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ガールズアンドパンツァー・バトルロワイアル

1 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 03:34:32 VdWvp1es0
―――学園艦生徒諸君。本日はまこと残念ながら、殲滅戦へ参加して頂く。

まとめWiki
ttp://www65.atwiki.jp/gup-br/


【参加者名簿】
○/○/○/○/○
○/○/○/○/○
○/○/○/○/○
○/○/○/○/○
○/○/○/○/○
○/○/○/○/○
○/○/○/○/○

35/35

・登場可能なのは映像媒体作品(TV・OVA・劇場版)かつ、名前があるキャラクターのみ
 具体的には、県立大洗女子学園、黒森峰女学園、聖グロリアーナ女学院、サンダース大学付属高校、アンツィオ高校、知波単学園、継続高校、大学選抜チーム
・登場話が投下された時点で参加者枠確定
・参戦時期は全員映画後で固定
・一回の登場話で登場可能なのは最大三人まで


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2 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 03:36:03 VdWvp1es0
【基本ルール】
・全員で殲滅戦をしてもらい、最後まで生き残った一人、もしくはチームが勝者となり、日常へ解放、賞金10億円を手に入れる
・『チーム制』を採用している。三人までならスマホの『チーム作成アプリ』に指紋認証し、『リーダー』を決定することでチームを組むことができ、
 GPSにチームメイトの情報が追加され、チーム内チャット機能(画像・動画アップロード可)、地図アプリでのチームメイト位置情報が同期・解禁される
 パーティキルをした場合のペナルティはないが、チームを抜けるにはチームメイト全員のスマホアプリに指紋認証するかリーダーを殺害しなければならない
 また、チームは複数同時に入ることは出来ない。リーダーが死んだ場合、その時点でチームは解散扱いとなる
 チームに入っている状態で死亡すると、チームを抜けた扱いとなりメンバー枠が1枠空く。なお、リーダーはチーム結成後自由に変えることが出来る
・ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない
・ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点(場所不明)から麻酔で眠らされ、MAP上にバラバラに配置される
・プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる

【スタート時の持ち物】
・プレイヤーがあらかじめ所有していた武器は全て没収、武器に相当しない日用品程度ならば持ち込みは許される
・ゲーム開始直前にプレイヤーは以下の物を支給される
「九九式背嚢」「毛布」「携帯天幕」「飯盒」「ノバー7X50双眼鏡」「昭五式水筒」「スマートフォン」
「レーション・白米セット」「信号灯」「支給品-い」「支給品-ろ」「支給品-は」

・九九式背嚢 … 旧日本軍が使用していた荷物を運ぶためのリュック
・毛布 … 旧日本軍が使用していた一人用毛布
・携帯天幕 … 旧日本軍が使用していた簡易一人用テント
・飯盒 … 旧日本軍が使用していた飯盒
・ノバー7X50双眼鏡 … 旧日本軍が使用していた双眼鏡。暗視機能はない
・昭五式水筒 … 旧日本軍が使用していた水筒。水が1日分入っている。
・スマートフォン … 完全防水・防弾・防炎仕様。バッテリーはフル活用しても4日は保つ。ネット接続、メール、通話は不可
          デフォルトでルール解説PDF、時計、GPS付地図、メモ帳、コンパス、顔写真入り名簿、天気予報、録画録音機能が導入されている
          『チーム作成アプリ』が入っている。このアプリはアンインストール出来ない
・レーション・白米セット … 米及び、各国のレーション(ランダム)で4日分用意されている
・信号灯 … 軍用懐中電灯。どんな使い方をしてもバッテリーは4日は保つ
・支給品-い … 現実に存在する「ナイフ」からランダムで一つ支給される(後続のため、状態表にその装備の簡単な説明を書いて下さい)
・支給品-ろ … 現実に存在する「銃」からランダムで一つ支給される(後続のため、状態表にその装備の簡単な説明を書いて下さい)
・支給品-は … 現実に存在するその他の軍用品の何かがランダムで一つ支給される
       但し、九九式背嚢に入るサイズのものとする(後続のため、状態表にその装備の簡単な説明を書いて下さい)

【「首輪」と禁止エリアについて】
・参加者は全員、銀色の金属製首輪を付けられている
・主催はこの首輪をいつでも爆破させ、命を奪うことが出来、また、GPSにより生存者が何処に居るのかを把握できる
・首輪を正当な手順でなく無理に外そうとすると爆発し参加者は死ぬ
・参加者が禁止エリアに侵入した場合、電子系警告音と共に30秒の猶予を与え、それでもなお禁止エリアにとどまった場合首輪が爆発し参加者は死ぬ
・24時間誰も死ななかった場合、首輪が爆発し全参加者が死ぬ
・定時放送は六時間ごとに行われ、禁止エリアは放送内で定数指定する
・また、96時間経過した時点で参加者が2人以上いる場合、その時点で生き残っている参加者は全員死亡とする

【放送について】
・放送は6時間ごとに、各自が所持しているスマートフォンに配信される
・放送内容は「禁止エリアの指定」「死亡者の読み上げ」「残存チーム数」「チームに入っていない人物の名前」「気紛れ雑談」の五点
・放送終了後、名簿機能と地図機能が更新される
名簿アプリは死者の名前と写真が赤くなり、地図アプリは禁止エリアが赤くなる

【天候】
・1日目16時〜2日目10時までを雨とする
・3日目12時〜3日目18時までを雨とする
・その他は快晴とし、雨入り前後2時間は曇り、強風とする


3 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 03:37:25 VdWvp1es0
【地図】
・現実、日本より大洗町及び周辺海域(大洗町:23.74 km²/端から端まで徒歩で約2時間ほど)
・住人はおらず、戦車、自転車、車、船、電車等の交通手段は一切存在しないが、その他の物資はそのまま残っている
・水道・ガスは使用可能。電気は通電していない
・各施設詳細、インフラは現実の大洗町の仕様を参考とする

ttp://img.atwikiimg.com/www65.atwiki.jp/gup-br/attach/13/3/tizu.png

【作中での時間表記】
作中はAM6:00スタート

深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24

【書いてもいいぜ!って方へ】
・初心者から経験者の方まで、誰でも歓迎
・予約の際はトリップ必須、ゲリラ投下の場合は名無しでも可能
・予約期間は5日
・自己リレー可能、ただしあまり進めすぎないように
・ガルパンらしい雰囲気を大切にしましょう。キャラの崩壊は節度を守ってくださいね!

【最後に】
・ガルパンはいいぞ


4 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 03:38:57 VdWvp1es0
続いて、OPを投下します。


5 : オープニング  ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 03:39:53 VdWvp1es0
海だ。
海の匂いがする。

それは果たしていつも通りであったが、しかし、決定的な何かがいつもとは違っていた。
潮風、波の音、鴎の鳴き声、輝く太陽。少女達は眠い眼を擦りながら、ゆっくりと体を起こしてゆく。
重たい頭を擡げながら、寝癖頭をぼりぼりと掻く。しかし、直ぐに少女達は異変に気づき始めた。
そこが昨晩眠りに着いた筈の自室ではなく、船の甲板の上だったのだから。


「皆さん、おはようございます」

不意に、いつか聞いた男の声。少女達が声のする方を向くと、“あの”文科省の役人が立っていた。
少女達は思わず固唾を呑む。この異常な状況のせいもあったが、何より目の前の役人の、狂気じみた笑みに少女達は戦慄していた。

「前置きは無しにしましょう。突然のことで私も心苦しいのですが、端的に言います」

男は呟くと、小さく息を吸い、そして、吐き捨てるように続けた。

「皆さんには、殲滅戦に参加して頂く事となりました」

けれども甲板の上の何割かは、胸を撫で下ろす。その言葉が彼女達にとっては聞き慣れている言葉で、ドッキリ演習か何かだと思ったからだ。
しかし、その予想は直ぐに裏切られる事となる。

「但し」

なぜなら、男の呟いた科白が、あまりにも。

「―――――戦車は、存在しませんがね」

あまりにも、理解とは程遠い場所の発言だったから。
少女達の間に、動揺の声が走る。戦車抜きで一体どのように殲滅戦をやれと言うのか。
そもそもそれでは戦車道が成立しない。ならば、その言葉の意図とは一体何なのか。
様々な憶測の声が上がる中、男は、ぱん、と一度手を叩いた。ざわめいていた少女達は、ぴたりと雑談を止め、回答を求めて男を注注視する。
男はそんな少女達の様子を舐めるように右から左へ視線を流すと、今度はにこりと爽やかに笑い、口を開いた。

「戦車を使った複雑なルールなど無い。ただ、敵を殺して殺して殺して殺して、最後の一人となる。たったそれだけです。
 簡単でしょう? 要は、対戦車が対人となっただけなのですから」

ころ……何?
少女達の間に、一瞬の硬直が、そして不穏な空気が流れる。
さらっと言っていいほど、流していいほど、その言葉は軽くなく、また、この数秒で理解できるものではなかった。
男は少女達の曇った表情を尻目に、言葉を続ける。

「ああ、一人と言いましたがね、本大会では特別に、学園の垣根を跨いで自由に三人までの“チーム”を組むことが出来ます。
 “チーム”が他参加者を蹂躙し勝利すれば、個人と言わずその“チーム”が勝利です。
 皆さんには、後でスマートフォンを配布します。必要だと感じた方々は、そこに入っているアプリを使って“チーム”を集めて下さい。
 ただ、少々“チーム”に関してはルールが複雑でしてね。詳細はスマートフォン内部のPDFファイルを後でご確認頂きたい。それと、」
「ちょっと、待ちなさいよ!」

突然響いた勇ましい声は、少しだけハスキーがかっている独特な声。
彼女を知っている人物なら、顔を見ずとも察することが出来た。
何よりも規律に厳しく、誰よりも朝早く学園に登校する彼女……名を、そど子。もとい、園みどり子と云う。

「……はい?」

男が笑顔のまま、首を傾げた。
そど子は臆することなく、男の元へと犬歯を向いて足をずかずかと進める。

「さっきからぺらぺらと勝手に! 殺し合いだなんて、妙な冗談言ってんじゃないわよ! 私達風紀委員が居る前で、よくもそんないけしゃあしゃあと!
 一体全体、文科省の役人になんの権利があっ―――――」

しかし、彼女の言葉はそれ以上続きが紡がれることはなかった。
大きな破裂音と共に、彼女の顔から上は浅黒い煙に包まれていたからだ。
それが何を意味するのか、その場に居た誰もが直ぐには理解できず、鉛色の静寂が甲板の上を抱擁した。
半秒遅れて、べしゃべしゃと何かが少女達に降り注ぐ。それが真っ赤な脳漿なのだと気付いた時、甲板の上は誰のものともつかぬ絶叫で支配された。
糸を切られた操り人形のように、ごとり、と園みどり子が、いや、園みどり子“だった”首無し死体が床に沈む。
中心からゼリー状の何かを覗かせる白い背骨、どくどくと脈打つ真っ赤な動脈。
抉られた首筋から見えるピンク色の繊維。噎せ返るような血の匂い。
鎖骨に張り付く肉片と髪の毛、白いシャツを汚す脳味噌と毛細血管。ばたばたと痙攣する指先、糸を引きながら転がる眼球。
真っ赤な鮮血が、真っ赤な恐怖が、真っ赤な狂気が……瞬く間に、少女達に広がってゆく。


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6 : オープニング  ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 03:40:40 VdWvp1es0
「お静かに!」

それを咎めるように、男は声を張って叫んだ。
叫び声はそれでも収まる事は無かったが、しかし男が何かのスイッチを掲げたことで、次第に少女達は口を閉じてゆく。
そのボタンがたった今目の前の勇敢な少女の命を奪ったことは誰の目にも明白で、同時に、これ以上煩くするようであれば殺すという脅迫であることを、少女達は本能で察したからだ。
がたがたと全身を震わせ怯えながらも口を噤む少女達へ満足そうに口角を上げると、男は爆破スイッチをゆっくりと下げる。

「やれやれ。身の程知らずのせいで説明の順序が変わってしまいましたね……。
 皆さんの首には、ちょっとした首輪を嵌めさせて頂きました。ご覧のとおり、起動すれば一撃で首が弾け飛ぶ爆薬が仕込まれています。
 死者が一定時間でない場合も、この首輪は全員分同時爆破されます。
 即ち、好む好まざる、望む望まざるなど関係ない。殺し合わざるを得ないのですよ、貴女方は。理解して頂けましたか?
 ……ああ、それとこの首輪、無理に外そうとしたり会場の外に出ようとしても爆発してしまいますので、あしからず」

こほん、と軽く咳払いをすると、男は息を吸い、続けた。

「そしてその会場とは、今この学園艦が向かっている土地。即ち――――――」

男が滑らかな動きで参加者達の奥を指差すと、一斉に少女達は後ろを振り向く。
指し示された方向を、その向こうの景色を、少女達は目で追った。幾人かは驚きに眼を丸くする。
白銀に輝く海原の更に向こう側。鴎の群れの遥か彼方。遠く見えたのは、紛れも無く自分達がよく知っている土地だったのだから。

「“大洗町”です」

にたりと、男が嗤う。
ぞくりと背筋に凍て付いた戦慄が走るような、生理的に嫌悪感を抱かざるを得ないような、そんな声色だった。

「皆さんには、人の居ない閉鎖された大洗で存分に殺しあって頂きたい。
 ……ああ、人を殺す為の武器は勿論支給致しますよ。ナイフと銃と、それから」

男はカツカツと甲板を革靴で歩くと、遠く見える大洗町の前に立ちはだかり、何時の間に用意したのか、右手に持つリュックを彼女達に見せ付けた。

「このリュックに、サバイバル用品や最低限の食料も入れておきます。
 それとこれがまた大切なのですが、殺し合いが半日進んだところで、各自のスマートフォンへ配信を入れます。
 内容は生存チームや死亡者の発表等、有益な情報ばかりですので見逃す事のないように。
 その他ルールなどまだ御座いますが……まあ、その様子では今私の口から説明しても、貴方方には覚えられないでしょう。
 これらもスマートフォンにPDFを配信しますので、後でちゃんと見ておくように。宜しいですか?」

男はリュックを床に放り投げると、指を絡ませながら少女達に尋ねた。
しかし男の言う通り、大半の少女達は説明など右から左。その問には僅かの反応も返って来ず、男は諸手を上げて肩を竦ませた。

「主催としては返事がないのは感心しませんが、ま、いいでしょう。
 ……それでは、県立大洗女子学園、黒森峰女学園、聖グロリアーナ女学院。
 サンダース大学付属高校、アンツィオ高校、知波単学園、継続高校、大学選抜チーム諸君。覚悟は、宜しいでしょうか?」

中指で眼鏡をくいと上げると、男は右手を胸の辺りに掲げた。それを合図に、甲板の上に何処からともなく手榴弾が投げ込まれる。
知識のあるものにはそれが麻酔剤入りのM18発煙手榴弾だと咄嗟に判ったが、あっという間に広がる煙に為す術など在る筈もなかった。
一人、また一人ともうもうと広がる鼠色の悪意に倒れていく中、潮風に流れて、ガスマスクを被った男の顔が晒される。
肩を揺らしながら、男はくつくつと無力な少女達を嘲笑った。
嗚呼、悲しいかな。彼女達が必死になって培い守ってきた想いは、学園は、信念は、友情は、戦車道は―――この日、終焉を迎えるのだ。







「これより、殲滅戦を開始する」





戦争ごっこは、これにて終劇。

奪え。刃を研ぎ、友を裏切り、銃で打ち抜き全てを奪い尽くせ。
屠れ。希望も、絶望も、全てを鮮血で染め上げて屠り去れ。
喪え。過去も、未来も、今も。その全てを犠牲にして、何もかもを、誰も彼もを喪うがよい。

その先にこそ――――――――――――本物の戦争は、あるのだから。





【園 みどり子 死亡確認】
【残り 35人】


【ガールズアンドパンツァーバトルロワイアル 開始】


7 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 03:43:38 VdWvp1es0
以上で投下を終了します。
少し通常のロワスタイルとは違う変則的なルールですので、何か質問等があればその都度解凍致します。
では、よろしくお願いいたします。


8 : 名無しさん :2016/07/17(日) 12:02:46 FQSzUL7s0
スレ立て乙です
文部省役人は劇場版終了直後に誰かが殺しておくべきだったか
ここって乗り物とか支給してもOKですか?


9 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 12:28:57 VdWvp1es0
>>8
乗り物は原則支給禁止です。
支給可能なものは、リュックに入るサイズの現実出展のものだけとしております。(ファンタジー系でなければ割となんでもOK)
大洗の町にも、バイク、自転車、戦車、電車、船舶、車両、飛行機等乗り物はありません。
ただ、ゴミ捨て場や倉庫、そこらの廃材なんかにエンジンやタイヤ等はあるかと思います。


10 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/17(日) 17:19:17 VdWvp1es0
ひとつ、忘れていました。状態表の例を置いておきます。
チームルールが有りますので、名前欄はこの表記で統一願います。
武器説明は最低限でも構いませんが、装弾・予備弾の表記があると、それらしさが出るかと思います。
使用上の特徴や利点や欠点などが判る説明だと、把握に便利ですね。


【B-5・小学校1F家庭科室/一日目・夕方】

【アンチョビ @フリー(もしくは、所属があればチーム名。チーム名はどんなものでも可能。リーダーである場合は「☆」をキャラ名の前に付ける事)】
[状態]健康 腹ぺこ
[装備]軍服 ナガンM1895回転式拳銃(装弾7:予備弾21) KM2000コンバットナイフ
[道具]基本支給品一式 スチールワイヤー
[思考・状況]
基本行動方針:パスタを食う
1:おい!オリーブオイルがないじゃないか!

[装備説明]
・ナガンM1895回転式拳銃
 230mm・795g・7.62mm×39mm・装弾7発。
 レッド・アーミー・スペシャル仕様で、サイレンサーが付いている。
 ハンマー露出式のダブルアクション銃で、ハンマーから長く伸びたファイアリングピンを折りたたむことで、安全に携行できる。
 スウェーデンやポーランド、ロシアが主に使用しており、馬上使用に適していた。
 リボルバーがごそっと出てくるタイプではなく、装填・排莢が一発づつしか出来ないという大変不便なアホの子。

・KM2000コンバットナイフ
 305mm・320g。ドイツ連邦国防軍のスタンダードコンバットナイフ。
 鞘はダイヤモンド粉末コーティングがなされた小さな研ぎ板が内蔵されており、いつでも切れ味を保っていられる工夫がされている。


11 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:20:44 IiMQLaX60
スレ立てお疲れ様です
早速ですが、登場話を投下させていただきます


12 : 狼二匹と、それと、兎 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:23:06 IiMQLaX60
「―――」

 ひゅるる、ひゅるると笛の音が鳴る。
 未だ朝靄の中にある世界で、風の音のような旋律が響く。
 ブレスの目立ったその音は、楽器ではなく、口笛だろうか。
 普段の町並みであったなら、雑踏の奥に掻き消えて、届くこともなかった音だ。
 そんな些細な音すらも、はっきりと聞いて取れたのは、今はこの大洗町が、無人の町であるからかもしれない。

「………」

 半開きの扉をがらがらと開ける。
 看板の確認もそこそこに、商店街に立ち並ぶ店の、ガラス戸を引いて中に入る。
 口笛に混ざって聞こえてきたのは、ぱちぱちと油の弾ける音だ。この店は精肉店だった。

「もう少し、待っていてくれるかな」

 笛の音が止み、声が聞こえる。
 すうっと耳から入り込み、意識の奥底へと溶けこむような、不思議な響きの声だった。
 甘いようで、下品ではなく。透明なようで、淡白でもなく。
 静かに、されどはっきりとした、独特な声の持ち主が、カウンターの向こうから語りかけてくる。

「もうちょっとすれば、食べ頃だから」

 恐らくは元々、そこに置かれていたであろう天ぷら鍋は、無造作にシンクに転がっている。
 ちろちろとコンロで光る火は、今は串に刺さった肉を、直接熱で炙っていた。
 そんな使い方をする奴があるか――その手のツッコミは、今はしない。
 決して深い付き合いではないが、ほんの僅かな邂逅からでも、彼女の浮世離れした気配は、いやというほど伝わってくる。
 継続高校隊長、ミカ。
 自身同様、2年生にして隊長に就任し、されども物資に恵まれることなく、3年になっても成果を残せなかった少女。
 非凡な能力を持ちながらも、それを活かすことができなかった才女は、重度の不思議ちゃんでもあった。

「君の分も焼こうか――西住まほさん?」

 ふ――と微笑が浮かべられる。
 チューリップハットを頭に被った、ミカの笑顔が向けられる。
 何を考えているのかなど知れない。されども殺意は感じられない。少なくとも敵ではないのだろう。
 今はそのように判断し、西住まほは少しばかり、警戒を緩めて肩を落とした。
 傍目から見れば些細な変化だ。少なくとも、そう信じたいとは思う。
 それでも、それを目ざとく感じ取ったミカには、たいそう滑稽に見えたのだろう。
 串焼きに視線を戻す前、彼女はくすりと小さく笑った。
 妙なところでツボに入る――そんな不快感も口には出さない。それこそ思うツボなのだと、西住まほは、知っていた。


13 : 狼二匹と、それと、兎 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:23:59 IiMQLaX60


 店先のベンチに腰掛けて、塩コショウでざっくりと味付けした、鶏の串焼きを頬張る。
 タレの使い方が分からなかったそうだが、朝食として口にするには、むしろこの方が都合がいい。
 「ちゃんと食べられる肉だよ」と、手渡す時にミカは言った。
 確かにまさかとは思ったが、差し出されたのは鶏のもも肉だ。明らかに鶏より大きい、人の肉を切ったものではない。
 だからこそ、まほはある程度安心して、彼女の串焼きを受け取ったのだった。
 もちろん、周囲から新たに現れる、何者かの存在を予見して、警戒を巡らせてはいるのだが。

「この町に来たのは初めてだけれど、あまり良くないところだね」

 ややあって、ミカが新たな串焼きを持って、店の中から姿を現す。
 結局、彼女は自分のために焼いた肉を、先にまほへと手渡していた。
 片手を食べ物で塞いだままでは、2本目を焼きにくいということに気付いたからだ。
 これも、まほが相手を信用し、与えられた串焼きを食べた理由だった。
 誰かが食べるとも知れないうちから、仕込みをしていた鶏肉に、わざわざ毒を盛ったりはしない。

「そう見えるか」
「何しろ、ここは風がよくない」

 言いながら、ミカは落ち着いた動作で、まほの隣に腰を預ける。
 果たしてそうなのだろうかと、まほは引っかかりを覚えた。
 明け方の港町に吹く風は、涼やかで、そして穏やかだ。
 ここが殺戮のために用意された、悲劇の舞台であることを、忘れそうになるほどに。

「どこにも行けない、澱んだ風だ」

 ああ、つまり風とは比喩か。
 続けられたミカの言葉に、得心しながら、串焼きを頬張る。
 最近のスマートフォンには、だいたいGPS機能が、標準で装備されているらしい。
 故に文科省のあの男は、町からの脱走者の気配を、外から簡単に察知することができる。
 その上、自在に遠隔操作し、対象の最大のウィークポイントを、一発で吹き飛ばせる爆弾もあるのだ。
 だからこそこの大洗町からは、誰も外に出ることができない。ミカの言う澱んだ空気とは、そういうことを指していたのだ。

「チームを組みたい」

 単刀直入に、まほは言う。
 その方が手っ取り早かろうと、いくらかの過程を省略した提案は、ミカの前言とはあまりに対照的だ。

「皆を信じていないわけじゃない……だが、現状はあまりにも危険だ。何を目指すにしても、バラバラに行動するのは、得策ではないだろう」
「何を目指すにしても……ね」
「ああ、そうだ。できることならこの戦い、私は乗りたくないと思っている。
 あくまでも君さえよければ……だが、この考えに賛同するなら、私と共にチームを組んで、状況打開に協力してほしい」

 殺し合いなど認めたくはない。それがまほの考えだった。
 何しろ西住まほと言えば、西住流の後継者だ。
 日本戦車道を二分する、西住流総本家を受け継ぐ者――戦車道理念の体現者だ。
 常勝不敗を謳うのも、それが殺戮を目的としない、命を求めない戦車道なればこそなのだ。
 命を奪い血を流す、鉄血の戦争を否定する彼女らが、素直に殺し合いに乗ることなど、到底あり得るはずもない。
 あくまでも、理屈の上では、そうだった。


14 : 狼二匹と、それと、兎 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:25:07 IiMQLaX60
「……半分は思った通りの申し出だけれど、でも、少し誤解していたかな」

 返答は、微笑。
 まほの申し出に対して、ミカはくすりと笑いながら言う。

「何をだ?」
「君の口からはもう少し、思い切りのいい言葉が聞けると思っていた。
 それとも、らしくないと思うのは、私がその実まほさんのことを、理解しきれていないからなのかな」

 撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し。
 鉄の掟と鋼の心――豪胆な西住流を謳うにしては、あまりにも曖昧な言葉選びをする。
 それは自身の指針について、自分が思っているほどに、確証を持ててないからではないか。
 そんなまほの口ぶりを、それは西住らしくなかろうと、ミカは静かに嘲笑ったのだ。

「……そうだな」

 妙なことばかり口走る奴だが、その軽薄な態度の裏では、静かに真実を見通している。
 相変わらず抜け目のない女だと、まほは僅かに眉をひそめた。
 図星を突かれたことで、彼女は、少しばかり沈黙する。
 そして一拍の間を置いて、きちんと言葉を選んだ上で、ようやく返事を口にした。

「やはり隠しておくのも失礼な話だ。本当のところも、今のうちに、正直に話しておこうと思う」

 ごまかしの通じる相手ではない。ここは本心を話すべきだ。
 迷いがあるというのなら、西住まほが今何に対して、心を揺らしているのかを。
 たとえそれがミカにとって、受け入れがたいものであったとしても。

「この戦いには、恐らくは他の黒森峰の生徒も……そして私の妹も、巻き込まれているだろうと考えている」
「必然だね。特にこの大洗町で、戦車道を意識するのなら、みほさんの方を連れ出すのは必至だ」

 今回の殲滅戦とやらは、明らかに各学園艦の、戦車道履修生を巻き込んでいる。
 そして戦いの舞台といい、最初に名前を挙げたことといい、中心に捉えられているのは、妹の大洗女子学園だ。
 であればこの戦いに、大洗戦車道チームの総大将である、みほが巻き込まれていないはずがない。
 そうでなければ、数多の学生達の中から、戦車道履修生達に的を絞りし、掻き集めてきた意味がない。

「正直な話、彼女らが巻き込まれていたのなら、私も冷静さを保てる自信がない。
 万が一、必要に迫られることがあれば……恐らく私は躊躇うことなく、引き金を引くことになるだろう」

 戦車道の掲げる理念は、殺し合いを否定している。それはあくまでも理屈だ。
 しかし、西住の理屈を掲げる以前に、まほは感情を持つ人間である。
 喧嘩別れをし、ようやく和解し、それぞれの居場所を守ると誓い合った、最愛の妹・西住みほ。
 逸見エリカや赤星小梅といった、来年以降の戦線を担う、大切な黒森峰の後輩たち。
 そんな彼女らが、何者かによって、無惨に殺される未来など、とてもじゃないが考えたくはない。
 なればこそ、彼女らの命を救うために、覚悟を決めることを求められたなら、西住まほは躊躇いなく、彼女らの敵を殺すだろう。
 たとえそれが、戦車道の誇りを、汚泥で穢す行為だとしても。
 血と殺戮の地獄から、輝かしい競技の世界へと、兵器達を誘ったこの手で、地獄を作ることになるのだとしてもだ。


15 : 狼二匹と、それと、兎 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:26:06 IiMQLaX60
「君にとっては、このことは、受け入れがたいことかもしれない」

 そしてそれは、恐らく隣のミカの目にも、愚かなものとして映るのだろう。
 戦車道には人生に大切なものが詰まっている――それが彼女の口癖だった。
 戦車道の掲げる理念が、その中で得られる心の鍛錬が、人を良くすることに繋がると、彼女は人一倍信じていた。
 良き人生を送らんとして、戦車に乗り己を磨く彼女は、恐らく誰よりもストイックな求道者だ。
 それが戦車道の理に反し、殺戮を肯定しようとする己を、受け入れてくれるはずもない。

「だから、どうしても納得がいかないというのなら――」
「――安心したよ」

 その時、不意に。
 ひゅんと、吹いた。
 空を切る音を聞くより早く、反射的に体が動いた。
 腰を引き、懐に手を伸ばす。
 しかし、駄目だ。それでは遅い。
 こちらが準備をしている間に、あちらは動作を完了している。
 西住まほの左目の、文字通り目前まで突きつけられたのは、鶏肉を刺していた串の先端だ。
 対してまほの伸ばした手は、未だ隠し持ったナイフを、上手く握れぬまま硬直している。
 まほも、そして恐らくミカも、武器の扱いに関しては素人だ。
 だからこそ、こんな結果になる。咄嗟の構えが取れないのなら、準備を整えてから動く先手が、確実に速さで勝利する。
 一歩でも動けば失明必至。そんな目と鼻の先に、ミカだけが得物を突きつけている――そんな状況が出来上がってしまう。
 場を掌握したミカの口は、いつものように笑っていた。
 されどもその目に宿った光は、いつものそれとは思えぬほどに、冷たくまほを射抜いていた。

「同じ結論に、他でもない君でも、思い至ることがある……それが分かったのだからね」
「君も仲間のためならば、その手を血に染める覚悟がある、と?」
「確かに戦車道の教えは、人生にとって尊いものだ。
 だけどね。本当に大切なものを守る時、決められた教えに縛られて、何もできずにいたのなら……その人生からは本当に、意味などなくなってしまうんだよ」

 道徳、協調、そして結束。
 戦車道が教えるものは、人が人として生きていくために、大切な道標となるだろう。
 ただそれは、恐らくは平和な人生を、平穏に過ごすためのものだ。
 命のモラルが崩壊し、ありふれたものでない苦難が振りかかる世界に、わざわざ持ち込むために考えられたものではない。
 むしろ戦車道で培った、逆境に折れない不屈の心を、忌むべき必要悪のために、振りかざすべき時も訪れるだろう。
 人生において大切なものを、守るために役立ててこそ、教えは意味あるものとして成り立つのだ。
 でなければ、そんなものは糞食らえだ。
 土壇場で己が身を縛り、友の命を奪う教えも。教えに反するからと言い訳にして、一歩を踏み出せなかったことを、正当化しようとする自分自身も。

「………」
「けれど、そう考えている君となら、それなりに腹を割って付き合える」

 言いながら、ミカは串を引っ込めた。
 数秒の間を置いて、敵意が消えたことを確かめると、まほもナイフから手を離す。

「君に手を貸すことにするよ。どこまで一緒に歩けるか……それは約束できないけれどね」
「今はそれでいい。だが、協力には感謝するよ」

 串を持っていない方の手を、笑顔と共に差し伸べる。
 そのミカの手を握り返した時、まほはようやく、己の手が、しっとりと濡れていたことに気がついた。
 喉が渇いたのもきっと、道端に捨ててしまった串焼きを、食べていたからではないはずだ。
 それが生きていて初めて当てられた、恐らくは本物であろう殺意の味だ。
 兵器に乗り込み操っていても、それだけでは味わう機会がなかった、殺す気のオーラというものだった。
 別段恥ずべきことではない。それでも自分の無知だけは、西住まほは冷静に、受け止めておこうと心に決めた。


16 : 狼二匹と、それと、兎 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:26:42 IiMQLaX60
「……ところで、早速で悪いんだが、一つ手伝ってほしいことがある」

 そして握手をほどいた後、まほはミカにそう切り出す。
 言いながら彼女の手は、ポケットから、支給品のスマートフォンを取り出していた。

「正直に言うと、チームの組み方だとか、細かいルールだとかを、まだ把握できていないんだ。
 よかったらでいいんだが……このスマホの使い方を、私に教えてくれないだろうか」

 申し訳なさそうな、あるいは恥ずかしそうな。そんな顔をして、まほは尋ねる。
 最近のコンピューターというものは、本当に複雑怪奇なものだ。
 パソコンなら使うこともできるが、小さなスマートフォンはそれ以上に、難しい作りになってしまっているように思える。
 大学選抜の島田愛里寿は、試合会場にタブレットを持ち込んでいるそうだが、よくもそんなことができるなというのが、まほの正直な感想だった。
 つまるところ、まほは最初の一歩である、PDFファイルを開くことすら、未だ満足にできていないのだった。
 そして、レーションが用意されているというのに、呑気に朝食を作っていたミカなら、既に把握も終えているのだろうと、そう踏んで尋ねてみたのだった。

「……これはまた、一本取られたね」
「というと?」
「実を言うと、さっきまで私も、君に頼もうと思っていたんだ」

 だが、結果はこうだった。
 申し訳なさそうに苦笑しながら、肩を竦めるミカの姿が、まほの瞳には映されていた。
 よくよく思い返してみれば、大学選抜戦に至る前にも、山中でキャンプをしていただとか、そういう噂のあった学校だ。
 そんな野生児一歩手前の人間に、最新の文明機器の相談をするなど、到底無理のある話だったのだ。

「……まぁいい。とにかく、ルールを把握しないことには始まらないんだ。どうにかしてファイルを開こう」

 とはいえ、自分もできていないのだから、相手だけを責めるわけにもいかない。
 まほは一つだけ溜息をつくと、ベンチと共に備えられた、テーブルにスマートフォンを預ける。
 ミカも同じようにすると、お互いに画面を見つめながら、ああでもないこうでもないと言い始めた。
 データを開くならこれではないのか、ギャラリーにはPDFは入っていないのか、パソコンなら同じファイルに入れられるじゃないか。
 愚痴の混ざりかけた会話は、先ほどの緊迫したやり取りに比べると、あまりにも俗っぽいものであり、同時に情けないものでもあった。

「――あっ、あの! 私、それ知ってますっ!」

 その時だ。
 不意に背後から、上ずった妙にデカい声が、まほ達に浴びせられたのは。
 恐らく言いながら出てきた時に、軽く転んでしまったのだろう。
 振り返ったその先では、態勢を崩した小柄な少女が、こちらの方をじっと見ている。

「えーっとだから、その……私も、お仲間に入れてもらいたいなーと……思ったり……」

 誰だったか、この小娘は。
 大洗の制服を着ているが、どことなくウサギっぽい震え方をしているような気がする。
 そういえばあそこのウサギさんチームは、1年生の友人達を、そのままひとまとめにしたチームだったか。
 恐らくはその一人だろうと思われる、短い髪をした少女が、怯えた顔をしてまほ達を見ていた。


17 : 狼二匹と、それと、兎 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:28:13 IiMQLaX60


 阪口桂利奈には力がない。
 そんな事態にはならないと信じたいが、他校の連中が襲いかかってきたら、あっと言う間に殺されてしまうだろう。
 だからこそ彼女は、チーム制ルールを知った時に、迷うことなく仲間探しをすることを決断した。
 大洗女子学園の、そしてウサギさんチームの仲間たちを守る上でも、それは必要なことだと思ったからだ。

「よかったらでいいんだが……このスマホの使い方を、私に教えてくれないだろうか」

 だからこそ、まほのそんな言葉が聞こえてきた時、彼女は天啓だと思った。
 恐れるべき他校の生徒達ではあったが、あれは2人とも隊長クラスだ。
 そんな頼りになりそうな2人が、殺し合いをする気配もなく、それなりに仲良さげに話をしている。
 であればこのチームに乗るしかない。ここで恐れて逃げ出していては、今後このような幸運には、巡り会えないかもしれない。

(と、思ったんだけどなぁ……)

 しかし、現実は非情だった。
 3人分のスマートフォンをいじる、桂利奈の背へと向けられた、西住まほの視線は痛い。
 おまけに継続高校の隊長は、にこにこと笑って見ているだけで、ちっとも助け舟を出してくれない。
 西住隊長のお姉さんは、妹と違って厳しい人だ。そのことをすっかり忘れていたのは、阪口桂利奈の失態だった。
 できることなら事が終わるまで、胃が痛むことなく持ちこたえてほしい。
 今となってはそればかりが、桂利奈の一番の気がかりだった。

(チーム名……かぁ)

 ともあれ、一通りルールを説明し、チーム編成用のアプリを起動して、ようやく登録が完了しかけた。
 チームリーダーは、ミカの進言に従い、まほを登録することになっている。
 しかし、最後に躓いたのが、チーム名の登録だ。
 大洗ならウサギさんチームでもいいが、他校がどういうセンスでつけているのか、桂利奈には知るよしもない。
 下手なチョイスをしようものなら、まほの機嫌を損ねるかもしれない。

(……まぁ、後から決め直せばいいよね)

 本人たちに聞くという手もあったが、後ろの視線が険しい以上、あまり作業を滞らせたくもない。
 よって桂利奈は、一度無難な名前をつけて、不満の声が上がった時に、改めて付け直すことにした。
 それが本当に無難なのかは、若干怪しいところはあったが。

「よし……ありがとう。助かった」

 ともかくして、この急造の寄せ集めチームは、それぞれの思いを胸に抱き、行動を開始することになった。
 一応全員の行動指針は、仲間を守るということで固まっている。
 それでも彼女らの決意は、そのために人を殺すのかという点では、むしろバラバラと言ってよかった。
 だとしても、この瞬間は、なるべく犠牲を出さずに済むよう、あの文科省役人と戦おうと、皆が一致団結していた。
 大洗・黒森峰・継続の仲間たちチーム――という、あんまりにもあんまりなチーム名にも、とりあえずツッコミが入ることはなかった。


18 : 狼二匹と、それと、兎 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:28:46 IiMQLaX60
【C-6・商店街の精肉店/一日目・朝】

【☆西住まほ@大洗・黒森峰・継続の仲間たちチーム】
[状態]健康
[装備]黒森峰の制服、ドイツ軍コンバットナイフ(WWⅠ)
[道具]基本支給品一式、不明支給品(銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止めたい
1:みほと黒森峰の仲間達と合流したい
2:ミカと桂利奈の要望は、極力呑むつもりでいる
3:仲間達を守るためなら、人殺しも行うかもしれない
[備考]
※若干スマートフォンの扱いに不慣れです

【ミカ@大洗・黒森峰・継続の仲間たちチーム】
[状態]健康
[装備]継続高校の制服、食べかけの串焼き
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:継続高校の仲間達を救いたい
1:継続高校の仲間達と合流したい
2:まほの方針には従う気でいる。なるべくチームワークを乱さないように行動する
3:継続高校の仲間達を守るためなら、誰であろうと遠慮なく殺す
4:カンテレを没収されたことに若干の不満
[備考]
若干スマートフォンの扱いに不慣れです

【阪口桂利奈@大洗・黒森峰・継続の仲間たちチーム】
[状態]健康、不安
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:ウサギさんチームや、大洗女子学園のチームメイトと合流したい
2:一人じゃ生き残れないことは目に見えているので、まほ達の力を借りたい
3:人殺しなんてしたくないし考えたくもない
4:まほの目がちょっと怖い
[備考]
※まほとミカの殺意に関する話を聞いていません

[装備説明]
・ドイツ軍コンバットナイフ(WWⅠ)
第一次世界大戦期に、ドイツ軍で用いられていた軍用ナイフ。275mm。
特別な機能は備わっていない。


19 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/17(日) 19:29:12 IiMQLaX60
投下は以上です


20 : 名無しさん :2016/07/17(日) 20:56:12 VdWvp1es0
投下乙です。この組み合わせはまったく予想してませんでした。しかし、面白い!
戦車を降りたとたん、一般人になるキャプテンと、当たり前の苦悩。
そこからの普段天然っぽいミカの底知れない何かに一手遅れて焦るまほがすごく新鮮で、でも、とてもらしかったです。
そんな中に加わるのがかりなとは予想出来ないよなあ……。
これはどう化学反応が起きるかワクワクします。


21 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/17(日) 21:32:12 Vrxfjha.0
投下乙です。
どこかズレっぱなしの不思議なミカさんと、戦車ばかりでスマホ慣れしてないまほ。
強いがどこか普通とかけ離れた二匹の狼の間に入った兎はどーなるのか。
不思議とものすごく三人が噛み合ってていいトリオだなあ……

アンチョビ、杏を予約したいと思います


22 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/18(月) 09:40:23 kZVvsKoQ0
アリサ 丸山紗希 で予約します


23 : 名無しさん :2016/07/18(月) 20:20:09 Q2dA9a9A0
質問があります
このスレでは一話で死亡するキャラを出してもOKなのでしょうか?


24 : ◆RlSrUg30Iw :2016/07/18(月) 21:54:05 Vs2mlP0M0
カチューシャ、福田 予約します


25 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/18(月) 22:06:44 sMUlMmWE0
ノンナ、ナオミで予約します


26 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 01:52:14 2NUdXCKY0
>>23
構いません。


27 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 01:57:22 2NUdXCKY0
※なお、ルール、OPからプラウダ高校が抜けていますが、参加はかまいません。表記ミスです。


28 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/19(火) 02:11:12 ndCtWTO20
すみませんが、プロットに問題があったので予約を破棄します


29 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:25:07 2NUdXCKY0
投下します。


30 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:30:07 2NUdXCKY0
「 Расцветали яблони и груши(咲き誇る林檎と梨の花)
 Поплыли туманы над рекой(川面にかかる朝靄)
 Выходила на берег Катюша(若いカチューシャは歩み行く)
 На высокий берег на крутой(霧のかかる険しく高い河岸に)」

大洗磯前神社。
境内から町に降りる石畳の階段、その中腹で海を見ながら歌う彼女に、声を掛けるべきか掛けないべきか、少しだけ少女は迷った。

一つ。綺麗な声だったから。
自分ではとても出せない様な繊細で可憐な声は、まるで雪原に咲く一輪の花の様に凛と真っ直ぐに、
それでいて聖堂のステンドグラスの様に透き通っていた。
二つ。その人が他校の副隊長だったから。
泣く子も黙るプラウダ高校。ブリザードの異名を持つ彼女を恐れない人物など、そうそう居ない。
それこそサンダースのファイヤフライの狙撃手か、黒森峰の隊長くらいのものだ。
三つ。何より自分が臆病者だったから。
自分はそこまで自己主張が激しい方ではなかったし、そもそも目の前の人物が自分なんかと協力してくれるとは到底思わなかった。
しかしそれでも、と彼女は固くなった唾を飲み、覚悟を決める。
何事もクイック&アタック。戦車道や、バレーと同じ。人間関係も、ひたすらに前進あるのみなのだ。

「あのう……プラウダの、ノンナさん……ですよね?」

恐る恐る声を掛けると、彼女は歌を止め、黒髪を翻しながら振り向く。
プラウダ高校、ブリザードのノンナ。話すのは勿論初めての事だった。

「ええ、そうですが」

そう言って頷くと、ノンナは少し考える様に目線を空に泳がせた。やがて何かを思い出したのか視線を戻すと、続ける。

「……確か、大洗の八九式」
「あ! はっ、はい!」
「準決勝」
「えっ?」
「多勢に無勢。にも関わらず、あの時のハンドルさばきは見事でした。……名前を伺っても?」
「あ、う……つ、通信手してました、こ、近藤紗子、です……」

紗子はもじもじと体を小刻みに動かしながら応える。対するノンナはそれを無表情でじっと見つめるものだから、紗子は堪らず目を滑らせた。
アニメで言う“目の中に渦”が描かれるような、居ても立っても居られない、そんな気恥ずかしさと緊張。
紗子は目をギュっと閉じ、そんな混乱から逃げる様に、いや、意を決したかの様に口を開いた。

「あ、あのっ!」

はい? ノンナは呟くと、小首を傾げる。紗子は拳を握ると、閉じた目を開いて、顔を上げた。

「ノンナさんさえ良ければ……その、私とチームを組んでもらえませんか!?
 私、その……何にも役に立てないかもしれないけど……! 怖くって……!」

そこまで言葉を吐くと、紗子は再び視線を落とす。
断られるのは、なんとなく分かっていた。
噂でしか聞いた事はないし偏見もあるかもしれないが、彼女はプラウダの隊長――地吹雪のカチューシャ――に陶酔していると聞いていた。
ならばプラウダの生徒ならまだしも、彼女が他の学園の生徒と徒党を組むなど到底考えられない事なのだ。

「いいですよ」

それ故に、あっさりと耳に入ってきたその言葉は、紗子にとってあまりにも衝撃的で予想外だった。
想像すらしていなかった答え。あまりの事に理解が遅れ、紗子は円らな瞳でノンナと自分とを何度か見返す。
やがて自分なりに納得したのだろう、紗子は膝を曲げると―――持ち前のバネで、大きく飛び跳ねた。

「ほ、本当ですよね?」
「はい」
「ほ、本当に!!?」
「ええ」
「絶対の絶対に!!??」
「そうです」
「バレーの神様に誓って!?!?!?」
「誓っても構いませんよ」

ちっとも表情を変えないノンナに少し違和感を感じたものの、紗子は内心でガッツポーズを取る。
ノンナが入れば、百人力どころではない。一騎当千、否、一騎当万だ。ここまで心強い味方はいない。

「よかったあー……なんだか、ノンナさんって怖いイメージがあったので……」

両手を合わせて、紗子はにこりと笑う。後半余計なことをまた言ったかと少し反省するが、目の前のノンナの表情はぴくりとも動いておらず、
少しだけ胸を撫で下ろす。怒らせたら二度と許してはくれなさそうだな、と内心苦笑した。

「よく言われますが……そんなにでしょうか? ……ああ、肩にゴミがついていますよ」

ゴミ? 紗子は呟き、ゴミを落とすべく肩を見る。


31 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:33:34 2NUdXCKY0

―――――――――――――――瞬間、空気が、揺れた。



すとん、とあまりにも今の状況から乖離した、不可解な音。同時に、胸に衝撃が走った。
少し強めに正面から叩かれるような、そんな衝撃だった。思わず、少しよろめく。
ばつん、と間抜けな音がして、赤い霧が胸元から吹き上がった。

「えっ」

紗子は素っ頓狂な声を上げ、ゆっくりと視線を落とす。
バレー用の白い体操服には、斜めに大きく赤い線が刻まれていた。
切れ目から見える肌も、その中の白い脂肪も、真っ赤に染まっている。
ぱっくりと開いた傷口から、ずるりと肉が、どろりと血が、溢れていた。

とん。

妙な音と、軽い衝撃。彼女の右肩を黒い線が通り過ぎる。
斬り口から滲む血液、切り離れる肉と皮膚。だらりとだらし無く落ちる布。

とん。右手首に、衝撃。体が左にがくりと傾く。

「あ、え? あ、やだ、血っ?」

堪らず傷口を抑えようとして、腕を動かそうとした。触れない事に気付く。否、触る感覚がない。
ふと、視線を落とす。右手首から先がない。

「あ、ぁ、ぁ。えっ、うで、わたしの、あれ?」

とん。左脇腹に軽い衝撃。体が左に傾く。
とん。右脇腹に強い衝撃。体が右に傾く。ぶりゅん、と嫌な音。圧力から開放された腸が次々に溢れる。
とん。右太腿を正面から。飛沫が上がり、片膝をつく。
とん、とん、とん。左アキレス腱、右脇、左手首。

「私の、あっ、血、えっ? いや、やだ、嫌だっ……なんで、ウソ、死んじゃ……えっ??」

漸くここで、痛みが押し寄せる。いや、痛みというよりもそれは熱に近かった。
セミロングの茶髪を乱しながら、紗子は大きく口から血を吐く。冗談みたいな量で、呼吸したくとも次から次に下から血が押し寄せる。
絶叫の代わりに、真っ赤な泡が口から吹き出た。ぼごぼごぼご、と馬鹿みたいな量のあぶくが口から溢れてゆく。
死ぬ。本能的に、且つ客観的に紗子はそれを理解した。

どずん。

大きな衝撃に、視線が下方に泳ぐ。体の中心を黒いナイフが深々と貫いていた。
自分が解体されつつある事実を認識すると同時に、臍のあたりに刺さっていたナイフが消え、視界がぐらりと傾いた。
血走った目玉で、右足を見る。膝から下が、無かった。

「ど う、   し、   て」

辛うじて聞き取ることが出来るレベルの音として発音出来た言葉に、解体作業がぴたりと止まる。
ごどり。バランスを失い頭から倒れた紗子は、合わぬ焦点の目玉をぐるりと回し、上を見上げた。

「どうして?」黒い髪が揺れていた。表情が、影で見えない。「要領を得ない質問ですね」

ただ、その黒い顔の中に、自分を見下す赤い二つの光があって。

「私が属するのは、同志カチューシャの膝元ただ一つ。
 私が服するのは、同志カチューシャただ一人」

その世界を呪うような緋色の視線が、自分の何もかも、全てを見透かしている気がして。

「最初から、それ意外は何も信用してはいませんよ」




それだけが、こわかった。


32 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:37:18 2NUdXCKY0









砲撃。
砲撃の音がしました。
次に、視界に赤黒い飛沫が映り込みました。
ふわりと身体が浮かんだような気がしてつぎの瞬間、
不思議なことに瞬きをしたら平衡感覚と痛感がなくなっていたんです。
随分と、あたりの景色はゆっくりでした。
しかいがぐるりと反転して、まず見えたのは、じぶんの胸です。
真っ赤に染まった自分の胸です。
おなかの辺りからは、
わたしのないぞうが見えていました。
いたくもないのにちとか内臓がみえているのは、
なんだか少しへんですね。
よく考えてみれば、
見えるはずのない位置なのに
どこからどうしてかなわたしじぶんをみていました。
しかいがまた少しか たむきます。
こんどはう  えに。
わたしはそこで、みぎかたからうえが
ないじ ぶんをみたのです。
でもあたまとクビはかわ
みたいなもの でつながっています。
うで がちゅう、に、まってい   ます。
そこ で わたし
 はよ うやく   きづ 
きま し   た。
ああ、 そう か 。

わ たし しんじゃ ったんだ って。










何もかもが、そこで終わっていた。

ノンナはナイフを背後に隠すと、草むらに弾かれて飛んでいった死体を黙って見下ろす。肩から上の損傷が激しい。
辺りには噎せ返るほどの血の匂いと、夥しい飛沫。
茂みの草木は最初からその色であったかのように、ぬらぬらと赤黒く染まっていた。
ノンナは自分の様子を見た。服はすっかり血で染まっている。
ひとごろし。そんな言葉がよく知っている人の声で、誰の口からも叫ばれてないのに、聞こえた気がした。

……撃ったのは、無論、自分ではない。


「悪いね、横取りっぽくなった。代わりと言っちゃなんだけど、そいつの支給品はくれてやるよ」


ノンナは声のする方を見上げた。神社に向かう苔の生えた白御影の階段の上から、女が顔を覗かせている。
黒い襟に、カーキ色の軍服。肩には黒い円状のベースに大きな白い星。
すっと伸びたスレンダーな体に、灰がかった栗色の髪の毛。そして、両頬にはそばかす。
チューインガムを膨らませながら気怠げにこちらを見下ろしていたのは、いつか練習試合をしたサンダース大学付属高校の狙撃手だった。

「途中からずっとこちらを狙っていましたね? サンダースのファイヤフライ」

言いながら、ノンナは自然な動作でナオミの方へ体を向ける。あくまでも自然に、且つ、いつでも臨戦態勢に入れる様に。
膨らんだガムを弾くと、ナオミは表情だけで嗤った。好戦的な笑みが六割、苦笑いが四割だった。

「やっぱり気付かれてた? 五分五分だとは思ってたけど……訊いていい? どうして気付けた?」

肩を竦め、ナオミはライフルを肩に下げながら階段を降りる。石畳がこつ、こつ、と音を上げた。
近づくにつれ、ノンナはじりりと後退り、後ろ向きのまま階段を降りてゆく。
間合いを探るように、或いは、何かから逃げるように。
警戒は、決して解かない。敵の敵は味方、そんな理屈が通用するような甘いもの世界ではない事をノンナは知っていた。
腰を低くし、何時でも獲物を抜けるよう、右手を背後に回す。
認識を違えてはいけない。ここは殺戮の舞台で、互いに『狩り』をする立場。何時でも戦闘になってもおかしくはないのだ。

「просто(簡単です)。
 スコープで狙うなら、太陽の反射は気にすべきですよ。扱うのが初めてでその腕は素直に驚きますが」


33 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:40:04 2NUdXCKY0
ノンナの声に、ナオミは足を止めて、ああ、と納得したように小さく呟く。
茂みの中から狙っていて、何故ノンナが大洗の生徒を盾に頑なにこちらへ体を見せないのかと不思議には思っていた。
しかし成程、レンズが反射していたのか。馬鹿らしい初歩的なミスだ、とナオミは頭を掻き、再び足を進める。

「成程、次から気をつけよう。因みに、初めてじゃない。
 実弾じゃないけど、一応うちの高校に射撃場みたいなものがあるんで。
 ……ああ、やっぱり外してるな。頭の芯を狙ったつもりだったんだが」

二人が石畳を降りきると、ナオミは脇の茂みに吹き飛んだ俯せの死体を覗き込む。
肉が吹き飛んでいたのは、右肩辺りから下顎にかけてだった。頭は無傷で、首の皮一枚で胴体と繋がっている。

「軌道が下に逸れるな、この銃は。それに風の影響も想像よりも受けやすい。
 戦車とは、やはりだいぶ勝手が違う。機銃には近いかもしれないが」

ノンナはナオミの余りにも無防備な背中に思わずたじろいだ。どういう風の吹き回しか。
大洗の生徒を撃ち抜いた以上は“乗っている”側のはず。ならば、何故こうもこちらへ無警戒で背を向けることが出来る?
罠か、誘いか、違う別の理由か。
音もなく、ノンナは背のナイフの柄に手を掛ける。喉の奥がごくりと鳴った。
……何を考えているかなど、想像するだけ無駄だ。ならば、やってしまうか?
恐らくこの先でも五本の指に入るであろう障害。今、此処で処分してしまうべきではないか?
そこまで考えたが、それを見透かすように、或いは偶然そうなったのか、ナオミがノンナへと振り向く。

「プラウダの副隊長、感謝するよ。お陰様で銃の癖は解った。
 ……これで後戻りも出来ない。覚悟も、決まった」

覚悟。
その一言に、ノンナははっとした。
……覚悟、と言ったか。声に出さないよう、喉の奥で反芻し、ちらりとナオミの拳を見る。固く握られた拳は、肉が白く変色していた。
それは、本当に微小な動きだった。目を凝らしてもなお注視しなければ判らないくらいの、ごくごく小さな揺れ。
それが恐怖による震えなのだと予想するには、目の前のナオミの顔の青白さを見れば十分過ぎた。
撃ったのは、銃の癖把握や調整の為などではない。あくまでも“そちらがおまけ”なのだ。
自分を後戻りできなくする為。矢面に立つ覚悟を腹に据える為。故にナオミは敢えて少女を撃ったのだ。

「……練習試合の事を、覚えていますか?」

尋ねながら、ノンナはナイフの柄から手を離す。罠ではなく、相手にこちらを狩る気配もない事が分かったからだ。
仮に襲ってきたとしても、動揺がある分こちらに分がある。
ならば、競り負けは無い。確実に、刺せる。ノンナにはその確信があった。

「ああ。いい戦いだったな」
ナオミが言う。
「その続き、やりましょうか?」
ノンナが返した。
「その後ろに隠してる、黒いナイフでか?」
ナオミが嗤った。思わず、ノンナは息を飲みぎくりとする。
目前のそれは、凍て付いたバイカル湖の様に、暗く冷めた笑みだった。

ひゅん、と風を切る音。
瞬きをするよりも遥かに早く、髪が風に揺れるよりも更に早く、陽に煌めく光の軌跡がナオミの懐からノンナへと走った。
初動が遅れたのは意外にもノンナだった。
体が動かない。コンマ一秒にも見たぬ世界の中で、その異変に気付く。
首元に迫るナオミの狂刃を見ながら、しかしノンナの身体は強張っていた。
初手を見透かされた動揺も少なからずあったが、まさか先程まで震えていた人間が、自分から勝負を仕掛けてくるとは思わなかったからだ。
目前約10センチメートル。被刃まで約半秒。肉迫する明白な殺意に対して、ノンナは蛇に睨まれた赤子の様に成す術がなかった。
ナイフの抜刀、懐の銃での応戦、バックステップでの回避。その全てが間に合う距離ではない。
故に。


「……!?」


故に、ノンナは素手を使わざるを得なかった。
死の予感を感じ極限まで伸びた体感時間の中で、ノンナは無意識にそれを選択していたのだ。
何をするでもなく中空を彷徨っていた左腕を、ただ、素直に上へ上げた。

ナオミは右利きである。
右から外弧を描いたナイフは、ノンナの左の首元を着地点として正確、且つ無慈悲に放たれていた。
一撃必殺の刃。その筈だった。
しかし何の偶然か、それとも直感による必然か。ノンナの上がった左手が、ナオミのナイフの軌跡と合致し、刃の腹を寸でのところで弾く。
弾かれたナイフは、軌道をずらし虚しく空を切った。
ノンナの揺れた前髪を幾分か奪うには至ったが、しかし彼女の命までは届かない。
ナオミの双眸が、動揺に見開かれた。
結果的に、ノンナの半ば自棄かと思われた判断は功を奏す。


34 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:42:25 2NUdXCKY0

弾かれたナイフに、今度はナオミが体を強張らせる番だった。
まぐれでもこの一撃が躱されるは思っていなかった事と、
更にノンナの左手があまりに正確且つ無駄がない動きであったが故に、ナオミはそれを必然の事であると錯覚した。
即ち、ノンナが自分より遥か格上の相手であると、瞬間的にだが思わざるを得なかったのだ。

―――あの距離で、コイツはこの一撃を軽くいなすのか?

ノンナの無意識での行動だと知り得ないナオミがそう思ってしまうには、この一合は十分過ぎる接触であり、仕方の無い事である。
誰もその誤解に関しては、ナオミを責める事は出来ない。
故に力の差を感じた彼女は堪らず、バックステップで距離をとった。
確かに彼女の判断が誤解でなく正しかったのであれば、その判断は正解だっただろう。
しかし、事実はそうではない。この瞬間、ナオミは敵を討つ最大のチャンスを失った。
一方ノンナはここで漸く我に返り、背のナイフを抜く。
僅か二秒に満たない攻防は、ここで終わりを迎えたのだ。

「……オンタリオ 1-18」

額に浮かんだ汗を拭いながら、ナオミは言った。
ノンナは一瞬何の事かと思うが、直ぐに相手の視線から自らのナイフの事だと気付く。

「光を反射しない黒い刀身、黒いグリップ。夜襲に適した有名なナイフだ。刀身が長いから、ナイフというより刀みたいなもんだけど。
 それ、知ってるよ。アメリカのだから。……怖いね。一撃当たれば弾け飛ぶ。でも」

ナオミは嗤う。そう、よく知っているからこそ、弱点も解る。

「これも知ってるよ。そのナイフじゃそう長くは保たない。私の方が有利だ」

ナイフを構えながら、ナオミはゆっくりと後退った。

「Баллисти́ческий нож(スペツナズ・ナイフ)。
 ソビエトのナイフですか。そうですね、起動力の分、そちらに軍配が上がりそうです」

黒い刀身をくるくると翻しながら、しかしノンナはナオミの口上に眉一つ動かさずに応える。
その応対に、ナオミの構えるナイフの切っ先が僅かに揺れる。
スペツナズ・ナイフ。刀身を射出する機構があるショートナイフだ。
ナオミはそれがロシアのナイフだとは知らなかったが、しかし射出ギミックは奥の手として考えていた。
あちらの銃が何なのか判明していない上、手の内が知られている。
その事実は、実力が劣っていると思い込んでいたナオミにとって戦力を削ぐには十分だった。
僅かに迷う様に溜息を吐くと、ナオミはナイフを構える手を下げる。ノンナは眉を顰めた。

「来ないのですか?」

小首を傾げながら、ノンナは訊く。先程のような油断がないよう、ナイフは下げない。

「やめた。殺される気はないし、殺す気も失せた」

ナオミは口角を上げると、ナイフを懐に仕舞う。ノンナは唇を僅かに尖らせ、目を細めた。

「分かりませんね」ナイフを下げないまま、ノンナは続ける。「ならば狙撃手が前線へのこのこと出てきた理由は何ですか?」

その問にナオミは少し何かを考えるように中空を見上げると、やがて納得したように頷き、口を開いた。

「実力の近いアンタなら、組んでもいいって思っただけさ。
 でも無理っぽかったから、さ。……私が死体見てる時、後ろから狙ってただろ?」
「……ばれてましたか」

ノンナは表情筋の裏側で苦笑する。そこまで殺気立っていただろうか。

「半分、勘だけど。
 戦車乗ってて最高にハイな時って、狙われてるとかこっち見てるって何となく分かったりするヤツ? あるよね。なんか、そんな感じ」


35 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:45:33 2NUdXCKY0
ナオミはぶっきらぼうに言うと、髪を搔き上げ、続ける。

「……撃つまでの時間、頭ん中でよく考えたんだけどね、どうにも解らなかった。
 だけど、銃を構えてる私が居たのも本当だった」

急に何の話だ? ノンナは僅かに眉を寄せ、そう思った。
それが今必要な話とは思えなかったし、何より目の前のサンダースの狙撃手が、
そんな事を意味無く語り出すタイプの人間にはとても見えなかったからだ。

「どっちだ? そう思った。
 アンタを見つけた瞬間に隠れて銃を構えた私? それとも、引き金を引きたくない私?
 結局、解ったのは考えるのは性に合わないって事だけ。
 だから撃った。撃って、決めたんだ。決めたかった。決めなきゃいけなかった。
 いつもと同じように、ただ、一撃で大破出来る様に標的を撃った。それだけ。スナイパーの私はそれが仕事だから」

一体全体、なんだってこんな事を、敵にぺらぺらと喋っている?
当然の疑問が、頭の中を形の無い白濁とした煙となってぐるぐると回る。饒舌な自分に、ナオミ自身が一番動揺していた。
答えはいくら考えても見当もつかなかったが、それを吐露する事で少しだけ肩の荷が下りたように感じる自分に、ナオミは気付く。
そこで漸く解るのだから、どうしようもない。
詰まる所が、正当化したかっただけなのだ。自分の罪を、自分の所業を。
刃を振り撃鉄を弾く事で誤魔化していた事が、武器を下ろした途端に露見する。
だから、話すしかなかった。武器を下げてしまった時点で、捌け口は文字通り口しかなかったのだ。

「私はサンダースの皆と自分が生き残る為に戦う事にしたわ。私が居るくらいだし、きっと隊長やアリサも居る。
 皆には生き残ってもらいたい。何に、変えても。
 でも、このルールじゃどう見繕っても……誰かが、こうするしかない。なら、私がやるのが適任だ。そう思った。
 例え、それが戦車道から外れる事だとしても。例え、それをチームメイトが咎めても。
 ブリザード。アンタも、そう思ったからそうしてるんだろう? あのチビっ子隊長の為に」

そんな自分が心底不快だ。ナオミはそう思った。このザマでは、目の前の人間に劣る筈だ。劣って当然だ。

「……貴女の実力は認めますが、百歩譲っても、同志カチューシャをそのように侮辱する人間はこちらから協力など願い下げですね。
 同志カチューシャは背が低くなどありません。周りが無駄に高いだけです」

ノンナは淡々と告げる。ナオミは額に浮かんだ冷や汗を拭うと、弱々しく笑った。
強がっているのが滲み出ているのが誰の目にも解るような、酷く滑稽な笑みだった。

「そう言うなよ、つれないな。射撃で引き分けた仲だろ?
 ……ま、聞いてみたかっただけさ。
 それに、血で濡れまくったその格好じゃ目立ちすぎる。私は目立ちたくはないんでね。言葉を返すけど、こっちからも願い下げ」

深く息を吸うと、ナオミは肺に詰まった空気を全て吐き出すように、静かに息を吐いた。
緩い空気が抜けていき、冷静になっていく様な錯覚。そうだ、それでいい。

「貴女も私の首を狙っていましたよね?」
「首を一撃、直ぐに離れれば最低限しか返り血はない。やるならスマートに、だ。
 私は“ゲームに勝つ為”のメンバーを探してチームを作りたい。
 その為には、誰にも怪しまれたくない。“嘘”を吐いて弾除けを作る為にも。
 ブリザード、お前は怪しまれにようにする気はないのか?」

ノンナは表情筋一つ動かさないまま、かぶりを振る。ほんの僅かな迷いすらない即答だった。

「私には分かりません。見つけた人間は全員その場で始末すればいいだけでは?
 チームなど私には不要。そうすれば、格好など別段どうでも良いと思いますが?」

ナオミは目を丸くすると、半秒遅れて哄笑した。目尻に浮かぶ涙を指ですくうと、ふう、と溜め息を一つ。

「……成程、さすが。
 質問、一つ、いい? ……私を殺す?」


36 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:49:30 2NUdXCKY0

無言。
ナオミは訊くと、ノンナは手を顎に当てて暫く沈黙した。
迷いというよりも、利と損を秤に掛けて計算しているような、そんな薄気味悪さすら感じるのっぺりとした機械的な無言だった。

「……いいえ、やめておきましょう。
 命を狙われた事は癪ではありますが、お互い狩る立場であれば、むざむざこんな序盤で潰し合う必要も無いでしょう?」
「はは。同感だ」

ノンナはナイフを背の鞘に収めると、鼻からゆっくりと息を吐く。緊張の糸が切れた瞬間だった。

「貴女だから、そうしました。
 一体この期に及んで何を迷っているのかはさっぱり判りませんが、正直に言って、貴女が相手では流石に五体満足でいられる自信はありません。
 私は貴女を認めているんです、ナオミさん。あなたの狙いと読み、天性の勘は本当に素晴らしい」

予想外の言葉に、ナオミは思わず面を喰らった表情をノンナに向ける。

「へえ」ナオミは素直に笑った。力は無かったが、今度は自然な笑みだった。「ノンナ、だったよね?」
「はい」
ノンナが頷く。
「ノンナ。私も認めてるよ、アンタのこと。
 私はスナイパー。行進間射撃はちょっと苦手なんだ。だから、準決勝のあの雪原での戦闘は素直に舌を巻いた」

ノンナの表情が和らぐ。ナオミは頬を掻いた。どうにも調子が狂う。
つい先程まで殺しあっていた筈の人間とは思えない会話に、二人は表情だけで苦笑し合った。けれども、不思議と不快ではない。

「ありがとうございます」
「どうも」

ふと、ナオミは空を見上げた。境内へ向かう階段の左右の木々に切り取られて、突き抜けるような清々しい青空が広がっている。

「……こういう出会い方しなけりゃ、いい仲になれたかもね」
ナオミは空を見上げたままぽつりと呟いた。
「そうかも、しれませんね」
ノンナは含みのある声で応える。

「これ、やるよ」

ナオミは顔を下げると、上着の胸ポケットからそれを放り、踵を返した。
ノンナは難なくそれを右手でキャッチすると、正体を確認すべく掌を広げる。

「ガム、ですか?」

くしゃくしゃの銀紙を開くと、いかにもアメリカらしい体に悪そうな蛍光ピンクの丸い粒。
ノンナはそれを食べる事無く丁寧に包みに戻すと、視線を上げた。
背を向け石階段を登るナオミは、右手でこちらへひらひらと手を振っている。

「ああ。噛むと集中できて命中率上がる気がするんだよ、ソレ」
「願掛けですか? 私はあまりしませんが。プラシーボの類では?」
「かもね。ま、受け取っといてくれ。……何か、何でもいいから、生きてる人間に残しときたかったんだんだと思う。
 もう、いつ死ぬか分からないから。お互いに、だけどね」

ナオミは吐き捨てるように言うと、そのまま振り返らずに階段を登ってゆく。
ノンナは冷静に間合いを図る。辛く見繕っても、ナイフでの突進もライフルでの一撃も間に合いそうにはない距離だ。
こちらの銃なら殺せるとノンナは確信したが、両手はそれを拒む様に全く力が入らなかった。


37 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:54:28 2NUdXCKY0
「意外ですね」

原因不明の石化魔法に興の削がれたノンナが言うと、ナオミは足を止め、振り向く。
大きな水色の風船が顔の前に膨らんでいた。

「ロマンチストなところが意外だと言ったんです」

少しだけ、笑う。
ぱちん、と風船が割れる音。
情けない顔になったナオミは、ポケットに手を突っ込んで再び階段へ足を進めた。

「まだ覚悟が足りないのかもな」ナオミは空を見上げて、小さく呟く。「少し、甘いみたいだ」

舌を打つと、ナオミは自虐する様に肩を落とす。ノンナはそれを黙って見送る。
ポケットに手を入れとぼとぼと歩く後ろ姿は、背を丸めていることを加味しても、ノンナの眼にはいつもの彼女より少し小さく映った。

「せいぜい頑張りなよ。生きてたら、お互いまた会うこともあるだろ。ま、次に会ったら容赦しないけどね、ノンナ」
「こちらの台詞です、ナオミさん」

旋風が吹いた。
少しだけ、鼻腔につんと磯の匂い。湿気は無く、爽やかな海沿いの朝の風だった。
ナオミが階段を上りきり向こう側に姿を消すと、ノンナは後ろを振り返り視線を上げる。
道路の向こう側、家と家の隙間、低い堤防の向こうには、海が広がっていた。エキシビジョンで、ニーナとアリーナのKVⅡが横転した場所だ。
今、地に足をつき立っているこの石畳も、戦車で無理して降りた場所。
最早遠い記憶の様になってしまった勝負を思い出す様に眼を閉じると、ノンナはポケットからガムを取り出す。
銀紙を開いて、口の中に放る。ガムなど滅多に食べないし食べたい気分でもなかったが、本当にただ、何となく。
奥歯で噛むと、シロップをこれでもかと濃縮して煮詰めた様な不気味な甘さが口の中に広がり、思わずノンナは目を開く。
これも、予想外。着色料過多なだけで、ナオミが噛むならてっきりミントか何かだと思っていたノンナは、苦い笑いを心中で浮かべて空を見上げた。
青。その中に座す白銀の太陽が、いたく眩しい。



「本当、甘過ぎますね」



碌に味を確かめずにガムを吐き捨てると、ノンナは空に向かって呟く。
透き通る朝の空気を震わせて、しかしその独り言は海風に消えて、どこか遠くに流されていった。
恨めしいくらいに甘ったるい匂いも、一度彼女が呼吸をすると、二度としなかった。
耳には、さざ波の音。黒髪を風に流し、真っ赤な血塗れの石畳に立つ彼女は、蒼く澄んだ空を仰ぐ。

名残惜しむように、いつまでも、いつまでも。


38 : 薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い。そして、貴女も。  ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 02:57:24 2NUdXCKY0




【C-6・神社/一日目・朝】

【ノンナ @フリー】
[状態]健康・血塗れ
[装備]軍服 オンタリオ 1-18 Military Machete 不明支給品(銃)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:同志カチューシャの為、邪魔者は消す
1:死者の支給品を奪い移動する


【ナオミ @フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 M1903A4/M73スコープ付 (装弾4:予備弾10) スペツナズ・ナイフ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他) チューインガム(残り10粒)
[思考・状況]
基本行動方針:サンダースの仲間を優勝させるため、自分が悪役となり参加者を狩る
1:チームを組めるまともそうな人間を探す。基本ステルスで、チームを隠れ蓑にして上手く参加者を狩りたい



【近藤紗子 死亡】

【残り 34人】


39 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 03:00:28 2NUdXCKY0
投下終了です。


40 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 03:18:15 2NUdXCKY0
失敬!装備説明抜けてました。
これで投下終了です。

[装備説明]
・オンタリオ 1-18 Military Machete
 590mm・580 g。アメリカ産片刃ミリタリーマチェット。黒いカーボンの刃は光反射防止のパウダーが焼付けしてある。
 刃こぼれは早く、斬るというより叩き切るイメージ。また重量と長さがあるため非常に疲れやすい。

・スペツナズ・ナイフ
 ロシア産両刃ダガー。刀身中央部に軽量化の穴が空いている。
 円筒形の鞘は金属製で頑丈に作られており、装着したままでも警棒のように使用できる。
 ボタンを押すことで刀身を前方に射出することができる。有効射程は5m程度、射出された刀身の飛翔速度は時速60km。

・M1903A4/M73スコープ付
  1115mm・ 3.9kg・装弾5(.30-06スプリングフィールド弾)。
 アメリカボルトアクション式ライフル。M1903A3の改造版で狙撃用2.2倍スコープ付き。


41 : ◆RlSrUg30Iw :2016/07/19(火) 03:28:18 YEuVYlZ20
三点質問なのですが

・「支給品-は」としてマスタードガスやVXガスなどの実際に使用された(携行可能量の)化学兵器の支給は可能ですか?
・支給品のスマートフォンは分解等は現時点で行えないと考えてよろしいでしょうか?
・スマートフォンに目覚ましアラーム機能などはありますか?


42 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 03:37:55 2NUdXCKY0
>>41
・「支給品-は」としてマスタードガスやVXガスなどの実際に使用された(携行可能量の)化学兵器の支給は可能ですか?
OKです。
・支給品のスマートフォンは分解等は現時点で行えないと考えてよろしいでしょうか?
通常のスマホですので、工具があれば、可能だと思います。
・スマートフォンに目覚ましアラーム機能などはありますか?
あります。


43 : ◆RlSrUg30Iw :2016/07/19(火) 03:44:31 YEuVYlZ20
>>42
ありがとうございます。
それともう一つお聞きしたいのですが、飯盒などに固形燃料はありますか?


44 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 08:01:02 2NUdXCKY0
>>43
>飯盒などに固形燃料はありますか?
ありません。あくまでも、飯盒のみです。


45 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/19(火) 10:09:02 .Kx.JsQQ0
投下乙でした
武器による攻撃に関しては素人でも、索敵などには戦車道の経験が活きてしまう
そのあたりの塩梅は上手いなと思う一方、どこか皮肉にも感じました
特にクールに見える二人でも、どこかしら殺人に対して、迷いや躊躇いは出てしまうものなんですよね……
今回予約を破棄することになってしまいましたが、素敵なお話で拾っていただけて良かったです

武部沙織、冷泉麻子で予約します


46 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/19(火) 12:42:39 XuggJZvA0
秋山優花里、逸見エリカで予約します。


47 : 名無しさん :2016/07/19(火) 13:17:00 XuggJZvA0
ただいまの予約状況まとめです。


☆確定枠(6/36 残り29枠)

大洗:阪口桂利奈/近藤妙子/園みどり子(見せしめ)
サンダース:ナオミ
プラウダ:ノンナ
黒森峰:西住まほ
継続:ミカ
大学選抜、知波単、アンツィオ、聖グロ:無し



☆ただいまの予約(全て投下されれば16/36 残り20枠)

◆wKs3a28q6Q氏 アンチョビ、角谷杏(7/17 21:32予約)
◆mMD5.Rtdqs氏 アリサ、丸山紗希(7/18 9:40予約)
◆RlSrUg30Iw氏 カチューシャ、福田(7/18 21:54予約)
◆Vj6e1anjAc氏 武部沙織、冷泉麻子(7/19(火) 10:09予約)
◆dGkispvjN2氏 秋山優花里、逸見エリカ(7/19 12:42予約)


48 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/19(火) 19:32:47 hEHabqg60
ダージリンで予約します


49 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/20(水) 00:56:28 q./921oY0
投下します


50 : 残された命 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/20(水) 00:57:01 q./921oY0
 麻酔が消えて目を覚ました時、時計は6時半を回っていた。
 スマートフォンのルールブックには、開始時刻は6時と記されている。
 あんなことがあったのに、こんな状況に及んでもなお、呑気なものだと我ながら思った。
 それでも、呑気なままではいられないと、何となくそれだけを思って、彼女は立ち上がり歩き始めた。
 穏やかな風と、柔らかな日差し。
 夏の残り香が微かに浮かぶ、ぬるま湯のような暖かな外気。
 幻のようにぼやけた視界を、覚束ない足取りで、ふらふらと歩く。
 寝ぼけているのなら、それでもいい。それくらいの方が言い訳にもなる。
 あるいはいっそ、夢心地のまま、再びまどろみへ落ちていったら。
 夢とうつつの境目が、融け合い曖昧になったようなこの世界に、染み込み消えてゆくのだとしたら。

「――子!? 麻子!?」

 何だろう。誰の声だろう。
 ぼんやりとした視界の向こうに、見覚えのある影がある。
 霞を通したような声は、どこかで聞いたような気がする。

「麻子、ちょっとあんた何してるの!?」

 駆け寄ってくる両腕に、両の肩を、支えられた。
 ふらふらと倒れそうな体を、無理やりにしゃきりと起こされた。
 焦点も定められない瞳で、誰かの顔を、どうにか見やる。
 明るい髪色、明るい目の色。辛気臭い己とは、正反対の顔色が、こちらを覗き込んでいる。
 しっかりしろと、話を聞けと、心配そうな表情で、一人の少女が問いかけてくる。

「ねぇ、麻子ったら!」
「―――」

 この顔は、あれだ。友達の顔だ。
 武部沙織という名前の、腐れ縁の幼なじみだ。
 寝ぼけ眼をこする自分を、たびたび無理やりに叩き起こして、学校へ引きずっていった顔だ。
 気だるげに日陰で過ごす自分を、そんなんじゃ駄目だと揺り動かして、日向へと誘っていった姿だ。
 忌々しい朝日のような彼女。
 暖かい陽気を振りまいた彼女。
 ああだこうだと口うるさい、鬱陶しいお節介焼きの女で。
 きっとあるいは、自分にとって、大事な存在だったかもしれない、女。

「……ッ!?」

 その瞬間。
 温もりが、消えた。
 赤い何かがフラッシュバックし、視界と体温を奪い尽くした。

「やめろっ!」

 悲鳴のような声を上げ、沙織の体を突き飛ばす。
 一層覚束なくなった足で、一歩二歩と、逃げるように下がる。
 寒い。体がとても冷たい。己が両手を引き戻し、無理やり温めるように、肩を抱く。
 がちがちと歯を鳴らしながら、がたがたと震わせる両足では、大した距離も稼げない。


51 : 残された命 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/20(水) 00:58:47 q./921oY0
「麻子……? ねぇ、麻子!? あんた一体……っ!?」
「駄目だ……沙織、来るんじゃないッ!」

 ああ、そうだ。やめてくれ。
 これ以上近付かないでくれ。
 お前が一歩近づくたびに、あの光景が蘇ってくる。
 お前が一声かけるたびに、あの顔が浮かび上がってくる。

「来るな……私なんかといたら、お前――!」

 いけない。そうだ、駄目なんだ。
 お前のような奴がこれ以上、自分に近づいてはいけないんだ。
 自分なんかに近寄ってしまえば、また同じような景色になる。
 自分なんかが求めてしまえば、また同じようなことが起きる。
 だから近づいてほしくない。だから触れてなんかほしくない。
 お願いだからこれ以上、自分に寄りつかないで――

「――えぇいっ!」

 ばしゃん、と。
 音が、鳴った気がした。
 体温とは違う冷たさが、主に顔に広がった気がした。
 拍子抜けするような気配と共に、思考が無理やりに打ち切られる。
 一瞬前の動揺が、まるで嘘であったかのように、すうっと彼方へと消えていく。
 ぱちぱちと、まぶたを動かした。指先で触れたのは、水気だった。
 揺れ動く視点が定まって、ようやくまっすぐ前を向き、しかと確かめた沙織の顔は、いつもの膨れっ面だった。

「……落ち着いた?」

 咎めるような棘を感じる。
 それでも、これくらいの声音であれば、本気で怒っているわけではないのだと、己は十分に理解している。
 沈黙を肯定と受け止めたのか、ふうと溜息をつくと同時に、その顔は呆れたようなものに変わった。
 自分が観念した後の沙織は、決まっていつもこの顔だ。
 そしてそれを見届けた後で、ようやく彼女の右手の方に、水筒が握られていることに気がついた。
 蓋が開き、口が濡れている理由は、問うまでもなく明白だった。

「……大事な飲み水だろ、それ」
「いーの。水道は一応通ってるから」
「何で知ってる」
「それは、その……始まった頃に、ちょっと使って……」 

 ああ、これだ。このやり取りだ。
 基本沙織が手綱を握って、たまに図星を突かれると、こんな困った顔をされる。
 これが武部沙織という少女と、自分とのいつものやり取りだ。
 そんな慣れ親しんだ行為に対して、不安が消えたわけではない。
 それでも、今は同じくらい、安堵の気持ちが浮かんでいる。
 こんな状況だからこそ、この小うるさい腐れ縁との会話に、心地よさを感じるのかもしれない。
 表情こそ変えていなかったものの、誰もいない大洗の町で、冷泉麻子は確かに思った。


52 : 残された命 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/20(水) 01:00:48 q./921oY0


 工具や機械部品が並ぶ、恐らくは建築用品の店。
 古ぼけた建物のその奥には、これまた古ぼけた和室があった。
 商業スペースと生活スペースが、一本に繋がったその店を、ひとまずの隠れ場所として、麻子は拝借することにした。
 そこに至るまでの間も、沙織はナチュラルに手を背にやって、麻子を後ろから支えていた。
 自分もキツい状況だろうに、他人に甲斐甲斐しく世話を焼く姿を見ると、何でこいつがモテないのだろうと、時々思うことがある。
 もっとも大体の場合、世話焼きすぎて、よく口うるさくなることを思い出して、だから逃げられるのかと納得するのだが。

「そど子はな、アレで結構良い奴だったんだ」

 畳の上に座りながら、呟くように麻子が言う。
 沙織に語りかけるよりは、胸の中に溜まったものを、独白として吐き出すような。
 自分の頭の中の事柄を、一つ一つ紐解くような、そんな気配の口ぶりだった。

「まぁ、悪い人は風紀委員になれないんじゃないかな」
「ギャーギャーとうるさいことがほとんどだけど、アイツなりに学校のことを、良くしようとしてたんだと思う」

 うるさいのは麻子が悪いんじゃないの。
 いつもだったらもう一言、そんな返事が返ってきたのかもしれない。
 それをぐっと堪えているのは、やはり沙織が麻子に対して、気を使っているからなのだろうか。

「だから、アイツの声が聞こえなくなった時、柄にもなく、寂しいって思った」

 一度だけ、叱られる側の麻子の方が、園みどり子を叱ったことがある。
 通称そど子は、大洗女子学園が廃校になった時、いわゆる燃え尽き症候群に陥ってしまった。
 使命感の矛先を失ったことで、他に何をすればいいんだと、捨て鉢になり荒れたことがあったのだ。
 その時、放っておいてもよかった彼女を、再び元の風紀委員へと、引き戻したのが麻子だった。
 結局のところ、喧嘩仲であっても、そど子は良きそど子であってほしいと、彼女はそう思っていたのだ。

「そしてとうとう、声どころじゃなく、本当にいなくなってしまった」

 体育座りの形になり、ぎゅっと、麻子は膝を抱える。
 あの時は、昔のようなそど子が見たいと願えば、手を伸ばし届く場所にいた。
 しかし、あの惨劇の只中にあったそど子は、もはやどれだけ手を伸ばしても、届かない場所へといってしまった。
 何かの間違いであってほしい。夢なら醒めてほしいとは思う。
 それでも、どれだけ願っても、そど子と言葉を交わすどころか、姿を見ることも叶わないことを、麻子は痛感してしまっている。
 死に別れてしまった人間とは、二度と会うことができないことを、彼女ははっきりと理解してしまっている。

「何でだろうな……お母さんも、お父さんも、みんなみんな私を置いて、先に逝ってしまうんだ」

 冷泉麻子は、己が両親を、事故によって喪っていた。
 この殲滅戦に巻き込まれるまでもなく、人間の死というものに、とっくの昔に触れていたのだ。
 それが慣れに繋がるかというと、そんなことは断じてない。
 むしろ一度味わった悲嘆は、より生々しい実感を伴い、彼女の心を締め付けている。
 父と母がそうなのだから、そど子とも同じように会えないのだと、まざまざと思い知らされてしまう。

「むしろ私が、近づく人を、不幸せにしてしまうのかもしれない」
「だから私も、おんなじように、死んじゃうんだって思った?」

 そしてそれが、先ほど外で、麻子が取り乱した理由だ。
 いたわるような沙織の問いかけに、無言で小さく、こくりと頷く。
 母に死なれた。父に死なれた。祖母は体を悪くしている。
 その上今回はとうとう、そど子まで命を落としてしまった。
 結局のところ、原因はむしろ、自分の方にあるのではないか。
 他ならぬ麻子自身が不幸を振りまき、彼女が愛した人々を、死へ追いやってしまっているのではないか。
 死ねよ、死んでしまえよと。
 誰彼も不幸にする疫病神は、誰も巻き添えにすることなく、独りで息絶えてしまえよと。
 突拍子もない話だとしても、聡明な彼女らしからぬことでも、どうしても、そんな風に思ってしまう。
 それほどまでに、今回の件は、麻子の心を強く激しく、残酷なまでに揺さぶっていた。


53 : 残された命 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/20(水) 01:02:48 q./921oY0
「………」

 沙織からの返事は、ない。
 馬鹿なことを言うんじゃないと、頑と否定することもない。
 お互いに目線を合わせることなく、故に沙織がどんな顔をしているかも知らず、一秒また一秒と沈黙が続く。

「……もうっ」

 ややあって、その後。
 ぽんっ――と柔らかな両手が、麻子の両肩に添えられた。
 視線を上げると、真剣な顔で、沙織の両目が彼女を見ていた。

「シャキッとしなさいよ、まったく。悲しいって思うのは悪くないけど、あんたまだ生きてるんでしょ?」
「沙織……」
「あんたまで死んで、お父さんもお母さんも、そど子先輩にしたって、麻子が自分のせいで死んじゃったって思って、それで誰か救われる? 嬉しい?」

 誰かの死を悼み悲しむのは、それは人として当然の思いだ。
 誰だって、自分に無関心でいられるよりは、悲しんで涙してくれた方が、まだマシな気持ちになるだろう。
 しかしそれが原因で、目を塞ぎ歩みを止めたことで、その人までもが不幸に遭えば、話はまるきり変わってくる。
 そうなれば、こみ上げるものは、自責だ。
 自分が死んだばっかりに、自分が悲しませたばっかりに、生きている人の足を引っ張り、諸共に命を落とさせてしまった。
 そんな風に思わせてしまえば、今度こそ誰も報われない。誰一人救われないままに、死者を貶めることになってしまう。
 沙織が言っていることは、そういうことだ。

「なんて……あんたのおばぁがここにいたら、そんな風に言うのかもね」

 上手く言葉にはできないけれど。まとめられるほど、武部沙織は、人間が出来ていないけれど。
 それでもそう思ってくれる人は、まだこの世の中にはいるだろうと、苦笑気味に、沙織は言った。
 そしてそれが、祖母だけでなく、彼女の思いであることも、冷泉麻子は知っていた。

「……生きてて、いいのか……私はまだ、ここにいていいのか……?」
「当たり前でしょ。麻子が死んだら、私も毎朝、張り合いなくなっちゃうんだから」

 言いながら、沙織の両手に力がこもる。
 小柄な麻子の体を引き寄せ、ぐいっと胸元に抱き止める。
 無駄に大きな胸のせいで、沙織の顔は、麻子には見えない。
 このハグは単純に麻子のことを、なだめるためのものかもしれない――けれどあるいは、それと同時に、自分の見せたくなかった顔を、隠したかったのかもしれない。
 優しく明るく笑っていると、そう思わせなければ、嘘になるから。
 手のひらが震えている理由を、悟られてしまっては、嘘になるから。

「……っ……!」

 どこかで水道をひねった理由が、今ようやく分かった気がする。
 沙織が拭いたかったものは、洗い流したかったものは、つまるところ、そういうものだ。
 自分だって苦しいだろうに、何もかも吐き出したいだろうに、それでもお前はそうやって、人のことばかり気にかけるのか。
 泣いている誰かを抱きしめるために、自分が流したい涙を、そうやって胸の奥で押しとどめるのか。
 卑怯だ。お前は本当に卑怯だ。

「やだなぁ、もう……我慢しようって決めてたのに……なんか馬鹿らしく、なっちゃうじゃん」

 冷泉麻子は涙を流した。
 お互い様だと言わんばかりに、わんわんと大声を上げて泣いた。
 大丈夫だ。今はこれでいい。
 らしくない自分を晒しても、みっともない自分を曝け出しても、全て終わったその時には、いつもの自分に戻るから。
 大切を喪った悲しみも、大切を守れなかった後悔も、全て洗い流すと決めた。
 そして大切な親友が、静かにすすり泣く声も、一声残さず聞き届けようと、固く心に誓っていた。


54 : 残された命 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/20(水) 01:05:33 q./921oY0
【C-4・商店街の建築資材屋/一日目・朝】

【冷泉麻子@フリー】
[状態]健康、深い悲しみ、号泣
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:今は泣く。思いっきり泣く。立ち上がって前に進むためにも
2:沙織や仲間達を死なせたくない
[備考]
※水道が生きていることを把握しました

【武部沙織@フリー】
[状態]健康、悲しみと恐怖、落涙
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:麻子が泣き止むまで傍にいる。それまでには自分も、気持ちを切り替えたい
2:麻子や仲間達を死なせたくない
3:麻子とチームを組みたい
[備考]
※水道が生きていることを把握しました


55 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/20(水) 01:06:11 q./921oY0
投下は以上です


56 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/21(木) 00:58:35 4Vb45oOc0
カルパッチョ、アキで予約します


57 : 名無しさん :2016/07/21(木) 07:55:12 Dx1K5qlU0
役人から参加者への接触について制限はありますか


58 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/21(木) 13:49:17 Dx1K5qlU0
>>57
質問の訂正
殲滅戦が始まる前の、役人から参加者への接触について制限はありますか


59 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/21(木) 14:08:14 mhYf1z0s0
認めます。
但し、支給品や兵器などを事前に渡したりする、首輪解除法を教える、脱出に関する情報……等、その参加者が有利に進むような接触は無しとします。
接触は最大でも全体で2名までとし、その2名は互いに事前には接触していないものとします


60 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/21(木) 16:22:36 Dx1K5qlU0
隊長


61 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/21(木) 16:23:05 Dx1K5qlU0
誤爆しました、申し訳ありません


62 : ◆GTQfDOtfTI :2016/07/21(木) 20:23:37 lFrWsAFc0
ペパロニ、五十鈴華を予約します。


63 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 22:57:04 ghQAJx4.0
投下します


64 : 名無しさん :2016/07/21(木) 22:57:49 ghQAJx4.0

 ――不安定な状態にあった少女が崩壊寸前に陥ったのは、結局のところ、距離の問題である。
仮に遠く、眺めるような位置にいたならば、彼女は怯えながらも良く回る頭を持って、賢く立ち回ろうとしただろう。
仮に近く、手を伸ばせば届く距離にいたならば、彼女は狂気を交えた叫びをあげ、一突きを持って命を奪っていただろう。

 絶妙な距離だった。涙を押さえようと歯を食いしばって、破裂しそうな頭を抱えるアリサと、
いつもと変わらずぼんやりしたたれ顔で、それを見つめる丸山紗希。

 しかし、丸山は、彼女に一定以上は近づかない。今開けているぼんやりとした距離が、二つのものを守ることができる距離なのだから。

 それは――丸山紗希の一つの命と、アリサの最後のプライドだった。


65 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 22:59:03 ghQAJx4.0

 すぐそばで吹き飛ばされた女学生の頭は、アリサに少々過剰な物を叩き込んだ。
すぐ後ろを威勢よく立ち上がったあのおかっぱ頭の少女が、大洗の生徒だっただろうか彼女の声が唐突に途切れて、
風船の割れる音だっただろうか? そんな軽い音ではなかったか、むしろ火薬の破裂なのだから、……音についてはあいまいに、
ただ、他の五感については彼女は鮮明に覚えていた。

 浅黒い煙のが上がる前、首輪が膨張し、おかっぱ頭が皮ごと吹きあがり、下から持ち上がるように骨格が変形する。
それについていけなかった赤黒い肉が中身を晒しながらひしゃげ、骨を巻き込んでずり上がって行き、破裂した。

 アリサは後ろを向いていて、斜めの角度で飛んだであろうゲル状な内蔵物と、ぬるい温度の血液を顔に浴びた。
それは、骨に守られた主要部分にしては、そこそこ強靭だったが、力を入れたらすぐに取り返しがつかないほどのもろさで、
ちょうど、シャツに温水をぶちまけたような温感は、とてもヌルついていた。

それから、濡れた鉄の匂いが鼻を取り巻いて、うかつに口も開けていたものだから、舌にもこびりついていた。

 アリサは目を覚ます。海に近い通り、ちょうど魚屋の辺りだった。


66 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:00:34 ghQAJx4.0
 彼女は起き上がって、起き上がるなり呼吸は乱れ、目を見開いて頭を押さえた。
口を大きく開けて呼吸していると、あの時の名残が残っていて、彼女は掻きだすような唾を吐く。
顔に何かがついているからと顔を擦ると、乾いた血液がパラパラと剥がれ落ちた
思いっきり手で顔を覆い隠すように目を瞑ると、ちょうど、少女の頭が吹き飛ぶ瞬間が――

 ……何をしているのか。彼女は振り払うように頭を左右に振った。
こんなところで錯乱していても無駄に時が経過していくだけだ。歯を食いしばって力を振り絞る。
もう、サンダースのゴアグロ映画はもうまともに見れないかもしれない……。
下らない考えが浮かぶようになってから、やっと彼女は状況を確認しようと思えた。

 旧日本軍の背嚢に小声で悪態をつく。/あそこにいたのは、戦車道で戦ってきた奴等だった。

 出てくるものは毛布やら脆そうなテントセットやら。/あそこで、狂ったような催しを押し付けてきたのは、確か、文科省の役人?

 飯盒をみて、使いにくさから、米軍のレーションを褒めたたえる。/大洗に難癖をつけて、廃校にしようとして、覆されて恥どころじゃないって

 双眼鏡に性能が悪いとケチをつけた。/だから、大洗学園とあの戦いの面々をひどく恨んでいて、だから、こんなことを。

 スマートフォンを忘れていた。何やら確認しないと/だったら、こんなものに巻き込まれるのだったら――
 
 ――彼女たちに、大洗女子学園に協力するんじゃなかった。

 スマートフォンがアリサの手から滑り落ちた。彼女はとにかく不安定な状態にあり、思考は混迷を極めている。


67 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:02:09 ghQAJx4.0

 ――道を外れたら戦車が泣くでしょ、とは、サンダースの、彼女たちの隊長、ケイの言葉である。
開いたPDFファイルにあらかた目を通しながら、アリサはその言葉を思い起こした。
先ほどの思わず浮かんでしまったことを、アリサは再び頭の中から打ち消すことに決めた。いくら何でもあれは暴論である。
こんな事態に陥るなんて誰にも予想できなかったことだ。それにあんな考え方を持ったら、それこそケイ隊長の顔に泥を塗る。

 ……彼女は、皆は、この場に呼ばれているだろうか。アリサは大方のルールに目を通し終えていた。

 これからの方針について、とりあえずは、ケイ隊長やナオミとの合流を目指そう。
ケイ隊長は、自分の道を持っていて、器は大きく、しっかりとした優しさを持った人だ。決してこんな催しには乗らない。
ナオミは、クールで強い意志を持っていて、でも、注文には薄く笑いながら答えてくれる。仲間をとても大事にしているのだ。
彼女たちに合流すれば、今後の展望だって必ず開ける。そうすれば、どうにかなる。サンダースは強豪校なのだし。

 そこまで考えて、アリサは彼女の制服、ちょうど胸元の辺りに引っかかる物を感じた。言うまでもなく先ほどの血である。
これは染みになりそうな汚れだ。彼女は戦車道の履修者だったから、油だとかそういう類のものは落ちにくいと知っていた。

 爪を立てて服を引っかきながら、……こんなもので制服を買い替えるのもいやな話だと、汚れがついたままだと会った人にからかわれる。
早急に水道かどこかで落とすとして、その後はすぐに移動しなければならない。
人に会えば交渉して情報を集め、有力者たちとチームを組み、しっかりとした拠点を置き、サンダースの仲間と合流しよう。
段取りを考えてみれば、思ってよりも容易いことである。そうだ、自分はサンダースの作戦立案担当だ。このくらいこなせなければ――

 フラッシュバックする。破裂音のようなもの、膨れ上がって爆散する頭部。

 違う、違う! アリサは錯乱しつつある自分にようやく気がついた。
さっき人の命が一つ失われた。ルールは命のやり取りについて明確に規定している。
事実として、自分が今立っている大洗の土地は戦場で、このフィールドで行われるのは戦争なのだ。
必要なのは、情報と……。……甘く見たり、楽天的な考え方は命取りだ。

 事ここに至って、ようやくアリサは自分に支給された武器に目を向ける。
この場において武器の性能は、個々人の能力に匹敵するものがあり、その人物を価値づける尺度の一つだろう。
これを用いて人を傷つけるだとかは、彼女は意図的に無視した。
そういった事態に陥らないようにするのが、頭を使うということだと、アリサは気の強い本来の性格から思ったのだ。


68 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:03:04 ghQAJx4.0

 ……けれど、支給された武器は、再び彼女に原初の恐怖を呼び起こしたのである。

 近接武器に関してはまだよかった。何の変哲もない……というには語弊があるが、まあ、単なる脇差である。
そこそこ磨かれていた刃は、それなりの切れ味を持っているだろう。
ただ、アリサは、接近戦に関しては自分の身体能力も合わせて、あまり重くは見ていなかったので、少し眺めたのみであった。

 問題だったのは、少し焦った彼女が見つけた遠距離武器、銃の方だ。
銃の存在は、彼女が見つけたとき、自分がいる場所が殺し合いの空間であると強く認識させた。
装飾として飾られていることもある刀より、人を殺す、という目的には、彼女たちにとってはよほど近い。
しかし、その銃は、彼女が受けた衝撃をそれだけに留まらせなかった。
殺し合いの空間において、彼女の銃は、欠陥品といってもよいほどだったのだ。

 その銃は、二次大戦時アメリカにおいて100万丁以上製造された、22点しかない部品から抜群の生産性を誇った銃である。

 装弾弾数は1発。ライフリングはなく、公称の射程は15メートル。5メートルという噂もある。そして、なによりも暴発しやすい。

 そのリベレーターと呼ばれる銃を、彼女は所属校の関係もあってよく知っていた。皆と話のタネにしていたものだった。
どんな話をしていたのか、自分が実際に使うなんて考えもしていなかった。今手元にあり、自分の命の保証の大部分を負担している。

 アリサの思考に、一層暗さを孕んだ物が鎌首をもたげ始めていた。





69 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:04:04 ghQAJx4.0
 ケイ隊長の言葉は、戦車道強豪校にはほとんど当てはまる。彼女たちは殲滅戦というこの戦場においても、
どのようなスタンスとるにしろ、己が道を行こうとするのだろう。
その途上に立ちふさがるものを排除してでも、その果てに死が待っているとしてもだ。

 アリサは、鮮魚店から、怯え交じりに顔を出した。恐怖に荒くなる呼吸の中、周囲の人影を探す。
果たして、いてほしいのか、いないでほしいのか。まったく定かではないのであるが。

 アリサの脳内に思い浮かぶ。
ケイ隊長が、皆に協力を呼びかけ、主催者たちを打倒としようとする姿を/あの役人の逆鱗に触れて、同じように頭部を吹き飛ばされる姿を。
ナオミが、襲い来る危険人物を制圧して、皆と一緒に戦っている姿を/重火器の暴風に晒されて、無残な姿に変わるところを。
そして……。

 彼女にとって、良いことかどうかは分からないが、アリサは確かに人の姿を見た。目測で全力で走って五秒ほどの距離。
大洗の制服で、ぼんやりと立ちつくしている。身長は自分と同程度には低い。

 誰だってそうだ。この法律のない殺し合いの空間において、自分の道を守ろうとするに違いない。ならば――大会でこちらが行った作戦は、彼女たちにはどう見えたか?
平凡な日常の後日談においては、弄びの種にしかならないかもしれない。けれど、ここにおいては、何よりも重要な信用に関する判断基準とされるのではないか?

 此方に気づいてはいない。走り寄っていける距離。自分の服には血痕が付着している。声をかければ届くだけの距離。武器を身に着けていない。身体能力も高くない。

 死にたく、死なせたくない。ケイ隊長もナオミも。そのために貢献しなくては。手元には欠陥品の銃とたかが脇差のみ。主催者の首輪。皆いつでも切れる駒として……
大洗からどこまで悪評は広まった? 武器が、もっと強い重火器が必要だ。帰りたい、いつもの日常に。サンダースの学校に。……死にたくない。

 彼女は武器を手に取った。そして、顔を頭が避けて行けそうなほどしかめる。殺す、殺す、殺すんだ。大義名分を思い込んで、怒りと恐怖を体に帯びて、
ゆっくりとアリサは立ち上がって、幽鬼のような足取りで店の外に足を踏み出す。右手には銃、左手には脇差。そうして、彼女は――走り出した。

 視線の先の女学生――丸山紗希はすでに振り向いている。


70 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:04:56 ghQAJx4.0
 ……物事を成すには、何事も原動力がいる。アリサは、ある種の錯乱、勢いのままに走る。丸山はぼんやりと突っ立っている。
アリサの脳内に、情景は像を結ばず、言葉は形を作らない。激情から噴き出る殺意のままに、アリサは走る。
目の前の少女を殺す。無理矢理固めたお題目に、死に対する恐怖心に、火をつけて原動力として、彼女はひた走った。

 しかし、六秒、である。立ち上がってから、六秒が経過したとき、アリサの走る速度は急激に鈍化した。
人間の精神は、頭が真っ白になるほどの怒りに襲われても、六秒経過で冷静な部分戻りだすという。
ましてや、アリサは、自分の掲げた殺人に対する名分が欺瞞であるとわかっていた。そして、戦車道を履修している以外普通の女学生が、
長く殺意を保ち続けるには相当なエネルギーがいる。主に動力源だった恐怖は、ここに来て、行き先を惑い混迷へと変わり始める。

 武器はこの銃でいいのか、この距離でこんな銃が当たるのか。これは暴発しやすい銃で、それなら脇差は、けれども躱されるかも。
この大洗の子は何故何もしようとしない。いくら突然のことでも数秒あれば反射的に行動するだろう。
いいや、もしかしたらこれはこちらを誘い込むための策で、自分は相手の術中に嵌ったのではないか。いいや、とにかく、行動を――
ノロノロノロノロ、走るスピードはだんだんと落ちていき、おおよそ丸山から七メートルの時点で止まってしまった。
アリサはもう疑心暗鬼に陥り、行動を起こすことができなくなった。

 銃を、リベレーターを彼女は構えている。当たる保証はない。引き金を引けば弾は出るが、しかしそれは宣戦布告に等しい。
アリサの身体がぶるぶると震え始めた。なにをやっているのか。行動しなければならない。でも銃を撃ったら、相手に反撃の正当性を与える。
彼女を殺す、殺してどうなる、彼女の武器の性能の保証は。罪の十字架に釣り合うもの? 彼女の友達はこちらを狙うかも。

 ケイ隊長の、ナオミのために……人を殺す? ケイ隊長は、怒るかな。ナオミは呆れるかもあの人たちはいい人たちだ。
責任を押し付けられない。そもそも、今、殺し合いにのっているのは、もしかして、自分だけなのでは――

 丸山は、動かない。変わらない曇り眉で、アリサをじっと見ている。

 アリサは、支離滅裂な思考回路の果てに、結局ポロポロと涙をこぼし始めた。いつ自分が泣きだしていたのかもアリサには分からなかった。
口元から壊れたスピーカーのように嫌と無理が繰り返されている。死にたくもない。けれど殺す勇気は失われてしまった。
終いには立っていられなくなり、その場に膝が落ちていく。

 今自分がしている行動は、目の前にいる相手に対する無条件降伏、相手の恩赦に期待する行為だと彼女は気づいている。
無様さを見せつけて、許しを乞うていると。殺しに走ってきた相手がいきなり止まって泣き出している。意味が分からないだろう。

 けれど、わかっていたけれど、アリサはもう動けなかった。ただ、親しい人名を助けを求めるように呟こうとして、
累が及ぶのを心配して、父親を呼んで泣きじゃくる。こんな冷静さは残っているのに……。

 結局のところ、何も選ぶことができなかった。分水路に来ていたのに、アタフタしている内に激突した。

 アリサは、あまりの無力感、絶望感、情けなさに、堪えきれないものを感じて、頭を抱え始めた。

 丸山は、さっきと立ち位置を、一歩だけ変えて、じっとその様子を眺めていた。


71 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:05:35 ghQAJx4.0



 ※


 結局のところ、丸山紗希は別に感情のない人間ではない。中身は時折鋭いだけの普通に近い女子である。
実際、先ほど彼女が動かなかったのは、驚愕に驚いて身体が硬直していたからだ。
そして、彼女は感情をあまり表情や行動に出しせず、ある種鈍い面がある性格なのだ。
けれども、ぶっ壊れているというわけでもないので、アリサがひざを折ったところではちゃんと逃げ出そうとした。

 ……そこで、丸山は、アリサが父親を呼ぶ声を聞いた。

 それは、丸山紗希にとっても、心の深いところにくる言葉であったので、……離れていくという選択を選びにくくなった。

 朝の公道上で、ある程度の距離の下、無口な少女はじっと、泣きじゃくる少女を眺めている。


72 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:06:36 ghQAJx4.0
【C-5・C-6に対する境界ギリギリ/一日目・朝】

 【アリサ@フリー】
[状態]健康、深い絶望感、錯乱状態、トラウマ
[装備]血の飛んだサンダースの制服
[道具]基本支給品一式、脇差、FP-45リベレーター 不明支給品(役に立たなそうなその他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:日常に帰りたい。死にたくない。
1:なんで、こんな……情けない、情けない。
2:仲間の安否への心配
[備考]

【丸山紗希@フリー】
[状態]健康、ちょっと心臓が動悸
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:……まだ、決めてない……
1:怖かったね〜紗希〜。
2:あの人見てるって……まあ紗希がそれでいいならいいんじゃない?
3:私たちか先輩方と合流しよう! 紗希!
4:次からはちゃんと動かないと駄目だよ、紗季!

 
[装備説明]
・FP-45リベレーター
 アメリカ製、鉄パイプのような外見を持った銃。レジスタンスに付与するために設計された。
 簡易すぎる構造からの凄まじい生産性、低すぎる性能、脆すぎる耐久性を持つ。

・脇差
 短刀、鞘付き。そこそこの切れ味がある。


73 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:07:15 ghQAJx4.0
投下終了です。タイトルは有効射程でお願いします


74 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/21(木) 23:08:24 ghQAJx4.0
有効射程
です すみません


75 : 名無しさん :2016/07/22(金) 00:08:24 rJplDg0g0
投下乙でした
ガルパンキャラの中でもアリサってかなり異質なキャラなんですよね
そんな彼女が「大洗を助けるんじゃなかった」と考えてしまう場面は、すごくらしいと思いましたし、ゾッとしました
台詞一切なしで、ここまで切迫した雰囲気を書けるのは本当にすごいし憧れます
あと紗希ちゃんの状態表は何気に天才の発想だと思う


76 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/22(金) 08:34:54 b0Qbainw0
島田愛里寿、河嶋桃で予約します


77 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/22(金) 08:51:22 lLc1jA560
>>75
ありがとうございます とても嬉しいです

ローズヒップ 西絹代 で予約します


78 : 名無しさん :2016/07/22(金) 13:06:46 Gjk0T1LY0
☆確定枠(11/36 残り25枠)

大洗:阪口桂利奈/近藤妙子/武部沙織/冷泉麻子/丸山紗希/園みどり子(見せしめ)
サンダース:ナオミ/アリサ
プラウダ:ノンナ
黒森峰:西住まほ
継続:ミカ
大学選抜、知波単、アンツィオ、聖グロ:無し



☆ただいまの予約(全て投下されれば26/36 残り10枠)

◆wKs3a28q6Q氏 アンチョビ、角谷杏(7/17 21:32予約)
◆RlSrUg30Iw氏 カチューシャ、福田(7/18 21:54予約)
◆dGkispvjN2氏 秋山優花里、逸見エリカ(7/19 12:42予約)
◆nNEadYAXPg氏 ダージリン(7/19 19:32予約)
◆GTQfDOtfTI氏 ペパロニ、五十鈴華(7/21 20:23予約)
◆nT8NGLZwA6氏 カルパッチョ、アキ(7/21 00:58予約)
◆Vj6e1anjAc氏 島田愛里寿、河嶋桃(7/22 8:34予約)
◆mMD5.Rtdqs氏 ローズヒップ、西絹代(7/22 8:51予約)


79 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:31:13 7MBRznaE0
感想つける余裕がないほどギリギリのギリになりましたが、投下します


80 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:33:59 7MBRznaE0

くるくる。くるくる。
指で己の髪の毛をいじりながら、安斎千代美は考える。
いや、『考える』と言える程、建設的なことは何も浮かんでいない。

どうしよう。

ただ漠然と、そんなことを頭の中でリピート再生しているだけだ。
いくら髪の毛をくるくる指に巻きつけようと、頭の方はちっとも回ってくれなかった。

「くそっ……」

これでも一応、それなりに頭は回る方だと思っている。
そりゃあ、勉強が出来るかと言えばノーだが、それでも物事を考える力が無いわけではないはずだ。
実際にアンツィオ高校を立て直してきたし、圧倒的戦力差を戦術で覆したこともある。
それに、隊長は頭が悪くては務まらないと、月間戦車道にも載っていた。
GPSの役目だって、相手の動きを先読みし的確な指示を出すためには、それなりの脳味噌がいる。

そう、頭は決して悪くない。悪くないはずなのだ。

「どうしたら……」

別に自分が天才だなんて思っちゃいない。
戦術家として西住姉妹に劣っている自覚はあるし、大洗連合において隊長も副隊長も与えられなかったことを考えると、
もしかするとこの場にいる全校の代表の中で一番劣っているのかもしれない。
それに、勉強という点で言えば、まあおそらく下から数えた方が早いだろう。
それでもペパロニよりは数倍マシだという自負はあるが、自分が勉強の出来る人間だと自惚れたことは一度もない。

でも、それでも。
アンツィオ高校の頭脳は、ドゥーチェである“アンチョビ”なのだ。
どれだけ他校の首脳陣に劣ろうと、それを言い訳に思考を止めることなど出来ない。しない。許されない。

千代美には、義務があるのだ。
自分の陣頭指揮の元、部員全員怪我なく笑って卒業させるという義務が。
そしてそれは、単なる義務でなく、千代美自身の強い願いでもある。


81 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:35:47 7MBRznaE0

「よっす、ちょびー」

何も思い付かない焦燥感を吹き飛ばすように、不意に声をかけられた。
弾かれたように振り返ると、角谷杏が軽いノリで左手をヒラヒラ振っていた。
あまりにも自然体すぎて、その右手にある拳銃が、何かのジョークのように思える。

「な、え、おまっ……!」

千代美の頭を混乱が支配する。
元々、自分自身のピンチでは頭が上手く働かず、具体的な打開策を打ち出せない所があった。
それはどうやら戦車の外でもそうらしい。
せめて逃げるか向かうか出来ればよかったのだろうが、しかし体は全く動かなかった。

「あー、そんなビビらなくていいって。撃つ気ならとっくに撃ってるし」

そう言って、杏が銃口を明後日の方向へと向けた。
結果として、肩をすくめるポーズみたいになっている。
ついでに表情も「ア〜ハン? 何を言ッテンデス、コノFucking Japハ?」みたいなソレだった。

「……まあ、そうかもしれないが……」

非常に腹立たしかったが、しかし千代美は、その表情に触れることが出来なかった。
その態度に触れることも出来なかった。動作にも、そもそも銃口を向けていたことにもツッコまなかった。

杏の態度は、まあいつものことだと言えよう。
しかし、この状況でも『いつものこと』を続けられることに、言い様のない不安を抱いてしまっていた。

「大分参ってるみたいだねぇー」
「あ、当たり前だろ!」

千代美にだって、自分が相当参っていることくらい分かる。
それほどまでに、先程の虐殺ショーの効果は絶大だった。

ノリと勢い中心で生傷が絶えないアンツィオ高校をまとめているのだ、多少の怪我や流血沙汰は見慣れている。
喧嘩や争いごとにだって、何度も介入してきた。

でも、今度ばかりは駄目だった。
勢い任せな無鉄砲少女達を束ねる立場のくせに、部員が怪我をすることすら避けたいと思っていたくらいには、千代美は人が傷つくことが苦手だった。
スポーツですら無い、ルール無用の傷つけ合いなど、受け入れられるはずがない。

「当たり前、ねえ〜」
「そういうお前はどうなんだよ……」

いつものように、自然と近場の椅子に腰掛ける。
干し芋でもあれば、きっとそれだけでいつもの光景と同じになる。
そのくらい、普段と変わりがなかった。


82 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:38:33 7MBRznaE0

「決まってるじゃん、参ってるよ」

平然と、言ってのけた。
本当に、当然のように、しれっと、さくっと、あっさりと。

「……さっき死んだ娘は、うちの、大洗の子だ」

聞いている千代美の口が、ぎゅうと強く結ばれる。
別段絡んだ相手ではない。
それでもその特徴的なオカッパ頭は、よく記憶に残っていた。

「風紀委員で、よく雑務を頼んでたっけ。真面目ないい生徒だったよ」

口にしたくないであろうことまで、杏は淡々と語っていく。
さすがに、彼女の瞳が憂いの色みを帯び始めた。
たまらず千代美は、顔を背けてしまう。
杏は、真っ直ぐに、前を見つめているというのに。

「……でも、俯いている暇なんてあるわけないっていうかさ」

普段通りに振る舞える。
それが、きっと杏の強さなのだろう。

千代美には、悔しいけれど、それがない。
少なくとも千代美にとって、今の状況で発揮できる『千代美だけが持つ強さ』なんてもの、何もない。
どれだけ西住流に劣ろうが、まともな戦術の一つや二つ浮かんでくれればそれを強みと呼べたであろうに、今は何を考えても空回りする一方だった。

「私はあいつらの“会長”だ。まだ生きている生徒を、生きて帰さなくちゃならない」

そこに居たのは、いつも戯けた杏ではなく、しっかりとした意思の元で大洗を率いていた生徒会長角谷杏だった。
静かな口調であるのに、その言葉からはとてつもない力強さを感じる。

「学校の風紀のため、文字通り命を賭けてくれた娘もいるし、私だって自分の仕事くらいしないとね」

言いながら、杏が己のポケットから何かを取り出す。
思わずビクリと反応した。
そんな千代美を気にすることなく、杏がソレを差し出す。

「それで、これからどーするつもりなんだ、ちょび」

スマートフォン。
その画面に表示されているアプリに、千代美は見覚えがない。
それでも、杏の意図を察することくらいは出来た。


83 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:40:35 7MBRznaE0

「…………分からない」

アンツィオをまとめる“ドゥーチェ・アンチョビ”としてなら、こんなことは言わなかった。
仮に口にするとしても、もっと冗談めかして、笑いながら言ったであろう。
この場にいるのが、杏以外の誰であったとしたら、きっとこんな沈んだ口調で言うなんてことしなかった。

「私には……何が出来るんだ……?」

だけど、杏の意図と、その決意を察することが出来てしまったから。
“ドゥーチェ・アンチョビ”でなく、“角谷杏の旧友・安斎千代美”として、正直な気持ちを答えた。

「こんな酷いこと、止めたいのに……どうしたらいいのか、全然わからないんだ……!」

不甲斐なさに、思わず泣きそうになる。
声もいつしか震えてきた。
情けない。視界までぼやけてきているじゃないか。
ゴシゴシと目を擦り、少しでも格好つくようにする。
格好つけるような相手ではないが、しかしそれでも、あまりにみっともない姿は見せたくなかった。

「うーわ何、そんなこと悩んでたの。真面目だねー」

涙を拭い去った視界で、杏が本当にいつものようにクソ舐めた表情をしていた。
これがコミカライズされた世界だとしたら、ちょっとギャグ調にデフォルメされているであろうくらい、先程までと雰囲気がかけ離れている。
おいおいギャグ漫画のツッコミ役かこの野郎。

「そ、そりゃそうだろ! い、命が懸かってるんだぞ!?」

命懸け。
改めて言葉に出すと、ゾクリとするものがあった。
しかし杏は、その言葉にも動じる素振りを見せない。

「そーだね。正直めちゃくちゃヤバい状況だと思うよ」

そういえば、こいつは元々こういう奴だった。
誰がどう考えてもヤバいような状況でも、いつだって飄々と振る舞う。
でも――

「……じゃあ、どうするつもりなんだよ」

でも、杏は、いつだって水面下で動いていた。
大洗が廃校の危機に瀕していた時だってそうだ。
決して人前――特に自分を慕う者の前では、苦労する姿や苦悩する姿は見せない。

「脱出のための具体的な方法とかは、なんにも考えてないし、考える予定もないかな」

今度は千代美が、ギャグ漫画のような間抜けな表情をする番だった。
てっきり何か考えがあって、その仲間に相応しいかどうか知るためのやり取りだとばかり思ったのに。

「さっきちょっと考えてみたけど、何も浮かびそうになかったし」

言いながら、杏が九九式背嚢から干し芋を取り出した。
干し芋持ってるのかよ、お前。

「でもさ、私が無理して考えなくてもいいと思うんだよね。 
 私に出来ないことは、ソレが出来る人に任せる。頼る。丸投げする」

言いながら、杏が干し芋を食べ始める。
もう完全に、日常の光景だった。
首についた鈍色に光る首輪を除けば、ではあるが。

「一人の力じゃあ全部は出来ないしさ。だから無理な部分は全部頼るよ。
 例えそれが自分の命であろうと、愛する学校の廃校だろうと、全部誰かに託せる」

杏は、一度として陣頭指揮を取らなかった。
河嶋桃に、西住みほに、全てを任せ、自分は手足となってきた。
そこに生徒会長としてのプライドなんて無い。
適材適所というやつだ、自分は出しゃばるべきではない。
そう考え、杏は常に、その命を預けてきた。

「戦車だってそうっしょ。大事なのは自分に出来ることにベストを尽くし、あとは仲間を信じることってね」

それが、角谷杏の戦車道。
それが、角谷杏の生き方。


84 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:43:59 7MBRznaE0

「私に出来るのは、信用して命を預けることと、汚れ仕事を引き受けたりケツを拭いてあげることだしさ」

千代美は知らないが、杏は裏ではそれなりに黒いこともしてきた。
西住みほへの脅迫など、目的達成のためなら、汚れ仕事だってする。
泥を被るのは、トップたる“会長”の仕事だ。

「ま、中にはかーしまみたいに器用に色々出来る娘もいるけど、それでも砲撃当たらないとか出来ないことはあるしさ。
 だから、ちょびが全部一人でやろうとしてるの、私にゃ信じられないなー」

その言葉が、千代美の胸に突き刺さる。
別に、ペパロニやカルパッチョ――アンツィオの皆を信頼していないわけではない。

ただ、自分が、やらなくちゃと思っていた。
自分がやらねば、誰もアンツィオの皆を救えないのでは、と心のどこかで思っていた。
仲間に、後輩に、頼っていいような規模の問題じゃないとすら思っていた。

「頼れる知り合いがいないわけじゃないんだし、いいんじゃないの、分かんないなら分かんないで。
 殺し合いって言ってるのにチーム戦みたいだし、やっぱり頼る前提なんじゃない」

それは、一人で何でも背負おうとした、ドゥーチェの肩から何かを奪ってくれるようで。

「一人ぼっちで背負って何とかなるようなものじゃないっしょ」

旧友からの、そして同じく生徒を導く立場の者からの言葉は、千代美の胸に刺さり続ける。

「もう一回、今度は聞き方を変えようか」

干し芋をゴクリと飲み込み、もう一度、スマートフォンを見せてくる。

「お前は、どーしたいんだ、ちょび?」

どうしたい。
どうするかでも、どうしないといけないでもなく、どうしたいのか。
そんなの、決まってる。

「皆一緒に、帰りたい」

一人の犠牲が出た以上、それは叶わぬことだと理解しているけど。
だけど。

「ああ、それで、パスタを食べなくちゃな。皆で食うんだ。わいわいと、美味しいパスタやイタリア料理を」

それでも、思い描くのは、皆で笑ってご飯を食べれる普通の日々。
あの日常に、千代美は帰りたかった。

「いいんじゃない。お通夜ってのは、往々にして賑やかにやって送り出すもんだしさ」
「ああ……あの娘のためにも、盛大に、笑顔でパスタパーティーしなくちゃな」

きっと、笑うなんて出来ない娘もいるだろう。
きっと、パスタなんて食べる気分じゃない娘だっているだろう。

それでも、笑って、食べるのだ。
そうやって日常に帰らないと、きっと死んでしまった者達だって喜ばない。
ましてやあの場で死んだのは、風紀のため、皆のために反抗した少女なのだ。
落ち込むばかりで学業にも身が入らないとなれば、きっと死んでも死に切れないだろう。

「うん、なら、それでいいんじゃない。どうやって出るのかは知らないけど、そーいう大規模なパーティーの主催に一番向いてるのはちょびだしさ」
「……まあ、湿っぽい空気を吹き飛ばすには、ノリと勢いが必要だしな!」
「それにさ、アンツィオは、自分に素直な娘が多いのが特徴なんでしょ」

それは、アンツィオの長所でもあり短所でもある。
しかしそんな校風や生徒が、千代美はとても好きだった。
そして、自分もそんなアンツィオの一員であると、度々実感していたのに。

「じゃあ、出来そうなのかどうかとか、どうすればとか考えず、素直に『皆でパスタ食べたい』でいいじゃん」

アンツィオを率いる自分が、ノリと勢いを殺してしまってどうすると言うんだッ!

「ああ。私は――皆で帰って、絶対にパスタを食べる! その時には、約束の干し芋パスタも作ってもらうぞっ!」

先程までと打って変わって、千代美の表情は希望に満ちていた。
何か打開策が見つかったわけでもない。
けれども、千代美の心を覆いつつあった黒いものは、どこかに霧散してしまった。


85 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:45:49 7MBRznaE0

「んじゃ、スマホ出して。チーム作ろーよ。あと、ついでに支給品とか確認しておいたら」

言われてから、自分は何もチェックしていなかったことを思い出す。
まったく、どれだけ追い込まれていたというのか。
自分で自分が情けない。

「こっち干し芋だったし、パスタとか鍋でも入ってるかもよ」
「それ、支給品なのか……?」
「戦時中は芋ばっか食べたらしいからねえ。軍用食料軍用食料」

言いながら、杏は更に干し芋を口に放り込んだ。
このペースだと、ここを出るまでに食べ尽くしてしまいそうだ。

「いっそ調理環境が整ってさえいれば、この会場でパスタパーティーくらいなら出来るんだが……」

言いながら、千代美が中身を出していく。
銃とナイフ、レーションを粗方出した所で、最後の支給品が出てきた。

「……意地でも仲良くパスタパーティはさせない、か」

どくろマークのラベルが貼り付けられた小瓶。
付属の解説書を読むまでもない。明らかに毒物だった。

きっと、さっきまでなら、頭を抱えていただろう。
自分のしたいパスタパーティに反するものの登場に、どーしたものかと無駄に悩んでいただろう。

でも、今は。

「知ったことか!」

乱暴に小瓶を空け、その場で逆さまにする。
ゆっくりと、中身が床へとぶちまけられる。
おおーと杏が間の抜けた声を出してる間に、瓶は空っぽになっていた。

「無理だ無駄たと言われながらも、アンツィオだって立て直したんだ」

極貧で弱小。
部員数も微々たるもの。
その立て直しなど、普通は不可能。

「この程度で諦めるわけないだろ!」

だが、千代美はそれを成した。
ノリと勢いを束ね上げ、方向性を打ち出し、足りない分は皆の力を借りながら、成し遂げた。
そうだ、今の苦境と、何が違うというのか。

「絶対に、皆で笑ってパスタを食べるぞ!」

ノリと勢いだけかもしれない。
けれども決して、そのノリと勢いを消させやしない。
ノリと勢いで無闇に誰かを傷付けさせもしない。

それが、安斎千代美の――アンチョビの戦車道にして生き方。
彼女にしか、出来ぬことだ。


86 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:48:10 7MBRznaE0

「吹っ切れたみたいだねー」

ガサガサと干し芋の袋を丸めながら、杏が言う。
どうやらもう食べ尽くしてしまったらしい。

「……んじゃ、改めて聞いておこうかな」

そして、再び、真剣な顔になる。
同盟の誘いなら断る気はない。
どうせ改まってのそういう誘いだろうと思ったが――しかし発せられたのは、千代美が予想していなかったものだった。

「ちょびンとこの連中が、人を殺して帰ろうとしてたらどうする?」

それは、千代美が気が付いていなかった、気が付かないことにしていた仮定であった。

「そんなこと……」
「あるわけない、か。まあそうだと思うよ。でも絶対にありえないってわけじゃない」

アンツィオの生徒はアホだ。
控えめに言って賢い生徒などほとんどいない。
更には自分の感情に忠実すぎて自制心もない。
悩み、混乱し、死にたくないという思いに素直に動いてしまう可能性も、絶対ないとは言い切れなかった。

「そう、だな……手を汚そうとする娘や、もう汚しちゃった娘もいるかもしれない」

自分が、悩み、戸惑い、答えを出せなかったように。
苦悩し、結論を出せず、流れのままに手を汚す者もいるかもしれない。

「正直――実際そんなことになったら、どうすればいいのか、どうするのか、分からない」

そんなケースに直面してみないと、どうするかなんて分からないというのが本音だ。
人を殺すような事情がどんなものかは分からないし、また殺された側の友人がどう思うかも、今はまだ貧困な想像力でしか考えられない。
だからきっと、ここでどれだけ考えようと、机上の空論に過ぎないと思う。
だけど。

「でも――それでも、私は皆と一緒に帰りたい」

『何が出来る』は分からないけど、今『どうしたい』かなら分かるから。
今度は、素直に、堂々とそれを口にできる。

「大学選抜チームとの試合、すごく楽しかったんだ。その後の宴会もな。
 私は、アンツィオの皆もだし、あの時一緒に戦った皆のことが、大好きだ」

自分は、たまたま運良く杏と出会うことができた。
けれど、もしも恐怖でおかしくなってる娘と会っていたら。
上手くなだめられずに、戦闘になっていたかもしれない。
下手をすると、自分が手を汚す形となり、正当防衛だと自分に言い聞かせていたのかもしれない。

「だから――私は、もし道を誤った娘がいても、見捨てたくない。一緒に帰りたい」

自分だって、間違いを犯す可能性があったのだ。
そんな自分が、どうして他の者を責められようか。

「悪いのは、こんなことを開いた奴らなんだ。そいつらを倒して、そして――」

俯いていた弱い自分を、杏が救ってくれたように。
今度は自分が、他の誰かを救いたい。

「戦いのことは全部水に流して、皆で笑ってまたパスタを食べたい」

真っ直ぐに、杏の目を見る。
杏は、少しだけ、嬉しそうに口元を弛めた。

「まあ、お前はそう言うと思ったよ、ちょび」

そう言って、スマホの操作を完了させる。
チーム作成完了画面と、チーム名が表示されていた。


87 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:51:07 7MBRznaE0

「……っていうか、何だよこの『チーム杏ちょび』って!」
「いや、わかりやすくてよくないょ、杏とちょび子で合わせて杏ちょび」
「あのなぁ! っていうか、アンチョビと呼べと何度も言ってるだろぉ!」

チーム杏ちょび。
はっきり言って、2秒で考えられたような名前だった。
『チーム名決め』というお祭り要素のあることにはとりわけ力を入れているアンツィオの代表として、放っておくわけにはいかない。

「大体、これだと完全にコンビ名じゃ……」
「増えたら変えたらいいんじゃない。先に出来てたチーム名にそのまま入り込むのって気不味いだろうし」
「うっ……なるほど確かに……」

チーム名をあとからホイホイ変えられるのか千代美は知らなかったが、しかし素直に納得した。
基本的に、千代美もアホ寄りの性質で、なおかつとても素直である。
杏にしてみれば、最も丸め込みやすい部類の手合だった。

「もっとこう、マシなやつをだな……」
「例えば?」

唐突に杏が振ってくる。
しかしながら抜かりはない。
きちんと、杏との絆を象徴しており、なおかつ大洗テイストも組み込んだチーム名を考えていた。

「干し芋パスタさんチームというのはどうだ!?」
「ださい」
「なぁ!?」

無慈悲な一言だった。
歯に衣着せるということを知らないらしい。

「ていうか、何でもかんでも料理の名前付けるセンスってどうかと思うけど」
「大洗にだけはセンスどーこー言われたくないぞ!?」

学校単位でどちらもボロクソな言われようだった。
おいおい歯のヌーディストビーチかよここは。

「大体、その名前だと私がリーダーみたいじゃないか」
「え? そのつもりだったけど?」

当然のように、杏が言う。
会長という役職を得ているくせに、権利というものにあまり執着はないらしい。
いつもの通り、指揮は誰かに丸投げして、自分は裏で動くつもりなのだろう。


88 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:52:17 7MBRznaE0

「いや、ここはお前がやるべきだと思う」

真剣な眼差しで、千代美が言う。
その理由は、少々照れ臭かったので、言われるまで口にしないつもりだった。

「……言っとくけど、別に偉そうに導いたりとかしないよー?」

どうやら杏も察したらしい。
先程の感謝をありったけ込めた恥ずかしい演説を聞く前に、あっさりリーダー就任を請け負ってくれた。

「知ってるよ。そういう奴ってことくらい」
「そういえば長い付き合いだもんねぇ」

そう、知っている。
杏が、本当は誰より仲間のことを想い、仲間のために動いているって。
そんな杏だから、皆ついていっていることだって。

「ああ、あと、今の内に言っておくぞ」

そのカリスマに憧れていたから、知ってる。
杏は、自分にはないものを持っているってことくらい、知っているんだ。

「ありがとな」

だから――そんな杏なら、自分一人じゃ行けない場所にも連れて行ってくれるのだろうと、心の底から思っていた。

「そーいう恥ずかしいデレ台詞は、帰ってから言うべきだと思うけど」

杏の軽口は、不思議と背中を押してくれて。
軽い足取りで、ドゥーチェ・アンチョビは殲滅戦の第一歩を踏み出した。


89 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:55:38 7MBRznaE0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






「まあ、お前はそう言うと思ったよ、ちょび」

知ってたよ。お前が良い奴だってことくらい。
知ってたよ。お前は誰より、優しい奴ってことくらい。
これでも、お前のことは、よく知ってるつもりだからな。

「……っていうか、何だよこの『チーム杏ちょび』って!」

知ってるよ。お前が立派な“ドゥーチェ”をやっていて、皆に慕われていることくらい。
もしかしたら、お前以上に、知ってるよ。
お前の凄さを。輝きを。
人望だけで、ノリと勢いで、皆をまとめ上げたことの凄さを。

「いや、わかりやすくてよくないょ、杏とちょび子で合わせて杏ちょび」
「あのなぁ! っていうか、アンチョビと呼べと何度も言ってるだろぉ!」

お前はいいドゥーチェだよ。
誰からも慕われているし、それは私にはない力だと思う。
お前は私よりよっぽど上等な人間だし、下に慕われて然るべき人間だ。

「大体、これだと完全にコンビ名じゃ……」



でも――それだけじゃあ、トップってのは、務まらないんだ。



「増えたら変えたらいいんじゃない。先に出来てたチーム名にそのまま入り込むのって気不味いだろうし」
「うっ……なるほど確かに……」

前を向いて、希望の光そのものになる。
それは私には出来ない、お前だけの美徳だよ。

でも、それだけじゃ駄目だ。
チーム人数を越えて仲間が集まったケースや、人数が減るケースだってあることを、今少しでも考えられてる?
多分、考えてないと思う。

「もっとこう、マシなやつをだな……」
「例えば?」

私には、責務がある。
会長として、多くの者を救うべき義務が。
そのためなら、多少の犠牲は厭わないし、厭えない。
全部を望んでキレイに勝てる西住ちゃんとは違うんだ。
そのためのカリスマも、実力も、圧倒的に不足している。

「干し芋パスタさんチームというのはどうだ!?」

だから、ずっと、誰かに負担を強いてきた。
自分一人で抱えきれるほど、強い人間じゃなかったから。
西住ちゃんを脅迫するような形で戦車道に引きずりこんだし、大学選抜との無茶な試合の大将も押し付けた。

悪かったとは、思っている。
けれど、あの時はそれが最善だった。
会長として、トップとして、大洗を守るためには仕方のないことだと割りきった。

「ださい」

トップは、選択しなくちゃいけない。
全部を望めるわけじゃないなら、選ばなくてはいけない。

勿論、全部を望んで賭けに出るのも一つの選択肢だろう。
でも、大切な仲間の命がコインならば、そんなギャンブル危険すぎてBETは出来ない。

「なぁ!?」

トップに必要なのは、冷静に、時に冷酷な判断を下すこと。
大局を見て、最低限の犠牲で済ませること。
決して『犠牲0』を追い求め危険なギャンブルをすることではない。


90 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 21:57:34 7MBRznaE0

「ていうか、何でもかんでも料理の名前付けるセンスってどうかと思うけど」

適当な理由をつけて、『干し芋パスタさんチーム』を却下した。
あの名前は、アンツィオの三人と、そして自分達カメさんチームの約束のワードだ。

でも――自分の守る最優先対象に、彼女達は含まれない。

勿論愛着はある。恩義だってある。
出来ることなら、彼女達とも一緒に生きて帰りたい。

だが、守るべき優先度としては、大洗の皆の方が上なのだ。
もしもカメさんチームの皆と、アンツィオの三人を天秤にかけろと言われたら、迷わずカメさんチームを取る。
そうして全滅を防ぎ、自分の守るべきものの被害を最小限に食い止めるのが、自分の役目。
そしてその責任と罪悪を一身に背負うことこそが、トップに立つ者の役目なのだ。

「いや、ここはお前がやるべきだと思う」

廃校を阻止したがる川嶋のため、西住ちゃん達他の生徒の学園生活を大きく狂わせたように。
学園艦の人々の生活を守るため、反抗しようとする戦車道チームを無理矢理解散させたように。
学園艦の人々の生活を守りながら廃校阻止の手段を探すため、弱った川嶋に全て業務を任せたように。
廃校という重いものを、西住ちゃんの肩に背負わせたように。
どうしても譲れない守りたいもののため、他の何かを犠牲にしてきたように。

「……言っとくけど、別に偉そうに導いたりとかしないよー?」

だからきっと、今回も、必要とあらば、何かを犠牲にするのだろう。

「知ってるよ。そういう奴ってことくらい」
「そういえば長い付き合いだもんねぇ」

なあ、ちょび。
私は、知っているよ。長い付き合いだからさ。
きっとお前は、私みたいに何かを犠牲にするやり口は怒るだろうなって。
それこそ、西住ちゃんを脅迫していた過去を教えても、眉を潜めるだろうなって。

「ああ、あと、今の内に言っておくぞ」

私は、お前みたいになれないから。
どうしても、守りたいものを守るには、こうするしかないんだよ。
だから――

「ありがとな」

お礼なんて、言わないで。
そんな顔して、心から信頼しないで。
私はきっと、必要とあれば、お前のことだって、切り捨てちゃうから。

「そーいう恥ずかしいデレ台詞は、帰ってから言うべきだと思うけど」

『切り捨てないまま終われた時に』なんて言葉を心で付け足し、重い足取りをいつものように軽く見えるように取り繕いい、殲滅戦への第一歩を踏み出した。


91 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 22:00:26 7MBRznaE0


【F-3・郵便局ロビー/一日目・朝】

【☆角谷杏 @ チーム杏ちょび】
[状態]健康
[装備]軍服 コルトM1917(ハーフムーンクリップ使用での装弾6:予備弾18) 不明支給品-い
[道具]基本支給品一式 干し芋(私物として持ち込んだもの、何袋か残ってる) 人事権
[思考・状況]
基本行動方針:少しでも多く、少しでも自分の中で優先度の高い人間を生き残らせる
1:アンチョビと共に行動し、脱出のために自分に出来ることをする
2:その過程で、優先度の高い人物のためならば、アンチョビを犠牲にすることも視野に入れる

【アンチョビ @ チーム杏ちょび】
[状態]健康
[装備]軍服 不明支給品-い 不明支給品-ろ
[道具]基本支給品一式 髑髏マークの付いた空瓶
[思考・状況]
基本行動方針:皆で帰って笑ってパスタを食べるぞ
1:誰も死んでほしくなんてない、何とかみんなで脱出がしたい
2:例え手を汚していたとしても、説得して一緒に手を取り脱出したい(特にアンツィオの面々)


[装備説明]
・コルトM1917
 273mm・1021g・45ACP弾・装弾6発。
 第一次世界大戦中に『生産が追いつかなくなったコルトガバメントの代替品』として作られているため、
 コルトガバメントと互換性のある45ACP弾を使用している。
 45ACP弾は弾丸の底の太さが薬莢と同じサイズの『リムレス弾薬』であるため、
 ハーフムーンクリップという“弾薬を引っ掛ける道具”に装着しないで装填した倍、
 弾丸が奥まで入りすぎてしまい撃鉄が届かず不発になってしまうことが度々あるので注意が必要。
 ハーフムーンクリップ不要の型もあるが、支給されたのはハーフムーンクリップがないと不発になりやすいタイプのものである。

・人事権
 軍の人事異動を行うことが出来る権力。
 この殲滅戦においては、名刺サイズの紙に記されたQRコードを読み込むことで、『人事権アプリ』をスマートフォンに入れることが可能。
 人事権アプリを使用することで、一度だけ『自分一人の承認で誰かを一人チームに入れる』もしくは『自分一人の承認で誰か一人をチームから追放する』ことが可能になる。
 有効期限はインストールから30分。一度インストールしてしまうと、記されたURLは無効となる。
 名刺サイズの紙の表はQRコードだが、裏面は上記のようなアプリの簡単な説明が書かれている。


・髑髏マークの付いた小瓶
 中身は毒物だったはずなのだが、なんと読まずに捨てられた。
 今は郵便局のカウンターにぶちまけられている。
 このカウンターに手をついて、切手を付けるべく指を舐めたら、多分死ぬ。


92 : 知ってたよ。  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 22:00:38 7MBRznaE0
以上で投下終了です


93 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/22(金) 22:06:47 7MBRznaE0
西住みほ、ケイを予約します


94 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:43:02 B9gix1M60
投下乙でした!
ビジュアル的にもノリの軽さでも、似た者同士のこの二人
ただ忘れがちだけど、会長にはちょっとワルな部分もあって、反面アンチョビは普通にお人好し
その二人が組むとこんな感じになるんだなというのは、なるほどと唸らされました
裏表なく振る舞える人間に対して、コンプレックスを感じる会長というのも面白いですね

拙作も投下させていただきます


95 : 真実の強さ ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:43:44 B9gix1M60
 強くなったねと友は言った。
 かつてのままであったなら、絶体の窮地を前にして、泣き叫ぶものと思っていたと、彼女は私にそう言った。
 それが強さだと見えたのならば、きっと思ったよりも上手に、周りを欺けていたのだろう。

 強くなんかなっちゃいない。
 人間はそう簡単に、成長なんてできやしない。
 出来ることがあるならば、まるで強くなったかのように、己を見せることだけだろう。
 その時の私がすべきことは、周りの皆が挫けぬように、奮い立たせることだった。
 本当に強い人が帰るまで、皆の安全と気力を、十全に保ち続けるために、強さを偽ることだけだった。
 もしも自分が本当に、強くなれていたのなら、それこそ会長と共に発ち、戦えていたはずなのだ。
 それが出来ない私には、そうすることしか出来なかった。

 河嶋桃は強くなどない。
 ただ、強くならねばと、己を立たせていただけだ。
 その時も、そしてこの今も、それだけが私に出来る全てだった。


96 : 真実の強さ ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:45:45 B9gix1M60


 小さな水槽に閉じ込められた、色鮮やかなその魚は、自らの映し身なのだろうか。
 牙の尖ったピラニアは、いつもカリカリしていると、陰口を叩かれている自分には、なおのことお似合いかもしれない。
 この肉食魚の水槽が、もしもひっくり返ったら、どういうことになるだろうかと、河嶋桃は考える。
 そうして、記憶を掘り下げた末にに、別にどうにもならないだろうと、己の思考を改めた。
 ピラニアが自身よりも遥かに大きい、人間や馬に襲いかかるのは、血の匂いに惹かれた時だけだ。
 でなければ、一撃で踏み潰されかねない、巨大な敵に挑むことなど、到底できるはずもない。
 そういう意味でもこの魚は、役人に抵抗することもできない、今の己の暗示としては、相応しいものなのかもしれなかった。

(ええい、何を考えとるか)

 こんなものは現実逃避だ。
 そう気付いた河嶋桃は、自身の首をぶんぶんと振り、無関係な思考を弾き出す。
 水族館で目覚めた桃は、状況を理解し受け止めるまでに、それなりに長い時間を要した。
 元々気の小さい娘だ。取り乱している姿を、誰にも見られなかったのは、幸運だったと言えただろう。
 あるいは目を覚ました彼女の、目前にあったガラスケースに、解説通りのアナコンダがいたなら、立ち直れていなかったかもしれない。
 そこはアマゾンの動物達を扱った、小さな特設スペースだった。
 さすがに人を殺せる大蛇は、存在してはまずかろうと、事前に撤去されていたようだが。

(とにかく、ずっとここにいるわけにもいかん)

 できれば、リスクは避けていたい。
 それでも、こんな僻地も僻地に、いつまでもとどまるわけにもいかない。
 何ができるかなど知らないが、何か事を起こすためには、もう少しばかり目立つところに、移動しなければならないだろう。
 決意し、ピラニアに別れを告げると、アマゾンの部屋を後にして、水族館の廊下へと出る。
 日頃なら多くの親子連れで、賑わっていそうな館内も、今は静かなものだった。
 そうして、巨大なクジラの剥製が、天井に吊られたスペースを一歩一歩と歩いていって。

「――っ!」

 歩いていったその先で、さっそく銃口に出くわした。

「ひぃッ!?」

 それを平然と受け止められるほど、桃は肝が据わってはいなかった。
 それこそ赤子の首のように、ブラブラと頼りなく揺れる肝だ。先の決意はどこへやら、彼女は頭を抱えながら、素早くその場にしゃがみこんでしまった。
 逃げなければ殺される。そんなことは分かっている。
 それでも体はガタガタと震えて、思うように動いてくれない。
 死ぬ。死ぬ。絶対に死ぬ。お願いだから殺さないで。

「……?」

 と、そこまで考えて。
 撃発の音が聞こえるまで、えらく時間がかかっていることに気がついた。
 いい加減恐怖も混乱も、落ち着いてきた頃になっても、撃たれる気配がまるでない。
 いよいよ不審に思った桃は、立ち上がり、顔を銃口へ向ける。

「……!」

 殺意の矛先をこちらへ向ける、その少女の顔は――泣いていた。
 モノクロのスカートから覗いた、ソックスの両足は震えている。
 コンパクトなサブマシンガンを、しっかりと両手で構えながらも、その銃身はブレブレだ。
 見るからに、尋常でない恐慌だった。あるいは戦車を始めたばかりで、追いつめられていた時の自分も、あんな顔をしていたのだろうか。


97 : 真実の強さ ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:47:15 B9gix1M60
「……あのな。そんな状態で当たると思うか」

 やれやれと溜息をつきながら、脅かすなバカと付け足しながら。
 馬鹿らしくなってきた桃は、かがんだ姿勢から立ち上がり、すたすたと彼女の元へと向かう。
 びくりと、肩が震えていた。見るからに少女に怯えられた。
 それでも先ほどの桃同様、逃げる度胸すら持っていないらしい。であれば、さして問題はない。

「撃って殺すのを怖がるのなら、こんなもの最初から持つんじゃない」

 極力棘を抑えて、桃が言う。
 細く白い指の一つ一つに、ゆっくりと指先を添えながら、黒い銃身から引き離していく。
 緊張で強張った指先を、折ったり捻ったりしてしまわないよう。丁寧に、そして丹念に。

「ともあれ、だ」

 一回りほど小さな指が、全て離されたその後に、桃は受け取ったマシンガンを、そのまま床へと転がした。
 そして自身は片膝をつき、軽く見上げる姿勢を取ると、両肩へぽんと手を添える。
 色素の薄いロングヘアーが、微かに触れてふわりと揺れた。

「久しぶりだな――島田愛里寿」

 潤んだ大きなグレーの瞳が、桃の両目を覗き込む。
 この目を信じていいのかと、迷っているかのようだった。
 大学選抜チームを率いる、島田流後継者・島田愛里寿。
 それが大洗女子学園を守るための、戦いの終着点で立ちはだかった、最大最強最後の壁だ。
 大学には飛び級で入学した、未だ13歳の才女は、しかし戦車を降りてみれば、あまりにも脆く繊細な童女だった。



 泳ぐ。泳ぐ。魚が群れる。
 食卓に並んでいるようなものから、図鑑でしか見たことのないようなものまで、無数の魚が入り混じりながら、一つの水槽で泳いでいる。
 戦場にはまるで似つかわしくない、命と自然が成す芸術の姿だ。
 薄暗い水族館のスペースの中では、水槽越しの青いライトが、ただひとつきりの光源となって、桃と愛里寿を照らしていた。
 ベンチに腰掛ける愛里寿の顔は、つい先程までのそれと比べて、随分と落ち着いたように見えた。

「大学選抜に数えられているということは、まだ転校先は、決まってないんだな」

 桃の問いかけに、無言で頷く。
 かつての大一番を経た後、愛里寿には一つの夢ができた。
 それは飛ばしてしまった高校生活を、編入によって体験することで、皆のように満喫したいというものだ。
 一度大洗にやって来て、結局みほとの再戦のために、よそへと行ってしまったのだが、彼女が入ったと思しき高校名は、役人には読み上げられていない。
 ということは今も、自らの行き場を、探し続けている最中なのだろう。

「そうか。まぁ……なんだ……強い学校に行けるといいな」

 柄ではないなと自覚しつつも、励ますようにして桃が言う。
 再び大洗女子学園と、全国大会で戦いたいのなら、それまで勝ち続けることが必須だ。
 愛里寿自身は恐ろしく強いが、それだけでは団体戦で勝てないことは、先の戦いで証明されている。
 だからこそ、彼女が夢を叶えるためには、それを支えてくれるための、仲間の存在が必須なのだ。
 もっとも、それで大洗が負けてしまうようでは、こちらが困ってしまうのではないかと、桃も頭を傾げたのだが。


98 : 真実の強さ ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:49:24 B9gix1M60
「ヘッツァーの、車長と装填手をやってた人よね」

 ややあって、ようやく愛里寿が口を開く。
 カメのエンブレムが刻み込まれた、桃達生徒会チームの戦車の名前だ。

「覚えてくれたんだな」

 返す桃の表情が、ほんの少し、明るくなった。
 もとより、慌ただしい体験入学の日にしか、会話も自己紹介もしていない両者だ。
 その搭乗車輌から役割までを、記憶してくれたということは、あの後未来のライバルについて、調べてくれたということなのだろう。
 車長という表現には引っかかりを覚えたが、元々公式戦においては、杏が働いてない試合の方が多いのだ。それも無理からぬことかもしれない。

「あまり良い評判を聞かない」
「うぐっ」

 と、少し嬉しく思った矢先に、そんな評価を突きつけられる。
 情けも容赦もない上に、その上図星を突かれたときた。さすがにこれには桃も唸った。

「だっ! だが会長御自ら、車長を務められた時には、それはもうすごい活躍なんだぞ! そっちのカールだってだな!」
「貴方が成長したわけじゃなかったんだ」
「ぐぅぅ〜ッ!」

 こうまでグサリと言われるとつらい。返す言葉が無いのも悲しい。
 杏には悪いが、あれらが自分の手柄だと、最近まで思われていたという事実も、追い打ちのように襲いかかってくる。
 一段大きな悲鳴を上げると、痛む胸を押さえながら、桃はぐったりと俯いてしまう。

「……悪かったな、頼りない女で」

 そうして一拍間を置いた後、か細くもやや恨めしげな声音で、何とかそれだけを言い返した。
 はっきり言って、河嶋桃は、車長や砲手には不向きな女だ。
 四方からのプレッシャーに耐えつつ、状況判断を下すのも苦手。照準を合わせるのも大の苦手で、弾は明後日の方向へ飛んでいく。
 そりゃあ戦車道経験が、半年すら経っていないのは確かだが、だからとて命中経験が、まぐれ当たりの一発しかないのは、どう考えても異常だった。
 そんな有様の桃である。逆に最強の戦車乗りである、島田愛里寿の目から見れば、大層情けない姿に見えるのだろう。

「いいの。戦車だけが強くても、アテにならないのは知ってるから」

 しかし、意外にも返ってきたのは、桃をフォローする言葉だ。
 一瞬意図を推し量りかねたが、愛里寿の横顔を目の当たりにして、桃はようやく理解する。
 アテにならない戦車戦エース――それは他ならぬ、彼女自身だ。
 戦車に乗っている時は無敵だった。ほとんど被弾らしい被弾もなく、彼女はあの無人の遊園地で、10輌もの戦車を蹂躙していた。
 無双の姉妹と思われた、西住みほ・まほの両名が、二人がかりで挑んだ末に、片方を犠牲にしてまでして、ようやく勝利をもぎ取れた相手だ。
 それでも、生身で放り出され、人の死を見せつけられてしまえば、即座に恐怖に支配される。
 ビビって身動きすら取れなくなった、ヘタレの片眼鏡一人すらも、殺すこともできずに立ち尽くしてしまう。
 不甲斐ない、ちっぽけな自分だ。それがあまりにも情けないのだ。
 膝の上で両手を組み、悲しげな瞳を俯かせて。
 ブルーに照らされた少女の顔は、そう物語っているようにも見えた。

「つらかったな」

 その気持ちは、痛いほど分かる。
 日頃から恐慌に振り回され、仲間の死まで見せられてしまった。そんな河嶋桃なればこそ、今の愛里寿の苦しみを、理解してやることもできる。
 それが気休めになるのかは知らない。けれどそうせずにはいられなかった。
 少し距離を詰めた桃は、左手を愛里寿の背中へと回して、軽く自身の肩へと引き寄せた。
 年上で、面識も少ない上に、ガミガミとした印象ばかりが、恐らくは焼き付いているであろう女だ。
 それでも今この場においては、他に頼るものもない。だからか愛里寿も、一拍の後、頭を桃の肩へと預けていた。


99 : 真実の強さ ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:51:01 B9gix1M60
「これから、どうしよう」

 それは独り言ではあったかもしれない。
 ノープランであることが分かりきっている、桃に向けたものでないことは、何となく声音から察知できる。
 それでも愛里寿は、ここに来て、恐らくは初めて明確に、弱音らしき言葉を口にしていた。

「どうもこうも言えない。だが今は、とにかく生き残ることを考えよう。
 この場にいてもいなかったとしても、うちの学校が巻き込まれたなら、会長が何とかしてくれるはずだ」
「もしも、何とか出来なかったら?」
「それでもだ。誰かが何かをどうにかして、この状況を打開してくれる……それを信じて、耐えるしかない」
「自分では、どうにも出来ないの?」

 そう言われて、言葉に詰まった。
 誰かに頼ることばかり言って、自分でこの逆境を、打ち破るつもりはないのかと。
 正論も正論の言葉を返され、桃は、次の返事に迷った。

「……悔しいんだがな。きっと私には、その力はない。それは他ならない私自身が、きっと一番良く分かっている」

 それでも、彼女にはこの返事しか出せない。
 この八方塞がりな状況に対して、ある程度諦めてしまっている彼女には、それを誤魔化すことはできない。
 本当に悔しい話だが、河嶋桃は非才な女だ。
 誰かのナンバー2にはなれても、王にも、ましてや勇者にもなれない。
 どれだけ力を望んでも、それを得られない身の上に生まれてしまった、永遠の日陰者なのだろう。

「じゃあ――」
「だとしても、立ち止まることだけは駄目だ。
 何かを変える力はなくても、もっと小さなことであれば、私にも為せることがあるかもしれない」

 それでも。
 自ら偉業を成せずとも、それだけで全てを否定して、努力を怠ってはならない。
 それくらいの可能性は、試さなければならないんだと。
 もう無理だと全てを投げ出して、勝負そのものを諦めることは、絶対に駄目なんだと桃は言った。

「それが生き残るっていうこと?」
「ああ、そうだ。その何かを為すためには、最低限生きていなくてはならない。
 生きて、そして見つけるんだ。これだけなら出来るということを。それをもっと強い誰かの、大きな一歩へと繋げるために」

 それが戦車での戦いを経て、桃が辿り着いた結論だ。
 すっくとベンチから立ち上がりながら、河嶋桃は宣言していた。
 廃校舎から杏が消えた時、桃は悲嘆し泣き叫ぶよりも、耐え忍び待ち続けることを選んだ。
 いつか彼女が戻ってきて、何か手を打ってくれた時に、助けが必要になるかもしれない。
 そのためにも、すぐに力にはなれずとも、桃は廃校舎で戦い続けた。
 不安と恐怖に必死に耐え抜き、仲間の手本となるべく自らを立たせ、努めて雄々しく振る舞い続けた。
 たとえその程度のことであっても、それが何かに繋がるのなら、諦めて何もしないわけにはいかない。
 河嶋の力を借りられたら、どうにかすることもできたのにな――そんな言葉を、杏の口から、言わせるわけにはいかないのだ。

「……意外と、強いのね」

 少し照れくさそうに、愛里寿が言った。
 そう発する彼女の顔は、相変わらず明るいものではなかったものの。
 それでも満更でもないような、そんな顔つきをしていた。
 それくらいでもいいのなら、恐れず諦めず戦ってもいい。ライトで照らされた横顔は、そう言っているようにも見えた。


100 : 真実の強さ ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:52:36 B9gix1M60


 大きな水槽の部屋を後にして、二人が向かったのはフードコートだ。
 併設された売店から、水筒を新たに拝借し、ドリンクバーの飲み物をそこに注ぐ。
 数日分ある食料と違って、水は手元には一日分しかなかった。
 この先いつ補給できるか分からない以上、蓄えられるタイミングで、きっちりと蓄えておく必要があった。
 余談だが、やたらと愛里寿がイチゴジュースにこだわったため、それもいいが糖分よりも塩分が大事だぞと、やんわりと注意する羽目になったことも追記しておく。

(意外と強い……か)

 目当てのジュースは売店の小さなボトルで我慢し、スポーツドリンクを水筒に注ぐ愛里寿を見ながら、桃は先のやり取りを回想する。

(強くなんかない)

 己が強く見えたのなら、それは愛里寿の見間違いだ。
 ああして愛里寿と出会うまでは、内心でガタガタと震えていた、ただの臆病者に過ぎないのだ。
 本当に強い人間は、あんな後ろ向きな言葉も覚悟も、きっと必要とはしない。
 誰かの助けを待たずして、誰かの尻馬にも乗らずして、自ら状況を打開していくだろう。
 桃にはその力がなかった。だからこそ、誰かの助けが来るまで、誰かの力になれる時までと、他力本願にひた走った。
 出来ることなら、最初に出会った人間が、そういう相手だったならと、そんなことさえ考えてしまう。

(だが……そんな力は、あの愛里寿には、本当に必要なものなのか?)

 それでも、出会ったのは島田愛里寿だ。
 当たり前の恐怖心に、当たり前に体を震わせ、当たり前に泣き崩れた、あまりにも幼く無力な少女だ。
 そんな彼女には、求められない。この殲滅戦を終わらせるため、皆を救うために戦えなどとは、口が裂けても言うことができない。
 だからこそ桃は、あんな情けない覚悟を、敢えて声を大にして告げたのだ。
 それでもいいんだと。そのくらいの心持ちの方が、お前にはちょうどいいのだと。
 誰彼の命もその身に背負って、戦いへひた走る必要などない。せめて自分自身の命を、それだけを守り抜ければいい。
 その程度の目的のためなら、恐怖に震える幼い愛里寿も、再び立てるはずだろうと、桃はそう告げたかったのだ。

(今の彼女には、私しかいない)

 河嶋桃は強くなどない。
 力のない人間独りだけが、分不相応な荷物を背負い込んだとしても、いずれぺしゃんこに潰れてしまう。
 それを知らなかったからこそ、かつての己は失敗しかけた。
 それを学ぶことができたからこそ、大洗女子学園は、廃校を免れることができたのだ。
 出来ないことは誰かに頼る。誰かを信じて協力すれば、小さな力も倍になる。
 だからこそ、自分ならば出来ること、自分にしか出来ないことがあれば、仲間を信じて全力で取り組む。
 島田愛里寿を支えるということは、そうした、今彼女の隣にいる、自分にしか出来ないことのはずだ。

(やるしかないな)

 なればこそ、強くない自分なりのやり方で、使命を全力で果たさねばならない。
 彼女を勇気づけることが出来るのなら、らしくない勇者の振る舞いも、みっともない愚者の屁理屈も示そう。
 友の死が、迫り来る死が、不安と恐怖を煽り立て、己の心を傷つけたとしても。
 心が死ねば元も子もないが、それでもそうでない限りは、戦い続けるのが己の務めだ。
 河嶋桃は固く誓い、当面の目的を見定めて、胸中で拳を握り締めた。
 弱くてもいい、涙を流してもいい。たとえ平凡な拳でも、絶対突き出すその覚悟が、負けずに胸にあるのなら。
 それこそが本当の強さだと、正確に理解できるようになるには、高校生の河嶋桃は、未だ幼く、未熟すぎた。


101 : 真実の強さ ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:53:43 B9gix1M60
【A-7・水族館・売店/一日目・朝】

【河嶋桃@フリー】
[状態]健康、若干の痩せ我慢
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)、スポーツドリンク入りの水筒×2
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰る
1:生き残ることが最優先。たとえ殺し合いを止められなくても、その助けになれる時のために
2:愛里寿を保護し支える。チームを組んでおくべきか?
3:共に支え合う仲間を探す。出来るなら巻き込まれていてほしくないが、いるのなら杏と合流したい
4:状況とそど子の死は堪えるが、今は立ち止まるわけにはいかない

【島田愛里寿@フリー】
[状態]健康、若干の恐怖
[装備]私服
[道具]基本支給品一式、H&K MP5K(15/15)、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、イチゴジュースのペットボトル、スポーツドリンク入りの水筒×2
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1:何が出来るかなど分からないが、出来ることがあるなら探したい
2:桃について行く。チームを組んでおくべきか?
3:殺し合いには乗りたくない。誰も殺したくない
4:みほや大学選抜チームの仲間達が心配

[装備説明]
・H&K MP5K
 ドイツ製のサブマシンガン。「Kurz(短い)」のKを冠したこのモデルは、秘匿性重視のコンパクト仕様である。
 桃は「震えていては当たらない」と言ったが、元来H&Kは命中精度に優れた名銃である。
 おまけにストックを外したこのモデルも、バーティカルフォアグリップを添えることで、安定性をガッチリとフォロー。
 愛里寿が引き金を引いていたら、普通に蜂の巣になっていたのかもしれない。ゾッとする話である。
 弾倉は15発装填の短縮タイプを使用。本来は通常の30発弾倉も使えるのだが、残念ながら今回は用意されていない。


102 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/23(土) 13:55:21 B9gix1M60
投下は以上です


103 : ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 21:53:00 wRLXq4Jc0
カチューシャ、福田投下します


104 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 21:55:06 wRLXq4Jc0

 指揮・統御・管理――――軍隊の指揮官においては、そんな要訣がある。

 何かさせること。
 何かしたいと思わせること。
 何かするための土台を整えること。

 概ね、そんな話だ。

 統御なくして指揮は十全足り得ず――。
 管理なくして統御は千々に乱れ始め――。
 指揮なくして管理はその意義を成し得ない――。

 そういう話だ。

 さて……。
 これは軍隊ではない。戦車道とは軍事の一側面を抽出し、精製し、純化したもの。
 だが、この場に於いて言うなら――――ここは――――。
 ある意味で戦車道と同じく、軍事の一側面を強調し成り立った舞台。

 即ちは、死。
 道理はない。意義もない。合理もない。
 不必要な死。不十分な戦意。不可思議な殺意――――純化と言えば聞こえがいいが、要するに無秩序で無頓着で無意味な争いの場である。
 故に単純に――ここでの交戦規定はただ一つ。
 即ちは――「生き残る」。

 戦車道とこの殲滅戦は、それぞれが一側面ずつを切り取ったものであるが故に交わることは決してない。

 だが――。
 果たしてそれを為さねばならぬ参加者の素質というのは、分離したものなのだろうか。


105 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 21:59:32 wRLXq4Jc0

 ◇ ◆ ◇


 何故、と問いかけたら誰か彼女に答えてくれるだろうか?

 何故、自分は――福田はこんな場に連れてこられてしまったのか。

 朝焼けの内にあっても、工場の周辺というのは暗い。
 スチームパイプが古城の茨めいて群れをなし、迷路が如くその身を曲げる。
 赤いバルブハンドルは、さながら鉄の茨についた一輪の花と言ったところか。
 陸地より一足先に暖まった海風が押し寄せ、蒲鉾型の工場施設内の天井近くに備えられた窓ガラスを震わせる。
 思わず、ひいっと声を上げて福田はその腕の自動小銃を抱き締めた。

 誰かが見張っているのではないか。
 誰かが咎めているのではないか。
 誰かが睨んでいるのではないか――――小刻みな振動は蛍光灯の如く脳内で目映い点滅を上げる。
 ひい、と口から漏らした。
 手には冷えきった銃が――温度を吸いながら暖まり始め、それが接着剤のように感じる。

 戦車道――戦車に触れていれば判る。
 独特の重み。
 人命は地球より重いと言うが、だからこそ命を奪う兵器というのは余計に重いのだ。見た目も、香りも、その音も。
 同じだ。
 この手にあるものからは同じものを感じて――だから余計に福田の神経を苛んだ。判っているだろうなと沈黙の声の痙攣。

 現実感。
 現実感がミキサーにかけられていた。無限軌道の如く回り続ける。

 表――――こんな事が許される筈がない。有り得る訳がない。何が起きた。これはなんだ。
 裏――――人が吹き飛んだ。自分たちは集められた。こんな大がかりなことが意味もなく行われる理由があるか。
 表、裏、裏、表、表、表――混ざる。
 表と裏以外――人が死んだ。話したことがある人。本当に死んだのか。死んだとは一体何を意味する。何故自分が。自分たちが。
 混ざる――余計に注ぎ込まれる。渦を作る。整理できない。

 結論=オーバーフロー。とりあえず一体全体何が何やら判らない。判っているから余計に判らない。


106 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:02:27 wRLXq4Jc0

 ごちゃごちゃの頭の中、身体は平常を取り戻そうとしている。
 ひきつって小刻みになった息とは裏腹に弾倉を外す。
 戦車の弾よりも小さくて、似ている独特の丸みを帯びた円錐形。
 指で一つずつ外す。カチン、カチンと鳴る。思った以上にコツが必要そうな突っかかり。

 ――――規則は守る為にあるのよ!

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――皆さんには、殲滅戦に参加して頂く事となりました。

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――こうなったら突撃あるのみ!

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――恐れながら申し上げます!

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――戦車を使った複雑なルールなどない。

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――命令は規則と一緒よ!

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――即ち、好む好まざる、望む望まざるなど関係ない。殺し合わざるを得ないのですよ、貴女方は。

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――突撃しましょう!

 カシ、カシ、カシ、カシ、カシ、カシ……。


 ここまで都合三十発。
 なるほど、そうか、突撃とはこの為だったのか。
 混乱していても前に進める。だから、戦車の空気に慣れない未経験者でも何かできる。複雑さは必要ない。
 この弾倉は三十発。
 一定の戦果は出る。踞って何もできないよりはいい。なるほど妥当だったのだ。
 伝統になる前はそんな理由だったに違いない。
 きっといつかは今日の日の偽装だって、意味を忘れられて伝統になるかもしれない。なるほど。そんな理由だった。

 そうか、とボヤけた心の中で、手と脳は手当たり次第に目の前の問題を解こうとしていた。


107 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:05:32 wRLXq4Jc0

 弾を入れ直す。
 手こずったが底板を指で押しながら――いや、薬莢で押し下げながら入れるといい。
 意外にちゃんと入らない。後部に隙間が空いてしまう。
 これは空けたままでいいのか、それとも詰めた方がいいのか。
 十発まで指で詰めて、どうにもやっぱり気になって、それから人が吹き飛ばされて死んだ事を思い出して、弾をやっぱり全部外して詰め直す。

 今度は綺麗に。綺麗に並べる。
 どうなんだろうか。自分はどうするべきか。自分は一年生だ。頼りになる人はまだいるだろう。
 いや、強豪校でもないのに。潔く散るしかできない。潔く散る伝統だ。だったら他にも有力な学校が選ばれる――――ではない。これは戦車戦でないと言っていた。
 規則。何が規則? 口答えは規則違反? やはり規則は守る為にある?
 また、弾を取り出す。指の熱で徐々に暖かい。突撃は? 突撃するのか? 何に? 誰の為?
 誰の為といえば、誰がいるのだろうか? 西隊長は? 玉田は? 細見は? 先輩方は? いやそうでなくて――弾がチャリチャリと鳴る。

 頭が良く回らない。心は目を向けられない。
 唇が膨れて、こめかみに心臓があるような焦燥。
 身体は冷たいのに、顔だけはやけに痺れて乾いている。
 反復的な動作を何度も行って、福田の心は徐々に落ち着いてくる――――考えることは相変わらず手一杯と叫ぶ。
 目と指先だけが、なら仕方ないかとまた簡単な問題を探し始めた。

 目の前にはライフル――で良いのだろうか、この場合は。
 骨董品めいた木製のボディ、ストック。曲がったフォルム。
 切り替え軸部。簡単に動くかと思っていたが、思ったよりは意識が必要。
 カチッ、カチッ、カチッ……元の位置に。
 握把を動かそうとしてみる――銃把と一体になっている。自然に握れば、銃床は肩に当たるだろうか。


108 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:08:17 wRLXq4Jc0

 思ったほど、重くはなかった。
 砲弾に比べれば、という感じだ。履帯は遥かに重い。それに比べたら、である。
 なんてことはない。
 いくら車長でも、然りとて装填手とは関係ないかと言えば別だ。
 始めたばかりなら皆触る。意味も判らなくても触る。段々解ってくる――今と同じ。

 昔の事が酷く遠く感じる。忘却の大河の向こう岸にいるように――思い出すのが億劫で、手は答えを求めた。
 そうかと、銃を握る。
 戦車に比べたらなんてことはない。重さがあると言ったが、あれは嘘のようだ。
 皆が騒がしかったのは覚えているし、あの音も覚えている――本当に? 冗談ではなかったのか? 確かだった?

 自信がない。この重さを考えると、ひょっとしたらと思う。
 幾度か突っかかりつつ弾倉を籠めると途端に重さが増した気がする――本当に?
 しっくりこない。弾倉を外す。入れ直す。弾倉を外す。入れ直す。これでいい――本当に?
 試しに肩に当てて構えてみて、引き金に指をかけてみる。

 重い――のだろうか。思ったよりも固い。詰まっている風に思う。何かが。『本当に?』と問いかけるような重さ。
 『本当に?』――一体何が? 窓が震えている。向けてみる。下ろす。構え続けるのは難しい。じっと響く重さだ。
 全部が全部、一斉に『本当に?』と問いかけるような質量。
 持ち上げた左手の震え。引き金の固さ――本当に?
 水滴が集まって震えるように、強張りながらも引かれていく引き金が限界を迎えた。

 撃鉄――撃針――激震。

「ひぃぃいっ」

 手が求めていた答えが与えられた。壁から破片と埃が吹き出した。
 どうにも本物で、これは本当らしかった。


109 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:13:02 wRLXq4Jc0

 渦巻いていた心の栓が解き放たれた。波を打って渦が溢れ出す。
 この銃が本物だということは、つまりは頭が吹き飛んだあの音も本物であり、要するに殲滅戦というのも本当だ。
 殲滅戦――チーム同士ではない、総当たりの潰し合い――いや、チームがあるとは言っていた気がする。

 誰かと組む? 誰か――いや、そういえば知波単の皆はいるのか? いるとしたら何人? 
 全員いたら全員で? いや、無理だ。というと誰かと?
 自分の車輌の隊員が居たら車長として――いや、組めるチームが三人では足りないのでは? 誰か余る?
 果たして自分と組んでくれるか? 別の人を頼るんじゃないか? 自分も入れて貰う? 入れてくれるのか?
 いや、そもそも殲滅戦――本当にやるのか?

 身近な人で置き換えてみる? 先輩殿はやるか? やるよりは異を唱える――唱えて規則を破る?
 どうなるかはもう示された。それでも? やりそう――やるかもしれない。
 となると自分も一緒に? 連帯責任? いや、そうではなくて。
 どうする……突撃する? 突撃してどうなる? 何の為に? そうではなくて自分は――ではなく。

 自己保身。悲しみ。戸惑い。心配。方針。連帯感。規則。今後――綯い混ぜになった混乱が、福田を襲う。
 そんな中、また頭は感情を手放して問題を求め始めていた。
 片手でセレクターレバーを切り替える。安易に求められる因果関係。
 他の人ならどうするとか、他の人はきっとこうするとか、他に誰がいるのだろうとか、他に人はいるのかとか。
 感情を疑問と理屈で切りはなそうとする福田の思考に、

「――勝手に撃ったのはあなた?」

 工場の扉が扉が押し開かされて、新たな命題が訪れた。


110 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:16:25 wRLXq4Jc0


「ち、近付かないで下さい!」

「へえ……カチューシャに武器を向けるなんて、いい度胸してるじゃない」

 カチューシャ――大学選抜との戦いで轡を並べたプラウダの隊長というのはどうにも、
少なくとも福田から見れば落ち着き――というより彼女なりの普段を取り戻しているようであった。
 彼女は無事に自分の頭の混乱から立ち直ったのか、慣れているのか、それともなしに動き出したのかはともかくとして……。
 少なくとも何を自分ならどうすると、結論を疑っていないからこうして福田の前に身を乗り出したのであろう。

 ということなら――。
 彼女はこの殲滅戦に対して、何かを結論付けたということだ。
 他人と顔を合わせれば、福田もようやく自分というものが形になってくるような気がした。
 そう、つまりは怖いのだ。
 上級生に意見を出すときに全身の勇気を振り絞って漸く口を開いたときと同じか――それ以上に。
 つまり、ここで堂々と振る舞えないのが彼女の彼女たる由縁であり、己を取り戻すことと平常を取り戻すことはまた別の域にある話だった。
 恐怖を押し退けるように腰だめにした銃を突き出せば、カチューシャの目は余計に細まり、それが福田に余計な恐怖となって握把を握らせた。

 余談であるが、人というのは他人が感情を露にすればするほど客観に立ち戻ろうとする生物だ。
 福田のそんな態度というのは、少なからず状況に動揺していたカチューシャの冷静さを取り戻させていく。
 或いはそれが指揮官の素質なのかは、さておいて……。

「ち、近付かないで下さい! ち、近付いたら撃つであります!」

「……生意気よ。私に命令するなんて」


111 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:20:05 wRLXq4Jc0

 福田の眼前数メートルのカチューシャの手には、小さな手に見合わぬ大型拳銃。
 福田の胸が小刻みに収縮する。呼吸が浅い。妙に小さなところが目についた。
 福田が手に持つ小銃と同じく、切り替え軸が三つに及ぶ。つまりは同じような機能があって――同じように弾が出るということ。

 直感が告げる危険。
 一秒後には、己が殺されていてもおかしくない高慢さ。
 あまりにも危険な爆弾。何を引き金に、その拳銃から弾が放たれるか判らない。
 きっと大方の殺人というのは――そこに煮え立った殺意や絞り出された害意がないなら、こうやって起きるのだろう。

 銃。殺人を容易にさせる要素。
 ただ止まって欲しいとか、遠くに行って欲しいとか、判りやすい何かにすがりたくてそれがそこにあるとき。
 引き金を引いたら、動きを止める事ができるなら。
 強烈な振動と音声が人の注意を反らし気概を削ぐと我が身で体感していたのなら。

 冷静に考えれば判るはずなのに――。
 顔面に飛んできた雀蜂を振り払うように、振りかぶられた腕から頭を守ろうとするように、暴漢に対して腕で押し返そうとするように。
 福田は、引き金を思いきり引き絞っていた。

 幸いというなら、幸いだった。
 先ほど、福田も一発は打てた。
 ただ撃つというのは実のところそれほど難しくない。
 オーバーでも何でもなく、肩に引き付けた小銃程度では誰かに押される程度の衝撃しかこない。

 が、連続となると訓練が必要だ。
 ましてや引き金を絞り続けて撃ち続けるなんていうのは福田の体格で、おまけに全くの備えなくして行うことなど不可能であったのだ。
 無様な腰だめ。
 弾丸が飛び出す以前の火薬の撃発で、身体が揺らいだ。
 恐怖ですがるように小銃を身体で抱え込もうとした右手は、
 体軸よりも後ろ側に銃身を固定し引き絞る――梃子の原理で銃口は泳ぐ。

 しっかりと握り締めた左手は、ただ握り締めることに熱中しすぎて反動に追従する。
 反発に従って身体が外に開かれた。
 小刻みなジャブを叩き込まれる風に――抑えんとする左の握力も、重心の安定も損なわれる。
 瞬く間に銃身が跳ね上がる。
 映画のやられ役がそうするみたいに明後日の方向に飛び上がる銃と、加速度放物線的に飛び石していく弾痕が天井を目指す。
 一方の福田は情けなく尻餅をついてしまって、完全に見下ろされる形になってしまった。
 或いはカチューシャが福田よりも大きければ、
 上に逸れる照準が彼女を苛んだかもしれないが――――ご法度の身長と体躯の話をするなら、カチューシャは誰よりも小さい(周りが無駄に大きいとある人は言う)のだ。

 そして――そう、この状況というのは。
 恐怖と焦燥は福田を無防備へと追いやるものにしかならなかった。


112 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:23:21 wRLXq4Jc0

「そんなの当たらないわよ、カチューシャには」

 小さく酷薄な笑みと共に、示される絶対的なカチューシャの優位。

「ひっ」

 拳銃が、福田の頭部に指向される。
 倒れた自分。尻餅をついた自分。
 対してその相手は未だ十全に、失着や問題が起こらなければ容易く己を致死せん位置取り。
 これには――これでは、流石にもう――……。
 理解が及ぶ前だった。混乱が収まる前だった。押し上げられる恐慌に急かされた果てだった。

 瞼を固く閉じて身を震わせる福田の耳に、唐突な声が届いた。

「……どう見ても、私の勝ちね」

「は、はいっ!?」

 思わずすっとんきょうな声が出た。
 何事もなく撃ち殺される――そう思ったから。
 それとも彼女は、殺す前の人間と会話するのが趣味だというのか?
 そんな迂闊で、残酷な?

「カチューシャは今、撃とうと思ったら撃てた。その意味が判る?」

「え、えっと……ええ……」

 ちらりと、銃口を見る。それはまだ福田を捉えていた。

「お、恐れながら……その……」

「何よ」

「弾を使うまでもないから、自害しろと言うのでは……」

「はぁ?」

 上がった不機嫌そうな声に、福田は心底怯えた。
 迂闊なことを口にすれば、数瞬後には物言わぬ死体に変わっているかもしれない。


113 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:24:57 wRLXq4Jc0

 手汗が滲み、歯の根が合わない。
 喉がひりついて舌と唇が空回る。
 何度も喉を鳴らすも、出そうとした言葉は奥ゆかしく顔を出したのちに引っ込んでしまう。
 そんな福田を見かねたのか、ややあってカチューシャが口を開いた。

「カチューシャが勝ったの。カチューシャは今撃てたのよ。判る?」

「は、はい……」

「あなた名前は?」

「ふ、福田です!」

「誰かと一緒?」

「い、いえ……」

 答えれば、ふむと頷くカチューシャ。

「なら丁度いいわね。カチューシャの部下にしてあげるわ」

「へ?」

「一度死んだと思って、これからはカチューシャの為に生きるのよ。勝手に死ぬことも許さないんだから」

「あ、あの……」

 福田は困惑した。
 あまりにも滅茶苦茶な物言いである。
 直ちに殺されず、あまつさえ敗者を味方に引き入れようとするあたり……ひょっとするとカチューシャのそれにはある種人道的な意味も含まれているのかもしれない。
 だが、紛れもなく暴君のものだ。
 弾除け、鉄砲玉や突撃要員として使われやしないだろうか。
 戦車道の試合ならいざ知らず――というか戦車道であっても――無意味な突撃というのは正直なところ……。
 ましてや、それがこの命のかかった殲滅戦なら……。

「ノンナも、クラーラも、ミホーシャもそうよ。カチューシャの知り合いは全部カチューシャのもの。
 そう……だから、こんなところで勝手に死ぬなんて許さない。殲滅戦なんてカチューシャは認めないんだから」

「は、はぁ……」

 そんな福田の心根を知ってか知らずか、苦々しげに吐き捨てるカチューシャ。


114 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:28:46 wRLXq4Jc0

 言っていることは過激――というよりかなり居丈高な態度ではあるものの……。
 真実として彼女は、この殲滅戦に反対しているのだろうか?
 だとすれば、心強いものであるが……。
 ならば、とふと浮かんだ疑問を口にしてみる。

「その……恐れながら……もし部下になるつもりはないと言ったら、どうなるのでしょうか?」

「へぇ……ないの?」

「いえ、あくまでも疑問に思っただけであります! はい!」

 そうして問いかけて福田は――後悔した。そして想像した。
 養豚場で丸々太った資本主義の豚を見るような冷たい瞳であった。
 まるで、可哀想だけど明日の朝には出荷されて刻んで刻んで刻まれてピロシキの具にでもなって食卓に並んでいるんだろうな、とでも言いたげな――。
 彼女は身近な人間の死を呑むほど冷徹な人間ではないが……。
 さりとて己に歯向かう人間にまで手を差し伸べるほど、善良な人間ではないのかもしれない。

 福田には、そう思えた。
 深刻そうに噛み合わぬ歯の震えを抑えようとしていたら、思考に割り込むような言葉。

「あら、手」

「え?」

「どれだけ握ってたの? ピロシキみたいになってるわ」

 言われて福田は指を見た。右手が小刻みに震えている。
 白く――白く血の気が失われた右手の指先。ワナワナと強張る。
 あれだけの衝撃を受けた身体は、迂闊に引き金など引くものではないと学習していた。
 しかしながら、人指し指以外は――――いや、人指し指も含めてその姿勢から動こうとはしない。
 どれだけ指を動かそうと試みても、突撃を繰り返す戦車の如く強情に、その隊型を維持し続けようとしていた。

 冗談ではなく。
 冗談ではなく動かないそれに、戸惑いの吐息と共に福田が必死に指令を送っていれば……。

「しょうがないわね……カチューシャが外してあげるわ」

「い、いえ! そんな申し訳ないであります!」

「いいのよ、カチューシャの部下なんだから。それともカチューシャに逆らうっていうの?」

 ぐ、と声を飲んだ。そう言われると、なんとも返せない威圧的な言葉。


115 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:33:57 wRLXq4Jc0
 無茶苦茶――――無茶苦茶な人間だと思った。
 高慢で、傲慢。酷く我が儘な人間。
 どう返していいのかも判らない、これまでの戦車道では出会った事がないワンマンな人間――という奴だった。
 こう言ったら失礼かも知れないが――と福田は考えた。
 外見相応な(福田が言うのも五十歩百歩だが)我が儘や高慢さ。独裁的な態度。
 それに由来する、こうと言ったらこうする決定力――それが強豪校たる由縁なのか?と、
 やはり何とか何かしらで冷静を求めようとする思考が行き場を求める。

 リーダーとは、どんな素質なのだろうか。
 自分の手を解きほぐすカチューシャの金髪を見下ろしながら、福田は考えた。
 福田も仮にとはいえ、車長を努めている。
 だから――先輩方を見て、或いは自分なりに考えて、長を努めるということの意味合いを噛み砕こうとしていた。
 一番は――やはり従いたいと思うのは、優秀な相手だからなのではないだろうか。

 彼女は少ない経験で考える。
 自分にできないことをできる相手こそを凄いと心酔して従う――――それが基本なのだろうか。

「なにこれ……固いわね!」

 顔を真っ赤にしながら、それでも意外にも無理矢理ではない力で福田の指を外そうとするカチューシャ。
 元はと言えば、そのカチューシャを殺害しようとした――弾丸を放った小銃を握る指先であるというのに。
 居たたまれぬ罪悪感に思わず反らした目線――

「あ」

 その先に福田が見つけたのは、入り口の真上。嵌め込み型の窓枠。
 吹き付ける海風にぐらついて、今にも落下せんとする窓のガラスだった。
 彼女の弾丸が抉ってしまった先――つまりは不始末。
 その下にいるのは、自分とカチューシャ。

「あ、危ないです! 危険です!」

 言うが早いか――――


 人は平等である。
 聞こえのよい聖職者の説法や人権家の演説などではなく、実態として人間は平等である。

 即ち――殺せば死ぬ。
 どんな人間も――どんな才能があろうと、どんな美貌があろうと、どんな資産があろうと、どんな経歴があろうと――――人は死ぬ。

 簡単に死ぬ。
 容赦なく死ぬ。
 塵芥のように死ぬ。
 最初に首を吹き飛ばされた犠牲者のように――それまでの人生を無意味に変えられて死ぬ。


116 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:36:46 wRLXq4Jc0

 だというのに……。

「大丈夫よ」

 笑み。
 思わず息を呑む――解顔。
 動きを一瞬、止めてしまった。
 故にその笑みは死神の微笑みも然ることながらに、福田にとっては致命的なものになったのだろう。
 僅か一瞬。機を逃すには十分。

 そして、警告空しく窓枠は限界を迎え、己に溜め込んだ透明のガラス片を手放した。

「ひっ――――」

 咄嗟。
 指を外された小銃を浅ましく投げ出し、頭を押さえて福田は身を屈めた。
 しかし平然と――泰然と響く声。

「だから、大丈夫なんだから」

 カリスマ――その語源は「恵み」を意味する誇大ギリシャ語。

 そう、カリスマ性とは。

 ――――精巧であることではない。
 ――――強靭であることではない。
 ――――頑健であることではない。

 そのどれとも違うのだ。

 矮躯? 傲慢? 癇癪? ……どれもマイナス足り得ない。
 そのいずれもが、カチューシャという少女のカリスマ性を損なうことを意味しない。

「そう――」

 果たして――。
 降り注いだガラス片は、カチューシャと福田を避ける風に地面に激突した。
 ただの一片たりとも、その更にその砕けて跳ねた欠片すらも二人を傷付けることはない。
 強烈な戦車砲の砲撃にあってなお、キューポラから身体を出し続けるように――彼女は身を縮めることすらなく、立ち続けた。

「こんなの、カチューシャにはなんともないわ」


117 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:41:37 wRLXq4Jc0

 初めからこうなることを確信していたのか?
 それとも、彼女の狂信的な自負が偶然効を奏したに過ぎないのか?
 ……同じだ。どちらにしても、同じだ。

 福田は魅せられた。
 カチューシャは、身を庇った福田とは違う。
 このガラスの雨の内にあっても彼女は己の無事を確信し、そして目を閉じることすらなく仁王立ちでいた。
 それが証左。彼女の特別。
 神から何かを恵まれているとしか思えないほどの、自分達とは違うものを持つと思われるからこそのカリスマ性。

「ほら、カチューシャの言った通りでしょう?」

 降り注ぐガラスの中で身動ぎも、怯える事もせずに……。
 ただ直立して微笑む彼女の姿は――。
 腕を組んだカチューシャの金髪を、情けなく頭を抱えて見上げる福田にとっては――。
 控えめに言っても、神聖な空気の朝方の大聖堂に飾られた宗教画のように美しくて――――。
 きっと指導者というのは、こういう人間なのだろうと――確信させるには十分だった。

 きっとこの人なら。
 きっとこの人となら。
 きっとこの人と一緒にいたら――。
 不安を打ち消させるほどの、希望。彼女の自信を見ていれば、己すら誇っていいものと思える。そう信じさせてくれる。
 正しさを確信させてくれるからこそ、確たる安心を与えてくれるからこそのカリスマ性なのだ。

 そうなの、だろう。

「大丈夫。カチューシャと一緒なら安心なんだから」

「は、はい……」

 差し伸べられた手を掴めば、本当の本当に子供のような笑顔。
 ああ、これが彼女の持つ純粋無垢な優しさなのだろう。
 それだけで俄に確信させる――彼女は決して、己の部下を見捨てないと。使い潰すようなことはないのだと。
 それがなおのこと、カチューシャに従うことへの正当性を説くようであった。


118 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:43:45 wRLXq4Jc0

「あ、あの……カチューシャ殿……これから自分たちはどうするのでありますか……?」

「行くに決まってるじゃない。カチューシャがいるからには、私のいないところで勝手なことはさせないわ」

「は、はい……」

「勝手に死ぬことは許さないし、勝手に戦うことも許さないわ。
 いい? あなたの命も、あなたが誰かを撃つのも全部カチューシャの責任よ。
 カチューシャのものなの。だからカチューシャの命令なしで勝手なことはしないで」

「は、はい!」

 いい返事だ、と言わんばかりにカチューシャは満足げに頷いた。
 頭を下げつつ、福田はふと考えた。
 彼女は――プラウダ高校の隊長というのは、初めからこんな人物だったのだろうか。
 戦車道を嗜むものとしてプラウダ高校の名は知っているし、噂についても同様だ。
 エキシビジョンで相手を向こうに戦いもすれば、大学選抜とも共に戦った仲である。
 しかし親しいかと言われたらまるで別の話であるし、戦場でも殆ど邂逅の余地はなかった。
 知る――というには彼女は未知数過ぎる。

 心は正直なところ、惹かれていた。それでも……。
 未だ恐る恐るといったように窺う福田へ、矮躯からの檄が飛ぶ。

「胸を張りなさい! カチューシャの部下になるからにはそれが必要よ!」

「は、はい! いえ、了解であります!」

 そんな不安は、杞憂なのかもしれない。
 思わず背筋をぴしゃんと伸ばしたところで――不意にカチューシャが不機嫌そうに眉を寄せた。


119 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:45:08 wRLXq4Jc0

 何か、不興を買うことをしてしまったのだろうか。
 恐る恐ると覗き込む福田を前に、ぽつりと絞り出された言葉。

「……高いわね」

「へ?」

「カチューシャより高いなんて生意気よ! 背中を曲げなさい!」

「前言撤回であります!? 支離滅裂であります!?」

「いいから、カチューシャの言う通りにするのよ! これは命令なんだから!」

「理不尽ですぅぅぅ〜〜〜〜!?」

 ……やっぱり不安かもしれない。





【G-3・工場/一日目・朝】

【福田@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 M2 カービン(装弾数:19/30発 予備弾倉×3)不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:不安を消すためになにかしら行動する
1:カチューシャと行動を共にする

【カチューシャ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 APS (装弾数20/20:予備弾倉×3) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:最大多数での生存を図る
1:まずはプラウダ生徒・みほあたりと合流したい
2:カチューシャの居ないところで勝手なことはさせない!


120 : 王の器 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:46:51 wRLXq4Jc0
武器解説

【M2 カービン】
 全長900mm、重量2,490g。装弾数30発。
 .30カービン弾(7.62mm×33)を使用するアメリカ製の自動小銃。
 USM1カービンの改良銃。M1カービンでは廃されていたフルオート射撃機能を復活させたモデル。
 グリップとストックが一体化した形状をしており、自然に握れば銃床部を肩当てすることができる。
 元となった(形状に変化はない)M1カービンは小型軽量であり取り回しがしやすく、アメリカ軍での退役後にはアジア諸国に払い下げられ愛用された。
 また、太平洋戦争においては日本軍が鹵獲し使用していたというデータもあり、現在でも民間で未だ使用されるベストセラー。
 M8グレネードランチャー、銃剣の装着が可能。


【アヴトマティーチェスキィ・ピストレット・ステーチキナ(APS)】
 全長225mm、重量1220g。装弾数20+1発。
 9mmマカロフ弾(9×18mm)を使用するロシア製の大型拳銃。
 日本で通常呼ばれる名は、スチェッキン・マシンピストル。
 マシンピストルのその名の通り、セレクターレバーを切り替える事で拳銃ながら「フルオート射撃」が可能となる。
 無論のことながら自動小銃よりは軽く、銃身が短いAPSでフルオート射撃を行えば銃身が簡単に跳ね上がってしまい命中率は心許ないものとなる。
 ホルスターをそのまま握把後部に装着すればストックとして使用でき、安定性の増大を図れる。


121 : ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:47:09 wRLXq4Jc0
投下を終了します


122 : ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:48:36 wRLXq4Jc0
>>116(訂正)
× カリスマ――その語源は「恵み」を意味する誇大ギリシャ語。
○ カリスマ――その語源は「恵み」を意味する古代ギリシャ語。

 誇大→古代


123 : ◆RlSrUg30Iw :2016/07/23(土) 22:55:49 wRLXq4Jc0
カエサル(鈴木貴子)、オレンジペコ、アッサムを予約します


124 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:23:13 XlvZvzIY0
遅れましたが、投下します。


125 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:27:31 XlvZvzIY0
撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心

それが、西住流。
それが、黒森峰の戦い方。
それが、隊長の往く、戦車道。


126 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:28:49 XlvZvzIY0
「Heute rot, morgen tot.」

済んだ水面に銀色の針を落とす様に、静かに、細く。
彼女の開口第一声は、それであった。
ドイツの古い諺である。
“今日は紅顔、明日は白骨“。
曰く、人間、何が如何訪れて何時朽ちるかなど、その時にならねば解らぬ。況や、命が紙切れ一枚に等しい戦場においては尚更ではないか、と。
なれば成程、今の状況でこれほど相応しい言葉もそうそうない。

―――森、か。

彼女は身体を起こすよりも先ず、自らが置かれているであろう状態を確かめた。
音は立てず、眼球で辺りをぐるりと舐める。
ふと、過るはスペイン継承戦の舞台、バーデン=ヴュルテンベルクの黒き森。
されど、シュバルツバルトと呼ぶにはそこは余りに暗さに足らず、血の匂いも失せている。
しかしながらそこは確かに、未来への明確な黒い気配を孕んだ――尤もその予感は身体の芯から滲み出ていたのかもしれないが――正気を喰らう森であった。
敵の気配は、皆無。風、殆ど無風。気温、やや緩い。湿度、高め。音、無し。
耳を峙てても、羽虫の飛ぶ音一つ感じられない。異なる常である。

孤独、或いは、狂気。

血走る目で辺りを舐め、果たして頭の内に浮かぶのはそんな月並な単語ばかりであった。
彼女は殺していた息を小さく吐くと、先ずその白く細い指を動かした。
人差し指、中指、薬指、小指、そして親指。順番に閉じ、拳を作る。両手は正常であった。
吐き気をなんとか飲み込み、同時に小さく溜息。
尻のあたりが、じっとりと湿っていた。背中には尖った何かが当たっている。鼻には腐葉土と青臭さが混じった、形容し難い田舎特有の臭い。
そう、地面である。
深い森の中の土の上に無造作に寝かされていたのだ。
視界は、すこぶる悪い。恐らく彼女の蒼白な面近くまであるであろう草花達が、仰向けの身体をすっぽりと覆っていたが故に。

瞬きを、一回。
視界には、我先にと競い合うが如く太陽を求め、覆い重なるように鬱蒼と茂った草木の葉々。
地に伏し見上げるそこは全くの逆光で、本来緑色であるはずのそれらは、闇色に染まっている。
まるで影が質量を持ち、針で中空に展翅された様に、そこは漆黒の欠片が幾重にも幾重にも折重なり上に広がっていた。
風が吹いた。
ざわざわと、森は放課後に黒い噂をする生徒の様に騒ぎ立てる。
彼女の視界に数千数万と展翅されていた影が、葉が、花が、合図の笛を鳴らされた様に一斉にワルツを踊りだした。
ちらちらと、その雄大な自然達は旋風が吹く度に気紛れにその姿形を変え、視線の中で揺れる白い光の残滓はまるでちらちらと輝くフィラメント。

何はともあれ、である。
重い体を鞭打つように起き上がらせると、彼女はまず悪態を吐きながら胡座をかいて装備を確かめた。
枕元に乱暴に投げ捨てられた日本軍のバックパック。片腕では簡単に持ち上がらないくらいにはずっしりと重く、思わず大きな溜息を零す。
双眼鏡、飯盒、毛布、キャンプセット、水筒、レーション、懐中電灯。
戦時中かと呆れながらも一通りの備品を確かめて、スマートフォンの電源を入れた。
ルールと地図を見て大まかな内容と地形を把握すると、武器を見るべくバックパックを覗くーー転がっていたのは、ナイフと、銃と、手榴弾。
その武器達をごそりと取り出す。マウスの12.8 cm PaK 44の様なずっしりとした“命を奪う”重さに、ぎくりとして冷たくなる背筋。
かたかたと銃とナイフが触れ合って、手元で音を上げた。それが、合図だった。
些細な音に、はっとして武器を落とす。がしゃん、と派手な音。びくん、と肩が跳ねる。
手が、震えていた。
嗚呼、と彼女は懺悔する様にバックパックをぎゅうと抱き、顔を沈めた。歯を食い縛る。生温い汗が首筋を伝った。
知っている。知っていたのだ。黒い感情が、背から大口を開けて忍び寄っている事を。


127 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:31:03 XlvZvzIY0
―――どうして、なんだって、私が、こんな目に。

護身具。否、配られたそれは兵器である。
人の命を効率良く奪う為に造られた、殺戮の道具なのだ。そう思えば思うほど、酷い眩暈と吐き気がした。

―――隊長。

頭の中で、藁に縋る様に呟く。
網膜の裏側、赤みがかった鈍い暗闇の向こう側に、憧れの背。
時に暖かく、時に厳しく、だけれどとても、大きな背。
だいすきな、ひと。

―――隊長!

叫んで、足を踏み出す。
視界が、足場が、ぐるりと歪んだ。地面は、いつの間にやら黒い水面。
水の上に、人間が立てる筈も無し。途端に足はずぶりと沈んでゆき、あっという間に胸、肩、首、そして顔が真っ黒な闇の海に、堕ちてゆく。
遠くなる背中に、水に揺らぐ髪の隙間から、手を伸ばした。
黒く歪んだ水面越しに見る背中はひどく煤けて、いたく寂しそうに見えた。
ぱちり。夢の中で、瞬きを、一回。
まるで映画のチャプターを切り替えした様に、飛ぶ場面。
そこは暗い森の中だった。生温い感覚に、両手を見る。真っ赤な血の色に染まっていて、思わず悲鳴を上げる。
ゆらゆらと力無く後退ると、踵が柔らかな何かを踏んで、尻餅をついた。ぐしゃり。何かが潰れる音がした。
嫌な予感に慌てて振り返ると、見慣れた制服、見慣れた茶髪。蝋人形の様に青ざめた白塗りの肌に、真っ赤な血の池。
捌かれた腹、ねっとりとした赤い粘液、白い骨、ピンク色の筋、飛び出した腸。
染み付いた血、腐った臭い、乱れた髪、引き締まりを無くしてだらしなく膨れた頬、ぱっくりと開いた傷口。半分腐敗した緑色の肉。
蛆虫が、湧いている。ばさばさと鴉が飛び立つ音。鴉の口から伸びる繊維。
合うはずがないのに、目が、合った。
光のない、瞳。
底の無い絶望色の、瞳。
こちらを見る、瞳。
恐怖と狂気が入り混じった、醜い絶叫が上がる。

西住まほは、事切れていた。

堪らず、そこで目を開ける。
全身はびっしょりと汗で濡れ、がちがちと奥歯は情けない音を上げていた。
いつの間にか肩で息をしていた自分に、此処で漸く気付くのだから余程意識が飛んでいたのだ。
正しくそれは、白昼の悪夢、であった。

―――何分、こうしていた?

女は影の落ちた表情のまま、自問する。
辺りはしんと鎮まり返り、やたらと喧しく跳ねる心臓の音だけが、鼓膜を内側から叩いていた。
固唾を飲み額の汗を拭くと、武器を手にゆっくりと立ち上がる。
声を殺して草を掻き分けて、覚束ない足取りのまま、女は闇の深い方へ、光の届かぬ方へ歩き出した。
思考も目指す場所も曖昧なまま、ただ、迷う様に足を前に出す。
進んでいるのか、下がっているのか、そんな事すら解らないまま、暗い方へと堕ちてゆく。
逸見エリカ。彼女は、誇り高き名門、黒森峰の副隊長であった。

―――蒸し熱い。

夏だろうが冬だろうが冷房の効かない戦車の中に居るのだ、体力はある方だったが、それにしても恐ろしく蒸し暑かった。
黒いジャケットが、更に深い黒へ染まってゆく。髪を伝う滴がうなじに幾本もの筋を作り、エンジ色のシャツの襟元へとじわりと消えていった。
シャツと下着は、身体にびたりと張り付いていた。それが堪らなく不快で、目を細める。
頭の中は酷い有様だった。ぐちゃぐちゃと、何種類もの毛糸が絡み合う様に、思考は混濁していた。
人が死んだ。あれは、確か大洗の生徒だ。彼女は、死んだのだ。
その事実は簡単に嚥下出来るものではない。現実が重く彼女の身体にのしかかる。正常な思考を、失う程に。


128 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:32:43 XlvZvzIY0
どれほど歩いたか。
ふと背丈ほどの笹を掻き分けた瞬間、頬に鋭い痛みが走る。笹の葉で頬が切れていた。ぬらぬらと温い血が顔を這う。
殲滅戦、殺さないと、死にたくない、隊長、隊長、隊長。
譫言の様に単語を呟き、視線を落とす。朧げな視線が何かを捉える。

―――足跡。

不意に鬱血していた血が流れ出る様な、頭から血の気が降りていく様な、そんな感覚。
精神を摩耗しきって座っていた目が冴えていき、不自然なほど落ち着いていく思考。
ぞわり、と全身の毛がよだつ。景色が色を欠いてゆく。混線していた脳波が黒一色に染まり、クリアになった瞬間であった。
ざあ、と草木達が風に騒ぐ。黒い森の庭で、彼女は黙して立ち尽くす。

―――我が校のブーツではない。(どうする?)

彼女は腰を下ろして足跡の輪郭を観察する。
腐葉土には、確かに足跡が残されていた。自校のブーツとは僅かに違うが、似た様な様な形状。
即ち、軍用である。

―――土は……湿っている。(敵? 味方? 近くに? 何時から?)

凹んだ部分を、指の腹で舐める様に触る。雨上がりの次の日の泥の様な湿り気。
靴底で押し出された泥水が、腐葉土にじわりと浮かんで灰に光っている。
十分、いや、若しくは五分以内。比較的まだ新しいそれは、人の気配と予感を彼女に容易く知らせた。
大きさから判断する限り、それは男のものではない。自らを運んだ人間や、文科省の役人ではない可能性が高いのだ。
即ち。

―――居る。(どうする? どうする?? どうする???)

音も無く立ち上がり、息を潜める。
しかし、足音は愚か布が擦れる音一つしないものだから、彼女は目を細めた。静か過ぎる。

―――もう、近辺には居ないのか、或いは走って過ぎ去った後。(殺される? 誰が? 私が? 死ぬ? 此処で? 冗談じゃない!)
   若しくはこちらを狩る気で何処かへ潜んでいるのか。(戦う? 戦ってどうする? 殺す? 誰が? 私が?)

暗い闇色に染まった思考が、疑心暗鬼に再び濁り出す。
玉のように吹き出した汗が、顎まで伝い、雫が足元に落ちた。
肩にかかった銃を取る。震える手で赤ラワンの取手を握ると、絡みつくように汗がじっとりと滲んだ。
特徴的な赤木軸に、黒砲身。64式7.62mm機関銃であった。
この藪の中散弾ではないのは些か使い難くはあったが、威力では十二分。
彼女は銃についてはよく知らないが、恐らくその確りとした造りに“当たり”の類だろうという自身が彼女にはあった。
唾を飲み、上を見上げる。
高く伸びた木々が、こちらを嘲笑う様にざわざわと葉を揺らしていた。
景色に、色が、無い。

―――南方戦線においては、旧日本軍兵が樹上からの狙撃作戦を敢行し、米軍が酷く苦しめられたと聞いた事がある。(そんな事はどうだっていいじゃない!)
   頭上からの砲撃は退路の確保が難しい。(相手を撃つと一発で死ぬ? 私も撃たれたら一発で死ぬ??)
   一旦見つかり即時対処が遅れれば、即ち。(大洗のあの子みたいに???)
   今警戒しなければならないのは、藪の奥よりも頭上の方?(嫌よ、私はあんな風に死にたくない! 隊長……そうだ! 隊長に会わなきゃ!)
   敵がどんな銃とナイフを持っているのかを知り得ない以上、それも確定ではない。しかし、スナイパーの線も捨て難いのもまた、確か。(死にたくない)
   木に登り、頭上から撃つ側に回る……?(死にたくない)
   後手ではあるが、待ちは確かに悪くない選択……悪手ではない……のか?(死にたくない……!)
   こちらの獲物は64式7.62mm機関銃……森の中とはいえ、恐らく優位に立てる事には代わりない筈……。(死にたく、ないッ!!)

焦点の合わぬ目が、辺りを舐める。かたかたと指が怯えるように震えている。
猛獣の様な呼吸音が自分の口から溢れていた事に気付き、彼女は思わず口を歪めた。
親指の爪を噛みながら、思わず、隊長、と助けを求める様に小さく呟いた。頼るべき人は、しかし此処には居る筈がない。
そう。決めるしかないのだ。己の頭で。
歩くしかないのだ。己の足で。
引き金を引くしかないのだ。己の指で。
しかし、そもそもこの足跡の主が“乗っている”とは限らない。剰え、潜んでいるかどうかすら怪しいのだ。
ならば、今この場での最善とは何か。
何が正解か。何が間違いか。ちっぽけな脳味噌の中で考えなければならない。判断しなければならない。決めなければならない。
人を殺すことが正解か、協力するのが間違いか。いっそ、選択を放棄して自殺してしまった方がどれだけ楽か。
嗚呼、判らない、分からない、解らない、わからない……。


129 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:37:18 XlvZvzIY0
焦点の合わぬ目が、辺りを舐める。かたかたと指が怯えるように震えている。
猛獣の様な呼吸音が自分の口から溢れていた事に気付き、彼女は思わず口を歪めた。
親指の爪を噛みながら、思わず、隊長、と助けを求める様に小さく呟いた。頼るべき人は、しかし此処には居る筈がない。
そう。決めるしかないのだ。己の頭で。
歩くしかないのだ。己の足で。
引き金を引くしかないのだ。己の指で。
しかし、そもそもこの足跡の主が“乗っている”とは限らない。剰え、潜んでいるかどうかすら怪しいのだ。
ならば、今この場での最善とは何か。
何が正解か。何が間違いか。ちっぽけな脳味噌の中で考えなければならない。判断しなければならない。決めなければならない。
人を殺すことが正解か、協力するのが間違いか。いっそ、選択を放棄して自殺してしまった方がどれだけ楽か。
嗚呼、判らない、分からない、解らない、わからない……。

―――駄目よ。深く考え過ぎるな。まずはこの森を出るのが先決。(襲ってきたらどうする?)
   周囲を警戒しつつ、前進するしかない。敵は、やりすごせばいいだけ……。(戦わざるを得ない)
   大丈夫よ、森なら幾らでも隠れる事は出来る。もし出会ったのが仲間なら、協力して、早く隊長と合流すれば良い。(何処にいるのかも解らない癖に?)
   隊長なら、まほ隊長ならきっとなんとかしてくれる……。(隊長がもし死んでしまっていたら、お前はどうする?)

深呼吸を、一回。
かぶりを振ると、彼女は再び足を踏み出した。
為せば成る。その時になれば分かる事。考えるだけ無駄なのだ。
けれども、それでも考えてしまうのが人の常。
ツィタデレ作戦のクルスク侵攻では、ドイツ軍は慢心と油断が原因でトーチカと地雷だらけの地獄に足を踏み入れ、完膚無きまでにやられた。
なればこそ、考え過ぎに悪は無し。現実は流動的な可能性の束。
一つ一つの紐をほどき長さを確かめ、あらゆる事を想定し動くべきである。

―――こんな時、隊長なら……。

彼女は進む。足を黒い影に引っ張られ、腕に鋼鉄の重りを引き下げて、首に死神の鎌を宛てがわれて。
西住流、進む姿は乱れ無し。そんな言葉からは完全に外れてしまっていた。
彼女は吐き気を覚え、顔を顰める。胃液が直ぐ喉笛の側まで上がってきていた。
頭が内側からがんがんと叩かれる様な、胸の中を滅茶苦茶に掻き回される様な、最低な気分。
孤独。
彼女は孤独だった。この黒い森のなかで、戦車の中で、あの学校の中で。誰よりも、何よりも。
西住みほ。西住流後継者の彼女の頭の中には、妹がいつだって居た。
いつだって、逸見エリカは3番手。何が副隊長、何が2番手。ただの空いた席に座らされた人形だ。
才能もなければ、優しさもない。友達も居ない。だから、趣味は家でネットをいじることくらい。
戦術も未熟、発言は何時も咎められ、何時も配慮が足らず叱りを受ける無能副隊長。
部下の使い方も自覚するくらいには荒く、きっと信用もそこまで得られていない。
生徒達が見ているのは、西住流の西住まほだ。自分の体の、眼の向こうに、西住流を見ているのだ。
私は、なんだ? 彼女は自問する。影に隠れて、顔に深い影が落ちている。
誰か。だれか、だれか。おしえて。
“わたしは、なんですか?“ 

―――隊長……まほ隊長……。

湿った足跡を追っていくと、やがて、藪の向こうから光が漏れている事に気付く。
僅かに迷ったが、彼女は光を求める様に、けれども慎重に、指を入れ藪を掻き分ける。
血走った目が、草叢の隙間から辺りを舐める。
そこは、獣道だった。熊か、猿か、猪か、或いは人か。藪が弧を描いて地面をえぐる様に避けている。
その道だけ、藪がない分周囲よりも光が届くのだろう。木々は変わらず天をずっしりと覆っていたが、木漏れ日はその獣道を舐める様に斑らな光の絨毯を敷いていた。
視界が開けた事は大きく、獣道である以上里までの安全な道を意味するが、また、発見されるリスクも増す。
彼女は数拍立ち尽くしたが、やがてふらふらと前から糸で引っ張られる様に獣道へと出ると、再び足跡を追って歩き出した。
獣道は、途中激しい右カーブを描いていた。彼女はそこを特に警戒せずに曲がり……そして、見つけてしまう。

―――誰か、居る。


130 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:42:25 XlvZvzIY0
寸分違わず、紛う事無く、相違無い。それは、人の後ろ姿であった。
迷彩柄の外套で頭も隠れていたが、人間大の何かがしゃがんでいる。
その奥には、テントが見えた。足跡はそこで途切れている。間違いなかった。
気付いた時には、無意識に銃を手に取っていた。震える息を、静かに吐く。死ぬのは嫌だ。
グリップを握ると、ぬるりと不快な手汗。死ぬのは嫌だ。
五秒ほど、動きが固まる。死ぬのは嫌だ。
ぶわりと毛穴が開いていくのを感じた。死ぬのは嫌だ。
汗がどっと噴き出る。心臓が破裂しそうなくらい鳴っている。死ぬのは嫌だ。
からからに乾いた唇を舐めた。切った頬の血と汗だろう、鉄と塩の味がした。生きている味だった。死ぬのは嫌だ!
視界が黒く落ちてゆく。周囲がブラックアウトしていき、しゃがんでいるその人間しか視界に入らない。死ぬのは嫌だ!!
嗚呼、呼吸の音が、煩い。うるさくて、うるさくて、もう、なにもかもなくなってしまえばいいのに。死ぬのは嫌だ!!!
距離は10メートル。安全装置を外す。しかし銃を扱った事のない女は、当然の如くその銃の射程と精度を知らない。死ぬのは嫌だ!!!!
気付いた時には、奇声を上げて走っていた。縺れる足をがむしゃらに動かし、汗を散らせながら、走っていた。死ぬのは、嫌だ!!!!!

“撃てば必中”。
6メートル。故に大前提として、先ず撃たなければならない。
確実に当てるには、至近距離で。幾ら狙いが外れても、ゼロ距離射撃で大破出来ない物など無し。

“守りは固く”。
4メートル。曰く、攻撃は最大の防御である。撃たれる前に撃て。簡単な話だ。
殺してしまえば撃たれる事の無い最大の鎧を着ている事と同義。走れ、動け、戦え、奪え。
生きたいならば刃を抜け、死にたく無いなら銃を取れ。

“進む姿は乱れ無し”。
2メートル。迷いなど捨てるのだ。数と物量、勢いで押せ。それが黒森峰だ。それが西住流だ。
前へ進め、敵を撃て。迷うな逸見、これは殲滅戦だ。嗚呼、不意打ちでも構うものか、殺してしまえ。

“鉄の掟”。
1メートル。敵を補足する。まだ気付かない、驚きで対応が遅れたか。何にせよ、これはチャンスだ。
彼女は嗤う。ピクセルタイプの迷彩に銃を押し付け、声にならない声を叫びながら、引き金を一気に引いた。
視界がぼやける。涙だった。恐怖と、怒りと、悲しみが混じった、真っ赤な涙だった。

“鋼の心”。
一発、頭に命中する。衝撃で銃口が跳ね上がり、体が浮き上がった。重い。紛れも無い命を奪う重さだった。
二発、体勢を整えて鬼神のような表情のまま、犬歯を剥き出しに背を撃つ。腕にびりびりと衝撃が走る。痛い。二の腕が痺れる。
三発、腹の辺りを後ろから撃つ。体が左に跳ねた。衝撃が強い。叫び声と涙は止まらない。止めると何かがおかしくなりそうだった。
四発、五発、六発。七発目で、腕の力が限界を迎えた。

ぐったりと腕を落とし、銃を手放す。がしゃん、と無機質な音。硝煙が辺りに立ち込めている。喉が痛い。酸素が足りない。
肩で息をしながら、ふらふらと後退る。震える視界と合わぬ焦点で、死体を見た。
同時に、さっと血の気が引く。

―――あ、れ?


131 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:50:09 XlvZvzIY0
穴だらけの迷彩服から覗くのは、枝と蔦。血はどこにも見当たらない。
彼女の頭に混乱が走る。WHY、の三文字。
囮、嵌められた、罠、騙された。彼女は頭が悪い方ではない。直ぐにそう気付いた。
しかし足が動かない。腕も上がらない。身体が言う事を聞かない。
酸素、呼吸を整えなければ。彼女は息を吸う。肺が冷めてゆく。
一体。なんで、どうして。誰が。何の為に。みっしりと敷き詰められた絨毯爆撃のように、疑問が頭に押し寄せた。

嗚呼、そう、そうだ。人形。服を着せてカモフラージュしていたのだ。テントも囮だった。
少し考えれば分かる事だ。獣道の途中で白昼堂々と野営の準備をする人間が、一体何処の世界に居るというのか。まんまと一杯食わされたのだ。
いや、しかし待て、何故足跡が消えているのか。だとすれば、本体は何処へ消えたのか。

―――…………ぁ。バック……トラック……。

間が抜けた顔でそう気付くと同時に、背中に衝撃が走る。視界が一度黒く反転し、星がばちばちと散った。
強烈な打撃を、一撃。ハンマーで後頭部を殴られた様な、鈍い痛みだった。
肺から空気を無理やり押し出され、彼女は地面と盛大にキスをする。どさり。落ち葉が、舞い上がる。
手足が痺れている。全身麻酔を掛けられたように、動かない。何一つ出来ない。声も、息も、瞬きさえも。
視界が徐々にブラックアウトしてゆく中、隊長、と胸中で呟く。
彼女の意識は、そこで電源を落とすようにぶつりと途切れた。







太陽が、眩しい。
目が冷めて最初に思ったのは、それだった。
じりじりと照り付ける日差しが、網膜をきりきりと容赦なく刺している。
目玉をぐるりと動かす。少女がこちらを覗いていた。喉がごくりと音を上げる。

「……落ち着いたでありますか? 随分うなされていましたが」

その少女が大洗の人間だと気付くまでに半秒。強張った全身からは一瞬にして汗が噴き出していた。
エリカは目玉を動かし、自分の靴を見る。隠していたはずのナイフが抜かれている。

「おっと、シースが革靴に装着されているのはバレてますよ。トレンチナイフは抜いておきました」

少女は笑うと、ナイフを仰向けで無防備なこちらに向ける。
ぎくりとした。抵抗しようとして、手足が未だ上手く動かないことに気付く。
息が、震えていた。本能的な恐怖だった。

「ああ、すみません、冗談でも人に刃を向けてはいけませんよね。……黒森峰の副隊長、逸見エリカ殿でありますか?」

ナイフを仕舞う少女の質問に、エリカは頷く。ゆっくりと、軋む腕をなんとか使って腰を上げた。
辺りを見渡す。此処へ来てから少しも変わらない景色。どうやら此処はまだ森の中のようだった。

「貴女、確か、フラッグ車の……」
「大洗の秋山優花里と申します〜」


132 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 15:56:34 XlvZvzIY0

目の前の少女が、秋山優花里がぺこりと頭を下げ、レーションを差し出した。どう見ても敵意はない。
自分を捕まえてどうするのか、と考えたが、殺すつもりならばとっくに殺していると気付き、素直にそれを受け取る。
ナイフで開けられた缶の中を覗く。SPAMだった。カナダのプリンやイギリスのミートオールでないだけ随分マシだ。

「どうぞ」

優花里の手が、視界に入る。器用に作られた木のスプーンが握られている。

「不肖、秋山優花里。拙い手で作ってみました! 良ければ差し上げます。無いよりはマシですよぉ」

それを受け取ると、痺れる指で何とか握り、SPAMを掬う。
口の中に放り込むと、これでもかと言うほどの濃い塩味が広がった。
確かに腹は減っていたが、寝起きに塩味は最悪だ。

「……塩辛い」

エリカはぽつりと呟く。優花里は困ったように笑った。

「それはそうですよ。加熱処理して白米などと食べるのが普通ですから〜」
「本当、塩辛いわ」

スプーンを下ろし、エリカは再び吐き捨てるように呟く。視界が少しだけ滲んだ。
情けない、そう思った。本当に、情けない。
錯乱して人を殺そうとしていたところを罠に嵌められ、情けをかけられ生かされて。
挙句こうして気を遣われて、餌まで与えられて。無様すぎて何も言えない。
此処でも、そうなのか。何処に行っても変わりはしない。私は無能な副隊長で、たかが平隊員にこうして諭され。
見下しているんでしょう? どうせ、お前も。
私なんか、たまたま空いた副隊長の座に埋まったただの我侭な人間だって。
この戦いに動揺して心が折れた、情けなくて哀れな人間だって。

気付いた時には、大粒の涙が出ていた。
悔しい、悔しい、悔しい。
SPAMをがつがつと口の中に入れながら、エリカは声を上げずに泣いた。
他校の人間に、いや、それどころか他人に涙を見せる事自体、初めてだった。
食べ終わると、水筒の水をごくごくと自棄になった様に飲み、そして、ごしごしと両目を拭う。涙は乾いていた。

「私」そして、言うのだ。「隊長の元に行きたいわ。何に変えても」

優花里は呆気にとられた様に一連の彼女の食いっぷりを見ていたが、そこではっとして我に返る。
そうして少しだけ悩むように髪を指でくるくると弄り、ふっ、と前を向いた。笑顔が消えている。


「人を、殺しても?」


からん、とエリカの手からスプーンが落ちる音。


133 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 16:02:32 XlvZvzIY0
ぎくりとする声色だった。動揺に瞳が暴れる。黒い感情が、灰色の空気が、森に満ちた。
風が、音が、草が、水が炎が光が。雲が、影が、光が。呼吸が、時間が、鼓動さえもが。
およそこの世に干渉しているであろう全ての要素が止まった気がした。
何か核心めいた音がその言葉にあったからだ。
しかしその意味を考えると頭が割れてしまいそうで、それ以上詮索してはいけない気すらした。

「戦車道は、戦争じゃない。だから許せないんです。殺し合い自体も、こんな事をした人も」

優花里はそんなエリカに構わず、言葉をつらつらと並べ始めた。時が、動き始める。

「私の戦車道は、西住殿のものと同じ。誰も犠牲を出したくないんです。
 だけど、私は西住殿とは違います。戦わなきゃいけない時は戦いますし、罠にもかける……正直に言って、少しまだ、迷ってますけど」

エリカは固唾を飲み込む。水を飲んだばかりだというのに、やけに喉が渇いていた。からからの口の中で、舌が歯に張り付く。

「わ、私は、ただ、まほ隊長が、隊長なら、隊長」

自分の口ではないかのような錯覚。ぱくぱくと酸素を求める金魚のように口を動かし、何かから取り繕うように言葉を並べる。
中身が無い。そんなことは解っていた。

「そ、そうよ、隊長よ、たいちょうがいれば、なんとかなるとおもって、それでっ」

思わず、後退る。冷や汗が背を濡らしている。逃げたい。そう思った。今すぐ此所から逃げ出してしまいたかった。

「この状況だって、隊長なら、か、必ずっ、だから、だからっ」
「逸見殿」

何処でもいい。どこか遠くへ。崩れる前に、バレる前に。

「私は、ただ、まほ隊長が、隊長なら、なんとか。この状況だって、隊長なら、必ずっ、だから、隊長に生きて欲しい、だからっ」
「逸見殿っ!」

怖かったのだ。目の前の純粋な目が、段々と疑問に降りていく眉が。陰る顔が。
哀れな私を見下しているようで、私の言葉に中身が無いことを、見透かしているようで。

「逸見殿。だけど貴女のやった行為は、私の戦車道とは違う。でもきっと、混乱してただけ、そうですよね?
 だからちゃんと、答えて欲しいんです。教えて欲しいんです。逸見殿とこれからどうするか、考える為に。
 私だって、仲間は欲しいんです。友達も、少ないですから。だから」

優花里が問う。エリカはびくんと肩を跳ねた。




「――――――――――貴女の戦車道は、なんでありますか?」




ずっと孤独だった少女が、しかし戦車道を通して友を手に入れた少女が、孤高の副隊長へ問う。
困惑の表情から零れたその問いは、中空を待って、森のざわめきに消えてゆく。
答えるべき解は、今の彼女にはなかったのだ。
ならば、どうするか。答えは簡単だった。もたつく足で大地を蹴り、逸見エリカは逃げ出したのだ。
待ってという声も、足にかかった手も振り解き、自分の獲物を奪い、エリカは森を走り抜けてゆく。

ただ、今は、遠くへ。遠くへ。

他の誰でもない、あの人の元へ、行く為に。


134 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 16:08:55 XlvZvzIY0
【D-3・森/一日目・朝】

【逸見エリカ@フリー】
[状態]混乱 背に火傷 少し全身が痺れている
[装備]軍服 64式7.62mm小銃(装弾数:13/20発 予備弾倉×1パック【20発】)不明支給品(ブーツナイフ系)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:解らない。とにかく、隊長のところへ。
1:逃げる。どこか、遠くへ。誰もいない場所へ。

【秋山優花里@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 迷彩服 TaserM-18銃(4/5回 予備電力無し)
[道具]基本支給品一式 迷彩服(穴が空いている) 不明支給品(ナイフ)
[思考・状況]
基本行動方針:誰も犠牲を出したくないです。でも、襲われたら戦うしかないですよね
1:逸見殿を追う?
2:西住殿と会いたいのであります……


135 : 黒い森には十字架を  ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 16:19:12 XlvZvzIY0
[装備説明]
・64式7.62mm小銃
 990mm・4300g。日本産 ガス圧式自動小銃。
 日本人の扱いやすい銃だがとてもジャムりやすく、破損すれば組み立てられないほどパーツが多い迷銃と言われている。

・TaserM-18銃
 アメリカ産テーザーガン。針を射出し刺さった相手の動きを電流により一時的に封じる。基本的に殺傷能力は低い。


136 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/24(日) 16:19:29 XlvZvzIY0
投下終了です。


137 : 名無しさん :2016/07/24(日) 17:12:46 XlvZvzIY0
☆確定枠(19/36 残り17枠)

大洗:阪口桂利奈/近藤妙子/武部沙織/冷泉麻子/丸山紗希/角谷杏/河嶋桃/秋山優花里/園みどり子(見せしめ)
サンダース:ナオミ/アリサ
プラウダ:ノンナ/カチューシャ
黒森峰:西住まほ/逸見エリカ
継続:ミカ
アンツィオ:アンチョビ
大学選抜:島田愛里寿
知波単:福田

聖グロ:無し



☆ただいまの予約(全て投下されれば31/36 残り5枠)

◆nNEadYAXPg氏 ダージリン(7/19 19:32予約)
◆GTQfDOtfTI氏 ペパロニ、五十鈴華(7/21 20:23予約)
◆nT8NGLZwA6氏 カルパッチョ、アキ(7/21 00:58予約)
◆mMD5.Rtdqs氏 ローズヒップ、西絹代(7/22 8:51予約)
◆wKs3a28q6Q氏 西住みほ、ケイ(7/22 22:06予約)
◆RlSrUg30Iw氏 カエサル(鈴木貴子)、オレンジペコ、アッサム(7/23 22:55予約)


138 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/24(日) 19:27:48 wTUtVbHY0
投下します


139 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/24(日) 19:28:21 wTUtVbHY0

 エリクソン曰く、青年期はモラトリアムであると。責任から逃げることの出来る執行猶予の時間であると。

 それは、嘘だった。
 間違い。ツケが回る。
 間違い。報いを受ける。
 間違い。裁きは下る。
 間違えてしまった。選んではいけないものを選んでしまった。責任が降りかかる。

 後悔をしていない――――――嘘。
 恐怖などない――――――嘘。
 では、本当とは。
 こんな、嘘みたいな悪夢の中で本当とはどんな形を持っているのか。

 それでも、私は手を離さない。
 きっと、これが、最後の証。私が私である、私があった最後の証。

 さいごに、炎が目に焼き付いた。


140 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/24(日) 19:30:32 wTUtVbHY0

「単刀直入に言おうか。
 我々は君を支援をしよう――その代わり、殺せ」

 円形のテーブルに二人の男女が向き合っていた。
 一人は、聖グロリアーナ女学院の隊長、ダージリン。もう片方は、例の役人。
 あまりにも、軽々しく殺せと口に出す。
 ダージリンはその言葉を飲み込むように、出された紅茶に口をつけた。

「幾つか、聞いてもよろしくて?」

「どうぞ。聞くだけなら、聞いてみよう」

 風が吹いた。潮の香りが混じった風。
 こちらの余裕は保ったまま、相手を打ち崩せるためには。
 しばし、逡巡する。

「貴方はどんな支援をしてくれるの?」

「ふむ、武器や備蓄に色をつけるか、はたまた情報か………。
 まあ、君のリクエストがあのなら考えてもいいだろう」

 答えているようで、あまり中身のない返事。話がしたいならこちらに乗ってから、といったところだろうか。

「では、何故、私なのかしら」

 押し黙る。
 成る程、そうか。

「そんなに大洗が怖いのかしら」

 交渉において自分のペースに持ち込むということは重要な意味を持つ。
 ただでさえ、相手に多くのアドバンテージを握られている。ならば、せめて場を自分のものにしなくては。故に、カードを切った。


141 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/24(日) 19:33:33 wTUtVbHY0

 それが失敗だった。

「くは、くっくっくっ、あっはっはぁはっは!君は聡明だな!本当に、全く。」

 顔に手を当てて、笑う。
 あまりに、唐突に笑うので思わず呆けてしまう。
 いけない。
 相手のペースに飲まれないよう口を開こうとして、

「君風に言うのなら、こんな言葉を知っているだろうか」

――――――好奇心は猫をも殺す。

 目をこちらへ向ける。まるで、感情の読めない目。見るものを底冷えさせるような、目。
 喉がひきつる。まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。

「判っているだろう、もう戻れないぞ。
 判っているのなら、君は敵に回せない」

 だから、殺す。
 そう、言外告げる。
 もはや、ダメだ。完全に恐怖している。
 殺される。まるで、熟れ過ぎた果実のように頭の中身を吐き出した彼女の姿がフラッシュバックした。
 ここで、返事をしなくては。受け入れなければ。
 しかし、口は開かなかった。

「選択の余地はないと思うが…………ならば、こうしよう。
 私は、三人一組のチームを作れると言ったね?チームを作るにはこのスマートフォンがいるのだが、君にはこいつをもう一台あげよう」

 まるで、見越していたかのように、ポケットからスマートフォンを取り出す。
 つまりは、

「…………生きるために乗るのではなく、誰かを救うために話に乗れ、と」

「ああ、君は本当に聡明だな。その通りだ」

 誰かを救う。それは、抗いがたいほど、甘美な誘い。
 殺すための大義名分。私が優勝することで救われる人が多くなる。何て、何て、甘いのだろう。
 それでも、何かが躊躇わせる。「乗った」と、口に出しそうになるのに、歯止めをかける。

 俯く。

「迷うことがあるのか?断れば、死。受け入れれば生きる。ただ、それだけだろう?」

 そうだ、何故、何を迷っている?
 何が迷わせているの?

「本当に…………私は、正しいかしら」

 口から溢れた言葉は、きっと本心だった。
 正しさを求めているのではない。誰かに自分を肯定して欲しい。ただそれだけだったのだ。

「そうだ、君は正しい。何かを得ようとするならば、代償を払うのは『仕方のない』ことだろう!」

 これではっきりした。疑問には肯定が返ってきた。迷いはもうない。答えは出たのだ。

 顔を上げる。


142 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/24(日) 19:34:44 wTUtVbHY0


「―――お断りいたします」


143 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/24(日) 19:39:06 wTUtVbHY0

「何?」

 仰いだ顔に、浮かんでいるのは不適な笑み。
 それは、まさしく『挑戦』であった。

「こんな格言を知っているかしら? 『正直であることは立派なこと。しかし正しくあることも大事だ』」

 迷っていたのは、肯定して欲しかったのは、きっと、結局は自分が正しくないと思ったからだろう。
 ならば、決まっている。答えはNoだ。

「ハハハ…………、まさか忘れていないだろうな。君の命は文字通り私が握っている、ということを」

 おもむろに、指で首をなぞる。そこにあるのはギロチン。従わない無垢な罪人を見せしめとして散らす処刑道具。彼の意志一つで私の首を跳ねることなど造作もないだろう。

 しかし、

「貴方は、私を殺すことは出来ないでしょう」

「ほう、まさかこの期に及んで私が躊躇うとでも?」

「いいえ、そうではありませんわ。
 …………単純に不可能ということよ」

 互いに視線を交差させる。役人は嘲りを、ダージリンは得意を、それぞれの予感する『未来』を含ませながら笑う。


 瞬間、同時に動いた。


 ダージリンは、テーブルクロスを引き剥がした。投げ出された陶器は重力に従って役人に降り注ぐ。
 役人は目を見開く。まるで『不意に飛んできたボールから身を守る』ように手を―――『懐のスイッチに伸ばしかけた手』を突き出した。

「っ、奴は」

 テーブルクロスの幕が降りると、そこに女はいなかった。
 それは手品師の術だ。魅せられ嵌まってしまった彼は見失った姿を探すことしか出来ない。
 そう、懐に必殺の手段を備えていることを忘れて。

「ここですわ」

 声は背後から聞こえた。
 一瞬前に、視界の端に映った影は下から現れた。つまり白い弾幕は足止めだけではなく、目を反らすためのデコイ。本体はテーブルの下の死角を潜ってこちらに近づいてたのだ。

「もう一度言いましょう。貴方に私は殺せない」

 まるで恋人にするように背後から抱き抱え、身を押しつけ、顔を寄せて―――首と首を合わせた。
 金属の硬質な感触。いくら装着者を破壊するためのものとはいえ、頭部を一撃で砕く威力の爆弾だ。ここで首輪を爆破すれば、互いの首が吹き飛ぶだろう。

「…………成る程、侮っていたようだ。こんな小手先 の手段を使ってくるとは」

「残念だけど、戦争と恋には手段を選ばないの」


 フン、と鼻を鳴らし、スイッチをこちらに渡す。
 この、小さなリモコン一つで自分は死ぬ。この、小さなリモコン一つで彼女は死んだ。
 しかし、だから、私は生きる。


144 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/24(日) 19:45:13 wTUtVbHY0
すみません、中断します。


訂正

「残念だけど、戦争と恋には手段を選ばないの。
 “では、そのスイッチはお渡しくださる?」


145 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/24(日) 19:56:14 wTUtVbHY0
予約、及び投下した内容を破棄します。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。


146 : 名無しさん :2016/07/24(日) 23:07:07 XlvZvzIY0
ここまで書いたら逆に気になるので投下したらどうでしょう?破棄はもったいない!


147 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/25(月) 23:20:03 TsaV/2lo0
ミッコ、ツチヤで予約します


148 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/26(火) 00:59:29 ivw6eVwM0
少し遅れましたが投下します


149 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/26(火) 01:01:04 ivw6eVwM0
「はぁっ、はぁっ」

走る。走る。ひたすらに走る。
見るのは前だけ。後ろを振り向くと恐らく……やられる。
嫌だ。死にたくない。
まだまだ生きたいのに。
やりたいことはたくさんあるのに、こんなところで死にたくない。
夢であってほしい。継続での日常に戻りたい。

そう思いながら木々の合間を駆け抜ける。方角も何も分からないまま、ひたすらに。

窮鼠猫を噛むとはよく言うが、実際に窮地に立ったネズミは本当は何もすることが出来ないのではないだろうか。
そう思えるほどに怖い。何も出来ない。鞄から銃を取り出して打ち返す余裕もないし、そんな覚悟すらない。

殺すことを是とする人間は恐ろしい。所詮弱肉強食。弱いものは狩られるのだ。
そんな弱いものにでも出来る唯一の抵抗が逃げる事だ。
諦めずに逃げる。逃げる。逃げ続ける。相手が諦めるまでそうするしかこちらに選択肢はない。


何百メートル走っただろう。依然として背後からの足音は消えない。
銃声が聞こえないのは有効射程から外れているからだろうか。
それなら幸いだ。まだ、私にも生きのびる芽はある。
逃げる事ならばいくらでもできるのだ。相手が足の速い動物でく同じ人間ならば、私でも逃げ切れる可能性はある。

だから、ひたすらに逃げる。
それだけだ。


150 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/26(火) 01:03:43 ivw6eVwM0
◆  ◇  ◆

三十五人中三人。
『殲滅戦』の決着がついたとき最大で生き残れる人数だ。

自分を入れると他には二人。
自分を抜いても他には三人。
決して多くない。生き残れるのが一人にならなかっただけいくらかマシかもしれないが。
とはいえ、やはり生き残れる確率は非常に低い。

ならば生き残れる三人を選ぶなら誰か。生き残ってほしい人物の顔をもわもわもわと頭に思い浮かべる。

一人は圧倒的カリスマ。どんなに辛い戦いでも自分を導いてくれたドゥーチェ。
一人はムードメーカー。どんな時でもノリと勢いは忘れないアンツィオを体現したような存在だ。
一人は幼馴染。戦車道大会で久々に再会したり大学選抜戦で共闘したり、切っても切れない縁でつながっている。

三人。それ以上は生き残れない。ゆえに思い浮かべたその中に自らの姿はない。
三人とも自分の命より大切な存在だ。誰が死ぬのも見たくないし、そんなことを考えるのも嫌だ。
だから『殲滅戦』が行われてしまうのなら、この三人に生き残って欲しい。

勿論、こんな馬鹿げた殺し合いに真っ向から対立する方法もある。そうすれば三人と言わず参加者は皆とりあえず生き残れる。
ただ、それはあくまで一時的なものだ。相手を考えなければいけない。
何を相手にしているのかと言えば文科省――国なのだ。
国に対して反抗し、一時的に全員で勝ったとしてもその後に幸せな未来が待っているはずがない。
それこそ戦車でも出されて、殲滅戦第二ラウンドでも行われてしまえば私達は終わりなのだから。
そう。そうなれば結局皆殺しなのだ。それでは意味がない。


そうなってしまうなら、言い方は悪いが殺したほうがマシだ。
……いや、殺すしかないのだ。誰かが『殲滅戦』に乗って、人を殺さなければいけない。
誰かがこの役を引き受けないと結局全員死ぬのだから。


151 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/26(火) 01:06:55 ivw6eVwM0
「すぅ――――はぁ――――」

深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
もう、今までの自分はいない。優しい自分とはさよならだ。

吐く息に過去の自分を、吸う息には未来の自分を乗せて。
目を瞑りイメージして自分という存在を入れ替える。
自分は人を殺すのだ。そこに情けも何もない。
あるのは殺人鬼と化した自分だけだ。

手を汚すのは自分だけで十分だ。なんなら全部自分で終わらせてやる。
これは仕方のないことなのだから。そういう風になっているのだから。
それは生きるために人が動物を狩ったのと何も変わらない。罪悪感よりもむしろ感謝を覚えているはずだ。誰も彼もそう。
アンツィオだって食のおかげで生きている。植物のそして動物のおかげで自分たちは生かしてもらうことができ、そして戦車道大会にも出られたのだ。
今回の『殲滅戦』はその生命の連鎖の中に人が加わっただけなのだ。

命の重さは平等だ。だからこそ、皆生きるために知恵の限りを尽くす。動物であっても人であっても。
今から自分がするのは人を狩る、それだけなのだ。仕方のないことだ。
弱肉強食の世界で、生き残るには狩るしかないのだから。おかしいだなんてことは、決してない。
おかしくない。大丈夫。殺すのだ。


――カサカサ、カサカサ。

突然目の前の木々が音をたてる。同時に人影が目に入る。
思考が中断する。あの人影は誰だ。
敵ならば狩らなければ。

私は狩猟者。私は狩猟者。
生き残るためには仕方のないこと。

撃つのをためらわないように、暗示のように繰り返す。一歩間違えれば死ぬのは自分なのだから。

――ガサガサ。ガサガサ。
音が近くなる。
これでひょこっと出てくるのが知っている人間だったらどれだけ良いだろうか。
ドゥーチェ、ペパロニ、たかちゃん。その三人なら撃たなくても良いのに。


152 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/26(火) 01:13:09 ivw6eVwM0
……と今更ながらに気づく。
もし、その三人が別の誰かとチームを組んでいたらどうする。
もし、その三人が私と敵対したらどうする。

カルパッチョに迷いが生じる。平時なら冷静に判断することも出来ただろう。
しかし今、目の前には何者かがいる。次の行動を誤れば自身の、強いては守るべき友人の命にもつながるのだ。
誰が出てくるのか。撃つのか。撃たないのか。組むのか。組まないのか。

ガサガサッ。
もう十五メートルほど前までその人影は来ている。
決めなければ。決めないと……

タタッ。
少女が現れる。
見慣れない軍服を着ている。どこかで見たような記憶もあるがあまり定かではない。
見たところ、単独行動のようだ。
……ならば撃つか? いや、撃たなければ。生き残るためにも撃つしかないのだ。
しかし、意に反して体は動かない。先ほどまであれだけ人を殺すと決めていたのに。
迷ってしまったから、動けない。

「あ、あの……」

恐る恐ると言った感じで少女が話しかけてくる。
一歩一歩こちらに近づいてくる。
一歩。また、一歩。
もう距離は十メートルほどしかない。

――撃つしかない。
背嚢から急いで銃を取りだす。こんなことなら支給品の確認をしておけばよかった。
急いで取り出した銃はテレビでよく見るリボルバーのついたものだった。これなら引き金を引けば撃てる。
ここまでは想定した通り。銃を少女に向けて構える。
後は引き金を引くだけだ。それで終わる。


――が、照準が定まらない。
一度迷ってしまったから。殺すことをためらってしまったから。
ましてやカルパッチョは装填手だ。弾を撃つことに慣れていない。
いつも砲手はこんな緊張感の元で弾を撃っていたのかと感動すら覚えてしまう。
それほどに、手が震える。
早く撃たないと逃げられてしまう。
撃たねば。
早く。早く。早く。早く。


153 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/26(火) 01:23:05 ivw6eVwM0
バァンッ。


銃声が鳴り響く。
撃った。撃ってしまった。
――なのに、目の前の少女は無傷のままだ。
なぜ。と考えるも明らかだ。
外したのだ。

弾はアキの遥か上を通りすぎ、そのまま奥の木々に当たり葉を揺らしていた。
残ったのは発砲音の名残と硝煙と、そしてアキに向けて銃を構えたままの彼女自身だけだった。

「あっ……」

目の前の少女が声にもなっていない声をあげる。そして、くるっと方向転換したと思うと全速力で駆けだした。
そりゃそうだ。自分でもいきなり撃たれたら逃げるな、なんて他人事の様に呑気に考えてしまう。


――追わなきゃ。

我に返って一番最初に思い浮かんだのがそれだ。脳がそれだけは理解している。
自分は発砲してしまった。まだ、その重い反動が手にも残っている。
撃ってしまったのは紛れもない事実なのだ。そして、外してしまった。
これで自分は殺人者として認識されてしまった。
だから、殺さないといけない。殺さないと、死ぬのは自分なのだから。

そして、反芻する。
人を殺すのは悪いことじゃない。生き残るには仕方のないことなのだから。

大丈夫。
今度こそ殺せる。


そう何度も何度も自分自身に言い聞かせたあと、彼女は少女を追って森の中へと駆け出した。


154 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/26(火) 01:26:18 ivw6eVwM0
【B-6・森/一日目・朝】

【カルパッチョ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 S&W M29(装弾数:5/6発 予備弾倉【18発】)
[道具]基本支給品一式  不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:アンチョビ、ぺパロニ、カエサルを生き残らせる。それ以外は殺す。
1:アキを追って殺す。
2:殺すのは悪いことなんかじゃない。仕方のないことだ。

【アキ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:何事もなく、日常生活に戻りたい。
1:カルパッチョから逃げる。

[装備説明]
・S&W M29
306mm 1396g。装弾数6発。
.44マグナム弾を使用するアメリカ製の 回転式拳銃。
44マグナムの激烈なパワーは同時に強烈な反動も生み出す。
中型獣から大型獣までをカバーできる性能を発揮できることを想定して開発された。
「対人用」として使用するには威力が大きすぎるため、米国では公的機関の執行官が携帯する武器としては、禁止されていることが多い。


155 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/07/26(火) 01:29:42 ivw6eVwM0
投下を終了します。
タイトルは『狩猟者の資格』です。


156 : 名無しさん :2016/07/26(火) 01:48:06 t9zdtWDs0
投下乙です。なんつーここで切るかあ〜な良いキラーパス、そして近くには秋山殿とエリカ……嫌な予感しかしませんね……

カルパッチョの、まあこいつマーダーだろうな感、アキの追われるのが似合う感、いいですね

個人的には、三人の選択肢に自分が入ってないところが普通のマーダーと違って、
狂ってるけど、少しやさしくて(そして少し病んでるっぽい)カルパッチョらしくて好きです。


157 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/26(火) 08:46:30 sSESKot60
すみませんが感想はまた後程……

磯辺典子、ホシノ、クラーラで予約します


158 : ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 20:20:51 rwdDPUuc0
すいません、SS自体はできあがっていますが、パソコンの調子が悪く投下できる環境ではないので、期限が過ぎてしまいますが、少しのだけまっていただけると幸いです。


159 : ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:12:00 R/Pmzib20
投下します。


160 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:12:34 R/Pmzib20
どこか古めかしい、かつては人々が細々と暮らしていたであろう町並が広がっている。
閉鎖される前は車が通り、人々が行き来していたであろう大きな道も今では人っ子一人見当たらない。
否、一人いた。往来のど真ん中でマイペースに現状の不確かさに憂いを抱いている少女が此処に。
少女――ペパロニはうへーと何度目かもわからない溜息をつきながら、ぐったりと地面に座り込んでいた。
見上げた空はいつもと同じく明るく快晴。
朝焼けの青が目に染みて、思わず目を強く擦ってしまった。
目元がじんじんと鈍い感覚を訴えているが、そんなものは無視である。
自分は瑣末なことを気にするような細かい性格ではないし、直に元通りだ。
それにしても、今日は実に露店日和である。
いつものようにアンツィオ名物の鉄板ナポリタンを売るには絶好ともいうべき天気だというのに。

「はぁ、だっる」

別に、殲滅戦とかどうだってよかった。
おまえは何を言っているんだ、と例の顔を晒すぐらいにどうでもよかった。
今も、ただ漠然と、死ぬんだなあって朧げながらに思う程度だ。
話を額縁通りに受け止めると、生き残れるのは三人。
大体、学校の一クラス分が集められたというのに、生き残れるのはたった三人しかいない。
ざっと考えてはみたが、自分、姐さん、カルパッチョだけでもう枠が埋まってしまう。

(ウチらが全員生き残るってんなら、それ以外はぶっ殺さないと駄目とか冗談キツイッスね)

それ以外にもアンツィオの生徒がいたらこの計算はご破算だ、どうしようもない。
そもそもの話、他のメンツは何処にいるんだよって話だ。
渋い表情を浮かべ、ぐでんと横になる。
もうやってられない。まるで某ちょっとヤバゲなぶどうジュースを何本もラッパ飲みした時みたいだ。


161 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:14:02 R/Pmzib20
     
(もしかしなくても、他に誰もいないって展開、あるかもしれねーってことも……うーわぁ、だぁるだるッス)

これで、支給された持ち物の中に某ちょっとヤバゲなぶどうジュースでもあったらよかったのに。
こういう自棄飲みをしたい時にないというのは一体全体あの文科省役人はどこまで舐め腐りやがってるのか。
もし、最後まで生き残ったらファッキンファッキンと中指を立てて抗議する所存だ。
もちろん、ペパロニはバカなのでそこに至るまで、まあいっかと忘れてしまうのだが。

「つーか、いい加減出てこいよなー。後ろ、隠れてるつもりだけどバレバレ。
 いきなり襲ってこねーってことはノリノリヒャッハーでねーってわかっけどさぁ」
 
そんな全国お馬鹿選手権でもあったら上位入賞間違いなしのペパロニではあるが、肝心なことは絶対に外さない。
だからこそ、アンツィオの副隊長を任されるし、後輩達にも何だかんだで慕われるのだ。

「来ないってんなら、こっちから行くぜぇ?」

寝転がっていた身体を一気に起こし、その勢いのまま立ち上がる。
スカートの中身が見えるとかお構い無しだ。
ぐるりと振り返りつつ、腰に差したリボルバーを引き抜いて、銃口を気配のする方向へと向ける。
当然、弾丸は装填済だし、トリガーは指にかかっている。
どうだっていいとは言ったが、アンツィオに楯突こうっていうなら話は別だ。
自分達に危害を加える参加者に容赦をするつもりなんてなかったし、もし殺しでもしたら地獄の果てまでも追い詰めてぶっ殺す。
そう考えるぐらいには、彼女はアンツィオへの情がある。
特に、ドゥーチェと慕うアンチョビに傷でも付けてみろ。
ペパロニはその瞬間、狂犬と化し、このリボルバーで敵の風穴を開けるだろう。


162 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:14:39 R/Pmzib20
       
「……すいません、ご気分を害されるような真似をして」

数秒間の沈黙が過ぎ、建物の影から現れたのはペパロニからするとまあさして興味が無い人物であった。
一応全くの面識がないという訳ではないが、繋がりで言うとかなり薄い。
そもそも、自分は鉄板ナポリタンを売る以外で、そんなに他校の生徒と交流をたくさん交わしていないので当然とも言える。

「テメー、確か大洗の」
「はい、五十鈴華と申します」

五十鈴華。確か、大洗の主力チームのメンバーだった気がする。
何となく、うっすらとではあるが記憶にある。
あの最初の会場でぶっ殺された女子生徒と同じ学校なのだ、恐慌していきなり襲い掛かってくるかと思っていたが、幾分冷静に振る舞えるようだ。

「まー、いいや。ごちゃごちゃと言うのはダルいッス」
「そう言ってくださるのであれば、幸いです」

何を言おうとも、自分では彼女の内心などわかりっこない。だから、ペパロニは何も言わず、ただ吐いた溜息をちょっと抑えるだけに留めておいた。
とりあえずは出会っていきなり襲われるといった間柄ではないのだ、少し声のトーンを落として一息をつく。
構えたリボルバーも今は大人しく下げておこう。
自分らしからぬ動揺は相手にはまだ悟られていない。
こういうバーリトゥードは舐められたら負けだ、相手と自分のポジショニングを崩してはならない。

「そんで、どういったご用件で? 言っておくけど、テメーんとこの生徒はまだ誰一人として見てないッスよ。
 つーか、出会ったの、アンタが初めてだし。ご期待に添えられなくて、残念だったッスね。」
「そうですか。幸先良く出会えるとは思いませんでしたが」
「まー、まぁさ! 生きていたら会えるっしょ!!」
「そうですね。生きていたら、ですが」

それでも、しゅんとうなだれる華を見て、さすがのペパロニもちょっと申し訳なく思ったのか。
明るく声をかけるが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
こういう空気を読むというのは中々に難しい。
いつもは相方のカルパッチョだったり、アンチョビだったり、色々とフォローをしてくれるが、生憎とこの場にはいない。
自分に降りかかる物事は全部自分一人で解決しなければならないのだ。
それは普段の倍以上、神経を使わなくてはいけないことを意味している。
ああ、めんどくさい。口には出さないが、非常にめんどくさい。


163 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:16:16 R/Pmzib20
     
「つーか、アンタさ。これからどうするんスか。仲間を集めて〜って感じッスよね?
 あの場にはお仲間さんもいたことだし」
「ええ、そのつもりです。一刻も早く、合流して護らなければなりません。
 大切で、失いたくない。…………もう、元通りにはならないとわかっていても」

けれど、このままだと空気がまずい。
こんな状況でスカッと爽やかとまではいかないが、必要以上に重苦しくなるのは勘弁願いたい。
加えて、落ち込んだ要因が自分の不用意な発言なのだときたら、ここは挽回するしかあるまい。
めんどくさくても、後々良くなることが回ってくるなら、不要な努力ではないだろう。

「わたくしは…………どうしたらいいのでしょうね」
「ふぇ? 何がッスか? さっき言った通り、仲間と合流するんスよね?」
「ええ。仲間を集めて、それからの話です。
 そもそもの話、わたくし達はこの町から抜け出せるのでしょうか。
 首輪、脱出――万事が上手く廻った所で、その先が見えない。
 どれだけ考え抜いても、幸せな結末が見えないことが、怖くて怖くてたまらないんです」

出された弱音は聡明な華だからこそ、感じる不安。
目先の危難だけではなく、未来の不確かさがあまりにも大きすぎるのだ。
この殲滅戦を切り抜けた後、自分達は元の日常に戻れるのだろうか。
考え無しのペパロニでさえ、その言葉には何も返すことができなかった。

「それに、仲間を護る為に、人を殺してもいいのか。もしも、みほさん達に危害を加える人達がいると仮定して。
 わたくしは、許せる自信がないんですよ。大切だからこそ、失いたくないからこそ、過剰に想いを募らせてしまう」

否定など、ますますできない。
華の言葉にはペパロニも同意見なのだ。
もしも、アンツィオの誰かが殺されたと聞いたら、自分は烈火の如く怒り狂うだろう、と。
頭の悪いペパロニでさえこのような認識なのだから、彼女を嗤うなんてできっこない。


164 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:18:04 R/Pmzib20
    
「いけませんね、このようでは」

言ってやりたかった。拙い言葉ではあるが、自分の頭で考えて、下した返答を。

「正義とか、悪とか。そういう理屈は考えてもしゃーなしじゃないッスか?」
「――――えっ」
「だって、所詮は理屈じゃないッスか。幾ら考えても答えが出ないものを無理に結論付ける必要なんてねーってな」

だから、彼女の靄を吹き飛ばす一言を、ぶっ放してやった。

「それに、正直言うとッス。アンタの考えは別に否定する要素ないんスよね。
 こっちだって、ウチらアンツィオ以外はどうなってもいいし。
 ほら、身内が一番大事ってよくあることじゃないッスか」

これはペパロニが心から思う一言であり、嘘偽りは全く無い。
仲間を一番に置いて、何が悪いのだ。
人は無意識に優先順位をつけるものだし、それにケチをつけるのは全く持ってナンセンスだ。

「まー、結果がどうなろうとも、仲間を護るって想いに悪も善もないと思うんスわ。
 大事なのは後悔しないこと。悔やんでこうすりゃあよかったーなんて振り返らないこと」

だから、ペパロニは殺し合いでどう動くと聞かれたら、躊躇なくアンツィオの生存が最優先であると豪語するだろう。
深く考えている訳でもなく、ただの直感的判断。
他者から見たら愚者の行動と思われてもおかしくはない感情的行動。

「グチグチと理屈を並べてる余裕があるなら、行動した方がいいってな」

それでも、ペパロニに後悔はなかった。
自分はアンツィオのペパロニだ。
後輩の姉貴分であり、アンチョビの妹分。
そのスタンスは殲滅戦においても絶対に変わらない。


165 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:18:56 R/Pmzib20
    
「そう、ですね。ありがとうございます、ペパロニさん」

言うなれば、此処が岐路であったろう。

「――――わたくし、決心がつきました」

瞬間、身体に悪寒が迸った。俗に言う直感というやつだ。
何故だか知らないが、その平坦な口調にどこか違和感を覚える。
少し儚げに浮かべる微笑は、今生の別れを想起させる。
嗚呼、これはヤバい。掛け値なし、一等に危険だ。
拳銃のトリガーを引く余裕なんてなかった。
なにせ、彼女の【腰に下げた異物】は自分の持つリボルバーとは比較にならないシロモノ――短機関銃なのだから。
滑るように、迸るように。ペパロニはその場を横っ飛びで離脱する。
態勢なんて気にしていられるものか、できるだけ遮蔽物のある所まで一直線に。

「っぶねーもん振り回しやがって!」

軽い音と共に、数秒前までペパロニがいた場所を弾丸が穿ち、貫いていく。
間一髪、民家の影に身を滑り込ませて弾丸の雨を躱し切った。
そのまま壁を盾にして、弾丸が届かぬ場所へと避難し、ようやく一息がつけた。
あんなもん身体に受けたらもうパスタを茹でられねえッスとか、どうでもいい思考をつらつらと並べ、ペパロニは冷や汗を垂らす。
幸い、乙女の柔肌には傷一つつかなかったが、一歩間違えていたら今頃あの世行きであっただろう。
この時ばかりは自分の直感に全面感謝だ、これからもどんどん信じていこう。

「後もう一歩で死んでるとこだった!!!!」
「ええ、殺すつもりで向けましたので」
「開き直りとは質が悪い……ハッ、決意固めるの早すぎじゃないッスか?」
「ペパロニさんのおかげです。友と、明日の為に、わたくしは動きます」
「そいつはすごい。ったくもう、余計な一言で背中を押しちまったみたいッスねぇ」

にこりと典雅な微笑を浮かべる華を見て、とんでもない地雷を踏んでしまったことを嫌でも理解した。
彼女の想い、後悔、決意。全部が理解できるだけに、面倒くさい。
最終的な決断を一押したのは自分なのだ、神様に懺悔して時を巻き戻せるならぜひともといった具合である。


166 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:19:15 R/Pmzib20
    
「仲間の為に、皆殺し――シンプルでわかりやすいことで。
 こっちに火の粉が飛んでこなかったらなおよかったッスけど」

さあ、どうする。
自分の鼓動、自分の血流を意識して、決めろ、と押し上げる。
自分なら、判断よりも速く、直感頼りに引き金を引けるはずだ。
考えるよりも速く撃ち、見るよりも速く予想する。
それができる自負はあるし、だからこそペパロニはアンツィオでも副隊長をやっていらえるのだ。
ほんの短い時間の中に、ものすごくたくさんのものを、戦車乗りは戦場で見て、覚えて、学ぶ。
もっとも、忘れっぽいペパロニが理解していることなんてただ一つだ。
敵はぶっ殺して、仲間を護る。思想的にはペパロニと華はとても、似通っていた。

「短絡的、と罵りますか?」
「まさか。さっきも言ったっしょ。ウチら以外がどうなろうが全く興味ないって。
 殺し殺され勝手にやっちまえっていうか、テメーみてーに無差別に殺す以外はほぼ一緒ッスよ?
 仲間以外を切り捨てるなんて当然考えてる事だし?」

赤の他人とアンツィオの面々。
天秤にかけ、どちらを取るかなんて決まりきっている。
自分はアンツィオのペパロニだ。
だから、同胞を護る。その為に、過激な行動を取る可能性も否定はできない。
ただ、自分がそうやって敵を作っていくと、アンチョビ達に迷惑がかかるかもしれないのだ。
いつもみたいにアホ面で突撃は今回は封印である。
出来る限り、細心の注意を払って行動をするなんて、初めてだった。


167 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:20:32 R/Pmzib20
     
「そうですか。わたくし達、気が合いますのね」
「その物騒なモノがなかったら、ダチになれたかもな」
「ですが」
「けれど、だ」

もっとも、その過程で敵対してくる少女がいたら容赦はしないけれど。

「一番はあんこうチームの皆様ですので」
「一番はアンツィオの奴等だから」

相対する奴は優先順位で言うと、格下だ。
それは華も変わらず、以心伝心言わなくても伝わる事実である。
ペパロニははっと軽く笑って、華もくすりと薄く笑う。
それだけで十分だった。自分達が殺し合う理由なんて、仲間の為というちょっとの言葉で片付けられる。
陳腐で青臭くて、瑞々しい想いだ。
今頃、文科省の役人が手を叩いて見ているのだろう。これこそが殲滅戦の縮図である、と。

「死んでもらいます、ペパロニさん」
「ぶっ殺すぜ、五十鈴華」

思いが強い方が勝つのではなく、実力と運と、ほんの少しの蛮勇。
これは、正義の味方様が誰も彼もを救う王道物語ではない。
お互い、幸福な結末は絶対に訪れないこともわかっている。
殲滅戦なんて惨劇がない世界がもしかしたらあったのかもしれない。
手を取り合って協力するといった可能性は絶対に存在した。
だって、自分達はこんなにも友人のことを想えるのだから。

(って威勢よく啖呵を切ったとはいえ、あんなん相手に真正面からは無理ッスよね)

ぎゅっと、手を握る。死ねない、何が何でも生き残るのだ。
尽きかけた運を無理矢理に引き寄せて、勝ちを拾ってみせる。
物陰からちらりと覗くと、銃口が此方へと即座に向いてくる。
華の指がかけられたトリガーは引かれない。無駄弾は撃たない主義なのだろう、弾切れを狙えないというのは非常に厄介だ。
しかし、戦の始まりにしては、外気は肌寒くて敵わない。
戦車に乗って熱く滾らせるものなんてないのだ、仕方がないのかもしれない。
大音量で咆哮を上げる戦車もおらず、街は静まり返っている。
静かで、寒くて、廃れきった、死街のように。
人通りも温かみもないその光景は自分達のバカ騒ぎを恋しくさせた。
センチメンタルな感情なんて自分とは無縁だったはずなのに、やはりいつもの調子はまだ戻らないみたいだ。
そんな中、朝焼けの光は赤々と降り注ぎ、いつもと変わらずに明るさを見せることにちょっとだけ腹が立った。
全てが麻酔にかかったような世界で、日光の温かみだけが肌にじんわりと伝わって気味が悪い。


168 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:21:03 R/Pmzib20
         
(恥ずいッスけど、ここは―――逃げるっきゃない)

逃げる。簡単に言ってみるが、あの短機関銃に背中を向けるなんてそれこそ自殺行為だ。
幾ら自分の足が健脚といえども、放たれた弾丸より速く走るなんて不可能だし、そもそも相手も戦車道をやっている以上、身体能力はそれなりに高いはずである。

(消耗は避けたいんスけどね。ま、どうにかなるか)

もしも、自分の支給品に【有能なブツ】が入ってなければ事態はもっと面倒くさいことになっていだろうし、自分は短機関銃にリボルバー片手に突撃していたかもしれない。
だが、今はそんなことをしなくても逃げれる手筈は既に頭に浮かんでいるし、確実性を求める彼女を撒けるだろう。
やることはゆっくりと距離を縮めてくる華に向けて、【有能なブツ】を放り投げる。
ただ、それだけ。一動作で終わってしまうぐらいに呆気無いものだ。
別に当てなくてもいい。投げ入れたという事実が重要なのだ。
大きく振りかぶって、投擲。それと同時に全力でダッシュ。
投げたブツがどうなったかなんて考える暇なんてない。もたもたしていたら自分にまで被害が被ってしまう。
振り返らずに。揺らがずに。ペパロニは大洗の町を疾走する。
正義でも、悪でもなく。自分の信じるものを護る為だけに。
自分の尊敬する人は全員を救うなんて言うとわかっていても、自分にはそんな高潔さはない。

「やってやるよ、殲滅戦。アンツィオ全員――ッ、生き残ってやる……!」

その過程で手を汚そうが、アンツィオの仲間は自分が護る。
これでいい。こうでなくてはならない。ようやく、自分らしさを取り戻してきた。
獰猛に、自分勝手に。自分はクソッタレな人間なんだ、どうせなら、笑ってぶちのめしていこう。
いかにも俗っぽい笑顔を浮かべて、黎明を乗り越える。
固まった決意を胸に灯し、ペパロニはスタートを切った。


169 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:21:55 R/Pmzib20
    












敵を逃がしてしまった。
非殺傷の兵器とはいえ、視覚と聴覚にダメージを与えるこの武器を無視する訳にもいかず、追撃をやめ、防御にあたったのは果たして正しかったのだろうか。
まだまだ未熟だ、と華は己を戒め、閉じていた目をゆっくりと開けた。
塞いでいた耳にもダメージはなかった。これで耳と目が使い物にならなくなったら洒落にもならない。
やはり、この先のことを考え、無理に追わず正解だった。

(さてと、どういたしましょうか)

五十鈴華はこの殲滅戦を許容した。誰かを切り捨てて、誰かを護り抜くという決意を固め、武器を人に向けた。
未だ、手は綺麗なれど、心はもうどす黒く汚れている。
仮に生きて帰れたとしても、あのひだまりにも、華道をつづけることもしないだろう。
自分はそれだけのことを今からやろうとしているのだ。

(わたくしの振る舞いはとてもじゃないですが、褒められるものではない。
 みほさんも、沙織さんも、優花里さんも、麻子さんも怒るでしょうね。
 こんなことをする必要なんてない、って。それでいて、わたくしを今までどおり迎えてくれて……)

そんな、甘くて温かい夢を見た。
未来に夢を見て、過去を懐かしんで。五人でずっといられる世界。
もう何処にもありやしない日常が、華の頭に過る。
世界はいつだって残酷だ。
取り戻せないと確定するや、尚更愛おしいものとして心の臓へと楔を打ち込むのだから。


170 : 黎明エンドロール-Cry for me,cry for you- ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:22:42 R/Pmzib20
        
「それでも、わたくしは決めました」

声に出して、改めて宣言する。
悪鬼羅刹となろうとも、華道の心を忘れようとも。

「生きてさえいてくれたら、いつか必ず――幸せになれるから」

大切な友人には生きていて欲しい。
辛いことも、悲しいことも。いつかは乗り越えられるって願いたい。

「大好きです、大好き、でした」

頬に伝わり落ちる涙を乱暴に拭い、華は少しだけ、嗤った。
今の自分は到底誰かに見せられない顔をしている。
鏡に映った己の姿を見て、真正面から向き合えるかと問われたら、無理だろう。
皆が大好きでいてくれた五十鈴華は、どこにもいないって気づいてしまうから。
彼女達が抱くであろう、反抗の決意に泥を塗ってしまうことを知っているから。
さようなら、と。呂律の回らない口で必死に呟いて。
華は戦うことを肯定した。後戻りなんて、必要ない。

「死なせないから、絶対に」

彼女達を思い出になんて、させない。



【E-3/一日目・朝】

【五十鈴華@フリー】
[状態]健康
[装備]イングラムM10、予備マガジン×?
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:大洗(特にあんこうチーム)を三人生かす。その過程で他校の生徒を排除していく。
1:友を護る、絶対に。

【ペパロニ@フリー】
[状態]健康
[装備]S&W M36、予備弾
[道具]基本支給品一式、スタングレネード×?、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:巻き込まれたアンツィオの面子を生かす。
1:アンツィオの面子と合流。
2:1の方針を邪魔をしない限りは他校に関しては基本的に干渉しない。もしも、攻撃をしてくるなら容赦はしない。


【イングラムM10】
バトロワでお馴染みの桐山和雄が使う短機関銃。
小さくて軽いといった要素から女子高生でも安心して使うことができる。
ただし、使用者の五十鈴華のことを考えると別にそんな心配はしなくてもよかった。

【S&W M36】
女性の護身用としても使われたらしいリボルバー。
小型で女性でも安心して使うことができる。

【スタングレネード】
爆音と閃光で相手を無力化する非致死性兵器。
ペパロニに何個配られたかは後続の書き手に任せます。


171 : ◆GTQfDOtfTI :2016/07/26(火) 21:22:57 R/Pmzib20
投下終了です。


172 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:50:10 dnIf1b8E0

投下おつかれさまです。
ペパロニも華さんも怖いですね。ペパロニは普段は気のいい女性で、華さんはおしとやかな女性。
二人ともマイペースなところは共通しているんですが、こういう事態になると素早く線引きができるという。
線の中にたいしては絶大な信頼をむけながら、外に対しては躊躇なく引き金をひけるんですね。
繰り返しになりますが、おっかないふたりです。

 ローズヒップ、西絹代で投下します。


173 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:51:52 dnIf1b8E0

ローズヒップは天真爛漫、自由気まま、そして粗野である。
なぜ彼女のような少女が聖グロリアーナにいるのだろう? 先輩方は彼女を許容できているのか。
学校の特色が露骨に出る戦車道において、この学校は彼女の個性を受け入れられないはずだ。
おそらくは折檻され、完膚なきままに叩き潰されて再構築させられるか、
もしくは、最早我々にふさわしくはない、と放逐されている可能性もあったはずだ。

 ……聖グロリアーナにダージリンがいなければ。

 ダージリンは、ローズヒップを枠に押し込めようとはしなかった。
ダージリンは彼女の腹心とともに、聖グロの生徒としてのある程度の礼節を、粘り強く教える。
ときに、いさめ、叱り、たしなめることはあっても、
ダージリンは、彼女の特色を決して消そうとはしなかった。

 ダージリンがローズヒップに将来的にどこまでの役割を期待しているのかは未だわからない。
ただ、今のところ、その育成方針は成功しているといっていいだろう。
いまや、ローズヒップは、快速戦車隊の小隊長を務めるまでに成長している。聖グロでも有数の力量の持ち主となった。

 そして、いいや、だからこそ、ローズヒップはダージリンに深い尊敬と敬愛を抱いている。
自らの素質を見抜き、そして道を示してくれる者に、好感を抱かないものなどいない。
ましてやローズヒップは、暴走癖はあるものの、根っこはとても素直な少女だった。
常に、恩ある隊長のために、何かできることはないかと探し回っているのだ。

 ――だから、この特殊な場所においても、ローズヒップのなそうとすることは変わらない。
殺し合い、その寸前に少女の首が飛ぶ、という現実を見せ付けられても、彼女は、
動揺や恐怖に押しつぶされることなく、ダージリンのために動こうとしている。

 起き上がってから荷物を見ると、ローズヒップは落ち着きなくうろうろしながらも、しばらく時を待つ。
それは、彼女を知る人物なら、驚く光景であったかもしれない。けれど、十分な時間が経過したころを見計らうと、
やっぱり彼女は、おもむろに砂を蹴って走り出す。頭の中には、やはりダージリンのことが浮かんでいた。 

 大洗の砂浜を、健脚を飛ばして北上する彼女、やがて、彼女の記憶にある場所にたどり着く。
それは大洗マリーナというヨットの係留所の下だった。ローズヒップは目当てのものを見つけた。
少しだけ乱れた息を、整えることもせず彼女は、ダージリンのために、あるいは仲間のために。
荷物から、彼女なりの手段を取り出すと、大きく息を吸って――


174 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:52:56 dnIf1b8E0



 大洗の通り、アスファルトの照り返しを感じながら、西絹代は目を覚ました。
ゆっくりと体を起こし、滲むまぶたを擦りつつ立ち上がり、鈍った頭を立て直すため大きく息を吸い――、

 ……現状を確認した。首元の首輪の感触を確かめる。中身は爆弾入り。生殺与奪の権は向こうに握られている。
周りに見えたのは、高校戦車道の方々だっただろうか? 先ほど……おそらく亡くなっただろうあの勇敢な方は、
大洗の生徒だ。彼女と同じものが首の周りにある。我々は殺し合いを強いられているのか。

 かもすれば、不安に打ちのめされてしまいそうな自己を、彼女は、自らの頬を張ることで戒めた。
あのような光景の中にあって、皆が恐怖の中にいるに違いない……。西絹代は知波単学園戦車道の隊長である。

 「知波単生……他の下級生たちを見つけなければ……。皆、不安がっているだろう」
 
 突然わけのわからない説明をされたかと思えば、人、それも今まで日常の一部として動いていたものが殺されたのだ。
不安から錯乱、疑心暗鬼に陥ってしまって、あの役人の口車に乗ってしまう可能性は否定できない。
ともすれば、隊長としての義務を果たさなければ、ほかの隊長たちも混乱を沈めようと動いているに違いない。

 西絹代は、少し軽率で人の話を最後まで聞かないきらいがあったが、規律に厳しい知波単の隊長を務めるだけあり、
高潔にして単純、公の秩序と美徳を守り、どのようなときにおいても人を傷つけることをしてはならない。
高い倫理観も備えていた。彼女はこの状況下の恐怖を義務感と義憤によって押し込めた。再び深呼吸をする。

 九九式背嚢を漁る。すぐさま移動したい気持ちはあったが、今の自分はまったく冷静ではない。
昨年までのように闇雲に突撃精神を発揮するわけには行かない。またいつものように自滅を呼び込む。
そしてそれは、滑稽な人生の終焉だ……。彼女は無心に腕を動かした。動揺の波を消そうとした。

内容物は、野営具から飲食料まで、それに……
野営具は一通り使用経験はあるが、場所を選ばねば目立つこと極まりないだろう。
飲食物は、食料は数日分あるが、飲料は心許ない。どこか安定した供給先、水道が生きていればいいのだが。
その他望遠鏡等。修羅場に陥った際にすばやく取り出せるように整理、点検しておこう。

 彼女はまた深呼吸をした、頻繁に酸素を取り込みすぎたせいでクラリとした。
……もしも、彼女には想像したくもないことだった。疑心暗鬼から戦友たちに襲われたら?
無抵抗でやられるわけにもいかない。それは両方にとって不幸だ。逃走、もしくは制圧の備えは不可欠だろう。

 彼女は武器を取り出し、それをまた一通り点検すると、深く目をつぶって黙りこみ、現実を咀嚼した。
いよいよもってここは、戦場に仕立て上げられたようだと思った。彼女は自らの心が存分に揺さぶられたので、
他のものたちも、見ているうちに平静ではいられなくなると思った。……考えるのはやめて彼女は、残務がないか確認する。

 情報……そうだ、情報が必要だ。地形と場所の把握、いくらかの禁止行為も存在するだろう。
参加者名簿もあるかもしれない。確か団体を組めるとも言っていた。もろもろをぴーでぃーえふなる、なる……


175 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:53:29 dnIf1b8E0
 「ぴーでぃーえふってなんだろう……」
 
 ことここにいたって西絹代は、多大な不安に襲われた。
あの役人は、確か、携帯端末に情報を配信するといっていた。
この携帯端末は、そうだ、電報が発展した固定電話を、文字通り携帯できるようにした携帯電話を、さらに高性能化したものだ。
目の前にある板のようなものがそうだろう。何、携帯電話は流通し始めていた。すぐに使い方ぐらい……ぐらい

 「き、起伏がない……。いったいどこで操作するんだ?」

 電源ボタンを押すだけでは起動しないところから、連打する、強打するなどの試行錯誤を重ねて、
彼女はやっとのことでスマートフォンを起動させた。しかし、彼女の前には依然として高い壁がそそり立っている。

 操縦桿のない飛行機をどうやって飛ばすのか?電探に優れた米英はついに思念波の利用を実用化したのか? 
拝んだところで何も動かず、指が画面に触れても錠前のようなものが出てくるのみである。
あの役人は不良品を混ぜたのだろうか。公平を喫するならば……あれに良心を期待してどうする!

結局、大いに時間と精神を最新型情報端末の前に削られた西絹代は、これ以上無為に時を過ごすわけにはいかないと、
戦略的転進を行い、速やかに移動を始めたのだった。


176 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:54:10 dnIf1b8E0

 朝陽から午前に向けて傾きだした日差し、照らし出された町は、
静粛に包まれて、丸ごと死んでしまっているかのような雰囲気だった。人の気配はせず、名残もまたない。
前回の公開演習の際も、人は退避していたが、ここまで異様な雰囲気はしなかったはずだ。
ともすれば呑まれてしまいそうな雰囲気である。特殊な状況が感じさせている部分もあるだろうが……。

ここはおそらく大洗の町だろう。しかし、本土に在るひとかどの町だ。秘密裏に住民を退去させ、武器を密輸、
多種多様な学校、比類なき警備を要する学園間も含めて、生徒たちを誘拐する。
この状況に我々を追い込んだあの役人は、いったいいかほどの権力を持っているのだろう。

 彼女は、再び視線を切って、深呼吸をした。落ち着くべきだ。今はそんなことは考えなくていい。
誰かと合流することだけを考えよう。……ただ、用心だけはしなくては、現在洋弓銃を右手に下げてはいるが、
銃との射程距離は比較にならない。機関砲などを持ち出されては成す術もないだろう。

 交差点を曲がる。向こうに港から海を渡って水平線が見え、左手に大洗アリーナが見える。
空は快晴、こんなときでもなければのんびり散歩でもしたくなるような様相、海鳥の声が響いてきそうだ。

 大洗港大量に係留してあるヨットの側、人影がある! かろうじて髪の色が判別できる距離だ。桜色の髪の毛が海風に揺れている、背は並みの高さ。
息が上がっているようだ。何かから逃げてきたのだろうか。近くに他に人物がいるのだろうか、警戒を切らず、近づいて――
背嚢から何かを取り出している。あれは、何だろう。先端が末広がりになっている。あんな形の、あれは、武器?
こちらに向けている。まずい、狙われている。あたりに、遮蔽物は……遠い! 間に合うか。

 ピンク髪の少女が大きく息を吸う、いったい、何をしてくる――

 『ダー―ヒュオーン―様ー! ど―ポヒュン、ヒュイーン―で―ヒュン―のー!』

 『キン―たくし、ロー―ヒューン―ですわー! ここ―キイーン―ヒュン―わー!』

 『おろろろろろろ? なんか変ですわ。まったく調子が悪い……あら、直りましたわ!』

 『ダー―ヒュイーン―』

 「あのー」

 『なんで―ヒュン―のー!』

 「拡声器は口を遠ざけ音量を下げた後、あんまり怒鳴らないようにすれば反響音が消えますよ」

 『あー、あー、あー!』

 『出ませんわね! ありがとうございますわー!』

 「うっ、も、申し訳ない、できれば、拡声器で返事はしないでいただけると……」

 『アッ』

 「ごめんあそばせ! 気がつきませんでしたの」


177 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:55:41 dnIf1b8E0
 大洗マリーナから大洗リゾートアウトレットにまで彼女たちは走った。いや、どちらかというと有無を言わさず駆け出した
ローズヒップを西絹代が追いかけたのだが。ローズヒップはアウトレットについても、せわしなく何かを探し回っている。

 「何か、探して、いらっしゃるのですか?」

 西絹代は息も絶え絶えになりながら尋ねる。突然遭遇して、突然大声を出されて、突然駆け出されて、
先ほどまで考えていたことが、全て吹っ飛んでいってしまった。
確か、ローズヒップと言っただろうか、彼女の名前は。彼女は、今、冬眠明けの熊というには機敏すぎる動きで、
うろうろと何かを探りまわっている。

 「おっかしいですわねー。前に来たときにはあったはず」

 「ローズヒップさん!」

 「はいですわー。あなたは、えーっと……知波単の隊長の」

 「西絹代であります。ローズヒップさん……でいらっしゃいますよね?」

 そうですわ、私こそが聖グロいちの俊足、ローズヒップですわー! 元気よく彼女は答える。
まるで、場所がわかっていないような振る舞いだった。 遠めに見ていたときから元気な少女だと、西は思っていたが、
面と向かって話してみると、聖グロリアーナの生徒らしくないというか。どちらかと己の出身校同じ様なものを感じる。

 「前に来たときはこの辺に自転車があったのに」

 「銀輪、でありますか?」
 
 その辺にある銀輪を勝手に使ってしまっていいのだろうか、窃盗に当たるのでは? いや、そうではなくて。 
そういえば、これまでに歩いてきた道に放置された銀輪はまったくなかった。ぼんやりと感心していたが、
あれはおそらく、こちらの高速移動手段を縛るためだったのだろう。
ローズヒップはしばらく探し回ったが、どこにも見当たらないようだった。西は彼女におそらくは自転車は使えないと伝える。


178 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:56:32 dnIf1b8E0

 「マジですの?」

 「ええ」

 いけませんわー。ローズヒップはがっくりと肩を落とした。けれどもすぐに立ち直ると、
別の移動手段を考えなければならないと、立ち上げって行動を始めた。
西は彼女の背に向かって、あわてて問いかける。さっきは反響音の消し方について言ってしまったけれど、
もっと根本的なことを言わなければならなったのだ。 

 「ローズヒップさん、なぜ先ほどは拡声器を?」

 「もっちろん! ダージリン様と合流するためですわ!」

 西絹代は目をあんぐりとした。彼女の部下が彼女の顔を見たならば、一様に驚くだろう表情だった。
しかし、それほどの驚きだったのだ。聖グロリアーナの生徒が、ここまで突撃を伝統とする自分たちが言えたことでないが、
いや、本当にいえたことではないが、あまりにも考えなしすぎるというか。

 「言わせていただきますが、ローズヒップさん。それはあまりにも危険ではありませんか?」

 「……? なぜですの?」

 「我々は殺し合いの場にいるのです! 危険人物に囲まれる可能性が――」

 「ですが、人も集まりますわ。私が陽動として敵をひきつけている間に、数の差でとっ捕まえればよろしくて?」

 本当に本当に自分たちが言えたことではない、言えたことではないが、どこからこんな自信がわいてくるのだろう。
突然、目の前で人が殺され、自分の生命を首輪で握られ、殺し合いを強いられているというのに、
彼女はどうして、こんなにも楽観的でいられるのだろう。西は、ついに激して、その口をひらこうとして――

 「だって、あの時あの場所にいたほとんどの皆様はダージリン様が助けようとされて、ダージリン様が集められた方々ですもの」

 「ダージリン様が信じられた人々ですわ。だから――誰も殺し合いになんて乗りませんわ」


179 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:57:28 dnIf1b8E0





 西絹代はその言葉を聞いたとき、今度こそ呆然とした。しばらく意識がどこかに飛び、
ローズヒップが怪訝な顔つきになるまでぼんやりとしてした。そうして意識が戻ったとき、彼女は無言でツカツカと近づいた。
それは、ローズヒップが気圧されてしまうほどの威圧感を纏っていたが、西はそのまま直進し――拡声器をひったくった。
そして、彼女は、大きく息を吸い込む。……息が響いていくほどに。

 『あーあー。こちら、西絹代! 西絹代です! さきほどは、皆さんを驚かせてしまい、申し訳ありませんでした!』

 『さきほどは、あまりにも性急な行動でした。えー、皆さん、いまだ不安でしょう。 本当に申し訳ありません!』

 『これから、私とローズヒップ女史は、ダージリン殿との合流を目指し高速で移動いたします!』

 『皆さんも、まずは性急に行動するのではなく、まずは気の置けない仲間と合流して、それからよく考えましょう!』

 ブツ、という音を立てて西は拡声器の電源を切った。顔には大量の汗が滲んでいる。
今度は、ローズヒップが驚愕に呆然とする番だった、何か言おうとするその口を機先を制して、西が声を出す。

 「ローズヒップさん!」

 「ひゃ、ひゃい! なんですの!」

 「ローズヒップさんは性急すぎです! 確証もないのに自身を危険に晒すような真似を!」

 「す、すみませんわ」

 「もっと御身を大切にしてください! さあ、走りますよ!」

 「え、ええっと、どこへ……?」

 「決まってるじゃありませんか、ダージリンさんがいそうな場所です。参りましょう!」

 今度は、走り出した西をローズヒップが追いかける番だった。ローズヒップが追いついて横並びになっても、西は走るのをやめない。
揺れる艶やかな黒髪と、元気よく撥ねたピンク髪が、並んで道を走り去っていった。


180 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 21:58:11 dnIf1b8E0





 ローズヒップはダージリンのことを敬愛し、尊敬している。それは、まっさらな信仰だった。
西絹代がローズヒップの言から、その純粋なる信頼の一端を感じ取ったとき、彼女は何よりも恐れを抱いた。

 彼女は、ダージリンを信じていて、信じているからこそあの行動をとった。けれど……。
この場所にある、殺意、悪意は、彼女を簡単に飲み込んで、潰してしまうだろう。
そうして、下手人は、周りの人々は、あるいは、全て終わったあとで、知った人は――言うのだ。

 彼女は阿呆だった!

 知波単の伝統は突撃だ。だから皆こぞって突撃しようとして、これまでいつも鴨撃ちにあって来た。
仲間は皆満足していたけれど、内輪を外れたところ、他校から評論家までは、みんな、呆れていたのだろう。

 私は、彼女の思いが外から汚しつくされ、皆が侮蔑を浴びせかけるようにはしたくない。

 ……おそらく、あの人は、ダージリンは、ローズヒップのこういうところを気に入って側においてるに違いない。

 彼女はきっと、ローズヒップの信頼を汲み取ってくれる。 西絹代は腹を括った。

 だから、私は、西絹代は、ローズヒップさん、あなたを、無事に――

 ――ダージリンさんのところまで送り届けて見せます。


181 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 22:03:27 dnIf1b8E0
【D-5・港/一日目・朝(午前寄り)】

【ローズヒップ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服
[道具]基本支給品一式  不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:ダージリンの指揮の下、殺し合いを打破する
1:西さんとともにダージリンを探す。



【西絹代@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 
[道具]基本支給品一式 小型クロスボウ 不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを打破する。
1:ダージリン及び知波単の生徒を探す。
 2:ローズヒップをダージリンの元に無事に送り届ける。


周辺エリアに拡声器の音、ローズヒップの声、ちょっと後に西さんの声が響き渡りました。

 [装備説明]
・小型クロスボウ
別名ボウガン、矢を弦にセットし、ばねの力で弾き飛ばす。
射程はそこまで長くはなく、連射も女子高生には厳しいが、ほとんど音を出さずに発射できる。
また、暴発の心配もない(弓なので)


182 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/07/26(火) 22:05:19 dnIf1b8E0
投下終了です。

タイトルは
暴走銀輪
でお願いします


183 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/27(水) 08:32:49 oaNDttxQ0
皆様、投下乙であります!

>ペパ華
華さんはなまじ賢いから、分かっててやってんだよなぁ、そこが悲しい。ペパロニの言葉、よかったけど迷ってた方向が違った華さんはそっちに覚悟しちゃったかー。
ペパロニも最初に出会っちゃったのがマーダーだと、もうなかなか他とは打ち解けられないだろうなぁ…と思うと少し悲しくなりました。
しかもカルパッチョは…。

>西ヒップ
おかしいぞ…西さんが賢く見える…!
いや、西さんは頭がいい設定なんだけども…
西さんが拡声器奪って叫んで走り去る流れ、かっこいいしめちゃくちゃ好きです。
あとローズヒップの純粋さが怖いって表現に妙に納得しました。ダジ様は彼女が聖グロにないものを持ってるって言ってたけど、このゲームだとあまりに真っ直ぐすぎる思考は怖い。当のダジ様が…って考えると、余計に。
あとなにより二人がとても、らしかったです。会話が音声再生余裕でした。



さて、枠はこれで残り1枠ですが、バランスを考えた結果と、好評につきあと4枠増やしたいと思います。(勝手言ってすみません)。
よってそど子入れて全体は40枠、残りの空きは5枠となります。

よろしくお願いします。


184 : ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:22:56 NdsWPXOs0
カエサル(鈴木貴子)、オレンジペコ、アッサム投下します


185 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:26:11 NdsWPXOs0

 ――――御陵衛士と新撰組の軋轢ぜよ。

 ――――まるで、ホロコーストだな。

 ――――徳川御前試合じゃないか?

「いや、ローマのコロッセウムだな」

 ――『それだ!』。

 等と、声が聞こえる筈がなかった。ある筈がない。
 風に棚引く赤いマフラーを押さえて、路上の鈴木貴子――――彼女の流儀に従うならカエサルは独りごちた。
 奴隷を集めて戦わせる。
 そしてそれを見世物とする。
 生き残るべきか、それとも死ぬべきか。
 パンとサーカスではないが、実に実に悪趣味で、実に実に過去にはあり得た話だ。

 だが、よりにもよって現代で? この法治国家で?
 確かに現実、リアルはリアリティを凌駕する。
 人の情熱は、憤怒は、嫉妬は、執念は――――得てしてありえないを呼び込むのだ。

 それにしたって、だ。
 大洗を罪人とし――。
 大洗に与したものもまた連座とし――。
 大洗に敗した大学選抜も見せしめとする――。
 だから自分達が集められた…………そう考えるべきか?

 だが、何故だ?
 ここが皇帝のいるローマ帝国ならば、かのカリギュラの如く個人の怒りが人々を粛清に追い込み屍を積み上げるだろう。
 だが、個人的な憤怒が機構を変革しないこの現代で……。
 たった独りの、一役人の激情が……街一つから人々を追いやり、手の込んだ爆弾を作り、学園艦を動かすことがありえるのか?
 だが……なら組織かと言われるとおかしい。

 変な話だが、確かにカエサルは――自分達は権力へと反逆した。
 大きな大きな金が動くものを、己たちの手で鎖を握って奪い取り、圧政への反旗を翻した。
 まるでかのスパルタカスの乱の如く。
 でも……大方の人々はこれを逆転劇やドラマとして――それこそ舞台劇の如く――拍手喝采で見送るだろうし、
 理性的なお偉方は大人が交わした書面の約定で黙ることになる。
 今まさに戦車道の世界大会を誘致せんとしているのに――――渦中の自分達を拐って殺し合いなど、どんな権力も許す筈がない。


186 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:28:09 NdsWPXOs0

「……ああ、クソッ」

 言って、首を振った。
 何とかかんとか――同じ学校の、戦友の死に理屈をつけようとした。
 理屈をつけて、歴史を紐解くかの如く『理解可能な』ものに落とし込もうとした。
 でも、できる筈がないのだ。
 仲間だ――――一緒に立ち上がった、一緒にあの戦いを乗り越えた仲間が。つい昨日までは喋っていた仲間が死んだ。
 飲み込めない。
 飲み込める大きさかそうでないのか判らないぐらいに大きくて――――落ち着けようがなかった。

「……はぁ、なんだっていうんだ」

 本当に、悪い冗談みたいだった。
 笑い飛ばせたらいいだろうが、笑ったら最後不安に屈して泣きそうになるだろう。
 だから弱音は吐けない。
 それにしたって――――本当にそれにしたって――。

 色々と思い浮かぶ。
 死んだ彼女と、その家族。その友人。
 自分自身と、その家族。果たして娘がこんなことに巻き込まれていると知っているのか。
 それとも知らないで、今頃朝食でも囲んでいるのだろうか。
 或いは最悪――――本当に最悪、あの役人に何かされてやしないだろうか。
 想像すると、思わず嗚咽が込み上げて来そうで首を振った。

 友人たちも皆この場に集められてる。それが殺し合う?
 ……信じたくない。
 廃校を助けに来てくれた彼女たちと銃で撃ち合う?
 ……できる筈がない。
 戦車道だ。ただの戦車道という競技だ。それしか知らない。

 空手は確かに武道だが、だから空手家を集めて殺し合いをしろと言ったらむくつけき男たちは有無を言わさず殴り合うか? 喜び勇んで恐怖を感じずに戦うか?
 有り得ない。
 有り得ないだろう。
 そんなことが、有り得る筈がない。
 殺し合うとか、どう立ち回るとか、如何に皆で手を取るかとか――――そんな以前の話である。
 信じられるか? ……信じられない。


187 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:30:16 NdsWPXOs0

(……ここにいると、なんだか狙われてるみたいだ)

 幻覚的な視線を感じて落ち着かない。
 近くの民家に誰か潜んでいる気がしてならないし、或いはいつ曲がり角から人が飛び出してくるか判らない。
 ひょっとしたら、狙撃を受けるかもしれない。
 戦車という鋼鉄の鎧があるなら落ち着いたかもしれないが――今はやけに背中が涼しく、何度もあたりを振り返ってしまう。
 神経が過敏になっていると、彼女自身自認していた。

「賽は投げられた……か」

 すでに始まってしまっている以上、何が起きるかは神のみぞ知るものであるし――話は動き出している。
 どうにも堪らない。
 四方八方が死神の手を伸ばそうとしているかのようで、手近な店の中に逃げ込んだ。
 民家を選ばなかったのは、遠慮があったのかも知れない。

「あ」

 そして――出会ってしまった。
 奇妙な沈黙。
 大きな黒いリボンで金髪を後ろに括る少女と、赤いマフラーを棚引かせたカエサル。
 暫しの硬直の後、

「聖グロの……えーっと……」

「アッサムです。そういう貴女は確か大洗の……」

「ああ、私は……」

「鈴木貴子さん」

「……カエサルだ!」

 というか『何故本名を知っている!?』と叫びたくなった。
 自分の素性が知られているという妙な緊張感が、カエサルに余計な警戒心を抱かせる。
 思わず後退りそうになるそこで、おもむろに掲げられた左手。何もないと露にした手のひら。
 一方の右手は、背後に隠されている。
 退くべきか、押さえ込みにいくべきか――――考えながらも腰が引けているカエサルの前に突き出されたのは……。 

「……プラモデル?」
「にも見えますけど、武器のようですね」

 投げ渡されたのは、パックに入ったプラモデルのような金属製の金枠と部品。


188 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:32:43 NdsWPXOs0

「これが……」

 外枠に縁取られた中に繋がったパーツを見れば、確かに組み上げたら銃にはなりそうではある。
 だが、こんな薄っぺらい武器があるのだろうか?
 踏んだだけで壊れそうなそれは、週刊○○を作ろうシリーズにも見えそうである。
 馬鹿げている。使えるとも思えない。
 そうこうしている間に、アッサムはカエサル目掛けて歩き出していた。
 やはり身構えそうになる目の前で、アッサムの手のひらに乗せられていたのは小さな道具。

「それで……ナイフはこれで」

「十徳……いや二十徳ナイフか?」

「十七徳ナイフだそうです」

 ほう、と手渡された道具を少し動かしてみる。
 メタリックグリーン。
 なるほど初めて戦車に触れたときのように――その豊富なギミックと道具の収納性の美にはどことなく心が踊るものがある。
 普通にしていたら相当高価である、というのも判る。

 ただ――――これはとてもではないが、武器とは呼べない頼りないものだ。

「最後にこれ……」

「無線機か…………無線機だって!?」

 ひょっとしたらこれで、外部の助けが呼べるかもしれない――。
 無線機は通常短距離しか繋げないが、アンテナなどを利用すれば遠くまで音を運べる筈。航空機と通信して爆撃を行う、というのも可能だったのだ。あれは映画だが。
 思わず無線機を握り締めるカエサルを余所に、

「制限してあるのか、特定の周波数しか使えないようで……」

「……はぁ」

 現実は、そう甘くはなかった。
 ここまで大がかりなことを仕掛ける相手が、そこに注意を払っていない筈がないだろう。
 何となく霧散した緊張感の中、カエサルは肩を竦める。


189 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:36:06 6l6ZNiWc0

 ……それにしても、だ。

「……凄いな。もう確認してるのか」

「念のため、でしょうか」

 念のため――――。
 その意味を問うまでもないだろう。流石のカエサルにも、彼女の言葉の意図が判った。
 思わず黙りそうになるそこで、打ち消すように口を開く。
 折角人に出会ったのだ。何かを話してなければ、不安に飲み込まれそうだった。

「……その、アッサムさんはどう思う?」

「どう、とは?」

「いや……その…………この……」

 タブーというものがある。
 言うのも憚られるという奴で、口に出すと良くないことがおきてしまうのではないかと――そんな風な想像が働いてしまうもの。
 カエサルのそんな思いを察したのか、アッサムは伏し目がちに頷いた。

「信じたくありませんが……用意は、必要かとは思います」

「用意?」

「身を守る為の……」

 アッサムは、とても戦闘ができそうな支給品を持っていないのだ。
 万が一――――もし万が一。
 肩を並べて戦った人間からそんなことをされるとは思いたくないし、されることは想像したくないが……。
 それでも何かの弾みでどうにかなってしまったときのことを考えるなら――アッサムの言う通りであると、彼女としても不承不承頷かざるを得ない。


190 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:37:43 6l6ZNiWc0

「判った。私も協力しよう…………気が紛れるだろうし」

「……ありがとうございます」

「それで、何をしたらいいんだ?」

 辺りを見回してみる。
 壁に並んだワインボトル。
 かと思えばスナック菓子や自転車の部品、電池、針金、調味料が並んでいる。
 逆の壁には統一性のないポスター。瓶詰めにされたピクルス。
 どうにも雑貨屋のようであるが……。

「ビスがあったら、組み立てられるんでしょうけど」

「ビスか……」

 果たしてこの雑貨屋にビスはあるのだろうか。
 などと考えながら、棚を漁る。外国製のキャンディーやあまりお目にかからないチョコレート。
 コーヒー豆は色々とあったが、コーヒー豆で守れる身体などないだろう。
 工具類がある以上は、この店にもビスがあるかもしれない。探し続けたらもしかしたら、程度であるが……。

「ここでは……難しいかもしれないな」

「……そうですか」

 また、重苦しい沈黙が訪れた。
 いっそ、自分の武器を渡しても――――と考えたところで、首を振る。
 大洗の為に救援に駆けつけてくれた彼女たちを疑うわけではない。
 だが、己の武器を渡していいというのは――それはあまりにも傲慢だ。致命的な傲慢だ。
 すでにチームメイトが一人、殺されているのだ。今度は自分の番じゃないとは――――そんなのは言い切れない。


191 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:39:09 6l6ZNiWc0

「アッサムさんは……どうするつもりなんだ? その、ビスを手にいれたとして」

「そうですね……」

 俄に考え込むアッサム。
 放ったカエサル自身――――その質問は、誰でもなく己に向けたものであった。

 ビスを探すのに付き合って……それから、自分はどうしたらいい?
 勿論、皆と合流したい。
 だけどももし――――仲間の誰かがこの殲滅戦を決意していたら?
 或いは余計に高い可能性として……すでに撃たれていて、それを目の当たりにしてしまったら?

「その、アッサムさん――」

 質問を追加しようとしたその時だった。
 空気の裂ける音と、破裂音。ビンの破片が並んでいくつも飛び散る。
 これは――裏口の方から、

「――っ、銃撃!?」

 どちらからの合図もなく、頭を伏せる。
 しゃがみこんだ顔の間近にワイングラスと立ち上るアルコール臭。
 発砲音はしなかった。
 だというのに裏口の扉に弾痕を刻みながら、銃撃が襲いかかってきた。
 消音器を、使用しているのか。


192 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:40:29 6l6ZNiWc0

「二人なのに仕掛けてきたということは……」

「相手も人数がいるか……それとも」

 強力な武器を持っていると確信しているかの、どちらか。
 穿たれたビンの数を見るならば、威力が小さな銃……とはとても思えない。
 身を屈めて、頷き合う二人。
 一旦窺っているのか、別のことを画策しているのかは知らないが――――銃撃は止んでいる。

 ならば、

「どちらにしても、ここじゃどうにもなりそうにない!」

「なら、外へ!」

「ああ!」

 クラウチングスタートのように、中腰から身体を跳ね上げる。
 電力の通っていない自動ドアのガラス戸は、銃撃によって既にその役目を終えていた。
 飛び越し、着地。脇目も振らずに出てすぐに、道を右折。
 ブロック塀を盾にすれば――――と考えたカエサルの耳は、奇妙に甲高い音を聞いた。

 そして走るその目の前――足元――通りすぎて気付く。
 見慣れない、深緑色の球体。
 そして、どこからか漏れた言葉。

「――ごきげんよう」

 その言葉の残響は、小さく掻き消されるだろう。
 直後に響いた、爆音によって。


193 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:43:08 6l6ZNiWc0

 ◇ ◆ ◇


「……簡単な仕掛けだけど、罠は成功したようね」

 回収に向かわないとと、アッサムは溜め息を漏らす。

 簡単な罠だ。
 携帯を分解する。そのバイブレーションの装置を取り除く。
 あとは携帯電話の回路の両端に、乾電池を繋げた増幅回路をつけて両極を作る――――極から放たれる電気が火薬に通電し発火させる。
 バイブレーションを仕掛けた目覚まし機能を利用すれば、時限式の起爆装置が出来上がる。
 現実のIED(簡易爆弾)にも利用される、安価で手に入る起爆装置である。

 予め筒に仕掛けたジャイロジェットの弾丸に通電。燃焼開始。
 溜めの仕掛けによって十分な加速を含めたそれは、目に見えない速度で推進して銃撃を行う。
 狂言の銃撃。なんたる欺瞞か。
 あとは自然な流れで共に逃げて、隙を見て爆殺するという――――何重にも仕掛けた、回りくどい殺害方法。

 回りくどい。判っているとも。

「ごめんなさいね。私としても手段は選んでられないので」

『アッサム様……今のは……』

 声の先の彼女に支給された無線機から――それと繋がったイヤホンから流れる声。
 協力者。
 スポッター。
 初めから、相手が誰かを理解してからアッサムは接触した。それを助けた監視員。

「そこまで聞こえましたか?」

『いえ、爆発が確認できました』

「そう。……直撃した筈よ。本当に……気の毒だけれど」

 曲がり角のそちらに、手榴弾を投げ込む。
 建物を壁にして生き残るというのは近接戦闘術として正しいし、破片手榴弾で脅威なのは爆風よりもその破片。
 一定の硬度があるものを盾にしていれば、生存は固くない。
 データからしたら十数メートルの範囲に入っていると重大な危険を免れ得ない。数メートルなら、尚更だ。


194 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:45:15 6l6ZNiWc0

「……ふ、ぅ」

 吐息を漏らす。
 見付けた参加者を罠に嵌めて殺そう――とオレンジペコに提案したのはアッサムからで、彼女はそれを飲んだ。
 だが、あくまでもアッサムはその罠を『自分がやるべき』と考えていた。

 確実性もある。
 責任感もある。
 同じだけ――――アッサムが流血を伴わなければならないのだ。

 己ながら、安い自己満足と代償行為であるとアッサムは自認していた。
 敢えて己を死地に置くことで、相手を殺す行為というのを正当化しようとした。
 己が殺される危険もあった。
 だから、相手を殺そうとした行為というのは対価を払っている――――

(なんて、言い訳よね。こんなの)

 ――そうだ。知っているのだ。調べ回って知っているのだ。

 大洗女子の多くはそれまで戦車道などというものは触れていないものばかりだと。
 だから、自分が殺される危険というものも少ないのだと。
 勿論、相手が錯乱して突発的に襲いかかる可能性も考慮はしていたが――――それでもだ。
 それでもアッサムは、心のどこかで自分が死ぬことはないと理解していた。

 対等ではないと思いつつも、それでも対等のようなものが欲しかった。
 だから、回りくどく遠回りに殺害を敢行した。
 どこかで綻びがあったのなら――――食い違いがあったのなら、成功どころか己の命もないと。
 人を殺すのを慰める、大義名分が欲しかった。自己満足が欲しかった。


195 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:48:10 6l6ZNiWc0

 戦車道は、殺し合いではない。
 だがそこにはある種の軍隊めいた上下関係に似たものがあるし、実弾をしようする以上他とは違う命の危険を思わせる爆音や震動がある。
 あらゆる権謀術数が飲み込まれるという――他の武道に比しても特例的な措置すらある。
 ほとんど何でもアリだなんて、他の武道にはない。言わば実戦。
 要するに戦車道には、ソフトな軍事関係――簡単な兵隊ごっことその下地がある。
 黒森峰などは、まさにそうだろう。

 泣くより、叫ぶより、嘆くより、何よりも――――前を見て戦う。

 だから廃校に瀕した大洗は、一般的な少女と違って同情に訴えるとか或いは民衆に助けを求めるのではなく――――己の手で勝ち取りにいった。
 その証左。
 だからきっと。だからこの場の人間はきっと。
 普通なら――――人を殺すのも、殺されるのも御免だと銃を投げて泣きながら震えるだろう。理解できぬと蹲るだろう。
 なのに――きっと戦う。

 或いは己の流儀を守るために殺さないと嘯き――。
 或いは仲間を守るためなら流儀など捨て置くと謳い――。
 或いはこの不当な戦いこそを真に妥当すべきであると立ち上がる。

 きっと他のどんな人間たちよりも。
 そんな領分や矜持、或いは合理や理論で戦いを飲み込むであろう。
 泣きながら、散発的な諍いの弾みやパニックだけで人が死なない。
 そのまま全員が死して終わらない。
 己の意思で弾倉を込めて、己の決意で遊底を引く。己の意識で引き金を弾き、己の殺意が弾丸となって致命に至る。

 だからこそ。

 だからこそ。

(……私も、殺す)

 怖いのは、こんな殲滅戦などは飲めないと団結して結束し隊列を為す牛の集団。
 そのまま全員が最悪の終わりを迎えるとしても――――集団の武力で反逆を撃つ。
 それで、この事件の仕掛人に逆らって、皆が生き残れる可能性は?

 怖いのは、己の戦友の為に人を殺す人間。
 一緒に生きて帰ろうとするなら、どんなに組んだところでそれは三名を越えず、どう戦っても同数での戦闘になる。
 だが――もしも。
 自分はいいから、友人だけでも生き残ってくれと願うものが居たら?
 その為に、殺せる限りを殺し尽くすという凶行を実行されたら?
 或いはそんな発想の人間が――――それこそ戦地で殿を務めるように、なんとしても西住みほを生き残らせると大洗が手を組んだら?

 西住みほでなくていい。
 自分の信じる人間の為にそれ以外を殺すという利害の一致が、我が身を顧みぬ死兵の集団を作ったら?


196 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:51:05 NdsWPXOs0

 それは脅威だ。脅威なのだ。

 故に、分断する。疑心暗鬼の目を育てる。
 最低限に、この三人だけは“自分が生き残る為にも”“仲間を生き残らせる為にも”維持しよう――――それだけしか徒党を組ませない。
 或いは、凶行に走る理由を無くす。
 そんな誰かという中核を奪ってしまえば、団結などできまい。
 無論、復讐に走るだろうが――行き過ぎた復讐に団結はない。孤立した復讐者を、数的有利で殺せばいい。

 だから……。
 集団を瓦解させる。理由になる人間を殺す。
 諜報にて集めたデータと、あまり大きな声では言えないが諜報の過程にて知る機会のあった工作で――――殺す。
 その、覚悟が。
 そのための覚悟の試金石が、アッサムには必要だった。
 故に己を、危険な立ち位置へと投げ出した。

(ダージリン様……いえ、ダージリン)

 己の隊長は、何を選ぶだろうか。
 ……長い付き合いだ。そんなの決まっている。判っているとも。
 この道が、彼女と違えると判っている。
 二枚舌で、計算高く、落ち着いていて、合理的ながらも――――それでも意地も張れない繁栄などお断りだと。
 そう言うのが、彼女であるから。

 だけど、アッサムも死にたくない。
 同じぐらい、ダージリンにも死んでほしくない。
 後輩もそうだ。先輩として、自分たちが彼女らの未来を切り開かなければならない。
 できることなら、後輩の手は汚させたくない。
 だから――。

(人殺しなんてできません、じゃ……許されないでしょう?)

 きっと選べるのは――――最も勝算が高く生存率が高いのは、こんな手段だろう。
 そう考えるアッサムの耳に、信じられない言葉が飛び込んで来た。

『アッサム様……これは、データにはありましたか?』


197 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:52:46 NdsWPXOs0

 ◇ ◆ ◇


「これは、データにはありましたか?」

 呟いたオレンジペコと、短く詰まったアッサムの呟き。
 それもそうだろう。
 まさか――――だ。
 まさか、至近距離で手榴弾の爆撃を受けた人間が……おまけに手榴弾に覆い被さった人間が、生きておろうとは。

 だが実際にイギリス軍において、こんな事例は起きているのだ。
 背嚢から被さって、極めて軽傷で助かった事例。
 覆い被さった背嚢の厚み。ヘルメット。防弾チョッキに――――何よりも生まれ持った豪運なのか、はたまた友軍を救おうとしたその勇敢さに女神が微笑んだのか。
 その兵士は生き残った。
 それと同じだった。

 支給品のその内に、クラスⅢのプレート入りボディーアーマーでも入っていたのだろうか。
 ともかくカエサルは――――鈴木貴子は、超天文学的確率の末に、生存を確立した。
 ペコが思い出すのと同じくか、アッサムもそんな超自然的運命の干渉空白地帯の例を思い出し――指示が飛ぶ。

『そちらから追える!?』

「はい。……無防備な背中が見えます」

 スコープのレティクルを下から上に逆上がる背中。
 多少の裂傷を頬に負い、爆風で鼓膜が破け三半規管までも混乱させられたのかはたまた脳震盪になったのか――直線でなく走る鈴木貴子。
 行き先は危ない。しかし足取りは強い。
 強力な衝撃を負えば、人は前後不覚になるというのに――鼓膜など破られたら目眩のせいで立ち上がるのも難しいというのに。
 それでも鈴木貴子は、駆け出したのだ。死神の鎌に諦めることなく生を掴まんとしているのだ。

 知っている。これが大洗だと――――彼女は知っている。


198 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:54:28 NdsWPXOs0

「ふぅー」

 カチリと、安全装置を外す。
 知っている――――オレンジペコは知っている。
 この銃はセミオート。つまり一度撃発が為されれば、あとはガス圧を利用して弾丸が薬室に装填される。
 初弾だけはボルトアクションにて、薬室へと装填するものである。

 だから――――ああ、嫌な話だ。
 本当に本当に嫌な話だ。
 彼女は好きだった。
 大洗の戦車道が――――。何よりも自分達の戦車道が――――。
 それらを殺さなければならないというのが、何よりも嫌な話だった。

 戦車道は人殺しを廃したとか人と人との絆を大切にするとか……そんな高尚な話ではない。意識の高い意見とは別の問題。
 ただ単純に――――どこまでも身勝手で、薄汚い行為の為に。それだけの為に。
 自分の中の大切な最初の記憶を、心の処女雪を土足で踏みにじり血溜まりを作らなければならないという――――それも本当に身勝手な理由の為で、それ自体も本当に身勝手な感傷。

 引き金なんて、引きたくない。
 軍隊はまず射撃から始まり、そののち戦地で射撃の結論を死ぬ。
 引き金を引いたら弾が出ること。弾が出たら目標に当たること――――その二つの回路を十分に作られたのちに、当たった目標がどうなるかを知る。

 なのに、彼女は。
 引き金を引いたら人が死ぬという事実から、始めねばならなかった。
 それは初めから、殺人と引き金がイコールとなったものだった。
 だから、踏み出せない。
 だから、踏み込めない。

『無理ならそのまま見逃しても……!』

 無線機からアッサムの必死の声が響く。
 オレンジペコに引き金を引かせることを悔恨する声色――だから。

「大丈夫ですよ」

 引き金を、引かねばならない。
 でも、引きたくない。引きたくないのだ。本当の本当に引きたくない。


199 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:56:21 NdsWPXOs0

(ああ……)

 スコープ越しに、走り続ける鈴木貴子の背中が見える。
 右手をブロック塀に押し当てて、ぎこちなくとも覚束なくとも彼女は走っている。
 オレンジペコは狙撃手ではない。
 そも戦車の砲手と野戦の狙撃手が同じかと言えば別の話だろうが、彼女らは射撃の要訣を知っている。
 射撃という物事それ事態の、生きる呼吸と気配を知っている。
 照準と弾着の、水物を手のひらで転がす術を知っている。

 上手く狙えるなんて――そもそもが、こんなことは初めてだ。
 当たるか当たらないかで言うなら、殺さなくてはならない。殺さなくてはならないのだ。

 技術はない。
 経験もない。
 ならばあとは、基本と、己の精神に委ねるしかない。
 ブレを殺す。動揺を消す。呼吸が上下させる視界と、スコープを通した像の震えを飲み込む。

 ただ己の精神を整える為に。
 慣れた行為を行うだけ。
 それが――――装填動作だった。
 コックを掴み引き下げて――――薬室に弾を送り込む。

(――――何か一つ古いもの)

 一番嬉しかったのは、初めて納得行くような砲弾の装填ができたとき。
 そのとき自分にできたというのが嬉しくて、褒められたのが何よりも誇らしかった。

(――――何か一つ新しいもの)

 『大洗女子学園の勝利!』――ああ、なんと麗しく誇らしい団結であったか。なんと嬉しい連合であったか。

(――――何か一つ借りたもの)

 『こんな言葉を知っている?』と、記憶の中で誰かが笑いかけた。
 大切な名前。皆と作った、大切な記憶。

(――――何か一つ青いもの)

 なんで自分の頭上に映る空は、今にも落ちてきそうなぐらいに泣き出したくなるのだろう。
 指は震えない。視界は良好だ。
 頭は透明の鋼が如く澄みきって一個の歯車になっている。
 なのにどうして、こんなにも悲しいのだろうか。

(――――そして靴の中には6ペンス銀貨を)

 サムシングフォー。素敵な結婚の為の四つの掟。
 サムシングフォーは揃えられた。だけど最後の具体的なものは手に入らない。
 ここにあるのは、どこまでも邪悪で強大な黒い穴だけ。

 だから――。
 だからきっと――――。
 だからきっと――――この結婚は――――婚礼の契約は――――。

 ――――悪魔と交わす、花嫁のキスに他ならない。

 そしてオレンジペコは、処女を捨てた。
 貞淑な村娘が領主に組み敷かれるが如く――――これまでで一番大切な思い出を胸に、これからの一番最悪な初体験へと身体を差し出した。


200 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:58:16 NdsWPXOs0


 ◇ ◆ ◇


 咄嗟だった。
 勝算があった訳でも、自暴自棄になった訳でもない。
 無論のこと、それを見たのは現実でも初めてで――対処法をカエサルが知るよしもないが。
 軽快だが妙に耳に残る甲高いピンの音を聞いて、頭が真っ白になった。
 それから――そういえばアッサムも共にいるのだと僅かに過るその間に身体は動いて――ヒップアタックをするように、背中から押さえ込んだ。

 そして、今。
 外圧で鼓膜が破壊され、三半規管が麻痺し、脳が揺らされた静寂と閃光の酩酊状態の中――カエサルは立ち上がった。


 音が塗り潰されてたわんだ視界の中、動く。
 走っているのか、歩いているのかも定かではない。ひょっとしたら倒れて転がっているだけかもしれないし、這っているのかも知れない。
 ただ、なんとか動こうとした。先に進まねばと思った。
 朦朧としながらも、動けという指令は常に下され続けていた。
 足を止めたその時が、何かに――――終わりに追い付かれると思って。
 必死に、前に進む。
 振り返ってはならない冥界の逸話のように――オルフェウスとエウリュディケの話のように、前に進む。

 しかし、振り返ってしまう。
 引き摺る足の、その膝の力が抜けて壁に寄りかかったその時に――。
 音がキーンと遠ざかる白い視界のその内。左手側どこかの建物の屋上で、十字に反射した光が見えた。
 意味は、考えなくても判った。

「――――、――――」

 叫んでいたのかもしれない。
 泣いていたのかもしれない。
 怒鳴っていたのかもしれないし、或いは何も口にしていなかったのかもしれない。
 しかしとにかく、ここでは死ねない――というような決意を露にしたと思うし、彼女は再び動き出そうとした。

 錯覚だったのであろうか。
 彼女の決意に女神が微笑んだのか、それとも射手に当てるつもりもなかったのかは定かでないが……。
 収束する運命と同じく、圧縮される時間の中で――彼女はそれを見た。
 光と己を繋ぐ一直線の間にあるブロック塀。
 そこに、飛来した弾丸が衝突するのを。
 弾丸は命中しない。弾丸はカエサルを撃たない。弾丸は逸れた。

 迫り来る死線は自らその身を外して――――


201 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 22:59:03 NdsWPXOs0



 そして――――


「――――――――――――!?」


 ――――爆炎が舞う。


202 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 23:01:29 NdsWPXOs0


 ◇ ◆ ◇


 精神的動揺が現れた着弾は、鈴木貴子の身体のどこにも掠りはしなかった。

「……至近弾ですね」

 だが、十分だった。
 米軍装備が還元されたのか、オレンジペコに支給された狙撃銃とその弾丸は――あまりにも凶悪な代物。
 彼女たちが元来使用する戦車の主砲と同じような効果を持つ弾頭。
 それが――穿たれたコンクリートの内部において炸裂し、破片でもって鈴木貴子を攻撃したのだから。

 だが、そしてスコープの先。
 肩部や頭部に破片をめり込ませながらもなお、這いずり立ち上がって前に進もうとしている鈴木貴子が見える。
 十字を僅かに逸らす。
 彼女の近く、吹いている風が見える。木々の揺らぎ。マフラーの揺れ。それらが判断材料。
 初弾の際のそれらはどうだっただろうか。見出しは、着弾点は、逆算してその影響は――――。

 ブロック塀に立て掛けた身体。足を引きずりながら進む。
 一歩一歩。
 最後まで諦めないと。
 或いはこれが最期とは思っていないのか。
 いずれにしても彼女は、蹲るよりも前に進むことを選ぼうとしている。

 故に。
 オレンジペコは、引き金に再び指をかけた。

「……しぶといんですね」

 オレンジペコの濡れた瞳の中のカエサルの姿は塀に隠れて、僅かな髪や衣服の端、時々身体がまろびでる程度。
 泣き出しそうな顔だというのに、その声は驚くほど透明だった。

 もう装填の動作は必要ない。二重の意味で必要ない。
 風向――風速――手ブレ――湿度――気温――――――何もかも、データなど必要ない。

 胸を抉られた喪失感。
 その喰い残しが、硬質の石炭に加工されていく。
 大いなる虚無感が囁く――――おお、炸裂よ。塵と灰に。おお、炸裂よ。
 突き動かす虚無が仲間を求めている。ただ虚無だけがあれと――――その場に虚無を残せと。与えろと。
 全てを灰燼に帰せ。
 そして残された者たちは、こう呼ばれるのだ。憎しみを込めて――殺人者と。

 これからも続くだろう。これから幾度となく繰り返すだろう。
 だがそこに殺意は必要ない。技術も経験も必要ない。
 ただ、心の秘所を貫いた――――虚無だけがあればいい。虚無に身を委ねればいい。

 引き金が落ちる。
 意識する必要もなかった。
 二度目の衝撃は、ひどく軽かった。

「……さようなら」

 誰に向けたのか。
 心が破瓜の血を流すのは――――もうこれで終わりだった。


203 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 23:04:04 NdsWPXOs0



 はたしてマンションアパート屋上で合流した聖グロリアーナの二人は、街を見下ろしながら顔を付き合わせた。
 大きな黒いリボンのアッサムと、小柄のオレンジペコ。

「アッサム様、これからどうしますか?」

「そうね……プランBで」

「プランB……」

 言われてペコは、首を捻る。

「えっと……プランBは何でしょうか?」

「ないけど」

「……………………」

 ダジャレよりマシだが笑えないジョークだ。
 そんな思いが顔に出ていたのか、ペコの視線の先のアッサムは咳払いをしていた。

「とにかく! 弾薬には限りがあるから現地調達しないと」

「はあ……」

 007気取りなのだろうか。
 ひょっとすると諜報なんてことばかりしていると、思考回路がそう出来上がってしまうのか。
 なんて思いながら、オレンジペコは二脚を畳みストックを折る。

 現地調達したその荷物はどうするんだろうと、若干に気が滅入る。
 そも、この狙撃銃。
 それは、狙撃銃と呼ぶには――――余りにも重く、厚く、何よりも大きすぎた。
 50口径――――セミオート対物狙撃銃。
 そしてその弾頭である、12.7×99mm NATO弾用多目的弾頭――――焼夷徹甲榴弾。

 撃ち込み食い破ってから爆裂する、対装甲の弾丸。戦車の主砲と同様の弾頭作用を持つモンスター。
 これなら、狙撃が得意でなくても二次被害で人を傷つけられる。
 建物に隠れていようが、防弾チョッキであろうが殺せる。
 規格外のモンスター。人喰いのモンスター。童話めいたモンスター。

 そして、それを放つのは――――他ならぬオレンジペコだ。

「ペコ。……その、ごめんなさい」

「何がでしょうか?」

「……いえ」

 申し訳なさそうに、アッサムが言葉を詰まらせた。
 本来なら手榴弾の一発で決めきる予定だったのだろうが――上手くはいかなかった。
 結果として、次手であるオレンジペコが狙撃をせざるを得ないこととなった――そのことを、悔やんでいるのか。
 微妙な沈黙の中、ペコは己の戦果を改めて確認する。

「……まるでハンプティ・ダンプティですね」

 獣に喰い散らかされたかの如く腹腔内部を飛び散らせて上下に分かたれて折れたカエサル――鈴木貴子を見下ろして、オレンジペコは溜め息を漏らした。
 これから彼女の死体を漁り、支給品と起爆装置として使用するスマートフォンを手に入れることの“手間”を思うと、憂鬱だった。

 心はもう、痛まない。



【鈴木貴子――カエサル 死亡確認】


204 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 23:06:01 NdsWPXOs0



【C-4・アパートビル屋上/一日目・朝】

【アッサム@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 罪悪感とそれ以上の決意
[装備]制服 支給品(組み立て前ジャイロジェットピストル 5/6 予備弾18発) 支給品(ツールナイフ)
[道具]基本支給品一式(スマートフォンは簡易起爆装置に) 支給品(M67 破片手榴弾×9/10) 無線機PRC148@オレンジペコ支給品 工具
[思考・状況]
基本行動方針:『自分たち』が、生き残る
1:不安を煽り、核となる人物を殺し、可能な限り『三名以上になろうとする参加者』の可能性を減らす。
2:ダージリンとの合流を目指すが、現時点で接触は目的としない。影ながら護衛しつつ上の行動を行いたい。
3:病院、ホテルなど人が集まりそうな場所にアンブッシュする
4:スーパーでキャンプ用品や化粧品売場、高校の科学室で硝酸や塩酸・■■■■■■他爆薬の原料を集め時間があるなら合成する
5:同じく各洗剤、ガソリン、軽油など揮発性の毒性を有するもの・生み出すものを集める
6:ターゲットとトラップは各人のデータに基づいて……

[備考]
カエサル(鈴木貴子)は背嚢から手榴弾を受けています。背嚢は路上に放置されています。


【オレンジペコ@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 深い喪失感と虚無感
[装備]制服 AS50 (装弾数3/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 支給品(無線機PRC148×2/3及びイヤホン・ヘッドセット)
[思考・状況]
基本行動方針:『戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ』……ラッセルですね。イギリスの哲学者です。
1:『もし地獄を進んでいるのならば……突き進め』……チャーチルですね。
2:『戦争になると法律は沈黙する』……キケロですね。
3:『敵には手加減せずに致命傷を与えよ』……マキャベリですね。
4:『戦争は戦争を生み、復讐は復讐を招く』……エラスムスですね。
5:『理性に重きを置けば、頭脳が主人となる』……、…………カエサルですね。
6:『人間は決して目的の為の手段とされてはならない』……カントですね。…………ごめんなさい。


205 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 23:09:56 NdsWPXOs0
武器解説


【ジャイロジェット・ピストル】
 全長276mm。装弾数:6+1発。13mmロケット弾使用。
 プラモデルのような組み立て式で販売され、そこらで売っているビスで止めることで完成する作って遊ぼ拳銃。踏んだら壊れる。
 アメリカ合衆国が開発した世界初(そして最後)のロケット弾薬用拳銃。
 通常の弾丸と違いロケット加速するため撃発音が小さく、反動は殆ど存在しない。そして有効距離ではマグナム弾に相当する破壊力を持つ。
 ……が、十分な加速を得る前では目で追える速度であり、あまつさえ至近距離ではロッカー扉や鉄鉢に反射。
 そして有効距離とはそもそも拳銃で正確な狙いをするのが困難なので、武器としての役目は殆ど果たせない。
 発射が少々特種な作りをしているが、これは弾丸が飛び出すほどの加速を得るまで銃身につっかえさせ押し止める為の機構であり、
 要するにこの弾薬を他の銃で使っても(万が一雷管を刺激できても)十分な加速を得る前に銃口からポロリと零れ落ちて、あとは加速しながらグルグル地面を回るという悪夢のネズミ花火になる。

【ツールナイフ】
 アメリカレザーマン製17徳ツールナイフ。
 爆発物処理モデル。

【M67破片手榴弾】
 直径:63.5mm 重量:397g
 信管に点火後約5秒で爆発。5メートル範囲では致命傷を免れず、15メートル範囲まで殺傷能力を有する破片が飛び散る。
 爆炎(爆風)は数メートル範囲までしか及ばないが、その破片でもって対象を傷害する破片製手榴弾。
 レバーを抜いていなければピンを差し戻すことは可能だが、レバーが外れてしまうと炸薬に点火されてしまうためピンを戻しても止まらないので注意。

【AN/PRC148 MBITR】
 大きさ:67×230×38mm��(幅×高さ×厚み)。重さ:867.5g。耐用温度:-31 °C 〜 60 °C。耐水深度:2m
 平均故障時間15000時間以上。リチウムイオン電池使用。待機状態で12時間電池寿命。
 アメリカ合衆国製携帯型軍用トランシーバー。HF帯及びVHF帯を使用した短距離双方向通信。
 なお今回は予め主催者側に設定された16のチャンネル(周波数帯)による通信のみで、周波数を切り替えて他の地域や航空機などと通信ができないように細工されている。

【AS50】
 全長1420mm、重量15000g。装弾数5+1発。.50BMG(12.7mm×99 NATO弾)を使用するイギリス製対物狙撃銃。
 ボルトアクションライフルの精度を持ったセミオート狙撃銃というNavySEALsの要望によりアキュラーシーインターナショナル社が開発した、高い精密性を持つ狙撃銃である。
 最大射程1500〜2000m。光学式4×16倍のスコープを有する。銃尾の特種素材製パッドは反動の軽減に作用する。
 銃床先端部に折り畳み式二脚、及び床尾部に補助脚を有することで高い安定性を誇る。なおこの装備も合わせて、チャーチルの砲弾の五倍ぐらい重い。
 言うまでもなく人に向けて撃つものではない。

【Mk.211 Mod 0】
 ノルウェーのNAMMO社が開発した12.7×99mm NATO弾用多目的弾頭。米軍採用名。
 最大の特徴はHEIAP――焼夷徹甲榴弾であること。
 つまり、タングステン弾芯の高い貫通性能によって対象の装甲を貫徹したのちに起爆し、爆発によって内部から装甲を破壊する。
 人体に向けて発射した場合は通常の.50BMGと同じく(過剰な)破壊力によって容易く貫通するに留まるが、
 プレート入りのクラスⅢ以上の防弾装備をしていた場合エネルギーが減衰し貫通までの時間増により、体内で爆発し狙撃対象以外にも波及する可能性がある。
 コンクリート程度は容易く貫通する。
 言うまでもなく人に向けて撃つものではない。


206 : サムシングフォー/加速度的虚無或いは虚無的加速度 ◆RlSrUg30Iw :2016/07/28(木) 23:12:09 NdsWPXOs0
投下を終了します


207 : 名無しさん :2016/07/29(金) 10:58:12 Ud24ToT20
投下乙であります。
いやぁ、案の定アッサムはマーダーでしたねぇ…
オレンジペコさんのもう後戻りできない感の描写、好きです。このロワは全体的に一般人ロワをちゃんと一般人ロワとしてやっててすごい好き。
アッサムさんはそのデータ脳を生かして最大限場をかき乱してほしいけど……近くにはボスキャラがうろうろいますよ!
C地帯は爆破、発砲音がいたるとこでしてるので次が楽しみすね…

あと地味にカエサルが死んでカルパッチョが確実にヤバイ


208 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/29(金) 23:27:48 .mjQsPDo0
タカちゃん……お前はよくがんばったよ……

3人まで生き残れるからこそのマーダーチームがようやく誕生ですね
同じ学校の友人と3人になろうとするマーダーはこれまでにもいたが、実際に組んだチームを目の当たりにするとやばそうだこれ

それはもうたいそう遅れてしまいましたが、まだ開いているので、パンツァー・フォーします


209 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/29(金) 23:30:35 .mjQsPDo0

少女は、どこにでもいる普通の女の子だった。
友達との雑談を愛し、遊びや勉強に一生懸命な、どこにでもいる極々普通の女の子。
人よりちょっと違う所があるとすれば、戦車道の才能が人よりあったという点か。

その“ちょっと”のせいで、普通の少女の人生は、普通じゃないものとなった。

小中時代に戦車道で脚光を浴び、高校では名門・黒森峰女学園へ進学。
周囲の期待を背負って、部活に打ち込んだ。
友達に囲まれたスクールライフを送るには、ちょっと引っ込み思案すぎたけど。
それでも、それなりに、学校に馴染んだ矢先だった。

大事な全国大会で、チームを敗退に追い込んでしまったのは。

それからは、針の筵の生活だった。
自分のせいで、黒森峰女学園の伝統に泥が塗られた。
先輩達の最後の大会を、無様な結果にさせてしまった。
間違ったことをしただなんて思っちゃいない。だが、自分のせいで負けたことは事実だった。

周囲の批判に、立ち向かうことが出来なかった。
自分が原因で負けたことと、それが多くの人を悲しませたことは事実だったから。
でも、黙って堪えられるほど、少女は強くもなかった。

だから、少女は、逃げ出した。
戦うことを放棄して、苦難の先にあったであろうハッピーエンドに背を向けた。

少女は名を、西住みほと言った。


210 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/29(金) 23:36:50 .mjQsPDo0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆





(どうしよう……)

西住みほは、軍神と呼んで差し支えのない少女である。
どんな時でも臨機応変に対応し、皆を勝利へと導く。
そんなカリスマ溢れる少女は、今、顔いっぱいに動揺の色を浮かべていた。

(こんな……こんな危ないこと、やめさせないと……でも、どうすれば……)

だが――西住みほが軍神たりえるのは、戦車に乗っている時のみ。
戦車を降りれば、どこにでもいるただの少女だ。

いや、むしろ、普通よりちょっと気弱で押しの弱い少女と言っていいかもしれない。
戦車を介さぬ争いごとは、みほの苦手とする分野であった。

(殺し合いなんて起きなかったとしても……問題は、この首輪……)

みほは、姉の西住まほほど強くはなれない。
戦車を降りれば度々道に迷うし、立ち止まって下を向く。
それどころか、問題から逃げ出すことだってある。

(とにかく、誰かと合流しないと……)

そんなみほが現実逃避せずにいられるのは、大洗で出来た友人達のおかげだった。
迷った時は、いつも皆が救いの手を差し伸べてくれた。
素敵な仲間達が、歩く勇気を与えてくれた。

今は、バラバラになってしまったけど。
今は、背中を押してはもらえないけれど。
でもきっと、合流できれば、自分の力になってくれる。

何せ合流出来てない今でも、みほに勇気を与えてくれるのだ。
朝の空にも見えないだけで星が存在するように、みほの心の中の星々は視認出来ずとも確かにそこに居てくれる
それだけで十分前に進むための力になってくれるのだ、出会えたらそれはもう原子力も裸足で逃げ出すエネルギー源になるに違いない。
時さえくれば、満天の星が道を照らしてくれるのだ。

……こんなものは、甘えた考えかもしれない。
母である西住しほが聞いたら、あまりの軟弱な至高に溜め息をついてノーシンをやけ食いしたかもしれない。
けれども、この狂った世界で心を正常を保つために、必要な依存だった。


211 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/29(金) 23:41:51 .mjQsPDo0

「ハーイ」

なんとなく、学校の方へ向かおうとした矢先だった。
どこかフレンドリーな声が飛んできたのは。

「ケイさん……!」

サンダース大学付属高校の隊長・ケイ。
大らかで明るくフレンドリーな金髪少女は、つかつかと歩み寄ってきた。
警戒のケの字もない。ケイって名前をしているくせに。

「まさか、いきなり会えるだなんてね」
「はい、私もビックリです」

普通なら、ここで警戒の一つくらいするものなのかもしれない。
あまりにも無軽快な相手というのは、それはそれで恐ろしいものだ。
しかしながら、みほはケイを欠片も警戒していなかった。

「立ち話も何だし……そうね、あそこの工場にでも行きましょう」
「はいっ」

みほとケイは、それほど交流が多かったわけではない。
対戦経験も一度だけであり、そのうえケイは隊長格でもトップクラスの“コミュ強”だ。
受け身のみほとは違って、自ら色々な人間に絡みにいくため、必然的に一人辺りの交流時間は短くなっている。
みほがケイと喋った記憶も、思い出せる程度しかなかった。

それでも、みほはケイのことを慕っていた。
フレンドリーな性格や、騎士道精神溢れる所に惹かれたというのも勿論ある。
だが、何より一番大きいのは、ケイがみほの心を救ってくれたことだろう。

『That's 戦車道! これは戦争じゃない』

かつてケイが、みほに言ってくれた言葉だ。
その言葉は、ずっとみほの心に突き刺さっている。
その言葉が、無意識の内にケイを盲信させる。

『道を外れたら、戦車が泣くでしょう?』

西住みほに戦車道の楽しさを教えてくれたのは、みほだけの戦車道を見つけさせてくれたのは、大洗の仲間達だ。
だけど、西住みほに戦車道の辛さを忘れさせてくれたのは、自分だけの戦車道を見つける行為を肯定してくれたのは、目の前にいるケイである。
かつての行いを肯定し、許し、認め、みほの心を救ってくれたのは、ケイが最初だったのだ。


212 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/29(金) 23:47:52 .mjQsPDo0

「それで――貴女はどうするつもり?」

そんな彼女が、こんな殲滅戦なんて、肯定するはずがない。
工場内部で腰を下ろし、話を切り出された時も、そう信じていた。

「勿論……何とかして、この殲滅戦を中止にしてもらいます。こんなの、絶対、間違ってますから」

ケイは、絶対に、自分と同じくこの殲滅戦を打開しようとしてくれる。
根拠もなく、心から、そう思っていた。

「そう……やっぱり、貴女はそう言うわよね」

しかし――みほは、決して人の感情の機微に鈍感ではない。
むしろ、それなりに気が付く方だ。

「ケイさん……?」

ケイの雰囲気がいつもと違っていることにだって、当然気が付くことができる。
いや、本当は、もっと前から気が付いていたのかもしれない。
ただ、思慕の感情が、それを認めようとしなかっただけで。

「首輪を外して、無事にここから出られたとして――その先は、どうするの?」

それに、きっと今なら、みほじゃなくても違和感にくらい気がつくだろう。
普段の様子と打って変わって、神妙な面持ちをしている。
あのいつでも明るい面白アメリカンのようなケイが、だ。

「喧嘩を売る相手は政府。逃げ切るなんて、到底無理よ」

ケイの意見は至極もっともだ。
信じがたいことに、この殲滅戦は国が一枚噛んでいる。
例え歯向かったところで、日常に戻れる可能性などほとんどないだろう。
首輪を外してここを抜け出すだけでも絶望的だと言うのに、更にその後国を相手に終わらない喧嘩をしなくてはならない。
そんな無茶な逃走生活で生き延びるなど、大学選抜の戦車三十輌に三輪車一輌で挑んで勝利する以上に無茶だ。

「確かに、そうかもしれません……でも……」

確かに無茶だ。無理の極みだ。
でも、どんな無茶なことであろうと、無理難題であろうと、仲間と手を取り乗り越える。
それが、西住みほの歩んできた道――彼女の戦車道なのだ。

「戦車は、火砕流の中だって突き進むんです。何もしないで、諦めたくなんてありません」

だから――真っ直ぐに、ケイの目を見つめて言う。
ケイがこのようなことを聞く意図は分からない。
けれど、自分の気持ちを真っ直ぐにぶつけなくてはいけないと感じた。
ケイのおかげで、自分の道を信じることが出来たから。
俯かず、彼女のおかげで歩めた己の道を、真っ直ぐに示す必要があると感じた。


213 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/29(金) 23:58:24 .mjQsPDo0

「…………これから言うのは、ただの噂話だし、多分今の状況とは関係のないよくある与太話なんだけどね」

しかし――真っ直ぐにぶつけた言葉に、真っ直ぐな言葉は返されなかった。
ケイにしては珍しく、ストレートな言葉ではなく、意図の理解しかねる前置きを口にした。
ストレートを期待していたらチェンジアップが来たような感覚に、思わず間抜けな反応を返しそうになる。
しかし、未だ沈んだケイの口調と表情が、みほの気を引き締めさせた。
確かに予想外すぎて肩透かしを食らったような気分だが、自分の想いを分かってほしいという気持ちの火を絶やすわけにもいかない。

「大学選抜に、西住流の門下生がさっぱりいないの、どうしてなのか知ってる?」
「……え?」

しかしながら、あまりにも予想外な言葉が続きに、少々間抜けな言葉が漏れてしまった。
チェンジアップの後のパーム、つい振ったけれど許して欲しい。

「どうして……って……それは、理事長が島田流の家元で、自然と隊長も島田流の人がやっているからじゃ……」

九連覇を成し遂げた割に、黒森峰女学園卒の選手が大学選抜チームで占める割合は低い。
特に歴代隊長達に至っては、もっと優遇されていてもいいはずだ。
それこそ、大学選抜チームで隊長格をしていてもおかしくないはずなのに。
しかしながら、不思議なことに、黒森峰女学園のOGが大学選抜で活躍しているという話は、まるで入ってこなかった。

「……あくまで都市伝説で、噂話の類だけどね」

一呼吸置いて、ケイが言った。

「革新的な戦車乗り要請プログラムである『特殊殲滅戦』――将来有望な戦車乗りに乗る殺し合いが、かつて戦時中に行われていたって言ったら信じる?」

ケイの言葉が、みほの右の耳から入り、そのまま左の耳から飛び出す。
何を言われても大丈夫なようある程度覚悟はしていたはずなのに、それでも理解が追いつかなかった。
どんな変化球が来てもいいようにバットを短く持っていたら、ボーリング球が顔面目掛けて飛んできました、みたいな気分。

「勿論馬鹿げているとは思うし、そんな話、私だって信じてなんていなかったわ。
 でも、まあ、竹槍で戦って、片道分の燃料乗せた突撃隊を生み出した国なら、戦車乗りを育てるためにそのくらいしてもおかしくないかな、とも思っていたけどね」

戦車道の歴史は長い。
昔から、女性の嗜みとされていた。

そして、戦争。
国民全員が、戦場に駆り出されるほどまでに、この国は追い込まれた。
そう、命を使い捨てとして見て、女性を戦場に送り込むくらいに。

果たして戦場に送り込まれた女性達は、どのように戦ったのだろうか。
どのように戦わせることが、一番効果を上げるのだろうか。

「効果の程は分からないけど、でも、とにかくそうやって、化物クラスの戦車乗りを生み出して、逆転しようなんて考えたらしいわ。
 ロンメルとかルーデルとか、そういう一部の超人軍人が活躍すれば、ある程度の不利は引っ繰り返るし」

信じがたい。
しかし、だが――信じるしかない。
何せ、今、自分がその特殊な殲滅戦とやらを体験中なのだから。

「それで、もしこの都市伝説が本当だったとして――」

きっと、ケイも同じだろう。
与太話の一つに過ぎないと思っていた都市伝説を、今まさに体験している。
それで、真偽の分からない話を、鵜呑みにしてしまっているのだろう。

「教科書にも載せられない、明るみになれば国際大会永久追放もありえるようなこの殲滅戦を、どうやって今回引っ張り出してきたと思う?」

確かにそれは、疑問点の一つだ。
このような殲滅戦が初じゃない場合、ノウハウや技術はあるのだろうから、開催出来たこと自体には説明がつく。
しかしながら、そんな闇に葬らねばならぬようなものを、どうして持ちだしてきたのか。

「……弱みを握り、なおかつ見返りを渡せばいい」

みほが頭を捻ってる間に、ケイの言葉はどんどんと続けられる。
まるで自分自身に言い聞かせているように、みほの反応なんておかまいなしだった。

「見返りは、国際大会で活躍できる戦車乗り。
 勿論、オカルトみたいなものではあるけど、少なくとも現時点で有能な戦車乗りを最大三人政府のコントロール下に置けるようにはなる」

いくらなんでも、政府が揃って『リアル殲滅戦で君だけの最強戦車乗りを作ろう!!』なんて妄言を信じているとは思えない。
確かに度胸はつくだろうし、冷静さも得られるだろうが、失うものが多すぎる。
わけのわからない賭けに乗って、全体の戦力を低下させるのはあまりに愚かではないか。


214 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:02:38 1Ze5AiM20

「そして、握られている弱みは、つい最近、この殲滅戦を開催していたということ」

……………………

……………………

「……はぇ?」

ここ数年で一番間抜けな返事が飛び出した。
ボジョレーヌーボー的なやつでなく、本当にここ数年で一番のやつだった。
というか、今後この返事を越えるのは、ジャニーズ主演でボコ実写化でもしない限り無理じゃなかろうか。

「そしてその殲滅戦で、実際に『連携も巧みで圧倒的な強さを持つ三人組が生み出される』という実績が出来ているとしたら?」

見返りが、単なる妄言でなく、少なからず実例があるものだとしたら。
それが直近のもので一つ、更には戦時中の資料で存在しているのだとしたら。
弱みを握る役人を消して、どこに残されているか分からぬ告発文に怯えるよりも、彼を引き込んで殲滅戦を開いたほうが得るものが大きくなる。

「そんな……」
「勿論信じないのは自由。私だって、信じてなんかいなかったしね」

まったくもって壮大なつくり話だ。
これをツイッターにでも投稿したら、きっとアフィリエイトブログに取り上げられて、爆発大炎上しただろう。
そのくらい、辻褄だけは合っている、非常に嘘くさい話だ。

「……この与太話を、OGから聞くまでは、だけど」

だが――今のみほは、思い付けてしまっている。
理不尽な殲滅戦を乗り越え、圧倒的な結束力と力を手に入れた“三人組”を。
その弊害で“三人組”以外の戦力が壊滅状態だったチームを。
その顔ぶれを思い描けてしまっているし、その条件に一致するチームのことも知っている。知っているのだ。

「そうそう、大学選抜チームに西住流の門下生が少ないのは、西住流の師範さんが裏で動いているからだそうよ。
 これは前からある有名な噂だけど、率いている島田流の方でなく西住流の方が根回ししってあたり信憑性が皆無だし、誰も信じてなかったけどね。
 それこそ、私だって、昔はただのアンチ西住流による根も葉もないデマだと思っていたけど――」

もしも。
もしも、“そんなこと”が実際に大学選抜チームで行われた過去があるのだとしたら。
そしてそれが、一度だけのことじゃないのだとしたら。
母なら、大事な門下生をどうするのか、みほには想像が出来た。

「西住流は勝利至上主義。でも、邪道は決して許さない。
 一方で島田流は臨機応変に新たなものを取り入れて、ここまで大きくなってきた」

所詮ソレは、根拠の無い与太話であるはずなのに。
でも、みほの中で、それはもはや真実となりつつあった。

「戦時中にこの殲滅戦を取り入れてブラッシュアップした流派があるなら、それは島田流でしょうね」

もしもこの与太話が真実ならば、きっとそういうことなのだろう。
島田流と政府には、特殊殲滅戦という、非人道的な戦車道エース育成プログラムがあった。
そして、理由は分からないが、それは何度か行われてきた。
今度は、やはり動機も経緯も不明だが、それを自分達がさせられている。
ケイの言うとおり役人主導で政府を脅してさせているのか、政府が主導しているのかは分からないけれど。


215 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:07:43 1Ze5AiM20

「……でも私達はそんなこと、今まで思い至らなかった。与太話としてまともに取り合わなかった」

みほも、ケイも、今までそんなこと考えたことすらなかった。
本当に命を賭けさせた殲滅戦をさせるだなんて、質の悪すぎるジョークとしか思えない。
九九式背嚢に入っていた銃の重みと、瞼に焼き付いた園みどり子の死に様がなければ、きっと自分が置かれている状況ですら、ジョークと思っていただろう。

「自分達が与太話の側になったとして――誰かが手を差し伸べてくれると思う?」

何も言い返せなかった。
指名手配されている人が現れて、突然「こういう非人道的な殲滅戦をさせられて逃げてるんだ、匿ってくれ!」と言ったところで、手を貸す者などいないだろう。
昨日までの自分だって、どこか哀れみを感じこそすれど、力を貸すことはないと思う。
改めて、自分が今置かれた状況が、誰かに助けを求めるにはあまりにファンタジーすぎることを痛感した。

「それにね――この与太話をふと漏らしたあの人は、私なんかより、とっても強い人だったのよ。
 戦車道だけじゃない。心もそう。人望もあったし、全てにおいてパーフェクトだった」

ケイの表情に、一際大きな陰が落ちる。
なんとなく、誰のことを言っているのか、分かってしまったような気がした。
二人の関係性が何なのか、みほには分からなかったけれど。
それでも、その表情と言葉に込められた意味を、みほは察することが出来てしまった。

「……さ、与太話は終わり。もう一度、聞くわ」

思わずそらしてしまった視線を、再度ケイへと向ける。
ケイの表情からは、憂いも笑顔も消え去っており、どこか冷たい真剣な眼差しだけが残されていた。

「それで――貴女はどうするつもり?」

言葉が喉にへばりつく。
先程まではあんなに簡単に口にできた決意の言葉が、喉に詰まって交通渋滞を起こしていた。

「……そうね。聞いておいて、自分が答えないのはフェアじゃあなかったわね」

自分の背を押し救ってくれたケイが、先程決意の言葉を口にする勇気をくれたケイの存在が、
今度は決意を口にすることを、何より困難にしている。
きっと今から言われる言葉も、より一層言葉にするのを邪魔する結果に終わるであろうと、心のどこかで理解していた。
理解、出来てしまっていた。

「私は――――やることにしたわ。この殲滅戦を」

分かっていた。
よほどの理由がない限り、ケイの意図はそこにあると、本当はとっくに分かっていた。
それでも、その言葉を聞くまでは、信じたくなどなかったのに。


216 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:09:59 1Ze5AiM20

「死にたくはないし、死ねない。アリサやナオミ、ここにいる皆も大事だけど、ここにいない仲間や家族も大事。
 ここを抜け出そうとして、サンダースに残した仲間や家族を危険に晒すことなんて出来ない」

ゆっくりと、ケイが言葉を紡ぐ。
その言葉の一つ一つが、みほの届かない場所へケイを連れ去っていくようだった。

「勝ち上がれば生きて帰れることも、生還後の保証がされることも知ってるしね」

少しだけ、ケイがおどけるように肩をすくめてみせた。
でも、その姿は、みほのよく知る気さくで明るい彼女のそれとは大違いで。

「……私はあなたを買ってるわ。だから、これも、先に言っておくわね」

だんだんと、みほの視界が滲んできた。
それが恐怖から来るものでないことは、チリチリと痛む胸が教えてくれている。

「勝ち上がるために、一緒にチームを組まない?」

大学選抜チームとの戦いで共闘が出来て、本当に嬉しかった。
この場で出会った時も、きっと共闘出来るはずだと喜んでいた。

「……勿論、ルール上、無理矢理組むことは出来ない。だから」

でも、今は。

「もしも断るというのなら――最大の障害になるであろう貴女を、ここで倒すわ」

共闘の誘いが悲しくて、辛くて、雫が止めどなく流れた。


217 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:14:47 1Ze5AiM20

「……なんで……」

ようやく絞り出せた声は、弱々しく震えていた。

「戦車道は……戦争なんかじゃないって言ってたじゃないですかっ……!」

震えながら喉を通った言葉が、みほの心を切り裂いていく。
ああ、こんな言葉を吐き出すよりも、カミソリを飲み込む方が、どれほどマシなことだろうか。
二度と喋れないくらいに喉がズタズタになって痛んでも、きっと今の心の痛みの方が辛い。

「……ええ、そうね。それは、今でもそう思ってる」

みほの心を救い、赦しを与えたケイの言葉。
その輝きが、無惨にも奪われていく。

「でも私は、こんなものを戦車道なんて認めてないわ」

みほの道を照らした星が、ひとつ、堕ちる。

「そう、戦車道は戦争じゃない。でもこれは、戦車道じゃない」

ゆっくりと、ケイが腰へと手を回す。
次にその手が見えた時、そこにはスミス・アンド・ウエッソンM500が握られていた。
ベルトにでも差していたのだろう。いつでも誰かを殺せるように。

「これはもう戦争なの。人を殺したくないなんて、もう、言っていられないのよ」

みほが力なく頭を垂れる。
銃を向けられた恐怖はある。
でも、それ以上に、ケイの言葉が辛かった。

「もう一度、聞くわ。貴女はどうする?」

いつ死ぬか分からないのが怖い。
理不尽な殺し合いが怖い。
それは今でも変わらない。

死にたくない。
痛い思いなんて嫌だ。
それだって、今もちっとも変わらない。

でも。
大好きな人達が、変わってしまうということが、何より辛くて怖かった。
ケイが、こんな表情で銃口を向けていることが、たまらなく嫌だった。

「わた、しは……」

みほの心が、ポッキリと折れる。
ケイによって救われた心が、また暗闇へと沈んでいく。


218 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:19:36 1Ze5AiM20

(分からない、分からないよ……)

そもそもみほは、己に向けられる悪意が得意ではなかった。
辛くて泣き出すことはない。暴れ出すこともない。
むしろ、そういった風に適度にストレスを吐き出すことができないでいた。

ただ、じっと耐えようとしてしまう。
だからこそ、逃げ出さないと、その重圧に耐えかねて、心がへし折れてしまう。
悪意への対処が、絶望的なまでに下手なのだ。

「死にたく、ない……よ……」

みほは、これまで何度も逃げてきた。
母親の重圧から。
西住流の娘という立場から。
針の筵と化した黒森峰女学園から。
姉から。かつて友だと思っていたはずの逸見エリカから。
生徒会に日常を脅かされるという未来から。
いつだってみほは――泣き出すことも暴れ出すこともできず、そっと逃げ出してきた。

「そう……じゃあ、私と、組むのね」

みほの心は、これ以上耐えられなかった。
また、逃げ出そうとしてしまう。
震える手で、スマートフォンを取り出して、そして――

「……いや、です」

携帯電話の扱いに長けた、大切な友人のことを思い出した。

「死にたくなんて、ないけど……」

あの日、逃げても逃げても追い掛けてくる戦車道から、武部沙織は匿ってくれた。
あの日、自分の気持ちを曲げてでも、みほのために理不尽と共に戦おうと、五十鈴華はしてくれた。

「殺したくなんて……ありませんっ……!」

逃げっぱなしであったみほを、二人が前に向かわせてくれた。
最初こそ、二人に対する負い目で勝手に自分がやったことかもしれない。
けれども、その後のみほを後押し、支え続けてくれたのは、間違いなく沙織と華だ。

ケイがみほの“これまで”を肯定し救ってくれたのだとしたら、沙織と華はみほの“これから”を共に作り上げ救ってくれた友人達だ。

彼女達がいる限り――みほは、負けない。もう逃げない。
一人で抱えていた自分に、戦車もヒトは一人だけじゃ動けないと教えてくれたのは、あの二人なのだ。
例え自分の心が再起不能だとしても、心に宿った二人の想いが、代わりに“西住みほ”を動かしてくれる。

「それでもやっぱり……私は、皆で生きて、帰りたいですっ……!」

いや、彼女達二人だけじゃない。
秋山優花里や冷泉麻子、大洗の皆やライバル達――今まで出会い、関わってきた全ての人が、動けなくなったみほの体と心を動かしていた。

「だから――」

例え、目の前に、銃を突き付けられたとしても。
恐怖でどうにかなりそうだし、涙と鼻水に加えて油断すれば尿まで漏れ出しそうだとしても。
どれだけ胸が張り裂けそうになったとしても。

「そのお誘いには……乗れませんっ……」

喉に張り付いた言葉を、真っ直ぐケイへと向けた。


219 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:23:19 1Ze5AiM20

「…………そう。それが貴女の選んだ道、ね」

真っ直ぐに拒絶されたケイの表情は、悲しそうでも残念そうでもあって。
それでいて、どこか嬉しそうにも見えた。

「それじゃあ、殺し合いましょう」

突き付けられた銃口から、鉛の弾は飛び出さなかった。
それどころか、言葉とは逆に、銃口は下ろされる。
正直覚悟など出来ていないが、それでも撃たれるのだろうとは思っていたのに。

「三分間だけ待つわ。正々堂々、真正面から戦いましょう」

そう言うと――ケイは、倉庫の奥へと進んでいく。
無防備な背中を晒して。

「ただし、逃げ出すようなら、三分経ってなかったとしても容赦はしないで撃つからね」

ケイの無防備な背中を、撃つことができなかった。
ここに来て正々堂々と戦うと言ってきたケイに、かつての彼女が重なってしまう。

「……私が諦めた茨の道は、あの人が選びたくても選べなかった苦難の道は、どこにも繋がっていないってこと、教えてあげる」

ケイだって、本当なら、みほと同じ道を選びたかった。
けれども――出来なかった。出来なかったのだ。
かつてみほが黒森峰女学園と袂を分かつたように、ケイとみほも、道を違えた。


220 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:25:25 1Ze5AiM20

「そうだ、支給品……」

ケイの背中が倉庫の奥に消えてから、ようやく九九式背嚢を開ける。
そういえば、確認すらしていなかった。
ひとりぼっちで何とか立ち上がろうとするのに必死で、そこまで頭が回らなかったのだ。

「これ……」

スタームルガーMkI。
九五式軍刀。
そしてM34白燐弾。
ようやく中身をあらためた九九式背嚢に入っていた武器だ。

(これを使って……何とかケイさんを……)

止める。
頭に浮かんできた言葉は、そんな三文字だった。

“殺す”のではない。
“倒す”のでもない。
“止める”ための戦いだ。


221 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:28:55 1Ze5AiM20

(今ここに居るのは筒抜けだから、まずは移動して――)

移動の間にも、各武器の使用方法が書かれた紙に目を通す。
バッタリとケイに遭遇したら、無防備な姿を晒すことになる。
だが、三分経過するまでは、例え遭遇してもケイは攻撃してこないという確信があった。

(真っ向から撃ち合って、ケイさんに勝てるとは思えない)

こちらは止める気なのに対して、向こうはこちらを殺すつもりだ。
わざわざ「殺し合おう」だの「容赦しない」だの宣誓したのは、おそらく自分を追い込むため。
多少の躊躇いはあれど、吐いたツバ通りこちらの命を奪いに来るはずだ。

(……もくもく作戦しかない、かな)

みほにとっての希望は、ケイの“多少の戸惑い”だ。
戦闘においては、みほとケイの戦力差を引っくり返すほどのものにはならないだろう。
しかしながら、その後――無効化したあとの舌戦でなら、そこはウィークポイントたりえる。

(今度は、私が……)

ケイの心には迷いがある。
戦車道は戦争と違い、これは戦争だと言ったのに、彼女はみほの頭蓋骨を撃ち抜かなかった。
戦車道のように、納得のいく勝利を求め、正々堂々立ち向かってきた。

確かに戦車道は戦争じゃないし、戦争と戦車道は別のものだ。
でも、戦車道は、乙女の清らかな精神を作る。
戦車道は、そういう武芸と言われてきたではないか。
そうして形成された精神で、人は人生を歩むのだ。

――戦車道とは、乙女達の生き様である。

染み付いた生き様は、そうそう変えられるものではない。
戦車道と戦争は違う。
でも、戦車道は生き様だ。人生の大切なものが詰まっているのだ。
それは、戦争下においてもそう。
例え戦車道と戦争は別物だとしても、戦争に挑む乙女の心に、魂に、戦車道は刻み込まれている。

(あの優しい戦車道を、生き方を、肯定するんだ……!)

それを、ケイには思い出して欲しい。
みほの心を救い、アリサやナオミを引っ張ってきた、彼女の戦車道と生き様を。
『仕方ない』なんて言葉で誤魔化し、自分の見つけた戦車道を否定するなんて、そんな昔の自分みたいなことしてほしくない。
だから。

(パンツァー・フォー……!)

一つ深呼吸し、前に進むのだ。
汗の滲む掌で、ぎゅうっとスタームルガーのグリップを握りしめて。


222 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:34:47 1Ze5AiM20

「三分経ったわ」

ケイの声が聞こえてくる。
ケイの声は元々よく通る方なうえ、全ての作業が止まった工場内はとても静かである。
歩くのにも気をつけねばならないほど、音は簡単に響き渡った。

「戦争、開始よ」

一方で、複雑な形をした機械に声が反射しすぎており、音の発生源を正確に割り出すことは難しい。
声だけを頼りに当たりを付けるのは、不可能だと言っても良い。

もっともケイにしてみれば、声で場所を探り当てられても問題などないのだろうが。
むしろ、正々堂々返り討ちにするとでも思っているかもしれない。

(まずは――)

九九式背嚢に入れていた乾パン入りの缶を勢いよく放る。
目標は、扉前の開けたエリア。
地面に缶が着地して、大きな音が響いた。

(撃ってこない……)

人間でないとバレていたのか。
それとも、やはりすぐに撃つことは躊躇われたのか。
はたまた別の方を向いていて、音で慌てて振り返り、人影がないため射撃を中止したのか。

いずれにせよ、問題ない。
大事なのは、ケイの注意を缶へと引き付けること。

(多分ケイさんは、こちらの意図を探っているはず……)

みほの体格では、遠投技術もたかが知れている。
自分が入り口近辺に居ることは、当然気付かれただろう。
そもそも別方向を向いていたケース以外では、どこから飛んできたのかを見られた可能性が高い。

そんなリスクを犯してまで、みほが缶を投げた理由。
ケイならば――否。隊長経験者なら、自然とそれを考えるはずだ。
何せ、一見不可思議な行動を奇策に繋げて勝利したのが、西住みほという少女なのだ。
それを知っていて、「ああ、なんか缶投げてるわ。癇癪かな?」なんて思う阿呆はおるまい。
いや、もしかするとペパロニあたりはそう思うかもしれないが、少なくともケイはそんなことあるまい。
……ペパロニも、隊長経験無いとは言え、さすがにそんなことはないと信じたい。信じたい。

(破片の飛散距離は十七メートル、敵影もなし――)

見た限り、ケイの姿は隠れている。
ならば、破片でケイが致命傷を貰うことはないだろう。
そう判断し、M34白燐弾――――煙幕弾を、入り口の扉方面へと放り投げた。

(あとは――)

それと同時に、天井に向けて射撃する。
片手の、それも遠投直後の発砲だったため、弾は何にも当たらなかった。

だが、それでいい。
当てることは目的ではないし、むしろ当たっては困る。
大事なのは、『入り口付近で西住みほが銃撃を行った』ということなのだ。


223 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:42:07 1Ze5AiM20

(これで扉が開けば――)

この工場の入口は、ボタン開閉式である
扉の横の真っ赤なボタンを押すと、ゆっくりと扉が開く。
そして中に入り、やはり扉の横にある真っ赤なボタンを押すと扉が閉じる。
出て行く時はその逆で、内部のボタンで扉を開け、外のボタンで閉める。

要するに、扉が閉じている時に押せば扉は開くし、開いている時に押せば扉が閉まるシステムだ。
これによって、みほのような細腕の少女でも、重たい扉を開け閉めすることが可能となっていた。

この工場に入るとき、扉をボタンで開け閉めする所を、ケイは見ている。
出て行く時は逆にこのボタンを押すのであろうと、自然に理解しているはずだ。

(やった、動いた……!)

だが――この工場の扉を開ける方法は、それ以外にも存在している。
大量に物を運び出そうとした時、扉の横のボタンを押すのは困難だ。
大量の製品が自分と扉を阻む壁になるし、一旦全てそこに置いて押しに行くというのも手間がかかる。

だからであろうか、入り口よりやや離れた場所に、チューブのようなものがぶら下げられていた。
チューブは扉の開閉機構に繋がっており、それを引っ張ることで、やはり扉を開けることができるようになっているのだ。

先程移動の際に気になり、目で追って、なんとなくそうではないかと予想をつけていた。
確証はなかったため一種の賭けのようなものだったが、しかし勢い良く引っ張ると、扉を開ける機械音が工場内に響いてくれた。
もう一度、天井に向けて発砲する。

(これでケイさんを、扉の方に引き付けておくことができるはず……)

銃声が聞こえる。
ケイが扉の方に向けて撃ったのだろう。

『西住みほは缶を投げ、すぐさま撃たれるか様子を見た』
『撃たれたら無駄弾を消費させられて良し、撃たれぬようならすかさず次の段取りへと移行すると考えた』

『西住みほは煙幕弾を投げ、視認されにくい状況を作った』
『缶によって扉の前へと視線を向けられたとしても、それならば正確な位置を掴まれないから』

『西住みほは扉横のスイッチを押し、煙幕に紛れ逃げようとしている』
『缶を躊躇いなく投げたのも、どうせ扉の開閉音で位置はバレるからだ』
『そして少しでも逃げられるように、闇蜘蛛に撃って扉が開くまでの時間を稼ごうとしている』

そう思わせることこそが、みほの目的。
そう思わされたケイに出来るのは、扉の煙幕の中に向けて射撃することのみ。

こちらに銃があると分かっている以上、すぐさま煙に突撃するなんてリスキーなことはしないはずだ。
ケイは一騎打ちを好むし、正々堂々を貫くため多少の無茶を平気でするが、それでも無謀なだけの突撃は敢行しない。
そういうのはケイでなく、知波単学園のやることだ。

(あとは、本人を見つけるだけ!)

しかし、みほに逃走する気などない。
入り口付近の煙幕は、ケイを引き付けるためのデコイ。
本命は、その隙に背後を取ることだ。

(おそらく、あの辺りに――)

かつてケイが肯定し、今では否定してしまおうとしている“生き様”で――ケイとみほの“戦車道”で、今のケイを打ち倒す。
その正しさと強さを持って、道を外れようとしているケイを引き止めねばならない。


224 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:43:14 1Ze5AiM20

(居た――!)

ケイの居場所には、元から当たりをつけていた。
正々堂々を宣告した以上、みほの動きを監視できるような場所には陣取るまい。

それに加え、ケイには出入り口の監視をする必要があった。
みほが扉を開けて逃げ出そうとした場合、三分経っておらずとも即座に襲撃できる距離に、ケイはいる。

先程までいた地点の監視は出来ずとも、出入り口の監視は出来る位置。
その近辺に当たりをつけて正解だった。
ケイの背後を捉えている。

(ごめんなさいっ……!)

命を取らない以上、銃は使えない。
使うのは、九五式軍刀。
全金属の鞘をつけたまま振り下ろせば、それなりの鈍器になる。
これで頭でも殴ろうものならそれなりの殺傷力を誇るであろうが、背嚢越しの背中になら、さすがに一撃死ということはないだろう。

しかしながら、相手の戦意を奪う必要はある。
容赦せず、無防備な背中に向けて、全力を込め軍刀を振り下ろし、その一撃でまずはケイを転倒させる


225 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:45:21 1Ze5AiM20

「…………甘いっ!」

――――はずであった。

「えっ……!?」

振りかぶり、体重を乗せようとした刹那、ケイが勢いよく振り返った。
その手には、何かが付けられている。
具体的に言うと、メリケンサックにナイフを足したような何かが。

M1918トレンチナイフ。

みほには知る由もないが、アメリカ軍が第一次世界大戦末期に開発した格闘用に造られたナイフだ。
「ラジオにカセットレコーダーつけたら物凄いものが出来ました」みたいなノリの逸品であり、ラジカセ以上の脅威の普及率を誇った実用性の高い武器。
まあ、更に進化した武器が出て廃れた所も、まさにラジカセそのものなのだが。
……閑話休題。

M1918トレンチナイフは、近接戦闘において、隙を減らす運用ができる。
指にはめ込んだナックルダスターは防具を兼ねており、その金属部で九五式軍刀の一撃を受け流すことすら可能。
全金属の重さは破壊力に直結してはいるのだが、しかしながら弾かれた際の軌道修正の難しさをも意味している。
僅かに弾かれただけで、九五式軍刀の先端は工場の地面を叩くはめになった。

(そんな、読まれ――――)

勿論、重たい一撃を弾いたのだ。
すぐさまM1918トレンチナイフで反撃することは出来ない。
しかしながら、両手で目一杯振り下ろさねばならなかった九五式軍刀と違い、M1918トレンチナイフは振り返る勢いのままに片手で振るっただけ。

残りの手は、空いていた。

それでもバランスを取れているとは言い難く、拳を叩き込もうとしていたら、きっと満足なダメージは与えられなかったろう。
銃で撃とうとしていても、上手く当たらないうえに、一層バランスを崩して反撃されていたかもしれない。

「きゃっ……!」

だからケイは、銃をみほへと押し当てた。
今しがた発砲し、熱々になった銃口を押し付ける。

もとより、体重を乗せた一撃を外し、みほはバランスを崩していた。
そこに横から力を加え、熱の痛みまで押し付けたのだ。
みほの体は地に倒れ伏し、そしてその色が恐怖に染まる。
銃口の熱は、肉体的なダメージよりも、精神的なダメージを与えたようだった。


226 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:49:53 1Ze5AiM20

「逃げはしないと踏んだ通りね」

銃口を向けられている。
今度こそ、本当に終わってしまう。

「どうして……」

心がミシミシと悲鳴を上げる。
今にも無様な命乞いをしてしまいそうだ。
それでも何とか歯を食いしばって、逆転の目を考える。

「……だって貴女は、とても優しいんだもの」

逆転の目など、見つかるはずがなかった。
地に伏した少女は、どこにでもいる普通の女の子なのだ。
友達との雑談を愛し、遊びや勉強に一生懸命な、どこにでもいる極々普通の女の子。
人よりちょっと違う所があるとすれば、戦車道の才能が人よりあったという点だけだ。
決して、白兵戦に長けているわけでも、戦争が上手いわけでもない。

「友達を襲うかもしれない悪人から、一人だけ逃げ出すような子じゃない」

その“ちょっと”のせいで、普通の少女の人生は、普通じゃないものとなった。
小中時代に戦車道で脚光を浴び、高校では名門・黒森峰女学園へ進学。
周囲の期待を背負って、部活に打ち込んだ。
友達に囲まれたスクールライフを送るには、ちょっと引っ込み思案すぎたけど。
それでもその優しさから、彼女を慕う者は多かった。
学校にも、何だかんだで馴染んでいった。

「そんな貴女だから、私も皆も、惹かれていったのよ」

運命が変わってしまったのは、そんな矢先のことだ。
大事な全国大会で、少女はチームを敗退に追い込んでしまった。

それからは、針の筵の生活だった。
自分のせいで、黒森峰女学園の伝統に泥が塗られた。
先輩達の最後の大会を、無様な結果にさせてしまった。

庇ってくれた人もいるし、己の判断が全て間違っていたとも思ってはいない。
だが、自分のせいで負けたことは事実だった。

「ケイさんだって……そんな素敵な人だったじゃないですかっ……」

周囲の批判に、立ち向かうことが出来なかった。
自分が原因で負けたことと、それが多くの人を悲しませたことは事実だったから。

だから、少女は、逃げ出した。
戦うことを放棄して、苦難の先にあったであろうハッピーエンドに背を向けた。
でも、黙って堪えられるほど、少女は強くもなかった。
だから、逃げ出してしまった。

「だから、アリサさんもナオミさんも、私も会長も、みんなが、ケイさんのことを……」

だけど、少女は、逃げることをやめた。
怖かったけど、何とか自分の道を歩き出した。
たくさんの人に支えられて、たくさんの人に力を貰って、ゆっくりとだが歩き出した。

「……グッバイ、ミホ」

そして、自分の道を歩く力を得た少女は、その分の恩を返したいと思った。
自分の力になってくれた人に、今度は自分が力になりたいと思った。
怖かったけど、勇気がいることだったけど、それでも少女は、力になることを選んだ。

「決意が揺らぐ前にサヨナラよ」

少女は名を、西住みほと言った。

「せめて、苦しまないよう殺してあげ――――」

そして――――同じ境遇の少女がもう一人。

「――――――っ!?」

突如聞こえる靴音。
走る音を誤魔化すことより、速度を重視した走り。
慌ててケイが振り返る。

「みほさん、逃げて!」

己を鼓舞するように叫び、ケイへと組み付く少女。
極々普通で、でも戦車道には自信があって、なのに黒森峰女学園の顔に泥を塗って、
叩かれて、逃げて、勇気がなくて、それでもようやく前を向くことが出来て、
それで、こんな状況の中で、力をくれた人に恩を返そうとしている、もう一人の少女。

「赤星さん……!?」

少女は名を、赤星小梅と言った。


227 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:54:27 1Ze5AiM20






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






赤星小梅が目覚めたのは、この工場の一角でだった。
目覚めて最初に思ったことは、「どうしよう」である。
普通の少女の、おおよそ平均的なリアクション。
みほも小梅も、その辺りが非常に似通っていた。
考えついた方針も、「誰かと合流しなくちゃ……」といった、模範的なものである。

(怖い、よ……)

だが、その後が違う。
みほは、すぐに立ち上がって歩き出すことができた。
だが、小梅には出来なかった。

みほには、傍にいなくても背中を押してくれる友人が居たから。
みほには、仲間達がくれた、強いハートがあったから。
みほには、戦車道を通じて得た、絆や信念があったから。

でも小梅には、それがない。
ここ一年で、それら全てを失ってしまった。

(お父さん……お母さん……)

怯え、膝を抱えた時ですら、頼る友人が特別浮かび上がってこない。
もしも黒森峰女学園のチームメイトがここに居ても、きっと頼れはしないだろう。
唯一隊長である西住まほは別だったが、しかしながら彼女は少々怖かった。
役に立たない自分では、最悪どこかで切られかねない。

いや――切られるに違いない。
まほのことは尊敬しているが、尊敬の対象である冷静な判断力については、時折恐怖の対象にもなる。

実際、切られたことだってある。
戦車道の試合中、川に転落した時のことだ。
パニックだった自分は、後から聞いた話でしか知らないけれど。
隊長としての判断は間違っていなかったと、小梅だって思ってはいるけれど。
それでも――

誰も自分など助けてくれない。何故なら自分に、助けてもらう価値などないから。
そう思わずにはいられなかった。
要するに、小梅には、合流できる“誰か”なんていなかったのだ。


228 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 00:58:05 1Ze5AiM20

(どうして、こんなことに……)

“こんなこと”というのは、勿論この“殲滅戦”を指している。
一体どうして、こんな目に遭っているのか。
皆目検討などつかない。ついてたまるか。
平凡な少女である自分が、こんな目にあう理由など、思い当たるはずがなかった。

だが――人生とは、そういうものなのかもしれない。
一年前にも、「どうして、こんなことに……」なんて思ったものだ。
自分の判断は間違ってなかったはずなのに、結果として何かが足りず、川に滑落した。
そうして訪れた“こんなこと”と称さずにいられない日常は、それはもう居心地最悪のものだった。

(黒森峰になんて、入らなければよかったのかな……)

戦車道の才能が、人よりちょっぴりだけあった。
でもそれは本当にちょっぴりだけで、才能溢れる人間だらけの黒森峰女学園では、決して図抜けた存在にはなれなかった。
何とか頑張りたくて、一生懸命練習して、一年生で試合に出られるようになったのに、自分の世代に遥か高みの人間がいる。
それでも自分もレギュラーなのだと胸を張って試合に出たら、黒森峰V逸の大戦犯となった。

頑張って認めてもらったのに、一度のミスで全てが駄目になってしまった。
誰も直接責めてはこない。
隊長が、自分達を庇ってくれたから。隊長が、全責任を取ろうとしてくれたから。
もっとも、それで周囲が納得するわけもなく、居心地はどんどん悪くなっていったのだけれど。

(皆は……どうしているのかな……)

同じ戦車で苦楽を共にした仲間達へと思いを馳せる。
楽しかった日々と、そして地獄のような辛い日々を、皆で一緒に乗り越えてきた。
ここに居てもきっと何の役にも立たないだろうし、頼れるかと言えば正直ノーだし、巻き込まれていないに越したことはないのだけれど。
それでも今は、皆の顔が見たかった。

(……武器、確認しなくちゃ……)

友人を想い、ようやく小梅も動き出す。
とはいえ、前に進むほどの力は得られていない。
辛い思い出の方が多い友人達は、小梅を前に歩かせるほどの力にはなれなかった。
それでも、道の上に立ち上がるくらいは出来たのだけれど。

(う……どうしよう、これ……)

最初に出てきたのは、彫刻刀のセットだった。
四本も付いているが、とてもではないが戦いになるとは思えない。
これで壁に遺書でも掘れと言うのだろうか。

次に出てきたのは、S&W M36。通称チーフスペシャルだ。
小型で携帯性に優れるが、見るからに威力は心許ない。
それでも無防備よりはマシだと、ベルトへと差し込んだ。

それから、残りの支給品を見ようとして――扉の開く音を聞いた。


229 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:02:25 1Ze5AiM20

(あれは……みほさん……?)

入ってきたのは、小梅もよく知る少女。
去年、一緒に全国大会決勝戦の舞台を戦い、そして自分に並ぶ戦犯にされてしまった少女だ。
もう一人はサンダースの隊長であるケイであったが、しかし小梅にとってはどうでもよかった。

西住みほが現れた。
小梅にとって重要なのは、その一点のみである。

(みほさんなら……)

西住みほ。
川に落ちた自分なんかを、唯一助けに来てくれた少女。
勝利よりも仲間を優先することが出来る、小梅の知る限り誰よりも優しい少女。

彼女ならば、信用できるかもしれない。
早々に出会えたのは僥倖だ。
今すぐ出て行って声をかけよう。
そして、自分も仲間に入れてもらうのだ。

「…………」

そう思ったのに、小梅は動けなかった。
みほは、おそらくこの場において最も信用できる相手なのに。
それなのに、出て行くことが出来なかった。
たったの一歩を踏み出す勇気すらなかった。

「それで――貴女はどうするつもり?」

小梅の足を縫い止めているもの。
それはみほへの不信感などではない。
小梅自身への、ある種の負の信頼がそうさせていた。

自分は、助けてもらえるような人間ではない。
自分は、役に立つ人間ではない。
仮にみほが受け入れてくれたとしても、ケイに受け入れられるとは思えなかった。

二人が組むなら、空きは一枠。
その一枠を、自分なんかにくれるだろうか?

「勿論……何とかして、この殲滅戦を中止にしてもらいます」

みほは、小梅が思った通り、この殺し合いを止めようとしているようだった。
彼女にとっては、こんな逆境ですら、心を折るようなものではないらしい。

でも、そんな彼女の心を、かつての黒森峰女学園はへし折ったのだ。
人助けのため伝統に泥を塗ったとして、散々陰口が横行した。
同乗していた先輩達からも非難され、一人ぼっちで俯く姿は、今にも消え入りそうだった。

そしてとうとう、本当に消えてしまったのだ。
お礼すら、まともに言えてない内に。

「こんなの、絶対、間違ってますから」

黒森峰から去ったことは、プラスに働いたのだろう。
彼女は今、誰の目から見ても仲間に恵まれている。
同じ戦車に乗る選手にも、同じ学校の生徒にも、そしてライバルにも恵まれている。
大学選抜との試合にあれほどの援軍を呼べたのも、全てはみほの人徳ゆえ。
黒森峰では活かされなかったみほの優しさが、ようやく他校で開花したのだ。

でもきっと、小梅が転校していても、こうはならなかっただろう。
小梅には、みほのような人徳も優しさもない。
少なくとも、優しさを貫く強さはない。
助けてもらったというのに、救いの手を差し伸べるどころか、お礼すら言えなかった。
同乗者にも見捨てられ一人孤立していたみほは、同乗者という共犯者がいた自分なんかより、ずっと辛かったはずなのに。
誰より手を差し伸べなきゃいけなかったのに、動くことが出来なかった。

自分は、みほにはなれない。
出て行く勇気などなく、また武器を捨てる勇気もなくて、無意識の内に彫刻刀を握りしめているような、情けない人間なのだ。


230 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:07:30 1Ze5AiM20

「そう……やっぱり、貴女はそう言うわよね」

息を殺して盗み聞きをしている間に、何やら不穏な空気が流れ始める。
彫刻刀を握り直す。少し、掌が汗ばんでいた。

「…………」

それからのやりとりは、正直イマイチ頭に入ってこなかった。
ケイの口から語られた“都市伝説”と、ケイによる殺し合う宣言。
まるで理解が追いつかない。小梅の脳味噌のスペックでは、処理速度が足りなかった。

会話に混ざれない。
襲いかかれない。
挙句盗み聞きした会話の理解すら出来ない。
今の小梅に出来ることと言えば、ひたすらに音を殺し、息を殺し、気配を殺すことだけだった。

(ど、どうしよう……!)

人を殺す勇気も力もないのだけれど、気配だけはきちんと殺し切れたらしい。
小梅の潜伏する物陰近くに陣取ったケイが、こちらに気が付く様子は無かった。
もっともそれは、小梅が上手く気配を殺しているからでなく、何だかんだで平常心を失ったケイが注意力散漫となっているだけかもしれなかったのだけど。

「…………甘いっ!」
「えっ……!?」

結局小梅に出来たのは、ただ呆然と二人の殺し合いを見ていることだけだった。
みほの投げた缶の音でビクついて、煙幕と銃撃音に騙されて、そしてみほの奇襲に目を丸くした。

だが、ケイは小梅とは違う。

小梅と違って冷静で、常に周囲に気を配っていた。
銃撃の際も、罠にハマった振りをするため引き金を引きながら、周囲を見回していた。
銃声や缶の音がうるさく、小梅の息遣いを聞かれなかったことは、小梅にとって僥倖だったと言えよう。

「逃げはしないと踏んだ通りね」
「どうして……」

小梅は、まだ、動けなかった。
非凡な心を宿したみほとは違い、心の底まで普通の女の子だから。

「友達を襲うかもしれない悪人から、一人だけ逃げ出すような子じゃない」

だから、怖くて、死にたくなくて、踏み出すことができない。
かつて、迫害を恐れ、孤立していたみほを見捨ててしまったように。
目の前で起きる嫌なことから、逃げ続けることしか出来なかった。

「そんな貴女だから、私も皆も、惹かれていったのよ」

こんな自分を助けてくれたみほに、いつか恩返しがしたいって、ずっと思ってたはずなのに。

「……グッバイ、ミホ」

今ゆっくりと近づけば、後ろから無力化出来るかもしれない。
そうは思っても、足は動かない。
体がブルブル震えている。
こんな調子じゃ、音を立てずに移動するなんて無理だ。

「決意が揺らぐ前にサヨナラよ」

見ていることしか出来ない自分が情けない。
ケイをどうにかするのを諦め、惨めな自分から目を背けるように視線を下げる。
対処すべきだった相手が視界を外れ、代わりに助けたかった少女の表情が視界のセンターに陣取った。


231 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:10:52 1Ze5AiM20

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

そして――――気が付けば、小梅は飛び出していた。

「せめて、苦しまないよう殺してあげ――――」

忍び足なんてする余裕はない。
足を止めたら恐怖に再び縛りつけられてしまいそうだ。
とにかく全力で、ケイの背中に突撃する。
それが幸いしたのか、振り返るケイが引き金を引くよりも早く、彼女に組み付くことが出来た。

「みほさん、逃げて!」

赤星小梅は、誰より普通の少女だった。
どれだけ感謝していても、他人のために動くことなんて出来ない。

「赤星さん……!?」

だけど――ケイに殺されそうなみほの顔が、その弱々しさが、かつての自分と重なったから。

「くっ……離れなさっ……!」

赤星小梅は、悲しいくらいに普通の女の子だったから。
保身に走ってしまい、誰かのために戦えない、弱い女の子だったから。

だから、自分と重なってしまうと、駄目なのだ。

何より自分が大事だから。
自分自身を見捨てることなど出来ないから。
自分と重なってしまった以上、見捨てるストレスが、助けに入ることへの恐怖を上回るから。

「お、お断りしますっ!」

もう少し非凡であれば、小梅ももっと上手く立ち回れたかもしれない。
だが現実は非情である。
ここまで追い込まれてからじゃないと動けないうえ、こうなってしまったら動くしかなくなってしまう。
その上叫び己を鼓舞しながらでしか、彫刻刀も振るえない。

「ウップス……!」

彫刻刀を、ケイの体に突き立てる。
三角刀を脇腹に刺され、さすがのケイも顔を大きく歪めた。

やった、と小梅は思った。
自分なら、痛みのせいで戦意なんて失ってしまう。
仮に戦意が残っていたとしても、まともに戦えるはずがない。
そう思っていた。

「い、ったいじゃない!」

小梅はあまりに凡人で、故に自分にとっての“常識”でものを考えてしまった。
予想することも出来なかった。怪我した相手がそのまま怪我を押して反撃してくるなど。
窮鼠猫を噛むと古来から言うというのに、ネズミどころか猛獣のような相手を、中途半端に追い込んでしまった。

「…………え?」

銃声。
先程までケイが扉に叩き付けていた銃弾が、今度は小梅の脇腹へと吸い込まれた。


232 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:14:00 1Ze5AiM20

「こ、れ……」

ぼたぼたと、血と内臓が流れ出る。
世界最強の拳銃による一撃は、脇腹に当たるだけでも十分致命傷たりえた。

ぐらりと世界が歪む。

踏ん張らなきゃと思っても、足に力が入らない。
そのまま頭から倒れこむ。
不思議と、殴打した頭は気にならなかった。痛くもなかった。
それが不味い兆候だと言うことくらい、喧嘩の経験すら無い小梅にも分かる。
それでも、どうしようもなかった。

「赤星さん、赤星さん!」

再度世界が傾く。
どうやら抱き起こされたらしいことを、泣きじゃくるみほの顔を見て知る。
この近さと、この視界の傾き具合、ああ、私、映画みたいに抱きしめられているんだ。
相手が同性の女の子だから、ラブロマンスには見えないけれども。あと、血も、たっぷりだし。

「どうして……」

どうして、助けたの。
多分、そんなことを聞きたいのだろう。
小梅にすらよく分かっていないというのに。

「や……っと……」

死にたくなかった。
痛いのは嫌だった。

だけど何故だろう。
今、とても気分がいい。
血液と一緒に、ずっと心に乗っかっていた重たいものが、どこかに霧散していくようだ。

「助け……られた……」

本当は、ずっと、お礼がしたかった。
川に落ちた自分を助けてくれたことを。
不安で混乱していた自分なんかを、危険も顧みず助けにきてくれたことを。
本当は、ずっとずっと、お礼がしたかった。

ありがとうは、あの決勝の日、ようやく言えた。
でも足りない。
一年間も放ったらかしておいて、今更言葉一つで足りるはずがない。

お返しを、大学選抜との対戦の日、ようやく出来ると思った。
ピンチに陥っていると聞いて、自ら援軍の車長になることを申し出た。
でも足りない。
折角また一緒に戦えたのに、何も成せずに、すぐさまやられてしまった。
役に立てたとは、お世辞にも言えないだろう。

みほに救われた恩を、返したかったかったはずなのに。
自分は今まで、ろくに恩を返せていなかった。

「ああ、そんな……駄目……血が、こんなにいっぱい……」

きっと今も、まともに返せてはいないのだろう。
結局みほに、こんな顔をさせてしまった。
重荷を背負わせてしまった一年前から何も成長しちゃいない。

「気に……し……な……ぃで…………」

だからこれは単なる小梅の自己満足。
でも、それでいいと思っていた。
普通の女の子なのだ、ちょっとくらい、利己的でもいいじゃないか。
自己満足でも、何か下心のうえでも、忠義以外の動機からでも、恩を返したいと思っていいではないか。


233 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:20:41 1Ze5AiM20

「……わた……し、たち……」

出会った時から、ずっと憧れていた。
西住流の後継者でありながら、まほと違って威圧感がなく親しみやすい存在。
戦車を降りれば“普通の女の子”同士、それなりにお喋りもした。

逸見エリカのように、歯を食いしばってライバルの位置につくことは出来なかったけど。
戦車道では、一緒に一年生レギュラーになるのが関の山だったけれど。
明言せずとも友達と呼べた関係を、自分の弱さが壊してしまっていたけど。
それでも――

「ともだち……でしょ……?」

それでも、貴女と、隣で笑い合える人間になりたかった。

(ああ……死んじゃうのかな……)

目が霞む。
もう、唇を震わせることも難しかった。

(でも、変だな……あんまり……怖くないや……)

あんなにも怖かったのに、今ではすっかり受け入れてしまった。
きっと、ようやく、尊敬する友人の、隣を歩けるようになったから。
肩を並べると呼ぶには、あまりにも差は開いちゃったけど。
でも、ようやく、胸を張って、友達だって言えるようにはなれた。
言えるように、なれたのだ。

(こんなことなら……もっと早く……色々伝えればよかったな……)

もっと早くに謝れていれば。お礼の言葉を言えていれば。
もしかしたら、ずっとみほとチームメイトで居られたかもしれないのに。
そうじゃなくても、転校したあとであろうと、諦めずに追いかけるくらいしていればよかったのに。
きっと、そうしたら、もっと毎日が、楽しいものだったんだろう。

「大好き、だよ……みほさん…………」

後悔しながら死んでいくのも、何とか伝えられた言葉の内容も、非常にありきたりだった。
それでも、誰かを恨まず終われる彼女は、恵まれているのかもしれない。
極々普通の少女は、極々普通の少女のまま、殲滅戦に染まる前に、舞台を降りるのだ。

「赤星さん! 赤星さん!」

井の中どころか、池の中ですら王者になれる技量があったのに、大海に出てしまったがために、埋もれ、傷つき、斯様な末路を迎えた。
もしかすると、黒森峰女学園という大海になど出なければ、もっと幸せな生涯を送れたかもしれないのに。

「赤星……さん……」

だが――それでも少女は、抜け落ちた血液の代わりに、満足感を胸に抱えて瞼を閉じた。
大好き友人の腕の中、穏やかな笑みを浮かべながら、その死を看取り悲しんで貰える。
どこにでもいる少女に相応しい、本来どこにでもあってもいいような、殲滅戦らしからぬ“細やかな幸せ”だ。

戦車道に関しては並々ならぬ腕を誇ったのに、巡り合わせで脚光に恵まれなかった少女・赤星小梅は――こうして、静かに息を引き取った。



【赤星小梅 死亡】


234 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:27:55 1Ze5AiM20






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






「……おー、痛い。派手にやられたわ」

彫刻刀を引き抜いて、傷口に手を触れる。
思ったよりも血は出ていない。
それでも、歩く度にズキズキと痛みそうだった。

「……引き分け、かしらね」

奇襲で傷を負ったとは言え、こちらは確実に一人の命を奪っている。
ケイの勝利と言っても過言ではないかもしれない。
けれど。

「あの娘が来るまでは、勝利を確信できたのに」

ケイの心には、勝利したという意識はない。
卑怯な戦法でやられたという想いすらない。

あれは、みほの戦車道がもたらした結果。
彼女の生き様がもたらした、必然の乱入者。
自分は対応することが出来ず、痛手を貰ってしまった。
あれだけ否定しようと思ったみほの戦車道に、喰らいつかれてしまった。

「勝負は、預けるわ……ミホ……」

みほが逃げないことは読めた。
煙幕が爆発してから張られたことで、発煙筒の類でなく白燐弾であることも当てた。
焼夷効果があるとネットで見かけていたので、その中に突っ込むことはないであろうと読めたし、おかげで背後の気配に集中することが出来た。

だけど――最後の小梅の抵抗だけは、読めなかった。
道を外れ、道を見失った自分では、気が付くことができなかった。
みほの影響力と、工場という潜伏に向いた施設のことを考えたら、予想出来てもよかったのに。

「……もっとも、再起できればだけれど」

ケイは、無防備に泣きじゃくるみほを撃つことはしなかった。
代わりに、痛み分けのつもりで、小梅のベルトに差し込まれていた拳銃だけは貰ってきた。

一人殺して銃を入手。
戦果だけ見れば、十二分に及第点。
これで敗北感があるなんて、我ながら理解に苦しむ。

「貴女の選んだ道は、こんな悲劇を何度も繰り返す道よ」

空を仰ぎ、一人ごちる。
自分が歩みたくて、おそらく敬愛する“先輩”も歩もうとして、そして諦めた道。
その道は仲間の屍が山程転がり、一歩行くごとに心を蝕むだろう。
それでも、まだ、その道を行くと言うのなら。

「私達が選べなかったその道を、それでもまだ行くというなら……」

太陽がさんさんと輝く青空には、当然星なんて見えない。
願いを乗せる流れ星も、想いを預ける満点の星も、見えちゃいない。
それでも、願った。
心の中に常にはためくあの星条旗の星々に。

「ちゃんと……歩き切ってみせてよね……」

自分は、きっともうその道に戻れはしないけど。
だが願わくば、自分が捨てたその道が、ゴールに続いていますように。
そしてその道を、大好きな友人達が、彼女と共に歩めますように。

「その姿を、私はもう、見られないけどね」

自嘲めいた笑みを浮かべる。
生存のため、鬼となるつもりだったのに。
こびりついた生き方はすぐに変えることはできなかった。

ああ、いっそ、悪党になれたらよかったのに。

「そーいうの向いてないんですよ」なんて、大好きな友人達の軽口が聞こえたような気がした。



【H-3・茂みの中/一日目・朝】

【ケイ @ フリー】
[状態]脇腹に刺し傷
[装備]パンツァージャケット S&W M500(装弾数:2/5発 予備弾丸【15発】) M1918トレンチナイフ
[道具]基本支給品一式 不明支給品-は S&W M36(装弾数5/5)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰る
1:正々堂々としていない戦いには、まだ躊躇いがある


235 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:31:06 1Ze5AiM20






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






ようやく涙は止まっても、喪失感は留まるところを知らなかった。
人の死。それも、大切な友人の死。
あの日を堺に疎遠になってしまってはいたけど、それでも決勝戦の時に、また歩み寄れた大事な友達。

そんな友達を、自分が死に追いやってしまった。

彼女は、ずっと負い目に感じてしまっていたのだろうか。
今の自分が、助けられたことに対して、どうしようもなく負い目を感じているように。

「ごめんなさい……」

小梅は、最後に、笑顔を浮かべて死んでいった。
自分なんかを守って、その結果命を落としたというのに。
守れたという結果に満足し、他の全ての苦境を受け入れ、穏やかに微笑んだのだ。

「私……なんかのために……」

それは――かつてのみほに、出来なかったことである。
あの時小梅を助けに行ったことを、後悔したことなんてない。
自分の行いは正しかったと思っているし、小梅が無事で本当によかったと思った。

でも、それを誇りに、訪れた苦境を耐えることなど出来なかった。
自分は正しいことをしたのだと胸を張る勇気などなく、自分がしたことに対する反応で擦り切れて、やがて逃げ出してしまった。
たくさん嫌な想いをしたし、他人に対して嫌なことを考えた。
黒いドロドロに頭を支配され、逃げ出すまで笑顔を浮かべることなど出来なくなっていた。

小梅は、自分なんかを助けたことに胸を張り、死という最大の苦難を前に、笑顔を浮かべたというのに。


236 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:34:49 1Ze5AiM20

「赤星、さん……」

みほの心に陰が落ちる。
自分は、たいそれた人間ではない――そんな自虐の感情が鎌首をもたげる。

ああ、そうだ。
自分が無能だから、小梅は命を落としたのだ。
いや、彼女だけじゃない。
自分が上手く立ち回れていたら、役人に目をつけられることもなかったし、大洗の面々も戦車乗りとして“殲滅戦”などさせられなくて済んだのに。

自分は、なんて無能なんだろう。
自分は、なんて無力なんだろう。

「…………」

みほに、願いを託せるお星様など存在しない。
いつだって彼女自身が、誰かの願いを乗せた流れ星だった。
それも、他の隊長達と違い、周囲の人間という明かりがないと輝けない、情けない星。

「…………」

心を覆う真っ黒な雲は、友人という光源を容易く隠した。
その光は、もう届かない。
見えない星を、今はもう感じ取ることができない。

「…………」

戦車道という道の上、再びみほは足を止めてしまった。
もう、一人ではあるけない。
道を照らし、みほという希望の星を照らしてくれる強い光に出会わなければ、きっとこのまま、ずうっと立ち往生だろう。

「…………」

だって彼女は、火砕流だろうと突き進める、たくましい戦車なんかじゃない。
誰かの力がないと動けない、どこにでもいる、ちょっと戦車道が上手いだけの、普通の少女なのだから。



【G-3・工場/一日目・朝】

【西住みほ @ フリー】
[状態]精神的ショック大
[装備]パンツァージャケット スタームルガーMkⅠ(装弾数10/10、予備弾丸【20発】) 九五式軍刀 M34白燐弾×2
[道具]基本支給品一式(乾パン入りの缶1つ消費) 
[思考・状況]
基本行動方針:私は、無力だ……
1:赤星さん……
[備考]
赤星小梅の死体の傍に、彫刻刀(三角刀)が転がっています。
工場のどこかに不明支給品-は及びS&W M36の予備弾丸15発の入った背?が転がっています。


237 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:35:36 1Ze5AiM20

[装備説明]
・S&W M500
 260mm・1588g・.50口径・500S&W弾・装弾5発。
 没落しつつあったスミス・アンド・ウエッソン社が2003年に開発した超大型の拳銃。
 『.454カスール弾を超える弾薬を撃つことのできるリボルバー』というコンセプトは伊達ではなく、
 その威力は現時点で一般市場に流通している拳銃の中で最強と言われ、デザートイーグルの約2倍の威力を誇るとされる。
 銃と共に開発された強力無比な専用の弾丸はサイズが大きく、特大の弾倉にも5発までしか入らない。
 威力に比例するように、撃った反動で銃口が跳ね上がる『マズルジャンプ』の酷さも最高クラス。
 通常拳銃は片手で撃てるように設計されているが、M500は片手で撃つと常人はマズルジャンプに耐え切れず銃が後方にすっぽ抜ける。


・M1918トレンチナイフ
 第1次大戦末期に米陸軍が採用した格闘戦用ナイフ。
 グリップ部分のナックルガードは滑り止めスパイクとナックルダスター(メリケンサック)を兼ねている。
 「メリケンサックにナイフつけちゃいました」みたいな見た目のアレだと言った方が、何となく想像しやすいかもしれない。
 刃物が錆びても取り換えが効かない等の短所があり、主に刺突専用として使われることが多かった。


・スタームルガーMkⅠ
 245mm・1190g・.22口径・.22LR弾・装弾10+1発。
 スターム・ルガー社の処女作にして、競技用として開発された自動拳銃。
 大量生産に向いたシンプル構造で非常に丈夫な作りをしており、競技・練習用自動拳銃のロングセラーシリーズとなっている。
 シングルアクション・ストレートブローバック式のシンプルな構造で、他の自動拳銃と違いボルトのみを動かす作動機構を備えているため、
 反動少なく命中精度が非常に高い(発射時に動作する部品の数と質量を減らすことで銃の動揺を極力抑えているため)


・九五式軍刀
 陸軍の下士官に支給された軍刀で、実用的で量産に適する形を追求して造られた刀。
 戦地では頑丈さが求められていたため、柄は全金属製で鞘も金属。
 刀身も改良が重ねられ実物の日本刀より折れにくく粘りもある実用刀である。
 大戦末期には一部が木製のものも登場したが、このロワでは全金属製のものが支給されている。
 鞘はつや消し塗装のオリーブグリーンに塗られ、軍隊の武器という雰囲気が色濃く、レイアウトにもピッタリの逸品である。


・M34白燐弾
 煙幕を発生させる、所謂白燐手榴弾。『WP発煙弾』という方が、通りはいいかもしれない。
 やや太い円筒状で、若干下部が絞られている。重さは
 点火すると内部に詰められたリンが炎上し、視界を極めて悪くする濃い白煙をまき散らす。
 効果範囲は最大17メートル程度だが、破片を飛散させることもあり、平均的な投擲距離は約30メートルととされている。
 破片によるダメージを避けるためにも効果範囲内にいる人員は遮蔽物の陰などに身を隠す必要があり、また焼夷効果も少なからずある。


・S&W M36 “チーフスペシャル”
 159mm・578g・.9口径・.38S&Wスペシャル弾・装弾5発。
 警察向けにスミス・アンド・ウエッソン社が開発した小型の回転式拳銃。
 モデルナンバー制度の導入前に造られており、発売当初の商品名であった『チーフスペシャル』が今でも通称になっている。
 装弾数を5発に減らすことで携帯性を高めており、小型で軽量。女性人気も非常に高い。
 しかしエジェクターロッドがやや短いため、押しこむだけでは完全に排莢されないことがあるので注意が必要。


・彫刻刀セット
 主に木を削ったりに使う刀。
 鋼と地金とを合わせた構造になっており、研いだ時に鋼の部分が刃先になる、高価な逸品。
 市販の大量生産品と比べると扱いやすさは段違いだが、素人が適当に木を削る分には違いなど分からぬかもしれない。
 人間の肌も意外と削ることが出来、小学校では結構流血騒動を引き起こしている。
 『平刀』『丸刀』『三角刀』『小刀』『砥石』のセットであり、隠し持つには向いていると言える。
 軍用品ではないが、戦時中は国内で伝統品を作るのに使用されており、壁に遺書や辞世の句を掘るのにも使われた。檜山は村の生き残り。


238 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:36:07 1Ze5AiM20
以上で投下終了です
大変遅くなって申し訳ありませんでした

何か問題等ございましたらお気軽にお願いします


239 : 星に想いを  ◆wKs3a28q6Q :2016/07/30(土) 01:49:53 1Ze5AiM20
速攻ミスが発覚しました

>>234
ケイの状態表を
>[道具]基本支給品一式 不明支給品-は S&W M36(装弾数5/5)
から
>[道具]基本支給品一式 不明支給品-は S&W M36(装弾数5/5)、血塗れの彫刻刀(三角刀)
に変更します

また、>>236
みほの状態表備考欄から
>赤星小梅の死体の傍に、彫刻刀(三角刀)が転がっています。
の一文を削除し、更に
>工場のどこかに不明支給品-は及びS&W M36の予備弾丸15発の入った背?が転がっています。

>工場のどこかに不明支給品-は及びS&W M36の予備弾丸15発及び彫刻刀セット(三角刀抜き)の入った背?が転がっています。
に訂正します

ザックリ言うと、三角刀以外の彫刻刀セットと不明支給品が入った小梅の背?が、小梅のスタート地点近辺に転がっています
そして、三角刀はケイさんの腹に刺さったまま持ちだされ引っこ抜かれたので、ケイさんが所有してます
ガバガバで申し訳ありませんでした


240 : ◆GTQfDOtfTI :2016/07/30(土) 13:56:20 vQR7Sw0Y0
感想は後程。
澤梓、山郷あゆみを予約。


241 : ◆nNEadYAXPg :2016/07/30(土) 21:00:14 CgDMxPEA0
ダージリン、後藤モヨ子で予約します


242 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:16:22 Tztj.4jU0
>>カルパッチョ、アキ
ひなちゃんのマーダー化は予想できていたのですが、なるほどこう来ましたか
理性的な彼女のこと、無責任に狂ってしまうタイプとも思えなかったので、こういう覚悟の決め方は納得です
ところで軍服というのは、タンクジャケットのことでしょうか?
継続高校はタンクジャケットを買えずにいるらしく、試合中に着ているアレはジャージだそうなので、ひょっとしたら修正した方がいいかもです

>>華、ペパロニ
あんこうチームの中で誰かが乗るなら、それは華さんかもしれないとは思っていました
しかし単純バカのペパロニが、しかし単純なればこそ、マーダーに転向したというのは予想外!
ギリギリまで彼女を予約して対主催にしようとしていたのですが、これは運命のイタズラが働いて正解だったようですね
それぞれ考え方は違えど、辿り着いた結論への熱意は、等しく熱いものだと思いました

>>西、ローズヒップ
ひょっとしてこれは事実上の西ダジなのでは……?
考えが足りないところはすごく多いけど、それでも考えることはやめてはならないと、己を律しているのが西さんなんですよね
今回ローズヒップと組んだことで、それを再確認することができました
あとローズヒップはローズヒップで、子供みたいで妙に可愛いですね

>>アッサム、オレンジペコ、カエサル
まずはたかちゃんに合掌
そしてアッサムが自ら下手人を買って出たこと、オレンジペコちゃんが丁寧に人間性を捨てていったことに脱帽しました
予想通りと予想外が入り混じって、最後に切なさが残る、とてもいいお話でした
それとオレンジペコの状態表と、細かな武器解説も素敵です

>>みほ、ケイ、小梅
これ確か、予約した段階では、小梅さんを入れる余地はなかったはずですよね?
つまり執筆中の偶然が、この結果を手繰り寄せたということで、そこを含めても二倍熱い話だなと思いました
小梅さんは残念なことになってしまい、みぽりんの心にも大きな傷を残すことになってしまいましたが……
らしくない決断をしながらも、らしい責任感を固めてるケイさんも素敵でした

あまり時間がないので、夜遅くですが、自分も投下させていただきます


243 : 二つの想い、揺れる秤 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:17:25 Tztj.4jU0
 最初にそれを目の当たりにした時、迷いがなかったと言えば嘘になる。

 分かっていたことだ。
 これを使うことによって、どういう結果が得られるのか。
 これを使ってしまうことで、どのような結果を招くことになるか。

 それでも、やらねばならないと思った。
 リスクは確かに大きいが、目指す目的を果たすためには、これが役に立つのもまた確かだ。
 敵はあまりにも大きい。立ち向かうには人手が要る。
 一人で足りないなら四人。四人でも足りないならもっと多く。
 これだけ大きなフィールドで、その力を掻き集めるためには、これを使わなければならない。

 意を決した彼女は、手にしたそれのスイッチを入れ、口元へと持ち上げて構えた。


244 : 二つの想い、揺れる秤 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:19:16 Tztj.4jU0


 えー、皆さん聞こえますか! 県立大洗女子学園2年、アヒルさんチームリーダーの、磯辺典子という者です!
 知らない人は……そうだ、89式! 全国大会では、アヒルのマークが描かれた、89式に乗っていました!
 こんなことになってしまいましたが、どうかまず私の話を、聞いてはもらえないでしょうか!

 私は一応大洗の、戦車道チームに所属していますが、正直戦車道の何たるかというのは、まだ詳しくは理解できてません。
 元々戦車に乗ったこと自体、戦車道の授業が復活した、この春になって初めて体験したことでした。
 だけどきっと、いえ必ず! これだけは言えるだろうということが、私の中にははっきりとあります!
 戦車は戦争のための兵器でした。人殺しのための武器でした。
 だけど私達の戦車道では、弾頭の威力に気を配り、搭乗席をカーボンで守り、様々なルールを整備して、人が死なないための工夫を凝らしてきました。
 それってつまり、戦車は人殺し以外の何かにも、使うことができるんだって、そういうメッセージじゃないですか!
 私達の先人達は、きっとそう信じて戦ってきた! 争いや殺し合いを否定し、互いを高め合う武芸としての道を、私達と戦車に示してきた!
 そんな戦車に乗る私達が、こんなバカみたいなことのために、その道を否定するんですか!?
 私達がやってきたことは、決して戦争なんかじゃない! むしろ戦争や殺し合いを、否定しながら戦ってきた!
 そんな私達が、こんなことに屈して、殺し合いなんかに乗っちゃっていいんですか!?

 私だって死ぬのは怖い。
 この首輪が爆発するかも、誰かが後ろから刺してくるかも……そんな恐怖は今でもあります。
 私も園先輩という仲間を、目の前で……殺されてしまいました。
 でも……でも、園先輩は!
 最期の最期の瞬間まで! 逆らえば何かされるかもしれない、きっとそれを分かっていながらも! 最期まで殺し合いを認めませんでした!
 こんなバカなことには付き合えないと、最期まで抵抗の意を示して、戦いました!
 仲間の想いは裏切れない! 仲間の死を穢すことなんてできない!
 だから私は、戦います! 殺し合いを否定して、みんなで脱出するために、断固たる決意で抵抗します!
 だからどうか、皆さんの力も、私に貸してはもらえないでしょうか!?
 私と一緒に、あの文科省の役人と、戦ってはもらえないでしょうか!?
 私はもう誰も喪いたくない! 園先輩と同じ最期を、誰にも迎えさせたくはない!
 きっと園先輩だったら、私と同じことを思うはずです。もう誰にもここには来てほしくないと、天国で思ってくれているはずです!
 戦いましょう! 抗いましょう! 誰も死なせないためにも、この殺し合いに立ち向かいましょう!

 私は地図に書かれている、高校の校門前で待っています。いいですか、高校の門ですよ!
 もしも皆さんが私と、共に戦ってくれるなら……もしも皆さんが私に、力を貸してくれるのなら!
 私は信じます。信じて待ちます!
 だからどうか、どうか私に、皆さんの力を貸してください!


245 : 二つの想い、揺れる秤 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:19:58 Tztj.4jU0


 拙い喋りだとは思う。余裕もないように聞こえる。
 人を説き伏せる上では、あまり上等な喋り方とは言えない。
 それでも、熱意は伝わってきた。時に感情は、説得力以上に、大きな力となることもある。
 無茶なやり方だとは思うが、それでも嫌いではないな――レオポンさんチームのホシノは、そんな感想を抱いていた。

(声が聞こえてくるのは、あっちの方か)

 同じ学校の後輩であり、共に戦ったチームメイト。来年三年生になるツチヤなどは、特に付き合いも多くなるはずだ。
 そんな典子の姿を思い出しながら、ホシノは耳で声をたどる。
 殺し合いを止めたくない。その気持ちは痛いほど分かる。
 そど子の犠牲を無駄にしたくない。その気持ちはむしろタメ歳の、自分の方が強いかもしれない。
 だから拡声器を得たであろう典子が、こんな行動に出るのも分かる。
 それでも、これは殺し合いに乗った人間を、招き寄せる可能性もある、極めて危険な行為でもあった。

(無茶は承知か、ただの無策か)

 そこのところを、あの典子は、果たして理解できているのか。
 正直言って、どちらもあり得る。あくまでも端から見た判断だが、ホシノはそんな風に考えていた。
 アヒルさんチームは他に比べて、マシンパワーでは劣っているものの、それでも難しいミッションを、いくつもこなしてきた優秀なチームだ。
 状況判断力と応用力の高さは、バレーボールで培ったものか。体を動かす上で言えば、確かに彼女は賢いだろう。
 しかしツチヤから聞くには、彼女は賢くはあっても、勉強ができるというわけではないらしい。
 要するに勘はきくものの、知識が足りていないのだ。故に危険性を認識できず、間の抜けた判断を下したという、そんな可能性もあり得るのだった。

(どっちにしても、急いで行こう)

 とにかくも、今の磯辺典子が、放っておけない状況にいるのは確かだ。
 必然早足になりながら、ホシノは高校へと向かう。
 彼女の理想には賛成だ。だからこそ、それを穢さないように、きちんと守ってやらねばならない。
 果たしてこの拡声器の声が、どれだけの人間に届いているか。
 果たしてその中の何人が、彼女の高校を目指そうとするか。
 一体そのうちの何人が、彼女に賛同する味方か。そして残りの何人が、彼女を騙そうとする敵か。
 そして自分はその中で――

「……っ」

 ぴたりと、足が止まった。
 無人の道路を一人で進む、ホシノの歩みがゆっくりと止まった。

「くそ……ッ!」

 がん――と拳が音を立てる。
 誰も住んでいない家の塀を、振り抜いた右手で勢いよく叩く。
 否、そんな上等なものじゃない。やり場のない濁った感情を、無理やりに吐き出しただけのことだ。

(何を考えてんだよ、私は……!)

 空いた左手で顔を覆い、ぐしゃぐしゃと前髪を掻き毟った。
 そして自分はその中で、何人救える気でいるのか。
 迫り来る殺人者の攻撃から、何人の人間を守れるか。人を守るためという名分があれば、何人の襲撃者を殺せるのか。
 数を絞らなければならないのなら、その優先すべき命の中に、磯辺典子は入っているのか。
 そんなことを、考えてしまった。
 典子の主張に賛同しながら、誰も失いたくないという決意を認めながら、それでも命を値踏みするような、そんな考えを持ってしまったのだ。

(分かってる……最初から分かってたことだ)

 本当はとっくに気付いていた。
 気付いてもあの声を聞いたからには、否定したいと思っていた。
 国の役人が舞台を整え、綿密に準備したこの殺し合いに、都合の良い隙などあるはずもない。
 誰彼もその手で守り抜き、みんな揃って脱出するなど、理屈の上では不可能だ。きっとこの町はそのように、仕立てられているはずなのだ。


246 : 二つの想い、揺れる秤 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:21:10 Tztj.4jU0
(こんなこと考えちゃいけないって、それも分かってはいるけれど……)

 だからどうしても思ってしまう。
 たとえ今度もあいつを倒し、企みを阻止できたとしても、その過程で一体何人、喪われることになるだろうか。
 あるいは自分の力など及ばず、まんまと奴らが絵に描いたように、殺し合うことになってしまうのか。
 いくらかの命を生かせたとして、その中に入っているのは、誰だ。
 自分か? ナカジマか? スズキか? ツチヤか?
 あるいは西住隊長か? 他の戦車道の仲間達か? 大会で戦ったライバル達か? 全然顔も知らなかった他人か?
 そしてその中で、誰の命だったら、優先して守ることができる。
 あるいは誰の命だったら、切り捨ててもやむを得ないのだと、そう考えて見捨ててしまえる。

(……なぁナカジマ、テラダ先輩。私に一体何ができる?)

 結局どれだけ考えても、ここに誰と誰がいるかは、今のところは分かっていない。
 誰を喪いたくないと思うのか、あるいはそういう人間は無事なのか。
 誰の手ならば借りられるのか、そもそもそんな奴などはいないのか。
 そんな中、ここにいないことを願いながら、ホシノは二人の顔と名前を、頭に浮かべながら問う。
 今の部長と、かつての部長。自分達を率いた二人に、果たしてどのように戦うべきかを、ホシノは胸中で問いかける。

(スズキ、ツチヤ。あんた達は、一体私に……何をやってほしいんだ?)

 同い年の同輩と、一つ年下の後輩を思う。
 共に肩を並べた彼女らなら、自分にどう戦うよう求めるのか。答えなど返るはずもない問いを、声に出さずに発し続ける。
 三年生である自分は、間違いなく典子より先輩だ。
 最悪、自分が最年長となり、責任を背負うことにもなるかもしれない。決断を求められることにもなるかもしれない。
 だから、考えなければならなかった。
 ホシノに何ができるのか。ホシノは何を求められるのか。
 この糞ったれた殺戮の舞台で、ホシノは一体どのように、決断を下さなければならないのかを。

(……行こう)

 答えなんて出てはいない。簡単に出せるはずもない。
 それでも、足は止められなかった。今のところ、典子のことを、守りたいと思うのは確かなのだ。
 これ以上そど子のような犠牲を、出したいなどとは思えない。その気持ちには素直に従い、無理やりに己を走らせる。
 たどり着くまでに結論を、どのようにまとめているのだろうか。それとも答えなど出せずに、無様な姿を晒すのか。
 渦巻いた不安はそれでも捨てられず、だとしてもと振り払うようにしながら、ホシノはより一層勢いを増して走った。



【D-2・町並み/一日目・朝】

【ホシノ@フリー】
[状態]健康、心に大きな迷い
[装備]ツナギ姿
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:殺し合いには乗りたくない。けれど最悪の状況下で、命を奪わずにいられるだろうか?
2:典子と合流し、殺人者から守る。出来れば彼女の思想に協力したいが……
3:レオポンさんチームの仲間にはいてほしくない。彼女らの存在を言い訳に、誰かを殺すことはしたくない
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました


247 : 二つの想い、揺れる秤 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:21:51 Tztj.4jU0


 迷いが全くないと言えば、きっと嘘になるのだろう。
 恐れを抱いていないわけではないと、本人も確かにそう言っていた。
 それでも、そうした不安も恐怖も、決して外に出すことはしないと、彼女はそのように決めているのだ。
 体操服の後ろ姿は、ぴしりと真っ直ぐに立っていた。
 磯辺典子と名乗った少女は、腕を組み校門の前に立ち、堂々と仲間を待ち続けていた。

(悪いことなのは分かっているわ)

 そしてそんな彼女の背中を、背後から見下ろしている者がいた。
 彼女の決意と勇気の言葉を、既にじっと息を潜めて、高みから聞き届けていた者がいたのだ。
 銀と金髪の境目にあたる、いわゆるプラチナブロンドの長髪。澄んだ青色の瞳は、日本人のそれではなかった。
 本名ではない外国人名を、多くの日本人選手が登録している、日本の高校戦車道界。
 その中にあって数少ない、本物のロシアからの留学生が、このプラウダ高校のクラーラだった。

(貴方の理想は分かっている。戦車道の理念も承知している)

 学園艦文化が発展し、地上から中高生が消えた大洗で、ひっそりと取り残された廃校舎。
 そんな背景を匂わせる、古ぼけた学校の教室の中で、クラーラは一人目を覚ました。
 そして内部の調査を済ませ、学校から出ようと考えたその時、彼女はその声を耳にしたのだ。
 唐突に姿を現した、大洗の典子の声を、拡声器越しに聞かされたのだ。
 間違ったことは、言っていない。戦車道を志す者なら、心を動かされないはずもない。
 きっと同志カチューシャも、同じことを考えて、同じように動くのだろう。

(それでもごめんなさい、ノリコさん。私は理想や誇りよりも、偉大なるあの人を守りたい)

 だとしても、誘いには乗れなかった。
 学校から飛び出すことをせず、そのまま校舎に立てこもって、反目する道を選んでしまった。
 プラウダ高校チームを率いる、小さな暴君・地吹雪のカチューシャ。
 類稀なる戦術センスと、腕前からは想像もつかない愛くるしさ。
 そしてカール自走臼砲を前に、私には当たらぬと豪語し続けた、狂気すら漂わせるほどの圧倒的自負。
 そのプライドの高さは、転じて、クラーラにとってのカリスマとなった。
 これほど調子に乗った人なら、あるいは自信相応の奇跡を、起こしてしまえるのではないだろうか。
 どんな逆境にあっても、大胆不敵に笑ってみせる、あのイカれた指導者について行けば、素晴らしいものを見られるのではないか。
 きっとプラウダの全ての生徒が、胸に共有したであろう忠誠だ。

(貴方にも、貴方のお仲間にも、ここで消えてもらいます)

 だからこそ、クラーラはなればこそ、典子と共には歩めなかった。
 いかに強いカチューシャと言っても、戦車を降りれば見た目相応だ。愛らしいちびっ子の彼女には、碌な運動能力などないのだ。
 ならばこそ、守らねばならない。
 何人を殺すことになっても。それが大学選抜戦を、共に戦った仲間であっても。
 たとえそれらを殺すために、卑劣な手を使ったとしてもだ。
 この手には狙撃銃がある。それもドラグノフとくれば、偉大な祖国が開発した名銃だ。
 あの誘いに乗った連中が、この場に集まるのを待ち構えて、一網打尽に撃ち殺してやる。

(同志と偉大なるプラウダのために)

 彼女との戦車道は楽しかった。チームで過ごしてきた毎日は、尊く気高いものであった。
 だがだからこそ、何を捨ててでも、守らねばならないものがある。
 気高きその名を守るためなら、今日までの誇りはドブに捨てよう。
 そのために日本の学園艦に、今の自分はいるのだから。
 冷たく光る瞳には、迷いの曇りは、一つもなかった。


248 : 二つの想い、揺れる秤 ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:22:18 Tztj.4jU0
【C-3・高校・校門前/一日目・朝】

【磯辺典子@フリー】
[状態]健康
[装備]体操服
[道具]基本支給品一式、拡声器、不明支給品(ナイフ、銃)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める
1:仲間を集めて役人と戦う。そのために今はこの場所で待つ
2:大洗の仲間や、万が一アヒルさんチームの後輩がいたら、合流したい
[備考]
※C-3高校の校門前にて、拡声器を使用しました。周辺に典子の声が響き渡ることになりました。


【C-3・高校・3階教室の窓際/一日目・朝】

【クラーラ@フリー】
[状態]健康
[装備]プラウダ高校の制服
[道具]基本支給品一式、ドラグノフ狙撃銃(10/10)不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:カチューシャを優勝させるために戦う
1:典子の声につられてきた連中を、現在地から狙撃して殺す
2:できればプラウダの仲間は守りたい。しかしもしもの場合には、カチューシャの命が最優先
[備考]
※C-3高校の校門前にて、拡声器を使用しました。周辺に典子の声が響き渡ることになりました。


[装備説明]
・拡声器
電気的に声を増幅させる、メガホンのような形をしたもの。
ローズヒップが町で拾ったものとは異なり、正真正銘の支給品としての拡声器である。
メタ的な話をすれば、これまで多くの企画で登場し、
多くのドラマを生んだと同時に、多くの命を奪ってきた、見た目によらず歴史のあるアイテムでもある。

・ドラグノフ狙撃銃
ソビエト連邦が開発した、有名なセミオート狙撃銃。装填数は10発。
スナイパーライフルというカテゴリに属してはいるものの、
市街地戦という特異なシチュエーションを想定して開発されたことから、近接支援火器に近い性能を有している。
速射性と頑丈さに秀でた性能は、西側諸国にとって大きな脅威となり、現在も東側で運用されているという。


249 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:23:36 Tztj.4jU0
投下は以上です


250 : ◆Vj6e1anjAc :2016/07/31(日) 03:33:30 Tztj.4jU0
コピペミスがあったため、クラーラの状態表を修正します

【クラーラ@フリー】
[状態]健康
[装備]プラウダ高校の制服
[道具]基本支給品一式、ドラグノフ狙撃銃(10/10)不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:カチューシャを優勝させるために戦う
1:典子の声につられてきた連中を、現在地から狙撃して殺す
2:できればプラウダの仲間は守りたい。しかしもしもの場合には、カチューシャの命が最優先
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました


251 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/31(日) 23:33:01 0n0LVzmo0
皆さま投下乙であります。

>サムペコ、カエサル
ペコの描写に隠れがちですが、たかちゃんの生きるための意地、とてもよかったです。
でも、それを一瞬にして消してしまうペコ、ああ、無常…。
下の子思いのアッサムの葛藤、ペコの人間らしさと、それを喪う虚無感、とても丁寧で良かったです。
ペコが振りきってしまった以上、この二人は怖いですね。

>みぽりん、ケイ、小梅
とにかく、まさかの小梅ちゃん。ここでその対比はとてもずるいですよ!!!
みほさんがみほらしくて、特に大好きなケイさんが敵になる瞬間の描写はとても丁寧で、読んでいてこっちの胸が痛かったです。
特殊戦の考察も、ああ、なるほど、そうきたかという感じで読ませていただきました。
こういう設定も単一ロワ独特でいいですね。
そんなことより暗黒面に落ちつつあるみぽりんが心配ですけど……
カチューシャがなんとかしてくれると信じましょう…。

>クラーラ、ホシノ、典子
まさかの拡声器ネタが二回!ロワのジンクスとは違うけど、いままでその発想はなかなかなかったのでは!?
二箇所で拡声器があることによって、反応者の行動にも幅が出てきて、なかなかこれはおもしろい展開になりそうです。
典子ちゃんにはお得意の根性とセンスで何とかしてもらいたいけど、クラーラの武器はなかなかキツイ。
ホシノ、あんたの腕にかかってますよ……。


さて、遅くなって申すわけございません。投下します。


252 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/31(日) 23:36:54 0n0LVzmo0

『この世界は、鳥の卵が破裂して出来ているんだ』

彼女は、瞳を閉じて眠たそうな声でそう言った。

『ごらん、空を。まるで大きな卵の殻に包まれているみたいだろう?』

ぽろん、と彼女は指先でカンテレの弦をつま弾く。
切り株に置かれた熱いヘルネケイットに満ちた琺瑯のコップを手に取りながら、少女は言われるがまま空を仰いだ。
雪の重みに喘ぎお辞儀した木々、その合間から見える真っ黒な冬の空は、眩暈がするほど高く透き通り、どこまでも遠く広がっている。
その中に光る数え切れないほどの白銀の星群は、真新しい玩具箱にばら撒かれたビーズのようにきらきらと瞬いていた。
東には、下弦の月が浮かんでいる。
疎らに煌めく星達を纏める様に凛と夜空に立ち、こちらを優しく、しかし厳かに見下ろしている。
月の周りは、やや霞みがかっていた。
白く輝く輪郭を薄く隠し、月はいつもより僅かに大きく、そして年月を忘れるほど遠く見えた。
ぱちり。
焚き火の薪が乾いた音を上げる。
紅蓮色の火の粉がゆらゆらと冬の空に舞い上がり、ふっと溶けるように黒の向こう側へ消えてゆく。
上を見たまま、少女は湯気の揺らぐコップを口に付けた。
悴んだ指先が、じいん、と熱に痺れ、体の芯からじわりと熱気が広がってゆく。

口を離して、息を、一つ。

熱っぽい白い吐息は不規則に揺らぎながら夜空に上がり、黒い中空に飲まれて消えていった。

『卵の殻』

復唱するように少女は呟く。
それは、遠い国の伝承だった。
世界は鳥の卵の殻の中。曰く、北にある留め金、即ち北極星まで届く大きな柱が、天空を貫き殻を支えているのだ、と。

『……私にはわからないや』

そう言って、表情だけで笑いながら視線を落とした。
ぱちりと揺らぐ炎の向こう側、ちょうど少女の対角線上、切り株に座る彼女は帽子を深く被り直していた。

『ミッコ』

彼女は、ミカは諭すように呟く。
足元には乳半がかった薄緑のファイヤーキングのコーヒーカップが置かれている。
中の珈琲は湯気一つ立てず、卵の殻、その内側に張り付いた星屑を静かに映していた。

『解るとか解らないとか、それは大事なことじゃない。空の向こうに想いを馳せて、感じるのさ』

少女は、ミッコは頬杖をつきながら、ふうん、と興味がなさそうに呟く。
ぱちり。再び炎が、風のない世界で揺れる。
かっと燃えるような橙に、ミッコの世界は染まっていた。
炎が下手なダンスを踊る度に、暗い影は膨らみ、歪み、表情をくるくると赤子のそれのように変えてゆく。
やがて網膜に光が焼きつき、ちかちかと闇が緑色に歪んで見えた。
気温は氷点下。辺りの木々は白いマシュマロを纏ったように丸々と太った白い雪球をぶら下げている。
ミッコは寒さを思い出したように身震いすると、視線だけで再び空を見上げた。
ぽろん。視界の外から悲しげな声でカンテレが啼く。

『今頃鳥の通り道では、彼等が向こう側へ飛んでいる頃かな』

ミカが人の触れぬ瀞の様に低く、静かに呟く。
天に浮かぶ星の川を、彼女達は“鳥の通り道【リンヌンラタ】”と呼んでいた。
大地の向こう側、地球の南の終わりには“鳥の住処【リントゥコト】”と云う暖かく平和な、しかし小さな世界がある。
鳥の住処には、冬の間、小人と鳥達が体を寄せ合い歌を唄って暮らしている。
その鳥達は、春の訪れと同じくして鳥の通り道を渡り、かの国へと降りてゆくのだ。
そして、死者の魂もまた、鳥の通り道を通って鳥の住処に渡るのだと信じられていた。


253 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/31(日) 23:37:25 0n0LVzmo0

『鳥は好きだよ』

ミッコは鳥の通り道を指でなぞりながら、ぽつりと言った。
ミカは顔を上げた。帽子の鍔で切りたられた視界の中に、紅蓮色の光に染まった二つのおさげが見える。
少女の翳した指先を、その先の光景をミカも見上げた。
残念ながら指先の向こう側には住処に向かう鳥は見えなかったが、それでも少女は何かを探すように満点の星空の向こうを見つめている。

『風を感じていられるから?』

ミカは視線を下げると、訊きながらカンテレを指で弾いた。
ぱちぱちと乾燥した薪が弾ける音の中に、小気味良い音が混ざる。

『……まあ、そんなとこ』
ミッコは再びコップを口につけると、スープを飲み干しながら呟いた。
『鳥は一体になれてる気がして』
『風と、かな?』ミカは尋ねた。
『風と』ミッコは応える。
『ミッコは本当に風が好きだね』ミカが少しだけ笑った。『でもね、直視バイザーをわざわざ開ける癖は、止めたほうがいいんじゃないかな』
『え〜!? いーの、私は風がよく通るあれが好きなんだから』ミッコがにかりと歯を見せて笑った。

不意に、まるで彼女達の会話が呼んだように風が吹いた。
体の芯まで凍えるような風は一瞬にして少女達を追い抜き、青白く染まった森を駆け抜けてゆく。
焚き火がごうと唸りながら火柱を高く歪め、ばさばさと彼女達は髪を揺らした。
ミッコは顔を下ろし、風の走り去った先を、東を見る。
森の中からは風が裂かれるような鋭く低い音が聞こえた。
ざわめく木々の隙間からは、海が見える。
夜の海は古い油を塗りたくったような深い黒で染まり、さざめく波は星明かりをぬらぬらと怪しく反射していた。
その上に、月がぽつんと浮かんでいる。この世界に存在する何よりも白く冷たく光り、暖かさはそこには微塵も無かった。

『ミカ』ミッコが呼ぶ。『そろそろ、寝ようよ。アキもとっくに寝たし』

ミッコが伸びをしながら、立ち上がる。
ぽろん。カンテレの音が返事代わりに響いた。
ふと、中空を舞う何かに気付く。白くふわりとした小さな塊が、一つ。
手を前に出して、それを受け止める。真っ赤な掌の熱に、それはふっと溶けてゆく。
雪の結晶の感触を確かめるように掌を優しく握ると、ミッコは空を見上げた。
瞬く星の間から、数えきれないほどの純白の雪花が大地に降り注ぎ始めていた。

『雪、だね』

ミカが呟く。アキは頷くと、再び掌を空に翳した。
遠く飛ぶ鳥は決して見えなかったが、音もなく降り積もる雪は、冷たく肌に溶けてゆく。
薪が、乾いた音を上げた。カンテレの演奏は止まっている。
午前3時、綿雪、学園艦の上、森の中。
火の気配を除けば、いたくしんとした、音の無い夜だった。

『帰ろうか、ミッコ』
『うんうん、いやぁ冷えるねえ〜』

ミッコは両手を抱きながら身震いすると、何処にいるやも知らない、この雪のように白い鳥を想像した。
鳥は彼女達の中では特別な意味を持っている。
曰く、人が産まれる瞬間、その魂は鳥が運んできたのだという。

そして死の瞬間にも、また、その魂を運び去るのだ。


254 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/31(日) 23:41:43 0n0LVzmo0
  










空。
空を泳いでいた。

蒼穹のずっとずっと向こう側、天に満つ青を突き抜けて、悠久の空が広がっている。
雲は薄く積もった雪のように淡く疎らに広がり、互いが競うように、しかしゆっくりと風に揺られて地球の周りを回転している。
その中を、興味本位で潜り抜ける。
風の塊にダイブした様な感覚。しっとりと湿った空気が身体を覆った。霧に霞んだ灰白に世界は包まれ、まるで雪国のよう。
ややあって、雲海の中を抜ける。
がくん、と身体が揺れた。翼がばさりと音を上げ、白い羽が弧を描きながら中空に舞った。
暖かな日差しに温められた下界から、清々しい風が駈け上がる。上昇気流だ。
羽で風を受け止めると、滑空しながら世界を見た。

雲を抜けた先は、この世の全てを展望できる青の世界だった。

地平線の果てまで続く空、白銀の太陽。
見渡す限り雲一つ無い、何もかもを空気色に染め上げた、限りなく透明な世界が広がっていた。
地にはどこまでも続く青黒い大海原。
押しては返し揺れる波に光が緩やかに反射し、太陽を目指しどこまでもきらきらと輝いている。
地平線では澄み渡る海と空が混ざり合い、境界線を溶かしていた。
空気が朧を纏っている。そう感じた。
暑すぎず、寒すぎず、湿度はほどほど。出掛けるのにこれほど良い日柄は無い。
静かに海原へと降下しながら、景色を見た。
踊っている。白い煌きが水面を揺れて、きらきらと踊っている。
美しい景色に唄を捧げる様に鳴くと、風を切るように速度を上げ、中空を駆け抜ける。
やがて、目の前に陸地が見えた。それは、一つの小さな港町である。
名を、大洗と云う。

結論から言うと、その町は死んでいた。

港町にしては不自然すぎるほどしんと静寂を保っており、町には車一つない。
動物の姿も見当たらず、朝だというのに散歩をしている住民の姿も、ゴミ出しをしている主婦の姿も見当たらない。
平和という一言で片を付けるにはその光景はあまりにも異様で、あるべき自然の姿と形容するには酷く異質な景色であった。
とどのつまり、死んでいるのだ。そう形容する他ない。
まるで一夜にして世界が滅んだかの様な、そんな違和感が街全体を抱擁していた。
そんな町の中を、何があったのかと確かめる様に駆け抜ける。
木々の隙間を、家の合間を、道の上を、電柱の間を。

やがて、線路が見えた。
鈍い銅色に光るレール沿いに徐々に上昇し、小さくなってゆく下界を見る。
線路は南西から北にかけて、町を二つに切り分ける様に斜めに伸びていた。
その途中に、人影を見る。線路の上を、小さな少女が歩いていた。
淡い水色のジャージ、赤茶の二つ縛りの髪。
双葉が開いた草の茎を咥えて、靴と靴下を脱ぎ、裸足のまま、少女が足を進めている。
バランスを取る様に靴を持った手を左右に広げ、レールの上をひたすら真っ直ぐ進んでいた。

少女を祝福する様に鳴き、ばさり、と羽ばたく。
全てを追い抜き、街を抜け、遥か彼方へ飛んでゆく。
あの伝承をなぞるように、通り道を抜けて住処へ向かって、飛んでゆく。


255 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/31(日) 23:43:30 0n0LVzmo0









一羽の鳥が、天高く啼いた。
ミッコは足を止めて、太陽に手を翳しながら空を見上げる。朝日が眩しい。
青を塗りたくった紺碧の空、その中心に、風に乗った白い鳥が飛んでいた。
何の気なしにただぼんやりと、その鳥が彼方へ白い点となり消えてゆくまで、じっと姿を目線で追う。
やがて、鳥はその姿を青に溶かし、地平線の向こう側へと消えていった。
空は、青い。
最初から何もなかったかのように、そこにはただただ、蒼穹だけが広がっていた。
数拍置いて、空から何かが落ちてくる。
銀杏の種の様にくるくると虚空を旋回しながら、それは狙いすましたようにミッコの頭上に落ちてきた。
暫く唖然として見ていたが、それが鳥の羽根だと気付き、右手でキャッチする。
雪のように白い羽根の付け根を持ち、太陽越しにくるくると回した。
細い羽毛の隙間から、ちらちらと光が漏れては消えてゆく。
肩を竦めてポケットに羽根を入れ、ミッコは此処で漸く視線を空から下に落とす。
そしてそこで初めて、目の前に存在する、一人の人間を知った。
思わず、ぎょっとして体がびくりと跳ねる。
驚嘆、そして硬直。目前1メートル、対角線上のレールの上。
ツナギを来て困ったような顔を見せていたその人間は、大洗女子学園自動車部最年少部員。名を、ツチヤと云う。

十秒か、一分か。彼女達は呆気にとられて互いを凝視し合っていた。

ツチヤは、目前の継続高校のその人物を、名を知らないまでも活躍はよく知っていた。
対大学選抜チームでの継続高校の破天荒な活躍ぶりは色々聞いていたし、
そもそも彼女は10式戦車までとはいかずとも、BT-42、もといクリスティー式懸架装置が好きだった。
大直径転輪、ストロークの大きなコイルスプリングによるサスペンション、航空機用の大馬力エンジン。
履帯を装着した状態で最高53km/h、履帯を外した場合――ハンドル操作!!――は最高73km/hにも達する。
一言で言えば、そう、“ロマン”である。
一度は乗って運転、あわよくばドリフトしたい車体であったし、目前の彼女はそれを意のままに操縦、しかも片輪走行までやってのけたのだという。
更にあのパーシングの砲撃を掻い潜り、三台もの撃破に貢献した凄まじい腕前。車乗りとして、彼女の事を知らない筈がなかった。
しかし、それ故に、ツチヤはミッコを発見して呆気に取られた。
なにせ、自分と同じ行動をしていたのだから。
裸足姿で、線路の上をバランスを取りながら歩く。
別にその行動にさいたる思い入れがあるわけでもなかったが、ツチヤも何となくそうしてここまで歩いてきた。
すると正面から空を見ながら歩いてきた人物が自分とそっくりな行動をしていたのだから、さしものツチヤも驚いた。
故に、思考は硬直する。


256 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/31(日) 23:49:08 0n0LVzmo0
ミッコは、しかしながら対して彼女の事を碌に知らなかった。
その格好から何となくエンジニア的な雰囲気こそ感じたものの、名前も、所属校も解らない。
継続高校は脱落して早々に、彼女達の戦いを見ることすらなく船で会場を後にしていた故に、ちっとも目の前の少女が誰なのかが解らなかったのだ。
しかしそれにしても、彼女の驚きはそれ以上に大きかった。
少々人見知りが激しく、身内以外には口数も少なめのミッコにとって、一連の流れを見られていたのはかなり気恥ずかしいものがあったし、
何より見知らぬ人物が目の前に立ってこちらを怪訝そうに見ていたのだから、驚きと羞恥に体は硬直して当然だった。
思わず口が半開きになり、ぽろりと咥えていた草が落ちる。
半秒遅れて、更に驚いた。
目前に現れた不審者が、自分と同じように、線路の上に裸足で歩いていた事に気付いたからだ。
この人物は誰で、何故自分と同じ行動を取っているのか。
ただでさえイレギュラーな状況の中の邂逅に、ミッコはその不可解な偶然に一時の思考を余儀なくされた。

「や」

硬直を最初に破ったのは、ツチヤだった。手を挙げ、困ったように微笑う。

「ん」

ミッコはぎこちなく頷き、答えた。
ツチヤの様子を恐る恐る探るが、敵意は全く感じられず、わずかに胸を撫で降ろす。少なくとも、戦うつもりではなさそうだった。

次の句は、互いに出なかった。
今がどれほど非常事態であろうが、やはり彼女達はそれほど親しい仲ではなかったし、出会い方が少々異質過ぎた。
けれど、かと言ってわざわざ互いに忌み嫌い、離れるほどの理由もない。
どのような出会い方であれ、どのような人物であれ、敵ではない以上、この殲滅戦で単独行動は最も避けるべき手であった。
それに、そう同じ行為をたまたましている人間に出会うなんて偶然もない。きっと、何かしら少しだけ似ているのだ。
故に、彼女達は会話も無しに、しかし同じ方向へ足を進めてゆく。
朝、真っ直ぐ続く線路の上、汚れた砂利、袖には森、左右の交わらない平行線。
右に橙色のツナギを着た少女、左に水色のジャージを着た少女。
芯々1067mm。一定の幅に保たれたレールの上、呆れるくらいの快晴の下、二人は何一つ言葉を交わす事無く歩いている。
どちらが前に出るでもなく、どちらが後ろに行くでもなく。
裸足のまま、靴と靴下を腕からぶら下げ、ズボンをロールアップして、レールから落ちぬようバランスを取って。
ただただ、何をするでもなく前に進んで歩いていく。

暫く歩くと、道は上り坂になった。
左右が杉の森だった景色は、コンクリートの腰壁に囲まれてゆく。
線路は大洗の土から離れ、橋となり町を大きく跨っていた。
まず浮かぶのは高速道路か何かで、何れにせよ普段は決して人の入る様な場所ではない事は確かだった。
名前も知らない苔がびっしりと隙間に生え、薄緑に染まった汚い灰色の腰壁と、その向こうへ広がる町と、木と、海と、電柱。道路に、田畑。
そんな景色を見ながら、ミッコは僅かに急くように足を早めた。釣られるようにして、ツチヤも足を速める。
冒険のようだ、とミッコは思った。
坂を登ると、目の前にはトンネルがふっと現れた。
中は電気など付いているはずもなく、二人には夜の海のような、恐怖を具現した底無しの闇に見えた。
思わず、その得体の知れない存在感に足をぴたりと止める。二人共、静止はほぼ同時だった。
目前に暗くぽっかりと空いた穴は、周囲の何もかもを吸い込むように、風の通り道となっていた。
ごおお、と怪獣が低く腹の底から威嚇し、唸るような音が、トンネルの奥からは聞こえている。
小さな少女達の髪は、風の流れに飲まれるように、闇へとさらさらと揺れていた。
二人は唾を飲む。生温い冷や汗が背筋を這った。
それは極めて生物的、ひいては本能的な恐怖そのものだった。


257 : ◆dGkispvjN2 :2016/07/31(日) 23:58:21 0n0LVzmo0

最初に走りだしたのは、ミッコだった。
爆走。
そんな言葉が相応しい突然の猛ダッシュに、ツチヤはびくりと驚く。
口をあんぐりと開け呆気に取られている間に、ミッコはその怪物の大口に飲まれ、やがて水色の背は黒く塗り潰されてゆく。
風の唸り声と一緒に、とんとんとん、と金属のレールを叩く足音が闇の中を反響する。
二秒遅れて、しまった、とツチヤは思った。
気付くと同時に、彼女も同じく全力で走り出していた。

―――先を、越された!!

いや、それは実際、大した話ではないのかもしれない。というより、とんだ見当違いの可能性もある。
しかし、彼女達走り屋にとっては、走るという行為自体に大きな意味があった。
即ち、これは競争。
誰が最初にレールの上を走りながら闇を出るのか。そのレースなのだ、と。
ミッコの本意が何処にあるのかは解らないが、ツチヤは瞬時にそう理解した。

闇。

これまで経験したことのない、影を煮詰めて濃縮した様な極上の闇が、トンネルの中で二人を抱擁する。
あれほど入り口では風の音が上がっていたが、中に入ってしまうと、今度は五月蠅いくらいの無音が待っていた。
その正体は、恐怖すら届かぬほどの、閉塞感。
山を貫く分厚いコンクリートの天蓋と壁が、一切合切全ての周辺音を遮断していたのだ。
聞こえるのは、レールを叩く素足の音と、自分の荒い息遣いと、心音だけだった。
光は、殆ど届かない。自分の手さえ見えぬような暗闇の中で、ツチヤは足元のレールだけを頼りに駆け抜けた。
足音は、二人分。けれど、底のない孤独感があった。
宇宙空間か、或いは、深海か。
そのどちらかに裸で投げ出せれた様な恐怖に、腸を鷲掴みにされたような感覚だった。
汗がぶわりと湧き出てくる。ツナギはべっとりと肌に張り付き、気持ちが悪い。
空気はとても悪く、埃だらけの廃墟を突き進んでいるかのようだった。
匂いも酷かった。黴臭さと埃っぽい臭いが鼻孔に纏わり付き、ツチヤは走りながら顔をしかめた。

走りながら、色々なことが頭を過ぎた。
大体の事が不安を駆るような碌でもないもので、考える事にうんざりして億劫になるような事ばかりだった。
彼女はそれを考えないようにと、足に力を入れてレールを蹴り上げる。
幸い、彼女はあの時、“あの爆発”からは最も遠く離れていた。
そのため恐怖は他の参加者ほど植え付けられていなかった事もあったが、それ以上に彼女は、他の参加者よりもこのゲーム自体を甘く見ていた。
まず首輪。機械である以上、外せない造りなど不可能に近い。
爆発物が内部にあるならば尚更、仕込むために解体も出来るようになっていなければおかしい。
そして工具と環境、自動車部の仲間さえ居れば、解体はそれほど難しい事ではないと踏んでいた。
次に、脱出。船か車さえあれば十分だ。工場もあるし、首輪さえ外せばどうにかなる。そう踏んでいた。

けれど、けれども。

もし、の考えが、黒い予感が、確かにあった。
暗い未来の予感が、足首を掴み、髪を後ろに引いていた。
そんなの自分らしくないと思っていたが、この闇はどうにもそんな碌でもない類を思い起こさせる魔力があったのだ。
それを払拭するように、断ち切るように、彼女は走る。此処で止まっては、それこそ負けなのだ。
そんな予感は、そんな未来は、認めない。早く帰って、車を弄って、大好きなカレーを食べて、皆で笑い合う。

自動車部のお調子者、ムードメーカー、ドリフト狂い、金曜のドリンクバー大好き。

それが、自分なのだと。


258 : ◆dGkispvjN2 :2016/08/01(月) 00:01:40 FjkNpRf60








トンネルを抜けた先、大洗駅。
キハ7000形気動車は影も形もない、殺風景な田舎の駅。
突き抜けるような青空の下、アスファルトのホームの上で、少女が二人、大の字に寝転んでいる。
二人共汗だくで、服はびっしょりと濡れていた。
レースの結果、どちらが勝ったのかは、二人共覚えては居なかった。
ただ、ひとつだけ……二人は、恐怖に勝ったのだ。
それだけで十分で、それだけで、二人の走り屋の間に言葉は要らなかった。
全身で息をしながら、乳酸が溜まりきってぱんぱんに膨れた足を灰色の地面に投げ出して、二人は顔を見合わせた。
どろどろの汗と、トンネルの中の埃とで汚れた互いの顔に、思わず腹を抱えて笑う。
芯々1067mm。
一定の幅に保たれたレールは、この駅で終わっている。
芯々1000mm。
日差しを浴びるアスファルトの上、少しだけ、そう、ほんの少しだけ、二人の距離は縮まっていた。

「チームに、なろうよ」

笑い疲れたあと、大きく息を吐いて、ツチヤは言う。
少しだけ、照れ臭そうに。それでいて、心底楽しそうに。

「いいよ」

ミッコは目尻に浮かんだ涙を吹きながら、呆れたように笑って、そう答えた。
為息を吐いて、にかりと笑ってみせる。白い歯は汚れた顔によく映えた。
清々しい風がホームを吹き抜ける。
少しだけ、海の匂いがした。

誰もいない駅、錆びた鉄レール、台形に盛られた玉砂利、青い空、遠くに消えた白い鳥。
交わらない平行線、朝の日差し、浮かぶ汗、乾いた喉。
世界一下らなくて、世界一意味のないレース。

この日この時この場所で、彼女達は、チームになった。


259 : ◆dGkispvjN2 :2016/08/01(月) 00:04:51 FjkNpRf60



【C-4・大洗駅/一日目・朝】

【ミッコ@フリー】
[状態]健康 疲労(小)
[装備]ジャージ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『諜報権』
[思考・状況]
基本行動方針:継続の仲間との合流。殺し合いに乗る気はないが、継続の仲間を傷付ける奴は許さない
1:チーム名決めないと……爆走チームで決まりだろ!?
2:どっかに乗り物ないかなぁ〜

【ツチヤ@フリー】
[状態]健康 疲労(小)
[装備]ツナギ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『傍受権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗るつもりはない。首輪を外して脱出をする
1:チーム名を決めないと……ドリフトチームしかないよね!?
2:首輪を外すために自動車部と合流して知恵を絞る。船などがあればそれで脱出を試みる




[装備説明]

・傍受権
 通信傍受を行うことが出来る権利。名刺サイズの紙に記されたQRコードを読み込むことで、『傍受権アプリ』をスマートフォンに入れることが可能。
 アプリを使用することで、24時間だけ『他の全てのチーム内のチャット機能・構成メンバー一覧を覗く』、『他の全てのチームのGPS機能を受け取り地図上にチームごとに色分けした丸印・チーム名で表示する』ことが可能になる。
 『諜報権』を使用している者が紛れ込んでいるチームは、丸印が点滅して警告表示される。ただし誰が『諜報権』を使用しているのかは判断できない。
 また丸印はチームリーダーのGPSを受信して表示している。従って、無所属に関しては地図には表示されないし、チームメイトが別行動を取っていても地図には表示されない。
 一度インストールしてしまうと、記されたURLは無効となる。
 名刺サイズの紙の表はQRコードだが、裏面は上記のようなアプリの簡単な説明が書かれている。

・諜報権
 スパイ行為を容認される権利。名刺サイズの紙に記されたQRコードを読み込むことで、『諜報権アプリ』をスマートフォンに入れることが可能。
 アプリを使用することで、『二つのチームに重複して入る』ことが可能となる。
 ただしその事がどちらかのチームの『リーダー』に漏洩した場合、二つのチームから自動的に無条件追放され、二度とその二つのチームに属すことは出来なくなる。
 一度インストールしてしまうと、記されたURLは無効となる。
 名刺サイズの紙の表はQRコードだが、裏面は上記のようなアプリの簡単な説明が書かれている。


260 : ◆dGkispvjN2 :2016/08/01(月) 00:05:45 FjkNpRf60
投下終了です。タイトルは『風、その向こうへ。』です。


261 : ◆dGkispvjN2 :2016/08/01(月) 00:42:57 FjkNpRf60
あ、ちなみに二周目予約がいつから〜とかそういうの特に制限していませんので、時間的矛盾が出ない程度にどのパートも自由に進めてくださっても構いませんよ。


262 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/02(火) 08:43:55 UCFNBmV.0
逸見エリカ ペパロニ で予約します


263 : ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:25:55 PrD8JX9.0
投下します。


264 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:26:48 PrD8JX9.0
見上げた空に落ちていく。
朝の眩しい光を合図とし、殲滅戦は始まった。
県立大洗女子学園所属、高校一年生――澤梓の表情には憂いが多分に含まれている。
梓が今いる場所は街の中でも小高いビルの屋上であった。
ここからなら、見通しもよく他の参加者も見つけられるかもしれない。
自分と同じく、殲滅戦を否定してくれる人達を。

「……頑張るぞ」

瑞々しい海色の空は戦車の中から見た空と同じだ。
ただ違うのは正真正銘、生命を懸けた殺し合いを自分達がしているということだけ。
正義なんて、どこにもない。
それはこの殲滅戦では定型句のように決まりきっていることだ。
梓にだってこれぐらいわかる。
今までの戦車道で繰り広げられた戦いとは訳が違う。
正真正銘、これは戦争だ。
ゲームのように、戦車道のように。やり直しが一切効かない殺し合いだ。
だからこそ、慎重に行動をしなければならない。
ちょっとのミスが致命的になる可能性だってある。
焦るな、と。小さく呟いた声は消えそうなぐらいに弱々しい。
嗚呼、自分はこんなにもちっぽけだったのだ。
数時間、数分、数秒。自分達がどれだけ生きていられるかすら定かではない。

「西住隊長のように、私もやるんだ」

それでも、貫きたいものがあったから。
前を見たらあの背中がある。
いつだって、見守ってくれた人がいる。
その人なら、きっとこんなことを否定してくれるはずだ。
諦めるな、貫け。自分達の戦車道を信じろ。
願い、想えば、夢はいつか叶う。
目を閉じて、力強く手を握り締めて。
断続的に吐いていた荒い息も今はもう落ち着いている。
数回、息を吸って吐いて。改めて、梓は状況を整理する。
今、自分がいる場所は馴染みのある大洗だ。
戦車で駆けたこともあるこの町を血で染めるなんて、悪趣味である。


265 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:27:30 PrD8JX9.0
       
(生き残れるのは三人だけ。そう言われても素直に納得なんてできない)

そんな感情論はともかくとして、大事なことはどんな手を使ってでも生き残る。
それが、仲間であっても。

(そもそも人を殺せる訳、ない。無理だよ)

彼女に支給された武器は人殺しを容易くするものである。
これがあれば、当面は死なずに済む。
けれど、銃で撃てば、人は死ぬ。
自分はこれを使うに足る覚悟はあるのか。
もしもの話、他の巻き込まれた参加者が襲いかかってきたとしたら。
この引き金を引けるのだろうか。
否、引けるはずがない。
人を殺すというのはそれだけに重い行為だ。

(それ以上にッ! 先輩の戦車道を、汚したくない! 私も、先輩みたいに真っ直ぐに生きたい!
 誰かを傷つけることなんて、間違ってるって叫ぶんだ!)

その重みをわかっている。
培った常識という殻は殺意をぎゅっと押し込めた。
この殲滅戦という極限状況であっても、澤梓という人間はまだ、倫理観を捨てずにいたのだ。
何たる強さ、何たる真っ直ぐさ。例える色があるとするならば、純白と言うのだろうか。

(戦う。殲滅戦なんかに、負けるもんか!)

純白に輝く決意は、まだ汚れを知らない。
他の参加者にもきっと、自分と同じく倫理観を捨てずにいてくれるはずだ。
希望を捨てず、探しに行く。待ってばかりでは届かないものだということに、梓は気づいている。
そうして、今までも。そして、これからも自分は動いていく。


266 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:28:02 PrD8JX9.0
     
「やっほ」

その第一歩をここから始めよう。
殲滅戦を攻略するにあたって、自分の知る人間と真っ先に出会えたのは幸先がよい。
梓は耳に入って来た声に少し安心感を覚えながら、くるりと振り返る。
その軽そうな声を梓は知っている。何せ、仲間だから。
戦車道を始める前から仲が良かった――親友だったから。

「まさかこんなにも早く会えるとは思わなかったわ」

当然、視界に映るのは予想に違わない少女であった。
山郷あゆみが、掌をひらひらと振って近づいてくる。

「いい眺めだよね、ここ」

朝の登校時に挨拶をするかのような笑顔で。

「絶好のロケーションってやつ?」

そして、両の瞳から止めどもない涙を流しながら。
何があった、と問いかける声は口からは出なかった。
一見して、目立った形跡はなく、誰かに襲われたかのような切迫感もない。
何が彼女にあったのか。それを無神経に出す豪胆さは梓にはなかったし、親友の有様を見て固く口を結ぶことを是と判断してしまった。
ひとまずは、様子を見ようと冷静に思考を回せたのは自分でも驚きだった。

「天気もいいし、うん」

朝焼けの照りはまだ、浅い。
吹き付ける風はまだ冷たさを伴っていたし、草木の臭いにもまだ新鮮味がある。
少しの間、沈黙が続く。二人は何をするでもなく、ただ空を見ていた。
同じであって同じではない空を、ずっと。


267 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:28:44 PrD8JX9.0
      
「――今日は死ぬにはいい日だよね」

そして、親友の口から唐突に放たれた一言は梓の心にかかる圧迫感が強まるものだった。
何の感慨もないかのように、あゆみは言葉を続ける。
もう諦めたんだ、と。
まるでこれからケーキバイキングにでも行くかのように。
あゆみが見せた表情は多幸感に包まれたものだった。
とてもじゃないが、これから自殺をする少女が浮かべるものではない。
涙さえ流していなければ、彼女の表情は直視できるものだった。

「最初で、最後。会えたのが、梓でよかった」

その一言が意味することに気づけない程、梓はバカでなかった。
涙には生きる意志が込められている。そして、それを流しているということはもう彼女に気力はないということだ。
光の消えた瞳には闇が蟠っており、意志を感じられない。
顔は俯き、いつものように明るく自らを鼓舞してくれる親友の姿はどこにもいない。

「どうしてっ」
「どうしてもこうもないよ。ね、わからないかな? ……わからない、か。梓は強いもんね。私とは違って、ずっと」
「そんなことは……!」
「あるよ。うん、やっぱり違うよ。ねぇ、梓。私はもう無理なんだよ。全部無理。何もかもが無理。
 戦車道、楽しかったなぁ。今までは手を取り合って、時には迷って、その末に前進して。
 一緒に頑張ろうって言葉は私達を繋ぐもので。パンツァー・フォーは魔法だった。笑顔でいられるものだった」

さらりと流れだす言葉には過去への思いがふんだんに込められていた。
過去は色褪せない。タフではあるが、楽しかった日々は決して嘘ではなかった。
あゆみの言葉通り、彼女達を繋いだパンツァー・フォーは魔法だった。


268 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:29:04 PrD8JX9.0
      
「でも、今回は違うんだ。殲滅戦とか、生き残るのは三人だけとか、その為には、仲間を殺さなきゃとか」
「殺さなくてもいいよ! きっと、西住隊長が!」
「西住隊長が――――どうしてくれるの?」

けれど、この殲滅戦は何もかもが違う。
尊敬する先輩の下で戦えば解決するなんて簡単な問題ではない。
廃校なんか比較にならないぐらいに、重いものが彼女達の肩にのしかかっているのだ。
それは梓にだってわかる。わかりたくないと思いながらもわからざるをえない。

「けど、諦めるのは!」
「うん。西住隊長がいたら梓と同じことを言うと思う。大丈夫だよ、そっちの方が正しいから。
 間違っているのは自分だって、わかってる。理屈ではわかってるんだ」
「正しいとか、正しくないとか! そんなの今はいい!
 確かに、あゆみの言う通り、考える事なんていっぱいある。首輪とか、三人までとか、今後のこととか。
 私、そんなに頭が良くないからさ。わかんないこと、たくさんあるよ!」

それでも。それでも、と梓は叫ぶ。残酷過ぎる現実なんてクソ食らえだ。
わかっていて尚、貫きたいものがある。
この心には、消したくても、消せない炎がある。

「でも、きっと大丈夫って思って! 生きてさえいれば、いつか必ず笑える!」

その炎を絶やさない為にも、抗うという選択肢を梓は選んだ。
未熟な自分でも持っている強さなんだ、皆、誰だって持っている強さだ。
そう信じて、手を伸ばした。


269 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:29:21 PrD8JX9.0
      
「そうだね」

しかし、諦めたあゆみが諦めていない梓の手を掴むことなど、永久にない。
彼女達の間に引かれた境界線は色濃く、それを踏み越えられる程、互いは強くなかった。
乾き、歪み、離れていく。親友だった少女二人は背を向け、歩いて行かなくてはならない。
生と死。交わらない道はそのまま反対方向へと続いているのだから。

「私も、そう思いたかった。そう思えたら、どれだけ幸せなんだろうって」

あゆみの両目から止めどもなく流れていた涙はいつしか止まっており、幾分かは見れた顔つきになっている。
親友と話したことで砂の欠片ぐらいは自分を取り戻せたのだろう。
けれど、その瞳に写るものに梓はいなくて。
絶望と恐怖とほんの少しの後悔。
最初の会場ではあったであろう希望は、もうとっくになくなっていた。

「でも、私はこっちの方が楽だって思っちゃった。梓みたいに、私は希望って言葉に縋れないから」

力なく横に振るわれた首は、梓とあゆみの間にある溝の深さを意味していた。
これ以上、あれこれと語る必要はなかった。
殲滅戦という極限状況で、【平常】の表情を浮かべながら【異常】の涙を流していた時点でもう手遅れだったのだ。

「悲しいのは嫌。痛いのは嫌。裏切られるのは嫌。でも、一番嫌なのは一瞬でも、誰かを殺してでも生きたいって思ってしまった私。
 そうまでして生きて、望んで、歪んで、私が私でなくなっちゃうことが、嫌。
 生きていても嫌なことしかないこの世界で、どうしろっていうの?」

天才でもなく、ただの凡人であった少女。
愛とか絆を胸に戦うことができない、弱いモブでしかない少女。
普通の女子高校生は、ヒーローにもヒロインにもなれなかった。
正義だなんて、抵抗だなんて、考えたくない。


270 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:29:39 PrD8JX9.0
     
「だから、私は……決めたよ」
「なんで、なんっで! 待ってよ、諦めちゃ駄目だよ!」
「皆の中にいる山郷あゆみは、どこにもいない。わかるでしょ? 手は震えているし、まともに喋れてることが奇跡的。
 たぶん、もうすぐ楽になれるからだって思ってるから。現金なものだよね、私」

梓の悲痛な声に対して、平坦な口調で応えるあゆみの表情は既に取り繕いもないものだった。
そこには何も残っていない、ただの【無】。
園みどり子の死を目の当たりにした山郷あゆみという存在は擦り切れたのか。

「もし、ほんの少しでも生きたいって思ったら今すぐにでも狂ってしまいそうなのに」
「大丈夫だよ、私がいる! どんなことがあっても、傍にいる! もしも、あゆみが間違えたら私が手を引いて、正しい方向に連れて行くから……!」
「これ以上、殺すのも殺されるのも、嫌だ。見ていたくない、私は、私は――――」

これ以上、喋ることはない。そう言っているかのように、あゆみは梓の横をすり抜け、屋上の端へと到達する。
助けなきゃ。護らなきゃ。まだ、間に合う。擦り切れたのなら、その上から塗りつければいい。
その意志とは裏腹に身体は凍ってしまったかのように動かない。
怖いんだ、きっと。これ以上の最悪の結末を引き寄せてしまうことが。
大丈夫と口では言っておきながら、もう理解しているんだ。
自分でも知らぬ内に、適応してしまっているんだ、殲滅戦に。


271 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:30:10 PrD8JX9.0
          






「パンツァー・フォーって言葉を、もう聞きたくない」






――――だから、澤梓は山郷あゆみを救えない。


272 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:30:37 PrD8JX9.0
     





最後に、あゆみは口だけを笑う形にして微笑んだ。
後ろに下がり、そして彼女の身体が地面へと傾いていく。
ふわりと空を舞う身体に重苦しいものなどなく、まるで羽のように。
段々と小さくなる点は、最後に地面へと到達するのと同時に動きを止めた。
理想が、夢が、肉が潰れる音と共に終わった気がした。
数秒前までは生きた人間であったモノが、ただの肉塊に変わる瞬間を梓はまざまざと見せつけられてしまった。
衝撃があゆみの身体に浸透して、崩れていった。折れる右腕に飛び出す白い骨。血飛沫が吹き飛んで、辺りに赤の模様を彩っていく。
末期の祈りも、言葉もありやしない。
ただ無様に、何の価値もなく、一人の少女の心をとことんまでに壊して、山郷あゆみは死んだ。
それだけの話だ。

「――――ぁ」

じっと、見る。下に落ちた親友であった少女が遺した最後の呪いを、全身に浴びる。
原型を留めていたのは腰まで伸びた黒髪と白を連想させる脆い手足。
細い枯れ枝のように曲がり、割れたモノ。そして、顔のない潰れた何か。
その一連の映像は本のページに挟まれ、平面となった押し花を幻想させた。

「どうして」

結局、何もわかっちゃいなかった。
正しい、正しくない以前の問題だった。
とっくに、自分と出会う前から、山郷あゆみは諦めていた。
内包した諦めは彼女の全身に侵食し、取り返しがつかないまでに巣食っていた。
伸ばした右手はあゆみを捕まえることができず、ちゅうぶらりんに空を掴んでいる。


273 : 梓バッドエンド-Trample on "Justice!!" - ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:32:34 PrD8JX9.0
       
「どうして?」

先行く隊長の後を梓は余りにも真面目に追い続けた。
彼女が抱く強さに憧れ、ついていこうと前を見てしまった。
その強さは誰もが持ち得るものではないとは知らずに、信じ続けてしまった。
自分の横にいた親友は梓みたいに愚直になれぬことに気づかぬまま、走り続けてしまった。

「どうしたら?」

言うならば、これは既に結末が決まっていた物語なのだ。
ヒーローも、ヒロインもいない。
弱くて、浅ましくて、笑ってしまうぐらいに無力な少女二人がただ絶望するだけの物語。
そんな物語が円満に終わる訳がなかった。

――梓の諦めない想いで、何が救えたのか?

音も、色も、何も見えない聞こえない。
諦めないことを選んだ少女に残ったものは醜い死体と人を屠る武器の二つだけ。
親友一人救えない少女、澤梓。
嗚呼、情けない。
このまま、自分も死んでしまえたらよかったのに、と。
何処かで響く銃声が答えを示しているかのようだった。



【山郷あゆみ 死亡】



【E-4・ビル屋上/一日目・朝】

【澤梓@フリー】
[状態]――――
[装備]――――
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:――――
1:――――
※澤梓の近くに山郷あゆみの支給品が置いてあります。


274 : ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 01:32:50 PrD8JX9.0
投下終了です。


275 : ◆GTQfDOtfTI :2016/08/03(水) 02:32:29 PrD8JX9.0
感想を落としておきます。

>西ヒップ
あー、このお馬鹿な空間いいですねぇ〜。
本人たちは至って真面目なのに、何故かすごく落ち着くし、マスコットを見ているようでほのぼのします。
それでも、締めるとこはきっちり締めてくれる西さんはやっぱり最高です。

>サムペコ、カエサル
サムペコおっかない……勝ち抜くと決めた以上、身内以外には全く容赦が無いですね。
残っていた躊躇も完全に捨て去ったみたいで、手がつけられませんね。
狙撃の濃厚さがまた、緻密で恐怖を高めていて、おお、もう。

>みぽりん、ケイ、小梅
戦車道ではなく戦争。ケイが言うと、重みがありますね。卑怯なことを嫌っている彼女が抱いた決意がどれだけの苦渋の末に選んだものなのか。
そして、小梅ちゃんの末期の言葉が、心に来ますね。
ともだち、だいすき、この二つがここまでのしかかるとみぽりんの今後が不安になりますね。

>クラーラ、ホシノ、典子
ど根性、ど根性ー!危なっかしいけど真っ直ぐだなあ、キャプテン。
そんなキャプテンをちょっと冷めた目で見ていながらも、切り捨てられないホシノ。
そして、その二人をどこか俯瞰的に見るクラーラ。三者の思惑が混ざって、

>ツチミッコ
可愛い。何かよくわからないけど、とりあえず意地を張る二人、可愛い。
そのまま、勝手にレースを始めてよくわからないまま仲良くなる二人、可愛い。
ドヤ顔でチーム名で揉めるであろう二人、可愛い。


276 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/03(水) 23:10:29 hawm5eL20
武部沙織 冷泉麻子 予約します


277 : ◆nNEadYAXPg :2016/08/04(木) 00:39:43 j4Ek4tjY0
感想、なくって御免なさい。
投下します。


278 : いつも貴女に心を ◆nNEadYAXPg :2016/08/04(木) 00:41:50 j4Ek4tjY0
 部屋には一人。たった一人だけ少女がいる。
 陶磁器のような白い肌に結った金髪。
 しかし、その西洋人形のような容貌は、些かくたびれているようだった。
 白い肌には青みが混じり、髪は所々乱れている。

 それもそのはず、人が、殺されたのだ。
 まるで、腐った果実のようだった。
 飛び散る肉片は生暖かさをもち、ドロリと溢れ出る赤黒い液体が止めどなく床を汚す。
 その死体には顔がない。もはや『誰か』であるそれは鮮烈に瞼の裏に滲んで、染みを作った。

 そうして、彼女は削られる。そうして、彼女は孤独になる。
 誰が味方か、或いは鬼か。不透明なままの追いかけっこに暗闇を落ちて行くような感覚になる。
 先が見えない。
 死にたくないのなら殺せ。それが真理だとでも言うかのように告げる口ぶりに体が凍りつく。
 手から温度が失せる。
 自分の仲間は無事だろうか。会ってどうする。銃口を向けられたら?刃先を向けられたら?まさか黙って受け入れる訳あるまい。
 喉の奥から恐れと怖れが込み上げて、嘔吐きそうになる。

 然れど、彼女は死んでいなかった。
 きっとそれは空元気だ。なけなしのプライドだ。
 それでも縋ることの出来るものがある。正しく信じられるものがある。
 きっと皆は大丈夫。
 何の根拠もない。
 きっと私は大丈夫。
 何の確信もない。

 でも、それでも。

 一人の少女は立ち上がった。

.


279 : いつも貴女に心を ◆nNEadYAXPg :2016/08/04(木) 00:44:55 j4Ek4tjY0

 部屋には一人。たったひとりだけ少女がいる。
 赤みの差した頬におかっぱの黒髪。
 しかし、その日本人形のような容貌は、ひどく荒れた果てているようだった。
 こけた頬に土色の肌。髪はぐちゃぐちゃに乱れている。
 床に四肢投げ出して、時々ピクリと痙攣する。

 仲間が死んだ。それはあまりにも唐突で、悲劇的で。
 あまりにもあんまりな最期。モノになった彼女は、瞳と瞼の隙間にもうしかいない。
 思えば沢山のことがあった。風紀委員の活動も戦車道もずっと一緒だった。私がソド子の隣に立って、パゾ美もいっしょにいて。
 目を閉じる。おもい出す。目を開く。霧散する。
 もう一度、目をとじて彼女の顔をおもいだして、

 浮かべた頭に、硫黄と火とが降り注いだ。

「あ、ああ」

 腕と足が震える。自分の意しで制御で来ない。ただ、ただ、ガタガタと床に四肢を打ち付ける音だけが頭の中に響く。
 咀嚼。
 グニャリと音を立てて視界が歪む。ぐるぐる回る。霧が被さる。溶けて消え去る。
 前後不覚。落ちる。落ちる。
 咀嚼。
 底が見えない。顔が、体が動かない。ただ彼女の顔が、黒く、黒く、黒く、黒く!

「あ、ああああ、あ、あ」

 喘ぐ。苦しい!
 肺から空気が抜けて、息が掠れる。
 咀嚼する。
 胸が痛い。頭が痛い。体の中身全部が痛くて、吐き出しそうになる。
 咀嚼、する。
 光が点滅する。耳鳴りがずっと響く。鉄と酸の混じった味と、ヘドロの臭いが胃を引き絞る。
 咀嚼、咀嚼、咀嚼―――

「ああ、ああああああ!!!」

 どうして彼女なのだ。彼女の何が間違っていたのだ。
 彼女は正義だった。正しく、正しさを求めていた。
 なら、何故か彼女が殺された。何故、なぜ。
 きっと間違っているのは私達。彼女が死んだのにわたし達は生きている。
 無意味に死んだ彼女。無意味に死んだ彼女。

.


280 : いつも貴女に心を ◆nNEadYAXPg :2016/08/04(木) 00:45:57 j4Ek4tjY0


 みんな、みんな死んでしまえ

 ガチャリ

 ガチャリ

 とびらが2回、開く音


281 : いつも貴女に心を ◆nNEadYAXPg :2016/08/04(木) 00:46:28 j4Ek4tjY0

「あはははははははは!」

 死神だ。しにがみがやって来た。
 二つの目がこちらをのぞく。
 きっとわたしをころす。みんなころす、やっと、やっと、ようやく。
 そうだ。一緒。いっしょだ
 均等に、きんとうに。平等に、びょうどうに。
 みんな、かのじょといっしょだ。

あれ、かのじょってだれだっけ?

 しにがみがつぶやく。ぶつぶつ、ぶつぶつ。
 わたしは笑う。けらけら、おかしくってたまらない。
 青いおめめ。金色のかみ。しにがみってきれい。
 わたしは?わたしの顔はみえない?

かのじょのかおをけさないで!


 まだ、眠たくないよ。起きて、やらなくっちゃ。わすれちゃたこと。やらなくっちゃ。
 お話しよう?わたしのこと。あなたのこと。みんなのこと。

かのじょのなまえをおしえてよ!!

 つめたいな。あったかいほうがいいのに。
 くるしいな。きもちいいほうがいいのに。
 うたをうたった。うなりごえがした。
 においをかいだ。よだれのにおいだ。
 かゆい。かいた。しずくがこぼれる。
 おなかがへった。もうよるなのかな。

まっくらだ。でもなにかがみえるきがする

「出来ることなら、もっと早く……御免なさい」

 あ、ソド

 パンッ



【後藤モヨ子死亡】


282 : いつも貴女に心を ◆nNEadYAXPg :2016/08/04(木) 00:48:31 j4Ek4tjY0

 部屋には一人。たった一人だけ少女がいる。
 陶磁器のような白い肌に結った金髪。
 しかし、その西洋人形のような容貌は、些かくたびれているようだった。
 白い肌には青みが混じり、髪は所々乱れている。

 目の前の自分が殺したモノを見下ろす。
 叫び声を察知して見に来たが、既に正気を失っていた。それも、最悪の方法で。
 だから、殺した。
 自分が間違っていたのか。或いは救いとなったのか。
 判らない。悩んでも、どうにもならなくて重くのしかかる。
 これが、こんなことがあの男の望んだことなのか。

「 …………こんな格言があるわ。 『絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に』」

 誓いだった。覚悟だった。立ち上がるという意思だった。
 自分がここで震えている訳にはいかない。
 自分の仲間がここにいるのなら。或いは、かつて戦った相手がここにいるのなら。
 自分の手が例え汚れているのだとしても、自分には義務があるのだ。この手は差し伸べるべき手なのだ。

 死なない。絶対に。

 傍らに投げ捨ててある支給品を拾った。
 きっと、この惨劇を終わらせてみせる。必ず皆で生きて帰ってみせる。
 彼女の死が『意味』と『価値』のあるものとなるように。
 踏んだ錠剤が一つ、音を立てて砕けた。

【A-7・/一日目・】

【ダージリン@フリー】
[状態]軽度の疲労
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服
[道具]基本支給品、不明支給品(ナイフ、銃器、その他)、後藤モヨ子の支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『 私は庶民の味方だ。そういう人間なんだ』
12345……

[備考]
・後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(ナイフ、銃器)を獲得しています。

・後藤モヨ子の支給品:基本支給品、不明支給品(ナイフ、銃器 )、ヒロポン(3/50)


283 : ◆nNEadYAXPg :2016/08/04(木) 00:49:50 j4Ek4tjY0
途中までレスの区切りのコンマが入っちゃてますが、無視して下さい
投下を終わります


284 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:42:40 q9zOApBY0
感想付けらるなくてすみません。投下します。


285 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:44:03 q9zOApBY0

 秋山優花里は逸見エリカに、多大な損耗を与え、分厚い圧力の包囲下に追いやった。

 彼女は一時的な殺意、一心不乱の逸見エリカの突撃を、とりあえずの予防策で軽くいなし、制圧。エリカの武装を剥いだ。
エリカの生死を握る立場となって、彼女はしかし襲撃の下手人に報復を行うことなく、逆に慈悲をもって接する。
そうして、仮初の安堵の中にエリカを追いやり、危険に関する感知機能を鈍らせた上で、正当性と求道の下、彼女は問いをエリカに送る。
その問いは逸見エリカの根幹を問うものであって、悪意の所在無き、無垢さと善意、正しさからの問いだった。
緊張の後の弛緩の中で、それはエリカの柔らかいわき腹を食い破り、触れられたくない内面までに突き刺さった。

 エリカからして見れば、白日、陽光の下に自分の臓物を引きづり出されたような気分だったに違いない。

 微睡から解放されたとき、催し開始時と同じような混迷の中でエリカは答えを返さず、逃走した。
目指す場所もなく、人の存在を恐れ、そして、安心を、きっと何かを与えてくれるものを求め、彼女は森を彷徨う。
思考はぐるぐる巡り、悪態がそこかしこから漏れ出し、先ほどの無様さがより一層強く刻まれていたが、
エリカは不思議と気分を鎮静化させ、混迷の渦から逃れようとはしない、冷静に状況を見つめ直すことを嫌った。
なぜなら、もしも、感情の偏りがなくなり、客観的で合理的な視点を取り戻したならば――

 ――逸見エリカが最も厭ってきたもっと恐ろしい何かに気が付く気がしてならなかった。


286 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:44:48 q9zOApBY0

 秋山優花里を振り切り、エリカは森を走る。不快に湿った土を踏み込み、苛立ちの木陰の根を飛び越え、気付けの藪をかき分けていく。
地図も見ず、ただ体の赴くままに、息が切れようとも体力の配分も気にせず、走って、走って、走り続ける。
それは、実際に差し迫った危機からの逃避ではなく、内面のぼんやりしたものからの逃亡だった。

 ……先ほどの場所から直線距離にしてはあまり離れていないだろう場所で、エリカはやっと止まった。
全身から熱を発し、汗と呼気を吹き出しながら背中を丸めて、彼女は忘我の気分に浸る。
心理的なものからは物理的距離をいくら取ろうとしても逃れることはできない。耐えるにはただ忘却を図ることだけだ。
それでも思考する余地を残したならば、再び間隙を縫ってはい出てくる。エリカはただただ考えを状況判断の身に向けた。
  
 膝に手を当てて呼吸を整えながら、辺りを余裕なく見渡す。林道の中、時折揺れる木々、低層の草むら、踏みしめられた地面。
こんなに簡単に辺りが見渡せるのだから、今の時刻は朝か昼である……日中?

 簡単に考えればわかることであるのに、それを確認して、一時の驚愕に捕らわれることを避けられなかった。
エリカは、あろうことか、現在が日も出ていない夜中であると、暗闇の道を進んでいると錯覚していた。
これまで木の陰に覆われた薄暗い林道を走り回り、視界が酸欠で暗くなり、何より精神が錯乱していたので、無理もないことだった。


287 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:45:28 q9zOApBY0




 ――本当に?


288 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:47:09 q9zOApBY0
 
 一瞬、エリカの身体は芯から震えて跳ね上がった。大きな音声、拡声器による爆音が耳に飛び込んできた。
どうやら、北から響いている。内容の判別が少しずつ鮮明になっていった。
殺し合いはだめだ。戦車道を否定しちゃだめだ。死ぬのは怖いけれど意思を示そう。みんなで集まって――

 「バカ、じゃないの……」

 あんなことをしてなにになるのだと、彼女は思った。いたずらに他の参加者に刺激を与え、動揺を広げるだけだと、
悪意と殺意を持った恐ろしいものをおびき寄せ、脅威に身をさらしているだけだと。
そうだ、思慮が足りていない。想像力が足りていない。自殺行為もいいところで、自分どころか周囲を巻き込んでいる。
希薄な希望で集めた仲間とともに殉教して、殺人者たちに罪悪感を植え付けたいだけだ。独りよがりの行為だ。

 エリカは否定の言葉を必死にかき集める。何が原動力になっているのか、このような行為は愚であると、
間違ったもの、誤りに満たされたものだと、かき集め、理論を構築し、正当性を主張し、思考が暴走する。

 何もかもがあらわになろうとする。

 彼女は、音の聞こえた方角に背を向ける。焼けつくような感覚を覚えながら、彼女は今度こそ影に向け遁走した。





289 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:48:00 q9zOApBY0

 ただ前だけを見据えて、走る。林道を一心に、敬愛する隊長と、親愛なる仲間のために。
明確な理由から彼女は北上したのだろうか? 何か大きな音が響くのを感じ取ったのかもしれない。
地図を見て、北と南の境界辺りのエリアが二つしかなく、そこにいれば仲間に合流できると思ったのかもしれない。
はたまた、理由などなく、動物的直感により、行き先を決めたのかもしれない。

 しかし、足取りには何ら迷いは見えない。彼女は一つの目標に向けてただ突き進んでいるだけだと言われれば、皆が賛意を示すだろう。
そして、行動と風貌から、彼女が明快で気の強い性格であり、精神的にも肉体的にも優れていると判別する。
分かりやすい少女であり、分かりやすく判断する少女であった――ぺパロニという彼女は。

 平時においては気がよく優しい彼女は、迷っている人を見れば案内してあげるだけの親切さを持っていたけれど。
今のような切羽詰まった状況で、しかも何よりも優先すべき目的がある中では、さすがにそのような行動はできなかった。

 顔に土埃を付けた、おそらく思い切り転び顔を打ち付けたであろう銀髪の少女、こちらを目撃し思考停止している姿、
やっとのことで体を動かし、緩慢さが過ぎる動きで背嚢を漁ろうとする行動、恐怖で引きつりきった形相を見て、
ぺパロニは、迷わず、ある程度の距離だけ迂回することを選んだ。

 当然、視線は切らない。銃器の発砲に対処できる距離を開けて、彼女は北へと進もうとする。
土にまみれ、恐怖におののくその姿はかわいそうだとは思わないでもなかったが、ただそれだけだった。
色のない瞳を向けながらぺパロニは通過した。その目に何の感情を入れたつもりもなかった。少なくとも彼女にとってはそうだった。


290 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:49:19 q9zOApBY0
 
 ただ――

 「待ち、なさい、……待って!」

 相手がどう取るのかは相手次第であり、相手が意味を感じたならば、それが真実である。

 先ほど、頭から転んだ逸見エリカ、恐怖で行動できなかったエリカは、相手が何もしないで去っていくことに、
大いに安堵と疑問を覚えた。彼女は、向こうに見えるこちらを向いたぺパロニの姿を、何が目的なのか、なぜ見逃すのか。
怯え交じりの視界にとらえたところで、相手の目からどうしようもない感情を感じ取った。

 瞳に写っている、恐怖にへたれこむ姿に向ける感情は、侮蔑。あきらかな劣等を眺めている。エリカは感じ取った。

 感じ取ったから、彼女は声をかけずにはいられない。一言では止まらなかった少女に、何度も進行をやめて話を聞けと呼びかける。
止まってこちらの話を聞けと、ぐんぐん遠ざかる姿に向かって、エリカは呼びかけた。何とか話をしなければならない。こちらに――

 「……なんすかー?」

 後姿が遠ざかりかけ、エリカが諦めかけたところで、望み通りぺパロニは立ち止まり、振り返った。
……いや、本当に望み通りだったのだろうか? エリカは立ち止まらせたところで次に何をすればいいか分からない自分に気が付いた。

 やらねばならないことはある、情報の交換、スタンスの確認、状況への考察、そして、同盟の提案。
けれど、口に出そうとしても言葉にならない。呼び止めたならば何かしなければならないのに、どうしても言葉が出ない。
そもそもなぜ、急ぐ後姿を呼び止めたのか、それは、彼女が自分に侮蔑の視線を向けたから――

 「……悪いッスけど」

 まごつくエリカに、ぺパロニは用がないなら自分は去ると、そういう類の言葉をかけた。
それは道を急いでいたからであり、今の状況では付き合ってられないという意味の言葉だったが、
その言葉は、何よりもエリカの現状を言い表し、何よりも――彼女のプライドをズタズタにした。


291 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:50:57 q9zOApBY0


 「時間がないんで――かまってほしいなら、別の人を探して欲しいっス」


 言い終わるとぺパロニは、また背を向けて駆け出していく。
エリカは、目を眼球が零れ落ちそうなほど見開き、口を酸素を求める金魚のようにはくはくとさせる。

 そんなじゃないと言いたかった。そんな幼稚な理由で呼び止めたわけじゃないと否定したかった。

 ぺパロニの背中はぐんぐん遠ざかり、やがて見えなくなるほど遠ざかっていく、声は今ならぎりぎり届く。

 私は、ただ、侮蔑の視線の意味を聞きたかっただけだ。何故そんな視線を向けたのか、私はそんな視線を向けられるほど――

 ぺパロニの姿が見えなくなる、きっともう声も届かないほどに。

 「バカに、するんじゃないわよ……」

 絞り出すような声だった。風が吹いて木々が囁いたなら、消えてしまうほどの声。なぜ、こんな声なのか。
もっと強い声をだすべきだ。これじゃあただぼやいているだけ。誰の耳にも届きはしない。

 「……バカにするな」

 そもそもなぜこんなに声を出すのが遅れたのか? さっさと弁解すればよかったじゃないか。
さっきもさっさと舌を回して取り繕えば、少なくとも評価は覆っただろうに。

 「バカにするな」

……いや、しょうがないことだった。何しろ考えがまとまらなかったから。
考え及ばず言葉に詰まったら、それこそ、嘲りは避けられない。それは命よりも大切なことだ。
今だって、姿が見えなくなってから、何かモガモガ言っている。否定が怖いから、反論が怖いから、侮蔑が怖いから!

 「バカにするな! バカにするなあ! バカにッ」

 こんなのは私じゃない、私だって、信念が、私の戦車道が、行くべき道が、見つけた道が――

 「バカに、バカにするなアアア!!!」

 ――かまってほしいなら、別の人を――

 ――こんなバカみたいなことのために、その道を否定するんですか!? ――

 ――貴女の戦車道は、なんでありますか?――

 どこに行ってしまったのだろう。歩むべき道も、歩んできた道も。


292 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:52:02 q9zOApBY0





 逸見エリカはまた逃げ出そうとした。けれども両脚はピクリともしない。
彼女の顔は、まるで漂白されてしまったようで、何もかもが抜け落ちてしまったかのようだった。

 からっぽだった。

 秋山優花里の問いかけは、私の踏み砕いてきた氷の道を振り返らせてしまった。
この殺し合いという極限状態は、混迷と狂気に人間を追いやっている。けれど、だからこそ、地金を明らかにするのではないか?
真実に降り注ぐ白日は、道の名残さえ残さず消し去ってしまう。

 エリカは副隊長になった、誇りある黒森峰の副隊長、それにふさわしい道を選ぶ、西住流の、そしてその死に方を!
エリカは小銃を取り出した、自身の頭を打ちぬいたならば、一瞬で死という桎梏に連れ出すだろう武器だ、きちんと頭に宛がわなければ、
……銃身が長い、これだと不格好で、ダサい死に方だ、もっときれいに気高く死にたい。

 あの時の拡声器からの声、あれを私が必死に否定しようとしたのは、何よりもあの行為自体が道に沿ったことだったからだ。
私は、感銘を受け、羨望を抱き、嫉妬に満ちてしまったんだ。そして、悪意の闇に飲み込まれたしまうように思った。
けれども、本当に飲み込まれたら見ていられないから、光に背を向けて逃げ出した。

 せめて死体だけでも格好をつけたい、ナイフで首を割いたなら、殉教者のように見えないかとエリカは考えた。
エリカが取り出して、見つめるナイフは、明確に人を傷つけるもので、きっと死へと自分を連れ出すもので、そしてとっても痛いものだ。
こんなもので首を切ったら、痛いに違いない……ほら、痛い。ほかの方法を考えよう。

 けれど、いくら逃げ出しても、光は追ってくる。追ってきて、私の何もかもを世の中に晒そうとする。
夜だと思ったのは、私が隠れたかったから、死の恐怖をはらむ暗闇を追いかけて――正しい生を意識させる陽光から逃げた。
でも、逃げ切れなかった。あの娘に見た侮蔑は、私が私に抱いた侮蔑、すぐそばにいるから、逃げおおせられるわけがない。

 エリカの呼吸は乱れに乱れ、地面に吐瀉物をまき散らした挙句に、過呼吸状態に陥った。その苦しみに彼女は、
苦しみから逃れるために、頬っぺたから首筋までを引き裂くように掻き毟る、痛々しい傷が、無数にできた。

 さっきからしているこれだって、同情を集めて、助けてもらいたい、かまってもらいたいからじゃないか。
銃を撃てば死ぬから、撃てず、ナイフで裂けば死ぬから、裂けず。挙句の果てに、過呼吸と自傷行為。
消極的自殺。いくら、体調が悪くなっても、いくら傷を作っても、価値を見出してくれる人なんていない、みんな極限状態なんだから。

 しばらく、エリカは動かなくなった。ちょっとして、彼女は幽鬼のように立ち上がり、場所も決めずトボトボと歩き出す。

 誰かが、自分に価値が無いと思っている人間が、真に価値無き人間なのだと言った。

 自尊心も、自意識も、自己の価値観も、何もかもをが、もしも無くなってしまったのなら、

 ――そこには、死体にもなれない、哀れな亡者がいるのみだ。

【D-3・南部/一日目・午前】

 【ペパロニ@フリー】
[状態]健康
[装備]S&W M36、予備弾
[道具]基本支給品一式、スタングレネード×?、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:巻き込まれたアンツィオの面子を生かす。
1:アンツィオの面子と合流。
2:1の方針を邪魔をしない限りは他校に関しては基本的に干渉しない。もしも、攻撃をしてくるなら容赦はしない

【逸見エリカ@フリー】
[状態]混乱 背に火傷 精神疲労(大)
[装備]軍服 64式7.62mm小銃(装弾数:13/20発 予備弾倉×1パック【20発】)不明支給品(ブーツナイフ系)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:……隊長のところへ。
1:行かなきゃ、どこかへ、どこへ?……私が?
2:人に会いたい。助けてほしい。
2:人に会いたくない。バカにされたくない。
3:……死にたくない。


293 : it's me ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/04(木) 04:52:27 q9zOApBY0
投下終了です


294 : 名無しさん :2016/08/04(木) 04:54:33 q9zOApBY0
申し訳ありません。逸見エリカの状態表を↓に訂正します

【逸見エリカ@フリー】
[状態]混乱 背に火傷 精神疲労(大) 過呼吸 頬から首筋にかけて傷。
[装備]軍服 64式7.62mm小銃(装弾数:13/20発 予備弾倉×1パック【20発】)不明支給品(ブーツナイフ系)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:……隊長のところへ。
1:行かなきゃ、どこかへ、どこへ?……私が?
2:人に会いたい。助けてほしい。
2:人に会いたくない。バカにされたくない。
3:……死にたくない。 

すみません


295 : 名無しさん :2016/08/04(木) 07:57:26 j4Ek4tjY0
>>282
訂正

【A-7・民家/一日目・朝】

【ダージリン@フリー】
[状態]軽度の疲労
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服
[道具]基本支給品、不明支給品(ナイフ、銃器、その他)、後藤モヨ子の支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『 私は庶民の味方だ。そういう人間なんだ』


[備考]
・後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(ナイフ、銃器)を獲得しています。

・後藤モヨ子の支給品:基本支給品、不明支給品(ナイフ、銃器 )、ヒロポン(3/50)


296 : 名無しさん :2016/08/04(木) 23:53:58 85jRIMsc0
皆様、投下乙です!

>あゆみ梓
あゆみちゃんの、まっすぐ故にストレスを溜め込んでしまう性格という、無いに等しい公式設定をこう昇華してくるとは思いませんでした。
この二人はにこやかなギャグパートかな?と思っていたので、いい意味でたいへんショックを受けました。
半年前まで中学生だった女の子だもん、そりゃあクラスメイトが殺されたら壊れても当然だ。あたりまえのことだけど、そんな当たり前を忘れてました。
友達だったから、あゆみの最期の言葉と梓の嘆きが本当に心にくる話でした。この展開はやられました。

>ゴモダジ
ゴモヨは絶対壊れるなぁと思ってはいたけど、予想の遥か彼方の壊れ方。
そりゃ、いくら聖人のダジ様でも同情して撃ちますよね。
でも、なんだかんだダジ様にこの殺しは影響してくるのでは、なんて期待しちゃいますね。
そして孤立していた水族館組と近く、よく考えたらみんな隊長格。リレーがたいへん楽しみです。

>ペパエリ
まずは、リレーありがとうございます。とてもいいエリカが見れました。
ペパロニのスタンスがスタンスだったとはいえ、“あの遥か格下のアンツィオ”に無視同然の扱いをされたのは屈辱だっただろうなと思います。
逸見らしい、とにかくコンプレックスとプライドの塊の逸見らしい話でした。
誰もいなくなってからの、バカにするな、という叫びがとても痛々しくて、でもエリカの気持ちの体現であることも間違い無くて…やっぱりエリカはどこまでいこうとエリカですね。


さて、逸見エリカと西住みほで予約させていただきます。


297 : ◆dGkispvjN2 :2016/08/04(木) 23:54:43 85jRIMsc0
失礼、鳥忘れです。


298 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/05(金) 11:56:35 SYK71eiE0
感想はまた後程で、現在位置のまとめです。ご参考にお使い下さい


【A-7】
水族館売店:河嶋桃・島田愛里寿
民家:ダージリン

【B6】
森:カルパッチョ★・アキ

【C3】
高校:(校門前)磯部典子 (3F教室)クラーラ★

【C4】
商店街の建築資材屋:冷泉麻子、武部沙織
マンションアパート屋上:アッサム★・オレンジペコ★
大洗駅:ツチヤ・ミッコ

【C5-C6境界】
アリサ・丸山紗希

【C6】
精肉店:まほ・ミカ・坂口桂利奈
神社:ノンナ★・ナオミ★

【D2】
街並み:ホシノ

【D3】
森:秋山優花里
南部:逸見エリカ・ペパロニ(時間:午前)

【D5】
港:ローズヒップ・西絹代

【E3】
五十鈴華★

【E4】
ビル屋上:澤梓

【F3】
郵便局ロビー:角谷杏・アンチョビ

【G3】
工場:福田・カチューシャ
工場:ケイ★・みほ




>>204
拙作ですがチームリーダーはアッサムでお願いします
後輩想いそうなところが彼女の魅力だと思うので


299 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/05(金) 12:22:00 SYK71eiE0
カルパッチョ・アキ・まほ・ミカ・坂口桂里奈・ノンナ・ナオミ予約します


300 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/05(金) 20:42:24 2mm1.q5I0
>>299
河嶋桃・島田愛里寿・ダージリン追加予約します


301 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 00:30:27 Fiv1Sz6Y0
遅れてすいません。投下いたします。


302 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 00:32:00 Fiv1Sz6Y0

「麻子……大丈夫?」

あれからどれだけ時間がたっただろうか。
数十分、数時間泣き続けていたような気がする。
だが、実際スマートフォンを見ると十五分程度しかたっていなかった。
いっその事このまま四日間たってくれたら良いのに。
いつもみたいに寝坊してそのまま四日が終わってくれたら、何も考えずにいられるのに。楽なのに。

いつまでもここにはいられない。
これからどうするか。何とどうやって戦うのか、きちんと決めなければならない。

「……静かだな」
「え?」
「何も変わらない、いつも通りの町だと思ってな。
 こうやってぼーっとしてると、いつもと何も変わらないように思える」

本当にそうだったら良いのに。
なのに、現実は。

「麻子……」

聞き慣れた声。
今の私にとっては沙織の声だけが日常で。
今、この町で確実に信じられるのは沙織しかいない。

「チーム、組も?」

こんな異常事態でも私を頼ってくれる。私と一緒にいたいと言ってくれる。
うれしかった。
生き残るんだ。沙織と、みんなと。
誰も殺し合いなんか望んじゃいない。みんなで生きて帰れるなら帰りたいはずだ。

だから、私は。


303 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 00:35:10 Fiv1Sz6Y0

「悪い……ちょっと考えさせて欲しい」
「えっ……そ、そっか」

沙織の誘いには乗れない。

「そうだよね。麻子も自分の考えがあるもんね。私なんかと組んだら、邪魔だよね。
 ほら、私ってドジだし、いざって時何もできないから足手まといになるって言うか……ね。
 ごめんね、こんなときまで無茶言っちゃって」
「違う」
「えっ……?」

違う。前提からして違う。
私だってできることなら沙織とチームが組みたい。
でも、それじゃダメなんだ。
絶対にどこかで詰まって、終わってしまう。
もし、私たちが本当に生き残りたいならチームは組んではいけない。

「沙織は……人を殺せるか?」

大事な確認だ。背嚢に目をやりながら問う。
そこには当然銃やナイフあるいはそれに準ずるものが入っているはずで、沙織も確認しているだろう。
酷な問いだとはわかっている。
ただ、本当に生き残りたいのならここではっきりさせないといけない。

「……無理」
「そうか、分かった」
「麻子は……麻子は殺せるの!?」
「……殺せない、と思う」

本当は、分からない。
もし、目の前に人殺しがいたとして私はそいつを殺せるのか。人殺しになるのか。
その覚悟があるかはその時にならないと分からない。
ただ、殺意のない人間にまで手を出すなんて事は決してない。
沙織もそうでよかった。
きっと、今から私が言うことにも納得してくれるはずだ。

「よし、一つ決まった」
「何が決まったの……?」
「生き残るための方針だ」

私たちが生き残るために、そしてみんなが生き残るために。
私たちは前に進まないといけない。


304 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 00:37:40 Fiv1Sz6Y0

「沙織は、この殲滅戦でチームを組むってことがどういう事か分かるか?」
「えっと……お互いに連絡を取りあって敵の位置や情報を交換したりするってことでしょ? 通信士と一緒で」
「もちろん、それもある。でも、他には?」
「……他?」

そう。大事なのはそこじゃない。
このルールは、そんなに単純じゃない。
目の前で沙織は頭を捻って考えているが、表情からこの事について考えていなかったのが分かる。

「分からない……ねぇ何なの麻子?」
「もし、チームを組んだ状態で別の人間と出会ったらどうなる?」
「それは、一緒に行動しちゃえばいいんじゃないの?」
「じゃあ別のチームと出会ったら?」
「それも、なんとか話し合って一緒に……」
「生き残れるのが三人なのにか?」
「それは……」

生き残れるのは最大三人。変えることができないルールだ。
おそらく、今後何があったとしても変わることはない。

「チームを組むってことは、チームを組んだやつ以外と敵対するって宣言になりかねないんだ。
 二人チームを組むと、二人以上の相手に、三人チームを組むと全員に敵対宣言したのと同じなんだよ」
「そんなことないよ! ほら、例えばみぽりんが誰かとチームを組んでたとしても、私は一緒に行動できるよ!」
「ダメだ。それが一番危ない」
「そんなっ、どうして!」


305 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 00:41:14 Fiv1Sz6Y0

チーム。友達。
こんな絶望的で孤独な状況だと、どうしてもすがりたくなる。
でも、ダメなんだ。それじゃあ。

「四人だと一人が欠ければ三人になる。 生き残れる人数の限界だ。
 私と西住さんと沙織ともう一人が行動を共にしたとして、
 西住さんと一緒にいたのが他の学校のやつだったらどうしてもその空間に居心地の悪さを感じる。
 そいつが、自分が殺されるんじゃないかって疑い始めたら……もう終わりだ」
「でも、そんなことって……一緒に戦った仲間じゃん! そんな事起こらないよ!」
「沙織はプラウダやサンダースの三人のなかに入っても自信をもって同じことが言えるのか?」

沙織の表情が目に見えて曇る。
意地悪な質問をしてしまった。だが、そう言うことだ。
いくら他の学校と一緒に戦ったといったって、素性を深くまで知っているわけではない。
それで本当の信頼関係を結べなんて無理な話だ。

「だから、四人の中で一人孤独になるのだけはダメなんだ。危険すぎる。
孤独を恐れた一人が裏切りかねないし、三人の側もそれを恐れて警戒しないといけない。
そうなってしまったらチームを組んだ意味がなくなってしまう。」
「……でもそれならどうすれば!」

そう、四人ならダメだ。
チームを組む段階でお互いに警戒しあわなければならない。
だから、


306 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 00:47:09 Fiv1Sz6Y0

「六人だ。六人集めれば何とかなる」
「六人……?」
「ああ。六人いればこれは起こりにくい。集団として裏切る方向にはいきにくいし、団結の方に行く」

六人だと個人としてよりも集団としての意識が働く。故に裏切りも起きにくい。
何よりもこの状況で人数がいれば安心できる。
敵に襲われても自分が狙われる確率は低いし、なんなら返り討ちにもできる。
その状況を自ら壊すほど愚かな人間はいないだろう。

「でも、六人って! さっきよりも難しいんじゃないの?
 だって、三人チームを二つも引っ付けなきゃいけないし……」
「方法はある。私と沙織がいったん別れて、二人のチームとそれぞれ出会う。
 そして、集合場所を決めてもう一回集まればいい」
「確かにうまくいけば良さそうな案だけと……」

無茶だ。自分でもわかってる。

「……どうなるかは分からない。殲滅戦に乗ったやつに途中で出会うかもしれない。
 二人チームじゃなく、三人チームと出会えばめんどくさいことになりかねないし、
 そもそも三人のチームを組めたところでこの話に乗ってくれるかもわからない。でも」
 そど子は一人でも抗おうとした。
 この理不尽に対して声をあげて抗おうとしたんだ。」

「少しくらいリスクを負わなければ、みんなで日常に戻るなんて無理だ。
 だから、協力してほしい」


307 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 00:52:01 Fiv1Sz6Y0

これが今の最適解。
私に考えられる精一杯だ。
人数を集めて団結し、この殲滅戦を主催してる文科省に対抗する。
私たちみんなが生き残るにはこの方法しかない。

「分かった。要は、私と麻子が別々に動けばチームをたくさん組めて敵が減るってことでいいんだよね?
 うん、大丈夫。私、頑張ってみる」
「……ありがとう。沙織」

沙織の声は震えていた。
もしかしたら、私の声も震えていたかもしれない。
何が正しいのかなんて状況次第で変わるし、
たとえ何人で組んだところで、文科省に対抗できないという意識が強くなればどうしても裏切りは出てきてしまう。

でも、屈したくない。簡単にあきらめたくない。馬鹿げてる。

だから、抗う。
動くなら早い方がいい。
まだ、きっと人殺しが少ない今のうちに。
疑心暗鬼の芽が生まれるその前に。
今ならまだ間に合う。

「さ、麻子。行きましょ。今度会うときは仲間も一緒でね」

立ち上がった沙織が私に手を差しのべる。
沙織なりに決意を固めたようだ。その目にはもう迷いはなかった。

大丈夫だ。
最後に勝つのは私たちだ。
こんな目を出来る人間が負ける世界なんてあってたまるか。
最後にはきっとみんな笑っていられるんだ。


308 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 00:58:47 Fiv1Sz6Y0

「ああ、行こう!」

その手を取って立ち上がり、扉を開け、外に出て――――






――――ドゴォン!

「ひっ!」
「なっ……!」

爆発音が鳴り響く。
戦車に乗っていても警戒するくらいの近さだ。
ましてやカーボンの守りもない今ならなおさら警戒せざるを得ない。

「麻子……」

戦車に乗っていたら沙織を守れたかもしれない。
いくらでも敵から逃げてやる。
でも、私たちは今生身だ。
私たちを守ってくれるものは何もない。
怖い。身体が震える。

先程までの決意が揺らぐ。
ダメなのに。動かないと何も進まないのに。
沙織の方を見やると、私と同じく震えていた。

「ごめん、麻子……無理……
 やっぱり一人は怖いよ……」

その声は震えていた。
怖い。動けない。何もできない。身体が言うことを聞いてくれない。


ああ、いつもみたいにこれが夢だったら。
寝ている間にすべてが終わればいいのに。
どうして今日はこんなにも、目が冴えているんだろう。


309 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 01:02:20 Fiv1Sz6Y0

【C-4・商店街の建築資材屋/一日目・午前(朝の直後)】


【冷泉麻子@フリー】
[状態]健康、深い悲しみ、恐怖
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:沙織や仲間達を死なせたくない

[備考]
※水道が生きていることを把握しました
※C-4での爆発音を聞きました

【武部沙織@フリー】
[状態]健康、悲しみ、恐怖
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:麻子や仲間達を死なせたくない

[備考]
※水道が生きていることを把握しました
※C-4での爆発音を聞きました


310 : ◆nT8NGLZwA6 :2016/08/09(火) 01:05:22 Fiv1Sz6Y0
投下終了します。
予約期限を超過してしまい、申し訳ございませんでした。
タイトルは『二本の矢』でお願いします。


311 : 名無しさん :2016/08/09(火) 01:12:02 Aau9igjg0
投下乙です!
やっぱりこの二人はとても可愛らしいですね
戦車道、初心者で優勝校になったという優秀さもそうなんですが、やっぱり普通の女子高生として怯えてしまってその方針を取れないのがかわいいと思います
特に、

>どうして今日はこんなにも、目が冴えているんだろう。

この一文が端的に彼女らしく、そしておかれた悪夢めいた状況への悲壮感になっていてかわいいです


312 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:13:44 Aau9igjg0
カルパッチョ・アキ・まほ・ミカ・阪口桂利奈・ノンナ・ナオミ・河嶋桃・島田愛里寿・ダージリン

投下します


313 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:15:48 Aau9igjg0
 視界を飛びずさる枝葉。耳元を擦った草。
 木の根を飛び越え揺れる視界と、突き出した己の腕。握った拳銃。
 人はいないというのに、何かが蠢く気配――――酸素を奪われて白くぼやけつつあるその光景の中、後ろに流される。

 殺す――殺すしか、ない。
 今ここで逃げ出されて殺せないのは――怖い。
 それが、友人やドゥーチェの耳に入ってしまうのも――怖い。
 それよりも怖いのは、彼女たちまでもがカルパッチョと同じ人間と思われてしまうこと。
 殺人者だと糾弾され、逆さ吊りにされるドゥーチェ。
 それを止めようとして、腹に弾丸を撃ち込まれて倒れるペパロニ。
 殺人者の一味だろうと、弁解も聞き入れられずに棒で囲んで叩かれるカエサル。
 それは、避けなくてはならない。

 賽は既に投げられた――――かのローマの、友人の彼女が好きな、偉人の言葉であるが。
 今まさに、カルパッチョの置かれた状況はそれだ。
 だから、殺さなくてはならない。
 故に、殺すしか他ない。
 殺す以外の手段なんて――――もうどうにもならないのである。

 全力疾走に奪われる酸素の中、何とか彼女の頭が判断した結論はそれだ。
 だから、撃たなければならない。
 故に、討つしかない。
 これは仕方のないことだ。
 これは仕方のない事なのだ。
 言い訳が――――頭をぐるぐると渦巻く。
 そして運命の神は、彼女に整理の時間を与えぬまま、賽の目を決めた。

「きゃっ!?」

 倒れた、小さな背中。すぐに追いつく。
 木の根に足を引っかけてしまったのか、倒れ伏したアキの身体。
 もうすぐ森を抜けて――ゴルフ場の芝生へと足を踏み入れる矢先であったのに。青空の元へと向かえたのに。
 運命は彼女を見放し、カルパッチョに味方した――――。
 いや、本当に味方したというのか。

「う、撃たないで……!」

 涙を浮かべて、首を振るアキの瞳がやけに大きく見える。
 上がり切った息と、服を湿らせる汗の大河。上下する照準。
 自分がこれからするのは、たぶんきっと身勝手極まりなくて――――相手からしたら、なんと言われても受け入れられない事だろう。
 だが。
 その身勝手に更に上塗りをさせて貰えるなら――――本当に自分勝手極まりないが――――先ほどまでの方がよかった。


314 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:16:31 Aau9igjg0

 顔を見なければ。
 背中を向けたままなら、こうも苦々しい気分にならずに、引き金を引けたのだから。
 深呼吸を一つ。
 じりと、倒れたままアキが後退する。せめてと地面を蹴り空転するその足の、白さが眩しい。
 ああ。
 ここが、太陽の下でなくてよかった。
 だったらもう少し、もっともっと引き金は重くなっていただろうと――――照準を合わせて。

「え……?」

 足元に、何かが転がり落ちた。
 灰色の、筒状の――――――噴出する白煙。

「かっ」

 定めた覚悟も、集めた殺意をも根こそぎ奪うような強烈な刺激。
 細かい熱した砂の粒が喉と目玉を余すことなく多い、栗の毬(イガ)めいて喉奥と眼球に棘を突き立てる。
 辛子を直接粘膜と皮膚に塗りたくられたような灼熱の渇きと苦痛。

 たまらず噎せる。舌が自然に突き出て、喉の異物を吐き出さんと咳き込む。
 吸おうと口を開けば、体が吐こうと咳を出す。
 目玉を押さえつけたい。押さえたら痛みが消えるだろうか。いや、触ったら余計に痛みが来るかもしれない。痛い。
 細められた瞳を、吊り上がり引き締められた目元を、視界を涙が滲ませてそれが垂れ落ちる。

 連続した咳き込みと異物感に、すぐさま肩の付け根と胸の筋肉が引き攣った。
 冷汗が止まらない。
 寄生生物めいた宇宙人の幼体に顔面を拘束されたように顔を抑えながら、カルパッチョは奇妙とも呼べる踊りのような蹈鞴を踏んでいた。
 何かの毒ガスかと思える、苛烈な反応。

 汗を掻いた皮膚まで痛い。背中が焼き付いて突っ張る。
 苦悶の呻きを漏らして、哀れカルパッチョは軟体タコの生け作りめいた不思議なダンスを躍っていた。

 その遠くで、声が聞こえる。

「あ、プラウダの……」
「ノンナです。……さあ、早く」

 銃を向けようと、片手を上げる――もう片方は膝。丸まった背中。呻く。腕が振るえる。
 涙の視界の中、相手の背中が遠くなる。引き金を引いても絶対に当たらない確信。
 それどころか、こんな状態では逆襲の銃撃すら躱せない。
 ガスから、相手から離れなければ――――。
 顔を抑えるカルパッチョは、這う這うの体で森の奥へと逃げ込んだ。


315 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:17:37 Aau9igjg0


 ◇ ◆ ◇


 フードコートの椅子に腰を下ろした桃は、一先ずはと吐息を漏らした。

「あとは何か、軽く口に入れられるものも選んでおいた方がいいかもしれんな」

 急な糖分が欲しくなるとか、少し小腹が減るなんてこともあるかもしれない。
 こんな場面で悠長に昼食だから一旦休もうと言っても――最悪誰かに出会ってしまって――それが聞き入れられない可能性もある。
 それにこの食料、正直味がどうなのかまでは解らない。
 桃の忠言を理解したのか、愛里寿も幾つか好みなのか菓子を選んでいる。
 一頻り、つまみ上げてからの事だった。

「お金は……」
「ん?」
「お金は、どうしよう?」

 恐らくは独り言だったのだろうが、言われて桃は押し黙った。
 この場はもう、殲滅戦のフィールドだ。撃ち合いの場面だ。建設中の看板や保育園を戦車が吹っ飛ばすように、あればお構いなしのそういう舞台だ。
 使えるものは使って何も問題ない。サバイバルだ。自然の摂理なのだ。
 愛里寿の無言と、桃の無言が交わり……。

 溜め息が一つ。
 唇を結んだまま掴み取った商品の幾つかを棚に戻し、代わりにレジに一枚札を叩き付けた。
 それからドリンクバーの分もだと、もう一枚叩き付ける。
 親友が、桃ちゃんそういうとこ小市民だよねと笑った気がするが――うるさいと脳内で怒鳴る。

「……意外に持ってないんだ」
「う、うるさい! いいから選べ!」

 若干十三歳に財布の心配をされるとは、なんとも屈辱的だった。


316 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:18:06 Aau9igjg0


「……それじゃあ、本当にいいんだな?」

 桃の問いかけに愛里寿が小さく頷いた。
 結局広げた武器のうち、サブマシンガンは桃が扱うことになった。
 彼女としても訓練なしに――しかも人に向けてなんて――叶うなら向けたはない――ちゃんと使えるとも思えなかったが、
 それよりも、自分よりなおも年若い少女に持たせる方が問題に思えた。
 代わりに、愛里寿には桃に支給されたデリンジャーを手渡した。
 自己防衛にはそれでも心許ない感じもするが、彼女がそれでいいと言ったのでは桃に否定できるものでもない。

「チームリーダーも、私でいいんだな?」
「……お願い」
「ああ、任せろ」

 ……どこまでできるかは判らないがという言葉は、飲み込む。

「チーム名は……自由か……」

 しかし、自由と言われても――と特に共通点も思い付かない。
 困ったものだ、と首を捻る。
 新・カメさんチーム――というのは避けたいし、ならば広報さんチームだろうか? ……それも変だ。
 だったら水族館さんチームとか、それともペンギンさんチームとか――――。
 そこまで考えて、気付いた。
 ネーミングセンスが、毒されていた。センスのない方向に。

 ……と。

「ボコ」
「え?」
「ボコがいい」

 ……いや、あんな怪我だらけの可愛くもないぬいぐるみとは、余りにも不吉ではないか。
 なんか、生き残れる気がしない。
 散々怪我をしてボコボコになって、そのままくたばりそう。

「……ちょっと待て。不吉じゃないか?」
「ボコなら……最後まで、諦めないから」
「……」
「……ボコは、絶対に、気持ちじゃ負けないから」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……判った。なら、ボコグマさんチームで――」
「ボコられグマのボコ」
「……」
「ボコられグマの、ボコだから」

 ボコグマなんて言うパチ臭い名前では断じてないと、ちょっと強めに目を向けられる。

「……な、なら、ボコられグマのボコさんチームだな? 判った」

 とりあえず、指紋認証は済ませた。
 ボコられグマのボコさんチーム……非常にセンスの欠片もない名前であると思うが。
 ようやく愛里寿が子供らしい我が儘を言い出したことに、桃は少し安心していた。


317 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:18:33 Aau9igjg0

「できたらバックヤードも見ておくか……」

 水族館は当然表に向けられている以外に、生き物の飼育――その管理にかかる裏方もまた膨大なものになる。
 普段は中々お目にかかる機会はないが、こんな機会なのだ。
 調べておいてもいいだろうし、万が一となったときに立てこもり、或いは隠れる用意となるかもしれない。
 しかしそれにしても――管理室には、どうやって入るんだろう。
 一般の客に入場されると困るとなると、施設の外に裏口でもあるのか。
 それとも、この館内にあるのか。
 どうしたものかと考えて――――先ほどまで、外から不吉な遠雷が響いていた。

 迷う。
 だけども、ここから身を晒す事は避けておきたい。
 そもそも水族館に人がいると思われなければ、生存の可能性もグッと上がるのだから。
 ペットボトルや菓子を詰め込んだ背嚢はパンパンに膨らみ、女性の割に体格がいい桃でも担ぐと少し声が出る。
 特に肩紐。かなり食い込む。今後を考えるなら、タオルでも挟んでおくのがいいかもしれない。
 愛里寿を見る――桃でこうなら、愛里寿は余計にというところだろうが……。

「これぐらいは、大丈夫だから」
「……そうか」

 本人がそうするというのであれば、そこに桃から踏み出すことはできない。
 決して強くはない――――本当の意味で、踏み出して重荷を持てるだけには、まだ心の余裕がないのだから。
 そしてさっきと逆順で階段を上る。
 右手には室内プール――――というか、イルカのショー会場と観客席。青いプールベンチが並ぶ。
 ここには、何もないだろう。
 そう頷いて、館内を更に奥に進む――――その廊下だった。

「あ……」
「ん、どうした?」
「何も、食べてないのかも……」

 愛里寿が声を上げたその向こうを見てみれば――数羽のペンギン。
 ショーに慣れたのか人を見付けたペンギンは、ガラスの遥か向こうだというのに桃たちに近寄らんと頼りない足取りを向けていた。
 つぶらな、黒い瞳。
 自分たちだけでは生きて行けず、取り残された瞳。
 何も知らずに信じて――人と言うだけで、無条件に歩み寄ろうとする瞳。
 あまりにも覚束ない足取りで、懸命に、桃たちの元を目指している。

 あのペンギンには、自分たちがどう見えているのだろうか。
 友人のつもりなのだろうか。恩人のつもりなのだろうか。情を向けているのだろうか。安心しているのだろうか。
 ただの動物だから、何も考えていないのかもしれない。
 だけども――――本当によちよちと頼りない動きで二人目掛けて歩こうとするその様を眺めると、言い知れないものが胸奥からこみあげてきた。

「……行くぞ。上手く行けば、冷蔵庫に餌が保存されているかもしれない」
「そうね……」

 その、無垢な瞳に背中を向けて――来た道を引き返し、二人は水族館の外へと足を踏み出した。
 耐えられない。
 何も知らずに生きていこうとしている彼らの姿を見てしまったら、耐えられない。


318 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:19:22 Aau9igjg0

 そこで、だ。
 金髪を翻して、水族館を目指す影が見えたのは。

「あれは……アンツィオか?」

 少し――――少しは頼りになりそうな相手ということで、内心溜飲を下げたのは内緒だ。
 だが、次の瞬間には硬直する。
 その手には、太陽光を反射する――リボルバー拳銃が握られていたのだから。
 既にそこで、「ひっ」と声を上げた。
 まだ、何の準備もできていない。生き残ると決めたばかりだ。それなのにいきなりこんなのとは――聞いていない。
 これが授業なら、テスト勉強の時間も確保できないぐらい無茶な話だ。

 若干尻ごみしそうになるそこで――桃よりも早く、後ずさる愛里寿。ちゃぽんと手の中で揺れた水筒。
 そうだ、いかんと――気持ちを入れ直そうとする。
 だけども、ひょっとしたらこのまま二人で逃げた方がいいかもしれない。隠れていればやり過ごせるかも。
 妙案だと思ったが――――時すでに遅し。二人の姿を捉えたアンツィオの生徒――カルパッチョは、歩行の速度を上げていた。
 ぐ、とサブマシンガンのストックを握りしめる。
 やるしない。やるんだ。ここでやるしか――――己を奮い立たせて、声を上げた。

「それ以上前に進むな! 武器を捨てろ!」

 思ったよりも、ちゃんと声が出た。自分を褒めたくなった。
 そのまま、続ける。

「いいか、それ以上不審なことをしたらこっちも撃――――」

 銃声。

「ほ、本当に撃ってくる奴があるかぁ!」

 完全に涙声になりながらも、桃が片手を上げて怒鳴る。
 うるさいと、返答には銃口。

「お前、子供相手に銃を向けて恥ずかしくないのか! ひぃっ!? ひいいぃぃぃぃぃいっ!?」

 銃声、二つ。
 コンクリートを削って、煙が上がった。肝が冷える、空気を引き裂く鋼鉄の爪音。
 理屈ではない。本能だ。
 あんなものを目の前にして冷静さを保つなんてことは、桃には不可能だった。
 愛里寿の手を引いて、一目散に逃げ直る。

 誰か何とかしろと叫びたかったが、ここには何とかしてくれる誰かなどいない。
 やるしかない。
 愛里寿は真っ青になって、桃の手を強く握りしめている。
 これが――――この華奢な、しかし強く送られる力が、今の桃の責任。命の重さ。


319 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:20:13 Aau9igjg0

「こ、ここは水族館だ! 何とかなる!」

 言いながら、奥を目指して走る。階段を駆け上がる。先ほどまでの感傷なんて知ったことかと、必死に足を動かす。
 上り切れば、骨格が宙づりにされた、明るい灰色のフロアに出た。
 相手も追ってきているだろう。だが、走っては来ていない。追い詰めて狩るつもりなのか。遊びのつもりなのか。

 悔しさを覚えるが、事実でもある――いや!
 いや、何とかしてやる。何とかできたらいい。何とかなると思う。
 何とかなる。そうとも。
 ここなら仮に――――というかあまり成功を思いたくない――――射撃が失敗しても、足止めになるものは多い。
 そう、何とかなる。何とかなる。

「大丈夫だ……大丈夫……」

 多量の水が襲い掛かれば無事とは行くまいし、それこそパニックムービーさながらにサメなどが飛び出しぶつかれば、良くて戦闘不能となる。
 自分が巻き込まれないように注意を払えば、防御としては最高の使い道となるだろう。

「なんとか……」

 だけれども――だけれども。
 撃つのか? 殺すのか? 襲撃者は死なない可能性もある。桃たちも無事生き残る。だけど――水から出たら確実に、魚は死ぬ。
 正直なところ、思い入れがある訳ではない。
 でも――――何も知らないで、電源が落とされたような街の中で、辛うじて起動している非常電源で、ただ生きている彼らに死を押し付けるのか?
 そんな――――そんな残酷なことを?

(ええいっ!)

 心の中で、喝を入れる。
 そうこうしている間にも、未だ自分たちに危機は迫りくるのだ。迷えば迷うだけ、魚どころか自分と愛里寿の死が近づく。

 だから――――……。
 そう、こんなこと、悩むことすら馬鹿馬鹿しい。考えるだけ無意味だ。魚を大事にして自分が死にましたなんて、悪い冗談にもならない。
 会長なら、「しょーがないよねー」と申し訳なさそうに笑いながら済ませるだろう。
 柚子は、「ごめんね……」と悩んだ末に、勇気を出して涙を堪えるに違いない。
 自分だって、こう考えながらもいざその場に行けばなりふり構わずに撃ってしまうかもしれない。
 だが――――だけど――――。

「クソぉ!」

 あのペンギンを。
 桃たちの事情など露知らず悠々と水槽を泳いでいる熱帯魚を見ていたら、とてもではないが――――そんな気分になれなかった。


320 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:21:20 Aau9igjg0

「こ、ここは水族館だ! 何とかなる!」

 言いながら、奥を目指して走る。階段を駆け上がる。先ほどまでの感傷なんて知ったことかと、必死に足を動かす。
 上り切れば、骨格が宙づりにされた、明るい灰色のフロアに出た。
 相手も追ってきているだろう。だが、走っては来ていない。追い詰めて狩るつもりなのか。遊びのつもりなのか。

 悔しさを覚えるが、事実でもある――いや!
 いや、何とかしてやる。何とかできたらいい。何とかなると思う。
 何とかなる。そうとも。
 ここなら仮に――――というかあまり成功を思いたくない――――射撃が失敗しても、足止めになるものは多い。
 そう、何とかなる。何とかなる。

「大丈夫だ……大丈夫……」

 多量の水が襲い掛かれば無事とは行くまいし、それこそパニックムービーさながらにサメなどが飛び出しぶつかれば、良くて戦闘不能となる。
 自分が巻き込まれないように注意を払えば、防御としては最高の使い道となるだろう。

「なんとか……」

 だけれども――だけれども。
 撃つのか? 殺すのか? 襲撃者は死なない可能性もある。桃たちも無事生き残る。だけど――水から出たら確実に、魚は死ぬ。
 正直なところ、思い入れがある訳ではない。
 でも――――何も知らないで、電源が落とされたような街の中で、辛うじて起動している非常電源で、ただ生きている彼らに死を押し付けるのか?
 そんな――――そんな残酷なことを?

(ええいっ!)

 心の中で、喝を入れる。
 そうこうしている間にも、未だ自分たちに危機は迫りくるのだ。迷えば迷うだけ、魚どころか自分と愛里寿の死が近づく。

 だから――――……。
 そう、こんなこと、悩むことすら馬鹿馬鹿しい。考えるだけ無意味だ。魚を大事にして自分が死にましたなんて、悪い冗談にもならない。
 会長なら、「しょーがないよねー」と申し訳なさそうに笑いながら済ませるだろう。
 柚子は、「ごめんね……」と悩んだ末に、勇気を出して涙を堪えるに違いない。
 自分だって、こう考えながらもいざその場に行けばなりふり構わずに撃ってしまうかもしれない。
 だが――――だけど――――。

「どうするの……?」
「しょ、消火器だ! 消火器がある!」

 視界を潰す。
 それで、相手の弾が切れるまで待って――――逃げ出す。一目散に逃げる。どうにか逃げ延びる。
 そうだ、それしかない。
 階段を上がってくるカルパッチョの姿を見届けた瞬間、構えたサブマシンガンの引き金を目いっぱいに絞る。

「喰らええええええ――――――!」

 ……さて。
 撃ち尽くされた弾丸と、床と音を立てた薬莢。それはいいとしよう。
 銃口からは硝煙の煙が立ち上り、

「あ……ああ……」

 ――――ここで外すか? 一発残らず? 完全に?

「うわあああああああああ――――――――ッ!」

 勢いをつけて、サブマシンガンを投げ飛ばす。
 しかし、それすらも無駄な抵抗かと思われたのか。
 カルパッチョは僅かに身を捩る事もせず、悲しき放物線と共にサブマシンガンは階段へと吸い込まれていった。
 滑り落ちる音。桃の吐息。カルパッチョの足音――つまりは静寂。

「貴女は、たかちゃんの学校の……」
「か、河嶋桃だ! そんなものを向けて、なんのつもりだ!」
「何のつもりって……もう少ししたら、判ると思います」
「もう少しとはどういうこ――――ひぃっ」

 改めて、銃口を構え直される。身を強張らせた。言葉の意味。
 確実に撃ち抜くためか、徐々に詰められる距離。
 それでも、背を向ける事はできない。向けたその瞬間に、瞬く間に撃ち抜かれるであろうから。
 ガタガタと、震える桃。距離は残り、七メートル。
 どうしようかとあたりを見回して――所詮は無駄な抵抗かと思われているのかそれとも――咄嗟に愛里寿が両手で握りしめる水筒を掴み取った。
 勢いをつける。へっぴり腰。カルパッチョは動じない。
 案の定、水筒の蓋は何の呪いか空中で外れ、唯一の頼りである質量すらも宙に投げ出した。


321 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:21:56 Aau9igjg0

 最早何の障害たりえないそれが、カルパッチョにぶつかって――

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

 軽い音と共に、カルパッチョが呻き声を上げた。
 これは、桃の知る由ではないが――――。
 彼女が以前浴びた催涙ガスというのは、水に反応して作用し痛みを生み出すもの。
 服に残っていたそれが、無様に飛んだ水しぶきに濡れた服と共に、カルパッチョに再びの痛みを齎したのだ。

「今だ――――んなっ!?」

 しかし、行かせまいと壁に撃ち込まれた弾丸。
 走り出そうとしたその体から、力があっという間に抜けていく。
 屈み腰にリボルバーを向けるカルパッチョの、苦悶に満ちた瞳。

「ごめんなさい。……でも、こうしないと、生き残れないから」

 今、桃から受けた抵抗というのは――――それがせめてもの贖罪であると言いたげな、苦々しい顔のカルパッチョ。
 最後の抵抗は、不発に終わった。
 五メートル。
 ここまで来たら否応なく意識せざるを得ない、死線。キルゾーン。
 震える愛里寿がポケットに手を伸ばそうとするその時に、桃が抱いていたのは諦め――――

「……一発だ」

 ――――では、なかった。

「え……?」
「相手の残りは一発だ! 一発に違いない! ……だから」

 呼び掛けられた愛里寿が向ける瞳。震えた目。
 桃の言わんとすることが理解できぬからではない。
 むしろ聡明な彼女はその意味をすぐに噛み締めてしまって――咀嚼できず、咀嚼はしたが嚥下はできず、それでも意味を理解した。
 桃が腰を沈める。

 怖い。膝が笑う。泣き出しそうだ。耐えきれない。嫌だ。死にたくない。助けてほしい。どうにかしてくれ――――だけど。
 だけども。
 もし、これが今自分にできることというのなら。
 本当に無様で、本当に情けなくて、本当にもっと上手にできないのかとか――まだ誰かが助けてくれたり、相手が思い直してくれることを期待するけど。
 それでも。
 それでも桃にできるとしたら、体当たりでもして自分に銃口を引き付ける事ぐらいしか――。

 だが、しかし。
 それ以上、カルパッチョは近づかない。
 最後の策――――策と呼べないような精一杯の抵抗も、殺された。
 銃口は、桃の頭部を捉えている。
 結局のところ。
 桃にできることなんて――――きっと、なかったのだ。

 あとは、無慈悲な処刑が行われるだけだった。


322 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:23:07 Aau9igjg0

 果たして、二人に向けられたリボルバー拳銃の撃鉄が蛇の鎌首めいて頭を擡げ――

「『君は私の贔屓の女優を退場させようとして、私の観劇の喜びを台無しにしてくれた』」

 突如として割り込んだ声に、停止した。

「いいこと? 勇気と犠牲の心は違うわ。勇気というのは、覚悟というのは……暗黒の海原で進むべき道を示す灯台のことよ?」

 コツコツと、階段を叩く足音。

「『君は私の贔屓の女優を退場させようとして、私の観劇の喜びを台無しにしてくれた』――」

 ぎょっとして振り向いたカルパッチョの指先が止まる。

「『よって、我らの名誉の章典に従い』」

 桃と愛里寿は、思わず目を向けた。

「『君に私を殺害する機会を与えよう』」

 それは道化めいた舞台台詞であり、あまりに不釣り合いな前口上。

「『私は今、ここで君に決闘を申し込む』」

 階段を悠々と昇り上がり姿を現したのは、聖グロリアーナの隊長。特徴的な金髪を結わったダージリン。


「――――ッ」

 時間が戻る。
 硬直から立ち直ったカルパッチョが銃口を向けると同時に、彼女の隣の消火器は撃ち抜かれ白煙を吹き出した。
 何がと、桃と愛里寿の二人は伺う隙もない。
 白煙を掻き分けて、ダージリンが飛び出して来たのだから。

「行けますわね?」

 あまりに堂々と舞台に登場したかと思えば、まさか拳銃を握った凶手の真横を駆け抜けてきたダージリン。悪戯っぽく笑う。
 思わず口を開いてしまって――可愛らしい犬歯が剥き出しになって――すぐのちに己を取り戻した桃は、頷くなり愛里寿を伴って走り出した。
 煙を補うように、銃声が響く。
 コンクリートの撃ちっぱなしの壁に火花が散り、展示用のガラスショーケースが罅割れる。
 跳弾が宙づりにされたクジラの骨格模型を穿ち、破片をグレーのリノリウムの床にばら撒いた。
 ダージリンは殿を務めて弾幕を張る。弾切れになったのか、カルパッチョは悔しげな声と共に頭を出さない。

 アクションムービーめいた銃撃戦。
 巻き込まれた水槽が爆発四散し、サーモスタットに保護された熱帯魚は訳も判らず穴へと巻き込まれた。
 火花が舞う。支えを打ち抜かれた骨格模型が空中で一旦停止したのち重力のくびきを思い出し落下。再び爆発めいた四散。
 カルパッチョは悲鳴を上げる。直撃すれば、大怪我をしたかもしれない。
 その間に――――銃撃相手は、消えていた。


323 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:23:52 Aau9igjg0

 息せききって階段を駆け下り、左右を見回した桃は銃声に押されるように手近な部屋へと飛び込んだ。
 何とか首の皮が繋がった、救世主。
 十分に距離を取ったスタッフルームの中で膝に手を当てて喘ぐ桃の真横、開く扉。
 俄に悲鳴をあげそうになった桃に構わず、悠々とダージリンは部屋へとエントリーを果たした。
 そして、一言。

「……こんな格言を知っていて? 『北風がヴァイキングを作った』」
「……?」

 どこか困ったようなダージリンの笑い。

「アッサムから多少は聞いてるわ。廃校の件、随分苦労されたみたいで……困難とは乗り越える為にあるとも言うけど……お強くなられたのね」
「私は……」
「謙虚と卑下は違うもの……貴女は立派よ。そうではなくて?」
「う……」

 意外なる称賛の声。それに、衒いもない。
 面映ゆい気持ちを誤魔化すように、桃は声を張り上げた。

「そ、それにしても! なんださっきのは!」
「シェイクスピア……だったと思うのだけれど……違ったかしら?」
「そうじゃない! なんで声をかけずに撃たなかったんだ!?」

 余計なことをしていなければ、今もこうしてドアの向こうを気にする必要はなかった。
 突き止められて逃げ場のない場所で、撃ち殺されることを気にする必要はなかった。
 咎める桃の怒声に――まるで紅茶でも啜るように軽く瞳を閉じて、

「あら、面白いことを言うのね。つまりこう言いたいのかしら? ――――『横合いから来て』『何も気付いてない無抵抗の人間を』『撃ち殺せ』と」
「ぁ」

 言われて――血の気が引いた。
 確かに恐怖を感じていたし、身の安全を考えたらそうなるし、合理的に考えたらこの結論が正しい。
 しかし、それは桃の考える正しさと――同じ方向か?
 弾丸を浴びせられるという恐慌に激昂してしまった彼女を誰が咎められるかという話か、それとも無責任だと言うかはさておき……。


324 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:24:29 Aau9igjg0

「いや、わ、私は……」
「……ごめんなさい、冗談が過ぎたわ。初めてここで“人”に会えたから」
「あ、いや……その……」

 涼しく頭を下げたダージリンは、起こしたその顔は、柔和というより……何かを期待して心待ちにしているように不思議な笑みだった。
 恐怖を噛み殺そうとして、それでもなんとか息を吸おうとした笑みではない。
 腹から浮かんでくる何かを噛み堪えようとしているような、好戦的とは一見感じさせない好戦的な笑み。
 うすら寒いものを感じながら、桃は二の句を飲み込んだ。

「それで、ここからどうするんだ?」

 選択と責任を投げ渡す言葉に若干の自己嫌悪を覚えて――でも、愛里寿がいるから余計に頼りになる人間に頼るのは必然だと己に訴えて。

「そうね……先ほどと、同じなのはどうかしら」
「先ほどと言うと……――まさか一人で!?」
「ええ……その方が相手も圧迫感を感じずに済むかもしれないし……あの戸惑った様子なら、まだ、説得の余地があるのでなくて?」

 本当か、と問い詰めたくなった。だけども、穏やかな笑みに殺される。

「貴女方二人はここから出る……今ならきっと、無事に出られるでしょう?」
「ま、待て! だ、だが――! …………だ、が」

 皆で挑んだ方が、数の上では優位だ――――それは机上の空論。人の死なない戦車道の話。
 だが、この場で? 撃てるのか? 本当に?
 撃てる、撃てない……或いは説得。ここでダージリン一人にやらせていいのか?
 だが、愛里寿は? 彼女も危険に付き合わせる? いいのか? だが一人にできるのか?
 そんな桃の葛藤を飲み込む風に、泰然と微笑みかけるのはダージリン。

「王には王の、料理人には料理人の道がある……いえ、私は別に王と言うつもりはないけれど――――人には役割がある。そうでしょう?」

 それは、他ならぬ桃が理解しているだろう?――そう問いかけるような目線。
 愛里寿に目を向ける。
 彼女は、何もできない自分では発言権がないのかと思っているのか――――桃の手を握って、じっと床を見ていた。
 それとも、打開策を考えているのかもしれない。
 戦車道と戦場での人の動かし方が似ているなら、或いは彼女の聡明さは頼りになるだろうが――。

「……」

 そして桃は、決断を下した。


325 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:25:25 Aau9igjg0


 リボルバーの再装填を済ませたカルパッチョは、己を落ち着けるように水槽に手を当てて歩く。
 映画や西部劇の主人公が使うというのはよく知っていたが、それにしても装弾数が少ないというのはここまで心許ないものだとは思わなかった。
 追っていった先は上下に伸びる階段やアスレチックめいた鉄枠が並ぶ。
 ともすれば宇宙船めいていて、映画の中の近未来的な構造物を思わせる様相の塔の集まり。赤い魚のお頭がどこか不気味だ。

 カルパッチョは考えた。
 ここでは、隠れる場所も、行く場所の選択肢も多すぎる。
 どこかから狙われているかも知れないし、迂闊に撃てば簡単に弾切れしかねない。そもそもこの場にいないかも判らない。
 身を隠して俄かに逡巡――――その後、閃いた。
 出入り口を塞げば、基本的にどこへも行きようがない。
 別の入口から抜け出し市街地を目指そうとしたところで、それはカルパッチョの視界に入る。
 どちらにしても、袋のネズミも同然だ。

 カルパッチョが出入り口目掛けて踵を返そうとした、その矢先だった。
 物音。振り返れば、上ってくるエレベーター。
 大洗の電力供給は止まっているという話だったが、この施設には非常電源があるというのか。
 罠。或いは挑発。
 駆け寄ってみれば、エレベーターは最下層から上ってくるようだった。

「……」

 覚悟を決める。
 ――――手の震えは未だに酷い。それでも奮い立たせた。己は殺人者だと、言い聞かせる。
 握りしめたグリップが痛い。
 乗り込んだエレベーターの表示を眺めている――降りていく。下に。下に。地獄に。
 光の届かない海の底目掛けて。沈降していく。
 途中で通り過ぎる階に臨んだ水槽のサメ――――捕食者。海の絶対的な殺戮者。なら自分は?
 魚の薄切り。魚のカルパッチョは日本発祥――――ならば自分は?
 エレベーターが止まる。地獄の最下層。暗黒の海。歩き出した水槽で蠢くのは深海の生物たち。エイリアンめいた醜悪な体――ならば自分は?

 コツコツと、一歩ごとに己が作り替えられていく錯覚。
 薄暗い室内。どこから仕掛けてこられるか判らない。手の内の中のリボルバーだけが頼り。
 相手から殺されるかもしれない。
 そんな緊張と恐怖が、カルパッチョに免罪符を与えてくれる気がした。

「もし撃ち損なってしまったら、オリーフィアのようになると思わない?」

 深海を抜けたその先――――サメや魚、亀、一つの生態系を為すような筒状の大型水槽の前に彼女はいた。
 カルパッチョも、圧倒される大きさだった。
 こんな殺し合いの場でもなければ、足を落ち着けて眺めてみたい壮大さ。或いは友人と共に来るのも、いいかもしれない。
 手を当てて、その巨大な水槽を仰ぎ見るダージリン。
 餌が与えられていないからか、サメが捕食を繰り返したが故か水は濁り始めている。
 ダージリンが改めて振り返る。その手には、ワルサーPPK=英国が生んだ伝説的スパイ:ジェームズ・ボンドの愛用拳銃。
 騎士甲冑の如く銀色に磨かれたその銃身を見れば、どこまでも芝居がかった女だと思えた。

「オリーフィア…………先ほどのは……シェイクスピアでは、ないですよね?」

 カルパッチョとて詳しい訳ではないが、あんな口上を聞いた覚えはなかった。

「あら、そうなの?」

 しばしの沈黙。

「………………、……そうだったの? ………………そう」


326 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:26:43 Aau9igjg0

 バツが悪そうに視線を落とすダージリン。釣られて、カルパッチョも何故か微笑んでいた。
 人と人、向き合えばその感情は伝染すると言うが……。
 自然といつのまにか、カルパッチョも恐怖や焦燥を忘れ始めていた。
 これが舞台のように――――大舞台に立つそのときのように、緊張感が締め付け抑える奇妙な高揚感が前腕を満たす。
 きっと今度は、無様を晒さない。

 心臓は喉元を乾かせ、口の中が渇くのに――どこか楽しみにしている自分がいる。それを他人事のように眺める余裕はない。
 喉が鳴る。
 言い訳のできない殺人の壇上に、足を掛けて上っているのが彼女にも判った。
 喉が焼き付いて、肌がひりつく。噛み殺すように頬が吊り上がる。
 このまま撃ち込んだならダージリンを貫いた弾丸は、正面から水槽のガラスを容易く破壊し、途方もない水量がカルパッチョに襲い掛かるというのに。
 それでも――奇妙な高揚感が、カルパッチョを包んでいた。

「『君は私の贔屓の女優を退場させようとして、私の観劇の喜びを台無しにしてくれた』――」

 声が重なる。
 一方のダージリンは、身震いを呼気として漏らした。
 メタンフェタミン――別に興奮作用があると言っても、赤い布を目の当たりにした闘牛めいてやたらと好戦的になるわけではない。

「『よって、我らの名誉の章典に従い』」

 或いは一度でも使用したなら判るだろう。
 血管を這い上がる冷たいおぞけに従って――脳の内側から柔らかく広がる冷たい快感の波に従って、疲れという雑音がクリアになっていく。澄んでいくのだ、頭が。軽く。
 全身の――特に腕と首筋の毛穴が全て、氷の、冷気の吐息を吐き漏らす。凍える蒸気が立ち上る。
 胸から込み上げる多幸感に任せれば頬が自然と歪んできて、或いはもっと身を任せて没入すれば、口を開けば自然と笑いが込み上げてくる。
 沈んで包み込み力を奪うように暖かく、己の内側から漏れ出した吐息は外気に触れて寒気に変わる。
 安心感のある寒さ。幸福感のある冷たさ。全能感のある涼しさ。

「『君に私を殺害する機会を与えよう』」

 シェイクスピアに曰く――――世の中の関節は外れてしまった。あぁ、なんと呪われた因果か。それを直すために生まれてきたのか。
 ああ、そうだとも。
 そうだとも。

 冷たい吐息を、静かに小刻みに吐く。
 大きく吸えば、大きく冷たくて、きっと浮かび上がるを堪えることができなくなってしまう。
 これが、魂の重さ。思考と行動の間に不純物を介さない、澄み渡る心地よさ。
 だから、愉快だ。
 だから、どんな自分にも成れるのだ。どんな自分をも為せるのだ。

「『私は今、ここで君に決闘を申し込む』」

 そこにはもう、肉の重さなんてない。魂の羽根の足取りしかないのだから。
 さて、どんな手段を使おうか――――どんなことだって、自分にはできる。
 体が、軽い。


327 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:27:13 Aau9igjg0



「誰か……誰か連れてこよう」

 愛里寿の手を引いて抜け出した河嶋桃は、誰でもなく自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

「私にできるのは、それぐらいしか……」

 改めて銃撃という現実に晒されて、強い焦燥感と恐怖が内臓で躍り回っていた。吐きそうなぐらい、五月蝿い。
 一重に彼女が今だ立ち止まって泣き出さないのは――勿論成長もあるだろう。他に頼れる人間がいないというのもあるだろう。
 それ以上に、今ここには自分を頼るしかない人間がいるから。
 そんな彼女へと、チラリと視線を送ってみれば――

「……私たち」

 呟いた。

「私たち、だから」

 そう、桃とは視線を合わせずとも声を漏らして、手をきゅっと握り締めてくる。
 その声はどこか、悔しげな響きに満ちている。
 きっと、桃が抱いているものと愛里寿が持つものの正体は同じだ。
 ああ、だから――。
 そうだとも。本当なら、どうしてこんなことになったと。何が起きていると。誰か何とかしてくれと――泣き出しているかも知れないけど。

 この、今は。
 結局は他人任せに他ならないけど。

「……ああ、そうだな」

 この小さな手を離すわけにはいかないと――――それが自分にできることだと、桃は改めて頷いた。
 道を、南下する。
 生き残る為なら、身を隠しておく方がいいに決まっているけれども。
 それでも、そうだとしても――――自分達を庇ったダージリンを見過ごして震えることは、きっとそれは出来ることをすることは違うから。
 愛里寿の手をしっかりと握り返して、走り出した。
 ――――そこで、だ。突如としてスマートフォンが音を立てたのは。


328 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:28:01 Aau9igjg0


 ◇ ◆ ◇


 森を抜けだした二人は、ひとまずは市街地に飛び込んでいた。
 徐々に昇り上がる太陽と、青い空。
 その下を駆ける女性にしては長身なノンナと、華奢で可愛らしいアキ。
 付け加えるとしたら、

「あの、ノンナさん……それって……」
「返り血ですが」

 だからどうしたと言いたげな言葉に、アキは口をつぐんだ。
 正直なところ、恐ろしい。機械――――氷で出来た姫か何かのようで、伺い知れないから。
 それに、明らかだ。彼女は人を殺している。この場で。
 次は自分ではないか――――そんな考えが過りもするが、すぐに反論が浮かんでくる。“なら、何故彼女は助けてくれた”?
 躍起になって撃破数を増やしたい人間が、得物を横取りしにくる――という話はなくもないだろう。

 ただそれは、試合とか、ゲームの話だ。
 この場で、こんな命のかかった場で、自分の手で敵を倒すことに拘る人間がいるのか?
 恐らく――――目の前の女性は、そこと一番遠い風に思えた。
 だったら、助けてくれたことを信じていいのではないか。返り血にも、理由があるのではないか。
 アキの至った結論はそこだった。

 ともすれば彼女は、また相手から狙われる――――なんてことになるのが、怖かったのかもしれない。
 連れられて、建物に逃げ込む。階段を駆け上がる。喉元をひりつかせる吐息に漸く気付いた。
 そして部屋の敷居を跨いで――腰から崩れ落ちるように、靴箱に背中を張り付けた。

「怪我をしているようですね」

 そんなアキを見下ろして、ノンナが太ももを指差した。
 どこかで枝に引っ掻けてしまったのか、白い太股に赤い筋が入っていた。気付くと、ひりひりと痛みが湧いてくる。

「手当てをしましょう」

 言うなり、ノンナは土足のまま部屋の奥へと向かってしまう。
 いや、それは流石にこの部屋の持ち主に悪いのではないか。そもそもあまり、そんな室内に土足で踏み込むという行為自体に馴染みがない。
 だが――。
 そう、例えばまた襲われた時に、靴がなければ逃げられないし、ましてや履いている間に撃ち殺されるなんて笑えない。
 逡巡する。
 手当てをしてくれると言ったノンナを待たせるのも何か悪い気がして、かといってやっぱり土足で踏みいるのも気が咎めるが――……。

「お、お邪魔しまーす……?」

 結局アキは、心の中で激しく家主に謝って、とてとてと華奢な背中でノンナを追った。
 風で扉が閉まる。

 扉が、閉まる。


329 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:28:56 Aau9igjg0

「ノンナさん、その……着替えて来たりしないんですか?」
「いえ、これからまだ汚れるかもしれませんので」

 言うなり、キャップを捻って突き出されるペットボトル。
 口に運べば、漸く行き返った心地がした。それほどまでにアキは、走り追い詰められていた。
 ノンナがスマートフォンを取り出す。何か、名刺のようなものを撮影していた。

「ここに来るまで、他に誰かに会いましたか?」

 スマートフォンを持ったまま、ノンナが問いかける。
 逡巡――――。
 当然彼女も自分と同じように、同校の友人を探しているのかもしれない。
 そう考えたアキは、体験したまま言うことにした。特に誤魔化す理由などない。

「うーんと……会ったのはさっきのアンツィオの人だけかなぁ」
「そうですか」

 努めて潜めるような声のまま、ノンナが携帯電話をテーブルに置いた。
 カメラのレンズは、下向き。
 そのまま、片手にはタオル。 

「え?」

 ゴトンと、携帯電話の隣に置かれたものをみたアキは絶句した。
 工具箱。そしてそこから、電源コードのない――電導ドリルを取り出した。
 急速に、悪寒がアキの背筋を這い上がる。工具箱――なんで? ドリル――なんで?

 よく見たら、部屋の内装がどこかおかしい。
 何者かの手によって、すでに“集められている”ように。
 そう言えば先程言っていた――――“これから汚れるかもしれませんので”。
 ノンナが、タオルを片手にアキの背後に回り込んだ。立ち上がろうとすれば、両肩を静かに押さえ付けられて首を振られた。

「う、嘘……だよね?」

 伺うアキの目に――極めて冷酷なノンナの顔。据わった目。
 囁くように、耳元で告げられる。

「Агонии……断末魔という言葉がありますが、末魔というのは痛みの強い経絡のことらしいです」

 笑いかけたノンナ――何故だろう、その笑みが酷く恐ろしい。

「人間の身体には、そんな場所がいくつもある。それを絶つと上げる恐ろしい絶叫……だから断末魔の悲鳴と呼ぶそうです」


330 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:31:04 Aau9igjg0


 話は少し、遡るとしよう。

「これは……」

 近藤妙子の支給品を手に入れたノンナには、二つの驚きがあった。

 一つ目――それを銃と呼んで良いものなのか判断に困る代物。
 口径から言えば間違いなく銃ではなく、構造から言っても紛れもなく銃ではない。
 ただ、飛ばす弾は無誘導だ。飛ばす弾に推進力はない。
 その理屈で言えば戦車の主砲も銃になってしまうが――――ふむ、とマジマジとそのものを眺める。
 個人で携行可能な火器ではある。長時間に渡り持ち歩くのは、おおよそ馬鹿げているものであるが。

 二つ目――それは、アプリのコード。
 殺し合いなどしたことはないが、各校問わずのチームというのは少し変わっていると思った彼女への、更なる驚き。
 こんな観念的で、象徴的なものまで支給されるのか――――と素直に驚いた。顔には出ないが。
 そこで、僅かに顎に手を当てて考える。
 やることは、変わらない。やるためも、変わらない。
 だが、こんなものがあるなら――――やり方は多少、変わるのではないかと。

 プロパガンダという言葉がある。
 情報媒体を用いて工作を行うというのはすでに、半世紀前から行われている手法である。
 だからここでもそれは、行われる。
 そんな、権利だ。

 そして彼女は、動き出した。
 覚悟は決まっている。僅かな感傷は捨てた――――そのつもりだ。
 だからあとは、覚悟を鉄槌で殴り付けて完全なものにするだけ。底の底を超えるだけ。
 その為に、用意をした。
 集められるだけの殺意を、一つの“箱”に詰め込んだ。
 話は、戻る。


「え、う、嘘です……よね……?」
「すみません」

 謝罪の言葉は、しかし形式的なものだった。

「助けて、ミカ、ミッ――――――――」

 同時、猿轡が噛まされる。
 抵抗をしようと手を必死に振るえば、こめかみをドリルの底で叩かれる。目の奥で火花が散る。
 頭を上げると、いつの間にか前に回り込んだノンナ。腹部への一撃で呼吸を奪われ、返す刀の頬への裏拳で戦意を奪われた。

 泣いていた。
 今まで振るわれたことのない暴力に、アキの涙腺は緊張を手放した。
 見下ろすノンナの冷たい眼差しと、腹部目掛けて振りかぶられた爪先。
 一発、二発、三発、四発、五発……十発……――――。
 執拗なボディに蹲れば、気付いて顔を上げたその時には、アキの両手両足はすっかりと拘束されていた。
 視線の向こう。テーブルに置かれたドリルを手にするノンナ。
 その向こうには、窓。カーテンが開いて、そこから空が見える――青い空が。

 試し撃ちが如く引き金を引かれて、空転して哭くドリルの刃先。
 ノンナは、彼女自身知らず歌を口ずさんでいた。
 ドリルが、歓喜の雄たけびを上げる。或いはそれは正しく使われぬ悲哀か。
 断末魔が、始まる。

「ンン――――――――――――――――――――――――――――――っ」


331 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:31:58 Aau9igjg0


 ――――Калинка, калинка.(カリンカ、カリンカ)

 電動ドリルに特別なコツはいらないが、それを頭蓋に突き立てようとした場合キックバックと湾曲で遣い手が怪我をしかねない。
 故に狙う箇所は体幹にほど近く、かつ稼働方向が限られている箇所が望ましい。
 ノンナは少女の大腿に膝を乗せ重心を向けて、右手のドリルの尻に左手首を噛ませる。

 ――――калинка моя.(私のカリンカ)

 すがるような目つきのアキを前に、ノンナは努めて無表情を保つ。
 小さく激しくなった鼻息。ゆっくりと右手の人差し指に力を籠める。
 イヤイヤと、涙を潤ませた瞳を向けられる。合わせてはならない。

 ――――В саду ягода малинка.(庭には木苺)

 猿轡でくぐもった悲鳴。
 切っ先が埋まる。大腿が激しく抵抗する。
 椅子がガタガタと床と音を立てる。前後に振り乱された髪。

 ――――Mалинка моя.(私の木苺)

 抵抗すればするほど刃は左右に動かされて、骨の表面を滑る。
 しめやかな失禁。結び付けられた手すりの軋み。

 ――――EЙ,Калинка, калинка.(カリンカ、カリンカ)

 頬に血が跳ね返る。
 猿轡ごしの絶叫。

 ――――калинка моя.(私のカリンカ)

 殆ど騒音同然の床と椅子のオーケストラ。

 ――――В саду ягода малинка.(庭には木苺)

 激しい痙攣。再び失禁。

 ――――Mалинка моя.(私の木苺)

 響くカリンカの歌声は、断末魔の声に塗り潰された。


332 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:33:02 Aau9igjg0


「ッ……ンー、グスっ、ンー……ンー、ンッ……ンンッ……う、うう……」

 過呼吸めいた鼻息。
 まるで性行為の後の如く浮かび上がらせた珠汗と、しっとりと照って湿った肌。
 アキには、もう訳が分からなかった。
 太ももに心臓ができたような、電撃を発する氷を入れられたような、灼熱の砂を肉の間に満たされたような猛烈な激痛と寒気と焦燥の津波。
 痛みに圧迫されて引き攣った呼吸と、それとは別に涙が出てくる。

 訳が分からない。
 なぜこんな暴力が許される? なぜこんな暴力を行える? そして、それが我が身に降りかかるのだ?
 夢だと思えたらどれだけよかったか。いっそ、ここで意識を失って夢にしてしまえたら。
 だが、痛みの警報が意識を手放す事を許さない。
 “おまえは”“ここに”“いるのだ”と――――無慈悲に、真実を突き付ける。
 震えた吐息で何とか痛みを誤魔化すしかない現実。

「……多少は傷みますね」

 刃を眺めたノンナが、小さく溜息を漏らす。
 外された刃。
 そして――――……付け替えられる、刃。

「あと二箇所です。仲間と会いたいのでしょう?」

 ノンナのそんな冷たい瞳と、構えられる電動ドリル。
 その行き先は――――アキの、小さく白い手の甲。
 筋張ってもいなければ、象の足のように皮膚が関節でたわんでもいない。
 塗りたくった白い壁みたいに、或いは白い陶器の如く整った肌。滑らかに滑るだろう手の甲。
 桃の表面みたいに子供っぽくてあまり好きになれない産毛の零れる、汗が色艶となったミルク色の小さな手。
 ちんまりとつつましい掌に連なる、可愛らしい指先。小さな白魚めいた指の腹は、未だ幼さを残してぷっくらと膨らんでいる。

 手首をタオルで固定されたそれは、俎板の鯉。
 そこに、男性器めいてドリルの刃先が跡をつける。
 場所はここだと確認するように。何度も何度も、手の甲にキスをしては離れる。

「動くと、指が落ちるかもしれませんので」

 甲高い、刃が擦れる音が唸りを上げた。
 そして――絶叫。


333 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:33:56 Aau9igjg0


 ――――Калинка, калинка.(カリンカ カリンカ)
 ――――калинка моя.(カリンカ マヤ)

 ――――В саду ягода малинка.(フ サドゥ ヤガタ マリンカ)
 ――――Mалинка моя.(マリンカ マヤ)

 ――――EЙ,Калинка, калинка.(エイ カリンカ カリンカ)
 ――――калинка моя.(カリンカ マヤ)

 ――――В саду ягода малинка.(フ サドゥ ヤガタ マリンカ)
 ――――Mалинка моя.(マリンカ マヤ)


 ――――EЙ,Калинка, калинка.(エイ カリンカ カリンカ)
 ――――калинка моя.(カリンカ マヤ)

 ――――В саду ягода малинка.(フ サドゥ ヤガタ マリンカ)
 ――――Mалинка моя.(マリンカ マヤ)

 ――――EЙ,Калинка, калинка.(エイ カリンカ カリンカ)
 ――――калинка моя.(カリンカ マヤ)

 ――――В саду ягода малинка.(フ サドゥ ヤガタ マリンカ)
 ――――Mалинка моя.(マリンカ マヤ)


 ――――EЙ,Калинка, калинка.(エイ カリンカ カリンカ)
 ――――калинка моя.(カリンカ マヤ)

 ――――В саду ягода малинка.(フ サドゥ ヤガタ マリンカ)
 ――――Mалинка моя.(マリンカ マヤ)

 ――――EЙ,Калинка, калинка.(エイ カリンカ カリンカ)
 ――――калинка моя.(カリンカ マヤ)

 ――――В саду ягода малинка.(フ サドゥ ヤガタ マリンカ)
 ――――Mалинка моя.(マリンカ マヤ)


 ――――――――。
 ――――――。
 ――――。
 ――。
 ――。


334 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:34:53 Aau9igjg0


 ◇ ◆ ◇


 桂里奈は、落としたスマートフォンを拾えないでいた。
 余りの残酷な映像に恐れをなし、持っていることに汚らわしさを覚えたから――――――では、ない。
 視線のその先には、無言でスマートフォンを眺めるミカ。
 いつもの静かな笑みが消えただけで、叫びあげたり、怒鳴りつけたりしている訳ではない。

 だから――――怖い。
 触れたもの全てを燃やし尽くさんばかりの黒い炎が、ミカから立ち上っている気がしたから。
 スマートフォンから響くくぐもった絶叫を前に、陽炎が如くミカが立ち上がる。
 思わず、息を飲む。声はかけられない。
 どんな助言も忠告も感想も同意も、今の爆発物めいた彼女にかけたのなら首を掻き切られても不思議でないのだから。
 だというのに、

「待て」

 西住まほは、ミカの肩に手を置いた。

「まさか、止めるなんて……言わないね?」

 細められたミカの瞳。
 桂里奈は思わず、悲鳴を漏らした。言ったならどうなるのか。想像に難くない。
 だというのに、彼女の肩に手をかけた西住まほは一歩も引かない。判っていると、小さく頷いた。
 しばし二人の視線が交錯する。

「……私に考えがある。少し下がっていてくれ」
「考え?」
「場所を突き止める」

 ブロック塀に塗りたくられた粘度のような何かに差し込まれたプラグと、繋がったケーブルを手にまほが二人を見る。
 用意はいいかと、睨んでいる。スマートフォンからは絶え間ないくぐもった絶叫。

「三秒を十に割って……数えてくれ」

 三。
 二。
 一。
 そう数えて、まほがスイッチを押し込む――――強烈な熱波が、ブロック塀を寸断した。

「映像との爆音の時間の違い…………概ねこの辺りか」

 桂里奈が立ち上げたマップ画面を指さして、まほが頷いた。
 素直にすごいと思った。これが、黒森峰を率いているリーダーの資質なのかと。
 押し黙ったミカも、感心するようにその手際を眺めていた。

「……ありがとう」
「礼は後にして……今は彼女を助け出すのが先だ」
「ああ。……そうだね。その通りだ」

 落ち着いた――というよりは、精製されたような印象。
 方向性なく立ち上る黒い不浄の炎が、内に向けて収束していく。氷柱のように。刃物のように。錬鉄される。
 殺意が、憤怒が、黒い火薬となる。


335 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:37:32 Aau9igjg0
 

 ◇ ◆ ◇


 狙撃位置に注意を払いながら道を進むナオミは、思わず膨らませたガムを破裂させてしまっていた。
 スマートフォンから流れる映像。そして音声。
 椅子に座らせた少女が映し出されただけであるが――――間接照明だけの室内はお世辞にも明るいとは言えず、奇妙な予感を抱かせる。

 そう。
 まるでこれは、処刑の前を映し出したようで――――。
 咄嗟にスピーカーを塞いで、画像に目を向ける。
 いや、画像はもう映っていなかった。カメラを倒したのか、音声だけが実況されているようだ。
 スピーカーを離してみれば、口を塞がれているのか鼻から抜けるような絶叫と響くドリルの音。
 意図しているのか、その惨劇の主の声は確認できない。
 フィクションのスナッフムービーか、或いはどこかの過激派がインターネットにアップした処刑動画じみた狂気の放送。

(……damn it.流石に趣味が悪すぎる)

 どんな原理を使ったのかは知れないが、チーム内チャット画面への他者からの動画のアップロードと強制再生。
 その内容が、過激派集団も裸足で逃げ出すような拷問の中継。
 一体、どんな良識があるなら顔見知りの女子高生に――――というか人間に対して、こんな惨劇を行えるのか。
 既に人一人を殺害したナオミの言えることではないが、あまりにも趣味が悪すぎる。

 いや……心当たりは、ある。
 つい先ほど別れたばかりの人間だ。
 やるときはやる――――というか中々に酷い風聞だろうが、彼女ならやりかねない。そんな気配があるのだ。ノンナという生徒はどこか異質だ。
 実際直面してそう思った。あれはキリングマシーンだ。
 眉一つ動かさずに人を殺せるし、何ならこれまで裏で幾人もの人間を葬ってきたという与太話を受けても、俄かに笑い飛ばせない。

 いや、

(私が撃ったのと――――同じか?)

 そうこれまではそう考えていたし、これからもまず間違いなくそう考えるだろう。
 だが先ほどの会合で――――どことなく、ノンナは迷っている風に感じられた。
 甘さがあるというか、驚きがあるというか――――。
 ここでやり合って余計な怪我をしたくない。それは真実だろう。
 出会う障害をただすべて平らに殺して主の元に向かう。それも真実だろう。
 騙し上げた女子生徒を、何のことなく執拗に切り刻んで殺害する――尤もキルスコアはナオミのものだが――紛れもない事実だ。
 背を向ければ襲ってくるつもりでいたし、その気でやり合えばどちらが死んでもおかしくない。
 本当にそこらは、不気味だった。


336 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:37:55 Aau9igjg0

 だというのに――――本当に気のせいだろうか。
 言葉は合理的だ。態度は平静的だ。実行するのも現実的で――――綻びなんてものはなかった。殺しに躊躇いもなかった。
 しかし、そうか。
 なら、何故意味のない会話に付き合った? 何故、ナオミのセンチメンタルな行為に付き合った?
 ひょっとしたらどこか……どこかしらにまだ、何らかの感傷を抱いていたのではないか?
 冷静に殺人を行う手先とは切り離されているが、何かしら思うところがあったのではないか?
 ともかく、あの鋼鉄のような、氷吹雪のような少女でもやはりこんな異常な舞台に引っかかりを覚えるはらしい。
 彼女の技量に驚かされた反面、そんな人間味があったと安心して――ちょっと親しみを覚えるのは、本当だ。
 自分が動揺していたことも確かにあるが、どこかしら会話を楽しんでいたのも、無意識に彼女に人間味を見出していたからではないか。

 とすれば……。
 これは――――彼女なりの、不退転の踏み絵だというのか。
 既に一人を殺したのは真実であるし、ナオミが何をしなくても殺していただろう。
 だとしても、平然と一人目を殺せるからこそ、二人目に移るその前に――――真実、万全の万全を期そうとしたのではないか?

(それと、私に向けてか……なんてうぬぼれかな、ノンナ?)

 直ぐに会うつもりなどお互いにない。それぞれの目的の為に進むだけで、次に出会ったら殺し合いになる。
 彼女もそう思うだろう。ナオミもそう思う。そんな別れだった。そういう流儀だ。

 それはともかくとして……。
 それは意図してないのかもしれないが――――。

 こんなことを目の当たりにしたら多くのものは心が折られるだろうし、惨憺たる現状に目を覆うだろうが……それでも或いは。
 それでも中には正当なる義憤を抱く人間もいる。こんな蛮行を目の当たりにして吠え掛からぬほど、躾けられてはおるまい。
 それよりもそのうちに――いや、もっとあり得る可能性の話をしよう。
 例えばこれが、同じサンダースのチームメイトに為されていたらどう思うか。
 話す必要もない。

(狩場まで作ってくれるとは……ね)

 集まった人間の輪に溶け込むもよし。
 或いはこれ幸いと、数を減らすもよし。
 それとも自分は別の道を進むと、背を向けるもよし。
 さてどうしたものかと、バックルで肩に担いだライフルと共に、ナオミは考える。
 そこで、爆音が響いた。


337 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:39:03 Aau9igjg0


 ◇ ◆ ◇


「……対処が早いですね」

 遠雷が如く響く間延びした爆音を耳にしたノンナは、タオルで掌に飛び散る血を拭って溜息を漏らす。
 対処が早い――冷静な、場慣れした対応。
 つまりは相応のリーダー格。各校の隊長クラス。
 そして、ともすれば無意味かもしれなかった凄惨な拷問劇に意味が生まれた。
 震えそうになる吐息を押し殺すように、彼女はアキへと向き直る。太ももへの応急手当は行われた、重傷の少女。

「仲間を呼んで貰えますか」

 耳元に、スマートフォンを突き付けられるアキ。
 項垂れたアキが頭を起こせば、それに合わせて汗が滴り落ちる。
 もう、彼女は首しか動かせない。
 手すりごと穿たれた手の甲に結びついたのは針金。腕と椅子は、すっかりと固定されていた。

 それ以前に激しい痛みと抵抗で、彼女はすっかりと消耗しきっていた。
 或いはその様は、凌辱を受けた少女も斯くやというほど憔悴している。
 耐える事を諦めたか、それともほとんど痛覚がどこかへ行ってしまったの――。
 湿気を含んだ吐息は寝息が如く漏れ、汗で肌に張り付いた服と薄い胸が上下する。

「仲間を呼んで貰えますか? 余計なことを言ったら……判りますね?」

 ドリルの先端で、体液に湿ったスカートの裾が持ち上げられる。
 アキは引き攣った声を上げた。
 より強烈な痛みを、より多くの苦しみを与える場所はあるのだと……ここが底ではないのだと、判らせるような動き。
 断末魔。その通りなのだろう。
 きっと、もっと痛みがある。想像がつかないぐらいの痛みが、ある。

「……素直に話し合いたいと、思いますね?」

 有無を言わせぬ口調。
 テーブルに白い皿と、ペンチが置かれた。

「貴女にももう、素直に話し合うことの大切さが判りますね?」

 アキがコクコクと頷けば、満足したように閉じられた目と取り除かれた猿轡。
 絶叫の余韻にしとどに濡れたタオル。いつの間にか皮膚まで交えて食いしばって居たのか、血が滲む。
 ノンナが、スマートフォンを起動させた。再びのカメラ撮影。
 己を映し出すレンズを覗き込みながら――――ノンナから告げられたマップ上の位置を噛み締めて、アキは、

「ミカ、ミッコ、来ちゃだめ――――! これは、わな――――」

 ガツンと口の中に突きこまれたペンチは、アキから二の句を奪った。
 ぎりぎりと、照準する鉄の顎。
 再び頬を伝う涙。もう一生分泣いたと思っていたアキであったが、収まりつかず涙が溢れる。
 イヤイヤと首を振る。

 痛みと恐怖で桃のように朱に染まった頬を、未だ幼く産毛の生える整った白い肌を流れて、顎先から零れ落ちる。
 まるでとても愛しい恋人とキスでもするように――頭に腕が回される。
 むずがる彼女を手籠めにするように、執拗に力の籠る腕は揺るがない。
 アキの目の前に突き出された、豊満なバスト。ジャケットを下から押し上げる母性の塊。
 だけど耳元で続いた声は、どこまでも冷酷に――

「……残念です」

 大絶叫。


338 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:40:16 Aau9igjg0


 ◇ ◆ ◇


 西住まほにも、ミカにも、共通点というのがある。
 それは一見して内心が伺えないこと。
 片や一方は鉄面皮で。片や一方は飄々とした態度と、柔和な笑顔の仮面で。
 その二人の気持ちが――――今は桂里奈にも判った。
 桂里奈はどちらかと言えば恐怖を覚えている側であったが、この二人は違う。
 まほはまだ、おそらく胸を痛めている。
 だが――――ミカは、

「この辺りの筈だ」

 住宅地の真ん中、先ほどの爆音の聞こえる時間の違いから割り出した概算の位置。
 まほが、首を回す。
 既に画像は途切れていて、音声というのは止まっている。ヒントはない。
 怖いのは狙撃だ――つまり映画の定番だ。桂里奈も見よう見まねで繰り返すが、特にレンズの反射光のようなものは見えなかった。

「呼んじゃいますか!?」
「いや……また声が出せないようにされていることもある。犯人も、私たちの呼びかけを頼りに攻撃するかもしれない」

 ならば、どうするのだ。
 二人の目線を受けてか、まほは顎に手を当てたのち……改めてスマートフォンを突き出した。

「すまない……もう一度、動画を開いてもらえるか?」
「あいっ!?」

 あの身の毛も弥立つ音声を聞かねばならないのかと身を固くしてみれば、無言で眺めるまほ。
 人一人の命がかかっている。
 そんなことも言ってられないと――桂里奈は、グループチャットに外部からアップロードされた動画を開いた。

「そこだ、止めてくれ」
「あ、ここですか?」
「ああ……この部屋の明るさなら、カーテンは開いている。それに、東向きの窓じゃない」
「他の建物の影が入っている風でもないから……」
「ああ。高さは限られる……数階建て以上のマンションかアパート」

 条件に当てはまる建物は――――いくつか。
 しかし彼女たちは見付けた。その内、ベランダに吊るされたタオルが靡く一室。血が滲んだタオル。開いた――故意に開け放たれた窓。
 これはメッセージ。
 明らかに誘い込むための罠。
 だが――

「……行こう」

 まほが頷いた。
 ミカは、言われるまでもないだろう。
 桂里奈はふつふつと湧き上がる不安を堪えながら、二人に続くと決めた。


339 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:42:19 Aau9igjg0


 そのアパートの鉄錆びた階段を上がるとき、桂里奈が覚えたのは不安だ。
 もし、犯人がまだそこにいたら。
 もし、そこに罠が仕掛けられていたら。
 もし――――もしも、凄惨な拷問の末に息絶えた死体を目の当たりにしてしまったら。

 手の内の拳銃が、酷く重い。重いのに、頼りない。
 どうせなら、戦車のような鉄の壁を為す鎧があればいいのに――そう思ってやまない。
 先行するのはまほとミカ。
 まほは何がしか――――確か戦争映画で見た、二次大戦のドイツ兵が使っていたような拳銃。
 
 頷きながら角を確認し、幾つかの部屋のドアに銃口を向けて、目的の一室を目指す。
 ふと――まほと視線が交わった。

「不安か?」
「えっ!? は、はい!?」
「そうか」

 大声を出すなと、唇に人差し指を突けながら――

「妹から……みほから聞いてる。それに決勝戦で戦った、私たちだから知っている」
「え……っと」
「あのとき、君たちは勇敢だった。だから……不安かもしれないが、怯えずにそのとき自分にできることをしたらいい」

 まほに代わって、ミカがクリアリングする。

「自分にできること……?」
「ああ。……その場から必死に逃げることでもいい。とにかく、怯えずに前を向いて諦めないで進むことだ」

 段々と、その部屋が近づいてくる。階段を上がってから、一番端の部屋。

「今はまだ無理かもしれない。だけど、いつかは必要になる」

 それでもう、話は終わりだとまほが離れた。
 ミカと二人、ドアを挟むように立つ。
 入口に何か仕掛けられている。その可能性が高い。逡巡する――――しかし時間をかけてもよい結果にはならない。そう言いたげな二人。
 そこで、桂里奈は一つ思いついた。
 だが……だが、言えるのだろうか。自分よりも余程判断が優れていそうな、この二人に。


340 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:42:47 Aau9igjg0

「西住まほさん、どう思う?」
「……私が相手なら、ここに何かする」

 まほが相手なら――――つまり友人を傷付けた相手なら容赦はしないと目を細めつつ、ミカも頷く。
 それから、アパート周りを見回す。どこに潜んでいて、何を仕掛けているか判らない。
 狡猾で残酷な敵なのだから。

「ここは、西住流の通りに進むしかないのかな?」

 冗談めかした口調で、己を落ち着けようとしているのか流し目をするミカ。
 対するは、軽口を飛ばす余裕がないのか性格でないのか。眉を寄せて視線を落とすだけのまほ。
 やがて、顔を上げた。
 頷き合って、ドアに手をかけ――――

「あ、あの!」

 大きな声を上げた桂里奈に向けられた、咎めるような目線。
 思わず臆してしまいそうになるそこを――何とか堪える。
 つい先ほど、言われたことだ。そして今は、そのときだ。

「ドアを……爆破しちゃうっていうのはー……?」

 そういうのを、アニメで見ただけだった。
 ただ――

「どう思う、まほさん?」
「確かに……そうだな」

 丁度先ほど距離を確かめる折り、まほはプラスチック爆弾を使っていた。
 なら、ドアを開いた瞬間にうっかりと吹き飛ばされるよりは、離れた場所からの起爆でドアを切断する――――多少は安全なそれが行える。

「……ありがとう」
「い、いえっ! 西ず――リーダーが、さっき言ったとおりにしただけで……」
「それでも、お礼を言わない理由にはならないよ。……ありがとう」

 作業を終えて導線を握るまほが、二人の元まで来る。
 全員で頷く。
 ボタンを押し込んだ――――沈黙。そして次いだ爆発音と、吹きあがる白煙。噴出は続く。
 目くばせ。噴出が止まるのと同時に、銃を握る全員が勇ましく部屋を目指した。


341 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:46:09 Aau9igjg0

 まず、目と喉を鋭い痛みが襲った。煙――それが罠として仕掛けられていた。
 咄嗟に口を塞いで目を細めようとしても襲い掛かる強烈な刺激に、立ち眩む。
 瞼を持ち上げようとしても痛みと涙に引き攣って、何度も咳き込んだ。
 前に進めない。立ちながらのたうつように足を縺れさせる。
 周りに首を動かせば、まほも、ミカも、桂里奈と同じように呻き踊っている。
 強烈な灼熱感。目の周りの筋肉が収束するのを止められない。抑えようとも、首を振ろうとも突き立てられる痛みの熱。

「さ、さぃ……る、い……だ、ん……!」

 咳き込み、膝を抑え、千鳥足になりながらまほが告げた。
 この室内では、自然に薄まる事もない。それに既に受けてしまった。どちらにしても、抜けるしかない。
 止まらぬ涙のまま、痛みに悶えながらも室内を目指す。牛歩か、それ以下の混乱した足取りのまま。
 背中に重荷を背負った老人めいた姿勢。止まらぬ涙。唾液。鼻水。

「アキ!」

 フローリングを、土足のまま踏みしめる三人の足音。
 一直線に目指した先はリビング。テーブルが置いてあるとしたら、おそらくはそこであろうから。
 はたして。

「あ……」

 桂里奈は思わず絶句した。一瞬――自分の痛みが薄らいだ。

 テーブルの皿の上に置かれた白い歯は、どこか角が丸まっている乳歯めいた歯は実に十二本。
 ストロベリーソースをかけたチーズケーキめいて、皿の血だまりの元で存在を主張している。
 穴を空けられ、針金で椅子と結び付けられた両手。
 紅葉の如く小さく滑らかに白かった指先と、その先端にあったであろうかつては桜貝の如く薄桃色で可愛らしく乗っていた爪は、握りしめ過ぎたせいか罅割れている。
 どれほど暴れたのだろうか。
 その穴は裂け広がっており、中から飛び出した血と脂と骨のかけらが、椅子の手すりに染みついていた。

 ふっくらとした左の太ももに巻きつけられたタオルは朱に血を吸い貯め、飛び散った鮮血は肌を赤黒く彩っていた。
 皮膚の皺に溜まって、茶黄色く変色する。
 香木を端正に磨き上げたように、滑らかな曲線を持つ薄い太腿。
 すらりと涼しさを感じるぐらいに華奢なその足の、陶器めいて乳白色な肌に残った痛々しい痣。
 どれだけ抵抗したのだろうか。それを、どんなに押さえつけたのだろうか。

 傷口のすぐそばの皮膚は鬱血して、少女に与えられた拷問の過激さを物語っていた。
 床に垂れた体液の溜まりからは、アンモニア臭と鉄血臭が立ち上る。
 噛まされた猿轡。
 脂汗を浮かべて、俯いた少女――被害者――アキ。


342 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:48:46 Aau9igjg0

「……」

 ミカが、無言で近寄り猿轡を外す。
 愛おしむように――慈しむように。
 顔はくしゃくしゃ。催涙ガスの痛みで手元は覚束ない。それでも。

「ぁ……み、か……」

 ぼんやりと視線を起こしたアキと、屈んだミカ。その二人の視線が交錯する。

「み、かぁ……!」
「……遅くなったね」

 間に合ってよかったと――ミカは、アキの小さく……そしてここまで懸命に苦痛に耐えた体を、抱きしめた。

「どうして、きた……の……?」
「さあ。自然と、声に呼ばれたのかもしれないね」

 無事とは到底口にできぬ惨状であるが、それでも何とか生きては居る。
 キチンとした処置さえできれば、一先ずは生きながらえるだろう傷跡。

「話はあとだ。ここから出よう」
「ああ。……これ以上こんなところにいたら、治る傷も治らなくなるよ」

 三人の元へ、目の痛みを堪えた桂里奈も駆け寄ろうとする。
 一先ずはあの残酷な針金をどうにかしないと、助け出せるものも助け出せない。
 正直、直視が憚られるほどの強烈すぎる傷口だ。
 なるべくなら――本当に失礼だけど――それをマジマジと眺めなければいいと、あとで思い返さないといいと、そう祈って。

「……待て」

 咳き込みつつ、呟いたまほの視線を追って――――桂里奈は絶句した。

 プロパンガスボンベ。台所用油。ボンベ。油。ボンベ。ポリタンクの灯油――――それらがベランダに面した部屋に、並べて置いてあったのだから。
 総毛立つ。
 何者かが用意した悪意の巣穴――――殺意の巣窟。
 一刻も早くこの場を離れなくてはならないと、本能が警告する。


343 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:49:52 Aau9igjg0

「椅子を掴んで! 出るぞ!」

 まほがそう叫んだ、そのときだった。
 アパートが揺らいだ。肩から左右に揺さぶられるような衝撃に、頭が泳ぐ。
 直後に聞こえたのは、爆音。戦車のそれほどではないが、それでも、銃声などよりは大きすぎる爆発音。
 まさか……

「砲撃!? なんで!?」

 まさか、戦車を用いぬ殲滅戦だというのに、その話は嘘であったのか?

「いや……」

 まほが首を振る。それは決して考えにくいと、断固とした瞳。

「発射音がここまで聞こえない……迫撃砲だ」

 つまり、アパートごと完全に吹き飛ばされることはないという意味であるが……。
 だが――。
 ボンベ。油。ポリタンク――――その意味。
 来てはならないという、意味。
 なぜアキの手に針金を巻き付けたのか。その足に穴を穿ったのか。

 初めから――――初めから。
 助けに来た人間を、もろとも殺害するために。
 非情の罠が、人食い鮫の大顎が、用意されている。

「相手が一人なら、発射には時間がかかる……行くぞ!」

 まほの合図で、椅子の足を持ち上げる。針金が擦れて、アキが悲鳴を上げるが構わない。
 それよりも――――早く。
 腰を屈めながら、出口を目指す。一刻も早く抜けなければ、全員が巻き込まれて死ぬ。
 カーペットに足が引っかかり、転びそうになるのを何とか堪える。まほの力強い声に押されて、踏ん張って何とか足を出す。
 力を籠めようと息を吸えばくしゃみめいた咳を噴き出して、その場で丸まりそうになる。

 皆も同じだ。何とか堪える。傷口があるアキの悲鳴に我に返り、なんとしてでも外に出なければと己を奮い立たせる。
 無我夢中で、家具を押しのけた。
 催涙ガスの効果で、皆が体を捩る。本来なら膝を抑えて悶えたくなるほどの痛み。
 惨劇を目の当たりにした最中も忘れないほどに突き立っていたそれを、また思い出す。
 それでも、早く出なければと――――それだけを考えた。

 そして、果たして。
 結論から言うとしたら――――――間違えがあった。

 何とか脱出を済ませたそのとき。
 ドアを吹き飛ばしてしまっていたが故に。
 襲いかかる爆風を、遮るものがなかったのだから。


344 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:52:05 Aau9igjg0

「……」

 爆炎に煤けた頬。やけどに引き攣った肌が痛い。目も未だに刺激を続けられて、きちんと開くこともままならない。
 だが、辛うじてまほは――――三人は、生きていた。
 部屋はごうごうと黒煙を上げ、窓ガラスから何からはすっかりと吹き飛んでいる。
 熱波の直撃を受けた手すりは歪み、今もその間を立ち上る煙が撫でつけていく。

 幸運だったのは、得てして熱波や爆発は、上に逃げる割合が大きいというところ。
 体を屈めていた為に、致命傷を負うほどではなかった――――それでも暫くは立ち上がれず、耳も片方が使い物にならないが。
 地面が近く、倒れやすい姿勢であったのも大きい。そうでなければ今頃は手すりに跳ね飛ばされ、相当に体を痛めていただろう。
 ともすればそのまま、三階から為す術もなく階下目掛けて落とされていたかもしれない。

 ……そう。
 基本的に、上に膨らみながら爆発は広がっていく。

 ……だから。

「う、あ……」

 目元を抑える桂里奈が呻いた。
 その眼前に倒れているのは、椅子の破片が背中を貫き腹部を抜けて、血だまりに倒れるアキ。
 内臓が、飛び出していた。肩や足にも、多くの破片が突き刺さっている。
 ミカは……そんな彼女の手を握って、傍に膝をついていた。

 助かる見込みはない。ここにいても無駄だ。すぐに離れよう――――そう言えたら、どれだけいいことだろうか。
 ……これが西住流なら。
 辛いことは多かった。苦しいことは多かった。悩みもすれば、葛藤もした。
 だから彼女は、西住流として完成した筈だった。
 実際のところ彼女は、母親の期待通りに鋼鉄の戦車の如き心を有していたのだろう。
 或いはそれは彼女の母なりに、或いはそれはこんな舞台が存在する事をどこかで聞いていたから、少しでも娘が生き残れる為に行ったのかもしれない――。

 だが。
 だが、倒れ伏したアキの姿が重なった。
 もしもそれが、自分の後輩だったら? もしもそれが、自分の家族だったら?
 もし今こうして倒れているのが西住みほで――――自分が誰かから、「助からないから置いていけ」と言われたら?
 ……本当に。
 ……それだけは本当に、無理な話だ。

 故に、

「……私が止めに行く。二人を頼む」

 出来ることは、一つしかない。
 これからのことを考えると――――頭が重くなるが、すべきことは判っている。
 第三射はさせない。
 そして、ミカに、せめて友人との分かれの為の時間を作る。

「え、あ……」
「君にしかできないんだ。できるな?」
「あ、あい!」
「……いい返事だ」

 迫撃砲はその特性が故に、放物線を描いて着弾する。銃弾ほど判りやすくもないが、その放物線を遮るものの傍では使えない。
 また、速度は確かに早い。だが進む距離も大きいため、決して目で追えないとも言い切れない。
 西住まほはワルサーを片手に、建物の外へと駆け出した。


345 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:53:53 Aau9igjg0


 ◇ ◆ ◇


 みか、いままでたのしかったね。
 うん、けいぞくにはいってからいろんなことがあったよね。

「そうだね」

 みかはちゃんと、たのしんでた?
 いっつもあんなかんじだから、すこしきにしてたんだけど。

「……楽しんでたよ。ただ、楽しむことと顔に出るということは別なんじゃないかな」

 なにそれ。もう、みかったら……。
 でもね? たしかにたのしかったけど……たのしかったけどね?
 きゃんぷもさ、わるくはないんだけどさ。
 つぎからはもっとさぁ、けいかくをもとうよ。

「そうだね。気を付けるよ」

 あと、おいてあったとか、よばれたっていうのはだめだとおもうよ。
 だいじなものをとられたひと、きっとおこってるよ。
 ひとりでいいものをたべるのも、みかずるいよ。
 みか、きいてる?

「……ああ、ここにいるよ」

 みかは、やればできるんだから、もうちょっとちゃんとしよう。
 そうしたらもっと、みんなのちからになれるよ。

「……そうだね」

 うん、みんな……みんな。
 ああ……。
 くやしいなあ……もったいないなあ……。
 せっかくだから、もっとみんなとしゃべってみたかったなあ。

 あ……。

「……アキ?」

 ……。


346 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:54:25 Aau9igjg0

「アキ!」

 ……あ、うん、ごめん。
 ……。
 ごめん、ひとつだけおねがいがあるんだけど、いいかな?

「……なんだい、アキ」

 えっと……その、みかとみっこには、がんばってほしいのとね。
 ぁ……えーっと、へへ……。

「大丈夫、ここにいるから」

 えーっと、はずかしいんだけど……。
 これ、ないしょだよ? あと、わらわないでね?

「笑わない。笑いたくないときに、笑う必要はないからね」

 もう、なにそれっ。
 で……えーっと、おねがい、なんだけど……。
 ……。

「アキ……? アキ?」

 あ、そうだ……おねがい。
 おねがい、だったよね……。

「ああ……なんだい?」

 わすれないでね。

「――」

 わたしのこと、みんなとやったこと、わすれないでね。 

「ああ……忘れない。忘れないよ、アキ」

 たのしかったこと、わすれないで。

「絶対に、忘れない」

 うん、じゃあ、ごめんね……みか。

「お休み、アキ」

 おやすみ、みか。


347 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:56:10 Aau9igjg0



「こんなの……こんなの、絶対に許せない……!」

 落涙は、未だ続く催涙ガスの後遺症だけではない。
 映画の中ならそれは、有り触れている。
 だけれども現実で――――まさに人が事切れる瞬間を、それも誰かによって命を奪われる瞬間を見るのは、桂里奈としては初体験だ。
 恐ろしいものだと、彼女は普段なら思うだろう。

 だけれども。
 目の前で、アキが譫言のようにミカに囁いているとき。
 それをミカが、拳の震えを握りしめながら笑いかけて聞いているとき。
 ほとんど途切れ途切れで小さくて、喘息のような呼吸に掻き消されても――――それがミカへの思い出を綴っていると判ったとき。
 ミカが、静かに相槌を打っていたとき。
 そんな様を眺めたとき、桂里奈に湧いてきたのはこの凶行に対する――犯人に対する、途方もない怒りだった。

 ごく普通の友人関係が。
 幸せが、一方的に奪われる。
 身勝手な理由で、惨憺たる悪意と共に奪われる。
 恐怖よりも――――怒りが勝った。

 だから。
 だから次に彼女が抱いたのは、当惑であった。

「“絶対に許さない”……か。それは、違うんじゃないかな」
「えっ」

 膝立ちでアキの隣に寄り添っていたミカが、ぽつりと漏らした。
 薄い笑み――出会って、チームを組んだばかりの時と同じ。
 なのに、何故だろうか。
 何故――笑みが消えていたその時よりも、怖いと思うのか。

「こいつは……こんなことをした奴は、きっと殺してもいい奴だ」

 息絶えたアキの目を閉じて、ミカが立ち上がる。
 桂里奈は、息を飲むしかない。それほどまでに、見事な立ち振る舞いだった。
 ――カシャン。

「こいつは、殺していい奴だよ」

 薄ら笑いを浮かべたまま、ミカはスライドのコッキングを済ませた。生弾が転がる。
 ゆっくりと彼女は、それを拾い上げた。
 行こうかとは、言われない。
 階段を下り始めるミカのその背。拒まれた訳ではない。ただ、追いづらい。

 迷う。
 これ以上この死体の――アキの傍にいる意味はない。むしろ、それは彼女の為にならない。
 そうとでも言いたげなほど、彼女はもう次を見付けていた。

 迷う。
 せめて、どこかに埋めてあげたいが……だが、桂里奈一人でできる訳もない。
 しばし首を左右に動かして――。
 結局手を合わせて、廊下を駆け抜けミカを追って階段へ飛び出す。
 そこで――――アパートへ、三撃目が襲い掛かった。


348 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:57:40 Aau9igjg0

 ワルサーを握って燃え盛るアパートを後にしたまほは痛む目からの落涙を堪えて、十分に開くことも叶わぬ視界で双眼鏡を頼りに辺りを見回す。
 あれだけ、正確にアパートを撃ち抜いたのだ。
 とすれば確実に相手はまほたちを捉えられる位置に陣取っており、そして確実に弾着の確認をしている。
 ならば探せぬ道理はないと――――双眼鏡を片手に周囲を索敵する。
 戦車砲と違って放物線を描く飛距離の分だけ、その軌跡は風の影響を受けやすい。
 あれほど精緻に爆撃を試みるとしたら、距離はそう離れてはいない筈だと――――そう結論付けて。

 不意にまほは、

(――――)

 自分と同じくこの場にいるであろう、西住みほのことを考えた。

(――――――――)

 とん、と。
 視界が揺らいだ気がした。
 回っている。いつの間にか音が消えた。やけに緩やかに。
 白く染まった世界。回っている。踏ん張ろうと思っても、体に力が入らない。
 為す術もなく、倒れた。

 他人事の、カメラごしに事故映像でも眺めているように、周りながら地面に画像が寄った。
 そして、二度三度跳ねる。
 銃は、手放してしまっていた。離れて、転がっている。
 手を伸ばそうとして――腕の感覚がないことに、気が付いた。
 理解したのは、何かを間違えたということ。
 自分一人で飛び出してしまった、そのツケ。

 本当に彼女が正しく西住流で、揺るがぬ心を持っていたなら三人共にアパートから脱出を図っただろうし。
 決して迫撃砲の主を探そうともせず、その場からの離脱を優先したかもしれない。
 だが、結果はそうはならなかった。

 そもそもからして――――家族愛ゆえに、彼女は西住流たらんとした。
 だからこそ。
 消えていく少女の命を妹に置き換えてしまって――だからこそ、何とか二人の時間を作ろうとした。

 或いは彼女が。
 或いは彼女がまだ、妹と違えた仲を取り戻していなければ――結果は変わったのだろうか。
 それは、神ならぬ余人には知りえないだろう。
 ただ――――一言、非情な話を言うとするなら。

 西住まほには――。

 彼女には――。

(み、ほ…………)

 西住流と言うには、情がありすぎた。


349 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 01:59:05 Aau9igjg0


 ◇ ◆ ◇


「……ふぅ」

 一仕事を終えたナオミは、改めて大きく息を漏らした。
 狙撃中に息を止めるのは素人の所作で、叶うならば呼吸を続けるべきだし、或いは吐ききってから吸うまでの僅かな間に行うのがいい。
 とは言っても、大きく思うままに呼吸をできないというのは確かだ。

 三人組――――。
 既に組んでしまっている三人は、ただの障害にしかならない。
 特にそれが西住まほともなれば――――殺せるときに殺しておくに限ると言えるだけの強敵。彼女はまた、油断ならない女。
 スコープ越しに倒れて立ち上がる気配のない西住まほを確認して、ナオミは漸く銃口を下げた。

 狩場を自分の為に用意したと先ほどは評して、事実としてその通りになったが――。
 やはりそれはうぬぼれであったのだろうな、と息が漏れる。
 初めからあの、プラウダのブリザードは他人を当てにしてはいない。自分で仕掛けて、自分で殺しつくす予定だったのだ。
 執拗に撃ち込まれ続けた迫撃砲を見て、そう思った。
 恐らく入口のドアにでも仕掛けてあった催涙グレネード――――先立って窓から漏れた白煙は、砲撃の合図だったのだろう。
 恐ろしい狩人だと、改めて思う。

「……?」

 そして、市街地目掛けて駆けてくる二人組が見えた。
 色々な意味で大小凸凹のコンビ。何かを追い求めようとするその顔にはしかし、何としても敵を打倒せんとする覇気がない。
 だが、無駄な怯懦も見られない。
 二人組。
 大学選抜の隊長と、大洗の――生徒会であったか。
 丁度いいかもしれないと、ナオミはガムを弾いた。


350 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:00:14 Aau9igjg0


「お前、サンダースの!」

 そして計画通り彼女たちの進路に飛び出したナオミは、呼び止められた。
 大学選抜の隊長――島田愛里寿を庇おうとする涙目の河嶋桃と、彼女のスカートを握りしめる愛里寿。
 両方の瞳には、強い恐怖心。
 顔も完全に青く染まって、近づかれたら爪を立てそうな子猫を思わせる。
 肩を竦めて、両手を上げる。
 それでも二人は安心しない。毛を逆立てるように、警戒を厳としている。

 さて――どうしたものかと眺める。まるで、レイプされた生娘だ。

(……オーケー)

 努めて視線に表さぬよう短時間で上から下まで眺めて――片方は制服、片方は私服だ――ナオミはライフルを肩から下ろした。
 手にかけただけで二人が硬直する。軽く笑いかける。
 そのまま片手を向けて、銃を道路に横たえた。それでもまだ安心しないのを見て、数歩距離を取る。
 余程の事があったのかと――内心ほくそ笑んだ。
 悪くない。
 ああ、悪くない。

「どうかしたのかい?」

 敵意はないと両手を向ければ、逡巡ののち――やがて、踏み出すように桃が叫ぶ。

「今、向こうでグロリアーナとアンツィオが! じゃなくて北風がヴァイキングを……でもない! 銃撃戦と拷問が……ああもう!」
「アンツィオの装填手が撃ってきて、聖グロリアーナの隊長が庇いに入ってくれた。それと……」

 言った愛里寿は口元を押さえて、目を伏せた。
 理由は……まあ、大方は察せられる。
 ナオミも見ていた。――つまり広範囲にあれは配信されていたのだろう。
 そのことに気付いてか気付かぬか、奮い立たせてかは知れぬが続いた桃の大声。

「そう、それだ! だから――」
「……オーケー、詳しく話を聞かせて貰っても?」

 二人組。年若い少女と、慌て性。
 まともそう――――とはあまり言い切れないにしても、どちらも見たところは弱者で、隠れ蓑にするには丁度いいかもしれない。
 少なくともこの二人を連れていれば、警戒される可能性はグッと低くなる。
 運が向いてきたかと、ナオミは内心で口元を釣り上げた。


351 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:01:04 Aau9igjg0

【C-6・北/一日目・午前】

【☆河嶋桃@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労、強い恐怖となんとかかなりの痩せ我慢
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、スポーツドリンク入りの水筒×2
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰る
1:生き残ることが最優先。たとえ殺し合いを止められなくても、その助けになれる時のために
2:愛里寿を保護し支える。ダージリンの救援を誰かに頼む。
3:共に支え合う仲間を探す。出来るなら巻き込まれていてほしくないが、いるのなら杏と合流したい
4:状況とそど子の死は堪えるが、今は立ち止まるわけにはいかない
[備考]
 スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【島田愛里寿@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労、重度の恐怖、吐き気、混乱
[装備]私服、デリンジャー(2/2 予備弾:6発)
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、イチゴジュースのペットボトル、スポーツドリンク入りの水筒×1
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1:何が出来るかなど分からないが、出来ることがあるなら探したい
2:桃について行く。少しボコみたい。助けてくれたダージリンの救援を誰かに頼む。
3:殺し合いには乗りたくない。誰も殺したくない
4:みほや大学選抜チームの仲間達が心配
[備考]
 H&K MP5K(0/15)は A-7水族館の三階に投げ捨ててあります。
 スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています。

【ナオミ @フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 M1903A4/M73スコープ付 (装弾3:予備弾10) スペツナズ・ナイフ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他) チューインガム(残り10粒)
[思考・状況]
基本行動方針:サンダースの仲間を優勝させるため、自分が悪役となり参加者を狩る
1:チームを組めるまともそうな人間を探す。基本ステルスで、チームを隠れ蓑にして上手く参加者を狩りたい
2:とりあえず目の前の二人の話を聞いて、チームが組めるなら組んでおくべきか?
[備考]
 スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています。


352 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:02:22 Aau9igjg0



(……来ませんね)

 誰かしら一人、ひょっとしたら生き残って自分の元を目指してくるかもしれない。
 油断はせぬよう着弾点を双眼鏡で確認しながらも――――轟炎が上がる――――アパートをすっかりと火だるまに変えたのを確認して、迫撃砲を手放した。
 取っ手のついた筒。個人でも撃発できる支援火器。
 ダークグリーンのケースに入った八発は、その半分を撃ち尽くしていた。

 持てない重さではないが、女の手では長距離の携行には向かない。体力の消耗が激しすぎる。
 またいずれ使う機会があれば、そのとき取りに来ればいいだろうと繁みに蹴倒す。目的は果たしたのだ。
 即ちは、狼煙。
 屋内に籠り逃げ隠れていれば生き永らえるなどと考えている羊に――――非情な現実を突きつける為の。

「……」

 己のスマートフォンを見て、再びフリーとなったことを確認したノンナは安堵の溜息を洩らした。
 指紋認証。手を押さえておけば、容易くできる。
 あとはそのGPSの位置情報を頼りに、砲撃の精度を上げる。目標を容易く選定する。
 相手は仲間を見捨てられない。そんなのは判り切っていた。
 仕掛けたトラップ、白煙が立ち上った時点で人が来たのは察知できた。

「……」

 目を閉じる。
 ドリル。ペンチ。
 人を切り殺すのとは、また違った感触が指に染みついていた。
 これが――底。
 おおよそ人間が人間にできる、最大の悪意と最低の害意。
 これ以上のことは、どう足掻いたってあり得ない。

「……覚悟は、済ませた筈です」

 震えた掌。耳に残る残響を飲み込んで、ノンナは歩き出す。
 太陽から背を背けて、歩き出す。



【C-6/一日目・午前】

【ノンナ @フリー】
[状態]健康・血塗れ
[装備]軍服 オンタリオ 1-18 Military Machete 不明支給品(銃)
[道具]基本支給品一式 M7A2催涙手榴弾 8/10・広報権・近藤妙子の不明支給品(ナイフ)、アキの不明支給品(銃・ナイフ・その他)
[思考・状況]
基本行動方針:同志カチューシャの為、邪魔者は消す
1:移動し、見付けた参加者をあらゆる手を使って殺害する
[備考]
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
※「広報権」を使用して、拷問映像を配信しました。配信範囲は後の書き手に任せます
※近藤妙子の支給品 M224 60mm迫撃砲(残弾4発) はC-6のどこかの繁みに放置してあります


353 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:03:25 Aau9igjg0



「……」

 沈黙するミカは――燃え盛るアパートを眺めて、思う。
 これで、アキの死体は焼け落ちるだろうか。それとも焼け残るだろうか。
 これ以上、彼女の身体が傷付けられることがなければいいと――――そう思う。

「……ああ」

 そうとも。
 忘れない。忘れないとも。
 この怒りは――――決して、忘れない。

 償わせる。
 なんとしても――――仲間への侮辱を、償わせる。
 なんとしても。
 何に変えても。

「こいつは、殺していい奴だ」

 百分の一でも十分の一でもアキへの仕打ちを後悔させて――絶対にその息の根を止める。


【C-6・燃え盛るアパート近く/一日目・午前】
【ミカ@フリー】
[状態]健康、目と喉への鋭い灼熱感と落涙、髪と肌に軽度のやけど、深い悲しみと激しい殺意
[装備]継続高校の制服、
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:継続高校の仲間達を救いたい
1:アキの死を償わせる。なんとしても――――なんとしても。
2:残る継続高校の仲間達と合流したい
3:まほの方針には従う気でいる。なるべくチームワークを乱さないように行動する
4:継続高校の仲間達を守るためなら、誰であろうと遠慮なく殺す
5:カンテレを没収されたことに若干の不満
[備考]
若干スマートフォンの扱いに不慣れです
チームリーダーが死亡したため、フリーになりました
チームリーダーの西住まほの死体と支給品一式(銃:ワルサーP38)は、C-6・燃え盛るアパート前にあります
スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【阪口桂利奈@フリー】
[状態]健康、目と喉への鋭い灼熱感と落涙、髪と肌に軽度のやけど、強い不安
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:ウサギさんチームや、大洗女子学園のチームメイトと合流したい
2:一人じゃ生き残れないことは目に見えているので、まほ達の力を借りたい
3:人殺しなんてしたくないし考えたくもない
4:ミカさんが、怖い
[備考]
※まほとミカの殺意に関する話を聞いていません
※チームリーダーが死亡したため、フリーになりました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています


354 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:04:52 Aau9igjg0



【A-7・水族館・塔状水槽前/一日目・午前】

【カルパッチョ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 S&W M29(装弾数:6/6発 予備弾倉【12発】)
[道具]基本支給品一式  不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:アンチョビ、ぺパロニ、カエサルを生き残らせる。それ以外は殺す。
1:ダージリンを殺す。
2:殺すのは悪いことなんかじゃない。仕方のないことだ。

【ダージリン@フリー】
[状態]軽度の疲労、それを忘れさせる高揚感と薬物陶酔
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(6+1/6 予備弾倉【12発】)
[道具]基本支給品、不明支給品(ナイフ、その他)、後藤モヨ子の支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『 私は庶民の味方だ。そういう人間なんだ』
1:『生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ』
2:『世の中の関節は外れてしまった。あぁ、なんと呪われた因果か。それを直すために生まれてきたのか』

[備考]
・後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(ナイフ、銃器)を獲得しています。

・後藤モヨ子の支給品:基本支給品、不明支給品(ナイフ、銃器 )、ヒロポン(3/50)


355 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:05:17 Aau9igjg0



【アキ 死亡確認】

【西住まほ 死亡確認】





【残り――――32人】


356 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:06:08 Aau9igjg0


[武器解説]

【ハイスタンダートデリンジャー】
 全長129mm、重量315g。装弾数2発。.22LR(5.6×15mm)弾を使用する中折れ式ダブルアクション拳銃。
 銃身が短いため飛距離は少ないものの、押し当てて使用すれば十分に殺傷する能力を持つ。
 小型で潜ませやすい為に、フィクションを問わず暗殺者や女スパイなどが使用する傾向にある。
 ハイスタンダート社のデリンジャーはトリガーガードのない、三日月を崩したような独特の形状をしている。

【ワルサーP38】
 全長216mm、重量945g。装弾数8+1発。9mm×19 パラベラム弾を使用するドイツ製ダブルアクション拳銃。
 日本では、ルパンⅢ世が使用する拳銃として有名。

【ワルサーPPK】
 全長154mm、重量568g。装弾数6+1発。9mmクルツ(9mm×17)弾を使用するドイツ製ダブルアクション拳銃。
 携帯性と性能に優れたワルサーPPKは数多く生産され、欧州各国の軍・警察で使用されたベストセラー。
 民間では、ドイツのゲシュタポが使用していたことからいい印象が持たれなかった銃であるが、007シリーズの影響で人気を博す。
 PPKとはPolizei Pistole Kurz(小型警官用拳銃)の略。

【広報権】
 音声・画像配信を行うことが出来る権利。
 名刺サイズの紙に記されたQRコードを読み込むことで、『広報権アプリ』をスマートフォンに入れることが可能。
 アプリを使用することで、『一つだけ画像・音声・動画をアップロード』、『他チャットのグループ機能に配信し、それを強制再生する』ことが可能になる。
 『広報権』の使用に並んで選択することで、都度一定範囲内の全てまたは任意のチームにそれらのデータを配信し、強制再生。その後も保存される。
 一度インストールしてしまうと、記されたURLは無効となる。
 名刺サイズの紙の表はQRコードだが、裏面は上記のようなアプリの簡単な説明が書かれている。

【ABC-M7A3催涙手榴弾】
 帯状の赤色がされた灰色の筒状手榴弾。約440グラム。平均的投擲飛距離40メートル。
 信管が作動してから約2秒ほどで、15秒から35秒ほどにわたって催涙ガスを噴射する。
 目に、引き裂き感や羞明(強い光を見たときに与えられる不快感や痛み)を伴った灼熱感を。
 喉には激しい痛みと窒息感を伴った灼熱感を与えて、暫くの間意識的な行動を阻害し、暴徒を鎮圧する為の催涙グレネード。
 濡れている場合、皮膚にも同等の痛みを与える。
 なんの処置も行わなかった場合、医療処置は必要ではないが30分から60分ほど回復に時間を有する。
 なお、ジュネーブ議定書により戦争中でのこれらの催涙兵器の使用は禁止されている。

【M244 60mm迫撃砲】
 砲身1000㎜、重量8200g、60mm榴弾を使用。最大射程:70-3,490m。今回は個人携行用。
 筒に取っ手と引き金が付いたような形状をしている。使用する際は足で底盤を踏みしめて、砲身を握って行う。
 筒の中に入れれば即座に激発されるが、トリガーによって発射の管理も可能。
 屈強な男が腕を振り回される程度に反動と衝撃がすさまじいものの、一応手に持って打つことも現実として不可能ではない。


357 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:06:45 Aau9igjg0
投下を終了します


358 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:15:34 Aau9igjg0
>>320(いかにレス訂正お願いします)



「どうするの……?」
「しょ、消火器だ! 消火器がある!」

 視界を潰す。
 それで、相手の弾が切れるまで待って――――逃げ出す。一目散に逃げる。どうにか逃げ延びる。
 そうだ、それしかない。
 階段を上がってくるカルパッチョの姿を見届けた瞬間、構えたサブマシンガンの引き金を消火器目掛けて目いっぱいに絞る。

「喰らええええええ――――――!」

 ……さて。
 撃ち尽くされた弾丸と、床と音を立てた薬莢。それはいいとしよう。
 銃口からは硝煙の煙が立ち上り、

「あ……ああ……」

 ――――ここで外すか? 一発残らず? 完全に?

「うわあああああああああ――――――――ッ!」

 勢いをつけて、サブマシンガンを投げ飛ばす。
 しかし、それすらも無駄な抵抗かと思われたのか。
 カルパッチョは僅かに身を捩る事もせず、悲しき放物線と共にサブマシンガンは階段へと吸い込まれていった。
 滑り落ちる音。桃の吐息。カルパッチョの足音――つまりは静寂。

「貴女は、たかちゃんの学校の……」
「か、河嶋桃だ! そんなものを向けて、なんのつもりだ!」
「何のつもりって……もう少ししたら、判ると思います」
「もう少しとはどういうこ――――ひぃっ」

 改めて、銃口を構え直される。身を強張らせた。言葉の意味。
 確実に撃ち抜くためか、徐々に詰められる距離。
 それでも、背を向ける事はできない。向けたその瞬間に、瞬く間に撃ち抜かれるであろうから。
 ガタガタと、震える桃。距離は残り、七メートル。
 どうしようかとあたりを見回して――所詮は無駄な抵抗かと思われているのかそれとも――咄嗟に愛里寿が両手で握りしめる水筒を掴み取った。
 勢いをつける。へっぴり腰。カルパッチョは動じない。
 案の定、水筒の蓋は何の呪いか空中で外れ、唯一の頼りである質量すらも宙に投げ出した。


359 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 02:45:49 tSCylngk0
どうもすみません、ダージリン様に対してミスをしました。予約期限も残っているので訂正します


360 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 03:05:52 Aau9igjg0
>>326


 バツが悪そうに視線を落とすダージリン。釣られて、カルパッチョも何故か微笑んでいた。
 人と人、向き合えばその感情は伝染すると言うが……。
 自然といつのまにか、カルパッチョも恐怖や焦燥を忘れ始めていた。
 これが舞台のように――――大舞台に立つそのときのように、緊張感が締め付け抑える奇妙な高揚感が前腕を満たす。
 きっと今度は、無様を晒さない。

 心臓は喉元を乾かせ、口の中が渇くのに――どこか楽しみにしている自分がいる。それを他人事のように眺める余裕はない。
 喉が鳴る。
 言い訳のできない殺人の壇上に、足を掛けて上っているのが彼女にも判った。
 喉が焼き付いて、肌がひりつく。噛み殺すように頬が吊り上がる。
 このまま撃ち込んだならダージリンを貫いた弾丸は、正面から水槽のガラスを容易く破壊し、途方もない水量がカルパッチョに襲い掛かるというのに。
 それでも――奇妙な高揚感が、カルパッチョを包んでいた。

「『君は私の贔屓の女優を退場させようとして、私の観劇の喜びを台無しにしてくれた』――」

 声が重なる。
 一方のダージリンは、身震いを呼気として漏らした。
 知っているだろうか。人間の精神反応だ。
 たちの悪いジョーク。戦場で繰り返されるそれ――――「なんで女子供を撃ったかって? 撃ちやすいからだよ」悪趣味なジョーク。
 それは、痛みを感じぬからではない。
 誰よりも心の痛みを感じるから、だから、笑い飛ばしてジョークにして――「こんなことは大したことではないのだ」と言い聞かせる。
 混乱した人間は、耐えきれなくなった人間は、高揚感に身を任せる。
 だから、ダージリンも同じく埒外の痛みに心の平穏を保とうとした――――

「『よって、我らの名誉の章典に従い』」


 ――――のでは、ない。


「『君に私を殺害する機会を与えよう』」

 シェイクスピアに曰く――――世の中の関節は外れてしまった。あぁ、なんと呪われた因果か。それを直すために生まれてきたのか。
 ああ、そうだとも。
 そうだとも。

 正さねばならない。
 ここで、決めなくてはならない。
 あらゆる手を使って――――――あらゆる手段を使って。できること全てを使って、意味を作る。

 ――『死を忘れるな(メメント・モリ)』.


 ――――射殺した少女が、頭に新たに作った眼孔から、観客としてダージリンを眺めている。
 死ぬつもりはない。
 意志のある人間を殺させるつもりもない。殺されるつもりもない。
 精々、優雅に、胸を張って、己にできる最大のことをするしかない。

 だから――笑え。微笑め。絶対に屈するな。笑いは、威嚇と同じだ。
 誘い出したここ。
 マグナムの威力なら、確実にダージリンを貫いてなお、水槽を突き破る。
 そうなれば、巻き込まれるのはカルパッチョも同じ――――廊下で出会いがしらに発砲なんてのとは、余りにも遠い領域。

 なればこそ、そこに余地は存在する。
 事実として――――ダージリンの芝居がかった言動に、桃も、愛里寿も、目の前の少女も平穏を取り戻した。
 或いは間違った平穏かもしれない。
 だが、焦りを、恐怖を、焦燥を――――舞台に上げれば、人は飲み込んでいく。
 思考を、落ち着けていく。

「『私は今、ここで君に決闘を申し込む』」

 そこにこそ、人として行えることの余地が存在するのだ。
 舞台は整った。細工は流々。役者は上々――――――となれば後は。
 語り手と、筋書きを組み立てるしかない。


361 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 03:07:28 Aau9igjg0
>>354


【A-7・水族館・塔状水槽前/一日目・午前】

【カルパッチョ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 S&W M29(装弾数:6/6発 予備弾倉【12発】)
[道具]基本支給品一式  不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:アンチョビ、ぺパロニ、カエサルを生き残らせる。それ以外は殺す。
1:ダージリンを殺す。
2:殺すのは悪いことなんかじゃない。仕方のないことだ。

【ダージリン@フリー】
[状態]軽度の疲労、それを忘れさせる義務感
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(6+1/6 予備弾倉【12発】)
[道具]基本支給品、不明支給品(ナイフ、その他)、後藤モヨ子の支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『 私は庶民の味方だ。そういう人間なんだ』
1:『生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ』
2:『世の中の関節は外れてしまった。あぁ、なんと呪われた因果か。それを直すために生まれてきたのか』

[備考]
・後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(ナイフ、銃器)を獲得しています。

・後藤モヨ子の支給品:基本支給品、不明支給品(ナイフ、銃器 )、ヒロポン(3/50)


362 : 鉄血/マルマン・チェッダ ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 03:07:48 Aau9igjg0
お騒がせしました。申し訳ありません


363 : ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 13:44:35 HwTmNQe.0
投下乙です。

麻子と沙織が彼女達なりに精一杯前を向いているというのに、周囲では大惨事が……
ノンナもヤバいし、ナオミも何だかんだでヤバいし、ある意味ダー様もヤバいしで、相対的にカルパッチョが普通に見えますね
アキは作中ぶっちぎりで悲惨な目にあってますが、最後友人の腕の中で死ねたことは幸運だったのかもしれない……


また、今更ですが拙作の状態表(>>235)に以下の備考を追記したく思います

[備考]
工場には予備電源が通っています。
また、工場は複数あるため、カチューシャ達がいる工場とは別の工場となっております。
実際の大洗にもし工場が一つしかなかったとしても、ガルパン世界は現実世界にはない戦車道が流行っているという背景があるため、
戦車関係の部品を作る工場が現実世界にはない場所に建っていることが想定されるため、それがたまたま大洗にあってもおかしくないとします。




そしてゲリラ投下します


364 : 名前のない少女達/名無しになった男達  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 13:48:53 HwTmNQe.0

「気合入ってるねぇ」

ひゅう、と口笛を吹いて、ロングヘアーの少女がショートカットの少女に声をかける。
彼女達の名前は、この際省略させて頂こう。
黒森峰女学園の大勢いる強者の一人として埋もれてしまった彼女の名など、記載しても仕方があるまい。
そもそも諸君は名前を聞いても彼女が誰か分からぬだろうし、大半の戦車道ファンですら、きっとすぐにはピンと来ないだろう。

「まあ、このままだと、一度も優勝できずに引退することになっちゃうからねえ、今の二年は」

彼女達は、伝統ある黒森峰女学園で戦車道をする三年生だ。
周囲のレベルが高く、また個人プレーに出ることもないため目立たないが、それでも国内最高レベルの女子高生戦車乗り達である。
しかしながら、受験勉強の兼ね合いもあり、全国大会終了後は戦車道にほとんど参加していなかった。
中には推薦で進路が決まっており、未だに顔を出して後輩に技術を残している者もいるようではあるのだが。

「西住隊長を欠いたとしても、来年こそ捲土重来してもらわなきゃならないし」

西住まほは、今の三年生から見ても、圧倒的カリスマを持っている。
それはOGも認める所であり、長い栄光の歴史の中でも有数の力を持っているだろう。

しかしながら、まほは勝利に恵まれなかった。
入学直後こそ圧倒的強さでチームを九連覇に導いたが、翌年は妹のせいで連覇を絶たれ、責任を押し付けられた。
それでも潰れることなく冷静にチームをまとめあげ、士気を高め、再度挑んだ先の大会は、その妹の手でやはり優勝を阻まれた。

来年、そのカリスマはもういない。
そのカリスマの優勝を阻んだ好敵手は健在なのに。
このままでは、黒森峰女学園の暗黒期を招いてしまう。
それだけは、絶対に避けねばならない。

特に今の二年生――来年の隊長・逸見エリカ世代は、三年連続準優勝の不名誉にリーチがかかっている。
来年に賭ける情熱は人一倍だった。

「あ、お疲れ様です!」

後輩達に練習を指示していた二人の少女が、上級生の姿を見つけ駆け足に寄ってくる。
そして頭を下げてから、言った。

「どうです、前の大会の反省を活かして、集団に敵が紛れ込んだ際の対処法を学んでいるんですよ」
「勿論、役に立たない可能性は高いですけど、やらずに来年後悔したんじゃ辛すぎますからね」

二人共、二年生ながら全国大会でレギュラーの座についた優秀な戦車乗りである。
厳しい黒森峰の練習にも耐えてきたし、まともにやればどんなチームにも負けない自信があった。
だというのに、先の全国大会では大洗のたった数輌にしてやられた。
予想外の動きに頭が追いつかず、「脇にヘッツァーがいるぞ!」と叫ぶくらいしかできなかった。

「西住流の、黒森峰の強さは、あんなものじゃありませんからね」

黒森峰は、邪道には走らない。走ることは許されない。
しかし、邪道を知ることは、その理念に反さない。
邪道を学び、その弱点を知り、西住流の教えに乗っ取り叩き潰す。
そのための特訓を、黒森峰は開始していた。

西住まほの指示では決してない。
逸見エリカの指示でもない。
ただ、メンバーの一人一人がそうしたいと思ったのだ。


365 : 名前のない少女達/名無しになった男達  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 13:53:56 HwTmNQe.0

「まあ、中には、ここでいいとこ見せておこう、なんて下心持った子もいそうですけどね」

西住まほ。逸見エリカ。そして赤星小梅。
現隊長と副隊長、そして将来の副隊長候補。
その三人が、昨日から休んでいる。
隊長と副隊長が揃って視察で不在ということは珍しくないのだが、そこに小梅もとなると初めてのことだった。

「直下とか、めちゃくちゃ張り切ってるよね」
「へえ。まあ全国だけじゃなくて、大学選抜相手の時も活躍できなかったもんねぇ」

黒森峰は大所帯であるため、ある程度の班に分けられ練習する。
そこで指示を出せるくらい信頼されたいというのは、黒森峰の生徒なら当然思うことである。
そして、小梅まで不在の今は、自分の指揮能力をアピールする絶好の機会なのだ。
普段とは別の意味で、練習場は緊張に満ち溢れていた。

「ああ、ほら、あそこにいますよ。呼んできましょうか?」
「いや、いいよ、練習頑張ってるようだし――――」

ブチブチブチブチィッ!

「……あ、履帯が壊れた」

派手な音を立て、ヤークトパンターの履帯が千切れる(※擬音はイメージです)
如何に頑丈な金属だって、時と場合によっては砲撃で千切れることもあるわい。

「おーおー、キレてるキレてる。履帯も直下も」
「気持ちは分かるなあ、あれ直すのめちゃくちゃ面倒臭いし」

三年生がうんうんと頷いてるように、ヤークトパンターの履帯の修理はすこぶる面倒臭い。
総重量が一枚で三十キロを越え、片足分をトータルすればその重量は三トンにも及ぶ。
はっきり言って鬼のような重労働であり、一年生が最初に筋トレをひたすらさせられる所以でもあった。

「それにしても、何か不吉だよね」

もしもヤークトパンターに搭乗しているのがテリーマンだったら、この現象で何かを感じ取ったかもしれない。
不在のまほ達がどこかで危険な目にあっていると悟ることが出来たかもしれない。

「黒猫が横切って、それを避けようとした挙句に履帯が切れるなんて」

しかし彼女達は、悲しいかなテリーマンではないし、なんならブロッケンJrにすらなれない。
いくら軍服を身に纏っても、仮に髑髏の徽章を身に付けたとしても、彼女達は超人にはなれないのだ。
当然ながら妙な勘は働かないし、今日は三人欠席すると教師に言われたら疑問を抱かずそれを受け入れる。
ましてや不吉な知らせというのが『まほ達の置かれた現状』を指しているなんて、思い到れるはずがなかった。

「何か悪いことが起こるのかも」

神妙な面持ちで、二年生の少女が言う。
虫の知らせを信じていれば脇にヘッツァーが付く前に迎撃できたというのに、ふんぞり返っていてテンパるはめになった少女だ。
おかげで最近は不吉の予兆や虫の知らせに敏感になっていた。

「いや、不吉なイベントならもう起きてるでしょ。壊れた履帯を直さなくちゃいけないんだから」

しかし、すぐに「なるほどな」と納得し、考えるのをやめた。
それから、手伝ってあげるにはあまりに面倒臭いので、巻き込まれないよう、皆で自販機まで移動する。

些細なやりとりで笑え、どうでもいい裏切りを気軽に出来る少女達は、きっと思いもしないだろう。
まさに今、彼女達の敬愛する隊長達に危機が迫っていることなど。
彼女達が、今黒森峰で練習しているソレとは異なる“殲滅戦”に放り込まれ、命懸けの信頼や命懸けの裏切りが行われているなど。
そして――彼女達に、死がそこまで迫っているなど。
きっと、冗談でも、頭の片隅すら掠めない。


366 : 名前のない少女達/名無しになった男達  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 14:02:41 HwTmNQe.0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






ふぅ、と溜め息をついて、男は眼鏡をクイと押し上げた。
疲れからくる溜め息というよりは、安堵や達成感からくる溜め息に近かった。

「ここまでは順調、ですかね」

落とした目線の先には、参加者の名がずらりと並んだパソコン画面。
その内幾つかは灰色の文字で書かれ、残りの大半は白い文字で書かれていた。
背景が黒色なので、白い文字の方が見やすくなっている。
普通の白背景に黒文字でもいい気はしたのだが、しかしながらこのレイアウトが“伝統”であるとのことだった。

「このペースだと、10人くらい最初の放送までに死ぬかもしれないですねぇ〜」

銃を下げた迷彩服の男が眼鏡の男に声をかける。
彼はこの殲滅戦のスタッフの一人であり、首輪の監視を担当していた。
禁止エリアに入った際に首輪に信号を送るという大役なのだが、しかしまだその機能を使うことはないし、ほとんどの場合使う機会もなく終わるらしい。
それでもGPSで把握した現在地や盗聴で得た情報を記録する仕事があるのだが、しかしながら迷彩服の男は己の担当するパソコンから離れている。
勿論気の緩みを多少は隠そうとしているようだが、数多の人間を見てきた眼鏡の男には、退屈のあまり気を抜いているのがバレバレだった。

「下手をすれば片手に満たない死者かとも思ってましたが、杞憂でしたね」

迷彩服の男が担当していた少女は、すでにこの世にはいない。
万全を期して一人の監視に一人をつけているため、参加者が死ぬと暇を持て余したスタッフが一人増えるという仕様なのだ。
迷彩服の男も、他の仕事が回されない限り、パソコン画面を見る意味などない。
故に、眼鏡の男も、迷彩服の男を咎めはしなかった。

今はまだ迷彩服の男をはじめ数人が暇をしている程度だが、その内大半が暇をするようになってくるだろう。
勿論ただサボらせるのではなく、そのうち何かしら手伝わせる予定なのだが。

「……果たして、彼女達はまたも反抗してくるのか……」

今はまだ、少女達も理想論を口にする余裕がある。
皆で脱出したいなどとのたまう程度のゆとりがある。

しかしながら、理想論は力を持たない。
殺し合いが行われているという現実を前にすれば、容易く砕けてしまうだろう。

(もう、ハッピーエンドなど、ありえないというのに)

それでも、理想論が砕けたあとに、確固たる信念として皆で生きて帰ろうと声高に叫ぶ者が、現れないとも限らない。
実際、過去にはそういう者が現れたケースがあったと伝え聞く。
空虚な理想論であると自覚してなお貫かれる信念は、人を動かす力を持つのだ。
そして殺し合いが進めば進むほど参加者の装備は充実し、主催陣営への反撃を実現可能と思わせる。
反抗の芽は、こうして育てられるのだという。

だからこそ、主催側も人員にはゆとりを持たせているのだ。
人が減れば減るほど戦う準備が整っていくのは、何も参加者だけではない。
監視や対応に回す人員が増えるという点では、殺し合いが進むほど、主催側も鎮圧の準備が整っていくのだ。


367 : 名前のない少女達/名無しになった男達  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 14:06:17 HwTmNQe.0

(……ま、そこに関しては、人のことは言えませんがね)

彼――文科省役人には、名前なんてない。
勿論日本国で生を受けた以上苗字はあるし、親に名前も付けられたのだが、そういうことが言いたいわけでは決してない。

役人は、名前のない、ただの“歯車奴隷”であった。
国のため、政府のため、戦車道のため――あらゆるもののため、己を殺し回り続ける歯車の一つ。
特別な名前なんてなく、壊れた時には同じような制品と交換されてハイおしまいであろう、ただの歯車の一つに過ぎなかった。

一度は出世コースに乗り、“その他大勢の役人”から“名前の知られた名誉ある役職の者”になろうかとしていたが――
しかし、大洗女子の手によって、彼はそのレールから引きずり下ろされた。
歯車の替えはいくらでもある。
大きな機械を一度でも動かし損ねれば、もう二度と、名前のある存在に成ることは出来ない。
彼がいたはずのレールの上には、もう、他の名もない役人が居座っていた。

(これは――我々と貴女がたとの殲滅戦でもあるんですよ)

失態によりヒビが入り、挽回しようとした結果、他の歯車とズレも生じてしまった。
勿論、惨めな気持ちを抱きながらも歯車をして生きられる程度の人生が保証はされている。
大洗女子にしてやられたことを一生悔み、黙って片田舎でそこそこの給与を貰って退屈な業務をこなしていれば、それで生きてはいけたのだ。

だが、しかし――野心を持った歯車奴隷には、止まり方など分からなかった。

ずうっと上を目指して、ひたすら回り続けてきたのだ。
今更ゆっくり回れだなんて言われても、今までの生き方を否定して速度を緩めることなど出来ない。
そうなってしまっては、名もない歯車奴隷から、本当にただの歯車に成り下がってしまう。
奴隷は惨めの極みではあるが、それでも人間だからこそ、奴隷と呼んでもらえるのだ。

(今度は、負けない。絶対に……)

もう、止まらない。止まることなどできない。
夢を捨てれぬ歯車奴隷は、多くの名のある少女を巻き込んだ殲滅戦へと身を投じた。

生き残った少女達に報復されるかもしれない。
途中で逃げ出すことなんて許されない。
命の保証なんて、ない。

それでも歯車奴隷は、クルクルキリキリ回り続ける。
例えその先が奈落に続くと知っていても。
歯車奴隷は、ただひたすらに大きな機械を動かすために、回り続けるしか出来ないのだ。
止まることはない。ましてや、逆回転など、絶対にない。


368 : 名前のない少女達/名無しになった男達  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 14:13:25 HwTmNQe.0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






ブチブチブチブチブチィ!!!

「ゲエーーーーッ、直したばかりのうちの履帯が!!」

名門でもある黒森峰は、授業以外でも朝練を敢行している。
それでも授業免除というわけではなく、一時間目が始まる前に撤収しないいけないのだが――

「うわあ、これ、朝練時間潰るね……」

まるで不吉を象徴するかのように、ヤークトパンターの履帯が見事に壊れていた。
頑張って修理をしていた少女達も、さすがに疲労の色を浮かべる。

「両方とも壊れたと思ったら、予備のやつまで、かぁ……」

先程壊れた履帯を、新しいものに取り替えた。
そして練習を再開しようと矢先に逆の履帯が壊れ、そちらも何とか直したと思ったところでのコレである。
これでテンションを下げるなという方が無茶であるし、これでテンションが上がるような奴がいたら精神科医をオススメする。
いや、まあ、三年生の先輩のように、見ているだけなら面白いのかもしれないが、やる方としてはたまったものではないのだ。

「しかしほんと、こうも立て続けになると、何か不吉なことが起こるんじゃないかって思えてきますよね」
「なーに馬鹿なこと言ってるの」

ヤークトパンターに同乗する後輩の言葉を、ばっさりと切って捨てる。
履帯が駄目になって一々気にしているようでは、ヤークトパンターには乗れない。
ましてやこいつは激しい戦闘を何度も経験する黒森峰女学園のヤークトパンター。
並のヤークトパンターよりもダメージは溜まっているし、限界を迎えるタイミングがたまたま被ることくらいあろう。

「大体、不吉なことならとっくに起きてるじゃない。
 履帯が駄目になって直さなきゃいけないって時点でもうとっくに不幸なんだから、馬鹿なこと気にしてないで手を動かす!」

指示を出しながら、ヤークトパンター車長がポケットを探る。
履帯が立て続けに壊れたせいで、通常より遥かに長い修理時間がかかってしまっている。
他の練習チームにも連絡を入れねばならないだろう。

「はぁ……きっちり指揮取って、ちょっとは隊長に認められたかったのになぁ」

自分が指揮を取った練習は驚くほど成果をあげていなかった。
勿論時間の大半を履帯の修理に取られているからなのだが、そんな事情は当事者にしか分からない。
結果しか見ることがないであろうまほは勿論、今から連絡を入れる他班のリーダー達も、きっと指揮官が無能なのだと考えるだろう。

それを思うとなるほど確かに不幸であるし、不吉な予兆というのもあながち間違ってないのかもしれない。
もっとも、不吉に対する予兆もなにも、こいつ自身が不吉の原因ではあるのだが。

「……あれ?」

もぞもぞとポケットを漁っていたが、次第に探索範囲が拡張されていく。
いつしか表情に焦りの色が宿っていた。

ケータイ落とした。

ざっくり言うと、そういうことである。
なるほどこいつぁ不吉オブ不吉だぜ。

「ど、どこに……」

嫌な予感を感じながら、地面を見る。
どうやら先程履帯を修理した際に落としていたらしく、車体の傍に落ちていた。

そして、初期不良なのか、即効で外れた新しい履帯。
それの下に、落ちていた。

地図上でとかでなく、何かの比喩でもなく、そのままの読んで字のごとく「下に」落ちていた。
外れた履帯が重しとなり、ケータイがバキバキに割れている。
もはや“画面割れ”なんてレベルでなく、もう全体が壊れきっていた。

「機種変したばっかりなのに!」

しかもよりにもよって高額なiPhoneである。
分割ローンはまだしこたま残っているし、基盤から何まで見事に大破したこの状況じゃおそらく修理も出来ないだろう。
彼女のiPhoneは、こうして若くして息を引き取ったのである。


369 : 名前のない少女達/名無しになった男達  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 14:15:58 HwTmNQe.0

「あ、マジ泣き」
「写メっておこう」
「あ、じゃあ私ムービーにしよ。こっちこっち目線頂戴ー」

しかしながら、周囲の人間はそれなりに冷たかった。
己の不注意が招いたことに対しては、黒森峰は比較的厳しい風潮がある。
あと単純に、他人の不幸はちょっと美味しい。

まほが居たら同情しつつもさっさと練習に戻っていただろうが、当分まほは戻らない。
強化指定選手になったのだと、学校に連絡があった。
そして、強化指定選手のみの強化合宿を、今行っているのだと。

まほのみならず、とても厳しい副隊長様や何だかんだで真面目な赤星小梅までもが選ばれたらしい。
どうやら大学選抜の時の活躍が認められたらしい。
ちなみに黒森峰からはヤークトパンターの車長のみが、車長なのに選ばれなかった。
その話を聞いて一番へこんだのは間違いなく彼女であったし、こうして練習に熱を入れていたのも仕方のないことだろう。

閑話休題。

まあ、そんなこんなで、空気は緩み切っていた。
勿論練習は真面目にしているが、それを差し引いても普段のピリピリした雰囲気とは程遠い。
少なくとも、落ち込み倒す友人をムービーで撮るくらいの余裕がある。
それが良いのか悪いのかは、優勝した大洗女子の緩い空気を見る限り、なんとも言えないのだけれど。

「ラインで送っといてよ」
「オッケ。折角だし、皆に回そっか」

ヤークトパンターの操縦士や砲手の少女が、和気藹々とラインをいじる。
厳しい隊長副隊長が居ないことで、完全に緩みきっていた。

意味の分からないラインスタンプをまず押して、それからムービーを添付する。
ヤークトパンター車長の醜態は、あっという間に黒森峰の生徒が知るところとなった。

「おっ、マウスの車長、生で落ち込み具合見るためにマウス部隊の練習に休憩入れたって」
「こっち来るんだ。結構距離あると思うんだけど」

少女達が見ているのは、ラインの雑談用グループの会話。
黒森峰のメンバーの内、洒落が通じて話しやすいメンバーを押し込めたものだ。

ちなみにスマホを持っていない隊長のまほや、何か怖いし気軽に口にした冗談にマジギレしてきそうな副隊長のエリカは、このグループに入っていない。
エリカは最低限の連絡事項を行うためのグループにはいるのだが、スタンプ一つ送ってこないお硬い口調なのもあって、ちっとも距離は縮まらないでいた。

「聖グロの娘達とのとこにも流しておこ」
「あ、前の大学選抜の時の娘達? 私ID知らない。グループ入れてよ」

画像や動画はこうしてどんどん拡散されていく。
恐るべしソーシャルネットジェネレーション。

「あ、ルクリリさんのお漏らし画像」
「え、なにそれ見せて見せて」

誰かがポツリと漏らした声に、人が更に群がってくる。
ライングループに送られてきた画像の中で、聖グロリアーナのルクリリが股間をぐっしょりと濡らしていた。
その表情や、背後で笑っている少女の存在を思うに、まあ本当に漏らしたわけではないのだろう。
実際、その手には、ティーカップの取っ手が握られていた。取っ手だけが。

「いやー、ツイてないけど、美味しいよね、こういうの。羨ましいなあ」
「じゃあ直下と変わってあげたら?」
「それは嫌かなあ」

聖グロリアーナの生徒は、如何なる時でも紅茶をこぼしたりしないが、それはそれとしてマグカップを割ってしまうことはある。
その結果としてなら、聖グロリアーナ生徒といえど、紅茶をこぼすことくらいあるわい。
ましてやティーカップの取っ手の接合部分がパキンと割れたのだ。
ティーカップが落下して、彼女の股間を紅茶が濡らしたことを、一体誰が責められようか。


370 : 名前のない少女達/名無しになった男達  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 14:19:22 HwTmNQe.0

「パンツァージャケットが濡れるとかならともかく、iPhone壊れたらお金かかるし」
「でも聖グロだと、濡らすとめちゃくちゃ怒られるんじゃない? そう考えると、ルクリリさん、ちょっと可哀想かも」
「でも今は聖グロも主要な選手も強化合宿だろうし、今のタイミングならまだラッキーな方だったんじゃない」

ダージリンもマグカップを割ったことがあるので、カップの破損でお咎めがあるのかは不明だが、しかし黒森峰の生徒達はそんなことは知らない。
そして、ダージリン達もまた、まほ達と同じく“殲滅戦”をしていることも、少女達は知らなかった。
ルクリリのマグカップが壊れたのも、“虫の知らせ”や“不吉の予兆”の類であったということも、勿論知る由なんてない。

「小梅にも、ラインで送ってあげようかな」

大洗では大野あやの眼鏡が突如割れていたし、各地でちょっとずつ不吉の予兆は現れていた。
しかしそれでも、勿論誰一人、現在不在のメンバーに不幸が訪れているなんて思わない。

だって、彼女達は、みんな聞いていたのだから。
今学校にいないメンバーは、戦車道に力を入れる政府によって強化指定選手に選ばれ、今は強化合宿の真っ最中だと。
それを、政府の人間に、言われたのだ。
疑いなんて持とうはずがない。
少なくとも今の時点では、疑いを持つ理由もない。

「副隊長に見られたら、サボって遊んでるって思われかねないし、帰ってきてから見せた方がいいんじゃない?」

だから、彼女達は、誰一人として、疑っていない。
まほもエリカも小梅も揃って笑顔で黒森峰に戻ると、当然のように思っている。

「それもそうか」
「とりあえず、始業までに戻しておかないと怒られるし、面倒だけど履帯の修理手伝ってあげよっか」
「お昼くらい奢って貰わないとね」

彼女達は、冗談でも思わないだろう。
三度千切れた履帯、一度目は“殲滅戦”という不吉を知らせるもので、そして二度目と三度目は、仲間の死を告げるものであっただなんて。

「んじゃ、面倒だけど、頑張りますか」

彼女達は、名前のない、その他大勢の少女だ。
勿論実際には名前はあるが、しかしながら、戦車道においても“主役”になれず“その他大勢”として埋もれてしまっている。
幸か不幸か能力が足りず“殲滅戦”に呼ばれなかった少女達だが――勿論それでも、彼女達は普通に生きている。
普通に笑い、普通に打ち込み、普通に努力し、そして時折普通ではない勝利を掴む。

しかしだからこそ、彼女達は決して“殲滅戦”という『舞台』の上には上がらない。
上がれたとしても、決して主役にはなれない。
彼女は『普通の人生』という自分の演目の中でしか、名のある存在にはなれない。
非日常極まる舞台に上がってくることなどできない。

名無しの少女を舞台に引っ張りあげられるのは、カリスマを持つ女優のみ。
かつて西住みほというカリスマが、戦車道という舞台に、ありふれた少女達を導いたように。
多くのカリスマ隊長によって、名もなき少女達が戦車道という舞台にあがれたように。

誰かが導くその時まで、名のない少女が舞台に上がることはない。
誰かがコンタクトを取るまで――――――舞台のうえに、助けは、こない。






【?????/一日目・午前】

【☆文科省役人 @ 殲滅戦運営チーム】
[状態]健康
[装備]???
[道具]???
[思考・状況]
基本行動方針:殲滅戦を完遂させる
1:今度こそ、自分の思い描いたプランは狂わせない。狂わせてなるものか。
[備考]
殲滅戦参加者は『強化指定選手に選ばれ、現在強化合宿に参加している』という扱いになっています。
上記内容は、政府の手によって各学校に伝達されています。


371 : 名前のない少女達/名無しになった男達  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 14:20:49 HwTmNQe.0
投下終了です。
「ルクリリ、直下さん、脇にヘッツァーがいるぞ子、予約して即投下します」というのはアレではないか、と思ったので文科省役人を書きました。
主催サイドの勝手な描写がNGだったり、裏で手を回していた描写が構想に反するためNGだったり、そもそも正規参加者出ない作品はNGの場合は気軽におっしゃってください。


372 : ◆wKs3a28q6Q :2016/08/09(火) 14:51:08 HwTmNQe.0
ローズヒップ、西絹代、澤梓、五十鈴華を予約します


373 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 19:54:24 58SnSccg0
現在話数までの(予約を含めない)おおよその現在位置です
それと、各種音声◆赤は銃声◆青は爆発音◆緑は拡声器落下音◆

よろしければお使い下さい
ttp://www1.axfc.net/u/3702103/boko


374 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/09(火) 23:14:56 Aau9igjg0
>>373
修正版です

ttp://www1.axfc.net/u/3702224/boko


375 : ◆Vj6e1anjAc :2016/08/11(木) 00:16:19 70HAlSj.0
ダージリン、カルパッチョで予約します


376 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/12(金) 11:01:27 KF97jSxY0
ケイ、予約します


377 : ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:06:04 T3Wpq/0s0
投下します


378 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:07:24 T3Wpq/0s0
 その夢を見始めていたのが、一体いつのことだったのか。
 あるいは戦いのまばたきの間に、少しずつ見ていたものだったのかは、今となってはもう分からない。

 オレンジペコが持っていたものより、幾分か小さい砲弾が装填され。
 アッサムが見ていた照準器を、自らの目で覗き、トリガーを引く。
 操縦席に座っているのが、ルフナかどうかすら判然としない。
 手狭な乗員室はチャーチルのものでなく、恐らくは軽戦車のものだろう。
 テトラークか? はたまたスコーピオンか? もう少し乗り回す機会があれば、これだけの情報からであっても、車種を特定できたかもしれない。
 いずれにせよ、この鉄の箱の中にいるのは、今はきっと、独りきりだ。

 何をやっているんだろうという疑問は、当然のように頭にあった。
 いくら小さな戦車とはいえ、乗っているのが自分だけでは、こんな風に動くはずもない。
 それでも彼女は、それ以上に、戦わなければならないのだと、強く突き動かされていた。
 あらゆる疑惑を帳消しにしてでも、前へ、前へ進まなくてはと、そんな考えにとらわれていた。

 限定された視界が煩わしい。
 ハッチを開けて身を乗り出す。
 外気に晒された双眸で、眼前の敵をしかと見据える。
 猛然と土煙を巻き上げるのは、ドイツ軍のⅡ号戦車だ。
 カーキ色に塗装され、鉄十字のエンブレムを刻み、機関砲を轟かす鉄獣だ。
 そして自らと同じように、キューポラから顔を出す者がいる。

 濃い茶髪に、鋭い視線。見る者全てを圧殺し、真っ向から食い破る豪傑の名は、黒森峰女学園が長――西住まほ。

 何故に、と思う。
 この極限のせめぎ合いの中で、こんな風に幻視する顔が、何故彼女のものなのかとは思う。
 なるほど確かに西住まほは、戦車道全国大会においては、まさしく最強の敵だった。
 大会開始から分析を進め、今年こそは倒さなければと、対策を積み重ねた怨敵であった。
 そしてあの戦いで、全てを出しきり、結果――ダージリンは敗北した。

 なればこそ。
 あるいはこの光景は、己にとっての死神が、迫っていることを示しているのかもしれない。
 銃声と剣戟の彼方で、自分を殺したあの虎の王が、手ぐすねを引いているのかもしれない。
 極限の綱渡りの最中、ダージリンは、おぼろげにそう結論づけていた。


379 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:08:58 T3Wpq/0s0


 上へ登る階段へと、そろりそろりと足を運んだ。
 あるいはこの場所からならば、脱出も叶うかもしれない。
 そう考えながら、彼方の敵へと、銃を突き出したつもりだった。

「――っ!」

 ばん、と響いたその音は、カルパッチョが放ったものではない。
 ダージリンだ。こちらが構えるより早く、あの女が引き金を引いたのだ。
 そうそう当たるものではない。それでもそこに躊躇いはない。殺意を胸に固めていたのは、こちらだけではないということか。
 歯噛みし、カルパッチョは得物を手繰る。黒光りする両刃の凶器を、逆手に構えて走り出す。
 たかちゃん――の、友達の誰かあたりなら、琴線に触れることもあったかもしれない。簡素な形状をした武器は、クナイと呼ばれる忍者の装備だ。
 敵が水槽を背負っている限り、銃撃戦は明らかに不利。ならば、あれを傷つけない武器を使って、至近距離で戦うしかない。

「!」

 思い切りのいい突撃は、さすがに想定の範囲外だったか。
 軽く目を見開いたダージリンが、咄嗟に銃弾を二発放つ。
 射程距離は縮まっているが、それでも条件反射の出鱈目撃ちだ。素人のそれが当たるはずもない。
 客が腰を預けるための、背の低い座席の裏へと転がり込む。前転段階で一発を、隠れた時に一発を凌ぐ。
 懐に軽く突っ込んだだけの、S&W M29が、カラカラと音を立てて転がり落ちた。
 役立たずの銃を拾う気はない。薄明の中ゆえに場所は見て取れた。後から回収できるということが、確認できればそれでいい。
 意を決して再び身を起こし、椅子と椅子の間を駆ける。

「きゃ……っ!?」

 そして目標へ迫ろうとしたところで――唐突に、何かに足を取られた。
 情けない悲鳴を上げながら、カルパッチョはうつ伏せに倒れる。
 何が起きたのかも判然とせず、それでもこのままでは危険だと、どうにか身をよじって姿勢を正さんとする。
 そして彼女は、それを見た。
 突如として足元へと姿を現し、彼女を転倒させたものの正体を見た。

(ロープ……!)

 それはこの手の施設であれば、どこにでも用意されているありきたりなもの。
 カラーコーンなどと組み合わせて、立ち入り禁止エリアを作り、人の侵入を阻むための虎柄のロープだ。
 これをカルパッチョが来るよりも早く、座席と座席の間に仕込んで、トラップとしていたということか。
 命がけの戦場においては、まさしく毒牙にて命を奪う、グリムズビー・ロイロットのまだらの紐だ。

「……!」

 当然、その隙を見逃すダージリンではない。 
 視線の向こうでは、銃を携えながら、早足でこちらへと向かう彼女が見える。
 悠長に起き上がっていたのでは間に合わない。牽制のための拳銃は手元にはない。


380 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:11:33 T3Wpq/0s0
「えいっ!」

 残された手段はこれだけだ。
 自棄気味な叫びを上げながら、カルパッチョは無理やりに上半身を起こし、クナイをダージリンに向かって投げた。
 両者には知るよしもないが、もとよりクナイというものは、手裏剣の一種にカテゴライズされている。
 投げナイフの要領で、投擲武器として使用することには、本来何の不自然もない。
 しかし、カルパッチョは、そしてダージリンすらも、忍者の歴史については門外漢だ。故にこのやぶれかぶれの投擲を、当然のものとしては見抜けなかった。
 いよいよ肝を冷やしたのか、目を丸くしたダージリンがそれをかわす。思いっきりの回避だったため、たまらず尻もちをついて倒れる。
 かんっ――と乾いた音が鳴った。人間の投擲力だけでは、水槽を形成する強化ガラスは、割れないように出来上がっている。
 既に態勢は整った。豹のごとくカルパッチョは駆けた。
 筋肉のバネをしなやかに走らせ、落下していたクナイを拾い、再びダージリンに迫ろうとする。

「なっ……!?」

 しかし、これもまた間違いだった。
 銃器を警戒したカルパッチョは、丸腰で首を締めにかかることを恐れた。
 水槽を背にし、武器を掴むことが、この場においての最善の護身だと、そう考えて動いたのだ。
 こちらを己に近づかせまいと、そのために動いてきたダージリンが――よもや近距離で刃物を使うなど、考えもしていなかったのだった。

「ッ!」

 立ち上がったダージリンが、何かを足蹴にするのが見える。
 床に転がっていたそれが、空中でくるくると円を描く。
 手に取り、手先でぐるぐると手繰り、素早く振り抜いたそれの正体は、掃除道具入れのデッキブラシだ。
 しかしブラシの反対側――相手に突き出さんとする方向には、鉄色の鋭い彩りが見える。
 支給されていたナイフを、トラロープで雁字搦めに固め、即席のスピアとしたものだ。
 これほど大掛かりな武器だからこそ、背嚢には収まりきらなかった。にもかかわらず、床に転がしたそれは、カルパッチョには見えなかった。
 座席の陰に隠れるように、巧妙に配置していたのだ。

(これがダージリンさんの戦略眼……!)

 伝統の強豪校、聖グロリアーナ。いくら無冠とはいえど、名門であることに変わりなし。
 体育会系のアンツィオでは、たとえ頭が優秀であっても、決して仕上げることができない緻密な盤面。
 ブルーライトの逆光を受け、不敵に笑うダージリンを前に、カルパッチョは汗を一筋流した。



 演出とは誠に大したものだ。
 たとえ支離滅裂なものであっても、説得力があるように積み上げれば、無知な輩を騙すことができる。
 専門知識のない人間にも、これこそが正道でありプロの技なのだと、仮初の説得力をもって刷り込むことができる。
 即席の槍を構えながら、ダージリンはそう思考した。

(ただ格好をつけただけ、ではなくてよ)

 これ見よがしに見せびらかした、ぐるぐると回す槍遣い。
 自信満々の笑みを浮かべて、油断なく突き出した槍の構え。
 しかしながら、これらは全て、映画のワンシーンを猿真似したものだ。本来ダージリンには、槍術の心得など、全くもって無かったのだ。
 されどそんなものは当然、カルパッチョにもあるはずもない。
 であれば、このミーハーな身振り手振りが、堂に入ってさえいれば、そこにあらぬ説得力を幻視する。
 達人芸を装って、出鱈目に振り回された粗末な槍も、素人のカルパッチョの目には、伝説のロンゴミニアドと映るだろう。
 裏切り者を串刺した、逆賊殺しの聖槍であれば、なるほど確かに彼女には、お似合いなのかもしれないが。


381 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:13:12 T3Wpq/0s0
「チッ!」

 舌打ちしながら、カルパッチョが踏み込む。
 槍のレンジは遥かに長いが、それでもその分死角は大きい。
 そこに潜り込みさえすれば、勝てると思っているのだろう。

「フッ!」

 しかし駄目だ。分かっていない。
 それはあくまでも熟練者の理屈。素人が踏み込める領域ではない。
 フェイントの意味合いも込めて、横向きに薙ぎ、デッキブラシの頭を叩きつける。

「か……ッ!」

 脇腹を打たれたカルパッチョは、思いっきり座席側へと吹っ飛ばされた。
 今の一撃を屈んで避ければ、あるいは心得のない彼女であっても、容易く懐へ潜り込めただろう。
 しかし、今のカルパッチョに最善手は打てない。
 こうした極限状況の最中で、次々と罠に嵌められた彼女に、そこまでの心理的余裕はない。
 このダージリンでさえそうなのだ――とは、考えたくもなかったが。

「はっ!」

 座席に倒れたカルパッチョのもとへ、ダージリンは悠然と歩み寄り、青く煌めく聖槍を突き出す。

「っ!」

 結果は紙一重で回避。
 かわされた穂先は座席へと刺さり、一瞬、引き戻すのが遅れる。
 そしてその動作よりも、カルパッチョの足が早かった。
 思いっきり前面へ突き出されたキックは、吸い寄せられるようにして、ダージリンの胴体を捉えた。
 うっとよろめくダージリンの横へ、すり抜けるようにして退散する。
 足は届いても、ナイフは届かない。であれば無理な勝負はしない、ということか。
 ここに来て、ようやく最善手だ。銃を回収したカルパッチョは、座席に向かって威嚇射撃を放ち、上へ登る階段へと向かった。

(決闘には乗るのが騎士の礼儀。けれど、貴方は騎士ではない)

 実を言うとこの勝負、有利に戦えるのはここまでだ。
 相手がこの水槽前での、古めかしい決闘に乗っていたからこそ、追い詰めることができたのだ。
 そもそも手にした大仰な槍は、巨大な水槽を盾にして、銃を封じたこの環境でこそ、猛威を振るうものである。
 かの武田勝頼の騎馬武者隊も、織田信長の鉄砲には敗れた。長槍どころか馬をもってしても、飛び道具には敵わなかったのだ。
 自由に銃が使える場所では、持ち運びが困難な重りは意味をなさない。
 これまでの作戦にしたって、無数に穴は存在した。
 もしもカルパッチョがこうしていたら、突破されていたという危険はあった。
 ここから先の撃ち合いでは、それ以上の危険が待つ。それ以上の恐怖にさらされるのだ。

(さりとて、私も無視はできない)

 自身に支給されたナイフを取り出す。デッキブラシの真ん中に突き立て、上から踏みつけて叩き折る。
 この先は銃と銃の勝負になる。相手を躓かせるためのトラップもない。
 それでも、敢えて危険を冒してでも、ダージリンは駆け出すしかなかった。
 逃げた仲間達を殺させないためにも、カルパッチョはこの場で確実に、殺すか説き伏せるかするしかないのだ。
 それが今この場に立つ、ダージリンの役目なのだから。


382 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:16:19 T3Wpq/0s0


(来た……!)

 背後から聞こえる銃声に、追っ手の姿を思い描く。
 飛び退り水槽の陰へと隠れる。流れ弾を受けた水槽が、またも飛沫を上げ砕け散った。
 遮蔽物越しにカルパッチョが見たのは、短槍と拳銃を携えたダージリンの姿だ。

(あの長さでも、まだナイフでは勝てない)

 だからこそ勝算なしと考え、カルパッチョは退散したのだ。
 一撃を食らったからこそ分かる。デッキブラシで作られた槍は、もちろん長さもそうなのだが、重さがナイフよりも桁外れにある。
 あれを相手に鍔迫り合いするのは、いくら何でも自殺行為だ。故にあの場に立ち止まって、近距離戦闘を行うことは、不利だと踏んで外に出たのだ。

(それでも、この状況は思ったよりキツい……!)

 逃げられれば戦況は変わるかもとも思ったが、しかし世の中そう甘くはなかった。
 後ろから発砲されるというのは、想像以上に恐ろしいものがある。
 何しろ逃げに徹してしまえば、相手がどこを狙っているのか、全く分からなくなるからだ。
 かといって、全力疾走できる相手と、振り返りながら競っていれば、いつか何かの拍子で距離を詰められ、お陀仏になってしまうだろう。
 映画の銃撃戦など嘘八百だ。あんな都合のいい追いかけっこなど、現実に起こりうるものか。

(どうする)

 威嚇の銃弾を放ちながら、カルパッチョは周囲を見回す。
 そろそろリロードが必要なはずだ。しかし、できれば隙は作りたくない。
 この状況を打開する手を、弾が尽きる前に考えねばならない。

(――っ)

 その、時だ。
 ふと、目に入ったものがあった。
 そうだ。何もあの戦法は、ダージリンの専売ではない。
 理論理屈が割れたのならば、それを掠め取ってやればいい。それもカルパッチョ流のやり方で、だ。

(死なば諸共……っ!)

 危険な賭けだと理解はしている。故に心で南無三と唱え、カルパッチョは勢いよく走りだした。
 ダージリンも釣られるように、物陰から飛び出して後を追う。
 そうだ。もっとこちらに来い。もっとこっちに近づいてこい。
 階段の陰になることを考えれば、撃てる位置取りはギリギリのはずだ。なればこそ、彼女との距離が、開きすぎていては意味がない。

「ぐっ……!?」

 瞬間、未体験の痛みが襲った。
 稲妻のような衝撃と共に、左腕が力を失った。
 半端な逃げ方をしたのがよくなかったのだろう。遂にダージリンの銃弾が、カルパッチョの左肩を捉えたのだ。
 焼き焦がすような痛みと共に、逃げる足取りが急激に緩む。最後の数歩はよろめくも同然。すぐさまダージリンに追いつかれる。


383 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:19:04 T3Wpq/0s0
(でも、今は)

 だが、今はこれでいい。
 どうにか理性を保つことはできた。どうにか条件は整えられた。

「チェックメイトかしら」

 生殺与奪の権限は、こちらが有しているのだと、勝ち誇っているつもりだろうか。
 ダージリンは笑みを浮かべて、悠然とこちらに歩み寄ってくる。
 ああ、そうだ。確かに詰みだ。片腕を封じられた状況では、銃でも刃物でも勝てない。
 これだけ距離を詰めたなら、銃撃でも、槍の一突きでも、命を奪うことができるだろう。
 立って走れないこともないが、今更そのようにしたところで、退散できるはずもない。

「ええ――貴方の、詰みですが」

 もっとも――普通なら、という話だが。

「……!?」

 顔色が変わるより早く、空いた右手で引き金を引く。
 ばんっ、と放たれた弾丸が行くのは、まるきり明後日の方向だ。
 ダージリンには当たらない。そもそも、狙いはダージリンではない。
 標的は横合いのスペースに、でかでかと設置されている――イルカショーの水槽だ。
 右肩を吹き飛ばしかねない衝撃にも、装填手の筋力でギリギリ耐えた。故に狙った銃弾は、過たずガラスへと叩きこまれた。

「ッ!」

 びきびきと、亀裂が広がっていく。
 じわじわと、水が沁み出していく。
 対人用のピストルには、あまりに過ぎた破壊力は、クナイの投擲とは比較にならない。
 故に撃てばこうなることを、ダージリンも、カルパッチョも知っていた。
 カルパッチョだけが知っていたのは、この状況を作るために、敢えて引き金を引くことを、選択肢に入れていたことだけだ。

「さよならっ!」

 二度と会うこともないだろう。あの世へ同行したいとも思えない。
 故に別れの言葉を叫び、カルパッチョは最後の力を振り絞った。
 事前に心構えをしていた、彼女だからこそ走り出せたのだ。
 ばきんと響く決壊音と共に、とてつもない水量が溢れだす。
 その光景を彼女は見ない。激流が迫り来る音を、背後からの音としてしか見なさない。
 距離は離れているものの、圧力はゼロにはならないはずだ。
 間抜けにも待ち構えていたならば、横合いからの鉄砲水を受け、壁に叩きつけられてしまうだろう。
 無傷のダージリンならともかく、自分ではそれを耐えるのは無理だ。故にカルパッチョは走った。
 背後から一瞬だけ聞こえた、ダージリンの悲鳴ですらも、聞かないように耳を塞ぎながら。


384 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:21:48 T3Wpq/0s0


 タンクジャケットの袖をまくり、アンダーシャツの袖を、切り裂く。
 ナイフで切り落とした布を、自らの体へきつく結びつけ、左肩の止血を行う。
 危険な戦車に乗る以上、応急処置は心得ねばならない。その備えが役立ったようだ。
 こんな状況で役立てることは、できれば避けたかったのだけれども。

(すぐに、ここから離れないと)

 水族館を振り返りながら、カルパッチョは一人思考する。
 先ほど打った最後の手が、きちんと機能したかは分からない。
 水の量は膨大だが、それでも距離は離れている。健康体のダージリンなら、たとえ怪我をする羽目になっても、生き延びているのかもしれないのだ。
 だとしても、この負傷を押してまで、やり合いたい相手だとは思えなかった。
 聡明な彼女は、もし生還していたのだとしたら、たどり着くまでに罠を仕掛けて、待ち構えているのかもしれない。
 死んだふりで油断させて、近づいたところに拳銃を一発――そんな反撃をされた時に、無事にしのぎきれる保障はない。

(ごめんなさい)

 彼女は死んだ。死んだのだ。
 いよいよ一人の少女の命を、私はこの手で奪ったのだ。
 今はそう信じ抜くことにして、カルパッチョは足早にその場を離れた。
 傷がじくじくと痛むためか、吐き気を催したりはしない。不快に思ってはいるものの、今は負傷の方が気になるらしい。
 思ったよりもこの心は、冷えきってしまっているようだ。
 正しい判断だとは思う。ただし、良い判断だと言い切れるのか。
 こんな冷たく血に汚れた己が、生きながらえた大切な人々と、まともに向き合うことなど許されるのか。
 そのことは、どうしても思ってしまうものの、今は考えないようにしようと、頭を振って抑え込んだ。



【A-7・水族館周辺/一日目・午前】

【カルパッチョ@フリー】
[状態]疲労(中)、左肩に銃創(応急処置済)
[装備]軍服(アンダーシャツの左袖が破れている)
[道具]基本支給品一式、S&W M29(装弾数:0/6発 予備弾倉【12発】)、クナイ、不明支給品(その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:アンチョビ、ぺパロニ、カエサルを生き残らせる。それ以外は殺す。
1:逃げた河嶋桃と島田愛里寿を追う。
2:ダージリンの消息が気になる。戦う余力がない以上、死んだものと信じたい。
3:殺すのは悪いことなんかじゃない。仕方のないことだ。


385 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:24:32 T3Wpq/0s0


 ああ、そうだ。
 これは夢だ。
 かつて何かの折に自分が、夢想したであろう未来の一つだ。
 ぱちぱちと音を立て体を炙る、炎の気配を味わいながら、ダージリンは思考する。
 何かの打ちどころが悪かったのか、炎上し始めた軽戦車の、乗員室の中で独り思う。

 突き詰めたところ、この夢は、彼女の思い描いた戦いの夢だ。
 命も誇りも全てを賭した、本物の決戦ができるのならば、それはこのようなものがいいと、どこかで考えたことだったのだ。
 ルール無用の野試合ながらも、使用戦車のウェイトだけは、厳密に定められたタンカスロン。確かそんな名前だったか。
 風の噂で、そんな競技が、この世にあると知った時。
 あるいはそれからしばらくした時、ふっと思いついたのが、今夢に見たこの戦いだった。

 全国大会の準決勝――西住まほとの決着は、戦車の性能差によって分けられた。
 ダージリンの技量が勝っていたなら、いかなティーガーⅠと言えど、弱い部分を的確に突き、撃破することができただろう。
 まほの技量が勝っていたなら、戦車の差がなければ勝てたという、そんなギリギリの窮地まで、追い込まれることはなかったのだろう。
 つまるところ、二人の力は、ほぼ完全に拮抗していた。
 だからこそ、無謀な強襲作戦を失敗させ、大敗を喫したダージリンにも、まほは敬礼を送ったのだ。
 あれは数字だけで語れる、一方的な試合ではなかった――それをまほもダージリンも、お互いに理解していたからだ。

 今ならばこそ、理解できる。
 銃声の彼方に見えたものは、全国大会の死神ではない。
 いつか未来で再戦できたら。全ての条件を対等にし、本気の決着がつけられたなら。
 そう思ったライバルとの、あったかもしれない決戦こそを、その彼方に幻視していたのだ。
 本当に命を懸けるべきは、こんな下らない舞台はない。上から殺し合いを強いられた、哀れなマリオネット相手でもない。
 陳腐なギニョールなどではない、本物の戦場での決着――この感覚を味わうならば、あの場所であの相手と共有したかったのに。
 心のどこかで思っていた願いが、捨てきれなかった全国の未練が、夢幻となって表れていたのだ。

 それでも、もうそれは叶わない。
 この炎は幻だとしても、同じような窮地には、この身は置かれているのだろう。
 予期せぬ反撃を食らって、逃げ場を失った己は、こうして思い浮かべた未来に、決してたどり着くことはない。

 見たかった夢は、いくらでもあった。
 まほや友人カチューシャとの、個人的な決着もある。
 オレンジペコやローズヒップが、成長し学校を率いる姿も。
 いずれ姉以上のライバルとなる、大洗の西住みほが、その才能を開花させる時もだ。
 それらはきっと、義務感以上に、ずっと強く尊くて、真っ直ぐな目標だったはずだ。
 だからこそ、今は思うことができる。どうせ皆を救うなら、倫理にもとるからという言い訳でなく、そういうことのために戦いたかったと。

 それでも、こんな死の間際に、ようやく気付いてしまうようでは、あまりにも遅すぎるというものだ。
 名将智将が笑わせる。こんな有様なればこそ、きっと自分はまほにも勝てず、みほとも再戦できなかったのだ。
 知ったかぶりの格言娘には、似合いの皮肉かもしれない。
 現実の戦場に放り出され、未体験の殺意に晒され、心さえも見失って散る。
 きっとこの結末は、他のどのような未来よりも、自分には相応しかったのだ――

「――しっかりしろ、ダージリン」


386 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:27:33 T3Wpq/0s0
 その、時だ。
 ハッチをこじ開ける音と共に、誰かの声が聞こえた気がした。
 何かのレールが切り替わり、暗闇のトンネルを抜け出し、光を浴びたような心地がした。
 一歩も動けなかった体が、いとも軽々と持ち上げられる。
 指を動かそうという気力すら起きず、止まっていたはずのダージリンが、炎の中から抱え上げられる。

「まほ……さん?」

 キューポラを上へと這い上がり、抱きかかえていたダージリンを立たせたのは、敵車輌に乗っていたはずの、西住まほだ。

「こんなところで立ち止まるな。それとも君の戦車道は、こんな道半ばで潰えてしまうものだったのか?」

 下ろした体を支えるように、ダージリンの両肩を持ちながら、言う。
 あの準決勝で相対したお前は、こんな意気地なしではなかったはずだと。
 全ての車輌を犠牲にし、それでも自らが血路を開くと、そう決断したお前の強さは、こんなものではなかったはずだと。
 自身の功名のためでなく、捨て石にしてしまった仲間達を、責任を持って決勝に連れて行くと、そう決めたダージリンの強さは。

「私は君の持つ強さを、この身を持って知っているつもりだ」

 言いながら、まほは再び空洞を覗く。
 炎上する戦車の奥底から、顔も分からない他の乗員を、助け出しに行くためだろうか。
 かつて西住みほが、何に代えても、仲間の命を救いたいと、そう考え濁流に飛び込んだように。

「戦車道に終わりはない。だからこそ、君がこの先も、負けずに進んでいける強い人だと、私は信じている」

 何故だろう。嫌な予感がする。
 恐らくここで引き止めなければ、彼女は二度と戻ってこない。
 それは己の死を受け入れて、諦めてしまった先刻よりも、遥かに強い不安と恐怖だ。
 諦めのついた命よりも、死なずに済む他人の命が消える。そのことの方が余計に怖い。
 ましてこの手をここで伸ばせば、確実に救えたはずの命が、消えてしまうのであればなおさらだ。

「待って!」

 耐え切れず、声を上げた。
 みっともなく、手を伸ばした。
 この胸に抱えたいくつもの願いが、戦車道の道筋だと言うのなら。
 それぞれの道筋の向こうで待つ、大切な仲間達の存在も、己が戦車道の一部であるはずだ。
 いつか大きく成長し、勝敗を本気で競い合える、最大のライバルとなった西住みほも。
 聖グロリアーナの指揮権を引き継ぎ、自分の得られなかった栄光を手にし、勝利に歓喜するオレンジペコ達も。
 同じ強豪校の選手として、長年しのぎを競い合い、やはり決着をつけられなかった、小さな親友・カチューシャも。

「まほさん……駄目、待って!」

 それはいつか再戦をしたいと、乗り越えたいと思っている、西住まほも同じはずだ。
 同じ歳に生まれた者は、誰もがその名を意識した。
 誰もと同じように生まれながら、誰よりも強かった彼女だからこそ、誰もがその背に憧れた。
 同じ時代に生まれたのなら、あるいは望みがあるかもしれないと、誰もがその手を届かせたいと願った。
 その中できっと誰よりも近く、その高みに追いすがった己なればこそ、あと一歩をとあがき続けた。
 だからこそ、ダージリンは手を伸ばす。
 それでも、その手は決して届くことなく、煮えた空気を虚しく切る。

「自分の道を行け。何よりも大切だと思うものを、その手で守り通すために」

 戦車道の教えとは、人生を教え導くものとは、そのために存在するのだと。
 そう言い残すと、黒い背中は、暗く赤い闇の窯の、奥へ奥へと消えていった。


387 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:30:00 T3Wpq/0s0


 ゆっくりと、両目が開かれる。
 ずきずきとした痛みに耐えながら、のろのろと倒れた体を起こす。
 全身がひどく濡れていた。何ゆえそんなことになったのか、ぼんやりとした頭では、分析も上手く定まらない。
 遠くから微かに聞こえてくる、か細く奇妙な鳴き声は、テレビで見たイルカのものだろうか。
 声のする方へ視線を向けると、隣の部屋に打ち上げられた、一頭のイルカが死にかけていた。

「………」

 そこまでの情況証拠を得て、ようやくダージリンは思い出した。
 あそこにある巨大な水槽のガラスが、銃弾によって壊されたこと。
 それを行った相手が、先ほどまで死闘を演じていた、アンツィオのカルパッチョであったということ。
 ここにいないということは、きっと彼女は当の昔に、桃達を追いかけていったに違いないということを。

「……何故……」

 そして同時に、どうしても、気になることがもう一つだった。

「どうして……貴方だったのかしら」

 今際の際に至りかけた、この状況で見た顔が、何故西住まほのものだったのか。
 仲間と呼べる者は他にもいる。優劣をつけるようで悪いが、もっと会いたいと思えたはずの、聖グロリアーナの者達もいる。
 なのに夢枕に立ったのは、何故、彼女だったのか。
 言葉だけでない何かを、彼女は伝えようとしたのではないか。

(……状況を整理しましょう)

 死神。
 彼女が己にとってのそれだと、誤認した時に浮かんだ言葉。
 その四文字がどうしても、頭の中で引っかかる。
 けれど彼女は、それ以上、そのことについて考えることを拒んだ。自身と周囲の状況確認が、もっと大事なことだとして目を背けた。
 一度死の恐怖を味わったことで、それを忘れるために纏った、心の鎧が剥がれたことも、考えないようにと念じながら。



【A-7・水族館・廊下/一日目・午前】

【ダージリン@フリー】
[状態]背面に打撲、全身に痛み、疲労(大)、全身ずぶ濡れ
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(4/6 予備弾倉【6発】)
[道具]基本支給品、不明支給品(M3戦闘ナイフ、その他)、後藤モヨ子の支給品
[思考・状況]
基本行動方針:―――。
1:『敵を知り己を知れば、百戦危うからず』
2:(何のために戦うのか、己の在り方に迷い。仲間を守りたいのは確か)
3:(何故まほの存在を幻視したのか? 彼女の安否が気がかり)

[備考]
・後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(銃器)を獲得しています。

[全体の備考]
・A-7・水族館の、イルカショー用の大型水槽が破壊されました。周辺が水浸しになり、イルカが一頭打ち上げられ死にかけています。
・A-7・水族館の、地下の巨大水槽周辺にデッキブラシ(半分)が放置され、転倒を誘うためのトラロープが仕掛けられています。
 また、1階廊下のどこかには、デッキブラシ(半分)とSOGナイフが転がっています。


388 : 越えるべき死線、叶わない死闘 ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:30:39 T3Wpq/0s0
[武器解説]
【M3戦闘ナイフ】
 ダージリンに支給されていたもの。第二次世界大戦末期に、アメリカ陸軍で使用されていた戦闘用ナイフ。
 生産性を優先した設計となっており、刃渡り6.75インチの細身な刃が備えられている。

【SOGナイフ】
 後藤モヨコに支給されていたもの。初期生産されたモデルで、刃渡りは7インチ。
 ベトナム戦争中において、アメリカ軍の特殊部隊の隊員に支給された。

【クナイ】
 カルパッチョに支給されていたもの。日本の忍者が使用していた忍具である。
 両刃の刃を備えており、手に構えての近接格闘戦と、投擲用の双方に用いることができる。
 余談だが、ダージリンはこのナイフとデッキブラシを使い、接近戦時のリーチ確保と、見た目による威嚇のために、即席の槍を作成している。
 通称ダージリン・ロンゴミニアド。携行に不便だったため途中で半分の長さに折られ、直後の戦闘で敢えなく大破した。


389 : ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:32:13 T3Wpq/0s0
投下は以上です

前回の投下にて、獲得した「後藤モヨ子の支給品」のうち、どれが所持品欄に入っているのかまでは書かれていなかったため、
彼女に支給されていたナイフを、「獲得した後、加工された状態で水族館の床に置いた」と拡大解釈し、書かせていただきました
まずかった場合は指摘をお願いします


390 : ◆Vj6e1anjAc :2016/08/12(金) 22:36:51 T3Wpq/0s0
どういうわけか、一部武器解説がひっくり返っていたので、以下のように修正します

[武器解説]
【M3戦闘ナイフ】
 ダージリンに支給されていたもの。第二次世界大戦末期に、アメリカ陸軍で使用されていた戦闘用ナイフ。
 生産性を優先した設計となっており、刃渡り6.75インチの細身な刃が備えられている。

【SOGナイフ】
 後藤モヨコに支給されていたもの。初期生産されたモデルで、刃渡りは7インチ。
 ベトナム戦争中において、アメリカ軍の特殊部隊の隊員に支給された。
 余談だが、ダージリンはこのナイフとデッキブラシを使い、接近戦時のリーチ確保と、見た目による威嚇のために、即席の槍を作成している。
 通称ダージリン・ロンゴミニアド。携行に不便だったため途中で半分の長さに折られ、直後の戦闘で敢えなく大破した。

【クナイ】
 カルパッチョに支給されていたもの。日本の忍者が使用していた忍具である。
 両刃の刃を備えており、手に構えての近接格闘戦と、投擲用の双方に用いることができる。


391 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/12(金) 23:46:48 rXVWsuwM0
ケイ 投下します


392 : 蟻の路 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/12(金) 23:48:17 rXVWsuwM0

 茂みに息を殺すケイの目の前の枝葉を、蟻が辿る。
 目を向けた、地面。砂利。
 帆船めいて頭上に掲げたのは蝶の羽根。
 荒波打つ海みたいに凹凸した砂土を、彼らは穏やかに忙しく歩き回っている。

 落ちた蝶――――潰れた身体/馬銜出した内臓――波打つ砂間/波打った腹部――分かち運ばれる手足/飛び散った肉と骨。
 吐息が震える。小刻みな振動にシリンダーが揺れるのを、ケイは左手で押さえつけた。
 これが――殺しか。
 即死ではないが、致命傷。
 そして、みほの腕の中で息を引き取った。

 ――――殺した感触は、まとわりつく。

 言われたその通りだった。
 拳銃の反動が、まるで死体の血液のように――死の粘液のように手のひらに残っている。
 殺し方は、きっと戦争と破壊の歴史の上に成り立っている遺伝子が記憶しているのだ。
 撃発の衝撃自体は、扉を撃つときと人を撃つときで変化しない。
 だけれども本能が理解しているのだ――――これが、“殺し”だと。
 何度手を開いて閉じても消えない。
 死にたくないという魂の懇願めいて、死の残響はケイの手のひらに染み残る。
 見えない血の染み。
 見えない肉の重み。

 これが、命の重さ。
 いつまでもあの世に逝きたくないと――その手にすがり付かれているようで、尻で拭った。
 擦れて熱くなった手のひらも僅かに時間が経てば感じる涼しさに――――それすらも、それからも感触が思い出されてポケットに手を突き入れた。
 許してくれとは言わないし、許されるとも思わない。被害者は許さないだろう。
 それでもあの先輩がこれに耐えていたと考えると、改めて思うところがあるのは、確かだった。


393 : 蟻の路 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/12(金) 23:51:14 rXVWsuwM0

 付けられた脇腹の痛みは、まだいい。
 それどころか、その痛みの疼きが手のひらの感触を遠ざけてくれるようで、少しは気が張れる。
 痛みは、命だ。
 感じている間は、死が和らぐ。そして己の死を思い出す。
 死と生を。
 痛みは、慰めであり恵みになるのだろうか。この場合は。

 シャツの端を切って、腹に押し当てて止血する。

「さて……」

 シリンダーを横に振り、薬莢を交換する。
 ここまで三発。
 三発もかけてしまったとも思うし、三発でできてよかったとも思う。
 弾を惜しんで何もできないよりは、いい。
 後ろのベルトに一丁。片手にもう一丁。
 二丁の銃を見れば勘のいい人間はケイがどちら側かなんて判るだろうが、言い訳などいくらでも思い付く。
 それよりも肝心なときに取り出せないで死ぬなんて方が、間抜けだ。特にリボルバーの弾数なんてたかが知れてる。次の手は多い方がいい。

「hum……どうするか、だけど」

 やはり、早々に誰かとチームを組みたい。優秀な人間が望ましい。
 数の差は火力の差。
 数を揃えて火力の優勢を図れば、それだけで生存率は高まる。

 夢を言うなら、アリサとナオミを早くピックアップしたい。彼女たちとチームを組めれば、余計な心配はなくなる。
 ナオミの狙撃の腕も、ありがたい。
 アリサはもうちょっと視野が広くなったらいいと思う。
 型に囚われず、自分達にない思考をしてくれるのはそれはそれでプラスになるけど。

 ……。

 ……二人は、受け入れてくれるだろうか。
 受け入れてくれるとは思う。その程度の信頼関係は作っている筈――――なんて、打算的な思いも浮かぶ。
 ナオミは少しニヒルに口許を歪めてついてきてくれるかもしれない。
 アリサは、隊長だけにやらせないと一緒になってくれるかもしれない。
 そうなると――――恐らくはこの場で最強の戦力は、サンダースになると思うが。
 ……本音を言うならやらせたくないものだが、そうも言えないとは聞いている。

 あとは……ケイ自身と同じく、この殲滅戦に乗っているもの。
 いずれ、それは脱出を志す集団との激突の可能性を有することも理解するであろうし、殆どが軍人並みとはいかぬこの集まりで、火力の重要性を確信するだろう。
 となれば、他校の殺人者同士のチームというのは、存分に有り得る。
 互いの生徒に手を出さぬという不可侵協定を結べば、概ね打算的な協力関係は成立するであろう。

 ……まぁ、互いに、自校生に手出しをされる前に殺すという、信頼もない形にはなるにしても。


394 : 蟻の路 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/12(金) 23:52:50 rXVWsuwM0

 殲滅戦への方針を取りまとめる。
 ここは、現実を見れなければそのまま虚構に沈められる場所。
 悔やんでからでは遅いし、戸惑っていては死ぬ。
 いち早く、具体的なヴィジョンを持たなくてはならない。――それがリーダーの努め。

「…………」

 などと考え、
 先ほどみほにああ言ったケイであったが……実際のところ、引っ掛かりはあった。
 この国全てが敵かと言われると――――本当のところは、若干違う。
 特殊殲滅戦――。
 人道的には、否定される。人事状況的にも、否定される。
 決して、“現時点では”一枚岩ではない。

 自衛隊は、未だ西住流が主流だ。
 高々一等空尉風情が堂々と文科省と渡り合えるなどと、その人事にも大幅に食い込んでいる証左。
 一説には、陸上自衛隊最新戦車の運用構想にも、西住流の強い後押しがあったとされる。
 以前に比べて戦闘員こそ少ないが、性能を増した戦車――少なくとも対戦車戦ができる――を使用するに当たっては、
 そもそも今日日こうなっては伝説的な軍人一人よりも、高性能の戦車を活かした連携の方が勝率が高い。
 一人ないしは数人の突出した性能を求めるよりも、平均より上の兵士を集めた集団の方が強いのは道理なのだ。

 ただし、人員の確保が以前に比べて遣りにくいこの国では、やはり島田流の介入する余地がある。
 おまけに、防衛計画の見直しによって戦車の定数が以前の三分の一、現在の二分の一に変更されるのだから、不測の事態に備えての錬度の向上は、求められている。

 戦時下の島田流は、本土決戦でのゲリラ戦を想定していた。
 各戦線でもそうだ。極度に訓練された個の力での戦線打破を図ったし、政府もその案に賛成した。
 選局が進むに連れて不自由になる人員・物資の中、軍は一騎当千を目指した。
 西住流は、徴兵された要員の数を活かした。
 しかし高度な戦闘連携には、相応の集団的な錬度を要求する。
 あの流派の鋼の心――友軍の犠牲を無視するなんて軍隊における非人道的な理念も、その時に強調されたと聞く。
 ……人の死なない戦車道においては、その作戦は実に正解になっているのだが、さておき。


395 : 蟻の路 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/12(金) 23:54:40 rXVWsuwM0

 さて、それぞれ、プランを持っていた。
 どちらにしても日本国は敗北したが――――戦後の軍の主流となったのは、西住流だった。
 単純に、徴兵を使ったからその数が多い。
 島田流もまた徴兵への訓練として行われたが、どうしたってこの特殊殲滅戦の構造上、門弟の数は西住流に劣った。
 何よりも……。
 死をも怖れず、仲間の死体に目もくれずに敵に挑む勇猛果敢な戦法と……。
 どんな手段を使ってでも敵の漸減に努め、撹乱を行い、自分という圧倒的な個での生存を図るもの。

 ……どちらの受けがいいかという、話である。
 西住流は、その性質故に戦後に生き残った人間は友軍からの信頼も厚く、結束も固かった。
 島田流の結束というのは殆どある程度少数の連携に関してであり、
何よりも、戦地でないのに人を殺して生き残ったというのを本人が恥じた。
 ニンジャ戦法と呼ばれる島田流――本当にニンジャの如く、平和においては影に消えていってしまった。
 或いはその特殊殲滅に巻き込まれニンジャの被害者となったものの遺族が、戦後次々にニンジャを狩っていったという眉唾な話も聞くがそれはさておき……。


 軍事組織の多数派は未だに西住流であるが――――それ以外に手を広げているのが島田流である。
 集団の錬度は、集団としての訓練を長く続ければ育まれるが……個としての戦力に関わる判断能力は、個々人の資質に由来する。
 つまりはある程度義務教育的な高校生よりも、年齢に比例する自立能力のある大学生の方が“向いている”。
 そんな経緯で島田流は、大学戦車道連盟に食い込んでいるのだ。
 そして大学生を押さえるということは、社会人を押さえるということ。
 話によれば、戦前行った特殊殲滅戦の“成果”が経済界における重鎮となったようで――
 ――つまりはその“弱味”を握る島田流は、軍事組織以外に静かに深く勢力を伸ばしているそうだ。

 両者の軋轢は、依然として存在する。

 軍事組織――――つまり政府のお膝元の暴力装置での多数派は西住流。
 だからこの特殊殲滅戦には、十分な戦力が集まらない。
 政府は知っているかもしれないが――いざ露見したそのときに、“一部の人間の独断先行によって行われた”と切り捨てるつもりでいる。
 故に、用意できた火力というのも十分ではない。

 勿論、アリバイとしてこ為にある程度の戦車は集めているだろう。
 しかしそれはいずれも戦車道に使用されるような旧型であり、航空支援も同じく旧型。爆撃機や戦闘機は使えない。
 それこそ米軍や、或いはプラウダ絡みでロシア(特に自国退役軍人の娘が参加という大義名分がある)の介入があれば、彼らは瞬く間に壊滅させられる筈だ――。


396 : 蟻の路 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/12(金) 23:57:13 rXVWsuwM0

 ……しかしだ。
 仮に手段があっても、この日本の外に助けを求めることはできない。
 一枚岩ではない。確かにそうだ。
 内輪では、賛否両論であるし、眉を潜めたり、或いは打倒を行うと思うものもいるだろう。
 告発を試みる人間もいるだろうし、政府も表立って全面的に協力はしない。

 だが……。
 こんな血塗れのサバイバルの末に選手を育成しているとしたら、それが外部に漏れてしまったら、日本国そのものの問題だ。
 政府はきっと、全面的にその不祥事の揉み消しに入る。
 少なくない費用をかけている社会人チームも大学も、人気が直結するところも嬉しくない。
 企業のスポンサー力の高いメディアも、或いは経済界からの支援を受けている議員もそうだろう。
 戦車道の国際大会の永久参加禁止で選手が路頭に迷うなら、まだ安い。
 ひょっとしたら、介入しようとする外部勢力と、日本国の非公式な争いになるかもしれない。

 だから、外部に助けを求められない。
 そして外部に助けを求めなければ、日本国そのものが反逆者の粛清にかかる。
 首尾よく脱出したとしても、そこで詰みなのだ。
 よほどの何かのアクシデントがありさえすれば、これ幸いと何かが起こるかもしれないが……。

「ジーザス……」

 いっそ笑いが出てくる。
 それこそ、言葉通り、神頼みが過ぎるというものだ。

 運よく島田流以外の人間がケイたちの身に起きたことを知り、運よくそこが一定の軍事能力を持ち合わせ、
 運よくこの事件を表沙汰にしないものであり、運よく彼らの動きを主催者が気付かず、運よく救出までに自分達が殺し合わず――――そしてタイムリミットを迎えない。
 そんな奇跡が起きなければ、生き残らない。
 よしんば首輪を解除しても、脱出しても、それほどの幸運に見舞われない限りは“詰み”なのだ。

 ケイの先輩は、そこまで考えた。この流派の流れと状態も、そちらからの聞きかじりだ。
 彼女は考えた。
 そして、そこまで考えて、諦めた。
 外から閉ざされた瓶の中に詰められたマウスが内から脱出しなければならない矛盾的監獄――――
 ――取れる唯一の方法を使えば瓶は砕け、マウス自身にも、その外にも危険が及ぶ。
 どのみち、終わっているのだ。この空間は。


397 : 蟻の路 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/13(土) 00:01:23 lgHbFZi20


 そうだ。終わっているのだ。終わっていると、解る。終わっていると、知っている。
 犠牲者は、強化合宿中の船舶事故と葬られると知っている。
 白兵戦の痕跡を消すために、上塗りで戦車が街を破壊すると知っている。
 弱味を握られた勝ち残りの女が、主催者の一部からどう扱われるか知っている。
 ここには希望なんてない、諦観と哀惜に塗れた監獄塔と知っている。
 だから、殺そうとした。

 でも、思う。
 西住流の娘という、介入の為の着火材となるもの。
 そして彼女の人柄を知っている。
 彼女の逆転劇を知っている。
 だから、撃てなかった。
 彼女のその道が――ひょっとしたら、見えないどこかに繋がっているとして。
 自分も先輩も行けなかったあの場所へ、行けるかもしれないと――――“希望”という灯火を担っていけるのではないかと、思ってしまったら。

 しかし、選べなかった。
 そんな不正確なものに身を任せるには、ケイの背中には責任がありすぎた。
 そして、眺めすぎた。
 現実――――というものを。生き残りを。その無力感を。その生存者を。

 懺悔――だったのかもしれない。
 ケイならその秘密を他人に漏らさないと信頼されたのかもしれないし、或いはただ誰かに打ち明けたかっただけかもしれない。
 それとも万が一のときにケイにも備えさせようとしたのかもしれないし、殺してしまった良心の嘆きだったのかもしれない。
 ただ……人を殺す感触を、その立ち回りを、傷んだ死体の臭いを、口に入る臓物の暖かさと冷たさを、へばりつく血痕の重さを聞いてまで何も抱かぬほど、ケイは落ち着いた人間ではなかった。

 殺せば後悔する。
 死ねば後悔できない。
 死なれたら後悔が消えない。
 だから――それでも――――生き残るのだ。

 そうともと、膝に手をやって立ち上がる。痛みに顔を顰めながら、歩き出す。


398 : 蟻の路 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/13(土) 00:02:49 lgHbFZi20

「隠れる敵が厄介なのと」

 動き回れば疲れて碌なものではないし、常に待ち伏せされる形となるのは危険だ。
 禁止エリアも万能ではない。
 指定されないひとつのエリアでも、息を潜めて生き残ろうと思えば十分にできる。
 後先なく出会った人間全てを殺していたら、いずれ穴に籠ることを学ばせてしまう。

「基本的に人は人を見捨てられないでしょ?」

 自分が死にそうなときでも、人は、仲間は、他人を庇おうとする。
 怪我をした友人を、見捨てられない。もう死ぬと判っていながら、最後まで傍に止まろうとする。
 致命傷の人間を、装備を捨ててでも背負っていこうとする。自分も限界なのに。
 友人が傷付いてしまったもの同士は、それまでどんなに殲滅戦に乗ろうとしていても、協力して仲間を守ろうとする。
 脱出を試みるものたちは、負傷者を保護しようとする。

「護るものがある人間は、逃げられないし」

 怪我をした友人の集まり。
 或いは治療道具や食料、武器を集積した人間はその手間を考える。
 手間を振り替えって惜しんで――――そして死ぬ。
 重要さを理解している人間は、同じだけ捨てることを惜しんでしまう。
 そうすると手を結んで守ろうとする。その場所にしがみつく。
 場所に止まろうとすることも弱点で、場所そのものも弱点となる。

 故に殲滅させたいのであれば。
 負傷者を作り、纏めて、一ヶ所に集めて/“掃いて”――殺す/“捨てる”。
 それが、やり易い。
 仲間がそこに加わらないなら、火をつけて殺していい。

「戦いは、攻める側の好きなタイミングで攻められる……」

 だから、そのタイミングを間違えずに――。
 効果的な時間に、狙い撃つ。

「戦いは、攻める側は周囲の被害を気にしないでいい」

 実際とは異なるが――占領を考える必要のない戦いなら、どれだけ壊してもいい。
 むしろ状況を鑑みれば、施設の破壊をすればするだけ防衛側はそちらに手を割かなくてはならず、不釣り合いな火力の差を覆せる。
 分散して、火力や物量の有意を使う。
 そのためにもこちらにはチームが不可欠。

「戦いは、事前に情報を収集したものが勝つ」

 セオリー/教訓/経験則/失敗談――――それらを呟いて噛み締める。

 戦車道で学んだ知識も判断力も、きっと混じる。
 それは道に対する侮辱だ。
 だから、本当は使いたくない――――そう思う心の火を揉み消して、努めて現実に目を向ける。
 そうだとも。


399 : 蟻の路 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/13(土) 00:05:44 lgHbFZi20

「オーケー……そうよね?」

 落ち着いている。少なくとも表面的には、落ち着いている。
 判っている。
 恐らくは――――多分恐らくは、アリサとナオミはそんな場面で無策に皆と一緒になって脱出の為の協力、その為の拠点防衛などとは言い出さない。
 その程度、現実的――ある種スレていたり、クールであったりするとは思う。
 ……いや、ひょっとしたら、ケイが知らないだけでそうではないのかもしれない。
 あの先輩がそうだったように――――人には、思った以上に見えていないところが……。

「ノーウェイ、落ち着いて……」

 悪く考えれば、悪く沈んでいく。
 切り替えなければ、その分殺した重みに引き摺られて死に魅入られるなんて、判りきっている。
 だから、受け入れなければ。
 理不尽を、感傷を、苦痛を、罪悪感を――――飲み込まないと。
 そうとも。

 戦車道の道に外れてはならないけど――

「……悲しいけどこれ、戦争なのよね」

 呟いて、頬を叩く。
 それでも今北に向かえばまたみほと出会すかもしれないと思うと、足が鈍る。
 次は殺す。或いは、怪我をさせる。今度は手心を加えない。
 それにしても――――それにしても。

 ……視界に制限が加わる森の中は、監視や狙撃への備えとなる。
 だから悪くはないだろうと言い聞かせて、ケイは再び歩き出した。

 その後ろでは、集められた盛り土の頂点に刺さった彫刻刀が、揺れていた。

 その下を、蟻が歩く。
 黒く連なった、蟻の路を。




【G-2 運動公園/一日目 午前】

【ケイ @ フリー】
[状態]脇腹に刺し傷(止血済み)
[装備]パンツァージャケット S&W M500(装弾数:5/5発 予備弾丸【12発】) M1918トレンチナイフ
[道具]基本支給品一式 不明支給品-は S&W M36(装弾数5/5)、
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰る
1:正々堂々としていない戦いには、まだ躊躇いがある
2:ある程度の打算的なチームを作る
3:合理的な(正々堂々としていない)戦いなら殺傷よりも負傷に足手まといを作る方がいいとは知ってるけど……
4:なるべく、みほに遭遇しないようなルートを選ぶ
[備考]
血塗れの彫刻刀(三角刀)はG-2運動公園の、盛り土されたの墓のようなものに突き立てられています。


400 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/13(土) 00:07:39 lgHbFZi20
投下を終了します

でっち上げの部分や、前回の特殊殲滅戦についての部分に問題がありましたらお願いします


401 : ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:35:00 8SgNt7JU0
うおお、確認投下乙であります。感想はまた、後に。
遅れて大ッッ変すみません。私も投下します。


402 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:36:24 8SgNt7JU0
黒森峰に戻るつもりはないか、と、隊長は言った。
妹は、それを断る。
私はその言葉に安堵し、そして、同時に悲しみを覚えたのだ。




海沿いの道、波の音、松の街路樹、吹き付ける潮風、じりじりと容赦無く照り、体力を奪う日差し。
逸見エリカは、ふらふらと宛も無く彷徨う。
瞳に光は無くどこまでも虚ろで、度重なる嘔吐に頬は痩け、
足取りは鉄枷と十字架を引き摺り歩く罪人の様に重く、黒いタンクジャケットの胸元は半乾きの吐瀉物で黄白く汚れていた。
どろりとした脂汗が、彼女の頸を這う。いやに温い汗だった。
拭く事すら億劫だったのか、或いはそんな風に思う感情すら失ったのか、彼女は流れる汗を出任せにしていた。
ぐるぐる回る頭の中が、シェイクされた脳が、本能が、想いが、感情が。
全てが麻紐の如く縺れ澱んで白濁とした塩水になっていて、それが一歩アスファルトを踏みしめる毎に、全身の毛穴から出ていってしまっているようだった。
だからひとしきり汗を出しきってしまったら、きっと、その後には何も残らない。
何、一つ。
自尊心も、自意識も、自己の価値観も、何もかもが流れ出して。
嗚呼、そこには、誰かに何かを注がれるのを待つ空の杯が虚しく転がっているだけ。それだけなのだ。
核も、何も、ありはしない。
銀の杯の中には、宇宙の様に広く空虚で、海底の様に暗く淀み、叫び声も何も響かないくらいに、ただ、黒い無が在るだけだ。

空は高く、光は痛い。
何もかもすべて、陽の前に曝け出してしまいそうなくらいに。
影すら焼き付く強烈な日差しが、彼女の肌と内臓をじりじりと焦がす。
べったりと地に流れる浅黒いアスファルト道の先の景色をふと見ると、熱にゆらゆらと苦しみ、歪み暴れていた。陽炎だ。
同じだ、と思った。
彼女は唇を歪めようとしたが、出来なかった。
そんな覇気すら残っていない事に此処で漸く気付くのだから、笑えない。
熱い。痛い。嫌だ。
彼女は眉間に皺を寄せた。助けを求める様に、空を仰ぐ。
光から逃げる場所なんて何処にもないのだ、と太陽がこうこうと嘲笑っていた。
……だれか、誰か。
彼女は項垂れて、足を進める。自殺者の様に恨めしく、殺人鬼の様に生々しく。
誰でも良い、ああ、違う、誰でもよくない。でも、誰か。
隊長。たいちょう。おねがい。
お願いします。

蝋の翼を焼かれ、太陽から逃げ惑うイカロスの様に、逸見エリカは逃げ惑う。
地に堕ちぬよう、頭蓋を砕き真っ赤な飛沫を上げぬよう、重い足を、前に出す。
陽炎のずっとずっと向こう側、光の届かぬ闇の淵へ。
何処でも良い、逃げ果せるのだ、光の届かぬ処へ。何もかも見なくて済む、闇の底の底へ。
来た道も、進むべき道も歩かなくて済む、行き止まりへ。

半開きの口から、ぼそぼそと怪しい呪詛の様に言葉が漏れる。
半ば意味を成していない支離滅裂な罵詈雑言の様な何かに混ざって、彼女の敬愛する名が溢れた。

「まほ、たいちょう」

水に、打たれた。
深淵よりわんわんと反響しながら迫ってくるようなその音にはっとして、彼女は立ち止まる。
震える両手で、泥と汗に汚れた顔を覆った。膝が砕けて、松の尖った枯葉がまばらに散らばるアスファルトに崩れ込む。
白く伸びた爪を面に食い込ませ、指の隙間から血走った目が道を舐めた。


403 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:37:19 8SgNt7JU0

ちがう、ちがう、違う!
そうじゃない。そうじゃない、そうじゃ、ない。私は、そんなんじゃない!
隊長に逃げてどうする。行き止まって、立ち尽くして、それでどうする。闇の底に沈んで、それでどうする。
許して欲しいのか。抱いて欲しいのか。助けて欲しいのか。頭を撫でて欲しいのか。
それで、安心したいのか。私の戦車道の道を説いて欲しいのか。あの問の答えを教えて欲しいのか。
違うだろう、そうじゃない。今は、私しかいない。そうじゃないんだ。
だってお前は、死ぬことさえ出来なかったじゃないか。構って欲しいだけで、死ぬ勇気すら無かったじゃないか。
止まることさえ出来なかったじゃないか。惨めに逃げ出して、向き合う事すらしなかったじゃないか。

“もしも皆さんが私と、共に戦ってくれるなら……もしも皆さんが私に、力を貸してくれるのなら!  私は信じます。信じて待ちます!”

戦う事すら、出来なかったじゃないか。信じる事すら、しなかったじゃないか。
目を背け、悪態を吐いて、馬鹿にして。自分に出来ないから、だから逃げて。
その結果がこのザマだ。見ろ、逸見エリカ。無様過ぎて笑えやしない。

“だから私は、戦います! 殺し合いを否定して、みんなで脱出するために、断固たる決意で抵抗します!”

そうして出会った人間にすら、何一つ出来なかったじゃないか。
阿呆みたいにのろのろと武器を出したくせして、何も出来ずに立ち尽くしていただけじゃないか。
ゲームに乗って殺す勇気すら、お前にはありゃしない。認めていい頃だ、気付いているくせに、いつまでも逃げられるはずがない。
何もないんだ、お前には。

“貴女の戦車道は、なんでありますか?”

答える事すら、出来なかったじゃないか。
施しを受けて、情けをかけられて、逃げ出して。そうして、どうなった。
答えられなかったのは何故か判っていた筈だ。
考えるのが怖かったから、知るのが厭だったから、真実を理解したくなかったから。
だけどお前は知っていたはずだ、解っていたはずだ。先送りにしたかっただけだ。
目の前に答えはあったのに。そこにあるものを見ようともせずに、目を両手で塞いで見えぬと騒いでいた道化だ。
たかが大洗の平隊員にすらあるものを、自分が持っていないだなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。
答えられる筈がなかった。考えたところで、胸を張って言える道理がなかった。





言えるわけがない――――――――――――――――――――――――――私の戦車道なんて、何処にも無かったんだ、なんて。





“時間がないんで、かまってほしいなら、別の人を探して欲しいっス”

お前は言い訳すら、出来なかったじゃないか。
そんなんじゃない、馬鹿にするな、たかが弱小アンツィオごときの副隊長が。私は誇りと歴史のある黒森峰の逸見エリカだ。
そう言ってやればよかったじゃないか。ああ、でも。
あ、あぁ、嗚呼、違う、そうじゃない。そうじゃない。そうじゃないそうじゃないって。
そんな子供みたいな感情しか持たずして、一体、お前は、
あれ? そもそも、そんな、弱くて、
情けない、人間を、
隊長が、
受け入れて、
くれる、

はず、


なんて、


404 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:38:38 8SgNt7JU0
何もかもが、そこで決壊した。
ぽろぽろと大粒の涙を溢れさせ、逸見エリカは駄々を捏ねる餓鬼の様に、空に向けて大口を開けてわんわんと泣く。
パキパキと、陽の光に劣化して剥がれ落ちるペンキの様に、彼女の心の外側の鎧が砕けていった。
理論武装も、今までの依代も、プライドも、全て。
何もかもがズタズタに引き裂かれ粉々に打ち砕かれ、裸になって曝け出されてゆく。
何時だって、何かを理由にしてきた。言い訳にしてきた。隠れ蓑にしてきた。
黒森峰、西住流、副隊長。肩書きと価値を恥と嘘で固めて、偽ってきた。
安いプライドとコンプレックスを含めて、それらを全部取ってしまえば、何てことはない。
残るのは、至極単純な哀れで汚い自己顕示欲の肉と脆い嫉妬心の塊。
そうして、気付いてしまった。最後に縋る隊長にすら受け入れて貰えないのだと。
あの方が私を想っているはずがない。解りきっていた事だった。
私の席に座っていたのは、私じゃなかったのだ。私は、座らされていただけだ。
副隊長は……。隊長が、望んでいたのそれは、ずっと、ずっと。一人だけ。
隊長が一緒に戦いたかったのは、隊長が想っていたのは―――。




「私じゃ、なかったって、知ってたのに」




汗と涙が心を削り、無機質なアスファルトへ沁みてゆく。
現実は彼女を保ってきた外装を容赦無く打ち砕き、その奥深く、本質へ、脆くか弱いタンパク質の塊へ、鋭い毒牙を剥いた。

「私は、何処へ、行けばいいの」

ゆっくりと立ち上がり、そのままエリカは立ち尽くす。答えがない。見つからない。答えてくれる人が居ない。
不意に、生臭い匂いがした。海を見る。浜に打ち上げられた魚が死んでいる。
テトラポッドに、フジツボがみつしりと張り付いている。波の音が無性に五月蝿くて舌を打つ。日差しが、暑い。
目の前を見た。道路がY字に別れている。彼女は誘われる様に、海沿いの道から森に続く道へ入ってゆく。
息を吐いた。震えている。足を前に出す。バランスが取れない。
目を擦った。涙は渇いている。額を拭う。汗が出ていない。全て、出し切ってしまった。
景色が歪み霞んでいる。焦点が合っていない。空を見た。色は褪せ、灰色が広がっている。
鼓動は酷く不規則だ。白く真っ直ぐな陽光が、針のように鋭く肌を刺す。暑い。耐え難い暑さだった。

暫く歩くと、大きな灰色の煙突が見えた。
鼠の肌の様にのっぺりとしたコンクリート色。
末広がりの円柱型の筒は青い空を貫いて、パッと見てもその異質さが分かった。
ふらふらと、擦り切れた身体をそこに引っ張られる様に、彼女は移動する。
控えめに言って、その姿は酷く見窄らしく哀れだった。
生きることに意味を無くし、死ぬことすら諦め。嗚呼、それは、なんて。
なんて―――無様。
そんな言葉が、何よりも似合う風貌だった。

坂を登りきると、そこは施設の入り口だった。
アルミ色のシャッターは半開きになっている。
それは単に閉め忘れと言うには少し中途半端で、中に誰かが居るのだという明確なメッセージだった。
エリカは焦燥した表情のまま、唾を飲む。
誰かと会いたいのは真実だったが、一方で誰にも会いたくないのもまた、真実だったからだ。
自己矛盾と葛藤を混ぜて煮詰めたシチューの中で、しかし彼女は止まることよりも進むことを選択する。
いずれにしても何かに縋りたい気持ちは変わらなかった、それ故に。それが死も構わない、そんなことすら思った。
歩きながら、長い煙突を、見上げる。煙一つ上がっていない。
視線を下げると、ぎらぎらと光るリン酸亜鉛メッキの外壁。雨と潮風に汚れた横ルーバーのアルミシャッター。
中は、深い影に隠れて見えない。ちらりと見えるコンクリートの床は酷く汚れている。


405 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:39:38 8SgNt7JU0
一歩。

シャッターの中へ、エリカは一歩、足を踏み入れた。
ひんやりと冷たい空気、鼻腔をつんとつく鉄と油の臭い、のっぺりとした薄気味悪い灰色のモルタル床。
暗く淀んで伸びた影、滞留する埃と風。人の気配はない。
切り取られた光。白と黒を真一門に区切るその境界線の上、何かが、視界に入る。
何の気なしにそれを見る。半秒で、顔が強張った。短く上がる悲鳴。跳ねる肩、ぐらつく視界。

―――人の、足だった。

血で濡れた青白い足が、闇の向こう側から、境界線を跨いでこちらに投げ出されている。まるで捨てられた人形の様に、ぽつりと。
がちがちと情けない音を上げる歯を半ば無理矢理噛み締め、エリカはその足の先を、見た。
倒れた少女を、夥しい血だまりを、穿たれた腹を、暗い影を。
そこにひっそりと死んだ様に座り、死体を膝に乗せる存在を。その女の横顔を。
状況を理解すると同時に、エリカの顔が見る見るうちに歪んでいく。
恐怖と困惑と寂しさと怒りをミキサーでぐちゃぐちゃに混ぜてパテに固めた様な、とても常人には形容出来ない表情だった。

「なんで」拳が震えていた。恐怖と怒りが混ざり合う。「なんで、貴女、なのよ」

喉を捻り潰す様に、吐き捨てる。此処まで来て、何故、お前なのだと。
なんで、なんで、なんで。
よりによって、どうして。









「に、し、ずみ、みほ」









――――――――どうしてお前が、此処に居る。西住みほ。


406 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:41:28 8SgNt7JU0
「ぁ……赤、星……」

こちらの問いかけにぴくりとも反応しない彼女が抱くのは、黒森峰のチームメイト。
血を流し過ぎている。動揺したエリカでさえ一目でそれが判るくらいには、辺りは夥しい血の池だった。
確認するまでもなかった。みほの沈んだ顔を見れば、それくらい馬鹿でも判る。
彼女は、死んでいた。

「……貴女、が……こっ……ころ、殺したの…?」

エリカが青紫の唇を震わせて問う。みほは蹲ったまま答えない。
髪の毛一本動かさず、そこだけ時間が止まる魔法を掛けられたように、彼女は微動だにせず死体を見つめている。

「だ、黙ってたら、わ、わか……らないでしょ……」

死体の顔は、嘘のように安らかだった。
まるで眠りについて幸せな夢でも見ているかのようで、肩を揺らせば欠伸をしながら目を擦り起きそうだった。
それでも、死体は死体だ。それも仲間をこういった形で見てしまった事実は、少なからずエリカの心を深く抉った。

「あなたが、やったのかって訊いてんのよ……!!」

言葉が虚しく辺りに響く。血の海は波紋一つ立たない。明確な死が、明確な絶望と静寂が、その影の中にはぽつりと立ち尽くす様にあった。
白と黒の境界線の向こう側、深い影に座るみほを蔑むように睨み、しかしエリカは後退る。影から逃げるように、光に戻るように。
妙な話だった。あれだけ光を嫌っておいて、その境界を超えるのが、怖いだなんて。

「答えなさい」

深夜の砂嵐を映すテレビのように混沌としていた頭の中心に、赤い何かがぽたりと落ちる。得体の知れない感覚だった。
灰色を侵食するように、赤いインクがぞわりと広がる。ぱたぱたと心の中の何かが崩れていく。
呼吸がいやに落ち着いた。混線していた何かが一つに纏まっていく。
幾つもの線を赤いインクが濡らし、捻じり、一本に変えていく。

「答えなさいよ……」

リュックに差していた、銃を取り出す。今度はもたつかず上手く取り出せた。自己評価87点。
鼓動が五月蠅い。理由も解らない怒りと憎悪が腕を支配する。

「答えなさいよッ!!!!」

叫びながら、銃口を目の前の物言わぬ人形の頭に押し付ける。鉄と髪の毛が擦り合って、じゃり、と音を上げた。
みほはそれでもぴくりとも動かない。目は虚ろで、こちらを見ることもなく、影から出ようとすらしない。
スカートはすっかり血を吸って、白く絹のような太腿に張り付いている。シャツもすっかり乾いた血に黒く染まっている。
光を拒んで闇に逃げれば、自分もこうなっていたのだろう。肩を揺らしながら、エリカはトリガーに指を掛ける。
これが末路だ。これが底だ。一人では輝けない人間が落ちた先に待つ未来は、きっと、こんな程度のものなのだ。

「ねえ、どうして……どうして、私を無視するの……」

だけど、だけど、だけど。
どうして貴女なの。私じゃなくて、どうして。
分かってる。人は火砕流の中は進めない。戦車を無くした少女一人が絶望するには、死体が一つあれば十分だって。


407 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:42:04 8SgNt7JU0

「答えてよ……お願いだから……」

でも、だからって、なんで私が貴女に銃口を向けなきゃいけないの。どうして私の返事に答えてくれないの。
どうしてそんな顔をしてるの。どうして、こんなに、貴女が憎くて、憎くて……それでも、悲しいの。

「貴女まで、無視、しないで……私を見て……虐めないでよ……」

工場の中に、がしゃんと音が響く。
エリカの手から零れた銃は一度モルタル床を跳ねると、血溜まりに落ちて沈黙した。
空の盃には、何も満ちない。満たすものが無い。そこにあったのは、一人の死体と、一個の死体。
注ぐ意思など、誰の心にも疾うに無かった。
流す涙はすっかり乾いてしまった。エリカはかぶりを振りながら影に向かって少し歩いて、ゆっくりと膝をつく。

「……たすけてよ……」

消え入りそうな声で呟くと、エリカはみほの肩を寄せ、縋るように揺らした。
彼女の膝から死体がごとりと落ちる。綺麗な死に顔が血溜まりに落ち、その半分を赤く濡らした。
反応の無いみほの体を、影から引き摺り出す。死体を影に残したまま、彼女に肩を貸し、立ち上がった。
此処に居たら駄目だ。そう思った。自分も、彼女も。
ここで朽ちていくにはあまりに悲し過ぎると思った。或いは、危害の及ばぬ弱い存在が必要だったのかもしれない。
意思を失った自分を彼女が救うことは無いと解っていながらも、傷を舐め合うことができるから。
誰よりも戦車戦が強かった彼女がこうなってしまったことで、堕ちる免罪符ができるから。
彼女を守り世話をする役割ができるから。隊長に向ける顔と材料ができたから。




「―――――私が、殺しました」




だから、耳元に聞こえたその言葉に、エリカの頭は真っ白になった。


408 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:43:18 8SgNt7JU0

「は?」

エリカは思わず彼女の腕を解き、後退った。
みほは突然体を弾かれ一度ふらついたが、倒れることなく、地に足をつけて立っている。
ぽたり、と工場の中を雫が落ちる音が反響した。彼女のスカートの裾から、赤黒い血が滴っている。
エリカは半ば無意識に後退った。入り口に体を向け、光の境界を越して、逃げるように影に入る。
かしゃん。銃を踵が蹴り飛ばす。血を辺りに塗りたくるように、モルタルの床を回転しながら銃が滑って、やがて沈黙した。
先程とは構図は逆。入り口から漏れる光の中に立つみほは、しかし項垂れたまま顔を上げない。

「はっ」エリカは引きつった唇を上げ、吐息と一緒に笑みを零す。「はァ」

そしてそれは、やがて鬼の首を取ったような、醜悪な黒い嗤いに変わった。

「ぁ、は、はは、はッ……! はは、あははっ!」

一つになった赤い糸がばらばらと音を上げて解け乱れていく。
赤と灰色が混ざり混乱する頭の中、エリカはその瑕疵へ、真実か嘘かも分からぬそれへ刃をねじ込むように、腹を抱えて哄笑した。
そうして一通り嗤うと、息を大きく吸い、吐き捨てるように言葉を綴る。

「こ、この、このッ……殺人鬼!!! 虫も殺せない様な顔して……ッ!」

みほは唖然としたまま首をもたげている。
抑えていた苛立ちが、エリカの喉元からもげて堰を切った。
止まらない。止めることが出来ない。
再びぐちゃぐちゃになったその気持を、少女のちっぽけな体の中へ飲み込むことなど、出来はしない。
エリカは今にも泣き崩れそうな苦悶の表情を浮かべながら、しかし舌を濡らして口を開く。

「っていうか、貴女が人を? 殺す?? そんなワケないじゃない!
 貴女みたいな人間に知り合いを殺せるワケない!! 私に出来なかったことよ!?
 自分がやったんじゃないとか、言い訳くらいしてみなさいよ!
 人を殺しといてそんな顔するワケないでしょ!!? なんでそんなに悲しそうなわけ!?」

二言目には、矛盾していた。
相手を罵倒したいのか、養護したいのか、その気持ちの整理すらつかないまま、エリカは全身から魂を絞り出すように叫ぶ。
何もかも出し切ってしまいたかった。鎧も何もかもが崩れ落ちて、流す涙も尽きた今だからこそ。

「何とか言いなさいよ、情けない!! ざまぁないわね西住みほ!!!
 バッカじゃないの!? 全国大会の優勝校がこのザマぁ!? 戦車がなきゃ何にも出来ないの!!?」

生身の、等身大のからっぽな逸見エリカである内に、全部。
言いたいことも、言えなかったことも、言いたくないことも。
プライドも全部投げ捨てて、自分の汚い気持ちをぶつけてしまいたかった。
それが出来る時は今しかなく、それを受け止めてくれるであろう人間は、エリカの思う限り、屈辱ではあるが、まほではなく、みほだった。

「ムカつくのよ、被害者ぶって、塞ぎ込んで! まほ隊長ならそんな顔はしない!
 ずっと前を見て突き進む! 逃げないし、ちっとも乱れなんてない! それが西住流だから!!
 ねえ、分かってる!? 今の貴女、ただの西住流の面汚しよ!!!」

エリカは諸手を上げて中空に何かを叩きつけるように腕を振ると、唾を吐きながら叫び、みほを指差した。
みほはその口上に僅かに顔を上げる。
暗く虚ろなその瞳の中に、酷く取り乱した自分の哀れな表情が映るのを、エリカは見た。酷く無様な自分の姿に奥歯が軋む。

「そんなんじゃ優勝だってたまたまだったんじゃないの!? 運が良かっただけじゃないの!!?
 ……そうね、そうよ! あの時だってウスノロポンコツポルシェティーガーが通路を上手く塞いでなかったら!
 私があと数十秒でも駆け付けるのが早かったら、貴女だって負けてたわ!!
 なによ、さっきだって死体なんか後生大事に抱えちゃって! ねえ!? なによその顔!?
 メンタル弱すぎなんじゃない!? よっぽど私なんかより情けない!
 私は止まらなかった! 私は殺さなかった!! 私は折れなかった!!! 私のほうが上ね!!!!」

言い終わって、肩で息をしていた自分に気付く。不規則な荒い息遣いだけが工場の中の冷えきった空気を振動させていた。
エリカは唾を飲み、口を開く。此処で止めることはできない。まだ二割だ。あと八割を言い切るまでは、全部を伝えるまでは。
そうしなければ、自分は一生このままだ。その自覚がエリカにはあった。
自分はどう映っている? エリカは自問する。西住みほ、貴女の眼には、私はどう映っているの?


409 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:44:19 8SgNt7JU0

「情けない、本当に情けないわ! 貴女がっ、貴女なんかがいるから!! 隊長は! 私は……私はっ!」

足元に視線を下げる。血に染まった赤星小梅の体。同じ高校の、同じ部活のメンバー。けれどもその死を悲しんですらいない自分が居た。
散ってしまったチームメイトへの想いを捧げるよりも、目の前の腑抜けに洗いざらい全部吐き捨てることを選択した自分の愚かさと冷淡さに、吐き気すら覚える。
けれども、それが私だ。それが逸見エリカだ。自分の事しか考えず自己中心的、憎まれ口とプライドだけは誰にも負けない一人前。
私は、そんな最低の人間だ。

「なんとか言いなさいよ……悔しくないの? 昔から、いつも貴女はそうだったわね……私の挑発は無視して……。
 何か言ってみなさいよ……言い訳でもなんでも……張り合ってみようとか、思わないワケ!?
 言いなさいよ、自分の愚かさを棚に上げて言ってみなさいよ! ねえ!! 言ってみなさいって言ってるじゃない!!!」

エリカはみほを睨む。みほは真っ直ぐエリカを見ているが、口は開かない。
否、光を失った瞳は確かに前を見ていたが、きっとそれは彼女を見ていた訳ではないのだ。
きっと彼女の背後を、暗い影だけを見ていた。少し前の、エリカと同じように。
エリカは舌を打つ。何もかもを諦めたような馬鹿馬鹿しいその表情に、底知れぬ黒い怒りを覚えた。

「……なんで? どうして、何も言わないの……これじゃ、私がピエロじゃないの……!
 ふざけないでよ……ふざけるなっ……ふざけるなッ!!!」

鼻息を荒らげ、つかつかと小走りでみほに駆け寄ると、エリカは彼女の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
そのまま、彼女を直ぐ後ろのシャッター脇の鉄壁へ押し付ける。がしゃあん、と無機質な音が工場内を反響した。

「卑怯じゃないの!! 卑怯よ、西住みほ!! なんで、なんで貴女がそうなってるの!!?
 私なんかのずっとずっと先に居て、私に無いもの全部持ってる貴方が!
 どうして!!? 違うでしょ? そうじゃないでしょ!?
 いつだって、逆境でもなんだろうが前を向いてる、それが西住でしょ? それが貴女でもあるでしょ!!?
 大学選抜の時もそうだったじゃない! 私達が来るって知らなくても、前を向いてたじゃない!!
 あの時の貴女は何処に行ったの!?
 私は、私はねえ、ムカつくけど、そんな貴方になら協力してやっても良いって思ったのよ!!?
 アレは隊長だけの気持ちじゃない!! それなのにっ……下向いてんじゃ、ないわよッ!!」

震える拳でみほの襟元をがしりと握り、彼女の体を力任せに揺らす。
項を垂れたみほの瞳には、彼女の顔は映らない。
水が沸騰するように、怒りがふつふつと小さな泡となり下から上がってくる。

「私を見なさいよ! いつもみたいに困った顔で!! また小言言ってるなって顔で!!
 見なさいよ!!! いつもみたいに何があっても諦めない、ムカつく顔で!!」

エリカは犬歯を剥いて叫んだ。
腑抜けた目の前の顔を殴り飛ばすまではいかないものの、今にも噛み付きそうなほど、牙を剥く。
不思議と、それがいつもの彼女の冷静さを取り戻させた。彼女の爆発する怒りが、そのまま糧となる。
もやもやしていた気持ちを吐き出してぶつけることで、心に刺さった杭が抜けていくように感じた。

「挨拶一つ無く、居なくなった癖に……勝手に居なくなって、私に全部押し付けた癖に……。
 そう、そうよ。貴女ばっかり、恵まれて……逃げた癖に、全部手に入れちゃって……どれだけ、私が惨めか。
 私は、貴女じゃない……貴女みたいに出来た人間じゃない。……期待しないで……皆、やめてよ……。
 そんな目で見ないで……そんな立派じゃないから……期待に応えられるほど、実力もないから……。
 ……私……私は、西住の人間じゃない……私は逸見……逸見エリカよ……」

みほの襟元に入る力が抜ける。
エリカはだらりと行き場を失った握り拳を下ろすと、みほの胸に頭をこつんと預けた。
出しきった筈の涙が一筋、目尻から零れ落ちる。それがエリカの本音で、全てだった。

「私は、貴方でも隊長でもない……不器用なのは分かってるわ……他人に優しく接するなんて、絶対に出来ない……。
 強さなんかない……頭だって、よくない。友達だって、碌に居ないわよ……。
 ……なのに、どうして貴女がそうなるの……。私より先に。隊長が想う貴女が、私より強い貴女が。
 惨めじゃない。貴女に劣る私が、貴女をこんな風に見下ろすだなんて。
 貴女がこんななのに、貴女に及ばないことを自覚する私が、よっぽど惨めじゃない……」


410 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:48:15 8SgNt7JU0

嗚咽を上げながら、エリカはみほの胸を力無く叩いた。ぼすん、と情けない音が上がる。

「ねえ……」エリカは顔を上げないまま、ぽつりとか細い声で呟いた。
「貴女、黒森峰を出て行ったその後のこと、考えた事ある? 私がどんな気持ちで副隊長になってたか。
 貴女は都合よくまた他校で戦車道初めて。あのカフェで貴女達を見つけた私の気持ち、考えた事ある?
 尻尾を巻いて、全部私に押し付けて逃げたくせに。戦車道を投げ出して、全部諦めて辞めた癖に」

血塗れたタンクジャケットに、爪を立てる。悔しさも、怒りも、悲しみも、全部をそこに込めて。

「私はね? それに追いつくために一年ずっと必死に頑張ってきたのよ? 貴女の代わりになれるようにって。
 ずっと、ずっと一年それだけを考えて生きてきた。頑張ったのよ、本当に……誰も、褒めてはくれなかったけど。
 なのに、どうして。どうして貴女、また戦車道なんか初めて……しかも、あんなに楽しそうに」

涙が、みほの胸に吸い込まれていく。
世界には二人しか居ないんじゃないかと錯覚するほど辺りは静かで、彼女の吐露と嗚咽だけが、小さく工場の中を揺らしていた。
エリカの望む相槌も、頭を撫でる感触もなかったが、彼女にとってはそれで十分だった。

「許せないわよ。許せる筈がないわ。都合が良すぎるとは思わない?
 どれだけ頑張っても貴女の陰にさえ追いつけない私を、惨めだって笑ってたの?
 挙句の果てに自分の戦車道を見つけたですって? 西住の貴方が?
 ……あの選抜戦の時も、私、プラウダの隊長を担ぎながらモニタで見てたわよ。
 どうせ貴女、黒森峰に戻らないかって、隊長に言われてたんでしょう? ……わかるわよ、それくらい。馬鹿にしないで。
 そうなんだろうって気付いた私の気持ち、考えたことある? どれだけ……どれだけ、嫉妬に塗れていたか。
 帰ってきた隊長の顔、少しだけ複雑だったわ。貴女が多分断ったんだろうって気付いた。
 それでほっとした私の惨めさと汚さが解る? でもそれで隊長の笑顔が見れるなら、って考えた私の気持ち、解る?
 私よりよっぽど優秀なくせに。私より友達も居るくせに。私より作戦だって良いくせに。人望もあるくせに。
 卑怯よ、ホント……このまま心を閉ざして適当に殺されるか自殺して、勝ち逃げするつもり?」

この一年、ずっとずっと腹の底に溜まっていた鉛色に淀んだ気持ち。
下らないプライドと、薄汚い虚栄心と、薄っぺらい対抗心。彼女の隊長には絶対に言えないことだった。
逸見エリカが黒森峰の副隊長で、来年の隊長である以上は、誰にも言ってはいけないと思っていた。
こんなに自分は弱くて、脆い。それを誰かに知られることは、あってはならないことだった。

「それでも、答えてくれないのね……解ったわ」

もたげた頭を上げると、エリカは呼吸をするように自然にみほの細く華奢な首に手をかけた。
みほは抵抗しない。このまま締め上げれば、楽に殺せるだろう。
こんな汚い気持を知られてしまった相手だ、そうしてしまえれば、どれだけ単純か。
だから、どうせなら自分の手でと覚悟を決めるように、震える唇で言うのだ。










「こんな風になってしまうなら、貴女が代わりに、死ねばよかったのに」










何よりも残酷なその言葉は、言ってはいけない科白だと、知っていたのに。


411 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:52:05 8SgNt7JU0

そのまま白く綺麗な首筋に指を絡め、思い切り下へ下へと押しつける。
ばさりと赤みがかった茶髪が、波を打って広がった。工場の入口からの光を反射して、広がった髪に天使の輪が流れる。
差し込む光を浴びて、工場内の埃がゆったりと中空で輝いている。少しだけ、肌寒い。

「一年前のあの時もそうよ、貴女が沈めばよかった。その子の代わりに、貴女が。
 そうすれば私が二番になる必要もなかった」

思ってもいないことを勝手に喋る口の中は、ひりひりと乾いていた。
事を終えたら水を飲もう。そう思った。

「こんなに苦しむ必要もなかった」

それからはどうしよう、殺人鬼に行く場所など何処にもない。
隊長には……多分、もう合わせる顔がない。

「私はずっと三番のままだった!」

自分で死ぬ勇気もないし、どうしたものだろう。
ああ、そうか。だから、西住みほは死体と一緒に座っていたのか。
何処にも行く所なんて無いから、宛も無いから。だから誰かにこうして貰うのを待っていたのか。

「貴女は黒森峰を辞める事もなかった!!」

皮肉なものもあったものだ、と指に力を込めながら憎まれ口を叩く。皮膚と肉に爪が食い込み、青い血管が首筋に浮かび上がった。
誰かに助けて欲しくて彷徨って、光から逃げたくて遁走して、その末路がこれなのか。
今に絶望した西住みほを助けようと拙い口で気持ちを吐いて、それも通じずこうして最悪の結果で救うことしか選択できなかった。

「こんな貴女を見て堪らなく惨めになる事も、なかった!!!」

―――――――――――“救う”? 誰を? 誰が?
叫びながら、ふと、疑問が走る。胸中に何かが引っかかり、生まれる困惑。
ぎりぎりと首を締め付けた指が、思わず緩んだ。目の前の口から白いあぶくが漏れて、指先に這っている。
自分の手に、彼女の指が添えられている。拒否をするでもなく、何かを肯定し、添えるように。
ひゅう、と苦しそうに空気を求める喘ぎ声。ゆっくりと、目線を上げる。
ばたばたと忙しなく動く目玉が、こちらを優しく見ていた。


412 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:53:55 8SgNt7JU0










泣いていたんです。
苦しそうに、しわくちゃな顔で、泣いていたんです。嗚咽を零し、鼻水を垂らし、泣いていたんです。
首を締められながら、薄れる意識の中、それだけは、確りと解りました。
そんな悲しそうな表情で首を締めるその人は……逸見さんは、本当に、本当に辛そうで、私の目頭まで思わず熱くなりました。

ねえ、逸見さん。私は、ちっとも強くなんかありません。誇れるようなものじゃないんです。
黒森峰から逃げました。戦車道から逃げました。お母さんから逃げました。お姉ちゃんから逃げました。
転がり込んだ先で、たまたま、本当にたまたま、出会いがあっただけなんです。
でも、知りませんでした。逸見さんの気持ち。私ってほんと鈍感だから。
そりゃあそうですよね。私なんかが戦車道初めて楽しそうにしてたら、黒森峰の皆は怒りますよね。
そんな事にも気付けないなんて、ああ、ほんとダメダメだなあ、私。ごめんなさい。

そうそう、此処では、ケイさんに会ったんです。私に戦車道の楽しさを教えてくれた人です。
でも、ケイさんは、殲滅戦に乗るって言って。動揺してたら、赤星さんまで。
結果的に私は二人とも守れなくて、二人とも失いました。えへへ、ほんと……馬鹿みたい。
戦車戦で強くても、なんの意味もなかった。私の戦車道って何だったんだろう。何の意味があったんだろう。
誰も犠牲にしたくない。そんなの、叶わない夢ですよね。
みんなで笑って勝つ。楽しく戦って、協力して、そんな想い出は、もう作れないですよね。
全部、逸見さんの言う通りです。
私が死ねばよかった。

ごめんなさい、逸見さん。
ごめんなさい、お姉ちゃん。
ごめんなさい、みんな。

さようなら。


413 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:54:12 8SgNt7JU0

「……馬鹿ね、本当に」

衝撃が走った。
景色が白く吹き飛び、視界に灰色の線が走る。
三度、体が回転して、沈黙する。頬がじんじんと痛む。擦れた膝が痛い。
よろよろと体を起こして、あまりの激痛に体をくの字に折って頬を抑えた。
小さく咳をする。酸欠で頭が痛い。ふと唾を飲む。口の中に鉄の味が広がっている。
舌の上に小さな欠片。歯が折れていた。自分の顔面が殴られたのだと、みほはここで漸く理解する。

「本当に壊れた人間が! 死にたい人間が!!」

怒号が頭上から聞こえた。
みほが慌てて見上げると、薄栗色の髪の毛を逆立てて、鬼の形相の逸見エリカが仁王立ちしている。

「そんな風に優しく泣くわけがないでしょ!!!」

涙を流しながら、エリカはみほの髪を引っ張ると、床に転がして馬乗りになった。
すっかり腫れ上がったみほの頬を、生温い雫が這う。
みほは泣いていた。自分の首を絞めるエリカを見て、泣いていた。
その後のエリカの事を想って、姉の事を想って、みんなの事を想って。

「そんな目の貴女を殺しても!」

間違いが、一つだけ。
壊れた人間に徹するのであれば、西住みほは最初からその優しさも捨てるべきだった。
彼女は西住流を継ぐには優し過ぎ、そして誰かに嘘を付けるほど器用でも、冷酷でも、なかったのだ。
故に死にきれない。故に悪役に徹する事もできない。
サンダースの隊長にそうして敗北を喫してしまった様に、彼女の優しさは、とことんこの殲滅戦には向いていなかった。

「そんな貴女に勝っても!! なんの!! なんの意味もないじゃないの!!」

エリカは彼女のマウントポジションを取ると、ぽかぽかと彼女の胸を叩く。
精神も肉体も摩耗しきった彼女の力は、名門黒森峰の副隊長としてはあまりに非力で。
しかし同様に、みほにもそんな彼女を払い除ける様な体力は残っていなかった。
殺意も、なにも、ありはしない。下手な嘘で塗り固められた、世界一非力で稚拙なキャットファイトだった。

「強さも! 友達も!! 想い出も!!! 何もかも手に入れておいて!!!
 私から3番手も奪っておいて!!! 隊長から優勝も奪っておいて!!!!!」

嗄れた声で黄色く喚き散らしながら、エリカはかたかたと震える拳を精一杯振り上げる。
覚悟に嘘を吐かれたことが、嫌だった。気持ちを吐露して、それを全部聞かれていたことが、嫌だった。
そんな瞳を、涙を、こんなに汚い自分にまで向けてくれる優しさが、たまらなく、嫌だった。






「――――――――――――――――――――――勝負する権利すら奪うのかッ!!! 西住みほ!!!!」






最後の拳を、歯を食い縛って渾身の力で振り下ろす。


414 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:54:41 8SgNt7JU0
みほの腫れていない方の頬をふらふらの拳で殴ると、エリカは肩で息をしながら、電源の切れた機械のように沈黙した。
今度こそ、“出し切った”のだ。
エリカの瞳から溢れ落ちた最後の雫をその頬で受け止めると、みほは眉を下げた。
何かを言おうとして、しかし中途半端に開いた口を閉じる。殺人鬼になるように仕向けた彼女に掛けるべき言葉など、見つかるはずがなかった。
顔を顰めているのは、痛みのせいだけではないと、それを見るエリカもまた、知っていた。
塞ぎこんだ彼女の身に何が起きたのかは知らない。
赤星小梅の事を、みほが本当に殺したのかどうかも解らない。
でも、だけれど、それでも西住みほは、優しいのだ。
どれだけ絶望しても、どれだけ嘘をつこうとも、それでも、優しさだけは変わらない。捨てていない。捨てられない。
だから、エリカは信じた。彼女が優しさを捨てていないのであれば、彼女の戦車道もまだ、生きているはずだと。

「っ、は……痛いよ、逸見さん……人に殴られたの、初めてだなぁ……手加減くらい、してよ……」

一分か、或いは数分か。いたく居心地の悪い沈黙の後、先に口を開いたのは、みほだった。
口元の血を拭い、みほは困ったように力無く笑う。その瞳には僅かに光が戻っている。

「私の方が、色々痛いわよ……」エリカは握り拳とみほの頬を見比べる。「それに、貴女の好きなクマだって、毎回殴られてるじゃないの」

ボコとかいう可愛くないヤツ、と付け加えると、エリカは静かに立ち上がる。
みほは鳩が豆鉄砲を食らったような表情のまま、地面に大の字で寝ていたが、直ぐに何かに弾かれたように上半身を起こした。
エリカは思わず目を丸くして口を間抜けに開ける。一体その豹変ぶりは何事だというのかと。

「あ。そっか。……そうだよね、そうだったんだ」

みほは納得する様に激しく何度か頷くと、ぎゅっと胸の前で何かを確かめる様に両手を絡ませ、体を抱く様に背を丸める。
エリカは小首を傾げた。みほは肩を揺らして小さく笑う。

「ボコは毎回、こんな気持ちだったんだ……」

エリカが呟いたそれは彼女にとって予期せぬ答えで、同時に偶然にも、闇に沈んだか弱い精神を復活させる呪文だった。

「逸見さん」みほが顔を上げて、少しだけぎこちなく笑う。「ありがとう」
「ん、なッ」エリカは予期せぬ感謝に面を食らった様に後退った。「な、何よそれ!! なんでお礼なんか言うワケぇ!?」

みほは眉を下げて笑う。
そしてゆっくりと立ち上がると胸の前で指を組み、口を開いた。

「ボコはね、立ち上がるんだよ。絶対勝てないし、毎回怪我するのに、絶対にふさぎ込まないの。諦めないんだよ。
 ボコはどんだけ殴られても、どれだけ沢山敵が居ても、いつも諦めなかった」


415 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:54:52 8SgNt7JU0

エリカは訝しげに眉を顰める。彼女のそれは到底理解の及ばぬ領域で、しかし呆れるくらいに簡単な理屈だった。
“ボコは諦めない”。
ただ、それだけ。たったそれだけの魔法の言葉が、彼女の瞳に光を灯す。
それで十分だった。自分の状況とボコを重ね、彼女が立ち上がる為の声援の幻聴を得るには、全くもって事足りていたのだ。


「だから、私も諦めない。私は、皆と―――また、戦車で走りたいんです。赤星さんの分も、沢山」


皆は、全員とは違う。だから本当はもう叶わない夢なのかもしれないのだけれど。
けれど、どんな逆境も乗り越え、仲間と共に進んできたのが西住みほだ。
本来の西住流の戦い方とは少しだけ違うのだけれど、それが、彼女なりの西住流だった。

「そうね、その諦めの悪さが貴女よ」

呆れた様に肩を竦めると、エリカは呟いて外を見る。
日差しは相も変わらず強い。空を見上げると、清々しい青が広がっていた。
灰色の空など、そこにはもう、影も形も残っていない。

「逸……ううん、エリカさん」

みほが声を上げて、エリカを呼ぶ。それは一年越しの、かつての友人への呼び掛け。
エリカはその呼び方にはっとして、思わず振り向く。薄栗色の毛がふわりと弧を描いた。

「あのっ。もし、ですよ?
 もし、嫌じゃなかったら……その、私と……もう一回、戦車道、やりませんか?」

気恥ずかしそうにこちらを上目遣いで見るみほに、思わずエリカは吹き出して、腹を抱えて笑った。
心底楽しそうな、年相応の少女の笑みだった。

「なによぉ、ソレ……おっかしい。戦車なんて、どこにも無いじゃない。
 それに、ついさっき自分を殴った相手に言う台詞?」
「へへ……うん。そうでした。変ですよね」

もじもじと内股りなり、心底居心地が悪そうに口をまごつかせるみほへ、エリカは深い溜息を吐く。
悩みなど、拳を振りぬいた瞬間に、とっくにどこか遠くへ吹き飛んでしまった。

「……勝手に戦車道を辞めて居なくなった貴女に言われたら、私もおしまいね」

エリカは口元を隠しながらくすりと笑うと、もう一度、肩を竦める。
言いたいことも、言ってほしいことも、言いたくないことも、全部ぶちまけた。
スッキリと風通しの良くなったした心に、朝の潮風が吹き抜ける。

嗚呼、こんなゲームの舞台でも、優しさは、誰かを救って誰かを笑わせる力がある。
なればこそ、彼女の戦車道は、決して、悪ではないのだ。


416 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:55:02 8SgNt7JU0


【G-3・工場/一日目・午前】

【逸見エリカ@フリー】
[状態]混乱(小) 勇気+ 背に火傷 精神疲労(中) 頬から首筋にかけて傷
[装備]パンツァージャケット 64式7.62mm小銃(装弾数:13/20発 予備弾倉×1パック【20発】) M1918 Mark1トレンチナイフ(ブーツに鞘ごと装着している)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:……それでもやっぱり、隊長のところへ行きたい
1:西住みほとチームを組む
2:赤星を弔ってやろう
3:死にたくない。殺したくない。戦いたくない。


【西住みほ @フリー】
[状態]混乱(小) 勇気+ 顔面の腫れ 奥歯が1本折れている
[装備]パンツァージャケット スタームルガーMkⅠ(装弾数10/10、予備弾丸【20発】) 九五式軍刀 M34白燐弾×2
[道具]基本支給品一式(乾パン入りの缶1つ消費) S&W M36の予備弾丸15発 彫刻刀セット(三角刀抜き)不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなともう一度、笑いながら戦車道をする
1:エリカさんとチームを組む
2:赤星さんの埋葬をして、作戦会議後、都心部へ慎重に移動
3:ケイさんを止める。絶対に
4:可能な限り犠牲を出さない方法を考える



[装備説明]
・M1918 Mark1トレンチナイフ
 第一次世界大戦にアメリカにてよく使用されていたナイフ。鞘付きだがナックルダスター式のグリップで、鞘に収めづらい。
 またナックルダスター式グリップがある故に戦闘時の構え方に応用性が低い。刃は薄く、軽量で女性でも簡単に振り回せるが折れやすい。
 ピーキーなナイフで、ナックルダスターをどう運用するかが鍵となる。刃が折れてもナックルを使って物理で殴るには十分有効だ。


417 : ブルー・ジェイにヴァイオリン  ◆dGkispvjN2 :2016/08/13(土) 00:55:17 8SgNt7JU0
投下を終了いたします。


418 : ◆dGkispvjN2 :2016/08/18(木) 00:29:34 zc36Kezw0
アンチョビ、杏、福田、カチューシャで予約します。


419 : ◆odpTnvgFtc :2016/08/23(火) 15:33:57 uqOhFOaU0
ミッコ、ツチヤ、武部沙織、冷泉麻子で予約します。


420 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/23(火) 19:19:14 EdopwaHc0
自己リレーになりますが、
アリサ 丸山紗季 ノンナ で予約します。


421 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/23(火) 22:17:13 .ZclV36A0
西住みほ、逸見エリカで予約します


422 : ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 01:26:48 352N0deY0
本当にえげつないほど締め切りをすぎて申し訳ございません。
感想はあとにして、まずは早々に投下をさせて頂きます。


423 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 01:32:57 352N0deY0

「……強いですね、ローズヒップさんは」

それは、無意識に漏れた一言だった。
何か意図があっての発言ではないし、ましてや皮肉などではない。
本当に純粋に、頭に浮かんだ言葉が口から飛び出しただけだ。

「はえ?」

まあ、そんな言葉だ、ローズヒップが理解出来ず間の抜けた声を上げてしまうのも無理はないだろう。
ローズヒップの体は、現在北に向いている。先程、派手な爆音がした方向だ。

「どこまでも真っ直ぐで、迷いがない」

最初、彼女達――西絹代とローズヒップは、海沿いに南下していた。
その進路に、深い意味はない。
ただなんとなく、合流した後歩き出した方向が南だったというだけだ。

人を探すには――ダージリンと合流するには、寄る価値のある建物が多い商店街を目指すべきだと思っていたが、
生憎絹代もローズヒップもさほど大洗の地理に明るいわけじゃない。
二人共、一度ここで戦車戦をしたことはあるが、それだけで地形を暗記できたら苦労はしないだろう。
いくら事前に下調べした土地と言えど、細かい部分はすぐに忘れる。
年間何試合もするのだ、忘れるなと言う方が無茶である。

ましてや、自分達がどこからスタートしたかも分かっていないのだ。
『とりあえず』で移動し始めしまったことを、一体誰が責められようか。
いや、まあ、ここに逸見エリカが居たら普通に責めそうだけど、それはそれとして誰が責められようか。

「……ローズヒップさんの足取りには、確かなものを感じます」

銃声は、あちこちから響いている。
ここに来るまでに一度そのことに触れてはいたが、しかしローズヒップは、未だに皆を信じているようだった。
人を殺すような人間がこの場にいるはずがないと、未だに信じ続けている。
とはいえ、ではあの銃声は何なのか、なんて聞いても答えは返ってこないだろう。
きっとそれは、単に“ローズヒップがそう思いたい”というだけのことだ。

誤射、試し撃ち、不安を煽るために政府が仕込んだ音――
都合のいい理由付けなどいくらでも出来る。
そんな願望でよければ、絹代にだっていくらでも列挙できた。

しかしながら、ローズヒップは、その願望に命を賭けている。
口先だけの信頼ではない。
いくらでも浮かぶその願望は、安っぽい気休めや自己暗示などではなかった。
自身の全てを投げ打って、その願望に殉じようと、盲信すると決めているのだ。

「それほどまでに、ダージリンさんや、他の皆さんを、信じておられるんですね」

先程聞こえた爆破音。
今まで聞こえた音に輪をかけて不穏なものだというのに、それでもその音の元へ行くという。
当然それは、自らを危険に晒すということを意味している。

それでも、ローズヒップの瞳に迷いの色はなかった。恐怖の色すらなかった。
ただ自信満々に、ダージリンが見込んだ人達と手を取り合うべく、音のする方に行こうと言った。
ダージリン達のことだ、早々に主催側の人間と戦っているかもしれない、とも。


424 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 01:43:59 352N0deY0

「不肖西絹代、感服いたしました!」

全身全霊での敬礼。
ありったけの敬意を込め、苦しいくらいに胸を張る。

「貴女こそ――真に勇気ある、誇り高き戦士です!」

あの時ローズヒップの手を取った時から、ずっと思っていたことがある。
ローズヒップは、知波単学園の皆に似ていた。

考えなしに無謀なことをしているのだと思われそうな行動も。
上官を信じ、殉じようとする行為も。
どこか楽観的なところも。
思い返せば、試合で敵にとにかく突っ込もうとする所も、知波単の生徒に通じる所があるように思えた。
とはいえローズヒップの方は、ダージリンが制止すればすぐに止まるようではあったが。

更に個人的な話をすれば、お嬢様なのに質素な知波単に馴染まねばならなかった自分と、
お嬢様ではないのにとびきりお嬢様な校風の聖グロリアーナに馴染まねばならなかったローズヒップの姿も、ほんの少し重なって見えた。
もっとも自分とは違って、ローズヒップは馴染みこそすれ染まることはなく、己の道を突き進んでいるようではあったが。

「……私も、貴女のようになりたい」

その自分とローズヒップの差異が、そのまま知波単学園とローズヒップの差異とのように思えた。
知波単学園の生徒達は、別に元から突撃の二文字に脳を支配されていたわけではない。
別にドロップ一つの配給で大喜びする暮らしを実家でしていた者がいるわけでもない。

どこにでもいる少女だった彼女達は、知波単学園に入ったことで、知波単魂を会得したのだ。

それは誇ってもいいことのはずである。
絹代だって、知波単学園に誇りを持っているし、知波単魂は受け継いで行きたいと思っている。

しかしそれでも、今の知波単学園は、健全とは言い難かった。
何せ「どうにかせねばならぬ」と、次期隊長として絹代に声がかかったくらいだ。
絹代自身、自分は他の隊長と比べ大きく優れた所などないと思っている。
そんな自分に立て直しを任せるのは相当に追い込まれている証拠だろうなと感じていた。

「ローズヒップさん」

キョトンとしているローズヒップの名前を呼ぶ。
絹代も、福田も、他の皆も、芯まで知波単に染まってしまった。
良い所も悪い所も、吟味することなく取り込んでしまった。
ローズヒップのように、己の長所を殺すことなく学校の長所と融和していれば、知波単学園の戦車道はもっと強くなっていたかもしれないのに。
なのに自分は、ただ形だけの知波単魂に染まってしまった。

「知波単学園に来る気はありませんか!?」

先の戦いで、絹代はようやく目が覚めた。
ただ形だけ伝統をなぞり、無意味な突撃をする愚かさ。
それを学び、伝統を維持しつつも、それだけにこだわらず勝利を得られる道を探そうと思った。

でも、きっと、自分の代では間に合わない。
あのアンチョビですら、アンツィオの立て直しには丸々三年を要したのだ。
いや、まあ、P40の貯金に関しては、もっと前からしていたらしいが。

とにかく、絹代に残された時間だけでは、知波単学園を立て直すことは不可能に近かった。
西住みほならそれも出来たかもしれないが、あそこまでのカリスマはないと絹代自身思っている。
それでもなんとか、恩義ある知波単学園を、建て直してから卒業がしたい。
希望が芽生えれば、あとは福田達が育ててくれるだろう。
問題はその希望の芽が出るかということだ。
先の戦果があるとはいえ、大所帯の知波単生徒の突撃癖を改善するには時間がかかる。
せめて、もう一人、力になる人物がいれば――――

「お断りしますわ」

そう思って声をかけたが、しかしながらローズヒップの答えはNOだった。
少々面食らったようだが、それでも返事は早かった。
もっとも、この返事は、とうに予想がついていたけれど。

「私の隊長は、どこまで行ってもダージリン様だけですわっ!」

ローズヒップの瞳には、ダージリンしか映っていない。
どこまでも愚直で、妄信的だ。

本当に、羨ましい。
絹代や他の知波単生には、そこまで尽くす相手はいない。
殉ずるに値する信念もない。
上官と伝統に従ってはいるが、そこには何の忠誠もない。
ローズヒップのように、命令を聞くに足る信念も理由も持たないし、故に制止の声もすぐには届かない。

実に虚しい、形だけの特攻魂。
それが今の知波単魂だ。
突撃するためだけの突撃。
そこに守りたいものも突撃するに足る理由もない。


425 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 02:00:02 352N0deY0

「……そう言われると、思ってましたよ」

突撃は、知波単学園の魂だ。
だが、何度も言っているように、それはもう見せかけだけのものになっている。
魂なんて篭っていない、表面だけをなぞった突撃。

真に魂のこもった突撃は、守るべきものや突撃に足る理由があったうえでのものだ。
大学選抜との試合で、プラウダの生徒が見せたような、覚悟を感じる突撃。
そんな突撃が出来るようになりたかった。

「ローズヒップさんのダージリンさんへの信頼は、この数時間で、よく、分かりましたから」

ぷう、と息を吸ってから、拡声器を口元へ運ぶ。
ローズヒップに預けておくのは危ないからと、絹代が預かっていたものだった。
汗ばんだ親指が、拡声器のスイッチを押し込んだ。

「あーっ、皆さん聞こえますでしょうかっ!」

再び、絹代の声が、拡声器に乗り飛んで行く。
まったくもって性急で、確証もないのに自身を危険に晒すような真似だ。
分かっている。分かっていてなお、絹代は言葉を続ける。

「こちらに向かっている人がいたらすみません、私達二人は、これより先程爆音のしたエリアへと向かいます!」

具体的な進路を言ったことで、更に危険度は増した。
どの隊長が聞いていても、顔をしかめていただろう。
ひょっとすると西住みほならあわあわとするだけかもしれないが、それでも賛同はしないはずだ。

「だから、もし、爆音の中まだ戦っている人がいるなら!」

だからこそ、絹代は叫んだ。
「あいつらは阿呆だ」と言われる可能性を承知したうえで。
それでも突き抜けた“真の阿呆”になるために、声高に叫ぶのだ。
考えなしの阿呆でなく、信じる者に真っ直ぐなだけの純粋できらきら輝く阿呆であるために。

「もし、助けを求めているのなら!」

恐怖もリスクも飲み込んだ。
きっとこれで、阿呆扱いを避けるハードルは跳ね上がっただろう。
ローズヒップを守りたいという願いも遠ざかったと思う。
それでも。

「もう少しだけ、待っていて下さい!」

絹代の心は、晴れ晴れとしていた。
抱え込んでいた靄が晴れている。
ああ、なんて突撃日和なんだ。
覚悟という戦車に乗って、どこまでも真っ直ぐ突き進むのは、なんて気持ちがいいのだろう。

「私達が、超速で駆けつけますからっ!」

そこまで言って、絹代は拡声器を下ろした。
キョトンとしているローズヒップに、絹代が軽く頷いてみせる。
その顔は、どこか誇らしげだった。

「行きましょう。ダージリンさんか、ダージリンさんが信じた人達が待っています」

ローズヒップの表情が、より一層明るくなる。
脳天気度もパワーアップした気がするが、しかしまあ、悪いということはあるまい。
こういう全てを賭して守りたい相手や信念を持つ突撃少女を上手く運用することこそが、隊長の役目なのだ。
ローズヒップは、このくらいで、きっと丁度いい。

「はい、ですわ!」

ああ、まったく、気分がいい。
レベルアップのファンファーレが聞こえてきそうな程だ。
何だか少し、成長出来たような気がする。

勿論、成長したのは内面だけの話なので、新たな呪紋など覚えていないし、肉体だって成長していない。
パラララーラーラーパッパラーなんてレベルアップ音は聞こえてこないし、ドットの絹代がレベルアップを祝ってポージングしたりもしない。

代わりに、パララララという、タイプライターのような音なら聞こえた。
その肉体も、鉛弾が突き抜けたおかげで、少しばかり、変化する。

「――――――――っ!」

覚悟をしていたはずのリスクは、何の兆候もなく、即座に突然現れた。


426 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 02:04:22 352N0deY0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






五十鈴華が山郷あゆみと“再会”したのは、全くの偶然であった。

今後のことも考えて病院に向かおうとしたのだが、しかし少々事情があってこうして東へ進路を変えた。
殲滅戦を理解している人間のすることとは思えぬ、間抜けな呼びかけ。
それが聞こえてきたことから、誰か居るかも分からぬ病院よりも、間抜けな得物の方へと進路を変更したのだ。

無防備で倒しやすそうということも、勿論進路を変えた理由の一つではある。
しかしながら、華にとって最も大きな理由となったのは、呼びかけ主が西絹代とローズヒップの二人であり、大洗の人間がいないという点だ。
殺したくない、殺す姿を見られたくない人物が、少なくとも先程の呼びかけ時点では合流していない。
誰か大洗の人間と合流する前に、仕留めておきたい相手だった。

そして小走りに移動して――華は、あゆみと再会した。

コミュ力モンスターである武部沙織は別としても、ウサギさんチーム以外の人間では、華は比較的あゆみと親しかったのではないかと思う。
趣味こそさほど合わないため、普段あゆみは近藤妙子やウサギさんチームと話すことが多かったが、戦車道の時間には、同じ砲手としてよく話をしたものだ。
質問もたくさんされたし、買い食いだって一緒にした。
もしもこの場で再会したら、泣きながらしがみつかれるのではないかと思っていた。
手を染めた後では抱き返すことも出来ないので、出来ることならあまり再会したくないとすら思っていた。

なのに今、実際に再会を果たしてみると、華の方が、あゆみに縋り付いていた。
膝を折り、何も言わぬ後輩を抱きしめる。

一目見れば分かった。あゆみは、もう、死んでいた。

大洗の制服か、その髪型か、どちらかが欠けては特定出来なかったくらいに、顔はぐちゃぐちゃになっている。
さらに表情だけではなく、体の中身も多数失くしてしまったようだ。
体の周りには、あゆみの中身が乱暴にぶちまけられている。

涙と一緒に、先程まで胸に宿っていたはずの殺意が、ポロポロと流れ出た。
一刻も早くローズヒップ達を殺しに行かねばならないのに、体はちっとも動かない。


427 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 02:10:16 352N0deY0

「…………」

ようやく上半身を起こしたのは、再会からたっぷり十分は経ってからだった。
地面に叩き付けられて無惨に歪んだ姿を見るのが辛くて、せめて埋葬してやろうと辺りを見回した。

しかしながら、そう簡単に人間を埋められるような穴を掘れそうな場所などない。
更に言うと、生憎支給された道具では、土を掘り返すことも難しそうだ。

だから、埋葬は諦めた。
代わりに、視界に捉えた花を摘み取る。

あまりに小さく、弱々しくて、それでも何とか咲いていた花。
それを摘み取ることに対し、僅かな罪悪感を覚える。
もっと尊く大切なものを奪い取ろうとしていていたのに、自分でも少し滑稽だった。

「……ごめんなさい」

ぽつりと謝罪の言葉が漏れた。
それは今から摘み取る花に対しての言葉か、それとも助けてあげられなかった後輩に向けた言葉なのか。
華自身、よく分からぬまま呟いていた。

「おやすみなさい……」

あゆみの胸に花を添え、瞼をそっと閉じてやる。
そのまま指があゆみの青白い頬を撫でた。

嗚呼、なんて、冷たく無機質な指触り――

もっともっと、いっぱい喋ればよかった。
もっともっと、色々教えてあげたかった。
移動する敵に当てるコツも、学校近くの美味しく穴場のご飯も、いっぱいいっぱい、伝えたかった。

永遠なんてないと分かっていたけれど、それでもずっと、あゆみ達の先輩として、仲良くやっていけると思い込んでいた。
お花の美しさと一緒で、いつかは消えて失くなるものだから世界で一番美しいのだと、分かっていたはずなのに。
もっと一日一日を、一分一秒を、ほんの少しの関わりを、大切にしておくんだった。
言ってないことも、一緒にやってないことも、まだ、いっぱいあったのに。

「……」

別れを受け入れ先に進むためにした行為のはずなのに、再びあゆみに心が縛り付けられそうになる。
いや――もしかしたら、受け入れたからこそ、ここまで胸が痛んでいるのかもしれない。

「…………っ」

華の意識を思い出の旅から引き戻したのは、遠くで聞こえた爆発音だった。
その音は、嫌でも死を連想させる。
先程までとは、その連想のリアリティが段違いだ。

このまま放っておけば、あゆみのように、また大切な友人が命を落とすかもしれない。
それは、今と同じか、それよりずっと辛いことだ。
あゆみを置いて無理矢理進むのは心が痛いが、それでも黙ってこれ以上友人に死なれる方がもっと辛い。
のそのそと、華が立ち上がった。

そして――


428 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 02:19:17 352N0deY0

「……」

少しだけ小首を傾げ、もう一度しゃがみこんだ。
立ち上がって俯瞰して見ると、どうにも花が少々アンバランスだった。
そのへんで摘み取った少量の花なので仕方がないと言えば仕方がないのだが、しかし妥協は許されない。

何せこれは、あゆみへの弔いであり、彼女の最期の姿になるのだ。
それに、花を活ける者として、このような恥ずべき形で花を置いてはいけない。

支給された肉切り鋏を取り出して、花の形を整える。

「…………」

ジョキン、ジョキン。

そういえば、あゆみは、ダイエットにこだわっているようだった。
やはり年頃の少女、見た目は気にしていたのだろう。
ならば、せめて美しく最期を彩ってやらねばなるまい。
出来るだけ細く見えるようにしてやりたい。

ジョキン、ジョキン。

この場で、爆音を背に、花を真剣に切っている。
全く自分でも呆れるが、しかし手は止まらなかった。

ジョキン、ジョキン。

弔ってやりたい友人と、そのために供える花。
共に、華の人生において、かけがえのない大切なものだった。
それをおざなりにすることなんて、やはりどうしたって出来ない。
どれだけ愚行だとしても、それは魂に刻みつけられた変えられないモノなのだ。

ジョキン、ジョキン。

自分の人生に後から入り込み、どんと居座ることになった、戦車道。
その象徴たる戦車に花を活けたことはあるが、よもや今度は友人にも活けることになろうとは。
確かに友人も、自分の人生に大きな影響を与えたし、何に替えても守り抜きたいと思ってはいるが、しかし花器にしようなんて発想、頭の片隅にもなかったのに。

ジョキン、ジョキン。

自嘲めいた笑みが浮かぶ。
それでも手は止まらない。

ジョキン。

最後に鋏を入れて、華の作品が完成する。
命を落とした友人の最期を彩る、五十鈴華の最高傑作。
名残惜しそうに見つめると、今度こそ華は立ち上がった。

その動きは、のそのそとしたものではない。
すっと立ち上がり、そして腕を水平に上げる。

イングラムM10サブマシンガン。
譲れない大切なもののため、己の道を踏み外すことを決めた時から、もう戻れないと覚悟していた。
だから――胸は痛むが、イングラムを掲げる。
銃口の先に何があるのか、分かっちゃいない。
見える範囲には誰もいない。

それでも、あちらから、また呼びかけが聞こえたから。
善良な人間にも牙を剥けると、己に言い聞かせるように。
そして、命を落とした友人を弔うように。
祈るように、引き金を引いた。

パララララララ。

鉛球を吐き出してから、華は駆けだす。
鉛球を追いかけるように。
二度とは戻れぬ血塗れの道を、ただ前だけ見て走り出す。
その道が地獄に続いていると、分かってなお、ただ真っ直ぐ、突撃する。

もう、後ろは振り向かなかった。


429 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 02:32:26 352N0deY0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






油断していたわけではなかった。
襲われる覚悟をしてないわけでもなかった。

ただ、狙撃を想定出来なかっただけ。
無意識の内に、周囲に気を付けていればいいと思っていた。
誰かと会って、その相手の挙動に注視すれば問題ないと、心のどこかで思い込んでしまっていた。

結果、こうして襲撃者の姿が確認出来る前に、鉛弾を食らってしまった。
幸いロングレンジ専用の銃ではなかったらしく、致命傷には至っていない。
被弾箇所も肩であり、治療をすればどうとでもなる。

被弾した西絹代は、冷静に、今の状況を分析していた。
絹代の怪我を心配し横で騒いでいるローズヒップは、どうやら被弾していないようだ。

「ローズヒップさん」

名前を呼ぶ。
ただそれだけで、絹代の顔が苦痛に歪んだ。

それも無理はないだろう。
戦車道では多少の怪我が付き物とはいえ、その大半は保健室に数分もいれば治療が終わる程度のものである。
特殊カーボンという鎧は、常に少女達を激痛から守ってくれていた。
このような大きな怪我をした経験など、絹代は勿論戦車道履修者の大半がないだろう。

慣れない痛みは、少女の顔から余裕を奪う。
ともすれば、声すら奪いかねない。

「だ、大丈夫ですの!?」

余裕の無さは伝播する。
ローズヒップの表情にも、動揺の色が見えていた。
聖グロリアーナの保健室滞在時間ランキングぶっちぎり一位であるローズヒップでさえ、銃撃による怪我などしたことがなかった。
勿論、そんな怪我をしている人間を見たことすらなかった。

「ええ、まあ……」

初めての怪我に、二人共上手く対応することが出来ない。
痛っ、などと呻いてしまいそうで、絹代もあまり口を開くことが出来なかった。
未知の痛みを堪え切れる自信などなかった。

とはいえ、先述の通り、そこまで深刻な傷ではない。
大丈夫というのは本当だ。
それは絹代本人も自覚している。


430 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 02:45:59 352N0deY0

「それよりも……」

痛みをこらえれば、問題なく活動が出来る。
だがしかし、その『痛みをこらえる』という行為は、普通の女子高生にとっては不可能に近いことだった。
それもまた、絹代は自覚してしまっている。

「ローズヒップさんは、予定通り、爆発音のした方に向かって下さい」

その一言すら、スラスラ言うことが出来ない。
横になって安静にしていればなんてことはない傷でも、動きを阻害するには十分すぎる。

「……それって……」

ローズヒップが眉をひそめる。
この場においても脳天気そうにしていた少女が、初めて見せた表情だ。
“爆発音の方に向かう”という文章の主語に“絹代”が含まれていないことに、気が付いたのだろう。

「私が、ここを、引き受けます」

言って、クロスボウを掲げてみせる。
それだけで腕に激痛が走り、思わず顔が歪んでしまった。
一度綻んだやせ我慢では、もう呻き声を止めることすら出来ない。
格好つけるはずだったのに、あっという間に絹代は傷口を抑えて蹲るはめになった。

「いけませんわ! ここは二人で逃げますわよ!」

ああ、本当に、いい人なんだなと思う。
勝手に拡声器を使い、案の定撃たれてしまった――そんな馬鹿、さっさと置いて逃げていてもおかしくないのに。
こうして、まだ助けてくれようとしている。

ローズヒップは愚かだ。
でも、彼女の持つ愚かさは、いつだって彼女の信念に支えられていた。
そしてその愚かさは、彼女をどこまでも前へ前へと進ませるのだ。
まるで、火砕流の中であろうと突き進む戦車のように。

「いいえ、駄目です。正直……痛すぎて、私は走れそうにありません」

これは本当のことだ。
無理すれば走れるだろうが、その無理をするというのが本当に難しい。
当然、命がかかっているのだから、実際に銃を向けられ追い回されていたら多少無理くらいできるだろう。

だが、その無理が出来てしまった時にこそ、問題は起こりえる。

無理をするということは、即ちゆとりがなくなることだ。
無理して行う行為以外――今回で言えば逃走以外に、思考を割くことが出来なくなる。
痛みを堪えてひたすら走るのに夢中で、何をしでかすか分からない。

例えば背?。
これは間違いなく、放り捨てることになるだろう。
『痛みを堪えて走って逃げる』という行為を無理してやっているのだ、『痛みを堪えて背?を持ち続ける』ことまで出来るとは思えない。
勿論背?を捨てた結果、襲撃者に武器を明け渡すことになるのだが、そんな理屈が通用しないのが『無理』という領域なのだ。
最悪、自分が助かりたい一心で、ローズヒップを盾にしてしまうかもしれない。

それだけは、断固として避けたかった。
西絹代は弱い人間だ。ローズヒップほど確固たる決意を持っていない。
だからこそ、やりかねない。しかしだからこそ、やりたくない。


431 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 03:07:33 352N0deY0

「大丈夫。何も無策で突っ込むわけじゃありませんよ」

だから、ここでお別れだ。
せめて最初の誓い――ローズヒップを守るということだけでも、貫き通して逝きたい。

「あそこのコンテナがあるエリアなら隠れる場所も多いですから、あそこに隠れようと思います」

かくれんぼには不向きなほど、傷口から血が滴り落ちている。
しかしどうやらローズヒップはそこまで気が回っていないらしい。
海沿いにあるコンテナを見ながら、何やら迷っているようだった。

「あの爆心地で仲間を見つけて、助けに戻ってきてくれると信じています」

絹代だって、間に合わないであろうことくらい分かっている。
勿論、あの爆心地にいる人間の大半が死体か殲滅戦に乗った人間であることも、当然ながら理解はしていた。

それでも、ローズヒップなら。
ローズヒップなら、本当に仲間を連れて戻ってくるのではないかと思った。
そう思えるだけのものが、ローズヒップにはある。

「だから――行って下さい」

だからこそ、命を賭ける価値がある。
だからこそ、未来を託す価値がある。

「ですが……」

それでもなお、ローズヒップは食い下がる。
そんなところも魅力なのかもしれないが、しかしながら、共に戦うわけにはいかない。
一度深呼吸をして、痛みを堪え、改めて表情を作る。
そして、目で訴えかけた。

「ダージリンさんと、合流するのでしょう?」

先程の呼びかけを思い出せ、と。
あれをもし聞いていたら、ダージリンだって爆心地を目指すはず。
ダージリンとの合流を第一に考えるなら、今はそこに行くことがベストなのだ。

「お二人一緒に戻ってくるのを、待ってますから」

ローズヒップの察しは悪い。
だが――今回ばかりは、ローズヒップも理解したようだった。
ダージリンと合流するのは、今がチャンスであるということを。
そして、きっと絹代は、断固として譲らないであろうことを。

「聖グロ一の俊足で、仲間を連れてすーぐ引き返してきますわっ!」

言いながら、もうすでに駆け出していた。
やることが決まれば行動が速い。
まったくもって、優秀な歩兵だ。いや、この速さは、最早香車のそれか。

「ですから……ですからっ!」

豆粒のようになっていくローズヒップは、最後まで、その言葉の続きを口に出せなかった。
口にするのが憚られたのだろう。
きっとその言葉は、絹代が死ぬ可能性や、誰かが本気で絹代を殺そうとしているということを、暗に意味してしまうから。

絹代も、言葉を返すことが出来なかった。
ただ、ローズヒップの背中が見えなくなるまで、右腕を額の前に掲げ続けていた。
未来に向かって駆ける少女への、生涯最後の敬礼である。


432 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 03:12:19 352N0deY0

「痛っ……」

傷口の痛みに表情を歪め、ようやく敬礼を終える。
また撃たれたら、今度はもっと痛いのかもな――そんな弱い考えが、絹代の体を震わせた。
不安と恐怖に、今にも押し潰されそうになる。

ええい、腑抜けた面を見せるなよ、西絹代!
お前は、誇り高き知波単学園の生徒として、名誉の突撃を行うのだろう!?

ぎゅうと目を閉じ、空を仰ぐ。心の中で、弱い己を叱責した。
はっきり言って勝ち目はない。
だがそれでも、“弱い知波単学園”のように、ただ死ぬための無様な突撃をするわけじゃない。
生きるため、勝つために、勇気を持って突撃するのだ。

(もし、万が一が起きても……知波単なら、大丈夫だよな……)

知波単学園を変えようとしたのは、何も自分だけではない。
福田が、大洗のアヒルさんに影響を受けて、変えようとしてくれたのだ。
絹代だって、あんこうさんに影響を受けた。

きっと自分がいないとしても、知波単は大丈夫だ。
彼女達には、知波単学園にだって染まれた純粋さがある。
きっとこれからも周囲から何かを吸収し、進化し続けてくれるだろう。

(福田……玉田……細見……名倉……)

瞼を閉じると、脳裏にすぐさま知波単学園の仲間達が映し出される。
苦労もたくさんあったが、しかしそれ以上に自分を支えてくれた仲間達。

皆がいれば、怖いものなど何もなかった。
無謀な突撃も、怪我をしかねない特攻も、無責任な外野の野次も、全て跳ね除けて自由になれた。
まるで魔法にかけられたように、何があっても笑い転げることが出来た。

幸せなその時は、まるで永遠に続くかのようで。
本当は、たった三年間だけだって、分かっていたはずなのに。
それでも、「いつまでもこのままで居られたら」なんて、叶うはずもないのにずっと願ってしまうほどに、知波単色に染まってしまった。
いや、知波単学園にというよりも、知波単学園戦車道の仲間がいる空間に、すっかり染め上げられてしまった。

きっとあれは、刹那的な幸せにすぎない。
どれだけ眩く輝いていても、いつかは消えてなくなってしまう。
笑ったことも泣いたことも忘れていき、いつしか過去の楽しい思い出話となる。
それでもあまりに眩く輝く思い出は、闇に覆われた絹代の心を明るく照らしてくれる。
恐怖や不安に覆われた道を、煌々と照らしてくれる。

「……不思議だな」

思わず笑みが溢れる。
ああ、本当に、私はあの学園が大好きだったんだ。

「怖いはずなのに――怖くない」

一人この場に残ると決めた今でも、死にたくはない。
否――生きたい。
生きてまた、知波単の皆と戦車道がしたい。
また大洗や聖グロの皆と――そして、戦車道を通じて知り合えた友人達と、互いに研鑽していきたい。

(こんな簡単なこと、何で今まで、気が付かなかったんだろうな……)

死ぬ気はない。
だが、守らねばならぬものがある。
だから戦う。生きるために。
僅かな希望に賭けて、その希望を掴み取るため、迷いを振り切り必死で突っ込む。

それが、突撃。
それこそが、知波単魂。

きっと伝統の始まりを告げた最初の突撃も、こんな気持ちで行われたのだろう。
『伝統だから』なんて薄っぺらな理由じゃない。
強い想いや信念があったからこそ、突撃は成し得たのだ。
少女達の背景という名のエンジンに、覚悟を搭載していたからこそ、かつての突撃は成果を出したのだ。
伝統化してただの猿真似となってしまった突撃では、掴めなかった大きな成果を。


433 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 03:17:05 352N0deY0

(……そろそろ襲撃者がお目見えかな)

怖いさ。無謀な賭けなのだから。
怯えるさ。失敗したら全てが終わってしまうのだから。
奇跡に手が届かなければ、きっと何の物語もなく、呆気無く散るはめになる。
語られることもない。涙されることもない。どこにでもある無様な戦死者に成り下がる。
まったく最低な気分だ。それでもやるんだ。最低の先にある最高を掴むために。
――ああ、きっと先輩も、それこそ戦時中の兵隊さん達も、こんな気持ちだったのだろう。

どれだけ怖くても、意地だけで前に進むんだ。
足を止めたら、遠い先にある希望を掴み取れないから。
その希望は、弱く、儚いものだけれど。
それでも何より光り輝いているのだ。

そのデカい希望と、大切な人の手を、しっかりと握りしめるため。
そして、掴んだその手と希望を、二度と離さないように。
両手に掴んだモノを守り抜き、笑えるように――――

「そうだ、私は、知波単学園の誇り高き隊長だっ……」

だから謳うのだ。拳を固めて。
己を奮い立たせるために。

「絶対にっ……ローズヒップさんを追わせはしませんっ……!」

声を張り上げ居場所を教えるリスクを身を持って体験していても。
それでもなお、高らかに吠える。
そうしないと戦えないから。
そうしないと戦えないけど、戦わなくてはいけないから。

だから、少女は、脇目もふらず駆け出すのだ。
肺に貯めこんだ空気を全て吐き出して。
希望に向けて、賢明に。ただ、愚直なまでに、前進するのだ。

「っあああああああああああああああああああ!!」

守るべき者が、背中を押してくれる。
大切な友が、道を示してくれる。

そうだ、走れ。
どこまででもいい。
精一杯でいいから、走れ。

ただひたすらに。
そうさ、どうせ出来ることなんてそんなにないんだ。
だから必死で、とにかく今は、どこまでも、ひたすらに、真っ直ぐだ――――

「とつっげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇきっ!!」

――――突撃だッ!


434 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 03:20:53 352N0deY0





 ☆  ★  ☆  ★  ☆






「…………」

落下防止の手すりに額を預け、澤梓はぐしゃぐしゃになった親友を見ていた。
親友に伸ばし、しかし何も掴めなかったその腕は、今ではだらりと力なく下ろされている。
いっそこのまま親友を追いかけられたら楽になれたかもしれない。
それでも、梓は立ち上がれなかった。
立ち上がれないままでは、親友の元にも、憧れの先輩の元にも、行けるはずなどないのに。

「…………」

まるで檻だ、この手摺は。
梓を閉じ込め、一歩も動けなくする。
そして次第に、檻を出ようという気力すら奪うのだ。

「…………」

いっそこれが檻ではなく、鳥籠だったらよかったのに。
そうすれば、いつかは開け放たれて、そして空へと飛び立てる。
例え、弱り切ったこの翼では、もうどこにも辿り着けないと分かっていても。
それでも、飛び立つことができたのに。

「…………」

このままこうしていてもしょうがない。
頭のどこかでそう思っても、体は微塵も動かない。
両の眼が、眼下の死体に釘付けになっている。

視界に親友の亡骸だけを映していたからだろう。
見知った先輩がこのビルの下に現れていたことにも、ちっとも気が付かなかった。
先輩が親友の体に泣き縋った時、ようやく梓の脳みそは先輩の存在を認識した。
それでも梓の足は、ピクリとも動かなかった。

「…………」

先輩は、ぐちゃぐちゃになった親友の体を、元に戻そうとしてくれていた。
本当なら、それは自分がしなくちゃいけないことだったのに。
申し訳無さと同時に、情けなさが押し寄せてきた。
自分は親友を救えなかったばっかりか、弔うことすらしてやれなかった。

「…………」

親友にもだが、先輩にも合わせる顔なんてない。
一体どのツラを下げて、今声をかけろというのか。
そんなことを思っていたら、遠くで機械を通した声が聞こえてきた。
そういえば、さっきもこんなような呼びかけがあったことを思い出す。

今なら分かる。
この声の主は、とても強い。
少なくとも、梓にはそんなこと無理だ。
先程から銃声だって聞こえているのに、そんな居場所を教えるような真似、怖くて出来ない。
そんなことを平然とやる人間は、きっと梓よりずっと強く、そして正しいのだろう。
あまりの眩しさに、思わず目を背けたくなる。

私には無理だ。
私では、あそこまですることは出来ない。
しなきゃいけないと分かっていても、どうしても勇気が出ないのだ。
そんな自分が情けない。

ああ、きっとあゆみも、こんな気持ちだったんだろうな――――


435 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 03:23:10 352N0deY0

「…………」

タイプライターのような音が辺りに響いた。
先程、つい拡声器の音源の方に向けていた顔を、再び眼下へと向ける。
尊敬していた優しい先輩が、カステラの箱のようなものを掲げているのが見えた。

「あ……」

それは、カステラの箱などではなく、短機関銃であった。
しっかり視界に捉えられたわけではないが、しかしながら、ちょっと考えれば分かる。
すぐさま拡声器の音の方に駆けていったその姿に、迷いの色は見えなかった。

尊敬する先輩は、この殲滅戦に乗ってしまったのだ。

何故だろう、と一瞬疑問が頭をよぎったが、しかしすぐに思考を止めた。
そんなこと、考えたってどうしようもない。
分かるはずなんてないし、分かったところで何にもならない。
死にたくないのかもしれないし、誰かのためかもしれない。
恐怖で完全に狂ってしまった可能性もあるだろう。
ひょっとすると、先程の行為も、追悼ではなく単なる死体で活け花がしたいだけの行動だったのかもしれなかった。
それを「ありえない」と断じることが出来ないくらい、この町は、そして梓の思考は狂気に満たされてきている。
大体、「ありえない」なんてことを言うなら、あゆみがこうして自ら命を絶ったこと自体、ありえてはならないのだ。

兎にも角にも、『五十鈴華は殲滅戦に乗った』という事実は、受け入れるしかなかった。
その事実が、梓の胸にのしかかる。
あの優しい人ですら、反抗を諦めてしまった。
自分なんかよりもっともっと聡明なはずなのに、殺し合う道を選んでしまった。

これを知ったら、西住隊長はどうするのだろうか。
それでもなお、梓が望んだ通り、頼りになる隊長として、道を切り開いてくれるのだろうか。
頼る一方で役に立たない自分なんかを、一緒に脱出させてくれるのだろうか。
いや、そもそも、自分なんかを、信用してもらえるのだろうか。
親友一人守れなかった、自分なんかを。

「…………」

視線を動かす。
先程拡声器を使っていた二人組は、今は一人だけになっていた。
遠くに、走り去る背中が見える。

仲間を見捨て、一人だけ走る気持ちは一体どうなのだろうか。
罪悪感や絶望感は、いかほどのものであろうか。

梓には、耐え切れなかった。
殲滅戦の辛い現実も、親友一人助けられなかったことも、全てが重荷となって、梓の体を縛りつける。

「…………」

だというのに、逃げ去る少女の背中は、とても力強かった。
無様な敗走などではない。
絶望に染まったものでもない。
仲間を救えない無力感に打ちのめされたものですらない。
未来に向かい突き進む、力の篭った背中であった。

それはまるで、前に向かって誰より速く突き進む、普段通りを貫く姿のようで。
また、その力強い姿は、尊敬してやまない隊長のようで。
梓が憧れ、しかし諦めた背中そのものだった。


436 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 03:31:21 352N0deY0

『パンツァー・フォーって言葉を、もう聞きたくない』

それでも、その背中を追いかけようとする度に、親友の言葉が呪詛のように梓の体にまとわりつく。
そして体は気持ちと共に沈み込み、這い上がれない泥沼へと身を落とすのだ。

何度か聴こえるタイプライターのような音に、またも視線を移動させる。
どうやら決着がついたらしく、そこには尊敬していた先輩の姿と、尊敬できる行動を取ろうとしていた少女の残骸があった。
力なき前進は、容易く踏み潰されてしまう。

あの亡骸は、大いにありえた澤梓の末路の一つだ。

自分が無理に前に進んでも、ああして命を落としただろう。
いや、そもそも、その段階にも行けていないからこうして檻に閉じ籠もっているのか。
結局親友とすら手を取り合うことが出来ず、親友を無様な亡骸へと変えてしまった。
そのうえで自分は、走り去った少女のように、意思を継ぐことも前に進むことも出来ない。

「わたしは…………」

絞り出された声は、独り言のように虚空に消える。
眼下の親友は、決して答えを返さないのだ。
ただの独り言と言っても間違いはないだろう。

「パンツァー・フォーって、聞きたかったよ……」

大好きな山郷あゆみの口から、その言葉を聞きたかった。
尊敬する西住みほの口から、その言葉を言ってほしかった。

その言葉は、いつだって勇気をくれた。
敬愛する隊長がその言葉を言うだけで、どこにだって突き進めるような気になる。
親友がその言葉を否定した今でも、その想いに代わりはない。

だから梓は、パンツァー・フォーを聞きたかった。
あゆみの苦悩を思い出して辛いけど、でもだからこそ、みほに言って欲しかった。
みほの口から、今は前に進めと言って欲しかった。

「でも……」

この殲滅戦は個人戦だ。
誰も自分に命令なんてしてくれない。
誰も作戦の責任を代わりに取ってはくれない。

ああ、何も考えず命令に従っていられたら、一体どれほど楽だったろうか。
もう、何でもいいから、とにかく言って欲しかった。
誰でもいいから、自分の代わりに、どうすればいいか決めてほしかった。

「もう……聞こえないよ……」

でも、駄目だった。
今度ばかりは、自分自身が、決めなくっちゃならない。
パンツァー・フォーは、自分の口で言うしかない。
そうなるのは、ずっと先のことだと思っていたのに。
1年以上先、自分が西住隊長のようになってからだと、ずっとずっと思っていたのに。

「パンツァー・フォーが、聞こえないよ……」

遠くなりすぎた隊長の背中を追うにしても。
先輩のように道を踏み外すにしても。
前進しなくては始まらない。
パンツァー・フォー以外に、道などない。

「聞こえ……ないよ……」

戦車は例え火砕流の中であろうと、どれだけ足場が不安定だろうと、前へ前へと突き進む。
きっと、目の前に落ちた親友の亡骸など踏みつけて、易々と前進出来るだろう。

だから、あとは、「パンツァー・フォー」と唱えるだけ。
そうして友の亡骸を踏み砕いていけば、道は拓ける。

「…………」

パンツァー・フォーは聞こえない。
その言葉は――もう、“聞こえる”ものではない。
“言う”ものであり、そして“聞かせる”ものだ。

『パンツァー・フォーって言葉を、もう聞きたくない』

そう言っていた親友に、追い込んでしまった親友の亡骸に、“聞かせなくてはならない”――そういうものに、なっていた。


437 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 03:42:26 352N0deY0



【西絹代 死亡】
【残り31人】





【E-04・海沿いの道路/一日目・午前】

【五十鈴華@フリー】
[状態]健康
[装備]イングラムM10、予備マガジン×? 肉切り鋏
[道具]基本支給品一式 不明支給品-ろ 、小型クロスボウ、西絹代の支給品(一式及びナイフ及びその他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:大洗(特にあんこうチーム)を三人生かす。その過程で他校の生徒を排除していく。
1:友を護る、絶対に。



【E-04・D-04との境目近辺/一日目・午前】

【ローズヒップ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服
[道具]基本支給品一式 不明支給品-い・ろ・は
[思考・状況]
基本行動方針:ダージリンの指揮の下、殺し合いを打破する
1:爆音のした方(商店街の方)に向かいダージリンを探す。
2:仲間を引き連れ、西を助けにいく



【E-4・ビル屋上/一日目・午前】

【澤梓@フリー】
[状態]パンツァー・フォーが聞こえない
[装備]なにも、ない
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:――――
1:――――
※澤梓の近くに山郷あゆみの支給品が置いてあります。



[装備説明]
・肉切り鋏
刃の部分がゆるくカーブした、食肉を切断するようのハサミ。
分厚い肉でも楽々切断出来るようになっているので、自分の指を切らないように気をつけねばならない。


438 : 迷中少女突撃団  ◆wKs3a28q6Q :2016/08/27(土) 03:51:31 352N0deY0
投下終了です
何か背?がすごい勢いで文字化けするのでどなたか文字化けしないコツとか教えて頂ければ助かるな、なんて

>尻軽
ダー様VSカルパッチョ(略称分からん)
ダージリン相手に勝利を収めたカルパッチョ
一般人らしくすり減っていきそうなうえ、追う得物はナオミの保護下だがはたして……
そしてまさかの幻影イベント、お姉ちゃんがダー様の元に現れるなんて……
好敵手関係だったり、学校を超えた繋がりの掘り下げも、二次創作の魅力だよなあ

>ケイさん
徐々に明らかになる殲滅戦の詳細や背景……
それらを知っているケイさんは、果たしてそのアドバンテージを生かして生き残れるのか……
実際サンダース全員が組んだらめちゃくちゃ強そうだから困る

>エリみほ
エリみほ!!エリみほ!!
嫌な予感がぷんぷんしてましたが、よかった、本当に良かった……
ただ肝心なおねえちゃんももう死んでるので、果たして今後どうなるのか……


439 : ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:22:38 JrzLUZqA0
感想はあとにして先に投下させてもらいます。


440 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:24:35 JrzLUZqA0

ゆっくりと目を閉じて、古びた和室のにおいを嗅ぐ。
心を落ち着け、嗅覚に神経を集中させる。
カビ臭いような、汗臭いような、酸っぱいような、古びた畳の匂い。
おばぁと2人で暮らしていたあの頃を思い出す、そんな懐かしい匂いだ。

ふっと鼻孔をくすぐるのはふんわりとあたたかい芳香。
その香りは昔からいつだって自分を支えてくれた。
香りの主は麻子の腕をぎゅうっと掴んでふるふると小刻みに震えている。
しかし麻子に、幼馴染の震えを受け止められる余裕はまだなかった。

「沙織、ちょっと汗臭いぞ」
「ちょっ、しょうがないじゃん! やめてよ、もー……」
「冗談だ」

こんな状況で冗談なんて言ってる場合じゃないでしょ……と言いながら、
麻子からぱっと手を離し、気にするように自分の制服をくんくんと嗅いだ。
その姿を見て麻子は少しだけ安堵する。

本当は汗の臭いなんか気にならなかった。
ただ、あのまま腕にすがりつかれたままいると、
麻子自身が震えているのがバレてしまいそうだったから。
沙織の優しい匂いに甘えてそのまま眠ってしまいそうだったから―――。




「ねぇ……さっきの音って何かが、爆発……する音だったよね? 」
「あぁ……多分そうだ」
「あれってさ、首輪が爆発したとか?
 自分で外せた子がみんなに知らせるために空爆発させたとか! 」
「いや、それは違うと思うぞ」
「えっ」

もしかしたら首輪を外してみんなで帰れるかもしれない。
必死に明るく考えた一縷の望みを一瞬で否定され、沙織の顔に悲痛の色が現れた。

「さっきの爆発はそど子の時より重低音だった―――」


441 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:26:56 JrzLUZqA0

麻子はそど子の首輪が爆発する瞬間を鮮明に記憶している。
視覚―――大きく跳ねる身体、空を舞う血肉、ごろりと転がる頭部、痙攣する手足。
聴覚―――そど子の最後の言葉、破裂音、絶叫、降り注ぐ血と肉の音。
嗅覚―――吐きそうになる血の臭い。むせ返るような煙の臭い。
味覚―――鉄の味と涙の味。
触覚―――無意識に触っていた自分の首輪の金属の感触。

麻子の五感すべてがそど子の死を物語っていた。
うとうととしていた目が一気に冴えてしまった衝撃。そど子がそど子でなくなった瞬間を麻子は忘れられない。
麻子は人が死ぬ瞬間を忘れられない。

記憶力が良いのは昔からよく褒められていた。
教科書を一回読めばテストで満点を取れるから、学校の勉強で苦労したことはなかった。
戦車の操縦もマニュアルを一回読んだだけでマスターできた。
朝早起きして試合に行くのはすごく嫌だったが、それでもみんなに頼りにされるのは嬉しかった。

しかし今はその能力が忌まわしい。
父の死も、母の死も、そど子の死も、全部記憶に鮮明に残っている。
この戦いの中で、また大切な人の死を記憶に残さなくてはいけないのか―――
そう考えるだけで吐き気を催す。脂汗が吹き出す。鼓動が早くなる。肩が震えだす。
怖い、怖い、怖いんだ。自分が死ぬこと以上に、人が死ぬことが。

ふと背中にあたたかさを感じる。
自分が話の途中で考え込んでいたことにハッと気付く。
沙織の手がさすさすと優しいリズムを刻む。鼓動が落ち着く。呼吸も落ち着く。

「大丈夫、麻子? ごめんね、嫌なこと思い出させて」

不安そうに麻子の顔を覗き込んでくる。沙織も怖いはずなのに心配させてしまったな、と反省する。
悲しい記憶は全部涙と一緒に洗い流したはずだ。沙織と泣いて、前を向こうって決めたはずだ。
沙織はいつも優しく自分のそばに居てくれる。
いつだって、親友の優しさに守られていたのだと気付く。


442 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:29:13 JrzLUZqA0

「すまん、大丈夫だ」

どうして自分の大切な人はみんな死んでしまうのか。頻繁に考える。
どうして、どうして、答えの出ない自問。運命の巡り合わせが悪かったとしか言えない。
母の死、父の死、そど子の死、すべて悪い運命の悪戯だ。
そこに沙織の死が加わるなんて、そんなこと、絶対にさせない。

「沙織は私が守る」

思わず口を衝いていたのはそんな決意の言葉だった。喪いたくない、死なせたくない、いなくなってほしくない。
そんな我儘を叶えるために、麻子は沙織を守ろうと決めた。

「麻子っ……!
 それは私が彼氏に言ってもらいたかったセリフナンバーワンなのにー!やだーもー! 面と向かって言われると恥ずかしいじゃん!」

きゃあきゃあと大げさに沙織は恥ずかしがっている。
爆発音の直後はあんなに震えて小さくなっていたのに。本当はすごく怖いくせに。
きっとそど子のことを思い出して震えていた自分に心配かけないように、
元気ないつも通りの沙織を必死に演じてくれているんだと麻子には理解できた。
幼なじみでずっと一緒にいたから、沙織の優しさが麻子にはよく分かる。

「あっ、それで……さっきの、その爆発って……結局何だった……のかな? 」

沙織は恐る恐る、という風に聞いてくる。
本当は聞きたくない、知りたくない現実を知ることになるから。
それでも麻子は応える、現実を知らないと前に進めないから。

「あぁ、あれは多分……手榴弾か何かの、音……だ」

沙織は麻子の応えを聞いてカタカタと震えだした。
今しがた空元気で貼り付けていた笑顔がみるみる恐怖の色に変化する。
手榴弾。日常生活ではほとんど目にするものでも耳にするものでもない。もちろん戦車道の試合の中でも。
言葉にすると現実が迫ってくる。そんなものが大洗の町で弾けている現実が。


443 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:30:56 JrzLUZqA0

自分の周りに広がる優しい匂い。その中に先刻轟いた爆音を髣髴とさせるものはなかった。
どうやら先の爆発は至近距離というわけではなさそうだ。しかし、恐らく歩いて10分とかからない距離には違いない。
いくら建築用品店を隠れ蓑にしているからといって、油断していい距離ではないはずだ。
この近くに自分たち以外の人間がいる。それも、馬鹿げた戦いに乗っている可能性の高い人間が。
そんな疑いようのない事実を告げた残響は、今も二人の耳に残っている。

「その後に銃声みたいなのも聞こえた」
「ひぃっ…ってことはやっぱり、こ、殺し合いって言うのが始まってるって、こと、だよね……」



―――殺し合い
聞きたくない、言いたくない、信じたくない言葉だと、言わんばかりに狼狽えているのが分かった。
沙織は目に見えてしゅんとしていた。
大学選抜戦で仲良くなったみんなが殺しあうわけ無い、無理と分かりながらも沙織はそう信じていたかった。
しかし、そんな性善説は通用しない。

「それでこれからなんだが―――」

ここに留まっていたって、殺されるのを待つだけだ。
今すぐには襲撃者に見つけられないかもしれないが、いつまでも保つとは限らない。
迫り来る魔の手に震えながら死の刻を待つ。そんな選択肢はない。しかし麻子と沙織に武力はない。
殺しをする勇気も強さも持っていない。
だから―――――


444 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:31:55 JrzLUZqA0





だから、一人で危険を冒して仲間をみつけて来い―――


445 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:33:36 JrzLUZqA0

爆発音を聞いた後でそんな無責任な命令を出来るほど、麻子は非道になれない。
一人は怖い、無理だと震えながらつぶやいていた沙織の声を思い出す。
やはり、二手に分かれてそれぞれ3人組を作って戻ってくるなんて、絵空事にすぎないのかも知れない。
いっそ二人で一緒にその時を待って震えているのほうが良いのかもしれない。
残された時間を大切な親友と過ごす方が幸せなのかもしれない。
そう考え始めていた時、ゆっくりと沙織が応えた。

「3人組だよね……いいよ。探しにいこ、仲間」

寂しい夢を見るような顔をしながら、沙織は笑っていた。

「いいのか……しばらくは一人になるぞ」
「私、頑張るよ! そりゃあ怖いし、足引っ張っちゃうし私なんかと仲間になってくれる人、見つけられないかもしれない。
 それでも、みんなのために頑張りたいから! 」

沙織は、麻子が自分以上に死を怖がっているのを知っている。
幼なじみでずっと傍で見てたからそれくらい言わなくても理解る。本当は沙織だって怖いのだ。
今すぐ麻子の手を握りしめて一人にしないでほしいと懇願したいくらいだ。
しかし、そど子の死を目にして、近くに迫る死を意識して尚、沙織のことを守ろうとする強さを信じようと思った。
だから、麻子と一緒に生きて帰る希望を信じようと思った。
それが、麻子の幼馴染である沙織の唯一の使命だと感じたから。

「沙織……ありがとう」

沙織は強い。
沙織はずっと麻子を守ってくれていた。
両親を事故で喪って、塞ぎこんでいた麻子のそばに居てくれたのはいつでも沙織だった。
守りたい人を護れる強さがほしい。
今の私には、沙織を守ることはできない。頭のいい麻子にはその現実がよく分かる。
だからこそ、絶対に頼れる仲間を見つけてここから脱出しようと心に誓う。
自分の脆さに負けないように。胸を張って沙織を護れるように。


446 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:34:15 JrzLUZqA0

子供同士のような口約束だが、二人にとってはそれが絆だった。
絶対にお互いより先に死なない。その揺るがない信念が二人を突き動かす。

親友とこれからの未来を切り開きたい、想いは同じだった。

「それじゃあ、行こうか」

そう言って麻子は立ち上がる。

「うん、じゃあまた絶対に会おうね」

沙織はそう言って名残惜しそうに麻子を見つめながら歩を進め始める。

「あっ、麻子ー! 」

沙織が振り返りつつこちらを呼びながら大きく叫ぶ。

「私も、麻子のこと絶対に守るからっ! 絶対に、絶っ対にいい仲間見つけてこようねー! 」

へへへっと笑いながら手を振って沙織は駆けていく。
夏の向日葵のように光に向かって進んでいける、沙織はそんな女だ。
そんなやつだからこそ、絶対に守りたいと思う。
はやく仲間を見つけて帰ってこよう、そう決意して麻子は沙織と逆方向に進み始める。

信頼も友情も愛情も同情も哀情も恩情も慕情も、この戦争においては飾りでしか無い。
それでも親友を想う麻子には、確かに追い風が吹いていた。


447 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:35:30 JrzLUZqA0

△▼△▼


少女は硬い卵の殻に守られていた。
あたたかな世界に包まれて、飛び立つ刻を待ち望んでいた。
いつか見た蒼穹で、自由に風を切るのを夢見て。

少女、ミッコはいつだって一人じゃなかった。
寒さに震える時も、孤独を抱え込む時も、いつも傍に仲間がいた。
ミカはいつも小難しい哲学じみた話をしていた。
直感で行動するミッコにはよく理解できなかったが、
風に運ばれるように生きる彼女が口にする言葉は、
不思議とミッコの心によく残っていた。

アキはチームのムードメーカーだった。
彼女の笑顔は鈴蘭の花のように柔らかで優しい。
白い花が風に揺られて、澄んだ鈴の音はまるで幸せを呼ぶようで。
アキはいつもミカの話を興味深そうに聞いていた。
ひねくれていると文句を言いながら、アキもミカの話が好きだったんだろう。

3人はずっと一緒だった。
まるでそれが自然の摂理であるように。
だから、離れ離れになるのは初めてだった。
こんな形で、引き離されるのは初めてだったんだ。
それは、失って気づいた小さな幸せだった。


448 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:36:08 JrzLUZqA0



――――ドゴォン!

そんな音だったと思う。何かが爆発するような音。
しんとしたのどかな駅のホームで寝転がっている二人の耳に駆け抜ける爆音。
ささやかながらも芽生え始めた新たな友情にとって、あまりにも突然の衝撃だった。
音の距離から自分たちを狙ったものでないことはすぐに理解できた。
しかし、けれども、それでも。
あぁ、本当に始まっているんだ。二人にとってそう実感するに足りる出来事だった。

しばらくお互いに黙って硬直していた矢先に響く銃声。
先ほどと距離感は変わらないが、明らかに銃の音だった。

「ミッコ」

先に口を開いたのは、出会った時と同じようにツチヤだった。
ツチヤはミッコに比べてほんの少し爆発音に抵抗が少なかった。
きっと自動車部の活動で度々耳にしていたから。
それでも銃となれば全く話は別だった。明らかな非日常。それは確実に人を殺せる兵器。
自動車部の仲間に会えば脱出できるかも、そんな希望は甘かったのかもしれない。
ここで何かを選ばないときっと死ぬ、そう直感で理解った。

「どうする? 」

何をどうするとツチヤは聞いているのだろうか。
自分でもどうすればいいのか分からないから口を衝く質問。
このままここに隠れているべきか、音の方向から逃げるべきか、それとも、何が起こっているのかわからない現場に助けに向かうのか。
きっと本当の答えは誰にもわからない。
それでも、誰かに聞かずにはいられなかった。

ミッコはまだ口を開けない。恐怖はさっきトンネルの中に捨ててきたはずだ。
それでも、やはり、恐怖は幾らでも心から這い出てくる。
選択を間違えるときっと、そこでゲームオーバーだ。
ミッコはいつだって風に乗って生きてきた。
履帯を外した全開走行も、無人島での魚獲りも、風が運ぶ直感を信じて思い切ってやってきた。
だから、あれやこれやと考えるのは自分らしくない。



いつもの自分を取り戻すようにミッコは空を見上げる。

空。
空は予感を運んでくる。
どこまでも続く蒼い、蒼すぎる空。
さっきの銃声が嘘だったようにいつも通り青い空。
一羽の鳥が愁いを帯びた生温い風に乗って飛び立った、そんな気がした。
きっと、誰かの魂を運んで―――


449 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:36:53 JrzLUZqA0

ミカならこういうとききっとこう言うだろう。
『人生には大切な時が何度か訪れる。でも今はその時じゃないよ』

恐らく銃声の元へ助けに向かっても、もう遅いだろう。
全てが終わりきった世界を目にするだけだ。
だから、今はその時じゃない。きっといつか来るその時を待つのが今なんだ。

だから―――

「走ろう」

ミッコは小さく呟いて一気に走りだす。
ツチヤは驚きながらも走り屋はそう来なくっちゃと後を追う。
どこへ向かうかは分からない、ゴールなんてないレース。
それでも今は、風の誘うまま駆け抜ける。爆発音のしない方へ、きっと未来がある方へ。
二人にとって、走ることが日常だった。走ることが生きることだった。
まとわりついたいらない恐怖をふるい落とすように走る、走る、走る。

少女たちは青い空の下を駆け抜ける。
風が背中を押す。進め、進めと言わんばかりに。



どれくらい走っただろうか。
5分、それとも10分。もしかしたらもっと短かったのかもしれない。
二人は夢中で風を切った。服は汗でぐっしょりと濡れていて、息も切れかかっていた。
いつの間にか恐怖は汗とともに流れ落ち、いつもの余裕を取り戻していた。


450 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:38:26 JrzLUZqA0



「あっ思いついた! じゃあじゃあ、超絶爆走チーターさんチームとかどう? 速いよ速いよ〜! 」
「いやいや〜、ぶっちぎり峠道ドリフトチームにするべきだって!
 ワインディングロードでズリズリ滑らせて華麗にドリフト決めて駆け抜けるの、最っっ高に気持ちいいよ! 」

『チーム名決めない? 』と言い出したのはツチヤだった。二人で駅を出てしばらく走った後、なんとなくそう呟いた。
ミッコとツチヤは晴れてチームになった。
しかし、まだチーム登録はしていない。チーム名が決まっていないのだ。

あれがいい、これがいいと思案しあってどれくらい時間が経っただろうか。
それでもお互いに自分自身の走りに拘りを持っている彼女たちは名前を決めかねていた。
こんな状況で名前なんてどうでもいいだろうと言われるかもしれないが、
二人にとってこの出会いを祝福する名前を付けるという行為は大切なことに思えた。
だってチーム名は自分たちの存在を明らかにする証だから、自動車部の、継続高校の仲間に生存を伝える手段のひとつだから。
ツチヤとミッコはここでも元気に走っています。そう伝えたかったから。

「なんか良い折衷案ないかな〜。そろそろ決めたいんだけどねぇ」
「んにゃ、いいの思いつかないなぁ。コケモモジュースチームとかは? 」
「はははっ、それじゃあもう走り関係ないじゃんー! 」

二人は少しずつ距離を縮めていった。
はじめはどう歩み寄っていいか分からなかった初対面の二人。
それでも不器用ながら自然に、ごく自然に二人の距離は近づいていった。
風に押されて走るように、まるでそれが当たり前のように。


そこで彼女たちは出会う。同じ風に流されてきた少女に。


451 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:39:26 JrzLUZqA0



ツチヤは彼女のことをよく知っていた。
彼女の操縦はいつも正確で、動きは軽やかで、乗るものも観るものをも魅了した。
彼女の操縦は、彼女自身にどこか似ていた。
聡明で無駄な動きがなく、いつも眠たげな瞳の奥に強い闘志を秘めている。それでいて、操縦レバーを握る姿は凛々しく力強かった。
彼女は自動車の整備を手伝ってくれたこともある。
いつか一緒に車をガンガンぶっ飛ばして大洗の町をぶっちぎってみたい、その技術を見込んでいた、自動車部に欲しいくらいの逸材な同級生だ。

出会いは驚くほど呆気無いものだった。
チーム名決めをしながら立ち止まっていた二人の方向に麻子が歩いてきた。それに気づいたツチヤが声をかけた。
もし冷泉さんが殲滅戦に乗っている側だったら?今思うと軽率な行動だったかもしれない。
しかし車は実際に走らせながら調整してみないと具合が分からない。
人間だってそれは同じだと思う。だから声をかけた。
いつも通り、自分らしいお調子者の自動車部員、、ツチヤとして。

ミッコははじめ、借りてきた猫のように畏まっていた。ツチヤの時と同様に、麻子の顔を見てもピンとこなかったのだ。
センチュリオンを追い込んだⅣ号の操縦手だよ、と紹介されて初めてなるほどと思った。
大学選抜戦で早々と帰った継続高校の耳にも、その活躍ぶりはしっかりと届いていた。
そこから打ち解けるのにそう時間はかからなかった。お互いの操縦技術を讃え合い、尊敬し合った。

束の間の雑談を楽しんだ後、麻子はふうと息をつき、まっすぐと目をあげて言った。

「二人の力を貸してほしい」

少し話しただけですぐに理解った。この二人なら大丈夫だと。殲滅戦において、無意味な殺しをするような奴らではないと。
技術がある、知恵もある。生きることに対して意義を持っている。
だからこそ、沙織を守るために力を貸して欲しいと思った。

麻子は今までの出来事を説明した。
自分自身が聡明でなんでもすぐに理解できる一方で、人に何かを説明するのは苦手だった。
それでも、ひとつずつゆっくりと説明した。
殲滅戦の中で幼馴染と出会ったこと。二人では生き抜けないこと。
六人チームを組んで行動したいこと。このゲームから脱出したいこと。
そして、二人とチームを組みたいこと。

ミッコとツチヤは了承した。
具体的な行動方針が決まっていなかった二人にとって願ってもない話だった。
殲滅戦を勝ち抜くことができるのは最高でも三人。継続の仲間と、自動車部の仲間と出会って脱出するのが当初の理想だった。
しかし、現実はそう上手く行かない。三人というルールはあまりにも残酷だった。
もう既に、ミッコはツチヤを、ツチヤはミッコを裏切れない。
だからこそ、みんなで生き残る術を求めていた。この暗闇のような殲滅戦に希望の光を求めていた。

ミカとアキと、その二人の信じた仲間を連れて脱出できるかもしれない。
自動車部の叡智を集めて首輪を外して脱出できるかもしれない。
麻子の提案は未来への希望のように感じられた。


452 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:40:08 JrzLUZqA0

そして―――チームになる。

「リーダーなんかいつもミカ任せでやったことないんだけどなー」
「みんなだってそうだよ〜」
「ああ」

チームリーダーはミッコになった。
理由は単なるジャンケンの勝者。ジャンケン運も幸運のうちだということで、勝者に託することになった。リーダーと言っても上下関係はなく、
対等な、走り屋仲間という風に感じられた。ミッコにとっての、はじめてできた他校の友達だった。

「私今までさ、他の高校の人と仲良くとかしたことなかったから、2人と出会えて嬉しい。もしここから帰れたらこうやって皆で走りたいなって思うな」
「いいね〜〜〜〜〜〜〜! ビュンビュン走っちゃお! 」
「私は朝早いのは嫌だぞ…」

今まで継続高校は全国大会でも、大学選抜でもろくに戦車の外に出ず、他校との関わりを極力避けてきたから、
こんな形でも他校の操縦手と話したり、チームになれるのが素直に嬉しかった。この2人と風を切れたらどんなに素敵だろうと、明るい夢を見る。

ふふっと笑い合いながら未来を語らう。
こんな状況でも、新しい仲間に出会えたことを祝福するように。

「じゃあじゃあ! 一秒でも早く帰還できることを祈願してチーム名つけよう」
「チーム名はどうするんだ……」
「あー、結局二人の時も決まらなかったんだよね。やっぱりシンプルにドリフトチームがいいと思うんだけど! 」
「いやいや!爆走チームは譲れないって! 」

また主張合戦が始まる。自分の所属するチームであると仲間に伝わるチーム名にしたい。それが二人の要望だった。
しかし言い争っていても結論は出ない。

「もういい……私が決めるぞ」

半ば強引にスマホを持ちだして麻子が入力を始める。
スッスッと軽快に画面をタップする。指は自然に踊っていく。

「どれどれ……」と二人は画面を覗き込んだ。


453 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:42:00 JrzLUZqA0


―――青い鳥チーム。



ミッコとツチヤにとって、自然と胸にストンと落ちる名前だった。

鳥は憧れだった。いつだって自由で、風を感じていられる。そんな存在になりたいと、ミッコはいつも思っていた。
『ミッコは本当に風が好きだね』と微笑むミカの顔を思い出す。いつだって自分を導いてくれる風が好きだった。
そんな風の一番近くで、自由で気ままな鳥になって、ミカとアキと一緒にずっと旅をしていたいと思っていた。

ツチヤは遠い夢のような記憶を思い出していた。ナカジマとスズキとホシノとツチヤ、いつもの自動車部の4人で整備した車に乗った記憶。
ツチヤは車において足回りの良さを大切にしていた。ガンガンぶっ飛ばしてズリズリ滑らせてぶっちぎる、それがツチヤの良いところだ。
パワーだけ強くても走れないし、何よりもスライドコントロールができない。その車の真髄は足回りの良さだった。
U12ブルーバード。自動車部のみんなが認めたツチヤの華麗なドライヴィングを楽しみながら乗った、思い出の車だった。

「鳥かぁ……うんうん! いいね、鳥、好きだよ私!青といえば継続高校のイメージカラーでもあるし!いいねいいね!気に入ったよ」
「青い鳥……つまりブルーバードだね〜! 4WDの純正足のコントロールをうまくしながら、その上速く走るための究極のドリフト!
 学園艦で自動車部のみんなと走った時、気持よかったなぁ〜! いい名前だと思う 」


麻子にとってミッコの趣向もツチヤのドリフト経験も知る由はなかったが、直感でこれが良いと思った。これは全参加者に送るメッセージでもある。

青い鳥の意味は身近にありながら気がつかない幸福、そして希望―――。
遠くまで旅をして、嫌な事件や出来事に出会っても、本当の幸せは身近にあるんだと。
殺し合いは始まってしまったけど、本来の身近な幸せを忘れないで欲しいと―――。
自分の身近な仲間を大切にしてどうにか殺し合いから脱出したい。麻子はそんな希望を名前にのせて飛び立たせた。

指紋認証を済ませ、晴れて三人はチームとなった。

この殲滅戦において麻子にとってこのチームは希望への架け橋になる。
これから沙織が作っているであろうチームと合流して、脱出の希望に向けて走りだすんだ。
沙織と麻子。二本ではあまりにも弱すぎた矢。だから一本ずつに別れ、そこで今三本になった、どんな困難でも折れないくらい強くなった気がした。

しかし、唐突に、本当に唐突に終わりの刻は訪れた。


454 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:43:40 JrzLUZqA0



率直な感想。
わけがわからなかった。

さっきまでみんなで脱出しようね、とかみんなで走ってみたいね、とか楽しくやってたじゃないか。それが何だ、これは。

地面に転がるスマートフォンのスピーカーから流れる絶え間ない絶叫。
目を覆いたくなるような惨状。悲劇、惨劇。
拷問と呼ぶには生易しすぎる、人の肉体も精神もズタズタに壊し尽くす行為。
怒りを通り越して茫然自失に至る。目の前が真っ白になって倒れそうになる。
真っ白な世界で、血の色は恐ろしく鮮やかに映る。
胸はぎゅうと締め付けられるようで、身体は思うように動かない。奥歯はガタガタと震え始めた。



どうして、あいつが、アキが、いったいなにをしたっていうんだよ――――




心のやさしい子だった。いつだって笑顔で、花のように明るくて。
ミカとミッコとアキはいつだって三人一緒だった。
寒さに震える時も、孤独を抱え込む時も、いつも傍に二人がいた。
『いつも』はいつまでも続かない。
本当はこの殲滅戦に連れてこられた時からわかっていたのに―――。
永遠なんて存在しない。やまない雨がないように、終わらない関係なんてない。
でも、そんな、こんなにも、こんなにも唐突だとは思ってなかったんだ。

遠くから聞こえた爆発音で、ミッコは我に返った。顔を上げ、立ち上がる。
まだ終わっていない。どんなに離れていても、ミカとアキとミッコは仲間だ。
ミカの話す言葉を朧げに思い出す。
『人生には大切な時が何度か訪れる』
喉がきゅっと熱くなる。多分、大切な時っていうのは今なんだ。

「行こう」

アキはまだきっと生きている。まだ助けられるかもしれない。
そんな絶望的な希望を抱いて走りだそうとする。
麻子はこれは罠だとアキさんも言っていた、冷静に考えるべきだと止めてくれた。
急いだってもう、遅いかもしれない。ここからすぐに着く距離でもない。
罠にまんまとはまって自分たちが殺されるかもしれない。
それでも、ミッコは仲間を傷つける奴が許せなかった。

麻子とツチヤはミッコの真剣な顔を見てそれ以上何も言わず、頷いた。


455 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:44:43 JrzLUZqA0

少女は硬い卵の殻を叩く。
飛び立つのに必要だったのは、自分で殻を破る勇気だった。
今、飛翔の時。もう迷いはない。少女は戦場で風を切る。

走る、走る。
3つの足音が野に響く。
また爆発音が聞こえる。
嫌な予感がする。
それでも、走る。



【C-5・東/一日目・午前】

【☆ミッコ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、深い悲しみ
[装備]ジャージ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『諜報権』
[思考・状況]
基本行動方針:継続の仲間との合流。殺し合いに乗る気はないが、継続の仲間を傷付ける奴は許さない
1:アキを助けに行く
2:どっかに乗り物ないかなぁ〜

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【ツチヤ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、 恐怖
[装備]ツナギ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『傍受権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗るつもりはない。首輪を外して脱出をする
1:ミッコについて行く、乗りかかった車だしね〜
2:首輪を外すために自動車部と合流して知恵を絞る。船などがあればそれで脱出を試みる

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【冷泉麻子@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、恐怖
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:沙織や仲間達を死なせたくない
3:ミッコについて行く、でも沙織を置いて死ぬ訳にはいかない
4:第一回目の放送時に沙織と合流する。絶対に仲間を連れて

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
※水道が生きていることを把握しました


456 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:47:07 JrzLUZqA0



「ひぃぃぃっっっ」

スマートフォンから突如流れだした映像を見て、武部沙織は怯えていた。
残忍に嫐られる少女の処刑はあまりにも衝撃的で、勢いで落としてしまったスマートフォンは背面を上に向けたまま床に接触した。
おかげでそれ以上の視覚情報を得ることはなかったが、スピーカーから流れ出る大音量の絶叫は壁に反響して耳を塞いでも聞こえてくる。
こんな時に、こんな不安な時に大丈夫だよと沙織を抱きしめてくれる人は誰もいない。

結果から言うと、麻子と別れた後、沙織は誰とも出会えなかった。
絶対に仲間を見つけてこようと勇んで旅に出たものの、幸か不幸か本当に人間を見つけることが出来なかったのだ。
誰かが身を隠しているかもしれないと思い恐る恐る病院に入り、
無人の病室に入ったすぐ後にスマートフォンに映像が強制アップロードされ、今に至る。

「こわ……こわい……だ、誰か……麻子ぉ……」

今ここにはいない親友の名を呼ぶも虚しく、自分の声と声にならない絶叫が病室に響くだけだった。
目には大粒の涙、恐怖で身体は震え、鮮やかな血の色は瞼に焼きつき、視界をチカチカとさせた。
怖い、怖い、怖い、一人は怖い。やっぱり泣きついてでも、縋り付いてでも麻子に一緒にいてもらうべきだった。
画面の奥で拷問をしている人間が誰だか沙織には分からない。どこで起こっているかもわからない。
大学選抜で仲良くなったみんなが殺しあうわけ無い。そう信じていたかったのに、希望が絶望に暗転する。
沙織の中の皆への信頼がガラガラと音を立てて崩れていく。
だから、人が怖い。自分以外の人間が怖い。誰が腹の底で何を考えているかが分からない。
さっきまでは無人だった病院も、誰かがいるような、誰かに狙われているような錯覚に襲われる。
次は自分が狙われる、殺される。そんな疑心暗鬼に陥る。
それでも、それでも麻子だけは、自分を守ると誓ってくれた麻子だけは、信じたい。

「やだぁ……もう……」

沙織はもう一歩も動けなかった。
暗い病室の中でひとりきり、少女は頭が痛くなるほど涙を流し、無理やり瞼を閉じて布団を被ってガタガタと震える。
きっと、涙が止まる頃には、麻子が助けに来てくれると頭の中で唱えながら。


【D-4・病院1Fのベッドの中/一日目・午前】

【武部沙織@フリー】
[状態]健康、強い悲しみ、激しい恐怖と人間不信
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:麻子や仲間達を死なせたくない
3:麻子以外の人間を信じるのが怖い

[備考]
※水道が生きていることを把握しました
※C-4での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています


457 : 飛翔、旅立ちの時  ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 15:49:26 JrzLUZqA0
以上で投下を終了させていただきます。


458 : ◆odpTnvgFtc :2016/08/28(日) 16:16:39 JrzLUZqA0
>エリみほ
エリカぁ……みほぉ……良かったなぁ、2人共前を向けて……。
戦車道が原因で離れてしまった二人の心が戦車道をしようという志でまた繋がるのがまたいいです。
まほお姉ちゃんが死んだことを知った後、2人はどう生きていくのか……

>西ヒップ、梓、華
西隊長……!最期の突撃シーンに彼女らしさが溢れ出していてめちゃくちゃかっこよかったです。
守られた側のローズヒップには仲間を見つけて生き残った側として強く生き抜いて欲しいです!
華さん……後輩を弔いつつジョキンジョキンやる華さんとそれを見る澤ちゃんの気持ち……
決意した者とできない者の対比に魅せられました。


459 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/08/28(日) 23:40:19 h/PnsJvU0
申し訳ありません
予約を破棄します


460 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:30:09 T3yBxNIA0
遅れました。
逸見エリカ、西住みほを投下します


461 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:32:50 mFLfAN3s0

 湿った空気に淀んだ工場の内、血溜まりは何も映さない。
 それでもその中、海風がシャッターを揺らし奏でる音を聞きながら、腕を組んだ逸見エリカは何とか息を吐き出した。

「それじゃあ、サンダースの?」
「……ケイさんが、言ってたんです」
「……」

 仲間を殺した下手人について言及されながらも、それは理解を超えた話であった。
 特殊殲滅戦――――余りにも現実離れしていた、戦車道の光の中で熟成された闇。
 しかし、腑に落ちるものではある。
 女学生を集めて殺し合いなどとは、たかが一個人の手にあまり過ぎた。
 ネットで見かけるたちの悪い創作物のような現実に眉間を押さえつつ、深い吐息。脳が酸素を欲していた。

「エリカさんは、何か知りませんか?」
「私?」

 そこで投げ掛けられたみほの言葉に、エリカは思わず首を捻った。
 頭が回らないのは確かであるが、それにしても何か情報はなかったか。ネットに与太話は転がっていなかったか――。
 僅かに顎に手を当てて「……ていうか、考えてもみなさいよ。西住流の師範の娘が知らないことを、私が知ってるわけないじゃない」

「う……」エリカの向けた白い目に、みほは詰まった言葉しか出せなかった。「そう、ですよね」
 そこはエリカの言う通りであった。みほは自戒した。
 当事者に程近い場所にいながら、みほは、知ろうとはしなかった。
 或いは知りようがなかった?
 ――……それ以前の問題であった。彼女は、自ら西住流から離れてしまったのだから。

「……私は、何も知らなかったんだ」

 噛み締めるように漏らしたみほの呻きに、生まれようとする重苦しい沈黙に、しかし割り込んだのは他ならぬ逸見エリカ。

「別にいいでしょ」
「え?」
「きっと……師範は、あなたを近付けたくなかったのよ。こんなところに」

 何故、彼女をこうしてフォローしようとしているのか。こんなのは自分のキャラクターではない。
 エリカはそう思い――内心首を振る。今さら、余計な意地を張る意味もないのだ。
 ある意味、誰よりも――家族や仲間や尊敬する隊長よりも、恥ずかしいところをみほに見られていた。いつか恋人ができても、こうはならないだろう。


462 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:35:13 mFLfAN3s0


「……今思えば、仲間を助けに行ったことをあそこまで怒ったのも……そうかもしれないわね」

 当然だが――。
 あのときのみほの行動は人としては褒められることだろうが、同時に人としてやはり叱られるものだった。
 生身で、服を着たままあんな河に飛び込む。
 普通はそれで濁流を遡って戦車のハッチを開ける筈がないし、実際居合わせたエリカもぎょっとして、二次災害でみほが浮かんで来たらどうしようかと気が気でなかったのだ。

 しかしそれはそうと、腑に落ちないものを感じたのは確かである。
 当然、無茶をしたみほを咎めたくなった。
 だが、みほのせいで優勝を逃した――――とOG連中のように声高に叫ぶ気にはならなかった。
 乗員だって下手に車外に連れ出すより、あのままで生存できたのではと僅かに思わなくもない。
 それに、お前らがむざむざ助けられたが為に優勝を逃したのだという視線を向けられる彼女らを思えば、みほの行為は、勝手だった。

 無論の憤りはさながら――それ以上に、言われても言い返さないみほが腹立たしかったし、
彼女が叱責を甘んじて受け入れるという――そんな人間と知りながら、
そして彼女がやらないでくれと言う通りに、碌にフォローも行えなかった自分自身にも苛立ったのは言うまでもない。
 そうだ。
 だがしかし、母親なら、味方になってやってもいいのではないかとも思ってはいた。

 その答えが、ひょっとするなら――。

「……お母さん」

 呟くみほの声。
 真意を問い直そうとしても、今となってはどうしようもない。
 そんな風に俯く彼女へと、

「会って、聞いてみればいいじゃない」

 気付いたら、そんな言葉をぶつけていた。

「そのときは、私も一緒に行ってあげるから」
「エリカさんが?」
「私も――巻き込まれてるし。こんなことがあるって知ってたなら、もっと準備ができた筈だし」

 知っていたらボクササイズなんてただの運動じゃなくて、本気で格闘技を始めて居ただろう。

「だから、その……」

 今さら恥ずかしがるなと、自分に言い聞かせる。
 一年ぶりではどうにも慣れないが――――馴れろ。というか余計に考えるな。頬が熱くなるだけだ。
 口をキッと結んで、

「――会うわよ。ここを出て」

 そう言った。
 自己評価90点。変に意識しないで言えた。


463 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:37:04 mFLfAN3s0


 ◇ ◆ ◇


 それからいくつか言葉を交わしたのち、どうにも距離感を誤ってしまっていると感じたエリカはとりあえず言ってみることに決めた。

「チーム名は、ボコられグマのボコとかでいいわけ?」

 何の対抗意識か得意気に、若干嘲るように口許を歪ませた逸見エリカは――直後に目を見開いて腰を引いた。
 というのも、異様な――先程までと同じぐらい異様なほどに目を輝かせて、身を乗り出したみほ。

「な、な、何よ……」

 ちょっとした軽口のつもりだった。
 共同しても、敵対しても、和解しても――多分それが逸見エリカと西住みほの付き合い方だから。
 落ち着いたところで――或いは逆に落ち着かないからか、そんな言葉が飛び出したのだろう。
 それにしても……先程もそうだが、まさかここまで食いつくなんて……。
 ちょっとうすら寒いものを感じずにはいられない。

「どれだけ好きなのよ……あの変なぬいぐるみが……」
「ううん……あ、えっと、ボコは好きだけど……そうじゃなくて……」
「はあ?」
「えっと……」

 どんどんと語尾が濁っていく。
 歯切れが悪そうに俯いて手のひらを合わせるみほに、思わずエリカは不機嫌そうな声をあげた。

「じゃあ、なんなの?」
「えーっとエリカさんなら、チーム黒森峰とか……それとも何かドイツ語の名前にするのかなって……」
「あなた、もう黒森峰じゃないじゃない」

 忌々しげに眉を寄せたエリカ。
 みほは、詰まったように本当に申し訳なさそうな声を漏らした。

「あとは……その……」
「……何よ」
「えっと……さっきもそうだったけど……」
「だから何よ」
「その……エリカさんが、ボコの名前……覚えててくれたんだなって」
「――」
「それが少し……嬉しくて……。これ、変かなって…………エリカさん?」
「………………。………………ばっかじゃないの」

 ぷいと顔を背けて、エリカはスマートフォンの画面を覗き込んだ。
 チームの編成――『ボコさんチーム』の文字が掲げられたそこに微妙に文字を追加要求。
 着信を告げるグループチャットには、

 『よろしくね、エリカさん!』

 特殊殲滅戦の部隊であるというのに――だからこそか――昔みたいに踊る文字。
 チラリとみほを振り返って。

「……ばっかじゃないの」

 逸見エリカは、自分に言い聞かせるように呟いた。


464 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:38:57 mFLfAN3s0

 昔のようになっても――――もう、昔のようにはなれないのだから。落としたピースは、欠けてしまっている。
 視線の先では、赤星小梅が手足を投げ出して眠っていた。
 眺めて――心が鉛になったように改めて何も感じない自分の冷淡さを、エリカはどこか恥じる気持ちだった。

 先程も、そうだ。
 今も、そうだ。
 そして――――多分、本当に自分は、冷淡で不謹慎なのだろう。
 死体の傍で、見知った戦友の亡骸の隣で、こんな――

「エリカさん?」

 伺うようなみほの視線に、なんでもないと首を振る。
 そうだとも。
 思えば逸見エリカはきっと、どうしようもなく自分勝手で冷淡で高慢な人間なのだ。
 だから、人を殺そうとした。
 結果は失敗した。

 みほのことを殺そうとしたのは――みほ自身がそう促していたのもあるし、優しい彼女のことだ。それは、許すだろう。
 むしろ、謝るだろう。
 だけども、一人――――あの森で出会った一人――――。

 追求されたなら、いくらでも自分は――逸見エリカは言い逃れをするだろう。声高に叫ぶだろう。
 “こんな殲滅戦に巻き込まれたのだ”“混乱していた”“結果的に殺してはいない”――――どんな正当性だって言い切れる。きっと、無理押しができる。
 だが――

「エリカさん、どうかしましたか?」
「……ばっかじゃないの」
「ええっ!?」
「何でもないわよ。……早くするわよ」

 混乱と高揚から立ち直ってみれば。
 どんな批判の言葉よりも、どんな叱責の文句よりも――――ただ。
 ただ、この目が。
 この優しい目が――。

「……ばっかじゃないの」

 視線を合わせられず、歯切れ悪く背を向けることしかできなかった。
 痛い。
 殴った拳が、痛い。
 ずきずきと、酷く痛む。
 空っぽになったと思ったのに、滑車のように、またカラカラと廻り始める。
 尊大な羞恥心が、鼠のように、滑車を。


465 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:41:12 mFLfAN3s0



 赤星小梅の死体を前に、みほと二人手を合わせる。
 身体には、エリカのパンツァージャケットを被せていた。
 どうせすぐに運ぶにしても、そうしなければならない気がしたから。
 手を合わせて、これが最後の別れになると知っていながら――――心の中でなにがしかの思い出を振り返ろうとしたが、どうにも言葉が回らない。
 死を理解はしていても、どこか納得しきれていないようであった。

(……まぁ、よくやったわ)

 だからお茶を濁すようにとりあえず最後にそう付け加えた。
 褒め慣れてはいなかった。褒められ慣れていないのだから仕方ない。
 数十秒か、数分か。
 どれだけそうしていたのかは判らないが、瞳を閉じていたみほが瞼を持ち上げるのに合わせてエリカも手を離した。
 何を話していたのか、互いに聞く気にはなれなかった。

「それで、どうするの?」
「ケイさんを、止めたいです。それにできれば……」

 みほが小梅の死体に目配せする。
 エリカも、同じ気持ちだった。
 寝かせた小梅の胴体に、パンツァージャケットを結びつけた。不格好なエプロンのようだ。
 エリカの上着だったが、親元離れて勇敢な死んだ彼女に、せめて多少は見映えを良くしてやりたいと思うのは同じ女の情けだろう。

「……」

 安らかな顔の死体。飛び散った内臓とは真逆に整っている。
 みほは目を潤ませながら、それでも顔を逸らさないでエリカを手伝っている。
 やはりまた、妙な沈黙だ。
 エリカばかりがみほの横顔を眺めている。
 それでいい。目を向けられるのは、あまりされたくない。
 そう思えば視線を感じたのか、上目遣いにみほがエリカを――咄嗟に考え事をしているように顔を背けて、

「どうせなら、首輪を……」

 言いかけて、エリカは口をつぐんだ。
 理性では判っている。理論でも知っている。理屈でも考えているが――――それと、感情とは、まるで別だ。
 戦車に潜る少女たちは、心そのものまで鋼鉄にはなれない。
 きっと西住流の教えはこんなときでも生き残る術をもたらしてくれるものだろうが――。

「エリカさん?」
「……なんでもないわ。それより、早くするわよ。無駄な時間があると思ってるの?」

 誤魔化すように、エリカは語気を強めた。
 みほが申し訳なさそうに眉を寄せるのを見て、内心溜め息を吐く――他ならぬ自分自身へ。


466 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:42:49 mFLfAN3s0

 これじゃあ、半端者だ。
 だけど…………見知った人間の、穏やかに目を閉じたその顔を見ていながら。
 冷酷に徹することなんて、できる筈がなかった。
 また、何をやっているのだろう。次から次へと。この自分は。逸見エリカは。
 今だって、怯えている。
 居丈高に振る舞いながら、もう銃を構えたくないと思っている。

 それよりも、また――……。

「起こして」
「小梅さんを……?」
「そう。担ぐから」

 背後から手を回され起こされた赤星小梅の股に片腕を通し、その腕を握って肩を通すように担ぐ。
 予想以上に、重い。
 幾度となく練習をしたが、死体というのは、こんなにも重いのか。

「エリカさん、すごい……!」

 ファイヤーマンズキャリー。消防士がそうするような、負傷者の移動方法。
 思い付けば簡単であるが、やりなれなければバランスを崩して倒れてしまうような方法。

「どこでこんなの……」

 エリカの努力を湛えるようなみほの目に、若干震える自尊心に合わせて、

「それは――……」

 何故覚えたのか、こんな咄嗟なときにもできるようにしたのかと答えようとし――。

「エリカさん?」

 僅かに沈黙。

「……いざというときの為よ」
「そうなんだ」
「そうよ……いざというとき、人が運べなきゃ困るでしょ? そんなのも判らないわけ?」

 エリカの嫌味に、みほがまた小さく顔を曇らせた。


467 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:45:16 mFLfAN3s0

 それを見て、胸が痛む反面――奇妙な快感を覚えていた。
 これ以上指を曲げれば折れてしまうことが判る――。
 そんな分水嶺に至りながら、それを試そうとする自殺的な/虚無的な胸を這い上がる昏い快感。
 限度を、図っている。
 子が、親の情を試すように。恋人が、その愛を図るように。妻が、夫の心を覗くように。

 ああ――本当に。
 救えない。
 次から次へと、浮かんでくる。
 一度は消えた筈なのに確かに全て出しきった筈なのに――――ああ、本当に、なんて救いがたいのだろうか。
 尊大な羞恥心と臆病な自尊心の虎が、内から内から囁いてくる。

「64式、取って貰える?」
「は、はい! えっと……これかな?」

 じくじくと、爪痕のように、刺青のように心が痛む。
 この目が。
 この目が辛いのだ。
 絶対に有り得ないと想いながらも――――一度打ち解けてしまったからこそ、どんな弱味も受け入れてくれると知ってしまったからこそ。

 もしも。
 もしも、もしも西住みほが自分を受け入れてくれないとしたら――。
 彼女の中の、仲間という決定的な虎の尾を踏んでしまうことになるというなら――。
 その怒りの顔を、拒絶に燃える二つの瞳を、対称形を採る恐怖を向けられてしまうとしたら――。

(……言える訳、ないじゃない)

 それが、怖いのだ。
 このまま勢いに乗せて、いつものように皮肉げに言えたならどんなにいいか。

 そこで――悲劇が起こった。


468 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:47:00 mFLfAN3s0



 ガシャンと鳴った音。カラカラと廻る音。
 人を担いだエリカに変わって、みほが握った64式小銃のグリップ。

「……はあ!?」
「あ……ど、どうしよう……」
「どうしようじゃないでしょ!? 何やってるのよ!?」

 流石の逸見エリカも冷や汗を隠せなかった。
 確かに欠落しやすい銃だとは、散々ネットで囁かれていた。
 しかしそんなのはただの騒ぎたがりが、悪ふざけをしているだけだと思っていた。

 だが本当に。
 まさか本当に、銃が分解するとは。
 握把――銃の木製グリップが、すっぽぬけた。そこから上が丸々落下して悲しげにコンクリートの上で空転する。
 軽い金属音。グリップを止めるネジが抜け落ちたらしい。
 元々壊れやすいものが支給されたのか、数々の行動が理由で緩んでしまったのか。

「え、えっと……」
「相変わらずどんくさいのね! 探すわよ!」

 細かいネジなど、見失ってしまったら見付けられる筈もない。
 赤星小梅の死体を壁に立て掛けて、二人は床に這いつくばった。


469 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:49:58 mFLfAN3s0


 海風に戦慄くシャッターが、無言の空間に充満する。
 扉からの乏しい陽光を頼りにした室内は、モルタル床の影を吸って全体的に仄暗い。
 血溜まり。汗の痕。涙の痕。転々とコンクリートが、影より濃く彩られる。
 無言で、膝を突いて探す。
 壁に背を預けた赤星小梅は、しかし明らかに眠っているとは思えない角度で首を傾けて頭部を遊ばせる。

 床を這う音が、続く。
 血や汗を吸った手のひらは、地面の汚れに煤けていた。
 静寂。
 怪物の唸りの如く、風が嘶く。急かすように建物が軋む。
 ポタポタと髪を伝わって垂れた汗の染みをネジと勘違いして、思わず手のひらで押さえ付けていた。

 ふうと、エリカは手の甲で汗を拭う。
 責任感を感じているのか、みほは一度として顔を上げようとはせずに、地面を見詰めて手を動かしている。
 小さな背中。
 別れてから彼女は、変わったのだろうか。
 いつも追っていた。夢の中でさえも追いかけて、遠ざかってしまう彼女を前に魘されて目覚めたことは一度ではない。
 その背中が、四つん這いになりながら、探そうとしている。

「殺そうとしたわ」

 気が付けば、言っていた。

「え?」

 聞き返された瞳から顔を背けて、エリカは再び地面に向き直る。
 見付からない。
 落ちてしまったネジが、見付からない。

「あなたのところの、装填手を」
「優花里さん……」

 いつまでも這いつくばる姿勢に、肩と膝が苦痛を叫んでいる。
 それでも、地面と向き直る。部屋は、やけに暗い。

「殺し損ねたけど、引き金を引いたのよ。押し当てて、しっかり――自分の意思で」
「……」

 もう少し吹いていればいいのに、風が止んだ。
 エリカの動く音だけが、掠れた焦燥の音だけが、工場を満たす。
 喉が鳴った。
 西住みほは、動かない。


470 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:53:42 mFLfAN3s0


「だから――」

 だから、なんだというのだ。
 浅ましく、許しを請おうというのか――この優しい少女に。

 きっと、許される。それは判っている。
 許されない方がいいなどと宣うほど、自己憐憫や自己陶酔を持てるほどに空想がちな人間では、エリカはない。
 だから都合がいい。
 都合がいいのだけれど――。

 許しを請うというのは、ここまで身勝手で計算高くおぞましい行為なのだろうか。
 他の誰かだったら。
 他の誰かだったら、エリカは素直に言い訳を言っていただろう。心の底から、その必要があったと思えただろう。

 だが――。
 この西住みほにだけは――。
 彼女にだけは――――――――。

 怖い。
 怖い。
 怖いのだ。
 鼻を挟んで対称形に二つ揃ったみほの瞳が、怖いのだ。

「エリカさん」

 逡巡を割って。
 ぽつりとみほが呟いたのに、エリカは思わず身を強張らせた。やけに重く静かな声だ。
 恐る恐るとみほを見る――その目を。
 太陽の光は遮られて、白と黒の濃淡が扉から始まる工場の中。
 溜まった空気。たった今膝をついている石の床めいて妙に冷たく重い。
 薄明かりの中、それでも西住みほの顔は――彼女の顔だけは、はっきりと見えている。

「私も……辛くて、エリカさんを人殺しにしようとしました」

 石牢に、声が響く。
 淡々と。

「悲しくて、辛くて、でも自分で死ぬのは怖くて――エリカさんに殺して貰おうと思いました」

 外の風とも、明かりとも遠い室内。
 気付けば遠くで、工場の非常用発動発電機が唸りを上げる。
 低くて肌がむず痒くなる唸りを。

「私は、エリカさんを人殺しにしようとしました。自分で自分を、殺すこともできませんでした」

 海風が遠く、鳴く。

「だから――」


471 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:56:10 mFLfAN3s0


 風の戦慄きに合わせて、エリカは静かに口を開いていた。

「……お見通しなのよ」

 それは、嘘かもしれない。
 気付くのが遅れていたなら、万が一の未来もあったのだろうから。
 ひょっとしたら或いは、歯車が食い違って、西住みほを殺している結末も有り得たから。
 だけど、

「第一、あなたみたいな人間の罠に嵌まって……私が人を殺すと思うの?
 そうでしょ? あなたにそんなの、上手くいく訳ないのよ。似合わないのよ」

 皮肉げに、口が吊り上がる。
 これが自分だ。

「エリカさん……」

 これが逸見エリカだ。

「エリカさんも、そうです」

 みほが、エリカを見据えて言った。
 部品を探していた指先が、触れる。

「エリカさんは怒りっぽくて、一言多くて、思ったことがすぐ口から出る人で――――でも誰よりも努力家で、必死で、他人にも自分にも厳しくて真面目な人だから」

 それが、西住みほにとっての逸見エリカだ。
 そうだ、これが西住みほだ。

「そう」
「そうです」
「そうなの」
「そうです」
「そっか」
「はい」

 だから、これが――――逸見エリカと、西住みほだ。

 ネジは、見付かった。



 ◇ ◆ ◇


472 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 16:59:06 mFLfAN3s0




「それで、これからどうするの?」
「小梅さんをどこかに埋めてから……双眼鏡で様子を窺いながら市街地を目指したいと思います」
「出会ったらどうするの? こっちを殺そうとしていたら?」
「それは――……」

 みほが言葉を曇らせる。
 何も考えていないとは、思わない。
 あれでいて、ゾッとするぐらいに腹案を考えているみほのことだ。
 いくらか思い付きはしているが、それが血潮飛び散る生身での殲滅戦では躊躇われることなのか。
 黙らせるなら手足に二・三発浴びせて拘束すればいいと思う。ひょっとしてそのことも、視野に入れているのかも知れない。

「……だから、なるべく情報を集めましょう。逐次観察をして、敵味方の識別に努めます」
「弱い奴を狙うって訳?」

 言いながら――みほの呟いた、敵味方という言葉を繰り返さないようにした。
 個人としての西住みほとは別に、戦車乗りの――戦術家の西住みほへの切り替えは行えているらしい。

「えっと……」
「判ってるわよ。
 そのままだと犠牲になりそうな人間を集めて、頭数を揃えるんでしょ? 牽制射撃でもできれば生存率は上がるし……」
「はい。冷静に話をするためにも、お互いに簡単に撃てない状況にする必要があります。
 できれば一校で固まらず、色んな学校の生徒に声をかけましょう」
「……撃てない理由を作るのね」
「はい」

 みほが小さく頷く。
 多少は、取り戻して来ているのか。
 自分が――――自分が味わったことは一度しかない、隊長としてのあるがままの西住みほの指揮。
 重圧や申し訳なさを廃した、西住流とは違う西住みほ流。


473 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 17:01:29 mFLfAN3s0


「で、当面は……」
「無理をしないように……できることからしていきましょう」

 みほの視線の先には、エリカが担いだ小梅の死体。
 これが無力。万能ではない証左。決して夢想と理想は違うのだと教える現実。
 僅かな、しかし沈痛なみほの面持ちにエリカの面映ゆい気持ちも燻っていく。

「それじゃあ……隊長はいないから…………まぁ、あなたが今は隊長ね」
「……はい」
「…………なら、私が副隊長よ」
「いいんですか!?」
「いいも何も、ここには私とあなたしかいないじゃない」

 努めて面白く無さそうに、エリカは言った。

「だから、作戦指示。隊長なんだからしっかりしなさい」

 そんなエリカの目線を受けて――

「それじゃあ、ころころ作戦スタートです!」
「はぁ!? なにそれ!?」

 こちらは心底面白くなかった。

「えっと……ビー玉みたいにころころゆっくり転がりながら、一緒に集まるみたいな……」
「相変わらずセンスないわね。ころころ作戦? 何よそれ? センスないわね」
「そ、そうかなぁ……」
「そうよ。あのクマのぬいぐるみもそう。
 前に、目を輝かせてずっと喋られてたとき私がなんて思ってたか判る? センスおかしいのよ」
「……ボコ、かわいいのに」
「センスおかしいのよ、あなた」
「……ボコ、かわいいのにな」
「変」
「……ボコ、かわいいんだけどなぁ」
「おかしい」
「そうかなぁ……」

 どんどん下を向きながら自分自身に言い聞かせるように呟いていくみほに、エリカは咳払いを一つ。

「……まぁ、それじゃあ、ころころ作戦ね」
「いいんですか!?」
「さっきも言ったでしょ。変。センスない。おかしいわよ」
「あう……」
「でも…………その、評価はしてるのよ。あなたのことを。本当に」

 会話を打ち切るように、光に――――工場の出入り口へ、足を向ける。


474 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 17:04:14 mFLfAN3s0


 なんだかなと、エリカは溜め息を吐いた。
 こんな殲滅戦の舞台だというのに。
 もう赤星小梅は死んでいるというのに。
 恐らく他にももう犠牲者は出て、何人かは殺戮者に身を窶してしまっているというのに。
 それでも――――こうして。
 西住みほが隣をまた歩いているという事実に、殲滅戦よりも言い表せない感傷を抱いているのを自覚して。

「……本当、ばかみたい」

 自分も愚かなものだと、吐息を漏らした。
 これ以上、これ以上何もなくて……。
 自分とみほの溝が埋ったという事実だけが残って、それ以外は殆ど変わりがなくて……。
 また日常に戻って、西住みほの言うようにまた戦車道を皆でやれたらいい――――。
 そんな風に、思っている自分がいた。

(……隊長)

 すがりたいとは、考えないようにしたいけど。
 それだとしても――――。
 また自分達が一緒に並べていることを、それを、知ってもらってほんの少しでも笑って貰えたらいい。
 きっと少しは、安心してくれる筈だから。

 肩に担いだ赤星小梅は、どこか冷えている。
 話したいことは、たくさんあった。
 エリカは青空に、目を細ませた。
 雲の流れが、やけに早い。遠からぬ内に、嵐が来るかもしれない。
 そういえば、台風が来るかもしれないと――ここに来る前のニュースを思い出して。

「……はぁ」

 物憂げに一つ、息を漏らした。
 どうにも憂鬱だ。
 また、ああして、他人に出会うことになる――それも大方がこの殲滅戦に何らかの指針を決めているものに。
 本当に憂鬱で、叶うことならここに息を潜めていれたらどんなにいいか。

 だが――今は一人じゃない。
 隣には、西住みほがいる。
 あり得たかもしれない、彼女を隊長にした自分が副隊長。
 彼女と共になら――彼女と共に西住まほと会おうと思えば、逸見エリカは逸見エリカとしてまだ立っていられる。
 この場が怖いという気持ちが、少しでも和らいでいく。
 彼女の言った、理想を思えば。

「どうしたんですか、エリカさん?」
「こっちは人一人担いでるのよ……! そのへん、すこし、かんがえなさいよ……!」
「ご、ごめんなさい!」
「全く……」

 そう。
 これ以上、何も起きなければ――――。


475 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 17:06:11 mFLfAN3s0


「……あ」
「どうしたんですか、エリカさん?」
「その……あれよ。あれが……その……足りないんじゃない?」
「あれ?」
「……ッ、鈍いわね! 作戦なら、いるでしょ!」
「……?」
「戦車はないけど……ここまで言っても判らないの?」
「あ」
「ほら、判ったなら……!」
「はい。……そっか、戦車はないけど」
「ならちゃんと言いなさいよ……“隊長”」

 すうと、息を吸い込み。

「――――パンツァー・フォー!」




【G-3・工場/一日目・午前】

【逸見エリカ@†ボコさんチーム†】
[状態]勇気+ 背に火傷 精神疲労(中) 頬から首筋にかけて傷
[装備]血の滲むパンツァージャケット(小梅の死体に巻いてある) 64式7.62mm小銃(装弾数:13/20発 予備弾倉×1パック【20発】) M1918 Mark1トレンチナイフ(ブーツに鞘ごと装着している)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:……それでもやっぱり、隊長のところへ行きたい
1:赤星を弔ってやろう
2:死にたくない。殺したくない。戦いたくない。
3:みほと共に、市街地に抜ける。当面は彼女の副隊長として振る舞う。
4:ころころ作戦は、ない。

【西住みほ @†ボコさんチーム†☆】
[状態]勇気+ 顔面の腫れ 奥歯が1本折れている
[装備]パンツァージャケット スタームルガーMkⅠ(装弾数10/10、予備弾丸【20発】) 九五式軍刀 M34白燐弾×2
[道具]基本支給品一式(乾パン入りの缶1つ消費) S&W M36の予備弾丸15発 彫刻刀セット(三角刀抜き)不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなともう一度、笑いながら戦車道をする
1:赤星さんの埋葬をして、もう一度作戦会議後、都心部へ慎重に移動
2:ケイさんを止める。絶対に
3:可能な限り犠牲を出さない方法を考える
4:そんなにかなぁ……エリカさん、いつもオーバーだから……


476 : 当事声跡共相高 ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 17:07:17 mFLfAN3s0

【作戦解説】
「ころころ作戦」
 双眼鏡で周囲に気を付けて進みながら、仲間にできそうな人から集めていく作戦。
 できれば色々な高校の人間を集めた方が、グッと危険性は下がると思っている。
 色とりどりのビー玉がゆっくりころころ転がりながら集まるイメージなので「我ながらしっかりつけられたかな?」とちょっと嬉しい。
 なお、逸見エリカには酷く『センスがない』と言われた。


477 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 17:08:57 mFLfAN3s0
投下を終了します。遅れて申し訳ありませんでした。

タイトルは「当事声跡共相高(とうじのせいせきともにあいたかし)」です。


478 : ◆RlSrUg30Iw :2016/08/31(水) 17:33:36 mFLfAN3s0
>迷中少女突撃団
華さんはここにきて完全に覚悟を決めてしまったし、ついに処女を捨ててしまいましたね。
死体に日常を思わせる華道を行い混乱を飲み込んで静かに狂おうとする反面、切り捨ててしまった枝葉の部分がどこか物悲しかったです。
動けない梓も、動き出したローズヒップも皆かわいいですね
そして西さん……


>飛翔、旅立ちの時
ついに動き出せた二人。出会ったのが清涼剤のようなチームというのは癒されますね。
操縦絡みで、出た後のレースについて話すところはとても微笑ましいと思いました。それだけに急展直下も……
それとやはり幼馴染みはいいですね。バラバラに別れても味があっておいしいです

あとそど子の死に様を思い返しているときの淡々と事実を並べた描写が、特に触覚の描写が好きです


479 : ◆RlSrUg30Iw :2016/09/01(木) 15:29:30 cP6kVYFo0
磯部典子、クラーラ、ホシノ、秋山優花里予約します


480 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/03(土) 02:47:54 zACt0Ljs0
アッサム オレンジペコ アリサ 丸山紗季で予約します


481 : ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 02:38:21 hIs8Cw5s0
予約期限超過本当、申し訳ないです。
投下します。


482 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 02:41:55 hIs8Cw5s0
昨日の敵は今日の友。試合を終えた後は、互いを労い合い、讃え合う。
敵味方スタッフ、後輩先輩立場関係なく、騒ぎ合い喜び合う。
それが代々受け継がれてきた我がアンツィオの戦車道の流儀だった。
だから、互いで殺し合うだなんてそんな危なっかしい事、私にとっては天地がひっくり返るほど有り得ない事態だ。
信じられない。信じたくなかった。いいや、だが確かに大洗の生徒は亡くなった。
だけど、だけれど。
殺し合いなんか馬鹿げたこと、可能性がゼロとは言わないまでも、実際に見るまで起きるだなんて考えられないだろ。
確かにあいつの言う通り、無いとは言い切れない。私も最初はそう思った。
だけどやっぱり、アンツィオの人間はどんな状況でも殺人なんてする奴等じゃないと思う……じゃなかった、やるわけない。

ペパロニは馬鹿だけど、ノリと勢いがあるのは本当だ。あいつなら安心して皆を任せられる。
口上で士気を高めて、ノリと勢いをそのまま持っていく事が出来る。
あいつが居るから、アンツィオのタンケッテ集団はあれだけの根性と機動力を発揮出来る。
車体性能の差を埋めるバイタリティとパフォーマンスを見せる事が出来る。

カルパッチョにはアンツィオらしいノリと勢いは少し足りないけど、冷静に状況を見る力と戦術眼がある。
戦況を理解し、適切な判断だって出来る。優秀な副隊長だ。
カルパッチョが居るから、私は余裕を持って作戦も立てられるし、自由に動く事が出来る。
あいつは頭が良いし、実力もある。私の作戦を理解してくれるし、皆への命令も任せていられる。
諸刃の付け焼き刃でマジノに勝てたのだって、半分はあの集中砲火の驟雨を保ちこたえてくれたあいつのおかげだ。

私は、アンツィオのアホ共が、好きだ。
同時に、今まで戦ってきた奴等も、大好きだ。
この島に居る人間はな、私にとっちゃ全員が家族みたいなもんなんだよ。
誰一人欠けさせたくない。皆、すごい奴等なんだ。
力を合わせてあの島田流に勝ったんだぞ。社会人に勝ったチームに、たかが高校生の急造チームがだ。
なのに、なのに。……なのにさ。


「――――なんでだ」


力無く、呟く。
拡声器か何かで叫ぶ声がした後、郵便局から外に出て、まず聞いたのは遠く響く銃声だった。
のどかな青空の下、響き渡るその音は明らかに“異常”だ。
アンチョビは思わず背後の自動ドアの手前に立つ杏へ振り返る。杏は何も言わずに、腕を組んでいた。
間一文に噤まれた口。目線は鋭く、小難しそうに音がする方を睨んでいる。
続けて、二発目。三発目。
弾かれたように、アンチョビは町の方を見る。
銃声は先程聞こえた場所とは違う方向からだった。
南西、北西、北東。絶え間なく銃声の響く戦場と化した街に、堪らずアンチョビは口を半開きにして後退った。

「なん……だ……?」

続けて、市街地の方向から爆発音。少し遅れて空気が振動して、腹の底まで伝わる重低音。
アンチョビにはもう、訳がわからなかった。

「なんなんだ、これ……?」


483 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 02:46:04 hIs8Cw5s0
不意に眩暈がして、ふらふらと後退りスロープの手摺にぺたりと腰を預ける。
森の方角から、発砲音が連続で数発。少し遅れて、市街地から再び爆破音。
おかしい。端的にそう思った。
聞こえてくるのは一箇所からではない。数十秒毎に、別々の場所から発砲音が上がっている。
彼女とて白痴ではない。ここまで彼女なりに隊を引っ張ってきたし、アンツィオの自由奔放で馬鹿な奴等を従え、落ちぶれていた戦車道を立て直した。
つまり、それが意味する事態を理解出来ないほど彼女は馬鹿ではないのだ。
しかし同時に、それを瞬時に嚥下出来るほど、彼女の頭は合理的に出来てもいなかった。

「なんなんだよ……なんなんだよこれ!?」

だから、理解できない現実に対して、稚拙な語彙でそう吐き捨てる術しか知らない。
誰かと約束を結んだわけではない。誰かに裏切られたわけではない。
まだ見ぬ現実へ、自分勝手に理想と期待を押し付けただけだ。それでも、アンチョビは無性に腹が立った。
無論、実際殺し合いが起きないだなんて甘い考え、全く保証できない事は知っていた。
誰かが、アンツィオの人間が、このゲームに乗る事を考えてなかったといえば嘘になる。
しかし、だとしてもだ。

「嘘だろ? なあ」

震える声で、中空に問う。
行き場のない悲しみと怒りが、アンチョビの表情を醜く歪めた。
甘い自分の考えに対して。それも確かにあるが、何よりこんなにも簡単に発砲する様な馬鹿な連中に。
そうせざるを得なかったこの現実に、殲滅戦に。
それを半ば“仕方の無い事なのだろう”と理解してしまっている、阿呆な自分に。
そして、それを強要したあの役人に。

「本気か? 本当に本気なのか、皆」

再び、何処からか発砲音。中空を反響して、生気をすっかり失った港街に響き渡る。
ぎくりとして、思わず全身が強張った。堪らず視線を落として、初めて自分の拳が震えている事に気付く。
……私達の戦車道は何処へ行ってしまったんだ?
アンチョビは下唇を噛みながら胸の奥で呟いた。
“戦車道は、何処へ行ってしまった?”

「そんな……」アンチョビは笑う。酷く乾いた笑みだった。「そんな、簡単に、引き金を引けるのか……?」

杏は相槌一つ打たず、真っ直ぐにアンチョビの背を見据えている。
口はへの字に曲げられ、いつもの軽口も決して叩かれない。
彼女とて考えるところはあるし、何より今がふざけている場合ではない事は理解している。
腹に一物を抱えている彼女だからこそ、この状況にはあらゆる邪推や、これからのこのチームの行く末を考えざるを得ないのだ。
それにしても、だ。
そう。それにしても、彼女もここまでだとは到底思っていなかった。
理解はしていた。予想もしていた。覚悟もしていた。
なんならゲームに乗るであろう子の当たりもつけていたし、対策も練っていたし、自分が生き残る為に凡ゆる算段も立てていた。
それでも、“重い”。
開始から僅か数時間。ここまで熾烈な状況になると、一体誰が予想しよう。

「おかしいだろ……? おかしいだろっ……!? なあ……なあッ!!?」

再び、爆発音。今度は今までのものとは違い一際大きく、炸裂した榴弾のような凄まじい音だった。
地面が、僅かに震える。誰もいない郵便局の窓ガラスがかたかたと揺れた。
アンチョビは諸手を胸の前に広げ、かぶりを振りながら杏の方へと振り向く。
彼女とて、杏と同じだ。決して現実を見ていなかったわけじゃない。こうなる事を、予想していなかったわけでもない。
それでも、信じていたかった。それがただの夢見がちな日和見人間の願望だと解っていても。
ライバルとは、戦友とは、即ち仲間。そして仲間は、家族だ。
絆で結ばれた友だ。そう、信じていたのに。

「……うん」

杏は頷く。
声色は75mm砲に装填する榴弾の様にずっしりと重く、そしてその重さの意味を、旧知の間柄であるアンチョビは解っている。
解っているのだ。自分の言っている事が、如何に状況から乖離しているか。

「絶対におかしいだろ! こんなの……っ!」

とても肯定とは思えない、中身のない空返事。心此処に在らず。そんな表情。
アンチョビは杏のそんな面と言葉に犬歯で噛み付くように、行き場の失った拳をステンレスのスロープ手摺に叩きつけた。
ごおん、と図太く間抜けな音が辺りに響く。


484 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 02:48:14 hIs8Cw5s0
「うん」

杏は頷いた。
アンチョビは頭をばりばりと掻き毟ると、杏の顔を見る。
分厚い流氷のように凍て付き冷めた瞳が、アンチョビの瞳を、その奥の柔らかい部分を真っ直ぐに抉る。

「私達は同じ戦場で共に戦った戦友<なかま>だぞ?」

嫌な予感はしていた。
煮湯と氷水のような圧倒的な温度差。喚き散らす自分と、息すら乱さず立ち尽くす相手。
ぱくぱくと酸素を求める哀れな魚の様に震える口を開き、アンチョビは言葉を吐き続ける。
決定的な何かに気づいてしまわぬ様に、失態を必死に取り繕う我儘な餓鬼の様に。

「うん」

冷淡な返事を聞きながら、自分の視界がぼやけていくのを、しかし客観的にアンチョビは見ていた。
ふと、堪らず何かを叫んだ。何を叫んだのかを理解できない。誰かの口が動き続けている。
ぐわんぐわんと鼓膜が上下左右に揺れる。
まるで自分の口が自分のものでなく、そして碇を体に巻き付けられて水底に沈んでいる様な、そんな感覚だった。

「戦って、勝つだけが、戦車道、じゃない……そう、だろ?」
「うん」

正しい。その確信はあった。間違いではない自信があった。事実、彼女の想いは間違いではない。
けれども、冷静で冷酷なその一言が重なる度に、彼女の真っ直ぐな瞳に貫かれる毎に、奥底に立つ古ぼけた旗が揺らいでいく。

「大学選抜チームと力を合わせて戦ったんだぞ? み、皆で肩を並べて喜び合ったよな? な??」

縋るように、呟いた。
銃の音は聞いた。爆発の音も聞いた。これだけ喚かなくとも、結果は見えている。
現実を見ずに、誰を説いている。必死に説くべき相手は何処に居る。そうじゃない。違うはずだ。
焦りと自己矛盾が、脂汗となって背筋を這う。
少なくとも、この黒い気持ちも、醜い迷いも、目の前の友人に向けるべきじゃない。そんな事は疾うに解っていた。

「うん」

何度目かの、感情の無い肯定の声。
気づいた時には、アンチョビは杏の肩を掴んでいた。

「だったら! ……だったら……どうして! どうしてだ!!?」

咄嗟の力任せの動き。指が肩に食い込んで、杏の眉間に皺が寄る。

「……ちょび」
「私が言ってること、そんなに間違ってるか!?」
「ちょび」
「どうしてだよ!? どうして皆、こんなことができる!?」
「千代美!!!」

杏が声を荒げる。アンチョビは肩をびくりと跳ね上げると、はっと息を飲んで彼女の肩から腕を離した。
一対の硝子玉が、アンチョビを真っ直ぐに見ていた。曇りの無い目。鋭く、決意を固めた目。
どうして、と、思わず震える唇で呟く。
……どうして、お前はそんなに冷静に受け入れる事が出来る?

「これが、現実なんだ」
「け、けどだなっ」

現実。その二文字がアンチョビの思考を掻き乱す。現実、そんな事は最初から解っている。解っているともさ。
あるのはそれに対して納得出来るか出来ないかの差だけだ。
杏は前者で、アンチョビは後者だった。それだけの単純明快なお話。
しかし、故に、少しずつ確実にずれていく。ほんの些細なヒビが、音もなく入る。
指一本動かさず、ここまで冷静に居られる目の前の少女を、アンチョビは―――いや、安斎千代美は。







「これが現実なんだよ、ちょび」







――――“怖い”、と。
そう思ってしまったのだから。


485 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 02:51:51 hIs8Cw5s0
「辛いのはわかる。私達は仲間だった。そりゃ間違いじゃないよ。でも、聞いたろ?
 殲滅戦は始まった。私達を守ってくれた戦車も、カーボンも、此処には無いんだ……覚悟しなきゃ、きっと私達も簡単に死んじゃうよ」

……“こわい”?
その黒い感情を理解した瞬間、形容できない悪寒がアンチョビの爪先から脳天までを駆け抜けた。
アンチョビの耳を右から左に、杏の言葉が突き抜ける。アンチョビはぶんぶんとかぶりを振った。
友を裏切るような邪な感情を振り払う様に。毒されるな、そうじゃないと必死に言い聞かせる様に。

「でも、そんな……」

慌てふためくアンチョビを尻目に、杏は忘れ物を思い出したが如く自らのリュックの口を開き、銃を取り出した。
そして朝食を食べた後に歯磨きをする様に自然に、銃をスタートのポケットに差す。
コルトM1917リボルバー。撃たれれば、ただでは済まない。
そこまで理解して一拍置き、思わずその行為に、その意味にぎょっとする。

「お、おいっ!」
脳天から血の気が引き、アンチョビは堪らず口を開いた。
「どうして銃なんか持ってるんだ!? そ、そんなもので撃ったら相手も無事じゃ済まないぞ!」
「わかってるって〜。念のためだよ」

あっけらかんとした表情で、杏は応える。
アンチョビは一瞬眉を上げて何かを言いかけたが、開いた口をゆっくりと閉じ、息を飲む。
そうして、静かに切り出した。

「念のためって……お前、皆を、信じてないのか」

五秒。
五秒の間が空いた。それは否定と取るには長過ぎる無言だったが、しかし肯定と取るにはあまりに冷酷な短さだった。
無言に耐えかねて、アンチョビが肩に手を伸ばす。
杏はそれを無用と弾くと、人差し指を唇に当ててゆっくりと歯の隙間から息を吐いた。

「しーっ……誰か居る」

拒まれるように手を弾かれたアンチョビは胸の奥で何かが軋む様な錯覚を感じたが、しかし直ぐに彼女の言葉に現実を見る。
咄嗟に二人は郵便局と隣の家との隙間に隠れ、家影からこっそりとそれを覗いた。
大通りの、向こう側。信号を挟んだ歩道の向こう側に、小さな影が一つ見えた。
アンチョビの喉から、ごくりと固唾を呑む音。
何故ってそこに見えたものは、果たして戦車道を志す者であれば誰しもが知っている、小さな背だったのだから。
淡い金髪、傲慢ちきな態度、高飛車な物言い、小生意気な口上。
去年の全国高校戦車道大会の覇者、プラウダ高校。その隊長。
誰よりもプライドが高く、誰よりも愚直で、誰よりも負けず嫌いで、そして誰よりも、背が小さい。
見間違える筈がないのだ。そう、彼女は―――――――――――――――――――――――――“地吹雪のカチューシャ”。



「はあ……めんど〜な奴が来ちゃったよ……」



杏が頬を掻きながら肩を竦める。
アンチョビがちらりと横顔を伺えば、そこに浮かぶは心底面倒臭そうに目を細めたまま、とびきりの苦笑い。
アンチョビは杏の小さな頭に顎を乗せ、身を乗り出してそのカチューシャの様子を窺った。
彼女らしいといえば、彼女らしいのか。腰に手を当て、道の真ん中を堂々と歩いている。


486 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 02:56:08 hIs8Cw5s0
「……お、おいっ、こっち来るぞ? まだ見つかっちゃってはないと思うけど……どうする!?」

アンチョビが杏の頭の上で慌てて問う。
杏は腕組みをしてしばし唸っていたが、やがて目の前の視界を邪魔する縦ロールのツインテールを掻き分けながら、アンチョビの顔を下から見上げた。

「まあ、どうするもこうするも、隠れてやり過ごすしかないだろー「はぁ!? なんで!!」ね」

食い気味の反論に杏は深めの溜息を吐くと、アンチョビの顎を腕で押し上げ、くるりと振り返る。
アンチョビは慌てて体勢を整えると、杏を見下ろした。
明るい道路を背にしたその顔は、逆光で影が落ちている。口元はいつも通りに笑っていたが瞳は暗く、周囲の光を映さない。
民家と郵便局の間だ。狭い空間に光が届かないのは自然で、それは何らおかしな事ではなかった。
しかし、それでも。

「騒ぐなって。乗ってるかそうじゃないか、まだ分からないだろ。こっちも一回隠れちゃったしさ。
 ……それに……。……あー、まあ、色々だね」

ポケットから干し芋を取り出して、それごとひらひらと掌を翻すその“いつも通り”が。
意味もなくだるそうにする“いつも通り”が。
意味深げに笑う“いつも通り”が――――アンチョビには、異質なものに思えて仕方がなかった。

「そ、そんなの関係あるか!? 三人組を早く組んだ方がいいに決まってる!」

そんな黒い予感を振り払うように、アンチョビは鼻息を荒げる。
杏は干し芋を見せびらかすように口の中へ放り込むと、やや短めな咀嚼の後、口を開いた。

「関係ある」干し芋の粉を払うように手をはたくと、杏は指を三本、人差し指から順番に立てる。「ルールでは、三人までしかチームが組めない」

そう。三人まで。
不服そうなアンチョビの顔を見ながら、杏はその意味を改めて干し芋の味と一緒に噛み締める様に、胸中で呟いた。
三人。意見を纏めるには理不尽が過ぎるほど少なく、揉めた時に切り捨てられるには十分な多さ。
だからこそ、最後の一人は自分に有利に運ぶように仕組まなければならない。
支給品にそういった類のものもあるにはあったが、それでもまだカードが幾枚か足りない。
出来れば、三人目は他校ではなく大洗の学生が良い。打算的な意味でも、安全的な意味でも。
三人組結成可能がルールで明言されている以上、殲滅戦に乗る人間もまた、チームを隠れ蓑にするはずだと杏は思っていた。
というか、自分ならばそうする。故に最期の一人は他校の人間は避け、危険性が少なく、あわよくば互いに協力を持ちかけ易いであろう自校の人間がベスト。
加えて言えば、杏はまだ二対一の状況を作りたくはなかった。多数決は亀裂を生むからだ。
暫くは対等かつ優位に立てるであろうアンチョビと、のらりくらりと戦場をかわしつつ拠点を立てたかったのが、実際のところの本音だ。
せめて、死者が分かる最初の放送まではそうしたかった。死者の発表があるという放送を耐えられるかどうかが、協力するかどうかの基準にもなる。
誰を仲間にするかは、死者が増えるであろう夜戦を思えば、それから探すべきだと杏は思っていた。
しかし、それはあくまでも彼女が抱く希望で、絶対ではない。
現実はそう上手くはいかないもの。それは杏とて重々解っていた。
だが、この場合はケースがケースだ。現れたのはよりにもよって―――あのプラウダの隊長、カチューシャ。
ペースを持っていかれるのは誰から見ても必至で、アンチョビがそれに流されるのも、目に見えていた。
イニシアチブを奪われ、更に行動派とくれば、最悪の最悪だ。


487 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:00:25 hIs8Cw5s0
“きっとカチューシャはこの殲滅戦に乗らない”。
少なくとも、杏はそう思っている。
ならば仲間にすればという見解も確かにあるだろうが、しかし、だからこそカチューシャは危険だと杏は確信していた。
彼女はまず間違いなく殺し合いを止めようと動き、率先して戦場へ突っ込みたがるだろう。
そして相性もあるだろうが、性格上、いずれ彼女は誰かと確実に対立する。
日数が経過して精神がすり減れば尚更だ。そんな時限爆弾を背負う気は、杏には毛頭なかった。
おまけに、というよりもこちらが本音だが、杏の見立てではプラウダの副隊長、ブリザードのノンナは彼女の為に“乗る”側だった。
ここで三人目にカチューシャを受け入れ生還枠をゼロにするなど、愚策も愚策。先程言いかけて飲み込んだ科白はそれだった。
あのブリザードに“どうぞ隊長の私めを殺してチームを解体してカチューシャ様を取り戻して下さい”と首を差し出す事に同義。
それこそ、詰み以前の問題だ。死ねば全てが終わってしまう。その可能性は、幾ら小さなものでも何が何でも避けなければならない。
恐らくプラウダの人間が死ねば、カチューシャは激しく動揺するだろう。だがその後どうなるのか。それは正直、想像できない。
しかしアンチョビは、そうじゃない。きっと、彼女はそれに耐え得る強い人間だ。杏はその確信があった。
だからこそ、と杏は口を開き、友の、アンチョビの肩を小さな手で掴む。

「ちょび。最後の一人ってのは、すっごい重要なんだ。よく考えろって。
 カチューシャを仲間にしたら、それ以降アンツィオの誰かを見つけた時、ほっとくしかないんだぞ?
 “あちゃー、わっりー! 私達三人だからちょっち無理なんだー!”なんて、言えないだろ? な??
 だったら私はしばらく席を空けといた方がいいと思うな〜。お前の仲間の為にも、さ」

勝つ為なら、生きる為なら、どんな打算的な事でも考えて、泥水を啜って藁に縋り付いてでもこの戦場を走り抜けてみせる。
いざとなったらその時は、嘘も吐く。脅迫もする。銃も打つ。毒も盛る。
それが杏の“覚悟”だった。

「そ、それはそうだけどっ……でもっ!」

しかし、とアンチョビは足を出して杏に噛み付く。
理解することと肯定することは、彼女の中では決して結びつかない事だった。

「……自分が仲良い相手で、なおかつ一人の奴にこれから会える可能性は少ないはずだ、そうだろ!?
 それに例えばだけど、二人に会っちゃったら、どうするんだ!?」
「それもダメだ。一人、余る」

反射的に言ってしまってから、はっとしてアンチョビの顔を見上げる。
明らかな失言だった。

「なっ……ん……」アンチョビが信じられない、といった風に目を丸く見開いている。「……あ、まる……?」

しまった。そう思った時にはもう遅い。みるみるうちにアンチョビの眉間に皺が寄り、酷い剣幕になっていく。
らしくない。杏は胸中で舌を打ちながら思った。らしくないミスだ。こんな状況で、自分も混乱していたのか。
謝ろうと半端に開いた口を、しかし諦めた様に閉じる。
取り繕う事は無理だと、目の前の表情を見て悟ったからだ。


488 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:07:44 hIs8Cw5s0
「本気で……言ってるのか」

アンチョビは半笑いの口を強張らせ、震える声で呟く。怒りではない。呆れと、恐怖と、悲しみだった。
そうじゃない。アンチョビは拳を握りながら、釣り上げた唇を震わせる。
何が、殲滅戦。何が、ゲーム。何が、殺し合い。

「ふ、ふッざけるなっ……余るとか、余らないとか……そうじゃないだろ!?
 私達が必死に汗水垂らしてやってきた戦車道って、そんなんじゃないだろ!?」

こんなゲームは間違ってる。頭に血の登ったアンチョビは叫びながら、そう思った。
そうだ、間違っている。そのふざけたルールに乗る奴も、状況に胡座をかいて簡単に撃鉄を鳴らす奴も。全員、全ッ員。

「そんな……こんな事の為に、今まで必死に、やってきたんじゃないだろ!!?」

だから、アンチョビは埒外だった。
しかしそれは簡単な話。何故ならこんなに静かな街で叫んで言い争って、通行人に気付かれないはずが、ないのだから。





「聞こえてるわよ! そこのピーピーうるさいアンツィオのツインテール! こっちに大人しく出てきなさい!」





第三者の、声。
姿こそ見せないが、郵便局の手前で、ちびっこ隊長が金切り声を上げていた。

「……。……ちょびのせいで見つかっちゃったじゃーん……どうする?」

僅かな硬直の後、杏は小さく溜息を吐き、肩を竦めて小声で言った。

「どうするもこうするもないだろ!」
「おいちょび! 待っ……馬鹿!」

アンチョビは即答して、そして杏の体を押し退け、道路に飛び出した。
それは杏の予想を超えたあまりに突然の出来事で、思わず腕を彼女のマントに伸ばしながら、軽率な行動を咎めて叫ぶ。
寸でのところで、杏の指先はマントを掴み損ねて空を切った。思わず、顔を顰めて反射的に舌を打つ。
慌てて道路へ飛び出すと、そこには銃を手に取るちびっこ隊長と、銃口を向けられ漫画のワンシーンのように足をずらしたまま硬直する友人が居た。
やれやれ、最悪のパターンだ。
杏は苦い顔を浮かべながら銃の入ったポケットに汗ばんだ手をつっこみ、そう思った。


489 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:13:45 hIs8Cw5s0
「なんで……どうしてお前、銃なんか持ってるんだ……! 間違えて撃っちゃって怪我でもしたらどうする!」

アンチョビがヒステリックに叫ぶ。カチューシャは眉を吊り上げ仁王立ちのまま、ぴくりとも銃を動かさない。
その残酷な温度差が、酷く滑稽に見えた。
その手には、アヴトマティーチェスキィ・ピストレット・ステーチキナ……APSのグリップが握られていた。
少女の体躯に不釣り合いなほど大きいその銃の口は、しっかりと敵の額を狙っている。

「危ないだろ! し、仕舞え!」

アンチョビが声を裏返しながら叫ぶも、カチューシャは反応しない。
……まったく、どいつもこいつも、頭がどうかしている。この異常事態に脳味噌が弛緩してしまっているに違いない。
私がどうにかしないと。

「おい! お前からも何か言ってやれ!」

鼻息を荒らげて、アンチョビは後ろへ振り返る。二対一。説得すれば、きっと仲間にできる筈だと。
しかし、現実はそうではなかった。アンチョビは思い出すべきだったのだ。此処は、そう甘い考えが通用する世界ではないのだと。
アンチョビは、口をあんぐりと開けたまま、立ち尽くす。
何故なら彼女の友、角谷杏もまた、その手に持った銃を、プラウダの隊長に向けていたのだから。

「……おい、おいおいおいおい。
 は、ハハ。冗談が過ぎるぞ。な、なんで銃を向けてるんだ、お前まで。仲間だぞ」

アンチョビは笑いながら言う。笑い声が裏返っていた。汗が吹き出し、顎まで伝っていた。拳が震えていた。
ずっとだ、ずっと動悸が止まない。郵便局を出て、爆音と銃声を聞いたあの瞬間から。
何かが狂ってしまった。でも、何が?
自分は何もおかしなことは言っていない。正しいことを言って、正しいことをしている。そのはずなのに。
アンチョビは、杏の顔を見て息を呑む。
こちらをちらりとも見ずにカチューシャを射抜くその双眸は、血に飢えたナイフのように鋭く光っていた。

「な、なんだ……何でそんな目で見る! プラウダのちびっ子隊長、お前もだ! 私達は仲間だったろ!?」

視線から逃げるように、振り向いて諸手で訴える。カチューシャは頷かない。
彼女のこちらを見る目を、その冷たい光を見て、嗚呼、とアンチョビは震えるように納得した。
自分はこの目を知っている。どうしようもないアンツィオの連中を纏め上げようとしていた時に、何度も見てきた。
戦車道の全国大会で一位を目指すと啖呵を切った時に、外部の人間が向けてきたそれと同じ―――哀れみの視線だ。

「なんだよ……私が間違ってるって言うのか!?
 ……な、何か言えよ……変だぞ、お前たち……」

風が吹いた。
マントがばさばさと揺れ、寒い潮風が肌へ吹き付ける。風化した煉瓦が旋風に押し倒されるように、がらがらと何かが砕けていく音。
不協和音を上げて軋みながら、心に罅が入ってゆく。

「そ、そうだ! はは! パスタ! パスタを食べよう! な? 皆でパスタを食べれば、また仲良くなれるはずだ!
 ほら、約束してたろ、干し芋パスタ! スーパーかコンビニに行けばパスタだってあるだろ!?」

“だから、いつまでも弱小校だったのか?”
決意が錆びて、

「それで仲良く、みんなで協力して戦車道をしよう! 大丈夫だ! 皆きっとこんな下らないゲームに乗ったりなんかしない!
 銃声も、爆撃も、その……そう、あれだ! 文科省の役人が用意したギミックかなんかだろ!? マカロニ作戦みたいなもんだって!」

“馬鹿なのは自分なんじゃないか?”
勇気が朽ちて、

「だいじょうぶ。だいじょうぶだ、きっと。なんとかなるって」

“こんなにも愚直に皆を信じている能天気な理想論者は、もしかして、私だけなんじゃないか?”
理想が、腐ってゆく。


490 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:16:59 hIs8Cw5s0














「―――――――――――――――――――――――――――バッカじゃないの?」












中身の無い言葉を鼻で笑いながら、カチューシャが侮蔑の音を込めて、呟いた。


491 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:20:47 hIs8Cw5s0
アンチョビはふらつく足を何とか抑えこみ、カチューシャの顔を見る。
何かを言おうとしたが、言うべき何かは頭の中の何処にも見つからず、声は出なかった。

「これは詰まるところ、戦車の無い強襲戦車競技<タンカスロン>。ルール無用の殺し合いなのよ」
「こ、殺し合いとか、簡単に、言うな」
「言うわよ。だって実際、殺し合いじゃないの。貴女、カチューシャがその気ならとっくに死んでたのよ」
「なっ……」

銃を構え直し、銃口を上げながら、カチューシャは淡々と言う。アンチョビの目に動揺の色が走った。

「まーあ? それでもわたしみたいに堂々としてりゃあまだ救いようがあったんでしょうけどぉ?
 そのザマじゃあ、ねえ……?」

肩を竦めて小馬鹿にしたように眉を下げて笑うと、カチューシャはにやりと嫌らしく口を歪めた。

「こんな状況で、堂々と、なんか、出来るか」
涙を目尻に浮かべながら、アンチョビは首を振る。
「こんな状況だからよ」
そんなことも解らないの、と付け加えながら、カチューシャは言った。
瞳は哀れみに濡れ、口は僅かに微笑を湛えている。

「ああ……そっか。貴女、なぁんにも判ってないのねぇ?」

そうして、言うのだ。

「悪いけど、膝も笑ってはんべそかいた今の貴女じゃ、誰かを説得出来るわけがないわ」

銃口を向けたまま、カチューシャは肩を揺らして笑った。
アンチョビは自分の足へ視線を落とす。
がくがくと震える膝も、それに気付いていなかった自分も酷く惨めで情けなく、反論も何も出来ないまま、項垂れる。

「大洗の会長だったわね? 貴女がリーダー?」
「んー。そだよー」

銃口を下げず、カチューシャはアンチョビの隣を素通りして、杏へ近づく。
杏は頷きながら笑った。目は決して笑っていない。

「殲滅戦には?」
「乗ってないよー」
「カチューシャもよ」
「その割には、敵意剥き出しじゃん?」
「……ところで、貴女達、チームは組んでる?」
「まーね」
「あら奇遇ね。カチューシャも組んでるわ」
「? 一人しかいないだろ」

杏は小首を傾げて、純粋に疑問を投げる。カチューシャの唇が、音もなく下弦の三日月を描いた。
咬み合わない会話、ねっとりとした笑み、一瞬の静寂、下がらない銃口。
海側から差す日差し。伸びる人型の影。視線だけでアスファルトを舐める。杏は息を呑む。
自分の影がカチューシャの方へ伸びている。杏の背後、一人分、多い。目を見開き、慌てて背後を振り返ろうとする。
それを許すほど、カチューシャは良い性格をしていない。


492 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:25:54 hIs8Cw5s0
「こ、降伏するのであります!!」

聞き覚えのある黄色い声と一緒に、背後から頭に当てられた震える銃口。
全てを理解して、杏は銃を降ろして両手を上げた。

「なるほどねー。嵌められたよ。まさかあんたが自分を囮に使うとは思ってなかった」
「お褒めの言葉、ありがと。……よく出来たわね。褒めてあげるわ」
「も、勿体無きお言葉であります!」

律儀に銃を構えながら敬礼する福田を、その状況を当たり前のように作ってしまったカチューシャを、そしてそれに抗おうとした杏を。
三人を蚊帳の外から見ていたアンチョビは、こいつは銃を持つ覚悟すら無いと見切られて背を向けられたアンチョビは。



「――――――――――――なんでだ」



今にも崩れそうな怯えた顔で、彼女達へと口を開く。
「なんで」開けば、同じ言葉ばかり。胃を、捩じ切るような声で。「どうして」
けれども、問わざるを得ない。どうしてなのだと。正しさも、戦車道も、そこには無いじゃないかと。
「揃いも揃って、お前ら」
アンチョビの瞳が散大する。震える唇は紫色だ。
「怖くないのか」

縋るような声に、カチューシャが、振り向く。唇を尖らせて不服そうに眉間に皺を寄せ、そして、応えた。

「怖いわよ」

それは、当たり前の解だった。この状況に恐怖を覚えない人間など、この地に居るはずがない。
彼女達は女子高生だ。特殊な戦闘訓練を積んでいるわけでもない。ただ少しだけ戦車に乗れるだけの、一般人だ。
怖くないはずがない。杏も福田も、きっとそうだったのだろう。
しかし、だからこそアンチョビには理解が出来ない。怖いなら、何故そうまで受け入れられるのかが、解らない。
その質問をするよりも早く、カチューシャは震えるアンチョビの元まで足をツカツカと戻し、そして、アンチョビを不機嫌そうに睨んだ。

「だから、どんな時も震えちゃいけないの。怖くなくす為に」
「震えてるかもしれないプラウダの皆の為に」
「この私、カチューシャ様の助けを待ってる人の為に」

情けない顔のアンチョビの鼻を銃口でつつきながら、カチューシャは吐き捨てるように、或いは説き伏せるように続ける。


「それが、いつだって私達“隊長”の役目でしょ」


493 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:29:35 hIs8Cw5s0
言い切って、彼女は不敵に笑った。
これが隊長だ。これがカチューシャ様だ。お前とは違う。そうべっとりと嫌らしく見せつけるように。
カチューシャはそうして満足気に胸を張ると、銃を降ろしてくるりとアンチョビに背を向ける。
アンチョビには、もう反論する事もできなかった。完全に彼女の言う通りだ。そう思ってしまった。

「逆に私が訊きたいくらいよ。それだけ怖がってて、誰かを安心させられるつもりでいたわけ?」

そんなアンチョビを尻目に、カチューシャは背を向けたまま、そう言って止めを刺す。










「私からすれば――――――貴女、隊長失格よ」










アンチョビは膝を折り、わなわなと拳を震わせた。そのまま腰も折り、跪いたような体勢で地面を見た。
ぽたぽたと、顔から汗が滲み、アスファルトを黒く染める。頭の中で、纏まらない思考達が暴れ出していた。
カチューシャは懺悔するようなそんな無様な背を見て目を細めると、溜息を鼻から吐いて前を見る。
両手を上げた杏と、目が合った。彼女を睨むその双眸は、明らかな怒気を孕んでいる。
恐らく目の前で親友を完膚なきまでに折られたことが気に障ったのだろう。

「それで? 貴女達、乗ってないんでしょ?」

カチューシャが問う。杏は頷き、怒気を飲み込むように瞳を閉じ、そしてゆっくりと開く。
現れたのは、いつも通りのニヒルな笑顔。そう、杏はいつだってそうだった。

「そうだ。お前達も乗ってない二人だと聞いて、安心したよ。好都合だ。
 なあちびっこ隊長。私達――――――協定を、結ばないか?」

そう言い終わった時だった。彼女の頭に銃を押し当てる少女の敬愛する隊長の声が、拡声器を通して港町に響き渡ったのは。


494 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:31:11 hIs8Cw5s0
【☆カチューシャ @カチューシャ義勇軍】
[状態]健康
[装備]タンクジャケット APS (装弾数20/20:予備弾倉×3) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:最大多数での生存を図るわよ!
1:まずはプラウダ生徒・みほあたりと合流したいわ!
2:カチューシャの居ないところで勝手なことはさせない!
3:全部のチームをカチューシャの傘下にしてやるんだから!
4:協定ぃ〜? なによ、ソレ!

【福田 @カチューシャ義勇軍】
[状態]健康
[装備]タンクジャケット M2カービン(装弾数:19/30発 予備弾倉3)不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:不安を消すためになにかしら行動する
1:カチューシャと行動を共にする
3:西隊長!?
2:撃つつもりはないとは言え、銃を人には向けたくないのであります……

【☆角谷杏 @チーム杏ちょび】
[状態]健康
[装備]タンクジャケット コルトM1917(ハーフムーンクリップ使用での装弾6:予備弾18) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 干し芋(私物として持ち込んだもの、何袋か残ってる) 人事権
[思考・状況]
基本行動方針:少しでも多く、少しでも自分の中で優先度の高い人間を生き残らせる
1:アンチョビと共に行動し、脱出のために自分に出来ることをする。可能なら大洗の生徒を三人目に入れたい
2:その過程で、優先度の高い人物のためならば、アンチョビを犠牲にすることも視野に入れる
3:カチューシャとは同じチームにはなりたくないが、敵には回したくない
4:放送まではなるべく二人組を維持したい

【アンチョビ @チーム杏ちょび】
[状態]激しい動揺 劣等感
[装備]タンクジャケット+マント ベレッタM950(装弾数:9/9発:予備弾10) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 髑髏マークの付いた空瓶
[思考・状況]
基本行動方針:皆で帰って笑ってパスタを食べるぞ
1:誰も死んでほしくなんてない、何とかみんなで脱出がしたい
2:例え手を汚していたとしても、説得して一緒に手を取り脱出したい(特にアンツィオの面々)
3:……私の想いは、そんなに間違っているのか?


495 : 理想  ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:38:16 hIs8Cw5s0
【武器説明】
・ベレッタM950:120mm、280g、25口径(6.35mm)、銃身長60mm、.25ACP弾、装弾数9発。
 イタリア製、通称『ジェットファイア』。短さと軽さ、そしてエンブレムが特徴のブローバック式銃。
 ポケットにすんなり入る小型さと安定した性能を誇る為、護身と暗殺に特化している。


496 : ◆dGkispvjN2 :2016/09/05(月) 03:38:45 hIs8Cw5s0
以上で、投下を終了いたします。


497 : ◆dGkispvjN2 :2016/09/07(水) 03:43:39 t.MtxTug0
こんばんは、>>1です。
いつもガルパンロワへの投下・感想をありがとうございます。
さて、ちょっと最近色々私が立て込んでいること、あと、ここ自分の二作、私の猛烈な遅筆のせいでもありますが、
予約期限を(かなり)オーバーしてしまっています。
これからはキャラのリレー周回も重なり展開も複雑になり、書きたいことも増えていきます(多分私以外の書き手の皆さんも、多分そう……ですよね?)ので、
ちょっと次の予約から第一放送くらいまで、予約期限のルールを5日から10日程度に伸ばしたいと思ってます。
勝手言ってすみませんが…、どうでしょう? 
俺ロワとはいえ、基本的に僕は自分の好きなようにロワを進めるつもりはそんなになく、みんなが楽しめるロワリレー企画であればいいかなと思ってますので、
そんなに伸ばしても・・・という意見や、もうちょっときりよく延長ルール追加してそれ含め2週間に伸ばしてよとか、なんか他の意見あれば聞きたいと思ってます。
どうでしょうか?


498 : ◆Vj6e1anjAc :2016/09/09(金) 19:49:46 mythk4Qs0
10日というのは十分にキリのいい期限だと思うので、それでいいと思います
生存報告も兼ねて、基本7日間予約・申請すれば3日間延長可能・実質最長10日までというのはどうでしょうか

角谷杏、アンチョビ、カチューシャ、福田で予約します


499 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/09/10(土) 02:20:03 aKm37ozs0
澤梓 で予約します


500 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:07:32 zQF7mQss0
遅れた身で、厚かましいとは思いますが賛成です>延長案
また、遅れたことは本当に申し訳ありませんでした
投下します。


501 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:09:05 zQF7mQss0
 けたたましい音が空気を震わせる。

 叩きつけられた轟音はアラームと言うにはあまりに乱暴なものであったが、しかし、アリサを『現実』に引き戻すものであった。
 圧倒的な存在感。鼓膜を抜けた波が脳を揺さぶり、否が応にも破壊の二文字を意識してしまう。
 次いで認識したのは、せざるを得なかったのは火薬の弾ける音だった。
 まるで自分の頭上で飛び交っているように錯覚して思わず天を仰ぐ。陽光の残滓が瞼の裏に張り付いた。
 恐慌より自身の内に閉じ籠っていたアリサにとって、唐突に突きつけられた『現実』は到底受け取れきれるものではなく―――結果として選んだのは逃走であった。

 あの爆発には殺意が込められている。/覚悟の無い私は狩られる側なのか。
 その銃声には害意が込められている。/意地の無い私は喰われる側なのか。
 この戦場には悪意が満ち溢れている。/力の無い私はここで溺死してしまうのではないのか。
 教えてくれ。私は、私はどこに居る。
 走った。
 背中が黒と灰の混じったような感触に蝕まれる。焼きごてで表皮を焦がされているような、或いは刃の硬質な冷たさのような、そんな矛盾した感覚。
 次第に天地が、上下が、自分が立っているのかすら判らなくなり、ただ、ただ走った。


502 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:14:29 zQF7mQss0
☆★☆

 大きく深呼吸をする。どれ程走ったか定かではないが、足はガクガクと震え限界を伝えていた。
 頭が真っ白だ。酸素を求め、もう一度深呼吸をすると汗が口に入ってきた。
 額には髪が張り付き、心臓ほうるさいくらいに鼓動する。頬はじっとりと熱を持っていて手で扇いだくらいじゃ焼け石に水であった。
 気持ち悪い。

「…………なんで付いてきたのよ」

 背後の足跡に向けて溢す。
 大洗の奴は何を考えているのか、アリサの後を追ってきたようだった。
 本当に何を考えているんだ。汗でいっぱいということ以外はその顔から窺い知ることが出来ない。
 首もとから背中にかけて汗が流れ落ちる。

 気持ち悪い。

「なによ!なんなのよ!黙ってないで!何か言いなさいよ!」

 堪え切れずに叫ぶ。
 しかし、答えは返って来ない。

「何を考えてるのよ!何を見ているのよ!何を、何を!」

 疲れきった肺はきちんと機能せず、所々掠れてしまうが、それでも声をぶつける。

「どうして、教えてよ。なんで!私が、私に、なんで、なんなのよ…………」

 その場にへたりこむ。先程と似たような構図。
 一歩づつだけ距離が近いような気がする。

「貴女は…………何よ…………」

「……紗希」

「は?」

 空気が固まる。


503 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:17:18 zQF7mQss0

「名前…………」

 紗希は鋭いほうだ。ここで聞かれているのが名前でないことくらいは承知している。
 しかし、自分の言葉を伝えるのに一番の機会がここであることも判っていた。
 自分の持つ数少ない言葉の内、一番知って欲しいもの。それが名前であった。

「くく、ふふふっ」

 かくして、それは功をなす。

「ふふっ、あはははは!」

 笑えてくる。笑うしかない。
 持った銃の重みに耐えかねて落とした自分。
 銃を向けた相手に哀れまれたみじめな自分。
 傍に誰かが居てくれるだけで言い様もなく安心してしまう自分。
 そんな自分が嫌で嫌で。でもそれは結局のところ自身の問題で。
 相手が何も言わないから何をすればいいのかも決められないままで。許してくれなんて言えないから当たることしか出来なくて。

 それでも、彼女から自分をさらけ出してくれたから。

「馬鹿みたい。本当に、バッカみたい」

 少しだけ、話かけることができる。ちゃんと、 『他人』に言葉を伝えられる。

「私はアリサ。…………その、なに」

 少し言い淀んで、しかしはっきりと口に出した。

「よろしく」

 腕二本分の距離にアーチがかかる。


504 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:20:41 zQF7mQss0
☆★☆

 二人の少女が肩を並べて歩いていた。
 いや、肩を並べて、というほど近くはない。2人か3人ほどが入れる隙間を空けながら/それでも手を伸ばせば届く距離で。ともかく二人の少女が歩いていた。
 多分、安心していた。
 それは、悪いとは言えない。悪いとするのならばそれが罷り通る現実だろう。
 しかし、悪が存在しているのも、また現実であった。
 100メートルに満たないほど前方。そこに横たわっていたのは紛うことなき人の死体であった。
 その死体に内臓はなかった。
 その死体は体が繋がっていなかった。
 その死体にはあまりにも人間として必要なものが欠損しており、死体と呼ぶ他ない様であった。
 そして、何より最悪なのはその死体が大洗女子の制服を身につけていたことだった。
 紗希が駆け出す。距離が遠くなる。
 上半身だけを大事そうに持ち上げる姿に、アリサは呆然と見つめる他術がなかった。
 あまりにも悲惨な光景。まさに、悪魔の所業。
 アスファルトの黒に塗り潰されそうな様に思わず手を伸ばす。
 それでも、何とか声をかけようと、詰まった息を吐き出すように口を開き、

 血痕の『少なさ』気づいた。


 瞬間、鉛の流星が墜ちる。


505 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:23:10 zQF7mQss0

 地面が絶叫をあげ、辺りにアスファルトをぶちまけた。

「紗希ッ!」

 背嚢から取り出した発煙筒を地面に叩きつけるように展開。直ぐに抱くように紗希の体を引っ張りあげる。それほど抵抗が無いことから動ける程度の怪我と結論付け走り出す。
 後ろでもう一度アスファルトが炸裂する。破片が体を打つが気にしていられない。
 必死の形相で近くの民家に飛び込む。

「ハァ、ハァ…………紗希―――」

 大丈夫、そう尋ねようとして、絶句する。
 繋いだ手の逆の手に抱えていたのはボロボロになった人の腕だった。
 恐らく、先ほどの死体がクッションとなったのだろう。紗希には全身に解れやかすり傷こそあるものの大きな怪我は無いようだった。
 逆にあの死体はもう原型を留めていないだろう。至近距離で、あの礫を全て受けきったのだ。ミンチよりも酷いことになっているのは想像に難くないことであった。
 掛ける言葉が見つからない。否、掛ける言葉なんてなかった。先程まで銃を突き付けていたのはアリサ自身で、突き付けられていたのは紗希なのだから。。
 グッと拳を握る。無力さを嘆きたくなるが、彼女に何かを返してやれないこの身でそんなことができるはずがなかった。それが精一杯だった。

「ッ、待ちなさいッ!」

 突然、紗希が駆け出そうとする。肩を掴んで引き寄せると、雫がアリサの頬にかかった。

 泣いていた。

 銃を向けられても、怒鳴り付けられても、何を考えているのか判らないような無表情を貫いていた彼女が泣いていたのだ。
 息を飲む。きっと紗希にとって『殺し合い』は今まさに現実となったのだろう。
 だからこそ、彼女は立ち上がった。臆病なアリサとは裏腹、紗希にはそれだけの思いがあった。
 それでも、それでもだ。


506 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:25:39 zQF7mQss0

「見たでしょ!?あんなの、まともに受けたら…………」

 死ぬ。その言葉が喉の奥で熱を持つ。
 死体があった。弾丸は放たれた。もう、空想でも妄想でもなく、人は死ぬのだ。

「ここにいましょう。私もここにいるから」

 だが、紗希は首を横にふる。
 敵討ちか、それとも何か別の思惑があるのか。
 けれども、アリサ頑なに飛び出そうとする紗希を放すことは出来ない。

「ダメだって。死んだら何も出来ないから、アンタは生きたんだから、生きなきゃダメなんだって」

 言葉が支離滅裂になる。
 死んだら終わり。その言葉が頭の中で何度も巡る。あの死体もたらした恐怖は脳裏に消えないの染みを広げていた。

「私はここにいるから、だから」

 しかし、紗希は首をふり続ける。何度も何度も。受け入ることなんて出来ないと拒絶するように首をふる。
 もう、力は入っていなかった。

「私がここにいるから…………」

 もはや、呟く言葉すら無くなり、ゆっくりと抱きしめた。自分よりほんの少し大きな、それでも軽い、軽い身体。
 静かな、雫がこぼれ落ちる音さえ、聞こえないくらい静かな部屋の中で、アリサは大きな歯車がギシリと軋み回り始める音を聞いた。


507 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:29:42 zQF7mQss0

☆★☆

『申し訳ありません、ロストしました』

 通信機から聞こえてくる声に、不安と安心の入り交じった感情が滲み出る。
 不安は、逃がした二人のこと。ペコによれば、サンダースと大洗の二人組だと言う。
 これは非常に不味いことだった。
 仲間の絆を大事にしている大洗と、フェアプレーの精神より自ら手心を加えるようなサンダースであれば、きっかけさえあれば簡単に手を組むだろう。
 大きくなった組織は、いずれ大きな敵に向かうだろうが、それでも自分たちの敵にならない保証はない。いや、障害となる確率のほうが大きいとさえ言えるか。
 安心したのは…………自分の身勝手な感傷だろうか。ペコの手をこれ以上汚さずに済んだという、安心。
 ずっと、心の澱として溜まっていく。
 自分より幾許か小さな身体の小さな手。その手には有り余るほど固く、重たい引き金を、あと何度引かせればいいのだろうか。

『アッサム様?』

「…………ええ、大丈夫」

 ペコの尋ねる声に、自分でも何が大丈夫なのか判らないまま答える。
 いや、大丈夫でなくてはならない。そのために動かなくては。
 ああ、そうだ。考えていても仕方のないことだ。それより如何にして殺すか、その事に意識を回せ。
 きっとペコは悪魔と契約を結んだのだろう。例え無事に『こと』が済んだとしても、その身は地獄に拐われてしまうかもしれない。
 それでも、願うのだ。
 生きていてくれと。叶うことなら笑ってくれと。
 天秤は傾く。その他の命をまるで生け贄として捧げるように持ち上げた。
 手の内で新しく得た銃を弄ぶ。
 モーゼルC96。比較的精度の高い射撃を可能にするこの拳銃ならば、今度は、しっかりと、殺すことが出来るだろうか。
 ペコの報告を聞く限り、見失ったしたのは煙幕が晴れたあと、即ちその範囲で隠れられる場所に限る。

「ペコ、暫く待機してなさい」

『はい、どこかにいかれるのですか?』

「ええ、大丈夫よ」

 繰り返す。大丈夫、大丈夫、大丈夫―――
 何の心配もいらない。例え、貴女がその純潔を悪魔に売り払い身も心も奪われてしまったならば、


 この身は悪魔に墜ちて、貴女を奪い返そう。


508 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:30:53 zQF7mQss0

【C-5・C-6に対する境界ギリギリ/一日目・午前】

 【アリサ@フリー】
[状態]健康、心配と罪悪
[装備]血の飛んだサンダースの制服
[道具]基本支給品一式、脇差、FP-45リベレーター 発煙筒
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。殺せなくても、生き残りたい
1:紗希に無茶をさせない
2:もし、奴が追ってきたら…………
[備考]

【丸山紗希@フリー】
[状態]健康、深い悲しみ
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:もう、決めなきゃね
1:どうしてこうなったんだろうね、紗希
2:先輩を、せめて弔ってあげたいな……紗希もそうでしょ?
3:こんなの許せないよね、紗希!
4:ありがとう、アリサ

 



【C-4・アパートビル屋上/一日目・午前】

【☆アッサム@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 強い殺意
[装備]制服 支給品(組み立て前ジャイロジェットピストル 5/6 予備弾18発) 支給品(ツールナイフ)
[道具]基本支給品一式(スマートフォンは簡易起爆装置に) 支給品(M67 破片手榴弾×9/10) 無線機PRC148@オレンジペコ支給品 工具
[思考・状況]
基本行動方針:『自分たち』が、生き残る
1:まずは、邪魔な二人を消す。
2:ダージリンとの合流を目指すが、現時点で接触は目的としない。影ながら護衛しつつ上の行動を行いたい。
3:病院、ホテルなど人が集まりそうな場所にアンブッシュする
4:スーパーでキャンプ用品や化粧品売場、高校の科学室で硝酸や塩酸・■■■■■■他爆薬の原料を集め時間があるなら合成する
5:同じく各洗剤、ガソリン、軽油など揮発性の毒性を有するもの・生み出すものを集める
6:ターゲットとトラップは各人のデータに基づいて……

[備考]
カエサル(鈴木貴子)は背嚢から手榴弾を受けています。背嚢は路上に放置されています。


【オレンジペコ@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 深い喪失感と虚無感
[装備]制服 AS50 (装弾数3/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 支給品(無線機PRC148×2/3及びイヤホン・ヘッドセット)
[思考・状況]
基本行動方針:『戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ』……ラッセルですね。イギリスの哲学者です。
1:『もし地獄を進んでいるのならば……突き進め』……チャーチルですね。
2:『戦争になると法律は沈黙する』……キケロですね。
3:『敵には手加減せずに致命傷を与えよ』……マキャベリですね。
4:『戦争は戦争を生み、復讐は復讐を招く』……エラスムスですね。
5:『理性に重きを置けば、頭脳が主人となる』……、…………カエサルですね。
6:『人間は決して目的の為の手段とされてはならない』……カントですね。…………ごめんなさい。


509 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:31:13 zQF7mQss0

【武器説明】

・FP-45リベレーター
 アメリカ製、鉄パイプのような外見を持った銃。レジスタンスに付与するために設計された。
 簡易すぎる構造からの凄まじい生産性、低すぎる性能、脆すぎる耐久性を持つ。

・脇差
 短刀、鞘付き。そこそこの切れ味がある。

・発煙筒
 正しくはM18発煙手榴弾。326g分の発煙剤が封入されている。
武器解説


【ジャイロジェット・ピストル】
 全長276mm。装弾数:6+1発。13mmロケット弾使用。
 プラモデルのような組み立て式で販売され、そこらで売っているビスで止めることで完成する作って遊ぼ拳銃。踏んだら壊れる。
 アメリカ合衆国が開発した世界初(そして最後)のロケット弾薬用拳銃。
 通常の弾丸と違いロケット加速するため撃発音が小さく、反動は殆ど存在しない。そして有効距離ではマグナム弾に相当する破壊力を持つ。
 ……が、十分な加速を得る前では目で追える速度であり、あまつさえ至近距離ではロッカー扉や鉄鉢に反射。
 そして有効距離とはそもそも拳銃で正確な狙いをするのが困難なので、武器としての役目は殆ど果たせない。
 発射が少々特種な作りをしているが、これは弾丸が飛び出すほどの加速を得るまで銃身につっかえさせ押し止める為の機構であり、
 要するにこの弾薬を他の銃で使っても(万が一雷管を刺激できても)十分な加速を得る前に銃口からポロリと零れ落ちて、あとは加速しながらグルグル地面を回るという悪夢のネズミ花火になる。

【ツールナイフ】
 アメリカレザーマン製17徳ツールナイフ。
 爆発物処理モデル。

【M67破片手榴弾】
 直径:63.5mm 重量:397g
 信管に点火後約5秒で爆発。5メートル範囲では致命傷を免れず、15メートル範囲まで殺傷能力を有する破片が飛び散る。
 爆炎(爆風)は数メートル範囲までしか及ばないが、その破片でもって対象を傷害する破片製手榴弾。
 レバーを抜いていなければピンを差し戻すことは可能だが、レバーが外れてしまうと炸薬に点火されてしまうためピンを戻しても止まらないので注意。

【AN/PRC148 MBITR】
 大きさ:67×230×38mm����(幅×高さ×厚み)。重さ:867.5g。耐用温度:-31 °C 〜 60 °C。耐水深度:2m
 平均故障時間15000時間以上。リチウムイオン電池使用。待機状態で12時間電池寿命。
 アメリカ合衆国製携帯型軍用トランシーバー。HF帯及びVHF帯を使用した短距離双方向通信。
 なお今回は予め主催者側に設定された16のチャンネル(周波数帯)による通信のみで、周波数を切り替えて他の地域や航空機などと通信ができないように細工されている。

【AS50】
 全長1420mm、重量15000g。装弾数5+1発。.50BMG(12.7mm×99 NATO弾)を使用するイギリス製対物狙撃銃。
 ボルトアクションライフルの精度を持ったセミオート狙撃銃というNavySEALsの要望によりアキュラーシーインターナショナル社が開発した、高い精密性を持つ狙撃銃である。
 最大射程1500〜2000m。光学式4×16倍のスコープを有する。銃尾の特種素材製パッドは反動の軽減に作用する。
 銃床先端部に折り畳み式二脚、及び床尾部に補助脚を有することで高い安定性を誇る。なおこの装備も合わせて、チャーチルの砲弾の五倍ぐらい重い。
 言うまでもなく人に向けて撃つものではない。

【Mk.211 Mod 0】
 ノルウェーのNAMMO社が開発した12.7×99mm NATO弾用多目的弾頭。米軍採用名。
 最大の特徴はHEIAP――焼夷徹甲榴弾であること。
 つまり、タングステン弾芯の高い貫通性能によって対象の装甲を貫徹したのちに起爆し、爆発によって内部から装甲を破壊する。
 人体に向けて発射した場合は通常の.50BMGと同じく(過剰な)破壊力によって容易く貫通するに留まるが、
 プレート入りのクラスⅢ以上の防弾装備をしていた場合エネルギーが減衰し貫通までの時間増により、体内で爆発し狙撃対象以外にも波及する可能性がある。
 コンクリート程度は容易く貫通する。
 言うまでもなく人に向けて撃つものではない。

【モーゼルC96】
 ドイツの拳銃でモーゼル・ミリタリーとも呼ばれる。1896年にモーゼル兄弟が開発。弾倉が銃把の前にあるため重心が前にあり、射撃競技銃のように正確な射撃が可能であり、ストックを併用するとカービンとして使用できる。
 また、グリップが独特の形状をしており、掌の小さな女性でも使用できる利点がある。


510 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 00:32:48 zQF7mQss0
アリサの支給品について問題ありましたら破棄します。
投下を終わります。


511 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/12(月) 01:00:32 zQF7mQss0
>>508
ミスです
× カエサル(鈴木貴子)は背嚢から手榴弾を受けています。背嚢は路上に放置されています。
○カエサル(鈴木貴子)は撒き餌として、路上に設置、その後Mk.211Mod0による被害を受けました。


512 : ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:32:25 TKnT/jCs0
投下します


513 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:33:20 TKnT/jCs0
『――あーっ、皆さん聞こえますでしょうかっ!
 こちらに向かっている人がいたらすみません、私達二人は、これより先程爆音のしたエリアへと向かいます!』

 飛び込んできたノイズ混じりの声を、予想できた者など誰もいない。
 故に誰もがその言葉に、聞き入らずにはいられなかった。
 半ば放心していたアンチョビだけは、例外と言ってよかったかもしれないが。

「……最悪級のバカだわ」

 ひとしきりの演説が終わった後で、最初に口を開いたのはカチューシャだった。
 銃に入れた力を抜いて、こめかみを軽く押さえながら言う。
 はっきり言ってアンチョビの、煮え切らない態度に怒った直後に、この声というのは最悪だった。
 だからこそ、一瞬前の協定の話も、この瞬間は綺麗に忘れ、頭痛をこらえるような仕草を取ったのだ。

「あわわわわ、今のは西隊長であります! 聞き間違えるはずもありません!」
「どうしよっか。交渉どころじゃなくなっちゃったけど」

 ややあって、事態を飲み込んだ福田がようやく叫び、それを見届けた杏が、ばつの悪そうな顔で口を開く。
 知波単学園の隊長・西絹代。
 福田の先輩であり、上官である彼女が、何者かを伴って鉄火場へ向かい、そして先の発言を行った。
 これは早急に対処しなければならない事態だ。
 自分から協定の話を振っておいて、無かったことにするのも情けない話だが、そんなことを言っていられる場合ではない。

「バカにしてるとしか思えないわ! バカよ、ホントバカ!
 エキシビジョンの時にしたって、やりやすいカモだと思ってたけど、輪をかけて酷くなってんじゃないの!?」
「他人を堂々と導く覚悟のない奴に、隊長の資格はない……じゃなかったっけ」
「限度があるわよ! そりゃあ臆病者よかマシだけど、でもこういうのは別の問題!
 手前勝手なワガママのために、ついて来た子に死ねって命じて、他の奴らにも死んでくれって! それ立派な隊長って言える!?」

 ささやかな意趣返しをしたつもりだったが、見事にかわされてしまった。
 馬鹿にされればすぐムキになる、そういう奴だと認識していたが、それを忘れてしまうくらいに、カチューシャは頭にきているらしい。
 同感だと返事をしながらも、杏は苦笑し肩を竦めた。

「にしてもやってくれたね、西ちゃんは。どう動くにしても、これについては、すぐ決めなくちゃマズいことになる」

 西の演説に付随する、大きな問題は合計三つだ。
 第一に、味方を募るこの言葉は、味方だけが聞いているとは限らない。
 爆発を起こしたという人物、そして他に殺し合いに乗った連中が、これを目印に西を追い詰め、殺しにかかるかもしれない。
 第二に言えるのは、そこに西以外の何者かまで、既に連れ込んでしまっているということだ。
 知ってか知らずか、自分だけでなく、この同行者の命ですらも、西は危険に晒していることになる。
 そして最悪の第三は、この声を聞いた他の者が、西に協力するために、合流を考えた場合の話だ。
 西と同行者だけでなく、無関係だったはずの第三者すらも、鉄火場に飛び込んでいってしまう可能性があるのだ。
 そしてカチューシャは、恐らくこの点に、キレているのだろうと推測できた。

「……せっかくだから言っとくわ。カチューシャはこの殲滅戦から、最大多数で生還するために、貴方達の前に立ってるの」

 協定の話が出た時点で、決めていたことではあったのだろう。
 ここにきてカチューシャは、初めて明確に、己の方針を口にした。
 相手が意にそぐわないのなら、協力することはできないと、そう判断する必要があったからだ。

「最大、多数……?」

 最大限であって、全部ではない。
 その言い回しを復唱する者がいる。
 これまで沈黙しうなだれていた、アンチョビが消え入るような声で、しかしようやく口を開く。
 そんな声にならない声など、聞いてやる義理などないという様子で、カチューシャは彼女のことを無視した。


514 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:36:09 TKnT/jCs0
「私は初めて会った時点で、既に福田に銃を向けられたわ。
 だから最初から無傷で、穏便に全てを済ませることは、できないだろうと覚悟してたの」
「カチューシャ殿!? 殺し合いを認めないというのは、アレは嘘だったのでありますか!?」
「最後まで聞いて! 難しいってだけの話よ!
 殺し合いに乗った奴らを、まとめて黙らせるためには、それなりに努力しないといけないってこと!」

 誰もが貴方みたいに素直なわけじゃないんだから、と。
 カチューシャは口を挟んだ福田に、半ば憤慨しながら言った。
 説得でもいい。実力行使でもいい。殺し合いに乗った人間から、殺意を取り上げてやるために、最大限努力するつもりではある。
 だがそうしなければこの状況を、切り抜けることは不可能だ。カチューシャはそうした現実を、正確に理解していたのだった。
 だからこそ、事実を認めようとせず、努力を放棄しかねなかったアンチョビに、彼女は腹を立てたのだった。
 争いを止めると息巻いていても、争いの有り様を理解できなければ、かける言葉など見つかるはずもない。

「でもって努力に依るからには、当然限界というものもある……そう言いたいわけだよね?」
「正直言ってこの件は、どうこうできるかって点では、かなり微妙なところなのよ」

 ガラスをスルーしたあの時とは、まるきり事情が違っているのだ。
 悪意をもってカチューシャを狙い、殺そうとする銃弾は、一発どころの騒ぎではない。
 十発二十発の殺意の雨を、全て切り抜けることができるかどうか。
 あるいは自分はできたとしても、責任を持つと決めた福田まで、守り抜くことができるのか。

「あまり認めたくないけど、最悪のケースも、考えなくちゃならないかもしれない」
「そんな! 西隊長を見殺しにするのでありますか!?」
「じゃあ何? 逆に聞くけど、貴方のところの隊長が、私の仲間を巻き添えにして、殺しでもしたらどうするの?」

 カチューシャの瞳が、鋭さを増す。
 二つ名通りの吹雪よりは、地獄の釜戸の炎のようだ。
 これまで感じたことのない怒気に、福田はひっと小さく叫び、それきり何も言えなくなった。

「そんなことにでもなったら、見殺すどころの話じゃない。いっそカチューシャの手で、アイツを、あのバカを粛清してやるんだから」

 何に代えても守りたい、ノンナを始めとしたプラウダの面々。
 自分の知らなかった世界を教えてくれた、大洗女子学園のミホーシャ。
 そしてついでに、茶飲み仲間の、聖グロリアーナのダージリンもそうだ。
 そもそもがこの場にいてほしくない、無事であってほしいと願うような、そうした大切な友は大勢いる。
 もしもそんな人々が、西の言葉につられてしまって、戦場へ飛び込んでいったらどうか。
 あの大馬鹿に付き合ったがために、無用な戦火に巻き込まれて、命を落としていたらどうなるか。
 それだけは認めるわけにはいかない。そんなことになる前に、なんとしても仲間の手を引き、安全圏まで連れ出さねばならない。
 もしも間に合わなかったとしたら、その状況を生み出した馬鹿に、罪を分からせる他に取る手はない。
 それほどまでにカチューシャは、あの西絹代の愚行に対して、怒りを募らせていたのだった。

「……あああああーッ!!」

 そして彼女のその言葉を受け、怒り狂う者が、もう一人。


515 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:38:45 TKnT/jCs0


 別に彼女の在り方を、間違っていると言う気はなかった。
 悔しいが彼女の言うことには、筋が通っていたのは確かだ。
 同じ道を選びたいとは、どうしても思えなかったが、それでも彼女が状況打開を、本気で考えていたことは分かった。
 そうだ。つい先程まで自分は、そういう風に受け取っていたのだ。

「そんなことにでもなったら、見殺すどころの話じゃない。いっそカチューシャの手で、アイツを、あのバカを粛清してやるんだから」

 だというのに、それは何だ。
 言い返すことはできないと、反論の余地はないのだと、認めていたつもりだったのに、その言い草は何なのだ。
 見殺しにする? 挙句殺すだと?
 殺し合いに乗っていないと、仲間を救うと言っておきながら、裏ではそんなことを考えていたのか?
 何だそれは。ふざけているのか。
 隊長の心意気を説いておいて、お前にその資格はないとほざきながら、やりたいことはそんなことか。
 結局求めていた部下とは、自分にとって都合のいい、手駒達だけだったということか。
 全てを救うつもりはない。生かしたい奴だけを生かしたい。
 その眼鏡にかなわなかった、有象無象の邪魔者達は、全て消し去るつもりなのか。
 私も、杏も、あいつらも――アンツィオの仲間たちまで殺すつもりか!

「あああああーッ!!」

 我知らず、アンチョビは叫んでいた。
 もはや先ほどまでの迷いなど、全て頭から吹き飛んでいた。
 理性のヒューズが一瞬で飛び、両目を怒りで曇らせた少女は、真っ直ぐにその身を走らせると、強引に殺人者へと掴みかかった。

「わっ!?」

 悲鳴と共に、ばたん、と音。
 重みに耐えかねた小さな体が、横倒しに地面へと倒れる。

「ふざけるな! ふざけるなよ!」

 構うものか。知ったことか。自らもその身に覆いかぶさると、手を上げながらまくし立てる。
 一発、二発、そして三発。小さなカチューシャの顔に、容赦なくビンタを見舞いながら、アンチョビは猛犬のごとく吠えた。

「いっ……たいじゃないの! 何するのよ!?」
「おい、ちょび子!」

 声を上げるカチューシャの、首根っこ部分を乱暴に掴み、小さな体を持ち上げる。
 焦った様子の杏の制止も、彼女の耳には届かない。

「気に入らないから殺すだと!? 大口叩いておいて切り捨てるだと!? どうしてそう簡単に、命を粗末にできるんだ!」

 どうしてそんなことが言える。
 どうしてそう簡単に、誰彼も命を切り捨てられる。
 お前も、杏も、他の皆もそうだ。
 人は誰かが怪我しただけでも、その有様を悲しいと思う。
 ましてやそれが致命傷となり、永遠の別れを招くとあれば、もはや想像もつかない悲劇となるはずだ。
 命を値踏みする者よ。命を奪わんとする者よ。お前達はそんなことも、理解できないというのか。
 そんな当たり前も知らないくせに、私を世間知らずと罵って、馬鹿にしているというのか。
 誰もが当たり前に思うはずの、そんな悲しみをも否定し、せせら笑っているというのか!
 許さない。絶対に許せない。
 これ以上の減らず口は、もう絶対に叩かせはしない!

「お前には誰も殺させない! その口を閉じないつもりなら、私の方こそここで――ッ!」
「やめろちょび!」
「そうであります!」

 掲げられた右拳が、制止の声にびくりと揺れる。
 二つの声に呼び止められて、怒りに狂ったアンチョビは、ようやく己を取り戻した。


516 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:40:40 TKnT/jCs0
「あ……」

 怒りは急速にクールダウンし、呆けた顔でそれだけを言う。
 いつしか涙で滲んでいた、両目が正面に捉えたものは、頬を赤くした少女の睨み顔だ。

「……え?」

 一体、自分は何をしていた。
 今の今までアンチョビは、何をやっていたというのだ。
 カチューシャの襟首を掴みあげ、何発も顔面を張り倒し、挙句言おうとした言葉は何だ。

「私、は……なに、何を……!」

 その口を閉じないつもりなら――今ここでお前を殺してやる。
 そんなことを言おうとしたのか?
 私は危うくそんなことを、言ってしまいそうになっていたのか?
 冗談も遠慮もないままに、この少女をこの右腕で、殴り殺そうとしていたというのか?

「何もしないなら、下ろしてちょうだい」

 不機嫌な声でカチューシャが言った。
 悪態をつかれても当然の行為だ。もちろんその声に対しても、反抗をできる道理がない。
 言われるがままに彼女の体を、地に下ろすアンチョビの顔は、きっと酷い有様だったのだろう。
 最悪だ。それこそドゥーチェ失格だ。
 決意を否定されたにとどまらず、自身で裏切りもしてしまった。こんな無責任なリーダーに、皆を導く資格などあるまい。
 結局我こそがリーダーだと、冷徹に振る舞った杏の方が、正しかったということか。

「……福田ちゃん?」

 そんなことを考えて。
 視線をそちらへと向けた時、おかしなことに気がついた。
 事は全て終わったというのに、場の緊張感が消えていない。
 凶行を未遂に終わらせて、目的を果たしたはずの二人が、未だ安堵していない。
 どころか福田の両手には、なおもこちらへと目掛けて、鉄の銃口が向けられている。
 何でだ。どうしてそんな風にしている。
 確かに悪かったとは思うが、その様子は何と言うべきか――どこか、不自然ではないのか?

「どういうつもりかしら」

 疑問はすぐに氷解した。
 なるほど、その違和感は真理だ。何故なら最初から福田の銃は、アンチョビを狙ってなどいなかった。
 黒光りするピストルは、むしろアンチョビの方でなく――カチューシャへと向けられていたのだから。


517 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:43:21 TKnT/jCs0


「どういうつもりかしら」

 まったく、なんて有様だ。
 上官へと銃を突きつけて、睨みをきかせる福田の姿を、カチューシャはため息と共に見据える。
 無礼にもその身を押し倒し、あまつさえ傷つけたアンチョビへの怒りも、その光景を目の当たりにしては、立ちどころに消え去ってしまった。

「その人の言う通りであります。西隊長を見殺しにするなら、自分はカチューシャ殿を許さない」

 なるほど、そういうことだったか。
 暴力を振るったアンチョビではなく、振るわれたカチューシャを狙った。そんな福田の行動の理由は、先の失言にあったのだ。
 論理的な判断を、理屈で割り切れない者はもう一人いた。
 全てを救えるなどという、脳みそお花畑な理屈を、本気で口にしたアンチョビだけでなく。
 むしろ西絹代を尊敬し、付き従っていた福田の方が、そうする可能性は大きかったのだ。

「もしもカチューシャ殿が、そうすると仰るのであれば……自分はこの引き金を引くのであります……!」

 無論、だからといって決意など、簡単に固められたわけでもない。
 出会った頃とまるきり同じだ。銃はガタガタに震えているし、支える足すらも覚束ない。
 ただしかし、一つだけ違いがあるとするなら、それは眼鏡の向こうの決意だ。
 恐れながらも、緊張しながらも、大きく丸い双眸には、明確な意志の光があった。
 絶対に西を助けに行く。その邪魔をカチューシャがするというのなら、撃ち殺してでも前に進む。
 恩知らずにも程があるが――それでも、無視はできない瞳だった。
 目的がシンプルで明確である分、我を忘れたアンチョビのものより、胸に堪えたかもしれなかった。

「正気でそう言ってるのね?」
「正気でありますッ!」

 嘘つけ。胸を張れるタマか。
 そう簡単に殺せるのなら、今チームを組んでいること自体、あり得ないということが分からないのか。
 それでも、そんな無理を強いたのが、他ならぬ自分自身であるのは確かだ。

「……分かったわよ。私も貴方をこんなところで、見放したいとは思わないわ」

 故にこそ、素直に認めるしかなかった。
 だから隊長への反逆行為は、この一度だけは忘れてあげると。
 そう言いながらカチューシャは、降参といった具合に両手を挙げた。
 もっとも、引き金を引くべき銃など、アンチョビに襲われた時点で、既に落としてしまっていたのだが。

「言っとくけど、嘘は言ってないわよ。勝手なことは認めないって、貴方に言ったのは本当だから」
「! では……!」
「行くだけは行ってあげるわ、西の所へ。最悪の選択を覚悟するのは、カチューシャが打っていいと思う手を、全部打ってからの話」
「あ……ありがとうございます、カチューシャ殿っ!」

 やめてくれ。今はそんな満面の笑顔、情けなくて見ていられない。
 先ほどの形相はどこへやら、ぺこぺこと頭を下げる福田の姿に、カチューシャは我知らず顔を背ける。
 西の行動は腹立たしいが、それも諸悪の根源である、文科省のそれに比べればどうということはない。
 そう口にするのは簡単だが、彼女のプライドと自己嫌悪が、それを許しはしなかった。
 結局のところ、騒動の理由は、アンチョビでもましても福田でもない。
 彼女の文句を受け流しきれず、情けなくもムキになった自分が、無責任に暴言を吐いたおかげで、この二人は怒り狂ったのだ。
 自分の至らなさのせいで、面倒見ると誓った相手に、殺しの業を背負わせるような、最低な結果を招くところだったのだ。
 こんな状況なればこそ、カンシャクも自制せねばと思っていたのに。結局のところ自分自身も、この場の殺意にあてられて、どうかしてしまっていたらしい。


518 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:46:19 TKnT/jCs0
「行くってんなら、私らも行くよ。その方がうちのチームメイトも、納得してくれるだろうし」

 うなだれるアンチョビを見やりながら、残る角谷杏が言う。
 そういえばこいつのことを忘れていた。一番警戒すべき女は、この生徒会長であるというのにだ。

「まぁいいわ。手伝ってくれるっていうのなら、貴方の協定とやらの中身も、一緒に聞かせてもらおうかしら」
「ありゃ、意外と抜け目ないね」

 意外とは余計だと反論するも、相手は舌を出しとぼけるだけ。
 あんなことがあったというのに、すぐに切り替えられるのは、さすがと言うべきか、なんと言うべきか。
 そこだけは、未だしかめっ面を作っているであろう、自分も見習わなければならないのかもしれない。
 ともかく、道中での交渉を取りつけると、カチューシャはくるりと踵を返し、ずかずかとアンチョビの元へと向かう。

「……敢えて、貴方に言うわよ」

 本当ならばこんなこと、どの面を下げて、となじられるべきだ。
 それでも敢えて、己が失態を、棚上げにしても言わねばと思った。
 奴があの時見せた力を、未だに燻らせているのなら。
 絶望一色のその顔の奥に、未だドゥーチェならんとする意志が、残されているとするならば、だ。

「さっきのは間違ってなかったわ。同志が大事だっていうなら、それを蔑ろにされて怒ったり、そのために戦おうとするのは当然のこと」
「あ……」
「だけどそれは、その同志達も、同じように思ってること。そういう当たり前の現実と、向き合って戦わなくちゃいけないのよ、貴方は」

 仲間を強く想うが故に、凶行に走らんとするのは自然なこと。
 それは己のみならず、守るべき仲間達にとっても、自然なことであるはずだ。
 ドゥーチェの命を守るために、ドゥーチェの敵を殺してやる。
 そういう決意と向き合うことが、指導者(ドゥーチェ)を名乗るアンチョビに、課せられた責任でもあるのだ。
 不殺と平和の二つを掲げ、その殺意を踏みにじるのならば、なおさら意識しなければならないのだ。

「貴方は同志達の想いを、否定するために戦うの。それだけはわきまえておきなさい」

 最後にそう締めくくりながら、カチューシャは背を向け先頭へ進む。
 言われた側のアンチョビが、どんな顔をしていたのかなど、確かめたいとも思えなかった。
 見れば嫌な思いをする。情けない顔に怒りを覚え、そんな有様へ追い込んだ自分に、嫌気がさすことは間違いない。
 そうやって己の発言に、カチューシャは背を向け逃げたのだった。
 きっとそのような感傷は、前に進むには不要なのだと、もっともらしい覚悟を繕いながら。


519 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:49:29 TKnT/jCs0


「悪い。庇ってやれなかった」

 西絹代のもとへ向かうアンチョビに対して、杏がくれた言葉はそれだけだ。
 それでも、頭の冷えた今ならば、十二分の価値があると、素直に認めることができた。
 一時は杏の腹のうちを、卑しくも疑ってしまっていた。
 それでも短い言葉に込めた、罪悪感は本物なのだと、目に見えて理解することができたのだ。
 であるならば、信じてやれる。むしろ疑った自分の方こそ、申し訳ないと思うことができる。
 過程の捉え方は違っていても、恐ろしいほど冷静であっても、共に戦いたいという、その想いだけは信じられる。
 角谷杏は間違っても、命を蔑ろにするために、行動するような女ではない。
 こうして出発する頃には、角谷杏に対する疑念は、誤解であったと割り切ることができた。

(想いを否定するため……か)

 それでも、とぼとぼと歩く足取りは重い。
 全ての悩みが消え去ったなど、口が裂けても言えるはずもない。
 守るために抱く殺意は、誰しもが抱くべき自然なもの。仲間を愛しく思えばこそ、凶行に走ることもある。
 そんなことはあり得ないと、必死に否定してきたことだ。
 しかし、現実に見てしまった。そして味わってしまった。
 あの知波単の福田という少女は、西の命を守るために、カチューシャに凶弾を向けようとした。
 他ならぬアンチョビも、カチューシャ許すまじと、殺意の拳を振るおうとしたのだ。
 であれば、もはや無視することはできない。
 ペパロニも、カルパッチョも、その他大勢のアンツィオの仲間も、誰彼も皆重いほどに、自分を慕ってくれている。
 そんな仲間のうちの誰かが、自分を守らんとするために、殺意を抱いても、おかしくはない。

(キツいな)

 きっとカチューシャに言われるまでは、そんなことは望んでいないと、無責任にも言えたのだろう。
 それでも、今ならば分かってしまう。
 貴方のためにと頑張ってきたのに、どうして分かってくれないのだと、言い返される未来が見えてしまう。
 怒る者もいるだろう。涙する者もいるだろう。
 そんな優しい想いであっても、殺意であることに変わりはないのだと、自分は踏みにじらなければならないのだ。
 アンチョビが選んだのはそういう道だ。それが何よりも苦しかった。
 自分が逆の立場であったら、きっと苦しむことになるだろうと、まざまざと理解できてしまっていたから。

「あの……アンチョビ殿」

 横から、声がかけられる。
 自分の隣を歩いているのは、今は福田一人だけだ。
 残るカチューシャと杏は、同盟関係を取り付けるために、三歩ほど先を歩きながら、あれこれと言葉を交わしている。
 結局のところ何もせず、後ろを歩いているアンチョビは、未だ現実を受け入れきれず、遠巻きに傍観していたのだった。

「おう……どうした?」
「先ほどは、その……ありがとうございました。西隊長のために、怒っていただいて」
「ああ……うん」

 違う。そんなことを言われる資格はない。
 ばつの悪い顔をしながら、アンチョビは生返事で応じる。
 きっと自分はそこまでのことを、明確に考えてなどいなかった。
 ただ漠然と、命が大事だと、そんな一般論だけを考えていた。むしろそうしない輩への、怒りの方が強かったとも言えた。
 すると結局、蔑ろにされた人間は、誰でもよかったということになるのだ。
 なればこそ、その程度の人間である彼女に、その感謝を受け取る資格はなかった。


520 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:51:44 TKnT/jCs0
「……もし、そう思うのなら、一つだけ約束してくれるか」

 それでも。
 せめてあの西絹代のために、一つだけ言えることがあるなら。
 結局己を守るためでも、結果的に西の心も、いくらか救われるというのならば。
 福田に対してこれだけは、頼んでおきたいということが、アンチョビには一つだけあった。

「もう二度と、殺してやるだなんて、そんなことは言わないでくれ」

 大切な人を狙う者を、憎いと思うのは分かる。
 大切な者を奪う敵を、殺したいという気持ちには共感できる。
 それでも、だとしてもそんなことは、言ってほしくないと思った。
 己も誰のためであっても、あんなことはもう二度と、口にしたくないと思った。

「きっと西はそう言われると、つらくなると思うから」

 誰かに想われることは嬉しい。
 けれども自分の存在を理由に、誰かが道を踏み外すのは悲しい。
 安斎千代美はその痛みを、既に知ってしまったのだから。



【F-3/一日目・午前】

【☆カチューシャ @カチューシャ義勇軍】
[状態]頬の痛み(小)
[装備]タンクジャケット APS (装弾数20/20:予備弾倉×3) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:最大多数での生存を図るわよ!
1:しょうがないから西達を助けに行くわ! ……でもあまり期待しないでよ
2:協定の話も聞くだけ聞いてあげる! それで、どういう条件を取り付けたいわけ?
3:プラウダ生徒・みほ・ダージリンあたりと合流したいわ!
4:カチューシャの居ないところで勝手なことはさせない!
5:全部のチームをカチューシャの傘下にしてやるんだから!
[備考]
・チーム杏ちょびとの間に、協定を結ぶための交渉を行っています。内容は後続の書き手さんにお任せします

【福田 @カチューシャ義勇軍】
[状態]健康
[装備]タンクジャケット M2カービン(装弾数:19/30発 予備弾倉3)不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:不安を消すためになにかしら行動する
1:西隊長を助けに行く
2:カチューシャと行動を共にする
3:出来ればアンチョビ達と協力したい
4:銃を人には向けたくないのであります……


521 : 引き金の理由 ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:54:12 TKnT/jCs0
【☆角谷杏 @チーム杏ちょび】
[状態]健康
[装備]タンクジャケット コルトM1917(ハーフムーンクリップ使用での装弾6:予備弾18) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 干し芋(私物として持ち込んだもの、何袋か残ってる) 人事権
[思考・状況]
基本行動方針:少しでも多く、少しでも自分の中で優先度の高い人間を生き残らせる
1:西達を助けに行く。道中でカチューシャを味方に抱き込む
2:アンチョビと共に行動し、脱出のために自分に出来ることをする。可能なら大洗の生徒を三人目に入れたい
3:その過程で、優先度の高い人物のためならば、アンチョビを犠牲にすることも視野に入れる(無意識下では避けたいと思っている)
4:カチューシャとは同じチームにはなりたくないが、敵には回したくない
5:放送まではなるべく二人組を維持したい
[備考]
・カチューシャ義勇軍との間に、協定を結ぶための交渉を行っています。内容は後続の書き手さんにお任せします

【アンチョビ @チーム杏ちょび】
[状態]大きな不安と劣等感
[装備]タンクジャケット+マント ベレッタM950(装弾数:9/9発:予備弾10) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 髑髏マークの付いた空瓶
[思考・状況]
基本行動方針:皆で帰って笑ってパスタを食べるぞ
1:西達を助けに行く
2:誰も死んでほしくなんてない、何とかみんなで脱出がしたい
3:例え手を汚していたとしても、説得して一緒に手を取り脱出したい(特にアンツィオの面々)
4:杏の考え方は少し怖いが、通じ合える部分はあるはず。共に戦っていけると信じたい
5:カチューシャと共に戦うというのならそれでもいい。それでもいいのだが……
6:……どうするのが正しいんだ? 私に仲間の想いを、受け止めることはできるのか?


522 : ◆Vj6e1anjAc :2016/09/12(月) 22:54:53 TKnT/jCs0
投下は以上です


523 : ◆nNEadYAXPg :2016/09/13(火) 01:31:45 EIfatPb60
投下乙です

>>508
重ね重ね申し訳ありません
あまりにミスが多いのでこっちと入れ替えます

【C-4・民家/一日目・午前】

 【アリサ@フリー】
[状態]健康、心配と罪悪
[装備]血の飛んだサンダースの制服
[道具]基本支給品一式、脇差、FP-45リベレーター 発煙筒×5
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。殺せなくても、生き残りたい
1:紗希に無茶をさせない
2:もし、奴が追ってきたら…………
[備考]

【丸山紗希@フリー】
[状態]健康、深い悲しみ
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:もう、決めなきゃね
1:どうしてこうなったんだろうね、紗希
2:先輩を、せめて弔ってあげたいな……紗希もそうでしょ?
3:こんなの許せないよね、紗希!
4:ありがとう、アリサ

 



【C-4・アパートビル/一日目・午前】

【☆アッサム@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 強い殺意
[装備]制服 支給品(組み立て前ジャイロジェットピストル 5/6 予備弾18発) 支給品(ツールナイフ)
[道具]基本支給品一式(スマートフォンは簡易起爆装置に) 支給品(M67 破片手榴弾×9/10) 無線機PRC148@オレンジペコ支給品 工具
[思考・状況]
基本行動方針:『自分たち』が、生き残る
1:まずは、邪魔な二人を消す。
2:ダージリンとの合流を目指すが、現時点で接触は目的としない。影ながら護衛しつつ上の行動を行いたい。
3:病院、ホテルなど人が集まりそうな場所にアンブッシュする
4:スーパーでキャンプ用品や化粧品売場、高校の科学室で硝酸や塩酸・■■■■■■他爆薬の原料を集め時間があるなら合成する
5:同じく各洗剤、ガソリン、軽油など揮発性の毒性を有するもの・生み出すものを集める
6:ターゲットとトラップは各人のデータに基づいて……

[備考]
カエサル(鈴木貴子)は撒き餌として、路上に設置、その後Mk.211Mod0による被害を受けました。

【オレンジペコ@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 深い喪失感と虚無感
[装備]制服 AS50 (装弾数3/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 支給品(無線機PRC148×2/3及びイヤホン・ヘッドセット)
[思考・状況]
基本行動方針:『戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ』……ラッセルですね。イギリスの哲学者です。
1:『もし地獄を進んでいるのならば……突き進め』……チャーチルですね。
2:『戦争になると法律は沈黙する』……キケロですね。
3:『敵には手加減せずに致命傷を与えよ』……マキャベリですね。
4:『戦争は戦争を生み、復讐は復讐を招く』……エラスムスですね。
5:『理性に重きを置けば、頭脳が主人となる』……、…………カエサルですね。
6:『人間は決して目的の為の手段とされてはならない』……カントですね。…………ごめんなさい。

タイトルは『embrace』でお願いします


524 : ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:41:48 z0hyvM1M0
多大に予約期限を超過してしまってすみません

磯部典子、ホシノ、クラーラ、秋山優花里を投下します


525 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:43:12 z0hyvM1M0


 抜け落ちるような残暑の空は未だ天高く、膨らんだ雲が足早に駆けていく。
 水分を引き絞るような九月の陽光は過ぎていく夏を惜しむようで、この地上に形見を残さんと影を強く焼き付けんが如く降り注ぐ。
 熱気の風。海の臭いを孕み、木の香りを貯え――グラウンドのフェンスネットを僅かに震えさせて散る。
 そこにあっても揺るがぬ影。不気味な沈黙の漆黒。

 黒い鳥。
 すべてを焼き尽くさんとする悪夢か。はたまた空間に存在する空白的異物か。
 嘴の先から尾の際まで余すところなく漆黒の鳥が、首を動かして不気味に眼下を眺め尽くす。
 死か、生か。
 破滅か、確立か。
 冷たい眠りか、灼熱の生存証明か。
 ただ、彼は見やる。彼は待ち望む。
 翼を持たぬ憐れな人間たちを。地べたを這い回り、慟哭の叫びと哀惜の嘆きに塗れた人間たちを。

 鳴き声、一つ。
 死を告げる黒い鳥が、羽ばたいた。
 膨らみ羽ばたいた影が、舗装路に黒を落とす。
 その真下には懸命に声を上げる少女。対する屋内には冷たく小銃を構える少女。



 鳴き声、一つ。
 彼はただ、その時を待ち望む。


526 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:45:34 z0hyvM1M0



 ◇ ◆ ◇



 裏道に入れば簡単に未舗装路に行き当たり、若干できた勾配はすぐ目の前の家の屋根上さえ覗ける。
 ビニールハウスに砂土。
 頼りない作りの家屋は道から離れ、辺りを膝丈ほどの草が覆う。
 繁みの中に孤立する家は、どこか怪談や都市伝説めいて寂しげに立つ。住人がいないのだから、無理もないのか。
 肌を擦る草葉が弾けた。次々に過ぎていく、小路を整える杭。古城めいて蔦を巻き付けたフェンス。

 林道に横たわった小枝が砕ける。
 一歩ごとに散る枯草。
 横たわった倒木と木々の群れに視界を制限されながらも、呼吸音だけがやけに大きな感覚の中、ホシノは走る。
 既に、大方声の位置は特定できた。
 それを左手に周回している風になっていたが、確か入口はそちらだ――とあたりを付ける。
 急げと太腿に呼びかけた。返答は熱。
 着地の度に衝撃で震えるこの足は、自動車のそれほど頼りにならないとは理解している。

「はぁ……はぁ……」

 林道を走ったその先にトンネル。
 苔むしたそれはさながら古城の防壁だろうか、それとも塹壕か。
 不気味に澱んだ空気と湿った草の気配。湿気が影となり冷気となり、内壁を塗り潰すような不気味。
 ごうと、風が哭く。
 ここは走って抜けられない。得てしてこういう場所では、人も車もスリップする。
 呼吸を整えながら緩やかに歩を進める――……頭を上げた、そのときだった。

 白光に眩む出口。後光を切り取ったその中にいる人影。
 咄嗟に身構える。
 右手に握ったケースを振りかざすか逡巡。
 武器を取り出していなかった己の失着を悔いたそこで――――

「あんこうチームの……」
「あ。秋山優花里であります」
「……そうか」一拍の後に「なら、丁度よかったよ」

 結局、走って上がった心拍数では焦りが加速するばかりで、ついぞ答えが出ることはなかった。
 彼女は迷ったままで――だからこそ、まだ考える余地の少ない大洗女子の生徒に出会ったのは幸運だった。
 幸運――……?
 内心毒づく。
 どこまで彼女自身、思考が黒炭の結晶が如く澱んでいくのかを自覚すると……余計に心が固まっていく気分になる。


527 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:46:30 z0hyvM1M0


「ホシノ殿も先程の放送に?」
「ああ……聞いてたよ」
「本当に、その通りですよね……戦車道は、人殺しの為じゃない。こんなことが許されちゃ駄目なんです」

 しみじみと言う優花里の言葉に若干の悲しさが滲んでいるようで、ホシノは少し首を捻った。
 何より自分自身に言い聞かせるような。そんな響きだった。

「何かあったのか?」 
「あー……いえ……」

 優花里が躊躇いがちに、というよりは未だ当惑を飲み込めてない様子で切り出した。

「その……逸見エリカ殿って……判りますか?」
「いや……」僅かに視線を逸らしたが、ホシノに思い当たるふしはなかった。「それがどうかしたのか?」
「ああー……えーっと……」
「?」
「……何でもないです。忘れて下さい」
「そうか?」

 大方の察しはついたが、ついうっかり漏らしてしまったという優花里の様子にホシノは小さく頷いて、それで止めた。
 こんな場所だ。
 ――……こんな場所だ。
 こんな場所に、なってしまったのだ。

 ああ……とそれから思い出す。
 そういえばあの大学選抜戦――プラウダの隊長の下、ホシノと協力して共に戦ったうちの一人がそんな名前だった筈だ。
 黒森峰の、副隊長。

(……なにか、あったんだな)

 優花里の顔色を見れば大方の察しがついてしまう。
 あの、一時は共に戦った少女が――……。
 鼻から深い溜め息が漏れる。
 追求しようと口を開きかけて――――止まる。
 代わりにホシノは静かに拳を握って、また前を向いた。
 トンネルを抜けたはいいが、結局はそのトンネルに被さった斜面を登り進む。草を掻き分け、吐息と共に手を突いて上る。
 優花里は身を縮め込めながら辺りを見回して、小走りでその後を追った。

 それから二人の間に訪れたのは奇妙な沈黙だ。
 ホシノの心は重いが、それとは関係なしにどんどんと音源が近づいてくる。
 まだ生きているという安堵。同じだけ、己が定まり切らないという不安。
 煮え切らない。
 クラッチの繋ぎ方を間違えたマシンのように――前に進んでは不機嫌な唸りを上げ止まり、繋ぎ直してはまた止まる心境。
 坂道にでも、いるようだ。
 それでも車は動く。エンジンとシャフトが連結していなくても、否応なしに動く。
 空転。不完全燃焼。ノッキング。破裂。燻り。排気。

 だとしても――。
 こうして感化された人間が集まる――それだけ彼女は、礒部典子の言葉は正しかったのだろう。
 そう思った、矢先だった。


528 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:47:40 z0hyvM1M0


「……これって」
「爆発音……手榴弾でしょうか? あとは大口径のライフルとか……かなりの重武装ですね。これは気を付けないと……」

 そう遠くない場所から聞こえてきた戦闘音。
 冷や汗が頬を伝うホシノとは対照的にどこか冷静に告げる優花里。
 舌打ちを漏らしそうになる。
 案の定――……やはりという想いと、信じたくないという気持ち。不安。焦燥。そして苛立ち。

「ど、どうしたでありますか?」
「いや……」

 思わず睨むような視線になってしまったことを、首を振って掻き消すホシノ。
 優花里は、きょとんとしていた。

「急ごう」
「あ、でも……こうなったら慎重に辺りを索敵しながら進んだ方が懸命じゃないかと具申するであります」
「こうなったら――……こうなったら?」
「ホシノ殿?」
「こうなったから」努めて怒気を噛み締め殺しつつ、「こうなったから、急ぐんじゃないのか?」
「いえ……でも……待ち伏せされていたら、その……危険であります」
「待ち伏せ?」

 理性としてはホシノとて、優花里の言わんとすることは理解できた。
 むしろ理解できているからこそ、なおのことそれが琴線に触れるのだ。
 迷っているホシノよりも、さっさと状況を把握している優花里の方が現実的で……きっとそれこそが自分や他人の命を救うものになる――――きっと正しい。

 ――――…………。

 いや……違う。なにかが、違う。

「――一体、何を見てるんだ?」
「え?」

 苦々しく漏らしたホシノの言葉に、優花里はただ困惑した瞳を向けるだけだった。

「あ、あの……ホシノ殿……?」

 何か不興を買ってしまったかと当惑気味に窺う優花里。
 吸って、吐き出す。
 鼻孔を新鮮な酸素が満たす。肺が大きく膨らんで、緩やかに萎んでいく。
 頭を振る。毛先を伝わる汗の滴がコンクリートに標を付ける。
 今はその時間じゃない。そんな時間ではない。

「急ぐよ」
「え、あー……待って下さいよぉー!」

 ――見えてないのは、誰の方だ?


 ◇ ◆ ◇


529 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:48:46 z0hyvM1M0


 連ねて並べて机に横たわり深く呼吸をすれば、木材の匂いが鼻腔に充満する。
 彼女の視線の先には、十字のレティクルをつけられた小柄な少女。曲がりくねった道の頂上。学校の入口に立っている。
 校舎の中にいる為視界は広いが、しかし周囲には林が多い。
 学校への門までの道も歪んでいるため、簡単には見通せぬ厳しさである。
 何とか入口のその近くの、大きな国道が辛うじて見えるかという程度。

 一呼吸。
 遠く見た遥かな先にきっと広がっているであろう落ち着いた青の海と、流れの早い白い雲。
 天高くか――――爽やかな空と、少なくとも彼女の祖国で見るそれとは違う穏やかな海。
 風に左右によろけるあの海鳥は、鳴いているのだろうか。
 小さな山脈の如く連なる波が、うちへ内へと押し寄せる。
 そんな光景を幻視する。

 ロシアでは一般的に、海を見ない。
 国土が広すぎて海に面した地域が少ないというのもある。
 それに大抵海というものは荒くて――親しみ深い印象がない。冷たくて、暗くて、人が立ち入るべきでない異界だ。
 あれは男たちの仕事場で、恵みを齎してくれる反面――――過酷というのも教えてくれる営みの場だ。
 だから海水浴なんていうのはあまり一般的ではない。
 多いのは、川だ。川に泳ぎに行くのはよくやった。
 日本は、太平洋は穏やかだ。
 きっと未来が違えば――――ここにいる全員で、海に遊びに行っていたのかもしれない。

 クラーラは、家族で川に遊びに行ったことを思い出していた。
 そして父を――――彼女の父を。彼女の父が、注いでくれた愛を。

 思えば――彼女の父は、その仕事の多くを語りはしなかった。
 家族にだって話せないことは多かった。良い父だからこそ、仕事と家庭に線を引いた。
 そのことに不満はない。誇らしい父だと彼女は思ったし――今も思っている。
 しかしクラーラが戦車道を始めると言ってからは、彼は話せる範囲でクラーラに様々なことを伝えようとした。

 曰く、戦車乗りはいざというときの為に歩兵の事もできなければ――オーバーだと思った。
 戦車道のそのまま、その後クラーラが軍に入るのだと思っていたのかもしれない。
 自分の持っている知識を娘と共有できることを、父は喜んだのかもしれない。
 それが、まさか活かされるとは。活かされる日が来るとは。
 だからこそ――――だからこそクラーラには、彼女には躊躇いがなかった。

 彼女がこれから行うことは他ならぬ父の愛から育てられた経験と蓄積であり、そのことに誇りを感じこそすれ厭うことはない。
 父はクラーラを守ろうとした。
 だからこそ、同じようにクラーラはカチューシャを守ろうと思う。
 この技術は、初めから人を守る為にある。


530 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:50:10 z0hyvM1M0


 できる範囲で整えた校舎の中のトラップ。
 襲撃経路を限定し、そして逃走時間を確保するための仕掛け。
 余り大きな音を立てるわけにもいかず、
 しかし目を離し続けることもできずに作ったトラップは鳴子や簡易な障害物程度であったが、それでもないよりはマシの備え。
 この狙撃銃で室内戦闘を挑むことの無謀さは理解している。
 かくなる上は敵の位置を知らしめて、そして銃が最強の優位性を持つ距離を阻害する事。
 廊下は愚策。入口を片方に絞ったドアから室内へ招き入れ、結局はそこで殺すしかない。
 リスクは高いが――近接戦闘の手ほどきも受けている。

 狙いをつけるその瞬間こそ、もっとも無防備になる――――狩人と錯覚した獲物になる。
 初手を崩せ。死の隙を作れ。出鼻を挫いて首を跳ねろ――――消火器、モップ、コードに机にエトセトラ。
 上を取れ。死角を活かせ。距離を砕け。空間を割れ。優位を殺せ――――階段に備えた障害物。投げつける道具。机のバリケードにエトセトラ。
 用意は整った。
 あとは一つ――――気持ちではなく、身体を殺意の氷に変えるだけ。

「Откройте оба глаза.」

 ――――両目を開け/(アトクロイツィー・アバ・グラーザ)。

 片目を閉じる事は緊張を生む。
 目を開いたまま、右目を利き目に変えろ。己の視界を己で定義しろ。
 開いた目の大きさを調整すれば、人間のそれは容易く切り替わる。
 両目を明けたまま、片目の意識が肥大化する。

「Не полагайтесь вашу руку мышцы.」

 ――――筋肉に頼るな/(ニィ・パラガイツェツィー・ヴァシュ・ルク・ムシュツィ)。

 筋肉に頼ろうとするから辛くて初弾を急かし、仕損じる。
 腕から力を抜け。心から重荷を外せ。緊張は、まず腕から弛緩させろ。
 骨だ。骨で支えろ。そうすれば力は必要ない。
 その為には皮膚。皮膚が妨げになる。
 弛んでしまう肘の皮を一方に引き付けろ。弛みがあれば撃発の刹那に銃口が泳ぐ。
 肘を地面に刺し立てろ。地面と肘を一体と成せ。

「продолжить свое дыхание.」

 ――――呼吸を続けろ/(プラドージェィ・ツヴァイエ・デッハィニィエ)。

 沈み込め。沈降しろ。没入せよ。浸れ。
 沈み込み浮く視界と一体になれ。渦巻く風を飲み込め。己が腕を拡張せよ。
 この世にはすべからく、己の手の内しか存在しない。
 視点を定めろ。死点を定めろ。“死線(ゾーナ・ポラジーニィェ)”に叩き込め。
 ――――我が視線こそ即ち死線なり。
 怪鳥(シィマルガル)の目で以って、永遠に冷めぬ寒気と霜の下に叩き込め。

「Не останавливайте свое дыхание.」

 ――――呼吸を止めるな/(ニィ・アスタナーヴィルィヴァイツェ・スヴァイエ・デッハィニィエ)。

 引き金を引くな。引き金を落とせ。
 夜露が滴る如く。月が満ち欠けする如く。その自然のまま死を齎せ。
 霜(イニィ)だ――……霜(マロース)に――……深い霜(イズマレシ)が降りるように。露を集めて。露を絞って。
 相手の身体を――――物言わぬ氷点下の世界に叩き込め。


531 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:52:23 z0hyvM1M0


「Прости. Я прошу прощения.」

 すみません/(プラスチィ)――。
 本当にごめんなさい(イァ・プラシュー・プラスィーニィア)――――。

 謝罪の言葉と共に、海が凍る。
 ここは大洗だ――――ここは大洗ではない。
 空は爽やかに青い――――空は重く冷たい。
 青く穏やかな海だ――――黒く厳かな海だ。
 己の内から、冷気を放つ。自分という機構そのものが引き金と――世界の引き金と一体化していく錯覚。

 “Ты, мороз мороз”/(チィ・マロース・マロース)――――“Mорозь меня”/(マロース・ミニャー)。
 凍らせろと、内なる記憶に呼びかける――――もっと私を凍らせろ。
 “Ой, мороз мороз”/(オーィ・マロース・マロース)――――“Не морозь меня”/(ニィ・マロース・ミニャー)。
 凍らせるなと、内なるカチューシャが声を上げていた――黙殺する。ごめんなさいカチューシャ。
 覚悟は定めているのだから。そうとも、己は一個の霜であり、己は一個の極寒だ。

「Я вернусь домой」

 家に帰る/(イェ・ヴェルヌース・ダモーイ)――そうとも、家に帰るのだ。
 皆で、家に、帰るのだ。

 本当にクラーラが勇敢なら、この技術で以って皆と手を取ったであろう――――だが。
 彼女は父のような軍人ではない。
 彼女は仰ぎ見る隊長ではない。
 願う事は――――己が取りこぼさぬと決めたものだけを守り抜くこと。
 霜となれ。
 地吹雪を覆う、霜となれ。

 そして――――獲物が罠に差し掛かった。



 ◇ ◆ ◇


532 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:53:59 z0hyvM1M0
 


 走り出してから暫く――二人は音源とよろしきその場所へと差し掛かった。
 大通りから横の曲がり道に入ったその先。勾配の頂きに、自分達が廃校になってから間借りしていた校舎に。
 少しすれば、サンダースが戦車を届けてくれたあの歩道橋に差し掛かるだろうか。
 随分と遠くへ来てしまった。
 銃声はその後聞こえてはこなかった。
 逃げ切ったのか/犯人が潜んでしまったのか――――それとも。

 しかし一先ずは間に合った。未だに拡声器から漏れる声を聞いていれば、彼女の無事は確認できる。
 高まる鼓動と火照る身体。荒くなった息を、膝に手を当てて整える。
 同じようにする優花里を尻目に眺めつつ、踏み出そうとしたときだった。

「待って下さい。せめて一度、辺りの確認をお願いしますぅ……」
「ああ、そうだった」

 間に合ったことは確実だ。ならば石橋を叩いて固めるのも悪くはない。
 双眼鏡を片手に周囲を見回す。
 道路の先には誰もおらず、自分達の後を追うものも特には見られない。
 右手の森に影はなく、いくら探しても風に蠢く葉以外は見付からない。
 安堵と共に落ち着いていく心拍数と共に、違和感の正体に――ホシノはある程度至ろうとしていた。
 どこかで覚えがあるものだ。自分自身経験として――……。

「この地形って、なんだか待ち伏せするのに向いている感じですね」
「……」
「え……?」
「どうした!?」
「今、あちらで何か――」

 優花里に同じく双眼鏡を向けるホシノ。視線の向こうには、十字に輝く反射光。
 暗くてその主は窺えないが、反射光の源が“何”に備わっているのかは理解できた。
 心臓が凍る気分だった。
 つまりは、初めから――――初めからだ。

「ホシノ殿、もう少しこちらに……」

 茂みの影に引っ込む優花里に続く。
 そこで、震える吐息を絞り出す。
 周囲に運よく人がおらず生き長らえた訳でも、或いは典子の言葉に感化された人間が攻撃を仕掛けなかった訳でもない。
 初めから、整えられていたのだ。
 そんな筋書きだった。氷の蜘蛛の巣が如く――凍てつく罠が存在していた。

「このまま近づいたら、撃たれますね……これは」
「判ってるよ。……判ってる」
「できるとしたら、どちらか一人が後ろから回り込んで校舎にあがるとか……この地形だと前から行くのは……」
「判ってる!」

 やや語気強く告げたホシノに、優花里は目を見開いていた。
 拡声器の声も止まった。向こうにまで、声が届いてしまったのか。


533 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:55:33 z0hyvM1M0


「そ、その……ホシノ殿に何かしてしまったでありますか? 自分、何か間違ったことを……」
「いや、悪かった。……これは私の方の問題だよ。悪かった」
「そう、ですか……?」

 そう、これに関してはホシノの方の問題だ。ことここに至って、未だに結論に達していない彼女の問題だ。
 この中では必然的な最年長者――理性としても、理屈としても理解している。
 ただ、それなのに繋がっていない彼女自身が悪い。
 違和感は、それとは別のこと。
 それを質すべきは今なのか――……、それともそこは今は考えるべきではないのか。
 そう迷う、二人に拡声器からの声が届く。

『もしかして、私の話を聞いてくれたんですか!?』

 イィィィィンと、拡声器が鳴る。
 熱の籠った声には、幾度となく呼びかけ続けた為に掠れた声には、それでも隠し切れぬ喜びが浮かんでいた。

『ありがとうございます! 待ってて……信じてよかった!』

 本当なら、その場に来た人間が賛同する人間とは限らないだろう。
 当然ながら、先ほどの爆音の正体に気付かぬほど彼女は愚かではない。
 それでも、人を信じることを選んだ。
 選びたかっただけだろうが――――大切なのは、選ぶことだ。

『戦車道もバレーボールもチームワークです! 一緒にこの殲滅戦を打倒しましょう!』

 そんな彼女の熱は、なるほど人々の中の灯となるだろう。
 心に火をつけるだろう。
 ああ、だから人と人は手を取って殺し合いを否定しなければならないと――――。
 きっとこの場に招かれた誰もが、戦車道の理念に触れた誰もが、たとえどんな人間であっても心の琴線に感じ入る言葉だろう。
 それは熱だ。

『一緒に、戦いましょ――――』

 だが凍えろ――と。
 発せられた銃声が、撃ち込まれた弾丸が、上がった悲鳴が二人の精神を殴り付けた。
 砲声には慣れている。
 振動にも慣れている。
 衝撃にも慣れているが――――

『――――――――――――――――――――――』

 人間が心の底から吐き出した悲鳴というものまでは、慣れては居ないだろうと。
 頭を殴り付ける、氷塊の一撃だった。
 長脛部を撃ち抜かれた典子が、崩れ落ちた。
 アスファルトに転がり異音を漏らす拡声器。路上に染み込む血と肉と骨の破片。

 烏が一羽、羽ばたいた。


534 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 02:57:24 z0hyvM1M0



 ◇ ◆ ◇


 震える。
 この殲滅戦の場においても適応できていなかったホシノは勿論のこと――――。
 この殲滅戦の場において、ある程度の指針を定めていた優花里までもが震え上がった。

 理想を叫ぶことは立派だ。
 理念を語ることは素晴らしい。
 理屈を並べることは冷静なのだろう。
 だけどそこには――――。
 彼女たちの人生には――――。
 理不尽な暴力などは、血と悲鳴などは、極寒の殺意などは――――――介在してはいなかった。

「あ……あ……」

 撃つことは覚悟できた。
 撃たれることも想定できたかもしれない。
 だが、撃たれて苦しむ他人を見守る用意は済んだか?

『わた、しは……っ……だい、じょうぶ……です』

 まだ生きている。礒部典子は、生きているのだ。
 熱に魘されるような、襲いかかる寒気に熱を産み出そうとしているような、発作めいた小刻みな声が聞こえる。
 苦悶。苦痛。苦渋――彼女は拡声器に声を乗せぬように、必死に歯を食い縛って耐えている。
 銃声が、更に一つ。悲鳴が上がる。
 今度は着弾したのかしていないのか、それは見えぬ。判らぬ。
 だが明らかに――ホシノと優花里があちらに気付いたように、相手も彼女たちを察知している。だからこそ銃撃は行われる。

 つまりは、活き餌だ。
 隠れて出てこないなら、出てきたくしてやる――――そんな無言で凄惨なメッセージ。
 歴戦の軍人でも数多の犠牲を禁じ得ない、友釣り。
 他人と呼ぶには戦友であり、そして軍人と呼ぶには素人な彼女たちは――――無論のことながら、戦闘兵器でも戦車でもない。
 何かを通したわけでもなく、目の前で一方的に行われる惨状というのは――――心の底まで凍りつかせるものだった。

「……っ、助けないと」

 それでもホシノは腹を括った。
 なんとしても、あの場から磯部を連れ出さなければならない。
 それはこの場の年長者であり、仲間であるホシノの役目だった。
 駆け出そうとした体がつん飲める。
 秋山優花里が腰にしがみついていた。

「だ、駄目ですよ! 危険です! これは友釣りと言って――」
「――見捨てるのか!?」
「そ、そうではなくて……とにかく危険なんです……!」

 しかし問答など許さぬと。
 鋼鉄の爪音が、心を凍らせる冷たい擦過音が二人の側を駆け抜けコンクリートで跳ねる。
 皮膚の真下を撫で付けるような恐ろしい音――銃声などよりよほど。


535 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 03:01:28 z0hyvM1M0


「こ、こちらに!」

 一呼吸待たず。
 なんとか優花里が引き寄せるのと、ホシノの立つ位置を弾丸が撃ち抜いたのは同時だった。
 間一髪――。
 しかし状況は、最悪だった。

「急いで走っていけば、中々当たらないんじゃないのか?」
「お、恐らくはセミオートライフルです……運良く当たらなくても助け起こすときには危険ですよぉ……」
「……その辺りのものを燃やして目くらましにするのは?」
「えっと……この距離だと煙幕を使っても……向こうまでは遠すぎて……」

 優花里が言うことは正しいだろう。
 しかし撃ち抜かれた人間を前に落ち着けるほど、人間は強くできてはいなかった。
 確かにそれまでは、恐れていた。
 だがことここに来て、イグニッションを済ませた車がおいそれと止まる理由なぞない。

「撃ち返して、その間に助けに行くのは?」
「じ、自分の銃ではこの距離はとても撃てません……テーザーガンでは」
「……私の拳銃なら」
「狙撃銃が相手では…………その……」

 優花里が水を注す。
 先程までの落ち着きは嘘のようで、逆にホシノの方が腹を括っているほど。
 いや、知識が多いから……優花里の怯えも尤もなのか。ホシノに、彼女に、現実が理解できていないのか。

「本当に当たるのか? 相手も銃に慣れてないなら、走っていれば当たらないんじゃないか?」
「確かめてみますか?」

 そして折って出した枝は撃ち抜かれて、衝撃にホシノの手から飛び出した。
 じんとした痺れと共に、もたらされるのは焦燥だ。
 すでに数度撃ち損ねている。
 映画などでの伝説的なスナイパーの腕前である筈はないが――――しかしそうだとしても――……。
 優花里が言うように、この傾斜を駆け上がり助け出し、そしてまた駆け降りるその時にはミイラ取りがミイラになる――。
 そう思う程度には、危険が高すぎる。

「助けなきゃいけないのは本当です。でも、やっぱりこの状況は……」

 途端に言葉が尻すぼみになった。
 優花里の狼狽を見ていれば、ホシノは逆に落ち着く気持ちであった。
 心が鉄めいて固まってくる。
 そして思った。やはりだ。これには覚えがある。

 自動車に触れる楽しみを見出だして、実際に触れることが楽しくて、自信を得て何でもできる気になって――きっと上手く回っているというアレだ。
 そんなときが。
 そんなときこそが一番危ない。
 要するに浮かれて、緊張がないから上手くいって、それでいて自分のミスに気付かない――――。
 そこでガツンと現実が冷や水をかけてくる。


536 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 03:02:11 z0hyvM1M0


 ひょっとしたら、この場の優花里も。
 本人は気付かずに、冷静と呼ぶには余りに細部が甘いことをやっていたかもしれない。
 軍事という合理の知識と、経験や人格が乖離しているという不具合が起きていたのかもしれない。
 なんと無くふとそう思った。
 だからだろうか――――ホシノの頭は少し醒めた。
 昔のミスを思い返して、ここといつもとが地続きに感じた。

 そして改めて――――やはり怖いが、行くしかないとホシノは決める。
 優花里に対し、どこか感じていた苛立ちがなくなった。
 ホシノよりも冷静にものを考えていると――――だから感じた僅かな怯えと隔たりが消える。
 つまりは、ホシノも優花里も、同じなのだ。
 どちらも普通に生活があって、考えがあって、経験があって――――殲滅戦には縁がない少女なのだ。

「……はー」

 ただ、人生経験は――慌てやスピード、パニックに対する経験はドライバーの分だけホシノが上。
 それこそ初めてドリフトをかけようとしたときなんか冷や汗が出っぱなしであったし、
 コーナリングを失敗して慌ててカウンターに叩き込んだときなんか生きた心地がしなかった。
 ライン取りをミスしたこともあれば、路面のコンディションを見切れずにスリップしたこともある。
 そうだ。
 あれだって、失敗すれば死んでいる。
 銃は初めてだが、よほど命の危険というのには直面している。

「考えても仕方ない……か」

 瞳を閉じて、心の中でイグニッションキーを捻る。
 コーナリングには自信がある。走るのは四輪ではなく二本足だが、この勾配ある曲がり坂を最速で駆け抜ければ死線を免れる。
 あとは車ではなく身体で、それも走りながらの頭でそれができるかだが――――よほど車の方が早い。
 煩くなる心臓の音を――トルクを感じて、ひりつく息を漏らして両手に膝。
 往路で死神に捕まれない可能性。ピックアップで死神に捕まれない可能性。復路で死神に捕まれない可能性――――馬鹿馬鹿しいが。

「……ま、待ってください。せめて正面からではなくて……他に……」
「裏から行くのを、相手が許してくれると思うのか?」
「それは……そのう……」

 優花里の定石は確かだし、彼女の頭の中には十分な知識がある。
 現実にいくらか実行もしているだろうし、手慣れているところはあるだろう。
 ただ――ホシノ自身が運動に近しいことをやっているからだろうか――やはり知識と経験は、別なのだ。
 互いに耐性がないなら話は違う。
 だが一方が――――それこそ無機質に失敗を刈り取るガードレールや路面なんか相手では、知識では“遅すぎる”。
 楽しみも何もない、それこそ遊戯――高揚や陶酔――とは別の次元の――――ストレス下での思考と行動は、知識とは違う。

 相応の、慣れ。
 少なくともそこはまだ、ホシノに一日の長があった。
 警告のように、更に銃声が鳴った。
 いよいよ助け出すのが遅れれば命はないし、苦痛の時間は長引くばかりだ。
 もっと正しい道筋があるのかもしれない。あったのかもしれない。
 だが、ここで選べることはできなかった。
 人生の積み重ねとはそんなもので、きっと意図せぬ災難というのはそんな形に訪れる。

 いよいよもう、ケリをつけるしかない。車体は既にコーナーに差し掛かっている。
 何度か手を握って閉じて――――優花里を見る。
 聞きなれぬ苦痛の叫びに顔を青くしていた彼女は、

「あの!」

 それでも意を決したように、瞳を閉じてから声を上げた。

「お願いがあります! これは私と、ホシノ殿にしかできないことなんです!」


 ◇ ◆ ◇


537 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 03:03:23 z0hyvM1M0



 確かに秋山優花里は奇妙な興奮に包まれていた。
 戦車に乗ったときのように――或いは危険を省みずに潜入を行ったように。
 彼女は勇敢と言うよりも、高揚に身を包まれていただけだった。

 勇敢さとは恐れを知らぬことではない。
 畢竟、勇敢である人間には冷静さも付きまとう。冷静というには、秋山優花里は余りに迂闊過ぎる。
 悪く言えば、想像力がない――。
 逸見エリカに先んじられたのも、そこが理由だ。落ち着いて見えたのもそれが理由だ。
 この場での生身の殺人という物事への想像力が十分でなかったからこそ――だからこそ落ち着いていたのだ。理想を叫べたのだ。
 彼女はある意味一つ、ただ酔っていただけなのだ。

 自分に向けられること、自分が向けること、自分に関わることへの理解が足りていない。
 当事者意識が欠けていた。
 自分が主体になると思っていないから、殺される恐怖よりもしたいことが勝った。
 覚えたことをやる余地があった。思い出していられる余裕があった。
 多分きっと、まだ自分が殺されるとは思ってはいなかった。
 しかしそれは、自分以外の――――それも仲間を撃たれることで強制的に醒まされた。

 そうだ。それが真実だ。
 そんな高揚は、身を持たない“オタク(ナード)”の強がりなんて、大抵“物理(ジョック)”が殴り付けて黙らせられる。
 そうだとも。
 初めて目にした銃器による暴力は、それまで彼女が憧れていた武器や兵器の実在の重さは、いざ直面すれば容易く魅力などを破壊する代物だった。
 ここに来て秋山優花里は、現実の重さを否応なく認識させられた。

 だが――。
 だがそれは確かに真実だ。彼女のそれは、鮮血を伴う暴力の前には瓦解する空論だ。
 しかし―― 

「今です! お願いします!」

 叫んだ理想は嘘じゃない。集めた知識は嘘じゃない。感じた魅力は決して嘘ではない!

 そうとも。
 不安がないはずがない。不安はあった。確かにあった。それでも――それだからこそ人を信じたかっただけだ。
 嘘であって欲しいと願ったから、エリカにだってああ接したのだ。
 嘘でない。嘘ではないのだ。この思いは決して嘘ではない。

 駆ける――駆ける――駆ける!
 砲弾よりも重く――――人の命を懸けて/賭けて――翔るそれが優花里の右手を離れる。
 余りにも華奢で、頼りなく、飾り気なく素っ気ない模型飛行機めいたドローン――RQ11。
 優花里の知識と、ホシノの卓越した整備技術が、悉くに分解されたドローンを組み立て上げた。

 通称レイヴン――――白いカラスが、宙を舞った。


538 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 03:05:17 z0hyvM1M0


 ◇ ◆ ◇


「Чёрт!」

 クソッタレ/(チョルト)――!
 思わず口から零れだした口汚いののしり言葉と共に、クラーラは引き金を引いた。
 当たらない。
 ここまで自由に動く飛翔物体を狙った経験はない。

 頼りない模型飛行機のような飛行物体が、彼女の覗き込むレティクルを何度も何度も横切り妨害する。
 口から零れ出る悪態が止まらない。
 時々に移るヴィジョンからは、走り出した少女がたった先ほど撃ち抜いた磯部典子を抱え上げるところだった。

「Чёрт возьми!」

 クソッタレ/(チョルト・ヴァジミー)――――。

 既に大腿と肩を撃ち抜いた。
 万が一助け出されたとしても重症。少なくとも戦力になりえないほどの打撃を与えた。
 そうとも、戦果としては十分とも言える。
 初めてにしては上出来だと――――思う一方の苛立ち/求めてるのは言い訳じゃない/確実なキルスコア。

 覚悟を決めた――――ならば覚悟に見合う結果を用意しなければならない。

「Cука! Капуста!」

 なんとか邪魔をするドローンを叩き落としたその時には、すっかりと対象は逃げ出してしまっていた。
 ぽたぽたと零れ落ちる血痕がその痕を作るだろうが、しかし躍起になってはならない。
 獲物を追うときは己が駆り立てられるときと同じだ。
 自分なら、逆に罠に嵌めようとするだろう。或いは思いつかなくても、父ならそうする。相手がそうしないとも限らない。
 深呼吸を一つ。
 バラバラに失墜させたドローンと血だまり。残された支給品を眺め、深呼吸を一つ。

「Mороз……морозь меня」

 “Ты, мороз мороз”/(チィ・マロース・マロース)――――“Mорозь меня”/(マロース・ミニャー)。
 凍らせろと、内なる記憶に呼びかける――――もっと私を凍らせろ。
 “Ой, мороз мороз”/(オーィ・マロース・マロース)――――“Не морозь меня”/(ニィ・マロース・ミニャー)。
 狙撃銃の衝撃にかじかんだ指を二三度開く。
 視線の向こうに遠ざかる負傷者を連れた三人組。仲間を庇い、その肩を担いだ三人組。
 見下ろせば、絶対零度に視線が凍る。

 “Ты, мороз мороз”/(チィ・マロース・マロース)――――“Mорозь меня”/(マロース・ミニャー)。
 凍らせろと、内なる記憶に呼びかける――――もっと私を凍らせろ。
 “Ой, мороз мороз”/(オーィ・マロース・マロース)――――“Не морозь меня”/(ニィ・マロース・ミニャー)。
 痺れの残る指で、支給された刃物と武装を抜き出した。
 父は、父のいた部隊は、これを刃物代わりに人を殺した。
 どんな殺しかは知らない。やり方は知っている。知っているだけで殺しの経験はない。

 “Ты, мороз мороз”/(チィ・マロース・マロース)――――“Mорозь меня”/(マロース・ミニャー)。
 凍らせろと、内なる記憶に呼びかける――――もっと私を凍らせろ。
 “Ты, мороз мороз”/(チィ・マロース・マロース)――――“Mорозь меня”/(マロース・ミニャー)。
 束を握る指が冷えきっていく。
 ただの霜になればいい。氷柱になればいい。

 冷えきった鉄の刃を――雪と霜の大地に突き立てられていたであろうスコップを広げて、クラーラは歩き出した。
 室内の静寂を吸って、黒い刃が殺意を広げる。
 両手に握られた二本の刃物。
 さながら、烏の翼の如く――。


539 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 03:09:21 z0hyvM1M0




 彼は見た。
 人の及ばぬ上空から、地上に息衝く彼女たちを見た。


 磯辺典子を担いで、秋山優花里とホシノは逃げる。
 刃物を両手に握ったクラーラは、冷酷な視線を地上に向ける。 


 烏が哭いた。
 彼はただ、待ち望む。


 彼はただ、待ち望む。





【C-3・高校・3階教室/一日目・午前】
【クラーラ@フリー】
[状態]健康
[装備]プラウダ高校の制服
[道具]基本支給品一式、ドラグノフ狙撃銃(4/10)、不明支給品(大型のナイフ)、折り畳みシャベル
[思考・状況]
基本行動方針:カチューシャを優勝させるために戦う
1:典子たちを追って排除するか……?
2:できればプラウダの仲間は守りたい。しかしもしもの場合には、カチューシャの命が最優先
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました

【C-3・高校前道路/一日目・朝】
【磯辺典子@フリー】
[状態]右脛部貫通銃創・同右長脛骨開放骨折。左肩部銃創及び骨折。出血。
[装備]血塗れの体操服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める
1:逃げる……痛みは根性! でも痛い!
2:仲間を集めて役人と戦う。バレーボールと同じチームプレイ!
3:大洗の仲間や、万が一アヒルさんチームの後輩がいたら、合流したい
[備考]
※C-3高校の校門前にて、拡声器を使用しました。周辺に典子の声が響き渡ることになりました。
※基本支給品一式、拡声器、不明支給品(ナイフ、銃)はC-3高校の校門前に放置されています。

【秋山優花里@フリー】
[状態]健康、焦燥
[装備]軍服 迷彩服 TaserM-18銃(4/5回 予備電力無し)
[道具]基本支給品一式 迷彩服(穴が空いている) 不明支給品(ナイフ)
[思考・状況]
基本行動方針:誰も犠牲を出したくないです。でも、襲われたら戦うしかないですよね
1:とにかく、早く逃げるであります! こいつは危険です!
2:西住殿と会いたいのであります……

【ホシノ@フリー】
[状態]健康、心に大きな迷い、それ以上の焦燥
[装備]ツナギ姿
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器)、RQ-11 レイヴン管制用ノートパソコン
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:アクセル全開で逃げないと……!
2:殺し合いには乗りたくない。けれど最悪の状況下で、命を奪わずにいられるだろうか?
3:レオポンさんチームの仲間にはいてほしくない。彼女らの存在を言い訳に、誰かを殺すことはしたくない
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました
※【RQ-11 レイヴン】はドラグノフ狙撃銃により四散して落下しました。


540 : 霜と烏/Мороз и Ворона ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 03:10:00 z0hyvM1M0
[武器解説]

【RQ-11 レイヴン】
 翼幅1.0m、全長1.1m、重量1.9㎏、巡航速度45-97㎞/h、航続距離10㎞、飛行時間80分、上昇限界:対地高度1000ft(300m)の無人偵察固定翼機。
 CCDビデオカメラと赤外線ナイトビジョンカメラを搭載した組み立て式の無人偵察機で、手投げによって発進。
 以後は内臓の電動モーターによりプロペラを回し、推力を得る。
 今回はGPSによる完全自立操縦方式が廃されている無線操縦式であり、付属のラップトップPCによってラジオコントロールする。
 大きなラジコン飛行機のような外見であるが、大体そこそこの外車ぐらいの値段がする。

【折り畳みショベル】
 全長約72cm (展開時)。53cm (折り畳み時)。重量1kg強。刃幅約17.5cm。
 ロシア空挺軍、特殊部隊スペツナズなどが使用する折り畳みシャベル。
 土を掘る事はもちろん、良く研いだショベルは打撃・斬撃・刺突・投擲に使われる道具でこのサイズのショベルは手斧としての役目も果たす。
 折りたためば鍬のようにもなる。
 ロシアの軍隊格闘にはシャベル使用を前提としたものや、或いは格闘の中にシャベルを取り入れたものが多数存在する。


541 : ◆RlSrUg30Iw :2016/09/14(水) 03:14:32 z0hyvM1M0
投下を終了します。

期限超過した身で申し訳ありませんが、予約期限の延長には>>498の◆Vj6e1anjAc氏と同意見でお願いします
タイトルは「霜と烏/Мороз и Ворона(マロースィ・ヴァローナ)」

殆ど全編に渡ってキャプテン(磯辺典子)の名前を間違えてしまったのはお詫びしたくシベリアに行ってきます


542 : ◆dGkispvjN2 :2016/09/15(木) 02:54:32 VNAWU3M20
皆様投下乙です。
期限の話、◆Vj6e1anjAc氏の意見を参考にさせていただきます。
基本7日間予約・申請すれば3日間延長可能・実質最長10日まで、とします。

それと、感想をまとめて投下します。

>西ヒップ・華・澤
できれば、このペアはずっと平和で居て欲しかった二人でした。
ぱっと見へんてこりんな二人なんだけど、彼女達のやりとりは不思議とちぐはぐではないんですよね
西の言う「知波単魂」の核みたいなものをローズヒップが持っていたからなのでしょうか。
ある意味この殲滅戦でローズヒップは一番スタンス・キャラ的に浮いてて、でもだからこそ西には特別に見えたんだろうなと。
ドラマCDじゃないけれど、ダージリンがあえてローズヒップを車長にしたのが少し解るかなと思う前半のやりとり。
そんで、その裏での華さんと澤ちゃんがまた、この光と対照的な暗さ…。
日課である生花をこういう手法で昇華してくるとは思いませんでした。
まだその日課をしている以上は芯は華さんが残ってるんだなと思いつつ、ハサミで絶つ事を後悔を絶つ事に繋げてるのはうまいなあとも思いました。
後半の突撃は様式美だけど、天晴なくらい綺麗で真っ直ぐな突撃でした。


>ブルーバード
タイトルの語呂、あと鳥要素を拾ってくれたのが嬉しかったです。
本当にこのチームは不思議な組み合わせなんだけど、チーム名を象徴するくらいこの町の中では平和で仲良くて大好きで、
もうなんていうか言葉では言えないくらい本当に好きなチームです。
ミッコとツチヤの会話なんか、最高ですよね。
ツチヤとミッコはここでも元気に走っています。そう伝えたかったから。 って地の文も最高だなあ…って思いながら今もまた読んでます。
そこに麻子が絡んだんですけど、これがすごく自然に絡んで、いい・・・としか言えないトリオになりましたね。
あえてのリーダーミッコ。チーム名も深くて印象深い。
全部のチームで隊長・副隊長格がいないの、この子たちだけなんですよね。そういう意味でもやっぱりこのチーム、すごい好きです。
配信後、現実を見たミッコがどうなっちゃうか、そして一人で震えるさおりさんはどうなるのか気になる話でした。

>エリみほ
エリみほはいいぞ、を体現したSSでした。僕の全力のエリみほSSの弾をジャストミートでホームランしてくれたすごいSSでした…。
繰り返されるばっかじゃないの、が誰への、何への、といったいろんな意味を持っていて、上手く行間を読ませてくれるいいリズムになっていました。
言えるわかない、から螺子の下りを経て結局言う流れ、そのシーンの一挙一動がこのSSの醍醐味という気がします。
こわれていて、何かが見つかって、直って、ようやくスタートに立つ。いい比喩でした…。
エリみほはいいぞ…。

>アリ紗希・ペコッサム
そうくるかあ〜〜〜!正直に言って、僕はアリサか紗希ちゃん、どっちかは脱落するかなあと思ってました。
こういう可能性があったかあ、やられたなあ、という印象です。
カエサルにかけよるアリサをひっぺがして隠れた時のアリサの拙い語彙での必死な言葉と仕草が、アリサの今の全部を吐き出してるように思えます。
紗希ちゃんは口数が少ないんだけど、それが余韻を与えてくれて…すごく、いいです。
個人的に状態表の「ありがとう、アリサ 」これがSSより後、最後に分かるのが、すっっごい好きでした。
頼むから生きてくれ……。


543 : ◆dGkispvjN2 :2016/09/15(木) 02:55:32 VNAWU3M20
続き。


>杏ちょび・福ーシャ
こんなに早くリレーされるとは思ってませんでした。
まず思ったのは、隊長格が集うと、ここまでおもしろいという事。
互いに自分の隊員のこと、自分の学校の戦車道のこと、こういう時に隊長(会長)はどうあるべきなのか、を考えているので、明確な意見の違い、スタンスの違い、譲れない部分が出てくる。
これは他のロワでは中々見られない、単一かつスポ根部活ものみたいなくくりであるからこそなおもしろい傾向かなと思います。
そしてそこに混ざる福田の「隊員としての視点」から突いてくる刃。これが、視点の外から来るのではっとさせられました。これは組み合わせの妙ですね。
福田が居なかったら、この2組は精神的に違う方向に向かっていたのかな、なんて思います。
冷静過ぎる杏とカチューシャに終始ちょびは押されてますが、がんばれ、ちょび!向かう先の未来には希望はないけどな!!!

>学校組
クラーラの父設定は絶対活かしてくるだろうなと思ったら、やっぱりきましたね…!友釣りとはえげつないことするなあ…
なんかこのロワ、プラウダだけレベルが桁違うんじゃないかな?と思えてくるくらいの強さが有りますよね…。
あと個人的に好き、というか考えが一致してたのは秋山殿の内面解釈。
秋山殿、どこか浮いてるんですよね。冷静というか、浮いてる。廃校騒動の時もああでしたし、なんだかそんな印象があるなあと思ってて。
それを登場話で書いたらうまく拾って頂いていてすごくありがたいです。
しかし、大丈夫かなこの3人は……同じ学校なのに考え方がてんでバラバラ、しかも向かう先は罠まみれの校舎。
悲惨なことにならないように祈ります。


544 : ◆dGkispvjN2 :2016/09/15(木) 02:57:02 VNAWU3M20
さて、では五十鈴華・ケイ・武部沙織・ノンナで予約します。


545 : ◆mMD5.Rtdqs :2016/09/17(土) 04:10:46 g29y0qVk0
遅れてすみません。投下します。


546 : 善く死ね ◆mMD5.Rtdqs :2016/09/17(土) 04:11:59 g29y0qVk0

落ちてきた空はどこまでも澄み切っている。今日も一日晴れるだろう。勘。
まとわりつく体感温度の中、しかし見上げた空が広がってゆくということはつまり空の広さを表すもので、
いや、私たちが小さくて狭いってことだと、考える。何もかもがそれの視点からはちっぽけになりそうな日照。ギラギラが体に刺さる。
其れだけの見てくれでこちらは結構おっくうなのだから、先ほどまでの解放感は朝特有なだけで、疲れとともにすり減ってゆく。
いつか、きっと、多分でなく、すぐにこれなんだから、死にたくなるような雰囲気に身を任せなくても、よかった。赤ら顔の彼女は大きく息を吐いた。

 今まで頑張ってきて、幾度も失敗にもかかわらず成果が降ってきてくれていたのは、もちろん私たちの頑張りもあっただろうけれど。
けれど、何か、こう、ああ、神様? 西住隊長の指揮もご指導もあるかもしれないけれど、神様が何でもできる神様がいた気がする。
頑張れば何でもできるってことではなく、運命が決めていたーとか? 私たちは頑張ってきたんだよー。我武者羅に、多分。
頑張ってきたことは間違いではなく、成功したから、しちゃったから、その鮮烈なまでの輝きに目がくらんで――

 ――どこまでも見渡せるような気分になってしまっていたんだ。

 一寸先は闇だった。彼女は信じた。ちょっと調子に乗って走ってみたら、そのまま石につまづいた。全く気にもしていなかった。
全知全能の神様がこれまでのように見ていてくれたらうれしかったけれど、人間は70億人いるので、個人個人を見られるくらいのキャパはないのだろう。
疲れる、疲れたんだって? それでもすすまなきゃ、パンツァー!… … ごめんね、ムカつくでしょ? ……ムカついてよ。
空虚にぶつぶつと、何の意味もなしに屋上をふらふらと歩き回る様はまるで冬眠明けの熊だ。彼女はウサギの親玉であるのに。

 ねえ、なんで何も言ってくれないの? なにか言ってくれなきゃわかんない。 ああ、死んでたね、死体だったね。
言わせてみようか。梓、梓らしくないよ、とか。梓がしたいようにしてくれていいんだよとか。
喚かせてみる? 梓のせいで死んだのに、どうしてのうのうと生きていられるの! 言いそうにもないよ。もう何も言わない。
だって、死んじゃって、死体で、あんなにぐちゃぐちゃになって、ものも言わないんだから。何を言ってるように聞こえても私がしゃべらせてる。
鏡にしている――あゆみに私自身を投影しているんだって。

 死体、死体、もの言わない死体。彼女をここに閉じ込めて行った死体。虎は死んだら皮を残すが、どうやら人は死ぬと呪いを残すのかもしれない。
ごめんね。彼女はつぶやいた。これさえも鏡だ。私が行動したいようにさせるイッコクドー、グチャグチャの物体……。
耐えらなかった彼女をひき潰してパンツァーフォーと言っても、無残な被害者たる彼女を掲げてパンツァーフォーって言っても、責める人間はこの場にはいない。
自分がこだわってるだけだ。しかしそれでも拭い去れない。うさぎは寂しさに殺されるから、あゆみがいないと寂しいよ。
生きていてほしかった。今は駄目でも、生きていれば変わっただろうに。……私、動けなくなっちゃった、よー。

 無理やり引きずりださないでよ、彼女がつぶやいた。


547 : 善く死ね ◆mMD5.Rtdqs :2016/09/17(土) 04:12:56 g29y0qVk0




 生きている山郷あゆみは澤に何と言うだろう。考えるには、彼女を生かす方法から導かなくてはならなかった。
悪い子、悪い子、あーずさー。フワフワしながら脳がきしみ、身体が熱くなって頭に血流、高揚感と全能感に包まれる。
今までに感じたことなど無き感覚だ。戦車道における興奮に類似しているかもしれない。……すみません、道を汚しました。

 怯える彼女を力強く抱擁し、安心感のゆりかごに留め、理想を語って、目標にまい進するのだ。/彼女は泣き止んだ
悪い人たちには負けない! 一緒に頑張ろう! みんなで、大洗に帰ろう! 彼女は、いつだって明るくこちらを鼓舞してくれた。/彼女は微笑んだ。
大丈夫、きっとうまくいくから、みんなで力を合わせればきっと何もかもがうまくいくから、いつもみたいに、一緒に、/彼女は頷く――

 「最初で、最後。会えたのが、梓でよかった」/――に水を差された。次。

 突き放したり、泣きわめいたり。冷たいこと言えば、無邪気に笑いながら乗ってくれたに違いない。/日常の風景。
醜く泣きわめきながらすがりつけば、いつものあずさじゃないよって、こちらを支えてくれたに違いない。/いつもみたいに。
仲間たちのことを持ち出して、思い出にすがらせて、そうすれば普段の彼女に戻ってくれたはず。/本当の彼女。

 /いいや、彼女にとってここはもう人生の延長上にはなかった。あの時点で完全に断絶し、もはや彼岸の向こう側に行ってしまっていたのだ。

 ならば実力行使しかない。しかし直接止めたとしても、/彼女は締まるところ締まって出るところ出ている――つまるところ発育がいい。羨ましい。今見ても――
羽交い絞めにしても振りほどかれて逃げ出されてしまう。ならばどうすればいいか、……下に先回りして受け止めるというのはどうだろう?/……痛い。
目が覚めた瞬間に駆け出し、建物を下り上から落ちてきた彼女をキャッチする。これならどうだろう? どの辺りで待てばうまいくかな? /……目が痛い、痛い。

 痛い、痛い、涙を出し続けると、眼球が痛くなってしょうがなくなる。もう枯れたと思っていた涙であっても、現実を目の当たりにすると再び滲む。
彼女の死体は象徴だった。頭はアルコールに侵されているとはいえもう十分になれたはずなのに、
彼女の姿を見ると、トリガーのように、そうしなければならないように涙が出てくるのだ。だが、この涙は……。

 結局のところ、澤梓と山郷あゆみは無知だった。彼女たちの見識においてはこのような桎梏渦巻くような世界は、影すらもつかませなかった。
それは、彼女たちが歩んできた人生の成果であり、また彼女たちを取り巻く環境が、周囲の大人たちが、善き仲間、家族たちが、必死に守ってくれていたからだ。
けれど、保護を離れた真っ白い彼女たちが、いざ知られざる汚泥に触れたとき、それは彼女たちの性質を、変化における拒絶反応を露骨にする。
そこにおいては、澤梓は少し色が変わろうと適応できるタイプであり、山郷あゆみは変色に耐えられないタイプだった。
そして、拒絶反応はさらなる拒絶反応を生むのだ。

 無垢であって、少しの汚れ、澱みさえもといった山郷あゆみは、ある程度受容した澤梓に、その穢れを過剰に自覚させたのだ。
何を穢れというかは個々人の認識の差であり、自身しか持たないものであるはずなのだが、山郷あゆみは汚れ無き白だけが白として死んでしまった。
これをして、澤梓はもう二度と綺麗にはなれなくなった。こびりついたものはもう二度と拭うことができなくなってしまった。
澤梓は、懐疑的になる。自分の行動すべてに打算と保身の影を感じ取らずにはいられなくなる。そして、本物の感情の欲求と二度戻れぬ汚泥の自覚をもって――

 ……考えたくないものは考えなくていい。見たくないものは見なければいいのに。なのになぜ見てしまうのか
それはともかく、澤梓の思考の続きである。精神ももダメ身体もダメ、ならばほかに取れる手段は、第三者の介入だ。
例えば、梓が尊敬している西住隊長、またはウサギさんチームの仲間たち。きっとうまくいくにちがいない。彼女たちならやってくれるだろう。

 しかしその夢想は彼女を苛む。それは、澤梓という少女の能力ではけっして山郷あゆみを救うことはできなかったということに他ならないからだ。
彼女は自身の能力不足を認められない性格ではないが、内から無能と罵られることになれているわけでない。
またこの事実は別の側面も持っている。ある種の山郷あゆみの死からの責任回避であったり、
澤梓の能力では殲滅戦という戦場で生き残る可能性は万に一つもない、ということだ。

 澤梓はここにおいて――今生きていることがただのモラトリアムにすぎないことを自覚した。


548 : 善く死ね ◆mMD5.Rtdqs :2016/09/17(土) 04:15:02 g29y0qVk0





 見上げた空は確かに澄み切っているけれど、体にまとわりつく呪いみたいに思い湿気は、きっと嵐を呼び込むのかも。
あゆみに向けて落ちていた涙は、風に流されてどこに行ったかもわからなくなった。……私が降りたって、同じこと。
意気地なしなのかな? 梓は考える。死のうとする勇気なんて勇気じゃないって前なら言えたのに。
でも、あゆみの横に墜ちたら、きっと死体が二つ並んで――あゆみだけの死の衝撃はきっと薄らいでしまう。あゆみとあゆみ二号になってしまう。
それに、ここで死ねば彼女に、綺麗だった彼女に、より直接的に自殺の理由を押し付けることになる。それは、嫌だ。

 梓はもう自分は汚れていると持った、思考の迷子になって行動できず、それすらも言い訳にしていると思った。
けれども梓は生きているのだ。これからの身の振り方について考えなくてはいけない。深い絶望の中にいるけれど、何かもがかなくてはならない。
……もう、自分は罪に汚れているのだ。ならばこれ以上に汚れたとしても同じことだ。

 自殺したのはあゆみの意思、私は関係ない。むしろ勝手に死んだあの子が悪いんだ。あの子が悪い。あゆみが悪い、あゆみが絶望して――……私が悪い。

 ……どうしても思い込むことができない。澤梓は元来優しい少女であったから。明白な禁忌であるお酒に手を出したところで変わることはなかった。
けれどもそれは、罪を自覚しようとしないということで、どちらにせよ綺麗ぶることで、それがまた彼女を苛んでいって。

 これから、どんな道を行けばいいのだろう? あの時見えた背中のように、罪を飲み込んで道を進むか? パンツァーフォーの号令の元、親友をひき潰す?
人殺しは、受け入れらない。それは梓にとっての今のところの絶対防衛圏だ。それに逆らって生きるのは、それこそ狂わないとできないこと。
でも、もう狂うことはできない。いくら狂気を発して狂っているぞ主張したところで、それは表通りを狂人のふりして行く人、狂人とみなされる狂人ぶった人にしかなれない。
狂人ぶるために、これからどのくらいの禁忌を重ねていけばいいのか。あゆみからまっとうな人にいくら迷惑をかければいいのか……梓には見当もつかない。

 だったらやっぱりあゆみを轢いていく? けれど前に進んだところで、道なんてあるのかな? 再び袋小路に迷い込んでいくだけじゃ……。


549 : 善く死ね ◆mMD5.Rtdqs :2016/09/17(土) 04:15:40 g29y0qVk0

 ――多分、もう二度と私がパンツァーフォーを聞くことはないんだ。ここで、私の道は途切れてしまったんだ。

 もう生きる道なんかじゃなく、どうやって終えるかを考える。どう死ぬかを考えなきゃならないだって。

 梓がその結論にたどり着いて、彼女は目を広げて、頭が痛くなってよろよろとした。また、あゆみの死体を見に行った。
五十鈴華が整えていった彼女の死体は、しかしどこをどう見ても生きているとは言えなくて、きっちりと生命が終えられていた。
梓は、それに恐怖を感じて、立ちすくんだ。皮肉なことにこの道に関しては、山郷あゆみは澤梓のずっと先に行ってしまっていた。

 ……私たちは、死んだらどうなるんだろう?
 
 黒く濁った、自分の穢れの本性というべきものが、彼女の胸中を満たし始めようとしたとき、
梓は、ふと、死後のことについて思考を向けた。ここの死後は現世の後の時間軸のことだった。

 この殲滅戦を企画した側は、途方もない権力を持っているらしい。ならば、私たちの本来の死因については明かされず、
全員がひとまとめになって、大きな事故の犠牲者として処理されてしまう。
皆が――あゆみが、どんな気持ちで、何のために死んだかなんて、覚えてくれる人は誰もいないだろう。

 誰かに伝えていってもらう――いや、駄目だ。私が誰かに伝えたところでそれはだんだん薄らぐ伝言ゲーム。そして亡くなる人はほかにもたくさんいる。

 私が、私だけが覚えている。死ぬまでの間だけだけど、あゆみの気持ちは私だけが持っている。……じゃあ、私が死ぬまで、それだけをずっと偲んでいよう。
どうやって死んだっていい、ただ人に迷惑をかけることはしない。日常の延長としてここを過ごそう。死に行くまで。
戦車からはもう降りよう。ただ目の前で死んでいるウサギ、彼女に寄り添って死を待とう。それが、それが――死に方ってことだよね。

 「あゆみー! わたし、死ぬまで覚えてるから! きっちり死んで見せるから!」

 澤梓は叫んで、叫んで、叫んでみるけれど、其れでも一抹の不安が残る。
もしもこれから、もっと強い恐怖と絶望に襲われたなら、死の瞬間に彼女のことを忘却してしまうかもしれない。
そうしないためにも、やらなくてはいけないことがある。身体に刻み込まなくてはならない。

 彼女は自分の背嚢から銃、おまわりさんがもっているようなそれを取り出すと手の甲にあてた。
歯を食いしばって、目を固く閉じて、引き金に手をかけて――引いた。
弾は、手の甲を滑り、親指の付け根を抉っていった。焼けつくような痛みから、傷を抑え、涙を流す。澤梓は覚悟を刻んだ。

 「絶対、忘れたりしないから……」


550 : 善く死ね ◆mMD5.Rtdqs :2016/09/17(土) 04:16:48 g29y0qVk0




 彼女は、痛みをもって体に記憶を刻んだ。親友をなくしたという悲劇の記憶を、これは辛さに基準を設けたということだ。
これから彼女は、少しの痛みや辛さならへっちゃらになるだろう。あれより辛いことはないと思えるからだ。
ただ、もし、同程度かそれ以上の絶望が彼女を襲った場合、蓄積した損耗が炸裂し、無残に圧潰する可能性が、ある。 

 けれども、気になるのは、やはりこの死に方も山郷あゆみに押し付けているのではないか、ということだ。
澤梓は当然それに思い至ったけれども、それに関しては許容した。
なぜなら、梓は、あゆみが、目の前で死んでしまったことが、本当に、本当に――辛くてたまらなかったのだ。


 
【E-4・ビル屋上/一日目・午前】

【澤梓@フリー】
[状態]パンツァー・フォーはもう聞こえない。
[装備]ニューナンブM60 残弾5/6 予備弾倉3
[道具]基本支給品一式 酒、不明支給品(ナイフ)

[思考・状況] 酩酊状態 左親指付け根に抉傷
基本行動方針:あゆみのことを偲んで死ぬ
1:記憶に刻んで、私は――
2:日常の延長として過ごす
3:人に迷惑はかけない

※澤梓の近くに山郷あゆみの支給品が置いてあります。


[装備説明]
・ニューナンブM60
日本の警察官の標準支給品。ある意味では平和と法の象徴。
 
・酒
酒類。日本軍への支給品? 澤梓がどの程度飲んだのかは不明。
未成年は禁止。アルコールは、慣れてない人には取り返しのつかない味がします。


551 : 名無しさん :2016/09/17(土) 04:16:59 g29y0qVk0
投下終了です


552 : ◆RlSrUg30Iw :2016/09/22(木) 19:01:06 eLaVMEvg0
アリサ、紗希、オレンジペコ、アッサム、ローズヒップ、ペパロニ予約します


553 : ◆RlSrUg30Iw :2016/09/26(月) 12:02:26 eDiWW9pA0
>>552
申し訳ありません。予約を破棄します


554 : ◆dGkispvjN2 :2016/09/30(金) 00:29:22 pgAZgI/I0
>>544
ごめんなさい。僕も破棄させてください。


555 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/02(日) 02:38:54 idkuMAq20
ナオミ、カルパッチョ、ミカ、阪口桂利奈で予約します


556 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/02(日) 02:44:57 idkuMAq20
>>555
ミスです。
ナオミ、カルパッチョ、島田愛里寿、河嶋桃、ミカ、阪口桂利奈で予約します


557 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/03(月) 22:23:17 OHOBfcuU0
>>555>>556
重ね重ね申し訳ありません
ミッコ、ツチヤ、冷泉麻子を追加します


558 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/17(月) 23:59:49 OE4sIjco0
大層、遅れてしまいました。本当に申し訳ありません
投下します


559 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:03:01 CrU.HFfk0
 これが、もし悪い夢ならば。
 出会う人間みんなと、都合のよい過程と結末を辿ることが出来たのかもしれない。
 これが、質の悪い冗談ならば。
 怒ることはあっても、誰かに手をかけることはなかったのかもしれない。
 これが、趣味の悪い物語ならば。
 あの時、名前も知らない少女を庇って果てた、なんてこともあったのかもしれない。
 でも、非情で残酷なことに、これは現実だった。
 守りたいもの、守らなくてはならないものがある。
 だから私は死ぬわけにはいかない。だから私は死なせることはできない。だから私は終わらせなきゃいけない。
 汚れた手で拾えるものがあるなら。引き摺る足で踏める大地があるなら。
 だから、私は引き金を引いた。


560 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:13:23 CrU.HFfk0

 風がごう、と唸りを上げると共に、アパートから上る炎は揺らめく。
 まるで陽光の如く。であれば地に臥した彼女は神話のイカロスか。
 鏡合わせの日輪は辺りを照らす。等しく、平等に。そこに差異はなく、であれば己で価値をつけるしかないだろう。

「なるほどね」

 呟く。どうやら、目の前の二人は“被害者”側らしい。それは身を隠すのにうってつけ“”布の盾”だということ。
 他にも有益な情報も聞けた。
 アンツィオの一人が殺し合いにのったこと、聖グロの隊長が殺人鬼相手なら手を下すことも辞さないということ。そして何より、

「それじゃあ、特殊殲滅戦。こいつに聞き覚えは?」

 共に首を横に振る。
 この幼き隊長は島田と繋がってはいない、これは非常に大きな情報だった。
 特殊殲滅戦。それはサンダースのOGが、いつか語っていた与太話。しかし今では、唯一“現状”に迫れる手掛かり。

「なるほど」

 もう一度呟く。
 このふざけた現実が、その特殊殲滅戦であるということが確定したわけではないが、少なくとも“筋”は通っている。
 ならば、架空でも虚構でも一つの武器だ。
 そして、もう、武器を使うことに躊躇いはない。

「じゃあ、説明しようか。
 特殊殲滅戦。かつて島田家主体で進められていた優秀な戦車乗りを育てる、いわば強化プログラムのようなもの。
 内容は今、この現状と全く同じ。生身の殺し合いだ」

「ま、待って」

 少し、上擦った声で愛里寿が制止を掛けた。
 それは、あまりにも狙い通りで。先が読めるが故に、少し胸が痛む。


561 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:17:44 CrU.HFfk0

「そんなの、そんなの聞いたことない」
「そりゃあ、表立って言えることじゃないだろう」
「でも、だって、じゃあ」

―――何で私はここにいるの?

 悲痛な、問いだった。
 顔には汗が滲み、文字通り“目を回す”ように焦点が定まっていない。
 拳には跡がくっきり浮き上がる程力が込められており、まるで、助けを乞うかのようにこちらを瞳を向ける。
 それを、この手で、突き放す。

「私が知るところにないが……強化の余地有り、と見なされたか、或いは―――捨てられたか」
「そん、な」
「そんな言い種ないだろう!?」

 桃が割り込むように怒鳴る。

「だが、はっきり言う必要があるだろう。
 だって、もしこの殲滅戦がおわったとして、愛里寿はどうする?」

 沈黙。
 死に目に会い命からがら逃げ出した先で居場所は既にないなんて、告げられた心境など察することは出来ないな、とまるで他人事のように考える。
 同様に桃も何も言うことが出来ないらしく、目を伏せている。

「ガム、食うかい」

 一つ、ため息を付く。
 懐から二つ、ガムを取り出してそれぞれに投げ付ける。
 視線が動く。放物線をなぞりながら自らの手元へ。

「私は“殺し”をしたよ」

 唐突に告げた。
 同時に、二人が弾かれるように顔を上げる。
 言葉ない。
 滑稽な表情で、恐らく滑稽に映っているだろう私の顔を見つめている。


562 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:26:53 CrU.HFfk0

「仕方ない、なんて言うつもりはないさ」

 ナイフを射出する。

「ッッッ!?」

 桃の太股から鮮血が走る。
 グラリ、とよろめいて、そのまま倒れこんだ。

「……銃はないのか」

 背嚢を漁る。
 どうやら、落としたのか、或いは何かに使ったのか。武器になりそうなものはナイフしかなかった。
 刃渡り20センチ弱、所謂ダカーナイフと呼ばれるそれを手の中で弄ぶ。

「だから、今からアンタたちも殺す。
 でも、愛里寿。一つチャンスをあげる。
 コイツを殺せたなら、愛里寿は助けてあげる」

 そう言って桃を指差す。
 唖然。そんな言葉がピッタリ当てはまるような表情を見せる愛里寿に声を掛ける。

「ぁ、あ」
「どっちを選んでもいいよ……。別に選ばなくてもいいけどね
 でも、あまり待つ気はないよ」
「……だ」

 我ながら、趣味が悪いと思う。
 もしかしたら、自分を狙って来るかもしれないが、それも問題なかった。
 だが、別に体格の良い訳でもない、それもずぶの素人の愛里寿に、例え銃を持っていたとして遅れをとることはないだろう。

「ゃだ」
「悪い夢だと、そう思うかい?
 でも、夢じゃない。現実、これが現実だよ」
「いや!」
「早く。
 殺すか、殺されるか……道は二つだ」

 コツ、コツ、コツ、と急かすように踵で地面を叩く。
 ビクッ、と体を跳ねさせ、愛里寿は緩慢な動きで背嚢から拳銃を取り出した。
 コツ、コツ、コツ。
 銃口が揺れる。
 コツ、コツ、コツ。
 照準が定まる。
 コツ、コツ、コツ。
 引き金に指が掛ける。

「――――」

 カチリ。
 響く。


563 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:28:43 CrU.HFfk0

★☆★

 これが、もし悪い夢ならば。
 きっと、目が覚めればアキが隣にいて昨日楽しかったことを話すのだろうか。
 きっと、夜が明ければミッコが隣にいて明日やりたいことを話すのだろうか。
 きっと、身を起こせばいつもの三人で。ずっと、ずっと。
 でも、それこそ夢だった。
 忘れないって約束したから、いつまでも夢に浸る訳にはいかない。
 思い出にすることの出来ない記憶なら、心の奥底にしまおう。
 感傷が行動を縛りつけるのならば、全部捨て去ってしまおう。
 引き金に手をかける覚悟は出来た。刃を振りかざす準備は整った。
 おしまいにしよう。心地良い夢も、ふざけた現実も。
 そのためなら、きっと、何でもしてみせる。


564 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:32:14 CrU.HFfk0

 風が髪を乱す。
 煩わしい。
 自分でもそんなことを思う日が来るとは思いもよらなかったが、しかし、案外心は穏やかだ。

「――どうやら、リーダーは、西住さん、は……」

 スマートフォンを操作しながら桂利奈が溢す。
 リーダーが死亡すればチームは解散になる。つまり、そういうことなのだろう。
 しかし、波紋が広がることはない。
 ただ、心の中で数える。
 アキを殺した奴。西住さんを殺した奴。
 それが、別の人間なのか、或いは同一人物なのかは判らない。だが、いずれにしてもやるべきことはひとつ。
 見つけ出して殺す。ただ、それだけの話だった。

「ミカさん」

 呼び掛ける声に視線だけで応じる。
 酷く、沈痛な面持ち。およそ自分と関わりの薄い人間のためにこんな顔が出来る彼女はきっと優しいのだろう。
 果たして、自分は今、どのような顔をしているだろうか。

「きっと、生きてここを出ましょう」

 その、悲哀に満ちた表情は、しかし、絶望に塗りつぶされてはいなかった。

「……君は、強いね」

 思わず呟く。

「い、いえ!その、辛いのはミカさんの方だと思うし、その……」
「ふふっ。でも、そうだね。
 生きてここから出よう」
「あ、あい!」

 何の根拠もない約束に、それでも何かが満ちるような感覚。
 少し、心が動いたような気がした。


565 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:37:37 CrU.HFfk0

◇◆◇

「どこに向かってるんですか?」
「さあ?風の赴くままに、ね」

 なんて嘯くと、桂利奈は顔をしかめた。
 少し、こんなやり取りが懐かしいような気がすると同時に、まだ、この殲滅戦が始まって数時間しか経っていないことに愕然とする。
 疲労感からか、随分と時が過ぎたように感じる。
 記憶を一つづつ、ちゃんと覚えていることを確認して息を吐いた。

「…………たない」

 不意に、曲がり角の奥から声が聞こえた。
 目をやると、金髪の少女と目が合う。
 やつれきった顔に、虚ろな瞳。肩には怪我をしたのだろうか応急処置のあとが見られる。

「だ、大丈夫、ですか?」

 桂利奈が問いかける。
 返事は―――弾丸。

「仕方ない、仕方ないから―――死んで下さい」

 瞬間、頭が切り替わる。
 彼我の距離はおよそ三十メートル。
 拳銃の距離ではない。余程がない限り当たらないだろう。
 刹那のうちに判断。取り出したのは拳銃―――ベレッタ92。
 ミカの動きが想像以上に素早かったからだろうか、カルパッチョの顔が少し歪む。
 牽制。安全装置を外し、二発ほど撃ち込む。
 回避。負けじとカルパッチョも弾丸を放つ。
 二十メートル。

「ッ!」

 銃撃の応酬。
 カルパッチョの真横を弾が掠める。
 動揺。偶然だと判っていても、僅かに怯む。
 十メートル。



 黒い金属塊が飛来する。
 カルパッチョの持つ、くないだった。

「ぐ……っ」

 敢えて受ける。ここで回避や防御を選べば、恰好の的だ。
 銃口が合わさる。視線が重なる。
 五メートル。ほぼ同時に引き金を引いた。

 交差。

 一条。ミカから血が垂れ落ちる。

 同時にカルパッチョは地に膝をついた。

 カルパッチョの放った弾丸はミカの頬を削り、ミカの放った弾丸はカルパッチョの脇腹を貫いていた。

「……君は、殺してもいい人間だ」

 まるで懺悔のように膝をついているカルパッチョの上から告げる。

「君は、死ぬべきだ人間だ」

 ゆっくりと、銃口を傾ける。

「だから―――慈悲は、ない」

 パンッ

 金糸を飲み込むようにして赤が広がる。
 あっさりと、冗談のように、命はかき消された。

「ミカさん……」

 返事をしようと、振り向いて

「ミ、カ」

 再び名前が呼ばれた。


566 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:51:25 CrU.HFfk0

★☆★

 これは悪い夢だ。
 殺し合いなんて、起こる筈がない。まして、こんな惨い拷問なんて。
 だから、こんなの、みんなで協力すれば、きっと乗り越えられる。
 だって、前列がある。そうだ、あの大学選抜戦をともに戦った仲間たちだ。
 しかし、目の前のその光景は持っている理想を全て砕いた。

「ミ、カ」

 飛び交う銃声の方へ。
 本能のままに走り出したミッコは、まさにミカが止めをさす瞬間へ飛び込んでいた。

「ミッコ!」

 二人が追い付く。
 ミカはおもむろに両手を上げた。
 カシャン、と音を立ててベレッタが跳ねる。

「一応襲われたのはこちらだ、とだけ言っておくよ」
「そうじゃ、そうじゃないだろ!」

 目の奥が赤熱する。頭が沸騰しそうになる。

「なんでだよ!なんで、ここまでする必要なんてなかった!」
「ミッコ……」
「だって!ミカだって、そんなの、おかしいよ……」
「ミッコ」

 制止。乾いた唇から、音が漏れる。

「私はもう、失えない」

 何も、何も言えなくなる。
 今にも泣きそうで、でもそんな顔で微笑んでいるから。

「すまない。ただ、そちらに敵意はないんだな?」
「……そうだね。それから、ミッコをありがとう」
「当然!仲間だから!」

 ツチヤが元気よく応じる。釣られて、少し空気が緩む。

「だれか!」

 しかし、唐突に、割り込む声。
 顔を、涙と埃でぐしゃぐしゃにさせながら乱入してきたのは、島田愛里寿だった。


567 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 00:57:59 CrU.HFfk0

★☆★

 結果を述べるのならば、愛里寿は殺すことを選ぶことは出来ず。また、ナオミも愛里寿を殺すことは出来なかった。
 目に焼き付いているのは、土下座のように、うずくりながら泣きじゃくるだけの背中。
 その、無防備な姿に刃を突きつけるだけ。たった、それだけの作業をするのに躊躇いを覚えてしまった。

 いやだ、いやだ、と繰り返す声。
 儀式は済ました。もう、二人も殺している。
 それなのに。

「………ハハ」
 
 笑い種だ。今更、偽善者ぶるのか。
 手に力を入れる。グリップの反発。金属の重み。
 足りないのならば、補えばいい。
 そうだ、一度じゃあ足りなかった。なら、もう一度。

 手を伸ばしたのは西住まほの死体。
 新たな儀式。ナイフを近づける。
 意外と滑る刃を押さえつけながら、何度も何度も突き立てる。
 肉と皮と一緒に心を削ぎ落とす。
 真っ赤に染まる手。むせかえるほどに、鉄の臭いが漂う。
 やがて、出来たのは顔のない肉塊。
 もう、自分以外を人間だとは思わない。

 最後に、心臓を一突き。
 五体を投げ出す。

「次は、殺すよ」

 誰にともなく溢した呟きは、霧散する。
 けれど、ナオミの中で、一つ形成されるものがあった。


568 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 01:16:22 CrU.HFfk0

【C-6・北/一日目・午前】

【☆河嶋桃@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労、強い恐怖となんとかかなりの痩せ我慢、右の腿に刺し傷(無いよりまし程度の処置済み)
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、スポーツドリンク入りの水筒×2
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰る
1:生き残ることが最優先。たとえ殺し合いを止められなくても、その助けになれる時のために
2:愛里寿を保護し支える。ダージリンの救援を誰かに頼む。
3:共に支え合う仲間を探す。出来るなら巻き込まれていてほしくないが、いるのなら杏と合流したい
4:状況とそど子の死は堪えるが、今は立ち止まるわけにはいかない
[備考]
 スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています


【C-6・燃え盛るアパート前/一日目・午前】

【ナオミ @フリー】
[状態]健康、激しい動揺
[装備]軍服 M1903A4/M73スコープ付 (装弾3:予備弾10) スペツナズ・ナイフ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他) チューインガム(残り10粒)
[思考・状況]
基本行動方針:サンダースの仲間を優勝させるため、自分が悪役となり参加者を狩る
1:躊躇いなんて、捨てきる
2:会話から情が生まれる位なら、チームなんていらない
3:愛里寿と桃。自分がマーダーだと知ってる二人を早急に殺さなくては
[備考]
 スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています。


569 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 01:16:40 CrU.HFfk0

【B-6・南/一日目・午前】

【島田愛里寿@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労、重度の恐怖、吐き気、混乱
[装備]私服、デリンジャー(2/2 予備弾:6発)
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、イチゴジュースのペットボトル、スポーツドリンク入りの水筒×1
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1:殺し合いには乗りたくない。誰も殺したくない
2:桃の救助、ダージリンの救援を呼ぶ。

[備考]
 H&K MP5K(0/15)は A-7水族館の三階に投げ捨ててあります。
 スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています。

【ミカ@フリー】
[状態]健康、目と喉への鋭い灼熱感と落涙、髪と肌に軽度のやけど、深い悲しみと激しい殺意
[装備]継続高校の制服、
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:継続高校の仲間達を救いたい
1:アキの死を償わせる。なんとしても――――なんとしても。
2:自らの仲間達を守るためなら、誰であろうと遠慮なく殺す
3:もう、何も失えない
4:カンテレを没収されたことに若干の不満
[備考]
若干スマートフォンの扱いに不慣れです
チームリーダーが死亡したため、フリーになりました
チームリーダーの西住まほの死体と支給品一式(銃:ワルサーP38)は、C-6・燃え盛るアパート前にあります
スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【阪口桂利奈@フリー】
[状態]健康、目と喉への鋭い灼熱感と落涙、髪と肌に軽度のやけど、強い不安
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:ウサギさんチームや、大洗女子学園のチームメイトと合流したい
2:一人じゃ生き残れないことは目に見えているので、まほ達の力を借りたい
3:人殺しなんてしたくないし考えたくもない
[備考]
※まほとミカの殺意に関する話を聞いていません
※チームリーダーが死亡したため、フリーになりました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【☆ミッコ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、深い悲しみ
[装備]ジャージ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『諜報権』
[思考・状況]
基本行動方針:継続の仲間との合流。殺し合いに乗る気はないが、継続の仲間を傷付ける奴は許さない
1:おかしいよ、こんなの
2:どっかに乗り物ないかなぁ〜

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【ツチヤ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、 恐怖
[装備]ツナギ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『傍受権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗るつもりはない。首輪を外して脱出をする
1:ミッコについて行く、乗りかかった車だしね〜
2:首輪を外すために自動車部と合流して知恵を絞る。船などがあればそれで脱出を試みる

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【冷泉麻子@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、恐怖
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:沙織や仲間達を死なせたくない
3:ミッコについて行く、でも沙織を置いて死ぬ訳にはいかない
4:第一回目の放送時に沙織と合流する。絶対に仲間を連れて

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
※水道が生きていることを把握しました


570 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 01:17:18 CrU.HFfk0
投下を終了します


571 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 01:45:18 CrU.HFfk0
大変失礼します。訂正及び追加です。

訂正

>>568

【ナオミ @フリー】
[状態]健康、激しい動揺
[装備]軍服 M1903A4/M73スコープ付 (装弾3:予備弾10) スペツナズ・ナイフ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他) チューインガム(残り8粒)
[思考・状況]
基本行動方針:サンダースの仲間を優勝させるため、自分が悪役となり参加者を狩る
1:躊躇いなんて、捨てきる
2:会話から情が生まれる位なら、チームなんていらない
3:愛里寿と桃。自分がマーダーだと知ってる二人を早急に殺さなくては
[備考]
 スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています。

 西住まほの死体と支給品一式(銃:ワルサーP38)が、側にあります。

>>569

【B-6・南/一日目・午前】


【ミカ@フリー】
[状態]健康、髪と肌に軽度のやけど、深い悲しみと激しい殺意、肩に刺し傷
[装備]継続高校の制服、
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:継続高校の仲間達を救いたい
1:アキの死を償わせる。なんとしても――――なんとしても。
2:自らの仲間達を守るためなら、誰であろうと遠慮なく殺す
3:もう、何も失えない
4:カンテレを没収されたことに若干の不満
[備考]
若干スマートフォンの扱いに不慣れです
チームリーダーが死亡したため、フリーになりました
スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【阪口桂利奈@フリー】
[状態]健康、髪と肌に軽度のやけど、強い不安
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:ウサギさんチームや、大洗女子学園のチームメイトと合流したい
2:一人じゃ生き残れないことは目に見えているので、まほ達の力を借りたい
3:人殺しなんてしたくないし考えたくもない
[備考]
※まほとミカの殺意に関する話を聞いていません
※チームリーダーが死亡したため、フリーになりました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

追加

【カルパッチョ 死亡確認】

【残り、30人】


572 : ◆nNEadYAXPg :2016/10/18(火) 02:18:28 CrU.HFfk0
申し訳ありません、再度訂正です

>>568

【B・6 ゴルフ場/一日目・午前】

【☆河嶋桃@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労、強い恐怖となんとかかなりの痩せ我慢、右の腿に刺し傷(無いよりまし程度の処置済み)
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、スポーツドリンク入りの水筒×2
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰る
1:生き残ることが最優先。たとえ殺し合いを止められなくても、その助けになれる時のために
2:愛里寿を保護し支える。ダージリンの救援を誰かに頼む。
3:共に支え合う仲間を探す。出来るなら巻き込まれていてほしくないが、いるのなら杏と合流したい
4:状況とそど子の死は堪えるが、今は立ち止まるわけにはいかない
[備考]
 スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
 ナオミ撤退後、愛里寿の補助により移動しました

それと、タイトルですが『搭乗人数制限有』でお願いします。


573 : ◆Vj6e1anjAc :2016/10/18(火) 22:30:55 IsSKAsos0
冷泉麻子、ツチヤ、島田愛里寿、河嶋桃、ミカ、ミッコ、阪口桂利奈で予約します


574 : ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:43:36 OVrmyV4k0
>搭乗人数制限有
まさかここでカルパッチョが死ぬとは!
無理やりに覚悟していた彼女と、退路を失っていたミカさんとの差が、土壇場での勝敗を分けたのでしょうね。合掌
愛里寿ちゃんに関しては、彼女の心境についてきちんと書いてあげられなかったのが、
ずっと心残りだったので、こうして読むことができたのはホッとしています
自分は何もできないと言っていたけど、ここまでたどり着けたこと自体は、立派な功績なんですよね。頑張ってほしい

それでは、拙作を投下させていただきます


575 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:45:49 OVrmyV4k0
 西住まほが命を落とした。
 継続高校のアキが助からなかった。
 そして目の前でカルパッチョが死んだ。
 助けを求めてやって来た、島田愛里寿の想像以上に、状況は大きく動いていた。
 加えてその愛里寿は、河嶋桃とダージリンが、窮地に立たされているとして、この場に救援を求めに来たのだ。
 これらの情報を明晰な頭脳で、一つずつ整理整頓しながら、冷泉麻子はつとめて、冷静に振る舞おうとしていた。

(単純に考えて、六人か)

 一人人数が多いのは、もちろん、園みどり子の分である。
 役人のもとで目覚めて数時間だというのに、総計六人もの人間が、命の危機に瀕しているか、あるいは命を喪うかしていた。
 クールとクレバーがデフォルトとはいえ、さすがの麻子にも、これは堪えた。
 これが幼子の目の前でなければ、後輩の目の前でなかったならば、頭を抱えたくなる心地ではあった。
 啖呵を切っておきながら、実際に起きた現実はこれか。自分は果たして武部沙織に、なんと言い訳すればいいのだ。

「それで、どうしようか。これから」

 問いかけるツチヤの表情には、いつもの暢気さも明るさもない。
 いよいよそど子だけでない、参加者同士の殺し合いによる、死者が出てしまったという事実に、いくらか打ちのめされているのだ。
 当然といえば当然だ。冷静にあろうとはしているが、そんなことできている方がおかしい。
 人一人を殺害しておきながら、今や何食わぬ顔でいるミカの顔にも、正直、麻子は恐怖すら覚えていた。
 打ちひしがれ涙したミッコや、それについている桂利奈や愛里寿の方が、幾分か真っ当な感性の持ち主ではあるのだろう。

「河嶋先輩を助けに行く」

 それでも、状況が状況だ。
 無理やりに己を律してでも、行動を起こさなければならないのだ。
 胸中で一つ息をつくと、意を決して麻子は方針を口にする。
 現状最も優先すべきは、傷ついた河嶋桃の保護だ。
 カルパッチョと戦っていたはずのダージリンが、どうなったのかも気になるが、今は桃の方が距離が近い。
 何より愛里寿の願いもあるし、同じ大洗の仲間ということもある。心理的にもそちらに動くのは、自然な帰結であると言えた。

「反対だね」

 それでも、そこに異を唱えるものがいた。
 他ならぬダージリンの安否を、確かめる術を奪った者――ミカだ。

「どうして!」
「アキとまほさんの命を奪った人……それはきっと彼女じゃない。何より、河嶋さんを襲った人も、まだ行方が知れていない」

 珍しく声を荒らげるツチヤに、涼やかな声でミカが返す。
 彼女の証言によれば、前者二人を殺した者は、非常に大胆かつ狡猾な手口で、その命を奪ってみせたのだそうだ。
 対して桂利奈の話によると、カルパッチョは許しを請いながら、突然姿を現して、銃口を突きつけてきたらしい。
 確かに両者の特徴は、比べてみると一致はしない。であれば残虐な殺人者は、未だどこかに影を潜めて、獲物を狙っていると見ていいだろう。
 加えて、桃と愛里寿を襲ったという、サンダースのナオミの存在もある。
 会敵からの戦闘を、警戒すること自体は間違いではない。


576 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:47:17 OVrmyV4k0
「あんたのことは聞いていたが、印象とは随分と違ったな」

 だとしても、それを理由に諦めて、引き下がっていい局面ではないはずだ。
 麻子はミカの反論にも臆さず、鋭い言葉で押し返す。

「と、言うと?」
「戦車道の教えについて、しつこく話してるような奴なら、こういう状況を素直に、受け入れるとは思ってなかった」

 戦車道には人生にとって、大切なものが詰まっている。
 ミッコはそのことをミカの口から、いやというほど聞かされてきたそうだ。
 であるからには、道理に合わない、この殺し合いに対しても、拒否反応を示すのだろう。
 人の命を無碍に奪う、文科省と戦うために、きっと力になってくれるはずだ。彼女は、そうミカに期待していたのだ。

「……誤解しないでもらいたいね。私も殺し合うこと自体を、容認しているわけじゃないんだ」

 見殺しにしたくてしているわけじゃない。
 殺し合いに乗ったから殺したわけじゃない。
 言い訳がましいその言葉を、ミカは悪びれる様子もなく口にする。

「だけどね。そこに争いがあるのなら、私も武器を取らなくちゃならない。でなければ、少なくともミッコは、確実にアキの後を追う」
「ちょっと、ミカ!」
「重ねて言うよ。私はもう喪えないんだ。戦車道で培ったものも、使えなくちゃ何の意味もない。
 大切なものを守るためなら、その力を振るう理由になる……少なくとも、私はそう信じている」

 そこにあるのは酷薄さではなく、決意だ。
 横合いから叫ぶミッコの言葉を、敢えて無視しながら、言い切った。
 この一線だけは譲れない。薄情者と罵られてもいい。
 何故なら自分は喪ったのだ。既に大切な命を一つ、守ることができず取りこぼしたのだ。
 であるなら、これ以上は手離せない。たとえ救いの手を振り払ってでも、血飛沫で赤く染めてでも、必ず守り抜くしかない。
 まっすぐに麻子を見据える視線は、言葉よりもなお雄弁に、胸中の決意を物語っていた。

「……二手に分かれる必要があるな」

 多分、駄目だ。この手合いは折れない。問答を続ければその分だけ、時間を無駄に浪費する。
 そのように判断したからこそ、麻子は珍しく先に折れた。

「私達は仲間を助けたい。あんたはミッコさんを行かせたくない。だとしたら進む方と残る方に、チームを分けるしかなくなる」
「待ってよ! 私だって一緒に……!」
「ミッコ」

 声を大きく上げるミッコを、ぴしゃりとミカが制止する。
 彼女の厚意はありがたいが、この場では甘えるわけにはいかない。
 殺人者の存在を否定できない今、自分達だけでなく桃も、命を脅かされる可能性があるのだ。
 次の行動を早めるためには、やはりミカではなく麻子の方が、意見を呑むしかないのだった。


577 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:47:57 OVrmyV4k0
「私とツチヤさん、島田愛里寿で、河嶋先輩を迎えに行く。ミッコさんを置いていくかわりに、阪口もここで待たせてやってほしい」
「ええっ!? 私、お留守番ですか!?」
「考えてみろ。私達割とザコだぞ。何かあった時お前までは、さすがに守り切れないだろ」

 救出メンバーはツチヤを除けば、チビと子供の二人組だ。
 悔しいが、戦えない桃すらも抱き込む以上、これ以上チビをパーティーに加えて、危険に晒すことはできない。
 役に立てないというのは不服だったようだが、さすがにそのことは理解できたらしく、唸りながらも桂利奈は了承してくれた。

「本当にいいの?」

 となると、残るはツチヤの説得だ。
 隣から語りかける彼女の顔には、やはり不信の色が濃い。
 たとえ危険な敵対者であっても、問答無用で人を殺した女に、後輩の命を預けていいものか。
 先程の物言いも合わせて、やはりツチヤにとってミカとは、快い相手であるとは言い難いのだ。

「こいつは面識もない阪口を、見捨てずここまで連れてくれていた。そのことは信じてやろうと思う」

 それでも、少なくとも今までは、彼女は桂利奈を捨てなかったのだ。
 そこには様々な理由があったかもしれない。けれど彼女は、碌に顔を合わせてもいない彼女を、弾除けにも囮にするでもなく、ここまで守り通してくれた。
 その一点において、殺し合いに乗ったわけではないという言葉を、麻子は信じてもいいと思った。
 たとえ今は、冷酷なほどに、平静を保っていたのだとしても。
 ミッコと出会ったあの瞬間に、泣きそうな笑顔を見せていたのは、紛れもない事実なのだから。

「……まぁ、釈然とはしないわけだけどさ。そういうことなら合流のために、連絡手段を考えないとね」

 不承不承ながらも了承、といった様子で、頭を掻きながらツチヤが言った。
 今後のプランとしては、まず河嶋桃を救出した後、安全を確保してダージリンの捜索に向かう、というつもりでいる。
 そのためには一度、ミッコと合流し、桃の身柄を預けなければならないのだ。
 それならそれで、合流場所を指定するためにも、連絡手段が必要というのは分かるのだが、しかしそれはミッコのスマホに、メッセージを入れれば事足りるのではないか。

「ミッコ。窮屈な思いするかもだけど、しばらくの間あんたのスマホを、手の届かない所に置かせてくれないかな」
「? 何でさ」
「信じてもらうためだよ。冷泉さんが言ったでしょ? チームメンバーの特権は、外の人らにとっちゃ脅威になるって」

 言われて、ああ、と得心した。
 チームを組んでいる人間は、メンバーチャットの利用など、様々な権利を得ることができる。
 しかしそれは、チーム定員からあぶれた者から見れば、水面下で目に見えないコミュニケーションを行われるということに他ならない。
 仲間外れの人間は、集団リンチの計画を、裏で話し合われているかもしれないという、得体の知れない恐怖に晒されることになるのだ。
 そもそもそれを避けるために、同数同士のチームを作って、互いを牽制できる状況を作るのが、麻子の目的だったではないか。

「ミッコさんが良いのなら、スマホはミカさんに渡してやってくれ。信用してもらうからには、多分それが一番いい」
「なるほど、確かに道理だね」

 密告を恐れているのはミカだ。チャットの利点を封じ込めるなら、そのミカが見られるようにするのがいい。
 そもそもチームリーダーというのも形式的で、別段独裁者というわけでもない。
 ミカに邪心があったとしても、麻子やツチヤとの関係を、勝手に解消できるわけではないのだ。
 合流地点のやりとりは、ミカと直接行うのが、一番理にかなっていると言えるだろう。
 故に麻子はそう提案し、ミカがこれを呑んだことで、スマホは彼女の手に預けられることになった。

「しばらく別行動だけど、青い鳥チームはまだまだ、解散したわけじゃないからね」

 ぽん、とミッコの肩に手を置き、ツチヤが力強い笑顔で言った。
 チームの解消を提案せず、回りくどいやり方を主張したのは、これが理由だったわけだ。
 離れていても関係は切れない。この地で結ばれた絆は、消えることなく残り続ける。
 アキを喪ったミッコにとって、あるいはその事実だけでも、支えになるのかもしれない。
 そう思ったのだろう。なるほど大した奴じゃないかと、麻子は内心で賞賛した。


578 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:49:57 OVrmyV4k0
「んじゃ、行こっか。河嶋先輩との連絡は、愛里寿ちゃんにお願いするね」
「あ……うん」

 これまで蚊帳の外だった愛里寿に、ツチヤが役目を割り当てる。
 島田愛里寿と河嶋桃は、現状二人きりのチームメイトだ。
 地図上での位置把握にしても、メッセージによる詳細な合流地点の指定についても、彼女の存在は不可欠になる。

「必ず連れて帰ってくる。あんなのでもうちの副隊長だからな」
「ま、副隊長サマだからね。しょうがないからここは一つ、媚を売りに行きますか」

 そうして全ての準備を整え、桂利奈に成果を約束し、二人は救出へと赴く。
 危険は多い。死ぬかもしれない。けれどもこれ以上の犠牲を、見過ごすわけにはいかないのだ。
 桃の性格を考えると、素直な言葉は出てこなかったが、それでも結ばれた絆には、嘘はないことは理解していた。
 故に冷泉麻子とツチヤは、たとえ嵐の渦中であっても、彼女を助け出すと誓い、足を運ぶことを決めたのだった。

「………」

 余談だが、愛里寿はその二言で、自身がチームを組んだ相手の、母校での扱われ方を完全に察した。



 地図に浮かんだ赤い印が、点滅しながら遠ざかっていく。
 チームを組んだ最初の時にも、この場へと向かう足取りのさなかで、何となく確認したことだ。
 家屋に入って身を隠しながら、スマホの画面を眺めるミカを、ミッコはその傍らから見つめていた。

「不服というのなら、聞くだけは聞くよ」

 見透かしたような口調で、ミカが言う。
 恐らくはこの殲滅戦の舞台で、二人きりになってしまった、継続高校の最後の仲間だ。
 小難しく理解に苦しむものであっても、それでももう一度聞けるならと、そう望んでいたはずの言葉だ。
 にもかかわらず、今はどうしても彼女の言葉に、不安を覚えずにはいられない。

「何でついて行かなかったのさ。あっちの副隊長さんを助けに」
「三度も同じ話をするのは、私もさすがに避けたいんだけどね」
「ミカはそれでいいのかよ! このまま泣き寝入りしたままでさ!」

 確かにミカの言葉はもっともだ。
 敵がどこにいるかも分からない、危険な状況で出歩くことには、リスクがつき纏うというのは理解している。
 更に要救助者を一名、向こうで拾ってくるというのなら、少しでも見つかる危険性を減らすために、少数で行動するのは道理だ。

「ミッコは仇を取りたいのかい?」
「別に殺したいわけじゃない! だけどこう……一発ブン殴ってでもやらなきゃ、ケジメってものがつかないだろ!」

 けれど、そこで息を潜めているのは、あのアキを殺した女なのだ。
 危ないからの一言で、何もせずやり過ごすというのは、果たして正しい判断だと言えるのか。
 先程までは泣くしかなかった。覚悟していたことではあっても、事実として突きつけられた時、彼女には涙することしかできなかった。
 しかし、今はそれだけじゃない。悲しみと同じだけの怒りが、一発でもかましてやりたいという想いが、ミッコの胸中では燻っている。


579 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:51:27 OVrmyV4k0
「あ、あの、ちょっと落ち着いて!」
「報いを受けさせなくてはならない、というのは、私も同じ気持ちだよ」

 そしてそれはミカにとっても、きっと同じであるはずだ。
 そうしたミッコの主張をミカは、確かに否定はしなかった。
 制止した桂利奈とやらの言葉に続いて、彼女は復讐心への同意を示した。

「でもね、君のおかげで冷静になれた。今はまだその時じゃないと、そう理解することができたんだ」

 言いながら、ミカはミッコへ手を伸ばす。
 軽く抱き寄せるような姿勢。否、囁くような形になるのか。
 後頭部を掴んでゆっくりと引き寄せ、自身の口は正面から、赤毛の下の右耳へと向かう。

「必ずその時は訪れる。だから今はその時まで、じっくりと待つことだよ、ミッコ」

 今はあまりに足りないものが多い。
 確実に勝利するための情報も、確実に報復を行うための武器もだ。
 コッラーの奇跡をもたらした、フィンランドの白い死神も、目標をスイートスポットに捉えるまでは、極寒の地で辛抱強く待ち続けた。
 継続高校の戦士が、かの国の戦いに倣うのならば、失敗が許されない今こそ、その基本に立ち返るべきだ。
 そして全ての準備が整い、決定的な勝機を得たならば、その時こそあの怨敵に、相応しい報いを受けさせてやろう。
 甘く、優しく響く言葉は、奥処にナイフを隠したような、冷たく鋭い誘惑であった。

(ミカ……)

 その時のミッコが抱いたものは、殺意でも嫌悪感でもなかった。
 悲しみとも怒りとも異なる、第三の感情の名前は、敢えて呼ぶならば困惑だった。
 果たして今目の前にいるミカは、本当に冷静であると言えるのか。
 先程の言葉を聞いた時、彼女の胸に蘇ったのは、冷泉麻子の提案を、拒否した時のあの言葉だった。

『大切なものを守るためなら、その力を振るう理由になる……少なくとも、私はそう信じている』

 あんな言い回しを、ミッコは、今までに聞いたことがなかった。
 殺人を肯定したことではない。問題はその後の一言だ。
 ミカの知ったかぶった言葉は、それが当然の世の摂理だと、常に断定するようなものだったはずだ。
 にもかかわらず、あの時彼女は、たとえ世の道理がどうであってもと、恐らく初めて明確に、言い訳の言葉を口にしたのだ。
 常に自信と確信を胸にし、我こそが正道を行く者なりと、迷いなく歩み続けてきたミカ。
 その心にミッコが知る限り、初めて生まれたその揺らぎは、一体彼女の足取りを、どこへと導いてしまうのか。
 恐らくこんなことは、他の誰も、もちろん傍らの桂利奈ですらも、決して気づいてはいないだろう。
 その言葉の意味を知っている、ミッコただ一人を除いては。


580 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:52:09 OVrmyV4k0
【B-6・南・民家/一日目・昼】

【ミカ@フリー】
[状態]健康、髪と肌に軽度のやけど、復讐心と痩せ我慢、肩に刺し傷
[装備]継続高校の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)、ミッコのスマートフォン
[思考・状況]
基本行動方針:継続高校の仲間と生きて帰る
1:現在地で籠城する。無理に仇を探すのではなく、向こうから尻尾を出すのを待つ。
2:アキの死を償わせる。なんとしても――――なんとしても。
3:ミッコを守るためなら、誰であろうと遠慮なく殺す
4:もう、何も喪えない。ただ一人だけ残ったミッコに、どんな顔をされたとしても
5:カンテレを没収されたことに若干の不満
[備考]
※若干スマートフォンの扱いに不慣れです
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
※アキを殺した犯人(=ノンナ)は、カルパッチョではないと考えています

【☆ミッコ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(小)、復讐心とそれ以上の不安
[装備]ジャージ
[道具]基本支給品一式(スマートフォンを除く)、不明支給品(ナイフ・銃)、『諜報権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いからの脱出を図る。殺し合いに乗る気はないが、継続の仲間を傷付ける奴は許さない
1:不本意だがミカと麻子に従い、この場で籠城する
2:ミカの本心が分からない。微かに感じられる、心の揺らぎに対する不安
3:アキの死を償わせる。ただし殺したいとは思わない。ぶん殴って謝らせることができれば、それでいい
4:どっかに乗り物ないかなぁ〜
[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※ミカに渡したスマートフォンに、「アキに対する拷問映像」が入っています

【阪口桂利奈@フリー】
[状態]健康、髪と肌に軽度のやけど、強い不安
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:籠城して、冷泉先輩達の帰りを待つ。河嶋先輩が心配
2:ウサギさんチームや、他の大洗女子学園のチームメイトと合流したい
3:一人じゃ生き残れないことは目に見えているので、麻子達の力を借りたい
4:人殺しなんてしたくないし考えたくもない
5:殺意を持っているミカに対しての不安。本当に頭を冷やしたのかな、この人……?
[備考]
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています


581 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:52:47 OVrmyV4k0


 九死に一生を得た、というのが、河嶋桃の現状だった。
 今回はなんとか外れてくれたが、太ももには大きな動脈がある。
 仮にここを刺されていたら、失血死を待つまでもなく、即死していたことだろう。正面から股関節を狙い撃つ、というのも、妙な話ではあるのだが。

(何でだ)

 島田愛里寿に運ばれてきた、ゴルフ場のクラブハウス。
 そこでわずかばかりの処置を受け、身を潜めていた桃は、一人何度も問い続けていた。
 ここには守るべき愛里寿もいない。優しく慰めてくれる友達もいない。
 何故だ。どうして。何でこうなる。
 何の罪もない自分が、どうしてこんな痛みと恐怖に、晒され続けなければならない。
 抑えのなくなった孤独な心は、遂に内からの衝動に耐えかね、決壊を迎えようとしていた。

(島田流の、特殊殲滅戦)

 あの時ナオミから告げられた、残酷な言葉がリフレインする。
 詳しく語られることはなかったが、それが真実だというのなら、この殺し合いは既に何度も、繰り返されてきたことになる。
 であるならば、その数だけ、抵抗の動きも起こっていたはずだ。
 にもかかわらず存続したのは、それら全ての芽を摘み取り、滞りなく進めてきた、その証明になるのではないか。
 だとすれば、こんな抵抗など無意味だ。その程度の反逆行為など、鎮圧するだけのノウハウは、きっちりと蓄積されている。
 たかだか学生の身の上で、その裏をかこうとすることなど、無謀でしかないということではないか。

(それこそ、島田愛里寿にしたって)

 確かな証拠などどこにもない。
 しかし痛みで加速する不安は、先程まで守ろうとしていた、島田愛里寿にも向けられる。
 彼女は聞き覚えがないと言ったが、それが嘘である可能性は、全くのゼロというわけではないのだ。
 あれが演技ではないと、そう断言できるほどには、桃は愛里寿のことを知らない。
 よしんば演技でなかったとしても、もし仮に島田家の者から、直接のコンタクトがあったらどうする。
 家に迎え入れてやるから、反乱分子をその手で殺せと、そうした命令があったとしたら、どうする。
 絶望の中で差し伸べられた、その救いを振り切れるほど、あの島田愛里寿は強い娘か。

「っ!?」

 その時だ。
 懐に入れていたスマートフォンが、突如として振動を始めたのは。
 マナーモードゆえに着信音は鳴らない。それは敵に聞き取られないための、せめてもの警戒心の表れだ。
 それにしたってさすがに今は、妙なタイミングで刺激を受ければ、こんな風に驚いてしまう。
 びくっと跳ね上がった体を抑え、恐る恐るポケットに手を入れ、支給品のスマートフォンを出す。
 画面に表示されていたのは、チーム作成アプリの通知だ。
 メンバーチャット機能の方に、メッセージが送られてきたらしい。
 任命権を握っているのは、リーダーである桃だけだ。故にメッセージを送れる者は、島田愛里寿ただ一人しかいない。

『大丈夫?』
『地図を見てもらえば分かると思うけど、今そっちに向かってる』
『大洗の人たちを連れてきたから、もう少しだけ、我慢して』

 開いたアプリに表示されたのは、三行の簡素なメッセージだ。
 本当に、音も声もない、デジタルの三行の文字だけが、桃の目に映る全てだった。


582 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:53:45 OVrmyV4k0
「……くっそぉぉぉぉぉッ!!」

 それでも彼女が、己自身を恥じるには、それだけで十分すぎるほどだった。
 身を預けていたソファを叩く。泣きそうな顔で歯を食いしばる。
 僅か三行のそのメッセージに、どれほどの意図が込められていたのか。
 この状況を作るまでに、島田愛里寿がどれほどに、苦労と恐怖を味わったことか。
 それを理解できないほど、河嶋桃は間抜けではなかった。

(馬鹿が! 馬鹿か! 私は誰を疑った! どうしてそんな真似ができた!)

 もう一度思い出せ、あの顔を。
 お前は親から捨てられたのだと、そう突きつけられた瞬間の、島田愛里寿の顔を思い出せ。
 あの絶望を見たことは、ただ一度きりだけではなかったはずだ。
 全国大会準決勝の折、大洗女子学園廃校の話を、突然告げられた仲間達は、皆あんな顔をしていたはずだ。
 この戦いが終わった瞬間、帰るべき場所はなくなってしまう。
 絶望的な戦況に押し負け、学園で再起を図ろうにも、その学園は来年を待たずして消える。
 それを知った彼女達は、皆あんな顔をしていたではないか。
 あんな状況に至って、初めてその事実を告げられたから――こともあろうに自分自身が、それを告げてしまったから。

(それを疑う資格など……私にあるはずもないだろうがぁっ!)

 あれは河嶋桃のミスだ。彼女が犯してしまった罪だ。
 廃校回避のために戦わせるなら、最初から目的を教えていればよかった。
 皆を不安にさせたくないのなら、最後まで黙っているべきだった。
 それでも彼女にはできなかった。半端なタイミングで全てを暴露し、いたずらにチームメイトを不安がらせた。
 そんな裏切りを犯した自分が、あの時の愛里寿を疑うというのか。
 あの顔を作った側の自分に、あの顔を見せた島田愛里寿の、真贋を問うなどということが、許されると思っているのか。
 痴れ者め。とんだ恥知らずめ。
 お前は一体どれほどの罪を、上塗りし続ければ気が済むのだ。
 悔しくて、恥ずかしくて、そのために桃は、ソファに顔を押し当て泣いた。
 もはや苦痛も恐怖もなく、それだけが今の河嶋桃を、突き動かす衝動になっていた。

(……それでも、あの子は戦ったんだ)

 それほどの絶望の中にあっても、彼女は諦めることをしなかった。
 ナオミの銃口に脅されても、死に瀕し涙を流しても、決して首を縦には振らなかった。
 その時の絞り出すような拒絶の言葉は、意識を失いかけた桃も、何となくだが覚えている。
 いったいあの一言を口にするために、どれほどの勇気が求められたことか。
 そしてあの場から脱して、己をここまで連れ出して、遂には救援まで取り付けてきた。
 そこまでの偉業を、あの小さな体で、残らず実行したことが、どれほどの功績だったか分かるか。

「生きてやる……私も絶対に、生き残ってやるっ……!」

 生きることを諦めない。
 全てを変えられなかったとしても、誰かの助けとなるために、前に進むことだけはやめない。
 愛里寿はそれを成し遂げた。桃が口にした慰めを、忠実に実行してみせたのだ。
 であれば、絶望してなどいられない。諦める方向には進みたくない。
 最後まで戦い抜いてやる。生きて生きて生き続けて、皆で脱出するために、抗い戦い続けてやる。
 改めて、桃は決意を固めた。それが何者にも依らず、誰のことも言い訳に使わず、たった一人で握り締めた、河嶋桃の信念だった。


583 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:54:57 OVrmyV4k0
【B・6 ゴルフ場・クラブハウス/一日目・昼】

【☆河嶋桃@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労(小)、右の腿に刺し傷(無いよりまし程度の処置済み)
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、スポーツドリンク入りの水筒×2
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰る
1:生き残ることが最優先。たとえ殺し合いを止められなくても、その助けになれる時のために
2:愛里寿を保護し支える。ダージリンの救援を誰かに頼む。
3:共に支え合う仲間を探す。出来るなら巻き込まれていてほしくないが、いるのなら杏と合流したい
4:状況とそど子の死は堪えるが、今は立ち止まるわけにはいかない
5:プラウダ戦の時のことを、学校の皆に謝りたい
[備考]
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています




 少々の時間はかかったが、河嶋桃からのメッセージは、無事に愛里寿のもとへと届いた。

『合流地点をしていしたい。大洗のやつがいるなら、地図は頭に入っているな?』

 ところどころ変換が抜けた、ひらがな混じりの文章は、何らかの余裕のなさの表れだろうか。
 ひょっとしたら怪我の程度が、思ったよりも酷かったのかもしれない。
 急いだ方がよさそうだ。愛里寿はすぐさま麻子に対して、届いた返信の内容を告げた。

「クラブハウスへの行き方なら、だいたい覚えてる」

 一度通った道だからなと、麻子はあっさりと返した。
 過去に大洗女子学園は、あのゴルフ場をも舞台として、市街地でのエキシビジョンマッチを行ったのだそうだ。
 戦車長の乗る車輌ともなれば、当然味方の位置関係を把握するために、内部見取り図もチェックしている。
 どちらかというと操縦士の麻子は、地図でなく視覚情報で覚えていそうだったが、それでも桃の現在地までは、問題なくたどり着けるらしい。

「よかったね、愛里寿ちゃん。うちの副隊長、多分愛里寿ちゃんには、しばらく頭上がんないと思うよ」

 難しそうな顔をしながら、麻子が思案へとふけり、道のりを進み始めた裏で。
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ツチヤが愛里寿に対して言った。
 どうということのない言葉だ。それでも恐らくは初めて、この場で愛里寿にかけられた、素直な賞賛の言葉だった。
 お前が頑張ったからこそ、今まさに一人の人間の命が、救われようとしているのだ。
 これまで何一つ行動を起こせず、悲鳴を上げる人々の姿を、ひたすら見続けてきた愛里寿にとっては、それは何よりの励みになった。
 そうなれば、後は前進あるのみだ。愛里寿は麻子とツチヤに続き、行く先のゴルフ場を目指して、再びまっすぐに歩み続ける。


584 : 諦めには進みたくないから ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:55:38 OVrmyV4k0
「……ツチヤさん」

 その道のりで、ある時不意に、麻子がツチヤに声をかけた。
 文字に書き起こしてしまったならば、ただ一言で済むだけの話だ。
 それでもその短い言葉は、島田愛里寿の心の中に、不思議と印象深く残った。

「私は西住さんに対して、何を言えばいいんだろうな」

 答えなど、求めていなかったのかもしれない。そういう類の響きではなかった。
 ただ、答えの出ない問いかけを、胸に閉じ込めたままではいられなかった。そういう印象を受けた言葉だった。
 いつか再戦したいと願う、好敵手・西住みほの姉、まほ。
 この場で喪われた命の中には、最終決戦を戦った、あのティーガー乗りの名前もあった。
 肉親を喪ってしまったことを、もしもみほが知ったならば、どんな風に思うのか。
 それは肉親に捨てられた、己にすらも推し量れないほど、重く苦しい真実だった。
 しかしそれでも、麻子にとっては、そのことは何かそれ以上の、大きな意味を持つ問いであるように見えた。
 行く先でも、みほの顔でもない。もっと遠くにある何かを、ぼんやりと眺めていたような彼女の目には、一体、何が映っていたのだろうか。


【B-6・南・ゴルフ場付近/一日目・昼】

【冷泉麻子@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、軽い恐怖
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:沙織や仲間達を死なせたくない
3:遠回りだが、河嶋先輩を助けに行く。ダージリンのことも助けたい
4:第一回目の放送までに、一度ミッコや沙織と合流する。絶対に仲間を連れて
5:西住さんに家族の死を報告するのは、辛い
[備考]
※水道が生きていることを把握しました
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
※アキを殺した犯人(=ノンナ)は、カルパッチョではないと考えています

【ツチヤ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、軽い恐怖
[装備]ツナギ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『傍受権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗るつもりはない。首輪を外して脱出をする
1:ミッコに協力する。乗りかかった車だしね〜
2:河嶋先輩を助けに行く。ダージリンのことも助けたい
3:河嶋先輩を保護した後は、ミッコ達と合流する。ミカの態度は少々気に入らないが
4:首輪を外すために自動車部と合流して知恵を絞る。船などがあればそれで脱出を試みる
[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【島田愛里寿@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労(中)、恐怖
[装備]私服、デリンジャー(2/2 予備弾:6発)
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、イチゴジュースのペットボトル、スポーツドリンク入りの水筒×1
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1:殺し合いには乗りたくない。誰も殺したくない
2:桃を救助したのち、ダージリンを助けに行く。これが役目だというなら、絶対に果たしたい
3:特殊殲滅戦のことは気になるけど……
[備考]
※H&K MP5K(0/15)は A-7水族館の三階に投げ捨ててあります。
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています。


585 : ◆Vj6e1anjAc :2016/10/23(日) 16:56:07 OVrmyV4k0
投下は以上です


586 : ◆Vj6e1anjAc :2016/11/19(土) 23:23:54 yd96SzBE0
自己リレーになりますが、ダージリンで予約します


587 : ◆Vj6e1anjAc :2016/11/26(土) 21:28:57 oDBoMjlg0
延長申請します


588 : ◆Vj6e1anjAc :2016/11/29(火) 00:39:22 /MuI2Ah60
投下します


589 : ノブレス・オブリージュの先に ◆Vj6e1anjAc :2016/11/29(火) 00:40:00 /MuI2Ah60
 コンクリートのケージである水族館にも、火をつければ燃やせるものというのは、案外転がっているらしい。
 屋外に出た展示エリアでは、ぱちぱちと音を立てながら、焚き火が熱と光を放っている。
 天へ棚引く黒い煙は、本来ならば敵にとっては、獲物の位置を示す格好の目印だ。
 しかし町中から離れたこのあたりには、今は人影は見当たらない。
 どころか、恐らくこの高台なら、周辺を見回せる彼女の方が、相手を捕捉するのは早い。

(とはいえ、周りで何が起きているのか、全く分からないのも困りものね)

 売店で手に入れた市販モノの紅茶で、なんとなく口寂しさを紛らわしながら。
 従業員更衣室で手に入れた、制服を身にまとったダージリンは、一人道路を見やり思考していた。
 火を炊いていたのは、もちろん、濡れて冷えた体を温めたかったという理由もある。
 しかしそれ以上に大きかったのは、傍らで干されている、聖グロリアーナの学生服の方だ。
 捨ててしまえばこのようなこと、わざわざする必要もなかったのだろう。
 だが今着ている水族館の制服は、新品であるためか微妙に動きづらい。
 何よりも、足元がおぼつかない現状なればこそ、自身を定義するアイデンティティに、縋り付きたかったのかもしれない。

(いえ、きっと)

 そしてきっとそれすらも、無意識の言い訳にすぎないのだろう。
 要するに、濡れた服を乾かすために、ここに留まったダージリンは、動きたくなかったからこそそうしていたのだ。
 カルパッチョの姿が水族館にないのは、既に河嶋桃達を追うために、この場を離れたからだというのは分かる。
 そんな桃達を助けるにも、後を追わねばならないのも理解している。
 だがそのことを、柄にもなく、恐ろしいと思っているのだ。
 ここから出て町の方へ向かえば、きっと戦いがそこにあるから。
 カルパッチョや風紀委員の少女のように、危険な考えを持った者と、出会ってしまう可能性があるから。

(仕損じれば、私は死ぬ)

 かつて二度争ったような、戦車道の試合場ではない。
 ここで取り合うのはフラッグではなく、生身の人間の命だ。
 それを奪われる感覚というのを、ダージリンは既に知ってしまった。
 鉄砲水に襲われた時、きっと打ちどころが悪かったなら、自分は命を落としていただろう。
 あの時の一瞬の恐慌を、意識していた時間は短い。
 それでもその一瞬の恐怖は、今でもまざまざと思い出せる。
 あの瞬間に味わったものを、もう一度突きつけられるのは、怖い。
 意識を失った瞬間から、二度と目を覚ますこともなく、そのまま消えていってしまうのは、怖い。

(きっと、分かっていたことよ)

 恐らくは狂った大洗の少女を、目の当たりにしたその瞬間に、どこかで理解していたことだ。
 あの場で殺されると思ったからこそ、自分は救いなどという誤魔化しをして、手にした銃の引き金を引いた。
 そのことを忘れたかったからこそ、耳障りのいい義務感で、矮小な自分から目を逸らしたのだ。
 それでも、鎧は剥がされてしまった。鉄の理論武装は奪われ、裸の心一つだけが、まだ見ぬ殺意に晒されてしまった。

(だとすれば)

 決断しなければならない。
 ここから動き出すのなら、覚悟を決めなければならない。
 見ないふりをしていた殺意に、真っ向から挑むという覚悟を。
 きっとあの時の桃が、情けない声を上げながらも、どこかで握っていたであろう意志を。
 これからのダージリンは、己の恐怖心を自覚し、その源に挑まねばならないのだ。


590 : ノブレス・オブリージュの先に ◆Vj6e1anjAc :2016/11/29(火) 00:40:50 /MuI2Ah60
(誰のために……何のために?)

 改めて、ダージリンは問い直す。
 何ゆえに己は戦うのかと。
 この身が戦いに臨むのならば、その原動力は何なのかと。
 あるいは何のためになら、戦ってやることができるのだろうと。

(かつての自分は、どうだった)

 一度目の叛逆を思い返す。
 大洗女子学園が廃校に追い込まれ、その先に更なる戦乱の予兆を察知した、あの晩夏のことを追想する。
 ライバル達を守ろうとし、文科省に刃向かったあの時、己を突き動かしたものは、果たしていかなる衝動であったか。
 それは先程までのような、義務感が全てだったのか。
 嘗められたままでは終われない。戦車道を侮辱するような、不当な行いは許しておけない。
 そんな程度の感情だけで、国家権力に食らいつかんと、散々に根回しをしたのであったか。

(……そうね)

 一瞬の間を置いて、少し、笑った。

(きっと、いいえ決して、それだけじゃなかった)

 きっとその答えはとうの昔に、自分の中で固まっていた。
 あの幻の炎の中で、戦友の背中を見送った時、ダージリンは己の死以上に、そのことを恐ろしく思った。
 たとえ付き合いの短い人間であっても、顔見知りが死ぬと思った時に、それは嫌だと拒絶したのだ。

(勝手に逝かせはしないわよ、まほさん)

 黒服の少女を思い、告げる。
 彼女だけでない。死なせたくないと思う者は、大勢いる。
 たとえば、聖グロリアーナの生徒が、自分だけでなかった場合もそうだ。
 次代を担うオレンジペコに、わがままに付き合わせてきたアッサム。
 ルフナやルクリリにローズヒップなど、ひょっとしたらと思う顔が、次々と頭に浮かんでくる。
 大切な後輩や友人達は、未だ隊長であるダージリンが、責任を持って守らねばならないのだ。
 友と言えば、プラウダ高校の、カチューシャなどもそうだろう。
 彼女はタメ歳の三年生だが、明らかに体格にはハンデがある。
 到底一人では戦えないだろう。何なら副隊長とはぐれたことを苦に、一人涙しているかもしれない。
 実力は認めるが、なかなかに困った奴だ。あれもしょうがないから自分が、助けに行ってやらなくてはなるまい。
 そしてもちろん、それ以外にも、巻き込まれた学校は多数ある。
 サンダース付属のケイなどは、こうしたアンフェアな戦場では、様々な試練にさらされるだろう。
 アンツィオ高校のアンチョビも、お得意のノリと勢いが、この場で発揮できているかどうか。
 知波単の西は特に心配だ。というかあの学校は全員心配だ。無闇に窮地に飛び込んで、怪我などしてはいないだろうか。
 大学選抜の先輩方も、このような状況においては、混乱に囚われたりもするだろう。特に子供である島田愛里寿は、カチューシャ同様に危険だ。
 継続高校の隊長のミカは……正直、よく分からない。何をしでかすかも分からないから、それはそれで心配かもしれない。


591 : ノブレス・オブリージュの先に ◆Vj6e1anjAc :2016/11/29(火) 00:41:47 /MuI2Ah60
(そして、みほさんも)

 最後に思い出したのは、かつてこの地で戦った、歳下の少女の顔だった。
 思えばこの場の全ての縁は、きっと西住みほから始まっていた。
 黒森峰女学園を離れ、大洗女子学園を立て直し、優勝を掻っ攫っていった勝利の女神。
 大会で、あるいはエキシビジョンで。ある者は敵として対峙し、ある者は味方として共闘し。
 そうやってあの歳下の少女と、関わり応援するようになったからこそ、この絆も紡がれたものなのだ。
 全ての中心に、みほがいた。だからこそダージリンにとっても、その存在は例外なく、大きなものであると断言できた。

(いつになるかは分からないけれど)

 それでもどこかで機会があったら、もう一度だけ勝負をしよう。
 どこかで生きているはずのみほに、ダージリンは胸中で語る。
 聖グロリアーナ女学院は、現体制の大洗に、唯一勝ち越している学校だ。
 それでもこれまでの勝負は、いずれも大洗側が、味方に足を引っ張られた、アンフェアな条件での勝負だった。
 故にこそ、できるならばもう一度、彼女と戦ってみたい。
 きっと今以上に大きくなる、そんな才能を宿した西住みほと、全く対等な条件で、戦車道の勝負がしたい。
 そんな期待は、この状況に、臆せず飛び込んでいくための、十分な理由になるはずだった。
 そうであると、信じたかった。



 一度屋内へと戻り、半ば乾いた学生服へ着替える。
 奇跡のブルーに身を包むと、改めて物資を調達するために、売店コーナーへと向かおうとした。
 そうして一階へと降りて、ふと、脇に視線を送った時に。

「………」

 あの時目にしたイルカの体が、身動きを止めていたことに気付いた。
 ガラスで傷つき、衰弱したまま、血を流し力なく鳴いていたイルカが、遂に命を落としていたのだ。

「……私には、貴方を救えなかった」

 言いながら、歩みをそちらへ向ける。
 かつりかつりと靴音を立て、イルカの元へと歩いていく。
 手入れの行き届いた靴を、獣の赤い血に染めて、静かに眠る亡骸へと寄り添う。

「私達の争いに、勝手に巻き込んでしまったというのに、今の私には貴方のことを、弔うことすらもかなわない」

 無辜の命が喪われたのは、身勝手な戦いが原因だ。
 カルパッチョを止めきれず、反撃を許してしまったからこそ、このイルカは命を落とす羽目になった。
 だというのにダージリンには、救ってやることがかなわなかった。
 墓を立ててやろうにも、この巨体を水族館の外まで、引きずっていくことなどできやしない。
 もしもチャーチルがあったなら。戦車を降りた只人の身は、こんなにも脆弱で、無力だ。


592 : ノブレス・オブリージュの先に ◆Vj6e1anjAc :2016/11/29(火) 00:43:16 /MuI2Ah60
「ごめんなさい」

 身を屈ませて、十字を切る。
 せめてもの哀悼を示しながら、ダージリンは謝罪の言葉を述べた。
 命を奪っておきながら、何もできない無力を詫びた。
 けれど、代わりに一つだけ、握り締めた覚悟がある。
 もうこの瞳に映す死体は、このイルカのもので最後にしよう。
 きっとまごついている間に、喪われた命はあるかもしれない。
 だとしても、せめて手の届く者は――愛すべき戦車道の仲間達は、この手で守り抜いてみせよう。
 紋切り型の義務感でなく、共有した時間が育んだ、友情にこそ従って。
 立ち上がると、ダージリンは、再び行くべき道へと戻る。
 行く先にゴミ箱を見つけると、先程飲み切った紅茶のボトルを、ふわりとそこへ投げ入れて捨てた。

「レディを急かす殿方は無粋。けれどあまり待たせていても、愛想を尽かされてしまうものね」

 工場で作られた市販の紅茶は、はっきり言って不味かった。
 風味も香りもあったものではない。こんな状況でなければ、決して飲みたいとは思えない。
 それは信頼する後輩が淹れた、本物の味を知っているからでもあり。
 テーブルを彼女や仲間達と囲む、その空間がもたらす隠し味を、身をもって知っているからでもあった。
 一人きりで寂しく過ごす、虚しいティータイムは終わりにしよう。
 考えるべきことは山ほどあるし、そこから目を背けるつもりもないが、思案は歩きながらでもできることだ。
 聖グロリアーナ隊長、ダージリン。長き雌伏の時を経て、これより死闘の地へと向かう。
 恐れも憂いも何もかも、離別の悲嘆に比べれば、些細なものであると割り切り。
 己が身よりも大事なものを、素直に守りたいと思える絆を、この手で救うのだと誓って。



【A-7・水族館・入り口/一日目・昼】

【ダージリン@フリー】
[状態]背面に打撲(応急処置済)、疲労(小)
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(4/6 予備弾倉【6発】)
[道具]基本支給品、不明支給品(M3戦闘ナイフ、その他)、後藤モヨ子の支給品、水族館の制服
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める
1:水族館の売店にて、物資を調達する
2:河嶋桃と島田愛里寿を助けるために、町の方へと向かう
3:できるだけ多くの参加者を救う。戦って死ぬのは怖いが、仲間に死なれるよりはマシなはず
4:何故まほの存在を幻視したのか? 彼女の安否が気がかり

[備考]
・後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(銃器)を獲得しています。

[全体の備考]
・A-7・水族館の敷地内にて、焚き火が行われました。近くにいれば、煙を視認できたかもしれません
・A-7・水族館の床に打ち上げられていた、一頭のイルカが死亡しました


593 : ◆Vj6e1anjAc :2016/11/29(火) 00:43:59 /MuI2Ah60
投下は以上です


594 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 22:55:32 PQ0WqLw60
皆様投下乙です。感想は最後に。
ロワ語りの日にギリギリ滑り込みセーフ…てなわけで、ちょっとゲリラ投下しますね。


595 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 22:58:54 PQ0WqLw60
 









“貴女は、誰とでも仲良くなれるのね”。
いつか、先生が、そう言っていた。


596 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:03:06 PQ0WqLw60
瞳を閉じれば、そこには、宇宙が広がっている。

とくん、とくん。
胸の中で、いのちがやや忙しなくリズムを刻んで、冷たい暗がりの中を小さく、しかし確かに揺らす。
少女は固唾を飲み込み、柔らかな胸に手を当て息を吸った。
思いのほか上手く吸えずに、間の抜けた音が紫色の唇から情けなく漏れる。
じわりと汗ばんだちっぽけな両の掌を、脅えから逃げるようにぎゅっと指を絡ませ強く握り、祈る様に額にぴたりと押し付けた。
呼吸の音は荒く不規則で、冷静とは程遠い。
全てが死に尽くす悪夢のような世界の中、それは生物の気配と言うにはあまりにも貧弱で、いのちと言うにもあまりにも儚く。
そして、雨に打たれれば影もなく崩れる砂の城のように、どこまでも脆かった。
けれども此処に在る確かな息遣いは、生の予感は、彼女のちっぽけなそれ、ただ一つだけ。
それだけなのだ。

彼女はゆっくりと青白い顔を上げる。
鉛の様に重い瞼を開いて最初に見えたのは、透き通るような奥行きのある、黒。
そう、そこには一面の黒が広がっていた。
しかしそれは一言に色と言うにはあまりに無機質で、或いは“無“と、そう言うべきかと迷うような、底知れぬ虚ろさがあった。
底無きその常闇からは、油断すれば今にも何かが首根を掴み、何処か知らない場所へ引き摺りこんでいきそうな、そんな明確な強い意思を感じて、少女は小さく震え上がる。
そう、そこは広大な宇宙の中心だった。
彼女を中心に、数多の銀河が瞬き、数え切れないほどの星々がいつか尽きる命を燃やしている。

そも、宇宙とは、多くの人間にとって恐怖の権化である。
それは彼女とて例外ではなく、また、人の定規で測りきれないものへ、何もない事へ、未知へ、恐怖を感じるのは誰しもに当て嵌まる必然だった。

“解らない”は、即ち、“怖い”だ。

怖さに怯えるように膝を折り腰を丸め、そこで初めて自分が一糸纏わぬ姿である、と少女は理解した。
わずかに頬を赤らめたが、しかし誰にも見られる心配がないと直ぐに気付き、少女は膝を抱き顔を胸に埋めた。
無重力の中、静かに回りながら少女は黒い海を漂う。
橙色のウェーブがかった髪が、旋回に揺れて闇の中を緩やかな弧を描きながら、くるくると舞い踊った。
遠く照らす微かな銀河の光に、彼女の艶やかな髪に浮かぶ天使の輪は鈍く、しかし美しく煌めく。
星は遠く遠く霞み歪んで、数百光年向こう側。
掌を翳し、微かな光の残滓を掴もうと伸ばしても、やがては虚しく空を切る。
行き場無く広がった指先を一つ一つ指折り数えるように仕舞うと、少女は目を伏せ唇を強く結んだ。
口には決して、しない。
しかし、それが叶わない現と知っていたが故に。
それでも、遠く彼方に広がる銀河の彼方に想いを馳せ、再び手を伸ばすのだ。
もう帰れないと知りながら、あの日のあの空を夢見て。
嘗て大地に足を付け、全身に風を浴び、汗をかきながら走っていた銀河の中の、ちっぽけな星へ。
潮風に揺られ、煤けた鉄と焼けた油の臭いを嗅いだ、小さな小さな、あの艦へ。


597 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:08:06 PQ0WqLw60
―――曰く、星の一生に比べれば、人の一生はあまりに短く儚いのだ、と。

一光年。
光が一年間進み続け、そうして漸く到達出来る場所。
光速は秒速三十万キロだと、何時か誰かが言っていた。
地球一周四万キロ、凡そ一秒に地球を七周半するスピードで、進み続けて三百と六十五日。
数字にして、九兆四千六百億キロ。本当、眩暈がするくらいに途方もなく馬鹿みたいな数字。
少女は半ば呆れるように小さく笑った。笑い声は聴こえない。
真空の中では自分の声さえ碌に鼓膜を揺らさず、剰え誰かに伝わることなど万に一つありはしない。
離れすぎてもう到底手に入れられないその光から目を逸らし、少女は暗闇を宛もなく泳ぎ――どちらかと言えば漂流に近いが――続けた。

これは、夢なのだ。
少女はそれを朧げに理解していたし、そんな夢の中で届かぬ光に手を伸ばしたところで、現実の何かが彼女の望む様に好転するわけではない事も知っていた。
けれども、と少女は目を細めて胸に手を当てる。
胸元のずっと奥、その芯が、きゅうと締め付けられるように痛んでいた。
原因不明の感覚に、少女は戸惑う。
少し理由を考えて、直ぐに答えは見つかった。
夢だと理解していても、逃げる事が、目を逸らす事が、どこかで希望を諦めているからだと、少女は知っていたからだ。
胸の芯を深く穿つこのどうしようもない切なさは、夢の中とはいえ、友を何処かで見捨てた自分に気付いたからだ。
そう理解した瞬間、ざわざわと、居心地の悪い予感が背後から迫る。
少女の影が落ちた顔に、円らな瞳が二つ、濁った古い電球のように浮かんでいた。
胸を刺す切なさの向こう側に、形容できない黒い何かが、ぼんやりと漂っている。
……怖い。
少女は口を噤んだまま、体を震える腕で抱く。
理由が見つからない。何が怖いのかが分からない。それが何より怖かった。
ただ茫漠と、原因不明の黒い予感が、白濁とした煙に満ちた脳内にずっしりと重く横たわっていた。
その予感は彼女にとって、やはり“怖い”という以外の言葉では到底言い表せず、ふと、しかしそれを誤魔化すように視線を上げる。
緩やかに無重力の中を揺れる髪の隙間から、遠く煌めく淡い銀河が見えた。

ぱちり。
瞬きを、一つ。
長い睫毛を支える瞼を開けば、そこにあった銀河はシャボン玉が弾けたように消えていて、代わりに浮かぶはサッカーボール状の黒い穴。

はっと、思わず息を飲む。

次の瞬間、全てが終わっていた。
その中空にぽっかりと開いた、宇宙空間よりも黒く塗り潰された穴に、瞬く間に少女は引き摺り込まれ、刹那、何もかもが飛沫となっていた。
遠く光る銀河は、星は、少女が諦観を自覚した瞬間に砕け壊れ、重力の塊となり全てを消し去ってゆく。
あの銀河も、あの星も、あの海も、あの街も、あの艦も、あの戦車も、あの思い出も、あの友も。
無辜だなんて、言わせない。手を伸ばすことを止め、目を背けた事への、これが罰なのだ、と。
そう吐き捨てる様に、塗りたくる様に、宙は地獄の釜の蓋を開いて少女をその腹へ飲み込む。
光すら脱出出来ぬ絶対の牢獄の奈落へ、死を理解するよりも早く、彼女は全身を粉微塵に砕かれ消えてゆく。
それが終わりだった。
少女は誰にも会えないまま……いや、会う事も祈らないまま、望まぬまま、全てを諦め不様に死んだのだ。
誰にも気付かれず、誰にも悲しまれず、誰にも愛されず。


嗚呼、それはなんて――――――――――哀れな末路なんだろう。






598 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:13:43 PQ0WqLw60
瞳を、開ける。
全身は黒革の鉄塊のようにずしりと重く強張り、全身は冗談みたいな量の汗に濡れていた。
いつもであればふわりと緩やかに内側にカーブする前髪は、車に轢かた蛙が道にそうするようにべったりと額に張り付き、
ブラウスは汗を吸って血の気のない青白い肌に纏わり付いている。
首筋には珠のような汗が浮かび、瞳孔は開いていた。
肩で息を大きく吸いながら、思わず、固くなった唾を飲み込む。
喉がごくりと漫画みたいな音を立てた。
吐息は酷く湿っていて、やけに生暖かい。
二、三回睫毛を上下させ、彼女はここで漸く自分が夢を見ていた事を理解した。

……けれど、目を覚ましたそこもまた、宇宙だった。

思わず、息を飲む。
落ち着き、そして状況を飲み込むまで、少し時間が必要だった。
辺りを見渡せばそこは光など無く深海の様に真っ暗で、けれども息が詰まりそうなほど暑かった。
胸の奥が苦しくなる様な無機質な無音が、きりきりと頭に染み込む。
音の無い世界は雁字搦めに絡まる思考を切り裂くようで、そして、何もかもを染め上げてしまいそうな真っ黒な無音が。
それだけが、ただただ堪らなく煩くて仕方がなかった。

半秒して、自分が仰向けに寝ていること、そしてなにやら体に被さっている事に気付いた。
決して重すぎず、しかしずっしりと体にのしかかるその妙な重さが嫌で、少しだけ身体を抱くように膝を曲げる。
それと同時に、何処かから冷たい風が入ってきた。汗ばみ火照った肌が、気化熱で静かに冷めてゆく。
瞬間、彼女は理解した。
世界の片隅にある彼女だけのちっぽけな宇宙。その正体はなんてこともない。
果たしてそこは、布団の中だった。
そんな至極単純な事にすら気付かないのだから、相当気が動転していたのだろう。
そんな自分に嫌気が差して、思わず深い溜息を吐く。
忘れた方がいい、そう思った。
何もかも、ただの夢なのだ、と。
暑苦しさが故の悪夢だと全てを割り切り、彼女は重苦しい布団を思い切り剥がす。

白。

堪らなくなるくらいに、暴力的な白が世界に満ちてきた。
息を飲むくらいに真っ白な天井と、風に靡く真っ白なレースカーテンと、真っ白な蛍光灯。そして真っ白なシーツに、窓から差す輝く光。
白亜で埋め尽くされたそこは先程までの暗い景色とはあまりにも、あまりにも乖離していて、その眩しさに酷い吐き気と目眩がした。
眉を顰めて胸をさすりながら、少女は震える息を、ゆっくりと奥から吐く。
年齢の割に豊満に膨らんだ胸が呼吸に合わせて上下して、生暖かい温度が、命の証明が、ちっぽけな世界の中にじわりと広がった。
かぶりを振り、少女は手の感触を確かめるように、二、三回拳を作る。

生きている。
まず、暖かい両手を握り、そう思った。そう。まだ自分は生きているのだ、と。
寝起きとはいえ生死を不安に思うくらいには、少女が見ていたそれは、やけにはっきりとしたリアルな感覚が残る夢だった。


599 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:18:12 PQ0WqLw60
ほっと一息つくと、重たい腰を上げて、鈍い銀色に光るベッドの柵にぎしりと背を預ける。
頭をもたげて、ジプトーン張りの天井を見上げた。
三倍襞のレースカーテンが視界の隅で憎らしいど軽やかに揺れる。バルーンを一瞬作って、その隙間から、切り取られた空が見えた。
無機質な病室、鈍い銃声、揺れるカーテン、小さな隙間、突き抜ける空。
馬鹿みたいに晴れたその蒼穹を目線だけでちらりと見て、表情筋の裏側で小さく嗤った。
白が染み込んだ空間の中で、逃げる様にベッドの中の宇宙に潜り込み眠りに落ちた彼女は、嗚呼、どうしようもなくこの街で――――――。

「誰か」

遠く響く鉛色の銃声、高く澄んだ青空、真っ白な部屋の寝起きの少女。
その三つがこの瞬間には確かに重なり合い、けれども、ことごとく関係性を欠き、噛み合う事なく薄らぼんやりと中空に釣り下がっている。
曖昧な空気が淀む中空の下、そこには少女がひとりだけだった。
この部屋には、布団の中には、彼女だけのちっぽけで味気ない宇宙が広がっている。

「誰か……」

消え入りそうな声で、呟く。
肌にねっとりと纏わりつく真っ赤な恐怖と、耳にこびり付く鈍い銃声に、震える小さな身体をみしりと抱かれて。

「だれか……」

塞ぎこむように膝を丸め、シーツを被って耳を固く塞ぐ。空気に爪を立てる様な鋭く冷たい静寂が、ずっとずっと耳から離れなかった。
赤く充血した目もきゅっと閉じ、何もかもから逃げながら、縋るように何かを求め、嗚咽交じりの細い声を喉から漏らす。
求めて、けれども、逃げて。
その矛盾など、最初から解っているのに。

「だれか……だれでもいいから……お願い……」

九月二十二日。
真っ赤な曼珠沙華が野を焼くように染め、地に落つ金木犀の残り香が僅かに漂う。
空は乾いて遠く遠く向こうまで透き通り、宇宙まで突き抜ける様な青が少女達と町を静かに見下ろす。
気温は例年よりほんの少し肌寒く、しかし日差しはまだ肌を焦がす熱の残滓を持っていた。
季節の変わり目、大洗。
世界が色を変えてしまった日。
何もかもを手に入れた暑い夏は終わり、熱を奪い尽くすような重く冷たい秋にさしかかっていた。




「……誰か、助けて……」


600 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:22:08 PQ0WqLw60
誕生日は、六月二十二日。
蟹座、十六歳、O型。身長157cm。大洗女子学園、あんこうチーム通信手。
好きな戦車はM26パーシング、好きな食べ物はショコラフレンチと納豆。嫌いな食べ物は漠然と、辛いもの。
好きな教科は家庭科、嫌いな教科は数学。好きな花はピンクのバラで、日課はヨガ。
趣味は結婚情報誌を隅々まで読むこと。運動能力はいたって人並みで、学力もそれなりに平均。
家は裕福ではないけれど、特別貧しいというわけではない。
友達は多い方ではあるけれど、別に目立ちたがり屋なわけでもない。
自慢できる事と言えば、僅かばかり同年代の女学生より料理が上手な事ぐらい。
意外に世話好きで、そして人一倍色恋沙汰が好き。
ただほんのちょっと思い込みが激しくて、男の人に挨拶されただけで簡単に勘違いはしてしまうけれど、それ以外は本当に、普通の女の子。

武部沙織は、そんな平凡な女子高生だった。
特別何かの才能に秀でているわけでも、何が突出して出来るわけでもない。
殺し合いがあれば泣いて怖がり、布団に包まり現実から逃げるような、そんなごくごく普通のか弱い女の子だった。
寧ろその方がよほど一般的な女子高生として当然の反応で、故に彼女は、この島で誰よりも“普通”だった。

命短し恋せよ乙女。朱き唇、褪せぬ間に。
熱き血潮の冷えぬ間に。明日の月日は無いものを。
―――人生は息つく間が無いくらいにあまりにも短く、そして次の瞬間気付けば終わっている様な、そんな呆れるくらいに儚いものだ。
そんな人生の中だ。友達は欲しかったけれど、中身のない人間関係を作るのは苦手だし、
ある意味それを短く限られた人生の浪費とするならば、時間の無駄で。
コミュニケーション能力が欠如していることを悩むほうが、よほど辛い。
……そう思う人も、少なからず居る。
人と仲良くなる努力なんて必要ないのだ、と。
無理をして手に入れた友人との間になど、絆なんて存在しないのだ、と。
偽物で嘘っぱちの関係に、何の価値があるのか、と。

しかしこと彼女については、誰しもがその反対だ、と言うだろう。
彼女は誰とでもすぐに打ち解け仲良くなれるし、教室の隅に寂しく一人で居るようなタイプは放っておけない。
そこに意味だの浪費だの、まどろっこしい理屈は持ち込まない。
そんなさっぱりした世話焼きな人間だ、と誰もが口を揃えて評価する。
だが故に、彼女は独りの経験がなかったのだ。
西住みほが浴びた周囲からの冷たい目線も、秋山優花里が続けてきた友の居ない生活も。
冷泉麻子のように家族を喪った経験も、五十鈴華のように親と一時的とはいえ袂を別った事も。
なにも、何も知らない。

嫌味のない性格で誰からも好かれる普通の女子高生だからこそ、武部沙織は“孤独”を知らなかった。


601 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:27:09 PQ0WqLw60
「……ぁ」

けれどもその牙城は、否、砂の砦は、この現実に指で押されただけでボロボロと崩れていく。
友と絆を剥ぎ取って仕舞えば、なんて事は無いただの脆く弱い蛋白質の塊なのだと、
銃声の運ぶ死の予感が彼女の胸にぎらぎらと光る刃を突きつけてゆく。

彼女は赤く腫れた瞼を開き、がばりと顔を上げた。
切り取られた矩形の窓、鈍く光るアルミのサッシ、先の見えない灰色の雲、味気ないレースカーテン、生気のない白い部屋。
周りを見渡しても、やはり何ひとつ命はない。現実から逃げる馬鹿な人間が、ベッドの中心に一匹だけ。
シーツの上、羽毛布団を羽織って震える哀れな女が、一匹だけ。

「あ……れ……?」

腑抜けた科白が、土気色の唇からするりと零れ落ちる。純粋な疑問が、かたちとなって思考から溢れ出た。
何故って、自分は助けてと叫んだのに、誰も何も答えなかったから。
当前だ。誰も居ない部屋で友に縋ったところで、奇跡は起きない。神は現れない。生物は具現しない。
しかし、それが彼女にとっては、当たり前の事ではなかった。
いつだって何かを叫べば、誰かが反応してくれたから。
何かに笑えば、誰かがつられて笑ってくれたから。
悲しめば隣に誰かが居て慰めてくれたし、怒れば誰かが宥めてくれたから。
お昼は常に隣に誰かが居て、通学も、帰る時も誰かと一緒。
家に帰れば両親も居て、近所にも知り合いが居て。
後輩にもそれなりに慕われていたし、友達だって多い方だし、なによりそうありたかった。
親友と居たかった。
誰かと居たかった。
一人は嫌だった。
独りは、嫌だった。
友達も、恋人も、喉から手が出るくらいに、恨めしいくらいに、欲しくて。
欲しくて、欲しくて、ほしくて。
だから、いつだって……“そうなるように努力していたのに”。

「あれ……おかしいな。おかしいよ。私、」

ぺたぺたと頬を震える指で触り、思わず、またきょろきょろと辺りを見渡す。
何かを求めるように、あったはずの何かを何処に落としたのかと探すように。

気付かなかったのは、きっと、今まで、隣に誰かが居てくれたから。いつも誰かの側に居たから。
この場所でも、友人とすぐに出会えたから。悲しみを分かち合えて、再会を約束出来たから。
でも、いざ冷静に考えて気付いてしまうと、もう駄目だった。
自分がそうなのだと納得せざるを得なかった。






「――――――――――わたし、ひとりだ」






この場所にはそれしかない。それしかないのだ。
このちっぽけな白い宇宙の中で、自分は耐え難いほど一人で……そして、どうしようもないほど、独りだった。


602 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:32:06 PQ0WqLw60

「いや、やだっ……やっ、ぅ、あッ!?」

堪らず、ふらつく足で慌てて立ち上がろうとした。
シーツに右足が縺れて、ベッドから思い切り転げ落ちる。
白い天板とステンレスの脚のサイドテーブルを薙ぎ倒すと、たらいを落とした様な派手な金属音が部屋の中を反響した。
頬をベッドのフレームに強く打って、口の中が少しだけ切れる。鉄の味が舌の上にじわりと広がった。
がつん、と頭を床に打つ。瞼の裏側に白い星が散った。鈍い痛みに思わず、身体をくの字に折る。
脂汗が真っ青な額にぶわりと浮かんだ。目線がベッドの下に漂う得体の知れない暗がりを泳ぐ。
頭越しに伝わる床の温度は、プラウダの戦車の装甲の様に酷く冷たい。
世界は、熱を拒む様に恐ろしく冷めきっていた。
真っ白なシーツが水面を流れる様にベッドの上から零れ落ちる。体にぱさりと被さった。
視界が前髪の間で揺れて、赤みがかった灰色にぼやけた。焦点が、合わない。
不意に吐き気がした。床に這いつくばって嘔吐きながら、血が混ざった唾を零す。
惨めだ。心の底から、そう思った。

「やだっ、やだよっ……」

こんな筈じゃなかった。
こんなに惨めになる筈じゃなかった。
こんな風になる為に今まで努力をしてきたんじゃない。
こんな、筈じゃ。
もっと簡単に誰かと出会って、協力して。
2チーム作って合流して。
争いなんて起きるはずがないとおもっていた。
だってじぶんは嫌われるようなことなんか何もしていないから。
ともだちも多いから。
なのに。
ひとりにならないようにしてきた、ひとりになるひとがいないようにしてきた。
なかよくして、みんなでわらいあって、それが、すきだったから。
なのに。
だって、いやだから。ひとりのひとをみるのは、ううん、ひとりは、こわいから。
なのに。

「いやっ、いやぁ……! やぁ、嫌、そんなのっ、だ、誰かっ!」

瞬きを、一回。涙が真っ青な頬を流れ落ちて、ぱたぱたと白い床を濡らしてゆく。
何もない部屋に、馬鹿みたいな黄色い絶叫が谺した。

「みぽりん! 華! 麻子! ゆかりん!!」

瞼の裏側で暗い光が瞬いて、うんと小さな頃の、先生の優しい顔が脳裏に焦げ付く。
酷い耳鳴りがした。
顔を顰めて瞳を閉じれば、プールの水越しに聞いた、ぐわんぐわんと歪んだ学校のチャイムと、リコーダーの上ずった調子外れの音。
カスタネットと木魚とトライアングルが騒ぎ出して、黒板消しが窓際で煙を上げて、図書館の本棚から恋愛小説がばさばさと零れ落ちる。
気付いた時には、校庭の白線の上。
位置に着く間も用意をする暇もなく、ピストルの撃鉄が容赦無く弾ける。天地が反転して、風紀委員の頭が真っ赤に弾けるコマ送り。
同時に地面がどろりと溶けて、あっという間にカルキ臭いプールの中。
息が苦しくなって目を閉じれば、夏の田んぼ、カエルの大合唱。
修学旅行の集合写真のフラッシュが焚かれて、戦車の履帯が外れて、次の瞬間夕暮れの多目的教室の中、脳から絞った様な脂汗を流しながら立っていた。


603 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:36:10 PQ0WqLw60
“貴女は、誰とでも仲良くなれるのね”。

先生が、優しく私の髪を撫でながらそう言った。
私はとびきりの笑顔でにかりと頷いて、抜けた前歯を見せながら、鼻息荒げるしたり顔。

「誰かっ! 居ないの!! なんでっ、どうして!!! 友達でしょっ!?? 嫌だよっ!!!」

ああ、でも、違う。違うのに。
先生、違うんだよ。
ほんとは、違うの。逆なんだ。

「やだよ! 怖いよ! 誰かッ!!!」

誰かを一人にしたくなかったわけじゃなかった。
いじめられっこを救いたいわけじゃなかった。
皆を笑わせたいわけじゃなかった。
私なんだよ、先生。全部、私なの。
一人になりなくないのは、一人にしたくなかったのは、私なんだよ。
誰かと仲良くできるんじゃない。誰かを放っておけないんじゃない。
誰とでも仲良くなれるんじゃない。“誰からも仲良くされたかった”んだ。
誰かが側に居てくれなきゃ駄目だったのは、私の方だった。
一人になりたくなくて、いじめられたくなくて、笑わせて欲しくて。
友達も、恋人も。
全部、独りが嫌だから。
だから、欲しかっただけなの。
ずっと、ずっと、そうだった。


「だれかぁぁぁぁッッッ!! 嫌っ、いやあぁぁぁぁッ!!」


604 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:38:58 PQ0WqLw60
―――武部沙織は、どこまでいこうが普通の女子高生だ。
普通に恋に恋をして、普通に友達を欲しがって、普通に我儘で、普通に思春期を迎えて。
普通にモテたくて、普通にお菓子が好きで、普通に悩みを抱える、そんなただのよく居る女の子だ。
誰かの為だのなんだのなんて高尚なものなど彼女の芯には到底なく、
故に彼女は自分の為、安息を守る為、利己的に周囲を笑顔にしたかった。
けれど、別にそれは悪いことでもなんでもなくて。
彼女が彼女の為に誰かと仲良くしていたとしても、事実、西住みほは彼女の笑顔に救われた。
それだけが西住みほの現実で、だからこそ、その見返りをわざわざ求めるのはあまりにも酷だ。
彼女はそれを痛いほど知っていたし、それに敢えて声を荒げて求めようとは、これっぽっちも思っていなかった。
しかし、それでも現実に向かって叫ばずにはいられない。
それだけ努力をしてきて、それだけ皆に振舞って、その結果がこのザマなのかと。
わけのわからないうちに友を殺され、いきなり殺し合いだのなんだのと一方的に宣われ、挙句銃声の雨。
もう、心が疲れてしまった。

「……私を」

だから彼女は、体を抱き寄せながら、息を絞り出すように、呟く。
がちがちと恐怖に音を上げる歯を噛み締めて、血が引き青褪めた肌を震わせて。

「一人に」

風が吹けばあっという間に崩れてしまいそうな弱々しい顔が、そこにはあった。

「しないでよ……」

彼女はきっと、このゲームに参加する誰よりも社交的で、人を選ばず仲良くなれる優しい人間だ。
でも裏を返せば、きっとそれは彼女がこのゲームに参加する誰よりも、孤独である事を畏れ逃げる、耐性がない人物という意味だった。
何が明るいムードメーカー、何が社交性のある元気な女の子。
それらは全部、蓋を開けてみれば前提として“誰かが居たから”で、故に最初から、その評価は的の芯から外れていた。
誰かが居ないと駄目だったのは、西住みほでも、秋山優花里でも、冷泉麻子でも、五十鈴華でもなく――――――武部沙織だったのだ。







605 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:46:45 PQ0WqLw60
そこへ彼女が入った明確な理由は、これといって無い。
ただ、強いて絞り出して言えば、自分の罪を認識する為の標として、それなりに適しているのだ、と。
目の前を通りがかった時に、そう何となく思ったからなのだろう。
そういった時、普通なら懺悔し易い教会や墓地を選ぶものなのだろうが、
わざわざ殺し合いの舞台なんていう地雷原の上をそんなものを求めて彷徨うほど日和ってはいないし、
ましてや此処は大洗で、そもそもそれを度外視しても教会だなんてものは滅多に見当たるものではない。
しかしそんなものは全部、此処に入ってぼんやりと考えてからの後付けに近い理由で、
実際本当にそんな事を意識していたわけでもなく、病院に足を運んだのはただなんとなく視界に入ったからだ、と表現するほか無かった。

けれどもその“なんとなく”が、きっと彼女―――五十鈴華の、ターニングポイントだったのだ。

大洗海岸病院。
少し錆び付いたクリーム色のサッシに囲われたガラス扉を開いてまず気付いたのは、微かな血の臭いだった。
元々、昔の戦車を森から見つけ出せるくらいには鼻の利く体質なのは彼女も勿論自覚してはいたが、それにしても妙に“微か過ぎる”臭いだった。
確かな理由はないが、故に一筋、嫌な予感が走る。
ふと足を止め、顔を正面に向けたまま、視線だけを生成色の床に落とした。
薄暗い病院のロビーの床に、僅かだが砂が点々と落ちている。

―――誰かが、居る。

その小さな予感に、華の全身が強張った。

石目調の長尺シートは、受付からまっすぐ左右の廊下に伸びている。別れ道だ。
そのままゆっくりとしゃがむと、華は顔を床に近付けた。
ロビーを正面にして右側の廊下には、黄色い砂粒が向こう側へ点々と続いていた。
逆に左側の廊下に土や砂の類は無かったが、ワックスコーティングに反射する光が、所々鈍い。
よくよく見れば、何かを零して拭いたような跡。
成程、と納得する。
つまるところ、傷の手当てをしようとしている負傷者が一人。
そして、土だらけの靴でそのまま此処を走り抜けた怪我のない人間が一人。
今もまだ居るのかどうかは別として、少なくとも、合計二人が今までにこの病院内を訪れているのだ。
華は立ち上がり、顎を指でさすりながら、考えに耽る様に天井を見上げた。

「……少し、考えてみましょうか」

華は目を閉じ、此処が足を踏み入れてもいい場所かどうかを値踏みする。
左は、血の跡をわざわざ消す周到さ。罠、ではない……恐らく。
釣りであればわざわざ拭く必要がないからだ。ただその周到さから考えて、恐らく隊長か副隊長クラスだと華の勘が告げていた。
右は、恐らく“乗った側”ではない。気が動転して逃げた一般隊員か、虎に終われて逃げた兎か。
何れにせよ土や砂を廊下に残す御粗末さから考えても、十中八九、脅威になる様な存在ではない。
しかし、ならば何故左の侵入者は右の廊下を無視して左へ進んだのか。血の跡を拭くほど用心深い真似をしておいて、何故。

華は腰の銃を静かに抜くと、砂の導が続く右の廊下へと足を踏み出す。
電気の消えた病院は、日中とは言え重く不気味な空気で澱んでいた。
暗がりに続く愚直なほど真っ直ぐな廊下は、まるで生者の侵入を拒む様な暗さでその口をあんぐりと開いている。


606 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/11(日) 23:59:16 PQ0WqLw60
……答えは、簡単だ。左の虎は―――ゲームに乗っている。
そして右の兎をこの命の城で狩るつもりなのだ。追い詰めて、ゆっくりと、確実に。

手に残る発砲の感触を確かめる様に、華は銃を握り直す。汗ばんだ掌は、緊張か、後悔か。
少なくとも、人殺しを知ってしまった華の足は、もう前へ進み続けるしかない。
幾ら生身の体を拒む茨の道だろうが、罪を犯した以上、陽だまりへ引き返すことは到底許されないのだから。

足音を立てないよう、靴を脱ぎ、背囊の中へ突っ込む。
足の裏から、ぎょっとするような冷たく固い感触が伝わってきた。
酷く無機質で、神経を逆撫でるような不快な冷たさだった。
人を殺すのも、こうして殺すために工夫して動くのも、華はこの死合が始まるまでは想像もしたこともなかった。
けれどもそれは、いざそうなってみれば拍子抜けなくらいとても簡単で。
その得体の知れないギャップに、胸を焼くような吐き気がした。

馬鹿正直に正面から突撃してきたあの隊長は―――知波単の西絹代は、人差し指で軽く引き金を引くだけで、わけの分からない肉塊になった。
先程まで突撃だのなんだのと叫んでいた生物が、瞬きをする間もなく、学園艦のスーパーで売られている三パック千円の豚の内臓の様になった。
あの隊長にも、守るものがあったのだろう。
家族が居たのだろう。部下がいたのだろう。友人が居たのだろう。未来があったのだろう。
それを断ったのだ。鉛球一発で。指先一つで、塵をゴミ箱に捨てるように。

「う……っ……ぇ……」

階段に上がる角を曲がって、不意に、だらしなく垂れた彼女の脳味噌と眼球がフラッシュバックする。
ピンク色の肉と、なんだか弾力のありそうな白い塊と、そこから繋がる管と、糸を引く紐みたいな何か。
流れ出る真っ赤な――見たことがないくらいに本当に真っ赤な――血。
そこまで脳裏に浮かんで、思わず、口元を押さえて蹲った。その拍子に銃を放してしまい、派手な音が上がる。
慌てて銃を拾い喉元に迫り上がる酸味を無理やり飲み込むと、華は背を壁に預け、心を落ち着かせる様に深呼吸をした。
覚悟は決めた筈だ。その為に、撃鉄を鳴らした筈だ。
そうだ。だから、階段を登らなくてはならない。既に戦車は動き出した。
これは殲滅戦だ。戦車道でも同じだったじゃないか。
戦車は、戦闘が終わるか戦闘不能になるまで降りることは許されないのだ。

階段を登りきると、またうんざりするくらいに長い廊下だった。
華は溜息をつくと、構えた銃を握り直し、周囲を警戒する。
銃を落として少し心配だったが、幸い人の気配はない。
床の砂粒を確認する。右から六番目、南側の病室207号室の入り口で、それは途切れていた。
開いた扉が並ぶ中、その部屋だけ扉が閉まっている。
華の喉がごくりと音を上げた。
確率としては、当然五割と五割。箱に詰まった兎が生きているかどうかなんて―――兎にも角にも、開けてみないことには分からない。






607 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 00:01:47 9s/TIMYI0
怪我の消毒ついでに、幾つか武器になりそうな手術道具や薬、ファーストエイドをかっぱらおうとしただけだったが、どうやら間抜けな先客がいるようで。
少しだけ迷って、自分の存在を悟られないよう、垂れた血を拭きながら進んで先客の様子を伺う事にした。
後の客に気を使わないそいつは、始末してしまうには簡単そうだった。
ただそれがそう思わせるための巧妙な罠ではないとは言い切れないし、足手纏いの仲間を作っておきたい気持ちもあった。

「……こっちにするかな」

だから、ケイは左を選んだ。

止血、消毒処置と、そして粗方道具を物色した後、ケイは二階に進んだ。
案の定その間抜けな客人の足跡は病室に続いていて、思わず苦笑が漏れる。
鬼も邪も出なさそうなその部屋に入るかどうか迷っていたら―――階段から、物音。

侵入者……いつから?

ほんの僅かな硬直と、早まる鼓動。背筋に冷や汗が流れた。
気付かなかったのは、恐らく自分と同じ様に靴を脱いで足音が無かったからだ。
ぎくりとして、隣の部屋に思わず逃げ込む。
廊下は直線、障害物はなし。壁の色は白。扉が開いているせいで病室の入口からは外光が漏れている。
少しでも顔を出そうものなら、簡単にバレる嫌らしい作り。
拠点は持ちたいが籠城には向いていないか、なんて下らないことを考えながら銃を抱える。
安全装置をゆっくりと解除し、息を殺した。今度はしくじらないように。
布が擦れる様な微かな足音が近付き、そしてその侵入者が隣の部屋の前で、足を止めた。
ケイは乾いた唇を舐め、タイミングを見計らう様に指先で銃を叩く。
十回、と胸の中で念じた。十回叩いたら、廊下に出て銃を向けよう、と。
先ずは両手を挙げさせて、武器を捨てさせて……相手の出方次第では、撃つ。

そこまで覚悟した時だった。
隣の部屋の中から、夏の夕暮れの様な切ない少女の声が聞こえてきたのは。






608 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 00:08:06 9s/TIMYI0
五十鈴華は言葉を失った。

結論から言うと、箱の中の兎は生きていて、しかもそれは彼女の親友で。
しかしそれは顔を見たからではなく、扉に手を掛けようとして、中から聞き覚えのある声がしたからだった。
そして、それが、あまりにも。

故に華は一瞬、動揺に頭の中を空白にせざるを得なかった。
馬鹿な事に彼女はこの場合を想定していなかったし、何より、こんなに切羽詰まった声で“助けて”だなんて。
胸を撫で下ろすと同時に、華は顔を顰めた。
引き戸の手掛けに指は掛けていたが、その扉は学園艦の錨の様に酷く重く感じた。
どの面を下げて友人と会えばいいのか、華には答えが見つからなかった。
そして人を殺した事を、黙っているのか。言うべきなのか。言ったとして、どうなるというのか。
それは余りに、残酷な告白だ。
しかし今の状態の沙織に、果たして自分が安心させるに足る言葉なんて、掛けられるのか。

……解らない。
解りたくない。
今の自分に出来る事は、
もしかしたら、
なんにも、
なくって、
彼女を救う事なんか、

出来ないんじゃないか、

なんて。

華は下唇を噛みながら、手掛けから指を離す。
無意識に離した事がショックで、息が詰まって、胸が苦しくなって、目の奥が熱くなった。
親友として、そんな事すら解らず躊躇する自分が呪わしくて、悔しくて、悲しくて。
堪らなくなって、思わず項を垂れる。
いくら藪を掻き分けても、爪が割れるくらい土を掘っても、掛ける言葉はまるで見つからなかった。
人殺しの自分に、彼女を助けられる筈がないのだと、知ってしまったから。


609 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 00:13:22 9s/TIMYI0
そんな風に考えて躊躇している内に、不意に部屋の中から、自動車部が工具箱をひっくり返したような派手な音がした。

それはあまりにも豪快な音で、華は思わずめちゃくちゃになった思考を中断し、肩を弾き息を飲む。
続け様に聞こえてきたのは神父に許しを乞う様な独白。
血反吐を吐き、地べたを這いながら呻く様なその声を聞いた時、事態が自分が想像するよりも遥かに深刻であると、五十鈴華は本能的に理解した。
その声は扉越しにもはっきり分かるくらいには、彼女の口から聞いたこともないほどいたく弱々しく、核心めいたものに差し迫る響きがあった。
言うべき事は解らない。
解らないが、それでも、行かなければならない気がした。
親友としてではなく、一人の人間として、見過してはならないと思った。
胸が締め付けられる様な声は、本当に聴いているだけで苦しくなるような想いが篭っていて、
華は今度こそ迷わず扉を開け、彼女の名を叫び、床に伏す彼女を先ず、見た。

潤む涙に歪む焦点が捉えたのは、息をするのも忘れる様な表情で親友が泣く姿で。
ああ、こんなにもなってしまったのか、と。少しだけ、残酷だけれど、哀れに思った。
堪らず華は縺れる足で倒れこみ、彼女を乱暴に抱き寄せる。
友の身体は噴き出してしまいそうなくらいに小さくて、そして、まるで死人の様に冷えきっていた。


「……ごめんなさい……」


震える彼女を強く抱きしめ、華の口から出た言葉は、たったそれだけだった。それだけしか言えなかった。
何度も何度も、謝る相手見失うくらい謝って、彼女の濡れた頬を隠す様に、胸に沈めた。
生と死と罪と罰が入り混じるこの場所で、それ以外に言葉は見つからない。見つかる筈がない。
口先だけのまやかしの言葉なんて意味がないのだと本能が知っていて―――そして、だからこそ、自分の無力さを痛感するのだ。

消え入りそうな彼女の泣き声と、それを受け止める灰色の謝罪が、白い部屋に冷たく、真冬の海の様に本当に冷たく、ただただ染みていった。







610 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 00:20:40 9s/TIMYI0
落ち着いた時には、ホッとしたことよりも、その様子を見られたことがあまりにも恥ずかしくて。
だから最初に何を話していいものやら、解らなかった。
……どうして謝ってるの。
だから先ず、私は自分の事からどうにか上手く話を逸らそうと思って、そう質した。
華は泣きそうな表情のままぎこちなく笑って、私を抱き寄せる。
私は目を伏せて、華の腕を押し返す。
華は私の名前を何度も呼んで、鼻水と涙を流しながら、また謝った。

「やだ、もう。ごまかさないで……謝らないでよ。
 嫌なとこ見せちゃったから、謝らなきゃならないのは、私の方……だし」

……華が来てくれて、本当に嬉しかったんだよ。
一人が怖くて、頭が割れそうになって、。
ああ、もう駄目だぁ〜ってなんとなく思っちゃったから――――でもね、

「も、もぉ〜……。
 謝ってばかりじゃわからないったら。私はもう大丈夫だって」

ホントに、もう大丈夫だから。
心配そうな顔するのやめてよ。
そんな風にされるのって私のキャラじゃないじゃん。いやあ、逆っていうかさ。
うん、でも来てくれたのが華で良かった。
えっ、どういう意味? って……そりゃあ華なら弱みとか、そういうの見せてもなんとなく……ほら、お母さんみたいな雰囲気あるし。
わ、笑わないでよ……べ、別に本気で思ってるわけじゃないもん……。
まあ、それはさておき、なんか、華ってうまぁく色々気を回してくれそうだしさ―――でもね、

「……ねえ、華。……何か、あったの?」

あっ、そっか、そっかあ。
何にもないか。そうだよね、思い違いだよね、うんうん。
私の思い違いだよね。良かった。それなら良いのよ。
あっ、私? いやいや、私はいいの。いや、いいってばホントにぃ。
ほんとに何もなかったから。ほんとにほんと。
えっ、ならどうして……って? いやあ、どうしてって、ね。
だって華、なんで謝ってるのかわかんなかったんだもん。
あっ、もしかして私のせい? はは、参ったなあ……ごめんね、なんか。
あのね、この事はみんなには黙ってて。お願い。
うん。うん……。言っちゃ駄目だからね。
……あっ、そうそう。麻子と会ったんだよ。
うん、無事だった―――でもね、

「うん。二人で、チームを作って合流しようって」

華もチームになる? あぁ、うん……良かった……。
私、一人は嫌だったから……本当に良かった……。
ずっとね、怖くて。まともな人はもう居なくて、私だけが怯えてるんじゃないかって。
そう思っちゃったから―――でもね、

「……。華は、誰かと、会った?」

ふうん、大洗の人とは会ってないんだ。
そ、そうだよね。会ってたらチームになってるよねえ。
一年生とか心配だし、私達がしっかりしないといけないのにね。
ほんと、何やってんだろ……私。馬鹿だなあ。
信じられる? あそこのベッドで寝ちゃってたんだよ? 変だよね。も〜、あはは。
いやいや、変だよ……―――でもね、

「……ありがとう、華」

助けてくれてありがとう。来てくれてありがとう。抱きしめてくれてありがとう。
楽になった。これは本当に。
でもね、華。やっぱりおかしいよ。
だってさ、どうして、どうして、どうして。

「……これから、どうしよっか……取り敢えず、お昼食べる? なーんて……はは」

――――――どうしてそんなに、ふくがまっかなの。






611 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 00:29:51 9s/TIMYI0

「―――Мне кажется порою, что солдаты,(時々私は兵士たちのことを想うのだ)
 С кровавых не пришедшие полей,(血に濡れた戦場から遂ぞ帰らなかった彼達のことを)―――」

太陽が姿を隠した。
空気は重く、風がやや強い。
灰色の雲が分厚く空を隠して、湿った隙間風が病院の扉をかたかたと揺らした。
病院の入り口から南を見ると、呆れるほど広い海が見える。
鼻から息を吸うと、磯の匂いがした。

「―――Не в землю нашу полегли когда-то,(兵士達はいつか、我が大地で眠りについたのではなく)
 А превратились в белых журавлей.(白い鶴に姿を変えたのだ、と)―――」

先日、大洗は台風があったばかりらしい。
この季節の天気は狐のように気紛れで、とどのつまり、一雨降りそうな予感がした。
彼女、ノンナには雨にあまり良い思い出がない。
酷い雨が降るたびに苦い思い出が鼻腔を侵し、顳顬が痛む。
一年前の優勝は気持ちの良い勝利ではなかったし、先日の大学選抜戦では、あの激しい雨の中、必要な犠牲だったとはいえ、脱落せざるを得なかった。

「―――Они до сей поры с времен тех дальних(彼らはあれから、今もずっと)
 Летят и подают нам голоса.(飛び続け、私たちに空から話しかけている)―――」

目を閉じて、小さく息を吸った。
冷めた旋風を肌で感じながら、夏の残り香を全身に運ぶ。
リズムを取るように頷くと、ノンナは瞳を開き、踵を返した。

「―――Не потому ль так часто и печально(そのせいではないだろうか、空を見上げて)
 Мы замолкаем, глядя в небеса?(幾度となく悲しげに私たちが押し黙るのは)―――」

病院、入口、硝子扉。
透明なスクリーンに映る自分の血濡れた顔が、酷くやつれて見えた。
土気色の肌、痩けた頬。到底健康体には見えなくて、少し可笑しかった。
食事は無理矢理試みたが、どうにも腹が減ってないみたいで喉はちっとも通らなかった。

「―――Летит, летит по небу клин усталый,(空を飛んで行く 疲れた楔形の群れが)
 Летит в тумане на исходе дня,(夕暮れの霧の中を飛んで行く)―――」

本当に酷い顔だ、と思いながら、ノンナは扉を開く。
硝子に映り混んだ自分の面を隠すように掌を翳して、押す。
人間に出会えば、殲滅。出会わぬならば、次の施設に往く、それだけだ。
彼女の指針はそれ以上も以下もなく、至極単純だった。
けれど人の想いとは不思議なもので、何時の時代も凝り固めたものより単純な方が遥かに強く、気高い。

「―――И в том строю есть промежуток малый,(その列の中にある小さな隙間は)
 Быть может, это место для меня.(もしかすると、私が入る場所なのかもしれない)―――」

廊下の真ん中を、堂々と歌いながらノンナは進む。右で銀の銃を抜き、左で黒い刃を抜いて。
踵が床を弾く音は淀みなく示し合わせたかのように等間隔で、さながら軍の行進の様だった。

「Настанет день, и с журавлиной стаей(いつの日か私も鶴の群れと一緒に)
 Я поплыву в такой же сизой мгле,(この青灰色のもやの中を飛んで行く日が来る)
 Из-под небес по-птичьи откликая(空から鳥のように声をあげながら)
 Всех вас, кого оставил на земле.(地上に残る皆と別れていくのだ)」

風が、容赦無く病院の窓を叩く。
かたかたと揺れる飴色の硝子達は、まるで何かから怯え逃げる様に、不協和音を奏で続けていた。


612 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 00:44:47 9s/TIMYI0
【D-4・病院/一日目・昼】

【武部沙織@フリー】
[状態]健康、強い悲しみ、激しい恐怖と人間不信
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:麻子や仲間達を死なせたくない
3:麻子以外の人間を信じるのが怖い
4:華が来たことは嬉しいのに、どう接すればいいか解らない


【五十鈴華@フリー】
[状態]健康 ・血塗れ
[装備]イングラムM10、予備マガジン×2 肉切り鋏
[道具]基本支給品一式 不明支給品-ろ 、小型クロスボウ、西絹代の支給品(一式及びナイフ及びその他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:大洗(特にあんこうチーム)を三人生かす。その過程で他校の生徒を排除していく。
1:友を護る、絶対に。
2:沙織とチームを組む。
3:ゲームに乗っていることは黙っておく? 乗っている人間として沙織に黙ったままどう動く?

※動転していて自分に返り血がついたまま沙織に接触してしまったことにまだ気付いていません。


【ケイ @フリー】
[状態]脇腹に刺し傷(止血済み)
[装備]パンツァージャケット S&W M500(装弾数:5/5発 予備弾丸【12発】) M1918トレンチナイフ
[道具]基本支給品一式 不明支給品-は S&W M36(装弾数5/5) 医療道具 ファーストエイドセット
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰る
1:正々堂々としていない戦いには、まだ躊躇いがある
2:ある程度の打算的なチームを作る
3:2人に対してどう接触する? それともスルーする?
3:合理的な(正々堂々としていない)戦いなら殺傷よりも負傷に足手まといを作る方がいいとは知ってるけど……
4:なるべく、みほに遭遇しないようなルートを選ぶ

【ノンナ @フリー】
[状態]健康・血塗れ
[装備]軍服 オンタリオ 1-18 Military Machete 不明支給品(銃)
[道具]基本支給品一式 M7A2催涙手榴弾 8/10・広報権・近藤妙子の不明支給品(ナイフ)、アキの不明支給品(銃・ナイフ・その他)
[思考・状況]
基本行動方針:同志カチューシャの為、邪魔者は消す
1:見付けた参加者をあらゆる手を使って殺害する


613 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 00:46:06 9s/TIMYI0





















誰もを好きで、誰からも好かれる人は、しかし裏を返せば“誰でもいい人”だと言える。
実際はそうではないのだと解っていても、理屈上ではそんな幾らでも交換の利く関係が、少しだけ、厭だった。
誰かが居ないと寂しくて死にたくなるくらいにしようがないのに、誰も彼もと一緒に居ると、大切な何かをふとした瞬間に見失ってしまうのだ。
彼女は、武部沙織は、少なくとも本当に大切な人から“君じゃなきゃ嫌だ”と言われたかった、そんな女子高生だった。

でも、それを、言われなかったから。
だから、勘違いするしかなかったのだ。
決めつけてかかるしかなかったのだ。
思い込みが激しいと言われても、仕方がないくらいに。
自分はあの人に愛されているのだと。必要とされているのだと。
自分の心を満たすために、そう言い聞かせるしかなかった。
それが無意識的か意識的かはどうにせよ、“普通”を地で行く彼女はやはり、究極的には誰かに必要とされたかった。
“普通”ではなく、“特別”なのだと、言って欲しかった。

それだけだったのだ。


614 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 00:49:42 9s/TIMYI0
投下を終了します。タイトルわすれてました。「白い箱庭、赤いドレス」です。

色々アレなので、解釈に問題あれば言ってください。


615 : ◆dGkispvjN2 :2016/12/12(月) 02:32:30 9s/TIMYI0
ちょっと遅くなりましたが、皆さんホント投下ありがとうでした。感想投下します。

>善く死ね
色々言いたいことは、描写がすっごく綺麗とか、言い回しの妙とか、文章の質とかあるんですけど、
一言で言えば、このSS、青春ですよね。
全然内容は綺麗でもなんでもなくドロドロなんですけど、全部清々しいんですよね、ただただそこが好きです。

>搭乗人数制限有
ひどいことするなあ…(褒め言葉)
ありすちゃんへの仕打ちとか、ナオミの悲しい道化っぷりとか、ぽんこつ桃ちゃんとか、タイミング激悪の鉢合わせとか色々あるんですけど、
もう、この話を見ていて一番気になるのが話に出てきてないドゥーチェなんですよね…。
あの仲間思いのドゥーチェがカルパッチョのしてきたことと、死んでしまったことを知ったらと思うと……。
あとはミカがどんどん悪い方に落ちていくのがね…。
ミカの気持ちも分かるんだけど、ミッコはやるせないだろうな。そうじゃないだろ、の台詞が全部物語ってますね。

>諦めには進みたくないから
個人的にミッコが好きなので、穴が空くくらい二人の場所は読んだんですけど、ミカの些細な一言に違和感覚えるミッコがああ〜ミッコ〜って感じでとっっっても好きです。
ミカとミッコのすれ違いが見ていてとても悲しかったけど、ミカは多分もう考え曲げなさそうだよなあ……ミッコも熱いとこありそうだし、なんとか…ならないかなあ…
この話は、それぞれが馬鹿ではなくて、割と打算的に動いているところが好きですね。そこにももちゃんの余裕のないメッセがいい笑いどころになってる。

>ノブレス・オブリージュの先に
ただただダジ様愛を感じるSSでした。そしてなんだかんだどの高校もどの人も心配してるダジ様の聖母さが、とても彼女らしくて、
でも彼女はきっとわかってるんですよね、それが多分かなわないことも。
でも、そうだとしても優しさを見せる彼女はとてもかっこいいです。これから見る現実が心配ですけど…。
あと、一点。
>実力は認めるが、なかなかに困った奴だ。あれもしょうがないから自分が、助けに行ってやらなくてはなるまい。
ここ、いいですね。ダジ様の素直じゃないところがクスっときました。カチューシャとの絡みは是非見てみたいけど…遠いなあこの二人…


616 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:21:47 DEBU02ME0
メリークリスマス。
クリスマスに投下のプレゼントという文化もあるらしいので、ゲリラ投下致します。
あわてんぼうのサンタクロースになる予定が出来ませんでした。


617 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:28:59 DEBU02ME0

カチカチと音を立てながら、大野あやがLINEにメッセージを送る。
戦車道にはお金がかかるため、スマートフォンを買ってもらえない生徒は多い。
あやもその内の一人ではあるが、父親にねだり何とか“ガラホ”を買い与えてもらっていた。
おかげでLINEを使うことが出来るため、他校の生徒と気軽に連絡が取れる希少な存在となっている。

「ぶえっ!」

送られてきた画像に草を生やすのに夢中で、注意が散漫だった。
ボコンと頭に何かが当たり、今日も眼鏡が砕け散る。
ストップ歩きガラホ。下手をしたら病院GOなので、読者の皆も気をつけよう。
今歩きながらこれを読んでるならスマホしまえ。座ってから読め。

「すみませーん」

割りと呑気なトーンの謝罪が飛んでくる。
ひび割れた視界に、丸くて白いものが映っていた。
ボールだ。それもバレーボールの。
きっとこれを飛ばしてきた人物(もう判明しているようなものだ、クイズにもなっていない)は、顔面に直撃したなんてこと、予想もしていないに違いない。
予想したうえでこのトーンだったら、さすがに匿名掲示板にヲチスレを立てるレベルでキレる。

「うわっ、大丈夫!?」

割れた眼鏡を見て、心配そうな声が投げかけられる。
そちらを向くと、案の定河西忍と佐々木あけびの姿があった。
割れた眼鏡を見て申し訳なさそうにしてくれてはいるが、その反応にはどことなく“慣れ”が滲み出ているように感じる。

「はは……まあ、こっちも不注意だったし……」

眼鏡は自腹で買っているので、割れたら相応に困るのだが、悲しいことに眼鏡が割れるのはすっかり日常茶飯事である。
この前なんて、眼鏡屋さんでヤケッパチ気味に「いつもの」と言ったら、普通にこの眼鏡が出てきた。
眼鏡屋で「いつもの」が通じるなんて、夢にも思ってなかったのに。畜生。


618 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:29:09 DEBU02ME0

「っていうか、二人しかいなくても、バレーするんだ……」

同じバレー部である磯辺典子と近藤妙子は、強化指定選手に選ばれ、どこかは知らぬが遠い地で合宿をしている。
あやと同じウサギさんチームからも、澤梓など数名が選出されていた。
ここに残っている忍やあけび、それにあやは、“選ばれなかった”存在である。
多少不貞腐れ、戦車に乗らず雑談に興じても、仕方がないと言うものだ。

「やっぱり、好きだからね」
「キャプテンほどじゃないけれど、つい、ね」

二人しかいないのだから、筋トレなり体力づくりなりをすればいいのに、それでもボールに触りたくなるらしい。
いまいち理解できない体育会系脳だが、しかし自分もケータイを手放すと落ち着かない体質なため、特に口は挟めなかった。
まあ、二人しかいないのに屋外でアタックをバンバンしてボールをどんどん飛ばしてることには、少し口を挟みたかったけど。
屋内でやるか、トスの練習とかにしておいてくれ頼む。

「そうだ、何なら、一緒にやる?」
「え、いや、それはいいかなーって……ほら、インドア派だから……」
「大丈夫大丈夫、ねこにゃーさんとかも、インドアだけど一緒にやってくれるっていうし」

その言葉に、思わず目が丸くなる。
ねこにゃーと言えば、あやなんて目じゃないくらい、ザ・オタクという見た目をしている先輩である。
間違っても、スポーツをやって爽やかな汗をかこうなんていうタイプではなかったはずだ。

「最近、筋トレにはまってるみたいだから誘ってみたんだけど……」
「アリクイさんチーム全員が、何かの作品の影響もあって、たまにだけどバレーもしてくれることになったの」
「へえ、そりゃまた……」

そういえば、廃校騒動くらいから、アリクイさんチームが筋トレをしている姿を見かけるようになっていた。
最初こそ戦車道をするに足る筋力が足りず特訓していた様子だったが、最近は過剰に鍛えているように見える。
オタク気質が筋トレにも働いてしまったのだろうか。

「あれ、でも、それじゃあ、人数的に――」
「うん。会長が戻ったら、頼んでみるんだ。バレー部復活」

アヒルさんチームは、バレー部復活を掲げている。
戦車道の成績優秀者への恩賞にも、バレー部復活を全員揃って希望していた。
そのために戦車道を始めており、その目標は今も変わらない。

勿論、戦車のせいで撃墜数こそ振るわぬものの、今までで十二分に活躍はしていた。
本来ならば会長特権で廃部撤回をしてもらってもいいところだが、生憎試合も出来ない人数じゃ教師陣を納得させられないとの返事を貰っている。
それで、こうして戦車道を通じてバレーの良さを広め、部員を募集していたのだが――アリクイさんチームが助力してくれるなら、その問題もクリア出来ることになる。

「楽しみだなあ。キャプテンと妙子が戻ってきたら、七人で、バレーが出来るんだ。今度こそ、ちゃんとした部活として」
「アリクイさんチームの皆は、たまに参加してくれる程度の半分幽霊部員だけどね」

二人は知らない。それはもう、二度と実現しない光景だと。
二人は知らない。近藤妙子は、もう、この世にはいないことを。
勿論、それを聞いているあやにだって、知る由はない。

「それでも、ほら、さ」
「うん、わかるよ」

二人の嬉しそうな顔を見ると、ほんの少し羨ましくなる。
自分にはここまで入れ込むようなものなどなかった。
ああ、いっそ、戦車道に入れ込みまくってやろうか。
梓が戻ってきたら、ちょっと真剣に二代目あんこうチームを目指して自主練に打ち込むのも、意外と悪くないかもしれない。
強化合宿の成果を、山郷あゆみにも見せてもらわねば。


619 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:34:39 DEBU02ME0

「でも、それなら、今こそ一緒に練習したら?
 二人だと、ボール打ったらその都度拾いにいかないといけなくて、一々練習中断されるんじゃ」

まあ、アヒルさんチーム勢揃いした四人体制のときも、ボール拾いに人員を割く余裕などなさそうだったが。
それでも二人でやるよりは、練習の幅も広がるのではないだろうか。

「そうなんだけど、ほら、アリクイさんチームは全員揃ってるからさ」
「少しでも遅れを取り戻したいからって、真面目に戦車に乗ってるみたい」

そういえば、アリクイさんチームだけは、誰一人として強化指定選手に選ばれていなかった。
同じく選ばれなかった身として、少しばかり同情したのを思い出す。

「まあ、置いて行かれたって意味じゃ、私達も戦車の練習しないといけないんだけどね」

分かっちゃいるが、しかし体は動かない。
何せ、アリクイさんチームを除き、全てのチームに欠員が出ている。
装填手を一人欠いただけのカバさんチームはまだ誰かしら雇い入れれば何とかなるかもしれないが、他のチームは戦車を動かすことも難しい。
あんこうチームに至っては、Ⅳ号戦車を残してもぬけの殻である。

そんな状況で練習に身が入るわけがない。
勿論風紀委員が居ればたるんでいると小言を言いながら練習させてきただろうが、生憎その風紀委員も一人を除いて合宿場だ。
これで気合を入れろという方が無茶である。

「……そういえば、バレー部復活で思ったんだけど……」

故に、あやは雑談を続行した。
この人数で戦車に乗る気にはなれないし、かと言って一人で居るのも虚しさが残る。
LINEでお喋りしようにも、他校の面々は練習できる程度の人数がいるため、いつまでも付き合ってもらうわけにはいかない。
結局こうして、与太話に興じるくらいしかすることがないのだ。

「ぴよたん先輩が入ったら、キャプテンの座って、年功序列でぴよたん先輩になるのかな……」

見た目的には、キャプテンというより、お母さんって感じだけれど。
そんなことを内心呟き、一人にやつく。
さすがに言葉に出して言うほど迂闊ではないし、そんな気軽に誰かを敵に回すつもりはないのだが。

「いや、やっぱり私たちにとってキャプテンはキャプテン唯一人。
 年齢以外の要素もキャプテンには大事だし、キャプテンはキャプテンだよ」
「キャプテンがゲシュタルト崩壊しそう……」

しかしまあ、言わんとせんことは分かる。
ずっとそれでやってきたのなら、今更変えられはしないだろう。
あやだって、梓が突然寿退学して別のメンバーをウサギさんチーム車長にしてくれと言われても、車長は梓しかいないと返すだろうし。

「それに、西住隊長だって、二年生なのに隊長だしね」
「年功序列で西住隊長を差し置いて河嶋先輩が隊長になったら嫌でしょ?」
「それ言われたらナルホド以外何も言えないなあ」

別に今では河嶋桃に対して嫌悪感などないが、しかし隊長にしたいかというとNOである。
上に立たせちゃ駄目なタイプだと思っているし、技量の面でも問題しか無い。


620 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:37:20 DEBU02ME0

「ちなみになんだけど、年功序列じゃないなら、どうして磯辺先輩がキャプテンなの? やっぱりバレーが上手だから?」

なんとなくの疑問をぶつける。
正直言って、バレーのルールもイマイチよく分かっていない。
ポジションごとに求められるスキルだってさっぱりだ。

それでも、身長が高いほうが有利とされていることくらいは知っている。
だが典子は、お世辞にも長身とは言い辛い。
ということは、相応の実力があるということだろうか。

「勿論上手いのもあるんだけど、一番はやっぱり、根性かなあ」
「あー……」

根性。体育会系の人間が、ホイミかザオリク感覚で唱えるアレのことだ。
体育会系の宗教における神様か儀式と言い換えてもいい。
いずれにせよ、あやには縁のない単語である。なんなら、少し苦手な部類の単語では合った。

「何って言うんだろう、カリスマ性、っていうのも、あるんじゃないかな。
 ほら、キャプテンって、別に誰かに根性を強要することってないし……」

言われてみると、確かにそうだ。
同じチームの面々にだけで、決して他のチームに『根性』の二文字を強いて、苦境に放り込むことはしない。
それどころか、その二文字は、常に自分に向けられているように思えた。

「自分が根性を見せることで、自然と周りも根性出そうと思えるところ、って言えばいいのかな……
 その背中で語るところと、人を引っ張るカリスマ性が、私達を惹きつけたんだと思う」

典子は、決して無理矢理誰かの腕を引っ張るタイプではない。
手を取り丁寧に指導してくれるタイプでもない。
ただこちらを振り返り、声を張り上げ、根性を出す自分の姿を見せつけるだけ。
それでこれほど慕われるというのは、確かに一種の才能のように思える

「自然と周りを頑張ろうって気にさせるのは、カリスマ性ってやつなのかなって」

べた褒めだ。いや、べた惚れだ、と言うべきだろうか。
ここまで言うんだ、そりゃあもう他の人間をキャプテンになんて考えられもしないだろう。
……こういうのを見てしまうと、何で自分は梓以外に車長はいないと思ったんだろうと自問してしまう。
梓の何がそこまで素晴らしいんだっけ? 顔?

「まあ、バレーが上手いっていうのもあるんだけどね。
 身長の低さを補うためと、後輩への指導も兼ねて、全てのポジションが最低限出来るみたいだし」
「知識も豊富だし、バランスもいいんだよ。この前も――」

聞かなきゃよかったと、少しだけあやは後悔した。
雑談は好きだし、二人の話も嫌いではないのだが、バレーが話題の中心に来ると脳みそがついていけなくなる。


621 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:40:00 DEBU02ME0

「ここに居たのか」

どうやって話を切り上げようかと悩みだしたところで、丁度良く声がかけられた。
周囲から浮きまくっているその人物は、通称・エルヴィン。
カバさんチームの車長にして、ソウルネームを名乗るよく分からない先輩だ。
いや、まあ、この学校、“分かる先輩”の方が少ないのだけれど(だから普通の人が集まるあんこうチームの人望が厚いんだろう、きっと)

「アリクイさんチームも練習が終わって、今自動車部の面々が整備をしている所でな。
 やはり人数が半分だと、メンテナンスにも時間がかかるらしいから、待ってる間にバレーをしようということになったんだ」

その言葉に、目に見えて二人の表情が明るくなる。
ああ、いいなあ、幸せそうで。
たまには皆でネット掲示板を見ようとかならないかな。ならないか。ならないわな。なっても困るわ。

「風紀委員も、この状況で戦車道を真面目にやらせるのを断念したようだし、この人数だから試合が出来るぞ」
「おおおおおおおお!」
「試合!!」

はっきり言って、二人と違って、あやは別に試合なんてしたくはない。
運動は苦手な部類だし、何せバレーは眼鏡が壊れるリスクがある。

「一緒にやるか?」

だが――エルヴィンの誘いに、素直に「はい」と返した。
親しい先輩達が不在であるため、今朝からどうも、彼女達の卒業後を連想してしまっている。
要するに、今朝からちょっぴりセンチメンタルなのだ、不思議なことに。

「まあ普段なら眼鏡が割れそうで辞退しますけど、もう割れてますしね」

『折角だから』とか『たまには、思い出に』なんて言葉が頭を過ったが、それらの理屈付けの言葉は心の中に閉まっておいた。
こうして呑気にバレーが出来るのも、今だけだろう。
皆が強化合宿から戻って来れば、戦車道の時間には当然のように戦車に乗ることになる。
風紀委員が揃っておらず、また自動車部もメンバーを欠いていつもの速度で整備できない今だけだ、こんなものは。

だから、ゆっくりと立ち上がる。
今を楽しむために。強化合宿に行ったメンバーが戻ってきたら、こちらはこちらで楽しかったぞと笑って話せるように。

――皆が揃って戻ってくるなど、もうありえないなんてこと、露ほども思わずに。


622 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:42:37 DEBU02ME0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






逃げる。
三人がその選択肢を選んだのは、当然のことであった。
相手は素人離れした射撃の腕前に加え、現実離れした残忍さを持ち合わせている。
追いつかれたら終わりと思っていいだろう。
先程は虚をつけたものの、結果としてドローンは破壊された。

もう、手元にドローンは残されていない。
次にやりあえば、必ず誰かが――いや、おそらくは全員が、あのドローンのようになる。
ドローンと違い、こちらには痛覚があるのだ。
一度撃たれたら、相手の視界を遮り続けるなんて出来ずに、蹲ることになるだろう。
そうなれば、時間稼ぎも満足に出来ず、当然ドローンのように縦移動をすることも出来ず、無様に撃墜されるのみだ。

とにかく、今は少しでも遠くに逃げなくてはならない。
それは、全員が考えていたことだった。

磯辺典子は痛む体に鞭打ち、彼女を支える秋山優花里とホシノの二人は典子に気遣いながらも必死に前へと足を進める。
急げ。少しでも。少しでも遠くへ。
追いつかれたらゲームオーバーの逃走劇。演目名は、磯部急げェ物語。

「…………」

追いつかれるわけにはいかない。
それが共通認識なのだが、しかし――ついに、足が、止まった。


623 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:51:43 DEBU02ME0

「どうかしたの!?」

足を止め、最初に逃げるという手段を放棄したのは、意外にもサバイバル慣れして体力もある優花里であった。
足を止めた優花里に、ホシノが驚愕の瞳を向ける。

逃げなくてはいけないが、逃げられるのかどうか怪しいと、三人共が思っている。
それでもなお磯辺典子は根性で足を動かし、ホシノは逃げ切る策を練ろうと必死に頭を動かしていた。

「……止まりましょう」

だが、二人共、思考の中心には自分が居る。
自分がどのようにベストパフォーマンスを発揮するか、そして困難に立ち向かい道を切り開くのか――
これまでの人生で、典子もホシノも、そういった風に物事を考えてきた。

染み付いた習性は、そう簡単には変わらない。
この場においても、それは変わらずだった。

「なっ……!?」

一方で優花里だけは、思考の中心部に他者を据えていた。
戦車道を始めるまで、常に客席にいる側だったというのも一因だとは思う。
それと、オタク気質で考察やシミュレーションが好きというのも、一役買っているのではないか。
兎に角優花里は、自分でなく、他者を中心に思考を展開することが出来た。

「今は少しでも遠くに逃げないと……!」

今回、優花里が思考の中心に置いた人物は“罠を張っていた襲撃者”だ。
彼女の立場に立って、彼女ならばどうするかに思考のリソースを割く。
相手は冷静かつ冷酷、そして高度なスキルを持っている。
その前提で相手の動きをシミュレーションし、自分ならばどうするかも参考にし、それからようやく自分がどう動くべきかを考えているのだ。

「いえ、これ以上は、おそらく逃げても同じです」

先程までは、それがマイナスに作用していた。
考えれば考えるほど『助けに行くのは無理』という結論が浮かび、雁字搦めにされてしまっていた。
しかし今回ばかりは、優花里の性質がプラスに働く。
我武者羅なだけでは開けぬ活路を、マイナスの先に見出せる。


624 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:55:02 DEBU02ME0

「まず、我々は負傷した磯部殿を抱えています。はっきり言って、本気で走って来られたら、瞬く間に追いつかれるでしょう」
「それは、分かってる。でも、だからこそ、何とか距離を稼がないと――」

典子を助けるために冴え渡っていたホシノの思考も、すっかり追われる焦りで鈍りをみせてしまっている。
無理もない、脳味噌の回転にはエネルギーを使うのだ。
フルパワーで何時間も持つように出来ていない。
しかしながら、そんな状態で逃してくれるほど、相手は甘くはないであろう。

「逆に言えば、まだ追いつかれていないということは、向こうはまだ、追いかけてきていないということです」

私なら大丈夫だから速度をあげよう――そんなことを言おうとした典子の口が、間抜けにもぽかんと開けたまま静止される。
『敵が追いかけてきていない』
それは、根拠なく盲信するわけにはいかないのに、それでも縋り付きたくなる魅力的な言葉だった。

「あの好立地を手放すことを恐れたのか、数の不利から諦めたのか、他に理由があるのかは分かりませんが――
 追いかけてくるとしても、すぐさま追ってこられなかった理由があって、それをどうにかしてからになると思います」

勿論、その『理由をどうにかする』時間に、多大な期待が出来るとは思っていない。
それこそ、厳重に作りすぎたバリケードを解除するのに手間取っているだけの可能性だってある。
だが、それでも。

「それに、磯辺さんの血は、今もこうして地面を打ち、逃走経路を教えてしまっています。
 ですから、まずはどこかの民家に入り、止血をしてから逃げた方がいいんじゃないでしょうか」

もし後から襲撃者が追いかけてくる場合、単純に距離を取って逃げ切るというのは困難だ。
怪我人に肩を貸しているホシノ達と、精々武器の重みしか無い襲撃者。
どちらが速く移動できるかなど明白だ。
さらに逃走経路を考えねばならぬホシノ達とは違い、襲撃者はただ追いかけるだけでいい。
単純な速度で言えば、大きく水を開けられるだろう。
それこそ算数の問題みたいに、後から出てきた時速の早い人間がいつかは必ず追いついてくる。

問3、ホシノさんは時速数キロで逃走しています。
一方襲撃者さんは殺し忘れに気付いて後を時速数十キロで追いかけはじめました。
襲撃者さんが三つの死体を生み出すのは、襲撃者さんが出発してから何分後のことでしょうか――――


625 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:58:00 DEBU02ME0

「それに、仮に見つかって撃ち合いになった時が問題なんです」

逃走しながらの射撃では、相手にまともに当たることは期待できない。
それでも、相手の銃撃は外れるだろうという甘すぎる見通しで、無闇矢鱈に突っ込む真似を出来る者などそうは居まい。
ただバンバン発砲するだけで威嚇になり、その間はブロック塀などに身を隠さざるを得なくなる。
そうして時間を稼いで距離を取るしかないのだが、しかし――

「牽制し距離を取ろうにも、それが出来る装備がない」

そう。何かしら使える拳銃さえあれば、そうしてバンバン牽制していたであろう。
しかしながら、優花里に支給されたのは、TaserM-18銃。
非殺傷用の銃であるため、精神的に引き金を引きやすいのはあるが、如何せんワイヤーで電極を飛ばす銃である。
銃弾と違い、使い捨てのようにばら撒くことなど出来ない。
要するに、牽制には向いてないのだ、この銃は。

「私の銃はワイヤーを刺して死なないレベルの電撃を浴びせるもの。牽制になんてなりません。
 そして、ホシノさんの銃は、今の状況じゃ背嚢に入れておくより他ないです」

そしてホシノの支給武器、ヴォルカニック連発銃。
テーザー銃と比べればまだ牽制にはなるのだが、しかしながらレバーアクション(映画なんかでよく見かける、ガシャコンとスライドさせるアレだ)必須である。
典子に肩を貸し片手が塞がった状態では、満足に撃つ事も出来ないであろう。
下手に落としても困るため、背嚢から出してすらいなかった。

「今の我々では、見つかった時に何も出来ないんです」

勿論走りながらでは上手く当てられないのは向こうも同じだろう。
しかしながら、向こうの銃はそれなりの射程があることが既に分かっている。
こちらが鈍足で逃げてる間に腰を落ち着け、狙いをつけられたらオシマイだ。
要するに――

「見つかれば終わり。そして――」

優花里が、一拍置いた。
別に脅すような意図はない。
ただ、少し、責めるように聞こえやしないかと、不安に思ってしまっただけだ。

「まず間違いなく、移動速度は我々の方が遅い」

案の定、典子の顔色が曇る。
横目でそれを見て、慌てて優花里がフォローを入れた。

「ああ、別に磯辺殿を責めるとかでなくてですねっ……」
「大丈夫ですっ、根性で走ります!」
「いや、多分それでも相手の方が速いと思う」

この怪我なのに今にも駆け出しそうな典子を諌め、ホシノが口を挟む。
速度については、レオポンさんチームの専売特許だ。

「怪我を押して根性だけで普段と変わらぬ速度を出す例もないではないけれど、大体そういうのって、一瞬だけのものなんだ。
 終わりの見えない鬼ごっこで、終始出来ることじゃない」
「そう。つまり我々は、純粋な速度や距離で逃げ切ることは不可能なのです」

速さで勝てない。装備でも勝てない。
普通に逃げたら逃げ切ることなど出来やしない。
では、どうするのか。

「我々が逃げ切れる方法があるとしたら、それは隠れることだけです」

距離を取ることが出来ない以上、相手に自分達を見失ってもらうには、姿を隠すしかない。
上手く隠し通せれば、相手を撒ける可能性はある。
幸い民家も見えてきた。
身を隠せる場所ならある。


626 : 名無しさん :2016/12/24(土) 15:59:02 DEBU02ME0

「そうなると、今の内に血を何とかしないといけません。辿られたらオシマイですから」

当然、血の雫を垂らしたまま移動すれば、あっという間に見つかるだろう。
何せその血は獲物への順路を示してくれているのだ。
追跡者にとって、これほど追いかけやすい獲物もそうは居まい。
ヘンゼルとグレーテルのパンクズと違い、血の雫は早々見えなくなりはしない。
垂れないように対処するしか無いのだ。

「とりあえず適当な家に入って、止血をしましょう。
 治療に使える道具がなくても、ひとまず清潔なタオルあたりで傷口を覆い血が垂れないようにするだけでも大分違うと思います」
「そうだね。タオルくらいならあるだろうし、最悪それで血が垂れないようにだけして、近くの民家に移動しよう。
 近場の民家に篭った時に追いつかれたら見つからないまあ逃げ切るのは難しいだろうけど、それでも血の道標が続く民家に残るよりはマシだ」
「はいっ……お手数かけてすみませんっ!」

優花里とホシノの言葉を聞いて、典子が悔しげに頭を下げる。
二人共、決して典子を足手まといだなんて言ったりはしない。
だが典子にとって、最も思考力に劣り、更には怪我で運動能力も役に立たない自分は、れっきとした足手まといだった。


627 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:00:40 DEBU02ME0

「お邪魔しますよっと」

一応声をかけながら、優花里が扉を開ける。
鍵はかかっていないらしく、すんなんりと扉が開いた。
埃っぽさはあまりなく、きちんと掃除されているのが窺える。
一方で、しつこい染みや柱の傷など、生活の跡が様々な場所から見て取れた。
やはりここは、大洗に似せた別の土地ではなく、大洗そのものということであろうか。

「何か役立ちそうなものは――っと」

作業をしながら独りごちるのは、もはや優花里の癖であった。
戸棚や籐籠、小箱といった様々なものを開けていく。
ホシノは機械の治療こそプロの域だが、人間のソレはてんで門外漢。
多少は知識がありそうな優花里が治療道具の捜索にあたり、ホシノはタオル等を探していた。

「…………ッ!」

典子は、水で傷口を軽く洗い流している。
水をかける度に激痛が走った。
しかしながら、怪我をしたらまず洗うというのは、運動部における常識である。
歯を食いしばり、大声を出さぬようにして、気合と根性で水をかけた。

「駄目ですね……やはり絆創膏くらいしかありませんでし――」

別室から戻った優花里が、水で血を洗い流された傷口を見て思わず顔を歪める。
その表情を見て、すでに痛みで歪みきっていた典子の顔も一層歪んだ。
突き出した骨や、えぐれた肉。
素人目に見ても、決して楽観視出来るような怪我ではなかった。

「……とりあえず、ホシノ殿が清潔なタオルを持ってきてくれるはずです。
 まずはそれを軽く巻いて、追加の血をタオルに吸わせるようにしましょう」

これだけの重傷だ。タオルなんて無意味かもしれない。
でも、何もしないよりはマシだった。

血の垂れる量が、ではない。
それもマシにはなるであろうが、この場合、マシなのは優花里達の精神状態だ。
ただ黙って抵抗を諦めるよりも、少しでも動いていた方がマシである。
特に優花里は、そうやって足掻いて足掻いて逆転し続けた姿を、誰より傍で見続けてきたから。

「お待たせ。一応、ハンドタオルとバスタオル、両方持ってきたけど」
「ハンドタオルを何枚か重ねましょう。そっちの方が、臨機応変に出来ますから」

少なくとも、タオルで抑える程度でどうにかなる怪我には見えなかった。
そうなると、これは本当に単なる急場凌ぎにすぎない。
溢れ続ける血を垂らさないための使い捨てのアイテムだ。
必要に応じて捨てたり追加したりがし易い小さめのハンドタオルの方がいいだろう。
予備を持ち歩くことを考えても、バスタオルではかさばりすぎる。


628 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:03:45 DEBU02ME0

「ひとまず隣の家に移動しましょう。血の道標が続いてる場所にいつまでも居ると不味いですし」

優花里の言葉に、二人は黙って頷いた。
傷口に巻いたハンドタオルから血液が垂れていないことを確認し、ホシノが典子に肩を貸す。
それから、ふと思いついて、口を開いた。

「そういえば、おんぶをするっていうのは、どうだろう。多分移動が速くなるけど。
 それに、おんぶなら一人で十分出来るから、一人は両手が空くわけだし。そうなれば、ヴォルカニックを使えるようになるんじゃない?」

重たい部品の持ち歩きで、ホシノは比較的重作業に慣れている。
体重の軽そうな典子くらい、軽々運べる自信があった。
そりゃあ手ぶらより速度が出るとは言わないが、それでも距離を稼げるはずである。

「いえ。短期的に考えたら、勿論その方がいいですよ。
 でも今回は、いつ追いつかれるのかも不明で、それこそ追いかけられているのかも不明なんです。
 ゴールの無いマラソンでやるにはあまりにも不利なやり方ですよ」

当然ながら、短距離走と長距離走では走り方からペース配分まで全てが異なっている。
短距離走のタイムを単純に倍がけしても、その秒数でその距離を走れるということにはならない。
それと同じだ。

おんぶをしての全力疾走は確かに距離を稼げるかもしれないが、そんなものがいつまでも続くわけがない。
追いつかれたタイミングでバテバテでした、なんてことになる可能性だってあるのだ。
おんぶをしての逃走は、相手の動きや距離を把握したうえで適切なタイミングで行うべき最後の切り札だ。
パドックの時点から常に全力で鞭をバシバシ叩いても、別に競走馬はパワーアップなんてしないのだから。

「それに、まともにおんぶしてダッシュしたら、傷口が痛んで叫んじゃいそうですから……」
「そこは、根性です」
「その根性の許容量を越えてくる可能性があるんですよ……」

振動による痛みだけではない。
怪我した足を、背中越しに触れるのだ。
傷口付近にうっかり触れてしまわないとも限らない。
更に典子は左腕が使えないせいで、右腕一本でしがみつくことになる。
バランスなど容易く崩れるだろうし、そうなればホシノは典子を落とさないように反射的に動くだろう。
そうなれば振動が発生するし、反射的に触れてしまう可能性も高まってしまう。
そんな思わず叫びそうなリスクを逃走中に犯すくらいなら、今まで通り確実に両脇から支えてゆっくり移動した方がマシと言える。

「……うん、じゃあ、おんぶは無しで。素直に言うことを聞いておくよ。無茶をするにもタイミングってものはあるしね」

どんなレースだってそうだ。
勝負どころというものはある。
そのあたりの感覚は、ひょっとすると、ホシノが一番長けているのかもしれない。
典子もスポーツ経験者ではあるが、彼女の場合は根性というドーピングで終始フルパワーで動くタイプだったため、むしろ一番その感覚は欠落していた。
正確に言うと、勝負どころを見極める目は当然持ち合わせているが、そこ以外で適度に手を抜くという能力は他の二人と比べ大幅に劣っていた、か。


629 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:06:20 DEBU02ME0

「さ、隣の家に行こう。そこには、治療に使えるものでもあればいいんだけれど」

再度典子に肩を貸し、ゆっくりと家を出る。
急いで移動したいところだが、血を垂らしたら元も子もない。

隣の家との間には、立派な塀がそびえ立っている。
一旦道路に出て、それから再度隣の家の敷地に入らねばならなかった。
それでも数分程度で移動出来たはずなのだが、何時間にも思えるような膨大な時間を費やしたかのように思える。
なんとか隣の家へと移動し、典子に窓から様子を見てもらってる間に、優花里とホシノが家探しを行った。

「うーん、やっぱり、こういう怪我に使えそうなものはないね。オロナインとか、そういうのならあったけど」

冗談めかしてはいるが、ホシノとしては、内心困り果てている。
はっきり言って、典子の様態が良いとはお世辞にも言えない。
そりゃあ、今すぐ生命を落とすほどではないかもしれないが、少なくとも激痛に苛まれまともに活動は出来ないだろう。

「何にでも困ったらオロナイン塗るお婆ちゃんとか居ますよね、さすがにこれには効果なさそうですけど」

冗談を返してはいるものの、典子の額には脂汗が浮かんでおり、傷口が痛んでいることが分かる。
少しでもまともな治療をするか、せめて痛み止めでもないと苦しいところではあるが、しかし病院までは相当距離があった。
どこの民家を探しても、おそらく出てくるのはロキソニンくらいだろう。

普通、これほどの怪我をしたら誰もが病院に行く。
つまり、これほどの怪我をした時の備えなど、どの家庭にも置いてないのだ。
あるのは救急車を呼ぶための電話だけ。それも、勿論今この場では通じない。

「何か収穫はありましたか?」

優花里の声を聞き、ホシノも典子も視線を窓の外から室内へと移す。
見ると、優花里は何かを抱えているようだった。

「その様子だと、何も無かったみたいですね……」
「そっちは?」
「こっちは、野菜ジュースの類をたくさん見つけました」

そう言って、優花里が床に缶の野菜ジュースを並べていった。
あまり見たことのないブランドだ。
もしかすると、通販とかでしか買えない、ちょっと高価でオーガニック的なやつなのかもしれない。

「重たいですし持ち運ぶのは厳しいですが、栄養を取っておくに越したことはないですし、水分補給も大事ですからね。
 飲めるようなら、一本くらい、飲んでおいた方がいいかと」
「じゃあ、頂いておこうかな」
「それじゃあ、私も……」

悠長にしている場合ではない。
しかし、悠長にしていられるのは今の内だけかもしれない。
栄養や水分を補給することの大切さを知っているだけに、ホシノも典子もここで一本飲んでいくことにした。

「あっ……」

そして、ジュースを取ってから、典子が間の抜けた声を出した。
何事かと視線を向け、まずホシノが。続いて優花里が、しまったと顔を歪める。

プルタブ式の缶ジュース。
左肩に大怪我を負い、左手を満足に動かせぬ典子では、開け得ないシロモノだった。

「す、すみません、気が付かなくて……!」

慌てて優花里が典子の代わりにプルタブを開ける。
孤独な期間が長かったせいで、どうにも優花里は気遣いというものが苦手であった。
気を遣っていないわけではないのだが、どうしても、不慣れな分“ヘタ”なのだ。


630 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:08:00 DEBU02ME0

「……あのさ」

ようやくジュースが典子の喉を通ってから、ホシノがゆっくり口を開いた。
その声色は真面目そのもの。
優花里も、落ち着いたトーンで「はい」とだけ返事をした。

「病院、行けないかな。やっぱり、このまま放っておくの、良くないと思う」

ここから病院は決して近い距離ではない。
逃走しながらそこまで行くのは容易いことではないだろう。
ましてや、こちらが手負いであることは、襲撃者も分かっている。
血の道標が途切れたのを見て、それでもなお追撃を選んだ場合、高確率で襲撃者は病院に向かう。
はっきり言って、リスクは計り知れなかった。

「…………そうですね。今後のことも考えると、病院は、行っておきたい場所ではあります」

多少軍事物を読んでいて怪我の知識があるとはいえ、所詮優花里も素人。
病院に行ったところで、適切に薬を使用できるとは思えない。
しかし、杖や包帯、痛み止めが有るのと無いのとでは大違いだ。
ひょっとすると、車椅子なんかも置いてあるかもしれない。

「病院なら立て籠もるのにも丁度いいですし、磯辺殿もベッドで休めますからね」

ホシノも優花里も怪我に明るいわけではなく、典子の症状など詳しく分かるはずもない。
もしかすると、見た目ほど酷くなく、一晩眠れば元通りなのかもしれない。
もしかすると、見た目以上に酷くて、そこから壊死してやがて死に至るかもしれない。
分からない、分からないのだ、まるで。

だからこそ、優花里は病院行きを即決は出来なかった。
杖や包帯といった、自分達に扱える道具の存在に至れて、初めて行く気になっている。
別に薄情というわけではない。
ただ冷静に、自分では典子の怪我をどうにも出来ないから、少しでも生存率を上げようとしただけのことだ。

一方ホシノは、だからこそ――典子の症状がまるで分からなかったからこそ、病院に行くことを選んだ。
行ったところでどうしようもないことくらい理解している。
危険が伴うことだって、重々承知だ。
だが――運転という唯一無二の趣味を持つ身として、今の典子を放ってなんておけないのだ。

「うん。医学書とかも、あるかもしれないしね」

典子は、ホシノと同じく、戦車乗りである前に一人のスポーツマンである。
故障には誰より敏感であるし、きっと命と同じくらい、バレーボールが大事なのだ。
例え命が助かっても、二度とバレーボールが出来ない体ならば、それは“助かった”と言えない。
少なくとも、自分が運転の出来ない体にされたら、例え命があったとしても「助かった」なんて言えないだろう。

だからといって的確な治療を求められてもそりゃあ困るが、しかし、じっとしていられるわけがない。
少しでもバレーが続けられる可能性に賭けたくて、何かしたくてウズウズしているはずだ。
ましてや彼女は所謂“脳筋”に近いタイプのスポーツマン。
今すぐにでも病院に行って、学術書をひっくり返して、手探りでも治療を試みたいのではないか。

「危険なのは分かってるけど、でも――行こうよ、病院」

命の危険を承知してでも、選手生命を守りたい。
それが、スポーツに生涯を捧げてきた、スポーツマンという人種のサガであると言ってもいい。
ホシノは、同じスポーツマンとして、その気持ちを尊重したかった。


631 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:10:49 DEBU02ME0

「分かりました。磯辺殿も、それでいいでしょうか」
「はいっ、そりゃあ、勿論、反対する理由なんてどこにも!」
「……では、問題となるのは、病院へのルートですね」

しばし思案し、それから優花里が地図アプリを起動する。
病院に行くには、高校から見て東、国道51号線の方まで行かねばならない。
しかし今居る場所は、国道51号線まで出ず途中で北上した小規模な民家の密集地帯。
山の真ん中ということもあり、この辺りから国道51号線に最短距離で行こうとすると、急な坂道に直面する。

重傷の典子に肩を貸してでも、頑張れば山道を降りられるかもしれない。
身を隠して移動するならこちらのルートだ。ペースは遅くなるが、隠れたまま逃げ切れる可能性は大きく、狙撃の射程に戻る心配もない。

もしくは、一旦高校付近の道路まで引き返し。道なりに国道51号線まで降りるかだ。
こちらは、山道と比べれば格段に速いペースで移動することが出来る。
血痕が途中で北上し民家に向かっていることもあり、上手く行けば襲撃者を撒きすんなり移動出来るかもしれない。
しかし一方で、襲撃者が追撃をやめ射程に獲物が収まるのを待っている場合、うっかり射程を掠める可能性もある。
ハイリスク・ハイリターンと言えるだろう。

「一旦引き返して、道なりに行こう。一刻も早く痛み止めとか射ってあげたいし、それに山道を通ると傷口に菌が入るかもしれない」

ホシノの言葉は、優花里にとっては想定内のものであった。
典子の様態を第一に考えるのならば、選択肢はそれしかない。
リスクは多大にあるが、しかし病院を目指す時点で多少のリスクは覚悟すべきだ。

しかし、優花里はホシノの言葉に返事をすぐには返さない。
しばし思案し、悩み、それから、ゆっくりと口を開いた。

「……いっそ、こういうのは、どうでしょうか」

優花里の脳に、走り去った逸見エリカの姿が蘇る。
自分の浅はかな考えが、そして軽率な行動が、誰かを追い込む結果になってしまうかもしれない。
そう思うと言葉が喉に張り付くが、しかしこの重責を乗り越えるのは、作戦指揮を取る者の役目。
全ての責任を負う覚悟を持ち、真っ直ぐに、信ずる策を提言するのが、今の自分の役目なのだ。

いつも憧れの西住みほは、この怖さを乗り越えて、皆に指示を出してきた。
自分だって、いつまでも彼女に頼り切っているわけにはいかない。
優花里とて、漫然と彼女の取り巻きをしているわけではないのだ。
敬愛する少女の戦車道を、自身の道だと心に決めた。
なればその実現のため、憧れている背中に倣い、その怖さは乗り越えるべきだろう。

「二手に分かれて、病院を目指しましょう」
「――――え?」

ホシノが目を丸くする。典子も頭にハテナマークを浮かべていた。
そりゃそうだ。何せついさっき、二人がかりで典子は移動させるべきだと、優花里自身が言ったのだから。


632 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:14:28 DEBU02ME0

「勿論、ただ二手に分かれるだけじゃありません。私は、ダミーの血痕を垂らしながら山を下りたいと思います」

そう言って、優花里は一枚のタオルを手に取る。
そこに、先程持ってきていたトマトジュースを盛大にぶちまけた。
ポタポタと、真っ赤な雫が垂れる。

「チープな仕掛けですが、アスファルトに吸収されてばそこまで判別は出来ないと思います。
 臭いだって、わざわざアスファルトに顔を近づけて嗅ぐなんてことはないでしょうし……」

当初の予定では、先程までいた民家で、血痕は途切れさせることになっていた。
それで移動先を絞らせないつもりだったが、今度は逆に、偽の血痕を用意して、移動先を絞らせようというのだ。

「多分騙されてくれるとは思いますが、勿論絶対とは言えません。
 偽の血痕に騙されたら私を追って山に来るでしょうが、意図に気付かれれば逆にそちらを追っていくでしょう」
「……そうなったら、まあ、不味いだろうね」

敢えて、ホシノはどう不味いのかは言わなかった。
言わなくても、どうなるかなんて、誰にだって想像がつく。

「ええ。さっき言ってた“短時間なら有効なおんぶダッシュ”は、一旦高校に近付いてから早々にしてもらうことになるでしょうし……
 追いかけられたら、多分、バテていて振り切るのは難しくなっているかと。
 更に言うと、単純に考えて、磯辺殿を運ぶ人手が半分なのですから、ダッシュの疲弊抜きでも追われると相当不味いです」

追われる可能性は減るが、追われたらオシマイ。
はっきり言って、ただのギャンブルとなじられても反論は出来ない。
優花里自身は分のいい賭けだと思っているが、ベットされるのはホシノと典子の命だ。
二人が反対するならば、この案は却下するしか無いだろう。

「ちなみに、それ、相手が追ってくること前提だと思うけど、追ってくると思う根拠とかって……」

典子が、ここで口を挟む。
元より自分のせいで二人は危険な目に遭っているのだ。
自分の体のために、自分自身の命をベットすることに不満はない。

しかし、だからこそ、疑問を呈した。
もしも相手が校舎の中でスコープを覗いていたとしたら、引き換えしたホシノの命も奪われてしまう。
それならば、血痕はここで途絶えさせて、山を下る方がいいのではないか。
確かに感染症の危険などがあるが、しかしその場合、危険に晒されるのは自分一人で済む。


633 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:17:57 DEBU02ME0

「確かに、あれだけ冷静に射撃してたし、放っておいても倒れそうな相手なんて追わず、あの好立地を守ることを選ぶかもしれないけど……」
「だからこそです」
「……え?」

またも、喉が優花里の喉へと張り付く。
ここからは、絶対的な保証なんて無い、推測の域だ。

「好立地すぎるんです、ここは。あまりにも開けているし、狙撃するには強すぎます」

今や高校は学園艦の上にあるのが普通なため、山の上にある高校というのは、優花里達には馴染みがない。
故に、特に用事もないこちらのエリアには、さほど近寄る機会がなかった。
だからここまで危険と知らずあっさり呼びかけにも応じて来てしまったし、相手が好立地を手放さないのではという甘え考えを持つこともあった。
しかし、現地に足を運び、それなりに歩いて、分かったのだ。
ここは、狙撃手にとって、あまりに好立地すぎる。

「そんな場所にノコノコやってきて、射程の中まで行く人間がいると思いますか?」

そう、好立地すぎるのだ。
狙撃される側が、嫌でも警戒するくらいに。

「今こちらの方まで来て分かりましたが、はっきり言ってこの辺りには何もありません。
 民家だけです。そして民家なら、他の場所にも山程あります」

そう、ここに、特別なものなんてない。
あるとすれば、射程から外れる山と、そして馴染みのない山中の高校だけ。

「ここに誰かが来る理由なんて、何もないんですよ。それこそ、何か“餌”でもない限り」

その“餌”とは、前回で言う磯辺典子のことである。
典子の前で口にするにはデリカシーに欠けた表現ではあるが、優花里にそこまで気を回す能力はない。
典子自身、自覚はあったため、胸は痛むが特に口を挟まなかった。

「多分、今は、籠城のために作っていたバリケードを解除しているんだと思います。
 もしかしたら、乗っ取られないよう、トラップを作るくらいしてるかもしれません。
 それだけしてから追いかけても、追いつく自信があるか、もしくはそれ以上に乗っ取られることを恐れたのでしょう」

もし、他にも誰かが拡声器の声を聞いて近くに来ていたら。
そしてそれが、“餌”だと気付いて手出しをやめた、人を殺すつもりの人間だとしたら。
襲撃者が校舎を出たのを見届けて、この場を乗っ取るかもしれない。

そして、それが、襲撃者にとっては一番困ることなのだ。
何せ、出かけていった襲撃者は、校舎を乗っ取った者にすればノコノコ帰ってきてくれる“餌が無くてもやってくる獲物”だ。
自信が整えた狩りの場で狩られる側に回りたくはないだろう。
ましてや一方的な狙撃でその強さを体験した者なら尚更だ。

「それに、拡声器は落としてきてしまいました。多分、襲撃者が回収しているはずです。
 つまり、新しい餌が補充可能なんです。悲鳴を上げて仲間を呼び寄せる、新たな餌が」

それこそが、襲撃者が追いかけてくる最大のメリット。
悲鳴を上げさせて餌にすれば、さらなる獲物が現れてくれるかもしれない。
典子の悲鳴を聞いて助けに来たお人好しの前例もあるのだ、試す価値はあるのだろう。
餌の種類によって食いつく獲物も変わるであろうし、恐らく優花里かホシノのどちらかは生きて餌にされるはずだ。

「なるほど……でも、身を守るだけなら、ここで籠城するのが一番と考えるのでは」
「もし身の安全だけを考えるなら、とっくに磯辺殿を仕留めて無駄に人なんて集めませんよ。
 それに、禁止エリアで追い出される可能性もある以上、少しでも武器を調達しておきたいでしょうし」

故に、襲撃者は、必ず後から追いかけてくる。
それが、優花里の出した結論。
勿論机上の空論であるし、そこまで相手が考えていない可能性だって大きい。

だが、優花里は、この結論で合っていると謎の確信をしていた。
友釣りといい、襲撃者はそれなりに頭がキレて合理的な人物だと言えるだろう。
ある程度、理屈に沿って行動してくれるはずだ。

それならば、相手の立場に立って考えることで、ある程度行動を予測できる。
ここに感情の要素が入り始めると、エリカの時がそうだったように、優花里の予想を越えてしまうが。
だが、合理的な行動を取ってくれる相手なら、どこか他人事とも思える脳内シミュレーションで対抗することが出来るのだ。


634 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:20:20 DEBU02ME0

「でも、それなら、血痕を残して逃げるなんて危険すぎるんじゃ……」

今の話だと、捕まっても即殺されない可能性はある。
だが、典子のような重傷は避けられないであろうし、おそらく今度は助けられない。

「……大丈夫です。危険な役目を負う代わりと言ってはなんですが、ヴォルカニックを頂こうかと。
 おんぶをしてたらレバーアクションは使えないでしょうし、代わりにこちらはテーザー銃を差し出しますので」

二手に分かれ、敵は優花里が引きつける。
しかし武器も再分配し、戦力は優花里に固まり、また優花里は身軽になる。
上手くいけば、二組とも無事に病院に辿り着けるだろう。
それに――

「……正直、この方法なら、最悪でもどちらか一組が生き残れる、という打算もあります。
 本当は、全員で助かる道を選びたいのに――私では、西住殿のように華麗な作戦なんて立てられません」

どちらかを犠牲にするような作戦、本当なら立てたくなかった。
勿論みほもある程度の危険を承知で戦力を分散させることはあるのだが、それは全て各々の技量を踏まえギリギリなんとかなるであろうラインを考慮したうえである。
だが優花里には、その見極める能力はない。
実際に追いかけられた時に自分が振り切れるのかどうかも分からないし、また予想が外れ立て篭もられていた場合や二人を追われた場合どうするのかもまるで考えつかない。
それでも。

「ですが――皆で無事に切り抜けるには、これが最善だと思っています」

真っ直ぐに、前を見た。
その瞳は、まだ揺れ動いて頼りなくはあるけれど。
その足は、憧れの人の道をなぞろうとする辿々しいものだったけれど。
それでも、優花里は確かに、己の戦車道を歩み出していた。

「……分かった。それで行こう。信じるよ」
「……そうですね。また病院で会いましょう!」

ホシノも、典子も、真っ直ぐに優花里を見る。
不安がないわけではない。
特にホシノは、優花里を見捨てる形になる可能性が頭をよぎっているし、どうしても嫌なことを考えてしまう。

それでもなお、信じることにした。
怖いが、ここは、アクセルを踏まねばならぬ時なのだ。
腹が立つくらい冷静な優花里が、これがベストだと言ったのだ。
案も出せないレーサーが、クルーを信じてアクセルを踏めずにどうする。

「じゃあ、行きましょう」

最悪のケースがあるとすれば、それは別行動前に、襲撃者に追いつかれてしまうことだ。
塀から道路に顔を出したらお目々合いましたコンニチハという可能性も否定しきれない。

唯一まともに応戦できる武器を手にした優花里が、まず最初にコンクリート塀まで行く。
それから塀に背中を預け、ゆっくりと慎重に、家の前の道路を覗き込む。
幸い、誰の姿も見えなかった。

「大丈夫そうですね……」

ホッと胸を撫で下ろし、玄関先で典子を背負い待機しているホシノへと目配せする。
黙って頷き、ホシノも歩みを進めた。

「バッタリ会わないことを祈ってますよ」

そう言って、道路に出て、別れようとして。
連続した轟音を――機関銃の音を聞いた。


635 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:33:48 DEBU02ME0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






急ごしらえだったとはいえ、この高校は今や立派な要塞たりえた。
簡素ながら必要最低限の警報装置やバリケードがあり、何より迫りくる相手を見下ろしやすい好立地。
少なくともクラーラという狙撃手と、ドラグノフという狙撃銃にとっては、この場は指折りの拠点だと言えるだろう。

はっきり言って、逃走した手負いの三人を追いかける理由など、ほとんど無い。
生き残ることを考えたら、この要塞を手放して、罠を仕掛けているかもしれない場所までノコノコ出ていく必要性など微塵もない。
こちらに近付いてきたら、粛々と狙撃していけばいい。

今回のことで、自身の弱点は分かった。
獲物を逃した以外の打撃は何もなく、自身が出し抜かれる手法を一つ知れた。
知ってさえいれば対処法を考えられるし、いざ喰らった時の動きにも差が出る。
はっきり言って、トータルの収支で言えば、大きなプラスだと言えよう。

凍てつかせた心は、何より冷静な思考は、クラーラに留まることを指示していた。
故にクラーラは、駆け出さなかった。
冷静な思考が、無謀な追撃を阻害したのだ。

だが――

呼吸を整え、一旦外した鳴子を全てロッカーへと放り込む。
ある程度、仕掛けたものは解除できた。
これで、後から来た別の人物に、苦労して作った要塞をそのままそっくり乗っ取られることはないだろう。
少なくとも、片っ端からロッカーを開けて仕掛けの残骸を見つけない限り、自力で仕掛けを作るはめになるはずだ。
あとは――“アレ”を乗っ取られぬように、この機に導入するだけだ。

「Готово к запуску」

準備完了。
クラーラが、一歩校舎の外へ出た。

彼女の選択は、追撃。

追わない理由など、いくらでもある。
立て籠もっていれば、何も知らない次の獲物がノコノコやってくるかもしれない。
姿を目撃されてもいないのだから、わざわざ手間をかけ殺しにいく必要がない。
こんな好立地を手放す理由がない。
更に言うと、試合でこの周辺は通らなかったため、自分にはさっぱり地の利がないため逃げ切られる恐れが高い。

対して、追う理由は、一つだけ。
彼女達が、危険人物の立て籠もる高校に、攻め込んでくるかもしれないから。

勿論――攻め込まれても、クラーラとしては決して大打撃ではない。
あの好立地だ。少人数ならまず壊滅させられるであろうし、大人数でも生命を擲てばかなりの数を仕留められる。
それは即ち、敬愛するカチューシャを守ることへと繋がるのだ。
当然自らの帰投も優先事項だが、それでも一番は、愛する者を守ること。
それは、愛する者のため軍務に務める父からも、いつも聞かされていることだった。

問題があるとすれば、逃げた連中が引き連れてくるであろう顔ぶれだ。
逃げた連中は知っている。
こちらに狙撃銃があることも、それなりに正確な狙撃の腕があることも。
友釣りを試みるような危険人物であることも、生命を奪うのに躊躇はしないであろうことも。
逃げた連中は、知っているのだ。

そしてその知っている情報を、秘匿したまま引き連れてくるであろうか?
答えはノーだ。
秘匿するメリットなど騙して肉壁にするくらいであろうが、それをするような人物なら端から餌を助けに来ない。
そうなれば、信頼関係の面から考えて、倒すべき敵の情報は全て開示するはずだ。
例えその結果、怖くて協力できないなどと言われたとしても、土壇場で言われるよりは数倍マシなのだから。


636 : 名無しさん :2016/12/24(土) 16:40:08 DEBU02ME0

「Чтобы перейти……」

さて、そんな情報を包み隠さず伝えられたとして、一体誰がこんな場所までノコノコやってくるであろうか?
逃げた二人は、こちらの危険性を肌で理解しているし、こちらを仕留める算段がつけば攻めてくるかもしれない。
重傷者が死者になれば、仇討ちとして攻め込んでくるかもしれない。
その場合、先程撃った少女と親しい者なら、突っ込んでくるだろう。

しかしそうでない場合、向こうにとっても、こちらに攻め込む理由はない。
何せ籠城しているのだ、近寄らなければ害はない。
殲滅戦に積極的に参加している以上どこかで戦わねばいけないと分かっていても、行動など出来やしない。
なにせ、禁止エリアのおかげで、籠城していても高校を追い出される可能性があるのだ。
危険を犯して“今すぐ”“向こうに地の利があるのに”“自ら不利な戦いを”挑む理由など一つもない。
まともな脳味噌をしていれば、この高校に突っ込もうなんて気は起こさないだろう。

もし、そこまで思考できているのに突っ込んでくる者がいるとすれば、それは愚か者だけだ。
もしくは、愚かなまでに自分を信じている自信家か。
或いは――愚かなまでに自分を信じ、そして大言を実現させる実力を持った、偉大な指導者だ。

「カチューシャ様……」

小さな体に大きな理想を掲げる自信家の隊長なら、きっと、攻めてくるだろう。
もしかすると、伝聞した情報から、狙撃手の正体に至るかもしれない。
いずれにせよ、何かを決意した時のカチューシャは大胆であり、そして非常に優秀である。
きっと、この程度の要塞なんて大したことないわと言わんばかりに、高度な戦略を引っさげて、堂々攻め込んでくるだろう。

それだけは、駄目だ。

最低だと分かっている。罵ってくれても構わない。
それでも、凍てつかせた心の中で、カチューシャとの思い出だけは、温もりを放ち続けているのだ。
彼女と闘うことなど勿論出来ない。
だが、何より――

彼女にだけは、嫌われたくない。

身勝手だろう。
侮蔑されて当然のことをしているというのに。
カチューシャのためなら何でも出来ると思っているし、ある程度なら嫌われてでもカチューシャのために行動できると思っていたが――
今回ばかりは、クラーラの許容量を越えている。
きっと、「嫌われる」だとか「怒られる」だなんてものじゃ済まない。
心の底からの侮蔑と、失望と――様々な負の感情を込めた瞳で睨まれるだろう。

それだけは、耐えられない。
カチューシャが激怒することは分かっていて選んだはずの道なのに。
それでも、それだけは、許しがたいことだった。

カチューシャさえ笑っていてくれたなら、他の笑顔全てを奪う事ができる。
カチューシャという火さえ灯ってくれていれば、心をどこまでも凍らせれる。
でもカチューシャを失うことだけは、どうしても、駄目だった。
考えるだけで身震いするし、きっと本当にそんなことになった日には、想像を絶するショックが訪れるだろう。

だから、追うのだ。
安心して立て籠もるために。
安心して、何も知らない愚か者だけを狙撃できる環境にするために。
最愛の人が、全てを知った愚か者達を率いてくる、その可能性を潰すために。


637 : 名無しさん :2016/12/24(土) 17:15:11 DEBU02ME0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






銃声を聞き、ホシノは目を見開いた。
背負われた磯辺典子も、口を半開きにして蒼白になっている。
あまりの衝撃に転倒しかけた秋山優花里も、前傾姿勢で何とか転倒を免れる。

三人共、傷一つ負っていない。
銃弾一つ、飛んできていない。

「この音……!?」
「しっ、近いです!」

優花里が言わずとも、その音源が近いことは、ホシノにだって理解できた。
あまりに音が大きすぎる。
正体を確かめねばならなかったが、自然と体は塀の中――家の敷地へと後ずさっていた。

「これ……私に支給されたやつだ……」

しかしその正体は、予想外にも背後に背負った典子の口から語られる。
磯辺典子の支給品。
それが意味する者は、一つ。

「あまりにも危ないから、校門前の草むらに隠しておいたのに……」

その使用者が、先の襲撃者であるということだ。
草むらに隠していた所も、狙撃銃越しに目撃されていたのだろう。
籠城に最適な獲物が、また一つ襲撃者の手に渡ってしまったのだ。

「何でそんな所に……」
「その、あまりに大きいから――」
「……大きい?」

その言葉の意味は、すぐに知ることとなる。

「――――!?」

疑問符を浮かべ棒立ちだった優花里の手を、ホシノが引いて敷地の中へと引っ張り込む。
高校沿いの道が塀に阻まれて見えなくなる直前、優花里の視界に映ったもの。
それは、およそハンドガンではありえぬほどの長さのバレル。
あれは――――

「ガトリングガン……!? それも、短機関銃でなく、重機関銃っ……!」

目を丸くする優花里の手を引っ張り続け、開け放たれていた玄関へとホシノが転がり込んだ。
これがガトリングガンだとすれば、掃射の音も間もなく止む。
その間に、対策を立てねばならない。

「磯辺さん、あれは!?」
「え、ええと、名前は忘れたんですが台車がついたガトリングガンです!
 あまりに重たいし、草むらに隠して、銃弾だけ背嚢に入れておいたのに……!」

典子のスタート地点は、正確に言うと高校近くの公園の中である。
そんな場所に放置しておくわけにもいかず、かと言って国道まで持ち出すと隠す事もできそうになく、已む無く高校方面へと移動したのだ。
本当ならもっとしっかり隠したかったが、「根性で押せ!」で坂道を押すにも限界というものがある。
というか、ここまで押せてきたのが凄いのだ。しかも優花里達は気付かぬ程度にしっかり草むらの奥まで押し込んでいる。
本来大の男が数人がかりで移動させるようなものを。女子高生一人の力で。なんだこいつ。


638 : 名無しさん :2016/12/24(土) 17:24:05 DEBU02ME0

「お、恐らく、台車に乗って、乱射しながら坂を下って来たんでしょう……
 校舎自体は狙撃に最適な場所ですが、逆に言えば高校を一歩出たら狙撃されるのに最適な場所になりますし、
 多分、待ち伏せしてる我々に狙撃されぬよう、傾斜を利用し威嚇射撃をしながら移動しているのかと……」

やたらと射撃音が長いのは、ガトリングガンを全て撃ち尽くすつもりだからか。
台車付きの重機関銃なら、その重さはゆうに三十キロを越える。
狙撃のために居座るであろう校舎の上の階まで運べるシロモノではない。

ならば、自分がそうしたように、誰かに使われるのを防ごうとするはずだ。
それが、この乱れ打ち。
待ち伏せ相手に牽制を入れながら、ガトリングガンを使い切る。
そのための一斉掃射と見ていいのではなかろうか。

「多分この坂道は押して登れはしないでしょうから、相手は多分狙撃銃だけかと」
「そりゃよかった。まあ、それだけでも十分厄介なんだけど」

幸いなのは、台車に乗って坂道を滑りながら移動している場合、恐らく二叉の道を通り越して滑り降りていることだ。
最も、待ち伏せ対策で死角を失くすよう、こちらの道へは襲撃者自信が狙撃銃を構えている形であることが予想されるため、覗き見て確かめる事はできないのだが。

まあとにかく、今は少しでも時間が稼げたことに感謝するしかない。
最も、血の跡はしっかり確認しているであろうし、血の跡が二叉の道ではこちらに続いていると気付かれているだろうが。

「それで、どうするの?」

どうする、なんて言われても、きっと優花里は困るだろう。
それが分かっているというのに、つい、ホシノはそう口にしてしまった。
選択肢など、殆ど無いようなものなのに。

「元々血痕は追ってくる可能性が高いという見込みでした。
 深読みして国道を走ってくれることには期待しない方がいいでしょう……」

そうなれば、残された選択肢など、片手で数えるほどしかない。

「戦うか、逃げるか、隠れるか……」
「無抵抗でやられるって選択肢は、ないもんね……」

ちなみに誰も口にしなかったが、まだ『無抵抗で殺される』という選択肢が残っている。
ああ、あと、『命乞い』も。やったね、ギリギリ片手の数は越えたよ選択肢。


639 : 名無しさん :2016/12/24(土) 17:35:36 DEBU02ME0

「……戦いましょう」

意外にも、それを提言したのは典子であった。
誰より戦いを止めようとしていた少女の提言。
それが、今がどれほど窮地なのかを、何より如実に物語っていた。

「幸い、殺傷力のない銃というのがこちらにあります。
 これだけ追い込まれていますし、これを使うことなら、きっと躊躇わずに出来るかと」

勿論、この期に及んで、典子は人を殺す気などない。
そんな典子を戦闘に踏み切らせたのは、非殺傷の銃だった。

「……ならば、私が塀に張り付きます」

入り口横、二叉側の塀に張り付けば、少なくとも道路を行く襲撃者に目撃されることはなくなる。
勿論相手も警戒しながら歩くため、背後を取れるなんて思っていない。

同時。同時でいい。
目撃されるのが同時ならば、この戦いに勝ち目が出る。

勿論向こうも発砲してくるだろうが、こちらとしては最悪頭や胴体に当たらなければいい。
腕や足も捨てていいわけではないが、少なくともすぐ死ぬ事態は避けられる。
そしてこちらは当てさえすれば、体のどこであろうと、気絶させることが出来るのだ。
同時に撃って当てさえすれば、最悪でも引き分けに持ち込め、蹂躙される心配はない。
それに、狙撃銃なら長身であり小回りが効かぬため外してくれることに期待も持てる。

「……私は、もう……テーザー銃を撃ちましたし、外せない以上、慣れた私がやるべきかと」

『人に向けて』の一言は、どうしても喉を通らなかった。
あの軽率な行動の起こした出来事は、まだ優花里の中でしこりになっている。

「ホシノ殿は、私が駄目だった時のため、傍でヴォルカニックを持って待機してください」

そう言うと、優花里は塀へと小走りに駆けた。
銃声が止んで、数分が経つ。
隣の民家が調べられたら、次はこの民家の番だ。

万が一隠れてやり過ごされることを考えると、血痕が続く民家を完全に無視する事はできないだろう。
それに、逃走しながら血を止めたなら、家探しの痕跡が残るはずである。
時間がない以上、綺麗に片付けていくことはまずあるまい。
実際、隣の民家はとっ散らかったままである。
確認して損はない。そして、それが分からぬ相手でもあるまい。

「…………」

息を殺し、全神経を道路へと向ける。
汗が手のひらに浮かび上がり、テーザー銃のグリップを湿らせていた。

(なんとしても、当てなくては……)

視界の隅に、ホシノを捉えた。
民家の側面、入り口からは完全に死角となる位置に陣取っている。
ホシノからも襲撃者は見えないだろうが、しかしホシノの位置からは優花里の姿が確認できる。
優花里が倒れる姿が確認できるなら、それで十分だ。

(大丈夫。やれる。逸見殿を撃った時のように、軽率でもいいから、引き金を引かなくては……っ)

自分の案の“最悪のケース”――それが、実現してしまった。
実行前だったとはいえ、今このメンバーの指揮を取っていたのは、紛れもなく優花里である。
みほのように、指揮者として、皆を導かねばならない。

(それで、皆で、絶対に帰っ――)

鼓舞する言葉で脳内を埋めながらも、道路に対する警戒は怠らなかった。
怠るわけがなかった。

「上だっ!」

――だが、道路にしか、意識を向けることが出来なかった。

「…………え?」

ホシノの悲鳴にも似た叫びで、振り返る。
美しい金髪をたなびかせ、ロシア生まれの美少女が空を飛んでいた。
いや、この場合、跳んでいた、か。
きっと、隣の民家から、そのまま塀を飛び越えてきたのだろうから。

(皆を、守っ――――)

汗で滑りそうなテーザー銃を持ち上げ、そして、顔面に強い衝撃を受け、優花里の体は倒れ伏した。


640 : 名無しさん :2016/12/24(土) 17:55:11 DEBU02ME0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






磯辺典子が隠していたマキシムM1884。
その重量が想定を越えていたため、クラーラが追撃を開始するまで想定以上の時間がかかった。
しかしながら待ち伏せ対策をするなら、これを使うのが手っ取り早い。
何より、ドラグノフには残弾数がある。待ち伏せているか分からぬ相手に使いたくなどない。

クラーラは、肉体的な能力で言えば、この特殊殲滅戦参加者で指折りの上位。
時間はかかれど、典子に出来たマキシムM1884の移動が出来ないはずなどなかった。
なんとかマキシムM1884の台車に飛び乗り、牽制の掃射をしながら坂道を下る。
どうやら誰も待ち伏せはしていないようであった。

問題があるとすれば、血痕の向かう先だ。
予想に反し、病院に続く国道方面にでなく、数件の民家があるエリアへと続いていた。
勿論この近辺の情報に明るくないので、坂の向こうに目指す価値があるのかどうか判断出来ない。
もしかすると、スコープ越しでは分からないだけで抜け道があるのかもしれない。
いずれにせよ、血痕を追ってみぬわけにはいかなかった。

何とか撃ち尽くしたマキシムM1884は、そのまま坂道を単身滑り落ちていった。
予備弾薬が背嚢に残っているが、もう使うことはないだろう。
この傾斜を一人で押して登れるのなんて、プーチンくらいなものである。

あのサイズの支給品が複数あるとも考えづらく、予備弾薬を自分が確保している以上、アレはもう使用できまい。
戦闘中に背嚢を奪われる可能性がゼロではないため、あまり高校付近に残しておきたくなかったのだが、この坂道の下にある分にはいいだろう。
あとは血痕を追うだけだ。

(……ハンドタオルで止血しましたか)

明らかに、家探しした形跡がある。
全部屋を見て回るついでに、衣服が散らかったタンスと洗面所の戸棚は確認してみたが、ハンドタオルの類がほとんど見当たらなかった。
洗面所にはハンドタオルがかかっている以上、ハンドタオルを使っていないということはないだろう。
恐らく予備は逃走した連中が持っていったのだ。
血液が垂れるのを防止するためだろう。

そうなると、どちらに向かったのかはもう判断が出来ない。
国道沿いに逃走しているかもしれないし、どこかに身を潜めているのかもしれない。
そして、根拠探しに時間を費やしていられるほど、クラーラも暇ではない。

(この場合最悪なのは、隠れているのを見落とすこと)

民家を丁寧に探した場合、国道を逃走されるとかなりの距離を開けられるだろう。
だが、しかし――問題はない。
この民家のエリアは、国道より高い場所に位置している。
見晴らしがよくなり次第、スコープを覗けばある程度は事足りるだろう。
勿論森の中や建物に隠れていたらスコープでは見つけられないが、それなら順次隠れられる場所を潰していくだけだ。

(相手は手負い、そう遠くまで素早くは逃げられない)

しかし、決して油断はしない。
追い込まれれば、鼠だって猫を噛む。
ましてやこの鼠共は、つい先程クラーラの一枚上手を行ったばかりだ。
油断など、するはずもない。

(隠れている可能性は高いが、最悪を想定し、反撃体勢を整え罠を仕掛けている所までは想定しないと)

ライフルを肩に担ぎ、ショベルを握りしめる。
荷物を落とした典子の分を除いて、向こうにはナイフが二本と銃が二丁ある。
ナイフで仕掛けてくる場合は勿論、銃を持って待ち伏せしている場合でも、ドラグノフよりもショベルの方が有効だろう。

待ち伏せをする際、自身が奇襲を受けないようにするのは基本中の基本。
そう易々と気付かれずに狙撃できるとは思えない。
一気に距離を詰め決着をつける方が現実的だ。
銃刀法があるため、皆発砲経験などないであろうし、狙いを外してくれることも期待できる。
勿論、それに過大な期待は禁物であるが。

(こちらから極力見つからず、待ち伏せをしようとするなら、自然と視界は狭くなる)

姿を隠せば隠すほど、相手のことは視認しづらくなる。
そして勿論、相手が通ると想定されるルート方面に、狭い視界は展開される。

(求められるは、型破り――!)

あまりに過剰な消耗はせず、相手が潜んでいなかったとしてもさほど困らぬ程度の型破り。
例えば、そう、塀を挟んだ隣の家に、塀を飛び越え、直接乗り込む――!


641 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:05:03 DEBU02ME0

「Бинго……!」

視界の下方、塀に背中を貼り付けて道路を注視する背中が一つ。
そしてそのバックアップをするように道路の死角に待機する姿が一つ。
手負いにした相手の姿を確認することは出来ない。
戦力にならないどころか足手まといは必至であるため、家の中で待機でもしているのだろう。

スペツナズ・ナイフでも持っていない限り、遠距離攻撃に注意する必要は無い。
仮に持っていたとしても、意識しすぎることもないだろう。
庭に面したガラス戸は全て閉まっており、すぐさま応援に出られる体勢が整っているようには見えない。

(ここで確実に仕留める――――!)

宙空にいる僅かな時間に、クラーラは冷静に計算を行う。
戦車で培った一瞬の判断力。
心を凍らせることで、この状況でもその判断力を引き出す事が出来ていた。

「がっ……!?」

恐らく主戦力であろう道路付近の獲物に対し、ショベルを投げつける。
戦力を奪う意図は勿論、次なる“餌”にしたいというのもあった。
大洗の中心たるあんこうチームのメンバーならば、その効果は絶大なものになるだろう。
冷静なカチューシャは罠だと分かり、悲鳴の質から助けられないと判断して苦渋の決断をするだろうが、
西住みほのようなお人好し達が、助けに来てくれるかもしれない。
殺さずに捕まえるなら、この女――秋山優花里だ。

一キロを越える鉄の塊を投げつけられ、優花里が短い悲鳴を上げて倒れた。
ついで、着地点付近で驚愕に目を丸くする人物――ホシノへと狙いをつける。
ドラグノフを素早く構えると、思い出したかのようにホシノが手にした銃を構えた。

勿論、こんな不格好な体勢で、狙撃して弾を無駄にするつもりはない。
狙撃銃の長さを生かし、横に薙ぐ。
慌てて横滑りされたホシノの得物――ヴォルカニックは、意図も容易く弾かれた。

動転した者から死んでいく。それが戦場の鉄則だ。

目を丸くするホシノを尻目に着地。
彼女に追撃を加えるより速く、長い足でヴォルカニックを蹴り飛ばす。
戦場から滑り出ていったヴォルカニックを取りに行くよりも、典子が置いていったナイフ――カラテルがホシノの体を貫く方が速い。

腰からカラテルを取り出す。
ホシノは、遠くに飛ばされたカラテルにでなく、倒れた優花里の方へと跳んでいた。
良い判断だ。そちらにはホシノ達の主戦力たる銃があるのだろうし、こちらが投げたショベルもある。
この至近距離で慣れないレバーアクションをするくらいなら、ショベルを振り回す方が多少はマシだろう。

とはいえ、それでも『多少はマシ』程度。
この程度では通じないし、予想の範疇を出ない。
冷静にカラテルをその肢体へと埋めるだけだ。

(ふむ……)

脇腹を狙ったカラテルは、しかしホシノの右腕へと吸い込まれた。
伝え聞く所によると、ホシノは大洗最速と称されるレーサーであるらしい。
一瞬で移り変わる景色には慣れていたからであろうか、こちらの動きに対応し、右腕だけの犠牲で済ませた。
やはり侮っていい相手ではなかったということか。

しかしこちらに油断はない。
一撃凌がれたところで、決して想定の範囲を出ることはないし、やることにも変わりはない。
優花里の方へ跳んだ瞬間突き刺され、バランスを崩したホシノの体が倒れ込む。
体重を乗せ、そのままクラーラがホシノへと覆いかぶさった。

残る左手を、真っ先に押さえ込む。
これで銃を拾われることはなくなった。
右腕はもう使用できまい。
あとは引き抜いたこのカラテルで、ホシノにトドメを刺し、それから優花里の四肢を傷つけ、最後に隠れている典子を探し出し――――


642 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:12:01 DEBU02ME0

「――――――――――!?」

凍らせた心は、常に冷静にどう動くべきか考えさせた。
凍らせた心は、容赦なく相手を追い込むだけの余裕を与えた。
凍らせた心は、多少の動揺を乗り越えさせ、臨機応変に対処させた。そのはずだった。

体までもが、凍りつく。
理解の範疇を、大きく越える出来事が起きた。
脳の処理速度を越える事態に、咄嗟に動くことが出来なかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

クラーラは、冷静で、合理的な判断が出来る。
例え奇襲を喰らい動揺したとしても、すぐに立て直し、思考し、窮地を脱する能力を有していた。

しかしそれらは、全て“理”に基づいたものである。
相手が合理的な判断の元自分の思考を上回り、奇襲を仕掛けてきたのなら、きっと対処も出来たであろう。
素直に上を行かれたと認め、ではどうするかを考えて、最小限の犠牲でこの場を切り抜けようと考えられる。

しかし、目の前で雄叫びを上げるのは、その“理”が通用しない相手。
戦車“道”か、教科書でしか、戦いを知らぬクラーラには知り得ぬ相手。
もしもクラーラが戦場経験を持っていれば、恐怖のあまり潰れた者や一つの私欲のために全てを投げ出す者など、様々な存在に触れていただろう。
そして「考えても仕方がない相手」というのが存在すると学習し、何も考えず動けていたかもしれない。

だが、駄目だった。
彼女のルーツが、彼女から『思考を止める』という選択肢を奪ってしまった。

「Почему!?」

敗因は、彼女の父が、あまりに立派すぎたこと。
立派だったから、思考を止めてただただ命令をこなすだけの機械ではなかった。
そして、そんな立派な父は、戦車道に応用が効くようにと、色々教えてくれたのだ。
理の外で動く者の話など、まるで聞かされていない。
死を前にした時、どれだけ人は痛みを押せるか、なんて話も聞いていない。

(何故、貴女が――――――!?)

雄叫びを上げ、落ちている銃へ飛びついた人物。
それは、クラーラに覆いかぶされ身動きの取れぬホシノではない。
頭を殴打され倒れ込んだ優花里でもない。

重傷だったはずの、磯辺典子。
彼女が、雄叫びと共に、銃へと飛びついていた。

「――――――っ!」

それは、理解の範疇を大幅に飛び越えていた。
勿論、典子の奇襲を想定していなかったわけじゃない。
しかしながら、それは家屋か道路の向こうから飛び出してくるという形だった。

だが、現実はどうだ。
典子は、突如として、ホシノの背中から現れた。
正確に言えば、ホシノの背負った背嚢から飛び出してきた。

“こいつらは、重傷者を背嚢に押し込め、あまつさえ背負って戦場に出ていたのだ”

理解しろという方が無理だ。
歩くのにも激痛が走るであろう人間が、戦闘になど参加できぬであろう人間が、何故背嚢に潜り込むのか。
激痛で思わず悲鳴を上げそうなのをこらえて、一体、何故。
いや、そもそも、あの体で、何故あそこまで華麗に飛び出せるんだ。理解が出来ない。
やつは化物か何かなのか? 痛みを感じぬ体質なのか?
それとも背嚢に入っていたし、エスパーの類いなのだろうか?

クラーラは知らぬことであるが、典子の動きの原動力は、確かにある種の超能力のようなものと言ってもよかった。
しかしそれは、世間一般に『エスパー』と呼ばれる者ではない。
ある特定の人々が、痛みを押して活動する際に発揮されるその超能力を、世間では、こう呼んでいる――――

「――――――根性ォォォォォ!!」


643 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:15:30 DEBU02ME0

あまりに理の外にある行為。
あまりに理解不能な愚行。
それが、揺り動かぬよう凍りつかせたクラーラの心を、カタカタと震わせてくる。

それは、紛れもなく、恐怖というものであった。

人は、己の理解を越える存在に恐れを抱く。
背嚢から飛び出して、銃へと飛びつくその姿が、まさにソレだった。
幽霊なんかじゃない。ゾンビなんかでもない。そんな実在すると思えない存在などではない。
紛れもなく目の前に存在していて、なおかつ理解の及ばぬ生物。
それが、クラーラにとっての磯辺典子である。

「っ!」

恐怖の行き着く先は、暴走である。
思考を置いて、恐怖に駆り立てられるままに体が動く。

ホシノの拘束を解いて、手にしたカラテルを典子の背中へと振り下ろす。
ここにきて、初めて行う“何も考えない攻撃”だ。
それでも手負い相手ならば十分のはずであったのだが――

体を捻り、典子がその一撃を回避する。
もっと速いスパイクの一撃を、振り上げた動作で予想し止めるのがバレーボールだ。
こんな見え見えの一撃を貰うほど、典子は衰えてはいない。

しかしながら、今のクラーラに、そんなことに気がつく余裕なんてない。
己の振り下ろした一撃の無様さを自覚することもない。
あの重傷で、あれだけの回避を見せる――そのありえなさに、恐怖だけが増していく。

先程何度も響いた、乾いた銃声が鳴った。

もはや弾の温存などと言っていられぬクラーラが、ついに引き金を引いた。
しかし、ろくに狙いもつけずに放たれた一撃では、典子を即死へは追い込めない。
カラテルを避けてバランスを崩していたのに、その銃弾は彼女の脇腹を抉るに終わった。

それでも、普通に考えれば、もう決着のはずである。
右脛部貫通銃創、同右長脛骨開放骨折。左肩部銃創及び骨折。
そこに加えて、今しがた脇腹を抉った銃弾が、彼女の臓物をいくつか引き裂いたはずである。
普通なら、もう、動けずただ死を待つのみだ。

「ッあああああああ!」

だが――典子は、倒れない。崩れ落ちない。
文字通りバレーに命を張れる人間だ、疲れや痛みに屈する心は持ち合わせてない。
スタミナの限界を越え、最後まで戦う選手のことを、典子は知っている。
怪我の痛みを押してまで、栄光を掴みに来た選手のことを、典子は知っている。
クラーラの知らぬ“理”を超えた行動をする人間の輝きを、磯辺典子は知っているッ!

どれだけ辛くても、どれだけ痛くても、どれだけ苦難が待ち受けようと、最後までコートに立つ。
そして諦めず、根性で貫き通す。
それが、磯辺典子という少女。それが、磯辺典子の戦車道。

「ひっ……!」

横っ飛びでレシーブしたあと、素早く体勢を立て直す練習など何度もしている。
腹を抉られた痛みをこらえ、練習通りにやるだけだ。
銃を拾い上げ、地面を転がり、そして銃口をクラーラに向ける。
元々雪のように白かったクラーラの顔が、真っ青に染まっていた。

「があっ……!」

ワイヤーを伝い、電流がクラーラを襲う。
ビクンと痙攣し、目玉がぐるりと裏返る。
顔面のみならず眼球まで白くなり、ついでに視界も白くなっていく。
その視界が最後に移したものは、力強い表情で、こちらにテーザー銃を向けた典子の姿。

結局、クラーラは、磯辺典子という理屈を越えた存在に屈したのだ。
彼女は決して、餌ではなかった。足手まといの重傷者ですらなかった。
もっと禍々しく、真っ先に始末せねばならない、限られた何か別の存在だった。

(カチュー……シャ……様…………)

理解を越える謎の力で、恐るべき動きをする。
そんな典子のような人物の姿を指し、かつて人々は、彼女達をこう称したという。

(……Ведьма……!)

――――東洋の魔女、と。


644 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:16:34 DEBU02ME0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






背嚢に隠れるアイデアは、磯辺典子が言い出したものだった。
秋山優花里が入り口付近に出向いた後、ホシノは典子を部屋に置いていこうとした。
そこで隠れて待っていろ、と。

しかしそんなこと、出来るはずがなかった。
戦いたくなんてないが、しかし自分の巻いた種。
犠牲を出さずに、少しでもベストを尽くしたかった。

自分の体格ならば背嚢に隠れられると言ったとき、ホシノはただただ目を丸くした。
きっと、あまりに突拍子もなくて、なんと反論すればいいのか分からなかったのだろう。

だが、それでいい。
そのくらい想定外のことでなくては、奇襲になんてならない。
むしろ、おかげで、この怪我で背嚢に入るなんてことは普通考えないことなのだと確信するに至れた。
ならば迷うことなどない。
自身の背嚢の中身を部屋の中へとぶちまけ、声を殺して体を背嚢へとねじ込む。
そして、連れて行くように、ホシノへと訴えた。

結果は、こうして、連れて行ってもらうことに成功した。
時間がないのが幸いしたと言えるだろう。
うだうだ問答する暇など無く、かといって中途半端に背嚢に入り込み動けぬ状態で放置するわけにもいかない。
それならば、背嚢に隠れやりすごせる可能性がある方に賭けた方がマシとでも思ってくれたのだろう。

(よかった……)

結果、激痛に苛まれたものの、こうして襲撃者を――クラーラを撃破することが出来た。
ビクンビクンと痙攣しながら泡を吹いてこそいるが、命を落としてはいなさそうだ。
まずはそのことに胸を撫で下ろす。

「秋……山……さん……」

ついで、優花里の様子を見にいこうとする。
しかし立ち上がる気力はなく、地面を這おうにも“空いたばかりの穴”から洩れかけている何かが地面に引っかかり抵抗を生み、それを阻害していた。
優花里を映していた視界に、ホシノの姿が映り込む。
腕を怪我してしまったようだが、どうやら命に別状はなさそうだ。

「よかった……」

うめき声をあげながら、優花里がホシノに起こされる。
出血こそ見て取れるが、今すぐ命を落とすような危険性はなさそうだった。

「なんとか、止められた……」

大怪我を負った。それは決していいことではない。
それでも誰も命を落とさずに、また奪わずに、こうして戦いを終えることが出来た。
絵空事なのではないかと思われた想いは、決して絵空事ではないと、ここに証明できたのだ。


645 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:18:32 DEBU02ME0

「磯辺、殿……?」

こちらの姿を居た優花里が、みるみる青ざめていく。
無理もない。
彼女には、背嚢に潜んでいることも言っていなかった。
彼女からすれば、今の状況は何が何やらだろう。

「…………」

ホシノが言葉を詰まらせている。
もしかすると、自分のせいだと思っているのかもしれない。

「……ありがとう……」

しかしそれは間違いだ。
典子は、紛れもなく自分の意思でここに居る。
ナイフで背嚢に穴を開け、外の様子を窺っていた自分を気遣い、ホシノは常に背嚢をかばって行動していた。
倒れたときだって、自分を押しつぶさぬように、側面から倒れてくれていた。
感謝こそすれ、恨み言など言うはずがない。

「私の……想いは……空虚な妄想なんかじゃなかった……」

もしも二人がいなければ、自分は自分が掲げた理想が誤っていたのではないかと悲しみにくれながら殺されていたかもしれない。
そう思うと、今のなんて幸せなことか。
こうして想いを共有する仲間がいて、実際に暴走してしまった相手を命を奪わず止められた。
これ以上、一体何を望めというのか。バレー部復活か。それはまた別枠というか殿堂入りのようなものだ。
とにかく。

「ああ、でも……少し、疲れたな……」

幸せだった。
満足感に包まれている。
そして、同時に、虚脱感にも。

「ごめん……病院、遅れるかも……」

この感覚は覚えがある。
故障を押して戦った、あの日のバレーボールの試合だ。
試合中は根性とテンションで痛みを振り切り戦って、勝利を掴んだあとは、満足感から一気に疲労感が襲ってきた。
あの時のソレに、非常に似た感覚だ。

「……少し、寝たいな……」

二人の表情を見なくても、きっと自分はもう起きれないであろうことは理解できた。
怪我の痛みを忘れられるのは一試合だけ。
試合が終わればリバウンドはやってくるし、次の試合までその勢いは保てない。
これは経験則だ、間違いあるまい。

(ごめんね、皆……帰れそうにないや……)

霞む視界が、ゆっくりと閉じる。
閉じる前で映っていた優花里とホシノの顔が、瞼を下ろした瞬間に、いつも一緒だった後輩三人へと変わる。

(本当は、一人ずつ、コメントとか、述べたいんだけどさ……)

でも、ごめん、多分、もう、そんな余裕もない。
だから、まとめて言っちゃうね。ごめん、そして、ありがとう。

天国が、どんなところか分からないけど。
もしかしたら、地獄かもしれないけれど。
兎に角あの世で、またバレーボールが出来るように、コートを整備しておくから。
いつの日かまた、あの世でバレーボールをしよう。皆一緒に、あの日のように。

お花畑か針山なのか分からないけど、コートの整備、時間かかるだろうから、すぐに来なくても大丈夫だよ。
ゆっくりと現世を楽しんで、それから来なよ。
そしたら、私が知らずに死んだ、最新戦術を教えてよね。
代わりに、整えたバレーコートと、あの世で作ったバレー部チームで出迎えてあげるからさ。

だから、それまで、みんなは、私の分も沢山いきて、バレーボールも戦車道も、私の代わりに楽しんで。

(……ああ……)

意識が急速に遠のく。
それでも不思議と、怖くはなかった。

(バレー、また、したいな……)

いつだって挑戦者の側で、いつだって本当は怖くて、でも根性という魔法の剣を片手に幾つもの困難を乗り越えた。
その背中を誰が笑おうと、己の選んだ道を、常に全力で駆け抜けた。
この無慈悲な戦場においても、彼女は、己の定めた道を駆け抜けたのだ。

無情の雨が飲み込もうとしてきても、現実の風が突き刺すように吹いてきても、それでも歩みを止めずに。
走って、走って、どこまでも根性で走って――そして、彼女の歩みはついに止まった。

けれどもそれは、道半ばで倒れたわけではないのだ。
彼女は、ゴールしたのだろう。
己の定めた、彼女だけの“戦車道”の、ゴールテープを切ったのだ。
まだ道半ばの、仲間にバトンを託してから。


646 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:21:13 DEBU02ME0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






「くそっ……!」

最初に口を開いたのは、ホシノの方だった。
典子の呼吸が止まって、十数分後のことである。

人工呼吸は、意味がなかった。
心臓マッサージは、衝撃で腸が飛び出してしまい断念した。

磯辺典子は命を落とした。

彼女は、自分達を守るために、無茶をして命を落とした。
その事実を、受け入れざるを得ない。

「どうして……」

どうして。
この殲滅戦開始以降、何度も繰り返した言葉だ。
答えなんて出ないことは分かっているのに、それでも壊れたテープレコーダーのように、何度も繰り返してしまう。

「…………」

たっぷり数分は自責しただろう。
何も言わず呆然とした秋山優花里も、きっとそうだったのだと思う。

直視しているのも辛くて、思わず典子の体から目を背けた。
そして、代わりに、横たわるクラーラの体が目に入る。

「…………ッ」

ホシノは何も言わない。優花里も口を開かない。
それでも二人の間には、共通した想いがあった。
何も言わずとも、その悩みは共有されており、そして相手も同じことを思っているであろうと謎の確信を持てた。

――クラーラを、どうするか。

典子は、自分の命を捨ててでも、殺し合いを止めようとした。
テーザー銃に拘っていた所を見るに、きっと、助ける対象にクラーラも含まれているだろう。
典子には助けられた恩義もあるし、彼女の意思を尊重したい。
それに、自分だって、こんなことはしたくなかったし、命に優劣をつけるなんて最低だと思っていたはずだ。

なのに――心のどこかで、それでいいのかと思ってしまう自分がいる。
相手は友釣りなんてする凶悪な人物であり、そして多大な戦闘力を有している。
仕留めるなら――命を奪うなら、今が千載一遇のチャンス。
下手をすると、もう、こんな機会などないかもしれない。

最低だ、と我ながら思う。
でも、先程までのように強く自分を否定することが出来ない。
きっと、典子を殺された怒りと、レースをするうえで大事な右腕を壊されてしまったことに対しする恨みのせいだ。
我ながら吐き気がする。

だが――もう、どうすればよいのかなんて分からなかった。


647 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:23:23 DEBU02ME0

負の感情に引きずられぬよう、正しくあろうと頑張った。
しかし、結局は駄目だった。
綺麗事なんて通用しない、これが現実と言ってくれれば、いっそのこと楽だったのに。

典子が、典子の貫いた道が、綺麗事でも通じることを証明してしまった。
それも、完全なハッピーエンドではなく、自身の命と引き換えという、手放しで同じ道を歩めない結末をもって。

もういっそ、自分より冷静で的確な判断ができる優花里に、処遇を一任してしまいたかった。
だがきっと、優花里も同じようなことを思っているだろう。

だから二人共切り出せない。
嫌な人間になりたくない。でも死にたくない。大切な人を殺されたくない。

どうすればいいのか、結論が出ない。
けれども、いつまでもこうしてはいられない。
この問題には時間制限がある。
それも、クラーラが目覚めるまでという、目に見えないタイムリミットが。

真っ暗闇が道を覆う。
典子の光は、眩しすぎた。
折角照らしてくれた道を、正しく見ることが出来なかった。

典子の振るった闇を切り裂く魔法のナイフ。
その『根性』という魔法のナイフは、ホシノに振るうことは出来ない。
彼女は彼女の、闇を切り裂く魔法を会得しないといけない。

未来は見えない。何も見えない。
真っ暗で、眩しすぎて。善くありたくて、いっそ楽になりたくて。

答えは、まだ、出てこない。


648 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:26:54 DEBU02ME0

【磯辺典子 死亡】


【C-3・塀のある民家/一日目・】

【クラーラ@フリー】
[状態]気絶
[装備]プラウダ高校の制服
[道具]基本支給品一式、ドラグノフ狙撃銃(3/10)、カラテル、折り畳みシャベル、マキシムM1884の布製弾薬帯(250/250)
[思考・状況]
基本行動方針:カチューシャを優勝させるために戦う
1:不明。気絶中。
2:できればプラウダの仲間は守りたい。しかしもしもの場合には、カチューシャの命が最優先
3:なんだあいつこっわ……引くわ…… ← と、ロシア語で思っている
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました
※拡声器はC-3高校の校門前に放置されています。基本支給品一式、 不明支給品(ナイフ、マキシムM1884)はクラーラが回収しました
※乗り捨てジャンプされたマキシムM1884(台車付き)が残弾0で国道51号線付近に放置されています


【秋山優花里@フリー】
[状態]健康、焦燥 頭部から出血
[装備]軍服 迷彩服 TaserM-18銃(3/5回 予備電力無し)
[道具]基本支給品一式 迷彩服(穴が空いている) 不明支給品(ナイフ)
[思考・状況]
基本行動方針:誰も犠牲を出したくないです。でも、襲われたら戦うしかないですよね
1:クラーラ殿をどうするか決めなくては……
2:西住殿と会いたいのであります……


【ホシノ@フリー】
[状態]健康、心に大きな迷い、それ以上の焦燥 右上腕部に大きな刺し傷
[装備]ツナギ姿 S&W ヴォルカニック連発銃(装弾数8/8) 予備ロケットボール弾薬×8
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ)、RQ-11 レイヴン管制用ノートパソコン
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:クラーラさんを、どうしよう……
2:殺し合いには乗りたくない。けれど最悪の状況下で、命を奪わずにいられるだろうか?
3:レオポンさんチームの仲間にはいてほしくない。彼女らの存在を言い訳に、誰かを殺すことはしたくない
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました


649 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:27:45 DEBU02ME0

[装備説明]
・S&W ヴォルカニック連発銃(ピストルモデル)
 381mm・1134g・.31RocketBall・装弾8発
 弾丸自体に発射薬を仕込んだ『ロケットボール弾』を使用するレバーアクション式の銃。
 初期のスミス・アンド・ウエッソン社が最初に手がけた拳銃で、『ヴォルカニックピストル』と呼ばれることも多い。
 金属薬莢が普及していなかった1854年において、連射が出来る貴重な銃の一つではあったが、
 ロケットボールが弾倉内で連鎖暴発することも多く、商業的には失敗に終わっている。
 しかしレバーアクション機構は、ヘンリー銃やウィンチェスターライフルの原型となる等、後の銃に大きな影響も与えた。
 後にライフルタイプのモデル2が誕生するが、支給されたのはピストルタイプのモデル1である。


・マキシムM1884(台車付き)
 1100mm・30000g・.11.43mm口径・装弾250発(布製弾薬帯) ※台車のスペック抜き
 通称・マキシム機関銃。発射速度は600発/分であり、1秒間に10発吐き出す速さである。たまんねェなァ、おい!
 発射時の反動を利用して連射する世界初の『反動利用方式の機関銃』であり、植民地戦争から第一次世界大戦まで猛威を奮った機関銃。
 威力は絶大な反面、初期型というのもあって扱いが非常に難しく、銃弾があっという間になくなるのに加え、試作機ゆえに冷却装置がない等の問題がある。
 本来は数人がかりで運用するものであるが、そもそも支給された弾薬が少ないため、短期的な運用ならば頑張れば一人でも出来ないこともない。
 アホほど重たいため台車がついているが、当然台車も相応の重さがあるため、下り坂では快適だが上り坂では地獄を見ることが出来る。
 

・カラテル
 ロシア軍の特殊部隊で使われるとされているナイフ。
 『斬る』『突く』双方に用いれる特殊なブレードラインをしており、多様な使い方が可能。
 斬るために幅広となっており、またブレードの6割は両刃であるため、怪我をしないよう取扱には注意がいる。
 ブレードバックに窪みがあり、指かけとして使える他、相手の手首を引っ掛ける等、様々な応用も効く、まさにおそロシアな逸品。


650 : ◆wKs3a28q6Q :2016/12/24(土) 18:28:14 DEBU02ME0
トラブルがあって投下が遅れてしまいましたが投下を終了します
感想は後日


651 : ◆wKs3a28q6Q :2016/12/24(土) 18:28:43 DEBU02ME0
色々やったので、なにか問題があれば言ってもらえればと思います


652 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:43:47 NUUaBr1.0
カットイン…


653 : 名無しさん :2016/12/24(土) 18:44:03 NUUaBr1.0
すみません誤爆しました


654 : 名無しさん :2016/12/29(木) 08:31:33 xelTQV/E0
>>596


655 : ◆GTQfDOtfTI :2017/01/23(月) 13:53:01 BoQupvGM0
アンチョビ、角谷杏、澤梓、カチューシャ、福田を予約します。


656 : ◆wKs3a28q6Q :2017/01/25(水) 04:24:44 tuXaEa7I0
タイトルを付け忘れてました。
タイトルは【THE HIGH-KNOWS】でお願い致します。

そして遅ればせながら感想を

>ノブレス・オブリージュの先に
ダージリン様掘り下げ回
鎧を剥がれ普通の少女の側面を見せながらも、他校の面々を想い、またダー様は立ち上がるんだ……
他校の隊長への想いが綴られていて、現実の彼女達の今と比較して胸が痛くなりますね
果たして、ダー様は想った相手と再会することは出来るのか……1番近いのは1番よく分からないミカっぽいけど、はたして

>白い箱庭、赤いドレス
普通で、当たり前のように周囲に人がいたからこそ、誰より孤独に弱い沙織
まさに一般人ロワという感じで素晴らしいですね
華さんも親友に会って迂闊さを晒してしまったし、マーダー三人抱えた病院はどうなるのやら

>エスパー伊東
引退報道があったものの、芸を副業にするだけみたいですね
頑張れば人はバッグに入れると教えてくれた偉大なる人物としてこれからも頑張ってください


657 : ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 00:53:29 F1KvsMWc0
期限は過ぎていますが投下します。
澤梓のみ外しての投下になりますが、ご了承下さい。


658 : ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 00:55:14 F1KvsMWc0
 真っ直ぐに誠を貫き、信を重んじることはいつだって光輝く意志の結晶である。
夢を抱き、願いを尊び、明日を乞う。涙を光へと変えよう。
世界はきっとほんの少しだけ優しい。誰かの為に、正しさの為に行動できる人間は確かにいるのだ。
この殺し合いに巻き込まれるまでは、その泡沫の言葉を信じれた。
手を取り合い、皆で一緒に戦えるんだ、と。

「………………うそ、で、あります」

 そして、これがその結果だ。まだ間に合うと手を伸ばしたら、何も掴めない。
優しさを信じた末路。自分という存在を曲げなかった一つの結果だ。
西絹代は物言わぬ骸と成り果てて此処にいる。命を散らした無様な敗北者。それだけが、残ったものだ。
想いで護れたものは確かにある。しかし、護れずに壊れてしまうものもまた、あるのだ。

「うそ、うそで、うそ、あり」

 奮起するか。それとも、絶望に膝を屈するか。
当然、死者が成した意味を受け入れるかは生者次第だ。
知波単学園で後輩であった福田の口から吐き出される言葉は断続的な否定であった。
西絹代の救出に向かった四人を待っていたのは行き止まりの絶望だった。
快活な笑顔はどこか物悲しげではあるが、勇壮に戦った跡が滲み出ている。
彼女もまた、戦うことを選び、貫いた者であった。

「…………嘘じゃないわ」

 もう、認めるしかなかった。背負うしかなかった。
西絹代は殺し合いを肯定した誰かに殺された。
彼女が貫いた生き様を見届けることすらできずに、別れを告げなければならない。
彼女の骸を踏み越えて、進まなくてはならない事実が重くのしかかる。  

「死んだのよ、命は一個だけ。死者は蘇らない」
「そーだねぇ。覚悟はしていたけど、直面したらこいつは堪える。そんで、もう一つ理解しなくちゃいけないことが増えた」

 淡々と。カチューシャと角谷杏は内面に渦巻く恐怖を抑え込みつつ言葉を紡ぐ。
彼女達とて、目の前の光景に何も感じていない訳ではない。
恐怖と悲嘆を表の態度に出してしまっては呑まれてしまう。
這いよる絶望が四肢へと巻き付き、動きが鈍くなる。絶望とはそういう類いのものだ。
少しでも付け入る隙を与えてしまったら骨の髄まで染み込んでしまう。


659 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 00:58:34 F1KvsMWc0
    
「戦わなくちゃ、生き残れない」

 それに抗う為の決意を。戦うことへの覚悟を。
平和な世界で生きてきた少女達には辛すぎるモノを、持たなければならない。

「開始から数時間でこれなんだ、苦労するねぇ、全く。仲間を集めるにも一苦労になりそうだ」
「中には後ろから刺し殺す愚鈍な人間もいるでしょうし。そんなことをしたら、シベリア送りじゃ済まないんだから」

 銃で撃てば、人は死ぬ。そんな、簡単な現実が今は重い。

「……ちょび」
「わから、ないよ」

 そして、一人。その重さに耐えきれず押し潰されそうな少女は、蒼白な顔色で微かに声を上げた。

「わかりたくない……! ここまでする理由はなんだ!? 
 私達はこんなことを強いられる程、悪いことをしたのか!? どうして!!! 殺し合わなくちゃいけないんだよ!!
 どうして…………っ!!!こんなにも簡単に受け入れられるんだよ!?」 

 アンチョビとして、安斎千代美として。不合理が蔓延る世界はおかしい、と。
叫び、嘆き、呻く。嗚呼、本物の戦争とはここまで人を追い詰めるものなのか。
越えてはいけない境界線など、とっくになくなっている。

「私達は昨日まで普通のじょしこーこーせーだったんだそ、人を殺すなんて、すぐにできるはず、ないだろ……っ」
 
 本当は心のどこかでは気づいていた。自分達はもう詰んでいることも。
生き残って、この地から脱出して。元通り、切磋琢磨の戦車ライフなんてありやしない。
本物の戦いを味わってしまった以上、心には歪みが生じるだろう。
少なくとも、アンチョビは帰れたとしても、普段と同じように戦車に乗れるとは到底思えない。
無くしてしまったもの、置いてきてしまったもの、諦めてしまったもの。過去は拭えぬまま底に降り積もっていく。
いつまでも、どこまでも、この命を終える瞬間までバトル・ロワイアルは追い縋るだろう。
理想が、何の役に立つ? その希望の礎にどれだけ死ねば煌々と輝くのか。
全員で脱出するなんて、できもしないことを望んだのは、はたして罪であったのか。
叶いもしない願い事を後生大事に持つ愚か者はいつになったら理解できるのだろう。
決まっている、満足するまでさ、と。
所詮、理想は儚き紙風船。ぷすりと暴力の針を刺せば呆気なく散るのだ。


660 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 00:59:39 F1KvsMWc0
     
……死ねよ役立たず、と怨嗟の声が轟く、響く。

 浮かんだ表情には翳りあり、解決方法は未だ見つからず。
首に嵌められた枷に殺しにかかってくる参加者への対処。
問題はアンツィオの宴会で出される料理並みにある。

――改めて、問う。

《正しさとは、何だ? このろくでもない世界で、成せることなどあるものなのか》

 その答えにアンチョビはわからない、と答えた。落第と評価されるだろうが、これはアンチョビの素直な気持ちである。
できる限りの大多数、救えるものなら救えるだけ。
皆一緒に日常へと帰りたいと目的を定めた当初の決意は今となってはアンチョビを蝕む痛みとなって表面に表れていた。
間違いではないと信じたい。
この痛みは正しさの代償だ。正しいことは痛いから。
履行し続けるにはいささか難題であり、アンチョビの良心をいつかは粉々にしてしまうだろう。
彼女は優しすぎた。このバトルロワイアルを認められない常識を持ち合わせてしまった。
故に、適合ができない。死体を見てもなお、嫌だと叫べるのだ。
何故、自分の周りには不条理が満ちているのだろう。
嘆き、問いかけても、それに答えてくれる者は誰もいないというのに。
だからこそ、全ての事柄を自分で決めるしかない。生きる為に、始める為に、終わる為に。目の前の少女も、そう決めたのだろう。知波単学園の福田も。
目に宿った赫怒の焔が、目に映る。
事態が、動く。アンチョビを置き去りにして、大義名分という名の下に復讐譚が幕を上げる。







 こうなることは最初から決まっていたのかもしれない。
掌に握られる銃は未来の重みだ。銃口を相手へと向ける、引き金を引く。
それだけの動作で、人を殺すことができる。
あっけなく、人間は死んでしまう。
尊敬している隊長――西絹代も例外ではない。
視界を下ろすと、そこには夢の残骸が崩れ落ちている。
亡霊のごとく生気が失せた顔を見た瞬間、漏れそうになった嗚咽を懸命にこらえる。
そんな我慢、簡単に決壊してしまうというのに。
眼前の光景を偽りだと塗り固めようと、嘘だ、と。間違いだ、と。
脳内で溢れ出た絶望を押し留める為の言い訳を並べ続けた。
己の罪深さと隊長への哀れみが激痛となって胸を抉る。
西絹代が死んだ時点で、福田が求めた日常はどう足掻いても返ってこない。
最大多数の生存? その中に西絹代が含まれていない時点で、もう気力は欠片も湧いてこない。
あの笑顔を、あの言葉を。彼女と一緒に戦車に乗れないという現実は容赦なく、福田を打ち砕いた。


661 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 01:00:01 F1KvsMWc0
     
――正義はいったい何処にある? 生きる理由はこの胸に響いているか? 

 問いかける相手はもうない。頼るべき隊長は死んでしまった。
ここから先は、福田が自分で考えなくてはいけないのだ。
何をするか。否、何がしたいか。他の誰でもない自分が本当にしたいことを選び取る。
いつのまにかに、しっとりといった表現が出るまでに発汗していた手が乾いていた。
それは彼女の内に広がる風景のように。
かつては瑞々しい理想が生い茂っていた森は冷たい現実が蔓延る荒野に成り変わった。
其処ではシンプルに、単純明快な論理だけが残る。

 やられたら、どうする? 大切な人を奪われて、何もせずにいられるか?

 誰に問う訳でもないが、答えは多種多様にある。
まだ、福田は選ぶことができる立場にいる。
選び取ってしまう恐怖が、体に染み付いているのだ。
心はとっくに決まっているというのに。やらなくてはいけないと思いながらも、躊躇がある。
再び、考える。声は聞こえない。周りの気遣う声やら、展望を考える声やらは蚊帳の外。

 西絹代を殺した誰かを、福田は許せるのか。

 知波単学園の日常を壊した見知らぬ誰か。
どんな理由があったにしろ、福田の世界を大きく削り取った少女に銃口を向けないでいられるのか。
何も考えずとも、答えは明白だった。
湧き出る赫怒の焔が、許せないと証明してくれる。
自分にとって代え難い隊長を殺した人間がのうのうと日常へと戻る可能性を考えただけでも、怒りで頭がおかしくなりそうだ。

 恐怖はある、されど覚悟はできた。

 未だ震える指は果たして本懐を遂げれるのか。
そんな先の未来はわからないけれど、この道を征くと確かに決めた。
諦めも、甘えも、踏破してみせる。目尻に浮かんでいた涙は振り払い、動き出そう。
決めたのは復讐。置いていくのは、抱けるはずだった理想、導いてくれるかもしれなかった王の如き少女。


662 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 01:00:33 F1KvsMWc0
    
「……ごめんなさい」

 謝る必要なんてない。
これから自分勝手に動く福田にそんな甘えは許されない。
誰に憎まれようとも。誰に悲しまれようとも。
生まれた怒りを収めるべく復讐の道を進むと決めたのだろう。
ぶら下げたカービンを手に持ち、少女は選択肢を確かにする。
その悲壮な様子に他の三人も気づいたのだろう、表情を顰めて言葉を失う。

「予め、言っておくのであります。止まるつもりはありません」
「…………私は言ったはずよ。カチューシャの目が届く所で、勝手なことはさせないって」

 こうなることは最初から予定調和として定められていたのかもしれない。
カチューシャがどれだけ優れた素質を持ち合わせていようと、福田にとっての隊長は西絹代ただ一人である。
その彼女が死んだ今、福田が現状のままでいる方がおかしいのだ。

「それなら、力づくでも通ります」
「三対一なのに?」
「はい。カチューシャ殿が望まぬことを自分はする以上、もはや道は別たれました」

 彼女達は自分とは違い、理性で情を抑えられる人間だ。
一時の荒れがこれからの道程を左右するなんて愚は犯さない。

「こうすることでしか、開けない道であります。自分は、西隊長を殺した誰かを許せない」

 それは彼女達との決定的な断絶だ。
例え、この殺し合いからの脱出方法を知っていたとしても。
やむを得ず西絹代を殺したといった理由があろうとも。
もしも、彼女達の大切な仲間が標的であっても。
どんな事情を抱えていようが、関係なかった。
西絹代を殺した人間を、福田は絶対に許さない。
言い訳も、懺悔も必要ない。殺してやる、必ずだ。


663 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 01:00:50 F1KvsMWc0
     
「――――殺します。この《戦争》は知波単学園が始末をつけるものであります」

 さあ、夢を終わらせた人への逆襲を。
個人的な私怨を果たしにいこう。

「カチューシャ殿は無関係。故に、此処から先は自分一人で征きます」
「そう……それをこの私が許すと思って?」
「思いませんとも。短い間でしたが、貴方と語らい、わかったことでもあります。
 なので、そう、なので……押し通るまでです」

 どう在っても、福田は抱いた焔を捨てやしないだろう。
譲れない、違えない、と安寧から飛び出す程に。
カチューシャの庇護下で戦うよりも生存率が低いであろう絶望に、福田はこれから飛び込んでいく。
選び取れと突き出された選択は確かに受け取った。
次は、彼女達。当然、カチューシャはその選択に否定を打ち付ける。
一度取り込むと決めた部下を黙って死地へと向かわせるなんて願い下げだ。
このまま福田を行かせたら間違いなく、彼女は死ぬ。
三時のおやつを賭けたっていいぐらいに確信がある。
ふざけるなよ、そんな自殺行為は認めない。
カチューシャは福田を引き留めるべく、脳内で理論を構築しようとする最中――場に一石が投じられる。



「別にいいんじゃない、行かせても」




 くるり、と場が動転する。







 これまためんどくさいことになった。角谷杏は現状の危うさに俯瞰的な視点から思考する。
敵襲がないのにバラバラのこの四人組、どうまとめるべきか。
全員が全員、我が強いのでまとめるにも一苦労だ。

(まあ、まとめるなら、だけど)

 もっとも、杏としてはこのグループに愛着なんてない。
瓦解するならしてしまえばいい。復讐、統率ご勝手に。
自分の目的に適さぬようなら使い捨ててしまえばいい。何なら、ここでこのまま解散でもいいぐらいだ。
彼女達は身内ではない。勝手に死んでくれるなら、それはそれで大助かりだ。
協定を結ぶとはいったが、今の彼女達と組んでメリットはない。
我が強いカチューシャ一人を抱え込んでも、統率するには一苦労である。


664 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 01:01:23 F1KvsMWc0
       
「いいじゃん、復讐。動く理由としてはお誂え向きだと思うけど?」

 回せ。果てなく頭を回せ。
この場を掌握し、自分の思うがままに捻じ曲げろ。
削ぎ落とせる部分があるならとことん削って、自分達の優勢を決定づける。

「引き留めるなんて無理でしょ。ねー、福田ちゃん」
「は、はい」

 思いもよらぬ所ならの援護に福田も少し驚きを見せるが、すぐに表情を戻し、肯定の意を再び示す。
まさか、カチューシャも杏が福田の側に立つとは思っていなかったのか、言葉に詰まる。

「……どういうことかしら」
「どーもこーもないっしょ。理だけで人は動かんよってやつ? たぶん、彼女はもう止まんないよ。
 だったらさぁ、背中を押して後腐れなくお別れ〜ってのがいいっしょ」

 こんな極限状況なのだ、全員が理を重んじて行動できるはずもなく、ある程度は予想外も含めて行動しなくてはならない。
杏は情で動く愚か者の一手を含めて、思考する。ありとあらゆる不測の事態を含めて、戦況を読み切るのだ。
悪手と呼ばれるものであっても、時間が経てば妙手となりえるかもしれない。
戦場の奥深くまで切り込み、強く成り得る将棋の駒の如く。あえて、ここは情動を是として動く。

(まあ、カチューシャに釘を刺しとくって意味でも悪くはない。この場でイニシアチブを取ろうと策謀を練っていたんだろーけど、ごめんねぇ。
 ここは一つ――――踏み台になってもらうよん)

 角谷杏は身の振り方を見極めつつ、策謀を練り続けていた。
さあ、誰を拾って誰を捨てるか。
言い方を変えるならば、“どいつを死地へと送って見捨てる”か。
正直言って、この中で拾い上げるならば、アンチョビだけだ。
それ以外は強い繋がりもなく、死んでもご愁傷様と一言吐き捨てるような仲である。


665 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 01:01:41 F1KvsMWc0
      
《カチューシャという人間は強すぎる》

 彼女の振る舞いを間近で見て、杏は確かに感じたのだ。
カチューシャは絶対に我を曲げない。
心の中に毅然とした信念を持っている王である、と。
嗚呼、それは平常時――このような事態でなければ頼もしい限りだ。
大学選抜チームとの戦いではノンナが敗れて尚、立ち上がれた強さ、実に素晴らしいものだと思う。
しかし、この場面ではその強さが重りとなる。
折れない信念とは、逆に言えばそれ以外の道を取れないということだ。
例えば、使えぬ誰かを見捨てたり。もう余命幾許もない末期の参加者を助けようとしたり。
彼女は頂点にて立てる王であるが故に。

――何も切り捨てずに前へ進むという覚悟がある。

 それは奇しくも、横にいるアンチョビと同じものだ。
綺麗で優しくて、気高い理想と称せられる意志はきっと、誰かを救うことができるだろう。
しかし、杏にとっては特段に誰かを救いたいという気高い理想は必要ない。
極論を言ってしまえば、自分の高校だけが無事ならそれでいい。
身内と他の区別をしっかりと付けているのだ。あれもこれもと欲張ることで、身内が死んでしまうならば話にならない。
早い話、彼女はシビアな現実を見て妥協を見つけている。
その妥協への道程で、邪魔になるファクターは排除するつもりだ。
カチューシャは放置していたらその内に、強大な集団を築き、理想の旗の下に、進軍を開始するだろう。
彼女は英雄だから。王として、上に立つものとして、必要なものを兼ね備えているから。
出来る限り、力は削いでおいた方がいい。

(味方にしておいた方がいい、協定を結ぶべきだ。まあ、改めて考えるなら、だ。理性的に考えるとそっちだし、本来なら福田ちゃんを止めるべきなんだけど)

 本来なら助け舟を出してやるべき相手はカチューシャである。
ここで恩を売っておけば後先にもアドバンテージを得れるはずなのに、どうも色々と考え出すのはカチューシャの不利益になることばかりだ。
内面の隅々まで染み付いている嫌悪感は表にこそ出さないものの色濃く、隙あらば蹴落とすことばかり。
はて、ここまで彼女に対して嫌悪を抱くのは何故だろうかと数秒考える事暫く。
答えは意外なまでに安々と湧き出てきた。


666 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 01:02:04 F1KvsMWc0
    
(成程、私はちょびをコケにされてムカついてるのか)

 理由は単純かつ一面的なもの。
《友達》を、《チームメイト》を馬鹿にされて黙ってへらへらと下手に出ていられる程、自分は人間ができていなかったというだけだ。
そもそもの話だ。お前にアンチョビの優しさがわかるのか。殆ど面識もない癖に好き勝手に虐めてくれて、杏も割と怒っているのだ。
思い返すと沸々と怒りが再燃してくるが、それを表面には出しはしない。

(ま、腐れ縁……だからねぇ)

 もっとも、大洗のメンツが一番大切であることに今も変わりはない。
とはいえ、アンチョビが全く大切ではないと言えば嘘になる。
まだ、手元に置いておける限りは彼女を助けるつもりではあるし、大洗のことを抜きにしたら信頼も信用もできる存在なのだ。
口にこそはっきりと出さないが、角谷杏にとって安斎千代美は友人だから。
そんな友人をボロボロにしたんだ、いい気持ちをするはずがないだろう。

(お生憎様、好きでもない奴が困ってるのを助ける程、お人好しじゃないんだよ、私)

 もしも、向こうがこのまま何の障害もなければ、協定なり味方なりこちらが引くという選択も取ったかもしれないが、結果は見ての通り。
勝手に空中分解してくれるなら言うことはない。そのまま惨めに地へと這い蹲って堕ちていけ。
俯瞰した観点なんてクソ食らえである。危害を加えるとまではいかないが、カチューシャを助けるつもりは欠片もない。

(まあ、このまま放置していたら向こうは勝手に崩壊。
 人数という優劣がこっちに傾いた以上、やり用はいくらでもある)

 いつもの飄々とした笑顔を顔に貼り付けて、杏はへらへらと言葉を並べ立てる。
到底それは正義とはいえず、アンチョビからは非難を受けることであろう。
知っている、知っていたよ、そんなことは。
全員が笑って迎えるハッピーエンドがどれだけ尊いことか。それを目指すにはどれだけの苦難を打ち砕かなくてはならないのか。
理解しているからこそ、角谷杏は諦めたのだ。
全員を救い上げる力なんて、ない。英雄譚の中で勇猛に活躍する傑物はこの世界にはいない。
誰もが等しく無力な少女であることを、賢い頭は受け入れてしまったから。


667 : ヴェンデッタ ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 01:02:27 F1KvsMWc0
     
(こういうあくどいことは幾らでも思いつく。全く、つくづく私は小悪党だ。
 けれど、私はこんなやり方しか知らないから。騙くらかして、万人が拍手喝采してくれるような冴えた考えなんて到底思いつかないから)

 眼前で分かたれていく少女を、杏は我欲の為に見捨てる。
感情論が先走っているというのに、それを止めることをしないなど到底上に立つ立場としては失格だろう。
とはいえ、友を侮辱されて黙っているなんてそれこそ、面白くない。

(まあ、そういう訳だ。ちびっこ隊長、お前は此処をどう切り抜ける?
 頭を垂れようが、私の嫌悪感は変わらない。ちょびを散々に切り捨てたんだ、同じことをされても文句は言えないよ?)

 どちらにせよ、この程度の苦難を乗り越えられないような王は、必要ない。
どれだけ賢しかろうと、愚か者の予期せぬ行動がわからぬようでは、孤独になっていくだけなのだから。



【E-04/一日目・昼】

【☆カチューシャ @カチューシャ義勇軍】
[状態]頬の痛み(小)
[装備]タンクジャケット APS (装弾数20/20:予備弾倉×3) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:最大多数での生存を図るわよ!
1:……どうしたらいいの。
2:協定の話も聞くだけ聞いてあげる! それで、どういう条件を取り付けたいわけ?
3:プラウダ生徒・みほ・ダージリンあたりと合流したいわ!
4:カチューシャの居ないところで勝手なことはさせない!
5:全部のチームをカチューシャの傘下にしてやるんだから!
[備考]
チーム杏ちょびとの間に、協定を結ぶための交渉を行っています。内容は後続の書き手さんにお任せします

【福田 @カチューシャ義勇軍】
[状態]かなり怒ってる
[装備]タンクジャケット M2カービン(装弾数:19/30発 予備弾倉3)不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:仇討ち。
1:隊長の仇討ち。

【☆角谷杏 @チーム杏ちょび】
[状態]結構本気で怒ってるけど、冷静
[装備]タンクジャケット コルトM1917(ハーフムーンクリップ使用での装弾6:予備弾18) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 干し芋(私物として持ち込んだもの、何袋か残ってる) 人事権
[思考・状況]
基本行動方針:少しでも多く、少しでも自分の中で優先度の高い人間を生き残らせる
1:西達を助けに行く。道中でカチューシャを味方に抱き込む……はずだったんだけど、ねぇ。私の友達を馬鹿にするのはいただけないなぁ。
2:アンチョビと共に行動し、脱出のために自分に出来ることをする。可能なら大洗の生徒を三人目に入れたい
3:その過程で、優先度の高い人物のためならば、アンチョビを犠牲にすることも視野に入れる(無意識下では避けたいと思っている)
4:カチューシャとは同じチームにはなりたくないが、敵には回したくない。勝手に自滅してくれるなら、いいんだけどさ。
5:放送まではなるべく二人組を維持したい
[備考]
カチューシャ義勇軍との間に、協定を結ぶための交渉を行っています。内容は後続の書き手さんにお任せします

【アンチョビ @チーム杏ちょび】
[状態]大きな不安と劣等感+西の死による動揺
[装備]タンクジャケット+マント ベレッタM950(装弾数:9/9発:予備弾10) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 髑髏マークの付いた空瓶
[思考・状況]
基本行動方針:皆で帰って笑ってパスタを食べるぞ
1:どうして、殺し合いは止まらないのだろうか。
2:誰も死んでほしくなんてない、何とかみんなで脱出がしたい
3:例え手を汚していたとしても、説得して一緒に手を取り脱出したい(特にアンツィオの面々)
4:杏の考え方は少し怖いが、通じ合える部分はあるはず。共に戦っていけると信じたい
5:カチューシャと共に戦うというのならそれでもいい。それでもいいのだが……
6:……どうするのが正しいんだ? 私に仲間の想いを、受け止めることはできるのか?


668 : ◆GTQfDOtfTI :2017/02/16(木) 01:03:10 F1KvsMWc0
投下終了です。


669 : ◆RlSrUg30Iw :2017/02/16(木) 01:48:50 AwoEeq3c0
自己リレーになりますが
西住みほ、逸見エリカ、ケイ、ノンナ、武部沙織、五十鈴華、カチューシャ、福田、アンチョビ、角谷杏を予約します


670 : ◆dGkispvjN2 :2017/02/16(木) 12:45:33 ND3/G/IY0
ペパロニ、ダージリンで予約します。


671 : ◆nNEadYAXPg :2017/02/16(木) 18:16:38 j30pl2gM0
自己リレーとなりますが、 アッサム オレンジペコ アリサ 丸山紗希 ローズヒップ で予約します


672 : ◆nNEadYAXPg :2017/03/04(土) 23:47:32 hmcbdi.Q0
>>671
期限をとうに過ぎておりますが、予約を破棄させていただきます
申し訳ありません


673 : 名無しさん :2017/03/20(月) 02:42:45 H2vzpuho0
予約してませんが投下します。眠たいので感想は後日。


674 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 02:45:26 H2vzpuho0

その少女は、まさに兎のような女の子だった。

ちょっと臆病で、寂しがり屋。
でも少女は、少しだけ責任感が強く、怖い気持ちを乗り越えてきた。
兎と一緒で実はちょっぴり我が強い個性豊かな仲間達を纏め上げ、大好きなご主人様の背中を追ってぴょんぴょん跳び跳ねてきた。
甘えん坊で、でも賢くて、これまで何だかんだで順調に来た可愛い兎ちゃん。

でも――それも、ここまでだった。
ぴょんぴょん跳び跳ねて高く見せても、所詮はただの背伸びに過ぎない。
一度足場が崩れてしまえば、一度跳び跳ねる理由を失えば、一度足に怪我を負えば――彼女はもう、跳べなくなる。

そして少女は、大きな壁にぶつかった。
寂しいと死んでしまう兎は、壊したいけど決して壊れぬ現実という壁に行く手を阻まれる。
なんとか飛び越せないか試行錯誤して、跳ぼうと踏ん張って、それでももう、跳び跳ねることは出来なくて。
そして、彼女に、ぴょんぴょん跳ばずにそれを飛び越える地力なんてなくて。

彼女は、脱兎の如く、逃げ出した。
壁からも。
そして、己からも。


675 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 02:49:29 H2vzpuho0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






初めてM3が被弾した時に、自分が何を思ったか。
記憶にはあるが、言葉にするのが難しい。
強いて挙げるなら、ビックリマークとハテナマークが並んでぷかぷか浮かんでいた。

慣れていなかったというのはある。予想していたよりも大きな衝撃に驚いたというのもある。
あっさりと撃墜されてしまったことにも、多少なりとも驚いた。
まあ何にせよ、初めての衝撃は、梓の思考を根こそぎ奪い取っていた。
何が起きたのか完全には理解できず、頭が真っ白になり、気が付いたら知らぬ間に事態が動いていたのだ。

「あっ……ぅああっ!」

そして今、初めての“身体”に対する被弾。
これは、自分で行ったものであり、不意を突かれたわけではない。
激痛が走るであろうことは予想していたし、それを乗り越える覚悟もあった。
それでもなお、予想を越えた激痛に、頭の中が真っ白になる。

痛い。

頭の中を埋め尽くす、意味を成さない文字の羅列。
そんな叫び声の中に、辛うじて存在している単語がソレだ。
そこに何とか、『あゆみ』の三文字を捩じ込んでいく。


676 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 02:55:10 H2vzpuho0

「ぁゔ……ぎぃっ」

声に出すことが出来ない。
顔中が痛みで歪んでおり、上手く唇を動かすことすら出来ない。
それでも何とか頭の中にあゆみの顔を思い描き、悲鳴の羅列に『あゆみ』の文字を刻み込んでいく。

「ふっ……くううっ……!」

たっぷり数十分かけて、何とか呼吸を落ち着かせる。
脳を埋め尽くす意味をなさない文字の羅列は、その頃にはほとんど消え去っていた。
代わりに、『あゆみ』の三文字を始めとする、意味のある単語へと書き換わっていく。

「あゆ゙……びぃっ……」

あゆみの死は、己の罪は、確かにここに刻まれた。
しかし、この傷が治らないのと同様に、痛みが引くなんてことはない。
治療をせねばいつまで経っても其処に在り続け、そして楽になるのは死を迎えるときだけだ。

「忘れ……ない……から……」

この指が痛む限り、あゆみのことを忘れないで済む。
そう、思っていた。

――痛い。痛いよ。血が止まらない。

確かに、あゆみのことは脳裏に刻まれた。
痛みが彼女の存在を呼び覚ます。

――痛い。ああ。ああ。痛い。痛いよ。あゆみぃ。

思考から、あゆみの三文字は消えなくなった。
痛みがある限り、常に思考の1割はあゆみに割くことが出来る。
常にどこかで、あゆみのことをを想っていられる。
だが、しかし。

――痛い。痛い。あゆみ。忘れないよ。痛い。痛い。痛いぃぃ。

思考の8割以上が、『痛い』で埋められている。『あゆみ』が塗り潰されてしまっている。
あゆみのことを刻み込んだ代償として、あゆみのことを何より一番考えるということが出来なくなってしまった。
何をしても、『痛い』に三文字が消えてくれない。
あゆみの存在は完全には塗り潰されないと分かっていても、今にも『あゆみ』が掻き消されてしまうのではないかというくらい、痛みが頭にこびり付いている。

――ああ。ああ。どうして。あゆみ。痛い。私は。あゆみを。

先程までのほろ酔い気分も、すっかり消し飛んでしまった。
ドラマか何かの影響もあって、酔っ払ってると怪我をしても気が付かないものなのだと思い込んでいたが、そんなことはないらしい。
少なくとも銃で指を抉った痛みは、アルコールによる麻酔効果の許容範囲を越えるようだ。

――想わなきゃ。痛い。痛いけど。あゆみを偲ぶの。私は。それしか。

傷口を治療すれば、痛みが和らぎあゆみのことをもっと想えるかもしれない。
そう考え、梓は床に転がった酒瓶を再度手にした。
今度は口に含むのではない。
傾けた瓶から流れ出る液体を、抉れた指へと直接かけた。


677 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 02:58:53 H2vzpuho0

「――――――――――ッッ」

ドラマかなにかで、アルコールを傷口にかけるというのを見た。
そんな朧気な記憶を頼りに、痛みを和らげようとしたのがいけなかった。
直接かけられたアルコールは、焼けるような痛みを呼び覚まさせる。
再び、地面に蹲り無様な悲鳴を撒き散らすはめになった。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ」

言葉にするのも困難な、意味を成さない絶叫。
ただただ辛さを吐き出すための咆哮は、獣のソレと大差がないかも知れない。
止める術はない。先ほどと一緒だ。
痛みが和らぎ涙と喉が枯れるのを、ただただ待つより他ない。

「あゆ……み……」

梓は普通の女の子だ。
特別泣き虫でもなければ特別弱いわけでもない。
ただ、痛みに慣れてるわけでもなく、特別強くもないというだけ。
普通の少女に、痛みに抗う術などない。

「大……好き……だよ」

涙も鼻水も、枯れ果てるほど流した。
人目もはばからず、痛みのあまり地面をのたうち回った。
顔も身体もドロドロのぐちゃぐちゃだ。

とても『女子高生の日常』とは思えぬ有様。
戦車道特有の“気高く見える汚れ”とも違う、正真正銘の無様で醜い汚れた姿。
“日常”に戻る方法なんて浮かばないし、浮かんだ所で道具も何も手元にない。
自分はこのまま、“日常”から掛け離れた惨めな姿で死ぬしか無いのだ。

「ごめんね……」

まだ痛みはある。痛みが思考の大半を占め続けている。
それでも、無理矢理あゆみに想いを馳せる。
こうした“非日常”的な無様を晒さなかったという点では、あゆみは確かに“日常に身を置いたまま”殺し合いの舞台を降りたと言えよう。

「ちゃん、と……るから……」

脂汗の滲んだ手で、乱暴に背嚢を漁る。
背嚢にはニューナンブと酒の他に、刃物も入っているはずだ。
よくは確認していなかったが、しかし、自殺するにはもってこいの何かが入っているのだろう。
何せ拳銃自殺では、一瞬すぎてあゆみを想い“ながら”は死ねないかもしれない。
ベストはやはり、手首を切って失血死する瞬間まであゆみを思い続けることだ。

(ちゃんと……そっちに行ったら、面と向かって謝るから……)

それに――拳銃だと、それはもう、あまりにも“非日常”だ。
“日常”の延長線を過ごしたいという願いに背く。

だから、刃物である必要があった。
日常の延長線に居続けるためにも、日常で目にする道具を使い、静かに死にゆかねばならない。


678 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 03:04:04 H2vzpuho0

「はは……」

取り出された刃物の造形に、梓の視界が涙でぼやけた。
凡そ日常生活でお目にかかれないフォルムのソレは、しかし梓には馴染みのあるものだった。

ボーニングナイフ。

骨スキ包丁とも呼ばれるソレは、かつて廃校に追い込まれ学園艦を降ろされた際に、サバイバルで使っていたものだ。
思えばアレこそ“日常の延長気分で味わっていた非日常”だったと言える。
ボーニングナイフは、そんな“日常の延長線上の非日常”を象徴しているのかもしれない。

(これで……あゆみを想いながら死ぬことが出来る……)

その刃先を、そっと手首へと当てる。
やはり脳みそは『痛い』の文字が大半を占めているが、それでもボーニングナイフは梓にあゆみ達との思い出を思い出させてくれた。

(死ななくちゃ……あゆみを想って死ぬためにも……)

あまりの激痛もあって、きっともう、普段のようには振る舞えない。
痛みのせいでまともな思考も出来ないし、日常の延長線は既に途切れてしまった。
いや、もしかすると、あゆみが死んだその時から、とっくにその線は消えていたのかもしれない。
更に言うなら、この島に運ばれてきたときか、もっと前からでもおかしくない。
とにかく――もう、望んだ“日常”には帰れないのだ。肉体的には勿論のこと、精神的にも。

「絶対、忘れたりしないから……」

痛みは収まる気配がないし、時と共にどんどん“日常”からは掛け離れていってしまう。
それを止められないのなら、今死ぬしかないだろう。
あゆみを失う痛みとして設けた基準は、あまりにも日常から掛け離れていた。
しかし――仕方ないとも思う。あゆみを欠いたのだ。平然と日常の延長線上に居られる程度の痛みであってたまるか。

「ずっと……友達だよ……」

だから、今、痛みと思い出を抱え、命を終えるしかない。
それに、このまま放っておくと、無様な悲鳴を聞きつけた誰かに襲われる可能性もある。
誰かと戦闘にでもなったら、それこそ本当に“非日常”に身を浸すことになってしまう。
襲われた恐怖であゆみ以外のことを考えてしまうかもしれない。
誰かの手を汚させてしまうというのも、申し訳なく思えた。

(うう……お母さん、お父さん……)

脂汗に塗れた掌で、ボーニングナイフのグリップを握り直す。
いざ死を迎えようとすると、どうしても大好きな両親の顔が頭をよぎった。

きっと二人は、亡骸を前にして号泣するだろう。
いや、もしかすると、空っぽの棺を前に、虚ろな瞳で佇むことになるかもしれない。

(ごめんね……ごめんなさいっ……)

それでも腕に力を込めた。
大好きな両親に謝罪し、無理矢理頭から叩き出す。
ここで死ななくちゃいけないのだ。親のことを思い出して、迷うわけにはいかない。

(あゆみも……こんなに辛かったのかな……)

未だに激痛の走る指より、心の方がズキズキと痛い。
今、初めて、あゆみの心が少し分かったような気がした。

だからこそ、もう、後戻りは出来ない。
力を込めた腕を引き、左の手首に真っ赤なラインを引いた。


679 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 03:08:35 H2vzpuho0

「い゙ッ……」

灼熱。
殺し合いのために配られただけあって、切れ味は抜群だった。
さほど大きな抵抗もなく、真っ白な肌にツウと一本の線が引かれる。
そしてその線は次第に盛り上がっていき、ぷくりぷくりと真っ赤な泡が浮き出し始めた。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」

泡が弾けて、腕を伝って雫となる。
線より溢れし新たな線は、次第にその量を増していった。
痛みを伴い溢れ出る己の“命”に、堪らず手首を抑える。
掌に覆われた線が、再び痛みを訴えてきた。
抑えきれず掌からも溢れた赤が、右の袖口も赤黒く染めていく。

「――――――っ!」

そう、堪らず、手首を抑えた。まるで血を止めるかのように。

「あっ……」

このまま血を流し続けて死ななくてはいけなかったのに、まるでそれを拒むかのように、手首を抑えてしまった。

「ああ、ああ……ちが、違う、の……!」

見開かれた目は、何も映さない。
溢れ出る血を捕らえてはいるが、意識はそこに向いていない。
一体何を見て、何に謝罪しているのか――もう、自分にもよく分かっていなかった。

「分かって……るよ……ちゃんと……!」

言いながらも、手首を握る手は離れない。
痛みと死を押さえつけるように、むしろ一層力が込められている。
それでもその事実から逃れるように、虚空に向かって空虚な言い訳を続けた。

「ここで……死ななくちゃいけないってことくらいっ……!」

梓は決して愚者ではない。
それなりの冷静さを持ち合わせており、それ故に苦しんでいたのだ。
いつまでも、無意味な逃避に耽けていられるほど、彼女は開き直れてもいない。

「あゆみを想って……ちゃんと死ぬからっ……!」

故に、終わりはやってくる。
この無意味な言い訳の波は、死以外の形で終わりを迎える。
いっそのこと、本当に無意味な言葉を発していれば、終わりは来なかったかもしれないのに。

「そうしなきゃいけないってこと、分かってるから……!」

そして――その時は、あっけなく来た。
梓の脳みそを、今しがた叫んだ言葉が殴りつけてくる。

「……………………あっ」

しなきゃ、“いけない”――確かに自分は、そう言った。
いや、思えば、ずっとそう言っていた。ずっとそう思っていた。

「ああっ……」

死にたい、ではない。
死のう、でもない。
死ななくちゃいけない――そう、思っていたのだ。

「ああああああああああああああああああっ!」

死ななくちゃいけない。
その言葉は、『死は避けられない』『当然、そうすべき』という意味を孕んでいる。
そのつもりで、ずっと心で繰り返していた。

(わたっ……私……!)

でも、裏を返せばそれは。
『死』を選んだのではなく、選ばざるを得なかった、というニュアンスが含まれていて。

それは、つまり、本心は――梓の、本当の気持ちは。

(いや、そんなっ……うそっ、わたっ、そんな……!)



――――死にたく、ない。


680 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 03:14:16 H2vzpuho0



(ああっ、だめ、許されないのに……そ、そんなはずっ……!)

梓は気付いてしまった。
気付かぬほど愚かではなく、気付かぬ振りを出来るほど賢くもなかったせいで。
あゆみのために『死ぬしかない』と結論付けただけで、自分がどうしたいかで言えば、本当は、まだ死にたくないということに。

「うああああああああああああああっ……!」

梓は、ふわふわとした頭の中で「死のう」だなんて考えた。
でも――その死を先延ばしにする理由を、常にセットで考えていた。
そのことにだけは気付きたくなくて、他のどんなものに気付いても、目を背けてきたのに。
とうとうそれにも、気付いてしまった。それに気付いたら、あとはまた、先程のように一人で転げ落ちていく。

(あああああ、違う、違うよ、あゆみ……わた、私は……!)

単純な話だ。
梓は、生きていたいのだ、結局のところ。
今も、そして先程も、それだけは、無意識ながらもずっと思ってしまっていたのだ。

(あゆみを追い詰めてたのに、死にたくないなんて、そ、そんなっ……!)

死にたくない。
まだ生きていたい。
みんなと、まだ楽しく笑い合いたい。
そんな、極々普通の少女が願う、極々普通の願い事。

(ごめっ……ごめんっ……ごめんねあゆみっ……わた、わたしっ……!)

けれども、もう、そのお願いは叶わない。
“みんな”の中に、もう二度と入れない人が何人もいる。
あゆみだってその一人だ。そしてその原因の一端は、梓自身。

分かっている。そんなことは。
何度も何度も考えた。悩みに悩んだ。だから、よく、分かっている。

分かっているけど――――折り合いの付け方が分からない。
ようやく見つけた『日常の延長による死』という方法も、上手く果たすことが出来なかった。

(さ、さっきの決意にっ……う、嘘なんて、ない、から……!)

もう、今更日常の延長なんて行えない。
もう、あゆみだけを想うなんて出来そうにない。
もう、死にたいとも思えない。

(死ねる、から……こ、このまま、多分、死ぬと、思うからっ……!)

歯を食いしばり、声を殺し、必死に傷口を抑える。
掌の向こう、真っ赤な線を越えて溢れてきたのは、血と命と、そして抑えていた感情。
それらを押し留めんばかりに、より一層、手首を押さえる手に力が篭もる。

一方で、心の中では必死にあゆみに謝罪をし、言い訳のように言葉を紡ぎ続けていた。
本当は、死にたくないって、とっくに気付いているくせに。
それでも、自らの意思で死ぬつもりだと、もう聞こえないはずのあゆみに語りかける。

(ちゃ、ちゃんと、貴女を思って死ぬからっ……)

気が付かない振りをしていたことは、もう一つ、ある。
“あゆみに責任を押し付けている自分”よりも、もっと気付きたくなかった自分。
そこだけは、無意識の内に避け続けてしまっていた、あまりにも醜い自分。

(だ、だから……あゆみっ……ごめんねっ……本当に……だから……)

そうだ。本当は、気付いていなくちゃいけなかったんだ。
どこか冷静な頭で自分の卑怯さにウンザリしていた時にでも、一緒に気が付いてなくちゃいけなかったんだ。
酔っていたからかもしれないが、しかし――それでも、気が付かなくてはいけなかった。
おかげで、その事実を心のどこかで悟った時から、梓の心は、ズタズタになってしまったのだから。

(だから……おねっ、がい……)

最終的に死を選んだのだって、本当は。
本当は、それがあゆみのためになるからとかじゃあなくって。
どうすればいいのか考えていたのも、“自分のため”なんていう、生温くて曖昧な理由ではなくて。

あゆみの死が、何より辛いというのは、嘘偽りのない事実のはずなのに。
なのに。なのに。本当は。本当は。

この傷も、悩みも、痛みも、葛藤も。
あゆみに謝り続けていたのも。彼女のためにと思ってしていたのも。
本当は、全部、全部――――



(ゆる、して…………)



――――ただ、自分が、許されたかっただけなんだ。


681 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 03:15:53 H2vzpuho0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






明けない夜なんてない。
けれども、自らの手で夜を終わらせることが出来る者もいない。

人はただ、太陽が登ってくれるのを待つしか出来ない。
赦しをくれる、暖かな太陽を、ただ待つだけしか出来ない。

あゆみという太陽は、二度と登らないけれど。
だからこそ、死ななくてはならないと、想わなくてはいけないのだけれど。

それでも、心のどこかで、願ってしまう。
大好きな、太陽のような先輩が、赦しという光を齎してくれることを。

今はまだ、光の見えない暗闇の中で。
死ななくてはいけないという強い想いと、気付いてしまった死にたくないという感情。
その二つに押しつぶされながら、ただただ夜明けを待つしか出来ない。

嗚呼。いっそ気が狂ってしまえば、ずっと楽になれたであろうに。
それも出来ず、来るかも分からぬ太陽を待つしか、彼女には出来ない。

だってもう――彼女自身が太陽になれるような力は、彼女の中には毛ほども残っていないのだから。


682 : スーサイドする脱兎 :2017/03/20(月) 03:19:43 H2vzpuho0

【E-4・ビル屋上/一日目・昼】

【澤梓@フリー】
[状態]パンツァー・フォーはもう聞こえない。許せあゆみェ……(梓にとっての新たな光はまだ見つからない)
    酩酊状態(ちょっと醒めてきた) 左親指付け根に抉傷、左手首をリストカット(傷の深さ、出血の量は後続の書き手におまかせします)
[装備]ニューナンブM60 残弾5/6 予備弾倉3 ボーニングナイフ
[道具]基本支給品一式 酒

[思考・状況]
基本行動方針:あゆみのことを偲んで死ぬ。死ぬんだ。死ななくちゃあいけないんだ。
1:痛い。痛い。このまま死ななきゃ。ああ、でも、ああ――――死にたく、ない。
2:記憶に刻んで、私は――?
3:人に迷惑はかけない

※澤梓の近くに山郷あゆみの支給品が置いてあります。



[装備説明]
・ボーニングナイフ
骨スキ用のナイフ。
ご家庭で使われる所はほとんど見かけないのだが、自ら獲物を取ってサバイバルをする本格派には必須である。
勿論骨スキ以外では威力0なんてことはなく、手首を切ることも出来るし、手首を切るととても痛い。
スジを切る事もできるし、牛豚鶏のみならず魚にも使える等、意外と用途は多いのかもしれない。


683 : ◆wKs3a28q6Q :2017/03/20(月) 03:20:03 H2vzpuho0
投下終了です、問題等あれば言って下さい


684 : ◆mMD5.Rtdqs :2017/05/01(月) 13:46:44 uv6wID9.0
丸山紗希 アリサ アッサム オレンジペコ ローズヒップで予約します


685 : ◆mMD5.Rtdqs :2017/05/08(月) 22:20:49 t05qwUL.0
予約を延長します。申し訳ありません


686 : ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:06:32 XERDNYiY0
大変遅れてしまいましたが、ゆっくり投下していきます。
話のノリの関係上、勝手ですがタイトルを分けさせていただき前後編にします。


687 : ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:10:19 XERDNYiY0
その矩形の窓には、淡い翡翠色の型板ガラスが嵌っている。
蒲鉾の様な繊細な鱗模様が掘られた6mmのガラス板だ。
本来それは半透明のはずだったが、しかし霧がかかった様に曇ってしまって、中の様子は見えない。
汚れではなく、その正体は結露だった。
窓のサイズは人の顔が見える程度の控えめな小ささで、四方枠は柾目の焼杉でイモ組されていた。
直ぐ隣には、気化した油と埃でべったりと固まったキャビア色の換気扇がある。
立派な蜘蛛の巣が張られたそれは、長年ろくに動いている気配がない。

汚れた換気扇の隙間越しに、中の様子が見えた。
飴色の木が敷き詰められた床、壁には薄い青竹色の細かいブリックタイル。
隅にはメモがびっしりと張り付いた小豆色の冷蔵庫、その側に、散乱するのは黒豆色に光るフライパン。
壁際からステンレスの天板がにょきりと迫り出し、使い古されたシンクが埋まっている。
その左隣に、コンロが6口。そのうち一つに、澄んだ青い火が点いている。
くつくつと、白い吐息を吐く銀鍋がその上に座っていた。
コンロの前に、収穫したばかりの完熟トマトの色をしたビロードの椅子が一つ。
その座面に人が一人、腕を組み何やら浮かない顔で座っている。

ぼさぼさの頭、外に跳ねた黒髪、小さく編み込まれた左のもみあげ、短いスカート。
言わずと知れたノリと勢いだけはあるアンツィオ高校が誇る副隊長、ペパロニであった。
ペパロニは唸りながら、視線を落とす。
そこには彼女に支給されたレーションセットと、この民家から拝借したパスタ、酒、調味料、野菜。
目を細め、再び彼女はううん、と唸った。
うん。そう。もう察したとは思うが、彼女は別にこのゲームでの身の振り方を悩んでいるとか、
アンツィオの為の戦略を考えるとか、そんなことは一切、全く、全然、すべからく気にすらとめていなかった。
思考は至極、動物園のチンパンジー並に単純明快。




彼女はこのくそったれな殺し合いゲームの会場で――――めちゃくそ腹が減ったので、今日の昼メシの献立を考えていた。


688 : ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:11:50 XERDNYiY0
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ガルパンロワ 第40話

『鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜』


689 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:16:05 XERDNYiY0
「腹が減ったっスねぇ」

溜息と共に呟きながら、運がない、と。そう思った。
銃声止まぬ街を歩き続けて、誰とも会わず数時間。
アンツィオ以外の生徒と関わるのが面倒臭かったとはいえ、うんざりするくらい聞こえてくる銃声から、
わざわざ遠ざかるような経路で街中を進んできた事がまずかったのだろう。
腹が鳴ると同時に、足がぴたりと時間停止魔法をかけられた様に止まり、思わず大きな溜息を再び吐く。

なるほど人生ってやつぁうまくいかねーし、全部まずい方向にしか転ばない。
いや、作るメシの美味さにだけは自信があるのだけれど。
ともあれ、腹が減ってはなんとやら。空腹では戦も恋もろくすっぽできやしない。
というかそもそもの話、支給品がクッソ不味いレーションとは何事なのだと声高に誰かさんに問いたいというものだ。
お前は馬鹿ですかと。やる気あんのかと。
誰なんだ、たいしてミリタリネタに詳しくもねえくせして調べるのが面倒な軍用品なんかに無駄にこだわった奴は。
だいたいだってあれじゃん、もう今日日、レーションとか手に入れる方が難しいじゃんかよ。
ほら、別によくある普通のパンとかでいいんだよ。
菓子パンでいいの、菓子パンで。そっちの方が安いし美味いじゃん。
そしたら“ほー いいじゃないか。こういうのでいいんだよ こういうので”って参加者も納得して食べるよ。

「なんでもいいから、そろそろ腹に入れないとまじーなぁ……」

アンツィオの非公式(?)校則の一つに、“一日に三回、おやつの時間”がある。10時、15時、18時だ。
回数が多すぎる? とんでもない!
むしろ血の気が多い彼女達が真面目で平和な学生生活を送れているのは、その伝統によりモチベーションを保っているからなのだから。
そのうち18時分を無くし、おやつは一日二回のみという拷問に何とか耐えて、
彼女達は秘密兵器P40を気が遠くなるくらい長い長〜い年月を掛けて手に入れた。

しかし、今回は更に酷い。なにせ10時のおやつすらないのだ。
こうなるともう拷問どころの話じゃないし、なんならどっかの46門砲どころかP1500モンスターが発射する800mm砲に当たって、
中空で爆発四散しろと言われているようなものだから、最早実質処刑である。ジーザス!

なお、痩せる気はあるだなんて声高にSNSで叫ぶ輩もいるが、ところがどっこいなんとアンツィオの学生はダイエットをしない。
夢じゃありません……これが現実……っ!
しかしそれは決して痩せる気があるのではない。純粋な話、“太らない”のだ。
何故ならアンツィオ高校の生徒達は毎日運動だけはしっかりとしているからである。
何もノリと勢いと料理の腕だけがしっかりとしているわけではないという事なのだ。
なにせ朝は料理の仕込みで早起き、おやつとメシの度にダッシュで校内を駆け回り、昼は全力で調理場で戦争。
夜は食材調達にまた戦争だ。
なんと奴ら、全神経がメシの為だけに動いていやがる。動物園かよ。
勿論、海上なので農作だって自分でするし、収穫も加工も、全部自分でする。
そして数は数十〜百人分の料理を作り、一気に提供する。敵も味方も友人も学年も先生もスタッフも関係なく、全員が全員にだ。
それを毎日毎回繰り返す機動力、パワフルさはどの学校のそれにも引けを取らない。

あまつさえ、アンツィオのCV33カルロ・ベローチェは砲撃の威力をその車体の軽さで和らげ、
横転と復帰を繰り返さねばらない機動力と不死身の生命力が勝負の戦車だ。
アンツィオの学生は常に転がった鉄の塊をひっくり返しながら戦線復帰するくらい、
基礎運動能力だけは、並の重戦車乗りを凌駕するほどピカイチなのである。
惜しむらくは、生徒が皆ノリと勢いだけで生きる、ちょびっとだけ喧嘩っ早い野郎共だということ。
主導者がチョビだけにってか! ガハハ!

「うーん……腹もペコちゃんだし、昼メシでも食って一息つくかぁ」

まあ、とにもかくにも、ペパロニの腹は疾うに限界を突破していたというわけだ。
ポルシェティーガーのエンジン音のように低く唸る腹をさすりながら、彼女は目の前にあった店をふと見上げる。


690 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:21:44 XERDNYiY0
……ただ、なんとなく、そこにあったから。

見上げた理由を何故かと敢えて問われれば、それ以上も以下もなく、純粋にそれだけだった。
けれど。
けれどもその店は、この瞬間ペパロニの視界を、胃を、鼻を、耳を。
およそ感覚を司る器官その全てを、巨大なミートボールスパゲティを丸ごと平らげる様に、綺麗に奪い去った。

ブラックコーヒーに垂らした真っ白なミルク。
例えるならそんな真逆の色と味が、しかし抜群の相性で存在している―――そんな印象だった。
特筆すべき事は何もない。だが、妙に“しっくりくる”。
光沢のある胡麻ペースト色の磁器タイルの柱を左右に構え、
横目地の入ったビスケット色の左官壁に、煮詰まった飴色のアルミ窓枠とドアが嵌っている。
その上には、アーチ状の五枚割アクリル看板が構えられていた。
年季の入ったその看板には、茶色い塗料で手書き文字が入っている。

「き、っ、さ、ぶ、ろ、ん、ず」

思わず、口を尖らせて唄うように店名を口に出す。
言い終えて、訳もなくはっとした。腑に落ちる、という言葉そのままの感覚だった。
―――喫茶ブロンズ。
もう一度、ペパロニは咀嚼するように胸の奥で呟く。ええ響きやんけ、と。
とはいえ逆立ちして見ても、珍しくもなんともない店の名だ。
人の名で例えるなら安斎千代美くらい普通の、よくある、なんの変哲も面白みもない名前。
シモ・ヘイへくらいインパクトのある名前だったらよかったのだが、そうでもない。
ただ……そう、ただ何か胸の内側から響いて来るような妙な因縁めいたものがあった。
故にペパロニは、その店の扉に手を掛ける。
まるでペンネの穴にでも吸い込まれる様に、彼女はこうしてその店に“来店”したのだった。


「おっじゃましまーっす……」


からんからん、と扉についた真鍮のドアチャイムが透き通った音色で“当店は誰でもウェルカム……!”てな感じで彼女を招き入れる。
同時に、何処かで誰かが放った遠く啼く銃声が、一発。
パァン、と、静かな港町にやけに乾いた音が響いて、同時に暗がりに飲まれた埃っぽい店内を、光と海風が通り抜ける。
銃声の残響が、鍋に焦げ付いた油のように、いつまでもいつまでも耳にしつこくこびりついていた。
真っ暗に影が落ちた店の入り口で、光を背にしてペパロニは無言で立ち尽くす。

奇妙な感覚だった。
煙のようにもやもやとした、冷たくもなく暑くもなく居心地の悪い空気が、体中にじとりと絡みつく。
自分が今何処に何故立っているのか、気を抜くと忘れてしまいそうだった。
そのドアを境に現実と幻想が混ざり合い、そこに足を揃える自分は今、きっと白昼夢を見ている。そんな感覚にさえ襲われた。

ああ、そう。
夢だったら良かったのだ。

ペパロニはそう思って自嘲する。
あの甲板の血飛沫も、この殺し合いも、さっきの銃声も、全部、全部、全部、

「――――――夢なら、……。……………」

びっくりするくらい情けない声が、生気の無い影の中にぽろりと溢れた。
思わず、口を両手で塞ぐ。冷や汗が、額に一筋。
一体、なんだってそんな自分らしくない言葉。
ペパロニはかぶりを振り、しんとする店を見渡す。
いつもならば、賑わう時間であろう正午前。
しかししんと静まり闇に染まる喫茶店内は、成程現実感は無く尽く死んでいて、
そして銃声が轟く無人の街は、死のゲームの舞台であるはずなのに、この喫茶店よりも遥かに生を匂わせている。

逆、である。

確かに何かがズレていて、どうにもおかしい。
そういう意味で此処は、このドアは、確かに幻想と現実が混ざる異世界の境界線上だった。
ペパロニはもう一度かぶりをぶんぶんと振る。
らしくない。難しい事を考えるな、と言い聞かせる様に、じっくりと深呼吸を一回。
どちらも現実だ。それに変わりはない。
腹が減っては、戦どころかこの現実を生きていく事すら難しくなる。
ならば今自分がやるべきは、銃弾を詰め死んだ街に命を証明する音色を上げることよりも、
死んでしまった喫茶店へ、再び火をつけてフライパンを振る音で満たす事だ。

ペパロニは意を決したように足を踏み出し、ドアを閉める。
瞬間、むわりと鼻腔を抜ける懐かしい匂い。
使い古した油と煙草の残り香が混ざったその香りは、お世辞にも年頃の女の子が好む臭いだとは言えなかったが、
しかしペパロニにとってそれは今も昔も変わらずある“日常”の香りだった。


691 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:25:52 XERDNYiY0

―――肩の荷が下りた。

一言で纏めれば、そんな気分。
気怠げな欠伸を一つすると、ポケットに手を突っ込み、頭をぼりぼりと掻きながら、店の真ん中をズケズケと歩いて進む。
遠慮とやらで鼻をかんでゴミ箱に丸めて捨てたような、そんな図々しさが現れた歩き方だった。
席は15席ほど、いい感じにこじんまりとした店内。
薄い木のテーブルに、ピーナッツバター色の椅子。床はテラコッタ調の塩ビタイル。壁には腰の位置まで木板調のクロス貼。

店の真ん中ではたと足を止め、ペパロニは頭をもたげる。
タバコのヤニに黄ばみ、油で固まった鼠色の埃がへばりつく天井が視界に広がった。
確かにそれは汚いのだろうが、しかし今のこの“非日常”の中では紛れもない“日常”の残り香であり証左である様に思えて、彼女は妙に安心した。
それに正直なところ、彼女は煙草の匂いもどちらかと言えば好きだった。
何故かというと、まあ、ざっくばらんに言えばペパロニが不良女子高生であるからだ。
ペパロニ is フリョウ。
これほどまでに簡潔、且つ的を射た紹介はないってくらい、彼女は俗に言う不良だった。
そもそもアンツィオ自体が不良集団みたいなもんなのだが。
ともあれ声高に言うべき事ではないが、故にそいつらの嗜み方も彼女は知っていたのだ。
それを敬愛するアンチョビに見つかって、叱られ、その度に頭を掻きながら謝って。
そんな生活が、ペパロニは堪らなく好きだったのだ。

「誰か居るッスかぁ〜……なんつって。居るわきゃねーよな」

キッチンに向かう入り口の暖簾を掻き分け、無人のそれを見て、苦笑する。
良い意味でレトロ。悪い意味で小汚い。いかにも昔の喫茶店って感じのキッチンだ。
深呼吸を、一つ。
ぱん、と頬を叩いて、近くの椅子に垂れ下がった、汚れたタータンチェック柄のエプロンを手に取る。
それからは、あっという間だ。
コンロを回してガスが繋がっているのを確認すると、調理棚に転がっていた湿気ったマッチを擦って火をつけた。
辺りを見渡せば、近くにはラゴスティーナの白銀色の鍋。傍らには、グローバルの包丁。
自分が愛用しているものと一緒で、思わず含み笑い。

「……サテンの癖に良いモン使ってんなぁ」

ふと、水は止められているんじゃないかと蛇口を捻ると、幸い勢い良く水が出た。
それを見て少しだけ胸を撫で下ろす。水がなければ始まるものも始まらない。姐さんのいないアンツィオ状態である。
空鍋に水をたっぷりと入れて火に掛けると、ペパロニは背負っていた背嚢を床に下ろして、
同時にそこらに転がる油でギトギトの赤い椅子にどかりと座った。
ふと溜息を吐いてだらしなく足を組むと、側にあった錆びたコーヒーテーブルに目が映る。
茹でたほうれん草の様な深緑色の天板に、くすんだ真鍮の灰皿が置いてあった。
その側に、目が痛くなるくらいの真っ赤なパッケージの小箱が転がっている。


「あー……用意良すぎじゃねーの、コレはさぁ……」


そのくしゃくしゃの箱――ナチュラルアメリカンスピリット・オーガニック――の中に、煙草が五本、入っている。


692 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:27:32 XERDNYiY0
辺りをきょろきょろと伺い、誰が居るわけでもない事に気付いたペパロニは表情だけで笑う。
どうせ、これはどこまでいこうがくそったれな殺し合いなのだ。
先生なんか居なければ、警察も当然居ない。とっくに法律やらなんやらは蚊帳の外。
ならば多少食材や煙草の一、二本、盗んだところでバチなど当たるものか。

一本。

皺だらけの箱から湿気た煙草を出すと、フィルターを机に二、三回軽く打つ。
目を細めながら、コンロの火に前髪を燃やさない様に咥え煙草を運んだ。ちりちり、と煙草の先端が赤く燃えてゆく。
椅子の上で胡座をかくと、ペパロニはそれをくゆらせた。

数ヶ月ぶり、である。
せめてアンチョビが隊長でなくなる時までは、そう決めていた事だったのだけれど。

だけど、それはもう分からない。
分からないのだ。
だからきっと、これはある種の“自棄吸い”でもあるのだろう。

大学選抜チームと戦った時、ペパロニはアンチョビを一度たりとも“姐さん”と呼ぶことはなかった。
アンチョビがそれに気付く事は終ぞ無かったが、ペパロニは……勿論カルパッチョだって、
それがアンチョビを“ドゥーチェ”と呼べる最後の公式の試合になるであろう事を知っていた。
二人乗りの豆戦車。三人で肩を寄せ合い、しかしどう足掻いても鮨詰めで。
その事にやれウィッグだのなんだのと悪態をつきながらも、しかしペパロニの心の奥の柔らかい部分が、ガラにもない事を思っていたのだ。

嗚呼―――この瞬間が、いつまでも続けばいいのに。

だから、最後だけは。
彼女と共に戦い、喜び、泣ける内に、精一杯戦車道を楽しもう。
なれば、呼び方はいつもの“姐さん”ではない。
彼女は、アンツィオが誇る世界一の“ドゥーチェ”なのだから。

「……あ〜あっ。怒るだろうなぁ、姐さん」

だからこそ、苦笑を浮かべながらそう呟いて、背を丸めて膝を抱く。
部屋の中は嘘のように静かで、独り言には何の反応もない。
それが、少しだけ、寂しかった。

―――あっ、お前! 今なにしてた、隠しても遅いんだぞ、おいなんだその手、見せろ。
なんだお前はまた吸ったのか、あれだけ言っただろう、何かあったのか、相談しろ、つらくはないか。
また酒は飲んでないだろうな、わかってるんだろうな、お前は未成年だぞ、体に悪いんだぞ。
そこらへんの不良に絡まれたらどうするんだ、喧嘩は良くない、子供が産めなくなるぞ、将来に響くんだ。
料理人失格だ、戦車道に反する、副隊長の立場でなにやってるんだ、おやつ抜きだ、休学ものだ、反省文だ!

……なぁんて、くどくどと説教する姿が目に浮かぶようだ。
とは言え、なんだかんだで怒られるのは、嫌いじゃなかったけど。

「バッカだね〜、マジで」

ペパロニは前髪をぐしゃりと握って、力無く嗤う。

そう。嫌いでは、なかったのだ。
でも、それ以上に心配させたくはなかったから。
だから、ペパロニは少なくとも馬鹿なりに真面目で正直に生きてきた。
それがアンツィオでの“役割”なのだと、知っていたのだ。
しかし、そんな時に放り込まれたのがこのゲームである。
ペパロニは手を真っ赤に染めてでも、アンツィオの面子と生きて外に出る事を選んだ。
それが生半可な事でもなければ、アンチョビが喜ぶ様な正しい道でもないことくらいは、ペパロニの足りないおつむでも判る。

「バカだ、私」

故にこれは敬愛するドゥーチェに対する最大の裏切りに他ならず、
煙を吸う行為もある意味でそれを自己肯定する為の“儀式”であった。
きっと、そうしてあれもこれも全部纏めて、煙に巻きたかったのだ。


693 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:29:15 XERDNYiY0

「ふう〜〜〜〜っ」

やや甘さとスパイシーさが混ざった煙を口と肺に満たし、ゆっくりと味わう様に吐く。
白煙が、何かで滲み霞んだ目の前に満ち広がった。

「……あー、うめぇ」

旨い。
そう思った。
思う事に意味があった。
納得する事に意味があった。

一言で味を表現するならば、森、である。

そんな気配を感じる味だ。
自然の中で育った木の実のような僅かな甘さが、まず口に広がる。
その陰にある、ささくれた枯れ木のようなやや荒削りで棘のある味。しっとりと湿った土の匂い。
それらが混ざり合い、疲れた心に染み渡る。
しかし次の瞬間、切なさと言い様のない虚無感と不安が、雪崩の様に胸に押し寄せた。
その旨さはやはりどこか悪魔的且つ背徳的で、
代わりに何か大切なものが煙と混ざり合って中空へ上がるような、そんな味だった。
胸から込み上げた何かと一緒に口から漏れた煙は、何かを求め彷徨うように、
或いは何も求められずに逃げ迷うように、電気の消えた暗いキッチンの中をゆらゆらと舞い踊る。
たただだ、奥行きを喪った暗がりを、舞い踊る。

どこかから、ばらららら、と無機質な機銃の音。
喰らえば人間などひとたまりもないな、とぼんやりと思う。一発でも腹に貰えば、瞬間、真っ赤な飛沫だ。
つまりこの音のするほうでは、今まさに命が散っているのかもしれないということ。
それを聞きながら一服とは、まったくもって呑気なものだ。
煙を間抜けな顔で吐きながら、あまりの現実感のなさに笑いがこみ上げる。
あの遊園地跡に集った戦友達の死ぬか生きるかが、こんな乾いた音一つで決まるのだ。
これを可笑しいと言わず、笑わずにしてどうするというのか。

目を細めて、口角の上がった唇で煙草を咥える。
かさかさの唇が、浮かぶ煙に霞んだ。ペパロニはリップクリームが嫌いだった。
小さく赤く燃える白いシガレットペーパー、灰になる刻。
湯気を上げる水、ぽつぽつと、小さな泡沫が鍋の底から上がり始める。
青く燃えるコンロの火、光の無いキッチン。
炭化した塵、油の匂い、遅い鼓動。
息を僅かに遅く吐く。
かたかたと揺れる窓、蛇口から落ちた水滴がシンクに跳ねる音。
空気は少し湿っていて、やや生温い。
身体にいやにまとわりつく不快な紫煙を払って、椅子の背もたれに背と頭をもたげた。
頭は熟れたスイカのようにずっしりと重く、全身にはどっと疲れが押し寄せる。

……色々な事を、考えた。

今のこと、今までのこと、これからのこと。
チームだのなんだのとか、身の振り方とか、生きる為の事とか。
生き抜いたとしてとか、罪とか罰とか、アンツィオのこととか。
そりゃあもう片手で数え切れないくらい、山程のこと。
ところが深く考えれば考えるほど、見えてくるのは大概が失敗して焦げたトマトソースのように碌でもない結果ばかり。
想像するだけでこめかみがきりきりと痛みだし、肩がこってしようがなかった。

「やだね、ホント」

煙と共に吐き出した言葉は酷く掠れて焼き魚の内臓のように苦くて、喉奥に突き刺さるようだった。
きっと、馬鹿は考えるだけ無駄なのだ。
無論それだけが理由ではない事くらいは疾うに判っていた。
いたのだが、いかんせん自分の頭が足りないのは悔しい事に本当で、答えが見つからないこともまた事実だった。
ただ、はっきりとしている事は一つあった。
“自分が選択して、その選択を信じて生きるしかない”という事だ。
アンツィオ以外の誰も信じる事が出来ないのなら、自分達しか信じられないという自分を信じるしかないのだから。
自分すら信じられなくなってはオシマイ、なのである。


694 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:31:16 XERDNYiY0

「……。……焦るんじゃねぇ、私ぁただ腹が減っただけなんだ」

そう、しかしまずは腹だ。
ただただ純粋に腹が減っただけなのだ。
だったら小難しい悩みは捨てて馬鹿であるという事に甘える以外の選択肢はペパロニには毛頭なく、そして、それが彼女であった。
肩を竦めながらかぶりを振ると、ペパロニは気持ちを切り替えて床に放っていた背嚢の口を開く。
武器や毛布を掻き分けた先の先、奥を漁れば、一際大きなド派手なショッキングピンク色のパッケージの箱が顔を出した。

「ぉ」

思わず、声を漏らして目を丸くする。
出てきたのは、豪勢だけが取り柄のイタリア軍のコンバット・レーション。
食を尊ぶアンツィオにとってはまさかの“当たり”の支給品、棚からぼた餅ならぬ棚からピッツァである。
ただピンクのパッケージが目印の馬鹿でかいその箱は、どう見ても持ち運びに不便で。
しかし驚く事なかれ、なんと1日分の食料や爪楊枝、紙ナプキンや嗜好品まで入っている無駄仕様なのである。
やったぜペパちゃん、料理が増えるよ!

「モジュールは……Fっと。うぉ、当たりじゃん」

イタリアのコンバット・レーションには、“モジュール”と呼ばれる種類がAからGまでの7つが存在する。
それぞれ入っているものが微妙に異なり、気分によって一日の食事を選択でき、一週間毎食違うものを食べる事すら可能なのだ。
なんとも食にこだわるイタリアらしい逸品。レーションなんかよりまず使える戦車の開発をしろやと言いたくなる。
M30機関銃なんて主力兵器にしては性能も酷いもんだぞ。どうしてこうなった。
さて、それはそうとこのレーションボックス、入っているものはざっと下記である。

・ビスケット
・ジャム(ピーチ味とアプリコット味)
・インスタント飲料(カプチーノとレモンティー)
・気付け薬 30ml
・砂糖
・浄水剤 4錠
・使い捨て歯ブラシ 3本
・つま楊枝 3本
・ゴミ袋 3枚
・塩
・ストーブ
・燃料タブレット 6個
・マッチ箱 1箱
・紙ナプキン
・スプーン
・説明書

下手すりゃそこらへんのビジネスホテルより豊富なアクセサリーの類が入っている中でも、特筆すべきは“気付け薬”。
何を隠そう、その正体は“酒”である。飲んどる場合かーッ!
それも見てくれこの驚異のアルコール度数40%! 戦争なめてんのか。
しかも驚くことなかれ、上記は全て“朝食用”である。
ジャムや飲み物って選ぶ楽しさ入れる必要ある? しかも朝から酒? 馬鹿かな? と言いたくなるラインナップだ。
因みに“昼食用”のボックスの中は下記である。

・ミネストローネ缶詰
・牛肉ゼリー寄せ缶詰
・クラッカー 2パック
・フルーツサラダ缶詰
・ビタミン剤 4錠
・インスタントコーヒー
・小麦を固めた錠剤 10錠
・砂糖
・紙ナプキン
・食器セット

これも中々に豪勢。
各国の缶詰だけのレーションに比べれば、最後の晩餐かな? これ食って死ねってことかな? て感じになること請け合いである。
ここまでくるとおかわりをしなくてもお腹は膨れるし、なんならただいまより毒ガス訓練が開始されても不思議ではない。
そして“夕食用”ボックスは下記だ。

・ミートソースのラビオリの缶詰
・ツナと豆の缶詰
・クラッカー
・インスタントコーヒー
・砂糖
・フルーツ・シリアル・バー 2枚
・紙ナプキン
・食器セット

やはり豪華である。
主食、副菜、デザート、ドリンクまで揃っていて、これがレーションだっていうのだから驚きだ。
ただ、それでも当時のイタリア軍人は満足しなかったのだという。
何故なら、そう。もうお分かりだろう!




「でも、やっぱり“足りねェ”よなァ〜〜ッ!」




――――パスタが! 無いからである!!!


695 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:36:17 XERDNYiY0

パスタは言わばイタリア料理の生命線。
戦車道にまぐれなしと言うように、パスタ無くしてイタリアンなしと言っても過言ではない。
しかしペパロニも伊達に料理人の端くれをしていない。根拠もなく足りないだなんて喚くほど愚かではないのだ。
そう。何せ此処は“喫茶店”。
電気は切れているが冷蔵庫もあれば野菜も調味料も、なんならパスタだってあるはずなのだ。
腐らない乾物麺類、最高!
咥え煙草を灰皿に雑に押しつけると、ペパロニはさてと腰を上げて、伸びとあくびを一つ。

「うしっ。やるか」

ぼこぼこと湧くお湯の火を小さくすると、ペパロニはキッチンの片隅にある業務用冷蔵庫をばこりと開けた。
思った通り、そこには食材の山。それもまだ腐っていない。
ペパロニは指を鳴らす。読み通りだった。

到底公式とは言えないであろう、戦車なしでの実弾と刃物での殲滅戦。
そもそもが犯罪だし、控えめに言ってテロの類で、幾ら何でも政府がこれを許しているとは思えない。
ならば、用意と手回しはあっても、大洗住民の退避や諸々は、誰かに気付かれないうちに素早く決行せざるを得ないはずだ。

遅くとも、二日。

馬鹿だが頭の回転だけは早いペパロニの勘では、それが住民退避にかかる最短かつ、誰かに気付かれない最長の時間だった。
そしてそのくらいであれば、業務用冷凍庫の肉や冷蔵庫の野菜は余裕で耐える事を、ペパロニは知っている。
そう、つまり! もうお分かりだろう!!


「肉の時間だぁぁぁあぁぁぁああぁぁああああああアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」


肉が! 食えるのである!!!
誰かの声を借りるなら、ひゃっほぉう! 最高だぜぇ〜! ってやつだ。

(つっても、パスタに使える肉しか使わねーけどな)

ペパロニは冷蔵庫を開けると、手当たり次第の肉を取り出す。
挽肉、ベーコン、豚バラに鶏腿、牛はなかったが十分過ぎる。

(さて……)

そうして、冒頭へ戻るのであった。
ペパロニは腕を組み、食材と睨めっこを始めた。ここからが包丁人ペパ平の腕の見せ所ってもんだ。
数秒悩んで、やがて頷き、組んでいた腕をとく。
鼻歌を歌いながら、いくつかの食材を棚と冷蔵庫から慣れた手つきで取っていった。
玉ねぎ、にんにく、ベーコン、挽肉、バター、オリーブオイル、トマトジュースにパルメザンチーズ。
ほうれん草、チェダーとゴーダがミックスされたとろけるチーズの袋、そして乾燥パセリと鷹の爪。
ここまでは基本みたいなものだ。

(つっても、どうせだしレーション使いてーよな)

ペパロニはモジュールの箱を開き、ううんと唸る。
なんと殆どが単体で食べる前提のため、使えそうなものがほとんどないのだ。
クラッカー系はちょっと気分的にノーセンキューだし、フルーツ系はなんなら冷蔵庫にあるうえ、飲み物系はそこらのインスタントコーヒーで事足りる。
つか喫茶店すげえな。なんでもあんじゃん。

(んー。使えるのはせいぜいミネストローネ缶とツナ豆缶くらいか)

スチールの缶をいくつか拾い上げ、ペパロニは再び腕を組む。
なんとなくノリで食材は選定したが、肝心なのはメニューだ。
なにを用意したかではなく、なにをするかが大切なのだ。
P40だってそうだ。秘密兵器を買ったから云々という話ではなく、それで勝たなきゃ意味がない。
なにせおやつを無くしてまで購入したのだ。こちとら伊達に我慢していない。
まぁ大洗には勝てなかったし、なんならネットでカンパ募ってるがな!

(挽肉か……ラー油と豆板醤は……あるな。肉味噌作れんじゃん)

開いた冷蔵庫を覗き込み、ペパロニは再びに唸る。
肉味噌は作れる。作れるのだが―――おいそれってYO、イタリアっぽくないじゃねーの。
でもだったら簡単で、それをイタリア風にすりゃあいいだけの話である。
言うほどイタリア風にする必要あるか? という疑問はあるが、アンツィオとはそういうものだ。
だって中華一番がいきなりフレンチやりだしたらおかしいでしょ。そんなんもう中華二番じゃん。
特級厨師も龍の柄した服着れねえよ。

(肉味噌パスタ……イタリアさがねーけど、ミネストローネ缶使ったトマトパスタに肉味噌……。
 うん、味的にはイケるかもな……担々麺風トマトパスタ……? いやスープパスタか? そうだな、そうしよう)

スープパスタであれば、と腕を組みながら考える。使う麺は相性を考えればスープとよく絡む所謂フェットチーネ。平打ち麺である。
シンク下の地袋を漁ると、都合よく麺が見つかった。
なんでもありかよこの茶店。


696 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:38:31 XERDNYiY0

(ツナ缶は……豆抜いてオムレツにすっかな。豆はパスタに入れよう。
 卵は冷蔵庫にあったし、玉ねぎとバターとチーズ、オリーブオイルはさっき出した。
 生クリームか牛乳はっと……おー、牛乳あんじゃんか。流石だな喫茶店〜)

しかし、とペパロニは頭を掻きながら考える。
スープパスタは確かに美味いのだろうが、少し彩が足りないように思えた。
冷蔵庫の中を覗けば、大根、にんじん、キャベツ、白菜、オクラ、カイワレ。うーむ、難しい。

(コレ使えそうなんオクラくらいだな。オクラと担々麺は……うん、多分いける。トマトの酸味と合うし。
 担々風だしチンゲンサイとかあればもっとよかったけど、まぁオクラでも大丈夫っしょ。
 ……でも念の為味はトマト寄りに仕上げるか)

ペパロニはオクラを取り出すと、次は香辛料の棚を漁る。イタリア料理にハーブ(合法)は欠かせない。
言わば歴女チームにとってのコスプレ要素のようなものだ。
なくてはならないし、ないと何なのかわからない。

(ワインは……よし、白がある。
 香辛料……は、一応一通りあるな。さすがに乾燥モノしかねーけど。
 ……ブーケガルニ……は、面倒だな。ま、別にそこまでこだわる必要ねーか)

ワインを見て少しだけ魔が差すが、流石にそれは自重する。
酩酊状態で戦闘など自殺未遂もいいところだ。というか未成年は酒を飲んじゃだめなんだぞ。めっ!

(あとはブイヨン……いちいちじっくり煮てる時間ねーし、コンソメ使うか)

タイムとローレルとチリペッパーを手に取りなんとなくで裏返すと、案の定賞味期限が半年前。別に食えなくはないが。
ふと、隣にあったナツメグが目に入る。これも入れてみるか、と手に取った。
賞味期限は見なかった。どうせ過ぎている事は想像に難くない。
どこかの予約期限みたいなものである。なぁに大丈夫。かえって免疫がつく。
多少(賞味)期限が過ぎていても、最終的に出来上がったものが美味ければそれでいいのだ。

(よし。レシピはなんとなくできた)

そこまで考えてからは、早かった。
オクラをさっと緑が鮮やかになるくらい茹でて、同時に鷹の爪は細かく輪切り、ニンニクは芯を取って潰す。
そうして火にかけたフライパンにケチケチしない大量のオリーブオイルと一緒にぶち込んだ。
やがてニンニクの香りが飛んできたら頃合いだ。惜しみなくラー油を入れてすぐにミンチを入れ、さっと強火で素早く炒める。
豆板醤と入れて焦がさないように何度か混ぜ合わせたら、最後に花椒とナツメグを少しだけ。

(完成〜。中華風肉味噌っと)

出来た肉味噌はタッパーによそい冷蔵庫へ。
せっかくの作りたてを冷やすのかと驚かれそうなものだが、ここが後に効いてくるポイントなのだ。
ペパロニは冷蔵庫を閉めながら舌でペロリと唇を舐めると、支給品袋から小さな手斧型のナイフを取り出す。

“メッツァルーナ”。直訳すると“半分の月”。
ペパロニにナイフ枠で支給された武器……もとい、イタリアの調理器具である。
一見すると拷問器具のような弧を描いた馬鹿でかい刃の正体はチョッパー。
別の地方では“ウルナイフ”と呼ばれ動物を解体する道具でもあるのだが、細かい事は気にしないことが吉、である。
見た目は扱い辛そうだが、シーソーのように適当に食材の上でメッツァメッツァに動かしているだけで、効率的にみじん切りができる便利な代物だ。

それを使って、玉ねぎ、マッシュルーム、ニンニクをあっという間にみじん切り。
熱した鉄のフライパンにバターとオリーブオイルを入れて、バターが溶けたらニンニクと玉ねぎを放り込む。
俗に言う飴色になるまで炒めるってやつだ。
全体に火が通ったら、皮ごとざく切りしたトマトとトマトジュースと白ワインを入れて、
ミネストローネ缶、ツナ豆缶の豆、ベーコン、ほうれん草、
マッシュルーム、ローリエ、タイム、鷹の爪、ナツメグ、塩、コンソメをぶち込む。
ここら辺はそれなりで、適当だ。
まあまあ美味ければそれでいいし、ペパロニが思うイタリアンなんてそんなものだった。
安い、早い、美味い! 手を抜いてもそれが実現できる素晴らしい料理、イタリアン!


697 : 鉄鍋のペパロニ! 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 01:42:02 XERDNYiY0

「うん、うまいトマトソースだ。いかにもトマトって感じのトマトだ。
 良い出来だなこりゃ。はー、自分相変わらず天才じゃねーかな。店開けるわこりゃ」

暫く煮込んだソースに指を突っ込んで味見をすると、あまりの美味さにペパロニは口角を上げてうんうんと頷く。
パスタソースはこれでほぼ完成だ。あとは麺を茹でたらトッピングするだけ。
平打ち麺と塩を沸騰した鍋に放り込み、ペパロニは、さて、とエプロンの腰紐を縛り直す。

(あとはオムレツでも作るか)

ツナ豆缶の余ったツナをスプーンでかき集め、玉ねぎのみじん切りと余ったミンチをさっと塩胡椒で炒める。
火は中火、焦がさないよう、慎重に。
フライパンを、振る。換気扇が唸る。鉄が擦れる音。香ばしい匂い。
額から汗が流れる。一心不乱に、我を忘れて手首を動かす。
跳ねるフライパン。火の粉をあげながら。一定のリズムで前後に動く。
一見すれば、一連の動作は弾丸の装填に似ていた。
そうして具ができれば、あとは牛乳をといたフワトロ卵で包んで、すぐに完成。

そうこうしてれば麺が茹で上がるので、驚くことにもう完成である。
大きな皿に平打ち麺を入れ、トマトスープを注いだら、牛乳を少し足す。
チーズと冷蔵庫の肉味噌をその上にトッピングして、最後に刻んだオクラと乾燥パセリを乗せてやる。
そうしてパルメザンをふりかければ……。

「ペパロニ特製トマトスープ肉味噌担々風パスタの出来上がりってね!」

肉味噌を冷ましたのは、固まった油分と旨味に、暖かいスープに混ぜた瞬間に溶け出して欲しかったからだ。
これをするのとしないのとでは、圧倒的に味と風味が違う。
油が冷えて白く固まり、半固形となった冷たい肉味噌を少しずつ崩して、熱々スープとオクラ、そして麺へ絡める。
これこそが、ペパロニの考えるこの料理の真髄である。
戦車道でもそんくらい頭使えよなっていうツッコミは野暮だ。

鼻歌交じりに器をホールに運び、ペパロニは席に着く。既に口の中はよだれで一杯だが、そこは料理人。
しっかりとエプロンを脱ぎ、手を合わせて、一人のみじめイタリアンだろうが、感謝を天に向けるのだ。

「っし! いただきまあ――――――「……あら?」――――――す、ぅ?」

出会いはいつだって唐突である。
からんからん、と乾いたベルの音。
ペパロニが間抜けな顔をあげれば、ドアの内側に立つ一人の女生徒。
ギブソンタックの金髪に、淡いブルーのカラーコンタクト。
すらりと真っ直ぐ伸びた足は細く、立ち方一つからでも気品が漂って来るようだった。

一人だけの孤独なパーティ。
光のない喫茶店で行われていたそれに、突然の来訪者が訪れた瞬間だった。


698 : スパイスは紅茶の後で 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:01:14 XERDNYiY0

あっ、こいつ、育ちが違う人間だ!

初っ端に抱いた印象は、それだった。
確か、名前はお茶の名前……アールグレイ……だかなんとかいったっけか。
確かどっかのお嬢様高校だったはず。セン……なんちゃら高校とかいう、強豪の。
馬鹿な自分とは合わなさそうだ、と偏見でふと思う。
価値観とか、なんかそういうのが。

「どうも」
「……ドーモ」

他人行儀でぶっきらぼうな返しに、ダージリンは手を口に当ててくすりと笑う。
磯の香りに混じり、美味しそうなハーブ系の匂いがしたから来てみれば、これだ。
まさか本当に悠長に料理をしている生徒が居たとは思わなかった。
あまりの危機感のなさに、流石に片腹大激痛。ある意味誰より大者だ。
不意に、脳裏に過ぎるはクリスティー式、6ポンド砲、猪突猛進。我等が誇りし暴走戦車クルセーダー。
どこかその車長の間抜けなところに似た面影を感じつつ、彼女は果たして大丈夫かしら、とふと思う。

「……アンツィオの副隊長さん、よね? お一人かしら?」

ダージリンが店のドアを開けたまま、建具枠に背を預けて訊す。
ペパロニは訝しげな表情をしたまま、フォークを置くと首を縦に振った。
静かに、机の下に下げた腕を腰に回す。汗ばんだ指が、もしもの為にベルトに挟んでいた包丁のグリップにゆっくりと触れた。
敵……それにしては殺意らしきものを感じないが、なにせこっちは袋の鼠。
状況的に分が悪い、とペパロニは思った。
窮鼠とて、いつも猫を噛めるとは限らないのだ。

「見ての通り、ぼっちメシっスよ」ペパロニがにへらと笑い、応えた。
「そう?」ダージリンが首を傾げる。
「そっちも一人みてーっスね?」ペパロニが訊して、
「そうね……」僅かに言い淀んだ。

顎に手を当て、視線を上げて暫く考えるように目を泳がせていたが、やがてダージリンは数拍置いて口を開く。

「……でも、わからないわよ? 貴女を罠には嵌めようとしているのかも」

口角が上がった口から溢れるその音は、心なしかやや白々しい。
ブジーア(嘘)、とペパロニは胸の中で呟いた。幾ら私が馬鹿でも、それはねーよ常識的に考えて、と。
そもそもこの場合、戦地で料理をしていた側の方が罠を仕掛ける可能性の方が高いのに。

「あのさーあ? 罠に嵌めようとしてる様な人間がそんな事言わないの、流石に自分でも判るっスよ〜?」

視線を離さないまま、椅子の位置を手で直す振り。
ナイフを背から太腿の間に素早く挟んだ。
ひやりとした鋼の嫌な温度が、ペパロニの柔らかい部分を伝わって、胸の奥をチクチクと痛めた。


699 : スパイスは紅茶の後で 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:08:59 XERDNYiY0

「ふふ、それもそうね」

ダージリンは口を隠しながら笑った。獲物は右にも左にも握られていない。

「殲滅戦には?」

ダージリンが、軽く朝の挨拶でもする様に尋ねる。
ペパロニは少々面を食らうが、成程それは最早真っ先に確認すべき事であるのだ。

「んあ〜……なんつーか、説明が難しいんスけど」

ペパロニは腕を組んで眉間に皺を寄せた。
答え方を選ぶような、そんな仕草だった。

「乗ってるといやぁ乗ってるし」編まれたもみあげをくるくると指で弄る。「乗ってねーっちゃあ乗ってねーっス」

その答えは彼女が望むものではなさそうだとペパロニ思っていたが、しかしダージリンは喫茶店の扉を閉めながら、

「あら奇遇ね、私もそんなとこよ。
 一応は、乗っていないつもりではいるのだけれど」

そう言って少しだけ笑った。
僅かにそれに安心をして、太腿に入った力が僅かに抜ける。包丁の刃は体温を吸い、僅かに暖かい。
ダージリンはゆっくりとペパロニの方へ足を進める。
こつ、こつ、とローファーの踵がリズムよく床を叩いた。
そうして五歩進んで、


「私を殺すんスか?」


靴の音が、止んだ。

いつもより声色が数トーン低いその科白が、ダージリンが想像していたものよりも遥かに軽い表情で、あまりにも自然に吐かれたからだ。
進んで戦うつもりもないが、殺すというなら仕方がない―――そんな表情だった。
落ち着き払ったその淡白さは、目の前の所謂“ノリと勢いだけはありそうな”彼女から酷く乖離して見えたし、
剰え死を享受しているとすら思えるその言葉が、まさかアンツィオの生徒の口から漏れるとは思わなかった。

怖い。

故に、ダージリンはらしくもないが素直にそう感じる。
“こわい”恐怖とはまた違った種類の、“わからない”怖さだった。
彼女の琥珀色の目が、真っ直ぐにダージリンの双眸を射抜く。
一瞬で光も闇も映さなくなったその瞳は、鋭くも柔らかくもなく、ただただ熱の宿らぬ虚無だった。

「……貴女」

首を横に振り否定し、ダージリンは足を再び進める。

「あん?」

ペパロニが色の失せた相槌を打った。悪態ともとられかねない、品が死んだ相槌だった。

「まるで、息を吸うみたいに言うのね」机を挟んで、ダージリンはペパロニの前に立つ。「“何か”見たのかしら?」


700 : スパイスは紅茶の後で 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:15:33 XERDNYiY0

今度は体が強張るのは、ペパロニの番だった。思わず吐こうとしていた息を飲み込む。
カマをかけたつもりは、一方のダージリンにはさほどなかった。
それでもその言葉に対してペパロニが明らかに“違う”雰囲気を醸し出したのは本当で、ダージリンは成程、と納得せざるを得なかった。
明確な答えが直ぐに来ないのが、即ち答えである。

対するペパロニは口をまごつかせた。
見透かされた事よりも、自分がこうも動揺している事実の方が、遥かに胸に深く刺さっていた。
かさぶたを爪で剥がされる様な、そんな鈍く不快な痛みが芯に走る。

「まぁ、それなり、っスかね」

不規則な呼吸からやっとの事で平静を装い吐き出した言葉は実にありきたりで、思わずペパロニは吹き出してしまいそうだった。
それなりってお前、そりゃねーよ。
口下手な西住ンとこの妹でも、もうちょっと上手く言うぜ、と。

「それに、さぁ。そうするしかねーってのは、馬鹿なりにわかってるつもりっスから」

そんな風に考えながら、ペパロニは続ける。
こっちは、本音だった。
そうするしかない。これは本当にそう思うのだ。

「そう。貴女、意外と冷たいのね」

だから、続くその言葉に少しだけ、きょとんとした。

「“つめたい”?」

ペパロニが間の抜けた顔で鸚鵡返しをすると、ダージリンは微笑んだ。
凍てついた向日葵の様な笑みだった。
冷たいのはどっちだ、と思う。

「薄情ともいうけれど」ダージリンは笑みを浮かべたまま続ける。「貴女みたいな人は、義理堅いタイプと偏見があったから」

―――もしかして、貴女、自分の学校の誰かが死んでも、割と平気なのではなくって?
さしものダージリンも、その台詞は喉の奥に飲み込んだ。
空気を読むとかそれ以前に、そんな莫迦みたいな言葉が浮かんでしまう自分が心底厭になった。
けれども、怯えず震えず呑気に料理をする時点で、ある意味既に十二分に狂ってるのだ。
まあ、真っ先に人を殺めてしまった自分が言う科白ではないのだけれど、とダージリンは胸の奥で自嘲する。

「あのさぁ〜……喧嘩売るっつーなら買うっスけど、飯食ってからにしねぇっスか?」

ペパロニが肩を竦めながら言った。
ぱちり、とダージリンは瞬きを、一回。
青い瞳が机の上のパスタへとくるりと動く。トマトとハーブの混ざり合った匂いが鼻腔をくすぐった。

「安心して、貴女と同じ。自分から売るつもりはないの。
 ただ売られたものはちゃんと購入した上で、きっちりおかえしするつもりではいるのだけれど、ね」
「さっきのは挑発って取られてもしかたねーと思うんスけど……ま、いっか」


701 : スパイスは紅茶の後で 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:20:44 XERDNYiY0
「……」
「……」

無言。
無言が続いた。
出来立ての大量のトマトスープパスタから立ち昇る湯気だけが、暗い部屋の中で騒がしく踊っている。
パスタは大皿に、どう見ても過多な量が盛ってある。
目の前に居る女性の腹に入るとは到底思えない、漫画みたいな量だった。
ダージリンは思案する様に口元に手を当てて、大盛りパスタとペパロニを交互に見る。
ペパロニの手にはいつの間にかくすんだ銀色のフォークが握られていた。

「……待ち人でも、いるのかしら?」

沈黙に音を上げたのは、ダージリンの方だった。
放っておけば恐らく良い方には行かないであろう彼女の未来が気がかりなのは確かだったが、
状況的に自分は明らかに邪魔者で、居心地は決して良くはない。

「まぁ、そんなとこっス」

質した言葉に数拍置いて、ペパロニは当たり障りのない声色で答える。
僅かに含みのある言葉だった。
邪推すれば幾らでもその含みに対する答えはあったが、しかし考えることはしなかった。

「あら、そう」ダージリンは故に、安心した様に笑う。「邪魔をしたわね」
「別に」ペパロニは素っ気なく答えて、肩を竦めながら続けた。「多分スけど、此処じゃもう会えそうにもないっスから」

ペパロニは視線を落として、椅子に背を深くもたげると、フォークをくるくると回した。
僅かに店の外から漏れる光を、フォークが鈍く反射して、机を柔らかな白で染める。
ダージリンは溜息を小さく吐いた。油とハーブのフレーバーと“何か”が混ざり合い、奇妙な匂いで店の中は満ちている。
それを長く長く吸うと、ゆっくりと口から吐く。鼓動はいつもより少しだけ早かった。

「もう行くわね」

目を細めて呟いて、ダージリンは踵を返す。

「久しぶりに人とゆっくり会話した気がしたわ。ありがとう」

少なくとも、それで、終わりのつもりだった。
女の勘、というやつだ。
彼女の浅からぬ事情には、深く入ってはいけない予感がした。
とは言え、一人でも多く救う方針のダージリンにとって、彼女が放ってはおけない気配を纏っていたのも事実だった。
しかし、待ち人という言葉が意味する事情とその態度には、不思議と“まだこの人は大丈夫”と思える雰囲気があった。

言うまでもなく、彼女、ペパロニが自分と似ても似つかぬタイプであることには変わりはない。
が、どこか冷めて一歩引いている様に見えるその姿は、何故か自分と少しだけ重なっているように見えてしようがなかった。
自分が喋る後ろで自分が俯瞰している様な、舞台から見下ろす様な―――もしかしたら、彼女にもそんな景色が見えているのかもしれない。
ただ、そんな重なる立ち位置であっても、何か決定的な違いがあるように見えたのだが、
それを考えることは酷く億劫で、何より推論の域を出ない。
故にペパロニから足を背ける。存外、自分は面倒臭がり屋なのだ。

銃撃の音がする。

ドア一枚隔てて、此処は戦場だ。
ダージリンはドアの前に立ち、押し棒を押す。軋む扉が鉛の様に重く思えた。
手に視線を落として、はっとする。指が小さく震えていた。
それを隠す様に、左手を添える。
それはまるで自分の体がこの空気を名残惜しんでいるようで、ダージリンは口を歪めて自嘲した。
何を今更、下らない。
戦場に出るのが、厭だなんて、そんな。
水族館を出る事が意味する現実を、あの紅茶を飲んだ時から、散々お前は知っていただろうに。


702 : スパイスは紅茶の後で 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:25:11 XERDNYiY0
「―――――――――――――待った」


そんな風に思っていたところへ背後から急に声がかかるものだから、少しだけぎょっとして、肩が跳ねた。

「……何か?」

ダージリンは開きかけた扉を閉めると、動揺を隠しながらそう言って振り向く。
ペパロニは怪訝そうに小首を傾げていた。
ダージリンは思わず唇を尖らせる。首を傾げたいのはこっちだ。

「何って、アンタ……食ってかねェんスか?」
「……はい???」

しかも、それがただの食事の誘いだというのだから、本当に笑える。

「私が?」ダージリンは自分を指差しながら質した。
「私が? って……オイオイ冗談キツイっスねぇ」ペパロニは笑う。「他に誰もいるわけねェじゃないっスかぁ〜」

―――そんなことは言われなくともわかっている。
ダージリンはむっとしてペパロニを見た。

「見たら分かるっしょ? 1人じゃ食い切れねーっスから、コレ。
 いつもの癖でさ……たはは、笑っちまうっスよね」

ペパロニは頭を掻きながら笑っていた。
ポモドーリ・セッキの様な嗄れた笑みだった。

「三人分もさ、作っちまうなんて……一人しか居ねーってのに、ホント、バッカみてー……」

ダージリンは腕を組んで、彼女の元に足を蜻蛉返りして、見下ろす。
項を垂れて自嘲するその様に、哀れみの様な感情を覚えた。

「そう……でも、悪いわ。一応私にも支給された食料があることだし」

しかしそれはそれとして、一体どういう風の吹き回しか?
ダージリンは訝しんだ。
“ある意味では乗っている”側の人間がする態度として、彼女のそれは酷く矛盾して見えたのだ。
突き放す用な素振りと、中身の無い笑み。昼行灯の様な態度と、向かうべき方向を失ったような言葉。
全てがちぐはぐで、奇妙だ。
真意が解らない、と思った。

「細けぇ事ぁ気にすんなって。私はただ食っていってくれって言ってるんス」

ペパロニは掌をひらひらと振りながら、ぶっきらぼうに言って、続ける。

「“メシは一人で食うな、食事の席では敵も味方もない。皆と楽しみながら食え”ってね。それが……うちの姐さんの教えっスから」

嗚呼、とダージリンは一人ごちる。
成程そういう事。つまるところ、彼女はただ自分よりも、アンツィオのその教えを優先していただけなのだ。
ずっと感じていた違和感や二面性の正体はきっとそこだった。
しかし、それは彼女が終わった試合の続きをするように―――或いは、失いたくない何かに縋っているように、ダージリンの目に映った。
遵守、同調、尊敬。
きっと、いずれにもそれは当たらず、意味を失くした何かの約束をただただ惰性で履行しているようにさえ感じたのだ。


703 : スパイスは紅茶の後で 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:33:45 XERDNYiY0

「……そう? なら頂こうかしら。実を言うと私もお腹はペコペコに減っていたの」

そんな風に考えながら、組んだ腕を解いて、ダージリンは目の前の椅子の背を引く。
今頃オレンジペコもお腹がペコペコなのかしら、となんとなく思う。
あまりにセンスがないギャグに一番自分が驚いた。サンダースの隊長の方がまだギャグにキレがある。
ペコがペコペコてお前。やかましいわ。

「いただきます」
「どーぞ、おあがりなさいっス………っと、皿とフォークがねーっスね。持って来るっスよ」

台所に一度引っ込むと、ペパロニは深めの皿と銀色に光るフォークとレンゲ、それと水の入ったガラスコップを持って小走りで戻ってくる。
そうして大皿のパスタを取り分け、トッピングを乗せると、それをダージリンに差し出した。

「味には自信あるっスよ」

ダージリンはフォークとスプーンを手に、皿を覗き込む。
平打ち麺のトマトスープパスタだ。上にはミンチとオクラが乗っている。
スープパスタ自体はよく見るが、オクラとトマトの組み合わせは初めて見た。
おずおずとフォークで麺を巻き、レンゲに乗せる。その上にミンチと輪切オクラを少し乗せ、口に運んだ。

―――――――――瞬間、真夏の野山に広がる青々しい草叢のような爽やかな風味が口の中に広がる。トマトと白ワインの深みのある酸味だった。
風で、背の揃った新緑がサラサラと揺れる。
規則正しく、鮮やかに。空は雲ひとつない青空。どこまでも、どこまでも。
地平線の向こうまで緑は続いていて、その中心に、白い道が見える。うねりながら伸びて、細く細く消えてゆく。
しかしその印象はすぐに�惜き消える。
二口目にはまろやかなチーズの香りと、ピリッと辛い肉味噌と鷹の爪。力強く、暑さが伝わってくるような味だった。

言わば、岩山、である。
太陽がじりじりと照らす、夏の岩山だ。土は赤っぽく、草はほんの少ししか生えていない。
足場は、酷く悪い。岩は大きく、普段人が通らないのだろう、道は無いに等しかった。
白いシャツを着たまま、そこを走ってひたすら登る。足には乳酸が溜まっている。筋肉が震えている。
滝のように汗が吹き出る。拭っても拭っても止まらない、シャツが肌に張り付く、蒸し暑い。
地面を蹴る、蹴る、蹴る。大地は少し湿っている。土の匂いがする。僅かに鉄っぽい。
登りきって、遠く広がる景色を見て息を飲む。雲の下には平原が広がっていた。さっきの野山だった。景色は繋がっていたのだ。
麦わら帽子を取って、深呼吸をする。
風の音がする。僅かしかない草がざわめく音がする。石が転がる音がする。遠く鳥の声がする。
深呼吸、風の噂話、草のざわめき、石のおしゃべり、鳥の歌。
旋律となって、鼓膜を揺らす。自然のリズムと、夏の予感。一心不乱に丘を登ってはまた降りる。
降りる、登る、降りる、登る、降りる―――――――――。

ダージリンは我に帰った。
気付けば、一心不乱に貪るように食べていた。心の底から本当に美味しかったのだ。
決して上品な味ではない。しかし忘れられない何かがその味の奥にあった。
人を虜にする味だった。


704 : スパイスは紅茶の後で 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:39:13 XERDNYiY0

「……美味しい」

何気なく言って、目の前を見た。

「あーあ。クチ、つけたっスね?」

するとそう言ってペパロニが嗤うものだから、一瞬にして悪寒が走る。
ダージリンは思わず唇に指を這わせた。

―――毒!?

一抹の不安が脳裏に過ぎり、ひやりと背筋に冷たい汗が這った。
立ち上がろうとして、身体が動かないことに気付く。
存外そういう時は考えが全く回らないもので、毒だとしてもどうにかすればなんとかなる、だなんて思ってしまう自分に胸中で拍手を送った。

「……いやいやいや。本気にしたんスかぁ!?
 嫌だなあ〜冗談に決まってンじゃねーっスかぁ〜! 毒なんか入ってねーっス!」

そこまで考えて、腹が立つくらいのお気楽声。
柄にもなく強張ったダージリンの表情を見て満足したのか、ペパロニが頭の後ろで腕を組みながら笑っていた。
思考が徐々に現実に帰ってゆく。
五秒ほど上の空のままペパロニを見つめて、自分がからかわれたのだと気付くと、人生最大の溜息を吐いた。

「……悪い冗談ね」

呼吸が覚束ないままようやく吐けた言葉は月並みなそれで、まったく戦車道履修者とは戦車がなければこうも弱い人間なのか、と苦笑する。

「なぁんだ。ポーカーフェイスばっかだと思ってたけど、意外と怖がりなんスね」

ペパロニが白い歯を見せてにかりと笑った。ダージリンはむっとして頬を少し膨らませる。

「女子高生ですもの」
「そんな顔すんなって。わりーわりー!
 まあ、もっかいちゃんと食ってみてくんねー? ソレさ」

不服げに目を細めながら、平打ち麺を口に運ぶ。
悔しいけれど、これが本当に美味いのだ。

「癪だけれど、とても良い味ね」

ダージリンが吐き捨てるように言う。
ペパロニは悔しがるダージリンを見てしたり顔で笑った。

「そうだろそうだろー? ウチらアンツィオが作るものはどんなものでも最ッ高の味なんだぜ。
 なんせ心込めてるっスから」
「こころ?」
「そ。料理は"心"っスよ! 手間を惜しまず少しでも美味いものを出す! それが料理人の心ってもんっスから!」

そういうと、ペパロニは胸を前に出して、どんと拳を打ち付ける。

「ふぅん」ダージリンはそんな彼女を見て微笑む。「いい言葉ね」
「だろー?」
「戦車道も、そうだったらよかったのに」

空気が変わった、と。
ペパロニはそう思った。
夏休みの夕方、ヒグラシの鳴き声のような切なく寂しい音が、その科白には篭っていた。
昔、陸に降りた時、何回か聞いたことがあった声だ。
蝉は自分より五月蝿いから好きじゃないが、ヒグラシの声は少しだけ好きだった。

「貴方にとっての戦車道は、何かしら?」


705 : スパイスは紅茶の後で 〜T型定規作戦〜 ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:44:28 XERDNYiY0

“どうしたんすか、いきなり”。
そう言おうとしたが、ダージリンのその言葉に遮られる。

戦車道。

聞き慣れたはずのその単語に、言葉が詰まる。
自分にとって戦車道とは、なんだ。
数年やっておきながら、それはペパロニが初めて向き合う話だった。
それを考えるのは、頭の悪い自分ではなく他の誰かなのだ、と。
きっとそんな思いが何処かの片隅にあったのだ。

「今のこの状況を、あの男は“殲滅戦”と言った」

フォークでスープパスタに乗っているオクラを刺しながら、ダージリンがぼそりと呟く。
視線は真っ赤などろりとしたスープに落ちている。

「そう、スね」

ペパロニは応える。
ダージリンは器用に、くるくるとオクラごと麺をスプーンの上で巻いた。

「そこで頷くのは、違うと思うの」
「違う、っスか?」
「違う、のよ」

スプーンを口に運び、ダージリンは上品にそれを食べた。
子供の頃に題名も忘れたアニメで見た、どこぞのお姫様のようだ、とペパロニは思った。
パスタを食べる時にスプーンを使うのは日本人だけらしいが、ペパロニはさしてそれを気にしない。
イタリアは好きだが、別に彼女はイタリア信者ではないのだ。

「少なくとも、これを“殲滅戦”と言っている事が、それを認めている人がいるのが。
 ―――そして油断すると許容してしまいそうになる自分が、私は何より許せない」
「どうしてスか」
「だってこれは殲滅戦でもなんでもない、ただの殺し合いでしょう? 貴女はそう思わない?」

確かに。ペパロニは頷いた。

「逆に言えば、だからこそ私は甘い考えは捨てたいと、そう思って街に歩いて来たの。
 だってこれ、戦車道じゃあないんですもの。
 私はそう思った。だから、それなりの覚悟と態度をする必要があるって、ね?」

入口の窓から射す光が、急に弱くなる。空は曇っているようだった。
嵐でも来るのかもしれない。ペパロニはそんな風に思いながらパスタを口に運んだ。
そうして津波でも来れば、覚悟も態度も戦車道も関係なく、全部どうでもよくなるのに。

「ごめんなさいね、楽しい食事が不味くなるわよね」
「別にいいっスよ〜」ペパロニは左手をひらひらと翻しながら続けた。「そこまで小難しい事わかんねーし」
「……こんな格言を知ってる? “食べるために生きるな。生きるために食べよ”」

知らない、とペパロニは胸の中で呟く。
彼女は頭が良くないのだ。

「ソクラテスよ。生きるために、貴女は何か考えているかしら?」
「生きるために、スか?」

生きる為に、考えていること。胸の中で反芻して、何もないと気付く。
生きる事は目的ではなく、なんとなくそこにあるものだったのだ。
普段、意識もせず酸素を吸って二酸化炭素を吐くのと同じに、生きる事はペパロニにとって考える事には繋がらなかった。


706 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:49:53 XERDNYiY0

「生きる意味を持て、ってコトなの。さっきの言葉」

ダージリンは静かにフォークを置いて、ゆっくりと言う。
生きる意味とは、何だろうか。
ペパロニは足りない頭で考えようとして、馬鹿馬鹿しくなって直ぐにやめて麺を啜ってオムレツを食べた。

「貴女、覚悟している割に、少し浮いて見えたから」
「浮いて見える?」

ペパロニは尋ねながら、曇ったグラスに注がれた水を飲む。僅かにカルキ臭い。

「そ。上手く言えないのだけれど。でも少なくとも、そんな目で笑うのはやめたほうがいいわ」
ダージリンがレンゲでスープを掬いながら言う。
「空っぽの笑顔は、怖いだけよ」

少し、ぽかんとする。
空っぽの笑顔。そんな風に笑っているつもりは、ペパロニには毛頭なかったからだ。

「そんな顔、してたっスか」

頭を掻きながら、ペパロニは苦笑する。
ええ、とダージリンは相槌を打ちながら笑った。
種類的にそれは愛想笑いだったが、少なくとも空虚とは程遠い笑みのように見えた。
無意識に、唇に指を這わせる。ほんのりと生暖かい。血が通っている。生きているのだ。
決して感情が無くなったわけではない、とペパロニは思った。

料理をする事で、現実の問題を考えないようにしていた節は、確かにあった。
どこか上の空。よく言えば、楽観。
何となく馬鹿げた現実を考えるのが嫌で、だから煙草を吸って煙に巻いたのだ。
扉を閉じて暗がりに篭って、一心不乱に料理をしたのだ。

「らしくないっスかね」
「そうね。何をもって貴女らしいというかは分からないけれど」
「……うーん。私らしいって、なんなんスかねぇ〜」

頭の後ろで腕を組み、ペパロニは椅子の背に体をもたげた。ぎしりと椅子が軋む。

「じゃ、訊くけれど。貴女に足りないものは、なんだと思う?」

少し考えるようなそぶりをして、ダージリンが温和な声で質す。
あまりに脈絡の無い質問で、ペパロニは目を白黒させた。

「足りないモノぉ?」
「そ。足りないモノ」

ダージリンは微笑むと、頬杖をつきながら繰り返す。
頭の後ろの腕を解き、ううんと唸りながら、ペパロニは腕と足を組んだ。
なかなか無いという意味の唸りではなく、ありすぎて選べないといった類のそれだった。
視線を落として、テーブルの上を見る。向かい側にある皿は綺麗で、自分の皿は酷く食べ方が汚かった。
足りないものは色々とあるが、きっと一番はそういうところだ。

「女子力ぅ……ッスかねぇ……」

ペパロニは小難しそうに小首を傾げながら応える。
ペパロニおねえさんに限らず、アンツィオちほーのフレンズが女子力をつけるのが苦手というのは、皆に言えることではあるのだが。

「そう? なら、それで十分じゃなぁい?」
「へ?」
「……考えるだけ無駄ってことよ」

ダージリンは微笑みながら言うと、オムレツを少し頬張り、コップの水をゆっくりと飲んだ。随分と余裕のある表情だった。


707 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 02:56:17 XERDNYiY0

「ふーん? ま、良いや。
 あ、そうそう! ところでその料理さあ――――タダとは言ってねぇんスよねえ」

あまりに突然の宣言と、悪巧み顔。こちらが完食するのを待って居たと言わんばかりのそれだった。
何やら不穏な空気を感じてか、コップを置いてダージリンが顔を曇らせる。

「……一応、聞くわね。どういうつもりかしら?」
「借りっス」

そうして投げた問いに対して呟かれた言葉は、完全にダージリンにとって埒外で、

「は?」

思わず裏返った声で聞き返す。
勿論、聞き間違えでないのはわかっていた。
わかっていたが、解せないのも本当だった。

「だから、借りっス」
「借し、ではなくて?」
「あー、ソレ!」

あっけらかんとそう言い放ちながら笑うペパロニに、ダージリンは溜息を吐いて肩を竦める。
日本語くらいきちんと言ってほしいものだ。

「ランチを借しって言われたのは初めてだわ」
「じゃあ……取引っス。昼メシの代わりに、一つだけいいスか?」
「なんだか流れが唐突だけれど、どうぞ」

ダージリンが促す。
別に相談を受けるくらい、とは思う。安請合いはしないが、ある程度の事ならばと思った。
ところが、である。







「頼んます、アンチョビ姐さんを、守ってやってください」







卓に手をついて、ペパロニはそう言って頭を下げたのだ。
予想外の願いに、ダージリンは呆気にとられて閉口する。
言うに事欠いて、守ってくれ、だなんて。
その願いこそ、こんな世界では守れる保証なんて何処にもないのに。
しかもよりにもよって、そんな事頼みそうにもないアンツィオの副隊長が、それを他校の人間に。


708 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:01:27 XERDNYiY0

「ええと……」さしものダージリンも、柄にもなく言い淀む。「プライドとかないのかしら?」

「自分さあ、馬鹿っスから。だからこうするしか分かんねーんスよ。
 だって人間一人の力じゃあ、もうどうにも……どうしようもねェんじゃねーかって。
 あー、ほら私ってさぁ、頭も悪けりゃ、記憶力もからきしなんスよ。しかもどだい女で、力も知れてるんス。
 それにウチらは……悔しいスけど、弱小高校のアンツィオだ。そればっかりはどうしようもねー。
 オツムは足りない。金もない。統率力もイマイチないし、忍耐は弱い。すぐに喧嘩する奴らばっか。
 まぁ知っての通りそんなどうしようもねえ学校でさ、ウチって。
 こんな馬鹿げた殺し合いで頼りになる奴なんて、せいぜいカルパッチョのヤローくらいしかいねェんスよね。
 だからもし、ウチの姐さんを見つけたら守ってあげてほしいんス」

ペパロニは両手の指先同士をくっつけて動かしながら、続けた。
視線は動く指先に落ちている。
いやに饒舌だ。ダージリンはそう思った。
まるで、こちらに口を挟まれたくないかのような。

「姐さん、人見知りっスから。
 簡単に騙されたりするだろうし、誰かが死んだら悲しむし。
 それに自分で行動しちゃうし、後先考えないトコ、たまーにあったりするし。
 誰にでも優しすぎるからなぁ、あの人は。うん、そーゆーとこあるわー」

そこが良いところなんだけど、と付け加えて、ペパロニは口を真一文に閉じた。
悪態とは相反して彼女は嬉しそうに、本当に心の底から嬉しそうに自校の隊長を語っていた。
ダージリンは少しだけそれを羨ましく思う。
慕われている事を見て嫉妬だなんて、と胸中で苦笑。

「……貴女の口からそんな言葉が出るとは、夢にも思っていなかったわ」

言うべき言葉は、何からにしよう。
散々迷った挙句、ダージリンが最初に選んだ科白は、ありきたりなそれだった。

「そうスか?」

ペパロニはテーブルの下に手を下ろすと、太腿に挟んでいた包丁をテーブルに置き、顔を上げる。
“色”の違う視線が、交差した。

「自分でも正直、どうかしてると思ってるっス。
 でも考えて考えて、どーしよーもなく考えまくって。
 んで、私が料理でもしたら匂いにつられて姐さん達が来るんじゃないかなぁ〜、なぁんて……はは、馬ッ鹿みてー。
 それで三人前も作っちまうんだから、たまんねーっスよね、マジで」

情けない自嘲が、ペパロニの半開きの口から溢れる。
大皿には、パスタがまだ余っていた。二人では到底食べきれない量だった。

「でもそんな馬鹿なこと思いついて、実際やっちゃうくらいには参ってるんスよ」

ペパロニは頭を掻きながら、続ける。
P40の砲身の様に真っ直ぐで、真摯な声色だった。

「それを受け入れてくれるなら、私はアンタら……セン……センチ……? ……グロ……グロテ…スク……? の仲間になってやるっス。
 そっちの生徒にゃ手は出さねーっスよ。あっちが手を出してきても見逃してやるっス。
 まあ、アンツィオ以外とはチームは組まないっスけどね」

そういう取引ね、とダージリンは納得する。
色々言いたいことはあるけれど、と顎に手を当てるが、何より先ずは、

「聖グロリアーナ」
「へ?」

そう。何より先ずは、この失礼なおバカに正しい校名を認識させるところからだ。
なんだ、センチグロテスクて。どんなカテゴリだそれ。TSUTAYAの万年準新作コーナーのB級アメリカ映画かよ。

「学校の名前! 交渉するならそれくらい間違えないで頂戴」
「あー、聖ゲロバナナ?」
「グロリアーナ!」
「アロエリーナ」
「グロリアーナ!!!」
「はいはい、ぐろりあぁな、ね」

分かっているんだか分かっていないんだか。
正しい音をペパロニが発したところで、ダージリンは荒い息を整えるように一旦咳払いをして、口を開いた。

「こほん。……貴女の意見はわかったわ。でも」

そう、でも、なのだ。
ダージリンは表情筋の裏側で笑った。
アンツィオの隊長がお人好しの甘い人間だというのは、解る。
ペパロニが嘘をついていないであろう事も、勘だが、解る。
しかしながら取引とは、立場が対等ではない。
提案する側は縋りたいからこそ提案するのであって、言われた側にこそイニシアチブはあるのだ。
なればこそ、その戯言をすんなり受け入れられるほど、ダージリンは人が好くはなかった。
ましてやこの場所この状況だと、尚更だ。




「私が―――――――――――――――――“嫌だ”と言ったら?」




故にダージリンは、フォークを手に取って、そう問いながら目前に向ける。
ぎらりと光る四本の針先が、ひゅん、と風を切ってペパロニの鼻先に届いた。


709 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:04:34 XERDNYiY0

「……へ? あー、やだ、っスか……えっと、それは……」

あからさまに狼狽するペパロニに、思わずダージリンは目を丸くした。
何故そこまで慌てるのか、と考えて直ぐに、はっとする。
成程、目前の副隊長は断られるなど最初から微塵も思っていなかったのだ。
真摯過ぎる素直さ、或いは、ただの阿呆か。
何れにせよそんな馬鹿げた交渉があるか、と思い、思わずフォークを落としそうになる。
どうしてやるのが正解か、と腹の底から黒いものが滲み出すが、視線を落とせばトマトソースに汚れた空の取り皿。
これを借りと呼ぶにはあんまりではあるけれど、確かに、ある意味彼女は素直で真っ直ぐな人間だった事は証明された。
隠していたであろう獲物をわざわざ見える位置に置いたのも、彼女なりの礼儀だろう。
それに応えるのもまた、淑女の努めではある。
さて、ならば。

「こんな格言を知ってる? “空腹では、隣人は愛せない“」

ダージリンはフォークを下ろし、静かに言った。ペパロニは小首を傾げる。
紙ナプキンを手に取り丁寧に口を拭くと、ダージリンは肩を竦めて小さく笑った。

「ウッドロウ=ウィルソンよ」
「はあ」
「逆を言えば、満腹なら、隣人を愛せる。
 ……ランチ、御馳走様。美味しかったわ。だから協力も辞さない。
 これは本当にそう思ってるの。受けるのは吝かではないとも――――――――ただし」

人差し指を、立てる。
ペパロニが眉間に皺を訝しげに寄せた。

「さすがにアフターティーとウェルシュケーキ抜きのランチだけでは釣り合わないから、条件があるわ。
 誰も彼も、無償の愛を万人に与えられるほど、聖人君子ではなくてよ」

じょうけん、とペパロニが繰り返す。ダージリンは頷いた。




「―――――――――貴女の武器と食料と情報、スマホも含めて全て渡しなさい」



ホント、意地が悪いわよね、と。
自分でも思って、胸の内側で深い溜息。


710 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:11:49 XERDNYiY0










入り口の扉の小窓から、日の光がテーブル上の空の皿を柔らかに照らしている。
街は静かだ。銃声も一旦止んでいた。
束の間の静寂は、まるで世界が時を止め凍て付いたかのようだった。

「は?」

ペパロニは横暴な条件に困惑した。
武器、食料、情報。その全てを手放す事の詰み具合を判らない程、彼女も馬鹿ではない。
それが意味するのは、事実上の死。
目の前の人間は、つまるところ“隊長の為にお前は野垂れ死ね”と、そう言っているのだ。

「そうすれば考えてあげてもいいわ。貴女のとこの隊長を先ず探して、見つけ次第保護してあげる」

ダージリンはテーブルに肘を置き、手を組んで口元を隠す。顔には深い影が落ちていた。
髪の隙間から、深い青色の瞳が覗く。獣のような眼光に、思わずペパロニはぞっとした。
風の噂で、怒らせれば一番怖いのはあのイギリスかぶれの学校だ―――なんて、アンツィオの不良からは聞いてはいたけれど。
だけどそんな条件、飲めるわけがない。
ペパロニは思わず立ち上がった。グラスが揺れて、水が溢れる。
ダージリンはピクリとも動かない。
脚と手を組み、黙ってペパロニを真っ直ぐに見据えている。まるで品定めをする様に。

「だからって、そりゃ……!」
「飲めないとは言わせないわ」

ペパロニの荒ぶる声に、間髪入れずダージリンはぴしゃりと吐き捨てるように言う。
遠く、町から銃声が轟いた。命を奪う音だった。
ペパロニはぎりりと奥歯を軋ませる。
その銃口が、殺意が、自分の敬愛する隊長に向いているかもしれないと思っただけで気が狂いそうだった。

「人の命を助ける約束よ?」

ダージリンは嗤う。思わずぞっとする残酷な笑みだった。

「重いも軽いもない、“命”なの。解る?」

朝の市場で魚を値踏みするような視線に、ペパロニは固唾を飲んだ。喉がごくりと音を上げる。

「なら、そのくらい妥当ではなくて? それとも、その覚悟すらなくそんな頼みを?
 だとすれば―――」

―――随分と、甘い考えをお持ちで。
そう続いた胸を抉るような言葉に、ペパロニは黙って俯くしかなかった。
唇を噛み震える拳をぐっと握るが、返す言葉は見つからない。悔しさがじわじわと込み上げてくる。

……そうだ。自分は見ず知らずの命を助けろと他校の隊長に恥を承知で頼んでいる。
それはきっと、彼女のような人間からすればとんでもなく失礼な事で、あり得ない事なのだろう。
だからこそ、今、覚悟と対価を問われている。
誰かに命を救う事を頼むという、本当の意味を。

「言っておくけど、私、こう見えて優しくないのよ。妥協するつもりはないから。
 さて……どうするの?」

コチ、コチ、コチ。
沈黙と暗がりに満ちた部屋の中、蜘蛛の巣のかかった壁掛け時計の秒針の刻むリズムが、ペパロニの鼓動と重なる。
それは動揺した彼女のそれよりも僅かに早く、選択を急かされているようで、無性に息が詰まった。

断る事は隊長への裏切りに近いもののように思えた。
しかし受け入れる事は、自分の命をドブに捨てるのと同じだ。
少なくとも、ペパロニはそんな下らない事で死にたくはなかった。
死ぬ事への覚悟は出来たつもりだったが、無様に死ぬ事を善しとしたわけではないのだ。
切り込み隊長である自分が戦わずして死ぬ事は納得いかなかったし、何よりもアンツィオへの裏切りに思えた。
考えろ、とペパロニは爪を噛みながら席に座る。

コチ、コチ、コチ。

嗚呼、時計の音が、煩い。







711 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:15:46 XERDNYiY0



三分。
沈黙が続いた時間だ。
悪趣味な質問だったとは、さしものダージリンも思っている。
しかしそれでも、これだけは聞いておきたかったのだ。
“考えない彼女の考え”を、言語として知っておきたかった。



「――――――――――――嫌っス」



そうして漸く捻り出された第一声は、実にあっけらかんとした表情から零れ落ちた。
ダージリンは一瞬意外そうな顔をしたが、すぐにポーカーフェイスに戻る。

「……ふぅん。どうして?」
「よく考えたら考えるまでもなかったっス。
 だって、武器を渡したら、私が姐さんを守れねー。
 空腹になっても、姐さんのとこまで歩けねー。
 スマホなくしたら、姐さんと連絡が取れねー。
 それは嫌っス」

単純な話っスよ、とペパロニは白い歯をにかりと見せる。




「副隊長の私が守れなくて、一体誰が姐さんを守るんスか?」




瞬きを、一回。
ダージリンはペパロニの目を見る。真っ直ぐで芯のある光が灯っていた。
彼女のことを少し勘違いしていたのかもしれない。

「そう」

ややあって、肩の力を抜いて少しだけ微笑み、続ける。

「安心したわ。そこでのこのこ武器を差し出す愚者なら、私、貴女を軽蔑していてよ」

正直なところ、ダージリンはペパロニが素直に武器を渡してくるのではと思っていた。
そんな自分の至らなさを僅かに叱る様に、ダージリンは顎を擦る。

「いいわ。その提案、受け入れてあげる」
「マジっスかぁ!?」
「マジっスよ」
「ありがとな〜ダジ様〜!」

ころころと変わるその表情に、妙に安心感を覚えた。
やはり、どこか彼女は落ち着きのないあの子に似ている。
それは聖グロリアーナの生徒にはないもので少し羨ましくもあったが、
しかしそれが必ずしも善であるかと問われれば、そういう話でもないのだ。
特にこういった催しの中では、それはある意味で弱さでもある。
素直さは、時に愚直だ。故にダージリンは、彼女へ心を許さない。


712 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:21:25 XERDNYiY0

「でも、別に助けられることが決まったわけじゃないのよ」

冷たい水を道に撒くように、言い放つ。
それは厳しい響きをしていたが、ダージリンなりの優しさでもあった。

「悪いけど、もう死んでるかもしれないし、ゲームに乗っている側なら“対処”する必要もあるわ。
 ……そんな顔はやめなさいな、仮定の話よ。
 約束はできないけど、約束はするから。だから安心して」

その言葉へ訝しげに首を傾げるペパロニに、善処するということよ、とダージリンは言葉を付け足した。

「よっし。そんじゃ決まりっスね」
「休戦協定ね」
「ブロア条約っスね!」
「……そうね」

当時のナポリがどういう状況だったか知っているのかしら、とダージリンは思いながら手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

腹八分目。この島でこんな上等な食事にありつけるとは思っていなかった。
深く息を吐いて、少しだけ、迷う。
先程まで戦っていた相手が誰であったのかを言うべきか言わないべきか。
それもあったが、彼女をどうしたいのかと言う一点が特に強く胸の奥に引っ掛かっていた。






「……来る?」






僅かに迷って、切り出す。
後悔したつもりはなかったが、言ってしまった、と自分で思った。

「へ?」

思った通りの間の抜けた返事が、部屋の中に沁みていった。想定の外の提案だったのだろう。

「一緒に来る気はありますか、と聞いているのよ。
 勘違いしないでね? 別にチームとかそういうのじゃなくて……とは言えチームは組むのだけれど、体裁上のものよ」
「ていさいじょう」ペパロニは意味もなく繰り返す。「どういう意味スか?」
「一人より二人の方が生存率は上がるし、お互いのチームメイトの信頼が得やすいと思わない?
 敵は少ないに越した事はないでしょう?」

ダージリンが頬杖をつきながら言った。
ペパロニは頷く。確かにその話には一理あった。

「まぁ……そうっスねぇ……」

しかしペパロニは渋い顔で呟く。
正直なところ、その提案にはあまり乗り気ではなかったのだ。
他の学園艦の人間に協力する気が更々無かった事もあったが、それにより自分の行動が制限される事も嫌だった。
ただ、やはりダージリンの言う通り、敵は少ない方が良い。
勿論敵が出来れば戦う事への覚悟はあったが、戦っただけ傷を負う可能性も上がり、即ち死ぬ確率も上がる。
それを考えれば、素直に提案を呑んで一時的にでも組んだ方が良いとも言えた。
なにせ自分は生身の人間。間違っても戦車ではない。
弾丸から身を守る特殊カーボンなんて、この島には存在しないのだ。被弾すれば到底白旗では済まない。
履帯が剥がれても直せる戦車とは、わけが違うのだから。

「それに」

思案に耽るペパロニを急かすように、ダージリンが続けた。
ペパロニは机に落としていた視線を上げる。

「放送―――ルールは呼んだかしら? ……その顔は読んでないわね……。
 ルールの放送内容はこうあるわ。
 “禁止エリアの指定”“死亡者の読み上げ”“残存チーム”“チームに入っていない人物の名前”“気紛れ雑談”」
「ぁ」
「そ。気付いた? “チームを組まなければ、私達は名前を呼ばれてしまう”のよ」
「あ、あ〜……ん? えーと、で?」
「……。人を殺すような人間が、チームを組むと思う?」

ダージリンが人差し指をくるくると回しながら言った。
ペパロニは口を半開きにしたまま首を振る。

「えーと、多分組まないスね」
「つまり、呼ばれた人間は殺人鬼だと思われる可能性が高い。人の心理に付け込んだふざけたルールよね」
「おー! ダージリンセンパイ頭良いっスね〜!」
「どうも……」

思わず、なるほどと拳を掌に叩く。
それもそうだ、とペパロニはスマートフォンのルール画面を初めて開きながら思った。
殺人鬼だと思われるのは構わないが、恐らく自分はそれなりに他校に顔が割れている。
そうなると些か動き辛いものがあった。


713 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:28:14 XERDNYiY0

「まぁ、だからこそ放送の時だけでもチームを組んだ方が得策なの。
 そして何より、残存チームの読み上げ。これがポイントね」
「ふんふむ」
「チェス盤をひっくり返しましょう」

ぱちんと指を鳴らすと、ダージリンは人差し指を顔の前にすっと立てる。
綺麗な指先だ、とペパロニは思った。

「これを逆手に取るならば、私達はあのいけ好かない役人に“チーム名を読み上げさせ、全員に伝えさせることができる”。
 つまり“チーム名を暗号にすれば、私達は知り合いにだけ通じるメッセージを送ることができる”の。
 こちらがどんな状況でも定時にそれが自動配信される意味は大きいわ」

ダージリンの唇が僅かに弧を描く。
ルールを逆手に取ったその作戦は、彼女なりの細やかな反骨心だった。
脱出の為の小さな可能性に過ぎないが、それがこの箱庭の中で今できる精一杯の足掻きだ。

「ちなみにこの会話、盗聴されてるかもしれないから、暗号を使うには注意がいるかもね」
「はぇ!? 盗聴っスか!?」

ペパロニは身を乗り出して目玉を剥く。
どうしてと思ったが、なるほど自分がこれを主催する立場なら、安全圏から参加者を違反がないように観察するのは自然だ。
しかしそれにしても、である。

「でも、ならなんでわざわざ声に出して……」

ペパロニは顎に手を当てて首をひねる。
もしそうだとするならば、先程の話も今の盗聴のことも、あえて声に出す理由はなんなのか。
闇雲に口に出す事は、役人に自分達のカードを見せびらかす事に等しい愚行なのではないか―――そう思って顔を上げた瞬間、息を飲んだ。





「……ああ、それはね――――――――――――――――――」





戦慄が、ペパロニの全身を襲う。
ぞわりと悪寒が脳天から爪先まで掛け抜けて、文字通り身の毛がよだった。
目の前にあったのは背筋が凍りつくような、そんな表情。
それは、声も上げない小さな微笑みだった。
天使のようにさえ見えたその笑みだったが、しかしよく見れば濡れた獣の皮のような、生物的な滑りがある質感をしていた。
されど、その表情はほんの半秒でいつもの当たり障りのない微笑みに戻る。
“誰だ?”
ペパロニは固唾を飲みながら思った。
“今、目の前に居るのは、一体どこのどいつだ?”





「――――――――――――――――――その方が、戦線布告になる<面白い>でしょう?」


714 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:30:30 XERDNYiY0


ダージリンはにこやかに微笑みながら言った。
世界の全てを敵に回したような、そんな底知れない深淵を臭わせたのは本当に一瞬。
瞬きをすればいつも通りのすまし顔で―――だからこそ、ペパロニは恐怖した。
きっと彼女は怒っているのだ。
この状況に、この現実に、あの役人に、無力な自分に。

「貴女はそう思わない? こそこそ手を回して自分は高みの見物をしている政府の犬に対して。
 それにどうせこれがバレても、彼等はきっと何もしないわ。
 だって私達みたいな女子高生が吠えたところで、
 役人さんは“自分の思い通りにいかないから女子高生を殺し合わせるくらいには”オトナなんですもの。
 安い挑発に乗って自分が設定したルールを覆して首輪を爆破させるほど子供のはずがないわ。
 ねえ?? お役人さん???」

白銀に光る首輪を指でとんとんと叩きながら、くすくすとダージリンは笑う。
相当キレてるなこりゃ。ペパロニは苦笑しながらそう思った。

「こえーっスね、アンタ……」
「そうかしら?
 それで、どうするの? 組む? 組まない?」

ダージリンがグラスの水を飲みながら言う。
ペパロニは眉間を揉みながら少し悩んで、

「……いいっスよ。組んでも。
 こまけぇことはどうでもいいんスけど、弾除けにもなりますし」

組む事を選択した。
隊長へ会える可能性が少しでも上がるのであれば、やはりそちらを取るべきだと思ったからだ。

「あら、どっちが弾除けかしらね?
 何はともあれ、決まりね。賢明な判断だと思うわ。
 それとまずはチーム名だけど……何が良いかしら?
 隊長さんにメッセージとかあるんでしょう? 決めていいわよ」
「マジスか?
 じゃあ……“姐さん! ペパロニっス! 15時にA5っス!”チームとかどうスか?」
「貴女馬鹿? そんなの乗ってる側の人間からすれば良い餌じゃない。
 蜂の巣にされて、待ち合わせ相手が貴女の隊長じゃなくて閻魔大王になるのがオチよ。
 ……まぁ、逆にあからさま過ぎて罠にも見えるけれど」

肩を竦めてかぶりを振ると、溜息混じりにダージリンが言う。

「アンツィオの生徒だけに伝わる暗号とかはないの?」

……暗号。
ペパロニは腕を組み、むう、と唸った。
アンツィオで隠語といえば作戦名の類だが、いかんせんペパロニがアホなので作戦内容を殆ど覚えていないのだ。

 マカロニ作戦―――あー……なんかハリボテ作るやつだよなぁ?
 分度器作戦―――んー、知らん!
 コンパス作戦―――聞いたことあるけど、ウチにそんな作戦あったっけ?

貧乏ゆすりをしながら暫く考え、あっ、と声が漏れる。
頭の上に電球マーク。oh! LED!

「T型定規作戦……!」


715 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:37:19 XERDNYiY0

そうだそれがあった、と指をぱちんと鳴らす。
それは最後のあの試合で初めて成功した作戦だった。
直後に島田車に撃たれ戦闘不能になったことも含めて流石に印象は浅くなく、故にペパロニは思い出す。
思い付いたら即実行、ペパロニは直ぐにマップを起動し、テーブルの上にスマホを置く。

「“15時にDでT型定規”」

数拍置いて、ペパロニがぼそりと呟く。

「意味は?」

ダージリンが訊した。
ペパロニは机上のスマホを手に取ると、画面を翻して見せる。ダージリンはそれを覗き込んだ。

「T型定規作戦ってのは、簡単に言えばタンケッテで湖を水切りして渡る作戦っス。つまり……」
「“15時にDのT型定規”……15時にD3の湖、ってこと?
 マップでDの付くエリアで、その作戦ができるのはD3だけ……良いんじゃないかしら?
 ああ、あとそれに便乗したいから、最後にイギリスの事にも触れておいて貰えると嬉しいわ。
 私もオレンジペコ達とは合流しておきたいから」
「そうと決まりゃ、とっとと行くっスよ!」

スマホをポケットに入れると、ペパロニは欠伸をしながら立ち上がる。
しかしダージリンは、そんなペパロニを尻目に、

「待って頂戴」
「んあ?」

ぴしゃりと言い放った。
ツンとした表情で、こほん、と咳払いを一つ。

「……紅茶」

そうしてゆっくりと呟かれた言の葉に、ペパロニは溜息を吐いて頭を掻く。
案の定と言うか、まあ、せやろなって感じだ。

「食後には紅茶を淹れる。それが聖グロリアーナの決まりなの。食事のお礼も兼ねて用意するわ」

心底楽しそうにダージリンは言う。
その表情を見て、ペパロニは肩を竦めて諦めるしかなかった。
やれやれこれだから紅茶信者は、と。








716 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:41:44 XERDNYiY0




茶葉の匂いが、鼻腔をくすぐっていた。
欠伸をしつつ、ペパロニは生気の無い店内でスマートフォンを弄る。
チーム名を入れて、自分の指紋を認証した。これで晴れてチームを組んだと言うわけだ。
やれやれとペパロニは自分の肩を揉んだ。まだ昼だというのに、全身にはどっと疲労感が押し寄せていた。

「お待たせしました」

ほどなくして、ダージリンがキッチンから顔を出す。手には淹れたばかりの紅茶のカップとソーサー。
かちゃかちゃと二つのカップとソーサーが唄う様に声を上げている。
白い湯気を上げるそれをテーブルに置くと、ダージリンは椅子に腰を下ろした。
そうして、自分のカップの縁周りに指を這わせながら、告げる。


「貴女の学校の生徒さんに会ったわ」


空白。
のちに、動揺。
金の縁取りがされた白いティーカップの中で、琥珀色に澄んだ紅茶が波紋を立てる。
あまりにも唐突だった。
ペパロニは呆気にとられたが、直ぐに開いた口を塞ぎ、かぶりを振って我に帰る。

「誰に」
「カルパッチョさん、だったかしら? 貴女のところのもう一人の副隊長」
「……どうだったっスか」
「乗っていたわ」

あまりにも淡々と、アンツィオの生徒が台所で玉ねぎでも剥くように、ダージリンはそう告げた。
その発言はペパロニにとって少なくとも軽々しく流せる様なものではなく、思わず腰の銃、ブリスカヴィカを抜く。
抜いてから、何をしているのかとペパロニは半ば呆れながら思った。
馬鹿げているが、まったくの無意識だった。別に抜くつもりなどなかったのだ。
殺意もないし、それでダージリンを脅迫しようだなんて気も更々なく、ただただ動揺しての行動だった。

「安心なさい。殺さなかったわよ。その物騒なものは仕舞って頂戴」

ダージリンは眉一つ動かずに言って、目を閉じて上品に紅茶を飲む。
その悠長さ加減が余計にペパロニを苛立たせた。

「でも、もう彼女は戻ってこれないと思うわ。残念だけれど」

カップを唇から離すと、ダージリンは紅茶の味の感想を言うかの様に続ける。
ブルーハワイ色をした真っ直ぐな視線が、心拍数の上がった胸を射抜いた。
感情の見えないその色が、“戻ってこれない”という悪気のない言葉が、ペパロニの神経を逆撫でる。

「……ウチの副隊長を侮辱するんスか」

端的に言って、棘のある言い方だった。
侮辱だなんてそんなつもりがダージリンにない事は、他でもないペパロニが一番分かっていたが、
あまりにも普段と変わらぬその冷静さが、酷く鼻についたのだ。
お前の仲間はなるべくしてそうなって、私は別に驚きすらしなかったのだと。暗にそう言われている気がした。

「そうじゃないわよ。でも、だってそうでしょう? 貴女も“見た”から、そこまで肝が座っているんでしょう?」
「……」
「その沈黙、肯定と取るわね。
 でも残念だけれど、今カルパッチョさんがどうしているかは知らないの。
 私、負けたのよ。彼女に」

ダージリンは肩を竦めて言うと、紅茶を静かに含んだ。
ペパロニはそれを黙って見ている。どちらかといえば睨みつけていると言いたくなるような、おっかない面だった。


717 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:45:32 XERDNYiY0

「誰も彼も、戦車を降りたらただの人ね。
 間抜けに気絶させられて、起きたら辺りはもぬけの殻だったわ」

ダージリンはソーサーの上にカップを置き、左手を目の前に手招きするように翻すと、

「貴女もどうぞ」

そう言って微笑んだ。
手が白くなるほど強く銃を持ったまま硬直していたペパロニが、その声にはっとして銃を下ろす。
銃を握りっぱなしだったことすら今気付くのだから、本当にどうしようもない。
恥ずかしくなって、思わず視線を落とした。
湯気を上げながら琥珀色に輝く紅茶の表面に、自分の顔が写り込んでいた。
腐りかけのパンのように、ひどく肌の色は悪く見えた。

「……毒とか」
「入ってるかもね?」

ペパロニがぼそりと呟くと、間髪入れずダージリンが冗談めいた口調で言う。さっきの仕返しのつもりなのだろう。
ペパロニはティーカップをすっかり汗ばんでしまった手で持つと、一気に紅茶を飲み干した。
無論、紅茶は一気にいくものではない。
そんな事はいくらペパロニでも知っていたが、それでもそうしたかったのだ。

味は正直、分からなかった。
辛うじて分かる事といえば、種類がアールグレイである事くらいだった。
ペパロニは紅茶に詳しいわけではなかったし、そこまで繊細な味覚もしていないのだ。
だからだろうか、舌の上で碌に転がさずに飲んだ紅茶は、ただの焦げた茶葉色の苦いお湯のように思えた。
不味い時の煙草と一緒だ、とペパロニはなんとなく思う。

「多分コレうめーんだろうけど、今は味なんて全然わかんねースね。気の利いた感想は言えないっスよ」
「そうでしょうね。
 ……ホントに似てるわね、そのわんこそばみたいに平らげるところも」

誰に? ペパロニは思ったが、質す事はしなかった。気力と余裕が残っていなかった。

「……ひとつ」

ややあって、ダージリンがぽつりと零す。喧嘩した友人に謝るように、何かに渋った声色をしていた。
ひとつ? とペパロニは繰り返すように訊く。
ダージリンはペパロニを真っ直ぐ見ている。

「ひとつ謝ることがあるとすれば、さっきの話。
 結果的に私が負けた挙句気絶して、そして奇跡的に生きていたのだけれど。
 でももしかしたら、私は彼女を殺していたかもしれないの。
 きっと救世主気取りで、驕っていたところもあったのかもしれないわ」

ペパロニは空のカップを口に運んで最後の一雫をぐいと口に入れると、勢い良くカップをソーサーに置く。
そうしてへの字に曲げた口のまま腕を組むと、何かに納得した様に頷いた。

「アイツ、生きてんスよね?」
「え? ええ、そうね。きっと」
「だったらそれでいいや。
 その事にぐちぐち言うつもりもねーし、関係ない私に謝られても正直なんかムカつくだけっス。
 それになんだ。多分スけど、謝るならアイツに謝るのがスジっしょ。
 ……ま、今のアイツもそんなん望んでねーだろうけどさ。
 自分がやりたいコト選んだんスから、今更っスよね。アイツはやりたいことやってるだけっスよ。
 だから戻ってこれないとかじゃなくて……なんつーかさ、うん。
 きっと、戻るつもりがないんスよ」

そう言うと、ペパロニは小さく笑ってみせる。
それが空元気である事も、きっと本当の気持ちがきっと別のところにある事も、ダージリンは分かっていた。
分かっていたから、ダージリンはただ一言、そう、と呟く。


718 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:48:18 XERDNYiY0




「―――――――――――――――――――――私ね、もう、汚れているの」




ダージリンは右手をさすりながら、続けて呟いた。千切れてしまいそうなくらいに細く繊細な声だった。
吐露と言うには独りよがりで、懺悔と言うにははっきりと迷いも悔いもなさそうな声色だった。
その言葉の意味を、突然ではあったがペパロニは直ぐに察した。
だから、黙って耳を傾ける。目の前の得体のしれない淑女の感情が、始めて見える気がしたから。

「つまり、実のところ私も一緒。
 自己弁護の趣味はないから深く語るつもりも許しを乞うつもりもないし、その事に後悔はしていないわ。
 むしろしてはいけないとも、思っているし。
 だから貴女の言う通り、確かに戻れないんじゃなくて、戻るつもりはないのよね。
 ……だから、ごめんなさい。さっきの言葉は軽率だったわね。謝るわ。
 そういう意味では侮辱にも聞こえる失礼な発言だったわよね」

ダージリンは笑った。
眉が下がった力の無い笑みは、言葉とは裏腹に何かを謝るようにも見えたし、何かを諦めてしまったようにも見えた。
ペパロニはここで思い出す。
そうだ、目の前の少女は遠い世界に住む特別な貴族でもなんでもない。
自分と一歳かそこらしか変わらぬ、ただの少女なのだ、と。

「“羅針盤は手の中にではなく、目の中に持つことが必要だ。何故なら、手が実行し、目が判断するからだ”」

そんな風に考えていると、不意に思い出した様にダージリンが言った。
多分何かの引用なのだろうとペパロニは思ったが、いかんせん分からなかった。ペパロニは歴史が苦手なのだ。

「すみませんっス、馬鹿だからわかんねースわ」

ウチらは今を生きてる。だったらとっくにくたばった人間の名前やらやった事やらなんかに用はねぇよな。
それがペパロニの自論だった。

「ミケランジェロよ。
 ……貴女は確かに馬鹿かもかしれないけど……白痴ではないと思うの」
「かぁ〜っ、参ったなあ。まーた喧嘩売られたっスわ〜〜」
「ごめんなさいね。でも貴女を見ていると、たまには馬鹿なフリもやめてみたらと思うわ」

馬鹿なフリ、という単語に思わず苦笑する。
そんな風にも見えていたのか、と。

「放送まであと十五分。
 戦車を降りた時点で、役割はもう意味をなさない事態になりつつある。
 役者もそろそろ脚本を捨ててアドリブで動かないと。
 嫌でも皆、この舞台では主役女優になるんだから」

そう言って涼しい顔で微笑むダージリンを、心底ペパロニは自分とは合わないと思った。
ペパロニはロマンチストでもなければ、頭も良くないし、口も良くない。
これでもかというくらいに真逆な性格で、けれども不思議と彼女の事は嫌いにはなれなかった。
きっと彼女はああ見えて意外に自分に正直な人間で、けれどもムカつくぐらいたまにしか隙を見せない。
誰にでも親切に接している様な顔して、そういう奴なのだ。
そういうところが堪らなく嫌いで、本当に癪で。

―――ああ、きっとそれは自分にもそういうところがあると、理解していたからだろう。






719 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 03:59:11 XERDNYiY0



食事のティータイムを終えて暫くして、何をするでもなくペパロニは席を立った。

じっとしている事は出来なかった。
気持ちの整理をつけるために、何かをしていたかったのだ。
何やらメモを走らせているダージリンを置いて台所へ出向き、水道水をコップも使わず直接口をつけて飲む。
支給された水はすっかりぬるくなってしまっていて、飲む気にすらならなかった。
袖で濡れた口元を拭うと、ふと卓の上の灰皿が目に入った。
すぐ側に、さっき吸った煙草の箱が置いてある。

思う事はあったし、未成年の知り合いは隣の部屋に居た。駄目なことだというのは解っている。
だが次の瞬間には、もう体が勝手に動いてガスレンジで煙草へ火をつけ、換気扇の下で床に座り、背中を丸めて吸っていた。
ところが料理をする前にはあんなにも美味かったはずの煙草が驚くほど不味くて、思わず噎せてしかめっ面を浮かべる。

頭の中には、暗く重い煙が満ちていた。
ダージリンの言葉は、どうやらペパロニが自分で想定していたよりも心をぐちゃぐちゃに掻き混ぜていたようだった。
胸の中は様々な感情で悶々としていた。
きっと一種のパニック状態のようになっていたのだ。
煮詰め過ぎたデミグラスソースの様な思考の中、ペパロニは長く肩を並べ共に戦ってきた少女の事を思い出す。
彼女は自分に比べてとても聡明で優しく、他人が思うよりも遥かに強い人間だった。

ところがペパロニは彼女の事を碌すっぽ知らない。
親友と呼べるような立派な間柄ではなかった。
それでも、彼女の事はきっとアンツィオの誰よりもずっと近くで見てきた。
その自信があった。

次の隊長はアイツが継ぐべきだ。
ペパロニはそう思っていたし、彼女は殺し合いをある意味認めた自分ほど馬鹿ではないとも思っていた。
だから彼女がこのゲームに乗ったのは、きっと何か理不尽な理由があったからなのだろう。
もしかしたら、アンツィオの生徒が襲われているところを見た、とか。
……。……それこそ、姐さんに……何か、あった、とか……、……、……。

かぶりを振って、煙草を口に運んだ。
焦げた薬包の味がして、咳き込む。

足音がした。もしかしなくともダージリンだ。
嗚呼、と思う。今は、駄目だ。来ないでくれ。頼むから、来るな。来ないでくれ。

「昼。本当はさ、見るのが辛かったんスよ、三人分の食事」

こんな情けない表情、誰にも見られたくはないのに。
何も喋りたくない。これ以上、何も知られたくない。何も、何も、何も。

「だから、姐さんのことダシにして、辛い景色を消して貰った。勝手なわがままで」

うわごとの様に、ぼそりと呟く。何を言っているんだ、と目を見開く。
言いたくない事をボソボソと、一体どこのどいつだ。

「……なあ。アイツ、何か言ってたっスか」

ダージリンが二人分の汚れた食器を持って、暖簾の向こう側から現れた。
上がる白い煙を見て、僅かに眉間に皺を寄せて何か言いたげにこちらを見ている。
ペパロニはそれを敢えて無視して天井を見上げた。
油で固まった埃が、白煙の向こう側に見えている。


720 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 04:00:47 XERDNYiY0

「知ったところで、どうにもならないと思うのだけれど」

ダージリンが淡々と答えた。煙草については触れられすらしなかった。

「はっ。確かにもうどうにもなんねーか」

ペパロニは肩を竦めると、煙草を咥えてくつくつと苦笑した。

「……アイツ、さ。私なんかよりよっぽど頭が良くて優しい奴なんスよ」

ペパロニは煙を吐きながら、寂しそうにぽつりと言う。
遺言のようだ、とダージリンは思った。

「でもあんまりウチらって、二人でいる事はなかったんスけど。
 ホラ、知ってるっスよね?
 アンツィオはいっつも姐さんがいて、姐さんで回ってるみたいなとこあるっスから。
 普段つるんでるツレも違ぇし趣味も違ぇっスから、休日遊ぶこともそんなないし。
 それにさ、二人きりでいそこらに居てもあんま話す事ねぇんスよ。同じ副隊長だってのに。
 でも、不思議と嫌いとかじゃあねーんだよなアイツの事はさ。
 ……ああそうそう! ちょっと聞いて下さいっスよ〜。
 この前なんかさ、姐さんと三人でメシ……なんかセンコーがうまいパスタがあるっつーんでね?
 んでわざわざ休日に陸に食いに行って、で、途中に姐さんが戦車道ニュースの記者から電話があって。
 あー、これはP40の修理費カンパ口座をネットに出すって話があってっスねぇ、まぁそれは置いといて。
 んーと、どこまで話したっけ? あ、ちょっと今喉まで出かかって……あー、あーー! 思い出したっス!
 んでさぁ、長電話だったから二人残されたんスけど、見事に話す話題がねーの!
 アイツなんか、たかちゃんからラインがきた〜とかなんとか言って一人でスマホ触り出すし。
 なんだぁオメーオタクかあ? って言ったら、何て言ったと思うっスか?
 アイツ、違いますぅ〜とか画面見たままほっぺ膨らませて言ってやがんの。
 マジウケるっスよねぇ〜!
 まぁなんつーかそんなでもさ、アイツ本当にもう出来過ぎじゃねーかっつーくらい人間出来ててさぁ!
 やる時はやるし、責任感強いし、賢いし、女子力高いし、お菓子とか作るのうまいし、スタイルいいし。
 美人だし、なんかいい匂いするし、冷静だし、戦車に乗るとほんと強いし。
 ちょーっとアンツィオノリは控えめっスけど、あとはびっくりするくらいにもー完璧。
 マジノに勝ったのも実際アイツのおかげみたいなとこあるんスよ。
 ウチらが豆戦車で掻き乱して、アイツが横からどーん! って! そりゃあもう、豪快に!
 いや、姐さんの作戦もマジですげぇんスけどね? マジノだけに! ガハハ!
 しっかしアレはびびったなー。
 マジノ戦車に無線が無いとは言え、まさかウチらも勝てるだなんて全然思ってなくてさ!
 勝てる勝てるって言ってた姐さんが一番驚いてたっけ〜。
 お、おい!? 夢じゃないよなペパロニィ!? ってさ!
 相当ビクってて、マント脱いだり着たり繰り返してんの! たはは。姐さんそりゃねえよって!
 で、その後はもうみんなでパーティだよな。当然アンツィオ秘伝のブドウジュースも交えてさあ。
 なにせウチみたいな弱小校が一回戦突破っスよ!?
 オイオイオメーさては夢だなって感じでさ。
 もう金星に貢献したカルパッチョ様々で、その日の夜は夜通しハジけたなぁ。
 次の日は当然全員遅刻! いやあ、ブドウジュースが効いたね! あっ勿論ノンアルっスよ〜? へへ。
 でもさ。アイツ、みんなから散々褒められても割と涼しそうな顔してたんだ。
 もっと喜べって私らで背中バンバン叩いてやったら、顔トマトみたいに赤くして、みんなのおかげですから、だって!!
 かぁーっ! 真面目ちゃんかよ! もーテメー馬鹿じゃねーのっつー話!
 ……まぁ、さぁ。ホントにさ……そんくらい良い奴なんだ。
 良い奴なんだよ」

早口で捲し立てたその言葉には、けれども形容できない感情が詰まっていて、
ダージリンはそれ以上彼女の事を何も告げる事が出来なかった。


721 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 04:03:19 XERDNYiY0

それきり、何かを考える様に虚空に漂う煙を見つめたまま、ペパロニは口を噤んだ。
ダージリンも黙ったまま、暫く食器を洗い続けた。窓の外の景色は曇っている。
カチャカチャと器達が囀る声だけを聞きながら、二人は台所での時間を過ごした。


「煙草はやめた方がいいと思うわ」


五分ほどして、ふと思い出した様にダージリンが呟いた。
ペパロニは紫煙を吐きながら顔を上げる。

「貴女のところの隊長も、きっとそう言うと思うの」

ダージリンは炊事場で、一心不乱に皿を洗い続けている。視線はこちらに向いていない。

「貴女はそう思わない?」

使い古されあまり綺麗ではないスポンジが、泡と一緒に皿を撫でていた。
皿には名前も知らない青い花模様が金色の意匠と一緒に焼き付いている。

「思う」

ペパロニは床に置いた灰皿に灰を落としながら、短く答えてダージリンを見上げた。
病的に白く細い彼女の両手は、トマトソースの色に染まった泡に埋もれてしまっている。

「どうして」

ダージリンが蛇口をひねりながら言った。水がじゃあと流れる。
彼女の視線は相変わらずペパロニへ向かない。

「何がスか?」

ペパロニが訊く。煙が狼煙のように上がって、窓へ吸い込まれてゆく。

「なら、どうして吸うのってこと」

ダージリンは、皿一枚ごとをスポンジで撫でたあと、水で流していた。
自分なら全部をスポンジで拭いてから一気に水で流す、とペパロニは思った。
ダージリンの横顔を見る。三ツ星シェフが作ったメレンゲの様にきめが細かい肌をしていた。

「どうしてスかね。自分でもわかんねーっスわ。
 別にさ、めっちゃ美味い時ってかなり稀で、殆ど割とそこまでかぁ? って感じなんスよね。
 ただふとした時にさ、あの日姐さんに誘われて戦車道を始めた時、夕暮れの校舎裏で吸った味とか。
 あと、それを姐さんに見つかってこっぴどく怒られた時の気持ちとか、そういうの思い出すんスよ。
 まあ吸ったところで、あの日と同じ景色も見えなきゃ気持ちにもなれねェしさ。
 そもそもあん時に親のタスポかっぱらって買った銘柄なんて覚えてないのにさー。
 馬鹿みたいっスよね、ホント」

ペパロニはぶっきらぼうに答えて、床に視線を落とした。
長年張り替えていないであろうチョコレート色のウッドフローリングは、焦げたように黒く汚れている。


722 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 04:04:32 XERDNYiY0

「叱ってくれる人がいなくなっても、貴女は吸うの?」

ダージリンが独り言のように言った。
ペパロニのタバコを挟む指が小さく跳ねる。深く刺さる言葉だった。

「吸うね、多分スけど」ダージリンの横顔を一瞥すると、ペパロニは答える。「吸う理由が変わるだけじゃないスか?」

「なるほど」
ダージリンが呟いて、タオルで手を拭きながらペパロニを見た。洗い物が終わったのだ。
「……ねえ、知ってるかしら?」
「何をスか?」
ペパロニは間抜けな顔で煙をくゆらせる。
「煙草、一本吸うとだいたい五分くらい寿命が縮まるそうよ」
「へぇ」
ペパロニは興味がなさそうに言った。散々誰かから言われ聞き飽きた文句だった。

「貴女、緩やかな自殺をしているのよ」

“緩やかな自殺”。それは初めて聞いた。
ペパロニは煙草を咥えたまま、その科白を頭の中で何度か呪文を唱える様に繰り返した。
なるほど、そういう考え方もあるのか。

「一瞬で命が奪われる町でそんなことをするのは、ひどく滑稽だと思わない?」

ダージリンが言う。
ペパロニは肩を揺らしながら表情だけで笑うと、咥え煙草を灰皿に乱暴に押し付けた。
吸える部分はまだ随分と残っていた。

「馬鹿言えって。生き残って、それから死ぬんスよ」

ペパロニは乾いた表情で嗤うと、静かに立ち上がった。

鉛玉一発で命を落とす世界で十数年単位の自殺は確かに馬鹿げていて。
しかし逆を言えばそれはきっと――――――生き残って寿命を全うするという意思表示にも、似ていた。

「吸ってみるスか?」
「嫌よ」
「だろーな」

彼女達は残された時間を生きる。生きる。生きてゆく。

飛ぶ榴弾のように愚直で、砲撃の中進む戦車のようにまっすぐに。

何かに迷い、何かに嘆き、何かに泣いて、時に醜く見窄らしく。

そうしてとことん、滑稽に。


723 : スパイスは紅茶の後で ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 04:10:05 XERDNYiY0
【一日目・昼 C-5/喫茶ブロンズ】

【☆ペパロニ@姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!】
[状態]健康
[装備]S&W M36、予備弾
[道具]基本支給品一式、スタングレネード×3、メッザルーナ、ブリスカヴィカ(残弾32) 、包丁数本
 乾燥パスタ三人分、トマト缶、粉チーズ、煙草(残り3本)、フライパン、フォーク三人分、スプーン三人分、マッチ
[思考・状況]
基本行動方針:巻き込まれたアンツィオの面子を生かす。
1:アンツィオの面子と合流。積極的な殺しはしないつもり。
2:1の方針を邪魔をしない限りは他校に関しては基本的に干渉しない。もしも、攻撃をしてくるなら容赦はしない
3:ダージリンと暫く行動するが、弾除けみたいなつもりでいく。仲間になったつもりもないので不利益があれば同行を終える。
4:カルパッチョが気がかり。
5:集合時間に遅刻だけはしないようにがんばる。

【ダージリン@姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!】
[状態]背面に打撲(応急処置済)
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(4/6 予備弾倉【6発】)
[道具]基本支給品、M3戦闘ナイフ、生命権、後藤モヨ子の支給品、水族館の制服 水族館で調達したいくつかの物資
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:まずは昼の放送を慎重に聞く。
2:河嶋桃と島田愛里寿を助けるために、町を探索する。
3:できるだけ多くの参加者を救う(約束もあるので、ややアンチョビが優先)。戦って死ぬのは怖いが、仲間に死なれるよりはマシなはず。
4:ペパロニに同行。彼女の安全を確保しつつも、彼女の立場を最大限使い生存率を上げる。
5:何故まほの存在を幻視したのか? 彼女の安否が気がかり。
6:猪突猛進であろうペパロニもいるし、家を出る前に一度方針を決めたい。

[備考]
後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(銃器)を獲得しています。



【装備説明】

・生命権
 生命を不法に奪われない権利。
 この殲滅戦においては、名刺サイズの紙に記されたQRコードを読み込むことで、『生命権アプリ』をスマートフォンに入れることが可能。
 生命権アプリを使用することで、7時間だけ『指紋認証した人物の生死』を偽ることが可能になる。指紋認証する相手の生死は問わない。
 簡単に言えば、擬似的に『死亡状態』か『生存状態』を作り出すアプリである。
 擬似死亡状態であれば生存していても放送時に死亡者として読み上げられるし、擬似生存状態であれば死亡していても生存者として放送される。
 ただ偽っていることは主催側にはわかるようになっているので、あくまで騙せるのは他参加者のみである。
 擬似死亡状態の場合、チームは組めるし、解除されない。但し本人が死亡した場合、擬似生存状態でもチームは解除される。
 一度インストールしてしまうと、記されたURLは無効となる。
 名刺サイズの紙の表はQRコードだが、裏面は上記のようなアプリの簡単な説明が書かれている。


・ブリスカヴィカ
 730mm・3.22kg・9×19mmパラベラム弾・シンプル・ブローバック方式・装填数32・有効射程約200M
 『イナズマ』の異名を持つ銃。ステン式機関銃ベースのポーランド製短機関銃。ショルダーストックが折りたたみ式なのが特徴だろう。
 命中精度は悪く品質は粗悪、動作不良も多々あるが、反面コンパクトで軽量、組み立ても簡単で隠しやすい。
 ドイツに反抗するためのレジスタンス銃だが、MP38/MP40の弾倉を流用しているため、ドイツから弾丸を闇購入して出来るという皮肉が効いた銃。
 「よお。オメーの国の弾丸で殺される気分はどうだ?」的なあれが出来るぞ。
 名前とその無骨さ、そしてレジスタンスしか使わなかったという謎さがかっこいいロマンあふれる銃。

・メッザルーナ
 半円型の刃を持つイタリアの包丁。
 日本では馴染みがないが、イタリアはこれでバジルを刻んだりニンニクをみじん切りしたりする。
 ペパロニに支給されたのは、持ち手がひとつだけのクレセントアクス形状のタイプのもの。
 でもこれ見た目がどう見ても拷問器具の類なんだよなあ。
 使い方は実に適当。半円型の刃をグリグリ食材へ押し付けるだけ。そんなんでいいのかイタリア。
 というかそんなんでも十分切れてしまうし、思ってるより早く簡単にみじん切りできてしまう。
雑に見えてもこれ、実はすごい。


724 : ◆dGkispvjN2 :2017/06/08(木) 04:14:34 XERDNYiY0
投下を終了いたします。何かあればおねがいします。

⭐なお喫茶店に関してはペパロニのパネルが置いてある為、ペパロニが作りたい料理の食材は何でも揃うものとし、矛盾はないものとします。


725 : ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 01:53:17 bOSQ2Uqs0
予約期限を大幅に超過してしまい申し訳ございませんでした。
投下します。


726 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 01:54:04 bOSQ2Uqs0

 ――こんな格言を知ってる?
 
 『我一歩を退くれば彼一歩を進め、我一日優游すれば彼一日精熟す』

 ……真木保臣の言葉ですね。
 
 カリカリカリカリ、音を立てるのもはしたない。意識せずともなじませなければならない。
聖グロリアーナの校風は正しき規律の元に在り、ユーモアを交えて洒落を利かせても決して粗野であってはいけない……。
…そこまで杓子定規でもないが。オレンジペコは周囲を見計らって小さく伸びをする。彼女は頑張り屋である。

 聖グロリアーナの戦車道、隊長たるダージリンの秘書のような役割を努めながら、その地位にも胡坐をかくこともなく、日夜励んでいる。
学道における成績についても、ダージリンの茶目っ気のような格言についても。(ちなみに最近は後者が切迫してきていた)
ただ、オレンジペコはそのことを苦だとは思っていない。たまに思うことはあってもそれ以上に、尊敬する隊長たちと一緒に過ごせることが楽しいのだ。

周囲を見渡す。ぎっしりと整理された本棚に、静粛を含んだ日光がときたま残されて舞い上がる埃をキラキラと照らし出す。
他にも勉学に励む子女たちも、雰囲気の中に溶け込むように各々が振舞っている。無論、品のない音は聞こえない。
ちょっと首を動かしたことさえ――場を乱したような気分になる。まあ、ペン先が立てる音にまで気を配ったり、そのため緊張で固まらなくともいいのだろうけれど。
自然体で、こうやって雰囲気を作り出せるような人になる。ペコはそんな風にグロリアーナの校風を感じていて、そして、彼女は素直で――従順だった。

 ――でも、辟易はしているんですよ。最近ダージリン様の格言、輪をかけて増えてきている気がしますし、マイナー所をついてきてる気がしますし。

 たぶん気を許してくれている証で、何度も何度も本当にしつこいくらいに聞いてくる行為自体があの人の親愛表現なのだろうと。
彼女は溜息と歓喜を混ぜた顔ではにかむのだった。


727 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 01:54:56 bOSQ2Uqs0
 
 ――こんな格言を知ってる?
 
 『正義は社会の秩序なり』

 ……アリストテレスですね。


目の前の数式に没入していたとき、オレンジペコは、ぽん、と、肩を叩かれ、後ろを振り返った。
アッサム様は――ダージリン様と対比して少しデータ主義に寄り過ぎているきらいがある、と噂されているけれど、こういうお茶目さもある人だ。
ルクリリの方を見た彼女は、ぽかんとしてから…しょうがない人ですねえといわんばかりのへにょりとした表情をした。これぐらい受け入れてくれるひとだとわかっていた。
突然声をかけて悪いな。一区切りが付いたのなら一緒に休憩しないか? ペコは今度こそしょうがないと顔にわかりやすく書き足した。

 おずおずと立ち上がり……アッサムはオレンジペコの座っていた椅子を彼女が直すより先に直す。ルクリリは先に歩いて行って直すペコをじっと見ている。
お手を煩わせてしまってすみませんと、ペコは気にするなと軽く手を開いた先輩に、自分も聖グロリアーナの一員であると安堵して、
小走りでルクリリの後を追いかけた。この人のすらりと足は歩幅が広くて、追いつくには彼女には一苦労だ。

こういうところがある先輩――常識的なのだけれど少し横柄……というには言い方が悪いか。ともあれ我が強い人。あの人ほどではなく……だから可愛がられるのだろうか。
追いついて微笑むルクリリの快活さの溢れる雰囲気に、頼り強さを感じとってオレンジペコは思った。ダージリン様もこの人の方がいいでしょう?


728 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 01:55:36 bOSQ2Uqs0
 ――こんな格言を知ってる?

 『あなたの上司に対するあなたの考え方や評価を変えなさい。あなたが肯定的に評価すれば、相手もそのようにふるまうでしょう』

 ……アメリカの宗教家、ジョセフ・マーフィーの言葉です。

 
 連れ立って階段を下りていく。聖グロリアーナという女子高の清廉なる洒落さ、というのは個々の建築物にも表れている。
それぞれの階層は眩しすぎるほどもなく落ち着きしかし陰気さを遠ざけていて、大階段には窓を広くとって解放感を出しながら、室内に不思議な淡い光源をもたらす。
この優しげな雰囲気と繊細な心配りが、オレンジペコは大好きで――だからこそその一員であって、大好きな学校の大好きな先輩に認めてもらえるのがとてもうれしかった。

 ――あら……という声が聞こえる。アッサム様が口元を手のひらで覆って、ルクリリ様だったら、指で日光の方向をさした。ちょうど太陽が向かい側にある時である。

 ……今は夏至よりそう日付は変わっていません。だから、今の時刻なら太陽はきっと私に対して……。

 心なしか湿度が上がってきていた。オレンジペコは伝う汗を拭きとって周囲を見渡した。日射病には気を付けなくてはならない。この状況で体調を崩すのは自殺行為だ。
絞り上げるように照り付ける太陽の下で、彼女はアッサムからの指示を愚直に守り続ける。不意に、爆発音が響き渡り、ついで構造物の崩れる音がした。
悲鳴が上がり、アスファルトの上で陽炎がユラユラと揺れ始めている。向こう側の住宅群を炎が舐めている。

 ――ローズヒップ? あの娘/あいつ、何をしているのかしら/しているんだ?

 その言葉に、見えた光景はどのようなものだっただろうか……オレンジペコは言葉につられるようにそちらを向いた。

 視線の向こうで大輪のような笑顔を浮かべたローズヒップが、肩をブルンブルンと音が立たんばかりに振っている姿が見える。
……その時、はしたないと思ったからだったか?
 けれどもローズヒップの周囲の人々は微笑ましそうな、あるいは慈悲の表情を浮かべて……彼女だと気が付く前の嘲りの表情を消して。
さて、あのダージリンからの――寵愛を得るために、そのとき彼女は何をしていたか? 

 風船が木に引っかかってしまったと泣く幼子に彼女は、一切の躊躇もせずローファーを突き立て登っていくだろう。
アッサムはそれを見て仕方がない娘だと、優しげに微笑みながら思ってもない注意をする。

 もしくは不意に訪れた夕立、降られた子猫に傘を貸して、分け目もふらずに駆け出したりとか。
ルクリリ様はぽかんとして後に、はははっっと思わず漏れ出したような笑いを浮かべて、傘を持ってくれと私に言うかもしれない。

 ……ローズヒップの抜擢は、ダージリン様がそんなところに惹かれたから……たかが? そんなことで?


729 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 01:56:25 bOSQ2Uqs0


 ――こんな格言を知ってる?

 『拙き者はすべての言を信じ、賢き者はその行を慎む』

 ……ソロモン王、でしたか?


 思いもよらない、小賢しい計算の外。今のような――媚びるがごときまがい物の純粋さ、ダージリン様はそんなものに注意を払ったりしない。
ローズヒップはとにかく真っすぐだ。愚直な真っすぐさ、けれども聞き耳を持たないわけではなく、諫められたのなら、きっちりとそれを守る。
そして、分かっているからダージリン様もいちいちあの人の行動に制限をかけたりしない。ある程度の自由裁量を認め、道を逸れていかないように見守った。
ローズヒップはだから、さっき私が考えたような単純な連想みたいな行動を――取ったり取らなかったりする。ただ、中途半端なことをするようなことは、きっとないのだろう。

 今は逆光状態だ。太陽が邪魔になってしまう。この海方面からの道からは、あまり来てほしくはない。幸い見通しの良い大通り、この道を利用しようと思うものは…きっと少ない。

 オレンジペコはローズヒップの行動が突飛すぎて驚かされたり、陳腐過ぎて眉を顰めたりした。愚直に目標に向かってその手段を取り続ける人は前に進み続ける。
それはしっかりとした自分の道であり、照らし出されている何よりもわかりやすい道。ダージリンが示して彼女が自分のものにしようとしている道だった。

 ああ、そうか。あの人を見て観衆たちがああいう風に笑うのは、置いてきぼりにされていきたくないからか。
道をなかなか進むことができない人たち。自分の道が見つからなくて自信を失いかけている人たち。彼らは、彼女の行く末が既知のものだと思い込んで、安心しようとするのだろう。

 図書館の窓から、此方に向かって駆け始めたローズヒップを見た。隣にいる敬愛する先輩、聖グロリアーナの先輩が好意的にそれを見て、不意に、此方の反応をうかがう。
オレンジペコは一瞬の停滞を悟らせないように自然な表情をしようとして、曖昧な笑みをその顔に浮かべた。彼女は、ローズヒップが苦手だった。
 
 時が経てば――太陽はこちら側に来る。向かって来る者に対して逆光となってこちらより有利になるだろう。自分がすべきことはただ指示を待ち敵を撃滅することだ。
だから、状況判断以外の思考はただ鈍らせていけばいい。今何を考えたとしてもそれは行動を鈍らせていくだけだ。……このような思考さえも必要がない!

 オレンジペコは瞬きをした、ポタリ、っと一筋の汗が顎を伝って落ちた。『……聞こえる?』アッサムの声が、トランシーバーから漏れ、簡易な指示を受け取る。
炎上する住宅街に視線を移し、次いで大通りに対して意識を動かしていく。逃げ行く人影を見たならば容赦なく仕留めなければならない。気を張る。緊張が体を包んでいく……。

 ――逆方向! 海の方から、参加者が……!

 彼女は……人影を見つけた。不用心にも大通りを全速力で走っている人影。未だに状況が把握できていないのか、あるいは状況が把握できていないのか。
アッサムからの指示は、周辺警戒と狙撃である。オレンジペコは姿を確認し、対戦車ライフル――もうすでに十二分に威力を確認しているそれを構え、引き金に手をかけた。
同時に、トランシーバーの電源を……、オレンジペコはローズヒップが嫌いだった。太陽は南東に差し掛かって、アスファルトの舗装道路が日の光を照り返した。

 太陽は逆光である。

 

 ――こんな格言を知ってる?

 『徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力である』

 ………………………………………………………………………………
………………だれ?


730 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 01:56:54 bOSQ2Uqs0
 

 



731 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 01:59:03 bOSQ2Uqs0
 アリサは目を覚ましたときには、自身が寝床で大きな一体の毒虫に変わっているのではないかと思った。
視覚からは何の情報も伝わってこないで、鼻は何かドロドロとしたもので塞がってしまっている。頬っぺたの周りがザリザりとしている気がする。

 意識が、遠い。

 ちゃんとした自我はフワフワと闇の中に浮いているのに、身体と繋がっている部分だけがそこから切り離されて流れ揺蕩う様子を遠くから眺めていた。
今の時間は……多分放課後に違いない。彼女の失った視界の中で、身体の表面にオレンジ色の光に伴う空気。やがてぬるくなって冷えていく対流を味わっているのだ。
鼻から空気を肺に取り入れようとすると――異様な臭いと強固に詰まった何かに面倒くさくなり、口を少しづつ少しづつ開ける。
あまりにもおっとりしていてすっとろい動きのせいか、半開きにするだけでも酸欠でギリギリだ。アリサは思いっきり息を吸い込もうとして、ザリ、取れかけの取っ掛かりの感覚にひるんだ。

 浅い呼吸を繰り返していると――周囲の状況、その欠損を脳が勝手に補完していく。今は夕方16時、ケイ隊長とナオミが訪ねてくる。
真っ暗な深海のような深海の中で隊長たちは彼女に色々な話をする。ケイが端的でわかりやすいクスッとするような話をすれば、ザリ、ナオミは滅多に言わない弱音を吐く。
ただ、アリサはその裏にある彼女たちの必死の配慮を感じ取っていた。感じ取っていたから、彼女たちに感謝を抱きながらも二度とあの時が返って来ないことに絶望を感じたりする。

 彼女は自分の腕をなぞった。浅い擦り傷、軽い怪我の痕跡かなぞられたところがひりひりとしている。
そういえば、タカシは訪れてくれるのだろうか。……いいや、来なくてもいいかな。アリサは溜息を吐いた。ザリ、それでも少しでもこちらに気を払ってくれれば、うれしいけれど。
……ケイ隊長も、ナオミたちも、どうして私に気を払ってくれるのだろう。自分にはまあ、それなりには能力がある。それは作戦立案能力だったり、ある面では小賢しさだったり。
けれども人格的にはどうだろう? こんなこと普段は考えないはずなのに、思ってみればアリサ――自分は、あんまり彼女たちに好かれるような性格はしていない。

 あの全国大会のあと――アリサはケイ隊長にたっぷりと絞られた。半分……涙も出ていた……いや、半分どころではなかった。それをナオミは同情するようなせせら笑うような……
顔でアリサを見ていたのだ。アリサはそれに腹を立てて、……憧れた。ザリ、ケイ隊長もそうだが、ナオミの浮浪雲のような部分、鋭く光るような格好良さだとか。
すらりとした足の長さとか……。だからこそ、解せない。何故隊長たちは――ザリッ、サンダースはアリサを受け入れてくれるのか?

 これから時間が経てば、父親がアリサの病室を訪れるだろう。母親がいなくなってから、アリサの父親は彼女を男で一つで育ててくれた。
アリサは負担を掛けてしまっている父の負担を少しでも軽減してやりたいと、強く振舞うようになったのだと思う。ザリ、無駄に刺々しくて憎まれ口を叩いて。
でも根底は甘えん坊だったのだ。幼少のとき、なくなってしまった温もりを埋めたくてたまらなくなっていたこともある。
よく弱さを見せて際限なく人に頼り切りにしたくなる。それを隠そうとしても周囲にはバレバレで、情けない姿ばかりみせている。


732 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 01:59:47 bOSQ2Uqs0
 ……ああ、そうか。皆は許してくれていたのか。甘えも受け入れてくれていたのだ。ザリ、他でもない自分自身だと。この人はこういう人だと。
ケイ隊長もナオミも……もしかしてアタシがそこから一歩進んで行くのをずっと待っていてくれてたのではないか。
少なくともこの甘えは自分ではわかっていたことなのだ。これに対してしっかりと切り替えができるようになっていたのなら。
きっと自分に自信が持てていた。皆に認めてもらおうと……どうにか恩を返したいと空回りすることもなかったのに。

 父親の手が彼女の頭を撫でつけた。この暖かさのためならば、私は言いようのない寂しさだって我慢できたし、現実にだって立ち向かえて行けた。

 ケイ隊長がこちらを向いて大輪の花のような笑顔を見せた。この人のために頑張りたいって、偏屈な自分も思えた。この人の喜ぶ顔が見たかった。

 ナオミがこっちに手を差し伸べてくれる。今だって私を引っ張っている。ザリ、彼女は……ザリ。認めたくないけれど、アタシの操縦方法がうまかった。
でも、アタシを一番に理解してくれる人だった。ナオミだって、あたしを信用してくれていた。ザリッ、自分で言うのもなんだけれど、多分親友みたいなものだった。

 ねえ、みんな。あたし、頑張ったよ。皆のために、皆みたいに、大洗の子を助けようと頑張ったよ。ねえ、だから。ザリッ、だから――

 アタシを褒めてくれるよね。身体中痛くて痛くて溜まらないし、ザリッ、顔は匂いも感じない、目の前も真っ暗。こうなるまで頑張ったんだから、みんな褒めてくれるはず。
ケイ隊長、アタシは頑張りましたよ! ナオミ、どんなもん? アタシにしてはすごいでしょ。お父さん、私頑張ったんだよ。ねえ、褒めて、褒めて。そしてこの高揚感のまま――。

 アタシを消してくれるよね。なんだか、どんどん冷えてきている気がする。視界の中は暗くっても周囲の陽光は感じていたのに、それさえも消えている。
……そういえば、今自分の身体は、引きずられているのだろうか? 煙はたっぷり吸いこんで脳の中はすっかりくらくらしている。ああ、駄目だ、駄目だ。この感覚は……あの日の……。

 ……おいていかないで。だんだん寂しくなってきた。何がどうなっているのか? 引きずられている。誰かに、動きが止まる。置いていかれる。さみしいよう。お母さん……。

 アリサは引きずられて何かの上に乗った。それは確かな温かみがあった。彼女はそれに抱き着いてうわ言のようにつぶやいた。これがある限り、彼女は寂しくなかった。

……お母さん……おかあさん……。


733 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:00:16 bOSQ2Uqs0
 





734 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:00:45 bOSQ2Uqs0

 「あなたたち、まるでダージリンの分霊箱みたいね」

 ……分霊箱、ですか。

 「そう。我らが英国の誇る小説。ダージリンという抜きんでたカリスマを切り分けた」

 「緻密な計算と大胆な大雑把さ。従順で健気な献身と気まぐれで直な聖愚者」

 ――ねえ、アッサム。決して彼女の色だけに聖グロリアーナを染めてはいけないわ。

 
 汗が――垂れる。日光が差し込んできていた。
アッサムは数日前までの生活の痕跡を、かき集め選り分けては積み上げていく。埃が積もった傷だらけのクリアファイルを――繊細な手つきでぶちまけていく。
首筋が蒸れている。パーカーに無理やりに詰め込んだ髪の毛は、彼女の汗を滴らせて不快指数を上げていた。
その白絹のような手にさえ浮いてくる汗を拭き取って、乾いた紙をハサミで切り分ける。

 湿度が上がっている。この空き家だけではなく、地域一帯の湿度が。……急がねばならない。
白熱灯に切り取った紙を巻き付けていく。今、殲滅戦の舞台となっている大洗町、水道と電気はいまだに動き続けている。
その事実は、自分が乗らねばならない状況を浮き彫りにしているのだ。アッサムはマッチを……抜き取ると一息に火をつけた。下に落ちている幼児用の服が映し出された。

 再び一息でマッチの火を消した。これも消していくべき感傷に過ぎない、このような気持ちを抱くこと自体言い訳がましい軟弱さだ。
彼女は巻き付けた紙にマッチを挟むと、白熱灯のスイッチに手をかけた。電気のついていない薄暗い部屋が照らされ、視界に仲睦まじい家族の記念写真が入ってくる。
この場所は、誰かの居住空間、誰かの思い出の場所。誰かの……。毛布を白熱電灯にかける。これで周囲の建物からはわからないだろう。

 逃げた二人が侵入できないであろう建物侵入し繰り返し同じ作業を続ける。そこに何の感慨を持つ必要もない。意識を向けるべきことは奇襲の警戒とオレンジペコからの連絡。
そして、巻き付ける紙の長さの計算だ。その後に……ぶちまける可燃液。周囲から見えにくいガレージや、なければ少々燃焼効率が悪かったとしても台所用品で代用する。

 あの二人は……今は行動を縛っている。あの死体、大洗生徒の死体が爆散していく様子はそれこそ罠の存在を強烈に印象付けたであろう。そして狙撃手の存在が示唆されており、
あの時点では戦闘に対しての意識が乏しい。その上、断続的に周囲に響き渡っている銃声は活路に対しての積極性を失わせるには十分だ。
彼女たちは動けず、動けたとしてもこの住宅街はすぐそばに見通しが良すぎる国道が二本走っている。対戦車ライフルの存在が脳裏にある以上は、
分かれて逃げたとして、鴨打ちになってお互いに死に行く可能性が高いことは明白だ。
入り組んだ道からも銃声が響き渡っている今、選ぶ行動は状況確認から好転までの待機であり、この死地を脱するための作戦を立案している。……大洗のプラウダ戦のように。
ただし、あのときと違うのは、二人の間には関係の蓄積時間が乏しく、お互いに警戒を張らなければいけないということだ。

 こちらはあちらが何らかの行動を取る前、あるいは籠城を選択する前に――じわりじわりと仕掛けによる包囲の網を狭めていけばいい。そして、そのまま――握り潰すのだ。

 その時である。彼女のスマートフォンがけたたましい音を経てて、動画を再生し始めたのは。


735 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:01:18 bOSQ2Uqs0

 それは――悪意だった。アッサムが考えていた策略としてのそれを遥かに超えた悪意。
悪辣でいて、そして特定の人物に向けての確実な効果を孕み。目にした者すべての心に怪物を放り込む。
恐怖、強壮剤、免罪符、毒。逃れがたき呪い。

 ――あの娘だけの聖グロリアーナにしてはならないわ。この学校の栄光はダージリンの栄光だった……このままではそう言われかねない。

 民家の布団でスマートフォンを覆う。決して、音が漏れていかないように。

 「ペコ……」

 『どうかなさいましたか、アッサム様』

 ペコの声はさっきと変わりがなかった。そういえば……アッサムは思い出す。彼女が下級生だったころ、ダージリンには内緒だと……先輩にかけられた言葉は。

 ――アッサム、あなたはダージリンと同じ地平に立ちなさい。あの娘ときちんと対立して、そしてダージリンを守ってあげて。 

 「……変わりはないわね。警戒を続けなさい。もうすぐ始まるわ」

 『わかりました』 

 アッサムは毛布から端末画面のみを出すと、凄惨な動画に気を払いながら、同じ作業を続けた。
同じように衣服を積み重ね、同じように紙を電球に巻き、同じようにマッチ棒を挟み――同じように電気を点けた。
そうして、彼女はぼうっと浮かぶ自身の影を見た。壁に向かって実像より大きな影がぼんやりとうつり――。
視線がまた、今度は違う家族の写真に切り替わる。アッサムはそれを取り出すとびりびりに破りさいて、捨てた。


736 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:01:44 bOSQ2Uqs0
 





737 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:02:21 bOSQ2Uqs0
 
 銃弾の音が一発鳴るたびに、彼女の存在は揺すぶられた。
 爆発音が一回なるたびに、彼女は引き裂かれていくような気分になった。

 大洗は、彼女の故郷だった。この土地で生まれて、育ってきた町。彼女は片親で……必然外で遊ぶ機会は多かった(親が心配しない程度ではあるが)。
丘向こうの学校に向かって歩いて行った、見通しのいい通学路。黄色い帽子を持って、黄色い旗をかざして、列をなして歩いて行った。
たまにはお父さんに孝行してやろうと、商店街の方を歩いたことがある。お小遣いを握りしめて勢いだけで出てきたものだから、何をどれくらい買えばいいかわからず、
肉屋の人がこれをこれくらいだけ買えばいいよと、紗季ちゃんは可愛いから少しおまけだって、当時からあまり愛想もよくなかったのに汲み取って可愛がってくれた人たち。

 また、爆発音がした。あのときの商店街の方角だった。

 丸山紗季にとって……殲滅戦という現状は非日常の極致たるものである。しかし、彼女、あるいは大洗学園のある種の生徒たちには、他の生徒とは決定的に違うものがあるのだ。
彼女の、彼女たちの故郷は、まさに今、殲滅戦、すでに幾人もの人々が命を落として言っているこの大洗町に他ならなかった。

 初めは現実感がなかった。前に見ていたはずの風景なのにどこか違っている気がした。そしてそれは気のせいではなかった。彼女の記憶にある人々の喧噪や、
時期により移り変わる生活音、道行く人々の服装、そして、彼女の友達や家族。『大洗町』という社会を構成するいち要素がきれいさっぱりと消え失せてしまっているのだ。

 だから、彼女はここが違う場所だと思った。同じような場所を見つけてきて、きっとそこを使っているだけなのだ。自分たちの故郷は現実に変わりない日々を過ごしているのだ、と。
けれども、戦闘音が響いていくたびに、それは彼女の街の思い出を少しづつ少しづつ壊していく。殲滅戦という異形が、彼女の日常をどんどん汚していく。

 丸山紗季は無口で、鈍感なように見える少女、少女だがそれでも単なる少女なのだ。そして彼女の寄る辺はとても少ない。それは学校と友人、故郷と家族だった。
どんどんどんどん削れていく。大洗が故郷でなければよかった。故郷でなければ、学友の死は目に入ったもののみが事実だっただろう。
けれども、ここは彼女が人生のその大半を過ごしてきた地域。鳴り響く音はその破損と伴うものを想起させずにはいられない。

 「紗季……?」

 予期せぬダメージ、彼女に降りかかっているそれに気が付けるのは唯一一緒にいる人物、アリサだけだった。けれどもその深度を測るには彼女たちの関係はまだあまりに浅く、
紗季という少女はあまりにも無口過ぎた。アリサに気が付けたことは、自体の打開について一緒に考えている途中、紗季の身体が小さく震えていることだけだ。
大丈夫? という気遣いの声に、丸山紗季は小さく首を縦に振ることしかできない。これ以上のものを出して知ったのなら、彼女の心の堤はすぐにでも決壊してしまいそうだった。
ただ……

 「何、この音……? スマートフォン?」


738 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:02:41 bOSQ2Uqs0
その音は轟音となって――丸山紗季のささやかな抵抗を踏みにじって行く。

 ――――少女が電動ドリルを押し付けられる。

 彼女は知らなかった。世の中には他人に対して、躊躇もなく凄惨なことができる人がいることを。

 ――――電動ドリルが、表面の薄い肉を削っていく。

 彼女は知らなかった。人の悪意とは――ときに何をも超える残虐性を持っていて、向かう対象はただ運によってのみ定まるのだということを。

 「―――――ッ!」

 ――――先端が白い骨を捉える。
 ――――神経に障ったと思わしき少女が、激しく痙攣し始める。

 彼女は知らなかった。彼女の過ごしてきた町に――大好きな皆がいる大好きな街に、こんな悪意が存在することが許されることを。

 「――――あ、ッ」

  ――――ドリルの歯が交換される。行為が続行される。

 彼女は――知っていたのに。この町が持つ人々の暖かな感情と、向けていてくれていた慈愛の視線を。

 「……ああああああ、あ」

 アリサは――スマートフォンを捨てることができない。家の外に放り投げてしまえば、今自分たちを襲う恐怖からは逃れることができる。
けれども、それは将来の自分たちの命を放り投げてしまうことと同意義だ。必然的にアリサにできることは、紗季に声を掛けながら背中をさすってあげることぐらいだ。

 「大丈夫…! 大丈夫だから……」

 自分でも根拠のない言葉だと思った。そしてアリサ自身も恐怖と不安を強く抱えていた。それに耐えられたのは向けられていた悪意がまだ他人に向かっていたから。
しかし、その他人事はすぐに彼女たち二人に対しての出来事になった。


 彼女たちに対する悪意が――同時多発的に燃え広がる。


739 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:03:01 bOSQ2Uqs0
 





740 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:04:13 bOSQ2Uqs0

――始まった。

 アッサムは、火の巡りが最も遅くなるであろう構造物の中で、己が仕掛けた罠が人々の思い出を飲み込んで炎上し始める様子をじっと見つめていた。
時間差で炸裂する発火装置。白熱灯に巻く紙の長さを変えれば、発火までの時間をある程度コントロールすることができる。
この炎はいずれ、この一帯を灰にする大火災となるだろう。その中であの二人の敵、我々が生き残るために、排除しなければならない者たちを沈めるか、狩らなければならない。
期限は、積乱雲がこの空を覆いつくすまで。

 (やっぱり……湿度が上がってきていて、気圧も下がり続けてる)

 これは、夕立どころか、台風クラスの低気圧がやってきているかもしれない。もしそうだとしたら、視界が完全に塞がるほどの大雨と防風を覚悟しなければならなくなる。
その状況では、罠どころか、遠距離武器のほとんどが屋外では役経たずだ。近距離射程でお互いに殺しあう……恐ろしい泥仕合になる。

 (それまでに状態を整えなければ――あの二人を仕留める)

 決してくだらない感慨に飲まれることはない。どんな手を使ってでも、オレンジペコを――ダージリンを、聖グロリアーナを守る。

 彼女の悪意が、二人を飲み込んでいく。

 「……逃げなきゃ! 紗季!」

 アリサはすぐに、周囲が放火されて(どんな手を使ったのか、周りを大きく囲むように発火し始めた)いることに気が付いた。
彼女はすぐに紗季の手を引く、けれども動かない、数時間前まで嫌だといってもついてきた少女は、今度は止まったように動いてくれなくなってしまった。

 「紗季! 行かないと…死んじゃうわよ!」

 そのとき――アリサが見た丸山紗季の表情は、一体どんなものだったのだろう。
丸山紗季という少女は思ったより表情豊かなのだなと、この数時間で感じていた。その印象が吹き飛んで行ってしまうような、ぽっかりと開いた絶望の眼。
アリサが目が合った、と思った時には彼女は動き出していた。けれども、アリサはもう何事も声に出すようなことはできない。

 周囲の射線を、彼女たちにできる限界まで警戒しながら民家を出る。家の前の道は左右に十字路。ただ、曲がり角は視界が影になっていて見えない。
炎がじわりじわりと延焼してきている。彼女たちのところから、化学物質を含んだ真っ黒い煙が天上に向けて吹きあがっていた。
右に行けば国道に出る。ただあまりに見晴らしが良すぎる。うかつに出て行ってしまえば狙撃の良い餌食だ。
左に行けば住宅街に続いていく。しかし、先ほどの様子からこの殲滅戦に乗った何者かが潜んでいる可能性は否定できない。


741 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:04:52 bOSQ2Uqs0
 「どうしよう……」

 そのとき、紗季はアリサの手を引っ張って、左に向かって駆けだす。その足取りには迷いがなく、だからこそ不気味にアリサには感じられた。
紗季…、本当に大丈夫?! さっきまで意思疎通ができていた彼女が、今度はまるっきりこっちの意志を無視している。
まるで、何か、嫌なものが彼女の中で固まってしまったみたいに――――

 角を曲がった。丸山紗季が足を止める。アリサはそれにつられて足を止めた後に彼女が何かに指をさしていることに気が付いた。
見えにくいように配置されている……それは細工された糸、走り抜けたなら引っかかっていただろう其れは、いわゆる、ブービートラップだ。
紗季はそれをじっと見つめて、次に辺りを見渡し、最後に、アリサに向かって体ごと振り向いた。

 「どうかした? 紗季――ッ!」

 丸山紗季は、微笑んでいた。 諦観を含んだ瞳は、彼女から異様なほどの儚さ、まるで月夜にやれる薄のような、今にも消え去ってしまいそうな何かを感じさせる。 
アリサが慮るような声をかける。再び。紗季は向こうの建物を指さした。縦長コンクリート製の建物であった。抜けられるよ。彼女が口を開く。本当に平坦で、穏やかな声だった。

「……! 行くわよ!」

 そのまま走っていこうとしたアリサを、紗季の小さな手のひらが制する。そして、今度は曲がって向こうの建物を指さして、呟く。「先に、」
狙撃手がいるかもしれない、ということだ。アリサは察する。そして、頷いた。走り抜けたならば高々5M程度だ。それくらいならば、急造の狙撃で当たられるはずがない。
かくして、アリサは走った。後ろにいる少女と出会った時のように、今度は少女との距離はぐんぐん離れた、離れるといってもまだ彼女の姿が目視できる距離、
アリサは振り返る。促すつもりだった。彼女に大丈夫だって、早く来て、と。
けれども、アリサが見たのは、同じような微笑みを浮かべ――足元のトラップワイヤーにナイフを突き立てる姿だった。


742 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:05:12 bOSQ2Uqs0





743 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:05:39 bOSQ2Uqs0
「国道を固めなさい、ペコ」

 果たして、仕掛けていたブービートラップは炸裂する。今、アッサムの目の前には左足が脛あたりから大きく抉れ気を失った大洗の生徒が一人。
手榴弾が破裂、内容物が飛び散る瞬間に後ろに飛び、上半身を塀を挟んだ曲がり角に隠したのだろう。周囲に人影はなく、それぞれ建造物には完全に火が回り、隠れられる隙間はない。

 アッサムは周囲の警戒を怠らない。彼女が侵入した十字路……その死角をクリアー、完全に人影がないことを確認し倒れている女生徒に目を向けた。
見覚えがある少女だ。アッサムは聖グロの情報部門、その部門長のような立場にある。確か、一年生チーム、そこの……装填主だ。
――彼女個人についての利用価値は少ない。大洗関係者を利用しようとするならば、他に価値のある立場のものが何人も巻き込まれているだろう。

 ……彼女の処遇を決めなければならない。左足は脛からがほとんど吹き飛び、その他下半身には火傷、擦過傷、創傷が多数。出血は多い。すぐさま手当てしなければ死に至るだろう。
ただ、それまでには、しばし時間がかかりそうだ。意識が戻ったならば、数十分苦しみぬいた末に彼女は死んでいく。死なせてやるのが、慈悲だろうか?

 アッサムは極力煙を吸い込まないように気を付けながら、少女を見つめた。慈悲慈悲……いや、感傷で殺すべきではない。ない、が……。
オレンジペコはすでに手を汚している。あの純朴な村娘のような少女でさえ殺人者となったのだ。ならば自分も、ここで手を汚さなければならない。
彼女は銃を取り出し、ゆっくりと紗季の頭部に向けて構えた、不思議と、震えたりはしなかった。しなかった。しなかったのに……。
 
 なぜ、このタイミングで撃たなかったのか! 

 丸山紗季は目を開けていた。頬は痛みに引きつっていて顔色は青をとりこして土色だ。此方を見る瞳にも何の力も籠っているようには見えない。ただ、純粋に疑問だけが浮いている。

 「どうして……」


744 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:06:28 bOSQ2Uqs0

 紗季はそうつぶやく。呟いて、じっとアッサムを見つめ続けている。真っ暗の瞳の中で、アッサムだけが像を結んでいるように見える。
何かを企んでいるのか? アッサムの心に疑念が浮かんだ。なぜ、ここまで冷静でいられるのか、確かに死につつあるのに。
彼女と一緒にいたサンダースの生徒……彼女がどこかに潜んでいるのだろうか。いや、無理だ。周囲の建造物には完全に火が回りつつある。確認したことだ。
ならば、此方を巻き込んでいくような罠か何かを仕掛けてあるのか? いや、ここに来るまでにあまり時間はなかった。大した仕掛けなど設置はできないはずだ。

 アッサムは少女の全身を見渡した。手のひらは開かれている。体の裏に何かを隠しているのか……いや、隠しているようには見えない。もはや動く速度も知れたものだ。
ただ、曇りなき瞳でこちらに対してじっと問いかけるような視線を送っているだけだ。何か隠している意味があるとは思えない。思えない、が……。

 拷問してみるべきではないのか?

 先ほど流れた映像、少なくともこの殲滅戦の舞台にはあれ程の悪意をもっている人間がいるのだ。ならば、……ならば。
こちらとしても、その程度の悪意に対して慣れて置かねばならないのではないか。土壇場にて躊躇するような真似をする訳にはいかないのだ。気圧されるわけにはいけない。
いかなる手段さえも取らなければならないのだ。

 「何を……企んでいるの?」

 アッサムは紗季の指先、爪に向かってナイフを向けると、鉛筆を削るようにひと息に削ぎ落とした。
少女の身体が大きく震え、喉奥からかすれ出るような声と大きな息が出た。瞳が、揺れている。揺れながらこちらを見つめている。

 「…………っどうしてぇ」

 「何を考えているの?」

 アッサムは繰り返す。深く抉り過ぎて内部に埋まった骨が見えてきた。繰り返す今度は爪の部分だけをうまく剥がすことができた。繰り返す。
大洗の生徒は痛みで失禁している。繰り返す。どうして? どうしてだろうか。繰り返す。どうして。

 ……そういえば、幼少のときアリをいじっていた少年は足をもいだり、胴体を切り離すことには熱心だったのに、頭部をつぶすことは嫌がった。あれはどうしてだったのか?
 
 不意に、炸裂音。オレンジペコが対戦車ライフルを発射したらしい。アッサムはすぐにトランシーバーの電気を入れた。

 「……ペコ? どうしたの……?」


745 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:06:55 bOSQ2Uqs0
 





746 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:07:28 bOSQ2Uqs0
 アリサの銃の名はリベレーター(解放者)である。数メートルで弾道は不規則に変化し、暴発の危険さえある。ただ、その簡易なる構造と小ささは、暗殺には向いていた。
元来、レジスタンスたちのために作られた銃だったのだ。独裁者、言い換えてしまえば皇帝が弾圧していく奴隷たち、
その奴隷が皇帝を討つための銃。ただの一刺しにかける。そういう銃だ。この殲滅戦の場にて、広義の意味でそういったことが起こってはならない。
この拳銃にはそういう主催者側の願掛けが含まれている。

 建物を抜け、とりあえずの延焼地域から逃れかけたアリサの脳内に浮かんでいるのは、ただただ疑問符だけだった。
何故、彼女はあんな真似をしたのだろうか。あんな自殺のような真似を、何故? ……彼女は本当に死んだのか?
彼女の脳内で疑問符が浮かんでは消えていく。たちまち逃げていたはずの足元さえ止まってしまった。つっかえるような気持ち悪さが残っている。アリサは、振り返った。

 ――ああ、また、分水嶺。早く決断を……。

 今度は待てばいい。時間が経ってくれればいい。そうすれば今度は、選択肢自体が消滅する。安全な結果だけが残る。残るはず、なのに……。
アリサは気が付けばもと来た道を戻っていた。何故虎口に戻るような真似をするのか、アリサはただただ腹を立てていた。襲撃者に現状に、嘘をついた丸山紗季に。

 「どうして! あんな真似をしたの!」

 一言だけでも弁明を聞かなければ、熱海に上りきっているこの血は冷めない。死んでいたなら、それでいい、それでいいけれど! 生きていたならば理由を聞かなくてはいけない。
じゃないと、ずっともやもやしっぱなしだ。こんな気分でずっと過ごしていたら、きっとよくわからないうちに死んでしまう。
愚かな行いだとわかっていても、でも、理由を聞かないと……。腹が立ってしょうがない。

 燃え盛る建造物を抜けて、戻ったところで、紗季は、カッパを着ている参加者に甚振られている。塀と建物のわずかな隙間に隠れて、アリサはその後姿をじっとにらみ見つけた。

 ――だから、ねえ! どうしてこんなことができるの?!

 こちらの持つ銃は欠陥銃のリベレーターに脇差一つ。煙幕を焚いてもとどめを刺されて逃げられるだけだ。ただ、アリサは心の底から、怒っていた。犬死にする気はなかったが、
多分よく考えもせずに、さっさとゲームに乗ってこうやって甚振るような人物だと見て、本当に据えかねるような怒りを感じたのだ。

 後ろの構造物は勢いよく燃え盛っている。たぶんもう時間的猶予は少ない。何か一つ、気を惹くようなことが、起こってくれれば……。

 ――いいわ、もう、起こらなくてもいい!

 ――例えば、もう断崖絶壁に飛び込んでいくこと以外に道が残っていないとする。そして、絶対に飛び込まなければいけないとしたら、どこを見つめながら飛べばいいのか。
それは、太陽だ。湖上に写る紛い物ではなく、天空に浮かぶ太陽に向かって飛べば……きっと遠くまで飛べるはずなのだ!

 そうだ、覚えている。輝きを! どんなときだって忘れはしない! つんけんしている私を受け入れてくれた皆を。
隠し持った臆病さを見抜きながらも、一緒にいてくれた隊長たちを。そして頭を撫でつけてくれた大きな掌の感触を!
さあ、飛び込まなくてはならない。許せないものには許せないって言ってやる! 相変わらず顔は歪んで、涙を止めることはできないけれど……!
一回こっきりだけなら、太陽に向かって飛び込むことぐらい、自分にだってできるはずだ!

 ……ペコ? どうしたの? 

 かくして彼女は、一瞬の隙を突き、おおよそ距離にして1〜2メートルくらいの距離から、相手の肩口を狙い、撃った!


747 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:07:50 bOSQ2Uqs0






748 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:08:12 bOSQ2Uqs0
 引きずる、引きずる。顔に大きく火傷と裂傷を負った少女を、引きずる。

 ――ああ、私は、さっき完全に悪意に飲まれて、酔って……恐怖していた……!

 あの動画は、どうやら心の奥深く気づかないような位置に深い傷を残していた。それで、ああやって、
ただこちらをじっと見つめてそれだけの抵抗しかできない相手をあそこまで甚振ったのだ。
その裏に潜んでいたのは、あの動画を流していた相手への絶対的恐怖。私は、一体何をやっているのか!

 やがて、引きずって、赤髪の少女を、さっきまで拷問していた少女の上に立てかけるようにして乗せた。

 結果がこの有様……! あのとき、あの銃が暴発していなければ、私は死ぬか再起不能の状態に陥っていた。
……この行動にも、何ら意味はない。これは慈悲の心でも、悪意の心でもない。これは言うならば――言葉は悪いけれども、言うなれば――けじめだ。
もう絶対に思考にセンチメタリズムだとか、そういったノイズを一切挟んだりしない。そうしなければ、私たちはペコを、ダージリンを、私を、セントグロリアーナを守れない。
だから、だから、だから……! もう来てしまったのか! 代償が……!

 「……アッサム様あ!」

 ああ、彼女がこっちを見ている。ダージリンの愚直さ、ダージリンの陽の部分がこちらを見ている……! 口先だけではごまかせない。

 私たちがそうやって彼女を育てたのだから!


 席は3っつ。4人の椅子取りゲーム。ただ一人だけ絶対に座れる人がいる。彼女が目を離していたのなら。

 始まるのは悲惨な食い合いである。


749 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:08:43 bOSQ2Uqs0
 
【C-4・民家前/一日目・昼】

【アリサ@フリー】
[状態]顔全体に火傷と裂傷、視覚、嗅覚の消失(一時的?) 気絶 怒りと後悔と恍惚
[装備]血の飛んだサンダースの制服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくなかったけど、やったわ。だから、褒めてくれるわよね
1:紗季、どうして…?
2:置いて、行かないで。
[備考]

【丸山紗希@フリー】
[状態]左足を脛あたりから深く抉られている。下半身に擦過傷、火傷、創傷多数、深い悲しみ。絶望。気絶。
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:私の帰る場所は……どうして
1:どうしてこうなったんだろうねえ、紗希
2:もう無理しない方がいいよ、紗季!
3:そういう傷、痛いよね……よくわかるよ、紗季。
4:もうすぐ会えるね、紗季。
[備考]
二人の支給品は近くに転がっています。



【☆アッサム@イングリッシュブレックファースト】
[状態]左側背中に軽いやけど 強い殺意と動揺。軽い自信喪失。
[装備]制服 支給品(組み立て前ジャイロジェットピストル 5/6 予備弾18発) 支給品(ツールナイフ)モーゼルC96@カエサル支給品
[道具]基本支給品一式(スマートフォンは簡易起爆装置に) 支給品(M67 破片手榴弾×9/10) 無線機PRC148@オレンジペコ支給品 工具
[思考・状況]
基本行動方針:『自分たち』聖グロリアーナが、生き残る
1:もう、ノイズを挟んだりしない。
2:ローズヒップ……私たちは……
3:ダージリンとの合流を目指すが、現時点で接触は目的としない。影ながら護衛しつつ上の行動を行いたい。
4:病院、ホテルなど人が集まりそうな場所にアンブッシュする
5:スーパーでキャンプ用品や化粧品売場、高校の科学室で硝酸や塩酸・■■■■■■他爆薬の原料を集め時間があるなら合成する
6:同じく各洗剤、ガソリン、軽油など揮発性の毒性を有するもの・生み出すものを集める
7:ターゲットとトラップは各人のデータに基づいて……


750 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:09:06 bOSQ2Uqs0

【ローズヒップ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服
[道具]基本支給品一式 不明支給品-い・ろ・は
[思考・状況]
基本行動方針:ダージリンの指揮の下、殺し合いを打破する
1:アッサム……様……?
2:爆音のした方(商店街の方)に向かいダージリンを探す。
3:仲間を引き連れ、西を助けにいく


【C-4・アパートビル/一日目・昼】
【オレンジペコ@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 深い喪失感と虚無感
[装備]制服 AS50 (装弾数3/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 支給品(無線機PRC148×2/3及びイヤホン・ヘッドセット)
[思考・状況]
基本行動方針:『戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ』……ラッセルですね。イギリスの哲学者です。
1:『もし地獄を進んでいるのならば……突き進め』……チャーチルですね。
2:『戦争になると法律は沈黙する』……キケロですね。
3:『なに人も己れ自身と同レベルの者に先を越さるるを好まず』……リヴィウスですね、そうでした。
4:『自分の不完全さを認め、受け入れなさい。相手の不完全さを認め、許しなさい』……アドラーですね。私だって……
5:『理性に重きを置けば、頭脳が主人となる』……、…………カエサルですね。
6:『人間は決して目的の為の手段とされてはならない』……カントですね。…………ごめんなさい
7:『徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力である』……ロベスピエールですね。私は……

備考
※c-4の住宅街全域に火災が発生しました。しばらくの間燃え続けます。


751 : 太陽に身を焦がす ◆mMD5.Rtdqs :2017/06/18(日) 02:09:48 bOSQ2Uqs0
投下終了です。 繰り返しになりますが遅れてしまい本当に申し訳ございません


752 : ◆mMD5.Rtdqs :2017/07/19(水) 00:23:04 Wmjy/6DM0
すみません。いまさらながらミスを発見したため修正させていただきます。

>>734

 湿度が上がっている。この空き家だけではなく、地域一帯の湿度が。……急がねばならない。
白熱灯に切り取った紙を巻き付けていく。今、殲滅戦の舞台となっている大洗町、水道と電気はいまだに動き続けている。
その事実は、自分が乗らねばならない状況を浮き彫りにしているのだ。アッサムはマッチを……抜き取ると一息に火をつけた。下に落ちている幼児用の服が映し出された。

 再び一息でマッチの火を消した。これも消していくべき感傷に過ぎない、このような気持ちを抱くこと自体言い訳がましい軟弱さだ。
彼女は巻き付けた紙にマッチを挟むと、白熱灯のスイッチに手をかけた。電気のついていない薄暗い部屋が照らされ、視界に仲睦まじい家族の記念写真が入ってくる。
この場所は、誰かの居住空間、誰かの思い出の場所。誰かの……。毛布を白熱電灯にかける。これで周囲の建物からはわからないだろう。


 湿度が上がっている。この空き家だけではなく、地域一帯の湿度が。……急がねばならない。
甘い残り香が漂うペットボトル、少しくすんだ化粧鏡。角度を調節して、マッチ棒を固定し、切り取った紙を巻き付けていく。

 今、殲滅戦の舞台となっている大洗町は、全面的に電気がストップしている。
その事実はさえもが、自分が乗らねばならない状況を浮き彫りにしているのだ。アッサムはマッチを抜き取ると一息に火をつけた。下に落ちている幼児用の服が照らし出された。

 再び一息でマッチの火を消した。これも消していくべき感傷に過ぎない、このような気持ちを抱くこと自体言い訳がましい軟弱さだ。
彼女は巻き付けた紙にマッチを挟むと、細心の注意を払いながら薄いカーテンをめくる。。電気のついていない薄暗い部屋が照らされ、視界に仲睦まじい家族の記念写真が入ってくる。
この場所は、誰かの居住空間、誰かの思い出の場所。誰かの……。水道水の入ったペットボトルが光を歪め、窪んだ化粧鏡が収斂させていく。

 逃げた二人が侵入できないであろう建物侵入し繰り返し同じ作業を続ける。そこに何の感慨を持つ必要もない。意識を向けるべきことは奇襲の警戒とオレンジペコからの連絡。
そして、巻き付ける紙の長さの計算だ。その後に……ぶちまける可燃液。周囲から見えにくいガレージや、なければ少々燃焼効率が悪かったとしても台所用品で代用する。


 アッサムは毛布から端末画面のみを出すと、凄惨な動画に気を払いながら、同じ作業を続けた。
同じように衣服を積み重ね、同じように紙を電球に巻き、同じようにマッチ棒を挟み――同じように電気を点けた。
そうして、彼女はぼうっと浮かぶ自身の影を見た。壁に向かって実像より大きな影がぼんやりとうつり――。
視線がまた、今度は違う家族の写真に切り替わる。アッサムはそれを取り出すとびりびりに破りさいて、捨てた。



 アッサムは毛布から端末画面のみを出すと、凄惨な動画に気を払いながら、同じ作業を続けた。
同じように衣服を積み重ね、同じようにペットボトルと鏡を配置し、同じようにマッチ棒を挟み――同じようにカーテンを開けた。
そうして、彼女はぼうっと浮かぶ自身の影を見た。壁に向かって実像より大きな影がぼんやりとうつり――。
視線がまた、今度は違う家族の写真に切り替わる。アッサムはそれを取り出すとびりびりに破りさいて、捨てた。

>>740
白熱灯に巻く紙の長さを変えれば、発火までの時間をある程度コントロールすることができる。

収斂する光の角度を変えれば、発火までの時間をある程度コントロールすることができる。

>>749
 私たちがそうやって彼女を育てたのだから!


 席は3っつ。 席は3っつ。4人の椅子取りゲーム。ただ一人だけ絶対に座れる人がいる。彼女が目を離していたのなら。

 始まるのは悲惨な食い合いである。



 
 私たちがそうやって彼女を育てたのだから! 彼女を……彼女たちを!

 オレンジペコは銃を撃った。それは命令で、彼女の意志だった。
けれど、オレンジペコは銃を外した。 それは感情で――虚栄心で、優柔不断さで、劣等感で、心中の忠誠心で、臆病さで、決して逆らえない命令で。彼女の意志だった。

 席は3っつ。 4人の椅子取りゲーム。ただ一人だけ絶対に座れる人が、座らなければいけない人がいる。彼女が目を離していたのなら。

一体誰が座るのが”最善”なのだろうか?

>>750
[装備]制服 AS50 (装弾数3/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)

[装備]制服 AS50 (装弾数2/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)


753 : 名無しさん :2017/07/19(水) 00:23:36 Wmjy/6DM0
遅れてしまい本当に申し訳ありません。


754 : ◆dGkispvjN2 :2017/07/22(土) 00:52:31 jjjZJfS60
みなさんこんばんは、お疲れ様です。
>>1です。
気づけばこのロワも立ってから一年がたっているらしいです。早い。
おめでたいことです。

みなさん、いつも投下ありがとうございます。いつも読んでくださりありがとうございます。
私が言うのもなんですが、ガルパンロワはですね、マジに超おもしろいです。クオリティ高いです、ほんと。
正直、こんな大それたもんになるとは思っていませんでした。
最高な書き手の最高な作品ばかりで、いつも書き手としてだけではなく、一読み手としても楽しく読んでいます。

今回は1年を記念してSSとかイラストとか考えましたが、案の定しあげられなかった(…)ため、なんか茶を濁してコメントというか、なんかそんなかんじで祝ったりしようと思います。

僕は、昔の人間です。
まだ2chでロワがやっていて、1日に10話くらい投下があって感想専用スレに感想が1日に50レスくらいつくような、10年くらい前の、そんな時代のさるさんと戦ってきたおじさんです。
そもそもこのロワを立てたのは、そのときのあの気持ちとかノリが少し懐かしくなったからでした。そんなロワになりゃいいなと思って立てました。

参加者は勿論早い者勝ちで、正直あとの展開も黒幕も開催理由も脱出法もプロットゼロで立てました。
丸投げです。でもそのほうがリレー企画っぽいって思ったからそのまま立てました。
ですからこれは俺ロワであり俺ロワではありません。
本当はトリップなし予約なしでもよかったくらいなんですが、今はまあそれはなしでは進行になりませんからね…。
チーム制にしよう、とだけは決めていました。チームでロワをしたらどうなるのか、それをやってみたかったんです。

と、まあ俺ロワとは名ばかりで、大した考えも無しに立てたロワなんです。
無責任な言い方になりますが、僕は別に投下された作品にケチとかはつけないスタンスでいます。
面白ければ特に気にしない。長さも短さも関係ないし、新人も老害も関係ない。それでいいとおもいます。
綺麗なリレーであればあとはなんでもいいし、無茶はキバヤシすればいいし、多少の矛盾も別にあとの書き手がカバーすれば別に構わないし、議論なんかつまらないのでやるもりはないし、終盤も話し合いは別にするつもりないです。
実際ここの書き手の人達はやっちゃいすぎない程度の空気を読みつつ、やらかしてくれます。安定感すごい。
ああそう、このロワの魅力の一つに安定感ってのはあるんじゃないですかね。
安心してどのSSも見れますから。

キャラが好きなんですよねここの書き手さんは。描写が丁寧なので、キャラ愛がわかって見ていて楽しいです。
個人的にガルパンロワはキャラが全部主役だと思っていますが、書き手のみなさんもそれに近い感覚をもってくれていると思います。みんなが主人公で、だから、誰が残ってもおかしくない。誰が活躍してもおかしくない。ユウ
これは非戦闘系作品単一ロワの強みでもありますよね。(なおノンナ)
ガルパンロワは特にそういう傾向が強いと勝手に思ってます。
一般人単一系ならではの丁寧な描写は、強いですよね。


755 : ◆dGkispvjN2 :2017/07/22(土) 00:55:23 jjjZJfS60
ところで今の時代ってSNSがありますから、書き手も読み手も簡単に繋がれるじゃないですか。
したらばもツイッターとリンクしてないようで同じネットですし。
読み手の方もツイッターにたくさんいます。
今更感がありますが、今や感想置き場は本スレよりツイッターなんですよね。久しぶりにロワを立ち上げて驚いたことの一つです。
支援絵なんかもpixivにあげている方もいらっしゃって、ありがとうございます。
ツイッターでの感想もありがとうございます。毎回ニヤニヤしながら読んでます。書き手として、読み手として、企画者として。
#ガルパンロワ
をよろしくお願いします(タグ宣伝)。

相変わらず叱られるような界隈ではありますが、個人的には今の時代、ツイッターでタグをつけて感想いいあったり、告知したり、そんなのは普通で、したらばだからって話題に出しちゃいけないことだとは僕は思っていません。
まとめをpixivに上げたりもありなんじゃねぇかなとかも思ってます。
多分ガルパンロワはチーム制を初めて採用したロワだと思いますが、そんな感じで、今後、なんかロワ界ではあまりなかったような、そんなこともしていけたらいいなと思っています。叱られそうですが。

さて、ガルパンロワは書き手も読み手も募集しています。
いつでも気軽にきてください。気軽に投下したり感想言ったりしてください。
感想はツイッターでもかまいません。投下は鳥無しゲリラでも構いません。短くてもギャグでも外部勢力でも、BC自由学園の新キャラでも、なんでもかまいません。
このロワの書き手は、多分みんな面白がってそれを見るし、誰かがなんとかしますから。リレーですからね。

ガルパンロワ、舞台はそういえば実在する街、大洗です。
そしてこれも多分はじめてですが、ロワ会場で書き手が会場下見をしたロワです。
私含め、年2回くらい、大洗で現地視察をするようなまじめに創作に対して不真面目な書き手たちですが、まあそんなくだらないことも含めて、このロワの雰囲気と色なのかなと思っています。

したらばなんかですべきではない個人的な話がめちゃくちゃ多かったですけど、いままでこの界隈がかたかっただけで、これくらい砕けたほうがいいんじゃないですかね。
違うか。

さて、そんな感じで一周年を迎えました。
まずはそろそろ放送を入れなきゃなと思ってます。放送プロットはゼロ。

ああ、あて夏は大洗オフで現地取材してきます。台風が来ないことを祈っております。
取材の結果を、SSで示すことができればと思っております。

では、これからもこのロワをよろしくお願いします。


756 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 05:01:24 1AeGevDM0
SNSってすごいですね
っていうか1周年からもう4ヶ月弱になるんですね、早いものです
早すぎて月報から消え去るレベルなので、自己リレーになるけど投下します


757 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 05:08:44 1AeGevDM0

「ぐうう〜〜〜〜〜っ……」

悔しそうな唸り声が、閑静な校舎裏に響く。
聖グロリアーナの敷地に相応しくない下品に類する呻きであったが、しかし幸いなことに、誰にも聞かれてはいなかった。

淑やかさが求められる聖グロリアーナにおいて、言動が粗野な彼女――ルクリリの存在は、少々異彩を放っている。
勿論『聖グロリアーナに通う生徒は全員漏れなく淑女』などということはなく、一般家庭の出であり淑女とは程遠い生徒も決して少なくない。
それでも大半の少女達はダージリンに――もしくは、その先代など、幹部の地位に就く少女に――強い憧れを持っている。
そして、少しでも憧れの隊長に近付こうと、必死に“淑やかなお嬢様”を演じているのだ。

ルクリリも、ご多分に漏れずダージリンに憧れを抱いている。
戦車の乗り方だけでなく、言葉遣いや礼儀作法も、ダージリンの一挙一動から学んでいた。
聖グロリアーナに入らなければ一生知る機会がなかったであろう紅茶の淹れ方も覚えた。
“養殖”故に“天然モノ”には勝てない所がいくつもあったし、言葉遣いも周囲と比べてボロを出しやすい部類だったが、しかしながら“養殖”ゆえの強みだって持っている。
お嬢様でないがために下品なことへの知識はあるし、下品な連中の思考を見抜くことにかけてはお嬢様共に一歩リードしているとすら思っていた。
その強みを活かしながら苦手を伸ばし続けていけば、いつかは憧れのあの背中に追いつけるのだと、そう思っていた。

だが、現実はとても残酷であり、ルクリリに対して冷たかった。
もう少し暖かくほんわかとした現実でも良さそうなのに、それはもう大層冷たく出来ていた。
その冷たさときたら、アイスティーを通り越して、紅茶で作ったかき氷が出来上がるのではないかという程だ。
まったく勘弁してほしい。やっぱり紅茶はHOTに限るぜ!

「くっそ……ちくしょお〜!」

最初の挫折は何時だったか。
小さな挫折なら幼い頃から何度もしたが、大きな挫折は、紅茶の名前を手にしたあの日が初めてだったかもしれない。

コツコツと実績を上げ、ついに幹部候補として紅茶の名前を賜ったあの日、憧れのダージリンの横にはオレンジペコが控えていた。
自分が一年以上かかった紅茶の名前を初夏には賜り、自分より先にダージリンの横に立ち、常に一番近い所でダージリンの指導を受けている、一学年下の後輩。
その佇まいは何よりも美しく、他の誰よりダージリンの横が似合っているように思えた。
心のどこかで「ああ、そうだよな」と納得してしまったあの日が、きっと初めて大きな挫折というのを味わった日だ。

有望そうな一年生だと上から目線で評してから、見上げなければいけない立場になってしまうまで、さほど時間はかからなかった。
早々に達観する周囲を内心少し侮蔑していたし、自分は違うと思っていたのに。
努力の末に得た称号は、オレンジペコとの越えられない差を思い知らせてくれる要素の一つにしかならなかった。

それでも投げ出さなかったのは、聖グロリアーナ戦車道への憧れ故か。
はたまた、あの日焦がれて瞳に焼き付いた上級生達の背中が、逃げることを許してくれなかったからか。
もしかすると、ダージリン達に対する個人的な敬意や好意からかもしれないし、ひょっとしたら、単なる意地や世間体なのかもしれない。

「ルクリリ様」

守るような世間体なんてほとんど持ち合わせていなかったが、しかし――それでも、ルクリリにだって最低限守りたいものくらいはある。
ちっぽけな自信もそうであるし、紅茶の名を賜ったことへの誇りもある。
下品な言葉の平民出だの散々な評価を陰で囁く者の存在を知っているが、しかし同時に、そんな自分に憧がれてくれる者の存在も知っている。
せめて、格好くらいつけねばなるまい。

「……何だ、ニルギリか」

抜けきれない“育ちの悪さ”に謎の魅力を感じてくれているのだろうか。
少なからず存在する『ルクリリを慕う下級生』の大半は、不釣り合いな紅茶の園で戦う姿を遠巻きに見ているだけだった。
たまに耳にする褒め言葉も、庶民やらの枕詞がつくことが多い。
ルクリリそのものに惹かれているというわけでなく、その経歴やカタログスペックに惹かれているだけなのだろう。
しかしニルギリは、それらの少女とは一線を画していた。


758 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 05:27:45 1AeGevDM0

「何だ、なんて言い方をされては、さすがの私も少々傷ついてしまいます」

そう言うニルギリの表情は、どこか楽しげに見える。
それでも、遠巻きにきゃあきゃあと騒ぐファンの少女達とは違い、どこか凛とした雰囲気を纏っていた。
オレンジペコからは大きく遅れたとはいえ、さすがは一年坊にして紅茶の名前を賜る未来の幹部候補と言った所か。

お上品極まりないお嬢様にとって細やかな楽しみが幹部の追っかけなのか、試合を応援し、その時だけは目一杯はしゃぐ生徒は多い。
ちやほやされるのは悪い気はしないし、紅茶の名を賜る前から応援してくれた生徒には感謝もしている。
本当にルクリリを慕っている生徒は勿論、単にルクリリの経歴を見て映画でも眺める気分で応援しているような生徒も、変わらず感謝の対象であった。
そんな存在に苛立ったこともなくはないが、今では素直に感謝出来ている。

そんな追っかけ連中に、ニルギリも含まれていたのだが――しかしながら、彼女は異質な存在であった。

紅茶の名を関する少女を追っかける者の大半は、一般生徒か或いは戦車道を半ば諦めている二軍以下の連中だった。
自分には出来ないことをする姿に憧れているのか、自分自身では見ることすら叶わぬ夢を託しているのかは分からない。
だがとにかく、追っかけから幹部になれる者なんて、早々存在していない。
居るとすれば、それこそオレンジペコのように、憧れの背中を冷静に着実に追いかけられる者くらいだ。
ただ騒いでいるだけの少女にソレは出来ない。
ニルギリも、オレンジペコと同じタイプなのだろう。
その憧れの対象が、よりにもよってルクリリであるせいで、かなり異質な存在となってしまってはいるが。

「あー悪い悪い。でもほら、他の娘だったら、言葉遣いとか態度とか気をつけなきゃいけないしさ」

言葉遣いが未だに完璧ではないような平民丸出しの身ながら、紅茶の名前を冠した。
再三言っているように、ファンの大半はそこに惚れ込んでくれたのだろう。
少なくともルクリリはそう思っている。

しかしながら、大股を開いて空を仰ぐ姿を見せられるかと言うのは別問題だ。
物には限度というものがあるし、コレがファンの許容範囲を越えているであろうことくらい自覚している。
それに、「じゃあやるなよ」と言われると「この姿勢が楽だし、醜態晒した直後に姿勢まで気を使えるかよ」と思ってしまうルクリリだって、出来ることなら優雅にやりたいとは思ってるのだ。
今でもダージリンの姿には憧れるし、聖グロリアーナらしからぬ態度も改めたいとも考えている。
こういう姿は、隠すべきものであり、決して自ら見せていくものではないのだ。

「今ちょっと気分的に取り繕うのしんどくって」

それでもニルギリの前でだけならいいかと思えるようになったのは、ニルギリの前で醜態を晒し慣れたからか。
同じ小隊で無様な姿を見られたことだってあるし、偉そうに先輩風を吹かせていた相手が瞬く間に追いついてきた焦りでおかしな態度を取ってしまったこともある。
言葉遣いだって、先輩相手なら敬語を使わざるを得ないのでどうとでもなるが、後輩相手だとどうしても砕けてしまう。
にも関わらず同じ紅茶の名前を関する者であるせいでやりとりする機会が多く、淑やかさに関してもニルギリの前ではボロを出しまくっていた。
それどころかフォローされてしまうことが度々あり、自分のプライドを保つためにも、何時しか「ニルギリなら、まあいいか」になっていたのだ。


759 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 05:31:59 1AeGevDM0

「何かあったのですか?」

あー、などと、意味をなさない言葉が口から発せられた。
大体のことは、「ニルギリなら、まあいいか」となっているが、さすがにこれを言うのはどうかという気持ちもある。
プライドの問題もあるし、ニルギリにまで失望されたくないという気持ちもあった。

「さっきの演習で、ちょっとさ」

だが、しかし――言うことにした。
誰にも言いたくないという気持ちに嘘はないはずなのだが、しかし本当は誰かに聞いてもらいたかったのだろう、きっと。

「先程の演習というと、ルクリリ様が隊長を務め、他の者では成そうともしないであろう勇猛果敢で斬新な指揮を取った試合でしょうか」
「秒でそれだけのオブラートを生み出すスキル、素直に凄いと思うわ」

オブラートに包むプロかよ。
オブラートに包む早さと正確性を競う世界大会があったら表彰台に登れるよ、多分。
下手をすると、その天辺に立っているかもしれない。

「いや、これでもさ、まだ隊長の座、狙ってたんだよね。なんだかんだでオレンジペコは一年生だし」

もっとも、年功序列で隊長になれるほど甘いわけがないと思ってはいるし、
万が一なれたらなれたでダージリンとオレンジペコの谷間の世代扱いされるのは目に見えている。
それでも、隊長になれるものならなりたいと思っていた。
例え最初は陰口を叩かれようと、実力を持って覆す、そんな歴代隊長に勝るとも劣らない格好いい隊長に。

「でもまあ……全力で隊長やって、采配ミスで敗北して、痛感したわ」

薄々自覚していたが、自分はどうやら調子に乗りやすいらしい。
少しは頭が回る方だと自覚していたが、アッサムほどではないうえに、アッサムと違い多少頭が回ることが裏目に出やすい。
かといって、調子に乗って勢いでいく方向にシフトしようにも、完全上位互換のローズヒップがいる。
当然、下級生ながら紅茶の名前を関しているだけあって、ルクリリよりも早い出世をしているし、何なら将来を約束されているかのように可愛がられていた。

「私には、隊長をやるだけの器だとか才能だとか、そういうものが無いんだなあ――って」
「そんなことは……」

ニルギリの言葉を、掌で制す。
ニルギリは、珍しくルクリリの“戦車長としての技量”に惚れ込んでくれていた。
聖グロリアーナらしからぬ言動でも、感情移入しやすい努力と成り上がりのストーリーでもなく、戦車乗りとしての技量に。
だから、本当だったらこんな弱音、見せたくはなかったのだけれど。


760 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 05:40:25 1AeGevDM0

「いいんだ。これは、何ていうか、資質の問題に近いし、どうにかなるもんじゃないってことくらい、分かってる」

まあ、そもそも、ファンが多少ついてはいるが、それでも他の幹部と比べたら微々たるものだ。
聖グロリアーナらしくないという点で同系統であるローズヒップの方が、下手したらファンが多のではないだろうか。
別にファンを作るスキルが隊長に求められるとは思っていないが、しかし――人を惹き付ける能力というのは、間違いなく求められる。

「皆の動きが悪かったとかじゃないんだ。命令はちゃんと聞いてくれるし、技量はさすがの聖グロリアーナだよ。
 でもさ、きっとそれじゃあダメなんだ。私の首をすげ替えても、皆同じように命令に従って動いてくれて、そんで同じように負ける」

戦略の方向性は大きく変わるかもしれないが、その程度だ。
従う命令が変わるだけで、兵隊達の質は変わらない。
そうなると必要とされるのは、同じ質の兵隊達でも効率的に運用し勝利に導けるだけの頭脳か、もしくは兵士の能力を引き出すモチベーターとしてのスキルということになる。

「私じゃあ、皆のポテンシャルを引き出せない。そのうえ、作戦考える頭の方も突出してない。
 これならスーパーコンピューターでも隊長に据えて作戦考えさせた方が、多分よっぽどいい結果になる」

先の模擬戦。
隊長を務め、モチベーターになろうとしながら勝利に向けた戦略を練るも、いずれもハマらずこうして敗残の将となった。
ダージリンもオレンジペコもローズヒップもいないこの場で、いいところを見せたかったのに。
(ちなみにアッサムもいないが、彼女はジャンルが違いすぎてそこまで意識をしたことがない。あそこまで頭脳極振りに出来るだなんて思っちゃいなかった)

指揮能力も凡人並、考える策は一流どころか一流半にも通じない。
ちょっとお喋りで口やかましくて美人なだけの案山子だ、これじゃあ。あと胸もでかい。実は結構たわわなんだ、これが。

「さすがにスーパーコンピューターが相手なら、ダージリン様だって勝てないのでは」
「普通に考えたらそうなんだけど、でも勝てるかもって思わせるのが、あの人の凄いところだし、きっと隊長に必要な資質なんだよ」

例えスーパーコンピューターが理詰めで最高の作戦を打ち出したとしても、ダージリンの指揮には及ばないだろう。
ダージリンが指揮を取れば、皆が実力以上の結果を叩き出す。
それは機械には出来ないことだし、ルクリリにも出来ないことだ。
信頼を築き、カリスマを纏い、そして高度な作戦を練られる頭脳があって、初めて可能なことである。

「そりゃ素質のある人間を一年生から育てるわけだよ。こんなもん、一朝一夕で身につくスキルじゃないし、即興の信頼じゃどうにもならないわ」

どこの学校も隊長格の育成に苦労し、力を入れている理由がよく分かる。
才能のある者を見出し、隊長としてのノウハウを叩き込む。
決して簡単なことではないだろう。
それに、周りから認められ信頼されるということも、言葉にするほど簡単ではない。
西住みほみたいに急造チームでチームワークを発揮させまくれる隊長の方が珍しいし異常なのだ。

「ああ、でも、言っておくけど、別に戦車道で心が折れたとかじゃないから。あくまで隊長は無理だなと思ったってだけの話」

戦車に乗る者として、少なからず隊長という存在への憧れはあった。
憧れ続けたダージリンが隊長を務めているというのもあるだろう。
とにかく、なってみたかったが――しかし、それが全てでは決してない。
隊長になりたいという気持ちだけで戦車に乗っていたわけじゃないし、隊長になるための練習をしてきたわけでも当然ない。
だから隊長に向かないままだったのだろう、なんてことも思ってしまうが、それはとにかく。

「車長としてはこれからも頑張るつもりだし、学校の誰にも負けないつもり。負けたくないし」

例えそれは、憧れのダージリンであってもだ。
戦車長というポジションには、自信も誇りもあるから。


761 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 05:44:57 1AeGevDM0

「ま、最強の手足の最強の頭脳ってあたりを目指すということで」
「頭をやめて手足の頭を目指す、ということなんでしょうけど、言葉にすると何だか混乱しますね……」

言葉にすると確かによく分からないな、とルクリリは唸り声をあげた。
ダージリンならば、こういう時でも分かりやすい例え話や格言を持ち出すのだろう。
しかしながらルクリリの脳味噌では、呻けど悩めど分かりやす例文なんて出てこなかった。

「うう〜ん……まあ、あれだ、同じ考えて指示出すポジションでも、車長と隊長は全然違うっつーのかな」

概ね車長が隊長に就く傾向にあるが、しかしながら必ずしもそうではない。
それこそオレンジペコなんかは、装填手としてダージリンの隊長業務を傍で見続け、装填手として隊長に就くのだろう。

「確かに、車長と隊長では、考える策の規模などが違いますね」
「ほらアレだ、戦略レベルと戦術レベルと作戦レベルだっけ、そういうやつ」

どれがミクロでどれがマクロだったかまでは覚えていなかったが、どこかで聞き齧った知識を披露してみせる。
この女、平気で聞き齧った情報を信じて人に話してしまうあたり、インターネット掲示板でも騙されやすそうである。

「あとは、まあ――責任のでかさ、かなあ。大きな違いとしては」
「責任、ですか」
「ああ。負けた時の責任は全部隊長のせいになる、ってだけでなくな」

戦車道の全国大会。
その場において学校が優秀な成績を収めると、比例するように隊長の評価が上昇していく。
よほど目立つ活躍をしない限り、兵隊個人が褒められることなど早々ない。
世間的にもまず学校を褒め称え、次に隊長、それから活躍した車輌単位で褒められるものだ。

そしてそれは、勝った時に限った話ではない。
敗退し、無様を晒そうものならば、世間の侮蔑の視線は学校へと向かい、その学校やOGからは隊長へと非難がいく。
噂では、今年も決勝戦まで残れなかったことで、数名のOGが苦言を呈したとのことだ。
もっとも、ダージリンが得意の格言と話術でサラリとかわしていたようだが(勿論それも、ルクリリには出来ないことの一つだ)

「何って言うのかな。隊長ってさ、言葉一つ一つ、指示一つ一つに、ものすごく沢山のモノが乗ってるんだよな。重みが違うっていうの?
 車長はさ、自分がコレだって思う指示を気楽に出来るっていうか、後ろの隊長がいるから、思う存分指示が出来るんだよ」

自信満々に出した作戦が外れても、頓珍漢な読みをしても、車長ならば「しまった!」で済んでしまう。
申し訳ないとは思うし、ごめんなさいとは思うのだが、しかしそれだけだ。
退場したら何も出来ないし、精々自分のミスが原因でチームが敗退した時に批判を受けるくらいしか、終わったあとに出来ることがない。

だが、隊長となれば話は違ってくる。
一つのミスが、チーム全体に影響を及ぼす。
例え采配が完璧でも、車長の油断や相手のファインプレーで平気で綻びが生じる。
それらを冷静に受け止め、即座に次の対策を立て、被害を最小限に留め、チームを諦めず勝利に導く。
その肩には全ての隊員を背負っていると言っても過言ではない。

隊長は、全ての命を預かっているのだ。
当然信頼されていなくては成り立たない。

信じてついていけば、その先には勝利がある――その圧倒的な信頼があるからこそ、隊長のために身を投げ出し囮や犠牲になることが出来るのだ。
その実力や人柄を認められているからこそ、他の面々を手足のように使えるのだ。


762 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 05:49:16 1AeGevDM0

「私には、隊長様になる器はなかったってことだよ。悔しいけどね」

そう言いながらも、ルクリリの顔には悔しさの色が見て取れない。
普段は顔にすぐ出るのに。
本当に欠片も悔しくないなんてこと、あるはずないのに。

「現実があまりに厳しすぎて、逆に清々しいんだけどな」
「それはきっと、現実が厳しすぎるからでなく、そんな厳しい現実にも全力で挑んだからですよ」

大真面目に、なんだか擽ったくなるようなことを言う。
ひょっとすると、ニルギリには太鼓持ちの才能もあるのかもしれなかった。

「……そうなると、やはり来年の隊長は、オレンジペコになるのでしょうか」
「んー、そうだと思う。見た感じ、ダージリン様が手塩にかけて育ててるし、他に対抗馬もいないし」

隊長には、カリスマ性やモチベーターとしての技能、作戦指揮能力など、様々なものが求められる。
車長を欠いた戦車の生存率は車長が健在の戦車を大幅に下回るというデーターがあるように、指揮者というのは生存率や勝率に大きく左右する。
それは隊単位でも変わりなく、優秀な隊長がいるか否かというのは勝敗に直結していた。

それ故に、ある程度次の隊長というものは予想がつきやすい。
隊長というのは、奇を衒って任命するような役職じゃないのだ。
才能がある人間が手塩にかけられようやくなれる、非常に難しいものなのである。

「まあ、一年だから不安な所もあるけど、現状では一番いい選択肢だし、あの西住姉妹だって二年生で隊長を経験してるわけだしさ。何とかなるでしょ」
「あまり参考にならないくらい良血で才能の塊ですけど、そうですね、彼女を信じることにします」

三年生の隊長と比べ、先代の背を見て学ぶ期間が一年短い分だけ、二年生隊長は不利と言える。
幼い頃から西住流の総本山で様々なものを見て学んでいた西住姉妹は特例だ。
どうかしてる、と言い換えてもいい。


763 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:00:25 1AeGevDM0

「そう考えると、来年も隊長が健在で、後継者を二年かけて付きっきりで育てられてる大洗は、これから伸びてくるかもねぇ」
「そうですね。西住さんのことを慕っている様子が見て取れましたし、付きっきりで教えられたら伸びるでしょうしね」

来年の、ルクリリにとっては高校最後の年を思う。
概ねどの強豪校も、この時期はまだ『来年は今年より弱体化するな』という印象だ。
実際に隊長業務を始めたあとで、現隊長候補がどこまで伸びるかにかかっている。
勿論それは、聖グロリアーナとて例外ではない。
例外があるとすれば、それは隊長が変わらない大洗女子学園であり、二年生隊長がハマれば強い理由の一つであった。

「……大洗、隊長候補の一年生が伸び悩んでも、隊長業務を出来そうなヤツが他にいるのもズルいんだよなあ」

大体どこの強豪校も、絶対的な隊長がいて、他の面々は隊長を全面的に信じて命令に従うという形を取っている。
だが大洗は、絶対的な力とカリスマを有した隊長にも関わらず、西住みほの権力はさほど大きなものではない。
みほが一声命令すれば皆それに従うとはいえ、兵隊が自らの意思で動いたり意見具申してきたりと、凡そ縦社会とは言えない組織をしている。
更にはみほの立案する作戦が柔軟な対処や動きを求めるものが多いため、車長に求められるレベルが非常に高く、それぞれがかなり高いレベルの思考をさせられていた。
少なくとも、命令に従うためにどう戦車を動かすか、というシンプルな行動方針で済むなんてことはほとんどない。
生半可な鍛え方の車長では、求められる水準の動きが出来ずに、作戦を破綻させてしまう恐れすらあった。

「新設校なのに、よくあれだけの逸材が集まりましたよね」
「……新設校だから、っぽいんだよねえ、それが」

そんな高いハードルを飛び越えるようなレベルの車長が、大洗にはゴロゴロしている。
しかし別に、みほのカリスマ性に当てられて集ってきた戦車エリートの集まりというわけではない。
むしろその逆、大洗は素人だらけの集団だった。

「例えば、二度も騙してくれた骨董品の八九式に乗ってた連中とか、どうやら本来バレー部らしくてさ。戦車の知識とか、惨憺たるものなんだって」

合同練習試合の後、八九式の搭乗員と、話をする機会があった。
勿論ルクリリは二度も騙されたことに腹を立て自ら話しかけにいったりはしなかったのだが、八九式の連中の方がにこやかに歩み寄ってきたのだ。


764 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:00:51 1AeGevDM0

「その代わり――バレー部で、キャプテンをやってた実績を持ってたんだよ」

所詮は素人、まともな作戦なんて思いつけるはずがない。
しかしそこを根性でカバーし、むしろ戦車道に明るい者では考えつかないような突飛な作戦を思い付くに至っていた。

それだけでも十分驚異的だというのに、八九式の車長――磯辺典子は、バレー部でキャプテンを務めたという。
戦車道ではないため知識は無いが、先述の通り無くても大した問題にはならなかった。
一方で、“キャプテンである”ということは、とても大きなプラス要素となってくる。

「どんな競技でもそうだけど、やっぱり全員をまとめて代表としてあれこれしたことがあるっていうのは、かなり強いと思う。
 芯の部分なんかは、どの競技でも共通だしねえ」

そもそも戦車道は、立派な乙女を形成する華道・茶道に並ぶ武芸の一種。
その場しのぎの競技時限定精神ではなく、心に根付いた精神性を求められている。
他のスポーツだってそうだ。
一流のアスリートでなくとも、真剣にスポーツに打ち込んだ者は、何かしら芯の通ったものを持っている。
そしてその芯が通った精神性は、そのスポーツの外でだって役に立つのだ。
面接とかでわざわざアピールに使われるのは伊達ではない。

当然、そういった“芯”は、戦車道においてもプラスに働く。
磯辺典子の場合、それに『根性』という名前を付けていた。
プラウダ高校戦といい、黒森峰戦といい、その『根性』はアヒルさんチームを――ひいては大洗女子学園を、何度も窮地から救っている。

「しかも、バレー部のチームメイトもそっくりそのままついてきてるから、連携も取れているうえに信頼もされている」

隊長も車長も、まずメンバーの信奉を集めるところからスタートする。
ルクリリの場合、これに大層苦戦したものだ。
その点、大洗の面々は、最初から満場一致で車長を選んでいる点が強い。
全員素人なのも、下手な軋轢の回避に一役買っている。

「不思議ですよね、バレーって、身長が高い方が有利というイメージなのに」
「実際そのはずなんだよなあ。それなのに、あの背丈で満場一致でキャプテンとして認められている」

そんな大洗の面々においても、典子は少々異質だ。
仲良しグループから何となくで選ばれた澤梓やねこにゃーとは違う。
経験者だから車長になった西住みほや、軍事に詳しいから車長になったエルヴィン、しっかりしているからと選ばれた園みどり子とも違う。
同じ“グループの長”だから車長になった存在だが、それでも角谷杏とも少しだけ違う。

杏は、昔馴染みの二人が、最初から友好的に杏を見ており会長として認めてくれていた。
だが典子はそうではない。
見ず知らずの一年生三人を相手に、短時間で“キャプテン”であると認めさせて、車長になるに至っている。
ゴリゴリの体育会系世界において、圧倒的に不利な体躯であるというのに、半年足らずであれだけの信頼を勝ち得ている。
カリスマ性という点だけを見れば、バレーボールにおける典子のソレは、西住姉妹に匹敵しているのかもしれない。


765 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:09:09 1AeGevDM0

「隊長レベルのカリスマを持つ人間が複数いる……確かに、強力ですよね」
「実際大学選抜相手に大洗連合で勝てたの、そこが大きいだろうしなあ」

大規模な戦いともなると、大隊長のみならず、中隊長も必要になる。
中隊と言えど十輌規模。高校の大会では序盤の一チーム分だ。
当然相応の指揮能力が求められるし、案山子には務まらない。
大学選抜チームは、隊長クラスの三隊長が中隊を纏めている点が、非常に優秀だったと言える。

そして、その“隊長クラスのコマ”という点が、あの試合で大洗女子連合軍が大学選抜チームを上回ってた唯一の点と言えよう。
各校で隊長をきっちり務めるレベルの人間がゴロゴロ居る。
それだけで自由に中隊が組めるし、小隊を組んでも上手に運用することが出来る。
誰かが落とされたとしても、浮足立つことがなく、すぐさま別の指揮官が立て直してくれる。
カール自走臼砲の護衛小隊にまともな隊長が居なかったため崩壊した大学選抜チームと、どんぐり小隊レベルの規模でも隊長格が指揮を取れた大洗女子連合の差が、その優位性を如実に表していると言えよう。
一線級の隊長なんてそう簡単には現れないが、しかしそんな隊長格が複数揃えば、それだけで戦力は大幅に増強されるのだ。

「まあ、来年は多分、大洗が一番“ヤバい”敵になるだろうし、オレンジペコのヤツは大変だと思うよ」

それどころでなく進行形で大変なことになっているのだが、ルクリリには知る由もない。

「カリスマの強い隊長がいるチームは強いけど、その分そのカリスマが抜けた反動はデカいし」

ニルギリは知らないことだが、かつて先代のアールグレイが抜けた後の聖グロリアーナは大変だった。
ただでさえ世代交代は難しいのに、ましてや後継者はダージリン。
カリスマはあるが、変わり者のダージリンだ。
それも、決勝戦まで勝ち上がる事も出来ず、黒森峰の連覇を止める夢もプラウダに奪われた直後だというのに。
それはもう、思い出したくもない程のゴタゴタが待ち構えていたものだ。

「絶対的に頼れる存在が居なくなった直後、ということになりますもんね」
「それなー。大変なんだよあれ。頑張れとは思っていても、どうしても比較しちゃうしなあ」

仮に、聖グロの生徒全員が、次期隊長はオレンジペコだと思っているとしよう。
だとしても、今すぐ隊長がダージリンからオレンジペコに変わった時に、納得できる人間がどれだけ居るというのか。
あくまでも『現隊長の引退という不可避の出来事の後、残った世代で最も隊長に相応しい人間』と思ってもらえているだけだ。
現時点のスペックで単純比較してしまえば、オレンジペコではダージリンには及べない。

隊長と次期隊長には、それほどまでに開きがある。
故に、その差を埋めるまでが、最も大変なのだ。

「私らの世代で最も隊長に相応しいって満場一致だったとしても大変なのに、そうじゃなかったら更にだしね」
「信用していいのかどうか半信半疑では、実力も出しきれませんからね……」

世代交代は難しい。
カリスマ性を持つ指導者が絶対的であればあるほど、だ。
後継者にもそのレベルが求められ、常に比較されることになる。
総合力で匹敵し、なおかつ自身の色を打ち出せないようでは、パッとしないまま自身もチームも高校生活最後の年を終えてしまうだろう。

「……本当なら、今年はソレでガタガタの黒森峰を叩いて聖グロ復権聖グロ最強ってなるはずだったんだけどなあ」

そして、当たり前の話ではあるが、突然であればあるほどに、世代交代は大変である。
交代させられる方は勿論、その周りだって、心の準備が出来ていなかったのだから。

「副隊長が抜けた後とは思えないほど、いい動きをしていましたよね」
「まあ、西住妹、あんまり西住流っぽくなかったし、そもそもあんまり信奉されてなかったってことなのかねえ。
 今の副隊長も、ずっと西住妹を意識していて、実力伯仲だったみたいだし」

隊長レベルが複数居ることが脅威に繋がるように、副隊長クラスが複数居ることも脅威だったというわけだ。
一人欠けても他の者がすかさず取って代われる環境、というのは強い。
試合中でも、試合外でもだ。


766 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:17:51 1AeGevDM0

「むしろ、黒森峰だけなら、去年の方が弱かったのかもしれませんね」
「確かに。船頭多くして船ピクニックって感じだったもんなあ去年」

敗退した後の試合を全てチェックするくらい、ルクリリだってやっている。
去年と今年、西住みほが仲間の救助に行ったシーンも全てモニター越しに見ていた。

去年は、仲間と意思疎通が取れず、単身救助に向かい、結果としてチームを敗北に追いやっていた。
今年は、仲間と『水没した仲間を助ける』という方向で一致団結し、チームを勝利に導いた。

同じ方向を皆が向けるかどうかで、結果は大きく変わる。
西住みほは仲間を助けに行く行動を譲らなかったし、西住まほはその方針では動こうとしなかった。
結果として生じた隙を突かれたため、黒森峰は負けたのだ。
もしどちらかに意思を統一できていれば、きっと生じていなかっただろう隙を突かれて。

「黒森峰、勝利至上主義ですもんね」
「そういう意味じゃあ、基本方針を違えていて、でも強い権力を持つポジションで、そのくせカリスマ性のある有能な妹が転校したのは、双方にとってプラスだったのかもしれないなあ」

部下をコントロールできなかった隊長のカリスマ不足というより、高い地位の人間がまるで違う行動方針を持っていたことが問題のように思えた。
少なくとも、ルクリリにとってはそうだ。

例えばダージリンの信用度が下がったとして、ヴァニラがダージリンの命令を無視したところで、それほどまでに甚大な被害は出ない。
勿論全く影響がないなんてことじゃないが、しかしただの雑兵の単独反乱程度では、盤石のチームは揺るがない。

だがしかし、これがローズヒップとなれば話は変わってくる。
クルセイダー巡航戦車隊を纏める立場の人間が、例えばダージリンと方針を違えてしまったら。
ローズヒップについていこうとする者もいるかもしれないし、困惑しながらも留まる者もいるかもしれない。
いずれにせよ、ローズヒップが離反した時点で、クルセイダー巡航戦車隊は半壊だ。
それに、そこまでの能力とカリスマを有する者は、大体作戦の要を担っている。
作戦まで破綻して、あとはもう敗北まで一直線だ。

それを示す最たる例が、BC自由学園ではないだろうか。
見事に方針を違えたカリスマが複数いるせいで、見事に常時内輪揉め。
個人個人の実力はあるのに、かつての強豪具合と比べると見るも無残な戦績となっている。


767 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:25:56 1AeGevDM0

「大学選抜戦の時みたいに、船頭をやれるほどの腕を持つ人間が、誰か一人に船頭を任せてその方針に従えるのなら、上手くいきますもんね」
「まあ、上手くいかれて負けた私達にとっては、マイナス以外の何者でもないんだけどさ……」

確かに黒森峰は、去年が最も暗黒であったように思える。
結果として西住姉妹が行動方針を違え、勝手に自滅していった。
それを思えば、西住まほに全てを委ねた逸見エリカが副隊長を務める今年は、去年よりマシと言って間違いないだろう。

だがしかし、今年だって、決していいわけではなかった。
西住まほが一年生の時は、黒森峰の黄金時代が始まるとすら言われていたのに、蓋をあければに年連続準優勝。
決して『強い黒森峰の完全復活なんて呼べなかった。

確かに逸見エリカは、意識し続けた西住みほに何とか取って代わることが出来たと言えよう。
実力が劣る分、忠誠心と足並みを揃えることで、多少のカバーが出来ていた。
だが、しかし――“エリカの代わり”は終ぞ現れなかった。
確かに下手な奴が台頭し足並みが乱れるのは最悪だが、しかしエリカの穴を誰かが埋めていたら、黒森峰は優勝出来ていたかもしれない。
まほを支える忠実なる二本柱の構図さえ維持出来ていれば。

「まあ、んなこと言っててもどうしようもないわけだし、そろそろ練習戻るかなあ」
「そうですね。隊長は諦めたとしても、隊長を支える、中隊長レベルの存在にはなられるのでしょう?」

練習に戻ろうと腰を上げたルクリリが語っていた程、黒森峰の世代交代は成功してない。
事前に分かっている引退の後ですら難しい“代替わり”が、突然行われて、上手くいくはずがない。

「まあ、一応は、そのつもり。せめて来年の“次期隊長候補”と並べるくらいにはなりたいしさ」

そしてそれは、戦車道の場に限った話ではない。
職場においてもそう。
部活においてもそう。
殺し合いの場においても、勿論そうなのである。

「なれますよ。そもそも私の中では、もうなっていますし」

穏やかな笑みを浮かべるルクリリも、ちょっと返事に困りながら照れ笑いを浮かべるルクリリも、世代交代はまだ先だと思っている。
だがしかし、今現在の大洗は、突然の世代交代を強いられる環境にある。
ダージリンが生きて帰るとは限らない。オレンジペコが生きて帰るとも限らない。

船頭が突然命を落とす過酷な海で、果たして誰が生きて学園艦に戻って来られるのか、まだ誰にも分からない。


768 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:28:47 1AeGevDM0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






ここに三人の少女がいる。
秋山優花里。ホシノ。クラーラ。
彼女達は皆、首に鈍色の首輪をつけて、殺し合いという檻の中に閉じ込められていた。

三人の間に、会話はない。
クラーラは四肢を投げ出して地面に倒れ、優花里は黙ってその姿を見下ろしており、ホシノはやや離れた位置に座り込んでいた。
そんなホシノの傍らには、もう一つの陰がある。

彼女の名は、磯辺典子。
人数にカウントされていないのは、とうに“人”ではなくなったからだ。
未だ新鮮な体液をトロトロと溢れさせている典子の身体は、噎せ返るような血の臭いを発している。
腐敗こそしていないが、まともに傍に居られるような状態では決してなかった。

それでもホシノは、典子の傍を離れることが出来ないでいる。
その凄惨な典子の姿に胸を痛めることこそすれど、その姿を見て吐き気を催すことはない。

典子は、仲間のことを最後まで守り抜いたのだ。
感謝こそすれど、嫌悪していいはずがなかった。

「…………」

一方で優花里は、典子の姿を直視することが出来なかった。
結果的に背嚢に入ることを認めたホシノと違い、優花里にとって典子の登場は青天の霹靂だ。
故に、優花里はホシノより“典子が命を落とす”事への覚悟が出来ていなかった。
全滅の想定を冷静にすることは出来ても、このような形で終わりを迎えるなんてこと、想像もしていなかった。

何故、そんな予想外の結末になってしまったのか。
優花里は自問自答せずにはいられなかった。

分かっている。それは、自分が弱かったからだ。

もし、クラーラが攻め込んでくる方向を見誤っていなければ。
もし、塀を乗り越えてきたクラーラを素早く迎撃できていれば。
もし、典子が飛び出す必要がないまま決着できていれば。
もし、ホシノが転倒することもなく、引いては典子がその身に衝撃を受けることがないまま終わっていれば。

意味のない仮定であることくらいは分かっている。
しかし、分かっていても、止めようがない。
救えなかったという事実は、優花里の心をどこまでも蝕んでいた。


769 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:35:56 1AeGevDM0

「……どう、しようか」

長い沈黙を破ったのは、ホシノであった。
言葉は優花里に投げかけられてるが、しかし視線は別の所へ向いている。
優花里の視線の先にある、だらしなく四肢を擲ったクラーラ。
そこへ視線を移動させ、喉の奥から声を絞り出す。

「このまま、ってわけには……いかないよね……」

“何を”という部分については、敢えて明言しなかった。
そんなことをしなくても、優花里には伝わるだろう。
それに――それを言葉にするのは、未だに少し憚られた。

「……そう、ですね……」

憚られたが、しかし――話題にしないわけにもいかない。
今でこそ無防備な醜態を晒しているクラーラだが、的確な射撃能力と冷静な思考で残酷極まりない作戦を実行し、
最終的に典子を死に至らしめた危険極まりない存在である。
取り落とした武器こそ回収してあるが、しかしそれだけで『全て終わった』とは言えまい。
むしろここからだ、大変なのは。

「クラーラ殿をどうするのか、決めなくてはなりません……」

優花里とホシノは、戦いに勝利した。
勝利を呼んだのは今は亡き典子であるし、勝利と呼ぶには失ったものが多すぎるが、しかしそれでも生殺与奪権を手に入れた。

生殺与奪権を、手に入れてしまったのだ。

あの決着を勝利と呼ぶにしろ敗北と呼ぶにしろ、とにかく二人は、クラーラの命を握れてしまっている。
典子を殺め、放っておけば数多の死者を出したであろう、とても危険な人物の命を。


770 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:39:34 1AeGevDM0

「…………」

しばし、沈黙。
言葉が喉を通らない。思考が上手く纏まらない。
ホシノも優花里も、その表情は疲れ切っていた。

「何もしない、なんてわけには……」

一言一言を、何とか喉奥から絞り出す。
時間にすればほんの数分のことなのに、もう何年も口を開いていないかのようだ。
喋り方を忘れてしまったかのように動かぬ喉を何とか震わせて、口から出ようとしない言葉を無理矢理に送り出す。

「……いかないでしょうね」

戦闘に勝ってハッピーエンド、なんて単純な風には、この世の中は出来ていない。
これでクラーラが目を覚ましても、改心しているなんてことは無いだろう。
仮に突如憑き物が落ちたように大人しくなったとしても、優花里とホシノはそれを受け入れられはしない。
間違いなく警戒をするし、よほどのことがない限り信用できなだろう。
二人にとって、目の前で横たわるのは、どこまでいっても『“友釣り”を敢行し、超人的な身体能力で三人相手に大立ち回りし、典子の犠牲でようやく止められた程の超危険人物』でしかないのだ。

そんな危険人物に対して、唯一先手を打てるのが今この瞬間である。
拘束して動きを封じるも良し。
身ぐるみを剥ぐも良し。
毒入りのペットボトルや暴発するよう詰まらせた銃など、トラップを仕掛けるも良し。
脱がしてイタズラするも良し。
額に肉と落書きするも良し、髪の毛をバリカンで剃るも良し。
煮て良し、焼いて良し、食って良し、そして――――

今この隙に、殺すも良し。

何でも出来る。どんな選択肢だって選べる。
しかしそれが、優花里とホシノを苦しめる。

今、二人は選べてしまう。
必死に戦い、“倒す”以外の選択肢がなかった時とは違う。
今はもう、何でも選べてしまうのだ。
一番酷い選択肢も、一番生生温い選択肢も。
全て選べてしまうのだ。選ばなくてはいけないのだ。


771 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:45:24 1AeGevDM0

「…………」

再び、沈黙。
時間をかければかけるほど、クラーラの覚醒が近付いていく。
当然、こんな所で呑気に二人して黙りこくっている場合ではないし、二人ともそれは重々承知だ。

だが、それでも、二人共、言葉を発せずにした。
自分の意思で、選択肢を選べずにいた。

「…………」

いっそ戦闘中ならば、余裕もなく恐怖に突き動かされるままにクラーラを殺せたかもしれない。
しかし今は、我に返ってしまっている。
極々冷静な思考で、『クラーラを殺そう』と決意し、しかもそれを口に出して、初めて命を奪うに到れる。

いくら今が異常な状況下とはいえ、それを何の抵抗もなくやれてしまう程、この環境に染まれていない。
自分達の生存のため、危険人物であるクラーラの命を奪うという選択肢を取れる程、冷血になりきれていない。
かといって、なんとかなると楽観視してこのまま放って置けるほど、幸せな脳味噌もしてなかった。

(西住殿……私は……どうすれば……)

優花里にとっての最大の不幸は、西住みほが善良すぎることにある。
優花里自身は客観的に事態を受け止めることが出来るし、頭でっかちの知識でとは言え“戦車道”でなく“戦争”における戦略にだって明るい。
残酷だがやむを得ない“戦闘中の最適解”を他者より導き出しやすいし、それを実行するための技術だってそれなりにある。

事実、逸見エリカに対して、役者の違いを見せつけた。
何かしなくてはいけないという気持ちと、しかしどこか現実味のない気持ちとが、プラスに働いてくれたというのも大きい。
そういった精神性も含め、この特殊殲滅戦において、優花里はかなり“優秀”な部類であると言えよう。

しかし、みほと出会う前の優花里ならば、今よりもっと“優秀”だったに違いない。
エリカを罠にかけたのも自衛としては間違っていないことであるし、エリカが逃げた件についてもエリカの心の弱さにも責任がある。
命を奪わなかったことを感謝されることはあっても、恨まれるような謂れはないし、後ろめたさを感じる必要だってない。
今後も淡々と行動できれば、エリカのようにただ動転するだけの者には圧勝できていただろう。

だが現実は、エリカのことがずっと心に“しこり”として残っている。
だって、敬愛する西住みほなら、あの状態のエリカを放ってはおくはずがないから。

一人教室の隅でミリタリーの雑誌を読んでいた頃なら、こんなことにはなっていなかっただろう。
だが優花里は、出会ってしまった。心から尊敬できる戦車乗りに。西住みほに。
結果として、秋山優花里は“戦争知識が豊富なだけの孤立したオタク”ではなくなった。
敬愛する者の後ろを付いて回り、そしてその理想に感銘を受けた狂信者になってしまった。

秋山優花里の戦車道は、西住みほの戦車道だ。
目指す姿は西住みほだし、判断基準にも大きく影響している。

その結果がこのザマだ。
みほなら救えたかもしれない。エリカも、典子も、クラーラすらも。
けれども優花里はみほではない。
優花里の力では、救えそうにない。エリカも、典子も、クラーラも。
それでも割り切ることができない。それでも認めることが出来ない。
心のどこかで思ってしまうのだ、「西住殿なら見捨てない」と。
自分は“西住殿”ではないというのに。


772 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 06:52:50 1AeGevDM0

(くそっ……何をやっているんだ私は……)

そんな優花里から目を背け、ホシノもまた奥歯を折れんばかりに食いしばっていた。
押し切られた形とはいえ、結局典子の死を止められなかったのはホシノだ。
ゆっくり反論している時間はなかったし、クラーラに転倒させられたことも含めて、全ては「仕方がない」の範疇だろう。
だがそれでも、ホシノは自分を責めずにはいられなかった。
責めていないと、どうにかなってしまいそうだった。

――自分は、周りの人間に順位付けをして、取捨選択をしてしまうのではないか?

クラーラの凶行を目にするまで、そんなことが、ずっと頭の中をぐるぐると回っていた。
そんな考えを捨てたくて、頭を振って打ち消し続けた。
ずうっと自分がどうしたいのかも分からなくて、でも歩みを止めるわけにもいかなくて。
少なくとも典子のことは信じられたから、信じていたかったから、彼女に賛同することにしたのに。
肝心要の典子が、無残な骸になってしまった。
ただただ典子を信じて踏めば良かったアクセルには、もう足を付けることすら難しくなった。

(誰も死なせないんじゃなかったのか……!?)

典子なら、それが出来たのではないか。
そんな甘い考えに、支配されてしまっていた。
優花里の吐く“正論”よりも、典子の口にする“甘っちょろい理想論”は、あまりに耳当たりが良くて。
嫌な人間になってしまうことから逃げるように、只々典子に追従した。

典子の持つ謎のカリスマ性が、全員生還なんて無理だと囁いてくるどす黒い理性を押さえ込んでいた。
典子の力強い言葉が、典子ならば何とかしてくれるかもしれないなんていう、甘い夢を見せてきた。
なのに、典子の死により無理矢理夢から引きずり出されて、辛く過酷な現実へと放り出された。

全員生還を声高に叫ぶ旗印を失った。どんな時でもそれを信じてくれている少女を失ってしまった。
更には典子という犠牲者が出たことで、もう絶対に“全員生還”は出来ないことが決まってしまった。
引っ張ってくれる少女も居なければ、叶えたい目標ももう無い。
典子の死は、一瞬にして、“全員生還”を目指す気力を奪い去っていた。

(……どうすれば……)

もう、“全員生還”はただの夢物語である。
ならば、そこに拘る必要なんてない。
夢の語り部であった典子に倣い危険な襲撃者まで“全員”に含めようとする必要などない。
銃口を向けてくる者にまで、手を差し伸べる必要はない。

長い目で見れば、冷静に考えれば、クラーラは命をここで奪っておいた方がいい。

分かっている。分かっているんだ、そんなことは。
それでも。それでも――ー

(私は……)

最後まで“全員生還”を願い、クラーラを殺さずに無力化し、そしてホシノ達に全てを託した典子の意思を、無駄にしたくはなかった。
典子の死により“全員生還”が叶うことはなくなったし、その無謀さも思い知らされた。

それでもなお、典子の意思を継いでやりたかった。

それが、典子に命を救われた形のホシノに出来る唯一の弔い。
未だ結論を出せぬ中で、唯一信じられる道標。

ああ、そうだ。
自分は、きっと、磯辺典子のようになりたかったんだ。
小賢しく、嫌なことを考えてしまう女でなく、信じたいものを何の躊躇いもなく信じられるような女に。


773 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 22:55:15 NAQags6.0
寝落ちしてました、申し訳ない
続き投下します


774 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 23:10:12 NAQags6.0

「……こう、しましょう」

沈黙を先に破ったのは、今度は優花里の方だった。
ホシノが視線を向けると、疲れきった顔の優花里が、ゆっくりと手を持ち上げていた。
ほんの小一時間前と比べて、随分老け込んで見える。
玉手箱でも開けたかのようだ。

「私とて、犠牲を生みたくはありません。西住殿も、磯辺殿も、きっと同じ気持ちでしょう」

疲労という名の煙で満ちた玉手箱。
そこにはたっぷりの絶望があったし、パンドラのソレと違って希望なんてなかった。
こんなお宝、欲しくなんてなかった。
それに、敵の首だってそうだ。
野蛮な海賊じゃないんだ。そんなもの、ただの一度も、欲しいと思ったことはない。

「ですので――」

ぎゅう、と優花里の眉間に皺が寄る。
歯を食いしばり、そして優花里は、引き金を引いた。
驚きのあまりか、反射的にか。ホシノが弾かれたように立つ。
それよりも遥かに速く、優花里の手にしたテーザー銃から飛び出した電極が、クラーラの右腕へと突き刺さった。

「……殺さずに、無効化したいと思います」

優花里の言っていることが、ホシノには理解できてしまう。
言葉足らずではあるし、狂っているとも思っているのに、理解できてしまうのだ。
ほんの数時間前ならば、そんな優花里に苛立つことが出来ていたのに、今では何の感情も湧いてこない。
どうやら自分も、優花里に負けず劣らず疲弊しているようだ。

「……そうだね」

高圧の電流を更に流され、クラーラの体がビクンと跳ねる。
口の端からぶくぶくと泡が溢れ出る光景には、さすがに胸がチクリと傷んだ。

しかしながら、やはり優花里を非難する気にはなれない。
これからクラーラに何をするにしても、目覚められたら不味いことに違いはないのだ。
いや、ひょっとすると、すでに目覚めて機を窺っていたのかもしれない。
いずれにせよ、念には念を入れて、もう一度撃つことに異論はなかった。
人道的に考えて、異を唱えるべきはずなのに。何も言うことが出来なかった。言う気にもなれなかった。


775 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/11(土) 23:19:52 NAQags6.0

「……思ったより、狙い通りに撃ててますし、私はこれを構えておくのがいいでしょう」

ワイヤーを巻きとり、再度テーザー銃を撃てる状態にする。
そして、その銃口を、クラーラの首元へと突きつけた。

この位置に銃口を持ってくる途中で、意識を取り戻しテーザー銃を捕まれ奪われたら不味かった。
だから、相手が狸寝入りしている場合でも大丈夫なように、不意打ちで攻撃した。
外してしまうと不味かったが、その場合でも最悪自分が襲われるだけであろうという打算があった。
今襲われても奪われて困る武器はない。
連射出来ないテーザー銃を奪われても、ホシノがヴォルカニックで何とかしてくれる方が早いと踏んだのだ。

そうして先手を打った結果、こうしてゼロ距離でテーザー銃を突きつけることに成功している。
これならば、途中で意識を覚醒して攻撃してきても、反射で引き金を引くほうが早いだろう。
そしてこの距離ならば、電極は外さない。
途中でクラーラが目覚めても大丈夫だ。

「ですので――――作業は、ホシノ殿にお願いしたいと思います」

そう、“途中”で目覚めても、大丈夫なようになっている。
それは、つまり、何らかの行為を始めるということを意味していた。

「……何を、すれば」

口の中が粘ついている。上顎と下顎がくっついてしまったかのようだ。
それでも無理矢理口を開き、疑問を優花里へと投げかける。
何を言われるか、ある程度予想は出来ていたのに。

返事が何であれ、嫌だとは言えないだろう。
最上級生としての責任から逃げ出して、優花里に委ねたのはホシノだ。
それに、『起きているか分からぬクラーラに追撃を加える』という嫌な仕事を、すでに優花里は成し遂げている。
逃げられる道理はない。

「……とりあえず、服を脱がせましょう」

服ぅ?
なんてマヌケな言葉は、なんとか喉で押し留めた。
それでも顔には出ていたらしく、優花里が慌てて補足をする。

「ああ、ほら、他にも何か持ってる可能性ってありましたし……
 一個一個調べていくより、手っ取り早く裸にした方がいいんじゃないかと」

ああ、なるほど。
そんなことをホシノは思った。
意識のない年頃の娘を全裸にひん剥く行為に対して、「なるほど」なんて言葉は、本来使うものではないのに。

「わかった、やるよ」

何も隠し持てない状況にするというのは、確かに有効だ。
それに、こんな状況でとはいえ、全裸で街中を闊歩することに抵抗感は覚えるだろう。
動きも鈍くなるのなら、ひん剥かない理由はない。
これは正しい行為だという大義名分を何度も心で呟きながら、ホシノは一つ深呼吸する。
それからクラーラへと歩み寄ると、腰を下ろし、ベルトへと手をかけた。


776 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 00:03:25 NqQ7zpK60

「…………」

さすがに一瞬躊躇いが生じたが、それでもホシノはクラーラのベルトを外していく。
カチャカチャという金属音が、非常に耳障りだった。

「ホシノ殿」
「分かってる」

あまり長く音を響かせるわけにもいかない。
ベルトを緩め、ジッパーを下ろすと、そのまま乱暴にスカートを引きずり下ろす。
……誰かのベルトを外すのって、もっとこう、淫靡で素敵なシチュエーションになるものだと思っていた。
相手もいないし、欲しいわけでもないけれど、それでも初めて他者の衣服を脱がすのがこんな状況でだなんて……

「…………」

小さく溜息を漏らし、衣服を剥ぎ取り指先へ意識を集中させる。
慣れない手付きのせいで、スカートと共に下着までずり下ろしてしまった。
この失敗も、日常だったら、思わず吹き出してしまうようなほのぼの失敗談になったのかもしれない。

「…………」

人様の下半身を見て顔を顰めるのは、大変失礼だとは思う。
それでもホシノの表情は、優花里が苦笑を浮かべるほどに歪んでいた。

濡れそぼつ黄金色の草原からは、鼻をつくアンモニア臭が立ち込めている。
未だ痙攣の止まぬ体と、目を覆いたくなるような醜態。
演技ではなく、本当に電撃が効いていると確信するには、十分すぎる様だった。


777 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 00:10:26 NqQ7zpK60

「……上も、脱がすよ」

首元に優花里が居ては、少々脱がしにくい。
立ち上がったホシノが優花里の傍に行き、入れ替わるように優花里はクラーラの下半身の側へと移動した。
テーザー銃を突きつけながら位置を入れ替えていたら、多少は時間がかかっただろう。
だが、凡そ年頃の女子が出来る演技の範疇を超える醜態を目の当たりにしたことで、一旦テーザー銃を下ろすことができた。
スムーズに立ち位置を入れ替えることを優先し、入れ替わった下半身側で再度テーザー銃を突きつける。
幸いにも本当に演技ではないらしく、銃口が逸れた千載一遇のチャンスにも、クラーラは目を覚まさなかった。

「……さすがに脱がしにくいでしょうし、破いちゃってもいいんじゃないですか?」

二度の電撃により、クラーラの体は弛緩し切っている。
そんな状況で服を脱がすのは、至難の業だと言えよう。
少し考えて、ホシノは上着を脱がす手を止める。

ホシノは腕を怪我していて、クラーラはその下手人だ。
何も隠せないようにする意味も込めて、服を完全に駄目にしても許されるだろう。

そう考え、支給されていたスキナーナイフを取り出して、クラーラの制服を首元から切り裂いた。
腹の方から切り裂くと、いきおい余って顔を切り裂きかねないため、安全面でも襟元から切るべきである。
頭でそう分かっていても、喉元近くにナイフを持っていくというのは、多少なりとも抵抗感があった。
それでも決して手を止めず、淡々と衣服を剥いでいく自分の姿に、ホシノはどこか薄ら寒いものを感じる。
感じたところで、もう、どうしようもないのだが。

「……ごめんね」

脇から脇腹にかけても切断し、最終的にただの布切れと化した制服を、なんとか引っ張り奪い取る。
意外と筋肉がついているらしく、予想よりも重たくて、背中の部分の布地を取るのに苦労した。

無残にもズタズタにされた制服を見るのが辛くて、ホシノはすぐさまソレを丸めて視界の外へと追いやった。
それから、少し悩んで、ブラジャーの中央部とストラップも切断し、完全な全裸にした。
さすがにブラジャーに何かを仕込んでいるとは思えなかったが、ブラジャーのみという格好は見るも無残であったため、
それならばいっそ全裸の方がマシではないかと思ってのことだ。

もっとも、全裸にしてみたところ、それはそれで見るも無残な姿だったのだが。
おかげでクラーラの胸は開放されたのに、こちらの胸は締め付けられる一方である。


778 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 00:18:14 NqQ7zpK60

「……本当なら、こんなところにしておきたいところです」

だが、まあ、しかし――こんなものでは終わらないだろう。
薄々だが、ホシノにだって分かっていた。
全裸にひん剥いてみたところで、何の根本的解決にもなっていない。

確かに、武器を隠し持たれる心配はなくなった。
肌が傷だらけになることを考えると、森の中への侵入も難しくなるし、移動経路も制限させたと言っていい。
羞恥心で動きが鈍る可能性だってある。

弱体化には、確かに成功している。
だがしかし、それはあくまでも“弱体化”なのだ。
決して“無力化”ではない。

「ですが……」

確かにクラーラの支給品は強力だったし、それによって凶悪な存在だったことは否めない。
だがしかし、それよりもクラーラ本人の能力の方が問題であった。

強力な支給品を見事に使いこなす身体能力。
友釣りを行う等、有効な戦略を打ち出す頭脳。
そして常人ならば躊躇って実行できない策を、完遂する程の度胸と冷酷さ。
これらが揃っていたからこそ、ドラグノフは大いに猛威を振るったのだ。

「……わかってるよ」

そう、支給品を奪った所で、これらの能力をどうにかせねば、何の意味もない。
何せクラーラは、先の戦いで塀を飛び越えてのアクロバティックなアクションを見せている。
徒手空拳での戦闘力は、恐らくトップクラスだろう。
更に対空中のほんの数秒でどう動き誰からどう倒すべきか考えられるほど、頭の回転だって早い。

率直に言って、素手のクラーラと戦っても、あまり勝てる気はしなかった。
今でこそ相手が気絶しているうえにテーザー銃を突き付けているため好き放題やれているが、
もし街中でばったり遭遇しようものなら、テーザー銃を突きつけるより速くこちらの意識が刈り取られるのではないだろうか。

「このままじゃ、皆も……」

ホシノや優花里は、クラーラの身体能力を見ているし、彼女が殺し合いに乗ったことも知っている。
情報という大きな切り札を持っているため、他の者よりは、クラーラと戦いやすいと言えよう。
そんな二人ですら、仕切り直してクラーラと戦うとなった場合、いまいち勝てる気がしないのだ。
クラーラが殺し合いに乗ったことも知らず、またクラーラの超人めいた身体能力も知らない者では、あっさり殺られてしまうのではないだろうか。

それだけはダメだ。
あんこうチームやレオポンさんチーム、他の皆が何も知らずに蹂躙されることだけはダメだ。
命に優劣をつけたくはないが、しかし――

典子を殺めホシノの腕を破壊した者と、典子のように殺し合いを止めたいと願っている者達。
どちらの身の安全を優先すべきかなんて、分かっている。
分かっていても、納得出来ないはずだったのに。
腕がズキズキと痛む度に、視界に典子が映る度に、その“巫山戯た正論”に心が屈していくようだった。


779 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 00:31:45 NqQ7zpK60

「腕を……その、使えなくさせましょう」

ほんの僅かに、ホシノが表情を歪める。
予想はしていた。こうするしかないのだということもわかった。
それでもまだ僅かに残った良心が、そんなことを平然という優花里に、そして優花里に言わせてしまう環境に、嫌悪感を抱かせている。

「…………」

だからであろうか。
ホシノは、返事をしなかった。
ただ黙って、ポケットに入れていたヴォルカニックを取り出し構える。
狙いをつけようとしてから、どうやら自分が小刻みに震えているらしいことに気が付いた。

(……ああ、そうか。そりゃあ、そうだ)

ホシノの口が、皮肉めいた笑みを浮かべた。
震えるなんて当然だ。
さっきまで、絶対に認めちゃいけないとすら思っていた非道な行いを、今からしようというのだ。
どれだけ自分に言い訳してみても、嫌悪感や恐怖からは逃れられない。
嫌悪感や恐怖というものは、本来『乗り越えるもの』であって、『逃げ切るもの』ではないのだ。

(私は、今から――――)

自動車だって、レースだって、事故を起こして死ぬ可能性とは切っても切れないものだった。
クラッシュしたらどうなるのか考えただけで怖くなるし、嫌な気持ちになることだってゼロではなかった。
いつまで経とうが怖いものはずっと怖いし、嫌なものはずっと嫌である。
目を背けることなんて出来ないし、ましてや逃げ切るなんて不可能だ。

出来るのは、乗り越えることだけだ。

嫌なことを忘れるくらい、素敵なことをたくさん見つけた。
怖さの先にある楽しさを知った。
そうやって、今までずっと、恐怖や嫌悪を乗り越えてきたのだ。

「…………」

でも、今は。でも、これは。
乗り越えられそうにもない。
乗り越えたいとも思わない。
だけれど無様に逃げ回ることすら出来ないから。
ぐちゃぐちゃの気持ちを抱いたまま、引き金を、一気に引いた。

炸裂音が辺りに響く。
同時に、鮮血が辺りに飛び散った。
よく見ると、指であった部分の肉も飛び散っているようである。


780 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 00:44:54 NqQ7zpK60

「うっ……」

たった一発撃っただけ。
だと言うのに、胃袋の中身が迫り上がってくるのを感じた。
起きてからまともに胃袋を満たしていなかったおかげで口から飛び出すことはなかったが、
しかしそのことは己がしたことの非道さを、ホシノに改めて突き付けてくるようだった。

狂っている。

目覚めてから、もう何度も思ったことだ。
狂ってしまった大洗が辛くて、狂った世界に適応しそうな自分を嫌悪し、迷い苦しんでいたはずだった。
なのに、気付けば、言い訳を並べながら、狂った世界の一部になってしまっている。
行動の面では、引き金を引いた瞬間から。
精神の面では、きっともっとずっと前から。

「……ホシノ殿」

それはきっと、優花里とて同じであろう。
当事者意識が欠けたまま、気が付けば狂った世界に首まで浸かっていた。
磯辺典子はその善性と狙撃をされた衝撃を持って優花里を狂った世界から引っ張り上げようとしてくれたが、その手は無情にもほどけてしまった。
残されたのは、已然変わらず浮足立った無能の少女。
死は他人事ではなくなったが、しかし地に足をつけられたとは言い難い。

「……分かってる」

ロケットボールは弾丸をベースとしているため薬量が少なく威力が低いと、取扱説明書には記載があった。
そのことは、引き金を僅かばかり軽くしてくれる。
「殺してしまう心配がなく、最低限のダメージだけを与える威力」という大義名分は、ホシノにとってかなり有難いものだった。

「分かってるよ……」

だがしかし、威力が低いからといって、必ずしも怪我の度合いが少なくて済むわけではない。
ヴォルカニックのロケットボール弾丸は、あまりに威力が低すぎた。
震える銃口が正確に手の甲を捕らえられなかったこともあり、薬指を中心に指を吹き飛ばしただけに終わっている。
小指も中指も千切れてすらいないし、痛みを押せば発砲くらい容易いだろう。

実際は、指が千切れれば想像を絶する痛みに襲われ、まともに発砲など出来ないと思われるが、
しかしホシノと優花里にとって、そんなことは関係なかった。
先程までのクラーラの動きは、ホシノと優花里にとってかなりの恐怖を植え付けている。
それこそ、クラーラが典子に魔女を見たように、ホシノや優花里はクラーラにキリングマシーンの姿を見ている。
少なくとも二人の中のクラーラならばこの程度の怪我どうということはないし、万が一にもその可能性があるなら潰さぬわけにはいかなかった。
半端なことをして、無意味に発砲しただけなんてことになったら最悪である。
今この一瞬だけでも毒を食らうと決めたなら、皿までぺろりと行かねばならない。


781 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 00:51:50 NqQ7zpK60

「――――ひっ!」

再度の炸裂音の後、ホシノの耳に、小さな悲鳴が飛び込んできた。
反射的に優花里へと顔を向けたホシノの目に映るのは、電極の付いたワイヤーが飛び出す光景。
腰の引けたフォームで射出されたソレは、クラーラのくびれた腰へ突き刺さる。
上半身を脱がし終えたあと、狙いのつけやすい臍周りにテーザー銃を突き付けていたことが功を奏したのだろう。
フォームが崩れ狙いを大きく外していたのに、それでもしっかりと鍛え抜かれた白い肌へと突き刺さっていた。
もっともそれが幸運なのか不運なのかは分からないけれど。

とにかく再度の電流に、クラーラの体が大きく跳ねた。

そのまま起き上がってきそうな程の動きに、反射的にホシノも引き金を引いてしまう。
嫌なことは早く終わらせてしまおうと、レバーアクションを終えていたのがいけなかった。
引き金を引いたと同時に発射されたロケットボールは、クラーラの肩口へと吸い込まれる。
優花里の方を向こうしていた体の動きに引きずられ、銃口が大きく動いていたらしい。

二人で、大きく息をする。
肩の上下運動が落ち着いた頃、ようやく、優花里が口を開いた。

「……すみません。動いたような、気がしたので……」

それは、誰に対しての言葉なのか。
自分に言い聞かせているのか、はたまたここには居ない人間に取り繕おうというのか。
目の前に居るホシノに対して向けられているはずなのに、その目はどこか別の所を見ているように思えた。

「……うん」

ホシノの返事は、それだけだった。
本当に動いたのかどうかは分からない。
神経をすり減らしすぎて、着弾によって僅かに体が跳ねたのを、勘違いしただけかもしれない。
だが、もしかしたら、痛みで目を覚ましたクラーラを、優花里がなんとか止めたという可能性もある。

いずれにせよ、答えなんて出るはずがない。
だからこそ責めることだって出来たし、典子の元へ駆けつけようとし焦っていた頃のホシノならば、きっと厳しい言葉を投げてしまっていただろう。
でも今は、たった一言を返すことしか出来なかった。
優花里とホシノ、そこには大した差などないことを、自覚してしまっていたから。


782 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:02:47 NqQ7zpK60

「…………」

二人の間に、会話はなかった。
何をしないといけないのかは、二人とも分かっていた。
痙攣するクラーラを見て躊躇いが生じようと、今更やめることなど出来ないことも分かっていた。

淡々と、引き金が引かれていく。
肉の感触が直接伝わるであろうナイフと違って、ヴォルカニックは人の身体を壊す感触が引き金の重さ程度である。
それが、どこかホシノの現実感を麻痺させてくれた。
銃弾を消費すると分かってなお、ナイフではなくヴォルカニックを選んだ甲斐があるというものだ。

――なにが、選んだ甲斐だ。私は、私は――

そんな言葉も、僅かな苛立ちとともに浮かび、すぐに虚空へと消えていく。
擦り切れた神経では、もはや自身に腹を立てることすら困難となっていた。

「…………」

無抵抗の人間の掌に穴を開ける。
嫌悪の言葉は飲み込んで、引き返すための綺麗事は喉で通行止めをした。
それでもそれらは霧散することもなく、胃袋の中で鉛のように固まっていく。
実に不快で、最低の気分だ。

「…………」

ちらりと最初に視線を向けたのは、一体どちらが先であったか。
もう分からないし、どうだっていい。
ただ、二人ともが、まだ不安に思ったというだけのことだ。

両足が健在ならば、塀を飛び越え強襲してきた身体能力を披露されるおそれがある。

だから足の甲にも、一発だけぶち込んだ。
右足だけだ。
両足を撃つのは、さすがにやりすぎであると、そんなことを思った。
歩けなくなるまでやってしまったら、それはもう殺したも同然ではないか、なんてことを。
この期に及んでそんな半端な善意を――いや、善意ですら無い、偽善かどうかも怪しいことを考える自分に、吐き気を通り越し笑みでも浮かべてしまいそうだった。


783 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:15:04 NqQ7zpK60

「……ここまでにしましょう」

気が付くと、二人とも肩で息をしていた。
先程から、嫌悪感が拭えない。
気を抜けば嘔吐しそうな程だ。
口を閉じ、ぐっと吐き気を様々な感情と胃袋の中に飲み込み続けた。

それでも、言葉にせねば、その作業に終わりが来ないような気がして。
言葉と共に胃液が溢れでないように、ゆっくりとだが、優花里が口を開いた 。

「もう、十分かと……」

随分久しぶりに口を開いたように思えた。
貼り付いていた唇が、にちゃりとした不快感を伴って開かれる。
言葉を吐き出しながらも、なんとか胃液は押し留められた。
代わりに体の中の不快感は、脂汗となって流れ落ちる。

「そう、だね」

ちらりと横たわるクラーラを見た。
ぐったりとしたその顔は、血や汗で汚れきっている。
口からは泡とも涎ともつかないものが溢れ出ており、痙攣の振動で飛び散った尿と混ざりあっていた。
もしもこの場に男性がいたとしても、今のクラーラの裸体には欲情など出来ないだろう。

それほどまでに、クラーラの姿は、あまりに醜く凄惨だった。

幾度もの痙攣を経た体は、今やぐったりとしている。
弛緩した体から流れ出る尿は、ただただ顔をしかめる彩りにしかならない。
白かった肌は青白くなり、不細工な紅の化粧が施されていた。

「…………」

二人とも、何も言わない。
二人とも、何も言えない。

日本人離れした美しさを持つクラーラをこの酸鼻をきわめる姿にしたのは、他ならぬ優花里とホシノ自身だ。
それでも、仕方なかったと思っている。
仕方なかったと思い込もうとしている。
仕方なかったと思わなくては直視できぬ程、自分達のした行いが恐ろしかった。


784 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:21:41 NqQ7zpK60

「……もうすぐ、放送ですね」

中途半端では意味がないため、きちんと無力化出来たのかどうか、なんとか直視し確認した。
どう見ても、まともな活動が出来る体ではないだろう。
少なくとも、誰かに襲い掛かるなんて不可能なはずだ。

勿論それは、誰かに襲いかかられたら、成す術もないことを意味しているのだけれど。

優花里もホシノも、それを自覚しているのか分からない。
だが、いずれにせよ、そこからは目を背けていた。
考えても仕方がない。考えたくもない。

「……聞かないわけにはいかない、か」

放送を聞いて、情報を纏めたら、動かなくてはならない。
どう動くのか、今はまだ、決めきれていないけれども。
少なくとも、この凄惨な現場にこのまま居座りたくなどなかった。
放送が近くなければ、クラーラを置いてとうに移動していただろう。
クラーラを申し訳程度に隠し、胸の痛みを軽減させて、逃げ出していただろう。
もしも今後の放送で呼ばれても、自分達の関与してない所の話だと、直接手を下した“クラーラと同じく殺し合いに乗った者”が一番悪いと思えるようにして。
勿論、本当にそうなったときに、そこまで開き直れるのかは、誰にも分からないのだけれど。

「ええ……その腕じゃメモしづらいでしょうし、こちらでメモを取っておきましょうか……?」

ここに至るまで、優花里もホシノも、大きな間違いは犯さなかった。
よく言えばあまりに妥当に、悪く言えば強い意思もなく流されるままに、それなりに無難な道を選んできた。

故に、二人に大きな非などない。
何が悪かったのかで言えば、運が悪かっただけだ。
全ては結果論。
この時点では、座ってしっかり放送を聞くのが最も理にかなっていたのだから。

「いや、聞き間違いや聞き漏らしがあったら困るし、こっちでも一応メモするよ。
 手は痛いし、綺麗に書けないだろうから、結局ほとんど頼りきることになりそうだけど」

結果論で言ってしまえば、彼女達は、今すぐこの場を離れるべきだった。
離れてさえいれば、まだ、責任転嫁の余地が生まれていたというのに。


785 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:31:12 NqQ7zpK60

「わかりました……っと、始まったようですね」

放送に耳を傾ける二人の話は、これでおしまい。
あとは、放送を終えてから次のお話で語られる。

でも少しだけ、二人が知る由もないことを、ここに記しておこう。
どうせ間もなく、二人も知ることになる事実を。

【クラーラは、この放送で、名前を呼ばれる】

死因は一体どれだったのか。
それはもう、政府の者にも確かめる術はない。

非殺傷用のテーザー銃で容疑者が死亡してしまったというニュースが海外で度々流れるように、テーザー銃の当たりどころが悪かったのかもしれない。
そうでなくとも、度重なる電撃により、完全に鼓動が止まってしまったのかもしれない。

それに、手足に空けられた穴。
掌ばかりと言えど短時間に何度も刺されれば、ショック死することがある。
流した血だって、決して少なくはないのだ。

何が原因なのかは分からない。
ただ一つ確かなのは、クラーラは、既に命を落としたということだ。

“どこの誰かも分からない殺人鬼に”殺されたわけではない。
“知らないどこかで知らない間に”殺されたわけでもない。
クラーラが襲ってきてから放送が流れるまで、ずっとクラーラを監視してしまっていたからこそ分かる。

一切の言い訳の余地もない。クラーラは、確実に、ホシノと優花里の目の前で死んだのだ。

自分達は無関係などと、もう言い張れない。
無関係を主張するなら、“自分”の分だけしか出来ない。
致命傷は自分でなく相手の方だと主張することしか出来ない。
或いは、死者の冒涜を自覚しながら、典子に責任を転嫁することしか出来ない。

勿論、受け入れるという道もある。
素直に罪を認めるという道もある。
そのうえで心が壊れてしまわないか、道を踏み外さないか、それは定かではないが。


786 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:36:46 NqQ7zpK60

(西住殿……無事、ですよね……)

秋山優花里は、己の意思で道を選んでいるようで、すっかり西住みほに依存してしまっていた。
強すぎるカリスマに当てられて、異常な事態に心をやられ、みほの幻影に縋り付いていた。

それは、必ずしも悪ではない。
最初は皆、憧れの背中を真似ることからスタートする。
現に先程も、みほの背中を思い出し、自分に檄を飛ばすことで、作戦を練って伝えることが出来ていた。

問題があるとすれば、大切な仲間の一人を、自分が指揮した戦闘で失ったことだ。
更にその作戦が、結果として何の役にも立てなかったことだ。

命を背負う覚悟はなかった。
典子の死をまともに背負う強さはなかった。
自分のにわか知識は何の役にも立ってくれなかった。

それは優花里の心の奥底で楔となり、優花里の足を止めさせた。
秋山優花里を、特殊殲滅戦における作戦指揮を取る“隊長”や指示を出す“車長”の座から引きずり下ろした。

そうしてポッキリと折れた心は、支えである“西住みほ”を求めた。

情けなく、弱く、犠牲を出した、誤っていた自分の考え。
いつも格好良く、強く、勝利に導いてくれた、尊敬するみほの考え。
信頼できるのは後者の方だ。
困った時、迷った時は、“西住殿”に従う方が正しいのだ――

優花里の中の歯車は、静かに狂ってきている。
変わらず無難に意思決定をしているようで、典子の死後は、常に“西住殿ならこうするのではないか”という考えの元で結論を出してしまっている。
心の中の“西住殿”と意見を違えても、“西住殿でもこうするのではないか”などと考えてしまっている。
本当にみほから指示されていたこれまでと違い、“西住殿ならこうするはず”なんてものは、優花里の思い込みでしかないのに。
それでも優花里は、それを“西住殿”の考えに限りなく近いと思ってしまっているし、それが正しいものと思い込んでしまっている。

そこには当然、“秋山優花里の責任”は発生しない。
仮に間違えたとしても、それは全て隊長である“西住殿”の責任である。
優花里に責められる点が発生するとすれば、“西住殿”の正しいはずの理念を完全に実行できなかった弱さくらいだ。

ここにはいない幻想に全ての責任を押し付けて、自覚のないまま、優花里は責任から逃げ出した。


787 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:45:34 NqQ7zpK60

(……どうか、皆……)

ホシノもまた、己の意思で道を選んでいるようで、足を止めてしまっていた。
自分が序盤の頃と比べ変わってしまった自覚がある分優花里よりはマシなのかもしれないが、しかし歯車は確実に狂ってきている。

弱さを自覚したホシノは、典子の意思を極力継ごうとしている。
彼女の意思を無駄にしたくない。助けられた恩に報いたい。
そうしなくてはいけないと、そうしたいと思っている。

だがそれもまた、責任の放棄に過ぎない。
ここには居ない“西住殿”の出す、架空の指令に従うのと同じ。
死んでしまった磯辺典子に方針を委ねた先にあるのは、責任の伴わない行動だけ。

彼女が存命であれば、支えることで正しい在り方が出来ていたかもしれない。
だがしかし、死者に全てを委ねる様は、あまりにも空虚で呪われているようにも見えた。

とはいえホシノは、典子の理想論を盲信しているわけではない。
そうであれば、クラーラに対してあんな行動は取らなかったろう。

ホシノは、未だに悩んでいる。結論を出せず、汚い自分に憤っている。
悩みの中心部に据えられる“甘っちょろい理想論”が自分のものから典子のものへと差し替わっている程度だ。
そのことの狂気も、ホシノはうっすら自覚していた。

その点では、確かに優花里よりはマシだと言える。
自覚し、悩み、苦しめるだけ、まだ改善の余地はあるのかもしれない。
だがしかし、ホシノは悩んでいることを理由に、結論を先延ばしにしている。
みほという幻影に縋りながらとはいえ、どう動くかを自ら決めて言葉に出した優花里とは違い、ホシノはその“意思決定”から逃げ続けている。
これまではただ、誰かのした意思決定に対し、ひたすら乗っかっていただけ。

『船頭多くして船山に登る』

チーム活動に慣れているため、そのことはよく分かっていた。
それを理由に、ホシノは下手な口出しをしなかった。
船頭になることから、誰よりも遠い場所に居続けた。

優花里は、手にした操舵輪を手放し、船頭になることから逃げ出した。
だがホシノは、ただの一度も、操舵輪を握りすらしていない。
操舵輪を握らないことの卑怯さを自覚しているのに、自覚しているからこそ、悩み、苦しみ、結局一度も握らなかった。
典子が舵を取る所を見たあとも、優花里に舵を任せた。
典子に影響を受けていながらも、自分自身では一度も舵を取ろうとはしなかった。
いつだって流されるだけで、綺麗事を吐き捨てるだけで、何も行動をしてこなかった。

小賢しさに、思わず自嘲しそうになる。
その行為すらも、自分を少しでもマシに見せようとする最低の行為に思えた。


788 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:51:46 NqQ7zpK60

資質で言えば、ホシノも優花里も、決して船頭ではない。
多少思考を働かせることはできても、船員達を引っ張ることも、船員達の命を預かり責任を取ることも出来なかった。
典子が圧倒的カリスマの船頭であったため、一時まとまりを見せかけていたが、それももう過去のことである。
船頭を失った船は、山の上には登らない。登る力すら持たない。

では、船頭を欠いた船は、一体どうなるのだろうか?
船頭が多ければ山に登ってしまうというが、誰も船頭にならなかったら、果たしてどこに行くのであろうか。

山ではない。そんな力はないのだから。
ゴールに類するどこかの島かもしれない。それはあり得る。波に攫われて、辿り着ける可能性はある。
だがそれでも、最後には誰かが舵を握らねば、島の入江に追突するだけ。
見事に砕けて船員は全員投げ出される。

生還というゴールに辿り着くためには、誰かが操舵輪を握らねばならない。

そしてそれは、生きて船に乗っている者でなくてはならない。
ここにはいない西住みほの幻想でもなく。
骸となった磯辺典子の亡霊でもなく。
二人の内のどちらかが、覚悟を決めて舵を取らねばならないのだ。

今はまだ、ちゃぷちゃぷと海を漂えている。
クラーラという強風を、今は亡き典子船長が切り抜けてくれたから。
だがしかし、新たな嵐はすぐに来る。
舵を取るにしろ、押し付けるにしろ、船から逃げ出し新たな船を探すにしろ、決断の時は迫っている。

『――――クラーラ』

たった四文字の名前が、嵐となって襲いくる。
日常という港はすでに遥か遠く。
骸と幻想を乗せたオンボロ骸骨船が、風に煽られ波に流され荒れ狂う海をのたうち回る。

行き当たりばったりで帆を張るだけか?
理想論という無力な言葉のオールを使うか?
それともきちんと操舵輪を握りしめるか?
仮にどれかを選んだとして、全力を傾けられるか?

分からない。分からないが、答えは嫌でも出ることになる。
賽は投げられ、嵐は目前。
さあ始めよう、残酷な世界の航海を。

絶望の海へ、地獄の骸骨船、出港――――――


789 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:54:57 NqQ7zpK60

【クラーラ 死亡】
【残り 28人】

【C-3・塀のある民家/一日目・昼から日中へ切り替わった瞬間】

【秋山優花里@フリー】
[状態]精神的疲労大、頭部から出血
[装備]軍服 迷彩服 TaserM-18銃(1/5回 予備電力無し)
[道具]基本支給品一式 迷彩服(穴が空いている) 不明支給品(ナイフ)
[思考・状況]
基本行動方針:誰も犠牲を出したくないです。でも、襲われたら戦うしかないですよね……仕方がないんです……仕方が……
0:放送を聞く
1:西住殿なら……きっと……
2:西住殿と会いたいのであります……
[備考]
足元に、クラーラの背嚢(基本支給品一式、ドラグノフ狙撃銃(3/10)、カラテル、折り畳みシャベル、マキシムM1884の布製弾薬帯(250/250)が入っている)が落ちています

【ホシノ@フリー】
[状態]精神的疲労大、心に大きな迷い、右上腕部に大きな刺し傷(申し訳程度にタオルで止血)
[装備]ツナギ姿 S&W ヴォルカニック連発銃(装弾数3/8) 予備ロケットボール弾薬×8
[道具]基本支給品一式、スキナーナイフ、RQ-11 レイヴン管制用ノートパソコン、布切れとかしたプラウダの制服
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
0:放送を聞く
1:殺し合いには乗りたくない。けれど最悪の状況下で、命を奪わずにいられるだろうか……
2:典子の意思を継ぎたい気持ちはある。だけど、それが出来るのだろうか……
3:レオポンさんチームの仲間にはいてほしくない。彼女らの存在を言い訳に、誰かを殺すことはしたくない……したくないけど……
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました


[装備説明]
・スキナーナイフ
狩猟の際、獲物の皮を剥ぐのに使われるナイフ。
皮剥ぎに特化しているため刀身は薄く、形状は反り返り先端は鋭く作られている。
とはいえ脆いというわけではなく、骨に当たっても壊れないよう頑丈に作られている。
また、血を被っても滑りにくいよう、握り易く壊れない丈夫な木製の柄をしている。
『スキナー』や『スキニングナイフ』等、様々な呼ばれ方があるようなので、おスキナー呼び方で地の文ではご表記下さい。


790 : ◆wKs3a28q6Q :2017/11/12(日) 01:56:16 NqQ7zpK60
投下終了です。
早く放送行きたいですね!


791 : ◆wKs3a28q6Q :2017/12/16(土) 00:59:25 zdCZz7CE0
タイトルをすっかり忘れてました、申し訳ありません
タイトルは『地獄の骸骨船』でお願いいたします


792 : 名無しさん :2018/01/06(土) 16:38:14 .Q.Hcwsk0
てす


793 : 名無しさん :2018/01/06(土) 16:40:13 .Q.Hcwsk0
すみません、誤爆しました


794 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/14(水) 18:24:30 mxXwlgT60
一周年なので
西住みほ、逸見エリカ、ケイ、ノンナ、武部沙織、五十鈴華、カチューシャ、福田、アンチョビ、角谷杏を予約します


795 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:10:25 kArrjiOA0
投下します


796 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:11:54 kArrjiOA0

 同じ愚痴を三度繰り返してはならない――飽きられるので。
一度目は一緒に乗って味わってくれた友達も二度するときにはもう飽き飽きだ。
それなのにまたあれがつらいこれがつらいだのと、再び振られた日にはもう大変。相手の頭の中にじゃあ死ねばなどと渦巻いてること必至である。
だからといって見知った仲ですぐにでも死ねなんて言葉使ってはいけない。言った瞬間慣れてなければ気色悪い脳の浮遊感に苛まれるうえ、
言い慣れていれば相手の心中のエーミール君は君のことを辛らつな言葉で見限ってくるだろう。結局押し込めるしかないのだ。
そして、そんなことをしていると少しづつ互いにかみ合わない部分がすれてくる。あの人と話していると疲れるだとか、何か心に差し障るというのはこれが原因のことが多い。
 
 ということで、結論。
愚痴を言うときはなるべく短く言い切って、楽しい会話の時間を続けよう! どうしてもつらいときにはつらい! と感情を一言で示して考えを整理しよう!
というのが先日沙織が講読した婚活雑誌における一足早いママ友コーナーに書いてあった。……話は変わる。

 春先になると不審者が増えるのはある意味風物詩として周知されていることであるが、彼女の出身地でも度々注意喚起は起きていた。
朝は友人たちと共に登校し、教室でしばらくたわいのない話に興じた後、いざ朝の会という段階で担任は最近不審者が多いですが……
終わって授業が始まるまでの間に友人たちと集まり話をする。過剰に怖がる友人を見れば皆が付いてるよと返す。
どうってことがないよと先に強がられたならば気を付けないと駄目だよと諭す。存外否定から入ってる気がしても気遣いであることが伝わればよい。
出会わない限りは円滑で快適な学校生活は約束されているのだ。彼女はコミュニケーション能力に優れているのだから、出会わなければ。

 出会ってしまったときのことを授業中に夢想していたのは中学生の時だったか、学生なら誰もがする他愛のない妄想で真面目に考えるのは最初だけ。
そのうち結局怯えて震えるか、それ以上想像が及ばなくなり助けに来る王子様のことやら王子さまは不審者様……疲れていればそのうちうつらうつらだ。
日常において運の悪い人が稀に襲われる。当事者意識を持つよりも日常においては優先することがある。明日の着衣について思い浮かべなければならないから。

 対応は迫られている。

 楽しい会話に誘導しなければならない……ということはない。これは例えば身内が死んだなどそういう類の神妙にしなければならない場面だ。
ならば慰めの言葉でもかけてみようか――混迷した意識での思案――華、私はきにしないよ! 例え華が……でもね! 五十鈴華は表情を消し武部沙織を殺す。

 現在の状況について。

 沙織は華に抱き着かれている。華は涙を流して身長の低い肉厚な体に縋り付き謝罪を繰り返している。いったい何のための涙、何のための謝罪か。
心に凛とした芯を持った彼女が外聞も気にせず呼吸を乱し滂沱している。一般的に言って慰められてしかるべき状況だ。彼女の服は真っ赤だが。
友人であっても、道徳に反したことがあれば批判し諭さなければならない。
どうして……なんかしたの? しちゃいけないことだよ? 五十鈴華が叫ぶ――あなたに何がわかるんですか! 発砲。

 婚活雑誌のようなそれは――俄かにしか覚えていない提言を参考にするならば、感情のままに叫ぶということか。
もういやだ!華、助けてえ。もうやだよう……。そのうち彼女が泣き止んでも繰り返すだろう。あんな悪意をもっている人が身近にいるなど考えたくもなかった。
麻子が死んじゃうよ。みぽりんも、ゆかりんだって! もうやだいやだ、誰かあ……さっきまでの自分自身の言動を繰り返す。きっと奥に潜んだ自分だろう物を
壊れたラジオのように泣き叫ぶ駄々っ子のように……自分がこんなものを持っているなんて知らなかった。いつも誰かと一緒にいたから、
その日常はいつもいつもより楽しかったから。明日は今日よりいい明日だって心を躍らせて帰る日の方が多かったのに。
五十鈴華はとっくに泣き止んでいる。沙織を軽蔑するように眺めている。あなたなんか沙織さんじゃないと、心底落胆するように言い――引き金を引く。

 ああ、わかっているのに。 華が自分をころ、……殺すわけがないとわかっているのに。


797 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:12:17 kArrjiOA0

 一人はいやだよ、死にたくないよ。皆と一緒に過ごしてきた日々は、築いてきた友情は簡単に崩れるようなものじゃないはず。いつものように振舞えば……、
普段のように話せばいい、血濡れの彼女と。沙織はふっと自分の表情に気が付いた。泣き叫んでいたはずなのに、頬っぺたがひどく寒い。眦が伸びている。
表情を浮かべれることができない。……何が五十鈴華の地雷を踏むかわからないから。

 何か、を言わなければ、あるいは行動しなければ。ありきたりでなく独自の特質を持ったことを、五十鈴華は武部沙織にとって何も変わらないはずだ。
友人の会話にとって必要なことは相手を楽しませ、飽きさせないこと。飽きたならば――、自分の益にこの関係がならないと思ったなら彼女は自分を切り捨てるかもしれない。
……そんなことはしないはずなのに、五十鈴華と武部沙織の友情はそんな軽いはずのものではない。それは確信を彼女は強くいだいている。

 ただ、いつだって楽しい会話をしたい五十鈴華、それをずっと伸ばした先で、見たこともない怖い血濡れの五十鈴華がいる。
そしてそれはいつもの辛辣な発言のように――あきれの延長で簡単に己に対して振るわれるかもしれない。あの映像さながらに。
だから沙織は彼女にっての自己本位の行動しかとることができない。さっき気が付いた、成りたくもない自分のような。

 結局、震えて話した、脈絡もない会話を打ち切り、縋り付いてくる華を抱きしめながら武部沙織は、沈黙することしかできない。
言うべき話もなすべき行動もある。しかし、蛇が出てきたなら今の自分では全く対応できない。存在しないだろうに。
無言でいれば、きっと伝わるはずだ。華との間の友情は固いのだから。だから、だから、……きっと華にとって都合の良い沙織を解釈してくれる。

 あの楽しかった日々を打算に利用したくなかった。友情を汚しちゃった。

 沙織は瞳が脳にせりあがるような感覚を覚え、しばらくは何も考えないことにした。

  ずっと、ずっと。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと――


798 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:13:17 kArrjiOA0

 「ハーイ、サオリー? ……ああ、そう……彼女を放しなさい」

 時間は進む。生きている以上行動しないことは許されない。不意に、人が立っていた。
サンダースの隊長で、初めて会った時にしたこの人との会話は楽しかったことを沙織は覚えている。この人もまた、見たことがないほど厳しい表情をしていた。
五十鈴華は素早く反応し、銃を取り先を乱入者にむけていてその有様はさっき程の様子とはまるで噛み合わない。噛み合ったのは自分を後ろに庇ったことだけ。
噛み合う自分はひどく情けなく思う。必死に漏れそうになった身体の震えを彼女は押しとどめた。

 「良い? ハナ、これ以上あいつらの思惑に乗っちゃ駄目よ。友人まで手に掛けようとするのはやめなさい」

 「……何のことですか」

 金髪美人の大らかな表情はどこかに消えている。顰めそうな眉を必死に留めようする彼女は、しかし有無を言わせぬ口調で五十鈴華に相対した。
華の顔からも柔らかさが消え、ただ冷たい瞳だけを残している。ただ、ケイに対しては不十分であった。声が少し震えていて、ケイは見逃さなかった。

 「その恰好で言い訳しようとしても無駄よ、……冗談でもないわ」

 ビアホールで羽目でも外したの? あなたが? 正面からべっとりついた血痕の説得力は彼女を殺人犯だと立証するには十分な物的証拠だった。
今更気が付いた華の表情が歪んだ、一瞬だけ泣きそうな子供のような顔をして沙織の方を振り向く。精神的な優位がその瞬間は沙織に移ったので、大丈夫だよ、と小声で沙織が呟く。
その言葉の意味することも分からないまま、ただ身体的に強者である華に媚びるように言ったことで、彼女は自己嫌悪をさらに深くした。

 「あなたが乗ってしまったのは残念だけど……サオリはまだ大丈夫みたいね。でもいくら何でもその恰好で抱き着いたら怖いよ?」

 レディに対しての扱いはもっとソフトにしなきゃ……立てこもり犯人を説得するような声色で言う彼女に華が口を開いた。


799 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:14:07 kArrjiOA0

 「あなたは、どうなのですか?」

 「ンー?……」

 「随分念入りに綺麗になされたようですが」

 拭き後が残ってましたよ。華の動揺が落ち着く。沙織も知っている、困難に立ち向かうときの彼女の姿、それだけにらしくもなかった動揺が際立った。
ケイは、間を開けた。それは、聞き分けのない生徒が唱えた屁理屈を、筋の通った理論で説得しようとする教師に似ていた。

 「あまりクールとは言えないわ。矛先を逸らしたりするのは…質問を質問で返すと、返って隠したい秘密が露になる」

 それよりも、彼女が可哀そうよ。深い友人であるあなたなら分かっているだろうと、ケイが沙織を示して語り掛ける。
五十鈴華は口を結び、ただ銃口をケイに向け続けている。この場で優位なのは明らかにケイであった。

 「……あなたが泣き叫ぶ彼女を見て改心したのなら……、ただ償いのために立ち上がればいい。問題はサオリを殺そうとしていたとき」

 キツイことを言うようだけど、さっき響いて来た声を聴いたら、彼女がこの状況にまったく適応できないと思うでしょうね。
利己心でやることはないと思うけど、錯乱して今楽にしようと思う可能性も零じゃないわ。

 「華、は、華はそんなことしないです! 人をころ、殺したり、いや、私を殺、……ウウッ」

 言いたかった言葉は行った先から利己心に支配されてしまった。なんで言い切れないのか。何のために口を開いたのか。彼女を庇いたかったのに、
彼女に媚びを売っておかないと私も同じように殺されるって。……華はこちらを見てない。彼女を追いこんでしまった。信じ切れず、疑いもせず。
ただ自身を守るためだけにまた友情を捻じ曲げた。

 「庇いたい気持ちはわかるわ。でも疑いがかかっている人物を野放しにする訳にはいかないの」

 ケイが歩き出す。華が銃を構え直す姿をしり目に、彼女は窓を背にして近くにあったベッドに腰を掛けた。
彼女が緊張を緩めて笑顔を作る。無理やり作っていることはバレバレの笑みだが、しかし人を寄せ付ける笑み。
 
 「私も同行させてもらうわ」


 ※


800 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:14:43 kArrjiOA0
 泣きわめく雛鳥は、自力で巣に戻ることはできない。
身を割くような悲鳴を聞いた彼女は、自ら手を下そうとは思わなかった。しかし、助けるようなこともしない。
殲滅戦に乗った以上は殺人という行為に対してもはや忌避感で手を緩めるようなことはできないが、
それでも、自身の中に残ってしまった戦車道を率先して消すことは、己のリズムを崩すことだ。
中途半端に置くことはないが、だからといって震える子兎を追いかけて残酷ぶろうとすることは、それこそ中途半端になれかねないのだ。
乗っておきながら? ……ただ、医薬品を持って立ち去るつもりでいたのだ。西住みほは、彼女のような人物を見捨てることはできないだろうから。
きっと何もかもを抱え込んで残酷さで自壊するだろうから……醜い自分を引き延ばして自身に塗り、病院を後にしようと思ったのだ。

 物陰から見た、血濡れの少女の涙交じりの謝罪を聞くまでは。

 あれは――駄目だ。あんなに容易な転向を許してはならない。

 血濡れの姿を見た瞬間に、彼女が自分と同じ立場にいる人物であることは確信した。
仲間と共に生き残るために殲滅戦に乗っている。そしてすでにその決意のもとで、人を殺している。
が、泣き叫ぶ自分の仲間を見てああも揺らいで、そして自身の罪に押しつぶされた。
あのままでほうっておけば、西住みほに協力したうえで、贖罪のためとして死を厭わない強力なカードになりかねない。
それどころか、更生のモデルケースとして利用され、それが西住みほの声望と合わさったならば、最悪此方への包囲網に発展するかもしれない。
それでなくとも彼女の説得には心揺らされたのだ。自分だって賛同者になりかねない。
可能性があるならばここでつぶさなければ、西住みほと合流する前にあの二人を殺す。そのための、介入であった。


801 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:15:09 kArrjiOA0

………

……



 それと、一つ、客観においてこの場の人命は平等であるが、主観においては差が出る。当たり前のことだ。
分かっていながらすぐさま人の命を奪い意気揚々と殲滅戦に乗っておきながら、身近な人が泣き叫んでいたならすぐに降りる。
そんなことは許されてはならない。心の奥底からの言行不一致はこの場であって彼女にはどうにも耐えることができない嫌悪の対象だった。
きっとこれも、中途半端に残っている自身の戦車道的価値観からくるものであって、真なる言行不一致は自分自身なのだろうが。

 ここで、この価値観と縁を切らなければろくでもないことになる。

 彼女が抱えたままでは精魂尽き果て破滅するだろうことを感じ取っていた。危機は、どこから襲い掛かってくるのかはわからないのだ。
そして――すぐに起った。火炎瓶、催涙ガス、スプリンクラー。ケイは、火炎瓶の時点で窓に向かって数発発砲。催涙手榴弾が転がってきたときに、
枕と布団を抱え込み――外に向かって飛び出した。先ほどの切ない悲鳴とは違う、まぎれもない人間の凄惨なる絶叫。肺がほじくり返されたような声を聴きながら。


802 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:15:42 kArrjiOA0





 病院には――災害時に断線その他による停電時における備えとして、予備電源用の発電機がある。
この強固な施設において籠城を決め込まれてしまったのなら、不測の事態が起こりかねない。
そして、もうすでに何者かが施設内にいる。彼女は先ほどのように排除し利用できるなら利用とまっすぐにその部屋を目指した。
かくして燃料は残っていた。発動機は二つ、ゴウン……という音を聞きながら、ノンナは漸く――言わんばかりに謡う。

 「Весело мы идем (鐘がなれば我先に……)……」

 カチり、と音がする、くすねた燃料から作った火炎瓶が揺れる。声が聞こえるあの部屋へである。

 ガシャリ、と音がする。火炎瓶が割れて一瞬の意識を奪う。赤い光がピカピカと点滅する。パンパンと銃声がなる。

 キン、と栓が抜ける。投げ込まれた催涙手榴弾が煙を吹き出す。ガシャン! 窓ガラスが割れる音がする。ジリリリリと鐘がなる。

 シャアアア――雨が降る。一瞬にして静まり返る。アラーム音はなっている。自分の声は聞こえている。

 間。

 「скремблирования если Белл(我らは突き進む)」


803 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:16:33 kArrjiOA0










 ギィ、アアアア、カッ、アガグコ、ォえガ、ゲ、グクアッアアアッゴボッグカッアキ、ォアビ、オベェカ、アアア。

 人間の生の叫びというのも陳腐になってしまいそうな、肺から出ていく物が形とならず垂れながされていくような二重奏。
ABCの禁止兵器。禁止されるのなら理由はある。乾燥状態でさえ西住まほたちへ猛威を振るったそれは、高湿環境でこそ本領を発揮する。
ましてやずぶ濡れならば……濡れた皮膚に対して反応して発生する焼けつくようなくような痛みはおおよそ数時間程持続。
脳が受容しきれない痛みは地獄を味わって後に受け止めきれずに脳の電源を落とすだろう。吐瀉物で喉が詰まっていれば現世には二度と返って来ない。

 ノンナが濡れた病室に足を踏み入れる。煙はある程度は拡散され薄まっているもののまだ油断はならない。彼女はマスクと院内にあった手術用のゴーグルといった出で立ちで、
ただ水音だけを鳴らしながらやって来た。彼女はあのときにガラスの割れる音を聞いている。よって一人が屋外に脱出し、此方に回り込んでくるかもしれない。
よって速やかに屋内にいる二人に止めを刺す。姿を見られている可能性は低いと彼女は判断しているが、もしかしたら、未だに窓の近辺に身を潜めいる場合もある。

 警戒する彼女の前には、二人の少女が転がっている。二人とも大洗の生徒であり――しかも中核のあんこうチームの一員だ。
仰向けに口を開けて痙攣している武部沙織は――全身に胞と炎症、横には吐き出された吐瀉物が点在している。
瞳は白目をむいており舌かどこかを切ったのか血が口元から流れ出ている。
吐瀉物ですでに喉を詰まらせている可能性もあるが、関係がない。

 うつぶせで倒れている五十鈴華は肌の状態は似たようなものである。
すぐ近くの汚れた水たまりには流れた血と噛み締めすぎて掛けたであろう歯の破片が浮いている。
表情は見えないがこちらも頬に血をこすった跡があり、口内をかみ切り出血したのだろう。

 しかし現段階で彼女たちが生存していようがいまいが、ノンナの行うことは変わらない。
すなわち、速やか死亡状態を確定させる。万が一にも生存などありえない状態にする。
彼女はオンタリオを取り出し、武部沙織を見つめた。それを担ぎ上げると、ひと息に両断せんとして――


804 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:17:00 kArrjiOA0

――後ろにて起き上がる気配に振り返る。

 五十鈴華が上体を起こしていた。右手にはベッドの下に置いておいたのか? 包丁を握る。彼女は覚醒状態にあったのだ。歯を食いしばり、唇をかみ切り……
彼女の口元はボロボロだった。美しく整えられていた唇は傷だらけで、渾身の力で噛み締めていたせいが所々が離れそうだ。
大口を開けて呼吸をし、それでも詰まるのか喉が動くたびにゴボッ、ゴボッ、と、音がする。
しかしそれでもなお意識を保っている。――大洗の生徒の底力、五十鈴華は、極限状態において残ったものが献身であり、
華道家元五十鈴流の鍛えあげられた集中力である。もはや、生死の狭間に陥ったならば、最後に残るのは初志。

  あんこうチームの仲間を――沙織さんを守る。

 「……Страшно」

 倒れかかるようにノンナによる華は、しかしそれが精いっぱいである。前に向かって崩れそうにな身体を無理やりに意志の力で支えていた。
ノンナは、足元後方に武部沙織が転がっているため、足を取られ致命的な隙を晒すことを考えると後退はできない。
だが、もはや華は一度崩れたならば立て直すことはできないだろう。体勢が崩れるか、もしく距離を取り銃により射殺する。

 ノンナが中段に蹴りを放つ。華はとても反応できるようには見えない。右手の包丁がむなしく揺れ、そして――

 ノンナの左足脛左側から血が流れた。

 「……!」

 五十鈴流の極限の集中力、そして鮮やかな手さばき。その跡取りの技量は最短距離で動き、かまいたちと見まごう程の速さでカウンターを放ったのだ。
あまりに俊敏なで正確な動きにノンナは驚愕を瞳に浮かべた。言いえぬ凄みのようなものを感じ取り、とにもかくにも距離を取るべく足に力を入れた瞬間に、
跳ねる動作を留めた。間髪入れずに包丁が移動方向に向けて振るわれている。鉄面皮の彼女の額に汗がにじんだ。

 (ならば……)

 次の一閃。ギリギリでオンタリオを引き上げ弾く。五十鈴華は揺るがない、左手がスペツナズ・ナイフを鞘ごと掴む、ゴボッという呼吸音の後、
包丁が振るわれる。受け止めた左手の下側を包丁が通過。前腕上側に僅かな傷。すぐさまふるわれる鞘、華は包丁ではじく。
カウンター。左肩を滑り鋭い痛み。ノンナが振るう、弾く。カウンター、反らす。膠着、ゴボッ。

 「Страшно……!」


805 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:17:23 kArrjiOA0

 体力の消耗を待つだけでいい。もはや満足な動きも出来ないはず、視界も滲んでよく見えもしないはずなのだ。
それなのに、この超近距離射程、――においては、凄惨なる五十鈴華はノンナに拮抗し、感嘆すべくことに――上回っていた。

 (………)

 ノンナが守勢に転じる。決して踏み込まず、ただ体力をなくなるまで耐え忍ぶ、プラウダの戦術、相手が尽きるまで、相手が尽きるまで、相手が尽きるまで――。

 (いや、)

 華の一閃が顎下を通過する。万が一がある。死を前にした焼け付く集中力は最後の灯のように燃えている。万が一が見えた。あっただろう。技量においては勝っているのだ。

 ――ああ、惜しいかな。

 ノンナの手からスペツナズ・ナイフが滑り落ちる。包丁が振るわれる。ノンナの左手は無手だ。閃光のように振るわれた包丁は――

 受け止められていた。彼女の手に深く食い込んではいたが、しかし、切断するには至らなかった。返す刃で振るわれるオンタリオ。
五十鈴華の、視界が揺れた。

 (沙織さん。)

 今度こそ、糸が切れる。五十鈴華を構成していた意識がバラバラになって飛び散っていく。

 (ふふふ、、さおりさん)

 五十鈴華の昏い視界に、滲んで消えそうな武部沙織が見えた。くっきり見えるならば正視に耐えない顔がどうしてか華には美しく、かけがえのないものに見えた。

 (あかいいほお、てれたわらいこえ、きれいですよ)

 あんこうチームを作った。西住みほと仲間の皆、それでも――最初の一歩を踏み出したのは紛れもなく沙織だった。

 (きれい、さおりさん)

 どしゃり、と華の身体が崩れた。ノンナの衣服に、真新しい血痕が飛んだ。

 【五十鈴華 死亡】


806 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:17:57 kArrjiOA0


 ※


 けほ、と息を吐いた。切れた集中の糸から、額からはとめどなく汗が流れ、呼吸が乱れる。
崩れ落ちた五十鈴華の死体を見つめる。動かない。先ほどまで爛爛と輝いていた命の名残は消し去り、ただ水たまりに落ちる。海に揺蕩うように。
此処で仕留められてよかった――鉄面皮に少し疲労の色を見せながら、しかし座り込んだりすることもせず直立体勢を保っている。

 辺りは静粛が支配し、ぽつりとノンナだけが立っている。集中力における損耗は激しい。援軍がやってくる前に一刻も早く目的を果たさなければならない。

 ああああ、あああ、ああああ。

 濁った声が聞こえる。武部沙織が意識だけを取り戻し、もがき苦しんでいた。彼女の脳裏にはさっきまで考えていた叙情的なものはすべて消し飛び、
ただ痛みと苦しみだけが支配していた。呻くようにはね、逃れらない苦痛に身をよじり、人体がストレスに対する防衛反応として、失禁させ、
ついに許容量を超えて意識を失う。ただひたすら憐れみをさそう物体となった沙織を、ノンナが冷たく見おろす。
そして再びオンタリオを担ぎ上げ、いざ振り下ろし葬らんと――

 「……よく邪魔が入る方ですね」


807 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:18:37 kArrjiOA0
 機関銃が弾をばら撒く音。彼女は、意志を示さなければならなった。隊長の無残な死、そしてそれを謗る人たち。
何としても見返さなければならない。知波単の一員たる自分にしかできないことだ。あの人の無念を晴らし、その行動が無駄ではなかったことを証明しなけれならない。

 ――どうやって?

 西隊長の仇を討つ。それはいい、仇をどうにか探し出して殺す。それはいい。仇をどうやって見つける? 地道に草の根活動でもして?
行動だけが先走っている彼女は考えることをひどく恐れた。自分が何に怒っているのかはわかる。しかしそれを解消する方法はひどく迂遠だ。
こんなことを考えてはいけない。もしも今の行動力の根源たる怒りが冷めだしてしまったら。方向を見失った難破船がただ漂うだけ。
それを防ぐためにも――意思を示し続けなければならない。敵を見繕い、弾を討たなければならない。とにかく、とにかく――

 ――突撃しなければ。

 彼女を包む激情は引っ込み思案の根を覆い隠す活力を与えたけれど、代わりに大事なものをこそぎ取ってしまったかもしれない。
だからこそ、火事場に向かって正面切って飛び込んでいき、警告もせずに機関銃をばら撒く。しかし、撃ちたいだけ。
殺す殺さないではない。どこかにいる誰かさんに、示したいだけ。その後のことは何も考えていない。

 「ひ、卑怯であります!」

 人質という名の弾除け、気持ちよく復讐心を解消できる場所がなくなってしまえばパニックに陥る。
結局新たな決断の時に直面した彼女はその場での決断を先送りする。盾として沙織を抱き上げたノンナから背を向けて逃げる、そして屈辱がまた安易なる決断を促す。
すなわち――強固なる意思を示すのならば、人質ごと撃ち抜く気概が必要なのではないか? 復讐についての許容を求める方がおかしいのだ。
無理やり作った型に無理やりに自分を押し込んだ彼女は、今度こそノンナを撃てるだろう位置に待ち構える。どんことがあろうと撃つ、撃つ。絶対に、絶対に――

『――聞こえる? カチューシャよ!』

『偉大なるカチューシャが命じるわ! 全員、争いを止めて中央の病院に集まりなさい!』

『これは、命令よ! 無視したら許さない――』

終戦。

「えっ……?」福田は、まごついた。まごついた、隙に――声の下に向けて、ノンナが猛然と走りだしていた


808 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:19:05 kArrjiOA0





 果たして、大洗生徒会長角谷杏が大洗女子学園の廃校問題について、かけていたのは戦車道だけだったのだろうか。
抜け目ない彼女が戦車道一点掛けのみで学園全体の問題を背負わせるような真似をするだろうか。
彼女が目論んでいたのは、最初は手打ちだったのではないだろうか、戦車道を初めその他学生花形競技における優秀な成績を残す。
優勝しなければ廃校にするというのは、角谷杏にとっても口約束であり、本当ならばその他多数の種目において最善で準優勝――二回戦突破をずらりと並べ、
その功績を持って文科省と交渉を行い、廃校を撤回させる。あるいは、廃校を免れなかったとしても不当な扱いを受けないようにする。

戦車道はそのための布石の一つ、最重要であることは間違いがないだろうが
――たまたま現れた西住流の次女を半ば脅し交じりに勧誘したのもその計画の一環に過ぎなかった。

 むちゃぶりを行った。ある程度の成果を出してくれればよかった。
だからこそ他についての交渉を行わなければならなかった彼女は、その能力を戦車道だけに費やすことはしなかった。
西住流の次女が本当に奇跡をもたらしてくれるまでは――。

 彼女の才能は、見つけた戦車道は奇跡を起こすに相応しい道だった。彼女の旗の下に他校の生徒たちが率先して集い、
そして向かい来る困難を打倒したのだ。今まで夢想を抱くなどしてこなかった彼女が、初めて無責任に投げつけられる少女が、西住みほという存在だった。

 「そんでさ、ケイ。五十鈴ちゃんたちは――」

 「ごめんなさい、アンジー。私一人で逃げるだけで精いっぱいだったわ」

 悩むカチューシャは――とにかく動いたら、という言と、あの子を追いかけなくちゃというアンチョビ、そして己が信念のために福田を追って北上した。
逃げてきていたケイと出会ったのはそのときであり、カチューシャを見ておそらくノンナであろう人物を止めるように頼んだのだ。
ケイが嘘をつき、こちらを嵌めようとしている可能性を考えた彼女は、病院周辺を偵察すること主張し、そのうえで真偽を確かめるべきだとした。


809 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:19:27 kArrjiOA0

 「ちびっこ隊長ー」

 「何よ……」

 「いやあさ、考えたんだけど、ちょっと信用できないよねー」

 カチューシャが押し黙る。先ほど威勢がいいことを言っていたにもかかわらず部下を暴走させ、
自校の部下がフルスロットルで殲滅戦に乗っている疑いがあるのは事実だ。

 「こんままじゃーちょっと一緒の行動はできないかなーって思うんだけどねー」

 「信用しなさいよ。カチューシャの目的は最大多数の生還、それは――」

 「へー部下をあばれまわしておいて、後で漁夫の利として全部持ってくーとかじゃなくてー? そういえば、もしいたらクラーラって子も怖いよねー」

 やめろ! とアンチョビの仲裁が入った。カチューシャが表情を消し、冷たい怒りを抱いて杏を睨んでいる。

 「やめなさい。カチューシャの部下の侮辱は、……許さないわよ」

 しかし、さっきを受けた杏の態度は変わらない。へらへらしたようなつかみどころのない態度のままだ。
謝るよ。やー五十鈴ちゃんたちが殺されちゃったかと思うと不安でさーと、あっけらかんと言う。
そうして、言った後に急に引き締めて言うのだ。

 「でもさ、信用できないってのは事実なんだ。多分プラウダ生徒以外は同じように思うよ。このままじゃ全員の統率を取るなんて夢のまた夢だねえ」

 少なくとも自分は乗んないなー杏が低く笑った。これはアンチョビがさっきから底冷えするほどの恐怖を味わう笑い方だった。
カチューシャの目つきが険しくなる。涙さえ浮かびそうな表情だ。それで、カチューシャが静かに話し出した。それで、カチューシャに何をして欲しいの?

 「いやあ、簡単なことだよ。さっきの西ちゃんみたいにー拡声器で争いを止めて集えー!って一言言ってくれればいいのさ」

 「バッ……そんなことできるわけないでしょ!」


810 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:19:50 kArrjiOA0

 あんなの、集まってきた反対派も含めて一網打尽よ! カチューシャが語気を強めて言う。ノンナたちが近くにいたらきっと我を忘れてすっ飛んでくるわよ。
皆を危険に回すものに隊長の資格はないわ。それよりも、さっさと――

 「そーだねー五十鈴ちゃんたちの死体見つけて、残念でしたーじゃあ団結して頑張ろうって切り替えるんだ」

 「おい、杏、」

 「そんなの、……ケイが本当のことを言ってるかもわからないでしょ!

 「おい! やめろよ、お前ら!」

 「カチューシャ、あなたの立場ならそういうしかないでしょうけど、でもあの背格好はあなたの部下で間違いないと思うわ」

 「やめろって、おい……」

 アンチョビの悩みの種はつきない、そもそもこの三人はもう殲滅戦前提の話しかしていない。それでも言い争いを止めて欲しくて、口を挟む。無駄だとわかっていても。

 「ああ、はっきり言うよ。これは脅しだ。」

 杏の口調が今度こそ変わった。ぐーたら会長ではなく、抜け目ない外交官の顔に。

 「最大限多数での生還。そりゃあいい夢だと思うよ。思わず協力したくなるくらい魅力的だ」

 「でもさ」杏が続ける。

 「カチューシャ、おまえはもう信用がない。手足が勝手に動き始めるさまをまじまじと見せつけられちゃった。一時あそこまで、心中食い込んでたのを台無しにする」

 大したことだと思うよ。杏が言う。カチューシャは黙って聞いている。


811 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:20:08 kArrjiOA0

 「プラウダ連中まで狂信的にはなれないからさ、証明してほしいんだよ。統制も取れずバラバラに突っ込んで全滅するのはごめんだよ」
 
 「それでも――」

 「なあ、頼むよ、もしかしたら、大洗の皆は、まだ助かるかもしれないんだ」

 頼む、と神妙な顔をして頭を下げる、一方でまあ乗るしかないだろうなとも考えていた。確かに彼女のカリスマは大したものだ。
ただ、そのカリスマゆえに集ってきた部下が勝手な暴走を初め、それが拾ってしまうだけで彼女は詰む。立派な王冠だけでは、戦争はできないのだろう。
結局B、カチューシャは乗らざるをえなくなった。彼女は大望ゆえに、小さくまとまることはできない。
杏にとって全てを飲み込むことが、できるのは――





812 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:20:46 kArrjiOA0
カチューシャが声を張り上げる。

 いいえ、間違いだったわ。正々堂々。戦車道の王道を引きずってきていたことが本当の間違い。
殲滅戦という戦場にさっさと適応しないとならなかった。相手の善意に漬け込み、信用され、白蟻のように相手の柱をかじり落としていく。

 ふーんなかなかうまいもんだね。まあ、やっぱり小娘たちに国を相手取って反乱おこそうだなんて、土台無理な話しだよねー。
奇跡をが起こるっていうには簡単だけれど、奇跡の内容も思い浮かばないようじゃ先は見えてるか。

 わからない、どうして倫理を引きずっている自分が彼女たちに何週も差をつけられているんだ?
命は、大切だろう。そんなこと言わなくてもわかることじゃないか。どうして、そんな簡単に引き金を引ける。
私はどこまで同じところで迷い続ければいいんだ……。

カチューシャの声が続いている。夏の昼に差し掛かった体感はただただ不快なものを生み出すばかりで、考えることを止めたくなるような。
それでいて青空はどこまでも広がっていてカチューシャの声はどこまでも届きそうなのだ。
伝わっていく340m/Sの音波が弾けては反響して伝わっていく。

 今にして思えば、ミホに対する対応から間違っていた。あそこで何食わぬ顔をして心の底に忍び寄り、集団を作る。
そして彼女が覚悟を固め、その才能を発揮する前にひと息に集団を瓦解させればよかった。
……彼女はどんな道を選ぶのだろう。もしも、あれでも、戦車道を貫き続けるというのなら、反省したといって彼女の胸元に忍び寄り、どんな厚顔無恥な真似でもする。

 西住ちゃんはどーしてるかなーもし賭けるんなら、賭けてもいいけど。彼女に対しては変な幻想を持っちゃてるかもしれないな。
彼女は私が育てたーなんて言うつもりはないけど、皆を巻き込んで形にする。まあできそうならやればいいし、
出来なさそうなときのためにフツーに勝利のことも考えときゃあいい。表は彼女裏は私。いやあ、いい関係だ!、

 西住は、どうしているだろう。あいつの戦車道はこんな殲滅戦なんかとは相いれないものだ。押しつぶされてしまってないだろうか?
それとも、彼女でさえ、変質してしまっているのだろうか。それだったら、いやだな……。


813 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:21:17 kArrjiOA0

 響く、響く、声が――届く。

 「カチューシャさん?!」

 『ミッ――』

 ぱあん、と乾いた音が鳴った。カチューシャの身体が、崩れ落ちていく。
小さなからだの胸に当たったから、これからどう死ぬのか、眺めていてもいいけれど、それより先にやることがある。

 『えーノンナさんへノンナさんへ!カチューシャは預かった!さっさと来ないとどうなっても知らないよー!』

 もう死んでるけどね。

 「さあ、西住ちゃん!」

 そういえば、あの時も同じだった。嫌がる彼女に無理やりに戦車道を履修させた。
今は、あの時とは違う。彼女には立派な芯がある。殲滅戦という舞台で折れるなら、それでも良い。
ただグダグダしてこの盤面をプラウダのものにするよりはマシ!
一緒に夢を見ようじゃないか。西住ちゃん!

 「戦車道、やろうか!」
 
【カチューシャ 死亡】


814 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:21:40 kArrjiOA0

【D-4/病院】

【福田 @フリー】
[状態]かなり怒ってる
[装備]タンクジャケット M2カービン(装弾数:5/30発 予備弾倉3)不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:仇討ち。
1:隊長の仇討ちをしないと。
2:疑問を抱いてはいけないのであります。


【ノンナ @フリー】
[状態]疲労中・血塗れ 四肢に細かい傷
[装備]軍服 オンタリオ 1-18 Military Machete 不明支給品(銃)
[道具]基本支給品一式 M7A2催涙手榴弾 7/10・広報権・近藤妙子の不明支給品(ナイフ)、アキの不明支給品(銃・ナイフ・その他)
[思考・状況]
基本行動方針:同志カチューシャの為、邪魔者は消す
1:まずカチューシャの無事を確認する。
2:見付けた参加者をあらゆる手を使って殺害する


815 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:21:59 kArrjiOA0


【D-4/病院周辺】

【☆角谷杏 @チーム杏ちょび】
[状態]怒り 高揚
[装備]タンクジャケット コルトM1917(ハーフムーンクリップ使用での装弾6:予備弾18) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 干し芋(私物として持ち込んだもの、何袋か残ってる) 人事権
[思考・状況]
基本行動方針:少しでも多く、少しでも自分の中で優先度の高い人間を生き残らせる
1:西住ちゃんのもとに大きなグループを作る。崩壊するようならなるべく西住ちゃんを助ける。
2:アンチョビに関しては人質にするか、外すか……臨機応変に!
3:西住ちゃんが受け入れてくれないならかーしまたちを探すか
4:やっちゃったね。結構怒ってたんだなあ。 ……人殺しだよ
5:ノンナがいるならおびき寄せて殺す。
[備考]

【アンチョビ @チーム杏ちょび】
[状態]大きな不安と劣等感+西の死による動揺+杏の豹変による動揺。
[装備]タンクジャケット+マント ベレッタM950(装弾数:9/9発:予備弾10) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 髑髏マークの付いた空瓶
[思考・状況]
基本行動方針:皆で帰って笑ってパスタを食べるぞ
1:もう何もわかんないよ。
2:誰も死んでほしくなんてない、何とかみんなで脱出がしたい
3:例え手を汚していたとしても、説得して一緒に手を取り脱出したい(特にアンツィオの面々)
4:杏の考え方は分からない。何をしようとしているんだ。
5:カチューシャと共に戦うというのならそれでもいい。それでもいいのだが……
6:……どうするのが正しいんだ? 私に仲間の想いを、受け止めることはできるのか?


【ケイ @フリー】
[状態]脇腹に刺し傷(止血済み)疲労小 少し催涙弾を吸ったような…
[装備]パンツァージャケット S&W M500(装弾数:5/5発 予備弾丸【12発】) M1918トレンチナイフ
[道具]基本支給品一式 不明支給品-は S&W M36(装弾数5/5) 医療道具 ファーストエイドセット
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰る
1:正々堂々としていない戦いをする
2:西住みほの名で不安定なチームを作り、瓦解させる。
3:自分は、甘かった。
3:状況に応じて合理的な選択をする。
4:アンジー、何を……!


816 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:22:24 kArrjiOA0


【逸見エリカ@†ボコさんチーム†】
[状態]勇気+ 背に火傷 精神疲労(中) 頬から首筋にかけて傷
[装備]血の滲むパンツァージャケット(小梅の死体に巻いてある) 64式7.62mm小銃(装弾数:13/20発 予備弾倉×1パック【20発】) M1918 Mark1トレンチナイフ(ブーツに鞘ごと装着している)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:……それでもやっぱり、隊長のところへ行きたい
1:何を……!
2:死にたくない。殺したくない。戦いたくない。
3:みほと共に、市街地に抜ける。当面は彼女の副隊長として振る舞う。

【☆西住みほ @†ボコさんチーム†】
[状態]勇気+ 顔面の腫れ 奥歯が1本折れている
[装備]パンツァージャケット スタームルガーMkⅠ(装弾数10/10、予備弾丸【20発】) 九五式軍刀 M34白燐弾×2
[道具]基本支給品一式(乾パン入りの缶1つ消費) S&W M36の予備弾丸15発 彫刻刀セット(三角刀抜き)不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなともう一度、笑いながら戦車道をする
1:会長……?!
2:ケイさんを止める。絶対に
3:可能な限り犠牲を出さない方法を考える


817 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:22:45 kArrjiOA0





ああああ、あああ、ああああ

【D-4/病院】

【武部沙織@フリー】
[状態]全身に炎症 失明状態 吐瀉物まみれ 口元がズタズタ、強い悲しみ、激しい恐怖と人間不信
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:痛い
1:ころして

※病院の二機の発動機のうち、一機が動いています。
※病室に包丁と二人の持ち物が置いてあります。
※D-4周辺に拡声器が鳴り響きました。


818 : ◆mMD5.Rtdqs :2018/02/25(日) 06:23:10 kArrjiOA0
投下終了です


819 : 名無しさん :2018/02/25(日) 06:35:21 kArrjiOA0
タイトルは『取り戻せ――(日常を友人を尊厳を隊長を命を大切さを大洗を誇りを、戦車道を)』で


820 : >>1 :2018/07/18(水) 00:00:33 YVR0CubI0
早いものでして、ガルパンロワももう二周年。めでたいものです。
最終章も放映され、またガルパンが盛り上がり、何の因果か二周年に合わせたようにガルパンロワの投下も次は放送のタイミング。
さしものわたしも>>1なんで、こりゃあやらにゃいかんなぁと二周年記念投下を息巻いて目指したのですが、
まあ例のように、案の定色々と間に合いませんでした。
最終章の2話も公式予告まだだし、似たようなもんだしいいかなって…。
冗談はさておき「だけどさすがになんもやらんのも、えっソレどうなんだろう?」というわけなので、
今日は自分を追い込む意味でも、予約と放送後の解禁宣言をします。



1.第一回目放送は、再来週末7月28日土曜日のPM18時に投下します。

2.放送後の予約解禁はそれから3日後、7月31日火曜日から8月1日水曜日に変わる瞬間の0:00時解禁とします。
 予約無しゲリラでも構いませんが、ゲリラ投下は8月1日水曜日のAM0:15から解禁とし、予約が被ったら涙を呑んで下さい。

3.解禁キャラに、新たに「お銀(大洗)」「フリント(大洗)」「ムラカミ(大洗)」「ラム(大洗)」「カトラス(大洗)」
 「トカタ(大洗)」「ババ(大洗)」「マリー(BC自由)」「安藤レナ(BC自由)」「押田ルカ(BC自由)」
 「アマレット(アンツィオ)」「ジェラート(アンツィオ)」「パネトーネ(アンツィオ)」「久保田(知波単)」を追加します。

4.普通にリュックに入っている名簿を、学生がルールを確認しないポンコツなのか、書き手がポンコツでルールを忘れているのか、あまりにみんなが見ないので、名簿は放送後に解禁されるというルールに優しく変更しておきます。


5.4に伴い、第一放送後にスマホのアプリ「学生名簿」を各スマホへインストールし、解禁します。「学生名簿」では、顔写真入りの名前(本名ないしはソウルネーム)、
 戦車乗車時のポジションや学校、好きな戦車、すきなものなどの公式で発表されている程度のプロフィールが表示されています。
 死亡者は写真は白黒になり、名前が赤色になりますが、死者表示は放送のたびにしか更新されません。
 しかし第一放送以降は、死者が出た瞬間、スマホのホーム画面に「死亡者が出ました。残り〇〇名です」とだけポップアップ表示されるようにします。通知音も強制的に鳴ります。通知音は電子音のピロン!と言った感じです。
 また、チームに属していない人間は名前が青色になり、チームリーダーは、名前が黄色になります。表示は放送のたびにしか更新されません。
 しかし第一放送以降は、チームが解散した瞬間、スマホのホーム画面に「チームが解散しました。残り〇〇チームです」とだけポップアップ表示されるようにします。死者発表時と同様の通知音も強制的に鳴ります。

5.予約期限を一ヶ月+延長十日に延長します。ペース的に第三放送、下手したら第二放送前の早期ゲーム終了が考えられ、長文化を見越しての処置です。

6.山郷あゆみが投身自殺できるようなビルは、大洗のどこを探しても実在しないおかしなことになってしまっていますが、仕方がないので、この世界では理由はわかりませんが実在していたことにします。




以上で解禁内容の投下を終わります。これからも、ガルパンロワをよろしくお願いいたします。


821 : ◆dGkispvjN2 :2018/07/18(水) 00:04:36 YVR0CubI0
トリップ忘れとりました、ねんのため。


822 : ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 17:40:37 faYetupQ0
本当すみません、ちょっと一部のデータが消えてトラブっているので、投下時間を延期します。

投下は本日22時とさせてください。よろしくです。


823 : ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:36:47 faYetupQ0
予定をくりあげまして、投下致します。


824 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:39:30 faYetupQ0
影。影がある。
息は白く立ち上り、身は凍えるような暗がりだ。
暖かい光に包まれた場所、饐えて生臭い闇に抱かれた場所。
表裏一体の理である。
この世界は二面性からは決して逃げられないのだと、誰も彼もが知っていた。

平和がなにより怖い。
その裏では腐った骸に蛆が湧いていて、銃弾は地を舐め血潮は流れ、そして透き通った水が湧く地上の遥か底には、泥色の澱が溢れている事を、人は理解しているから。
陰と陽、光と影。
矛盾している。矛盾しているのだ。相反する二本の柱は、同じ場所に建つ事が出来ない。
けれどもそこに身を寄せた住民達は、そうではなかった。
地に根を張った大樹は動かないが、しかし人の手は�燧く為に在り、頭は悩む為に在り、そして二本の立派な足は、いつだって目的地に向かって歩む為に在ったのだ。

これは、とある“影”の物語。
けれどなればこそ、彼女達にもスポットライトを浴びる物語を。
彼女達の躰もまた、何処かへ辿り着く為にそこにあるのだから。


825 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:41:50 faYetupQ0
―――赤い光に満ちた狭い廊下を歩くと、やがて一つの穴が見える。
覗き込むと深淵に飲まれてしまいそうな、先の見えない縦穴だ。底からは冷たく湿った風が僅かに吹き上げている。
穴は1.5m角ほどの大きさで、鈍いステンレスのヘアラインのパイプが下まで通っていた。
直径80φほどの、黒く燻したように所々が手垢で汚れたパイプだった。
その穴を降りきると、小さな部屋があった。湿ったダンボール箱が中央に積み上げられた、長方形の部屋だった。
居心地は良いとはとても言えなかった。土とカビの匂いが鼻腔を突き、湿度も高く空気の循環も悪い。
ダンボールの周りには、まばらに大砲の砲弾や、カトラスソードのレプリカが散らばっている。
倉庫というには狭過ぎて、独房というには大き過ぎる。そんな違和感のある広さだった。
勘の鋭い人間であれば、ここが本当に隠したい部屋を消す為のフェイクだと直ぐに気付くだろう。
床と壁は几帳面に石組されていた。壁を手で撫でながら歩くと、やがて“マカロニ作戦”に気付く。
一部は石組が精巧に印刷された壁紙で、縦回転式の隠し扉になっていたのだ。
その向こう側に、鰻の寝床の様な狭く長い廊下が見える。くたびれた紅色のカーペットの敷かれた廊下だ。
その一番奥から、キール・ロワイヤル色の光が漏れていた。よくよく見れば、果たしてそれは深いピンク色の硝子が嵌った木扉である。
扉へ近付くと、向こう側から微かに歌が漏れていた。
やや低く、小節が所々に利いている、昭和の匂いのするような声。どこか懐かしい潮の匂いを思い出す様な、そんな唄い声。

“大洗のヨハネスブルグ”。
陽光を拒んだこの地下を、地上の学生達は恐れながらもそう揶揄する。
地上に出れない荒くれ者達の巣窟。どうしようもない連中の、どうしようもない吹き溜まり。
そこに地上のものが近付けば、命は無いのだと。

そんなヨハネスブルグの奥の奥、最深部。
立て付けの悪い軋む扉を開くと、鼻腔には桜チップを燻した煙の匂いと混ざり合う、甘ったるいノンアルコールカクテルの匂い。
ダーツボードに刺さったダーツ、埃の被った向日葵の造花、メープルシロップ色の長い木製カウンター。
スワロフスキーのシャンデリア、リベットだらけの緑色の鉄扉、巨大船舶の絵画に、古びたギター。
バーカウンターの後ろには、飴色の酒瓶が所狭しとずらりと並ぶ。特製カクテルを一杯飲めば、たちまち大海原に出た海賊気分。

とびきりのろくでなし達が集うその店――――――――――――――――――BAR『どん底』へ、ようこそ。


826 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:43:32 faYetupQ0



【AM11:45/県立大洗女子学園】



「……なあ、お前ら知ってるか? こんな噂」

シェーカーのボディに砕いた氷を入れるバーテンダーへ、カウンター越しに座る女が、退屈そうに話し掛ける。
体つきは屈強で、腕っ節には自信がある……そんな吊り眉黒髪長身の女だった。
大きな掌の中に収まったバカラのレプリカグラスは、空っぽだ。

「なんの噂?」

ボディを軽くステアしながら、ホワイトブリムとエプロンドレスを付けた、一風変わったバーテンダーが言う。
目線はシェーカーに落ちたまま、女に一瞥すら投げない。
そうして慣れた手つきで、そのままボディの水を切った。
天井から吊り下がるシャンデリアから漏れる飴色の光が、流れ出る水に反射してきらきらと瞬いている。

「陸の、さ」

カウンターに肘をつき、空になったグラスを顔の前まで持ち上げて、女は応える。
からん、と丸くなった氷が分厚いガラスの檻の中で回った。

「うほっ! 陸の話題らんてまた酔狂らね〜ムラカミぃ」

女―――もとい、ムラカミの隣、椅子の上に胡座をかいたパンチパーマの女生徒が、呂律の回っていない声でけたけたと笑った。
手にはルートビアの瓶が握られている。勿論、彼女達は未成年だ。

「ラム、まーたそんなので酔ってんのか」

ムラカミは呆れたように嗤った。雰囲気に酔うという言葉はあれど、ソフトドリンクで酔えるのは一種の才能と言ってもいい。

「でも、酔狂はほんと」バーテンダーが肩を竦めながら眉を顰める。「陸の話なんて、私もあんまり興味ないな」
「おいおい」同じように肩を竦めたのはムラカミだ。「話し相手のバーテンがその言い草かあ、カトラス?」

ムラカミはグラスを顔の前で揺らす。透き通ったグラスを通した琥珀色の瞳は、バーテンダー―――カトラスには、婉曲して見えた。

「バーテン“ダー”」

カトラスは生クリームと紫色のシロップをボディに入れながら、むっとした表情でムラカミを睨む。
ただでさえ目付きの悪い病的な双眸が、更に影を深くしてムラカミへ向いた。

「バーテンって言い方は、なんか下に見られてる気がして好きじゃないな」

ムラカミは思わず生唾を飲む。彼女を怒らせると怖いことは、この場にいる全員が知っていた。
なにせ、カクテルやおつまみを作る腕があるのは彼女だけなのだ。
家庭的とは言い難い面子ばかりが集うこの部屋の住民の中での彼女のポジションは、言うなれば母である。
胃袋を掴まれた男が女に弱いように、胃袋を掴まれた海賊だって、コックには弱いのだ。

「わーったわーった。バーテンダーね」
「わかればよろしい」


827 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:45:16 faYetupQ0

やれやれと掌を泳がせるムラカミへの前へ、いつの間に作ったのか、すっとグラスが置かれる。
水面に反射した黄昏色のノンアルコールカクテル。
ジンジャーの辛さとグレナデンシロップの甘さに、すっきりとしたレモンの風味、炭酸の爽快感。
グラスと縁には、向こう側が透けて見えるくらいに薄い、レモン・スライス。ムラカミの好きなシャーリー・テンプルだった。

「……で、どんな噂ぁ?」

しびれを切らしたのか、ムラカミの隣の女がムラカミの横腹をつつく。
ああそうだったそうだった、と思い出したうようにムラカミは笑うと、隣の女の肩を抱き寄せた。

「ムラカミの話すことなんだから、どうせ眉唾でしょぉ〜?」
「そうとは限らないし、ラムもなんだかんだ食いついてんじゃん?」
「ま〜ね」
「眉唾はどうかは置いといて、あたいも気になるねぇ」

ムラカミとラムの背後から声がかかる。二人が振り向くと、マイクを片手に銀色の髪を�惜き上げる女生徒が立っている。
長い白スカートには、自分で切ったのだろうかスリットが入っていて、隙間から細く白い足が見えていた。

「フリント、歌はもういいの?」

カトラスがシェイカーを振りながら皮肉げに言う。

「いかした歌にも限度があるもんさ、今日は店じまい。喉も渇いたし。……チェリーフィズ」

フリントはマイクをカウンターに置くと、ムラカミの左隣に座りながら注文する。
カトラスは頷くと、ピカピカに磨かれたグラスをカウンターに置いた。



「噂ってのは――――――――――――――――――神隠しの噂、だ」



シャーリー・テンプルを一口飲むと、ムラカミは独り言のようにそう零す。
一秒か、それとも十秒だったか……フリントもラムもカトラスも、口を開くのを忘れてムラカミを見た。
“神隠し”。
頭の決して良くない彼女達でも、聞いた事ぐらいはある単語だった。詰まるところが、原因不明の失踪である。
ごお、とカウンターの上の空調が風に唸った。その瞬間に部屋を照らす電球がかちかちと点滅する。
ムラカミの口からそんな単語が出ることは予想外だったというよりも、そんな噂だとは、この場に居る全員が露ほども思っていなかったのだ。

「……なに、ソレって怖い話?」

最初に口を開いたのは、カトラスだった。ラムの目の前に新しいルートビアの瓶を置くと、様子を伺うようにそう切り出す。

「まあ聞きなって。船舶科のツレから聞いただけだから、本当かどうかは知らないけど……。
 なんでも、八年くらいに一回、全国の学園艦の生徒が数十人単位で“海外留学”に行くらしい」
「かいがいりゅうがく」

フリントが歌うように繰り返した。海外、留学?


828 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:46:10 faYetupQ0

「そう、海外留学。それ自体がよくある話なのは、お前らも知ってるだろ?」

ムラカミがグラスに唇をつける。結露した雫が傷ひとつないグラスをするすると滑り落ちて、カウンターに小さな染みを作った。

「留学の話は耳が痛くなるほど聞かされたしね。学園艦って海外と姉妹学校提携してるとこ多いし」

カトラスがアイスペールに氷を入れながら呟く。
彼女達も知っているが、学園艦計画は、そもそも国際化社会に向けての政策だった。
今では陸の学校は小学校を残すのみとなったが、昔は小学校から大学までどの学校も、陸の上にあったのだ。
それを広い視野を持ち、大きく世界に羽ばたく人材の育成するため、そして生徒の自主独立心を養い高度な学生自治を行うために、これからの教育は海上で行うべし、と唱えた人物がいた。
最初の学園艦造船は、提唱者の自費であった。
教育の効果は良好で、災害にも強いという結果が出たことにより、次々と学園艦は造られることになる。
産業育成の側面もあり、重厚長大産業時代を救うためにも教育と連携したのだ。
400年の伝統がある学園艦もあり、その歴史は極めて長く、謎の部分も少なくはない。
海外との姉妹学校提携も、大洗こそその歴史はないが、進んで行なっている校も多いという。
黒森峰女学園などは特に積極的だ。想像よりもずっと、日本と海外の繋がり――或いは、政治的繋がりのための布石なのか――は深いのだ。

「けど、数十人単位で抜かれるのは珍しいんだってさ。
 何はともあれ、全国各艦から優秀な生徒が数名ずつ、留学候補になって合宿に行くらしい。
 何をする合宿かは、全然知らねぇし興味ねぇけど」
「ちょっと待ちなよ。それと神隠しのどこが関係あんのさ?」

話に割り込んだのはフリントだった。海外留学なんて当たり前の事ではなく、神隠しについての話をしていたのに、と。
そんなフリントを諌めるように肩を叩くと、ムラカミは口角を僅かに上げた。

「話はこっからだ。
 ま、合宿や留学ってのは、どうやら違和感をなくすための名目上、ってコトらしいんだよな。
 さぁて……参加者の共通点は、何だと思う?」

人差し指を立てて、ムラカミは三人の顔を見る。
ラムは腕を組んで唸った。共通点。……共通点? 

「そりゃ〜、優秀だから?」
「さっきそれは言っただろ?」
「歌が上手いからじゃない?」
「かすりもしてねぇんだよなぁフリント。ヒントは“乙女の嗜み”」
「げはは! いっちばんムラカミから遠い単語〜!」
「歌も乙女の嗜みさ、そうだろう!!?」
「んぁーーーー、うるせえ!!」


829 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:47:24 faYetupQ0

いつもの漫才を尻目に、カトラスがグラスに入れたカクテルをマドラーで掻き混ぜる。
チェリーにはちみつ、レモンにソーダ。いつも間にかチェリーフィズが出来ていた。

「……あ。わかった。陸のドンガメだ」

フリントの目の前へグラスを置くと、カトラスは涼しい顔で呟く。

「お、カトラス正解。よくわかったな……?」
「乙女の嗜みっていったら一応、花道、茶道、戦車道でしょ?
 一番人気あるの、ドンガメらしいし。その中で合宿って言ったら、ね」

せんしゃどう、とラムは反芻するように呟く。自分達のような船舶科とは最も遠い乗り物だ。
同じ乗り物ではあるが、海に憧れて学園艦を選んだ自分達にとっては、全く関係のない世界の話だった。

「そ。私らは興味ないだろうけど、陸のドンガメって人気競技らしいよな?
 海外留学生はそれを履修していた選手ばかりらしい」
「……話が見えないねぇ?」フリントがをチェリーフィズを片手に小首を傾げる。「ソレ、普通の話なんじゃないのかい?」
「馬鹿正直に捉えりゃ、の話だけどな」ムラカミが帽子の唾を下げながら言った。「でも、そうじゃないんだ」
「そうじゃない?」ラムがルートビアの蓋を弄りながら訝しげに訊く。「じゃあ、どうなの?」

「要するに結論から言えば―――“消える”んだよ」

まるで、このスモークチーズみたいにな。そう続けると、ムラカミは小皿に盛られたチーズを口に放り込んだ。

「ある日、いきなり消えちまう。合宿に連れていかれたっきり、海外に留学して。
 国から補助金出て、親も海外に行かされるらしいんだけど。
 それから、数人合宿から帰って来る生徒もいるらしい。
 ……一見違和感はないけどさ、合宿から直で帰ってきた生徒以外、その後どの生徒も海外から日本に帰ってきたことないんだと。
 それが“神隠し”って言われてる所以なわけだ」

テーブルの上の落花生の殻を潰すと、ムラカミはシャーリー・テンプルを飲み干した。
グラスの中では角が取れた氷の上に、ミントの葉が張り付いている。

「噂は噂だけどな。
 ツレは、それ本当のところとっくに殺されちまってるんじゃねえかとか言ってたなぁ。
 今のご時世馬鹿みたいな話でありえねーって感じだし、優秀な学生を消しちまう理由もよくわからんけど」

ムラカミは少しだけ笑うと、裸になったピーナッツをバーカウンターの上で指で弾いた。
ピーナッツはくるくると、スクリューのように忙しなく回っている。


830 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:48:32 faYetupQ0

「―――――――――ムラカミ。その話題、なにやら穏やかじゃないね」

不意に、背後から声。
四人が振り向くと、開いたバーのドアの入り口に、体をもたげる女が、一人。
パイプをふかしながらロングコートを翻すと、女はニヒルに笑った。

「あっ、親分!」

ラムに親分と呼ばれた女―――竜巻のお銀は、カウンターのハイチェアにどかりと腰を下ろす。
いつものでいいの? カトラスが声をかけると、お銀は頷いて咥えていたパイプを胸ポケットへ突っ込んだ。

「理由もなく皆殺しとは、まるでエドワード・ティーチの侵略じゃないか。
 ここがティーチに侵略された事は、ないけどね」

お銀はロングコートを椅子にかけながら言う。
彼女はこの小学生からの腐れ縁の四人の、リーダーのような存在だった。
背が高いのを虐められていつも泣いていたフリント、両親の帰りが遅くいつも一人で寂しく夜を過ごしたラム、
乱暴だと怖がられて友達がいなかったムラカミ、転校してきてクラスに馴染めずにずっと独りだったカトラス。
そんな四人を救ってくれたのは、お銀だった。
彼女達はそうしてお銀を親分として仲良くなり、テレビの中の海賊に憧れて、いつか船出をするためにこの学園艦に来たのだ。
ごっこ遊びと彼女達を揶揄する輩も居る。荒くれ者が集うこの地下でも、特に彼女達は特殊だった。
―――は? 海賊に憧れて、船舶科に?
将来の夢は、海賊。教員も生徒も、碌な成績ではない上にそんな阿呆な夢物語を宣う彼女達を嘲笑した。
時代逆行も甚だしい。学園艦成立の歴史からはかけ離れた、野蛮で低俗で、どうしようもない莫迦の思考。
彼女達がグレて地下に引き篭もったのは、それらの外様からの声も理由の一つだった。
BARどん底は夢見る少女の理想の箱庭である。日は当たらないけれど、彼女達を邪魔する者は誰一人居ない。
此処なら誰にも邪魔されずに終わらない夢を見続けることが出来る。
BARどん底は、そういう世界だった。
けれど、彼女達にとってはそれが全てで、何にも代えられない財宝だった。
それしかない。世間から弾かれるような碌でもない生き方しかできなかった彼女達には、それだけしか、縋り付くモノがないのだ。

「でも……もしそんな事に一番大切な人が巻き込まれたら、お前達ならどうする?」

だから、その質問に、四人は顔を曇らせる。自分にとって一番大切な人なんて決まりきっているじゃないかと。
お銀だ。
一番と言うと、それ以外に何が想像出来ようものか。


831 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:51:03 faYetupQ0

「……そんなの、あり得ないんじゃない? 所詮、噂は噂。でしょ?」

カトラスがハバネロクラブの瓶を持ったまま、弱々しく言う。

「あり得たとして、だよ」

お銀は間髪入れずに応えた。

「そういう親分ならどうします?」

ラムが小難しい顔をしたまま、お銀に尋ねた。
質問に質問で返すのは卑怯だとは分かっていたが、ラムには答えがとんと出せなかったのだ。
それは他の船員も同じなのだろう。お銀以外の四人は、海の底の深海魚のように静かに口を閉じたまま、船長の目を見ていた。

「お前達」しかし、そんな四人をお銀は鼻で笑う。「私を誰だと思ってるんだい?」

「―――勿論、助けに行くさ!」

お銀は続けた。簡単に言い放ったが、しかしそう簡単な問題ではない。
神隠しとは、何時何処に消えたか誰にも解らないから、神の所為にしているのだから。

「助けにって、どうやってさ?」

諸手を挙げて首を振りそう言ったのは、フリントだった。
他の三人も頷く。お銀以外のこの場の全員が思っていた台詞だった。

「船で、さ。世界中を航海して、探し当てる。水底からダイオウイカを生け捕りにするよりかは簡単なもんさ。
 ダイオウイカを見たことは、ないけどね」
「親分〜ボケちまったんですかぁ? 船だなんてそんなもんあたいらもっちゃいやせんぜ〜」
「船があったらとっくにこの面子で出航してるしな」

スモークサーモンを咀嚼しながらラムが言うと、ムラカミもそれに同調するように呆れたように言う。
グラスに口をつけているフリントも、ハバネロクラブをショットグラスに注ぐカトラスだって同じような表情をしていた。
しかし、お銀はしたり顔をしながらショットグラスの真っ赤な危険飲料を一気に飲み干すと、

「ふん。お前たちの目は節穴か!?」

椅子から立ち上がり、胸を張ってそう言い放つ。
握り拳をどんと胸板に当てると、お銀はロングコートを羽織ってツカツカと店の奥へ歩み寄った。

「あるだろう? 最強の船が一隻」

そうして、店内の壁の前まで来ると、くるりと身を翻し、仁王立ちして言うのだ。

「ここに、ね」


832 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:51:47 faYetupQ0

カンカン、と拳が壁を、鉄板を叩く。
その意味が理解出来ずに目を白黒させたのは一瞬。けれども、直ぐに四人はお銀の発言の意図を理解した。
彼女達は県立大洗女子学園の船舶科。詰まるところが、そういうことである。

「おいおい……船って、学園艦のことかよ……」

ムラカミはその真意を理解するとやれやれと首を振り、帽子を深く被り直して苦笑いを浮かべる他なかった。
ラムは赤い頬をさらに真っ赤にして、腹を抱えてゲラゲラと笑っている。
全くもってクレイジーである。呆れを通り越して、こいつは傑作だ。けれどやっぱり、親分はそうじゃなくっちゃ。

「いざとなったら、これをかっぱらってお前達を助けに行く。どこへだって迎えに行く!
 それに、盗みは海賊のロマンだろう? 海賊になるのは、これから先の未来だけどね!!」
「ウホッ!」
「ヒュウ。痺れるねぇ」
「あたいらの親分はやっぱり考えるスケールが違うね」
「それが、いいんだけどね」

だから、彼女達は夢を追いかけ続けて居られるのだ。
例えそれがこの箱庭だけの一時の夢でも、それが彼女達の救いであり、支えであった。

「かっこいいじゃないか。そうなりゃこいつは無敵のバーソロミュー・ロバーツの船さ。
 ロバーツの船に乗ったことは、ないけどね」

地下深くに太陽はないけれど。
それでも、いつだって彼女達の心の大海原には、お銀という全てを照らし熱く輝く、どこまでも真っ直ぐな陽光があったのだ。





「――――――――――――――――――――――――あのぉ〜、ここに戦車、ありませんかあ?」





地上からの来訪者は、けれどもそんな空気なんて呼んでくれず、突然に。
ドアをノックして入ってきたのは、どん底とは似ても似つかぬ光の住民。
栗色の髪、ポニーテール、豊満なおもちに、下がり眉―――大洗生徒会副会長、小山柚子は、その闇へと終ぞ足を踏み入れる。
その手には船底へは届かぬ、号外新聞が握られている。
本日の大切な大切な補習テストに出席しなかったとある女生徒の、留年決定疑惑が一面だ。
生徒の名前は、河嶋桃。馬鹿で泣き虫で自分勝手でどうしようもない、けれど誰よりも優しくあろう、誰よりも強くあろうとする生徒。

小山柚子は知っている。
ずっと近くで見てきた親友は、きっといつだって、そんなひとだったと。


833 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:52:31 faYetupQ0




【AM11:59/県立大洗女子学園】




小山柚子は知っている。
知らないことは知らないことだけで、知っていることは何もかも知っている。

小山柚子、三年生。茨城県水戸市出身、身長157cm。11人家族、6人兄弟の長女。戦車内での担当は操縦手。
誕生日は11月3日、O型18才。趣味は園芸、日課は花の水やりで、好きな戦車は九七式中戦車チハ。好きな花は白水仙。
好物はあんこう鍋、好きな教科は国語。おっとりしていて特に集団の中心に居たがるような性格ではない、どこにでもいる普通の少女。
彼女は特別目立ちこそしないが、非常に優秀な生徒である。
決して学年で一番ではない。一番になろうとも思っていない。けれど毎回、校内成績は10番以内に入っている。
小山柚子は、生徒会では雑用から書類整理までほぼ一人で行っている。
会長は仕事をあまりしないし、もう一人はやろうとはしてくれるが、正直に言って効率も良くないし、仕事の精度も悪いからだ。
故に、二人が居なくなってからの彼女の生活は、そう大きな変化はなかった。
一つ増えたことといえば、全国大会が終わってから、こそこそとやっていた親友のバレバレな日課を、しかたなく引き継いだこと。

小山柚子は知っている。
親友が隠していたことも、隠していることに気付いても知らないふりをして居た方が、良いことも。

河嶋桃が誰にも打ち明けずにやっていた、新しい戦車探し。どうすれば効率が良いのかは、勿論知っていた。
打ち明けてくれさえすれば、直ぐにでも手伝う事だって出来た。その準備だって、実は出来ていた。
やろうと思えば下手な隠し方を指摘して、自分が代わって作業しようか、と言う事も出来た。
しかし、知っていた。河嶋桃にとってそれがどれだけの意味を持った事なのか。どれだけの想いで、一人で悩んでいるのか。
少なくとも、小山柚子は彼女の事を親友だと思っている。だから、彼女のその想いを邪魔することはしなかった。
勉学を犠牲にしてでも完遂したい想いが、きっと親友にはあるのだと。
彼女はそういう後先考えないで行動するような、馬鹿でどうしようもない人間だ。
だからすぐに彼女は失言するし、すぐに泣くし、すぐに怒るし、すぐに喜ぶ。隠し事だって、些細なことですぐにバレる。
そんな少し間の抜けた彼女のことが、柚子は本当に好きだった。


834 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:53:34 faYetupQ0

小山柚子は知っている。
親友がこの学校をどれだけ愛しているのか。

小山柚子は賢い生徒だ。どのくらい賢いかと言うと、親友の手では本来、あと数ヶ月はかかるであろう作業を、その日に終わらせてしまうくらい。
結果として、彼女は戦車らしき反応を地下に見つけてしまう。
大洗のヨハネスブルグ。単身で乗り込むには危険な地域だと知っていたので、戦車道履修者の何人かには同行をお願いしたけれど。
河嶋桃は頭が悪い生徒だ。どのくらい頭が悪いかと言うと、毎回赤点を取って補習のテストを受けるくらい。
補習テストでの退学騒ぎ。柚子も噂には聞いていたし、親友の口から聞いた事もあった。こんな船舶科の生徒が居て、と。
ところで、地上では今、大騒ぎになっている。放送部の王大河が、河嶋桃、留年決定!! という碌でもない号外を配ったからだ。
午前中にあった補習の試験に出席しない側にも問題があるのだが、正直柚子だけでは収拾がつかない騒ぎになってしまっていたので、取り敢えず暫くは無視することにした。
彼女は他校の放送部とも繋がりがあると言うし、下手をすると他の学園艦にも渡っているのかもしれない。
柚子は溜息をついてその記事を読みながら、“そこ”の扉を開く。

小山柚子は知っている。
その荒くれもの達の風貌が、親友が言っていた船舶科の生徒達だと言う事も、ここが暗く深い夢の箱庭の中だと言う事も。

戦車道を復活させようと目論んでいたあの日、柚子は西住みほ達を脅した。生徒会の中では、そういう役は自分が合っていると思っている。
会長には考えがある。その考えはなんとなく柚子にはわかる。腐れ縁だし、彼女のことはよく知っている。
だから何も言わずについていけるし、何も相談しなくてもそういう言葉が言えてしまう。
廃校が決まったあの日、杏の姿を見て、柚子は皆に何を言うべきなのか、その瞬間に理解した。柚子は彼女という人間を知っていたから。
だからこそ、気付く。今日という日の、違和感に。

小山柚子は知っている。
郷に入ったら郷に従え。誰であろうが彼であろうが、ルールを守りさえすれば、BARどん底は皆を迎える酒場だということも。

そう、けれど、ここは県立大洗女子学園。もうすぐ生徒会選挙はあるけれど、まだ彼女は生徒会副会長である。
会長がいない今、彼女は何者か。初期がいない今、自分は何者か。
ああ、だから、“そうして振舞う”必要も確かにあった。会長として、今何が起きているのかを把握する必要もあった。
手元の携帯電話を、軽く一瞥する。新着メール一件、陸上自衛隊、蝶野亜美。
親友二人からの返信は、まだ、無い。


835 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:54:20 faYetupQ0

「あのぉ〜、ここに戦車、ありませんかあ?」

これは、とある“影”の物語。
欠員多数、主役ゼロ、足りない役者、逆境渦中。
海賊の試練に挑むはずだった面子は揃いも揃って皆戦場、殲滅戦絶賛真っ只中。
血と弾丸、炎に骸。殺人ゲームは知らない場所で止まらず進んでいく。
此処は海の真ん中、光の届かぬ夢の揺籠、箱船の下、闇のどん底。
けれどなればこそ、彼女達にもスポットライトを浴びる物語を。
彼女達の躰もまた、何処かへ辿り着く為にそこにあるのだから。







「……店に入ったら、まず注文しな」






さあ――――――――――――――――――――――――――――――ヒーロー不在の最終章<戦車道>を、始めよう。


836 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:55:32 faYetupQ0



【AM12:00/某所】



定刻である。

時に、秘密というものは、存外隠し通すにも限界があるものだ。
特殊殲滅戦が、まことしやかに学園艦七不思議の一つの噂として学生達の間で囁かれているように、情報を一方的に100%遮断することなど、できやしない。
それはこの大掛かりなイベントも同じで、それを彼は勿論知っていた。
即ち、噂をする側の動きを把握するのが、何より大切ということである。

「―――――――――――生徒諸君。
 約束通り、放送の時間です。各自スマートフォンは故障していないですか?
 それは皆さんの生命線です。この放送も、そのスピーカーを通して行われるのですから。
 そして今回は“プレゼント”も幾つか用意しました。ゆめゆめ、肌身離さないようお願い致します。
 ……さて、状況にはそろそろ慣れましたか? このゲームが夢では無いことを理解しましたか?
 私の声を耳に注ぎ、理解する程度に頭の回転は保たれていますか?」

果たして、彼女達はまたも反抗してくるのか。彼は数時間前にそう言った。
答えは是。してくるのだ。そういう人間の集まりだというくらい、彼とて知っている。
但し、彼女達とは、“生徒全員”を指している。参加外からの反抗―――考えられる。
現に、大学選抜と大洗とをぶつけた彼の思惑は、標的外の聖グロリアーナの暗躍により破綻したのだから。

「1回目ですから、再説明をいたしましょう。
 皆さんも知っての通り、この放送では、脱落した者達の名前と、これから三時間おきに設置される禁止エリアについての発表を行います。
 さて、皆さんは友人の安否が気になっているところでしょう。
 しかし、禁止エリアから放送するのが伝統のようなので、まずはそちらから発表します。
 無論一度しか発表しませんから、命が惜しい生徒諸君は発砲をやめ、よく聞いておくように」

だから、念には念を。今回の経緯は過去の催しとは異なり、少しイレギュラーな要素もある。
であれば、伝統もあるだろうが、反抗の芽を摘むためには“新しいシステム”を導入する必要もあるというものだ。

「それでは、禁止エリアを発表します。
 午後1時よりC-4、午後2時よりD-3、午後3時よりE-3、午後4時よりF-4、午後5時よりF-7、午後6時にF-6。
 60分おきに追加、計6エリアとなります。C-4に居る生徒は、急いだ方が身の為ですねえ……」


837 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:57:35 faYetupQ0

いくつかの監視用スピーカーから、ノイズが走る。そう、地図を見ながら聞いていれば馬鹿でも分かる。
分断―――大洗を真ん中から、二分しているのだ。つまり、“どちらか”に集まる必要があるのだ。
西か、東か……。その答えはきっと、銃声が教えてくれる。

「次に、死者の発表をします。死者は計13名。
 過去と比べてとても優秀ですよ、皆さんは! 素晴らしいペースです! よほど、他校の人間が憎いと見える……。
 死者の名前は、五十鈴華、磯辺典子、近藤妙子、カエサル、山郷あゆみ、園みどり子、後藤モヨ子、
 カルパッチョ、カチューシャ、西住まほ、赤星小梅、西絹代、アキ――――おや?」

役人は目線を落とし、そのディスプレイを見ると思わず口角を上げた。
アラーム音と、灰色の文字が、新たに一つ。この放送をしている最中に、新たな脱落者が出るとは、さしもの役人も思ってはいなかった。
本当に、と役人は肩を震わせる。このゲームは本当に、醜い人の本質が見える……!

「皆さんはやはりとても優秀だ。今、新たに一人の死亡を確認しました。新たな死亡者はクラーラ……。
 訂正しましょう、死者は計14名です。
 なお、うち、自殺者は1名。その他は全て他殺です。
 ああ……今、いいことを思いつきました。この放送が終わったら、死体の場所を皆さんのスマートフォンへメッセージとして送りましょう。
 さよならを言いたい人も居ることでしょうしね。まあ、死体が消し飛んでいるものなんかもあるようですから、
 体が綺麗に残っているだなんて保証は、どこにもありませんがね。ははは」

役人はマイクを握り直すと、小さく息を吸う。
ここからは、プレゼント・タイムだ。

「……さて、次は“プレゼント”の発表です。君たちのスマートフォンに、一つアプリを配信しました。
 緑色の本のアイコンをホームに追加しました。“学生名簿”というアプリです。
“学生名簿”では、顔写真入りの名前、や簡単なプロフィールが表示されています。
 死亡者は写真は白黒になり、名前が赤色になりますが、死者表示は放送のたびにしか更新しないことにしました。
 しかしこの放送以降は、死者が出た瞬間、ホーム画面にその情報をポップアップ表示されるようにします。
 通知音も強制的に鳴らしますので、スマホのスピーカーには十分に注意して頂きたい。
 また、チームに属していない人間は名前が青色になり、チームリーダーは、名前が黄色になります。
 この表示も、放送毎にしか更新しません。
 しかしこの放送以降は、チームが解散した瞬間、ホーム画面にその情報をポップアップ表示されるようにします。
 死者発表時と同様の通知音も通知音も強制的に鳴らします」

幾重にも張られた予防線。
カラフルな箱の中身は、絶望を徹底的に与えて、決して反抗を許さないための死のクレイモアだった。

「それでは、6時間後まで、さようなら」

マイクの電源を切ると、役人は椅子に腰を下ろし、溜息を吐く。
役人は表情筋の裏側で静かに嗤う。今回こそは、決して負けられないのだ。
存分に殺し合いたまえ。






君達に――――――――――――――――ハッピーエンドは、用意しない。


838 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/28(土) 21:58:46 faYetupQ0
投下を終わります。


839 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/29(日) 02:27:09 kcTQ//NY0
すみません、放送時のチーム名などの発表をすっかり忘れていたため、明日、修正策を投下致します。


840 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/29(日) 14:31:25 kcTQ//NY0
修正作を投下します。


841 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/29(日) 14:32:38 kcTQ//NY0
すみません、追記ですが修正は役人パート全て(>>833以降)です。


842 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/29(日) 14:33:29 kcTQ//NY0
【AM12:00/某所】



定刻である。

時に、秘密というものは、存外隠し通すにも限界があるものだ。
特殊殲滅戦が、まことしやかに学園艦七不思議の一つの噂として学生達の間で囁かれているように、情報を一方的に100%遮断することなど、できやしない。
それはこの大掛かりなイベントも同じで、それを彼は勿論知っていた。
即ち、噂をする側の動きを把握するのが、何より大切ということである。

「―――――――――――生徒諸君。
 約束通り、放送の時間です。各自スマートフォンは故障していないですか?
 それは皆さんの生命線です。この放送も、そのスピーカーを通して行われるのですから。
 そして今回は“プレゼント”も幾つか用意しました。ゆめゆめ、肌身離さないようお願い致します。
 ……さて、状況にはそろそろ慣れましたか? このゲームが夢では無いことを理解しましたか?
 私の声を耳に注ぎ、理解する程度に頭の回転は保たれていますか?」

果たして、彼女達はまたも反抗してくるのか。彼は数時間前にそう言った。
答えは是。してくるのだ。そういう人間の集まりだというくらい、彼とて知っている。
但し、彼女達とは、“生徒全員”を指している。参加外からの反抗―――考えられる。
現に、大学選抜と大洗とをぶつけた彼の思惑は、標的外の聖グロリアーナの暗躍により破綻したのだから。

「1回目ですから、再説明をいたしましょう。
 皆さんも知っての通り、この放送では、脱落した者達の名前と、これから三時間おきに設置される禁止エリアについての発表を行います。
 さて、皆さんは友人の安否が気になっているところでしょう。
 しかし、禁止エリアから放送するのが伝統のようなので、まずはそちらから発表します。
 無論一度しか発表しませんから、命が惜しい生徒諸君は発砲をやめ、よく聞いておくように」

だから、念には念を。今回の経緯は過去の催しとは異なり、少しイレギュラーな要素もある。
であれば、伝統もあるだろうが、反抗の芽を摘むためには“新しいシステム”を導入する必要もあるというものだ。

「それでは、禁止エリアを発表します。
 午後1時よりC-4、午後2時よりD-3、午後3時よりE-3、午後4時よりF-4、午後5時よりF-7、午後6時にF-6。
 60分おきに追加、計6エリアとなります。C-4に居る生徒は、急いだ方が身の為ですねえ……。
 なお、地図アプリでは、時間が来て禁止エリアとなった部分は赤くなります」

いくつかの監視用スピーカーから、ノイズが走る。そう、地図を見ながら聞いていれば馬鹿でも分かる。
分断―――大洗を真ん中から、二分しているのだ。つまり、“どちらか”に集まる必要があるのだ。
西か、東か……。その答えはきっと、銃声が教えてくれる。


843 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/29(日) 14:34:09 kcTQ//NY0

「次に、死者の発表をします。死者は計13名。
 過去と比べてとても優秀ですよ、皆さんは! 素晴らしいペースです! よほど、他校の人間が憎いと見える……。
 死者の名前は、五十鈴華、磯辺典子、近藤妙子、カエサル、山郷あゆみ、園みどり子、後藤モヨ子、
 カルパッチョ、カチューシャ、西住まほ、赤星小梅、西絹代、アキ――――おや?」

役人は目線を落とし、そのディスプレイを見ると思わず口角を上げた。
アラーム音と、灰色の文字が、新たに一つ。この放送をしている最中に、新たな脱落者が出るとは、さしもの役人も思ってはいなかった。
本当に、と役人は肩を震わせる。このゲームは本当に、醜い人の本質が見える……!

「皆さんはやはりとても優秀だ。今、新たに一人の死亡を確認しました。新たな死亡者はクラーラ……。
 訂正しましょう、死者は計14名です。
 なお、うち、自殺者は1名。その他は全て他殺です。
 ああ……今、いいことを思いつきました。この放送が終わったら、死体の場所を皆さんのスマートフォンへメッセージとして送りましょう。
 さよならを言いたい人も居ることでしょうしね。まあ、死体が消し飛んでいるものなんかもあるようですから、
 体が綺麗に残っているだなんて保証は、どこにもありませんがね。ははは」

役人はわざとらしく笑うと、一拍置いて小さく息を吸った。
見え透いた罠でもあるが、しかし心優しい何人かの生徒達はこれで撃ち抜かれた死体の元へと向かうだろう。
彼女達はそういう人間だと、ある意味で役人は信じていた。
だからこそ、大学選抜戦であそこまで集い、チームの力を発揮したのだから。
敗北を認めず敗因を分析出来ないほど、役人とて愚かではない。ならばその想いと力を逆手に取り、次こそは確実に勝利する。
それが大人の戦い方だ。幾ら汚くとも結構、勝ちさえすれば良いのだから。
このメッセージ配信により、場合によってはチームの分裂や別行動も有り得るだろう。
ありもしない死者の幻影に縋り、絶望を覚えさせるもよし、殺人者にそれを狩らせるもよしだ。こちらにとっては利しかない。

「さて、次にチーム名と所属人数を発表します。
 “青い鳥チーム”、3名
 “イングリッシュブレックファースト”、2名
 “チーム杏ちょび”、2名
 “チーム・ボコられグマのボコ”、2名
 “姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!”、2名
 “†ボコさんチーム†”、2名
 現在、残存チームは以上6チーム。計13名が所属となります」

それにしても、と役人は隣のディスプレイに視線を落とす。
アンツィオ副隊長と聖グロリアーナ隊長が組んだチームの奇策“チーム名を使っての暗号”。
よくもまあ考えたものである。さすがは聖グロリアーナ隊長といったところだ。
大学選抜戦で苦渋を飲まされた件の、直接の原因が彼女であることの調べは、勿論ついていた。
特殊殲滅戦のジョーカーとして運営側へスカウトするシナリオも、一度は浮上したくらいだ。
何かの手違いがあったのか上からの指示でその案は消えたものの、暗躍を見越して、彼女については今後も注視しなければならない。


844 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/29(日) 14:34:31 kcTQ//NY0

「続けて、チームに入っていない人物の名前の発表を行います。
 武部沙織、秋山優花里、澤梓、阪口桂利奈、丸山紗希、ホシノ、
 ローズヒップ、ケイ、アリサ、ナオミ、ノンナ、福田、ミカ
 計13名です。皆さんもお分かりでしょうが……この13名は“乗っている”可能性が高いと言えます。
 出会い頭に殺してしまった方が、チーム所属者の身のためかもしれませんねぇ」

勿論、乗っていない人物の方が多い。聡明な人間が多い戦車道の生徒達のことだ、それも理解しているだろう。
それでも煽るだけでも効果はある。思春期の女生徒の心は、彼女達が自分で思っているよりも遥かに脆く儚いものなのだ。
役人はマイクを握り直す。ここからは、追い討ちのプレゼント・タイム。
サービスも些か過ぎるくらいが丁度良い。なにせ敵はあの大学選抜に勝利する高校生。

「……さて、最後は“プレゼント”の発表です。君たちのスマートフォンに、一つアプリを配信しました。
 緑色の本のアイコンをホームに追加しました。“学生名簿”というアプリです。
“学生名簿”では、顔写真入りの名前、や簡単なプロフィールが表示されています。
 死亡者は写真は白黒になり、名前が赤色になりますが、死者表示は放送のたびにしか更新しないことにしました。
 しかしこの放送以降は、死者が出た瞬間、ホーム画面にその情報をポップアップ表示されるようにします。
 通知音も強制的に鳴らしますので、スマホのスピーカーには十分に注意して頂きたい。
 また、チームに属していない人間は名前が青色になり、チームリーダーは、名前が黄色になります。
 この表示も、放送毎にしか更新しません。
 しかしこの放送以降は、チームが解散した瞬間、ホーム画面にその情報をポップアップ表示されるようにします。
 死者発表時と同様の通知音も通知音も強制的に鳴らします。なお、通知音はマナーモードにすれば鳴りません。
 ……ああそれと、今日は16時頃より雷雨となるようです。各自、対策はしておくように」

幾重にも張られた予防線。
カラフルな箱の中身は、絶望を徹底的に与えて、決して反抗を許さないための死のクレイモアだった。

「それでは、6時間後まで、さようなら」

マイクの電源を切ると、役人は椅子に腰を下ろし、溜息を吐く。
役人は表情筋の裏側で静かに嗤う。今回こそは、決して負けられないのだ。
存分に殺し合いたまえ。

君達に――――――――――――――――ハッピーエンドは、用意しない。









【?????/一日目・正午】

【☆辻康太(文部科学省学園艦教育局長) @殲滅戦運営チーム】
[状態]健康
[装備]???
[道具]???
[思考・状況]
基本行動方針:殲滅戦を完遂させる
1:今度こそ、自分の思い描いたプランは狂わせない。狂わせてなるものか。
2:状況報告を“上”へ行う。

Tips:殲滅戦参加者は『強化指定選手に選ばれ、現在強化合宿に参加している』という扱いになっています。
   上記内容は、政府の手によって各学校に伝達されています。
   王大河の手により、追試をガン無視した河嶋桃を話題にした“河嶋桃 留年決定”の号外が配られました。
   最終章のように他校へも発信されている可能性があります。
   殲滅戦参加後、死亡者は“海外留学生”として処理されます。


845 : 第一回放送 〜ヒーロー不在の最終章〜 ◆dGkispvjN2 :2018/07/29(日) 20:18:40 kcTQ//NY0
何度もすみません。少し禁止エリアのミスがあったので、下記に修正いたします。
ウィキのほうも修正しておきました。

「それでは、禁止エリアを発表します。
 午後1時よりD-4、午後2時よりE-4、午後3時よりE-5、午後4時よりE-7、午後5時よりC-3、午後6時にD-3。
 60分おきに追加、計6エリアとなります。D-4に居る生徒は、急いだ方が身の為ですねえ……。
 なお、地図アプリでは、時間が来て禁止エリアとなった部分は赤くなります」

すみませんでした。


846 : 名無しさん :2018/07/30(月) 12:07:34 GhkgGg460
投下乙です!スレ立ってから2年…放送ようやく突破ですがこのペースだと第2放送まで生存者が残らなry
なにはともあれ放送おめでとうございます!


847 : 名無しさん :2018/07/31(火) 09:22:06 ECxr4ff20
投下乙


848 : 名無しさん :2018/07/31(火) 23:57:55 eNLcZAUo0
乙。


849 : ◆wKs3a28q6Q :2018/07/31(火) 23:59:57 zHY/QwuE0
角谷杏、アンチョビ、ケイ、福田、ノンナ、西住みほ、逸見エリカ、武部沙織 予約します


850 : ◆dGkispvjN2 :2018/08/01(水) 00:00:01 IjL5wQlo0
アリサ、丸山紗希、ローズヒップ、オレンジペコ、アッサム、安藤、押田、マリー、王大河、ナオミ

上記で予約します。


851 : ◆Vj6e1anjAc :2018/08/01(水) 00:00:02 DfeKg5yg0
ダージリン、ペパロニで予約します


852 : ◆GTQfDOtfTI :2018/08/01(水) 00:00:03 zDqxPGCY0
秋山優花里、ホシノを予約


853 : ◆wKs3a28q6Q :2018/08/01(水) 00:00:09 VOV6/eGQ0
角谷杏、アンチョビ、ケイ、福田、ノンナ、西住みほ、逸見エリカ、武部沙織 予約します


854 : ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 01:55:00 5r5B6EhQ0
夜遅くになりますが、投下します


855 : 永別 ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 01:55:58 5r5B6EhQ0
 初めてその目を見た日のことは、今も確かに覚えている。
 きっと私は彼女のことが、ずっと、嫌いだったのだろう。



 黒森峰女学園。
 熊本県を母校とする、高校戦車道最高の名門。
 最強最古と語り継がれた、日本戦車道の大家・西住流戦車道の息づくお膝元。
 鋼の隊を率いて立つ、西住まほの横顔を見た時、私は未だ何者でもなかった。
 撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し――黒き虎の王として、悠然と立つその姿を、私はただ一人の兵士として見ていた。
 同じ高校二年生。生まれた年は同じながらも、あまりに離れた高みの姿。
 そのまほの視線を初めて見た時、何者でもなかったダージリンが、初めて抱いた感想は、羨望ではなく軽蔑だった。

(ああ――なんて)

 なんてつまらない目をして、彼女は戦車を駆るのだろう、と。

 その時は何者でもなかったとしても、既に結果を出していた私は、将来をある程度見込まれていた。
 王の二つ名を授かった私は、いずれ聖グロリアーナの全軍を率いる、女王となることを期待されていた。
 なればこそ、その日目にしたまほの姿は、きっと一年後の自分が、等しくなぞることになる姿だ。
 そしてその姿こそは、決してなぞってはなるまいと、私は固く誓っていた。

 東の聖グロリアーナと、南の黒森峰女学園。
 遠く離れた二つの艦には、しかし二つの共通点がある。
 一つは数多の才人を配した、戦車道屈指の名門校であること。
 そしてもう一つは、その実態が、大人の思惑によって形作られた、窮屈な箱庭に過ぎないということだ。
 長く続いた伝統は、両校を強く鍛えこそした。
 されど重ねた歴史と莫大な投資は、それ故に多くの妄執の念を、鉄の箱へと宿らせてしまった。
 行き過ぎた期待によって課せられる義務。伝統に笠着る亡霊の思惑。
 それこそが将来のダージリンを、固く縛るであろう柵であり。
 今の両校の隊長達に、暗くのしかかっているはずの重荷であった。

(何もかも、彼女は諦めたのか)

 そしてそれを踏まえた上での、西住まほの眼差しはどうだ。
 あの無感動に敵を屠る、冷たい視線の色はどうだ。
 冷厳、冷徹。ならばよかろう。容赦をしない非情さであるなら、勝利を貪る熱ともなろう。
 しかし私はあの目に対して、何の色も見出だせなかった。
 無色透明、茫洋とすら言える、あの無感動の正体は――義務だ。
 勝つことこそが、務めだから。個人の欲求とは関係なしに、当然にこなさねばならないのだから。
 義務なればこそ戦うのだと。それだけでしかないのだと。
 己の意志の発露を諦め、我欲ではなく義務のためにと、そう物語っているのがあの目だ。
 誰彼も容赦なく一蹴しながら、その実蹴飛ばした石くれのことなど、何一つ気にも留めていない目だ。

(そんなものは戦車道じゃない)

 だから私は否定した。
 西住流なぞ糞食らえだと、心の中で唾を吐いた。
 だって誰も見ていないなら、戦う相手は誰だっていい。
 憎みも恐れも慈しみすらも、そこに見出さないのであれば、そんな戦いに敬意などない。
 礼節を重んじる乙女のたしなみ――あくまでもそれを題目とするのが、戦車道の在り方のはずだ。
 それを諦めた彼女の様は、背負うべきノブレス・オブリージュを、自ら破り捨てた腑抜けの様だ。
 そんな程度のつまらない女が、高校戦車道のトッププレイヤーとして、君臨していることが堪えられなかった。
 真っ当な結果でなかったとはいえ、彼女が王位を手放した時、ざまあ見ろという暗い愉悦が、胸に僅かでもこみ上げたのは確かだ。
 その時のダージリンにとって、西住まほは、そういう女だった。

「故きを温め新しくを知る。私達の日本にも、そういう素晴らしい言葉があるわ。だからダージリン。貴方はそれを目指しなさい」

 先人は私にそう言った。
 先代の隊長はそう言い残して、私に聖グロリアーナを託した。
 私はその言葉を指針として、今日までひたすらに駆け抜けてきた。
 柵を、一つでも壊してやろう。くだらないプライドを一つずつ剥ぎ取り、底にある本当の誇りを掬おう。
 数多の欲望怨念に覆われ、隠されてしまったその初志こそを、私はこの手に握って進もう。
 聖グロリアーナを勝たせるのでなく、あくまで他ならぬ私自身と、その同胞達こそが勝ち抜くために。
 勝利を掴む喜びを――己自身の喜びこそを、噛み締め楽しんでいくために。


856 : 永別 ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 01:58:49 5r5B6EhQ0
(だから私は、戦い続けた)

 ダージリンは戦い続けた。
 時に密かに、時に派手に。学園の柵にメスを入れて、己のチームこそを築いていった。
 その後姿にこそ賛同し、共に勝利を勝ち取ろうと、ついてきた者達が大勢いたのは、何物にも代えがたい幸運だった。
 糞のような過去こそを崩し、真に尊ぶべき志を受け継ぎ、それを未来へと繋いでいく。
 そうして戦い続けていけば、より良い結末に行き着けると思った。
 そうでなかった西住まほの、あの憎らしい鉄面皮すらも、打ち破れるだろうと思っていた。

 ああ、そうだ。そうなのだ。
 聖グロリアーナの暗黒の過去と、対峙してきた私の道は、きっと彼女の背中こそを、追いかける戦いでもあったのだ。
 悲願の初優勝を勝ち取るためには、どうしても黒森峰が邪魔だ。
 憎らしいが、いつの時代でも、黒森峰こそが最強の敵だ。
 忌々しい西住の戦車道こそ、己が最後にぶち当たり、飛び越えねばならない鉄壁なのだ。

(私こそが、彼女に勝つ)

 頂点にはこのダージリンこそが座す。
 温故知新の四文字を抱え、真に過去と未来を見据えた、このダージリンこそが天を掴む。
 決勝戦にたどり着くのは、己でなければならないのだ。
 愚劣な西住の奴隷などより、遥かに輝きを魅せる妹とこそ、優勝を競うとも約束したのだ。
 なればこそ、私は己を磨いた。
 幾重にも対策を張り巡らせ、幾重にも情報を漁り続けた。
 お世辞にも高いとは言えない勝率を、少しでも十割に近づけるために、入念に準備を重ね続けた。
 全ては、彼女を倒すために。
 あの黒鉄の虎の王を、今度こそこの手で殺すために。
 忌々しくも憎らしい、あの西住まほという女を、この手で叩き潰すために!

(――だけど、違った)

 しかし、真に対峙した日。
 全国大会準決勝で、遂に迎えた対決の様は、想像とはあまりにかけ離れていた。
 全戦力を犠牲にしながら、私は戦場を駆け抜けた。一点突破によるフラッグ車の撃破――それこそが唯一の勝ち筋だった。
 だからこそ、逃げてもよかったのだ。彼女は私に付き合うことなく、安全確実な勝利のために、身を隠そうとしてもよかったはずだ。

(けれど)

 しかし、そこに彼女はいた。
 ティーガーⅠの物々しい巨体は、堂々と私を待ち構えていた。
 西住まほは一歩も退かず、私の決闘を受け入れたのだ。勝利を義務とするだけならば、無視していいはずのその土俵に、敢えて乗ることを選んだのだ。
 それは、自負でも傲慢でもない。そんな言葉で語れるほどの、生易しい勝負はそこにはなかった。
 力と技と、己の誇りと――命の一欠片すらせめぎ合う様は、壮絶の二文字に尽きる死闘であった。
 余人には計り知る術すらもない、あの濃密な時間の中で、私が垣間見たものは――敬意だ。
 このダージリンの心意気を受け止め、その上で凌駕し制してやろうと、そう物語ったのがあの虎の牙だ。
 鉄の衝撃が伝えたものは、装甲からもまざまざと滲み出る、西住まほの矜持であり。
 それを示すに値すると、愚直なほどに語ってみせる、彼女なりの敬意であった。
 礼節は、確かにそこにあった。
 その目は、確かに私を見ていた。
 何も見ていないとばかり思っていた、彼女の冷たい双眸は、見るものを焼き殺すほどの熱を持って、確かに私を見据えていたのだ。

(ああ。だから――)

 だからこそ、私は。
 その視線を向けられたからこそ、あの日戦いに臨んだ私は。
 戦車のキューポラから身を乗り出し、敬礼を見せた西住まほに、戦って敗れたあの日の私は――


857 : 永別 ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 02:02:11 5r5B6EhQ0


「……! ……ッ、……!!」

 がんがんと、壁を蹴る音が伝わる。
 凄まじい剣幕を声に宿した、アンツィオの副隊長の怒号が聞こえる。
 すすり泣きすら混ざった声は、きっと喪われた戦友の名を、飽きることもせず叫んでいるのだ。
 そしてそれを確信ではなく、推測でしか語れないのが、今のダージリンの有様だった。
 聡明を売りにしている彼女が、しかし今は見る影もなく、隣の部屋で呆然としていた。

『――カルパッチョ、カチューシャ、西住まほ、赤星小梅――』

 最初の定時放送が聞こえたのは、今から数分前のことだ。
 ダージリンとペパロニは、そこで予想だにしない名前を聞いた。
 あれほど長々と言葉を重ねて、別離を恐れたペパロニの戦友。
 そしてダージリンが心密かに、喪うものかと決めた戦友。
 そうした者達の名前が、チームを組んだその数分後に、あっさりと呼ばれてしまったのだ。
 その瞬間の自分たちの顔は、多分この世のどの道化より、間抜けに呆けていたことだろう。

『しばらく、独りにさせてちょうだい』

 どういう流れでそう言ったのか、今となっては覚えていない。
 しかしその身勝手な言葉を、ペパロニはすんなりと受け入れた。
 互いに混乱していた中で、今は互いに吐くものを吐き、頭を冷やす必要があった。
 そうした瞬間というものは、ダージリンにとってもペパロニにとっても、他人には見られたくないものだったのだ。

「……何となく、分かった気がするわ」

 ぽつり――と、椅子に腰掛けたダージリンが呟く。
 壁一つ隔てた別室の、激情の渦とは対照的に、消え入るような声でささやく。
 彼女が思い返したものは、数時間前に見た幻だ。
 当のカルパッチョと戦い、死を覚悟するまで追い詰められた、その時にこそ垣間見た夢だ。
 何もかも諦めた己を、励ますために現れた者は、他でもない西住まほだった。
 親友と呼べるアッサムでも、次代を託したオレンジペコでもなく、どうしてかあの宿敵こそが、己を地獄より引き上げたのだ。

『自分の道を行け。何よりも大切だと思うものを、その手で守り通すために』

 あれは、幻ではなかった。
 非科学的なオカルトではある。それでも、そう思わずにはいられなかった。
 きっとあの時西住まほは、既に体を砕かれていた。
 生ある肉を失って、命を落としたその魂が、最後に通りすがったのが、あの水族館だったのだ。
 死して亡霊となりながらも、天に召される最後の時を、彼女はこのダージリンのために使い、命を救ってくれていたのだ。

(そして、きっとそれすらも、私だけのためじゃない)

 そして名簿を持つ今なればこそ、彼女の意図も見えてくる。
 己を励ましたことなど、当初の目的ではなかったはずだ。たまたま死にかけていたからこそ、助けに入っただけだったはずだ。
 こちらの事情など知らぬ彼女が、最初に抱いた志など、たった一つしか思いつかない。
 最期の命を振り絞ってまで、叶えんとした望みなど、心当たりは一つしかない。

『そしてどうか――彼女達のことも、どうか守ってやってほしい』

 本当に言いたかったのは、きっと、そういう言葉だったはずなのだ。

「託そうとしたのね。仲間のこと……みほさんのことを」

 赤星小梅。
 逸見エリカ。
 そして実妹――西住みほ。
 一つは喪われてしまったが、送られた学生名簿の中には、彼女らの名前が確かにあった。
 ひょっとしたら彼女たちが、巻き込まれているかもしれないと、きっとそこまでは予想していたのだ。
 なればこそ、まほは死してなお走った。五体が腐り果てたとしても、なおも捨てずにはいられないと、望み一つを抱えて走った。
 そして辿り着いた場所で、彼女はダージリンに託そうとしたのだ。
 私が守れなかったものを、どうかその手で守ってほしいと。
 未来を託すべき後輩たちと、一番大切な妹の命を、どうかその力で救ってほしいと。
 孤高の王者たるまほの背中に、たった一人だけ追いすがってくれた、最大最強のライバルこそを信じて。


858 : 永別 ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 02:04:02 5r5B6EhQ0
「不器用で……勝手な人だわ。貴方は」

 そして、あそこまでたどり着きながらも、遂にまほはそう言わなかった。
 妹と後輩を頼むなどとは、遂に口には出せなかったのだ。
 弱り果てたダージリンには、きっとどうしても言えなかったから。
 傷つき憔悴していた己に、そんな身勝手まで背負わせることが、どうしても咎められたから。
 だからこそ、彼女は最期まで黙した。己の願いには蓋をして、この身を立たせることだけを選んだ。
 あるいは再起したダージリンが、望みを叶えてくれるかもと。
 不純ではあっても、そんなささやかなら、願ってもバチは当たるまいと信じて。

(どうしても、言いたかったでしょうに)

 西住みほのことを思うと、どうしても思い出されることがある。
 ダージリンは過去に一度、あの鉄面皮の西住まほが、僅か取り乱した様を見たことがあった。
 正確には電話でのやり取りだったが、あれは大洗女子学園が、廃校の窮地に立たされた時のことだ。
 珍しく、まほは焦っていた。ポセイドン作戦を進行するため、根回しをしていたダージリンに対して、まほはすぐにでも動くと言った。
 些細な変化でしかなかっただろう。しかしそれでも、ダージリンは、僅かでも早口になった彼女の調子を、今までに耳にしたことはなかった。
 なればこそと、思うのだ。
 きっと妹のことは、それだけ心配だったのだろうと。
 だから本当はあの場でも、どうしても助けを請いたかったのだろうと。

「本当……勝手よ、貴方は……」

 だのにどうして、言わなかったのだ。
 ほんの一言で済む願いを、どうして口にできなかったのだ。
 こんなことなど私でもなければ、伝わるはずもないだろうが。
 助けてくれてありがとうと、無邪気に結果だけを受け止めて、それで終わってしまうことだろうが。
 わなわなと、ダージリンの肩が震える。
 怒りとそれ以上の感情によって、声にすらも揺らぎが生じる。
 常に周りのことばかり気にして、自分の身勝手には蓋ばかりして。不言実行を気取って進み、言いたかったことは何一つ言わない。
 それで分かってもらえるなどと、僅かでも思っていたのであれば、むしろそんな過信こそが、何よりも身勝手であるとも知らず。
 最期の最期まであの女は、そういう勝手を押し付けたのだ。
 悟られなければ露と消えて、仮に悟られでもすれば、より大きな重しになるような願いを、このダージリンに押し付けて逝ったのだ。
 呆れるほどに、勝手な女だ。
 腹立たしいほどに、不器用な女だ。
 こんな奴相手に真剣になり、死なせはしないと息巻いてみせて、結局こうして取りこぼした己は、きっとそれ以上に愚かで惨めだ。
 椅子の上でうずくまるように、顔を傾けたダージリンの、その表情を伺える者は、今は、誰もいなかった。


859 : 永別 ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 02:05:24 5r5B6EhQ0


「……ひでぇ顔だな」

 お互いに気持ちを落ち着かせようと、別々の部屋に分かれてから、恐らくは十分ほど経ったのち。
 いくらか目元を赤くして、ようやく戻ってきたダージリンに対して、ペパロニが最初にかけたのが、その言葉だ。

「お互いにね」

 否定はしない。鏡などは見ていないが、きっとそう見えたのは確かだ。
 なればこそダージリンはそれを受け止め、腫れぼったいペパロニの目元にも、お返しと言わんばかりに触れた。
 散らかったホールの椅子の中で、まともに立っていたものを選んで、ダージリンは腰掛ける。
 ペパロニもまたそれに倣い、いくらか行儀の悪い動作で、どっかと向き合うように座り込んだ。

「……馬鹿みたいッスよね。べらべらとくっちゃべってなければ、助けられたかもしんねぇのに」

 誰のことかは、問うまでもない。
 救いたいという想いのままに、長々と身の上を語った相手を。
 ペパロニが救いたかった者達の中で、死んでしまった者の名前を、ダージリンは一人しか知らない。
 第一回放送が流れる時を、行動の起点とすると決めたのは確かだ。
 なればこそその後悔には、本来何の意味もない。問うならば悠長なおしゃべりではなく、作戦のミスを問うべきなのだ。
 だとしても、どうしても思ってしまう。
 勝手に盛り上がってしまったからこそ、空回りに過ぎなかったことばかりが、どうしても重くのしかかってしまう。
 他ならぬダージリンでもそうなのだ。だからこそ今のペパロニの想いは、嫌というほど理解させられた。

「馬鹿を見るのはこれからよ。そして、それが嫌だと言うなら、すぐにでも動かなければならない」

 賽は投げてしまったのだから、と。
 意図して選んだわけではないが、イタリアの格言を引き合いに出して、それでもダージリンは冷静に諭す。
 既に作戦は動いてしまった。合流地点を示す暗号は、放送に乗せてしまったのだ。
 であれば当然、アンチョビは動く。オレンジペコ達も動くだろう。この場に残った生き残り達は、自分達を信じて行動を起こす。
 その時自分達がその場にいなくて、結果裏切ってしまったのであれば、それこそが本物の愚行というものだ。
 まず支障にはならないだろうが、六時間というタイムリミットもある。
 合流先に指定した場所が、禁止エリアになるよりも先に、約束を果たさなければならないのだ。

「思ったよりも、余裕ッスね。大事な聖グロのお仲間達が、揃って生きてくれてたから?」
「逆よ。多分私は焦っている。何せチームの仲間達が、こんなにも巻き込まれていたのだから」

 正直に言ってしまったこと自体が、焦りの証明にもなっているのだろう。
 やや棘のある言葉に対して、ダージリンは素直にそう返した。
 オレンジペコ、ダージリン。そして目の前の少女に、似たところのあるローズヒップ。
 聖グロリアーナの仲間達は、存外大勢巻き込まれていた。
 全員生き延びてこそいたものの、これで合流すべき人間の数は、四人にまで膨れ上がってしまった。
 ペパロニが探すアンチョビと、自身が探すべき三人の同志。
 彼女らが生きていた事実よりも、それほどに多くを背負っているという事実が、今はダージリンを焦らせている。

「それにね。お友達を亡くしたことなら、私だってそれは同じ」

 加えて、亡くした命の重みもある。
 読み上げられた十四の中には、あのカチューシャの名前もあった。
 ダージリンにとっては珍しい、純粋に友人と呼べる他校の生徒だ。
 多くを見殺しにしたことは堪える。そしてその中で一層、彼女の死こそが特に堪える。
 結局彼女がどう戦ったのか、遂に知ることは叶わなかった。
 ひょっとしたら根拠のない自信で、勇敢に己を立たせたのかもしれない。あるいは心細さに負けて、わんわんと泣いて逝ったのかもしれない。
 そしてそのどちらだったとしても、ダージリンには堪え難い悲劇だ。
 勇気を踏みにじられたとしても、涙を拭ってもらえなかったとしても――それは非業の死に様として、深く胸に突き刺さるのだ。


860 : 永別 ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 02:06:46 5r5B6EhQ0
「ついでに言えば、もう一人――ひっぱたいてやりたかった人にも、先に逝かれてしまったのよ」

 もう一人、浮かんだ者の名前は、もはや語るまでもなかった。
 結局そんな相手のことが、最初に気にかかったというのも、薄情な話ではあったかもしれない。
 おかげでカチューシャが死んだことも、一瞬遅れて気付くことになった。
 天国というものが本当にあるなら、きっと彼女はいつもの調子で、「何よそれ!」とキレていたことだろう。
 それでも、堪えてしまったのだ。
 意地にかけても死なせはしないと、そう息巻いてしまっただけに、殊更心を揺るがされたのだ。

「……そっすか」

 意外にも、ペパロニからの返事には、実感の色がこもっていた。
 先に語った聖グロリアーナのことでも、カチューシャの死のことでもなく。
 恐らくは一番最後に挙げた、彼女の死のことに対して、目の前のペパロニは共感したのだ。

「分かるの?」
「飯とタバコと、まぁ喧嘩のことなら」

 無縁ってほどではないからと、ペパロニはダージリンの言葉に反した。
 戦車道のことくらいは、分かってほしかったのだけれどとは、敢えて口には出さなかった。
 理解しがたいであろう己の念を、実感をもって受け止めて、納得してくれたことこそを、ダージリンは感謝したのだ。

「もう少ししたら、ここを出ましょう。大きな嵐が来る前に」

 なればこそ、簡潔に話を進める。ペパロニもまたそれに応じる。
 文科省役人のあの放送は、随分と手ひどい劇薬だった。
 チームを組めていない人間を、晒し上げ殺人鬼に仕立て上げた。
 その上禁止エリアまで設けて、近場の人間達の焦燥を煽った。
 こうなれば殺戮はより加速する。焦りは判断力を奪い、不確定情報を容易に呑ませる。
 何一つ断言されていない言葉を、そのまま真実と受け止めてしまい、恐怖する者も現れるだろう。
 現実に死人が出ているんだ。だったら先に殺すしかない――そう考える人間の数が、一挙に増えてしまったとしても、全く意外なことではない。
 故にこそ、予定を繰り上げる必要があった。
 焦った判断だと自覚しながらも、そうせざるを得ない必要性にかられた。
 なるべく早く方針を固める。何なら細かいことは道中で詰める。
 そうして仲間達の元へと、一刻も早く駆けつけねばならない。
 あのまほがそうしたように――と、どうしても思ってしまうのは、何とも業腹ではあったけれど。

(必ず守る)

 それでもダージリンは、動きつづある事態に対して、少しでもまともに対応するべく、懸命に頭を口を回した。
 この約束だけは、違えてはいけない。
 まほの身勝手を許す気はないが、決して無視してはいけないと思った。
 自分の戦車道を貫く。自分の守りたいものこそを守る。
 そして彼女が伝えたかった――彼女の守りたかった命も守る。
 誰でもない、己自身のプライドにこそ誓い、ダージリンは次に取るべき一手を、迅速に探り続けたのだった。


861 : 永別 ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 02:08:48 5r5B6EhQ0






 ――ねぇ、まほさん。
 貴方は気付いていたかしら。
 きっと貴方のことだから、多分そこまで私のことを、深くは見ていなかったのかもしれないけれど。

 私はね。
 初めて顔を見た時から――

 ――ずっと、貴方が嫌いだったのよ。





【一日目・日中 C-5/喫茶ブロンズ】

【☆ペパロニ@姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!】
[状態]健康、自責と苛立ち
[装備]S&W M36、予備弾
[道具]基本支給品一式、スタングレネード×3、メッツァルーナ、ブリスカヴィカ(残弾32) 、包丁数本
 乾燥パスタ三人分、トマト缶、粉チーズ、煙草(残り3本)、フライパン、フォーク三人分、スプーン三人分、マッチ
[思考・状況]
基本行動方針:巻き込まれたアンツィオの面子を生かす。
1:アンチョビと合流。積極的な殺しはしないつもり。
2:1の方針を邪魔をしない限りは他校に関しては基本的に干渉しない。もしも、攻撃をしてくるなら容赦はしない
3:ダージリンと暫く行動するが、弾除けみたいなつもりでいく。仲間になったつもりもないので不利益があれば同行を終える。
4:集合時間に遅刻だけはしないようにがんばる。
5:カルパッチョを救えなかったことへの自責

【ダージリン@姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!】
[状態]背面に打撲(応急処置済)、若干の焦り
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(4/6 予備弾倉【6発】)
[道具]基本支給品、M3戦闘ナイフ、生命権、後藤モヨ子の支給品、水族館の制服 水族館で調達したいくつかの物資
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:聖グロリアーナの生徒と逸見エリカ、そして西住みほを救う。まほとの約束だけは違えられない。
2:その他、河嶋桃と島田愛里寿を助けるために、町を探索する。
3:上記の他にも、できるだけ多くの参加者を救う(約束もあるので、ややアンチョビが優先)。戦って死ぬのは怖いが、仲間に死なれるよりはマシなはず。
4:ペパロニに同行。彼女の安全を確保しつつも、彼女の立場を最大限使い生存率を上げる。
5:猪突猛進であろうペパロニもいるし、家を出る前に基本方針だけは固めたい。細かな部分は、移動しながら調整してもいい。
6:18時に禁止エリアになってしまうので、集合時間には確実に間に合うようにする。

[備考]
後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(銃器)を獲得しています。


862 : ◆Vj6e1anjAc :2018/08/02(木) 02:09:34 5r5B6EhQ0
投下は以上です


863 : 名無しさん :2018/08/02(木) 20:38:20 6ZArMqQs0
愛欲を独占する淫らな石プレミアムは知ってますか?


864 : ◆Vj6e1anjAc :2018/08/03(金) 01:47:01 VcyZb6uw0
Wikiにて、拙作
「狼二匹と、それと、兎」(ttps://www65.atwiki.jp/gup-br/pages/17.html)
「永別」(ttps://www65.atwiki.jp/gup-br/pages/94.html)
の二作の一部分を、加筆・修正させていただきました


865 : ◆GTQfDOtfTI :2018/08/13(月) 17:04:33 6nNC8SZ60
取り急ぎ予約追加を。
河西忍、大野あや、磯辺典子を予約します。


866 : 名無しさん :2018/08/19(日) 02:28:25 nijBnkJI0
ここの予約期間って決まってますか?


867 : >>1 ◆dGkispvjN2 :2018/08/19(日) 15:14:10 G1ArCZB.0
>>866
1ヶ月(次の月の予約日と同じ日)です。予約期限か切れてからの延長期限は10日です。


868 : ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:15:09 A4fpbsxU0
投下します。


869 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:17:43 A4fpbsxU0
 これは、最初から閉じられた物語なのだ。
始まりから結末まで定められた運命とでも言うのだろうか。
嗚呼、ならば。こんな物語の線路上に乗せられた自分達は――どうしようもなく道化だ。
放送はつつがなく進行した。死者も呼ばれた。殲滅戦は続くことも証明された。
全て、現実だ。自分達に突きつけられたモノは、全て正しい。

(…………クラーラ殿)

 それは、目の前の死体もまた、正しいのだと証明している。
自分達が殺した彼女も正しい結果として此処に在る。
では、秋山優花里の正しさとはどう重なるのだろう。
その正しさは他者に投げかけられるものなのか、と。
誓って、はっきりと言える。こんなあやふやで、霧のような正しさあってないようなものだ。
西住みほなら、と思考停止した正義に何の価値もありやしない。
肯定をしたければ肯定すればいい。誇らしげに持ち歩いて、掲げればいい。
されど、この戦場においては邪魔な荷物だ。
眉を顰められ、遠回しに否定されるのが目に見えている。
この戦いは戦車道に基づいて行われているものではない。
殲滅戦――生き残りを懸けた殺し合い。身一つで暴に立ち向かい、打ち倒す生存闘争。
人並みの善意はあると自負している者ならば、誰もが憤慨するだろう。
今はもう、その気力すらないけれど。

 ――何を信じて、何を正しいと叫びたかったのか。

 殲滅戦は終わらない。綺麗なままではいられない。
かつて語った理想はもう潰えてしまった。
誰も犠牲を出したくない。その言葉のなんと軽いことか。
許してはいけないといった行為をやったのは――自身である。
クラーラを殺したのは、秋山優花里だ。まずはその事実を受け入れ無くてはならない。
殺すつもりはない、そんな甘ったるい言葉は胸へと染み渡らなかった。
横にいるホシノは茫然自失といった表情で下を向いて座り込んでいる。
心此処にあらず。今なら、銃口を向けて引き金を引くだけで死者が一人増える。
きっと、そうされても抵抗はしない。否、できないだろう。

 責任転嫁はできない。西住みほは、此処にいない。

 ぎゅっと掌を開いては握り締めて。思うように力の入らないこの手は血で汚れてしまった。
ぶるりと震えた身体は何か――目に見えない恐怖に怯えるように。
からからに渇いた口の中は唾液すら思うように出てくれない。舌でべろりと口内を舐めても、全く濡れてくれやしない。
目を細め、重い溜息を吐き捨てた。流れた放送はそれだけのダメージを優花里へとぶつけてくる。


870 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:18:35 A4fpbsxU0
    
 いないものに縋り、支えてくださいと求めることの何と醜いことか。

 色々と大層なお題目を並べておきながら、結局は死にたくないという思いが強かっただけだ。
自分とホシノ。どちらが殺したかなんてさして重要な問題ではない。
どちらにせよ、自分はクラーラを切り捨てることを心の何処かで許容していた。
殺したのは自分達だ。今度は倒せないかもしれないという弱さが、クラーラを殺すことに決断を傾けた。
明確な殺意がなかったとはいえ、彼女を殺した以上、これは他でもない秋山優花里が背負わなくてはならない“責任”だ。
みほがいたら殺さなかった? 確かにその通りだろう。
西住みほの言葉はは綺麗で、愛情に満ちている。
彼女なら、こんな乱暴なやり方をせずにスマートなやり方で無力化したはずである。
彼女なら、殲滅戦に積極的なクラーラを説得して仲間に引き込むことができたはずである。

 ――西住みほなら、もっとうまくやれた。

 自らの判断で動いたからこのような結末になってしまった。
これまでの道程を振り返って、自分に何ができた?
ただ状況を悪化させているだけじゃないか。
仲間を救えず、敵を殺す。これでは、殲滅戦に積極的な参加者そのものである。

(に、西住殿なら、きっと、許して)

 根拠のない甘えを勝手に生み出してしまう程、今の優花里は弱りきっていた。
会って、どうする。慰められて、そこから先が思い浮かばない。
みほはきっと許してくれるだろう。自分がどれだけ悪手を打とうと、決して見捨てない。
そういった彼女だからこそ、皆付いてきた。
優しくて、強くて、諦めなくて。太陽のように眩しい彼女にずっと憧れているからこそ、会いたい。
もう、限界だった。
虚勢を張り、平常を保ったふりをするのも、自らが最前に立ち、行動することも、嫌だ。
みほの指示に身を委ね、その型通りに行動する。それが最良なのだから。

(そうですよ、許してくれる。西住殿ならきっと、仕方ないなって!)

 ただ、みほに会いたかった。彼女の顔を見るだけで世界は変わる。
背負わされている重みも軽くなるはずだ。
思い詰めていた表情がほんの少し和らいだ気がした。
彼女なら優花里と共に歩いてくれる。また、一緒に戦車道を――――。


871 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:19:06 A4fpbsxU0
     
  
      

   

 ――――チームのメンバーは既に欠けてしまったのに?






 絶対に、元には戻らない。戻れないのに、願ってしまった。
五十鈴華が呼ばれた。他の大洗のチームメンバーも当然の如く名を連ねている。
眼の前で死んだ磯辺典子も、優花里達が殺したクラーラもだ。
最初から気づいておくべきだった。
もう一度戦車に乗るとしても、元通りにはならない。
誰もが笑えるハッピーエンドは失われてしまった。
問いかける。自らの奥底へと、世界へと、日常へと。
大切な仲間が死んだ上で、あの全国大会の時のように、自分は戦車に乗れるのだろうか。
口から空虚な溜息が勝手に漏れ出した。その溜息が答えとして現れている。
例え、西住みほに出会おうとも、背負った重りは外されない。
ずっと、ずっと。何があろうとも、延々と背負わなくてはならない枷として優花里を縛り付ける。
戦うことも、殺すことも、優花里は何の覚悟も誓えていなかった。

 屈した膝は立ち上がらず。

 逸見エリカに見せていた余裕なんてとうにない。
そもそもあれは余裕ではなく、虚勢だ。あんな紛い物が余裕であってたまるものか。
優花里は、俯瞰してわかったような言動を心底恥じる。
湧き上がる恥と後悔の残響が、胸に反響しながら疼いているのを自覚する。
自らは絶対に死なないと思っていた傲慢では、誰かを導き、救えるはずがないのに。

 ――贖いは、何処にある?

 罪には罰を。栄光には報酬を。
どんな事象であっても、返ってくるものがある。
例えば、善行。綺麗事を振るえば必ず誰かが感謝を述べ立てる。
例えば、悪行。当たり前と言わんばかりに非難が投げつけられ、骨の髄まで叩かれる。
さて、自らの行いはどっちだ。
考えても、仕方がないことだというのに。断罪してくれる者なんて此処にはないのに。
結局の所、お手軽な救済を求めているだけだ。
どれだけ思考を重ねても、正しさを脳内で論議しても、結局の所は心底変えられない。


872 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:19:37 A4fpbsxU0
        
 “このせかいがつらいから、たすけてください”。

 みっともなく、泣きついて、縋って。そうした方が軽いから。
投げ捨てた責任が“西住みほ”を殺す。背負ってしまったみほが死んだら、また次の誰かへと。
そうして責任が最終的に返って来た時、優花里はどうする。
悪意の芽はとっくに咲いている。茎が伸びて、枝が生まれ、花を生む。
その果てで、枯れて、地面へと堕落する。
堕落するのは自身の全て。これまで地道に積み重ねてきた思い出とほんの少しの夢と希望。

(――――ああ、そうなんだ。そうだったんだ)
 
 ここまで並べ立てると、もはや、わかりきっていることだった。
けれど、それを言ってしまえばどうしようもない。
これまで維持していた傲慢は脆く崩れ去る。
嗚呼、でも。でも、と。もうどうだっていい。
たった数時間で全部、折れてしまった。後生大事にと抱えていたものさえも、今は見失っている。






(私は、とっくに汚れていたんだ)






 生き残ってしまって、ごめんなさい。
生きてしまって、ごめんなさい。
残ったものは懺悔だけ。潰えた理想は蘇らず、ただ朽ちていく。
確固とした自己は泡沫のように消えていった。
ごぼりと這い出る泡は懇願。
都合のいい、現況の困難から救ってくれるヒーローがどうか来てくれますように。
思考停止だ、ここまで来ると自らの甘さに笑いが出てくる。
綺麗だとか、爽やかだとか、瑞々しいだとか。
そんな風評文句を箱に挙げ連ねておきながら、表に出してみれば、ただの腐った果物だ。

 ――確固たるカリスマがない弱者は、どうしたらいい。

 ただ、夢を追い求めていられたらよかったのに。
悪いことをした自分はそんな些細なことすらも許されないのでしょうか、と。
虚空に問いかけた問いかけは、窓から入ってくる風に乗って揺蕩った。
回答はない。そもそもの話、正解がないのだから何も言えない。
空っぽだ。あれだけ必死だったのに、何をするにも適当という言葉が拭えなくなってしまった。
だから、この行動は本当に何となくといった衝動からくるものだ。
取り出したのは仲間の遺品――典子のスマートフォンである。
もしかすると彼女は何かを遺しているかもしれない。
恨み言を言うような性格には到底思えないし、さっぱりした典子のことだ。
そんな後悔に塗れたものなんて――。


873 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:20:54 A4fpbsxU0
    
「…………えっ」

 その驚きの声は自然と口から漏れ出していた。
動画が一つ。メモ帳に一つ。動画の方は、フォルダ分けもされず無造作に押し込まれている。
動画についてはクラーラから逃亡をしている間、そんなことをする余裕もなかったことからあの校門での宣誓を行う前に遺したものだろう。
テキストについてはわからない。典子を助けるべく、家探しをしている最中にでも文章を打ったのか。
ともかく、だ。見つけてしまったのだから見るしかない。
それが、彼女を看取った自分達にできる贖いだ。
その程度のことしかできない、選べない、決められない。
嗚呼、なんて情けないのか。
ふとスマートフォンから視界を戻し、見上げると、ホシノも顔を上げてこちらを見ている。
驚きが伝わったのだろう、怪訝な表情を浮かべていた。

「磯辺殿が撮った、動画が残っていました」

 改めて自分で口にしても、やはりまだ現実味がない。
ほんの数時間前までは生きていたのに、今はもう死んでいる。
部屋の片隅で冷たくなった彼女と自分。そこには絶対的な隔絶が存在する。

「私達が、見るべきであると思います」

 再び、その隔絶と向き合う覚悟は在るのか。
ある訳がない、と。殲滅戦に巻き込まれる前ならば、迷いなく言えた言葉は口からは出なかった。
このまま放置していてもいい。きっと、誰かに渡せばその意を汲んでくれるだろうし、自分達よりもよっぽどうまくやれる。
それでも、すべきであるという意からすると、やはり自分達が最初だ。
優花里とホシノを生かした理由もあるし、典子の死を間近で見ていたからこそ、受け止めなければならない。
これでバレー部の誰かが生き残っていたらともかく、唯一呼ばれていた近藤妙子は既に死んでしまった。

「…………ああ」

 か細い声でホシノが肯定する。
握り締められた拳は震え、表情は煤けている。
その胸中には今もまだ、この大洗の何処かで生きている大切な後輩のことが頭にあるのだろう。
彼女にはまだ残っている。戦車道に関わる前から、ずっと一緒だったツチヤが戦っている。
自分にだってそうだ。西住みほが、武部沙織が、冷泉麻子が、残っている。
五十鈴華が欠けてしまっても、まだ大切な人達はこの大洗にいるのだから。


874 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:21:26 A4fpbsxU0
    
 もしも、自分以外に知り合いがいなかったら。

 そんな考えても仕方がないイフに、手を伸ばしたがっている。
安易な決断に浸っても待っているのは破滅だけだ。
此処で踏み留まって典子の死を糧にするのが、一番である。
けれど、そんな論理――どうだっていい。
二人は怖くて怖くてたまらないのだ。
彼女の真っ直ぐさと自分達の矮小さを直視してしまうから。

(見るべき、なんて嘘。本当はその逆だ)

“磯辺典子”という輝きがあっけなく散った事実も怖い。
数時間前まで元気で五体満足だった仲間の映像を見るのだって怖い。
それが、どれだけ恐怖心を煽ることか。
銃で撃てば、人は死ぬ。刃物で刺せば、人は殺せる。
この閉じられた箱庭では、命など塵のように軽く吹き飛ぶのだから。

(私もホシノ殿もわかっている。見た所で、何も変わらない。
 磯辺殿は強い。真っ直ぐで直向きな抱負を映したエールは、毒になる)

 そんな鬱屈した世界で、磯辺典子は輝いていた。
太陽のように眩しく、周りを照らしていた。
だからこそ、その熱さに自分達は焼かれたのだ。
正しすぎて、綺麗すぎて、純真なその想いを受け止めきれなかった。
死の間際まで仲間を信じ、戦い続けた彼女を、怖いと感じてしまうなんて。

(――――情けないですね。私達は強く、在れない)

 仲間の想いを裏切らなかった。
仲間の死を穢すことをしなかった。
自分達とは大違いの彼女は、きっと――――。







「そういえば、さっきの話には続きがあるのよ」
「へっ、そうなんです?」
「そうなの。まあ、あれでいて、キャプテンは繊細な所もあってね」

 バレーの休憩中、河西忍が大野あやに突然声をかけてくる。
数時間前の雑談の続きであろう、あやも顔を忍に向けた。
同じ戦車道を履修してはいるが、こうして話すのはほとんど初めてのようなものだ。
自らのチーム、隊長である西住みほが率いるチームならともかく忍のチームとは交友らしい交友もない。


875 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:21:49 A4fpbsxU0
     
「私からするといつも真っ直ぐで根性〜ってイメージだから、繊細とは結びつかないけど」
「そうね。傍から見るとキャプテンはあまりそういう所を見せないから」

 外部から見る磯辺典子とはひたすらに強い少女だ。
真っ直ぐに進み、転んでも立ち上がることができる。
自分達のように、怯えながら戦車に乗っていた時も、彼女は最初から強かった。
されど、忍が言うには全然そんなことはなく彼女もまた、繊細な所がある、と。

「その割には、あんまり頼ってくれないのよ。キャプテン、大抵のことは一人で抱え込んじゃうし」
「一人だけ先輩ですしねぇ」
「それも踏まえて、あの姿勢なのよ。ほんと、背負いたがりな所は本当に治して欲しいわ」

 ちょっとだけ寂しそうに笑う忍に、あやは何も言えなかった。
バレー部は典子以外全員一年生だ。一人だけ高学年であり、背負わなくてはならないものもある。
気丈に振る舞い、前だけを見るその姿勢を維持することだって並大抵のものではないはずだ。
一人で走って先導する彼女のことをあやは遠い世界の住人とさえ感じてしまう。

「もっとも、私達も深く知るまではキャプテンは強い人だって思っていたわ」
「というと、気づく一件があったと?」
「そうね。私達が用事があって部活を休む時も、キャプテンは一人で毎日練習しているんだけどさ」
「ほぇー……」
「私達も最初は、キャプテンは一人でも立てる。私達がいなくても、バレー部を続けられるって思ってたの」

 実際、彼女の熱意はすごい。
背中で語り、プレーで魅せる。典子をキャプテンと慕うのも無理はない。
それだけ、彼女はバレー部の太陽であり、欠けてはならない存在なのだろう。
こうして強化合宿で外れているだけでもバレー部の二人は心細そうにバレーの練習をしていたのだから。

「けれどね。偶々、私達の用事がキャンセルになって急遽練習に行こうってなった時さ、見ちゃったのよ」

 その心細さは典子も当然のように持ち合わせているのだ。
そんな当たり前に気づくまで――否、気付かされるまで。
忍達は無邪気が過ぎたのだろう。
典子が、必死に、虚勢を張って騙して、目を逸らして――彼女が隠してきた顔。
体育館で一人、ぼんやりと宙を見上げる姿を、見てしまった。
寂しそうにバレーボールを抱える背中は、普段の典子とは比べ物にならないくらい小さかった。
横顔はいつもみたいに輝いてなくて、何処か不安に満ちていて。


876 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:22:45 A4fpbsxU0
     
「バカだったわ。私達、何も気づけなかった。一人でバレー部を引っ張って、部員を集めて。
 たった一人の年長者で、先輩も同級生もいない中で何も感じないはずがないのに。不安になるのは当然のことね。
 キャプテンを完璧超人だって思っていた自分が恥ずかしいわ」

 いつも典子の周りには自分達がいた。
一緒に走ってくれる仲間がいたから、慕ってくれる後輩がいたから、頑張れた。
典子は口癖のようにそう言っていた。

「私達がキャプテンを支えにしているように、キャプテンも私達を支えにしているの」

 もしも、自分達がいなかったらどうなっていただろう。
誰も入部希望がおらずバレーの練習なんてまともにできない。
そんな環境で、明るく立ち振る舞えたのだろうか。
今のバレー部はそんな奇跡を幾つも重ねた上で存在しているのだ。
だからこそ、この一瞬を大切にしたい。そう、思って自分達はバレーをやっている。

「キャプテンだって一人の人間で、人並みに苦しむし辛かったりする時もある。
 まあ、そういう弱みを見せてくれない所は本当にもう……ってなっちゃうけれど。
 でも、私はそれでも、付いていこうと思えた。やっぱり、キャプテンが好きだから」

 典子は自分達がいたからあんなにも頑張っているのだし、前を向けるのだろう。
気恥ずかしいが、典子の原動力はきっと後輩だ。
忍達がいるから、真っ直ぐ走れるし、根性を振り絞れる。

「まあ、そういう訳で、カリスマだけじゃなくて、全部ひっくるめてキャプテンなの」
「愛だねぇ」
「そんな大層なものじゃないの。他の皆はどう思ってるかはともかく、私は――」

 ――ああなりたい、と。

 いつか自分達が先輩になった時、典子のように後輩を導けるように。
そして、一緒の歩幅で寄り添って歩けるように。
仲間と一緒に強くなれる人間として、強く尊敬しているのだ。


877 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:23:20 A4fpbsxU0
     






『この動画を誰かが見ているってことはきっと、私は死んでいると思います』

 その動画の始まりはネガティブな独白から始まった。
一瞬だけではあるが、呆然とした。それは優花里の想定とは違った弱音である。
磯辺典子ならば、明るく元気な映像を残していると思ったので意外だ。
とはいえ、こんな閉塞的でいつ誰かが狂ってもおかしくはない状況で明るく、というのも無理な話だ。
自分達の前では普段の典子をできる限り装っていたが、中身は脆く儚い。

『ああ、もう、悔しいなあ。こんならしくないメッセージ、見られたくないのに。
 それでも、残してしまうのはきっと……心細さがあったのかもしれません。
 あー、すいません。最初から弱音ばっかりって見たくもなくなりますね』

 死ぬのは怖い。あの演説でも言ってた言葉だが、実際の所、それでも動いた彼女は強い。
だから、この動画でネガティブな思いをぶちまけるとは思っていなかった。
認識の剥離だ。根性、と。頑張って生きてくれといった類のエールを見せられると思っていた二人は口を間抜けにも開けたまま、目を見開いている。
画面の中にいる典子の笑顔は少し引きつっていて、日常で見せていた笑顔とは程遠い。
これは断じて生者へのエールではない。悔恨と恐怖と絶望が入り混じった不安の吐露だ。

『自分でもおかしいと思っているんです、こんな動画。この動画を撮っている時点では、私は生きているのに。
 死ぬつもりはないのに、遺言のような動画を撮るなんて、間違っている。
 けれど、たぶんですけど、わかるんです。私は長く生き残れない。今からやることを思えば、その考えがどうしても離れてくれない』

 強く抗うと、楽に死ねない。そんなこと、誰もがわかっている。
わかっているからこそ、見知らぬ誰かは自殺を選んだのだし、他の誰かは生き残る為に人を殺すことを選んだ。
そして、典子は拡声器を用いて、反抗を叫ぶことを決めた。それを快く思わない参加者に殺される可能性をわかっていながら、選んだのだ。
最初から、典子は殲滅戦はそう簡単には終わらないと理解していた。
言葉の語気の弱さがその証拠だ。

『何かあったら、後輩が危険な目に晒されていたら、私は耐えられないし、じっとしていられない。
 客観的視点とかリスクとかそんなもの、全部放り投げちゃうんです』

 それは、悔恨と恐怖と絶望を、鍋の中で煮詰めたような表情だった。

『例えば、もしもバレー部の皆が殺されようとしていたら――私は後先なんて考えずに飛び出しますしね』

 ああ、その通りだ。この動画の数時間後、典子は誰もが予測できたありふれた結末を迎えることになる。
拡声器で正しさを説き、潰されて、その果てに仲間を庇って死んでいった。
蛮勇と無謀を重ねて、当然のように殲滅戦から退場した。


878 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:23:42 A4fpbsxU0
     
『怖いのに、辛いのに、死にたくないのに』

 芯に本質的な強さがあったから。苦悩を封じ込めて動けてしまうだけの意志があったから。
磯辺典子は足を踏み出せてしまった。普通なら踏み出さず躊躇するような一歩を、真っ先に。
そうでもなきゃ、拡声器で殲滅戦を否定するなんてできやしない。

『…………拭えないものを込めたくなったから動画を遺したんです。例え、間違っていたとしても、遺したいと思ったから。
 今からやることを思うと、怖くてたまらない。けれど、誰かがやらなくちゃいけない。見てください、手も足も震えてみっともない』

 その一歩を鈍らせた鬱屈を何とか吐き出す為に用いたのが、この動画だったのだろう。
物語に描かれる英雄のように、迷いなく進めない。そうした苦悩を払拭すべく、一人の少女が本気になるべく置き去りにした弱さが画面には鮮明に映っている。
こんな弱気な表情、自分達には決して見せなかった。
銃で撃ち抜かれた時も、手当を受けている時も、死の間際の時も。
典子は優花里達を鼓舞するべく、気丈な姿勢を崩さなかった。

『忘れられたくないから。ずっと、誰かに覚えていてほしいから。置いていかれるのが嫌だから。
 もしかしたら、この動画が何かのきっかけになるかもしれない。そんな理由もあってこの動画を撮っているんです』

 そんな彼女が弱音を吐き捨てている。独りよがりな理由で傷を残そうとしている。
申し訳なさそうに、あるいは、恥ずかしそうに目を伏せる典子を見て、優花里は顔を顰め、一粒、涙を零す。
口から漏れた言葉にならない声は、ある一つの事実に辿り着くことを意味していた。
同じだった。磯辺典子も、秋山優花里と同じだ。死にたくなくて、怖くて、恐怖に震えて悔やんでいた。
強くて、弱い。武器を持って戦うことなんてしたくなかった。
それでも、戦った。己に克ち、確固たる意志を以って、最後の最後まで貫き切った。

『元気と根性が取り柄だとは思っていますが、弱音もたまには吐いてしまうということで許してくださいっ』

 目を細め、指で頬を掻きながら、典子は笑う。
これは、本来は辿るはずもなかった道だ。彼女は廃校を覆した大洗で、バレー部復活を掲げて青春に汗を流すはずだった。
自分だってこの先、みほと共に戦車道を極めるべく鍛錬を重ねるはずである。
全部、全部、殲滅戦が奪っていったのだ。

『……私、逃げたいです。諦めたいです。殲滅戦なんて聞きたくないし、知りたくもない。
 きっと、巻き込まれた時点で手遅れだって、わかっている。ここから先は辛いことばかりで、根性なんて言葉はきっと通用しない』

 だから、もういいや、と思っていた。
奪って、無くして、また奪って、無くして。その果てに何がある? 何もないじゃないか。
たった一度の略奪と喪失で摩耗しているのだ、それは先程の自問自答で自覚できた。
疲れ切った心は容易く、楽な道へと進もうとする。
これ以上、自分が自分でなくなる恐怖と戦うくらいならいっそ――。


879 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:24:08 A4fpbsxU0
     





『それでも、私は叫びたいし、貫きたい! 根性って!!!!!! 私と同じ思いを抱いた人達の居場所を作りたいって決めたから!』







 けれど。そう、けれど。








『怖くたって、痛くたって、前に進むのが、私だから! 自分の心に嘘をつかないで、胸を張って、誇れるように!!』

 画面の向こうにいる彼女は、その甘えを明確に否定した。
曇天の空に風穴を開けるように破顔一笑、力の限り声を上げる。
その愚かしくも尊い決意は白銀のように透き通るように光り輝いていた。
最高で最低な自分勝手。最善で最悪な自分の宣誓。
結局の所、典子はやりたいことを抑えられない子供だったのだ。

『ルール違反上等! でも、私が掴んだ選択は、きっと、きっと――! この動画を見てくれた誰かが認めてくれるものだ!
 いつか、どこかで、誰かもわからないけど、絶対そうだって信じてる!』

 その眩しい正しさを、典子は選び取った。
だから、拡声器で思いの丈を叫んだのだろう。不安も決意も、何もかもをぶちまけた。
そして、死んでいった。自分を偽ってまで掴む生を否定した。

『こそこそと隠れながらなんて私らしくない! 自分を曲げて、誤魔化して!
 そうやって、生きるのは、嫌だったから!』

 再び問う。今の自分は、どうだ?
秋山優花里は何かを曲げていないか? やりたいことを見失っていないか?
自らに問う、今も生きている仲間達に問う、殲滅戦という現実に問う、過去の思い出に問う、未来の夢に問う――――!


880 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:24:55 A4fpbsxU0
    
    





 クエスチョン。秋山優花里が、やりたいことは?
 アンサー。――――――――あぁ、思い出した。





『やりたいことを貫く! それが、私の生き方だ――っ!』



 そんなこと、問わずとも、最初から定まっていた。
西住みほに誇れる自分でいたい。彼女の後ろではなく、横で支え合える関係でいたい。
孤独たる無双など、彼女にさせてなるものか。
ああ、なんだ思い返せば、簡単だったじゃないか。
秋山優花里の戦車道はみほの横だ。重ならなくともいい、彼女と対等に歩けるなら、それでいい。
だって、西住みほは親友だから。大切だからこそ、彼女の背中に自らを預けっぱなしなんて許せない。
長い時間をかけたけれど、彼女と並走して走れる道だってようやく気づくことができた。
ここにきて、ようやく頭が落ち着いた。殲滅戦が始まってから、今に至るまで、優花里は酷く動揺し、自分を見失っていたのだろう。

『私は最後まで諦めない! だから、他の皆も頑張れ!! 無責任だけど、頑張れっ!
 自分を見失わないで、生きろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』

 これまで流すまいと耐えてきた涙は自然と瞳から零れ落ちる。
みっともなく、情けなく。優花里は嗚咽をあげながら泣き続けた。
人を殺したという事実は消えない。殲滅戦の恐怖に負けたことはこの先も優花里に纏わりつくだろう。
それでも、這いつくばってでも進まなくてはいけない理由ができた。
このまま顔を俯かせてはみほの顔だって見れない。
もう一度、零から。いや今の自分はマイナスだ。殲滅戦に一度は呑まれたメンタルは簡単には拭い去れないけれど。
一歩、進む。秋山優花里の、秋山優花里だけの戦車道を歩んでいく為にも、今この瞬間だけは恥も外聞もなく涙を流していよう。

『以上ッ! 磯辺典子ッ! 遺言というか、エールというか! とりあえず、メッセージ、残しますっ!!!
 できることなら、この動画を見ている人が、最後まで自分を貫けるように、私は願っています!』

 最後に典子は満面の笑みを浮かべ、動画は終わる。
胸を張って選んだ道なのであれば、どんな結果でも、胸を張って享受すればいい。
改めて考え直してみたら簡単なことだった。
ああ、本当に彼女はカリスマに溢れていた。こんなキャプテンがいるのだ、後輩の部員は愚直に付いていくだろう。
接点の薄い自分でさえ、こうも充てられるのだから尚更だ。

「――――いやぁ、気持ちのいい啖呵だ」

 されど、そのカリスマが万人に届くかと言えば、ノーである。


881 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:25:44 A4fpbsxU0
     






 これは、怠惰と呼ぶ感情である。ホシノは苦笑いを表情に貼り付け、絞り出すように言葉を吐き出した。
夏の茹だるような暑さに負けて、引き篭もった時を思い出す。今、抱いている想いは自分でも自覚している、嫌という程に。
ノー勉で挑むテストよりもタチが悪い。なにせ、どう足掻いても解決方法なんてないのだから。
たったひとつの冴えたやりかたは、存在しない。

「やっぱ、キャプテンっていうのは人を乗せるのがうまい。
 西住隊長もそうだけど、上に立つ人間の才覚ってやつはオンリーワンだね」

 深海に沈んでいくように、ホシノの表情は虚ろだ。
全ての希望を削り落とされた現状、それはどう足掻いても自分には無理なポジティブさだ。
本来なら、ホシノはのんべんだらりと自動車をいじっているだけの女子高校生である。
殲滅戦なんてものに耐えれる強いメンタルなんて持ってはいない。

「けれど、どう言い繕ったって人殺しは人殺しだ。気づきたくなかったのに、気づかないままでいられたのに。
 もう遅い、私は気づいてしまった。ああ、何をしたって、変えたって、意味なんてない」

 何度やり直しても、固定された――起こってしまった過去は変わらない。
絶望が止まらない。フルスロットルでかかったエンジンは既に動力として起動してしまった。

「……重いよ。重すぎて、辛すぎて、動けない。生きる為とはいえ、な。
 たった一度だけなのに、こんなにも私の体に纏わりつく!」

 要するに、後生大事に持っていた正しさなんて、殲滅戦に巻き込まれた時に、とっくに砕け散っていたのだ。
過去も、未来も、思い出も。何もかもが行方不明で足元すらおぼつかない。
積み上がった残骸がかろうじて息をしていただけ。自動車部の後輩がいなかったらとっくに自分は消えていた。

「そこからはもう簡単さ。気持ち悪くて、下らなくて、バカになる。
 ただ惨めったらしく息をしているだけの人間もどきさ。ああ、ったくもう。生き残るべきは私じゃなかった。
 口にしたら駄目な言葉だけどさ、吐き捨てなくちゃやってられないんだ」

 ひらひらと振って、ぽとりと地面に投げ出した手は傷だらけだ。
そして、腕には明確な害意から生まれた――悪意の象徴。
こんなはずじゃなかった世界を表しているかのように、吹き出た血とグロテスクな刺突痕が残っている。


882 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:26:05 A4fpbsxU0
   
「だから、私とお前は違う。同じ人殺しでも、明確に格差がある。もう戻れない私と違って、お前はまだ間に合うんだろうな」

 ホシノは口を軽く開いてくつくつと笑い声を上げた。
それは、疲れ切った――遠い昔のことを思い出すような、深く深く、痛ましげな笑みだった。
この腕じゃあ取り柄だった車の運転もできないしな、なんて。
投げやりに呟いたホシノに優花里は何も言い返せなかった。
声なき声が、無音の叫びが、優花里に刺さる。

「目を見りゃわかるよ。お前はまだ進めるんだろ。ああそうだ、だったら進むべきだ。
 やらないで後悔するより、やって後悔をした方がいい。そっちの方がずっといいってことはわかる。
 でも、私は――――」

 ――何もしたくない。
そんな汚い弱音は、末尾まで言い切れなかった。
弱音すら満足に言えない自分を騙すかのように、ホシノは目を細め、へにゃりと笑う。
ああ、けれど、鏡がないからわからない。今の自分は上手く笑えているだろうか。
膝の上に肘を乗せ、だらしがない姿勢で普段通りを演じてはみるものの自信がない。
顎を手で支え、くつり、と。いつもなら出さないような小さな笑い声を吐いて、吸いたくもない空気を吸って。

「ああ、そんな心配するような顔するなって。人を殺した、だからといって自殺なんてしない。
 ……そこまでする気力もないから。生きるのも死ぬのも、もうたくさんなんだ」

 ――そうして、ゆっくりと朽ちていく。

 この両手がハンドルを握ることはもうない。
夢から醒めて現実を知った自分。恐怖に負け、両手を汚した自分。
それを受け入れられる程、ホシノは強くなかった。

「そういうことだからさ、ここから先は一人で行け。おっと、説得はやめてくれよ。
 無理に希望を重ねたってどうにもならない。ガソリンの入ってない車と同じさ。
 動かないものは動かない、そうだろ?」
「……はい」

 優花里は食い下がらなかった。
瞳の中にある諦観を見抜いたのか、それとも他の誰かを想う余裕が無いのか。
おそらくは前者だろう。観察眼はある後輩だ、それは戦車道をやっていてわかる。
できることなら、自分にも手を伸ばしたいのだろう。
とはいえ、お荷物を背負って歩くには、今の彼女はまだ弱い。
もっと、強くなければ。典子のように迷いなく動けるくらい、強く在ったら、“もしかしたら”はあったかもしれない。


883 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:26:42 A4fpbsxU0
    
「今は無理でも、いつかは連れ出しますから」

 ひとまず、諦めないと言外に言えるだけ、上出来だ。
そのいつかはもう来ないのに。人を殺してしまった時点で未来は真っ黒だというのに。

「ああ、いつかな」

 口から出たのは、地の底から蠢くような、低い掠れ声だった。
それでも、否定をする気にはなれなかった。
胸の内にある希望とやらは完全に死んではいないのか。ホシノは自然と言葉を返すことができた。

「そんじゃあ、行ってこい。こいつらの埋葬は任せておけ。それぐらいは役立たずの私でもできる。
 お前は早く誰かと合流して、やりたいことを貫いてみな」

 口から出た言葉は本心からくるものだ。
足を引っ張って後輩の重みになるようなことはしたくない。
どうやら、こんな状態になっても、そのような嫉妬は生まれないのは性分か。
いいや、乾き切った感情が何かを生み出すなんてないのだろう。

「できたらでいい。そうやって貫いた結果を、私に見せてくれよ。人を殺してしまっても、まだ貫けるものを――戦車道を。
 それが見れたら万々歳さ。お前を送り出したかいがある」
「必ず見せます。だから、死なないでください。どれだけ疲れていても、それだけは選ばないでください」
「ははっ、死なないさ。自棄になってはいるが、そこまでじゃないよ」

 そうして、二人は別れることになった。
さよならは言わない。言ってしまえば、もう会えなくなってしまうと思ったから。
ホシノと優花里は別々の道を進む。


884 : 友と少女とパンツァーフォー ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:27:32 A4fpbsxU0
     
「……さて、と。ああは言ったけど、やっぱ死にたいわな」

 別れて数分後、ホシノは浮かべていた苦笑いを潰し、芒洋と宙を見上げた。
前に進めた者と進めない者。その差は顕著であり、埋められない溝はそのまま二人の距離感として現れている。

「ここで軽々と死ねたら楽なんだろうけど、そんな都合よくはいかないか」

 疲弊した精神は楽を求めている。手元にある拳銃にそっと触れ、トリガーに指をかけた。
そのまま銃口を頭に向けて指先に力を込める。
ただそれだけで、人は死ぬ。あっけなく、無様に、人は死ねるのだ。
優花里にこそ死なないとは言ってるが、内心ではもうどうしようもなく“駄目”だった。
人を殺した重みが、常に身体へと纏わりつく。

「はーっ、ままならないなぁ」

 トリガーは引けなかった。
どっちつかずの宙ぶらりんな心の天秤は傾かず。
言葉の通り、ままならない。八方塞がりの現実だけが確かでそれ以外は全部不確かだ。
今のホシノは、可能性という可能性を奪われた――出来損ないだった。
そうやって卑下しても何の情動も湧かない自分が、生きていてもいいのだろうか。



 ――どれだけ考え抜いても、答えは出なかった。




【C-3・塀のある民家/一日目・日中】

【秋山優花里@フリー】
[状態]決意、頭部から出血(治療済)
[装備]軍服 迷彩服 TaserM-18銃(1/5回 予備電力無し)
[道具]基本支給品一式 迷彩服(穴が空いている) 不明支給品(ナイフ)
[思考・状況]
基本行動方針:西住みほの後ろではなく横に並び立てる自分で在り続ける。
1:自分自身が納得できる戦車道を見つける。その過程でみほと違う道であっても、“根性”で進んでみせる。
2:誇れる己を貫く。誰かに依存することを諦める。
3:クラーラを殺したことも、背負う。人殺しであっても、戦車道を貫く。
クラーラの背嚢(基本支給品一式(典子の遺言動画が入ったスマホ)、ドラグノフ狙撃銃(3/10)、カラテル、折り畳みシャベル、マキシムM1884の布製弾薬帯(250/250))はホシノと分割しました。
分割内容は次の書き手におまかせします。


【ホシノ@フリー】
[状態]精神的疲労極大、心に大きな諦観、右上腕部に大きな刺し傷(申し訳程度にタオルで止血)
[装備]ツナギ姿 S&W ヴォルカニック連発銃(装弾数3/8) 予備ロケットボール弾薬×8
[道具]基本支給品一式、スキナーナイフ、RQ-11 レイヴン管制用ノートパソコン、布切れとかしたプラウダの制服
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたかった。
1:疲れた。どうせ死ぬなら、楽に死にたい。
2:何もしたくない。けれど、典子達の埋葬くらいはしないといけない。
3:ツチヤについては――考えたくない。
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました


885 : ◆GTQfDOtfTI :2018/09/18(火) 23:27:48 A4fpbsxU0
投下終了です。


886 : 名無しさん :2019/04/28(日) 23:47:23 RVVwminY0
テスト


887 : ◆dGkispvjN2 :2019/04/28(日) 23:50:46 T14lf3v20
みなさまお疲れ様です。
平成最後なので、さすがに投下しないのもまずいだろう・・・ということで、投下します!!
長らくお待たせしてしまい申し訳無いですが、年号最後の投下として、いろいろ楽しんでいただければ幸いです。


888 : 名無しさん :2019/04/28(日) 23:53:19 sMIF2OLk0
待ってた


889 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/28(日) 23:56:36 T14lf3v20

金木犀が焼ける匂いがした。
甘い匂いと煤の臭い。
夏の終わりの切ない気配も混じって、頭の中はアルコールを注射されたみたいにくらくらする。
お酒は飲んだこと、ないけれど。
そういえば、うんと小さな頃、夏にかけっこをしていて、石に躓いて転けたっけ。
膝を擦りむいて、思いっきり泣いて、お母さんは私を背負って家まで送ってくれた。
嫌がる私の砂利が混じった膝を水で洗って、お母さんは泣きじゃくる私を無視して、傷に消毒液をかけたっけ。
白い泡が血に滲んで、少しだけアルコールの臭いがしたのを覚えている。
『痛いでしょう。これが生きているってことよ』お母さんはあの時、そう言った。
“生きることは痛いこと”。
それが最初のアルコールの記憶だった。

腐った土の味がした。
うんと昔、夏休みに、田舎のおばあちゃんの畑に入った。
自分より背の高いひまわりを抱いて、土だらけになりながら畑を走り回ったっけ。
お母さんが私を呼ぶ声がしたけれど、気付いた時には辺りはまるで高層ビル。
自分より背が高い野菜や草で、今自分がどこにいるのか分からなくて、私は二度とお母さんに会えないような気がして泣いた。
『泣き虫、みーつけた』お母さんは泥だらけの私の頭を優しく撫でた。
それが最初の土の記憶だった。

少し遅れて、咽せ返るような血の味、いのちの味。
土の味と血の味が混ざり合って、傘を忘れた土砂降りのあの日みたく、どうしようもなく惨めな気分になる。
お母さんがいなくなって、お父さんはずっと一人で私を育ててくれた。
戦車道は決して安全な競技なんかじゃない。
口の中だって切るし、痣だってできるし、たまには火傷したり、場合によっては骨を折りだってする。
でも、お父さんはいつも全力で応援してくれた。
『私、戦車道やるんだ』……あれって確か、夏の日だったっけ。
お父さんは、何も言わずに私の頭を撫でてくれたよね。
全然上手くない撫で方で、笑っちゃったけど。

風が肌を撫でつける。
青春の終わり、最後の猛暑日のような、太陽が腹から必死に絞り出したような。
そんな熱くて、渇いていて、酷く寂しい風だった。
身体中が痛い。じくじくと内臓の内側から針で刺されるような痛みが全身をくまなく蠢いている。
腕を動かそうとすると、骨の芯に電流が走るような鋭い痛みが、肩を突き抜けた。

『ダメだろう、あんなことやったら』痛みと共にフラッシュバックする記憶。今年の夏のこと。
あの惨めな試合のあと、お父さんは、私を初めて怒鳴った。
『うるさい! 何も知らないくせに!』びっくりして、そのことが何だかショックで、恥ずかしくて。
それを隠そうと酷い台詞を吐き捨てて、部屋に篭った。
私はただ、サンダースを優勝させたかった。皆から褒められたかった。
私はナオミみたいにかっこよくないし腕も良くない。隊長みたいに可愛くなければ、カリスマだって、からっきし。
そばかすだってあるし、背だって低いし、胸も大してないし、頭もよくないし、片想いだし、すぐに怒っちゃう。
誰かに誇れる様な取り柄が無いから、私なりに、出来ることを頑張っただけだ。

私だって、皆みたいな、ヒーローになりたい。
ケイ隊長に、ナオミに、タカシに、お父さんに、お母さんに……誰かに、認めて欲しかった。
頭を撫でられたかった。それだけだった。
だけど、頑張って頑張って頑張って、結局一回戦敗退は、誰のせい?
ああ、でも、酷いこと言っちゃったな。
私ってば、お父さんにまだなにも謝れてない。
まだなにも、返せてない。
ごめん、ごめんね。ごめん。
ねえ、お父さん、お母さん。
ごめんなさい。

ぱちり。

瞳を開く。二対の濁った硝子玉が、灰色の空を飲み込んだ。
煤けた空気の向こう側、天が広がっている。
青は無く、牛乳を零したようなのっぺりとした硬い白に濁っていて、火柱に左右を切り取られていた。
炎は猛る閻魔のようにごうごうと唸り、黒煙はもくもくと天に昇っている。
大地と空を繋ぐ鎖のように、途切れず、長いとぐろを巻いて。

「――――――――まるで、世界の終わりね」

斯くして少女は、アリサはぽつりと……そう、まるで愛した人の墓前に花を供えるように皮肉げにぽつりと、呟いたのだった。






890 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:01:29 7DoZa2nM0
「慎重すぎるあの子を、貴女には支えてあげて欲しいの」
ダージリン様が私におっしゃられあそばれました。
あの子っていうのがどなたのことなのかとか、色々さっぱりでしたんですけれど。
あとでそのことをアッサム様に相談しましたところ、溜息を吐かれて、そういうことは自分で考えなきゃダメよ、と言われてしまいました。
そう言われましても、自分で考えて分からないから、アッサム様に聞いているんですのに。
教えてもらえなかったものですから、誰のことを言われたのか、今でもよく分かりません。
考えるだけ疲れるので、そのうち考えないようにしました。
これは自慢ですが、私はお頭があんまり良くありませんでしてよ。

「貴女には、クルセイダー隊の隊長をやって貰うわ」
ダージリン様が私におっしゃられあそばれました。
素直にチョー嬉しくて、皆様に自慢しました。
オレンジペコさんが何か言いたげな顔で私を見ていたような気がしましたが、何も言ってきませんでしたし、多分気のせいです。
つーか、マジですのって感じでした。だって、そりゃあもう、なにせ私はまだ一年生ですし。
上級生達が車長をお務めあそばさっているのに、小隊のリーダーだなんて。
一体ダージリン様は、どういうおつもりだったのでしょう。まったくもって、偉い方の考えはさっぱりわからんのですわ。

「クルセイダー隊は、そもそも昔から“弾かれ者”が集まった小隊なんだよなぁ」
ルクリリ様が私におっしゃられあそばされました。
ソーダをストローで音を立てて飲み干して氷を口に含むと、ルクリリ様は、わかるかローズヒップ、と続けられました。
さっぱりわからんですわ。私はコーラを飲みながら答えました。
ちなみにその日ルクリリ様に誘われて見に行ったサメ映画はクソオブクソ映画でした。アカデミー賞クソ映画部門とクソCG部門でダブル受賞ですわ。
「戦車道をやる人間には、大きく分けて……あー……まぁ幾つかタイプが居て、そのうちの“走り屋タイプ”ってやつなんだよ」
「でもでもルクリリ様ぁ。戦車なんか、走って暴れて撃ちまくってなんぼではないのでして?」
私が伺いましたら、「だからお前がクルセイダー隊の隊長なんだよ」と、ルクリリ様は言って、笑いあそばされました。
なんですのぉ、それはぁ???

「いい? 作戦の骨子を守った上ならば、それ以外は貴女が考えて自由に動いていいのよ?」
ダージリン様が私におっしゃられあそばれました。
「自由……自由ですの?」
「そうね。自由っていうのは……まあ、あまり深く考えず、いつも通りにすればいいってことよ」
「かぁ〜〜っ!! ダージリン様のお言葉は深いですわね〜〜そのうち深イイ話に出れますわ。視聴率天元突破、間違いなし! ですわ!」
「……どういたしまして……」
最初はそれがなんのことやらクソさっぱりでしたが、バニラやクランベリー達と協力しているうちに、その意味がなんとなく分かってきた気もします。
アッサム様曰く、私達の被弾率はすっごい低くて、あと、ようどう? 作戦に向いているのだそうでして。
あと、迷いがないから、きてん? が意外と効くのだとか。
ふんふん、なんかよくわからんのですけれど、結果良ければ全て良し的な感じですわよね?

「ローズヒップ。貴女、ペコとは普段話しているかしら?」
ダージリン様が私におっしゃられあそばれました。
いいえ、話してませんですわ。私はお答えしました。
ダージリン様は少しお悩みになられて、「うまくいかないわね」と溜息を吐かれながらおっしゃられました。
それから暫く経ち、大学選抜チームと戦った後……あの時をきっかけに、私達の間でまともな交流が始まった気がします。
オレンジペコさんは本当にお聡明で、お行儀も良くて、お腕も確かで、お羨ましいです。
同じ一年生だっつーんですから、驚きですわ。

「ローズヒップさん、貴女は家でもいつもそんな感じなんですか?」
オレンジペコさんが私におっしゃられあそばされました。
はい、と答えました。というより、うちにいる時は試合なんかよりもよっぽど恐ろしい戦争ですわ、とも。
「オレンジペコさんは、いっつもそんなに、無口なんですの?」
私はお返しに質問致しました。
オレンジペコさんは少しだけ呆気にとられたような表情を浮かべた後に、むくち、と復唱しました。
「だって、半年間、私達殆ど会話してませんでしてよ」
「そうでしたか」
「そうですわ!」
「そうでしたよね……」
「はい!」
「あはは……」
オレンジペコさんは、ばつが悪そうに笑いあそばされておりました。


891 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:03:22 7DoZa2nM0
「私、実は、ローズヒップさんのことが少し、苦手だったんです」
オレンジペコさんが私におっしゃられあそばされました。
練習試合の後、二人きりになったロッカールームで。丁度、今日から三日前のことでした。
「今まで黙っていて、御免なさい」
オレンジペコさんが、シニヨンを解いた頭をお下げになられました。
「わたくしは、オレンジペコさんのこと、好きですわよ」
私は答えました。オレンジペコさんは鳩が豆鉄砲を食ったようなツラでした。
「……そういうところが、苦手だったんです」
オレンジペコさんは困ったようにお笑いあそばされました。

「ローズヒップ。貴女は誰にでも平等過ぎるわ。
 そんな貴女の事が私はまぁ……好きだけれど、周りにはよく思わない人も居る。気を付けなさい」
アッサム様が私におっしゃられあそばされました。
確かあれは、休日に私がアッサム様のおうちに突撃隣の晩御飯をしたときでした。
泊まるお用意を忘れてきた私を、アッサム様はお泊めにあそばされ下さったのです。
ベッドに二人で入っている時、急にアッサム様がダベり出しました。だから、どういうことですの、と私は伺いました。
「貴女の良いところは沢山あるわ。
 真っ直ぐでひたむきで正直で、努力もしてるし、いつも頑張ってる。そのことは、皆、理解しているわ」
アッサム様は、一つ一つ、お高いチョコレートの箱から悩みながら好きな粒をつまむように、ゆっくりと言葉を選んでおっしゃられました。
「ただ、頑張っていれば報われるとは限らない。
 努力すれば、実るとは限らない。
 夢を持っていれば、いつか叶うとは限らない。
 そう思うからこそ、貴女を嫌う人も居るの」
アッサム様は私の自慢のお髪を撫でながら、言いました。
「アッサム様、私、よくわからんですが、そんなの自分には関係ないと思っていますわ」
私は言いました。アッサム様がこちらを見ています。
「失敗も嫌われるのも、知ったこっちゃないですわ。
 私はみなさんのことが大好きですし、色々しくじっても、こなくそ! クソッタレですの! って、いつも思ってますわ。
 負けるもんか、やり返してやる! って。
 嫌われるのを上書きするくらい、好き好き砲弾ブチかましますわ!」
アッサム様は笑いました。
私は、アッサム様の笑った顔が一番好きです。
普段はあまり笑いあそばされませんが、私と居るときだけ、たまにこうして笑ってくださるのです。
「貴女は……本当に、強いのね」
アッサム様は、優しそうに言いました。

「さ、寝るわよ。おやすみなさい」
「おやすみなのですわぁ」
「……ねぇ、アッサムさまぁ」
「なあに? ローズヒップ。早く寝なさい。夜更かしは肌に良くないわよ」
「わたしは、みなさんのことが、だいすきですわ」
「そうね」
「アッサムさまのことも、だいすきですわ」
「………そうね」
「おやすみなさぁい」
「はい、おやすみなさい」

私は、この学校のことが、大好きです。






892 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:05:49 7DoZa2nM0




   蝶が、好きだった。
   わたしみたいに無口で、臆病で、だけど自由で、どこへでも飛んでゆけるから。


どうして、と呟いた。
弾ける頭を見て、どうして、と呟いた―――どうして、こんなことに?
目の前で泣きじゃくり項垂れる少女を見て、どうして、と呟いた―――どうして、泣いているの?
砲撃の音が聞こえて、どうして、と呟いた―――どうして、街を壊すの?
拷問映像を見て、どうして、と呟いた―――どうして、そんなことが出来るの?
先輩の無残な死体を見て、どうして、と呟いた―――どうして、死んでいるの?
燃える街を見て、どうして、と呟いた―――どうして、思い出を壊すの?
トラップを踏み抜いた自分を見て、どうして、と呟いた―――どうして、私が此処にいるの?
指にナイフを入れる金髪の少女を見て、どうして、と呟いた―――どうして、まだ生きているの?
馬鹿みたいに喚きながら銃口を向ける少女を見て、どうして、と呟いた―――どうして、戻ってくるの?
どうして、どうして、どうして。
……どうして?

丸山紗希は語らない。
聞き上手だ、なんて彼女を知る友人は口を揃えて言うけれど、彼女にとって自分はそんな綺麗な一言で片付けられるような、単純な人間ではなかった。
そもそも、彼女は自分の事を聞き上手だと思った試しは、一度もない。
他人の話なんていつも耳に半分で、暇さえあれば蝶を目で追っているし、彼女は自分に、さして他人から答えが求められていない事くらい、疾うに知っている。
けれども丸山紗希という人間には、他人に伝えるべき意見が無い、という話でもないのだ。
彼女とて一人の人間で、考えている事だってある。当たり前だ。
ならば彼女が無口な理由とは何か?
答えは馬鹿らしいくらい至極単純―――“伝える気がない”だけである。

丸山紗希は語らない。
そう、伝える気がない。しかし勿論、言いたい事も思う事もある。何より彼女は意外と、負けず嫌いだ。
ただ彼女が言うべき言葉を選び伝える前に誰かの意見で世界は廻るし、
答えを考えているうちに、いつだって時間切れになるか、周りの友人が意見を代弁してくれる。
彼女はしかし、致命的にレスポンスのスピードが遅いのだ。
無論、代弁された意見が100点満点でないこともあるが、概ね合致していれば彼女は文句を言わない。言う理由がない。
あまつさえ、彼女は周りの意見に流されがちである。その方が上手く楽に生きてこられたからだ。
他人と争わない。平和が一番なのである。
友達の意見に賛同する生き方を、彼女は不自由だとも不服だとも思ったことはない。
幸いにも友人には恵まれていたし、友人にそれを止める者も居なかった。それが彼女の生き方だったのだ。
そして何より、自分の意見は俗に言う“普通”の意見だし、言ったところで言わない時と結果が変わらない事を、彼女は知っている。
結論。彼女は自分の事を――――――――――――“喋っても喋らなくても一緒”だと思っていた。

丸山紗希は語らない。
喋っても喋らなくても結果が同じなのであれば、語る意味がない。
家電だって足並み揃えて省エネする時代だ。人間もできるならそれに徹した方が良いに決まっている。
だから、やがて彼女は諦めた。
なにかを伝えることも、なにかを真剣に考える事も……そして、なにかに一人だけで向き合う事も。
いろんな事を考え過ぎて凄まじくとろい自分の反応を待たせるくらいなら、最初から喋らない存在として、80点満点の翻訳者を隣に置いた方が楽である。
しかし考えすぎ自体もその文字の如く考えもので、結果として彼女は“他人が私の反応に対してするであろう反応”まで考えるようになってしまった。
彼女の頭の中には、親友が住んでいる。
自分がこうだったらこう、ああだったらそう。親友達を頭の中で動かすのは存外楽しい。
しかしそれでもイレギュラーがある。頭の中の親友が、どうにも私の思った通りの翻訳をしないことが稀にある。
そんな時だけ、彼女は喋る事にしていた。
仕方なくではあるのだけれど、言わなかったが為に負けたくもないし、きっとこの言葉は、言わなければ気付いてくれないのだろうと。
彼女は喋り下手だが、それでも懸命に言葉を選び、思った事を呟くように。
……それが仲間内では“突破口”なのだと評判を呼んでいるので、どうにも彼女自身は解せないのだけれど。


893 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:06:54 7DoZa2nM0
丸山紗希は語らない。
そうこうしているうちに、他人の言う事は話半分に聞いて、それっぼい反応をする事が板に付いた。
伝える気はないのに、そんなことばかり上手くなっていく。
そのうち彼女は知ったのだ。
丸山紗希がどんな反応を示すかは読み取れても、丸山紗希が本当のところ何を考えているのかは、誰にも理解されていないのだと。
人とは、隠された残りの20点で本質ができている。100点満点の翻訳者など、存在するわけがなかった。
“伝えること”と“伝わること”。
その二つの間には、どうしようもないくらいに深く暗い溝があったのだ。
気付いた時には、足がすくみ腰が抜けるくらいに深く長い溝。
橋もないのに、渡れるはずがない――――――――あ。わかった〜だったら橋を作ればいいんじゃないのお??
作る道具なんて、何処にあるのか。なにせ彼女はそこからずっと逃げてきたのだ。
経験も技術も知識もありはしない――――――――逃げてばかりじゃダメでしょ、紗希!
どうして? 彼女は反芻するように問う。
みんなどうしてそんなことを言うの――――――――今更答えてくれる人なんかいるわけないよ、紗希!
どうしたら答えてくれるの? 立ち上がって問う。
頭の中の親友の頭が弾け飛び、親友だった肉屑になって沈黙した――――――――ネットの人に聞いてみようよ、紗希!
どうしたら……どうしたら? 何処からともなく瞬く間に火が燃え広がって、あっという間に死体は火達磨。
煤の向こうで誰かがけたけたと悪魔のような顔で嗤う――――――――自分で考えなよ、バーカ。

丸山紗希は語らない。
今更生き方を変えることなんかできやしない。馬鹿も阿呆も猫も杓子もそうだ。
しかし彼女は叫んでいた。その術を間違えてしまっただけで、確かに叫んでいたのだ。
声は誰にも聞こえなかったかもしれない。それでも確かに口下手なりに叫んで、問うて、泣いていた。
どうして、どうして、どうして。どうして!
嗚呼分かっている、解っているのだ。結局のところ、その疑問の答えなんてものは……。
……だから、生きる事は、少しだけ煩わしいのだと。
しようがないから、彼女はワイヤーに刃を突き立てた。
もういい。自棄っぱちでそう思った。
彼女の頭の中の親友は壊れてしまった。死んでしまった。彼女の街も燃えてしまった。
無くなってゆく、亡くなってゆく、失くなってゆく、喪くなってゆく、なくなってゆく。
“こたえがでないのであれば、しつもんごとぜんぶきえてしまえばいい”。
今までそうやって生きてきた。伝えるのを諦めて、伝わるように振る舞ってきた。
そう、諦めるのだ。簡単な話じゃないか。
だから彼女はいつもと同じように――――――――――――――――――生きることを、諦めた。


894 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:08:04 7DoZa2nM0
丸山紗希は語らない。
目が覚めると同時に、原因不明の大粒の涙が彼女の目からぼろぼろと溢れた。体内から血と水分を絞り出すように。
嬉しいからでも、痛いからでも悲しいからでもない理由知らずのそれは、しかし酷く彼女を困惑させた。
霞む視界に映る空は遠く、気の遠くなるくらいに、遠く。
まるで知らない世界の空みたいに冷たく、太陽も星も、先もない。
震える唇で息を吸った。熱い。爛れた空気が煤と一緒に、乾いた喉に焼きつく。
身体が鉛のように重い。抉れた足と手の指先はそこに心臓があるみたく脈動し、焼鏝を当てられたように痛い。
なにもかもが燃えてゆく、煤に、無意味な塵になってゆく。
お父さんの記憶。お母さんの記憶、小さな頃の記憶。
毎日の日課だった日記、唯一多弁だった紙の上、好きだった国語。
よく読んだ小説、くたびれた教科書、傷付いた鞄、あまり汚れる事のなかった制服。
庭に咲いていた梅の花。お父さんと食べた蕎麦、友達と飲んだ昆布茶、おみやげで貰った中村屋のきんつば。
塗装の剥げた学校の校舎、錆びた自転車、夜の霧、寂れた喫茶店、おじいちゃんが優しかった団子屋。
いつかお参りした神社、赤い鳥居。揺れる木々、土と砂利、砂浜に灯台、あの日歩いた細長い帰り道。
懐かしいもの、新しいもの。
ここはにせもののせかいなのに、
ほんものの、
おもいでが、
ぜんぶ、
きえてゆく。

「……どうして」

丸山紗希は語らない。
だから、縋るように呟いたその言葉でさえ、誰の耳にも届かないのだ。






895 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:09:05 7DoZa2nM0
ねぇアッサム、“ノイズ”って何かしら?
……はい、ダージリン。
ノイズとは、自らの処理対象となる情報以外の、不要となる要素のことです。
単純に和名で“雑音”とも言いますが。
しばしば工学分野の文章などでは……或いは日常的な慣用表現としても、音以外に関しても“雑音”と訳したり表現したりします。
因みに西洋音楽では“噪音”と訳すしますが、これは“騒音”や“雑音”と区別する為です。……ああ、口では伝わりにくいですけど。
また、音以外の信号等におけるノイズの意味で扱っていることも、ままあります。
ノイズといっても一括りに音楽分野だけの言葉ではないのです。
情報の形態や分野によって、ノイズと比喩されるものは多岐に渡ります。

アッサム。参考までに、その例を教えてちょうだい?
……はい、ダージリン。
例えば映像分野では、電波障害や受信感度が悪い時や、古いビデオテープを再生した際に発生する画面の異常、
また固体撮像素子に生じる異常、非可逆圧縮における異常の事をノイズと表現します。
“モスキートノイズ”や“ブロックノイズ”といった表現をすることがありますね。
テレビの場合はもっと簡単に“砂嵐”と言ったりもしますが。
次に電子工学や制御工学では、機器の動作を妨げる余計な電気信号のことをノイズと言いますし、
天文学分野では、観測をする上で障害となる、人工的或いは観測目的以外の、自然的理由で発生している周波数の電磁波のことを言います。
生活や人間関係の分野では、集中を妨げる、或いは判断に迷いを生ずるような他人の言動、社会的圧力のことを指しますね。
そして産業カウンセラー業界では、コミュニケーションを妨害するあらゆるものをノイズと定義しています。
この分野でのノイズはより深く、“物理的ノイズ”、“心理的ノイズ”、“意味的ノイズ”の三種に分類されます。
“物理的ノイズ”は騒音などを指し、“心理的ノイズ”は送り手のメッセージの記号化、或いは受け手側の記号解読を妨害する心理的な原因を指します。
最後に“意味的ノイズ”ですが、これはお互いが共通理解していない表現や言葉のもたらす妨害により、送り手の記号化と受け手の記号解読にずれを生じさせる意味的要因を指します。
あとは、そうですね。
私達に関係するところで言えば、戦車学上でのノイズですか。“パンツァーノイズ”という表現をしたりもします。
確か学園艦設立当時、つまり戦時中の西住流の考え方だったと思います。
最近はめっきり聞かなくなった表現なのですが……ダージリン、知っていましたか?


896 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:10:37 7DoZa2nM0
いいえ、初耳よ。でも興味深いわ。アッサム、続けて。
……はい、ダージリン。
西住流は火力もさることながら、一番恐ろしいのは言わずもがな、その一糸乱れぬ軍隊のような統率です。
統率がなければ火力など如何様にもなるもの。無論それを知る西住流だからこそ、独裁的とも言える教育を徹底したのでしょう。
しかし、働きアリの法則と言う言葉もあります。統率が取れているように見える隊にも、必ずいつかは綻びが出るものです。
隊の規律を乱す者や、命令に背いた者、少しでも隊の中で動きが悪い者、これらを纏めた当時の言葉が“パンツァーノイズ”です。
戦時下ということもあったのでしょう、本当かどうかはわかりませんが、こんな話もあります。
当時はそのノイズを取り除いて正しく軍靴の音が揃うようにするために“調律していた”……だなんて。
履く人間が動かなくなれば、軍靴の音は二度としませんからね。
ええ勿論、証拠など今となっては何処にもありません。
しかしそういった歴史的背景から、戦車道においての“ノイズ”という単語は、少なからずネガティヴな意味が裏にあります。
ですから、きっと時の変遷につれ廃れた言葉なのでしょう。

それから、ダージリン。ここからは私の想像をもとにした意見……余談です。
今の戦車道は、乙女の嗜みと謳い戦車道をブランディングし、意図的に競技人口を増やすように印象操作していると、私は思います。
過去のネガティヴなイメージは一切語らず、華やかなイメージだけを生徒に伝える……。
花道と茶道に、戦車道? 少し考えれば、並べるのはおかしいと誰にだってわかるのに。
国内では西住流は自衛隊などに効率的に人間を送り出し、島田流はその裏側で人間を利用している。
国外では留学とは名ばかりの外交道具。上と繋がるための駒と、もしもの時の人質。平和の為のお人形さんです。
プラウダの留学生も、実際、父がスペツナズ出身の元将校だと聞きました。スパイの可能性だってあり得る話です。
もしかすると、“パンツァーノイズ”だって、私たちが知らないだけで、今でも――……。

ストップよアッサム。戦車道は戦争じゃあないの。
まったく貴女のデータ至上主義ったら、鬼気迫るものがあるわね。あまりそっちに偏るのも、どうなのかしら?
……はい、ダージリン。
しかし、本当にそうでしょうか。言葉を返すようですが、情報は嘘を吐きませんよ。
“人と違って”。


897 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:12:03 7DoZa2nM0
あらアッサム、私が嘘を吐いたことがあって?
……ふふ。さぁ? どうでしょう?
ところでダージリン、先程私がノイズに関して一つだけ嘘を吐いたのは知っていますか?
戦車学上でのノイズなんて、本当は存在しないのですよ。全部私の作り話、ブラックジョークです。
しかし、私は確かにデータ主義。
情報という面において、こと聖グロリアーナの戦車道履修者の中に、GI6でもある私を疑う生徒は一人も居ません。
従って私の嘘は、嘘だと気付かれる事なく、流布されます。つまりその瞬間は“真実”になるのです。
逆に言えば、“嘘”だと言ってしまえば、それは真実であろうが、“嘘”に裏返ってしまう。
情報操作とは詰まるところ、そういうこと。
ダージリンも、くれぐれも気を付けて下さいね。人とは、少なからず嘘を吐く生き物なのですから。
しかし、バイロンが言ったこんな格言もあります。
“嘘とは何か。それは変装した真実に過ぎない”―――嘘とは、煙が無い場所には決して立ち得ません。
さて、では“パンツァーノイズ”の話は、果たして嘘か本当か、真実はどちらでしょうか?
そうこれこそがGI6の本領……ダージリンも、西住流や島田流の黒い噂……聞いたことくらい、あるのでしょう?

……。……覚えておくわ。ところでアッサム、“道理は全てを支配する”。これは貴女の座右の銘でもあったわね?
……はい、ダージリン。
但し、少し訂正すると私だけではなく、GI6の基本理念でもありますが。
道理とは物事の正しい筋道、人として行うべき正しい道のことです。
中世では一種の法的や思想的な意味をもつ流行語としてさかんに用いられたという記録が残っています。
最も有名なのは北条泰時の“道理好み”でしょうか。
泰時は、御成敗式目立法の基本理念を“ただ道理のおすところ”と表現しました。
彼に限る話ではありませんが、中世の裁判で自己の主張、或いは判決の正当性を理由付けるために用いられた道理は、
法的なものや慣習的なもの、そして道徳的なものばかりです。


898 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:13:09 7DoZa2nM0
成る程。因みにアッサム、その道理は、嘘を吐くことを是としているの?
……はい、ダージリン。
場合によっては法規範や道徳規範と矛盾する道理もありえます。
その時点やその場面にしか通用しえない、心理的且つ感性的な道理も存在するのです。
何故なら、私が言うのもなんですが、クレバーなだけのロジックシンキングのみでは、革命はできません。
ロジックでは語れないアートシンキングによって、新しいものは生まれ、仕組みは作られ、世界は変わってきました。
それによる弊害も……現に私達はそのロジカルではないしがらみにより、満足な車輌編成が出来ていません。
しかし一方で、私達も優雅な戦い方や、紅茶の嗜み、そして車輌編成的には無理のある浸透突破に固執しています。
ロジカル・アート論ではその点において大小の差はあれど、どんぐりの背比べとも言って良いでしょう。
長くなりましたが、従って答えは、是。
道理とは、他人に嘘を吐く事すら許容する、そんな個人の心に寄生する酷く曖昧なものではあります。
が、一つだけ確かなことがあります。

その一つだけの確かなモノって、何かしら?
……はい、ダージリン。
誰かに嘘を吐いても、自分にだけは嘘を吐かないこと―――――――――――たった、それだけですよ。






899 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:14:02 7DoZa2nM0
え? ああ、そうですねえ。結論から言うと、私は、撃鉄を鳴らしました。
アッサム様からの御指示があったので、必死に這いずり回っていたあの二人目掛けて、撃ったのです。
さて……ではここで問題。それがどうして、私は今、大の字になって空を見ているのでしょうか?

“殆どの戦いの勝敗は、最初の一撃が撃たれる前に既に決まっている”―――ナポレオンですね。

「貴女は、どうなりたいの?」ダージリン様は昔、私に言いました。
「わかりません」十秒ほど考えて、私は答えました。

迷ったわけではありませんし、本心を言いたくなかったわけでもありません。素直に判らなかったのです。
どうなりたいか? 即ちそれは来年の事を喩えているのだろうと、それくらいは私にだって理解できました。
しかし、ダージリン様が去った後。そんな事、考えられるわけがありません。
だってついこないだまで、私は中学生だったんですよ。
未来の私がどうなっているのかなんて、私は今を生きているだけなので、さっぱりわかりません。
そんなこと、考える余裕なんて……。
でも、一つだけ。
私は、時期隊長には、ルクリリ様が向いていると思っているのです。

“暴力は、弱さの一つの形である”―――ドミニク・ロシュトーですね。

「いいですわね、ダージリン様のお戦車のお砲手を務めさせて頂け遊ばせるなんて」ローズヒップさんが滅茶苦茶な敬語で、練習試合の時に言いました。
「いいえ、これでも気苦労ばかりなんですよ」私は苦笑しながら応えました。

きっとローズヒップさんは嫌味ではなく本心で言ったんだと思います。あの方はそういう人です。だから苦手なんです。
私にとっては、クルセイダー隊を任されている貴女がどれほど羨ましくて、呪わしいか。
私は、ただダージリン様に可愛がって貰っているだけなのです。
その“だけ”が周りから羨ましがられることも、疎まれることも、理解していますが。
だから、裏でなんと言われていようが、私には関係無い。
私はただ、ダージリン様に任されたことに、期待されたことに、全力で応える。それだけですから。
その為なら、分厚い格言集だって買って読みますよ。
それであの人になれるなら。それであの人を、超えられるのなら。


900 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:16:08 7DoZa2nM0
“戦いには、どんな犠牲を払っても、必ず勝たなければならぬ”―――太宰治ですね。

「貴女は、月夜ばかりなのよ。それが良いところでもあるけれど、悪いところでもあるの」アッサム様があの日、帰りの船の上で言いました。
「月夜、ですか?」私の問いに、アッサム様は答えませんでした。

聖グロリアーナは、政治色が強い高校です。
マチルダ会、チャーチル会、クルセイダー会。この三大OG派閥が、聖グロリアーナの戦車道を支配していると言っても過言ではないでしょう。
資金援助をして頂いているので悪い事も言えませんが、それらの派閥は、現役の私達の車両編成までもを圧力で操作してきているそうです。
そうですというのも、実際にOG会と対面できるのは隊長だけ、という暗黙のルールがあるからです。
私が名前すら知らない先輩方へ、ダージリン様は単身、毎回戦術から編成まで、会議で報告相談しています。
そして場合によってはシナリオを全て変えられてしまうのだと、噂で聞きました。
現役の試合にも関わらず、いってみれば部外者のOG会を忖度しなければならない苦悩は、計り知れません。
しかし私はたまに思うのです。
コメットやブラックプリンスまでではないものの、クロムウェルを導入したダージリン様は、OG会に対して、一体、どのような禁じ手を使ったのでしょうか、と。

“世の中で、最も良い組み合わせは力と慈悲、最も悪い組み合わせは弱さと争いである”―――ウィンストン・チャーチルですね。

「私のことや周りの口は気にするな。ひがむ奴はひがませておけ。私は、お前を認めてるよ」ルクリリ様が私の肩を叩きながら言いました。
「ルクリリ様。私は……」“貴女が隊長になるべきだと思っています”。続くその言葉を、私は言えませんでした。

ルクリリ様は少しドジですし言葉遣いも荒いのですが、とても面倒見が良く、周りを笑わせるのも上手で、人望があります。
内向的な私とは、それはもう雲泥の差です。
思うに、私は上に立つタイプの人間ではないのです。誰かのサポートや右腕が、一番私には似合っている。
ダージリン様の様に人を使ったり、裏表を使いこなしたりは、私には出来ません。
それになにより、私はどちらかと言えば人見知り。ルクリリ様の方がよほど皆から好かれています。
ところで、何故、あの時私は続くはずだった言葉を言えなかったのでしょうか?
何故、言いたくなかったのでしょうか?


901 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:16:59 7DoZa2nM0
“人生において、諸君には二つの道が拓かれている。一つは理想へ、他の一つは死へと通じている”―――シラーですね。

「オレンジペコさん、好きな戦車はなんですか?」ニルギリさんがある日、尋ねてきました。
「センチュリオンが好きです」私は素直に答えました。

嘘をつきました。本当は、クルセイダーが好きです。
咄嗟の嘘でした。ダージリン様がセンチュリオンが好きと言っていたから、出てきた言葉でした。
どうして嘘をついたのかと言えば、きっと、クルセイダーはあの人が乗っているからです。
あの人は……ローズヒップさんは、私と同じ学年ですが、クルセイダー小隊の隊長です。
バニラさんやクランベリーさんを下につけて立派に戦っていますし、私なんかよりよっぽど人望があります。
私はローズヒップさんが苦手です。うるさいし、落ち着きがないし、マナーだってなってない。それに、まっすぐ過ぎて少し怖い。
だけど、何故でしょうか。時折、私はあの人の事が羨ましくなるのです。
そして私が好きな花は、オレンジバラ。花言葉は“無邪気”です。
あの人の方がよっぽど無邪気なんだから、ははは。本当に、笑っちゃいますよね。

“私は辛い人生より死を選ぶ”―――アイスキュロスですね。

「ああ、そういえば、最後に……紅茶は鮮度が命なんですよ」私の声で、誰かが言いました。

一度空気触れてしまったものは、酸化して風味が劣化していくばかり。
あとは日光にも弱いんですよ。眩しい太陽に当てられた紅茶は、風味を失ってしまうんです。
では、それでは皆さんここで、二つ目の質問です。
ソーサーは三つ。ティーカップは四杯。簡単な椅子取りゲーム。
イングリッシュ・ブレックファスト・ティー。知ってますか? 茶葉をブレンドし過ぎると、濁って不味くなってしまうんですよ。
さて、そうすると、弾かれる紅茶はどれでしょう?

“自殺する力を持てる者は幸福なり”―――アルフレッド・テスニンですね。

……答え合わせは、しませんけど。






902 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:18:26 7DoZa2nM0
鳥の話をしよう。

タシギ、という鳥がいる。
普通に生活していれば、特に名前を耳にしない鳥だ。
漢字では田鴫と書き、その名の通り、水田でよく見かけるのが由来と言われている。
尤も、今の時代は水田で見かける事は少ないらしいが。
群れになる事はごく稀で、誰かに似て一匹狼のような性格なのか、単体でよく見かけるらしい。
らしいというのは、私はタシギを見たことがないからだ。
タシギ自体が臆病な性格で人の目に触れにくいということもあるが、なにより私が数年間学園艦で過ごしてきたことが大きい。
巨大な学園艦は実質陸のようなものでこそあるが、あくまでそれはみてくれ、上っ面だけだ。
船の上で独自の生態系を築くまで環境がしっかりしているわけではない。
どこまでいこうが、学園艦は船の枠からははみ出せない。
艦の上にいる鳥など、種類がせいぜい片手で数えられるくらいには知れている。なにせ、まず鳩や鴉が居ないのだから。

あとは地元が、長崎の佐世保市だった事も影響しているかもしれない。
家の周りには、お世話にもあまり大自然と呼べるものがなかった。
そもそも興味もなかった。バード・ウォッチングなんて私のキャラじゃないし、したいと思ったことすらない。
私は鳥類なんかより、爬虫類のほうがずっとクールで好きだった。そういう人間だったのだ。
そんな私がタシギの事を知るのは、遡ること数年前。サンダース大学付属高校に入学した時のことだった。

タシギは全長250mmほどの小柄な鳥だ。
ベージュと黒が混じった羽毛は迷彩の機能もあり、夜に採餌する臆病な性格も合わせて、非常に捕獲する技術が高く必要とされると言われている。
すらりと伸びた嘴がちょっとしたチャームポイントだ。
私は鳥があまり好きではないけれど、その長い嘴だけは不思議と好きになれた。
今思うに、きっとそれは自分の愛機の砲身にその形状が似ているからだろう。
長鼻と揶揄されたりもするが、ファイヤフライはそこがキュートだろ?


903 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:19:00 7DoZa2nM0
……何が言いたいか? オーケイ。要するに、これはスナイパーの話だ。
猟銃がまだ発達していない頃、タシギ猟は高度な技術を要したそうだ。
今でこそ鳥を撃つ技術などさほど要らないが、当時はかなりの猟師泣かせだったらしい。
タシギがそれほどまでに猟師を難儀させたのは、種として臆病な性格だからという理由もあるが、一番はその視野の広さにある。
驚く事なかれ、タシギの視野はほぼ360度。
後方から迫る敵に対しては、故に特に素早く反応できたのだという。
さて、英語でタシギは“common snipe”と言う。
当時はタシギ猟の優秀な鉄砲撃ちの事を、その名前からsniperと呼んで讃えた。
スナイパー。
それが転じて、遠距離狙撃手の事をそう呼ぶようになったというわけだ。

戦車道におけるスナイパーの役割は幾つかあるが、高校戦車道では、公式試合に多いフラッグ戦を基にして考えられる場合が多い。
隠密・潜伏・狙撃。
この三要素は、殲滅戦の場合こそ脅威になるが、いかんせんフラッグ戦の場合はそうとも言えない。
自分が潜伏しているうちにフラッグ車がやられた、なんて事になっては元も子もないからだ。

しかしこの“ゲーム”は、幸か不幸か“殲滅戦”だった。
だが、それもいつもとは勝手が異なる。この殲滅戦には戦車が存在せず、チームが組めるのだ。
さしずめ、3人チームによるサバゲ的変則殲滅戦……とでも言うべきか。
ならば“この殲滅戦”において最も大事なものとは何か―――私が思うに、それは武力ではない。“情報”だ。
誰が死んで、誰が生き、何処に居て、何に重きを置いた人物か。
持っている武器は何か。リーダーは誰か。戦車道のポジションはなんだったのか。趣味嗜好、性格、交友関係。
辺りには何があるか、地形はどうか、死角は何処か。

プラウダのブリザードは、地の利と人間関係を上手く使って、遠距離型の攻めでキルスコアを稼ごうとしていた。
やや回りくどさもあったが、スナイパー的な立ち回りだったと言える。
しかし彼女は、前のめりなきらいがある。
彼女の宗教である地吹雪が絡んでいるからだろうが、このままではいずれ待つのは“死”。
スナイパー的とは言ったものの、それはあくまで前衛がいてからこそ、捨て駒や大将が居てからこそだ。
彼女の派手な立ち回りは、前衛的過ぎるのだ。
それは彼女がある種の全てに泥を塗り蔑ろにしているような、酷く利己的な人間だからだろう。
詰まるところが、彼女は、ブリザードのノンナという人間は――――――自分の神様が生き残れば、あとは自分も他人も大将自体の意思も、全てどうでもいいのだ。


904 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:20:03 7DoZa2nM0
だが……ノーウェイ。それではダメだ。
戦争は、宗教からこそ産まれど、しかし信仰だけでは勝てないのだから。
踏み絵で止まる足など、私には要らない。いいや、まずそれ以前に、私はそこまでは出来ないのだが。
それに私は生憎、盲目なキリシタンではなく、あくまで一人のスナイパーでありたいと思う。
生きる為にタシギを狩る人間がスナイパーと呼ばれたように、私は生きる為に敵を穿つ。

死ぬ為でも、生かす為でもない――――私“達”サンダースが“生きる”のだ。

だから私は、徹する。
だがさっきは、頭に血が上りしくじってしまった。
どうにもまだ甘いのか慣れていないのか、自分の方針にブレがあるが……もうブレない。
仕留め損ねた奴らを早いとこ殺して、再び“隠密”と“潜伏”だ。“狙撃”は期を待つ。
隊長と合流するまでは、“潜伏”すべきだろう。

それに、この町もやがて日が落ち、夜が来る。
電気のない町、海霧、悪天候……目を奪われるのはお互い様だが、スナイパーの方がアドバンテージは高いはずだ。
情報を集めながら、奴等を処分して隠れ蓑を見つけるしかないが……さっきのミスがある。
もし拡散されでもしたらヤバイ。そうするとホテルかタワーに罠を張って籠城一択、隊長を待つしかなくなる。
改心したふりで取り繕ろえる可能性はあるが……相手は戦車道履修者だ。
西住妹やパスタ高校のお気楽隊長のような、よほどのお人好しでなければ、厳しいかもしれない。

しかし……私の獲物がいかんせん心許ないのが問題か。
早い話、こんな時代遅れのライフルでは、オートの現代拳銃には中・近距離で勝てないのは明白だ。
手っ取り早く近接用の銃を手に入れるには―――やはり早くあいつらを殺すしかないか。
けれども、だ。
私達に持たされた獲物は、所詮扱いに慣れない武器……見た目は恐怖に値するが、素人の人間が果たして人を撃たずにその銃の癖が分かるだろうか?
否、私だって何度か撃って漸く癖を把握した。初めて乗る戦車と同じに、人殺しにも慣れが必要である。
それに散弾でもなければ、銃などそうそう当たるものでもない。
だから動き回り方によっては、ライフルとナイフがあればなんとかならなくもない、ないのだが……。

……ここは楽観はやはり避けるべきか。
ならばオーケイ、やっぱり奴等をまずは消す。情報漏洩をシャットダウンするのが先決。
ブリザードのやり方もなかなか尖っていてクールだが、これはハリウッドスターが出るアクション映画なんかじゃない。

私はスナイパー。その役割は、いつだって裏方だった。






905 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:21:56 7DoZa2nM0
何かが壊れる音がした。

銃声。空気を強い衝撃が伝わって、
《生徒諸君。約束通り、放送の時間です。各自スマートフォンは故障していないですか?》
私の鼓膜を横から乱暴に殴りつける。きいん、と鼓膜のハウリング。

空をつんざくような異音。何かが私のすぐ側を猛スピードで走り抜けた。
《それは皆さんの生命線です。この放送も、そのスピーカーを通して行われるのですから》
視界の隅に、墨を数滴垂らした牛乳のように濁った空が見える。少し肌寒い。

目眩のするような白濁とした景色、まるで煙管から立ち上る紫煙のよう。
《そして今回は“プレゼント”も幾つか用意しました》
火柱が両端から登る。赤。私が指を抉ったあの子の血のように。赤。墓地に咲く彼岸花のように、首を落とす牡丹のように。赤。

弾丸、真っ黒な、夜空を塗りたくったような暗く淀んだ弾。軌道が逸れる、スローモーション。
《ゆめゆめ、肌身離さないようお願い致します。 ……さて、状況にはそろそろ慣れましたか?》
人に向ける威力のそれではない、当たれば死だ、避けるのは間に合わない。どうする、どうする。

“ノイズ”が身体を走った。ダージリンのことをふと思い出す。弾は幸い、私の横を通り過ぎて、
《このゲームが夢では無いことを理解しましたか?》
着弾。ぼん。地面が爆ぜる。黄色い閃光、爆音、叫び声。私と、もう一人。……誰?

ノイズの正体は、果たして放送であった。ルールブックに載っていた。定刻である。
《私の声を耳に注ぎ、理解する程度に頭の回転は保たれていますか?》
否、と答える。保つのは正気だけで手一杯だ。油断したら、それすら吹き飛びそうだ。

「オレンジペコ!? 貴女なの!?」私は叫ぶ。
《1回目ですから、再説明をいたしましょう》
トランシーバーから返事はない。「どうしたの、ペコ!?」無音。嫌な予感。

彼女以外に居まい。オレンジペコが撃った弾丸。私とローズヒップを掠めて、
《皆さんも知っての通り、この放送では、脱落した者達の名前と》
遠くへ着弾した弾丸。真っ直ぐ地面を抉った、アスファルトに穴。暗い穴、焦げた土。

手元が狂った。そんなはずはない、あの子は優秀だ。動揺。冷や汗が背筋をどろりと伝う。
《これから三時間おきに設置される》
ならば、誰に向けて。私達を狙ったとでもいうの? 疑問、回答者は無し。オレンジペコからの反応、無し。

―――ローズヒップを狙ったのではないか? 予想。かぶりを振って、その考えを否定する。
しかし、嫌な予感はいつだって当たるものなのだ。
着弾地点。一瞥。抉れたアスファルト、砕けて赤錆色の異形丸棒が剥き出しになったブロック塀、爆ぜた木片。
《禁止エリアについての発表を行います》
それらの破片は私達に当たらなかった。運が良かっただけである、確率は低くはなかった、凡そ45%。……体に戦慄が走った。

トランシーバー。黄緑のLEDランプが点灯している、感度は良好。ローズヒップが当惑した表情で私を見る。
《さて、皆さんは友人の安否が気になっているところでしょう》
私はそれに対して、らしからぬ曖昧な表情を返す。ねえお願いよこっちを見ないでその目をやめてローズヒップ。

空に鴉が飛んでいる。カァ、カァ。何かを馬鹿にするような鳴き声。トランシーバーから荒い息が聞こえる。
《しかし、禁止エリアから放送するのが伝統のようなので、》
生唾を飲む音。「ペコ?」当たり前のように返事がない。

黒く淀んだ煤が舞う。まるで鴉の羽根のよう。白い空に黒い煤、モノトーンの世界。
《まずはそちらから発表します》
禁止エリアの発表。今更その重要性に気づく、メモ帳を慌ててポケットから出す。肝心のペンが無い。軽い舌打ち。

「アッサム様ぁ」ローズヒップの間抜けな声。今は話しかけないで。トランシーバーからオレンジペコの呼吸音。
《無論一度しか発表しませんから、命が惜しい生徒諸君は発砲をやめ》
「ペコ、大丈夫?」返事はやはり、ない。胸の奥で誰かの舌打ち。苛立ちを隠せない。

ペンを内ポケットから出す。慌てていたので、手から滑り落ちる。掌が汗ばんでいる。
《よく聞いておくように》
カンカン、カン。アスファルトとグレーチングをペンが跳ねる音。頭がそのリズムに呼応するように、ズキズキと痛んだ。

顔を逸らす言い訳をするように、拾う。ふと見えてしまったローズヒップは酷い顔をしていた。
《それでは、禁止エリアを発表します》
拾った時に、サンダースと大洗、二人の顔が髪の隙間から見えた。当然、まだ気絶している。黒い渦が頭の奥でうねっている。


906 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:23:43 7DoZa2nM0
震える指先、縺れる足、放送だ、メモを、ペンを走らせなければ。言い聞かせるように思う。
《午後1時よりD-4、》
分水嶺、分水嶺。ペコの荒い息がトランシーバーから、止め損ねた目覚ましのスヌーズアラームのように続いている。前頭葉の奥が痛んでいる。

紙にインクを走らせる。立ったままでは上手く文字が書けない。嫌気がさした。背中に視線を感じる、ローズヒップが私を見ている。
《午後2時よりE-4、》
体の内側から音がする。心臓の鼓動、私はまだ動揺していた、さァここで質問ですアッサム氏、動揺しているのは何故ですか?

“情報は、戦場で生き残る上で最も大切な要素である” GI6でまず最初に教わることだ。
《午後3時よりE-5、午後4時よりE-7、》
“逆に最も不要なものが、なにかわかるかしら” これは通過儀礼のような、お決まりの質問らしい。

“わかりません” 当時、確かそう答えた。碌に考えもせずに。
《午後5時よりC-3、》
“感情よ。同情も、激情も、全てを滅しなさい” 先輩は言った。
“はぁ。感情、ですか?” 私は訊く。

“どんな状況でもティーカップの紅茶を零さないようにとは、つまりそういうことなの”
《午後6時にD-3》
……だから、いつものように、大洗の生徒を殺した。私の手は汚れている!



あァ、ああ! この状況の打開率は、8%――――――言い訳が、見つからない!!



咄嗟にローズヒップの手を、取る。取ってしまってから、少しだけ後悔した。ローズヒップが小さく叫ぶ。
《60分おきに追加、計6エリアとなります。D-4に居る生徒は、急いだ方が身の為ですねえ……》
振り返って、縺れるローズヒップの足を無視して、走る、走る、走る。近年稀に見る頭脳派の全力疾走。
何はともあれ、私は迷わず、この場からの撤退を選んだのだった。

逃げ場なんてどこにもない。そんなことはいちいち指摘されずとも知っている。私は頭が良いのだから。
《なお、地図アプリでは、時間が来て禁止エリアとなった部分は赤くなります》
……火が回れば、気絶している二人は放っておいても死ぬはずだ。だから、大丈夫、だいじょうぶ。

思い出せ、優先すべきは、何かを。そう、聖グロリアーナという組織である。個ではない。
《次に、死者の発表をします》
故に、我々のうち誰かが欠けようが、それはさしたる問題ではないのだ。……死者の発表?

ローズヒップが走らされながら呻いている。私が怖いのだろう、理由も言わず言い訳もしない私が。当然だ。
唐突にいきなり腕を握って、この状況の説明もせずに走るのだ、怖くないはずがない。
《死者は計13名》
13人。その数を冷静に反芻する。たかが半日で13人とは尋常ではない。驚異的かつ悪魔的なスピードである。

「ペコ! 見えてるとは思うのだけれど、今、移動してるわ! ペコ、聞いてる?」
トランシーバーに口を当てて叫んだ。
《過去と比べてとても優秀ですよ、皆さんは!》
ゆうしゅう……優秀? はい?

何が? 戦車道が?? 優秀??? 優秀ですって????
《素晴らしいペースです!》
素晴らしい? 馬鹿を言え。
ペコは返事代わりに、荒い呼吸を寄越した。嗚呼、最早私のチームは機能していないらしい。

こんな時、ダージリン、貴女ならどうする? ペコとの会話の成立を諦めて、走りながらトランシーバーの電源を切った。
息が上がっている。肺が痛い。頭脳派の人間に長距離走は向いていない。
《よほど、他校の人間が憎いと見える……》
憎い? 私は自問した。違う。そうではない。生きる為だ。
いきるためにはしかたがなかった……ふふ。まるでドラマの殺人鬼の言い草。

角を曲がって家と家の隙間へ身を隠すと、足を止めて、ローズヒップの手を離した。ちらりと背後を見る。あの二人はもう見えない。
《死者の名前は、》
ししゃのなまえ。乾いた舌の裏側で言葉を転がしながら、メモとペンを出す。

ローズヒップが震えながら耳を塞いでいる。背中ががら空きだ。
黒い感情が喉元まで上がってくるのを飲み込み、肩で呼吸をする。
《五十鈴華》
県立大洗女子学園。2年生。華道家元五十鈴家の娘。Ⅳ号D型の砲手。
命中率が極めて高い要注意人物の一角。あの能力を銃で発揮されたら、たまったものではない。死んでくれて助かった。

ローズヒップの首が、白い肌が、薔薇色の髪の隙間から見える。生娘の綺麗な肌。
《磯辺典子》
県立大洗女子学園。2年生。八九式中戦車甲型車長及び装填手。
大洗女子でも屈指の練度を誇る八九式の統率力は脅威だった。
この殲滅戦ではカリスマ性もモノを云う。戦わずして脱落して貰えたのは有り難い。


907 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:25:03 7DoZa2nM0
生存枠は三人。選択せねばならない。だが簡単だ、この白い首に手を回してしまえば全部解決するのだから。
《近藤妙子》
県立大洗女子学園1年生。八九式中戦車甲型通信手及び機銃射手。バレー部の戦力の一人。
体力のある選手はサバイバルでは脅威だ。早めに落したい人間だったので、勝手に居なくなってくれて非常に助かった。

だから、首筋に後ろから手を回す。私の指は震えていた。怖い、恐い、こわい。
嗚呼なんということだ、私は人を殺すのが怖いのだ!
《カエサル》
……カエサル。脳裏に焼きつく死体、血、内臓、背骨、脳漿、……県立大洗女子学園2年生……。
……Ⅲ号突撃砲F型……装填手、チームリーダー……私達が奪った命。……今から奪う命……私には……。

「嘘ですわ。こんなのっ……」ローズヒップが不意に呟いた。声が酷く震えていた。
汗だくの私は、堪らず首を締めようとした手を誤魔化すように、彼女の体をひしと抱く。
《山郷あゆみ、》
県立大洗女子学園1年。M3中戦車リー主砲砲手。

汚れた手で、貴女を殺そうとした手で、ローズヒップの体を強く、強く抱き締める。
「ローズヒップ、大丈夫、大丈夫だから……」
ローズヒップが涙を浮かべたまま頷く。この子は何でも言う事をきく。

出来ない。そう思った。私には、この子を殺すことなんて出来ない。
ねえオレンジペコ、だから貴女も弾を外したのでしょう。
《園みどり子》
県立大洗女子学園3年。ルノーB1bis、車長及び副砲装填・砲手。視力2.0。
偵察に向いていたが、彼女はあの場で声を上げるくらいには、本当の戦争を知らない熱血馬鹿な阿呆だった。

私は何をメモしているのだろう? 死者の名前を横線で一つ一つ丁寧に潰しながら思う。定規があればもっと綺麗に消せるのに。
びゅうびゅう、海風が吹く、骨の芯まで染みるような冷たさの風が。……汗ばんだ肌が気化熱で冷えて寒い。
《後藤モヨ子》
県立大洗女子学園、2年。ルノーB1bis、操縦手。
彼女は一番哀れだった。自らの敬愛する車長があれだけの目に遭ったのだ、気を違えたとて何らおかしくはない。
そして悲しいかな、彼女には特別評価出来る情報もない。この殲滅戦で死ぬべくして死んだ被害者と言っていいだろう。

ローズヒップがこちらを見上げた。私は思わず目を逸らす。
《カルパッチョ》
アンツィオ高校2年、セモベンテM41装填手。アンツィオの古株で練度も高いが埋もれてしまっている人材。
この死者発表はどうやら学校順らしい。
彼女は素行の悪いアンツィオ連中の中では一番賢しい生徒だった。頭の回る人間が落ちるのはこちらにとって大きな利だ。

《カチューシャ》
息を飲む。プラウダ高校3年、隊長。T-34/85、車長。
言わずもがな、黒森峰の栄光に泥を塗った実力者だ。僅か半日で彼女ですら落ちるのか。
私達とは何度もお茶会で紅茶を飲み交わした友であり、強敵だった。
それがこうも呆気なく……これで、間違いなくあの副隊長が“狩る側”に裏返るだろう。


908 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:25:48 7DoZa2nM0
「ごめんなさい、ローズヒップ」頭を撫でながら、無意識に謝る。
ごめんなさい? 何が?
《西住まほ》
はたと手が止まる。にしずみ、まほ、だって?

……そうだ、これは戦争だった。
まず落ちないと思っていたはずの黒森峰の隊長の名を聞き、私は改めてそう思った。
頭を潰された学校は、翼をもがれた鳥と同じ。そうなれば後は調理を待つ生の食材と変わらない。
もしくは頭を奪われた群れによる、数の暴力という報復合戦が始まるかだ。

正義とは何だ。
そこまで考えて、ふと頭をそんな疑問が過ぎる。
正義とは、何だ?

煤、煙、火。勢いがない。港町の湿気った空気では、火は広がりきらない。
雲の切れ間から僅かに太陽が覗く。網膜を射るような鋭い光が眩しい。風が吹く。髪がなびいた。
《赤星小梅》
黒森峰女学園2年。パンターG型車長。西住流に隠れてはいるが、彼女も一流の選手だった。

炭になった家屋が見える。その奥で、知らない人形が残火に歪んで燃えている。プラスチックの焼ける臭いが鼻腔をつんと刺す。
《西絹代》
―――――――――――――――――ガシャン。音が鳴る。

肩がびくりと反応する、弾かれるように隣を見た。
僅かに見えていた太陽が、ゆっくりと雲間に消えてゆく。世界に影が落ちた瞬間だった。
ローズヒップの持っていたスマートフォンが、アスファルトの上で沈黙している。液晶画面に蜘蛛の巣のような放射状のヒビが見えた。
《アキ――――おや?》
私の視界がローズヒップの顔を捉える。悲壮感に満ちた、なんとも形容し難い険しい表情。こんなローズヒップは初めて見た。

ローズヒップは呻くように蹲っている。掌から流れる涙、初めて聞いた彼女の嗚咽。困惑。
「ローズヒップ?」
嗚呼、私の理解の外で、
《皆さんはやはりとても優秀だ》
何もかもが、等しく壊れ始めている。

ざざぁ。トランシーバーの電源が付いた。緑の光が再び点灯する。
オレンジペコからの応答願いだった。タイミングがすこぶる悪いことに苛立つ。
「どうしたの、ローズヒップ」
《今、新たに一人の死亡を確認しました》
呼びかけにローズヒップは答えない。辺りには嫌に生暖い潮風が吹いている。

「……知波単の隊長と、会ったの?」
100点満点中、自己評価4点。言葉を選べない自分を殺したいくらい情けない。
《新たな死亡者はクラーラ……》
プラウダの留学生。T-34/85車長及び砲手。ねえ私はこんな時くらい他ごとを考えないことは出来ないの?

ローズヒップが頷く。私は彼女の背を優しく撫でた。私だって慰めることくらいできる、淑女なのだし。
《訂正しましょう》
ああ良かった。我が校は誰も脱落していない。

トランシーバーからペコの息遣い。仮にダージリンが死んだら、果たして私は皆を導けるだろうかとふと思う。
《死者は計14名です》
ローズヒップが私に抱き付いて咽び泣いている。三歳児のように大口を開けて、鼻水を啜って。

ああ、こんなでは、誰かがこの子の心につけ込んで利用することなんて、
《なお、うち、自殺者は1名。その他は全て他殺です》
信じてもらうことなんて……。


909 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:26:56 7DoZa2nM0
「ごめんなさいローズヒップ、さっきの状況を説明しておきたいの」
私は自分の思考を遮るように、言った。口だけでは到底説明がつくとは、思えないけれど。
《ああ……今、いいことを思いつきました》
いいこと。ローズヒップへの慰め? あの二人のうまい処理の仕方? オレンジペコへのフォロー? 私も出来るなら思いつきたいくらいだ。

「私は、ペコとチームを組んでいるの」
《この放送が終わったら、死体の名前と場所を皆さんのスマートフォンへメッセージとして送りましょう》
……酷いことを考えるものだ。

暑い。汗が額から吹き出す。潮風は冷たいが、体温が異様に高い。
「……あの、……」
舌がもたついている。
「……。……あの二人は……私を襲おうとしてきて……」
《さよならを言いたい人も居ることでしょうしね》
嘘。

どうして、ここまで無理をして嘘を言う必要があるのだろうか?
こんなことをしたところで、ルールは変わらない。生存できるのは最大3人。椅子取りゲームはもう始まっているのに。
《まあ、死体が消し飛んでいるものなんかもあるようですから》
ローズヒップが私の言葉に顔を上げる。赤く腫れた瞼、濡れた瞳、私を上目遣いで見ている。

目の中で光がちかちかと瞬くように揺れている。電車から見る、どこか知らない都会の街のよう、儚くて今にも壊れてしまいそうな光。
「だ、だから……」
それを手で掬うように、蛍を優しく掌の中に仕舞うように、私は慎重に口を開く。
《体が綺麗に残っているだなんて保証は》
しかし、意に反して空回りする口、おかしな呂律。

目が泳ぐ。視線が地面を滑る。汗が浮かんでくる。
《どこにもありませんがね》
およそ真実を語るような面構えではない。ねえ嘘は得意だったはずでしょう?

何かがどんどん汚れていく。
殺そうとした仲間へ必死に嘘をついて取り繕う自分は、世界一惨めな存在だと思った。

全身から噴き出した冷汗。肌にまとわりつく下着。気持ちが悪い。
《ははは》
「だから……対処せざるを得なかったの……」
ローズヒップ。貴女を巻き込むのは、計算の外だった。

「誤解しないでくれると嬉しいわ……」
《さて、次にチーム名と》
疲れている。そう思った。喋ることに疲れている。嘘を吐くことに疲れている。この状況に疲れている。

ローズヒップの純粋無垢な仔猫のような瞳、こちらに向いている瞳。二対のそれが、私の胸の柔らかい場所をざくりと突き刺す。
《所属人数を発表します》
ローズヒップの背から手を離した。左ポケットのペンを指先で探る。メモを取らなければ。

「そうですわよね……アッサム様が、悪者になんかなるはずがないのですわ」
ローズヒップが頷く。いいや、頷いてしまった。
その言葉に、いとも簡単に騙されるこの子に、安堵する自分に、私は戦慄を覚えた。
《“青い鳥チーム”、3名》
青い鳥。平和の象徴。私の心に影が落ちていく。


910 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:27:53 7DoZa2nM0
「ええ」
私はなるべく、平静を装って答えた。
《“イングリッシュブレックファースト”、2名》
……私達のチーム……ああ、そうそう。ローズヒップ、ねぇ……知ってる?


イングリッシュ・ブレックファースト・ティーにはね、歴史的にオレンジペコやアッサム、アールグレイが入ることはあっても……。

……ローズヒップティーは、入っていないのよ。


嗚呼、私は薄情だ。
思えば最初から、貴女を招くつもりはなかったのだから。
《“チーム杏ちょび”、2名》
恐らく、角谷杏とアンチョビのチーム。特定され易過ぎるとも思ったが、一方で仲間への安心感を与える効果はある。

だからこそ、その瞳が怖い。貴女は何を見て、何を考えているの?
《“チーム・ボコられグマのボコ”、2名》
ボコられグマのボコ。件の彼女らの共通言語だ。島田流か西住流のどちらかと誰か、もしくは二人組。要注意チーム。

「ねぇ、ローズヒップ―――――――――――――――――――
《“姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!”、2名》
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――」


911 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:29:12 7DoZa2nM0
二の句を失う。
15時、D、T型定規、イギリス、2人。頭の中に並ぶキーワード。
間違いない、メッセージだ。アンツィオの副隊長と、ダージリンが一緒に居るという暗号。
罠の線も捨て切れないが、しかしこの暗号は私達……いいや、私個人に向けたもので間違いないだろう。
おつむが足りないアンツィオの副隊長のアイデアとも到底思えない。

“T型定規作戦”。アンツィオの作戦名だ。各学園艦へ潜入捜査を繰り返してきたGI6の私だからこそ解る内容。
そしてこれは恐らく、私とアンツィオの面々以外は知らない。
T型定規作戦とはタンケッテでの水切りのこと。
馬鹿げた作戦だが、それをこの場で出した理由は、D……Dのエリアだと……湖のあるD3。15時にそこへ集合という意味か。
十中八九、ダージリンの誘導でアンツィオの副隊長に出させた作戦名と暗号だ。
きっと私にはその意味が解ると見越して……。

「アッサム様……」
トランシーバーからか細い声。額に浮いた嫌な汗を拭う。
「ペコ、放送中よ。何かあったの?」
「……ダージリン様は、私達に会いたがっています」
そんな事は言われなくとも分かっているわ! 思わず口が滑りそうになったが、寸でのところで飲み込んだ。
《“†ボコさんチーム†”、2名》
ボコられグマのボコ。まただ。即ち島田と西住は二手に別れているらしい。
敵に回した際に最も厄介な二人が合流していないことが分かっただけでも、この放送には十分な価値はある。

「……ええ、そうね」
《現在、残存チームは以上6チーム》
「ですが三人のルールが」
「言わなくていいわ。さっきの誤射のことも。……今、ローズヒップも隣に居るの」
「……」

ペコが黙り込む。ローズヒップはこちらを疑いもせず、涙を袖で拭っている。私は深い溜息を吐いた。
「……それで? 本題は、二人のことよね?」
《計13名が所属となります》
二人。勿論、大洗とサンダースの、あの二人のことだ。恐らくオレンジペコにはあの二人がまだ見えている。

そのことを考えると胸の奥がじくじくと熱を持ったように痛くなった。私は現実に向き合うことを恐れ、そして逃げたのだ。
《続けて、チームに入っていない人物の》
あの二人が起きれば、私達はおしまいだというのに、炎が回るという希望的観測に任せて、投げ出してしまった。
ローズヒップへの言い訳が出来ないと思ったから。

……どうすればよかったのだろう?
《名前の発表を行います》
ぐるぐると履帯のように回る頭の中で、答えを考える。
“簡単よ。知ってるくせに考えるふりは、やめなさい”
誰かが耳元でくすくすと嗤いながら囁いた。



――――――――――――――――――――二人を殺して、あの子も殺せばよかったのよ。



“ねえ、そうすれば、三人になるでしょう?”
……全身に雷を撃たれたような戦慄が走った。


912 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:30:22 7DoZa2nM0
「アッサム様」
オレンジペコの小声に、はっと我に帰る。
《武部沙織、秋山優花里》
「ローズヒップさんにばれないように、2人は始末しないと……ですよね」
それはまるで紅茶でも淹れるように容易く呟かれた、悪魔の囁き。

背筋にぞわりと寒気が登る。その言葉に頷く事は即ち、“お前が殺せ”と命令することに等しいからだ。
《澤梓》
あぁ、そうか。そうだったのか。あの時の分水嶺は……。

私が選ぶことから逃げたから、オレンジペコはローズヒップを撃ったのだ。
《阪口桂利奈》
私があの場から逃げたから、オレンジペコは二人を始末せねばならないのだ。

別れ道を選ばず引き返せば、別の誰かがその選択をしなければならない。私達はチーム。運命共同体だ。
《丸山紗希》
なればこそ、その軌跡は数珠繋ぎなのだと、気付くべきだった。

「アッサム様」
ペコか小声で急かす。ローズヒップは俯いて泣いている。私は静かにその場所を離れた。
「……」
《ホシノ》
「御指示を、アッサム様」

「ペコ」
だから私は彼女の名を静かに呼ぶ。ペコとて、本当は殺したくなどないはずだ。
《ローズヒップ》
ローズヒップの処遇をどうするべきだろうか、と私は考える。
しかし悩んでいる時間は最早無い。逃げてもまた、いずれは選択せねばならなくなるのだから。

けれども、何が優先なのだろうと、ふと思う。
《ケイ》
基本となる三人ルールを考えるのであれば、秤に掛けられるのはダージリンとローズヒップだ。

ダージリンであれば、迷わずローズヒップを生かすだろう。
《アリサ》
彼女は、ローズヒップやルクリリのような人材が聖グロリアーナに必要だと、常日頃から説いている。

けれどやはり私達にはまだ、ダージリン、貴女が必要だ。
《ナオミ》
暗闇の海に放り出されたとして、灯台がないまま航海出来る人間など、そうそう居やしない。

だから、やはり思ってしまう。
《ノンナ》
いま私だけが考えつく一番堅いプランは、まず目撃者のローズヒップを始末し、動けない丸山紗希とアリサの口を、封じることなのだと。

「ごめんなさい、ペコ……」
私は瞳を閉じて、呟いた。引き金を引かせるはせめて私の役目であるように、と。
《福田、ミカ》
「……お願いするわ……」
こうしてまた、私は汚れていくのだ。

「畏まりました。機会を見て、処理します」
オレンジペコは、怖いくらいに淡白に呟いた。
《計13名です。皆さんもお分かりでしょうが》
処理。私はその言葉に耐えられず、トランシーバーのスイッチを切る。

これ以上あの子と話すと、罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。
《この13名は“乗っている”可能性が高いと言えます》
これでは、自分は手を下さないただの屑じゃないか、と。

誰も殺せずに逃げた挙句、結局は部下に殺させる。
《出会い頭に殺してしまった方が》
私はいつから、そんな卑怯者に成り下がってしまったんだろう。

私はトランシーバーを仕舞うと、ローズヒップへ振り返る。
《チーム所属者の身のためかもしれませんねぇ》
……そう、放送だってこう言っている。

チームの為には、殺さなければならない。
だからせめて同胞を手に掛ける罪だけは、私が背負うべきなのだ。
《……さて、最後は“プレゼント”の発表です》
……プレゼント?

貴女には無理よ、首も絞められなかった癖に。私の中で誰かが嗤う。
《君たちのスマートフォンに、一つアプリを配信しました。緑色の本のアイコンをホームに追加しました》
記憶の限りの無所属者を書き殴ると、私は急いでスマホを取り出した。
タップすると、砂時計が五秒。短く舌打ち。

立ち上がりが遅いのはアプリとして致命的だが、急造であれば致し方ないか。
《“学生名簿”というアプリです》
がくせいめいぼ、と口の中で繰り返す。

どれほど偉くなったのだろう。私はもはや人を殺す指示をしたことなど忘れかかっている頭の片隅で思った。
《“学生名簿”では、顔写真入りの名前や》
いつからは私は、人の生き死にを決められるほどの身分になったのか? 何様のつもりだ?
誰のせいでこうなった? ……誰のせい?


913 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:31:31 7DoZa2nM0
私はローズヒップの元でしゃがんだ。
「ローズヒップ、色々大変だったでしょう」
少なくとも、私のせいではない。この殲滅戦が悪いのだ。そう思った。
《簡単なプロフィールが表示されています》
だってこんな状況になったら誰だって、遅かれ早かれこうなるでしょう?

「もう大丈夫よ、私とペコが居るんだから」
《死亡者は写真は白黒になり、名前が赤色になりますが》
「はいですわ……」
ローズヒップが涙を拭いながら頷く。

もし、と、ふと思う。私はローズヒップの頭を撫でた。
《死者表示は放送のたびにしか更新しないことにしました》
もし、生き残れるチームが4人だったなら。そんなIFがあったならば、私は一体どうしたのだろう。

悩むまでなく、その時は迷わずこの子を守っただろう。しかし、もしもそこにルクリリが居たら?
《しかしこの放送以降は、死者が出た瞬間》
多分私はルクリリを生かして、この子を殺す。
私はそういう人間だ。数字でしか判断できない、馬鹿な女なのだ。
今までの思い出や感情よりも、利害できっと判断する……本当にそうだろうか?
私はそこまで徹することができるのだろうか。ならばなぜ、二人から逃げて、首を絞めることに躊躇した?

私は堪らず、ローズヒップを後ろから抱き締めた。
《ホーム画面にその情報をポップアップ表示されるようにします》
今度は決して、誤魔化しなんかではない。

ローズヒップの髪に顔をうずめると、微かに紅茶の香りがした。
でももう、それがとても遠い匂いのように感じてしまって、少しだけ切なくなった。
《通知音も強制的に鳴らしますので》
ローズヒップは……いつも紅茶を入れる練習をしては、失敗をしていたっけ。
毎回毎回、いっつも失敗の連続。何度やっても駄目だった。

温度も、時間も、作法も。全然なってないから、教育係の私は叱ってばかりだったけど。
《スマホのスピーカーには十分に注意して頂きたい》
でも、この子はいつも向日葵みたいな全開の笑顔だった。真っ直ぐで、裏表がない。それこそまるで子供のように。
だけど何故だか憎めない、それが貴女。諦めず、努力して。
雨でも雪でも、火砕流や泥の中でもずっと前に進み続ける戦車のよう。

ちょっと前に、アポなしで私の家に来たこともあったっけ。晩御飯拝見ですわ、とか言って。あれは笑ってしまった。
《また、チームに属していない人間は名前が青色になり》
帰りも遅いし、しようがないから同じ布団で寝て。朝起きたら貴女は、私の布団を全部取ってた。
寝相も悪いし、よだれは垂らしてるし。本当、聖グロリアーナとは相入れないような、とんでもない後輩。

いつも私達みたいになりたいと口癖みたいに言って、
《チームリーダーは、名前が黄色になります》
それでも、お行儀が悪くって、賢くなくて、庶民じみてて。
そんなんじゃまだまだ淑女には遠いわよと、いつも言われてた。

ペコは貴女のことが少しだけ嫌いだったみたいだけれど、
《この表示も、放送毎にしか更新しません》
私は悪態つきながらも、大きな妹ができたみたいで、少しだけ嬉しかった。
貴女と居た時だけ、本当に腹の底から笑えた気がしたから。
数字人間の“アッサム”なんて、貴女の前では演じる意味がなかったのだ。

私の冷めきった両手に、ローズヒップの体温が伝わってくる。
《しかしこの放送以降は》
私よりずっと暖かくて、ずっと優しい温度。貴女は最期までそうあるべきだと私は思う。

背中から、心臓の鼓動が伝わってくる。耳を澄ますと、小さく息遣いもする。
《チームが解散した瞬間》
嗚呼、そうだ。彼女は、生きているのだ。


914 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:32:36 7DoZa2nM0
真っ黒な炭に囲まれて、私達は道の真ん中でひしと抱き合う。
《ホーム画面にその情報をポップアップ表示されるようにします》
白い空と海風だけが、私達をじっと無言のまま見ていた。

ダージリン、御免なさい。私は謝った。
《死者発表時と同様の通知音も通知音も強制的に鳴らします》
自らを正当化したかったのだ。これから行うことが悪ではないのだと。
数字人間の“アッサム”は、やはり聖グロリアーナには必要だ。
ダージリンを影から支える為、この殲滅戦を生き残る為。
であれば、断ち切るべきだった。そうなれない理由の糸を、繫ぎ止める要を、鋏で斬ってしまうべきなのだ。

スピーカーから流れてくる場違いな声を聴きながら、私は皆に一人ずつ謝った。
《なお、通知音はマナーモードにすれば鳴りません》
オレンジペコにも、ルクリリにも、ニルギリにも。それから……貴女にも。

赦して欲しいだなんて、そんな贅沢で卑怯な台詞は言わないけれど。
《……ああそれと、今日は16時頃より雷雨となるようです。各自、対策はしておくように》
それで何かが変わるわけでも、ないけれど。

だけど、謝らせてほしい。
《それでは、6時間後まで、さようなら》
ねえローズヒップ。それって、我儘かしら?








ごめんなさい。今から私は―――――――――――――――貴女を殺します。






915 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:34:18 7DoZa2nM0
「まるで、世界の終わりね」

そう呟くと、軋む体を起こし、まず、時計を見た。
時間は定刻を数分、過ぎている。残念ながら放送を聞き逃したということだ。
次に、ちかちかと痛む頭をもたげながら、辺りを見渡した。
人が居ない。静かな事に違和感。何故、自分達は生きているのか……いいや、生かされているのか。
敵が居たはずだが、どこかへ消えている……何故?
頬をゆっくりと抓る―――痛い。夢でもあの世でもなく、此処は確かに現実であった。
少女アリサはその事実に溜息を吐くと、自分の足元に転がる無口な死に損ないを、恨めしそうに見下した。
さて、なにはともあれ、である。

「さ、き……っ。サキ……っ!」

“そうしよう”とアリサが思うまで、時間はさして掛からなかった。
ただそうして起こすには些か乱暴だということくらいは彼女にも分かっていた。
彼女の有様を見て、そう思わない人間も居まい。
ならば何故そうしたのかと問われれば、それは“女の勘”と答える他なかった。

“今しかない”。

別にその思考に、根拠などありはしない。
ただ、アリサは今しかないのだと、そう思ってしまったのだ。
直感で動く彼女にとって、理由はそれだけで十分だった。
目の前の少女が死んでしまうんじゃないかと少しだけ思った事もあるが、それよりも遥かに、第六感が強く働いたのだ。
警鐘。頭の中で何かが騒いでいる。胸が得体の知れない予感にざわつく。
……今、伝えなきゃ。
何でかはわからない。けれど、この子が起きるのを待ってからでは、この気持ちを上手く伝えられない気がする。
鉄は熱いうちに叩け――――不意に、そんな言葉が脳裏を過ぎる。
だからアリサは目玉をひん剥きながら……紗希の頬を思い切り引っ叩いた。

「起きなさい!!!!」

思わず、ぽかんとした。
どの口が叫んだのかと思う。
自棄になってばら撒く機銃のように放ったその言葉は、半ば無意識で、彼女自身を激しく動揺させた。
まるでどっかの母親みたいだ、と頬の内側で自嘲する―――母親はもう居ないけど。
アリサは目前の少女を見る。反応がないことを理解すると同時に、バチン、と大きな音。一秒遅れて、右手がじんじんと痛んだ。
無意識に、手加減なしの一撃が出ていた。
同時に、嗚呼、と一人ごちる。人の顔を叩くのは、こんなにも……痛いのか。

「ぁ、ぅ」

寝惚けたような声を紫色の唇から零しながら、少女が小さな目を開けた。潤んだ双眸がアリサを映している。
アリサは円らな瞳に映った自分を見た。土色の頬は煤だらけで、見れたものじゃなかった。

「よかった、目を覚まして……」

自分の顔の汚れを袖で拭くと同時に、そう口から溢れていた。
意識はしていない。掛け値無しの、本心だった。
あのまま二度と話せないだなんて、そんなの誰だって納得いくものか。
大きな溜息を口から吐くと同時に、アリサは思わず膝をついた。肩に張っていた力がゆっくりと抜けていく。

「でも、でもねぇ……」しかしそう。だが、である。「本当、あんたって奴は……」

安堵と同時に沸いて来たのは、決して純粋な喜びの類なんかではなく、それは果たして、底なしの怒りだったのだ。
こめかみに青筋を浮かべながら、アリサはここで漸く自分の思考の本質を理解する。
彼女に起きて欲しかった理由が何なのか。
何が今しか無いと思ったのか。
何を伝えたいのか。
何を伝えて欲しかったのか。
何に自分は苛ついているのか。

「……本当、なんでっ……」

そうだ。私は、怒っているのだ。
血が頭に登るのを客観的に感じながら、アリサは改めて思った。
それがこの状況に対して不相応な怒りであることも、不適切な感情であることも、理解出来ている。
それでも、言わないではいられない。
何故って、アリサは“馬鹿”だから―――だが勘違いすることなかれ、彼女は決して“阿呆”ではない。
彼女だってまがりなりにもサンダースの作戦の指揮をとる立場にある。そのくらいには賢しい人間なのだ。
しかし理解が出来ているからといって……それが納得に足るかと言われれば、それこそ話は別である。

「なんでよ、サキ!!!!! どうして!!? どうしてっ!!!!!
 なんでっ、なんだってアンタはあんなことッ」

喚きながら、それでも、と拳を握る。
爪を掌に立て、唇を噛んで、背筋を震わせながら。
“不適切”で、“不相応”。嗚呼そんなことは解っている。
説法を聴かない餓鬼でも判る。分かっている、わかっているのだ。
だが、それでもアリサは飲み込まない。
何故ならこの感情は、納得出来ない想いは、彼女にとっては決して“理不尽”ではないのだから。

「……どう、して」


916 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:35:29 7DoZa2nM0
燃え盛る紅の中、逆光にアリサの顔へ影が落ちる。
少女は、丸山紗希は、そんなアリサに対して、けれどもまず一番に疑問を呈した。
純粋無垢な生娘の、真白な疑問である。

どうしてまだ生きているの?
どうして怒っているの?
どうして……泣いているの?

ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。乾いた柱が燃えて、墨色になりながら爆ぜていく。
火の粉が散って、食器が割れて、トルソーがダイオキシンをまき散らしながら何か醜い塊になって、制服が灰になって、窓ガラスは砕け散る。
庭の木が燃えてゆく、小さな花が、橙色の金木犀が、甘い匂いを撒き散らしながら死んでいく。
そんな中、焼け落ちた枝のように細い指先が、アリサの頬にゆっくりと伸びていた。
アリサははっとして自分の頬を触ってその意味に気付くと、慌てて袖で拭い……きっと今日は煙が目に沁みる日だったのだと、脳に納得させた。
ああ、けれど。

「……どうして!??」

涙の“その意味”を理解されてしまったことも、分かりきった上で投げられるその疑問の言葉も。
アリサの中の柔らかい場所を守る鱗にとっては、逆撫でられる事に同義だったのだ。

「どうして、ですって!?!?」

丸山紗希は、アリサから見れば圧倒的な弱者である。
社会不適合者スレスレの、半ばコミュニケーション障害者だ。
本来マウントを取りたいそんな相手に怒っていることも、そんな彼女に涙を見せた自分も、
泣いていることを言われて気づいた事実も、全部、全部、アリサのプライドをズタズタに斬り裂くに十分だった。
そして混ざり合った感情は、小さな少女の身体には到底収まりきらない事を、彼女自身が一番判っていた。
どうしようもなくなったのならば、それは盃から溢れるしかないのだと。
自分の情緒すら律せない思春期の少女に、汚泥を呑み込む術など持ち合わせているはずがない。
だから、アリサは震える拳を開き、その激情を叫んだ。
そうして気付いた時には、紗希に馬乗りになりその胸倉を掴んでいたのだった。

「ふざけんな……ッ」

紗希のただでさえ血の気の無い顔が、みるみるうちに更に青褪めてゆく。
物静かで多くを語らず、交友関係も狭い紗希にとって、胸倉を掴まれたのも、馬乗りになられたのも、人生で初めてのことだった。
紗希は恐る恐る、アリサを見た。
揺らぐ焔と飛ぶ火の粉から切り取られたように、痛みに耐えるような歪んだ表情が浮かんでいる。


917 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:36:19 7DoZa2nM0
不意に煙の匂いがした。
白くて苦い、もやもやとした何かが、鼻孔を通って前頭葉の真ん中あたりを漂っている。
頭の中がこそばゆくて、涙腺のあたりが無性に痛くなった。
堪らなくなって、紗希はアリサの双眸から目を逸らす。
言の葉を発さず表情を消した彼女だからこそ、その眼の奥に灯る感情が解ってしまったから。

「ふざけんなッ!!!」

“丸山紗希は聞き上手である”。
何故そう言われるのかを突き詰めると、結局のところはやはり彼女が何かを語らなくても、80点の精度で語ってくれる親友が居たから、というのが解になるだろう。
紗希の気持ちは“優しい”親友達により、彼女達の都合のいいように20点分を曲解された。
逆に言えば、紗希は“20点分を改編されるように余裕を持って反応する術”と、“親友の欲しい20点の解を察する術”を持っていた。
勿論、ただの沈黙ではそうはならない。これは彼女の固有スキルだ。
石の沈黙もあれば、金に化ける沈黙もある。彼女の場合、それは後者だった。
そしてその金の沈黙は、彼女に20点の“嘘”を与えたのだ。
彼女が“聞き上手”と言われる所以は、きっとそこにあったのだろう。
誰かが求める解を嘘でもいいから示し、そしてその嘘を理解しているからこそ、
真実も打開策も、誰よりも冷静に見極められる。物に動じず、辺りを観察できる。
つまるところが、彼女は本質的にはきっと“察し上手”だったのだ。
けれどそんな一方的な理解や解釈が、生憎とアリサは、大嫌いだった。

「ふッッッざけんじゃないわ!! なにが“どうして”よ!!
 こっちのセリフなのよそんなの!! 私がッ、私がどんな思いでッ!!」

燃える家の中から木が弾ける音。熱風が彼女達の柔らかな肌に乱暴に吹き付ける。
息を吸うと、乾いた空気がたちまち口の中の水分を奪っていった。
紗希は恐る恐る、胸ぐらを掴むアリサの目を見る。
黒目が烈火の如き怒りに渦巻いていた。その淵に、悔しさと悲しみが見える……いいや、見えてしまった。
紗希は思わず短く悲鳴を上げる。
目に見える強い怒りの感情と至近距離で対面する事の怖さを、彼女は死の手前で初めて経験したのだ。
これが感情だ。
これが言葉だ。
現実を諦めて放棄したはずの彼女の装甲へ、暴力の機銃が火を噴く。
カーボンを持たぬその肉に、機銃はまさに必殺だった。
驚くべきことかな、彼女は、この死の縁で紗希が初めて出会った―――“100”を要求してくる人間だったのだ。

「……どうしてぇ……」
「だからっ!! なにがよ!?」

うわごとのように繰り返される言葉に、アリサは胸ぐらを掴む腕を揺らした。
思わず出そうになる右手をぐっと堪えて、紗希の瞳を睨みつけるも、次の瞬間、思わず唾を飲み込む。


918 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:38:06 7DoZa2nM0
酷く怯える顔の向こう側。夜、或いは、凍った湖の底。雪の降る廃墟。
もう何日も夜の中に閉じ込められているような、冷たくて深い黒が見えてしまったのだ。
それはまるで深海に咲く花のような、悲しくて美しくて……痛いくらいに切ない色で、次の句を失う。
言葉で形容できない悪寒が、背筋を蠢動しながら這い上がった。
“拒んでいたのだ”。
幾ら走って手を伸ばしても、埋めようがない距離が、自分と彼女の間に茫漠と横たわっている。
まるで地球と月の関係の様に、そこに確かに見えているのに、どれだけ叫んでも彼女には聞こえないのではないかとさえ思えるような。
アリサは悟った―――ああ、彼女はきっと、絶望しているのだ。
自分の怒りがもうその小さな掌にさえ、響かないくらいに。
だから。


「どうして、
 わたしなんか、
 たすけるの」


……だから、その言葉は、まごう事なく最後の綻びなのだと、叫びなのだと、確信できた。

くしゃくしゃに歪んだ表情から、消え入りそうな泣き声が溢れる。
焦燥しきって痩せた頬。紫色の唇は震えていて、瞳は汚く濡れそぼっている。
肩は触れると崩れてしまいそうなくらいに小さく、服は煤で汚れ、まるで雨に濡れた捨て犬のよう。
アリサは胸ぐらを掴んでいた手を、順番に指解く。
ゆっくりと、自分の五本の指にきちんと血が通っているのを確かめるように。
その綻びを見逃せば、彼女はきっとこっちに帰ってこない。絶望の淵に身を寄せたまま、終わりを迎えるのだろう。
だから本来それは彼女なりの最後のSOSの筈で、それを勿論アリサも解っていた。
けれども、嗚呼、何故だろう。

アリサはその言葉を言われたことが、先ず何よりも……死ぬほど悔しかったのだ。

「……バカね」

その名状し難い感情への理解よりも先に、口が開いていた。
吐き捨てるように丁寧に、呪うように優しく。
アリサはゆっくりと離した指で、拳を作る。人差し指から順番に閉じて、今度は覚悟を己に問うように。
裏腹な感情など、理屈など、知ったことか。

解答をしなければならなかった。小さなSOSに、優しい言葉を掛けてやる必要があった。
けれど、とアリサはかぶりを振る。
けれど生憎と……私は全然優しくなんか、ない。
優しさなんかは理解“してくれる”オトモダチにくれてやれ。拳も静かでさぞ居心地良いことだろうよ。
でも残念だけれど、私の拳は、おしゃべりだ。感情まみれで、鞭を打っても止まらないくらいには。
だからそうして作った右拳で、アリサは思い切り――――――――紗希の左頬を殴りつけた。


「そんなの――――――」


鈍い音に、思わず目を蹙める。
……私はどうしようもないくらいに、不器用だ。
感情を整理して、咀嚼して、優しく言葉を選ぶことなんかできやしない。
本当、嫌になる。だけどしようがない。それ以外に思いつかないのだから。
だから私にできるとことといえば、無様に感情を喚き散らして、馬鹿みたく、真っ直ぐに伝えることだけ。
いつだって、それだけだった。


「――――――――――友達だからでしょうが!!!」


振り切った右手に走る痛みに耐えながら、アリサは腹の底から叫ぶ。

悔しかったのは、友達だって思われてなかったから。
怒っていたのは、自分に相談してくれなかったから。
泣いていたのは、理由を説明してくれなかったから。
寂しかったのは、あんたが一人で全部を抱えたから。

わたしだって、私だって。あんたと、たくさんお話ししたかった。

「とも、だち」

殴られて暫く、紗希は呆気にとられたように目を丸くする。殺意を向ける友人など、彼女はとんと知らなかったのだ。
対するアリサは頭を掻きむしりながら、舌を打つ。
だから似合わないのだ、と。タカシにだってこんな気持ち吐いたことがないのに、どの口が。
続く気の利いた台詞すら用意出来ないくせして、柄にも無い事を宣うもんじゃない。
後先考えないから、あの時だって無様に負けてお仕置きされたのだから。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! もう!!! 私だってねぇ、こんなこと言いたくないわよ!!
 なによその顔! 文句あるっての!? だいたい、そもそも最初はあんたらが言ってたんじゃない!
 戦車道で一回戦ったら、もう友達なんだって! 私は、私はッ」


919 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:39:13 7DoZa2nM0
息を、飲む。
零してしまいそうな感情も、流れそうな何かも、そうして一緒に飲み込む為に。
頭蓋骨の内側は、カラフルなパンケーキで一杯だ。
余計なことを言うなという気持ちの砂糖、嘘というスパイス、それから少しの本音。素敵な何かなんて小匙一杯もありゃしない。
少女の中身なんてそんなもんだ。どれだけ取り繕って砂糖をまぶしても、中身はただの肉の塊なのだから。
その中身全部が陳腐なベーキングパウダーと一緒に混ざり合って、知恵熱で膨れ上がって、アリサの頭を内側から圧迫する。
目と耳からずぶずぶと溢れる虹色の生地を想像すると、酷い目眩と吐き気がした。

「……私はね!! 本当にッ、そーゆーのッ! 気に入らないわ!!」

アリサは強張った肩を上げ、拳を握り、目を瞑って叫んだ。
気に入らなかったのだ。ずっと、ずっと、ずっと。
ぬるい練習してるくせに、いけしゃあしゃあと勝ち抜いていくその理不尽な御都合パワーも、
すぐに誰とでも……うちのマムとも仲良しこよしみたいになる、そのずうずうしさも、
私みたいな卑怯者も恨まず認めてくれる、そのむかつくくらいに真っ直ぐな純朴さも、
つまるところそれが嫉妬なのだと理解しながら、一番大洗で“地味”なこの子に喚いている、自分も。

「だけど、あんたらにしたらそうなんでしょ!?
 そっちからしたら友達なんだったら、こっちだって友達にならなきゃ気持ち悪いじゃない!!」

素直に言えばいいのに、いつも私はこうだ。アリサは肩でぜえぜえと息を吸いながらそう思う。
不意に吐き気がした。胸が苦しくて、頭がくらくらする。
酸欠だった。辺りが火事なのだから、そうなるのは当たり前だ。
下手を打てば死ぬ。そうでなくても、このままでらもうすぐ私は死ぬ。
この子だって手当がなければやがて死ぬ。だから逃げなければならない。そんなのとっくに知っている。
呑気にこんなことしている場合じゃない。それも知ってる。
知っているのだ。

「わたし、私っ、私はねぇっ。ここにきたとき、最初……」

けれど、捻じ曲がった感情が、駆け出すべき足を邪魔していた。
しかも邪魔をしたそいつは真っ直ぐに気持ちも伝えられないし、かと言って気持ちを割り切って黙りも出来ない。
そんな奴にまた腹が立って、結局周りに八つ当たりをしてしまう。まるで小学生だ。
そんな風ではいつまでも人生上手くいくはずなんか、ないのに―――――じゃあ、なんで逃げない?

ふとした疑問に、アリサは次の句を言う前に口をまごつかせた。
今更、である。
震える少女の唇へと目を滑らせながら、アリサは胸倉を掴んだ手を緩めた。
死にかけの無口な人間に対して、それを言ったところで何が解決するのか。それが判らないほど、彼女だって馬鹿じゃない。
だけど、本心だった。
そんなでも、捻じ曲がっていても、素直じゃなくても。
これだけは、伝えておかなければならなかった。
いわば通過儀礼の様な……これは、ああ……多分、そう。
きっと、彼女へ望む為に、己が吐露しなければならない、小さな覚悟のかたちなのだ。
そう思った瞬間に、不思議とまごついていた口が、油を差された戦車の様に動きだす。

「……最初はっ、あんたらにっ、大洗にっ! かっ、関わんなきゃよかったって思ったッ!!
 だってそうでしょ!? あんたらに関わんなきゃこんな事に巻き込まれなくても済んだかもしれない!
 あんたらに出会わなければ、私達は素直に上に勝ちあがれたかもしれない!!
 あんたらが戦車をもう数台追加していたら、“あのお人好し隊長”は全車輌で攻めていたかもしれない!!!
 そしたら私はタカシに振り向いてもらえたかもしれない!!!!
 “大洗のあの子”じゃなくて、私に!!!!!」


920 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:41:23 7DoZa2nM0
言い切った瞬間に、嫌な汗がぶわりと吹き出し額に張り付くのを感じる―――ずっと、こうして誰かのせいにしてやりたかった。
お母さんが居ないのも、あの時負けたのも。
タカシがどこかの花道の娘に夢中でこっちを振り向いてくれないのも、泣き虫なことも、こんな場所に来たことも、支給品がゴミだったことも。
けれど不思議と、今までそれをしてこなかった。
思いはすれど、態度に出しこそすれど、面と向かって誰かに言ったことはなかったのだ。

「そう、そうよ。はは、ははは。だから全部あんたらのせいよ、あんたらの!!!」

アリサは、自分がどちらかと言えば、嫌われやすい人間である事を知っている。
けれど、彼女は自分が思っているほど性格が悪い女なんかじゃないのだ。
周りより少しだけずる賢くて、けれど周りが思うよりずっと弱い、そんな一人の普通の、いいや、誰よりも人間らしい生徒だった。
自分の力だけで勝つ自信がないから無線傍受をし、価値の無いと思っている自分の価値を少しでも上げたいから嘘をつき、
そして自分が悪いことを知っていたから、反省会では涙を流して謝る。

自信に溢れて勇気があって力もあって全てが正しいヒーローなんてものは、幻想だ。そう思っていた。
勿論アリサはそんな自分が好きではなかったが、それを何かのせいにはしなかった。ずっと、その一線は超えなかったのだ。
それは本当の意味で、皆に見放されたくなかったから。
それを超えると今まで積み上げてきた全てが決壊する事を、アリサは知っていた。
……けれど。

「どう、呆れた? 嫌な奴だって軽蔑した!? でもね生憎、私はそういう人間なのよ! そういう人間なの!!
 頭のてっぺんから手足の先まで染み付いたこの嫌な性格も! 言葉遣いも! 泣き虫なとこも! 今更ちょっとやそっとじゃ全然直せない!! 
 すぐに口が出るし、手も足も出る!! 文句も言うし、感情が制御できない!!
 でも、でもねッ!! これが私なのよ!!!」

けれど、それをアリサは自分から棄てる。
唾を撒き散らしながら、土気色の肌をした死に損ないの胸倉を掴みながら、目を血走らせて哄笑しながら。
……あの試合のあと、アリサを叱った父に怒ったのは、悔しくて泣いたのは、何故だったのか? 答えは単純明快。

“理解されたかった”。それだけだった。

ずっと、理解者が欲しかった。
自分が必死にもがき苦しみながら、皆の為に頑張っていることを、分かって欲しかった。
わざと口を開いて感情を喚き散らして、自分という人間の存在を、認知してほしかった。
自分からマウントを取りに行くことで、自分の価値を周りの友達に、見せたかった。
無理をしてでも功績を残すことで、組織の中の役割を、与えてほしかった。
黄色い声を喚いて目立つ自分を、特別な何かになれたのだと、誰かに自慢したかった。

「それに比べりゃそっちは随分いいわよね、呑気にぼーっと生きてりゃ周りの人がなんでも察してくれるんだから!
 すごいわよね! 人生イージーモードで尊敬しちゃうわ!! それで生きていけるってんだから随分幸せよね!!!」

私を認めて。私を見て。私を知って。私を解って。
意味をください。奪われないように大切にするから。
役をください。喪わないようにちゃんと演じてみせるから。
価値をください。落とさないようになんだってするから。
ねぇ、そうしたら、足りない私も“何か”になれるかな?

「でも……でもね……」

アリサは胸倉を掴んだ手を、弱々しく離す。得体の知れない汗をぼたぼたと流しながら、鼻水を無様に垂らしながら。
初めて吐露した気持ちは、酷く“痛かった”。
それは何も自分だけの話ではなく、息を荒くしたまま押し黙る目の前の少女の心も、きっと痛めつけていることだろう。
嗚呼、けれど、その痛みに抉られて初めて、全部“知れた”のだ。


「でも、私は……そんなの全然分からない!!」


だから私は、何もせずに理解されているこいつが――――――――――――――――――――――――――どうしても、許せないってことを。


921 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:42:27 7DoZa2nM0
「だって友達になったばっかりなんだもん! わかるわけないじゃない!!
 ―――――――――――――――言ってくれなきゃ、なにもっ、わかんないのよ!!!」

アリサは叫んだ。声を裏返して、腹の底から魂を絞り出す様に。

……それは、簡単過ぎて難し過ぎることだった。
言わなければ、分からない。
愛していようが信じていようが、最後は結局、言葉だ。行動だけでは何事たりとも伝わりきらない。
憶測の想いほど、行き違うものはない。言うことで互いの想いの認識を“100にする”のだ。
勿論それがずっと100とは限らない。人間は気紛れだ。
今日宝物だったものが、明日にはあっというまにガラクタになっているなんて事も珍しいことじゃない。
それでも、その瞬間は100であることは真実だ。
いいよ、だめだよ、好きだよ、嫌いだ、愛してる、楽しい、辛い、悲しい、嬉しい、信じてる、信じてくれ。些細なことでも何だっていい。
相手に対して思っていること、自分が思ったこと。それを素直に、まず相手に伝える。
どれだけそれで救われる人が居るか。
そしてそれだけのことが、どれほど人にとって難しいか。

「私、馬鹿だから! 馬鹿ってのはね、伝えてもらわないとわかんないのよ!
 だから伝えなさいよ、言いたいことがあるなら!! 言いなさいよ、不満があったら!!!
 ――――――――――――――――――――――周りがお前をわかってくれる人間ばかりだと、思うな!!!!」

太陽が、照りつけている。
焼け落ちる家屋の隙間から、煙の狭間から、痛いくらいの日差しが、アリサの横顔を、体を、じりじりと焼いている。
その影の中で、紗希はアリサの歪んだ顔を見ていた。
想い出達が焼け落ちて塵になってゆく堪え難い不協和音の中で、その苦悶の表情だけが、けれども決して想い出には無い、眩しい現実に思えた。
“言わなければ分からない”。
紗希にとって、その言葉は確信を突いた一閃だった。
丸山紗季はそういう女なのだと、いままでの思い出の中の知り合いは、彼女の特性を優しく許容してきた。
彼女は、言わなくても許されてきたのだ。
故にそれは初めての、彼女の彼女らしさそのものへの反発だったのだ。

「ねえあんたはどうしたい?? なにがしたい!?? なにがしたかったの!???」

紗希の頭の中で、アリサの言葉が電気信号の様にチカチカと点滅している。
ふと気付けば、両手で肩を揺さぶられていた。
思わずまた目を逸らそうとして、意図せず太陽が目に入りそうになる。
眩しい、つらい、頭が痛い。
脳みそが今にも内側から膨れて破裂してしまいそうで、これ以上、何も考えたくなかった。
紗希はアリサの影に身を隠す。彼女のような太陽に身を焦がす様な生き方は、自分は到底出来ないと思った。


922 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:44:58 7DoZa2nM0
「……なに、が、し、たい、か」

ぐるぐると黒い煙が廻る頭の中で、汗を垂らしながら絞り出した言葉は、たったそれだけ。
息を一文字ごとに吸いながら、吐きながら、応える。
考えれば考えるだけ、酷い目眩と吐き気がした。
だから嫌なのだ、逃げたいのだ、喋りたくないのだ。
嗚呼、こんなにも辛いのなら、痛いのなら、いっそのこと。

「そうよ! なにをしたいのか、言いなさい!
 自分の口で言いなさいよ!! 言え、言えッ――――――――――――――――――――言え!!!!!!!!!!!!」

アリサが叫び切って、静寂が辺りを包んだ。
“出し切った”のだ。彼女が丸山紗希に求めるものは、それが全てだった。
そして、素直じゃない彼女が必死になって選んだその本音は、この瞬間、確かに紗季の心に届く。
喧しい叫び声が、けれども心地良い音で、確かに。
この偽物の世界の中で、それだけは、紗季の胸を打ったのだ。


「もう、いなく、なりたい」


嗚呼、けれど、残念でした。
その言葉も、感情も。彼女にとってはもう全て“終わりたかった”ことなのだから。
それが届こうが、届くまいが、彼女の選択は変わらない。アリサの言葉は、無意味だった。

―――丸山紗季は、死んでいた。

この日この場所あの時に、あの爆発に巻き込まれて、魂が消えてなくなっていたのだ。
アリサの言葉は、故に、彼女の心に届いても、彼女の魂にまでは響かない。
簡単な理屈だった。何故なら死人に魂なんてものは、ありはしないのだから。

「……そう」

アリサは胸倉を掴んだ手を解き、ふらふらと覇気なく立ち上がる。
紗季はその様子を、目を細めてどこか遠くを見るように見上げた。
きっと自分に彼女は絶望しているのだろう。説得も諦めたのだろう。
うんざりしていた現実も、これで漸く終わるのだ。
もういい。たくさんだ。早く何もかも終わりたい。
そうして紗季は、影が落ちたそのアリサの表情と、垂れた前髪の隙間から見えたその目と、歪んだ口を見て……けれども、思わず息を飲んだ。

絶望した?―――否、彼女の目は光っている。
諦めた? ―――否。彼女の口は笑っている。
これで終われる? ―――否。彼女の顔はまだ前を向いている。


923 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:46:04 7DoZa2nM0
言葉が無意味だなんて言わせない。
もう終わりだなんて誰が決めた。
お前の意思がそこまで硬いというのなら、私の覚悟はここでお前の魂を超えていく。
アリサの体はそれを物語るように、堂々と、紗希の前に立ち塞がっていたのだ。

「……あっそ!! ふ〜〜〜〜ん! あっそう!!」

どうして?
紗希は吹っ切れたように吐かれたアリサの声を聞きながら、酷く混乱した。
これだけ拒絶して、これだけ自棄になって、何故まだこの人は立ち上がって笑っているのか、と。
ちゃんと伝えたはずだ。お前の相手はもうしたくないと。ちゃんと言ったはずだ。もう終わりたいのだと。
理解してないはずがない。なら、どうして……。

そこまで考えて、思わず、ぁ、と間抜けな声が出る。
なんてことはない。彼女は……アリサは、丸山紗希に“自分の考えを言うこと”を求めていたのだ。
そして紗希は、それに応えた。
言ったのだ、自分がどうしたいのかを、その口で。
伝えたのだ。今まで動かしてこなかった、その舌で。
紗季はここで漸く気付く。それがアリサにとっての“勝利”だったのだ、と。





「――――――――――――――――――――――死なせてやんないわよ、ゔぁ〜〜か!!!!」





アリサは笑った。
嗤いではなく、微笑いなんかでもない。心の底から楽しそうに、笑った。
死んだ心を、その魂をもって否定することが、アリサにとっての紗希への答えだったのだ。
回答は聞いた。ならばそれに答えなければならない。当然だ。何故ならそれが、“会話”なのだから。
納得できないならば、食らいついて否定すればいい。
分からないのなら、素直に尋ねればいい。
嫌なら嫌と、面と向かって言えばいい。
とことん話して話し尽くして、決めればいい。
それが対話だ、それが言葉だ、それが意地だ、それが私だ。

「聞いたからには口答えさせてもらうわよ。生憎と私は馬鹿で、我儘なの。
 だからこの先、私を納得させるまで、死ねると思うな!!!!!!!」

黒煙がとぐろ巻く天に向かって中指を突き立て、アリサは世界へ吐き捨てた。
呆気に取られる紗希を見て、にたりと浮かぶはしたり顔。やってやったと胸を張ると、アリサは鼻から息を吐く。
その笑顔は、半ば狂気に近かった。
自殺未遂をした挙句、拷問されたような死にかけの人間に、納得させなければ死なせないとほざく人間が、どこの世界にいるものか。
狂っているのだ。そうでなければ、この後に及んで笑えない。

「どーよ。初めてでしょ。否定されるの!
 そりゃそうよね? だって今まで“やりたいこと”、言ってこなかったんでしょう!?」

思わず、紗希は二の句を失った。
“やりたいこと”。それが早く死にたいという碌でもない答えだったとしても、まんまと言わされてしまったのだ。
全くの無自覚だったが、それでも、会話をした。
やりたいことを確かに伝えた。その事実は変わらない。“負けた”のだ。
アリサはしゃがむと、文字通り鬼の首を取ったように紗希の首根っこを掴む。
そうして肩を貸すと、吐き捨てるように言った。

「……ほらっ、行くわよ!! 掴まりなさい!」

―――今更、何処へも行けないと思っていた。


924 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:47:53 7DoZa2nM0
紗希は、自分を小さな体で背負うアリサをぼやけた目で見ながらそう思った。

自分はもう、何かへ向かって進めない。何処かを目指して歩けない。
そう決め付けていた。だって死んだと思っていたから。
向かうべき場所は、焼け崩れて無くなってしまった。
一緒に居た戦友は、弾丸に貫かれて亡くなってしまった。
帰る場所は、偽物に攫われて消えてしまった。
目指す場所は、真っ黒な虚無に潰されてしまった。
だから、自分ではもう歩けないのだと。
故に選んだのだ。消えてしまうことを。終わることを。魂を亡くすことを。
見えなくなったのなら、進むための足も壊してしまうしかないと思っていた。だから、罠を踏み抜いた。

だけどこの人は……アリサは、そんな私をおぶってどこかへ進もうとしている。私に勝負で勝った“つもり”でいる。
もう消えてしまいたい私を無視して、偽物の世界から這い出そうとしている。
こんなにも小さい体で、あんなにも大きな“オオアライ”の町に、挑もうとしている。

もう諦めて消えたかった。死にたかった。終わりたかった。
なのに、この手は。この、自殺を選んだ汚い手は、この人の小さな背中に未練がましく、しがみ付いている。
立ち止まったこの身体は、どこにもいけやしないのに、何かに期待してしまっている。

どうして、どうして……どうして。

疑問が浮かんで、馬鹿みたく繰り返す。
ふつふつと湧くこの感情は、なんだろう。私はなにがしたかったんだろう。
勝負に負けたからだろうか、と考えて、ふと気付く。
ああ、私は、そういえば、此処に来る前は“戦車道”をしていたんだったっけ。

みんなが困っていたとき――助言をしたかったのは、どうして?
格上の戦車を倒さなきゃいけないとき――薬莢を捨てるとこ、そう言ったのは、どうして?
味方が遊園地でピンチのとき――観覧車を使えばいい、そう呟いたのは、どうして?

「逃げるわよっ、逃げるの!
 他のことなんかどうでもいい、今は生きることをまず考えなさい!!
 石に噛り付いて、泥ん中這って、生ゴミ食べてでも、生きなさい!」

紗希はアリサの声を聞きながら、小さく息を吐く。
丸山紗希の戦車道は、決して、誰かに敷かれたレールの上にあり続けていた……わけでは、きっと、なかった。
だからまだ、死にきれていないのだ。


925 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:48:43 7DoZa2nM0
ならば最期に、question――――――――――“それは、どうして?”







  うん、やっぱりこの人を納得させるのは無理だと思う―――ちょっと待ってよ。死にたいんでしょう、紗希!?

   死にたくても死なせてもらえそうにないから―――紗希、そんなことないよぉ〜舌でも噛めばまだ間に合うんじゃない?

    でも逃げるっていったって、そんなのどうするんだろ―――その体じゃあ無理だよね! いま手を離して突き放せば、わかってもらえるかもよ! 紗希!

     でも、死なせてくれないなら、いっそ生きてみるのはどうかな―――魂死んでる身で、そんなこと言っちゃダメだよ、紗希!

      だけどこの人、私に勝ったつもりでいるけれど、私はまだ……―――ほんっと優柔不断だよね、紗希は。そうやって手のひらクルクル返してるから、こんなことになったのに!

       そういえば、私の戦車道って、なんだっけ―――えっ?







answer――――――――“だって私、負けっぱなしは、嫌だから!!!!!!!!!!”


926 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:49:47 7DoZa2nM0
「……。……ぃ……き、………る」

だから、生きてやる。必死に生きてみる。
生かすことが勝利だというのなら、こうすれば、まだ、イーブンだから!!

「いき……たぃ……生きたい……っ……」

紗希がぼそりと、藁に縋るように、アリサの耳元で呟く。
その声は息を飲むくらいに弱々しくて、耳にかかった吐息は、ぞっとするくらいに冷たかった。
それが意味する悪い予感を振り払うようにかぶりを振ると、アリサは息を大きく吸い、一度だけ頷いて歩き始める。
ぽたぽたと、アリサの首筋に紗希の涙が落ちた。涙の理由は知らずとも、それが悔し涙だというくらいはアリサにも理解出来た。
背に立った爪も、鼓膜を揺らす嗚咽も、震える小さな体も、全部背負ってアリサは歩く。
前を見て、土を踏んで、鼻の穴を広げて、目を見開き、下唇を噛みながら。
目の前には、途方も無いくらいに、真っ直ぐな道が続いている。
真っ赤な炎を背に、煤を浴びながら、アリサはそこをしっかりと進んだ。
何処かへ、何処か遠くへ。ただひたすら、真っ直ぐ。
愚直に伸びた、くろがねの砲塔のように。

「……あんた、親は!」

アリサが叫んだ。

「おとーさん、ひとり」

紗希が応える。

「……。……あっそ! ……なによ。できるんじゃない、会話」

アリサは苦しそうに笑った。

「……お父さんだけなら、余計に生きなきゃダメよ!
 生きて謝りなさい。自分が友達にメーワクかけたって! 私のことも紹介しなさい。命の恩人だって。約束だからね!
 死にたいって思って自殺未遂したこと、私を巻き込んだこと、全部ちゃんと謝りなさいよ? 勿論、土下座でね!」

紗希はアリサの背に顔を埋める。金木犀の匂いがした。
香水なのかボディクリームなのかは分からないが、優しくて、懐かしくて、落ち着く匂いだった。

「いい? だからまずは生きるの。勿論生きてたら、辛いことも、悲しいことも、痛いこともあるけど。
 でもね、生きて生きて、生き抜いたんなら、それで勝ち!!
 生き抜いて、それから謝るのよ。そうしてから死になさい! 謝ってから死ぬなら止めない。私が許すわ!!
 死んだらお父さんに謝ることも、誰かと友達になる事だって、出来ないんだから! そんなのあんたが良くても私が嫌!!!」

紗希はゆっくりと瞳を閉じる。
暖かい背中だった。記憶はないけれど、うんと自分が小さな頃、こうしてお母さんに背負われていたような、そんな気がした。

「はいくらい言いなさいよ、しまらないわね。
 あのね、私だってお母さんはもう居ないの。アンタと一緒でお父さんだけよ! なんもないわよそれ以外!!
 私には、なんにもない!!!」


927 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:50:49 7DoZa2nM0
ふらつく足を気合いで進め、歯を食いしばりながら、アリサは吐き捨てるように言う。
なんにもないから、“何か”になりたかった。きっと誰もがそうなのだ。
そのエゴを押し付けてでも歩くのか、それを隠して生きるのか、その二択だ。
彼女達はきっと、お互いに負けず嫌いではあるけれど、そういう意味ではとびっきりの正反対。
互いの行動は互いの理解の範疇を超えていて……だから嫌い合って、だから面白くて、だから惹かれ合う。

「なんにもないのよ。友達だっていないし、頭も大して良くないし。
 隊長みたいにカリスマはないし、優しくないし、背もないし、癖っ毛だし、そばかすだし。
 すぐ怒るし、すぐ泣いちゃうし、女っ気ないし、性格悪いし、可愛くないし、ズルしちゃうし、お父さんと喧嘩しちゃうし。
 ナオミみたいにかっこよくないし、西住や島田みたいな強さだってない!」

言い切って、アリサは肩で大きく息を吸う。
そうして、もう一歩踏み出すと同時に、


「――――――――でも、まだ生きてる!!」


誰かを納得させるように、背を丸めて叫んだ。
月並みな台詞だと、自分でも感じる。
生きているからなんだっていうんだ、と頭の中でもう一人の自分が嗤った。私だって、そう思う。
漫画もアニメも小説も、ラノベも舞台もドラマも、映画もそう。
どいつもこいつも、死に損ないを見ると決まり文句みたいに“生きなさい”と言っていた。いつの時代もこれだけは変わらない。
それを薄っぺらくて陳腐な台詞だと、どこか斜に構えて見ていた自分が、まさかそのクソダッサイ台詞を言う側になるだなんて、と胸の奥で自嘲する。
だけど、と苦虫を噛み潰したような顔で一歩踏み出して、再び口を開いた。

「なんにもないけど、まだ、生きてる!!!
 それだけあればっ、喋る〈戦車道する〉理由になるでしょ!!!」


928 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:53:54 7DoZa2nM0
死にたい人間の身にもなれとか、死ぬより生きる方が地獄のこともあるとか、どこか斜に構えてそんな風に思っていた時もあった。
だけど、言う側になって、一つ分かったことがある。
そうじゃない。理屈なんかじゃなかった。そんな現実、知ったことか。だって私にはそんなのわかんない。
“私がこの人に生きて欲しい”、それだけだったのだから。

「あんたもまだ生きてるんでしょう!? だったら喋りなさい、喋りなさいよ!! 喋れ、喋れ! 喋れ!!!」

声が掠れるまで叫びながら、けれどもアリサは、どこか胸にあったしこりがなくなってゆくのを感じていた。
自分にとって一番フラストレーションなのは、きっと感情を出さないことなのだろう、となんとなく思う。
けれどそれは、そんなすぐ口に出る自分が嫌いという感情とはあまりに遠くて、少しだけ、笑えた。

……全部、結局は我儘で自己中心的な押し付けだとは思う。
だけど、しょうがない。しょうがないじゃないか。
そう思ってしまったら、言うしかない。すっきりするには、伝えるしかない。
だってそうでしょう。生きて欲しいと思った事に、その気持ちに、嘘なんかつけるもんか。
そのために、この口はついている。
そのために、この頭はついている。
ああそうだよ、私は、誰かと、話したいんだ!
それが、私の戦車道だから!!



「――――――――ありがとう」



ぽつり、と。
春の晴れ間に降る時雨の様に切なく、さわやかな声色で、紗希は答えた。
荒い息のまま、アリサはなけなしの力を振り絞って、笑ってみせる。
顔は、目は、前を向いたまま。声には出さず、表情だけでも笑うのだ。
一言でも、構わない。だってそれは、喋ることを諦めた少女がした立派な“会話”なのだから。
ああ、だから、自分がすべき返答なんて決まっているのに。
それを私が許さないのは、困ったものだ、とアリサは苦笑する。
やっぱり、素直じゃないのが、“私”だから。


929 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:57:01 7DoZa2nM0
「ふん、やっと話した言葉がそれ!? 私だけに感謝してどうすんのよ、バカ!!
 とにかく勝手に死ぬなんて許さないから!!! 聞いてんの!?
 あんたが諦めても、私は諦めない!!! 私は諦めが悪い女だから!!!!」

だから、続けようよ。
続けよう。
話そう。
私は会話が下手だし、気持ちのいい言葉を選べるような器用な人間じゃあ、ないけれど。
それでも、まだ二言くらい会話しただけ。
それじゃなんにもわかんないよ。
全部知った風な顔して、何もかも諦めたような顔して黙ってないでさ。
あんたのかわりに、私が色々ちょっかいだして教えてあげるから。
私があんたの分まで、諦めずに走るから。
ありがとなんて、やめてよ。
もうなにもかも終わりみたいじゃん。
別れの言葉みたいじゃん。
とっととかかってきなさいよ。
負けたくないんでしょう。
私に殴りにきなさいよ。
あんたの戦車道、見せてみなさいよ。



「……あっ、ちょうちょ」



紗希が力無く、呟く。
けれどアリサには、それはとても優しい声色に聞こえて。
小さな頃の楽しい想い出を喋っている時のような、切なくて、柔らかくて、懐かしくなるような声。
それが意味するものをきっとアリサは分かっていたし、紗希もまたなんとなく、自分が見たものの意味を理解していた。
一歩、また一歩、アリサは燃え落ちる町の中を進んでゆく。
そのたびに揺れる背中はまるで揺り籠のようで、紗希に少しだけ、眠気が襲った。
アリサは紗希の言葉に、ふと空を見る。
生き物なんて、煙だらけの空のどこにも居るはずがない。見る前から、解っているのに。
だからやっぱり、何もない。ぽっかりと口を開いた、空虚な曇天がそこにあるだけだ。
紗希には、けれども蝶が見えていた。
ウェディングドレスのような、真っ白で汚れ一つない無垢な蝶が。
中空を泳ぐそれを眠そうな目で追いながら、紗希は表情だけで笑うのだ。
それはまるで粉雪のように、陽に焼かれて溶けてしまいそうな儚い笑みだった。

嗚呼、飛んで往く、翔んで逝く。
手を、指を伸ばして、紗希は触れようとする。
白く可憐な、真っ直ぐに太陽を目指して羽ばたく、その蝶に。
けれど、指先を掠めて。焦げた空を舞って。
そうして蝶は太陽に届くことなく――――真っ赤な焔に、飲まれて消えた。


930 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:58:41 7DoZa2nM0
「……サキ、ねぇ……サキ。まずは生きるのよ。全部そっからなんだから。私達は、生きるの。何に変えてもよ」

沈黙が、数十秒。
それから暫くまただんまりが続いて、耐えかねたアリサが口を開いた。紗希は答えない。
アリサの背中を、温い血が流れている。一歩進むたびに背筋を垂れ、足を伝って、地面に滴った。
進むたびに何か大切なものを喪っているようで、アリサは酷い吐き気に襲われた。

シャツが鮮血でねっとりと肌に張り付いている。
口の中はからからに乾いている。
前髪が汗と油で額にくっついている。
がらがらがら。丸山紗希が居た町が、音を立てながら崩れ、黒いゴミの塊に変わってゆく。
虎が唸るように荒ぶる真っ赤な焔が、天へと昇る。昇る、昇る。

「聞き逃した放送の情報誰かから貰って、チームの名前だってちゃんと決めなきゃ。
 そう……そうよ! 今更だけど私達でチーム組むんでしょ!? 当たり前よね!?」

アリサが口調を強めた。紗希は答えない。
背中にずっしりと、力の抜けた、いのちの塊がのしかかる。
華奢な女の子一人といえど、背負って歩くにはそれなりの気合いと力が必要だ。そもそも、アリサは手負いだった。
膝が笑っている。骨が軋んでいる。筋肉が悲鳴を上げている。乳酸が太腿に溜まっている。関節が震えている。
額から吹き出した汗が流れて、顎を伝ってアスファルトに弾けた。
歯を食いしばって、拳が白くなるくらいに握って、死に物狂いで前に進む。
生きなければならない。生かさなければならない。

「それとも何? まさかあんた私を一人にする気じゃないでしょうね!? 許さないわよそんなの!!
 私達はもうトモダチなんでしょ!? あんたトモダチ残して死ぬつもり!? 冗談でしょ!?
 トモダチなんだからもっと色々話すのよ! 私だってあんたのこともっと知りたいし!
 最初も言ったけど、これからよ! 全部、これから!
 好きな物や趣味や、恋愛の話も! 色々するんだから!
 それで、それでねっ」

下の根が乾かぬうちに畳み掛けるように言って、アリサは一旦、息が上がりそうになって空気を唾ごと飲んだ。紗希は答えない。
まだまだやりたいことがある。
沢山話したいことがある。
色々怒りたいことがある。
ぜんぜん、全ッ然、やれてない。
これっぽっちも出来てない、少しも足りてない。
これからだった、これからだ、これからだったのに。

「それで――――――来年は本気で戦うのよ!
 ズルは無しの真剣勝負よ! 首を洗って待ってなさい! 今度はうちが勝つから!
 大洗なんかもう秒殺通り越して瞬殺、いや刹那殺よ! 今に見てなさい、コテンパンにしてやるわ!」

アリサはだらりと垂れた足をぎゅうと握って叫んだ。紗希は答えない。
来年。来年といえば隊長は誰がやるのだろうとアリサはふと思う。


931 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 00:59:50 7DoZa2nM0
……私? いいやそんなガラじゃない、皆がこんな程度の低い人間についてくるとも思えない。
やるならナオミだ。ナオミなら皆も一目置いてるし、実力もあるし、同性にもモテるし、信頼だってされている。
あれ、そういえば今日はまだ何も食べてないな。お腹が減ったな、レーションはなんだったかしら。水もそろそろ飲みたいな。
ハンバーガーが食べたいな、アボカドとパイナップルが入ったやつ。この前はスーパーギャラクシーの中で隊長に食べられて、ちょっと嫌だったし。
コーラも飲みたい、コーラはダイエットコーラじゃない方が私は好きだ。製氷機に入れて凍らせたやつが好きで、夏はよく家で食べてたっけ。
ナオミはいつもルートビア飲んでたな。あれのなにが美味しいのか私にはさっぱりだ。
ああ、疲れたな……早く、うちに帰りたい……。ごめんね、お父さん……。

アリサは汗をダラダラとアスファルトに垂らしながら、そうしてなるだけどうでもいいことに頭を回した。
背中を流れる血は止まらない。靴の中まで真っ赤な血が掻き乱して、底の無い沼の中を歩いているような気分になった。
逃げなければならない、と思った。……でも、どこへ?
目の前がだんだん真っ赤になる錯覚。足元のアスファルトがぐにゃりと歪んで、足がとられて落ちてゆく。口の中に蕩けたモルタルが注がれる。
苦しい、辛い、やめたい、嫌だ、逃げたい。
嗚呼でも果たしてこの町に、逃げ場なんてものがあるのだろうか?

「だから生きて!! サキ!!! お願い、生きて! いきてよ! 死ぬな、しぬな、しぬなしぬなしぬなッ!! いぎろッ!!!」

アリサはがらがらの喉を潰しながら、気力だけで叫ぶ。紗希は答えない。
背中が冷たい。足が縺れる。視界がぼやける。息がうまく出来ない。
限界が近かった。自分の体のことは、自分が一番知っている。人間一人担いで走って運べるほど、彼女には力がなかった。
サンダースの日課のマラソンとトレーニングをきちんとやっていればそれなりの力はついたはずだが、アリサはよく仮病でそれをサボっていたのだ。
ケイやナオミの様なバケモノ体力には、彼女はとてもじゃないが、ついていけなかった。
いつもはそう感じていたが、今になってみればもっとちゃんとやっておけばよかった、とアリサは思う。
身体中の関節が、筋肉が、臓器が、悲鳴を上げていた。
誰かの為に何かをするだなんて、アリサは自分で自分が信じられなかった。

今していることに、一体なんのメリットがあるのだろう? ふと、アリサの頭の中で何者かが小首を傾げる。
このコミュ障の死に損ないを捨てて私だけ逃げれば、私だけは絶対に助かるよね? 頭の中のそいつが眉一つ動かさずに言った。
黙れ! アリサは喉の奥で眼を血走らせながら叫んだ。
鼓膜の内側から、けたけたと小馬鹿にするような笑い声が聞こえる。
五月蝿い、煩い、うるさい!


932 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 01:01:26 7DoZa2nM0
「ちょっと、まただんまり? ちゃんと聞いてるんでしょうね。ねえサキったら」

アリサが訊く。紗希は答えない。
次第に、足が進まなくなってゆく。アリサは少し休憩しようかと思ったが、それでは彼女を降ろさなければならない。
……降ろさなければならない? アリサは訳もわからず、自分の言葉を反芻した。
降ろせばいいじゃないか。少し休憩して、また歩けばいいだけの話だ。
疑問が浮かぶと同時に、不意に息が荒くなる。考えてはならないことだと、本能が警鐘を鳴らしていた。
いつの間にか、ばくばくと心臓が飛び跳ねている。気分が悪くなったので、それ以上考えるのをやめた。

「もう、まったく、口数が、少ないのも、大概に、しなさいよ」

アリサが呟く。紗希は答えない。
足を静かに止めて、つま先に視線を落とす。ブーツの先まで、血で真っ赤に染まっていた。
湧き上がる感情に、表情が崩れそうになる。砕けてしまいそうな何かをぐっと堪えて、鼻水を啜った。気付けば視界がぼやけていた。
背中がぎくりとするくらい、冷たかった。紗希から流れ出た大量の血が、アリサの背後に道を作っている。
息が荒くなる。酸素、酸素が足りない。アリサは口をぱくぱくと動かした。空気を求め水面に浮かぶ金魚のようだ。
腕に入っていた力が、ゆっくりと抜けていく。
紗希を背中から降ろしたくない気持ちとは裏腹に、見なければならない現実がアリサの頭の中をきりきりと締め付ける。
やめろ、やめろ! 頭の中で誰かが叫んだ。


933 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 01:02:12 7DoZa2nM0
「ねえ。サキ、サキ……」

アリサがかぶりを振りながら言う。紗希は答えない。
大粒の涙が、アリサの瞳からぼたぼたと溢れてくる。地面に跳ねて、血溜まりに滲んだ。

「……ねえ……。何か、言ってよ……。言ってくれなきゃ、わかんないわよ……」

アリサが膝を折りながら、縋るように呟いた。紗希は答えない。
ゆっくりと、おんぶしていた腕を解く。二の腕がずるりと力無くアリサの腕から落ちた。
視界に紗希のだらりと伸びた手が映る。白く綺麗な手。蝋人形のような、血の気の無い手。
目眩がするような光景に、アリサの視界はぐらりと揺れた。
震える手でその指を握り締めて、アリサはそこで初めて、ぞっとするような肌の冷たさに気付く。
全てを理解したアリサの全身に、氷水をかけられるような戦慄が走った。

「………サキぃ……」

嗚咽交じりに、消え入りそうな声が溢れる。紗希は答えない。
本当は知っていた。呼吸が聞こえなくなったこと。だんだん冷たくなっていったこと。
背から降ろせば、その意味と向き合わなければならないこと。
血溜まりの中、アリサは大口を開けて涙を流した。嘘のような涙が、ぼろぼろと瞳から溢れる。
煙の向こう側から、僅かに光が漏れた。アリサの背の上で、幸せそうな死に顔が、太陽に照らされる。
無口な少女の物語は、そうして、幕を下ろすのだ。
最後まで想いを語り尽くさず、けれども大切な想い出を抱いたまま。


934 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 01:02:51 7DoZa2nM0
ここは自分の故郷に似た、よく出来た偽物の世界だと、丸山沙希はかつて思った。
されどその笑顔だけは紛れもない本物で、救いの証だったのだろう。

……夏が終わる。

汗と泥と油にまみれて、掴んだ大きな優勝旗。友と乗り越えた思い出、戦い。
青空、飛行機雲、蝉時雨、風鈴の音に流しそうめん。キンキンに冷えた麦茶に、塩を振りかけた真っ赤なスイカ、シロップ多めのかき氷。
もろこし畑には紋白蝶が飛んでいて、遠く聞こえる蛙の合唱、鳩の歌。
夕暮れ時はすこし肌寒くて、ひぐらしの声は切なくて。ふと見上げた茜色の夕焼けは嘘みたいに綺麗で、言葉を失った。
夜のとばりが降りてきて、線香花火が弾けたならば、打ち上げ花火が闇夜に上がる。ぱあんと弾けて、流れ星。瞬く星は一瞬の夢。
提灯の中に小さな満月が浮かんでいる。小さな出店、友と巡れば色恋沙汰で盛り上がる。
祭囃子が流れてくれば、盆に踊るよ人の波。真夜中の駅のホーム、電車が来ないことは知っているのに、少し座って何かを待った。
黄昏、星空、青春、大洗。親友、うさぎ、戦車道。涙と汗と、パンツァージャケット。火薬の匂いと、鉄の質感、涙の味。

終わる、終わる、終わる。

彼女の夏が、しじまに終わる。











もう二度と―――――――――――――――――――――――――――――――――丸山紗希は、語らない。


935 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 01:06:32 7DoZa2nM0
【丸山紗希 死亡確認】

【残り 25人】




【C-4・民家前/一日目・昼】

【アリサ@フリー】
[状態]顔全体に火傷と裂傷 深い悲しみ
[装備]血の飛んだサンダースの制服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:わからない。
1:置いて、行かないで。

[備考]
二人の支給品は近くに転がっています。

【☆アッサム@イングリッシュブレックファースト】
[状態]左側背中に軽いやけど 覚悟?
[装備]制服 支給品(組み立て前ジャイロジェットピストル 5/6 予備弾18発) 支給品(ツールナイフ)モーゼルC96@カエサル支給品
[道具]基本支給品一式(スマートフォンは起爆装置化している) 支給品(M67 破片手榴弾×9/10) 無線機PRC148@オレンジペコ支給品 工具
[思考・状況]
基本行動方針:『自分たち』聖グロリアーナが、生き残る
1:もう、ノイズを挟んだりしない?
2:後始末を行う。
3:ダージリンとの合流を目指すが、現時点で接触は目的としない。影ながら護衛しつつ上の行動を行いたい。
4:病院、ホテルなど人が集まりそうな場所へ待ち伏せし撃破したい
5:スーパーでキャンプ用品や化粧品売場、高校の科学室で硝酸や塩酸他爆薬の原料を集め時間があるなら合成する
6:同じく各洗剤、ガソリン、軽油など揮発性の毒性を有するもの・生み出すものを集める
7:ターゲットとトラップは各人のデータに基づいて……

【ローズヒップ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服
[道具]基本支給品一式 不明支給品-い・ろ・は
[思考・状況]
基本行動方針:ダージリンの指揮の下、殺し合いを打破する
1:今は何も考えられない


【C-4・アパートビル/一日目・昼】

【オレンジペコ@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 深い喪失感と虚無感 
[装備]制服 AS50 (装弾数3/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 支給品(無線機PRC148×2/3及びイヤホン・ヘッドセット)
[思考・状況]
基本行動方針:『戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ』……ラッセルですね。イギリスの哲学者です。
1:『もし地獄を進んでいるのならば……突き進め』……チャーチルですね。
2:『戦争になると法律は沈黙する』……キケロですね。
3:『なに人も己れ自身と同レベルの者に先を越さるるを好まず』……リヴィウスですね、そうでした。
4:『自分の不完全さを認め、受け入れなさい。相手の不完全さを認め、許しなさい』……アドラーですね。私だって……
5:『理性に重きを置けば、頭脳が主人となる』……、…………カエサルですね。
6:『人間は決して目的の為の手段とされてはならない』……カントですね。…………ごめんなさい
7:『徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力である』……ロベスピエールですね。私は……
8:『カーテンをおろせ、道化芝居は終わった』……ラブレーですね。……もう終わりにしましょう。


【C-4・???/一日目・昼】

【ナオミ @フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 M1903A4/M73スコープ付 (装弾3:予備弾10) スペツナズ・ナイフ
   ワルサーP38(装弾7:予備弾0) ドイツ軍コンバットナイフ(WWⅠ)
[道具]基本支給品一式×2 不明支給品(その他×2) チューインガム(残り8粒)
[思考・状況]
基本行動方針:サンダースの仲間を優勝させるため、自分が悪役となり参加者を狩る
1:???
2:愛里寿と桃を殺す


936 : わたしたちの戦車道 ◆dGkispvjN2 :2019/04/29(月) 01:09:34 7DoZa2nM0
以上で、投下終了します。
すみませんが、ここまでを前編とさせてください。
なるべく早く後編投下しますので、平成はこれにてなんとかご容赦いただきたいです、宜しくお願い致します……!


937 : ◆wKs3a28q6Q :2019/04/30(火) 23:57:44 PQSnoSPk0
平成最後の投下終了は1さんに譲るとして、平成最後の投下宣言と令和最初の投下完了宣言はいただきます


938 : ◆wKs3a28q6Q :2019/04/30(火) 23:59:42 PQSnoSPk0






オトナになんてなるもんか――――それはいけないことですか?


939 : ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 00:05:00 cGxIRlbk0






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






<フェイズケイ>


記憶に間違いがなければ、初めて「すごい」と褒められたのは、小学二年生のときだったと思う。

歩こうが食事をしようが何をやっても「すごいねえ」と猫なで声で褒めてもらえた幼少期のそれとは違う、純然たる賛美の声。
感心と驚愕を滲ませる大人達の顔と、憧れと尊敬に瞳を輝かせる周囲の子供達の顔。

嬉しい気持ちは間違いなく存在したし、向けられた言葉への感謝の気持ちもあった。
しかし、その言葉を素直に受け入れ増長したことは一度もない。

――好きなことを好きにやっているだけなのだ、一体何がすごいものか。

そんな気持ちが、心のどこかにあったのだと思う。

小学2年生にして戦車の知識が豊富だったのも、戦車というものに早い内から興味があったというだけのこと。
作戦指揮能力だって、隊長をやるのが楽しいから自然と身についただけのことだ。
天賦の才などではないし、ましてや苦しい特訓の成果でもない。
好きなことを好きにやっていた結果、人よりたくさん数をこなし、当然の帰結として結果が伴っただけである。

そう、本当にすごいヤツというのは、天賦の才で常人には出来ないことをやってのけるような者のことを言う。
嫌なことを歯を食いしばって何度もやっている者や、常人が躊躇うことを躊躇なくやってのける者こそ、すごいヤツと称されるに相応しい。


940 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 00:11:33 cGxIRlbk0

(アンジー、貴女……)

ケイにとっては、角谷杏がその『すごいヤツ』の代名詞だった。

『様々なトラブルの末、名門校から転校してきた西住みほに再び戦車道をやらせる』

普通、なかなか出来ることではない。
難しいというのは勿論のこと、みほの事情を思うと、普通はやりたいとも思わないだろう。
優勝を逃せば廃校なんて状況に陥っているとすれば尚更だ。
そんな重責をあの状態のみほに背負わせるなんてこと、常人ならばやろうとも思わない。

だが、杏には、出来る。
その目で見てきたわけではないので、どれだけ悩み苦しんだのかは知る由もない。
だがしかし、良心の呵責や心理的抵抗を全て捨て去り、みほを再び戦車道に引っ張り込んだことは事実。

それは、ケイでは出来なかったことだ。
みほがサンダースに来ていたとしても、嫌がっている人間相手に戦車道の話を振ることすらしようと思わなかっただろう。

“いいヤツ”なのではない。それが“普通”なのだ。

ケイだけではない。
カチューシャだってそうだろう。
ダージリンだってきっとそうだ。
大学選抜相手に大車輪の活躍を見せたミカだって、勿論アンチョビだってそう。

彼女達は選んだ道こそ違えど、選び方は皆同じ。

『自分の信ずる、自分の歩みたい道を征く』

そんな、悪く言えば簡単で楽な選び方をしているのだ。
非凡な道に見えるのは、人より少しばかりやりたいことを実現するだけの力があったというだけのこと。
道を歩く姿に、おかしな点などどこにもない。

(そう、なのね……)

目的のために非情とも取れる判断を下し、己の心を殺し続ける。
杏以外では、そんなことが出来るのはかの西住まほくらいなものだろう。

しかしその『非情さ』は、幼少期から西住流後継者としてゆっくりじっくり教育されて作り上げられたものにすぎない。

時間をかけ、段階を踏めば、誰だって嫌なことを出来るようになっていく。
つまらなく、外道で、胸糞悪くて、最低で、腹立たしいことだって、心を殺してやれるようになる。
大義名分を掲げ、飲み込み難い現実をゆっくりゆっくり噛み砕いて飲み込んでいく。
まったく腹立たしい話だが、そんなクソのような行為を、やがてはしなくてはならない。

きっとそれが、『オトナになる』ということなのだろう。

よく校内で耳にしていた、爆音で流れるロックンロール。
その中で否定されるオトナは、概ねそういうものだった。
そのくらい、あの姿は、よくあるオトナのソレなのだろう。

「…………」

だが、そうだとしても、だ。
今の状況でソレをやるのは、オトナでも難しいのではないだろうか。
飲み込み難い現実は、喉を通らず吐き出される。
そして、益がないと理解しつつも、泣き喚いて不平不満をのたまうことしかできない。
きっとオトナでもそうなるのではないだろうか。

そのくらい今の状況は過酷であり、平然と理不尽を飲み込みきった目の前の少女は異常だった。


941 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 00:17:20 cGxIRlbk0

「お前……お前、何やってるんだよォ!」

人を一人、それも見知った顔を殺しておいて、平然と笑顔を作れる。
そんな化物を前にした“普通の人間”が取れる行動など、決まっている。
自分のように恐れ慄き口を閉ざすか、混乱する思考に舌を乗っ取られ損得勘定も出来ずに口を開いてしまうかだ。

「必要だった。だから殺した」

淡々と、そう、淡々と告げられる。
多少声が震えているのが分かったが、しかしそれは杏の『正常さ』には決して繋がらない。
むしろ、杏の『異常さ』が際立つだけだ。

「分かってないなら教えとくけどさ、もう、犠牲ゼロなんて無理な所に来ちゃったんだよ」

残酷な正論を導き出し、無慈悲な未来を選択する。
いっそ心が壊れています、と言われた方が納得だ。
なのに杏は、摩耗しながらも心を壊さず、躊躇なく選び取った。

――私とは、違う。

頬を一筋の汗が伝う。
違う? 違うって、一体何が?
格か? 覚悟か? それとももっと根本的に、生物としての何かか?

「確……かに、もう、そうかもしれないけど! でも、何も殺すことないじゃないか!」

二人の会話に割って入ることが出来ない。
使える人間に取り入って、手段を選ばず立ち回ろうと決めたのに。
どちらかに肩入れし、信頼を得る絶好の機会だと言うのに、何も言葉が出てこない。

「……あのさ、じゃあ逆に聞くんだけど」

喉が貼り付く。呼吸をするのも忘れそうだ。
小さく聞こえるカチカチという音は、自分の顎が小さく震えているからだろう。

「生かしておく理由、あった?」


942 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 00:21:19 cGxIRlbk0

ぶわり、と全身の穴という穴から汗が吹き上がる。
総毛立つというのは、こういうことを言うのかもしれない。
杏の目を見るのが恐ろしくて、思わずそらした視線の先、胸に穴を開けたカチューシャと目が合った。

「………………っ!」

ごぼごぼと口から溢れた血液と、どろりと濁り虚空を見つめている眼。
ひと目見て分かる、もうカチューシャは助からないという事実。
いや、多分、あの痙攣も単なる生体反応で、とっくに死んでいるのだろう。

「相手はあのブリザードのノンナ。伝え聞く話だけでも、かなり強いってことが分かる」

カチューシャの骸から目が離せない。
眼前で繰り広げられている二人の口論なんて、鼓膜を震わせるだけで、ちっとも頭に入らなかった。

「倒すなら、不意をつくしかないだろうね。不死身のバケモンってわけではないだろうし、それなら勝ち目がある」

少なくとも、杏と同じことを、自分もしたはずだった。
冷静に計算し、やらねばらなぬと判断し、そして見知った顔をその手にかけた。
杏とは、何も変わらないはずだ。

「そうなると、こちらから先手を取ることになるわけだけど、そんなこと、カチューシャが許すと思う?」

なのに何故、こんなにも恐ろしいのだろう。
自分の行いを客観視させられたからだろうか。
それとも、異様に安らかだった赤星小梅の死に顔と違う、“志半ばで殺された顔”を初めて見てしまったからだろうか。

「大体さ、ちょびだって、カチューシャとは意見が合わなかったじゃん。酷いことだって言われたよね」

まぁ、いずれにせよ、要するに――ケイには向いてなかったのだ、本質的に。
杏のようにならねば生き残れないと分かりつつも、杏にはなれなかった。
ジョークのセンスは似通っていても、もっと根っこにある部分が、決定的に違ったのだ。


943 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 00:29:37 cGxIRlbk0

「それ、でも……生きててほしいだろっ……」

勢いで人を殺し、うだうだと考えて、ここに来てようやく決意を固められそうだった。
それを一瞬でやってのけた怪物を前に、自分はどうすべきなのか。
迫り上がってくる胃液を無理矢理押さえ込み、停止していた脳みそを強制的に再起動する。

「私はっ……お前にも、カチューシャにも、生きててほしかったんだよ! 友達だろォ!」

己の弱さから目をそらせたら、幸せだったかもしれない。
しかし、そうもいかないだろう。
戦うと決めたのだ。そのことだけは、もう引っくり返しようがない。
敵うはずのない怪物を見たからと、今更膝をついてコドモのように泣きじゃくるだけでいいはずないのだ。

「生かす理由!? 殺さない理由!? 友達だからだ! それだけでいいじゃないかよォ!」

正直に言って、角谷杏は強い。強すぎる。
この場であの選択を出来る者なんて、数えるほどしかいないだろう。
取り入る価値のある、有数の猛者だ。

「……お前はいいヤツだよ、ちょび」

だからこそ――彼女の手を取るわけにはいかない。

「だけど悪いね、私はその信念に、殉じてやることができない」

カチューシャと比べれば、自分の好感度は杏の中で高いだろうと思う。
だがそれでも、大洗の面々やアンチョビとは比べるまでもないだろう。

『杏にとって、ケイは、それほど優先すべき存在ではない』

最善手のために冷酷な判断を下し、手を汚せる人間の中で、優先度が低いという事実。
他者に向かえば頼りになる矛先が、こちらに向く可能性は高いだろう。

ましてや自分は、人殺しだ。
心底脱出を目指していたって切り捨てられかねないのに、優勝を目指す身で取り入るにはリスキーすぎる。

それこそ、西住みほと遭遇し、真実を話されようものなら、問答無用で撃たれるだろう。
推定無罪なんてものはない。ここはそういう場所だ。

「消えてくれ、ちょび。悪いけど、もうここは戦場になる」

ノンナが殺し合いに乗った。
確固たる証拠すらないその事実により、カチューシャは殺されたのだ。
出来ることなら円満に、この場を抜け出さねばならない。

「殺したくはないんだよね。私、ちょびのこと好きだし」

そう言いながらも、杏は銃口をアンチョビに向ける。
言葉を続けようとしたアンチョビが、ビクリと震えるのが分かった。


944 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 00:37:36 cGxIRlbk0

「優勝目指すわけでもないし、チームを解散するつもりもないんだけどさ」

銃口を前に、アンチョビの瞳に恐怖が宿る。
何かを言おうとしていたらしく半開きの唇から、カチカチと歯が打ち付けられる音が聞こえてきた。

「だけどノンナはここで殺す。これは規定事項なんだよね」

冗談めかした口調から一点、底冷えするほど冷たい口ぶり。
この状況で冗談めかしていたときも不気味ではあったが、今はそんな比ではない。

「だから――邪魔になるなら、カチューシャみたいに黙ってもらうことになるよ」

銃口を向け、それを“やれる”という確かな実績を携え、冷たい口調で脅しているのだ。
怯えるなという方が無茶だろう。

「今の私のやり方に文句があるなら、後でで聞くよ。終わってからね」

終わってから、というのは、ノンナを殺害してからということだろう。
要するに、責められてもいいが、しかしカチューシャとノンナを殺す方針を変える気などないということだ。

「こっちとしても、そろそろ襲撃に備えないといけないし」

もう止めるのは無理だろう。
それを理解させるには銃口だけで十分だが、杏は更にダメ押しを加えた。

「それとも、一緒に戦ってくれるのかな?」

優しく、しかしながらモノでも扱うように、足を使ってカチューシャの亡骸を小突く。
胸に乗っていた腕が、力なく地面へと落ちた。
完全に、事切れている。

「う、うう……」

顔をしわくちゃに歪め、アンチョビが俯く。
まるで廊下で叱られている小学生のように、声を押し殺して泣いていた。
悲しいのと、怖いのと――それと、悔しいのとが、ないまぜになっているのだろう。

「……アンジー」

アンチョビに対し、杏は言葉を続けなかった。
分かっているのだろう、アンチョビが共にノンナを殺すなんて道、選ばないということを。
だから、二人の会話はこれで終わりだ。自分が割り込むならば、今をおいて他にない。

「悪いんだけど、私も……」

もう、多少強引であろうと、ここを離れるしかない。
いつ切り捨ててくるか分からぬメンタルモンスターと、ノンナというフィジカルモンスター。
それに挟まれて戦うだなんて、絶対に御免だ。
開戦前に、さっさとずらからなくてはならない。

「……ま、いいけど」

身震い。
向けられた瞳に宿る色は、アンチョビに向けられていたときと異なっている。
手に入らない綺麗なものを見つめるときのそれとは違う、興味のない路傍の石でも眺めるような冷たい視線。
やはり離脱こそが正解だ、と思わせるには十分だった。

もう杏と手を取り合うことは無理だろう。
少なくとも、ケイの方が、杏を信じることができない。


945 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 00:44:57 cGxIRlbk0

「行きましょう、アンチョビ」

余計な言葉は言わない。
アンチョビの手を取り、早足に歩く。
杏との射線に、アンチョビが入るように心がけながら。

(アンジーは危険。ノンナと潰し合ってくれる方が助かる)

こちらが抱いた不信感も、とうに見抜かれただろう。
当然だ、隠すことを放棄したのだから。

殺し合いに乗っていなくとも、あの場面なら大半の者が杏に忌避感を抱く。
それはアンチョビを見ても明らかだ。

ならば、無理に演技して取り繕う必要はない。
ボロが出る危険を犯して迎合するより、素直に嫌悪感を出し立ち去る方がいいだろう。
どう転んでも撃たれるリスクがあるのだから、反対することで即射殺される可能性には目を瞑った

結果として、アンチョビと二人戦列を離れられたのだ。
選んだ方針は正解だったと言えるだろう。

「……グッドラック、アンジー」

黙って去ることが出来なかったのは、やましい気持ちをひた隠すためか。
兎に角、杏と関わり合いになりたくないケイとしては、杏にある言葉を言わせるのだけは避けたかった。

それはズバリ、集合場所。

杏は、アンチョビと後ほど合流するつもりかもしれない。
その合流場所を聞いてしまったが最後、そこに行くか、知っていたのに行かなかった者となるかの二択である。
出来ればこのまま『敵ではないが、ついていけなかった』程度の距離感を維持していたい。

そして幸いにもその願いは叶った。
杏も、動揺していたのかもしれない。
或いは、もう、アンチョビとは共にいられないと思ったのかもしれなかった。

とにかく――ケイは、命をチップにした杏の仕切る鉄火場から逃げ遂せた。
病院から離れるべく、アンチョビの手を取り、早足に移動する。


946 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 00:47:13 cGxIRlbk0

(問題は、今後アンチョビをどうするかね……)

握った手から、未だ震えが伝わってくる。
顔色も悪い。表情は今にも泣きそうだ。

(心が折れてるのかしら。無理もないわね)

目の前で起きた出来事への衝撃と混乱。
ぐるぐると迷走していた思考は、勢いを伴い口から飛び出た。
その勢いに無意識で乗っかり、先程は杏に言葉を投げ続けていた。

だが、その杏に銃口を向けられたことで、勢いは死んでしまった。
むしろ、今度は恐怖が津波のように押し寄せてきている。

頭で考えず、心で考える。
そんなアンチョビだからこそ、一度恐怖を覚えたら、なかなか抜けられないかもしれない。

(折れたままなら、それで良し。主導権を握って、利用し尽くす)

芯の折れたアンチョビは、はっきり言って怖くない。
自信も喪失してくれていれば、それなりの理を用意するだけで素直に従ってくれそうだ。

弾除けには申し分ないし、お人好しのアンチョビと居れば、殺し合いに乗っていないと信用してもらいやすいだろう。
もっとも、すでに二人となっていた場合、既存チームに取り入るのは難しいかもしれないが、そこは放送によるチーム情報を聞いてから判断しても遅くはない。

いずれにせよ、アンチョビの心が折れているのなら、一旦手の内に置いておきたかった。


947 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:20:03 cGxIRlbk0

(でも、もし、まだ折れていないようなら……)

仮に、アンチョビが立ち直るとしたら。
その時は、リスクがリターンを大幅に上回ってくる。

何せ、立ち上がれたアンチョビなら、杏と真っ向からぶつかって止めようとしかねない。
それは最も避けたいところだ。

杏には極力関わらず、淡々と邪魔になる者を処理してもらうのがベスト。
そして最後はキャパシティをオーバーし、どこかで命を落としておいてもらいたい。
あの感じだと、杏は己の身の安全は二の次と考えている。
放っておけば、いずれ死んではくれるだろう。

(ここから立ち上がるようなら)

そもそも、先程のイベントを踏まえた上で立ち上がれたアンチョビは、杏のことを抜きにしても厄介がすぎる。
というのも、その圧倒的なカリスマ性と人の良さは、この場においてかなりのアドバンテージとなるのだ。

勿論ケイとて他人に好かれるタイプではあるが、それでも裏表があり、多少恐れられていることを知っている。

だがアンチョビにはそれがない。
とにかく裏表がなく、故にこの場面ではとにかく信用しやすいのだ。
その点では、最も西住みほに近い存在と言えるだろう。

(そうなったら――――)

それだけは、不味い。
みほ相手だろうと手段を選ばず取り入るべきだったというのは間違いではない。

だがそれは、“すべきだった”という過去形だ。
殲滅戦開始直後のフラットな状況ならば、それも通用しただろう。

だが今は、事情が違う。
すでに自分が殺し合いに乗ったことを、知っている者が居る。

西住みほ。

あれほどのことがあったのだ、心が折れていてもおかしくない。
先程声が聞こえてきたが、無警戒に声を上げて襲われていておおかしくない。
そして亡骸となっており、間もなく始まるであろう放送で呼ばれたっておかしくない。

だが同時に、あそこから立ち上がって希望に向かって進んでいてもおかしくない。

そうなると、状況は最悪だ。
何せ、取り立てて狂信者というわけでもない普通の少女が、命を捨ててでも守ろうとした人徳の持ち主だ。
彼女を慕う後輩や同じ戦車の仲間も入れると、彼女のために死ねる者は大勢いるだろう。
瞬く間に大集団を結成していたとしても、何らおかしなことはない。

だが、その大集団に、ケイが入り込む余地はない。
そのチャンスを、自ら捨ててしまったのだ。

みほ一人なら、反省したと厚顔無恥にも取り入れたかもしれないが、今はもう事情が違う。
杏はみほを名指ししていた。
あの言葉にみほが乗るとは思わないが、杏がみほを探す可能性はあるだろう。

厚顔無恥に取り入った状態で、あの杏に会うことだけは、絶対に避けねばならない。
その場で殺されてもおかしくない。
声が聞こえたが、みほに取り入るのは無しだ。


948 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:26:06 cGxIRlbk0

そうなるともう全てを知るみほを殺すしかないのだが、大集団を結成されてしまうとそれも難しい。
数多の肉の盾により、誰より死から遠い場所で守られるのは目に見えている。

みほが健在ならば、ある程度利用できる集団に潜り込み、力を蓄えておく必要がある。
そして、ある程度信頼ができる殺し合いに乗った者とのチームに乗り換え、みほとの闘いに備える。
オトナになれなかった序盤の自分の甘さが、そうするより他ない事態を招いてしまった。

(貴女を殺すわ、アンチョビ)

なので、そうなると、立ち直ったアンチョビはとにかく邪魔な存在となる。
アンチョビに大集団を作られては、こちらとしても困るのだ。

優勝狙いの集団に乗り換えるのに支障をきたすし、人が増えれば増えるほど、みほから情報を聞いた者が混ざる可能性が上がる。

兎に角、まあ――いずれにせよ、殺さなくてはならないのだ。
みほが放送で呼ばれれば、利用し尽くし、適切なタイミングで。
みほが呼ばれていないとしても、アンチョビの心が折れていれば、やはり利用した後、適切なタイミングで。
みほが呼ばれず、アンチョビの心も折れていなければ、今すぐ、この場で。

「……ストップ、アンチョビ。放送が始まるわ」

ぷぅ、と一つ息を吐き、メモを取る準備をする。
みほの生死のみならず、聞くべき情報は沢山ある。
死者や禁止エリアは反映されるとのことだが、メモの準備をしておくに越したことはないだろう。

冷静に、手順を誤らず、勝ちに向かわねばならないほど、心理的には追い込まれている。
後味だの気持ちのいい勝利だのコドモじみたことを言った結果がこのザマだ。

ここからは――切り替える。
切り替えて、冷静なオトナの判断をくださねばならないのだ。
殺した命を無駄にせず、生きて帰るためにも。


949 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:28:19 cGxIRlbk0
 





 ☆  ★  ☆  ★  ☆






――――オトナになんか、ならなくていいのに。






 ☆  ★  ☆  ★  ☆


950 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:35:50 cGxIRlbk0

<フェイズみほ>


赤星小梅は、学園艦が好きだった。
黒森峰女学園そのものも愛していたし、戦車道にも愛着を持っていた。

だから、小梅の亡骸は、海が見える場所に埋葬することにした。
少々距離があることを思うと、逸見エリカは反対するのではないかと少し思ったが、
しかしながら、「そう」とだけ言うと、黙って小梅を担いでくれた。

「貴女と違って、逃げなかったのよね」

穴を掘りながら、エリカがぽつりと呟いた。
西住みほの心がチクリと痛んだが、しかし必要以上に落ち込むことはやめた。
エリカが唐突にそんなことを口にした意味を、理解することができたから。

「……あれだけの水難事故に遭えば、水がトラウマになってもよさそうなのに」
「……うん」

本当なら、あの事故が理由で転校していてもおかしくない。
周囲からの叱責や重圧が原因であったみほなんかよりも、よっぽど。

「赤星さん、戦車道、大好きだったから……」
「……黒森峰の戦車道が、よ」

ひょっとすると本人は、自分のことを弱いと思っているかもしれないけれど。
黒森峰の栄光に土をつけ、みほを救えなかったと、悔いているかもしれないけれど。

あんなことがあったのに、まだ戦車道に向き合い続けている小梅のことを、二人は強いと思っていた。
黒森峰女学園で、レギュラーの座にしがみつくことができていることを、二人は評価していた。

「……本当なら、こんな所じゃなくて、黒森峰の近くか、実家に埋めてやりたかったけど」

だから、エリカは、小梅が傍に居たとしても、きつく当たることはなかった。
黒森峰敗退の原因とはいえ、逃げなかった小梅のことを、必要以上には責めなかった。
きっちりと今年も戦力になるくらい己を鍛え上げていたことに、敬意だって抱いていた。

「……ごめんね、赤星さん」

だから、みほは、小梅のことを、とても尊敬していた。
自分は逃げ出した重圧に、ずっと立ち向かい続けたことを。
そして、彼女なりのペースでとはいえ、着実に成長し、前に進んでいることを。
決して歩みを止めなかった、その強さを。


951 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:41:28 cGxIRlbk0

「その上着はあげるわ。だから、まあ……化けて出てこないでよ」

土の中に横たえた小梅に、土をかけていく。
友人の体を埋める行為には、些か抵抗があった。

「……私は、ちょっとくらい、お化けとして会いに来てくれても、いいかな」

すっかり体が埋まり、残すところ顔だけとなった。
狙ってそうしたわけではない。
ただ、顔に土をかける行為を無意識に避け、こうなっただけにすぎない。

「……安らかに、眠らせてやりなさいよ」

すう、と大きく深呼吸して、それから意を決したように、エリカが顔へと土をかける。
それを見て、少し遅れて、みほも土をかけはじめた。

「……じゃあね」
「……ありがとう……」

最後は二人で、さらさらとゆっくり土をかけていった。
徐々に徐々に小梅の肌が隠れていき、そして完全に土へと埋まる。

赤星小梅の体は――こうして、故郷からも愛する学園艦からも遠い地で埋葬された。

野ざらしの亡骸と比べると、彼女は恵まれているかもしれない。
埋葬されただけでなく、二人の友人に見送ってもらえたのだから。


952 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:43:33 cGxIRlbk0

「…………」

埋葬が終わった後は、もう一度しっかりと話し合う。
その予定だった。

埋葬で少なからず体力を消費するであろうことを考慮し、
小休止を兼ねながら放送を聞き、そしてそれを踏まえて行動方針を固める。
そのつもりだった。

だが、しかし――そう簡単に切り替えられるほど、人の心は単純ではない。

何も言わず小梅の埋まった地面を見つめるみほは勿論、
エリカだって、今のみほの尻を叩こうなんてことは思えなかった。

きっと、放送になれば動かざるを得なくなるし、そのまま流れるように作戦会議になるだろう。

そんなことを考えながら、エリカもまた、小梅の埋まった地面をぼんやりと眺めていた。
しかし――――

『――聞こえる? カチューシャよ!』

“それ”は、放送が来るよりも早く、あまりにも唐突に始まった。

『偉大なるカチューシャが命じるわ! 全員、争いを止めて中央の病院に集まりなさい!』

反応が早かったのは、エリカ。
まだ少々呆け気味のみほと違い、顔つきが戦場でのソレになる。

『これは、命令よ! 無視したら許さない――』

取り出した地図で、現在地との距離を確認。
駆けつけられない距離ではない。


953 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:50:14 cGxIRlbk0

「許さないって、無視したらナニするってーのよ」

ハン、とわざとらしく鼻を鳴らす。
どう見ても、ここから先待っているのは“異常事態”の世界だ。
過剰なくらいに“いつも通り”に振る舞わねば、飛び込むことから逃げ出してしまいそうになる。

「それで、どうするのよ」

エリカがみほの目を見つめる。
みほの顔つきも、少々遅れて、キューポラの上と違わぬものへと切り替わった。

「……いきましょう」

それもこれも、カチューシャの演説のおかげだ。
カチューシャが、“いつも通り”で居てくれる。
だから二人も、“いつも通り”を演じようと奮い立てたのだ。

「走るわよ、ちゃんと着いてきなさいよ」

物陰目掛け、エリカが駆ける。
それから不格好なクリアリングをおこない、再び全力疾走。

身の安全を考えるなら、もっと慎重に移動するべきなのだろう。
だが、そんな冷静な判断を下せるほど、今の二人は心中穏やかじゃなかった。

――殲滅戦開始直後、慎重に考えようとし、思考の袋小路に迷い込み、そして手遅れになってしまった。

そんな思いが胸の内にあるからだろうか。
特にエリカは、みほと違い道を誤りすらしてしまった。
エリカは足に怒りを込めて地面を蹴り、訓練中でも見ない速度で駆け抜けていく。
その後ろを、みほが必死でついていく。

「カチューシャさん?!」

普段の運動量の差もあり、エリカよりやや遅れてだが、みほが病院へと辿り着く。
それと同時に、大事な友人の名前を叫ぶ。

声を張り上げるのは、冷静に見て下策も下策。
だがそれでも、叫ばずに居られなかった。
もう、何もしないで諦めて、大切な友達が命を落とすのは御免であった。


954 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:52:00 cGxIRlbk0

『ミッ――』

ぱあん、と乾いた音が鳴った。
思わず足が止まる。

『えーノンナさんへノンナさんへ!カチューシャは預かった!さっさと来ないとどうなっても知らないよー!』

一体何が起きているのか、脳の処理が追いつかない。
ただ、ひとつ、わかること。

角谷杏が、カチューシャを、撃った。

それだけは、ほぼほぼ間違いないだろう。
勿論それが演技であり、名指しされたノンナに対する何らかの策である可能性は僅かながらある。

だが、何故だろう。
頭と心の奥底で、得体のしれない何かが、これは演技の類ではないと告げている。

「さあ、西住ちゃん!」

確かめねば。
そう思い一歩踏み出そうとした足が、再び止まる。

ノンナに続いての名指し。
一体、何を、言われるのだろう。

「戦車道、やろうか!」

それは、“いつも通り”の口調であった。
先程のエリカが、努めてそうしていたように。
呼びかけをしたカチューシャが、大丈夫だと言わんばかりにそうしていたように。

その言葉は、あまりにも“いつも通り”であり、それ故に得体の知れない不気味さがあった。

ぐん、と腕を引かれる。
どうやら思考と一緒に体も停止していたらしい。
エリカが手を引き、走り出した。

銃声の方向は、今しがた入ってきた入り口とは反対方向から聞こえてきた。
確認せざるを得ないと、エリカも思っているのだろう。
声を出さないよう目配せし、姿勢を低くしながらも、足早に別の出入り口を目指す。
どうやらみほが立ち尽くしている間に、院内の地図を確認するなど、行動をおこしてくれていたらしい。

やっぱり、エリカさんは、頼りになるな。

そう思った時だった。
エリカが急に立ち止まり、その背中にぶつかったのは。


955 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:54:38 cGxIRlbk0

「…………声、出さないでよ」

えっ、と思わず声が漏れる。
危険な人物が傍に居るのなら、声に出して警告などしないだろう。
では、一体、何があって、口から出てきた言葉だろうか。
立ち止まったエリカの背中越しに見える、開け放たれた扉の向こうに答えがあるのだろうか。

「あっちは私が見てくるから……」

エリカの声は、震えていた。
ゆっくりと、その背が動く。
その向こう、開け放たれた扉の奥に、横たわっている、もの――

「……アンタは、ここに居てあげなさい」

そう言って、エリカが駆け出す。
みほが悲鳴のような叫び声をあげたが、振り返ることも、咎めることもしなかった。

「沙織さん! 華さんっ!」

開け放たれていた扉の奥。
そこに、みほの大事な友人が、二人も転がっていたのだから。

「う、あ……」

鼻を突く、血とアンモニアと吐瀉物の臭い。
その発生源は明白。
大量の血を流している友人と、同じく胃液と尿を大量に撒き散らし倒れ伏した友人だ。

「どうして……」

胃液が迫り上がってくる。
奥歯を食いしばり、喉に再び流し込んだ。
ようやく再会出来た友人に、そんなものをぶちまけるわけにはいくまい。


956 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 01:59:05 cGxIRlbk0

『―――――――――――生徒諸君』

そして、唐突に、音声が流れる。
三方向から聞こえるそれが放送であると理解するのに、少々時間がかかった。
何せ、別段、それに意識を割かなかったから。

『次に、死者の発表をします。死者は計13名』

友人の亡骸を前に、脳内を思い出が駆け巡る。
聞こえてくる音声に割く脳のリソースなど、どこにもなかった。

『五十鈴華』

それでも、これには、嫌でも体が反応する。
ビクリ、と肩が跳ねる。
じわり、と視界が滲む。

分かっていた。
目の前に横たわる五十鈴華の状態を見るに、生きているわけがない。

分かっていたのに――それでもなお、涙を止められなかった。

『磯辺典子、近藤妙子』

次々と、よく知る名前が挙げられていく。
それぞれの顔がまず頭をよぎり、そして声と思い出と、次々に浮かんでくる。

あまりに辛くて、もう起きてこない友人の手を、ぎゅっと握る。
まだ温かい。
死んだなんて冗談だと、驚かせてごめんなさいと、起き上がって言ってほしかった。

『カエサル、山郷あゆみ』

――――握った手は、まだ暖かかった。

『園みどり子、後藤モヨ子』

もっと早くに駆けつけていれば、間に合ったかもしれない。
自分を責め、そして――

『カルパッチョ』

――稲妻が、落っこちた。

「沙織さんっ!」

カルパッチョには申し訳ないが、追悼ムービー上映会IN脳内は一時中断。
あの放送は、学校順に名前を呼んでいたようだった。
華の体がまだ温かいことを見るに、死んだ順番ではないだろう。
つまり、あの放送で呼ばれなかった沙織は――

「沙織さん、沙織さん! ああ、どうしよう……」

沙織を揺り起こそうとして――その手を引っ込めた。
全身酷く炎症している。
触ると不味いかもしれない。
とはいえ、放っておくのも不味いだろう。


957 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 02:05:29 cGxIRlbk0

「え、ええと、炎症の時は……!」

ある程度応急手当の知識はあるが、しかしこれはカバー範囲を大幅に越えている。
普通に戦車道をしていては決して負わないような傷だ。

だから、みほを責めることなど出来ないだろう。
みほの知る炎症は、冷やして対処するものだったのだから。
炎症を冷やそうとし、そして意識を取り戻させようとし、嘔吐に汚れた顔を綺麗にしてやろうとし、

――比較的冷えているペットボトルの水を、かけてしまったとしても。

沙織の全身を激痛が襲う。
濡れている方が危ないなどと分からぬみほの善意により、折角手放していた意識を取り戻してしまう。

「……っ!」

びくん、と痙攣。
のたうち回る元気など、とうに残されていない。
痛さと辛さに脱力しても、もはや漏れ出る液体すら無い。

そんな沙織の有様は、みほに動揺をもたらす。
どうしよう、どうしよう、どうすればいいの、助けて、教えて、お姉ちゃん――――

「み……り…………」

幸か不幸か、沙織の対処に終われ、敬愛する姉の名前が呼ばれたことは耳に入ってこなかった。
しかし、どれだけ耳を傾けても、沙織のボロボロの唇から漏れ出る言葉も、耳に入ってはくれない。

「どうしたの、沙織さん、沙織さん!」

変に触ると痛いかもしれない。
そう思って、沙織の手を握ってやることも出来ない。
一人ぼっちでいた自分の手を、あの日、沙織は取ってくれたというのに。

――そして、銃声が響いた。


958 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 02:15:56 cGxIRlbk0

「そうだ、エリカさん……」

あまりのショックに、頭から抜け落ちていた。
エリカなら、自分よりも応急手当の知識があるかもしれない。
西住まほに並び立とうと、あらゆる科目に真剣だったエリカなら。

とはいえ、沙織を置いていくわけにもいくまい。
問題なく場が収まり、怪我したカチューシャの手当を兼ねて来てくれれば――

そんな甘い考えを胸に抱きながら、窓辺に向かい、そっと外を覗いた。
何も見えない。誰も見えない。一体外は、どうなっているのだろう。

その時、スマートフォンのブザーが鳴った。
放送を途中からまるで聞いていなかったみほには知る由もない。

そして、ブザーが、もう一度鳴る。
それは、二つの命が奪われたことを知らせる通知音だった。


959 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/05/01(水) 02:18:59 cGxIRlbk0
前後編ブームに乗っかり、原作リスペクトで少々引き伸ばしますヅラで一旦投下終わります
また今夜後編を投下予定です


960 : ◆wKs3a28q6Q :2019/12/31(火) 23:54:25 wlVnK5kM0
平成令和の年越し投下に失敗したので、2019→2020の年越し投下します
テレビ見ながらなのでのんびり投下するので初詣でも終わったら読んでもらえたら

あと区切る場所とか変えたくなったのと微妙に文章修正したので1から投下します、申し訳ない。


961 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2019/12/31(火) 23:55:47 wlVnK5kM0






オトナになんてなるもんか――――それはいけないことですか?


962 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 00:30:25 XiQ4wVgw0
 





 ☆  ★  ☆  ★  ☆






<フェイズ・ケイ>



記憶に間違いがなければ、初めて「すごい」と褒められたのは、小学2年のときだったと思う。

歩こうが食事をしようが何をやっても「すごいねえ」と猫なで声で褒めてもらえた幼少期のそれとは違う、純然たる賛美の声。
感心と驚愕を滲ませる大人達の顔と、憧れと尊敬に瞳を輝かせる周囲の子供達の顔。

嬉しい気持ちは間違いなく存在したし、向けられた言葉への感謝の気持ちもあった。
しかし、その言葉を素直に受け入れ増長したことは一度もない。

――好きなことを好きにやっているだけなのだ、一体何がすごいものか。

そんな気持ちが、心のどこかにあったのだと思う。

小学2年生にして戦車の知識が豊富だったのも、戦車というものに早い内から興味があったというだけのこと。
作戦指揮能力だって、隊長をやるのが楽しいから自然と身についただけのことだ。
天賦の才などではないし、ましてや苦しい特訓の成果でもない。
好きなことを好きにやっていた結果、人よりたくさん数をこなし、当然の帰結として結果が伴っただけである。

そう、本当にすごいヤツというのは、天賦の才で常人には出来ないことをやってのける者だ。
嫌なことを歯を食いしばって何度もやっている者や、常人が躊躇うことを躊躇なくやってのける者こそ、すごいヤツと称されるに相応しい。


963 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 00:55:04 XiQ4wVgw0

(アンジー、貴女……)

ケイにとっては、角谷杏がその『すごいヤツ』の代名詞だった。

『様々なトラブルの末、名門校から転校してきた西住みほに、再び戦車道をやらせる』

なかなか出来ることではない。
難しいというのは勿論のこと、みほの事情を思うと、普通はやりたいとも思わないだろう。
優勝を逃せば廃校なんて状況に陥っているとすれば尚更だ。

だが、杏には、出来たのだ。
その目で見てきたわけではないので、どれだけ悩み苦しんだのかは知る由もない。
だがしかし、良心の呵責や心理的抵抗を全て捨て去り、みほを再び戦車道に引っ張り込んだことは事実。

それは、ケイには絶対出来ないことだ。
仮にみほがサンダースに来ていたとしても、嫌がっている人間相手に戦車道の話を振ることすらしようと思わなかっただろう。

“いいヤツ”なのではない。それが“普通”なのだ。

ケイだけではない。
カチューシャだってそうだろう。
ダージリンだってきっとそうだ。
大学選抜相手に大車輪の活躍を見せたミカだって、勿論アンチョビだって。
誰も、辛い目に遭って戦車道から逃げてきた少女を、再び戦車道の道へと無理矢理引き戻したりはしない。

彼女達は選んだ道こそ違っているが、その選び方は皆同じ。

『自分の信ずる、自分の歩みたい道を征く』

そんな、悪く言えば"簡単で楽な選び方”をしているのだ。
非凡な道に見えるのは、人より少しばかりやりたいことを実現するだけの力があったというだけのこと。
道を歩く姿に、おかしな点などどこにもない。

(そう、なのね……)

目的のために非情とも取れる判断を下し、己の心を殺し続ける。
ただでさえ常人のメンタルでは成し得ないことだというのに、まだ高校生の身で、たかだか学校の授業でソレをやる。
杏以外でそんなことが出来るのは、精々かの西住まほくらいだろう。

いや、その『冷酷な戦車乗り・西住まほ』にしても、幼少期から西住流後継者としてゆっくりじっくり教育され、出来上がった姿にすぎない。

時間をかけ、段階を踏めば、嫌なことを出来るようになるのも分かる。
大義名分を掲げ、飲み込み難い現実をゆっくりゆっくり噛み砕いて飲み込んでいく。
まったく腹立たしい話だが、そんなクソのような行為を、やがてはしなくてはならない。

きっとそれが、『オトナになる』ということなのだろう。

よく校内で耳にしていた、爆音で流れるロックンロール。
その中で否定されるオトナは、概ねそういうものだった。
そのくらい、あの姿は、よくあるオトナのソレなのだろう。


964 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 01:24:39 XiQ4wVgw0

「…………」

だが、そうだとしても、だ。
今の状況でソレをやるのは、オトナでも難しいのではないだろうか。
飲み込み難い現実は、喉を通らず吐き出される。
そうして益がないと理解しつつも、泣き喚いて不平不満をのたまうことしかできない。
きっとオトナでもそうなるのではないだろうか。

そのくらい今の状況は過酷で、それを平然とやってのけた目の前の少女は異常だった。

「お前……お前、何やってるんだよォ!」

人を一人、それも見知った顔を殺しておいて、平然と笑顔を作れる。
そんな化物を前にした“普通の人間”が取れる行動など、決まっている。
自分のように恐れ慄き口を閉ざすか、混乱する思考に舌を乗っ取られ、損得勘定も出来ずに口を開いてしまうかだ。

「必要だった。だから殺した」

淡々と。
そう、淡々と、告げられる。

多少声が震えているのが分かったが、しかしそれは杏の『正常さ』には決して繋がらない。
むしろ、杏の『異常さ』が際立つだけだ。

「分かってないなら教えとくけどさ、もう、犠牲ゼロなんて無理な所に来ちゃったんだよ」

残酷な正論を導き出し、無慈悲な未来を選択する。
いっそ「心が壊れています」と言われた方が納得出来る。
なのに杏は、心を壊さず、摩耗しながらも、躊躇なく選び取った。

――私とは、違う。

頬を一筋の汗が伝う。
違う? 違うって、一体何が?
格か? 覚悟か? それとももっと根本的に、生物としての何かがか?

「確……かに、もう、そうかもしれないけど! でも、何も殺すことないじゃないか!」

二人の会話に割って入ることが出来ない。
使える人間に取り入って、手段を選ばず立ち回ろうと決めたのに。
どちらかに肩入れし、信頼を得る絶好の機会だと言うのに、何も言葉が出てこない。

「……あのさ、じゃあ逆に聞くんだけど」

喉が張り付く。呼吸をするのも忘れそうだ。
小さく聞こえるカチカチという音は、自分の顎が小さく震えているからだろう。

「生かしておく理由、あった?」


965 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 01:31:57 XiQ4wVgw0

ぶわり、と全身の穴という穴から汗が吹き上がる。
総毛立つというのは、こういうことを言うのかもしれない。
杏の目を見るのが恐ろしくて、思わずそらした視線の先、胸に穴を開けたカチューシャと目が合った。

「………………っ!」

ごぼごぼと口から溢れた血液と、濁った眼。
ひと目見て分かる、もうカチューシャは助からないという事実。
いや、多分、あの痙攣も単なる生体反応で、とっくに死んでいるのだろう。

「相手はあのブリザードのノンナ。伝え聞く話だけでも、かなり強いってことが分かる」

カチューシャの骸から目が離せない。
眼前で繰り広げられている二人の口論なんて、鼓膜を震わせるだけで、ちっとも頭に入らなかった。

「倒すなら、不意をつくしかないだろうね。不死身のバケモンってわけではないだろうし、それなら勝ち目がある」

少なくとも、杏と同じことを、自分もしたはずだった。
冷静に計算し、やらねばらなぬと判断し、そして見知った顔をその手にかけた。
杏とは、何も変わらないはずだ。

「そうなるとこちらから先手を取ることになるわけだけど、そんなこと、カチューシャが許すと思う?」

なのに何故、こんなにも恐ろしいのだろう。
自分の行いを客観視させられたからだろうか。
それとも、異様に安らかだった赤星小梅の死に顔と違う、“志半ばで殺された顔”を初めて見てしまったからか。

「大体さ、ちょびだって、カチューシャとは意見が合わなかったじゃん。酷いことだって散々言われてたよね」

まぁ、いずれにせよ、要するに――ケイには向いてなかったのだ、本質的に。
杏のようにならねば生き残れないと分かりつつも、杏にはなれなかった。
ジョークのセンスは似通っていても、もっと根っこにある部分が、決定的に違ったのだ。


966 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 02:18:32 XiQ4wVgw0

「それ、でも……生きててほしいだろっ……」

勢いで人を殺し、うだうだと考えて、ここに来てようやく決意を固められそうだった。
それを一瞬でやってのけた怪物を前に、自分はどうすべきなのか。
競り上がってくる胃液を飲み込み、停止していた脳みそを再起動する。

「私はっ……お前にも、カチューシャにも、生きててほしかったんだよ! 友達だろォ!」

己の弱さから目をそらせたら、幸せだったかもしれない。
しかし、そうもいかないだろう。
戦うと決めたのだ。そのことだけは、もう引っくり返しようがない。
敵うはずのない怪物を見たからと、今更膝をついて泣くだけでいいはずがないのだ。

「生かす理由!? 殺さない理由!? 友達だからだ! それだけでいいじゃないかよォ!」

正直に言って、角谷杏は強い。強すぎる。
この場であの選択を出来るものなんで、数えるほどしかいないだろう。
取り入るに足る能力がある。

「……お前はいいヤツだよ、ちょび」

だからこそ――彼女に取り入るわけにはいかない。


967 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 02:20:09 XiQ4wVgw0

「だけど悪いね、私はその信念に、殉じてやることができない」

カチューシャと比べれば、自分の好感度は杏の中で高い方だとは思う。
だがそれでも、大洗の面々やアンチョビとは比べるまでもない。

杏にとって、ケイは、それほど優先すべき存在ではない。

最善手のために冷酷な判断を下し、手を汚せる人間から見て、優先度が低いという事実。
他者に向かえば頼りになる矛先が、こちらに向く可能性は、決して低いとは言えない。

ましてや自分は、人殺しだ。
心底脱出を目指していたって切り捨てられかねないのに、優勝を目指す身分で取り入るにはリスキーすぎる。

それこそ、西住みほと遭遇し、真実を話されようものなら、問答無用で撃たれるだろう。
推定無罪なんてない。ここはそういう場所だ。

「消えてくれ、ちょび。悪いけど、もうここは戦場になる」

ノンナが殺し合いに乗った。
確固たる証拠すらないその事実だけで、カチューシャは殺されたのだ。

杏に疑われることは死を意味する。
何としてでも円満に、この場を抜け出さねばならない。

「殺したくはないんだよね。私、ちょびのこと好きだし」

そう言いながらも、杏は銃口をアンチョビに向ける。
言葉を続けようとしたアンチョビが、ビクリと震えるのが分かった。

「優勝目指すわけでもないし、チームを解散するつもりもないんだけどさ」

銃口を前に、アンチョビの瞳に恐怖が宿る。
何かを言おうとしていたらしく半開きの唇から、カチカチと歯が打ち付けられる音が聞こえてきた。

「だけどノンナはここで殺す。これは既定事項なんだよね」

冗談めかした口調から一点、底冷えするような口ぶり。
この状況で冗談めかしていたときも恐怖があったが、今はそんな比ではない。

「だから――邪魔になるなら、カチューシャみたいに黙ってもらうことになるよ」

銃口を向け、それを“やれる”という確かな実績を携え、冷たい口調で脅しているのだ。
怯えるなという方が無茶だろう。


968 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 02:23:07 XiQ4wVgw0

「今の私のやり方に文句があるならあとで聞くよ。そろそろ襲撃に備えないといけないし」

もう止めるのは無理だろう。
それを理解させるには銃口だけで十分だが、杏は更にダメ押しを加えた。

「それとも、一緒に戦ってくれるのかな?」

優しく、しかしながらモノでも扱うかのように、足を使ってカチューシャの亡骸を小突く。
胸に乗っていた腕が、力なく地面へと落ちた。
完全に、事切れている。

「……アンジー。悪いんだけど、私も……」

もう、多少強引であろうと、ここを離れるしかない。
いつ切り捨ててくるか分からぬメンタルモンスターと、ノンナというフィジカルモンスター。
それに挟まれて戦うだなんて、絶対に御免だ。

「……ま、いいけど」

身震い。
向けられた瞳に宿る色は、アンチョビに向けられていたときと異なっている。

やはり離脱こそが正解。
もう杏と手を取り合うことは無理だろう。
少なくとも、ケイの方は、杏を信じることなど、もうできない。


969 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 02:23:32 XiQ4wVgw0

「行きましょう、アンチョビ」

余計な言葉は言わない。
アンチョビの手を取り、早足に歩く。
杏との射線に、アンチョビが入るように心がけながら。

(アンジーは危険。ノンナと潰し合ってくれる方が助かる)

こちらが抱いた不信感も、とうに見抜かれただろう。
当然だ、隠すことを放棄したのだから。

殺し合いに乗っていなくとも、あの場面なら杏に忌避感を抱く。
それはアンチョビを見ても明らかだ。

ならば、無理に演技をし取り繕う必要はない。
ボロが出る危険を犯して迎合するより、素直に嫌悪感を出し立ち去る方がいいだろう。
どう転んでも撃たれるリスクがあるのだから、反対することで即射殺される可能性には目を瞑った。

結果として、アンチョビと二人戦列を離れられたのだ。
選んだ方針は正解だったと言えるだろう。


970 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 03:23:28 XiQ4wVgw0

(問題は、アンチョビをどうするかね……)

握った手から、未だ震えが伝わってくる。
顔色も悪い。表情も今にも泣きそうだ。

(心が折れてるのかしら。無理もないわね)

目の前で起きた出来事への衝撃と混乱。
その勢いに無意識で乗っかり、先程は杏に言葉を投げ続けていた。

だが、その杏に銃口を向けられたことで、勢いは死んでしまった。
むしろ、今度は恐怖が津波のように押し寄せてきている。

頭で考えず、心で考える。
そんなアンチョビだからこそ、一度恐怖を覚えたら、なかなか抜けられないかもしれない。

(折れたままなら、それで良し。主導権を握って、利用し尽くす)

芯の折れたアンチョビは、はっきり言って怖くない。
自信も喪失してくれていれば、それなりの理を用意するだけで素直に従ってくれそうだ。
弾除けには申し分ないし、お人好しのアンチョビと居れば、殺し合いに乗っていないと信用してもらいやすいだろう。

もっとも、人数制限がある以上、アンチョビと行動していると他の既存チームに入るのは難しいかもしれないが、
そこをどうするかは、放送によるチーム情報を聞いてから判断しても遅くはない。

いずれにせよ、アンチョビが折れているのなら、一旦手の内に置いておきたかった。


971 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 03:30:54 XiQ4wVgw0

(でも、もし、まだ折れていないようなら……)

仮に、このままアンチョビが立ち直るとしたら。
その時は、リスクがリターンを大幅に上回ってくる。

何せ、立ち上がったアンチョビならば、杏と真っ向からぶつかって止めようとするだろう。
それは最も避けたい未来だ。

杏には極力関わらず、淡々と邪魔になる者を処理してもらい、そして最後にはキャパシティをオーバーして命を落としてもらいたい。
あの感じだと、杏は己の身の安全は二の次と考えている。
放っておけば、いずれ死んではくれるだろう。

何より不味いのは、先程のイベントを踏まえた上で立ち上がったアンチョビは、厄介がすぎるということだ。
ケイとて人に好かれるタイプではあるが、それでも裏表があり、多少恐れられていることを知っている。

だがアンチョビにはそれがない。
とにかく裏表がなく、この場面ではとにかく信用しやすいのだ。
その点では、最も西住みほに近い存在と言えるだろう。

(そうだとしたら――――)

それだけは、不味い。
みほ相手だろうと手段を選ばず取り入るべきだったというのは間違いではない。

だがそれは、“すべきだった”という過去形だ。
殲滅戦開始直後のフラットな状況ならば、それも通用しただろう。

だが今は、事情が違う。
すでに自分が殺し合いに乗ったことを、知っている者が居る。

西住みほ。

あれほどのことがあったのだ、心が折れていてもおかしくない。
とうに亡骸となっており、間もなく始まるであろう放送で呼ばれたっておかしくない。

だが同時に、あそこから立ち上がって希望に向かって進んでいてもおかしくない。

そうなると、状況は最悪だ。
何せ、取り立てて狂信者というわけでもない普通の少女が、命を捨ててでも守ろうとした人徳の持ち主だ。
彼女を慕う後輩や同じ戦車の仲間も入れると、彼女のために死ねる者は大勢いるだろう。
瞬く間に大集団を結成していたとしても、何らおかしなことはない。

だが、その大集団に、ケイが入り込む余地はない。
そのチャンスを、自ら捨ててしまったのだから。

後悔してももう遅い。
そうなるともう全てを知るみほを殺すしかないのだが、大集団を結成されたそれも難しい。
数多の肉の盾により、誰より死から遠い場所で守られるのは目に見えている。

であれば、決戦の日に備え、ある程度利用できる小規模の集団に潜り込み、力を蓄える必要がある。
そして、ある程度信頼ができる、殺し合いに乗った者とのチームに乗り換え、みほとの闘いに備える。
みほが死んでいない場合は、そうするより他ないのだ。

(貴女を殺すわ、アンチョビ)

なので、そうなると、立ち直ったアンチョビはとにかく邪魔な存在となる。
みほのように大集団を作られては、こちらとしても困るのだ。

優勝狙いの集団に乗り換えるのに支障をきたすし、
人が増えれば増えるほど、みほから情報を聞いた者が紛れ込む可能性が上がる。

兎に角、まあ――いずれにせよ、アンチョビは殺さなくてはならない。
みほが放送で呼ばれれば、利用し尽くし、適切なタイミングで。
みほが呼ばれていないとしても、アンチョビの心が折れていれば、やはり利用した後、適切なタイミングで。
みほが呼ばれず、アンチョビの心も折れていなければ、今すぐ、この場で。


972 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 03:34:14 XiQ4wVgw0

「……ストップ、アンチョビ。放送が始まるわ」

ぷぅ、と一つ息を吐き、メモを取る準備をする。
みほの生死のみならず、聞くべき情報は沢山ある。

冷静に、手順を誤らず、勝ちに向かわねばならない。
後味だの気持ちのいい勝利だの子供じみたことを言った結果がこのザマだ。
ここからは――切り替える。切り替えて、冷静なオトナの判断をくださねばならないのだ。



 ☆  ★  ☆  ★  ☆






――――オトナになんか、ならなくていいのに。






 ☆  ★  ☆  ★  ☆


973 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 03:46:09 XiQ4wVgw0






<フェイズ・みほ>


赤星小梅は、学園艦が好きだった。
黒森峰女学園そのものも愛していたし、戦車道にも愛着を持っていた。

だから、小梅の亡骸は、海が見える場所に埋葬することにした。
少々距離があることを思うと、逸見エリカは反対するのではないかと少し思ったが、
しかしながら、「そう」とだけ言うと、黙って小梅を担いでくれた。

「貴女と違って、逃げなかったのよね」

穴を掘りながら、エリカがぽつりと呟いた。
西住みほの心がチクリと痛んだが、しかし必要以上に落ち込むことはやめた。
エリカが唐突にそんなことを口にした意味を、理解することができたから。

「……あれだけの水難事故に遭えば、水がトラウマになってもよさそうなのに」
「……うん」

本当なら、あの事故が理由で転校していてもおかしくはない。
周囲からの叱責や重圧が原因であったみほなんかより、よっぽど逃げるに足る理由を持っている。

「赤星さん、戦車道、大好きだったから……」
「……黒森峰の戦車道が、よ」

ひょっとすると本人は、自分のことを弱いと思っているかもしれないけれど。
黒森峰の栄光に土をつけ、恩人を見捨ててしまったと、気に病んでいるかもしれないけれど。

あんなことがあったのに、まだ戦車道に向き合い続けている小梅のことを、二人は強いと思っていた。
黒森峰女学園で、レギュラーの座にしがみつくことができていることを、二人は評価していた。

「……本当なら、こんな所じゃなくて、黒森峰の近くか、実家に埋めてやりたかったけど」

だから、エリカは、小梅が傍に居たとしても、きつく当たることはなかった。
黒森峰敗退の原因とはいえ、逃げなかった小梅のことを、必要以上には責めなかった。
きっちりと今年も戦力になるくらい己を鍛え上げていたことに、敬意だって抱いていた。

「……ごめんね、赤星さん」

だから、みほは、小梅のことを、とても尊敬していた。
自分は逃げ出した重圧に、ずっと立ち向かい続けたことを。
そして、彼女なりのペースでとはいえ、着実に成長し、前に進んでいることを。
決して歩みを止めなかった、その強さを。


974 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 03:54:00 XiQ4wVgw0

「その上着はあげるわ。だから、まあ……化けて出てこないでよ」

土の中に横たえた小梅に、土をかけていく。
友人の体を埋める行為には、些か抵抗があった。

「……私は、ちょっとくらい、お化けとして会いに来てくれても、いいかな」

すっかり体が埋まり、残すところ顔だけとなった。
狙ってそうしたわけではない。
ただ、顔に土をかける行為を無意識に避け、こうなっただけにすぎない。

「……安らかに、眠らせてやりなさいよ」

すう、と大きく深呼吸して、それから意を決したように、エリカが顔へと土をかける。
それを見て、少し遅れて、みほも土をかけはじめた。

「……じゃあね」
「……ありがとう……」

最後は二人で、さらさらとゆっくり土をかけていった。
徐々に徐々に小梅の肌が隠れていき、そして完全に土へと埋まる。

こうして、赤星小梅の体は、故郷からも愛する学園艦からも遠い地で埋葬された。

野ざらしの亡骸と比べると、彼女は恵まれているかもしれない。
埋葬されただけでなく、二人の友人に見送ってもらえたのだから。


975 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 04:39:47 XiQ4wVgw0

「…………」

埋葬が終わった後は、もう一度しっかりと話し合う。
その予定だった。

埋葬で少なからず体力を消費するであろうことを考慮し、
小休止を兼ねながら放送を聞き、そしてそれを踏まえて行動方針を固める。
そのつもりだった。

だが、しかし――そう簡単に切り替えられるほど、人の心は単純ではない。

何も言わず小梅の埋まった地面を見つめるみほは勿論、
エリカだって、今のみほの尻を叩こうなんてことは思えなかった。

きっと、放送になれば動かざるを得なくなるし、そのまま流れるように作戦会議になるだろう。

そんなことを考えながら、エリカもまた、小梅の埋まった地面をぼんやりと眺めていた。
しかし――――

『――聞こえる? カチューシャよ!』

“それ”は、放送が来るよりも早く、あまりにも唐突に始まった。

『偉大なるカチューシャが命じるわ! 全員、争いを止めて中央の病院に集まりなさい!』

反応が早かったのは、エリカ。
まだ少々呆け気味のみほと違い、顔つきが戦場でのソレになる。

『これは、命令よ! 無視したら許さない――』

取り出した地図で、現在地との距離を確認。
駆けつけられない距離ではない。

「許さないって、無視したらナニするってーのよ」

ハン、とわざとらしく鼻を鳴らす。
どう見ても、ここから先待っているのは“異常事態”の世界だ。
過剰なくらいに“いつも通り”に振る舞わねば、飛び込むことから逃げ出してしまいそうになる。

「それで、どうするの」

みほを見やる。
みほの顔つきも、少々遅れて、キューポラの上と違わぬものへと切り替わった。

「……いきましょう」

それもこれも、カチューシャの演説のおかげだ。
カチューシャが、“いつも通り”で居てくれる。
だから二人共、戦車のうえで勇猛果敢に指揮を執る“いつも通り”の顔になれた。


976 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 04:47:05 XiQ4wVgw0

「走るわよ、ちゃんと着いてきなさいよ」

物陰目掛け、エリカが駆ける。
それから不格好なクリアリングをおこない、再び全力疾走。

身の安全を考えるなら、もっと慎重に移動するべきなのだろう。
だが、そんな冷静な判断を下せるほど、今の二人は心中穏やかじゃなかった。

――慎重になろうとし、思考の袋小路に迷い込み、そして手遅れになってしまった。

そんな思いが胸の内にあるからだろうか。
特にエリカは、怒りを込めて地面を蹴り、訓練中でも見ない速度で駆け抜けていく。

「カチューシャさん?!」

普段の運動量の差もあり、エリカよりやや遅れてだが、みほが病院へと辿り着く。
声を張り上げたのは、冷静に見て下策も下策。

だがそれでも、叫ばずに居られなかった。
もう、何もしないで諦めて、大切な友達が命を落とすのは御免であった。

『ミッ――』

ぱあん、と乾いた音が鳴った。
思わず足が止まる。

『えーノンナさんへノンナさんへ!カチューシャは預かった!さっさと来ないとどうなっても知らないよー!』

一体何が起きているのか、脳の処理が追いつかない。
ただ、ひとつ、わかること。

角谷杏が、カチューシャを、撃った。

それだけは、ほぼ間違いがないだろう。
勿論それが演技であり、名指しされたノンナに対する何らかの策である可能性はある。
だが、何故だろう。頭と心の奥底で、得体のしれない何かが、これは演技の類ではないと告げている。

「さあ、西住ちゃん!」

確かめねば。
そう思い一歩踏み出そうとした足が、再び止まる。

ノンナに続いての名指し。
一体、何を、言われるのだろう。

「戦車道、やろうか!」

それは、“いつも通り”の口調であった。
先程のエリカが、努めてそうしていたように。
呼びかけをしたカチューシャが、大丈夫だと言わんばかりにそうしていたように。

その言葉は、あまりにも“いつも通り”であり、それ故に得体の知れない不気味さがあった。


977 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 04:52:43 XiQ4wVgw0

ぐん、と腕を引かれる。
どうやら思考と一緒に体も停止していたらしい。
エリカが手を引き、走り出した。

銃声の方向は、今しがた入ってきた入り口とは反対方向から聞こえてきた。
確認せざるを得ないと、エリカも思っているのだろう。
声を出さないよう目配せし、姿勢を低くしながらも、足早に別の出入り口を目指す。
慣れない建物だというのに、迷いの色が見えなかった。
どうやらみほが立ち尽くしている間に、院内の地図を確認するなど、行動をおこしてくれていたらしい。

――やっぱり、エリカさんは頼りになるな。

そう思った時だった。
エリカが急に立ち止まり、その背中にぶつかったのは。

「…………声、出さないでよ」

えっ、と思わず声が漏れる。
危険な人物が傍に居るのなら、声に出して警告などしないだろう。
では、一体、何の意図での言葉だろうか。
ひょっとすると、立ち止まったエリカの背中越しに見える、開け放たれた扉の向こうに答えがあるのだろうか。

「あっちは私が見てくるから……」

エリカの声は、震えていた。
ゆっくりと、その背が動く。
その向こうに、開け放たれた扉の奥に、横たわっている、もの――

「……アンタは、ここに居てあげなさい」

そう言って、エリカが駆け出す。
みほが叫び声をあげたが、振り返ることも、咎めることもしなかった。

「沙織さん! 華さんっ!」

開け放たれていた扉の奥。
そこに、みほの大事な友人が、二人も転がっていたのだから。


978 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 04:59:29 XiQ4wVgw0

「う、あ……」

鼻を突く、血とアンモニアと吐瀉物の臭い。
その発生源は明白。
大量の血を流している友人と、同じく胃液と尿を大量に撒き散らし倒れ伏した友人だ。

「どうして……」

胃液が迫り上がってくる。
奥歯を食いしばり、喉に再び流し込んだ。
ようやく再会出来た友人に、そんなものをぶちまけるわけにはいくまい。

『―――――――――――生徒諸君』

そして、唐突に、音声が流れる。
三方向から聞こえるそれが放送であると理解するのに、少々時間がかかった。
何せ、別段、それに意識を割いてなどいなかったから。

『次に、死者の発表をします。死者は計13名』

友人の亡骸を前に、脳内を思い出が駆け巡る。
聞こえてくる音声に割く脳のリソースなど、どこにもなかった。
メモの準備をする気にもなれない。

『五十鈴華』

それでも、これには、嫌でも体が反応する。
ビクリ、と肩が跳ねる。
じわり、と視界が滲む。

分かっていた。
目の前に横たわる五十鈴華の状態を見るに、生きているわけがない。

分かっていたのに――それでもなお、涙を止められなかった。

『磯辺典子、近藤妙子』

次々と、よく知る名前が挙げられていく。
それぞれの顔がまず頭をよぎり、そして声と思い出と、次々に浮かんでくる。

あまりに辛くて、もう起きてこない友人の手を、ぎゅっと握る。
まだ温かい。
死んだなんて冗談だと、驚かせてごめんなさいと、起き上がって言ってほしかった。

『カエサル、山郷あゆみ』

――――握った手は、まだ暖かかった。

『園みどり子、後藤モヨ子』

もっと早くに駆けつけていれば、間に合ったかもしれない。
自分を責め、そして――

『カルパッチョ』

――稲妻が、落っこちた。

「沙織さんっ!」

カルパッチョには申し訳ないが、追悼ムービー上映会IN脳内は一時中断。
あの放送は、学校順に名前を呼んでいたようだった。
華の体がまだ温かいことを見るに、死んだ順番ではないだろう。
つまり、あの放送で呼ばれなかった沙織は――

「沙織さん、沙織さん! ああ、どうしよう……」

沙織を揺り起こそうとして――その手を引っ込めた。
全身酷く炎症している。
触ると不味いかもしれない。
とはいえ、放っておくのも不味いだろう。

「え、ええと、炎症の時は……!」

ある程度応急手当の知識はあるが、しかしこれはカバー範囲を大幅に越えている。
普通に戦車道をしていては決して負わないような傷だ。

だから、みほを責めることなど出来ないだろう。
みほの知る炎症は、冷やして対処するものだったのだから。
炎症を冷やそうとし、そして意識を取り戻させようとし、嘔吐に汚れた顔を綺麗にしてやろうとし――

――比較的冷えているペットボトルの水を、かけてしまったとしても。

沙織の全身を激痛が襲う。
濡れている方が危ないなどと分からぬみほの善意により、折角手放していた意識を取り戻してしまう。


979 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 05:00:44 XiQ4wVgw0

「……っ!」

びくん、と痙攣。
のたうち回る元気など、とうに残されていない。
痛さと辛さに脱力しても、もはや漏れ出る液体すら無い。

そんな沙織の有様は、みほに動揺をもたらす。
どうしよう、どうしよう、どうすればいいの、助けて、教えて、お姉ちゃん――――

「み……り…………」

幸か不幸か、沙織の対処に終われ、敬愛する姉の名前が呼ばれたことは耳に入ってこなかった。
しかし、どれだけ耳を傾けても、沙織のボロボロの唇から漏れ出る言葉も、耳に入ってはくれない。

「どうしたの、沙織さん、沙織さん!」

変に触ると痛いかもしれない。
そう思って、沙織の手を握ってやることも出来ない。

――そして、銃声が響いた。


980 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 05:02:17 XiQ4wVgw0

「そうだ、エリカさん……」

あまりのショックに、頭から抜け落ちていた。
エリカなら、自分よりも応急手当の知識があるかもしれない。
西住まほに並び立とうと、あらゆる科目に真剣だったエリカなら。

とはいえ、沙織を置いていくわけにもいくまい。
窓辺に向かい、そっと外を覗いた。
何も見えない。誰も見えない。一体外は、どうなっているのだろう。

その時、スマートフォンのブザーが鳴った。
放送を途中からまるで聞いていなかったみほには知る由もない。

そして、ブザーが、もう一度鳴る。
みほには知る由もないが、それは、二人の命が新たに失われたことを意味していた。






 ☆  ★  ☆  ★  ☆







――――オトナになんてなりたくない。






 ☆  ★  ☆  ★  ☆


981 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 05:07:27 XiQ4wVgw0






<フェイズ・アンチョビ>


一体何処で間違えたのだろう。
一体、何処で。

『皆さんはやはりとても優秀だ。今、新たに一人の死亡を確認しました』

いや、それより、何を間違えたのだろう。
何も間違っていなかったはずだ。
私達は普通の女子高生で、皆友達で、誰も殺し合いだなんて望んでいない。
それは、疑いようのないことだ。そのはずなのだ。

『新たな死亡者はクラーラ……』

だというのに、何なんだ、これは。

『訂正しましょう、死者は計14名です』

十四。14。じゅう、よん。
なんだ、それは。それだけの命が奪われたというのか。
これだけの人数が同じ事件で命を落としたとなれば、全国紙がこぞって一面に取り上げる程の数だ。
それを、そんなことを、よく見知った、あいつらが?

『なお、うち、自殺者は1名。その他は全て他殺です』

不幸な事故でも天災でもない。
明確な殺意を持って、人が、人を、殺したのだ。
見知ったヤツが、見知ったヤツを、殺したのだ。


982 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 05:22:19 XiQ4wVgw0

「なんで……」

思わず、声が漏れる。
狂っていた。何もかも。
みんな、友達だったじゃないか。
付き合いの深さに差はあれど、一緒に戦い同じ釜の飯を食った、仲間だったじゃないか。

――――あのさ、じゃあ逆に聞くんだけど。

耳元で、誰かが囁く。
心を砕くような言葉。
それを、とびきりの悪意を込めた声色で、実物よりも遥かにいやらしい顔で、脳みそに直接刻みつけてくる。

――――生かしておく理由、あった?

怖かった。恐ろしかった。涙が出た。
さも当然のように語られた、その言葉が。
それならいっそ、ずっとカチューシャを恨んでいたとか、恐怖にかられてやってしまっただとか言ってほしかった。
過剰に悪意を込められた幻聴の方が、納得などできなくても、まだ理解することが出来た。

「……予想よりも多いわね」

銃声が聞こえた時点で、多少の犠牲は覚悟をしていた。
それは、ケイだけではなく、アンチョビもだ。

そりゃあ勿論、上っ面だけの覚悟だったかもしれない。
言葉のうえでは「分かっている」と口にしても、心の底から覚悟が出来ていたわけではない。
同じ学校の友人が呼ばれることだって、あり得ると分かってはいても、真剣にその可能性とは向き合わなかった。
向き合うことが、できていなかった。

だけど――それでも、一応は、覚悟のようなものをしていたはずなのに。
そんな脆い防波堤など粉々に砕いて、感情の渦は荒れ狂いながら飛び出してしまう。


983 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 05:24:51 XiQ4wVgw0

「……貴女の所の参謀は、残念だったわね」

おい、そんな言い方をするな。
アイツは、参謀なんて名前じゃない。カルパッチョだ。
本名は違うが、アイツは、アンツィオ高校の一員として、カルパッチョって名乗ることにしていたんだ。
大体、残念ってなんだよ。お前、畜生、そんな、簡単な一言で――――

「けど、あんまり悠長に追悼してもいられないわ」

言いたいことはよく分かるし、正しいと思う。
けれど、右耳から入った言葉は、ただ鼓膜を震わせるだけで、脳に刻まれることなく左の耳から抜けていく。
「もう、しっかりしてくださいドゥーチェ」なんて言葉が聞こえてくるようだった。

「結論から言うわね。私は病院に戻りたいと思う」

ケイの話を咀嚼しようとしているのに、頭の中をカルパッチョが埋め尽くいている。
その合間合間に、放送で呼ばれた他の者の笑顔も浮かんだ。
カルパッチョがサーブしたパスタを、皆が食べてた、あの、大学選抜戦のあとの、あの日の思い出が――――

「さっきの放送、華は残念だったけど、沙織はまだ生きてるわ」

ああ、クソ、まただ。
残念の一言に、胸がチリチリと痛む。

確かに残念だ。ああ、残念だよ。
あんないいヤツらが、こんな若さで死んじまったんだ、残念に決まってる。
だけど、だけどだ。そんな一言で、片付けるなよ。
人が、仲間が、友達が、死んだんだぞ。なのに、お前、なんだよ、それ。

「そしてアンジーもノンナもまだ生きている。交戦はこれから」

分かっている。分かっているんだ。
正しいのはケイ。理屈の上では、正しいのはケイ。
杏だってそうだ。納得できるかはともかく、筋は通っていた。

「ノンナの性格上、さっきの呼びかけを無視するとは考えにくいし、多分沙織はトドメをさされず放置されている」

分かっている。間違っているのは、私だ。
コドモのように、ただ駄々をこねているのは、全部、私の方だ。

「沙織がすぐ動けるとも思えないし、今なら安全に合流できるわ」

だけど、どうしても受け入れられない。
だって、人が、死んでいるんだぞ。
なのになんで、そんな、盤面を眺める棋士のような感覚で、正しい理屈をこねられるんだ。
どうして、机の上に並べただけの理屈で、最適な道を選んで動けるんだよ、お前達は。

「あまりもたついてると、またノンナが現れるかもしれないし」

本当に、どうしちゃったんだよ。
お前は、もっと、あたたかみのある人間だったじゃないか。
理屈で塗り固めた正しいだけの冷たい言葉を、どうしてそんな淡々と口に出来るんだ。


984 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/01(水) 05:26:48 XiQ4wVgw0

「……聞いてるの、アンチョビ」

その声色に、心配するような素振りはない。
むしろ逆。冷たさが滲み出ている。
その言葉は、まるで品定めでもするかのようだ。

「……なんでだよ……」
「What?」

もう何度目になるだろう。
飲み込みきれない理不尽が、喉を通って吐き出されるのは。
そんなことをしたところで、なんにもならないってことくらい、散々痛感させられたのに。

「何でみんな……そんな風に割り切れるんだよ……」

ケイも、杏も、それに、カチューシャも。
どうして、そんな風に割り切れるんだ。
どうして、正しい理屈のために、優しい気持ちを捨てられるんだ。

「……割り切れてる人間なんていないわよ」

ケイの表情を見ることが出来ない。顔を上げることが出来ない。
情けなさと悔しさと悲しさと――様々な感情が混ざり合い、視界をじわりと滲ませる。

「それでも、『割り切れませんでした、おしまい』なんてわけにはいかないから、皆折り合いをつけてるだけ」

分かっている。分かっているよ。
正しい、正しいことだよそれは。
だけど、そんなの、納得なんて出来るわけがない。
どうして皆、折り合いなんてつけられるんだよ。

「……いいよな、お前は」

口から飛び出していた感情。
そこに混じって、ソレは出てきた。
決して口にしてはいけない、思うことすら許されないような言葉。

――いいよな、お前は。お前の所の連中は、誰も死んでいないもんな。

口にしかけた言葉のドス黒さに気付き、慌てて口元を抑える。
ぶわりと、全身から気持ちの悪い汗が吹き出した。
言葉の代わり胃液が飛び出してきそうだ。


985 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 05:50:48 DKRPn.C.0
寝落ちしてました、申し訳ない
投下再開します


986 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 05:54:40 DKRPn.C.0

「……何が言いたいの」

その声は、より一層冷たかった。
先程までの冷淡なそれとは違う、怒気を孕んだ言葉。

当然だ。今悪いのは、どう考えても自分だ。

謝らねばと、思う。
だけど言葉が出ない。
カタカタ震えることしか出来ない。
今の自分に、謝罪や言い訳をする権利なんてものはない。

「あ、わ、私……」

本心だったわけでも、そんなことが言いたかったわけでもない。
だが――それは口から出てしまった。
ほんの僅かな一欠片でも、そういう気持ちがあったからこそ、出てしまったのだ。

「う、ぁ……」

違う、の一言が、喉を通っていかない。
心のどこかに眠っていた自分の醜い想いを予期せず突きつけられ、ただでさえ崩れかけていた足元は完全に崩壊した。
人は空など飛べない。地面が崩れれば真っ逆さまに転げ落ちていくだけだ。

「……まあいいわ。率直に言うと腹は立ったけど、それを理由に手を切るつもりはないし」

どうやら今の失言で切り捨てられるということはなさそうだ。
だがしかし、本音を言えば、もういっそ打ち捨てていってほしかった。

「安心していいわよ。私はアンジーと違って貴女を見捨てたりしないから」

ボロボロに砕かれた自尊心に染み渡る、甘い言葉。
負い目もあって、疑うことなどできない。
嬉しいし、期待に答えないといけないとも思う。
それでも、沈んだ心は浮かび上がらない。

「……別に今すぐ前を向けとは言わないわ。ただ、一つだけ約束して頂戴」

か細い声で、うん、と呟く。
内容を聞いてはいないけど、肯定以外、出来るはずがない。
今の自分は、見捨てられないだけ御の字な存在であると、自覚してしまっている。

「私を裏切ることだけは、しないでね」
「…………ああ」

力の籠もらぬ弱々しい返事。
それでも、この肯定は本心だ。
心は砕けたし、酷いことも言ってしまったが、それでもやっぱり、友達を裏切りたくはない。
ケイのことだって、大事な友達だと思っている。


987 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:00:09 DKRPn.C.0

「それじゃあまずは沙織と合流して、それから貴女の所の副隊長と合流しましょう」
「ペパロニと……?」

予期せぬ言葉が飛び出して、思わず目を丸くした。
そんなアンチョビの間抜け面を見て、ケイも少し目を丸くした。
それから、ああ、なるほど、と呆れたように溜息を吐いた。

「さっきの放送、死者の発表の後で、チーム名を読み上げてたのよ。聞いてなかったの?」
「ご、ごめん……」

自然に謝罪の言葉が漏れた。
先程は謝ることすら出来なかったので、それを思うと幾分かマシな精神状態になったのだと思う。

「そこでペパロニを名乗る人物――まあ多分本人なんだけど。
 まあとにかく、メッセージと取れるチーム名が読み上げられたの。
 一緒にイギリス人がいるって言ってたけど、ダージリンか、アッサムあたりかしら。
 メッセージは暗号になっていて、合流を促すもの。
 おそらく聖グロの面々かアンチョビ、貴女にしか分からない暗号になってるわ」

死者のあまりの多さに、大切なもう一人の腹心からのメッセージを聞き漏らしていたらしい。
チーム名の読み上げでメッセージを伝えるなんて発想はなかったので、それも仕方のないことだろう。
というか、チーム名の読み上げがあることなど、正直とうに忘れていた。
何なら今でも「そんなのあったっけ」というような具合である。

多分ペパロニもそうだろう。
細かいルールを覚えていられるタチではないし、自力でこんな作戦を思いつくとも思えない。
本当に聖グロの誰か(申し訳ないが、ローズヒップである可能性だけは無いと思う)がそばにいて、指示をしてくれているのだろう。

「だからまずは沙織と合流して、それから会いにいこうと思うわ。
 聖グロの生徒じゃないのにイギリス人と言わせているケースの場合、そういうことしそうなの、うちのアリサくらいだし」

それはまあ、確かにそうかもしれない。
裏表のないケイに代わって、作戦を立てているのがアリサだ。
彼女ならば、自分の正体を誤魔化すくらい平気でするだろう。

「だからアンチョビ、向こうの居場所の解明はお願いするわ。
 まあ、謎解きが得意とは思ってないから急かしはしないけど、向こうが時間も指定してきてるからそれまでにはお願い」

そう言って、乱暴に殴り書きされたメモ紙を渡される。
決して綺麗ではないが、第三者でもギリギリ解読が出来る文字。
あの速度で長尺を喋られたにしては、きちんとしている方だろう。

渡されたメモ紙には、読み上げられたのであろうチーム名と人数、そしてソロの人間の名前が記されていた。
その中で、一文だけ、異質な長さのものがある。当然、自然とそこに目が行った。

『姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ! 2』

放送でチーム名を呼ばれることを見越して暗号を仕込むという、とてもペパロニが考えたとは思えない優れた作戦。
だが、何の躊躇いもなく名前を出してしまっているところは、アンチョビのよく知るペパロニだ。
それに何より、見覚えがある『T型定規作戦』の文字列。

間違いなくペパロニだ。
そして、これが暗号であるならば、これが指し示している集合場所は――――


988 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:04:23 DKRPn.C.0

「ああ、ああ……なるほど、これは……」
「もう分かったの?」

意外そうに、ケイが目を丸くする。
解読にはもっと時間がかかると思っていたのだろう。
これが普通の暗号クイズの類なら、きっともっと時間がかかったと思う。
いや、ひょっとすると、解けないままだったかもしれない。
だが、これは。

「ああ。分かる。分かるよ」

だがこれは、アンチョビのレベルに合わせて作られた暗号だ。
いや、ひょっとすると、暗号なんて上等なものじゃないかもしれない。
アンツィオで過ごしたあの日々を覚えていたら、すぐに分かる。

「……T型定規作戦は、水切りの作戦だ」

ある日ふと思いつきで言った無茶な作戦。
当然最初は水に沈んで。危ないから白紙に戻そうとして。
でもペパロニは、実現できたら強いからと事あるごとに挑戦して。
それを見たカルパッチョが、大分無茶だけど理論上イケるって根拠を引っ張ってきて。
その熱量に当てられて、なんだかイケそうだと思わされて。
それでも分厚い現実の壁と重力の壁を打ち破れずに何度も何度も水没して。
大学選抜チームと戦ったあの日、勢いで実行させてみたら、ようやく初めて成功して。

きっと、三人が揃っていて、皆の想いが乗っかったから成功した、そんな作戦だ。

忘れるわけがない。
それはきっと、あの忘れっぽいペパロニだって同じだ。
共に過ごしたあの日々は、忘れっぽい頭にだけではなく、きっと心にも刻み込まれている。

「Dエリアの水がある辺りだと思う」
「なるほど……回答者側のレベルに合わせた暗号なら、同行者はダージリンかしら。
 アッサムだと第三者にわからないよう、もっと難しくしてきそうだし。
 ペコは相手の意見を尊重しすぎてペパロニ主導になって、作戦自体がもっと雑になってそうだもの」

アンチョビはダージリンとはそこまで親しいわけではない(P40の一件を恨んでいるわけではない。ないのだが、うむ)
故にそこまで頭が回るイメージもなかったが、どうやら相手に合わせた柔軟な対応が出来るらしい。
やはり腐っても名門の隊長ということか。


989 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:08:17 DKRPn.C.0

「ま、行けば分かるわ。それよりまずは沙織ね。早く行きましょう」
「ああ……」

ペパロニは、聖グロの誰かと見事に手を取り合っている。
ちょっとヤンチャで短慮な所があるので心配していたが、どうやらこの残酷な舞台で上手くやれているようだ。
ましてや聖グロ生徒など、お高く止まっているとして苦手だっただろうに。
そんな相手と手を取り合っていることが、先輩として、とても嬉しい。

暗号を決めてくれたと思われる聖グロの誰かだってそうだ。
ペパロニとは大して交流もなかっただろう。
聖グロのお嬢様は、アンツィオのヤンチャ共と相性が決して良くはない。
まあ、浅い付き合いながら、ダージリンは結構ヤンチャでアホなところもあると思うが、それはそれとして、だ。
それでもペパロニと組んで、知恵を授けてくれた。感謝してもしきれない。

「……なぁ、ケイ」
「なぁに」

二人と比べると、自分はなんて情けないのだろう。
元々友人であるはずの杏とすら手を取り合うことができず、ケイにも酷いことを言ってしまった。
そして今、ケイにくっついているだけで、自分は何も出来ていない。
あの暗号は、チーム名を使うアイデアこそ聖グロの誰かのものだとしても、ペパロニが頭を捻って考えたものに違いないのに。
ペパロニはどこかで普段使わない頭を使い、苦手な相手と手を取り合っているというのに、自分は一体、何をやっているのだ。

「沙織と合流した後だけど――」

病院に向かい、移動を再開する。
急な傾斜の茂みの中を通り、少しでも安全性を確保して近づくルートを、ケイが先導していた。
だがしかし、すぐに足を止めることになる。

「――ペパロニと合流する前に、もう一度、杏の所に行きたい」

その言葉に、思わずケイは足を止めた。
それから、アンチョビへと向き直る。
表情を直視するのが怖くて、アンチョビは思わずケイの太腿へと視線を落としてしまった。


990 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:16:02 DKRPn.C.0

「何を言っているか分かっているの」
「…………ああ」

ぎゅう、と瞼を閉じる。
脳裏に映るのは、こんなことになる前の、楽しかった日々。
自分が不甲斐ないせいで、もう二度と会うことの出来ない聡明な片腕。
そして、自分と違い、きちんと前に向かって進めている、憎めない片腕。
その二人に挟まれて、苦労しながらも、笑顔が絶えなかった日々。

「多分――ノンナと、戦うことにもなるとは思う。だけど。だけどさ。戻らなくちゃいけないんだよ」

帰りたかった。あの日々に。
もう二度と帰れなくなってしまった、あの楽しかった日々に、帰りたかったのだ。

カルパッチョを欠いた以上、もう二度と、あの日々は戻ってこない。
そんなことは分かっている。だけど、それでも。

「私は――――ドゥーチェだから」

今ここで完全に折れてしまえば、あの毎日を汚してしまうような気がして。
完全には戻らないと分かっていても、それでも、あの毎日に戻りたいから。
完全には戻れなくても、あの日々の先に続いている未来に戻りたいから。
そのためには――行かなくちゃ、いけない。


991 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:21:56 DKRPn.C.0

「それに、それにさ」

意を決し、目を開く。
しっかりと、ケイの顔を見る。
予想通り、侮蔑の眼差しを向けられていた。

「杏は、友達なんだ」

甘っちょろい戯言を何度も叩きのめされた。
カチューシャもケイも、現実を見ている。
ただただ薄っぺらい夢を口にするだけの自分とは違う。
彼女達には、アンチョビを批判し、叩きのめす権利がある。

それでももう、目をそらさない。
しっかりと目を見つめ、震えそうな足が勝手に逃げ出さないように、ぐっと体に力を入れる。
歯がカチカチとなりそうになるが、それでも震える唇を動かして、
上手く言葉にできない想いを、伝えたい相手に真っ直ぐぶつける。

「このままノンナと殺し合いをさせるなんて、嫌だ」

ごちゃごちゃした頭の中身を乱雑に口にしても、好転することなんてなかった。
押し寄せる現実に、自分程度が思いつくことなんて、容易く流されてしまう。
それでも必死に抗おうとして、どんどん言葉は薄っぺらくなり、意志はすり減り、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

――バカだなぁ、姐さん。

頭の中でペパロニが笑う。
ペパロニらしからぬまともな行動をしているが、彼女は、こんな場所でもいつも通りシンプルに行動しているのだろうか。

――ドゥーチェのやりたいようにしたらいいんですよ。

頭の中でカルパッチョも笑う。
優しく聡明で、それでもアンツィオに染まっていた彼女は、どのように生き、そして亡くなったのだろうか。
分からない。分からないが、知りたいし、知らねばならない。
だから――立派なドゥーチェとして、会いにいってやらなくては。

――お前は、どーしたいんだ、ちょび?

今と同じく、ごちゃごちゃと考え込み、一歩も動けなくなったときに、声をかけてくれたヤツがいた。
そいつはどこか不敵で、格好良くて、でもちょっと何考えてるか分からなくて。
それでも、とても優しい、いいヤツだ。大切な、友達なんだ。

「ずっと悩んでたけどさ。やっぱり、答えなんて、一つなんだ」

あの時、杏と出会って、口にしたシンプルな解。
あれから色々あったけど、心の底にあった願いは、何も変わってはいない。

「皆一緒に、帰りたい」

その“皆”には、カルパッチョも、カチューシャも、西絹代も、他にも沢山の人が含まれていた。
だからとっくに願いは打ち砕かれていて、叶わないと思い知らされた。

でもだからって、その願いを捨てなきゃいけない理由にはならない。
その“皆”には、ペパロニも、杏も、ケイも、沙織も、それにノンナだって含まれている。
百点満点で願いが叶うことはもうないが、それでも、全て諦めてしまうには早すぎるだろう。
どう足掻いても七十点の終わりしか迎えられないとしても、それは三十点の終わりで妥協する理由にはならない。


992 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:27:59 DKRPn.C.0

「だから、ケイ、頼む。一緒に戻ってくれないか」

頭を下げるべきだろう。
それでも、今のケイから目をそむけてはいけない気がして、真っ直ぐに見上げたまま懇願する。

情けないと笑いたくば笑え。
自分一人でどうにか出来るわけがないと、とっくに理解しているのだ。
そして、頼ることは悪ではないと、教えてくれたヤツがいるのだ。

――私に出来ないことは、ソレが出来る人に任せる。頼る。丸投げする。

飄々としているくせに、水面下では誰よりも苦労をして、必要な時に必要な仲間に背中を預けることが出来る。
そんな女だと、知っていたはずなのに。
理解の及ばぬ殺人を前に動揺し、対話することを放棄してしまった。
殲滅戦の開始直後、どうしたらいいか分からず苦しんでいた時に、手を差し伸べてもらったのに。

――割り切れてる人間なんていないわよ。

ケイがそう言っていたように、杏だって、完全に割り切れているはずがないのだ。
誤った方法を選ぶべきだと判断してしまい、それでもソレを誰かにやらせることが出来なかった、優しいヤツなんだ。
自分なら出来ると、自分が手を汚すべきだと、きっと自分を追い込んでしまっていたのだ。
そんな思考の迷路に迷い込み、間違った答えに行き着いてしまった友達に、手を差し伸べてやることができなかった。

――それとも、一緒に戦ってくれるのかな?

どうしてあの時、嫌だと言えなかったのだろう。
お前を止めると、言ってやれなかったのだろう。
どうして、殺し合いではなく、止めるための戦いを共にすると言えなかったのだろう。
一緒に謝ってあげることも、一緒に罪の呵責を背負ってあげることも、自分には出来たはずなのに。

どうして、友達である杏を、あの時ひとりぼっちにしてしまったのだろう。


993 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:35:01 DKRPn.C.0

「……嫌だって言ったら?」
「……無理強いは出来ない」

嫌がる相手を無理矢理自分の道に巻き込む。
杏には出来て、自分には出来ないことの一つだ。

そう、杏には、出来ることだ。
だけどさっきは、銃で脅すことも出来たのに、ソレをしなかった。消えてくれと言うだけだった。
一人で背負いこみ、一人で堕ちていこうとしていたのだ。
どうしてそれに、あの場で気付いてあげることができなかったのか。

――うーわ何、そんなこと悩んでたの。真面目だねー。

杏なら、そう言って笑うかもしれない。
悔やんでも悔やみきれないが、取り戻せないわけではないのだ。
ならば、うだうだと考え込まないで、自分にできることをする。
ノリと勢いと、そして分け隔てない友好が、アンツィオの売りだ。

「その場合、私はもう引き返すから、沙織を頼む。沙織だって、このまま放っておくことはできない」

沙織を死なせるわけにもいかない。死なせたくない。
きっとそれは、杏も願っていることだろうから。

それに、ケイだって、死なせたくない。
裏切らないと誓ったし、何よりケイはいいヤツだ。
思わず酷いことを言ってしまったのに、心を救ってくれた。
感謝してもしきれないし、危険な目にあわせたいわけではない。
もちろん、頼りになるので、一緒に来てくれればこれほど嬉しいことはないが。

「勝手でごめん。でも、私は戻りたいんだ」

だから、無理強いをするのでなく、お願いをする。
嫌なことをしてくれなんて言わないから。
自分の道を行く途中で、少しでもいい、力を貸してくれないか、と。

それが、杏とは違う、アンチョビのやり方だ。

「分かっていると思うけど、あの二人、確実に相手を殺すつもりでいるわよ
 本当に、あの二人の戦いを止められると思うの?」

ケイに投げられた言葉は、言われずとも頭に浮かび続けていた。
そして、何度考えても導き出される答えが『NO』で、足を止めてしまっていたのだ。
けれど。

「わからない。だけど――出来る出来ないじゃなくて、やりたいんだ」

出来る出来ないで迷って足を止めてた時に、杏が教えてくれたから。
だから、心に素直に従う。

――大事なのは自分に出来ることにベストを尽くし、あとは仲間を信じることってね。

今のアンチョビにとって、その“仲間”には、杏とノンナも含まれる。
二人共、杏がかつて口にした、『汚れ仕事を引き受けたりケツを拭いてあげること』をしているだけに過ぎない。
理解の出来ないクリーチャーになったわけじゃない。
行き過ぎた友達を止めてあげられるのは、きっと、友達だけなんだ。

杏やノンナに、自分程度の想いが届くか分からないけど。
それでも、「無理かもしれない」程度で諦めてしまうなんて、らしくない。


994 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:48:02 DKRPn.C.0

「……オトナになった方がいいわ」

大きく溜息をついて、ケイが見下ろしてくる。
だが、怯まない。怯んでたまるか。
今から自分は、認めたくない歪んだ正論を理由に人を殺めた友達を止めにいくのだ。
こんな所で、仲間を相手に屈している暇なんてない。

「アンジーも言ってたでしょ。もうとっくに、全員で帰るなんて夢からは覚める時間が来てるのよ」

分かっている。現実として、皆で手を取り合うなんてこと、最早夢のまた夢だろう。
たまたまケイに許されはしたが、自分だって、思わずケイに酷いことを言ってしまった。
心を摩耗し、狂ってしまってもおかしくないのがこの殲滅戦だ。
だが――それがどうした。

「その目……さっきまで心が折れちゃってたのに、突然ヒーローにでもなったつもり?」

現実だとか正論だとか、そんなこと関係ない。
私が嫌だと言っている。

「なったつもりじゃない。なりたいだけだ」

もし、完全無欠のハッピーエンドを諦めるのがオトナになることならば。
もし、心を殺して現実とやらに屈して流され続けるのがオトナだというならば。
もし、自分の安全のために、友達を見殺しにすることがオトナになるのに必要だと言うのならば。

「私はドゥーチェ・アンチョビだ!
 皆で一緒に生きて帰って、絶対に干し芋パスタを食べるんだ!」


――――オトナになんて、なるもんか。


「……その結果、死ぬことになっても?」

嫌に決まっている。死んでしまっては全てが終わりだ。
今だって怖くて震えそうだし、死ににいくつもりは無い。

だから、これは、勢いで口にしてしまっただけかもしれない。
だが、本当は、ずっと口にしなくちゃいけなかった言葉だ。

「死ぬつもりはないけど、でも――皆で生きて帰るためなら、命だって張ってやるッ」

それは、一種の決意表明。
自分にだって出来る、でも怖くて出来ることとして勘定しなかったこと。
夢のために、命を賭ける覚悟。
杏やノンナが他者の命を賭けてでもやるというのなら、私は自分の命を賭けてやる。

「危ないことは嫌いだし怖いよ。だけど、自分が危ない目に遭うより、友達が危ない方が、もっと嫌だ」

現実も、保証も、安全も、何もいらない。
胸の奥でピカピカ光り続けている、幼く拙い輝き。
それを手放してしまえば、きっともう、あの大好きだった日々に戻る資格がなくなってしまう。
綺麗事で溢れたネバーランドのような日々に戻りたいし、あの日々を嘘にしたくはない。
押し付けられた醜い現実なんかに、あの日々を塗りつぶされてたまるか。


995 : 大人になんてなるもんか ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 06:55:04 DKRPn.C.0

「そう――ちょっとの間で、完全に立ち直ったのね」

ふう、と溜息を吐いて、やれやれと言わんばかりにケイが肩を竦めた。
分かってくれたのかと、思わず頬が緩んでしまう。

「やっぱりいいヤツだし強いのね。少し憧れるわ」

そ、そうかな――なんて言おうとして、しかし言葉は飲み込まれた。
どこか残念そうな顔を浮かべ、ケイがS&W M500の銃口を、こちらに向けていたので。

「だから、とても残念」

そして引き金に指がかかる。

「さようなら、アンチョビ」

銃声が、響いた。






 ☆  ★  ☆  ★  ☆






オトナになんてなるもんか――――それはおかしなことですか?






【残り 23人】


996 : アイワナビー ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 07:04:06 DKRPn.C.0

<フェイズ・ノンナ>


崇拝のきっかけは何だったのか、今ではもう思い出すことができない。
何故なら、カチューシャの一挙一動が、全て尊く崇拝対象たり得るから。
そして、カチューシャとの思い出は、その全てが人生全てを引っくり返すきっかけ足り得るからだ。

どれだけお傍に控えても、どれだけ無理難題を言われても、まるで嫌になることはない。
決して飽きることも惰性になることもない、永遠に続く仕えることへの至高の喜び。
当然のような顔をして隣に立っていながら、心の中ではその“当然”という名の奇跡に常に感謝している。

ノンナにとって、カチューシャは己の全てであった。

比喩ではない。本当に、全てだった。
おはようからおやすみまでカチューシャに捧げ、彼女を見守り続けてきた。
毎日だって食べられる、もとい、毎日だって飽きたりしない、おにぎりのような存在と言えるだろう。

彼女がおやすみのキスをしてくれるなら、どんな日だって耐えられる。
どんなことだって喜んで出来るし、全てを賭けるに相応しい主だと常日頃から感じていた。

もしカチューシャが死ねと言うのなら、命を投げ出すことも厭わない。
彼女のために死ねるのなら、これほど幸福なことはないだろう。
棺の中で眠る私に、優しく労いとおやすみのキスをしてくれるのなら、惨殺だって受け入れられる。

勿論、ただ盲目的なだけではない。
常にカチューシャのためを想い、彼女の成長を促してきた。
必要と判断すれば、カチューシャのため、彼女が望まぬことだってする。

彼女が雪を黒いと言えば、当然ノンナも黒いという。
だがしかし、それだけで終わるつもりはない。
雪は白いと理解してもらえるようにそれとなく裏で動くか、もしくは本当に雪を黒く作り変える。
そこまでして、初めて忠臣と言えよう。

コドモのような妄言を吐き、しかしそれを実現しようとオトナのように現実的に立ち回れる、オトナとコドモの狭間の王。
その王が立派な成果を上げる名君に成長するよう、泥を啜ろうが全てを賭けてサポートする。
忠臣とは、そういうものだ。


997 : アイワナビー ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 07:07:01 DKRPn.C.0

『――聞こえる? カチューシャよ!』

故に、戦闘の中断は当然。
名乗られずとも分かる、いつも鼓膜を幸せに震わせてくれる声。
それが聞こえてきたのだから。

『偉大なるカチューシャが命じるわ! 全員、争いを止めて中央の病院に集まりなさい!』

カチューシャの元に馳せ参じる。
目の前の羽虫を仕留めることより、己の安全の確保より、遥かに重要なことだ。
最低限後ろから撃たれても致命傷にはならぬよう姿勢を低くし、若干蛇行しながら廊下を駆け抜ける。

『これは、命令よ! 無視したら許さない――』

こうして駆けつけるのは、何も命令されたからではない。
勿論呼ばれたら駆けつけるのが日課とはいえ、状況が状況だ。
長い目で見てカチューシャのためになるなら、命令無視すら厭わない。

現に、カチューシャは、予想通りこの殲滅戦に反旗を翻しているようだった。

カチューシャの命令に従い、共に脱出の方法を考える。
それが出来れば、どれほど幸せだっただろうか。

だが、その道は、最初に切り捨てた。
相手は“国”だ。仮にこのクソッタレた首輪を外したところで、元の生活には戻れまい。
それどころか、命を狙われ、国を追われ、一生見えない首輪に苦しめられるだろう。
カチューシャが割り切って海外で余生を謳歌してくれるとも思えない。

カチューシャが、少なくとも命の心配のない暮らしに戻るには、勝たせてやるしかないのだ。

だから、争うなという命令は聞けない。
どれほど嫌われようと、その命令だけは聞くわけにはいかないのだ。
例え、おやすみのキスをしてもらえず、寂しく路傍で朽ち果てようと。


998 : アイワナビー ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 07:11:11 DKRPn.C.0

「カチューシャさん?!」

遠くの方で、誰かが呼びかけるように叫んだ。
きっと近くで呼びかけを聞いていた、平和主義の者だろう。

病院は人が集まりやすい。
ノンナやカチューシャ、それに先程襲撃した連中のように。

だからこそ、こんな近くで拡声器なんて使おうものなら、瞬く間に人が集まってしまうのだ。
無防備に背を向けてでも駆け出したのはそのためだ。
あまりに危険で無謀な行為。
選んだ道を違えている状況とはいえ、黙って見過ごせるはずがなかった。

『ミッ――』

ぱあん、と乾いた音が鳴った。
一瞬、大きく減速する。頭が真っ白になった。

「…………ッッ」

そして、急加速。
もはや後ろを気にする余裕などなかった。
否、気にするべきではなかったのだ、最初から。
例え頭部をぶち抜かれようと、真っ直ぐ最短距離で最速で駆けつけるべきだった。
ノンナの理想とする忠臣ならば、頭部を欠いてでも、主の元へ馳せ参じることができるのだから。
何も考えず、自分もそうなるべく行動すべきだったのだ。

『えーノンナさんへノンナさんへ!』

名指しでの呼びかけ。
どうやらカチューシャは、単に無防備な大声のせいで撃たれただけではないらしかった。

だがしかし、まあ――関係ない。
自分への怒りはとうに限界点を越えている。
撃たせた時点で、これ以上無いほど自分を責めていた。
今更己の罪が増えたところで、悠長に苦悩し足を止める理由にはならない。


999 : アイワナビー ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 07:23:09 DKRPn.C.0

『カチューシャは預かった!』

声の主には心当たりがある。
カチューシャのサポートを的確におこなうため、戦車道チームの各主力選手のデータは頭に入っている。
声の主は角谷杏、名指しされるほど恨まれる覚えは無い。

正確に言えば、横柄な態度で日頃からカチューシャと二人恨みを買っていたかもしれないが、
少なくともノンナの知る角谷杏は、ソレを理由に凶行に走る人間ではなかったはずだ。
それに、万が一日頃の恨みを晴らす目的だとしたら、拡声器なんて危険な手段は使わないだろう。

そうなると、一番ありえる可能性は、殲滅戦に乗ったことがバレており、その恨みを買ったことだ。
大義を得た角谷杏ならば、多少の凶行はやりかねない。
それに、殺人者に対抗する過激派集団が結成されているのなら、拡声器で多少のリスクを冒せるのも分かる。
おそらくカチューシャは、ノンナの凶行を知る人間を含んだ過激派集団に襲われたのだ。

『さっさと来ないとどうなっても知らないよー!』

不幸中の幸い。どうやらカチューシャは、まだ生かされているらしい。
ならば、引くなどという選択肢は当然無い。

カチューシャに凶行が伝わることは出来れば避けたかったが、カチューシャの命とどちらが大切かなんて言うまでもない。
カチューシャに嫌われることでカチューシャの命が救われるのなら、いくらでも嫌われてやる。
敵意と侮蔑を持って頬を張られるなんて、考えただけでも恐ろしいが、それだって受け入れよう。
隣から失われる恐怖など、世界から失われる恐怖とは比べるまでもなかった。

まあ、なので、誰から伝わったのかなど、最早どうでもよかった。
強いて言うなら、それがサンダースのナオミであれば、多少楽に事が運ぶということくらいか。
わざわざカチューシャを人質に取り、そして危険分子であるノンナを名指しで処分しようということは、殲滅戦反対派だろう。
手段から見てかなりの過激派であると言えるが、故に殲滅戦に乗ってる人間からすればかなり厄介な部類だ。
行き先でナオミが潜伏しているのなら、それとなくコンタクトを取り挟撃すればいい。

『さあ、西住ちゃん!』

ナオミが潜伏続行を希望する場合、喋る間もなくこちらを殺しにくる恐れはある。
しかし、それなら初撃を避け、さっさと彼女の悪行をバラしてやればいい。
おそらく放送前には遭遇できる。
ならば、直後の放送で呼ばれる名を先手を取って挙げることで、説得力が出るはずだ。
そうなると、ナオミとしてはノンナと手を組む方が旨味があることになる。

『戦車道、やろうか!』

胸の中で、怒りが轟々と唸りあげる。
それでも冷静に判断しながら、ひたすらに駆け抜けた。

呼びかけが止まり、目指すべき方向性が不明瞭になる。
それでも大まかな方向は分かっているので、必死に足を動かした。

程なくして、目的の地へと辿り着く。
予想通り、声の主である角谷杏が、カチューシャの首に手を回していた。
分かりやすい人質だ。こめかみには、銃を突きつけられている。
下手に撃って死後硬直で引き金を引かれるわけにはいかない。狙撃は無理だ。


1000 : アイワナビー ◆wKs3a28q6Q :2020/01/02(木) 07:27:05 DKRPn.C.0

「カチューシャ!」

ナオミの狙撃を僅かに警戒していたが――しかし潜伏することなく、すぐさま二人の前へ飛び出した。
そして今になり、ようやく気付けた。ノンナの悪行を伝えた者は、ナオミではないと。

名指しされ、早く来ないと危害を加えると言わんばかりの口ぶり。
近辺にノンナが潜んでいると分かっていなければ、何の意味もない呼びかけだ。

つまり、大分前に別れたナオミではなく、先程取り逃した誰かにバラされたのだ。
姿を見られていないだろうという甘い考えが、判断を鈍らせた。
いや、ひょっとすると、カチューシャを案ずるあまり、情報を伝えた者などどうでもいいと考えていたからかもしれない。

とにかく、ナオミではない。
そう何丁も高射程の武器が支給されているとは思えないし、他の者にそれほど高精度な狙撃など出来ないだろう。
Ⅳ号砲手もその才能はありそうだったが、今しがた自分が殺してきたばかり。
狙撃の可能性もゼロではないが、しかし可能性は薄い。
そんな低い可能性を警戒しすぎて動けないのは愚の骨頂と言えよう。

「やあ、ギリギリだったねぇ」

にたりと杏が笑う。
ギリギリというのは、おそらく放送のことだろう。

放送が近い。それもノンナが飛び出した理由の一つだ。
人質を取って大々的に脅す行為は、歯向かわれた時に大々的に処刑するのとワンセットだ。
そうでなくては意味がないし、そうすることで二度目以降の強迫行為がしやすくなる。
殲滅戦を止める立場とは思えぬ外道な手だが、しかしこの女はやると、長年の勘が告げていた。

さて、ここで一つ問題だ。
この場において、大々的な処刑とは何か。
勿論、拡声器で聞こえるよう銃殺することだろう。
しかしそれだけでは甘い。音声だけでは、ブラフの可能性も残る。

ではどうするか。
答えは簡単。拡声器で聞こえるように銃殺し、そのうえ放送で名前を呼ばせる。
そうすれば、処刑されたと誰もが理解できるだろう。
放送をおこなう運営には、ブラフをする理由がないのだから。

つまり、放送が始まるまでがリミットだった。
だから飛び出した。
下手に隠れて安全を確保している間に、カチューシャを処分させるわけにはいかなかったから。

「Ублюдок(クソッタレ)」

しかし、まあ――それらは全部、ノンナの理性的な部分が無理矢理作ったロジックだ。
全て単なる後付に過ぎない。
実際は、ただ堪えられなかっただけ。

敬愛する人の体に、穴を開けられた。

飛び出してしまう理由はそれだけで十分だった。
カチューシャを救出する。まずはそれだ。
そして、あのクソ野郎をぶち殺す。
それ以外、もはや頭にはなかった。


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