したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | まとめる |

邪神聖杯黙示録 - Call of Fate - Session.2

1 ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:27:24 ID:8pkJnobw0





 人類の最も旧く最も強烈な感情は恐怖であり、恐怖の中で最も旧く最も強烈な感情は未知なるものへの恐怖である



                                               ――H.P.ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』より








前スレッド:邪神聖杯黙示録〜Call of Fate〜
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1426526890/

Wiki:邪神聖杯黙示録〜Call of Fate〜 @ Wiki
ttp://www8.atwiki.jp/21silverkeys/pages/119.html

2 ルール再掲  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:30:09 ID:8pkJnobw0
【企画概要】
・当企画はTYPE-MOON原作の『Fateシリーズ』および、『クトゥルフ神話』の設定をモチーフとした聖杯戦争リレー小説です。
・クトゥルフ神話設定に関してはあくまでモチーフに留め、神話作品として原作設定の遵守を徹底する予定はありません。
 知らなくても参加できるが知っていればより深く楽しめる、というバランスを目指していこうと考えています。
・なお、当企画ではクトゥルフ神話の要素を取り入れ、聖杯戦争に『神秘への畏れ』および『正気度喪失』の特殊ルールを導入します。


【神秘への畏れについて】
・当企画における聖杯は術式こそ従来のものと同じですが、英霊の座やムーンセル・オートマトンから英霊を召喚するのではなく、
 次元の裂け目に存在しあらゆる時間と場所に隣接するとされる窮極の門、『外なる神ヨグ=ソトース』の無限の知識を利用しています。
・そのため召喚されるサーヴァントは、聖杯というフィルターを通すとはいえ人類史に残る英雄であると同時に邪神の記憶でもあり、
 その英霊の性質や在り方によって左右されはするものの、すべて『人間の潜在的な畏怖を喚起する性質』を備えます。
 高潔な英霊ならばその高潔さへ、おぞましい反英霊ならばそのおぞましさへ、人は人を越えた存在に対する畏れを抱く、と考えてください。
・具体的にはサーヴァントが何らかの神秘を行使する時、その神秘の強さに応じて目撃者に対する精神へのショックを発生させます。
 霊体化や身体能力の行使程度なら影響は少ないものの、超自然的なスキルの使用、更に宝具の開放と、神秘が高いほどショックは大きくなります。
 例えばアーサー王の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の真名開放ともなれば、目撃しただけでその神秘に圧倒され一時的発狂すら有り得るでしょう。
・唯一、マスターは自身の契約するサーヴァント固有の神秘に対してのみ耐性を持ちます。また同じ神秘を繰り返し目撃することで耐性がつく場合もあります。


【正気度喪失ルールについて】
・当企画では、マスターの健康状態や魔力量に加えて『精神状態』を重要なステータスとして扱います。
 さらに、クトゥルフ神話TRPGよりいわゆる「SANチェック」、つまり『正気度喪失』を共通設定として導入します。
・精神状態は感情や気分によって変動しますが、前述の神秘の目撃などによって精神へのダメージが蓄積されます。
 具体的には神秘の目撃だけでなく、殺人などの自身の倫理に反する行為、衝撃的光景の目撃、魂喰い、その他精神的に強いショックを受ける状況が該当します。
・一度に多くの正気度を失った場合、あるいは精神的ダメージの蓄積量が多くなった場合、以下のようなデメリットが発生します。

 《軽度》……瞬間的動揺(呆然、混乱、判断力低下など。すぐに回復する)
 《中度》……一時的狂気(激しい混乱、パニック、ヒステリー、トラウマ、幼児退行など。ある程度持続するが回復する)
 《重度》……気が触れる。Eランクの精神汚染スキルを取得(回復不可、既に所持している場合はランクが上昇する)

・聖杯戦争が進行するほど各マスターの精神は必然的に退廃していくこととなるため、自身の精神を休めて守ることが重要な要素となります。
 また、他のマスターに精神的ショックを与えるための行動を戦略として取ることも有効となります。
・精神的に動揺しにくい人物の場合、一時的狂気に陥りにくくなる代わりに精神汚染スキルの進行が早まります。
・なお、基本的にサーヴァントには正気度喪失は発生しません。
 そのため、マスターとサーヴァントの間で精神汚染ランクに開きが生じると意思疎通が困難になる可能性があります。

【サーヴァントの死亡とマスターの脱落について】
・自身のサーヴァントを喪失したマスターが、それを原因として死亡したり消滅することはありません。
・しかし、サーヴァントの消滅時に魔力パスを逆流する邪神の魔力は精神に恐るべき負担をかけ、結果としてサーヴァントを失ったマスターは例外なく発狂します。
・その後は精神病院に収容されるのか、自宅に引き篭もって怯え続けるのか、狂人として街を彷徨うのか。
 いずれにせよ物語の主要人物からただのアーカム市民へと降格され、自力で物語に復帰するのは不可能でしょう。
・なお、この事実はマスターとサーヴァントには周知されておらず、開幕時点で知っているのはキーパーのみです。

3 ルール再掲2  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:31:50 ID:8pkJnobw0
【キーパーについて】
・『秘匿者(キーパー)』とは、本来の聖杯戦争におけるルーラーに相当する、聖杯戦争を管理する独立したサーヴァントです。
・令呪による強制権を持たない代わりに認識操作による情報秘匿スキルを持ち、聖杯戦争全体の情報をコントロールする役割を持ちます。
・キーパーだけが知り得ている聖杯戦争の特殊な情報は多く、この聖杯が英霊の座ではなく邪神と接続されているという冒涜的事実はその最たるものです。

【アーカムについて】
・この度の聖杯戦争は、合衆国マサチューセッツ州に位置する架空都市『アーカム』を舞台とします。
・時代設定は現代ですが、この時代においてもアーカムは「大きな大学がある地方都市」ぐらいの発展に留まっています。
・アーカムに暮らす市民は全て並行世界から連れて来られた生身の人間です。
 ただし聖杯とキーパーによって、超常的能力の封印および規範から逸脱した行為を抑制する暗示が掛けられています。
 各マスターと関わりのある人間の「平行世界上の同一人物」が存在する可能性もあります。
・ちなみに上記の市民に対する魂喰いを禁止するルールも罰則もありません。ただし、魂喰いを行うと正気度喪失が発生します。

【アーカムにおけるマスターの立ち位置について】
・各マスターは、アーカムにおいては基本的に「はじめからアーカム市民だった」という扱いになります。
 もちろん一時的に滞在しているだけなど、市民ではない立ち位置になる可能性もあります。
・公用語は英語ですが、読み書きや日常会話に不自由しない程度の言語能力はあらかじめ各マスターに与えられます。
 もっとも、文献を読み解く場合などはあらかじめ英語の知識があるほうが有利になることもあるかもしれません。


【各エリアについて】
・アーカムは大きく分けて9つのエリアに分けられています。
 それぞれの地区の解説は大まかなイメージなので、SSの都合で設定を修整しても構いません。
 また、地区のイメージに合わせた施設(参戦作品の原作施設含む)を追加することも許可します。
・なお、マップはクトゥルフTRPGサプリメント付属のアーカム地図を使用します。

ttp://i.imgur.com/usemDJT.jpg

《ノースサイド》
 オフィス街。アーカムにおける経済の中心地。
 大きな商社やマスコミ、高層ビルなどはこの地区に集中している。
 駅、ホテル、劇場、美術館などもあり、人が行き交う活気のある地区。

《ダウンタウン》
 行政の中心。市役所や警察署を始めとする公的機関はだいたいこの地区にある。
 大きな広場があり、一般的な住宅も多く、治安もいい。標準的な市民の街。

《イーストタウン》
 寂れた地区。かつては上流階級の人々が住んでいたらしいが今は見る影もない。
 大きい屋敷は多いがいずれも過去の栄光といったところである。
 南側には貧しい人々の住宅がこまごまと並び、総じて治安はあまり良くない。

《商業地区》
 ミスカトニック川の南に並ぶアーカム最大の商店街。
 アーカムの商店の75%があるとまで言われ、連日買い物客で賑わっている。
 川岸には船から積み荷を下ろすための倉庫群が並んでいる。

《リバータウン》
 移民街。外国系の住人が多い地区。
 質素な家が立ち並び、昔気質の職人などが多く住む。
 それなりに歴史のある建物が多く、アーカムの下町といった雰囲気がある。
 
《キャンパス》
 かの有名な『ミスカトニック大学』のキャンパス地区。
 立派な学舎、広くて清潔なグラウンド、世界最大級の蔵書を誇る大図書館など充実した施設が魅力。
 学生寮やアパート、下宿屋なども周辺に並ぶ。大学病院もここ。

《フレンチ・ヒル》
 高級邸宅地。アーカムで最も古い家系や、最も裕福な人達が住む。
 外国からの移住者である富裕層も多い。総じてお屋敷だらけのセレブな地区。
 とはいえ周辺には一般的な家もあり、ミスカトニック大学の学生が立ち寄るような店もある。

《アップタウン》
 住宅街。経済的に比較的余裕のある人が多く住み、警察のパトロールが多いので治安も良好。
 とはいえ中心から離れるほど徐々にグレードは下がっていく。

《ロウアー・サウスサイド》
 貧民街。アーカムで最も貧しい人々が住む。
 住宅環境は劣悪で、治安も全地区中最悪。看板も出ていないような怪しげな店も多い。
 少なくとも、日が落ちてから足を踏み入れるような場所ではない。

4 ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:33:30 ID:8pkJnobw0
テンプレは以上です。

新スレに移行しましたが、投下が前後のスレに跨っているのも読みづらいですので、最初から投下し直します。

5 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:34:21 ID:8pkJnobw0




『――昔と少しも変わらぬ伝説に取り憑かれた都市、アーカム。歪み、傾いだ腰折れ屋根が連なる街。

 旧き闇黒の植民地時代には、その狭い屋根裏に英国王の官吏の目を逃れた魔女共が隠れ潜んでいたという――』



                                   ―― H.P.ラヴクラフト「魔女の家の夢」より




                    ▼  ▼  ▼






ダウンタウンの警察署へとまっすぐ向かうはずの車が急にスピードを落としたので、後部座席のDr.ネクロは、おや、と顔を上げた。

アーカムという街が目を覚まし切らない早朝に、ロウアー・サウスサイドのスラム街を中心として発生した災厄。
『白髪の食屍鬼(グール)』という都市伝説を媒介とした「なにか」による犠牲者は、静かに、しかし着実に増え続けている。
現れた食屍鬼――正確にはそれを模した『タタリ』――を撃退することでこの異変に関わったネクロは、これから協力者と共に警察署へ向かうはずだった。
ネクロ本人としては不本意ながら、非常に不本意ながら、事件の重要参考人として連行されるという形で、だが。

「どうした、マスク君。ようやく私に対して正しい扱いをする気になったかな」

これ見よがしに掛けられっぱなしの手錠をガチャつかせ、運転席に座る青年を見やると、彼は手元の端末を神妙な顔で見つめていた。
いや、神妙な顔なのかも、本当に見つめているのかも、厳密に言えばネクロには分からない。
というのも、彼の目元は奇妙な仮面――蝶の両翅のように左右に広がった、四つ目の意匠を持つ視覚補助デバイス――によって覆われているからだ。
コードネームは『マスク』。
ネクロに言わせれば安直でひねりのない名を名乗る彼は、ここアーカムにおいてはFBI捜査官のロールを宛てがわれていた。
ひょんなことから協力関係になった二人だが、この数時間で、ネクロからマスクへの印象は概ね「めんどくさいヤツ」で固まりつつある。
もっとも、マスクもマスクでネクロに対しては似たような認識でいるかもしれないが。

「ん? どうしたんだ、手錠の鍵なら君の右胸のポケットだぞ」

「……ロウアー・サウスサイドの一件はしばらく市警の諸君に任せて、後回しにすべきかもしれんな」

「おーい、人の話を聞かない奴だな君は」

「話したいことしか話さん奴が言うことかよ。見ろ、ミスカトニック大のキャンパス内で学生の首吊りがあった」

マスクが差し出した携帯端末の画面を、後部座席から身を乗り出して覗き込む。
このスマートフォンとかいう端末は、馴染み深い1950年代――ネクロが本来暮らしているはずの時代――には存在しなかったものだ。
だからというわけでもないのだが、ネクロはこの最新鋭の情報機器ではなく、ロウアーの闇市場で転売されていた旧式の携帯を使っている。
辛うじて電話帳機能が付いているだけのオンボロだが、電話するだけなら不自由しないし、万が一番号を押さえられても足が着かないからだ。
とはいえ、使い方に詳しくないだけでスマートフォンの機能自体は十分理解している。単に使う気にならないだけだった。

画面に表示されているのは、アーカム・アドヴァタイザー紙のオンライン記事だ。
運転中のマスクが気付いたところを見るに、号外記事が載ると通知が来る仕組みになっているのだろうか。
アドヴァタイザーは競合紙のアーカム・ガゼットよりも攻撃的な話題を好む傾向にある新聞社だが、タブロイドめいたいい加減な記事を刷ったりはしない。
見出しに躍る"Miskatonic University Death"の文字列は随分と刺激的ではあるが、信憑性はそれなりに確かだと判断して読み進める。

そして。
最後まで目を通したところで、Dr.ネクロの、まだ幼い少女のものにしか見えないその整った眉が、僅かに動いた。
しかし声色を変えたりはせず、ネクロはなんてこともないように軽く返事をした。

「……これがどうした。こんな陰気くさい街じゃ、学生だって自殺したくもなるさ」

「陰気くさいのは同意の至りだが、それだけで足場のない木にぶら下がれるほど器用に死ねるものか?」

「おいおいマスク、まるで首吊りじゃなくて首縊りだって口振りだな。自殺と他殺じゃ大違いだぞ」

「大違いだからこそ、こうして車を止めて話している。サウスサイドの魔女には察してもらえるものと信じるが?」

6 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:34:42 ID:8pkJnobw0

ネクロはおどけた口調を引っ込めて、すっとその双眸を細めた。
たったそれだけで彼女の両目に宿る光は、飄々とした少女のものから、人の道に外れたる者――魔術師に特有の仄暗いそれへと変化した。
Dr.ネクロはロウアー・サウスサイドの闇医者だが、同時に百年を超える年月を生きた闇の住人でもある。
マスクが何をもって自分を試しているのかも理解しているし、それに対する答えも当然のように用意している。

「……1704年、グーディ・ファウラー。セイラム魔女裁判の影に怯えたアーカム市民によって弾劾され、木に吊るされる。
 彼女が本物の魔女だったかはさて置くとして、アーカムの裏に流れる影の歴史を知る者にとっては、首縊りは魔女狩りの隠喩だ」

「流石に詳しいな。侮った非礼は詫びねばならないか」

特に詫びているふうではないマスクの口調に腹を立てるでもなく、ネクロは「分かればいい」と鼻を鳴らした。

「だが随分と大胆な挑発だな。魔女狩り……今のアーカムで魔女狩りをやろうとは」

「狙いは聖杯戦争のマスターと見て間違いないな」

「その吊るされた学生が、実際にマスターの一人かは知らんがね。だが宣戦布告には違いあるまいさ」

ここまで大胆な行動をよくぞやったものだと感心したものか、それとも呆れたものか。
その両方だろうなとDr.ネクロは率直な評価を下した。
架空都市アーカムの中心たるミスカトニック大学の構内で起こったセンセーショナルな事件。
このニュースがアーカム全市を駆け巡るまでにほとんど時間はかからなかっただろう。
アーカムの暗部に関する知識を持つマスターならば魔女狩りのメッセージを読み取れるし、そうでなくても異常事件はそれだけで注意を惹きつける。
結果、多かれ少なかれ、聖杯戦争に関わる者達の目は首縊りの主犯者へと向けられることになるだろう。

「下手をすれば全てのサーヴァントを敵に回しかねないというのに、よくやるものだ」

「君は知らないだろうが、魔術師なんて連中は大概どこかしらネジが飛んでるものさ」

「それは自分自身も含めての評価と聞こえるなあ、ドクター?」

「さぁてね。だが本物の馬鹿でないとするなら、現実的に追求を捌き切る手段があるのかもしれん。
 それほどまでに強力なサーヴァントを従えているか、あるいは自分自身の実力に相当な自信があるか。
 もしくは、もともと不特定多数のマスターを引き寄せるのが目的で、あえて混戦を招こうとしているのかもな」

いずれにせよ、相応のリスクを伴うのは間違いない。
それをも織り込み済みの挑発行為ならば、なるほど犯人は大したタマだ。
サウスサイドの大破壊の黒幕を追うのも大事だが、新たな動きがあるまでは現状以上の情報を得るのは難しいだろう。
だからこそ、こちらの事件を先に調査する価値はある。それは確かに理解できた。

「だがマスク。大学の件はそれこそ市警の諸君に任せて、我々は後で情報だけいただくというわけにはいかないのか?」
「私がサウスサイドで自由に動けているからこそ、余計に縄張り争いに執心するのが田舎警察の習い性なのだ」
「お、おう。なるほど、そっちの理由か」

言われてみれば、FBIのエージェントはアーカムの警察組織においてはいわば外様のよそ者だ。
捜査体制が盤石になって情報を回してもらえなくなる前に、さっさと現場に上がり込んでおこうというわけか。
いつの時代も警察は面子というものを大事にするのだなあ、とネクロは妙なところで感心をした。

「故にだ。ドクターには私の助手働きとして、私の捜査の旗担ぎをしてもらうことになる」

「助手だぁ? 言っちゃ悪いがマスク、君は魔術に関して素人だろ。君が私の助手じゃないのか?」

「これでも相応の歩み寄りと敬意の証だと受け取ってもらいたいものだ」

例によって話を聞かず、胸ポケットから出した鍵を無造作に後部座席に放ったマスクに、ネクロは恨みがましい視線を送った。
手錠くらい、敬意があるなら自分で外してくれたっていいじゃあないか。



                    ▼  ▼  ▼

7 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:35:15 ID:8pkJnobw0

ミスカトニック大学応用化学部教授、プレシア・テスタロッサにとって、警察の捜査は茶番そのものだった。

大学の構内で首縊りにされた女学生の遺体を下ろし、何処かへ――恐らくは市警と提携を結んでいる大学内の附属病院へ――運び去ってからは、
警察官たちは飽きもせずに現場周辺で這いつくばって証拠を探し、学生や教授たちの証言を取り、署と何やら無線でやり取りする流れを繰り返している。
市の中核たるこの大学は独立自治の気風が強く、たとえ事件捜査とはいえ「よそ者」の警官たちが構内を荒らすのを快く思わない者も多い。
大学が機能を止めていない以上は市警もよそ者であり続けるほかなく、正義の執行者が肩身を狭くしてせこせこと歩き回る様は滑稽だった。

プレシアも犠牲者が所属していたゼミの担当教授として何度か聴取をされたが、一度もあくびをしなかったのは我ながら驚嘆に値すると思っていた。
警察は少女の死を不審に思いながらも完全に他殺に切り替えることも出来ず、その歯がゆさがプレシアへの接し方にも現れていた。
まるで腫れ物に触るような刑事の態度に辟易としながらも、プレシアは「気丈に振る舞いながら内心で教え子の早すぎる死を悔やむ教師」を演じ切った。
元々、警察側も他殺の線一本で操作しているわけではない以上、現状プレシアを重要な参考人とはしていないのだろう。
あるいはもっと現実的に、女の細腕で死体を吊るすのは不可能だと考えたのかもしれない。
うんざりするほどの時間を奪われはしたものの、結論から言えば、午前中のうちにプレシアは鬱陶しい「任意の捜査協力」から開放されたのだった。

来賓室を後にして、いつもながらの不機嫌な顔を今日は一層に険しくしながら、プレシアは新棟の廊下を足早に歩いていた。

(警察に聖杯戦争の関係者がいれば、これを機に仕掛けてくると思ったのだけれど。とんだ肩すかしだわ)

不機嫌の理由は、自分が僅かなりとも疑われたことではなく、思いのほか「疑われていない」ことにある。
プレシア・テスタロッサは、精神の均衡こそ保てているとは言い難いものの、しかし前後不覚の狂人ではない。
自分の行いがどのような結果を招くかを、その明晰な頭脳をもって推し量ることぐらいは容易い。

あからさまに他のマスターへのメッセージを含んだ変死体。
当然、アーカム中の視線がこちらに向くことになる。そんなことは当然、想定済みだ。
死んだ女学生は応用科学部のゼミ生だ。彼女の死を調べるのならば、どうやってもプレシアに接近せざるを得ない。
あえて我が身を渦中に巻き込むことによって、逆に近づく者の正体を暴き立てる。
そんなプレシアの目論見は、今のところ実を結んでいるとは言い難かった。

(警察はともかく、このミスカトニック大学の内部に聖杯戦争の関係者が潜り込んでいない、などということはあり得ない。
 ここはアーカムの中心であると同時に、この街の智識の集積点であり、魔術師にとって最大の要地だもの。
 パチュリー・ノーレッジに限らず、この大学の何処かには他のマスターがいるはずなのに……揺さぶりが足りなかったかしら)

事件を起こしてみれば即座に食いついてくると考えるのは、早計だっただろうか。
何も直接的な行動を起こさなくてもいい。僅かに嗅ぎ回る素振りを見せてくれるだけでも、狙いをもって観察すればその不審さを捉えられるもの。
そう思って、自らの目だけでなく魔術的手段を併用して学内を偵察しているのだが、今のところ尻尾を出す者はいない。
もしも本当に大学内に隠れ潜んでいるのなら、どうやら敵は相当したたかなようだ。
こちらも、手段を尽くし全力をもって事に当たる必要がある。

(……それにしても。本当に役に立たない英霊様だこと)

プレシアの苛立ちの矛先は、いつの間にか己のサーヴァント、ランサーへと向いていた。
彼女には、引き続き大学内での敵勢力の捜索と、奇襲を含めた威力偵察を命じてある。
にも関わらず、あの日本刀を振るうサムライのサーヴァント――恐らくクラスはセイバー――との一戦以来、全くの手がかりを拾えていない。
それにはランサーが一切の探索系スキルを有していないというのも理由としてあるはずだが、プレシアにとってそんなものは言い訳にもならない。
英霊とはいえ所詮はサーヴァントなど使い魔に過ぎないというのが、魔術師プレシア・テスタロッサの考えである。
使い魔ならば、主の命にはその存在意義を懸けてでも応えるのが従属物としての務めというものだろう。

8 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:35:49 ID:8pkJnobw0

つまるところ、自分はあの偉大なる英雄様に軽んじられているのだと、既にプレシアは結論付けている。
あの憎たらしいランサーは、令呪という絶対遵守の命令権によって、いやいや頭を垂れているに過ぎないに違いない。
なんて、屈辱。
死人ごときが一度世界を救った程度のことでつけ上がって、主人を見下し、あまつさえ口ごたえをするなんて。
もうプレシアの死んだ娘は、アリシア・テスタロッサは、あの愛らしい声を聴かせてはくれないのに。
何が英霊だ。何様のつもりで、さも当たり前のように蘇っているのだ。
誰がお前などに生き返ってくれと願った。
本当にこのプレシア・テスタロッサのしもべなら、今すぐそのまやかしの命を捧げてアリシアを連れ戻してみせろ――!


――どん、と鈍い衝撃があって、続いて何かが散らばる音が聞こえ、プレシアは思考への没入から引き戻された。


視線を落とせば、黒髪の少女が尻餅をついた姿勢のまま、散らばった本をかき集めていた。
どうやら考え事をしながら歩いていて、出会い頭に彼女とぶつかってしまったらしい。
常にデバイスを持ち歩いている以上、並の魔術師の不意討ち程度で不覚は取らないと自負しているが、流石に不注意が過ぎたようだ。
全てはあの忌々しいランサーに責があると内心で舌打ちをしながら、プレシアは眼前で本を拾うおどおどした少女を睥睨した。

「まったく。それだけの本を抱えて、人にぶつかればどうなるか想像できなかったのかしら?」
「あ……その……ご、ごめんなさい……」

見れば見るほど気弱そうな少女だ。
ゆったりとした服装の上からストールを羽織り、やけに長い前髪は半ばその瞳を覆っている。
本を山のように抱えているから、一瞬「図書館の魔女」ことパチュリー・ノーレッジかと思ったが、外見はまるで違っていた。

深夜に構内を歩いていたという情報から、刀剣のセイバーのマスターは例外的に時間外の図書館への立ち入りが許されている学生、
すなわち神秘学部の新星と名高いパチュリーである可能性が高いと推測したプレシアは、既に彼女に関する学内の資料には目を通している。
幸い彼女を取材した記事には写真が添えられていることが多く、一通り確認した今なら遠くから見かけても顔を見分けられる。
しかし何事にも無関心そうでありながら何処かふてぶてしさを感じさせるパチュリーと、目の前の少女はあまりに印象が違った。

顔立ちは東洋系。プレシアには中国人との見分けがつかないが、日本人だろうか。
もっとも東洋人は今のミスカトニック大学では珍しくない。学生だけでなく、確か何とかという民俗学の教授は日本人だったはずだ。
もうひとり、学内の名物である植物学部の芳乃さくら教授は、東洋系だとかどうとか以前の段階で目を引く容姿だが。
ともかく、東洋人であることがありふれた特徴となってしまうと、目の前の彼女はあまりにも特別な印象に乏しい。
つまるところ、どこにでもいる平凡なつまらない少女というのが、プレシアから彼女への第一印象だった。

プレシアは自分の講義に出席する学生の顔をいちいち覚えているほどマメでも人間好きでもないが、彼女の顔には見覚えがない。
恐らく応用化学部ではないだろうし、散らばった本がどれも小説や詩集であるのを見るに、そもそもプレシアとは無縁の人間だろう。

「あなた。学部と学年、それに名前は」

だからプレシアがそう尋ねたのは彼女に興味を持ったからではなく、腹立ち紛れの言い掛かりに過ぎない。
案の定というべきか、少女はびくりと震え、分かりやすいぐらいに狼狽した後、蚊の鳴くような声で答えを絞り出した。

「……文学部、一年……鷺沢文香、です……」

やはり日本人か。だからどうだということもないのだが。
既にプレシアは、どう見ても魔術師とは思えないこの少女、鷺沢文香から興味を失っていた。

「鷺沢文香、ね。つまらない不注意で貴重な私の時間を奪ったこと、文学部の担当教授にはきちんと報告しておくわ」

別にそんな報告などしてやる義理も意義もないのだが、文香は素直に信じたのか、しゅんと肩を落として項垂れた。
ああ、この反応。プレシアの嫌いなタイプの人間だ。
おとなしく抵抗しないでいれば、それだけで事が上手く運ぶとでも思っているのだろうか。
自らのサーヴァント、あるいは元の世界に残してきた愛娘の紛い物を思い出し、プレシアの眉間に皺が寄った。

9 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:36:24 ID:8pkJnobw0

「はぁ……もう結構よ。何処へなりとも行ってしまいなさい」

羽織っている白衣をこれ見よがしにはたいてから、プレシアはこれ以上文香に一瞥もくれることなく立ち去ろうとした。
足を止めたのは、背後から自分の名を呼ばれたような気がしたからだ。
最初は聞き間違いかと思ったが、振り返ると、文香の前髪の間から覗く瞳がまっすぐにプレシアを見つめていた。

「……あの、テスタロッサ教授……ひとつ、お聞きしたいことが……」

「まだ何か用? いえ、その前にどこで私の名前を? 私は貴女と接点など無いはずだけれど」

露骨に訝しがるプレシアに、文香は「図書館に置いてあった、大学の広報誌で……」と答えた。
なるほど、朧げな記憶がある。そういえば大昔にそんな取材を受けていたかもしれない。
プレシアがこのアーカムに辿り着くより前の時期に「あったことになっている」出来事だろうか。
自分が実際に取ったわけでもない行動が過去として存在するのは厄介だと思いながら、プレシアは不機嫌な視線だけで続きを促した。

「……はい……では……テスタロッサ教授は、パチュリー・ノーレッジという方を、ご存じですか……?」

何故ここでパチュリー・ノーレッジの名前が出てくるのだ。
などという疑問はおくびにも出さず、プレシアは「応用化学部の私がよその学生など知るわけがないでしょう」と切って捨てた。

「どうして私にそんな脈絡のない質問をしたのか、理解不能だわ」

「……すみません……テスタロッサ教授は、よく図書館を利用されているようですから……もしかしたらと思って……」

プレシアは舌打ちをした。
確かに図書館地下の稀覯書保管庫に魔導書が保管されているという噂を聞き、足繁く通い詰めていたのは確かだった。
しかし教授職にあるプレシアであっても禁書庫への入室は許されず、更には書庫自体に何らかの魔術的封印が為されており、無駄足に終わったのだ。
封印の突破自体はプレシアの魔術師としての智識と能力を総動員すれば可能かもしれないが、今はまだ大学内で騒ぎを起こすのは不味い。
そう思って機を伺うことにしていたのだが、こんな何でもない学生にも気に留められていたのか。
同僚はともかく学生になど一切興味のないプレシアは、恐らく顔を合わせたこともあっただろうパチュリーの顔も知らなかったというのに。

そこまで思いを巡らせてから、プレシアはようやく、目の前の少女が小刻みに震えていることに気がついた。

プレシアの高圧的な態度に怯えているのかと思ったが、もしもそうなら一刻も早く立ち去ろうとするはずだ。
たかが今の質問を投げかけるようなことが、鷺沢文香にとってはそんなにも勇気がいる、切実な行動だったのか。
言語化できない引っ掛かりを覚えながらも、プレシアはそれ以上何かを訊くこともなく、今度こそ立ち去った。

歩きながら、鷺沢文香の瞳がはっとするほど綺麗な青色をしていたのを思い出し、その美しさに一瞬惹きこまれていた自分に苛立った。



                    ▼  ▼  ▼


まだ耳鳴りがしているような気がする。

大学職員にキャンパス地区を案内されながら、マスクは今後のことに思いを巡らせていた。
アーカム市警への義理立てとして正規の手続きを踏んで捜査へと加わろうとしたのが、そもそもの間違いだったように思える。
おかげで署長直々の苦言を無駄に大音量で聞かされ、気勢を大いに削がれる羽目になってしまった。

10 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:37:16 ID:8pkJnobw0

『いいかね、ミスター・マスク! 我々アーカム市警が君の自由を許しているのは、捜査局本部のクンパ長官の肝煎りだからだ!
 君が気ままにロウアーのスラムをうろつけるのも我々の厚意あってこそのものだということを、君には今一度自覚してもらいたいものだね!
 確かに君が我々の仕事に少なからず貢献していることは認めよう! まああの程度のチンピラならうちの優秀な署員でもしょっぴけるがね!
 しかし! いいかねマスク、しかしだ! 自由といってもリバティとフリーダムは違うし、ワシントンD.C.とマサチューセッツも違う!
 ここはアーカムだ、我々の庭であり我々の故郷だ! 君のような外部の人間に頼らんでも、アーカム市警はこの難事件を解決してみせる!
 今に見ていたまえ、わがアーカム警察署が誇る敏腕捜査官『亜門 鋼太朗』が君より先に成果を上げると約束しよう!
 君は知らんだろうが、コウタロウとは日本の言葉で“鋼の男”という意味らしいぞ! ちなみに私も最近まで知らなかった!
 ともかく、亜門君はその名の通りの鋼の信念で必ずや真実に辿り着くだろう! 首を洗って待っていたまえミスター・マスク!
 では私はこのあたりで失礼するよ! この後はアップルフィールド氏とのアポがあるのでな! HAHAHAHAHAHAHAHA!!』


いい歳した大人が何をムキになっているんだと溜息もつきたくなるというものだ。
そのアモン・コウタロウなる男が何者かは知らないが、せいぜい自分の捜査の邪魔だけはしないでもらいたい。
それにしても、連邦捜査官という立場も思いのほか制約が多いものだ。
何しろ今回の事件について正式な令状を貰っているわけではないので、こうして大学に入るだけでも一苦労である。
というか、こうして職員に案内されるという形で大学内に入れたのは、結局のところマスクの実力ではなく……。

「それにしても驚きました、まさかあの高名なネクロ博士がミスカトニックの客員として赴任されるなんて」
「うむ、ここの大図書館の蔵書は世界有数だからな。前々からお招きに与ろうと思っていたのだ」
「………………」
「ところで博士、助手のマスクさんは顔色が良くないですが、お体の具合でも悪いのでしょうか?」
「ああ、気にするな。彼は面倒な言い回しをやめると死んでしまう病気なんだ」
「そうなのですか、おかわいそうに」
「………………」

いつの間にか、Dr.ネクロはミスカトニック大学に赴任した客員教授で、マスクはその助手ということになっている。
マスク達を出迎えた女性職員はそれを完全に信じ込んでいるようで、ネクロはそれをいいことに随分と好き勝手なことを話していた。
ロングコートの襟を立てて得意気に歩くネクロの耳元へ、マスクは体を屈めて顔を寄せた。

「おい、ドクター」
「どうした、助手くん。持病の具合はいいのか」
「それ以上言うならいよいよお前をインスマスの海底に沈めてやらねばならん」
「冗談だよ、短気な奴だな。それで?」
「それでじゃない。いったいどんな手を使ったんだ」

仮面の下で眉を顰めるマスクに、ネクロは特に大したことでもないように「暗示魔術だ」と答えた。

「暗示だと?」
「ああ。魔術としては比較的初歩だ。強い働きかけをもって、相手に自分の存在を斯くあるものと刷り込ませる。
 今の彼女には、私は子供の姿にすら見えていないだろう。こう見えて、幻覚を見せる魔術は得意なほうでね」
「摩訶不思議なる手を使ったか。この先出会う全員にそうやって暗示を掛けていくつもりか?」
「まさか。そこまで大々的に魔術を広めれば逆に怪しまれる。ここからは舌先三寸さ」

ネクロが、首から下げている「客員研究員(仮)」と書かれた小さなプレートをちらつかせてみせた。
今さっき窓口で貰った、名前も顔写真もない仮置きの証明証だが、ひとまず構内を歩き回るには問題無いだろう。
マスクも同じものを(ただし助研究員というひとつランクの低いものを)貰ってはいる。
だがこんなものでは見咎められた時の言い訳には弱く、警察関係者や証人相手には連邦捜査局の身分証の方が役立つだろう。
あるいは、マスクの持つもうひとつの証明証――アーカム市内における拳銃携帯許可のライセンス――が。

(いずれにせよ、この大学は必ず聖杯戦争と関係を持つ。私とクンタラの千年の願いに懸けて、成し遂げねばなるまい)

11 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:38:06 ID:8pkJnobw0

マスクの悲願は、かつて宇宙世紀末期に食糧不足のため食用に供された人々――そしてマスクことルイン・リーの祖先――クンタラの開放である。
それを為すのが聖杯である以上は、目の前を歩く魔術師Dr.ネクロもいずれは決着をつけるべき敵となるだろう。
彼女の宿願が何かは知らないし、訊いても教えてはくれないだろうが、決して聖杯を諦めたりはしないという確信はある。
それに、今でこそ冗談めいた台詞を飛ばしてくるが、いざとなれば自分の事も冷徹に始末しようとするのが魔術師だと、マスクは理解しつつあった。
口にこそ出さないが、彼女が血も涙もない人間だとまでは思ってはいない。
思ってはいないが、魔術師の倫理とは、兵士のそれとすら一線を引いたところにあるようにマスクには思えてならない。
そして、もしもこのミスカトニック大学で糸を手繰っているのが、そういう手合いの魔術師ならば――。

(こちらもモビルスーツで顔を隠した人間しか殺せないなどと、甘えたことは言うものか)

仮面越しの視界が、光学センサーでは捉えられないはずの穢れた魔力で烟っているように思えて、マスクはかぶりを振ってから歩みを進めた。



                    ▼  ▼  ▼



ミスカトニック大学の地下書庫には、封印された稀覯書だけが集められた禁書庫が存在する。

この世の理を外れた書、この宇宙の触れてはならぬ深淵へ言及した書、目を通すだけで不定の狂気に取り憑かれる禁断の書。
かつて、大学図書館の長であったヘンリー・アーミティッジ博士により「ダニッチ村で起こった何か」以降に作られたこのコレクションは、
世界各地から掻き集められたいわゆる魔導書――黒の書として知られるカルト儀式の見聞、南極の古代文明について記された書、
人類出現以前に認められたという最古の写本、屍体崇拝教団のおぞましき目録、中東地域の異端信仰について述べた書物、
そして狂えるアラブ人アブドゥル・アル=ハズラッドによってこの世に送り出されたかの悪名高き“死霊秘本”――のみならず、
かつては非オカルト的な書物として出版されたにも関わらず、後に禁断の智識や放置できない怪異を秘めているとして大学が収集した書を含む。
例えば、ジェームズ・ジョージ・フレイザーの『金枝篇』。
あるいは、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの『アウトサイダー及びその他の恐怖』。
最近のものでは、日本の作家である大迫栄一郎の『現代都市伝説考』が新たにリストに加わったと噂されている。
いずれにせよ、このコレクションは魔術に携わる者にとっては公然の秘密ではあるものの、魔術的処置により厳重な封印が為されており、
正規の手続きによっての閲覧は不可能とまでは言わないものの、非常に困難であることは間違いなかった。
現在アーカムで執り行われている魔術儀式、聖杯戦争。
その関係者の中には、ここにこそ聖杯や英霊の秘密が記された書が存在すると推測する者もいるが、入室を果たした者は未だにいない。


聖杯戦争の参加者として三画の令呪を戴くマスター、鷺沢文香は、その詳細な事実を知っているわけではない。
それでも大学図書館にアーカムの叡智が結集していることは理解していたし、元の世界へ帰る手掛かりがあるとすれば、まずここだろうと思っていた。
そして同じ学生でありながらも図書館の魔女と噂されるというパチュリー・ノーレッジならば、文香の迷いにも応えてくれるのではないか。
そう思って、以前図書館で見かけたことのある応用化学部の教授に意を決して話しかけたものの、すげなく切り捨てられ。
消沈して図書館へ実際に足を運んでみると、パチュリーは今日に限ってまだ図書館へ足を運んでいないという。
自分のなけなしの決意がことごとく空回っているように思えて、文香の長い前髪が落とす影は一層深くなった。

(そもそも……誰かに頼ろうというのが、間違いなのでしょうか……)

文香は聖杯になど興味はない。ただ自分が暮らしていたはずの世界に帰りたいだけだ。
たったそれだけのことなのに、ひとりぼっちの文香は地図もコンパスもなく荒野へ放り出されたようなもので、途方に暮れる以外に何も出来ない。
いや、本当はひとりぼっちではない。それは、分かってはいるのだが。

(……アーチャーさんは、私が話しかければ答えてくれる。だけど、言葉にしない問いに、答えをくれたりはしない。
 私から歩み寄らない限り、ずっと今のような、近くて遠い距離……。でも、その一歩が、私にはあまりにも……)

12 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:38:55 ID:8pkJnobw0

文香と契約した双銃のアーチャーは、その武器そのものが象徴するかのような、抜き身の銃のような男だ。
マスターである文香が願えばどんな敵とも戦い、あらゆる障害を排除しようとしてくれるだろう。
決して口数の多い男ではないが、彼なりの誠実さで文香の事情を慮ってくれているのは伝わってきていた。
それでも、怖いのだ。何故なら、彼は銃だから。
銃である以上は、銃爪に指を掛けるのも、決意をもって弾丸を撃ち出すのも、その持ち主であるマスターの役目だ。
アーチャーにとっての決断は、完全に文香へと委ねられている。
それが、文香にとってはたまらなく怖い。

(アイドルになった時は、プロデューサーさんが手を引いてくれた……でも、今の私のそばには、あの人はいなくて……。
 私の物語を読み進めるには、私自身がページを捲らなければならないのに……誰でもない、私が……自分で……っ)

自分の体がぶるぶると震えていることに気付き、文香は自分の両肩を抱いた。
それでも涙だけは――その一線だけは越えないようにと、悲鳴を上げそうな心を押し留める。
一度泣いてしまったら、もう立ち上がれなくなってしまう。そうしたら、もうあの輝くステージには手が届かない。
十二時までのシンデレラの魔法を、まだ解いてしまうわけにはいかないから。



                    ▼  ▼  ▼



それぞれの思惑をもって、マスター達は次々と舞台へと上がる。
そして彼らの従者たるサーヴァント達も、また、次々と。


プレシア・テスタロッサのサーヴァント、沈黙のランサー。
“破滅の使者”セーラーサターンは、学舎の屋上からキャンパスを見下ろしていた。
その胸に抱くのは悲愴な献身と、健気な覚悟。
どんなに主から虐げられようとも彼女の悲願は叶えてみせる。
それが献身の英雄としての矜持であり、父の愛によって生かされた娘としての想いだから。


マスクことルイン・リーのサーヴァント、刻印のアサシン。
“傷の男”スカーは、主の傍で一言も発することなく警戒を続けていた。
彼は暗殺者であり、復讐鬼である。その力の源泉は、今は怒りであり嘆きである。
現界にあたって欠落した何かを自覚することなく、ただ激情のままにその牙を研ぐ。
新たなる決意も、託された願いも知らぬ。今はただ、血をイシュヴァールへと捧げるために。


Dr.ネクロことデボネア・ヴァイオレットのサーヴァント、異貌のバーサーカー。
“マスクド・ライダー”風祭真は、その超感覚をもって敵を探し続けていた。
狂化によって薄められた知性。混濁する意識の中、求めるのは獣性を叩き付けられる存在だけだ。
だが、暴走する本能のままに敵を引き裂き食い千切って、その先は。
分かるわけがない。あの序章(プロローグ)の続きを知る者など、彼以外に一人としていないのだから。


鷺沢文香のサーヴァント、双銃のアーチャー。
“反逆者”ジョン・プレストンは、何も語らず、ただ無心にそこにいた。
その冷徹な鉄面皮の裏側に、鋭敏すぎる感受性を隠したまま。
遥か未来の英霊である彼に与えられた神秘は乏しく、立ち向かうべき敵はあまりにも強大。
だが男に動揺はない。ガン=カタとは人類史の窮極。人が人として積み重ねた全てをもって戦うのみ。


そして、ミスカトニック大学に潜む、他なるサーヴァント達。
威風堂々たる剣劇のセイバー、あるいは真理を嘯く幻実のアサシン。
戦端は今やそこら中にあった。後はそれが開かれるか、開かれないかの違いである。

秘匿者(キーパー)の宣言により開幕した聖杯戦争、その一日目。
魔導が混沌を呼び、ミスカトニックのキャンパスに腥い瘴気が集いつつあった。

13 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:39:59 ID:8pkJnobw0
【キャンパス・ミスカトニック大学構内/一日目 午前】

【プレシア・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは THE MOVIE 1ST】
[状態]健康
[精神]精神汚染:E
[令呪]残り三画
[装備]ミッドチルダ式ストレージデバイス
[道具]大学教授としての衣服および所持品
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本行動方針:ミスカトニック大学に潜むマスターを燻り出し、殺す。
1.深夜の施設利用を許されているパチュリー・ノーレッジをマスター候補として警戒。
2.それ以外にも「罠」に反応する大学関係者がいないか観察する。
3.セーラーサターンに対して強い不信感。
[備考]


【ランサー(セーラーサターン)@美少女戦士セーラームーンS】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]『沈黙の鎌(サイレンス・グレイブ)』
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターへの献身。
1.プレシアの願いを叶えるために尽力する。
2.マスターの信頼を得たい。
[備考]






【鷺沢文香@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態] 健康
[精神] 恐怖
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 本
[所持金] 普通の大学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰りたい
1.プロデューサーさん……
2.パチュリー・ノーレッジに会ってみたい
[備考]


【アーチャー(ジョン・プレストン)@リベリオン】
[状態] 健康
[精神] 正常
[装備] クラリックガン
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守る。
1.マスターを守る。
[備考]
※今のところ文香の方針に自ら干渉するつもりはありません。

14 昏濁の坩堝へと  ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:40:20 ID:8pkJnobw0
【マスク@ガンダム Gのレコンギスタ】
[状態]健康
[精神]一時的ショックから回復
[令呪]残り3画
[装備]マスク、自動拳銃
[道具]FBIの身分証
[所持金]余裕はある
[思考・状況]
基本行動方針:捜査官として情報を収集する。
1.ミスカトニック大学内で首縊り事件に関する情報を集める。
2.白髪の食屍鬼を操るサーヴァント(ワラキアの夜)を警戒。
[備考]
※拳銃のライセンスを所持しています。


【アサシン(傷の男(スカー))@鋼の錬金術師】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:基本的にはマスクに従う。
1.Dr.ネクロを警戒しつつ、マスクを護衛する。
[備考]
※盾の英霊(リーズバイフェ)およびそのマスター(亜門)と白髪の食屍鬼の戦闘を目視しています。
 どれだけ詳細に把握しているのかは後続に委ねます。



【Dr.ネクロ(デボネア・ヴァイオレット)@KEYMAN -THE HAND OF JUDGMENT-】
[状態]健康、魔力消費(小)
[精神]正常
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]魔術の各種媒介
[所持金]そこそこ
[思考・状況]
基本行動方針:他のマスターと協力しながらしばらくは様子見。
1.ミスカトニック大学内で首縊り事件に関する情報を集める。
2.せっかく大学内に入れたのだから、図書館にも寄ってみたい。
3.白髪の食屍鬼を操るサーヴァント(ワラキアの夜)を警戒。
[備考]
※盾の英霊(リーズバイフェ)およびそのマスター(亜門)と白髪の食屍鬼の戦闘、
 また白髪の食屍鬼同士(金木とヤモリ)の戦闘を把握しています。
 しかしどちらも仔細に観察していたわけではありません。


【バーサーカー(仮面ライダーシン)@真・仮面ライダー序章】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.???
[備考]

15 ◆q4eJ67HsvU :2016/04/24(日) 23:40:38 ID:8pkJnobw0
投下終了です。

16 名無しさん :2016/04/25(月) 21:15:37 ID:MGA35PFg0
投下乙です。
あわあわわわわ……大学の中がヤバイことに……
関係者だけで臨界状態だったのがマスク&ネクロまで集中しちゃうか……
いやぁそれにしてもプレシアおばさん、普通にいそうな嫌な教授で笑う。
因縁つけられた文香の明日はどっちだ。

17 名無しさん :2016/04/27(水) 00:06:03 ID:09/JiKFo0
投下乙です
ミスカトニックに集合だードコドコ
今のところはあまり身バレした陣営ないけれど、常時プレシアの監視下にあるとなるとコワイ
最後、各鯖に二つ名もついてきて感慨深かったです

18 名無しさん :2016/04/27(水) 00:36:28 ID:8gZ0bKPQ0
投下乙です。
キャンパスが振ったニトロのようになりつつあるな・・・・・・

そういえばキャンパス地区にはナイ神父がいましたね。

19 名無しさん :2016/04/27(水) 01:39:16 ID:LHGiGK1o0
投下乙です!
己のサーヴァントやか弱い女学生はおろかアーカム全土にまで中指立てていくスタイルの虐待おばさんの実家のような安心感
大学が一触即発ムードに包まれる中でのマスク&ネクロのクレバーながらも軽妙なやりとりは清涼剤ですね
ラストの各陣営サーヴァント達の、数行に濃縮された生き様の描写が燃える

20 名無しさん :2016/04/28(木) 00:50:43 ID:a8WEyzvw0
アルフォンス・エルリック&リナ・インバース予約します。

21 ◆HQRzDweJVY :2016/04/28(木) 01:03:57 ID:a8WEyzvw0
おっとトリップを忘れていました。
申し訳ありませんでした。

22 ◆HQRzDweJVY :2016/05/08(日) 23:53:45 ID:DicIYwDE0
投下します。
ちょっと確認しながら投下するので多少時間がかかると思われますのでご容赦ください。

23 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:02:33 ID:.DTn/S.Q0




きんいろのらいおんさん


おひめさまをねらってた


やりをもったきしも


ぼうとくてきなちからでねじふせた


ひとりになったおひめさま


あわれにむしゃむしゃたべられた



  ■  ■  ■



商業地区の一角にとある古ぼけた飲食店があった。
いわゆる"ダイナー"と呼ばれる形式の大衆食堂であり、
現在様々な地域にある24時間営業のファミリーレストランの元になったような店構えをしている。

その店内の奥まった場所にあるボックス席に二人の姿はあった。
一人は金髪の少年。13歳にしてミスカトニック大学に籍をおくアルフォンス・エルリック。
そしてもう一人は彼の従者(サーヴァント)。魔術師(キャスター)、リナ・インバースだ。
今現在リナは先程までつけていた魔術師めいたショルダーアーマーやマントを取り払い、
二人の姿は早めの昼食を取る年若いカップルにも見える。
だがそんな彼らには店内中の視線が集中している。

正確に言えば二人にではない。
二人の間にあるテーブル、更に正確に言えばそこにのった大量の料理に、である。

24 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:10:51 ID:.DTn/S.Q0


ただでさえアメリカンサイズの料理が机狭しと並べられている。
だが男性4人がやっとのことで平らげる量は、次々とリナの胃袋の中へ消えていく。

「んー……大味だけど味自体は悪く無いわね」

ここに来るまでに食事をしているというのに、その小さな体のどこにそれだけの量が入るのか。
サーヴァントだから物理法則を無視して入るのだろうか。
いや、多分英霊になる前からこんな人だったに違いない。
そう思わせるほどに慣れていた。

「うーん、食べた食べた。ごちそうさまでした!」

満足そうに一息つくリナ。
そんな彼女に対しにアルフォンスは気になっていることを問いかけた。

「ところでリナさん、今更なんですけど堂々と姿を表して大丈夫なんですか?」

出発前に話した対魔力を持つサーヴァントに襲撃されると危険なのではないだろうか。
そんなアルの疑問にリナは『何を当たり前のことを』と言いたげな表情で答える。

「仕方ないでしょ。実体化しないと味覚が働かないんだから」
「ええー……」
「……っていうのは半分冗談よ。ちゃんと考えぐらいあるわよ」

『半分は本気だったんだ……』と呆れ半分の視線を無視して、リナはピッと人差し指を立てる。

「まずこの状況で最も警戒すべきはアーチャーによる長距離狙撃とアサシンによる襲撃……つまりは暗殺ね。
 でもこの店の構造上、奥の方にあるこの席は狙撃がしにくい場所にある。
 それに暗殺するにしてもあたしならもっといい時間と場所を狙うわ」

ただ標的だけを消せばいいならば話は別だが、この場所で起こっているのは聖杯戦争という名のバトルロイヤルなのだ。
獲物を殺した次の瞬間に自分自身が獲物になってしまっては元も子もない。

「ちなみに宝具に関しては"なんでもあり"だから警戒するだけ無駄よ。
 それはもう背負うべきリスクとして割りきりなさい。警戒しすぎたら何も行動できないわ」

25 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:15:44 ID:.DTn/S.Q0
遠回しに"諦めろ"というようなリナの言葉。
一方で自分のマスターを安心させるように自信満々な笑みを浮かべている。

「ま、安心しなさい。
 狙撃手にも暗殺者にも狙われたことは一度や二度じゃないから、よっぽど特殊なタイプでない限り逃げることはできるわ」

その言葉には経験に裏打ちされた自信が見え隠れしている。
どれだけの修羅場をくぐってきたのだろう。
人生経験の薄いアルには想像もできなかった。

「あともう一つは実体化したあたしがどれぐらいの影響があるか確かめたかったっていうのもあるんだけど……」
「影響……ですか?」

リナの言葉の意味が理解できず、アルは小首を傾げた。

「言ったでしょ。あのギャングの怯え方が尋常じゃなかったって」

最初に襲撃したギャングのことを思い出す。
喚き、叫び、まるで親を見失った子供のように泣き叫ぶ男たち。
確かに怯え方が異常だった。

「最初にあたしを目撃した時は威勢がよかったんだけど、どうも魔法を見た途端にああなっちゃったっぽいのよね」
「それは……いきなり火の玉とか見たらビックリするんじゃないでしょうか」
「一般人ならわからないでもないけど、あいつだって三下とはいえ悪党よ。
 あんないきなりパニック状態に陥るなんていくらなんでも不自然よ」
「……そういうものですか」

アルは動く鎧(リビングアーマー)として兄と旅した間の記憶が無い。
故に伝聞でしか世界を知らない。
そしてそのことを自覚している。
だからこそ世界を旅してきたリナの言葉に素直に頷いた。

「ええ、そういうものよ。
 ……で、予想通りといえば予想通りなんだけど、普通に実体化してるぐらいだと影響はないみたいね。
 となると魔術を目撃するとあのギャングどもみたいになる、って考えるのが自然ね」
「うーん……それだとなんで僕は大丈夫だったんでしょう」
「あたしとパスがつながってるから……ってのが一番可能性としては高いでしょうね。
 自分の毒で死ぬ毒蛇がいないのと同じことよ」

となると他人の魔術を見た瞬間、自分もああなってしまう可能性があるということか。

26 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:22:06 ID:.DTn/S.Q0
「ま、そのあたりは宝具同様心配しても仕方がないことね。
 今のところは覚悟しときなさいとしか言えないわ。
 ……それで、さっきお願いしてたものは書いてくれた?」
「あ、はい。思いつく限りはここに書きましたけど……」

そう言ってアルはメモ帳を差し出す。
そこにはマメそうな筆跡でずらっと、ミスカトニック大学で教鞭をとる個性的な人物が列記されている。
つい先程、当面の調査対象を大学教授陣に定めたものの、該当者は山のようにいる。
そこでとりあえず絞るためにもアルが知る学内の有名人をリストアップしたのだ。

「ハーバード・ウェストの再来と呼ばれるリー先生、ロボット工学のエキスパートであるティモシー・ウェインライト教授、
 核物理学の権威であるラトホテップ博士に民俗学のタモン・タケウチ……そのほかにも結構いるわね」
「元々何かに極めて秀でた人って変人が多いですからね……」
「……まぁ一理あるわね。のーみそがスライムの天才剣士ってやつもいるし」

どうもその系統の天才に心あたりがあるらしい。
アルにしてみれば目の前の存在もそれに近いのだが、それを口にすれば碌な事にならないことは確かなので口を閉じている。

「あれ、そういえばあのちみっこは?」
「ちみっこって……芳乃教授ですか? うーんそれほど怪しいとは思えないんですけど……。
 変わり者ってわけじゃないですし、親しみやすい人ですよ」
「いや、怪しい事この上ないと思うんだけど……」

呆れたようなリナの視線を受け、彼女も加えるべきだろうかとアルが考えたその時だった。
ポケットの中から響く振動。
どうやら誰からかメールが届いたらしい。
慣れた手つきでスマートフォンを取り出し、メールの文面を見たアルの表情が驚きに変わる。

「どうかしたの?」
「大学の友人からです。
 "今、大学にはこないほうがいいかもしれない"、と」
「どーゆーこと?」
「ええと……こういうことらしいです」

液晶の上で指を滑らせ、表示されたサイトをリナに向ける。
その小さな画面に映しだされていたのはアーカムの地方紙の電子版。
その中央にでかでかと"Miskatonic University Death"というショッキングな見出し文が映し出されている。

27 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:23:45 ID:.DTn/S.Q0
この事件により、受ける予定だった講義が休講になっただけでなく、
アルの友人も長時間事情聴取に付き合わされたらしい。
実際、死体が吊るされていた桜の木とアルの所属する機械工学科は目と鼻の先だ。
今学校に行けばアルも似たような目に合うだろうことは想像に難くない。

「……嫌な感じね」

記事を読み終わったリナがポツリと呟く。
その視線はスマートフォンに固定されたままだ。

「嫌な感じって……魔術的な何かを感じるってことですか?」
「流石にあたしでも電波越しに魔力を感じるとかそんな真似はできないわよ。
 ただ……これ、どーみてもあたし達――マスターとサーヴァントに対する挑発でしょ」

被害者は桜の木に吊るされていた。
首をくくられた死体。それはアーカムでは別の意味を持つ。

魔女狩り、そして首括りの丘。
アーカムに伝わる陰鬱なる歴史。
この街に住む人間ならば、そのことを思い出さずにはいられない。
ましてやそれが魔女――"魔"に係る聖杯戦争のマスターならば。

「その被害者の子がマスターかどうかはわからないけど、学内にマスターが居るのは確実みたいね。
 ただこれだけ全方面にケンカ売ってるってことは、今頃は大学に血気盛んな奴が押し寄せてるでしょうね……
 ああもう、こっちの予定ぐちゃぐちゃじゃない!」

元々アルたちは大学に行って各マスターやサーヴァントの情報を探る予定だった。
だが今大学には次々とサーヴァントたちが集まっている。
万が一、三騎士にでもこちらの正体がバレでもすれば、手も足も出ないまま撃破されてしまう可能性がある。

「僕達も向かうべきだと思いますか?」
「乱戦になれば切り札――神滅斬(ラグナブレード)を当てるチャンスは格段に増えるでしょうけど……
 こっちの情報も少なからず割れてしまうことは覚悟しないといけないわ。
 そうなるとこの序盤で今後の動きが制限されてしまう。
 ハイリスク・ハイリターン……個人的にはリスク多めって感じね」

『あんまりオススメはできないわ』と付け加えるリナ。
しかし真剣な眼差しでアルを真正面から見つめる。

「……とはいえ最終決定権はマスターであるあんたにあるわ。
 これに限ってはどっちが正解――なんて話じゃないから好きに決めちゃって」

28 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:27:32 ID:.DTn/S.Q0
そう言われても頭の中は一気に増えた情報でごちゃごちゃしている。
とりあえず頭の中をリセットさせようとアルがコーヒーを口にした瞬間、

「――だからその子がロウワー・サウスサイドで"さまよう鎧"を見たんだって!」

隣の席から聞こえてきた女性の声にむせ返る。
衝立で姿は見えないが、どうやら隣のテーブルで誰かが話をしているらしい。

「ままままた、ボクを驚かそうたってそうはいきませんからね!」
「あー、でもYogTube(ヨグチューブ)に動画も上がってるんだって。せっかくだし見る?」
「どーせトリックですよ! ボ、ボクより歳上なんだからそういうのはそろそろ卒業したらどうですか!?」

上ずるような少女の声に我に返ったアルは事態を把握する。
どうやら自分がとった行動が噂になってしまっているようだ。
それも一種の都市伝説として。
しかしまさか動画まで上がっていたとは……。
一方で、対面のリナはにやにやとした笑みをアルに向けている。
どうやらアルが都市伝説となったのが面白いらしい。

「でもその噂ならウチも聞いたことありますえ?
 確か……"悪逆非道の悪魔をつれている騎士の亡霊"って話でっしゃろ?」

が、続いた言葉にリナの笑顔が凍りつく。

「なんでも出会ったら最後、口から地獄の炎を吐いて、生きたまま焼き殺されてしまうそうどす。
 更にはあまりに残虐なその光景を目にしたものは恐怖のあまり発狂してしまうそうどすえ。
 物騒すぎて凶暴すぎて黒い仔山羊もまたいで通るとか……」
「へー、その話は初めて聞いたかも。ん……? 冷房が効きすぎてない、この店?」

真正面に座るリナは表情こそ笑顔だが青筋を立てている。
あと少しでもリミットを超えたら見ず知らずの彼女らのもとに乗り込みそうな雰囲気さえある。

「まぁ、でもそんなお話、この街ではそう珍しいことでもないどすえ?
 【幻の地下鉄道】とか【発狂した漁師】とか、お祖母様からいくらでも聞いたことありますし。
 最近だと【軍の秘密ステルス機がUFOを撃墜した】とか、【白髪の屍食鬼】とか、【地下から聞こえてくる男の叫び声】とか……」
「あ、それなら私最近面白い噂聞いたよ! "空飛ぶ金色のライオン"の噂!」
「そ、それは怖くなさそう……じゃなくて、ボクは優しいですからね! 話ぐらい聞いてあげますよ!」
「うん、なんでもビルぐらい大きい巨大なライオンで、目撃した人を頭からバリバリ食べちゃうんだって」
「……」

意外と残酷なオチに絶句する気配が伝わってくる。

29 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:31:31 ID:.DTn/S.Q0

「……あ、あれー、そろそろバスの時間みたいですね! 食べ終わったし早く行かないと!
 ほ、ほら二人とも急いでくださいよ!」
「ちょ、ちょっと待ってってば! まだあたしコーヒー飲み終わって――」
「もう一本あとでも間に合うからそんなに急がんでもええのに……」

ドタバタという足音とともに、少女たちの声が遠くなっていく。
再び沈黙の落ちるテーブル。
恐る恐るリナの様子をうかがう。
だが視線の先のリナはアルの予想とは違い、真剣な表情で何かを考え込んいた。

「……何か妙じゃない?」
「妙、ですか?」
「ええ。いくらなんでも噂が多すぎるでしょ」
「うーん……そうですか? "インターネット"があるこの世界なら不思議じゃないと思うんですけど……」

リナもアルも元々は個人が自由にできる情報通信網のない世界の出身だ。
故にインターネットに対しては聖杯を介しての知識しか持たない。
だが聖杯によって与えられた知識はあくまで知識だ。
そこに実感はなく、その間には奇妙な齟齬がある。
だからこそ"そういうこともあるのではないか"と思っていたのだが……

「だとしても、よ。
 通信技術が発達しても、それを使ってる人間はどの世界でもあまり違いがないわ。
 ……そもそも噂っていうのはあんまり同時並行的に流行らないのよ。
 噂となる火種が多い場合、短いスパンでどんどん切り替わるってほうがありえるわ。
 それにさっきの話にでてきたのはあくまで一部分でしょう?
 ちょっとそのインターネットってやつで調べてみてくれる?」

言われるまま、適当なキーワードで検索をかける。
すると胡乱なサイトや掲示板がいくつも引っかかた。
SNSサイトであるHastturでも同様だった。
先ほどの会話の中に出てきたものもあれば、そうでないものも両手の指で数えられないほどある。
確かにこれは一つの街にはびこる噂の量としては多すぎる。
しかもそれはここ数日で異常なほどに増えている……なんとなくだがアルにはそう感じられた。

30 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:36:46 ID:.DTn/S.Q0
「あたしとしては、"何か"がいるんじゃないかと思うんだけどね。
 噂を流通させる"何か"、が」

ネズミや虫が疫病を媒介するように。
噂話のパンデミックを引き起こしている存在がいる?
それは、ただの人の手に余る行為だ。

「……サーヴァント、ってことですか?」
「ええ、断言はできないけど確率は高いと思う」
「うーんだとしたら一体何のためにそんな真似を……?」
「噂話を流すことで有利になる"何か"がある……
 一番考えられるのは知名度によってステータスをアップさせることだけど、
 噂程度でどれだけ力になるかわからないし、何より単純な愉快犯である可能性も捨てられないのよね……
 "人格が破綻した英雄"なんてどの世界にもいるもんだし」

それに、と付け足す。

「噂そのものがあたし達と無関係とも言い切れないしね」
「それって……」
「そう。多くの噂話ってのは元となる原型(アーキタイプ)があるものよ。
 普通なら"影を怪人と見間違えた"とかそんな些細なものだったかもしれない。
 ――でもここアーカムではそうとは限らない」

聖杯戦争。
超常現象(オカルト)の窮極である英霊同士のぶつかり合い。
それに付随する科学では到底証明できない現象。

「聖杯戦争で起こった超常的な何かが、その噂の元になっている可能性がある。
 ちょうど鎧姿のアル君が都市伝説になったみたいにね。
 特にさっきの"金色のライオン"なんて、都市伝説としては突飛すぎると思わない?」

確かに。他の都市伝説が人間などをベースにしているのに対し、あまりにも具体的かつ突飛だ。
だとしたら、金色のライオン"の元になった現象とは一体何なのだろうか。

「――金色のライオン、か……」

誰に向けたものでもないつぶやき。
だがその言葉が持つ何かが、アルの脳裏に奇妙に引っかかった。


  ■  ■  ■

31 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:36:58 ID:.DTn/S.Q0


  ■  ■  ■



「……おじさんは、だあれ?」

「フフフ……私かね? 私は君と同じく真実を知ったものだ。
 同様に真実に辿り着いた君に会いに来た」

「しんじつ……?」

「ああ、そうとも。
 君の知る真実を他のものにも知らしめようじゃないか。
 さぁ、聞かせてくれたまえ……君の知る真実(メモリー)を!」





【商業地区・大衆食堂/一日目 午前】

【アルフォンス・エルリック@劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者】
[状態]健康
[精神]正常
[令呪]残り三画
[装備]掌に錬成陣が描かれた手袋、赤いコート
[道具]鞄(大学生としての所持品)、西洋鎧(屋敷に保管)
[所持金]古物商だった父の遺産で慎ましく暮らしていける程度
[思考・状況]
基本行動方針:兄さんに会うために聖杯に願う。
1.今後の方針を決める。
2. 噂話が気になる。
3.三騎士との戦いはできるだけ回避する
[備考]
令呪は右手の甲に宿っています。
芳乃さくらと顔見知り程度に知り合っています。マスターとは認識していません。


【キャスター(リナ・インバース)@スレイヤーズ】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]ショートソード、バンダナ
[道具]魔血玉
[所持金]たくさん金貨や宝石があるけど支払いは全てアルフォンス持ち
[思考・状況]
基本行動方針:おたからとごちそうをゲットしつつなるべく楽に敵をぶちのめして勝つ!
1.大学ねぇ
2.芳乃さくらを含めミスカトニック大学の教授陣が怪しい
3.対魔力持ちを警戒、三騎士の情報をできるだけ集める
[備考]
芳乃さくらをマスターではないかと疑っています。

32 CrazyBotch  ◆HQRzDweJVY :2016/05/09(月) 00:37:22 ID:.DTn/S.Q0
以上で投下を終了します。

33 名無しさん :2016/05/09(月) 05:00:11 ID:VHDLXhxY0
投下乙です。
Yogtubeとか見たら発狂しそうな動画サイト名ですねw

34 名無しさん :2016/05/10(火) 12:52:57 ID:IO4RumNs0
投下お疲れ様です!
さすがミスカトニック大学だ錚々たる教授陣だぜ
包帯おじさんはこの人に目を付けたか!噂の元が元だけに広まればとんでもないものが産まれそうですがはてさて

35 ◆q4eJ67HsvU :2016/05/17(火) 15:36:52 ID:dxIY7weo0
一騎&アーチャー、シュバルツ&キャスター、キーパーを予約します。

36 ◆Jnb5qDKD06 :2016/05/29(日) 10:58:32 ID:CAWaVVIg0
下記予約します。
・木戸野亜紀&バーサーカー(広瀬雄一)

37 今は鉛毒の時間 ◆Jnb5qDKD06 :2016/05/29(日) 10:59:08 ID:CAWaVVIg0
そして投下します

38 今は鉛毒の時間 ◆Jnb5qDKD06 :2016/05/29(日) 10:59:28 ID:CAWaVVIg0

 今は鉛の時間

 生き延びた時、記憶に刻まれるだろう──

 凍っていく人が雪を思い出すように──

 最初に冷気──そして麻痺し──そして一切の放棄

                                   エミリ・ディキンソン──『激しい苦痛の後に、形式だけの感情が生まれる』


 鉛色に曇る空。
 木戸野亜紀はナイと名乗った神父の話を確かめるべく、キャンパス郊外よりフレンチヒルへと向かった。
 朝方に事件があったらしく、その影響で市電が一時期停止していたが、時間が経つにつれて混雑が緩和されつつあった。

 ホスピタル線でミスカトニック大学周辺を回り、フレンチヒル線に乗り換えでフレンチヒルを目指す。
 移動の間、スマートフォンを弄りSNSのHastturで「黒い 男」で検索をかける。亜紀の探し人の空目恭一は黒を基調とする服ばかり着るからそれだけで目立つ。
 結果は芳しくない。黒人男性に対するツイートが大量にヒットする。多すぎて絞り込めない。「黒い 少年」でも同じだろう。
 「黒い 少年 アジア人」でもまだ多い。もっと絞りこもうと入力し──────ピタッ。

 スマートフォンを弄っていた指を止め、そこから「黒い 少年 アジア人 ハンサム」と入力していた単語を全て消去した。

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 ハンサムという俗な単語で検索することが嫌で、そんな理由で検索を中断した自分の愚かしさに嫌気が差す。
 確かに恭の字(空目恭一のこと)は顔がいい。
 だが、自分と彼を引き合わせたのは彼が『特別』だからということだ。誓って美男だからではない。と、誰かにそう言い訳していることに気付き、この事を考えるのを止めた。



       *       *       *



 フレンチヒルで乗り物から降りて周囲に聞き込みを開始する。
 高級住宅街が並ぶフレンチヒルは人の通りは決して多くは無いものの零ではなく、ましてや昼時にもなるとそれなりに人口密度が増えている。
 ランニングをする人、犬の散歩をする人、芝生の手入れをする人、路上でホットドッグを売る人、二時限から講義を受けるミスカトニック大学の学生など様々な人に聞き込む。
 この手の調査には慣れたものだ。歩かにもバス停前や喫茶店等で空目の特徴を伝えると幾つか証言が帰ってくる。だが、今日見た者はいないらしい。

 時刻が既に11時半を過ぎ空腹を覚えたため近くの喫茶店に入り、サンドイッチとコーヒーを注文する。
 待っている間、退屈しのぎに店内に置かれていた雑誌を物色していると今朝の『アーカム・アドヴァタイザー』という地元紙の記事が目に入った。

39 今は鉛毒の時間 ◆Jnb5qDKD06 :2016/05/29(日) 11:00:07 ID:CAWaVVIg0

《ロウアー・サウスサイドで爆発事故!! 死傷者・行方不明者多数》
《ミスカトニック大学にて生徒が自殺!? あり得ない死に方に疑問が》
《ミイラ化した死体が次々と発見! 首元から血を吸われたような痕が!》
《失踪者多数! アーカムで一体何が!?》

 手に取り記事を眺める。
 これらは聖杯戦争の影響だろうか。この辺りはどうやら危険な奴がいるらしい。
 そして亜紀は死傷者多数という文章に目が行く。空目の目撃情報が今日だけ無いという事実を踏まえるとこの事件に巻き込まれた……?

(恭の字が……いや、まさかね)

 空目が巻き込まれるはずが無いと確信している。
 空目や亜紀が所属している文芸部はなんだかんだで怪談の事件に関わることが多いが、自分から首を突っ込んだケースはほとんど無い。たいていは相談者が怪異を持ち込むか、ちょっかいをかけられるのだ。
 しかし、何事にも例外はある。もしかしたら恭の字から動くことがあるかもしれない。かつて神隠しの少女を捕らえた時のように────
 例えば亜紀が今持っている銀の鍵。これを拾った経緯は亜紀が自らの意思で呪(まじな)いを行い、〝自分に足りないもの〟として現れたものだ。

 はぁと溜め息をつく。
 恭の字が止めるように言っていた呪いを敢行した理由。自分としては意地だと強がりをしていたが、今思えば嫉妬だとはっきり分かる。
 神隠しの少女は役に立つ。そして私は役に立たない。だから恭の字の傍にいる彼女に嫉妬し、役に立とうとした。

 獣の意匠が施された銀の鍵。そして聖杯戦争と虚無のサーヴァント。
 呪いの結果は分からず、異国の地で戦争に巻き込まれたのは自業自得だ。思い返せば自分の迂闊さに腹が立つし、仲間に対して恥ずかしい気持ちもある。

 だが、それでも、こんな事態になっても。今は空目に会いたいという気持ちが強い。彼の隣にいて、彼の役に立ちたい。置いて行かれるのは真っ平ごめんだ。
 そうこうしているうちに注文した料理が届く。

 アメリカ合衆国では州ごとにサンドイッチに特徴が出る。
 アーカムが置かれているマサチューセッツ州ではパンの間にピーナッツバターとマシュマロクリーム『フラフ(fluff)』を塗ったフラッファーナッター(fluffernutter)という種類が州の公式サンドイッチとされている。
 出された調味料をパンに塗って口に運ぶと塩味と甘味がハーモニーを奏でる。


       ▽       ▽       ▽


 サンドイッチは甘く、コーヒーは苦い。それは彼女の恋の如く。


       △       △       △

40 今は鉛毒の時間 ◆Jnb5qDKD06 :2016/05/29(日) 11:00:28 ID:CAWaVVIg0

 ──────ドクン。

 霊体化しているサーヴァントがマスターの恋の波動に反応する。
 それは在りし日の禁断の果実であり、彼がバーサーカーに至るきっかけとなった事象だ。

 もしも彼がバーサーカーでなければ恋愛経験について何かしら語ったかもしれない。
 自分がどんな風に恋をしてどんな風に破れたか。

 人に求められようと努力しても得られない苦さを知っている。故に狂う結末を誰よりも知っている。
 唯一の楔が無くなって、最後に誰も彼も憎むのだ。そう世界に仕向けられるのだ。

 しかし、それを語る理性は無い。よって彼は黙ったままだった。


----------
【フレンチヒル・喫茶店/一日目 午前】
【木戸野亜紀@Missing】
[状態]健康
[精神]恋の病
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]鞄(中身はオカルト関係の本など)、スマートフォン
[所持金]一人暮らしに不自由しない程度
[思考・状況]
基本行動方針:脱出する。聖杯戦争など知ったことではない。
1.空目恭一を探す。
[備考]
※キャンパス地区外れのカフェでナイ神父と接触しました。


【バーサーカー(広瀬雄一)@アライブ -最終進化敵少年】
[状態]健康
[精神]狂化
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:――――
1.――――
[備考]

41 今は鉛毒の時間 ◆Jnb5qDKD06 :2016/05/29(日) 11:00:57 ID:CAWaVVIg0
投下終了します

42 名無しさん :2016/05/29(日) 11:51:48 ID:XipZ6lPQ0
0 3 5 5 3 9 6 8 19

0 3 5 5 3 9 9 6 8 1

0 3 5 5 3 9 6 8 3 3

0 3 6 7 4 8 1 3 0 9
今日はこれ

43 名無しさん :2016/05/30(月) 18:47:27 ID:jOjImIWo0
投下乙です。木戸野ちゃんめんどくさカワイイ
魔王陛下(と隣の紫様)に会った反応が楽しみだ

44 ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/03(月) 00:52:25 ID:/Xqj03jk0
お久しぶりです
アイアン・メイデン・ジャンヌ&エネル
ローズマリー・アップルフィールド&グリフィス
亜門鋼太朗&ランサー(リーズバイフェ・ストリンドヴァリ)
予約です

45 ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 00:51:42 ID:UK7OMgu.0
少し遅れて早朝に投下いたします。申し訳ありません

46 ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:34:37 ID:UK7OMgu.0
お待たせしました。投下します

47 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:35:19 ID:UK7OMgu.0

前日より変わらぬ人の喧騒。
正午に入ったアーカムダウンタウン地区の街並みは平穏そのものだ。
ガス漏れなどではあり得ない、各地区での大量の衰弱死。
早朝ミスカトニック大学で発見された不自然な首吊り死体。
ロウワー・サウスサイドで起きた、無数のホームレスを巻き込んだ爆発。
そして『白髪の喰屍鬼(グール)』。
この連日にアーカムで立て続けに起きた怪事件にも、街の様子は変わりない。
平和の象徴。天下の警察署のお膝元という安心感が、行き交う人々に余裕を生み、緊張を失わせていた。
連日バッシングの的となりマスコミの飯の種にされているイメージのつきまとう警察だが、公的権力というバックボーンは街全体に根付いている。
大抵の人間の中には頼るべき組織という共通認識があり、気づかぬうちにそこによりかかる事で治安は保たれているのだ。

あるいは、それとも―――。
アーカムという土地が、この地に住まう人が、異常な事態に順応してしまっているのか。
いかなる怪異を受容してしまう受け皿が形成されてしまっているのではないか。
狂気を望み、悪意を喜びのうちに招き入れる、おぞましき邪教の宗団のように。
家が崩れ、人が死ぬ。そんなものはこの街にはよくある事。
第一ダウンタウンにも都市伝説のひとつ『包帯男』が出没している。警察の権力など既に形骸化しているに等しい。
全ては贄。都市の住人は皆すべからく、アーカムという魔女の鍋に放り込まれる具材に過ぎない
無知なまま煮殺されるか、真実を知り絶望の中で細切れにされるか。違いなどその程度の差でしかない。


ではその悪辣なる異界で。知られてはならぬ邪神の潜むアーカムで。
ダウンタウン街道を出歩く住民達がにわかにざわつきめいているのにはいかなる事件の前触れなのか。


休憩中に昼食を取るサラリーマン、衰弱事件による休校にかこつけて遊びに繰り出している学生達の視線を掴んで離さないものとは何なのか。
『包帯男』か?『白髪の喰屍鬼』か?居並ぶ都市伝説は枚挙に暇がない。人の恐怖と不安のカタチだけ怪異は家の影に潜んでいる。
ただし此度に限っては―――そのどれでもなかった。



森林の奥地に潜む湖に住まう妖精のようだった。
あるいは、神の園より降りてきた天使のよう。
身を守るように人の集まる街道をそぞろ歩く少女の姿は、もうそれ以外に表現する他ない。
横を通り過ぎた影を目で追い、その非現実的光景に咄嗟に振り返って見直して、誰もが一様にそう思った。
日の眩しさと日頃の疲れが生んだ幻覚かと、目頭を押さえ現実を認識する者さえいる。

48 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:36:11 ID:UK7OMgu.0


天からの光を浴び、透き通って煌びやかに輝く銀の髪。
それが風や体の動きで浮き上がって、さながらこの世と隔絶した別世界との境目となる深秘のヴェールにも見せている。
フリルをあしらった白のワンピースの下から覗く疵を知らないまっさらな肌。
神の恩寵を受けたが如く、珠玉の生地は陽の光を己を際立たせる輝きとして支配している。
ショーウィンドウに飾られた服を興味津々に眺め、かと思えば店頭で調理を実演している焼き菓子の匂いにふらふらと釣られてしまう。
迷い込んだ都会で初めてばかりの体験に戸惑う、世間知らずな深窓の令嬢そのものだ。
そして新しい発見をするたびに 、生涯に渡って残したい宝物を手にしたように、無垢な表情を綻ばせ大輪の笑顔を咲かすのだ。
調子を良くした店員が焼き立ての菓子入り袋をサービスしてしまうのもやむなしといったところだろう。

社会機構の運営が崩壊するまでには至ってないが、頻度を増す異変で住民の精神は日に日に疲労していっていた。
なまじ仕事が不可能なほど悲惨な状況ではないが為、堂々と休む事も出来ない。
中にはいい機会だとして有給で羽休めする者もいるが、そのしわ寄せは残る社員にのしかかるものだ。
悪循環する歯車の役目を負った者達にとって、目の前で踊る妖精がごとき少女は、淀んだ精神を浄うほんの少しばかりの癒やしの効果をもたらしていた。
その魅力を理解してないのは、羨望の眼差しを一身に受けている当人。
聖杯戦争に加わるマスターとして孤児院の外より出たアイアン・メイデン・ジャンヌのみであった。

「ローズマリー、その、やはり私の格好は変なのでしょうか?周りからずっと視線を感じるのですが……」

ジャンヌとしてはわざわざマスターであると宣伝する必要もないので、漫然と道なりに歩いて街に溶け込んでいるつもりでいた。
しかしいかんせん、ジャンヌという人物はマスター云々を抜きにしても目立つ格好でいる。異国人が住まうのもそう珍しくないアーカムであっても。
自覚できていない本人には不思議で仕方ないといった様子だが。

「そんなことないわ、むしろ逆よ。ジャンヌがあんまりにも可愛いからみんな見惚れちゃってるだけよ」
「そ、そうなのでしょうか」

そしてジャンヌを街に連れ出し可憐な服に着替えさせた張本人であるローズマリーは、悪戯っぽい笑顔でジャンヌをからかった。
素のままでも目を引く美人であるジャンヌに、更に魅力を引き立たせるドレスアップをさせたのは他ならぬローズマリーの趣味である。
元の世界で外出時の服装は目付け役のマルコに一任していたジャンヌに、自分の好みで選ぶという経験はない。
服の趣向もマルコが見立てたものと大差ないので気に留めなかったが、そもそもその服が今以上に全身フリルのメイド服だ。
X-LAWSの歪んで偏った教育の弊害は、ファッションセンスのおかしさにまで及んでいた。


(しかし……)


大樹のように屹立するコンクリートのビルの群れ。
人とものでごった返した道路。
百人単位での話し声、車の鳴らすクラクション、店内やビルの大型ディスプレイから流れるBGM……

街というものがこれほど騒がしく活気に満ちた場所であると、上辺の知識だけだったジャンヌは実感を以て理解した。
シャーマンファイトでの予選試験は日本の東京都市内で行われたが、ジャンヌは東京の街というのをほとんど見ていない。
拷問器具(アイアンメイデン)の中で日常的に肉体を痛めつけ巫力を高めるのみで、外への関心を向ける機会など無かった。
アメリカでのパッチ族の集落、本戦で改めて向かった日本の孤島でもそう。
代々シャーマンファイトを取り仕切るネイティブアメリカンやトーナメント戦の為の舞台に、都市といえるだけの文明が築かれるはずもない。
だから鉄の処女の中に篭っていた聖・少・女は、ここで初めて外の世界を知ったのかもしれない。

49 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:36:45 ID:UK7OMgu.0


今が聖杯戦争の最中で、ジャンヌは他のマスターを狙い狙われる側という自覚は忘れない。
ことに自分のサーヴァントはあの傲岸不遜の結晶のような男だ。迂闊に気の緩んだところを見せるわけにはいかない。
ライダーに情報収集を求めても当てにはならない。能力的にはうってつけでも性格的には全く諜報向けではないのだから。
ジャンヌ自身が直に出向き接触の機会を掴むのが、最も確実な手段であり安全な方法であると理解していた。


「ほらジャンヌ、また難しい顔をしてる」

ぴっ、と伸ばした人差し指が思考に耽るジャンヌの眉間を軽くつついた。

「友達と一緒にいるのに他の事を考えるなんて失礼よ。せっかく孤児院から抜け出したんだから思いっきり羽根を伸ばしましょう?
 それとも、私といるのは嫌?」

目の前でこちらを窺うローズマリーの表情に寂しさの色が見える。
そうだ。彼女は父親に無理を言ってまで自分が外出する便宜を図ってくれた。
ジャンヌにとってはマスターの調査の名目でも、ローズマリーには久方ぶりの友人との語らいの場であるのだ。

友人というものを、ジャンヌは生まれてこの方得ていない。
LAWSのメンバーは支援者あるいは部下であり、向こうにとっても自分は信仰対象。
アーカムに来る以前、即ち死の直前の車内で期せずして麻倉家の玉村たまおと交友を深められたが、その結びもすぐに断たれた。
ローズマリーもそうだ。あくまで舞台上での役割。与えられた友人というロール。偽りの関係。
それでも自分を友人と慕ってくれている。笑顔を向けて手を取ってくれる。
真実を知らぬとしても、そこにあるのは偽らざる愛ではないか。
胸に生まれる、好いと思える感情。十の法を遵守するX-LAWSのリーダーとして、ただの孤児のジャンヌとして。
その思いを裏切る行為はなるべくしたくは、ない。

「……いえ、そんなことはありません。あなたと共に過ごせるのは祈りを捧げるのと同じくらい大切な時間です。
 ありがとう、ローズマリー。今日は良い思い出を作りましょう」

答えに満足がいって顔を綻ばせるローズマリー。
時間がくればローズマリーは家に帰りジャンヌは孤児院に戻る。
ローズマリーの方はいつかまた自分に会いに行く計画を立てるだろう。しかしその時は訪れない。決して。
この逢瀬で二人は永遠に別れる運命だ。聖杯戦争に身を投じるなら余計に彼女を近づけてはいけない。
だからこの時は。この瞬間だけは。
どうか世界が平和でありますようにと、今まで以上に心の中で深く願った。




正午で賑わうダウンタウンの衆目の興味は銀の少女に一極している。
一緒に連れ歩く金髪の少女と護衛らしき数人の男女が視界に入っても、誰もそちらの方に意識を向けたりはしなかった。
せいぜいが絵画の風景や調度品と同程度の扱いでしかない。際立つ美を前にすれば、それより劣る美はくすんで見えてしまうものだ。
……きり、という微かな歯ぎしりの音は、雑踏の喧騒に揉まれて聞かれる事なく消えていた。



 ◆

50 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:37:22 ID:UK7OMgu.0



「ローズマリー、あのお店はなんというのでしょうか?」
「やだジャンヌったら、クレープも知らないの?」


なんてみっともなくはしゃいでいるだろう。
まるで盛りのついた猿だ。張り付けた笑顔を決して剥がさないまま、ローズマリー・アップルフィールドは包み隠した内心でのみ嘲笑した。

孤児院の院長を説き伏せてジャンヌを連れ出したローズマリーは、当初の予定通りのダウンタウン地区にまで来ていた。
当然、ここに来たのはジャンヌとウィンドウショッピングに興じる為ではない。
全てはローズマリーの夢見る城に続く橋の建設、聖杯戦争で勝利する戦術の為だ。

父となった男とは既に警察署の前で別れている。そこで警察署長の男と顔を合わせる段取りは既についている。
無論そこには最も忠実な家臣であるセイバー、グリフィスも伴っている。そこで署長を宝具『鷹の団』の一員に加える手筈だ。
フレンチヒルの名士である男を警察は無下に出来まい。そして一般人ではグリフィスの魔性のカリスマを目にすればひとたまりもない。

いつの時代でも、権力者を自陣に引き込む事は様々な側面で有利を取れるものだ。
無論、取り込む対象の地位は高いほどいい。
如何にグリフィスの魅力が抗いがたいものといえど、それには直接対面する事が必要条件となる。
末端のヒラ全員に順に顔を覚えさせられる機会は中々ないし何より手間だ。
諸々の問題を一段飛ばしで解消するには、頭を押さえるに限る。
司令系統を奪えば組織の動きを大まかになら差配できるものだ。
警察人員を動かせる地位にあり、アーカム内で起こる事件の情報を一度に収集できる立場。
その男を『鷹の団』に引き込めば実質上、署長の座をグリフィスと挿げ替えるのに等しい。
この一挙で警察という組織は、グリフィスとローズマリーのアーカム全域に伸びた監視の目とあり、充実した装備を公的に保有できる大軍団と化す。

そして鷹の翼の広がりはそこのみに留まらない。
各地に顔の効く名士を餌にして、専門的、特権的階級の有力者を釣り上げる。そうなればあとは芋づる式だ。
いずれはアーカムの行政に干渉する権限を持った者の全てが『鷹の団』になる。
長たるグリフィスに心臓を捧げるほどの忠義を誓い、その姫たるローズマリーに聖杯を献上すべくその手を躊躇いなく汚す、プリンセスの理想の騎士団が組織されるのだ。


「ごめんなさい。知識としては知ってるのだけれど、実際に食べた経験はなくて……」
「うふふ、ジャンヌは世間知らずさんなのね。まるでどこかの国のお姫様みたい」
「そ、そんなことはないのです、けれど」
「いいわ、じゃあ頼んでみましょう。ジャンヌの初めてだもの、クリームとフルーツがたっぷりなとっても甘い思い出にしなきゃ!」
「ですがローズマリー、私には手持ちが」
「それくらい私が払ってあげるわ。友達でしょ?」


ジャンヌの花も恥じらう照れ顔が癇に障る。
自分がマスターという飢えた獣をおびき寄せる生贄とも知らずに。
貸し与えたドレスも餌を引き立たせる飾りであるとも知らずに気に入っている。
道行く人は一度二度とジャンヌを見返し名残惜しそうに後にしている。
ジャンヌという小石を投げ込まれたダウンタウンは、人の波の流れに変化をもたらしている。
纏う濃厚な"神秘"―――魔術に触れた者でなければ気づけない気配は、聖杯戦争の参加者にとってみればまたとない標的だ。

51 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:38:37 ID:UK7OMgu.0


まさに想定通りに展開だ。
後は哀れな餌に釣られた無様なサーヴァントかマスターが出て来るのを待つのみだ。
現在ローズマリーの傍にセイバーはいない。
この状況でサーヴァントとの接敵を望むというのは本来なら有り得ない策だ。
護衛でついている十数人の『鷹の団』も所詮は人間。サーヴァント相手にはものの役にも立たない。
しかしこの場合問題はない。戦いになった時に矢面に立つのはジャンヌ、あるいはそのサーヴァントだからだ。
自分はあくまで巻き込まれた一般人。『友達』のジャンヌにとっては庇護するべき対象。
いざという事態、ローズマリーの身に危険が及べば身を挺して庇ってくれるだろう。
慢心はない。ジャンヌは自分に対して心の大部分を許しているのが実感できる。
そして心に食い込んだ存在を無碍にもできない。余程のお人好しなのか、それとも何か気がとがめる経験でもあるのか。
ローズマリーを救うのに、その身に隠した力をひけらかす事を躊躇しないだろう。

なんて愚かさ。なんてお馬鹿な娘。疑うことを知らないのか。
純心さなんて、生きる上でなんの役に立つのか。
慈愛を振りまき、誰もに好かれ、蝶よ花よと愛でられて、神の恩寵すら貰って、そうすれば幸せに生きられると。
人に愛をあげれば、その人も同じだけ愛をくれるのだと、本気で思っているのか。


「これが……クレープですか。ええと、頭からかじるのですよね?」
「ええ、口を大きく開けないとこぼれてしまうからはじめは気をつけて―――」
「…………はむ」
「あら」


ああ。その輝くばかりの銀髪が気に入らない。
荒れた事など一度もない肌が恨めしい。
施してもらうばかりの平和に緩みきった面に虫酸が走る。
ローズマリーが捨てたものを持ったまま、恵まれた境遇にいる事が許せなくて仕方がない。
今すぐにでも、その無防備な背中にナイフを突き入れてやりたい。
与えられている加護を奪い取って、裸になって放り出される姿を嘲笑いたい衝動を必死になって抑える。


「これは―――とても、甘いのですね。いちごのショートケーキよりもずっと濃くて、とろけるような味で……」
「ふ、ふふふ……ふふふふふふ……!」
「ローズマリー?」
「やだ、ジャンヌ……!口にクリーム、ついて、おひげみたい……!」
「――――――!?」

52 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:39:04 ID:UK7OMgu.0



そうだ、そもそもが邪魔なのだ。
マスターであろうがなかろうが、そんなものは関係ない。そんなものと評すほどに、どうでもいい。
ジャンヌはローズマリーを日陰に追いやる極光だ。プリンセスという鏡に映る幸福を打ち砕くべく投じられた石だ。
あの女がいる限り、自分の夢は翳り、色褪せる。そんな確信がある。
何故ならジャンヌはローズマリーの『親友』だからだ。そしてローズマリーの親友はいつも自分を裏切ってきた。
だから許せない。だから認めない。
わざわざ自分の傍で富める者の余裕を見せつける存在を、ローズマリーは排除しなければならない。


「うふ、うふふふ……!」
「ロ、ローズマリー、そんなに笑わないでください……もう……ふふ、」
「だ、だって、ふふふ……!」


蓄積されていく負の想念。十三の少女の身には到底収まりきらぬ程の黒い塊が形成していく。
心の内に潜む闇。それは邪神のような凶災をもたらすわけではない。
都市伝説のように人から人に伝わり、タタリという実体を得て殺戮を繰り広げもしない。
たかだか一人の惨めな少女の激情。だがおぞましさでいえばむしろ同等であった。

嫉妬に狂いし怨鬼は少しずつ爪牙を研いでいく。
いつかその爪で引き裂く皮膚の感触を恍惚に夢見ながら。
牙で噛み切った肉から溢れる血で唇に艶やかな紅の化粧を施す時を待ち望みながら。


「あはははははははははははははははははは!」


ローズマリーは笑った。腹の底からこみ上げるおかしさに同調して。


……どこかで、赤い塊がブルリと笑うように震えた。



 ◆

53 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:39:28 ID:UK7OMgu.0




変わって、ダウンタウン上空。
近辺で一番の高層ビルのその天頂で、雷神のライダー、エネルは天下の全てを睥睨していた。
見下ろす眼差しは、その位置こそが当然というように傲岸で、尊大であった

「随分とまあ、緩んだ様子だな。これでは聖・少・女ではなくただの少・女のようではないか」

誰もいない屋上で虚空に胡座をかき、エネルは遊興するジャンヌを遥か遠方から見下ろす。
地上にいるジャンヌと数ブロック離れたビル屋上にいるエネルとはゆうに数百メートルは離れている。
サーヴァントでもすぐに駆けつけられる距離ではないが、これでもマスターの命令通り「いつでも駆けつけられる」距離にいるのだ。
この瞬間ジャンヌに聞きが及ぼうとも、瞬き一つの間があればエネルはあの場に到着してみせる。
お守りなど趣味ではないが、ここで命令に逆らってマスターの気を損ねるのも面倒だ。
それに、いまジャンヌの付近を監視する事は、エネルにとって興味の持てる行為でもある。

「ざっと十人。やはりぴったり張り付いているな」

心網(マントラ)で透視した、魔術による暗示や洗脳によるものではない「統一された意思」の集団。
エネルの興味を引いた人間達は今、ダウンタウンに繰り出したジャンヌに着いて離れずにいる。
その数はおおそ十数人。読み取れる精神はやはり互いに同調してるが如く一つの方向を向いていた。

「全員孤児院の連中ではないな。マスターを連れ出した女とその連れか」

孤児院の人間の顔など当然覚えていないエネルだが、状況やタイミングからいって、例の集団が潜り込んだのは資産家らしい男が訪ねた時であるというのには予測がついた。

「ほう、あの女だけは心が通常の動きだ。マスターの可能性が一番あるのは奴だが……」

エネルの雷の視線は、遠くジャンヌと笑い合うローズマリーと呼ばれた少女を射抜いた。
ジャンヌのほぼ同年代の年の頃、見るだけでは何ということもないただの一般人に映る。
しかしそれがマスターであるジャンヌを街に誘い、只の一般人とは思えない一団の一人となれば話は別だ。
年端もいかぬ少女のローズマリー。果たしてあれは笑顔の裏に研がれた殺意の糸を張りジャンヌを絡め取ろうとする奸物なのか、
それともさらに裏に潜むマスターの布石でしかない、哀れな捨て駒なのか。

54 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:40:05 ID:UK7OMgu.0


「……ふむ」

正体を看破するだけならば、簡単だ。エネルが直接出向けばいい。
実体化した至近距離での心網なら、宝具である雷の力と併用してその者の感情の働きを詳細に知る事ができる。
その際英霊の神秘を目の当たりにした人間は気が触れるだろうが、些細なことだ。むしろマスターの判別には手っ取り早い。
あの連中は明らかに聖杯戦争に関わりがある。令呪の効果範囲はともかくマスターに咎められる謂われもない。

対処は速やかに済む。
結果は即刻詳らかになる。
故にエネルは、


「ヤハハハ、いいだろう、せいぜい今は余裕に羽根を伸ばすがいい。
 折角の神を楽しませる催しなのだ、宴の準備ぐらいは待ってやらねばな」

やはり放置を継続するのだった。
マスターの危機を見せ物を眺める気分でせせら笑うサーヴァント。
ジャンヌほどのシャーマンの実力なら大抵の奸計は力づくでもねじ伏せられるとはいえ。その信頼からによる対応でないのは明らかだ。
木っ端が何をしようとも、どの道己が手を出せば全てはご破算になる。ならばその瞬間まであがきを見てやろうというだけのこと。

刺客が今すぐマスターを殺さないのも見当はつく。大方、膨大な巫力に寄せられて仕掛けてくる他のサーヴァントの情報収集が狙いだろう。
ジャンヌもまたその腹積りでいる。そしてエネルも、まだ見ぬ英霊との邂逅には少なからず興味を持つ。
しかして、それを覗き見る不貞の輩がいると前もって知っていてそれを許すというのは、いささか不興なのも事実。
聖・少・女のあの緩みっぷりでは獲物がかかるものまだ先だろう。しばらくは退屈が継続しそうだ。
さて、どうするか。聖杯戦争などつかの間の余興とする身にとって、ただ待つだけの暇とは苦痛である。
戦いに勝つ戦術ではなく、あくまでどうこの宴を楽しむかに思考を巡らすエネルに――――不意に得も言われぬ感覚が駆け巡った。

「……む?」

その時自分の中で生じた感覚が何であるか、エネルはこの場で理解しなかった。
仮にその正体に至ったとしても、この神を僭称する傲岸な性根の男が認める事は断じてないだろうが。
浮いたまま姿勢を立たせ、心網が捉えた方角に意識を尖らせる。
見据える先は先程までジャンヌもいた川向こう南西、孤児院の立つフレンチヒルとは逆の位置だ。
超常の探知機能を持つエネルでなく、通常のサーヴァント、のみならずただの人の身であってもそこで起きた異変には気づいただろう。
火の手の証。地上から曇天の空へ黒い煙が立ち上っている。
しかし舞い上がっているのはそれだけではない。エネル独自の鋭敏な探査能力があるとはいえ、川を隔てたこの距離まで届くほどの濃厚な神秘の気配……。

55 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:41:12 ID:UK7OMgu.0


「―――――ほう」


退屈に冷めていた神の目に、それ以外の色が宿った。
燻った程度の小火では到底満足のいかない、盛大な花火の打ち上げを求めるような妖しい愉悦の色を。








【ダウンタウン/1日目 午前】


【アイアンメイデン・ジャンヌ@シャーマンキング】
[状態]健康
[精神]正常
[令呪]残り2画
[装備]持霊(シャマシュ)
[道具]オーバーソウル媒介(アイアンメイデン顔面部、ネジ等)
[所持金]ほとんど持っていない
[思考・状況]
基本行動方針:まずは情報収集。
1.ローズマリー達と共にダウンタウンで過ごしながら情報収集
2.エネルを警戒。必要ならば令呪の使用も辞さない。
[備考]
 ※エネルとは長距離の念話が可能です。
 ※持霊シャマシュの霊格の高さゆえ、サーヴァントにはある程度近付かれれば捕捉される可能性があります。


【ライダー(エネル)@ONE PIECE】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]「のの様棒」
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を大いに楽しみ、勝利する
0.川向こうでの火に興味。さて、どう楽しむか?
1.ジャンヌとは距離を取り、敵が現れた場合は気が向いたら戦う
2.「心網(マントラ)」により情報収集(全てをジャンヌに伝えるつもりはない)
3.謎の集団(『鷹の団』)のからくりに興味
[備考]
※令呪によって「聖杯戦争と無関係な人間の殺傷」が禁じられています。
※ジャンヌの場にすぐに駆けつけられる程度(数百m)の距離にいます。
※「心網(マントラ)」により、商業地区周辺でのランサー(カルナ)の炎の魔力を感じ取りました。

【ローズマリー・アップルフィールド@明日のナージャ】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]裕福
[思考・状況]
基本行動方針:打算と演技で他のマスターを出し抜く
1.場所を変えながら獲物がかかるのを待つ。
2.ジャンヌに対しては親身に接し、餌として利用する。
[備考]
※10人前後の『鷹の団』団員と行動を共にしています。
 その中にはローズマリー自身の父親役も含まれています。

56 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:41:45 ID:UK7OMgu.0










 ◆




寿司屋を出た後亜門鋼太郎は警察署内へと舞い戻り、行方不明者の捜索願いの届けと、署や病院で保護している人物のリストを検索した。
短時間にしろ調べられる範囲で見てもやはり日本人、それも燕尾色のケープという目立つ服の少女の情報は載っていなかった。
これ以上調べようと思うなら、市内の探偵事務所などを当たっていかねばならなくなるだろう。

作業を一段落した亜門はそこで、何故そこまで性急に捜索に当たろうとしているのか自分に疑問を持った。
事件の捜査に順位の優劣などつけはしないが、それでも亜門は聖杯戦争という極位の災害に対し率先して対策を施さなければいけない立場だ。
そもそも依頼主からはその少女の名前すら聞いていない。簡易的な外見だけを事務的に、心配する様子を微塵も見せず伝えてきた。
頭髪から足先までが黒ずくめで包まれた、黒という色の概念を人の形に落とし込んだような少年。
店に入ってから出るまでのたった十数分足らずで、名前も知らぬ男は亜門の心象に強く焼き付いていた。
いうなれば手足の自由を奪われ為す術もなく海の底に引きずり込まれる大渦の中心部。
この世界に在るはずのない、存在としての違和感をもたらす姿を、知らず知らずのうちに意識してしまっていたのか。

なんにせよ、すぐに見つけるには情報が不足している。
職務を放棄する気はない。刑事課の同僚に連絡をくれるよう伝え、改めて外へ向かおうとする亜門を、聞き慣れた大声が再度呼び止めた。

「おお亜門君!戻っていたか!」

警察署長は現れるなり亜門の肩を景気良く叩いた。
朗らかな笑顔を浮かばせた顔はいつも以上にエネルギッシュで、なんというか覇気に満ちていた。よほど上機嫌になる事があったらしい。

「はい署長。ですが、資料の確認をしていただけなのですぐに調査に戻ります」
「まあ焦らずこっちの話も聞いてくれ。今調べてるのはロウワーの方だろう?
 喰屍鬼(グール)騒ぎといい大学の件といい、アーカムはよほど我々をタダ飯ぐらいにしたくはないらしい」
「例のミスカトニックでの首縊りですか。まだ若い少女でしたね……」
「ああ。こうもあたら若い命が摘まれいっては私の食も細くなるばかりだ。私の懐も察してくれるとは気配りのできる鬼どもだよ」

ミスカトニック大学での首吊り事件の報は既に亜門も聞き及んでいる。
広場に植えられた桜の木で足場がなければ届かない高さの枝にかけられた縄に首を通した応用化学部の女生徒。
発見時刻は登校時間のはじめ。ちょうど亜門とランサーがタタリとの戦いを終えた頃だ。

57 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:42:14 ID:UK7OMgu.0


「大学内は独自の規律が作られていてよそからの干渉を快く持ってない者が多い。なにせミスカトニックはアーカムの名物、学会に名だたる者も多く在籍してる。
 人里離れた田舎町じみて我々への協力も渋っているのが現状さ」
「国家権力も街の立役者には形無しというわけですか」
「ああ。しかしこの事件、私はこれに確かな陰謀の匂いを感じるのだよ」
「その根拠は?」
「勘だ」

閉口する亜門を見て署長は待っていたとばかりに大笑した。

「HAHAHA!ジョークだ!一度言ってみたかったんだなこれ!
 ああかけているのは勘のほうで根拠はきちんとあるぞ!」

ひとしきり笑って満足したのか、声を一段落として真剣味を帯びた様子で署長は話を進めた。

「……たった今遺体の検死の結果が出た。まず彼女は自殺ではない。死んだ後何者かが吊り上げたものだ」
「見せかけ……いえ、発見現場が足場のない木の枝ですから偽装の意図もないという事ですか。
 それで、その死因が私の事件と何か関連性が?」
「うむ鋭いな、流石は亜門君。どこぞのいまどき舞踏会でも見られない趣味の悪い仮面をつけた男にも見習って欲しいものだ!」

周囲に署員に聞き耳を立てられない為に声をひそめていただろうに、すぐさま元の声量に戻ってしまった。
おもに、やけに挑発的な物言いになっていた後半の部分が。

「それで死因の方なのだが、これも奇妙な報告でな。胸元に鋭利な刃物による刺し傷があったからこれが死因かと思われたのだが出血が少なすぎる、むしろまったくないのだという。
 他に目立った外傷もなく肉体的には異常なし。医者の見立てでは、「急激な体力低下による衰弱死」だそうだ」
「それは―――っ」

言わんとしているところの意味に気づいた亜門は騒然とする。
数日前まで担当していた、市内で起きた連続衰弱死事件。亜門はその裏の真実を知っている。
魂を抜き取り釜に投げ入れる魔女の鍋。何も知らぬ無知なる者を精神の髄までしゃぶり尽くす蛮行。
英霊に力を蓄えさせる魂食い。それ同様の症状の被害者が大学で現れた。
自身の受け持つ仕事をこなす傍らでもまさかと訝しんでいた亜門だがこれで確信する。
大学内に、あるいは大学を標的としているマスターが存在する……。

「この情報はまだ現場にも伝わってない、最新のものだ。
 無論食屍鬼事件も重大な案件だが、衰弱死事件との関わりが判明した以上、担当だった君に一報いれておこうと思ってね」
「ありがとうございます。わざわざ連絡をくださって」

ロウワーのみならず他のサーヴァントに関わる情報を得られたのは亜門にとっても朗報だ。

「なに、君の人徳だよ!昨日今日来たばかりのよそ者とは日頃の積み重ねが違うのだからね!」
「……マスク捜査官のことですか?」

先程からしきりに口を突いて出る誰かに向けた届くはずのない雑言に、流石に亜門も眉をしかめる。
警察署の人間か厄介扱いし、しかも仮面という特徴的な単語が当てはまる人物といえば、FBIから出向してきたという捜査官にほかならない。

58 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:42:42 ID:UK7OMgu.0


「そう、それだよ!まったく彼ときたら事件の匂いを嗅ぎつけて出しゃばってきて困ったものだよ。
 まあミスカトニックの偏屈な連中も、クソダサいセンスのマスクマンよりか日系のクールジャパンの方が受けがよかろう!あそこは日系の教授も何人かいるしな。
 明らかにティーンにしか見えないレディーといいアジアは神秘の宝庫だな!」
「はぁ」

言外に発される『手柄を横取りさせるな』というメッセージに適当に相槌を打ってごまかす。
権力や功績争いは眼中にないが、それとは別にマスクという男については思うところはある。
ロウワーに大学という、亜門が知る限り聖杯戦争絡みの場所を自分に先駆けて動き回る仮面の男。
これがただ犯人を先に掴み上げる欲をかいた行動でなく、自分と同じ目線に立った上での調査だとすれば。
直接顔を合わせて真偽をはっきりさせておくべきか。次の被害を未然に防ぐにも向かう価値はあるだろう。


―――今度こそ署を後にしようとした亜門の目に、ふと留まるものだあった。
署長の上着につけられた金細工。少なくとも今朝会った時にはつけてなかったものだ。

「署長、その飾りは?」
「おお気づいたかね?どうだカッコイイだろう!しかし残念だが亜門君でもこれは譲れんよ。なにせこの印を与えられるには特別な許可がいるからな!」

警察のバッジでもなければ記憶にある勲章の形でもないが、殊更考える必要もない事項だ。
この豪放磊落な男の事だし、どこかの懸賞や大会で当てたレアな賞品を見せびらかしにきたというのもあり得る。
鳥の羽をあしらった印象を記憶からさっぱり消して、日の下を出た直後ランサーへ念話で単刀直入に切り出した。

『君の意見を聞きたい』
『明らかな撒き餌、誘い、挑発、見え透いた罠だね。被害者のその子がマスターかは、実際に遺体を見てみないと判別できないけれど』

寿司をかっ食らっていた時とは面影すら残さない張り詰めた冷静さでランサーは所感を述べる。
完璧な調律が施された弦楽器の如く雑音の消えた、数多の魔術師と対峙した清廉なる騎士としての姿に立ち戻っていた。

『下衆な奴らだ。マスターがいるとすれば大学の研究所のどこかか』
『魔術師の張る陣地は魔窟も同然だ。そこに単身足を踏み入れる行為の意味を正しく理解しているかい?』

姿なき敵に憤りを見せる亜門に落ち着きを促すような忠告を与えたが、対する男の答えはなんとも簡素なものだった。

『独りではないだろう。君もいる』
『―――うん、それもそうだね』

それで十分だと言わんばかりに言葉を打ち切り歩き出した。ランサーもわざわざ追求する事なく随伴する。
命を懸けるという諫言を受けて止まるようならこの男は今ここにはいない。
それに逸っているようで、腹の底では冷静さを保っている。良き師に出会えたのだろう。

しかしこの聖杯戦争で、人の精神など容易く割れる薄氷に過ぎない。
タタリでの戦いで亜門がその根幹を揺さぶられたように、時には肉体より先に精神を保つ方が困難となる。
越えてはいけない最後の一線。その境界線の最後の砦となるのがリーズバイフェの役割だ。
魔を弾く城塞、音の聖盾ガマリエルを担う者として、今度こそ――――傍らの相棒を守護り抜いてみせる。
そしてその最果てに――――――かつての己の罪に、杭を突き立てるのだ。


「火事か」

けたたましいサイレンを鳴らす消防車の行き先を目で追う。
川を超えた辺りで昇る煙は商業地区の周辺からのものだ。店の倉庫で火が点いたか。
鈍色の空にくゆる狼煙は、アーカムを覆う暗雲を掴もうとするやせ衰えた腕のようだった。

59 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:43:41 ID:UK7OMgu.0






【ダウンタウン・警察署/1日目 午前】
【亜門鋼太朗@東京喰種】
[状態]正常
[精神]落ち着いてきた
[令呪]残り3画
[装備]クラ(ウォッチャーによる神秘付与)
[道具]
警察バッチ、拳銃、事件の調査資料、警察の無線、ロザリオ
[所持金]500$とクレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:アーカム市民を守る
1.他のマスターとの把握。ひとまずミスカトニック大学へ向かってみる。
2.魂喰いしている主従の討伐
3.白髪の喰屍鬼の調査
[備考]
※調査資料1.ギャングの事務所襲撃事件に関する情報
※調査資料2.バネ足ジョップリンと名乗る人物による電波ジャック、および新聞記事の改竄事件に関する情報。
※神秘による発狂ルールを理解しました。
※魔術師ではないため近距離での念話しかできません。
※警察無線で事件が起きた場合、ある程度の情報をその場で得られます
※シルバーカラス、空目恭一を目撃しましたがマスターだと断定はしていません。
※空目恭一の電話番号とあやめに対する情報を得ました。あやめを保護した場合、彼に連絡します。
※警察署から商業地区での火事を目撃しました(魔力は感じていません)。

【ランサー(リーズバイフェ・ストリンドヴァリ)@MELTY BLOOD Actress Again】
[状態]健康
[精神]
[装備]正式外典「ガマリエル」
[道具]なし
[所持金]無一文
[思考・状況]
基本行動方針:マスターと同様
1.タタリを討伐する
2.キーパーの正体を探る
[備考]
※女性です。女性なんです。
※秘匿者のスキルによりMELTY BLOOD Actress Againの記憶が虫食い状態になっています(OPより)
※『固有結界タタリ』を認識しましたがサーヴァントに確信を持てません。
※空目恭一に警戒を抱いています
※商業地区での火事には、距離の関係上魔力を感じられてません。

60 Pigeon Blood ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:44:02 ID:UK7OMgu.0








 ◆



羽撃け、鷹の翼。
広がれ、王の兵。


陰気香るアーカムを大いなる両翼で覆い隠せ。
その羽根の一枚一枚、鷹の目となりて王に届けよ。


全ては贄。
王と姫に捧ぐ饗膳。
血の宝石を生み出す儀に捧ぐ肉に過ぎぬ。
驕れる者、怯える者、■■さえも。



心せよ。王は既に、貴様らの腹の中にいる。






【???】
【グリフィス@ベルセルク】
[状態]健康
[精神]正常
[装備]サーベル
[道具]『深紅に染まった卵は戻らない(ベヘリット)』
[所持金]実体化して行動するに十分な金額
[思考・状況]
基本行動方針:――ただ、その時を待つ。
1.霊体化してローズマリーに随行。
2.鷹の団の団員を増やす。最優先はアーカム市警、ついで市の有力者。
3.ジャンヌは餌として利用する一方、マスターである可能性を警戒。
[備考]



【全体の備考】
警察署長が『鷹の団』の団員となりました

61 ◆HOMU.DM5Ns :2016/10/13(木) 07:44:23 ID:UK7OMgu.0
投下を終了します

62 名無しさん :2016/10/14(金) 01:12:08 ID:auuS1jxA0
投下乙です!
ローズマリーの邪悪っぷりが良いですね……!
ジャンヌから見えない裏側に潜む下種っぷりがたまりませんね。
友達のいなかったジャンヌがそれに気付けるはずもなく……うーんどうころんでも邪悪だ。
そしてあまりにあっさり鷹の団の手に落ちた警察署。
……しかし名無しNPCなのにホントキャラ濃いなぁ、署長。

63 名無しさん :2016/10/14(金) 12:20:21 ID:iYq66u4.0
投下お疲れ様です!
ローズマリーちゃんドス黒いなーほんとに女児アニメのキャラなんかこの子はw
各々のサーヴァントも腹に一物抱えてることだし、見てて胃の痛い2組になりそう……。
一方大学には更なる来訪者の気配が。あちらは既に火薬庫状態ですが守護者2人は如何なる影響を及ぼすのでしょうか。

64 名無しさん :2016/10/15(土) 12:43:40 ID:pAc1/av60
投下乙です!
着々と領土を広げていくローズマリー陣営は恐ろしいですね……
ローズマリーの日曜朝のキャラとは思えない凶悪さが最高ですw
ジャンヌちゃんはエネルが相変わらずの調子なので先行き不安ですねー
亜門組は一触即発状態の大学に向かうことになり、警察署も既にグリフィスの支配下同然とこちらも中々にハードモード
どの陣営もこの後どうなるのか気になりますね

65 ◆HGpcLvDIJ6 :2017/01/04(水) 20:54:50 ID:WRery4.w0
金木研&ウォッチャー(バネ足ジョップリン)
予約します

66 ◆HGpcLvDIJ6 :2017/01/06(金) 00:57:19 ID:vDhbmayc0
投下します。

67 吊るしビトのマクガフィン ◆HGpcLvDIJ6 :2017/01/06(金) 01:04:17 ID:vDhbmayc0

「『標的』の情報が入ったよ」



休息も束の間、金木に対して目の前の小柄な女性から不似合いなほど剣呑な言葉が発せられた。

だが、自らのサーヴァントのそんな発言にも金木には動揺が一切無かった。
既に自身が一戦交えているのだ。
あのヤモリが蘇った本人なのか、あるいはその名を騙る偽者なのかまでは判別がつかなかったが間違いなく聖杯戦争の関係者であろう。
キーパーなる存在の通達から半日も経っていないが好戦的な主従は恐らく積極的に行動しておりその姿を『バネ足ジョップリン』が捉えたのかも知れない。

「それで……具体的にどういった情報で?」
「んー、どれから話そうかな。今、カネキくんに話せる情報は四つくらいあるんだけど」
「もうそんなに集めたんですか……」
「正確には私以外の『バネ足ジョップリン』が集めた情報だけどね」

金木のサーヴァント、『バネ足ジョップリン』は中心になる人物こそいるものの、その本質は"ウォッチャー"というクラス名が表すように不特定多数の傍観者にして観測者たちである。
彼らはこのアーカムシティにも一市民として紛れ込み、各々が観測した事象を共有し『都市伝説』として好き勝手に流布している。
いったい何人このアーカムに潜んでいるのかマスターである金木ですら分からないのだ。

―――そして今、目の前にいる小柄な女性こと掘ちえも本人ではなく彼女の姿を借りたウォッチャーの一人であり、こうして会話している間にも彼らは観測を続けている。


「それじゃあ、まずはこれにしようかな。一番最初に見つかった標的だよ。」


掘が最初に語った情報はこうだ。
時間にして今日の未明、場所はキャンパス地区。
甲冑を纏った青年が女性を抱えて駆け抜けていく所を街中の防犯カメラ―――バネ足ジョップリンの監視下である―――を通して発見したらしい。

甲冑具足という格好だけでも時代錯誤なのに、況してやここは日本ではなくアメリカ合衆国のアーカムだ。
コスプレではないだろうし、十中八九その青年がサーヴァントだろう。
一方、マスターと思しき女性については、外見から特筆するほどの情報は得られなかったと思われたが―――
 
「パチュリー・ノーレッジ、ですか」
「らしいね。ミスカトニック大学ではそこそこ名が通っている学生みたい。
 同じ大学に通っている『バネ足ジョップリン』からの情報だけどね」
 
金木にとっては幸運なことに、大学にもウォッチャーの一人が潜んでいた。
さらに、件の女性は大学でもそこそこ有名な人物だったらしく、そこからマスターの名前を探り当てることができたのだ。

―――パチュリー・ノーレッジ。
ミスカトニック大学では"七曜の魔女"の通り名で知られており優秀な神秘学科の学生らしい。
最も大学のバネ足も彼女と親交があったわけではないらしく、その人となりまでは知らないそうだ。
せいぜい、普段は図書館に入り浸っている程度のことしか分からないとのこと。
それでもマスターの名前と所在が判明したのは非常に大きなアドバンテージだ。

「彼らには気づかれなかったんですか?」
「多分、気づいていなかったんじゃないかな。あんまり余裕なさそうだったし」

既にその甲冑姿のサーヴァントは傷を負っていたらしく、脇目も振らずに駆け抜けていったらしい。
そんな様子では目立たないところに仕掛けてある防犯カメラに気づかなかったのも無理はない。
手傷を負っていたことと合わせて考えると他のサーヴァントとの戦闘から撤退している最中と考えるのが自然だろうか。
最も分かったのは外見に基づく特徴のみで、サーヴァントのクラスや真名といったより深い情報は手に入らなかったそうだ。
だがマスターがパチュリー・ノーレッジなる人物であることと、そのサーヴァントがおそらく日本人の武者らしき英雄という情報が得られただけでも十分すぎる結果といえよう。

68 吊るしビトのマクガフィン ◆HGpcLvDIJ6 :2017/01/06(金) 01:11:15 ID:vDhbmayc0

「そろそろ、二つ目の情報に入っていいかな。
 まぁこれはそんなに大した内容じゃないんだけどね、ひょっとしたらさっきの話に関係あるかもしれないよ?」


次に語られた情報はそのミスカトニック大学で発生した不可解な首吊り事件についてであった。
大した内容じゃないと前置きしたのは、既にその事件が大々的にアーカムで話題になっているからであり警察の捜査も始まっているそうだ。
とはいえ、浮浪者という身分でおまけに"白髪の喰屍鬼"の噂のために表立って出歩くこともできない金木にとっては貴重な情報である。

何でも事件の被害者である女学生は自殺が困難な高さの桜の木で首を縊っていたらしい。
明らかに聖杯戦争の関係者の仕業だが一体どのような意図でこんな目立つことをしでかしたというのか。
単純に他のマスターをおびき寄せるための罠なのか、あるいはそれこそヤモリのようなイカれた嗜虐趣味の持ち主なのか……。
どちらにせよ下手人は相当に碌でもない人物であることが窺える。 

「チエさんはさっきのパチュリーってマスターがこの件に関わってると言いたいんですか?」
「別にそこまで言ったわけじゃないよ。あくまでその可能性があるかもってだけだし。
 彼女とは無関係の人間が事件を起こした可能性だって十分あるわけだしね」

第一の情報で明らかになったマスター、パチュリー・ノーレッジは確かにミスカトニック大学に在学している。
だがそれだけで彼女がこの事件の関係者と決めつけるのは早計だろう。
大学に潜むマスターが彼女一人と決まったわけではないし、むしろあれ程大きな大学ならばマスターが複数人大学の関係者として存在していることも十分に考えられる。
これ以上パチュリー主従と大学での首吊り事件との関係について考えても詮無き事であるし、一先ずこの件について金木は考察を打ち切ることにした。


「さて、三つ目の情報なんだけど……。これはカネキくんにも結構関係あることだししっかり聞いておいた方がいいかもね」
「……僕に関係する情報?」


今まで淡々と情報を受け取っていた金木の表情に僅かな驚きの感情が浮かんだ。
自分に関係する情報とは一体何なのか―――


「私たちウォッチャーが直接コンタクトまでとった―――『包帯男』についての情報だよ」


今アーカム中を騒がせている『包帯男』。
アーカムの人々はそれを下らない噂話か、目立ちたがり屋による迷惑な悪戯程度にしか捉えていない。
しかし、その正体は聖杯戦争の関係者―――それも、極めて危険な―――である。
関係者、としたのは包帯男がマスターなのかサーヴァントなのかウォッチャーには判別がつかなかったかららしい。

ウォッチャーによれば包帯男は、無秩序に"白髪"の怪物を生み出しては街の住民に嗾けているそうだ。
金木がつい先ほど戦ったヤモリも生み出された怪物の一体であるという。

「サーヴァントって本当に常識が通用しないんですね……」
「まあ、私たちもそうなんだけど言ってみれば人々の信仰の集合体みたいなものだし。
 でも今のカネキくんも十分常識外れの存在だと思うよ?」
「あはは……」

ごもっともな掘の指摘に苦笑しつつも金木は考える。
あのヤモリが本当に蘇った本人ではないことが分かって安堵できたが、同時に包帯男についての警戒も強めなければならないと。
その強さを除けば、姿形、声、口調に至るまでとても偽者とは思えなかったあのヤモリ。
件の包帯男が見知った人物を再現して、あの強さで襲わせることができるとすれば非常に危険な相手だ。

「直接、包帯男と接触したんですよね。どんな人物だったか分かりましたか?」
「いやー、それがさっぱり。……強いて言うなら話が通じない人ってことが分かったかな」

猫と無線機を通して包帯男とコンタクトを取ったウォッチャーであったが会話すらまともに成り立たなかったという。
言っていることは支離滅裂でこちらの話にもまともに取り合わなかったそうだ。
ただ、一つ気になるワードを繰り返していて―――

69 吊るしビトのマクガフィン ◆HGpcLvDIJ6 :2017/01/06(金) 01:21:19 ID:vDhbmayc0

「……邪神?」 
「そうそう。まるで口癖みたいに邪神がどうのこうの呟いていたよ」

―――邪神。
一体何のことなのか、金木には見当もつかなかった。
だが、話を聞く限り包帯男は正真正銘の狂人だ。そんな狂人の妄言を真に受ける方が馬鹿馬鹿しいのかもしれない。
……しれないが、なぜだろうか。
その邪神という言葉に妙な引っ掛かりを覚えるのは……。



――――そして、幻聴だろうか。その瞬間、きゅるりと自らの腹から音がしたのは。



「とりあえず包帯男について分かっている情報は今ので全部だね。
 次は四つ目、最後の情報だよ」


思考を打ち切られ、顔を上げて最後の情報に耳を傾ける金木。
最後は一体どのような情報がもたらされるのか。

「さっき話した包帯男が生み出す怪物。
 カネキくんがそいつと戦っていたのと同じ時間に他の怪物と戦ってた二人がいたんだよ。
 多分、っていうか間違いなくマスターとサーヴァントだね」

先の戦場をハイセ―――ウォッチャーが宝具で呼び出した猫―――を通して徘徊していた際に偶然その主従を発見したらしい。
サーヴァントと思わしき方は女性で、大きな盾の様な物を武器にしていたとか。それがそのサーヴァントの宝具だろうか。
そしてマスターである方は大柄な男性で服装からしてアーカム警察署の者だという。
驚くべきことにそのマスターは自分のサーヴァントと肩を並べて共に戦っていたらしい。
戦っていた怪物があの偽ヤモリと同レベルの強さだとしたら、そのマスターの凄まじさが知れるというものだ。

「そのマスターについて、顔まではよく覚えていないんですよね?」
「うん。本当に通りがかっただけだからね。
 あの場所に留まっていたらハイセが戦闘に巻き込まれちゃうだろうし。
 でも、使ってる武器は分かったよ。目立つ大きさだったもの」

そう、武器。
そのマスターは両腕で巨大な剣のような武器を振るっていたそうだ。
……大柄、警官、凄まじい実力者で武器が大剣。
次々と浮かび上がるマスターの人物像に、金木の脳裏に"ある男"の姿がよぎった。

だが、そんなはずはない。あの人とは別人だと金木は考え直す。
そもそもそのマスターは"両腕"で武器を振るっていたそうじゃないか。
そう否定しても動揺は金木の表情にしっかりと出ていたらしい。
金木の様子を見かねた掘が声を掛けた。

「急にどうしたのさ、カネキくん。……ひょっとして知り合い?」
「…………いえ、多分、人違いだと思います。だって―――」


―――だって亜門さんの腕を奪ったのは僕だから。


「――――ッ!!」
「ホントに大丈夫?顔色悪いよ」
「……もう、大丈夫です。直ぐにでも戦えますよ」

そうだ。元の世界ではやらなくちゃいけないことがたくさんある。
こんな所で油を売っている暇はないんだ。早くあんていくに帰って皆を助けなきゃ。
芳村さん、古間さん、入見さん……そして、亜門さんも。
誰一人として死なせたくない。死なないでほしい―――

70 吊るしビトのマクガフィン ◆HGpcLvDIJ6 :2017/01/06(金) 01:26:50 ID:vDhbmayc0

「おお、やる気満々だね、カネキくん。そっちの方が観ている側としては面白いけど。
 でも、今後の具体的な予定とかはあるの?」
「とりあえず、大学の方に向かってみたいと思います。一番明確にマスターの所在が分かっている場所ですからね。
 ……人目を忍ばなきゃならないのは面倒ですけど」
「へえ、外出するんだ。だったらいい物があるよ」

ごそごそとカバンから何かを取り出して金木に手渡す掘。
金木が手に取ったそれは後ろ髪まですっぽりと覆える大きさである黒のニットキャップだった。
確かにこれを被れば、万が一その姿を見られてもすぐには"白髪の喰屍鬼"だと騒がれることはないだろう。

「ありがとうございます。でも、いいんですか?ここまでしてくれて」
「これもアーカムの一市民からのサービスの範疇だからね。
 今まで話した情報だって私たちがアーカムで見聞きしたことを勝手にカネキくんに喋っただけだし。
 その情報を使ってどうするかまでは私たち干渉したりしないけど」

ともかく、これでどうにか外出がしやすくなった。
後は大学の方でマスターを探し出し、あわよくばそのサーヴァントを仕留める。
当面の標的はパチュリー・ノーレッジのサーヴァントであるが、無理をするつもりはない。
危険を感じたら直ぐにこの拠点へと帰ってくるつもりである。

……金木は聖杯で叶うという願いについては半信半疑だ。
あくまで、このアーカムという名の監獄から一刻も早く元の場所―――あんていく―――へと帰るために戦っているに過ぎない。
そして他のマスターをその手に掛けるつもりもない。狙いはサーヴァントのみである。
だから、その為には今よりもっと強くなる必要がある。
誰にも奪われない、奪わせない強さが必要だ。
そして、その強さは自ずと得られる。自らのサーヴァントによって。

アーカムに"白髪の喰屍鬼"の噂を最初に流布したのは他ならぬ金木のサーヴァント、『バネ足ジョップリン』である。
その噂によって金木は"白髪の喰屍鬼"という名の都市伝説として神秘を纏うことができたのだ。
さらに、実際に"白髪"の怪物による犠牲者を包帯男が出しているために、噂は真実味を帯び、金木が纏う"白髪の喰屍鬼"としての神秘はより濃くなっている。
そのため金木はウォッチャーの想定を超える早さで強さを増し、既にサーヴァント級の存在とも渡り合えるレベルにまで達していた。
……同時により強く"白髪の喰屍鬼"としての在り様に引っ張られるようにも。
それでも金木は構わない。強くなれるのなら。


「それじゃあ、行ってきます。遅くても日が変わる前には帰ってきますよ」
「いってらっしゃい、カネキくん。外での食事は自分でどうにかしてね」
「子どもじゃないんだから……」


必要最低限の"食料"を臭いが外へと漏れないようタッパーに詰めて、鞄に放り込む。
また、アーカムに来る前から身に着けていたマスクも同様に鞄へと仕舞い込む。
いざ戦闘を行う前に、顔が外部に割れないよう装着するつもりである。
ウォッチャー以外にも情報収集に長けたサーヴァントがいるかもしれないからだ。

拠点の入り口のドアを開けば、もうすぐ正午だというのにアーカムの空は相変わらずの曇天。
正直、気が滅入るがそんな事を気にしている場合ではない。
しくじれば死ぬのは自分だからだ。

――――この世のすべての不利益は当人の能力不足。

忌まわしくも真理としてその身に刻み付けられた言葉を胸に、金木はキャンパス地区へと向かっていった。
その後ろに一匹の猫を伴って。

71 吊るしビトのマクガフィン ◆HGpcLvDIJ6 :2017/01/06(金) 01:31:59 ID:vDhbmayc0

▼  ▼  ▼



カネキくん、行っちゃったね。

【ソノヨウダネ。サテサテ、コレカラ如何ナルコトヤラ】

とりあえず、私からは面白そうな情報を喋っただけだからね。
カネキくんの方針には私たち不干渉だから、ここからどうなるのかは彼次第としかえいないよね。

【おいおいよりにもよって大学かよ】【ご愁傷様】【死ね】【お前がな】
【はいはい喧嘩しない】【戦争開始だ!】【祭りだワッショイワッショイ!!】
【金木君どうなっちゃうのかな】【大金星?】【それとも速攻退場?】【それは勘弁】

【フフフ、彼がどう行動するにせよ、きっと面白い物語を綴ってくれるだろうさ】

【相変わらず新顔のくせに偉そうだな】【何様?】【俺様】【ツマンネ】
【金木君以外も色々面白そうだけどね】【やっぱ時代はアイドルっしょ】

【金木クンガドウ動コウトモ、ソノ結果ドウナロウトモ、私タチハ彼ノ物語ヲ楽シムダケ。ソレガ私タチ『バネ足ジョップリン』ダカラネ】



―――ソレデハ、諸君。観測ヲ続ケヨウ。




【ロウワー・サウスサイド・寂れた住宅街/1日目 午前】
【金木研@東京喰種】
[状態]健康(神話生物化1回)
[精神]少しリラックス
[令呪]残り3画
[装備]鱗赫(赫子と邪神の触手と銀の鍵のハイブリッド)、ニットキャップ
[道具]鞄("食料"、マスク入り)、違法薬物(拠点)、銃(拠点)、邪神の細胞と銀の鍵の破片(腹の中)
[所持金]100$程度
[思考・状況]
基本行動方針:あんていくに行かないと
1.ひとまず人目につかないよう注意しながらミスカトニック大学へ向かう。
2.マスターの捜索。当面の目標はパチュリー・ノーレッジ。
[備考]
※邪神の化身と銀の鍵を喰ったためピンチになった時に赫子に邪神の力と銀の鍵の力が宿ります。
※神話生物化が始まりました。正気度上限値を削ってステータスが上がります。
※暗黒の男に憑かれました。《中度》以上の精神状態の時に会話が可能です。
※《重度》に陥ったため精神汚染スキルを獲得しました。
※『白秋』を詠うことで一時的に正気度を回復できます。
※パチュリー主従、亜門主従、包帯男(シュバルツバルト)についての情報を得ました。
 ただし、包帯男がマスターかサーヴァントかは分かっておらず、亜門については別人だと思っています。



【アーカム全土/1日目 午前】
【ウォッチャー(バネ足ジョップリン)@がるぐる!】
[状態]観測中
[精神]多数
[装備]不要
[道具]不要
[所持金]不要
[思考・状況]
基本行動方針:金木研の神話を作る
1.【金木君どうなるかな】【楽しみだね】【他にも色々見て回ろうぜ】
[備考]
※包帯男を認識しました(マスターかサーヴァントかはわかっていません)
※暗黒の男を認識しました
※包帯男の都市伝説を広めています。
※金木研に情報を渡しました。また、それ以上の情報を保有しています。
※ミスカトニック大学にも生身のバネ足ジョップリンが存在しています。
※宝具で召喚した猫を通して金木を観測しています。

72 ◆HGpcLvDIJ6 :2017/01/06(金) 01:33:25 ID:vDhbmayc0
投下終了です。

73 ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/10(金) 00:59:24 ID:LYoBGxa20
神崎蘭子&ランサー(カルナ)
ナイ神父 予約します

74 ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/16(木) 00:03:28 ID:0g5yT/MU0
延長申請します

75 ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:27:30 ID:vZuDzX.s0
申し訳ありません。延長制が無い事を失念しておりました
大幅に遅れましたが、これより投下します

76 Call of darkness ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:35:14 ID:vZuDzX.s0


悪夢(タタリ)は去った。
初めての戦い、聖杯戦争の一幕を神崎蘭子とランサーは超えた。
真昼に沸いた陽炎。演目の合間に差し込まれた短い即興劇だとしても、行われたのは確かに殺し合いだった。
サーヴァントの戦い。伝説に残る英雄譚の再現……それとは反転した、恐怖劇。
一人の少女を象徴とした真昼の幻影は、光の幻想の前に虚偽を暴かれ、神威の焔に貫かれ蒸散した。
残るものは確かな実数。生き残ったマスターである蘭子と、そのサーヴァントであるランサー、カルナの二人だけだ。

「近づいてくる気配が複数ある。火の騒ぎを聞きつけて集まってきたようだな。このままでは人目につくのも時間の問題か。
 マスター、動けるか」
「……うん、なんとか」

膝を折って倒れていた蘭子に傍らのランサーが声をかける。よろよろと、緩慢ながらも立ち上がって答える。
一気に体力を奪い取られた倦怠感も、悪夢を目にした震えも今は喉元を過ぎて治まりつつある。
発汗で背筋にじっとりと張り付いた服が、少し気持ち悪い。着替えるか、シャワーでも浴びれば気持ちよくなれるだろうか。
そんな風に、どこか現実逃避気味に考えを巡らせる程度には、精神も安定を見せていた。

「ぅ―――――」

思わず口を塞ぐ。一瞬、鼻をつく臭気に吐き気がこみ上げた。
そこは戦場跡。切り取られた区画に吹く風に、溶けたゴム素材特有の悪臭が乗っている。
ランサーの放出した炎で黒一色に染め上げられた、スタジオ裏の空き地だ。
最後の一合以外は最大限加減された出力だったのだが、それでも元あったバスケットコートのラインも見えなくなるほど黒く焼け焦げていた。
ブスブスと焦げ付く地面から昇る煙が、鉛色をした天に繋がれて消えていく。
毒と害を生産し続ける黒い染み。底の見えない、深い洞穴に繋がっているように蘭子の目には映る。陽の光を浴びれぬ、影に潜み血を啜る怪物がねぐらにするような。
恐怖の空想をトリガーにして、数分前の記憶が紐解かれる。堕ちた天使のイメージが蘭子の脳内で踊る。グロテスクな情景が脳髄をくすぐる。

磨き上げた武技や練り上げた魔法。天界や魔界、本来なら在り得ぬ世界に生きた住人。
一般人の常識の枠に留まらない超越した者達。
黄金に貪欲な魔物を屠り財宝を手に入れた勇者のような、救国の為に立ち上がった聖女のような、幾多の困難を踏破する冒険譚。
そんな綺羅星の如く眩い物語の主題となる誇りある英雄達が一同に集い、互いに鎬を削る絢爛たる光景。
それが神崎蘭子の想像だった。会場の外から見ているだけで高揚するような、迫力と鮮烈さに満ちた舞踏会。
いつも脳裏に思い描いている幻想。輝きを持った生命の飛翔だった。

まったく、違っていた。
先程まで自分に迫って来ていたモノは、そんな幻想とは遠すぎる、埒外にあたる存在だ。

戦いとは即ち殺人だ。
名高き英雄であるほどに、奪った命の数は数多に登り、手に担う剣には常に血が滴っている。
英雄など殺戮者の偽称。獣の醜さを覆い隠し華美に彩ったに過ぎない欺瞞。
血潮を見せつけ、希望を手折り、絶望を顔に突きつけ、殺すという意思に耐えられなくなり、器が割れるまで注ぎ込む。
今更語るまでもない。人は人を殺す。人類史は人間の死で溢れている。
蘭子が直視を避けてきた、当たり前の現実(リアル)。
その、血なまぐさい酸鼻な現実を、都市に流布された恐怖(フォークロア)で脚色した劇が―――あの姿だった。

77 Call of darkness ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:36:50 ID:vZuDzX.s0


初めての殺意との遭遇。恨み呪いをぶつけられる経験。
邪神の神秘。恐怖の噂の具現。自分自身の悪夢。
有無を言わさず流れ込んだ数多の忌まわしき情報は、蘭子の純真無垢な精神に禍々しい爪を立て、疵をつけた。
それがアーカムで行われる聖杯戦争のルール。英霊と宝具を認識する事で発症する精神汚染。
今まで受ける事のなかったあまりに濃い恐怖の形は、アイドルになるより以前から持っていた蘭子の期待を、嘲り笑いながら破壊していった。
何枚も自分の想いを込めて描いた絵をまとめて、大事に抱えていたお気に入りのスケッチブックを、目の前で破り裂かれたのにも等しい。
疵というのなら、それが一番の疵痕だ。アイドルとして壇上で歌いファンから声援をもらうようになって、久しく忘れていた寂しさ。
今までの自分の趣味を、ひいては人生そのものを否定される。それはどんな怪異よりも蘭子の心を壊す恐怖となる。


「やはり、調子が優れないようだな」

狂想に駆られていた心が、現実に引き戻される。
顔を上げると、頭一つ分上から蘭子を窺う翠の瞳と目が合った。
無表情であるが、こちらを気遣うようなランサーの眼差しに暫し見入る。
白昼の悪夢に蘭子が囚われずこうして生きていられるのは、全てランサーのおかげだ。
一人では為す術なく殺されていた。孤独では縋れず耐えられなかった。
体も心も死ぬ以外ない闇中から救い出してくれたのは、容赦なく敵を討つ烈火の激しさと、寒さから守る焚き火の暖かさを兼ね備えた、炎のようなひとだった。

"いいや、この勝利は我がマスターに捧げられるものだ。
 彼女の求心力(ひかり)がお前の虚飾(カゲ)を払った。オレはそこに槍を刺しただけにすぎん"

幕間の終わりの間際、ランサーはそう影の魔王に宣告した。
彼を傷つけたものはマスターの噂が生み出した影だ。言ってみれば自分が傷つけたようなもの。
それを前にして命を危機に晒されていながら、ランサーは蘭子を責める事もなく、その輝きを肯定した。
己が背負う太陽に劣らぬ眩き光だと。闇に打ち克ったのは彼女の功績だと華を添えたのだ。

黄金の鎧を纏った体は命を守り、誠実な言葉は心を救ってくれた。
恐怖から解放された蘭子の胸の中に残るのは、ささやかな、華開く前の蕾のような誇らしさだ。
それだけで何も変わらない。現実に何かを起こす事もない。けれどそれは背中を小さく押して前に進む力をくれる。
家の窓を開いて外の世界に足を踏み入れた時のように。アイドルとして成功した蘭子はその力を信じていた。

「……ククク、案ずるな我が友よ。この身の翼はいまだもがれてはおらぬ。片翼の天使へと堕ちはしないわ!」

片方の手を突き出し、もう一方の手で顔を覆う。蘭子にとってのいつものポーズ。アイドルとして受け入れられ、求められた形。
プロデューサーがアイドルの魅力を引き出し、アイドルはプロデューサーの期待に応える。
今の自分を通すのが、称賛してくれた彼に対する一番の礼儀だ。

「本来我とは相容れぬ属性。されど光と闇は同時に隣り合い、高め合う運命を背負っている……。
 比翼たる貴方がいる限り、たとえ嵐に見舞われようとも、共に羽撃き空を舞う時を待っているわ……!」

ややぎこちなく不敵な表情を形作る蘭子を、ランサーはじっと見てどこか感心したように頷いた。

「……そうか、なるほど。虚勢でも口に出せるうちは正常の範囲だ。その迂遠な言葉回しもまさしくいつものお前だ。安心したぞ」
「う、迂遠……?あ、我が友こそ、その体は壮健か?」
「傷なら問題はない。既に治癒は済んでいる」
「おお、さすがは金色の羽衣……あらゆる魔を弾く神の真結界ね……」

78 Call of darkness ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:38:48 ID:vZuDzX.s0


申告どおり、ランサーの肉体にはあれほどあった傷は跡形もなく消えていた。
傷の殆どは鎧の内側の肉体にあったものなのだから正しく装着している今見えないのは当然でもあったが、それを抜きにしても健全な状態にまで治癒されている。
何者をも弾く黄金の鎧、伝承に疑わぬ姿の英霊カルナは元の万夫不当さも完全に取り戻していた。
裏路地に細く差す日差しの温もりと別の、心の凍えを解かす存在感。
これこそが太陽の具現。生まれた頃より神に賜った日輪の具足。
日常を照らす象徴に護られているという感覚が、底に溜まった澱を焼却していく。

「時に主よ、話を戻すがこの場をどうやって離脱するつもりだ?じきに駆けつけてくる、この街の救急隊員とやらに保護を願うのなら、それも手だが」
「そ、それは困る……ンンッ、今は我らの神秘を衆目の民に晒すわけにはいかぬ。急ぎ翼を羽撃かせ退かねば……」

人気のない場での火事騒ぎなど、まずアイドルが関わっていてはいけない状況だ。
付近には蘭子が所属しているプロダクションも入っているスタジオもある。
プロデューサーや仲間のアイドルにも迷惑をかけてしまう。……聖杯戦争には無用の配慮だが、アイドルの目線でいえば自然な対応だ。

「神秘の漏洩は魔術師の禁忌と聞くが、お前にもそのような気構えがあったとはな。
 しかし翔ぶか。ふむ、確かに上に逃げるならまず一般人には目につくまい」
「え?」

そしてランサーは何か、見当違いの方向で納得した風に、蘭子の細い手首を軽く掴んだ。

「ふぇ、ぅぇ!?な、何故我が手を取って……!?」

青ざめていた顔が一瞬で赤くなる。引いていた熱がまた上がっていく。
ゆるりと伸ばされた蘭子の華奢な腕を誤って壊さないように慎重に手に取るランサー。
見る構図によっては、場所さえ考えなければダンスを踊る二人の男女、と捉えられなくもない。
……ランサーは一切感じていないし、蘭子にもいつもの口調を保つ余裕もなかったが。

「案ずるな、お前から魔力を貰う必要もないぞ。オレが担ぎ上げるだけで事足りる」
「そ、そうじゃなくてぇ……」
「……?ここを離れるのではなかったのか?」
「あぁぅぅ〜‥…」

ちぐはぐとした、噛み合わない会話。
死線を共にし、互いに確かな信頼が通っているのにどうしてか、こうした普段にするような会話の時二人の意見は奇妙なまでにすれ違うのだった。


急に手を放してランサーが背後へ振り返る。マスターである蘭子を背にして、彼女を庇う位置に回る。
緩やかさを取り戻していた空気が凍りつく。警戒と殺気を表層に出してビル影の奥を睨む。

「――――何者だ」

暗い、ビル影の向こう側。
そこには、闇があった。
闇が固形となって光の下を謳歌している、そんな混沌の具現のような存在。
この大英雄をして、今の今まで気配すら悟らせずにいつの間にかそこにいた、男のような闇が佇んでいた。

「おや、お邪魔だったかな?これは失敬。
 仲睦まじき事で実に結構。マスターとサーヴァント、互いの奉仕と信頼こそ聖杯戦争の華だ」

ずるり、と闇が這い出てきた。
赤い衣に身を包んだ、神父風の男だった。
風、としたのはあくまで見た蘭子がイメージした中で一番近しいと思ったのが、神父の衣装というだけでしかない。
鮮血を想起させるほど毒々しい赤に濡れた装束を纏う聖職者が実際にいるかなどは、蘭子には想像もつかない。
嫌でも目につく派手な服装は、しかし男の持つより強烈な特徴で印象を塗りつぶされていた。
真昼の空において、一点だけ破り裂けられたような夜の色。
空間に孔が空いていると錯覚してしまう黒。
人種だけでは到底説明がつかないほど濃く染まった肌が、男の不気味な存在感を決定づけている。
衣装と相まってよりイメージを収束させる。蘭子がいつも心の中で思い描く物語に登場する、『悪の魔法使い』そのものだった。

79 Call of darkness ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:40:04 ID:vZuDzX.s0


火を見て駆けつけた住民、と考えるはずもなかった。
コレはとっくに、日常に含まれる範囲を逸脱している。蘭子にもそれは理解できていた。
マスター。サーヴァント。アーカムに紛れる自分達の間でしか意味の伝わらない力を持った言霊。
唇までも黒い口から、既に呪いの言葉は吐かれている。

「聖杯戦争の監督役か」
「如何にも」

薄い笑み。

「私は呼び声を聞き遂げて現れた者。大いなる日の降誕を待ち望む者。
 魔女の流刑地、アーカムにて執り行われる儀式。血の陣の上に贄を乗せ開かれるサバト。
 此度の聖杯戦争の名を見届ける者。名をナイ神父という。
 以後お見知りおきを。灰かぶりの姫。そして太陽の子よ」

恭しく頭を垂れる、ナイと名乗った男。
恐ろしい容貌とは裏腹に語りかける口調は穏やかなものだ。
それが逆に誤魔化しの利かない齟齬になって、よりおぞましさが増している。蘭子にはそんな気がした。
対してランサーは恐れを感じた様子は微塵も見せず、臆せずナイへと尋ねた。

「それで、用件はなんだ?ただマスターに顔を見せるためにこの場に現れたわけでもあるまい。
 ここでの損壊を責めるというのなら、それは確かにオレの落ち度だ。叱責があれば甘んじて受けよう」

目を見開いて、ナイは白の手袋をはめた手を出して破顔した。

「落ち度?叱責?まさか!私は罰する者などではない。私は見届けるだけのものだ。それに君の手際は完璧だったとも。
 襲い来る敵を滅ぼし、己がマスターを守護する。なおかつ外の往来を歩く有象無象の市民への被害にも配慮した。
 残留した神秘の残り香に誘われてそのまま精神を焼かれる者はいるだろうが、まあそれは自己責任さ」

ランサーの言葉が心底意外だと言わんばかりに説明を施す。

「私が来たのはその始末のためでもある。単なる火消しだよ。儀式は序盤に入ったばかり。神秘の漏洩はまだ避けるべきだからね。
 ああそれと、そこのお嬢さんの顔見せの意図も含めているよ」

そこまで言って、ナイは口を止めた。赤く濡れた、蛇のように艶めかしい視線が妖しく光る。
ランサーの後ろでおっかなびっくり顔を覗かせていた蘭子は生理的嫌悪を覚えた。

「どうかね。お楽しみ戴けているかな?聖杯戦争は」
「―――!」

心臓が裏返りそうになった。
ただ見られただけで身が竦む。気持ちの悪さが肉の底から這い上がってくる。
見ることは原始の魔術である。目は口ほどに物を言う、と言われるように視線にはある種の意思が宿る。
邪視。魔眼。言葉が発達するより前から人は視線に力を見出していた。
今蘭子が感じているのもそれだ。見てはならない断崖の淵。底から覗く眼を見てしまった。

「ふふ」

神父はずっと、言葉を投げかけるランサーに注視しているとばかり思っていた。
監督役といえど、サーヴァントと正面で相対するのなら警戒は怠るまいと勘違いしていた。
実際は違う。視線の焦点が当たってるのはひとつのみだ。ランサーはその射線上にいただけでその実眼中に入っていない。
現れた最初の時から、ナイの眼球はたった一点、一人にぴったりと張り付いて見ていたのだ。

80 Call of darkness ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:42:36 ID:vZuDzX.s0


「そのご様子では、あまりお気に召されてはいないようだ。意外ではあるね。
 是非再び神秘を目の当たりにした喜びと興奮の感想を聞かせてもらいたかったのだが―――」
「そんなの、わ、我は―――私は、このような儀式など、求めていないわ」
「ほう?」

神父の眼が細められる。震えながら自らに拒否の言葉を返してきた少女に、大きく関心を寄せられていた。

「求めてない?何故?
 神秘との遭遇、魔と幻想の体験は君の念願であった筈だろう?」

故に的確に、嘲笑を以て少女に刃を突き刺した。

「ぁ……―――――――」

蘭子の心臓に痛みが襲う。攻撃ではない。物理の刃、魔的な呪詛であれば傍にいる英霊が弾く。
しかし幻痛は、言霊の重みは耳を塞いで何も聞かない限り防げるものではない。

「此処には在るのだよ。魔術も、英霊も、君が求めしかし掴めなかった神秘の全てが。
 このアーカムでなら君はそれを目にする事も、手に取る事もできる。自ら使役し、行使する事だってできる。
 かつて君が夢見た空の世界、再びその神秘を着飾れる舞踏会場に招かれた。それなのに、どうして快楽の海に耽溺しないのかね?」

―――痛みの次は、胸が穿たれたような空虚。
翼を生やし、手の内から魔法を放ち魔獣を討つ。蘭子が思い出した、冒険の日々の記憶。
楽しかった。歓喜に満ちていて、嬉しくて、その後のことなんて忘れてしまって。
ずっとこんな時間が続けばいい。永遠に愛したものと幸福に包まれていたい。そんな駄々をこねたこともあった。
忘れていた記憶を思い出して、もう一度行きたいと願っていた。条理の外を超えてもう一度彼らに会いたい、流れ星に願う小さな欠片。

その結果、辿り着いたのがこの世界。
一握りの奇跡を追い求める殺し合い。
酸鼻な殺撃を広げるのみに狂信する怪物。化物。
それは違う。そんな世界は求めていない。けれど―――
あの世界でも、陽の当たらない裏では同じような地獄が起きていたのだろうか?目を逸した向こう側には、怨嗟が沼のように沈んでいたのか。


これが、自分の楽しんできたものの正体―――?


神父の言葉の意味を問い返す余裕も、今の蘭子にはない。
胃の内容物どころか、内蔵もろとも体の中から排出したくなるような拒絶感が体内で暴れまわっていた。
まるで腹腔の奥の奥にイキモノが棲みついてるよう。自分の体を内側から食い破って出て来る怪物の姿が浮かぶ上がる。
いっそ、吐き出してしまえ。黒い誰かが耳元で囁く。
ああそれはなんて甘い誘い。極めて堕落。安易な失楽。
喉に手を肩まで突っ込んで引き摺り出す。するとほら、出て来るのはこんなに綺麗で艶めかしい君の■■が―――

「―――――――――」

81 Call of darkness ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:44:58 ID:vZuDzX.s0


不意に、上を見た。高い空ではなく、すぐ隣に佇む金色の太陽を。
伸びた前髪から見え隠れする瞳は、鮮やか色で自分を見返している。濁りのない、吸い込まれるような色に、暫し蘭子は恐怖を忘れた。
ランサーは静かに、ただそこにいるだけ。主に慰めの言葉ひとつ授けずに、何も語らず黙している。
それが無関心からくる放棄の沈黙ではないと、もう蘭子は知っている。
英雄であり、けれど少し不器用で人に伝える事が苦手な所がある、温かな性根があると知っている。

だって、彼はそこにいる。
そこに、いてくれているのだ。
一人では耐えられなかった。誰かに傍にいて欲しかった。
サーヴァントはマスターに従うもの。そんな、ルール上に記載されているだけの理由だとしても、傍を離れないでいた。
ならば他に、ここで何を望むというのだろう。それだけで蘭子は救われているのに。

彼は待っている。蘭子が口を開くのを。
自身への命令であれ、目の前にいる神父への返答であれ、選んで取るのは蘭子の意思。彼女にしか背負えない役目であると理解している。

そっと、鎧の上からでも細い腕に手を乗せた。振り払いもせず青年は受け入れる。
硬い、金属質の触感。けれど冷え切っていた指先には暖かさが戻ってくる。

「は、ぁ―――――――」

暗転しそうな意識を懸命に保つ。えづきそうになりながらようやく重い息を吐き出す。それで、気持ちの悪さは一旦引いてくれた。

「でも……私が行きたい世界は、ここじゃないから」

喉には唾液がからみつき、心臓の鼓動は不穏に高鳴っている。

「ならば君は、何処を目指す?」

声は掠れ掠れて、歌声なんて聴かせられないぐらいみっともない。

「もっと綺麗で、輝いていて、皆に声を届けられる場所」

今にも崩れ落ちそうな体を支え、泣きそうな顔を抑えて、それでも言葉は断ち切れる事なく、
弱々しくも、こう告げた。


「―――星みたいな、煌めく舞台を、昇っていきたい」


「ああ――――――素晴らしい」

黒肌の男は目を閉ざして顔を上向け、まるで聖歌に聴き入ってるかのように深く頷いた。
胸に当てられた手が震えている。感動か、はたまた別種の感情か。

「そうだ。そうだとも。そうでなくては意味がない。
 自身の『願望』のため、生きて、考え、動き、戦い、呼吸し、走り、足掻き、傷つき、泣き、笑い、叫び、奪い、失い、築き、壊し、血を流し、怒り、這いずり、狂い、死に、蘇る……。
 君のような愛しい人間が足掻くからこそ、定命の華は美しく咲き誇るのだ」

やがて目を見開いたナイの顔には、変わらぬ微笑が張り付いていた。
分け隔てなく振り撒かれる慈愛の如く、しかし全てを見透かし睥睨する薄っぺらい笑み。

82 Call of darkness ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:48:57 ID:vZuDzX.s0


「やはり、聖杯戦争とは面白い。私も監督など暇な役職(ロール)でなくいっそ参加者として関わりたかったが……いや、言うまい。
 『私』という可能性は遍在する。思い至った時点で、既に別の『私』が実行に移しているだろう。
 それに相応しい英雄の仮面(ペルソナ)も、あることだしね。知っているかね?全ての人には心の闇に潜む普遍的無意識の住人が―――」

本人にしか意味のない言葉を呟いて、再び蘭子へ向き直ったナイが冒涜的な真実を並び立てようとした時、焼き焦がす熱気に次の句を遮られた。

「悪いが、そこまでにしてもらおうか。それ以上は害意ある干渉と見做さざるを得ん」

主の意思を聞き届けたランサーが口を開く。
周囲に炎の翼が舞い降りたかと思う火の熱は、しかし現実には火の粉の一片も舞ってはいなかった。
今のはあくまでランサーの視線の威。太陽神の子たるカルナとなれば、眼力だけでも燃焼の現象を齎す。魔力ではなく単純な覇気としてもだ。

「用向きが済んだのならば疾く去るがいい暗黒。蘭子はオレの主人だ。監督役といえど手を出さない訳にはいかない。
 それこそお前の中立としての立場も揺らぎ出すぞ」

マスターの許可なく戦闘力を開放する軽率さは持ち合わせてない。翻せば、命令さえ下ればカルナの槍は音速で神父に迫りくるだろう。
ナイはその間合いに入っていた。物理的な距離にも、蘭子の精神の許容量においてもだ。

「それは怖い。生ける炎が如し君を相手にしては、私のような影は消えるしか他ないな。……確かに、些かからかいが過ぎたようだ。少し『貌』が覗いてしまった」

白い手袋をはめた手で表情を覆い隠し、さっと身を引くナイ。
そこに口にするほど、ランサーの炎を畏れている風には見受けられない

「これでは叱責を受けてしまうのは私の方だな。望み通り素直に立ち去るとしよう」

するすると遠ざかっていく様子は波が引いていく様子にも似ていた。

「しかし、覚えておきたまえ施しの英雄。人はいずれ、太陽(きみ)にも手が届く時が来る。
 かのアインシュタイン、オッペンハイマーが発明し、アンブローズ・デクスターが推し進めた滅びの兵器。終末の時計の針はいつ進んでもおかしくはないのだから」
「警句、感謝する。有難く受け取っておこう」

皮肉を交えていたらしきナイの言葉にも至極真面目に取り合う。ナイもさして不快にした気もなく笑みのまま流した。
路地裏にまで引き込み、そのまま影の中に溶け込んでしまいそうな段になって、思い出したように言い残した。

「……ああ、そうそう。隔離の為この辺りの時間を少しかしいであるが、君達が去るまでは解除しないでおこう。
 何処へ向かおうと、君達のその過程が他人に捉えられる事はないだろう」

時間を取らせたお詫び代わりだよ、と付け足して、今度こそ神父の姿は路地の奥に吸い込まれて完全に消失した。
影から生じた闇が元の影に戻り、今度こそ世界は色を取り戻す。

『ではさようなら、暗雲に覆われしアーカムで、なお輝きを見失わぬ少女よ。汝に星の智慧があらんことを』

なのに、声だけが明瞭なほど耳に反響して、去る最後まで跡を濁していった。
アーカムという水面に投げ入れられた小石。広がる波紋は次なる波の呼び水になり、より大きな波を作る。
この邂逅は、その流れのうちのどれに値するのか。
暗黒の神父に脆く決意を宣言した少女の行為に、如何なる意味を持つのか。
真実は暗雲に包まれている。正答は仄暗い海の底に沈み落ちていく。
全ては闇の中にあり、闇もただ黒い笑みを浮かべるのみ――――――。
神崎蘭子の緒戦。聖杯戦争ではありきたりな一幕はこうして下ろされた。

83 Call of darkness ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:53:08 ID:vZuDzX.s0



【商業区域・スタジオビル裏/一日目 午前】

【神崎蘭子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力の消費による疲労、ストレスにより若干体調が優れない
[精神]大きなストレス(聖杯ルール、恐怖、流血目視、魔王ブリュンヒル登場によるショック)ナイ神父との接触により症状持続
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]中学生としては多め
[思考・状況]
基本行動方針:友に恥じぬ、自分でありたい
0.……
1.我と共に歩める「瞳」の持ち主との邂逅を望む。
2.我が友と魂の同調を高めん!
3.聖杯戦争は怖いです。
4.私が欲しいのは―――
[備考]
タタリを脅威として認識しました。
商業区域・スタジオビル裏にて、ナイ神父と接触しました。

【ランサー(カルナ)@Fate/Apocrypha+Fate/EXTRACCC】
[状態]
[精神]正常
[装備]「日輪よ、死に随え」「日輪よ、具足となれ」
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、その命を庇護する。
1.蘭子の選択に是非はない。命令とあらば従うのみ。
2.今後の安全を鑑みれば、あの怪異を生むサーヴァントとマスターは放置できまい。
3.だが、どこにでも現れるのであれば尚更マスターより離れるわけにはいかない
[備考]
タタリを脅威として認識しました。
タタリの本体が三代目か初代のどちらかだと思っています。



【アーカム市内?/一日目 午前】

【ナイ神父@邪神聖杯黙示録】
[状態]?
[精神]?
[装備]?
[道具]?
[所持金]?
[思考・状況]
基本行動方針:この聖杯戦争の行方を最後まで見届ける
1.?
[備考]


[全体の備考]
ナイ神父の措置により、現在位置を離れるまで、蘭子達が一般人に発見される事はありません。

84 ◆HOMU.DM5Ns :2017/03/20(月) 22:54:12 ID:vZuDzX.s0
投下を終了します

85 名無しさん :2017/03/21(火) 00:32:25 ID:BLwD.plM0
投下乙です。
今まで夢見てきた幻想の負の側面を見せられながらも、ナイ神父に向かって自分の夢を絞り出して告げる蘭子はかっこいい、これはナイ神父も歓喜しますわ。
その勇気の支えになってるのがカルナさんっていうのも良いなぁ、本当に蘭子ちゃんは良いサーヴァントを引いたなぁ戦力面でも精神面でも頼り甲斐がありすぎる。
ナイ神父さんは邪神なのに戦闘の後片付けとか監督役の鏡やで、数ある亜種聖杯の監督役の中でも一番まともに監督役してるのが邪神だというのがなんとも……そして参加者として参戦している英雄としてのペルソナを持った「私」……いったい何ヒトラーなんだ

86 名無しさん :2017/03/29(水) 00:57:26 ID:P1ePoAgI0
>吊るしビトのマクガフィン
ウォッチャー、その実、決してマスターの味方にあらず。
情報を手に入れた金木君だが大学は今や爆発寸前の火薬庫そのもの。
しかも肝心のパチュリーはそこにいないと来た。
刻一刻と火薬が迫る何かにぞくぞくしますね。

>Call of darkness
ナイ神父、バリバリに干渉してて本当に迷惑な奴だよ……
一方カルナさんの正統派英雄イケメンムーブは五臓六腑にしみわたるぜ……
抱きかかえられる蘭子ちゃんかわいい……かわいくない?
流石はシンデレラガールだぜ……


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)


■ したらば のおすすめアイテム ■

いい女はみんな淫乱 OLのリアルSEXライフ - マガジンハウス

言わずもがな

この欄のアイテムは掲示板管理メニューから自由に変更可能です。


掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板 powered by Seesaa