
どんな人物なのかはやはり一度会わなければ解らないだろう、なんてことを思った矢先だった。
《ミナミ!》
「えっ?」
頭の中で声が反響する。
突然のことについ声が漏れてしまう。
それが自身のサーヴァント、セイバーによる念話で伝えられた言葉だと言うことに気付き。
こちらを怪訝そうに見てきたプロデューサーを誤摩化しつつ、美波は念話の声に応対する。
《サーヴァントが貴方の元に向かってきています!それも実体化した状態で、正面から――――――》
その直後のことだった。
バタン、と乱暴に事務室の扉が開かれたのだ。
美波は咄嗟に振り返った。
そこにいたのは、堂々とした佇まいで立つ――――――一人の女子高生だった。
「お前がプロデューサーだな?」
◇◇◇
ヘリオガバルスは全てに於いてローマ史上最悪の皇帝であった。
彼は醜い欲望に身を委ね、女々しい振る舞いによって皇帝の権威を傷付けた最初の男である。
――――十八世紀英国の歴史家、エドワード・ギボン
◇◇◇
◇◇◇
学生服を身に纏った金髪の少女―――もとい青年は、呆気に取られる美波を尻目にずけずけと事務室へと入る。
そのまま彼は美波を押し退け、椅子に座るプロデューサーに妖艶な眼差しを向けた。
「ライブとやらに出たい。余をライブに出せ」
彼はキャスターのサーヴァント、ヘリオガバルス。
テレビで目にした『アイドル』に惹かれ、442プロが主催するクリスマスライブへの飛び入り参加という正気を疑う目論みを立てた皇帝である。
市原仁奈らを巻き込む形での断行を決めたキャスターはすぐさま442プロへと向かい、仁奈の案内でクリスマスライブに携わるプロデューサーの事務室へと赴いた。
プロデューサーと対面したキャスターの開口一番の発言が、これだった。
突然の乱入者に、プロデューサーは唖然とし。
ニヤニヤとしたキャスターの笑みに頭を抱える。
―――――新田さんが言っていた方といい、この女の子といい、何がどうなっているのだろうか。
事務室の椅子に座るプロデューサーは、呆気に取られたまま思う。
彼女が来る少し前にも、442所属のアイドル・新田美波が『明日のライブに出たいという方がいる』という話を持ち込んできた。
一応別の出演者が入れるだけの枠は存在しているが、それにしたって突然過ぎる。
そもそも、その『ライブに出たい方』というのは442プロ所属のアイドルではない。
それどころか、アイドルですらない素人なのだという。
何かの悪戯かと最初は思ったが、美波はこんな嘘で困らせてくるような人間ではない。
それにこの件を頼んできた時の美波の態度からして冗談にも見えない。
信じ難いことだが、この土壇場で本当にライブに出演したいという人物がいるのだろう。
「ええと、何故出たいと……」
「何故?美しき花園に余という貴き華を添えるのは当然のことであろう?」
何が当然なんだとプロデューサーは思う。
ライブに限らず、どんなイベントも綿密な計画作りや上層部や出演者との事前の打ち合わせが欠かせない。
特に出演者は何週間も前から歌やダンスのレッスンに打ち込まなければならないのだ。
長い時間をかけた積み重ねの練習、そして他の出演者との結束や連携によって初めて『アイドル』は舞台の上で輝く。
誰もが何気なく見ているライブを作り出すのは数多くのスタッフの努力であり、ステージに立つ少女達の努力でもあるのだ。
本番前日に飛び入り参加を相談されて「はい出しますよ」と気軽に出演させられるような仕事ではないのだ。
そう思っていた矢先の、『二人目』の飛び入り参加希望者だ。
本当に、何がどうなっているのか。
プロデューサーは心底そう思う。
「急にそう言われましてもね……」
責任者であるプロデューサーが渋い顔をするのも当然だった。
美波の言っていた人物に関しても『上に相談してみる』と言っておいたものの、十中八九無理だろうと考えていた。
ただの素人による飛び入り参加を認めてしまえば現場の混乱は免れないだろう。
そもそも、ファン達は熱狂的に支持するアイドル達を見にライブへと来るのだ。
どこの誰とも解らない民間人を見に来ているのではない。
故に目の前の少女の参加に関しても、見込みは極めて薄いものだと思った。
彼女の容姿が優れていることは認めるが、それとこれとは話が別だ。
というか、近くでよく見たら―――――――女性ですらないような気がする。
顔つきは確かに綺麗だし、髪も女性的なのだが、女性にしては身長が高い。
腕や肩も細いことには細いのだが、どことなく男性的な線をしている。
もしかして、女装した身で少女達のライブに参加しようと言うのか。
かつてそんなアイドルがいたという噂も聞いたが、今は関係ない。
本番前日に参加の要求、ズブの素人、しかも男かもしれない人物。
こんな無茶な条件による提案を受け入れるつもりはない。
プロデューサーは青年の傍に立つ者達へちらりと視線を向ける。
青年の付き添いらしい高校生くらいの少女と、事務所に所属するアイドルの二人が視界に入る。
「プロデューサー、キャスターおねーさんはすげーんですよ!
おねーさんはおとこの人達の前で『つやめかしく、みだらに』踊ったんでごぜーますよね!」
「フフフ、然り!」
「仁奈ちゃん、あの、そういうこと言わない。こいつの話まじめに聞いたら駄目だから」
「あれは余が十七の頃、宮廷の美男を……おふぅっ!?」
「だから!教育に悪いから静かにしてろ変態!」
新田美波と同じく442プロのアイドル、市原仁奈は目を輝かせながらプロデューサーに語る。
まだ小学生という幼い年頃のアイドルだ。その傍らには霊体化したライダーがキャスターの監視役を兼ねて佇んでいる。
淫惑の世界を知る筈もない彼女が、あろうことかキャスターに懐いてしまっている。
彼の持つ魅了の能力がそれを可能とし、こうしてキャスターのライブ参加を推薦してしまうほど虜にされていた。
キャスターの後方に立つマスター・南城優子はいつものように彼の脇腹を裏拳でどつき、淫らな体験談を止めさせる。
殴られているキャスターの表情はどこか気持ち良さげだったのは触れるまでもない。
「ふー……で、どうなのだ?余は「ライブに出せ」と言っているのだが?」
再びグイっとプロデューサーに近付いてきた。
強引な参加要求に加え、何やら問題発言まで行おうとしていたらしい青年をプロデューサーは怪訝に見つめる。
出来ることならば丁重に断りたい。
上に相談することも無く自分の判断で追い出そうか、とさえ考えていた。
どうやら仁奈は彼に懐いているらしく、断るに断りづらいとは想っていたが。
先程からの態度を見る限り、むしろさっさと断るべき人物である気がしてきた。
そう考えたプロデューサーは、青年の参加をきっぱりと切り捨てようとした。
そうすべきだと考えた。
だが。
「――――――――――なあ?」
プロデューサーの口から、言葉が出なかった。
唇が震え、先程まで考えていたことを口に出せなかった。
何故、どうして。
そう考えるプロデューサーの視線は、気が付けば青年に釘付けになっていた。
否、視線だけではない。
脳が青年のことを考え、心が青年のことを想い、神経が青年を求めている。
全身のありとあらゆる感覚が、目の前の彼に向いている。
心臓が高鳴る。鼓動が速くなる。
目の前の青年に恋をしているかのような感情が駆け巡る。
まるで『魅了』でもされたかのように、プロデューサーの緊張が高まる。
彼は知る由も無い。
青年の美貌によって『魅了』されていることを。
目の前の青年の麗しき容姿によって、誘惑されていることを。
それがサーヴァントであるキャスターの能力。
老若男女を問わずに視線を集め、魅惑する『美』のスキル。
聖杯戦争の参加者ですらない彼に、それを理解する余地はない。
「た、確かにスケジュールにある程度の余裕はありますが……その、貴方は当プロダクションのアイドルではありませんので……」
「余を誰と心得ている」
まあ今の貴様らには解らんか、とキャスターは苦笑しながらごちる。
宝石にも似たキャスターの瞳がプロデューサーを捉える。
彼の心を鷲掴みするかのように――――――じっと『視る』。
頬を紅潮させて緊張するプロデューサーは、その場から動けない。
青年の美貌から、麗しさから、目を離すことが出来ない。
「余を、ライブとやらに出せ」
呪文のような一言が、囁かれる。
再び、プロデューサーが心を掴まれる。
いいから帰れ。君が介入する余地なんて無い。
そう言うべきである筈なのに、プロデューサーの口はぱくぱくと動くのみだ。
そんな有様を見て、キャスターはニヤッと妖艶な笑みを浮かべる。
「いいな?」
「は……はい。喜んでお引き受け致します」
上擦った声の返答に、キャスターは満足げに微笑する。
最後の一押しは、皇帝特権よって一時的に得た魔術スキルによる『暗示』。
彼の象徴とも言える紅顔の美少年スキルでの魅了によって徐々に骨抜きにし、暗示で一気に攻め落とす。
こうしてキャスターは、とうとうライブ参加の許可を取り付けた。
ローマで堕落と淫乱の限りを尽くした皇帝が、清く可憐なアイドルのライブへと乱入することが決定したのだ。
◇◇◇
◇◇◇
「はぁ……」
「優子おねーさん、どうしたでごぜーますか?」
「いや、なんでもないわよ……」
キャスターの後方で優子が小さく溜め息を吐く。
小さな女の子に心配されるほどくたびれた顔をしていることを彼女自身情けなく思ってしまう。
442プロに来た時点で、こうなることはほぼ解っていた。
というより、こうなって当然だったと言うべきだろう。
キャスターには『こういう手段』を実行できる力があるのだから。
霊体化して姿の見えないライダーが何を思っているのかは解らないが、こんな馬鹿に付き合わされる羽目になる彼には同情する。
元を辿ればライダーの良心にかこつけて同盟を結んだのは自分であるため、優子は少々申し訳ない気持ちにもなるが。
ライダーへの軽い同情を覚えつつ、内心では彼が今後のキャスターを抑えてくれることを祈る。
令呪という切り札を使わずにキャスターを抑え込むには、他のサーヴァントの助力に頼る他無いのだから。
ともかく、これで本当にキャスターがライブに参加することが確定した。
改めて考えるだけで頭が痛くなる。
『枕営業』とか変な真似をやらかさずに済んだだけよかったのかもしれないが――――などと優子が考えていた矢先。
「それで、貴方のお名前は……」
「ヘリオガバルス」
―――――は?
優子はぽかんと口を開く。
キャスターはプロデューサーに名前を問われた。
それは解る。確かに聞いていた。
名前が解らなければ話が進まないということも解る。
だが、キャスターはそれに何と答えた。
古今東西の英雄で、その名の露呈が弱点の発覚に繋がるらしいサーヴァントが何を言った。
「余のことはヘリオガバルスと呼べ」
堂々と名乗るキャスターに、優子は唖然とした。
ヘリオガバルス。太陽神エル・ガバルの司祭であったことを由来とする異名。
それを晒すことは、ほぼ真名を晒すことに等しい。
優子はキャスターの詳しい素性は知らないが、彼の真名と異名は聞いている。
故に彼女は、驚愕せざるを得なかった。
「偽名くらい使ってくれるだろう」「流石に本名をばらすほどボンクラではないだろう」という甘い見通しが裏目に出た。
自らのアキレス腱に等しい呼び名を堂々と明かした自らのサーヴァントへの動揺を優子は隠せなかった。
「ちょっ、あんた、それ―――!」
「何か不満か?」
「当たり前でしょう!」
「ああ、マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥスの方が良かったか?」
「違う!なんでバラしてんのよ!?さっきまで、ほら、ライダーとかには別に名乗ってなかったじゃない!」
「うん?先程は別に名乗る必要がなかったのでな。だが、舞台に立つと決まればそうは言ってられぬだろう?
観衆の前に立つ美しき新参者の名を明かす必要があるのだからな」
憤る優子にキャスターは何処吹く風と言った様子で答える。
反省の色はまるで無いし、悪気も全く見えない。
自分がヘリオガバルスと名乗ることが当然であると言わんばかりにふてぶてしい態度を貫く。
そんな彼の有様に優子が憤慨しない筈がない。
ただでさえ此処まで振り回され続けたのだから、キャスターに対する苛立ちは相当のものだ。
優子はキャスターの肩を掴み、声を荒らげる。
しかし。
「ふざけんな馬鹿!ただでさえ弱いのに、名前までバレたら……!」
「言っておくが」
酷く冷たく、威圧的な声が、優子の言葉を遮った。
同時に肩を掴んでいた優子の手が煩わしげに振り払われる。
振り返ったキャスターの表情は苛立たしげで、冷ややかであり。
あの時の『悪寒』が、再び優子の背筋に走る。
「余は皇帝だ」
尊大に、傲慢にキャスターは言い放つ。
その口元は歪み、不敵で傲岸な笑みが浮かび上がる。
「観衆の前でこそこそ名を隠す支配者が此の世の何処にいる?
此処に居るのはヘリオガバルス―――太陽神エル・ガバルの司祭にして美しき皇帝。
それを諸人に示さずしてどうする」
唖然とする優子を尻目に、キャスターの言葉は続く。
太陽神エル・ガバルの司祭にして極端な宗教政策を執った皇帝。
若くしてローマの頂点に立ち、四年余り淫靡の限りを尽くした暴君。
それがキャスター。それがヘリオガバルスだ。
己が暗愚の君主として名を残していること自体は、彼自身知っている。
ローマ史上最悪の皇帝―――そんな二つ名も座の知識によって把握している。
だが、『それが何だというのだ』。
正体の露呈を恐れる者が、こんな戯れに走るものか。
外聞に怯える者が、四年に渡って皇帝の権威を傷つけるものか。
キャスターは、己の所業を恥とも思わない。
ヘリオガバルスという名を汚点であるとも考えていない。
彼は己の名と所業への評価に関心など抱いていなかった。
『己の神を信奉し』『自由奔放に生きた』。
彼にとって、皇帝として生きた四年間はただそれだけのことだ。
自制心や道徳心、それに暗黙の規範など、己の享楽と信仰に比べれば取るに足らぬもの。
敬意を払うべきは太陽神エル・ガバル。
最後まで己の権力を支えてくれた母ソエミアスも、まあ敬意を払わんでもない。
だが、それ以外はどうだって構わない。
己が望むのなら、己は何だってやる。
故に名を明かすことにも躊躇わないし、ヘリオガバルスという皇帝の名を晒すことも恥とは思わない。
キャスターは、本気でそう考えていた。
プロデューサーも、仁奈も、頑然のキャスターの異常性に関心を持たない。
寧ろ、その美しさに目を奪われ―――見惚れたままだ。
優子は僅かに震える身体を抑え、きっと睨むような強張った表情で彼を見据える。
「明日、観衆は思い知ることになる。
崇高なる余の有り様を。ヘリオガバルスという麗しき君主の名を!」
キャスターは――――ヘリオガバルスは、心底愉しみにしていた。
訪れる宴の時を、明日に控える享楽の舞台を。
己の意思を示し、満足げな笑みを浮かべたキャスターは優子の肩にぽんと手を置く。
びくりと僅かに身構えそうになった優子だったが、そのままゆっくりと近づけられるキャスターの顔に寒気を覚える。
そして、化粧を施されたキャスターの艶めかしい唇が。
彼女の耳元へと近寄り。
ぽつりと、囁いた。
「命拾いしたな、女。お前がマスターでなければ、余はその首を飛ばしていた」
◇◇◇
◇◇◇
「ニッタミナミだな?」
突然話し掛けられた美波は、はっとした様子で声の方へと顔を向ける。
たった今、飛び入り参加を承諾させた新人アイドル―――ヘリオガバルスが、麗しい笑みを口元に浮かべていた。
「えっ?はい、そうですけど……」
「やはりそうか。お前もライブに出演するのだったな。
明日は宜しく頼むぞ、お前は中々に美しい。ま、余ほどではないがな」
ふっ、と微笑と共に紡がれた彼の言葉に、胸が微かに高鳴った。
金色の髪が靡き、甘い香りが美波の感覚を刺激する。
きょとんとした表情が、僅かに紅潮し。
気が付けば、部屋から去っていくヘリオガバルスの姿を目で追っていた。
複雑な表情を浮かべる優子、目を輝かせる仁奈も彼に着いていっている。
――――仁奈ちゃん達は、あんなキレイな人と一緒にいられる。
――――少し、羨ましいな。
彼に着いていく後ろ姿を見て、そんなことを思ってしまった。
惚けた表情で、美波は彼らを見送っていた。
ぼんやりとしたまま右手を動かし、胸に当てようとした―――瞬間。
《ミナミ、大丈夫ですか!?》
《えっ!?あ、ええ、はい!大丈夫よ……!》
セイバーからの念話が、美波の頭に響いた。
現実に引き戻された美波の心の昂りは、途端に落ち着き出した。
あんな胸の高鳴りを、他の誰かに抱くなんて――――いつぶりだったのか。
何故だろう。どうして彼女には惹かれたのだろう。
美しい容姿を持つセイバーにも、心を惹かれなかったのに。
少しだけ覚える違和感と奇妙な悔しさを隠しつつ、美波は念話を送る。
《……セイバー、あれって》
《ええ。どう見ても、サーヴァント……ですね》
取り留めの無い様子のセイバーの返答が美波の頭に響く。
あの『ヘリオガバルス』と名乗った少女は、間違いなくサーヴァントだった。
魔力の気配――――というものは、美波にはよく解らなかったが。
少なくとも、彼を視認することでステータスを見ることが出来たのだ。
何故堂々とライブに参加しようなどと思ったのか。
何か目論みがあるのだろうか。
そう思って少しばかり警戒を抱きつつ、美波はセイバーの念話の言葉を聞く。
《……ミナミが直接頼み込んでも苦い反応だった御仁が、彼女の前ではあっさりと崩されましたね。
何らかの術……それも魅了や暗示の類いを備えている可能性が高いでしょう。そちらからの干渉は避けるべきかと》
魅了。
誰かを誘惑し、虜にする才能。
『強い魂を魅了する導く魂』―――――なんてことを、セイバーに言われたのを美波は思い出す。
仕草に魅了され、その美しさの虜になるとは、ああいった気持ちなのだろうか。
『彼』に抱いた想いとはまた異なる感情の残痕に、美波は少しばかりの戸惑いを覚える。
確かに、彼女を見ていた時の自分は惚けていた。
そして、彼女に見られていたプロデューサーもまた骨抜きにされていた。
あれが暗示と魅了の力なのだろうと美波は理解する。
恐らくはスキルか宝具――――美波はまだ『ステータスを視る』という感覚に慣れていない為、魅了がどういったスキルあるいは宝具なのかを確認することまでは出来なかったが。
サーヴァントとは戦闘者のみならず、アサシンやキャスターといった技巧者も存在するとは聞いている。
ああいったことが出来る手合いも居るのだろう。
美波はセイバーの呼びかけの御陰で正気に戻ることが出来たと安心する。
美波の持つ、『他人を魅了し、魂を惹かせる』というある種ヘリオガバルスに性質を持つ強い魂。
そして既に備えている他人への強い恋慕――――――それも聖杯戦争に引き寄せられるきっかけになるほどの想い。
その二つが魅了の魔術の効果を少しでも抑えていたことを、美波は知る由も無い。
《そういえば、仁奈ちゃん……》
《どうしました?》
《市原仁奈ちゃん……あの子、442プロダクションのアイドルなの。
どうして、サーヴァントと一緒に居たのかしら……》
そうぼやいてから、美波の頭にある可能性が思い浮かぶのにさほど時間はかからなかった。
あのサーヴァントは魅了の力を持っている可能性が高い。
そして、仁奈は何故彼女に付いていっているのか。
何故彼女と行動を共にしているのか。
一つの答えが心中に浮かび上がった時―――――美波の胸の内に不安が込み上げる。
《……可能性は、高いでしょうね》
美波の心中の懸念を汲むように、セイバーは呟いた。
やはり、彼女も思っていたらしい。
仁奈はあのサーヴァントに魅了されているのではないか。
それによって友好的な関係を構築させられているのではないか、と。
マスターは恐らく、ヘリオガバルスと行動を共にしていた茶色のソバージュの髪を持つ少女の方だ。
振る舞い、言動、上下関係――――それらを鑑みるに、やはりあの少女がマスターである可能性が高い。
彼女がヘリオガバルスに憤っていたのを見るに、どうやらライブ参加は彼女にとっても不本意であったらしいが。
ともかく、仁奈を抑えられているのは危険と言わざるを得ない。
無力な人間を手元に置いている、ということは『その気になれば人質として使える』ことを意味するのだから。
例えマスターの方にその気が無くとも―――――あのヘリオガバルスというサーヴァントが、何をするか解らない。
直後にセイバーが「マスターはあのサーヴァントを制御出来ていない可能性も高いでしょう」と念話で告げてきた。
美波はその言葉に納得する。
彼女はヘリオガバルスの物言いに対し不本意な態度を示していたのに、結局は意思を押し通されていたのだから。
アーチャーはまだ制御出来る、近代の英雄である彼女は然程強力な存在ではない。
不敵で厄介な手練だが、話はそれなりに通じる―――とはセイバーの談。
しかし、マスターですら制御出来ていないヘリオガバルスはどうか。
《……セイバー、アーチャーにも連絡しておきましょう。
あのサーヴァントについて言っておきたいから。それと……》
美波はそう告げ、セイバーからの情報で携帯に登録した『アーチャーのマスターの連絡先』を見つめつつ考える。
何を企んでいるのかも解らないあのサーヴァントがライブに食い込めば、どうなるのか。
仁奈のみならず、他のアイドル、ファンも危険に晒されるのではないか。
懸念は次々と込み上げてくる。
故に美波は、セイバーに言う。
《もし、あのサーヴァントが何か企んでいたら。その時はセイバー、貴女の力を借りるわ》
《言われずとも。私は、ミナミの剣として此処に居ますから》
この世界が嘘偽りだとして。
共に切磋琢磨するアイドルや応援してくれるファン達が、例え『本物』でなかったとしても。
それでも彼女達は仲間であり、彼らは大切な人達だ。
関係ない、彼らはきっと偽物だ――――そう断言して彼女らを切り捨てられる程、冷酷にはなれなかった。
新田美波は恋をしていた少女であると同時に、希望を背負って輝くアイドルなのだから。
決意を固めた美波は、ボイスレッスンをすべくレッスンルームの一つへと赴こうとする。
しかし、唐突にセイバーが呼びかけてきた。
《――――――ミナミ》
その声は、緊迫しており。
何が起こっているのかは美波には解らないが、彼女を焦らせる機会が訪れていることは理解出来た。
《危機が迫ったら、迷わず令呪を使って下さい。……私は、少々出掛けます。
この建物へと真っ直ぐに向かってくる『魔力の気配』が感じられました》
◆◆◆◆
◆◆◆◆
「―――――もしもし、プロデューサー!?」
「その……ごめんなさい!ちょっと寝坊というか、色々あって……」
「本当にごめん、すぐ事務所向かうから……それより!」
「皆は大丈夫か!?誰もその、危ない目に遭ってないか!?」
「幸子達が!?あいつらどうしたんだ!?大丈夫なのかよ!!」
「そ、そうか……!無事なら、良かった……」
「……え?」
「ちょっと待って、それどういうこと……」
「え、嘘だろ、加蓮が、またって……!」
「そんな筈ない!加蓮は治った筈だろ!?何の異常もないって言われて退院しただろ!?」
「また『発症する』なんて、ある筈が……!!」
「あ……その、ごめん、取り乱した……」
「…………なあ、プロデューサー」
「加蓮、今どこだ!?」
「ありがとう、そしてごめん!ちょっと先に加蓮とこ行く!!」
「あと、それと!!」
「―――――『人喰い』に気をつけろって皆に伝えといて!ライブもダメだ!!あいつらがアイドルを狙ってるんだ!!」
◆◆◆◆
◆◆◆◆
今や獣は大きく吼える。
聖夜を待つ辺境の大地で。
枷は壊れるであろう。
獣は奔るだろう。
彼らは見るだろう。
偶像の黄昏(ラグナロク)を。
乙女達の惨い運命を―――――――。
◆◆◆◆
臭いがする。
肉の臭い。
獲物の臭い。
女子供の臭いだ。
赤黒い風が荒々しく、奔放に宙を駆け抜ける。
赤黒の髪を靡かせる一匹の獣が、ビルの屋上から屋上へと跳び回っている。
獲物を求めて駆け回る『人食いの獣』が空を跳んでいるのだ。
サーヴァントの筋力と敏捷性を駆使して跳躍する彼女の姿は、常人には捉えることも出来ない。
故に街を往く人々は、赤黒き獣の存在に気付くことは無い。
平穏のすぐ側に存在する異形の者を知る由も無く、日常を過ごし続ける。
バーサーカーのサーヴァント――――ジェヴォーダンの獣。
人間の業が生み出した望まれぬ生命にして、数多くの人間を喰らい殺した魔獣。
その在り方はこの場でも変わることは無い。
反英雄として召還された彼女は、相も変わらず血肉のみを求める。
もっと。
もっと、欲しい。
もっと、喰らわねば。
『そうしなければならない』。
『殺さなければならない』。
獲物は何処だ。
肉は何処だ。
餌は何処だ。
何処だ。
何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ。
ただただ、求め続ける。
彼女の脳を埋め尽くすのは、貪欲なまでの意志。
彼女の鼻を瑞々しい香りが刺激し続けている。
本能で駆け回る彼女は、誘蛾灯に引き寄せられる虫のように『臭い』の宛へと向かう。
飢えた眼差しで世界を見下ろす獣の口は赤く汚れ、牙は紅に塗れている。
明け方の戦闘の後、既に彼女は幾人かの人間を喰らっていた。
全て、若く可憐な女子だった。
アイドルを殺せ。
それが主である『もう一人の人食い』によって彼女に下された令呪。
アイドルとは、何だ。
『彼』が憎み、殺すことを望むアイドルとは何だ。
獣としての本能で思考した。
彼女の価値観で解釈した。
その結果、辿り着いた答え。
少女だ。
あの時、自分と打ち合った『剣士』と共にいた少女。
『彼』が殺さんとし、途中で打ち止めにした少女。
あれと同じニオイを発する者が『アイドル』だ。
つまり、若く瑞々しい女子を喰らえば良い。
その中でも、あの少女により近い臭いを発する者がいれば――――――――それを優先的に狙えば良い。
ジェヴォーダンの獣は、本能で解釈した。
それから彼女は、少女を獲物として狙い続けている。
臭いが、次第に近付いている。
濃い。
どんどん濃くなっている。
先程の獲物よりも濃密で、そしてより近い。
『あの少女』に似た香りが、獣の鼻を刺激する。
彼女は本能的に察知する。
あいつらがいる。
『アイドル』がいる。
近くにいる。
この先にいる。
潰す。
抉る。
嬲る。
殺す。
食う。
食って食って、食い尽くす。
それが彼女の本能。
そして―――――――彼の望み。
だが。
彼女は、足を止めることになる。
臭いとは異なる『複数の気配』を感じ取ったからだ。
そのうちの一つが、すぐ側にまで接近している。
否―――――既に前方に『立ちはだかっている』。
とある高層ビルの屋上に着地した獣は、十数メートル離れた位置に立つ敵の姿を見据える。
喉の奥から、獅子の如き唸り声を上げる。
眼前の影を威嚇しつつ、牙を剥き出しにする。
対する『敵』は、無言で獣を見据える。
野生に塗れた表情を浮かべる獣とは裏腹に。
目の前の存在は、落ち着き払った佇まいで視線を送っていた。
「……『獣』ですか」
獣の正面に立ち塞がる『敵』。
それは、黒煌の戦乙女だった。
焔で編み込まれた鎧を身に纏い、黒い髪を風に揺らす麗人。
貧相で野性的な装いの獣とは対照的な整った出で立ちだ。
戦乙女は奇怪な棒状の武器を握り締め、十数メートル程離れた位置に立つ『獣』を見据えている。
「私のマスターは、『今はまだ』貴方を積極的に刈り取ろうとは考えていません」
戦乙女が、語りかけるように呟く。
首を傾げるような動作をしつつ、獣は乙女を見据える。
その姿は、凛としており。
されど、何処か虚無的な――――――歪なようにも見え。
美しさと虚しさを身に纏った戦乙女は、淡々と言葉を続ける。
「されど、彼女の在るべき場所を踏み躙ろうと言うのならば。
私とて、容赦をするつもりもありません」
戦乙女の言葉に、敵意が滲む。
獣が僅かに身構える。
『それ』を本能で感じ取ったからか。
「それでも全てを喰らわんとするならば、来なさい」
空気が、揺らいだ。
戦乙女の心に火が灯った。
それは情熱ではなく。
黒く、禍々しい熱であり。
びくりと、獣の背筋が微かに震えた。
恐怖か。自分はアレに一瞬でも怯えたのか。
獣はそれを知覚する。
未知の畏れに、彼女は戸惑いを覚える。
そして、戦乙女が――――――再び口を開いた。
「貴様が相対するのは、天地を灰燼に帰す焔だ」
―――――戦乙女の肉体から、焔が溢れた。
獣の本能が感じ取った。
あれはヒトか。
否、違う。
炎だ。
おぞましい業火だ。
黒い、黒い、死の滾り。
歪に燃える『黒き者』。
そして。
乙女は。
黒い焔を滾らせながら、嗤っていた。
獣の内に込み上げた危機感と、恐怖。
『アイドルを殺せ』と言う令呪の効力。
それらが獣を動かした。
此処で奴と戦うべきではないと、判断させた。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
「1・2・3・4!5・6・7・8!」
振り付けのリズムを示す女性トレーナーの通った声。
キュッ、トン、とシューズの底が床へ小刻みに打ち付けられる音。
レッスンルームに響くのは『新人アイドル』の研鑽の音色だ。
本日付でアイドルとなった彼女はレッスンの真っ最中であった。
彼女の励む様子を、プロデューサーが見守る。
「1・2・3・4!5・6・7・8!」
女性トレーナーの振り付けに合わせ、『新人アイドル』がそれに追従して踊る。
アイドルとして正式に採用されてから半日も経っていない。
にも関わらず、彼女はプロさながらの動きでダンスをこなしていた。
揺れる金色の髪から覗く表情は、まだまだ余裕に満ちている。
それどころか、不敵に笑ってさえいる。
「はい、ここでステップ!そしてターン!」
軽やかなステップ。
そしてフィニッシュ、くるりと身体を回転。
そのまま――――決めポーズ。
踊りきってみせた新人アイドルの『皇帝』は、艶めかしいしたり顔を浮かべた。
皇帝アイドル、ヘリオガバルス。
卑しい夢に向かって努力の真っ最中である。
逸材。そんな言葉がトレーナーの脳裏をよぎる。
ダンスレッスンを終え、レッスンルームの外のベンチに腰掛けるヘリオガバルスに「おつかれさま」と声を掛ける。
初めて目にした時からその美貌に心を奪われた。
それだけでも衝撃的だったのに、これほどの短時間で曲の振り付けをマスターしてしまうとは。
いったい彼女は何者なのだろうか。
トレーナーはそんなことを思いつつ、ヘリオガバルスを労う。
「凄いですね、ヘリオガバルスさん。まさかこの短時間で振り付けを殆ど覚えてしまうとは……」
「ふふ、かつてを男達の目を楽しませる為に芝居や舞に興じたこともあったのでな!この程度は造作もない!
時には芸の最中に衣服を脱ぎ捨て裸身を晒し、男達の淫らな情欲を一身に受けたことも……あふゥッ!?」
嬌声にも似た苦悶の声を上げた。
ヘリオガバルスの隣で不満げに座り込んでいた優子が、その脇腹に肘鉄を叩き込んでいたのである。
「いい加減にしろ馬鹿!そんなこといちいち言わなくていいから!」
「舞踊を終え、艶めかしき肉体に汗が滴る余を蹂躙するか?フフフ、それも良かろう!
なら存分に楽しませて……んほぉっ!いいッ!!」
「もう黙ってなさいアンタは!!」
「キャスターおねーさんと優子おねーさんは仲良しでごぜーますね!」
「違うから!!」
優子がど突き、ヘリオガバルスが悦び、仁奈が無垢な反応を返す。
さながら度の過ぎた漫才のような掛け合い。
三人の美少女の異様なやり取りに困惑するトレーナーを尻目に、ヘリオガバルスは恍惚とした表情を浮かべていた。
「あの、そういえば南城さんはいいんですか?折角ヘリオガバルスさんも出るんですから、貴女もご一緒に出演とか……」
「あー、いや、別にいいかなって感じですね……」
トレーナーさんからのお誘いをやんわりと断る。
優子も女子だ。ああいう煌びやかな舞台に憧れていた時期も無くはなかった。
そんじょそこらのアイドルにも負けない容姿を持っていることも彼女自身、自負している。
だが、少なくともヘリオガバルスと一緒にステージに立ちたいとは思わない。
ヘリオガバルスと切磋琢磨してレッスンするのはもっと嫌だった。
そういう訳で、結局優子の立場は『キャスターの付き添い』以外の何でもなくなっている。
とうのヘリオガバルスはトレーナーやスタッフに『ユウコは余の友人である』と心にも無いであろう紹介を気さくにやってのける。
それ優子に取って不愉快で仕方が無かったのだが、口には出さず。
代わりに、心底疲れ果てた様子で溜め息を一つ吐いた。
◇◇◇
◇◇◇
たのしみだなー、と心から思っていた。
仁奈は、明日のライブが楽しみだった。
楽しみだったライブに綺麗なキャスターおねーさんが加わり、もっと賑やかになる。
きっと、もっともっと楽しくなる。
明日のステージはもっとキラキラ輝く。
そう思うと、ニコニコが止まらなかった。
聖杯戦争。
与えられた偽りの日常。
人食いと、道化師。
仁奈は、本来マスターなら意識すべき事柄を殆ど認識していない。
彼女にとってライダーは友達であり、従者などとは思っていない。
優子達を敵だとも思っていない。
他の主従が命を懸けてこの戦いに臨んでいることも理解しておらず。
ましてや、自分がその土俵に立っていることなど――――――知る由も無い。
だから、楽しかった。
キャスターおねーさんと一緒にいられる今が、嬉しかった。
キレイで、かっこよくて、セクシーで、やさしくて。
そんなキャスターが仁奈は大好きだった。
優子おねーさんに叩かれてるのはかわいそうだけど、少し微笑ましかった。
不思議とふたりは仲良しに見えたから。
きっと、みくおねーさんと李衣菜おねーさんと一緒だ。
仲良しだからこそ、いつもああいう風に『かいさん芸』みたいなことが出来てしまう。
だから仁奈は、ニコニコと見守ってしまう。
たのしみだなー。
仁奈は、明日の平穏を決して疑わない。
当然のように明日はライブに参加して。
そして、努力の成果をめいっぱい出せるのだと、信じて疑わなかった。
だからこそ、もしもの事態なんて考えていない。
「……奈緒の言った通りになりそうだな……」
自販機の傍の壁で、携帯を片手にプロデューサーが何かぼやいていた。
困ったような、やっぱりと思っているような。
そんな複雑な顔を浮かべて、腕を組んでいた。
そのままプロデューサーは、廊下を歩いていく。
「おいプロデューサー、何処へ行く?」
「加蓮の病状の再発と、今朝の幸子達の生放送中の事件を受けて……緊急の会議だよ」
キャスターの呼び止めに、プロデューサーが答えた。
仁奈はぽかんとした表情を浮かべる。
――――――加蓮おねーさんの、びょーじょーさいはつ?
――――――生放送中のじけん?
――――――きんきゅー、かいぎ?
たまに一緒にレッスンしてくれた優しい加蓮おねーさんの『びょーじょー』がさいはつして。
幸子おねーさんや小梅おねーさん、輝子おねーさんの生放送中に、何かあって。
そして、きんきゅうのかいぎが開かれる。
仁奈の中で不安が急激に込み上げた。
何か嫌なことが起こりそうな気がした。
悲しいことが、つらいことがありそうな気がした。
そう思った途端、彼女の表情は途端に不安げなものへと変わり始める。
そして、彼女の中の懸念は。
すぐに、実を結ぶことになる。
「多分、ライブは中止になるだろう。申し訳ない――――」
「え?」
プロデューサーの一言に、唖然とした。
中止。中止?ライブを?
仁奈の頭の中は真っ白になった。
明日は、何事も無く楽しいライブが出来ると思っていた。
キャスターおねーさんも加えて、皆でせいいっぱい頑張って。
そして、ファンのみんなからカワイイ、カワイイって褒められて。
すっごく幸せな気持ちになると思っていた。
だから仁奈は、とても悲しくなった。
プロデューサーの言葉に、泣きそうな顔になり―――――――
「―――――何だと!?おい、どういうことだ!余の舞台だぞ!!」
そんな中、ただ一人だけ激怒する者がいた。
キャスターが、見たことも無い顔で取り乱していた。
ちょっと待って、と優子が彼を止めようとした。
だが、彼は彼女の手を容赦なく振り払い。
肩を怒らせながら、怒声を上げた。
「おいプロデューサー、案内しろ!会議の場へ!!」
その時のキャスターは、烈火の如く怒り狂っているのに。
何故だか、仁奈の目には――――――いつもよりキレイに、キラキラと輝いている風に見えた。
彼が己の『魅了スキル』を全力で発揮していることは、知る由も無い。
両目に溜めていた涙を拭い、仁奈は再び笑顔を取り戻した。
◇◇◇
◇◇◇
《おねーさん、みんなでライブ出来るようにえらい人達の所にいったでごぜーますね?》
《……そうみたいだね。きっと彼女が話を付けてくれる筈さ》
霊体化した状態のライダー――――オシーンは、複雑な心境だった。
プロデューサーの言葉に涙ぐんでいた仁奈の表情に、明るさが戻っていた。
それは紛れもなく、キャスターのおかげだった。
あのヘリオガバルスと名乗る危険なサーヴァントが、結果的に仁奈の涙を拭ったのだ。
《うれしいなー……おねーさんはやっぱりすげーです》
仁奈の顔に張り付く笑顔と、憧れ。
あのキャスターに思慕を抱いているのは、端から見ても明らかだった。
しかし、それも『魅了』の力によるものだ。
スキルによって偽りの感情でしかない―――――と断言出来る程、ライダーは冷淡にはなれなかった。
仁奈の笑顔を守る為に、自分は戦う。
そう誓ったのだ。
自分と同じ、悲しみを味合わせてはならない。
彼女の騎士として振る舞い、彼女を必ずや父君と再会させる。
ライダーはそう決意している。
その過程で彼女に涙を流させることは、しない。
乙女の笑顔を、護り続けなくてはならない。
故に――――――ライダーは、キャスターを止められない。
ライブを護ることは、仁奈の笑顔を護ることに繋がる。
ライブを護れなければ、仁奈に先程のような悲しい表情をさせてしまう。
例えキャスターが己の快楽を目的にライブを利用しようとしていたとしても。
ライダーには、彼を止められない。止めることを躊躇ってしまう。
だからこそ、ライダーはキャスターを見過ごした。
『仁奈の為にライブを続行させる』という形で、彼を利用したのだ。
《ライブ、楽しみでごぜーますね、ライダー!》
仁奈は、何も知らず。
無垢な表情でそんなことを言う。
―――――だが、それでいい。
苦難を背負うのは、自分だけで構わない。
悲しみを背負うのは、自分だけで良い。
幼き淑女に涙は似合わない。
《ああ、私も楽しみさ!何せレディ・ニナの晴れ舞台なのだからね!》
だからこそ、ライダーも気丈に応える。
仁奈を不安にさせない為にも、辛い思いをさせない為にも。
ライダーは、『フィオナ騎士団の英雄オシーン』で無くてはならないのだ。
懸念はある。
人食いの主従、道化師の主従。
プロデューサーが言っていたカレンという人物の病状再発、生放送中の事件。
あの油断ならぬキャスターの存在。
そして――――――たった今感じ取っている、魔力の気配二つ。
それが新田美波のセイバー、人食いのバーサーカーのものであることを知る由は無く。
魔力の気配のうち一つは、直後に気配が途切れた。
消滅による脱落にしては、戦闘での激しい魔力の放出が感じられない。
恐らく逃走したか。
どちらにせよ、この近辺にサーヴァントが潜んでいることは確実だった。
もしかすると、仁奈のようにプロダクション内にマスターが潜んでいるのかもしれない。
だとすればますます気を引き締めなければならない。
仁奈に迫る危機を払う為にも、自分が戦わねばならない。
例え味方が居らずとも、たった一人で戦うことになるとしても。
それでもライダーは、構わない。
護るべき者を守る為に戦う時――――――乙女の為に戦う時、騎士は何よりも強くなるのだから。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
Hróðvitnir
やがて『悪名高き狼』となるかもしれない魔獣か。
あるいは、ただの凶暴な犬畜生か。
どちらにせよ、災いを齎すことには変わりないだろう。
ビルの屋上に立つセイバーは、たった今逃げられたバーサーカーのことを思い返す。
スルト/スキールニール。
彼女は人理が世界を覆う前―――――神代の世界に生きた英霊であり、世界を破滅へと導く巨人である。
つまり、人類史が始まるより以前の神秘に覆われた時代に存在した神話の英霊。
神を殺し、世界樹(ユグドラシル)によって形成された世界を劫火で焼き付くし、神話の時代を終結させた終焉の使徒。
その格は、並の英霊の比では無い。
数多の人間を喰らった死の獣でさえも、彼女の前では身を竦める。
(……ミナミ)
主の顔を、脳裏に過らせる。
あの人食いに加え、ヘリオガバルスと名乗るキャスター。
紅き稲妻を操るあの甲冑のバーサーカーとの決着も未だ着いては居らず。
美波の身に迫る危機は、着実に増えている。
状況がますます混沌としてきた。
癪だが、あの大胆不敵なアーチャー―――ベル・スタアと連携を取り続ける必要は着実に増している。
彼女は食えない厄介者ではあるが、実力は確かだ。
自らの弱さを理解した上で強かに立ち回ることが出来る、ある種の強者だ。
奴は恐らく、自分との実力差も理解しているだろう。
ライブ参加の取り付けも、後ろから刺されないようにする為の保険の可能性が高い。
戦力を必要とする序盤では、少なくとも裏切りはしないだろう。
(あの獣のバーサーカーも、無視出来ない存在になってきていますね)
同時に、獣のバーサーカーがプロダクションの近辺を彷徨っていたことも懸念だ。
今回は戦わずして追い払うことが出来たものの、何時奴が再び襲撃を仕掛けてくるか解らない。
明日のライブの時にでも襲撃されれば、被害と混乱も免れないだろう。
決して油断は出来ない。次に相見える時は、必ずや討ち払う。
そして――――――あの異様なキャスター、ヘリオガバルス。
奴の目的は何なのか。何を狙ってライブに乗り込んできたのか。
理解し難いのが不気味だ。もしや、本当にライブに出たいだけだとでも言うのか。
だとすれば、相当の愚者であるとしか言い様が無い。
しかし、あれもあれで厄介なのは確かだ。
奴は魅了の力を持つ可能性が極めて高いのだから。
故に美波を下手に接近させることは危険だ。
可能な限り交流は避けるように注意しておいた。
あの他人を魅了する美貌と欲望に忠実な奔放さは、フレイと同じ豊穣神にして双子の妹であるフレイヤを思わせる。
否――――――『あれ』を彼女と比べるのは、流石に烏滸がましいか。
心中で己の無礼を戒めつつ、美波に念話を送った。
《ミナミ、例のバーサーカー……人食いを目撃しました》
◆◆◆◆
◆◆◆◆
昨今、世間を騒がせている連続殺人事件。
ライブ会場での出火騒ぎ。
退院したばかりだった北条加蓮の『奇病』の再発。
朝の報道番組での『人食い殺人鬼』襲撃事件。
思えば、危険な事態が余りにも連続していた。
祟りか何かだろうか――――等と、柄にも無いことを考える。
そんな非現実的な話がある筈も無い。
不幸な事態が偶然連続して起こった、そう考えるべきだろう。
例えどれだけ状況が奇怪であっても、それが事実である以上は事実を超えられない。
アイドルを含めた関係者の危険を保障し切れないことも事実だ。
ならば、然るべき対応を取らなければならない。
会議室へと向かう彼女―――専務は、442プロダクションのアイドル部門を統括する立場の人間だった。
あるプロデューサーが提案したクリスマスライブの企画を受け入れ、実行に移したのも彼女だ。
クリスマス・イブでの多数のアイドルが出演するライブ。
それは大きな収益となるだろうし、ファンにも喜ばれるだろう。
しかし、そうも言っていられない状況になった。
アイドルやファン、関係者には申し訳ないが―――――これ以上はこちらでは対処し切れない。
警察でも対処出来ていないという『人食い殺人鬼』がアイドルの仕事場まで乗り込んだとなれば、黙ってはいられない。
ライブを実行するには危険が残り過ぎている。
故に、一先ず中止――――埋め合わせのライブ企画を立てられれば其れで善し。
最悪の場合、企画の凍結もやむを得ない。
こちらとて不本意だ。しかし、アイドル達を危険に晒す訳にもいかない。
彼女達には悪いが、後ほど事情を説明して納得して貰うとしよう。
長い廊下を歩き、会議室の扉を開く。
既に複数名のスタッフが席に座っている。
彼らも薄々察しているだろう。
これから何を言い渡されるのか。
ライブが今後どうなるのかを。
プロダクション内でも囁かれていたという。
危険な事件が未だ解決していないらしいじゃないか、本当にライブは開けるのか、と。
生憎、その通りになってしまった。
申し訳ないと思うが、仕方の無いことだ。
彼らにも説明を果たし、納得して貰う他無い。
それしか、出来ることは無い。
ふう、と専務は一息つく。
正面に立ち、会議室に集まった者達を見渡す。
一人―――――肝心のライブ立案者、プロデューサーがいない。
何をしているのだろうか。
遅刻をするとは、自らの身分を解っているのだろうか。
少し眉間に皺を寄せた彼女は、予定の時間になったことを確認する。
遅刻した者を待ってやる程、自分は甘くはない。
始めるとしよう。
クリスマス・イブの夢は、一旦幕を下ろすことになる。
本意ではないが、致し方無い。
「皆に集まって貰ったのは―――――――」
「余を見ろ!!貴様ら全員、余を見ろッ!!!」
バタン、と乱暴に入り口が開かれた。
直後に怒声が轟いた。
誰もが驚愕し、そちらへと顔を向ける。
当然、彼女もそうだった。
「中止だと!?誰の赦しを得ている!?」
そこにいたのは――――――――美しき少女だった。
それが『飛び入り参加を果たした新人』であることを理解するのにさほど時間はかからず。
その傍らには、例のプロデューサーの姿もあり。
少女は、心底不本意な様子で怒りの声を上げていた。
「出演者や観客の安全とやらの為に余の享楽が興醒めのまま終わるというのか!?
そんな戯言が通じると思ったか。終わらせるものか!妨げられてたまるものか!!」
轟く怒りの声。
撒き散らされる憤怒。
誰もが唖然としていた。
何だ君は。何故勝手に入ってきているんだ。
そんな抗議の声も上げることも出来ず。
――――――――怒り狂う彼に、誰もが見蕩れていた。
「太陽神エル・ガバルの司祭ヘリオガバルスが告げる!ライブは『予定通り開催』だ!!」
高らかに宣言する、その姿に誰もが飲み込まれていた。
なんて美しいのだろう。
なんて可憐なのだろう。
なんて艶めかしいのだろう。
誰もが魅了されていた。
少女を中心に、渦が生まれていた。
彼らは気付かない。
ヘリオガバルスの怒りによって全力で行使された『魅了』によって、虜にされていることを。
昂る感情と共に行使された『魔術』によって、思考を支配されていることを。
目の前のヘリオガバルスが、この空間を支配していることを――――――!
「……解りました」
頬を紅く染めた専務の口から―――――自然と、言葉が溢れていた。
只の人間である彼女らに、抵抗の手段等持たない。
責任者である専務が『予定通り開催』を受け入れた以上、ライブは終わらない。
ライブは、続行だ。
◇◇◇
◇◇◇
「ふーっ………」
肩を揺らし、息を整える。
怒りの余り、取り乱してしまった。
不本意な事態になると、つい激情に駆られてしまう。
生意気な口を利く家庭教師を衝動的に殺したこともあったな、と過去の経験をふと思い出す。
だが、まあ結果としては上々だ。
ライブが始まる前に終わってしまう所だった。
余の美しさによって強引にでも続行させることが出来てよかった。
ヘリオガバルスは会議室の者達を見渡し、満足げに笑みを浮かべる。
皆が皇帝に見蕩れている。
誰もが皇帝に魅了され、胸を高鳴らせている。
これでいい。やはりこの空気が心地良い。
一先ず安心してから、ライブがますます楽しみになってきた。
今度はこの程度の規模では終わらない。
会場に集まった数百、あるいは数千を超える人間に魅了を掛けることが出来るかもしれないのだから。
薔薇の雨に埋もれさせることも面白い。手段は数多だ。
そうだ、陣地作成スキルを使うのも面白いかもしれない。
会場を外見そのままにヘリオガバルスの神殿とするのだ。
そうすればライブ会場は皇帝の独壇場へと変貌する。
魅了を使って現場に介入すれば如何様にもなる。
他の下郎共が邪魔してくるならば、その時はその時だ。
恐らくはあの道化師や獣もこのライブを嗅ぎつけてくるだろう。
ああいう遊び好きの手合いは派手な祭りに引き寄せられるもの。
特に獣の主―――――奴は、生放送の現場に殴り込みをかけてきたという。
会議場へ向かう途中、プロデューサーからそれを聞いた。
何らかの理由でアイドルを狙っているのかもしれない。
奴がライブ会場に来ない保障は無い。
とはいえ、その時は――――あのライダーをぶつけてやればいい。
どうせ奴は優子と何らかの形で組み、皇帝に対する牽制の為に仁奈の傍にいるのだろうが。
万が一あの下郎共が現れれば、余なんぞに気を配っている暇など無くなるだろう。
そうなれば、後は奴に下郎共の始末を任せればいい。
抹殺してくれればそれで良し。自らが手を下すことなく目障りな下衆共を排除できる。
返り討ちに遭っても、それはそれで良し。奴はいずれは始末すべき存在。
余を見張らんとしている目障りな下郎を獣と道化が狩ってくれるのも悪くない。
そして、このプロダクションの近辺に存在していた魔力の気配をヘリオガバルスは察知していた。
何者かは解らないが、少なくともライブ会場に堂々と殴り込みを掛けるような思考を持つ者は早々いないだろう。
そんなことが出来るのはあの獣共のような余程の馬鹿か、この皇帝のような粋な傾奇者だけだ。
乱戦に至る心配は薄いだろう。もしかすると、あのライダーのような善人が他にもいるかもしれない。
その時は、利用してやればいい。
(それに――――)
もし、ライダーと獣や道化が戦ったとして、どちらかが勝てば。
勝ち残った方は、疲弊していることだろう。
最後にその隙を突いてやれば、余は労することなく敵を排除できる。
尤も、無理なら無理で適当に今後の身の振り方を考えればいいだけのこと。
ライダーを始末した暁には、仁奈は手元に置いてやってもいい。
あの小娘は物の道理を解っている。
従うべきは余。尊ぶべきは余。それを理解している。
そう言った手合いは、それなりに丁重に扱うつもりだ。
ああ、何と寛大であることか。ヘリオガバルスは己の器の大きさに酔う。
むしろ奴らが連中を抑えている隙に観客を相手に魅了を掛けてやるのも面白いかもしれない。
獣共にかまけている隙に、会場は淫乱の限りを尽くされている――――その時のライダーの絶望の表情を見てやるのも一興。
ああ、実に楽しみだ。
宴の時は迫っている。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
―――――切り払う『死』。
―――――煌々と燃え盛る焔。
―――――血に塗れた主君。
―――――『彼』は、間に合わなかった。
―――――微睡みの中で、少女は見た。
―――――何故だか、悲しくなった。
◆◆◆◆
腕を組み、足を揺らす。
その表情は苛立ち、焦り。
同時に、不安が浮かんでいる。
ラジオからは延々と『アイドルの生中継現場襲撃事件』の速報が流れ続けている。
神谷奈緒は、焦燥していた。
急いで掴まえたタクシーの後部座席に座りながら、物思いに耽っていた。
奈緒は気絶から目覚めた直後、すぐにセイバーと情報交換を行った。
あの『人食い』がアイドルを狙い、令呪を使ってバーサーカーを動かしたことを伝えた。
彼は、奈緒を挑発するかのようにアイドルの皆殺しを宣言したのだ。
気絶によってそれなりの時間を消費してしまった奈緒は焦っていた。
このままでは皆死ぬ。そもそも、既に被害が出ているのではないか。
不安を募らせた奈緒は、プロデューサーに遅刻や人食いへの警告を伝えるべく電話をかけたのだが。
そこで奈緒は、信じられない情報を知ることになる。
加蓮が『以前と同じような症状』で再び倒れたのだ。
馬鹿な。そんな筈が、あいつの症状はセイバーのおかげで治った筈だ。
兎に角、奈緒は加蓮が心配だった。何が起こったのか確かめたかった。
それ故に加蓮がいるという病院へと向かったのだが―――――もう一つ、やはり『人食い』の懸念があった。
《……セイバー》
《どうした、主殿》
《セイバーは、事務所に向かってくれ》
奈緒は、護衛として付き従うセイバーに念話でそう告げる。
彼に頼んだのは、事務所へ向かうこと。
つまり442プロダクションのアイドルの守護を意味する。
意図はセイバーにも解る。
『人食い』によるプロダクション襲撃を防ぐ為だろう。
親友である加蓮を感情で優先してしまったが――――プロダクションの皆だって護らなければならない。
人食いの襲撃。加蓮の病状の再発。
此処まで来て、ライブが何事も無く予定通り決行される可能性は低いだろう。
きっと中止になる。でも、それでいい。
ライブの練習や、皆との切磋琢磨が無駄になるのは悲しい。
だけど、もうライブなんて言っている場合じゃない。
皆が殺されるかもしれない。今は皆の命が優先だ。
命あっての物種、生きていれば後で立て直せる。
例えこの世界が偽物でも、プロダクションの皆を見捨てたくはない。
何故なら、奈緒はアイドルなのだから。
《あいつらが、皆を―――――》
《否、俺も病院へ向かうとしよう。主殿の友の病状も確認しておきたいのでな》
だが、セイバーは奈緒と共に病院へと向かうことを選んだ。
えっ、と奈緒は呆気に取られる。
直後に「何でだよ」と声を上げそうになったが、それよりも先にセイバーが念話を送る。
《人食いは“あいどる”を狙った。其れらを喰らうには主殿が務める事務所を襲撃するのが手っ取り早い。
だが、奴はそうしなかった。敢えて外部にいる者を狙ったのだ》
セイバーは冷静に状況を分析するように語る。
確かに――――アイドルを殺すのなら、プロダクションを狙う方がよっぽど早い。
少なくとも、虱潰しに外に居るアイドルを狙うよりは遥かに効率的だ。
だが、あの人食いはそうしなかった。
奈緒が気絶している間にも、プロダクションを襲撃したりはしなかった。
プロデューサーに電話をした所、プロダクション内で異変は起こっていなかったのは確実だ――――加蓮の件を除けば。
《奴らは……事務所を襲いはしないであろう。恐らくは、一人一人刈り取っていく算段だ》
奈緒は、息を飲む。
あいつは、あの人食いは―――――そうやって、自分の心を折るつもりなのか。
奈緒の胸の内に恐怖が込み上げてくる。
《その上で、「輿水幸子」という少女らは生還している。
警察とやらですら対処出来ないあの化物の強襲から生き延びたと言うのだ。
恐らく、俺達と同じように怪物を止めんとする主従がおり、其奴に阻まれた……少なくとも俺はそう見ている》
言われてみれば、そうだ。
幸子達はテレビの生放送中に『人食い』に襲撃された。
あいつには警察ですら太刀打ち出来ない。なのに、生き延びた。
運が良かった?奇跡的に逃げられた?そんな相手ではない。
あいつの力があれば、追いかけて殺すことだって訳も無いだろう。
でも、幸子達は無事に逃げ延びた。
それは何故か。
自分達と同じように人食いを止めようとしている主従がいる、ということの証明ではないか。
そう言われれば、確かに納得出来る。
それでも、やっぱり不安はあると奈緒は告げようとしたが―――――
《……それに、胸騒ぎがする。今は主殿の友人の元へと向かうべきだと、俺は思っている》
奈緒の背筋に、寒気のような感覚が走った。
自分よりもよっぽど戦い慣れしてて、よっぽど『そういうこと』に聡いセイバーが、胸騒ぎを感じている。
そう考えた途端、奈緒の恐怖と焦燥はより強く込み上げてきた。
奈緒は、何も言葉を返さなかった。
事務所の安全をある程度保障されたのも、ある。
しかし、何より―――――親友である加蓮のことが、気になって仕方が無かった。
突然再発した病状。そして、セイバーが感じた胸騒ぎ。
何か、何か解らないが。
それでも、加蓮に何らかの危機が迫っていることは理解出来た。
ならば、一刻も早く加蓮のもとへ向かいたかった。
今の奈緒には、病院への到着を待つことしか出来ない。
今はただ、願うことしか出来ない。
加蓮の無事を、祈ることしか出来ない。
「……間に合ってくれ……!」
奈緒の口から、言葉が漏れていた。
切実な表情を浮かべながら、彼女は拳を握りしめる。
脳裏に、『燃え盛る焔』が過った。
人食いと相対し、気を失っていた時。
彼女は、奇妙な夢を見ていた。
『彼』は死を切り払い、突き進んでいた。
『燃え盛る焔』を目に焼き付け、誰かを支えていた。
しかし、結局間に合うことは無く。
それが何なのか――――――彼女には、解らなかった。
◇◇◇
◇◇◇
『それは、駄目だ』
『加蓮……みんな……助けなきゃ』
あの人食いとの初戦。
主が呟いた言葉を、セイバーは自らの脳裏に過らせていた。
人食い共は、主と同じ『アイドル』を狙っている。
彼女らを殺すべく、令呪すら切ったという。
決して見過ごす訳にはならない。
何としてでも凶行を食い止めねばならぬ。
主は、神谷奈緒は戦っている。
あの化外共から友を守る為に、必死に動いている。
まだ若い女子であるのに、何処までも気概のある御仁だ。
セイバーは彼女へ心からの感心を抱いていた。
故に、彼女の期待を裏切りたくはなかった。
彼女の努力が実を結ぶかは未だ解らない。
されど、実が結ぶよう後押しをすることは出来る。
決して無駄にはさせない。
主を支え、必ずや彼女の望みを叶える。
それが己の役目だ。
それが主に仕えし、従者の使命だ。
今の己は、源頼政だ。
その名に恥じぬ英雄として、戦わねばならない。
それが『生前の主』に成し得なかった理想だったのだから。
己は、其れを背負って戦っている。
沸き上がる疑問は数多。
何故あの『症状』が再発したのか。
北条加蓮を蝕む怨霊は、確かにこの『目』で殺した筈。
形無き鵺を切り伏せることで手にした『死を視る魔眼』は、あらゆるものの死の形―――線や点を捉える。
死の形を断ち切られた者は、例え悪霊であろうと完全な『死』を齎される。
再び蘇る筈が無い。そしてあの悪霊は、“さあばんと”の使い魔の類いでもない。
ならば、何故だ。
何らかの形で『怨霊の力』を再現する者がいると言うのか。
兎に角今は、北条加蓮の状態を見ておきたい。
彼女がどうなっているのか、何が起こっているのかを確認せねばならない。
そして―――――――この胸騒ぎの正体を、解き明かしたい。
心眼スキルによる第六感なのか。戦の中で培った直感によるものか。
あるいは、ただの思い違いなのか。
己の判断が誤っていないことを、切に願う。
“ぷろだくしょん”と“あいどる”の無事を祈る。
向かわねばならない。北条加蓮が搬送された病院へと。
自分は、遅れてしまった。
護るべきものを掌から零してしまった。
主殿に、己と同じ経験をして欲しくはない。
どうか―――――間に合ってくれ。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
令呪の感覚が全身を駆け巡る。
『アイドルを殺せ』という命令が彼女の肉体を動かす。
セイバーと対面し、撤退したバーサーカーが再びビルの上を飛び交っていた。
本能が避けた。令呪の命令が拒ませた。
あのセイバーと戦うことを、否定させた。
それが正しい判断であったかは、解らない。
だが、今の彼女は走ることしか出来なかった。
令呪の魔力の高まりが獣の神経を震えさせる。
それを通して感じたのは、主の憎しみ。
人食い/タキザワが少女に抱いた、溢れんばかりの蔑み。
あるいは、哀れな程の妬み。
彼女にそれが何なのかは、理解できない。
ヒトとしての知性を持つタキザワと、『彼女』は違う。
彼女には、何かを想えるだけの心は存在しない。
複雑な思考など到底出来ない、犬畜生に等しい魔獣だ。
それでも。
奇妙な疼きが、少しだけ脳を刺激した。
理由は解らない。
そう思ったのも、所詮は令呪による暗示に過ぎないのかもしれない。
だが、彼女は確かに『彼の望み通りに殺さねばならない』と思った。
本能と狂気で駆け回る獣は、無意識で主の意志を汲んだ。
令呪を介して、彼の絶望に従った。
彼の怒りが、憎悪が、悲しみが、その肉体に染み渡った。
同胞である彼の想いを、彼女は背負っていた。
彼女の脳は、己の荒々しい肉体に命令を下す。
奔れ。
思うがままに殺せ。
そして喰らえ。
餓えを満たせ。
同胞の望みを果たせ、と。
向かうは――――――もう一つ、『あの少女に近い臭いがする方向』。
タキザワと相対した、あの少女。
彼女に似た臭いを辿っていた。
令呪による能力の増強によってより感覚が鋭く、強く研澄まされる。
故に彼女は感じ取れる。
より『神谷奈緒』に近い気配を、探ることが出来る。
獣は知る由も無い。だが、構いはしない。
その臭いは、神谷奈緒の親友『北条加蓮』のものだということを。
獣が向かう先は、彼女が搬送された病院だということを―――――!
【新都 442プロダクション/1日目 午前】
【南城優子@陰を往く人】
[状態]精神的疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]携帯電話、財布など
[所持金]月末の学生程度(つまりあまり持っていない)
[思考・状況]
基本行動方針:キャスターを制御し、なんとしても勝ち残る。
[備考]
1.キャスターの暴走を抑える。最悪令呪の使用も辞さないが……
2.ひとまず市原仁奈、オシーンと共に442プロの事務所へと向かおう。
3.できるだけ討伐令にも手を出していきたい。
※新都の住宅街にアパートを借りています。
※市原仁奈・オシーンとなし崩し的に同盟を組みました。
ひとまずライブ終了までは行動を共にするつもりです。
【キャスター(ヘリオガバルス)@史実(3世紀ローマ)】
[状態]魔力消費(小)、疲労(小)
[装備]短剣、レッスン用のジャージ、金髪のカツラ
[道具]女子高生服
[思考・状況]
基本行動方針:楽しいことをする。
[備考]
1.ライブは派手に面白く! 方法は考え中。
2.後でライブ会場に赴き、陣地化する。
※市原仁奈・オシーンとの同盟についてまだ知りませんが、優子が何らかの形で協力を仰いでいることは推測しています。
※バーサーカー(ジェヴォーダンの獣)、セイバー(スキールニール)の気配を察知しました。
【市原仁奈@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康(魅了)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]財布など
[所持金]小学生並(つまりあまり持っていない)
[思考・状況]
基本行動方針:ライブに出て、みんなに笑顔を届ける。
[備考]
1.聖杯戦争については、よくわかっていない。
※キャスター(ヘリオガバルス)のスキル『紅顔の美少年』による魅了を受けています。
恋心には至っていませんが、美人であるヘリオガバルスに対し憧れを抱き、懐いています。
※南城優子・ヘリオガバルスとの同盟についてまだ知りません。
【ライダー(オシーン)@ケルト神話】
[状態]健康
[装備]白馬、金の剣
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守る。肉体的にも、精神的にも。
[備考]
1.英雄らしく在ろう。
2.討伐令には参加したいが、マスターを守るためにはあまり離れられない。
3.キャスター(ヘリオガバルス)をあまりマスターと関わらせたくない。教育に悪い。
※南城優子・ヘリオガバルスとなし崩し的に同盟を組みました。
ひとまずライブ終了までは行動を共にするつもりです。
※セイバー(スキールニール)、バーサーカー(ジェヴォーダンの獣)の魔力を感知しました。
【新田美波@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態] 健康
[装備] 無し
[道具] 無し
[所持金] アイドルとしての平均的
[思考・状況]
基本行動方針:ライブを成功させる
[備考]
1.討伐令については保留し、対象の情報をアイドル達に周知、警告しました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)を「ベル・スタア」と誤認しています。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリウム)にライブ出演の件(実現の可能性は低いと考えている)とキャスター(ヘリオガバルス)の情報について伝えました。
4.キャスター(ヘリオガバルス)の名前とパラメーターを把握しました。スキルについてはまだ上手く把握出来ていません。
5.『他者を魅了する魂』と『他人への強い恋慕』によって魅了に耐性を持っています。ただし無効化は出来ず、多少効きづらい程度です。
6.バーサーカー(ジェヴォーダンの獣)を警戒しました。
7.少なくとも『思いを寄せていたプロデューサー』は442プロダクションに存在しないようです。
【スルト(スキールニル)@セイバー】
[状態] 健康
[装備] 万象焼却せし栄光の灰燼 焔の鎧
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:ミナミを守る
[備考]
1.ロキとの経験から、ジョーカーがライブ会場を襲撃するだろうと判断しました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、バーサーカー(モードレッド)を認識しました。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)を「ベル・スタア」と誤認しています。
4.キャスター(ヘリオガバルス)の名前を知りました。
5.バーサーカー(ジェヴォーダンの獣)を警戒しています。アーチャーと連携を取る必要性を感じています。
【新都/1日目 午前】
【神谷奈緒@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]焦燥、タクシーに乗車中
[装備] 無し
[道具] 無し
[令呪] 残り三画
[所持金] 学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:セイバーを勝たせてあげたい。
0.間に合え。
1.加蓮がいる新都の病院へ向かう。
2.滝澤を止める。
3.討伐令はなんとかしなければと思う(殺しはしない)
4.ライブを成功させたかったけど、今はそれどころじゃない。
[備考]
※衛宮邸周辺に自宅があるようです。
※気絶中に何かの夢を見ました。
【源頼政(猪隼太)@セイバー】
[状態]健康
[装備] 骨喰
[道具] 特に無し
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえずは、奈緒の意思に従う。
1.胸騒ぎがする。
2.滝澤、ジョーカーのサーヴァントを消し、二人の足を斬ってでも止める。マスターの意向により殺しはしない。
[備考]
※人食い主従(滝澤&ジェヴォーダンの獣)はプロダクションを積極的に狙っておらず、また彼らを止めようとする主従が他にもいると考えています。
【バーサーカー@ジェヴォーダンの獣】
[状態] 健康
[装備] 特になし
[道具] 特に無し
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:■■■
1.(狂化により現時点では判別不可)
[備考]
※『アイドルを殺せ』との令呪を受けました。
※冬木市の中で、血の臭いの強い方に牽かれます。
※北条加蓮の『臭い』を察知し、彼女が搬送された病院へと向かっています。
投下終了です
投下乙です!
ブレーキのない変態皇帝、中止されることなく進められるライブの行き先は喝采か破滅か。
アイドルという存在を中心にして様々な人物が渦のように引き寄せられ、点と点が繋がるように次々と新たな出会いを生んでいく。
ライブ開催までにアイドルが生き残れるかすら定かではないギリギリの環境、次に炸裂するのはどこか……
お疲れ様でした!
すみません、オープニングに
>せめて、屋内にステージを設ければ良いのだが、事務所前の屋外にステージを構えるのが、毎年の恒例らしい。
とクリスマスライブが恒例行事らしいことが書かれていたので、>>320 でのクリスマスライブがプロデューサー企画であることを示す文章をwiki収録時に訂正させていただきます。
投下乙です
ライブは決行!決行です!
生きて参加できるアイドルが何人残るかわかんないけど!
投下します。感想はしっかりしたものを書きたいので、明日までお待ちください……
「『地球は青かった』」
「世界初の有人宇宙飛行を成し遂げた人物、ユーリィ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンが言ったと言われるこの言葉は、世界史や地学に疎い人間でも知っているほどに有名だね」
「ボクたちが住む星の色を言い表したこの言葉は、まさに歴史的な物であり、名言として扱われるべきだ」
「宇宙に初めて行ったという偉業を成し遂げ、こんな言葉を残したガガーリンは、間違いなく偉人だし、何なら、ライダークラスのサーヴァントとして座に登録されていてもおかしくないだろう」
「だけどね」
「こんなことを言っちゃあなんだけど――イチャモンを付けるようなんだけど、実の所、ガガーリンは『地球は青かった』なーんて、言ってないんだよ」
「これはあくまで翻訳の過程で分かりやすく訳されたものであり、実際はもうちょっと長く、詩的な言い回しで、ガガーリンは地球の様子を言い表して居たのさ」
「『青かった』も、確か原文を直訳した文では『青みがかっていた』だった、かなぁ?」
「ま。そりゃ、そうだよね」
「人類で初めて宇宙に飛び立ち、地球の全体像を見た時の感想が『地球は青かった』ってのは、なんだか短い」
「呆気ない」
「いくら何でも端的すぎるよ」
「小学生でもそんな感想は言わないぜ」
「よくよく考えれば嘘だと分かる話さ――あはは。聞いて驚いたかい? 」
「……いや寧ろ、最近はこういう『歴史上の人物が言ったと思われている名言・格言は、本当は言われてなかった』って話は、雑学や豆知識として逆に有名になっている物なのかな?」
「例えば、革命期のフランスの軍人にして後の皇帝であるナポレオンが、実は『吾輩の辞書に不可能の文字はない』とは言っておらず、本当は『不可能という言葉はフランスの辞書に載ってない』と言ったとか」
「日本の自由民権運動の主導者である板垣退助は、暗殺未遂の襲撃に遭った時に『板垣死すとも自由は死せず』とは一言も言ってない、だとかね」
「単に翻訳のミスだったり、後世の人間の創作だったり、長文から恣意的に抜粋されたものだったり、あるいは言葉は同じまま間違った意味で伝えられたり――」
「そうして生まれた偽りの名言たちは、ボクたちの予想以上に多く存在し、ボクたちの歴史を形作っているものなんだよ」
「いくら『事実は小説より奇なり』――この名言も創作されたものかもね――と言っても、そう簡単にホイホイと、小説みたいな名言が生まれてたまるかよ、って話なのさ」
「勿論、名言に限らず、歴史そのものの真偽にも、怪しい部分が色々とあるんだけどね――歴史は常に勝者が好き勝手に編集し、捏造し、提唱する物なんだから」
「今現在『史実』とされているものの信憑性も、たかが知れたものだよ」
「まあ、ともかく、だ」
「それじゃあ、そんな嘘っぱちな虚構の言葉たちが、今日まで名言扱いを受け続けているのは、どうしてなのかな?」
「その理由は色々とあるんだろうけど、結局言えるのは、『それが耳触りのいい言葉だから』なんだろうね」
「捏造された名言っていうのは、後世にとって都合が良いものが殆どだ」
「何せ、さっきも言った通り、数多の名言によって形作られる歴史は、常に勝者たちの手によって、好き勝手に編集されるものなんだからね」
「ナポレオンが後に愚帝となって落魄れていれば、そもそも『不可能という言葉はフランスの辞書に載ってない』なんて言葉自体が、歴史に載る事が無かっただろうし」
「板垣退助が自由民権運動で成功を収めなかったら、彼は襲撃を受けて醜く痛がり、叫び転がった間抜けというイメージで後世に伝えられていた筈さ」
「つまるところ、成功者とされている者たちが残したという『設定』の耳触りのいい言葉だからこそ、人々はそれをありがたがり、名言として覚えるんだろう――伝えるんだろうね」
「耳触りの悪い、失敗談から生まれた名言もあるにはあるけど、それは反面教師的な意味を持った教訓が殆どだろう?」
「あるいは、『歴史上で類を見ないレベルに馬鹿な真似をしたコイツは、こんなアホ丸出しな言葉を残したんだぜ』という、ネガティヴ・キャンペーンじみた意志を以って捏造された物だってある」
「例を挙げるならば、フランス王妃、マリー・アントワネットが、貧困に苦しむ民に向かって言ったと言われている『パンが無ければ、ケーキを食べれば良いじゃない』ってのが、おそらく一番有名かな」
「歴史上で『愚王』や『愚帝』と評される人物のエピソードが、やけに酷いものばっかりなのも、そういう理由から来ているんだろうさ」
「今回の聖杯戦争の参加者で言えば、あの変態皇帝くんの逸話がいい例だよ」
「閑話休題」
「ともあれ、この話でボクが何を言いたかったかと言うと、『歴史ってのは、結構嘘適当ばっかりなんだぜ』って事さ」
「ボクらの住まうこの青い惑星――青みがかった惑星で積み上がって来た歴史に、『本物』ってヤツは一体どれだけあるんだろう?」
「まあ、尤も、遠い過去どころか、今を流れる現在にすら、ちゃんと真偽を判別できない部分が結構ある訳なんだけどね」
「――と、いうわけで、今から語られるのは、『三国志演義』の登場人物という架空の存在であったにも関わらず、サーヴァントとして召喚されたアサシン――真偽の境界を越えた女、貂蝉が出てくる、ちょっとした物語の始まりだ」
「あるいは」
「記憶を失い、過去の真偽の判別すらも付かず、周りに流されるままに戦争へ身を投じてしまった男――ウェザー・リポートが出てくる、たわいもない物語の冒頭だ」
「そんな彼らがこの聖杯戦争で迎えるのは、果たしてどんな結末になるのかな?」
「それもまた、後世の勝者が好き勝手に捏造できる物かもしれないんだけどね」
そう語り終えた魔女は、見ているこちらの顔が真っ青になる程に、気味の悪い笑みを浮かべていた。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲
夜明けを迎えるまでまだまだ時間がある冬木の街。
その上空を飛ぶ二人の影があった――いや、『飛ぶ』ではなく、『跳ぶ』と言った方が正しいか。
二人の影は、まるで自らに掛かる重力が通常の四分の一になっているかのような軽やかさで飛び跳ねて、建物の屋根から屋根、屋上から屋上へと渡り移っているのだ。
日本の伝説的武士である源義経がかつて行ったと云う八槽跳びのように、建物から建物へと駆けて行く二人の影。
そのうちの一人の正体は、雲みたいにもこもことした円柱形の帽子を被り、その上方前部に鬼の角のような装飾品を二つ付けている、と云う奇妙奇天烈なファッションをした男――ウェザー・リポートであった。
『スタンド能力』を持つとは云え、身体能力はただの人間のそれにすぎない彼が、さながら飛蝗か蚤のように、自分の身長の二〜十倍近くの距離をひょいひょいと跳躍しているのは実に異常な事である。
だが、その『スタンド能力』こそが、この芸当を可能としている原因なのだ。
ウェザーのスタンド――本体と同じ名を持つ『ウェザー・リポート』の能力は天候操作だ。
一概に天候操作と言っても、それが起こせる現象は多岐に渡り、局所的な豪雨から雲のプロテクターの作製まで――そして、気流の操作も可能である。
気流の操作。
ウェザーはこの能力を跳躍の補助として使用しているのだ。
ジャンプを行う瞬間、ウェザーは己の背面に空気の噴射点を作成。
其処から前方斜め上へ一気に流れ出る空気の勢いは、成人男性の身体を時速十キロ超で射出し、数メートルの距離を飛び越えさせるのに十分なエネルギーである。
要するに、エアガンの真似事を『ウェザー・リポート』の能力をもってして行っているわけだ。
しかし、勢い良く飛び上がったら、エネルギー保存の法則の観点からして、着地の際も相当勢い良く落ちてしまうのではないだろうか? ――そう不安に思う読者もいるだろう。
だが、安心してもらいたい。
ウェザーは自身のスタンドによる気流操作の能力を、着地の瞬間にも使用しているのだ。
具体的にどのように使用しているのかと言うと、着地地点と予想されるポイントに気流を集め、空気のクッションを作り、落下の衝撃を弱めているのである。
これにより、ウェザーが着地の際に受ける衝撃は、階段を一段飛び降りた程度のそれまでになっているのだ。
このように、時刻が夜中で人の目を気にする必要がないからこそ使える移動法で、ウェザーは夜の街の空で源義経の再来を演じているのである。
では、ウェザーと並んで冬木の空を跳ぶ、もう一つの影の正体は何なのか?
それは、漢服を着た、美しい女だった。
彼女の周囲に俄かに降り落ちる雪に、男性の人格があれば、そのあまりにも凄まじい美貌によって一瞬にして恋に落ち、恋心が生み出す病熱で、身を溶かしていただろう。
彼女の周囲に俄かに降り落ちる雪に、女性の人格があれば、そのあまりにも素晴らしい美体に羨望の念を抱き、嫉妬の炎で、すぐさま蒸発していただろう。
そんな馬鹿げた妄想をしてしまうほどに、その女は美しかった。
いや、最早『美しい』という、これまでの世界の文学史において何千何万何億何兆何何何……と使われ、手垢の付きまくった言葉で形容するのも躊躇われるほどに、女のかんばせは完璧に整っている。
嗚呼、そのかんばせが有す、『美』の輝きの眩しさよ。
もしや、遥か上空に鎮座しているあの月は、太陽の光ではなく、女のかんばせが放つ美しき光を反射して輝いているのではないか?
人の一生分の時間を掛けて磨き上げた極細の針金を集めた様な、冷たく輝く銀の頭髪。大地の神性をも連想させられる、褐色の肌。眼鏡の奥から覗く、理知的な瞳。
女の身体は、どのパーツをとって見ても、人類の美の歴史の頂点に立つと思われる一級品であった。
美貌の女――アサシンこと貂蝉は、ウェザー・リポートの元に召喚されたサーヴァントである。
サーヴァント――人を超えた、人ならざる者。
成る程。確かにそんな存在ならば、人並み外れた美しさを持つだろう。
単純な脚力を用いるだけで、十数メートルの連続立ち幅跳び程度、余裕でこなせるだろう。
アサシンは、然程力がこもっているようには見えない動作で跳躍し、蝶が飛ぶ様に華麗に宙を舞い、散った花弁が落ちる様に柔らかに着地していた。
もしもこんな真夜中に外に出て、アサシンが行なっている連続ジャンプを目撃した者が居れば、彼女の動作一つ一つの美しさに、天女の降臨を錯覚していたに違いない。
というわけで、二つの影の正体は分かり、また、それらが街の上空を跳び回っている理屈も判明した。
しかし、ならば何故、ウェザーとアサシンの二人は、こんな時間(こんな時間以外であっても問題だが)に街の上空を走り抜けているのか?
理屈は分かっても、理由が分からないではないか。
その答えは、つい先ほど冬木市内で起きた事件にある。
数時間前。
新都に聳え立つセンタービルが爆発した。
当時、ウェザーたちはその現場から離れた場所にいたものの、火山の噴火を思わせる程に騒騒しい爆発音は、彼らの耳元にリアルタイムで伝わっていた。
窓を開けて、爆発音がした方向に目を凝らせば、濛々と上がる煙が視認出来た。
――これは、聖杯戦争の関係者が起こした事件に違いない。
遠く離れた場所から見ても現場の凄惨さが容易に想像できる光景に、ウェザーとアサシンはそのような確信を抱いた。
そして、事実、その確信は当たっている。
センタービルを爆破させ、決して少なくはない人数を殺し、あるいは負傷させた犯人は、聖杯戦争の参加者の内の一組であるジョーカーとバーサーカー(フォークロア)のコンビだ。
邪神が悪戯で生み出したとしか思えない狂気をもって、以前から冬木市内に殺戮をばら撒いていた彼らは、そのような大事件を起こしていたのである。
そもそも、そんな事を知らずとも、聖杯戦争の最中であるこんな時期に、建物の爆破などというド派手に目立つ事件が起きれば、他のサーヴァントやマスターの仕業であると疑うのは至極当然の論理であった。
けれどもそれが、戦闘によって周囲に齎された被害が爆発という形で一般に知られた物なのか、それとも本当にただの爆発なのか――そこまでは分からない。
勿論、それ以外にも分からない事は沢山ある。
遠くから観測し、テレビの画面越しで得られる情報には、どうしても限界があるのだ。
なので、ウェザーとアサシンは、実際に現場へと向かい、フィールドワークを行う事に決めた。
なるべく早く現地へと着き、なるべく多くの情報を集める必要がある。
最初は普通にタクシーを使う、という一般的な移動手段を用いて現地へ向かうつもりだった(冬木市でのロールで、ウェザーにバイクや自動車は渡されていなかった)が、生憎時間は既に真夜中。そう都合よくタクシーが捕まる筈がない。
故に現在、ウェザーとアサシンは、夜の闇と雪の弾幕に紛れての高速移動で、新都方面へと向かっているのであった――。
「見えて来たな」
出発から数十分経った頃。風を切って飛び跳ねながら、ウェザーは呟いた。
その言葉を受け、並走するアサシンは頷く。
ウェザーの視線の先には、宛ら天罰を受けたバベルの塔の如く崩壊したセンタービルがあり、先ほどまでは目を凝らしても煙ぐらいしか見えなかったが、今では裸眼でも地面に散乱した瓦礫がはっきりと視認出来るようになっていた。
センタービル跡から五百メートルほど離れた地点で、ウェザーとアサシンは足を止めた。
流石にこれ以上跳び続けるのは拙い――もしもこのまま跳び続ければ、未だセンタービル跡周辺にわんさかと居る、爆発事故に惹かれてやって来た野次馬たちや警察・マスコミが、次は突如空からやって来た来訪者について騒ぎ出すだろう。
そんな事態は、ウェザー達にとって喜ばしくない。
なので、彼らは適当な建物の屋上に降り立った。そこに設置されている非常用の螺旋階段を通って、地上へと下り、徒歩でセンタービル跡へ向かうつもりである。
錆びついた表面の上に浅く雪が積もった階段は、踏まれる度に軋んだ。
キィ、ギィ、キィ――と、今にも足元が抜け落ちそうな程に頼りない、不気味な音が響いた。
だが、仮に足元が抜け落ちた所で、ウェザーとアサシンの二人は難なく対処するだろう。
ウェザーは『ウェザー・リポート』を、アサシンはサーヴァントの身体能力を使って、羽毛布団の上に飛び降りるように、易々と着地するに違いない。
寧ろ彼らは現在、階段が抜け落ちるかどうかではなく、もっと別の事に警戒心を抱いていた。
階段を下りながら、ウェザーはアサシンに向かって、
「アサシン、この辺りに他のサーヴァントの気配はあるか?」
と質問した。
他のサーヴァント。
現在ウェザーとアサシンが、野次馬よりも、階段の安全性よりも、何よりも最も警戒しているのは、それであった。
センタービルの爆発は、当時現場から離れた場所に居たウェザーたちでも知っていた事件だ。
ならば当然、他の聖杯戦争参加者の殆ども、この事態を認知していると見ていいだろう。
何なら、ウェザーたちが今やっているのと同じく、センタービル跡に直接出向いて情報収集をしようとする主従が、他に居たっておかしくは無い。
この場で、ウェザーとアサシンが、他の主従と出会う可能性は、そう低くはないのだ。
では、たった一つの聖杯を巡って競い合い、殺し合う仲である聖杯戦争参加者同士が出会えば、何が起きるか?――答えは言わずもがな、だ。
そりゃあ、出会う相手の性格やスタンスによっては、交渉あるいは同盟締結を行えるかもしれないが、そんな希望的観測は持つべきでは無いだろう。
戦争において、甘えは命取りである。
勿論、いざ戦闘になったからと言って、ウェザー達が圧倒的に不利になるとは限らない。
アサシン――貂蝉は稀代の暗殺者であるし、それ以前に絶世にして傾国の美女だ。
美の神が直々に手を施して生み出したかの様に麗しい身体を使って、相手を魅了し、惑わし、無力化する事こそ、この女の真骨頂と言えよう。
なので、例え出会った相手が敵対心を露わにして来たとしても、魅了で骨抜きの操り人形にすれば、問題ない。
けれども、相手はサーヴァントだ。
歴史に名を刻み、物語に名を載せ、伝説に名を残した英雄だ。
人を超えた肉体と、精神と、魂を持つ者たちだ。
仮に貂蝉の魅了が通じたとして、宝具『姦計・美女連環(そのび、あらがいがたし)』 による思考操作が効果を表す程に精神耐性の低い者は、果たしてどれぐらい居るのだろうか?
いや、そもそも出会うサーヴァントが、狂化や精神異常のような、交渉や魅了を無効化する精神的アーマーを持っていないとも限らない……。
どちらにせよ、聖杯戦争がまだまだ序盤であり、情報収集を第一目標としている今、他の参加者との接触はあまり起きて欲しくない事だ。
だから、ウェザーはアサシンに、他のサーヴァントの気配の有無を問うたのだ。
対して、アサシンが返した答えは――
「いいえ、全く。周囲にサーヴァントの気配は感じられません」
という、きっぱりとした断言だった。
周囲の環境・状況の把握は、優れた暗殺者の必須技能である。
標的(ターゲット)は何処にいるか、護衛の数はどれほどか、何処から狙えば殺しやすいか、あるいは殺しにくいか……。
美女連環を為すために暗殺術に関する凡ゆる智慧を吸収した貂蝉にとって、『周囲にいるサーヴァントの気配の探知』程度の技能は初歩中の初歩にして基礎中の基礎――呼吸をするのと同じくらい簡単に行えるものであった。
そんな彼女が、『周囲にサーヴァントの気配はない』と言えば、ないのだろう。
「もっと細かく探知してみれば、諜報用の使い魔が見つかるかもしれませんが……流石にそこまで気にする必要はないでしょう。あるいは私(アサシン)と同じ様に、何らかのスキルで気配を遮断している可能性もありますが、それは裏を返せば、向こう側も『自分の存在が他のサーヴァントに察知され、見つかるのは困る』と考えているようなもの。気配遮断と諜報スキルを持つ私が大人しく情報収集をしていれば、害を与えて来る事は、おそらく、ないかと。」
「オーケイ、分かった」
アサシンの報告が終了したと同時に、ウェザーは漸く階段を下りきり、薄い雪の絨毯が敷かれたコンクリートの地面につま先を付けた。
非常階段の出口の先は左右に分かれた道になっていて、右側に進んで行くと、野次馬達が居た。
彼らは、センタービル跡を囲む様にして張られた立ち入り禁止テープに擦れ擦れの位置で立っている。
瓦礫の山と化したセンタービルを見て騒いだり、あるいはその惨状をスマートフォンで撮影したり――と、一口に『野次馬』と言っても、彼らがしている行為は様々だった。
加えて、彼らの他にも警察や救急、マスコミ関係者達も居る。
あまりに人が多く、ここだけまだ昼間なんじゃないかと思う程に騒々しい状況。
こんな中でマトモに情報を集められるのだろうか?――と思うが、貂蝉には出来るのだ。
人と会い、フェロモンを放ち、魅了し、操る、という方法をもって諜報を行う彼女にとって、『人が居る』というシチュエーションは、それだけで絶好のものとしか言いようがない。
彼女と面と向かって対峙すれば、野次馬だけでなく、立ち入り禁止テープの内側で捜査をしている警察関係者や、危険な瓦礫を撤去している作業員だって、自白剤を飲まされたかの様に、訊かれた質問にペラペラと答えてしまうだろう。
尤も、存在そのものが美の爆弾であるアサシンの登場で、現場にいる全員がパニックに陥る可能性もあるが……。
まあ、彼らが『センタービルの爆破跡』に目が釘付けになっている今、一人一人に聞き込みを行なっていけば、其処までの騒ぎは生じまい。
放つフェロモンも、対個人用までに最小限に抑えれば、集団全体に効果を及ぼす事は無いだろう。
というわけで、
「後は任せたぞ、アサシン」
「了解しました」
言って、貂蝉はウェザーに背を向け、野次馬達の方に進み、人混みへと溶け込んで行く。
いつの間に着替えたのか、彼女の服装は漢服から、現代風の物になっていた。
折り目正しいレディーススーツ。銀髪を後ろで纏めているヘアゴム。『残業が終わって帰っている途中に、好奇心で野次馬しに来たOL』と言った感じのファッションだ。
元々掛けていた眼鏡も相俟って、バリバリのキャリアウーマンじみた、知性的な印象も見受けられる。
しかも、そんな変装をしておいてなお、彼女が放つ美しさは、漢服を着ていた時とそう変わらないのだ。
いや、寧ろ、現代的な装いをした結果、その美しさはより現代へ適応し、分かり易くなったとも言える。――古代文学の名作が、現代語に翻訳されて、現代人にも理解しやすくなった、みたいなものだろうか?
ともかく、これからしばらく経てば、アサシンは目ぼしい情報をいくつか集めて、帰ってくるだろう。
サーヴァント――それも、筆舌に尽くしがたい程の美女――だけに仕事をさせているのは、マスターとして何だか申し訳ない気分になるが、此処でウェザーが付き添って諜報の邪魔になっては本末転倒である。
ある程度は現地の光景を直接目にしておきたくて付いてきたものの、この場で彼がやる事は、特にない。
ここは大人しく、アサシンが成果を持って帰って来るのを待つのが最善だ。
そう考えつつ、ウェザーは近くの建物の壁に背中を預け、寄りかかった。
顔を上げて、人混みの向こうにある、センタービルの残骸を見上げる――そう、見上げたのだ。
積み上がったセンタービルの残骸は、見上げる程に高かったのである。
爆発して崩れた後でさえ、これなのだから、健在だった頃はどれ程の高さだったのだろうか。事件が起きる前に、一度見に来ておけば良かったかもしれない。
そんな事を考えつつ、ウェザーは、はあ、と息を吐き、外気に触れて白くなったそれが上へ上へと昇っていくのを目で追った。
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非常に美しい物に出会った時の感想として、よく『時の経過を忘れてしまうほどに美しい』という言葉が用いられる。
あまりの美しさから受けた衝撃で、思考に暫く空白が生じ、主観的には『気がつけば時間が経過していた』ようにしか思えないからだろう。
人間の理解を超えた美的存在は、見るだけでそんな魔法のような現象を錯覚させるぐらいのインパクトを有する物なのだ。
例えば、かつてウェザー・リポートが美貌のアサシンと初めて邂逅した際、彼女の全ての美しさに見惚れ、彼は呆けていた――時の経過を忘れてしまうほどに。
老いや劣化――時間の流れを寸毫たりとも感じさせぬ美しさは、見る者の思考を奪い、時間感覚を狂わせるのだろう。
しかし、この現象、当たり前と言えば当たり前だが、『時の経過を忘れてしまうほどに美しい』ものの側からすれば、『時の経過を忘れられている』という事でもある。
これまた、ウェザーとアサシンの初めての邂逅を例とすれば、アサシンの美しさに放心していたウェザーを正気に戻す為に、アサシンは態々ウェザーに声を掛けていた。
そうでもしなければ、きっとウェザーは、傾国の美女のかんばせを眺め続けるだけで生涯を終えていただろう。
そんな事になれば、ウェザーは勿論、彼の従者であるアサシンも困る。
マスターが呆けていたままでは、聖杯戦争どころか、その事前の交流すらもままならなかった筈だ……。
いくらその美貌で相手を骨抜きにしたとしても、正気まで失わせては、文字通り話にならない。
また、たとえ惚ける事が無くとも、超絶な美人の前では、誰しも上手く喋れなくなるものである。
彼我の間にある、顔面偏差値の圧倒的な差を前に、萎縮し、舌が回らなくなってしまうのだ。
ウェザー・リポートのように日常的に付き合ってでも居ない限り、一般人が、貂蝉のような美人と、いきなり何の滞りもないコミュニケーションを取るのは、難しい。
というわけで、何も美しい事はコミュニケーションに役立つばかりではなく、時には逆にコミュニケーションを滞らせてしまう事も有るのだ。
そういう事情もあり、アサシンの情報収集はだいぶ長い時間が掛かった。
しかし、そこは流石英霊と言うべきか。
相手に見惚れられ、時の経過を忘れられるも、貂蝉は出来る限り最短で正気を取り戻させ、しかし魅了による思考操作は残した状態で諜報に及んだのだ。
長い時間が掛かったとは言っても、それは一時間と少し――貂蝉がただ美しい『だけ』の女だったら、こうはいかなかったはずだ。
二、三倍の時間は掛かっていただろう。
それに勿論、長い時間を要しただけあって、彼女が集めた情報の質は、それなりのものであった――。
「あの爆発は、単なる、普通の、何の変哲も無い、ただの爆発ですね」
諜報を終えて戻って来た貂蝉は、ウェザーと相談するまでもなく、結論づける様にそう言った。
「ただの爆発だって?」
報告を受けて、ウェザーは訝しんだ。
「サーヴァント同士の衝突による結果や、魔術による産物とかではなくか?」
「はい。実際に現場を見て、また、証言を集めた結果、そうだったとしか思えません」
そう答えてアサシンは、黄金比を一関節毎に含んでいると思われる、完璧に完成された右手人差し指で、瓦礫の山を指差した。
「サーヴァントの攻撃――宝具――、あるいは魔術で爆発が起きれば、まず何らかの痕跡が、魔力の残滓と云った形で見つかる筈です。しかし、此処にはそれが見当たりません。何らかの手段で証拠を抹消し、隠匿したのかもしれませんが、そこまで気を配れるのでしたら、まず、建物一つの爆発という、派手で目立つ行為をするでしょうか?」
しないだろう。
「そもそも、そんな事を考えずとも――これは警察の方から聞き出した情報ですが――この爆発事故には至って普通の、一般人でも材料さえあれば簡単に作れるぐらいに単純な爆弾が使われていたそうです。証拠として、爆弾の欠片も見つかっているらしいですし」
「だが……そうだとしたら、犯人は何故普通の爆弾でセンタービルを爆破したんだ?」
今更ながら、ウェザーはそのような疑問を口にした。
「おそらく――」
と、ここでアサシンは、ほんの数瞬、何やら言いにくそうな表情を見せた。
「――この建物には、爆発以前に、聖杯戦争のマスターの一人が居たのだと思われます。魔術的な爆発であれば、探知能力を持ったサーヴァントに爆破前に発見・対処されかねませんが、普通の爆弾ならば、中々そうはなりませんからね。犯人は、そういう狙いで、センタービル全体をまとめて爆破したのでしょう」
尤も、貂蝉のこの推測は、あくまで『犯人は聖杯戦争の関係者で、何らかの理由があってこのような大事件を起こした』という仮定に従って立てたものである。
まさか、『犯人は狂人であり、ただのパフォーマンスとしてセンタービルを爆破した』などという考えには及ばないだろう。
そんな事を考えつけるほど、彼女は人間離れしていない。責めるのは酷というものだ。
「そして、他にもいくつか気になる証言が――」
現場周辺で聞こえたという哄笑や、血まみれの男性の目撃証言について語ろうとした貂蝉を、ウェザーは制した。
「事件発生から大分時間が経って、野次馬達も去り、人が少なくなってきた……。これ以上ここで話すのは目立つだろう」
つまり、拠点に一旦戻ってから、続きを聞かせてくれ――という提案であった。
貂蝉はこれに承諾。早速、ウェザーは元来た道を戻ろうと、踵を返した。
と、その時。
歩み始めたと同時にポケットに突っ込んだウェザーの指先に、何かが触れた。
これまででポケットに何かを入れていた覚えは、彼に無い。
不審に思いながら、ウェザーはポケットの中身を指先で摘んで取り出した。
出て来たのは――真っ白な封筒だった。
「ッ!? ……『ウェザー・リポート』ォォーッ!」
入れた覚えの無い封筒――明らかな『異常』を目にしてから、ウェザーが取った判断と行動は迅速極まるものであった。
自身のスタンド『ウェザー・リポート』を出し、周囲に空気の流れを展開。それによって、自分の周りの状況を探知した。この間、僅かゼロコンマ五秒。
しかし、野次馬達も減り、残るは警察と作業員ぐらいになっている現在では、探れるものと言ったら、それらか瓦礫ぐらいであった。
一方、貂蝉は、ウェザーの突然の行動に戸惑う事なく、何らかの『異常』があったのだと瞬時に理解し、より強い警戒態勢を取った。
しかし、彼女の超一流の暗殺者としての探知能力を以ってしても、周囲に不審な気配は見られなかった。
「マスター、一体何があったのですか? どうやら、その手に持つ封筒の様な物に、マスターの困惑の原因があると思われますが……」
気持ち小さめの声で僕は主人に問うた。
「その通りだ。オレはこんな封筒に見覚えは無いし、ポケットに突っ込んだ覚えもないッ! 気が付けばいつの間にか入っていたッ! これは明らかな『異常』だ!」
言って、ウェザーは指で一端を摘んだ封筒を、アサシンに見せつける様にヒラヒラと振った。
彼女はそれを数秒凝視し、
「見た所、魔術的な何かが備わっているようには見えませんね」
「それじゃあ、普通の封筒だと?」
「はい。何者かが私やマスターの警戒の網を掻い潜って、マスターのポケットの中にそれを仕舞った方法は分かりませんが、少なくともそれ自体に何らかの『異常』があるとは思えません。中身は……おそらく、手紙でしょう」
取り敢えず開いて、それを読んでみてはいかがでしょうか? 送り主のヒントがあるかもしれません。――と、貂蝉は促した。
自分のサーヴァントがそれに『異常』はないと言うならば、読まない理由はない。
それでもウェザーは、慎重な手つきで糊付けされていた封筒の口を剥がした。
封筒の中には、二つ折りにされた手紙が数枚。
外側には文章が書かれておらず、何やら丸っこく可愛らしい字で『聖杯戦争参加者の皆さんへ 聖杯戦争主催一同より』と書かれている。
次いで、二つ折りにされていた数枚の手紙を纏めて開くと、内側には同じ字体で何やら長々と書かれていた。
それにウェザーとアサシンは目を走らせる。
((これはルーラー及び聖杯戦争を主催する者たちから参加者に宛てた手紙である――))
手紙を読み続けた二人が、先ほどまで調べていたセンタービル爆破事件の犯人について、写真付きでその詳細を知るのは、これから数分後の事になる。
【新都 センタービル跡 / 1日目 未明】
【ウェザー・リポート@ジョジョの奇妙な冒険(第六部)】
[状態]健康
[装備]スタンド『ウェザー・リポート』
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:失くした人生を取り戻す。
[備考]
1.情報を集める。
※記憶喪失になっており、エンポリオや徐倫と出会う以前から参戦しています。
※それ故に、アサシンの宝具で思考を操られ、戦いへの躊躇を取り払われています。
【アサシン(貂蝉)@三国志演義】
[状態]健康
[装備]短刀
[道具]魔眼殺し
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。呂布と再会し、戦乱とも陰謀とも無縁な平和で幸せな家庭を末永く築く。
[備考]
1.情報を集める。
※センタービル跡付近に赴き、周囲の人間から情報を集めました。主催の手紙で伝えられた情報以外にも、有益なものを持っているかもしれません。
投下終了です。次の予約は明日の感想投下の際にしたりしなかったりします。
そういえばそろそろバレンタインの季節ですね。私はフライデイさんからのチョコが欲しいです
投下乙です。
当聖杯戦争では唯一のアサシン、諜報活動はお手のものだなあ
サーヴァントと並走できるウェザーはやっぱマスター間ではトップクラスに強そう
しかし貂嬋、「人外の美貌」「銀髪に褐色の肌」「現代風の衣装を見事に着こなすセンス」
まるでアイドルみたい……あっ(察し)
>Aestus Domus Aurea
喜ぶべきか否か分かりませんが、いよいよヘリオガバルスがアイドルになってしまいましたね!
それどころか、中止になり掛けていたライブを魅了一つで開催に持ち込ませるとは……! まさに魔性がかった美しさが為せる技と言えましょう。
やったねありすちゃん! これでクリスマスライブは中止にならず、暗い話を吹っ飛ばせちゃうよ! 成功すれば、みんなをパーッと明るくさせられるね! パーッと。
周りがシンデレラガールズな中、一人だけsideマゾ、もといsideMしているヘリオガバルスが今後どのような振る舞いを見せていくのか? (彼の心中を表したモノローグでは、かなり不穏な未来が予想されますが……)
事務所の幹部たちが実質ヘリオガバルスの手中に落ちた状態で、アイドルたちはどうなるのでしょうか?
気になりますね!
そして一方。奈緒&セイバーですが、彼らも彼らで緊迫している様子。
彼らは果たして間に合う事が出来るのか……? という展開を、セイバーさんの生前のエピソードと絡めているのが実に巧みですね! 間に合って欲しいけどなあ……いやあ、はてさてどうなるのやら。
複数の人物(獣)が出て来る、これだけの大ボリュームの物語を実に分かりやすく書ききった氏には全くもって感謝しかありません!
投下ありがとうございました!
予約は、ある程度暇が取れて書き溜めが出来てからやりたいなあ、と思ってます。
まるで失踪まで秒読みの企画主が言いそうな台詞ですが、まあ、そうならないよう出来るだけ頑張りますので、これからも何卒この企画をよろしくお願いします。
それでは。
書き溜めは出来てませんが、音石明&紅葉で予約します。念の為延長もしておきます
投下します
「苺の旬は、いつだと思う?」
音石明はいきなりそう言った。
現在彼は、冬木ハイアットホテルのスイートルームから何階も下のフロアに位置するレストランにて、朝食最後のデザートであるスイートな苺のタルトに舌鼓を打っていた。
ウルトラ・スーパー・ギタリスト志望である十九歳の青年が、苺のタルトなんぞに舌鼓を打っているのは何だか滑稽な光景だが、事実、バターから苺にまで厳選に厳選を重ねた国産の高級品を材料に使っているそれは、美味極まっているデザートなのだから仕方ない。
音石から台詞を投げ掛けられたのは、雪のように真っ白なテーブルクロスを被った円卓を挟んで彼の真向かいに座り、同じく赤い甘味を口に運んでいる女性である。
彼女は実に奇妙な見た目をしていた。
いや、格好の奇妙さで言えば、ロックンローラーである音石も、左目に走った紋様や独特の髪型を始めとしてかなり奇妙であるが、パッと見でのインパクトは彼女の方が凄まじい。
まず目に付くのは、その髪色。
後ろでポニーテールに纏めている女の髪は、現在彼女が口に運んでいる苺と同じ様に赤々としていた。
あるいは、紅葉のような紅色とでも言おうか。
もしくは、血のような緋色か。
ともかく、彼女の髪色は浮世離れした赤色なのである。
そして、彼女が着ている和服もまた、その髪から色を取り、布地を染め上げたかの様に、見事な茜色だった。
このように、あらゆる部分が赤赤赤と、非常に目立つ、自己主張の激しい外見をしている。
たとえ五百メートル離れた場所から見ても、誰もがその赤色から彼女の存在を視認できるだろう。
また、髪色や服の色と同じくらい――あるいはそれ以上にインパクトを放っているのは、女の乳房である。
実に巨大――著しく豊満。
胸元に二つのボーリング玉を仕舞い込んでいるかの如き大きさを誇る女の胸囲は、驚異的な物であった。
しかも、女は赤い和服でその豊満な胸元覆い隠さず、着崩して見せつけているのだから、寧ろ、彼女の胸元は自己の存在をアピールしていると言えよう。
あとほんの数センチ胸元の和服がズレれば、女のたわわな乳房は容易く外界へと飛び出し、完全に露出する事となるだろう。
しかも、彼女の和服はかなり大胆な改造が施されており、裾の丈は最近のミニスカファッションな女子も裸足で逃げ出すほどに短く、ハリのある太腿は大胆に曝け出され、レストラン内の照明の光を受けて、湖の水面の様に輝いていた。
もしや、赤色と肌色の二色だけで、彼女は構成されているのではあるまいか?
そう思わざるを得ない程に、エロティズムという概念を、暴力的なまでに具現化したかのような姿を、その女はしていた。
頭のてっぺんから足裏まで探しても、貞操観念が欠片も見受けられない。
その上、女は顔のあらゆるパーツに他より劣っている部分が見当たらないほどに、掛け値無しの美人であった。
仮に、神が女から赤色と豊満なバストを奪ったとしても、かんばせに輝く美貌だけで、彼女は自分の姿を万人の心へと永久に刻み残すに違いない。
しかし現在、紅の女――伝説的な鬼女、紅葉は、かの万能者、レオナルド・ダ・ヴィンチの腕を以ってしても絵や彫刻に再現するのは困難極まると思われる程に美しい顔にクエスチョンマークを浮かべており、
「はぁん?」
と、音石からの質問に対し、そのように答えた。
いや、答えになってない。
天女もかくやとあらん美貌から放たれたのは、「何を言っているんだこいつは」「こんなタイミングで食べ物の旬を聞いて何になるんだ」――そして「そんな問題、答えが分かりきっているだろう」という若干呆れの混じった言葉であった。
「そりゃあ、苺の旬はまさに今――冬なんじゃありませんの? 」
紅葉は、皿の上にまだ残っているタルトに乗った苺に視線を落としつつ、そう答えた。
「チッチッチッ。違うんだよなあ、それがよォォ〜〜……」
指先で摘んだフォークを上下にスッスッと振るという、気障ったらしい動きをする音石。
上下に振れているフォークが、自分の皿の上にまだ三分の一ほど残っている苺のタルトを指した瞬間、彼はフォークの動きを止め、台詞を再開した。
「苺の旬は実は『春』なんだぜ」
「はぁん?」
得意満面な笑みを口元に浮かべる音石に対し、紅葉は先程と同じ台詞を返した。
「いやいやいや。それはおかしい話でやがりますわ。旬と言うのは、その食べ物が一番美味な状態で収穫出来る時期でしょう? ならば、私たちがこれ(苺のタルト)を食べている今であり、異国の祝い事の話題に出てくる、苺を乗せたあの丸い甘味がぽこしゃかと売れているらしい時期である冬こそが、苺の旬に決まってやがるじゃありませんの」
それとも、私たちや世間の人共は、旬の苺よりも味のランクが低いそれを、わざわざこの時期に食べているとでも? ――と紅葉は言った。
彼女の言い分はもっともである。
だが音石は依然として、得意満面な面を崩さない。
「いいや、おかしい話じゃあねー。苺の旬は、春だ。間違いなく春だ。そして――」
言って、音石は下に向けたままのフォークで苺のタルトを突き刺し、それを丸ごと自分の口の中に放り込んだ。
咀嚼。咀嚼。嚥下。
口の中にまだ残っていたバターの風味香る生地を流し込む為に、カップに入った紅茶を飲んだ後、音石は言葉を続けた。
「今オレらが食ってる――食った――コレに使われた苺や、世間に出回ってるクリスマスケーキに乗っかってる苺もまた、旬に収穫された物なんだぜ」
元から大きかった瞳を更に見開き、紅葉は驚きの反応を取った。
しかし、暫くすると、瞼を元の位置に下げて、「ああ、なるほど」とでも言うような表情を顔に浮かべた。
「ええと、つまり? 『苺の旬は春だ』という話をひとまず信じるとすると、この苺は今年の春――今から半年以上も前に収穫された物ということでやがりますの? 随分とまあ、痛みやすい果実にしては、長い間保存されているんですわね。現代の食物保存技術の発展具合を踏まえて考えれば、あり得なくはなさそうな話ですが」
「あっ、違ぇ違ぇ。さっきは言い方が悪かったな――正確に言えば、『旬に』じゃあなく、『旬と同じ状況で』収穫されたモンなんだ、コレはよ」
この苺は半年以上も前じゃあなく、長くても一週間くらい前の、最近に収穫された物なんだぜ――と。
音石は自分の発言をそのように訂正した。
「んん? 寧ろ、言い直した事で意味不明になってやがるですわ。収穫したのが長くても一週間くらい前だと言うのに、『旬と同じ状況』って……まさか、苺農家の周りだけが、妖術や奇跡のおかげで春になっているって訳じゃああるまいし」
「いやいや、それで大体は合ってるぜ。オレたちにこんなに美味ぇデリシャスな苺を提供してくれる世間の農家サン達は、わざわざ自分の畑を春――いや、春と同じ環境にしているのさ。流石に妖術や奇跡を使って、ではねーけどよォ〜」
先程は微妙に間違った言い方をしてしまった事を反省しているのか、音石は訂正を挟みつつそう述べた。
春と同じ環境?
「ハウス栽培っつーのか、促成栽培っつーのかぁ? ともかく、暖房なり照明なり使って、暦の上では冬の時期でも、苺の周り『だけ』は春と同じポカポカ陽気にしてるんだ」
「そうする事で、冬でも春同様のクオリティの苺が実り、収穫出来る、と」
「そういうことさ。現代文明の力の賜物って事よ」
今にも何処ぞのカワイイアイドルみたいに『フフーン』と言いそうな表情――所謂ドヤ顔を、音石は顔に浮かべた。
「どうだ、知らなかっただろう? 驚いたか――」
「まっ、全部知ってましたけどね」
「知ってたぁ!?」
けろりと言ってのける紅葉。
音石は、今までおよそ三千字ほど掛けてペラペラと語っていた自分が全くの道化であった事への衝撃に、椅子から転げ落ちそうなくらい大きく驚いた。
「だって私、サーヴァントとして召喚された際に、聖杯からある程度の現代知識を授かっていますもの。太鼓の中身みてーな頭をしている貴方より、那由多倍は世間を知っていますわ」
那由多とは、十の六十乗を意味する言葉である。
「だったら何だ、紅葉――お前は、さっきまで全部知らないフリしてオレのトークを聞いていたって事なのかよ」
「ええ」
「何でそんな……わざわざ驚くリアクションを取ってまで、騙す様な真似を……」
「だってマスター、貴方はてっきり私がその程度の知識すらない古代人か何かだと思っていたのでしょう? そんな風に思われていたのは中々に癪ですが、しかし私は貴方のサーヴァント。ならば、わざと知らないフリをしてでも期待に添ったリアクションを返して、主の顔を立ててさしあげるのも、まあ、偶にはやってあげた方が良いのでしょうよ」
「おぉ……」
紅葉の言葉に、音石は驚嘆した。
(こいつにそんな殊勝な考えがあったのか……)
しかし次の瞬間、何かに気付いた彼は「ん?」と眉をひそめ、
「じゃあ、何で最後の最後で『全部知ってましたけどね』なんてバラしたんだ。そこはバラさずにオレの機嫌を良いままにしとけよ」
「そりゃあ、自分の知識をひけらかして悦に浸り、今にも『ロックな上に知的なオレってサイコーにカッコいい……』と言い出しそうなマスターの、ドブクソゲロい姿が予想以上に気持ち悪すぎて、吐き気を催したからに決まってるじゃあありませんの。けっ、朝からマジにヤな物を見ましたわ……。あまりにイライラしすぎて気が狂い、危うくバーサーカーにクラスチェンジする所でしたわよ」
音石明は絶句した。
そして同時に、目の前に座るこの女がやはり、人を弄び、自分の都合で遊び回す手前勝手な性格の持ち主であった事を再認識する。
いや、考えてみれば当たり前の事なのだ。
何せ、紅葉は歴史上で数多の人々を騙し、欺いてきた存在である『鬼』に属する者なのだから。
先ほど彼女が言っていた殊勝な考えも、どうせその場の『ノリ』でたまたま『そうしてやろう』という気になっただけに相違ない。
この鬼女がノリと勢いで生きている節のある女である事を、音石はこの数日間で思い知らされていた。
随分とまあ、刹那的な生き方である。
紅葉は適当で、気まぐれな奴なのだ。
先ほど、スイートルームでのミーティングで彼女が言っていたように聞こえた『旦那様』とかいう台詞も、どうせその場のノリでポロっと言った物なのだろう。
いや、やはりあの言葉は気のせいや聞き間違いだったか……?
「で」
音石のそんな思考を遮るようにして、唐突に紅葉はニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべつつ言った。
「そんな雑な雑学を自慢気に話して、マスターは結局、私に何を伝えたかったんですの? まさか雑学語りだけで話は終わりってわけじゃあないんでしょう? 音楽を奏でる者なら、ただ言葉通りの台詞を伝えるんじゃあなく、言葉から派生した別の意味や発生するメッセージを付け加えるのが常識だと聞きましたわ」
そんな常識などない。
流石の聖杯も、そんな知識までは紅葉に与えていまい。
今彼女がやっているのは、ただ、恥をかかせた相手に、更に無茶振りをしているような行為だ。
だがしかし。
この時の音石明の場合は、紅葉の予想で当たっていた。
「ええと、まあ、そうだな……」
恥で朱色に染まった頰が元に戻らぬまま、音石は決まりが悪そうに喋り始めた。
どうやら、彼は紅葉の予想通り、『本来春に実る苺が、人の手が加わることで冬にも収穫出来る』という雑学にもなってない雑学から、更に何かしらの教訓めいて格好付けた台詞を言おうとしていたらしい。
とことん救い難い、気障な野郎である。
「『苺は春に実る』。これはどうしようもない、世界の理(ルール)だ。だけどよ〜〜……人間はビニールハウスや暖房を使う事でそのルールを弄って、冬でも苺を取れるようにしているんだよ。ここまではさっきも言ったはずだ。っつーか、知ってたはずだ」
語りながら自信を取り戻してきたのか、音石はやや熱のこもったでそう述べた。
彼の台詞はまだ終わらない。
「じゃあ、そもそも、この時期にわざわざ苺を収穫する理由って何だ? 冬に苺を食べないと死ぬのか? 違うだろ? クリスマスケーキの材料だとか何とか言ってっけど、結局は『冬でもンめぇー苺を食べてーから』っつー、エゴな理由じゃねェーか! なっ? つまりよォォ〜〜〜〜!」
ここで音石は一呼吸間を置いて、次のように言った。
「自分の欲望の為だけに、どうしようもなく定まりきった世界の理(ルール)を変えているッ! これって、かーなーりロックンロールな事じゃあねぇーの!? オレらは今、甘く味付けされた赤いロックンロールを食っているようなモンなのさッ!!」
最後の台詞に至っては近くにギターがあれば感情のままに弾き鳴らしていたであろうほどに昂った様子で、音石は自論を熱弁し終えた――さっきまでの屈辱の念に満ちた表情は何処へ消えたのだろう。
けれども、彼が語ったのは『たかだか苺からそんな事を考えるのか……』と思わせられるほどに、何とも馬鹿馬鹿しい、ノリと勢いだけで構成されているような理論である。
だがしかし、同じくノリと勢いだけで構成されている鬼女にはこれがウケたようで、
「ほぅほぅ」
と、彼女は感嘆の息を漏らした。
「少し感心させられましたわ! 特に、『甘く味付けされた赤いロックンロール』って部分には何だかトキメク物を感じましたわね」
「だ、だろ? だろだろぅ!? 新曲の歌詞に入れようかなあ〜〜?」
何とか紅葉から少しは見直してもらえた音石だが、彼はこの程度で『格好が付いた』と満足する男ではない。
彼が本当に格好付けるべきなのは、寧ろこれから――442プロダクションクリスマスライブへの対抗として開催するゲリラライブと、それに向けたセッティングである。
ミュージシャンはトークではなく、ミュージックで格好付けるべきなのだ。
(はんっ! 今このトークでキャスターから舐められてたって良いさ。本命はゲリラライブよ、ゲリラライブ! コレが成功した暁には、さっきのスイートルームでコイツが見せた『カッコいー!』と『素敵ー!』が混ざったあの表情をまた――いやッ!! それ以上のモノを、見せてもらうぜェーーッ!!)
それは、ダイヤモンドのように固い決意であった。
▲▼▲▼▲▼▲
道化師の話をしよう。
道化師達の話をしよう。
彼らは気が狂い、しかしそれでも理性を保っているという矛盾を抱えた道化師であった。
彼らは理性を持ち、しかしそれでも狂気を孕んでいるという矛盾を抱えた道化師であった。
それだけでも恐ろしいというのに、何と狂人二人の片方――バーサーカーことフォークロアは、『架空の存在である都市伝説を、現実に顕現させる』という凶悪な能力を持っていた。
彼らはその能力を使い、口裂け女に人面犬、ターボババアに怪人アンサー、果ては冬木市で現在進行形でまことしやかに囁かれている噂さえも、実体化させ、街に混乱と殺戮を齎していた。
そんな彼らが、ある屋敷の噂を耳にしたのはいつ頃だっただろうか。
詳しい日時は分からない。
だが、この話で重要なのは、噂を司るバーサーカーの主従が不気味な屋敷の噂を知った事、それだけであった。
「HAHAHA! オレたちやグール共が騒ぎまくってる間に、いつの間にかこんな噂が広まっていたなんてなァ! まあ、大抵の場合『気がついたら広まっている』のが、噂なんだがよぉ」
瓜二つなピエロの内、どちらか片方が言った。
その台詞に、もう片方のピエロが答える。
「『一度入れば生きて出られない人食い屋敷』……随分と古典的な、よくある話じゃないか」
「古典的なタイプであるってのは、何も悪い事じゃないぜ? それだけ昔から長い間、たくさんの人間を怖がらせてきたって事なんだからな。都市伝説界隈の長年のプロフェッショナルだ。噂を使うオレたちからすれば、頭が上がらねえよ」
「じゃあ、そんな長年勤務の先輩サマに対して、オレたちはどうする? 土産を持って、挨拶でもしに行くか?」
「それも中々魅力的な提案だが、ンッン〜〜……」
思考に耽ること数秒。
「ここは敢えて、先輩サマに挑戦するってのはどうだ」
「挑戦ン?」
「おう! 『先に恐怖の館の噂が流れていた』。だったらそれに対抗して、こっちも恐怖の館を建ててやろうじゃねぇか。よりとびっきり恐ろしいヤツをよ」
「HAHAHAHA! いいないいな! そりゃいいな! クールすぎるアイデアだぜ! そういや、人の住んでない屋敷がこの街にはあった気がするぞ! そこを使おう!」
二人は笑い、興奮した様子で互いの肩や腰を軽く叩き合った。
「オリジナルへのリスペクトに満ちたパロディ作品、恐怖の館第二号!」
「だけど勿論、オリジナルを上回る悪意を忘れずに!」
「館の中に住む者は誰なのか? そもそもそれは人なのか?」
「それは秘密!」
「入ったヤツは死ぬのか? それとも何処かに連れてかれてしまうのか?」
「それも秘密秘密!」
「予想だにしないオドロキをお客サマに御提供!」
「屋敷の形をした、カオスなビックリ箱を!」
「建てよう!」「作ろう!」「あぁ、作ろう!」
「HAHAHA「HA「HAHAH「AHAHAHAHAHA「HAH「A「H「AHAHAH「AHAHA「H「AHAHAHAHA「HAHAHAHAHAHAHA「HAHAHAHAHA「「HAHAHAHAHA!!!!」
そういう事になった。
彼らがこのような会話の末に冬木市に何らかの災厄をバラまいているのは、何も珍しい事ではない。
嘘か真か――折角買って貰ったクレヨンを使って絵を描きまくる子供の様に、彼らはちょっとした思いつきや好奇心を理由に化物や怪異を生み出し、野に放っているのだ。
この『恐怖の館第二号』計画も、所詮はただの思いつきの一つ――ワンオブゼムに過ぎない。
翌日の朝には、館の事をすっかり忘れていたっておかしくない――作ったまま放ったらかしにしていたっておかしくないのだ。
しかし、『それはあまりに無責任すぎる行為だ』と、彼らを責める事は出来まい。
狂人に責任能力を問う事など、この世の誰にも出来ないのだから。
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ゲリラライブを開催する前に確認すべき事は沢山ある。
場所は何処にするか? セッティングはどうするか? ――そして、どの楽器、どの機材を使うか?
三つ目の確認事項をまず先にすべく、音石と紅葉の二人は、機材や楽器の殆どが置いてある深山町のアパートの自室へと、タクシーに乗って向かっていた。
その途中で、武家屋敷の門の前を通り過ぎようとした時の事だった。
二人が、その館の中に居る何かに気がついたのは。
後に運転手から聞いた話によると、その館は何年も前から住民が居ない空き家らしい。
しかし、確かに彼らは、武家屋敷の中から感じ取ったのだ――人ならざる何者かの気配を。
紅葉の場合、サーヴァントとしての探知能力で、その存在を知った。
音石の場合、スタンド使いとしての常人離れした直感で、その存在を知った。
その瞬間、彼ら二人は殆ど同じタイミングで運転手にタクシーを停めるよう呼び掛けた。
「何かが居るようですわね、マスター」
「あぁ。サーヴァントか?」
「近いですけど、正確には違いますわね。使い魔か何かでしょう」
「んじゃ、今朝お前が言っていた、街に蔓延っているピクシーだかフェアリーと同じヤツか?」
「それも違いますわね。あそこに居る何かからは、異国のモノ特有の雰囲気を感じ取れませんわ」
「じゃあ、何処ぞのキャスターが回収しそこなった『死霊』の残り?」
「それも……うーん、違いますわ」
殆どアイコンタクトのみで行われた議論は五秒と掛からず終わった。
何だかよく分からないが、間違いなく普通じゃあない何かが、屋敷の中に居る。
それが、彼ら二人の現時点での見解であった。
その詳細は分からないものの、中身の気配が外まで漏れている事からも分かる通り、この武家屋敷の結界や陣地としての完成度はかなり低い物であり、作った者の技量はたかが知れている。
少なくとも、現在街中に西洋風の妖精を放っているキャスターや、街中から死霊の魂を収集しているキャスターが、こんな雑な物を作るはずがない。
「この邸宅にあのファッキンキャスター共の息は掛かっていないようですし、一度中身を見てみたいですわね。私の鬼道が使えるヤツが居るかもしれませんし。それに、これをこのまま放って置けば、後に厄介な事になりそうな気がしますわ」
紅葉の提案に、音石は賛成した。
街中を飛び回っている可愛らしい妖精達はともかく、この武家屋敷は分かりやすい不気味さを放っており、これを無視して素通りするというのは、難しい事である。
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タクシーから降り、運転手に金を払う。
まだ言われた目的地に着いていないにも関わらず、客が途中で降りる事に運転手は不思議そうな顔をしていたが、音石が「釣りはいらねぇよ」と言いながら財布から取り出した一万円札の枚数を目にすると、実に嬉しそうな顔でそれを受け取り、その場から去っていった。
どんどん小さくなっていくタクシーの後姿を横目に見つつ、音石は門に近づいた。
試しに、門の扉を軽く押してみる。
扉は不思議なくらい簡単に、抵抗なく開かれた。
きっと、幼稚園に入園したばかりの幼児であっても、この扉を押し開けるのは容易いであろう。
まるで、扉自らが意思を持って開き、客人を招いているかのようである。
その事象から、館に対して抱いている不気味なイメージをますます強めるも、音石は敷地内に足を踏み入れた。
その途端、激しい違和感を覚えた。
檻に閉じこめられた囚人が感じるような、閉塞感に似た違和感――。
スタンド使いになり、それなりの修羅場を何度か経験して来た音石でも、更に一歩踏み出すのを躊躇いたくなるほどの圧が、そこにあった。
しかし、それ以上に彼を驚かせたのは、隣に立つ紅葉の横顔であった。
彼女の横顔は、普段通りの人を小馬鹿にしているような微笑みを浮かべていた。
こんな状況でもその表情を崩さないとは、天晴、紅葉の胆力よ。
だが、それもそのはず。
生前は数多の怪異と遭遇し、百鬼夜行と共に京都を恐怖に陥れた彼女が、たかだかこの程度の圧力で、顔筋の動き一つ変える事の方がおかしいのだ。
後ろ手に扉を閉め、そのまま雑草もロクに刈り取られていない敷地内を進んで行く。
扉から屋敷の母屋まで、およそ二メートルほどの距離があった。
その中途で、紅葉が口を開いた。
「中に入った事で、気配をより詳細に探知できる様になりましたわね。母屋の中と外の植え込み、草むらから、合わせて十と幾つかの気配。それと――」
と。
その時、彼女の台詞を遮るかの様に、既に半開きになっていた母屋の玄関から、物音を立てて何かが現れた。
その正体は――人間だった。
いや、それを人間だと断言しても良いのだろうか?
何せそれの頭のサイズは通常のそれの三、四倍はある。
ちょっとしたバランスボールと、どっこいどっこいのサイズだ。
どれだけ頭を鍛えた人間でも、頭部がここまで大きくなることはあるまい。
骨格からして、普通を逸脱している。
しかもそれは、両手をピッタリと足に付けるという奇妙な体勢で動いているのだ。
気の弱い者が見れば、一目で発狂しかねない程に不気味な存在――明らかな異常である。
加えて、近くの植え込みや草むらから、同じく巨頭人間がわらわらと出てきたではないか。
その数、七人。
頭と同じく常人の大きさを遥かに超えた、縁日で見かける水ヨーヨーぐらいのサイズはある瞳で、彼らは音石達を見つめていた。
「歓迎ムードって雰囲気じゃあ、無さそうだなァ〜〜……」
「そうですわね」
片やスタンドという超能力を持つ男。片や伝説にもなった鬼女。
だからこそ、一目見るだけで彼らには分かるのだ。
目の前にいる巨頭人間共が、話の通じる相手ではないという事を。
恐らく、音石達があと一歩でも踏み出せば、彼らは襲い掛かり、害を与えてくるだろう。
ジッ……とハシビロコウのように見つめてくる巨頭人間たち。
彼らを見回し、音石は溜息をついた。
「ったくよォ〜〜、やっと聖杯戦争らしいイベントが起きたと思ったら、こんなキモい奴らに出会っちまうだなんて、ツイてねぇよなァ〜〜〜〜!」
「あらあら。頭のキモさについて、マスターは他人の事をとやかく言える立場でやがりますの?」
「こんな時でもそんな軽口を叩けるお前を、今だけは尊敬するぜキャスター。……で、どうよこいつら。使えそうか?」
この時の『使えそうか?』という質問には、紅葉の鬼道スキルが彼らに使えるのか、という意味がある。
「霊的存在ではあるらしいですけれど、依頼を聞いてくれそうには見えませんわね。両手を足にくっつけているヤツらがどんな依頼を遂行出来るのかって話ですわよ。それに、そもそもこんなクソゲロカスキモな化物には、流石に依頼をしたくないですわ」
「げっ、マジかよ。それじゃあ、ここに来た目的の半分以上は無意味になったようなモンじゃねぇか」
「それじゃあ、今からでも帰るって言うんですの? まあ、それも悪くないかも知れませんわね。見た所、この頭デッカチたちは、私たちがあと一歩でも踏み込んでくれば襲って来そうな雰囲気を出していますし」
「お〜っと。ここまで来て、『何だかヤバそうだからやっぱり帰るわ』とか言ってスタコラサッサと逃げる。それはそれでナイスなアイデアかもしれねェー。クレバーすぎるぜ」
「けどよォォ〜〜〜〜」
「ンな事ぁするのは、ちょいとばかし……」
「「格好良くない」」
「ですわよね」
「よなァーッ!?」
ザッ! と。
示し合わせたかのように同じ台詞を言い放った彼らは、次の瞬間には、示し合わせたかのように同じタイミングで、敷地内へと更に一歩踏み込んでいた。
その瞬間――巨頭人間たちが一斉に音石達へと飛び掛る。
両手を足に密着させているという姿勢であるにも関わらず、それは立ち幅跳びのギネス世界記録を優に超えるであろうほどの勢いを持った跳躍であった。
紅葉は、飛んできたフライ球をキャッチする内野手のような気軽さで、一人の頭部を右手でキャッチ――そう、キャッチした。
紅のサーヴァントの右手の五指は全て、直径一メートル近い大きさの顔面に深々と食い込んでいる。
これには、巨頭人間も文字通り面食らったようであり、踏まれた蛙のような甲高い悲鳴を上げた。
しかし紅葉はそれを意に介さず、それを掴んだままの拳で、二人目の襲撃者を薙ぎ払った。
二人の頭部が衝突点から粉砕され、ソフトボールくらいはある眼球四つが其々バラバラの方向に向かって飛んで行った。
拳を振り終わったと同時に、紅葉に掴まれていた巨頭人間の亡骸はあらぬ方向へと飛んで行った。
更に同じ方向から三人目が飛んで来た。
一メートル、五十センチメートル、三十センチメートル――両者の頭部間の距離は縮まって行く。
拳を振り終わったばかりの体勢である紅葉は、腕を使ってこれに対抗する事は出来ない。
なので、頭突きで迎え撃つ事にした。
当然、ただの頭突きではない。
鬼の並外れた頑丈さを誇る紅葉の頭は、最早石頭どころか鋼鉄頭とも呼べる物である。
サーヴァントですらない存在がこれに打ち勝てる筈もなく、三人目の巨頭人間の頭部は金槌で殴られた豆腐のように跡形も無く砕け散った。
ドラム缶一つ分はあるのではないかと思われる量の脳漿と血液が周囲に散る。
これらを頭頂からゼロ距離で浴び、真っ赤な髪がますます真っ赤になった紅葉は、濡れた犬がそうするように、頭を左右に振り、飛沫をあたりに撒き散らした。
かつて妖怪や鬼を自らの拳で殴って従わせ、化物の一団を築き上げていた鬼神の如き怪物の姿が、そこにはあった。
一方、音石は、提げているギターをかき鳴らしながら、自身のスタンド『レッド・ホット・チリペッパー』を顕現させた。
人の形を取った雷は、右腕を振りかぶり、たった一度のパンチで巨頭人間三人の頭部を殴り抜けた。
インパクトを受けた彼らの頭部は、砂糖菓子か何かのように容易く砕け、その内の一人の脳味噌(例に違わず、これも常軌を逸した大きさであった)は母屋の屋根まで飛んで行った。
それに加え、『レッド・ホット・チリペッパー』はパンチの最中に尻尾を使い、もう一人の頭部を横薙ぎに打った。
音を置き去りにする程のスピードで放たれたその攻撃により巨頭人間の頭部は胴体と別れ、一、二メートル離れた地面に深々とめり込んだ。
巨頭人間達が飛び上がってからこれまでで、三秒も掛からなかった。
もしも一般人がこの光景を見ていても、いったい何が起きたのか分からないであろう。
半開きになったままの母屋の玄関へ、二人は目を向ける。
紅葉の認識通りならば、残りの何かはこの先にいるはずだ。
二人は玄関へと向かって行った。
半開きの扉の先で二人を待っていたのは、ドーベルマンの身体に馬面の男の顔をした化物――所謂、人面犬であった。
侵入者を目にした怪物は、くわっ! と睨みつけ、開いた口から犬歯を覗かせた。
――が、人面犬がそんな威嚇をしている間に、紅葉はそれの鼻先に爪先から蹴りをぶち込んだ。
動物愛護団体が見れば、怒って狂死しかねない光景である――いや、果たして人面犬にも動物愛護の精神は向けられるのか?
顔面を蹴り抜かれた人面犬は、床と四十五度の角度を付けて飛んで行き、天井、床、右壁、天井、左壁……の順で跳ね、最終的には廊下の突き当たりの部屋に突っ込んで行った。
ガラスや陶器の割れる音が派手に鳴り響く。
その音で、侵入者の存在にいよいよ本格的に気付き出したのか、屋敷の各所から発せられていた気配が更に強まった。
「ぽぽぽぽぽぽ!」
そんな奇っ怪な声と共に天井を崩壊させ落下して来たのは、身長が二メートルはある巨大な女であった。
しかし、予めそれの気配を探知していた紅葉にとって、それは奇襲でも何でもなかった。
自らの巨体で紅葉達を潰さんと降り落ちてくる巨女に対し、紅葉は自らの手元にギターのような形をした琴をアポートさせた。
「『『鬼々怪々紅葉琴(ファッキン維茂ですわッ!!)』ッ!! 」
宝具発動。
本来ならば、対サーヴァント戦でもない状況ですべき行為ではないはずなのだが、生憎現在の紅葉はある事情により魔力がたっぷりとある状態であり、しない理由は何処にもなかった。
白魚のような指で弾かれた弦は大いに震え、指向性を持った大音響を放った。
音の直撃を受けた巨女は、紅葉たちの頭頂から三十センチの地点で重力を無視した停止――携帯電話のバイブレーションの様にフルフルと震えたかと思うと、次の瞬間には破裂し、身体の内容物を邸宅内にばら撒いていた。
二メートルの巨体の爆発が頭上で起きたにも関わらず、紅葉達は返り血一つ浴びていなかった。
紅葉が、指向性を持った音の攻撃をしたと同時に、自分たちの周囲に音のバリアを張っていたからである。
先ほどの巨頭人間戦での反省を活かした行動と言えよう。
巨女の爆死を受けて驚き、戦意を失ったのか、館内の各所から感じられた気配は音石達から急速離れていった。
「このまま逃していいのか? オレのスタンドなら、電線を伝って屋敷内の何処にでも一瞬で追いつけるぜ」
自慢気にそう語る主人を呆れたように見つつ、紅葉は
「いえ、その必要はありませんわ」
と言った。
「別にアイツらは私たちから逃げているわけではありませんのよ。ヤツらは助けを求めに行っているんですわ」
「助け……? 誰にだよ?」
「あらそう言えば、その事についてはまだ教えていませんでしたわね。頭デッカチ共の所為で、話は途中で遮られましたもの」
『そうだったそうだった』と、今更思い出したかの様子で語り始めた。
「この屋敷には、母屋の中と外の植え込み、草むらから、合わせて十と幾つかの気配がありましたわ。それと――」
区切れのいい発音で、紅の美女は語る。
彼女は琴の弦のように細く滑らかな指で、廊下の先を指差した。
「私の指差す先に、それ以上の――より巨大でより強大な気配が潜んでいますわ。まさしくサーヴァントに限りなく近い、何かがね」
←To Be Continued ……
前編後編に分ける話をやってみたいので、今回はそうします。
というわけで前編の投下終了です。タイトルは『立禁止』とします。
後編投下までしばらくお待ちください
ただの思いつきで『恐怖の館二号』を一件建ててしまうという発想がとんでもない…
中にいる人達もずいぶんとバリエーション豊かで
…そして、そんなモンスターパニックを蹴散らしていく音石&紅葉主従も噛み合わないようで絶妙に噛み合っていて
相変わらず読んでいてとても楽しいコンビでした
後編を楽しみにしつつ、このたび新規参入となりますが予約させていただきます
川尻しのぶ&セイバー(小碓媛命)を予約します
現在執筆にとりかかっている身の上ですが、ひとつ企画主である◆RdVZtFsors 氏の意見を仰ぎたい点があります
>令呪を全て失っても、マスターもサーヴァントも消滅することはありません。
>また、サーヴァントを失っても、マスターはそのまま舞台に残り続けます。
このルールを見る限り
・サーヴァントを失い、令呪をすべて失ったマスターは聖杯戦争から脱落したまま舞台に残り続ける
・ただしその場合、舞台に残り続けるだけで、元の世界に帰ることはできない
・サーヴァントだけを倒せば、マスターを殺さなくとも(令呪が残っていて再契約されない限り)聖杯戦争に勝ち残ること自体はできる
このようにも解釈できますが、◆RdVZtFsors 氏としてはそのルールで解釈されていたのかどうか、意見をお伺いしたいと思います
(これまでのSSではマスター側「人殺しが自分にできるのかどうか」という葛藤が描かれるなど、
◆RdVZtFsors マスターが『人を殺さなければ、 聖杯は獲れない/元の世界に帰れない』ように認識しているかのようにも受け取れますし、
氏が敢えてその点を言及していない(作中のマスター達も詳細は知らされていない)ということでしたら、そのように書かせていただきます
はい! そのような解釈で合ってます!
サーヴァントを失ったマスターは丸腰でお祭り騒ぎな冬木市に残される形になってしまいますね!
しかし、『錆びつく世界を、スキップでかけて』の美紀ちゃんを見た感じ、マスター達にそのような情報は与えられていないと思います!
与えられているのは聖杯戦争の基本的なルールや『生き残れるのは一組だけ』という認識くらいですかね!
>>362
ご回答ありがとうございます
投下します
紅葉に蹴り飛ばされた人面犬が、ジェット機の如きスピードで飛び込んで来た事により、室内は滅茶苦茶な有様になっていた。
家具は倒れて硝子は割れ、それらの残骸が彼方此方に飛び散っているので、床には足の踏場が殆どない。
しかし、そんな爆心地宛らの光景も、紅蓮の美女――紅葉が一歩でも立ち入れば、漂う埃臭さがたちまちに消え去り、桃源郷へと変化しているかのようであった。
存在するだけで場の雰囲気すらも変える美貌は、まさに魔性のそれである。
紅葉は、裸足同然の脚装備であるにも関わらず、家具の破片が散らばった室内を平然と歩いていた。
一方、音石明は、超常の存在である彼女とは違って、靴を履いていても破片を踏むのが痛いのか、随分と歩きにくそうな様子で進んでいる。
二人は破壊された部屋を強引に通り過ぎた。
そこからまた、古びた廊下を歩き進む。
暫くすると、襖によって封じられた部屋が見えてきた。
閉じられた襖の大きさと枚数から、中が大広間となっていることが窺い知れた。
襖の四メートル手前で、二人は立ち止まる。
「あの中に居ますわね」
と、紅葉。
「巨大な気配が一つと、それに助けを求めにやって来たヤツらの気配が幾つかですわ」
心なしか、声の調子が普段よりも低くなっている。
硝子細工のように美しい瞳に宿る眼光は、普段のおちゃらけたそれではなく、鏃の先端のような冷たい鋭さを持っていた。
屋敷に入った際に感じた閉塞感に対し、少しも表情を変えなかった彼女が、これほどまでの態度を見せるとは――成る程。
襖の向こうにいる巨大な何かは、そんな態度を取るのに相応しい相手だと言うわけか。
「助けを求めにやって来たヤツらはともかく、求められている方はちょっとばかし厄介な相手になるかもしれませんわね。全員が連携を組めば、尚更厄介です」
そんな事を言い出す紅葉に、音石は驚いた。
まさか彼女が、そんな弱気な判断を下すとは……。
普段の言動からは、予想もつかなかった発言である。
聖杯戦争の初陣が、紅葉のテンションに何らかの影響を与えているのだろうか?
「嗚呼、面倒ですわ。面倒ですわ。面倒ですわ。見覚えの無いもののけがうじゃうじゃと――実に面倒な相手ですわ」
溜息を吐きつつ、「やれやれです」とでも言いたげな顔で、紅葉は顔を左右に振った。
次いで、彼女はギターと琴のハーフのような珍妙なビジュアルをした楽器を、手元にアポートする。
それは紅葉の宝具の一つ――先ほど巨女を爆殺する為に使った物である。
「ですから」
白金を磨き上げて作ったかのような美しさを持つ指を、楽器の弦に添えた。
「襖を開けずに――相手の土俵に上がらずに、ここから攻撃を仕掛けますわッ!!」
白金が、弦を高速で横切る。
その瞬間。
ズガァーーンッ!!!――と、文字で表せばこんな風になる音が響いた。
まるで、二トントラック同士の衝突を、音で表現しているかのようである。
聴き心地が良いとは、お世辞にも言えない、聞く者の鼓膜を破壊する為だけに演奏されているかのような、暴力的な曲であった。
慎重さなんて微塵も見受けられない大雑把すぎる攻撃は、床板を剥がし、壁を崩しながら進んで行き、全ての襖をふっ飛ばして大広間へと飛び込んだ。
音の嵐は室内を蹂躙し、破壊する。
当然、紅葉は嵐の突撃を一度で終わらせるつもりは無い。
二度、三度、四度……弦を弾き鳴らし、室内に大音響を叩き込んだ。
十秒にも満たない演奏を終え、紅葉は楽器の弦から指を離した。
音の来襲を受けた大広間は、埃や煙がもうもうと上がっている。
やがて煙が晴れ始めると、室内の様子が見えるようになってきた。
畳は剥がれ、壁は穴まみれになっている。
部屋のあちこちには、気味の悪い日本人形や身体中に針が生えた蛞蝓と云った化物の類が幾つか転がっていた。
彼らはみな音の直撃を受けており、腕は外れ、体の内容物が溢れ出て、と大ダメージを負っている。
これでは、紅葉との戦闘はおろか、この場から逃げ出すことすら出来ないだろう。
この惨憺たる光景に、音石は驚愕すると同時に、敵が戦闘不能に陥ったことに安心していた。
しかし、埃煙が完全に晴れた途端、彼は更に大きく目を見開き、驚くこととなる。
大広間の中央に、山があった。
宇宙の闇を切り取って貼り付けているかのように真っ黒な山であった。
紅葉の演奏を受けても尚屹立しているそれは、まさに『動かざること山の如し』そのままである。
だが、暫くすると、それの正体が山ではないことを音石と紅葉は悟った。
「なんだありゃ。ヘビか?」
「そのようですわね」
それは正確に言えば、頭にあたる部分を覆い隠すようにしてとぐろを巻き、山のようになっている大蛇であった。
よく見てみると、表面が黒い鱗でびっしりと覆われている――これで、先ほど紅葉が放った音の嵐を防いだのだろう。
この大蛇が、紅葉の言う巨大な何かの正体であるのは明白である。
頭にあたる部分を隠すようにとぐろを巻いているのは、音の攻撃からそこを守る為なのだろうか?
その時、音の嵐が止んだことを悟ったのか、大蛇は動き出し、とぐろを解き始めた。
瞬間――残像が出来るほどの速度で、大蛇に向かって駆け出す紅葉。
どうやら、大蛇がとぐろを解こうとしている隙にさらなる攻撃を与え、完全に倒すつもりらしい。
走って近づくのは、遠距離からでは攻撃が効かなかったと見て、近距離からより強力な攻撃を行う為だろう。
敵の隙を突くとは卑怯に見える行為だが、それを言うならさっきの演奏攻撃からしてそもそも卑怯である。
けれども、紅葉のマスターである音石は、そういう卑怯だとか不意打ちだとか騙し討ちだとかを好む傾向にある男だったので、紅葉が取った行動に、そのような感想を抱くことはなかった。
強いて文句があるとすれば、『さっきから紅葉ばっかり活躍していて、オレは良いところを全然見せられてねーよなァ』ぐらいだ。
しかし、ここで変にでしゃばって紅葉の邪魔になり、後で痛い目を見るのも嫌なので、ここは静観しておくことにする。
聖杯戦争のマスターとしては、これ以上なく妥当な行動選択であった。
ゼロコンマ一秒で大蛇との距離を詰めた紅葉は、移動の勢いを乗せたパンチを放った。
キャスターらしからぬ肉体攻撃である。
そして、その攻撃は奏功した。
功を奏し、破壊音を奏でた。
紅葉のパンチを受けた大蛇の鱗は、空手の達人が拳を振り下ろした瓦のように罅割れ、砕けたのである。
当然の結果だ。
広範囲を対象とした演奏攻撃ならまだしも、第六天魔王の因子を受け継ぎし者から直々に叩き込まれた拳を防げるものなど、この世にそうそう居まい。
確かな手応えと共に、紅葉は鱗の奥の肉から腕を引き抜いた。
ずぶり――と、生々しい音が響く。
一方、大蛇のとぐろ山の内部からは、痛みに悶えるような声が上がった。
と同時に、紅葉の頰を空が叩く。
蛇の尾が真横から凄まじい勢いで、壁や床板を巻き込みながら迫って来ていたのである。
「痛みに任せての攻撃ですか。雑すぎでしょう」
感じた覚えの無い強大な気配を発していたから少し警戒しましたけど、実際は全然大した事ないですわね――と。
紅葉はひょいとバックステップする。
彼女の鼻先を、黒の風が通り過ぎていった。
攻撃が空ぶった勢いでとぐろが完全に解き終わったらしく、大蛇の頭は完全に姿を現した。
否――姿を現したのは大蛇の頭ではない。
本来蛇の大顎があるべき位置には、女の上半身があった。
ただの女の上半身ではない。
それには左右それぞれ三本、計六本の腕が生えていた。
仏教知識をほんの少しでも齧っている者がその姿を見れば、阿修羅を連想しただろう。
疑いようの無い化物である、
かつて妖怪や鬼の一団を率いていた紅葉であっても、その化物には見覚えがなかった。
外見の要所要所と雰囲気から、辛うじて、それが日本生まれのものであると見受けられる程度である。
(そう言えば、これまでに出会った化物達も、見覚えのないヤツらばかりでしたわね……)
彼女がそれらに見覚えが無いのも当たり前であった。
何せ、この屋敷を巣食う化物たちは、現代に噂される怪異なのである。
平安を生きた紅葉が、それらに見覚えがあるわけがない。
しかし、彼女はそれらに『見覚え』がなくとも、それらを『知って』はいた。
紅葉が聖杯から与えられた知識には、現代の怪異譚までちゃんと含まれていたのだから。
(最初に出会った頭デッカチは……特徴からして『巨頭オ』に出てくる奇形の人間でしょうね。人面犬は人面犬。巨女は……特徴的な鳴き声をあげていましたし、『八尺様』とかいうヤツでしょう。部屋の片隅に転がっている、毛虫と蛞蝓の合成獣みたいなのは――)
今更ながら、自分が倒したものたちが何だったかを復習する紅葉。
どれも皆、ほんのちょっぴりでもオカルト知識があれば、誰でもその名に辿り着けるもの――よく噂される、有名どころばかりであった。
(――そしてこの女蛇は……『姦姦蛇螺』ですかしら?)
姦姦蛇螺。
それは主にインターネット上の情報掲示板で語られ、噂される怪異。
蛇の下半身と、六本の腕を持つ女。
民を守る巫女であったが、民に裏切られ、憤怒と怨念の存在へと堕ちた者。
その悍ましい見た目から分かる通り、非常に邪悪な怪物である。
噂曰く、下半身の蛇の部分を見た者に、解除不能の呪いを与えるとか。
(それにしては、この真っ黒な下半身を見ても、私に何か呪いがかかっているようには思えませんがね)
閉塞感に似た違和感はあるが、それはこの屋敷に入ってからずっと感じていた雰囲気みたいなものであり、呪いとは言い難い。
続いてほんの一瞬、紅葉は音石がいる方向を振り向く。
スタンド使いであるものの、体は一般人のそれであり、魔術師のように魔術や呪術への耐性があるわけではない彼は、しかし、姦姦蛇螺の下半身を見ても、体や精神に何か不調が生じているようではなかった。
呪いを受けているようには見えない。
明らかになった女蛇の外見の醜悪さに、少しばかりビビっているだけである。
(超常の存在がサーヴァントとして召喚される際は、霊器という器に縛られる都合上、生前よりも低いスペックになるんでしたっけ? それと同じように、館の作成者に生み出されたであろうこの姦姦蛇螺は、スペックダウンを起こし、伝承にある呪いの力を失っているのでしょうか?)
紅葉の推測は大体当たっていた。
噂を司るバーサーカー――フォークロアによって生み出された姦姦蛇螺だが、噂の中でそれが登場するのは、こんな館の中ではなく、鬱蒼とした森や山の中である。
伝承とは異なるフィールドに配置された事により、大幅なスペックダウンを起こしているのだ。
【おいおい、紅葉。大丈夫なのか?】
念話で音石が語りかけてきた。
姦姦蛇螺の神々しくも恐ろしい外見には、怖いものなしのギタリストでも畏怖を感じるのだろうか。
【大丈夫大丈夫。こんな英霊(サーヴァント)未満の幻霊(アーバンレジェンド)、私が本気を出さずとも、十六進法の三十二ビートで瞬殺ですわよ】
【だけどよォ〜〜〜〜……】
【シャーラップ!】
野次に対し、紅葉は叫んだ。
【マスターは一々口出しせずに、私の後ろでコソコソしながら、『冷凍ちりめんじゃこ』で自分の身を必死に守っていればよろしいんですのよ!】
【『レッド・ホット・チリペッパー』って言ってんだろがッ!】
【それにですね――】
音石の文句に取り合わず、紅葉は半人半蛇の化物を指差す。
【既に決着は付いているようなものなんですのよ】
瞬間。
姦姦蛇螺の下半身の、先ほど紅葉が拳を突き刺した部分がボンッ! と、ポップコーンのように膨張し、破裂した。
「!?」
飛び散る己の下半身の一部分を眼にし、姦姦蛇螺は深淵へと繋がっているかのように禍々しき双眸に驚愕の色を浮かべた。
何が起きたか分からない――とでも言いたげな風である。
それは音石も同じらしく、最初は目を見開いて驚愕していたが、暫くすると、
「さっきのアレと同じじゃねぇか……」
と呟いた。
彼の言う『さっきのアレ』とは、前編で紅葉が行なった音の攻撃で、巨女の身に起きていた爆発である。
「その通り」
首の上だけ振り向いた紅葉は、音石の驚き顔が余程滑稽だったのか、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「外側から音を流してもあの鱗が邪魔でしたからね。だけど、鱗を突き破って内側から放った音なら、威力は百二十パーセント通じるはずでしょう?」
なので、先ほど拳を突っ込んだ時、ついでに『魔力放出』の破壊音波を流し込んでいたという訳だ。
音の爆弾による破壊はその一回だけに留まらず、紅葉が腕を突っ込んだポイントから、音波のように伝播して行く。
じわじわと破壊され、砂像のように崩れ落ち行く姦姦蛇螺の下半身に、紅葉と音石は勝利を確信した。
だがしかし。
破壊が蛇の下半身から女の上半身へと到達する直前――予想だにしない事態が起きた。
姦姦蛇螺の上半身と下半身が分かれたのだ。
破壊され行く蛇の下半身に別れを告げた女の上半身は、音の破壊から無事に逃れる。
六本の腕を駆使して行われた軽やかな着地に、紅葉たちは蜘蛛のイメージを見た。
そして一瞬後――上半身だけになった姦姦蛇螺は、F1マシンの如き高速で駆け出した。
「はぁ!? 高速で動く女の上半身って……そりゃもうテケテケじゃねぇですの!」
そんな突っ込みを叫ぶも、姦姦蛇螺が上半身だけになるのが全くおかしい話ではない事を、他ならぬ紅葉が理解していた。
そもそも、原典とも言える話の中では、姦姦蛇螺は女の上半身と蛇の下半身がセットで揃った姿で登場しておらず、女の上半身だけの姿でしか登場していないのだ。
その姿は『巫女』と呼ばれ、本来の姦姦蛇螺と同一でありながら異なるものとされており、姦姦蛇螺がこの姿を取るのは、遊戯感覚で出現する時だけなのだ。
けれども、遊戯感覚で出現する時の姿だからと言って、その力を甘く見るべきではない事は、今しがたそれが見せている機動力の高さを見れば、誰でも理解出来るだろう。
水の中に生きる魚が水の中で本領を発揮するように、サバンナに生息するチーターがサバンナの環境下で一番速く走れるように、噂の中の存在である姦姦蛇螺が噂に登場した際の姿を取り、その結果身体のパーツが欠けようと何ら支障がないのは、当然の理屈なのであった。
こちらに迫り来る巫女に宝具の楽器で対処しようとするも、弾いている暇がない事を悟った紅葉は、ノータイムで用意できる攻撃手段である拳を構えた。
姦姦蛇螺の鱗ですら殴り砕いた拳だ――何も身に纏っていない状態のものがその一撃を食らえば、いとも容易く絶命するに違いない。
石のように固く握り締められた鬼人の手が閃く。
しかし、その一撃が巫女を絶命させる事は無かった。
上半身だけになり、節足動物のように床を高速で疾駆しているそれは、紅葉の拳を回避したのだ。
どころか、カウンターのようにして、六つの拳で殴りかかってきたではないか!
六方向から飛んで来た攻撃には流石の紅葉も『マズい』と思ったらしく、みっともない転がり方であるものの、なんとか回避に成功する。
けれども、避けられたからと言ってそこで攻撃を止める巫女ではない。
それは一切速度を緩めずに、紅葉に向かってまた飛びかかってきた。
紅葉はまた避ける。
巫女がまたまた迫る。
紅葉はまたまた避ける。
巫女がまたまたまた迫る。
紅葉はまたまたまた避ける。
巫女がまたまたまたまた…………
一瞬の隙間もない攻撃と回避の連続だった。
(あっちは六本でこっちは二本――文字通り攻撃の手数が違いすぎますわ。オマケに、小さくなって小回りが効くようになった所為か、こちらの攻撃は回避される始末……せめて、楽器を取り出して弾ける暇があれば良いんですけど)
紅葉がそんな事を考えていると、彼女の視界の端に、何かが雷のような速度でやって来た。
新たな敵かと思った紅葉だが、そうでは無い。
雷のような速度でやって来たのは、雷であった。
雷のスタンド――『レッド・ホット・チリペッパー』だった。
(なっ!?)
紅葉は絶句した。
音石が『レッド・ホット・チリペッパー』を顕現させ、室内に入れたのは、回避に回ってばかりの紅葉の加勢をする為なのだろうが、紅葉でさえスピード戦で苦戦している巫女相手に、紅葉よりも弱い『レッド・ホット・チリペッパー』が立ち向かった所で、一蹴されるだけである――現在の巫女に、蹴りをする脚などないのだけれど。
そんな紅葉の考えを知ってか知らずか、音石はやけに自信満々な顔をしていた。
「オレはさっきから不思議に思ってたんだけどよォ〜〜、この化物はどうしてわざわざとぐろを解いてまで、いかにも弱点な丸裸の上半身を晒したんだ?」
『レッド・ホット・チリペッパー』のの本体は、歌うように語る。
「紅葉。お前とそいつのバトルを見て、その答えは分かったぜ。そいつは『視覚を確保する為』にとぐろを解いたんだ。とぐろを巻いた状態じゃあ、オレ達の姿が見えなくて、大雑把な攻撃しか出来ねえからよォ〜〜。そんな攻撃じゃあ、確実性に欠けるよなァ〜〜〜〜?」
彼が言葉を続ける間も、巫女は紅葉への何度目かの接近を行なっている。
「だから、下半身を失うも、とぐろから脱出し、視覚がはっきりとしている今、そいつは正確にお前へと向かい、攻撃を仕掛けているんだろうさ」
「だったらよォ」
「急に目が見えなくなったら、どうなるんだろうなァ〜〜〜〜ッ!?」
言って、音石はギターを荒々しく、しかし、整ったメロディが出るように弾き鳴らした。
それと同時に、彼のスタンドが爆発した。
いや、違う。
爆発しているかと見紛うほどに激しく発光したのだ!
赤き雷獣が持つスタンドパワーから変換された電光は、室内を埋め尽くす。
スタンドが成長する以前は搦め手頼りの戦法を多く使っていた音石にとって、このような目くらましは息をするように簡単にできる行為だった。
「███ █――!?」
突如発生した閃光を、六本の腕を壁にして防ごうとする巫女だが、それより光の方が速いのは物理法則的に絶対に覆しようのない事だった。
結果、網膜が光に貫かれ、巫女の視覚は一時的ではあるものの著しく低下した。
視界が突如真っ白に包まれた事に魂消た巫女は、動きを止め、軽い混乱状態に陥った。
一方、紅葉はというと、パートナーである音石が何をするかを完全に読んでおり、事前に瞼を閉じていたので視力減退を負わなかった――などという事はなく、普通に網膜を焼かれ、失明に近いレベルで目が見えなくなっていた。
「はあ〜……」
と、深い溜息を吐く紅葉。
「なに自信満々に語って、私の目を潰しちゃってくれてるんですの、マスター。やっぱり、貴方はトークに向いていませんわね」
しかし。
しかし、だ。
音を支配し、音を操る紅葉にとって。
音で相手の位置を把握でき、音で広範囲を大雑把に攻撃できる紅葉にとって。
視覚を失った事など、些細な事なのだ。
『ニヤリ』というオノマトペがこれ以上なく似合う笑みを口元に浮かべながら、紅葉はゆっくりと、実に余裕を持った動作で楽器を取り出した。
それは琴のようでありギターのようでもあるという実に不恰好な楽器だが、今の彼女が持つと、それは連続殺人鬼が持つ凶器のようにおどろおどろしいオーラを纏っているようにさえ見えた。
紅葉は、慣れた手つきで弦に指を添えた。
そして、未だに視力が回復せず、光が網膜を貫いた衝撃でのたうち回っている巫女に向かって一言。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ――って、あらあら……これは私が言っちゃ駄目な台詞ですわね」
手ではなく、弦楽器の鳴る音が部屋に響いた。
▲▼▲▼▲▼▲
閉塞感のような息苦しさがすっかり無くなった屋敷の玄関から出ると、紅葉たちが散らかした巨頭人間たちの遺体は、綺麗さっぱり消え失せていた。
霊的な召喚物であるのだから、絶命してしばらくすれば跡を残さずに消え去るのは当たり前である。
「うーん、まだ視界が少しボヤけてますわ……」
「寧ろ、こんな短時間で少しボヤける程度まで回復しているお前の視力にオレは驚きだぜ。話には聞いてたが、サーヴァントの回復能力ってかなり高いんだな」
「まあ、そもそも、マスターがあの時事前に注意の一つでもしていれば、視力の完全回復を待つ羽目にならなかったんですけどね。念話で伝えようとか思わなかったんですの?」
「あの時はそんな事をする暇がなかっただろうが」
「その割には、やけに長い前口上を喋っていた気がしますわね?」
『魅力』の『魅』の字に『鬼』を入れたのは誰だろうか。
その人物を探し出し、「なぜ『魅力』の『魅』の字に『鬼』を入れているのか?」と問えば、「紅玉の如き美しさを誇る紅葉が、鬼だったからだ」と答えるに違いない。
一つの字の起源に関わっているのではと思わざるを得ない程に魅力的な顔に、紅葉は不機嫌そうな表情を浮かべていた。
折角の美貌が台無しである。
それを見て、これ以上この話題を続けるのは拙いと考えた音石は話題を変える事にした。
「ところで、この屋敷にB級ホラー映画に出て来そうな化物たちを放ったのは結局誰なんだろうな」
「……知りませんわよ。少なくとも妖精を放っているキャスターや、死霊の魂を集めているキャスターではないと思いますがね」
「ただ」――と、紅葉は台詞を付け加えた。
「これはほぼ当たっていると思われる予想ですけど、この館を作ったサーヴァント――おそらく、クラスはキャスターでしょうか――は、怪談や都市伝説の類を従える能力を持っていますわ」
屋敷の中で見た、都市伝説上の存在である化物達の姿を思い出しながら紅葉は語った。
「怪談や都市伝説を従えるだぁ? そんな奴がサーヴァントにいるのかよ」
「さあ。それはよく知りませんけど……怪談の噺家とかがサーヴァントになっていれば、あり得ない能力ではありませんわね」
実際には語り手ではなく、語られる話そのものがサーヴァントとなっているのだが、流石にそんな突飛な発想を思いつけるほど紅葉は人間離れしていないようである。
「そんな能力を持つ奴が居るってのは、まあ、分かった。けどよぉ――んじゃあ、そいつがこんな屋敷に化物達を詰め込んだのはどうしてなんだろうな」
「それこそ本当に分かりませんわよ。屋敷内に魔力をプールしていて、それの護衛を化物達にさせていたってわけでもありませんしね。――お化け屋敷でも作りたかったのかもしれませんわ」
最後に紅葉はそう冗談めかして言ったが、それはかなり真相に近い答えであった。
この館の作り主は、ただ訪れた者を怖がらせ、恐怖に陥れる為に化物を生み出し、館の各所に配置したのである。
勿論、そんな狂人の事情を知らない音石たちは、暫く頭を捻るも、納得のいく答えを見つけることは出来なかった。
結局は、噂を操るキャスターには今後も気をつけよう、という結論が出て、此度の議論は幕を閉じたのである。
音石は手首に巻いた高級そうな腕時計に視線を落とした。
「そういや、此処に入ってから出てくるまでで、三十分もかからなかったんだな」
「そんなに短かったんですの? てっきり、十三日くらいかかってたかと思いましたわ」
「それは大袈裟すぎねぇか?」
「そういえば、外にタクシーを待たせていませんけど、ここからマスターの自宅までどうやって向かうつもりですの?」
「あー……。いくら此処に入る場面を見られたくねーからって、待たせてなかったのは失敗だったかもな……。電話で新しく呼ぶか……」
そんな事を喋りつつ、音石達は門を開き、屋敷の敷地外へと出て行った。
彼らが去って、敷地内に残されたのは至る所が破壊された廃墟だけであった。
【深山町 武家屋敷前/1日目 午前】
【音石明@ジョジョの奇妙な冒険Part4 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]健康 、スタンドエネルギー消費(その辺から電力を吸収すればすぐに元に戻ります)
[令呪]残り3画
[装備]こだわりのギター
[道具]携帯電話、財布など
[所持金]盗んだ現金(そこそこ)&盗んだ貴金属類(たっぷり・ただし換金手段のアテなし)
[思考・状況]
基本行動方針:美味しいトコを掠め取りつつ聖杯戦争で勝利を。ついでに伝説開始
[備考]
1.討伐令には真面目に取り組まないが、チャンスがあれば美味しいとこだけ横取りを狙う
2.442プロのライブの時間に合わせて『路上ゲリラライブ』を決行する! そのための準備だ! まずは場所探し!
3.噂を操るキャスター(推定)には気を付ける。
※深山町の片隅にアパートがあります。
※バーサーカー(モードレッド)、セイバー(スルト)、アーチャー(ヴェルマ)の戦闘を途中から観戦していました。
セイバー(スルト)とアーチャー(ヴェルマ)主従の同盟を確認しました。
※スタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は、バーサーカー(モードレッド)の赤雷の余波を少量吸収しました。
スタンドの色が黄色から赤へと変化し、僅かに神秘の力と魔力を纏っています。
※噂を操るサーヴァントの存在(フォークロア)を把握しましたが、それの詳細にはいくつか誤解をしています。
【キャスター(紅葉)@史実(10世紀日本)】
[状態]健康、魔力消費(小)、視力低下(数分で治ります)
[装備]紅葉琴(ギター型)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:美味しいトコを掠め取りつつ聖杯戦争で勝利を
[備考]
1.討伐令には真面目に取り組まないが、チャンスがあれば美味しいとこだけ横取りを狙う
2.442プロのライブの時間に合わせて『路上ゲリラライブ』を決行ですわ! そのための準備です!
3.噂を操るキャスター(推定)には気を付ける。
※バーサーカー(モードレッド)、セイバー(スルト)、アーチャー(ヴェルマ)の戦闘を途中から観戦していました。
※冬木市に死者の霊が居ないことに気付きました。何らかのキャスタークラスの干渉を疑っています。
※キャスター(パトリキウス)が斥候に放った妖精たちの存在に気付いています。
1回に限り脅して支配権を強奪できると読んでいますが、実行すると確実にパトリキウスに察知され対策されます。
※噂を操るサーヴァントの存在(フォークロア)を把握しましたが、それの詳細にはいくつか誤解をしています。
投下終了です。タイトルは「もののけフレンズ」とします
投下お疲れ様です
ジョジョならではのギミックを駆使した戦闘と、現代の御伽草子がミックスしたとても濃い前後編を読ませていただきました
相手の狙いが、ただ『ミステリーハウスに対抗するために作ってみただけ』なんてそりゃあ読めるはずもない
続々と噂を操るキャスター(ではありません)に感づく者が出てきましたが、果たして冬木市ミステリータウン化を阻止することはできるのか…
ちなみに、
>【マスターは一々口出しせずに、私の後ろでコソコソしながら、『冷凍ちりめんじゃこ』で自分の身を必死に守っていればよろしいんですのよ!】
>【『レッド・ホット・チリペッパー』って言ってんだろがッ!】
このくだりには笑わせていただきました
それでは自分も川尻しのぶ&おうすを投下させていただきます
――わたしは、あなたに■をしています。
* * * * * * * * * * * * *
川尻しのぶは、平穏無事な朝を過ごしていた。
おうすと呼ばれる少女は、今朝がた川尻家のポストに投函されていた白い封筒を持って早人の部屋に向かった後で、『やらなければならない事があります』と真面目そうな顔で告げると外出してしまった。
どうやらそれは、冬木市での滞在目的である『聖杯戦争』なるものに関係ある手紙だったらしい。
(手紙に書かれている何かしらの依頼を達成した者が勝ち残っていくような形なのだろうとしのぶは理解したし、おうすも『そんなようなものです』と肯定した)
一人息子の早人は呑気なもので、朝早くから『遊びに行ってくる』とだけ発言してどこかに行ってしまった。
以前の川尻家よりもずっと小さな家――だが、一人になると一気に広く感じられる家で――しのぶの日常は淡々と過ぎていった。
ドキドキするような刺激も無ければ、わくわくするような事件も起こらない。
あるのは『この町で生計を立てる』という現実ばかり――たとえ、世間がどうであろうと。
まずは朝食の片づけ、洗濯、掃除といった数々の家事をこなしていった。
ベランダで洗濯ものをパンパンと広げて干している間に、上空を悠遊と飛んでいく大ガラスを目撃して眉を顰める。
朝食前にゴミ出しは済ませたけれど、あんな大きいカラスがいたらゴミネットも役に立たないんじゃないかしら、と。
やがて空を注視して、早朝に降っていた雪がまた振りだしやしないか、もう一度だけ空模様を確認する。
全ての雑事を終わらせるとキッチンテーブルに腰かけ、引っ越し祝いに貰った菓子箱を空けて、かわいいクッキーとレモンティーでひと息つく。
前の家から持ってきてしまった茶葉(このお茶を自室で読書中の夫に差し入れしたこともあった)を全て使い切ったことにため息をひとつ。
寂しさをごまかすように、わずかな休憩時間に少しでも娯楽を見つけようとテレビをつけた。
しかし、映し出された地元局の番組では放送事故が起こったらしく、『放送が再開されるまで、暫くお待ちください』というテロップが流れるのみだったので、また少しがっかり。
しんみりしてしまったお茶の時間を終えると、化粧の具合を確認して、いよいよ町の外に出た。
都合のよい副業を探している主婦には、クリスマスの前日だろうとそれなりにやることがある。
最初の行先は、商店街の入り口近くにある銀行だった。
実のところ、お金のことを考えながらの道中だというのに少しワクワクしていた。
ここのところ商店街には野良猫が多い――ご近所に挨拶回りをした時にそんな噂を聞いていたからだ。
しのぶは無類の猫好きだった。
以前の家で飼っていた猫も、『猫に長旅や見知らぬ土地での生活は堪えるはずだ』と息子から諭されて泣く泣く親戚に預けた。
以前はブリティッシュブルーの猫のせいで恐怖体験をしたこともあったけれど、それは夫との絆を再確認できる忘れられない思い出でもあったし、それで猫そのものを嫌いになることはない。
そうして行きの道中をきょろきょろと見回してみたけれど、見かけた猫は一匹だけ。
それも、すぐに路地裏へと見えなくなってしまったので、とても触れ合えるような位置関係ではなかった。
そんな名残惜しさを感じながら銀行に到着して、二種類の通帳を取り出す。
川尻家の口座から生活費の残額をチェックした後で、形ばかりの不動産経営者(代行)として、仕事上の口座に賃貸料が過不足なく振り込まれていることを確認。
さすがにクリスマス直前、年末ボーナスが出た後ともなれば、どの家も羽振りがいいらしい。
今年のクリスマスはどうしようかしらね、としのぶは数日前から憂いていた悩みのことをまた思い出した。
もう何年も、ただ子どもにプレゼントを買い与えるだけ(息子はオモチャではなく、たいてい機械類を要求した)、そして無口な夫もかろうじて同席してそれなりに良い食事をするだけの、形ばかりのクリスマスを過ごしてきたけれど、今年はそれさえも金銭の問題で厳しくなりそうだ。
ようやく安定収入を手に入れたとはいえ、前の家を退去するまでの滞っていた家賃の支払い、冬木市への引っ越しにかかった諸経費も積み重なって、家計はいまだギリギリのラインにある。決してぜいたくができるような経済状況ではない。
そんな状況にも関わらず、知り合ったばかりの『おうす』をあっさりと扶養するほど金使いには無頓着なしのぶではあったが、しかし。
(そもそも夫がいた頃から、息子の遊興費はさして惜しまないわりに家賃の支払いは滞納するぐらいにいい加減な金遣いをする家庭ではあったが、しかし)
それでも、なお、この事態にはいささか、頭を悩ませていた。
むしろ、おうすもクリスマスをともに過ごすからこそ、ごちそうも何も無しの寂しいクリスマスにはしたくないという良識と見栄もある。
だから、クリスマス・ケーキも予約している。
早人へのプレゼントだって――平年よりゴタゴタしていたので希望を聞くことはできなかったが――用意しているし、おうすにも女の子らしい髪飾りの一つでも買ってあげたら喜ぶかしら、などと考えている。
だから、銀行を出た後に向かうのは、本命の、どちらかと言えばこちらが主目的となる、最後の問題をクリアするための目的地だ。
もう何回かは足を運んだから、『今のしのぶに必要な場所』が新都の市役所近くにあって、その支部がこの深山町の商店街を出てしばらく歩いたところに立地することも覚えている。
そして、そこは祝日ならば閉まっているけれど、『そこ』の前にはひと昔前の駅構内によくあったような掲示板が建っていて、簡単な情報交換ができることを。
しのぶは、公共職業安定所――の前にある大きな看板から、求人募集を探し始めた。
* * * * * * * * * * * * *
「どれも決め手に欠けるわねぇ……」
しのぶは帰宅するや、またキッチンテーブルに座って顔を曇らせていた。
スカートからすらりと伸びる足を組んで、頬杖をついて卓上を眺める。
テーブルの上には、コンビニで入手してきた収穫物――今度は茶菓子ではなく、求人広告をメモに写したものを幾枚も広げている。
『今日申し込んでも、まだ間に合うもの』だけを選別して連絡先と条件を書きとってきたものだ。
そして、その隣には比較参考までにと、先日に職安で貰って来た求人募集を並べている。
別に、金を稼ぐアテが全くない、というワケではない。
冬木市の家を斡旋してくれた親戚にも、それとなくおススメの働き口は無いかどうか聞き齧ったりしているし、仕事を探すなら今の時代はまず職安だと聞いて、とりあえず足を運んでみたりもした。
短大を出るやそのまま専業主婦として十年余りを生きてきた川尻しのぶにとって、ベストな就職活動のやり方」とは、息子がのめりこんでいるAV機器の内部構造並みによく分からないものではあったが、とにかく『どうすれば仕事の情報が手に入るのか』については分かった。
しかし、それらはあくまで『パート勤め』としての仕事であり、腰を据えて長期的に働いていくための仕事だ。
例えば、この町でなかなか人気があるらしいスポーツクラブに併設された売店(スポーツグッズやスポーツ飲料を扱うらしい)の店員だったり。
例えば『スターク・インダストリー』という、CMでもよく見かける会社の求人――とはいっても社員ではなく郵便物の仕分けを担当する非正規従業員だが――だったり。
例えば、とある財務官僚が所有する豪邸でお手伝いさんを募集していたり。
職安で貰っておいた求人には、そんな募集の数々があった。
パート仕事、と聞くとスーパーのレジ打ちが思い浮かんでしまうしのぶにとっては、『世の中にはそんな求人もあったのか』と感心するようなものばかりだ。
しかし、こういったものは履歴書を書いて、面接を受けて、採用されてからも説明を受けて……と言った手順を踏むことが必要になる仕事で、今日明日始められるものではない(と、職安の相談員から教わった)。
それでは間に合わない。ずっと続けていく仕事も必要だが、その上で今すぐに欲しいのは、『定収入』よりも『臨時収入』――このクリスマスから年末までの間だけでも、家計に多少余裕を持たせるための小金が得られる、日雇いのアルバイトだ。
掲示板で見つけてきた求人は、そういう種類の仕事になる。
例えば、明日に開催されるアイドルライブの臨時スタッフだったり。
例えば、『ヴェルデ』というショッピングモールの近くで一斉販売する、クリスマスケーキの売り子の手伝いだったり。
例えば、冬木ハイアットホテルでクリスマス・イヴに興業する大道芸の手伝いだったり。
他にも心惹かれるもの、惹かれないものの優先順位はあるけれど、これが一番だという決め手にはどれも欠けている気がする。
むしろ、イヴ前日の駆け込み応募だというのに、選択肢がこれだけあるだけでも、収穫としては上々だというのは、なんとなく分かるけれど。
今日は午後いちばんで臨時アルバイトへの応募と、他にも『長期的な仕事』の方で下見ができるならば(祝日でも職場が営業しているようならば)覗きに出かけてみるつもりだった。
クリスマスイブの日中は、できれば見つけてきたアルバイトで一日働き、イヴの夜を豪勢にするための軍資金を作る。
そこまでスケジュールは決まっているのに、肝心のアルバイトをどれにするかで迷う。
冒険心とインスピレーションでこれだ!と感じるものを見つけて、さっさとお昼ごはんの支度を始めてしまうつもりだったのに――
そんな時だった。玄関のドアが開く、やや重たい音がした。
あら、さっき確かに内鍵を閉めたはずなのに、としのぶはとっさに記憶をたぐる。
「ただ今帰りました」
直後に、少女の声で帰宅の挨拶が聴こえてきて安心した。
いや、声音で判断しなくとも、もう一人の家人である息子は滅多に『いってきます』『ただいま』などと言わないから分かる。
まもなくして、緑色の冬用ワンピーススカートの上からダッフルコートを着こんだ少女が、キッチンへと姿を現した。
「おかえり、おうすちゃん。お昼にはまだ早いけど、どうしたの?」
「いえ、そのことなんです。実は私、本日は町のいろいろな所を探索しようと思ってまして。
それでお昼ごはんは探索中にいただくので要りませんと朝にお伝えしなければいけなかったのに、忘れていたものですから」
「それでわざわざ帰って来てくれたの? 公衆電話から電話一本でも良かったのに、律儀ねぇ」
「いえ、家事の真っ最中で出られないかもしれませんし、確実にお伝えしないとしのぶさんに迷惑がかかってしまうと思って」
この家にやってきた当初はしのぶを『マスター』などと堅苦しく呼んでいた彼女も、すっかり『しのぶさん』と呼ぶようになっている。
未だに遠慮が抜けきらないところはあるものの、常に川尻家の窮状を察してしのぶを立てた言動をしてくれるこの居候少女に、しのぶは決して悪感情を持っていなかった。
「それはいいんだけど、今日はいつにも増して慌ただしいのね。
封筒に書いてあった『依頼』ってどんなことをするの?」
まぁ座っていきなさいと示すために、立ち上がってテーブル向かいの椅子を引いた。
おうすは一礼してからスカートをならし、そこに座る。
本当に礼儀正しい少女だ。少なくとも十代の自分は、もう少し反抗期全開だったと思う。
「ひと言で言えば、『人探し』ですね。
できる限り早くに、手紙で指定された人物たちを見つけねばならないのですが。
手がかりが『ここ最近出没した場所と、そこで行った行動』ぐらいしかないもので、なかなか骨が折れそうです」
おうすの話を聞きながら、彼女がいないなら昼食は残ったご飯を使って炒飯でも作れば二人ぶんに足りるかな、と算段を立てる。そして相槌をうつ。
「それは確かに大変ねぇ。
まぁいいわ。せっかく帰ったんだし、今すぐ戻るわけじゃないんでしょう?
お茶淹れてあげるから、軽くクッキーでも食べて行きなさい」
「ありがとうございます。いただきます」
と、そこでおうすは改めて、卓上に残っていた求人広告を目にした。
「これは……お仕事の募集ですか?」
「ええ。パートをするつもりだって前にも話したじゃない?
あたし、今までにお仕事したことってなかったし、慣らしも兼ねて一日アルバイトから始めようかと思って。
でも、どれにするのか迷っちゃってねぇ……」
笑顔をつくりながら、棚を開けて茶葉を取り出し――紅茶を使い切ったことを思い出して、ティーバッグで悪いけど、と日本茶を用意した。
「しのぶさんは、どこか働きたい場所はあるのですか?」
湯呑と菓子皿をテーブルに置いて自身も腰かけると、対面のおうすがタイミングをうかがっていたように尋ねてきた。
「働いてみたい場所、かぁ……」
このアルバイトの中から選ぶならば、大体の順位付けまではできている。
けれど、おうすが聞きたいのは『どんな分野の仕事を希望するか』と言ったことだろう。
職安の相談員にも似たようなことは聞かれたけれど、『できればこれこれこういった条件がいいんですけど〜』という形でしか話せなかった。
(逆に『息子さんがいらっしゃるそうですが、この先私立を受験するようなことは考えておられますか?』と聞き返された時は、正直早人の進学費用のことまで考えていなかったので、かなりドキリとした)
だからと言って、今さら『将来なりたいお仕事』なんてものがある歳でもなく……。
「正直、まだ自分が働いてるところが想像できないわねぇ。
私が学生だった頃は、女の子は学校を卒業したら結婚してお嫁さんになって終わり、が普通だったから、なりたい仕事とか無かったし」
「そうなのですか」
こんな素直な答え、付き合い初めて間もないご近所さんとのお喋りでは口に出せなかっただろう。
下手すると『きっと今まで夫に食べさせてもらってた優雅なご身分だから、こんな呑気なことが言えるんだわ』とか思われたりしかねない。
けれど、おうすが相手だと素直に喋れた。
彼女がまだ二十にも満たない少女だったこともあるけれど、『自分の服を着た、若く溌剌とした少女』という存在に、不思議な安心感があったのだ。
就職も恋愛も知らないまま結婚して『奥さん』になり、とうとう『社会人』と呼ばれる時代を経験しなかった。
そんなしのぶにとって、見た目十代後半の少女であるおうすは、川尻浩作に出会うまでの自分――青春時代の姿、と重ねてしまうものがあった。
大学時代、一方では就職活動をしていた川尻浩作も、こんな不安と焦燥を経験していたのだろうか。
そう思えばこそ、夫の不在がいっそう寂しく嘆かわしかった。
「……こんな時、『あの人』が帰って来てくれたら、『君にはこういう仕事が向いてるよ』って相談できたのに」
ぽつりとつぶやいた言葉に、おうすが目を丸くした。
あら、驚かせるようなことを言ったかしらと首を傾げ――そして、数秒遅れてはっと気付いた。
「やだ、あたしったら。そもそも『あの人』が帰って来てたら、あたしが仕事を探すことなんか無かったじゃない。
おうすちゃんもごめんなさいね、変なこと言って」
「いえ、変だなんてことは……」
重い言葉を聞いてしまった、と感じたのかおうすは口をつぐんだ。
気まずい沈黙が数秒、卓上に満ちる。
そして。
言おうか言うまいか迷った末に、という風なためらいを経て、彼女は口にした。
「しのぶさんは、ご主人の無事を、信じておられるのですか」
無事じゃないと考えるべきでしょう、という含みがこもらないようにしたのだろう。
『信じておられるのですか?』という疑問形ではなく、『信じておられるのですか』と確認するような響きがあった。
「信じたい、のもあるけど…………そうね」
緊張した面持ちのおうすと向き合っていると、この子にならあの人との思い出も話せるという気分になってきた。
「こんなこと言うと変に思うかもしれないけどね……わたし、あの人は不死身なんじゃないかって思ったことがあるのよ」
「不死身、ですか。それほど強い方という意味ですか?」
「強いというよりも……ああいう人をミステリアスって言うのかしらね。
一緒にいると日常が刺激的になって、こっちがドキドキするような危ない事もするのだけど、そういう危ないことをするのがサマになって。
もっと一緒に非日常を味わいたいって思ってしまうの。
……ごめん。上手く説明できなかったわね」
「いいえ……そういう気持ちは、分かります」
「あら。もしかして、おうすちゃんにも、好きな男の子とかいるの?」
興味が湧いて来て問いかけると、おうすは動揺したように言葉を濁した。
「いえ、それは…………はい。過去の話ですけれど」
「へぇー。どんな子だったの? それがおうすちゃんの初恋?」
「いえ、ですから過去の話で…………その、お仕事の話について、思ったのですけど!」
強引に話題を断ち切られた。
この子が、こんなに恥ずかしそうな顔をするのは珍しい。
「早人君に相談してみてはどうでしょう。明日のお仕事について」
「あの子にぃ?」
突拍子もなく、予想外の名前が出てきた。
あの、挨拶もろくにしない――以前よりもだいぶマシになったとはいえ――無口で、何を考えているか分からない子に、バイト先について相談しろと?
「小学生のあの子に仕事の話なんか分からないでしょ。
あの子、冬木に越してくる時も、不動産の仕事をするって言った時も、何も言わなかったもの。
引っ越し作業の時だっていつもの機械いじりばっかりしていたし」
ナイナイ、と手を振ってしのぶは否定する。
しかし、おうすはしごく真面目に言った。
「以前、早人君と一緒に町を歩いた時に、言っていましたよ。
『お母さんがどんな仕事をするのか気になるけど、下手なことを言ったらお母さんに重圧をかけそうで言えない』って」
「あの子が……?」
それは寝耳に水だった。
家にいても自室に籠ることが多く、一緒に食事をしていても決して口数が多くない――むしろ母であるしのぶよりもおうすと喋っていることの多い息子が、そこまで母のことを気遣っていたとは。
でも、しかし、おうすを相手に打ち明けたというのなら、まだ分かる。
早人は新しくできた『お姉さん』のような立場の居候にずいぶん気を許している風に見えたし、心の深いところを語るということは、あり得るかもしれない――さっきのしのぶも、話を聞いてもらったように。
「そんなことを言ったの……ふぅん。そんなことを、ねぇ……」
そう言えば、としのぶは思い出す。
浩作がいつまでも帰ってこなかったあの日の夜、息子は元気がなさそうにしていて、『ボクもパパが帰って来たら一緒に食べる』と、しのぶと共に父を待ち続けていた。
早人だって、家族の窮状に何も思わない、何も感じない子ではないのだ。
おうすが初めて家に来た時も、やけに順応してしのぶにあれこれ言い聞かせてきたように。
「早人君だって、お母さんを心配しています。きっと、どう話したらいいのか分からないだけだと思います」
「そうなのかしら…………心配して貰えるのは悪くない気持ちだけど。
そうね、試しにお昼の時に話してみようかしら、ダメ元で」
どのみち、もっと本格的なパートを始めるとなれば説明しなければならないことは増える。
親戚から紹介された仕事には、昼間は形ばかりとはいえ不動産の仕事もあることに気を使ったのか、夜勤を伴う勤めもあった。
仕事の職種によっては早人の夕食を作り置きで済ませることも多くなるかもしれないし、問題が起きないよう息子とのコミュニケーションを増やしたいところは確かにある。
川尻親子は、この冬木市でこれから先もずっと暮らしていくのだから。
「はい、早人君も、それを待っていると思います」
おうすは、本当にほっとしたような顔をした。
◆
さねさし 相武の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも
◆
幾分か明るい顔になったしのぶに見送られ、川尻家の門を出る。
『本当に出かけたのだ』という偽装のために、しばらくはそのまま商店街の方向へと歩く。
そして、人目が無いことを確認して霊体化。
すぐに元きた方向へと引き返し、川尻家へと戻った。
門戸をすり抜け、玄関を通過し、キッチンへとドアを開けず帰還。
そこではしのぶが、昼食を作り始めるべく冷蔵庫を開けている。
(今のところ問題なし……と言ったところでしょうか)
実のところ、おうすという少女――セイバーのサーヴァントは、朝から出かけてなどいなかった。
同じようにして朝から出かけたようにごまかし、ずっと川尻しのぶのそばで警戒にあたっていた。
それも実質的なマスターである、川尻早人の指示によるものだ。
討伐令に書かれていた二組の主従――無差別に人を襲う『悪』がもたらした被害者の実態を正確に知ったことで、早人はより危機感を強くしていた。
その二組は、吉良吉影と同じように善良な人々を食い物にして楽しむ犯罪者たちだ――いや、被害規模だけで見れば、おそらく隠れてこっそり人を殺していた吉良よりも危険性は高いと言える。
そして、ニュースで見た『窃盗事件』などから察するに、討伐令を下されるほど目立った被害を出していないだけで、市民へと被害を出している者はきっと他にもいるはずだ。
そういった者に聖杯を渡せないのはもちろんのこと、早人にとっての懸念はしのぶがそういう事件に巻き込まれないことにあった。
彼等は、聖杯戦争に関係ない人々だろうと襲っている――つまり、川尻しのぶが本来のマスターだとバレようがバレまいが関係なく、襲われる可能性は常にあるのだ。
そして、もう一つ懸念がある。
いくらしのぶが鈍くて聖杯戦争に無関心だろうと、これだけいろいろな事件が越してきたばかりの町で立て続けに起これば、不審や危機感を抱くのではないかということだ。
そうなると、万が一にも『この町が次々と事件の起こる奇妙な町だということ』と『この町で開かれている聖杯戦争とかいうイベント』の二つを、結び付けてしまうかもしれない。
なんせ、はっきり『戦争』というぶっそうな単語がくっついているのだ。
『おうすちゃんは本当に戦争をしているのではないか?』という考えにいきついたら、しのぶが介入してくることは避けられない。
だから、ご近所に今のところ怪しい『影』が無いかを確認するのも兼ねて、ママが何か感づいた様子がないかを探ってほしい。
それが午前のうちに与えられた、セイバーへの仕事だった。
早人が仕掛けたカメラによって家にいる間の様子は後から確認できるけれど、しのぶが何を思っているのか、そして家の外を出たらどんな行動範囲を持っているかまでは一緒にいなければ分からない。
結果として、しのぶは毎日の生活――特に家計のことと家事のこと――に精いっぱいであり事件どころではなく、早人の懸念が杞憂であることは証明された。
ちなみに、しのぶが出かける前の化粧で自室にいる間に、こっそり霊体化を解いて消音でテレビを付け、続報のテロップから『テレビ局で襲撃事件が起こった』ことまでは把握している。
銀行への道中で使い魔の気配を感じたけれど(何せ、生前から白いイノシシを初めとして霊的な存在に出くわした経験はそれなりにあった)、向こうがこちらに気付いてる様子もなかったし、アクションを起こすとしのぶに気付かれかねなかったので、『街を徘徊して偵察する使い魔がいる』と認識するだけにとどめた。
そして、口実をつくって帰宅した振りをして、『仕事をするなら早人君に相談してはどうか』と提案した。
さらに、事前に『お昼ごはんは要らない』と遠慮しておくことで、居候である自分がいては話しにくいような仕事のことも話せる状況を作った。
これならば、しのぶの明日の行き先を早人が事前に把握しておくことができるし、仮に事件が起こったばかりの危険そうな場所に向かうようであれば、阻止するよう誘導もできる。
そしてそれ以前に、しのぶと早人が親子として、より健全な関係を築くためにも良いことのはずだ。
父に疎まれて都から追い払われたセイバーと違って、川尻親子は不器用なりに、いつでも帰れる家庭を作っている。
老婆心ながら、その二人の遣り取りが円滑になされることは悪いものでないはずだ。
(実務的な報告は、昼食の後にした方が良さそうですね……)
早人の方でもおそらく、子ども達の噂などを通しての情報収集に励んでいる頃だろう。
親子の会話をした後は、改めて情報を精査しなければならない。
セイバーと早人の主従にとって、他の主従に繋がる情報は多ければ多いほど欲しい。
聖杯戦争における情報の重要性は今さら語るまでもないけれど、早人達にとってはもっと深刻な事情がある。
明確に『叶えたい願いがある』であろう他の主従と違って、『最悪を阻止することが第一である』早人の主従には、最終的に三つの選択肢が存在するのだ。
『しのぶの願いを叶えない』ことと『悪人の手に聖杯が渡ることを阻止する』の二つを達成すればいいというのなら、取り得る道は一つではないのだ。
一つ目は、令呪を全て使い切り、サーヴァント――つまりセイバーである小碓媛命――との契約を失って、聖杯戦争から自ら脱落するという選択肢だ。
早人はセイバーの願いをできれば叶えたいと思ってくれているので、セイバーを令呪で自害させるのではなく、例えば『サーヴァントを失った善良なマスターと再契約させる』といった方向で考えることにはなるだろうが。
ともかく規則上は『サーヴァントを失ってもマスターは死なない』し、『サーヴァントも令呪も喪ったマスターには参加資格が無くなる』のだから、聖杯戦争から敗退すればしのぶの願いはかなわなくなる。
しのぶは願いが叶わなければ落胆するだろうが、『全力で頑張ったけど負けました』という風に誤魔化せば、わざと敗北したことは悟られないだろう。
しかし、今すぐにそれは選べない。
早人もセイバーも、冬木市を脅かす悪党の脅威を改めて認識したばかりなのだ。
そして川尻親子は、聖杯戦争をするために冬木市へと越してきたわけではない。
生活上のやむを得ない事情から引っ越してきただけで、聖杯戦争を辞めても冬木市で暮らしていかなければならない立場なのだ。
今セイバーを失ってしまえば、町を脅かす連中に対抗する術がなくなってしまう。
そして、聖杯戦争を辞めてしまえば全てが解決するという保証もない――というのが、早人の口にした考えだった。
聖杯戦争は、突き詰めれば『殺し合い』だ。
お互いに命を懸けた戦いをすると了承した者が多くいる時点で、日本の法で裁ける『殺人事件』と同列に考えることはできないけれど、(少なくともセイバーが生きていた時代では、正々堂々と決闘することと無辜の民を殺すことは同じではなかった)それでも戦争の運営者は『人殺し』をさせようとしている。
少なくとも皆がみんな『人殺しにはなりたくないからマスターは殺さずにサーヴァントだけを倒して勝ち残ろう』と考えるとは思えない。
そんな『人殺し』の当事者になったけれど、手を引いた者――言うなれば『殺人の目撃者』がどうなってしまうのか、早人はよく知っていると、そう証言した。
『口封じに、殺される』のだ。
『聖杯戦争』の運営は一般人に秘密がばれないよう徹底しているらしいので、さすがに命を狙ってくるような真似はしないかもしれないが、それでも完全に信用はできない。
『一度聖杯戦争から脱落したマスターは狙われない』という確信が得られないかぎりは――そして、早人ひとりが戦いを辞めても町は安心だと、後を託せるような人物でも見つからない限りは――第一の選択肢は選べない。
二つ目は、聖杯を悪用しないような善人を優勝させて、聖杯戦争を終わらせるという落としどころだ。
その場合、セイバーの願いが叶わなくなるという問題は持ち上がってくるけれど、『まず悪党が聖杯を手に入れてしまわないようにする方が優先だ』という点ではセイバーも早人に同意している。
そして早人の望みをそのまま受け取るならば、『聖杯を悪用しないし町に余計な被害を出さないようなマスターならば、聖杯を獲得することに異論はない』ことになる。
そういうマスターならば、いずれ同盟を結ぶことができるかもしれないし、そこで早人が『この人の願いを叶えてあげたいな』とでも思ったりすれば、その先も協調して聖杯戦争を乗り越えるという道が開ける。
しかし、この方法にも問題がある。
それは、三つ目の選択肢にも共通する問題だ。
三つ目は、聖杯戦争そのものを中止させる――戦争を裁定する側に戦いをしかけるという無謀な道だ。
やはりこの方法でも、セイバーの願いが叶う見込みは限りなく低くなる。
それ以前に、具体的な手段がそれまでの二つに比べてずっと漠然としているし、『聖杯戦争を続ければ僕の家や町にも被害が出るし、悪人が願いを叶えてしまうかもしれないから聖杯戦争を辞めよう』というのは、他の主従からすれば論外ということにもなる。
二つ目と違って、多くの主従を敵に回すリスクを背負わなければならない。
そして、これは二つ目の選択肢とも共通する問題でもあるが。
川尻早人は、二人以上のマスターから『聖杯が要らないなら、自分にこそ譲ってくれたっていいじゃないか。自分は切実な願いを持っているんだ』と迫られた時に、どちらかを選ぶか、あるいは二人ともを拒絶しなければならないのだ。
たとえ悪人では無かったとしても、セイバーのように極めて個人的な事情(たとえば癒えることのない病に侵されており、聖杯に願わなければ先が無いような)で、他のマスターを倒そうとする者はいるだろう。
そんなマスターと『悪いマスターでは無いから』と一時は同盟を組むことになったとして。
そのマスターが、川尻親子ほど複雑な事情はなくとも『聖杯戦争を中止させたい』『聖杯戦争を辞退したい』というスタンスのマスターを殺そうとした時。
早人は、持ち前の正義感とやさしさから、襲われるマスターを見捨てられないかもしれない。
下手に動いてしまえば、一度でも同盟を組んだマスターに対して、『貴方達の願いを叶えたかったけれど、やっぱり聖杯戦争を中止させる側に回ります』と掌を返さなければならなくなる。
あの聡明で勇敢な――しかし、まだ幼い少年に、果たして『悪人ではないマスター』を切り捨てる選択ができるのか。
今はまだ『討伐令をだされた主従を倒すまでは争わないようにしよう』といった落としどころを見つけたり、争いを回避する方便はいくらでもある。
けれども、聖杯戦争をなるべく生き残り、事件の解決まで見届けようとするならば、いずれはこの三つのどれか、あるいはどれでもない裏技のような道を選ばなければならなくなる。
だから、立ち回りは慎重にしなければならない。
だからこそ、立ち回るための情報は少しでも多く欲しい。
『最悪の結果』さえ避ければいいからこそ、最終到達地の難度が上がる。
『自分が聖杯を手に入れなくてもいい』からこそ、『聖杯を誰に託すべきか』を選ばなければならない。
他のマスター達との関係で両天秤になり得るからこそ、情報はできる限り精査したいのだ。
他のマスターのことを調べて、誰と手を組めばいいのかを判断して、この聖杯戦争をどう終わらせるべきなのか決めるために。
(実際、誰かと同盟を結べるならばずいぶんと楽になることは確かなのですけどね――)
するり、と身体を通り抜けられた。
あ、という間抜けな声を、念話で漏らしそうになった。
どうやら、考え事に没入するあまり、川尻しのぶが霊体化した己に接近したことさえ気付かなかったらしい。
いけません、と自省する。
鼻歌を歌いながら食器棚を開けるしのぶの平和さに、少し安心する。
きっと夫の帰還を諦めていないからこその明るさなのだろう、と感傷を覚える。
さっきしのぶから『愛する夫の話』を聞いたばかりだというのに。
すぐに、こうして『しのぶの願いを叶えない前提』で考え事をしている己のことが、少し、寂しかった。
自虐はしない。いつだって、そうすべきだと割り切って、時には卑怯な手段で大和を平定してきたから。
ただ、ほんの少しだけ、そんな自分を寂しいもののように感じた。
――おうすちゃんにも、好きな男の子とかいるの?
妃として選ばれた少女達ならば、たくさんいた。
公的には『男性』として振る舞っていたために、宮簀媛にいたっては『小碓の方から熱烈に求婚した』という評判までたてられたほどだ。
彼女たちとの仲も決して険悪では無かったけれど、『伴侶(異性)』として恋をした存在ならば、ただ1人に絞られる。
その少年は、少女のように細面で瘦せており、小碓とあまり体格が変わらなかった。
顔だちも『少年のような顔だちの少女』である小碓との面影があった。
人前では似ていることをごまかす為にかなりの化粧をし、飾り物を多くちりばめた衣服や櫛で着飾っていた。
しかし本当はそういう飾り物や人工物が好きではないらしく、人のいないところでは化粧が落ちて衣服が濡れるのも構わずに川遊びをしたりしていた。
口数も少なく、気づけば遠くの景色を見て何を考えているか分からないような顔をしている奴だった。
そして、『ヤマトタケルノミコト』の東征に同行したのだ。
なぜ、何人もいた妃のなかで、その人だけがヤマトタケルの遠征に同行したのか。
――それも、御輿に担がれたり、多くの随伴に囲まれたりするような物見遊山などとは縁遠い、わずかな手勢のみを連れた危険きわまりない道中に同行したのか。
それは、彼女(彼)が小碓媛命の影武者に他ならなかったからだ。
そうであるように小碓の近臣によって見いだされ、本人の意思など関係なく同行を命じられた、偽装の夫婦だったからだ。
背格好や顔だちが似ていることも大きな理由だったし、男なのだから遺体を敵の手勢に回収されても『ヤマトタケルノミコト』が女子だと露見することはない。
だから、別に愛されてなどいないだろうと思っていた。
お役目だからと危険な旅に同行する羽目になり、選択肢もなく『妻』として不要になるまでは使われるのだから。
それなのに。
そいつ――弟橘媛という名前を与えられた彼は、最期の時に言った。
『さねさし 相武の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも』
「相武の野に燃え立つ火の中で、わたしの心配をしてくださったあなた」と、それだけの意味だった。
確かに、心配した。
世にいう『焼津の返し火』を成し遂げる直前、火の手に囲まれた場所に閉じ込められた時に、アイツは謝った。
「こんな場所では、貴女の身代わりになる役目を果たせない。申し訳ない」と謝罪をした。
そんなことを考える暇があるなら、二人ともが助かる方法を考えろと、本気で𠮟った。
その心配が、うれしかったと、そういう辞世の歌を残した。
『用意された伴侶だから案じる態度を見せた』のではなく、心から身を案じてくれたことが、何よりもうれしかったのだと、そう伝えるための歌を詠んだ。
そして、嵐の海に身を投げ出す直前に、こうささやいた。
『生きてヤマトにお帰りくださいませ』と。
『ヤマト政権の為に東征を成功させてください』ではないく、『故郷に生きて戻ってください』と。
影武者として皇子の身代わりになる為に死ぬのではなく、一人の少女に生きて故郷へと帰り着く幸せを与える為に、その人は死んだ。
そして。
だから。
聖杯に願って、彼を取り戻すという選択肢は選ばない。
黄泉に落ちた者を無理に取り戻そうとすればどうなるのかは伊耶那岐命と伊耶那美命の時代から証明されているし、それに。
そんなことをしてしまえば、『小碓の為に命を投げ出した』という彼の行動そのものを否定してしまう。
彼にとっても、ヤマトの国は生まれ故郷だった。
そして二人はが出会ったのも、その故郷だった。
だから小碓は、彼の分まで帰り着いて、愛する故郷で彼の御霊を弔いたかった。
それに。
召喚された後で、『彼を取り戻すことを願わない理由』が、もう一つ増えた。
セイバーは、川尻しのぶの恋路を決して叶えまいとしているのだ。
より大きな善のためとはいえ、そしてしのぶを守るためでもあるとはいえ、恋しい人に帰って来てほしいという純粋な願いを断ち切ることに同意したのだ。
彼女の気持ちを知っているのに。
共感もしているのに。
理解した上で潰そうとしている。
だというのに、己の恋人だけは我欲によって取り戻そうとするような二重規範(ダブルスタンダード)を持つことはできない。
ヤマトタケルノミコトは数々の卑怯な手段を用いて豪族を討伐してきたが。
そんな『卑怯』だけは、小碓という少女に犯せるはずがなかった。
【深山町 住宅街(川尻邸)/1日目 午前】
【川尻しのぶ@ジョジョの奇妙な冒険 第四部】
[状態]健康
[令呪]残り二画(表示されていない)
[装備]求人情報
[道具]なし
[所持金]向こう数日の生活費
[思考・状況]
基本行動方針:願いが叶えばいいなぁと思っているけれど、わりと話半分
1.昼食を食べつつ早人にアルバイトのことを相談、午後一番で応募し、明日のクリスマスイヴに備える
2:ちゃんとしたパートも見つけたい。余裕があれば、職安で紹介された職場を偵察しに行ってみる
[備考]
令呪を1画使用しています。
早人へのマスター権の譲渡に伴い、令呪は見えなくなり、使えなくなっています。
サーヴァント召喚時に起こった何らかのトラブルにより、マスターに与えられるはずの知識がありません。
聖杯戦争についてセイバーから断片的な説明を受けていますが、正確には把握しきれていません。
どうやら何かゲームで争うらしい、勝てば願いが叶うらしい、家に間借りする必要があるらしい、程度の理解です。
【セイバー(小碓媛命)@古事記・日本書紀等】
[状態]健康、偽臣の書によりステータス低下
[令呪]
[装備] 天叢雲剣(くさなぎのつるぎ)、袋に秘せられし燧石(やいづのかえしび)
[道具]普段着(しのぶから拝借)
[思考・状況]
基本行動方針:仮のマスターである川尻早人に従う
1.川尻家の昼食を見守った後、念話でしのぶの身辺を観察していた成果を報告する。
2.情報収集と探索を続ける。立ち回りが重要となってくるので、早人君にも覚悟のほどを確認しておきたい。
[備考]
※『テレビ局が何者かの襲撃を受けたらしい』と知りました
※キャスター(パトリキウス)が放った妖精のうち、一匹(ケットシー)を察知しました
投下終了です
そしてすみません、>>387 に環境依存文字が入っており、誤字になってしまいました
>その少年は、少女のように細面で�覧せており、小碓とあまり体格が変わらなかった
正しくは
その少年は、少女のように細面で痩せており、小碓とあまり体格が変わらなかった
とさせていただきます
お二方とも投下乙です
>>もののけフレンズ
すっごーい!君は化け物退治が得意なフレンズなんだね!
八尺様に続いて姦姦蛇螺と結構大物っぽい都市伝説が繰り出されましたが、怪異の中でも歴史も格もトップクラスの鬼である紅葉では相手が悪かったか
チリペッパーの電光という文明の力で照らされたのが勝負のカギとなったのも怪異の末路っぽくて好きです
さりげなく幻霊という最新のネタも取り入れるアンテナの精度もですが、何より予約期間中にそんなピンポイントなネタが公式から供給されるのはテンション上がりますね
フォークロワの紡ぐ現代怪異相手のジョジョチックなバトル見事でした
>> 小碓媛命は■をした
しのぶさんの仕事先候補、不穏な気配しかしない……!
巨大なカラス、社長の会見、獣ちゃんの襲撃事件などは今のところスルーできているけれど、これは早人も小碓ちゃんもハラハラしそう
良くも悪くも今後が楽しみです
そんな苦境、方針の反する二人の人物をマスターにしてしまった立ち位置の難しさと、そこに向き合う小碓の内面掘り下げ。
型月恒例の女体化によって私たちの知るヤマトタケルとは全く違う人間関係を築いていたであろう、彼女の歴史の新たな面が描かれ、また一つ彼女を魅力的にする素晴らしいお話でした
> 小碓媛命は■をした
この企画に参加しているサーヴァントは半分オリジナルみたいなものであり、言うならばハッキリと「これが原作!」「これさえ見ればこのキャラの事は丸わかり!」と言える作品がないんですけれど、この話ではそれだからこそできるオリジナルの掘り下げがされていて、とても良かったなあ、と思いました。
我々の歴史上の伝承とは異なる性別のセイバーが送った人生や生前の人間関係が描かれた事で、彼女のキャラがよりぐっと深まった気がします。すごい!
そしてしのぶさんの仕事先候補。
これは……おぉう、不穏な気配がプンプンしますね。
彼女がどれを選んでも、後の展開が面白くなりそうな予感でいっぱいです。
投下ありがとうございました!
投下乙です。
しのぶさんの生活感がいいなぁ……吉良の事件の後、本当にこういう風に暮らしてそうって思える生々しさが素敵。
金銭管理の大雑把さや社会経験の乏しさ等、原作の描写や設定を思い出すと「なるほど」となる場面が多くてニヤリとさせられますね。
そしておうすちゃんも生前の恋について掘り下げられて、英雄として背負うものの深みがグッと増したなぁと。
ヤマトタケルの女性解釈であるおうすちゃんに対して弟橘媛を男性として解釈し、更に彼を『世間では男性ということになっているヤマトタケルの影武者』という解釈に結びつけた点には唸りました。
それにしてもしのぶさんの就職先候補がどれも平穏ではなさそうなのが切ない。がんばれ早人、おうすちゃん。
それと拙作のサーヴァントであるアヌビスについてなのですが、宝具『彼の者は屍者の冥王』のルビが誤訳に近いことに気付いたので名称を以下のように変更します。
今になっての修正となってしまい申し訳ございません。
彼の者は屍守の冥王(ンブ・ター・ドジス)→彼の者は屍守の冥王(テピ・ジュウエフ)
安部菜々&ランサー(中村長兵衛)
音石明&キャスター(紅葉)
予約します
少し長くなりそうだと判断したので、前後編と分けて投下したいと思います
「あー……やるもんじゃねぇですわ」
育ちの悪いチンピラが口にするようなガラの悪い言葉と、徹底したマナーや情操教育を幾年も施した人物が口に出せるような丁寧な言葉が入り混じった、非常に違和感のある言葉を、その女性は呟いた。
大輪を咲かせる赤牡丹が花を開いていると、遠目からその姿を見た者は錯覚するであろう。
見事なまでに緋色に染まったその長髪が、紅い牡丹のイメージを見る者に与えるのかも知れない。
しかし近付けば解るだろう。彼女の髪は、東の空に沈みゆく太陽に追従するかの如く染まって行く茜色の空よりもなお紅く、そして、美しい事に。
だがそれよりも目を引くのは、血管に流れる血液が透けて見えんばかりに白く透明感のある肌と、男を誘惑する為だけに神が定規と鑿を取り出して自ら作り上げたような、
豊満な胸部と括れた腰、魅惑的な弧を描く臀部であろう。少し栄えた市井を歩けば、男は勿論の事、女性ですら彼女の方に目線を投げ掛けよう。
それ程までに、彼女は完成されていた。世の女性が凡そ意識し、理想とする、美しいプロポーション、その究極系。人界における、人間の女が目指すべき、女性美の答えの一つ。これらを彼女は、神/魔王から与えられていた。
何を身に纏っても、その美は褪せないだろう。
奴隷や乞食が身に纏うような襤褸切れですら、この美の前では、劣情を催させるファクターの一つにしかなり得ない。
そんな、何を着ても間違いはないとすら言える美と身体の持ち主であると言うのに、この女性――紅葉と呼ばれるこの女は、何もその総身に付けていなかった。
生まれたままの姿を、彼女は白日の下に、恥ずかしげもなく晒していた。陽の光を浴びる紅葉の肌は、それ自体が淡く輝いているかのように、陽光を薄らと跳ね返していた。
紅葉の今いる場所は、美を誇示するような場所ではとてもない。
舞楽を披露する高舞台の上でもなければ、色気だけをひけらかす事を目的とした踊りを見せ付ける為の品の無いお立ち台ですらない。
冬木市は深山町の、何処にでもある極々普通の市民公園。その中央で、彼女は裸身を披露していた。
厳密に言えば、何も無い所で裸になっている訳ではない。正確に言えば、水飲み台の近くで、あられもない姿をしていると言った方が正しい。
上向きに水が飛び出る水栓から水を飛び出させ、その水で紅葉は身体を洗っていたのだ。そう、彼女は汚れていた。
妖怪変化の見世物小屋となっていた、無人の武家屋敷。其処での戦いを経て身体中に付着した血液を、彼女は公園の水で洗い流していたのである。
其処での戦いを経た紅葉の身体は、紅く汚れていた。
別に、血液で体中が汚れる事に対して忌避感を覚える程、紅葉は箱入り娘ではない。
それ所か生前は行く先の山々で山賊や妖怪共をこの手で八つ裂きにし、その度に総身を血や臓物で塗れさせていたものだ
犬の血や蛇の体液で身体が汚れる事など、何を今更と言った話である。が、それはあくまでも直に洗い落とるのなら、の場合だ。
身体を血でいつまでも汚れさせて、平然としている程紅葉は身だしなみに無頓着な訳ではない。一時的に身体が血で汚れるのなら兎も角、永続的には御免なのだ。
彼女が生きていた時も、戦いで汚れた後は手ごろな清流で身体の汚れを自ら、或いは配下の妖怪や鬼達に落とさせていた。
要は、近くに水浴びが出来る程の、手ごろな水源がある時に限り、そう言った身体を血で汚す戦い方をしていたのだ。
そして昔、つまり千年以上前の日本には、そんな水源が沢山あった。そんな感覚で戦ったせいで、こんな所で汚れ落としをせざるを得なくなった。
ちょっと車を走らせた所に山間や森林が存在する冬木の街ではあるが、此処は日本全体の都市で見れば十分都会に位置する所である。
紅葉が生きていた時代の日本のように、少し歩いた所に川が、と言う訳には行かないのだ。況して今彼女がいる所は、住宅街の真っ只中。猶更ある訳がないのであった。
血と言うのは直に乾く。全身に引っ付いた、パリパリに乾燥し始めた血液がとても気持ち悪かったが為に、目的地である音石のアパートまで我慢が出来なかった。
その結果が、こんな公園の水飲み場で身体を洗う、と言った今日日のホームレスですらやりそうにない真似と言う訳なのだった。
「全く、どうせ撒き散らすなら砂か煙にして欲しいものね」
ぶつくさぶつくさと、独り言を誰に言うでもなく口にし続ける紅葉。
あの武家屋敷で見て来た怪物達は、どれも生前の紅葉が知らなかった者達である。日本とは異なる国の化生ではない。
この国が産んだ怪異の一つである事は気付いている。妖怪がまだ当たり前だった時代、その妖怪達を戯れに殺していた紅葉だから解る。
発散される気風が、彼女の生まれた日本由来のそれに近い事を、あの戦いで彼女は見抜いていた。となれば、あれらの怪物は、紅葉よりも後に成立した者達と言う事になる。
とは言え、こんな考察を紅葉自身が巡らせるまでもなく彼女は、武家屋敷で戦った者達の正体について、凡そのアタリを付けていた。
彼らの正体は、テクノロジーや科学の発達によって旧世代の迷信の殆ど全てが一掃された現代世界における、
妖怪変化や怪異共の、新しい世代(ニュー・ジェネレーション)。当世の日本の民は、この新世代の妖怪達を『都市伝説』、と呼ぶらしい。
都市、と言う所がバンカラでセンスが良いなと、紅葉は評価している。彼女がこの都市伝説の怪異を知ったのは、聖杯戦争が正式に開催される前の事である。
紅葉自身、聖杯戦争がスタートされるまでのモラトリアムを無為に過ごしていた訳ではない。
暇な時間――深夜0時〜翌24時までの事を指す――にマスターである音石からスマートフォンを借り、聖杯ではカバーしきれない雑学の事を調べていたのだ。
無論この女の性格である。真面目に調べると決意したその一分後に心変わりを起こして、冬木のレジャー施設についても調べる事など何食わぬ顔で行うが、
其処は聖杯戦争に招かれたサーヴァント。シッカリと、現代の魔術や怪異についても調べられる範囲で調べていた。それを調べる内に辿り着いたのが、都市伝説と言う訳だ。
二十一世紀と言う、前時代的な迷妄の殆どが解体され、神秘の濃淡の天秤が淡の方に大きく傾いて久しいこの時代に、妖怪変化が幅を利かせる。
タチの悪い冗談にしか聞こえないが、珍しい事ではない。無数の人間が雑居雑踏し、怪異の入り込む間隙と空隙のない、人の世界。
そんな世界にも、人智を超越した怪現象は勃発する。科学の名が煌めき、迷信の類が薄れて久しいこんな世界であるが故に、一層神秘が秘の翳を帯びるのだ。
都市伝説のルーツを辿る事は最早容易ではないが、都市伝説の起こりは何て事はない。伝えた側の無知蒙昧や見間違いであったり、語り部の語った内容を、
馬鹿な聞き手が変に勘違いしてしまった、そもそも嘘が真と信じられてしまった、と言うケースが殆どである。後は、その話を人から人に伝えるだけで、尾鰭が付け足されて行く。
初めの内は、取るに足らむ呆気ない噂の一つに過ぎなかったのだろう。
だが、情報の伝達が古とは比較にならない程早く、そして情報の共有も極めて簡便になったこの時代であるからこそ、都市伝説は新しい世代の怪異として成立した。
情報の共有(シェアリング)が可能になったと言う事は、それだけ多くの人間が当該伝説の事を知る機会が多くなると言う事に等しい。それは即ち、神秘の強度の度合いを増させる、と言う事でもあるのだ。後は誰かが後ろからほんの一押しするだけで、伝説は実体を伴ってしまうと言う寸法だ。
どれだけ人が時代の先端を往こうとも、魂と心に刻印された始原的な恐怖までは、人である限り滅却する事は出来ない。
都市伝説とは、その始原の恐怖を利用し、煽る事で生まれた新しい妖怪や怪異である。
情報の共有が容易になった今の世界の情勢を利用する事でその力を蓄えた、最新の世界に生れ落ちた神秘の形の一つなのだ。
――昔とそんなに変わりませんわねぇ――
そして、紅葉の生きた時代でも、上記のような経緯で新しく妖怪の類が生まれる事は珍しくなかった。
百年を経た器物が怪異に昇華されると言う、付喪神など最たる例であろう。時代と共に物も新しく生まれ、そしてその都度、物に関わる胡乱な話が噂が生まれて行く。
今日では付喪神の種類など、多すぎて数えられない位だ。紅葉ですら、「こんなガラクタすら曲りなりにも八百万の神の一柱の恩恵を受けられるのですね」、
と口にするような物が平気で怪異に変ずる。これだけの数の付喪神が確認されているのはひとえに、人間の想念が彼らを産み出すのに極めて重要なファクターだからだ。
所詮物など、百年経とうが千年経とうが、物に過ぎない。ひとりでに命が宿る訳がない。だが其処に、人の想念が宿る事で初めて、神秘が強さをまし、命が産まれ得る。
そうであるからこそ付喪神と言う妖怪は無数に生まれ、妖怪と呼ばれる存在も無数に生まれた。想念――即ち信仰は、彼らを形作る上で重要となる要素なのである。
噂や伝承とは、言ってしまえば空の桶である。これ自体に意味がある訳ではない。
だがその空桶に、人の信仰や想念と言う水を注ぎ込む事で、初めて彼らは伝えられたイメージ通りに動ける『かもしれなくなる』。
必ず動く訳ではない。此処まで行う事で、漸くお膳立てが整った、と言う段階である。其処から更に後押しが必要なのだが、その後押しがこの時代では難しい。
古の昔、神秘の濃度がまだ濃かった時代であれば、そんな真似も出来た事であろう。だが、今の時代にそんな事が、只人の手で成し遂げられるとは紅葉には思えない。
物の怪、妖怪、怪異が娑婆に姿形を伴うには、このように迂遠なプロセスを経る必要がある。しかし今の時代の祈祷師や陰陽師共に、そんな事は出来ぬだろう。
「ま、サーヴァントでしょう」
紅葉でなくとも、真っ当な聖杯戦争の参加者ならマスターですら想到する結論だろう。
何処の誰ぞが、サーヴァントにすらなれないか弱い幻のような噂話に、形と動機を与えている、と見るのがこの場合妥当な線か。
誰がやったのか、と言うのがこの場合次の問題になる。噂に形を与える行為は、器用な芸当である。この時点でバーサーカークラスは除外される。
真っ当に考えるのならば、本命はキャスター、対抗馬にライダーと言う所だが、宝具と言うのは多様性に富むもの。
意外なクラスが仕掛け人、と言う可能性もゼロではない。よって、どのクラスの誰が、あの武家屋敷を程度の低いお化け屋敷にして見せたのか、と言う事を推理するのは止めた。どちらにしても、解る事は一つだけ。
「ロクデナシ、なんでしょうね〜。あ〜いやですわ」
これもやはり、真っ当な人物であるのならば直に思い抱ける事であろう。
人間の居住地の真っ只中に、あんな物騒な代物を建て捨てる輩だ。普通に考えて、まともな主従ではあり得ない。
紅葉が屠った都市伝説の怪物共は皆、人殺しに躊躇がないと言うよりは、人間に対してある種の悪意を抱いていた。
元々都市伝説に出てくる怪異とは、害意を以って人に仇名す物が多い。何故ならその性情は、人が彼らに与えたキャラクターだからだ。
そんな存在を野に放つのだ。ロクデナシ以外に評価しようがない。一歩間違えれば、討伐令ものであろう。
……或いはもう、水面下で討伐令が下される動きが起っているのかも知れないが。
「もっと調べなきゃいけません、か」
と、口にしながら、水を手酌で溜め、それを胸と尻とに持って行き、身体を洗う。本人は何も意識していないのだろうが、余りにも扇情的な動作だった。
後で旦那様――と言っておけば気を良くしてくれるのでチョロい――こと音石明にスマートフォンを貸してもらって調べてみようか、と思った紅葉だった、が。
そう言えば数日前、音石から手渡してくれたスマートフォンでアプリゲー――音ゲーとか言う奴だった――で負けが込んで身体が温まり、
液晶部を勢いよくタッチしたら液晶どころかスマホを嵌めていたケースごと人差し指で貫いた事に音石がブチ切れて、「絶対にもう貸さないからな!!」と言い渡された事を思い出す。全く、男根も小さいと心も小さいのだろうかと紅葉は思う他ない。あんなピカピカ光る薄い板など何処にでも売っていたではないか。一枚二枚壊した程度で、今更何が変わろうか。
――そしてその音石であるが、この公園にはいない。その訳は単純な話で、紅葉自身が追い払ったからだ。
裸を見られるのが嫌だったからではない。と言うより、つい最近当のマスター相手にベッドを共にした彼女が、今更裸を見られる恥じらう余地などある筈もなく。
服を買いに行かせたのである。サーヴァントとして召喚された当時に身に纏っていた、最早和服なのかすらも解らないあの改造和服は、
紅葉のお気に入りの一着であるが、流石に血に濡れた状態のそれを纏う訳にも行かない。無論霊体化を行っていれば目立ちはしないのだが、彼女はそれを嫌う傾向にある。
だったら尚の事、血塗れの和服など着用出来る筈がない。なので、代わりの服を音石に買いに行かせていた。元々新しい物好きの紅葉である。
当世風のファッションにも、それなりに興味を抱いていた。丁度良い機会であったので音石を、『此処で旦那様が選ぶ服のセンスで、今後の付き合い方の方針を決めますわ』と低い声音で恫喝して尻を叩く事で、強制的に彼の『持ち』で買いに行かせた。要は、マスターをパシリにしたのである。
現在この公園には、人はいない。紅葉を除いて、一人もいない。
冬木は今、聖杯戦争のあおりをモロに受ける形で、様々な不穏な事件が随所で起っている。
聞くだに身の毛もよだつ人喰い事件、センタービルの爆破。緊張は最大限まで高まっている。
オフィスビルの多い新都の方面は兎も角、住宅街の多い深山町は、時間の割に人の通りが少ない。
だがそれにしても、公園で裸になっている美女がいると言うのに、誰もこの事を気に留めないと言うのも不思議な話である。
しかし、タネを明かせばそんな疑問は即座に潮解する。何て事はない、紅葉が人払いの結界を展開したのだ。
公園に向かおうにも、ある者は辿り着けず、ある者は心変わりを起こして別の所に行こう、と言う気持ちになっている事だろう。
但し、それはNPC及び聖杯戦争のマスターレベルなら、の話。敏いサーヴァントであれば、紅葉の張った結界に気付くであろう。
そうなったら……まぁ、その時だ。紅葉は自分の事を、それはもう強いサーヴァントだと自負している。大抵の相手なら捻り潰せると増上慢を隠しすらしない。だからこそ余裕綽々で、こうして優雅に水あみをしていたのであった。
猫の鳴き声が、聞こえた気がした。
mew、mewと。生れ落ちて数年は経過したであろう、成体の猫の鳴き声。
それを聞いて、身体を今洗い終えた紅葉の動きが、止まった。ゆっくりと彼女は、鳴き声の方向に顔を向けた。
やはり、猫がいた。墨を塗った様に見事な色艶をした黒猫である。今時の野良猫は、運が良ければ餌を与えてくれる親切な人間によって餌付けされる事もある。そんな類としか思えない程、野良とは思えぬ見事な猫であった。
「ミャー」
猫が鳴いた。愛嬌のある、声であった。
さくさく、と、公園中に積もった雪の中を、黒猫がゆったりとした動きで歩いている。
この公園には今の所、紅葉のものである足跡以外、地上に堆積した白雪に刻まれていない。本当に、この街の住民が外出を控えている事がよく解る証拠だった。
天皇誕生日と言う国民の祝日であると言うのに、子供が公園で遊んでいた形跡すら刻まれていない。
本来今の時間なら、年端のいかない子供達が雪だるまを作っていたり、雪合戦に興じている微笑ましい光景が見れた筈なのだ。
どうしても外に行かねばならぬ事情がある時に限り外出をし、それ以外であれば極力外出を行わない。そんな事を、徹底しているようであった。
とは言え、人間社会のしがらみや事情など、知った事じゃあない、今日と言う日を気ままに生きる生物の代表格。それが猫だ。
きっと、人の通りがやけに少ない街の中を我が物顔で闊歩し、堆積した雪を不思議そうに思いながら、肌寒い冬木の昼を過ごすのであろう。
――バレないと思ってんのか、このスケベ猫は――
だが、これがただの猫じゃない事に気付いたのは、流石に紅葉と言うキャスターである。
彼女は知っている。器物が悠久の時を経れば命を得るように、長年を生きる畜生もまた、物質世界に影響を与える程の神通力を得ると言う事を。
猫が変じた妖怪である所の『猫又』などその代表格である。彼らもまた、狸や貉、狐のように、数十年を生きると人語を解し、変身する力を獲得すると言う。
勿論紅葉がその事を知っているのは、生前の経験からである。山中に行けばそう言った、化生と化した山猫がよく見られたのだ。
この黒猫からは、その猫又と同じ類だと紅葉は看破している。
自身が何処にでもいる猫であると、紅葉の前では振る舞っている。しかし、発散される微かな魔力の残滓を見逃す程、彼女は愚かではない。
何よりも、猫の動作からは、特有の柔らかみが感じない。ギクシャクとして、ぎこちない。紅葉が持っている、第六天魔王の因子。
異国に根付く神秘の精とは言え、時に荒ぶる神としても恐れられる第六天魔王、或いは他化自在天の因子は、彼らにとっては恐怖その物として映るのである。
この黒猫の正体は、ケットシー。この冬木の聖杯戦争に招かれた魔術師のサーヴァント、パトリキウスによって呼び出された妖精猫である。
紅葉はこのケットシーが、日本由来の妖怪ではなく、海を隔てた向こう側の国に由来する妖怪――みたいなものだと認識していた。
臭いである。この黒猫は猫又などとは違い、上品と言うか、嗅いだ事が全くない草木の香りがするのだ。異国の植生の中を生きていた事が解る。
要するにこの黒猫は、この街で散々見て来た、日本で確認されるにはとても似つかわしくない、西洋の妖精(フェアリー)の一種だ。
自分の魅力に釘付けになってる――実態は恐れから来る凝視だが――と思い込んでいる黒猫を見て、紅葉は考える。
この街に来てから、霊体化した回数の方が紅葉は少ない。常に実体化して遊びまわっていた。
早い段階で自分がサーヴァントであると、この妖精達の元締めは知っている事だろう。別に、それが知られる事自体は、この際良い。問題となるのは、此処で『カードを切るか』、と言う事。
紅葉と言うサーヴァントの操る魔術体系は鬼道と呼ぶ。
これはシャーマニズムの系譜を汲む魔術体系、に近い。霊や神霊、死霊に精霊の類と交信し、諸々の奇跡を地上に引き起こす事が出来る。
要するにやっている事は、上位存在や霊的存在に対する『お願い・依頼』だ。この魔術体系の欠点は正にその依頼する所である。
単純な話で、依頼であって『命令ではない』。つまり、上位存在や霊的存在にはそのリクエストに対して拒否権を発動させられる。
当然、依頼を拒否されれば奇跡は起きない、魔術も発動出来ない。依頼に使った魔力だけを無駄に消費する形に終わるのだ。
しかし、紅葉に限って言えばその拒否される可能性が著しく低い、と言うより殆どゼロだ。彼女の身体に宿る第六天魔王の因子の故にだ。
彼女の行う鬼道とは、この恐るべき神格の血を利用して、霊的存在や上位存在に『依頼』をするのではなく、奇跡を起こせと『恫喝・命令』するのだ。
要するに、親の七光をフルに利用した脅迫である。第六天魔王は時に大黒天、つまりはヒンズー教における破壊の神、シヴァとしての相も持つ恐るべき魔王である。
この恐るべき魔王の因子を前にすれば、大抵の霊的存在は恐れおののき、上位存在であっても後の報復を恐れると言うもの。彼女の鬼道スキルの異様な高さは、こう言った事情に起因する。
そして紅葉は、鬼道による脅しを、この異教(ベイガン)の妖怪達にも応用出来ると踏んでいた。
つまり、本来の主から支配権を強奪する事が可能なのだと考えているのである。但し、出来ても一度きりだ。次は対策されて難しくなるだろうとは思っている。
向こうは自分がサーヴァントだと理解はしていても、何が出来るのかまでは分からないだろう。対策されていない今がチャンスだとは思う。
とは言え、今は別に下すべき命令もないのではないか? と言う思いがフツフツと湧き上がって来た。実際に何を言い渡そうかと思索を巡らせても、何も思い浮かばないのである。
「……」
ブンブンと、頭を横に振るって、燃えるような緋色の髪に付着していた水を弾き飛ばす紅葉。その動作はまるでずぶ濡れになった犬や猫のやるものだった。
警戒するケットシー。妖精猫が軽く身の毛を逆立てかけているのをよそに、紅葉は足元の雪を掬い、それに力を込めて丸め始めた。
「えいっ」
そう可愛らしい掛け声を上げて、紅葉は手首の軽い力だけで、手づから作り上げた雪玉をケットシー目掛けて放り投げた。
――但し、その放り投げたの前には、時速六十㎞で、と言う冠詞が付くのだが。
手首の軽い力だけで、矢のような速度を得た雪玉に意表を突かれた妖精猫。紅葉の投げた白い雪玉は、ケットシーの胴体部分に直撃。
「フギャッ!!」
予期せぬ衝撃に、そんな声を上げるケットシー。それを見てケラケラと紅葉は笑う。完全に性格の捻じ曲がった毒女――事実――そのものだ。
とは言え、紅葉にしては寛大かつ穏便な処置であると、生前共に過ごしていた者が見れば驚くだろう。紅葉が本気で固めた雪玉を勢いよく投げていたら、この妖精猫の胴体に風穴があいていたのであるから。
普段ならば何をするのか、と抗議するような動作もしたのであろうが、流石に相手が悪い。
一目散にケットシーは、紅葉から逃げ出し、公園から飛び出して行った。その様子を紅葉は、おかしそうに眺めた後、大きく一呼吸する。
「見世物じゃなくってよ」
と、身体を洗う為に髪を纏めずにいた紅葉は、己の後ろ髪をポニーテールに纏め直しながらそんな事を口にした。
目線だけを、自分から見て左の方向に向ける。そして、その人物がいる事を確認すると、紅葉は目線を向けている方向に身体の前面を向けだした。
「いや、見世物にならない方があり得ないだろ。姐さん」
変人をでも見るような光を瞳に宿し、呆れきった表情でそう口にしながら、黒いドレスを着こなす黒髪の美人は、銀雪が敷き詰められた公園の只中に佇んでいるのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
聖杯戦争の参加者の一人である安部菜々がバイトしている喫茶店は、控えめに言って客入りが少ない場所であった。
モーニングセットを頼む客もいないのは勿論、日によっては稼ぎ時である筈のランチタイムにすら人が入らない事がある。
飲食店としてそれは拙いのでは?と、彼女の従えるサーヴァントである長兵衛が思う事も少なくない。彼女の生きていた時代に存在した、田舎の茶屋よりも客足がないと言うのは流石に駄目であろう。
そんな客足であるからこそ、仕事に対する心構えもルーズでいられる。バイトである菜々のみならず、喫茶店を営んでいる店主ですらも。
時刻はじきに正午を回ろうとしている。昼の休憩の時間にはまだ早すぎるが、店主が早めの休憩を菜々に言い渡していたのだ。
いつもは店の奥でテレビを見ている年老いた店主であるが、流石にテレビばかり見ているだけの事はある。
聖杯戦争の開始に伴う、冬木の異変についてもニュース経由で理解していた。どうせこれだけ不穏な空気が漂っていれば、普段以上に客足がないとは思っていたらしい。それを思えば、早めかつ長めの休憩バイトに与える事位、訳はないと言う事だ。
バイトがある日の菜々の昼休憩の過ごし方は、二つ。
店に備えられた食材を使ってまかないを自分の手でつくるか、外をぶらつくがてらに何か昼食を買って食べるかの二つだ。
菜々は後者を選んだ。否、正確には菜々が選んだのではなく、長兵衛がこうしろと言ったから外に出ていた。
夢のとっかかりを掴み順調にシンデレラになろうとしている者。努力をしているのに、夢の遠景さえ現れない者。
菜々は後者の方であった。どれだけ前に進んでも、シンデレラへの麗姿、その姿形が幻としてすら見えて来ない。
だが、つい先程まで喫茶店で会話をしていた高垣楓と白菊ほたるには、シンデレラは幻ではなかった。彼女らにとっては、それはもう目に見える距離なのだ。
その事を認識させられ、菜々は泣いた。アイドルになる為の厳しいトレーニングですら泣いた事はなかったのに、事実を認識すると言う事が、菜々の心に与えた一打。これは、痛烈な威力を秘めていた。
菜々の心は腐っている。菜々と運命共同体の関係にある長兵衛でなくとも、今の菜々のテンションを見れば誰だってそう思う。
見かねた長兵衛は、丁度昼休憩で良い機会だからと、外を歩き回って気分転換をしようと提案したのである。
今の菜々の精神の均衡は、とてもではないが聖杯戦争に臨むマスターのそれは勿論、日常生活を送る上でも全く褒められたものではない。
菜々が今抱えている悩みは、時間が解決してくれる類のものではあるが、その解決するまでの時間が惜しい。故に、直に慰められてもらう必要がある、と言う訳だ。
商店街を歩く、メイド服を着ている浮かない顔の菜々と、彼女と並んで歩く、黒ドレスのランサー長兵衛。
積もっていた筈の雪は既に、人が歩き、車が走る所ではない所に除けられており、今朝程歩くのが難しくなっている訳ではなくなっている。
地方の商店街は大型のショッピングモール等に客を取られ、閑古鳥が鳴いていると言う所も少なくないらしいが、この冬木に限って言えば、そうではない。
独自の強みのような物を持っている店が多いらしく、新都の方に建てられている多くの建物に客を取られ続け、シャッター街になってしまって……、
と言う、悲惨な境遇にはなっていなかった。普段であれば昼のこの時間には、人通りがそれなりに多く見られる筈だった。
が、既に述べた通り、聖杯戦争が落とす暗い翳の影響で、この商店街――と言うより深山町が全体的に、外出している人間が少ない。
天皇誕生日、国民の祝日であると言うのにだ。活気のない街を歩くのは、どの時代も寂しい。長兵衛もまた同じである。
今の深山町を歩くのはまるで、日の落ちかけた山道を歩いているような感覚を彼女は憶えていた。
「あたしアレ食べたいな、あんていくの……」
「間猿(まえん)バーガーですか?」
「そう、それ。正直バーガーの名前で猿は最悪だけど、味は美味かったからさ」
あんていく、とはこの深山町の商店街で開店されている喫茶店だが、昭和風の内装が居心地の良い菜々のバイト先の喫茶店とは違い、
今風と言うか、東京に店を出していても通用する洒落た内装が特徴的な店である。コーヒーも、豆を厳選しているのは勿論、淹れる技量も高い為か、とても美味しい。
長兵衛の言っている間猿バーガーとは、その店で働くウェイターが開発した新メニューであり、一週間の試験販売を経、正式に店のメニューに加わった、
と言う経緯付きの商品である。お持ち帰り可。ちなみに初期案では魔猿バーガーだったらしいが、ただでさえ猿と言う字がバーガーに適さないのに、
其処に更に魔と言うこれまた、そもそも食べ物に付けるには適さない字の組み合わせは駄目だと店長から指摘され、妥協して同じ読みの『間』の字にしたと言うらしい。どうでもいい。
とは言え、名前は兎も角味の方は良い。パンズに挟まるハンバーグも然る事ながら、ソースを長兵衛は気に入っている。照焼き風のソースとの親睦性が高いのだ。
これを食べて二人で駄弁って、適当に昼の休憩を終え元の鞘である喫茶店に戻る頃には、ある程度見れる顔になっているだろうと、長兵衛は踏んでいた。
――人通りの極端に少ない商店街を歩く、女性二人。そんな彼女らの前を、一匹の黒猫が、車の通っていない車道をゆっくりと悠然と歩いて横切りながら、二名の前を通り過ぎて行った。
「人がいないかわりに、猫が我が物顔で歩いてますね、長さん」
町の野良猫は、人通りの多い商店街には余り姿を見せず、裏路地や、少し離れた住宅街の入り組んだ狭い所にたむろしているものである。
だが、人の気配が少ない事を、特有の感覚で感じ取るや、此処は自分の町であるとでも言うように、本来なら人が歩いて然るべき所を闊歩する。
これもまた、聖杯戦争が冬木の町に落とす、影の一つなのであろうか。
「……今の猫」
「? 気になりました? 少ししか見れませんでしたけど、良い毛並みでしたよね。飼い猫かも――」
「追うよ」
「え?」
そう言うや、それまで菜々の足並みに合わせて横並びに歩いていた長兵衛が、彼女を追い越し、路地へと消えて行った猫を追い始めた。
迷いのない長兵衛の行動に一瞬面喰い、混乱する菜々だったが、横道に消えて行った女傑の背中を、慌てた様子で彼女も追った。
今の猫を、長兵衛は知っていた。
つい先程、つまり、菜々があの喫茶店で高垣楓と白菊ほたると話し合っていた時の事である。
あの時長兵衛は喫茶店の外にいて、その時に、見たのだ。黒い猫を捕まえようと路地を走る、男にも見えるが女とも捉えられる中性的な容姿をした、金髪のサーヴァントを。
あれは間違いなく、あの時のサーヴァント――ガレス――が捕まえようとしていた黒猫であり、ヘチマみたいな服装をした優男のサーヴァントが使役する斥候。
あの猫がヘチマ――パトリキウス――の使役する使い魔、のような存在である事は、盗み聞きしていた二人の会話の内容からして確定である。
思えばあの時長兵衛は本当に唐突に、パトリキウスの展開する結界の中に入り込んでしまった形になり、そのせいで少なからず当惑してしまった。
もっとあの結界の中を具に観察し、二人の挙措や性質を見極めるべきだったが、時間的にも状況的にも恵まれていた、とは言えず、芳しい結果は得られなかった。
これは、またとないチャンスだと長兵衛は思った。
あの黒猫を追えば、あの緑衣のサーヴァントについてのヒントを得られると思ったのだ。
長兵衛は英霊全体から見れば贔屓して二流、辛目に評価して三流のサーヴァントだ。直接的な戦闘を行って首級を上げる、と言う事は端からしない。悪手だからだ。
黒猫――ケットシーは明らかに戦闘向けの使い魔ではない。恐らく緑衣のサーヴァントが召喚する使い魔の中には、より戦闘向けのものもいるだろう。
それを差し向けられれば、如何に三騎士のクラスで召喚された長兵衛とて、如何転ぶか解らない。其処で必要になるのが情報だ。
長兵衛と言うランサーは、先ず下準備で集めた情報を吟味し、その情報をもとにプランニング(立案)。
そしてその計画の通りに動き、相手が不意を見せれば、宝具を以って急所を一突きし、葬り去る、と言うのが常套手段だ。
あの黒猫を追えば、パトリキウスの手札を確認出来るかも知れない。いやそれどころか、だ。
あの時パトリキウス及びガレスは、自分が結界に迷い込んでいた、と言う事実すら認識していなかったフシがある。
情報を得るのは確かに長兵衛にとって必要なプロセスではあるが、そもそも初めから隙だらけの存在相手には、計画を立案する必要性すらない。友好的なフリをして近付き、心臓をブチ抜いてやれば良いだけなのだから。
どちらにしても、長兵衛にとって、あの黒猫を追わないと言う選択肢はなかった。
サーヴァントならばいざ知らず、一回の畜生の使い魔風情に、自分の変装及び諜報を見破れるとは思えない。事実、彼女の変装や諜報は、それ程までの水準に在る。
自分がサーヴァントだと露見しないのであれば、追った方が良い。当たり前の選択なのであった。
猫に気付かれないよう尾行する、と言っても、野性の獣の感覚と言うのは人間よりもずっと鋭い。
況してや相手は猫である。五m、十mの距離から付けたとしても、向こうからすれば誰かが追っていると直にバレるだろう。
だから長兵衛と菜々は、ケットシーに常に大きく先を行かせた。彼我の距離を三十m程、常にキープ。
向こうが曲がり角を曲がったら、曲がってから五〜六秒程経ってから、二名も角を曲がり始める。
そんな事を繰り返している内に、二名は既に商店街を離れ、住宅街の方まで足を運ぶ事になった。
戸建からアパート、江戸の時代から存在すると説明しても信じてしまいそうな武家屋敷風の建物など、深山町の住宅街はバリエーションに富む。
この辺りはまだ、住宅街に比べて雪が除けられていないのか。足跡も疎らで、轍も刻まれていない雪が道路にまだ積もっていた。
其処を菜々が歩き難そうに、危なっかしい歩き方で移動している。最早ケットシーを追っていると言うよりは、長兵衛の背中に追い縋っていると言う様子である。
だが、流石にサーヴァントである長兵衛の方は逞しい。歩きなれた平地を歩く様な感覚で、積雪が色濃く残る道路をズンズンと進んでいた。
そうこうしている内に、二名は、商店街からも大分離れた、深山町の住宅街、その只中に存在する市民公園近辺へと足を運んだ。
最低限子供が退屈しない程度の数の遊具と、数台のベンチ。公衆便所に水飲み場と、全国の何処にでもあるような平均的な公園。
狭い所もそうだが、人のいない空地も、猫の溜まり場になる。その例に漏れず、ケットシーも園内で漸く移動を止め、其処にいたのだった。
――ケットシー一匹だけなら、どれ程良かった事か。
其処にいたのは、黒い毛並みの妖精猫一匹だけではなかった。猫の他にもう一人、予期せぬ人物がいたのである。
黒猫を相手にチェイスを繰り広げていたガレスでもなければ、その黒猫の元締めであるパトリキウスでもない。長兵衛が初めて見る容姿をした、新たなサーヴァントであった。
サーヴァントの気配自体は、此処に来る前からも既に感じていた。
しかし、誰のものなのかは長兵衛は理解していなかった。当初はそれを、長兵衛はパトリキウスが発散する気配なのではと考えていたのだ。
だが違った。長兵衛の視界の先二十m程の所にいるのは、そもそも性別からして違う。燃えるような緋色の髪が眩しい、遠目から見ても見事な肉付きとプロポーション。
そして、美しい顔立ちの持ち主だと解る、全裸の美女だ。雪の敷き詰められたその公園に、一人佇むその様子は、ぽつねんと一厘だけ咲き誇る彼岸花を連想させた。
【ちょ、長さん……あれ】
【サーヴァント、だね。拙い事に、向こうの方も気付いてる】
長兵衛はランサークラスとしての召喚の為、アサシンのクラススキルである気配遮断を持たない。
だが、彼女と隠密性は切っても切れない関係であり、それに纏わるスキルを持っていないと言う事はあり得ない。
故に彼女は、その代替となるスキルを、ランサーとして召喚されても保有している。それが、諜報である。
このスキルの最大の特徴は、相手が長兵衛を見たとしても、敵と認識させない事にある。
竹馬の友だと思わせる事も出来る。子供の頃から親しい間柄の恋人だと思わせる事も出来る。都会の喧騒をすれ違ったきりの赤の他人だとも思わせる事も出来る。
人畜無害な田舎娘を装い、天下人に王手をかけていた光秀を討ち取ったエピソードを象徴するようなスキルであるが、気配遮断と比較して明白に劣る所が一つある。
簡単だ、『サーヴァントとしての気配までは消せない』のである。この点で長兵衛は、暗殺を旨とするアサシンに劣る。
長兵衛がサーヴァント相手に白星を付けるには、リスクを承知で相手サーヴァントの下まで近づき、信頼に足る人物だと思わせて油断した所を、と言うのが定石。
長兵衛と言うサーヴァントは、取り立てた武勇伝を持っている訳ではない。一番有名なエピソードにしても、光秀の闇討ちと言う事がそれを如実に表している。
この点が、彼女を二流足らしめる理由であった。直接的な戦闘能力を期待される三騎士のクラスで召喚されたにも関わらず、
どちらかと言うとアサシンを運用する様な、変則的な使い方が求められる。これでは、中途半端なサーヴァントと言う謗りは免れない。
戦闘能力がそれ程でもない彼女が、武勇伝の一つ二つを当たり前に有しているサーヴァントの下まで近づき、コミュニケーションを取る。
それがどれ程のリスクを孕んだ事なのかは、説明するべくもないであろう。況して、彼女のマスターである安部菜々は、自衛手段を持たない。
サーヴァントがサーヴァントを対処するのは当たり前の事だが、非力な菜々に対して何かしらの力を持ったマスターが暴力に訴えかければ、其処で決着が着く。
――百姓って奴の限界かね――
ガシガシと頭を掻きながら、長兵衛は考える。
一振りで十人の胴体を宙を舞わせる名刀とかの類が、自分にも宝具として備わっていれば良かったのにと夢想する。
そうすれば、菜々に危機が舞い込んだとしてもある程度は対処出来ると言うのに。尤も、今思った所で叶うべくもない。貧乏くじを引いてしまったと、この場は割り切る事にした。
【首級を上げてくる】
念話で菜々に告げ、ズイ、と長兵衛は一歩前に進んだ。
【長さん……】
心配そうに、先程まで馬鹿みたいに泣いていた菜々が返事をする。
【あんたはそこで待機。そこなら丁度、あの色狂いのサーヴァントにも気付かれない良い位置だ。絶対、ここから動くな】
と指示する長兵衛。彼女の指定した位置は、丁度公園を取り囲む道路に出る為の曲がり角で、この位置からだと、緋色の髪のサーヴァントは菜々の姿が見れなくなる。完全な、死角になるのだ。
【ヤバくなったら逃げる。あたしが公園の敷地から出たら、それはもう、ダメだったって合図だと思って、あんたは働いてるサテンの方まで逃げな。あたしも追って、そこに駆けこむ】
【あ、あの……!!】
【心配するなって。百姓って奴はネズミみたいなもんだ。拙い、と思った時の逃げ足だけは、あたし含めて皆自信があった。あたしの事気にするよか、自分の身体に傷付かない事の方を考えてな】
さく、さく、と、雪の踏みしめ歩きながら、一歩。中村長兵衛は前に出た。
【なりたいんだろ? アイドル、って奴にさ】
菜々の息を呑む声を後にしながら、長兵衛は公園の方に臆する事無く進んで行く。
公園の敷地に入った時、緋色の髪の女――紅葉は、明らかに紅葉に対して臆した様子だったケットシーに、雪玉をぶつけてケラケラと笑っていた。
予想よりもやべー奴だったかも知れない、と。長兵衛が後悔したのは、その瞬間であった。
「見世物じゃなくってよ」
髪を後ろに纏めながら、紅葉が口にした。この口ぶりは知っている。
武士共が、取るに足らない百姓を相手に言葉を交わすような。路傍の小石にでも話しているような声音だ。
「いや、見世物にならない方があり得ないだろ。姐さん」
虎穴に入ったと、今認識しながら長兵衛が返事をする。自分の身体が、目の前の女の心臓を抉る、一本の槍に変じて行くような感覚を、彼女は憶えたのであった。
前半の投下を終了します。今週中には後編を仕上げ、UPいたします
ウェカピポ、シールダー、ウェザーリポート、アサシンで予約します。
◆zzpohGTsas氏の作品への感想は後篇が投下されてからまとめてします。楽しみにしてますね!
投下します
近場で紅葉の姿を見た時に、長兵衛が抱いたイメージは、『人の姿だけを真似た怪物』、であった。
男が女性の事を魅力的だと思う対外・肉体的な要素の全てを内包した女性だ。身体つきから美貌まで、町娘のそれを隔絶している。
初めて見た時は、大名共の正室や継室の類かと本気で思った程である。
――だが、違う。何気なく会話出来る距離まで近づいて、初めて知った。
目の前の女は、美女の肉と皮を纏った魔物である。人の言葉と知能を得た、餓えた虎である。
大男が逞しい筋肉を身に着け、凶悪な剣を構えた姿、と言う解りやすい姿の方がまだ可愛げがあった。鶏すらも解体出来そうにない女性が、そんな性情の持ち主であると言うのだから、寒気を憶えぬ訳がない。
一方、紅葉から見た長兵衛のイメージは、何処にでもいる町娘だった。
生前は華の都である京と、田舎も田舎である鬼無里の村で人生の多くを過ごして来た彼女は、煌びやかな貴族の女や、野暮な格好の村娘など随分と見て来た。
長兵衛は、後者の方である。当世風の服装をバッチリと決めている上に、元の顔立ちも中々如何して、涼しげで無駄なく整っている。
肌を露出すれば、男が放っておくまい。一見すれば高いレベルを維持していると言う風に見える。村娘と言うには、長兵衛と言う女は洒落ていた。
だが、逆に言えばその程度なのだ。優れた顔付き、溌剌とした雰囲気。その程度の人物が、サーヴァントとして呼ばれ得るものなのか?
自分が本気で殴れば、身体が粉々に砕けてしまいそうな程、何処にでもいるか弱い民衆。それが、紅葉が長兵衛と言うランサーに対して抱いた感想である。
「あまりにも無防備、って奴じゃないか? 姐さん。誰も出歩く奴がいないとはいえ、アンタみたいな美人が街中で一糸纏わぬ姿ってのはさ」
「見られて恥じいる身体じゃねーので、要らぬ気遣い、って奴ですわ」
そう言う問題じゃねーだろと長兵衛は内心で突っ込む。と言うかこの女、寒くないのか。
「それより、私に何か用でもありやがるんですか?」
「サーヴァントが一人でいるってのに、無視する訳には行かないでしょ。知らない訳じゃないでしょ? 聖杯戦争始ってるし、瓦版、そっちにも届いてるだろ? お尋ね者の件もある」
「あら、心配で此方に来てくれた、と?」
「まぁね」
平気な顔で、長兵衛は嘘を吐いた。油断させて相手を葬る事が肝要な彼女が、初手で喧嘩を売ると言う馬鹿な真似をする筈がない。
とは言え、まだ相手は警戒を解いていない。それもそうである。如何に長兵衛が優れた対話能力を持っているとは言え、見ず知らずのサーヴァントから信頼される筈がない。ある程度、迂遠な会話を経る必要があるのは、自明の理だ。
「三人寄れば何とやらと言うだろ、姐さん。ある程度まで一緒に行動した方が、お互いに生き残れるってもの。どうだい。一緒に――」
「無用なお世話、と言う物ですわね」
そう言って紅葉は、脇に置いてあった、紅葉(もみじ)の紋様が特徴的な改造和服に手を伸ばし、それを器用に身に着けて行く。
先程の戦いで血を吸った和服は、この公園の水飲み場で今度は水を吸わせ、雑巾を絞る要領で血を落とす、と言う力技で洗ったせいか。
所々にシワがつき、よれよれで、見てくれが大層悪くなっていた。そんな物を着ていても、紅葉の美貌は艶やかなままと言うのだから、美人と言う人種は得だった。
「私としては、貴女が首を私に捧げに来たのかと、殊勝に思っていたのですが」
「首は流石にやれないね、大事な用事の為に必要なんだ」
「別に私だって、お前の小汚い首は要りませんわよ。ただ聖杯って、貴女の首を落とさないと、現れないのでしょう?」
――成程、こう言う手合いだったか、と。長兵衛は此処に来た事は失敗だったなと再認する。
長兵衛の持つ諜報スキルは、敵対者だと人に思わせなくさせるものである。長兵衛自身が抱く敵意を相手から隠し通す、一枚のヴェールのようなもの。
換言すれば、『印象についての気配遮断』と言うべきものだ。此方から余程迂闊な行動に出ない限り、向こう側は、此方の事を先ず敵以外の軸のサーヴァント。
中立的、或いは自軍の側のサーヴァントだと錯覚させてしまう、使い方次第で化けるスキルとなる。
但し、このスキルは絶対ではない。通用しない手合いと言う者も、また存在する。
その最たるものが、そもそも誰彼構わず殺そうとする手合いか、目に見えるもの全てを敵と見做す異常者……つまりは、『バーサーカー』だ。
狂化の度合いが強いサーヴァントは、そもそも中庸や味方の区別がつかない為、諜報がまるで意味を成さないのである。
そして、バーサーカーでなくとも、初めからサーヴァント全てを取るに足らない敵として蹂躙する様な者にも、諜報は意味を成さない。
初めから、此方に対して肥大化した敵意を抱いている者。そんなサーヴァントに対して、諜報は通用しなくなるのである。
紅葉は、その敵意を抱いている側の者であった。
しかもその上、長兵衛の事を相手をするのも面倒で、殺した方が早い格下のサーヴァントであると認識しているのが、見て取れる程の態度。
長兵衛はそう言う人物が苦手だった。百姓が嫌悪して止まない、偉ぶる士族共を連想させるからだ。
生来の性格と言う事もあるだろうが、紅葉が何故、此処まで自分を警戒するのかが、長兵衛は理解出来ていない。
ケットシーを追う事に集中するあまりに、長兵衛は気付いていなかったが、彼女と菜々は紅葉の展開した、鬼道を応用した巧妙な人払いの結界を潜り抜けて、
今この場所にいるのである。余程勘の鋭いサーヴァントでなければ気付かれないような物を張った筈なのに、こうして簡単に侵入してくる。
そう紅葉は、『長兵衛がただケットシーを追っていたらこの公園に偶然やって来てしまった手合い』だと気付いてないのだ。
意図してこの結界に気付き、此処へとやって来たサーヴァント。紅葉は長兵衛の事をそう思い込んでいた。
そう考えた場合、長兵衛が信頼出来ないのは当たり前の事だった。此方の敷いた地雷原を突破して来て、「自分は味方である」と言った所で誰が信じると言うのか。
これが、紅葉が警戒を解かない訳であり、諜報スキルによる印象の気配遮断の効き目が、長兵衛が予想したよりも薄い事の理由であった。
「……困ったね〜」
バツが悪そうに目を伏せ、後頭部を掻きながら、長兵衛が口にする。
「どうしても欲しかったりする? 姐御」
「えぇ」
「本当に?」
「ほん――」
「やるかよ馬鹿」
紅葉が全てを言い切る前に、長兵衛が動いた。
目にも留まらぬ速さで、右手を動かし、己の着ている黒ドレスの左袖に手を持って行き、これまた迅速な速度で、今まで其処に隠し持っていた物を取り出した。
長兵衛の宝具とは、手にした棒状の武器(ポール・ウェポン)を、天下人にまで王手をかけた光秀を生前討ち取った、
あの竹槍として定義させる、三次元空間上に物質的な形を伴わない、言ってしまえばエピソードに由来する宝具である。
落ち武者狩りを行う人物にとって竹槍は最もポピュラーな武器であり、百姓を代表する武装の一つ。長兵衛は、百姓の象徴としての竹槍を、投影する事が可能である。
だが、投影している時間に攻撃を叩き込まれ、消滅してしまっては元も子もない。其処で長兵衛は常にその身体に、何時でも己の宝具で竹槍に変じさせる事の出来る、棒状のアイテムを緊急用にと忍ばせていたのだ。
モップや物干し竿では長すぎて携帯に向かない。
かと言って菜箸や楊枝では棒状の武器の要件である『長さ』が足りない。しかし長兵衛は、既にその物品を聖杯戦争の開催前に既に見つけていたのである。
長兵衛が目を付けたのは、適度な長さがあるだけでなく、状況に応じて伸縮可能で、何よりも店で安く――菜々曰く100円ショップと言うらしい――手に入るもの。
そんな都合の良い物こそが、今長兵衛が手に握っている――園芸用の支柱であった。一番短い物で三十cm程だが、伸ばせば百cm程に達するそれは、服の何処かに忍ばせるにはうってつけの代物だった。
長兵衛の右手が、伸びきった支柱を握ったその瞬間、支柱全体に若竹色の亀裂のような物が生じ始める。
それだけではなく、支柱の先端部分に、苔色の淡く光るキノコの笠のような物が展開され始めた。――否、それは笠と言うよりは寧ろ、『槍の穂先』に似た鋭さを持っているではないか。これこそが、長兵衛の宝具が展開された、何よりの証だった。
元が園芸用の支柱なだけあって、得物は驚く程軽い。それ故、疾風の如き俊敏さで長兵衛は移動する事が出来、一瞬で槍が紅葉の身体を貫ける間合いにまでいた。
戦国の塵埃を潜り抜けて来た武将を葬った凶槍が、紅葉の細い喉を穿たんと迫る。目を見開かせた紅葉は、バッと、首を左の方向に傾ける事で、危なげに回避。
――完全な回避とは行かなかった。透明感すら感じられる彼女の白い肌は、槍の穂先が掠った影響で斬られてしまい、其処から紅い血が処女の破瓜の如く、つつと流れ出て行く。
「――てめぇ」
恫喝するかのような、怒気を孕んだ低い声で紅葉が言った。
流石に鬼の身体能力である。殆ど完璧に近いタイミングで放った、長兵衛の不意打ちを寸での所で避けてしまった。
双眸に怒りの炎を灯した紅葉は、乱雑に振るった左腕で、長兵衛の握る支柱を打擲。手の甲が当たった所から、プラスチック製の支柱が裂けて砕けた。
元が原価百円以下のプラスチックの棒である、鬼の膂力に耐え切れる筈がない。そして、砕かれた支柱から伝わる、紅葉の筋力の凄まじさを今長兵衛は知った。
人間のそれを完全に超越していた。厳しい鍛錬を終えた武士が十人束になって掛かって来た所で、紅葉の膂力には叶うべくもないだろう。一発殴られるだけで、死を覚悟せねばならないレベルだった。
持っていた支柱を捨て、後ろに長兵衛が数m程飛び退くや、直に竹槍を投影。
片手で持てる程度の長さと幹の太さに調整しておき、それを左手で握った。
竹槍ではない棒状の武器を握った時とは違い、本物のそれを握ると、また形態が違って発動するらしい。
緑色の亀裂のような物が竹槍全体に刻まれ始め、穂先に類する先端の削って尖らせた部分が、エメラルド色に輝き始めた。
そしてこれを、槍投げの要領で、紅葉目掛けて投擲。英霊になった身空とは言え、戦場で槍働きをしていた男達に比べれば精度も速度も全く劣るが、それで良い。
このサーヴァントは強い。少なくとも、策なしで真正面から戦って勝てる手合いではない。よって、長兵衛が選択した行動は、『逃げ』だ。この槍投げは、逃げる為の時間稼ぎだ。
槍がじきに紅葉に当たる、と言う距離になって、突如、紅葉の前面に白い壁のような物が地面から立ちはだかった。
それは、雪だった。紅葉の鬼道によって操られて形になった、雪の塀である。彼女の身長程もある雪塀と、竹槍が衝突する。
一〇cm程槍が突き刺さった所で、竹槍は勢いを完全に殺された。長兵衛の握る竹槍は、Cランクの攻撃宝具に等しい。ただの雪や石の壁程度、容易く貫ける。
貫けてなくて、当たり前だ。竹槍を防いでいるこの雪塀は、紅葉の鬼道の影響で巌の如き耐久力を得ているのだから。
これを見て長兵衛は、臆したりはしない。猶更、相手にするのは時間の無駄と言う確信を得るだけだ。
あの雪の高さでは、自分の産み出した雪塀で紅葉自身も視界を防がれて此方の姿が見えない筈だと長兵衛は確信。そのまま背を向け、一目散に遁走しようとした――その時だった。
走り始めて七m程と言う地点で、ガクリ、と膝から力が抜ける感覚を長兵衛は憶えた。操り人形を操る糸が切られたように、彼女は膝から雪の上に頽れた。
何時間もの労働の後の虚脱感にも似た不快感が、長兵衛の身体を襲っている。そしてそれだけではなく、耳鳴りにも似た不快な高音が、鼓膜に響き脳を揺らしている。余りにも、不愉快な感覚だった。
「か……っ!? なん、だこれ……!?」
肺に残った僅かな空気で何とか紡いだ、絞り出すようなか細い声だった。
己の身体に起った異変に長兵衛が戸惑う中、紅葉が動いた。己の産み出した雪塀を、蹴りの一発で粉々に粉砕。
三日月状に口の端を裂いた様な笑みを浮かべ、竹槍を杖代わりに立ち上がろうとする長兵衛を見下ろしていた。
「何、しやがった、色狂いッ」
「樹木を門とす木霊(こだま)の霊。岩木を家とす魑魅(すだま)の精。八十瀬を宿とす魍魎(もうりょう)の魂魄」
そう言いながら紅葉は、足元の雪を右人差し指で指して見せた。
「森羅万象は一つの命であり、そこには霊が宿り、精を息吹かせる。木に、石に、水に、鉄に、銅に、空に。それぞれ霊が住み、各々の家にしていると言いますわ」
其処で紅葉は肩を竦めて見せた。
「ま、私はぜーんぜん理屈も道理も理解してないんですけどね。そう言う小難しい理屈捏ねて術を成すのは、陰陽師や祈祷師や坊主共の仕事。私は天才って奴ですから、感覚で何でも出来ちゃうんですのよね」
「何しやがった、って、言ってんだよ!!」
「人に質問する時は下手に出るもんだって、パパから教わらなかったのか未通女(おぼこ)がよ」
紅葉の声音が途端に、ヤクザ者のように低く、威圧的で、脅すようなそれへと変わった。そして、言葉の乱雑さも、先程の比ではなくなった。
「そのザマでよくもまぁ、強気を保ってられるもんだな。私がその気になれば、プチッ、と潰せてしまえますのに」
言外にはしていないが、紅葉の答えは、答えるつもりはない、と言う物であるらしい。敵にそう簡単に手品のタネを教える程、馬鹿ではなかったと言う事か。
紅葉の行った事は単純である。
彼女程の鬼道の持ち主ならば造作もない事であるし、普段精霊や霊的存在に鬼道で無茶振りばかりする彼女にしては、まだ霊達にとって常識的で簡単な命令。
大地に眠る霊を強制的に目覚めさせ、狂わせたのである。宛ら、『精霊の狂騒』とでも言うべきか。これを鬼道によって引き起こさせた。
狂った地霊の宿る大地の上に立てば、どうなるか。足から精霊の空騒ぎの影響が全身へと伝わり、今も長兵衛が味わっているような耳鳴り――これが精霊の声だ――で、
じきに精神に亀裂が入り、やがては心が砕けて発狂する。頑強なメンタルを持ち、精神攻撃が効かなくとも、今度は武器を振う事や足を使っての移動が出来なくなる。
これが第二の効果だ。英霊に列せられる程のサーヴァントであろうとも、筋力と敏捷のステータスダウンは避けられない。
人は如何しても、大地に立脚して戦わねばならぬ生物だ。地に足を付けている限り、モロにこの疑似的な精霊の狂騒の影響を受ける。
生前は自分の討伐の為に京が遣わした千人にも達する程の数の兵士を、この狂騒を以って足並みを崩させ、一人残らずその精神を破壊させていた。その効果は、冬木の聖杯戦争でも十分過ぎる程有効らしい。
何とか立ち上がり、竹槍を構える長兵衛。
口角を吊り上げた笑みを浮かべ、此方に近付いてくる紅葉。彼我の距離が、四mにまで縮まった時、長兵衛が動く。
一歩踏み込み、現状での渾身の力で、紅葉の胸部を穿たんと突きを放った。
「おっせぇ」
槍が皮膚に刺さるまで後数mmと言う所で、万力にでも挟まれたかのように竹槍は動かなくなり、長兵衛はつんのめった。
紅葉が寸前で竹槍を握り締め、攻撃を停止させたのである。先程首の皮を紅葉が裂かれたのは、不意打ちだったからである。
敵意を以って攻撃してくると既に相手に知られているのであれば、長兵衛の攻撃はいとも簡単に防がれてしまうのだ。
「まるで油の切れたロボットみたいですわ。貴女、本当に槍を満足に振るった事がありますの?」
竹槍を握る右腕に力を込める。ミシ、と嫌な音が竹の方から聞こえて来たのもつかの間。
中頃から竹槍は縦方向に湾曲し始め、やがて靱性の限界を迎え、メキメキと湾曲の頂点部分から裂けて、圧し折れてしまった。
竹のささくれが宙を未だ舞っている、そのタイミングで、長兵衛が動く。元より竹槍の強度などたかが知れている。破壊される事など、織り込み済み。
長兵衛の握る、圧し折られて無惨なささくれを晒す竹槍、そのささくれ部分がひとりでに、綺麗にカッティングされた。
水平にではなく、斜めに。そして、尖る様に。それは、竹槍だった。破壊されたとしても、十分な長ささえあれば、破壊した傍から竹槍として作り直す事が出来る。
これで不意を討てる。そう思い長兵衛は再び、紅葉の方に刺突を放つ。――が、魔王の因子を継ぐ女は、長兵衛の方へとステップを刻み、急接近。
見事に槍の軌道を避けて、二十cm程の所まで接近してしまう。息が掛かり、身体の匂いすら嗅ぐ事も容易な距離。長兵衛の目が、見開かれる。
「だから遅いんですって」
だが、敏捷が低下した状態の今の長兵衛では、人外の反射神経を持った紅葉の不意を討つ事は叶わない。
これだけ近付かれては、槍の技は大幅に制限される。接近して来た相手に対処出来るよう、石突を用いた技もなくはないが、石突を持たない竹槍では構造上その技は不可能。
この状況、これだけ接近して来た紅葉に対処出来る技は、長兵衛には無かった。
ガッと紅葉は、長兵衛のドレスの襟を両手で掴み、グッと持ち上げた全く抵抗が出来ない。
腰に力を込めて持ち上げられまいと抵抗はしたが、自分に重力が掛かっていないかのように、簡単に持ち上げられてしまった。
「アハハ!! 軽い軽ーい!! まるで赤子を持ち上げてるようですわ!!」
「そりゃどうも、オタクと違って胸に余分で邪魔なモンがない身体でね!!」
悪態を吐く程度の余裕を演出して見せるが、誰の目から見ても、そして真実、長兵衛には余裕がない。無論、紅葉がそれに気付いている事は言うまでもない。
今の不様な状態から長兵衛は、紅葉の鳩尾に蹴りを入れようとする。そして紅葉は、避けない。いや、避ける必要がなかった。
靴の爪先が、紅葉の胴体に直撃する。長兵衛の右脚全体に最初に走ったのは、痺れだった。そしてすぐに、蹴った自分の方がダメージを負った、と感じる程の痛みを感じた。
硬い、とかそんな次元の問題ではない。岩を蹴ってしまったのかと、長兵衛は一瞬錯覚してしまった。それ程までに、紅葉の身体は頑強だった。
「ちょっとした術で、私の身体を硬くしてみましたの。いつもは、褥での抱き心地は良いと男には評判の身体でしてよ」
紅葉自身、本気で身体に力を込めれば人間の腕力では逆に殴った方の骨が折れる程硬くなるが、今回はそれに加え、鬼道によるブーストもかけている。
今の紅葉の身体は、人間の殴打どころか、刀で斬れず矢や弾丸が刺さらない程の、異常なまでの防御力を誇っている。今の紅葉は、風の様な速度で移動する、人間の大きさをした要塞に等しい。
長兵衛の襟首を掴んだまま紅葉は、身体を勢いよく回転させ、ゴムボールでも投げるような感覚で、長兵衛を放擲。
地面と水平に投げ飛ばされている状態を見れば、どれだけの力で紅葉が彼女を投げたのか窺い知れよう。
そしてそのまま長兵衛は、背中から、先程まで紅葉が水浴びしていた水飲み台に激突。衝突の勢いで、水飲み台を構成する石材が砕け散り、その破片が宙を舞った。
更に、水道管自体も破壊されたか、間欠泉のように水が上に吹き上がり、堆積している雪にバシャバシャと掛かって行く。
「の、野郎……!!」
背中の筋肉と背骨がイカレたのではないかと錯覚する程に、背面が痛い。石が砕ける程の速度と勢いで投げて叩きつけられたのだから、それは当然だ。
現状のダメージも全く無視出来る程のものではないが、頭を打って気絶しなかっただけでも儲けものだと、長兵衛はポジティヴに考える事にした。
生前の、何て事はない村娘のままであったら、今の一撃で長兵衛の身体は粉々だったろう。サーヴァントになって耐久力が上がった事が、明暗を別った。
身体中に水が掛かりながら、長兵衛が立ち上がる。冬の寒さの相乗効果もあり、彼女の体温を的確にそれは奪って行く。田舎の冬を、長兵衛は思い出してしまった。
「ら、ランサー!!」
此処で予期せぬ、自分を呼ぶ声。そして、紅葉にとっては、自分以外のサーヴァントのクラスを叫ぶ声。
バッと、紅葉が辺りを見回す。「あいつ……!!」と、胸中で長兵衛が苦言するのと殆ど同時に、紅葉は件の人物を見つけた。その人物を、長兵衛は知っていた。
今紅葉が佇んでいる所からでは、絶妙に視界の死角となって視えなくなる曲がり角。其処から、今にも泣き出しそうな心配そうな様子をした女性が姿を見せていた。
安部菜々。今ランサーと叫んだ当の張本人であり、長兵衛のマスター。その人物が、長兵衛の言いつけを守らず、外に出て来てしまったのだ。
とは言え、菜々を責められまい。
現状、この冬木における自分の理解者である長兵衛が、一方的とすら言える程追い詰められ、剰え、人間だったら到底生きてられない程のダメージを負わされたのだ。
何時まで経っても公園から抜け出せず、敵サーヴァントに甚振られるその様子を見せ付けられ、とうとう菜々は、耐え切れなくなって飛び出してしまったのだ。
そして紅葉は考える。
如何やら今まで姿を隠していたあの女は、この田舎娘のマスターである。その事は既に紅葉も気付いている。
問題は、長兵衛と菜々のどちらを叩くか、である。逡巡は一秒程。直に標的が決まった。菜々である。
サーヴァントは宝具と言う切り札、隠し玉を持っているのが常である。長兵衛の宝具は、自分に見せた握った物を強力な武器にするものである事を紅葉も理解したが、
それ以外にも何かしらの奥の手を持っているのではないかと、彼女は考えたのである。そう考えた場合、下手に追い詰めては危険だ。
今はマスターとも距離を取っている。正直軽んじてると言うレベルじゃない程に音石の事を軽んじている紅葉であるが、それでも、無理は出来ない。
下手に突けば蛇が出そうなサーヴァントの方を叩くより、マスターの方を叩いて殺すのは、当然の考えと言えた。
紅葉は菜々の方目掛けて、跳躍。
垂直に数m程飛んだ紅葉は、そのまま地面に落ちる事無く、何と水平に空中を滑り、目にも留まらぬ速度で、一直線に菜々の方へと向かって行くではないか。
これも鬼道の応用だ。大気に満ちる霊に働きかけ、空中に気流を作り、其処にそって移動する事で、飛翔と滑空を紅葉は可能とした。
菜々は、紅葉が此方に接近している事にすら、気付けていなかった。スタッ、と、菜々の前に紅葉が降り立ってもまだ気付けず、
人の形をした魔王が彼女の肩に手を当てたその瞬間になって漸く、菜々は己がどれ程危機的な状況に陥っているのかを理解してしまった。
「ひっ……!?」
菜々よりもずっと背が高く、胸も、腰も、脚線美も、何よりも見た目上の若さも。菜々の上を行っている女性だ。美貌に関しては語るまでもない。
割り箸を割るような感覚で竹槍を破壊する、埒外の腕力を誇るサーヴァントが今、自分の肩に手を触れている。何か力を込めるだけで、肩の骨を砕く事も容易いだろう。
息が詰まる、眼前が涙で見えなくなる、水を浴びせた様に身体から熱が引いて行く。ホラー映画を見たりとか、怖い小説を読んだりとかとは、別種の感覚。
生命の危機に瀕した際に人間が抱く、プリミティヴな恐怖を、安部菜々は今感じていた。青褪めた顔を浮かべる菜々に反し、紅葉はその麗貌に、薄い笑みを刻んでいた。子供が小さな虫でも潰すような、嗜虐的な笑みだった。
「やや粉っぽさを感じる、水っぽさと張りが失われつつある肌。所々だらしなさが見え隠れしている肉付き。痛み始めている髪質……十代って事はありませんわね。二十代……それも、結構後ろの方っぽいですわね」
髪と顔、そして、メイド服と言う服装の構造上露出している肌部分に目線を向けながら、紅葉が言った。まるで、コーディネーターだった。
「もう少し年齢に見合った服装、と言うのがあるんじゃないんでして? ――それとも」
其処で、紅葉の笑みが強まった。口の端を吊り上げ、犬歯を覗かせる、獰猛で、凶悪な笑みだった。
「その服装を死に装束にでもするつもりか? あーん?」
「マス、ター!!」
後ろから長兵衛の叫びが上がるのと同時に、紅葉は一瞬で菜々の背後に回り、彼女を羽交い絞め。
彼女の右瞼にそっと、右中指を当て始める。その瞬間、公園の植え込み部分から敷地外に今飛び出そうとしていた長兵衛が、急停止する。
歯噛みしているその表情からは、切歯扼腕の念が隠し切れていない。
「別に、遠慮せずこれ以上近付いても構いませんのよ? でもその場合驚いて、ちょ〜っと手が滑って、おめめを零してしまうかも知れませんが」
軽く瞼の辺りに爪を立てる。チクッ、とした感覚を、菜々は瞼に感じてしまう。
「……クソ女が」
「不意打ち仕掛ける、心も体も貧相な女が言えた口? 負け惜しみにしか聞こえねーんですのよ」
状況の有利は、紅葉の方が圧倒的に上である。
長兵衛が何を口にしたところで、悔し紛れの負け惜しみにしか聞こえない事だろう。
自分は、死ぬ。菜々は己の状況を認識し、ガタガタと震え始める。
紅葉が気まぐれ一つ起こすだけで、自分の身体は破壊され、夢の姿を結局、アイドルを志してから一度も見る事無くその命を終えてしまう。
嫌だ、と菜々は思った。何も出来ていない、何も見れていない、何も感じていない!!
アイドルの本当の仕事とは、何なのか? アイドルの高みからは、何が見えるのか? アイドルになったら、何を感じるようになるのか?
もっと忙しい仕事なのかも知れない。今の高さと大して変わらない展望なのかも知れない。意外に何も、感じないものなのかも知れない。
アイドルになった所で、自分に劇的な変化が訪れず、アイドルと言う地位をそのままに、以前までの生活を送るのかも知れない。
そうかも知れないと思っても、菜々はアイドルになりたかった。此処で、死ぬ訳には行かなかった。ガラスの靴の何より似合う女に、なってみたかった。
しかし、生殺与奪を握るのは、自分ではない。紅葉と言う名の、子供の精神性のまま大人になったような恐るべきサーヴァントである。
彼女が癇癪を起こせば、自分は死ぬ。縦しんば生き残れても、最早アイドルを名乗れぬ程身体を破壊されるのは間違いない。そんな未来を思い描いて、恐れぬ筈がない。
フルフルと震える身体から、何かの拍子で、サクッと。懐に忍ばせていたスマートフォンが雪の上に落ちた。
菜々の懐から落ちたものに気付いた紅葉。それがスマートフォンであると彼女は知っている。
足を動かし器用にそれを挟み、ブンッ、と。足首の力だけでそれを空中に放り、それを開いた左手でキャッチ。興味深そうにそれを眺め、電源を入れ始めた。
「ちょっと」
「は、はい……」
震えながら、紅葉の言葉に菜々が答える。
「ホーム画面って奴に進めないんですけど? この、『パスコード』ってのを教えなさいな」
「何やってんだコイツ……」とでも言うような顔で、長兵衛は、紅葉の動向を注視する。
紅葉からは表情が見えないが、菜々も、同じような表情をしていた。どちらにしても菜々に、パスコードを教えないと言う選択肢はない。
素直にそれを教えるや、紅葉は慣れてない手つきで、パスコードを入力。ホーム画面に移行した。
この女にはプライバシーも欠片もない。平気で菜々のスマホのデータやアプリを物色しまくっていた。
何のアプリを使っているのかは元より、電話帳の物色からLINE、メールのやり取りまで、粗方確認。
「フムフム」、と何を知りたかったのか、一人で紅葉は勝手に納得。知りたい情報も大体収集し終えたのか、彼女は口を開いた。
「貴女、アイドルでしたのね。全然見えませんでしたわ」
「きょ、恐縮……です……」
「……そうだ!! 私、こう見えて結構音楽にウルサイ性格でして、貴女達が行うライブイベント? って奴をマークしてるんですよ!!」
と、何かを思いついた様に紅葉は一人で、水車のようにベラベラと饒舌に喋り始めた。
「え? え?」と、菜々は、捲し立てるような紅葉の早口トークに圧倒され、相槌の返事すら出来ないでいた。
「貴女、え〜っと……まぁ名前は良いか。このライブイベントに出やがるんですのよね? 宜しければ、当日のイベントの事詳しく教えて下さる?」
「え、え……その……、私……ライブに、出れません……」
「……は? 何でですの?」
口ぶりから察するに、紅葉は如何やら、安部菜々はアイドルであると言う情報を見て、彼女が442プロダクションのライブイベントに当日出演する、
アイドルの一人であると先走ってしまったらしい。だが実際には、菜々はあぶれた側のアイドルであり、当日彼女は出演しない。お留守番だ。
その事をたどたどしく口にして、説明する菜々。紅葉の方も、少し気にかけていたライブイベントの事を知れると思って意気軒昂としていたが、求めていた情報を得られず、ガッカリとした様子を隠せていなかった。
「……まぁ、いっか。最後に物を言うのは、私とマスターの演奏力ですものね」
「その……何を、やる、つもりなんですか……?」
「うーん……まぁ、教えて差し上げましょう。イベントの告知とやらは大事だと、マスターも言ってやがりましたし?」
いつの間にか世間話に興じるような雰囲気を醸し出し始める紅葉だったが、油断なくその中指は菜々の瞼に当てられている。
長兵衛はこのせいで、未だに地面に縫い付けられている状態にあるのだった。
「私、貴女達がライブイベントをやる時間と全く同じタイミングで、私達のゲリラライブを演奏してブチ当てるんですの」
「は、はい?」
「きっと歴史に残りますわよ〜? 私の琴ギターの超絶テクと美貌で魅了される男達、私の隔絶された魅力に悔しがりつつも称賛の念を禁じ得ない女達。何よりも、442プロとか言うイベントに足を運んだせいで私のイベントを見れなかった人間達の悔しがる様子!! そう言ったものを得て、奪って、感じたいから、ゲリラライブを行いますの」
「ライブの為に、人を殺すのかよ」
長兵衛が遠巻きで容喙してくる。
「うーん、それも考えはしたんですけどね。でもやっぱり、対抗馬がいるからこそ、ロックってもんじゃありませんこと? やはり、敵に張り合いがないと面白くありませんわ」
「だ、駄目です!! そんな、ライブなんか……!!」
「はぁ?」
菜々の言葉が癪に障ったか、明らかに不機嫌な態度を隠しもせず、紅葉は菜々の瞼を摘まみ始めた。
長兵衛の脚部に力が入る。何かアクションを起こせば、一気に飛び掛からんばかりの気魄が、彼女の身体から発散されていた。
「今日の為に、皆、一生懸命……れ、練習して来て……、日陰で、厳しくて、辛い毎日を、過ごして来たんですよ……!!」
「知りませんわね。才能がない人間が、影でコソコソ努力して、後で日向に躍り出るのは、何もおかしい所はないでしょう?」
「貴女みたいな綺麗な人に出張られたら、皆が迷惑するに決まってるじゃないですか!!」
自分が出る訳でもないのに、菜々は、紅葉がやろうとしている行為について激怒していた。
それは、ひょっとしたら何かの間違いで、自分がライブに出れるかもしれないと言う、あり得ない展望を心の何処かで抱いていたからなのかも知れない。
もしもそうなれば、自分は、人を殺しに殺した末に現れる聖杯に何かを願う必要性もなくなるのだから。
だが、明日行われるライブに、急遽自分がねじ込まれる事など、それこそ聖杯にでも願いを託さない限りは出来ない相談と言うもの。
出れもしないのに、心の何処かで出れるかもと思い抱く女。何処までも、応援する側としての根性が染みついた女。
それが、この冬木における、安部菜々、と言う女だった。彼女の言葉が、明日の最高のライブに出演する仲間達を思ってのものだったのか、それとも、自分本位から来た言葉だったのか。それは、発言している当の本人にすら、解らないものであった。
「やっぱり〜〜〜〜〜?????????」
その言葉を受けて紅葉は、非常に舞いあがったような態度と声音で、羽交い絞めにしていた菜々を解放。
突如として拘束を解かれた物であるから、菜々は地面に膝から転んでしまい、雪の上に俯せになった。
「菜々!!」、と叫ぶ声が聞こえてくる。まだ、動けない。此方が動くよりも更に最小限度の動きで、紅葉は菜々の事を殺せる位置にいるからだ。
「いや〜、やっぱり私が綺麗だって事も、私がその気になっちゃえば客も耳目も奪えるって事は解りきってた事何ですが、こうやって言われちゃうと気恥ずかしいですわね〜〜〜〜〜!!」
と、滅茶苦茶有頂天かつ、調子に乗った態度で、紅葉は気恥ずかしげに身体をくねらせる。
美貌については流石に長兵衛もイチャモンを付けられないが、演奏技術まで自信があるのかこの女は、と胸中で呟いた。と言うか、煽てに弱すぎである。
「――そうだ。貴女、ライブにどうせ出れないのでしょう? どうせ暇なんでしょうし、私のライブの方を盛り上げませんこと?」
「ひ、暇じゃ、ありません!! 私には――」
何とか立ち上がり、身体に付着した雪を払う事もせず、紅葉の方に身体を向けて菜々は言葉を紡ごうとする。
「私には……」
「?」
「み、皆を、応援するって……仕事が……」
「アハハハハ!! 何ですのそれ? そう言うのは、暇って言うんですのよ? 応援席から貴女一人が消えた所で、歌って踊ってる人間は気付きはしないでしょうに!!」
紅葉としては何気ない、それこそふざけて口にした言葉だったのだろう。しかしその一言は、菜々の心をこれ以上となく抉る、無慈悲な一言だった。
酷い虫歯が与える耐えられぬ痛みのような、剣で直に突き刺されたような。途方もない衝撃が身体に舞い込む。呼吸を忘れる程の痛みが彼女の身体を支配する。
自分一人が消えた所で、ライブは当たり前のように進行し、ライブに出演する442プロのアイドルらは喝采を得る。それは、この世から人間の一人が消えた所で、当たり前のように時間が前に進んで行く事に似ていた。
参加アイドルや目玉のアイドルが突如消えれば、成程確かにライブは中止される。だが、応援する側の自分が消えた所で、恙なくライブは遂行される。
そしてそれだけではない。自分が消えた所で、誰もその事に気づきはしないと言う事もまた、どうしようもなく事実だった。
無論、自分と親しい関係にあったアイドルは、自分がいない事に気付くかも知れない。ポジティヴに、考えられた筈なのだ。
しかし今朝、あの白菊ほたると言う名前のアイドルが、自分の事を全く知らないと言う風な態度でいた事実が、菜々の心に影を落としていた。
自分が消えた事に、気付く人間もいるだろう。
だが、自分が消えた事に、気付かぬ人間も大勢いる。つまり紅葉の言った事は、ある意味で正しい事柄だった。
とどのつまりは、一個の人間としては兎も角、442プロに所属しているアイドルとしての安部菜々、と言う女性の知名度も存在意義も、その程度に過ぎないのだ。
それを紅葉に突かれた瞬間菜々は、ほんの少し呆然としてしまった。両目とも風景を映しているにも拘らず、何も映せていない状態が、その時間続いてしまった。
【菜々、菜々!!】
放心の状態の菜々に活を入れるべく、長兵衛が念話越しで叫んできた。
頭の中に響く、己のサーヴァントの声に、漸く我を取り戻した菜々。それを受けて長兵衛が、更に念話を続ける。
【よく聞け菜々、業腹かも知れないけど、此処はその、頭クルクルパーの女の要求を受け入れろ!!】
【ちょ、長さん!!】
【解ってる!! だが、此処で受け入れないと、こっちの命がないぞ!!】
長兵衛は気付いていた。今しがた紅葉の言った事は、事実上の、『同盟の申し込み』のような物であると。
菜々が、こんな女と同盟を組みたくないと言うのは百も承知。と言うより当の長兵衛ですら、紅葉となど同盟を組みたくない。
だが此処で紅葉の提案を受け入れねば、死ぬのは此方である。それ程までに、長兵衛達の状況は最悪である。
不興を買えば、菜々はたちどころに殺され、それに付随して、単独行動スキルの無い長兵衛もまた消滅を免れない。
こんな女と手を組むのならば、矜持を取って死を選ぶ。そんな高潔な心を持ったサーヴァントもマスターも、いる事であろう。
だが、生憎と長兵衛も、そして菜々も。そんな高邁な人物ではない。共に生汚く、共に奇跡を信じてみたい女達だからだ。
それが煮え湯と解っても。それが苦い水だと解っても、此処は紅葉の提案を呑めと、再度長兵衛は念話を入れる。
【……約束する。機が来れば、あたしはそいつを、槍で貫いて首だけの姿にして見せる。……今は、雌伏の時を、あたしと一緒に過ごしてくれないか?】
【……長さん。解りました。私……一緒に頑張ります】
意を決し、紅葉の方に目線を向ける菜々。
「何をやって、盛り上げれば良いんですか?」
「まぁ、乗って下さいますのね!! 何をするべきかは……うーん……まぁ追って伝えますわ。生憎と今はマスターが――」
「お、オイキャスター!!」
其処で長兵衛は、自分達とは違う、男の闖入者の声を聞いた。
声が聞こえた方向に、三名が顔を向ける。其処には、何かの紙袋を左手に下げながら、驚きの表情を浮かべる、濃い顔をした若い男が佇んでいた。
音石明、紅葉のマスターである。紅葉の言い渡した買い物を今終え、彼は、待ち合わせ場所である深山町の市民公園に戻って来たのだ。
これを受けて長兵衛は、即座に竹槍を投影し、音石目掛けてそれを投擲しようとする。
そうはさせじと紅葉は、菜々の口に人差し指と中指、薬指を突き入れた。気道を防ぐ形になり、呼吸も出来なくなるばかりか、『えづく』箇所に紅葉の指は触れていた。
「動くな!!」
紅葉が一喝する。菜々の身に迫る危機を認識した長兵衛が、槍を今まさに投げようとしている体勢のまま静止した。
「この女の頭が吹っ飛んでも宜しいと言うのなら、その粗末な武器をブン投げてみな」
「……クソ女」
「あーこわいですわ〜」
誰が聞いても明らかな棒読みで、紅葉は応対する。二人のやり取りの間、菜々は吐くに吐けず、「うぇっ……!!」と言いながら涙目の状態でいた。
にっちもさっちもいかなくなった長兵衛は、手にしていた竹槍を放り捨てる。「まだ隠してるでしょう?」、と紅葉が言った。
惚けても無駄だと思った長兵衛は、袖に隠していた園芸用の支柱を全部地面に捨てる。これで真実、長兵衛は早急に行える攻撃手段を失った。
その様子を見届けて満足した紅葉。「マスター、此方に」。紅葉のその言葉を聞き、急いで走り寄る音石。
「この女を見張ってて下さいまし」
そう言って紅葉が、菜々の口に突き入れていた指を離し、音石に菜々を任せた。
「うえぇっ!!」と、指を離した瞬間菜々は酷くえづき始め、何が何だかと言う様子で音石は、菜々の事を監視する。
菜々の下を離れた紅葉は、憮然とした態度で佇む長兵衛の所までゆっくりと近付いて行く。
敵意を宿しながら、冷めた瞳で、紅葉の麗姿を睨みつける長兵衛。
「手ぇ上げな」
「大層な悪党じゃないか、キャスターさんよ」
悪態を吐きながらも、紅葉の言われた通り、ホールドアップを行う長兵衛。
その瞬間、紅葉の右拳が、長兵衛の華奢そうな身体の鳩尾に勢いよく突き刺さった。
両目が飛び出そうな程の衝撃を受け、嘔吐感にも似た不快感と、呼吸すら出来ない程の激痛を受け、乾いた息を吐き出しながら、
長兵衛は両膝を地面に付き鳩尾を抑え涙を流した。殆ど反射的に流した涙であった。痛みは今も胴体を中心に、吐きそうな程の痛みを長兵衛に与え続けている。
「これで済んだだけ、ありがたく思いやがるんですのね」
そう言って紅葉はダメ押しと言わんばかりに、長兵衛の背中に力を加え、彼女を俯せに雪の上に倒した後、その後頭部に右足を起き、一切の抵抗を不能とさせる。
紅葉の言う通りだった。この程度の処遇で済んだ事は寧ろ、有情とすら言えた。紅葉が本気で人体を殴ろうものなら、人間の身体など殴った所からその部位が千切れ飛ぶ。
嘔吐感を催す程の痛みで済ませている辺りが、最早奇跡とも言うべき状況であった。
「メアド……? 電話番号……? 専門用語は訳が解りませんわ。まぁ兎に角、貴女への連絡手段は憶えましたから、追って詳しい事は連絡しますわ。その間、いつも通りの日常をお過ごし下さいませ」
そう口にし、長兵衛の後頭部から足を離す紅葉。
所用は終わったらしい。「マスター、帰りますわよ」、と言う言葉からも、それが窺えよう。
「こいつら、殺さなくて良いのかよ? キャスター」
当然の疑問を口にする音石に対し、紅葉は、笑みを浮かべて口を開いた。
香気すら感じさせる程の艶やかさを含んだ、美しい笑みであると言うのに――例えようもない邪悪さを孕んだ、鬼の笑みだった。
「手足のもがれた蛙を急いて殺すのは、伊達とは言えないでしょう?」
胃の中に氷の粒を限界まで入れられたような圧迫感と恐怖を、音石と菜々は、紅葉の笑みを見て覚えた。
そして音石は、再認させられた。この女は、人の形をした『鬼』、と言う別の次元の生き物なのだと。
人間の言葉を解するが、何処までも人間の社会と風俗、倫理から逸脱した思考と行動をモットーとする、この世で最も恐れなければならない、正しい人間の敵に当たる存在なのだと。こんな女の手綱を握っていると言う事実を改めて音石は思い知らされ、震えた。
「それより、シャワーを浴びたいですわ。やはり公園の水じゃ満足出来ませんもの。早く戻りましょう」
もう長居は不要とばかりに、ととと、と音石の方に駆けよって行き、この場からの退場を促す。
音石としても、それには賛成だ。得体の知れないサーヴァントといつまでも一緒にいる程暢気ではないし、何よりも……今は紅葉が、堪らなく、怖い。
「あ、あの!!」
いざ帰らん、と言う段になって、菜々が、紅葉達を呼び止めた。
「何ですの?」
くるっ、と、菜々の方に身体を向ける紅葉達。
「な、何で、ゲリラライブを、行おうとするんですか?」
菜々は、このゲリラライブを行うと言う発想が、紅葉から来た物ではなく、実は音石の提案である事を知らない。
とは言え、紅葉が音石の発想と提案を称賛し、それに乗っかって来たのは事実である。彼女はノリ気なのである。
紅葉、と言う女の事だ。注目を浴びたい、褒められたい、と言う気持ちも確かにあるだろう。菜々は、そう考えていた。そしてそれもまた、事実ではあるが――
「ライブに成功して得られるもの、何だと思います?」
「え? えーっと……ボーナスと……褒められる事?」
「……ボーナスって、何ですの?」
「金の事だ、キャスター」
「何だ、禄ですのね。まぁ、お金も確かに欲しいですけれど、それの為に演奏をするのは、ロックじゃありませんわね。私が欲しいのは寧ろ、賞賛の言葉ですわ」
言葉を続ける紅葉。
「私達が何もしなければ、賞賛されるのは寧ろ442とか言う連中でしょう。だけど、此処でゲリラライブを演奏すれば、褒められるのは私。442が得る筈だったブラボーの声を、全部奪える。私達の心も大変満足。理由になってません?」
「そ、そんな事の為に……皆の練習を、無駄にするんですか……!?」
「そんな事の為にって、此処に来てから二週間と経ってない私達に、客の全部を奪われる何て、その程度の練習とアイドルだったと言う事になりません?」
言葉が詰まった。それは確かに、その通りだと思ってしまったからである。
「それに――」
言った。
「欲しいから奪うのは、何処にもおかしい所はないのではなくて?」
焚火に水を掛ければ、火は消える。物を上に投げれば、下に落ちる。一に一を足せば、二である。
そんな当たり前の事を言葉にするかのような口ぶりで、紅葉はそんな事を言ってのけたのだ。
「貴女、応援する側よりも、舞台の上で、歌って踊りたい側なのではなくて?」
不意に紅葉が、そんな事を菜々に訊ねて来た。自分に向けた質問だと言う事に、菜々は漸く気付いた。
「そ、それは……あ、当たり前、じゃないですか。でも、出れないと言うのなら――」
「もしも私が貴女の立場だったら、他のアイドルとやらを殺してでも、自分が出るよう頑張りますけどね」
菜々はまたしても、目を見開かせてしまう。
「たった数人殺して星の地位を得られると言うのなら、私は喜んで殺しますわよ。それに貴女には、それが出来るだけの『力』。あるでしょう?」
目線が菜々の方から、その背後の人物に変わった。やっと紅葉の与えた殴打の痛みから回復し、此方の方を睨みつけている長兵衛の方だ。
バッと、菜々がその方向を振り向いた。自分のパートナーである長兵衛と、視界が交錯する。
――長、さん……――
「願いがあって、しかも、サーヴァントなんて言うこれ以上と無い力があるのに、それを自己の為に振う事すらしない。随分と禁欲的ですのね。まるで高僧のよう。素敵ですわよ」
紅葉が何かを言っているが、菜々にはその言葉が遠い所から聞こえてくる物音のように、小さなものにしか聞こえなかった。
菜々が自分の言っている事を聞いているのか如何かなど、関係ない。これでもう、紅葉も言いたい事は言い終えたのか、音石を伴い、思い思いの方向に歩き去って行った。
力。そうである。今まで菜々は考えつきもしなかったが、サーヴァントとは、無辜の一般人から見ればこれ以上と無い恐るべき兵器としての側面も持っているのだ。
人間の姿をして、人間の言葉を離し、人間の価値観と倫理を持った存在であるから、菜々は露程もそんな事を考えられなかった。
それはひとえに、安部菜々と言う人物が有する生来の性格の良さもある。菜々は本来、そんな事を考えられる人間ではないのである。
自分ではどう足掻いても、シンデレラにはなれない。
かぼちゃの馬車にも乗れはしない、美しいドレスも着れはしない、何よりも、シンデレラのシンボルであるガラスの靴も、自分には合わない。
――だが、同じくシンデレラの象徴である、嘗て灰被りと呼ばれた少女を美しく着飾らせた魔法使いは、己の傍にいるのだ。
中村長兵衛と言う名前の、菜々をシンデレラのしてくれるかもしれない友達が。
「私……」
菜々は聞いた事がある。
昔話と言うのは元来寓話的な側面があり、本来のルーツは戒めの意味を込めて、毒があるものだと言う事を。
現代に伝わるにつれ、その毒気は抜かれ、子供達にも親しみやすく、そして教育にも相応しい物にされている。シンデレラの話も然り。
だが、グリム童話のシンデレラでは、シンデレラの姉達は、己の足の指や踵をナイフで切り落としてまで、ガラスの靴の合う女になろうとしていたと言う。
ガラスの靴は、血に濡れた自分の足を受け入れてくれるのだろうか?
奪ったガラスの靴を履いても、自分は、シンデレラになれるのだろうか? 菜々の狐疑は、今此処より始まったのであった。
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
知っている。
中村長兵衛は、知っていた。紅葉、と言う女性のような人物を、生前大量に見て来た。
彼らは、百姓の敵だった。影で彼らの愚痴を言いあった事など、枚挙に暇がない。
戦があるから米を出せ、麦を出せ、稗も粟も全部出せ、と。もう出すものも出るものもないのに、身体を逆さに揺すってまで此方の食い扶持を奪う狼。
戦う事しか能がなく、人の上に立つ事しか出来る事がない。戦の度に村を焼き、戦の度に田畑を荒らす。
食い物と言う食い物を奪って行き、人夫人をコキ使い、女がいたぞと女を犯し、刃向うものなら殺してしまう。
彼らは、百姓を悪ずれしたけだものにする張本人だった。
差し出すものなど何にもないなど嘘八百のデタラメだ。床下を掘ってみると良い、其処にないなら納屋の隅!!
出て来る物は、瓶や壺に入った米、塩、豆、酒、味噌!! 馬が入って来れず、具足を纏ったままでは昇る事も難しい山間には隠し田だ!!
百姓は平気で嘘を吐く。出すものなど何もないと平身低頭しながら、心の中では舌を出す。何でも誤魔化す。
戦があれば良く見える丘の上から連中らの殺し合いを馬鹿だ阿呆だと言いながら笑って眺め、戦が終われば死体から刀を抜き、装飾品を奪い、
何処かに隠れた敗残の兵を殺さんと竹槍作って待ち構える。
百姓とは、ケチで、せこくて、狡賢く。よく泣き、性悪で、間の抜けた人殺しである。
人の言葉を口にして、人の倫理を騙る、狐なのである。狸なのである。そして、人間であった彼らを此処までねじくれさせた人物と言うのが、確かにこの国にはいた。
長らく日本と言う国の頂点に君臨し、長らく人を支配し続けたその人物達を、長兵衛は知っていた。嫌っていた。だからこそ、竹槍を作って彼らを殺し、他の奴らがやめろやめろと口にしても、彼らの親玉を殺さんと息を潜めて待ち構え続けた。
そんな、嫌な奴らと、紅葉の姿が被った。
余りに横暴、余りに我儘。人の持っているものを欲しがり、奪い尽くそうとする、狼よりもずっと意地汚かった連中と、あの女の姿を、長兵衛は重ねて映した。
そんな酷い連中の事を、長兵衛は、こう言うのだ。
「……士(さむらい)みてーな奴だよ、クソっ」
侍。士。武士。言い方は何でも良い。
それは長らく、長兵衛を初めとした百姓を苦しめ続けて来た悪玉であり、もう二度と長兵衛が従いたくもないと思う人種達の事だった。
サーヴァントになっても、そんな連中に近い思考回路の持ち主に従わざるを得なくなる。そんな因果を、中村長兵衛は、心の底から呪った。両目から血が流れんばかりに、呪い尽くした。
【深山町 市民公園周辺/1日目 午前】
【安部菜々@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、精神的ダメージ
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]メイド服、財布や携帯電話などの日用品
[所持金]あまり余裕はない
[思考・状況]
基本行動方針:迷い。
1. 奇跡を願っても、いいんですか……?
2. 長さんが、力……?
[備考]
※アイドルですが442プロ所属ではなく、当然クリスマスライブの出演者でもありません。
冬木市内における知名度も、442プロのアイドルには遠く及びません。
※音石&キャスター(紅葉)主従と、同盟、の様なものを結びました
【ランサー(中村長兵衛)@史実(16世紀日本)】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(小)
[令呪]
[装備]無銘・竹槍
[道具] 黒のドレス(菜々の私物)
[思考・状況]
基本行動方針:どんな卑怯な手を使ってでも勝ち残る。
1. ひとまずは菜々が決意を固めるまで見守る。
2. 紅葉が大嫌い
[備考]
※ランサー(ガレス)とキャスター(パトリキウス)の会話を聞いています。
※音石&キャスター(紅葉)の存在を認知しました。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なぁ、キャスター」
「はい?」
長兵衛達から百m程離れた所で、漸く音石が、沈黙に耐え切れないと言う様子で口を開き、言葉を発し始めた。
「勝手に戦うのはよ〜……」
「やめて欲しい、と? それでも私の旦那様なのかしら? あんなの、取るに足らない雑魚ですわよ。私の手に掛かれば、パーッってしてポーイっ、ですわ」
「まぁ、あのサーヴァントとキャスターのダメージ、全然違ったからな。それは信じるよ。……んで、どんなサーヴァントだったんだ?」
音石としてはそれは気になる所だろう。
何せ彼があの場にやって来た頃には、もう自体は完全に収束しきっており、決着のムードであった。
戦う場面をこの目に収められていないのだから、長兵衛がどんな戦い方をするのか、全く分からないのである。
不安に思うのも無理はないし、どんな戦い方をするのかも、聞いて置きたいのは寧ろ当然の心理だ。
「フフン、取るに足らない、相手にするだけ時間の無駄のサーヴァントでしてよ。確か……確か……」
「確か……?」
歯切れの悪くなった紅葉を訝しく思う音石。
――あれー? どんな武器使う、どんなクラスのサーヴァントでしたっけ……?――
変だな、と紅葉は思った。
長兵衛がどんな武器を使い、どんな戦い方をするのか。あの時あの公園で、紅葉は完璧に理解していた筈なのに。
その部分の記憶が、ゴッソリと洗い落とされたように、『思い出す事が出来ない』。
紅葉の言う通り、圧倒していた。歯牙にもかけぬ相手でもあった。だが、その肝心な戦い方が、全く思い出せない。圧倒こそすれど、向こうは抵抗もした筈なのに。
――……まいっか!!――
思い出せなくても、圧倒していたのは事実である。それを便に、紅葉は気を直す事にした。
「ま、憶えなくても問題ない程弱いサーヴァントだった、と言う事で」
「はぁ!? お前、全然理由に……」
「まぁまぁ黙りやがれ。それより、どんな服を買って来たんですの?」
紅葉の興味は寧ろ其処に在る。彼女は当世風の服装には大変興味を抱いている。
そして、音石がどんなセンスで、どんな服を自分の献上するのかも、彼女は気になっていた。
無理やり話を逸らされたと思いながらも音石は、さしあたって自分の買って来た服の入った紙袋を紅葉に手渡す。
その中身を、プレゼントの箱を貰った子供のように紅葉は物色し始めた。
紙袋の中に入っていたのは、紅葉色のライダージャケット。紅葉が履けば、太腿のほぼ根元まで露出する事になるホットパンツ。
彼女の胸のサイズよりもややきつめで、ボディラインが浮かび上がる黒いシャツ。小物の類も買おうかと思ったが、それは後で良いかと音石は後回しにしていた。
どちらにしても、言える事は一つ。紅葉自身が身に纏わなくても、露出度が恐ろしく高いコーディネートである、と言う事だった。
「……マスター、これ」
「ん、んだよ。一緒に買いに行かなかったお前が悪いんだからな。お気に召さなくても、それはお前の――」
「と〜〜〜〜〜〜ってもロックな服装じゃないですか〜〜〜〜〜〜〜」
あ、良いんだ……、と、音石は思ってホッと胸を撫で下ろした。
鬼女紅葉。初めて見た時からもしかして、と思い、そして今回の一件で確信した。
この女、肌の露出を好む服装の方が好みなんだなぁ、と。つくづく、単純な女で助かったと。服の入った紙袋を抱きしめ、満面の笑みを浮かべる紅葉を見て、音石はそう思うのであった。
【深山町/1日目 午前】
【音石明@ジョジョの奇妙な冒険Part4 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]こだわりのギター
[道具]携帯電話、財布など
[所持金]盗んだ現金(そこそこ)&盗んだ貴金属類(たっぷり・ただし換金手段のアテなし)
[思考・状況]
基本行動方針:美味しいトコを掠め取りつつ聖杯戦争で勝利を。ついでに伝説開始
[備考]
1.討伐令には真面目に取り組まないが、チャンスがあれば美味しいとこだけ横取りを狙う
2.442プロのライブの時間に合わせて『路上ゲリラライブ』を決行する! そのための準備だ! まずは場所探し!
※深山町の片隅にアパートがあります。
※バーサーカー(モードレッド)、セイバー(スルト)、アーチャー(ヴェルマ)の戦闘を途中から観戦していました。
セイバー(スルト)とアーチャー(ヴェルマ)主従の同盟を確認しました。
※スタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は、バーサーカー(モードレッド)の赤雷の余波を少量吸収しました。
スタンドの色が黄色から赤へと変化し、僅かに神秘の力と魔力を纏っています。
【キャスター(紅葉)@史実(10世紀日本)】
[状態]健康、魔力補給十分、お肌ツヤツヤ、ウキウキ
[装備]紅葉琴(ギター型)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:美味しいトコを掠め取りつつ聖杯戦争で勝利を
[備考]
1.討伐令には真面目に取り組まないが、チャンスがあれば美味しいとこだけ横取りを狙う
2.442プロのライブの時間に合わせて『路上ゲリラライブ』を決行ですわ! そのための準備です!
※バーサーカー(モードレッド)、セイバー(スルト)、アーチャー(ヴェルマ)の戦闘を途中から観戦していました。
※冬木市に死者の霊が居ないことに気付きました。何らかのキャスタークラスの干渉を疑っています。
※キャスター(パトリキウス)が斥候に放った妖精たちの存在に気付いています。
1回に限り脅して支配権を強奪できると読んでいますが、実行すると確実にパトリキウスに察知され対策されます。
※安部菜々&ランサー(中村長兵衛)の主従と一方的に同盟を結びました。今回手に入れた、菜々の電話番号とメールアドレス越しに、何らかの連絡を入れる事が出来ます
※ランサー(中村長兵衛)の記憶抹消スキルにより、『ランサーのクラスとどんな武器を使うのか』、と言う情報を抹消されました
※音石から露出度の高いパンキッシュファッションの服装をプレゼントされました。後で着るようです
投下を終了いたします
投下乙です
おとぎ話は教訓
「悪いことをすると、罰があたる」
シンデレラの姉達は最後、酷い目にあう
菜々さんはシンデレラと姉達、どっち役なのか
投下乙です。
圧倒的な暴力を振るい人の心を踏みにじる紅葉、まさしく悪鬼羅刹
音石との掛け合いは愉快だけど、やっぱり彼女も英霊であり悪名高い妖怪であることを再認識させられた
そんな紅葉に粘り続けた長さんも見事だった、武器にエフェクトがかかる描写や搦め手を駆使した戦闘がかっこいい
しかし実力の差は覆しがたいだけに無情……傍若無人にメンタルを抉られた菜々さんの明日はどっちだ
それと指摘で
>とどのつまりは、一個の人間としては兎も角、442プロに所属しているアイドルとしての安部菜々、と言う女性の知名度も存在意義も、その程度に過ぎないのだ。
前話や状態表見た感じ、菜々さんは442プロ所属じゃなさそう
>硝子狩、菜々人の侍
キャスターらしからぬ暴力キャスターとランサーらしからぬ農民ランサーのバトル。
人類史における登場人物たちが集う聖杯戦争において呼ばれた鬼人、紅葉のとても連戦とは思えぬパワフルさを見せつけてくれる素晴らしい話でした!
単純なパワーに加えて、鬼道スキルによる搦手も使ってくる彼女は非常に厄介なサーヴァントだなあ、と思います!
しかもその上、いかにも鬼らしい性格をしているのだから恐ろしい。たまにポロっと溢れるように出る口の悪さがとても好きですね。
そんな紅葉と戦った長兵衛ですが……おおう。落ち武者狩りの農民が鬼に大敗するのは仕方のないことでしたね……。残念!
けれども、記憶の抹消によって、紅葉に一方的に握られていたアドバンテージをいくつか取り返せたのは、長兵衛にとっての利になったかと思われます。もしも彼女たちが再戦することになれば、面白いことになりそうですね!
紅葉の圧勝だけで終わらせず長兵衛にも良い部分を持たせるという、◆zzpohGTsasさんの話のバランスの取り方には感心させられます!
このまま褒め倒しで感想を終わらせたい所ですが、残念ながら指摘を一つさせてもらいますね……。
私の前に428さんも仰られていますが、これまでの話を見た所菜々さんの所属は442プロ所属ではないらしいですね! なので、そこらへんをなんとか修正したものをWikiに載せてもらうと、とっても嬉しいです!
新生活で何かと忙しい時期であり、また◆zzpohGTsasさんは自企画でも大変忙しいでしょうが、なんとか修正していただけると助かります!
投下ありがとうございました!!
あと予約を破棄します。すみません。
農民vs伝説の鬼女だと農民に勝ち目無いですね
むしろ生き残れただけでも御の字
>硝子狩、菜々人の侍
遅ればせながら投下お疲れ様です。
圧倒的な力と術を繰り出す紅葉に対して技量とギミックで食い下がる長さんは格好いい! ですが鬼ともなると流石に相手が悪かったとしか言いようがなかったですね
唯我独尊を絵に描いた様な紅葉の理屈が毒の様にウサミンに浸透していく……、果たしてウサミンはこの誘惑に屈して血塗れのシンデレラへの一線を越えるのか踏みとどまるのか、横暴な絶対強者の理論にかつて忌み嫌っていた存在を想起する長さんともども今後の方針が非常に気になる邂逅でした。
渦中の346プロ周りとは別のところで結ばれた危うい同盟関係は今後どうなっていくのか興味がつきません。
最後に感想ついでですが、ウェカピポの妹の夫とバーサーカー(モードレッド)で予約します。
皆さん投下お疲れ様です
ウェイバー・ベルベット&アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)
新田美波
予約させて頂きます
お借りいたします
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火と鉄は人を統べ、支配し、服従させる。
そこには慈悲などない。
意思を持たぬ者はみな、地に伏せる。
――――『夕陽の荒野』
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『アー……英語、わかります。少し。そちらの方が良い、ですか?』
「あ、すみませ――すまない。頼む」
――これで同い年とかマジかよ……。
電話越しに聞こえる蕩けそうな声に、ウェイバーは自室の天井を振り仰いだ。
何だかひどく泣きたくなった。
ニッタ・ミナミ――いや東洋では姓名の順が逆だから、ミナミ・ニッタか。
ウェイバーは先ほどエナジードリンクなどと一緒に、コンビニで買い込んだ品へと目を落とす。
先ほどまでアーチャーが読みふけり、ベッドの上に放り出された週刊のコミック雑誌だ。
(ウェイバーはその分厚さと、一冊に関係ないコミックが何十本も掲載されている事にも驚いたが)
冬場だというのに表紙のグラビアは季節感のない水着のアイドルで……つまりは電話の向こうの少女だった。
ぴたりと全身の柔らかな輪郭に張り付き、乳房の形に歪んだ赤いラインが胸元を強調する水着。
髪はしっとりと濡れて肩にかかりながら、水滴が光を反射してきらきらと輝きを放っている。
そして水の雫を全身にまとわせて、あどけない表情でプールから上がろうとする一枚。
露出度は低いし、淫靡なポーズを取っているわけでもない。媚びたところは一つもない。
だけれど、男をどきりとさせるセクシャルな雰囲気が漂っていた。
「それで、ええと……ライブ会場にサーヴァントが?」
『はい。ヘリオガバルスと名乗って、います。した。
魅力的? 魅了? 暗示……? 力、ある。あります。他、わからない。
マスター。女の子……高校生、くらい。
あと他。他にも、サーヴァント。近く。いる。みたいです。人食い、バーサーカー』
「むむむ……」
この報告はウェイバーにとってはショックだった。
セイバーのマスターから連絡があったのは、ウェイバーとアーチャーが一通りの「買い物」を終えて自宅へ戻った後の事だった。
あった方が便利かなと、アーチャーのお陰で旅費に余裕が出たため購入したプリペイド携帯。
新田美波と名乗った彼女との、拙い日本語と拙い英語を入り交えた会話は、つまりこのようなものだった。
・事務所にサーヴァントが現れた。キャスターのヘリオガバルスを名乗っており、暗示や魅了の能力があるらしい。
・事務所の近くには他にもサーヴァントがいるらしい。これは気配だけしか確認できず。
・さらに付近を人食いのバーサーカーが徘徊している。セイバーが確認した。
――案の定、ライブ会場は戦場ど真ん中になってきてるよなぁ……。
事実、彼女が自分から名乗った通り、アイドルがマスターなのだから無理もない。
加えて言えば、アーチャーや件のヘリオガバルスが乗り込もうとしたのも、原因の一つだろう。
しかしセイバーとアーチャーに加え、バーサーカー、他にも不確定のサーヴァントがいるとは。
"まとも"な聖杯戦争なら過半数以上が集結していることになる。ともすればそのまま決戦となりかねない。
そしてこの聖杯戦争は"まとも"なものではない。
何故なら明らかに"人食いのバーサーカー"と、初戦で遭遇した"赤雷のバーサーカー"は別人だ。
そしてさらに討伐令によれば、センタービルを爆破したのも"道化のバーサーカー"だという。
――セイバー、アーチャー、キャスター、バーサーカー、バーサーカー、バーサーカー、あと一騎で七騎の可能性はあるけど……。
希望的観測はよそう。
つまり、この聖杯戦争は七組七騎ではないという事だ。
――とはいえ流石に、アイドルマスターが五人六人もいるわけはないだろうな。
会話を続けながらウェイバーはぱらぱらと雑誌をめくり、プロフィール欄を見つけ出す。
新田美波(19) 女子大生
身長:165cm 体重:45kg
B-W-H:82-55-85
誕生日:7月27日(獅子座)
血液型:O型
趣味:ラクロス、資格取得
身長は彼より高く、口調は大人びていて、顔つきは東洋人らしくどこか幼い。
それでいてスタイルはプレイボーイのピンナップにも匹敵する、妙な色気がある。
直接会ったこともない相手、向こうは此方の顔も知らないだろうに、自分は相手のスリーサイズまで知っている。
その妙な背徳感に、ウェイバーは思わずごくりと唾を――
.
「えいっ」
「うひゃあっ!?」
『ど、しました?』
「あ、いや、なんでもない、なんでもない……!」
ふいに背中へのしかかった柔らかな重みに、ウェイバーは叫び声と共に唾を吹いた。
言うまでもない。アーチャーだ。
しかもこの柔らかさ――ぐにぐにと形を歪める感触は、明らかに、その。ええと……。
――おま、お前、お前なぁ……っ!
振り返ったウェイバーの肩越しに、キャミソール一枚のアーチャーがにんまりと笑っていた。
薄布一枚を透かして色々と見え隠れしている姿は、ウェイバーでなくとも赤面ものだろう。
帰ってくるなり服を脱ぎ散らかし、素裸はやめろと顔を赤くして怒鳴ったらこの通り。
下着姿で漫画を読みふけり、ガチャガチャ銃をいじくり回し、挙句の果てにご覧の有様。
ウェイバーが口をパクパクして抗議しても、アーチャーはいつも通りの猫めいた表情だ。
しかし、どうしてだろう、目が笑っていない気がする――……。
「と、とにかく……! こっちとしても気をつけるから……よろしく」
『はい。お願いします』
電話が切れて、ウェイバーはふぅっと息を吐いた。どっと疲れた気がする。
そもそも交渉なんてガラじゃあないのだ。ましてや、同年代の女子とだなんて――……。
「気をつけなよ、ウェイバー」
――そういえばこいつも、ほとんど同い年だったな。
主な疲労原因である21歳のアーチャーに、ウェイバーは「当たり前だろ」と刺々しい声で言い返す。
すると彼女は「違う違う」と、キャミソールの肩紐をだらしなくずらしたまま、白く華奢な手を左右に振った。
「セイバーのマスターだよ。ありゃあ、まるでメイブだ。
向こうが意識してるかどうかはともかく、男を手玉に取ることにかけては天下一品さ」
「メイブって……コナハトの妖精女王か。お前、妙なこと知ってるな」
「わたし"は"会ったこと無いけどね」
妙なことを言うアーチャーだが、それもまあいつもの事だ。
ウェイバーはいつかどこかの自分が関わる人理修復の旅など知る由もなく、あっさりとその言葉を聞き流した。
それよりも今は大事なことがある。
「っていうか、そういうのやめろって……!」
「えー?」
未だにしだれかかるように身を寄せている、彼女の重みと肉の感触だ。
ふわりと髪から薫るは、この家のシャンプーの香りとも違う、妙に甘い匂い。
汗だろうか。一瞬そんな考えが浮かび、ウェイバーは顔を真っ赤にして振り払った。
「きゃあ」などとふざけた声を上げながらベッドに転がったアーチャーは、くすくすと笑いながら身を起こした。
「ったく、童貞っぽい対応だなぁ。モテないだろ、ウェイバー」
「う、うううう、う、ううるさい! うるさいな! そっちはできたのか!?」
「もち。見なよ、ウェイバー」
ひょいっと適当にアーチャーが投げ渡したのは、奇妙な形の銃だった。
ライフル銃――ウィンチェスターM1873。しかし長銃身のはずが、それは半ばから断ち切られている。
ベッドの上にあぐらをかいてやっていたのは、どうやらこの作業だったらしい。
なぜ間近で行われていた作業の詳細をウェイバーが知らないのかと言えば……。
――わざとやってんだよなぁ……!
見えそうで見えない、組んだ彼女の太ももの付け根辺りに原因があったのだが、それはさておく。
「ランダルって賞金稼ぎが使ってた奴で、取り回しやすくしたのさ。
これでリボルヴァが6と6。ウィンチェスターが6と12。あわせて30発。
弾数はパンチと同じ。いざって時、撃てる数は多いほうが良いしね」
もう一丁、アーチャーはそのまま無改造のウィンチェスターライフルを取り上げ、構え、ばん! と子供が遊びでやるように撃ってみせる。
やっぱりウィンチェスターじゃなくちゃ! などと片目をつむってけらけらとはしゃぐ姿は、本当に子供だ。
「……ま、良いけどな」
ウェイバーが溜息を吐くと、アーチャーは「お?」と不思議そうな顔をした。
「なんだ、怒られると思ったのに。意外と素直なんだ?」
「そりゃまあ、怒りたいとこはあるさ。銃砲店行って暗示かけて銃買って、結構な手間だったし、他にも……」
「好みの下着を着ろとか? あ、脱いだほうが良いか。でもセイバーのマスターほど大きくないよ、わたしのは」
「違う!」
ひらひらと垂れ下がった肩紐をさらにずらすアーチャーの姿に、ウェイバーは声を荒げた。
そして「ああ、もう」と頭痛を堪えるように眉間を押さえる。本当に、頭が痛い。
.
「……お前の宝具は"宝具じゃない"だろ。なら、銃はあればあるだけ有利ってことだ」
アーチャー、ヴィルマ・ヘンリエッタ・アントリム、ビリー・ザ・キッド。
その宝具は――正確には宝具ではない。
それは笑ってしまう話、ただ単に「とてつもなく速い早撃ち」でしかないのだ。
つまり、極端な話「アーチャーが握った銃は全て宝具になる」と言い換えても良い。
しかし魔剣、聖剣が入り乱れ、人外の怪物が跳梁跋扈し、業火と雷電が激突する聖杯戦争において、鉄と鉛で挑もうというのだ。
これが笑い話でなく何だというのか――……。
「それにお前の魔力消費は極端に少ない。……僕でも問題なく維持できるんだからな。
なら、僕らの強みは継戦能力ってことだろ?
戦闘能力じゃ、この聖杯戦争でも下から数えた方が早いんだ。手数で勝負しなきゃ、押し負ける」
ウェイバーは子供っぽいと思いつつも、親指の爪をかじりと齧った。
「……あと多分、この聖杯戦争に他にアーチャーはいない。
いたら、ビルの爆破――あんな狙撃に適した建物を、あっさり放棄するわけがない」
そうウェイバーが結論を下したのは、聖杯戦争の開幕を告げたあの騒動が原因だった。
あの爆破が他のサーヴァントに見過ごされ、実際に行われたという一点。
もし仮に自分が神話時代の弓兵を伴っていたとすれば、間違いなくウェイバーはあのビルを拠点の一つとしていただろう。
結果的に「高いビルは何かふっ飛ばされそう」と考えて、一般の民家に潜伏したウェイバーの選択は功を奏したことになる。
ホテルになど泊まっていたら、今頃どうなっていたことか――……もちろん、金がなかったお陰だが。
「なら、長距離射撃ができるのは僕らだけ――多分だけどな。
セイバーの剣を見る限り、あの魔剣の炎は辺り一面を薙ぎ払えるわけだし……。
他にもクーフーリンの投槍術みたいなのが使える奴とか、いるかもだけど……。
この強みを活かさなきゃ、僕らは絶対に負ける」
だから銃に関して、アーチャーが戦力強化を図るのならウェイバーに文句はなかった。
この聖杯戦争における「射撃の専門家」はただ一人、他ならぬ彼女だけなのだから。
銃で勝ち抜かねばならない以上、アーチャーの意見を聞かねば待っているのは敗北のみだ。
「……へぇ」
そんなウェイバーの自己嫌悪の入り混じった評価の低さに対して、アーチャーは低い声で呟いた。
「ちゃんと考えてるんだね、ウェイバーはさ」
「当たり前だろ。……考えなきゃ負けるんだから」
ウェイバーは恐恐とアーチャーの顔を見て、彼女が笑顔を浮かべている事にほっと安心する。
「それで、どうするのさウェイバー。他のサーヴァントは動いてるわけだろ?」
「……バーサーカーは正体不明、そしてキャスターのヘリオガバルスか」
「本人だと思うかい? えっと、確か、ローマ皇帝だっけ。わたしみたいに偽名って可能性もあるぜ?」
「たぶんヘリオガバルスは――いや、お前の例もあるから、史実を当てにして良いかわからないけど――本人で良いと思う。
だって、ヘリオガバルスを騙るメリットが無い。良い逸話なんて一つもないんだ」
コンモドゥスがヘラクレスの名を騙る、あるいは逆にヘラクレスがコンモドゥスの名を騙る。
そういう偽装として十分機能するケースならばともかく、よりにもよってヘリオガバルスのふりをする。その意味がない。
太陽神が霊基の格を落として人の英霊としてやってきてるなんて可能性も考えたが、そんなケースが早々あってたまるものか。
「ヘリオガバルス、マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス、ローマ皇帝。
にも関わらず女装して男の奴隷の花嫁になろうとしたり、まあ酷い話が多い」
「わたしみたく、本当に女だったのかもよ? 皇帝ネロも"女装"してたんだろ、アレ」
「純潔を誓った巫女を手篭めにしたってんだから、どうしようもない事に違いは無いよ」
適当なちゃちゃ入れに顔をしかめながら、ウェイバーは「続けるぞ」と言った。
「派手好きだし、もし本人なら――アイドルになってライブに出たい! って考えるのはすごく自然だと思う。
それが目的なんだ。きっと、他に狙いなんて何も無い――世界の中心は自分、って事だよ」
「アーハン?」
アーチャーはそう言って、唇に人差し指をあてがって考え込む。
.
「つまり、魅了の力でライブを大成功させる。万々歳ってことか。なら放置したって良いんじゃないかな?」
バーサーカーハントも悪くない。アーチャーはそう言って、笑みを深めてライフルを手に取る。
「いや……」とウェイバーは首を横に振った。「いや、違うぞ、アーチャー」
そう、ヘリオガバルスがライブに出る。観客を魅了して、世界の中心に立とうと考える。
それは自然なことだ。ヘリオガバルスという英霊が史実通りなら、そうするに決まっている。
だが――……。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ヘリオガバルスは、誰も魅了できなかったんだ」
それは史実に記録された、純然たる事実だ。
暴君ネロは人を楽しませようとして失敗した。しかしヘリオガバルスは、それ以前の問題だ。
薔薇と太陽を奉じ、豪華絢爛に生き、被虐を好み残虐を愛し、己が欲望と感情に身を委ねた皇帝。
しかしやがては臣民の反乱にあって捕らわれ、処刑され、その身体はゴミ屑のように切り刻まれ、川へ捨てられた。
かの皇帝は最後の最後まで自分の愉しみを追求し、人が何を喜ぶのかを理解しなかった。
ヘリオガバルスが関わったショーなど、上手く行くわけがない。
最後には必ず、致命的な破綻が待ち受けている。
「別に、いーんじゃない?」
だが、アーチャーの答えは至極軽いものだった。
「ライブが上手くいかない。セイバーが苦労する。
セイバー狙いで赤い奴が来る。ピエロも突っ込んでくる。人食いの化物も来るんだろ?
他のサーヴァントどもも飛び回って、どったんばったん大騒ぎ。こいつはもう収集つかないぜ?
アイドルたちが生きるか死ぬかも、こっちが気にする義理はないしさ。
そこにわざわざ飛び込んでやる必要なんて、ないだろ」
漁夫の利を狙おうぜウェイバー。
アーチャーはそう囁く。目を細めて、チェシャ猫のようににやにや笑いながら。
「……」
ウェイバーは黙って、手の甲に浮かんだ令呪を眺めた。
自分は立派な――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを見返せるような、魔術師だと証明するべく此処にいる。
そのために聖杯戦争を勝ち抜く。このアーチャーと共に。
なら、どうすれば良い?
何をすれば良い?
自分は――……。
「……ヘリオガバルスに対処しよう」
ウェイバーは、少しの深呼吸の後にそう言い切った。
「セイバーとの約束もある。協力関係を結んだのに、反故にはできない。
魔術師として、契約ってのは遵守しなきゃならないものだ。
だいいち、ライブで英霊が大暴れなんて、そんな神秘の漏洩は看過できないからな」
魔術師として……魔術師として! 彼はもう一度、言い訳がましくそう口にした。
.
アーチャーは「良いのかい?」と意地悪く口を開いた。
「討伐令の報酬――他の奴らに持ってかれちゃうかもよ」
「手に入るかどうかわかんないもの、期待したってしょうがないだろ。
……第一、この聖杯戦争は"まとも"じゃない。監督役だって、信用できないよ」
「ま、そう言うんなら仕方ないか」
アーチャーの表情は、あの笑顔から変わらない。
彼女はくるり、くるりと一人で遊ぶように白い指先で黒光りする銃を弄んだ。
「じゃあ、止めに行きましょうかね。
まったく、案の定あのミナミとかいう子にたぶらかされて――……」
ウェイバーは「む」と唇を尖らせた。それは違う。勘違いも良いところだ。
「けどだって、お前……ライブ出たいんだろ?」
「――――――」
不意の沈黙。ごとりと音を立てて、彼女の手から銃が零れ落ちた音。
――怒らせたか!?
思わずびくりと身を震わせて顔を上げたウェイバーの視界に飛び込んできたのは、
「……すごい」
予想に反して、目をまん丸に見開いて此方を見つめる、ヴィルマ・ヘンリエッタ・アントリムだった。
「な、なんだよ。文句あるのか……? だ、だいたい、僕の実力が低いのはともかく、そっちだって……」
「うん、いや。ごめん。ごめんね。謝る」
はたはたと手を振った彼女は、にこりと、柔らかく微笑んだ。――それこそ本当に、21歳の娘らしい表情だった。
「思ってた以上に紳士的だね、ウェイバー」
「な……」
ウェイバーが絶句した間に、彼女は「うん、うん」と何度か頷いて、あっさりといつも通りのにんまり顔に戻っている。
今の一瞬で見えた表情は、もしかすると見間違えか何かだったのだろうか?
「よっし、そうと決まれば……セイバーのマスター、ミナミのとこに行った方が良いね。
セイバーのかわりにヘリオガバルスやら他のサーヴァントどもからアイドルを守ってやるって言えば、向こうもこっちを無碍にできないよ」
「おい、アーチャー。わかってると思うけど……」
ウェイバーは悪辣なことを言うアーチャーに、溜息混じりに言った。
「決裂しても、関係ない人とかまで巻き込んだりはしないからな」
「その通り」
アーチャーは我が意を得たりというように、ウェイバーへ向けて人差し指を向けた。
「――だからこそ、『信用』ってものが手に入るのさ」
そしてBANG!と指鉄砲が弾かれる。片目を閉じて、コケティッシュな薄笑い。
「さて! ぶっつけ本番でステージに飛び込むのも悪くはないけど、せっかくだもんな。練習も必要、服も決めないと――……」
「ステージ衣装なら向こうで用意するんじゃないのか? ……わかんないけど」
「ばっかだな、ウェイバー! いくらわたしの生写真が500万ドルだからって、第一印象ってのは大事なんだよ!」
颯爽とベッドから飛び降りたアーチャーが、嬉々とした様子でクローゼットの中の服を漁りだす。
色とりどりの服が飛び交い、自分の頭にガーターストッキングが飛んできて、ウェイバーは「お前なあ!」と声を張り上げかけ、やめた。
――まあ、良いさ。
令呪は欲しいが、他の組がバーサーカーを追っかけて消耗してくれるなら、継戦能力の高いこちらが有利というもの。
――それに多分……"人食い"も、"道化"も、もしかしたら"赤雷"だって、ライブへやってくる。
――いや、バーサーカー達だけじゃない。
探し回らなくても向こうから飛び込んでくるのなら、そこを狙い撃ってやれば良い。
ならなおのことセイバーと良き同盟関係が維持できれば、戦力に乏しい此方としても願ったり叶ったりだ。
アイドルを純真無垢に信じられるほどウェイバーは子供でも大人でもないが、少なくともセイバーたちは主従揃って善性であるように思えたし……。
それに何より、アーチャーの機嫌も悪くはなさそうだ。
「なあ、ウェイバー? どれが良いかな? ちょっと見てくれよ」
アーチャーが胸元に服を宛てがいながら、くるりとターンして此方を振り返る。
――そう言えば、大きさどのぐらいだったろう。
ウェイバーはふと先ほどまで背中に感じていた重みを考え、慌ててばたばたとその思考を追い払った。
.
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はい、はい、と数度会話を繰り返した後、美波は携帯の通話をそっと切った。
442プロの事務所はライブ直前ということもあって、スタッフが慌ただしく走り回っている。
なにしろ連続殺人、ビルの爆破、ライブ会場での小火、そしてTV番組への殺人鬼乱入……。
――とても、まともだなんて思えない。
そんな中、美波は目を伏せて、思わず物憂げな吐息を唇から漏らしてしまった。
セイバーは「協調関係維持のための保険だろう」と言っていたが、どうもそうは行かなくなってきた。
聖杯戦争、暗躍する英霊たち、狙われたアイドル……。
思い描いていたライブは、刻一刻と変化する状況によって随分といびつに形を変えられてしまっている。
――でも、守らないと。
この世界のアイドルたちは、誰ひとりとしてライブが失敗となる事を望んでいない。
それは"彼女の世界"のアイドルたちと同じで――442プロに身を置く新田美波もそうだったろう。
仮初とはいえ、今は"この世界"の新田美波となった以上、美波としてもライブを成功させたいと思うのは当然だった。
そういう意味では、これは幸運だったのに違いない。
少なくともベル・スタアを名乗るあのアーチャーは、ライブを成功させるために協力してくれるのだから。
電話越しだがマスターの少年――セイバーの話では、だが――も語り口は穏やかで、此方が聞き取りやすいようゆっくりと喋ってくれ、好ましく思えた。
「どうだって?」
「あ、はい。アーチャ……スタアさん、じきに到着するそうです。
あと、えっと……一人、マス……えっと、友だちも一緒に来てくれるとかで、手伝ってくれるみたいです。」
「そっか、良かった。飛び入りだけど……これなら何とか、練習や調整もできそうだ」
ライブ前の慌ただしさ、忙しさの中でばたばたと走り回っていたプロデューサーが、ほっと息を吐く。
ちょっとスタジオで練習するにせよ、衣装を調整するにせよ、ライブ一つを成功させるには膨大な下準備と手続きと調整が必要なものだ。
その全てをプロデューサーが行っていてくれたことを、美波はよく知っていた。
いつも目で追いかけていれば、そんなことくらいすぐにわかる。覚えてしまう。
――この世界のプロデューサーさんは別人だけれど。
そんなところは"あの人"と変わらないなと思い、美波は心から「お疲れ様です」と「ありがとうございます」と伝えた。
「いや、良いよ。仕事だからね。それにしても留学生の子だっけ? 飛び入りだからな……。
ヘリオガバルスさんみたいにとは言わないけど、ボーカル、ダンス、ビジュアルがある程度高くないと厳しいな……」
「あ、あははは……」
美波はプロデューサーの懸念に「大丈夫だと思いますよ?」と引きつった笑みで答えた。
結局、ベル・スタアは「同じ大学の留学生」という形で紹介せざるを得なかったのだ。
――うん、でも……。
セイバーが表立って皆の傍にいられない以上、ヘリオガバルスや"人食いのバーサーカー"に対処できる人が、すぐ傍にいてくれるというのは安心だ。
もちろんアーチャーたちが無条件に信頼できるというわけではないが、いざという時の味方がいるのは心強い。
それはつまり、セイバーがある程度心置きなく活動できるという事でもあるからだ。
――もっとも、私が人質みたいなものでもあるのよね。
アーチャーが自分とアイドルの皆を守ってくれるということは、「もしも自分たちを裏切ればどうなるかわかっているな」という意思表示でもあろう。
それは何を考えているかわからない存在が跳梁跋扈する中で、ひどく単純明快で、落ち着くものだった。
『無償の善意』などと言われていたら、きっと美波はアーチャー主従の協力を拒否していたに違いない。
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やがてノックノック、無遠慮で無作法、でも軽快な調子でドアが叩かれ、その人物が現れた。
バンと両手でドアを押し開き、ふわりと風を吹かせて、不敵な笑顔と共に。
「ほら、ウェイバー。ついた、ついた! やっぱこっちの道であってたんだよね!」
「おまッ お前なぁ……! 人に荷物持ちさせて、道案内までさせて、そのくせ勝手に行くから……!」
一人の少年――あれがマスターの「ウェイバー・ベルベット」だろう――を伴って現れた、金髪の少女。
口からまくし立てられるのは、とても綺麗な響きのクイーンズイングリッシュ。
ベル・スタアはアメリカ人ではなかったかしら――と美波が考えたのも、ほんの一瞬のこと。
颯爽――と表現すべきなのだろうか。
すらりと伸びた足を包むのは、ピタリとした黒のレザーパンツ。
股上は危険なほど短くて、裾の短いTシャツとの隙間からは引き締まった腹筋と臍がちらりと覗いている。
履きこなしているブーツはやや大きいのか、歩く度にガツガツと音を立てていた。
あとはジャケットを羽織り、首元にはマフラーを巻いた……ラフな格好。
特筆すべき点は無い。無い、のだが――……。
「――」
けれど、どうしてだろう。目が離せなかった。
あの皇帝が身にまとうような、魔的なものではない。
ただただ鮮烈。一挙手一投足が、眩く目に焼き付けられる。
「Hey,Minami! How you doing?」
それはまるで、ただ一瞬、煌々と輝いて消えてしまう、流れ星のような――――……。
.
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んー、でも今までなんとかなってきたし!
これからだって何とかなるし!
だからキミも大丈夫!
――――『夕陽の荒野』
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.
【新都 442プロダクション /1日目 午後】
【ウェイバー・ベルベット@Fate/ZERO】
[状態] 健康
[装備] 栄養ドリンク数本
[道具] 魔術的実験器具類一式
[令呪] 残り三画
[所持金] それなり(旅費+マッケンジー夫妻からの小遣い+アーチャーの稼ぎ)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜いて自分の実力を認めさせる
セイバー(スキールニル)とはなるべく協調関係を維持する
[備考]
1.現在はマッケンジー夫妻宅に「孫」として潜伏しています。
2.討伐令より、ライブの成功を優先させます。
3.セイバー(スキールニル)、バーサーカー(モードレッド)、キャスター(ヘリオガバルス)を認識しました。
4.バーサーカー(モードレッド)を撃退しましたが、詳細識別に失敗しました。
5.キャスター(ヘリオガバルス)、バーサーカー(ジェヴォーダンの獣)について、新田美波と情報共有を行いました。
6.キャスター(ヘリオガバルス)を警戒し、442プロへ合流します。
【ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム@アーチャー】
[状態] 健康
[装備] コルト・サンダラーx2 ランダル銃x1 ウィンチェスター銃x1
[道具] ガンベルト 予備弾多数 現代衣装多数
[所持金] それなり(ウェイバーからの小遣い+マッケンジー夫妻からの小遣い+自分の稼ぎ)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ。
[備考]
1.現在はマッケンジー夫妻宅に「孫の恋人」として潜伏しています。
2.セイバー(スキールニル)、バーサーカー(モードレッド)を認識しました。
3.バーサーカー(モードレッド)を撃退し、セイバー(スキールニル)に報酬を要求しました。
4.「ベル・スタア」を名乗り、ライブ出演のため442プロへ合流します。
【新田美波@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態] 健康
[装備] 無し
[道具] 無し
[所持金] アイドルとしての平均的
[思考・状況]
基本行動方針:ライブを成功させる
[備考]
1.討伐令については保留し、対象の情報をアイドル達に周知、警告しました。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)を「ベル・スタア」と誤認しています。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリウム)にライブ出演の件(実現の可能性は低いと考えている)とキャスター(ヘリオガバルス)の情報について伝えました。
4.キャスター(ヘリオガバルス)の名前とパラメーターを把握しました。スキルについてはまだ上手く把握出来ていません。
5.『他者を魅了する魂』と『他人への強い恋慕』によって魅了に耐性を持っています。ただし無効化は出来ず、多少効きづらい程度です。
6.バーサーカー(ジェヴォーダンの獣)を警戒しました。
7.少なくとも『思いを寄せていたプロデューサー』は442プロダクションに存在しないようです。
.
以上です
ありがとうございました
投下乙です
ウェイバーくん、アーチャー不在を見抜いたり史実の伝承からヘリオガバルスの在り方を推測したり相変わらず流石の洞察力だ
ビリーちゃんとの絶妙な距離感の掛け合いもやっぱり見てて楽しい
自分のサーヴァントや他のマスターに悶々する彼の下半身の明日はどっちだ
そしてこの話でウェイバーが原作からして日本語喋れないキャラだったことを思い出す
片言で頑張って喋るミナミィがなんか可愛い
投下乙です
鑑識眼Aは伊達じゃないと言わんばかりにいろいろ見抜くウェイバーくん
以外と頼れるうえにイギリス紳士な一面を見せてくれるとは
そして「僕でも問題なく維持できる」とはちょっと謙虚になってる?
さりげなく語られる北米神話大戦のビリー、永遠狂気帝国の孔明などの一節もにやりとさせてもらいました
雑誌や電話など向こう側にいる魅力的な存在、アイドルの美波とすぐ隣にいる親しみやすいパートナーのビリーの対照的な描き方もとても魅力的に感じました
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1230530.jpg
同盟締結を祝して
きゃらふとを使わせて頂きました
>>447
支援GJ!
ベリーショートのビリーがかわいい
>>444
投下お疲れ様です!
ウェイバーとビリーのやりとりいいなぁ。ウェイバーの甘さというか律儀さがいい人間関係を構築している……。
いい意味で魔術師っぽくない一面でほっこりしつつ、魔術師として側面での考察の鋭さや論理的な推察も出来るところも心強い。
FGO5章を始めところどころに挿入されてる小ネタも大好きです!
鮮烈に西部開拓時代を駆け抜けたビリーに対して美波が覚えた印象が一瞬だけど美しく輝く流星というのもまた素晴らしいですね。
果たしてライブに参加するウェイバー組&美波組は目下の問題になりそうなヘリオガバルス組に対してどう対処するのか楽しみです。
>>447
そして同盟締結組の支援もいいですね!
ビリーは可愛いしスルトは格好いい!
それでは、予約していたウェカピポの妹の夫とバーサーカーの投下を行います。
じっとりと肌に浮かんでいた脂汗が降り注ぐシャワーの温水で流されていく。
鍛えられ均整の取れた裸体を包む程よい温度の水流の感覚は心地よいものの筈だが、シャワーを浴びている男性、ウェカピポの妹の夫の表情は不快と形容するのがぴったりな程に歪んでいた。
「……ふざけやがって、あの駄犬が」
吐き捨てる様に吐いた言葉がシャワーの水音にかき消される事なく浴室に響く。
何故ここまで怒りを露にしてるかと言えば、今朝方の一件で令呪を用いずにバーサーカーを従えたと思った矢先に、再び彼の身を魔力消費による苦痛と消耗が襲ったからだ。
帰還中のバーサーカーがシールダーの放ったワタリガラスに反応し魔力を放出した事によるものだが、彼にとっては理由などどうでもいい。
彼の怒りは命令を聞き入れたと思った従僕がすぐに同じ過ちを起こした事に集約されている。プライドの高いウェカピポの妹の夫にとって、故意か事故かに関係なく自分の命令が無下にされた事こそが許しがたいものであり、そこに正当性や理由の有無は関係ないのだ。
「クソカスが……思い知らせてやるぞ……。誰が主で誰が僕なのかを……徹底的に……その体に刻み付けてやる……!」
ぶつぶつとうわ言の様に怒りを言葉に乗せて吐き出しながら、シャワーの栓を閉る。
何事もなければバーサーカーはそろそろ戻ってくる時間だ。朝食を済ませてから先は聞き分けのない狂犬の調教に時間を使うことは彼の中で確定事項である。
討伐令に乗るかどうかについては、それからでも遅くはない筈として、今後の計画を練っていく。
バーサーカーを運用するにあたり、著しい消耗を身をもって経験した以上、うかつにバーサーカーを伴い戦場に出るという自殺行為は極力避けねばならない。
また、他のサーヴァントを見れば即座に戦闘を仕掛けるような狂犬は偵察などの斥候任務と極めて相性が悪いという事を理解できたのも、ある意味では収穫といえるだろう。
先の戦闘の教訓を踏まえて、サーヴァントを用いずに周囲の状況を把握する手段を講じなければならなくなった事に頭を痛める。
全21騎によるバトル・ロワイアルを生き抜くには効果的にバーサーカーを運用せねばならない。
その為にもバーサーカーには命令に忠実であることが求められる。
ではどうするか? 暴力によってバーサーカーを心身ともに屈服させ、歴史上に名を残す英雄とはいえど所詮は主人に絶対服従の従僕にすぎぬ自身の身の程を、イカれた脳みそに刻み込んでやるのが手っ取り早い。
サーヴァントに忠誠を誓わせ、一族に伝わる技術がサーヴァントに対してどの程度の効力を及ぼすのかを測り、そして今朝から今までの憂さを晴らせる。一石三鳥の一手に思いを馳せるウェカピポの妹の夫の顔に暗い笑みが浮かんだ。
鉄球の実験台をはじめ、どのようにいたぶってやろうかと胸の裡に嗜虐の炎を燃え盛らせながら彼は浴室を出る。
バスタオルで体を乾かしていると、背後に気配を感じた。
「……朝食を摂ったらお前には話がある。部屋で待機していろ」
怒気を孕んだ堅い声に応える様に、気配の主――彼のサーヴァントであるバーサーカー――がその気配を遠ざけていく。
無音の空間に、舌打ちが1つ響いた。
朝食を摂り終え、ウェカピポの妹の夫が自室に戻ると、それを待っていたかの様にバーサーカーが霊体化を解き姿を現す。
彼女は先の暴走について謝るでも弁解するでもなく、ただ平然と棒立ちのままでウェカピポの妹の夫を見ていた。
バーサーカーの鎧は銃弾によって一部破損している。霊体化による治癒によって傷口はなかったが、破損箇所の鎧は塗料とは異なる赤で染められており、また今朝にバーサーカーを送り出した時にはなかったものであったことから、これが戦闘の跡であることはウェカピポの妹の夫にも十分に想像できた。
「大方、偵察がバレて戦闘になり負傷した結果、俺の魔力を搾り取ってまで相手を倒そうとしたと言ったところか……、お前の様なやつには偵察も難しい仕事だという事を身をもって判らされたよ」
そもそも理性の大半を奪われているバーサーカーを単身で偵察任務に就かせた自身の失策を棚に上げながら、ウェカピポの妹の夫が批難がましい声をあげる。
暴走したバーサーカーを糾弾する調子のままバーサーカーを睨め付けつつ歩み寄っていくが、それでもバーサーカーは身動ぎひとつしない。
その様が、ウェカピポの妹の夫の神経を逆撫でする。
「今日の行いはお前が泣いて許しを乞えば大目に見てやろうと思っていたが、イカレ野郎には無理な話だったな。なら、こちらにも考えがある」
ふん、と鼻を鳴らしながら高圧的な言葉を吐き捨て、令呪の刻まれた右手を翳した。
自然と口角がつり上がっていくのをウェカピポの妹の夫は感じる。
これ以上、自分をナメた態度はとらせるものかと、傷つけられた自尊心の望むままに彼は口を開けた。
「令呪をもって命ずる。これよりお前は俺の行う暴力に対して決して抗わずに受け入れろ」
朗々と告げられた命令に呼応する様に右手に刻まれた刻印の内1画が光を放ちながら消えていく。
ピクリとバーサーカーが反応を示したが、だからといってどうなるというものでもない事は、この場で得た聖杯戦争についての知識で理解している。
ウェカピポの妹の夫はここから起こるであろう調教を思い浮かべ、その顔を喜悦に歪ませ――、
左頬に衝撃を受けて宙を舞った。
ここでウェカピポの妹の夫が過ちを犯している事について語らねばならない。
まず、彼がバーサーカーが自分の意のままに操れる駒であると誤解していた事だ。
サーヴァントは拡大解釈をすれば使い魔の類に分類されるが、それでも自由意思と自我を持った一個の知性体である。当然、マスターの方針と主義主張が異なれば抵抗の意思は見せるし抗議の声もあげる、酷い場合にはマスターを殺害することすらあり得るのだ。
しかし、一定以上の狂化スキルを得て現界したバーサーカーは、自らの意思を主張する様な事は殆んどなく、このクラスの英霊は指示に従うだけの文字通りの従僕(サーヴァント)であるかのような錯覚をマスターに与えてしまう。
故にバーサーカーは自発的にマスターに反抗しないものとの認識されがちなのだが、だからといって自己主張に乏しい事と反抗されない事は=(イコール)にはなりえない。
例えば、圧政を憎み反逆という名の狂気に身を染めた剣闘士は、仮に己の主が圧政者たらんとすれば令呪による戒めすら断ち切って笑顔を浮かべながら主を切り捨てるだろう。
例えば、裏切りを重ねた飛将軍に対してその逸話を防ぐために理性の大半を喪失させたところで、反骨の相という有り様までを奪う事は叶わず、居丈高に振る舞えばその鋭利な矛先は容易く主へと向けられるだろう。
狂気にその思考を支配させたところで理性と関係なく本人に根付いた在り方、気性までは奪えないのだ。
自身に宛がわれた英霊について調べることすらしなかったウェカピポの妹の夫にとっては知りようもない事実ではあるが、彼が呼び出したサーヴァントは"叛逆の騎士"として名高いモードレッドである。
忠義・礼節の象徴である騎士という存在でありながら相反する"叛逆"の二つ名をつけられた英雄は、已むに已まれぬ事情もなく自身の激情の命じるままに騎士王に対しての叛逆の狼煙を上げた騎士は、理不尽な命令であっても粛々と受け入れる様な物分かりの良さと寛容さを持ち合わせてなどいない。
そこにバーサーカーの狂化ランクがCであった事も響いてくる。
Cランクと呼ばれる基準の狂化の度合いがどの程度のものかといえば、言語能力を失い複雑な思考ができなくなる程度。裏を返せば単純な思考であれば行える。
つまり理性がないように見えても自身がどの様な意図の元でこの命令が与えられたのか程度の理解はできるし、理解した上で自発的に行動できるのだ。
最後にウェカピポの妹の夫の「暴力に対して決して抗わずに受け入れろ」という命令もよくなかった。
これならば彼が暴力を加えようとした場合、令呪の戒めによってバーサーカーは甘んじて暴力を受け入れねばならず報復も行えない。「俺の言うことに従え」などという曖昧な命令に比べれば対象が明確なぶん拘束力も高い。この観点だけで見れば決して間違った手とは言えないだろう。
だが、この命令には穴がある。彼が振るう暴力以外が理由であればバーサーカーが抵抗・反抗する事に関してはなんら制約は発生しないのだ。
例えば彼からの不本意な命令に対してはこの令呪はなんの効力も発さない。バーサーカーは抵抗も反抗も可能なのである。
ここまで長々と語ってしまったが、何が起きたのか結論を告げよう。
ウェカピポの妹の弟の下した悪意に満ちた命令は、当然の様にバーサーカーの逆鱗に触れたのだ。
「ブゲッ!」
浮遊感は一瞬。横っ面を殴り飛ばされたウェカピポの妹の夫が部屋の壁に衝突しする。
盛大な衝撃音と共に潰されたヒキガエルの様な声をあげて彼はそのまま重力に従ってドサリと床の上に転がった。
何が起こったのか、突然の出来事で混乱する思考の中で、痛みに悲鳴をあげる体を無理矢理動かし上半身だけをどうにか起こす。
視界にバーサーカーを捉え、彼は息を詰まらせた。
鉄仮面越しであるにも関わらず心臓を鷲掴みにされたかと錯覚する様な鋭い視線がバーサーカーから向けられている。
右腕を振り抜いた姿勢のバーサーカーの姿から、自分が彼女に殴られたのだという事を認識したが、ウェカピポの妹の夫に込み上げてきた感情は怒りではない。
低く唸り声をあげながら見ただけで言葉を失うほどの怒気を露にする超常の存在と直面した事によって沸き上がった恐怖が、彼のちっぽけな自尊心を容易く凌駕してしまったのだ。
「Rrrrrrrrrrr!!」
「ヒィッ!」
怒声を張り上げたバーサーカーに対し反射的に上擦った短い悲鳴をあげ、みっともなく肩を竦めて後ずさる。
その情けない姿に一切の反応を見せず、バーサーカーは一歩、ウェカピポの妹の夫に向けて足を踏み出した。握った拳がギシギシと音をあげながら、より強く握りしめられる。
バーサーカーの目に灯る怒りの炎はまだ消えていない。牙を向いた従僕が迫り来る姿に、ウェカピポの妹の夫は"死"の一文字を連想した。
「う、うおああああぁぁぁあぁあぁッ!!!」
反射的に体が動き出す。目の前の存在を何とかしなければ死ぬのは自分なのだと生存本能が告げていた。
今の自分に何が出来る? 迫り来る狂戦士に対して行える自分の最も効果的な反撃手段は何か?
当然、鉄球だ。
祖先から受け継ぐ「鉄球」、それこそが彼の中に残された唯一の活路だと彼の体は本能で理解している。
ウェカピポの妹の夫は調教の為いつでも取り出せるよう懐に忍ばせていた鉄球を取り出し投擲のモーションに入る。
すると、バーサーカーの動きが急停止した。バーサーカーに対して攻撃をしようとしたウェカピポの妹の夫の行動によって、今しがたかけた令呪が効果を発揮したのだ。
鉄球がウェカピポの妹の夫の手から放たれる。その向かう先は鎧の銅部、召喚された時から元々壊れていた箇所だ。
鉄球は狙いを過たず吸い込まれるように鎧の破損箇所へ突き進む。
腐っても鯛という事だろう。ウェカピポから受けた傷による視界の不安定さと予想外の反撃による混乱という悪条件の中にあって、先祖から受け継いだ技術の染み込んだ彼の肉体は鉄球の投擲を完璧に決めて見せたのだ。ウェカピポの妹の夫は勝利を確信する。
回転しながら食らいつくようにめり込む鉄球と、それによって吐血し倒れ込むバーサーカーの姿が脳裏に描かれる。英霊と呼ばれるものがどんな存在であれ、祖先から受け継ぎし鉄球の技術をその身に受ければ無事ではすまないのだ。そう彼は信じて疑わない。脈々と受け継がれてきた誇り高き伝統に対する絶対的な自信と自負が彼の心に希望の灯を灯す。
「……へ?」
故に彼は投擲した鉄球がバーサーカーへ接触後に勢いを失って床に落ちる光景と、彼女が負傷らしい負傷もなく二本の足でしっかりと立っている姿を見て間抜けな声をあげて呆然とする外なかったのだった。
投擲が失敗していたのか? 否、ウェカピポの妹の夫の鉄球の技術は本物である。
彼の技量は王族護衛官のウェカピポと公正な決闘が成り立つ程のものであり、そこに疑問が挟まる余地はない。
では、何故バーサーカーに傷ひとつないのかと問われれば答えは1つ。
彼が恃みとしていた祖先から受け継がれた誇りある技術そのものが神秘の塊である英霊を傷つける域にまで達していなかった。ただそれだけの話である。
同じ国の異なる一族の技術ではあるが『無限の回転』と呼ばれる域にまで達する技量を彼が持っていたとしならば結果は違っていたかもしれない。
しかし、それはあり得もしない"もしも"の話であり、今この状況においては何の意味もない仮定に過ぎない話であった。
自信を完膚なきまでにブチ壊されたウェカピポの妹の夫の顔がみるみる内に蒼白になっていく。一度希望を見出だしてしまった分だけ絶望の感情もひとしおだ。
そんなウェカピポの妹の夫に対し、バーサーカーは床に転がっていた鉄球を徐に拾い上げ、しげしげと見つめる。
何をするつもりだと震える声でウェカピポの妹の夫が問うよりも速く、彼目掛けてバーサーカーが無造作に鉄球を投げつけた。
バーサーカーは先の投擲に対しての報復は行えない。だが、理不尽な命令に対しての叛逆は未だ続行中なのだ。
「おげええぇえぇえぇぇぇぇえええ!!」
左腕に鉄球が当たると骨が砕ける鈍い音が響き、ウェカピポの妹の夫の口から汚ならしい悲鳴があがる。
ひしゃげた腕先を抑えながら蹲るウェカピポの妹の夫の耳に無慈悲な足音が響く。しかし、抵抗も逃げる事ももはや彼は満足に行えない。
蹲った事で床しか映さなくなったウェカピポの視界に金属製の具足に包まれた足が現れた。
恐る恐る顔を上げるとこちらを見下ろすバーサーカーの鉄仮面越しに光る目と視線が重なる。
パクパクと口を無意味に開くことしか出来ないウェカピポの妹の夫の襟首が掴まれ、グイッと持ち上げられた。
低く小さい唸り声をあげながら鉄仮面越しに睨み付けてくるバーサーカーを前にし、ウェカピポの妹の夫の中に当初はあった『バーサーカーを痛めつけて服従させる』などという考えはとっくのとうに雲散霧消してしまっている。
バーサーカー手甲を嵌めた拳が強く握りしめられるのを見て、ポキリと何かが折れる様な幻聴が彼自身の中で響いた気がした。
「や、やめて……やめてくれ……」
弱弱しい呟きが、ウェカピポの妹の夫の口から零れる。
折れていない右腕を、バーサーカーに掌を見せるようにしながら上に伸ばす。そのポーズが意味するものは興参。
怯えの感情に染まった視線が、狂気と怒りに染まった視線と交差する。
「謝罪だ、謝罪をする………。理不尽な命令でお前を侮辱した……怒って当然の行いだった……。非礼を詫びる……すまなかった……。もう、今回のような真似はしない……。だ、だから、殺さないで……」
恥も外聞もなく、掠れた情けない声でウェカピポの妹の夫が懇願する。
バーサーカーから放たれる怒気にあてられた以上に、彼の誇りでもあった鉄球がサーヴァントには通じなかった事で、彼の心は完全に折れてしまった。
暴力によってバーサーカーに主と従僕の力関係を叩き込もうとしていた彼が、逆にサーヴァントとマスターの物理的な力関係を叩き込まれる結果になったのは何とも皮肉な結果であることか。
泣き出しそうな顔をした己が主をしばらく無言で見つめた後、不愉快そうにバーサーカーは彼を床に向かって投げつける。
バウンドした拍子に折れた左腕が床に接触し、ウェカピポの妹の夫から再び悲鳴が上がった。
その無様な姿を気に留める素振りすらなく、バーサーカーはウェカピポの妹の夫に背を向け、その姿を霊体へと変えていく。
謝罪の意思を見せたことで手打ちにすると判断するだけの思考能力が残っているかは定かではないが、少なくともウェカピポの妹の夫を害するつもりはもうないのだろう。
後には痛みに呻き不様に転がる一人の男だけが残された。
痛みに悶えながら、ウェカピポの妹の夫は仰向けに寝転がる。立ち上がる気力は今の彼には残っていない。
誇りと自信は打ち砕かれ、慢心と増長の代償は左腕一本と令呪一画。
得たものは何もない、ただ喪っただけの紛うことなき悪手。
(畜生ォォ〜! 何で俺がこんな目に合わなきゃならない!? )
自身のあまりの情けなさから目に涙を滲ませる。
何が悪かったのか。どこで間違えたのか。
令呪による命令? いいや、とウェカピポの妹の夫は否定する。
勝手にサーヴァントと戦闘を行い、死にかけるような目にあった以上は縛りつけようとするのは当然だ。
悪いのはバーサーカーでありそうせざるを得なかった自分は悪くないのだと自身の行いを正当化する。
しかし、力ずくで押さえつけようとして逆に痛い目にあった恐怖心から、バーサーカーを責め立てるという方向に彼の思考は遷移しなかった。
(恨むべきはあんな危険なサーヴァントであることをロクに説明もしないで俺に割り振ってくれた、この戦争の主催者!自分が呼びつけた参加者の尻拭いを他の参加者に任せるような無能どもだ!)
身勝手な怒りの捌け口はこの戦争の仕掛人であるルーラー達。
何とも身勝手な理屈ではあるが、そのようにして明確に悪意を向ける対象を作らなければ、心の均衡を保てなくなる程度には彼の精神は追いやられていた。
(ここまでずっと俺はケチのつき通しだ! あの決闘に敗れてから、俺はずっと……)
記憶がフラッシュバックしていく。
胸を締め付けられる様な感覚と消耗に襲われて目を覚まさせれた朝。
聖杯戦争に参加させられたのだと自覚した日。
そして、最後に過ったのは故郷ネアポリス王国の風景。
対峙するは一人の男。
友人だった男。
自分に恥をかかせた男。
自分を殺した男。
そもそものここに来る事になった発端。その理由たる男、ウェカピポ。
(ウェカピポ。そうだ……、主催者どもは勿論だが一番の元凶はあのクソ野郎だ。あいつがいなければこんな所には来なかった!こんな無様を晒すことも、こんな怪我を負うこともなかった! あいつが素直に大人しく、あの決闘で敗れていれば……!)
こうやってウェカピポに憎悪と怒りの炎を燃やすのは何度目になるかなど、ウェカピポの妹の夫は覚えていない。
だが、今回に関してはいつも以上にウェカピポの妹の夫は怒りを燃やす。
それだけ、今日の出来事は彼の心に、彼の自尊心に深い傷をつけたのだ。
(この聖杯戦争から生きて帰った暁にはウェカピポ! お前にはここで味わった苦痛と屈辱の報いを受けてもらうぞ! お前だけじあゃないっ! 殴ってヤらなきゃ全然気持ちよくもねぇメソメソ泣いてばかりの貴様の妹もだ! 兄妹揃ってだ……必ず兄妹揃って報復してやる……!その方がお前は堪えるだろうからな……! )
ウェカピポへの呪詛を思い浮かべている内に、次第に荒くなっていた呼吸が落ち着いたものへと変わっていく。
腫れた左頬と折れた左腕から未だ発せられる痛みに顔をしかめつつもゆっくりと体を起こす。
殴られ壁に激突した衝撃で散らばった調度品や血痕が付着した絨毯を見て、どう言い繕うべきか眉間に皺を寄せる。
『調教』の音を聞きつけられて騒ぎになるのを疎み、適当な理由をつけて使用人を全て帰らせていた判断は結果的には正解だったと言えるだろう。
「使用人どもに適当な理由をつけて部屋の掃除をさせるとして、後はこの腕をどうにかしないとな……」
だらんと下がった左腕を見ると表情が自然と苦いものに変わっていく。
処刑と医術の為に回転を発展させた一族の技術であれば鉄球による治療の目処も立っただろうが、ウェカピポの妹の夫が扱う鉄球の技術では骨折の治療となると難しいだろう。
かといって、これから戦いが激化していくであろう状態で弱点になりそうな負傷を放置しておく様な愚かな真似をするつもりもない。
「病院に行って俺の鉄球でも治療が出来る程度には応急処置をして貰うしかないか。たしか新都の病院は今日もやっていたな……」
元から負傷した状態で呼ばれた事もあり、万が一の時の為に頭に入れていた病院の情報を掘り起こす。
新都にあるこの家からもそう遠くはない。いつ、外の主従に遭遇するのか分からない以上、可能な限り不安要素は早期に解消しておくに越した事はないだろうと思考する。
財布類をポケットにしまうと折れた左腕を抑えながらウェカピポの妹の夫は部屋の扉へと歩いていく。
「……ついてきてくれバーサーカー、俺はこれから病院に行く。何かあった時にはお前の力が必要だ。俺が脱落すればお前も一緒に脱落することまで分からない訳じゃないだろう。だからお前には俺の護衛を頼みたい」
今しがたの経験から極力高圧的な物言いにならない様に心がけつつバーサーカーに同行を要請する。
微かに唸る声が響く。それが了承を意味していたのか、拒絶を意味していたのかをウェカピポの妹の夫が理解することはできなかったが、部屋を出てからもバーサーカーの声が彼の後ろから追従する様に聞こえ続けていた事から命令を聞き入れてはくれたのだと判断し、内心で安堵の溜息を吐いた。
サーヴァントという存在の恐ろしさをその身に刻み付けられ、今後どのような方針を取るべきかも分からぬまま、ウェカピポの妹の夫は自らが招き寄せた災いに振り回された形で安全な根城から戦場へと放り出される羽目となってしまった。
これで彼の災難は終わるのだろうか? いいや、それはまずあり得ないだろう。
彼は知らない。知りようもない。
彼が向かおうとしている病院に何が待っているのかを。
彼にとっての全ての元凶である男とそのサーヴァント――ウェカピポとシールダー。
病院にいるアイドルを狙い地を駆けるサーヴァント――獣のバーサーカー。
友を守るために病院へと向かう少女とそのサーヴァント――神谷奈緒と死線のセイバー。
因縁が、想いが、当事者たちの与り知らぬところで交差する。
まるで元々そうなる運命であったかの様に、聖杯戦争の参加者たちは人知れず引かれあう。
どこかで魔女の笑い声が響いた。
【新都/12月23日 午前】
【ウェカピポの妹の夫@ジョジョの奇妙な冒険第七部】
[状態] 疲労(中)、精神的疲労(大)、左頬強打、左腕骨折
[装備] 剣・鉄球
[道具] 無し
[令呪] 残り2画
[所持金] 5万円(財布の中身)
[思考・状況]
基本行動方針:自陣営の戦力を把握する
1.病院に向かい折れた左腕を治療する
2.バーサーカーに二度と理不尽な命令はしない
3.ウェカピポと聖杯戦争の開催者に強い(逆)恨み
[備考]
1.討伐令についての参加は保留し、状況の把握を優先します。
2.バーサーカー(モードレッド)による『調教』の結果、サーヴァントに鉄球は効果がない事を分からされました。
【バーサーカー(モードレッド)】
[状態] 軽傷
[装備] 王剣 不貞隠しの兜 騎士甲冑
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:Faaaaatthhhhhheeeeeeeerrrrrrrrrrr!!!!
[備考]
1.ウェカピポの妹の夫の指示で病院に行くウェカピポの妹の夫に同行します。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)を認識しました。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)と交戦し、撤収しました。
4.シールダー(ベンディゲイドブラン)の使い魔であるワタリガラス『ブラン』を認識しました。しかし、それの捕獲や殺害にまでは至れませんでした。
以上で投下を終了いたします。
ウェカピポ&シールダー
ジェヴォーダンの獣
神谷奈緒&セイバー
???(皆さんが義弟だと認識している人物です)&バーサーカー
魔女ちゃん
で予約します。延長もします。
既に投下された二つの作品と支援絵への感想は多分明日までにはやります。すみません。
投下乙です。
義弟の凄まじいしょっぱさに笑う
反抗されて命乞いするわ、令呪結果的に無駄遣いだわ、ウェカピポへの逆恨みに走るわ、悉く情けなくて儚い
おまけによりによって獣ちゃんが突撃してる病院に向かってるわで早くもてんてこまいすぎる
>Gunslinger Journey
ウェイバーくんの特徴の一つである鑑識眼の高さが出ている、中々にハイクオリティな考察話でした。生前の逸話やエピソードを絡めた考察は、まさにこの企画ならではの要素であり、読み応えがありますね。
ビリーさんが一々sexyだと言うのに、同じくsexyなアイドルと出会う事になった彼の股間のウィンチェスター銃はどうなってしまうのでしょうか。楽しみですね!
続々とアイドルマスターやアイドルサーヴァントが集まりつつある442プロは最強の要塞か最悪の地獄のどちらになるのでしょうか!? 不安と期待で胸が一杯です!
投下ありがとうございました!
>支援絵
うわあ! 背景も相まってアイドルっぽい!
いかにも強そうなオーラをビンビンと放っているセイバーは勿論ですが、ビリーさんが可愛らしい! 特に下半身のムチムチ具合が良いですね!
支援絵ありがとうございました! wikiに掲載してもよろしいでしょうか?
>Take That, You Fiend!
こんないかにも小悪党というか小物みたいな行動をしてしまうウェカピポの妹の夫には思わず笑ってしまいますね! まあ、実際原作からして彼は騎士道精神に溢れた小物なのですが。
義弟の令呪による命令に対するモードレッドの反応はキッチリ筋道立った説明がなされていて良かったです!
というわけで病院へと向かった彼らですが……果たしてどうなるのでしょう! 続きが気になります! うーん、気になる!
投下ありがとうございました!
あと、本編や今回の予約にはあまり関係があるようで、ないようで少しはある感じの話があるので、それを投下します
世界一の国土面積を誇る広大な北国を舞台にした聖杯戦争が始まってから、既に二日が経過していた。
「ぬん!」
俺のサーヴァント――日輪の剣士(セイバー)の力がこもった声が、森林に響き渡る。
それと同時に、彼が握る転輪の剣が火を噴いた。
銀色の聖剣より現われ出でた炎は、周囲の気温を一気に上昇させながら、キャスターの陣地である小屋へと向かっていく。
「『貴方が出会ったのは、常識が死に絶えた小屋でした(スーパー・マジック・ハウス)』!!」
小屋の中からキャスターの声――キンキンと甲高い、少女のような声だ――が響く。
すると、小屋の周囲を悪趣味に飾っていた幾つもの頭蓋骨の眼窩から青白い炎が噴出し、セイバーの炎と衝突した。
成る程。どうやらあの小屋は単なる工房ではなく、キャスターの宝具だったようだ。
赤と青――異なる色の二つの炎はぶつかった後に互いに相殺される。
地面に分厚く積もっていた雪は完全に蒸発し、その下の地面は黒く焦げていた。
湖の妖精によって齎された聖剣の炎が、炎の迎撃装置に打ち消されるとは信じ難いが、残念ながら此処はキャスターの陣地の入り口――彼女の力が100%、あるいはそれ以上で発揮される場所だ。
俺はセイバーへと目を向ける。
様子見の軽い一撃とは言え、攻撃を無効化されたにも関わらず、彼の表情から余裕の微笑みは失せていなかった。
『やはり此処は出し惜しみするべきではありませんでしたね』と反省事を呟いて、再度剣を構え直すセイバー。
日輪の聖剣から先ほど以上に強大な魔力を感じられる――宝具を撃つつもりなのだろう。
「キャスター――お前が特定の場所で無類の強さを誇ると言うならば、俺のセイバーは特定の時間に無敵の強さを誇るサーヴァントなんだぜ」
天空にその姿を確かに現している太陽の存在を感じながら、俺は自慢の意味を込めて言った。
聖者の数字――セイバーのスキルの一つにして、彼を最優たらしめる所以である。
太陽が出ている間は騎士王にすら匹敵する強さを持つとまで言われた、この状態のセイバーのステータスはいずれも規格外のそれなのだ。
太陽の下での彼の攻撃は、軽いジャブ程度であっても、宝具の一撃に迫るほどの威力を持つのである。
「さっきの攻撃を防いだお前の宝具は凄い。賞賛に値するよ。だがな――次の一撃もそういけるか?」
俺の台詞に呼応するかのように、セイバーの剣が放つ力のオーラが更に強まった。
と、その時――。
「ボクの宝具の防衛機構を発動しないと防げないレベルの炎を発する剣に、時間限定で最強になる体質……ふーむふむふむぅ?」
小屋の中からキャスターの呟き声が漏れてきた。
「つまり、キミのサーヴァント・セイバーの真名(しょうたい)って……あっ、ふーん。なるほどね」
どうやら彼女は、これまでの攻防と俺の発言から、セイバーの真名を推理したらしい。
その言葉に一瞬だけ「しまった」と思った俺だが、次の瞬間には「だからどうした」と強気な言葉を口にしていた。
円卓一高潔な騎士である彼を従える俺が、弱気になるわけにはいかない。
「お前がセイバーの正体を知った所で、セイバーが最強である事は変わらないんだぜ」
「そうかい」
キャスターが俺の発言にあっさりとそう返すと、彼女の小屋のドアがギイィ……という軋み声をあげて開かれ始めた。
「まあ、確かにぃ? 円卓最強の騎士とまで呼ばれる彼がベストコンディションで宝具をぶっぱなしたら、流石にこの家も耐えられないだろうねぇ――ボクじゃあ、セイバークンに勝つ事は出来ない」
だけどね、と。
キャスターがそう言うと同時に、小屋のドアが完全に開かれた。
キャスターが陣地内から出てきたのかと思ったが、そうではなく、ドアの向こうに立っていたのは、一人の騎士だった。
黒い――何もかもが黒い騎士である。
まるで、宇宙の闇から採掘した鉱石を材料にして作り上げた鎧を着ているかのようだ。
キャスターの使い魔や召喚物の類だろうか?
「その黒騎士くんなら、キミのセイバーを秒殺出来るぜ?」
「!?」
俺は驚いた。
『使い魔でセイバーを秒殺する』という冗談にしか聞こえないキャスターの発言が理由であるのは勿論だが、更にもう一つ、あり得ない事が起きたからでもある。
黒騎士の登場が合図であったかのように、周囲が突然真っ暗になったのだ。
「さてさて問題です! 日が出ている時間限定で無敵の強さを誇るセイバーを弱めるにはどうすれば良いでしょうか!?」
「ふっふーん、答えは簡単だね!」
「そう! 空の様子を夜のそれにしてしまえば良いんだよ!」
「まっ、それでもセイバーは素のステータスが高いから、黒騎士に勝てる――とでも、思ったかい?」
「あまり甘く見るなよ?」
「キミたちの目の前にいる黒騎士は、『夜を操る存在』ではなく『夜そのもの』だ」
「断言するが、その太陽の白騎士では、夜の黒騎士には絶対に敵わないぜ」
マシンガンの掃射のように休み無しで行われるキャスターのトーク。
夜闇が支配する視界の中で、一瞬にして距離を詰めて来た黒騎士――それが持つ剣(例に違わずこれも漆黒であった)とセイバーの剣が衝突する。
その光景を目にしながら、俺はふと昔読んだ本を思い出していた。
たしか、あの物語には、魔女と黒い騎士が登場していた気が――。
投下終了です。本編の投下は延長期間内にやれるよう頑張ります
予約にルーラーと滝澤政道とランサー(ガレス)を追加します
川尻 早人&セイバー(小碓媛命)
川尻 しのぶ
直樹 美紀&ランサー(カメハメハ大王)
女神ペレ
恵飛須沢 胡桃&キャスター(アヌビス)
ジョーカー&バーサーカー(フォークロア)
予約します
投下します
◆◆◆◆
激しい喜びはいらない、その代わり深い絶望も無い。
植物のような平穏、そんな人生こそ目標だった。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
今日の昼食はアスパラと人参の肉巻。
付け合わせはネギのスクランブルエッグ。
さっと作った料理にしては随分と手が込んでいる。
帰宅してから暫くした後、食卓に出されたソレを見つめて思う。
以前までのママなら、こんな料理は絶対に出さなかった。
精々が適当に作ったカップラーメンか、あるいは冷凍食品か。
夜ならまだしも、昼間にはそれくらいに素っ気ない料理を平然と出してくる。
ママは、川尻しのぶはそういう人間だった。
いつも無愛想で、パパにも僕にも無関心で、退屈そうにふんぞり返っている。
僕の記憶に焼き付いているママは、いつだって監視カメラ越しに見る姿か、あるいは後ろ姿。
それと、パパを不満げな眼差しでよく見つめていた。
その二人の関係を見て『愛が芽生えている』とは到底思えなかった。
だから僕は偏執に囚われて、両親の姿を『観察』するようになった。
自分が本当に愛されて生まれた子供なのか。
自分は本当に望まれてこの世に生まれ落ちた人間なのか。
それを確かめたくて、ずっと両親を見つめていた。
その真実は、今となってはもう解らない。
だけど、今の僕に解ることは一つある。
川尻しのぶは、『あいつ』が現れてから変わったということだ。
(『あいつ』の味だ……『あいつ』がたまに作っていた……)
スクランブルエッグをフォークで口に運んだ。
もぐもぐとゆっくり咀嚼して、顔を俯かせながら思う。
今思えば、パパがおかしかったのは『これ』を作った日からだった。
端から見ていても余り要領がいいとは思えなかったパパが突然この料理を作って、ママを驚かせていた。
それ以来、パパは時折自分から料理を作るようになった。
ママがパパから料理を教わる姿を何度も見ていた。
パパがいなくなってからも、ママは『あいつ』に教わった味をこうして作る。
(おいしい……)
そう思ってしまうのが、何だか悔しくなる。
実際、ママは『本物のパパ』には思い入れなんか無いのかもしれない。
ママの心に残り続けているパパは、きっと『あいつ』だ。
あんなに冷めた顔をしていたママを変えたのは、最低で最悪の殺人鬼だった。
あいつはパパを殺し、ママと僕を取り巻く日常に不穏を齎した。
仗助さんがいなければ、今頃僕はあの殺人鬼に怯えながら暮らしていただろう。
あいつがいなくなって、平穏は取り戻せたのだ。
だけど、大切なものはもう二度と返ってこない。
あの殺人鬼の残した爪痕は、杜王街に大きな痛みを残した。
僕は実の父親を失った。決して仲はよく無かったけど、それでも血の繋がった家族だった。
この感情は間違いなく『悲しみ』だった。
パパを奪われて、僕は悲しんでいた。
だけど、ママが思っていることは違う。
ママもパパを奪われたけど、それ以上にママはあいつに『与えられてしまった』。
「早人、どう?」
「うん……おいしいよ。ママの作る料理だもの」
「それならよかった!これ、パパから教えてもらった料理なのよ。
あの人ったら、急に料理上手になっちゃったんだから……」
向かいの椅子に座るママの目付きは寂しげで、だけど表情はうっとりとしていて。
顔を仄かに赤らめながら、思いを馳せている様子だった。
まだろくに恋をしたことのない僕にだって解る。
ママのあの表情は、恋をしている人の顔だ。
そんな表情を何度も見てきた。その度に僕の胸には複雑な思いが去来してきた。
ママが一番愛している男は、川尻造作じゃあない。
あの忌まわしい殺人鬼――――――吉良吉影だ。
あの殺人鬼が現れなければ、きっと僕達は冷えきった関係のままだっただろう。
あいつがパパと入れ替わらなければ、ママの心は閉ざされたままだっただろう。
決して許せない最低の悪がいなかったら、僕達の家庭は歪なままだっただろう。
結局、僕達にとっての幸せとは何だったんだろうか。
本物のパパよりも、吉良吉影がいることの方がママにとってよかったのだろうか。
あいつがずっと家にいることこそが、僕達にとっての『幸福』だったのか?
そんな筈が無いと、僕だけならそう断言できただろう。
だけど、ママはあいつをずっと待ち続けている。
あのクソッタレな殺人鬼と知らず知らずのうちに出会って、ママは恋をしていた。
パパの前では一度も見せたことがなかった表情を、あいつの前では何度も見せていた。
それを見つめる度に、僕は悲しくなった。
例えこの聖杯戦争を乗り越えて、平穏を取り戻せたとしても。
それでも、きっとママはずっとあんな顔をして『あいつ』を待ち続けるんだろう。
それが無性につらかった。いっそ、ママに全てを明かしたかった。
あいつはパパなんかじゃない。あれはパパになりすました殺人鬼だったんだ、と。
そうしてあいつを憎んでくれるなら、いっそそれでもいいとさえ思うことがあった。
だけど、出来なかった。ママに全てを打ち明けることなんて出来ないし、そもそも信じてもらえる訳が無い。
傷から少しずつ癒えようといているママを、再び傷付けるわけにはいかない。
結局、川尻早人は静かに黙することしか出来ない。
「そうだ、ねえ早人」
唐突にママから声を掛けられて、僕は少しばかり驚く。
物思いに耽りすぎて周囲が見えなくなっていた。
肉巻を口に運びつつ、僕はママの方へと顔を向ける。
「クリスマスの前に臨時のバイトやろうと思ってるんだけど」
そういって、ママは冷蔵庫に貼付けていた求人票へと視線を向けた。
臨時のバイトをやろうとしているらしい話は知っていた。
既にセイバーから伝えられていたからだ。
「早人はどういうのがいいと思う?」
ママは僕の方へと顔を向けて、そう問い掛けてきた。
ママからすれば、ちょっと気が向いたから振ってみただけの何気ない質問なのだろう。
だけど、僕からすればママの今後を左右するかもしれない重要な選択だ。
だからこそ僕は息を飲み、ママが職業安定所から持ち込んできた求人へと目を向けた。
この街で起こっている聖杯戦争は、確実に『平穏』を蝕んでいる。
あの討伐主従二組の凶行によって、いつどこが惨劇の舞台になってもおかしくはない。
杜王町を恐怖に陥れたあの殺人鬼のように、奴らはこの町に潜み続けている。
本音を言えばママには『バイトなんかいい、危ないからずっと家に籠っていてくれ』とさえ告げたいくらいだ。
だが、そんなことは出来ない。それはママに不信感を抱かせる。
これから稼ぎたいという時のママの意思を僕が強く否定すれば、きっと不自然だと思われる。
聖杯戦争という催しがただの競い合いではない、もしかして何か裏があるのでは、そんな疑いを持たせる可能性がある。
だから僕がするべきことは、誘導なのだ。
セイバーとも協力し、可能な限りママを危険から遠ざける。
『ママを危険から遠ざける』『ママに聖杯戦争の実態を悟られないようにする』。
それを両方やらなければならないのは、まさしく困難と言ってもいい。
だが、やるしかない。そうしなければママは守れないのだから。
聖杯戦争の今後のこともあるが、今はまずそれらが最優先だ。
「そうだね……」
僕は求人票を眺めながら思考する。
何気なく取り繕った表情の裏で、険しい感情を募らせて。
アイドルライブ絡みの臨時スタッフ―――――これは、最も避けるべきだろう。
道化師のバーサーカーは文字通り神出鬼没だ。
自分の都合で殺人を繰り返し、そのことに何の躊躇も持たない。
吐き気を催す邪悪。あの吉良吉影と同じ、街にいてはならない悪だ。
しかし吉良とは決定的に異なるということも、先日のセンタービル爆破事件が物語っている。
道化師達は『自分達が目立つこと』に抵抗を持っていない!
でなければ、あれ程までに大規模でアシが付くような事件を起こす筈が無い。
徹底して身を潜めていた吉良とは違う。だが、その計算高さは恐らく吉良に勝るとも劣らない。
あれだけの事件を引き起こしていながら、未だ警察や他の主従はその明確な足取りを掴めていないのだから。
アイドルのライブは、どうやら冬木市では毎年恒例のイベントらしい。
442プロダクションという事務所が主催するライブステージだ。
何人ものファンが駆け付けて毎年盛り上がっている、というのがクラスメイトから聞いた話である。
センタービルを爆破するようなあの主従が『目立てる場所』とは、一体何処なのか。
翌日に控えるライブを舞台に選ぶ可能性は極めて高いと思った。
あの場には数百、あるいは数千もの人々――(こういったイベントには疎いので正確な数は解らないが)――が訪れる。
彼らが『騒ぎ』を起こすにはもってこいの舞台だろう。
まともな思考を持っているのらばそんな『馬鹿げたこと』はしない。
だが、あいつらは間違いなく『馬鹿げている』のだ。
吉良吉影が最低の殺人鬼だとすれば、あの道化師達は最悪の殺人鬼。
それくらいのことを行っても不思議ではない。
そしてもう一組の討伐主従、獣のバーサーカー。
セイバーから予め『テレビ局で襲撃事件が起こった』という話を聞いていた僕は、ママの昼食の準備中に自室のテレビを確認した。
ニュースによれば、犯人はアイドルが出演する生放送の番組に『乱入』したのだという。
そのアイドル達は無事だったらしいが、多くのスタッフが犠牲となったとのこと。
生還した彼女達の証言によれば、犯人は『白髪で黒い服を着た男』だったらしい。
あの討伐令の手紙と共に送られた写真―――――獣のバーサーカーのマスターと特徴が一致する。
偶然アイドル達の現場に乗り込んだだけなのか。あるいは何らかの思惑を持ってアイドルを狙ったのか。
理由は解らないが、とにかく『今の状況』で『アイドルのライブ会場』へと母を向かわせるのはあまりにも危険だ。
奇妙なのは、これほどの事件が起こったというのにライブの中止は宣言されていないということだ。
アイドルが病院に緊急搬送されただとか、アイドルが出演する番組の生収録現場に殺人鬼が襲撃を仕掛けてきたとか。
それほどの事態が発生しているというのに、『事務所側は何も声明を出していない』のだという。
ライブは通常通り開催、と暗に告げているらしいのだ。
明らかにおかしい。ビジネスが掛かっているということを考慮しても異常と言う他無い。
普通に考えれば出演者の安全を確保するのが最優先だと言うのに、事務所は何一つ行動を起こしていないのだ。
それは平和ボケと言うレベルではなく――――――『何か』が『おかしい』。
非難の声が上がっても不思議ではないというのに、彼らは強行している。
裏で何かが起こっている可能性は有り得るが、今は判断材料が少ない。
とにかく、中止になる絶対的な保障が無い以上はママをライブ会場に近づけるのはあまりに危険だ。
「ライブ会場のスタッフとかって、かなり体力使うと思うよ。
なにせ人気のライブだし、観客の数もスゴいって聞くしね」
「うーん、それもそうかしらね……」
「それに終わった後の片付けも肉体労働みたいなものらしいし、ママにはちょっとツラいんじゃあないかな」
新都は避けるべきだ。
センタービルの爆破、テレビ局の襲撃など危険な一件が多すぎる。
そして明日に控えているのが一大イベントのライブ。
獣にとっては『格好の餌』、道化師にとっては『格好の舞台』。
そんな気がしてならない。賑やかな場所では犯行をしない、なんていう常識はアイツらには通用しない。
だからこそ、賑やかな新都での仕事にママを駆り出すわけにはいかない。
「ケーキの売り子の手伝いくらいなら楽なんじゃあないかな?」
「売り子……ヴェルデの近くのケーキ屋さんかしら」
「それもいいと思うけど、僕はこっちの……」
「こっち?」
そうして僕が指差したのは、質素な求人だ。
ママも適当に取ってきただけだったのか、他の紙に埋もれているように存在していた。
「ほら、深山町の例のスポーツクラブの近くにあるでしょ。
マウント深山……そう、商店街にくっついてるあの小さなケーキ屋さん。あそこも一応求人出てるでしょ?」
「うーん……ちょっと地味じゃあないかしら?」
「ヴェルデの近くだと人多過ぎて大変だろうし、一日だけのバイトならあれくらいで十分だと思うよ。
『楽してちょっと稼ぐ』くらいがいいんじゃあないかな?それに、例のスポーツクラブにも近いからついでに『下見』も出来そうだしね」
適当に『それらしい言葉』を紡ぎ、僕はママを説得する。
地味なケーキ屋だが、それなりに人は来るらしい。
あまり目立つ立地でもない為、注目を浴びる危険性も低い。
適度に楽に売り子をしつつ、適度に稼ぎが出来る環境だ。
更にママが今後長期的に働く上で考えているらしいスポーツクラブ併設の売店の求人にも話を絡められる。
だからこそ僕はこのアルバイトを勧めた。
求人を見る限り、長期のパートについてママは『スターク・インダストリー』の従業員という道も考えていたらしい。
だが、僕はこの話題は可能な限り避けた。
今朝、社長であるトニー・スターク――世界的に有名な人物らしいが、何故か冬木に来てから初めて知った――が唐突にアイドルのライブへの出資を名乗り出たことが引っ掛かったからだ。
明日に控えるライブへの何の脈絡も無いスポンサー入り。そして直後に発生した討伐主従による番組収録現場襲撃事件。
偶然にしてはあまりにも『奇妙』だと思った。
何故この土壇場でいきなり名乗り出たのか?どうしてこのタイミングで突然?
開催は『明日』だというのに、急すぎると言わざるを得ない。疑念を抱くには十分な出来事だった。
彼が討伐主従となんらかの繋がりを持っている――――――とまでは言わずとも。
トニー・スタークがマスターであり、何らかの理由で討伐主従の行動を察知し、先手を打ったという可能性は否定出来ない。
もしもこの推測が本当なら、スターク・インダストリーは聖杯戦争に少なからず関わっていることになる。
それはつまり、この町で起こる危険な出来事に近付いているという恐れがあるということだ。
例え非正規だとしても、そんな場所にママを近付かせたくは無かった。
「確かに……あのクラブに近いのはいいかも」
「でしょ?だから僕はあそこがいいと思うんだ」
「悪くないわね」
本音を言えば、そもそも『この状況で外に出る』こと自体が危険極まりない。
討伐主従は神出鬼没。どこで犯行に走ってもおかしくはない。
まさしく天災という他無い連中なのだ。
『地味な場所は比較的安全だろう』というのは、実際の所そうとも言い切れない。
人食い殺人事件は各地で極めて散発的に起こっているのだから。
だが、だからと言って人混みに埋もれれば安全とも言い難い。
奴らはサーヴァントを従えている。そして、人の目なんて気にせずに殺戮を行うことが出来る。
そして万が一奴らが現れた際、人混みの中でママを見失わずに守り続けられる保障も無い。
そもそもセイバーを衆目に晒すことになる危険性も否定は出来ない。
だからこそ、ヴェルデの近くなど『目立つ場所』にママを向かわせるのは避けたい。
目立たない地味な場所にママを誘導する方が比較的安全なのだ。
地味な場所ならば、人がごった返さない分セイバーも監視がしやすいだろう。
人目を憚る聖杯戦争において、ある程度は人の目を避けつつママを守護出来る。
そういう意味で、比較的安全なのである。
確実な保障とは言えないが、今はこうするしかない。
怪しまれないようにする為にも『マシな方』へと後押しし、その上で翌日を何とか凌ぐしかないのだ。
幸い、ママは僕の話に『納得』をしているようだった。
そのことに少しばかりほっとした。
もしも『もっと賑やかな場所で働きたい』とでも言い出したら、説得の苦労が増していただろう。
最悪の場合セイバーの呪術による暗示を試すという最終手段も考えていたが、その必要は無くなったようだ。
尤も、ママは仕事に情熱を見出すようなタイプにも見えないので職場にそこまで拘りが無いのも予想は出来ていたが。
「にしてもさ」
「なに?」
「あんた、ほんとに心配してくれてたのね」
唐突にそんなことを言われて、僕はきょとんとしてしまう。
ほんとに心配してくれてた――――ああ、そういえばセイバーはそう話を付けていたんだったな。
「おうすちゃんに勧められたのだけれど……」
「おうすお姉ちゃんが?」
「ええ、あの子に『仕事の件は早人くんに相談してみたらどうですか』って言われたのよ。
初めはあんまり乗り気じゃあなかったんだけれど……」
僕は『知らないふり』をしてママの話を聞く。
聖杯戦争の参加者としての観点で視れば、これはママの安全を守る為の策略のようなものだ。
しかしママからすれば、何気ない日常の相談なのだ。
聖杯戦争の緊迫感は勿論、自分の命が掛かっているという実感さえ無い。
だからこそ、ママは『いつも通り』に過ごすことが出来ている。
「こうして話してみたら、やっぱりあんたってちゃんと背ぇ伸びてたんだなって」
ママのふっとした笑みに、奇妙な感覚を覚えた。
むず痒いような、照れ臭いような。
同時に、どこか後ろめたいような。
そんな複雑な思いを抱えて、ばつが悪そうに頬を掻いた。
かつてのママだったら、こんなことは口にしなかっただろう。
運動会で頑張ったとしても、テストの成績が良かったとしても、ママはちっとも僕を褒めたりはしなかった。
いつだって不機嫌そうでつまらなそうな表情を浮かべて、僕を適当にあしらっていた。
だけど、今のママは僕をこうして褒めてくれる。
息子である僕をこうして見つめられるだけの『変化』を遂げている。
それが嬉しいようで、何よりもつらくて。
「……来年のクリスマスは、おうすちゃんに『あの人』も交えて四人で……なんてね」
そうして、ぼそりとママはそう呟いた。
僕はそれを少しだけ見つめた後、目を逸らした。
愛情を確かめる為に両親を見つめる必要は、もうなくなった。
代わりに、これからは『あいつに恋をした』ママの表情を見つめながら生きていく。
そんな思いを抱え、微かに顔を俯かせた時。
「――――――えっ?」
懐で蠢く『何か』の感触に気付いた。
呆気に取られるように、僕はぽかんと口を開き。
そして、表情を驚愕の色へと染めた。
ママが不思議そうに僕を見つめているが、それに構っていられるほど図太くはなれなかった。
何かが居る。僕の衣服の中で、『何かが』蠢いているッ!
驚きの最中、ズボンのポケットから『そいつ』は顔を出した。
『乾いたネズミ』が唖然とする僕をじっと見つめていたのだ。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
大切なものを奪われそう
日常に紛れ込んだ悪魔
平穏ならとっくに崩れ去ってる―――――
◆◆◆◆
◆◆◆◆
最早語るまでもないが、キャスターのサーヴァントとは魔術師のクラスに当て嵌められた英霊だ。
その多くは自らが有利となれる陣地を構築し、万全の状態で敵を待ち構える。
自ら攻撃に打って出ることが出来る者は数少ない。
魔術師とはあくまで防戦の戦士なのだ。
攻勢に長け、正面切っての戦闘を得意とする三騎士とは決定的に異なる。
こちらから攻めることは不得手であり、陣地による補正を受けて漸く敵サーヴァントと互角に渡り合える。
これでは『最弱のクラス』と呼ばれるのも無理は無いだろう。
されど、だからこそ小細工に長けるクラスでもあるのだ。
陣地の拠点たる岩窟墓の奥底。
岩窟の内部、王が眠る墓にも似た祭壇の奥で一騎のサーヴァントが座禅を組むように座っていた。
キャスターのサーヴァント、アヌビス。その傍に立っているのは、マスターである恵飛須沢 胡桃だ。
既にアヌビスは街の各地に鼠の使い魔を放っている。
彼らは陣地より動かぬアヌビスの目や耳となり、息を潜めながら冬木の状況を探っている。
本来ならば更に小鳥の使い魔も放っていたのだが、大翼を持つ鴉の使い魔によって制空権を奪われている。
上空からの情報収集の手段が奪われたことは痛手だが、完全に監視網が崩れたという訳ではない。
鼠の使い魔、そして陣地に引き寄せし『魂(バー)』によってまだ情報は掻き集められる。
「なあ、キャスター」
「どうした」
「その、あんた自身が打って出ることはできないのかよ」
「可能ではある。実戦において通用するか否かを度外視をすれば、だがな。
我は冥府の神であり、墓地の守護者である。戦を司る者に非ず。故に侵略は得手ではない。
陣地を構築し、使い魔を使役しつつ鎮座する……サーヴァントとしては典型的な『魔術師』に過ぎぬ」
その答えを聞いた胡桃が苦い表情を見せた。
既に彼女自身薄々そのことに気付いていたが、やはりアヌビスは自ら打って出ることは出来ない。
彼は『そういうサーヴァントではない』のだから。
胡桃は日没までは陣地に居ることになった。
道化師の主従に関する情報において少しでも伝達を円滑に進めること、そして道化師を追う過程で可能な限り胡桃の安全を守る為だ。
無慈悲だが、結局の所胡桃一人で出来ることは少ない。
情報収集においてはアヌビス一人で事足りる。
とある事情から普通の人間よりは余程戦闘力に長けているが、サーヴァントには到底太刀打ち出来ない。
手札であるアヌビスは防戦を得意とするサーヴァントであり、常に護衛として付き添うことには向いていない。
そういった理由から、胡桃にも道化師の調査をさせるよりもアヌビスが一手に引き受けるべきだと判断したのだ。
胡桃は複雑な表情を浮かべつつも、この陣地に居座り続けている。
本心では余り長居はしたくない、ということはアヌビスにも見て取れる。
しかし、それでも彼女は『道化師を追うこと』に関わりたいと考えたのか、アヌビスと暫くは共に居ることを選んだ。
ならばその意志に応えねばなるまいとアヌビスは考える。
マスターは自らの信念に反する悪を憎み、義憤に駆られている。
その意気や良し。敵は己自身にとっても憎むべき存在。
こうして共通の敵を前に肩を並べ、主人と共に目的を同じくするのは悪くない。
道化師のバーサーカーを止めることは最優先すべき事項だと二人は考えている。
彼らは『噂』を実体化する奇怪な術を備えている。
『伝承』がサーヴァントとして召還される例はあると耳にするが、『噂そのものを実体化する英雄』というものはアヌビスにも覚えが無い。
それ故に、その真名は未だに特定出来ずにいる。
伝承を大衆に伝える『語り手』に属する存在か、と推測はしているが確証は持てていない。
当然のように胡桃もバーサーカーの正体に関する宛は無かった。彼女はそもそも『英雄譚』に疎い、というものあるが。
真名とは英霊の正体だ。正体を知ることはその英雄の能力、弱点を掴むことに繋がる。
アヌビスとて同じである。戦術の主体となるミイラはまだしも、『ミイラ作りを司る冥界の神』としての名を知られた際には伝承から『神の天秤』の存在も察知されるかもしれない。
故に聖杯戦争においては自らの真名を隠しつつ、敵の真名を探ることが重要となる。
どうにか道化師のバーサーカーを掴みたいものだが、とアヌビスは思考を重ねる。
「そういえばさ」
「如何した」
「あんたも怒るんだな、ああいうのには」
「無論。我は死者の守護神、墓守の主である。
冥界の神としての己の役目には誇りを持っている。
故に死の境界を踏み荒らす外道共には憤りを覚えるのだ」
胡桃から返事は返ってこない。
どうせそんな答えだろうと思った、とでも言わんばかりの表情だった。
そんな胡桃の様子を、アヌビスは静かに見つめ続ける。
彼女は従者の前では常に無愛想であり、決して心を開こうとはしない。
そのことで憤るつもりも、哀れむつもりも無い。
彼女には彼女の思いがあり、彼女の考えがあるのだから。
だが、それでも胡桃は戦争における主人となる少女だ。
共闘する上で多少なりとも相互理解、あるいは意思の疎通が必要となるかもしれない。
故にアヌビスもまた、少しばかり自分から話し掛けてみることにした。
「して、マスターよ」
「……何だよ」
「普段、其方は我が陣地に留まることを避けている」
「…………」
「其方のような異教の概念に染まりし民草にとって、我が陣地が形作る文化は異常とも取れるだろう。
そして其方の身は生きながら『死者』に等しい属性を備えている。
それ故に我々を嫌悪し、避けているということは理解している」
「…………」
「大丈夫か」
再び、沈黙。
顔を俯かせ、アヌビスに表情を悟られぬようにそっぽを向く。
やはり図星だったか、と胡桃の様子から察した。
アヌビスはただ無言で胡桃の答えを待つ。
暫しの沈黙を経て、胡桃がゆっくりとアヌビスの方へと顔を向けた。
その表情は、無理に作ったような真顔であり。
「別に、大丈夫だよ。ちょっと我慢すりゃいいだけだしさ」
「そうか……だが、これだけは言っておく」
アヌビスは思う。
やはり彼女は、無理をしているようだ。
己の身の異変を畏れ、屍人達を忌み、この空間を拒絶している。
それもまた理解できぬことではない。
現世に染まりし青き若者にはそれらを受け入れることが難しい、というのは大いに解る。
ならば己が『神』として諭すしかあるまい。そうアヌビスは考えた。
「案ずることはない、マスターよ」
そしてアヌビスは、一息置き。
「勝利の暁には、其方の安寧なる死を冥府の神である我が保障しよう。
世界が正しき秩序に染まれば、其方にも楽園アアルの導きが訪れる……それは真なる救いである。
今は未だ不安もあろう。されど、ただ受け入れればいいのだ。幼子が世の道理を自然に学ぶのと同じこと。
未知への畏れを振り払い、正しき理を享受せよ。さすれば其方は救われるだろう……」
―――――――胡桃が、再び顔を背けた。
口元が苛立ったようにピクリと動いていたのが一瞬だけ見えた。
勿論だが、返事は返ってこない。
表情は伺えないが、想定よりも乏しい反応であるということは明らかだった。
「失礼した」
一言謝辞を述べつつ、さて困ったものだとアヌビスは思う。
真剣に伝えた筈なのだが、どうにも噛み合っていないようだ。
ケメトにおいて伝えられし死生の理は以前説明した筈なのだが。
胡桃は決して愚鈍な少女ではない。彼女なりに現状と向き合い、思考を続けている。
故に世界の正しき秩序を理解出来ぬ筈が無い。
ましてや神によって直々に楽園での救いを保障されるというのは何事にも勝る祝福である。
ケメトの民にとっては来世における安寧の約束。つまり最高の幸福に他ならない。
だが、それでも胡桃は頑なに受け入れようとはしないのだ。
やはり現世において異教の概念の浸透は相当に進んでいるのか。
誤った理を民草に植え付けるとは、許し難き所業である。
だからこそ正さねばならない。せめて今は胡桃だけにでも正しき理を伝えたいものなのだが。
次は基礎をより噛み砕いて説明するべきか、あるいは方法を転換させるか――――――心中で暫しの問答を繰り返す。
とはいえ、今優先すべきことは『監視』だ。
今はマスターの心情をある程度知ることが出来ただけ良しとしよう。
そう考えて、アヌビスは思考を切り替える。
今、街には『死ねずの呪い』が噂として存在している。
それはマスターである胡桃の『元々いた世界』で起こった事件と酷似した話だった。
怪しい研究所とやらから呪いが溢れ出し、瞬く間に世界へと広がり、人々が皆『死ねずの肉体』と化すという惨劇。
マスターはその世界における数少ない生存者であったという。
噂を実体化する能力を備えたバーサーカーならば、その『呪い』を利用することも可能だろう。
あの『呪い』は、間違いなく世界の理を歪める。
本来あるべき死の秩序を破壊し、生命の来世を奪い取る。
それは英霊を生み出す法則と同じだ。
現世での役目を終えた存在を裁くことも救うこともせず、『誤った永劫』へと封じ込める。
終焉を強引に与える、という点に於いてはある種英霊よりも悪質な面を持つと言えよう。
その呪いが、この冬木に訪れる可能性がある。
殺戮を楽しむ狂人風情が、生と死の境界を揺らがすかもしれない。
許し難いことだった。これは生命の愚弄、秩序への冒涜に等しい。
生と死の境界を渡る冥界の神アヌビスにとって、到底看過出来る事象ではない。
故に、あの道化師共は排除されなければならない。
彼らが『生死の秩序を蝕む』前に。
状況は既に変わっている。
道化師を早急に排除しなくてはならない以上、より多くの『人手』が必要になる。
あのランサーへの対策も兼ねて、他の主従との接触を行うべきだと判断した。
自らの正体を掴まれる危険性も否定は出来ない。
だが、理を歪める道化師共を野放しにすることに比べれば些事に過ぎないのだ。
「マスターよ」
「んだよ」
「あの道化師共を討伐する為にも人手が必要となる」
「さっき言ってた、あんたが勝手に組んだランサーがいるんじゃないのかよ」
「それもある。だが万全を期すべく、もう一つ手を打っている」
「……手?」
「あの童の懐に我が使い魔を仕込ませておいた」
あの『ただならぬ気迫』を備えていた少年。
胡桃の発言の意図を暴かんとした異様な子供。
ただのNPCにしては余りにも生々しく、そして賢しかった。
使い魔を介して全てを見ていたアヌビスは、既に彼に目星をつけていたのだ。
恐らくあの少年には『何か』ある、と。
「それって、まさか」
「あの時述べた筈だ、『全て我が使い魔を通して聞かせて貰った』と。
即ち、ただの童にしては余りに賢しい『あの者』を我は視ているのだ。
彼方も、じきに気付くことだろう」
◆◆◆◆
◆◆◆◆
「サーヴァントの『使い魔』……!?」
『如何にも。我が僕たる鼠の「眼」によって其方を捕捉した。
もしやと思い追跡させてもらったが、やはり当たりだったようだな』
昼食から抜け出し、自分の部屋へと駆け込んだ早人。
母の目はなんとか誤摩化せた――――と思いたい。
ベッドに腰掛ける早人の掌の上に乗っていたのは、一匹の鼠だった。
それは街中に普遍的に存在するようなただの鼠ではない。
今にも崩れ落ちそうな『乾いた肉体』を持ち、まるでミイラのような姿をしていたのだ。
セイバーの話で聞いたことはある。
サーヴァントの中には使い魔を使役し、偵察や戦闘に利用出来る者が存在すると。
鼠は早人の掌の上で『念話』による言葉を発し、会話を行っていた。
『我はキャスターのサーヴァント。例の「討伐対象の主従」を追う者である。
特に「道化師のバーサーカー」は一刻も早く叩かねばならぬと考えている。
都合により姿を晒すことは出来ぬが、承知して頂きたい』
黙々ととそう告げる鼠――正確には鼠を介して語るキャスター――を見つめ、早人は息を飲む。
驚愕し、汗を垂らしつつも、呼吸は乱れていない。
現状を前に、あくまで冷静であろうと勤める。
キャスター。つまり早人にとっては自身のセイバー以外で初めて遭遇することになる他のサーヴァント。
いずれ出会うことになるという覚悟はしていた。
だが、まさかこのような形で『唐突』に遭遇することになるとは。
端から見る世界が『平穏』であっても、此処には間違いなく『異常』が潜んでいる。
吉良吉影の時もそうだった。非日常は日常の中に紛れ込み、平穏を奪っていく。
早人は改めて気を引き締めた。
『例の討伐主従……道化師、そして紅き獣。この二組を討伐するまでの間、其方らと同盟を結びたい。
同盟と言えど、一時的な共同戦線だ。二組を討伐した後の関係まで強要はしない。
そして、既に我はある主従と手を結んでいる。其方が同盟を承諾するなれば、彼らにも其れを適用させる』
淡々と語るキャスターの言葉を、早人は無言で咀嚼する。
こいつの目的は『同盟を結ぶこと』らしい。
あの道化師のバーサーカーと獣のバーサーカー、二組の主従を討伐するまでの共闘関係。
既に他にも『協力者』がいるらしい。つまり三組での同盟になるということ。
早人の主従に足りないものは他の主従との接触、そして情報だった。
更には母である川尻しのぶを討伐主従の脅威から守る為の立ち回りも必要だった。
そういう意味では、このキャスターの提案は確かに都合がいい。
複数の主従と同盟関係を結ぶことで、あの討伐主従らの排除を効率よく進めることが出来るかもしれない。
そう、『今はまだ』一時的な共闘関係も可能なのだ。
討伐対象の主従という他の全主従にとっての共通の敵がいる以上、まだ早人は今後の選択を先延ばしに出来る。
最終的に聖杯を誰かに託すか、聖杯戦争そのものを中断させるか―――――その選択をする必要は、今はまだ無い。
「あの者達を討つ為の人手がいる、という訳ですか」
『如何にも』
「事情は解りました。私もあの者達を討つことには賛同します。
ですが、一つ述べさせて頂きたい」
早人の傍から、声が響いた。
声の主は霊体化をしたまま沈黙を貫いていたセイバー「小碓媛命」。
彼女はその場で霊体化を解き、鼠へと向けて言葉を投げ掛けたのだ。
此処まで早く『接触』を仕掛けられるとは。
慎重に立ち回ることを方針としていたセイバーにとって、こうも早く嗅ぎ付けられることになるのは誤算だった。
とはいえ、相手はすぐに仕掛けるつもりは無いらしい。
あくまで同盟の関係―――――上手く利用すれば、より情報を集めたり、あるいはあの討伐主従二組を円滑に排除することが可能かもしれない。
それはしのぶや早人に迫る突発的な危機を回避出来ることにも繋がる。
そして、キャスターは使い魔を利用して川尻家の場所を掴んでしまった。
即ちそれは『その気になれば川尻早人・しのぶの両名を直接襲撃しに行ける』ということに等しい。
ならば、今は一先ず交渉に乗るべきだろう。
今後の立ち回りの為に、何より早人としのぶの安全を確保する為にも。
最終的な『選択』の為の精査も重要だが、今は目の前の状況に対応しなければならない。
「貴方は使い魔を介し、主共々姿を隠し通している。対する我々は貴方に一方的に姿を晒すことになっている。
対等な『同盟関係』を結ぶつもりでありながら、随分と都合がいいですね」
『それは理解している。だが、こちらにも事情がある。
我は魔術師のサーヴァント……陣地を築き、其処で待ち受けることを得意とする。
されど、それは裏を返せば陣地から外れれば十全の能力を発揮出来ぬということ。
単独で動いた際に自らの身を守れる保障を持たぬが故、町へと赴くことは出来ない』
淡々と返ってくるキャスターの答えを、セイバーは聞き続ける。
セイバーが『対等な状況』での対話を求めていたのは実際に少なからずある。
しかし、何も馬鹿正直にそれを期待してはいなかった。
この要求をキャスターが受け入れないことは半ば確信していた。
故に、彼の答えに何ら感慨を抱くことは無い。
「そうですか。では、貴方からの協力は『使い魔を用いた情報面での支援』ということですか?
よもや一方的な交渉を仕掛けて我々だけに働きをさせる、ということは無いでしょう」
『如何にも。我が使い魔によって得た情報を其方にも提供する。
既に鼠共を各地に放っている。監視者としての能力は期待して構わぬ』
キャスターは直接戦闘を得意としないクラス。可能な限り陣地に籠り、姿を隠すだろう。
セイバーもそのことは理解している。故に此れはあくまで『釘を刺す』ための言葉だ。
これから組むのは対等な同盟関係である。だが、こちらは交渉の段階で不利な状況を強いられている。
そんな状況下で、キャスターだけが利を得ることを許すつもりはない。
故に共闘をする上でどのような働きをするのかをまず引き出させた。
そちらが情報を隠して一方的にこちらと交渉する以上、相応の見返りはあるのだろう――――念入りにそう問い質したのだ。
セイバーはあくまで『頼まれた側』。同盟を組みたいと申し出ているのはキャスターの方だ。
多少強気に出たとしても、相手が易々と引き下がることは無いだろう。
「解りました。では、貴方が彼らを追う理由を予め聞いておきたい。
何故あの主従と戦うことを望むのか。敢えて捨て置くことも出来る中で、何を思い討伐へ向かう決意をしたのかを」
『奴らをこれ以上放しておけば我が主にも被害が及ぶと判断したからだ。
我はサーヴァントの身。仮初めと言えど、主を守護することは従者としての指命である』
何かを始めるきっかけとなった動機は重要だ。
相手が信用に足るかどうか、その可能性を判断する材料となる。
例えそれが打算の理由だとしても、相応の動機足り得る。
キャスターが語る動機は普遍的なものだった。
これ以上奴らを野放しにすれば主人に危険が及ぶかもしれない。
それ故に主人を守る為に早急に排除しなければならない。
従者としてみれば至極真っ当な理屈。
されどそれが真実か否か、その口振りからは読み取れない。
『それに、あの道化師は「秩序」を愚弄する術を備えている。
人々の手で伝えられし噂話――――――奴らはその類いを自在に具現化する術を持つ。
例えそれが何の責任も根拠も無く語られた伝承だとしても、奴らの手に掛かればそれは本物になる。
我は其の力が断じて赦せぬ。故に一刻も早く排除せねばならない』
セイバーと早人がキャスターの言葉を咀嚼しようとした矢先。
唐突に、彼が『あること』を口にした。
それに気付かぬ二人ではなかった。
キャスターは『奴らは噂話の類いを具現化する術を持つ』と言ったのだ。
あの討伐令の書状には写真や犯行については記されていたものの、その詳しい能力については語られていなかった。
だが、このキャスターはそれを既に掴んでいたのだ。
「……貴方は彼らの能力を把握していると?」
『然り。信用できぬというのならば、実際に己の眼で確かめるといい』
それが事実かどうかは解らない。
故に、この駆け引きの中で真偽を伺わんとした。
だが、しかし。
『我は今、使い魔の目によって道化師共を捕捉している』
「―――――――――――何?」
『我が示す方角へと向かうといい。すぐに魔力の気配を感じ取れるだろう』
キャスターは次の札を切った。
己は『道化師』の居場所を把握している、と。
彼はそう告げたのだ。
早人は眼を見開き、セイバーは表情を変えずに佇む。
『嘘であるか、真であるか。それを確かめることが出来るのは其方達だ。
だが、これだけは言っておこう……我は其方と手を結びたい。其の為にこうして交渉の場を設けている。
此処で嘘を告げたとして、我に得など無い。折角の討伐の機会なのだからな。それに――――――』
淡々と、ただ言葉を紡ぐ魔術師―――その使い魔である鼠を、二人は無言で見つめていた。
流暢に語る彼の言葉が真実か否か、それを確かめる術は無い。
だが、此処まで語る彼がこの期に及んで『嘘』を付くようにも見えなかった。
相手は魔術師のサーヴァント。対魔力の特性上、他の英霊との戦闘において相性が大きく出るクラスだ。
にも拘らず、このキャスターはそれを畏れている素振りは見せない。
此処で嘘を吐いているとすれば、普通は嘘がバレた際の報復の可能性を視野に入れるだろう。
だが、そういった様子をまるで見せていない。このキャスターは流暢に言葉を並べ続けている。
嘘を吐いているにしては余りにも堂々としすぎている。
彼は本当に真実を語っているのではないか――――――そんな可能性が過る。
使い魔の隠密性も鼠が証明している。早人にも気付かれぬうちに懐に潜り込み、その気配を押し殺していたのだから。
早人達は『情報』という面において間違いなく劣っている。
今後組むべき主従を選ぶことになる可能性がある以上、広範囲に及ぶ情報網は大きなアドバンテージとなる。
『―――――――奴らは、其方らの都合を悠長に待たぬ。
我と組む価値を知る為にも、早々に赴いた方が良いだろう』
そしてもう一つ、言えることがある。
此処で道化師の主従を討伐出来るのは、早人達にとっても大きな得だということだ。
あの狂人達を排除すれば、しのぶの身の安全を少しでも保障することが出来るのだから。
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■■■■同士ってのは、どういう理由か。
正体を知らなくても、知らず知らずのうちに引き合うらしい。
結婚する相手のことを『運命の赤い糸でむすばれている』とか言うだろう?
そんな風にいつか、どこかで出会っちまうんだ。
敵か友人か、バスの中で脚を踏んづけるやつか。
あるいはたまたま隣の椅子に座ってきたやつとか。
どこで出会うかは、全然、全ッ然分からない!
分からないのが人生というクソッタレなコメディ!
分からない分からない、どいつもこいつも分からない!
だったら思い切り笑っちまおうぜ!
どうせ運命なんてイカレたジョーク!!
オレもアンタもイカレちまえば幸せ者だ!!!
HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA ! ! ! ! !
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はぁ、と美紀は白い息を吐いた。
宛も無く町を彷徨い続け、気が付いた頃に辿り着いたのは海浜公園。
西部の深山町と東部の新都を繋ぐ『冬木大橋』のすぐ傍に存在する市内有数の公園だ。
周辺には水族館やバッティングセンターなど様々な施設が建設され、若者達にとっても人気のデートスポットらしい。
端へと視線を向けてみると、すぐ近くにカフェテラスが存在しているのが解る。
家族や友人等と休日を過ごしているであろう人々が腰を下ろし、飲食を楽しみながら談笑をしているのが見える。
此処からなら一人一人の顔も一応だが伺える。
ベンチに腰掛けた美紀は穏やかな日常の風景をぼんやりと見つめる。
今日はクリスマス・イブ前日ということもあってか、それなりに人の姿が見受けられる。
親子連れ、友人同士、あるいは恋人らしき関係の人達。
そんな人々を遠目で眺める自分は、端から見れば『予定の無い寂しい人』に見えるのだろうか。
少し嫌だな。だけど、今は動きたい気分でもない。
時間を確認すれば、あれから数時間以上時間を潰していたことが解った。
少しばかり考え事をしたくて、美紀は外出をした。
そこで思わぬ人物―――――先輩である胡桃とばったり遭遇し。
そして、会話を交わし、別れ。
気が付けば美紀は、家に帰ることも忘れて宛も無く考え事をしていた。
随分と無駄な時間を過ごしたかもしれない、とも思う。
だけど、今の気持ちを整理するにはこれだけの時間が必要になったのだ。
『みんなが、このままの日常を過ごしたいって。
そう思ってても、いつかは『あっち』から来るのかな……ってさ』
胡桃のあの言葉が、ずっと胸に引っ掛かっていた。
胡桃のあの表情が、ずっと心に閊えていた。
まるで何かを知っているようなあの様子に、美紀は恐怖した。
胡桃は、何か『知っている』のではないか。
彼女とて、この聖杯戦争に何か関わっているのではないか。
それはつまり、彼女もまた――――――
違う。それは違う。きっと気のせいだ。
偶然だ。そんなはずが無い。
そうだとしたら、自分達は戦わなくてはならない。
そんな残酷なことが、あってはいけない。
そうだ。胡桃は、関係ない。
必死にそう思い込もうとして、家に帰る気にもなれず。
そのまま美紀は、宛も無く外をうろうろと彷徨い続けた。
適当な喫茶店で休んだり、商店街を歩いたり、立ち読みで強引に気を紛らわせたり、ただぶらぶらと歩いたり。
気晴らしの散歩と呼ぶには行き過ぎた散策を続けて、ようやく少しだけ落ち着くことが出来たのだ。
結局は胡桃のことを引き摺って、この数時間を無為に過ごした。
無駄な時間だった――――とは、思わない。
こうして落ち着くだけの時間がなければ、きっと心は押し潰されていたのだから。
少しは冷静に割り切れる方だと、自分では思っていた。
だが、実際はとんだ思い違いだった。
聖杯戦争のことで悩み、胡桃のことで悩み。
結局、それを受け止めるだけで時間を費やしてしまった。
まだまだ自分は青くて、どうしようもなく子供だ。
美紀は自分を卑下するようにそう思う。
(ペレさん、流石に待たせすぎたかな……)
美紀の脳裏を過るのは、あの底抜けに明るい女神の姿。
思えば留守を任せてから、数時間は経過している。
流石に待たせすぎたかな。大丈夫なのだろうか。
もしかしたら、カンカンに怒っていたりするのではないか。
あるいは我慢出来ずに飛び出してしまったりしていないだろうか。
考えれば考えるほどに懸念が浮かび上がってくる。
彼女のことに関しては、聖杯戦争とは別の意味で悩まされる。
美紀にとって悪い人ではないのだが、困った人であることは間違いないと思っている。
そろそろ帰って様子を見に行くべきかもしれない、と虚空を見つめながら考える。
女神と言えば、それを引き連れている――尻に敷かれているというべきなのかもしれない――ランサーだ。
少し前にランサーから念話で『南方の森を根城とするキャスターと同盟関係を結んだ』という連絡が入った。
無数の使い魔を操って各地の偵察を行っており、情報収拾においては卓越しているサーヴァントなのだという。
だが交渉の中で意図的に情報を隠していた場面もあったらしい。
そして、『あの夜』に獣の群れを差し向けたのもそのキャスターだというのだ。
今は共闘関係ではあるが、決して油断しては出来ない――――ランサーはそう美紀に伝えていた。
それはつまり、既に『他のサーヴァント』との戦闘、交渉が勃発しているということだ。
改めて、自身が既に聖杯戦争の渦中にいることを美紀は思い知らされた。
自分は無力だ。王として君臨したランサーのような武勇も無ければ、知略に長けているわけでもない。
精々「あの世界で生きていた」というだけが取り柄の女子高生に過ぎない。
そのことに多少申し訳なさを感じることはあったが、かといって負い目を感じることは無かった。
得手不得手があるのは当然だ。ただの少女に過ぎない自分が無理にランサーを手伝う必要は無い。
下手なことをしてランサーの足を引っ張るくらいなら、自分はこうして大人しくしているだけで構わない。
それでも、必要なことがあればランサーに協力する。
そしてあくまで、自分がランサーを使役しているという自覚は忘れてはいけない。
自分は聖杯戦争の参加者であり、冬木と言う戦場に立たされているのだから。
美紀はそう思い、ギュッっと拳を握りしめる。
(この聖杯戦争で勝ち残れるのは、一組だけ……)
改めて、『勝利条件』を思い返す。
この聖杯戦争は、奇跡の願望器を巡る戦いだ。
数多の主従が覇を競い、たった一組だけが勝利を得る。
例え同盟を組んだ相手がいたとしても、最終的には敵となる。
勝つ為に、生き残る為に、戦わなければならない。
誰かを殺さなくてはならない。
いや、そもそも。
何故『一組だけしか生き残れない』という認識なのか。
理由は解らない。漠然とそんな感覚があった。
まるで聖杯戦争の知識と共に『何かを刷り込まれた』かのように。
勝ち残らなければ願いは叶えられない。その為には他の主従を殺さなければならない。
これは聖杯戦争であり、殺し合いなのだと。
そのような『認識』が美紀にはあった。
「これは命を懸けた戦いだ」と脳内の意識が美紀に訴えかけてくる。
サーヴァントを失って敗北すれば、その後生きて帰れる保障は無い。
そんな感覚が、ぼんやりと浮かんでいた。
「隣、いいかい?」
思考の最中、唐突に割り込む声。
突然の出来事に美紀は呆気に取られた。
「えっ?」
「ちょっと悩み事があるんだ。これからデカいパーティーをやろうと思ってる」
美紀が顔を向けた先にいたのは、一人の『男』だった。
薄暗いスーツを身に纏った男は美紀の返事を待つこと無くベンチの隣に腰掛ける。
何の脈絡も無く、ベラベラと喋り出す。
何を言っているのか。というか、いきなり何だあんたは。
急に隣に座っておいて友達にでもなったつもりなのか。
――――――そんな悪態を心中で付く余裕は、今の美紀には無かった。
「だけど生憎町は『人食い殺人鬼』に付きっきり。これじゃあ面白くねェ。
目立たねえ道化なんざ負け犬も同然、だから俺はもっと『下ごしらえ』をしたいってワケだ。
ああ、ちょっと前には『恐怖の館』だっておっ立てたさ!先輩サマに負けないようなド派手な奴を!」
男はニヤニヤと喋り続ける。
これから楽しいパーティーでもするかのように、気さくに語る。
だが、美紀はただ唖然としていた。
男の姿を見てから、その表情は引き攣っていた。
人食い殺人鬼。道化。それらの言葉に覚えはある。
何せ開幕一番に討伐令が出された二組の主従のことなのだから。
男はその言葉を口に出した。聞き間違いでは、無かった。
そして、何よりも。
男は『異常』だった。
その姿は、明らかに。
その出で立ちは、どう見ても。
その風貌は、間違いなく。
美紀は言葉を出せなかった。
微かに震えながら、男を見つめることしか出来なかった。
人の成れの果てである『かれら』とは全く異なる、別次元の気迫に何をすることも出来ず。
今の美紀に出来ることは、男の笑みを見つめ、男の語りを耳にすることのみ。
逃げ出そう―――――そう思っても、身体は動かない。
気が付けば、足が竦んでいた。
此処から立ち上がり、逃げ出さなければならないのに。
美紀の身体は、確かな動揺と恐怖に蝕まれていた。
どうして。
どうしてこんな所に。
何故私の目の前に。
なんで。
なんのために。
美紀の中で次々と疑問が浮かぶ。
それは論理的な思考ではない。
恐怖の中で必死に始まった『混乱』に過ぎない。
目の前に現れた非日常を前に、動揺が止まらない。
どくん、どくん、と心臓の鼓動が早くなる。
恐怖に続き、緊迫が胸の内を支配する。
強張った身体は、美紀をその場に釘付けにする。
男は、未だに笑っていた。
真っ白の化粧で、顔を染め上げていた。
その口は、真っ赤に裂かれていて。
その顔は、まるで『笑い顔のピエロ』のようで――――――。
「オレのこのツラが気になるか?」
「ひっ」
「ああ、『どうしてそんなバカみたいなツラしてんだ』って思ったろう?」
『道化師』は、美紀に顔を近づけた。
己の顔を見せつけるかのように。
その一瞬で、反射的に恐怖の声を上げた。
「ああ、理由を教えてやる」
その男は、美紀にも見覚えがあった。
否、無い筈が無かった。
『今朝』、男のおぞましい顔を記憶に焼き付けたばかりなのだから。
彼は、無数の市民を殺害したとされる殺人鬼。
彼は、センタービルを爆破したとされる狂人。
彼は、聖杯戦争において監督者から直々に『討伐対象』として指定されているイレギュラー。
だというのに、男はまるで焦った様子を見せていない。
「そう、昔オレには友人がいたんだ!悪友ってヤツさ。
アイツとはいつだって一緒だったぜ。ボニーとクライドも真っ青の『相棒』ってワケだ」
道化師は白昼堂々、こんな所に堂々と姿を現し、美紀に対して独りでに語り出している。
彼女を聖杯戦争のマスターとして認識しているのか。
あるいは、本当に偶々美紀を目に付けただけなのか。
その理由は美紀には解らない。
狂ったの道化師の思考など、『ただの人間』に理解出来る筈も無い。
「どんな苦楽だってアイツと一緒に過ごしてきたよ。殺しも盗みも、二人で何だってやってきた。
オレたちゃいつだって二人で一つだったさ。そう『だった』んだ。
だがアイツはある日突然言い出したんだ。『お前はいつもしかめツラだ。ただ生きてりゃそれでいいのか?』ってな」
だから彼の語る『口の傷の経緯』も、理解出来ない。
否、内容は解る。何を言っているのかも解る。
だが、その『意味』が理解出来ない。
「アイツはケチな犯罪者として呑気に生きることが嫌だったらしい。
アル・カポネも真っ青の大物目指して、オレとオサラバ!ってな!
そういうワケで、アイツはオレの前から消えた。
オレは悲しんだよ。何せ唯一無二のダチがいなくなっちまったんだからな」
その言葉はどこか白々しく。
その語り口はどこか胡散臭く。
その一言一言が、歪に淀んでおり。
真実味の無い『問わず語り』が、延々と続く。
「それでオレはどうしたと思う?」
美紀は、ただ震えることしか出来ない。
道化師の振りに、何も答えられない。
そんな彼女の様子に構うことも無く、道化師は口元を愉快に歪めてみせる。
次第に周囲を行き交っていた人々も、彼の存在に気付く。
ある者は足を止めて好奇の目で見つめ、ある者は見て見ぬふりをして通り過ぎる。
「アイツから二度としかめツラ呼ばわりされないように、オレは常に笑顔で生きることにした。
思う存分イカレちまって、何もかも笑い飛ばしちまえばいいって気付いちまった。
そうなりゃ決まりだ。オレはナイフを握り、そのまま刃を口に突っ込んで―――――――」
大袈裟な身振り、手振り。
道化師は右手の親指を己の口の端に当て。
「『笑顔』になったのさァ」
親指で掻き切るように口元の『赤い傷痕』をなぞった、その瞬間。
轟音。
何かが弾け跳ぶ。
轟いたのは、爆発音。
響いたのは、悲鳴。
「HA HA HA HA
HA HA HA HA HA HA
HA HA HA HA HA HA HA ! ! !」
.
何が。
何が起こった。
何が起こった!
何が、起こった!!
愕然とした美紀の耳を劈くのは、道化師の哄笑。
恐怖と錯乱の悲鳴が明後日の方角から響き渡る。
美紀の視界に入ったのは、火の手が上がるカフェテラス。
無数のテーブルや椅子がバラバラになって散らばっていて。
一部は黒く焼け焦がれた状態で吹き飛ばされたものもあり。
そして。
先程までテラスで談笑をしていた人々の多くが、焼死体として転がっていて。
中には原形を留めず、手足など肉体の部位を失った亡骸と化している者もいて。
辛うじて生き残った者も、火傷と衝撃で死にかけていたり、痛みと恐怖にのたうち回っていたり。
日常の風景は、一瞬にして惨劇の場と化していた。
公園を行き交っていた人々もまたそれに気付き、悲鳴を皮切りに大混乱へと陥る。
安穏とした日常を過ごしていた大衆が、一瞬のうちに恐怖の其処へと叩き落とされる。
美紀の思考は現実に追い付かなかった。
カフェテラスで何かが起こった、ということだけ解った。
突然の地獄絵図を、愕然と見つめることしか出来なかった。
暫しの時間を経て、ようやく現状を認識することが出来た。
先程の爆発音。まるで『カフェテラスで何かの爆発が起こった』かのような惨状。
そして、けたたましく笑う道化師。
ああ、そうか。『そういうこと』なのか。
その時、美紀はようやく理解した。
「あなたは……っ!なんで、こんなことを……!!」
「なんでかって?爆薬は安く済むからさ」
美紀は恐怖に身を振るわせながらも問い詰める。
そんな彼女を前に、道化師は戯けるように答える。
あのカフェテラスに密かに時限式の爆弾を仕掛け、その場にいた人々を『吹き飛ばした』。
それが惨劇の真実。目撃者となった美紀は詳細を把握していない。
しかし、あれが道化師――――ジョーカーの仕業であることは、彼女にも理解出来た。
「だがここで耳寄り情報だ!『噂はもっと安く済む』」
両手を広げ、道化師が立ち上がる。
何がそこまで彼を楽しませているのか、常人には理解出来ない。
彼を間近に見る美紀も、逃げ惑う人々も。
狂人の思考は、まるで理解出来ない。
「素敵な話だろう?」
理解できぬ狂人と、通じ合える者がいるとすれば。
それは同じ狂人か、あるいは鏡映しの分身だけだろう。
「そう、そう!素敵さ!根拠無しの薄っぺらな『伝説』!」
どこからともなく、ジョーカーと『全く同じ声』が響く。
その戯けた調子も。声の高低も。ふざけた喋り方も。
美紀の目の前に居る道化師と、寸分変わらない。
まるで双子か、あるいはドッペルゲンガー。
そうとしか言い様の無い『同一の声』が、美紀の耳に入り。
「HA HA HA HA HA HA HA!!!」
「そうら、イカレた奴らにお出迎え!」
すぐさま、次の『絶叫』が轟いた。
逃げ惑っていた者達の一人、若い男が『黄色い救急車』に跳ね飛ばされていた。
誰もが絶句し、動揺し、そして錯乱する。
爆発に次いで起こった異常に、思考が真っ白になる。
どこからともなく飛び出してきたソレを、混乱している彼らが回避できる訳も無く。
まるで落ち武者狩りのように、魔獣のような救急車は逃げ惑う人々を次々に轢いていた。
「越えて越えて衆愚の街!」
「カオスが渦巻く道化のショー!」
「走って走ってドブの路地!」
「惨めな阿呆共はサヨナラさ!!」
「 「 HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA ! ! ! ! ! ! ! ! 」 」
運転席の窓から上半身を乗り出すのは、もう一人の『道化師』。
ジョーカーと全く同じ姿をして、全く同じ顔で嗤う狂人だった。
二人はまるで共鳴するように嗤う。嗤う、嗤う笑う嗤う笑う嗤う!
「『御伽話(フェアリーテイル)』にもなれず、『子供達の希望(ナーサリーライム)』にもなれない!」
「安上がりの『都市伝説(フォークロア)』ってワケだ!」
「恐怖、絶望、混沌!こいつは歪なバッドエンドの象徴!」
「つまり、アレだ、こういうことだ『オレ』!」
「ああ、そういうことだ『オレ』!」
美紀は、後悔していた。
この一瞬の時間を、恨んでいた。
『なんとなく』『海浜公園に来てしまった』自分を、呪っていた。
最早、唖然とした表情を浮かべることしか出来ない。
黄色の救急車に乗り、人々を虐殺する道化師。
目の前で馬鹿笑いをする道化師。
二人の狂人をまともに理解出来る筈が無かった。
最早自らの従者を呼ぶことすら忘れている。
目の前で起こる異常の連続に、美紀の思考は真っ白に停止する。
超常現象なら、一度視ている。
自らのサーヴァントが起こした異常を、知っている。
だが、この道化師達の異常は次元が違う。
否、異常というよりも――――――常軌を逸している、としか言いようが無い。
理解出来ない振る舞い。理解出来ない言動。理解出来ない動機。理解出来ない殺人。
どうしようもなく怖くて、解らなくて、気持ち悪い。
如何に過酷な世界で生きてきた少女と言えど。
正真正銘、本当に狂った『怪人』の思考を受け入れることなど出来る筈が無い。
「どうした、笑えよお嬢ちゃん」
それでも、目の前のジョーカーは美紀に向き直る。
引き攣った彼女の顔を不満げに指差す。
「そのしかめツラは何だ?」
美紀の視界の端に、救急車が映る。
にじり寄るジョーカーを余所に、ソレは蹂躙を止めず。
車を乗り回す道化師による人々の虐殺は、未だ続いていて。
無慈悲な道化師のショーの幕を、下ろす者は無く―――――――――
「―――――――――――――――『剣取れぬ者たちに、恐怖と無縁な休息を(ママラホエ・カナヴィ)』」
然れど王は厳粛に告げる。
此処は道化師の舞台に非ず、と。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
かつて世界には精霊が宿っていた。
生けるもの、そうでないもの。
この世に存在するものは等しく万物の根源たる気を備えていた。
火の精たる軻遇突智(カグツチ)。
水の精たる水虬(ミツチ)。
岩の精たる磐土(イワツチ)。
木の精たる久久能智(ククノチ)――――等。
世界はありとあらゆる精霊と共に在った。
少し前に感知した『黒猫』もまた、精霊に近い自然の存在だった。
かつてそういった存在は、世界に有り触れていた。
だが、現代においてそれらは迷信じみた神秘として淘汰されていった。
セイバー―――小碓媛命は霊体化し、街を跳ぶ。
建物の屋上から屋上へと飛び移りながら、目的地へと目指す。
周囲に広がるのは文明の証たる建造物の数々。
夜の闇さえも照らす科学の光が、此処には存在する。
最早人類の多くは精霊や自然への信仰を捨て去った。
過去の神秘は理論によって否定され、科学という新時代の栄光が世界を覆い尽くした。
そして今、新たな世代の神秘である『都市伝説』を操るらしい敵を追っている。
世界は変わっている。時代は移り変わっているのだ、とセイバーは認識する。
そのことに思う所が無いわけではない。
一種の寂寥感のような想いが胸に込み上げてくる。
だが、人類は古来より発展を求めてきた。
己の進歩の為に、何かを犠牲にしてきた。
これはその延長線上に過ぎない。
神話と歴史の狭間で活躍したセイバーは、それを噛み締める。
『過去』を懐かしむことはあれど、その先にある『今』を否定はしない。
セイバーは改めて、己の目的を確認する。
早人は思考の末に、セイバーを遠征へと向かわせた。
キャスターが示す方角へと赴き、道化師の存在を確認することを命じたのだ。
可能ならば討伐せよ、とも言われている。
危険な選択だった。これが罠だとすれば、川尻家はこの隙にキャスターの僕に襲撃されていたかもしれない。
だが、早人はキャスターがあくまで同盟を望んでいることを信じた。
その上でキャスターの行動を警戒し、しのぶを見守る為に家に留まることを選んだ。
もし彼が不審な動きに出てきたら、早人は念話を使って即座にセイバーへと連絡する。
そういった手筈になっている。令呪がしのぶの手にある以上、それを使った瞬間移動による呼び出しは行えない。
綱渡りに近い選択だった。それでも早人は、しのぶの安全を常に脅かしかねない道化師の討伐を優先した。
母であるしのぶの平穏を脅かすであろう道化師を倒す為の『同盟』、そして『情報』。
それらのカードは早人を焦らせるには十分だった。
彼は賢い。幼子でありながら、鋭い洞察力と機転を併せ持つ。
だが、何事にも動じぬ精神的超人ではない。
かつてバイツァ・ダストの脅威を前に一度は心が折れかけたように。
それを乗り越え、自ら殺人を犯すことを決意した時は涙を流して震えたように。
早人は黄金の精神を持つと同時に、まだ小学生の子供だ。
手探りの状況で『母親の危機を打開出来る策』を提示された時、焦燥が勝ってしまったのだ。
早人は優しい少年だった。
どれだけ知性に溢れようと、あくまで性根は母を思う子供だ。
そのことに安心を覚えると同時に、不安を抱く。
セイバーは自分達主従の目標を思い出しつつ、考える。
しのぶの願いを叶えることを妨げる。
それが聖杯戦争における早人の『目的』である。
しかし実際の所、現状の手札で最適解を選ぶのは困難を極める。
自分が勝ち残ることを目指すならば、容易い。
聖杯戦争そのものを否定するならば、険しくも揺るぎない目標となる。
だが、彼は『最悪さえ避けられれば幾つもの手段を取れる』のだ。
その上で早人は、手段を選ばぬ程に冷酷になれる少年ではない。
自ら戦いを辞退する、というのが最も容易な選択である。
されどその後の安全を保障出来る訳ではない、最も未知数な選択である。
故にそれを気楽に選択するわけにもいかない。
そして自分達は、恐らくこのまま『同盟』を組むことになる。
キャスターとその同盟者を含めた、三組の連合軍を結成することになるだろう。
そうなれば、あの道化師や人食いを打倒出来る可能性は増す。
だが、それと同時に、自分達は否応無しに『選択』を迫られることになる。
彼らが殺人を犯そうとした時、早人はそれを無視出来ないだろう。
二組が共に勝利を目前に控えた時、早人はどちらに味方するのかを選べるのか。
「自分には願いがある、だから聖杯を譲ってくれ」と同盟を結んだ二組以上のマスターから迫られた時――――早人は、選択を出来るのか。
未だ解らない。『一応の勝利条件』は数多あれど、『最適解を選ぶ過程での問題』もまた数多。
それ故にセイバーは慎重に立ち回ることを目的としていた。
まずは早人の覚悟を確かめることが優先だと考えた。
しかし、乾いた者を使役するキャスターは彼女達を強引に舞台の上へと引き摺り出した。
誰を切り捨てるのか。何を優先するのか。
早人にそれを選択出来るだけの『勇気』あるいは『冷徹さ』があるのか、今はまだ解らない。
しかし、それでも。
彼が選んだ選択は、全力で守り通す。
英雄『倭建命』として、主の想いを貫く。
そして。
もしも、彼が足を竦めた場合――――――その時は、自分が背中を押そう。
かつて父に疎まれていた己に『剣』と『石』を授け、後押しをしてくれた叔母上のように。
彼の歩みを支え、必要ならば道を示そう。
セイバーはそう胸に誓う。
「ちょっと!ちょっとそこの貴方!サーヴァントでしょ!?」
唐突に、声が聞こえてきた。
霊体化している時に話し掛けられ、セイバーは少しばかり呆気に取られてしまう。
ふと右方へと視線を向けると、其処には南国風の女性がいた。
日に焼けた褐色の肌と扇情的な肉体、髪に指した花飾りが目を引く。
自身と同じように、建物の屋上から屋上へと跳躍している―――――姿をまるで隠しもせずに。
姿を消しているこちらの魔力を感知しているということは、サーヴァントなのだろうか。
いや、それにしては、何か違うような気がする。
かつて自身の命を奪った神の化身―――かつては神の使い魔であると誤解していた―――に近い臭いがする。
何故だか、敬意を払わなければならない。彼女はそんな気配を纏っている。
セイバーはそう思い、移動を続けながら女性を見つめる。
「何!?貴方もカッくんに用があるの!?」
カッくん―――――とやらが、何者なのかは解らない。
そもそも、彼女が敵か味方なのかも解らない。
だが、不思議と悪意らしきものは感じられなかった。
寧ろ人間的な善悪とは異なる次元に立つようにも見えた。
とはいえ、得体の知れぬ彼女に構っている場合ではない。
今は道化師の安否を確認するのが優先だ。
実際にあのキャスターが示した方角に、魔力の気配は複数感じられる。
一刻も早く辿り着き、その存在を確認せねばならない。
可能ならば、それを討伐する。
「って、ちょっとー!!待ちなさいよーーーーッ!!!」
後方で騒ぎ立てる女性に、一瞬だけ視線を向けた。
彼女も敵であるのならば、迎え撃つ他無い。
しかし、今は道化師が先なのだ。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
先程まで逃げ惑う人々を狩っていた救急車が、突然動きを変えた。
まるでそれは『人々を傷付けるのを強制的に止められた』かのようで。
呆気に取られた道化師は救急車から飛び出し、何もせずに逃げ惑う人々を見逃していく。
虐殺を行うことは『出来ない』。人々への攻撃を『制限』された道化師は、惚けたように動きを止めていた。
「おいおい!どうした『オレ』!?まだまだ『ダックハント』は始まったばかりだろう!」
「ああ、困ったな『オレ』!何が何だかワケが解らないぞ!」
眉を顰めながら問い質す道化師(ジョーカー)。
困り果てたように身振り手振りをする道化師(フォークロア)。
ジョーカーは美紀そっちのけでフォークロアに駆け寄り、互いに寸劇のような会話を繰り広げる。
美紀はぽかんとした表情を浮かべながらも、気付いていた。
突如としてジョーカーが「自身に見向きもしなくなったこと」を。
まるで危害を加える対象から外したかのように、ジョーカーは美紀へと目を向けることを止めた。
ああ、これは。
この『現象』は、見たことがある。
美紀は己の記憶を手繰り寄せる。
あの日、あの夜――――――そう、自身がサーヴァントを召還した時。
「……突然使い魔を差し向け、余を案内したかと思えば……
こういうことか、『渇きし者を統べる魔術師』よ」
響き渡る声。
美紀の眼前に降り立つ影。
威厳に満ちたのその風格を、彼女が忘れる筈が無い。
威風堂々としたその後ろ姿を、ただ無言で見つめる。
「それ以上の狼藉は、王たる余が許さぬ」
ランサーのサーヴァント―――――カメハメハ一世。
南国の島を統べる大王にして、美紀の従者。
彼は憤怒の眼差しによって、道化師達を見据える。
『剣取れぬ者たちに、恐怖と無縁な休息を(ママラホエ・カナヴィ)』。
それはカメハメハ大王が築きし『民を守る掟』の具現であり、道化師に齎された能力だ。
あらゆる者の攻撃対象から非戦闘員を強制的に除外する宝具。
彼が存在する戦場においては、民間人の犠牲者は許されない。
これが何を意味するのか。
民間人の虐殺を楽しむ二人の道化師にとって、民間人の犠牲を認めぬ王の宝具は紛れもない『天敵』ということだ。
「ラン、サー……」
「遅れてすまなかった、マスターよ」
驚愕する美紀の方へと振り返り、謝辞の言葉を一言述べる。
大事になる前に到着できたことにランサーは安堵していた。
もしも少しばかり遅れていたら、美紀の安全は保障出来なかったかもしれない。
今回ばかりは、道化師の動きを逸早く掴み『連絡』してきたキャスターに少しばかりは感謝すべきだろう。
ランサーはそう思い、その右手の槍を強く握り締める。
その視線の先に立つのは、あの道化二人。
「おいおい、どうやら大物が釣れたそうだ!」
「ああ、とびきりの大物だな!」
「で、アイツは誰だ?あんなハワイアンなナリした英霊がいるってのか!?」
「ありゃ見たことがあるぜ。アイツは『キング・イヤウケア』だ」
二人で漫才のような掛け合いを繰り返す道化師達。
されど、無論ランサーは彼らの会話を聞くことも無く。
瞬時に勢いよく地を蹴り、怒濤の疾さで突撃を仕掛ける。
瞬間、道化師二人は踊るようなステップで左右へと散る。
彼らの背後に控えていた『黄色の救急車』が独りでに走り出した。
それは道化師へと迫るランサーを妨害するように、猛スピードで突撃を仕掛けた。
――――――轟音が響く。
物体が叩き壊され、ひしゃげるような音が轟く。
ランサーが救急車に轢かれた――――――のではない。
彼が前方へ嫁ぎ出した左拳が、救急車を『破壊』し『吹き飛ばした』のだ。
まるでコンクリートの壁に突撃したかのように、黄色の救急車の前面はぐちゃぐちゃに潰れて逆方向へと吹き飛ばされる。
それは『怪力』スキルによって一時的に筋力を増幅させて放った、王の拳撃。
無責任な噂話によって具現化された救急車など、その神秘の前には取るに足らない。
「ありゃ『ボディーブロー』ってヤツだな」
「ああ、あの一撃ならリングでも敵無しだろうぜ」
「相手するのはちょいと骨が折れる」
「だからオレ達はトンズラするのさ!」
戯ける道化師二人の前を爆走する二台のバイクが横切った。
二体のスリーピーホロウ―――――『首無しライダー』である。
フォークロアの能力によって生み出されし都市伝説の存在。
バイクに跨がり疾走を続ける首無しの異形。
彼らはそれぞれ二人の道化師を腕力で強引に掴み上げ、戦場から猛スピードで離脱していく。
救急車を吹き飛ばしたランサーはすぐさまそれを追跡。
フルスロットルで駆ける首無しライダーにもまるで引けを取らぬ速さ。
追い付くのも時間の問題である、筈だった。
瞬間、ランサーは眼を見開く。
眼前を突如として横切ったのは、無数の戦士が蠢く軍勢。
規律良く並んだ行軍を構成する戦士達は、皆顔が死人のように青ざめていた。
さながら百鬼夜行。あるいは、亡者の群れ。
彼らはランサーとジョーカー達を分かつ境界線のように、その間に立ちはだかる。
(これは―――――ッ!)
ランサーは驚愕した。
亡者の軍勢は腰蓑や軽装の鎧など、『古のハワイの戦士』を思わせる衣装を纏っていた。
後世において『怪談』―――――あるいは『噂話』として語られる存在。。
それは、ハワイにて伝えられし伝承。
夜な夜な行進をする亡者の群れ。
目撃した者を冥府へと連れていく、悪夢の軍勢。
その名はナイト・マーチャー。
死の酋長によって率いられし、死者の行軍である。
道化師達がこれを意図的に召還したのか。
あるいは偶然手繰り寄せた都市伝説がこれだったのか。
その答えはランサーには知る由も無い。
されど、追跡においては一瞬の足止めが命取りとなる。
『民間伝承』として姿を現した軍勢を前に、彼は驚愕する。
ランサーの存在を捕捉したナイト・マーチャー達はすぐさま動きを止める。
直後、戦士達はランサー目掛けて次々と殺到する。
槍や剣を構え、王を自らの軍勢へと引きずり込まんと武器を振るう。
彼が一瞬だけ驚愕した隙を突かんとしたのか。
されど、これらをランサーは槍の斬撃で全ていなす。
勢いよく振るわれた一閃が無数の刃を全て弾き、そして次の攻撃へと繋げる。
槍の突きが、巨漢の戦士の身体を穿つ。
続いて放たれた横薙ぎの斬撃が、複数名の戦士を斬り飛ばす。
背後から襲い掛かってきた戦士を、後方へと放った柄の刺突で凌ぐ。
直後に眼前から剣を振り下ろしてきた数名の戦士を、刹那の一閃で沈める。
中距離から放たれた槍の攻撃を全て躱し、雷光の如きスピードで逆に相手を叩き斬る。
遠方より放たれた投石を槍で全て相手へと目掛けて弾き返す。
飛び掛かってきた亡者の攻撃を、円を描くような槍の斬撃によって纏めて薙ぎ払う。
相手になる筈も無い。
彼らはただの雑兵に過ぎない。
所詮は身も蓋もない噂話によって生み出された亡者共。
手軽に生み出された亡霊風情が、武力に優れた王に戦闘で勝てる道理は無い。
ましてや確固たる伝説によって語り継がれる英雄に、曖昧な伝承で語られし亡者が敵う筈も無い。
しかし、ランサーは間違いなく手こずらされていた。
既にあの道化師達は取り逃がしている。
再び追おうとしても、次々と迫る亡者達がそれを阻む。
(やはり、数が多いか……!)
ランサー――――カメハメハ一世は知と力に優れた強力なサーヴァントだ。
使い魔は愚か、並のサーヴァントを相手にしたとて直接戦闘では優位に立つだろう。
されど、戦闘におけるランサー単体の強さは『白兵戦』のみに留まる。
怪力スキルによる筋力のブーストを除けば、彼に残された攻勢の能力は純粋な近接戦闘だけなのだ。
故に複数名の軍勢を相手取れば、負けることは無いにせよ手間を掛けさせられることになる。
ランサーは一瞬のうちに『多数』を掃討する攻撃手段を持たないのだから。
無数に湧く亡者達を薙ぎ払う効果的な能力を持たぬ為、地道に潰していくだけが対処法となる。
数で攻められればそれだけ手間を取らされる羽目になるのだ。
本来それをカバーする術を持つのが『溶岩による濁流』を放つ宝具の起点となる女神ペレである。
しかし、この場に彼女は居らず――――――――
「カーっくーーーーーーーーん!!!!!!!!!!」
否――――――――いた。
どこからともなく響き渡った声に、ランサーはハッと顔を上げ。
直後にランサーの眼前を横切ったのは、鉄砲水のような『水流』だった。
集束された激流が亡霊の軍勢を押し流し、そして消滅させていく。
それは火山のように荒く猛々しいペレの溶岩とは異なり。
勇ましくも精錬された、英雄の奔流だった。
直後、ランサーの傍に一人の英霊が降り立つ。
「……どうやら、既に『彼ら』は去った後のようですね」
苦々しく呟いた新手の英霊――――セイバーを、ランサーは無言で見据えた。
それは和装を纏い、姿無き剣を握りし戦士であり。
同時に、まだ二十にも達していないような子供でもあった。
少年とも少女とも取れる風貌―――――恐らくは少女。
そういった風貌が、あどけなさを更に強調しており。
されど、芯の通った真っ直ぐな眼差しと凛とした佇まいは間違いなく英雄のそれだった。
「未だ生き残っている亡者達もいますか」
次の瞬間。
水流の射程から辛うじて逃れた亡者達が、再び武器を構えた。
現れたセイバーを切り伏せんと、一斉に迫る。
「しかし――――――『貴方達など、恐るるに足りない』」
セイバーが一言。
その言葉を威圧的に呟いた瞬間。
全ての亡者達が、一瞬怯むように動きを止めた。
呪言、あるいは言霊――――言葉による古典的な呪術である。
発した言葉がそのまま呪いとしての効果を持つ。
かつて彼女は『神』に対する呪言によって祟りを受け、それが死へと繋がった。
言葉に込められた慢心は時に己へと跳ね返る。言わば諸刃の剣。
それを差し引いても確実性に乏しく、英霊相手に使うには心許ない能力だ。
しかし、それでも格の低い亡者程度ならば少なからず効力を発揮出来る。
亡者達を威圧する言葉で彼らの動きを止めることは、雑作ではない。
その隙を見逃さず、セイバーが動いた。
瞬時に薙ぎ払うように振るわれる剣。
『不可視の刃』が、セイバーの周囲を囲んでいた亡者達を切り払う。
間合いも実体も理解出来ず、両断された亡者達は崩れ落ちる。
最後の数体が、攻撃を終えた直後のセイバーへと迫った。
剣を振るった隙を狙い、握り締めた槍によって貫かんとしたのだ。
セイバーは咄嗟に身構え、それらに対処しようとした。
次の瞬間、割り込んだのは―――――ランサーだった。
セイバーと亡者達の間に立ちはだかったランサーは、槍を構え。
そして、二度の薙ぎ払いによって亡者達を切り払った。
これが最後の亡者。ナイト・マーチャー達は、完全に殲滅された。
「助かりました、槍兵の英霊よ」
「……いいや、それはこちらの台詞だ」
礼を述べられ、ランサーはそう返す。
ランサーは先程までナイト・マーチャーの掃討に手間を取らされていた。
セイバーが現れなければ、もっと手こずらされていたことだろう。
故に感謝すべきはこちらの方だとランサーは考えた。
セイバーを目にした時、ランサーは少しばかり驚いた。
このような若き乙女が『英霊』として召還されているのか、と。
ランサーにとって、女子供は守るべき民だった。
戦闘によって土地を踏み荒らされ、住処を脅かされる小さき者達だった。
彼らのような弱者を守るべく、ランサーは『ママラホエ・カナヴィ』と呼ばれる法を定めた。
目の前の英霊は、その女子供とそれほど変わらぬ年頃にさえ見えた。
だが、その精悍な出で立ちは彼女が古今東西の伝説に名を馳せた英傑であったことを示している。
先程の水流や剣術もあり、ランサーはセイバーがただの女子供ではないことは理解していた。
「して、お前は……」
「ちょっとカッくん!!私のこと無視しないでよーーーっ!!!」
前方に立つ英霊に声を掛けようとした直後。
突如背後から何者かに抱きつかれ、ランサーは情けない声を上げる。
背中に押し付けられる柔らかな感触を感じつつ、彼は振り返る。
「ペ、ペレ様……」
「ほんっっと待ちくたびれたわ!!カッくんもミーちゃんも全然帰ってこないんだから!!
私をずーーーーっと待たせるなんてどーいうことなの!?ねーえ!!!」
「も……申し訳ございません……」
「謝ったところで『はい許します』で済ませると思ってるの!?
し・か・も!!さっきテレビであの変な奴ら出てきたのよ!!
あいつらアイドルの番組?を滅茶苦茶にしたのよ!!本当に許せないんだからっ!!!
だからカッくん!!!何とかしなさい!!!!」
女神ペレは怒り心頭だった。
背後からランサーに抱き付いているとは言っても、殆ど首に手を回して締め付けているに等しい状態だ。
ペレは背伸びをしてランサーの耳元に口を近づけ、がみがみと不平の言葉を喚き散らす。
困り果てた様子のランサーを、セイバーは少々呆気に取られたように見つめていた。
「……その、宜しいですか?槍兵の英霊よ」
「あ、ああ。構わ―――――」
「カッくん!!はぐらかさない!!!」
「ぐおっ!?」
後ろからグイグイと首を揺らされる。
先程までの勇ましさとは掛け離れたその姿は、まるで我侭な主によって尻に敷かれる従者のようであり。
ランサーは何とかペレを宥めようと、言葉を発しようとする。
『道化師を逃がしたことは惜しかったが……』
しかし、直後に『三人目』の声が響いた。
ペレもランサーも、セイバーも、そちらへと視線が向く。
「何あれ」
きょとんとした顔で呟くペレ。
少し離れた地面に佇んでいたのは、小さき虫だった。
今にも風化しそうな萎びた肉体を持つ甲虫が、その場にいた三人へと目を向ける。
フンコロガシ――――否、スカラベである。
かつて太陽の動きを司る存在として崇められ、ミイラとして保護された神の化身。
多くのものは時の流れと共に肉体が風化したものの、此処にいるのはキャスターの使い魔。
ただのミイラに非ず。魔力で肉体を構成された異常の存在だ。
その乾ききった風貌から、それがキャスターの使い魔であるということが二人には解る。
いつから其処にいたのか。最初から戦闘を監視していたのか。
あるいは、ランサーやセイバーの懐に紛れ込んでいたのか。
答えは解らないが、確かなことは一つ。
『我らが揃ったことは、良しとしよう』
道化師が去りし後。
この場に三騎―――そして一柱―――のサーヴァントが集ったということだ。
【深山町/1日目 午後】
【ジョーカー@ダークナイト】
[状態] 健康
[装備] 拳銃、鉄パイプ、その他色々
[道具] 442プロ主催クリスマスライブのチラシ
[令呪] 残り三画
[所持金] 二百万円前後。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を自分好みに“演出”する。
[備考]
1.聖夜に最高のパーティを。
【バーサーカー(フォークロア)@民間伝承】
[状態] 魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:(ジョーカーに準ずる)
[備考]
1.(ジョーカーに準ずる)
※廃ビルの怨霊が、バーサーカー(フォークロア)の能力によって『再現』されました。
かつてセイバー(源頼政(猪隼太) )に倒された霊的な存在の、コピーのようなものです。
その影響で、北条加蓮の『症状』も再発しています。
◆◆◆◆
『我々はあの道化師を討つ。その為に同盟を結ぶ』
冬木大橋の真下、歩道の目立たぬ位置にて。
スカラベ――正確にはそれを模したミイラ――が、念話で告げる。
使い魔を介し、キャスターは淡々と言葉を述べる。
周辺に人がいないことは既に使い魔で確認済み、とのことだ。
この場に居る面々は二騎の英霊。一匹の使い魔。一柱の神。そして、一人のマスターだ。
セイバーのサーヴァント、小碓媛命。
ランサーのサーヴァント、カメハメハ一世。
彼が召還した女神、ペレ。
ランサーのマスター、直樹美紀。
そしてスカラベの使い魔を端末に場を仕切るキャスターのサーヴァント、アヌビスだ。
『我は使い魔を使役し、可能な限り奴らの情報を集める。
戦闘においては其方らの力を借りたい。我も情報は可能な限り提供する。
そして、この「同盟」は道化師の主従、獣の主従を討伐するまでの関係である。
それ以降の共闘は強要しない。だが、必要とあらば再び集い、今後の関係について論議することも構わぬ』
黙々と同盟の内容を語るスカラベを、英霊達は見据える。
ランサーは決して警戒を解かず、威風堂々とした態度を貫き。
セイバーはただ無言で見つめ、相手の言葉を咀嚼し。
ペレはつまらなそうにランサーに寄り添い、彼の髪の毛を無言でわしゃわしゃと弄っている。
『……奴らは討たねばならぬ。特に道化師の主従だ。
奴らは噂を具現化する能力を持つ。特に厄介なのは「死ねずの呪い」。
死者を動かし、生ける屍へと変える呪いだ』
「ちょっと、待って下さい!それって……!」
それまで黙り込んでいた美紀が、唐突に声を上げた。
先程まで暗い影を落としていた表情は、驚愕のそれへと変わっており。
だが、沈黙と共に冷静さを少しだけ取り戻したのか。
「……いえ、何でもありません」
美紀は再び顔を俯かせ、その場で縮こまった。
スカラベはそんな彼女を暫しの間見つめた後、セイバーらへと向き直す。
『それで宜しいか、集いし英傑達よ』
「余は構わぬ。奴らを討つ為の盟に異論は無い」
ランサーは静かに頷いた。
くっついてくるペレを左手で優しく退かしつつ、スカラベを見下ろす。
その眼差しに込められていたのは、やはり警戒の色。
彼はキャスターを同盟者として認めてはいるが、信頼は決してしていない。
今はあくまで利用価値があるからこそ組む。それだけの関係だった。
「セイバーよ。お前も構わぬか」
「……承知しました」
セイバーは念話で早人にも連絡し、許可を取った。
先程の亡者の軍勢やランサーの証言、そして魔力の残痕からこの場に道化師の主従が現れたのは事実だと判断した。
キャスターの使い魔は確かに情報収集能力を備えている。
それを認識し、同盟を結ぶことを選択した。
決して満足な状況とは言えない。
キャスターに主導権を握られていると言ってもいい。
だが、それでもセイバー達にとって『他主従との同盟』と『情報網』は有用なものだった。
しのぶの現状の危機を排除する為にも。
そして今後、最終的な目標における道筋を精査する為にも。
今はこの同盟を『利用』することが必要だと判断した。
「ていうかさ」
そんな中、女神ペレが言葉を挟む。
如何にも不愉快そうな表情でスカラベを見下ろしており。
「貴方、何?いきなり現れてペラペラ急に仕切っちゃって」
「ペレ様、彼奴は我が同盟者で―――――」
「何か気に食わないわ、貴方」
露骨に機嫌を悪くした様子のペレに、ランサーは少し驚かされる。
確かにペレは気まぐれで怒りっぽい性格だ。
だが、今回は何か、不自然な怒り方だった。
『気に障ったならば謝罪しよう。然れど、あくまで我らは同盟者として』
「なんか、生臭い」
『……何?』
「偉ぶって取り繕ってるくせに、臭いのよ。血肉の通った臭い。ていうか生臭い」
「ペレ様、何を……」
『不満があるのならば、対処させて頂くが』
「気に食わないわ、そいつ」
突然の言葉に、キャスターも言葉を失う。
苛立ちを隠そうともしないペレを、ランサーは何も言えずに見つめていた。
明らかに憤っている。明確に苛立っている。
だが、その理由は『生臭いから』というのだ。
一体彼女は何を言っているのか。
少しばかり引っ掛かるような感覚を覚えるも、そこにセイバーが割り込む。
「その、貴女の名を聞きそびれていましたね」
「はい?そういえばそうね!私はペレよ。女神ペレ」
「成る程……では女神殿、此処は抑えて頂けませんか」
「何でよ」
「今は、彼らへの対処が先決です。貴女にとっても彼らの所業は許し難いのでしょう」
「……ええ、そうよ。許し難いわ!あの『人食い』とか言う奴らだってそうよ!!」
「そうです。ですので、今はその為に力を合わせねばなりません。
此処は怒りを鞘に納め、共に協力をして頂けませんか」
「うーん、それもそうね……解ったわ!!」
セイバーが宥めたことでペレが何とか機嫌を戻した。
そのことにランサーが安堵し、「かたじけない」と一言礼を述べた。
セイバーもまた謙虚に礼を返す。
ランサーは彼女について、まだ詳しい素性は知らない。
どのような英霊なのか。どのような存在なのか。
そのことに関して、一度交戦したに等しいキャスター以上に把握していないのだ。
だが、この短い関わりの中で解ったことはある。
彼女は間違いなく、善性の英雄であるということだ。
それ故に少しは信頼出来るかもしれない。
だが、かといって油断しきるつもりもない――――これは聖杯戦争。
聖杯を求める主従である以上、いずれ敵対することになるのだから。
ランサーは、視線の向きを変える。
己の主たる美紀の姿を見つめたのだ。
彼女は少し離れた地点に座り込んでいた。
その表情は暗く、俯いている。
地べたに座ることさえ意に介さず、ショックを受けていた。
あの道化師との邂逅を経て、彼女は恐怖に囚われている。
何があったのか。何をされたのか。
ランサーはそれを把握出来ていない。
だが、道化師達との邂逅によって美紀はあれだけの衝撃を受けているということも確かだった。
そして――――――キャスターが告げた『死ねずの呪い』の話もまた、彼女に衝撃を与えたのだろう。
それは彼女の世界での出来事。死したものが屍のまま動き、人々を襲うという異常。
美紀はそれを覆し、元の平穏な世界を取り戻したいと願っている。
そんな中、死の呪いの脅威が再び迫ったのだ。
やはり一刻も早く倒さねばならない。
道化師の存在は民のみならず、マスターを危険に晒す。
野放しにし続ければ、更に被害が拡大し続ける。
『人食い』もそうだ。ペレの証言によれば、奴はテレビの生放送番組の収録現場にも現れたというのだ。
奴らもまた積極的な行動を起こしている。故に止めなければならない。
必ず誅罰を加える。だが――――決して、油断はしない。
キャスターも警戒すべき存在だ。
心を許すつもりも、完全に信頼を置くつもりも無い。
もしも彼が不穏な動きを見せた場合には、容赦はしない。
拳を固く握りしめ、ランサーは決意した。
決意を固めるのは、セイバーも同様だ。
彼女と主の最終的な目的は川尻しのぶの願いを阻止し、尚かつ悪人に聖杯が渡るのを阻止すること。
その過程で『川尻しのぶの平穏を脅かす脅威を取り除くこと』も必要となる。
あくまで早人が守ろうとしているのは川尻家の平穏な日常なのだから。
その為に目先の脅威である討伐主従を討つのは必要だと考えた。
そして、同時に自らの足による情報収集には限界がある。
これから情報を掻き集め、精査していく過程で、情報網となるキャスターの存在は大きいと判断した。
キャスターも己を利用しようと考えているのだろう。
気高い英雄と見えるランサーとて、最終的には争うことになるかもしれない。
セイバーは現状を咀嚼し、今後の立ち回りについて考えていく。
『では、これより我々は……力を合わせる。
あの外道共を討つべく、共闘していくのだ』
そして、魔術師が告げる。
三騎の英霊の共闘を、宣言する。
誅罰の三英雄――――――――盟は此処に結ばれり。
【深山町 海浜公園/1日目 午後】
【セイバー(小碓媛命)@古事記・日本書紀等】
[状態]健康、偽臣の書によりステータス低下
[令呪]
[装備] 天叢雲剣(くさなぎのつるぎ)、袋に秘せられし燧石(やいづのかえしび)
[道具]普段着(しのぶから拝借)
[思考・状況]
基本行動方針:仮のマスターである川尻早人に従う
1.現状を咀嚼し、今後の立ち回りについて考える。早人にも連絡し、情報を伝える。
2.情報収集と探索を続ける。立ち回りが重要となってくるので、早人君にも覚悟のほどを確認しておきたい。
[備考]
※『テレビ局が何者かの襲撃を受けたらしい』と知りました
※キャスター(パトリキウス)が放った妖精のうち、一匹(ケットシー)を察知しました
※ランサー(カメハメハ一世)、キャスター(アヌビス)と一時的な同盟を結びました。
【直樹 美紀@がっこうぐらし!(原作)】
[状態]健康、精神的疲労(大)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]財布や携帯電話などの日用品
[所持金]一般的な学生並
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り、元の平和な世界を取り戻す。
1.ジョーカーへの多大な恐怖。今はとにかく、怖い。
2.胡桃への心配。
3.他のマスターのことは……
[備考]
※参戦時期は単行本6巻、第33話『ひみつ』終了時点です。
そのため元の世界での胡桃の異変を知っています。
【ランサー(カメハメハ一世)@史実(19世紀ハワイ)】
[状態]健康
[令呪]
[装備]無銘・槍
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守り抜く。
1.無辜の人々を脅かす『道化師』と『人食い』は倒す。
2.情報を咀嚼し、他の参加者の動きにも注意を払う。
3.キャスター(アヌビス)との契約は守るが、民間人に危害を加えた場合はその限りではない。
[備考]
※キャスター(アヌビス)と不可侵の同盟を結びました。内容は以下の通りです。
1.ランサーはキャスターに手を出さない。不利益となる行動も取らない。
2.その代わりキャスターは偵察の使い魔によって得られた情報をランサーに提供する。
※キャスター(アヌビス)からジョーカー主従、滝澤主従の犯行に関する情報を得ました。
※セイバー(小碓媛命)と一時的な同盟を結びました。
【女神ペレ@ハワイ神話】
[状態]健康、怒り(激)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:カッくんを手伝う。
1.よく解らないけど、道化師や人食いとやらは許さない。
2.442プロのライブが気になる。
3.アイドルたちの生放送を襲撃した何者かは絶対に許さない。
4.キャスター(アヌビス)が何となく気に食わない。
※サーヴァントと同様、ある程度の魔力察知と霊体化は出来るようです。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
マスターとなった者がサーヴァントを失い、そのまま聖杯戦争が終結した場合。
その者が最終的にどうなるのか、その知識はサーヴァントにすら与えられていない。
もしかすれば、そのまま元の世界へと送還されるかもしれない。
それは裏を返せば『サーヴァントのみを倒せばマスターを殺さずに済む』ということにもなる。
あるいは、この異界と共に『処分』される可能性も否定は出来ない。
それが正しいとすれば『聖杯戦争に勝つことは他の誰かを殺すことである』という解釈は嘘ではなくなる。
または処分されることは無くとも、元の世界への帰還が果たせなくなるのも有り得る。
その場合は直接の殺人ではなくとも、間接的にそのの人生を『殺す』ようなものだ。
『現世』と『冥界』を繋ぐ神として、キャスターは己の所見を心中で述べる。
サーヴァントのみを倒し、マスターは生かしたとして。
聖杯を取ることも出来ずに最後まで『取り残された』者は、恐らく助からない。
この世界は間違いなく『本物』だ。
冬木市に暮らす人々も抜け殻の偽物ではない。
彼らは存在を形作る要素――――魂(バー)を間違いなく備えているからだ。
スキル『死の守人』が正常に機能している時点でそれは明白である。
しかしこの聖杯戦争の『舞台』は極めて不安定な構造となっている。
本来ならば交わることの無い無数の異界。あるいは平行世界。
それらを一つの可能性に集束させ、世界を強引に『構築』し『観測』している。
その影響が噂話だ。本来ならば此処にあるはずのない事象が人々の記憶に刷り込まれ、噂として流れている。
このような様相も聖杯の奇跡による力なのだろう。あるいは、『監督役』とやらが何か細工をしているのか。
ともあれ、この『世界』の歪さは見て取れる。
言うなれば、バラバラの石を無理矢理繋ぎ合わせて作り出した奇怪な神殿。
何とか『カタチ』を保っているが、それも時間の問題。
聖杯戦争が終結する頃には――――――恐らく、全てが崩れ去る。
聖杯が役目を終えれば、世界は瞬く間に『終焉』を迎えるだろう。
それに巻き込まれれば最後、其処にいる者達は異界の崩壊と共に消え失せるだろう。
転じて、マスターに刷り込まれていると見られる『聖杯戦争で生き残れるのは一組だけ』という認識もそれに基づくものなのではないか。
これはあくまで冥界の神としての仮説だ。
完璧な推察とは言い切れないかもしれない。
されど、キャスターは己の推測をただの空論とも思わない。
少なくとも聖杯戦争の真実に至る一つのピースには成り得ると考えていた。
さて。
同盟は滞りなく進んだ。
セイバー、ランサーとの三騎の同盟は討伐令の主従を打倒するまでの関係となっている。
されどキャスターは先に結んだ『ランサーとの同盟を無効にする』とも告げていない。
故にこの関係が無効になると同時にランサーと共謀し、セイバーを潰すことも可能である。
あるいは、ランサーと共謀するように振るまい―――――その裏でセイバーとの潰し合いを演じさせることも、不可能ではない。
上手く行けば強豪のランサーを排除し、更にセイバーも脱落させ、己のみが漁父の利を得ることも出来る。
とはいえ三騎士達、特にあの『知将』を相手に知恵比べをするのはリスクは大きい。
実行に移すとすれば、好機だと判断した時。もしくは、余程追い込まれた時のみだ。
それ以外に、別の問題が一つある。
先程考察した『聖杯戦争の敗者の行く末』に繋がる問題だ。
キャスターは己の主たる胡桃を横目で見る。
道化師を取り逃がした、という報告を聞いてから少々機嫌を悪くしているらしい。
そのことは悔やんでも仕方無い。
今は同盟者達と連携をし、今後の討伐に繋げていくだけだ。
目先の問題は、やはりランサーのマスターである。
胡桃の動向は常に把握している。
故にあのランサーのマスター――――美紀という少女が、胡桃と親しいことも解っている。
『死ねずの呪い』について反応したことから、やはり胡桃と同じ世界から来ているのも確かだ。
あの美紀という少女は、平行世界の人間ではない。恐らく胡桃が知る美紀本人だ。
彼女は敵だ。少なくとも、聖杯戦争においては。
だが、それはつまり胡桃が彼女と争わなければならないことを意味する。
その場合、どうするか。
己の仮説が正しければ、例えランサーのみを脱落させたとしても美紀は生きて帰れない。
それを受け入れられるほど、胡桃の心が強いかと聞かれれば。
答えは否、と言わざるを得ない。
(友垣が競うべき敵として喚ばれているとは、因果なものよ……)
胡桃には美紀がマスターであることを話していない。
さて、この場合どうするべきか。
美紀がマスターであることを秘匿したまま、秘密裏に排除するか。
あるいは美紀が胡桃と共に生還出来る道を探すか。
いっそ、堂々と美紀が敵であることを伝えるか。
美紀の命を奪う上で彼女の冥福を約束し、それを胡桃に納得して貰うか。
キャスターは黙々と思考を重ねる。
『なんか、生臭い』
『偉ぶって取り繕ってるくせに、臭いのよ。血肉の通った臭い。ていうか生臭い』
『気に食わないわ、そいつ』
脳裏をちらつくのは、あの『女神』の言葉。
美紀の従者たるランサー、その使い魔と思わしき存在が滲ませた不快感。
キャスターは己の顔―――――仮面の下で、無意識のうちに眉を顰めた。
【恵飛須沢 胡桃@がっこうぐらし!(原作)】
[状態]健康?、精神的疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]スコップ(当然のように背負っている)、財布や携帯電話などの日用品
[所持金]一般的な学生並
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り、元の平和な世界を取り戻す。
1.道化師の主従を止める。『死人が動く感染症』の惨劇再現はやらせない。
2.他のマスターのことは……なんとか、割り切る。割り切らなくちゃ。
[備考]
※川尻早人と面識を得ました。
※ジョーカー主従が『噂を現実にする力』を持つことを知りました。
※直樹美紀がマスターであるとは未だ認識していません。
【キャスター(アヌビス)@エジプト神話】
[状態]健康、魔力潤沢
[令呪]
[装備]ウアス、
[道具]仮面を覆い隠す為の布
[思考・状況]
基本行動方針:異教の概念を淘汰し、古代エジプトの信仰を蘇らせる。
1.道化師の主従、人食いの主従を止める。特に道化師は絶対に止める。
2.使い魔を用いて偵察。ランサー(カメハメハ)やセイバー(小碓媛命)に定期的に情報を提供する。
3.今後の為にランサー(カメハメハ)への対策も考える。
4.マスターに美紀のことを話すか、否か。そして、どう対処するか。
5.女神ペレに仄かな不快感。
[備考]
※大きなカラス(ベンディゲイドブランの使い魔)の出現を受け、小鳥のミイラの使用を取りやめました。
サーヴァントの誰かが放った使い魔だという所までは理解しましたが、相手の正体までは見抜けていません。
※陣地は中心となる岩窟墓を起点に、少しずつ『森』全体へと広がっています。
※胡桃の動向を使い魔で追っていた為、美紀が胡桃の知り合いであることも把握しています。
◆◆◆◆
◆◆◆◆
「あの、ママ」
「早人、急にどうしたのよ」
「いや、ちょっとね。お腹痛くなったから、落ち着いてきた」
「大丈夫なの?」
「心配しないで、もう大丈夫だから」
「ふうん、ならいいけど……」
昼食の場に早人が戻ってきた。
十数分前、早人は突然驚いた様子を見せて席を立った。
「ごめん、少し待ってて」と慌てた様子で自室に戻っていった息子を、しのぶはただ見送ることしか出来なかった。
普段ならば、早人のちょっとしたことなど気にも留めなかっただろう。
しかし、何か、違和感があった。
しのぶの心の奥底に、引っ掛かるものがあった。
「……ねえ、早人」
「何?」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。急にどうしたのママ」
しのぶは返事を返さなかった。
歯切れの悪い蟠りを胸に抱えたまま、考え込む。
最近、変化があった。
聖杯戦争とやらのために突然現れた『おうすちゃん』。
街に突如として現れた『殺人鬼』による連続殺人事件。
そして、時折見せる早人の『奇妙な動き』。
早人はあくまで隠し通しているつもりなのかもしれない。
だが、常に早人を傍で見ている母の目を完全には誤摩化せなかった。
同時に、しのぶにはこういった出来事に憶えがあった。
夫が姿を消す少し前。
あの時、しのぶの周囲を取り巻く何かが変わっていた。
退屈だった夫は豹変し、刺激的な行動を繰り返すようになった。
それ以来早人が不審な動きを起こすようになった。
『猫の死体を埋めた時の一件』など、奇怪な出来事も起こるようになった。
そして『吉良吉影』という『殺人鬼』の轢死事件。
それと同時に消えた夫……。
しのぶは杜王町での奇妙な体験を忘れる筈が無かった。
何が起こっているのかは解らない。
だが、確実に周囲に何らかの変化が起きている。
一度あの体験をしたしのぶが、それに感付かぬ筈が無かった。
冬木での出来事は、杜王での出来事と似たような臭いがする。
しのぶはそれが、どうしても引っ掛かっていた。
同時に早人も、考え込んでいた。
突如現れたキャスターのことに関して、思考していた。
あの使い魔は自分の懐に忍び込んでいた。
一体いつ。どのタイミングで。
その時脳裏を過った人物が、一人。
(『恵飛須沢』……『胡桃』……)
あの時、『死体が動く噂』に過剰なまでの反応を見せた少女。
彼女の姿が先程からちらついている。
スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う、というのなら。
マスターもまた、そうではないのか。
そして、あのキャスターは―――――――。
【深山町 川尻家/1日目 午後】
【川尻しのぶ@ジョジョの奇妙な冒険 第四部】
[状態]健康
[令呪]残り二画(表示されていない)
[装備]求人情報
[道具]なし
[所持金]向こう数日の生活費
[思考・状況]
基本行動方針:願いが叶えばいいなぁと思っているけれど、かなり話半分
1.スポーツクラブ近くのケーキ屋のアルバイトに募集しに行く
2.ちゃんとしたパートも見つけたい。バイトと平行してスポーツクラブ併設の売店を下見する
3.早人とセイバー、そして現状にぼんやりと違和感
[備考]
令呪を1画使用しています。
早人へのマスター権の譲渡に伴い、令呪は見えなくなり、使えなくなっています。
サーヴァント召喚時に起こった何らかのトラブルにより、マスターに与えられるはずの知識がありません。
聖杯戦争についてセイバーから断片的な説明を受けていますが、正確には把握しきれていません。
どうやら何かゲームで争うらしい、勝てば願いが叶うらしい、家に間借りする必要があるらしい、程度の理解です。
【川尻早人@ジョジョの奇妙な冒険 第四部】
[状態]健康
[令呪]――
[装備]なし
[道具]偽臣の書、ハンディカメラ、鞄
[所持金]小学生にしてはやや余裕がある程度
[思考・状況]
基本行動方針:母の願いが叶う展開を阻止する。同時に、悪の手に聖杯が渡るのも阻止する。
1.セイバーの帰還を待つ。危機が迫れば迷わず念話で連絡。
2.胡桃とキャスター(アヌビス)に違和感。
[備考]
※恵飛須沢胡桃と面識を得ました。聖杯戦争関係者である可能性を疑っています。
※今現在の冬木市で流行っている『怪しい噂』をいくつか、級友たちから聞きました。
『廃ビルの幽霊話』『死んでも動く感染症の話』の他にも、噂を聞いている可能性があります。
※ランサー(カメハメハ一世)、キャスター(アヌビス)との同盟を認識しました。
投下終了です
前編を投下します。最高に面白い◆O8sBfW4cnQの作品への感想はまた後ほど
今更当たり前の事を言うが、この物語はアイドルのサクセスストーリーでもなければ、少しHなラブコメでもない。
あくまでこれは聖杯戦争。
血に塗れた殺し合いの物語。
死人が何人も出る事が確約された戦記。
のほほんとしたコメディを楽しむ余裕など、本来あるはずがない。
参加者たちが争えば争うほど、血を流せば流すほど、聖杯は完成へと近づき、戦争は加速してゆくのだ。
加えて、今話ではいよいよ初の死亡者が出る。
聖杯戦争の過熱を止められる者は、誰も居ない――今のところは。
▲▼▲▼▲▼▲
「あーはっはっはっは!」
ロシア帽を被った少女は、笑い声を教会に響かせながら夢から目覚めた。
「…………随分と楽しそうな目覚めじゃあないか、魔女よ。何かいい夢でも見たのか?」
壁に寄りかかるようにして立っているローブの男――カシヤーンは、両眼の閉じた顔貌を少女に向けて、そう言った。
彼女の夢の内容が気になるというのもあるが、「そんな馬鹿みたいな大声で笑うからには、かなり愉快な夢だったんだろうな?」という皮肉も込めて言い放たれた言葉である。
『魔女』と呼ばれた少女は、あまりに笑いすぎて目元に浮かんだ涙を指で拭いながら、邪眼の聖人からの問いに答える。
「うん。ちょっと昔の思い出を夢で見てね。いやぁ、あれは愉快だったなぁ!」
少女は長椅子に横たえていた身体を起こし、すぐ傍に置いていた木製の円柱の元へと移動する。
「よいしょ」と言いながら、ひょいとバックジャンプするようにして、それへ腰かけた。
彼女からの返答を受け、ルーラーは、
「昔の思い出と言うと……そこらで捕まえた子供を食った夢でも見たのか?」
「いやいや、そんな昔の話じゃあなく、もっと最近のアレだよ。アレ」
「最近のと言うと……ああ、アレか」
傍から聞けば何を指して『アレ』と言っているか分からないが、二人の間ではそれで通じているらしい。
「私は貴様からの伝聞でしか聞いたことがないから、アレがどのようなものだったのか詳しくは知らないが……それ。寝起きのついでだ。具体的にどんな夢だったか聞かせてくれよ」
ルーラーからの頼みに了解した少女は、続けて語った。
「ある日、すっげー強い騎士と戦うことになったんだよね。日が出ている間は三倍の力が出るって云うチートな体質を持った奴。多分キミでも時間や環境次第では負けちゃうかもしれないぜ――最強のサーヴァントの一人と言って良いだろう」
「ふむふむ」
「しかも、そいつの武器が聖剣でさぁ……知ってる? 聖剣。まぁ、すっげー簡単に言うと、ちょー強い剣なんだけど」
「簡単に言い過ぎだろう」
「加えて、そいつの精神の高潔ぶりもまたすごくてね。流石騎士サマ! って感じ? 彼の言動は使い魔越しで何回か見たくらいだけど、身も心も見事なハンサムだったぜ」
そんな奴がサーヴァントだったから、あのマスターは調子に乗ってたのかなぁ――と、付け加えて言う少女。
「で、貴様はその最強の騎士とやらを相手にどうしたんだ?」
「そいつにメタ張ってねー、ボッコボコにしたんだよ!」
「はぁ!? ……ああ、成程! 『日中において三倍の力を持つ騎士に有利を取る』――貴様ならば、いや、貴様だからこそできる技だな! ふふふふ! それはまた随分と愉快な話だ!」
実に面白おかしいといった様子で笑うルーラー。
「強き英雄のくせに――いや、強き英雄だからこそ、突かれると弱い弱点があったのか! カシチェイにとっての針の様に!」
「一応彼の名誉の為に言っておくけどね、ボク――正確には黒騎士――が相手じゃない限り、誰も勝てないレベルで最強だったからね、あの騎士クン。多分、アーチャーやバーサーカーでも無理だったんじゃないかな。まぁ、彼とボクじゃ相性が最悪すぎただけなのさ……はははっ! 思い出したら、また笑えてきちゃったぜ」
言って、少女は手の平を宙に向かって構えると、窓拭きのパントマイムでもするようにして手を動かした。
すると、どこからともなく霧が生じ、それらは少女の手の動きに沿って集まって、テレビの画面サイズの長方形になった――霧のモニターの完成だ。
暫くすると、それに光が浮かび上がる。
「……とまぁ、こんな雑すぎる雑談は置いといて。何か進展はあったかな?」
とある用事で今朝から働いていた少女は、その疲れを癒すべく、仕事終わりからこれまで眠っていたのである。
その間に冬木市内で何かハプニングは起きてはいなかったか調べるために、彼女は市内各所の様子を映す霧のモニターを起動したのだ。
まず、モニターは市内のテレビ局の惨状を映した。少女は目を輝かせた。
次に、モニターは皇帝の根城となりつつあるアイドル事務所を映した。少女は笑った。
続いて、モニターは半壊した武家屋敷を映した。少女はつまらなさそうな顔をした。
「どうやら貴様が寝ている間に色々と起きていたようだな」
未だに口元に先ほどの笑みを残しながら、カシヤーンはそう言った。
「そうだねぇ、聖杯戦争がバンバン進んでくれるのは万々歳なんだけど、その過程を見逃しちゃってたのはちょっと残念かな――ん?」
そこまで言って、少女はモニターへ、顔をぐいいっと近づけた。
つい先ほど何処ぞの女神がやっていた以上に、『テレビを見るときは画面から離れてみてね!』という文句を完璧に無視したスタイルである。
ニマァ〜〜。そんなオノマトペが背後に浮かぶような、気味の悪い笑みを口元に浮かべる少女。
「と、何とかかんとか言ってると、ちょうど今から戦場になりそうな所を見つけたぜ」
画面から顔を離し、カシヤーンの方へ顔を向け、興奮した様子で画面を指さす少女。
「ボクって運が良いなあ! 幸運Aはあるんじゃないかな? あはは!」
瞼を開けば視界に入ったものすべてに『不幸の果ての死』を与える男の前でそんな事を言って、少女は右手の指をスナップした。
すると次の瞬間、彼女の右手には一本の箒が握られていた。
箒の穂先を床へと付けようとする少女に向かい、ルーラーは次のように言う。
「モニターで見ずに、直接現地へ向かうつもりか?」
「うん。これまで見逃しちゃってた分を取り返すために、生でガッツリ見てみたいからね」
「私が付いて行かなくて平気か?」
「ヘーキヘーキ! ちょっと離れた場所からこっそりと観戦するだけだから! それにキミには別の仕事を頼んでいるだろう? 使命を任せていると言ってもいい」
「? ……ああ」
カシヤーンは俯いた――否。床越しに、教会の地下へと顔を向けた。
「白雪の少女の保護、か」
「全く、忘れてもらっちゃあ困るぜルーラークン。いくら聖杯戦争の参加者に、この教会がルーラーにして聖人の根城だと知る人が居ないとはいえ、誰かがうっかりここに入ってくる可能性は、ゼロじゃあないんだからね。そんな不埒な奴らからここを――スノーホワイトを守ってくれよ?」
「そのルーラーにして聖人である私に、こんな仕事をさせるのはどうかと思うがな。魔女よ、貴様は『役不足』という日本語を知ってるか?」
「ボクだって本当はキミにこんな雑用をさせたくないさ――あの子たちが付いてきてくれれば、今頃彼らにこの仕事を頼んでいたんだろうけどねぇ」
唐突に、遥か昔の思い出を懐かしむような顔をする少女。
それは若き乙女が浮かべるには似つかわしくない、長年の経験を積んだ者のみが浮かべることを許される表情であった。
しかし、それも僅か数秒の事。
しばらくすると、少女はルーラーへと向き直る。
「というわけで、この仕事を頼めるのは、今の所キミだけだ。キミにはここでお留守番してもらうぜ」
「ふっ、まあ良いだろう。サーヴァント・ルーラーとして手に入れた力を、たかだか場所一つと少女一人の為に使ってみるのも面白そうだ」
「いや、面白い面白くない抜きで頼むよマジで。スノーホワイトはボクにとって、とってもとっても大切な子なんだからさ」
んじゃ、よろしく〜――と。
そう言って、少女は改めて箒を構えなおし、サッと一回床を掃いた。
すると、次の瞬間には彼女の姿は綺麗さっぱり消え失せた――まるで最初からその空間に誰も存在して居なかったかのようである。
教会に残されたのは、黒きルーラーと主を失い消えてゆくモニターのみ。
モニターの画面には、市内の病院の光景が映されていた。
【教会/1日目 午前】
【ルーラー(カシヤーン)】
[状態] 実に健康。十全この上ない。自由に動ける地上生活で、ややテンションが上がっていると思われる。
[装備] 鎖
[道具]
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: ???
1. 魔女の指示に従い、教会にて白雪の少女を見守る。
▲▼▲▼▲▼▲
ウェカピポが去った後で、突然生じた欠員をカバーするべく、警備員の配置換えがあったのか、それともかの同僚は現在昼休みの最中なのか。
どちらかは定かではないが、現場へと戻ってきたウェカピポを迎えたのは、先ほど別れた気の良い同僚ではなく、別の同僚であった。
いかにも不健康そうな瘦せぎすの顔をしており、クルクルと巻きの入った黒髪が特徴的な男である。
咳をしていた彼は、ウェカピポの姿を認めると、傍に近寄り、
「ゲホッ! ゴホッゲホッ!……戻ってきたのかウェカピポさん。今日はもう早退したのかと思ったぜ」
どうやら彼は責任者かあの気の良い同僚を介して、ウェカピポが早めに休んだ事を知ったらしい。
「体調が悪くなったから少し早く昼休みを取っただけだ……今はもう心配いらない」
ウェカピポはそう答えると、同僚の横を通り過ぎ、自分の持ち場に立った。
「危なかったなァ〜。ゲホウェホッ!……この時期に体調崩して、もし風邪なんか引けば、忘年会に出られない所だったぜ」
「……忘年会?」
「どちらかと言うと体調を崩して風邪を引きそうなのは、さっきから咳をしているお前なんじゃあないか?」と思いながらも、同僚の台詞の中にあった単語に、ウェカピポは思わず反応してしまった。
そんなイベントが開かれるだなんて、聞いていなかったからである。
「およっ!? もしかして知らねえのか? 先週あたりに連絡があっただろ? 来週はウチの会社の忘年会があるんだぜ」
こんな大事な予定を忘れてもらっちゃあ困るぜ――。
自分が知っている情報をウェカピポが知らなかったのがそんなにも嬉しいのか、同僚はこれ以上ない程に自慢気な表情をした。
それに多少の苛立ちを感じながらも、ウェカピポは考える――はたしてそんな情報を教えられた事があったのか? と。
勿論ない。
あったら、先程のような反応を取っていない。
クル毛の同僚は、忘年会の告知は先週に出されたと言った。
ウェカピポがこの冬木の町に呼び出されたのは、今週の始め辺りだったはずである。
故に、その情報をウェカピポが知らないのは仕方の無い事なのだ。
何せ、その告知が出された当時、彼はこの街に存在すらしていなかったのだから。
そもそも、ウェカピポは聖杯戦争が終わればさっさと故郷・ネアポリスへと戻り、聖杯の力で妹を幸せにするつもりである。
来週開かれる忘年会に出るわけがない。
(つまり、知っていようがいまいが、わたしにとっては意味のない情報というわけだな)
自分にこの冬木での役割設定や戦争のルールを一瞬にして『与えた』何者かも、そのような理由があって、忘年会の情報は与えなかったのだろう。
ウェカピポがそう結論付けた時。
「ん? 待てよウェカピポさん。そんじゃああんた、忘年会でやる余興の準備もしていないっちゅ〜事かい?」
「…………」
宴の席で一発芸や出し物のような余興の時間が設けられる事は、珍しく無い。
しかし、先程も言ったように、警備会社の忘年会の開催自体知らなかったウェカピポが、そのネタを考えているはずがないのだ。
いやそもそも、仮に忘年会の開催を知っており、出席する事になっていても、ウェカピポのようなユーモアとは縁が無い男が、余興の準備を整えられる事はないだろう。
「あちゃ〜、そりゃマズイな。忘年会に余興のネタ無しで参加するってのは、アレだ。『お気に入りのお菓子を持たずにピクニックに行く』ってくらいアホな行為だ。全然楽しくねー」
「忘年会があるのは来週なんだろう? だったら、当日までに何か考えておくさ」
そんなつもりはさらさらないが、ここは話を合わせておくためにそう言っておくウェカピポであった。
「だったらよォ〜〜〜〜、どうだい? 後で、俺が考えている余興のネタを見せてやろうか? この前、職場に来る途中で、踏み固められた路上の雪を見て思いついたギャグなんだが……パクるなよ? あくまで参考に見せるだけだからな?」
「いや、結構だ」
「チェッ!」
不満気に舌打ちする同僚。
もしや、こいつは始めから自分考案のギャグを披露したくて、わたしに忘年会の話をしたのか?――ウェカピポはそう推測した。
「なあ、ウェカピポさんよ。そういえばあんた、年末年始はどう過ごすんだ? 実家――祖国に帰るのか? ちなみに俺は帰らずに、アパートでダラダラと――」
「…………」
仕事中だというのに私語が一切減らない同僚に、ウェカピポは呆れた。
それと同時に、彼は同僚の「祖国に帰る」という言葉から、ふと思う。
この聖杯戦争を終え、自分が祖国――ネアポリスへと帰った後の事を。
聖杯の力で妹の視力を戻し、彼女に幸せな生活を与える。これはウェカピポの中で確定された予定だ。
では、彼自身は、祖国に帰った後、どう過ごすのだろうか?
ネアポリスに住まう人々からすれば、ウェカピポは、妹の夫と決闘したかと思えば、突如消え失せ、一人だけ帰国して来たように見えるだろう。事実、その通りだ。
そんな謎深い人物を、ネアポリス国民はどう思うか?
不気味だ――と思うはずだ。
そのような周囲の視線を浴びながら暮らす今後の生活は、少しばかり不便になるだろう。
そんな風に自分の今後の生活を想像し、憂いたウェカピポであったが、そんな事を言うならば、彼の妹の夫はどうだろうか?
ウェカピポの妹を殴りながらヤリまくり、また、決闘の末にウェカピポに執拗な暴行を与えた人間の屑であるとは言え、祖国から遠く離れた未来の異国にて何が何やら分からないまま惨死した彼の事を考えて、ほんの少しも憐憫の感情を抱かないほど、ウェカピポは冷血ではない。
出来る事なら義弟の遺体をネアポリスへ持ち帰り、祖国の地の下に埋めてやろうかと思ったほどである。
だが、現代日本において、一般人が成人男性の遺体を数日間隠し持ち続けるのは不可能なのだ。
そういう事情があり、冬木市に呼び出された直後――義弟が死亡した直後、ウェカピポはシールダーとの話し合いの末、義弟の死体を海に遺棄する事に決めた。
まだ日の姿も見えない早朝未明。どこかから聞こえてくる烏の鳴き声。寒気を孕んだ潮風――。
そんな中、義弟の死体を入れた袋を海に投げ捨てたのを、ウェカピポは今でもはっきりと覚えていた。
一応、せめて遺品の一つは持ち帰り、義弟の家族の元に届けてやろうと思い、彼が首元に巻いていたスカーフ――シールダーによる攻撃で切り裂かれていたが――を回収し、今でも鞄の中にしまっている。
だが、ネアポリスに帰り、義弟の家族にそれを渡す時、彼らはどんな顔をするのだろうか。
ウェカピポはどんな顔をすれば良いのだろうか。
分からない。
(そもそも、私はまだ聖杯戦争で優勝どころか、どの参加者とも本格的な戦闘を行っていない。今はまだ、そこまで先の事を考えるべきじゃあないだろう)
取らぬ狸のなんとやら、と言うやつだ。
と、そこまでウェカピポが考えた時。
『マスター』
彼の脳内に、女の声が響いた。
マスターとサーヴァントの間で行われる会話――念話による現象である。
発言主――巨人王のシールダー、ベンディゲイドブランは、突然の念話で緊急事態である事を匂わせつつも、落ち着いた口調で、次のように言った。
『近くにサーヴァントの気配を探知した。どころか、そのサーヴァントはこの病院へ真っ直ぐ向かって来ている』
『なんだと?』
『向こうが既に私たちの気配を察知したのか、それとも元から病院に何か目的があるのか定かではないが……どちらにせよ、衝突は避けられまい。移動速度からして、「たまたま気配を察知したサーヴァントの元へ向かい、同盟を組もうと考えている」という雰囲気ではないからな……。私は外へ向かい、それを迎え撃とうと思っている。マスター、貴方は?』
『…………』
病院の混み具合を見た所、院外にも相当の人が居るだろう。
たとえ、シールダーが病院の外で迎え撃とうとも、相手サーヴァントとシールダーの戦闘の影響が、病院にまで届かないとは限らない。
誰か、聖杯戦争の事を知っている人物が一般人の保護に回らなければ、大多数の人間が混乱を起こす事になるはずだ。
ならば、聖杯戦争の参加者にして、かつては護衛官、現在は警備員という守護る者であるウェカピポが取るべき行動は、一つしかあるまい。
▲▼▲▼▲▼▲
『――ガガッ、てのニュースです。――内のテレビ局に、ズズズガッ、――ガガガ……』
「あちゃあ、前々から調子が悪かったが、いよいよオシャカになっちまった」
ルームミラー越しに、後部座席に座る客の男性へ申し訳なさそうな顔を見せながら、タクシーの運転手の男は、今やノイズのみを流してるカーラジオのスイッチを切った。
「へ、へへへっ、すいませんお客さん。ただでさえ暇になりがちなタクシー移動で、ラジオが壊れてしまうだなんて。よければ、私が何か面白い話をしましょうか? この仕事を始めて長いんで、そういうネタは沢山ありますよ。最近ではですね……ああそうそう。昨日、夏場でも着ないくらいに丈の短い和服を着た、ナイスバディのお客さんが――」
「いや、結構だ。運転に集中してくれ」
「……はい」
ラジオが壊れたとはいえ、運転手が雑談を始めようとしたのは、何も彼が自分の仕事に対して不真面目だからという訳ではない。
単に、彼は気まずかったのだ――後部座席に座る客と、静かな車内で二人きりで居るのが。
客の名は×××××――我々が『ウェカピポの妹の夫』と認識している男だ。
彼の片目には大きな眼帯が付けられており、見るからに不気味な印象を感じさせられる。
加えて、ウェカピポの妹の夫の左頬は殴られたような痣があり、左腕は折れていた。
タクシーではなく救急車に乗るべきなのでは、と思うほどの重傷である。
いや、この場合、彼が運転手に告げた目的地は市内の病院なので、結果的に着く場所は、タクシーであっても救急車であっても同じなのだが。
ともあれ、そんな満身創痍を絵に描いたような怪我人の前で、ラジオが壊れたのだ。不吉この上ない。
だから、運転手は、申し訳なさと気まずさを感じ、先程のような行動をつい取ってしまったのである。
一方、ウェカピポの妹の夫は、ラジオの故障にそこまで不吉さを感じていなかった。
いや、正確に言えば、そんな事を気にする余裕がないほどに、彼は左腕の痛みに苦しんでいたのである。
痛みから気を逸らそうと、彼は右横の窓の外へと目を向ける。
窓の外には、雪化粧で白くなった街の景色が広がっていた。
(こんな怪我をして、『聖杯戦争』に参加させられていなければ、この景色を楽しんでいたかもしれないな……)
高速で左から右へと流れて行く景色を眺めつつ、そんな事を考えながら、視線を横の窓からフロントガラスへと向けるウェカピポの妹の夫。
(…………? なんだアレは?)
彼の視界の先――タクシーよりも百メートル以上前方に、何かが見えた。
それは建物の屋上から屋上へと跳ねるようにして移動している、四足歩行の動物であった。
その全長はちょっとした大型肉食獣程はあり、全身は赤く染まっている。
だが、残された半分の視界を凝らしてよく見てみると、それが肉食動物ではなく、人間である事が分かった。
(いや、そもそもあれは――)
ウェカピポの妹の夫の脳内に、今朝得たある情報が蘇る。
聖杯戦争の主催者からの手紙――それに記されていた討伐令。
討伐対象として開示された四枚の写真の一枚に写っていたバーサーカー。
それとあの赤い獣は、外見の特徴が、ピッタリ同じではないか!
(……マズイな)
討伐すれば令呪の一画が与えられるとされているバーサーカーを見て、ウェカピポの妹の夫の中が抱いた感想はそのようなものであった。
(あちらは数多の人間を食らって腹一杯な獣のバーサーカー。一方、俺のバーサーカーは、魔力を消費したばかりで十全に戦える状態じゃあない。俺自身は言わずもがなだ。こんな状態で、もし戦闘になれば、勝つのはどちらかなど、教育を受けてない貧民のカスでも答えが分かる話だろう)
しかも、獣のバーサーカーが向かう先にあるのは、ウェカピポの妹の夫も向かおうとしている病院がある方向ではないか。
このままタクシーが進んで行けば、ウェカピポの妹の夫達は、獣のバーサーカーと接触する事になる。
これに気付いた途端、ウェカピポの妹の夫は頭を抱えた。
後部座席で客がそんな事をしたのだから、元々あった不安が更に高まったのだろう――タクシーの運転手は心配そうな口調で、
「だ、大丈夫ですか? 具合がよろしくないようですが……」
「こんな状態で具合が良いわけないだろ……それよりも、目的地の変更を願いたい。今すぐ道を曲がって、別の道を走ってくれ。そして、病院ではなく、そこから少し離れた適当な場所にタクシーを停めてくれないか?」
「はあ、それは構いませんが……」
「直接病院に行かなくて大丈夫なのだろうか?」と思いながらも、運転手は客の指示に従い、次の曲がり角を左に曲がった。
(とりあえず、これで獣のバーサーカーとカチ合う事は無くなった……か)
後は、離れた場所から病院を観察し、獣のバーサーカーが通り過ぎるのを待つだけである。
敵わぬ相手に対して、おどおどと隠れるような行為は、ウェカピポの妹の夫のプライドを痛く傷つけたが、しかし今はほんの少しの判断ミスが命の危機に繋がる事態――時にはプライドを抑えなくてはならない。
(そもそも何故ヤツは病院へ向かっているんだ? 病院、あるいはその先に、何かあるのか?)
考えてみれば奇妙な話だ。
人喰いの獣であるはずのバーサーカーが、道を歩く人々に目もくれず、病院へと向かっているのだから。
(……まあ、畜生風情のバーサーカーが考える事など、俺に分かるはずがないか)
そう考えるウェカピポの妹の夫。
バーサーカーの思考は読み取れない――彼のこの考えは、これ以上なく正鵠を射ていた。
何せ、ウェカピポの妹の夫は自身が従えるバーサーカーの思考すらも、マトモに理解していないのだから。
獣のバーサーカー以外のとあるサーヴァントの気配を『直感』的に探知し、低く「Faaaa…………」と唸っている赤のバーサーカー――モードレッド。
彼女が何を考え、これから何をしでかすかを、ウェカピポの妹の夫は、まだ知らない。
▲▼▲▼▲▼▲
病院の正面玄関から出て、霧に隠れるようにして実体化したベンディゲイドブランは、赤い弾丸と化してこちらへと向かってくるサーヴァントの姿を視認した。
(あれは確か、討伐対象の……!?)
姿を直接目にした事で、ベンディゲイドブランは、気配を発していたのは討伐令の写真で見た獣のバーサーカーであった事を知った。
そしてそれと同時に、国剣『イニス・プリダイン』を握る彼女の手に、更に力が込められる。
討伐令の手紙にて、獣のバーサーカーがした外道極まる所業を、ベンディゲイドブランは知っていたからだ。
たとえ、その犯人が理性なき獣であるとは言え、無辜の民を傷つけ、殺し、喰らった事は許せる事ではない。
故に、彼女がこれから取る行動はただ一つ――獣狩りである。
(しかし、ここで戦えば、無関係の人々まで巻き込む事になる。後で私を追って来るマスターが、一般人の保護に回るとは言え、この場での戦闘は避けたい所だ)
そう考えた彼女は、自分の身体を霧に変化させ、文字通り疾風の速度で、獣のバーサーカーへと向かって行った。
百メートル以上はあった両者の距離が、わずかゼロコンマ五秒でゼロになる。
「█ ██!?」
霧からの登場という、大道芸宛らな行為に、理性無き狂獣も流石に魂消たのか、その時着地していた屋上で脚を急停止させた。
続けて、突如出現したベンディゲイドブランから距離を取るように、バックステップをする。
その隙を狙うかのようにして、黒きシールダーは、出現から一秒と経たぬ間に、盾と見紛うほどの巨剣を横薙ぎに振るった。いくらバックステップで距離を取っても足りない程に、その剣の間合いは長大であった。
ベンディゲイドブランが放った攻撃は、マトモに当たれば鎧を着込んだ戦士であっても、鎧ごと粉々になるほどの威力が込められた一撃だが、ジェヴォーダンの獣は、剣の腹に下から突き上げるようにして前足蹴りを入れる事で、その軌道を逸らす事に成功。バーサーカーとしての並外れた筋力あってこその妙技であった。
獣の頭部すれすれを過ぎ去っていく剣。その下を潜るようにして、バーサーカーは完全にガラ空きになったシールダーの腹へと迫る――!
だが。
「やはり、狩りの常套は――罠だな」
巨人王がそう呟いた瞬間、獣が触れている屋上から、何本もの針が真上に向かって突き出た。
否――それは正確に言えば針ではない。
氷柱だ。
身体が水の属性を持つベンディゲイドブランは、屋上に辿り着くと同時に、自分の身体の一部を液体の状態で周囲に散布。獣がそれを踏むと同時に、氷柱となるよう、予め罠を張っておいたのだ!
巨剣による必殺の一撃と氷柱の罠の二段構えとは、流石百戦錬磨の英霊と言ったところか。
王である以前に戦士でもあった彼女にとって、この戦法は初歩的でシンプルなものであった。
四肢と胴体を氷柱で貫かれた獣は、激痛に顔を歪め、呻き声を上げる。
必死に身体を動かして拘束から逃れようとするが、それを許すような軟さを、ベンディゲイドブランの氷柱(からだ)は持っていない。
バーサーカー特有の怪力で氷柱を砕いても、次の瞬間には、その氷柱はヒビ一つなく完全に修復されていた。
「長く苦しめ――とは言わん。だが、その命を以って、人々の犠牲を償って貰うぞ、バーサーカー」
ベンディゲイドブランはそう呟き、獣の首に向かって剣を構える。
まな板の鯉すらぬるく見えるほどの絶体絶命が、其処にはあった。
▲▼▲▼▲▼▲
「ジェヴォーダンの獣。
「その正体は、大型の狼。
「あるいは、ハイエナ。
「もしくは、UMA。
「果てはそれを殺した猟師、ジャン・シャストルの自作自演だった。
「と、種類様々な説がある。
「しかし、まあ、真相はそのどれでもなく、『肉体改造を受けた人間』だったとはねぇ。
「今時、大学生の自主制作映画でも使わないような、チープすぎる設定だぜ。
「あらら、大昔の化物に対して、『今時の』なんていう喩えは使うべきじゃあなかったかな?
「ともあれ、チープだからこそ、恐ろしい部分もある。
「安上がり(チープ)な都市伝説(フォークロア)の恐ろしさは、この数日間で散々目にしたからね。
「ジェヴォーダンの獣の場合、『肉体改造』という人工の手段によって得た――というよりも得てしまった――人並外れた身体能力の高さが、恐ろしさの一つであると言えるだろう。
「しかも、現在の彼女は、素のステータスに加えて、バーサーカー化による補正まで入っちゃてるからね。
「超強くなってるじゃん?
「そういえば、この前スノーホワイトに、カメハメハを『単純なステータスだけなら、今聖杯戦争最強のサーヴァントだ』と紹介したけど、獣ちゃんなら、あの南国の大王さまと殴り合いしても、中々良い勝負出来ちゃうんじゃあないかな。
「――いや、違うか。
「彼女の場合、勝負の手段は拳による殴り合いじゃあなく、牙による噛み付きだね。
「宝具になっている『赤血の捕食者(ベッ・ドゥ・ジェヴォーダン)』がまさにそうだぜ。
「――おっと。
「なーんて話をしていると、丁度今――」
▲▼▲▼▲▼▲
ブリテン島に似た形の剣、イニス・プリダイン――自分の誇りを乗せた得物を、目の前のバーサーカーの首へと向ける。
バーサーカーは、命の危機から逃げ出そうと必死だが、冷え固まった血が氷柱と合体した状態で、それは無理な話であった。
(マスターは今頃一般人の保護をしているだろうが、それは杞憂だったかもしれないな)
あまりにも早くついた勝負の決着に、ベンディゲイドブランはそう考えた。
初の対サーヴァント戦であったので、その被害規模や戦闘時間がどれほどのものになるのか、彼女自身把握していなかったのだが、まさか一分足らずで終わってしまうとは。
所詮相手はサーヴァントであるとはいえ、英雄とは言えない獣――ならば、寧ろこれが当然の結果だったのだろうか?
そんな疑問を頭に浮かばせながら、ベンディゲイドブランは、いよいよトドメを刺すべく、地に伏す獣を見下ろす。
獣の形相は、痛みからの苦しみと、ベンディゲイドブランという敵対者への敵意を混ぜに混ぜ合わせ、ぐちゃぐちゃにした、この世のものとは思えないそれであった。
口の端からは血が何滴も滴り落ち、唇の隙間からは赤く染まった歯が覗く。
そう。
歯が、覗いていた。
瞬間。
いきなり、何の前触れも前兆もなく、あっさりと、あっけなく、簡単に、刹那の時間もなければ微塵の予感もなく。
ベンディゲイドブランの頭は――爆散した。
ちょっと短い気もしますが、話の区切り的にこの方が良い気がするので、これで前編は終了です。
後編は一週間後までには投げられるよう頑張ります
今週末までにはなんとか後編を投げられそうです。あと、予約に追加した滝澤とガレスをやっぱり予約から外します。すみません
>Killing Crusaders
一つの目標に向かって同盟が組まれるのを見ると、聖杯戦争がいよいよ中盤に入りつつあるなあ、とワクワクしますね!
個人的に好きなシーンは早人くんがネズミのミイラを見つけるシーンで、ここはジョジョっぽさがあって良いなあと思いました。
黄色い救急車で暴れるジョーカー達に対し、カメハメハがママラホエるシーンは、彼のステシを書いてた当時から「こんな使い方をされたらかっこいいだろうなあ」と思っていたのでヒッジョーに嬉しかったです!
あと、自分が登場している話のタイトルにクルセダーズが入っているアヌビス(ではない)は辛そうだな、と思いました。
投下ありがとうございました!
死ぬほど遅くなりましたが、後編を投下します
突如、ベンディゲイドブランの頭は爆散した。
ある暗殺教団の歴史を紐解くと、相手の頭を爆弾に作り変える能力を持つ翁がいたとされるが、今現在ベンディゲイドブランの身に起きたのは、その再現であるかのような、不可思議な現象であった。
これを引き起こしたのは、ベンディゲイドブランの足元で倒れ伏しているバーサーカー、ジェヴォーダンの獣である。
『赤血の捕食者(ベッ・ドゥ・ジェヴォーダン)』――『対象の頭を噛み千切ったり噛み砕いたりする』という、バーサーカーの人喰いの手段が、神秘を以て昇華された宝具。
彼女はこの力を用い、ベンディゲイドブランを首なし騎士へと変貌させたのだ。
この宝具の効果は『相手の頭部の破壊』という、シンプル極まるものだ。
本来『襲撃』してから『捕食』し、その末に『殺人』するという食人の過程が、『殺人』してから『捕食』し、『襲撃』するというまるっきり逆の流れになるのである。
つまるところ、因果逆転――その攻撃から逃れることは、困難どころか、完全なる不可能だ。
もし、並外れた幸運を持っていれば、例外中の例外、奇跡の中の奇跡として、この攻撃を躱すことができよう。
しかし、ベンディゲイドブランは幸運値は、最低ランクのE。
故に、彼女は為すすべなく首から上を失うこととなった――。
敵対者の絶命を確信したバーサーカーは、宝具発動から次の瞬間、まず全身の筋肉を使って、身体をバイブレーションさせた。
地獄の最下層にあるコキュートスからの断罪めいて突き出て、バーサーカーの体を貫いていた氷柱は、たったその動きだけで粉砕される。
その行為自体は、シールダーの首から上があった時もしており、そしてすぐさま行われる氷柱の修復で無為に帰されていたが、氷柱を操作する主の首が破壊された今となっては、そんな事は起こらない。
破壊された氷柱は、破壊されたままだ。
ようやく自由となった獣の体は、至る所に五百円玉サイズ以上の傷跡があり、アメリカンコミックに出てくるチーズの様になっていた。
霊核が貫かれて消滅していないのが不思議なくらいの重傷である。
とはいえ、このまま傷を放っておけば、遅かれ早かれ絶命するのは明白だ。
バーサーカー自身も、獣の生存本能という機能で、自身の傷の深刻さを把握。早急に回復する必要があることを理解した。
バーサーカーは、人を喰うことで魔力が回復し、傷の回復速度が速まるスキル『人喰いの獣』を持つ。
加えて、喰らうべき人肉は目の前にある。
それも魔力の塊――サーヴァントだ。
これを利用しない手はあるまい。
『食事』をすることをすぐさま決めた獣は、亡骸と化したシールダーへと再び迫ろうとする――。
が、その時、獣はある事に気が付いた。
ベンディゲイドブランが、頭部を失った今なお、二本の足でしっかりと立っている事に。
どころか、つい数秒前まで首から上が完全に消滅していたというのに、今となっては下顎がある事に。
よく見てみれば、周囲に飛び散ったシールダーの頭部――肉や脳漿、髪や血――が、霧と化し、元々それがあった位置へと集まっているではないか。
まるで、一度バラバラになったジグソーパズルを組み合わせるかのように、ベンディゲイドブランの頭部は再構成しつつあった。
この不気味な光景から何らかの危険を察知した獣は、飛び退いた。
その判断は正しかったと言えよう――バーサーカーの退避とほぼ同じタイミングで、ベンディゲイドブランの右目部分に霧が集まり、肉感を持った実体へと変化した。
『海王結界(インビンジブル・スウィンダン)』 ――海神リル、あるいはマナナーン・マクリールの子であるシールダーが持つ、常時発動宝具の効果により、彼女の体は水の属性を持っている。
水を砕けるものがいるだろうか?
居ない。
水を噛み殺せるものはいるだろうか?
いいや、居ない。
体が水の三態変化を可能とするベンディゲイドブランにとって、『頭部の破壊』という単純な物理攻撃は、HPを1たりとも削らない、完全無意味な攻撃なのだ。
何せ、頭部が爆散したとしても、すぐさまそれは霧と化し、ものの数秒で元に戻るのだから。
けれども、何の前触れもない突然の頭部喪失には、流石の巨人王も驚いたはずだ。
ほんの短い間であったが、氷柱の操作を出来ず、獣のバーサーカーの脱出を許してしまったのが、彼女の驚愕の何よりの証左である。
しかしそう驚いていたのも、僅か一瞬の事。
バーサーカーの姿を再び認めた途端、ベンディゲイドブランの目は冷静にして激情な戦士の目に変化する。
彼女の双眸からは、黒色の戦意が溢れていた。
今や両目は勿論、気品を感じさせる美しい金髪の三つ編みすら寸分違わず元通りになったベンディゲイドブランは、国剣『イニス・プリダイン』を両手で握りしめる。
自分の頭部が何の前触れもなしに爆散した理由を、ベンディゲイドブランは完全に理解できていなかったが、少なくともそれが獣のバーサーカーによって齎された以上であることは推察できていた。
そもそも、自分の命を奪うまでに至らなかった攻撃の詳細を知るより、目の前の獣を倒す方が、優先すべき事項である。
次こそは、一瞬の隙なく仕留めてみせる――そう考えて、ベンディゲイドブランは柄を固く握ったイニス・プリダインを構えた。
一方、獣は焦っていた。
自分が持つ、絶対的な牙が効かない相手が現れたのだから、それは無理なからぬ話である。
一切の物理攻撃を無効化できるシールダーに対し、極限まで高まった物理攻撃を使うバーサーカーは、相性が最悪だ。
攻撃が一切効かない相手に対し、どうすればよいか?――答えは、闘争ならぬ、逃走だ。
そう判断を改めた獣は、跳び退いた勢いを利用し、そのまま後方へと走り、屋上の外へと向かう。
人が大勢いる地上へ飛び降りれば、自分の身代わりを生み出すスキル――『スケープゴート』を持つ彼女の逃走は、成功を約束されたも同然だ。
加えて、そこには山ほどの『食料』がある。それらを喰らって魔力を回復すれば、傷の回復も問題ない。
「逃げる気か……ならば――!」
離れ行く獣の背中を目にしたベンディゲイドブランは、目にも止まらぬ高速で巨剣を振った。
それは、剣を振った余波の風圧だけでも巨漢を吹き飛ばすほどの力を持った一撃であるが、剣の間合いからしてその直撃がバーサーカーに届かないのはどう見ても明らかであった。
だが――おお、見よ! もはや一種の芸術品と見てもおかしくない程に美しい銀色を放つイニス・プリダインから、雨季の川宛らの激流が現れたではないか!
ベンディゲイドブランのスキルの一つ――『魔力放出(水)』によって発生した激流は、一メートル程の幅を持ち、霧と化した彼女が先ほど見せた以上の速度で空中を走りながら、バーサーカーの背中へと接近する。
しかし、それを獣の勘で察知したバーサーカーは、気狂いじみたスピードで真横に跳躍し、雪崩から避難するのと同じような方法で、激流の一撃を回避した。
獣を呑み込めなかった奔流は、そのまま突き進み、屋上の外へと続くフェンスを破壊。奇しくも、バーサーカーを仕留めるために放たれた攻撃で、バーサーカーの逃走経路を開いてしまう事となった。
ジェヴォーダンの獣は、これ幸いとばかりに、フェンスにぽっかりと開いた穴へと駆ける。
二度目の攻撃を振るおうとするジールダーだが、それが届くかどうかは微妙な所だろう。
このまま獣は逃亡し、下界を歩く哀れな一般市民たちは、彼女の餌となってしまうのだろうか?
そう思われた瞬間。
フェンスの外――すなわち地上から高度十数メートルの空中に、獣の行く手を阻むようにして、下界から影が飛び上がって来た。
影の正体は、右目に眼帯を嵌めた男――化生殺しのセイバー、源頼政こと猪隼太であった。
▲▼▲▼▲▼▲
シールダーとバーサーカーとセイバー。
三騎の英雄が集った戦場を、遠く離れた建物の屋上から双眼鏡越しに見ていたウェカピポの妹の夫は、喉の奥から込み上げる笑いを抑えきれずにいた。
「獣のバーサーカーに加えて、シールダーとセイバーまで現れるとは……やはり、あの時タクシーの進行方向を変えたのは正解だったな」
ウェカピポの妹の夫は、乱戦に巻き込まれる事態を避ける事が出来た。
どころか、これから、その乱戦を遠く離れた安全圏から観戦――一切のリスクを背負わずに、一度に三騎のサーヴァントの情報を手に入れられるのだ。
これを幸運と呼ばずに何と言えよう。
自分の幸運と判断を誇らしく思いながら、ウェカピポの妹の夫は双眼鏡を覗く。
「ここで出来るだけ奴らの情報と弱点を識り、後日、回復したバーサーカーと俺で、覆しようの無い有利を取りながら奴らを潰す。何なら、今から奴らが勝手に殺しあってくれるかもしれねぇなぁ――完璧だ。最小の労力で、最大の利益を得る。まさに、高貴な俺にこれ以上なく合う戦略だぜ……ぷっ、くふふ――」
はははははッ!――と。
喜びのあまり大声で笑いそうになったウェカピポの妹の夫だが、彼の声は、隣に佇むバーサーカー――モードレッドが突如上げた叫びに掻き消された。
「████!!」
「!? どうしたバーサーカー」
「F」
「ふ?」
「F……f! F! Faaaaa!!!!! tthhhhhhheeeeErrrrrrrRrrrrrrrr!!!!!!!!」
「ふあああああああァァァーーーッ!???」
シールダー、ベンディゲイドブランは、ブリテンの騎士王――アーサー王の原型の一つとも言える巨人王である。
そんな彼女が戦っている姿を見て、かつてアーサー王に反旗を翻したモードレッドが取る行動は何か?
答えはこの通りだ。
「 █████ ███ ██ーッ!」
自分が愛した(憎んだ)父上と似た魂を持つ戦士を認識し、モードレッドの狂化は更に高まる。
彼女の叫び声に呼応するかのように、牡丹ほどの大きさの赤雷の火花がいくつも花開き、禍々しい鎧を飾り始めた。
「バーサーカー、何をするつもりだッ!? まさか――おい、やめろッ! それだけはやめろォーッ!!」
興奮した状態のバーサーカーから、彼女がこれから何をしでかすかを悟ったウェカピポの妹の夫は、元々血色があまり良くなかった顔を更に蒼ざめさせ、制止の言葉を必死に叫ぶ。
だが、狂戦士(バーサーカー)は、止めろと言われて止めるような存在ではない。
「FfffffffffffFFFffff――thッ!!」
そう叫んで、バーサーカーは足元から赤雷を噴出させ、サーキットを走るF1マシンめいた速度で、空中を走って行った。
彼女が向かう先がベンディゲイドブランの元――つまり、大乱戦の場であるのは、言うまでもあるまい。
魔力を消費し、今朝の戦闘で負った傷がまだ完全には癒えていない彼女が、あの乱戦へ飛び込んでどうなるか?――敗北の二文字が待っている事は、火を見るよりも明らかだ。
「クソッタレの駄犬め! わざわざ自分から戦場に突っ込んで行くだなんて、ヤツには自殺願望でもあるのか?」
一人その場に残されたウェカピポの妹の夫は、ストレスで胃に痛みが走るのを感じながら、そう言った。
今の彼の状況は、安全圏にいた筈が、ほんの一瞬で崖っ淵に追い詰められたようなものである。
これでは、奈落の底に落ちるのも時間の問題だ。
「ふざけるなよ……飼い犬の暴走で敗北するだなんてゴメンだ。そうだ、ここは考えろ……何か良いアイデアがないか考えるんだ。これまで俺は、とっさの機転で死地を乗り越えて来たじゃあないか。きっと今回も上手くいく。そうだ、そうに違いない……」
もはや自己暗示に近い言葉をブツブツと呟きながら、この窮地を脱する案を見つけるべく、脳をフル回転させるウェカピポの妹の夫。
その時、彼は視線を、サーヴァントたちがいる屋上から、病院の方へと外した。
それは、『自分の思い通りに行かないバーサーカーが起こす事態から目を逸らしたい』という一種の現実逃避に近い考えが起こした行動だったのかもしれない。
視線を外した先に、ある人物が居る事を、彼は視認する。
「あれは――!?」
ウェカピポの妹の夫の視線の先に居たのは、彼にとって、予想外の人物であった。
▲▼▲▼▲▼▲
病院付近のある建物の屋上から、濃密な赤色の殺意とそれに対抗するサーヴァントの気配を感じ取った時。
セイバーが取った行動は迅速であった。
実体化した彼は、殺意の発生源に向かってまっすぐ跳躍。探知からこれに至るまで、五秒もかからなかった。
主である少女、神谷奈緒を先に友人の所へと向かわせたのは、数刻前の対人喰い戦での反省を踏まえた選択である。
人喰い二人相手でも、危うく死にかけた少女を、サーヴァント三体を交えた乱戦に連れて行ける訳がない。
そして今――空中にて、化生殺しは獣の前に立ちはだかる。
「今回は、間に合ったか――」
倒すべき怨敵を目の前に、セイバーは何処か満足気な声でそのように呟いた。
しかし、それもたった一言だけ。
『あ』と言う間に、彼は空中に魔力を練り固めた足場を生成し、それを踏みつける事で、獣の方向へと向かって走り出す。
弓から放たれた矢もかくやという高速で駆けるセイバー。
彼の掌に、刀が現れた。
それは『骨喰』――主人がその都度観測する事で様々な刃物に姿を変える武器。
此度の『骨喰』は、本来の姿である短刀の形を取った。
その短さにそぐわぬ膨大な死の気配を刀身から放つそれは、バーサーカーの首に迫る。
獣は、短刀の軌道上に爪を配置する事で、相手の命を刈り取る為だけに放たれた攻撃を上に弾いた。
――が、無論、セイバーの攻撃はこれだけでは終わらない。
彼は短刀を、弾かれた方向の真逆――真下へと振り下ろす。
稲妻の如き速度の攻撃は、獣の頭頂目掛けて放たれた――否、刀身に電撃を纏った短刀は、最早比喩抜きの稲妻である。
だが獣は、横に転がり、落雷を寸での所で回避する。
短刀の一撃は空を裂き、血の池地獄のように赤い獣の毛先を焦がすだけに終わった。
回避してから流れるような動作で起き上がった獣は、自分の背後から迫る気配――黒のシールダーの存在に気が付く。
セイバーという突然の来訪者に驚いたベンディゲイドブランだが、彼女は来訪者が自分と同じく獣を倒す為にこの場に居るものだとすぐさま理解し、助太刀に入らんとしていた。
「そこのセイバー! 貴殿が何者かは知らないが、どうやら私と同じ志を持つ者であると見た! ここは私と貴殿で、獣狩りの共同戦線を張らないか?」
「応!」
剣を携えて駆けてくるシールダーが言い放った提案に、セイバーは短くそう応えた。彼も、シールダーの瞳に灯る戦意の光に、自分と同じ目的を感じたのだ。
返事はそれだけで十分だった。
次の瞬間、彼らの周囲――屋上一帯は、乳白色の霧に包まれる。
『安心しろ、セイバー。これは私の宝具の霧だ。獣を逃さぬ檻となる』
十センチ先も見えないほど濃い霧で視界が真っ白に塗り潰されたセイバーの耳元に、シールダーの声が響いた。
この霧は、ベンディゲイドブランの体そのものなのだから、その一部から彼女の声が発生するのは、何らおかしな事ではない。
『海王結界(インビンジブル・スウィンダン)』 ――ベンディゲイドブランの身体が変化した霧は、内部に居る自軍に『気配遮断』スキルを授け、逆に、内部に居る敵の気配は、彼女の知る所になる。
まさに、バーサーカーを倒すべく、セイバーと共同戦線を張る今この状況の為にあるかのような宝具だ。
『視界が真白く覆われるが、それはあの獣も同じ事。貴殿に対しては、普段と変わらない動きが出来るよう、私が感覚の補助をしよう』
「いいや、その心配には及ばん。あらゆる可能性を『視る』事が出来る俺にとって、この霧は透明であるも同然よ」
尻尾に『偽』が付くものの、『直感』スキルを保有して居るセイバーにとって、霧という視覚への妨害は、殆ど意味をなさないのだ。
『そうか……了解した。それと、あともう一つ伝えておかねばならない事がある』
「なんだ?」
『あの獣のバーサーカーは――』
先程バーサーカーが見せた頭部破壊の技の情報を伝えようとした言葉は、其処で途切れた。
と言うよりも、霧の中からセイバー目掛けて突進して来た獣の左手の爪により、ベンディゲイドブランの言葉とそれを発している霧は、文字通り掻き消されたのである。
人外の聴覚を以ってベンディゲイドブランたちの会話を聞き付けたのだろうが、それにしても、まさに化物としか言いようがない、並外れた探知感覚であった。
爪は、霧を切り裂いた勢いそのままに、セイバーの顔面を食い破らんと、弧を描きながら迫り来る。
獣は、狩人たちを屠殺す事で、自分を覆う包囲網を破ろうとしているのだ。
ならば、バーサーカーが『赤血の捕食者(ベッ・ドゥ・ジェヴォーダン)』すら効かなかったシールダーではなく、濃厚な『死』の気配を放っているとはいえ、今朝の交戦で互角に競ったセイバーを狙うのは、本能的行動論理として、当然の結論であった。
だが、そこで易々と屠られるのであれば、セイバーは英雄として座に登録されていない。
彼は上半身を後方に傾ける事で凶爪を回避。その後、間を置かずに、靴底で獣の腹を踏み付けるようにして、蹴りを放った。
これまで数えきれないほどの人間の命を詰め込んで来た腹部に蹴りを受けた獣は、後方に吹っ飛ぶ。
面白いくらいに――不自然な程に勢いの良い飛びっぷりであった。
「なるほど、彼の蹴りが完全に極まる直前に、自ら後方に飛ぶ事で衝撃を殺したか――」
潮の香りと共に、空を飛ぶ獣の背後から、凛とした声が響いた。
「――ならば、これはどうかな?」
それと同時に、霧の奥――獣の背後からベンディゲイドブランが出現し、獣の背中目掛けて、イニス・プリダインを閃かせた。
剣は水平のまま、高速で空を走り、飛んで来る獣を腰の位置から真っ二つにせんとする。
逃げ場も踏み場もない空中で、ベンディゲイドブランの攻撃を察知したバーサーカーは、身体中の穴から血を零しつつ無理矢理に身を捻り、後方に在る大質量の銀色の側面に、斜め上から裏拳を落とした。
拳を剣にぶつけた反作用で、バーサーカーの身体は、直角の軌道を描いて高く上昇。見事、剣の一撃から逃れる事が出来た。
とはいえ、彼女が空中に無防備な状態にいるのは依然同じである。そこをシールダーとセイバーが狙うのは、当然の道理だった。
ベンディゲイドブランは空中に漂う霧(じぶんのからだ)を凍結させ、いくつもの氷杭を生成。
作られた氷杭は、隼の嘴のように鋭利であった。
それらは、空中のバーサーカーめがけて放たれる。
獣は四肢を駆使する事で、氷杭を弾き、或いは掴んで放り、または爪で掻き砕く。
両腕両足が霞と消えたのかと見紛う程の高速で行われた防御は、氷杭の殆どを無力化させていた。
だが、氷杭のミサイルの内の何本かは、防御を潜り抜け、彼女の四肢や腹に突き刺さる。
何せ、霧の向こうから突如現れる攻撃なのだ。獣の反射神経を以ってしても、完全に防げるわけがない。
寧ろ、手負いの状態で、急所に迫る氷杭だけは確実に防御していた獣は、賞賛に値するだろう。
氷杭を受け、獣の動きは一瞬弱まる。
その瞬間だった――氷杭の後を追うようにして、眩い紫電が空中を疾走り、獣の体を貫いたのは。
轟音を上げながら霧を突く光――それは、『魔力放出(雷)』スキルを持つセイバーによる攻撃である。
剣に纏わせた雷撃を、光線(ビーム)のようにして撃ったのだ。
シールダーの氷杭攻撃に合わせるようにしてこれを放つとは、流石、かつて主の源頼政と共に鵺を退治した英雄と言ったところか。
誰かと連携を取っての共闘(たたかい)は、お手の物である。
剣士の雷撃を食らった狂戦士は、体中に開いた穴から、血の代わりに黒煙を上げる。
空中から落ちる彼女の体は、ズタボロになっていた。
セイバーは眼帯を外し、獣の落下予測地点へと駆ける。
露わになった彼の右目は、淡い蒼色の光を放っていた。
それは、あらゆる物の『死』を視る、最上位の魔眼――直死の魔眼。
セイバーがこれを用いて観測した『死』の線や点を骨喰でなぞれば、相手に与えられるのは不可逆な死だ。
今朝の戦いでは、獣の抜群の回避能力によって、この確殺の手段を無効化されていたが、襤褸雑巾もかくやな状態で落下している現在の獣は、これを避けられまい。
数多の悲劇を生み出し、そしてこれから新たな惨劇を生み出そうとしていた獣の命を終わらせんと、セイバーは地を走る。疾る。奔る。
必死に――駆(はし)る。
ああ、だがセイバーよ。
源頼政――猪隼太よ。
お前は覚えているだろうか。
真に恐れるべきなのは、生命力に満ちた元気な獣ではなく、追い詰められた瀕死の獣であるという事を。
そして――お前は知るまい。
お前が殺そうとしているバーサーカーも、お前と同じく、一撃必殺の武器を有しているという事を。
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『主殿。サーヴァントの気配を探知した。それも二つ。片方は今朝の狂戦士、もう片方は――知らない気配だな。だが、状況や魔力の流れからして、おそらく狂戦士と敵対しているのだろうよ。俺は今から狂戦士の元へ向かい、知らぬ英霊の加勢に入る。主殿は先に、友人の元へと向かっておれ。……んん? かっかっか、なんだその声は。何も俺は今から戦場に向かうだけであって、死地に向かう訳ではないのだ。そんな、今生の別れを見送るような、不安気な声をするでない。今朝は逃してしまった狂戦士だが、あやつの他にあの場所から感じられるもう一つの気配――もう一騎のサーヴァントと協力すれば、次こそ奴を確実に止める事が出来るだろうよ。だから、主殿は、先に友人の元へ行け――病で苦しい時に側に居てあげるのが、友というものだろう? 俺も狂戦士を止め次第、すぐに向かう。主殿の友人を蝕む病の正体を明かし、治さねばならんからな――』
病院へと向かうタクシーの車内に座る神谷奈緒は、先程セイバーが言った言葉を思い出していた。
今現在の彼女の心中を表す言葉は、『不安』の二文字に他ならない。
それは、突如病に倒れたという北条加蓮が不安でもあるのだが、付近にいるという獣のバーサーカーの元へと向かったセイバーが心配でもあるからだった。
だが、神谷奈緒は、その心配と同じくらい、セイバーを信頼してもいた。
彼はきっと、狂戦士を止め、奈緒と加蓮の元へとやってくる。
そして、加蓮を蝕む病の原因を突き止め、見事解決してくれるだろう。
そんな風に必死にポジティブな思考を行う奈緒。
しかしながら――残念ながら。
彼女の信頼と期待は、叶わない。
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セイバーの必殺の刃がバーサーカーに届くまであと僅かとなった時。
遥か向こうから飛んでくる『それ』の存在を。
シールダーは、周囲に広げた霧の能力で探知した。
セイバーは、宝具の影響で獲得したスキルによって、『直感』的に察知した。
バーサーカーは、度重なる攻撃を受けた事で、意識が朦朧となっており、知る事が出来なかった。
「FaaaaaaaaathhhhhheeeeeRRrrrrrrrrrr!!!」
三騎の英霊が集う戦場へ向かい、赤雷の尾を引きながら飛んでくるものの正体は、騎士のバーサーカー――モードレッド。
獣のバーサーカーと同じく身体中が真っ赤な彼女は、意味不明な叫び声を上げながら、マッハを優に越えた速度で霧の結界に突入――同時に、邪剣と化した王剣(クラレント)から、紅の雷を放った。
それは憎い(愛しい)父と似た魂を持つサーヴァント――ベンディゲイドブランを狙った攻撃であったが、モードレッドの生来の粗っぽさと、バーサーカー化による攻撃の正確性の低下、そして霧の視覚妨害が相まった結果、雷撃は広範囲を襲う。
霧を吹き飛ばしながら突き進む、膨大な破壊エネルギーを孕んだ赤雷。
ベンディゲイドブランは、イニス・プリダインを、シールダーらしく盾にする事で、その攻撃を防いだ。
源頼政(猪隼太)は、獣へと向かうのを一旦中止し、自身の紫電をぶつける事で、赤雷を打ち消した。
まだ完全に落下していなかったジェヴォーダンの獣は、奇跡的に雷撃の破壊範囲から逃れる事が出来た。
それぞれがそれぞれの技能・状況を元に、光速の攻撃から逃れられた形である。
だがしかし。
雷撃を防ぐ事が出来ても、それから二次的に発生する現象――屋上一帯にばら撒かれた霧や水に電流が流れる事で起きる、水の爆発的な体積膨張の衝撃までは防げなかった。
生じた爆風は、一瞬にして三騎を巻き込み、吹き飛ばす。
爆風を受けた彼らが飛んで行った先には、白亜の建造物――病院が在った。
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実に脳ミソが軽そうな同僚を何とか強引に言いくるめ、病院の正面玄関外へと向かい、其処に到着したウェカピポを迎えたのは、遠くから響いてきた爆発音と、こちらに向かいつつある、三体の人型の飛来物であった。
シールダーが戦闘に赴いてから数分で、爆発で三騎のサーヴァントが飛んで来るという事態を、どうすれば予測出来ようか。
そもそも、最初にベンディゲイドブランが探知した気配は、一体だけだったはずだ。
それが今やもう一つ増えて――否。
そこまで考えた時、ウェカピポは、ベンディゲイドブランと他二騎のサーヴァントたちの更に向こうから、赤い甲冑を身に纏ったサーヴァントが、赤雷のジェット噴射を放ちながらこちらへ飛んできているのを視認した。
つまる所、此方へ飛んできているサーヴァントは計四体。
二体ならまだしも、その倍の数のサーヴァントの到来を前にし、ウェカピポは焦った。
これは流石に防げない――一般人たちを保護する事が出来ないのでは? と。
そもそも、サーヴァントが病院に向かって来ているという状況で、ウェカピポはスティーブに連絡を入れるべきだったのだが、これまで何かと一人で解決しようと突っ走る生き方をしていたウェカピポが、突然の事態にそんなクレバーな選択が出来るはずなど無かったのだ。
サーヴァントたちの飛来以上の速度で、爆発音が先に病院前に届いたのが、せめてもの救いだった。
これを聞いた周辺の一般人たちが、慌てて避難行動を取ったからである。
とは言え、まだ逃げ遅れている人が少なからずいるのも事実だ。
彼らを助けるべく、ウェカピポは既に懐から取り出していた鉄球に回転を与えようとする。
と、その時。
「オイオイオイ。このままじゃあ、一般人の皆サマにも、決して浅くはない被害が出ちゃうじゃあないか。流石のボクも、それは見過ごせねぇぜ」
遥か上空から、甲高い少女の声が響いたかと思った瞬間。
路上で狼狽え、腰を抜かし、或いは立ち尽くしてた民衆たちは、見えない手で摘まみ上げられたようにして宙に浮かび、クレーンゲームで掴まれた商品のようにして宙を移動。開いてるドアや窓から、近くの建物――主に病院――へと放り込まれて行った。
自分の目の前で起きた不可解な現象に驚くウェカピポであったが、守るべき対象も居なくなったこの状況で、この場に残るのは拙いと思ったのか、取り出した鉄球を用いて自分の身体を硬質化させながら、後方へと退がる。
ものの数秒で無人となった病院前に、サーヴァントたちは落下する。
シールダーは、自分の背中から水のジェット噴射を出し、落下の勢いを弱める。
彼女の背中から噴出されるジェット水流は、まるで、まっすぐ広げた烏の羽のように見えた。
落下の勢いを完全に殺したシールダーは、水を止め、鳥のようにふわりと着地する。
セイバーは、爆風で煽られたとは思えない程の軽やかさで着地。
それは、落雷の様に素早く、かつ、降雪のように柔らかな動作であった。
獣のバーサーカーは、意識が朦朧としている中、辛うじて着地に成功する。
が、その瞬間、彼女の体中に開いた穴から、決して少なくない量の血がこぼれた。
空中に居た事で爆発の直撃を避けられていなければ、今頃絶命していてもおかしくないほどの、満身創痍である。
そして、それから数瞬遅れて、騎士のバーサーカーが着地。
受け身もへったくれもない、着地というよりは着弾と言った方が正しい程に、荒々しく暴力的な落下であった。
事実、彼女の落下地点には深いクレーターが出来ている。ミサイルの爆撃を食らったかのようだ。
「 █████ ! Faaatheerrrrrrrrrrrrrrrr!!」
着地したバーサーカーは、シールダーを発見するやいなや、他の二騎のサーヴァントには目もくれず、彼女へと飛び掛る。
雷で赤く染め上げられた邪剣を、シールダーは国剣で受け止めた。
「貴様は誰だ! 何故私を狙う!?」
至極真っ当な文句を言い放つベンディゲイドブラン。
だが、その言葉はモードレッドには届いていないらしい――尤も、モードレッドの言葉もベンディゲイドブランには届いていないのだが。
「Faaaaaaaaa!!!!」
猛り狂う狼のような絶叫と共に、騎士のバーサーカーは体中から放電した。
剣を交えさせ、接近した状態でのそれである。
これはシールダーにとって拙い。
非常に拙い攻撃だ。
宝具『海王結界(インビンジブル・スウィンダン)』 の効果により、体が水の属性を持ち、大抵の物理攻撃は無効化出来るベンディゲイドブランだが、雷撃や熱のような特殊攻撃はその限りではない。
故に、雷撃を食らったシールダーは、苦痛に顔を歪めた。
だが次の瞬間、彼女は電流に悲鳴を上げる己の筋肉に鞭を打って、巨剣でバーサーカーを押し飛ばし、距離を取るようにして、後ろへ退がる。
しかし、そこでベンディゲイドブランに隙を与えるモードレッドではない。
シールダーに押し飛ばされた彼女は、着地の瞬間に、赤い残像が描かれる程のスピードで剣を四度振るう。
その軌道をなぞるようにして赤雷が出現し、それらはベンディゲイドブランめがけて空間を走った。
ベンディゲイドブランは、珊瑚のような形をした禍々しい赤雷の群を、巨剣を横に振るう事でまとめて打ち消そうとするが、三百六十度周囲から回り込むようにして全く同時に迫る光速の攻撃を完全に防ぐ事など、出来るはずがない。
けれども、防ぎ切らなかった雷撃が、ベンディゲイドブランの体を焼き貫く事はなかった。
突如別方向から飛んできた紫電が、赤雷と衝突し、相殺したからである。
紫電の射手が化生殺しのセイバーであった事は、言うまでもあるまい。
獣のバーサーカーが瀕死である事を知っている彼は、獣がこの場から逃げる事は不可能であると判断。あの状態では、闘争や逃走どころか一歩歩く事さえままなるまい。
最早、獣のバーサーカーは完全に無力化されていた――かのように『視』えた。
それに、騎士のバーサーカーの狂気と電撃に満ちた攻撃を相手にしているシールダーは、一刻も早い援護が必要であるように思われた。
故に、セイバーは、シールダーへの助太刀を優先したのだ。
自分と赤雷の間に割り込んだ電流の色が見慣れた紫色であった事から、自分を助けたのがセイバーであると悟ったシールダーは、首から上を紫電の発生源へと振り向かせる。
セイバーの方を振り向いた瞬間、シールダーの口は、言葉を発する事が出来なくなった。
ベンディゲイドブランは――絶句したのだ。
振り向いた彼女の視線の先に立っている源頼政(猪隼太)の肩から上は、平らになっていて。
上半身が、やけに寂しくなっていて。
淡い蒼色の光を浮かべる魔眼が、消え失せていて――。
つまり。
何の前触れもなければ、いかなる前兆もなく。
刹那の余裕もなければ、微塵の予感もなく。
セイバーの首は、一瞬にして破壊されていた。
【セイバー(源頼政(猪隼太)) 消滅】
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あともう少しでタクシーが病院に着くという時。
病院前から、まるで隕石が落下したかのような轟音が鳴り響いた。
その瞬間、タクシーの運転手は慌ててブレーキを踏んだ。
車は止まる。それとタイミングを同じくして、祈るようにして顔を俯かせていた神谷奈緒は、バッと顔を上げる。
フロントガラス越しに見る病院前の景色は、何かの落下の際に生じた土煙で薄ぼんやりとしているが、眩く輝く赤い雷と競うようにして空に流れる紫電は、其処に神谷奈緒のセイバーがいる事のなによりの証明であった。
セイバーの存命を知って、一先ず落ち着く神谷奈緒。
「に、逃げますよお客さん! ここに居たら、あれに巻き込まれてしまいます! ――クソッ! 何なんだあれは!?」
タクシーの運転手はそう言って、奈緒の返事も待たずに、反対車線へとUターンし、来た道を戻ろうとする。
客の目的地の目の前で真逆の方向に走る事になるが、命に関わる危機に対し、運転手がそのような行動を選択するのは仕方のない事であった。
「あっ」と奈緒が言おうとした時はもう遅い。タクシーはみるみる、病院から離れて行く。
仕方なく、彼女はリアガラス越しに病院の景色へと目を向ける。
水を加えた色水のように、薄くなっていく土煙。
露わになったセイバーの姿には、首から上が存在していなかった。
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ここまでの重傷を負わされた獣にとって、病院付近は超A級危険区域となっていた。
病院から臭いが香るアイドルを喰らおうとやって来たら、三騎のサーヴァントが現れたのだ。其処を危険だと判断するのも、無理のない話である。
最早獣の目的から、『病院に居るアイドルの殺害』は消え失せていた。
彼女の中の優先事項は、令呪で命じられた『アイドル殺し』から、『危険からの逃走』という、生物にとって最も原始的で最上位の行動へと変わったのである。
だが、逃げようにも、今の彼女には、脚を一歩動かす体力もない。
とにかく傷を負いすぎたのだ。
だから、獣は求めた。体力を――人肉を。
『赤血の捕食者(ベッ・ドゥ・ジェヴォーダン)』を食らわせ、喰らう相手を求めたのだ。
そして、それは短刀を持った剣士――セイバー、源頼政(猪隼太)の姿で、彼女の目の前にあった。
セイバーは『直死の魔眼』の効果で、常に強い死の気配を放ち、それ故にこれまでバーサーカーの必殺の首狩り宝具を封印出来ていたが、ここまで追い詰められ、今や死の淵にある彼女にとっては、セイバーを喰わずに死ぬのも、セイバーを喰おうとして失敗し死ぬのも、同じであった。
いや――まだ成功する可能性がある分、彼女が死のセイバーの捕食を試みるのは、当然である。
やらずに後悔するよりやって後悔、だ。
だから、獣は最後の力を振り絞って煌めかせた――血濡れた牙を。
元々絶対予測不能にして完全回避不能である攻撃を、獣ではなくモードレッドへ意識を向けていたセイバーが対処出来るわけがなかった。
何の前触れもなく突如現れる死の牙は、直感による回避も許さない。
こうして、セイバーの頭は距離と因果を無視して噛み砕かれ、バーサーカーの腹の中にしまわれたのである。
猪隼太の生前の主である源頼政は、死後、隼太によって、首を余人の手の届かぬ場所に運ばれたらしい。
奇しくも、セイバーの最期は、それと真逆の形――首無しで齎される事となった。
「――――!」
首無し武者と化したセイバーの姿に絶句するベンディゲイドブラン。
まさか、あの獣がまだ動け、人の頭を噛み砕く技を使えるとは、思ってもいなかったのだろう。
それと同時に、彼女は後悔した。
あの時獣の爪で言葉を遮られたとはいえ、セイバーに忠告を最後まで伝えられなかった事を。
その後の二転三転する戦況の中で、忠告の続きを言えなかった事を。
だが、その直後、ベンディゲイドブランは耳に届いた気狂いじみた叫びに反応し、防御の構えを取りながら、視線をモードレッドの方へと戻す。
其処には、剣を持った騎士のバーサーカーが立っていた。
彼女の鎧は赤雷で眩く輝いており、その光はまるで『オレを見ろ』と主張しているかのようであった。
邪剣が纏う赤い魔力は先ほどよりも増しており、その長さは剣長のおよそ二倍にまで達していた。
これが宝具の展開ではなく、単なる魔力の塊であるというのだと言っても、信じられる者は殆ど居まい。
それは、誰の目から見ても、必殺に限りなく近い剣であった。
これを食らえば、シールダーは少なくないダメージを負うだろう。
すぐ側の病院に与えられるダメージは言わずもがなだ。
「ならば――!」
セイバーの死という衝撃が未だ心に残っているも、シールダーは剣を構え、そこに普段以上の魔力を流し込んだ
宝具と見紛う程の一撃に対しては、宝具をぶつけるしかあるまい。
ベンディゲイドブランは、自分の切り札――『祝福された勝利の剣(エクスカリバー・マクリール)』 を明かしてでも、騎士のバーサーカーの一撃を相殺し、周囲への被害を抑えようと考えたのだ。
これ以上周りから死者を出すわけには行かない――それが、守る者(シールダー)の意思であった。
「█████ █!」
「束ねるは海の息吹!」
世界が赤色の光に犯される中、降り積もった雪(水分)が、吸い込まれるようにしてイニス・プリダインへと集って行く。
周囲の水分を取り込む事で、発動に要する魔力量が軽減する、『祝福された勝利の剣(エクスカリバー・マクリール)』 の効果の現れであった。
宝具を展開しつつ、ベンディゲイドブランは獣の気配を探る。
この状況で頭部破壊の技を喰らうわけには行かないからだ。ダメージを一切負わないとはいえ、それで生じる一瞬の隙を騎士のバーサーカーに狙われるのは拙い。
しかし、獣のバーサーカーの気配は消え失せていた。
重傷の末消滅した――とは考え難い。
命辛々この場から逃げ出した、と見るべきか。
折角セイバーと共に追い詰めた獣を逃してしまった事に悔しさと不甲斐なさを感じ、ベンディゲイドブランは唇を噛んだ。
「faaaaaaaaa――」
「荒々しき命の奔流!」
空間の魔力濃度が、更に上昇する。
CG技術に優れた某国の映画業界であっても、病院前に広がっているこの現実を再現するのは、困難極まるであろう。
そして――
「thhhhhh!」
「『祝福された――』!」
ほぼ同じタイミングで、両者は剣を振り上げた。
今まさに、異なる時代の英雄の攻撃が交差する――そう思われた瞬間だった。
「………え?」
つい一瞬前まで、叫び声と共に剣を振り上げていたモードレッドが、突如、空間に消しゴムでもかけられたかのように、消え失せたのは。
敵対者を喪ったベンディゲイドブランは、イニス・プリダインに集った魔力を霧散させ、下に下ろす。
もしや、あの獣がまた何かしたのか?――と思ったベンディゲイドブランだが、その考えはすぐさま撤回された。
獣の気配はこの場から去っているし、そもそもあれが消滅させるのは首から上であり、体全体ではない。
ならば、考えられるのは――
「マスターの令呪による、空間転移か……」
宝具の展開では無かったとはいえ、あれほどまでの魔力を一気に放出しようとしていたのだ。
ウェカピポとベンディゲイドブランのように、サーヴァント側の魔力が豊富で、尚且つ宝具の展開に必要な魔力を軽減する手段でも持っていない限り、魔力を吸われるマスターが受ける苦しみは、筆舌に尽くし難いはずだ。
だから、あの赤い騎士のバーサーカーのマスターは、彼女に転移を用いた強制帰還を命じたのだろう。
そう考える彼女の元に、念話が届いた。ウェカピポからの念話である。
『シールダー、無事か?』
『……私は無事だ。突然乱入してきた鎧のバーサーカーと攻撃を交える事になりそうだったが、その直前に奴が空間転移で何処かへと消えた為、電撃を一度受けた以外は殆どダメージを負っていない』
『そうか……それは良かった』
安心したように呟くウェカピポ。
それに対し、ベンディゲイドブランは嘆きの混ざった口調で、
『とはいえ、私以外に全く被害が出なかった訳ではない。私を援護したセイバー――共同戦線を組んだ相手だった――は、その隙を狙われ、獣のバーサーカーに殺された』
『獣のバーサーカーと言うと……あの討伐令に載っていたあの……?』
ウェカピポは、今朝読んだ聖杯戦争の主催者からの手紙の内容を思い出した。
『ああ。最初に私が探知した気配は獣だったんだ――』
それから、ベンディゲイドブランは、これまでの戦闘の経緯をウェカピポに伝えた。
それを終えると、ウェカピポは先ほどの戦闘を彼の視点から見て気づいた事――特に途中で起きた、あの不思議な出来事について、ベンディゲイドブランに伝えた。
一時的とはいえパートナーを組んでいた相手である名も知らぬセイバーの消滅を心中で悼むベンディゲイドブラン。
だが、それでも彼女は止まらずに、聖杯戦争をどうしようもなく進めなくてはならないのであった。
ほら、その証拠に――。
ベンディゲイドブランは、視界の端に此方へと走り向かってくる聖杯戦争のマスター――元マスターの少女、神谷奈緒の姿を見付けた。
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【新都 病院/12月23日 午後】
【バーサーカー@ジェヴォーダンの獣】
[状態] 瀕死の重傷→捕食による回復
[装備] 特になし
[道具] 特に無し
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:■■■
1.(狂化により現時点では判別不可)
[備考]
※『アイドルを殺せ』との令呪を受けました。
※冬木市の中で、血の臭いの強い方に牽かれます。
※北条加蓮の『臭い』を察知し、彼女が搬送された病院へと向かっていましたが、三騎のサーヴァントを目にし、病院を危険だと判断。以後、ここに近づく事はないと思われます。
※シールダー(ベンディゲイドブラン)、セイバー(源頼政(猪隼太))と交戦しました。
※バーサーカー(モードレッド)と接触。直接交戦はしていませんが、モードレッドの電撃が生み出した爆発によって吹き飛ばされました。
※シールダーとセイバーの攻撃で、瀕死の重傷を負いましたが、セイバーを食った事で回復し、何処かへと消えました。何処に行ったかは後の書き手さんに任せます。
【ウェカピポ@ジョジョの奇妙な冒険 Steel Ball Run】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]鉄球×2(衛星は回収した)
[道具]日用品、携帯電話
[所持金]そこそこ
[思考・状況]
基本行動方針:国へ帰り、妹を幸せにする。
1.スティーブと組んで、バーサーカーたちを討伐する。
2勤務を終えた後、再びスティーブと接触する。
3:スティーブ・ロジャースの在り方を警戒。
[備考]
1.冬木市では警備員の役割を与えられています。
2.今日(23日)の現場は新都の病院。
3.スティーブと連絡先を交換しました。
※ウェカピポの妹の夫の遺品として、彼のスカーフを持っています。
※シールダー、セイバー、獣のバーサーカー、鎧のバーサーカーの戦闘をほんの少しではあるが目にしました。その直前に、少女の声と共に起きた不思議な現象も目撃しています。
※シールダーから戦闘の経緯を聞きました。
【シールダー(ベンディゲイドブラン)】
[状態] 健康
[装備] 国剣イニス・プリダイン
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:今度こそ、誰かを救う
[備考]
1.討伐令の参加については保留。しかし、対象者たちは許しがたいと考えている。
2.使い魔のワタリガラスである『ブランウェン』と『ブラン』を召喚し、空から冬木市を探索させています。
3.ワタリガラスのどちらかが負傷したため、休ませています。
※セイバー(源頼政(猪隼太)と共に、バーサーカー(████(ジェヴォーダンの獣))と交戦しましたが、途中でモードレッドの妨害に遭い、獣を完全に倒す事は出来ませんでした。
※ウェカピポから情報を受け取りました。
▲▼▲▼▲▼▲
首無しのセイバーを目にした直後、慌ててタクシーから降りた神谷奈緒は、運転手の警告を背中で聞きながら、必死に駆(はし)った。
雪道ゆえ転びそうになっても、彼女は駆(はし)る。
駆(はし)る。
駆(はし)る。
途中、何度もセイバーに念話を送ろうとするが、返事はない。送れない。
それが意味する事は、つまり――。
首を喪ったセイバーの姿と共に、そんなネガティヴな結論が頭に浮かんだ彼女は、挫けそうになる。
しかし、それでも。
見間違いであった事を祈りながら、何かの間違いであった事を願いながら――彼女は病院の方角へと向かって行った。
だが、病院に到着した奈緒を、あの快活な笑い声と眼帯が特徴的なセイバーが迎える事は無かった。
そこに彼の姿は痕跡たりとも残っていない。
今更のように、奈緒はセイバーとの魔力のパスの繋がりが消滅した事を認識した。
▲▼▲▼▲▼▲
【神谷奈緒@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]絶望的
[装備] 無し
[道具] 無し
[令呪] 残り三画
[所持金] 学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:セイバーを勝たせてあげたい。
0.間に合え。
1.加蓮がいる新都の病院へ向かう。
2.滝澤を止める。
3.討伐令はなんとかしなければと思う(殺しはしない)
4.ライブを成功させたかったけど、今はそれどころじゃない。
[備考]
※衛宮邸周辺に自宅があるようです。
※気絶中に何かの夢を見ました。
※セイバー(源頼政(猪隼太))が消滅した事を認識しました。
▲▼▲▼▲▼▲
「いやー、もう初めての脱落者かー!」
「ええっと、この聖杯戦争が本格的に始まったのが、討伐令の手紙を出した日だとすると、それから数えて……まだ一日も経ってないじゃん! 」
「あっはっはっはっ!」
「ボクが出た時より早いじゃん、魂消たぜ」
「いや、あの聖杯戦争とこの聖杯戦争は色々と規模が違うから、比べるべきじゃあないのかな?」
「それにしても……あのモフモフ頭の女の子――ええっと、神谷奈緒ちゃんだっけ?」
「あの子はこれからどうなってしまうんだろうねぇ」
「サーヴァントという武器も持たぬまま、戦場に取り残された無力な女の子!」
「しかも、病に苦しむ友達がいるなんて!」
「あぁ〜〜……」
「傷付けたいなあ」
「癒したいなあ」
「悲しませたいなあ」
「救いたいなあ」
「絶望させたいなあ!」
「助けたいなあ!」
「あはははははははははは!!」
「……ハッ! いやいやダメダメ。ボクが手を出していいのは――ちょっかいをかけて良いのは、スノーホワイトだけだからね!」
「いくらカワイイアイドルだからって、元参加者の彼女に何かするのは、天が許してもボクが許せないぜ」
「――そうか」
場所は病院の屋上。
白亜の建造物の上から、下界で起きた戦闘の一部始終を眺めていた少女の一人語りに、突如、成人男性の声が割り込んだ。
声の主は、医療用眼帯を掛けた男――我々が『ウェカピポの妹の夫』と認識している男であった。
屋上と階段の間にあるドアから現れた彼は、顔がほぼ真白に近い状態であり、息の調子も明らかに普通ではない。
今すぐにでも階段を下り、病院で診察を受け、入院するべきだ。
少女は、ウェカピポの妹の夫の姿を認めると、目を丸く見開いて、『ひゅう』と口笛を吹き、
「おやおや、セイバークン。いつの間に復活していたんだい? キミに復活系のスキルや宝具ってあったっけ? ともあれ、あの獣ちゃんの一撃を食らって無事生還出来て良かったね! ほら、あそこにいる神谷奈緒ちゃんの元に向かってあげなよ! キミが居なくなって悲しんでたんだぜ? 男の子は女の子を泣かせるもんじゃあない――って、あっ! キミはマスターの……ええっと、誰だっけ? まあ、良いや。ともかくキミは、あのセイバークンじゃなかったね。いやあ、勘違いしちゃってゴメンゴメン。『眼帯を付けてる』って特徴が同じだから、うっかり間違えちゃったよ」
「戯言は、結構だ……」
息を吸う間もない早口で喋る少女に対し、ウェカピポの妹の夫の台詞は途切れ途切れのものである。
いかにも辛そうだ。
それもそのはず――つい先ほどまで、ウェカピポの妹の夫は、自分が従えるバーサーカーが原因である急激な魔力消費に苦しめられていたのだから。
祖先から受け継いだ鉄球の技術によって体調をギリギリの状態で保っていなければ、今この場で急に倒れてもおかしくないのである。
「さっきまで、俺はここから離れた建物に居た……。そこで、ふと双眼鏡で病院の方を見た時、意外な人物を見つけたんだ……それも二人、な……」
壁に寄り掛かりながら、ウェカピポの妹の夫は語る。
「一人は……お前だ」
ウェカピポの妹の夫は、震える右手人差し指で少女の可愛らしい顔を指差した。
「病院の屋上に、円柱に乗った派手な服装のガキが、居たんだ……明らかな異常……嫌でも、目に入る。お前を見つけた時、俺は最初『また新しいサーヴァントが現れたのか』と思い、頭を抱えた。だが、双眼鏡でよくお前の顔を――お前の、目を見た時、それは違う事に気付いた。お前の目は、『戦いを見届ける者』の目だ。お前みたいな目をした奴らを、故郷で……見た事がある。そいつらは、『決闘の付添人』だった……」
そこまで言って、ウェカピポの妹の夫は、呼吸を整える為に深呼吸を何度かした。
「このフユキの街の聖杯戦争で、『戦いを見届ける者』の目をしているのは……何者か? 問うまでもないだろう……聖杯戦争の主催者だ。そう確信した俺は、すぐさまタクシーに乗り、病院に……到着。サーヴァントたちが暴れている正面玄関を避けて……そして……裏口から院内に入った」
「で、ここまで昇ってきたと?」
ウェカピポの妹の夫の台詞の続きを先読みし、少女は言った。
ウェカピポの妹の夫は、それを首肯する。
「見覚えのある目だったとは言え、遠くから見ただけでボクが聖杯戦争の主催者だと見抜くなんて、やるねぇ!」
正確に言えば、聖杯戦争の主催者側にいるのは、少女の他にスノーホワイトとルーラーも居るのだが、わざわざそんな事を付け加えて言わず、彼女はウェカピポの妹の夫に賞賛の言葉を投げかけた。
「そんなキミの観察眼の高さに賞品をあげたい気分だぜ。聖杯とかどう? あっ、嘘嘘! 冗談だよ冗談! あっはっはっはー!」
「いいや、そんなものは必要ない……今はな」
少女の巫山戯た言葉を無視し、ウェカピポの妹の夫は語る。
「だが、何か賞品をやるという言葉が本当ならば、俺は……お前に、こう言うぜ――『俺の右目と左腕を治せ』とな」
「……………いやあ、『右目と左腕を治せ』なんてさー。こんな可愛くか弱い見た目をしているボクが、そんな事できるとでも――」
「思うさ。可愛くか弱い『見た目』をしているだけだろう? いくら片目になったとしても、俺の目は誤魔化せねェー。お前は常識から外れた異常だ」
『鉄球』とはすなわち、『回転』の技術だ。
そして、人体とは血液や空気を始めとする多数の物が、回り、巡る物だ。
つまり、人という存在は、それだけで一種の回転である。
故に、『鉄球』の技術を習得したウェカピポの妹の夫から見れば、目の前に存在する少女が人から外れた存在である事は、一目瞭然なのであった。
もしくは、ウェカピポに負ける程度の『回転』の技術しか持っていなかったウェカピポの妹の夫でも一目で分かるほどに、少女の異常性は凄まじいのだとも言える。
「…………」
ウェカピポの妹の夫から『異常だ』と言われた少女は、ここで初めて黙る。
だが、ウェカピポの妹の夫は、そんな事に構わず、台詞を続けて言った。
「何せ、一度死んだ俺をご丁寧に右目が傷付いた状態で復活させたんだ、右目と左腕の修復なんて……余裕だろう?」
「一度死んだキミを蘇らせたのは、聖杯なんだけどね――ん? いや考えようによっては、ボクがキミを蘇らせたとも言えるのかな?」
少女は、そんな意味不明な事を呟いた。
「んー、嘘つくのもめんどくせーし、この際正直に言うよ。ボクはキミの目と腕を治す事が出来る。完全な目と腕をプレゼントする事なんて、余裕だぜ。だけどさぁ、もし『主催者側のボクがキミにそんな事をするのは、他の参加者とフェアじゃないからやれない』っつー、監督役の鑑のような発言をボクがしたら、キミはどうする?」
諦めて帰るの?――と。
少女が小馬鹿にした口調でそう続けて言おうとした瞬間。
彼女の首に、冷たい金属の感覚が伝わった。
それは剣――突然、少女の背後に出現したバーサーカーが、少女の首に近づけた邪剣である。
バーサーカーがあともう少しでも手を動かせば、少女の白い首の皮膚は切り裂かれ、鮮やかな血を流すだろう。
「首を刎ねる」
遅れて、ウェカピポの妹の夫はこう言った。
「いいか……俺は、俺を聖杯戦争という戦いに放り込んだお前ら主催者が憎くて憎くてたまらないんだ。殺してやりたい、くらいにな」
その台詞に偽りなく、ウェカピポの妹の夫の双眸には、殺意が疲労の色よりも濃く現れていた。
「だが、ここで俺の言う事を聞けば、怒りを鎮めてやっても良い……さあ、どうする?」
「ここでボクが死んだら、聖杯戦争にすっげー支障が出ちゃうんだけど、それで良いのかい? たとえ、これから勝ち抜けても、聖杯が手に入らなくなっちゃうかもしれないんだよ?」
「こんな体じゃ……どっち道、勝ち抜けられるわけねーだろうが……。それに――」
「それに?」
「俺には、今すぐにでも戦ってブチ殺したい奴が――殺さなくてはならない奴がいる。さっき言った、意外な人物の二人目――ウェカピポだ」
その名を口にするだけで内臓が憤怒に疼くのだ、と言わんばかりの怒りに満ちた形相を、ウェカピポの妹の夫の表情筋は描いた。
「あの特徴的な髪型とシケたツラは、一瞬見ただけでも分かる……この病院の警備員の一人は、アイツだ……間違いねー……。アイツが俺と同じく参加者として此処に呼ばれているのは、何ら不思議じゃあない……そうなんだろう?」
「さあ、どうかな? 彼は参加者かもしれないし、参加者じゃないNPCなのかもしれない」
「いいや、参加者だ。鉄球を持っているのを見たからな。ただの無力な一般人が、そんな物を持っている筈がない。アイツは、作られた人形(NPC)じゃあなく、俺をぶっ殺しやがったウェカピポ本人だ」
そこまで言って、ウェカピポの妹の夫は、少女のそばに近づき、彼女の胸倉を掴んだ。
大人の握力で握られた魔法少女風の可愛らしい衣服の繊維は、ブチブチと悲鳴を上げながら切れてゆく。
先ほど異常だと判断した相手に此処まで近付けるのは、ウェカピポの妹の夫が怨敵・ウェカピポを認識した事で興奮しているという、何よりの証左であった。
「俺はここでウェカピポと再び戦い、次こそは勝って、この手でブチ殺さなくちゃあならない」
ウェカピポの妹の夫は、自らの手による復讐を望んでいた。
そういう理由があり、先ほど彼は、周囲を巻き込む威力――シールダーだけでなくウェカピポまで殺しかねない威力の攻撃を放とうとしたバーサーカーを、令呪を持って強制転移させたのだ。
そいつを殺すのは俺だ。お前じゃあない――と。
貴重な令呪を消費してまでそうした事から、如何にウェカピポの妹の夫が自分の手によるウェカピポへの復讐を強く望んでいるかが分かるだろう。
『ベンディゲイドブランを目の前にしての強制転移』という自分の意に反する命令を受けた後でも、モードレッドが今もなお大人しくウェカピポの妹の夫の言う事を聞いているのは、『ウェカピポへの復讐』という、憎悪に満ちた彼の思いに協調したからに他ならない。
憎悪に狂う狂戦士が憎悪に狂うマスターとリンクするのは、当然なのだ。
「だが、奴と戦い、奴を殺そうとしているのに、目と腕が怪我を負っているのは致命的だ。だからなあ……おい、ガキ。俺の腕と目を治せ。今すぐにだ」
鼻息が当たる程に顔を近づけ、そう言うウェカピポの妹の夫。
ウェカピポの妹の夫が今している行為を、少女の正体を知る者が見れば、彼を勇敢な男だと褒め称えるか、並外れた馬鹿だと嘲るだろう。
彼の要求に対し、少女が返した言葉は――
「んもぅ、痛いなあ〜。服が破けちゃったじゃん。キミってもしかして、女の子に暴力的になれちゃうタイプ?」
それがウェカピポの妹の夫の逆鱗に触れた!
「あの世でもそうやって巫山戯てろクソガキ! やれッ! バーサーカー!」
理性の九割が吹き飛んだウェカピポの妹の夫の言葉に従い、バーサーカーが剣を動かす。
しかし、邪剣が細い首を刎ねる事は無かった。
いつの間にか、少女は姿を消していたのである。
まるでその場に元々居なかったかのように。
彼女の胸倉を掴んでいた筈のウェカピポの妹の夫の右腕は、今では空を掴んでいた。
少女の消失を理解し、ウェカピポの妹の夫は辺りを見回す。
しかし、どれだけ探しても、彼の半分の視界の中にあの特徴的なシルエットが現れる事は無かった。
「〜〜〜〜〜〜っ! クソッ! クソッ! クソッ! クソォーーーッ!」
右手で、屋上の柵を何度も殴りつけるウェカピポの妹の夫。
そんな事をしては、怪我をしていない方の右腕までが折れてしまうかもしれないが、彼はそんな事に構わない。
ただ、己のストレスを発散する為に殴る。殴る。殴りまくる。
しばらく経って、ようやく落ち着いたのか、しかしそれでも息が荒いままのウェカピポの妹の夫は、バーサーカーの方を向いた。
「腕と目が治らなかったのは残念だが……此処にウェカピポがいる事が知れたのは有益な情報だ……そうだろう?」
自分に言い聞かせるようにそう言うも、彼の口調は苛々を音で表しているかのようであった。
「ここはまず、回復に専念し、いつか、時が来たらウェカピポを倒す。この手でだ。バーサーカー、お前の手でじゃあない。俺は、この手で鉄球を放り、奴のクソッタレな顔面を潰してやる……!」
グッ、と固く握り締められた彼の拳は、最早一つの鉄球のようであった。
「まずは左腕を医者に診てもらいたいが、ウェカピポが警備員を勤めるここを使うのは拙いだろう。他の、小さな病院をあたるとするか……」
ウェカピポの妹の夫は、自分を担ぐよう、バーサーカーに頼む。
バーサーカーは承諾し、成人男性を担いでいるとは思えない程に軽やかな動きで、病院の屋上から飛び出し、屋上から屋上へと渡るようにして、他の病院がある方角へと向かって行った。
降っている雪で上空に目を向ける人が少ないとはいえ、随分と大胆な移動法である。
彼らが去った病院の屋上には、笑い声一つ残されなかった。
こうして、聖杯戦争一日目の午後は過ぎて行くのであった。
▲▼▲▼▲▼▲
【ウェカピポの妹の夫@ジョジョの奇妙な冒険第七部】
[状態] 疲労(中)、精神的疲労(大)、左頬強打、左腕骨折
[装備] 剣・鉄球
[道具] 無し
[令呪] 残り1画
[所持金] 5万円(財布の中身)
[思考・状況]
基本行動方針:自陣営の戦力を把握する
1.別の小さな病院に向かう。
2.バーサーカーに二度と理不尽な命令はしない
3.ウェカピポと聖杯戦争の開催者に強い(逆)恨み
4.いつかウェカピポと再戦し、この手で殺す。
[備考]
1.討伐令についての参加は保留し、状況の把握を優先します。
2.バーサーカー(モードレッド)による『調教』の結果、サーヴァントに鉄球は効果がない事を分からされました。
3.冬木の街に参加者としてウェカピポがいる事を把握・確信しました。
4.魔女ちゃんと会い、自分の怪我を治すよう要求しましたが、逃げられました。
【バーサーカー(モードレッド)】
[状態] 軽傷
[装備] 王剣 不貞隠しの兜 騎士甲冑
[道具] 無し
[所持金] マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:Faaaaatthhhhhheeeeeeeerrrrrrrrrrr!!!!
[備考]
1.ウェカピポの妹の夫の指示で病院に行くウェカピポの妹の夫に同行します。
2.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)を認識しました。
3.アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)、セイバー(スキールニル)と交戦し、撤収しました。
4.シールダー(ベンディゲイドブラン)の使い魔であるワタリガラス『ブラン』を認識しました。しかし、それの捕獲や殺害にまでは至れませんでした
5.シールダー(ベンディゲイドブラン)、セイバー(源頼政(猪隼太))、バーサーカー(████(ジェヴォーダンの獣))と接触。シールダー(ベンディゲイドブラン)と交戦しました。自分の父上のアルトリアと似た魂を持つシールダー(ベンディゲイドブラン)に強い執着を見せています。
6.マスターが、ウェカピポに対し強い憎悪を抱いている事を理解しました。
投下終了です。前後編なのを良いことに長い事キャラ拘束をしてしまい、すみませんでした。これからは気を付けます!
乙
ウェカピポの妹の夫ってゲスキャラのはずなのになんか笑えるんだよなぁ
ワカメに近いと言うかなんと言うか
乙です
スキルからして頭爆散した程度で死ぬわきゃないとは思ってたら
別なセイバーが脱落か
ウェザー組と滝澤組を予約します。延長もします
予約を取り消します。すいません
星座聖杯に当選したので初予約です。ウェザー組と滝澤組を予約します(デジャヴ)
ウェザー組予約します
ウェザー組投下します
ふわあ、と欠伸が出る。
連日の殺人事件や昨日の物騒なテロ騒ぎが起きたというのに、店の外から見える光景はいつものそれと変わらない。もっとも客足がいつもの土日祝のこの時間に比べれば少ないので、影響があるにはあるのだが。
暇潰しに店備え付けのTVを回すがやっているのはニュースか教育番組の囲碁中継、時代劇の再放送程度。
見るものもないし、ローカル局にチャンネルを合わせ、退屈からくる眠気を紛らわす為に伸びを1つ。
テレビには442プロのアイドル達が映っている。たしか142'sというユニット名だっただろうか。同性である私から見ても充分に魅力的で可愛い子達だ。
今日来ているのはクリスマスライブの告知の為だろう。
何もこんな物騒な時期にやらんでもとは思わなくもないけれど、アイドルというのも大変だなぁ、といった感想が頭を過る。
そんなとりとめもない思考をしているとカラン、と来店を告げるドアのベルが鳴った。
「いらっしゃいませー、空いてる席どうぞー」
入ってきたのは男性が一人。
見るからに外国の人。しかも奇妙なファッションをしているので一瞬面食らう。
声をかけてから日本語が通じるのか不安になったが、キョロキョロと席を探しているのを見ると言葉は恐らく通じているようだ。
一人なんだしカウンターでいいんじゃない? と胸の内で呟きながらお冷やとメニューを準備し、テーブル席に座った珍客の元へと持っていく。
近づくとお客さんの詳細な姿が目に入る。奇抜な服装で気付かなかったが、よーく見ると目鼻立ちの整った端正な顔立ちでまるでモデルのようだ。実際モデルなのかもしれない。
そんなことを考えながら、コップを1つ置いた時、ずいっとお客さんが私に顔を近づけてきた。
「ひっ!? な、なんですか……」
「すまない、もう一人いるんだが」
「へ?」
咄嗟のことで身構えてしまった私に対し、お客さんはボソボソと小さな声で話しかけてくる。
だが、その発言を受けて私は思わず間抜けな声を出してしまった。
いやいやいや、流石にお連れさんがいたら気付くわよ。そう思いつつ向かいの椅子に視線を向ける。
いた。凄い美人さんがそこにいた。
思わず目を見開き、咄嗟に反応が出来なくなってしまうくらいの美人なおねーさんだ。
艶やかな銀髪、タイトなパンツルックのスーツに強調されたナイスなボディ、エキゾチックな魅力を醸し出す褐色の肌、見つめられたら同性ながらもドキっとしてしまうだろう綺麗な瞳。
テレビに映っている442プロのアイドルの子達が霞むくらいの、飛びきりの美人。
だから私が我を忘れてついつい見惚れてしまったのも仕方のない話だろう。
「あの、もし?」
「え、あ、その、大変申し訳ございません……」
「いえ、よく影が薄いと言われますので」
おねーさんの声にハッと我に返り慌てて謝罪すると、おねーさんが困った様に眉根を寄せながら微笑む。
この美貌で影が薄いなんて嘘でしょ、という言葉が脳裏を過るものの、実際に気付かなかった私がいるのだから何も言い返せない。
気づけば男のお客さんは席に座り直してる。
とにかく慌てて騒がず落ち着いて、私はもう一杯のお冷やを汲んだ後、改めてこの外国人カップルの注文を受けるのであった。
◇
(……と、私の気配遮断スキルが大体どの程度の効力を持っているかは、これでご理解いただけましたか?マスター)
(一緒に店に入ったというのに、大したものだな)
注文したホットコーヒーを啜りながら、アサシンとウェザーリポートが念話で会話を交わす。
店員の女性がアサシンに気付かなかったカラクリは、アサシンの持つ気配遮断が理由だった。
朝、ウェザーリポートの手に渡った討伐令。
直接戦闘力に長けるであろうバーサーカー主従に対してマスターの暗殺という手は彼らが取れる最も有効な手段であろうとアサシンと協議した結果、実際に彼女の持つ気配遮断スキルがどのような物なのかを実演するために彼らはこの飲食店へと足を運んだのだ。
気配遮断に専念した彼女はウェザーリポートと並んで入店したというのに、店員の知覚を見事に欺いて見せた。
仮にウェザーの発言と同時に彼女が気配遮断を解除していなければ未だに気付いていない可能性すらあったかもしれない。
これが、サーヴァントとという超常存在の力かと、ウェザーリポートは内心で改めて舌を巻いた。
(もっとも、気配を殺す業につきましてはこのクラスの語源にもなりました"山の翁"らを始めとした暗殺を生業にしていた者達に比べれば大きく劣ります。攻撃に入る間際になれば恐らくサーヴァントは勿論のことマスターにも感知されてしまうでしょう。もし、標的の近くにサーヴァントがいた場合は、まず間違いなく暗殺は防がれてしまう、とご認識くださいませ)
(つまり、そのスキルを用いての暗殺は余程の好条件が揃っていなければ難しい、という訳か)
ふむ、と顎に手を当ててウェザー・リポートは思案顔になる。
討伐対象はどちらもバーサーカー。
その一般的なクラス特性を貂蝉から聞いた限りでは、思考能力の大半が消失してる関係上、マスターから独立させて運用するという手はあまり考えづらい。
(ならば、サーヴァントを魅了させて同士討ちを誘発した方がリスクは少ないな。理性のないバーサーカーにも君の魅了は通用するのか)
そうなると1つの手として考えられるのは、彼女の美貌で対象を魅了し操る力だ。
その効力も先程の店員で確認したばかりである。かつてのウェザーリポート同様にアサシンに見惚れた女性の姿。
それは理性のある存在であれば性別を問わずに彼女に魅了されることの証左である。
故に気にかけるべきは、理性を持たぬ相手に彼女の魅力が通じるか否かだ。
(私のスキルが通じるか否かで言えば、答えは"可"です。ですが、マスターの望む結果になるかといえば"難しい"といったところでしょうか)
(何故だ? スキルは通じるんだろう?)
(私のスキルは本能を直接刺激するものです。ですので例え理性がなくとも、例え人と価値観を異とする生命体であっても魅了すること自体は可能です。ですが、そこから相手を操るとなれば、相手方にも此方の指令を理解する知性などが求められます)
アサシンの魅了で相手を惚けさせる事は出来る。
しかし、思惑通りに動かせるだけの思考能力がなければ、敵サーヴァントを操り同士討ちに出来る確証はない。
あくまでバーサーカーを支配下に置くことを最終目標に据えるのであれば確実性に欠ける手でもって相対するのは些か以上にリスキーだ。
(つけ加えれば、勇猛や精神汚染などといった精神攻撃への耐性を持つ逸話を所持した相手、例えばマーラの誘惑を耐えきった仏陀、無念無想の境地に至った剣の達人といった手合に対しても効果は薄くなるかと)
(そこについては、そういった手合がいないことを祈るしかない、な)
精神に作用するものである以上、精神耐性を持っている相手には効果を成さない危険性も示唆され、ウェザーの顔が僅かに険しくなる。
意思のある存在に対しては絶対的な効果を発揮するアサシンのスキルの以外な落とし穴である。
絶対無敵であるかのように見えても相性によっては完封される危険性があるという点ではウェザーらの扱う異能、スタンドにも通ずるところがあった。
(やはり、俺達だけでは手が足りないか)
(はい、この討伐令だけという条件でどこかの主従と共闘関係を結ぶが上策かと思います。懐柔であれば私の最も得手とするところでもございますし)
嘆息を1つ。
令呪一画というアドバンテージを他の陣営に与えてしまうリスクを考えれば、彼とアサシンのみで討伐対象を始末することが最良であった。
だが、現状では不確定要素が大きい上に聖杯戦争は始まったばかりである。従って強行策という選択肢を選ぶことは出来ない。
であるならば次善の策は別の主従との限定的な同盟を組むことだ。
上手くいけば彼女の魅了によって討伐後もウェザーリポートらに都合のいい同盟相手になりえるかもしれない。
令呪の報酬を横取りされるかもしれないというリスクをウェザーリポートは飲む事に決めた。
そのウェザーリポートの認識に同意の言葉を伝えながら、アサシンがコーヒーに口をつける。
一瞬、驚きによって切れ長の美しい目が丸々と見開かれた。直後にアサシンの表情は眉根を寄せた何とも形容しがたい微妙なものに変わる。
彼女の反応にコーヒーに何か仕込まれてでもいたかと思わず身構えるウェザーリポートであったが、特に身体に変調は見られず、アサシンから警戒を促す様な念話もない。
代わりに据わった目で今しがた自身が口をつけた黒い液体を睨むアサシンを見て、1つの仮説が浮かんだ。
「……コーヒーは口に合わなかったか?」
「知識にはありましたが、ここまで苦いものだとは。越の勾践が嘗めたという胆の汁もきっとこの様なものだったのでしょう」
「ミルクとシュガースティックを入れて飲むといい。それで少しは口に合うようになるだろう」
古代中国の英雄にとっては馴染みのない味だろうと納得し、安堵の感情を浮かべながらミルクのポーションとシュガースティックを手渡す。
その2つをコーヒーに入れかき混ぜてから、アサシンが恐る恐る漆黒から褐色に色を変えた液体に口をつける。
瞬巡、そして再び口をつける。どうやら口には合ったようだ。
気を取り直して念話を再開する。
(しかし、共闘を打診するにしてもどこにマスターがいるかも分かったものではないんじゃあな)
何度か町には探索も兼ねて足を運んでいるものの、特にそれらしい存在とは出会えた事はない。
他のマスターに会えなければその先の討伐令の遂行も、その後の関係づくりも取らぬ狸の皮算用といったところである。
どうしたものかと答えの見えぬ課題に頭を悩ませるウェザーリポート。
その時、店に備え付けられていたテレビから突如として悲鳴が上がり、二人の視線はそちらへと釘付けになった。
画面が映すのはスタジオに乱入した怪人。
病的な肌の白さとで人の血の赤のコントラストが映える男が殺戮を繰り返し病的な笑みを浮かべながら少女達へと迫り来る。
あわや、お茶の間に少女達のスプラッタが公開放送されようとしたその時だった。
赤と金の影が疾駆し怪人を吹き飛ばす。鎧に包まれた何かが少女らを守るように立ちはだかり、そこでテレビの画面は"しばらくお待ち下さい"というテロップと共に環境映像へと切り替わった。
(アサシン)
困惑している店員や他の客を尻目にウェザーが問いかける。
彼女もこの状況は予想外だったのだろうか、驚いた表情で画面を見ていたアサシンはウェザーリポートの声に反応して我に帰ると、彼の言わんとしている事を察して首肯で応えた。
朝に確認したその姿を、この短時間で見間違う筈もない。
(はい、あれは討伐例の出ている主従の片割れ、人食いの方のマスターです。アレを止めに入った機械鎧の人物も恐らくは参加者でしょう。画面越しのため確証はありませんが、一撃で仕留めきれなかった事から見てもマスターであると考えた方がよろしいかと)
(マスターだけで現れるとは。互いにサーヴァントを連れていないのか?)
(別行動を取っている、というのは聖杯戦争の定石としては考えにくいのですが)
(なら、奴らは定石で動いていないということだろう。メタルアーマーの男はさておき、もう一人はこの戦争の仕掛人直々に指名手配をするほどにやり過ぎた手合だ。常識的な価値観で測らない方がいいかもしれないな)
サーヴァント同士の戦闘ならばともかく、マスター同士の戦闘が地上波で流されるなどという事態を誰が予測できるだろうか。
予想しようのない事態ではあったが、それでも彼らにとっては好機と考えていいハプニングであっただろう。討伐対象とそれに対抗する人物、二人のマスター候補の情報が手に入ったのだから。
(何にしろ、姿を見せないピエロに比べればあちらの方が格段に潰しやすいと判断すべきだ。しかし、何故テレビ局に襲撃などと目立つ真似をした……? 何か狙いがあったのか……?)
(確か、先程の放送ではゲストとして芸能事務所の歌姫達とその後援者が出ておりましたが)
(どちらかを狙っている、さっきの映像を見る限りだと狙いは芸能事務所の方か? ちなみに後援者の名前は?)
(トニー・スターク。この町に進出してきた海外企業の社長です)
(……たしか、スターク・インダストリーの"鋼鉄の男(アイアンマン)"だったか)
スターク・インダストリーという会社にはウェザーリポートらは前から目をつけていた。
世界的な知名度、第二次大戦期より前から存在する歴史ある大企業だという。しかし同国出身のウェザーリポートはその企業に一切の心当たりはなかった。
「アップル」「マイクロソフト」といった彼も良く知る企業に混じり、さも当然の様に存在するどころかこの聖杯戦争の舞台になっている冬木市に拠点の存在する謎の企業。
ウェザーリポートにとっては怪しむに足る十分な理由があったが、今回の騒動でこの企業に対して持っていた一つの疑惑はより強固なものとなった。
(サイバネティックの大家の社長が出ている番組に乱入した怪人と"機械の男(メタルマン)"、まるでコミックみたいに出来すぎた話だ。お次はロボコップでも出てくるかもしれないな)
(どう思われますか?)
(俺は、あの機械の男がトニー・スターク、ないしはスターク・インダストリーの関係者だと考えている。そして、現状共同戦線を張るのであれば、あれが適任だともだ)
(同感です)
少なくともあのタイミングの良さは討伐令の対象者がいつ襲撃を仕掛けたとしても対応できるように予め準備していたものであったことは明白だ。
ならば護衛対象はゲストで出ていたアイドルかトニー・スタークのいずれかであった可能性は高く、また、SF映画の中から飛び出してきた様な機械鎧を関連付けるのであれば、それならばあり得るのは電化製品を扱うスターク・インダストリーの方だろう。
加えて現状では正体不明の機械鎧の男とは共通の敵を持った事になる。
サーヴァントが姿を見せなかった事は気になるが、漸く見つけられた共闘相手だ。これをむざむざ見逃すという手を取るつもりはない。
("将を射んと欲すればまず馬を射よ"、たしか東洋の諺だったか。あれを引き込むのなら、まずはトニー・スタークを引き込むべきだ)
機械鎧の男がスターク・インダストリーの関係者であると仮定すれば社長であるトニーを文字通りに抱き込んでしまうのが一番だ。
事前に仕入れていた情報で彼の限度がプレイボーイ気質であることは分かっている。アサシンにとっては格好の獲物と言えるかもしれない。
仮にトニー・スタークが何も関与していない可能性もあるが、その時はその時だ。
(この放送はすぐに他の参加者にも伝わる筈だ。早々に手を打ちたい。社長へのパイプラインを作るかバーサーカーのマスターの暗殺だ。お前ならそう難しい話ではないだろう?)
(無論です。殿方に取り入る手管こそが私の本領でございますので)
ここから放送のあったローカル局まではそう距離はない。急げばバーサーカーのマスターが現場に残っている可能性があるし、そうでなくともトニー・スタークに接触できる機会を作り出せる。厳重な警戒であろうと気配を遮断したアサシンにとっては無意味だ。
方針が決まれば後は早い。二人して席を立ち、会計をすませ店を後にする。
混迷を極める戦場に、美しき刺客と記憶を失った放浪者もまた己が望みを賭けて身を投じた。
【新都 テレビ局近くの喫茶店 / 1日目 午前】
【ウェザー・リポート@ジョジョの奇妙な冒険(第六部)】
[状態]健康
[装備]スタンド『ウェザー・リポート』
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:失くした人生を取り戻す。
[備考]
1.情報を集める。
2.テレビ局に急行し、可能ならばバーサーカーのマスター(滝澤政道)を暗殺する。いなければトニー・スタークに接触する
3.トニー・スタークをこちら側に引き込み、機械鎧の男と討伐対象の脱落まで共闘関係を結ぶ。
※記憶喪失になっており、エンポリオや徐倫と出会う以前から参戦しています。
※それ故に、アサシンの宝具で思考を操られ、戦いへの躊躇を取り払われています。
【アサシン(貂蝉)@三国志演義】
[状態]健康
[装備]短刀
[道具]魔眼殺し
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。呂布と再会し、戦乱とも陰謀とも無縁な平和で幸せな家庭を末永く築く。
[備考]
1.情報を集める。
2.テレビ局に急行し、可能ならばバーサーカーのマスター(滝澤政道)を暗殺する。いなければトニー・スタークに接触する
3.トニー・スタークをこちら側に引き込み、機械鎧の男と討伐対象の脱落まで共闘関係を結ぶ。
※センタービル跡付近に赴き、周囲の人間から情報を集めました。主催の手紙で伝えられた情報以外にも、有益なものを持っているかもしれません。
【共通備考】
※滝澤政道によるテレビ局での虐殺とアイアンマンの乱入がテレビで放映されました。アイアンマンが登場した時点で放送は中止されています。
以上で投下を終了します。
投下乙です
この二人は相性いいなあ。ウェザーが思考を操られてるとはいえ、二人とも乗り気なので意見の対立は起こりにくそう
男は手球に取れる貂嬋でも、同じ目的で市内を巡回する董卓と出会ったらどうなるか
そしてトニー、アイドルを守るという善行の代償は大きかったか。協力が目的とはいえ魅了されたらマズいことになりそう。最初の頃は記者にも手を出したからな…
感想です。
ウェザー組の静かで堅実な、しかし着々と進みつつある聖杯戦争の一歩を感じられる話だったと思います。今後の彼らの動き次第では戦争の流れが大きく変わるかもしれませんね。コーヒー飲むパートが好きです。
人助けをした社長がアサシン組に目をつけられてしまうというのは、なんとも皮肉な話ですね。
感想ついでに投下します。本当は一度にまとめようかな、と思いましたが、タイトルや話の流れ的に分割した方が面白そうだなと思ったんでそうします。続きは今週中には投げられると思います。
赤が、見ていた。
地に撒き散らされた血の中から。
天を覆う雲の更に上に在る太陽から。
人それぞれの胸の内にて動き続けている心の臓と共に。
全てを、見ていた。
見て、視て、観て──全てを見ている。
見るだけ? 何もしないのか? ──そう、それが行うのは観測(ウォッチ)のみ。
少なくとも現時点では、それ以上のことはしない。
というより、出来ないと言った方がいいか。
舞台に上がることもなく、ひょっとすれば今後のフラグの転がし方次第では登場すらしないほどに位置外の存在。
それが、赤であった。
故にそれは見続ける。
これまで通りにこれからも見続ける。
ずっとずっと、見続けるのだ。
まあ、もっとも。
それがどれだけ戦場を眺めようと。
その視線に気付く者は、いるはずもないのだが──。
▲▼▲▼▲▼▲
『ん……?』
『どうかしたの? セイバー』
『何か視線を感じたような……いえ、気のせいでしょう。なんでもありません』
気のせいと言うスルトだが、ここは聖杯戦争の舞台である。
神代を生きたトップサーヴァントの彼女であっても、その存在を感知出来ないほどに高度な気配遮断能力を持つサーヴァントがいたっておかしくない。
なので念のため、近くに降り積もっていた雪を掻き集めてソフトボールくらいの大きさの雪玉を作り、『探索』のルーンを刻んだ後、それを適当な方向にポイと放り投げた。
即席の材料で作った簡易的な探索機である。しかし、神代の威力を有する原初のルーンの使い手であるスルトが作成したそれは、並のキャスターが手間暇かけて作るものよりも遥かに高い質を誇っていた──具体的にいうと、一定範囲内に彼女を監視する者が居れば、その方向へと真っ直ぐ飛んで行くくらいの索敵機能が備わっている。
けれども、彼女が放り投げた探索機がその効力を発揮することはなかった。
そのまま重力に従って落ちただけである。
くしゃり、と音を立てながら、地面と衝突して形を崩す雪玉──付近に身を潜めているものはいないと考えていいのだろう。
それでも先程感じられた視線がどうにも気になるのだが、探索機が反応しなかった以上、聖杯戦争で気が張り詰めているが故に起きた錯覚だったと考えるべきなのだろうか。
あるいは、魔眼や遠隔視の術を持って覗かれているのか────流石にそんな特殊な手段を使われれば、探知しようもないのだが。
と。
そう結論付けて、スルトは己が主人である美波との念話に戻った。
『それで、アーチャー達にはどこまで伝えましたか?』
『だいたい全部、かな。ヘリオガバルスのことと事務所のこと、あとセイバーが追い払ったっていう人喰いのバーサーカーのことも』
『それで、向こうは何と?』
『「こっちも気をつける」って。……あっ、あと、今から事務所に来るみたい』
スルトは眉を顰めた。
これからアーチャー達と合流することになるという事実が彼女の気を重くしたからだ。
これまでの話を読めば分かる通り、スルトにとってアーチャー、ベル・スタアもといビリー・ザ・キッドは好き好んで付き合いたいと思えるような相手ではない。
率直に言えば、苦手な部類の人間である。
しかしそうも言ってられない状況になってしまったのだから仕方ない。
442プロダクションにはヘリオガバルスなるキャスターが現れ、アイドルが出演する番組には人喰いのマスターが乱入し、事務所付近には人喰いのサーヴァントが現れたのだ。
非常事態に次ぐ非常事態。
緊急事態に次ぐ緊急事態。
ここで同盟相手と共に行動せずして、いつするのだ。
だから、スルトはアーチャー達が事務所にやって来ることに対して芳しくない反応を見せたものの、念話では、
『そうですか。では、マスターは待機を続けておいてください。わたしもすぐにそちらへと向かいますので』
と返した。
念話はそこで終了した。
獣を追い払ったついでに、他にサーヴァントはいないかと周囲を探索していたスルトだが、アーチャー達がやってくると分かってはそんな呑気なことはしていられない。
アイドルなだけあって美波は並の人間よりも遥かに高いコミュニケーション能力を持っているが、それでも、あの人を食ったような態度を常とするアーチャーの相手をするのは荷が重いだろう。
なので、一刻も早くマスターと合流するために、スルトは事務所がある方向へと、歩を進めた。
高層ビルの屋上から屋上へと飛び移るようにして移動する。
やがて、目的地である442プロの事務所が見えてきた。
これまでと同じように、そこの屋上目掛けて飛び移ろうとしたスルトだが、寸前で足を止める。
空模様は雪であり、そんな天気の時に、わざわざ屋上に出てくる者などいるはずがない。
だというのに──だというのに、だ。
442プロの屋上──そこには、薔薇が立っていた。
否。
薔薇が如き、ひとりの美少年が立っていた。
予想外の先客に、思わず足を止める。よくよく見てみれば、その美貌には見覚えがあった。
(あれは確か──)
ヘリオガバルス。
442プロに突如として現れ、ライブに参加しようとしているキャスターである。
▲▼▲▼▲▼▲
「ふむ……」
屋上から下界を眺めながら、ヘリオガバルスはそう呟いた。
ライブ会場の陣地化を目論んでいる彼は、まずは会場全体を一望する必要があると思い、善は急げとばかりに、優子達と合流するよりも前に、ここに足を運んだのである。
その行動は正解だったと言えよう。屋上からは、ライブ会場全体の隅から隅まで眺めることができた。
ちらほらと降り落ちている雪で視界が若干悪いが、『皇帝特権』で獲得した視覚系スキルの前では、それは些細な問題であった。
会場の一画に大きく設けられたライブステージに目をやり、ヘリオガバルスはうっとりとした表情を見せる。ステージ上で歌って踊り、宴に耽る自分の姿を想像し、頬の緩みを抑えられなかったのだ。
「フフ、祭事を行うだけあって、構造はしっかりとしているな」
眼下に広がるライブ会場を目にし、どこをどう弄れば己にとって有益な陣地となるかをすぐさま理解した。流石、生前は神殿の建設に携わっただけのことはある。
あとは実際に現場に潜り込み、仕掛けを施すだけだ。
「では、下りるとするか。流石にそろそろ戻らねば、マスターが面倒なことになりそうだからな。面倒は好かぬ」
屋上から去ろうとするヘリオガバルス。
振り返った彼の目の前には、一人の女が立っていた。
そして同時に己の胸元に『何か』が向けられていることを知る。
見ると、それは枝だった。
焼け焦げた枝のような『何か』だった。
一体それが何なのかは分からないが、状況からして凶器以外には考え難いだろう。
女──スルトは男なのか女なのか判別し難い、中性的な声で、次のように問いかけた。
「ヘリオガバルス……ですね。ここで何をしていたのか教えてもらいましょうか」
彼女は、こんな天気の中で屋上に出ていたヘリオガバルスを不審に思っていた。
もしも、美波が出るライブに何かしらの危害を与えるようなことをしているのであれば、見逃せない──それに、仮に何もしていなかったとしても、今彼女らがいるのは人気のない屋上である。
もし、ここでスルトがヘリオガバルスを切ったとしても、誰も目撃者はいないのだ。
というか、スルトとしてはここでヘリオガバルスを仕留めた方がいいとさえ思っていた。
謎のサーヴァントに出会い頭から胸元に凶器を突き付けられ、尋問されるという事態に、ヘリオガバルスは顔を強張らせた。
当たり前だ。
絶体絶命とはまさにこのことなりとばかりのピンチにおいて、なおも余裕を保っていられるほど、彼は狂人ではない。
しかし、暫く経つと、何かを察したような様子を見せ、口元に微笑を浮かべる。
その変化は、硬く閉じられていた蕾が、春の到来と共に芳香を伴いながら花弁を開く姿とよく似ていた。
「なあに、ちょっと地上を眺めていただけさ」
「何のため、ですか?」
「会場を余の陣地にしようと思っているのだ」
「……はぁ」
己の行為に恥じるべき部分は何もないとばかりに言ってのけたヘリオガバルスに対し、スルトは、やっぱりか、と言いたげな表情でため息を吐いた。
そして彼女は確信する。
ヘリオガバルスはロクでもない奴であり、これ以上生かしておいては、間違いなく厄介事を起こすということを。
というより、もう起こしかけている。
やはり、ここは殺しておくべきか──と。
そのような考えに至ったスルトは、『万象焼却せし栄光の灰燼(レーヴァテイン)』 を握る手に力を込めた。
真名開放どころか、宝具の力を0.1%も発揮する必要はない。この程度の格下キャスターが相手なら、ただ剣で霊核を貫けば、そこで終わりだろう。
スルトがヘリオガバルスの胸元目掛けて剣を突き刺そうとした──その瞬間であった。
ヘリオガバルスが、再び口を開いたのは。
「──余を殺して大丈夫なのか?」
その言葉に、手が止まる。
「愚問ですね。貴方を生かしておけば、我々にとって百害あって一利なし。ここで殺すべきです。そもそも、サーヴァント同士が遭遇して、殺し合いが発生しないほうがおかしい話でしょう」
「おっと、言い方が悪かったな。改めよう──『ライブ開催の主導権を握っている余を殺してもいいのか?』」
「…………!?」
スルトが驚くのも無理はない。
彼女はヘリオガバルスが事務所の幹部共を魅了する前に事務所から離れており、マスターの美波ですらまだそのことは知らないのだから。
現在の442プロのクリスマスライブの開催において、ヘリオガバルスは新入りの分際でありながら、もはや必要不可欠の存在となっていた。
そもそも、ライブの開催自体がヘリオガバルスの美貌を持って強行されているようなものなのである。
もし、ここで彼が死にでもしたら、ライブは開催されないだろう。
いや、それどころか酷い混乱状態が生じるに違いない。
己の真名を知っていたことと、屋上とはいえアイドル事務所で遭遇したことから、ヘリオガバルスはスルトがアイドルのマスターを持つサーヴァントだと推測し、考えたのだ。
『こいつは、ライブが開催されなくなると困るのではないか』と。
生前は人の気持ちなど一切考慮せずに踏み躙るような人生を送っていた彼であるが、人の心の弱い部分を見つけることだけは大の得意であった。
二重の意味でいやらしい男である。
「お前とマスターがライブの開催を望んでいるというならば、ここで余を殺すのはやめておけ。もし余が死ねば、余を失った民共が──貴様らの周囲がどうなるか、分からぬぞ?」
歌うように滑らかな発音で、ヘリオガバルスは続けて言った。
「だからこそ、命じる──余を見逃せ」
微笑みと共に、そう告げるヘリオガバルス。そのあまりに優雅な佇まいは、とても命乞いをしているようには見えなかった。
皇帝にまでなると、命乞いすら高貴に見えてくるのか、と思わずにはいられない姿である。
美波のことを思えば、ライブを開催するためにも、ここはヘリオガバルスを見逃すべきである。
しかし、ここで見逃せば、ヘリオガバルスの計画を許してしまうも同義である。
板挟みに苦悩した末にスルトが出した答えは、
「──分かりました。今回は貴方を見逃します」
であった。
ここで自分一人で決を下すのは難しい。一度、マスターの美波や、アーチャー達を交えて話すべきだ、と判断したが故の答えであった。
スルトの真名を知らぬヘリオガバルスは意図しなかったことであるが、『お前の行動一つで、周囲に波乱が起きるかもしれない』という種の脅しは、実は彼女にとって非常に有効なものであった。何せ、スルトは一度、自分の激情のままに行動した末に、北欧を焼き尽くしてしまったのだから。
そういう失敗と反省もあったのだから、己の判断だけを頼りに動くことに対し、慎重になるのも、無理のない話である。
胸元に向けられていたレーヴァテインは、返答と同時に下ろされていた。
「うむ、良い良い。良い判断だ、名も知らぬサーヴァントよ。その賢明な判断に免じて、皇帝に剣を向けた蛮行は赦してやろう」
いったいどれだけ上から目線で話せば気がすむのだ、この男は。
「あくまで『今回は』です。もし今後、貴方が私のマスターに危害を加えるようなことがあれば、その時は容赦なく殺しますよ」
それどころか、もしこの後マスターとアーチャー達と合流し、話し合った末に『キャスターは殺すべきだ』という判断が下されれば、その時は即座に首を取りに行くつもりであった。
見逃されたヘリオガバルスはその場を去るべく、昇降口がある方向へと歩みを進めていく──しかし。
しかし、その最中でスルトとすれ違おうとした瞬間、彼は何かに気づいたかのように、カッと目を見開き、そのまま彼女の方へと顔を向けた。
互いの鼻先がくっつく寸前まで顔を近づけ、クンクンと鼻を鳴らしながら、ヘリオガバルスは口を開く。
「この匂い! この嗅ぎ覚えのある匂いは……まさかお前、女か!? そうだ、やはりこの匂いは──掟とかいう、醜男の自慰以上に非生産的な物を律儀に守っていた、アクウィリアと同じ──『処女』の匂いではないか!」
ヘリオガバルスはまるで宝を見つけた冒険者のような歓喜の声を上げた。
彼の顔にはスルトがこれまで見た中で、一番の笑顔が浮かんでいた。化粧代わりに喜色を塗りたくっているのではないのだろうか。
「そんな格好をしているから、てっきり男かと思ったが、男装していたのか……余と同じ、いや、余と逆だったわけだな。フフっ」
スルトは凹凸の少ない体型をしている上に、執事服のようなファッションに身を包んでいるので、パッと見は男に見える。そのため、ヘリオガバルスはこれまでの間、彼女のことを男だと誤認していたのだ。
「……それがどうしたというのです」
如何に愚鈍な者が聞いても心情を察せられるほどに不愉快そうな声で、スルトは言った。
まあ、処女を指摘されて気を悪くしないものなど、普通はおるまい。
スキールニールであった頃は北欧の勇士として活躍していたスルトは、女を抱いたことはあったが、しかし、男に抱かれた経験は皆無であった。
「いや、なぁに、英霊になってなお男を知らぬ女が珍しく見えただけさ──どうだ、女よ、余に抱かれてみるか?」
「……」
スルトは、絶句と否定の二重の意味を持った無言を返すだけだった。
そして、それと同時に、彼女は既視感を抱いた──いつか、前にもこんな阿呆を見た気がする。
その既視感の正体はすぐさま判明した。
フレイヤだ。
あの、何かと性に奔放な神々が多い北欧神話でも飛び抜けて性に奔放であり、男共どころか女であるスルトとすら寝ようとしていた、スーパーケルトビッチならぬスーパー北欧ビッチ。
目の前にいるヘリオガバルスは、あの豊穣の女神と似ていた。
そもそも、命乞いの末に見逃してもらったばかりだというのに、このように挑発的な台詞を言うヘリオガバルスは馬鹿なのではないかと思わされるが、言わずにいられる自制心を持っていれば、彼は史実に描かれるような最期を迎えていない。
己の欲のままに生き、己の悦のままに動くからこそ、ヘリオガバルスはヘリオガバルスなのだ。
だからこそ、これから彼が為す愚行も。
下衆な台詞に続けるようにして口から出た発言も。
やはり、彼がヘリオガバルスであるが故のものだったのだろう。
「むぅ、つれない態度だな。普段ならば腹が立って殺したくなるところだが、そんな態度を処女がしているとあれば、劣情を催させる要因にしかならんぞ。恋も愛も知らぬとばかりの、枯れ木の如く媚がないその態度は、実に良い。余が直々に手を加え、花を咲かせてみたくなるぞ、ふふふ」
彼の言葉は。
──── 「ゲルズを娶ろうと思う」
『恋も愛も知らぬ』という発言は。
──── 「これが、恋なのだろうな。初めての感覚だ」
これ以上ないほどに、スルトの古傷を抉り。
──────────── ああ、私は主よりも先に覚えていたものは恋だったのか。
そして。
彼女の、逆鱗に、触れた。
▲▼▲▼▲▼▲
ヘリオガバルスの地雷の上でタップダンスどころか、そのままアイドル志望らしく一曲踊りきるほどの発言を受け、スルトは激昂した。
発狂したといってもいい。
心の奥底からマグマの如く噴き上がってきたものが理性を融解させ、感情を一気に沸騰させる。
キレた彼女が真っ先におこなったのは、目の前にあるストレス源の排除──つまり、ヘリオガバルスへの攻撃であった。
太陽にすら匹敵する炎熱を纏う剣は、力任せに振るわれた。
それを、ヘリオガバルスが避けることができたのは、奇跡だったといえよう。
たかだか数年だけ皇帝だった彼が、一つの神話体系を焼き滅ぼす剣を避けるなど、あり得ざることである。
普通なら、軽薄なニヤケ面を浮かべる顔を、花弁より容易く切り落とされていただろう。
しかし、結果として、彼は回避に成功したのだ。
それは何故か。
一つは、スルトが正気でなかったことにある。
彼女は、自分が今一番優先すべきことすら忘却し、ただ感情のままに剣を振るったのだ。如何なる状況下にあっても十全な技巧を保証するスキルである『無窮の武練』でも有していなければ、その剣の流れには必ず何かしらの欠陥が生じるのは当然である。
そして、もう一つの理由は、ヘリオガバルスが事務所の陣地化を進めていたことにある。
未だ陣地が作成途中であっても、居るのが屋上であっても、そこは皇帝の支配下になりつつある場──ならば、ヘリオガバルスが有利な判定を受けないわけがないのだ。
スルトにあるデバフとヘリオガバルスにあるバフ──両者はほんの僅かな、普通ならば無視してもいいようなものであったが、二つが合わさることにより、ヘリオガバルスの回避が成功するという事態を引き起こしたのであった。
(これはマズいかもしれないな……)
今更になって自分が余計な事をしたと理解するヘリオガバルス。彼が自分が陥った事態の深刻性に気付くのは、いつだって取り返しのつかないラインを超えた後になってからだった。
逃げた敵に追撃するべく、スルトは、すぐさま二度目の攻撃を放とうとした。
しかし、そうはさせじとヘリオガバルスはスルトの真上から局所的に薔薇の花弁を降らせた。皇帝が有する宝具が一つ『唄え悦楽、我が真紅の瀑布の中に(ローゼス・オブ・デウス・ソール・インウィクトクス)』 の限定開放である。
視覚妨害に加え、相手の敏捷性の低下を見込んでの開放であった。
雪に加えて薔薇の花弁が降り落ちる光景は、この世のものとは思えない。
非現実的で、幻想的なものである。
それもそのはず。
今ここで行われているのは、幻想の極致たる聖杯戦争なり。
ならば、雪と薔薇が同時に降り落ちたとしても、何らおかしくはないのだ。
そして。
それらをまとめて一瞬で蒸発させる炎熱が発生したとしても、同じく何らおかしくないのである。
「邪、魔、邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔……!」
聞いた者を殺害できるのではないかと思わされるほどに負の感情がこもった呪詛を呟きながら、剣を横薙ぎに振るう。
たったそれだけで、スルトの視界を桃色に塗り潰していた薔薇の山は、雪もろとも燃え上がり、そして塵も残さず消え失せた。
世界樹を燃やし尽くした剣にとって、ただの薔薇が障害となるわけがあるまい。
薔薇の幕が失せた事で視界が晴れる──その先には、己の宝具が一瞬で破られたという事実に愕然としている皇帝の姿があった。
そんな彼に次こそは必殺の一撃を与えんと、スルトは足を踏み出した。
対して、ヘリオガバルスはその場で腰が砕け、みっともなく尻餅をついた。
黒き者が放つ圧倒的なオーラに今更気圧されたのだろうか。
それとも、絶対に逃れられぬ窮地に絶望したのか。
ヘリオガバルスとスルトの力量の差は圧倒的であり、覆しようのないものであった。
薔薇を降らせる第一宝具ではなく、第二宝具を使えば、まだ対等に渡り合えたか──いや、そちらの方が拙い。
ヘリオガバルスが第二宝具にて扱うは、生前建造させた神殿の具現化にして再現であり、神官として、太陽神の加護を全力で引き出すものである。
つまり、神の力だ。
そんなものを『神殺し』のスルトの目の前で使えばどうなるかなど、それこそ火を見るよりも明らかだろう。
彼が頼りとする神の力が高ければ高いほど、不利になってしまうのだ。
つまるところ、両者の相性は性格においては勿論、戦闘においても壊滅的に悪かったのであった。
地面に腰をつけたヘリオガバルスは、酸素が足りない金魚のように、口をパクパクとさせる。恐怖のあまり、言葉すら発せられなくなったのだろうか。
そんな彼の無様な姿を嘲笑うことも憐れむこともなく、ただ、スルトは剣を構える。
炎剣は、今、たったひとりのキャスター目掛けて振り下ろされようとした──その時だった。
ぱあん。
と、破裂するような音が響いたのは。
それから一瞬ほど遅れて、ヘリオガバルスの頭は弾け飛んだ。
薔薇の花弁のように赤い内容物が零れていく。
そのまま、彼の身体は重力にしたがってぐたりと倒れた──銃撃である。
この瞬間的ながら激しい音と光景は、今までヘリオガバルスひとりに全集中の殺意を向けていたスルトの意識を正気に戻した。
というより、呆然とさせた。
当然ながら、ヘリオガバルスを襲った凶弾は、スルトによるものではない。彼女の武装は銃ではなく剣である。
──これはなんだ? なぜ急に銃撃が?
その疑問は数秒としない内に解かれることとなる。
何故なら、彼女の知識において、銃撃といえば真っ先に繋げられる人物がいるからだ。
「Hey!」
凄惨な場にそぐわない、陽気な声がした。昇降口の方からである。
目を向けてみると、そこには銃を握った女がいた。
彼女のことを、スルトは知っている。
ベル・スタア──というのは、スルトが知らされている、偽りの名。
真の名は、ビリー・ザ・キッド。
あるいは、ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム。
今朝遭遇し、同盟を結んだアーチャーである。
「だいたい半日ぶりだねえ、セイバー。随分とおっかなくなってるじゃん?」
投下終了です
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