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ヒグマ・ロワイアル part4
【主要な生存者名簿】
【とある科学の超電磁砲】○佐天涙子/○初春飾利/○御坂美琴/〇布束砥信
【艦隊これくしょん】○天龍/○球磨/○天津風/○那珂/〇龍田/〇扶桑/〇瑞鶴/〇ビスマルク
【仮面ライダーシリーズ】○101人の二代目浅倉威
【Fateシリーズ】○言峰綺礼/○間桐雁夜
【魔法少女まどか☆マギカシリーズ】○巴マミ/○佐倉杏子/○暁美ほむら/○呉キリカ/〇キュゥべえ
【ゆるキャラ】〇メロン熊/〇くまモン
【ジョジョの奇妙な冒険シリーズ】/○ウェカピポの妹の夫
【ポケットモンスター】○デデンネ
【プリキュアシリーズ】○夢原のぞみ
【ビビッドレッド・オペレーション】○黒騎れい/○四宮ひまわり/○カラス
【彼岸島】○宮本明
【ダンガンロンパシリーズ】☆モノクマ(江ノ島アルターエゴ)/〇戦刃むくろ
【魔法科高校の劣等生】☆司波美雪
【進撃の巨人】○ジャン・キルシュタイン
【プーさんのホームランダービー】○クリストファー・ロビン
【ラブライブ!】○星空凛
【私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】○黒木智子
【キルラキル】○纏流子
【るろうに剣心】○武田観柳
【からくりサーカス】○阿紫花英良
【北斗の拳】○フォックス
【新世紀エヴァンゲリオン】○碇シンジ
【めだかボックス】○球磨川禊
【食戟のソーマ】〇田所恵
【ユリ熊嵐】☆百合城銀子
【ドキドキ!プリキュア】☆『H』
【ヒグマ】
〇デビルヒグマ/〇隻眼2/〇ヒグマになった李徴子/〇メロン熊/○ヒグマン子爵
○穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ/〇ヒグマード
○ラマッタクペ/○メルセレラ/○ケレプノエ/△ヒグマサーファー
【ヒグマ帝国】
☆イソマ/☆シーナー
〇グリズリーマザー/〇クイーンヒグマ/△ビショップヒグマ/〇ナイトヒグマ
○ヤスミン/○ガンダム/○ミズクマ/〇穴持たず428/○ヤイコ
○穴持たず59/〇ヒグマ提督/○クックロビン
【艦これ勢】
○穴持たず677(ロッチナ)
〇第一かんこ連隊(連隊長・夕立提督、ビスマルク提督ほか)
(ロッチナ直属・作業勢)(五航戦萌え勢:瑞鶴提督は瑞鶴に転生)
〇第二かんこ連隊(連隊長・ムラクモ提督、羅馬提督ほか)(ミリタリーガチ勢)
〇第三かんこ連隊(連隊長・チリヌルヲ提督)(チリヌルヲ提督以外全滅)
〇第四かんこ連隊(連隊長・卯月提督、愛宕提督、マックス提督ほか)
(和気藹々:比叡提督、龍驤提督、間宮提督、伊勢提督)
〇第五かんこ連隊(連隊長・子日提督姉、子日提督妹ほか)
〇第六かんこ連隊(連隊長・赤城提督ほか)
〇第七かんこ連隊(連隊長・龍田提督、天龍提督ほか)(姉妹丼勢)
●第八かんこ連隊(連隊長・暁提督、雷提督、電提督、漣提督ほか)(主に駆逐艦の愛玩勢)
●第九かんこ連隊(連隊長・大井提督、球磨提督、多摩提督、木曾提督ほか)
(なりきりクソニワカ勢、特に勘違いした奴ら:熊野提督、利根提督、筑摩提督)
〇第十かんこ連隊(連隊長・ゴーヤイムヤ提督、スイマー提督、ゴーレム提督、デーモン提督ほか)
まとめwiki
ttp://www54.atwiki.jp/higumaroyale/
【基本ルール】
・ヒグマと人類の種の存亡を賭けた戦いです
・6時間毎に定期放送があり、ヒグマ以外の死亡者が発表されます
・予約期間は一週間、+延長申請によりもう1週間
・予約が入っていなければゲリラ投下も可
・名簿外のキャラを予約してもOKです
・自己リレー推奨
・あまりにも放置されてるキャラはヒグマに捕食されるので注意してください
・ヒグマは一匹一匹が範馬勇次郎を凌ぐ力を持っています
・全力で戦ってもらう為に参加者の得意武器+ランダム支給品0〜2+基本支給品が支給されます
・基本支給品は携帯食料、飲料水、地図、洗髪剤、石鹸、タオルです
【作中での時間表記】
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
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投下します。
ようこそSCP Foundation「SCP財団」へ。
SRC財団は異常な物品、存在、現象を封じ抑え込むことを任務として、
秘密裏かつ世界規模での活動を行っています。
それらの異常存在は世界の安全に対する重大な脅威であり、
財団の活動は主要各国の政府から委任され、管轄権を越える権限を認められたものです。
財団の活動は正常性を維持するためのものであり、
世界中の一般市民が異常に対する恐怖や疑念を抱くことなく日常を生きることができるよう、
地球外、異次元、その他の超常的存在が及ぼす影響からの人類の独立を維持します。
我々の任務は3つの要素から成ります。
確保(Secure)
財団は異常存在が一般市民や対抗組織の手に落ちることを防ぐため、
広域に渡る監視活動と通信傍受を通じ、可能な限り早期に異常存在を確保します。
収容(Contain)
財団は異常存在の影響が拡散することを防ぐため、
あるいはそれらに関する知識が公衆に流布されるのを防ぎもみ消すため、
移送、隠蔽、分解などにより異常存在を収容します。
保護(Protect)
財団は異常存在の影響から人類を保護するとともに、それら異常存在の性質と挙動を完全に理解する、
あるいはそれらに基づいた新しい科学的理論が考案される時が来るまで、そうした異常存在を保護します。
財団が異常存在の無力化・破壊を行うのは最後の手段であり、
その異常存在を収容し続けることがあまりに危険すぎると判断した場合に限られた選択肢です。
我々は任務を遂行するべく、財団は世界中に渡り秘密裏に活動を行っています。
特別収容プロトコル(Special Containment Procedures)を必要とする全ての異常な物品・存在・現象には、
研究の優先順位付け、予算編成、その他の考慮事項のためにオブジェクトクラスが割り当てられます。
割り当てられるオブジェクトクラスは一般に複数の要素から決定されますが、
特に重要な要素は対象のもつ収容の困難性および財団職員や人類全体に対する危険性から成ります。
以下は異常存在に割り当てられる最も一般的なオブジェクトクラスであり、財団のデータベースの大多数を占めています。
Safe(セーフ):安全な扱い方が完全にわかっており、その扱い方に従えば危険なく収容を継続できます。
Euclid(ユークリッド):危険で解明されていない部分もありますが、安全に収容し続けられます。
Keter(ケテル):人類全体にとっての脅威となりうる上に、安全に収容し続けることが困難です。
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SRC財団本部。
アメリカのとある州にあるとされる刑務所と研究所を混ぜたようなその巨大施設の地下深く。
厳重な管理の元、捕獲した二体のKeterクラスの戦闘実験が始まろうとしていた。
古代の戦士風の男、SCP-076"Able" (アベル)は目の前で佇むトカゲの様な恐ろしい獣、
財団が保管する生物型のSCPで最強と噂されるSCP-682 " Hard-to-Destroy Reptile" (不死身の爬虫類)
の頭上に向けて語りかけた。
「君のような生き物の物語を聞いた事があるよ。栄誉ある獣なんだ。
うろこと肉と、かぎ爪と牙でできている。凶暴な目付きに隠れて、
実はとんでもなく賢いんだが、それにも増して勇敢に戦うんだ。
君の一族はかつてはこの世界を支配したと聞いている。
数の力と持って生まれた才能で、君たちを怒らせたものは残らず殺すか喰うかして。
だが、君たちは王座から一匹ずつ蹴落とされた、
もう地上にはいない偉大な戦士達によって一匹残らず、
そして君はただ神話の生き残りに過ぎない」
アベルは息もつかずにささやいた。
「私ですら君達をただのおとぎ話だと思っていた、
だけど君は目の前にいる、生きたドラゴンがここに…」
獣はうなり声を漏らした。
ゆっくりとひび割れが開くように、彫像が突然命を吹き込まれたかのように、獣の口は動きはじめた。
「哀れな…」
獣は不満げにうなり、その声は太く重く、山が1000回以上も崩れたようだった。
「ドラゴンだと?この腐った塵のかたまりめ。
お前は何もわかっていない。私が躾のいい飼い犬を想像できないように」
「自分で選んだことだ」
アベルは固く答えた。彼はSCPでありながら機動部隊Ω-7という特殊部隊を結成して
財団に協力している数少ない話の分かる存在なのだ。
「選ぼうが選ぶまいが、おまえは連中の犬に過ぎん。
お前は連中の手から餌を喰う。犬は鉢から喰う。それだけの違いよ」
獣は冷笑した。人ならざるものの顔に表情が見えさえした。
アベルの顔が引きつる。武器を握る手に力を増し、回転する刃はもはや目に見えないほどのスピードで、
抗議するかのように鈍い金属音をたてた。
「少なくとも自分の運命を選ぶことはできる」
アベルは怒りをこめて怒鳴り、刀を獣の頭へと振り下ろした。
「運命?おまえに運命の何がわかる。運命は生だ。
そしておまえは…おまえと、ここにあるものすべては、死だ」
化け物は咆哮し、アベルに向かって突撃した。
アベルは10メートル以上も投げ出され、障害物を破壊しながら吹っ飛んだ。
「どうした、もう終わりか?」
ぐしゃぐしゃに潰れた肉体を再生させながらアベルはくっくと笑った。
「うん、そこは反論の余地なしだ」
アベルはぼろぼろになった外套の影から、柄だけでゆうに6フィートはある巨大な棍棒を引っ張りだした。
棍棒の先は回転するとげで覆われ、邪悪なうなりをあげて、複雑怪奇な死の模様を紡いでいる。
怪物は持ち前の攻撃性でたったひとつの事だけを考えていた。その目に浮かぶ目的はただひとつ。
「殺す」
「行くぞドラゴン!」
「―――つまらんな」
「「誰だ?」」
二体の超存在が同時に振り向くと、そこに銀髪のサムライ風の男が立っていた。
「いけませんブレイドさん、実験の途中です」
「不死身の肉体だが互いに攻撃力不足。このまま観戦しても
戦闘が膠着するだけの退屈な試合にしかならんだろう。私が終わらせる」
リングの外で慌てふためく研究員の制止も聞かずにKeterクラスのサムライ風の男、
SCP-777-J "Darkblade" ("漆黒の刃"<ダークブレイド>)は二体に歩み寄る。
「おいおい、どうするよアベルとやら」
「やれやれ、命知らずも居たものだな」
「仕方がない、ここは一時休戦と行こうか」
「そうだな、終わったら二人でピザでも用意して宴会しようか」
こうして意気投合した二体の超存在は無防備なブレイドに向かって同時に飛びかかった。
だが、その瞬間ブレイドは右手に持った日本刀を振り抜き、
「フッ……抜刀」
「何ぃ!?」
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!!」
アベルと不死身の爬虫類を二体同時に両断して始末した。
「おお、SCP-076とSCP-682を瞬く間に!」
「レーザー切断、核弾頭、更にはどんなSCPをぶつけても
殺せなかったあのトカゲがピクリとも動かないぞ!」
「流石ですブレイドさん!」
「またつまらぬものを斬ってしまった。早く帰ってギターの練習をする」
「はっはっは。流石だね」
眼鏡を掛けた日系人の青年がブレイドに話しかける。
「誰だ?財団の職員ではないようだが」
「日本から施設の見学に来たDr.アリトミという男です」
「ほう、日本か」
「悪いんだけど、ちょっと彼を借りて行っていいかな?
日本の北海道という地域に強力なSCP?みたいなのが現れてね」
「馬鹿をいうな、ブレイドさんは財団にとって極めて重要な人材だぞ」
「いいだろう」
「え!?」
「日本へ行け……定めがそう告げるのだ。」
「話が分かるじゃないか!じゃあ、行こうか!」
「ちょ、ブレイドさん!」
「貴様らには理解らぬだろうな。世界を救うべき天命<定め>など……」
――――こうして、漆黒の刃<ダークブレイド>の来日が決定したのだった。
㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹
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「『血の神』は手に余る……誰か他の奴が相手をしてくれ」
枯れた森を抜けた先にある巨大温泉の麓。
ヒグマードを仕留め損ねて撤退を決め込んだヒグマン子爵はゴクウコロシが転生した
妖刀「羆殺し」で爪を注ぎながら次の行動方針を考えていた。
「静かだな。刀から分離して再び目覚めるといったことは無いのかゴクウコロシよ?」
先ほど放った一撃によってしばらく奥義を使うことが出来ない羆殺しは何も答えない。
彼はカッコいいエムシ(刀)にハヨクペ(魂)を乗り換えたことで人生に満足してしまったのだろう。
「他の奴、か。穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリのヤツはもはや戦力外。
ゴクウゴロシが目覚めぬ以上、今や実験を遂行できる個体は俺一人……どうしてこうなった」
生物的に穴がないから「穴持たず」。
だがいくら欠点がなくとも生物である以上死ぬ時は死ぬのだ。
「まあ、仕方があるまい。俺はやるべきことをやるだけだ。
しかし吸引能力は生きてるとはいえ、しばらく戦力不足は否めんな。
あとはあのサムライ風の男から奪ったこの刀だけか。
そういえば、何だったんだアイツ?首輪には7が三つ並んだ外人とか書いてあったが……」
地面に置いている、羆殺しを手に入れたおかげでイマイチ影が薄い物干し竿の様に長大な刀、
「正宗」(仮)を見つめて当時の様子を回想する。
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「……余を謀ったつもりか?愚かなり日本人よ」
温泉の麓で座禅を組んでいる首輪を嵌められたSCP-777-J漆黒の刃<ダークブレイド>は
湖の様な美しい温泉を眺めながら不敵な笑みを浮かべた。
あの男、Dr.アリトミが何かの実験に利用する為に自分を連れてきたのは
話しかけられた時点で既に分かっていたことだった。
水を操る能力と超常的な剣術を誇るため完全に無敵のブレイドが実験を潰すことなど
容易い事だがあえてこの茶番に付き合っているのは<定め>に従っているからに過ぎない。
「――――グルルルッッッ」
「ん?早速誰か来たようだな」
地の臭いを漂わせながら、一匹のヒグマがブレイドの傍に近づいてきた。
そのヒグマはヒグマと呼ぶには余りに細身でまるで人間の様に漆黒のスーツを身に付けている。
ブレイドは立ち上がって刀を構えた。
「―――SCP-2875 The Town That Got Fucked By Bears (熊に侵された町)。
ウィスコンシン州の町、×××××でのみ発生している現象。
3日おきの正午ごとに、50~100頭の成熟したUrsus arctos horribilis(ハイイログマ)の成獣が、
町の至る所に出現。これらの個体は異常な耐久力・移動速度・敵対心を持つわけではないが
累積し無限に増殖することから、放置すると世界が滅亡する恐れがあるSCP、Keterクラスに
カテゴライズされている。そうか、あれはあの男の仕業か。そしてこれが完成形というわけか」
ブレイドは温泉から水を吸出しアタックシールドを全身に纏う。
3.4ギガトンの核爆発に耐え、通常ダメージはおろか同調的マインドコントロール精神子ダメージ
(幸福ダメージ、別名幸福へのダメージ)をも逸らせる最強の盾を壊せる者はいない。
そして財団の捕獲したSCP中でも絶大な耐久力を誇っていたアベルと不死身の爬虫類を
一撃で切り捨てた最強の矛である漆黒の刀から繰り出される超絶剣技の前に敵はいない。
「グルルルルッッッ!!!」
「ふっ……抜刀!」
ブレイドが刀を振り抜いた瞬間、スーツを着たヒグマが突然視界から消滅した。
「え?」
「―――――グルルルル」
いつの間にかブレイドの目と鼻の先まで肉薄していたヒグマはブレイドの右腕を
水の盾ごと握っており、そのまま力を込めてぐしゃりと鈍い音と共にブレイドの
上腕を強靭な握力で握り潰して引き千切った。漆黒の刀が腕ごと地面に堕ちる。
「な、なんだと!?」
「―――――グルルル!!!!」
精神状態に呼応したアタックシールドがただの水に戻ってしまう程の
衝撃を受けたブレイドは叫んだ。
「貴様!?並のSCPではないな!もしや収納が無意味とされるApollyonクラス―――」
「―――――グルルル?」
コークスクリュー気味に放ったボディブローが決まって胴体を貫かれたブレイドが
盛大に血を吐いたと同時に横なぎに振り払われたヒグマの鍵爪が頭部を吹き飛ばし、
SCP-777-J漆黒の刃<ダークブレイド>は<定め>を果たすことなくその生涯に幕を閉じた。
「――――――グロォォォォォォォォ――――――。」
全身がさらに血まみれになった穴持たず№13、通称ヒグマン子爵は足元に転がる
銀髪のイケメン剣士のバラバラになった惨殺死体を食い散らかし始めた。
㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹
「……うーん、酒で酔っぱらっててあんまし覚えてないけど印象が薄いなぁ。
まぁ、あいつに比べたらまだ巴マミの方が強かったんじゃないかな?」
大体、人間が日本刀でヒグマに挑むなど不可能に近いのだ。
獣相手に銃を使うのは卑怯ではない。人間は銃を手にして始めて獣と対等になれるのだから。
そう考えると巴マミの全方位にライフルを張り巡らせた結界はなかなかいい線行ってた気がする。
「仕方がない、相手が悪かったな。さて、せっかくだからコイツも洗ってやるか」
そう言いながらサムライ風の男から奪った刀を温泉に浸からせて血糊を洗うことにしたヒグマン子爵。
漆黒に輝く刀身を温泉に浸らせたその時、奇妙な現象が起こった
「………おや?」
湖の様な温泉の水位が見る見るうちに下がっていく。漆黒の刀身に吸い寄せられているのだ。
「こいつ、水を飲むのか?始めて知ったぞ」
気が付くと、温泉は全てのお湯を吸い尽くされ、目の前に広大な岩盤の空き地が出来上がっていた。
ヒグマン子爵は煌めく刀を手にし、何を思ったか乾いた森に向けて刀身を振り抜く。
しばらくの間を置いた後、森の樹木が次々と倒れ始めた。
刀の先からウォーターカッターの様に発射された温水が広範囲に破壊を招いたのだ。
「………こんな力があったのか?うーむ、実は結構強かったのかもしれんなあの男。
もう殺してしまったし、名前も分からんから今更どうでもいいことなんだが」
灯台下暗しというか思わぬ戦力が手に入ったヒグマン子爵は漆黒の刀を右手、羆殺しを左手に
配置した攻撃と防御同時に行える二刀流の構えを取って立ち上がり、その場を後にした。
【H-5 かつて温泉があった空き地 午後】
【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹
装備:羆殺し、正宗@SCP Foundation
道具:無し
基本思考:獲物を探しつつ、第四勢力を中心に敵を各個撃破する
0:撤退だ。
1:狙いやすい新たな獲物を探す
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
4:この自失奴を助けてやったのはいいが、足手まといになるようなら見捨てねばならんな。
5:『血の神』は手に余る。誰か他の奴が相手してくれ。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。
【SCP-777-J-2「正宗」@SCP Foundation】
アメリカのSCP財団に著作権料を支払うのを嫌がった有冨春樹が「7を三つ並べた外人」といった
適当な名称で参加者登録していたSCP-777-J(漆黒の剣)が所有していた伝説の名刀です。
水分を吸い取ることでアタックシールドを攻撃に転じたウォーターカッター「水の矛」を
刀から発射できるようになります。核攻撃でも死なない不死身のトカゲを両断する程の切れ味ですが
大量の水を消費する仕様上、連発出来る回数は限られてるので使いどころに注意しましょう。
終了です。
よく見たら何か所かSCP財団がSRC財団になってますね。
まあこのロワには二度と出てこないでしょうけど…。
独覚化しつつある佐天さんを描いてみました。
ttp://dl1.getuploader.com/g/nolifeman00/67/sten.jpg
投下乙です。
わー、だいぶ暗いどさんだ! この人出てくるとなんでこんなに笑えるんだろう。
これすごいですよギャップ笑いが。
ヒグマン子爵はそもそも実験に付き合う気、あったのですかね……?
あとメロン熊さんとかのこと忘れてませんかね。カッコカリについてはあなたが戦力外通告するような立場なのかさっぱり。
極端に視野が狭くなった感あって心配です……。
というか実験実験いうなら、あなたが戦った『血の神』は大分実験遂行に尽力してくれてる気がします……。
有冨さん、実在しているなら実名を首輪に刻むのに著作権料もへったくれもないのでは。
そもそもこんな非合法の実験で著作権もへったくれもないのでは……。
それにしてもこのヒグマロワの世界も大分地続きになってきましたね……。
現在、東京の多摩には学園都市があって、隣接する神奈川にはロストグラウンドができてて、海上にはトランプ共和国とのゲートやブルーアイランドの示現エンジンがあって、
陸上自衛隊には死者部隊(ゾンビスト)があって、海上自衛隊は鎮守府を設置してて、SCP財団があることまで確定してますからね!
有冨さん、ちょっと脚で稼ぎ過ぎじゃないですか人材を……。ほんと凄い世界だ。
なお、アイヌ語で『ハヨクペ』は『冑』のことで、魂はラマトです。
文字通り甲冑とか鎧のことのほか、カムイ(神)が動物の姿を取ってカントモシリ(天上界)から降りてきた際のその器たる肉体のことを指すわけですね。
また、支援絵乙です&ありがとうございます!!
私はSS内で、彼女のその症状が『独覚』のせいかどうかは明言していないですが……、でもそれを措いておいても素晴らしいですね!
彼女の苦悩がこちらにまで伝わってくるようです。
流れないはずの涙のように滴るのは、彼女の心か皇さんの体液か……。
彼女には後二回のビジョン・クエストで、なんとか明るい未来を取り戻してほしいところです。
自分の方も、遅れましたが予約を投下します。
活躍したわけではありませんが一応ミズクマも予約に加えます。
午後の陽を切り裂く白い閃光が、広い草原に走った。
飛び掛かっていたヒグマの牙をすり抜け、電光のような速さで小熊が駆け抜けていた。
「まいまいあっとーえれえが……!?」
「すみませんが制裁さん、ヤイコは失礼いたします。ヤイコは先を急ぎたいだけなのです、と主張します」
その小熊、穴持たず81のヤイコは、襲撃者たるヒグマの背に回り、逃げながら声を投げる。
しかし、再び走り出したヤイコに、ヒグマはなおも追い縋っていた。
「おすへーらあだな!!」
「……!? なぜ、そこまでして追ってくるのですか!?」
――ここを切り抜けて診療所の人員と合流すること。
それこそが現在のヤイコの目的だ。
この『制裁』というヒグマが一体どういうものであれ、本来彼にかまけている暇はない。
だが制裁ヒグマは、追撃の手を緩めなかった。
圧倒的な体格差で、制裁はその小熊に瞬く間に追いついた。
ヤイコが再びリニアモーターカーのごとく高速移動するには、電力の回復が追いつかなかった。
「くっ――」
「あったーらおおる!!」
爪が振り降ろされた。
ヤイコが転げたすぐ真横で、草原の土が大きく抉られて宙に舞った。
「あっとーよおとれ!!」
「グガァ!?」
即座に、返す前脚を振り上げるように、制裁の爪が翻る。
鞠のようにいとも容易く、ヤイコの小さな体は十数メートルも遠くへ吹き飛ばされ、地に落ちた。
「ガ……、ハァ……――」
叩き付けられた肋骨が悲鳴を上げる。
三条の爪痕が刻まれた胸が焼けるように痛む。
震えながら立ち上がろうとするヤイコの前に、ヒグマが歩いてくる。
それは誰にも恥じることのないヒグマだ。
体長は2メートルと半分。
毛並みは一般的な茶色。
その焼けただれた顔面から金属の骨格が覗いている以外、普通のヒグマのはずだった。
だがそのヒグマは、重傷を負ったヤイコの前で、唐突に草原の大地を掘り返しだす。
そして彼は見る間に、何トンもありそうな巨大な土塊をそのまま持ち上げ、頭上に掲げていた。
「まいまいまいまいまいまい……」
「う……、ウガアッ――!!」
ヤイコは苦し紛れに、制裁に向けて電撃を放った。
このヒグマが機械であったのなら、その電流は抜群の効果を示すはずだった。
しかし電撃はむしろ、その金属部分を通って地面へアースのように流れてしまう。
電撃のダメージをほとんど意に介さない制裁の肉体は、その制御を機械ではなく生体部分に由っていることを示していた。
ヤイコは、逃げようとした。
真上から振り下ろされる土塊を避けようと、ふらつく四肢に電気を撃って、走ろうとした。
「あああぽんろあ!!」
「あぐぁぁ――!?」
だが逃げ遅れたヤイコは、その下半身を土の下敷きとされた。
轟音を立てて落下した大量の土は、まるでヤイコを土葬する円墳のようだった。
これがもし土でなく巨石であったならば、この一撃でヤイコは完全に押し潰されて死んでいたに違いない。
そしてその死は、遅かれ早かれこの場合でも同じように見えた。
のしかかる重量にもがくヤイコの元へ、制裁の牙が迫っていく。
彼女の命はあと、2歩と半分。
だが胸の傷からの出血と全身の打撲にあえぐ彼女の光る目に、映るものがあった。
その姿は、ヤイコにとって最後の光明に見えた。
それは音に聞くだけでも特徴的な、あるヒグマの姿に、違いなかった。
『――メロン熊さん!!』
『……うわ、気付かれた』
草原の彼方を遠巻きに通り過ぎようとしていた一頭のヒグマが、ヤイコの叫び声に舌打ちを漏らした。
゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛
巨大な緑色の球体に筋を浮かせて頭部にはめ込んだようなヒグマ――メロン熊は、この現場を無視して通り過ぎようとしていた。
戦艦ヒ級だの瑞鶴だのという意味不明な連中の暴挙に辟易していた彼女は、もう面倒ごとに付き合いたくなどなかった。
暫く独りになりたかった。
だからこそ人気の無さそうな草原にワープしてきたわけで、その行き先で唐突に二頭のヒグマの争う現場を目撃してしまうなど、予想外にも程があった。
正直マズったなぁ、という思いだ。
横目で見やれば、片一方はまだ小熊のように見えた。
自分やくまモンがゆるキャラとして出て行った後に作られた、生後間もない者なのかもしれない。
その小熊を、エサにするつもりなのか何なのか、雄ヒグマがほとんど一方的に襲い掛かっているらしいという構図だ。
不憫だな。という思いが先立った。
だがそうであっても、メロン熊はその騒動から立ち去りたかった。
関わったらまたロクなことにならないのは眼に見えている。
そしてただ見ているだけでも、罪悪感だけが、募るからだった。
『――メロン熊さん!!』
『……うわ、気付かれた』
だから、そのヒグマたちに気付かれたくなど、なかった。
『メロン熊さん、助けてください、とヤイコは懇願します!』
『――ちっ』
「えけあほろおほあ……!」
ヤイコという小熊の叫びに続いて、雄ヒグマの方がメロン熊に気付く。
否応なくその二頭を見やってしまえば、小熊は既に満身創痍のようだった。
切りつけられ、打ちのめされた体は、半ばまで土に埋められてしまっている。
そしてよせばいいのに、雄ヒグマはわざわざ狙う標的を変え、メロン熊に向けて走りこんで来る。
その顔面は、生物のものではない金属が覗いていた。
「あああぽんろあ!!」
『邪魔くさいわね……!』
問答無用なその突進を、メロン熊はワープによって難なく躱した。
ごく短距離の転移によって、その雄ヒグマの背面をとる。
そして容赦なく上から押し倒し、唸った。
『おい……! 獲物にする相手ならよく選ぶんだったわね――』
バカなオスだ。ものをわからせて叩き殺してやろう――、と、メロン熊は思っていた。
だがメロン熊がそうして爪を振り被ろうとした瞬間、彼女の全身には凄まじい衝撃がぶつかる。
ボフン。
という、化体な音が鳴った。
『グギャ――!?』
『な――!?』
その出来事に、メロン熊とヤイコは驚愕した。
メロン熊は、真下から強烈な打撃を受けて上空に吹っ飛んでいた。
それは、制裁ヒグマの『上半分』と共に、である。
ヤイコが遠間から目撃していたその全体像は。
『制裁ヒグマが口元からキレイに真っ二つに分かれ、ばね仕掛けのトラップのごとく、メロン熊を乗せたままその背中側半分が吹っ飛ぶ』という、通常ならば理解不能の現象だった。
地にもんどりうって転げ、メロン熊は自分の鼻先を押さえる。
顔面を制裁の後頭部で強打した彼女は、だらだらと鼻血を吹き出していた。
「へのあのう……!!」
ヤイコとメロン熊が瞠目している間に、二つに分かれた制裁ヒグマは、背中側半分の切断面から大量の牙を生やし、腹側半分から大量の注射器を生やし始めていく。
「えけあほろおほあ……!!」
「ああああああああああぽんろあ……!!」
メロン熊の精神は、直後の一秒で混乱と狼狽を極め、そして次の一秒で、急激に怒りを沸騰させた。
『なっ、なっ、なっ……!? ――何してくれっべや、このたくらんけ(バカ野郎)ェ!!』
『ヤイコに撃たないでください――!?』
激昂したメロン熊は、立ち上がるや否やその口からメロン色の強烈な光線を射出した。
獣電ブレイブフィニッシュの巨大な光線が空を割るも、上下に分かれた制裁ヒグマは陸と空を気味の悪い挙動で疾駆し、その緑の光を躱す。
連続して次々と放たれるメロン熊の光線は、巨人に踏まれた草原を薙ぎ払い、ヤイコを埋める墳墓の土も抉り飛ばしていく。
だが、当たらない。完全に翻弄されている。
「おるおるぅ……!!」
「はあっはあ……!!」
『このホイド(穢多)がぁ……! おだつん(調子に乗る)なやァ!!』
上下で全く別の挙動をしながら逃げ出す制裁ヒグマに、メロン熊の苛立ちは恐ろしいスピードで募った。
一方的に喧嘩を吹っかけられ、不意打ちで殴られた挙句に逃げられる。
数ある煽りの中でも間違いなく上位に食い込む腹立たしさだ。
メロン熊は逃げ去る制裁に釣られるようにして走り出す。
『おい、アンタも来いッ!! あのホイド(穢多)が何なのか説明しれ!!』
『痛ぅ――』
うずくまっていた血まみれの小熊を抱え上げ、彼女は島の南方へ逃げていく半分ずつのヒグマを追いかけていった。
゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛
その頃一隻のクルーザーが、島の近海を高速で航行していた。
操縦しているのは、一頭のヒグマだ。
午前中にキングヒグマから電話を受けた、穴持たず59である。
電話を受けた東北地方の沿岸部から北海道までは約500キロ。
エンジンをフル稼働させて休みなく走らせてきたクルーザーは、もうほとんど燃料も尽きかけているほどだ。
「……ミズクマの姐さん、先導ありがとうございます。
島の方、姐さんが気づいた範囲で異常なかったですか?」
ようやく見えて来た島に安堵の息をついて、彼は周囲の海面に声を掛けていた。
ざわざわと、一面の海水が鳴き声をあげた。
――実験開始後の新規指令は2点。
――周辺海上を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て捕食すること。
――および、攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなすこと。です。
――捕捉した対象者は排除済みです。
――なお島の内陸に迷入した娘からの情報はまだ関知しておりません。
「マジかよ、姐さんでもわかんねぇのか……」
水中には、巨大な船虫のような形状をした生物が、大量に蠢きながら泳いでいた。
穴持たず39・ミズクマの、その統率下にある、数多の娘たちである。
既にこの海域は、島の沿岸から1キロメートル圏内。
ミズクマがその水中をほとんど埋め尽くしている領域だ。
一切の感情を有さぬ、同調した蠢きによって呟かれる彼女の言葉は、呆然とする穴持たず59の声を受けても平然としていた。
――会話が完了しているのならば待機配置に戻ります。
「あぁちょっと待ってください! 姐さん事務的すぎますよぉ!!
ヒグマが反乱したって言うんですよ!? なんか他に無いんですか!?
研究所が潰滅して有冨所長だって死んじまってるかも知れねえってのに!!」
――新規指令は有冨所長より承ったものです。
――有冨所長は生存しているものと判断します。
――他に質問事項がある場合は具体的にお尋ねください。
「ああもう、おカタすぎる……。あのー……、ほら、なんか。
仲間のヒグマたちがどうなったかとか。
少なくとも海でのことなら姐さんわかりますよね!?」
二期ヒグマの中でも一目置かれるミズクマに礼を失さぬよう言葉を選びながらも、もどかしい思いで穴持たず59は彼女に問う。
島の崖は刻々と近づいてくる。
海上からでは、そこで何が起きているのか窺い知ることはできない。
――脱出ヒグマ43名。うち43名は死亡。最後の1名を殺害したのは穴持たず59、貴方です。
――また海上にて穴持たず56と接触。指令を伝達しました。
――また海底にて穴持たず666というヒグマを筆頭とする49名が脱出ヒグマの用いた沈没クルーザーの残骸を回収しておりました。
「穴持たず666号――!? また増えてやがるしヒグマ帝国……!
え、なんて奴だったんですかそいつは!?」
――デーモン提督と名乗る、潜水装備を身につけたヒグマでした。
――『クルーザーの残骸の回収』は私の指令に抵触しなかったため看過いたしました。
ミズクマは、明らかに番号の桁がおかしいヒグマ帝国の者を、その目的も聞かぬまま素通ししたらしい。
穴持たず59は頭を抱えたくなった。
何に使うのか、もう既に使ったのかわからないが、残骸の回収など怪しい動きにもほどがある。
「姐さん姐さん……、そいつ有冨さん殺したやつの一味ですよ。
今からでも追い縋ってふんじばった方が良いんじゃ……?」
――新規指令は有冨所長より承ったものです。
――有冨所長は生存しているものと判断します。
穴持たず59は溜息をついた。
ミズクマの思考ルーチンは、相変わらず何の揺らぎも見せない。
彼女にとっての優先度は、研究員からの指令=自己保存>同胞のヒグマからの依頼>その他、で一貫し続けているようで、不必要なことには一切頓着しないようだった。
「……わかりました。これ以上姐さんの考えを改めようとしても無駄ですか……。
他に、何かありませんでしたか?」
――その他、海上の戦闘で死亡した『仲間のヒグマ』が2名存在します。
「海上の戦闘で死亡――!? 現場連れてってもらえますか!?」
――了解いたしました。
ミズクマからの報告を受けて、彼は逸る気持ちを抑え、再びクルーザーのエンジンをふかした。
岸壁はすぐそこにまで、近づいていた。
゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛
追いつ追われつ、踏む草は百万。
午後の風が吹く傷んだ草原の中を、ヒグマたちが疾駆している。
『おい、アイツは何なんだ! あとアンタも! さっさと説明しなさい!!』
『か、彼は恐らく、二期ヒグマの制裁さんです……』
『制裁――?』
メロン熊は、抱きかかえた小熊からの返事に目を細めた。
ヤイコの息は、荒い。
体が小さい分、傷が深いのだ。
流れる血の量に比して、体力の奪われ方が急だった。
メロン熊はヤイコを慮りながらも、前方を逃げる半分ずつの熊へ、訝しげに視線を向ける。
『……アタシの知ってた生っちょろいボンズ(ガキ)とは大分違ってるんだけど。
……解体みたいな改造でも受けておだっ(調子に乗っ)てるクチか。はんかくさい(バカみたい)』
二期ヒグマの制裁、といえば、同期の連中にいびられていたらしいということくらいしかメロン熊の印象にはない。
くまモンなどならば同じ二期ヒグマなのでまだわかるのかもしれないが、生憎とメロン熊は一期ヒグマだ。なおのこと関わりは薄い。
何にせよ今現在、彼が相手を嫌がらせることにつけては相当の実力を有していることは確かだろう。
『それで、アンタは何? 外来? デビルからも聞いてないわよ電気使うヒグマとか』
『ヤ、ヤイコは、穴持たず81番です。この地下にて建国されました、ヒグマ帝国の者です、と申し上げます』
『あぁ……なんか放送でぐちゃぐちゃ騒いでたやつだっけ……?
面倒くさいことしてくれたわねアンタら。なまらどうでもいいわ……』
続けて答えられたヤイコの身の上は、メロン熊の興味を惹かなかった。
第二回放送の際に放送室で、誰とも知れぬヒグマたちが騒いでいた声はメロン熊も聞いてはいるが、正直、研究所がどうなろうがヒグマが謀反しようが、彼女の知ったことではない。
重要なのは、自分に関わるケジメのみだ。
それにつけて、一方的に鼻っ柱を打ちのめしてくれた制裁ヒグマは、必ずや仕留めねばならぬ標的になっていた。
『ヤ、ヤイコたちは今現在、危機に瀕しているのです。
早く診療所に行かねば、あそこの方々も襲撃を受けてしまいます……』
『ああん――? 診療所って、……病院のこと?』
必死に懇願するヤイコの言葉が、メロン熊の耳には引っかかった。
『そうです……。早く、早く、診療所へ……』
ヤイコは、うわ言のように繰り返した。
メロン熊は舌打ちする。
総合病院といえば、つい先ほどろくでもない目に会ったばかりの場所だ。
『――……止めといた方が良いと思うけどね』
だが彼女の言葉に、それ以上ヤイコは返答をしなかった。
気を失っていた。
『……チッ』
「えけあほろおほあ……!!」
「あるいあれのいへのあねあ……!!」
『……たくらんけ(バカ野郎)め。追い詰めたわよ……!!』
そうして会話の間にも走り続けていた彼女の行く手に、一気に開けるものがあった。
温泉地だ。
E-8エリアの広大な温泉の水面が、逃げる制裁ヒグマの道を阻んでいる。
飛行している彼の上半分はいざ知らず、地面を走っている下半分はどうしたって水中に入るか引き返すしかなくなる。
水の中では当然、地上を走る速度とは比べ物にならないほど動作が遅くなる。
メロン熊の攻撃から逃れることは、できないものと考えて良い。
しかるに、制裁ヒグマが生き残る手段としては、改めてこの場でメロン熊と真っ向で勝負をするしかないように思えた。
「へのあのう……」
「おるおるう……」
だが、制裁の背中半分は、そのまま回転しながら上空を飛んでいった。
そして腹側半分も止まることなく、その体は温泉の中に走り込んでいくかのようだった。
メロン熊は北海道訛りを隠しもせず、快哉を唸った。
『ハッ、所詮ホイド(穢多)だべさ!
さんざっぱらおだち(調子に乗り)やがって、頭逃がして尻喰わるるってや!
アンタの毛ェでこの鼻つっぺしてくれっからに、覚悟しれ!!』
メロン熊は、温泉水上を目がけて跳んだ制裁の下半分に、巨大な光線を放っていた。
地面から抉り上げるようにして湖水を割る緑色の閃光は、制裁の姿も飲み込むかと見えた。
「はあっはあ……!!」
だが制裁は、水中に落ちては、いなかった。
疾駆する彼の四肢から、水蜘蛛のような皮膜が展開される。
彼は浮力を保ち、水面をサイドステップしてメロン熊の攻撃を躱していた。
そしてそのまま、速度を据え置いて南方に逃げ続けた。
『なん、だとぉ……!?』
露天風呂の縁で急停止し、メロン熊は水飛沫に紛れていく制裁ヒグマの姿を、歯噛みとともに睨み付ける。
彼女は一瞬、逡巡した。
腕には、何やら訳アリの気絶した小熊。
その目的地は、さっき引き返してきたばかりの病院方面だという。
あの狂女がいたそんな場所に、この小熊を送り届けていいものか。
そもそも、そんなところまでこいつを送ってやる義理は毛頭ない。
かといって、深手を負って気絶したこんな小熊を、ここで放り捨てていいものか――。
『――逃がすか……ッ!!』
逡巡の末、メロン熊は唸った。
直後、その視界は急激に映す景色を変える。
ヤイコを抱えたまま、メロン熊の体はすでに、遥か先の温泉水上にあった。
『どこに行くやホイド(穢多)ォォ!!』
落下するや否や水面を跳ね、メロン熊は再びワープする。
激昂した彼女の鼓動そのもののように、水上を手当たり次第にワープで跳ね、彼女は制裁ヒグマを追った。
せめて一発殴らねば気が済まない。
そしてその一発で、確実に叩き殺してやるのだ。
無粋でウザくてイライラさせられるアホで、最低のカスなキチガイのオスに待つ末路など、それしか有り得ない。
゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛
ミズクマの先導でF-9エリアの岸壁に辿り着いた穴持たず59は、その場の状態に息を飲んでいた。
岸壁の上部は、何かが大爆発を起こしたらしく、崩れて水上に巨大な落石をもたらしている。
そして煤と焦げにまみれた磯の岩場には、穴持たず59の見覚えがある羽が置かれていた。
「この羽は……、緋色唯(ヒイロ・ユイ)先輩の――!?」
緋色唯とは、二期ヒグマの一頭である、空飛ぶクマの名前だ。
彼女は生まれたヒグマたちの中で唯一大きな翼を持ち、緋色の体色をしていたためにその名が付けられた。
その逞しくも美しい容姿は、穴持たず59を始め多くの同胞の憧れだった。
実験においても、その高い飛行能力を以って、海上のミズクマとともに参加者の外部脱出を防ぐ役割を担っていたはずだ。
その彼女に、一体何があったのか。
――緋色唯は、人間に殺害されました。
「なんだって……!?」
ミズクマからは、にわかに信じられない情報が伝えられた。
飛行能力を有し圧倒的な強さを持っていたはずの彼女が、どうやったら一人の人間ごときに後れをとるのか。穴持たず59には想像もできなかった。
周囲の海上を見回してみれば、近くの水面に参加者のものと思しきデイパックが浮かんでいる。
海水の滴るそれを摘み上げ、穴持たず59は唸った。
「このデイパックの持ち主が、緋色先輩を爆殺したのか……?」
――違います。緋色唯はこのデイパックの持ち主とは別の人間に殺害されました。
――また、爆殺ではなく撲殺であり、爆殺されたのはヒリングマです。
――なお、このデイパックの持ち主であった人間は、私が捕食が完了するまでに私の娘をのべ11億4514万1919匹戦闘不能にさせた点で特筆すべきものがありました。
「ファッ!? なんだよそれ……!? 緋色さんを、殴り殺した……!?
それにヒリングマさんを爆殺して、姐さんにそこまで対抗する……!?
え……、もしかして、この島に集められた人間って、バケモノばっかか……?」
ミズクマの言及した人間とは、タケシと鷹取迅のことである。
ヒグマとほぼ互角以上に渡り合っていた彼らの情報は、聞くだけでも穴持たず59の内心を寒からしめた。
さらに気になることは、崖から爆発で落下したと思しき岩の上に、明らかに人為的に緋色唯の羽が置かれていることだ。
見つけた羽は、2枚半分。
まだ水分を含んでいるその羽は、海上から拾い上げられ、まるで弔いのように岩の上に張り付けられていた。
「これをやったのは……?」
――穴持たず56です。
「安室か……! そりゃそうだ、空飛べる同士で一番親しかったんだ。
……悔しかったろう。彼は今どこに……?」
――内陸の方に向かったようです。
「そう、か……。とにかく島に上がんないことには何もわかんねぇか……」
ミズクマが指令を伝達したという穴持たず56・安室嶺は、恐らく島周囲のパトロール中にこの現場を発見していたのだろう。
第二期と第三期という違いはあれど、世代を超えて彼らの繋がりは深かった。
同期のヒグマの心痛を思って、穴持たず59は牙を噛む。
「了解です。色々とありがとうございました姐さん。お勤めご苦労様です」
――それでは待機配置に戻ります。
ミズクマの娘たちは、それでもやはり何の感慨もなく、ざわめかせていた水面から海中深くへと潜行していく。
穴持たず59は、去っていく先輩の姿を見送り、意を決した。
亡くなってしまった友を抱えているのは、なにも安室嶺だけではない。
【A-5 海底/午後】
【穴持たず39(ミズクマ)】
状態:健康、潜水、『娘』たちを統率中
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:有冨春樹の命令に従いながら、『娘』の個体数を維持する。
0:周辺海上を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て捕食する。
1:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
2:島の周囲1キロ以遠の海域に脱出する、研究員以外の人間を捕食する。
[備考]
※『娘』たちは幼生生殖を行なうことができます。
※本体も『娘』も、動物の体内に単為生殖で産卵することができます。
※『娘』たちは、島の崖から約1キロメートルまでの海域にくまなく分布しています。
゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛
「58号……。待ってろよ。お前の蜂蜜壺は、必ず受け取るからな」
穴持たず59は、崩れた岩場にクルーザーを横付けし、緋色唯やヒリングマが眠っているのだろう辺りに向け、掌を合わせ頭を垂れる。
人間の弔いのやり方だが、やらないよりかは少し心が楽になるような気がした。
その時ふと、彼の頭上に影が差す。
同時に、奇妙なヒグマの叫び声が、響き渡った。
「――あっきーえありか!!」
「ファッ!?」
不意を突く疾風の影。
反射的に見上げた視界一面に、岩があった。
崩れていた崖が、更に何者かによって切り崩され、穴持たず59の頭上へと一気に降りかかって来たのだ。
「う、うおぁぁぁ――!?」
咄嗟に身を捻り、彼は降り注ぐ巨岩を避けて海面に跳んだ。
着水したすぐ背後で、轟音と共に水柱が立つ。
クルーザーが押し潰されたらしい。
衝撃で発生した高波に揉まれながら振り返ると、空には、何か巨大な円盤のようなものが飛行している。
ヒグマの、背中半分だった。
「なんだぁぁ――!?」
「あほんるい!!」
半分のヒグマは、高速回転しながら穴持たず59に迫る。
その切断された側面に生えた牙を丸ノコのようにして、ヒグマは彼を斬り殺そうとしていた。
海面スレスレを薙いでくる円盤状のヒグマの突進を、穴持たず59はかろうじて水中に潜って躱す。
だが直後、今度はヒグマが通り過ぎた崖の方で、再び嫌な切断音が響く。
振り向かずともわかる。
崖の岩が、また切り崩されたのだ。
海面に、大量の岩雪崩が踊る。
穴持たず59は、その水面に浮上してくることはなかった。
崩れた崖はその場の水面を巌で埋め、元からあったヒリングマと緋色唯の墓所をも埋める、広大な霊園の如き磯を形成することとなった。
「まいまいまいまい……」
背中半分だけのヒグマ――、制裁ヒグマの半身は、飛行していた回転を緩め、その巨岩の上に降り立つ。
そしてゾウリムシのように体側の牙を蠢かせて岩壁を這い、その面に何かを刻み始めようとしていた。
“穴持たず59の墓”。
と、そう読めるようだった。
「――派手に岩躍らせても、そんなんじゃ俺の命は獲れないぜ!!」
だがその時、制裁ヒグマの頭上から、怒りに満ちた声が轟く。
穴持たず59が、崩れた崖の上に五体満足で立ち上がっていた。
彼は海中から、自分の全身をドリルのように回転させて岸壁に潜り、そのまま島の地上まで地中を掘削して、制裁ヒグマの攻撃を躱していたのである。
本州にて鷹の爪団を追撃する際にも用いた彼独自の技法だ。
「おるおるおるおるおる……!」
「キチガイめ……。どうせ貴様も、ヒグマ帝国とやらで作られた十把一絡げのバカどもだろ!?
俺は腐っても、『量より質』を求めるHIGUMAの、最後の生まれなんだ。中途半端にネズミみてぇな『質より量』を求めた野郎どもに遅れを――」
制裁ヒグマの背中半分を指さし、穴持たず59は威勢よく啖呵を切ろうとした。
だがその言葉は、突然背後から加えられた衝撃で、中途半端に止まる。
「あったーなおおら!!」
「グロガァーッ!?」
穴持たず59は、何か鋭いものを全身に突き刺されていた。
必死に首を捻って見やった背後に、そして彼は信じられないものを見る。
「な、なんじゃあこりゃぁ――!?」
ヒグマの腹側半分が、切断面から大量の注射器を生やして、穴持たず59に突き込んでいるのだ。
「あ、あ、ああああぁ――……」
そして突き刺さった注射器に、穴持たず59から急速に血液が吸い取られていく。
瞬く間に、恐ろしい脱力感に襲われて彼は地に膝をついた。
急激な貧血で眩暈に揺れる視界に、崖から制裁ヒグマの背中半分が這い登ってくるのが映った。
抵抗しようにも、もう手足に力が入らない。
目の前が、どんどん暗くなってゆく。
頭が、回らない。
死ぬ――。
『「掻裂(かっちゃき)」ィ――!!』
「あるいあれのい――!?」
その瞬間、穴持たず59に突き刺さっていた注射器が突如粉砕された。
衝撃で制裁ヒグマの腹半分から逃れ、穴持たず59は地に転げる。
血まみれになりながらも見上げた視界に、走り来る獣がいた。
ぼやけた視界にもはっきりとわかる、怒りの筋を浮かべた一期ヒグマ――。
『ホイド(穢多)がぁ――!! 今すぐ死ねぇぇぇ――!!』
メロン熊が、誰か小さな子熊を抱えたまま、森の中から唸りを上げて走り寄っている。
そして走りながら、彼女は空いている片手を、力を込めて、それでいて無造作に振り抜いた。
『「掻裂(かっちゃき)」』
かっちゃきとは、北海道弁で引っ掻くこと、または鍬などで地面を掘り返すことを指す。
夕張の大地で数多のメロンを乱獲してきた獰猛なメロン熊の爪は、振り上がる刹那に強烈な空振を生んだ。
空気が、明かな疎密波を成して空間を断ち割る。
四条の深い爪跡が森の木々を伐り裂き、崖の大地を抉り返し、延長線上の景色を引き裂いて走った。
彼女がまだガブリカリバーなどの性質を吸収する前から磨きあげてきた、独特の体術であった。
「まいまいまいまい……!?」
「あっとーえれえが……!?」
縦横無尽に振り回されるメロン熊の爪の圧力波が、広範囲に視認困難な弾幕のように展開される。
その空振は森の枝葉を断ち落しながら四方へ舞い飛び、飛行し始めようとした制裁ヒグマの背中半分の毛皮を抉って墜落させ、ステップを踏もうとした腹側半分に深い爪跡を刻んだ。
『もらったァ!! 「掻裂回(かっちゃまし)」てやるわ――!!』
「あああああああああああああああああああああああああああああ」
不気味な喚きを上げて転がる制裁ヒグマの腹側半分に、メロン熊が躍りかかる。
彼女は振り被った爪を、一気にそのど真ん中へ振り降ろそうとした。
「……あああぽんろあ」
『グア――……!?』
だがその瞬間メロン熊は、突然の激痛に体勢を崩した。
爪を振り上げたまま、彼女は地に転げる。
牙が突き刺さっていた。
左大腿。
くまモンの『もんず』によって『からすまがり(こむら返り)』を引き起こされた、あの部位だ。
墜落した制裁ヒグマの背中側半分が、自分の体から生えている牙の一本を、矢のように放っていたのだった。
「へるへるへるへる……」
「おるおるおるおる……」
『く、そ、があぁぁぁぁ――!!』
腹側半分が、その隙にメロン熊の前から逃げ出す。
爪を振るおうとした彼女に、それは砕けた注射器からガラス交じりの血液を逆流させ、眼潰しにしてメロン熊に吹き付けていた。
『ぃつぅ――!?』
「あほんるい……」
『ま、待ちやがれ――』
血の眼潰しを喰らいながらも、メロン熊は逃げる腹側半分を追おうとした。
だがその瞬間、再びメロン熊の身を激痛が襲う。
「ほくいかひまい……」
『きゃひぃ――!?』
今度は、尻だった。
地表をヒラムシのように這いまわっていた背中側半分が、再びメロン熊に牙を撃ち込んでいたのだ。
右臀部。
それはつい先ほど、瑞鶴によって深々と矢を突き刺されていたあの部位だった。
「あるいあれのい」
「はなはあゆおまらひ」
視界を奪われ、完全に足腰の立たなくなったメロン熊をしりめに、制裁ヒグマは意気揚々と逃げていった。
最早この場の誰も、そのヒグマを追うことはできなかった。
【E-7・鷲巣巌に踏みつけられた草原/午後】
【制裁ヒグマ〈改〉】
状態:口元から冠状断で真っ二つ、半機械化、損傷(小)
装備:オートヒグマータの技術
道具:なし
基本思考:キャラの嫌がる場所を狙って殺す。
0:背後だけでなく上から狙うし下から狙うし横から狙うし意表も突くし。
1:弱っているアホから優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:アホなことしてるキャラはちょくちょく、でかした!とばかりに嬲り殺す。
※首輪@現地調達系アイテムを活用してくるようですよ
※気が向いたら積極的に墓石を準備して埋め殺すようですよ
※世の理に反したことしてるキャラは対象になる確率がグッと上がるのかもしれない。
でも中には運良く生き延びるキャラも居るのかもしれませんし
先を越されるかもしれないですね。
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「な……、何だったんだ、あいつは……」
崖の傍に倒れ伏す3頭のヒグマの内、最初に口を開いたのは、穴持たず59だった。
失血からのめまいがようやく収まり、回って来た頭で考える。
「キチガイじゃねぇ……。いや、キチガイかも知れねえが頭が良すぎる……。
なんて引き際の作り方だよ……」
彼は呆然と、蹲るメロン熊の方を見やりながら、嘆息した。
メロン熊は、震えていた。
『正面からやり合えば、負けるはずなかったのに……。
一瞬でも近寄って来たなら、確実に殺せてたはずなのに……!!』
彼、制裁ヒグマの一度目の死からは、数え数時間。
相変わらずの島内だが、彼は改造の度合い二歩と半分。
あの時より遥かに賢く、逃げているのだ。
もしこの場で、制裁ヒグマが戦闘を続行しようとしていた場合、敗北していたのは彼の方に違いなかった。
直接戦闘にもつれ込んだ場合、遠距離においても近距離においても、制裁ヒグマの能力はメロン熊に遥かに劣っていた。
さらに時間がたてば、吸血されていた穴持たず59や気絶していたヤイコも、体勢を立て直してメロン熊に加勢していたはずだ。
身につけた幻惑機構と戦術に相手が翻弄されている間、ちくちくといたぶるだけいたぶって、有利なうちに逃げる。
えげつなく、ろくでもなく、嫌らしい戦い方だった。
「メ、メロン熊さん……、と、とにかく、ありがとうございます……。
先輩に、命を救われました……」
「……アンタは。……三期の、穴持たず59だっけ? 島外派遣されてた」
穴持たず59はふらふらと立ち上がり、メロン熊の方へ近寄った。
突き刺さった牙や、眼の中でごろつく注射器の破片を、慎重にメロン熊は外している。
傍らには、胸を引き裂かれて気絶している小熊が横たえられている。
「い、一体この島で何があったんすか……!?
ミズクマの姐さんに聞いただけでも滅茶苦茶な数のヒグマが生まれてるとか……!?
ようやく島に到着して来ればこの有様ですよ!! 訳がわかんねぇっす!!」
「難儀なのはわかるけど。アタシだって知らないわよ。聞きたきゃコイツの面倒見て聞き出して」
穴持たず59の叫びを突っぱね、メロン熊は傍らの小熊を指差した。
傷だらけの小熊を恐る恐る抱え上げ、彼はメロン熊に問う。
「こ、この子は……?」
「穴持たず81のヤイコというんだとか。こいつもあの制裁とかいうホイド(穢多)に襲われててね」
「あれが制裁さんだって――!? あんなデタラメな挙動するヤツが!?」
「面影ないわよね。もともとロクに覚えちゃいなかったけど」
穴持たず59は固唾を飲んだ。
制裁ヒグマの体には機械が見えていた。
何者かはわからないが、明らかに制裁ヒグマは、人為的に改造を施されたのだ。
参加者かも知れない。
もしかするとそれで、ヒグマを襲うようにされているのかも知れない。
とにかく確実なことは、もはや事態は、穴持たず59一頭の手に負えるものではないということだ。
「――本格的にやばい……! 取り敢えず研究所の様子を確かめないと!
メロン熊先輩、一緒にE-5のエレベーターに行きましょう!!」
「……悪いけど、仲間と行動するなんて、ムリ」
「ええ!?」
気を張って叫んだ彼の依頼はしかし、にべもなく叩き落とされる。
傷の血を拭って立ち上がったメロン熊の目は、未だ収まらぬ怒りに、満ちていた。
「……アタシは優しくもないし親切でもないし怒りっぽいし。
……それにすごく、根に持つタイプだから」
傷だらけのヒグマ、成獣換算にして二頭と半分。
追うべき相手を見定めるべく、かたがたに思いを走らせていた。
【F-9・崖/午後】
【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:気絶、胸部を爪で引き裂かれている、失血(中)、疲労(大)、海水が乾いている
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:ヒグマゴロク
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:早急に診療所へ……!!
1:モノクマは示現エンジン以外にも電源を確保しているとしか思えません。
2:布束特任部長の意思は誤りではありません。と、ヤイコは判断します。
3:ヤイコにもまだ仕事があるのならば、きっとヤイコの存在にはまだ価値があるのですね。
4:無線LAN、もう意味がないですね。
5:シーナーさんは一体どこまで対策を打っていらっしゃるのでしょうか。
【メロン熊@穴持たず】
状態:愚鈍な生物に対しての苛立ち、左大腿にこむら返りの名残りと刺創、右臀部に深い刺創
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる演技を続ける
0:あのクソホイドは必ず殺す。
1:軍艦だのゲームだのにうつつ抜かしてるアホはさっさと死に絶えろ!!
2:やっぱりあのヒグマは最低のカスだった。敵と呼ぶのも烏滸がましい。
3:くまモンが相変わらず、立派過ぎるゆるキャラとして振る舞っていて感動するわ、泣きたいくらいにね。
4:今度くまモンと会った時は、ゆるキャラ失格な分、正しく『悪役』として、彼らの礎になるわ……。
5:なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
6:メスだから助けるとかそんなもんねーわ。好き勝手したいなら一人でやってろ。
7:ウザいやつに守る価値なんてねぇよ!! キチガイは勝手に死ね!!
[備考]
※鷹取迅に開発されたメスとしての悦びは、オスに対しての苛立ちで霧散しました。
※別にメス相手だったら苛立たないかというとそんなことはありません。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」「ヒグマ細胞破壊プログラム」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。
【穴持たず59】
状態:失血(中)
装備:なし
道具:携帯端末、鷹取迅のデイパック
[思考・状況]
基本思考:仕事をして生きる
0:この島は本当にどうなってるんだ……。
1:研究所は!? 参加者は!? ヒグマは!?
2:58号の蜂蜜壺を、もらう。
3:シーナーって、一体何者だ?
[備考]
※体の様々な部分を高速回転させることができます。
以上で投下終了です。
そうだ、そういえば鷹の爪団とキョウリュウジャー始めとした戦隊ヒーローの世界とも地続きになってるんでした。
あと実際にラブライブが流行ってて、古館伊知郎さんとか川﨑宗則さんとかが活躍している世界でもあるんでした。
端的に言って、やばい。
続きまして、御坂美琴、那珂、夢原のぞみ、呉キリカ、くまモン、
天津風、初春飾利、クックロビンで予約します。
投下乙です。
わー!遂に穴持たず59さんが帰って来たぞ!この段階でシーナーさんも知らないという置いてけぼり感が新鮮だ
研究所は危険だから戻らない方がいいんじゃないかな。ていうかもう研究所じゃなくて地下帝国なんだよ…
はたして彼が親友の蜂蜜壺を手に入れる時は訪れるのだろうか?
制裁ヒグマ改って今まで出てきたヒグマの中でも凄まじいデザインだな。
鳴き声もひらがなで意味のない言語を発するとか不気味すぎるぜ結構好きだけど。
鷹取迅の闘いぶりはミズクマも一目置いていたんだな。いや、確かに彼は強かった。
空飛ぶヒグマがガンダムさんの親友だったりここへ来て色々ヒグマ間の人間関係も明らかになってきたぞ
メロン熊さん何だかんだでピンチな人を放っておけない性質だからこの二匹とは今後どうするのかな。
そろそろ単独行動も限界な気がしないでもないが…見事に目的がバラバラである
球磨とヒグマン子爵を描いてみました。
ttp://dl6.getuploader.com/g/nolifeman00/71/kma.jpg
ttp://dl6.getuploader.com/g/nolifeman00/70/hgman.jpg
支援絵乙です! そしてありがとうございます!
球磨ちゃん可愛くてイケてますねぇ〜!
ヒグマン子爵は服のような毛皮なのかな?
自分も前回のように作業用BGM集を作成してみました。
今回は暁美ほむら隊長率いる部隊の遍歴中心です。
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm28046008
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm28046547
BGMを投下して予約を延長します。
投下乙です。これは凄い。SSの内容が完全再現されてますわ。
早速使っていただいてありがとうございます。ヒグマン子爵とマナさん怖っ!
アニメで球磨の出番があって本当に良かった。さり気なくこの曲でも合わせてくるOKGOは神。
ヒグマ提督とぜかまし描いてみました。提督の首から下は地毛です。
ttp://dl6.getuploader.com/g/nolifeman00/72/zekamashi.jpg
感想ありがとうございます! 支援絵も乙です!
まるで提督になるために生まれてきたような地毛……!
にしても愛くるしいようなむかつくような絶妙な表情ですねヒグマ提督。実にらしいというか……。
それにしても遅くなりました。すみません。
途中でプロットの大破綻に気づいて最初から書き直してました……。
投下します。
船が走っている。
真っ二つに折れた船だ。
船はその半身だけで、体を地に走らせている。
数千人の祈りと艦隊の夢を動力にし、強化型艦本式缶を滾らせる。
ただそれだけの、気でできていたという力のみで、船は今、一人の少女を懸命に送り届けようとしている。
70年以上も遥かな時を超えた、軍人の技だった。
「……なんで初春さんはこんなにも執拗に狙われてるの? 心当たりはある?」
その船――、駆逐艦天津風は、銀髪を風に流しながら後方を見やった。
走り去ってきたアスファルト道路の先からは、またちらほらと、見たくもない黒白の物体が湧きだしてくるようだった。
「……あります」
天津風の声に、その背に乗った少女が答える。
少女、初春飾利は、静かに、低い声で顔を上げた。
地に転がされていた彼女は、その全身も制服も薄汚れている。
痛めつけられた傷痕は生々しく、叩き折られた鼻からはまた血が伝い落ちてくる。
だが、その目だけは、爛々とした光に満ちていた。
拳を握りしめる。
彼女が守り、そして彼女を守ってくれた、小さな命の温もりが、まだそこにはあった。
「……この、パソコンです。私はこの中に、江ノ島盾子さんのプログラムを解析し、逆に駆除するプログラムを作ったんです。
彼女の目的は恐らく、この存在を確認し、完全に消去すること……」
「合点がいったわ。最終的にものをいうのは情報戦だものね……。
それを向こうの本拠地に流せれば、こうして私たちを追ってるあの機械の軍勢も止まる、と?」
「その通りです」
初春は強く頷いた。
走る天津風たちを追う軍勢――、モノクマロボットの大軍は、この『対江ノ島盾子用駆除プログラム』の抹消を狙っていた。
デイパックから取り出したノートパソコンの画面には、その切り札の文字列が踊っている。
それはデータ量にしてわずか3万ビットあまりの儀式だ。
だがそれは確実に、黒幕の命を刈り取り得る致命の匕首に他ならなかった。
「待てええぇぇぇぇ――!! 今度こそ逃がさんぞおおぉぉぉぉ――!!」
街並みの中から、白黒の小さなクマ型ロボットの姿が雲霞のように溢れ出してくる。
パッチールの命を賭した足止めは、既にその効果を失っていた。
「ならなおさら……、絶対に振り切るわよ……! 転進先の見当はある!?」
「……はい! 目指す先は……!」
東から追ってくるモノクマたちから逃げ続けながら、二人は逃走先を模索する。
背に揺られながら初春が画面上に開いたファイルは、午前中に彼女たちが纏め上げていた、『行動方針メモ』だった。
【※するべきこと
1.残る参加者と合流する
→B-7、C-7、D-6、E-6、F-5、F-6、G-4、H-2の何れかに生存者がいる模様。(1日目AM10時すぎ現在)
→C-4の百貨店を拠点とする。
2.首輪の解除方法を探す
→簡単な工具なら百貨店内にあるが……?
→街の施設の中に仕組みの解説書のようなものはないか?
→参加者の中に仕組みを解析した・解析できるものはいないか?
→死者から首輪のサンプルを入手する必要がある?
3.江ノ島盾子とそのロボットを打倒する
→本人は重そうなツインテールを盛った少女の姿。
→ロボットは、半分が白く半分が黒く塗られた熊の姿。
→ロボットはあしらうに止め、多数を一度に相手しない。
→1匹見たらその場に100匹はいると思え。
→研究所に潜入後、メインサーバーから駆除プログラムを送り込む。
4.ヒグマへの対処
→話の通じる者も通じない者もいる模様。
→敵対するようなら、即座に殺せるように準備しておく。
→話が通じるようなら、警戒を怠らずに情報交換を試みる。
5.研究所・ヒグマ帝国への潜入
→街の下水道は、どれも研究所に繋がっているらしい。
→E-5のエレベーターが機能しているかは不明。
→内部環境は不明な点が多いため、出来る限り大人数で、不測の事態に対応できるよう作戦を練ってから入ること。
→ヒグマ帝国の真意が不明なため、ヒグマと情報交換ができるならばそこを欠かさず聞き出したい。
6.島からの脱出
→適した乗り物があれば崖を越えることも可能かもしれない。
→海食洞からならば、船さえあれば脱出できる。
→海上が果たして安全かどうかを先に確認する必要がある。】
「B-7……ッ。島の南西の草原には、生存者がいる可能性が高いです!
南に折れて……、そこまで逃げられれば何とか!!」
「草原に……!?」
メモに記された生存者位置の予測は、午前10時現在の時点でモノクマロボットが密集していた位置から割り出したものだ。
実際にこのデータから、初春たちはD-6エリアにいた天津風たちと合流することに成功している。その時点では信憑性の高いデータだった。
だが、天津風は僅かに眉を顰める。
「何もない草原に何時間も人が留まるとは考えづらいわ……。
周辺のどこかに移動している可能性が高い……」
「それにしたって、北には多分誰もいません……!
南へ……! 温泉を越えれば、きっとあのロボットも巻けるはずです!」
「わかったわ……! 初春さんしっかり脚で掴まって!」
見る間に追いすがってくるモノクマロボットの群れを振り切るべく、天津風は急速に取り舵をきって進路を南に向けた。
そして同時に、遠心力で振れる艦尾の連装砲を、一斉に撃ち放つ。
「連装砲くん、撃ち方、始めて!」
「にゃろぉ――!?」
千切れ飛んだ天津風の下半身の代わりに彼女の腹部以下を支えている連装砲の砲撃が、モノクマたちの先陣を弾き飛ばす。
しかし、吹き飛んだ一角はすぐに新たなモノクマで埋まる。
天津風の連装砲の牽制を受けながらも、彼らは距離をじりじりと詰めてくる。
初春は息を詰めた。
「だ、弾幕が薄すぎるんだ――」
「私のデイパックの中に、皇さんのMG34が入ってる。出して!」
「は、はい!」
天津風の声が飛ぶ。
ハッとして、初春はデイパックのバンドでパソコンを胸元に固定しながら、彼女の積荷を探った。
「お、重……!?」
掴みだした機関銃は、ドラムマガジンを含む総重量で、12キロを軽く超える。
ボーダーコリーの成犬を担ぎ上げるようなものだ。
小柄な女子中学生の腕力には、どう考えても余る。
「……く、ない――!?」
だがその不可能性は、実現に転じていた。
初春飾利は、震えながらもしっかりと、肩口にストックを当て、その機関銃を構えていた。
パッチールの温もりを、はっきりと腕に感じた。
『バトンタッチ』された想いが、彼女の腕を支えていた。
「頼むわ初春さん!! 脇を締めて!
しっかり脚を絡ませて踏ん張って、反動と音を防ぐために、口は開けて!」
「わ、わかりました!」
「引鉄が二つあるわね!?」
「あります!」
「上が単射(セミオート)で下が連射(フルオート)よ!! とにかく下を思いっきり引きなさい!!」
「うあああああああ――!!」
その銃はまた、あの皇魁という軍人のように、怜悧に火を噴いた。
「ぷろぺぇ――!?」
後ろに向き直った初春飾利の肩口から、扇状に乱射された銃弾が、寄り来るモノクマたちを叩き、弾き、地に転がしてゆく。
発動機のような強烈な振動をリコイルに受けながらも、初春は耐えた。
住宅地の路地を縦横に掻い潜り、天津風はモノクマたちを振り切ろうと腕だけで走り続ける。
家の陰に見えつ隠れつ、未だにその追撃は振り切れない。
その動向を横目に、天津風は背中の初春に檄を飛ばす。
「追手が散開した可能性があるわ……! 不意打ちに備えて――!」
「は、はい!」
「喰らえええぇぇ――!!」
機関銃を片手に今度は自分のデイパックを探っていた初春に向け、通り過ぎようとしていた路地から一体のモノクマが躍りかかる。
「ひぃ!?」
初春は、咄嗟に左手を突き出す。
初春飾利がデイパックから掴みだしていた『爪』。
アニラから託されていた熊狩りのサバイバルナイフ、叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』の刃が、パッチールからバトンタッチされた膂力で振るわれていた。
握力90kg――。
背筋力240kg――。
同年代女子のおよそ4倍。
一流の男性スポーツ選手すら凌駕しかねない程に跳ね上がった、圧倒的な筋力。
そんな小柄な女子中学生の腕の一撃が、宙でモノクマの胴体を貫いた。
そのまま天津風が、初春の仕留めたモノクマを掴む。
彼女は走り続けながら、そのロボットを前方の路地の角に向けて擲つ。
その攻撃は、ちょうど姿を現し飛び掛かろうとしていた別のモノクマに、クリーンヒットしていた。
「――へがッ!?」
「人力対空……ッ」
そして旋回しながら、彼女は連装砲くんの砲口を路地に向ける。
「砲火!!」
「うぎゃぁぁぁぁ――!?」
その路上からなだれ掛かろうとしていたモノクマの一団を、完璧な予測で天津風は崩壊させていた。
住宅地の細い道に鮨詰めとなった状態で砲撃を喰らったモノクマたちは、路地に瓦礫となって詰まり動けなくなる。
「すごい! やりました! やりましたよ天津風さん!」
「二水戦所属は伊達じゃないわ。でもまだね。予断は許されない」
「こ、な、くそぉぉぉ……!」
ナイフと機関銃を持った両手を掲げ、初春が快哉を上げる。
だがそうして陣風のように走り去る天津風の背に向け、瓦礫の中から無事なモノクマが立ち上がっていた。
その手に構えられていたのは、大口径の拳銃だった。
後ろを向いていた初春が、その動向にいち早く気づく。
「地下から持って来たぜ『起源弾』……! 死にさらせぇ――!!」
「あ、天津風さん――!? 銃で狙われてます!」
「銃!? 銃なら大丈夫――!」
だが天津風は、振り向きもせずに逃げ続けた。
容赦なく、モノクマはその『起源弾』を発砲していた。
その銃弾は、戦車ですら貫通し、魔力やそれに類する能力で迎撃すればたちまち致命傷を与えるものだった。
しかしそれはただ、天津風の脇を掠めて地面に着弾するのみだった。
「強化型艦本式缶を持つ私の欺瞞に、そんな飛び道具は通じないわ!」
ボイラーから発生する熱量を放出し、空気の熱レンズ効果で速度や目測を狂わせる、天津風の操艦術『速力偽装』。
致命の弾丸も、当たらなければどうということはない。
『起源弾』が撃ち抜いたのは、何の変哲もない高温の蒸気に過ぎなかった。
モノクマは腹立たしげに銃を投げ捨てながらも、再び彼女たちを追い始める。
距離が離れた所為か、今度の彼らは、路地を西側に回り込みながら追ってくるようだった。
初春は正面に向き直りながらナイフを口に銜え、左手でラップトップの画面を操作する。
地図と周囲の状況を照らし合わせれば、B-4の街を南に抜けるのはもうすぐだ。
「これで少しは距離を稼げました……! この街を抜ければ温泉です!
水上なら、多分圧倒的に天津風さんが有利……!」
「ちょっと待って!? この先に、何か電波が飛んでる……!? まさか、待ち伏せ……!?」
だが意気を上げる初春とは裏腹に、天津風は突然急停止していた。
彼女の艦橋はその時、意義不明の謎の電波を、受信していた。
□□□□□□□□□□
「電波――、ですか!?」
「……友軍の対空電探にしては知らない変換方式だわ。
何らかの意図を以て張られた電波が、漏れて来てる……」
天津風を始めとする艦娘は、海上で艦載機や僚艦と連絡を取り合うための最低限の無線装備は艦橋の通信室に常備している。
その受信電波の中に、徐々にノイズとも言い切れない不可解な波長が混ざってきていた。
明らかにこの近辺に、その発信源が潜んでいるのだ。
天津風は危機感を募らせた。
「強度も、北海道の無線局や鎮守府からきちんと出してるにしては弱い。
やっぱり敵軍のものって可能性が高い……! 引き返す……? いや、東進……!?」
「ちょっと待ってください! でも誰かいるんですよね!? 誰かが、『電波を発信している』んですね!?
『今まで天津風さんが感じていなかった波長』の電波なんですよね!?」
正体不明の電波に進路を逡巡する天津風に、初春が背中から身を乗り出していた。
何かの予測があるらしい彼女の言葉に、天津風は動揺しながらも頷く。
「……そうよ」
「向かってください! 敵では、江ノ島さんでは、ないはずです!」
「……ッ、了解よ……!」
今まで天津風が、地下の研究所や工廠でも感じたことがなく、散々敵に追いかけ回されていた最中にも感じなかった波長。
それならば、江ノ島盾子の擁する何かからの電波であるということは、むしろ考えづらい。
初春はそして、はっきりとその可能性を否定した。
予感があったからだ。
学園都市でいつもサポートしていた、ある少女の姿。
強大な能力を持ちながらもそれを衒わない、明るく朗らかな先輩――。
脳裏に浮かぶ、そんな『電波』を用いる少女が、初春の友人には、いたからだ。
決断が下されてからの天津風の反応は、早かった。
スラロームしながらくぐった路地でそれぞれの電波の強度を算出し、三角測量の要領で発信源を特定し、全速力で方向を修正する。
「南西側……! 位置はA-5……、崖のすぐ手前だわ……!」
「天津風さん! 波形をこっちに送ってもらえませんか!?」
「モノラル端子ならあげるわ! 互換性は!?」
「今プログラム組みました! ミニプラグで下さい!」
初春は口にナイフを咥えたまま機関銃を抱え、左手だけでキーボードを叩いてパソコンのシステムを改変する。
音響機器に用いられるフォーンプラグの形状は、19世紀から一律の規格であったことが幸いした。
天津風の通信機器をアンテナとコンバータとし、サンプリングした電波がパソコン内部で可視化される。
オシログラフとなって画面上に現れ出る連続波形に、初春は直感的に見覚えを感じた。
「この『脳波』は――!!」
ここには学園都市の総合データベースである書庫(バンク)はない。
だが、その波形は記憶の中の、初春が日ごろ見慣れたある人物の脳波に酷似していた。
テンキーの技に打ち込む、記憶の中の数値。
もしこの予感が、記憶が正しければ、この電波が示す先には、大きな希望が待っているはずだった。
そして波長の値は、振幅の値は、初春の打鍵に刻々と相同してゆく。
一致率、――99%。
「――やっぱり御坂さんだッ! 御坂さんが来てるんだ!!」
「知ってるの!?」
学園都市の擁する超能力者(レベル5)の第三位――。
『超電磁砲(レールガン)』、御坂美琴の能力の波長に、間違いなかった。
その存在を確信しただけで、初春の総身に力が湧いてくるようだった。
「はいッ! 私たちの、味方です!」
彼女は強く、叫んだ。
必ず辿り着いてみせると、意気込んだ。
そうして、街並みは開ける。
目の前には、崖にもほど近い、草原の景色が、広がっていた。
「……オマエラを行かせると思ったか?」
そんな景色を埋めていたのはしかし、一面の白黒の機械の群れだった。
西側に回り込んでいたモノクマたちが、天津風と初春の行く手を、ついに塞いでいたのだった。
二人は、獰猛に笑った。
「なるほど……、そっちも分かってた、ってわけね……!」
「……その必死さが、御坂さんのいる、証拠ですよ……!」
初春は、天津風のデイパックから、一本の筒を取り出していた。
そして真っ直ぐにモノクマたちを見据えながら、銜えたナイフで、その筒の蓋をこじ開けた。
風は、吹いている。
□□□□□□□□□□
落成したばかりの放送局に、初めてのおたよりが届いた。
「私たちの名は『HHH』――、『ヒグマ島希望放送(HIGUMA-island Hope Headline)』!!
人間に殺意を持ったヒグマは、迎撃する用意もあります――!!
返り討ちにしてやるからそう思っとけ――ッ!!」
放送局長兼DJである少女が、そう宣言していた、まさにそんなタイミングでのことだった。
傷だらけの放送局の屋根の上で旗となっていたアンテナに、それは突如飛来した。
「――ッ!?」
その便りは、電信の波に乗せ送られ来た。
屋根に登っていた放送局員の内、二人の少女が、弾けるような突然の電波を脳内に受信する。
アンテナを掴み、ゴシックロリータの衣装と包帯とに身を包んだ局長――御坂美琴。
同じくアンテナの近傍にいた、オレンジの舞台衣装を纏ったアイドル――軽巡那珂。
ASCIIでその文字列は、彼女たちの脳裏に蘇った。
『SOS, UIHARU-KAZARI. SOS, DESTROYER-AMATSUKAZE. SOS――』
驚愕に瞠目した二人が、一斉に辺りを見回す。
連送されてくる救援信号は止まらない。
「初春さん!? どういうこと――!?」
「天津風ちゃん!? 近くに来てるの!?」
「ど、どうしたの二人とも!?」
二人の様子に、隣にいた少女や二頭のヒグマが、怪訝な表情を向ける。
放送局の守衛兼技師である、夢原のぞみ、くまモン、クックロビンだ。
一同に向け、放送局のアイドルである那珂ちゃんが、低く口調を変えて叫ぶ。
「のぞみ! 那珂がどっからか救援信号を受信した! 探してくれ!」
「わ、わかったよキリカちゃん!」
「え、え!? どこ!? 何!?」
――目視できる場所かモン!?
檄を飛ばしたのは、那珂ちゃんが嵌める指輪(ソウルジェム)という操舵席に着座する操縦技師、呉キリカだ。
狼狽する母艦に代わり動揺を収めながら、彼女も救援の発信源を探すべく、崖の周囲にくまなく眼を走らせた。
「放送局が感傷に浸ってるヒマなんざ、ないってわけね!」
御坂美琴が、右手で勢いよくアンテナを旋回させる。
そして彼女は一瞬のうちに、受信強度の変化からその発信源を特定した。
「北東――! 街の方よ!!」
放送局の面々は、一斉に視線をそちらに向けた。
その目に、はっきりと立ち昇る、一筋の白い煙が映る。
「――御坂さぁーーーーんっ!!!!」
少女が、叫んでいた。
右手に機関銃を抱えていた。
口に、巨大なナイフを咥えていた。
胸には、パソコンを据え付けていた。
そして彼女はその左手に、しっかりと発煙筒を掲げていた。
腕だけで疾駆する半分だけの残骸の船に乗り、少女が断崖へ走り来る。
その後方からは、地を黒白のモザイクに埋め尽くす、機械の兵団が、地響きを上げ来ていた。
□□□□□□□□□□
モノクマの大軍に進路を塞がれた天津風はその時、背中の初春飾利に向け笑っていた。
そうして口を開いた言葉は、彼女がつい先ほど、パッチールに向けても語ったものだった。
「……ねぇ、私が以前、とてつもなく巨大な相手を目の前にした時に下された命令、教えてあげましょうか?」
「……何ですか?」
それは彼女がかつて、潜水艦狩りの際に小島に直面した折、実際に下された命令だった。
「――『飛び越えろ』よ!!」
そう叫んだ天津風は、草原を力強く踏み切っていた。
腕だけのバネで、彼女は空中高く舞い上がる。
目の前を埋めていた大量のロボットを眼下に見て、その船は甲板の少女と共に、中天の風を受けていた。
「あ――」
その感覚は、初春飾利の胸に、とてつもなく熱い思いを去来させた。
あの夜明け、皇魁の背に乗って、ジェットコースターのように夜のビルを跳び交った、あの感覚。
ジャンプの頂点で見交わした視線だけで、少女の呼吸は、駆逐艦に同調した。
ポケットに、はっきりと風紀委員(ジャッジメント)の腕章を感じた。
「跳ん――!? まさかあの時の奇襲も――!?」
「人力、対地砲火ァ!!」
「――いぇやあああ!!」
強大な俯角をつけて、天津風の艦尾から連装砲の砲弾が放たれる。
同時に初春が、体格に比して不釣合いに巨大な機関銃の弾丸を撃ち下ろす。
大軍のモノクマの中核を撃滅しながら、彼女たちは閉塞されていた草原の先に着地した。
そして二人はそのまま銃砲を乱れ撃ち、止まることなく走り出す。
「天津風さん! 御坂さんに救援信号を送ってください!」
「了解よ! 真空管の同調、合わせ頼むわ!!」
「わかりました!」
初春は返事と共に、蓋をこじ開けていた発煙筒に着火した。
そのまま白煙を上げる信号筒を左手で持ち、彼女は小指一本で、パソコン上のオシログラフに発信電波の波長を近付けていく。
天津風の発熱で微細にぶれる無線の波形を、それでもぴったりと、初春は御坂美琴の能力波に重ね合わせていた。
『SOS, UIHARU-KAZARI. SOS, DESTROYER-AMATSUKAZE. SOS――』
「――御坂さぁーーーーんっ!!!!」
「待てぇぇぇぇ――!! このアマァーーーー――!!」
走ってゆくその視線の先には、何か崩れかけた建造物が見える。
向かって左に温泉や滝を望むその建物の上に、確かに誰か、砂粒のように小さな人影たちが立っているのが見えた。
人影が、こちらに気づいた。
「行かせぇん!!」
砲撃と銃弾を掻い潜り、その時モノクマの一体が初春へ肉薄する。
咄嗟に初春が機関銃を向けるも、引き込んだトリガーは手ごたえ無く抜ける。
「弾切れ――!?」
「もらったぁ!!」
既にドラムマガジンの50発を撃ち尽くしていたMG34は、沈黙していた。
両手が塞がったままの初春に、モノクマが躍りかかる。
振り被られるロボットの拳に、初春は眼を強く閉じた。
閉じて、体全体で思いっきりぶつかった。
「ぎいいいいい――!!」
体当たりの勢いで、初春は口に噛んでいた叉鬼山刀の巨大な刃先を、モノクマの胴部に突き込んでいた。
首を大きく捻って振り抜く。咬合力160kg。
狼に匹敵するほどに上昇している初春飾利の顎の力は、牙に突き刺さった獲物を食い千切るかのように、そのままモノクマの胴体をナイフで両断していた。
「連装砲くん――ッ!!」
続けざまに、接近するモノクマたちを、順に天津風は撃ち抜いてゆく。
だが、ナイフを振り、砲撃を繰り返す彼女たちの必死の抵抗は、瞬く間に追い詰められてくる。
寄り来るモノクマに対して、撃破できる個体数が圧倒的に少ない。
手が伸びてくる。
側面を囲まれる。
前方に回り込まれる。
黒白の山に彼女たちが埋まる――。
と、そう見えた刹那だった。
「『夢原式試製24cm』――」
「『プリキュア』――」
その断崖に、風が吹き抜けた。
□□□□□□□□□□
「『噴進砲』ッ!!」
「『シューティングスター』ッ!!」
それは漆黒の颶風と、華やかな朱鷺色の疾風だった。
脚部の煙突から爆轟の如く蒸気を吹きながら、燕のような黒い少女が飛び蹴りを放つ。
また燐光を帯びたトリバネアゲハのように、ピンク色の少女がフライングクロスチョップで飛び来る。
突風を伴って二人の少女は、天津風と初春飾利に群がろうとしていたモノクマの大軍を吹き飛ばした。
走り続ける天津風の元に、宙を飛ぶ少女たちから、驚愕の混じった声がかかる。
「あなたたち、大丈夫!? す、すごいケガ――!?」
「天津風ちゃん――!? 艦体が真っ二つだよ!?」
それはキュアドリームの姿に変身した夢原のぞみと、呉キリカの魔法を受けて舞台衣装を着替えた軽巡洋艦、那珂ちゃんだった。
地下で解体ヒグマのもとへ派遣されていたはずの彼女を見て、天津風は喜びよりも先に驚きの方が先立った。
「那珂!? あなたこそなんでここに!?」
「助かりました――! でも、まだです!!」
「オマエラァァァ――!!」
「きゃぁ――!?」
「うわっ――!?」
声を掛け合うのも束の間。
初春が絞り出した声を喰うように、滞空していたキュアドリームと那珂ちゃんのもとにさらなるモノクマが飛び掛かってくる。
崩壊したと思われた軍勢はさらに大規模な集団となり、北東の街からモノクロの津波のように大挙して押し寄せてきていた。
「と、とにかく、ここは任せて美琴ちゃんのところへ――!!」
「早く、御坂高級技官殿の制空圏まで――!!」
「わかったわ! 頼んだわよ、那珂!!」
「御坂さん! このロボットを、どうにか――!!」
殺到する機械の軍勢へ、キュアドリームと那珂ちゃんは必死に応戦した。
だがうねりを伴って草原を黒白に埋め尽くすその質量は、ただ勢いだけで二人の少女の防御を押し返し、崖っぷちの放送局の方まで雪崩れ込んでこようとしている。
「とんでもない物量だわ」
視界を覆う信じがたいその光景に、数百メートル離れた放送局の屋根の上で、御坂美琴は固唾を飲んだ。
億兆京那由他阿僧祇などというちゃちな単位を彼方に吹き飛ばす、那由他に及ぶかとすら思えるモザイクの波動が、その眼前の地を埋めている。
救援信号の場所を突き止めた時、彼女は咄嗟に、夢原のぞみと那珂ちゃん、そしてくまモンとクックロビンにそれぞれ指示を出していた。
その作戦で、明らかな敵であったらしい先のクマ型ロボットに対抗し、こちらへ逃げてきている大切な友人を守れると、一度は確かにそう考えた。
だが、眼を疑いたくなる敵陣の圧倒的物量には、果たしてその作戦で通用するかどうか、わからなかった。
美琴は静かに、自然体に体を落としながら気焔を吹く。
「でもね……、アンタは、一番やっちゃいけないことをしたわね……!」
彼らは、美琴の目の前で、美琴の大切な友人に襲い掛かっている。
その歴然たる事実は、相手がなんであろうと関係が無い。
通用するかどうか、ではない。
自分の演算機能を振り絞り、この命を焼き切ってでも、通用させる。
必ずやその相手を沈黙させる。
その鉄の意志は、誰にも曲げられない。
「全部捕捉してやる――」
スカートのパニエを揺らし、袖のフリルを払い、胸のリボンを張り直す。
そして吊られた左手を正面に構え、彼女は右手で真一文字に、目の前の空間を手刀で裂いた。
「『天網雅楽(スカイセンサー)』、起動――!!」
その動きをスイッチとして、何者にも聞こえぬ鉄壁の歌が、電信の波に乗る。
□□□□□□□□□□
――よし、これだモン。
「これに目をつけてたって、やっぱあの子ただもんじゃないな……!」
――無駄口を叩いてる暇はないモン。
くまモンとクックロビンという二頭のヒグマは、その時HIGUMAの廃墟となったアスレチック設備の裏手に走っていた。
そこに彼らが来ていた理由は、ひとえにそこに置き去りとされたある一機のスクラップを手に入れることにある。
「……擬似メルトダウナー。こりゃ要するに戦闘力のある大型車両だ。
中に蓄電池……、バッテリーは絶対に入ってるはずだもんな!」
――どいてるモン。
彼らが残骸の中から掘り出していたのは、先程の戦いでもクックロビンが利用した、STUDYコーポレーション謹製の独立兵器『擬似メルトダウナー』である。
御坂美琴は、戦闘になった際の電力のバックアップとして、これの内部にあるだろうバッテリーの確保を即座に彼らへ依頼していた。
これだけの高品質な大型車両であれば、その内部にあるバッテリーも12V176Ah程度は見込まれる。
その保有電力は概算して2112ワット時。
4つで御坂美琴の平常時一日発電量に匹敵する程度だ。
体内の蓄電を使い果たしている彼女にとっては、大いなる助けとなるはずだった。
――新玉名。
――熊本。
――新八代。
――新水俣。
そうして掘り出された擬似メルトダウナーの側面に、くまモンが強く爪を叩き込んでゆく。
最後に一気に下から上へ爪で斬り上げると、刻まれた4か所の爪跡をヒビでつなぐようにして、擬似メルトダウナーの外装が一気に断ち割られていた。
――『九州縦断ウェーブ』。
「よ、よし、これだ! これをあの子に持ってきゃいいんだよな!?」
――早く行くモン!
露出したバッテリーを、配線を引き千切るように抱え上げ、クックロビンが走る。
行く手の屋上に立つゴシックロリータの局長は、瞑目したまま膨大な演算に苦悶の表情を浮かべていた。
崩壊したアスレチック施設を囲むように立つ槍衾のパラボラ。
そこを起点として、この施設屋上、美琴の脇に立つアンテナに向け、あらゆる微細な周辺環境が音の波となって伝わってくる。
施設内へ腕だけで走りこんでくる、体半分だけの少女。
その腹部の代わりとなり砲撃を続けているコミカルな顔の連装砲。
またその少女の背に跨り、傷だらけの身を勇ましい武装と表情で覆う友人。
その後方で何とか敵勢力を食い止めようと戦っている二人の少女。
こちらへバッテリーを持って駆け戻ってくる二頭のヒグマ。
そして、じりじりと津波のように押し寄せる、莫大な数のクマ型ロボット。
その一体一体の座標を全て記憶、追尾し、『天網雅楽(スカイセンサー)』はそれらを過たずロックオンしてゆく。
膨大なその演算量に、美琴の脳は過熱し、今にも爆裂しそうだった。
血管が開き、頻拍を打つ血流で激しい頭痛が襲う。
全身の力が抜け、胃の中のモノを吐き戻しそうになる。
だが、美琴は耐えた。
全ては、彼女に助けを求め来た、大切な友を守るためだった。
「御坂さん――!」
初春飾利の、涙と歓喜に咽ぶ顔が、電波のスクリーンに映った。
「もう、限界――ッ」
「いや、時間は稼げたぞ、のぞみ――!」
波濤の如く押し寄せるモノクマたちは、遮るキュアドリームや那珂ちゃんごと草原を舐め、槍衾の逆茂木を超えてくる。
そのまま彼らは放送局に殺到し、地走りの如くそこを圧潰させるかと見えた。
――間に合ったモン!?
「美琴さん! バッテリーだッ!!」
「サンキュー!! チャージパワー、オーバードライブッ――!!」
だがその時既に美琴は、託されたバッテリーの電源に自身を接続していた。
「『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』、発射!!」
姿見えず、誰にも聞こえないその管楽が、美琴の携えるアンテナから放たれる。
それはわずか一瞬の楽曲だった。
ただその一小節が、周囲の空間に響き渡る。
アスレチックの北東側から襲い掛かってきた白黒の津波は、その瞬間、凍り付いたかのように停止した。
時が止まったかのような静寂が流れた。
そして直後、まるで観客が奏でる拍手の怒涛のように、数多のロボットたちは折り重なって地に倒れ伏す。
その音楽は、彼らの基盤や主要部品のことごとくを熔解させている。
アンテナから発射されたのは、高密度に収束したマイクロ波の砲撃だった。
銃のような砲身も無く、引き鉄を引く指の動きもない。
攻撃が発生するまで知覚不能。
発生から着弾までに、生物の認識できる時間は存在しない。
光速で標的に命中するため回避不能。
その砲弾は五感に捉えられず、類似した電波は空中のあちこちにある。
凶器を特定できる弾痕も残らず検証不能。
そして『天網雅楽(スカイセンサー)』と併用されたこの精密な乱射は、放送局から約半径200メートル以内に殺到していた全てのモノクマを捕捉し、完全に機能停止に至らせていたのだった。
□□□□□□□□□□
「す……、すごい……」
アスレチックを乗り越え、放送室だった中央の建物のもとにまで辿り着いていた初春と天津風は、息を上げながらそう呟いた。
目の前に広がる空間のほとんど全てを、仕留められたロボットの残骸が埋め尽くしていた。
「イヤッホォー! すっげ、すっげぇなこれ!? こんなのアイドルの舞台でも見たことねぇ!!」
――比較対象がおかしいモン。
静寂を破ったのは、クックロビンの歓声だった。
放送室の屋上で跳ね回る彼を、くまモンが抑えている。
演奏を終えた御坂美琴が、ふらふらと倒れこむ。
「く、あ……」
「御坂さん!? 御坂さん!!」
くまモンに抱き留められた彼女のもとへ、崩れた外壁を伝って初春が駆け寄る。
機関銃も発煙筒もナイフも放り出し、無事な右手を微かに振りつつ微笑む彼女を、抱きしめた。
「……良かった。初春さんが、無事で……。でも、大変な目にあったみたいね……」
「御坂さんの方がよっぽどじゃないですか! どうしたんですかその左肩!?」
心待ちにしていた再会も、互いの怪我を慮ってろくに喜べない。
その負傷は、それだけ困難な状況が彼女たちを襲い、そしてまたこれからも襲い掛かってくるに違いない事実を示すものに他ならなかったからだ。
そうして少女たちが咽ぶ中、瓦礫となったロボットたちの一番北東の端で、もぞもぞとその山の下から身を起こすものがいた。
「……ま、いっか」
ギクシャクとした動作で立ち上がったそれは、『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』の有効射程距離外の一番遠くにいたために、回路を完全には破壊されなかった、唯一のモノクマだった。
「どうせね、オマエラがいくらモノクマちゃんを壊したところで、意味がないのさ。
オマエラに待ってるのは、絶望しかない。あと2時間もすれば気づくだろう。
それまでしっかり、ぬか喜びを繰り返しておくことだね。うぷぷぷぷ……!」
「そうかい。捨て台詞、ご苦労様」
意味深な笑みを浮かべ、放送局の一同に語り掛けていたそのロボットは、那珂ちゃんのひと蹴りで、首を跳ね飛ばされていた。
那珂ちゃんを操舵する呉キリカが、その黒い燕尾服と眼帯でも覆い隠せぬ怒りを以て、叫んでいた。
「おい、私を織莉子から切り離してくれたクソ外道ども! その黒幕がお前らなんだろ!?
こんな悪趣味な機械、いくら持って来ようが無量大数の彼方でも私たちは倒せないんだよ!!
いくらでも来やがれ! 愛は無限に有限だ!! お前らなんかにこの根源は破れないッ――!!」
那珂ちゃんの中指を突き上げ、空に向かってキリカが吠える。
先の機械化された少女・相田マナや、直後に襲い掛かってきたこのロボットの軍団を見るに、敵の黒幕がこの放送局を危惧し、潰しにかかっているらしい状況証拠は、出揃っていた。
モノクマの売り言葉に対し、そうして彼女は、放送局を代表してこの壮大な戦闘に、買い注文をたたきつけていた。
初春とくまモンの腕の中で、美琴が呆れ半分に笑う。
「なんて威勢よ……。……でも、よく言ってくれたわ、呉さん」
「だってそうだろう? キミがまた、どんな相手が来ようと撃ち抜いてやれるじゃないか!」
美琴の微笑みに、キリカが遠くから磊落な笑みで返した。
そうして美琴を見つめる周囲の人たちに対し、彼女は額に汗を浮かべながら、力なく呟く。
「……実のところ。バッテリー、使い切っちゃったのよ……」
「え?」
クックロビンが間抜けな声をあげた。
彼やくまモンが目を落とせば、美琴の足元で、バッテリーは急激な放電で熱を持って膨らみ、液漏れまで起こしている。
「もう防衛できないって察知されたら、終わりだった……。
呉さんが強気に出てくれて、本当に、助かった……」
「そ、それって、まずくない……?」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれよ御坂美琴……。
嘘だよね高級技官……!?」
夢原のぞみや呉キリカ、那珂ちゃんまでがうろたえ始める。
その時にはもう初春飾利の腕の中で、疲労困憊した美琴は、白目を向いていた。
「もう完全……、電池切れ……」
「御坂さん!? 御坂さぁん――!!」
昏倒した美琴のもとに、一同が駆け寄る。
騒々しくなる放送局の屋上の下で、天津風が、指先を舐めて宙に翳した。
「……まぁ、良きにしろ悪しきにしろ。風は、強いわよ」
銀髪を靡かせるその風上に目を向ければ、海の上に傾いてくる陽が照っている。
幾重にも折り重なったロボットの残骸を背にしながら、彼女は伝来する海風に目を細めた。
【A-5 滝の近く(『HIGUMA:中央部の城跡』)/午後】
【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:疲労(中)、頬に傷、胸に裂傷(布で巻いている)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
0:クマー……、キミの死を無駄にはしないモン。
1:他の生きている参加者と合流したいモン。
2:メロン熊……、キミの真意を、理解したいモン……。
3:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
4:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
5:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
6:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
7:あの少女、黒木智子ちゃんは無事かな……。放送で呼ばれてたけど。
8:敵の機械の性能は半端ではないモン……。
[備考]
※ヒグマです。
※左の頬に、ヒグマ細胞破壊プログラムの爪で癒えない傷をつけられました。
【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:気絶、能力低下(小)、ダメージ(中)、疲労(大)、左手掌開放骨折・左肩関節部開放骨折(布で巻いている)
装備:ゴシックロリータの衣装、伊知郎のスマホ、宝具『八木・宇田アンテナ』
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:よかった……、初春さんを助けられて……。
1:島内放送のジャック、及び生存者の誘導を試みる
2:完全武装の放送局、発足よ……! 絶対にみんなを救い出す……!!
3:佐天さんは無事かな……?
4:相田さん……、今度は躊躇わないわよ。絶対に、『救ってあげる』。
5:黒子……無事でいなさいよね。
6:布束さんも何とかして救出しなきゃ。
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が低下していましたが、かなり回復してきました。
※『超旋磁砲(コイルガン)』、『天網雅楽(スカイセンサー)』、『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』、『山爬美振弾』などの能力運用方法を開発しています。
※『天網雅楽(スカイセンサー)』と『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』の起動には、宝具『八木・宇田アンテナ』と、放送室の機材が必要です。
※『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』は、美琴が起動した際の電力量と、相手への照射時間によって殺傷力が変動します。数秒分の蓄電では、相手の皮膚表面に激しい熱感を与える程度に留まりますが、『天網雅楽(スカイセンサー)』を発動している状態であっても、数分間の蓄電量を数秒間相手に照射しきれば、生体の細胞・回路の基盤などは破壊しつくされるでしょう。
【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、疲労(中)、右脚に童子斬りの貫通創・右掌に刺突創・背部に裂傷(布で巻いている)
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:ドライバーセット、キリカのソウルジェム@呉キリカ、キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ、首輪の設計図
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:みんなに事実を知らせて、集めて、夢中にして、絶対に帰るんだ……! けって〜い!
1:参加者の人たちを探して首輪を外し、ヒグマ帝国のことを教えて協力してもらう。
2:ヒグマさんの中にも、いい人たちはいるもん! わかりあえるよ!
3:マナちゃんの心、絶対諦めないよ!!
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)
【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:ソウルジェムのみ
装備:ソウルジェム(濁り:大)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:なし
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:のぞみ……、キミの言っていたことは、これでいいのかい?
1:この那珂ちゃんって女含め、ここらへんのヤツはみんな素晴らしくバカだな。思わず見習いたくなるよ。
2:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達ともども参加者を確保する。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:戦力が揃わないことにはヒグマ帝国に向かうのは自殺行為だな……。
5:ヒグマの上位連中や敵の黒幕は、魔女か化け物かなんかだろ!?
[備考]
※参戦時期は不明です。
【那珂・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:自己改造、額に裂傷、全身に細かな切り傷、左の内股に裂傷(布で巻いている)、呉式牙号型舞踏術研修中
装備:呉キリカのソウルジェム
道具:探照灯マイク(鏡像)@那珂・改二、白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国、白い貝殻の小さなイヤリング(鏡像)@ヒグマ帝国
基本思考:アイドルであり、アイドルとなる
0:キリカ先生、御坂高級技官殿、のぞみさん! ご教授よろしくお願いします!!
1:艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
2:お仕事がないなら、自分で取ってくるもの!
3:ヒグマ提督やイソマちゃんやクマーさんたちが信じてくれた私の『アイドル』に、応えるんだ!
[備考]
※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は、ただの貝殻で作られていますが、あまりに完全なフラクタル構造を成しているため、黄金・無限の回転を簡単に発生させることができます。
※生産資材にヒグマを使ってるためかどうか定かではありませんが、『運』が途轍もない値になっているようです。
※新たなダンスステップ:『呉式牙号型鬼瞰砲』を習得しました。
※呉キリカの精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『九八式水上偵察機(夜偵)』相当のステータス補正を得るようです。
※御坂美琴の精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『熟練見張員』相当のステータス補正を得るようです。
【クックロビン(穴持たず96)@穴持たず】
状態:四肢全ての爪を折られている、牙をへし折られている
装備:なし
道具:なし
基本思考:アイドルのファンになる
0:アイドルを応援する。
1:御坂美琴主催の放送局を支援し、その時ついでにできたらシバさん達に状況報告する。
2:凛ちゃんに、面と向かって会えるような自分になった上で、会いたい。
3:クマーさん、コシミズさん、見ていてくれ……。
4:くまモンさんの拷問コワイ。実際コワイ。
[備考]
※穴持たずカーペンターズの最後の一匹です
※B-8に新築されていた、星空凛を題材にしたテーマパーク「星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド」は
バーサーカーから伸びた童子斬りの根によって開園する前に崩壊しました。
【天津風・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:下半身轢断(自分の服とガーターベルトで留めている)、キラキラ
装備:連装砲くん、強化型艦本式缶
道具:百貨店のデイパック(発煙筒×1本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、救急セット、タオル、血糊、41cm連装砲×2、九一式徹甲弾、零式水上観測機、MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発)、予備弾薬の箱(50発×2))
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0:風は吹いているわよ。この先にも進めるはずだわ。
1:ヒグマ提督は、きっとこれで、矯正される……。
2:風を吹かせてやるわよ……金剛……。
3:佐天さん、皇さん……、みんなきちんと目的地に辿り着きなさい……!!
4:大和、あんたに一体何が……!? 地下も思った以上にやばくなってそうね……。
5:あの女が初春さんをこれだけ危険視する理由は何だ……?
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※生産資材にヒグマを使った為、耐久・装甲・最大消費量(燃費)が大きく向上しているようです。
※史実通り、胴体が半分に捻じ切れたままでも一週間以上は問題なく活動可能です。
【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:鼻軟骨骨折、血塗れ、こうげき6段階上昇、ぼうぎょ6段階上昇
装備:叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』
道具:基本支給品、研究所職員のノートパソコン
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助け、思いを継ぎ、江ノ島盾子を消却し尽した上で会場から脱出する
0:……必ず。こんなひどい戦争は、終わらせてやります。江ノ島盾子さん……!!
1:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:パッチールさん……、みんな、どうか……。
4:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
5:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
6:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。
以上で投下終了です。
続きまして、暁美ほむら、巴マミ、デビルヒグマ、球磨川禊、碇シンジ、
球磨、ナイトヒグマ、ジャン・キルシュタイン、星空凛、ビショップヒグマ、
瑞鶴、安室嶺、布束砥信、間桐雁夜、四宮ひまわり、
田所恵、纏流子、龍田、第七かんこ連隊の面々、ゴーレム提督、
第十かんこ連隊の面々で予約します。
そうです。ここを書かないと先に進めなかったんです……。
時間かかるかもしれませんがご了承ください。
訂正です。
レス>>33 で、
億兆京那由他阿僧祇などというちゃちな単位を彼方に吹き飛ばす、那由他に及ぶかとすら思えるモザイクの波動が、その眼前の地を埋めている。
という文を
↓
億、兆、京などというちゃちな単位を彼方に吹き飛ばす、那由他に及ぶかとすら思えるモザイクの波動が、その眼前の地を埋めている。
に直します。
佐天さんの能力描写の癖で打ち切っちゃったんですよね……。
とりあえず、モノクマは那由他までありますが、佐天さんは阿僧祇を越えます。
そして呉さんなら、無量大数の彼方でも愛は無限に有限だということですね。
投下乙です
佐天さんに続いて御琴とも再開するとは初春は持ってるなー。
相変わらずくまモンの技はカッコいいな。スピンオフで見たい位。
モノクマの群れを一人で蹴散らすとは流石御琴。レベル5の中でエレクトロマスターは
垣根提督のダークマターの次に応用が利きまくる能力なんだよな。
下半身が千切れたり肉体を失ったりとみんなかなり負傷してるけど
全員戦意MAXのキラキラ状態で希望が持てますね。
次に彼女らが動く時、ついに第四の放送が始まるのかな?
予約を延長します
予約を投下します。
今回は凛とジャンパートです。いろいろ分かれます。
ジャン・キルシュタインは知っている。
自分はもう助からないのだということを。
胸を苛む激痛さえ薄れてゆくかすかな意識の中で、彼はそれだけは確実なことだと思った。
ただ目の前にいる少女、星空凛の命さえ助けられたのなら、彼はそれで満足だった。
だが彼が身を挺して守ったその少女は、動けぬ彼の元へとにじり寄ってくる。
星空凛の体は、自然と動いていた。
ボロボロになったその青年が、なぜそんなに、悲しいほど全身に傷を負っているのか、凛にはわかりようも無い。
だが彼女が震える心で切望することと、今、目の前の彼へすべきこととは、奇しくもその時、ぴったりと一致していた。
脳裏に思い浮かぶ、友と歌った歌詞が、進むべき道を示していた。
――やさしく目を閉じて。キミの頬を撫でる。
――伝えてふたりのミラクル。求めるこころ。
「――!?」
朦朧としていたジャン・キルシュタインの身が、雷に打たれたように震える。
それは柔らかく、暖かく、甘露にも思える温もりだった。
星空凛の唇が、彼の唇に、重なっていた。
深い深い、キスだった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
お互いの顔もほとんど見えないような、昏い地下の空間は、冷たい北海道の海水に半ばまで埋まっている。
崩れた診療所一階の片隅、診察室だったはずの空間は、小さなベッドのみを残し、ほとんどが瓦礫の下敷きとなっている。
そのベッドは、崩落し浸水していく診療所の中で、ジャンがその身を盾として確保した唯一の安全地帯だった。
星空凛は、そのベッドの端から身を乗り出していた。
脚を瓦礫に挟まれ、床上を埋める冷水に体を浸すジャンを、きつく抱きしめ、口づけしていた。
ざり、ざり、と、呼吸のたびに胸を軋ませる彼の息を支えるような、力強く優しい、口づけだった。
ステルスヒグマに叩き折られ、ポーンヒグマにタックルされ、瓦礫に潰されたジャンの肋骨とその奇異呼吸のことを、医学的には『フレイルチェスト』と呼ぶ。
交通事故などで一側の肋骨に骨折が多発した場合、このようなフレイルチェスト(動揺胸郭)が発生する。
本来の胸郭の動きとは正反対に骨折部が動いてしまうため、患者は激痛と呼吸困難とに苛まれ、肺の損傷も時を追うごとに悪化する。
この傷病の治療に、陽圧呼吸というものがある。
本来は胸郭が膨らむことで陰圧を作り、外気を肺に吸い込んでくるのが人間の呼吸だ。
人工呼吸などで外から圧力をかけて空気を送り込んでくる陽圧呼吸は、本来の人体からすれば不自然なもので、肺に負荷をかける。
だがこの圧力は、振りつけに反して動揺する胸を抑えるのには、ほとんど不可欠の治療に他ならない。
今、星空凛の唇が、ジャン・キルシュタインの気道へと、その息を吹き込んでいる。
彼の呼吸に重ね、リズムを合わせ、穏やかに、力強く意気を送る。
決して離さない。
ジャンの肺腑から漏れる命を取りこぼさぬよう、凛はその身を振り絞り、思いを込め、深く深くキスをする。
――マウス・トゥー・マウス。
これすなわち、陽圧呼吸である。
胸をきつく抱きしめる彼女の腕は、そのままバストバンドであり、胸郭の外固定だった。
ジャンが息を吸えば、凹もうと揺らぐ肋骨を、凛の吐息が支える。
ジャンが息を吐けば、膨らみ軋る胸の痛みを、凛の両腕が押える。
激痛のために浅く、か細くなっていたジャンの呼吸が、優しく包まれてゆく。
脳を蕩かし、痺れさせるような甘いファーストキスの温もりが、そのまま鎮痛薬のように彼の息を安定させていた。
「リ……ン……」
「ジャンさん……」
ジャンは呆然と、鼓動を震わせて呟いた。
重なった唇から二人の言葉が宙に溶けだしてゆく。
見つめた少女の瞳は、暗闇の中でも煌々と、強い意志を以て光っていた。
「待ってて、ジャンさん……。今、凛が、絶対に、助けてあげるにゃ……!」
「リン、お前……!?」
長い長いキスの先で、星空凛はその意志を吐息の中に燃やした。
彼女の意図を読めずに息を詰めたジャンの前で、彼女はその手に、自分の点滴を支えていたガードル台を掴んでいた。
凛はベッドの端から引き抜いたそのアルミパイプを、ジャンの右脚を押し潰す瓦礫の水面下へと突き込む。
「さあ……、夢を……。叶えるのは、みんなの勇気……!」
息を整えて呟く。
ベッドの縁を支点として置いたアルミパイプに、凛の両手がかかる。
「負けない」
彼女の双肩に、力が籠る。
「心で」
ガードル台のパイプが、ジャンの肋骨の代わりに、ぎちぎちと重い軋みをあげる。
「明日へ駆けて行こう……ッ!!」
そして彼女は、力の限り、てこの原理を用いてそのパイプを押し下げていた。
「にゃあああああああぁぁぁぁぁ――!!」
「リン……ッ!」
ジャンは震えた。
自分のために気焔を上げて奮闘するその少女の何もかもが、たまらなく愛おしかった。
嬉しかった。
彼女の思いを無にすることだけは、できなかった。
「ぐ、あ……!」
足元の瓦礫をどうにかどかそうと唸る凛の声に呼応して、ジャンは冷え切った体に鞭打ち、潰された右脚を水面下から引き抜こうとにじった。
だが、動かない。
星空凛がその細い腕にいくら力を込めても、ジャンの脚を押し潰す瓦礫の山は、びくともしなかった。
腕が痺れる。
息が上がる。
涙が零れる。
それでも、動かない。
「……き、聞け……、リン……!」
ジャンが、あばらを押さえながら呻いた。
凛は、眼を潤ませる。
もし自分を放っておけなどという言葉などだったら、聞きたくなかった。
しかし、ジャンの口から紡がれた言葉は、そんな辞世などではなかった。
それはまるで教官のような激しい語気の、叱咤だった。
「てこを使うなら……、支点を、力点からもっと離せ……!!」
「……うんっ!!」
自他を激励するような、身を絞るその語気に、凛は強く頷いた。
凛はその素足で、ベッドから水に浸かる床へと降りる。
その瞬間、芯まで凍りそうな海水の冷たさが、足先から背骨を駆け上がった。
それでも止まるわけにはいかない。
ジャンはこの冷水の中に、もうずっと浸かりっぱなしなのだ。
凛はその手を水底へ差し入れ、一抱えもありそうな瓦礫の破片をずらす。
「……強い、強い……、願い事が……。
僕たちを……、導いてくれた……」
パイプを差し入れているジャンの足元へそれを近づけ、ベッドの縁よりも更に作用点側へ接近させた新たな支点として、その破片を据え付ける。
その作業だけで、水中につけていた凛の指先は感覚がなくなっていた。
光の下で見れば、きっとその手足は蝋のように真っ白になっていただろう。
「……次は、絶対、ゆっ、ずっ、れなッ、いッ、よ……!
残さーれたっ、時間をにっ、ぎっ、りしーめて――!!」
だが凛は、それに構わず、指先を冷えたパイプにつけた。
握り締めたその時間は、まさしく、ジャン・キルシュタインに残された命の猶予なのだから。
「ただの、思い出……! そーれだーけじゃ嫌、だよッッ……!!」
「……ああ。そうだな」
見つめた彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
友と歌っていた奇跡と力の歌詞が、二人の思いに、呼応した。
「精一杯、ちかーらのー、かーぎりぃ――……!!」
「ぐ、お、お……!!」
星空凛のしなやかな双腕に筋肉が張り詰める。
高く掲げられていたガードル台の端が、ぎちぎちと音を立てて押し下げられてゆく。
極大にとったてこ比から生み出される思いの力が、アルミパイプを通って瓦礫の山を鳴動させる。
水底に手を突き、軋む胸を抑え、ジャンがその間隙に己の脚へ血を巡らす。
「走るんだ、Chance for me――!! ――Chance for you!!」
Bメロのコーラスが、弾けた。
「おおっ――!!」
「ひゃうっ!」
ほんのわずかな、数センチだけ開いた瓦礫の隙間から、ジャンは自分の脚を引き出していた。
解放された反動で飛び出したその身は、目の前に立っていた星空凛の体ごと、ベッドの上へと倒れ込んでいた。
はぁ、はぁ、と上がる互いの息遣いだけが、暫くの間そこにあった。
凛が、ジャンの体を抱きしめた。
また軋む肋骨を支えるように、その唇が、呼吸を重ねてジャンの唇と触れ合った。
「――さぁ。夢を……、抱きしめたら上を向いて。
君の世界が大きく、変わるよ――」
「……ああ。本当に……。ありがとう、リン……!」
涙と共に囁かれたCメロに、ジャンは凛の体を、抱きしめ返していた。
そして今度は自分から、その唇を凛のものに重ねた。
彼のまつ毛に触れたのは、とても熱い、涙だった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
凛が懸念していたジャンの脚の出血は、思いのほか、大したことはなかった。
瓦礫に潰されていたこと、冷えた海水に浸かって血管が収縮していたことが、却って出血を少なくしていたらしい。
「……ジャンさん。体が氷みたいだにゃ。濡れた服、脱がないと……」
「……あ、ああ……」
だが、互いの体を抱きしめている間、ジャンの肉体は、細かく震え続けていた。
シバリングだ。
下がり切った体温をなんとか上昇させようと、筋肉が震え、体力を消耗させている。
海水に濡れそぼった彼の立体機動装置と訓練兵団の制服が、彼の体温を奪い続けているのだ。
脱がさなければ、ならない。
「……一人じゃ脱げない、よね……」
「……い、いや……」
「ダメだにゃ。ジャンさんが動いたら、また胸が、壊れちゃうにゃ……」
凛は、咄嗟に首を振ろうとしたジャンに、また深くキスをする。
言葉の合間ごとに、ずっと呼吸を重ねながらの会話だった。
不用意にジャンが動けば、折角痛みの落ち着いてきたフレイルチェストが悪化することは明らかだ。
凛がやらなければならないのは、彼女もわかりきっている。
そして、その下に。
彼の服を脱がした後に現れるだろうものも薄々想像がついている。
だが不思議と、それほど嫌な気持ちは、なかった。
「それじゃ……、ぬ、脱がすね……?」
「……わかった。それじゃせめて、よく聞いてくれ」
「ん?」
それでもわずかに恥じらいながら身を起こした凛に、ジャンは静かに呟く。
もう一度唇を重ねた後、彼は真剣な眼差しで言った。
「立体機動装置の着脱方法を説明するから、今覚えろ」
「……うん」
有無を言わさぬ口調だった。
どうして、と尋ねかけた言葉は、口まで上がって来なかった。
抱き合いながら指で服を探る間に間に、口づけの息を吐きながら、ジャンは淡々と凛に説明を始めていた。
「超硬質ブレードのトリガーはそれぞれこう、ワイヤーとガス噴射、刃先の交換に対応してる。
氷瀑石のガス残量には気をつけろ。吹かすのは一瞬だけにして慣性を活かすのがコツだ」
「……うん」
「この固定ベルトが、立体機動装置を扱う要だ。
凄まじい負荷がかかるから、両脚と胸のベルト位置は絶対間違えるな」
「……うん」
「くるぶしでクロスさせ、鐙みてぇに土踏まずで踏ん張れるように。
片脚にかけた体重は逆サイドの腰骨に伝わってバランスが取れるようになってる」
「……うん」
詳しすぎる説明だった。
工学的に、力学的に、ジャンは自身の持つあらゆるノウハウを、凛に注ぎ込もうとしているかのようだった。
初めこそ、凛は戸惑っていた。
しかしその戸惑いよりも、この講義を決して聞き零してはならないという、胸騒ぎのようなものが先立った。
――そんなことは有り得ない。
ジャンさんは自分が助けるのだから、と、凛は思う。
だが、胸騒ぎは払拭しきれなかった。
そして、細い息ながらも、彼がその立体機動装置の物理と要略を説明し終える頃には、彼の装置や衣服も、全てきれいに解きほぐされた形となっていた。
「うっ――」
目の前に晒されたジャンの裸体を前にして、凛は、自分の感じていた胸騒ぎの原因に気づく。
ベッドの上に力なく横たわり、寒さに震える青年の、筋骨逞しい肢体は、全身が真新しいアザに覆われていた。
内出血と挫滅と阻血とで、形容しがたい青紫に変色して張りを失った皮膚が、彼の体のそこここを埋めている。
瓦礫の下敷きとなっていた右脚などは勿論、折れ曲がり捻じれ、早くもどす黒い様相を呈しかけている。
冷え切った体温と身体機能を元に戻せるだけの正常組織が、果たして彼に残っているのか、わからない。
それは降り注ぎ崩れ来る診療所の瓦礫から、彼が星空凛を守り通してきたことの、紛れもない証拠だった。
「リン……。オレがいなくなっても、ちゃんと生き延びろよ。
オレが今言ったことを思い出して、アケミたちと、絶対に生き残れ……」
絶句してしまった凛の様子に、ジャンは震えたまま笑顔を作りながら、諦めの混ざった表情で呟く。
海水から引き上げられ、呼吸困難の痛みを少しばかり和らげられても、この状況では結局自分は死んでしまうだろう――。
そう思っていた。
だからこそジャンは、今この場で、自分が星空凛の生存に供せる全ての知識と技術と経験とを、伝授しようとしていたのだ。
「……ジャンさんは、ここで終わりなんかじゃない……!」
「リン……?」
「凛が、力になる……! ジャンさんも、一緒に生き延びるもの……!!」
だが凛は、ジャンの言葉に首を振る。
そして意を決したように、自分の纏う薄い病衣に、手をかけた。
「ジャンさんの体……。凛が、温めてあげるから……!」
浴衣のような緑色の病衣の襟に、指がかかる。
結んだ紐が解かれ、その白い胸元が露わになっていく。
ジャンはその様子に息を詰め、生唾を飲みながら叫んでいた。
「や、やめろ……ッ!」
「なんで……?」
彼は眼を覆い、激しく後悔するような悲痛な声で、胸を軋らせる。
そんな彼の行動に凛は、意識から外れていたある事実を思い出さざるを得なかった。
ジャン・キルシュタインは、星空凛のことを、男だと思い込んでいるのだ。
胸元で密着したにも関わらず、だ。
いくら凛の胸が小さいからといって、それで気づかないのならば、恐らくキスしたさっきの今でも、この青年は凛の性別に気づくわけがないのだろう。
凛は情けなくなった。
「……男同士でしょ? 何か恥ずかしいことがあるにゃ?」
そして、眼を逸らしながら、自嘲的に吐き捨てる。
はだけた胸元に覗くのは、確かに大胸筋の方が目立つかも知れない、余りにも貧相でなだらかな胸板だった。
だが、ジャンは眼を覆ったままだった。
彼の叫びもまた、自責を吐き捨てるようだった。
「お前は――、お前は、女の子だろうがよ……!!」
凛はその言葉に、ハッと眼を見開く。
「……いつ、気づいたの、にゃ?」
「……最初からわかってたよ。お前みてぇに可愛い男が、いるもんか……ッ!!」
後悔で泣き叫ぶようなジャンの声は、軋みと苦痛で途切れた。
「ジャンさん!?」
声を荒げたせいで再び胸郭の動揺に悶える彼を、凛は病衣をはだけさせたまま抱きしめた。
乱れた互いの呼吸を重ね、また何度も、キスを繰り返す。
凛は耳まで熱気を感じるほど、自分の体が火照っているのを感じた。
――女の子だと、理解されていた。
その事実を受け入れられるまでに、暫くかかった。
その意味するところを尋ねたかったが、それよりも、唇を重ねることの方が先だった。
鼓動が、早かった。
だがその早さは、ただ興奮のせいだけではない。
肌で触れ合ったことで、凛にはわかった。
ジャンの肌には、張りがない。
全身の打撲傷に水分を取られ、脱水になっているのだ。
彼の足りなくなった循環血液を心臓が代償するために、脈が早くなっている。
冷たい彼に体温を戻してあげるように、凛は彼を一層強く抱きしめながら、思考を巡らせる。
この場で彼に与えられる水分は、どこにあるのか――。
「そ、そうだ! この点滴をジャンさんにあげれば……!」
「――バカ! それはお前のだ。お前の治療に必要なものなんだ!」
凛は、ガードル台から自分に繋がっている点滴ボトルへのラインを、引き抜こうとした。
だがそれと同時に、間髪入れずジャンがそれを差し止める。
彼は泣きそうだった。だが泣く涙も出ない。
「でも……、でも……、このままじゃジャンさんの体が……!」
凛はうろたえながらも、必死に抱きしめた彼の背をさすり続けていた。
少しでも彼に体温を戻してあげようと、密着させた肌を離す気配もない。
そしてしきりに、飲ませられる水を探し続けている。
「無理するな頼むから……。頼むから自分を大切にしてくれ……!」
ジャンは情けなさでいっぱいだった。
彼は凛を守りたかったのだ。
だがこれ以上心が乱れれば、自分の理性も命も、どこに吹っ飛ぶか分かったものではない。
彼の鼓動は、脱水のせい以上にどんどん加速せざるを得なかった。
その時、はた、と、辺りを見回していた凛の動きが止まる。
彼女は自分の点滴以外の飲める水を、見つけてしまったのだ。
もちろんそれは、ベッドの下を埋めている海水などではない。
海水の浸透圧は血液より遥かに高く、人間の腎臓はそこに含まれる塩分を排出しきれない。
飲めば飲むほど脱水が進んでしまう。
彼女が見つけたのは、それよりも生体の浸透圧に近い、新鮮な水だ。
それは彼女の脚の間から、カテーテルで繋がって、ベッド脇のバッグの中へと、溜め置かれていたものだった。
彼女は震える指先で、そのカテーテルの先を手繰る。
「……り、り、凛の……、おしっこ……」
ジャンは鼻血を吹きそうになった。
だが幸か不幸か、体温も血圧も低かったために、そんな衝撃的なセリフにも、彼の鼻の血管は切れずに済んだ。
凛は頬を真っ赤にしながら、ベッド脇に吊るされていた採尿バッグを取り上げた。
その中には薄黄色い液体がたっぷりと、まだ人肌の温かさを保った状態で入っている。
凛もジャンも、なんでこんな状況で尿が溜められているのだ、と疑問を抱かざるを得なかったが、これは実のところごくごく一般的な処置である。
特に星空凛の場合、彼女は電撃傷の治療として運び込まれてきたため、点滴で輸液をすると同時に、その水分がちゃんと十分行きわたっているかを判断するために、尿の量を計測する必要があったのだ。
もし尿量が少なかったり、色がおかしかったりすれば、それだけ病態が重篤であることの証になる。
なお、今回の星空凛の尿は、色調も量も十分正常であり、良好な状態であると言えた。
凛は震えながらも、ジャンに問わざるを得なかった。
「こ、これも、お水だよね? これなら、もう、凛に必要なものじゃないよね?
別に凛が無理するようなものじゃ、ないもんね……?」
ジャンは答えに窮した。
その沈黙は、肯定以外の何物でもなかった。
「飲むよ、ね……? このままじゃジャンさん、お水が足りなくて死んじゃうもの……。
凛はジャンさんに、いなくなってほしくなんて、ないもの……!!」
凛は、自分で言いながら、もう何が何だかわからなくなってきた。
とにかく彼を助けたい一心で言葉を紡ぐと、涙ばかりが溢れてくる。
そんな彼女の様子に、もうジャンは、眼を見張ったまま頷くしか、なかった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
凛は自分の股から、膀胱カテーテルを引き抜こうとした。
だが、体の中で引っかかって、抜けない。
通常、膀胱カテーテルは、バルーンカテーテルになっているため、生理食塩水で膨らまされた風船が尿道で引っかかって抜けないような構造になっている。
注射器があれば、カテーテルの外側から刺して風船の水を抜くことができるのだが、残念ながら崩れ残ったこのベッドの周囲にそんなものはない。
「……ジャンさん。ちゃんと合ってるか、見てて……」
「リン……?」
だがその時凛は、ふと思い至って、脱がせておいたジャンの立体機動装置の方を探った。
そして取り出したのは、超硬質ブレードの一本である。
「……このトリガーが、刃の交換、だよね」
彼女はそこからカッターナイフのような刃を取り外す。
そうして、はだけさせていた病衣を、一息に下まで完全に脱ぎ去っていた。
「リン――!?」
彼女は顔を真っ赤にしながら、ジャンの上で膝立ちの姿勢となり、腰を前に突き出していた。
白磁のような素肌を晒し、尿道から出るカテーテルを切断すべく、出来る限り股を開いてそこにブレードを通す。
「そ、それで、こうやって……、引き切るんだよ、ね……?」
息を詰めて、指を引いた。
それだけでほとんど抵抗なく、プツリとカテーテルが切れる。
「あ、あ、ああぁぁ――」
切れたカテーテルから、水が溢れる。
恥ずかしさに股間を押さえた凛の指の隙間からも、お漏らしのように透明な液体が溢れ続け、下のベッドに横たわっているジャンの裸体にかかった。
ジャンも凛も、脳髄が沸騰して爆裂するかと思えた。
バルーンに溜まっていた生理食塩水であるからして、致し方のないことである。
「んっ……う……」
そうして萎んだ風船とカテーテルの断端を、凛は股間から引き抜く。
抜けた先に、カテーテルはわずかに糸を引く。
だが、恥ずかしがっている場合では、なかった。
「ジャ、ジャンさん……。は、はい……、これ……!」
「……お、おう……。おう……」
凛は、ジャンの口元へ、必死に採尿バッグとカテーテルを差し出した。
ジャンも差し出されるがまま、そこに口をつけざるを、得なかった。
生温かい風味が、口いっぱいに広がった。
「ど……、どう……? り、凛のおしっこ……」
「……飲める。確かに飲める。……これ以上感想を聞かないでくれ」
飲める。
飲める水分である。
それだけで必要十分だ。
これ以上何か言ってしまうと、自分の人間性が崩れてしまいかねない、と、ジャンは口を閉ざす。
だがその唇の端で、一口、二口と、ジャンはそのバッグの液体を飲み続ける。
体が欲していた物質であることには、間違いなかったのだ。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
凛が、ベッドの毛布を引く。
彼女は、冷えたジャン・キルシュタインの体に、ぴったりと身を重ねていた。
体温が行き交うのがわかる。
呼吸が一致するのがわかる。
鼓動が響き合うのがわかる。
胸を抱きしめ、体を重ね、キスを続ける、その行為は、間違いなく彼の命を救うのに、必要なことだった。
唇は、しょっぱい味がした。
何分たったのか。
何時間たったのか。
わからなかった。
すぐそばで、地響きのようなものがあった。
床の水面が揺れた。
この空間の外では、戦いが続いているのだ。
ぽつぽつと、陽圧呼吸の合間にジャン・キルシュタインは、ここに至るまでの経緯を凛に説明した。
気絶した凛を救うために暁美ほむらが立案した作戦。
その最中に出会った、凛のファンだというヒグマ。
診療所の制圧と、新たに出会った人間やヒグマたち。
そして治療中に襲い掛かって来た、大量の潜水艦のようなヒグマたち。
そうして部隊が、散り散りになってしまったこと。
いろんなことが起きていたその話は、スピードについて行くだけでもう精一杯だった。
凛は困惑するしかなかった。
そうしてただ、皆の無事を、祈るしかなかった。
二人が持っている物品では、この瓦礫の山を崩し脱出することなど、出来そうもない。
今の彼女にできることは、こうして、愛しい青年の命が零れ落ちないよう、その身に寄り添い続けることだけだった。
「……ねぇ、ジャンさん。聞きそびれてたにゃ」
「……なんだ、リン……?」
呼吸の合間に、二人は口を開く。
「凛のことを女の子だと気づいてたなら、なんで出会った時、あんなこと、言ったの……?」
時間感覚も忘れてしまう、暗いベッドの上で、凛はふとその疑問を、思い出していた。
『お前が怖いのはわかる。あいつら巨人に、立体機動装置もないオレらが勝てるわけがない。
だが、お前も男だろ? ここは戦場だ。次も助けてやれるとは限らねえ。
自分自身で、しっかり考えて行動しろ!』
星空凛は、出会い頭、ジャン・キルシュタインにその命を救われた直後、このような言葉を掛けられていた。
男に間違えられる。
それは凛にとっては、直前にヒグマ型巨人に襲われていた恐怖すら吹き飛びかねない、余りにも衝撃的なことに他ならなかった。
だからこそ彼女は、この島でジャンに同行するにつけて、ずっと彼に、女の子として認めてもらおうと、それとなくアピールしてきたつもりだった。
だがどんなに可愛らしい仕草をしてみても、柔らかな声音を使ってみても、ジャンは徹底的にそれを無視して意識から外しているようだった。よそよそしかった。
その理由を、凛は、知りたかった。
「……男だとでも思い込んでなきゃ、あの時……。
オレはお前を、襲っちまいそうだった……。最低な、変質者だ……」
ジャンは苦々しく言葉を漏らす。
言いながら、彼は申し訳なさそうに、凛の身から下半身をずらそうとした。
そこに触れるのは、凛の膀胱から零れた水を浴びた前後から、ずっと熱を持ちっぱなしの部位だ。
凛は覚えている。
そこは間違いなく、ジャンが暁美ほむらとの勝負の前に、熱を帯びさせていた部位だ。
立体機動装置に残ったほむらの体温を意識して、帆のようにズボンの股下で屹立していたものに間違いない。
先程、ジャンの衣服を剥いた時には、余りに必死過ぎてよく見ていなかった。
そもそも暗くてよく見えようがなかった。
だが今それを、凛は確かに、自分の肌で感じた。
あの時ジャンがほむらのことを意識してしまったように、今、自分が意識されている――。
『女の子なんだと認めてもらえている』ことの、紛れもない証拠だった。
凛はただそれだけで、満足だった。
「ううん……。元気が戻ってきて、良かった……」
自然と、体が動いていた。
ずれていたジャンの体に、再び、凛の体が、ぴったりと重なった。
ジャンの体温は、もう凛と同じように、上がりきっていた。
唇は、凛の味がした。
「ジャンさんがそうしたいなら……」
視線が、重なっていた。
鼓動が、重なっていた。
ただ耳を澄ませるだけで、体を預けるだけで、凛は、幸せだった。
「……襲っても、いいよ」
ジャンは眼を閉じる。
何も言わずに彼は、強く彼女を、抱きしめ返していた。
いつまでもこのままでいたい。
ずっとずっと、一緒にいられたらいい。と、二人は心からそう思った。
【C-6 地下・ヒグマ診療所の崩れた診察室/夕方】
【星空凛@ラブライブ!】
状態:胸部に電撃傷(治療済み)、ジャンと重なっている
装備:病衣、輸液ルート、点滴、包帯
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:ジャンさんと、ずっとずっと、一緒にいたい……。
1:ほむほむ、どうか、生きていて……。
2:自分がこの試練においてできることを見つける。
3:ジャンさん。凛を女の子なんだって認めてくれて……、ありがとう。
4:クマっちが言ってくれた伝令なら……、凛にもできるかにゃ?
[備考]
※首輪は取り外されました。
【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人】
状態:右第5,6,7,8肋骨骨折(フレイルチェスト)、疲労、全身打撲、右下腿挫滅、出血、凛と重なっている、『体温や循環状態が戻ってきてしまっている』
装備:ブラスターガン@スターウォーズ(80/100)
道具:基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、永沢君男の首輪、凛のカテーテル、凛の採尿バッグ
基本思考:生きる
0:リン……。
1:許さねぇ。人間を襲うヤツは許さねぇ。
2:アケミ。戻って来た以上、二度と、逝かねえでやってくれ。
3:オレは弱い人間だ。こんな女一人守るのにも、手一杯だった……。
4:リンもクマもみそくんも、すごい奴らだったよ。ありがとな。
5:リンのステージ、誰も行く気ないのか? そうか……。
[備考]
※ほむらの魔法を見て、殺し合いに乗るのは馬鹿の所業だろうと思いました。
※凛のことを男だと勘違いするよう、必死に思い込んでいました。
※首輪は取り外されました。
以上で投下終了です。
続きまして、予約メンバーを継続して予約します。
投下乙です。
まだまだ予断を許さないとは言えジャンが一話生き延びた…!
凛ちゃん凄い。というか健気で泣けてくる。
確かな知識による医療描写がとてつもなくリアルでたとえジャンが凛のおしっこを飲尿しても
互いの肌と肌で暖めあってもジャンの命が懸かっているのでやらしさは微塵も感じません。ええ。
しかし登場話から一緒の二人だけどここまでの仲になるとはなぁ…。
ジャンには頑張って凛を襲えるレベルまで元気に
なって欲しいがとりあえず今は二人ともおやすみなさい。
すみません、時間帯を夕方ではなく午後に修正します。
予約を延長します。
遅れましたが予約を投下します。
四宮ひまわりは知っている。
この眠気には抗えないのだということを。
ふと気を緩めてしまえば、周りに犇めいている人の気配や声など、簡単に意識の水底に沈み広がっていってしまう。
気が付けばそこは、茫漠と広がる、深海だ。
だが、そこは暗くもなく、寒くも無かった。
周りには何も見えない。
何も見えないながら、温度だけで色を感じる。
赤い。
深い深い赤さだ。
眼を開けていた時に見えていた暗闇から、滲みだすように瞼の裏に赤色が広がってゆく。
起きていた時に震えていた冷たさではなく、暖かなヒトの温もりが、そこにはあった。
体の周りから、世界の全てへと広がる、柔らかな赤。
四宮ひまわりは、その色の深くへと潜ってゆく。
息苦しさはない。
ただ安堵感だけがある。
周りに、ヒトを感じるのだ。
あらゆるヒトの、体温でできた赤の中を、ゆっくりと彼女は泳いでいる。
そうして、ひまわりは何かを探していた。
何を探しているのかは、思い出せなかった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「……イーシュケ……、ア、ラフタル……。
ジョラーンナ……、テルチェ……」
彼女の口が、ふと聞き慣れない言葉を呟いていた。
その寝ぼけた声色に、ハッと少女が振り向く。
「Wake up……! 起きて、四宮ひまわり……!」
「……ふあ?」
四宮ひまわりのほほが、軽く叩かれる。
暗闇の中で、布束砥信の心配そうな表情が、彼女の目の前にはあった。
「ああ、布束さん、おはよう」
「お早うじゃないわ……。意識の持ってかれる頻度が増してる……!」
苦い声を漏らす布束砥信は、その半眼を顰め唇を噛む。
白衣を纏う布束の指先が、ひまわりの肌を撫でた。
感覚が鈍い。
横目で見やれば、布束砥信に触れられている左腕は、皮下を這い回る太い木の根で膨れ上がり、もはや人間の腕の形をしていなかった。
顔もそちらに振り向けられないので、どうやら首筋から顔面にまで『童子斬り』の侵食が進んでいるらしい。
薄ぼんやりとした暗い視界には、布束砥信以外に、間桐雁夜、田所恵、穴持たず104テンシといった面々の心配そうな表情が垣間見える。
みな揃いも揃って、通夜にでも出てきたかのような沈鬱さでもって四宮ひまわりのことをのぞき込んでいた。
「ふふ……、どうしたのみんな。大丈夫大丈夫、何も心配ないよ。私はただ寝るだけだから」
「本当に大丈夫なの……!? だってそれ、龍田さんと戦ってたあの黒ずくめの人のなんでしょ!?」
田所恵が、あまりに緊張感のないひまわりの言葉に声を絞る。
だがひまわりは至って冷静に彼女に答えた。
「間違いなく大丈夫。だってあの黒い変人は間桐さんがわざわざこの木を抜いたせいで狂ったんだから。
龍田がやられたのはむしろ間桐さんのせい」
「ちょっと待ってくれよ!? どうしてそうなるの!?」
ひまわりに指を突きつけられ、間桐雁夜は抗議の声を上げる。
まだひまわりの、右腕は動いた。
「……確かにそれはそうかも知れない。でも、そもそも示現エンジンが崩壊しかけたのは童子斬りのせいではない?
思考も清明なようでいて、すでに何かしら影響を受けている可能性があるわ、四宮ひまわり」
「あ、あの……。寄生虫の中には、患者さんの免疫能力を抑える物質を分泌するものが多いです。その木も、そういう種類なのかも……」
雁夜のフォローというわけでもなく、布束砥信はひまわりの言動を分析する。
穴持たず104も付け加えたように、医療者の立場からみれば四宮ひまわりの状態は一刻の猶予もない。
既にどれだけの組織が侵食されているのか。
一体どうすれば除去できるのか。
除去したところでこの後、四宮ひまわりは果たして無事でいられるのか。
神経精神医学者に過ぎない布束と、ヒグマの医療者とはいえ研修中の看護師に過ぎないテンシとでは、その予測もたたない。
そもそも、倒壊した診療所の下に半ば生き埋めとなり、流れ落ちてはさらなる地下に消えてゆく下水道の津波に肝を冷やしている現状では、この場の誰一人の命すら、生存の予測ができなかった。
「うん……。まあ脳内分泌を操作されてるのは明らかだよね……。
私がこんなに落ち着いてられるのも、この木のおかげかな……」
四宮ひまわりは、そうして現状を認識しながらも、ひたすら冷静だった。
慌てたり恐れたりしようとしても、できない。
この木の危険性も、この状況の危険性も認識しながら、彼女は自分でも驚くほど、安堵しか感じなかった。
上を倒壊した診療所、下を深い地下洞と水脈に塞がれているこの空間を、彼女たちが自力で脱出するめどは立たない。
ただ彼女たちは、上からならば暁美ほむらたちが、下からならばビショップヒグマが、生き残って助けに来てくれることを待ち続けることしかできないのだ。
だが裏を返せば、待つだけでいい。
その現実を四宮ひまわりは、ただ淡々とした安堵を以て見つめている。
そんな中で彼女たちにできることは、ただ会話を、続けることだけだった。
「私、さっき……。赤いジャムの中で、泳ぐ夢を見てた」
「赤い、ジャム……?」
ひまわりの呟きを、間桐雁夜が拾った。
彼の応答に続けてその場の全員から言葉が返る。
「覚醒剤のトリップの症状みたいに聞こえるわ……。
この童子斬りが、何か幻覚でも見せているのかしら」
「甘そうで……、息苦しそうな夢ですね……」
「プリザーブドスタイルだったんですか……?」
「それがぜんぜん苦しくなかった。プリザーブドだったかはわかんないけど。
赤くて広くて、暖かくて……。ここにいるみんなの体温を、感じられた」
思い思いに皆が言う中で、雁夜だけは、暫く思考を巡らせてから言葉を返した。
「わからないが……、夢や無意識の中で見えたそういう大きなイメージなら、『阿頼耶識』かも知れない」
「荒屋敷?」
「人間の集合的無意識。世界の抑止力を形成する莫大な力のことだ」
間桐雁夜が語ったのは、魔術師の間では半ば常識といってもいい、その道の代表的な障害についてだ。
そもそも魔術とは、根源の渦に到達するための手段であるが、本来至ってはならぬその極限への道には、常にその歩みを妨げようとする内在的な力が存在している。
それが、魔術師自身を含む全人類の無意識によって構成される力、『阿頼耶識』である。
有り得べからざる異端に進もうとする歪みを修正し、排除し、世界を安定させる方向へと常に働く力だ。
「ユングの提唱した『元型(アーキタイプ)』ね。
フロイトが無意識を個人的なものに限って考えたのに対し、ユングはさらにその底に人類共通の生来的な無意識の相があると考えた。
それが意識化されるとき、ある種の類型化されたイメージとなって現れる。とは言われているわね」
雁夜の説明を、ある種、腑に落ちたように布束砥信が繋いだ。
心理学の分野においても、この魔術の概念に相当する存在は提唱されている。
「緩衝液(バッファー)みたいなものでしょうか? 血液とか……、リンゲル液みたいな」
「そうね、両極への動きを緩衝しようとする力としては近いのかしら。
陶淵明の三つの自己でいう、『神』のようなものでしょうから」
頭をひねっていたテンシが、持っている知識で近いものを挙げる。
体内の環境を酸性にもアルカリ性にも傾きすぎないように調整している血液は、一種の強力な緩衝液であると言えた。
「血液の……、ジャムですか……?
見た目としてはブラッドプディングみたいな代物になるんでしょうか」
「プリンかどうか知らないけれど、代表的なイメージには……。
男性における女性のイメージの『アニマ』、女性における男性イメージの『アニスム』などがあるらしいわ。
《魂》《風》《呼吸》《心》《生命》などを意味するものね」
田所恵が挙げた料理は、プリンはプリンでも、動物の肉や内臓、血液で作られたプリンであり、実際のところはソーセージに近い。
好みは分かれるが美味であり、栄養価も高い。
聞いていた四宮ひまわりの口の端から、よだれがこぼれた。
「あ……、美味しいよね……。恵ちゃんのブラッドプディング……」
その呟きに合わせるように、暗闇の中でもはっきりわかるほど、ひまわりに巣喰う童子斬りの根が蠢いた。
同時に急速に意識を失いかけるひまわりの頬を、布束が慌てて叩く。
ひまわりが再び目を覚ますまでのわずかな間にも、狼狽する一同の元にその根は這い寄り始めていた。
「起きて! 起きて! しっかりしなさい!!」
「痛い……。布束さんそんな強く叩かないでよ……」
「こっちの痛覚はまだ生きてるのね!? 良かった……」
互いの皮膚が赤く腫れるほどの勢いで強くひまわりの右頬を叩き、布束砥信は息をつく。
四宮ひまわりが目を覚ますのに必要な刺激も、徐々に増してきていた。
その様子に、雁夜は濁った左目を歪ませて唸る。
「食欲だ……! 今まで見てたので確信した。結局こいつの性質は刻印虫どもと一緒だ。
魔力にしろ何にしろ、吸い上げられる養分なら何でも吸い上げたいんだ。そして宿主の組織に置き換わる……!」
周囲の地盤のほとんどには、既にこの分枝した童子斬りの根が蔓延っている。
もはや延びる場所がなくなったために末端があふれ出てきたのか、それとも雁夜たち自身を狙って延びてきたのかは判然としないが、どちらにしても、相当切羽詰まった事態であることには変わりがない。
木の根に現在進行形で侵食されてゆく四宮ひまわりの姿は、刻印虫に蝕まれていた雁夜自身の姿に重なって見えた。
可愛らしかったその少女の身が、徐々に徐々に、一年前の自分のように痛ましく侵されてゆくのを看過することなど、雁夜には耐えられなかった。
「なぁ、さっき、何か詠唱してただろ。ひまわりちゃんはあれでこの根っこを抑えてたんじゃないのか?
体を侵食するこの根を逆に魔術回路として利用して、自己封印をかけるんだ……!」
そうして考えを巡らせた末に、雁夜は一つの解決策を思いついていた。
先ほど目を覚ます直前に彼女が呟いていた奇妙な言葉が、雁夜の記憶の片隅に引っかかっていた。
「……私、何か言ってた?」
「あ、うん、確かに言ってたよ。イーシュケ・ア・なんとか、ジョラーンなんとかとか」
田所恵が、ひまわりが寝ぼけたように呟いていた言葉を、思い出せる限りで復唱する。
ひまわり自身もよく覚えていないその言葉に、雁夜は顎をかいて思考を巡らせた。
「ゲール語……、アイルランドとかケルト系の言葉に聞こえたな。
Uisce(イーシュケ)が水、Deora(ジョラー)は涙とか、そんな意味だったはずだ」
大した間もあけずその口から訳語が飛び出すと、その場はしばらく沈黙が支配した。
その周囲の反応に、語った雁夜がまごつく。
「ど、どうしたみんな?」
「ア……、アイルランドって……!?」
「ん? イギリスの一部だよ。クー・フーリンとか、そこそこ有名な英雄がいたところ」
「いや、そうじゃなくて……。間桐さんアイルランド語なんてわかるの!?」
四宮ひまわりが、驚きに口を開けていた。
ほかの者も、暗闇の中でそれぞれに同意しているのが伺える。
純粋に彼女らは驚いていたのだが、雁夜はどうにも、今まで自分が軽んじられてきた感を強く覚えて嘆息した。
「いやそれは、ジャーナリストだし魔術師だし……。俺だってそれくらいは知ってるよ」
「それで、それが詠唱というのと関係があるの? 医学的に除去困難だから、それこそ魔術にでも頼るしかないわ」
「まあ、無意識下の領域で出てきた言葉だし……。俺が刻印虫にやられてた時みたいに、本能的な自己防衛が働いてもおかしくないんじゃないかと」
布束砥信からの問いに、雁夜は自分の経験と重ね合わせながら答えた。
「そういえばあなた、童子斬りに命令を与えてすらいたわよね」
「あれは英語だったし……。単純な入出力系にならプログラミングみたいにできるかと思っただけ」
布束が思い出したのは、示現エンジンの管理室で、四宮ひまわりが初めてその切れ端を手に取った際のことである。
その際彼女が使っていた言語は、もちろんアイルランド語などではなかった。
だが雁夜は、憮然としたひまわりの言葉に首を振る。
「魔術も、つまりは肉体を回路としてプログラムを実行させる手法だ。
詠唱はその回路に流すソースコード。合う合わないは確かにあるが、その人の回路が理解できるなら何語だって別にいいんだ。
遠坂はドイツ語使うし。間桐はロシア系だが。まあうちの呪文をドイツ語で言おうが日本語で言おうが魔術は使えるんだ」
「結局、自分の体がコンパイラになってるというわけね。一度、あなたは確かに童子斬りというアプリケーションにプログラムを実行させたのよ」
四宮ひまわりは、無言のままに彼らの話を聞いた。
つまり彼女は、既に童子斬りという妖刀に適合しているのだ。
魔術回路として組み込まれている、神経系が接続している、プログラミング言語をコンパイルできる。
状態を示す言葉に差はあれど、それはひまわりが、童子斬りの侵食を逃れ、助かるかもしれない確かな可能性を示していた。
雁夜がひまわりの元ににじり寄る。
ぼんやりとした彼女に向け、やさしく語りかけていた。
「あのなひまわりちゃん。まさか、うちのクソジジイの言葉を人に教えることになるとは思わなかったが。
こういう輩を『支配』するには、まず心を通わせることが必要になるらしい。
体を食われながらも、家族や相棒、ペットのように……。無意識からそう思い込んで、阿頼耶識の力すら使う気概で。
……俺が究められたかどうかは甚だ疑問だけどな」
彼の言葉は、ひまわりの耳に遠く届いた。
既に彼女の眼は、瞼の裏に真っ赤な海を見ていた。
太陽のように赤く燃える、ユニティーなヒト科の音を立てて、指先に甘い温もりが、触れていた。
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「待っててね龍田さん……! すぐにゴーヤイムヤたちと合流するから!」
「しっかりして! もうすぐよ! すぐ助けてもらえるからね!」
「ええ……」
島のさらなる地下には、水浸しになりながら水脈を漕ぐ、幾十頭ものヒグマの群れがいた。
彼らが抱えているのは、傷だらけになった一人の少女だった。
その少女、艦娘の龍田は、半身を爆傷に焼かれ、半死半生のままヒグマたちの腕に力なく横たわっている。
探照灯で照らす地下水脈の中を踏み歩き、水圧に抗って懸命に彼女を運んでいるヒグマたちは、龍田提督率いる第七かんこ連隊の面々だった。
「龍田提督、なんか水かさが増してない!?」
「ええ、音が聞こえたわ天龍提督。ゴーヤイムヤが下水道を割ったのかも! 龍田さん濡らさないでね!」
「わかったわ!」
野太い彼らの声音を聞きながら、龍田はぼんやりと、頭に浮かんだ疑問を問う。
「……ねぇ、あなたたちって、結局、どういう集まりなの? なぜ私を助け、なぜこの国と、争っているの?」
「何って……、え? 龍田さんわからないの!?」
「わかるわけないでしょう……? 私はヒグマ提督とやらにも会ってないんだから……」
先頭から振り向いた龍田提督は、驚くのもそこそこに、探照灯を振り振り、答えた。
「そうねぇ……。結局、ただアチシたちは『艦これ』が好きなだけのヒグマよ。でもこのヒグマ帝国は、ただのそれだけのアチシたちの話を聞いてくれなかった。
欲求不満が溜まって溜まって。それでパッションがスプラッシュしたって、それだけのことよ。
とにかく上層部の奴らを取り押さえて、言うことを聞かせられればよかった……。それなのに……」
彼が思い出していたのは、第七かんこ連隊の一同を、身を挺して守った形になる、ツルシインのことだった。
敵対していた相手なのにも関わらず、彼女の計略のおかげで、彼らは傷一つなく喫茶店での戦闘から生還していたのだ。
「イッちゃった後って、本当に虚しいのねぇ……。初めて、アチシたちは目の前で死というものを見てしまったわ。
艦娘が轟沈してしまった時のような悲しみ。虚しさ。画面の向こうではなく、実際にそんな衝撃を経験してしまったのは、本当に初めてを喪失した時みたいだったわ……。
子日提督ちゃんとか、卯月提督ちゃんなら、きっとわかってくれるかもしれない。
もうそろそろ、何をするにしても穏便に交渉するのがいいはずだわ」
「そう、ね……」
龍田提督が語ったのは、規模が小さければ、何の変哲もないグループ内の不満でしかなかった。
事実、背後で頷いている第七かんこ連隊のヒグマたちを含め、第一、第四、第五、第六、第八、第九、ヒグマ提督など、艦これ勢の多くは元々タカ派ではなくハト派寄りだったと言える。
『パッションがスプラッシュした』とは言っても、ある種の事件をきっかけに不満が爆発しただけにしては、不自然な点も多い。
「……でもあなたたち、ただ激情で動いたにしては、組織立ち過ぎてるわ」
「ああ、それは穴持たず677――、ロッチナがうまく采配してくれたから。
近い仲間で固めてくれたから、喧嘩もせず過ごせていいわ♪」
続く龍田の疑問に、龍田提督はキャハッ、と華やいだ声を上げる。
聞き慣れないうちは一瞬背筋が寒くなりそうな裏声だった。
「アチシたち『姉妹丼勢』はね、本当姉妹が大好きなの! 見るもよし、なってもよし、ヤッてもよし!
本当に姉妹って素敵! 女の子同士の強固な繋がりって、やっぱり男なんていう汚らわしいブタどもにはない崇高さがあると思うの! ね、そうでしょ?」
「そうなの! この第七かんこ連隊はみんな、心の通じ合った義姉妹(ぎきょうだい)なのよ!」
「……そう」
周囲で浮かれあう重低音の声には突っ込みどころしかなかった。
何しろ全員ツッコむものがツイてるくらいなのだが、龍田には生憎と突っ込む体力などなかった。
代わりに彼女は、龍田提督に向けて、前々から気になっていた不安を恐る恐る切り出していた。
「……ということは、あなたなんかは、私や天龍ちゃんを、手籠めにしたいと思ってるわけ?」
「え、アチシが!? いやいや、そんなわけないじゃない! 勘違いしないでちょうだいな龍田さぁん!」
「そうよそうよ! 俺らなんかが龍田さんや天龍ちゃん襲うなんて、そんな失礼なこと有り得ないわ!」
「……どの口が言うのかしら」
先の喫茶店でこの連隊の50頭は、中破状態だった龍田のセクシーポーズに惹かれるようにして地下水脈へ落下していた。
どう考えても龍田には、彼らが自分の色気に惹かれた、引いては自分に性的欲求を持っているものだとしか思えないのだ。
だが彼らは、雁首を揃えて龍田の言葉を否定する。
「龍田さんは絶対に天龍ちゃんに看病してもらわなきゃ!
そうして、命を懸けていた妹の姿に涙を零す姉! 熱に浮かされながらも気丈に微笑む妹!
傷だらけの肌に光る玉の汗! 透けるほどに濡れる下着! 少しずつ近づく唇!
ベッド脇に生まれる、力強く甘い姉妹愛の花園! これよ! このシチュこそ最強でしょ!!」
「わかった。わかったわ……。わかりたくないけど、まぁ……」
龍田は熱弁を振るう彼らの主張を、頭痛を感じながら聞き流す。
とにかく自分や天龍などに危害を加えるつもりはないらしいことが分かっただけで、龍田には十分だった。
「あなたたちは、自分の好きな艦娘の名前を冠してるようだったから……。誤解するのも仕方ないでしょ?」
「ああ、それもそうかしら……。みんな基本的には、好きなものを名前にしてるものね」
「全員そうなの……?」
「ええ、チリヌルヲなんかは、深海棲艦みんな好きなの。それで特に、その『散りぬる(命が尽きてしまう姿)を』愛してるから。
深海棲艦どころじゃない守備範囲だから、今の龍田さんなんかは絶対にアイツの前に行っちゃダメ。トドメを刺されちゃう」
基本的に、艦これ勢の面々は生まれてからの生活のほとんどが艦これだったため、それ以外のもので自分を命名するというのが難しい傾向にある。
艦これに関連するものの中で一番自分の好きなものを名前にするというのは自然な流れであろう。
そうなってくると気になるのは、先ほどから第七かんこ連隊が合流を目指している、『ゴーヤイムヤ』というヒグマだ。
名称からは、2体の潜水艦の存在が漂ってくるのだが、『2体』というのはやはり特異な例に思える。
「さっきからあなたたちが期待している、ゴーヤイムヤというのは? 伊58と168が好きなわけ?」
「ゴーヤイムヤは……、色々複雑な事情があるのよ。
もともとあの子『たち』は、穴持たず158『苺屋(イチゴヤ)』さんと、穴持たず168『仏屋(ホトケヤ)』さんって呼ばれてた」
チリヌルヲ提督の例とは違い、龍田提督はその話を切り出す前にわずかに悲しげな顔を見せた。
「……ヒグマ帝国の事務班にいたの。シロクマさんの下ね。あの方はなんかお店の名前を付けるのが好きみたいで。
イチゴヤさんはすごい精度で胃の中のものを吐き出すことができて、ホトケヤさんは牙で色々な精密機械細工をすることができた。
帝国の発足当初は、色々忙しく働かされてたみたいよ、シーナーさんたちの身代わりとして研究所で振る舞ったりとか。
根回しとか計画性とか技術とか全部身に着けて……、大変だったでしょうねぇ……」
龍田提督の知っている限りでも、シロクマさんもとい司波深雪による研究所への欺瞞工作において、苺屋と仏屋という二体のヒグマは大きな役割を担っていたらしい。
消化液や胃石を吐き出して方々に侵入経路を作り、監視カメラや防犯機構に小細工を施していくなど、その活躍はなかなかに目覚ましいものがあったようだ。
「……でもそのうち、彼女たちはシロクマさんから忘れられていった。
楽しみにしていた喫茶店からも追い出されて、今までの功績なんてなかったかのように、一顧だにされなくなった」
同僚だったヤイコが、それでも粛々と事務を続けていたのに対して、シロクマの直属として大役を担っていた彼女たちの思いは、そんな風に我慢できるようなものではなかった。
「……第十かんこ連隊は、みんなそれこそ、潜水艦のように内に潜めた恨みや欲望を抱えたヤツばっか。
でもそれには、ちゃんと理由がある。みんな性根は、どこまでも真っ直ぐなヤツなのよ。
きっとあなたのことも助けてくれるはずだわ、龍田さん」
「そうデスか。アナタ方もみな共謀者でアルと」
龍田提督がにっこりと微笑んだ時だった。
水面から突如、おどろおどろしい淀みのような声が湧いた。
直後、その周囲一帯の水が逆巻き、瞬く間に50頭の第七かんこ連隊の全員を取り囲んでいた。
手足を封じ、首筋にぴたりと地下水が張り付いてくる。
そうしてその水は、驚愕に動けぬ龍田提督の耳元に、牙を剥き出して口を開いた。
「真っ直ぐだろうガ捻くれてヨウガ。私はアナタ方全員、3秒で溺死させてやれまスから。
……覚悟してクダサイ。この、テロリストども……!」
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「Wake up……! Wake up――!!」
「起きろ! 起きるんだひまわりちゃん!!」
「起きて! お願いだよぉ!!」
「お願いしますうぅ――!!」
「……ふあ?」
四宮ひまわりが再び目覚めた時、周囲の人々の声は以前と違い、あまりにも必死だった。
ぜぇぜぇと上がる、荒い息の音が辺りを埋めている。
よくよく目を凝らせば、先ほどまではがらんどうだったはずの防空壕の空間には、道路の植え込みのように木の枝が茂っていた。
彼らは、暗闇の中で伸びてくる童子斬りの根を、ひまわりに強く声をかけながら踊り逃れ続けていたのだ。
「ひまわりちゃんが意識を失ってから、この根っこ、明らかに俺たちを狙って伸び始めやがった……!
もう壁も床も天井も根っこだらけだ……!」
「ああ……、ごめん。なんか、のどが渇いて……」
ひまわりは右手でぎこちなく頬をかき、息をつく間桐雁夜に向けて平謝りする。
触れ合う自分の肌は、かさついている。
根は、ひまわりの右半身の方にまで侵食してきていた。
「そういえばひまわりちゃん、さっきまでお肌ぷにぷにだったのに……」
「そうか、海水だから……。塩分が高すぎて相対的に水分不足なんだわ。
そのために、手当たり次第に水分や養分を取ろうと根を伸ばしてきてるわけね」
田所恵が気づいたひまわりの異常に、合点がいったように布束砥信は舌打つ。
ここには、確かに大量の水が今も流れ込んで来てはいる。
しかしそれは津波によって流れ込んできた海水だ。
それは植物にも人体にも塩分濃度が高すぎて、逆に脱水をもたらす。
今まで童子斬りは土に染み込んでいた地下水を吸っていたために影響が出なかったが、それを吸い尽くしてしまえば、今度は流れ込む海水によってどんどん渇水状態になっていく。
どうにかしてひまわりの意識を保っておくことしか、今の彼らに童子斬りの伸長を防ぐことはできなかった。
「……どうやって、私の眼、覚ましたの?」
「撃ったわ。……そうするしかなかった。ごめんなさい」
ひまわりが当然の疑問を口にすると、布束は、童子斬りの生け垣の向こうから、彼女の右肩口を指さした。
視線を落とすと、ひまわりの肩には大きな銃創が開いている。
伸びてくる童子斬りのせいで近寄ることすらできなくなった布束が、最後の手段として、ドクター・ウルシェードのガブリカリバーで射撃していたのだ。
しかしその風穴にも、既に童子斬りが伸びてきて、傷を塞いでいる。
腕が動かしづらいのはこのせいだったか、と、ひまわりは一人納得した。
「お水! お水が必要ですよ! あの、あの、診療所には生食も蒸留水もあります!」
「点滴パックを瓦礫の中から掘り出すつもり……?」
「下には地下水脈があるようですけど、どちらにしろここから動けないことには……」
穴持たず104も田所恵も、方々に真水の行方を模索するが、その思考は大いなる不可能性に阻まれるだけだった。
「でも、朗報があるよ」
なおも沈鬱さに満ちる周囲に向け、ひまわりは努めて明るく言葉をかけた。
顔を上げた皆に向けて指をさす。
「服が完全に乾いた」
そこには、龍田のワンピース、布束の制服、恵の割烹着が童子斬りの根にひっかけられて揺れていた。
間桐雁夜を運ぶ、担架を作った際の衣類だった。
一瞬期待のこもった周囲の視線は、一気に愕然としたものに変わる。
「……ひまわりちゃん。君自身だけが頼りなんだ。君が童子斬りを支配することが唯一の解決策なんだ」
布束たちが呆れながらもパリッと乾いた衣服を回収している間、雁夜は必死にひまわりに向けて呼びかけていた。
彼女の顔面は、今や雁夜と同じように左半分を引きつらせていた。
左の眼は、もう濁って見えていないだろう。
壁にもたれるまま、もう動くことすらできない彼女の姿に、雁夜は自分の身を、そして蟲蔵に囚われ続けているのだろう遠坂桜のことを、思わずにはいられなかった。
「さっきも言いかけたけど、ちょっと試してみてくれ。心を通わせて……」
「申し訳ないけど、間桐さんなんかの指示に従いたくない」
だが、雁夜の呼びかけは、ひまわりににべもなく突っ撥ねられる。
彼女は今まで、ろくに雁夜の言うことに耳を貸してこなかった。
そしてそれは、これからも同じである、と、目を伏せた彼女の声音が如実に物語っていた。
「……いくら良い人ぶっても、あんな心の中見た後だし。
ロリコンで人妻寝取ろうとしてる人なんて最低……!」
「くそ……、ひどい言われようだ……ッ!」
「だって否定できないでしょ」
ひまわりは、歯噛みする雁夜を鋭くにらみつける。
四宮ひまわりには、この魔術師が、肉体的にも精神的にも汚らわしい男にしか思えなかった。
だから、ここまでの彼の言動も、全て偽善に思えるのだ。
シーナーの手によって一般公開されてしまった雁夜の独善的な妄想は、彼女にとってそれほど気味が悪く、衝撃的なものだった。
ひまわりの反応に溜息をつき、雁夜は慎重に言葉を選び、切り出した。
「確かに桜ちゃんや凛ちゃん、葵さんは特別だ……。
だが俺は……、女の人や子供はみんな――、好きなんだ!!」
童子斬りの生け垣の奥から身を乗り出し、拳を握りしめ、雁夜は力強く言い放つ。
一帯は、水を打ったように静まり返った。
女性陣は暫く絶句した後に、声に多少の恐怖を込めながらざわつく。
「……より一層ひどくなってませんか?」
「……輪をかけてキモい」
「Helplessね……」
「ペ、ペドフィリアの治療法、今度シーナーさんから聞いておきます……」
「違う! 違うから! 頼むから最後まで聞いてくれ!!
どうしてこうなるんだ!! 葵さんにはホモ疑惑まで持たれるし……!!」
雁夜は一同の反応に頭を抱えて唸った。
彼にできることはもはや、半ばやけくそに叫ぶことだけだった。
「俺はそもそも、こんなに可愛らしい女子供が、ひどい目に遭うのが、許せない。耐えられないんだ!!」
そのまま彼は、爆発するかのように思いの丈をまくしたてた。
「恵ちゃんの料理はいつも美味かった。身に沁みるほどの心配りは、絶対にいいお嫁さんになれる。
ひまわりちゃんは機転も利くし、今も十分可愛いのにすごい伸びしろがある。モデルになっても大成できるかもしれない。
布束さんは自己演出の方法がわかってる。とても妖艶で、あえて抑えているのになお美しさが溢れてる!
あんただって、看護師としちゃ落第かもしれないけど、人間だったらこっちが守ってやりたくなる愛くるしさに満ちてるんだよ!
魅力的だろ!? みんな素敵だろ女の子って!? これで好きにならずにいられるかってんだ!」
田所恵、四宮ひまわり、布束砥信、穴持たず104と、次々に指をさしながら雁夜は語る。
堰を切った津波のように、その言葉は止まらなかった。
「世界のニュースから悲しみが溢れて、人々は小さな虫みたいに蹂躙されていった……。
見るたびに痛ましさだけが募って。だから俺は、間桐の家を出奔してから、ジャーナリストになった。
中東への取材はいつも命がけだったよ。でも撮らずにはいられなかった」
それは身内にも、思い人にも言ったことのない、彼の率直な心情だった。
既に夫のある初恋の人への感情を、仕事によって断ち切ろうとしていたせいもあるかも知れない。
だがその職を選んだ根底はやはり、そんな初恋の人のような素敵な女性たちの命が、心無い争いによって奪われていく現実を、変えたいからに違いなかった。
「報道によって、世界の抑止力を振り向けることで、俺は彼女たちを守りたかった!
偽善でもいい。ロリコンと罵られてもいい。結局その行為は、俺がヒーローとして持て囃されたいだけの自己顕示欲なのかもしれない。
そのくせ最後は世論頼みの他力本願かよ間桐の血筋乙、とか言われてもいいよ!
だけどな、ひまわりちゃん! 俺はただ君を、この場にいるみんなをどうにかして助けたいんだ!
その心は誓って本当だ……!!」
肺の中の空気を絞りつくして、雁夜はへたり込んだ。
全身が傷みきった彼の体は、そうして大声を張り続けるだけでも、すぐに限界を迎えるのだった。
静まり返っていた女性陣は、しばらくして、互いの顔を見合わせた。
「か、患者さんから褒めてもらったの、初めてです……! 照れちゃいます」
「う、うん。それに、実は間桐さん、すごい尊い思想を持ってらしたんですね……」
「でもねぇ……。言ってるのが間桐さんだから、ちょっとありがたみ薄いね」
「面白いわね。男の人って魔法使いになるとみんなそういう思考になるの?」
「魔術師!! 魔法使いっていうと違う意味に聞こえるからやめてね!?」
布束から振られた淡泊な言葉に、雁夜は最後の力を絞って嘆く。
これでも言葉は届かなかったのかと、力なく彼は四宮ひまわりを見やる。
だが視線が合うと、彼女はかすかに、笑っていた。
「……ありがたみは薄いけど。真面目に聞くだけの価値は……、あったかな」
「そう……、か……! 良かった!」
雁夜は、顔をくしゃくしゃにして、笑っていた。
例えようもないほど醜いその表情も、なぜか今のひまわりには、すがすがしいものに見えた。
「じゃあもう一度だ! まず心を通わせるんだよ。この根っこになりきるような気持ちでさ!
無意識からそう思い込んで、阿頼耶識の力すら使う気概で……」
「……ああうん、ありがたみが薄いっていうのはさ。最初からそんなこと、わかってたから」
気を取り直して立ち上がった雁夜に向け、ひまわりは微笑んだまま呟く。
言うさなか、彼女の体には、目に見えて童子斬りの根が侵食を始めていた。
「でもおかげで確信はできたよ。阿頼耶識の力……。
『元型(アーキタイプ)』の、『発動機(エンジン)』、ね……」
息苦しさはない。
やはりただ、安堵感だけがある。
ひまわりは自分の周りに、数多のヒトを感じている。
そうして、彼女は何かを探すのだ。
何を探しているのか、もう少しで思い出せそうだった。
「……私もおなか、空いてたんだ」
そうして四宮ひまわりはまた、赤いジャムの中で泳ぐ夢を見る。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「……投降してくだサイ。少しでも怪しい動きをすれば、皆殺しデス……!!」
ビショップヒグマが第七かんこ連隊の一同を脅しつけていたのは、滝のように上層から下水が流れ込んでくるその地点、診療所の真下だった。
方や南方、方や北方から診療所を目指して地下水脈を渡ってきていた両者が、タイミング良くこの位置で出会ってしまっていたのである。
わずかにでも聞こえた会話から、この大量のヒグマたちが艦これ勢という反乱分子の一味であると推定することは、ビショップヒグマにとってあまりにも簡単なことだった。
「ピ、ピースガーディアンのビショップさんね!? 良かった! 投降するに決まってるじゃない!
アチシたちは捕虜にでもなんにでもなるから、早く龍田さんを診療所で治療してあげて!!」
「……ハァ?」
だが、取り押さえたヒグマから返ってきた返答は、予想外のものだった。
ビショップヒグマが反応できないでいる間にも、50頭のヒグマは喜び勇んで抱えていた装備を手放し始める。
良かった良かった、とか、これで龍田さん助かるわぁ、とか、診療所に他に姉妹いるかしら、など、口々に和んだ会話を始める一同に、ビショップヒグマはひたすら困惑した。
「あの、ちょっとちょっと……。アナタ方は診療所を襲ってきた艦これ勢の仲間では無いのデスカ?」
「え? 仲間だけど。ビショップさんがここにいるってことは、さしものゴーヤイムヤも返り討ちにあったってことでしょ?
アチシたちは投降するから、早く龍田さんを上にあげてあげてよ」
「あ、うん……。そうできたらよかったンデスけどネ……!」
まだ拘束を続けているのにも関わらず、龍田提督から返ってきた緊張感のない言葉に、ビショップは思わず苛立ちを噴火させずにはいられなかった。
「そのゴーヤイムヤとかいう輩のせいで診療所は倒壊シマシタよ!! 力不足であいスミマセンでしたネェ!!」
「えぇ!? 倒壊!?」
驚くのにもいちいちシナを作る龍田提督の言動の一つ一つが、今のビショップには神経を逆なでするもののように思えた。
それでもようやく彼も状況を理解できたようで、切羽詰まった声音で問い返してくる。
「第十にはゴーレムちゃんがいるはずよ!? 制圧されるにしても穏便に済んでないの!?」
「何言ってるんデスか!! 殺意マンマンでシたよ!?」
そうして一斉にざわつき始める第七かんこ連隊の様子に、ビショップはやりづらさばかり感じた。
ゴーレム提督、またはレムちゃんという存在は、艦これ勢の一員でありながら、直近までこの診療所に勤務していた者に他ならない。
診療所を制圧しに向かっていた潜水勢の中に彼女がいたことから、第七かんこ連隊のメンバーは当然、診療所は無血開城ないしそれに近い形で決着するのだろうと予想していた。
どうやら互いにとって、この状況は本当に想定外だったらしい。
「ゴーレムちゃんは作戦行動から外されてるのかしら……。
ゴーヤイムヤの恨み節だけだったら、確かに診療所みんなヤられかねないわ。
ヤスミンさんが人間と通じてたって前科もあるし……」
「なんデスかその言いがかりは……! 仮にそうだったとしてもヤスミンさんだけの問題でショう!?」
「組織の者の失態は、トップや組織自体の責任なのよ。特にゴーヤイムヤにとってはね……」
龍田提督は一度唸った後、首元に這い登ってくる水に向けて、屈んで無理やり上目づかいを作りながら、嘆願した。
「まだ戦闘は続いてるのよね!? ゴーヤイムヤはアチシたちが説得するわ!
それが終わったらアチシたちはどうなってもいい!! 何でもするわ!! 女に二言はないもの!!
だから、龍田さんは助けてあげて!! お願いよ、ビショップさん!!」
「龍田サン……、ですか……」
あなたは生物学的にオスじゃないか、とビショップはよくよく言いたくなったが、あまりにも彼が真剣だったために、野暮な突っ込みはいつの間にか喉の奥から消えていた。
見やれば、龍田提督の後ろで隊員に抱えられているのは、全身を傷だらけにした少女だった。
片腕は千切れ、半身を広範な爆風に焼かれて意識も朦朧として見える。
騒動に目は覚ましているようだが、状況が把握できていないのか気力がないのか、口を開きはしない。
だがその少女は間違いなく、示現エンジンへ向かい、ヒグマ帝国に協力してくれたという艦娘、龍田に他ならなかった。
的確に送られていた苔の通信文を思い返し、ビショップは嘆息した。
「上に、テンシさんがいるハズでス……。急ぎ、診てもらいまショう……!」
「ありがとう! そうこなくっちゃ♪ ビショップさんも良かったらアチシたちの姉妹にならない?」
「遠慮サセテクダサイ。イヤ、マジデ」
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
間桐雁夜が四宮ひまわりに思いをぶちまけていた直後、穴持たず104の耳に、届くものがあった。
それはこの根っこだらけになった防空壕のさらに下層から、彼女の名を呼ぶ声だった。
「あっ! ビショップさん! ビショップさんですよ!! ビショップさんが戻ってきてくれました!!」
「Really!? この上ないタイミングだわ。これ以上ここが持つかわからなかったもの」
「テンシさん、ちょっとドイテくだサイ! ここちょっと広げますノデ!」
地下水脈を逆走してきたビショップヒグマの声は、即席防空壕に押し込められていた一同には救世主に聞こえた。
そして救世主は、さらなる助っ人をつけて、来訪したようだった。
「みんなぁ! トコロテンで、おしとやかに仰角つけなさぁい!!」
「はにょぉおぉぉぉぉおぉぉぉ!! イクよぉおぉぉおぉぉ!!」
身を引いたテンシや布束の前で、地下の泥が下から次々と吹き飛ばされた。
控えめながら数多くの高角砲の砲弾を受けて、地下水脈へと流れ落ちていく滝口が広がり、そこからヒグマが這い上がってくる。
「だ、誰!?」
「はぁい♪ あらあら、布束さんとか、人間も沢山来てたのねぇ〜。アチシ、第七かんこ連隊の龍田提督よ♪」
「Enemyじゃないの……ッ!!」
筋骨隆々たるそのヒグマに怖気づく田所恵の前に、布束砥信が立ちはだかって身構える。
だが龍田提督は、ちょびちょびと爪を打ち振って否定の意を示した。
「敵になるつもりないわよ〜! ここからもう一回上にあがって、ゴーヤイムヤ説得してあげるから!
それよりテンシちゃん! お願いよぉ〜! 龍田さん診てあげて!!」
「ひゃい!?」
「龍田さん……!?」
「龍田……!?」
唐突に呼ばれた穴持たず104の前に、下から隊員の手によって慎重に少女の体が運び上げられてくる。
奥で固唾を呑んでいた雁夜や、ぼんやりとしていた四宮ひまわりまでもが、思わず声を漏らした。
「What's happened to you!? 龍田、どうしたのよこの傷は!?」
「ひどい……、こんな火傷して……!!」
「あわ、あわわ、どうしましょう……!?」
テンシがまごつく中、布束や恵が駆け寄ると、横たえられた龍田はかすかに微笑んだ。
「……シロクマさんというあの子、助けられなかったのよ。ここの王も、ツルシインさんも、戦死したわ」
「は……!?」
龍田の言葉で硬直したのは、まだ階下から第七かんこ連隊の面子を引き上げ続けていたビショップヒグマだった。
一度龍田と同行していた恵や布束も十分驚いたが、彼女にとって、その知らせはまさに寝耳に水だった。
「ちょ、ちょっと……! 待ってクダサイ!! キングさんや、ツルシインさん、シロクマさんが……、死んだ!?」
「シロクマさんはわからない……。でも私も、キングさん、ツルシインさん、皆、『シバさん』という男が起こした爆発で吹き飛んだ」
「あ、あ、あ……」
ビショップヒグマは、微かな呻きだけを下層で絞り出し、動けなくなっていた。
頭が真っ白になって、何が何だかわからなくなった。
直属の上司が、大失態を起こしたのだ。
大失態どころではない。人死にが出ているのだ。
国会で妹が人質に取られているからと、防衛大臣が爆弾を持ち込んで国土交通大臣と総理大臣と秘書を巻き添えにその犯人を爆殺しにかかったようなものだ。
そして結局、その犯人も妹も本人も生死不明であるという、国辱に等しい、いや、国辱というのすら生温い失態だった。
誰もが絶句した中で、その時唯一動けたのは、間桐雁夜だった。
「経緯なんて、後でいいだろ! 今はとにかく、龍田さんの手当てだよ!」
「は、はふぃ!」
自身もびっこを引きながら、雁夜は力の入らない腕で精いっぱいテンシの背を叩いた。
こうした状況は、彼がフリーのジャーナリストとして駆け回っていたころに、幾度も遭遇した場面だった。
考えるより先に、体が動いていた。
「何にもないから……、とりあえず応急処置を! 布束さん! さっきの乾いた服!」
「……あ、そ、そうね。取り込んでいたわ」
雁夜は、後ろの布束に即座に指示を出した。
先ほど乾ききった龍田のワンピースを受け取り、血と爆風で汚れたブラウスの代わりに龍田に着させようとする。
「……塩、吹いてるわ」
「あ……ッ」
だが、その行為は、龍田の苦笑にさえぎられる。
濡れたのが津波の海水だったために、当然乾燥した衣服には大量の塩がついていた。
これを傷口の上に着させるなど、拷問以外の何物でもない
「……間桐さん、やっぱり汚しちゃったのね〜……」
「くそ、済まない、龍田さん……!」
「洗って返してくれればいいわ……。返せたら、ね〜……」
龍田の微笑みは、諦観だった。
自分の命が長くないだろうことを、悟っている表情だった。
蟲蔵に放り込まれ続けていた遠坂桜のような、雁夜の大嫌いな表情だった。
「おおお――! 『Nachat'(セット)』!!」
雁夜はその時、全身を震わせて叫んでいた。
固く閉じた口から血が滴り、眼の端や鼻の血管が切れ、血しぶきを吹く。
だがそれを意に介さず、雁夜は龍田の焼けただれた右半身に手を当てていた。
「『Golos v e'toy ruke(声はこの手に)』――。
『Krov' spokoyno nad vami(血は静かにキミを巡る)』」
雁夜の口から、ロシア語の旋律が溢れる。
それは間桐家の魔術の、源流の基礎にあたる呪文だった。
すると手を当てられていたところから、龍田の火傷の腫れが徐々に引いてくる。
苦しげだった龍田の呼吸も、次第に深く、落ち着いたものになってきていた。
「これ、は……」
「間桐の魔術は、水属性の吸収と支配だ……。体液の分配を部分的に操作し、整流してる。
火傷から少しでも体液の損失が防げるように……。ただの手当だけど、多少はマシになるかと……!」
滴る口内の血を飲み下し続けながら、雁夜は必死に体力を振り絞った。
それでも、彼が期待するほど劇的な変化は、龍田の体には見られない。
彼の魔術回路を形成していた刻印虫が死滅したためだ。
雁夜は生来のわずかな魔術回路を、ぼろぼろの肉体に鞭打つことでしか魔術を使えず、なおかつその効果もあまりに微々たるものに過ぎなかった。
「魔術回路が壊滅したから……。忌み嫌っていた間桐の魔術を使ってもこの程度しか……。すまない……!」
「あらそう〜。その割には、しっかりしてるじゃない……?」
涙がこぼれそうになる彼の様子に、龍田は、いささか張りの戻った声で、笑った。
彼女が見つめる先には、胸元におかれた、雁夜の右手があった。
それは爆風でめくれたブラウスの下にある、龍田の豊かな膨らみを掴んでいた。
「あ、いや、これは、違……ッ!!」
「その手、落ちても知らないですよ〜?」
慌てて手を離した雁夜の前に、勢いよく風が吹き抜ける。
励起された彼の魔力に引き寄せられてきたらしい童子斬りの根が幾本か、まとめて分断されていた。
尻餅をつく彼の前に、半身を唐紅に染め上げたその少女が、自前の薙刀を携えて微笑んでいた。
「龍田さんが……、立った……!」
龍田提督が息を飲む。
片腕を失い、爆風に焼かれ、襤褸のような衣服だけになっても、その風の神の名を冠した軽巡洋艦は、端然と地にその脚をついていた。
「ありがと〜。それじゃあ、行きましょうか〜? ここで立ち止まってても、仕方ないものね?」
【C-6 地下・ヒグマ診療所奥防空壕/午後】
【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:左腕切断(焼灼止血済)、大破、右半身に広範な爆傷、ワンピースを脱いでいる(ブラウスとキャミソールの姿)、体液損耗防止魔術付与
装備:三式水中探信儀、14号対空電探、強化型艦本式缶、薙刀型固定兵装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:そうね。経緯なんて、後でいいわ。今はできることを、するの。
1:人間が自分から事故起こしてたら世話ないわよ……。
2:この帝国はなんでしっかりしてない面子が幅をきかせてたわけ!?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
4:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。
【龍田提督@ヒグマ帝国】
状態:『第七かんこ連隊』連隊長(姉妹丼勢)
装備:探照灯、高角砲など
道具:姉妹愛、姉妹、百合
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国を乗っ取る傍ら、姉妹愛を追い求める。
0:ロッチナの下で姉妹愛を追い求める。
1:姉妹愛の素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間にも姉妹の素晴らしさを広める。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
4:龍田さんを守る
※艦娘や深海棲艦の姉妹愛は素晴らしいとしか思っていません。
※『第七かんこ連隊』の残り人員は50名です。
【穴持たず203(ビショップヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”の意志に従う??????????
0:キング、さん……。シバさん……!
1:スミマセンベージュさん……。アナタを救えなかった……!!
2:……どうか耐えていて下サイ、夏の虫たち!!
3:球磨さんとか、通信の龍田さんとか見る限り、艦娘が悪い訳ではナイんでスよね……。
4:ルーク、ポーン……。アナタ方の分まで、ピースガーディアンの名誉は挽回しまス。
5:シバさんとアイドルオタクは何やってるんデスかホント!! アーもう!!
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※空気中や地下の水と繋がって、半径20mに限り、操ったり取り込んで再生することができます。
※メスです。
【穴持たず104(ジブリール)】
状態:狼狽
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
0:何が起きてるの!? 何が起きてるの!?
1:レムちゃん……、なんでぇ、ひどいよぉ……!!
2:ベージュさん、ベージュさぁん……!!
3:応急手当の仕方も勉強しないとぉ……!!
4:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです
【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、ずぶ濡れ(上はブラウスと白衣のみ)
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池、バリキドリンクの空き瓶、制服
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:暁美ほむらたち、どうか生き残っていて……!!
1:キリカとのぞみは、やったのね。今後とも成功・無事を祈る。
2:『スポンサー』は、あのクマのロボットか……。
3:やってきた参加者達と接触を試みる。あの屋台にいた者たちは?
4:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
5:帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。が、このツルシインというヒグマはどうだ……?
6:駄目だ……。艦これ勢は一周回った危険な馬鹿が大半だった……。
7:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。
【田所恵@食戟のソーマ】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:割烹着
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:龍田さん! 大丈夫ですか!?
1:もどかしいなぁ……。料理以外出来ない私が……。
2:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
3:布束さんに、落ち着いたらもう一度きちんと謝って、話をします。
4:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。
【間桐雁夜】
[状態]:刻印虫死滅、それによる内臓機能低下・電解質異常、バリキとか色々な意味で興奮、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:龍田のワンピース
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を桜ちゃんの元に持ち帰る
0:俺は、桜ちゃんも葵さんも、みんなを救いたいんだよ!!
1:俺のバーサーカーは最強だったんだ……ッ!!(集中線)
2:俺はまだ、桜のために生きられる!!
3:桜ちゃんやバーサーカー、助けてくれた人のためにも、聖杯を勝ち取る。
[備考]
※参加者ではありません、主催陣営の一室に軟禁されていました。
※バーサーカーが消滅し、魔力の消費が止まっています。
※全身の刻印虫が死滅しました。
【四宮ひまわり@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:疲労(小)、ずぶぬれ、寄生進行中、『眠い』
装備:半纏、帝国産二代目鬼斬り(2/3)
道具:オペレーションキー
[思考・状況]
基本思考:この研究所跡で起こっていることの把握
0:……くそ眠い。
1:ネット上に常駐してるあのプログラムも、エンジンを止めた今無力化されてるか……?
2:龍田……、大丈夫……?
3:れいちゃんは無事なんだろうか……!?
4:この根を張ってるとお腹が一杯になる。どうにかいい制御法があればいいんだけど。
5:間桐さんは変態。はっきりわかんだね。
[備考]
※鬼斬りに寄生されました。
※バーサーカーの『騎士は徒手にて死せず』を受けた上に分枝したので、鬼斬りの性質は本来のものから大きく変質している可能性があります。
以上で投下終了です。
続きまして、予約メンバーを継続して予約します。
投下乙です
おお、長い間瀕死だった龍田さんが復活したぞ。この面子の中じゃ紛れもなく最強で
もはや主人公の一人であるが相変わらず美しい。雁夜おじさん、童子切りに飲み込まれ
そうなひまわりちゃんを踏んばらせたり龍田さんを回復したりと普通にフラグ立っても
いいくらいのイケメン行為を繰り返しているんだが残念ながらこのロワの女子はみんな強くて
そんなにちょろくないのであった。姉妹丼勢の龍田提督から語られるゴーヤイムヤ提督の
悲しい過去。なるほど、二匹のヒグマが合成した結果ああなってしまったんだな。
相変わらずシロクマさんは碌なムーブをしていない。シバさんのテロ行為は喩の通りだよ、
既に殉職してるから責任の取りようはないが。とりあえずここのメンバーは落ち着いたみたいで安心です。
予約を延長します
初期ヒグマの生き残りのヒグマードさんを描いてみました
ttp://dl1.getuploader.com/g/nolifeman00/74/hig2.jpg
支援絵乙です!
う〜ん、完全にプニキですねヒグマードさん。やっぱり様々なヒグマを取り込んでますし、モノマネも多芸なんでしょうね。
なんか可愛さの方が先立って怖くない。これは言峰神父が神様だと思うのも頷けますね!
プニキヒグマードマジネ申。
予約の方はギリギリですが上がりましたので投下します。
デビルヒグマは知っている。
この戦いには勝ち目がないのだということを。
状況を整理しよう。
現在デビルヒグマと球磨川禊がいるのは、C-6エリアの地下、ヒグマ帝国の診療所、その一階だった場所だ。
柱を魚雷によって砕かれ崩落したそこは、瓦礫に埋まり、流れ込み続ける海水に浸り、デビルヒグマの巨体ではほとんど身じろぎもできないほどだった。
彼はまずここから、全身の組織を切断・再結合された瀕死の球磨川禊を抱えつつ外に抜け出すことが必要だった。
この瓦礫の下には、ベージュ老というヒグマの死体、そして少し離れた診察室の場所に星空凛とジャン・キルシュタインが生き埋めになっているはずでもあるが、詳細は窺えない。
また、さらにこの海水の流れてゆく先には、この診療所のヒグマである穴持たず104、およびピースガーディアンのビショップ、更に布束砥信、間桐雁夜、四宮ひまわり、田所恵という元主催側の人間たちが流されていったはずだが、こちらもその生死を確認する術はない。
上階には、暁美ほむらの体が死んでいる。
デビルヒグマの耳にも、彼女が敵軍のヒグマの一頭に首を蹴り折られた音が聞こえた。
再びソウルジェムだけで思考を続けてはいるらしいが、肉体を殺されている彼女がすぐにこの状況の打開策を見いだせるとは考えづらい。
また、見いだせたところで、同じ魔法少女である巴マミ以外は、現状死体である彼女と会話ができない。
連携が取れない以上、戦力としては度外視するほかない。
さらに上、元々3階だった場所では、暁美ほむらを蹴り殺したヒグマと、球磨、碇シンジ、および診療所で寝ていた諸々のヒグマたちが戦闘になっているはずだ。
頭数自体は、圧倒的にこちらが有利ではある。
だが、先方の能力が全く読めない。
相手は暁美ほむらの危険性を逸早く察知し、真っ先に排除したほどの相手だ。
苦戦を強いられている可能性は高い。
だがしかし、それにも増して危険性と敗色に満ち溢れているのが、この瓦礫を抜けた先の、診療所の外だった。
この先、診療所に至るまでの地下通路は、破壊された下水道から流れ込む海水に埋められ、優に40頭を越える、潜水装備を身につけたヒグマが戦闘態勢を取っていた。
そして彼らが攻撃に用いる魚雷は、如何にしてか球磨川禊の全身を破壊する、謎の性質をも持っている。
この場面に対して、向かっている人員はわずかに、纏流子と巴マミの二人しかいない。
海水に紛れて流れてくるのは、濃厚な血臭だ。
それも大量の、人間の血液だ。
敵軍の大将格と戦闘になっていたらしい纏流子のものに違いない。
危急だ。すぐにでも、駆けつけなければならない。
ここを突破されてしまえば、敵軍がこの場の生き残りを蹂躙し尽すだろうことは目に見えている。
だが勝ち目が、ない。
決闘者として数多くのデュエル、決闘を戦い抜いてきた彼には、この敵軍の周到さが、物量差が、身に沁みて理解できるのだ。
いくら巴マミが奮起しようと。
デビルヒグマが奮戦しようと。
纏流子の意志が再起しようと。
この敵との戦いで勝てるビジョンは見えない。
何もかもが無駄になるだろう。
今手元にある手札だけでは、どのような戦術を取ろうとデビルたちの一行が敵に勝つことはできない。
デビルヒグマは牙を噛む。
この手札を覆す何か――。それが絶対に必要だった。
『……例えこの命に代えてでも、ってかい』
その時、デビルヒグマの肩で、か細い呟きが聞こえる。
全身を血に塗れさせ、息も絶え絶えとなっている、球磨川禊だった。
その言葉はまさにデビルヒグマの、心の代弁だった。
「球磨川……。まさか、お前もか」
『そりゃあ……ね。マミちゃんが死んじゃったら、もう巨乳を拝めないものね』
軽口のように彼は言う。
振り返ってみても、暗闇に彼の表情は窺えない。
だがその細い声音は、確かに覚悟を決めた者が放つ、決闘者の声だった。
デビルヒグマは肩に彼の声を聞きながら、彼を濡らさぬよう負担を掛けぬよう、慎重に瓦礫を掻き分けて外へとにじってゆく。
『あと一回……。ぼくが全身全霊を振り絞れば、あと一回だけ、きっと、何か一つだけ、「なかったこと」にできる……。
この絶望的な状況を覆せる……、ほんのちょびっとの希望は、作り出せるはずなんだ……』
「……そうだな。何か一つ……。この敵の襲撃自体をなかったことに出来れば、言うことはないんだがな」
球磨川がその行為に、命を賭けようとしていることは明らかだった。
同じくデビルも、自分の命一つでこの勝負に勝てるのであれば、惜しみも未練も何もない。
たった一回のチャンスだ。活かすならば、根本を解決できなければ意味がない。
だが球磨川は、デビルの言葉に首を振らざるを得ない。
『大規模すぎるね……ちょっと。離れすぎてるし。
結局、他人の行動を、いくつも「なかったこと」にしなきゃいけないから……』
「そうか。一見万能に見える結局貴様の能力も、対象となる者は、近距離かつ単体のみだということか……」
『ごめんね』
単独の人間に挑まれた勝負自体を『なかったこと』にすることは、球磨川自身何度もやってきたことだ。
しかし今回の襲撃の場合、ほぼ50頭かそこらのヒグマの行為を『なかったこと』にしなければならない。
万全の状態ならばいざ知らず、全身の組織を滅茶苦茶にされている今の球磨川では、それほど大量の事象を『なかったこと』にすれば、途中で過負荷に耐えきれず死亡するのは目に見えていた。
つぶやけば、どんな願いも叶う。
ああ、そんなチカラであったならばどれだけ良かったか。
球磨川はただ無力感に、身も心も震わせていた。
「……ならばとっておけ」
やり場のない覚悟ともどかしさ。
それは、限られた手札の内容に苦悩するデュエリストの心情にも似ていた。
今、デビルヒグマが背に負う少年は紛れもなく、彼の同志に他ならなかった。
「切り札は必ず、切るべき時がわかるはずだ。わからぬうちは切らんでいい。
……もしかするとその札は、マミの舞台の優先番号札かも知れんからな!」
『……そうだね。そうするよ』
強く頷き合った両者の前で、最後の瓦礫が、取り除かれた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「くけけけけ……」
診療所の前の通路を埋める水上に、長い髪の少女が、口を大きく引き裂いて魚雷を構えている。
その口は、文字通り引き裂かれたように、胸元まで開いていた。
纏うスクール水着にもかかる長髪は赤とピンクのまだらであり、魚雷を持つ腕は巨大なヒグマの脚だった。
「オおォヲぉオおぉォォぉォオ――!!」
その異形の少女・ゴーヤイムヤ提督の前で猛りを上げているのは、生命繊維の暴走に飲み込まれた纏流子だ。
まるで悪性腫瘍のように無秩序に肥大し、緑に変色した皮膚のいたるところから流血するその肉体は、もはや一片の理性も宿さず、ただ破壊衝動の発散先を求めるだけに見えた。
彼女を正気に戻そうと駆け寄ってきた巴マミを一刀のもとに両断した彼女は、ゴーヤイムヤ提督にその無防備な背中を晒していた。
「さぁ、沈めでち!!」
「ギるルルるォぉオ――!!」
だがゴーヤイムヤ提督が魚雷を放った瞬間、暴走流子は敏感にその攻撃へ反応した。
振り向きざまの片太刀バサミによる斬撃が、投射された魚雷を空中で分断し、後方で爆発させる。
下水道に繋がる壁が揺らぐ。
攻撃目標を変えた暴走流子は、全身から高温の血液を噴き出しながらゴーヤイムヤ提督へと躍りかかった。
「グルるぁアああァぁアアぁ――!!」
「お、『起源魚雷』を切って変化なし――? くけけ、そのなまくらの剪断力だけで切ったでち?
なかなか楽しませてくれるでち! そうでもなきゃ煽った甲斐がないでち!」
その暴力的な剣風を巨大なヒグマの爪で捌きながら、ゴーヤイムヤ提督は笑みを深めるのみだ。
一撃ごとに通路が揺れ、壁面にひびが入るほどの攻撃にも関わらず、だ。
暴走流子が振るう、シオマネキのように肥大した左腕の打撃と、対照的に細く鋭い片太刀バサミの斬撃を、ゴーヤイムヤ提督は悉く察知し躱している。
「だが、甘い。甘いでち。やはり潜水艦の深き力は、精密なデザインと狙いあってのもの――」
そしてあるタイミングで、暴走流子の肉体は身動きが取れなくなった。
黄色く濁った眼で彼女が見やれば、その体は、水面に広がっていたゴーヤイムヤ提督の長い髪の毛に四肢を絡め取られている。
深海棲艦が用いる、自らの毛を防潜網として散布する奇怪な戦術であった。
「貴様の太刀筋は大振りも大振り、隙だらけでち――!!」
「グガああァぁぁアァァあアァあァ――!?」
そしてゴーヤイムヤ提督は、そのタイミングを逃さず、自身の巨大な爪を振るっていた。
髪の毛の網に手繰られた暴走流子がその網を千切りきる前に、彼女の肥大した左腕はゴーヤイムヤ提督に根元から叩き折られていた。
折られた二の腕から勢いよく血が噴き出る。
大量の蒸気を上げて落ちる熱血に、流子の苦悶も水面に踊る。
ゴーヤイムヤ提督はそのまま、引きちぎった彼女の腕を感慨もなく咀嚼してゆく。
「かぁ〜、スジっぽい肉でち。繊維質ばっか。骨まで毛皮でできてるみたいでち」
「グルおぉオォぉオォォおおォぉ――!!」
「単調過ぎるでち。深き力を得てヒグマの筋力になっても、技巧が無かったら意味ないでち。
イノシシヤンマごときがこのゴーヤイムヤに勝る道理などないでち」
左肩から血を吹き出し、髪の毛の網を千切りながら、暴走流子はなおも片太刀バサミを振るって暴れる。
だが、もはやゴーヤイムヤ提督は彼女へ振り向くことすらなく、髪の毛に伝わる感覚と片腕だけで流子の剣戟を捌いていた。
そうしてゴーヤイムヤ提督は、体格に比して不釣合いに大きなその口に流子の腕をねぶりながら、興味を失ったようにそばの水面下へ指示を飛ばす。
「おい、こっちはもういいでち。デーモンに続いてさっさと診療所を潰して来いでち」
「了解しました!」
水中に待機していた40頭余りのヒグマ、第十かんこ連隊の面々が、潜水装備に覆われた顔面を浮上させ、ゴーヤイムヤ提督へと敬礼した。
そして暗い水上を、彼らの一団は粛々と瓦礫の診療所を蹂躙しに行くかと見えた。
「やらせないわ……。網を張ってたのが自分だけだと思ってるの……?」
だがその瞬間、部隊の先頭を進んでいた一頭のヒグマが、突如バラバラの肉塊に変わっていた。
「何っ――!?」
驚愕に、第十かんこ連隊のメンバーの動きが止まる。
部隊の両翼から戻ろうとしたヒグマたちも、一瞬にして胴体を分断され水面に血を吹いた。
「落ち着けッ!! 落ち着くでち!!」
狼狽に狂乱し始めた潜水部隊を、ゴーヤイムヤ提督が一喝する。
周囲を素早く見まわしていた彼女は、微かな呟きが聞こえた付近の暗闇に向けて、喰いかけの暴走流子の腕を口から吐き出していた。
まるで砲撃のような速度で投げられた流子の肥大した左腕は、壁際の空中でやはり荒い肉塊に切断される。
壁にぶつかり、水面に落ちる肉塊の反響で、ゴーヤイムヤ提督は、狙った相手が潜むその場所を特定した。
「チッ、船体を両断されたくせに沈んでないとは。無駄にダメコンの上手い水上艦でち……!」
「くっ……!」
壁際の水面に息を潜めていたのは、濡れた金髪の奥から爛々と瞳を燃やす一人の少女。
両断された胴体をリボンの包帯で無理矢理接合した、巴マミだった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
待機するヒグマたちにも、流子と戦闘するゴーヤイムヤ提督にも気づかれぬよう、巴マミは胴体を真っ二つにされた後、物音を立てずひっそりと動いていた。
水流に同化するような所作で陣を張り、この敵に対峙する策を模索した。
斬り落とされた下半身は、完全に繋がっているわけではない。
サラシのように巻いたリボンでとりあえず固定しているだけだ。
切断された内臓からは、血が口の中に溢れてくる。
それでもマミは、自分の治療に魔力を回すつもりなどない。
ただ全力で、この策に身命を賭していた。
「私はね……。本当、独り善がりな子。わがままで、そのくせ寂しがり屋で、弱くて……。
だからね、私の心は、リボンなんていう綺麗なものでは表し切れない」
「おい、相手はそこでち!」
「ウオォォ――!!」
巴マミは発見されたことに構わず、その両手を空中に遊ばせ、何かを手繰った。
ゴーヤイムヤ提督が檄を飛ばすのに合わせ、彼女へ第十かんこ連隊の何頭かが飛び掛かるが、その肉体はやはり巴マミに届く遥か手前で、乱雑な賽の目の肉に切断される。
「チッ、なるほど……。ろくでもないデザインの防潜網でち……!」
「もっと尖ってて、攻撃的で……、繋がりたい相手すら殺めてしまう」
その様子に巴マミの攻撃方法を察知し、ゴーヤイムヤ提督は苦々しく舌打ちする。
マミはそのまま思いっきり、空中に腕を振るった。
「――『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』なのよ!!」
それは巴マミが、心身ともに真に追い詰められた時にしか用いることのない、封じていた技法だった。
用いるのは、いつかどこかで自らの独善と弱さに溺れ、弟子たる佐倉杏子との執拗な決別を望もうとする時くらいだろう。
だが今彼女は、独善に溺れるのではなく、その独善を見据えながらその糸を手繰る。
細く細く、鋭く鋭く、眼に見えぬほどの細やかさを以て伸ばしたリボン。
堅く堅く、しなやかにしなやかに、誰かを求めながらあらゆる者を切断する矛盾の刃。
その意図が、独善の先で確かに正義へと繋がるのだと信じて、彼女はその魔力を揮っている。
右手の甲に刻まれた令呪の、2画目が消えていた。
空中に風切り音を立てて引かれた、眼に見えぬほど細いリボンの刃が、ゴーヤイムヤ提督の頬を掠めた。
長い彼女の髪の毛が方々で切断される。
同時に水面の上下で、連隊のヒグマたちが脚や指を次々と断ち落されて苦悶に呻いた。
「動かないで! あなたたちみんな、自分の動きでサイコロステーキになるわよ!」
「ギオぉおオオォおぉぉォぉ――!!」
「ちぃっ――!」
ゴーヤイムヤの髪の毛の網が完全に千切れ、解放された暴走流子がさらにそこへ襲い掛かった。
水上に浮上していた連隊のヒグマたちが片太刀バサミで次々と両断されていく。
「バカどもが! 潜行するでち! このゴーヤイムヤが仕留める!」
瞬間、体勢を立て直したゴーヤイムヤ提督は、その腕に魚雷を構えていた。
だが彼女が狙うのは、巴マミの方向でも纏流子の方向でもなかった。
中空に向けて発射された魚雷は、高密度に張られた『フィラーレ・アグッツォ』の糸に触れて瞬く間に小間切れとなる。
だが、それこそがゴーヤイムヤ提督の狙いだった。
「なっ――!?」
直後、マミが掴んでいた細い糸の束は、一本の例外も無く焼き切られたかのように縮れて霧消する。
衛宮切嗣の『起源弾』の効果をそのまま落とし込んだ『起源魚雷』が、その魔力をことごとく切断していた。
「しぇあっ――!」
「ゴおオォぉオォおォォぉ――!?」
その隙に、ゴーヤイムヤ提督は目前の隊員の肉塊をナマスにしている暴走流子を拳で張り飛ばす。
彼女の視線はそのまま、硬直する巴マミへと向かった。
「ぷうっ」
「え――?」
次の瞬間、ゴーヤイムヤ提督は、大きく息を吸ったように見えた。
そして同時に、スクール水着を身につけた彼女の乳房が、巴マミのものを上回るほどに肥大していた。
予想外のその様相に、巴マミの反応は、遅れた。
「ぴひゅっ!!」
「あああっ!?」
ゴーヤイムヤ提督の胸が、しぼんだ。
そして同時に、彼女の細められた口からは、銃弾のような勢いで、何かが吐き出された。
それはマミの右腕に大穴を穿った。
同時に、飛散したその残滓が彼女の全身に降りかかり、音を立てて彼女の体を焼く。
胸部の圧縮空気で射出された、胃液だった。
吹きかけられた消化液を落とそうとマミは水面に悶えるが、その身じろぎは流子に切断された傷を開くものだった。
「うあああああぁぁぁ――!?」
「水上艦の分際で猪口才なマネを……。二度とこんなことができると思うなよ。発射用意!」
ゴーヤイムヤが飛ばした指示を追い、第十かんこ連隊の生存者は体勢を立て直し、魚雷を構えていた。
診療所、巴マミ、暴走流子の三方にそれぞれ7以上の射線が狙いをつける。
そして今にも、その魚雷群が射出されようとしていたその時だった。
「マミぃィィィィィッ――!!」
巨大な瓦礫が、轟音を立てて診療所前の通路に、飛来した。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「何っ――!?」
崩れていた診療所から投擲されたらしい、巨大なコンクリートの破片が、魚雷を構えていた第十かんこ連隊のすぐ近傍へ着弾した。
着水の衝撃で大波が立ち、ゴーヤイムヤ提督以下、付近のヒグマは全員がその位置を失った。
「マミッ!! 今助ける!! 待っていろ!!」
「穴持たず1でち! 総員、ヤツの掃討に当たれ!!」
診療所下の瓦礫を抜け出たデビルヒグマが、球磨川禊を片手で担ぎながら水面を漕いでいた。
彼の膂力は、HIGUMAの中でも有数だ。
牽制として投擲した瓦礫でもその威力は計り知れず、稼げた有利時間もまた大きかった。
ゴーヤイムヤ提督の号令にヒグマたちが陣形を立て直し、再び水中へ潜行する間にも、彼は相当の距離を巴マミの元へ接近した。
「あれは……、纏流子か!? 一体何があったのだ!?」
『まさかあれが……、ほむらちゃんの言っていた、魔女化……!?』
彼らの視界に映っていたのは、巨大な異形と化した纏流子の姿である。
戦闘の影響か、左腕の千切れている彼女からは夥しい量の血液が溢れ出ている。
巴マミは、纏流子と、敵の大将格らしい赤髪の少女型ヒグマとの間の水面にいる。
纏流子を気遣いながら戦闘を行なっているらしく、ダメージは既に甚大なものに見えた。
『流子ちゃんをどうにかしなきゃ……、マミちゃんを巻き込んで失血死だ……!』
「マミ! しっかりしろ! ヒグマたちは私がどうにかする! 纏流子を、元に戻せぇ!!」
「くけけ、どうやってどうにかしてくれるでち!?」
嘲笑を吐き捨てたゴーヤイムヤ提督の声に合わせ、水面下から20を越える魚雷がデビルヒグマの元へと奔った。
雷跡の見えぬ酸素魚雷の弾幕だ。躱しようがない。
また仮に躱してしまった場合、診療所が更に崩壊してしまうだろうことは明白だった。
『デビルさん!! 魚雷がッ……!!』
「案ずるな、ここなら……、行ける……!!」
だが、息を詰めた球磨川禊に対し、デビルヒグマは唸りと共に右腕を引き絞る。
「ウルオオオオオオォォォォォォォ――!!」
叫びと共に、彼の前脚が脈動した。
それ自体が一個の生物であるかのように蠢いた前脚は真っ赤に充血し、異形の様相を呈して肥大する。
毛皮の方々から棘が、爪が、牙が、骨が、まるで角か冠かのように生じ出す。
――“わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十本の王冠があり、頭には神を冒涜するさまざまな名が記されていた。わたしが見たこの獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた”。
黙示録の再現。
ヨハネの黙示録に記された悪魔の獣が顕現したかのように、彼はそうして巨大化した右腕を振るった。
デビルマンの拳を打ち砕き、熊本市役所の人員を惨殺せしめたその一打。
駆け引きも糞もない、ただ全身全霊を込めた悪魔の平手だった。
デビルヒグマの拳は水流を巻き上げ、逆巻いた猛烈な波が水中の魚雷群を一斉に弾き返す。
水圧で誤作動した信管が、射出された弾道の半ばでそれらを爆尽せしめた。
閉鎖空間だった診療所から解放されたことで初めて揮うことができた、彼の全力の技だった。
『す、すごい……!』
「いや……!」
その光景に、球磨川禊は感嘆した。
だが直後、デビルヒグマの左脇腹で爆発が起こる。
逆波に巻き込み切れなかった左側で、魚雷を一本だけ獲り逃していたのだ。
内臓が零れるほどに腹部を抉られ、デビルヒグマは思わず片膝を水底に突いた。
『ま、まさか、ぼくを抱えていたせいで……!?』
「何のこれしき……!! 奴らにはちょうどいいハンディキャップだ!!」
やせ我慢であることは明らかだ。
どう考えても、彼が全ての魚雷を捌ききれなかったのは、左腕に動けぬ球磨川禊を抱えているためでしかない。
両腕で先程の技を行なえば、片側の魚雷だけ獲り漏らすことなど有り得なかった。
デビルヒグマは牙を噛み、口の端から血を吹き零しながらも再び前へ進み始める。
歯噛みしたのは、球磨川禊も同様だった。
彼らの視線の先では、巴マミが、対峙する纏流子に、今にも切り裂かれそうになっていた。
「聞こえていないの!? 私の言葉が、聞こえないの、纏さ――!?」
「グルるぁアああァぁアアぁ――!!」
「マミ……ッ!!」
『マミちゃん……!』
まだ手の届かぬ遥かにいるその少女を望む彼らに、だが再び、魚雷は容赦なく投射されていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「さて……、貴様にも『起源魚雷』の影響が出ないということは、やはりここの魔法師はいくつか外部バッテリのようなものを持ってるんでち。
……シロクマのようなアバズレとは違うでち。
だがそれならば、『起源魚雷』以外の手段で仕留めるのみでち」
デビルヒグマの相手を部下に任せ、ゴーヤイムヤ提督は巴マミと纏流子にとどめを刺そうとしていた。
マミは消化液を洗い落とそうとしながらも、分断された体のせいで思うように動けず、暴走した流子もまた、血液を流し続けたせいでその動きを鈍らせていた。
ゴーヤイムヤ提督の胸が膨らむ。
彼女はそうして巨大な胃石を射出し、巴マミの頭蓋を砕こうとした。
「ティ……『ティーロ』ッ!!」
「グオぉおオオォおぉぉォぉ――!!」
だが、動けぬと見えた彼女たちは、即座に反応していた。
射出された石弾を身を捻って躱し、マミはなけなしの魔力でマスケットを生成し、放っていた。
しかしそれはゴーヤイムヤ提督が躱すまでもなく、見当違いの壁面に着弾する。
ほぼ同時に動き出した暴走流子も、勢いの鈍った片太刀バサミの斬撃は容易く捌かれてしまう。
「チッ、うざったい女郎どもでち……!」
だがその時、反攻に転じようとしたゴーヤイムヤ提督の前に、黄色いリボンが噴き出した。
「なっ!?」
それは巴マミが放ったばかりのマスケットの弾丸だった。
彼女は外すことを前提で、死角から伸びる捕縛用のリボンをあらかじめ弾丸に仕込んでいた。
「うおぉ――!?」
ゴーヤイムヤ提督は、出来得る限りの速度で身を反らす。
だが、攻撃しようとしていた勢いが残っていた状態では、どうあがいてもそのリボンには掴まってしまうと見えた。
背後の水面に転げた彼女にはしかし、一切の束縛はもたらされていなかった。
「何――?」
「纏さん……! お願い、眼を覚まして! このままではあなた、死んでしまうわ!!」
「ウォるるルるルルアぁあァァぁぁァぁ――!!」
巴マミが縛り上げていたのは、暴走した纏流子だった。
それも、血を吹き出す方々の傷口を押さえ、束縛と言うよりも包帯を巻くかのようなやり方で、マミは彼女へリボンを巻きつけている。
ゴーヤイムヤ提督は、目の前の少女が一体何をしているのか、理解できなかった。
マミはそんな外野の様子に目をやることなく、必死に纏流子へと呼びかけ続けていた。
「私とあなたは、同じよ。だからこそ、絶対に違う……!
あなたは、こんなことで魔女になるような人じゃないわ……!」
巴マミはマスケット銃を杖に、分断された体を水によろめかせ、必死に流子の方へ歩み寄ろうとした。
ろくに神経も繋げていない下半身の歩みはおぼつかなく、近づく間にも、暴走流子は自身を縛るリボンを次々と引き千切っていった。
「聞こえていないの!? 私の言葉が、聞こえないの、纏さ――!?」
「グルるぁアああァぁアアぁ――!!」
マミの呼びかけも虚しく、暴走した流子は一切の応答も無く、目の前に近付いていた彼女を、再び両断するだけだった。
今度は胴ではなく、巴マミの体はさらに上、胸元から切り飛ばされた。
独楽のように宙を飛び、彼女の上半身は、再び着水して喀血を吹く。
いくら『死なない』とわかっていても、肺さえ切断された状態で意識を保っておくのは至難だった。
「く……、あ……」
「バカでち……! くけけ、何やってるんでち!?」
一連の顛末の趣旨を理解できず、ゴーヤイムヤ提督は目の前に飛んできた巴マミの上半身に向けて失笑した。
「折角手に入れた深きわだつみの力を手離せと言ってたんでち? ハッ、愚か者が!!」
「マミ……ッ!!」
『マミちゃん……!』
遠くからデビルヒグマと球磨川禊の声が届くのも束の間に、ゴーヤイムヤ提督は、呻きを上げる巴マミを粉砕すべく、その口から胃石を放っていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
もう、命など惜しくなかった。
ただ、ここにいる敗者(なかま)たちに、勝利をもたらしたいだけだった。
自分の存在のために、仲間がこれ以上負けるなど、我慢ならなかった。
暴走し、失血死手前の纏流子。
魔力が枯渇し、肉体も両断された巴マミ。
腹を抉られ、魚雷の迫るデビルヒグマ――。
彼は勝ち目のないこの手札を覆す、最大限のチャンスを、生みたいだけだった。
その時、球磨川禊には、たった一つ、なくすべきものの存在がわかった。
大規模でもない。離れてもいない。
もはや何の思いも、未練もない、たった一つの物事を根本から抹消するだけ。
「……ぼくは『球磨川禊』の存在を、なかったことにする」
その言葉が誰の耳にも届かぬうちに、彼の能力は、過たず発揮された。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
そう。
キミたちは、ぼくなんていなくとも、ここまで辿り着けたんだ。
デビルさんは、マミちゃんが自分の魔力で治療した。
流子ちゃんを助けたのはシンジくんたちだし。
マミちゃんもほむらちゃんも流子ちゃんも、みんな自力で体を復元したんだ。
地下には、ジャンくんたちが自力で襲撃を退けて辿り着いた。
首輪の通信機能は、ほむらちゃんがさっさと解析していた。
凛ちゃんの応急処置をしていたのは球磨ちゃんたちだし。
魚雷の無力化をしていたのはデビルさんやほむらちゃんたちだ。
そう。
ここまでの道のりを辿って来たのは、紛れもなくキミたち自身の力だ。
自分の名字の温泉地さえ知らない無知な男なんて、ここにはいなかった。
『球磨川禊』なんていう足手まといの人間なんて、ここにはいなかった。
だからキミたちは、間違いなくこれからも、キミたち自身の力で道を先に進める。
――みぎはには、冬草いまだ青くして、朝の球磨川ゆ、霧たちのぼる……。
錯視の霧のように、ありもしない幻を見せていた球磨川の朝は、終わりだ。
ただそこには、冬の寒さにも強さを失わぬ、数多の草が、繁っている、だけなんだ。
もうこの場に、敗者はいない――……。
……。
――その時、『球磨川禊』という人間の存在が、この世界の歴史から消滅した。
そんな人物は、初めからどこにもいなかった。
彼がいないことを、誰も疑問には思わなかった。
彼がしてきたことの全ては、他の誰かが代わりに行なってきたことだった。
彼は、たった一つの存在を『なかったこと』にした。
彼はそれだけで、『なかったはず』のあらゆる過去を『あったこと』にした。
それは彼が、全ての勝利を手放すことで初めて生み出せた、確かな勝利だった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「折角手に入れた深きわだつみの力を手離せと言ってたんでち? ハッ、愚か者が!!」
「マミ……ッ!!」
巴マミにとどめが刺されそうになったその瞬間、デビルヒグマは、自分の『両腕』を振るっていた。
右の平手のみでは払い切れなかった魚雷も、同時に振るわれた左からの波で、悉く爆裂する。
黙示録に記された悪魔が降臨したかの如く、デビルヒグマは猛った。
「さあ来いッ!! 私は穴持たず1・デビルヒグマだ!!
貴様らも決闘者の端くれならば、私の首を獲る気で来いッ!!」
彼は名乗りを上げながら、猛スピードで診療所前の通路を走った。
追いかけて。追いかけて。
自分の存在を研いでくれたただ一人の少女の姿へと、どこまでも彼は波の下を駆けた。
にわかに勢いを増した彼に、第十かんこ連隊たちのうろたえる気配が伝わる。
「来ぬならどけェ!! そこをどけ、早くッ!!」
躍りかかる、魔物のごとき装備を背負ったヒグマたちを、蹴散らす。
邪魔する奴らに向け、腕から、肩から、全身から、鋭いハサミのような骨成分の刃を突き出した。
赤い血を躍らせ、黒い内臓を引き千切り、デビルヒグマは走り続ける。
何日も、何千里も、デビルヒグマは生まれた時からずっと、満たされぬ心を満たしてくれる幻の影を追って旅をしてきた。
その姿が今日、彼の眼にはっきりと映ったのだ。
そのかけがえのない存在は、もう二度と失うわけには行かなかった。
恋と言っても良い。
愛と言っても良い。
惚れていると言っても正解だ。
だが、その少女を思う彼の想いをどう表現するかなど、同志を持つ者にとってはどうでもいいことだろう。
そう、『同志』が。
彼女のためならば身命をいとわぬ『同志』が。
胸の迷路の彼方で、彼にその存在を気づかせてくれたはずだった。
それはもしかすると、デビルヒグマが心の中に作り出した、妄想だったのかも知れない。
左肩は、軽かった。
遠くに、かけがえのない彼女の姿が見える。
「罠カード発動! 【和睦の使者】!!」
その姿に祈りを投げるように、彼は自分の刃に置いていた最後の伏せカードを、返していた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「折角手に入れた深きわだつみの力を手離せと言ってたんでち? ハッ、愚か者が!!」
「マミ……ッ!!」
遠くからデビルヒグマの声が届くのも束の間に、ゴーヤイムヤ提督は、呻きを上げる巴マミを粉砕すべく、その口から胃石を放っていた。
マミは、その石弾を避けられなかった。
――避ける必要も、なかった。
「なっ――」
巴マミの頭蓋に胃石が着弾した瞬間、彼女の肉体は、数多の黄色いリボンとなって周辺空間に弾けた。
同時に、纏流子の足元にあった下半身も、大量のリボンとなって散らばる。
巨大なリボンの渦となった巴マミの存在は、続けざまにゴーヤイムヤ提督が放ってくる胃石を悉くいなして立ち昇った。
それは竜巻のごとくゴーヤイムヤ提督と暴走流子を飲み込み、緊密に縛り上げる。
「な、な、何でち――!? この力は、一体――!?」
「グルおぉォォオおぉォォ――!?」
「……『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』」
そうして両者を縛るリボンの一端が絡まり、次第に人の形を形成してゆく。
柔らかな唇。
カールした金の髪。
つややかな指先。
引き締まった両脚。
まるで繊細な飴細工が編まれるかのように、五体満足な巴マミの姿が、リボンの渦から再構築されていた。
「……当てが外れたかしら? ダメコンというのは知らないけれど、料理は上手いのよ、私」
「ふ、ざ、けるなよ水上艦がァ――!!」
ゴーヤイムヤ提督は急激に息を吸ってその胸を膨らませた。
そしてその高圧空気で胃石を吹き出す。
巴マミの顔面を狙って放たれた胃石は、彼女の頭蓋を一瞬で貫通した。
だが着弾と同時に彼女の頭は再びリボンとなって弾け、衝撃をいなした後、何事も無かったかのように元の頭部へと形状を戻していた。
巴マミは、唐突に思い出したのだ。
――自分が、肉体を唐竹割りにされた状態から自力で再生を果たしたのだということを。
その時に彼女の用いていた魔法が、この『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』だった。
一度自分の肉体を全てリボンに分解し、再構築する技法。
魔法の効果が持続している限り、ほとんどあらゆるダメージを無効化しうるこの技法を、マミは自身の編み出したものながら、暁美ほむらと話をするまで使うことを恐れていた。
こんな効果の魔法を使うことは、魔法少女が人間でないことを自分で認めてしまうことに他ならなかったからだ。
「……『一角獣の角より奪い取られ、われは光を失いぬ。
わが名を唱えるものが わが光を甦らせるまで、われはこの扉を閉ざす』。
私は、暁美さんやみんなに助けてもらえるまで、光を失っていたわ。でも、今は違う」
「クソがァ……。何を言ってやがるでち、この女郎……ッ!!」
巴マミの右手にあった令呪は、その3画目まで、きれいに消失していた。
呼吸時の胸部の格差で生じた隙間からリボンの束縛を抜け出しつつあるゴーヤイムヤ提督を一顧だにせず、巴マミは、視線の先に異形と化した纏流子を見据えて微笑んでいる。
「グルるるルルルルるるる……!」
「『そのものに、われは百年の間明りとなり、ヨルのミンロウドの暗き地底において、よき導き手とならん』。
……わかるでしょ?」
「わかるかっ、イトミミズがああぁぁぁ――!!」
巴マミは、縛りつけた纏流子を諭すように、ひたすら呼びかけ続けるのみだ。
ゴーヤイムヤ提督は背後から必死に胃石や胃酸を吹きかけるが、彼女の体を構成するリボンは、胃酸で溶断されても次の瞬間には元通りに絡まって繋ぎ合わされていた。
「オアあぁアァァぁぁぁぁァ……!」
「ええ。もちろん。私もあなたの助けになれる。あなたも、きっと私たちを導いてくれる光になるわ」
「くっそ、手間取らせやがって……! これで終わりでち!!」
呻きを上げる流子の、言葉にならない言葉を、まるで理解しているかのようにマミは頷いていた。
その隙に、ゴーヤイムヤ提督はようやくリボンの束縛を引き千切り、自由になった腕で『起源魚雷』を構えていた。
接触・干渉しただけでも起源弾の効果は発揮されうる。
この魚雷による爆発は、巴マミにも不可避であるはずだった。
「船底に大穴開けてやるでち――!!」
「お父様のことを知りたかったんでしょう!? 本当のことを!!
眼を覚まして!! あなたの本質は、こんな姿じゃ――」
だが、狙いすました魚雷が放たれると同時に、そこへ蒼いローブを纏った女性のビジョンが現れていた。
【和睦の使者】が、ゴーヤイムヤ提督の放った魚雷を抱え込んだ。
魚雷の狙いは逸れ、マミではなく暴走流子を絡めていたリボンに着弾し、轟音と共にその束縛が吹き散らされる。
マミは纏流子に向け跳躍していた。
彼女はその手に、先程ゴーヤイムヤ提督に放っていたマスケットの銃身を掴んでいた。
解放された暴走流子の頭部に向け、銃床を振り下ろす。
だが彼女の渾身の一撃を、暴走流子は紙一重で身を沈め、躱していた。
替わりに片太刀バサミの斬撃が、『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』を強制解除された巴マミを分断するかと見えた。
「――ない!!」
その瞬間、黄金の美脚が、ジャックナイフのように流子の首筋を襲った。
大ぶりの打撃を躱させた後、全身の勢いをそのままにぶつけるようなその右回し蹴りは、流子の狂乱の火元――、その意識を間違いなく刈り取るために繰り出されたものだった。
そして、その意識の隙間に、彼女へ言葉を届かせるための、究極の一撃(ティロ・フィナーレ)だった。
――じゃあすまねぇが、その時は代わりに火を、斬ってくれ。
――わかったわ。フリットゥーラ(揚げ物)は、得意だから。
巴マミは、交わした約束を、忘れなかった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
暴走流子の歪んだ顔面は、ほとんど一回転した。
強烈な巴マミの蹴撃を、顎先の一点に振り抜かれたのだ。
着水したマミの目の前で、肥大した流子の体は、ガクガクと痙攣した。
「グ、ガ、ギ……!」
「纏さん――! あなたは私と違うんでしょう!? 魔女なんかと一緒じゃない、高潔な精神でここまで来たんでしょう!?」
巴マミは、叫んだ。
なおも暴れようとする流子の体を、自分の体で抑えた。
千切られた肩から吹き出す血を、掌で押し止めた。
高温の血液が、マミの皮膚を焼いた。
「敵討ちなんかじゃなく、ただ正義の所在を求めて!
それなのに、こんなところでハサミを錆びつかせて、いいはずがないでしょう!!」
「本当に……。何を……、やってるんでち、こいつは……」
ゴーヤイムヤ提督は、その光景を見つめたまま、呆然としていた。
巴マミの行動が、彼女にはただの自殺行為だとしか思えなかった。
深海棲艦のような深き力を得た少女を、この女はなぜか元に戻そうとしているらしい。
そもそも、それが意味不明なのだ。
なぜ、雑多な物事に踊らされるばかりの水上艦に、この少女を戻そうとする?
ようやくこの少女は、潜水の境地に見える、自分の心の奥底の淀みに気づき、そこから力を得たばかりなのだというのに。
この少女の本心は、暴れたがっていたのだ。
暴れさせてやればいい。憎しみを抱かせてやればいい。
それがこの少女の力となる。
そんな深き力の効果をわからせた上で排除すること。
それがゴーヤイムヤ提督の目的だった。
自分が実感したその憎悪と暴虐の力を、様々な形で、世間に体感させてやりたかった。
彼女にとって、巴マミの行為は、本当に意味が、わからなかった。
「あなたは、私の心を掬って、救ってくれたじゃない――!!」
巴マミは、泣き叫んでいた。
自分の涙で、血液で、少しでも纏流子の熱を下げてやろうと、高温の体を抱きしめ続けた。
「ア、ア、あぁ――」
流子の体から、蒸気が噴き出す。
暴れ狂っていた血液と繊維が、音を立てて弾けてゆく。
巴マミが、全身を震わせて、声を絞った。
「私は信じてる! あなたの、正義を!!」
蒸気が晴れた。
そこには、面積の少ない神衣鮮血を纏った流子が、静かに微笑んでいるのみだった。
左手は千切れ、血の気は失せて肌は白く、全身が傷だらけだった。
「そうだよな……。よく考えりゃ、さ……。こんなヒグマが、父さんを殺しに来れたわけ、ねぇよな……」
「ええ……。それに、あなたの静刃に噛み合うのは、動刃じゃなきゃ、いけないから……!」
だがその瞳にはもう、狂気の色は、なかった。
「な、な、な……。ま、まさか……。まさかまさか……、こんなことが……」
その光景に、ゴーヤイムヤ提督は震えた。
ありえてはならなかった。
こんな製品は、ゴーヤイムヤ提督のデザインにはなかった。
ゴーヤイムヤ提督の得た『深き力』が、『取り除かれる』などという現象は、あってはならなかった。
「折角このゴーヤイムヤが引き出してやった深き力をォォ!! どうして手放させたァ!!
貴様も……、貴様も、あのシロクマと同じ、錆びきった自分の心を省みぬアバズレかあァァァ――!!」
猛ったゴーヤイムヤ提督は、立ち尽くす二人の元に襲い掛かり、その前脚で纏めて叩き潰そうとした。
だがそれより早く、彼女は背後から強烈な打撃を喰らい、流子とマミの上を通り過ぎて、彼方の水上に吹き飛ばされていた。
「……これが貴様のいう深き力とやらか……?
まだ、【硫酸のたまった落とし穴】の方が深かった気がするがな」
「デビル――!」
そこに立っていたのは、全身を返り血で赤黒く染めた、デビルヒグマの姿だった。
その全身からは、至る所から攻撃的な骨が飛び出し、そのいくつかにはヒグマだったはずの肉片がいくつも貫かれている。
通路に立ちふさがっていた第十かんこ連隊の生き残り20数頭を、彼は悉く殺戮してここへとたどり着いていたのだ。
同族を、殺したことになる。
だが、それは確かに闘いの、決闘の果ての結末だった。
そしてそれは、自分が愛する者へと、辿り着くための戦いだった。
彼の正義は、確かにそこにあった。
「……ありがとう、マミ。……デビル、お前も。鮮血も、巻き込んで済まなかった」
(私は大丈夫だ……! 流子、もう無理をしないでくれ!)
纏流子は、力なく笑った。
紙のように白いその顔は、さらに血の気を失ってゆく。
乱雑に腕を千切られた傷は、肉体が元に戻ってなお深かった。
「左腕が千切られてるのよ。早く診療所のみんなを助けて、手当てしましょう……!」
マミは自分の魔法少女衣装の袖を千切り、僅かに生成したリボンと共に血止めの処置を施してゆく。
デビルヒグマは、二人のそんな様子を、ただ愛おしそうに、見つめていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「ハッ――!?」
だがその瞬間、彼は水中を駆ける異音に気づく。
それは先程まで、嫌というほど聞いた、猟犬の駆ける足音だった。
「魚雷だッ!!」
「うっ――!?」
「きゃ――!?」
デビルヒグマは二人の少女を右腕で抱え上げ、見当だけで水中に左腕を振り抜いた。
弾き上げた魚雷が壁に着弾し、周囲を揺らす。
だがそこに意識をとられた直後、今度は風を切って、デビルに向け何かが飛来した。
「グオオォ――!?」
「沈めでち!! 水上艦ども!! 貴様らに、思い知らせてくれるでち!!」
高速で射出された胃石の砲弾が、デビルヒグマの左腕を砕いた。
吹き飛ばされたゴーヤイムヤ提督が、水中を駆け戻って来ていたのだ。
「マミ! 纏流子を連れて、戻れッ――!!」
「デビル――!?」
水上にマミと流子が後ろに投げ落とされるや否や、突撃してきたゴーヤイムヤ提督の前脚がデビルヒグマと噛み合った。
暴走流子と対等以上に打ちあっていたその巨大な前脚は、平常時のデビルヒグマの脚よりも太かった。
片腕を砕かれた彼は、想像以上に不利な押し合いを強いられている。
「デビル、駄目よ、私も――!!」
「良いから行けぇ!! 私に任せろ!!」
慌てて立ち上がった巴マミに対し、デビルヒグマは気焔を燃やす。
そして、腕から骨のブレードを出だし、相手を切りつけようとした。
「切り裂いてくれる――!」
「――『真剣皓歯取り』」
だが、思いで力を振り絞る彼に対し、ゴーヤイムヤ提督は狡猾だった。
ゴーヤイムヤ提督は、デビルヒグマのブレードをがっちりと歯に受け止めていた。
「ばあっ」
「ぐおがああああ――!?」
そして彼を逃れられぬよう固定し、内臓が見えるほどに抉られていたデビルヒグマの左脇腹の傷を蹴り抉る。
ブレードが、噛み砕かれる。
さらに、胃石で砕いた左前脚の隙から、ゴーヤイムヤ提督は彼の首筋に、深々と牙を突き立てていた。
胸元まで開く彼女の口腔は、彼の咽喉から、肺と心臓まで抉り得る巨大さだった。
「喰らうでち……! このゴーヤイムヤの牙を……! あらゆる造形を可能としてきたこの牙を!!」
「が、あ、あ――!?」
「デビル――!!」
ノコギリのように肉を抉りながら、ゴーヤイムヤ提督の牙はデビルヒグマにどんどんと食い込んでゆく。
デビルヒグマは自身の骨を硬質化させて必死の抵抗を試みるが、それでもじりじりと牙は喰い込みを深めている。
巴マミは息を呑んだ。
このままでは、彼が。
自分の命を救ってくれた、大切な『彼ら』が、死んでしまう――。
「お前、この片太刀バサミのこと、わかるんだろ……? 『動刃』と『静刃』と、言ってたよな……」
その時纏流子が、白い顔に力強い眼差しを燃やして、彼女の手を、掴んでいた。
言葉の意味を測りかねながらも、マミはその問いに答えた。
「わ、私はあなたのお父様と関わりがあるわけじゃないけど。推測は出来るわ……。
そのハサミに合う片割れの形は、別にある。あのヒグマがコピーしたような、まがい物じゃなく……!」
「頼む……。あたしのだけじゃ、切れなかった。だが、父さんの作ったハサミは、こんなものじゃなかったはずだ。
ピカピカの、どんなものでも切れる……。ああ、そんなハサミだったに違いないんだ……!
ヤツの体だって、必ず切ってみせる――!!」
流子が吠えた。
その言葉に、ある光景がフラッシュバックする。
そうだ。
彼女とその片太刀バサミには、『服だけを切り裂く』という特殊技法があった。
その技法がビショップヒグマに向けて開帳されるのを、マミは確かに目撃していたはずだ。
そう。
誰かがビショップヒグマに掴まっていたのだ。
人質にされてしまっていたのだ。
纏流子は、そんな状態から、その者を見事に助け出していた。
片太刀バサミ一本では、ゴーヤイムヤ提督には太刀打ちできなかった。
だが、二本であれば。
完全なる一対のハサミであれば――。
「やるわ――、纏さん!!」
「ああ――、いくぞ……!」
迷いはなかった。
一人を助けるために一人を殺す。
今、マミが行おうとしているのは、とどのつまりそういうことだ。
だがこの行為は、自分にとっても、相手にとっても、正義だった。
ゴーヤイムヤ提督というヒグマにすぐ傍で寄り添い、巴マミは幾度もすれ違った。
そうして、彼女と自分がどれほど同じで違っているか、理解した。
彼女とは、全力で戦うことこそが正義だった。
彼女にとっては、その相手を全力で叩き潰すことこそが正義だった。
もはやそこに忌憚など、なかった。
マミは手に持っている空のマスケット銃を、リボンに戻し、変形させてゆく。
使うのはわずかな魔力で十分だった。
隣にフラフラと立ち上がる纏流子が差し出す片刃の、対となる形状は、想像できる。
血の錆に塗れて、体は重い。
力は、出ない。
心は、重い。
元気も、出ない。
屠り続けてきた命の錆に埋もれ、流子も、マミも、その輝きを鈍らせていた。
だが、今は違う。
鈍っているなら、することはただ一つだ。
「さあ、ハサミとぎましょォ!!」
マミの手にはその時、金色に輝く、片太刀バサミの動刃が、確かに握られていた。
「マ、ミ――!?」
「返り討ちでち……!」
二人の様子を、組み合ったデビルヒグマとゴーヤイムヤ提督は、しっかりと目撃していた。
診療所側から走り寄ってくる纏流子と巴マミの姿を視界に収めつつ、両者は水中に踏ん張り、渾身の力で位置取りを奪い合う。
ゴーヤイムヤ提督は、デビルヒグマと盾とする算段を崩してはいなかった。
若しくは、少しでも時間が稼げれば、すぐにでも彼らの命は奪える――。
「げろげろげろ……」
「うがあああああああ――!?」
そして、流子とマミが跳び上がったその瞬間、ゴーヤイムヤ提督は口の中に思いっきり胃液を吐き戻した。
肩口から全身に消化液を浴びせられた形となるデビルヒグマは、激痛で思わず力が抜けてしまう。
ゴーヤイムヤ提督はその隙を逃さず、デビルヒグマの肉体を、空中の流子とマミに、投げつけようとした。
ハサミが振り降ろされる前に、それで人間二人は押し潰され、デビルヒグマの気運も完全になくなる――。
そう思っていた。
「今よ!!」
その瞬間、ゴーヤイムヤ提督の視界は、真っ白になった。
余りの明度差に、網膜が焼けた。
何も、見えなかった。
何も、わからなくなった。
暗い水底では、絶対に見ることの無いような。
百年分の光が、一瞬にして放たれたような。
それは余りにも、眩い光だった。
「光――」
――ええ。もちろん。私もあなたの助けになれる。あなたも、きっと私たちを導いてくれる光になるわ。
その時、ゴーヤイムヤ提督の脳裏には、イトミミズのような水上艦が呟いていた、意味不明の文言が、思い返されていた。
痛みが、その脳裏ごと、彼女を縦に真っ二つとしていた。
「「――『フォルビチ・インシデーレ(断ち斬りバサミ)』!!」」
突然の閃光に硬直したゴーヤイムヤ提督の体を、脳天から巴マミが斬り下ろした。
そしてその動刃を受け止めるように、股下の水中から、纏流子が静刃を斬り上げていた。
赤と金の太刀バサミは、最初から本当のペアであったかのように、ゴーヤイムヤ提督の肉体の中央で、一対となった。
「戦維、喪失――……」
纏流子がそう呟くと同時に、驚愕に目を見開いていたその少女の姿は、左右にぱっくりと分かれ、水底へと没していった。
【ゴーヤイムヤ提督@ヒグマ帝国 両断】
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「今の、光は……」
「暁美さんよ。上手く行ったみたい……」
息をついた纏流子の問いに、巴マミが胸を撫で下ろす。
勝負の決め手を作った異質な閃光は、確かに暁美ほむらたちのいる診療所の方から発せられていた。
流子も、マミも、デビルヒグマも、全員が診療所に背を向けていたタイミングだった。
肉体的には死んでいたはずの彼女と、そんな正確に連携を取れた理由が、巴マミ以外の者にはわからなかった。
「……い、いつの間に、彼女と連携を取っていたのだ……!?」
「割と、頻繁に……? とにかく行きましょう、彼女たちも、待ってるはずよ」
深い噛み傷を押さえて呻いたデビルヒグマに、苦笑しながら巴マミが手を差し伸べる。
診療所の外は一段落していても、診療所内の戦闘がどうなっているのかわからないのだ。
肉球に触れた手のぬくもりに、デビルヒグマはふと、肩に背負っていたもののことを思い出す。
「そうだ、あいつも、お前に――」
そうして、自分の左肩を見て、そこには何もないことに気付く。
その通りだ。最初からデビルヒグマは、何も背負ってなどいなかったのだから。
だが、その挙動不審な彼の様子に、マミが首をかしげる。
「……どうしたの?」
「いや、マミのことを好きだという男をな。背負っていたような気がしたのだ。
……だがそれは、もしかすると、隠れていた己の本心だったのかも知れぬ」
「おい、ちょっとまて、マミのことを好きだという男……?」
ひとり納得しようとしたデビルヒグマに、その時纏流子が口を挟む。
彼女も、何か釈然としないもやもやを、心に感じていたのだ。
「誰か他に、いなかったか? そんなやつ……」
三者の眼が、見合わされる。
マミが引っかかっていた曖昧な記憶を、口に出した。
「……そういえば纏さん。ビショップさんを切った時、人質にされていたのって、誰だった?」
デビルヒグマと纏流子は、固唾を飲んだ。
思い出さなくてはいけない。覚えていなければならない。そんな記憶のはずだった。
それは気絶した碇シンジだったかも知れない。
それは気絶した星空凛だったかも知れない。
だが、そうではなかったかも知れない。
失血のせいか、記憶にもやがかかったようで、頭が働かない。
纏流子は、生命戦維に適合した持ち前の肉体で、キュアハートの攻撃から自力で復活した。
巴マミは、ヒグマン子爵に両断された状態から、自前の魔法で復活した。
デビルヒグマは、巴マミが好きだという自分の心と、自分自身で向き合ったはずだった。
だが、本当にそうだったのだろうか――?
「誰かが、いた。もう、思い出せない。何か、大切なことを、してくれていたはずなのに……」
「名前も、顔も、何も、でてこねぇ……? どんな格好だった? どんな性格だった!?」
デビルヒグマと纏流子は、欠落した記憶に慄いた。
彼らは誰かに、間違いなくいただろう誰かに、感謝しなくてはならないはずだった。
だが、何も覚えていない。
歴史のタペストリーが、その一行だけ切り取られ、周りの布を引き延ばして縫いとめられているような。
ただ、ぽっかりとした空白感だけが、記憶の中に吹き抜けるだけだった。
巴マミは、震えた。
記憶の中に、何も残っていない誰かの記録を探して、彼女は慄然と思い至った。
腰砕けになって、マミは水の中に、膝をついた。
「……私は、あなたに守られるほど、『かわいく』なれたの……?」
その形容詞は、誰かが確かに、彼女に向けて語っていたもののはずだった。
掬い、救われた、りょうしんの遺灰でできた正義の味方の像。
その像の一片に刻まれた記録を思い、巴マミは確信した。
もう、彼の名前も、顔も、何も出てこない。
ただ、自分が『かわいい』と返したはずの、あの固有名詞だけが、口をついた。
「『みそくん』……」
なぜか涙が、零れた。
【球磨川禊@めだかボックス 消滅】
【C-6 地下・ヒグマ診療所前/午後】
【穴持たず1(デビル)】
状態:疲労極大、左前脚骨折、左脇腹に内臓に至る爆傷、左肩を中心に深い噛み傷、ずぶ濡れ
装備:なし
道具:マミへの『好き』
基本思考:満足のいく戦いがしたい
0:そうだ、ここに『勝ち目は、なかったはず』なのに……。
1:マミが……、そして、彼女の愛する者たちが、心配だ。
2:ヒグマ帝国……、艦これ勢……、一体誰がこんなことを?
3:私は……マミに……、惚れているのだろうな。
4:そのマミへの好意が、私の新たな信念だ。
5:アイドルといい、艦娘といい、大丈夫かこの国は?
6:だがマミのアイドル姿なら大いに見たいよなぁ!!
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力消費(大))、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)、金色の片太刀バサミ@キルラキル&自作
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0〜1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:正義を、信じる
0:みそくん……。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
6:ヒグマのお母さん……ってのも、結構いいんじゃない?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ〜The different story〜)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〜叛逆の物語〜で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。
【纏流子@キルラキル】
[状態]:疲労極大、大量出血、左腕切断(止血済み)、ずぶ濡れ
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、鮮血@キルラキル
[道具]:基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ、ナイトヒグマ
[思考・状況]
基本行動方針:ヒト同士の、殺し合いに対する抵抗
0:今は、先に進むしか、ねぇ……!
1:どんなものでも切れるよう、心身を、研ぐ。
2:ドルオタとか艦これ勢とか知らねぇよ。バカなヒグマはとっとと滅べ。
3:マミには言葉が届かなかったが、勝手に復帰したようだからそれでよし!
4:智子……。さとり……。すまねぇ……。
[備考]
※生命戦維の暴走から、元に戻りました。
以上で投下終了です。
続きまして、予約メンバーを継続して予約します。
投下乙です
球磨川ぁぁぁぁ!!!!
誰にも気づかれず仲間の勝利に莫大な貢献をしてひっそり消滅とはなんて彼らしい最期だろうか
マミさんは原作時点で完成された魔法少女なので進化する姿が想像しずらかったのですが
ヒグマロワという環境が彼女を次のステージへと押し進めたようです。その発想はなかった。
強敵ゴーヤイムヤ提督も纏流子とのコンビネーションで真っ二つ。デビルヒグマもカッコよかったです。
予約を延長します。早く書き上げられるよう努力します……!
夜の函館の街の時間が、突然止まった。
と言うより、人々の動きが突然「どんより」と、遅くなった。
道を走っていた子供は転び、レストランの厨房のフライパンの
中身はゆっくりと宙に上がり、街は大混乱に陥った。
そして、その大混乱の中、街の入り口からは
蛇、蝙蝠、蛇の様な装飾に頭蓋骨の様な頭を
した怪人が、この様な「どんより」現象にも
影響されずに、ゆっくりと、まるで訓練された兵士のように、
全く同じ動作で無機質に歩いて来る。
それを見かけた人々は、当然ながらパニックになって逃げ出そうとする。
だが、体が思うように動かない彼らが、そう簡単に逃げおおせるワケがない。
人々は背を向けながら、一挙一動が全く同じ骸骨達に、纏めて首を絞められる。
すると人々は、悲鳴とともにその身を光に変え、怪人の腕に吸収される。
そして、そこに人といえる存在がいなくなった瞬間、
街に大爆発が起こった。
赤く燃える炎からは、無数の記号の如き物体が、タンポポの綿毛の様に宙へと舞い上がっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「・・・・まさか、こんな形で僕の欲しいものが手に入るとはね・・・・。」
高層ビルの社長室で、ワイングラスを手に須郷伸之は窓の外の景色を眺めていた。
この世界でのロールでは、須郷はある商談を成功させ、やがてレクトの社長の座にまで
上り詰め、今こうしてゆっくりとセレブな生活を満喫し、
更にレクトは彼が中間管理職に就いていた数カ月前よりも更に大きくなっている・・・
そんな設定になっていた。
だが、そんな絵に描いたような素晴らしい人生を今こうして謳歌しているはずの彼の
顔は、途轍もない苛立ちに満ちており、ワイングラスを握る手は震え、中身が波を
うっている。だがその時。
「仕事は片付いたよ、マスター。」
須郷の背後で、さながら機械のスピーカーの様な声が響いた。
それを聞くと須郷は、窓の向こうから見える夜の街の、
赤い光をボウボウと照らしている部分を見つめる。そして、
落ち着いたような、愛想の良い笑顔を見せ、後ろを振り返り、
そして、「ありがとう、ご苦労だよ、キャスター。」と、労いの言葉をかける。
須郷と面と向かって話しているのは、何と彼の机に置かれているパソコンだった。
画面には、卵を模した様な青白い顔の様な物が口をパクパクさせている。
彼が契約したキャスターは、所謂データで身体が構築されているサーヴァントであった。
須郷と出会った当初は何やら車のメーターの様なパーツを端末として現界していたが、
今ではネットワークに自由に介入できる様にと、レクトのサーバーを拠り所としている。
「この私に掛かれば、この程度の事、造作も無い。」
キャスターが、淡々とした口調でそう答える。
キャスターが行ったことは、所謂「魂喰い」だ。
キャスターは、自らが生み出した使い魔を大量に街に出し、人の身体を吸収する形で
魔力を手にする、そしてコアを残し、身体を自爆させた。
窓の向こうで光っているそれは、その爆発が原因だった。証拠を隠すために。
もっとも、爆発が電波と目撃情報で知れ渡っていることについては、黙っておこう。
「しかし、すごいなあ、あのアンドロイドを大量に創りだすなんて。君のような
天才をサーヴァントに持てて、僕は本当に幸せ者だよ。」
須郷は両手を上げて、キャスターを褒め称える。
そしてキャスターも、
「いや、私がこの様な事が出来るのは、君が資金とこの身体を与えてくれたからさ、
おかげで私の宝具の制作も順調だ、君には大変感謝しているよ、マスター。」
感謝しているよ、君には。」
須郷に向かい、感謝の言葉を述べる。
「それでは、私は宝具の作成に戻るよ。」
すいません、書くスレを間違えました。
『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』を身に着けたマミさんを描いてみました
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/75/mamimami.jpg
書きあがりました。
帰宅してから投下します。
また期限過ぎた…。1分。
暁美ほむらは知っている。
もう自分は絶望に堕ちるしかないのだということを。
ほむらは頭を蹴り砕かれ、診療所2階だった水面に死んだ体を浮かばせている。
もう令呪は1画しかない。
自分の体を復元させれば終わりだ。
何もできない。
復元させたところで、もはや自分の体は小銃の反動にすら耐えられないのだ。
一般人の力にも劣る。ヒグマなんかには太刀打ちできるわけがない。
かといって、もう攻め手もない。
魔力はわずかに、時間を5秒止められるかどうか。止めたとしても、魔女化と引き換えだ。
そうして魂を振り絞って手榴弾を投げたとしても、ヒグマに避けられるか、戦っている仲間たちを巻き添えにするだけ。
診療所を包囲しきっている数十頭のヒグマたちを捌ききれるのか。
流され埋まってしまった仲間たちを助け出せるのか。
敵首魁の追撃から地上へ逃れられるのか。
考えても考えても、暁美ほむらは展望も見えぬ闇の中で死に続けることしかできなかった。
『――暁美さん』
『マミ……、さん?』
その時、ほむらへテレパシーの声が届いていた。
声の主は、倒壊した診療所1階から、水没する通路の方へ出ていったはずの巴マミだった。
『端的に状況を伝えるわ。纏さんが、魔女化したの。それで今、相手のリーダーらしいヒグマと打ち合ってる。
ただの物理攻撃で魔女化した纏さんが押されてるくらい。相当な実力だと思うわ』
『は――!?』
信じ難い言葉だった。
絶望感をさらに深める、魂が冷えるような情報だった。
『あなたは……!? 今どうなっているの!?』
『胴を真っ二つにされたわ……。でも上半身はなんとか動く。死んだと思われてる間に、暁美さんと同じように対策を考えてみるわ。
こっちに潜水してるヒグマたちは任せて。デビルも、すぐに追いついてきてくれるはずだから』
かろうじて絞り出した返事に、巴マミは重傷を負っているらしいながらも気丈に応える。
ほむらは状況を整理しようとしたが、戦慄に思考が纏まらない。
単純な戦闘力では現状最も高いと思っていた纏流子が、味方でなくなったのだ。
敵性存在とのパワーバランスが一気に崩壊して奈落へ墜ちたに等しかった。
『対策なんてあるわけないじゃない――!! 一体どうして任せられるというの!? 纏流子の魔女と、40体以上ものヒグマを!?』
『簡単な話よ。ヒグマ全員を足止めしてる間に、纏さんを、元に戻してみる』
マミの言葉に、ほむらは驚愕を通り越して恐怖を覚えた。
あまりにも楽観的すぎる。
巴マミがいくらリボンによる束縛魔法に長けていたとしても、40頭ものヒグマの怪力を、今の少ない魔力で封じ続けられるわけがない。
まして、魔女を魔法少女に戻すなどという前代未聞の現象を、都合良くここで実現させられる可能性など、暁美ほむらには考えられなかった。
『やめて! 魔女化した魔法少女を、元に戻せるわけなんてないわ!』
『やってみなければわからないでしょう!? それとも、暁美さんはしたことがあるの!?』
『……ッ。考えたこともなかったわよ……!!』
『じゃあ、できるかも知れないじゃない!!』
マミは強い口調で、言い放っていた。
だが、無謀だ。蛮勇だ。皮算用だ。
彼女の言葉が、ほむらには脳内お花畑な少女のたわごとにしか聞こえない。
事実、何の確証にも裏付けられていないその発言は、たわごと以外の何物でもない。
だが一方で今の暁美ほむらには、巴マミが強く信じているその可能性に賭ける以外の選択肢がないことも、また事実だ。
心中ほぞを噛むような、思いだった。
『……仮に魔女化が可逆的な現象だったとしても。どうやってそこの潜水ヒグマ全員と、暴れる纏流子を抑えておくつもり……?
いくらあなたがリボンで縛っても、封じきれるとは到底思えないわ』
『暁美さん。あなたは私の魔法を知ってるようだけど。
……私の本質は、知らないんじゃない?』
巴マミの口調は、揺るがない。
それは確かに、この状況を打破できる自信と自覚が彼女を裏打ちしていることの証左だった。
『もっと私たちを頼って。何も言わず抱え込んだりしないで欲しいの。あなたの思いは、きっと私たちを導いてくれるから。
……あなたは、早く診療所の人たちを助けてあげて。球磨さんとの通信が妨害を受けてるの。
あなたの言ってたヒグマの能力だと思うわ。そちらでも戦闘が続いているの』
ほむらを慈しむように、諭すように、巴マミは語った。
階下から、瓦礫を押しのけ押しのけ、水を漕ぐ声が響く。
「切り札は必ず、切るべき時がわかるはずだ。わからぬうちは切らんでいい。
……もしかするとその札は、マミの舞台の優先番号札かも知れんからな!」
『……そうだね。そうするよ』
デビルヒグマと球磨川禊が、その決意を声に通路の軍勢へと向かっていく。
蹂躙の師団に立ち向かう足音が、確かにそこにはあった。
心を、落ち着ける。
崩れ落ちてゆく道の分岐の先を、いつも舗装してくれていたのは、仲間だった。
その仲間が、暁美ほむらに強く訴えかけてくれる。
信じないわけにいくものか。
胸を覆う翳りに、切れ間が見えたような気がした。
『――切り札が、あるのね?』
『ええ。私はね……。本当、独り善がりな子。わがままで、そのくせ寂しがり屋で、弱くて……。
だからね、私の心は、リボンなんていう綺麗なものでは表し切れない――』
決意で紡がれたその『鋭き糸』に、暁美ほむらは自分の望みを託した。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「……おかげで“最悪”の寝覚めだ。俺は大層“イラついた”ぜ、おい」
「……そうだな。とても苛立っている心が聞こえる」
診療所の3階だった空間には、2頭のヒグマが、じりじりと距離を測るようにして対峙していた。
片方は、吹き抜けてしまった天井へと頭が突出してしまうほどに大柄なヒグマだ。
1.5メートルフック付きシャッター棒を手に取る彼は、ピースガーディアンの一頭、ヒグマ帝国警護班のナイトヒグマである。
そしてもう一方には、低く身をかがめ、周囲に長い触手のような体毛をはびこらせているヒグマがいる。
聴音機と探針儀を以て相手の隙を伺おうと息を潜めている彼は、艦これ勢、第十かんこ連隊隊員のデーモン提督であった。
ナイトヒグマは、細かく周囲に視線を配りながら、低い声でデーモン提督を威圧する。
「“言い訳”があるなら聞いてやる。お前ら“艦これ勢”は何を考えてやがるんだ」
「悪いが時間は稼がせん」
だが問いかけにデーモン提督は答えず、太くよった触手を勢い良くナイトヒグマに振るっていた。
それは情報を与えぬままに機先を制するための奇襲だった。
ナイトヒグマは、気絶していた状態から目覚めたばかりだ。
ビショップヒグマたち他のピースガーディアンはどうなったのか。
診療所が、なぜ崩れかけているのか。
艦娘の球磨が、なぜ粘液まみれで怒りをたぎらせたままへたりこんでいるのか。
碇シンジが、なぜ巨大なエヴァンゲリオンを半分デイパックから出したままその下敷きになっているのか。
4体のヒグマが、なぜ死体になってフロアに転がっているのか。
そして艦これ勢であるデーモン提督たちの戦力や状況、その全ては到底把握し切れていない。
デーモン提督は、その一撃で勝負を決めるつもりだった。
触手を絡め毒液を注入させてしまいさえすれば、相手の感覚を狂わせ戦闘不能に陥れることは簡単なのだ。
「翻ってェ――!! “三日月突き”!!」
だが瞬間、闇の中に振るわれた触手の上に、ナイトヒグマの巨体が踊った。
鎧を纏わぬそのしなやかな肢体は、あまりに軽やかな半弧を描いて宙を割る。
触手にかすりもせず、デビルヒグマと対峙したときよりもさらに鋭さを増した突きが、デーモン提督の鼻先めがけて振り下ろされた。
「ぬっ――」
「“虎杖散らし”ィ!!」
すんでのところで横に避けたデーモン提督を追い、ナイトヒグマは猛烈な勢いでシャッター棒を振るった。
つむじ風を巻く剣戟に、いなそうとするデーモン提督の触手の叢が次々と斬り飛ばされてゆく。
ナイトヒグマの苛烈な猛追は、瞬く間に彼を診療所の壁際へと追いやっていた。
「“大人しく”、しやがれ――!!」
「だから、聞こえると言っただろう――、相当な苛立ちだな」
追いつめられたかと見えたその時、デーモン提督は不敵に笑うのみだった。
壁に背をつけたデーモン提督が身を沈ませると、振り下ろされた剣先はただほんの少しの勢いの余りで、その背後の壁へと激突する。
アルミ製の細いシャッター棒はその衝撃に耐えきれず、真っ二つにへし折れていた。
デーモン提督はその隙に、クラゲのように壁際の位置からすり抜けていく。
「チッ――、“ヤワ”すぎるッ! おいお前ェ! 俺の“ヒグマサムネ”はどこだよッ!!」
ナイトヒグマが吠えた。
その言葉は、腰砕けになったままの球磨に向けて投げられたものだ。
「あ、う――」
「さぁぁて、いずこだろうなァ?」
だが今の球磨は、口を開く動きさえも皮膚感覚に響く。
彼女が答えられないでいる間に、デーモン提督は踏み込んで攻撃に転じた。
「ヒグマサムネは“変わる剣”だ! 使い手に感応してヒグマ細胞が機構を組み替える……!
あれはどこにある!? 教えろ!! すぐにこの“クラゲ野郎”を叩きのめしてやる!!」
八方桂に機敏なステップを踏みつつ、触手を避けてナイトヒグマは叫ぶ。
デーモン提督の触手の危険性を、ナイトヒグマは完全に理解しているわけではない。
だが戦場の勘が、それに触れてはならない、と彼の動きをより大きくさせている。
視界のほとんどない闇の中で、嗅覚と風の動きだけに頼った回避動作だ。追い込まれるのは時間の問題だった。
碇シンジが、潰された手の痛みに耐えながらも叫び返す。
「あ、あれは、纏さんが持ってます――!! 診療所の外です!!」
「外――!?」
「くくく、残念だったなァ――!?」
返答した時には、今度はナイトヒグマの方が壁際に追いつめられるところだった。
だが、確実に絡みつかせるはずだったデーモン提督の触手の一撃は空を切った。
「“塞馬脚”ッ、シァッ!!」
触手が当たる寸前に、突然ナイトヒグマは後ろに大きく体をのけぞらせて回避したのだ。
そして、前足を壁面に着けると同時に後ろ脚を大きく振り上げ、宙を断ち割るような挙動で足爪を放ち、デーモン提督の顔面を強かに跳ね上げていた。
「ぐごぉ――!?」
装備の聴音器によりその反攻を寸前で察知しながらも、デーモン提督の回避は間に合い切らなかった。
鼻先を切り裂かれ倒れたデーモン提督の背後に、ナイトヒグマは壁からそのまま三角跳びのように着地し、前脚の爪を突きつける。
「俺の“アクロバティック・アーツ”はシバさん直伝だ。
……俺に“ヒグマサムネ”しか切り札が無いとでも思ったか?
そう簡単に“見切れる”と思うなよ!!」
「……な、なるほど……。そのようだ……」
デーモン提督は、マズルを押さえながら地に伏せて咳込む。
まともに受けていれば頭蓋が砕け散っていてもおかしくない。
しかし潰れた鼻から血を滴らせながら、彼は依然として不敵に笑うのみだった。
「……だがもはや、切り札など意味がない。
ただでさえ大柄なお前が、そこまで大仰に動き回ってくれたのだからな」
「……何“わけわかんねぇこと”言ってやがる!」
ナイトヒグマは苛立ちに任せ、その前脚の爪をデーモン提督へと振り下ろそうとした。
だがその動作は途中で膝砕けの格好となる。
力が抜け、全身に恐ろしく甘い掻痒感が襲った。
「し、痺、れっ……!?」
「さあ、効いてきたようだなぁ……!」
倒れ込んだナイトヒグマを、今度は立ち上がったデーモン提督が見下ろす番だった。
「『野老裂き』と、そう言ったなぁ……? まさにこれこそ。
『なづきの田の、稲幹(いながら)に稲幹に、這ひ、廻(もとほ)ろふ、野老蔓(ところづら)』よ!!」
倭建命の死に際して詠われたその歌を、勝ち誇ったようにデーモン提督は吟じた。
ナイトヒグマの脚には至る所に、細く半透明の、ほとんど感触も存在感もない毛がまとわりついている。
それは戦いの始めに、ナイトヒグマが引きちぎったデーモン提督の毛束であり、そして激しい剣戟によって斬り飛ばしていった数々の触手である。
乱戦で巻き起こる風に、毛束はほどけ、暗闇の中に舞い散っていた。
その表面に依然として毒液の成分を残したままに、である。
既にこの診療所3階の空間は、舞い飛ぶ悪魔の毒毛で埋め尽くされていたのだ。
ナイトヒグマは、フロアを余りにも機敏に動きすぎた。
攻撃を回避していたその動きのために、彼は、余計にデーモン提督の毒を体表に吸収することとなっていた。
「あ、あ……」
「く、そ……」
毒液によって身動きのとれなくなった球磨とナイトヒグマは、ままならぬ肉体で呻きを上げることしかできない。
ただ碇シンジだけがギリギリと歯をかみしめて瞳を燃やす中、悠然と居住まいを正したデーモン提督が突如空中に言葉を投げた。
「ゴーレムか? 何をやってる。上は片付いたのか?
逃げ道を塞ぎ、地上からの不測の干渉を防がねばならんのは解っているだろう?」
彼は6メートルほど上方の天井を見上げながら声を張る。
何か、他の者には聞こえることのない音を聞き取っているらしい。
「上から攻め込まれることなどあってはならんし……。
……何より、誰かが隠れて地下の輩を逃がそうとしたとしても、邪魔者は掃っておかねばならんのは同じだろうからな」
もはやまともに動ける者がいないのをいいことに、彼は姿の見えぬ何者かとの会話に集中してしまっている。
「くくく、瑞鶴なんてものがいたから、隊を離れて掃討すると言ったのはお前じゃないか。
……俺に隠れて、ひっそりとどこぞに裏周りできるとでも思っていたのか?」
(――瑞鶴!?)
その単語に、球磨はしっかりと反応する。
体はのぼせたような甘い感覚に浸って動かせないながらも、彼女は微動だにしないことで毒の回りを遅くし、頭脳はしっかりと醒ましていた。
(地上に瑞鶴がいるクマ……!? それで連隊の一員が、逃げ道を塞ぐついでに掃討に行ったクマ……?
でも瑞鶴の存在は、球磨たちにとってもこいつらにとっても完全に想定外のことだったみたいだクマ。
口振りからして、別行動のゴーレムというヒグマの信用は元々薄かった……?
まるで地下の人を逃がそうとしていたそいつを、厄介払いしていたかのようにすら聞こえるクマ。
この索敵と防戦に特化したイカクラゲの存在は、そのヒグマへの予防線にもなっている……?)
空母艦娘であり、紛れもなく仲間であるはずの瑞鶴の存在、そして味方になり得るかも知れないヒグマの存在。
それがほんの6メートル上の、天井を隔てた空間にあるのだ。
今この場にある手駒だけではどうしてもリザイン(投了)に追い込まれるチェック(王手)の嵐へ、『間駒』を打てる可能性がにわかに生じたのだ。
(地上に抜けれさえすれば……、勝機はあるクマ!!)
球磨が閃きと共に送った視線へ、碇シンジが燃える瞳を重ねた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
鋭利なる糸、『フィラーレ・アグッツォ』。
巴マミの有するその魔法の存在を、暁美ほむらはテレパシー越しに初めて知ることとなった。
彼女が知らなかったのも無理はない。
それは巴マミが、己の本心と絶望に向き合いながらも、なおも進まんとした時にのみ練り上げることのできた強靭なる刃だったのだから。
起源魚雷によってその糸が破壊されるまでにも、瞬く間に20頭近くのヒグマがこの魔力に切断されていくのを暁美ほむらは感じた。
闇に紛れるほど細く洗練され、余剰と無駄を一切排した、普段の巴マミとは全く異質な機能美。
彼女の根源を体現する、瞻望と希求の網は、残酷なほどの美しさを以て暁美ほむらの魂を震わせた。
『――纏さん……! お願い、眼を覚まして! このままではあなた、死んでしまうわ!!』
続くのはリボン仕込みの弾丸という、彼女の十八番ながら確実な初見殺しとして機能する攻撃罠だ。
的を絞らせず、常に次の展開の布石を打つ、実に巴マミらしい鮮やかな戦術だった。
敵首魁の動きを封じ、彼女は纏流子に向けて息を振り絞る。
ほむらもまた、魂の中で必死に祈った。
纏流子が正気に戻ること。
これだけが、今のほむらたちに残されたほとんど唯一の勝機だった。
『私とあなたは、同じよ。だからこそ、絶対に違う……!
あなたは、こんなことで魔女になるような人じゃないわ……!』
マミの言葉は、流子だけでなくほむらにも向けられているように思えた。
どんなに可能性の少ない、絶望的な環境に直面しても、暁美ほむらはそれを乗り越えてきたのだろう――?
どんなに行く手が見えず、解決策がわからなくても、暁美ほむらの作戦は先を拓いてきたのだろう――?
そう言外に、問いかけられているような気がした。
だが、纏流子からの応答は、ない。
ただ怒りと狂気に満ちた重圧が、巴マミとのテレパシーにまで響いてくるだけだ。
それはまさに、絶望の末に己を見失った、魔女の思念そのものだった。
『聞こえていないの!? 私の言葉が、聞こえないの、纏さ――!?』
その声もむなしく、巴マミの肉体は再びテレパシーごと両断された。
意識の繋がりが引きちぎられる。
命綱のように暁美ほむらの魂へ繋がっていた巴マミの思考が、暗闇の中に吹き飛んでゆく。
ほむらの魔力は、届かない。
暁美ほむらの意識はまた独り、どす黒く濁った砂時計の中に蹲ることしかできなかった。
駄目だ。これでは皆、死んでしまう――。
ほむらの目の前は、真っ暗だった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
――みぎはには、冬草いまだ青くして、朝の球磨川ゆ、霧たちのぼる……。
この世界の歴史が書き換わったのは、まさにその瞬間だった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
突然、碇シンジの体が立ち上がっていた。
「なっ――」
「行けェ!! エヴァ!!」
有り得ないはずの挙動だった。
彼は半分だけ飛び出したエヴァンゲリオンに腕を下敷きにされ、動けないはずだった。
逸早く反響でそれを察知したデーモン提督ですら、一瞬その現象を信じることができなかった。
――碇シンジは、潰された自分の手首を『引きちぎって』いた。
「ガァァァアァァァァ――――!」
「出ろ、出るんだッ!! そのヒグマを、蹴り殺せ――!!」
闇に血飛沫が飛ぶ。
両手の先を引き千切ったシンジは、その痛みすら塗り込めるほどの怒りを込めて、叫ぶ。
エヴァンゲリオン初号機が、その怒りに呼応するかのように雄たけびを上げ、身を乗り出した。
診療所が揺れる。
デイパックが潰れる。
エヴァンゲリオンの頭部が、6メートル上の天井を突き破って地上へと飛び出る。
その肩が、腕が、上半身が。
腰が、脚が、そして全身が、この空間へとにじり出てくる。
「愚かな! そんなことをすれば天井が崩れるぞ!?」
「それがどうしたあぁぁぁぁぁぁ――!!」
恐懼するデーモン提督の言葉に、碇シンジは気焔を返す。
ATフィールドが展開される。
崩落してくる総合病院の瓦礫を、全開となった力場が空中で堰き止める。
「僕は守られるだけじゃない――!! 絶対に助け出して見せる――!!
レイを、アスカを、みんなを、母さんの分まで――!!」
碇シンジは、唐突に思い出したのだ。
――自分が、ピースガーディアンとの戦いでなす術もなく無様に気絶し人質になっていたのだということを。
それは情けなさを通り越し、自分自身に怒りすら覚えるほどの無力感だった。
自分が許せなかった。
そんな自分を打ち毀し、乗り越えられるのなら、手首の一本や二本、引き千切ったところで物の数では無かった。
相手を興奮させ我を忘れさせるデーモン提督の毒液は、彼の怒りの火に、さらなる油を注ぐものにすぎなかった。
「頼むクマ……。シンジくん……!!」
「行けええええええええええ――!!」
球磨が唇の端を上げる。
降り注ぐ大小の瓦礫が、ATフィールドの隙から落ちて診療所を揺らす。
それにも構わず、シンジは血飛沫と共にその腕を振り降ろした。
エヴァンゲリオン初号機の巨大な足先が、唸りをたててデーモン提督へと振り抜かれた。
「くおおっ――!?」
彼は全身に残った触毛を体表に纏め、分厚いクッションのようにして防御姿勢をとる。
巴マミの射撃や球磨の砲撃すら弾きかねないその攻防一体の盾はしかし、エヴァンゲリオンの蹴りを完全にいなすには力不足だった。
「ぐはああぁ――!?」
「よし――!!」
「やったクマ……!」
コンクリートが陥没するほどの勢いで、デーモン提督の肉体は診療所の壁面に叩き付けられ、地に落ちる。
「踏み潰せ! エヴァ――!!」
快哉を上げたシンジは、止めを刺さんとその腕を振り上げた。
倒れ伏したデーモン提督は、呻くのみで立ち上がることができない。
エヴァンゲリオンの大きな足裏が、逃げることのできぬ彼へ、振り降ろされようとした。
「クシュゥ……ゥゥ……――」
「何!?」
だが、途中でエヴァンゲリオンの動きは急停止した。
デーモン提督に届く手前で、その脚が力なく床に落ちる。
初号機はその後、いくらシンジがうろたえようと、ピクリとも動かなくなっていた。
「エネルギーが切れた……!? いや、違う……? どうしたんだ、エヴァ――!?」
エヴァンゲリオンは、内蔵電源では5分間しか動くことができない。
外部からの電源供給――それこそ示現エンジンによる『制限』のような――がなければ、活動限界を迎えた後はただのでくのぼうに成り果てる。
先程デイパックからシンジが中途半端にエヴァンゲリオンを飛び出させてしまってから、一体何分が経過していただろうか。
シンジは怒りのあまり、その電源の持続時間を、完全に失念していた。
「あ……、あ……」
碇シンジは、震えた。
腕からは血が噴き出し続けている。
急激に、手を引き千切った激痛が戻ってくる。
眼を上げれば、そこには既に、体勢を立て直したデーモン提督がいた。
「……小癪なァ!!」
「うぎゃああぁぁぁぁ――!?」
シンジは、叩きつけられる拳を両腕で防ごうとした。
ヒグマの圧倒的な筋力はしかし、彼の橈骨と尺骨を両方ともへし折り、千切れていたその腕をさらに引き裂いて地に叩き落とした。
「あぎゃああぁぁぁぁぁ――!? ぎいぃぃやぁぁぁぁぁぁ――!?」
「くくく、ゴーレムか……? フン、奴も腐っても潜水勢の端くれだったか……?
まぁ、何にせよお前の心は、いくら浮かぼうとその程度だったということだ」
激痛にのたうつ碇シンジを見下ろしながら、デーモン提督は不敵に笑った。
エヴァンゲリオンが停止した原因は、デーモン提督にもわからない。
だが結局、彼の絶対的優位が覆ったわけではなかったのだ。
後は順次、再び動けなくなった相手にとどめを刺して行けばよいだけだ。
「『亡き母や、海見る度に、見る度に』……か。哀れな少年だ。
深き力を得ることもならなかった、己の無力さを嘆き散るがいい!」
「うぐああぁぁぁ――……!!」
「くそ、ぉぉぉ――!!」
碇シンジが、デビルヒグマが、苦悶に呻く。
球磨はただ、憂いと絶望に満ち満ちたこの空間に、震え続けることしかできなかった。
そしてシンジの上に振り降ろされようとする拳に、強く眼を閉じる。
彼女は、神に祈った。
軍神に祈った。
あの記憶から来た『軍神』広瀬武夫のように、窮地に希望を切り拓き続けてきた彼女の名を、念じた。
(助けて、ほむら――!!)
(了解。今行くわ)
その時球磨の耳に、あのタイムラインの東から声が響いたような気がした。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
辺りに響き渡ったその声は、爆音だった。
診療所3階の窓が、突然爆発したのだ。
吹き散った窓ガラスや手榴弾の破片が、たちこめる粉塵と共に球磨たちの方にも飛んでくる。
距離が開いていたために誰にも怪我は負わせなかったものの、その爆発はもう一人、動ける人間がこの場に出現したことを意味している。
「何――!?」
(手榴弾――!? ならこれは……)
デーモン提督が、突然の事態に動きを止める。
破壊された窓へと向き直り、彼は全身の触手を展開した。
「爆弾の類が俺の触手に効くと思っているのか……!?
もう一度やってみろ。お前の仲間や診療所が爆死するだけだぞ!!」
「でしょうね」
窓の外の敵に向けデーモン提督が声を張り上げた瞬間、閃光が辺りを埋める。
そして次の瞬間、わずかな風切り音の後に、彼の右腕にボン、と小さな爆発が起きた。
「ぐおぉぉ――!?」
(陽動クマ!!)
彼の右前脚の触手が、その小爆発で纏めて切断されていた。
デーモン提督は正面の窓からではなく、フロア横の階段から狙撃を受けていたのだ。
狙撃手は、階下から窓に手榴弾を投げ上げ、爆音でソナーの機能を乱しながら意識をそちらに向けさせていた。
その隙に階段を駆け上がり、その者はデーモン提督の声の位置だけで狙撃を遂行したのだ。
こんな芸当のできる人間を、球磨は一人しか知らない。
(ほむらクマ!! ほむらが、来てくれたクマ!!)
そう。
気散じの風が、暁美ほむらの目覚めを隠して吹いた。
急襲の抜かりを突き、暗闇の診療所に、少女の足音が走る。
手榴弾の爆音に、デーモン提督のソナーは未だ機能を害されている。
彼は突如現れた狙撃手の正体を特定できなかった。
「おのれぇぇ――、何者だァ――!!」
「答える義務はないわ」
閃光が放たれる。
マズルフラッシュだ。
目の眩む彼のもとに、わずかな風切り音だけを立てて、再び弾丸が着弾する。
そして、密に編まれた触手に弾かれることもなく、それは小爆発と共に触手をごっそりと斬り落とす。
「完全に発射音を消すサイレンサーと、弾けぬ銃弾だと――!?」
デーモン提督は戦慄した。
闇に紛れてやってくる狙撃手の武装を、デーモン提督は防ぎきれない。
そして彼は、発射音を聞けず、フラッシュに眩まされ、その相手を知覚することもできない。
しかし相手は、光に照らされるデーモン提督の全身を過たず捉えているのだ。
その間にも、再び別の場所からマズルフラッシュが発生し、弾丸の爆発がデーモン提督を抉った。
「ぐおおぉぉぉ――!?」
その爆発は、銃身の先に立つ彼に、空想の夜を降ろす。
正体不明の恐怖。対処不能の恐怖。
恐怖という闇夜が、狙撃手の狙い通りに彼へと襲い掛かった。
(ほむら、どこにそんな魔力を隠してたんだクマ!? すごい、すごいクマ!!)
そして球磨は、碇シンジは、人知れずその光景に興奮した。
狙撃手、暁美ほむらが放っているその銃は、豊和工業の89式5.56mm小銃であるはずだった。
その小銃にはしかし、デーモン提督の触手を貫けるほどの威力も、ましてや射撃位置を察知されない程のサイレンサーも、さらに言えば目の眩むほどのマズルフラッシュもなかったはずだ。
そうなればつまり、彼女は魔力で小銃をこのように超強化しているのだとしか考えられない。
球磨の記憶では、ほむらの魔力は底を突きかけていたはずだ。
その上、その身体能力も、既に銃の反動に耐えられるレベルに無かったはずだ。
新たに手に入れた令呪は、残りあと一画。その一画を用いて強化したにしては度を越している。
何にしても球磨の思考にのぼるのは、勝利に向かう興奮だけだ。
3回目の狙撃を側頭部に喰らっていたデーモン提督はその時、顔面に血を流しながら吠えた。
「おのれ――、『音に聞く高師の浜のはま松も、世のあだ波はのがれざりけり』!!」
瞬間、巨大な太鼓かドラムを叩き付けたような、凄まじい音圧が空間を揺らす。
手榴弾の爆音による妨害から回復していた探針儀が、最大出力の音波を放出したのだ。
膨大な空気の波動が、彼の前方にいた狙撃手の全身を叩く。
回避する場所はない。
そしてその威力も、耳だけでなく、内臓すら破壊するほどに強烈な一撃だった。
「うぐ――!?」
「そこかぁァ――!!」
突如襲った強い衝撃に、狙撃手が腰砕けとなる。
その瞬間に敵の位置を反響定位したデーモン提督が、渾身の力を込めてその前脚を揮っていた。
「げあ――」
「ほ、ほむら――!?」
「ほむらさん――!?」
少女の肉体が、くの字に折れて宙を舞った。
壁面に叩き付けられた彼女の胴体からは臓物が溢れ、凄惨な血臭が地に撒き散らされる。
だがほとんど間断もなく、その少女は黒髪を掻き上げて立ち上がった。
「……お前は先程殺していたはずだが……。どうやら殺し足りなかったようだな」
「……そうね。死に損なうのは、慣れてるから」
少女の傷口がぶくぶくと蠢く。
飛び出した臓物が千切れて朽ちる。
代わりに腹腔に新たな臓器が生じ、皮膚が伸び、瞬く間に肉体が修復されてゆく。
暁美ほむらは、血塗れの無表情に赤い眼鏡を掛け直し、再び小銃を構えていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
『「一角獣の角より奪い取られ、われは光を失いぬ。
わが名を唱えるものが わが光を甦らせるまで、われはこの扉を閉ざす」。
私は、暁美さんやみんなに助けてもらえるまで、光を失っていたわ。でも、今は違う』
巴マミが切断され、全ては絶望に墜ちたかと、そう思えた瞬間だった。
彼女は私に、そんなテレパシーを送っていた。
――巴マミは、あの絶望的な状況を、自力で脱したのだ。
『「そのものに、われは百年の間明りとなり、ヨルのミンロウドの暗き地底において、よき導き手とならん」。
……わかるでしょ?』
巴マミは私に向けて、謎めいた呪文のような言葉を語り掛けていた。
わかるに決まってる。
それは学校の推薦図書だもの。
それは『はてしない物語』という小説の中にある、意味深な予言。
『一角獣の角より奪い取られ、われは光を失いぬ。
わが名を唱えるものが わが光を甦らせるまで、 われはこの扉を閉ざす。
そのものに われは百年の間明りとなり、
ヨルのミンロウドの暗き地底において よき導き手とならん。
されど そのものがわが名をいま一度 終りから始めへと唱えるならば、
われは百年分の光を 一瞬のうちに放ちつくさん。』
それは小説の中である種のキーアイテムとなっていた、『アル・ツァヒール』という、光を放つ石が収められていた箱の上に刻まれていた銘だ。
この状況で、巴マミがこんな言葉を引用してきた理由が、私には確かに解った。
ヨルのミンロウド――、忘れられた夢が堆積する暗黒の坑道。
それは今の、何も展望の見えぬこの診療所と言う戦場に他ならない。
そこに導き手となる光――、『アル・ツァヒール』に相当する物品。
私にはそれが、ただ一つしか思い当らなかった。
『……私にも、できるというの?』
『ええ。もちろん。私もあなたの助けになれる。あなたも、きっと私たちを導いてくれる光になるわ』
糜爛の眠りを敷いた蹂躙の師団の足音を聞きながら、そうして私も、思い出した。
それはどこかに捨てられていたはずの分岐だった。
忘れたものと引き換えに、ガラクタを積んだ『今』が消えた。
何かが。誰かが確かに、展望も見えぬほどに道を埋めていた暁美ほむらの既知を、投げ捨てていた。
時を経て過去から、固く今を縛る分岐。
その道を踏み越え、誰かが私を、存在しなかった分岐の先へと導いている。
――暁美ほむらは、左腕のみの状態から自力で再生を果たした。
そんな分岐を辿って来たのだという事実を、私は唐突に思い出していた。
もう、行くべき道は、見えていた。
(助けて、ほむら――!!)
(了解。今行くわ)
時は来る。と声が響いていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「『時間超頻(クロックアップ)』――」
「終わりだ――!!」
血だまりの上から動き出そうとしたほむらに、踏み込んだデーモン提督の爪が振るわれる。
横薙ぎに払われた爪はそのまま、ほむらの胴体を完全に両断し、その右腕までを斬り飛ばす。
しかし彼女の上半身は、ステップを踏んだ時の勢いと無表情のままに言葉を繋いだ。
「――『周期発動(サイクルエンジン)』!!」
瞬間、切り飛ばされたはずのほむらの右腕が、切断面から急速に生えた。
引鉄が引かれ、小銃からマズルフラッシュが放たれる。
風切り音と共に、弾丸がデーモン提督の肩口を爆砕した。
「ぐ、おおお――!?」
(そうクマ。ほむらにはこの魔法が、あったんだクマ!!)
デーモン提督が衝撃で倒れる。
そしてほむらの上半身が床に転げた時には、既にその胴部から新たな腹部としなやかな脚が生え、地面に立ち上がっていた。
目の前で発生したその現象に、球磨はこの魔法を思い出した。
『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』。
全身の幹細胞の分化増殖と細胞周期を制御することで、失われた肉体を復元させる魔法だ。
この魔法を編み出すことで、彼女は残った左腕から独りで復活を遂げていたのだ。
「行ける……、“倒せる”ぞ……!!」
「やって、やって下さい、ほむらさん――!!」
「ええ、終わりにさせてもらうわ」
白い太腿も眩しく、暁美ほむらは倒れたデーモン提督の元へ大股で歩み寄る。
ナイトヒグマや碇シンジも、勝利の確信に声を上げる。
「なるほど……。肉体を再生できるようだが、それでは防げぬものもある……」
だがその時、デーモン提督はなおも不敵な笑みを浮かべて立ち上がっていた。
同時に球磨が、大変なことに気づく。
「ほむらッ! 毒の毛が――!!」
「ハッ――」
警戒して銃を構え直そうとしていたほむらの膝が、カクンと崩れ落ちる。
床に倒れた彼女の脚には、半透明の毛が大量に絡みついていた。
「くくく、ようやく回ってきたか……。俺の前で開(つび)さえ顕わにするとは、浅はかな!!」
それはほむらが弾丸で切り落とし続けていた、デーモン提督の毒の触手だった。
床に散った大量の毛束の上を、ほむらは知らず知らずのうちに踏み歩き転げてしまっていた。
ナイトヒグマと同じ手法で、彼女はデーモン提督の手の内に落ちていた。
「『河船に、乗りて心のゆくときは、沈める身とも思わざりけり』と来たなぁ!!
己の撃ち落とした毛に絡められ、貴様の身は沈むのだ水上艦よ!!」
「う、あ、あ……!?」
痙攣して倒れ伏す暁美ほむらを、デーモン提督は残り2割ほどの触手を総動員して掴み上げた。
『時間超頻・周期発動』では、肉体は再生できても、再生できないものがある。
それは衣服だ。
胴体を両断された今の暁美ほむらは、魔法少女衣装も切断されたままで、下半身に一切の装束を纏えていない。
そこに、毒液に塗れた大量の触手が直接絡みつくのだ。
それは口や下腹部の粘膜にも蠢き、容赦ない刺激を与えながら毒液を浸透させてゆく。
今まで味わったことのないそのえげつない行為に、ほむらは白目を剥いた。
「ひ――、ひぎぃぃぃぃ――!?」
「俺の最高濃度の毒液で幾十幾百倍となく過敏になった皮膚感覚……!
止めることのできぬ興奮。喘ぎや身じろぎですら耐え難い刺激をもたらす……!
今のこやつはもはや、絶え間なく襲い掛かる快感の津波に絶頂し続けるのみよ!!」
「ほ、ほむらあぁぁぁぁ――!?」
全身を毒液に塗れさせ、暁美ほむらは全身を弓なりに反らせて痙攣する。
デーモン提督はそのまま、あられもない彼女の姿態を、見せつけるように球磨たちの前に翳す。
瞬間、碇シンジが悶絶した。
「うぎゃああぁぁぁぁ――!!」
「『玉の緒よ、絶えなば絶えね、ながらへば、忍ぶることの弱りもぞする』……ふふははは!!」
罰当たりであり場違いであり、あってはならないことだとは頭ではわかっている。
だがしかし、少女のそんな姿を見せつけられて興奮しない男子がいるものだろうか。
ましてや、理性を奪うような毒液に体を侵された状態で、である。
碇シンジは、欲情してしまったのだ。それを、誰が責められようか。
だが彼の場違いな興奮は、そのままデーモン提督の策略であり、千切れた両腕の傷口をさらに開かせるものだった。
両手の断面から血液が止まることなく噴き出し、同時に彼の顔面はどんどん蒼白になってゆく。
球磨とデビルヒグマが絶望的に歯を噛む。
失血死するのも時間の問題だった。
「シ、シンジくん……!!」
「さぁ、とどめを刺してやる……。やはりお前は一番厄介だった……!
精神も肉体も、確実に侵し殺してくれるわ……!」
デーモン提督はそうして、白目を剥いて喘ぐことしかできぬ暁美ほむらに向け、彼女が携えていた小銃を突き付けた。
魔法で強化されていると思しきその銃ならば、何度も再生するこの少女を確実に殺すに足るだろうと、そう予測していたのだ。
「さて、この女はほむらというのだな? 優秀な球磨ちゃん、お前ならば、この女の弱点も知っているのだろう?」
「……な!?」
そして彼は球磨の瞳を覗きながら、その銃の銃口を次々にほむらの様々な部位に突き付けてゆく。
「――ここか? ここか?」
それは複数の情報を提示し、対象の反応を読み取るコールド・リーディングの技法だった。
球磨は努めて、その銃口の行く手に反応するまいとした。
だが、無理だった。
彼女のわずかな重心の変化、筋肉のこわばりが、彼に暁美ほむらの魂の場所を察知させる。
「……ほぉ、ここかァ!!」
89式小銃の銃口が、ぴったりと暁美ほむらの左手に、その手の甲に嵌るどす黒いソウルジェムへと突き付けられていた。
「確かに聞こえたぞ……。お前の動揺が……! ここがこの女の命の形代だな?
この宝石が破壊されれば、もうこの女が蘇ることも無い……。その通りだな?」
「くっ……!!」
デーモン提督は球磨の反応を読み、ほむらの致命的な弱点を完全に看破してしまっていた。
球磨は強く奥歯を食いしばった。
全身を浸す甘い掻痒感を振り払う。
動けば動くほど意に反した興奮と快感とが襲う身に、鞭打つ。
――こんなもの、マラッカの荒海に比べれば何程のものぞ。
――沈んでいった僚艦と船員の遺志に比べれば何程のものぞ。
――こんなことで、ほむらの命を、奪わせはしないクマ――!!
「ほう――、立つか」
「ハア……、ハア……!」
デーモン提督が、感嘆の息を漏らした。
球磨は顔を真っ赤にし、眼に涙を浮かべ、全身を汗だくにしながらも、確かにそこに立ち上がっていた。
構えられた艤装の砲門は、ぴったりとデーモン提督に狙いをつけている。
「させん……、させんクマ……!! 球磨はその前に、お前を、殺す――!!」
「いや、駄目だな。武装を下ろせ。さもなくばこの女を撃ち殺す……!」
デーモン提督はしかし、気焔を吐く球磨の言葉にも不敵な笑みを崩さず、暁美ほむらの体を盾のように前方へ掲げた。
小銃の銃口も、しっかりと彼女のソウルジェムに突き付けられたままだ。
このまま砲撃をすれば、確実にほむらを巻き添えにしてしまう。
その上、彼の身を守る触手の束を、貫通できるかどうかがわからない。
あの森の中で、ほむらが食べられてしまっていた光景が、思い出される。
だが今回はあの時と違い、撃ってしまえば彼女のソウルジェムまで破壊してしまいかねない。
「くっ……」
「……どうした、迷ってるヒマはないぞ。この女の精神が快感で狂い、その男が失血死するのも時間の問題だぞぉぉ……。
くくく、それとも今のお前にはその方が良いか? 抑え切れぬ動悸が聞こえるぞ、くくく……」
デーモン提督の視線は、心の底まで見透かしているようだった。
暁美ほむらを慕う気持ちが、球磨の胸の中ではち切れそうだ。
どうしても球磨には、砲の火蓋が切れなかった。
デーモン提督はその球磨の様子に、さらに笑みを深める。
「撫でてもらいたいのだろう? 本当はこの女にくんずほぐれつ、なでなでしてもらいたいのだろう……?
沈める前にそれぐらいの幸福は味わわせてやる……。さあ、武装を下ろせ……!!」
「うぎゃおおぉぉぉぉ……!!」
離れたところの碇シンジが、さらに力なく悶えた。
球磨とほむらの絡みを想像してしまい、興奮がさらに出血を強めたのである。
もう寸分の余裕も無い。
「さあ下ろせぇぇぇ――!!」
デーモン提督の声に、球磨は涙を振り払いながら、叫んでいた。
「うるさいぃぃ!! 球磨は、ほむらに、粉骨砕身するクマ!!
お前の言うことなど聴かん――!! 球磨に命令して良いのは、ほむら、だけだクマ――!!」
「球磨……、その意気や、よし」
その瞬間、暁美ほむらが、笑っていた。
「――今から私がする、攻撃のあと、このヒグマを、雷撃処分なさい」
正気を失っていたかのように見えた彼女は、球磨の言葉に蓮の花のような笑みを浮かべ、応えていた。
そしてその命令は、まさにあの森の戦いの、再現のようだった。
「まだ口が利けたのか、この女は――! 墜ちろ! 墜ちるがいい!!」
「ひ……、いっぎゅうぅぅぅぅうぅぅぅぅぅ――!?」
だが即座に、デーモン提督はほむらの束縛を強めていた。
容赦なくほむらの全身を触手が撫でまわし、その刺激に、ほむらは再び白目を剥く。
顕わになった彼女の会陰部から、痙攣と共に勢い良く薄い色の液体が迸る。
デーモン提督が高らかに笑った。
「ふふふはははは、悶え死ねぇぇぇぇぇぇぇ――!!」
「うああああああ――!! な、め、る、な、クマァァァー――!!」
その光景に、球磨の感情が爆発した。
嗚咽を零しながら、球磨は自分の魚雷発射管に手を掛ける。
だが彼女よりも、デーモン提督の挙動の方が、早かった。
「『恋ひ死ねと、するわざならし、むばたまの、夜はすがらに夢に見えつつ』ッ!!」
――「恋い焦がれて死ね」と言うことに違いない。夜ごとに夢に、あなたが出てくるのだから。
デーモン提督は小銃をほむらから離し、球磨に向けて放っていた。
最初から、彼は球磨を殺すつもりでいたのだ。
今まで生かしておいた恩情を反故にされるならば、撃ち殺すのもやむなし――。
そんな割り切りがあった。
暁美ほむらへの情を捨てきれなかった球磨が、その反応に間に合うわけなど、なかった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
白いマズルフラッシュが、球磨の眼を焼いた。
――カシュン。
そんな引鉄の音だけが、微かに辺りに響いた。
そして暁美ほむらの89式5.56mm小銃は、それ以上なんの反応も示さなかった。
デーモン提督の毛を切断したあの高威力の弾丸は、出て来なかった。
「え――」
「隙あり」
その瞬間、暁美ほむらの全身が動く。
意表を突いた彼女の挙動は、デーモン提督の触手が反応するよりも早かった。
身を捻るようにして全身に絡む触手を一束に纏め、そこに細いリング状の『何か』を嵌める。
それは彼の銃口と意識が球磨に向いた一瞬の、早業だった。
そして、ボン。という聞き覚えのある爆発音が、デーモン提督の全ての触手を切断する。
「ぬぐあぁぁぁ――!?」
「……われは百年の間明りとなり、ヨルのミンロウドの暗き地底において、よき導き手とならん」
それは『首輪』だった。
全ての参加者の首に嵌っており、暁美ほむらが取り外し武器化した、首輪の爆発だ。
モンロー・ノイマン効果により集約された爆轟の切断力は、デーモン提督の触手にも、弾かれることはなかった。
「今よ、球磨!」
「はっ――」
触手の拘束を解かれ、床に転げたほむらが叫ぶ。
銃身の先に立つ球磨は、重鎮の、裸を見た。
「お、の、りゃあああぁぁぁぁ――!!」
デーモン提督が、小銃を放り捨てる。
全ての触手を失った丸裸の彼が、それでも暁美ほむらに飛び掛かろうとした時、彼女は静かに息を合わせ、切り札の文言を唱えていた。
「『ラアチ・ェチール・ラ(光いる明)』!!」
その時、辺りの空間を白い閃光が埋めた。
それは宙に投げられた小銃の内部から発せられていた。
広大な診療所の地下全てを照らし、網膜を焼き尽し、宇宙を透かすような強烈なフラッシュが、デーモン提督の視界を奪い、硬直させていた。
――されど そのものがわが名をいま一度 終りから始めへと唱えるならば、
――われは百年分の光を 一瞬のうちに放ちつくさん。
それは巴マミの魔法、『ラ・ルーチェ・チアラ(明るい光)』に隠された、最後の機能だった。
「魚雷、発射クマァァァー――!!」
白に埋め尽くされた世界で、球磨だけは、敵艦の姿をしっかりと捉えていた。
『マンハッタン・トランスファー』は、視界を無くしながらも数々の狙撃をこなした、仕事人の機体である。
時を超え陰りは、清く雷火に裂かれた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「な……ぜ、動けるのだ……」
「……こっちが聞きたいくらいだわ。本当に大した防御力ね」
数多の魚雷の爆轟を受けたデーモン提督は、腰から下を完全に吹き飛ばされ、両前脚も千切れ飛ばされた状態で、壁際の血だまりに倒れていた。
だがむしろ、球磨の魚雷を全て喰らって、即死しないで済んでいることの方が驚くべきことだった。
暁美ほむらが、吹き飛んでいた自分のスカートとタイツを回収しつつ、彼の元に歩み寄った。
「お前はもう、快感に呑まれていたはずなのに……」
「感覚神経なんて、元から復元してないわ。残念だったわね」
「な、に……!?」
「快感もへったくれも、何も感じない。そうじゃないと捨て身覚悟で『周期発動』なんてやってられないわ」
暁美ほむらは、醒めた眼差しでメガネを拭う。
驚きに目を見開くデーモン提督に向け、彼女はべとつく髪から毒液を払い落しつつ淡々と言った。
彼女の自己再生魔法は、自分が負傷する前提の魔法だ。
そんな時に痛覚や触覚を残していたら、骨や肉を伸ばす激痛と掻痒感で行動できない。
だからそもそも今の彼女は感覚神経の再生を制限し、ほとんど触覚を放棄しているに等しかった。
いくらデーモン提督の毒液を浴びたところで、僅かの痛痒も感じないのだ。
ほむらの白い下半身は、液体でびしょびしょになっていたが、構わず彼女はタイツとスカートを履きなおす。
元々衣服も海水でずぶぬれなのだ。大した違いではない。
「そ、それじゃ、さっきまでのは全部、演技クマ……!?」
「ええ、球磨が指摘してくれたから、不自然でないうちに演技できて良かった」
そもそも球磨とデーモン提督が指摘するまで、ほむらは自分の脚に毛が絡まっていることに気づいていなかった。
だが、フロアの人員の様子からその毛の効果を推測し、彼女はデーモン提督に隙が生まれるまで即座に演技を実行していたのだ。
「よ、よもや女子が……、演技で失禁すら厭わぬとは……」
「それで敵に勝てるならいくらでもするわ。生憎、そうでもしなきゃ今の私は戦えないから」
デーモン提督の手から落ちた小銃を、ほむらは回収する。
その薬室からは、僅かに灰色の砂がこぼれる。
巴マミの生成した光る球体、『ラ・ルーチェ・チアラ(明るい光)』の残骸である。
暁美ほむらはとっくの昔に、小銃のマガジンから弾薬を抜き取っていたのだ。
魔力で肉体を強化できなくなっていることが明らかになった以上、弾を銃に詰めておく有用性が全くなかったからだ。
ジャン・キルシュタインに銃口を突き付けた時も、既にその薬室は空だった。
ほむらが既に反動に耐えられる体でなかったこと。
弾薬が全てデイパックの中に仕舞われていたこと。
そして何より、ジャン・キルシュタインの行動が、真摯で一途な想いの元になされていたとわかったことが、『あの小銃は三重の意味で撃てなかった』と彼女が言った理由だった。
89式5.56mm小銃のチャージングハンドルに髪の毛を結び付け、発射時に噛み引くようにして射撃しているフリをする。
イジェクションポートに詰めた『ラ・ルーチェ・チアラ』の小球が、そのたびに外界へマズルフラッシュのような光を投げるのだ。
この時、本来引き金を引いているはずだった右手は完全にフリーとなっている。
ここで同時に暁美ほむらは、展開した首輪を投擲することで、強力かつ無音の発砲を演出していたのである。
残り一画だった彼女の令呪の魔力は、全て彼女の肉体を復元する『時間超頻・周期発動』に充てられている。
あとの現象は、全て彼女の欺瞞と偽装。敵を欺くための巧妙な策略により演出されたものに過ぎなかった。
デーモン提督の防御を担う毛を全て破壊し、唯一ヒグマにも大損傷を与え得た球磨の砲撃を確実に命中させる――。
そんな目的を遂行するためだけの、豪胆かつ繊細な作戦だった。
「……何故だ。何故俺はお前の演技を見破れなかった……。
お前の心を、俺は確かに聞いていたはずだったのに……」
「――ひとつ言わせてもらいたいんだけど。よりによって『恋ひ死ね』ですって?
そもそも女心がわかってないし……。よくもまぁ、私に言えたものだわ」
か細くなってゆく息で呆然と呟いたデーモン提督に、暁美ほむらは碇シンジの手を処置してやりながら返した。
「『いくたびや、闇夜も恋ひし、あらたまの、月はまどかにみちゆくものぞ』。
……本歌をなぞるだけしかできないあなたに、私の心なんてわかるわけなかったのよ」
――何度も通って来た闇夜だって、この旅では恋しく思って来た。
――見えなくなっても月がまた必ず満月になるように、私もこの闇を乗り越えて道を行くのだから。
そんな意味の返歌を、ほむらは即座に語ってみせた。
デーモン提督の眼に消えかけていた光が、その歌で急激に輝きを取り戻す。
驚愕と感嘆が、彼の口から零れた。
「……『幾度』と『行く旅』の掛詞、その両面で『や』が係り結びと強調とで文意を変える……!
この状況を即妙に取り入れ、『道行く』と『満ち行く』を掛けてその決意まで示すとは……」
「それだけじゃないわ。私は本当に、この『月』を幾度も『あらたま』にしてきたんだから」
千切った衣服を包帯にして碇シンジの傷口をきつく縛りながら、暁美ほむらは語る。
自分のことながら、今日はやたら饒舌だな。とほむらは思った。
感覚神経はなくとも、やはりデーモン提督の毒が多少回っていたのかも知れない。
言葉がとても素直に、ほむらの口を突いて、出て来た。
「『円(まどか)』。……それが私の、愛する人の名よ。
まどかに辿り着くためなら、私は、何だってしてみせる――。
……それが私の、本当の心よ」
その歌は、暁美ほむらの本当の人となりと、そして彼女の想い人の名を知って、初めて完成するものだった。
『いくたびや 闇夜も恋ひし あらたまの 月はまどかに みちゆくものぞ』
――私は幾たび闇夜を通って来たのだろうか。もうわからない。
――それでも私は、そんな行く先も見えぬ旅ですら恋をし続けてきた。
――新月となって改まっても、月はまた必ず満ちて円くなるのだから。
――何度も繰り返した私のこの一か月間だって、必ずまどかへ辿り着く道を行くのだ。
「完、敗、だ……」
その歌を噛み締めるように反芻し、デーモン提督はもたげていた頭を床に落とす。
策略においても歌の趣においても、彼は暁美ほむらに勝ることはなかった。
心地よい、敗北感だった。
「そうだ……。それこそ俺が、ゴーヤイムヤが、求めた『深き力』だ……。
沈めた本心を浮かばせたときに湧き上がる、魅力……。『艦これ』に覚えた、興奮……」
全身を血だまりに沈めながら、それでもデーモン提督の表情は、満たされていた。
最期にようやく、求めていたものを目の当たりにした。
そんな感謝と恍惚が入り混じったような、表情だった。
「歌人・焔君(ほむらのきみ)よ……。お前の道行きに、せめてこれだけは贈っておきたい……」
暁美ほむらが見下ろす前で、デーモン提督は静かに呟いた。
「『あしひきの……、山橘の、色に出でよ……。語り継がれて、逢ふこともあらん……』」
――冬の雪の上で赤く色づく山橘の実のように、恋心はハッキリと表しなさい。
――人に語り継がれて、逢えるチャンスができるかも知れないのだから。
「……ありがとう、覚えておくわ」
彼の死に顔は、安らかだった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「……まず退路を確保するわ。地上の安全を確かめて、それからマミさんたちと合流。埋まってしまった人たちの捜索に乗り出しましょう!」
デーモン提督の死を確認し、ほむらは即座に3階フロアの生存者に声をかけた。
もはや快感に喘いでいた演技をしていたのが嘘のように、きびきびとした口調に切り替わっている。
だがナイトヒグマも碇シンジも球磨も、毒液で過敏になってしまった皮膚感覚のおかげで、まだまともに動くこともままならない。
「ちょ、ちょっと待ってくださいほむらさん……。この上には、エヴァを止めた何かがいるかも知れないんです……」
「そう。なぜか、このエヴァは停止してしまったのよね……。上に何がいるのかわからないわ。
襲われるかもしれないし、そちらの確認を先にすべきよ」
「マミちゃんやデビルヒグマは……!? あっちを助けなきゃいけないんじゃないかクマ!?」
「いえ、あっちもどうにかなったようだわ。そもそもあの『光る球』を使うのがマミさんのアイディアだったから」
シンジや球磨の言葉へ端的に返しつつ、暁美ほむらが歩み寄ったのはナイトヒグマだった。
「ピースガーディアンのナイトさんね。既に、私たちはビショップさんと手を組んでいる。
ヒグマ帝国の支援に協力してあげるから、あなたにも私たちの脱出に協力してほしい」
「……そう、か。そんなことだろうと思ったぜ。“嘘”をついてるようには見えねぇし。
ついて“得”するようなものでもねぇしな……。で、ビショップたちは?」
「地下に流されてしまったわ。後で捜索に行きましょう」
「マジかよ、あいつが……!? とんだ“河童の川流れ”だな」
いきなりの情報に目を白黒させながらも、ナイトヒグマはとりあえず協力の要請を呑む。
ほむらはそのまま覚束ない足取りの彼を誘導し、球磨や碇シンジの身も急ぎ連れてくる。
「じゃあお願い。あなたの背なら天井にも届くでしょう? エヴァの開けた穴から天井を開削して。
私たちはそこからエヴァをよじ登って上に行きましょう」
「ちょ、ちょっと、待ってほしいクマ……」
ほむらに手を引かれる球磨は、天井を砕き始めたナイトヒグマから離れたところで、顔を真っ赤にさせたまま、声を震わせた。
「ほむら、すまないクマ。ちょっとお願いがあるんだクマ」
「……何かしら? 時間がかかることでなければ」
突如、改まって切り出された秘書艦の言葉に、ほむらは首を傾げた。
ほむらとしても、球磨は多大な感謝をしている相手だ。特に断るつもりはない。
「な……、なでなでして、ほしいクマ」
「ふふ、なんだ、そんなこと?」
そして、他愛もないお願いに、ほむらは思わず笑みを零す。
ぽふ。と球磨の頭に手を置き、良い子良い子をするように髪の毛を撫でてやる。
天井が掘り抜かれるまでの間そうしてやろうと、ほむらは微笑んでいた。
「そ、そこじゃなくて、こ、ここ……」
だが球磨は、赤面した表情に涙を浮かべ、声を震わせていた。
球磨が指し示していたのは、白いショートパンツに覆われた、自身の会陰部だった。
そこは毒液のせいか汗のせいか、しっとりと湿っていて、近づけば何か甘い、蒸れたような香りが漂っているようでさえあった。
「あのイカクラゲの前だから我慢してたけど……。
どうしても、疼いて仕方ないクマ……。ほむら……。
頼むクマ……。一緒に……、してほしいクマ……」
「なっ、あ……」
暁美ほむらは、球磨の潤んだ瞳と見つめ合い、硬直した。
ごくりと、自分が唾を飲む音が聞こえた。
視線が、泳いだ。
恐ろしいことに、確かにデーモン提督は、球磨の本心を見透かしていたのだ。
暁美ほむらを慕う気持ちと、どうしても疼き続ける肉体は、そんな形でしか、欲求のはけ口を見つけられなかった。
ほむらは、深く息を吸う。
そして、そっと球磨の肩に、手を置いた。
球磨はたったそれだけの刺激でも、ビクリと身を震わせた。
「あのね、球磨……。あなたの言わんとしていることはよくわかるわ。
でも、今は時間がないの。本当に悪いんだけれど、今はまず、上の様子を確認しましょう?」
「あ、う……」
ほむらは瞬きもせずに、一息で言い切った。
全身の血が淀み、逆流するかのような気持ち悪さが、言い終わった直後にほむらの身を襲った。
球磨は暫く、眼を見開いたまま固まっていた。
そして突然、球磨は自分の頬を自分で殴りつける。
「球磨――!?」
「あっはははっはっは! いや〜、何言っちゃってるクマ! 真面目に反応しないで欲しいクマ!
これじゃあ球磨ちゃんが、冗談の面白くない艦娘って烙印を押されちゃうじゃないかクマ!!」
彼女は、慌てて支えようとしたほむらの手を振り払い、頬を腫らしたままへらへらと笑った。
「あ、あの、違うの……! 決してあなたがどうとかじゃなくて、本当に時間が……!」
「あーもう、いいクマ! ほむらに冗談いった球磨が悪かったクマ! ほむらの言う通り、さっさと準備するクマ!」
そうして、球磨はまだふらふらとした歩みのままで、体の毒液を極力落とそうと、海水の溜まる階段側へと歩いて行く。
ほむらは、そちらへ手を伸ばしながらも、彼女を追うことができなかった。
――それが、まどかへの裏切りのように、感じたからだ。
他の友人と親しくすることは、たぶんまだ裏切りではない。
仲間。戦友。友人。
そんな言葉で関係を表せるうちは、その人物を思う心の割合は、まどかと比べれば絶対に劣る。
鹿目まどかは常に、暁美ほむらの心の第一義であり続けられた。
だがもし、その友人が、まどかをも上回るほどにほむらの心に親しく踏み込んできてしまったなら――。
それは、まどかを裏切ったことにならないだろうか。
まどかのことを考えなくなること。
まどかのことを忘れてしまうこと。
それは暁美ほむらにとって、恐怖以外の何物でもなかった。
だから、躊躇してしまった。
球磨の願いを、ほむらは受け入れられなかった。
これ以上彼女と親しくなるのが、怖かった。
その恐怖は暁美ほむらに、一抹の不安と後悔を刻んだ。
もし、デーモン提督の毒液が本当に効いていれば。
ほむらはこの恐怖を乗り越えられたのだろうか――。
『あしひきの 山橘の 色に出でよ 語り継がれて 逢ふこともあらん』
彼に贈られたばかりの歌が、思い返される。
時を戻そうと思っても、もう、選んだ選択肢は変えられない。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「僕は見ない、僕は見ない。何も聞かない、何も聞かない……」
「何やってんだ……? “三大欲求”我慢したところで疲れるだけだろ」
「もう十分気持ち悪いんです。……パンツの中が」
天井を切り拓くナイトヒグマの脇で、碇シンジは蒼褪めた顔のまま座り込み、両肘で両耳を押さえるという奇怪な行動をとっていた。
それもこれも、背後で語られ始めた球磨の甘い声を耳に入れないようにするためだった。
そもそも碇シンジは、球磨がデーモン提督に捉えられ毒液塗れになっていた辺りから、既にパンツの中を濡らし始めてしまっていた。
これ以上雑念を思い浮かべてしまえば、千切れた両手からまた出血が始まるだろうことはほとんど確実だった。
「……“言いたいこと”があるならハッキリ言って、“やりたいこと”があるならちゃんとやった方がいいんじゃねぇか?
……あの“クラゲ野郎”の言葉じゃねぇけどよぉ」
ナイトヒグマは他人事のように言う。
そもそも彼は人間の濡れ場如きで欲情する気持ちがわからない。よって艦これ勢の気持ちも理解しがたい。
人間が猫の交尾を見て欲情するだろうか。
する者もいるかも知れないが、それはやはり特殊な性癖の部類に入るだろう。
「自分の本心に従うのが、いつも良いとは限らないですよ。やってしまってから後悔して、自己嫌悪するんです。
……『秘するが花』というじゃないですか」
だが、碇シンジにとっては、これは同種の年頃の女子の濡れ場だった。
こんな場面で、自分がその欲求を素直に発露させてしまうなど、そんな畏れ多いことはとてもできなかった。
「あ、あの、違うの……! 決してあなたがどうとかじゃなくて、本当に時間が……!」
「あーもう、いいクマ! ほむらに冗談いった球磨が悪かったクマ! ほむらの言う通り、さっさと準備するクマ!」
シンジが耳を塞いでいる間、球磨は、自分の頬を殴っていた。
暁美ほむらは、先程まで明るかった表情を、恐怖に染め上げていた。
ナイトヒグマは、やはり他人事のようにその一連の様子を眺めながらも、諭すように、碇シンジに向けて嘆息した。
「……そういう思考に至るヤツはな。やらないでいても結局“自己嫌悪”するんだよ」
その呟きに碇シンジは、震える視線だけを向ける。
青くなった唇が、力なく言葉を紡ぐ。
「……僕は、我慢します」
ナイトヒグマは、大きく息をついて視線を落とした。
そこには焦げ臭い血だまりの中に、安らかな表情の『漂える悪魔』が死んでいる。
――“本心を浮かばせる”ってのは、なかなかどうして、難しいじゃねえか。艦これ勢……。
切り拓かれた天井から、傾いてきた日差しが、地下へと差し込んできていた。
【穴持たず666・デーモン提督@ヒグマ帝国 死亡】
【C-6 地下・ヒグマ診療所3階フロア/午後】
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:魔法少女でなかった当時の身体機能、労作時呼吸困難、デーモン提督の毒液塗れ
装備:自分の眼鏡、ソウルジェム(濁り:極大) 、令呪(残りなし)
道具:89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×9、切嗣の手帳、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)
基本思考:他者を利用して、速やかに会場からの脱出
0:地上は……? そして流されてしまった人たちは……!?
1:球磨……、違うの……。
2:まどか……今度こそあなたを
3:お願い、お願いだから……、みんな、生きていて……!!
4:巴マミ……。一体あなたにどんな変化があったの?
5:ジャン、凛、球磨、デビルは信頼に値する。シンジ、流子は保留ね。
6:魔力は、得られた。他にもっと、情報を有効活用できないか……?
7:巴マミと、もっと向き合う時間が欲しい。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※まだ砂時計の砂が落ちきる日時ではないため、時間遡行魔法は使用できません。
※時間停止にして連続5秒程度の魔力しか残っておらず、使い切ると魔女化します。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』で、自分の肉体を再生させる魔法を習得しました。
【球磨@艦隊これくしょん】
状態:キラキラ、中破、上気、デーモン提督の毒液塗れ、全身の痒みと疼き、濡れた下着
装備:14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬なし)、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険
道具:基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯
基本思考:ほむらと一緒に会場から脱出する
0:ほむら……。
1:ほむらの願いを、絶対に叶えてあげるクマ。
2:ジャンくんや凛ちゃん、マミちゃんたちも、本当に優秀な僚艦クマ。
3:これ以上仲間に、球磨やほむらのような辛い決断をさせはしないクマ。
4:また接近するヒグマを見落とすとか……!! 水だの潜水艦だの触手だのふざけんなクマ!!
5:天龍、島風……。本当に沈んでしまったのクマ?
6:何かに見られてる気がしたクマ……。
[備考]
※首輪は取り外されました。
※四次元空間の奥から謎の視線を感じていました。でも実際にそっちにいっても何もありません。
【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:疲労大、両手切断(止血済み)、発奮、脚部にデーモンの刺傷
装備:デュエルディスク、武藤遊戯のデッキ
道具:なし
基本思考:生き残りたい
0:くそッ……、球磨さん……、ほむらさん……!! 僕は最低だ……。
1:エヴァは一体、どうしたんだ……!?
2:守るべきものを守る。絶対に。
3:……母さん……。
4:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
5:ところで誰もヒグマが刀操ってるのに突っ込んでないんだけど
6:ところでいよいよヒグマっていうかスライムじゃん
7:ところでアイドルオタクのヒグマってなんなんだよほんと
8:ところで肥後ずいきって……、何……?
9:ところでさんざん出て来た和歌の意味全部わかった人、いる……?
[備考]
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※首輪は取り外されました。
【穴持たず202(ナイトヒグマ)】
状態:“万全”、“苛立ち”、デーモン提督の刺傷
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”にもう一度認められる
0:一体“艦これ勢”って何なんだよ……!?
1:“メシ”より大事なもんなんてねぇ。
2:俺の剣には“信念”が足りねえ……だと……。
3:ビショップは……? 他のやつらはどうしたんだ……?
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※“アクロバティック・アーツ”でアクロバティックな動きを繰り出せます。
※オスです。
以上で投下終了です。
続きまして、この予約メンバーを継続して最後の予約をします。
最後のタイトルは『平行展望(Parallel Kozak)』です。
また、支援絵乙です&ありがとうございますー!
マミさんの新技を早速拾ってくださってありがとうございます。
叛逆の物語見た最初は、本当にこういう技だと思ってました。飛び道具に当て身を取って相手を束縛するという……。
マミさんの片太刀バサミは……。うーん……、これだと静刃っぽいですねぇ……。
動刃じゃないと流子の片太刀バサミには合わないのと、刃の向きが……。まぁ……。
何気に、次の『平行展望(Parallel Kozak)』に響いてくるかもしれません。これ。
いや、よくよく考えると……。本当に怖いですよ、この絵の通りなら……。
なんだろう?切れ味が悪くてゴーヤイムヤ提督が復活しちゃうのかしら?
それはそれで美味しい気がしますが一応修正しました↓
ttp://dl1.getuploader.com/g/nolifeman00/76/mamimi.jpg
投下乙です
全編触手と毒液まみれの素晴らしい戦闘でした、ありがとうデーモン提督。
ほむほむや球磨がエロいことになる度に死にかけるシンジは笑うところ
でいいんですね?しかし球磨がガチでほむほむが好きだったとは…。
なんかほむほむも本心では惹かれてるみたいだし新たな恋愛事情が出来てしまったか。
艦これ勢の中でも特にキャラが立ってた潜水艦勢もこれでほぼ全滅かぁ。
ナイトヒグマカッコいいよね。劣等生と入れ替わる前の真のシバさんの技を受け継ぐ者として
これからもがんばってほしい。
わざわざ修正してくださったんですか!?ありがとうございます!
片太刀バサミは、ヒットポイントのある親指側、裁ちバサミの動刃状(原作針目縫の持っていた形状)だとなおベターだったかもしれませんね。ゴーヤイムヤ提督の模造品と被ってしまうので。
マミさんの表情が豊かで良いですね!
何にしても面白い予想ですね(^ヮ^)!
でも大丈夫です。支援絵や予想に関わらず、次の話ではわかりきったことしか起こりません。
初めから決まっていた結末になるだけですのでご安心を。
wikiの方に、平行展望3と4を、若干追跡表などを修正して掲載しました。
予約を延長します。
SSの代わりに、クレマカタラーナを食べている流子ちゃん
ttp://dl1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/12/den_wgC73NFT9I_12.png
シズル感出すの難しいですね……。
クレマカタラーナ自体はイタリアンやフレンチのお店で食べられます。
「なんだこれ……、うみゃい……!? うぅ、もう無くなっちまったし……」
投下乙です
ナースカフェの二つ目は殆どクレマカタラーナの話なので何気に重要アイテム。スイーツで喜ぶ流子は立派な女子高生です。可愛い。
長らくお待たせいたしました。
熊本地震の影響により避難をしておりましたが、本日ようやく帰宅しました。
今後どうなるかわかりませんが、とりあえず予約分を投下します。
あーややこしい。平行展望は4重展望である。まったく変化しない2つのフレーズが平行して走りながら4重の世界に変貌する。
より正確に申し上げますならば2つのフレーズではなく、出発点が違うただひとつのフレーズ。
Parallel Kozakで最初に目撃したものを強い意思をもって観察し続けるなら、それは何の変化も示さず、最初の姿を維持します。しかしながら、途中で現れるミスリードの工作に従ってしまえば、それは一瞬で別の姿に変わってしまうのでありますから。
しかし、ミスリードに抗うのは困難でありましょうよ。強い意志が要求されるでしょうよ。
意思を貫徹し、事実を知ったアナタに周囲の人はこう言うでしょう「え?何言ってんの?ぜんぜん違うじゃない。気でも狂ったんじゃないの?」
(平沢進twitterより 開発コード:平行展望 製品名:Parallel Kozak)
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「まさか!深海棲艦に鎮重府ごと乗っ取られたとでも言うの?いや!ありえるわね!」
「手か……艦これってなんなんです?」
声が裏返ってしまう。緊張のせいだ。
『手か』ではなく、『と言うか』が正しいが、今そんな些細な言い間違いを気にしている余裕はない。
目の前の人間も色々言い間違っている気がするが、とりあえず今はどうでもいい。
(なんなんだ……? こいつは……)
その時、穴持たず56安室嶺は、慎重に言葉を選びつつ、目の前の人間から情報を引き出そうとしていた。
落下した地点で遭遇したこの人間のメスは、『瑞鶴』という名称らしい。
彼女の語る言葉は基本的に専門用語だらけで要領を得ない。
だからこちらも適当に話を合わせてお茶を濁した。
言葉の選択には細心の注意を要した。
相手は、凶悪な能力を有した生物だった。
何しろこのメスは、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)で形成されたお台場ガンダムの胴体を、その口で喰らってしまったのだ。
この人間はその時点で、穴持たず48シバより賜った貴重なオーバーボディを破壊した憎き敵だ。
だが彼が瑞鶴への攻撃を躊躇っていたのは、ひとえに彼女の予想もつかない戦闘能力にある。
まさに今、彼の目の前でその人間のメスは、『ガンダムの装甲を素手で捏ねておにぎりにしている』のだ。
一体どれほどの握力なのか。
CFRPの降伏応力は低く見積もっても700MPaはある。マリアナ海溝の水圧にも耐えるのだ。
それを捏ねて、丸め、おにぎりにするのに必要な力はやはり、少なくとも平方センチあたり700kgfを余裕で越える。
握力にすれば優に84トンを越すだろう。下手をすれば握るだけでダイヤモンドさえ作れてしまいかねない。
普通のヒグマの筋力など、とっくに逸脱してしまっている。
気持ち悪さを通り越して恐怖を覚える光景だ。
彼女が気まぐれを起こせば、安室の肉体すら一握りで容易く潰されてしまうだろう。
またその歯や肉体も、『総合病院を全壊させたガンダムの落下に耐え、CFRPを噛み切れる』ほどの強度を有していることは確実だ。
コアファイター1機しかない今の安室の装備では、反攻に転じても到底勝てる見込みはない。
そのため彼は、瑞鶴がなぜか戦意を向けていないうちに彼女の部隊とやらに潜入して情報を探り、どうにか彼女を殺害、もしくは撤退できる隙を見計らおうとしていた。
虜囚にでもなった気分だった。
「……は? 『艦これ』を知らない? 橘花に乗ってるのに?」
「あ、いや、すみません……、私も知ってはいるんですよ? 噂にはなってましたから……。
ですが、それで、なんであなたがこんなところにいるのかが疑問でして……」
瑞鶴から返って来る怪訝そうな言葉に、安室は心中で冷や汗をかく。
本当に何故だかわからないが、このメスは安室のことを、現在のところ味方だと思っているらしい。
だが不用意に会話を誤って敵だと思われれば、たちまち安室には死が見える。
苦し紛れに言い換えた安室の問いは、幸いにも瑞鶴に違和感を抱かせなかったようだ。
白くなった胴着と赤い袴風のミニスカートを穿くその人間は、ツインテールの髪を整え、改めて居住まいを正して安室に名乗った。
「あ、それもそうよね! 私はモノクマって奴の指示を受けて、ヒグマ提督の下で深海棲艦を撃沈する、瑞鶴提督とかいうバカの肉体で作られた艦娘よ。
航空艤装を全面的に近代化改装したこの瑞鶴。普通の正規空母だとは思わないでね!」
(自分で何を言ってるのかわかってるのか? このメスは……)
指揮系統がバラバラだ。
何を言っているのか正確には把握しきれないが、モノクマとは、ヒグマ帝国の指導者たちが危険視していた『彼の者』のことではないのか。
その上、彼女が提督提督と連呼しているということは、穴持たず48シバがライバル視していた、艦これ勢の手の者だということはほぼ確実だと言える。
もちろん安室は、『艦これ』という言葉だけなら知っている。
彼がシバに声を掛けられた時点で、地底湖周辺のヒグマたちはそのゲームか何かの話題でもちきりだったからだ。
ヒグマ帝国に突如として降って湧いた『艦隊これくしょん』という遊戯に対するムーブメントは、帝国のヒグマたちの統一と緊張感を一気に融解させ、少なくとも指導者たちの顰蹙ないし敬遠を買っていたことは事実だ。
同じく声をかけられていた穴持たず51クラッシュら四兄弟との訓練中にも、嫌でも話題は聞こえてきた。
それがここにきて、こんな恐ろしい能力と思考を有した人間の存在に関与してくるとは、由々しき事態だった。
(このメスが何者だかはわからないが……、少なくとも僕らの敵であることは確実だ……!!)
目の前で弛んだ笑いを浮かべるそんな人間のメスを討ち果たす術が見つからないことは、安室にとって、とても歯痒いことだった。
その緊張感のない眼の中に、念動力を用いてコアファイターを突っ込ませるくらいの攻撃を、今すぐにでもしてやりたいのは山々だ。
だがガンダムの落下に耐えるこの人間がそれで死ぬとは到底思えないし、先の戦闘で用いられた大量の航空機らしきものが上空で待機している以上、逃げ切ることも叶わないだろう。
殺意を、ぐっとこらえるしかなかった。
『命なんて……、安いものさ。特に、私のはな』
思い出されるのは、共に空を飛び、共に仕事をした戦友――。
第2期に生まれたヒグマであり、彼の最も親しい友であったヒグマ、緋色唯の言葉だった。
安室は第3期ヒグマの中では例外的に、STUDYから島の周囲上空の防衛という、実験における重要なポジションを任されていたヒグマだ。
穴持たず48シバが彼に声をかけてきたのは、やはりその例外的な立場と能力のためだったのかも知れない。
ヒグマの暮らす環境と意義を勝ち取ろうとするヒグマ帝国側の主張には、安室としても否は無かったし、自分に科せられた役割とも両立できるだろうと考えていた。
実験における役割を遂行し、人間を一匹たりとも島外に逃がさないこと――。
それはすなわち、そのままヒグマの自由を勝ち取りうる行為に他ならなかった。
STUDYの有冨春樹直属であるはずの穴持たず39ミズクマが、むしろその包囲網を強化するかのような指令を受けていたことは、彼にとって追い風に思えた。
ヒグマ帝国がこの島を支配し、自分たちヒグマの地位と意味を確立するのもそう遠くないことだと思えた。
彼が緋色唯の安否を知るまでは。
緋色唯――、空飛ぶヒグマと謳われた彼女の羽を、安室嶺は島の南の崖、焦げた磯の上で見つけてしまっていた。
崖周りのパトロールに、彼女は安室とともにあたっていたはずだった。
彼女の死の間際のあらましを、彼は海中のミズクマたちから伝え聞いた。
その話に出てきたのは、信じられないほどの人間の底力だ。
崖の縁で緋色唯と戦闘になったその人間のオスは、ヒリングマを相手取りながら緋色唯を殴り殺し、最後にはその2頭のヒグマを道連れにしつつ、大爆発して果てたという。
人間という一見ひ弱そうな生物が秘めた力に、安室は最も親しかった同胞が喪われた悲しみとともに、慄然とした恐怖を覚えた。
(キミの命は、全然安くなんてない……! 必ず、無念は晴らすよ、唯ちゃん……)
安室嶺は軍人――、軍羆だ。
狡猾に残忍に、容赦なく戦うことでしか、彼はこの無念を晴らす術を知らない。
相手が人間という、ヒグマの常識を超えた恐ろしい生物だったとしても、彼はあらゆる手段を使って戦うだろう。
「しょうがないわね、お互い何もわかりそうにない……、か。
とりあえずあんたは私の編隊に入ってくれるわよね?」
「そうですね、ありがとうございます……。では、ご一緒させていただきます」
だから今は、作り笑顔の裏で、牙を剥くタイミングを耽々と窺うのだ。
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『……あいつは性欲の固まりなの? 私があんなに気を動転させてしまうなんて……』
その時、ガンダムの残骸の下に潜り、ひっそりと地下への隙間を降りようとする一塊の泥があった。
幾枚かの皮や甲標的を混入させたままずるずると移動するその泥は、ぶつぶつと苛立ち紛れの独り言をつぶやいている。
穴持たず506、ゴーレム提督であった。
『お前なんかに言われずとも、こっちは酸素魚雷の特性くらい理解してるっつうの……。
私は親切に言ってやったじゃない「あなたのナカに入って、その薄汚い内臓を隈なく溶かし尽」すって……。
酸素魚雷でトドメを刺すつもりなんかなかったっての……!
そんなことしたら折角の瑞鶴の皮がボロボロになるでしょうが……!!』
皮を大切にするゴーレム提督にとって、前回の戦闘での甲標的による雷撃は実質、牽制でしかなかった。
相手を傷つけてしまっては、戦利品となる『皮』がおじゃんになる。
肝心なのは、彼女自身が明言したとおり、その隙を突いて肉薄し、相手の体内に侵入、内側から消化して殺すことだ。
魚雷はあくまで、瑞鶴の直掩機を撃墜するための手段だった。
直掩機が旋回している限りは、どうあがいてもゴーレム提督が彼女を捕縛しきることはできない。
密着して侵入している途中を妨害されてしまうからだ。
直掩機の補充を許してしまった先の戦闘の顛末は、見ての通りだ。
あれほど油断していた状態なら、瑞鶴の手から最後の直掩機をもぎ取りつつ組み伏せることなど簡単だったというのに。
それなのに折角密着した状態から魚雷を放ってしまうなど、自分のことながらよっぽど気が動転していたものだとしか思えない。
千代田の乳房を見て鼻息も荒くむしゃぶりつこうとする、モラルの欠片もない軍艦らしからぬ変態の表情に、ゴーレム提督は生理的な恐怖を覚えたのだ。
『普通、敵だとわかったヤツが目の前で親しい人の姿になったら怒り狂うでしょ……?
そうしてできた意識の死角に潜り込むのが私の戦法なのに……。
まさか本当におっぱい吸いに来るとか、私だって想定してないっての……!!
もっと艦娘って、戦いや仲間に対して真摯なものじゃないの……!?
本当に何なの、あの変態は!!』
ゴーレム提督は、確かに意図的に扇情的な言動をしていたフシはある。
だがあくまでそれは数ある攻め手の一つに過ぎない。
やろうと思えばいくらでも、他の手段や作戦はあるのだ。
何しろゴーレム提督自身、生まれてからまだ一度も繁殖期を経験していない以上、そういう行為はまったく初めてだ。
知識では知っていてもいきなり本番を迫られれば、たじろぐ。
それをさしおいても、まさか戦場で戦闘中に、明らかな敵の色仕掛けで、生まれながらの軍人が情欲に負けるなんてふざけたこと、想定できない。
むしろまともな提督なら、絶対にそんなことが起きないことを祈るだろう。
予想外かつ失望的過ぎる瑞鶴の行動と、その興奮した気味の悪い表情と、絶妙なタイミングでガンダムが落ちてくるという彼女の悪運に、色々な作戦が全部吹っ飛んでしまったのだ。
思い返すにつれて、ゴーレム提督には苛立ちばかりが募る。
『何が「アウトレンジだし見えないところから攻撃しないと意味ないでしょ?」だよ!
お前の肉体は目の前に見えてるじゃない! ツッコミ待ちかよ! あまりにバカ過ぎてこっちが戸惑うわ!!
患者さんに丁寧に応対してた癖が抜けてないんだわ……、忌々しい……!!
お前こそ気の狂った深海棲艦でしょ……!? あんな変態の妄言にいちいち付き合ってやるんじゃなかった!!』
直前の戦闘においても、瑞鶴が『富嶽』をわざわざ成層圏などという無駄に高い場所に飛ばしている間に、飛散させていた泥で直接彼女を捕縛すればよかったのだ。
戸惑っているうちに機を逸したのは、本当に失策だった。
その後、ゴーレム提督は富嶽による爆撃を『命中精度は低いようね』と評したが、それは瑞鶴自身を惑わすための苦し紛れのハッタリだ。
成層圏近い高高度から、ゴーレム提督の放った数十発の魚雷を全て爆撃で撃墜し、なおかつその中心部の瑞鶴には破片の一つもかすめさせないというのは、恐ろしく高い命中精度以外の何物でもない。
それとも、瑞鶴の悪運がそれほどまでに強力なのか。
何にしても凶悪極まることこの上ない。
相手にしていられなかった。
そうしていざ診療所へと地を下ろうとした時、地下からは唐突に呼びかけが響いていた。
『ゴーレムか? 何をやってる。上は片付いたのか?
逃げ道を塞ぎ、地上からの不測の干渉を防がねばならんのは解っているだろう?』
『――!?』
ゴーレム提督は、自分の存在が露呈したことと、その声の主がここに存在していることに驚愕した。
(デーモンが下にいる……!? そんな、早すぎる……!
最初から私の魂胆を読まれていた……?
これじゃあ助けにいけない……!)
瑞鶴との戦闘を放棄し、先に診療所の方へ降りようとしていた彼女は、地下からの声に二の足を踏む。
元々ゴーレム提督は診療所に勤めていた身だ。
彼女はヒグマ帝国元医療班としての立場も、艦これ好きとしての趣味の立場も、どうにか保とうと腐心していた。
だが所属の第十かんこ連隊が診療所攻めに抜擢された時点で、隊のメンバーからの信頼は大分薄くなっていた。
どこかしらのタイミングで、彼女が元同僚を助けようとする方向に動くだろうことは、隊員全員が薄々感じ取っていたことだと言える。
『上から攻め込まれることなどあってはならんし……。
……何より、誰かが隠れて地下の輩を逃がそうとしたとしても、邪魔者は掃っておかねばならんのは同じだろうからな』
地下の声、穴持たず666デーモン提督の声はなおも挑発的に響く。
『誰かが』などと言ってはいるが、その誰かがゴーレム提督のことを指していることは明らかだ。
聴音による索敵に優れた彼が真下にいるということは、紛れもなく彼女の動きを先んじて封じるためだと言って間違いないだろう。
引きずることで金属音をたてている甲標的などを放棄すれば、彼にも気づかれず潜入することは可能かも知れない。だがその場合、連隊員から起源魚雷などをぶち込まれた際に対応手段がない。
同僚を連れて逃げることは不可能だ。
『……そんなこと言っても、総合病院はもう崩しきったわ。
あなただって聞こえたでしょう?』
『くくく、瑞鶴なんてものがいたから、隊を離れて掃討すると言ったのはお前じゃないか。
……俺に隠れて、ひっそりとどこぞに裏周りできるとでも思っていたのか?』
苦しい反駁は、やはり一笑にふされるのみだった。
(ちぃっ……。シーナー先生はもちろん、ヤスミン先生もいない状態じゃ持ちこたえられなかったの……!?
でもむしろ、デーモンが『ここにいるだけで勝利の報告をしてこない』ということは、誰か抵抗してる奴がいることはいるんだわ。
ジブリールでもベージュ老でもなければ、患者さん……?
頼むから持ちこたえててね……!)
地上の総合病院の破壊作業にゴーレム提督が当てられたのは、そもそも彼女が診療所の職員を直接逃がせないようにするためのゴーヤイムヤ提督の采配だ。
ゴーレム提督はこのことと、そして現場に瑞鶴というイレギュラーが存在したことを逆にチャンスと見て、下水道待機中だった連隊に瑞鶴を排除する旨を報告していた。
瑞鶴との戦闘という理由をつけておけば、こっそり同僚を助け逃げた際に誰かが地上へ様子を見に来ても、いないことに対する口実ができるからだ。
うまくいけばそのまま戦死として処理され、不自然でなく雲隠れできただろう。
生身の艦娘、とりわけ水上艦を撃沈するという行為自体は、第十かんこ連隊の全員が諸手をあげて賛同するものだ。
なぜならば彼らは、ヒグマ提督の作り出した島風によって、同胞であるスイマー提督を殺害されているからである。
その他の艦これ勢の一部は、その場のノリで喝采していたが、ほんの試運転の競泳相手として仲間を送り出していた潜水勢49頭はその時、怒りと呆れと絶望とで絶句していた。
仲間を殺し、それを反省すらしない島風は悪辣な犯罪者であり狂人である。
ゴーヤイムヤ提督が試行錯誤して運転させていた工廠を流用してそんな犯罪者を作り出し、まるで手柄のようにふんぞり返るヒグマ提督は明らかな敵である。
よって、以降彼が作り出した生身の艦娘は、すべて犯罪者であり狂人であり敵であり、仇であることは間違いない。
作られた艦娘を憎んで艦これを憎まず。
水上艦は殺し、根源たるゲームデータの深淵へと返す――。
その信念は、ゴーヤイムヤ提督であってもデーモン提督であってもゴーレム提督であっても、立場の違いなく誓い合った共通認識だった。
今や、ガンダムを補食し、得体の知れぬ能力と自己改造を以て新たな艦載機を製造し始めた瑞鶴は、野放しにしておけば今後さらなる脅威になることは間違いなかった。
そうなれば診療所勤めの同僚を助けて逃げ出すことなど不可能に近い。
強力な幻覚能力を有するシーナーですら、めくら撃ちの絨毯爆撃を展開された場合、巻き添えを食う可能性があるのだ。
あんな者の前に同僚を連れ出していくわけには行かない。
どうにかして処理する必要があるのは確実だ。
ゴーレム提督は、行く手を塞ぐ悪魔と、悪運に満ちあふれた狂女を共に、地下の抵抗が続いている間に退ける方法を思いついていた。
『毒をくらわば皿まで……。地下に瑞鶴も誘導してやる……。
デーモンの野郎と瑞鶴を戦わせてやるわ……! あいつも一遍、あのキチガイの相手してみろっての!!』
倒壊した総合病院の1階、給湯室だった部分までゴーレム提督の泥は人知れず這いずってゆく。
破断した水道管からの水分を周囲の瓦礫と混ぜ合わせながら、彼女は新たな皮を体内から引きずり出す。
その時ふと聞こえた音に、彼女は泥の身を引き裂いて微笑んだ。
『……おっと。どうやら患者さんも、善戦してるみたいじゃない……!
私も続くわ……。頼むわよ――!!』
地下から瓦礫を鳴動させて、轟音が響き来ていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
二人の男女が、身を重ねていた。
心を、重ねていた。
息を、重ねていた。
それはジャン・キルシュタインと、星空凛だった。
倒壊した診療所の一階の隅の、水没し埋没した空間に唯一残ったベッドの上で、二人は生まれたままの姿でそこにいた。
星空凛は、本当に彼と一つになったような気がした。
彼の体を抱きしめ、重ねた唇から吐息を送る。
繰り返される波の満ち引きのような呼応。
溶けた海の底のような、ひんやりとあたたかい感触は、とても柔らかく、甘い時間だった。
だが波は、揺れる。
地は、響く。
二人の元にも、瓦礫の外からは確かに、未だ続く戦いの音が伝わってきていた。
「なぁ……、リン」
「何にゃ? ジャンさん……」
ジャンはその時、深くなった吐息で囁いた。
その眼は強い意志を込めて、凛に希う。
「歌……。聞かせてくれ……。応援団なんだろ……?」
その真意は、凛にも容易に汲み取れた。
「上で戦ってるあいつらを……、応援してやってくれ……!」
響き来る戟音の波に紛う友の安否は、二人の心に常に去来している。
この閉塞された空間を抜ける術を持たぬ彼らができること。
それはただ精一杯、戦友たちの勝利を祈り、応援を手向けることだけだった。
「うん……!」
凛は、強く頷いた。
身を起こした胸には、電撃を受けて焼けた傷跡が、素肌に生々しく残っている。
それでも彼女は、その胸を張った。
その気持ちは、ジャンと一つだった。
「ちいさなシグナル Rin rin Ring a bell……♪
聞こえたーら。うなずいーて。お返事、ください――」
それは、恋の歌だった。
星空凛が一人の少女として、ジャン・キルシュタインに贈る歌だった。
それでありながら、この歌は軍歌だった。
星空凛が一人の戦士として、この瓦礫の山を響(とよ)もすように仲間へ捧げた鼓舞だった。
「不思議、さがしだす――、才能、目覚めてよ――。
毎日どきどきしたいけど、君のことじゃない……。まったく、違うから!
言いわけみたいで、変な気分?」
思い返せば、この島は摩訶不思議な敵と災害ばかりだった。
その不可思議に立ち向かうために、僅かな勝機を探し出す才能は、必要不可欠なものだった。
毎日どきどきはしたいけれど、別にヒグマはいらない。
まったく違うから。
そんな生死の境でのどきどきは求めてないから。
もう今さら言ったところで、ここまで巻き込まれてしまった以上、言い訳みたいで変な気分だけれど。
「やっぱり、話しかーけーて―――、いつも通り、笑おう――。
ちょっとだけ、ちょっとだけ――。鼓動が、はやいの――。
ときめき――。なんで? なんで?」
やっぱりクマっちを中心に綿密に打ち合わせをして、またほむほむの作戦通りに笑おう。
ジャンさんの鼓動が、ちょっとだけ、速い。
ときめきのせい?
今さら? もうこんなに、一緒になったのに?
違うよね――!!
「はじまりたくなる Rin rin Ring a bell……!!
おかしいな、恋じゃないもん――!!」
そう、このベルは、開戦を告げる軍鼓だ。
この鼓動は恋の興奮じゃない。愛と臨戦の興奮だ。
「ちいさなシグナル Rin rin Ring a bell……♪
聞こえなーい。振りしてーも。鳴り続けました――!!」
瓦礫の中に埋もれた、小さな鼓笛の音だけれど。
凛は、凛たちは、出発点が違うだけのただひとつのフレーズを、鳴らし続けているから――!!
「……頑張れよ、リン」
ジャンはただ静かに、懸命に歌い上げるその少女の姿を、愛おしそうに見つめていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
同じころ、星空凛とジャン・キルシュタインがいる場所のさらに下方で、確かに喝采があがっていた。
「龍田さん! 龍田さんが立ったわ――!!」
「良かった! 龍田さん、良かった、もう大丈夫なんですか!?」
「……別に大丈夫でもないけれど〜。それこそ、気持ちね……」
龍田提督が、田所恵が、喜びの声を上げる。
その者たちの前に薙刀を杖にして立つ少女こそ、軽巡洋艦の魂を宿した艦娘・龍田であった。
左腕を失い、右半身も広範な爆傷に爛れさせている彼女は、ふらつく体を薙刀で支え、肩で息をしながらも微笑みを見せていた。
「時間……、ないんでしょう? さっさとこんな暗いところから上がって、お日様を拝みたいわ……」
「I agree……。頼めるかしら、龍田……?」
龍田の呟きに、彼女の体を支えながら布束砥信が問う。
間桐雁夜がその魔力を振り絞り、かろうじてこれ以上の状態悪化は避けたところだが、半身を紅く染めた龍田の呼吸は荒く、浅い。
今の彼女の船体は欠損のせいで左右のバランスも狂っている。見るからに無理をしていることは明らかだ。
だがそれでも、今の彼らは彼女の能力に頼るしかない。
布束砥信、田所恵、四宮ひまわりといった少女たちは、ほとんどこの場で行動する術を持たない。
唯一の人間の男手である間桐雁夜は、魔力も体力も使い尽くして、尻餅をついたまま荒い息をついているのみだ。
第七かんこ連隊50頭のヒグマたちの持つ武装では、砲撃をした瞬間に直上の診療所をまるごと崩落させてしまいかねない。
流体であるビショップヒグマだけならば、そのまま上階に上がることも可能だろうが、彼女は上司のしでかした大事件のショックから未だ立ち直れていなかった。
鋭い針のような精密な狙いと、ヒグマ製の強化型艦本式缶から来る高威力の攻撃手段を併せ持つ龍田でなければ、地下水脈へと地盤を落ちかけたこの場から上の診療所へと全員が抜け出せる隧道を穿つことは、不可能だろう。
「ボイラー炊くから……。待っててね……、すぐに加熱するから〜……」
「はいっ! 早く脱出して、みんなでお昼にしましょう! ご飯炊いて、おにぎり作って……!」
気丈に振る舞う龍田の言葉に、恵は眼を潤ませて意気込んでいた。
こんな大怪我を負いながらも龍田は頑張っているのだ。自分たちも頑張らないでいられるか――。
そんな気概が、自然と湧き出してくるかのようだった。
間桐雁夜が、そんな彼女の意気込みを察して、浅い息のままに軽口で応じた。
「はは、恵ちゃん、炊くは炊くでも、おにぎりなんてできるのかい、こんな状況で?」
「大丈夫です! おにぎり握るのなんて、全然力使いませんから!
『利き手は添えるだけ』がコツです! 美味しいおにぎりは、キュキュッと軽く握るものですよ!」
涙と発奮で、恵の笑顔はくしゃくしゃになっている。
心ばかり先走って、正直何を言っているのか半分程度しか周りには分からない。
それでもその明るい希望と心意気だけは、確かに全員に伝わっていた。
「……Sounds good。是非そうしたいものね」
「乙女のムキムキおにぎり、アチシも手伝うわよ〜!」
布束砥信を始め、龍田提督や彼の連れる第七かんこ連隊が口々に応じる。
地下水脈のほとりで湧き起こる力強い期待と後押しに、龍田は笑みを深めた。
「そうそう、『利き手は添えるだけ』……。こんなの、腕一本だけで十分よ〜」
龍田の背負う機関に、エネルギーが渦巻き始めていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「ガァァァアァァァァ――――!」
「うわ!?」
その時、全壊していた総合病院の瓦礫から、轟音をたてて突き上がってきたものがあった。
地上に顔を出したそれは、硬質で機械的なその顎を開き、大気を震わせて咆吼を上げる。
弾き飛ばされた瓦礫と共に地を転げ尻餅をついた瑞鶴は、頭部から肩口だけでも周囲の民家を上回る威容を誇るその巨人に、ひきつった悲鳴を上げた。
「し、深海棲艦!? ひいっ――。深海棲艦よ――!!」
(これは、ガンダムのような巨大ロボット――!!
誰だ? 誰が搭乗している!? ヒグマ帝国の者か!?)
それは、エヴァンゲリオン初号機だった。
地下でデーモン提督と戦う碇シンジが、激情とともに突き上げた反撃の切り札だった。
「な、なんてサイズ……!? 戦艦ヒ級より大きい……ッ!!
鬼級……、姫級……!? いや、水鬼級――!?」
(そういえばさっき、この人間のメスと戦っている者がいた……。
俺と同じくオーバーボディを活用する者に見えた……。そいつか!?)
今まで対峙したことのない相手に恐怖を覚えるばかりの瑞鶴に対し、コアファイターで彼女の肩から離脱し滞空していた安室嶺は、期待に胸を膨らませた。
ガンダムが墜落した直後、この現場では瑞鶴ともう一体、何者かが戦闘を行なっていた。
シバとキングヒグマの直属、ピースガーディアンのビショップのような、泥を操る能力を持ったカスタムヒグマだった。
瑞鶴と敵対していた以上、敵の敵は味方。この場では安室嶺と目的を同じくするものだと考えられなくもない。
正体こそ分からないが、安室はこの何者かが、どうにか瑞鶴を討ち果たしてくれることを心底祈った。
「くっ……! 艦首風上……!! こ、攻撃、お願いッ!!」
その間に、瑞鶴は恐れ慄きながらも、成層圏に待機している『富嶽』の攻撃部隊に指示を出していた。
雲間に紛う高度から、次々と爆弾が投下されてエヴァンゲリオンの上に降り注ぐ。
10メートルも離れていない瑞鶴に爆風すら掠らせることのないその爆弾投下精度に、安室嶺は肝を冷やした。
数キロメートル離れた上空から自由落下だけで爆弾を落としているのに、風に流されもせず着弾分布を標的上に限定できる瑞鶴の爆撃は、やはりどう考えても恐ろしく高い精密さであるとしか言いようがない。
「やった!! ……なにっ!?」
しかしガッツポーズした瑞鶴の前で土埃が晴れた後も、エヴァンゲリオンの頭部はその場に無傷で唸りを上げている。
その周囲には、燐光を放つ八角形の力場のようなものが展開されている。
ATフィールドだ。
これによりエヴァンゲリオンは、崩壊している総合病院の瓦礫を緩衝し、地下への被害を食い止めている。
数十発の爆弾程度ならば、そのさなかにも軽く弾き返せるのだ。
「防壁……!? 戦艦のFlagship以上の厚さ!?」
(よし! 耐えてる! だがどうした!? 体が大きすぎてつっかえてるのか!?
それともまだ下に誰か残っているのか!? 頼む、攻撃に転じてくれ!!)
瑞鶴は再び恐れおののいた。
こうした防壁を展開するのは、彼女の知識上、深海棲艦でもかなりの強敵にあたる。
本当にこれが深海棲艦だったのならば、図体だけでなくその実力も破格の相手だということになる。
安室が必死に祈る中、エヴァンゲリオンは唸りを上げるばかりで瑞鶴になど見向きもしない。
地下では操縦者である碇シンジが既に別の指示を下しているのだ。
地上の些末な爆発ごときでエヴァンゲリオンの行動は変わらない。
「アウトレンジじゃ、だめ……!? やるしか……、やるしか、ない!」
しかしその間に、瑞鶴は一人、唇を噛んで覚悟を決めていた。
アウトレンジと自称する爆撃が通用しなかった以上、残された攻撃手段はクロスレンジしか思いつかない。
見れば件の深海棲艦は、まだ地下から全身を出しておらず身動きがとれていない。
それならば攻め込むチャンスは、今しかないのだ。
彼女は、広がったATフィールドを駆け上り、一気に猛るエヴァンゲリオンの顔面に組み付いていた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ――!!」
(い、今だ! 頼む、噛みつけ!! このメスを噛み殺してくれ!!)
そして瑞鶴は両手で、『震電改二』の機体を逆手に振り下ろす。
高熱のジェット噴射が、サーベルのようにエヴァンゲリオンのフィールドに食らいついた。
エヴァンゲリオンらの展開するATフィールドは、同じくATフィールドでなければ中和できないとされる。
しかし強力な物理攻撃でも、突破できないことはない。
ここで今、瑞鶴の握力は少なくとも84トンを越えることが示されている。
ただしそれは、あくまで『CFRPを降伏させるのに必要な最低限の筋力』だ。
誰も美味しいおにぎりを作るのに、全身全霊の力を込めて握ったりはしないだろう。
――おにぎりは、軽く握るものだ。
「破れろ破れろ破れろ破れろォォォォォ――!!」
(耐えて耐えて耐えて耐えてぇぇぇぇぇ――!!)
おにぎりを握る時は『添えるだけ』だった瑞鶴の右手に、筋肉が張り詰める。
エヴァンゲリオン初号機のATフィールドが、たわむ。
耳障りなノイズが響き渡る。
ジェット噴射が食い込む。
高温の刃が、エヴァンゲリオンの眉間に迫る。
そして爆風が、瑞鶴と安室嶺の体を、背後へ吹き飛ばしていた。
「――くっ。や、やったの!?」
「クシュゥ……ゥゥ……――」
そのまま瑞鶴が慌てて身を起こすと、エヴァンゲリオンは沈黙していた。
前頭部を爆砕されたその巨人はもはや、薄赤いLCLの彩りを滝のように流しながら、力なく舌を口外に零しているだけだった。
瑞鶴の握力は、84トンなどという数値を遥かに超越していた。
彼女がガンダムを『美味しそうな戦闘糧食』にしてしまえた時点で、それは明らかな事実だった。
その筋力を一点に受けた刃ならば、エヴァンゲリオンのATフィールド如き、容易く貫通するのは当然の結果だ。
サーベルとして彼女がエヴァンゲリオンに突き立てた『震電改二』は、そのまま自爆してエヴァンゲリオンの機能を停止せしめていたのだった。
「はぁ、はぁ……。こんな深海棲艦ばかりなんて……、本当にこの島はどうなってるの……?」
「嘘……、だろ……」
瑞鶴は予見される敵性存在の多さへたり込み、安室嶺は味方と思しき存在の玉砕に絶望した。
彼らは今の状況に、共に呆然と声を漏らすしかない。
同時に彼らの足下でも、ヒグマが一頭、落胆のため息を漏らしていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
荒い息をつく瑞鶴のもとに、その時病院の瓦礫を払いのけて、下から埃まみれの何者かが現れた。
「ゲホッ、ゲホッ……」
「なっ!? 誰っ!?」
瑞鶴が驚きの声を向ける先で、その者は土埃に噎せながら顔を拭う。
それは白衣を纏い、眼鏡をかけた、茶髪の青年の姿だった。
「ス、STUDY研究員の小佐古だ……! キミ、実験の参加者か……?
あ、穴持たず56……! 安室もいるじゃないか……! 良かった! 協力してくれ……!」
小佐古と名乗るその人物は、焦った様子でふらふらと瑞鶴と安室の元に近づいてくる。
(小佐古研究員だと……? 彼はヒグマ帝国の反乱の際殺害されたはず……。
ということは彼は、研究員の肉体をオーバーボディとした、先ほどのカスタムヒグマだ!
負傷者のフリをして隙を突くつもりか! うまいぞ!)
コアファイターの中で、安室は近寄ってくる人物の正体に思い至る。
そして見交わした視線のうちに、瑞鶴討伐の意志が同じであることを確認する。
だが、取り入ろうとしてくるその青年の姿に、瑞鶴は慄きながら弓矢をつがえていた。
「スタディって何よ!? 実験って……!? 怪しいヤツ……!」
「は!? ちょっと待て! どういうことだ!? 待ってくれ、おい!!」
恐怖と不審感に満ちた少女の反応に、小佐古と名乗る人物は逆にうろたえた。
STUDYはこの島で開催されている殺し合いの主催だった組織であり、参加者やヒグマ帝国の者ならば当然知っているはずだ。
その小佐古俊一といえば、組織内でも中心的な研究員の一人だ。
恨み辛みを言われるならばまだしも、ただの怪しいヤツ呼ばわりされて弓矢を突きつけられるという事態は、完全に予想外だった。
「キ、キミ、何も知らないのか!?
……参加者でないなら、い、一体何者だ……!?」
「答える必要、あるかしら……!?」
両手を上げて後ずさりする小佐古という者に、立ち上がった瑞鶴は息を詰めて弓を引く。
今にも撃ち抜こうとしている体勢だ。
小佐古と名乗る青年は、緊張に喉を鳴らして叫んだ。
「い、いや! そんなことはもういい! それより大変なんだ!!
地下に来てくれ! 僕らはヒグマに襲われたんだ! 助けてくれ!」
「ヒグマに、襲われた……?」
怪訝に眉を顰めた瑞鶴に向け、白衣の青年は、自分が先ほど出てきた瓦礫の下を指さす。
瑞鶴は、ちらりとコアファイターの中の安室を眺めやった。
「この下の診療所だ! ここに潜水するヒグマが攻め込んできて!
僕らは今にも殺されそうだったんだ! ほら、キミもさっき倒したんだろう!?
そこの巨大な紫のロボットのような――」
「斉射必中ゥウウウウゥ――!!」
瞬間、瑞鶴に説明しようと地面に視線を向けていた小佐古の姿を、数十発の弾丸が貫いた。
白衣が蜂の巣のように千切れ、一瞬にしてボロ雑巾のようになった彼の生皮の中から、潰れたシュークリームのように大量の泥が弾き出されていた。
瑞鶴が、一切の迷いもなく矢を零戦にして射出し、機銃掃射を食らわせていたのだ。
蠢く泥に、上空から間髪入れず富嶽の爆撃が降り注いでゆく。
「やっぱり深海棲艦だったわね!! 何が潜水するヒグマよ! 嘘をつくならもっとマシな嘘をつきなさいよね!!」
「え、な!? なんで――!?」
忌々しげに舌打ちした瑞鶴に対し、安室嶺は予想外の展開に驚愕する。
それはそうだ。
彼女が小佐古研究員を一体何の根拠があって深海棲艦だと断定したのかがさっぱり分からない。
困惑する安室に向け、瑞鶴は胸を張る。
「ふふん……。だって私、この島で人間に会ったことなんてないもの。
やっぱり、こんな深海棲艦の跋扈する島に人間が残ってるなんて不自然なのよ。これで確信が持てたわ。
それにヒグマは私の上官だし、人間を襲うなんてわけ、ない……!」
(このメスは人間すら仲間とは思わないのか……!?)
安室は予測困難な瑞鶴の思考に頭を抱えた。
常識的に考えてヒグマは、百歩譲って泳ぎはしても潜水などしない。
そして、深海棲艦が跋扈する島に、ただの研究員が放置されているなどという事態は、鎮守府の常識から考えてありえない。
潜水するヒグマというのは、深海棲艦の見間違いか言い間違いに決まっている。
そしてヒグマ製艦娘の常識として、ヒグマは敵ではない。はずである。
だからそんなことをのたまう相手は、虚言を弄する敵に間違いない――。
「そう。ヒグマが……、私の、上官……? あれ……?」
そこまで考えて、瑞鶴はふと自分の思考に違和感を覚える。
総合病院の瓦礫が再び下から持ち上がったのは、そんなタイミングだった。
「お前は……、艦娘か! それにあんたは、穴持たず56の安室さんじゃないか!
良かった! 襲われているのだ。頼む、助けてくれ!!」
「ッ!? 今度は何!?」
背後から瓦礫を持ち上げて現れたヒグマの巨体に、瑞鶴は再び戦慄する。
ヒグマは瑞鶴を落ち着かせるように前脚を上げ、低い声で名乗った。
そのヒグマは全身がつぎはぎと焦げ跡だらけだった。
「穴持たず318のスイマーという者だ……。島風とバタフライで競泳したことがある……!」
(今度は誰だ? 艦これ勢のフリか!? 話を合わせれば、いけるか!?)
安室が考えたとおり、スイマー提督とは、第十かんこ連隊『潜水勢』の中でも水泳に秀でたヒグマだった。
彼の肉体は島風によって粉微塵に爆砕されていたため、彼の皮は生々しい傷と縫い目で全身が埋まっている。
潜水勢が彼の亡骸を必死で拾い集め、ゴーレム提督がそれを丁寧に継ぎ直した、非常に思いの籠もった生皮だった。
痛々しい爆傷の数々は、襲撃を受けていたという信憑性を高めるだろう。
瑞鶴に取り入ろうとするヒグマの行動に、安室は心中声援を送る。
だがしかし、その期待とは裏腹に、瑞鶴は先ほど召還した5機の零戦をピッタリとそのヒグマに向けて旋回させていた。
「は……? バタフライするヒグマって何よ……。
それに島風って、島風がこんな島にいるわけ……!? 怪しいヤツ……!」
「ちょっと待て! お前も艦娘だろう……!? 今、地下は大変なんだ!!
深海棲艦に、ヒグマがみんな蹂躙されてしまいそうなんだ。助けてくれ!!」
(専門用語が通じている! 頑張れ、話を合わせてくれ!!)
常識的に考えて、ヒグマの骨格はバタフライができるような構造になっていない。
そして、島風がこの島にいるなどという情報は瑞鶴の耳に入っていない。
怪しいとは思いつつも、瑞鶴はこのヒグマの正体を図りかねて、首を傾げた。
「それじゃあ、人間も襲われてるってわけね?」
「人間……? いや、人間などいない、地下はヒグマのものだったのだ!」
(よし、完全に話をあわせたぞ!!)
地下はヒグマ帝国のものであり、人間のものではない。
先の瑞鶴の主張も踏まえた、一見完璧な受け答えだった。
だがその瞬間、つぎはぎだらけだったそのヒグマの姿は、大量の機銃掃射を受けて粉砕された。
そして容赦なく、富嶽の爆撃が溢れ出る泥を灼く。
安室は衝撃的な展開に頭を抱えた。
「うわぁぁぁ――!? なんでぇぇぇ――!?」
「ハン、ヒグマの皮をかぶった深海棲艦め!!
一緒に地下から出てきたんだから、本当にヒグマならさっきの研究員とか名乗ったヤツを見てるはずでしょ!
それにあんな傷、大破通り越して絶対致命傷よ! あんなの生き物じゃないわ!」
(くそ……、こいつには死地をかいくぐってきた者すら敵に見えるのか!?)
ヒグマ製艦娘の常識からして、ヒグマは人間の味方のはずなのだ。
そのはずだ。
だから、先にいた人間と思しき存在をヒグマが無視することなど、有り得ないはずなのだ。
(ダメだ。ヒグマも人間も敵としか認識しないのなら、いつ僕まで敵と認識されるかわからない。
次に隙ができたとき、全力で離脱しなくては――!!)
いきり立つ瑞鶴の姿を見ながら、安室は滞空していたコアファイターでじりじりと距離を取り始める。
その時彼の足下の瓦礫からは、かすかな声ながら、怨嗟と悲嘆を溶岩で練り混ぜたような恐ろしく低い呟きが聞こえた。
『よくも、よくもスイマーの皮を……!! 殺してやる、絶対に殺してやる……!!』
直後、そこの瓦礫を持ち上げて、土埃にむせながら一人の人物が姿を現す。
背後からの度重なる不審者の出現に、瑞鶴がみたびうろたえつつ弓矢を構えていた。
「ま、また来たの――!?」
「にゃしぃ……。あ、ず、瑞鶴さん!!
睦月です……! だ、第二次のソロモンでは、お世話になりましたのね……!」
(このメスとほぼ同型のような『艦娘』……? これが切り札なのか!?
頼む! 頑張ってくれ……!!)
安室が固唾を飲んで見守る中で、睦月と名乗ったセーラー服の少女は、艤装もないままに擦り傷だらけの体で荒い息をついている。
駆逐艦睦月は、確かに歴史上、第二次ソロモン海戦において、一時的に瑞鶴と行動を共にしたことがあった。
「第二次ソロモン海戦……? 本当に睦月なら、そこであんたは沈んだはずよ!?
怪しいヤツ……!!」
「にゃって、それは前世の話ですぞ!」
疑念を払拭できない瑞鶴の詰問に、睦月の姿の少女は即座に返答する。
そして擦り傷を押さえながら、少女は必死に地下を指さして懇願の声を上げた。
「そんなことより、下で大きな戦闘が起こってるのね! ず、瑞鶴さんも加勢して下さいにゃ!
動物に擬態した深海棲艦がいっぱいで、この睦月も負傷しましたぞ……。
本当に、本当に一大事にゃしぃ!!」
だが、そんな少女の様子にも、瑞鶴の緊張は緩まない。
依然として彼女は弓矢を引き絞ったまま、直掩機の零戦5機の狙いを睦月に据えている。
そしてさらに疑念に満ちた声で、彼女は首を傾げた。
「あなた本当に睦月……? そんな口調で『にゃしぃ』なんて言ったことあった……?」
「ふえぇ!?」
睦月の姿をした少女は、予想外に訝しげな瑞鶴の詰問に戸惑った。
睦月の言葉遣いとしては、ことさらこの口調はおかしい訳ではない。
だが世の睦月の中には、『にゃしぃ』と言わない睦月もまた存在する。
そして、そちらの睦月の方がより知れ渡っている場合も、また確かに存在する。
そのことを、睦月の姿をした少女は知らなかったのだ。
睦月の姿をした少女は、忠実にゲーム内の睦月の口調を再現するしかなかった。
「なっ、何ゆえ信じてくれぬのですぞ!? 睦月は睦月ですぅ!」
「むぅ……」
そして、逆にその判断は幸を奏した。
世の睦月の中には、『にゃしぃ』と言う睦月もまた確かに存在するのだ。
艦娘の常識から考えて、この睦月の姿をした少女が睦月でないと判断できる根拠を、瑞鶴は見つけられなかった。
瑞鶴は目を閉じ、大きく息をついた。
「わかったわ……」
「じゃ、じゃあ早く、地下に――」
だが、そうして表情を明るくして地下へと踵を返そうとする睦月を、至近距離で零戦が取り囲んでいた。
「証拠を見せたいなら――、スカートをたくし上げなさい!!」
瑞鶴の絶叫が、瓦礫の総合病院の上に響き渡った。
しばらく睦月の姿をした少女も安室嶺も、その発言を理解できずに硬直していた。
立ちすくむ睦月に、瑞鶴が矢を引き絞りながら脅しをかける。
「そのスカートの中を見せろっつってるのよ!! それともそのまま死にたい!?」
「ひ、ひぃ……!? なんで……!? なんでにゃしぃ!?」
睦月の姿をした少女は、理解不能な瑞鶴の言動にうろたえるしかなかった。
だが瑞鶴としては、この確認は絶対に必要なものなのだ。
先ほどから彼女は、艦娘の皮をかぶった泥に謀られ続けているのだ。
その泥が、主にスカートの下の下腹部の穴から出入りしていた以上、そこを確認しない限り安心できない。
ことによれば服を脱がせて、胸の穴さえ確認しなくてはならないかもしれない。
瑞鶴はそうして睦月の姿をした少女から距離を取ったまま、恐怖と疑念でハァハァと息を荒らげさせ、弓弦を引き絞る。
反応できない睦月に、つばを吐きかけるほどの勢いで、彼女は叫んだ。
「いいからさっさとスカートをめくれぇぇ――!!」
「にゃ……、にゃしぃぃぃ……――!?」
(痴女だ……! このメスは、外道の痴女だ……!!)
その様子に、もう安室は堪えられなかった。
端から見ればその光景は、傷ついた少女を変態が戦闘機と弓矢で脅しつけ、無理矢理服を脱がそうとしている構図にしか見えない。
安室はほとんど無意識のうちに、瑞鶴の側頭部に向けてコアファイターのバルカン砲
を掃射していた。
「滅びろ、外道がぁ――!!」
「痛ぁぁぁ――!?」
全長数十センチ大のコアファイターから放たれた機銃の弾丸は、わずか数ミリもない程度の直径であり、その威力も推してしかるべきものだった。
だがそれにもまして、完全なる意識の外から食らったにしては、瑞鶴の被害はあまりにも軽微だった。
銃身のぶれか、安室の気が動転していたせいか、まずバルカンの火線はほとんど瑞鶴に命中しなかった。
そして、命中した弾も、わずかに彼女の右耳を浅く抉ったのみ。
安室は瑞鶴の眼球を撃ち抜くことも、こめかみを割って脳震盪を起こすこともできなかった。
だがこれが、今の彼にできる精一杯だ。
彼は念動力をフル稼働させ、コアファイターを転回させて飛び去る。
突然の痛みと驚愕に瑞鶴は、飛び去る安室嶺を瓦礫に倒れたまましばらく呆然と見送っていた。
だがすぐさま、状況を理解した彼女の驚愕は怒りに変わる。
「あ、あ、あいつが深海棲艦だったのね――!?
深海棲艦の艦載機の分際で『橘花』のフリなんて、よくも騙したわね、タコヤキがぁぁ――!!」
深海棲艦の空母が搭載する艦載機は、黒い髑髏のようなものから白いタコヤキのようなものまであり、さらに各々のバリエーションも豊富だ。
進化した深海棲艦が、ジェット噴射で飛行し、ものを喋る艦載機を生産していたとしても不思議ではない。
事実、瑞鶴が先ほど遭遇した戦艦ヒ級の艦載機でさえ、戦闘機としては恐ろしく異質な形態と機構を持っていたのだ。
反旗を翻した安室嶺を彼女が深海棲艦の艦載機だと誤認するのは、そう難しいことではなかった。
「第二次攻撃隊ッ! 稼働機、全機発艦ッ!!」
瑞鶴は弓につがえていた矢を零戦に変えて撃ち出し、直掩機や上空の富嶽と共に、そのすべてを安室の追撃に向かわせた。
深海棲艦の艦載機ならば、その戻っていく方向には当然その母艦がいるはずなのだ。
その本体を今度こそアウトレンジから叩く――。
そこまで思案して、瑞鶴はハッと、自分の背後に立っている者のことを思い出した。
「うおおっしぇあぁぁぁぁ!!」
「にゃ、にゃしぃいぃ――!?」
瑞鶴は全身のバネを使って跳ねた。
深海棲艦に隙を見せるわけにはいかなかった。
背後の少女――睦月が、深海棲艦か否かを、彼女は今すぐに確かめる必要があった。
その鬼のような形相に、睦月はひるんで身を引く。
だが瑞鶴はそれに構わず、全力で背後に立っていた彼女を押し倒し、勢いよくそのスカートをめくっていた。
そして驚愕に、瑞鶴は目を見開いた。
「パンツを、穿いてる……!?」
「い、痛い……、頭打ったにゃしぃ……」
押し倒された勢いで瓦礫に後頭部をぶつけた睦月は、涙目になって頭を抱えている。
だが瑞鶴は睦月のそんな様子を意に介さず、彼女の足を押さえつけたまま、食い入るようにそのスカートの中を見つめていた。
「しかも水色……!!」
ゴクリと喉が鳴る。
睦月の姿をした少女は、下着を穿いていたのだ。
先程までのような艦娘の皮を被った敵は、そんなことをしてはいなかった。
下着で下腹部の穴が隠れてしまえば、泥の攻撃をする際に手間取るからだ。
一瞬瑞鶴は、この少女が本当に艦娘の睦月なのではないかと、信じかけた。
「い、いや、でもこれだけじゃ信じられない! 中まで確認しなきゃ!!」
「ひ、ひぃぃ!? や、やめて、やめて下さいにゃしぃ、瑞鶴さぁん!!」
だが、それで瑞鶴の疑念は晴れなかった。
心を鬼にして、その中身までも確かめなければ信じるわけにはいかない。
彼女は必死にもがく睦月の手をはねのけ、その指先を睦月の下着の中に差し入れ、まさぐり始めていた。
そして再び、瑞鶴の目は驚愕に見開かれる。
「あ、あったかい……。それに、湿ってる……!!」
「ふにゃぁぁ……」
抵抗していた睦月は、びくびくと体を震わせて上気した嬌声を上げた後、脱力しきってしまう。
露わにさせられている彼女の下着は、下腹部から溢れた体液で色を濃くしている。
荒い息の瑞鶴は、呆然と脱力した少女を組み伏せたまま、その下着の中に突っ込んでいた指先を恐る恐る舐めた。
舌先にピリッとくるほどに酸っぱい。
泥の味ではない。
間違いなく分泌液の味だ。
「そう……。良かった。本当に睦月なのね。
ふっへへ、睦月の味って、こんななんだね……。ちょっとまだ感じが弱いかなぁ〜」
「にゃ……、にゃ、しぃ……」
瑞鶴は興奮していた。
始めは恐怖のために荒くなっていた呼吸が、今は違った理由で荒くなっている。
この睦月からは何か依頼をされていたような気もするのだが、そんなことよりもまずはすることをしてからでないと気が収まらない。
「し、下行ってあげたいのは山々だけどさぁ……、その様子じゃ足腰立たなそうじゃん……。
無理せずにちょっとここで私と休んでいこうよォ……♪ ケガも診てあげるし……。
そぉうだ、胸のほうもちゃんと服を脱いで確かめないとねぇぇ……」
かすかに痙攣した吐息を漏らすばかりの睦月に跨がり、瑞鶴は口の端によだれを垂らして、上気した笑みを浮かべていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
そのころ、瑞鶴のもとから全力で離脱していた安室嶺は、早くも追跡する零戦10機の編隊に追いつかれていた。
背後にぴったりとつけられた零戦の機銃から、軽快な音を立てて火線が飛んでくる。
神懸かり的な熟練の操縦で安室はそれをかわし続けるが、コアファイターの機動力では限界が見えている。
弾丸は着実にその装甲をかすめ、翼を抉っていた。
「……しょうがない。やっぱりこうなるよな」
そしてとどめを刺すかのように零戦たちが接近してきた瞬間、安室は自分から、操縦席のカノピーを開け放っていた。
機銃がコアファイターの動力部を撃ち抜く。
燃料に引火し爆発が起きる。
だがその時、コアファイターの背に出ていた安室は、背後の零戦に飛び移っていた。
撃墜の爆音に紛れた陰で、安室は零戦のカノピーを蹴り飛ばし、中に座っていた小ヒグマに牙をたて、一瞬にして噛み殺し、操縦席の外へと叩き落とす。
彼はその一連の動きの中で、ある違和感を感じた。
(……こいつ、抵抗も反応もしなかった……!?
全ての意識をあの瑞鶴とかいうメスに奪われているのか! なんて恐ろしい……。
下手をすると僕もこの哀れな奴らの一頭に組み込まれていたということか……!)
コアファイターを撃墜した零戦の編隊は、その一機が安室嶺に奪われたことに気づいていなかった。
司令塔である瑞鶴の意識が何か他のことに気を取られているらしく、注意力がだいぶ散漫になっているようだ。
その間に、安室は哀れな同胞たちへ静かに黙祷を捧げながら、奪い取った零戦で残り9機の編隊を内側から機銃で撃墜していった。
もし彼らの意識を取り戻せるなら、助け出して話を聞きたいとも思った。
だが敵に乗っ取られ、その解除手段もわからないこの切羽詰まった状況では、殺してやることしか彼らを救う方法が思いつかなかったのだ。
安室はそのまま、さらなる高空から追ってきていた富嶽の編隊の方へと急上昇していく。
零戦のほとんどが撃墜されたその事態をようやく認識したのか、富嶽の編隊は降下しながらバラバラと爆弾を投下してくる。
安室はその弾雨を掻い潜り、富嶽編隊の先頭へと速度を上げたまま突っ込んだ。
そしてロールを繰り出しつつ突撃した零戦の機体は、ミサイルのように先頭の富嶽に衝突し、もろともに爆轟を上げて墜落する。
同時に操縦席から飛び出していた安室は、慣性で編隊の上空へと飛び上がっていた。
彼の手はその時、零戦の操縦席から引きちぎっていたシートベルトを後続機に投げつけていた。
6発エンジンのプロペラに絡みついたその帯は、続く機体のバランスを乱しながら安室を高速で翼へと引き寄せる。
富嶽には、為す術がなかった。
苦し紛れに放たれる機関砲の旋回速度は、俊敏な安室の挙動を補足できない。
「……自分より遙かに小回りの利く相手と戦うようには、できてないんだよなぁ、飛行機ってのは」
安室はそのまま、富嶽の翼に着地していた。
着地と同時に念動力を用いて、その進行方向を無理矢理転回させる。
機体は玉突きのように後続機と衝突し、そのまま錐揉みをして地上数キロメートルの高度から猛烈な勢いで墜落するのみだ。
そうして統率の取れなくなった編隊の間を次々と飛び移ってはその浮力やバランスを狂わせ、安室は機体を撃墜してゆく。
パターンにはめてしまってからは、如何に強力な戦略爆撃機の編隊といえど、その撃墜劇は安室にとってただの作業になっていた。
そして彼は最後に残った機体のカノピーをこじ開け、操縦席で意識を失っているヒグマを噛み殺し、その操縦権を完全に奪うのみだった。
「それにしても、あんな恐ろしい人間がまだこの島にいたとは……!
あんな者たちは、必ず……。必ず殺し尽くさねば、大惨事だ……!」
奪い取った富嶽を調整して安定航行に乗せつつ、安室は溜息とともに呟く。
瑞鶴という凶悪なメスのことは、思い返すだに背筋が寒くなる。
人間が総じてあんな恐ろしい生物なのだとしたら、ヒグマ帝国の思想にはより一層強く賛同せざるを得ない。
自分たちの生命を人間の手に委ねておくことなど、到底できることではないのだ。
思い出されるのはやはり、あの美しい翼の友。
たった2枚と半分の羽しかこの世に存在を残さず散っていた戦友、緋色唯のことだった。
(分かってるよ……。だから世界にヒグマの心の光を見せなけりゃならないんだろ?)
彼女のような悲しい死を増やさないためにも、この戦いで、ヒグマが負けるわけにはいかなかった。
「うまくあのメスを殺し、同胞を助け出してくれ……。
僕も全力で、ヒグマ帝国の心意気に応える……!」
総合病院跡で別れた名も知らぬ泥のヒグマに声援を送り、安室嶺は手に入れた新たな機体で飛び立つ。
ヒグマを救うためには、今まで以上に人間を狩らねばならないだろうという事態を、彼は深く覚悟した。
【Bー6 成層圏 午後】
【穴持たず56(安室嶺)】
状態:健康
装備:戦略爆撃機『富嶽』
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ、行きまーす。
0:ガンダムを食らいヒグマの意志を奪うあのメスのような危険な人間は、排除しなくては……!
1:海上をパトロールし、周辺の空中を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て殺滅する。
2:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
3:唯ちゃん……、もう君のような死者を出したくはない……!
4:墜としてしまった飛行機乗りのヒグマたちよ、君たちを惑わせたあのメスは、いつか必ず殺してあげるからな……!
5:地下で異変が起こっているのは、ある程度真実のようだな……。
[備考]
※シバから『コロポックルヒグマ』と呼ばれる程の、十数センチほどしかない体長をしています。
※オーバーボディなどの取り巻く物体を念動力で動かす能力を有しています。
※シバから『熟練搭乗員』と呼ばれるほどに、様々な機体の操作に精通しています。
※シバに干渉されていたため、第二回放送前あたりまでのヒグマ帝国の状況は認知しているでしょう。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「ちっ……、やっぱり相当強力な深海棲艦がいたのね……?
あの編隊が全部墜とされたなんて……。あとでちゃんと戦闘をやり直さなきゃ……」
ピンク色に染まっていた思考の端で、瑞鶴は攻撃隊の全滅を突然知覚し舌打ちした。
だがそんな情報など、彼女はただちに思考から投げ飛ばす。
「まぁ、でも……。まずはこの睦月ちゃんを、介抱してあげることからしないとねぇ……♪」
彼女の股の下には、呆然としたままに荒い息をつくのみの駆逐艦睦月がいるのだ。
潤んだ瞳。
火照った肌。
スカートをたくし上げれば、そこには既に濡れそぼった水色の可愛らしい下着が見える。
まさに垂涎モノだ。
そして近場に、もう危険なものは見えないときている。
ここまで状況が揃えば、瑞鶴はもう自分の欲情を抑えることなどできなかった。
「さぁぁて睦月ちゃん、それじゃあお洋服ぬぎぬぎしましょうね〜」
「あ、ふ、にゃ……」
鼻息も荒くセーラー服の下に手を差し入れてくる瑞鶴の行為にも、もはや睦月は抵抗しなかった。
初めて経験したこんな行為に、すっかり茫然自失しているように見える。
そうして胸元を触るたびに睦月が漏らす可愛らしいあえぎ声に、瑞鶴の興奮はどんどん高まっていく。
彼女はあまつさえ睦月のふとももに跨がって、自分の股をすり付け始めていた。
「ふっふふ……、ブラジャーもお揃いの水色……。
でもねぇ〜、ケガを見るには邪魔だしねぇ、パンツと一緒に取っちゃうよぉ〜」
「あっ、あうっ、にゃしぃぃいぃぃぃ――」
下着の中に手をかけると、敏感になっているらしい睦月の体はびくりと跳ね、瑞鶴の手つきに合わせて甘い声を上げる。
その様子に、もともと薄かった瑞鶴の理性は、根こそぎ吹っ飛んでいた。
「――ふひひひ! もう辛抱たまらんッ!!」
そんな奇声を上げるや否や、喘ぐ睦月の口の中に、瑞鶴は思いっきりディープキスをする。
その瞬間だった。
「――げぽ」
睦月の体内から、重い水音が立つ。
そう思った時には、接吻している瑞鶴の口中に、大量の泥状物が溢れかえっていた。
「おげぇえぇぇぇ――!?」
『堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び、ようやく捕らえたぞこの色ボケが……!
大切な皮たちを何枚も破ってくれた代価、お前の命であがなってもらうわよ……!!』
睦月の姿をしていた少女の喉の奥から、大量の泥が溢れだして瑞鶴へと襲いかかる。
同時に、瓦礫の下からも残る泥が総動員されて瑞鶴の身を押さえ込む。
睦月と思われた少女は、ゴーレム提督の被っていた皮だった。
彼女は瑞鶴を討ち果たすために、度重なる恥辱にギリギリまで堪え、チャンスを窺っていた。
下着を着用していたのも、意識的なものだ。
瑞鶴が舐め取った酸味のある体液は、膣分泌物ではなく、ゴーレム提督の消化液だ。
それは完全に瑞鶴が油断し密着するタイミングを誘発するための、渾身の作戦だった。
既に瑞鶴の口内に泥の体を侵入させているゴーレム提督は、泥中の細胞から全力で消化液を分泌し瑞鶴を溶かし尽くそうとする。
だが敵もさるものだった。
「うぐぅぅぅぅぅぅ――!! ふぎぃぃぃぃぃぃぃ――!!」
『このっ、馬鹿力め――!!』
全身に絡みつき吸盤のように体を地面に押さえつけているゴーレム提督を、瑞鶴はもがいて振り払おうとする。
1013hPaの大気圧を以てしても、700MPaを越える力を出せる瑞鶴を押さえつけるには足りなかった。
泥に絡みつかれたまま、瑞鶴はその怪力で地面に立ち上がる。
胃液を戻したかのような強酸に灼かれる口と喉に手をやり、瑞鶴は涙を流してえずきながら、ゴーレム提督の泥をなんとか吐き出そうとする。
『させないわぁっ!!』
「ひにゅうぅぅぅぅぅ――!?」
だがその瞬間、ゴーレム提督は泥を瑞鶴の鼻の穴にまで叩き込んでいた。
消化液による激痛と、気道を塞がれた呼吸困難が、同時に瑞鶴に襲いかかる。
衝撃で仰向けに倒れた瑞鶴の隙を逃さず、ゴーレム提督の泥は瑞鶴のスカートの下にまで入り込み始める。
上からだけでなく下の穴からも侵入して内臓を溶かし尽くすつもりだ。
「うぎゅうぅぅぅぅ!! ふびゅうぅぅぅうぅ!!」
瑞鶴の抵抗は激しさを増した。
ガンダムの装甲をこね回すその怪力で、彼女は暴れ回る。
だがその怪力で泥を掴んでも、泥は指の間から零れ出るだけだ。
足をばたつかせて泥の侵入を拒もうとしても、肌をなで上げるようにして泥はふとももを上がってくる。
背中の矢筒から矢を取り出そうとしても、既に矢はゴーレム提督の泥に持ち去られて、何も残ってはいなかった。
気を緩めれば、今にも口から内臓へ泥が流れ込んでしまいそうだ。
そうでなくとも、酸と窒息で意識を失うのは時間の問題だ。
ゴーレム提督が瑞鶴との勝負にチェックメイトをかけるまでは、あと、ほんのわずかだった。
もはや瑞鶴は、祈ることしかできなかったのだから。
(助けて、翔鶴姉――!!)
その瞬間だった。
涙とともに瑞鶴が祈った瞬間、彼女の背中が、火を噴いた。
爆音とともに、何かがそこから勢いよく瓦礫の先へと射出された。
それは姉の翔鶴とお揃いの、12cm30連装噴進砲だった。
それが、機構に混入した泥のせいか、それとも乱雑な瑞鶴の取り扱いのせいか、とにかくこのタイミングで、唐突に暴発したのだ。
暴発した噴進砲は、瓦礫から突き出ていた、あるものの根元に揃って着弾した。
それは上半身だけ地上に出ていた、エヴァンゲリオン初号機の残骸だ。
それが、本当にたまたま、発射されたロケットの射線上に位置していたのだ。
『え――?』
これはたったそれだけの、偶然の重なりだった。
だがその偶然は、エヴァンゲリオンの胴体をへし折り、その巨体を、倒れ伏す瑞鶴とゴーレム提督の上へと倒れかからせていた。
重い衝撃が、瓦礫の上を揺らす。
ゴーレム提督の肉体を構成していた泥は、その衝突によって叩き潰され、勢いよく周囲に飛散してしまっていた。
『がふっ……、へふっ……! ど、どういうこと!?
なんでこのタイミングで、こうも運悪く、あのロボットがど真ん中に倒れてくるの!?』
ゴーレム提督は焦りながら、飛び散ってしまった自分の泥を必死でかき集めようとした。
「……教えてあげようか、深海棲艦」
だがそんな時間は、もう彼女には残されていなかった。
ごりごりごりごり。
ごりごりごりごり。
エヴァンゲリオンの残骸から、音がする。
ゴーレム提督が不定形の顔を上げれば、倒れたエヴァンゲリオンの胸部を喰い破り、凄絶な笑みを浮かべて出てくる瑞鶴の姿がそこにはあった。
全身を襲っていた泥を弾き飛ばすほどの落下物の衝撃を受けても、瑞鶴の肉体は無事だった。
これよりも激しいガンダムと病院の崩落を受けて無事だったのだから、当たり前だ。
滝のように流れ落ちる薄赤いLCLは、瑞鶴に付着していた泥をすっかり洗い流してしまっている。
瑞鶴は口内に咀嚼していたエヴァンゲリオンの肉体をバリバリと噛み砕き、飲み下す。
その手には既に、機械を捕食したことで新たに生成された矢が、弓に引き絞られていた。
「深海棲艦は、轟沈すべきだからよ……!」
『ひぃ……!?』
一切の迷いもなく矢を放った瑞鶴は、現れ出た5機の富嶽から一斉に爆弾を投下していた。
爆発は収集される途中だったゴーレム提督の肉体を、前方の総合病院の瓦礫ごと、根こそぎ焼き尽くし吹き飛ばした。
後にはただ一人、瑞鶴がそこに立っているだけだった。
ほとんど爆心地にいたにも関わらず、やはり彼女には、瓦礫の破片のひとかけらさえかすってはいない。
紛れもなく、彼女は幸運の空母だった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「おい、“開いた”ぜ。どうするつもりだ?」
地下診療所の3階だった空間で、エヴァンゲリオンの突き出た部分から地上への通路が堀り抜かれていた。
崩壊した診療所からの脱出経路確保が、とりあえずの見通しまでつけられたということになる。
天井を掘り開いていたナイトヒグマが、足下の暁美ほむらに問うた。
「……じゃあまず、自力で上がれなさそうな人を下から支えあげてもらえるかしら?」
ほむらは周りの人物を見回しつつ答えた。
両手が千切れ大量出血してしまった碇シンジや、全身を毒液に冒され足取りも覚束ない球磨は、どう考えても手助けが必要だろう。
「ねぇ、球磨……」
「いらんクマ。球磨は自力で上がれるから余計な心配をするなクマ。
後から行くから、ほむらはシンジくんの面倒をみとけばいいクマ」
だが、そうして階段際の球磨へ声をかけようとした瞬間、激しい勢いで言葉が返ってくる。
ほむらは、続く言葉をぐっと飲み込むしかなかった。
球磨は、診療所2階だった部分までを埋めている海水の元まで降り、震える手つきで袖口や足の毒液を洗い流している。
階段の上のほむらに背を向けて、振り向くそぶりさえ見せない。
「おい、じゃあお前からだ。ほら“肉球”に乗れ」
「ありがとう、ございます……」
ナイトヒグマはぎくしゃくした女子たちの様子を半ば無視し、ふらつく碇シンジに前脚を伸ばした。
シンジは倒れ込むようにしてナイトヒグマの肉球に座り、不安げなまなざしを暁美ほむらに送る。
「あの……、ほむらさん」
「……何かしら」
囁きと共に無い手で手招きをするシンジに、ほむらは沈んだ足取りで近寄った。
シンジの血の気の失せた眼差しは、それでも真剣だった。
「……あのデーモンというヒグマの毒液は、本当に感情や感覚への影響が強いです……。
かすめただけの僕や体の大きなナイトさんでも一時は完全に無力化されるほどでした。
全身に絡まれ続けていた球磨さんは、本当に辛いんだと思います……」
「……」
訥々と語るシンジの意図をはかりかねて、ほむらは黙り込んだ。
球磨が辛そうなことは、見てわかっている。
ほむらは、問い返さざるをえなかった。
「それで、私に、どうしろと……?」
「いえ、ただ……。ほむらさんさえ良ければ、まだ、時間はあるんじゃないかと」
シンジは言葉を濁して、精一杯そう言うだけだった。
彼なりの気遣いがその理由だ。
それ以上言うと、ただでさえ無くなっている血が股間に取られて気絶しそうだったという理由もある。
ほむらも、最初からわかっている。
時間は、ないわけではない。
ここまで来てしまえば10分や15分程度の遅れなど、もはや大した違いではないだろうからだ。
――でも、私はまどかとですら、まだそんなことをしたことはない。
いや、『そんなこと』に及ぶ及ばないは別にして、そういう感情を抱いてしまったり応じてしまったりして、良いものなのだろうか。
それはあまりにも邪で、歪な、許されざる感情なのではないだろうか。
仮にまどか相手だったとしても、踏み込んではいけない領域なのではないか――。
ナイトヒグマが、黙り込んでしまった二人の間を割って、シンジを地上へと持ち上げていった。
「……“邪魔者”は先に上の状況を確認しておくとするか。
外の通路で戦ってた奴らもいるんだろ? まぁ、ゆるゆる来いや」
「そうですね……。うわ、エヴァからLCLがダダ漏れだ……。
一体、上で何があったんだ……?」
エヴァンゲリオン初号機の下半身を足がかりにしつつ、両者は地上へと登っていってしまう。
取り残されたほむらが立ち尽くす後ろから、声がした。
「シンジくんたちもよくよく、いらん気遣いをしてくれるクマ……」
「……球磨! 大丈夫なの……?」
水面から階段を上がってきた球磨が、ほむらの横を通ってエヴァンゲリオンの方へと歩を進めている。
駆け寄るほむらにも、球磨は平然と手を打ち振るのみだ。
「へーきへーき、まったく問題ないクマ。もう普通に歩けるクマ」
「……朝出会った時からは相当に型落ちした『普通』ね……」
言いながら、球磨の歩みはロボットのように堅かった。
重心を乱すまい、振動を起こすまいとしている、あまりにも不自然な歩行だ。
だが溜息をつきながらほむらが手を貸そうとした時、球磨はすさまじい剣幕で怒鳴っていた。
「触るなクマ!!」
「――!?」
たじろぐほむらから顔を背け、球磨は沈んだ声で呟く。
「ほむらの毒液がついちゃうクマ。球磨はまた理性を吹っ飛ばしたくなんてないクマ」
「あ、ご、ごめんなさい……! 私も洗ってくるわ……!」
ほむらの肉体には未だ、デーモン提督の毒液が全身に染みついたままだ。
その濃厚さ自体は、むしろ球磨が受けたものより高いかもしれない。
ただほむら自身が感覚神経をほとんど再生させていないがために、影響を受けていないだけの話だ。
そんな少女に手を取られたら、球磨の過敏になった感覚は今度こそ耐えられるかわからない。
焦って階下の水面に降り、そして戻ってくるほむらをよそに、球磨は早くも、エヴァンゲリオンに手をかけてそこを地上へと登り始めていた。
ほむらは急いで、彼女の下に続いてエヴァンゲリオンを登り始める。
見上げれば、真上には球磨の真っ白なホットパンツがあった。
その布地が帯びた湿り気は、毒液か海水か、はたまたそれ以外の水分か――。
脳裏に霞をかけてくるそんな思考を振り払うように、ほむらは必死で頭を振って下を向く。
「……ほむら、気を遣わせてすまなかったクマ。
でも、球磨はただの軍艦クマ。そんな特別な感情を、球磨に抱かないでいいクマ」
そんな時、ほむらの心を読んだかのように、上から球磨が静かに声をかけていた。
それは、情けない姿を見せてしまったことへの謝罪だった。
だが、ほむらにはわかった。
本当に情けなくて、謝らなければならないのは、自分だということが。
球磨のその言葉こそが、ほむらに対する気遣い以外の何ものでもない。
球磨は、毒液を洗い落としてなお、ショートパンツを湿らせてしまうほどに辛いのだ。
ほむらより遙かに先に登り始めていたにも関わらず、もうほむらが追いつけてしまっているほどに動きがぎこちないのが何よりの証拠だ。
もしもほむらがもっと肉体的にも経験的にも成長していて、そういった行為への抵抗感をも理性的に除去できていたならば、球磨の苦悶を和らげてやれることは確実だったろう。
それをわかっていながら、ほむらはただ、俯き続けることしかできなかった。
甘ったるい友情は必要ない。ほむらはそう断じていた。
ほむらについてきてくれた彼女らを纏めたのは、きっともっと、強く高い感情のはずだった。
その感情をあえて拒むような球磨の強がりに、ほむらはやるせなく唇を噛む。
彼女はせめて一言だけ、過ぎてしまった分岐に一歩でも歩み寄ろうと、言葉を紡いでいた。
「……愛情というのも、軍の結束には、必要なものではないの……?」
「ははは。……愛情は、特別な感情じゃないだろ。なぁクマ?」
球磨は、朗らかに笑って返すだけだった。
ほむらは上を振り仰ぎ、立ち止まる。
沈黙の中で、球磨の白い姿は、どんどんと地上の光の中へと登っていってしまう。
――ああそうか。愛は、特別な感情じゃ、ないんだ。
ある種それは、当たり前のわかりきっていた事実だっただろう。
だがそのことを、ほむらは今初めて知ったことのように、衝撃を以て理解した。
人間愛、家族愛、友愛。愛にはそんな形だって、ある。
情欲と愛情と、そんなものの違いもわからないのか。
友を思っての行為に、邪も歪も、あるものか。
湧き出続ける愛という感情に、割合の大小や軽重など、つけられるものか。
なぜ自分は、ただそれだけの思いで、球磨を慰めてやれなかったのか。
愛情ではなく、羞恥心と肉欲でしか動けないのならば、なるほどそんな行為、こちらから願い下げだ――。
意地の張り合い。初体験の道に対する不安。
歩み寄りきれなかった、軍艦と司令官との断絶だったのかもしれない。
もしくは結局はただの自己完結だったのかもしれない。
とにかく暁美ほむらの選んだ分岐は、こんな気まずい沈黙だった。
――私は、仲間を信じきってやれなかったのだな。
球磨の提示していた道を捨ててしまったのだという事実を、ほむらは厳然と恥入った。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
星空凛の歌が、終わった。
「どう……、だったにゃ? ジャンさん……?」
生き埋めになった暗闇の中でも、凛は満足げな微笑みと共に、そう尋ねた。
愛しい男性への思い、そして戦い続けているはずの友への声援を込めた渾身の歌だ。
自分でも改心の歌い映えだったと、そう思っていた。
ジャン・キルシュタインは、膝立ちの凛の下で静かに目を閉じていた。
返事はなかった。
「どうしたにゃ? ジャンさん……? ジャンさん……!?」
凛は異変に気づいた。
ジャンからの反応が、ない。
急いで彼女は、ジャンの体に身を寄せた。
ジャンは息を、していなかった。
「ひぃっ……!? なんで、なんで!? どうして!? どうしてにゃ!?」
耳を寄せても、心臓の音が聞こえない。
さっきまで重なり合っていたはずの、息と鼓動の和音が、欠けている。
背筋が寒くなった。
「ジャンさん! ジャンさんっ!! お願いにゃ!! 目を、目を覚まして!!」
凛は、ジャンの胸に手を重ねた。
どこかのテレビで見た心臓マッサージの動きを、うろ覚えで胸骨に落とす。
1分間に100回以上のマッサージが必要だ。
『恋のシグナルRin rin rin!』のBPMは222。表拍でとって毎分111回のリズムを、凛は必死でジャンの心臓に叩き込み続けた。
それが今の凛にできる精一杯だ。
何がいけなかったのか。
一体何が起こったのか。
青ざめる脳裏に恐怖が渦巻く。
「ほむほむが、きっと道を拓いてくれてる……。みんな、頑張って戦ってるはずにゃ……!!
だから……、だから……!! あと少し、あと少しだけ!! お願いにゃあああぁぁぁぁ――!!」
その恐怖を頭から振り払うように、凛は泣き叫びながら両手をジャンの胸に落とし続ける。
だがジャンの肉体は、いつまでたっても、彼女の言葉に返事をすることはなかった。
ジャンの心臓は、星空凛が歌い続けている間に、静かにその機能を停止させていた。
フレイルチェストの苦痛も治まり、出血も少なく、打撲だらけで圧迫されていた体を引き上げ、冷え切っていた体も温まったというのに。
一体なぜなのか。
それはもしこの場に医療班の誰か、ジブリールやゴーレム提督でさえもいたのならすぐにわかっていたことだろう。
もしくは布束砥信や、経験者である間桐雁夜でもよかった。
『挫滅症候群(クラッシュシンドローム)』による高カリウム血症と、それによる心室細動だ。
地震などで倒壊した家屋から助け出された人々が、元気だった直後から一転して急死するその症候群が、こう呼ばれている。
潰され傷ついた筋肉などの組織から大量のカリウムが血流に放出され心臓に達すると、拍動するための心臓の電気が乱され、心筋が痙攣した末に停止してしまう。
防ぐには、適切な治療が必要不可欠だ。
そして、この崩落した診療所1階に、そんなことのできる物資は、存在しない。
「お願い、お願いだから……。聞こえたら、うなずいて……」
ジャン・キルシュタインは、巨人に襲われ倒壊した家々の下から助け出された人が、そんな謎の症状で急死していくのを、何度も見てきていた。
彼は星空凛に助け出され、その体を温められ、血流が回復してしまったからこそ、死んだのだ。
そして彼がもし海水中から助け出されなかったとしても、低体温症の末に死ぬのは同じことだった。
だから、彼は知っていた。
自分はもう助からないのだということを。
それは初めから、わかりきっていたことだった。
だから彼は精一杯、凛に残せるものを遺し、彼女を後押しして、息を引き取っていた。
凛は、裸のジャンの上に崩れ落ちた。
素肌を重ね合わせても、もう彼の吐息は、聞こえない。
「お返事……、ください……」
徐々に冷たくなってゆく彼の体を抱きしめて、凛はすすり泣いた。
【C-6 地下・ヒグマ帝国の崩れた診療室/午後】
【星空凛@ラブライブ!】
状態:胸部に電撃傷(治療済み)
装備:病衣、輸液ルート、点滴、包帯
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:ジャンさん……、ジャンさん……!!
1:ほむほむ、どうか、生きていて……。
2:自分がこの試練においてできることを見つける。
[備考]
※首輪は取り外されました。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
龍田のボイラーが、温まろうとしていた、その瞬間だった。
「あ、ぐ……!?」
突然の激痛が、龍田の身を襲った。
目をやれば、その脇腹から背の艤装にかけてを、太い木の根が刺し貫いている。
「龍田さん!?」
「『童子斬り』――!?」
「まさか……!!」
崩れ落ちる龍田を前に、周囲の者が一斉に色めき立った。
田所恵が、布束砥信が、間桐雁夜が目をやったのは、先程から壁際で沈黙していた、四宮ひまわりの方だった。
――ほとんど全身を木に覆われた彼女は、意識を失っていた。
「ひまわりちゃん――!!」
「Damn! エネルギーに反応されたッ!!」
「そうだ、俺ごときの魔力でも狙ってきたんだから……、龍田さんのなんかじゃ……!」
「ひぃぃ、左脇腹の刺創――! 腹膜はぁぁ!? 腹膜は大丈夫ですかぁぁ!?」
「龍田さん、龍田さんしっかりしてぇ――!!」
一瞬で、彼らは事態を理解した。
地下水脈上の地盤から、一斉に木の根が蠢き寄ってくる。
過熱され高まった龍田のエネルギーに反応して、四宮ひまわりが今の今まで耐えていた童子斬りの活動が、一気に活性化したのだ。
倒れ伏す龍田の負傷に、穴持たず104、ヒグマの看護師ジブリールが悲鳴を上げる。
龍田提督ら第七かんこ連隊の面々は、狭い空間内にその巨体を押し込めるようにして龍田へ駆け寄るが、その体にも童子切りの根が絡みついてくる。
ただでさえ身動きの取りづらかった彼らの巨体は、それだけで潰れそうなほどに圧迫されてゆく。
ジブリールはその団子の中に巻き添えを食らった。
「ひゅにぃぃ!? 狭い、狭いですぅぅ!!」
「ビショップさぁん!! 一大事よぉ!! 龍田さんを、龍田さんを助けてよぉ!!」
「ハッ――」
龍田提督の野太い叫びに、水脈との中程で動きを止めていたビショップヒグマが、ようやく我を取り戻した。
だが、慌ててその液状の体で駆け上がろうとした彼女にも、勢いよく数本の木の根が突き刺さる。
「グ、オ、吸わレ、る……!?」
魔力と水分とで構成された彼女の肉体は、童子斬りにとって恰好の獲物以外の何物でもなかった。
童子斬りの信じられない吸水力に、ビショップヒグマは身動きが取れなくなる。
「龍田さん……! 俺の、俺の手を取って……!」
「あ……、ぐ……っ」
間桐雁夜が這い蹲るようにして、倒れた龍田の方へと手を伸ばしている。
次々と迫り来る木の根を、龍田は流血しながら朦朧とした状態でにじり避けていた。
だが彼らが伸ばす手の間も、伸びてきた木の根が塞いでゆく。
「くっそぉ、龍田さぁ――ん!!」
「駄目よ、四宮ひまわりの目を、覚まさなければ――!」
布束砥信は、白衣のポケットから、Dr.ウルシェードのガブリボルバーを抜いていた。
狙いを付けられる四宮ひまわりの肉体は、もうほとんど残っていない。
左半身はもうほとんど木に埋め尽くされ、先ほど撃ち込んだ右肩も、もう侵食が進んでいる。
――右の顔面しかない。
――できるだけ、できるだけ損傷の少ない、頬に……!!
布束の手は震えた。
少しでも狙いが狂えば、四宮ひまわりを殺してしまいかねない。
右頬を掠めるように、意を決して、彼女はその拳銃の引鉄を引いていた。
「なっ――!?」
だが、発射されたエネルギー弾は、天井のあらぬ方向に着弾した。
ガブリボルバーの動力源である獣電池に伸びてきた童子斬りが、彼女の腕ごと、ガブリボルバーに絡みつき捻り上げていたのだ。
布束は自分の肩関節を外して木の根を蹴り上げ叩き折ろうとするが、あまりの体勢の悪さに力が入らない。
「そんな――! くっ――、抜け、ない――ッ!!」
「こ、これじゃあ、止められない――」
「誰か、誰か龍田さんを、助けてぇぇぇ――!!」
もがく布束の、手を伸ばす雁夜の、潰されそうな龍田提督たちの、悲痛な叫びが地下を埋めようとしていた、その時だった。
「うあああぁぁぁぁぁ――!!」
豁然と一太刀、闇を切り裂く刃の閃きが空に翻った。
布束を捕らえていた根が、切り落とされる。
雁夜の前を塞いでいた生け垣が、乱切りに散る。
料理人・田所恵が、涙を振り散らしながら、その手の包丁を揮っているのだ。
灰色熊が鍛えたヒグマの爪牙包丁は、立ちはだかる童子斬りの垣根を、蕗の若葉のごとく切り落としてゆく。
「恵ちゃん――!」
「Look out!! あなたにも根が迫ってるッ!!」
龍田の手を掴んだ雁夜や、肩関節を戻して体勢を立て直した布束が口々に叫ぶ。
一心不乱に包丁を揮う田所恵の元にも、童子斬りの蠢動が近づいている。
動作が激しすぎるのだ。
これでは四宮ひまわりのもとに辿り着く前に、絡め取られてしまう――。
そう見えた瞬間だった。
「ひまわりちゃぁぁぁぁ――ん!!」
ヒグマの爪牙包丁の持ち方が変わっていた。
それは洋包丁や菜切りを用いるときの“握り”ではなく、薄刃包丁や出刃を持つ際の“押さえ”型の持ちだった。
あたかもそれは、バック面を強く人差し指に締めた、シェイクハンドラケットのようにも見えた。
切り払った童子斬りの破片の一つが、チャンスボールのように恵の前に舞う。
田所恵は料理人を目指して遠月寮に入る前、卓球を嗜んでいたことがあった。
小学校時代から大会で優勝を重ね、同年代の子には並ぶ者がなかった。
「サァァァ――――ッ!!」
――彼女は卓球界で、『東北の跳び兎』という異名を以て呼ばれていた。
振り下ろされる包丁の腹が、童子斬りの木目に噛み合う。
ラバーすら張られていない包丁の面にも、『跳び兎』の手腕は凄まじい力を伝導させた。
強烈なスマッシュが、迫り来る垣根を跳び越し、精密な狙いで四宮ひまわりの額へと激突していた。
「あイタっ……」
ぺちん。と、軽い音をたてて、童子斬りの破片はひまわりの額に跳ねて落ちた。
眠たげな目を開けた四宮ひまわりは、おでこをさすろうと身じろぎをする。
だが、見やった視線の先では、もう彼女の右手も、動かなくなっていた。
そうして彼女は、周囲を取り巻く現状に気がつく。
動きを止めた童子斬りは、既にこの空間の大半を、蹂躙し尽くしていた。
「あー……、まあこうなるよね……。初めから、わかってたことだけどさ……」
「ひまわりちゃん!! ひまわりちゃん!! しっかりして!!」
田所恵は、動きを止めた童子斬りを切り払いつつ、泣きじゃくりながらひまわりの元へと近づいていった。
だが彼女の歩みを、ひまわりは穏やかな笑顔で差し止めた。
「まぁまぁ……、これはこれでしょうがないからさ……。
みんな、私の意識があるうちに逃げてよ……。龍田が来た下の方なら、道があるんでしょう……?」
「何言ってんだ……! そう簡単に諦めるなよ、ひまわりちゃん……!」
息も絶え絶えの龍田を抱え起こしながら、雁夜はひまわりに叫びかける。
だが、早くもひまわりは欠伸混じりに、ぼんやりとした声を返すだけだった。
「ふわぁ……、諦めたわけじゃないよ……。大丈夫……。
どうしても先が見えなくなった時、私を呼んで……。きっと、私は、聞こえる」
「ひまわりちゃん、どういうこと!? どうすればいいの!?」
「田所恵……! 危ないわ……、また童子斬りが動き始める……!!」
必死にひまわりへ呼びかける恵を、布束が焦って引き剥がす。
ビショップヒグマや龍田提督がようやく根の束縛を抜け出していたさなかで、再び周囲の根が暗闇に蠢き始める。
「むしろ私は、明らめにいくんだ……。
私は、あの子を探す……。あの赤いジャムの中で……」
「ひまわりちゃん! ひまわりちゃぁぁぁ――ん!!」
「くそっ、駄目だ恵ちゃん! 逃げるんだ!!」
そうして四宮ひまわりは目を閉じた。
にわかに動きが激しくなる童子斬りを尻目に、間桐雁夜と布束砥信が、それぞれに龍田と田所恵を連れて駆け出す。
地下水脈へ続く穴の縁で、ビショップヒグマが叫ぶ。
「逃げるなラ、い、今シカありマセン……ッ! 早く、下にッ!!」
彼女は肉体の体積を数十センチ台にまで削減して、童子斬りの捕捉を逃れていた。
水さえあれば彼女はいつでも元に戻れるのだ。
肉体の減少に惜しみなどない。
それよりも問題は、奥の空間で依然として押しくらまんじゅう状態になっている第七かんこ連隊の面々だった。
「……ビショップさん、あと、そこの勇ましいチェリーボーイくん。龍田さんのこと、頼むわよ〜♪」
だが第七かんこ連隊の龍田提督は、間に挟まっていたジブリールの背を押し出し、下に降り逃げようとする面々に向けて、不敵にウィンクをして見せていた。
絡みついてくる木の根を引きちぎり引きちぎり、彼はその筋肉に満ちた巨体をくねくねと狭いスペースの中でくねらせた。
「はっ!? ど、どどういうことだ!?」
「た、龍田提督さん!? ど、どうなさるおつもりですかぁ!?」
「アチシたちは、ここに残ってこの根っこを食い止めるわ〜。
……アチシたちのワガママボディじゃ、ちょぉっとここの下のアナは狭くなっちゃったみたいだしぃ?
ビショップさんが濡れ濡れにして、ラクにイケる人たちだけイクのが良いと思うのよねぇ〜」
「……!?」
雁夜やジブリールたちの問いに、龍田提督はあくまで朗らかにそう言った。
意味ありげな言葉をチョイスしてはいるが、それは要するに、彼らがしんがりを務めるという宣言に他ならなかった。
上を塞がれ、根に迫られ続ける、この絶望的な閉塞空間の中で、だ。
「何ヒワイな言葉でシリアスな宣言してるんデスカッ!? 死ぬつもりデスカッ!?」
「何よぉ、アチシのお洋服を汚していいのは龍田さんダ、ケ! なおさら死ぬつもりなんてないわよぉ〜」
呆れを通り越して怒ることしかできないビショップヒグマが声を荒げるが、龍田提督は迫り来る根を切り落としながらちょびちょびと爪を振るのみだ。
「ねぇ〜、姉妹のためにその身を張って奮戦するとか、超萌えシチュじゃなぁ〜い?」
「マジマジ! 萌え燃えよ龍田提督ぅ!」
「さっすがリーダー! 想像しただけで木の根30本はイケちゃうわぁ〜!」
「ワイなんてもうさっきからぶっとい根っこでバッチリ尻☆assモードやでぇ〜」
「あぁ〜、もうわたくしのマラマラゲーニャでフルボッコだわよ〜」
そして彼が背後へ声をかければ、絡みつく幾多の根の中で、連隊員たちは思い思いに根を食いちぎり、切り裂き、括約筋で絞り落とし、奮戦し続けていた。
彼らの様子を眺めていた人々は、静かに理解する。
底抜けに明るくイカレた彼らの言動は、この昏い地底においても、希望を失わずに絶望を笑い飛ばす、一つの手段だったのだ。
それが、彼ら第七かんこ連隊が艦これから学んだ、姉妹愛の形だった。
「くっ……、行きマスよ、皆サン……!!」
「ええ……」
ビショップヒグマは、四人の人間と一頭のヒグマを引き連れて、その身を翻した。
「みんなぁ! ヘナヘナの根っこどもを絞り尽くしてやるわよぉ〜!!
――括約筋を食いしばりなさぁぁ〜い!!」
「あふぅうぅぅぅん、イクよぉぉぉぉぉぉ――!!」
そんな野太い嬌声を最後に、第七かんこ連隊の声は聞こえなくなった。
穴を滑り落ちてゆく中で、田所恵はさめざめと泣いた。
「ひまわりちゃん……、ひまわりちゃんがぁ……」
周りの者たちは、彼女の涙を止める言葉が思い浮かばなかった。
四宮ひまわりは、童子斬りに覆い尽くされた。
彼女を助け出す手段など、思いつくわけもなかった。
地下水脈に着水すると、ビショップヒグマはその衝撃を、ウォータークッションのようになって緩衝する。
そして彼女は、布束砥信、間桐雁夜、田所恵、龍田、ジブリールという面々を乗せて、沈鬱な心持ちで地下水脈を浮かんでゆくのみだった。
「……もう二度と、事故を起こすまいと誓ったのに――」
龍田が、浅い息で呟く。
童子斬りに抉られた脇腹を押さえる彼女の表情は、土気色だった。
左腕を切断され、右半身に爆発を受け、脇腹と艤装を抉られた彼女は、もう限界だった。
「刺創は背部まで貫通――、腹膜は……。腹膜は……!? 腸管の損傷部は!?
なんで、なんで血も出ないんですか!? なんでこんなパンチ穴みたいな傷なんですか!?」
ジブリールが、今まで見たこともない童子斬りによる刺創にうろたえる。
傷口がカラカラに乾いていて、浸出液も出ない。手当の方法が思いつかない。
雁夜も布束も、唇を噛むことしかできなかった。
この結末は、避けられないことだった。
龍田がボイラーを炊かなければ、そもそも彼女たちは上に行ける可能性もなかった。
ボイラーのエネルギーに反応して童子斬りが活性化してしまうことに思い至っていたとしても、四宮ひまわりは遅かれ早かれ童子斬りに寄生され尽くしていただろう。
だから、四宮ひまわりは知っていた。
自分がこの眠気には抗えないのだということを。
それは初めから、わかりきっていたことだった。
どちらにしても、彼女たちに選択肢はなかったのだ。
それでも龍田は、嗚咽を漏らさざるを得なかった。
「ごめんなさい、ひまわりちゃん――」
涙も出ないほどに、その身は損耗しきっていた。
【C-6 地下・ヒグマ診療所奥防空壕/午後】
【四宮ひまわり@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:寄生進行中、昏睡
装備:半纏、帝国産二代目鬼斬り
道具:オペレーションキー
[思考・状況]
基本思考:――――――――――
0:――――――――――
[備考]
※鬼斬りにほぼ完全に寄生されました。
※バーサーカーの『騎士は徒手にて死せず』を受けた上に分枝したので、鬼斬りの性質は本来のものから大きく変質している可能性があります。
【C-6 地下の地下・地下水脈/午後】
【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:左腕切断(焼灼止血済)、大破、右半身に広範な爆傷、左脇腹に童子斬りの刺創、背部艤装破損、ワンピースを脱いでいる(ブラウスとキャミソールの姿)、体液損耗防止魔術付与
装備:三式水中探信儀(破損)、14号対空電探(破損)、強化型艦本式缶(破損)、薙刀型固定兵装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:私はまた事故を、起こしてしまったのね……。
1:ごめんなさい、ひまわりちゃん……。
2:この帝国はなんでしっかりしてない面子が幅をきかせてたわけ!?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
4:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。
【穴持たず203(ビショップヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”の意志に従う??????????
0:キング、さん……。シバさん……! もう、どうスレばいいんですか……!
1:スミマセンベージュさん……。アナタを救えなかった……!!
2:……どうか耐えていて下サイ、夏の虫たち!!
3:球磨さんとか、通信の龍田さんとか見る限り、艦娘が悪い訳ではナイんでスよね……。
4:ルーク、ポーン……。アナタ方の分まで、ピースガーディアンの名誉は挽回しまス。
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※空気中や地下の水と繋がって、半径20mに限り、操ったり取り込んで再生することができます。
※メスです。
【穴持たず104(ジブリール)】
状態:狼狽
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
0:もうやだよぉ……! みんなに死んでほしくないよぉ……!!
1:レムちゃん……、なんでぇ、ひどいよぉ……!!
2:ベージュさん、ベージュさぁん……!!
3:応急手当の仕方も勉強しないとぉ……!!
4:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです
【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、ずぶ濡れ(上はブラウスと白衣のみ)
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池、バリキドリンクの空き瓶、制服
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:龍田を、龍田を治せる手段は……!?
1:暁美ほむらたち、どうか生き残っていて……!!
2:キリカとのぞみは、やったのね。今後とも成功・無事を祈る。
3:『スポンサー』は、あのクマのロボットか……。
4:やってきた参加者達と接触を試みる。あの屋台にいた者たちは?
5:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
6:帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。
7:駄目だ……。艦これ勢は一周回った危険な馬鹿が大半だった……。
8:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
9:救えなくてごめんなさい、四宮ひまわり……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。
【田所恵@食戟のソーマ】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:割烹着
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:龍田さん……、ひまわりちゃん……!!
1:もどかしい、もどかしいべさ……。
2:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
3:布束さんに、落ち着いたらもう一度きちんと謝って、話をします。
4:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。
【間桐雁夜】
[状態]:刻印虫死滅、それによる内臓機能低下・電解質異常、バリキとか色々な意味で興奮、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:龍田のワンピース
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を桜ちゃんの元に持ち帰る
0:龍田さんを、治せる方法は……!
1:俺は、桜ちゃんも葵さんも、みんなを救いたいんだよ!!
2:俺のバーサーカーは最強だったんだ……ッ!!(集中線)
3:俺はまだ、桜のために生きられる!!
4:桜ちゃんやバーサーカー、助けてくれた人のためにも、聖杯を勝ち取る。
5:聖杯さえ取れれば、ひまわりちゃんだって助けられるんだ……!
[備考]
※参加者ではありません、主催陣営の一室に軟禁されていました。
※バーサーカーが消滅し、魔力の消費が止まっています。
※全身の刻印虫が死滅しました。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
もう思い出せない誰か。
球磨が『みそくん』と名付けたはずの何か。
それは巴マミに、纏流子に、デビルヒグマに、そして暁美ほむらや碇シンジたちに、確かに現状を覆すだけの手札を、もたらしていたはずだった。
だが、暗闇の通路に呆然と立ち尽くしていた巴マミは、その時背後でデビルヒグマの
苦悶の呻きを聞いた。
「逃、げ、ろ……! マミ……!」
「えっ――!?」
流子とマミが振り向く。
その水面の先で、膝を突いたデビルヒグマが、苦痛に顔を歪めている。
水面に、幽鬼のような少女の顔が浮上した。
赤い髪を振り乱した彼女の顔は、左半分しかなかった。
「このホトケヤのデザイン力をヲォォ……、舐めるなァァァ……!!」
「ひぃぃ――!?」
かつん。かつん。ぞふぞふぞふぞふ。
少女の顔は、外れてしまったかのように広がった顎に鋭い牙を生え揃わせ、そこでしきりに何かの肉を咬みちぎっている。
それはデビルヒグマの、脇腹の傷からこぼれていた内臓だった。
「お、の、れ……、まだ死んで、いなかったとは……!!」
「水上艦はァァ……、沈めェェ……!!」
その少女は、ゴーヤイムヤ提督の両断された左半身だった。
彼女の切断面は、既にピンク色の肉で覆われていた。
再生したヒグマ細胞だ。
ゴーヤイムヤ提督は、穴持たず158苺屋と、穴持たず168仏屋という2頭のヒグマが融合したものだった。
だから脳も、内臓も、彼女の肉体には2頭分のものがあった。
ゴーヤイムヤ提督は攻撃を受ける瞬間、咄嗟に体内でその臓器を左右に振り分けていた。
巴マミと纏流子の攻撃は、切れ味が良すぎた。
ゴーヤイムヤ提督の体内の2頭分の内臓を挽き潰すことなく、『断ち斬りバサミ(フォルビチ・インシデーレ)』の一撃はそれをきれいに斬り分け過ぎていた。
それでいて彼女たちの攻撃は、『本物』の切れ味ではなかった。
もし本物の『断ち斬りバサミ』だったのなら、生命戦維の再生力を確実に切断し死に至らしめるほどの精密な刃角度が計算されていたはずだ。
ヒグマ細胞の再生すら許さない職人芸が、その刃には込められていたはずだ。
「デ、デビルッ――!!」
「『贋炸艦艇歯』」
巴マミは咄嗟に、自身の持つ金色の片太刀バサミを振り上げる。
だがその時、ゴーヤイムヤ提督の左半身は、水面下からそのヒグマの腕で、折れた自分の歯を擲っていた。
鮫のような鋸歯をそのままに、ゴーヤイムヤ提督の歯は空中で薄く、細かく割れた。
散弾のように炸裂した砕片が、巴マミへと突き立つ。
「くっ――!?」
翳したハサミの刀身に、歯の弾痕がミシン目のように穿たれた。
その弾痕は繋がり、ハサミにひびを入れ砕け散らせる。
示される事実は一つだ。
巴マミが推論だけで構成した片太刀バサミは、纏一身の理念に、届かなかったのだ。
この場にない片太刀バサミの動刃を再現するには、彼女の技術と思いは、足りなかった。
それは所詮、『贋作』だったのだ。
そしてハサミでカバーしきれなかったマミの肩口や大腿に、その歯の散弾はいくつも突き刺さっていた。
「あぐぅ――!!」
「マミッ!?」
「マミ、構うな……、逃げろ……ッ!!」
水浸しの通路に倒れた巴マミに、流子とデビルの声がかかる。
デビルヒグマは、自分に食らいつくゴーヤイムヤ提督の左半身を押さえつけ、何とか引き剥がし、潰し殺そうと力を込めた。
肘から骨が突き出す。
何本もの骨針が、デビルヒグマに食らいつくゴーヤイムヤ提督の左半身に突き立つ。
喉が抉られ、眼球をくり抜かれ、胸に、腕に、何本も何本も骨の槍を突き刺されてなお、ゴーヤイムヤ提督の左半身は、デビルヒグマの体から牙と爪を離すことはなかった。
「離せッ……! 離さんかぁ……!!」
「くけけけ、げげげげげげ……!!
ふ、深ぎ力ど潜水艦ば、絶対に、負げ、ない――!!」
デビルヒグマは、彼女の頭を握る手に力を込めた。
彼女の頭蓋骨が砕ける。穴持たず168の脳髄が破裂する。
だがその瞬間、おどろおどろしい断末魔と共に、ゴーヤイムヤ提督の左半身からは、大量の魚雷が発射されていた。
「やはり、かっ――!!」
「えっ――!?」
「あ、危ねぇぇ――ッ!!」
デビルが、身を翻す。
ようやく水面に立ち上がったマミが、目を見開く。
最も中心から離れていた纏流子が、その全貌を理解して絶叫した。
――魚雷は、地下通路の壁面から天井の、広範囲に着弾した。
地響きをたてて、度重なる戦闘で脆くなっていた地盤が崩れ始める。
そして隣接する下水道の内部から、連鎖的に爆発が起こってゆく。
それは始めに下水道が爆破されたその時から、あらかじめ仕掛けられていたものだった。
突然の事態に立ち尽くす巴マミの目には、暗闇の中、血だらけの体で宙を跳んでくる
デビルヒグマと、そのさらに上から降り注いでくる大量の瓦礫が映っていた。
「マミィィィィィィィ――!!」
デザイン力を自負し、綿密で大胆な計画を以て下水網と帝国の構造を利用する第十かんこ連隊。
彼らには、どうなろうと最終的に、この戦いを強制的に痛み分けにする方策があったのだ。
――診療所のみならず、それに続く通路と地下の機構ほとんどを完全に破壊してしまうこと。
それは、手段を選ばぬ決闘者ならば、当然用意しておく最終手段だっただろう。
熊界最強の決闘者であるデビルヒグマは、当然その可能性についても思い至っていた。
だから、彼は知っていた。
この戦いには、勝ち目がなかったのだということを。
それは初めから、わかりきっていたことだった。
どうあがいても、彼らに勝利はなかったのだ。
だから彼にできることは、犠牲者を最小限にし、生き残るべきものを、生き残らせること、だけだった。
「デビ、ル……」
デビルヒグマの背中から、翼が生えていた。
大きな漆黒の悪魔の翼は、巴マミの上に覆い被さるようにして、崩れようとする天井を支え、受け止めている。
デビルヒグマが、その肉体操作能力を振り絞って形成した、最後の盾。
彼の下半身は、崩落した天井に半ばまで押しつぶされていた。
「お前の姿を見ているたびに、私の心は、温かくなっていた……。
決して満たされることの無かった私の心が……」
デビルヒグマの翼は、みしみしと音を立ててたわみ始めている。
彼の能力を以てしても、崩れゆく地盤の重量を支え続けることは、できなかった。
そして彼の体力は刻一刻と、爆破され食いちぎられた脇腹から、内臓とともに流れ出て行ってしまう。
彼が語る声からも、どんどんと力は抜けていった。
「あいつも、お前の明るい姿を、楽しみにしていた。そんな気がする……。
導いてやってくれ……。私のような、帰る家も母もなかった穴持たずたちを……」
「何を言っているの……! やめて……! そんなこと、私にはできないわ……!!」
マミは、自分の負傷もかえりみずデビルに駆け寄った。
彼の大きな鼻先を抱きしめ、涙を流し叫ぶ。
助けたい。
あの明け方の温泉のように、何とかしてもう一度彼を救ってやりたい。
そう思っても、マミにはもう、残された魔力でこの場から彼を助け出す手段が、思い浮かばなかった。
デビルヒグマは微笑んだ。
「何を言う。いつでも正義を信じる英雄……。衆人を鼓舞し勇気づける存在……。
そういう者を世間では、『アイドル(偶像)』というのだろう?
……マミ、そのものではないか」
彼は笑いながら、巴マミの涙をその右の爪先で拭いた。
翼が、軋む。
崩れた天井の一部が、その皮膜を突き破って再び落下し始めてくる。
時間がもう残されていないのは、誰の目にも明らかだった。
「さぁ、行け……。数多の決闘者が、お前の導きを、待っているはずだ……」
「デビル、あぁ……、デビル……ッッ」
マミはふらふらと、水面のデビルヒグマから後ずさりした。
涙が、止まらない。
拭っても拭っても、玉のような涙がいくつもこぼれてくるのだ。
親をなくし、さまよっているような子供。
まるで自分の子のような。
自分の親のような。
自分自身のような。
彼はそんな親近感を以て、巴マミの心に重なっていた。
互いを守り合い、助け合ってきた存在。
マミはデビルヒグマと、別れたくなかった。
「そんな顔をするな……。笑ってくれ、マミ。私はそれが、見たいんだ……」
デビルヒグマは、そんな彼女を見つめながら、苦笑した。
彼の息は浅く、か細かった。
どれだけ痛むのだろうか。
どれだけ辛いのだろうか。
それでも彼は、身を挺して、巴マミを救ってくれたのだ。
それでも彼は、巴マミに向けて、笑顔を見せているのだ。
マミは震える手で目をこする。
そして精一杯の力で、口元をほころばせた。
「……『アリーヴェデルラ(あなたと、また会いたいです)』(さようなら)」
花の咲きこぼれるような、笑顔だった。
それが彼女にできる、デビルヒグマへの唯一の救いだった。
「……ああ、また、な」
そうして巴マミは、踵を返した。
俯き、振り返ることなく、水面に飛沫をとばして駆け出した。
デビルヒグマの声が聞こえて程なく、背後で天井の崩れる轟音がした。
マミは涙を振り払って、叫んだ。
「――纏さぁん!! 纏さん! どこなの!? 返事をして――!!」
背後からどんどんと崩れくる天井から逃げる巴マミは、すぐに彼女の姿を発見する。
デビルヒグマの保護が無かった纏流子は、最初の魚雷の振動で崩落した瓦礫からも、逃げきることはできなかった。
全身を大小の石礫に叩かれた彼女は、こめかみから血を流して水面に倒れていた。
側頭部に落石を受けて、意識を失ってしまったらしい。
「しっかりして……! しっかりして、纏さん!!」
「あ……、ああ……」
抱え起こし、声をかけると、朦朧としたながらも返事が返ってくる。
だが立たせてやろうとすると、彼女は痛みに顔をしかめて崩れ落ちてしまう。
左足が曲がっている。
瓦礫がぶつかって折れてしまったようだ。
天井の崩落が迫ってくる。
マミは纏流子の無事な右腕に体を通し、肩を貸すようにして無理矢理歩き始める。
流子の体重を支えながら、足の取られる水没通路を進むその歩みは、目に見えて遅くなった。
流子が力なく舌打ちする。
「くそ、足手纏いになるくらいなら、自刃した方がマシだぜ……。
もう血も、腕も、無いんだ……。一人で行けよ、マミ……」
「駄目よ……! 絶対に連れて行く……」
マミの動きに抵抗することすら覚束ない流子は、ほとんど限界だった。
左腕の切断面からの血も、まだ止まりきってはいない。
失血死寸前の体に、瓦礫による打撲が更なるダメージを加えているのだ。
マミが支えて逃げなければ確実に死ぬだけだ。
「それじゃあよ……、これ、持っててくれねぇか? 重くてな。
……ない方が、歩きやすいからさ」
「ええ、わかった……!」
観念したのか、流子はそんな言葉とともに、掴まれている右手で何かを差し出した。
受け取ったマミが、そこに視線を落とす。
それは流子のデイパックと、片太刀バサミだった。
「え、これ――」
呟いた瞬間、マミの背中は強く突き飛ばされた。
水面をもんどりうって転がり、顔を上げたマミの視線の先に、纏流子が立っている。
彼女は微笑んで、手を振っていた。
その姿は一瞬で、降り注いだ落盤の奥に見えなくなった。
「――纏さんッ!!」
マミの絶叫は、落石に逆巻く水音に掻き消される。
波しぶきの立つ水面から、マミの頬に跳ね飛んで来たものがある。
それは先ほどまで目の前で振られていた、纏流子の指の先だった。
「いや、嫌ぁぁぁぁぁ……!!」
マミは再び駆け出していた。
こけつ、まろびつ、もう自分の手足がどんな風に動いているのかわからない。
心臓のリズムさえめちゃくちゃだ。
ただ彼女は、デビルヒグマを、纏流子を飲み込み押し潰した通路の崩落から、逃れるためだけに走り続けた。
「デビル……、纏さん……!! うわぁあぁ……、あぁぁぁぁぁ……」
迫り寄る落石の轟音と波頭から走り逃げつつ、巴マミは喘いだ。
泣き叫びながら、必死で自分の心に整理を付ける。
そうしないと、今度死ぬのは自分だ。
デビルヒグマが、纏流子が、自分に賭けてくれたその命が、無駄になる。
目前に迫る倒壊した診療所へと踏み出しながら、マミはそこにいるはずの友へと叫びかけていた。
「暁美さん……!! 暁美さん……ッ!!」
浸水する診療所2階フロアに駆け込み、階段を駆け上がる。
だが暁美ほむらは、その姿も見えず、返事もしてこない。
つい先ほどまで、彼女とはテレパシーで連絡を取り合っていたのだ。
無事でいないはずがない。
向こうの思考が動転しているのか。それともテレパシーすら使えないほどに魔力が枯渇してしまったのか。
嫌な予感に、マミは焦って3階フロアに飛び出す。
そこには何体ものヒグマの死骸や、停止したエヴァンゲリオン初号機の巨体が転がっている。
その脇から、地上へと上がれるような穴が掘り抜かれ、午後の日差しが差し込んでいた。
「上……っ!? 脱出経路を、確保できたのね……!?」
マミは呼吸を整えて、エヴァンゲリオンの下半身を、よじ登り始めていた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「許さんでち……、よくもこのゴーヤイムヤを……。よくもホトケヤを……」
巴マミが逃げたのとは別の方角、通路の北側に伸びている方向で、下水道配管の中を蠢く少女がいる。
正確には、スクール水着を着てヒグマの手足をしたピンク色の長髪の少女の、右半身だ。
ゴーヤイムヤ提督を構成していた存在の片割れ、穴持たず158の苺屋だった。
彼女は片足隻腕になったその身を、車の片輪走行のような体勢でひょこひょこと動かしながら、単眼になった瞳を怒りに燃やし、半分だけの大顎で唸りを上げた。
「このイチゴヤは……、この恨みを決して忘れんでち……。
水上艦は……、皆殺しにしてやるでち……!!」
【Cー5 ヒグマ帝国・下水道/午後】
【穴持たず158・苺屋@ヒグマ帝国】
状態:右半身のみ
装備:61cm四連装(起源)魚雷、水着、今までに喰い溜めた胃石
道具:潜水技術、胸まで開く口
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢への奉公よりも水上艦を沈めることを優先する
0:許さん……、水上艦は許さん……!!
1:殺してやる……!! あの場にいた水上艦全て……!!
2:潜水艦の持つ深き力で、殺してやる、シロクマァァァァ……!!
※艦これ勢黎明期に自分の身を艦娘製造の実験台として使ったマッドエンジニアであり、実験段階だった建造により伊58と伊168の体半分ずつにヒグマの手足がついたような体になっていました。
※口が深海魚のように胸まで裂けており、咬合力の強い牙で様々なものを自在に噛み砕くことができるほか、口腔内圧を使った空気砲のような用途にも使用できます。
※『第十かんこ連隊』は事実上瓦解しました。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「……どうして。どうしてこの島には深海棲艦しかいないの……!?」
戦闘の終焉が爆風とともに告げられた後、瑞鶴はほとんど更地になってしまった総合病院の跡地で、地面にへたり込んでしまった。
度重なる戦闘の連続に、疲労がどっと襲いかかる。
5機の富嶽を直掩機として周囲に旋回させながらも、彼女はあまりにも理不尽で不運に思える今までの自分の状態を嘆いた。
何しろ彼女にとっては、この島で見るもの聞くもの出会うもののほとんど全てが深海棲艦だったのだ。
これはあまりにもおかしい。
ちゃんとヒグマ提督という上司やモノクマという上司がいて、自分は彼らが活動している島の中で任務にあたっていたはずではなかったのか――。
そこまで考えて、彼女はふと衝撃的なひらめきに辿り着いていた。
「そうか……!! 元からこの島は、深海棲艦の本拠地だったんだわ!!」
瑞鶴は膝を打つ。
彼女の頭の中で、ジグソーパズルのピースがはまっていくように今まで体験してきた事実が組み合わさってゆく。
そのピースが本当は全て裏返しになっていたのだとしても、幸運な彼女はそんな些細なことに気づきはしなかった。
「絶対そうよ!! っていうか、ただの熊なはずのヒグマが喋って立って歩いてるって時点で、そもそもおかしかったのよ!!
ヒグマって人食いする動物じゃない!! あんなのが人類を守る私たち艦娘の提督だなんて有り得ない!!
提督の皮を被ったヒグマ!! ヒグマの皮を被った深海棲艦!!
そう――、ここは、新型のヒグマ級深海棲艦の棲息地だったのよ!!」
常識的に考えて、ヒグマは日本語を喋ったりはしない。
その上、ヒグマが人間を襲った話などいくつも存在する。
『穴持たず』と呼ばれるヒグマならばなおさらだ。
そして艦娘の常識として、艦娘は人間を守り、深海棲艦と戦うものだ。
これはおかしなことだ。
なぜヒグマ製艦娘の常識としては、ヒグマが上司で当然なのだろうか。
ヒグマは人間を襲う。艦娘は人間を守る。
本来はほとんど絶対と言っていいほどに、相容れないものだ。
聡明な瑞鶴にはすぐにわかった。
この島の喋るヒグマは、みんな深海棲艦だったのだ。
瑞鶴は今の今まで、そんな深海棲艦の策略にハマり、寝起きの刷り込みにつけこまれ、いいように騙され続けていたのだ。
ここがそんな新型の深海棲艦の本拠地だったとするなら、彼女の中では全ての辻褄が合う。
「はは……。考えてみれば当たり前じゃない。
普通こんな辺境の北方海域の島に、人間や提督や艦娘がいるわけないじゃない……。
いるとすれば深海棲艦くらい……。それを私は、まんまと騙されて、生物に擬態した深海棲艦どもにこき使われて……。
初めから、わかりきってたことじゃない……」
北方海域といえば、姫クラスの深海棲艦がうじゃうじゃいる海域だ。
師走のころにはよく掃討に出かけたものだ。
瑞鶴はおそらく、そこの新型の深海棲艦に鹵獲され、記憶を改竄されて使役されるところだったのだろう。
考えるだに恐ろしく許し難い所行だ。
「よくも、よくも私を騙してくれたわね……!?
絶対に。絶対に打ち滅ぼしてやる……、深海棲艦……!!」
「あ、あの……、大丈夫ですか……?」
「ひぃ――!?」
その瞬間、座り込んだまま握り拳を震わせていた瑞鶴に、後ろから声がかかった。
反射的に振り向いた彼女の前に、血の気のない顔ながら彼女を心配そうに見つめる少年の姿があった。
地下から上がってきた、碇シンジだった。
直掩機とともに佇む瑞鶴を一目見た瞬間、シンジは彼女が球磨と同じ艦娘なのだと察する。
デーモン提督が口走っていた、地上で戦闘を行なっていた人物だ。
だから彼は包帯代わりの服の切れ端を巻いた千切れた両手の先を、にこやかに瑞鶴に差し伸べようとする。
瑞鶴は慄然と恐怖した。
――よくできた人間の造形だ。
でも惜しかった。この少年型深海棲艦には両手の先がない。
その上顔色が悪すぎる。血の気がなくて紙のように真っ白だ。
どう考えても深海棲艦に間違いない。
「騙されるもんかァ――!!」
「えっ」
瑞鶴の手が、シンジの顔面に伸びる。
シンジはその瞬間に起きた出来事を、何も理解できなかった。
「ぽきゃ」
碇シンジの頭蓋骨は、80トン以上ある瑞鶴の握力を受けて、一瞬にして大輪の花を咲かせ炸裂した。
吹き散らされる真っ赤な血と脳ミソの花嵐に、瑞鶴は引き攣った笑みを浮かべる。
――ほら。普通の人間の頭が、私みたいな女の子の握力で潰れるわけがない。
骨が柔らかすぎる。クラゲみたいだ。おにぎりより柔らかいもの。
危ない危ない。血の色を赤くしてみたところでもう騙されないわよ。
「死ねっ! 死ね死ね死ね死ねっ! 汚らわしい深海棲艦ッッ!!」
そうして彼女は、命を失って倒れた碇シンジの肉体へ、トドメを刺すように執拗に富嶽の爆撃を落としていった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「てめえェッ!? いったい“何者”だっ!!」
「ひえあぁ!?」
だがそのさなか、瑞鶴にはまたもや叫び声がかかる。
それは体長4メートル近くもある、余りにも巨大なヒグマだった。
それが驚愕と怒りに眦を歪ませて、怒号を上げながら彼女へと近づいてくる。
碇シンジに続いて地上へと上がってきたナイトヒグマだ。
瑞鶴は恐れをなして、爆撃を行なっていた富嶽をただちに突撃させていた。
「攻撃隊ィィィィッッ――!!」
「くっ――!? “塞馬脚”!!」
低空から投下される爆弾が着弾する寸前に、ナイトヒグマは後ろに大きく体をのけぞらせて回避する。
そして前脚を地面に突くと同時に後ろ脚を大きく振り上げ、ムーンサルトキックのような挙動でその爆弾を上へと弾き返す。
「何ですって――!?」
「翻ってェ――! “三日月突き”!!」
さらに、後方の瓦礫に後ろ脚を突いて三角跳びのように翻った彼は、その巨体からは信じられない身軽さで、飛行する富嶽のさらに上を取っていた。
驚く瑞鶴の目の前で、弾き返された爆弾と上空からの鋭い爪により、富嶽編隊の先頭2機が瞬く間に撃墜される。
「オラァ、“虎杖散らし”ッ!!」
そして着地と同時に駆け抜けたナイトヒグマの爪は、残る3機の富嶽をも瞬時に乱れ切りにした。
彼は降り注ぐ航空機の残骸の中、恐怖に震える瑞鶴の元へ大股で歩み寄ってゆく。
瑞鶴はわななきながら、矢筒の矢を手に取る。
だがもう、弓につがえている時間はない。
苛立ちと共に唸るナイトヒグマに向け、彼女はその矢を、素手で投げつけるしかなかった。
「……てめぇ、“艦これ勢”だなッ!?“タダ”じゃ済まさねぇぞォ!!」
「へやぁああぁぁぁぁ――!!」
それはただの偶然だった。
その時、破壊された富嶽の残骸の翼が、ナイトヒグマの目の前を落下したのだ。
ナイトヒグマは目の前の翼に隠され、瑞鶴が矢を投擲するリリースポイントを見逃した。
そしてそれは、彼女が手投げする矢の威力と速度を、彼に容易く見誤らせた。
「――ガッ!?」
その矢は、音よりも早くナイトヒグマに突き刺さった。
当然だ。
瑞鶴の筋力は既に、彼やその他のヒグマの力を、軽く凌駕している。
野球選手を元にした研究結果では、投球速度は筋力増加したパーセンテージに対し、そのおよそ0.2倍だけ加速するとされる。
ひ弱な女子である瑞鶴が仮に以前、キャッチボールするような時速30kmの球しか投げられなかったとしても、彼女の筋力は今、およそ一般的な女子の2800倍以上になっている。
その場合、彼女が投擲した矢の速度は、最低でも単純計算でおよそいくらになるのか。
――マッハ14だ。
瑞鶴の投げた重く太いその矢は、高速徹甲弾のように衝撃波と共にナイトヒグマの眉間を貫通し、深々と大脳を抉った。
そして次の瞬間、彼の頭蓋を木端微塵に粉砕しながら、矢は爆発していた。
「ひぃ……、早く、早くここから逃げなきゃ……!!」
瑞鶴はもう、その標的の生死を気にしている余裕もなかった。
ここの地下からは、先ほどから何度も何度も、バリエーションに富んだ新型の深海棲艦が無限に思えるほど湧き出し続けているのだ。
これ以上ここにいて戦闘を繰り返していたら、身が持たない。
瑞鶴は慌てて総合病院跡から撤退しようと脚を動かす。
だが焦りと恐怖でバランスは崩れ、まともに走れない。
次の直掩機を召還しようと取り出す矢も、震えてうまく弓弦にかからない。
「瑞、鶴……!? どうしたクマ……!? これは一体、何があったクマ――!?」
「ぎゃああああぁぁぁ――!! 出たあぁぁぁぁぁぁ!!」
そんな時に、またしても地下からは、何者かが顔を覗かせていた。
ふらふらとした足取りで近寄ってくるその少女は、間違いなく軽巡洋艦の球磨の姿をしていた。
だが瑞鶴の知っている球磨は、そんなゾンビのような歩き方はしないし、表情だってそこまで茹だったように力が抜けてはいないはずだった。
どう考えても深海棲艦だった。
瑞鶴は裏返った絶叫と共に、そんな球磨の姿に向けて、ろくすっぽ確認もできぬまま矢を放つ。
矢は5機の零戦となり、呆然とする球磨の隙だらけの胸板に機銃を掃射していた。
「――球磨!? 球磨ッ!?」
「あひぇあぁぁぁぁぁ――!!」
後ろからは、さらに別の深海棲艦らしき者の声が聞こえた。
瑞鶴もう、振り向くこともできなかった。
それっきり彼女は、恐怖の叫びを放ちながら、全速力で総合病院の跡地から逃げ出すだけだった。
「……ぐ、……あ……」
全身に機銃の弾痕を開けた球磨は、総合病院の地面に倒れ痙攣している。
溢れ出す血に染まる彼女の元に、遅れて地上へ上がってきた暁美ほむらが駆け寄っていた。
高速で見回した彼女の視界には、服の破片しか残っていない碇シンジの残骸、頭部を爆破されたナイトヒグマの死体、そして走り去ってゆくツインテールの女と、空中に飛ぶ模型のような零戦の編隊が映る。
全身の毛穴が粟立った。
(小型の戦闘機――!? 角速度、転回にかかる時間は……!?)
その状況から、逃げてゆく女と、そのラジコン模型のような零戦の部隊がこの惨劇を引き起こしたのだと、ほむらは一瞬で理解する。
ほむらは右腕で球磨の体を抱き寄せながら、左手に3つの手榴弾を取り出し、そのレバーを引き起こし掴みつつ、一気に口でピンを引き抜いていた。
零戦が旋回して戻ってくる。
掃射される機銃の火線が、再び球磨とほむらの上に降り懸かろうとする。
「ああぁっ――!!」
ほむらはその瞬間に、球磨を抱き寄せながら跳びすさり、全力で左手の榴弾を投げ上げていた。
タイミングを計算し、炸裂の寸前まで保持していたMk-II手榴弾は、機体の通過にぴったりと的中する。
下部の翼端で爆発した人力の対空砲撃が、過たずその凶鳥の群れを撃墜していた。
「ひぃ……、ひぃ……!! 深海棲艦だ……! 深海棲艦がどんどん湧いてくる……!!」
ただ恐怖に逃げるばかりの瑞鶴は、背後の遠くで巻き起こるそんな事態を、意識する余裕もなかった。
逃げなければ、湧き続ける深海棲艦の圧倒的な物量で、最終的に消耗戦から敗北するのは明らかだ。
一度どこかで体勢を立て直さなければならない。
草原を駆け抜け、鬱蒼とした森の中に踏み込み身を隠し、瑞鶴はようやく荒れた息を整えようとうずくまる。
「翔鶴姉……、翔鶴姉……。助けてよぉ……。
なんで私、こんな目にばっかり遭うの……? こんな不運ありえないよ……」
瑞鶴は、自分の血文字で『シ』と描いた12cm30連装噴進砲を抱えて涙をこぼした。
物言わぬ噴進砲に対して、彼女は理不尽で不運としか思えない自らの境遇を嘆くばかりだ。
だがその『翔鶴姉』は今回も、確実に彼女を助けていた。
そして瑞鶴は、紛れもなく幸運だった。
瑞鶴はあまりに幸運すぎて、自分の幸運に気づかなかった。
「……本当に、なんで私はこんなに満たされないんだろ……。
もう私、艦載機が無駄に多いだけの微妙性能じゃないのに……」
さめざめと泣く瑞鶴の心は、堪えようもない空虚感で一杯だった。
彼女は確実に、強くなってきたはずだった。
だが強くなればなるほど、彼女はその度に何か大切なものを失ってしまったような気がしてしかたがない。
それでも、自分が何を失ってしまったのか、幸運な瑞鶴にはもうわからない。
失ってしまったものを思い出すことは、今までツケにしてきた全ての不運を、一度にひっかぶってしまうことと同じだったからだ。
微妙なのは本当に彼女の艦載機だったのか。
微妙なのは本当に彼女の性能だったのか。
それとも彼女の思考だったのか。
瑞鶴は第二次ソロモン海戦において、自分の味方、直掩機である零戦を、アメリカ軍機と間違えて対空戦闘を行なったことがあるという。
彼女の混迷を払える僚艦は、果たしてどこにいたのだろうか。
それはもはや、誰にもわからない。
「そうだ……、そうだよ……。きっとまだ、深海棲艦を倒し切れてないからだ……。
この島の深海棲艦を、みんな、みんな、轟沈させなきゃ……」
瑞鶴は泣きながら、凄絶な笑みを口の端に浮かべた。
そうして森の陰に潜みながら彼女はまた、ガンダムの装甲で作った、彼女しか食べられぬおにぎりを噛み砕いた。
甘い恍惚感と充足感と共に、瑞鶴の体が痙攣する。
光と共に、背の矢筒の中に新たな矢が生成される。
――瑞鶴は先程から、自分の体内で艦載機を製造し始めていた。
幸運な瑞鶴は、そんな現象に対して、違和感を覚えることもなかった。
身の丈にあまるガンダムを貪食して自己改造したのだ。
幸運な彼女がそんな機構を備えてしまうことは、ある意味当然の結末だ。
ただの炭素繊維強化プラスチックをこねて食べただけで、艦載機が作れてしまう。
なんて幸運で素晴らしい、恐ろしく狂った機能だろうか。
零戦だろうと富嶽だろうと震電改二だろうと、作り放題だ。
思いのままだ。
もはや艦載機が無駄に多いだけの微妙性能になど、悩まされることはない。
それは実に幸運で喜ばしいことだった。
「翔鶴姉、見てて……。私、絶対に深海棲艦を、殺し尽すから……」
その能力は、彼女が深海棲艦と断じて戦った、戦艦ヒ級の機構にも似ていた。
【Cー8 森/午後】
【瑞鶴改ニ甲乙@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、小破、左大腿に銃創、右耳を噛み千切られている、右眉に擦過射創、左耳に擦過創、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:12cm30連装噴進砲 、試製甲板カタパルト、戦闘糧食(多数)
コロポックルヒグマ&艦載機(富嶽、震電改ニ、他多数)×100
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:深海棲艦を殺す……。殺し尽くさなきゃ……。
1:危険な深海棲艦が多すぎる……、何なのよこの深海棲艦たちは……ッ!!
2:偵察機を放って島内を観測し、深海棲艦を殺す
3:ヒグマ提督とやらも帝国とやらも、みんな深海棲艦だったのね……!!
4:ヒグマとか知らないわよ。ただの深海棲艦の集まりじゃない!!
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り100体を装備しています。
矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※CFRPの摂取で艦載機がグレードアップしましたが装甲空母化の影響で最大搭載数が半減しました。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。
※お台場ガンダムを捕食したことで本来の羆謹製艦むす仕様の改ニに変化したようです。
【戦闘糧食】
瑞鶴がお台場ガンダムの装甲(CFRP)を握り飯状に手で丸めて作った瑞鶴お手勢の携帯食料。
食べると戦意高騰と共に艦載機が補充される。美味しそうだが人間が食べると
歯が欠けたり人体に有害な成分を摂取して死に至るので注意しよう。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
お前に何があったクマ、瑞鶴……。
ぬかったクマ。
知っている者だからと、戦場における心構えが、なってなかった。
状況の探索もせずに不用意に近づくなど、してはならないことだ。
冷静さを欠いていた。
毒に浮かされていた。
……いや、言い訳なんてできんクマ。
「ヒュー……、グピュー……」
のどを撃ち抜かれて、声が出ない。
首の血管も裂かれたみたいだクマ。
「しっかりして、球磨!! すぐに治る……! マミさんが、マミさんが来てくれるから!!」
いや……、これは無理だクマ。
致し方ないクマ。
「止まって! 止まって……! なんで血が止まらないの……!?
お願い……、お願い……!!」
ほむら、頼むからそんな悲しそうな顔をしないで欲しい。
ほむらは、愛しい人のところに辿り着くまで、諦められないんだろクマ?
それじゃあ、こんな軽巡が一隻轟沈しただけで、涙なんて零しちゃ駄目だクマ。
ただの駒として見て欲しいクマ。
情なんてうつさないでいいクマ。
球磨は、ほむらのために、粉骨砕身するクマ。
その魂のひとかけらまで、使い潰す気でいて欲しいクマ。
瑞鶴の運は、球磨にも幸運を運んできてくれたクマ。
球磨は、ようやくわかったクマ。
ほむらが持たせてくれたこの装備の使い方が。
この球磨の魂を。傍に立ち、立ち向かうための魂を。
ほむらに手渡す方法が――。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
暁美ほむらは、逃げていく瑞鶴を追うことはなかった。
この惨状の下手人が彼女であることは分かり切っていたが、それよりも先にほむらは、まだ息のある球磨を、どうにかして救うことしか考えていなかった。
全身に機銃の弾痕を開けた球磨からは止めどなく血が溢れて、その衣服や、座り込むほむらの膝を濡らしていく。
そんな彼女の傷を癒す手段は、もはや一つしかなかった。
暁美ほむらの手に、紫色の光が灯る。
魔力の光だ。
それは彼女の最後の、魂の光だ。
彼女は今、時間停止にしてあとわずか5秒分の、最後の魔力を使って治癒魔法を行使している。
それが意味することは、わかりきっていた。
それでも、ほむらはそうせずにはいられなかった。
考えるより先に、ほむらの魂は、もう魔法を使っていた。
球磨の傷が、ほんのわずかに、塞がった。
喉に開いていた風穴が、ほんの少しだけ。
それでも確かに、球磨の瞳に生気が戻るのを、ほむらは見た。
「球磨……!?」
「ふゅ――、む、ら……」
血塗れの球磨が、身じろぎをした。
嗚咽混じりで、声を漏らした。
それは、大きな希望に思えた。
自分はこのかけがえのない仲間を、沈めずに済んだのだ――。
そう、ほむらは歓喜と興奮を身に溢れさせた。
手を取れば、血で滑るその右手は、確かに強く、ほむらの手を握り返す。
抱きかかえた球磨は、微笑んでいた。
娘を見守る母親のような、慈愛と信頼に満ちた表情で、彼女は一言だけ囁いた。
「……また会える時まで、指揮を、頼んだクマ」
そう、一言だけ。
そう囁いて、球磨は眼を閉じた。
ほむらの掴んでいた右手が、血のぬめりと共に、地面に力なく滑り落ちた。
死んでいた。
ほむらの魔力は、球磨の艦体に刻まれた傷を塞ぎきるには、あまりにも少なかった。
球磨の肉体からは、幾条もの弾痕から、血がいまだに流れ続けていた。
呆然としたままだったほむらの手から、力が抜ける。
抱えていた球磨の体は、ほむらの膝から、ずるずると血を引いて地に落ちた。
「会えない……。会えないわよ……。
本当に死んでしまったら……、どうやってもう一度、あなたに会えるというの……?」
膝崩れのような姿勢で、ほむらの眼は、震えていた。
開いた瞳孔に映る球磨の姿は、答えなかった。
球磨はほむらの右手に、一本の歯を残していた。
戦いの前に、ほむらが彼女に手渡していたもの。
それだけだ。
彼女が一体何を伝えたかったのか、ほむらにはわからなかった。
のろのろと、ほむらの指は血塗れの歯を掴んでいた。
「暁美さん――!?」
「ああ……、良かった。マミさん、来てくれたのね……」
その時ほむらの背中から、巴マミの声が聞こえた。
ほむらはゆるゆると、おっくうそうに、背後の彼女へと振り向く。
魔法少女の変身が、解けていた。
眼鏡だけの裸になってしまったほむらは、その手に乗った宝石を、ゆっくりと巴マミの方に差し出す。
ほむらはその宝石に、一本の歯を突き刺していた。衛宮切嗣の、魔力切断の歯だ。
ソウルジェムをその歯で切り裂き、砕き割ることで、ほむらは確実なる自殺を試みていた。
抉れたソウルジェムからはもう、黒よりもおぞましい色合いをした断面が覗き、濁った瘴気のようなものが溢れ出てきている。
だが、巴マミは間に合った。
彼女が来てくれたのならば、話は別だった。
「私が遺せる……、最後の物資だから……。どうか有効に使って、ね……?」
「暁美さん……!? 何を……!?」
地下から上がってきた巴マミは、視界を埋め尽くす地上の惨劇に反応する暇もなかった。
暁美ほむらが差し出すソウルジェムは、真っ黒だった。
それが意味する事柄を、マミはただちに理解した。
魔力が枯渇した絶望の先に待つ、魔女化。
そうして魔女と化した自分を倒し、魔力源であるグリーフシードを受け取ってくれ、と、ほむらはそう言っているのだ。
「駄目……! 駄目よ! 暁美さん……!! 諦めないで!! 絶望しないで――!!」
「諦めたくない……。私だって、諦めたくないのに……」
悲痛な叫びを上げながら、マミはほむらの方に駆け出そうとした。
その言葉に、ほむらの眼には大粒の涙が浮かんだ。
初めから、わかりきっていたことだった。
彼女自身、知っていたことだった。
それでもどこかに、誰かが希望を見いだしてくれるかも知れないと、暁美ほむらは這いずるようにして道を進んできた。
そして事実、その希望の道は、示されていたはずだった。
他でもない、かけがえのない秘書艦であった球磨の言葉によって。
『ほむら……。頼むクマ……。一緒に……、してほしいクマ……』
それは理知的で包容力のある、母親のような彼女が、初めてほむらに語った、お願いではなかっただろうか。
なぜその時ほむらは、彼女の願いに、応じてやれなかったのか。
時間は、ないわけではなかった。
10分や15分程度の遅れなど、もはや大した違いではなかっただろうから。
――その10分や15分の違いで、この惨劇は回避できたのかも知れなかったのに。
暁美ほむらは、仲間を信じきれなかった。
そうして一人選んでしまった結末が、これだった。
仲間たちは、この道を選んでしまった暁美ほむらのせいで死んだのだ。
全ての道は今、暁美ほむらの自己完結によって、絶望に落ちた。
「もう展望が……、見えないの……」
こぼれた涙が、ソウルジェムに落ちた。
巴マミの手は、あと一歩、届かなかった。
その瞬間、マミの体を風の奔流が弾き飛ばす。
瘴気の柱が、暁美ほむらから立ち昇る。
地に転げたマミが身を起こしたとき、そこはもう、総合病院の跡地ではなかった。
歪んだ空にビル群が林立する暗い空間は、マミにも見覚えがあった。
見滝原市だった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
『瑞鶴……、瑞鶴め……。大惨事よ……! 地下の生存者は、どうなったの!?
今の、状況は……!?』
地面の泥が、ざわざわと蠢いた。
数多の死体から流れた血液の水分と、砕け散った瓦礫の粉塵から、ようやくまとまった行動ができるほどに体を復元させた、ゴーレム提督だった。
彼女の肉体は、ピースガーディアンのビショップと同じく、尋常の手段では滅ぼしきれない。
体の原料となる水と土から完全に切り離した上で消滅させられない限り、時間さえかければ何度でも彼女は復活できる。
だがそんな彼女も、あまりに様変わりした周囲の様子に、一瞬戸惑った。
目の前には、艦娘の球磨が、血を流して死んでいた。
その隣には黒髪の少女が寄り添うように、服も纏わぬまま全裸で倒れ伏している。
そして何より、周囲の風景は、全く見知らぬ都市の夜だった。
「あ、あ……」
ゴーレム提督の隣には、黄色いドレスのような衣装をまとった少女が、ひきつった声を上げている。
巴マミだ。
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁ――!?」
彼女たちの目の前には、見上げるほどに巨大な、一人の魔女がいた。
魔女の頭蓋は、砕け散っていた。
砕け散った頭には、彼岸花が咲き、涙の代わりに、そこから彼女の歯がこぼれ落ちていた。
ここは、偽りの見滝原が再現された、暁美ほむらの結界だった。
巴マミがいくら叫んでも、目の前に広がった絶望が、覆ることはない。
ジャン・キルシュタインは、もう助からなかった。
四宮ひまわりは、眠気に抗えなかった。
この戦いには、勝ち目がなかった。
暁美ほむらは、絶望に堕ちるしかなかった。
それは初めから、わかりきっていたことだった。
出発点が違うだけのただひとつのフレーズが、平行して走りながら4重の世界に変貌する。
本当は、最初の最初に目撃したものを強い意思をもって観察し続けるなら、それは何の変化も示さず、最初の姿を維持するはずだった。
しかしながら、途中で現れるミスリードの工作に従ってしまえば、それは一瞬で別の姿に変わってしまうのだ。
そして意思を貫徹し、アナタが事実を目の当たりにした時。
平行展望はこう示すのだろう。
――え? 何言ってんの? ぜんぜん違うじゃない。気でも狂ったんじゃないの?
【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人 死亡】
【第七かんこ連隊@ヒグマ帝国 瓦解】
【穴持たず1・デビルヒグマ@穴持たず 死亡】
【纏流子@キルラキル 死亡】
【穴持たず168・ホトケヤ@ヒグマ帝国 死亡】
【ナイトヒグマ@ヒグマ帝国 死亡】
【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン 死亡】
【球磨@艦隊これくしょん 死亡】
【Cー6 総合病院跡地(くるみ割りの魔女の結界)/午後】
【Homulilly(暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ)】
状態:デキソコナイの半熟魔女
装備:なし
道具:なし
基本思考:前に進めなくなってしまった責任をとって死ぬ
0:みんな、私のせいで死んでしまった……。
1:巴マミ……、早く私を殺して……。
2:まどか……、まどか……。
3:ごめんなさい……、ごめんなさい……。
4:諦めたくない……、でも死ななきゃ……、諦めたくない……、でももう希望はない……。
[備考]
くるみ割りの魔女。その性質は自己完結。歯はこぼれ頭蓋はとろけ目玉も落ちた。かつて数多くの種を砕いたその勇姿も壊れてしまっては仕様がない。もう種を砕けない頭には約束だけが惨めに植わるが、起源の歯が中途半端に切り裂いた魔女はそれでもまだ魔法少女の姿を色濃く残す。
数多の戦友を自分の責任で死なせてしまったこの魔女が最後に望むは自身の処刑。だが首をはねる程度では魔女の責任は取れない。この愚かな魔女は永遠にこの此岸で処刑までの葬列と謝罪を繰り返すだろう。
この魔女に供物を手向けてくれる参列者は、本当は彼女が思っているよりもずっと多いのだが、目玉の落ちたこの魔女はそれに果たして気づけるのだろうか。
【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班
装備:なし
道具:泥状の肉体
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:何よ……、これ……。
1:艦これの装備と仲間を利用しつつ、取り敢えず知り合い以外の者は皮だけにする。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:地下は……、そしてここは、どうなったの……!?
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力消費(大))、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)
道具:基本支給品(食料半分消費)、流子の片太刀バサミ@キルラキル、流子のデイパック(基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ)
基本思考:正義を、信じる
0:暁美さん――!!
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
6:デビル、纏さん、球磨さん、碇くん……、ああ、ああ……!!
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ〜The different story〜)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〜叛逆の物語〜で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。
以上で投下終了です。
かなり長くなってしまいましたが、瑞鶴は本当に幸運の空母ですね。
これからも活躍しそうで本当に幸運ですね。
その幸運の九割五分くらい熊本にいただけませんかね?
続きまして、黒木智子、クリストファー・ロビン、言峰綺礼、ヤスミン、グリズリーマザー、
扶桑、戦刃むくろ、ヒグマード、ヒグマン子爵で予約します。
うおおおおおお……
投下乙
おおう…悲劇は止まらない。前の話まで生きていた人々が次々とお亡くなりに。
ほむほむは遂に折れてしまっけど凛ちゃんは立ち直れるんだろうか?
安室さんの空中アクションは見ごたえがありました。彼は瑞鶴を止められるのか?
そして目に見えるものすべてを破壊する殺人マシーンと化した瑞鶴さん、
もはやいなくなったヒ級ちゃんの分まで働いてますね。艦載機の機銃撃つより
矢を投擲した方が強いし無限に富嶽を生成できるし彼女を止める術はあるのかしら。
満身創痍とは言え一応生きてるイチゴヤとゴーレムさんは何か役割があるのかな。
マミさんまで魔女になってしまいそうな状況だが乗り越えられるのか。
ひまわりちゃんは完全に樹になってしまったけど案外これからも活躍しそう。
熊本が大変な中投下ありがとうございました。
もう少しで書きあがりそうなのですが、予約を延長します。
予約を投下します。
↓こちら応援歌になりますので、ご自由に応援しながらご観戦ください。
ttps://www.youtube.com/watch?v=fM0p7ETnBg4
「へ、返信が来てます……!」
戦艦扶桑が小さく声を上げたのは、そんなタイミングだった。
カウント1―1。
崖の際に作られた形ばかりの球場には、低く傾いた日差しが森の陰から薄い光を差し入れている。
翳ってくるその陽光に、バッターは更なる活気を得るかのようにその巨体を蠢かせる。
対するピッチャーは、未だマウンドに倒れ伏したままだった。
耳から垂れる血液を、打席から伸びた触手がすすっている。
投手クリストファー・ロビンは、自分の渾身の魔球を打者ヒグマードがこうも容易く攻略してしまったことを、信じられなかったのだ。
彼らを見守る場外の位置で、扶桑はその大きな艤装を縮込めるように耳をそばだてている。
三塁側ベンチに相当する場所にアイドリングするグリズリーマザーの屋台バスの中は、緊張に満ち溢れていた。
穴持たず696・戦刃むくろが、扶桑の横から声をかける。
「扶桑、返信って!? 誰か助けに来てくれるの!?」
「誰だかわかりませんし、そもそも文にもなってないし、信号強度も弱い……。
でも確実に私の電報に気づき、接近してきてます……」
扶桑は南の空を見上げ、耳を澄ませるように目を閉じた。
純正の無線機からの信号ではない。
扶桑もついさっきまでは単なるノイズだと思っていたのだ。
だがノイズのようにも思えた電波の軋みは、一定の間隔を保ったまま確実にこの崖の方へと近づいてくる。
その動きで、このノイズのような軋みが、何者かからの返信であると彼女は確信していた。
「たまたま誰かが、即席の無線機になる物資を持っていたってこと……?
電報の内容わかってるのかしら……?」
「ドップラー効果から波長の遷移をみると……、だいぶ速い気がします。
グリズリーマザーさんのような車か、それともヒグマか……」
「参加者でもヒグマでもどっちだっていいよ、この状況がどうにかなるならねぇ……!」
二人の会話に、さらに隣から青毛のヒグマが唸りを加えた。
グリズリーマザーは、バスの外で立ち竦む少女を見つめながら牙を噛みしめる。
その少女、黒木智子は、目の前で倒れた少年の姿に悪寒を堪えきれなかった。
「まだ1対1だ……。まだ、勝負は決まっちゃいない……!!」
『ああ、その通りだ人間。まだ私を倒せる可能性は存分に残っているだろう?』
彼女の視界で、クリストファー・ロビンはようやく立ち上がる。
その口調は、強気ないつもの彼のように聞こえる。
「……焦っていますね、いけません……!」
「ふぅ……、空威張りはやめるのだな少年。所詮、分不相応な目論見だったのだ」
「何を言ってるんですか、神父さん……!」
だが、同じく場外で見守るヤスミンと言峰綺礼は、口々にそんな言葉を呟いた。
ロビンが言峰のセリフに噛みつくようにして振り向く。
言峰は彼に向けて、あまりにも無垢な愉悦に満ちた微笑みを向けるばかりだ。
バスの乗降口から半身を乗り出したヤスミンが、不安げな視線を両者に向ける。
勝負に集中できず、外野の発言に心を乱されたその振る舞いこそが、ロビンの焦燥をありありと物語っていた。
頭に血が上ってしまったかのように、彼はいきり立って叫んだ。
「僕の魔球が、攻略されるわけがない……!! 必ず、討ち果たしてみせるとも!!」
『そうだ、来い……!! その意気だぞ人間!!』
「だッ……、だめ、駄目だよっ!! ロビン!!」
そのまま投球姿勢に入ろうとしたロビンを差し止めたのは、黒木智子の裏返った叫び声だった。
ひきつる喉を震わせて、彼女は咽ぶ。
「頼む……、考えてくれ……! できる限りのあらゆることを……!
何をしても、勝って……! 勝って、くれよぉ……!!」
無様に歪んだその少女の切実な表情は、煮えたぎったような彼の心を冷ますのに十分だった。
一般的な可愛げもないこの少女のことを想うと、不思議と、静かな力が湧いてくる。
……そうだ、落ち着けクリストファー・ロビン。
智子さんの言うとおりだ。
まっすぐに投げたのではきっと、どんな速球でもこの小父さんは打ち返してくる。
神父さんが『神』というほどの相手だ。
正面からの力勝負では、いけない。
状況を冷静に見つめろ。僕の球は、打たれた。
それは紛れもない事実だ。
このまま衝動に任せて投げてしまえば、それはきっとそのまま、僕の破滅への輪舞曲になっていたことだろう。
「……そうだね、智子さん。でも心配無用さ……!」
引き裂かれた右耳の傷は、クリストファー・ロビンの敗北の証であり、同時に彼の次なるステップへの踏み台だ。
肩は、暖まっている。
力は、漲っている。
応援は、背中を押している。
次なる一球が、ロビンの手には握られていた。
○○○○○○○○○○
「『スケスケ』だぜ!!」
「――!?」
そうして投球姿勢からクイックモーションで投げられた第3球に、外野の観衆は一斉にどよめいた。
それは、ただの暴投に見えた。
手からすっぽ抜けてしまったかのように、高速回転のかかった速球は、バッターボックスのヒグマードからは遠く離れた北の崖の先へと流れてゆく。
文句のつけようもないボール球だ。
だが即座に、一同はこれでいいのだと理解した。
このホームランダービーでは、何がどうなろうとバッターはボールをホームランにしなければ得点にならず、それ以外は全てアウトになる。
そのため、このまま誰もいない崖下の海へボールが落ちてしまえば、それだけでロビンはアウトを取れる――。
そして、そう考えていたのは、外野だけではなかった。
『フハハハハ、やはりそう来たか、人間――!!』
衆人が見守る視界には、その時、赤黒い綱が伸びる。
バッターボックスのヒグマードが高速で変形し、横に流れてゆく速球に追いついていたのだ。
『一式解放』によって赤黒い毛の固まりとなった彼の伸縮速度は、常人の理解を超えている。
崖の先に落ちようとする石の球を、そうして彼が打ち返そうとした、その瞬間だった。
「曲がれぇぇぇぇぇ――!!」
ロビンが放った裂帛の気合いとともに、その球は急激に方向転換し飛び戻った。
跡部景吾、ウォーズマン、火グマというこの島で出会った強敵たちによって身につけられた『スケスケ』。
それに織り込まれたのは、かつてロビンが100エーカーの森の仲間から受け取った魔球の技術だ。
俊敏なサイドワインダーのごとく炎熱と冷気を帯びて左右にくねり走る、オウルボール複合の魔球。
それが伸びきったヒグマードの体へ側面から、鎌首をもたげた大蛇か、翼を翻すフクロウかのように飛かかっていた。
『小賢しい!!』
だがヒグマードの反応は、その魔性のボールに追いついていた。
ロビンの毒牙を飲み込む、ヒグマの顎――。
伸びきっていたはずの赤黒い毛は、一瞬にしてバッターボックスへと収縮し、その反動でさらに魔球へと襲いかかる。
「くっ――!?」
咄嗟に身を捻ったロビンの体をマウンドから吹き飛ばすほどの勢いで、魔球は打ち返されていた。
右中間の延長上で場外の木々を薙ぎ倒し、ヒグマードの打球はその本塁打たる証を、この場の全ての者にありありと見せつけていた。
「あ、あ――」
『斯様な回転の差違ごときで、私が幻惑されると思っていたのなら、見くびられたものだな。
どうした? まだ魔球はあるのだろう? さぁ、まだまだ勝負はこれからだ!!』
呆然と竦み上がった黒木智子たちの前で、ヒグマードは悠然と口上を述べるのみだ。
残りは4球。
ホームランは既に2本。
もう、次を打たれてしまえば後がない――。
ロビンは、突風で叩きつけられた木々の破片に全身を切り裂かれていた。
一つ一つの傷は浅くとも、そこここから涙のように滴り落ちてしまう血液は、5歳児の肉体から気力と体力を奪っていくのに十分すぎるものだった。
それでも、彼は立ち上がる。
固唾を飲む観衆の前で、まだロビンの闘志は、死んではいなかった。
「……クマに、打たれるのは、もう、こりごりだ――。そうだろう、みんな……」
100エーカーの森の中で培われてきた友情と魔球。
ロビンはもう、そこに活路を探すしかなかった。
彼の背中を押し、腕に力を込めさせるのは、森の仲間たちから受け継ぎ昇華させた技術だけだ。
フクロウでは駄目だった。
ならば、もっと強い仲間の力を、この一球に込めるしかない。
「頼む、僕に力をくれ、『虎』よおおおおぉぉぉぉ――!!」
それはあたかも、ボークのようだった。
振り抜かれたロビンの手は、何も投げたようには見えなかった。
『むぅっ――!?』
ヒグマードですら一瞬、自分の目を疑った。
ロビンの投げたボールは、誰の目にも姿を映さず、完全に消失していた。
ヒグマードが取り込んでいた跡部景吾の眼力、そしてヒグマードの吸血鬼としての超常の視力を以てしても、その投球は全く見えなかった。
深山幽谷に潜み、伏臥した敗勢より転じて急襲する、見えざる猛虎の牙。
不可視のティガーボール複合の魔球。
場外の観衆が息を呑む。
見えない球など、打てるはずがない。
ロビンの勝利だ――。
そう、一同は思っていた。
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{ニ=-{ 八ニニi.{ \イノイ/ノ,イニニニニニニニニ\“''*、ニ=-, `ー=ニ
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_,, ;;ニニ-''''"´ | ※ ニニニニヽ ニニ/ .,// ノ,iレ/ .,/,! .l .|
__ j ヒグマードニニ /ハ ニニ/ .. ,〃゛ ,/ilケ./ / .,| .i{ .! |
/ \ ノ ニニニ/.: : :;ト、_r' `!゙,r'" .,/.|″/ ./ . iリ l ! .,l .!
/ \ / ニニ{: : : : : : / i´ / ./ . / ./ /!li!│ |! .|
Χ .所 Χ | ニニ: : : :人_: : ,/ .ノ... / ./ / / ソ | .,ll .l
/. 詮 \ ! ニニ: : : : : :/ / `ー--'.... / / ./ / | リ l
こ || ,イ ニニ: : : :/: : / / // l l .l゙l !
ん || / !\ ヽ、ニニ : : : :i / .,i./ . / l .| /,! l
な || / ヽ \ : : : :/ / メ" / l l゙/ ! !
物 || /\ `ー : : : :/.... / .、 ./ ! .レ .l ./
か .||. / : : :.\_ : :/ , .,/ / / l ./ /.i′
人 || !. : : : : : :.,'. : ̄``ヽ、__/ ノl、 / / / //
間 || / : : : : : : ! : : : : : : : : : : {..,/ .l, ./ / ./ l/
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Χ / /  ̄| j / / ./
だがヒグマードは、常人には一切わからぬ突然のタイミングで、その肉体を振り抜いていた。
衝撃波の風圧だけで、グリズリーマザーたちの屋台のガラスが割れた。
左中間に流れた打球は、その猛烈な衝撃で球場の地面を抉り返し、ロビンの全身に叩き付ける。
「がッ――、ハァ――……」
空振がビリビリと大気を鳴らした。
土塊と共に宙をきりもみして落下したロビンは、壊れた人形のように球場に跳ねて、動かなくなった。
『……なるほど、確かに今のはなかなか良い筋をしていた。
だが「私」は既に今朝、お前のその球を打っているのだ。
単に速度や威力を上げただけでは、進歩が足らんな。
この姿を見ても、お前と同じかそれ以上の変化を、この私がしていないとでも思えたか?』
ヒグマードは赤黒い脈に満ちた総身を震わせて、朗々とそう語った。
『スケスケ』の速度と威力は、既にヒグマードが体感している。
『オウルボール』や『ティガーボール』の感触も、既にヒグマ9が体感している。
100エーカーの森の仲間たちは、みな『プー』というアメリカクロクマにその投球を攻略され、そのホームランの餌食になっていたのだ。
彼らひとりひとりは、みな土の付いた敗者だ。
その魔球は既に猛威を振るった時期を過ぎ、ただクマの前に餌となる小動物の寄せ集めでしかなかった。
ロビンが勝つには、どうしたって敗者でない仲間が必要だった。
まだ、どんなクマにも打たれたことのない、森の仲間が。
だがそんな動物は、もう100エーカーの森には、いなかった。
沈黙が、荒涼とした球場に満ちる。
窓を粉砕されたバスの中で驚愕する4名も、風圧で倒れてしまった言峰綺礼や黒木智子も、ヒグマードの見せた圧倒的過ぎるその力に、暫くの間、何も考えることができなかったのだ。
その沈黙を破ったのは、血塗れの腕を震わせた、クリストファー・ロビンの呻きだった。
「う、うぅ……」
「うわ、あ、あぁぁ――……。ロビン――!!」
痛みに耐えながら身を起こそうとしているその少年の元に、黒木智子は自分の土埃も払わず、涙を流しながら駆け寄ろうとした。
だがその脚は、数歩も進まぬうちに凍り付いたようにして止まってしまう。
咽び泣く声だけが、手を伸ばして宙を掻く。
だが彼女がいくら近づこうとしても、彼に届くことはなかった。
「無駄だ、暗示か何かによる結界が張られている。
お前がいくら叫んだところで、少年の元にはたどり着けぬのだ、黒木智子」
「こ、と、み、ねぇぇ……!!」
その隣から、同じく起き上がって来た言峰が声をかける。
智子は涙と土にまみれた鬼面のような形相で彼に振り向いていた。
言峰は肩をすくめるのみだ。
「私は何もしていない。これはあの少年自身が張ったものだ。どうしようもないな」
「ちぎぇぇ……、ちげぇよぉ……!!」
智子は地団太を踏んで咽び、まっすぐにロビンを指さす。
ふらつきながら立ち上がってゆく彼を横目に見ながら、智子は怨嗟を吐くように言峰へ叫びを叩き付けていた。
「なんでッ……、なんでお前は、ロビンを応援してやれねぇんだよぉぉ!!」
「わからんのか。最初から正々堂々と野球の勝負をしていればよかったものを、彼は神を殺そうとしたのだ。
挙げ句の果てに暴投に見せかけたり、隠形の小細工を仕掛けたり、卑怯な振る舞いばかりではないか。
これで神の逆鱗に触れぬ方がおかしい。逆に殺されそうになるのも当然の報いだ」
だが彼女の気焔を流すように、言峰の口調はあくまで淡泊だった。
そして追い打ちをかけるように、彼はマウンドへ戻ろうとするロビンへ声を投げていた。
「おい、クリストファー・ロビン! もう足掻くな、見苦しい!!
今すぐ悔い改めて謝罪するのだ! ことによればまだ許しをいただけるかもしれんぞ!!」
ロビンが振り向いた。
智子はその表情に恐怖を覚えた。
その目には、光が無かった。
展望を失って、諦めに満ちてしまったような顔だった。
そして言峰綺礼が、そんなロビンを優しげな声色と微笑みで迎えていた。
それが何より、智子には一番恐ろしかった。
「……それで時間が稼げるなら、謝った方がいい……!」
「ええ、この返信者が来てくれるまで持ちこたえられれば……」
「ああ、どうにか逃げる隙を作りたいねぇ……」
「それしかないのなら……、キレイさんの提案に従うしかないでしょう」
屋台バスの中がざわつく。
囁きは、言峰綺礼の言葉に賛同していた。
閉ざされた展望の中で、彼の言葉は、とても甘美で魅力的な誘いだったからだ。
諦める方向に進むことは、とても簡単で、安全なように思えた。
だがその時、智子だけは強く、強くその拳を握りしめた。
――駄目だ。
そんなことで許される訳がない。
この『神』は、戦いを望んでいるのだ。その戦いで殺されることを望んでいるのだ。
降伏は、死だ。
ここでロビンが戦い続け、勝つことしか、恐らく自分たちが生き残るすべはない。
『諦め』は、人を殺す――。
「卑怯でも、見苦しくても、知ったことかよ!! いいから足掻けよぉぉ!!
クズでもカスでも、私は、お前を、応援してるんだよ! ロビィィィィィ――ン!!」
「智子……、さん……」
諦めを拒絶した時にのみ、人間は人道を踏破する権利を得るのだ――。
この血みどろの赤黒い怪物が本当に『神』なら、きっとそんな言葉が、この神の教義に違いなかった。
黄金の伝言が、万全なほど彼に届いた。
○○○○○○○○○○
その全身の薄汚れた、涙でぐちゃぐちゃの、髪の毛の荒れ果てた、風采の上がらない陰鬱な雰囲気の少女の姿が、クリストファー・ロビンにはとても眩しく見えた。
沈みゆく夕日が、彼女を赤々と照らしている。
その瞳の中に、彼は展望を見た。
諦めに眠ろうとしていた彼の目の前にその時、饒舌に豊穣の森が開けた。
そして彼の夢現に、あの完全な歌が聞こえた。
それはいるはずのない、『どんなクマにも打たれたことのない、森の仲間』の歌だった。
雷に打たれたように、ロビンは天空を振り仰いだ。
「――Hey! Hey! Hey! Hey! Hey! Hey!!」
4拍子の裏拍で、唐突にロビンは叫びだす。
「――Hey! Hey! Hey! Hey! Hey! Hey!!」
四小節目を開けて息を吸い、天地を震わせるような声の張りで、再び彼は叫んだ。
ヒグマードも、智子も、言峰も、誰もが彼の意図を測りかねた。
ロビンはそんな中、ゆっくりと興奮した笑みで、黒木智子へと振り向いていた。
彼は見つけていたのだ。森の仲間を。
その仲間はフクロウでも、虎でもない。いわんやカンガルーでも兎でも豚でもクマでもない。
「……智子さん。知りたがってたでしょう……。教えてあげますよ。
これがマイリトルポニーのレインボーダッシュの歌……、『Awesome as I wanna be』です……」
「――!?」
それは、ポニーだった。
彼が黒木智子に手渡していたディスクに封じられた、ポニーの歌。
その中に彼は、この戦いの活路を見いだしていた。
「お願いだ智子さん! 僕に、コールをくれッッ!!」
そんな願いだけを智子に投げ、ロビンは腕を掲げた。
その手には既に、第5球目となる石ころが握られている。
ホームランは3本。
もうロビンに後はない。
これを打たれてしまえば終わりの絶体絶命のボールなのだ。
それなのに彼は、満身創痍のそんな状態で何をしようとしているのか。
『フッ、フフ! やはり人間は素晴らしい! 一度消えた闘志を再び燃やすとは!
ならば私はその炎を、今ひとたび掻き消してやるのみ!』
ヒグマードがざわざわと体を蠢かせて笑う。
それは次の一打で確実にロビンを殺害するだろう、捕食者の笑みだった。
狼狽した言峰綺礼が叫んでいた。
「何をしているのだ少年ッッ!! 正気か――!?」
「Hey! Hey! Hey! Hey! Hey! Hey――!
――Awesome as I wanna be(夢見てたくらい)!」
だが、言峰の声をも掻き消すような勢いで、ロビンは歌っていた。
そしてその歌に、黒木智子のリズムが続いた。
「ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ――!」
「――『Awesome as I wanna be(僕は最高)』!」
智子とロビンの視線が、一瞬だけ重なった。
ロビンの瞳には、燃え立つような自信が咲き誇っていた。
投げられた第5球は、やはり誰の目にも見えなかった。
だが、ヒグマードは笑っていた。
『気合ばかりでは、勝てんぞ――!!』
もはや彼には、ティガーボール複合の魔球を打ち返すタイミングが完璧に理解されてしまっていた。
次の一打は、右にも左にもぶれることはなく、確実にロビンの胸板を貫き、彼の肉体ごとホームランとなるだろう。
言峰綺礼が、扶桑が、戦刃むくろが、息を呑んだ。
ヤスミンとグリズリーマザーは、思わず目を覆った。
まるでパイルバンカーのような轟音を立てて、ヒグマードの体から赤黒い毛が伸びた。
だがその渾身のスイングは、何にも触れることはなかった。
○○○○○○○○○○
直後、ヒグマードの体は斜め上から貫かれる。
『な、ガ――!?』
まるで天空から巨大な槍で串刺しにされたかのように、ヒグマードの肉体は普通のヒグマの右肩口に相当する位置から左脇腹にかけて、直径1メートル近い風穴が開いた。
そのまま地面にめり込んだらしいロビンの投球は、地響きを立てて北東の断崖を揺らし、その岸壁を爆破するような勢いで下の海へと貫通し、水柱を上げていた。
この場の誰にも、今起きた現象は理解できなかった。
体の中心部を破壊され崩れ落ちたヒグマードを前に、ロビンは朗々とAメロを歌っていた。
「First you see me riding on a sonic boom(御覧じろ 僕の凄さ ソニックブーム)!
Got my guitar shreddin' up the latest tune(僕の得物は 最新式だ)!」
「……不可視のボールに、さ、更なる変化を、加えただと――!?」
言峰が震えた。
呆然と呟かれたその言葉に、一同は頷かざるを得なかった。
今の現象を説明するにはそれしか考えられない。
ロビンはこの窮地で、さらに一歩、自分の可能性の先へと踏み出していたのだ。
「There is nothin' you can do to beat me(君が何やっても 無意味)。
――I'm so good that you can't defeat me(僕の凄さに 敵いはしない)!!」
『グ、フ、フフハハハ――!! 言ってくれるではないかァァ!!』
僕の力が素晴らしすぎて、あなたは絶対に僕を負かせない――。
ロビンが指を突きつけながら歌う歌詞は、そのままヒグマードに対する挑発だった。
胴体の大部分をくり抜かれ崩れ落ちていたヒグマードが、その挑発に乗るように身を湧き立たせる。
如才なく第6球の投球姿勢に入ったロビンを、カウンターで討ち取らんとする意気込みだった。
「いけるの、ロビンさん――!?」
「いや、駄目――! この殺気は、拙い――!!」
「何ですか、この寒気と重圧は――!?」
「アイツ、そうか――。『リリースポイントまでバットを振り抜く』つもりだね!?」
扶桑が、戦刃むくろが、ヤスミンが、グリズリーマザーが、歯を食いしばりながら球場の両者を見やる。
その場には風が吹き荒れるようにして、冷たい恐怖が渦巻いてゆく。
溶けるように真っ赤な液体と化したヒグマードが、ロビンに劣らぬ朗々とした声で、高らかに歌声を上げていた。
『荒れ樫の君は既に亡く、国境の岸もまた姿を隠しぬ。我が制御(ヴォケィション)疾うに消ゆ。
然れば私は、赤色の塔に宇宙を掘りてこの身を宣らん――! 「二式解放」!!』
「――Yeah! I'm awesome(僕はサイコー)! Take caution(気をつけな)!
Watch out for me, I'm awesome as I wanna be(よく見とけよ 最高の僕を)!!」
ヒグマードの肉体が、どぷん、と音を立てて沈む。
そしてその身は一瞬にして崖に散乱した草木土石の数々を吸収して肥大するや、真っ赤な龍のようにしてマウンドのロビンの元へと奔っていた。
リリースの瞬間に、その目の前で打ち返してしまえば、途中でボールがどんな速度でどんな軌道変化をしようと関係がない――。
ヒグマードの取った戦術は、つまりはそういうことだった。
ロビンが振り抜いた第6球のモーションに、ぴったりとヒグマードの牙は、その猛スピードのままに喰らいついてしまうかと見えた。
だが、確かにボールが放たれたロビンの目と鼻の先でヒグマードは、やはり何にも、触れはしなかった。
○○○○○○○○○○
その見えないボールは、空中に止まっていた。
ロビンの手先から離れたその位置のままに。
これ以上ヒグマードが体を伸ばしてしまえば、ロビンに接触する守備妨害を犯してしまうそんな位置に。
シルシルシルシル……、と風を奏でる、凄まじい速度の回転だけが、目前のヒグマードにその存在を伝えていた。
今のロビンに力を貸す森の仲間は、ポニーだけでもなかった。
ラビットボールの超加速。
カンガルーボールの上下バウンド。
オウルボールの左右振動。
ティガーボールの不可視性。
100エーカーの森の全ての仲間たちが、彼の背中にいた。
ほとんど完全に停止するかのような滞空状態から、ロビンにしかわからないタイミングで急加速し、自由に上下にくねり、自在に左右を切り裂く、何者にも見えざる王者の球。
それはたちまち、球場を真っ直ぐに伸びきっていたヒグマードの肉体を縦横に貫き走り、夕日の中に幾多の血飛沫を振り撒きながら、その身をずたずたの膾に引き裂いていた。
「――やぁ!!」
「I'm awesome(僕はサイコー)! Take caution(絶好調)!
Watch out for me, I'm awesome as I wanna be(よく見とけよ 最高の僕を)!!」
黒木智子が、快哉を上げる。
クリストファー・ロビンが、大きく右腕を掲げる。
勝利の喜びが、発奮するようだった。
『跡を継がせてやる気はねえ、お前はお前で勝手に自分の国を建てろ』
『そして聞かせてみな……お前だけの氷帝コールを…』
『お前はお前で、見つけるんだ……自分自身の、自分だけのものを……』
ロビンの耳に、跡部景吾の声が聞こえたような気がした。
自分だけのオリジナルコール。
その響きで、気持ちが、力が、体に渦巻くあらゆるエネルギーが高ぶってゆくのがわかる。
北東の崖一帯、森といわず、岩といわず、熊といわず神といわず人といわず、転がっていた木の屑も、吹き散らされた血飛沫も、赫焉として燃え立つかのようだった。
歌が響く。
黄金の旋律が、旋風のように吹き上がる。
果てない夕日の色合いに染まった世界で、ロビンは端然として永遠の真理のうちに佇んでいるかのようだった。
「やった……! 勝てるかも、勝てるかも知れない……! ロビンくんが……!!」
「ええ、ええ! 行きましょうむくろさん! 応援しましょう!!」
「マスター……!! その意気だよッ――!!」
戦刃むくろと扶桑が、興奮した面持ちでバスのタラップをばたばたと駆けおりてくる。
グリズリーマザーが、割れたフロントガラスから半身を乗り出す。
「ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ――!!」
「レッツゴー、ロビン――!!」
扶桑が、戦刃むくろが、グリズリーマザーが、そして黒木智子が、ロビンのために心を一つにして声援を送る。
友達はモジョ(魔法)だ。
森の全ての仲間たちが、ロビンの背を支えるのだ。
少女の語る魔法の言葉(Mojo)が、ロビンに力を与えるのだ。
黒木智子の視線の先で、クリストファー・ロビンの背中は煌々と輝いていた。
悠々とたなびく、草は勝利を象るようだった。
○○○○○○○○○○
「キレイさん、あなたも是非応援を……! あと一球、あと一球なのですよ!」
ヤスミンが興奮した面もちで言峰綺礼に呼びかけていた。
場外のはずれで立ち尽くしたまま絶句していた彼は、ヤスミンに震えた眼差しを向け、歯を噛み締めた。
カウントは3-3。
この最後の一球で、勝負が決まる。
最高の魔球を手に入れたロビンの一球でだ。
球場のベンチを埋める女子たちの黄色い歓声を、言峰はどこか遠いもののように聞いた。
「……断る」
「キレイさん……!」
そして彼は、ヤスミンの視線を引き千切るようにして踵を返す。
言峰の右手はずっと、怒りのやり場を探すかのように握り締められたままだった。
……自己暗示だ。
ロビン少年に、神をも屠りかねない力をもたらしているのは、彼の人智を逸した強さを持つ自己暗示に他ならないだろう。
その力が、他者にさえ『この勝負は邪魔できない』と思いこませ、彼の状態を『夢見ていたほどに最高の自分』にしている。
……だが夢は所詮、夢なのだ、少年。
それをわからせてやる。
暗示など、魔術師にとっては初歩の初歩だ。
一般人の腕に、魔術師が負けるものか。
神を殺そうとする大罪人の少年ごときに、この聖堂教会の代行者が遅れを取ると思うな――!!
「――令呪解放、体機能強化……。反射加速……!
――長母指伸筋、短母指伸筋、総指屈筋の瞬発力増強……!!」
彼の目には、夕日を受けて輝くかのような、ロビンの背中だけが映っている。
言峰はまるで指弾を構えるかのように、握り込んだ右手に力を込めていた。
○○○○○○○○○○
「ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ――!!」
「レッツゴー、ロビン――!!」
崖の球場に、涙に咽ぶ少女たちの声が響いている。
戦刃むくろが黒木智子の手をとって、一緒にマウンドのピッチャーへコールを投げる。
むくろも智子も、こんなことは初めての経験だった。
野球が楽しいものなのだと、それもただの観戦がこんなに歓喜に満ち溢れるものなのだとは、今まで夢にも思ったことはなかった。
自分たちの想いが、言葉が、はっきりしっかりと選手の背中を押す充足感。
駆け上がり高まってゆくそんな興奮に、彼女たちの声は一段と大きくなってゆくのだった。
「小父さん……。とてもいい戦いだった。この球を投げられたのは、間違いなく小父さんのおかげだ」
『ぐ、が……、ごぉぉ……!』
球場のあちこちに散乱したヒグマードは、もはや再生の速度もおぼつかなかった。
積み重なる『死(アウト)』は、確実に彼の存在を消滅へと近づけている。
ロビンは、少女たちの応援をその身に受けながら、ある種の愛しさを込めたような眼差しで、その蠢きを見守っていた。
「Step aside, now, you're just gettin' in my way(邪魔しないで 立ち退きたまえ)……。
I got sick chops you can never hope to play(この神勅 聞かねばご無礼)……!」
2番の歌詞を静かに歌い出すロビンの前で、ヒグマードはようやく、その身を小さなクマの姿に纏めることしかできなかった。
第7球、最後の投石をその手に握り、ゆっくりとバッターボックスにわだかまったその打者へ、ピッチャーは厳かに宣言した。
「When it comes to makin' music I'm the ruler(この道では 僕が王者だ)。
You wish you could be twenty percent cooler(進歩しな あと20%くらい)!!」
『素晴らしい……、素晴らしいぞ、人間……。私は待っていた……! この時を……!!』
血肉を練り上げた彼の棍棒も、ごくごく小さな、普通のバットと変わらぬ程度のサイズでしかない。
もはや彼に、吸血羆として練り上げられた必殺技の数々はない。
それでもヒグマードはロビンに倣うかのように、勝負を投げ出すことはなかった。
彼の全身に散らばった13個ほどの眼は、それでも喜びの色に満ちていた。
智子たちの声援が、ロビンの旋律を後押しする。
「やぁ!!」
「I'm awesome(僕はサイコー)! Take caution(気をつけな)!
Watch out for me, I'm awesome as I wanna be(よく見とけよ 最高の僕を)!」
『さぁ投げろ……! 投げてくれ!! 決着をつけようではないか!!』
棍棒を構えたヒグマードに応えるように、そうしてロビンは投球姿勢に入った。
夕日が、なぎ倒された森の上から彼らを照らす。
黄金の時が来て、万全なほどに彼に降る。
彼の最後の一球は、まさにその楽曲の、最後のサビと同時だった。
「やぁ!!」
「I'm awesome(僕はサイコー)! Take caution(絶好調)!
Watch out for me, I'm awesome as I want to be(夢見てた 最高の僕だ)――!!」
最高の、渾身の一球が、その右腕から放たれる――。
その時、ロビンの右肩に、激痛が走った。
○○○○○○○○○○
――故障!?
リリースの直前に自分を襲った原因不明の痛みに、瞬間、ロビンはそう思考した。
短時間で、自分の限界を超越したような魔球を連用したのだ。
その行為は、確かに自分の投手生命を急速に削るものだった。
リトルリーグ肘や腱板断裂、障害がいつ起きてもおかしくない。
そんなことは分かっている。
だがこの一球。
この一球だけは、死んでも投げなければいけなかった。
……智子さん――ッ!!
ロビンは、自分の魂を吐き出すかのような気迫で、その腕を、振り抜き切っていた。
「おおりゃぁぁぁ――!!」
「えっ――!?」
その瞬間、智子たちは自分の眼を疑った。
ロビンの投げた球が、見えていたのだ。
音速を優に超えている弾速だった。
尋常ならざる回転が掛かっていた。
冷気と熱を同時に帯び、ただの小石が、あたかも紅蓮地獄のような様相を呈していた。
だがその球は、先程までの最高の魔球では、なかった。
『むおぉぉおぉぉ――!!』
ヒグマードのスイングが、そのボールを噛む。
骨肉が軋むようなインパクト音を立てて、その打球は、一直線にピッチャーの元へと撃ち返されていた。
「ひっ――」
投球でバランスを崩したロビンへと、真っ直ぐに飛礫が襲う。
ロビンごと森の奥へ叩き出してしまうような勢いの、ホームラン性の当たりだ。
智子が、むくろが、扶桑が、恐怖と絶望の予感に息を詰めた。
「――シャァッ!!」
その瞬間、ロビンは吠えた。
崩れた体勢をさらに崩すようにして、ロビンはグローブも嵌めぬ左手を、飛び来る打球に向けて突き出す。
魔球を放つ彼のモーションに劣らぬ勢いで、左腕が振り抜かれる。
激しい衝突音と共に、彼の体はセンター奥の森へ、紙屑のように吹き飛ばされていた。
「ロ、ロビン――!!」
土埃を上げて転がり、場外の森の地面をこすり、ロビンの体はようやく止まった。
倒れ伏す彼を見た智子の声は悲鳴のようだった。
だがロビンの体は、ゆっくりと起き上がる。
そしてふらつきながらも、彼はその左手を、真っ直ぐ上に掲げていた。
「……僕の。勝ち、だ……――」
掠れた声で、それでも彼はニヤリと口角を上げた。
彼は撃ち返された打球を、キャッチしていた。
ヒグマードとロビンのホームランダービー。
目標 4本。
ホームラン 3本。
残り 0球――。
○○○○○○○○○○
短くも長かったその試合は、決着を迎えていた。
黒木智子も、むくろも扶桑もグリズリーマザーも、一斉に勝利の快哉を上げようとした。
だが彼女たちが異変に気づくのに、それほど時間はかからなかった。
掲げられたロビンの左手には、大穴が開いていた。
打ち返された石の打球はロビンの掌を貫通し、その胸に深々と食い込んでいた。
一筋の血が、ニヤリと笑う彼の口からこぼれた。
そして彼は仁王立ちの体勢のまま、ゆっくりと背後に倒れ込んでいた。
「――ロビン!! ロビィィン!!」
悲鳴と共に、黒木智子は走り出した。
もうその脚は、何かに遮られることはなかった。
それは確かに、この場に暗示を敷いていた勝負が、終わってしまったことを意味していた。
「勝ちましたよ……、智子さん……。僕は、勝ちましたよ……」
「ロビン、死なないで、死なないで……、ロビン……!!」
喉を鳴らしながら駆け寄った智子が、倒れた彼の体を抱きしめる。
だがうわごとのように呟くロビンの視線は、もはやどこか遠くの、ここではない場所を見つめていた。
「何言ってるんですか……。僕はこれから、王朝を作るんですから……。
見えました。僕にははっきりと……、最高の王朝が……」
咽喉から言葉が零れるたびに、真っ赤な血が彼の口からは溢れた。
胸の穴からじわじわと血が染み出て、彼を抱く智子のツナギを濡らした。
その命をこぼしてしまわぬよう、智子は強く、強く細い5歳児の体を掻き抱こうとする。
「いなくならないで……!! いなくならないでくれよぉ……!!」
「それは僕のセリフです……。ずっと、考えてたんですよ……。
どうすれば、智子さんに、ずっと観客で居てもらえるか……」
ロビンは大きな穴の開いた左手を、智子の頬に差し伸べた。
彼はにっこりと微笑みながら、そうして智子を、撫でた。
「僕の王朝で……、どうか、僕の、お妃さまに……」
まるで眠りにつくかのように、彼の声は小さくなっていった。
彼の手は、智子の頬に血の筋を引いて、地に落ちた。
その表情は、とても満ち足りた笑顔だった。
「……返事する前に。……行くなよーー」
血の色をした夕日の中に、智子の呟きは、たちまち掻き消された。
涙が、赤く燃えた。
○○○○○○○○○○
『クリストファー・ロビン……。お前に倒されても良かった。
あの日なら。……あの日暮れの荒野なら。もう遠い、遠いあの日なら……。
お前に心臓をくれてやってもよかった……』
「あ、あ……」
泣いていたのは、智子だけではなかった。
夕日に照らされた断崖の血飛沫が、蠢いている。
ヒグマードは、引きちぎられていた自分の肉体を次々と引き戻し、元のように巨大な吸血羆の姿へと肥大化してゆく。
彼の目が。
全身に30は下らぬほどに開いた彼の目が、涙のように血を流していた。
その異様な姿に、グリズリーマザーたちは、恐怖しか感じなかった。
ヒグマードは、すぐにも襲ってくるだろう。
逃げなければいけない。
そうわかっているはずなのに、固化してしまったような空気の中に、彼女たちは動くことができなかった。
「ーーよくご覧ください!」
そんな中ただ一人、言峰綺礼だけが、この異様な雰囲気をものともせず球場に歩み出ていた。
「この少年は自分の身体を張って、このボールを最後まで保持していたのです。
いわゆるスーパーキャッチだ……! この球はホームランではなくアウトだったのだ!!」
そして彼はヒグマードの正面に立ち、滔々と演説をぶった。
まるで彼は、ロビンの意志を無駄にしないように立ち上がった、正義の人であるかのようだった。
「あなたのホームランは過半数に届かなかった……!
神よ、あなたは命を落とすことなく敗北したのです。大人しく我々に従ってください!!」
言峰はそうして、自信に満ちた表情で、ヒグマードへと手を差し伸べた。
彼の言い分によれば、こうだ。
この『本塁打競争(ホームランダービー)』のスコアは、ロビンが自分の胸でとはいえ最後までボールをつかんでいた以上、このボールはホームランではなくアウトと見なされるはずである。
その場合、7球の過半数はアウトとなり、ロビンの勝利、ヒグマードの敗北となる。
この強大な力を持つ『血の神』は、契約に従って彼らに服従せざるを得なくなるだろう。
それはとても平和的で魅力的な、言峰の理想の結末に思えた。
だがヒグマードは、4つ生えてきたその首を、静かに横に振る。
『……駄目だな。この勝負は彼の……、人間の負けだよ』
「――何を!? そんなはずはありません!」
言峰は動揺した。
ロビンのキャッチしたボールは、確かにホームランではないはずだ。
ここに審判がいるのなら、間違いなくその判定になるだろう。
だが、ヒグマードの表情は、とても寂しげだった。
『……何か勘違いしているようだから教えておいてやろうか。
死んだ方が負けだったのだよ、ヒューマン……。この戦いは最初からな』
ひとつ、賭けるものは己の身命の全て。
ひとつ、勝負は本塁打競争(ホームランダービー)形式である。
ひとつ、球数はこの島の施設であった『ストラックアウト7』にならい、7球。
ひとつ、スタンドと場外に相当する森の奥に打球を飛ばした時のみホームランとカウントされ、それ以外は全てアウト。
ひとつ、バッター側が過半数の打球をホームランにするか、ピッチャー側が過半数の投球でアウトをとるか、最終的に生き残ったものが勝者となる。
――賭けるものは己の身命の全て。
――最終的に生き残ったものが勝者となる。
この勝負は、形こそホームランダービーの格好をしていた。
だがホームランの数など、最初から問題ではなかった。
むしろホームランなど、ピッチャー返しの打ち損ないと言っても過言では無い。
デッドボールで殺し切るか、ピッチャー返しでその命を屠るか、この勝敗は二つに一つだった。
ロビンはヒグマードに、『死(アウト)』をもたらしきることが、できなかった。
そしてロビンは、死んだ。
それが厳然たるこの死合いの結果だった。
勝者が誰なのか、それはもはや、疑いようもなく明らかだった。
「な、あ――……」
『ああ……、思えば恨みを買ってしまったのも、この少年の実力のうち、だったのだろうな……』
言峰を見下ろすヒグマードの瞳は、何もかも見透かしてしまったかのように、ひたすら寂寥感に満ちていた。
彼はそのまま厳かに、言峰へ絶望の言葉を降らせていた。
『……それとな、人間(ヒューマン)。私はただの化物(フリークス)だよ。
神などではない。……人間でいることにいられなかった、ただの、化物だ』
「は……!?」
目の前でざわざわとその身を膨れ上がらせたヒグマードの神勅を、言峰はしばらく、理解することができなかった。
「マスター! 逃げるよ!!」
『ああ、さらばだヒューマン!! 私は永遠に、この栄光と屈辱の日を忘れぬだろう!!』
グリズリーマザーが発憤してバスのエンジンを吹かせたのと、ヒグマードが高らかに6つの口から唸りを上げたのは、ほぼ同時だった。
東側の崖から急速に展開した屋台バスは、そのまま西のセンター奥に位置する智子とロビンの方へ走り出す。
「智子さん、来て!」
『オリバーも去れり、リチャードも去れり。我が拘束(コモンウェルス)特に死にたり。
然れば私は、荒れ樫の花に林檎を結びてこの身を宣らん――』
呆然とする智子の体を、戦刃むくろが駆け寄りながら掴む。
朗々と詠唱を始めるヒグマードから溢れる殺気は、彼女が今までどんな戦場で経験してきたものよりも強かった。
「乗って――、早く私の上に乗ってください!!」
「キレイさんッ――!! あなたも早くッ!!」
続いて扶桑が、ヤスミンから投げ渡されたヒグマの体毛包帯を掴みながら走り寄る。
ロビンの遺体と智子、そしてむくろの全員を彼女が抱え上げる中で、ヤスミンは一人遅れた場内の言峰へ、その包帯を投げ込んでいた。
ヒグマードの身が鳳仙花のように弾けたのは、その瞬間だった。
『「一式解放」』
赤黒い毛が、遙か遠くの崖の先端から、槍のように突き出された。
それはすぐさま、逃げようとする屋台のバスにも追いすがっていた。
「扶桑――ッ!!」
「ええ、『螺旋櫂(スクリュー)』ッ!!」
むくろが、扶桑の肩の上から背後へと、抜き放った拳銃を連射する。
同時に、ヒグマの体毛包帯に引っ張られながら逃げる扶桑の足が、地面を蹴り上げる。
彼女の下駄の底部で高速回転するスクリューが、地面を巻き上げて後方に土塊を跳ね飛ばした。
追いすがってくる赤黒い毛は砕かれ、弾き飛ばされながらも、依然として追ってくる。
「キレイさん! 早く――、――ッッ!?」
「……ははッ、ははははッ、何なんだ私は!」
言峰へ投げた包帯を継ぎ続けるヤスミンの悲鳴が上がり、そして絶句が続く。
当の言峰は、まったく逃げてなど、いなかった。
そして直後、彼の周りに殺到していた毛が爆裂する。
――令呪解放、体機能強化。練精化気。
――上肢屈筋、二頭筋、回外筋の瞬発力増強……。
令呪2画を使った双撞掌が、ヒグマードの赤黒い毛を吹き飛ばしていた。
彼の奇形化した八極拳は、ロビンの技術と同じく、吸血鬼にも対抗できる技能に昇華されていたのだった。
――令呪解放、体機能強化。練気化神。
――下肢筋群、背筋、腸腰筋の筋力増強……。
そして続けざまに踏み込んだ震脚とともに繰り出された鉄山靠が、ヒグマードの本体を爆裂させた。
バスにまで追いつこうとしていた赤黒い毛が、宙から地に落ちる。
「こ、言峰さんがやったの――!?」
「い、今のうちに、早く乗んなァ!!」
グリズリーマザーの声に急かされるまでもなく、むくろと扶桑は智子とロビンを抱え、ヤスミンに支えられながら屋台バスの中に乗り込む。
『荒れ樫の君は既に亡く、国境の岸もまた姿を隠しぬ。我が制御(ヴォケィション)疾うに消ゆ。
然れば私は、赤色の塔に宇宙を掘りてこの身を宣らん――』
「……こんな歪んだ汚物が、よりにもよって言峰璃正の胤から生まれたと?」
そんな中、再生してゆくヒグマードを前に言峰はくつくつと笑っていた。
遠くなってゆくバスから投げられた包帯など、彼の目にはもう、映っていなかった。
信じたくなかった。
自分がこんな背徳的で非人道的な生物の有り様に心惹かれてしまったのだということを。
それは尊敬する父の存在すら貶めるものだった。
だから、言峰は必死に思い込んでいた。
自分の本心と教義とを共に正当化させるために、彼はヒグマードを神だと自己暗示することしかできなかった。
歓喜があった。
絶望があった。
見よ、聖堂教会の代行者の自己暗示は、確かに大罪人の少年を上回った。
この真紅に染まった断崖がその証だ。
言峰はこの時この場において、ようやく自分の本性を悟った。
夕日が血の色を躍らせて、ヒグマードと言峰綺礼の慟哭を照らしていた。
『「二式解放」』
「あははははっはっは――! 有り得ん! 有り得んだろうッ?
なんだそれは!! 我が父は――、父は、狗でも孕ませたというのかァッ!!」
その悟りは、無上の幸福であり、最低の悲嘆だった。
言峰は全身全霊の感謝と憎悪を込めて、その拳を振り上げていた。
――令呪解放、体機能強化。練神還虚。
――大腿二頭筋、右手伸筋、腹斜筋の勁力増強……!
――八極小架・『進歩単陽砲』!!
その拳は自身との決別であり、同時に、この吸血鬼へとどめを刺す、渾身の一撃だった。
令呪と共に練り上げられた気が、彼の手を通って噴き上がる。
言峰綺礼はそうして、汚れた神の幻影と決別するはずだった。
だがその手は、天空に伸び上がり、真っ赤な竜のごとく降り注いだヒグマードの身に、飲み込まれていた。
その手に、先ほどまで吸血鬼をも穿っていたほどの膨大な魔力は、宿っていなかった。
言峰の令呪は、このホームランダービーが始まる前、7画あったはずだ。
2画の一撃。
2画の一撃。
2画の一撃。
合わせても6画目だったはずのこの一打は、本来ならば令呪が足りないことなど、有り得ないはずだった。
言峰は静かに理解した。
有り得ないはずの敗北を招き寄せてしまったそのものの正体を。
応報の錆は、身に寄った因果の皺だった。
言峰の死は、そんな赤黒い錆の色をしていた。
○○○○○○○○○○
ヤスミンの掴んでいた包帯は、ついに向こう側から引かれることはなかった。
それはその向こうの、言峰綺礼の死を意味していた。
二式解放をしたヒグマードは、まるで赤い滝のように、北東の崖に降り注いだ。
そしてその上からさらに、なぜか本物の滝のような大量の水がさらに降り注ぐのを、一同は目にした。
崖はその重量を受けてか、一瞬にして崩れた。
球場はまるごと下の海に崩落し、そこにいたはずのヒグマードも言峰綺礼も、何もかもが見えなくなった。
「……返信が、来ました。あの、ノイズのような電波で……。
『よくやった、これで時間稼ぎにはなっただろう』と……」
西へ走り続けるバスの中で、扶桑がその時、ぽつりと呟いていた。
今さっき崖を崩した謎の水流を降らせた人物が、その電報を打っているのだろう。
「助けは、来てたんだね……」
「せめて、もう少し早ければ……」
ガラスの割れた屋台を走らせるグリズリーマザーも、手応えのなかった包帯を巻き戻すヤスミンも、牙を噛み締めていた。
「また襲い掛かってくるかも……。誰かが大仕掛けで海に突き落としたみたいだけど。
あんな絶望的なヒグマ、見たことない……」
後部座席に腰を落として、戦刃むくろも神経を張り詰めている。
彼女の隣で、俯いていた黒木智子が、呟いた。
「また、来るに決まってる……」
智子が膝の上に抱く少年は、幸せな夢の中で眠っているかのように、微笑んでいた。
だが彼の胸には、大きな傷跡が開いていた。
全身はかまいたちに巻き込まれたかのように傷だらけで、その上、右肩は砕けていた。
その肩には、背中から小さな枯れ枝が猛スピードで突き刺さったらしく、肩甲骨が完全に砕けていた。
いつ、どうして刺さったのか。
もはやこの場の者にそれを知るすべはないが、その状態であのような魔球を投げ続けていたのだとしたら。
それは想像を絶する超人的な、何か大いなる力が成せたものだとしか、考えられなかった。
胸の傷跡に、智子の眼から、涙が落ちていた。
「『最強のアンデッド』……。『死なずの君(ノーライフキング)』……。
あいつは、吸血鬼『アーカード』だったんだ……。あんなやつと戦っちゃ、駄目だったんだ……!!」
「……何か知ってたのね。智子さん。……そうか、だからあなたは、最初からあんなに、必死に声をかけていたんだ」
むくろは、智子の震える肩に、手を伸ばそうとする。
だが、彼女は智子を抱きしめて、その悲しみを慰めてやることは、できなかった。
そんなことを友達にするのは初めてで、戸惑いがその手を躊躇わせたからだ。
そして智子の表情が、むくろが今までで見たことがないほどに、悲しみに満ち溢れていたからだった。
そんな表情をする友達に、一体何をしてやればいいのか、むくろにはわからなかった。
『オリバーも去れり、リチャードも去れり。我が拘束(コモンウェルス)特に死にたり。
然れば私は、荒れ樫の花に林檎を結びてこの身を宣らん――』
『荒れ樫の君は既に亡く、国境の岸もまた姿を隠しぬ。我が制御(ヴォケィション)疾うに消ゆ。
然れば私は、赤色の塔に宇宙を掘りてこの身を宣らん――』
オリバー。リチャード。
イギリスの人名だとすれば、それはコモンウェルスの概念を生み出したオリバー・クロムウェルだ。
そしてその息子の護国卿、リチャード・クロムウェル。
――『拘束制御術式(クロムウェル)』だ。
あれかしのきみ。こっきょうのきし。
『そうあれかしと叫んで斬れば世界はするりと片付き申す』、アンデルセン神父の言葉だ。
そして国教の騎士とは、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングのことだ。
ともに恐らく、今は亡き人であり、そして、『彼』の最も親しい人間だっただろう人々だ。
黒木智子はあの赤黒いヒグマが、確信をもって吸血鬼『アーカード』であることを理解していた。
「なぁ、ロビンよぉ……。作ってくれよ、王朝を……。私の中に……。
私の中は、もう、空っぽだ……。いくらだって土地は空いてるんだからさ……」
智子は周囲の者が見守る中、震える呟きをロビンの唇に重ねていた。
そして彼の咽喉を詰める血を吸い出すように、彼の魂を救い上げるかのように、口に溢れる血を啜り上げた。
それは錆臭く、むせるような苦い味だった。
だが智子はその血液を、涙目のまま飲み込んだ。
「頼む、ロビン……。私の中に……、お前の命のひとかけらだけでも……、息づいていてくれ……」
彼女にはようやく、あの歌の意味がわかった。
どうしようもなく人を愛し、どうしたって人の敵でしかいられなかった、あの男のラブソングが。
【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー 死亡】
【言峰綺礼@Fate/zero 死亡】
【I-1 崖 午後】
【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:血塗れ、ネクタイで上げたポニーテール、膝に擦り傷、悲嘆
装備:令呪(残り2画/ウェイバー、綺礼から委託)、製材工場のツナギ
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー、ロビンのデイパック(手榴弾×1、砲丸、野球ボール×1、石ころ×69@モンスターハンター、基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン )、ロビンの遺体
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:ロビン……。ロビン……!!
1:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
2:グリズリーマザー、ヤスミンに同行。
3:アーカードは……、あんな攻撃じゃ、死なない……。
4:超高校級の絶望……、一体、何ジュンコなんだ……。
5:即堕ちナチュラルボーンくっ殺とか……、本当にいるんだなそういう残念な奴……。
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。
【穴持たず696】
状態:左腕切断(処置済み)
装備:コルトM1911拳銃(残弾4/8)
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
0:智子さん、一体どうしたら……。
1:智子さんは、すごく良い友達なんだから……! 絶対に守ってあげる……!
2:言峰さんとロビンくんの殉職は、無駄にしてはいけない……!
3:智子さん、あなたの知っている情報は……!?
4:良かった……。扶桑は奮起してくれた!
5:盾子ちゃんのことは絶対に話さないわ!
6:盾子ちゃん……。もしかして私は、盾子ちゃんを裏切ったりした方が盾子ちゃんの為になる?
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。
【扶桑改(ヒグマ帝国医療班式)@艦隊これくしょん】
状態:ところどころに包帯巻き、キラキラ、出血(小)
装備:鉄フライパン
道具:なし
基本思考:『絶望』。
0:この絶望から、浮上しましょう……、智子さん……。
1:この、電信を返して下さった方は……?
2:ああ、何か……、絶望から浮上してくるのって、気持ちいいですね……!
3:他の艦むすと出会ったら絶望させる。
4:絶望したら、引き上げてあげる。
【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、『閼伽を募る我が死』、穴持たず82の糖蜜(中身約2/3)
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:またあのヒグマが襲い来るとか冗談じゃないよ……!
1:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
2:あの帝国のみんなの乱れようじゃ、旦那やシーナーさんとも協力しなきゃまずいかねぇ……。
3:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
4:むくろちゃんも扶桑ちゃんも難儀だねぇ……。
5:実の姉を捨て駒にするとか、黒幕の子はどんだけ性格が歪んでるんだい……?
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4〜20 最大捕捉:200人
グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。
※宝具『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、自身を即座に再召喚できる。
または、自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、Bランク以下の水属性のサーヴァント1体を即座に召喚できる。
【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×8巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー・残り1/3)、基本支給品×3(浅倉威、夢原のぞみ、呉キリカ)、35.6cm連装砲
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:全員を生還させる手立てを考えなければ……。
1:帝国の臣民を煽動する『盾子』なる者の正体を突き止めなければ……。
2:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
3:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
4:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。
○○○○○○○○○○
My head is the apple without e'er a core,
My mind is the house without e'er a door.
My heart is the palace wherein he may be,
And he may unlock it without any key.
私の頭は 芯の無いリンゴ
私の気持ちは ドアのない家
私の心は 彼の住む城
彼が開けるのに鍵はいらない
(イングランド民謡『I Will Give My Love An Apple』より)
○○○○○○○○○○
『……喜べ。お前たちは役に立ったぞ、人間。
これで少なくとも、時間稼ぎはできただろうからな』
崩れ落ちた崖の縁に、佇む影がある。
それはヒグマン子爵だった。
遠くから聞こえた難関に泣く声。
ここから南の温泉地帯にいたヒグマン子爵は、刀の手入れをしている最中、その刀身に共鳴する扶桑の電報を捉えていた。
ヒグマン子爵は、モールス信号などうろ覚えだった。
だが電波の受信状況から三角測量で送信地点を特定すると、それは先だって彼が『血の神』ヒグマードと戦っていた地点にほど近かった。
そこで誰かが、ヒグマードと目下戦闘を行いつつ助けを求めていると考えて間違いない。
それならば、この機に乗じてヒグマードをしとめられるかもしれなかった。
断崖に立つ影を完膚無きまでに粉砕し消滅させうるそのタイミング、その一瞬を、彼は耽々と狙い続けていたのである。
ヒグマードが降り注ぐタイミングに合わせ、真上から正宗の吸収していたエリア一つ分の温泉水を解放し、その質量で崖を崩落させる。
ロビンが地盤を一度貫いていたおかげで、その作戦は、見事なほどに成功を収めた。
その上、彼は仕事の報酬として、死にたての人間の肉すらかすめ取ることができた。
巨大質量に押し潰され、全身の骨が砕かれた言峰綺礼の死体を掴み、彼は崖から踵を返す。
これだけの収穫があれば、当座のところは十分だ。
取り立てて、逃げていった電報の送信者を追う必要もない。
『あとは、ミズクマが奴の存在を喰い尽せるか否か、だな……』
再び南の森へと歩きながら、彼は裂きイカのようにして言峰綺礼の死肉を食らう。
腹ごなしをしつつ、ヒグマン子爵は正宗とヒグマ殺しを規則的に打ち鳴らしていた。
『よくやった、これで時間稼ぎにはなっただろう……、と』
彼はモールス信号などうろ覚えだ。返信はこうして落ち着いた時に作るに限る。
【H-2 枯れた森 午後】
【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹
装備:羆殺し、正宗@SCP Foundation
道具:言峰綺礼の死体
基本思考:獲物を探しつつ、第四勢力を中心に敵を各個撃破する
0:撤退だ。
1:狙いやすい新たな獲物を探す
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
4:この自失奴を助けてやったのはいいが、足手まといになるようなら見捨てねばならんな。
5:これで『血の神』も死んでくれるといいのだが。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。
○○○○○○○○○○
『オォォォオォォオオォオォォォォ――……!!』
その後しばらくして、水底より、海を揺るがせて湧き立つ声があった。
真っ赤な水柱が、島の崖の傍に吹き上がる。
黒い船虫のような生物を吹き散らし、飲み込みながら、その真っ赤な流体は低い唸りを上げて斬り落とされた崖に喰らいついた。
『おのれ……、一度ならず二度までも無粋な邪魔立てが入るとは……!!
どこだ……、化物(フリークス)の風上にもおけぬ小賢しい輩は……?』
体中に喰らいついたミズクマたちを振り落とし、逆に喰らい、ヒグマードは巨大なウミウシかアメーバのようにその赤黒い体で崩れた崖を登ってゆく。
『お前たちがそのつもりなら、ああそうしよう、私も全力でお前たちの振る舞いに応じよう!』
怒りとも歓喜ともつかない声で、彼は高らかに吠えた。
彼の体から幾万もの命が、戦いの予兆に歓呼と怨嗟の叫びを漏らす。
『さぁ待っているがいい、私はすぐにでも行くぞ!!』
赤い火のように、沈みゆく血の色の中をそれは駆けた。
【H-1 崩落した崖 夕方】
【ヒグマード(ヒグマ6・穴持たず9・穴持たず71〜80)】
状態:化け物(吸血熊)
装備:跡部様の抱擁の名残
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
0:私も全力でお前たちの振る舞いに応じよう! 人間!!
1:また戦おうじゃあないか! 化け物たちよ!
2:求めているのは、保護などではない。
3:沢山殺されて、素晴らしい日だな今日は。
4:天龍たち、ウィルソン上院議員たち、先の人間や化物たちを追う。
5:満たされん。
[備考]
※アーカードに融合されました。
アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。
※アーカードの支給品は津波で流されたか、ギガランチャーで爆発四散しました。
※再生しながら、北部の森一帯にいた外来ヒグマたちを融合しつくしました。
<削除>
以上で投下終了です。
北海道の冬では恐ろしいことに、3時台に陽が沈んでしまうことすらあるようです。
続きまして、クイーンヒグマ、第四・第五・第六かんこ連隊の残党、チリヌルヲ提督、『H』で予約します。
投下乙です
まさかのレインボーロックスに吹いた。いい感じだったんだけどなロビカス……。
跡部様、ウォーズマン、ムネリン、ハニーさんと登場話から様々なキャラの意思を受け継いできた
クリストファー・ロビンもここで散るのか。プニキ=ヒグマードとはいつか決着をつけないと
いけなかったとはいえ言峰も死んで事実上チーム崩壊。もうまともに残ってるの観柳とくまモンのとこ
だけなんだなぁ。ヒグマン子爵の援護もむなしくヒグマードは生きてるしこの絶望感どうなる?
予約を延長します
大変遅れました……。申し訳ありません。
なんとかできましたので投下いたします。
その時、D-6エリアにほど近いD-5エリアの端の地下には、16頭のヒグマがいた。
雄性生殖能力を身につけていた浅倉威の強襲を、多大なる犠牲と引き替えに辛うじて退けたばかりの穴持たずたちは、満身創痍のまましばらく呆然としていた。
一瞬にして約140頭もの同胞を失った彼らの喪失感は、容易に拭い去れるものではなかった。
「クイーンさん……、これから、うーちゃんたちはどうすればいいぴょん……?」
第四かんこ連隊長の卯月提督が、力なくそう呟く。
涙を拭い、自分たちを奮い立たせねばならないのはわかっている。
それでもそのきっかけが、艦これ勢の皆にはもう、作れない。
呼びかけられたクイーンヒグマが、その漆黒の長毛に覆われた体を物憂げに振り向かせていた。
「……キングだったら、どうするんだろうねぇ、こんな時は……。
チェスじゃあ、いくら女王が残ってても、王が居なかったらどうしようもないんだけどね……」
クイーンヒグマは、自嘲的に笑って口を閉ざす。
窒素の化合を操作する彼女の力は強大だ。
敵を退けるだけならば、あるいは豊かな作物を育てるだけならば、そんな両極端な仕事でも彼女はこなせるだろう。
だが彼女は強大すぎて、その両立をすることはできなかった。
敵の排除は、そのまま味方の排除と環境の破壊につながり、自身の育てた作物たちすら汚穢に沈める行為に他ならなかった。
シロクマならば、シーナーならば、シバならば、ツルシインならば、キングならば、そんな冷酷にも思える決断を下すこともできただろう。
だが、クイーンヒグマは、指導者ではない。
彼女はいくら強大でも、キングヒグマとヒグマ帝国とを守るピース・ガーディアンの一駒に過ぎないのだ。
彼女にはもうこれ以上、愛する帝国を自分で破壊するような行為を決断する気力は、なかった。
薄ぼんやりとした光を放つ苔の地面を叩いても、その苔の光はもう、クイーンヒグマの思いを伝えることはなかった。
それは既に、彼女たちの盤上からキングが失われたことを示している。
いくら兵が残っていても、それはもはや、チェックメイトに等しかった。
「た、助けてくれ、みんな……!」
そんな時、暗がりから、痛みに呻くような声が彼女たちのもとに届く。
額の傷を押さえ、壁づたいにふらつく足取りでやってきたのは、見覚えのあるヒグマだった。
その姿に、にわかに艦これ勢の面々は色めき立つ。
「チ、チリヌルヲ――!? 一体、今度は何だぴょんッ!?」
「やられた……、第三かんこ連隊は、僕以外全滅した……」
そのヒグマは、彼女たちのもとにこの惨事の元凶たる人間をおびき寄せてきた張本人、第三かんこ連隊長・チリヌルヲ提督に他ならなかった。
近づいてくる彼を睨みつけるまなざしには、不安や緊張、憤懣といった様々な感情がない交ぜになる。
「お前……! あの人間の対処法しってたんだろ!? どうしてそんなザマに!?」
第六かんこ連隊長・赤城提督が噛みつくように詰問をぶつける。
しかしチリヌルヲ提督が苦しげに絞り出した言葉は、彼女たちの緊迫感をさらに張りつめさせるものだった。
「彼とは別件だ……! あんな食って増えるだけのデカブツとは比べ物にならない!
人間の少女の姿をしていたが、見た目からは信じられない戦闘力を持っていた……!」
彼の灰色がかった体は血塗れになっている。
額に当てていた肉球を外せば、空母ヲ級のような帽子の下には引き裂かれた傷が真一文字に走っている。
もう少し深ければ脳まで達していたのではないかと思える深さだった。
彼の負傷や、そのただ事ならぬ口振りに、その場の一同は、次なる新たな敵が迫っていることをはっきりと再認識させられる。
「まさか、チリヌルヲたちほどの鍛錬を積んだ連隊が……!?
敵勢の主力が出てくるのなら……、流石に、慎重に攻めたいところです……」
「……ヘイ、ブラザーズ、シスターズ子日。まだイリエーなサウンドで応戦はできるか?
ブラザーチリヌルヲの言っていることは、マジだ。あいつのハートビートは嘘をついてねぇぜ……!」
「あいやヴァルテン。急ぎ戦闘体勢を立て直すにしても情報が要る。
教えろチリヌルヲ。どうやって逃げてきた」
加賀提督や金剛提督、マックス提督といった、各連隊の副長相当の面々が、いち早く気持ちを切り替えた。
「せや! まずもってどこの所属や、その敵の娘っちゅうんは!
そないに地上の参加者どもはバケモン揃いになっとんのか!?」
「こんな『底辺で』敵が迫ってくるなんて……、『てぇへんでぇ』!!」
「まったくや! 面白さのカケラもあれへんでホンマに!」
龍驤提督と伊勢提督が詰め寄ると、チリヌルヲは苦しげに言葉を絞り出す。
「僕にそれがわかれば、こんなザマになってないって……。
ただ、機械か……、生身ではない部分があっただろうことは確かだ」
「それは……、地上の参加者では、なかったってことかい?」
「ああ……、艦娘のような外装の機械でもなかったしね……」
正体不明の襲撃者の実体を掴むべく、彼の言葉にクイーンヒグマが推測を重ねた。
「つまり何のヒかというと……」
「非人道的改造手術の非、かなぁ……?」
チリヌルヲ提督の情報を受けて、子日提督姉妹が首をひねる。
思考を進めれば自然と、何者かが人間の少女に改造手術を施して、尖兵に仕立て上げたのではないかという可能性が濃厚になってくる。
それでは一体、誰がこの島でそんな非人道的改造手術を少女に施してヒグマを襲わせているのか――。
推論がそこまで達する前に、事態は動いていた。
ππππππππππ
「とにかく落ち着きましょう! 残りの食糧を支給するから、敵が来るなら、とにかく補給してキラ付けを……!」
「せやせや! その間に、はよ対処法教えぇやチリヌルヲ!!」
「いや……、時間がなさそうだ……。耳を澄ませて!」
第四かんこ連隊の間宮提督たちが、持ち出していた野菜を配り始めていた。
だがその動きは、途中で愛宕提督の声に差し止められる。
チリヌルヲ提督がやってきた暗がりの方からは、カッカッカッ、と、素早い足音が急速に近づいてくるようだった。
その物音に怖気づいたかのように、チリヌルヲ提督は怯えた表情で他のヒグマたちの後ろに身を隠す。
「やつは速い……。恐ろしく速いんだ……!
だが目か耳だ……! 目か耳をやれ! 僕もそれで逃げ切れた!」
「大丈夫ですチリヌルヲ……! 万全の補給と訓練があれば、七面鳥などとは言わせない!」
大鳳提督が野菜を頬張りつつ、丸太を抱えて言った。
赤城提督、加賀提督、大鳳提督といった第六かんこ連隊の残党が、めいめい前脚に丸太を掴んで先頭に立つ。
その直後、身構えていた提督たちの視界に一筋、濃い桃色の髪が靡いた。
「鎧袖一触よ――」
「耳もらったァ――!!」
全身を黒いボディースーツに包んだ少女。
暗がりの通路から飛び出してきたその姿を確認するや否や、左右から同時に、赤城提督と加賀提督の丸太が彼女の頭部を挟み叩いていた。
だが、丸太の挟み討ちを側頭部に食らっても、彼女の動きは止まらなかった。
彼女の体はそのまま、両側から叩かれた勢いのままに半回転する。
下からしなやかに旋回し振り上がってきた鋭い開脚足刀が、瞬時に赤城提督と加賀提督の首を切り裂いてしまっていた。
「なっ――!?」
側頭部を叩き砕かれた衝撃などなかったかのように、そうして襲撃者の少女は、続く大鳳提督のもとに飛び掛かっていた。
大鳳提督は咄嗟に、装甲のように目の前に丸太を翳してその一撃を防ごうとする。
だが少女の爪は、その自慢の丸太ごと大鳳提督の身を真っ二つに引き裂いていた。
「ひえぇぇ――!? 丸太が割れ――!?」
「ブラザーッ!!」
「金剛お兄様、ダメです――」
一帯は一瞬にして恐慌に陥った。
苔の僅かな光では追いきれない俊敏な動きで、暗がりに濃い桃色と血臭が閃く。
比叡提督の断末魔が聞こえ、そこに慌てて金剛提督が駆け寄ろうとする。
そうして榛名提督の声が中途半端に途切れた直後、辺りには噴水のような大量の水音と鉄の臭いが振り撒かれ、闇には暗い桃色の彩りが一面に広がった。
「い、今のは何のヒ――!?」
「悲鳴のヒィィィイィイィィ――!?」
子日提督姉妹が恐怖に叫ぶ。
直後に風切り音が聞こえ、ふたつの重い球体が地面に転げ落ちる音がした。
姉妹の生首が断ち落された音だと霧島提督が気付くのには、わずかに1秒もかからなかった。
「あああ――、お姉様方の仇ィッ――!!」
霧島提督が振り向きざまに拳を揮う。
隣で立っていた子日提督らの立ち位置、そして音の発生位置から、霧島提督は襲撃者が飛び掛かってくる軌道を完全に予測していた。
少女の爪に、カウンターでヒグマの爪がぶつかる。
だがその少女の手刀は、霧島提督の前脚を、バターのように切り裂いていた。
カウンターの勢いで、霧島提督はそのまま自分の心臓まで深々と手刀を斬り込まれていた。
ππππππππππ
その間、クイーンヒグマたちはバタバタと襲撃地点から撤退を始めていた。
既に9頭のヒグマを殺されてなお、襲撃者からは十分な距離を離せていない。
余りにも攻撃の手が早すぎるのだ。
クイーンヒグマが牙を噛んで、その黒い長毛を振り立たせた。
「私が、食い止める……!」
「アカンでクイーンさん! クイーンさんには生き残ってもらわなアカン!! さがっとき!」
「右舷砲戦、行くぜ!」
「目……、顔面ッ……!! ぱんぱかぱぁぁぁぁぁぁんッッ!!」
振り返り身構えたクイーンヒグマを差し止め、走り来る襲撃者の前に龍驤提督・伊勢提督・愛宕提督が身を乗り出していた。
そして彼らはありったけの装備を抱えて、その砲塔と銃口から一斉に弾丸を放っていた。
めくらめっぽうに火薬の音が爆ぜる。
彼ら3頭の弾幕は、確かにその襲撃者の顔面にいくつも命中し、その体を後ろにのけぞらせた。
確かに彼らは、ピンク色の髪が暗がりの奥へ吹き飛ばされていく様を見ていた。
「やった――!」
彼らが快哉を上げた時、ふと彼らの方に宙を飛んでくる小さな物体があった。
ピンク色の可愛らしいその物体は、吹き飛んだ少女の足先から飛んできたもののように見えた。
「ハート……?」
それは掌大ほどのピンク色のハートだった。
3頭が呆然と見上げていたその瞬間、ハートは巨大な投網のように、突然空中で広がり彼らを包み込む。
直後、ハート型だった物体は3頭のヒグマごと一帯に爆発を起こしていた。
「なぁ……!? なぁッ――!! い、一体、何が――」
クイーンヒグマ含む残り4頭は、その爆風で吹き飛ばされる。
めらめらと燃え盛る龍驤提督たちの焼死体に、クイーンヒグマは咽喉を引き攣らせた。
慌てて立ち上がった彼女の周りの空気が、濁った赤に変色してゆく。
もはや能力を出し惜しみしている場合ではなかった。
何としてでもこの襲撃を退けねば、何もかもが絶望に墜ちる――。
そんな事実を、クイーンヒグマがはっきりと理解した、その瞬間だった。
3頭の死骸に燃える炎の奥で一瞬、桃色の光が輝いたように見えた。
「避けろ、卯月提督ッ!!」
「ぴょ――!?」
その瞬間、動けたのはチリヌルヲ提督だけだった。
彼はそばにいた卯月提督へ体当たりするようにして、横に跳ねた。
直後、彼らのいた場所を、巨大なピンク色の光線が轟音を立てて舐めた。
真正面からその光線を受けて飲み込まれたクイーンヒグマは、何が起きたかを理解することもなく塵と化した。
仰向けに倒れた顔面に吹きかかる血飛沫に、卯月提督が悲鳴をあげる。
「……ひ、ひ、ひやぁぁぁぁ――!?」
「何か撃ってくるんだよねぇ……、あの子。ナガラビームみたいなのをさ……!
こりゃまだ向かってくるなぁ……」
彼女の体を押し倒したような恰好のまま、チリヌルヲ提督は口の端を吊り上げて苦笑する。
先の襲撃の際に一度この光線を目撃していたチリヌルヲ提督だけが、この一連の事態を理解できた。
襲撃者の少女は、銃弾を喰らって吹き飛ばされながら火薬の網を蹴り飛ばし、そうして、倒れた場所から首だけ起こして、巨大光線を吐いていたのだ。
彼女が体勢を立て直して追ってくるのは、すぐだ。
身を起こすチリヌルヲ提督たちの前に、もう一頭のヒグマがふらつきながら近寄る。
「……負傷ないか、卯月提督」
「マ、マ、マックス提督……」
卯月提督を助け起こしたのは、同じ第四かんこ連隊のマックス提督であった。
しかしその姿を見て、卯月提督は息を呑む。
「腕が……! 腕が、なくなってるぴょん……!!」
「……心配無用だ。我が身は既にアイゼン! ……卯月提督のことは任せた、チリヌルヲ」
マックス提督には、左前脚が無かった。
先程の襲撃者が放った光線を躱し切れず、彼は吹き飛ばされたのだ。
卯月提督たちに降りかかった血飛沫は彼のものだった。
しかし彼は、自分の筋肉に力を込めて噴き出す血を止め、その場に眼を光らせたまま立っている。
チリヌルヲ提督と視線を見交わし、そして両者は、強く頷きあった。
「……わかったよマックス提督。第三かんこ連隊で鍛えた技術にかけて、生き残って見せるとも」
「かたじけない、チリヌルヲ。俺が時間を稼いでる間に、早く行け」
そんな短い会話だけを交わして、マックス提督はチリヌルヲ提督の脇を通り過ぎていった。
チリヌルヲ提督は、卯月提督の前脚を引いて駆け出す。
それに抵抗するように、卯月提督は叫んでいた。
「マックス提督! 行かないでぴょん!! マックス提督――ッ!!」
「……こっちだ、小娘。寄らば、シュナイデン――!」
必死に手を伸ばしても、引き摺られていくような格好の彼女の手は、決してマックス提督に届くことはなかった。
それっきり、マックス提督の声は、聞こえなくなった。
ππππππππππ
「ううう……、うああ……。みんな……、みんな、死んだ……。
死んじゃったんだぴょん……、龍驤提督も、比叡提督も、みんなぁぁ……」
暫くの間抵抗していた卯月提督は、もうチリヌルヲ提督に引かれるがままになっていた。
血まみれの全身が、気持ち悪い。
倒れた時に捻ってしまった後ろ足が、痛む。
それにも増して、背中から追ってくる悲しみが、次から次へと彼女を苛んで止まない。
「うう、ううう……」
そんな時、彼女はチリヌルヲ提督の手もまた、細かく震えていることに気がついた。
必死に何かを堪えているような声。
引き結ばれた口元。
それはまるで、彼もまた、卯月提督と同じく同胞を失った悲しみに暮れているかのような姿だった。
「チリヌルヲ――」
「……うふふははは!! いいよね! いいよねこの血の色、はははははッ!!
見た目にとっても美しいから、お嬢さんでも振り向くぜ!!」
だが、彼に卯月提督が声を掛けようとした瞬間、チリヌルヲ提督は爆発するかのように笑いを吹き出していた。
吹きかかったマックス提督の血液を舐め、彼はあまりに朗らかで残忍な笑みを浮かべている。
「ひぃ――」
親愛の情を覚えかけていた卯月提督の感情は、一瞬にして恐怖に変わった。
繋いでいた手を振りほどき、怖気づいた表情で彼女はチリヌルヲ提督から身を退く。
「な、なんで……! なんで平気でそんなこと言うぴょん!? 元はと言えば全部チリヌルヲのせいぴょん!!
みんな、チリヌルヲの言う通り狙ったのに……! なんでぴょん!! なんでこんなことになったぴょん!!」
「……ん? 俺はやつの目と耳が弱点だとは一言も言ってないよ?
目と耳を潰して、さらにそれ以上に何重にも策を弄さなきゃ、僕だって逃げきれなかったからね」
溢れ出る激情を言葉に乗せて、卯月提督は全力でそれをチリヌルヲ提督にぶつけた。
だが当の彼は、そんな激しい語気をあっさりと流して、いけしゃあしゃあとそんな申し開きを述べるのみだ。
信じがたいチリヌルヲ提督の反応に、卯月提督は全身を震わせた。
「お前は……、お前には、仲間を思う心はないのかぴょん!?」
怒り狂って、激怒にふるえて、目が血走っている。
チリヌルヲ提督は、彼女のそんな姿を見つめたまま微笑んでいるのみだ。
しびれを切らして、卯月提督は彼に背中を向けた。
「もう……、もういいぴょん!! 一瞬でもチリヌルヲを信じたうーちゃんがアホだったぴょん!
うーちゃん独りで……、独りで、やってやるぴょん……!!」
そうして駆け出そうとした瞬間、卯月提督は脚に痛みを感じてへたり込む。
捻った後ろ足が、どんどん腫れてきているのだ。
「いツッ……」
「卯月提督、そんな強がり言って……、犬死する気かい? そんなの、させないよ……」
そんな彼女に、チリヌルヲ提督が手を差し伸べていた。
引き起こされた卯月提督の前脚に、照明弾の発射筒が手渡される。
「僕の最高火力の照明弾だ。ここを押して撃てばその炎でヒグマの2、3匹くらい軽く焼却できる。よく狙えよ……!」
「チリヌルヲ……!?」
そうして向かい合った彼女の前にあったのは、チリヌルヲ提督の、今までにないほど真剣な眼差しだった。
「小生だって、こんなところで卯月提督に死んでほしくない……!
そんなことになったら、オレは悲しくてやりきれないんだよ……!」
「何言ってるぴょん……! どうせまた心にもないこと言ってるに決まってるぴょん!」
卯月提督がもがこうとしても、チリヌルヲ提督は強く彼女を抱き寄せて、離さなかった。
それでも彼の手を振り払おうとする卯月提督に、彼は堰を切ったように、言葉を溢れさせていた。
「俺は卯月提督に嘘はつかない! つけるもんか!!
この空母ヲ級ちゃんの被り物に誓って、私は真実しか話さない!!」
吐き捨てるように紡がれたその声は、泣きそうな震えを帯びていた。
卯月提督の抵抗が、止まった。
「チリヌルヲ……?」
「生まれてから僕は、卯月提督のことをずっと見てたんだ……」
そして彼は静かに、彼女への想いを訥々と吐露していく。
「言いたいことも沢山あった……。でも、体面とか、外聞とか……。
そんなことが気になって、ずっと躊躇ってた……」
「チリヌルヲ、それって……!」
チリヌルヲ提督の声は切なく、そして苦悩に溢れていた。
真剣な彼の表情に、卯月提督の胸は、いつの間にか高鳴り始めていた。
息を呑んだ彼女の口元に爪を当てて、チリヌルヲ提督は決意を言葉に込める。
「でも、今はそれどころじゃない。ここを切り抜けよう。切り抜けたら、絶対に言うから……!」
「……わかったぴょん」
今まで胡散臭かった彼と、初めて心が通ったように感じて、卯月提督はいつの間にか頷いていた。
――そうだ。チリヌルヲだって、うーちゃんたちと同じコスプレ勢だぴょん。
コスプレが好きなやつに、悪いやつはいないはずだぴょん。
なんでもっと早く、そのことに気づけなかったんだぴょん――。
卯月提督は、ふわふわとした脳裏でそんなことを考える。
繋ぎ直した手が、とても暖かく感じた。
再び遠くから聞こえてきた軽快な足音に、チリヌルヲ提督は卯月提督の手を引いて駆け出した。
「走るんだ!!」
「うん――!」
「降れ、疑団の牡牛――!!」
卯月提督を引っ張りながら、チリヌルヲ提督は背後に向けていくつも、落下傘付きの照明弾の幕を展開していた。
電波や熱や光による探知を妨害する、フレア・チャフの機雷。
先の戦闘では、チリヌルヲ提督はこれで襲撃者の追撃を振り切っていた。
しかし今回は、逃げる彼らに向けて、足音がぴったりと迫り続けている。
浮遊する照明弾の間を、ステップを踏んで抜けてきているのだ。
「……チッ、一回全身の皮膚を焼いてやらなきゃ感覚を妨害しきれないか……。
後一歩なのにね……ッ!!」
「あうっ」
迫り寄る足音に、チリヌルヲ提督は逃げ足を早めようとした。
だがその瞬間、引っ張られてバランスを崩した卯月提督が地面に倒れてしまう。
「卯月提督――!?」
「大丈夫だぴょん……ッ! チリヌルヲのくれた、照明弾があるぴょん……ッ!!」
焦って振り向いたチリヌルヲ提督の声に強く応え、卯月提督は上半身を起こす。
痛めた脚では、逃げ続けるのにも限界がある。
それならばこの場で、相手が弱っているうちに仕留める――。
そう彼女は考えていた。
地面から身を起こし、背後の闇へと発射筒を向ける。
そして卯月提督は狙いを澄ませた。
闇にピンク色の髪が閃いた瞬間、彼女はその少女が襲い掛かってくるよりも遥かに早く、その引き金を引いていた。
卯月提督の目の前は、真っ白になった。
ππππππππππ
チリヌルヲ提督の最大火力の照明弾は、過たずその威力を発揮した。
それは卯月提督の手元で、発射筒ごと大爆発を起こし、爆風で襲撃者もろとも地下の通路や壁を破壊し、真っ白な劫火に包み込む。
その光景は、遠目には猛獣か巨鳥が大口を開けて一帯を飲み込んだかのようにも見えていた。
「そう――、これこそ僕の最大火力! 巨嘴鳥の星弾――!!」
チリヌルヲ提督は、かなり離れた位置の天井に逃げて爪で捕まったまま、その白い爆発の様子を朗らかな笑顔で見守っていた。
卯月提督と襲撃者を飲み込んだその炎は地下の天井を崩して落盤を起こす。
そして更にそこから温泉の水が、滝のように落盤の上へと降り注いだ。
「よくやった卯月提督ちゃん……! 『ヒグマの2、3匹くらい軽く焼却できる』。言ったとおりだったろう?
貴様には何も嘘はつかなかった……。私って本当に仲間思いだよね!」
D-5エリアの地上は、温泉になっている。
地盤の薄そうなところまで卯月提督を引き回し、そこで襲撃者ごと自爆してもらうことで、火葬・土葬・水葬の三重葬にて相手を葬り去ることが、チリヌルヲ提督が今回企てていた作戦だった。
光線を回避した際にわざと卯月提督の脚を下敷きにして痛めさせたところからして、何もかもが彼の策のうちだった。
彼はそのまま天井を四足歩行しつつ、会心の笑みを浮かべる。
「あそこで貴様に死なれたら、彼女から逃げきれる可能性がグンと低くなったからね……。
貴様が生き残ってくれてて本当に嬉しかった……!! 心から感謝するよ……!」
地上から降り注ぎ、温泉水は見る間に地下のD-5エリアを埋め尽くしていく。
もはや襲撃者の姿も卯月提督の姿も、水と落盤の下に埋まってしまってわからない。
しかし彼は、そんな光景に心を痛めることなく、むしろこの上ないほど上機嫌なだけだった。
「そういえば貴様には結局、言えずじまいだったね……」
鎮火した爆発地点の近くまで天井を渡り、チリヌルヲ提督は水面下に呼びかけるようにして笑う。
「被り物っていうのは、自分が補食したり征服したりした相手の力を奪い、誇示するものだと思うんだよね……。そして時にはその外見を逆手に取ったりする一つの戦術なんだ。
だから、ただキャラクターを猿真似して楽しむだけのコスプレなんて、間違ってると思うんだ、卯月提督。
貴様は軽蔑するほどの甘ちゃんだ。俺とは、生まれた当初から相容れないと思ってた」
殉死した卯月提督に彼が告白したのは、そんな常軌を逸した罵倒だった。
駆逐艦卯月も、本来はぴょんぴょん言っているだけではなく、戦争において数多の血を流したものものしい存在だったはずだ。
それを、見た目にとってもカワイらしいからといって、上辺だけを真似て粋がっているのはただのアホだろう。
そんなことを思いながら、チリヌルヲ提督は笑うのだ。
「流石に彼女も死んだかな……。いや、死んでないだろうねぇ……?
僕もムラクモ提督に倣って地上に出よう。夜戦になれば、地上でもオレの本領が発揮できるしね……。
十分すぎるほどヒグマ帝国は叩いた。
……たぶんもうそろそろ、次の段階に向けて動かなきゃいけない頃だ」
温泉水の流れが落ち着いた部分を見計らって、彼は崩落した天井の穴から地上へと這い上がっていく。
ほとんど不死身に思えるほどの襲撃者の執拗な追撃を体験している彼は、ここまでしても安心することなどできなかった。
さらなる予防線を張りながら、チリヌルヲ提督は思考を巡らす。
「非人道的改造手術を施された、機械の少女……。
ゴーヤイムヤのセンスとも違うし……。ならば、彼女を作ったのは、誰だ……?」
素体となった人間は、まだ年端もいかぬ10代の少女だろう。
参加者だったのか、それともこの島の住人だったのか、それとも外部の者か、それはわからない。
だが彼女は少なくともこの島で、明かな敵意を持った何者かに改造手術を施され、そして一切の感情も見えない強靭な殺人機械と化したのだ。
それも、無意味かつ無秩序に、目に映る者全てを殺戮するかのような理不尽に過ぎる行動パターンで。
チリヌルヲ提督がそこまで考えると、嫌疑の掛かってくる容疑者のイメージが、彼の思考の中で形を持ってくる。
無意味かつ理不尽に、何のためらいもなくそんな残虐行為を行なえてしまうだろう、自分と似通った存在――。
「……ふむ。モノクマさん、かな?」
今まで自分たち艦これ勢の支援者を装っていた、白と黒の両面を有したクマ。
ニヤリとほくそ笑んだチリヌルヲ提督の記憶に浮かび上がってくる容疑者は、その機械のクマ、ただひとりだった。
【卯月提督@ヒグマ帝国 死亡】
【愛宕提督@ヒグマ帝国 死亡】
【マックス提督@ヒグマ帝国 死亡】
【比叡提督@ヒグマ帝国 死亡】
【龍驤提督@ヒグマ帝国 死亡】
【間宮提督@ヒグマ帝国 死亡】
【伊勢提督@ヒグマ帝国 死亡】
【子日提督姉@ヒグマ帝国 死亡】
【子日提督妹@ヒグマ帝国 死亡】
【金剛提督@ヒグマ帝国 死亡】
【霧島提督姉@ヒグマ帝国 死亡】
【榛名提督姉@ヒグマ帝国 死亡】
【赤城提督@ヒグマ帝国 死亡】
【加賀提督@ヒグマ帝国 死亡】
【大鳳提督@ヒグマ帝国 死亡】
【穴持たず205(クイーンヒグマ)ヒグマ帝国 死亡】
※第四・第五・第六かんこ連隊は全滅しました。
ππππππππππ
未だ滴り落ちてくる温泉水の下に、気泡が上がった。
次の瞬間、沈んでいた岩塊が勢いよく水面上に吹き上がる。
水を滴らせながら、濃いピンク色の髪の毛が落盤と温水の下から流麗に振り上がる。
「……にょむにょむ。……けぷ」
肌に張り付く髪を掻き上げて、その少女は光の消えた眼で落盤の上を見上げる。
隣で爆死していた卯月提督の肉体を喰らって損傷を復元させた彼女――『H』は、そうしてチリヌルヲ提督が逃走した天井の穴から、地上に跳び出そうとした。
その瞬間、跳ね上がった彼女の体が、何か細い糸に引っかかる。
ピンッ。
と、天井の穴に張り渡されていた毛の先で、何かがその勢いで外れる音がした。
「……おっと」
その時チリヌルヲ提督は、背後で響いた轟音に振り向いていた。
見やれば、先程彼が出て来た温泉の底の大穴から、再び真っ白な爆炎が噴き出して空を焼いている。
その炎は先程の爆発でかろうじて耐えていた周辺の地盤すら揺るがし、更なる落盤と温泉水を地下へと降り注がせていた。
チリヌルヲ提督は立ち去る足を止めぬまま、その炎の先にいたのだろう少女に向けて微笑む。
「……流石に復活が早いね貴様。トラップにまた『巨嘴鳥』を仕掛けておいて良かった。
ま、これでボクの追撃は諦めて欲しいな。美味しい相手なら他にもいるぜ? くはははは……」
再び劫火と瓦礫と濁流に飲み込まれた『H』が、再び復帰するまでにはもうしばらくかかるだろう。
チリヌルヲ提督はその間に悠々と、傾いた日差しの陰にその灰色の体を掻き消していた。
【D-5 湯の抜けた温泉 午後】
【チリヌルヲ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第三かんこ連隊』連隊長(加虐勢)、額に切り傷、血塗れ
装備:空母ヲ級の帽子、探照灯、照明弾多数
道具:隠密技術、えげつなさ、心理的優位性の保持
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国を乗っ取る傍ら、密かに可愛い娘たちをいたぶる
0:そうかぁ……、モノクマさんかぁ……。貴様の『チリヌル』時の表情は、一体どんなだい……?
1:ロッチナの下で隠れて可愛い子を嬲り、表に出ても嬲る。
2:艦娘や深海棲艦をいたぶって楽しむことの素晴らしさを布教する。
3:邪魔なヒグマや人間も嬲り殺す。
4:シロクマさん、熊コスの子、ボディースーツの子、みんないたぶってあげるからねぇ〜。
5:くくく、クイーンさんと卯月提督……、次はあなたたちに、加虐の礎になってもらおうか……?
※艦娘や深海棲艦を痛めつけて嬲り殺したいとしか思っていません。
※『第三かんこ連隊』の残り人員はチリヌルヲ提督のみです。
【D-5の地下 崩落して水没した瓦礫の下 午後】
【『H』(相田マナ)@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル】
状態:半機械化、洗脳、生き埋め
装備:ボディースーツ、オートヒグマータの技術
道具:なし
[思考・状況]
基本行動方針:江ノ島盾子の命令に従う
0:江ノ島盾子受肉までの時間を稼ぐ。
1:弱っている者から優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:自分の身が危うくなる場合は直ちに逃走し、最大多数に最大損害を与える。
[備考]
※相田マナの死体が江ノ島盾子に蘇生・改造されてしまいました。
※恐らく、最低でも通常のプリキュア程度から、死亡寸前のヒグマ状態だったあの程度までの身体機能を有していると思われます。
※緩衝作用に優れた金属骨格を持っています。
※体内のHIGUMA細胞と、基幹となっている電子回路を同時に完全に破壊しない限り、相互に体内で損傷の修復が行なわれ続けます。
※マイスイートハートのようなビーム吐き、プリキュアハートシュートのような骨の矢、ハートダイナマイトのような爆発性の投網、といった武装を有しているようです。
以上で投下終了です。
続きまして、ウェカピポの妹の夫、メルセレラ、宮本明、李徴で予約します。
投下乙です
名簿に書いてあった無害そうな提督ヒグマと仲間たちもほぼ全滅かぁ
うーちゃん可愛かったんだがもはやいい子が生き残れるような世界ではないのだ
参加者5、6人がかりでも太刀打ちできないので結果は分かり切っていたが
マナさん恐ろしすぎる……チリヌルヲ提督も外道だけど仲間を平然と犠牲に出来る
彼だからこそ生き延びれたというか。1000匹近くいたヒグマもいい加減残り少なくなってきましたね
人間だろうがヒグマだろうがこの先生き残れるのは修羅のみ。
予約を延長します
みんながヒグマと戦ってる間に東京周辺でツキノワグマが大暴れしてますね。今年は熊が熱い
大変遅くなりましたが予約分を投下します。
熊、確かに近頃いろんなメディアで露出してきてますね……。
我々にはなんの奇異もなく見える事柄も、悟空の眼から見ると、ことごとくすばらしい冒険の端緒だったり、彼の壮烈な活動を促す機縁だったりする。
もともと意味を有(も)った外の世界が彼の注意を惹くというよりは、むしろ、彼のほうで外の世界に一つ一つ意味を与えていくように思われる。
彼の内なる火が、外の世界に空しく冷えたまま眠っている火薬に、いちいち点火していくのである。
探偵の眼をもってそれらを探し出すのではなく、詩人の心をもって(恐ろしく荒っぽい詩人だが)彼に触れるすべてを温め、(ときに焦がす惧れもないではない。)そこから種々な思いがけない芽を出させ、実を結ばせるのだ。
だから、渠(かれ)・悟空の眼にとって平凡陳腐なものは何一つない。
(中島敦 『悟浄歎異』より)
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
辺りに、風が吹き抜けた。
それは涼やかな北海道の風でも、いわんや決闘の合図でもなかった。
ウェカピポの妹の夫とメルセレラ――、性別も生物種も武器さえも異なる両者の決闘は、その時既に始まっていたのだ。
場所はE-5の山岳西部。
時は午後4時を回って暫し。
立会人2名の心の準備もままならぬ間に、既に彼らの想像もつかぬ攻防が、その場では起こっている。
その熱風は、早くも攻撃を放っていた『煌めく風(メルセレラ)』の霊力だった。
――『心撃つ風(サンペアクレラ)』。
彼女がそう呼称し絶対の自信を持つこの技法は、カズマの肺臓を一撃で爆裂させその胸部を一度は完全破壊せしめた霊力(ヌプル)である。
特定座標の空気のみを急速加熱・膨張させることで小爆発を起こす超精密狙撃。
肺、胃、腸の中など、そこに気体がありさえすれば、外面の防御力が一切通用しない内部臓器を直接狙って破壊できる必殺の攻撃であった。
「義弟さん――!?」
「妹夫(メイフゥ)!?」
轟く爆音と風に、立会人たちの驚愕の声がかかる。
そこに残っていたのは、無惨に爆散した義弟の姿――、ではなかった。
「回転には――、こういう使い方もある……ッ」
投球姿勢のように構えていたウェカピポの妹の夫の手元には、鉄球が回っていた。
回転は彼の皮膚を捻じり、複雑な皺の波紋を描いて全身に広がっている。
その皮膚のうねりに導き出されるように、彼の口からは空気の渦が吐き出され、肩口を超えて左腕の方へと流れていた。
スーツの左袖が二の腕で破れ、血を滴らせていた。
立会人のひとり、隴西の李徴が息をのむ。
その技術は、数多の書物において武術の知識を得て、ヒグマと化してからも幾多の戦闘を見てきた李徴子にとってしても、初めて目の当たりにするものだった。
「爆発の発生部位を、回転で移動させた――!?」
信じがたいことだ。
だが、彼が己の目で見たその事実に偽りはない。
ウェカピポの妹の夫は、自分の肺腑において急速加熱されるはずだった空気を、回転によって瞬時に上皮表面を伝わらせ体外へと流し、メルセレラの必殺の奇襲を退けていたのだ。
「あ、あ……」
その様子に感嘆を漏らしたのは、当のメルセレラだった。
彼女の表情に浮かんでいたのは怒りでも当惑でもなく、予想をいい意味で裏切られた、とでもいうような喜びだった。
「……防げる、のね? 受け止めたのよね、私の風を……、アンタは……」
メルセレラはヒグマだ。
その霊力による攻撃は、当然、義弟を仕止める気で放った一撃だった。
彼女の攻撃は、躱されたことこそあれど、食らわせてなお相手が立ち上がっていることなど、今までになかった。
それは彼女の初体験だった。
ウェカピポの妹の夫は、メルセレラの全力の思いを受け止めてなお立っていた、初めての生物だった。
知らず、少女の頬を涙が伝っていた。
魔法少女の契約を結び、アイヌ(人間)の少女の姿となっているメルセレラは、風を放った姿勢のまま、華奢なその足を震わせていた。
なぜこれほどまでに嬉しいのか、彼女は自分でもわからなかった。
「呆けている暇はないぞッ!」
「――はっ」
だがその時、ウェカピポの妹の夫は既に動き始めていた。
ステップを踏んで急速に間合いを詰めつつ、無事な彼の右手が振りかぶられる。
「『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』!!」
「エヤイコスネクル・プンパ(風で体が浮き上がる)……!」
高速で擲たれた鉄球の上に、メルセレラの体が翻った。
魔法少女衣装の裾がはためく。
紺地に白の切伏と、炎のような橙色の染布が宙に舞う。
彼女の総身は一瞬にして手も届かぬ高空に浮かび上がり、吹き上がる気流にオレンジ色の髪を靡かせていた。
そして彼女は慌てて自分の目元を拭い、不敵な笑みを作って眼下の義弟を見下ろすのだ。
「アンタは、レサク(名無し)じゃないわ……! 認めてあげる!
やっと出会えた……! アンタは、『プンキネ・イレ(己の名を守る)』に至っているアイヌよ!」
「届かないとでも思っているのか?」
だが、余裕と賞賛を以て投げられたメルセレラのその言葉は、彼女の油断と慢心以外の、何物でもなかった。
――義弟は左腕を深く抉られた形になる。もはやまともに使い物にはならないだろう。
――鉄の球を使いこなすそんな技術を持っていたのだとしても、銃弾より遅いそんなものに当たるはずがない。
――ならばこれ以上やっても、最終的に自分が勝つ結果は見えている。
――彼が一度でも攻撃を受け止めた、その成果だけで彼を認めるのには十分。生かしてやろう……。
常に捕食者であった生物種として、染み着いたキムンカムイの心理として、メルセレラの頭を占めていたのは、そんな高慢な考えだった。
だが彼女の油断は、義弟に万全の攻撃を許す。
この戦いは、決闘だ。
メルセレラが満足感を得るだけの、そんな場では断じてない。
己の主張と流儀を通すために命を懸ける、正当で神聖なる勝負の場だ。
メルセレラに躱された鉄球が戻ってくるのに合わせ、義弟は空中高くへともう一つの鉄球を投げ上げていた。
「ネアポリス護衛式鉄球、『迎撃衛星』!」
空中で衝突した二つの鉄球が、その時炸裂したかのように見えた。
「なっ!?」
衝突の衝撃を受けて、金平糖のような独特の形状をした彼の鉄球は、その表面に埋まる13個ずつの小鉄球を猛烈な回転とともに周囲へ弾き出す。
花火のように、咲き誇る菊花のように、砕けゆく流星のように、質量が減った分だけさらに高速化し高回転速度を得た26の『衛星』が、中空に身を晒すメルセレラへと襲いかかっていた。
「ソスケピラレラ……!」
その現象に面食らいながらも、ヒグマにして魔法少女たるメルセレラの反応は早かった。
手を翳すようにして正面の空気を膨張させたメルセレラは、その反動で飛びすさる。
空気の壁を作りながら宙で体を移動させる彼女の動きは、飛び来る衛星の弾丸をかつ避け、かつ落とし、一球たりともその身に触れさせることがない。
「なかなか見所のある力を持っているようだけど、それだけじゃ――」
そうして、義弟の攻撃になんとか対処できたと安心したメルセレラは、空中に佇んだまま息を整え、彼に声をかけようとした。
だがそうして下に目を落とした彼女の視界には、左半分がなかった。
視界だけではなく、あらゆる感覚が、なかった。
「え――?」
その現象に気づいた瞬間、彼女の体は、空中でバランスを崩した。
左半分だけ、上昇気流の加減が、わからなくなった――。
そう理解した時には既に、メルセレラは錐揉みして上空から山の斜面へと落下していた。
咄嗟に目の前の空気を膨張させ、彼女は墜落の衝撃を緩衝しようとする。
だが右半分しかない錐揉み落下する空間では、その狙いが半分も成功しないことは明らかであり、大きく地面から逸れた緩衝用の風は、彼女の体を大きく横に流して斜面にすりおろさせた。
「うぎゃっ!? ぎゃっ! がうぅ――!?」
山の斜面にバウンドし、無様にうつ伏せとなって倒れたメルセレラの視界は、遠くの方に義弟のブーツを見上げていた。
「『左半身失調』……! 果たしてどう対処する……?」
剣の柄に手をかける音だけを残して、その男の脚は、存在しない左半分の空間へと消え去った。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
その頃、立会人のひとりである宮本明は、立会人としての役目を果たせないでいた。
彼は斜面の上で義弟とメルセレラが開戦してしまってからも、未だ地下に繋がるエレベーターシャフト内に引っかかったまま、独り悪戦苦闘しているのだ。
「くそっ、なんで抜けねぇんだよ! 義弟さんがやばいってのに!」
シャフト内の鉄骨の間に嵌り転落を防いでいた丸太を、彼は何とか一緒に地上へ引き上げようとしている。
だがびくともしないその長大な棒切れに彼がかかずらっている間にも、上からは戦闘音が響き渡ってくる。
「どうすればいい……!? 回転、回転だッ……!
義弟さんはなんて言ってたっけ!? 『LESSON』を、レッスンを思い出せ……!!」
流石の宮本明も、こうまで力技で抜けなければ技巧を使う方に頭が働く。
彼はそうして、ウェカピポの妹の夫に教わってきた回転のためのレッスンを反芻した。
LESSON1は――『妙な期待をオレにするな』。
彼が左半身失調の中でも、義弟の行動に未来予知を被せた際の教えだ。
またLESSON2――『筋肉に悟られるな』。
怒りを抑えられぬ明を、義弟が諌めた時の教えだ。
そしてLESSON3――『回転を信じろ』。
ジャック・ブローニンソンたちを襲撃していた戦艦のようなヒグマに、義弟と二人で丸太の槍を投げた時の教えだ。
「……そうだよ。あの時俺は、義弟さんと二人でとはいえ、確かに丸太を回転させたんだ……!
捻じれ……! 捻り抜け……! おい、回れよ……! スルッと抜けてくれよぉ!!」
明がそうして吠えても、丸太はびくともしない。
むしろ力を込めれば込めるほど、丸太は余計に壁に突き刺さってしまうようだった。
ここまでのLESSONを、彼は確かに一度は実行し、習得していたはずだ。
ではなぜ、この丸太は回らないのか。
彼に思い至るのは、一つしかなかった。
それはLESSON4――『敬意を払え』だ。
「必須ではない」と言われたことを真に受けて聞き流してしまった、その教え。
明がその教えを受け入れたくなかったのは、単にそれが不必要なものだったからではない。
義弟の言う『敬意を払う』対象が、自然の中にあるという回転のみならず、ヒグマを含むあらゆる存在にまで拡大されていたからだ。
ヒグマは宮本明にとって、倒さなければならないと思っている、明確な敵だった。
明は俯く。
呟きが、震えた。
「ヒグマなんかに、敬意を払うなんて……」
できるわけがない。
そう、言いたかった。
それでも、彼はその言葉を口には出せなかった。
言ってしまえば、もう彼はこの先に進めないのだと、はっきりわかってしまったからだった。
思えば、ヒグマと人間とは、この島でどうしてこんなにも違うモノになってしまったのか。
そもそも一体どう違うモノなのか。
明は今まで、その違いを彼岸島の吸血鬼と人間のようなものだと思っていた。
だがその違いだって、最初は微々たるもののはずだっただろう。
人間にだって、眼に一滴血液が入っただけで感染してしまった友もいれば、血の池に腰までずぶ濡れに浸かっていても感染していない明のような者もいる。
吸血鬼にだって、朗らかな隊長のような者もいれば、信頼のおける師匠のような者もいる。
違いとは何か。
それはただの、立場だったり、巡り合わせだったり、ほんのちょっとの運勢の差異だけに過ぎないのではないか。
ヒグマだって、本来こんな島に集められて繁殖させられていなければ、少なくとも今ここで明に理不尽に怨まれるようなことは有り得なかったはずだろう。
そう、明自身にもわかっている。
彼が抱き、思い込んでいる怒りは、理不尽な八つ当たりなのだと。
『迷ったら、撃つな』
義弟の声が脳裏に響く。
それは鉄球を扱う上での心構えとして、義弟が語っていた言葉だった。
明は、自分が信念だと思っていた言葉の上に立って、迷っている。
撃てない。
動けない。
自分の感情と思考と肉体とが各々何を目指しているのか。
それがぐちゃぐちゃになってしまい、身動きが取れないのだ。
ぐちゃぐちゃに混ざり合い、捻くれて、自分でも何が何だかわからない混沌を、明はそのまま自分の脳裏で叩き潰す。
潰して、食べる。
背骨を走り抜ける薄蒼い心に任せて、そんな末節の精神の悉くを、宮本明は喰らい尽していた。
エレベーターシャフトの中から、上を仰ぎ見る。
四角く切り抜かれた空は、晴れ渡っていた。
凪いだ心で、明の口は静かに呟く。
「ありのままに……、動こう」
笑いたければ、笑う。
怒りたければ、怒る。
泣きたければ、泣く。
殴りたければ、殴る。
そうだ。明は今までも、そうして戦ってきたはずだ。
本当に殺したいと思うほど、その身に怒りが湧き上がるのなら、明の体はそれを思うよりも早く、敵を殺しにかかっていたはずだ。
それは思考よりも現実よりも速い、あのほろほろと薄蒼い神知の領域の行動だ。
メルセレラ、李徴、隻眼2――。
彼らと今一度相見えた時、明が何を思うのか、それは明自身にもわからない。
だがもう、彼は自分の思いと行動を、自分の意識で縛ることをやめた。
復讐も、やつあたりも、つまらぬことだ。
敬意も、流儀も、そんな言葉はただの文字だ。
『しなければならない』なんて強迫観念は、己の筋肉をこわばらせるだけの邪念に違いない。
本当にしなければならないことは、宮本明という人間の感覚が、自ずから捉えるはず。
払わなければならない本当の敬意は、もう彼自身の皮膚が、自然と覚えていたはずだった。
眼を閉じた明の指先に、丸太の皮が触れている。
荒々しくも柔らかな樹皮のその感触は、筋肉に力を込めてしまえばすぐにわからなくなってしまう。
明の閉じた視界は、その指先に小さな渦を見た。
成長し、木目を成し、一年一年、一日一日を描いてきた年輪の波紋。
寄せては返す年月の長さが、その円環の内に一定の比を成して均整を持つ。
その美しさを、明は己の手で感じた。
丸太の経てきた歴史が、壮大な渦を成して触れる。
美しいと、思わざるを得ない。
アーサー王ならばエクスカリバー。
ギリシャならばパルテノン神殿に匹敵する――。
そんな、自然と頭を下げざるを得ない美しさだった。
そうして明の手が表面をそっと撫でた時、丸太はシャフトに橋渡しされたまま、ずるりと回り始めていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
自身の左半分の感覚が消失する――。
この現象を即座に、メルセレラはウェカピポの妹の夫のヌプル(霊力)なのだと理解した。
鉄の球に伝わった回転の振動を、風や水を経てでもその身に受けてしまえば、ラマト(魂)の対応部分が共鳴してしまい、『イコンヌプコアン(魔に狙われる)』状態になってしまうのだと。
左半分には、メルセレラの気温感知能力すら働かない。
まるで初めからそこの空間など存在しなかったかのようだ。
――でも、私の左半身は、ある。
そして、あのアイヌ(人間)は、この消え去った左側の死角を伝い、アタシの元に迫っている――。
そこまで理解できれば、メルセレラには十分だった。
「マウマウェ・コ・セセッカ!!」
「ぬうっ!?」
メルセレラは自身の周囲の広範囲の空気を、一気に加熱する。
爆発するほどの勢いこそなけれど、北海道の夕刻へ一瞬にして灼熱の砂漠が訪れたかのごとき熱風に、煽られた義弟の呻きが漏れる。
空気中を伝わったその音を聞き、メルセレラは一気に跳ね起きながら自分の身を右回りに半転させた。
「ソスケ・ピラ・レラ!」
「ちいっ」
義弟のおよその位置を推測しながら、右回転しつつその手の空気を膨張させる。
視界に捉えた義弟は、すぐ傍でその剣を振り被っていたところだった。
メルセレラの風が両者の体を叩き、再び彼らの距離を離す。
ギリギリのタイミングで彼女の対処は間に合った形となる。
そしてほぼ同時に、彼女に左側半分の感覚が返ってくる。
左半身失調からの回復時間をも把握し、メルセレラは体勢を立て直しつつ笑う。
「……このくらいの時間がたてば、アンタのヌプルの効果は消えるのね?
すごいわ……。すごい力だけれど。それじゃあアタシを討つには今一歩足りない」
「その擦り傷と埃をどうにかしてからでないと、説得力がないな」
同じく体勢を立て直した義弟は、左腕の痛みにも関わらず、無事な右手で既に一拍の隙も置かず鉄球を投擲していた。
メルセレラも落下した時に全身を血と埃にまみれさせているものの、同じくそんな浅手を気にしてはいなかった。
「『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』!!」
「『ソスケ・ピラ・レラ(崖剥がす風)』!!」
そうしてその場では、鉄球と風の熾烈な撃ち合いが繰り広げられることとなった。
投擲のたびに弾ける衛星の弾幕を以てしても、右半身になって相対してくるメルセレラが操る風の前に、死角を突いて撃ち込める位置までウェカピポの妹の夫はその弾を届かせることができない。
またメルセレラは、襲い来る衛星の全てを高圧の風を飛ばして撃ち落すことはできても、常時左半身失調の弾幕が飛んでくる状態では対処に手一杯で、『サンペ・アク・レラ(心撃つ風)』での狙撃に転じる余裕はない。
ギリギリのラインで均衡を保ち、互いが一瞬でも隙を見せれば、互いの狙撃が命を貫くだろう攻防。
李徴がそんな光景に固唾を飲んでいたその時だった。
「義弟さん!! 今助ける!」
辺りに、そんな青年の叫びが響き渡る。
その声に李徴は振り向き、義弟とメルセレラが驚愕の眼差しを送った。
開いたエレベーターシャフトの縁に立ち、ハァハァと息を荒げたまま丸太を抱えているその男。
それは誰もが存在を忘れていた、宮本明だった。
「これが義弟さんから受け継いだ『壊れゆく丸太(レッキング・マルタ)』だっ!!」
明は叫ぶや否や、丸太を勢いよく地面に叩きつける。
するとドリルのように猛烈な回転のかかったその丸太は、自らも砕け散り木片をまき散らしながら、山の地面を抉り高速の礫と成して、一同の元へと襲いかからせていた。
「なんだと!?」
「はぁ!?」
「明――!?」
標的となった三者は三者とも驚愕し、突然のことにめいめい回避行動を取るしかなかった。
砕けた丸太の破片が掠めた直後、李徴の視界から左半分が欠落した。
「左半身失調……!?」
肉体の感覚も半分だけ存在しない。
実際に体感するのは初めてのことだったが、これは宮本明が間違いなく、義弟の教えた回転の技術を習得したのだということを李徴は察していた。
つまり、彼は鉄球ではなく丸太を用いて、義弟が用いる『壊れゆく鉄球』と同様の、本体・衛星・衝撃波の連携を実践してみせたということだ。
その間にも宮本明は、同じく左半身失調しているメルセレラと義弟の元に駆け寄ってゆく。
「よし! 義弟さん、今助け――」
「お前の行為は、逆に逆鱗に触れたぞ!!」
「邪魔よエパタイ(馬鹿者)!!」
だが両者は瞬時に右回りに視線を動かして明の姿を捉え、怒声と共に攻撃を仕掛けていた。
「うおあっ!?」
義弟の鉄球が地面に着弾し、明の目の前で衛星を撒き散らす。
衛星を避けようとたたらを踏んで下がった宮本明は、さらに目前で爆発した空気の煽りを食らい、体勢を崩して、口を開けているエレベーターシャフトの中へ再び落下して行ってしまった。
「うおぁぁぁぁ――!?」
「妹夫が怒るのはもっともだぞ明……! 丸太は英語で『ログ』だ……! レッキング・ログ……!
オマージュして名付けるにしても、せめて使用言語くらい揃わせねば逆鱗必至だッ……!」
今度は丸太無しで落ちてゆく明の姿へ、李徴は苦い口調で叫びかける。
だが宮本明ならば例え地下に落ちても無事だろうという根拠のない信用があるため、李徴はそれ以上彼に関わることなく、水入りとなった決闘の方へと再び向き直っていた。
「よし、感覚戻った!!」
「余計なことを……!!」
そうして明がもたらし、痛み分けとなっていた左半身失調が戻るのは、メルセレラも義弟も同時だ。
そこからの初動は、より野生の力を持ち風を味方につけるメルセレラの方が、早かった。
空中に浮かび上がったメルセレラの動きに、義弟が苦し紛れに鉄球を投げ上げる。
しかし今度のメルセレラは、その球を風で打ち落としはしなかった。
「クアアアアァッ!!」
彼女は後方へ風を放ち、鉄球の間をすり抜け、空を薙ぐように義弟へ襲いかかる。
それは今までの攻防のリズムを狂わせる奇襲だ。
彼女は鎌鼬のごとく宙から高速接近し、その爪を義弟の上に振り降ろさんとしていた。
「ネアポリス王族護衛術――」
だがその時メルセレラの眼は、自分のスーツの襟元を掴み上げる、義弟の奇妙な動作を捉えていた。
その手元には、回転する鉄球が握り込まれている。
キピッ、とした嫌な予感が、彼女の背筋を撫でた。
「『払暁(ブレイクアウト)』!!」
「セセッカセスケ(気焔塞閉)ッ……!」
直後、振るわれようとしたメルセレラの爪のさらに上から、巻き上がった義弟の上着が落ちてくる。
紫色の暗幕のように視界を覆わんとするその渦巻くスーツに絡み取られなかったのは、ひとえに彼女のカンと機転によるものだった。
メルセレラは体表から放散させるように空気を急速膨張させて、絡みついてくるかのような義弟のスーツをかろうじて弾く。
後方に跳び退り、信じられない動きをした彼の衣服を見つめたまま、メルセレラは得体の知れぬ恐怖に息を荒げていた。
「……ふむ、初見でこれを躱すか。ネアポリス国外の者にこの技を躱されたのは初めてだぞ。
常人ならば予測できない動きのはずだ。流石ヒグマ――、山の神の先見といったところか」
「あら……、イヤイライケレ(ありがとう)。もう、わくわくに震えが止まらないの……。
すごい……、すごいヌプル(霊力)だわ。これなら、私も、全力でいける……!」
脱がれたまま右手に持たれていた彼のスーツは、呟く義弟の手元で一瞬にして逆回転し、彼の身に羽織られた。
あのままメルセレラが義弟へ突っ込んでいれば、その動きは空中でスーツに絡め取られ、完全に捕えられてしまっていたはずだ。
もう、メルセレラは義弟に近接戦闘を挑むことはできないだろう。
今の見せ技で、空中からの接近は選択肢として封じられた。
地上での白兵戦闘は、まだ人間の肉体に慣れぬメルセレラにとっては圧倒的に不利。
そうなればまた戦いは、先程と同じ遠距離攻撃の撃ち合いにならざるを得ないだろう――。
そう考える李徴が緊張感に身じろぎもできぬ前で、義弟はメルセレラの言葉に苦笑を返す。
「フッ……、そんな大言壮語できる実力か……?」
そして彼は声色を変え、左腕の傷から人差し指に血を取っていた。
義弟はそのまま見せつけるように、赤く染まった指で額をなぞる。
――何をする気だ、妹夫!?
李徴が息を呑んだ時、ウェカピポの妹の夫は、メルセレラに不敵な笑みを見せていた。
「よく狙えよ……。一撃で脳を壊さねば、オレは殺せんぞ」
そして彼の額には、血で描かれた真っ赤な円が。
――『的』が、描かれていた。
一瞬の後に、メルセレラはその所作が意味することを理解して、激昂した。
「このっ……!? エパタイ(馬鹿者)エパタイエパタイィィッ!!」
それは義弟の挑発だった。
メルセレラの叫びと同時に、義弟の元で幾度も空気が爆発する。
しかし、ステップを踏む義弟に、その小爆発が当たることはない。
それは先の義弟との決闘で宮本明が見せたような、精密な未来予知による回避ではない。
だが傍で見守る李徴は、彼の行動に含まれた技巧の機微に圧倒されていた。
「銃と同じだ……。10メートル以上離れた相手は、視線で追うと狙いがブレるッ……!
妹夫は、わざと視線を誘導することで自分の位置取りと爆破地点をずらしている……!」
メルセレラの持つ空間認識力と狙いの精度は、本来ならば常人とは比較にならないほど高い。
それは李徴や義弟にとっても、数十メートル先から正確にエレベーターシャフトの蓋を内側から爆裂させた一件を見て理解できている。
同時に今までの攻防で彼らには、彼女の空気を熱することのできる能力とその攻撃手法と範囲もある程度見当をつけられている。
義弟はその能力と正確さを逆手に取って、彼女の狙いを乱したのだ。
小さな一点に目立つ的を描くことで、逆に彼女は、それ以外の場所を狙いづらくなってしまった。
メルセレラが得手とする狙撃個所は、本来胸か腹だ。
空気がない頭蓋内は、彼女は直接狙うことができない。狙えるとすれば副鼻腔の一部という、非常に限定された空間だけだ。
しかし否が応にも、額に赤く描かれたその一点はメルセレラの視線を奪う。
その上『よく狙えよ』などと煽られれば、彼女の性格上、それ以外の場所を狙って見下げられることなどできない。
メルセレラの認識の手順上、彼女はまず一度義弟の額に狙いをつけてから、さらに彼の頭を吹き飛ばせる位置の、近隣の空気に狙撃座標を設定しなくてはならなくなる。
前頭洞や篩骨洞というわずかな空間座標を狙っても、その一瞬のタイムラグのうちに、ステップを踏む義弟は既に別の場所に移動してしまっている。
呼吸が一つ乱れれば、タイミングが一つ狂えば、義弟は吹き飛ぶはずなのに。
あと一瞬だけ早ければ、あと数センチだけ合えば、その顔を吹き飛ばせるはずなのに。
焦れば焦るほど、避ければ避けるほど、メルセレラの狙いは逸れ、義弟の回避は精度を増した。
義弟の視線は、反攻に転じる隙を窺うようにどんどんと鋭くなる。
「このっ……、エパタイ(馬鹿者)! エパタイ(馬鹿者)ッ……!!」
「どうした? そんなことでオレを倒せると思っているのか?」
攻めているのはメルセレラのはずなのに、彼女の息はあがり、脂汗が流れる。
そして軽快なリズムを刻んでいた爆音が乱れ、爆風の間隙が開き、彼女の能力が途切れる――。
そう見えた瞬間、バックステップしていた義弟の背中は、壁にぶつかっていた。
「……!?」
「――ほら! もう下がれないわよエパタイ(馬鹿者)!
そこそこにしとけば良かったものを! アンタは初めから終わっていたのよ!!」
メルセレラが、勝ち誇ったように叫んだ。
それは、吹き飛ばされ、斜面に突き刺さっていたエレベーターシャフトの天板だった。
攻撃を避けられながらもメルセレラは、少しずつ義弟をその壁際へと追いつめていた形になる。
絶対的な手数でいえば、視線と意志だけで攻撃を行えるメルセレラの方が圧倒的に上回っているのだ。
事実、義弟は彼女に本気で攻められてから一度も、鉄球を投擲する時間を与えてもらえていない。
背後にもはや逃げ場はない。
そうして一度後手に回ってしまえば、遠方から義弟がなぶり殺しにされるのはほとんど確実だと思えた。
――妹夫は、戦略を誤ったのか……!?
李徴はそんな恐怖の予感に、息を呑んだ。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「妹夫が怒るのはもっともだぞ明……! 丸太は英語で『ログ』だ……! レッキング・ログ……!
オマージュして名付けるにしても、せめて使用言語くらい揃わせねば逆鱗必至だッ……!」
「丸太は世界共通でマルタでいいじゃねぇか!! 津波は万国でツナミのくせによぉ――!!」
宮本明はエレベーターシャフトを落下しながら、上から降り注いでくる李徴の声に噛みついていた。
落ちるさながら、彼はなんとか壁の鉄骨の梁を掴み停止しようとする。
だが、落下の勢いは激しく、指先は梁を掴むごとに滑る。
数メートルごとに全力で鉄骨を掴みながら、ようやく彼が止まったのは、結局エレベーターシャフトの一番下だった。
足元ではエレベーターボックスがひしゃげて半ば潰れており、明が上を歩く度に鉄板がべこべこと音を立てた。
「ハァ、ハァ……。くそっ、丸太はッ!! 丸太だろッ……!!
それにここ、もうエレベーターホールの底じゃねえか!!」
何度も鉄骨を掴んでは滑ってきたおかげで、明の両手は皮が剥けて血みどろになっていた。
指先を襲う激痛に耐えながら、宮本明は上を振り仰ぐ。
切り取られた空は遥か上だ。
急いで戻らなければならない。
今度は丸太を持ってはいない分、楽なはずだ。
そう思ってシャフトの鉄骨に飛びついた手が、血で滑った。
「うお!? いけねぇ、焦るな、焦るんじゃねぇ……!」
高い位置でまた滑ってしまえば、もう明に命の保証はない。
明はゴクリと唾を飲んで、再び鉄骨をよじ登っていく。
だがその時、彼の首輪が、冷徹に警告音を発し始めていた。
初めて聞く音だったが、その意味するところは、はっきりと理解できた。
会場外に設定されている地下へ入ってきてしまったことで、首輪が爆発しようとしている。
思い出されるのは、明け方まで同行していたあの機械の少女。
そして、死んでしまったあとのフォックス。
彼らの首が、容赦ない爆発によって吹き飛ばされる光景が、明の脳裏によぎった。
「――やべぇ!!」
明が独り叫ぶ間にも、ピー、ピー、と刻まれる警告音のリズムはどんどんと早くなる。
辺りを見回しても、何も助けになりそうなものはない。
急かされるようなその騒音に、思考がまとまらない。
とにかく彼にできることは、首輪が爆発する前にこのエレベーターシャフトを上へと昇り切ることだけだ。
だが、焦って動かす感覚の無い指先が招く結末は、わかりきっていたことだった。
「あ――」
明の手は、滴り落ちる血に、滑った。
そうして彼は再びシャフトの奥底へ、今度は背中から思いっきり落下した。
「おごふぅ――!? げあっ、げあぁ……」
エレベーターボックスの蓋がたわむ。
強く背を打ち付けて、一瞬息ができなくなる。
首輪の警告音は、ついに途切れなくなった。
もう、その首輪が爆発するまで、あと2秒――。
そんな理不尽な光景が、薄蒼い視界の中で、明の脳裏にははっきりと思い描かれた。
来なくていい未来だった。
そんな未来、予知できなくていい。
ふざけるな。
ふざけるな……。
ふざけるな――!!
「ピーピーピーピー……、うるせぇんだよ!!」
そう叫んだその時、明の腕は、彼が思うより速く、動いていた。
彼の激情が、意識を介すことなく、彼の腕を自然と動かす。
うなりをつけて、肩関節から捻るようにして、宮本明は自分の首輪を殴った。
首輪が砕ける。
そして同時に、それはしっかりと、彼の首元で爆発を起こしていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「『ルスカルヤンペ』ェェ!!」
義弟のいた空間に、何度も連続して爆発が起こっていた。
爆風の衝撃で、壁となっていたエレベーターシャフトの天板にはいくつもの陥没ができ、そのまま紙屑のように山の斜面を吹き飛ばされてゆく。
そこに、ウェカピポの妹の夫の姿はない。
――まさか、今の爆発で粉微塵に!?
李徴がそう思ってメルセレラを見やる。
だが彼女の視線は未だ険しく、遥か上空を仰いでいた。
そうして見やった空には、沈みかけた太陽を背にして、義弟のシルエットが跳んでいた。
「『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』!!」
「チィッ!?」
これも回転のなせる業なのか――。
義弟の跳躍は、常人の跳び上がれる高さを遥かに上回り、宙に退避した先のメルセレラの動きにも迫っていた。
そうして空中から投げ落とされる高速の鉄球を避けて、メルセレラは大きく後方へ跳び退る。
飛んでくるだろう衛星の弾幕を警戒しつつ、義弟の着地を攻めようと彼女が体勢を整えるその前に、既に義弟は左腰に何かを掴んでいた。
「二投目――ッ!?」
彼の左腕は、メルセレラの最初の攻撃で使い物にならなくなっていたはずだ。
ここで全力の投擲をしてしまえば、もはやその腕が再起不能になるだろうことは義弟自身が一番分かっていることに違いない。
しかし、片手の投擲だけでも、メルセレラが鉄球の弾幕の勢いを凌ぐのは至難の業だったのだ。
例え左腕が千切れようと、一瞬でも彼女の風の防御を突破して狙撃できれば、義弟の勝利はほとんど確実になる。
――まさかこのアイヌ、左腕を失う覚悟さえできているの!?
メルセレラは、そんな予感に、思わず身構えた。
そして彼の動作に、注目してしまった。
「『伝統の投擲(ホーダウン・スローダウン)』ッ!」
「えっ!?」
しかし踏み込んだ腰の力と手首のスナップだけで投げられたそれは、彼の持つ中剣(バスタードソード)だった。
鉄球ではなく、剣。
それも鞘つきのままで、それはまっすぐにメルセレラへ向けて飛んでくる。
今までに見たことのない攻撃手法だ。
一体、どんな力がそこに隠されているのかわからない。
避けていいのか――!?
無視していいのか――!?
やはり弾くべきか――!?
メルセレラの思考は、一瞬で疑問に埋め尽くされた。
「ソスケピラレラ!」
そして彼女は、その剣を弾いて防ぐことを選んだ。
剣はなんということもなく簡単に弾き返され、空中にくるくると舞い飛ぶ。
「――捕らえた」
「――!?」
だがその時、義弟が、メルセレラの目の前にいた。
メルセレラの視線が剣に誘導されている間、彼はその投擲とほとんど同時に全力で走り出し、彼女に接近している。
それは鉄球と鉄球の間に、異質な物体の投擲を混ぜることで攻防のリズムを崩す、ネアポリス王国独特の奇襲の技術だった。
「フンッ!」
「セ、セセッカセスケェ!!」
跳ね返ってきた剣を空中で掴み、抜き放ちながら、義弟はそれを振り下ろす。
その首筋に刃が触れるか否かのタイミングで、メルセレラは自分の体表の空気を膨張させた。
空気の壁が、すんでのところで義弟の凶刃を弾き、彼との距離を離す。
彼女がホッと安堵した、その瞬間だった。
「はぅ――」
後に下がろうとした脚に、突如猛烈な回転がかかり、メルセレラの体はきりもみ回転して地面に転げる。
受け身も取れずに、地面に後頭部をぶつけて目の前に火花が散った。
設置されていた鉄球に足を取られたのだと彼女が気づいたのは、一瞬後だった。
思えば義弟が空中より投げていた鉄球は、地面に落ちても衛星を散らすことはなかった。
その代わりに鉄球は回転を続けたままメルセレラの背後に移動し、剣の攻撃を防御された後の布石として機能していたのだ。
これもまた、繰り返してきたやり取りを崩す、義弟の戦法の一つだった。
視界がくらむ。
きりもみ回転の余波に地面が揺れる。
メルセレラがそんな状態のままに何とか立ち上がった時には、再び義弟の姿は目前だった。
もう、互いの手が届く距離だった。
「ぁあッ!」
至近距離から、腕に風を纏わせて振るう。
しかし彼女の腕よりも、義弟の拳の方が何倍も早かった。
「殴りながらッ――!!」
めぎっ。
とメルセレラは、自分の顔面の骨が音を立てて軋むのを聞いた。
鼻の頭が熱湯のように熱くなり、口の中に血の味が溢れる。
頭が揺れて、意識が遠のく。
そのまま彼女の体からは力が抜け、後ろへ傾いてゆく。
だがその瞬間、義弟は倒れそうになる彼女に追いすがり、その体を支えていた。
「あ……」
メルセレラの目の前に、ウェカピポの妹の夫の鋭い眼差しがあった。
睫毛の一本一本までわかるほどの近くで両者が見つめ合ったのは、ほんの一瞬だった。
それはとても、真っ直ぐな眼差しだった。
「――ヤりまくるッ!!」
「お、おげえぇ――!?」
メルセレラの意識を引き戻したのは、その次の瞬間に腹部に叩き込まれた強烈な痛みだった。
彼女の体を引き戻したウェカピポの妹の夫は、彼女の首を押さえつけ、至近距離から何度も何度も執拗な腹パンを見舞っていく。
鳩尾を抉るえげつない連打に、メルセレラは悶えた。
そうして義弟がメルセレラを離した時、もはや彼女は呼吸さえままならず、地面に崩れ落ちて痙攣とともに吐瀉物を溢れさせることしかできなかった。
「……李徴、どうした。立会人の目からは、これでもまだ決闘の決着がついていないと思えるのか?」
「はっ――」
居住まいを正した義弟がそう言いながら振り向くまで、李徴はあまりの光景に茫然自失としたままだった。
それは主に、義弟の最後に見せた執拗な拳打が、一見してあまりにも野蛮で非人道的な攻撃に見えたからだ。
少女の顔面を容赦なく殴り、そしてその大事な腹部を裂けんばかりに叩きのめす――。
李徴にならばとてもできない行為だ。
だが、倒れたまま動けないメルセレラの様子を眺めて、李徴はその考えを改める。
彼女は、ヒグマだ。
そしてここは、決闘の場だ。
中途半端に甘さを見せてしまえば、最後の最後で反攻した相手に殺されてしまうのは、こちらの方かもしれないのだ。
完膚なきまでに叩きのめしながらも、殺しはしない――。
義弟はそんな絶妙な攻撃手段をもって、メルセレラの命を救いながら、この決闘に終止符を打っていたのだった。
「確かに……見事! 決闘の結果は見届けた……! 妹夫、貴公の勝利だッ!」
ダウンして10秒。メルセレラは起き上がれない。
文句のつけようがない。
李徴はゆっくりと、ウェカピポの妹の夫に向けて前脚を掲げていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「――今度こそォ!!」
その時、誰も気にしていなかったエレベーターシャフトの方から、またもや青年の声が聞こえた。
義弟と李徴が見やれば、シャフトをよじ登って来たらしい宮本明が、血みどろの拳を振り被りながらこちらへ駆け寄ってくるところだった。
「これが義弟さんから受け継いだ、『壊れゆく拳(レッキング・パンチ)』だっ!!」
「おい! 正当に負けた者をこれ以上打ち据えてどうなる!?
武田観柳や他の仲間に、お前はなんて言われると思うんだ!!」
彼がメルセレラを殴りに行くと考えた義弟は、彼の行く手を遮るように立ちはだかり、怒声をかける。
しかし明は彼の予想に反し、義弟の前で興奮しながら語るのみだった。
「違げぇよ! 義弟さん勝ったんだろ!? 見りゃわかるって!!」
「……そう言えば忘れていた。お前大丈夫だったのか。
完全に地下に落ちれば首輪が爆発するものと思っていたが」
その様子を怪訝に眺めやり、義弟は明の異変に気づく。
彼の首からは、首輪がなくなっている。
かといって、一度首が切れてくっついたなどというような化体な跡は見当たらない。
明は義弟の言葉を聞き、待ってましたと言わんばかりに強く言い放った。
「そうだ、でもこの拳で殴ったら壊れたんだよ……。首輪が……!!
そして爆発は、俺の左手に移った……!!」
突き出した彼の血塗れの腕には、爆発で抉れた跡が生々しく残っている。
それでも彼は、力強くその拳を握った。
「これが義弟さんの回転……、『壊れゆく拳(レッキング・パンチ)』だ!!」
李徴も義弟も、彼の言動に眼を見開く。
明はつい先ほど義弟がやってのけた、爆発の発生地点をずらす回転の技を、見てもいないのに自分で思いつき、習得してしまったということになる。
それも鉄球を用いずに、己の肉体一つで、だ。
これにはウェカピポの妹の夫も、苦笑を漏らすしかなかった。
「それにしても、どうやったらお前はそんな奇天烈な発想に辿り着くんだ」
賛嘆と呆れを綯い交ぜにして、義弟は明を労う。
「護衛式の回転をものにしたことは確かなのだろうが……。
不思議とお前の流儀には溜息しか出てこない。
宮本明、お前はすごいぞ。
ここまで賞賛と逆鱗が紙一重だと思ったことは今まで一度もない」
「そうだろ? ……ようやく、義弟さんに褒めてもらえたぜ」
(それは褒めてるのか……?)
微妙に噛み合っていない会話に李徴は首を傾げるも、明の表情は晴れやかだった。
倒れていたメルセレラがようやく痛みに耐えて身を起こせるようになったのも、そんな頃合いだった。
「ふふ……、痛い……。ほんとアイヌ(人間)って、こんな華奢で弱い体で、よくやるわ……。
牙も爪も毛皮もないのに、自分の持つ力をこんなにも駆使して戦うんだもの」
顔は鼻血とゲロまみれになっているが、それでも彼女は、嬉しそうに笑っている。
この決闘は彼女にとって、初めて対等だと思える相手と全力を出し切ってやりあった戦いだった。
心に満ちる晴れやかな爽快感と充足感は、傷の痛みなど吹き飛ばして余りあるものだった。
「大丈夫か? 目が見えなくなっていたりはしないか?
水だ。魔法少女というのは、傷も治せるものだとは聞いたが」
義弟が彼女に、支給品の水を差し出しながら歩み寄る。
メルセレラは軽く頷いてボトルを受け取り、口を漱ぎながら鼻骨の位置を戻して回復魔法をかけていた。
「……イヤイライケレ(ありがとう)。アタシはアンタを、尊敬する」
「グラッツェ(ありがとう)と言うのはこちらだ。ヒグマの流儀で戦われていたならば、オレは死んでいたかもしれぬ。
決闘に臨む者として、正々堂々たるお前の戦いには敬意を表してやまない。シニョリーナ」
水を返しながら起き上がったメルセレラは、自分の霊力で弾けさせてしまった義弟の左腕にも手を添えて回復魔法をかける。
そんな彼らの様子や口振りに、宮本明は理解が追いつかない。
「何言ってるんだ義弟さん!? 最初からこいつが理不尽に吹っかけてきたんだろこれ!?」
「考えてみろ。彼女はヒグマなのだ。彼女はいつだって、このような少女の姿でなく、元のヒグマの体となって戦えたはずだ」
駆け寄ってくる明の言葉へ、ウェカピポの妹の夫は静かに振り向く。
彼の真っ直ぐな眼差しに、明は映った自分の姿を見た。
そして明は、義弟に理不尽に戦いを吹っかけたのは、自分も同じだったということに気づく。
「……そうなれば、オレの拳など効くわけもなく、剣や鉄球での攻撃も有効打を与えられたか怪しい。
そうした行いをせず、同じ肉体の条件で決闘に臨んだこのシニョリーナ・メルセレラこそ、オレたちが尊敬すべき女性だ。
むしろ彼女の性格と性質に付け込んで利点を潰してゆく護衛官の流儀で勝ちを拾いに行ってしまったオレこそ、よほど未熟者だった」
義弟は明にそう語り聞かせ、隣のメルセレラへ手を振り向ける。
『尊敬すべき女性』という言葉を聞き、メルセレラの頬は赤く染まった。
見つめてくる明から視線を逸らしつつ、彼女は頬を掻く。
「……ま、そうなんだけど。
アタシは、アタシのことを、認めてもらいたかっただけだから」
そう言って彼女は、照れたように笑った。
釣り目に見えるようにアイシャドーが引かれているメルセレラの目尻は、何の力みもなく下がっている。
屈託なくそう語るその仕草に、宮本明の背筋には一瞬にして後悔と申し訳なさがのしかかった。
『……人間相手ならいざ知らず、人殺しのヒグマなんか、尊敬できるわけないだろ。根底から壁があるんだ。
……まず同じ土俵に立たなきゃ、尊敬どころか理解し合うことすらできねぇよ』
メルセレラに向けてそう言ったのは、ほかでもない宮本明だ。
――キムンカムイ(ヒグマ)じゃアイヌ(人間)の気持ちが分からないっていうのなら、アイヌになって考えるべき。
彼女は明の敵意剥き出しの言葉をアドバイスとして受け取り、律儀にそれを守っていたのだ。
互いの命がかかった決闘の場においても、彼女はそれを貫いた。
そうしなければ、義弟はまだしも、立会人である宮本明に彼女が認められることは、絶対になかったからだ。
同じ決闘でも、何度も致命傷を喰らっておきながら意地を張ってごね、結局両方とも瀕死の引き分けという泥仕合に持ち込んでしまった明とは大違いの振る舞いだ。
宮本明は声もなく、ひとり大きく恥じ入った。
「アンタの度胸、すごいわね。わざわざ額に的を描いて挑発するとか、信じられなかったわ」
「いや、オレの場合むしろ、もう一度肺を狙われた方がヤバかった。最初にお前の狙撃をいなせたのは、あの遠隔爆破能力が使われるだろうと思っていたただのカンだ。
全身の表皮を回転させるのには時間がかかるし、その間身動きは取れん。
対するお前の狙撃はあれほど速く正確だ。オレに二度目はなかったのさ」
「……そう、じゃあ結局、アンタはアタシに全部読み勝ったってことじゃない。やっぱすごいわ」
決闘の後のウェカピポの妹の夫とメルセレラは、先程まで命のやりとりをしていた者同士とは思えない程に、早くも朗らかだ。
それはまるで、スポーツの試合終了後に、お互いの健闘を讃え合う選手たちのようにも見えた。
明はそんな様子を見て、もしかするとネアポリス王国では、それこそ決闘はスポーツのように一般的な流儀なのかも知れない。と思った。
今の日本人の感覚では理解しがたいが、恨みつらみもしがらみも、全部その戦いに置いてきて清算し、後に何の禍根も残さない、そんな対戦ができるのなら、きっとそれはある種理想的な流儀の一つなのかも知れない。とさえ思われる。
勝っても負けても、互いに残るのは全力を出し尽した開放感と、心地よい疲労だけ。
どんな相手ともそんな境地に至れるのなら、本当にそれは、素晴らしいことなのだろう。
互いが互いを褒め、認め合い、自然と敬意を払う境地。
宮本明はそんな二人に、少し羨ましさのようなものを感じていた。
それが彼の、縛られぬ自然の気持ち。
脳に刷り込まれた思考を介す前の、薄蒼い感情だった。
「……ん? 何よ、アンタ」
「さっき、してやれなかったからよ……。握手」
明は自然と、メルセレラの元へ歩み寄っていた。
差し出された彼の手に、メルセレラは微笑む。
先程までは、決して明から差し出されることの無かった手だった。
「アンタも、アタシのことを認めてくれたわけ?」
「……ああ、そうだな」
明はメルセレラと、握手をした。
先ほどは繋がることのなかったその手と手が、そうして一つに結ばれる。
メルセレラの手から、治癒魔法が掛かっていることがわかる。
傷の周りが温まり、細胞の一つ一つにキラキラと活気が戻っていくような、そんな感覚だ。
明は笑っていた。
そして彼は笑顔のまま、唐突にメルセレラの頬を殴った。
ごすん。
と、鈍い音を立てて、メルセレラの唇が切れて血飛沫が飛ぶ。
それは誰の思考よりも速い、予測できない挙動の殴打だった。
しばらく、彼女は何が起きたのかわからないような様子で、幾度か瞬きをした。
「……ほら。これで認めてやるよ、お前のことを」
宮本明は、彼女の手を握ったまま、静かにそう言う。
彼の様子に、メルセレラは頬を腫らしたまま震え始める。
「ふふ、あはははは……」
「ははははははは」
二人は笑っていた。
「あはははははははッ!」
「はっはっはっはっは!」
そして二人とも、手をきつく握りあったまま、腹の底から笑い声をあげる。
その時唐突に動いたのは、今度はメルセレラの方だった。
「アペフチテクンペ!!」
「ぼぐぁ――」
握り合った手を引き込み、逆の腕に熱風の唸りをつけて、メルセレラは宮本明の頬を殴る。
容赦のない全力の拳は明の顔面を真っ向から捉え、3メートルほど彼の体を吹き飛ばして地に転げさせていた。
「一応イヤイライケレ(ありがとう)。これがアタシの感謝の気持ちだから。
早く耳と耳の間に座れるといいわね、アイヌ」
「けっ……、どういたしまして、だ! ヤンデレヒグマ!」
居住まいを正す二人は、そうして互いに毒づく。
しかし、その声には以前と違って、もう何の憎しみも込められてはいなかった。
「……打ち解けたな」
「そう……なのだろうか」
両者の様子を遠巻きにし、義弟と李徴が呟く。
宮本明はその気になれば、女性の首の骨などたやすくへし折る威力で、彼女を殴れたはずだ。
メルセレラはその気になれば、一瞬でヒグマに戻って彼の首を叩き折れていたはずだ。
だが二人は、そうしなかった。
そのことを、彼らは二人ともよくわかっていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「さて、じゃあお前らの仲が睦まじくなったところで……」
「こんなヒグマと仲睦まじいわけないだろ」
「こんなアイヌもう触れたくもないんだけど」
殴り合った二人に義弟が歩み寄ると、明とメルセレラは揃って互いを指さしながらその言葉に異議を唱える。
そんな仲の良さそうな動作を完全に無視して、義弟は明に語り掛けた。
「宮本明、お前にはオレからも礼を言おう」
「へ? どうしてだ義弟さん」
「お前のやってくれたことは、どうしても首輪の解除方法がわからなかった時に、俺が自分でやろうとしていたことだった。
首輪を砕きながら爆発の位置を体表に移動させ、首が飛ぶのを防ぐ……。
うまくいくかわからなかったから辞めておいたんだが、お前が成功したのなら大丈夫だろう」
言うが早いか、義弟は回転させた鉄球を首輪に押し当ててそれを砕く。
首元に発生した小爆発は、彼の肩から腕を伝って、その二の腕のあたりを抉った。
「シニョリーナ・メルセレラ。また手当を頼めるか?」
「ひぇ……!? いきなり無茶するわね……。本当、なんてラマト(魂)の据わり方してんだか」
メルセレラの回復魔法というアテがあるにしても、あまりに思い切った行動だった。
それだけ自分の回転の技術に自信があるのか何なのか、いずれにせよ、やはりウェカピポの妹の夫は一目置かねばならない実力者であろうことは確かだ。
「元はと言えば、オレたちはここのリフトと地下への入り口を調査しに来たのだ。
これで御誂え向きの状態になった。下の階層はどうなっていた?」
「エレベーターホールの下は……、まぁ、落ちたエレベーターのボックスがひしゃげてただけだよ。
天井の蓋を開けて、内側からドアをこじ開ければ下に出れると思う」
メルセレラに腕を手当てしてもらいながら、義弟は明に問う。
明としても、シャフトの中にただ落ちていたわけではなく、ちゃんと見るべきものは見てきている。
大エレベーターのボックス自体は壊れているとはいえ、こじ開けるのに明やメルセレラの力があれば、地下の研究所とやらに向かうのはそう難しいことではないように思えた。
「行くんでしょ、研究所。アタシたちだってそのために来たんだから」
「ああ、遅れずに行こう。善は急げだ。異論はないな?」
「まぁ、無いといえば、ない」
「我も特に……、あ」
日が暮れる前に早速地下の探索に乗り出そうと話が纏まりかけたところで、李徴は今まで失念していた重要な事項を思い出した。
「武田先生に一応連絡を入れておいた方がいいのではないか!?
というか、我らが早くそうしていれば決闘など止められたものを……」
「あぁ!? そうだったぁ!! しまった、義弟さんを助けるならその手があったぁ!!」
衝撃を以て思い出された、武田観柳謹製のテレパシーブローチの存在に、明は頭を抱える。
これで連絡を入れておけば、彼と操真晴人に、義弟とメルセレラを引き剥がしてもらうことなど簡単なことだったのだ。
「なんだ。忘れてたの。普通に戦いを認めてくれたものだと思ってたわ」
「なに、もう済んだことだ。連絡を入れよう。こちら妹の夫だ。武田……、武田?」
過ぎたことをとやかく言っても始まらないので、義弟は胸元のブローチを持って武田観柳に呼びかけだした。
だが、意識を集中させても、砂嵐のようなノイズが微かに耳の奥に響くだけで、武田観柳からの返事がない。
「どうした……? 何か忙しいのか?
まぁいい。一方通信だ。こちら宮本妹の夫・李徴メルセレラ組だ。
首輪の解除方法がわかったから、このままのメンバーで地下の探索に出向く。
また何かわかり次第連絡する」
ただならぬ義弟の通信の様子に、明が色めき立つ。
「返事がないのか……!? まさか観柳さんたちに何かあったんじゃ!?」
「かもしれん。だが向こうに何か異変があろうがなかろうが、オレたちが研究所とやらを調査しないかぎり何も進展せんだろう。
むしろこちらの助けが必要ならば、向こうから呼び戻してくるはずだ。それがない以上、オレたちが心配するだけ無駄だ。さっさと降りてから連絡を待とう」
だが義弟はそう手を打ち振って踵を返した。
もし仮に助けを求める間もなく殺されてしまったのならば、なおのこと彼らの元に向かってはならない。勝ち目がないだろうからだ。
ウェカピポの妹の夫は、その両方の可能性を考えた上で迷いなくそう決断していた。
「うむ……。ノイズが聞こえては来る以上、機能が生きていることは確かなようだが。
……テレパシーにも圏外とかあるのか?」
「アタシに聞かれても知らないわよそんなこと」
「ふむ……、戻ってからあの九兵衛という白き獣に問うてみるしかないのか」
李徴とメルセレラも首を傾げるが、通信ができない理由はわからない。
だが理由がどうであれ、ただでさえ余計な決闘に時間が取られている以上、ここで立ち止まっていていい余裕はない。
「……わかった、じゃあ俺はもうここ、二回落ちてるから。
先に降りて掴みやすいところ先導するよ。ついてきてくれ」
「そうか? シニョリーナを先に行かせた方がいいのではないか?」
「なんだよ義弟さん。まさかこいつにレディーファーストとか言うつもりか?」
率先して先導を務めようとシャフトの大穴の縁に手をかけた明に、義弟が声をかけた。
彼の意図を推測して、明はその無精髭に乱れた顔を渋く歪める。
明確な敵意は無いとはいえ、やはりメルセレラを丁重に扱うような言葉が義弟の口から出てくるのは、なんだか面白くないのだ。
だが義弟は明の意図に反して、軽い溜息で首を横に振った。
「いや、お前がそうまでしてシニョリーナ・メルセレラのスカートの中を見上げたいというのなら、もう止めん。好きにしろ」
「は……?」
肩をすくめた義弟の言葉が理解できるまで、明には数秒かかった。
「なっ、バッ、バカなこと言ってんじゃねぇよ義弟さん!! ふざけるなよ!!」
「良いから降りるならさっさとしろ」
「言われなくとも降り――、うおぁぁぁぁ――!?」
そして気が動転したままシャフトを降り始めた宮本明は、たちまち脚を滑らせ、みたびシャフトの中に落ちていった。
下からなんやかんや騒いでいる音が聞こえるので恐らく無事なのは確かだ。
その間、硬直していた李徴に、メルセレラが首を傾げながら問う。
「何、スカアトの中って。『スク・アトゥ(料理を吐き戻す)』? さっきアタシが吐いてたから?」
「あ、知らぬのか美色楽(メイスェラ)女士……。いい、全然知らなくて良いことだ」
「ふぅん……、アイヌもなんか色々と大変ねぇ」
研究所の檻以外の世界をほとんど知らないメルセレラの知識は、学習装置(テスタメント)からの情報があるとはいえだいぶ偏っている。
李徴はそうでありながらも端然とありのままの世界を受け入れようと努めている彼女を見つめながら、何とも言えぬ、胸が締め付けられるような感情を覚えていた。
そして宮本明だけが落ちたエレベーターの穴から踵を返し、義弟が彼らふたりのもとに一度戻ってくる。
「……李徴、メルセレラ。よく見ておけよ。あいつは壁を越えた」
彼は後ろのエレベーターシャフトを指さし、真剣な表情でそう言った。
その心をはかりかねて、メルセレラたちは首を傾げる。
「どういうこと? あのエパタイ(馬鹿者)が何か成し遂げたってわけ?」
「変化や進歩というものは、考え続け求め続けた者にのみもたらされるものだ。
培われた流儀とそれに注がれ続けた力が、ある瞬間に昇華される。
ヤツがこの一瞬で身につけた力を、お前たちも見ただろう? それをよく覚えておくといい」
それだけ言って、彼は再びエレベーターシャフトの方へと歩み出す。
「冷えていった水がある時点で氷と変わるように……。
熱されていった水がたちまち蒸気と化すように……。
あいつはさらに様変わりするはずだ。その変化は、一瞬にして訪れる」
それは、今はまだ間の抜けたような側面ばかりが目立つ宮本明に対する、予言だった。
そしてそれはまた、未だ目指すところへ至れずにもがく者たちへの、『プンキネ・イレ(己の名を守る)』の助言だった。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
――ああ。
妹夫も、美色楽(メイスェラ)女士も、宮本明も、なんと闊達で・独特で・無謬の自己を持っていることだろうか。
彼らはみな己の行いに誇りを持ち、その誇りを意識的にしろ無意識的にしろ、必ず貫き通すべく動いている。
これほどまでに違いながら・そして決して道義的に褒められるばかりでない行いを繰り返しながら、なぜ彼らは皆、これほどまでに清々しい感覚を我に抱かせるのだろうか。
学びたくとも、どうすれば学べるのかがわからない。
我を見失い、人間と畜生の間を行き来する我が自己に、それが学び取れる時は果たして来るのだろうか。
『聞かせてくれ。お前の流儀は、何だ――?』
妹夫はそう問うて我に、初めからある忘れていた道を示してくれた。
『本当のアタシは、どうなろうと自ずからアタシなんだから』
美色楽女士はそう宣言して、初めからない知り尽くした殻を、打ち破る様を見せつけた。
『つくかどうかじゃない。身につけてみせるさ』
宮本明はそう豪語して、何度か見て体験しただけに過ぎないネアポリス護衛式の回転というものを、ついに実際に身につけてしまった。
考えていれば、思い続けていれば、果たして自分でも、そうして自然と彼らのような誇りと流儀を、身につけられるのだろうか。
冷えていった水がある一瞬で氷と変わるように。
熱されていった水がたちまち蒸気と化すように。
自然に敬意を払い、自然と敬意を払っていれば、ある時、そんなきっかけが訪れるのだろうか。
孫悟空に学ぼう、学ぼうと思いながらも、彼の桁違いに大きな雰囲気と肌合いの粗さに、恐れをなして近づけない沙悟浄のように。
ああ、俺はまだ、彼らから一歩引いて己を眺めているだけだ。
それでも、俺の脚は、自然と一歩踏み出すのだ。
ついていけるところまで、彼らについていきたい――。
そんな憧れは、きっと敬意の第一歩なのだ。
踏み出した我々の脚は、ついにエレベーターシャフトの下へと、辿り着いていた。
【E-5の地下 エレベーターシャフト/夕方】
【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:疲労(中)
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本、マリナーラピッツァ(Sサイズ)×7枚、詳細地図
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:さて……、宮本の伸びしろが活きてきたかも知れんぞ……?
1:武田、早く連絡を寄こせ。宮本がいるからどうにかなるだろうが、こちらとてこれから何があるかわからんのだ。
2:メルセレラの能力は、戦法で化けるぞ……。彼女が清廉な女性だったから、オレは命拾いしたようなものだ。
3:敵の勢力は大部分、機械仕掛けのオートマータ、ということなのか?
4:李徴は人殺しのノベリストの流儀か。面白いじゃないか。歴史上そういうやつもいるぞ。
5:シャオジーもそろそろ、自分の流儀を見出してきたようだな……。
6:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
7:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。
※首輪は外れました。
【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:操真晴人のジャケット、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、先端を尖らせた丸太×7、手斧、チェーンソー、槍鉋、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:西山の仇を取り、主催者を滅ぼして脱出する。ヒグマ全滅は……?
0:痛ぇんだよエレベーターホールゥゥ!!
1:観柳さんたちは大丈夫なのか……?
2:信念や意志で自分を縛るのではなく、ありのまま、感じたままに動こう。
3:西山、ふがちゃん、ブロニーさん……、俺に力をくれ……!!
4:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る
※未来予知の能力が強化されたようです。
※ネアポリス護衛式鉄球の回転を身に着けたようです。
※ブロニーになるようです。
※『壊れゆく拳』、『壊れゆく丸太』というような技術を編み出したようです。
※首輪は外れました。
【ヒグマになった李徴子@山月記?】
状態:健康
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:人人人人人人人人人人
0:我はどうすれば、求め続けている自分に、至れるのだろうか……。
1:美色楽女士のような有り様こそ、我の憧れるものではあるのだろうが……。
2:小隻の才と作品を、もっと見たい。
3:フォックスには、まだまだ作品を記録していってもらいたい。
4:俺は狂人だった。羆じゃなかった。
5:小賢しくて嫉妬深い人殺しの小説家の流儀。それでいいなら、見せるよ。
6:克葡娜(ケァプーナ)小姐の方もあれはあれで、大丈夫なのだろうか……。
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした
【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:魔法少女化、疲労(中)
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』のソウルジェム(濁り:小)、アイヌ風の魔法少女衣装
道具:テレパシーブローチ
基本思考:メルセレラというアタシを、認めて欲しい。
0:イヤイライケレ(ありがとう)、レサク(名無し)さん……。
1:見た目が人間だろうがヒグマだろうが関係ないわ。アタシの魂は、アタシのものだもの。
2:今はきっと、ケレプノエは他の者に見ていてもらった方が、いいんだわ……。
3:アイヌって、アタシたちが思っているより、ずっとすごい生き物なんじゃない?
4:態度のでかい馬鹿者は、むしろアタシのことだったのかもね……。
5:あのモシリシンナイサムのヒグマは……、大丈夫なのかしら、色々と。
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。
※魔法少女になりました。
※願いは『アイヌになりたい』です。
※固有武器・魔法は後続の方にお任せします。
※ソウルジェムはオレンジ色の球体。タマサイ(ネックレス)のシトキ(飾り玉)になって、着ている丈の短いチカルカルペ(刺繍衣)の前にさがっています。
※その他、マタンプシ(鉢巻き)、マンタリ(前掛け)などを身に着けています。
以上で投下終了です。
続きまして、司波深雪、百合城銀子、ロッチナ、ビスマルク、夕立提督ほか第一かんこ連隊で予約します。
――次回、『ガドルフの百合』。本物のスキは、ヒグマロワに負けて折れたりしない。
投下乙です
あかん、ウェカピポの妹の夫マジ格好良すぎやで……
何だかんだで脳筋が多いヒグマ勢力の中で、人間の姿をしていたとはいえ
強力な能力を持ち尚且つしっかりした戦術も組み立てられるメルセレラは相当な強敵でしたが
自前の鉄球技術で乗り越える義弟に人間賛歌と黄金の精神を感じました
そして決闘では蚊帳の外だったとはいえついに回転の技術を得て首輪の解除に成功した明。
大きく成長をはたしていよいよ主催本拠地へ――!
……既にヒグマ帝国はボロボロで殆ど壊滅していたりするんだが彼らは今回が初潜入だから!
予約を延長します。
何故時間がかかっているかというと、ウェカピポの妹の夫のMUGENキャラを作っていたからです。
だがそれが逆に義弟さんや読者さんの逆鱗に触れた!
すみません、PVも作りましたので許して下さい!
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm29202654
PVですが、元々虹裏格闘ゲームのキャラスプライトを使用しており、
コメントで忠告をいただいたために削除いたしました。
一部スプライト追加はしていたのですが、公開するならば全スプライト打ち直してからになると思います。
見れなかった……理由もわかるけど残念
遅くなりましたが予約分を投下します。
「おぉー、すごいね、あらかた終わったっぽい?」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
地底湖の畔にある工廠には、戦艦ビスマルクの荒い吐息があった。
周囲を取り囲むヒグマたちから漫然とした讃辞を浴びせられている彼女は、半ば放心したような面持ちで床にへたり込んでいる。
「流石ビスマルクちゃんの馬力だな。おかげで大助かりだよ」
「ダ、ダンケ……」
作業歌に乗せられるがままに、死んだヒグマたちの解体作業に従事していた彼女は数百頭にも及ぶその死骸を早くも解体し尽していた。
夕立提督ら第一かんこ連隊の面々がにこやかに拍手しているのは、彼女のそんな業績を評価してのことである。
運び去られてゆく血と臓物の臭い。
大鍋で煮込まれる死肉の蒸気。
あたりに充満した空気は見るからに不快な感覚を肌に与えるようだったが、もはやビスマルクの頭はぼんやりとしてそんなことは気に止まらない。
彼女の肉体も既に、ヒグマの返り血でどろどろに汚れていた。
もう何が異常で、何が正常なことなのか、ビスマルクにはよくわからない。
仕事という名目だったこの作業の是非も、彼女には判断する基準がない。
死んでいるヒグマを引き千切り解体する血腥い単純作業が、彼女に快感をもたらしたかといえばそうでもない。
かといって不快感がもたらされたかといえばそうでもない。
彼女の思考と感情は、今や麻痺したかのように鈍っていた。
「そんなビスマルクちゃんにはご褒美をあげなくちゃね」
「え……、何……」
「モノクマさんの作った操縦桿っぽい? これを脊髄に差し込むと……」
そんなビスマルクの様子をよそに、第一かんこ連隊の隊員が何か先端の尖った機械を持ってくる。
一見して何かのハンドルのようだ。
困惑の反応すら鈍くなっているビスマルクの裏に回ると、夕立提督は一気にそれを彼女の首筋に突き立てていた。
「ぎゃぁ――!? 痛い! 痛い!」
「大丈夫大丈夫、痛いのは最初だけっぽい? はい、動かないでね」
突然の激痛に身を捩るビスマルクを数頭のヒグマが押さえつけ、彼女の首筋にごりごりと音を立てて金属管がねじ込まれてゆく。
処置は程なく終わったものの、激痛に悶えたビスマルクは身動きもままならぬほど疲弊していた。
「げ、ふ……、ぐふぇぇ……」
「喜ぶといいっぽい? 結局これは追加装備だから。あ、あと主砲も返しておくね」
ヒグマたちになされるがままに肉体を弄られながらも、ビスマルクは夕立提督の言葉にハッと眼を輝かせた。
「あ、つ、つまり、これは、改装……? ダ、ダンケシェーン!」
「うん、できたっぽい?」
体を立たせられると、ビスマルクには、作業中には取り外されていた艤装がしっかりと装備し直されている。
多少どころでなく痛みは辛かったが、彼女はようやく、自分が贖罪の作業ではなく戦艦としての任に戻れるのかと期待して、憔悴しきった顔をほころばせた。
「そ、それで、アトミラール夕立……、この首の装備には、一体どういう効果が……?」
「ああうん、試してみようか? これ、あなたの体の操縦桿だから」
にこやかに答えた夕立提督は、ハンドルにいくつか並んでいるスイッチの一つを無造作に押す。
するとその瞬間、ビスマルクの太腿を伝って、じょろじょろと大量の水が彼女の下腹部から溢れてきた。
「あぁ、漏れてる――!? バラスト水が漏れてる――!?」
「これでもう、あなたは考える必要すらなくお仕事ができるっぽい? 良かったね!
後は私たちが勝手にあなたを動かすから、いっぱいお仕事楽しんでね!」
自分の意思とは全く無関係に漏れるバラスト水に、ビスマルクは赤面した。
そしてバラスト水の流出が止まる頃には、彼女の顔は一転して、信じがたい事実に蒼褪める。
それはハンドルを脊髄にまで突き刺された時点で、ある程度予感できてはいた事柄だった。
「て、手足が、自分じゃ、動かせないんだけど……」
「うん。そりゃそうっぽい? だってもう自分で動く必要なんてないでしょ?
次の仕事が来るまで、そこに転がってればいいっぽい」
夕立提督は言うや否や、棒立ちになっているビスマルクの腹を蹴り飛ばした。
ビスマルクの体は抵抗もなく頽れて転がり、血と体液に汚れた工廠の床に横倒しとなった。
ビスマルクは、ヒトでも、ヒグマでもなかった。
ましてや艦娘としても、彼らに扱われてはいなかった。
「あ、あ……」
自分は、ただのモノだ。
残酷で過酷な単純作業に従事させられる、ただの機械。
使えなくなれば廃棄処分されるだけの、使い捨ての物体――。
ビスマルクははっきりと、明示された自分の身分を、認識してしまった。
「う、うう……」
嗚咽を漏らしても、もはやビスマルクの手足は、彼女の思いに応えて動くことはなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「いよいよですね……。あそこが、艦これ勢の工廠と、地上への階段……」
そのころ、岩の陰から眼を凝らして、工廠の概観を窺っている人影があった。
穴持たず46・シロクマこと司波深雪、そして同行者である百合城銀子だ。
地底湖のほぼ対岸にあるその工廠は、階段から差し込む地上の光と、コケの放つわずかな明度で何とか確認できる程度だったが、司波深雪はその薄ぼんやりした景色を舐め回すように詳細に観察してゆく。
彼女たちの目的は、工廠近辺にいる艦これ勢のヒグマたちを掻い潜り、地上へ抜け出ることだ。
そのためには、彼らの本拠地であろう工廠に突撃するか、最低でもすぐ傍を通り抜けねばならない。
行動前に偵察を怠って敵勢力の要を見誤ってしまうことは、自分から死にに行くことに等しい。
ましてや自分の兄がつい先ほどそれを原因にして死んでしまったのだから、否応なく緊張は高まる。
「階段脇に6頭、工廠周りに8頭……。中にいるのは……、見えるところに4頭。
確かに、手薄といえば手薄……、総勢30頭程度でしょうか。それにしてもこの臭いは……」
「血生臭いな。……うん、ヒグマの肉が散らばってる」
「ひぃ!?」
司波深雪が対岸を窺っている間、地底湖の畔を嗅ぎまわっていた百合城銀子が、何かを摘み上げていた。
深雪の目の前に掲げられたのは、水面を流れてきたらしいヒグマのはらわただった。
よく見れば、地底湖は大量殺戮され解体されたヒグマの血肉で赤く染まっている。
工廠の外で動いている艦これ勢のヒグマたちは、その死骸の搬送作業に従事しているのだ。
「なんですか!? 仲間割れ……、いや、まさか、艦これ勢でないヒグマたちを皆殺しにしているんじゃ……」
「そうかもね。まぁ、食糧不足だったなら仕方ない面もあるんじゃないか?」
鼻先にゲテモノを突き付けられて思わず跳び退った深雪の反応に微笑むと、銀子は何のためらいもなく、むしゃむしゃとその血臭にまみれた臓物を頬張り始めてしまう。
クイーンヒグマ他、味方足り得るヒグマ帝国の面々の生存がさらに絶望的になったことに蒼褪めていた深雪は、同行者の信じがたい行動に素でたじろいだ。
「……うぇ!? よくそんなもの食べる気になれますね、こんな状況で……」
「こんな時だからこそ、万全のコンディションにしておくんだ。
キミも頼りにしてるよ、ミズクマ」
引き攣った深雪の声をよそに、平然と臓物を平らげた銀子は、さらに深雪の肩口に手を伸ばし、そこに乗っかっていたミズクマの娘を取り上げて口づけをしてみせる。
深雪は見ているだけで吐きそうになった。
巨大な甲殻類のようなヒグマであるミズクマの娘は、決して一般的な感覚で見目麗しいものではないし、そんなものが少女の口元で8本の肢を蠢かせている姿など、気持ち悪いで済めばまだいい方だ。
「……それがあなたのいうユリ承認とやらに必要なんですか?」
先程から百合城銀子の言動にはだいぶ懐疑的になっている深雪は、嫌悪感も顕わにそんな言葉を投げた。
もしそうならこちらから願い下げだ。と彼女は言外に拒否感を満載している。
その様子に銀子は、ミズクマの娘を返しながらニヤリと笑って見せた。
銀子には彼女のその言葉が、自分の願いが叶うか否かの不安から出ているものだと受け止められたらしい。
「心配しなくても、今度はちゃぁんと私が守ってやるから。安心して身も心もゆだね賜え。じゅるり」
「安心できるわけないでしょう!? 自分の身は自分で守ります!!
突入後はお互いバラバラに地上を目指す、それで決定です!!」
すり寄ってくる銀子を、深雪は指で差し止める。
勢いだけでない自信がありそうなその宣言に、銀子は真顔に戻って頬を掻いた。
「そういえば確かに深雪は、さっき一瞬であのクマを組み伏せ返していたな」
「ああ、人遁・玉女守門……。相手の意識と重心を逸らして体勢を崩しただけですけど。
私だって一応、忍術を嗜んでますから、ある程度自衛はできるつもりです。
頭脳が発達しすぎてるせいか、ヒグマ相手にも単純な技術で効果があると確認できたのは大きかったですね」
銀子から距離を取りつつ、深雪は自分の主張を裏付ける技術を説明してゆく。
「忍術の本質は、古式魔法と身体的技術を組み合わせた虚実転換法です。
中国の鬼門遁甲が源流の一つなので、魔法演算ができないと大きく幅が狭まるのは確かなんですが……。
それでも、何もできない訳じゃありません。身一つでできる虚実転換は、あります」
その視線は、地上からの光が差し行っている、工廠脇の階段へと向けられていた。
「特に、『遁(に)げる』だけならば……」
今現在、工廠の外にいるヒグマはかなり少ないと言っていい。
ここに、ミズクマの娘を放ちながら二人で特攻し、攪乱しつつ走り抜ければ、地上へ逃げ切れる勝算は十分あると考えられた。
「あなたには一応、感謝しています。でも、信用しきったわけでもありませんし、お兄様を甦らせるためには、最悪あなたを殺すことにもなるかも知れませんから。
余計な借りは作りません。今はただ、忍術使いの司波深雪として、腹を括ります」
指を突きつけて念押しする穴持たず46シロクマの語気に、百合城銀子はひるむどころか、陶然とした笑みをさらに深めるだけだ。
「ふふ、見上げた心意気だ。がうがう。そんな強気なところがますますデリシャスメルだよ、じゅるる……」
「そういうところが信用できないんですよ! 離れなさい! しっしっ!」
舌なめずりしてくる銀子を打ち払いながら、深雪は銀子のペースから逃れるように踵を返し、湖畔に屈み込んだ。
彼女の表情はすでに、浮ついた感情など欠片も見えない、兵卒のそれになっている。
「……ですが確かに、『万全のコンディション』のためにこれを利用するのは、悪くありません」
穴持たず46シロクマは、湖面に浮かぶ臓物を掴みあげながら、遥か先の希望への階段を見つめた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「第二の連中が散らした肉もこれで最後か?」
「おう、中での解体は終わったみたいだしな」
艦これ勢が占拠した艦娘工廠の前では、2頭のヒグマが地底湖の湖畔に散らばった肉片を掃除している。
陸地での搬送作業をしている他のヒグマたちも、粗方作業終了に入った様子であり、相変わらず湖畔の水面は血潮で赤く染まっているものの、湖畔での作業もほぼ終了と言えた。
そんな時、地上から差し入る光に照らされて、地底湖の水面をたゆたってくる臓物の固まりが彼らの目に留まった。
「ああ、こっち流れてきてる。対岸まで行ってるやつも掃除しなきゃいけねぇかな」
「それこそ、夕立提督が今調整してるビスマルクにやらせればいいんじゃ? すぐにでも自動水面掃除機に改造されるだろあいつ」
「まぁな。だがここに漂着してるのは俺たちの仕事だから」
「確かに仕事した分だけ食い物が増えると考えれば、良いことだよな」
彼らがそう話しながら、漂着した血肉の塊に近寄ったその瞬間だった。
突然、その肉塊が勢いよく破裂していた。
「ぶわっ!? 肉がバクハツした!?
いってぇ……、骨が刺さったかな、クソ……」
「ったく何だよ……、もう腐りかけてガスが出てんのかこれ? 勘弁しろよ……」
「もう良いからさっさと集めて持ってこうぜ、クソ……」
「ああ、っつうか確かに痛てぇな……」
「お前もか? どっか引っ掛けてねぇか?」
「痛い痛い痛い! もうお前やめろ! 俺が集める!」
「ぎゃぁ!? クソ、おめぇどこに爪立ててんだよ、痛てぇ――!!」
「ガァァァァ――!?」
薄暗い湖畔で、飛び散った臓物を拾い集めようとしていた2頭のヒグマは、動く度に走る不可解な激痛に悶絶する。
湖畔での騒ぎに、他の場所で作業していたヒグマたちの視線が集まってくる。
そうして脂汗を流し、痛みをこらえて臓物を集めきり、2頭が向かい合ったとき、彼らはようやく気づく。
集めた血塗れの臓物は、お互いの腹部へと繋がっていた。
「あ、あ……!? 掻き集めてたのは、お前の、内臓だった――!?」
「オレも、だ――」
2頭のヒグマが地底湖から引き上げようと掻き出していたのは、他の死骸の血肉に紛れて飛び出した、お互いのはらわただった。
彼らはその事実に気づくや否や、意識を遠のかせ、絶命した。
直後、水面からゆっくりと、真っ赤な人影が現れる。
美しい長髪に血を滴らせ、端正な制服姿の全身に臓物を塗りたくったその少女は、立ち竦む工廠前のヒグマたちに向けて、凄絶な笑みを作って見せた。
「あなたたちは、死んだことにも気づかない……」
忍術使い司波深雪の操る、水遁・赤池纏り。
激戦地において、敵味方の死骸の血潮に紛れて奇襲をかける隠密技法だ。
ヒグマの血肉にまみれた一塊の赤となっている司波深雪は、突然の事態に驚くヒグマたちへと駆け寄ってゆく。
「シ、シロクマさんだ!」
「シロクマだって!? あれが!?」
「相手はただの人間だ! 構えろ!」
ヒグマたちが慌てて臨戦態勢をとった瞬間、司波深雪は、死んだ2頭のヒグマの臓物を引きずり出し、一気に宙へそれをまき散らした。
真っ赤な豪雨が、一瞬にして彼女の姿を覆い、そして薄暗い工廠前の空間のどこかに彼女を隠蔽した。
辺りに漂う血臭に紛れて、全身を血肉の迷彩で覆った司波深雪をヒグマたちは一瞬見失った。
「な、どこに――!?」
「ぐあっ!?」
「ギャオォ!?」
そうしてあたりを見回す彼らの目に、次々と鋭い物体が突き刺さり、悶絶させる。
司波深雪が走りながら、湖畔で拾っていたヒグマの歯牙を指先で飛ばし、銃弾のように狙撃しているのだ。
『弾き玉』と呼ばれる技法である。
「おのりゃ、シロクマぁ――!!」
「くっ――」
しかし、10頭以上外にいたヒグマたちの目を、深雪は眩ませきることができなかった。
走り込む彼女を逸早く捕捉したヒグマが、階段の前から猛スピードで突っ込み、彼女の前に立ちはだかる。
深雪は舌打ちとともに、右手に何かを振り被った。
ラグビーボールのような形状をした黒いその物体の正体を、ヒグマは咄嗟に見破った。
「ミズクマさんかっ!?」
司波深雪の狙いが、ミズクマの娘を投げつけて卵を寄生させ、この場を混乱に陥れることであるのは明らかだった。
ならば命中する前に、ミズクマの娘を叩き落とし砕くのみ――。
ヒグマはそう考えて身構える。
しかし司波深雪は、いつまでたっても振りかぶった右手のミズクマを、投げなかった。
「鬼遁――、蛭子流し」
「え――」
そしてその時、深雪の前に立ちはだかっていたヒグマは、自分の体内に蠢く違和感に気づく。
目を落とせば、そこには既に自分の脇腹に産卵管を突き刺している、ミズクマの娘があった。
「いつの間、ニヒィィィ!?」
直後、彼の体は孵化した大量のミズクマによって食い破られ、炸裂する。
深雪はそのまま走る速度を緩めず、溢れ出る黒い船虫たちの脇を駆け抜けた。
彼女の用いたのは単純な視線誘導だ。
右手を大仰に振りかぶると同時に、彼女は相手の死角となった下から、左手のスナップでもう一匹のミズクマの娘を投げていたに過ぎない。
だがそれだけの技術で、工廠前を混乱に陥れるには十分だった。
司波深雪は手元に残る2匹のミズクマをも投げ捨て、大量に産まれた彼女たちに檄を飛ばす。
「さぁ行ってください! 『女性を食い物にしようとしている悪辣な艦これ勢のヒグマは、もうオスメス関係なくみんな食い殺しちゃってください』!!」
「うおぁぁ――!? 孵りやがったぁ――!!」
「誰か網をォ!! 網もってこいぃ!!」
「照明弾! 照明弾早くぅ!!」
外の喧騒を聞きつけ、工廠内からも慌ててヒグマたちが飛び出してくる。
ミズクマの群れと第一かんこ連隊のヒグマたちの大乱闘が勃発するも、中にはその騒ぎをかいくぐり、深雪を追おうとするヒグマが出てくる。
しかしその瞬間、彼らの耳元には例外なく、背後から甘い吐息がかかっていた。
「……目近のものに気を取られると、メヂカの鮭も見逃すよ」
「な――!?」
百合城銀子の鋭い牙が彼らの首筋に突き立ち、ごっそりとその気道と血管を抉ってゆく。
血飛沫を吹いて倒れた同胞の姿に振り向いた時には、もう、ドレスを纏ったその少女の姿はそこにない。
「……頸動脈を食い千切る、まさにヒトクイ的殺傷手段がお待ちかねだ。がう、がう……」
「誰だ!? シロクマさんの他に誰かいるのか――!?」
「なっ、グァ!?」
「ぺひゅふ――」
ミズクマの娘たちで溢れかえる湖畔の中に突如現れては幻のように消え去る百合城銀子の攻撃に、ほとんどのヒグマたちが対応することもままならず、一撃で喉笛を食いちぎられ倒れてゆく。
走り続ける司波深雪は、彼女のそんな行動を後目に見て、驚愕していた。
「なんで逃げないで――、真正面から相手取っていくんですか!?」
百合城銀子の奇襲は、確かに絶大な被害を敵陣に与えている。
しかし彼女はその戦闘の渦中に切り込んだまま、一向に階段の方へ逃げてこようとしない。
「……いや、追っ手を減らすのと、私を狙いから外すのが目的――?」
どうしたって貸しを作る気なんですね……。と、深雪は百合城銀子の配慮を察して歯を噛んだ。
事実、銀子の襲撃に気を取られ、深雪を追ってくるヒグマはいなくなっている。
後は階段側に残っていたヒグマ数頭を抜ければ、深雪は地上に逃げられるのだ。
だが、それは銀子の恩情ではあっても、結局、司波深雪自身の実力が信用されていないということの証に他ならない。
『安心して身も心もゆだね賜え。じゅるり』
心の奥に踏み込んでくるような銀子の声が思い返されて、深雪は全身がささくれるような不快感と悔しさに襲われた。
「ここは、通さぁぁん!!」
「うるさいッ……!!」
悔しさと苛立ちと共に走る深雪の前に、ヒグマが躍り掛かる。
だが彼女は舌打ちと共にさらに加速し、ヒグマの股下をスライディングのようにくぐり抜け、そのすれ違いざまに内股を斬りつけていた。
湖畔で拾っていた死骸の爪は、同胞の毛皮に深く突き刺さった。
「――ウガァ!?」
「フェンリルバイト……!」
突進の速度をそのままに急激に体勢を低くして地表を滑り込み、攻撃を行いながら相手の裏に抜ける技法、土遁・犬蕨。
彼女が自身の凍結魔法と組み合わせ、フェンリルという技法に昇華させた原形の遁術である。
ヒグマは前へつんのめって倒れ、深雪は止まることなく体勢を立て直して階段へと走った。
もう、その階梯は目の前だ。
次のヒグマを切り抜ければ、脱出できる。
「グオオオオオオ――!!」
第一かんこ連隊のそのヒグマも、重々それを承知していた。
司波深雪の手口を学習していた彼は、今度は姿勢を低くして構えながら突進してくる。
股下を抜けることはできない。
投げられるものもない。
その瞬間司波深雪は、側方の壁に向かってステップを踏んでいた。
「パドマー……!」
彼女の体が、宙に翻る。
三角跳びの要領で側方からヒグマの頭上へ翻転した深雪の腕が、彼の首筋にかかった。
風遁・逆蓮。
本来なら落下の勢いで相手の裏に回りながら頸椎を捻り折り、頭から叩き落とすことまでできるはずの遁術にして投げ技だ。
だがヒグマ相手に、ただの少女の肉体は力不足過ぎた。
「ェアオゥ!!」
「なっ――!?」
深雪の肉体は、体格でも体重でも圧倒的に上回るヒグマの重心を、動かせなかった。
彼女の腕力は、ヒグマの脊柱を捻れなかった。
首で彼女をぶら下げた形のヒグマは、逆に飛び跳ねて深雪を地面に組み伏せてしまっていた。
「ぐあぁ――!」
「――何やってるんだバカ深雪!! 『遁(に)げる』だけじゃなかったのかよ!」
遠くの工廠前で、銀子が狼狽した。
確かに深雪は、三角跳びでそのまま階段に着地して逃げることもできたはずだ。
それをしなかったのは、一度忍術がうまく行ったことに味を占めたからか。
それとも、自分を終始軽んじてくるような銀子を、見返してやりたかったからか。
なんて幼稚だったのか――。
ヒグマの重圧に呻きながら自省しても、もう遅すぎた。
「おいお前! 私が相手だっ――」
「――っぽい、っぽい、っぽいぽい♪」
組み伏せられた深雪に向けて、慌てて百合城銀子が走り込んでくる。
その姿が宙に溶けるように消えた、と見えた直後、そこに真っ白な布がかかる。
驚愕した少女の姿が、その布に衝突して浮き出た。
「うがぁ――!? がう!? がうぅ!?」
「朝焼け小焼けだ大漁っぽい♪ ミズクマさんの大漁っぽい♪」
百合城銀子を大きな布の中にくるんで捕獲してしまった何者かは、そのまま拍子をつけて歌いながら、工廠前に群れるミズクマの娘たちへ、投網のように巨大な白布を投げつけてゆく。
「浜はお祭りぽいっけど♪ 海の中では何万の♪ ミズクマ弔いするっぽい♪」
そして地引き網のように数百匹のミズクマを根こそぎ捕獲したその者は、一気にそれを地面に叩きつけ、砕き殺していた。
鮮やかなその手並みに、組み伏せられたまま深雪は息を呑んだ。
「――ハンモック使い!?」
「……いやぁ、チリヌルヲたちとの連絡が途絶えたのもわかるっぽい。
それなりに大損害っぽいお見事な奇襲だけど、タネが割れてしまえばどうってことないっぽい。
この第一かんこ連隊長、夕立提督のお仕事は、この程度のインシデントには乱されないよ」
工廠内から出てきたその細身のヒグマのメス、夕立提督は、ハンモックの白布にくるまれたまま暴れる百合城銀子をしっかりと押さえつけていた。
「モノクマさんとの戦いはばっちりビデオチェックさせてもらったっぽい。
あなたは体のサイズを変えられるっぽい? それで暗がりに紛れて攻撃するっぽい?
でも、大きかろうと小さかろうと、私がその都度ぴったり押さえてあげればそれまでっぽい」
「がう、がうぅぅ――!!」
両手の爪は押さえられ、顔の上でピンと張り詰めた布は牙に噛むこともできない。
クマモードとウィニングモードを切り替えても、銀子は布の中に捕らえられたまま脱出ができない。
外からは、中でもぞもぞと暴れる彼女の様子が窺えるだけだ。
「香取提督もシロクマさんの鹵獲、ご苦労様っぽい」
「ええ、所詮人間は、仕事もできない身の程知らずの馬鹿であると、証明されましたね」
「あ、あ……」
圧倒的なヒグマの腕力で四肢を捻り上げられた司波深雪は、眼前で百合城銀子を捕らえたまま微笑む夕立提督の視線に、震えた。
「……大丈夫大丈夫。これからシロクマさんは、ちゃんと仕事のできる有能で幸せっぽい馬鹿にしてあげるっぽい」
一瞬の気の迷いが招いた結末に、司波深雪の思考は絶望と恐怖で塗り潰されていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「本当に大丈夫だから安心して欲しいっぽい。私たちはちゃんとシロクマさんのしてきたお仕事は評価してるの。
私たちの住処の下地を作ってくれたのはあなたたちっぽいもんね。
他の連中がなんて言うか知らないけど、少なくとも私の下にいる限り殺させはしないっぽい」
「……そのぽいぽい言う語尾をとってくれたら、多少は信用しますけどね」
「何言ってるっぽい? 私はシロクマさんと違って嘘なんかつかないっぽい?」
「……」
第一かんこ連隊に捕獲されてしまった司波深雪たちは、そのまま工廠の中へと連行されていた。
ミズクマと百合城銀子に殺されたヒグマは8頭にのぼったが、それでもまだ第一かんこ連隊には22頭のヒグマが残っていた。
未だハンモックの中で暴れている百合城銀子を担いだまま、夕立提督と名乗るヒグマは、苦い表情の深雪に微笑んでみせる。
「私たちはただ、シロクマさんたちに心を入れ替えて、有能だったあの頃のようにお仕事してもらえればそれで良いっぽい!
ほら、ここがあなたたちの新しい仕事場っぽい!」
入った瞬間に、鼻を突くような臭気と熱気が深雪の顔を打つ。
そこは煮えたぎる灼熱の釜から溢れる蒸気と、あたりにまき散らされた何かの血肉や体液で満ち、むせかえるようだった。
一瞬で額に汗が浮かぶ。
温度も湿度も、散らばった体液や臓物から漂う異臭も、半端ではない。
あたかも地獄が顕現したかのようにすら思えるその労働環境は、劣悪の一言に尽きた。
「ほら、シロクマさんの先輩にあたる作業員っぽい? ご挨拶して」
「は……!?」
あまりの光景に言葉を失っていた深雪は、その奥から出てきた人影に、さらに驚愕した。
それは虚ろな表情でふらふらと歩いてくる、ビスマルクだった。
「……グーテンモルゲン(おはようございます)、ビスマルク型戦艦一番艦のビスマルクです。本日も喜んでご奉仕させていただきます」
そして彼女は光のない目で明後日の方向を見やったまま、顔と体が全く連動していない恭しい動作で、ぎこちなくお辞儀をする。
彼女の全身は血肉と体液で薄汚れてどろどろになっており、その表情は憔悴しきっていた。
絶句する深雪の前で、夕立提督はそんなビスマルクの腹部を、にこやかに蹴り飛ばす。
「げふぅ――!?」
「違うよね? 奉仕なんてしなくていいから。あなたは何だっけ?」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……!
私はただの作業機械一号機です。ご命令に従って作業を遂行いたします……」
腹を蹴られても、ビスマルクの体は不自然なほどに直立不同だった。
よく見れば、彼女の首筋には艤装の他に、何か見慣れぬ操縦桿のようなものが突き刺さっている。
先ほどのお辞儀の動作は、彼女の後ろに立っているヒグマがそのハンドルを操ってさせていたものだ。
彼女はもう、そのハンドルを操作されなければ、微動だにできないもののようだった。
「うんうん、よく言えたっぽい。それじゃあここでの作業を後輩のシロクマさんに教えてあげて?」
「……はい。これはヒグマの死体を一切の無駄がないように解体し、HIGUMA細胞の他各部位を分別して再利用するだけの簡単な作業です……」
司波深雪にはもう、理解が追いつかなかった。
虚ろな眼差しで説明するビスマルクの額には、また新しい汗が浮かんできている。
この過酷な環境での労働は、一体彼女にどれだけの苦痛を強いているのか。
想像もできぬ苦役が彼女に、そして今後自分にも降りかかってくるのかと思うと、深雪の体は言い表せぬ感情に震えた。
「この作業は楽しいっぽい?」
「はい。この作業は素晴らしく幸福で楽しいお仕事です。
何も考えずお仕事ができる快感に私は感謝と幸福を抑えられません」
ヒグマたちの死骸を見過ぎて、ビスマルクの心はもはや麻痺してしまったかのようだった。
抑揚もなく言葉を紡ぐ彼女のその顔は、亡き兄の表情にも、似ていた。
司波深雪の中で、何かが堰を破った。
「こんな凄惨な……、地獄のような環境の、心を殺す作業が、楽し、い……!?」
怒濤のように、彼女は夕立提督へ叫びをぶつける。
「仕事とは、感情を殺して体を動かし続けるものじゃありません!!
そんな作業で楽しみが得られるなんて、まやかしです!!
自分の内から溢れる原動力を発露させてこそ、仕事は、良い結果に至るんです!!」
「モチベーションの話をしているっぽいけど、そんなもの、どうとだって作れるっぽい?」
その怒気に溢れた言葉を、夕立提督は苦笑で受け流した。
そのまま夕立提督は大釜の脇の栓を抜き、そこから何かを注射器に吸い出して持ってくる。
「ほら、できたっぽい。マレーシア料理である骨肉茶(バクテー)をアレンジし、何百ものヒグマの脳から抽出したモノアミン神経伝達物質にMAO阻害薬その他もろもろを配合したお料理っぽいおくすり……。
言うなればとっても気持ちよくなれるっぽい、お仕事用麻薬っぽい?
お兄様が亡くなってお仕事もできないほど疲れちゃったシロクマさんも、これを血管から食べれば元気ハツラツのファイト一発っぽい?」
ヒグマたちに押さえつけられる司波深雪の目の前に、針先に滴る澄んだ液体が突きつけられる。
モノアミン神経伝達物質と言えば、脳内麻薬の一種だ。
そのほかに何が入っているのか定かではないが、これを打たれてしまえば恐らく正気を保つことは不可能なのだろうことは容易に推測できた。
深雪は身を固くして唸る。
「その知識と技術……、もっとマシなことに使う気はないんですか!」
「その言葉はシロクマさんにそっくりそのまま返すっぽい。
私たちのモチベーションを、『マシじゃない』方に向けてしまったのは、元はといえばシロクマさんたちの行いっぽい!」
夕立提督は彼女を見下ろしてせせら笑うが、その目は全く笑っていない。
むしろ恨みと怒りを以て見下している、そんな眼差しだ。
シロクマとしての自分が、いかにヒグマたちの反感を買ってしまっていたのか――。
剥き出しにぶつけられる負の感情に、深雪はその事実を深く思い知る。
だが、だからこそ、司波深雪はここで諦めるわけにはいかなかった。
「――ビスマルク! あなたの言う規律とは、こんなものだったんですか!?
殺すべき戦闘員と守るべき非戦闘員の区別も付かないんですかあなたは!」
深雪は目の前の夕立提督にではなく、その奥のビスマルクに向けて声を投げた。
もはや何をしたところで、自分に向けられる恨み辛みは解消しようがない。
いくら諦めて償おうとしたところで、それは空費されるだけの賽の河原の苦行にしかならないのだろう。
ならば足掻かなければならない。
絶望に押し潰されてはならない。
兄が、自分が、隣人が。
心の死んだ傀儡になってしまうのは、もう御免だった。
「勝った方が正しいのなら、まず自分の弱さに勝ちなさい!
戦艦なんでしょうあなたは!! ――しゃんとしなさいッッ!!」
「あ――」
涙ながらに叫んだ司波深雪の言葉は、自分自身にも向けられていた。
虚ろだったビスマルクの目が、一度まばたきをした。
「無駄無駄無駄っぽい!! 仲間たちを何頭も殺したあなたは、その命を代償するの。当然のことでしょ――?」
「うぐ――」
叫ぶ深雪の体が、さらにきつく組み伏せられる。
そして彼女へ、夕立提督は怨嗟を込めて注射器を突き立てようとした。
「さぁ悔いて、償うっぽい! あなたのお仕事でね!」
司波深雪の首筋に、まさにその薬剤が投与されようとした瞬間。
自分の体が背中から階段を転落するかのように、下へ下へと落ちてゆくようなめまいを、彼女は感じていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ショ――ォック……♪」
夕立提督の首筋に、何の前触れもなく少女の吐息がかかっていたのは、まさにその時だった。
彼女が掴んでいたハンモックの袋が、軽くなっていた。
「なぁ――!?」
「クマショック!!」
夕立提督が咄嗟に背後を薙ぎ払うよりも、百合城銀子の回し蹴りが彼女の延髄に決まる方が早かった。
衝撃に仰け反りながら、夕立提督は白目を剥いて倒れる。
突然出現したそのドレスの少女の存在に、あたりのヒグマたちが一斉に驚きでどよめいた。
「夕立提督――!?」
「貴様、どうやって抜け出した!?」
「くっはっはっは、驚いたかい? よく思い出したね深雪。
……万物の根源(アルケー)はクマである。
クマは全ての始まり(アルケー)であり終わり(テロス)である!」
驚くヒグマたちをよそに高らかに笑った百合城銀子は、まるで舞台上から観客を睥睨するように、大きく見得を切りながら朗々と語った。
「キミたちは自分の見たいものしか見ようとしない。たとえそれが仮初の世界でもね」
「何言ってやがる! 網だ! ハンモック出せ! 捕らえろ!」
「さぁさぁさぁ、キミたちは曖昧なクマのいた場所を覚えているか?
クマジョ直伝の境界の溶解。キミたちが見るのは一体何だ?」
百合城銀子の口が、カパッと異様なまでに開いた。
その直後、開け放たれた彼女の喉の奥からは、大量の黒い甲虫のようなものが溢れ出てきていた。
そして銀子の体はまるで風船の空気が抜けるようにしぼんで、船虫のような生物の怒濤の中に消えてしまう。
再び彼女を捕らえようとしていたヒグマたちが、一気に恐慌に陥った。
「ぎゃぁ――!?」
「なんでまだミズクマさんがいるんだよぉ!?」
「あいつはどこに行った――!?」
「や、やばいぃ――、夕立提督、夕立提督!!」
それは突然大量発生したミズクマの娘たちで作られた津波だった。
百合城銀子を食い破ってそれらが出てきたのか。そもそもどのようにして百合城銀子がハンモックの束縛を脱出したのか。
目の前で見ていた彼らにもまったくわからない。
一体なぜ、どこから、どのようにして数百匹にものぼるミズクマが出現したのか、いくら考えても理解不能であり、そうして思考が埋まっている間に、逃げ遅れたヒグマたちは次々とミズクマの娘たちに集られてゆく。
そしてその狼狽したヒグマたちがさらに突然、数頭まとめて塵のように消し飛んだ。
逃げるヒグマに取り押さえられたままの司波深雪が、その光景に息を呑む。
それは信じられないことに、今は亡き彼女の愛する人物の攻撃に見えた。
「あれは、お兄様!? お兄様の『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』――!?」
司波達也の分解魔法が、その場に展開されたようにしか、思えなかった。
それくらい一瞬で、集っているミズクマの娘ごと音もなく、もがき苦しむヒグマたちが消え去ったのだ。
深雪の表情は、彼女の心を溢れさせて一気に明るくなる。
「お前の仕業かシロクマぁ!? 今すぐ、攻撃をやめさせろぉ!!」
「ぐぅ――」
彼女の言葉に、咄嗟にヒグマが反応して髪を掴んだ。
「……無駄だよ、ここのユリはどんな嵐にも折れない」
しかしその時、深雪を捕らえるヒグマの首には、虚空から出現した百合城銀子の跳び蹴りが突き刺さっていた。
ミズクマに食い破られたようにも見えた彼女は、五体満足で地に降り立ち、伸びたヒグマの脇から司波深雪を助け起こす。
「……テロスを変革するのはユリである。さぁ、行こう深雪」
「え――!? あなた、無事――、なんで!?」
深雪は度重なる驚きの連続に、眼を白黒させるのみだ。
そんな彼女に、百合城銀子は軽く肩を竦める。
「まぁ、カレのおかげ、とでも言っておこうか」
「彼――!? やっぱりお兄様が、ここにいるんですね!? 司波、達也が!!」
大きく張り上げた深雪の声に、ヒグマたちの狂乱はさらに強まった。
「シバさんだと!? シバさんがいるのか!?」
「なんで――、死んだはずじゃぁ――!?」
「夕立提督、目を開けてください夕立提督!!」
なおも氾濫しているミズクマたちから逃げ惑うヒグマ。
その間に音もなく粉微塵に消し飛ばされるヒグマ。
「……キミがこの場所に何を見ようと自由さ。とりあえず逃げよう」
「待ってください! お兄様が、お兄様は一体どこに――」
「逃がすかよぉ――!!」
しかし連隊長が倒れ統制が取れなくなった第一かんこ連隊でも、まだ、ひっそりと逃亡を試みる司波深雪と百合城銀子の前に立ちはだかるヒグマはいた。
勢いよく振り降ろされる前脚を、深雪と銀子は左右に分かれて躱す。
そのまま深雪は、横の壁から再び三角跳びのようにヒグマの頭上をとった。
だが今度の深雪の行動は既に学習されていた。
ヒグマは上を跳ぶ深雪に向けて先読みのアッパーを繰り出している。
「グオォ――!!」
「ヴェズルフェルニル!」
だがその瞬間、上空で腕をクロスさせていた深雪は、片手でヒグマの腕を弾きながら、片手で何かを真下へ投げ降ろした。
それはついさっき彼女に刺されようとしていた、お仕事用麻薬の注射器だった。
――金遁・翆。
本来は上空から真下の相手をひっそりと突き殺すためのその技法が、ヒグマの目玉に深々と注射針を突き刺す。
「えい」
「ぎゃぁ――、ぁふ……ん……」
そして間髪入れず、サイドからステップを踏み戻った百合城銀子が、手を伸ばしてその薬液を眼の中へ押し込む。
ヒグマはがくがくと四肢を痙攣させて倒れた。
恍惚とした表情で涎を零しているそのヒグマを見て司波深雪は、『打たれなくて本当に良かった――』と、心からそう思った。
「ぐああああぁ――、ぽいぽいぽぽいのぽい!!」
その時、運ばれながら気付けを施されていた夕立提督が、呻きながらその艤装の砲を撃ち出していた。
彼女の12.7cm連装砲B型改二――、夕立砲から連射されたのは、真っ白な布の塊、ハンモックだった。
四方に重りがつけられたそのハンモックは、射出の勢いで回転しながら広がり、一帯に溢れかえるミズクマたちを上からどんどんと覆い、封じ込めてゆく。
「シバさんなんているわけないっぽい!! みんな、労働歌斉唱ォ――!!」
「げ、あいつが目を覚ましたぞ深雪」
「くっ――、こっちです!」
苛立ちも顕わに、ハンモックの上から床のミズクマたちを踏み潰し始めた夕立提督が檄を飛ばす。
歌と動作にて飛び交う彼女の指示に、第一かんこ連隊の残党は一挙に統制を取り戻した。
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「暴虐の雲、光を覆い、敵の嵐は荒れくるう、っぽい!」
「ひるまず進め我等の友よ、敵の鉄鎖を打ち砕く、っぽい!」
「自由の火柱輝かしく、頭上高く燃え立ちぬ、っぽい!」
「いまや最後の戦いに、勝利の旗はひらめかん、っぽい!」
「立てはらからよ、行け戦いに、聖なる血にまみれようっぽい!」
「砦の上に我等の世界、築き固めよ勇ましく、っぽい――!!」
ハンモックが投げられ、上から覆われたミズクマたちが潰されてゆく。
走り出した司波深雪は百合城銀子の手を引き、工廠の外へ向かわずに、内へ内へと入って行った。
第一かんこ連隊のヒグマたちがそこへ急速に追いすがってくる。
出ようと思えば初めから外に向かえたはずなのに、銀子は深雪の行動を図りかねて慌てた。
「深雪!? 追いつめられてるぞ!?」
「こっちでいいんです!!」
「バカっぽい! そっちは行き止まり――」
夕立提督が、そんな二人の後ろ姿に嘲笑を向けたその直後だった。
彼女たちが逃げていった一室が、突然大爆発を起こす。
部屋の中に突入しようとしていたヒグマたちが、その爆炎に焼かれて吹き飛ばされる。
「香取提督! 鹿島提督――!?」
爆風の衝撃で尻餅をついた夕立提督の前に、焼け焦げて絶命した隊員の死体が転がる。
呆然と見上げた彼女の目の前で、吹き飛んだ屋根から上へもうもうと黒煙が上がり、赤い炎が工廠の間取りを舐めるように焼き始めていた。
「――ま、まさか、始めから逃げる気なんてなかったっぽい……!?
身を賭してもお兄様の仇を討ち、工廠の機能を止めるのが目的だったっぽい……?」
司波深雪も百合城銀子も、部屋ごと木端微塵に吹き飛んだとしか、思えなかった。
彼女たちが吹き飛ばして行ったのは、艦これ勢の装備が集約されていた、武器の保管庫だった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「……すごいな深雪は。追撃の可能性を消し去ったぞ」
「火遁・微塵隠れの術……。あたかも彼女たちには自爆テロのように見えたでしょうね」
炎上する湖畔の工廠を後にして、素早い忍び足で地上への階段を駆け上がっている少女たちがいた。
言うまでもなく、司波深雪と百合城銀子である。
拿捕されている間に、司波深雪は工廠内の構造を把握していた。
武器の保管場所を見抜いた彼女は、内部に追いつめられているように見せかけながら、保管庫にて酸素魚雷の爆薬を炸裂させていた。
大爆発に紛れて、ダクトを伝って外部に抜けていた彼女たちは、艦これ勢の注目が炎上した工廠に向いている間に、誰もいなくなった地上への階段からまんまと逃走を成功させていたのだった。
「……結局、お兄様は見つかったのか、深雪」
「……いいえ。見回してみましたけど、影も形もありませんでした。
それはそうですよね……、あのメスヒグマの言う通り、生きてるわけないんですから。
何かの見間違いだったのか……」
二人が出た階段の上は、盛り土をされた何の変哲もない家屋の一室になっていた。
津波の被害を免れたらしいその建物からは、ガラス窓越しの夕日が見える。
日差しの明るさが、深雪にはとても久しぶりに感じられた。
溜息をついている司波深雪に、銀子は優しく声をかける。
「そうかな? だが確かに深雪は、お兄様に助けられたんだよ?
『死せる司波達也、生ける妹を逃がす』、とでもいうのか」
「『死せる孔明、生ける仲達を走らす』ですか?
……確かにあの状況と、私の勘違いとで、彼らの隙はだいぶ大きくなりましたけれど」
銀子は有名な三国志の故事を引いて喩えた。
それは既に亡き人物が生きている人物に大きな影響を与えることであり、即ち、深雪の兄が生きている訳ではないことをはっきりと再認識させる言葉だった。
だが銀子は、落胆する深雪へ得意げに語り始める。
「キミが見たものが、キミにとっての真実だが、別に真実は一つじゃないよ」
「え?」
「例えば深雪は、本当に私が、肩に乗れるほど小さなクマに一瞬で変化できると思うか?
質量保存の法則は一体どこに行った?
変わっているのは私の姿じゃなくて、キミたちの視点と感覚だとは思わないのか?」
深雪には彼女が、唐突にわけのわからないことを言い始めたようにしか思えなかったが、続く彼女の所作に驚愕してしまう。
おもむろに顔に手をやった彼女は、次の瞬間には、その手のひらに巨大な船虫のような生物を乗せていた。
「ほら、ミズクマだ」
「えぇ!?」
すべてあの工廠で潰されたと思ったミズクマが一体どこから出現したのか、深雪にはわからない。
蠢くミズクマの娘を手渡されながら、深雪は怪訝に問う。
思い返せば、銀子がハンモックから脱出し、反撃のきっかけを作った変わり身の術のような何かの正体も、掴めないのだ。
「そう、あの時も……、一体、あなたはどこにミズクマを隠し持っていたんですか!?
突入前の、『万全のコンディション』というのが関係あったんですか!?」
「まぁなんでもいいだろう。そんなものの境界は、とっくに曖昧になっている。
あそこがさっき曖昧なクマのいた処だ。あそこが少しキミの頼りになるだけだ」
銀子は話をはぐらかしている。
おそらくそこに、彼女の用いる技術のタネが隠されているのだ。
そして同時にそこに、彼女が終始深雪に伝えようとしている、兄を蘇らせるための心構えのようなものが存在しているのだろう。
夕日を背に語る百合城銀子の姿は、古の哲学者のようだった。
「キミの使う忍術だって似たようなものだろう?
私たちはクマだと思っている人間ではなく、人間だと思っているクマかもしれない。
私は『クマリア様にしてクマジョ』たる泉乃純花が棲家に住める者。
方法的懐疑から出発し、主観と客観の一致をもたらす、我が母にして『クマの森の女王』たる百合城カレの技法をあそこまで帰納することも、不可能じゃないのさ」
方法的懐疑。
それは哲学の領域から発生した虚実転換法だ。
忍術とはまた発祥を異にすれど、おそらく百合城銀子の用いている技術も、古式魔法と哲学や演劇を組み合わせて高められた虚実転換なのだろう。
常に思わせぶりで、妙に芝居がかった彼女の言動も、恐らくその技術の効果を維持するための技法の一巻だ。
もしかすると彼女にとっては、この戦いもすべては舞台上の劇のようなものであり、役者たる自分に相対する敵は全て観客なのかもしれない。
生死をかけた戦いに巻き込まれている非力な少女は、本当はそんな劇を演じているだけの女優なのかも知れない。
劇の中では、自分はクマの力と冷徹な思考を有した超人なのかも知れない。
その場の環境を操作して自他をトランス状態に落とし、自分の弱さを押さえ込み、現実をできる限り自分の妄想に近づけている――。
感覚的に、深雪は銀子の行動がそのように捉えられた。
「……でもそれは、ただの思い込みじゃないですか」
「そうだ。だが事実、世界は私たちのスキで目覚め、変わってゆく。そういうものなんだ」
階段の際に自分たちの臭気や痕跡が残っていないことを確認しつつ、二人は地上と地下の境界だった家屋を後にしようとする。
その間にも、ソクラテス式問答法のような二人の対話は続いていく。
「世界の情報体(エイドス)を、思い込みだけで変化させる……。
それはあなたたちの一族に伝わる古式魔法だと思っていいのですか?」
「確かにあの場に展開されたのは、初めからある忘れられたスキが見える魔法だ。
だが、本物のスキは星になる。地上に落ちた星は約束のキスになる。
魔法が使えなくても、魔法は使えるのさ。今の深雪にもね」
しかし、二人の対話は空の境界線の反対側にいて交わることがない。
二人の使う言葉は、同じ言語であるはずなのに全く異なっている。
司波深雪は、百合城銀子の問答を理解しようとすればするほど、またも煙に巻かれていくように感じて混乱した。
「魔法演算領域が壊れてるんですよ、私は……!
あなたの言う魔法の定義は、私たちと違うんですか?」
「お兄様は確かに死んでいる。だがあの時、お兄様は確かに生きてあの場にいた。
さて、その時のお兄様は、果たしてどこから来たのか?
それがわかった時、きっとキミのスキも星になる。キミのホシガリは、そのとき初めて約束のキスに届く」
その矛盾に満ちた問いかけは、あの曖昧なクマ――、ヒグマ帝国の長である穴持たず50イソマの言葉にも似ていた。
深雪はアポリア(命題について回答不能)に陥った。
彼女はばさばさと髪をふるって気を取り直し、ヒグマの血にまみれた額を押さえる。
ようやく地上に脱出できたのだ。
こんなところで、どこの馬の骨ともわからぬ少女と曖昧な問答を続けている暇はない。
「もういいです。とにかく、誰かと合流を……。
シーナーさんは生き埋めとか言われてましたっけ……」
あの時のヒグマ帝国の状態ならば、シーナーが埋まってしまったという位置は、恐らく示現エンジンの付近だろうか。
現段階で助けに向かうのはかなり厳しいかもしれない。
最悪、せめて生き残っている参加者でもいいから、早急に江ノ島盾子を打倒できる人員を確保したいところだった。
その時、虚空へ鼻をひくつかせていた百合城銀子が、パッと表情を明るくする。
「月の娘だ……! 月の娘がいるぞ、深雪! さあ、こっちだ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! いったいどうしたんですか!?」
突然そう声をあげた銀子は、驚く司波深雪の手を引いて、北東の森に向けて駆け出して行く。
また百合の花の匂いでもするのか、と深雪は深く息を吸ってみたが、あたりからは、ただ血の臭いが漂ってくるだけだった。
【E-4 街 夕方】
【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:ヒグマ化、魔法演算領域破壊、疲労(大)、全身打撲、ヒグマの血にまみれている
装備:ミズクマの娘×1体
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:兄を復活させる
0:諦めない。
1:一体どうしたんですか、月の娘って!?
2:江ノ島盾子には屈しない。
3:私はヒグマたちに対して、どう接すれば良かったのでしょうか……。
4:残念ですが、私はまだ、あなたが思うほど一人ぼっちではないようです。有り難いことに……。
5:私はイソマさんに、何と答えれば、良かったのでしょうか……。
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営していました
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司波深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品でしたが、剥がれ落ちました。
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司波達也の
絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です
※シロクマの手によって、しろくまカフェを襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。
※モノクマは本当に魔法演算領域を破壊する技術を有していました。
【百合城銀子@ユリ熊嵐】
状態:殴られた顔が腫れている
装備:自分の身体
道具:自分の身体
[思考・状況]
基本思考:女の子を食べる
0:月の娘だ! 月の娘の匂いがするぞ!
1:まずは司波深雪を助け、食べる
2:ピンチの女の子を助け、食べる
3:数々の女の子と信頼関係を築き、食べる
4:ゆくゆくはユリの園を築き、女の子を食べる
5:『私はあらゆる透明な人間の敵として存在する』
[備考]
※シバに異世界から召還されていた人物です。
※ベアマックスはベイマックスの偽物のようなロボットでシバさんが趣味で造っていました
※ベアマックスはオーバーボディでした。
※性格・設定などはコミック版メインにアニメ版が混ざった程度のようですが、クロスゲート・パラダイム・システムに召還されたキャラクターであるため、大きく原作世界からぶれる・ぶれている可能性があります。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「……で、あなたは、何してくれちゃったっぽい?」
ようやく火災が鎮火した地下の艦娘工廠で、ハンモックの白布に覆われ、簀巻きのように拘束された人物がいた。
夕立提督が静かな怒りを込めて、その顔の部分の布をまくる。
それは、目に爛々と光を灯した、ビスマルクだった。
「あなたの主砲、ブラックホールクラスター……。静かなはずっぽい。ブラックホールだもの。
私たちの注意がシロクマさんに向いてる間、後ろでいつから溜めてたの?
というか、艤装を操作する神経回路まで、操縦桿が届いてなかったっぽい?」
「私の信じた規律は……、決してこんなものではなかった……!」
もはや咎めるでもない冷え切った口調で呟く夕立提督に、ビスマルクは簀巻きにされたまま歯を剥いて唸る。
彼女は百合城銀子とミズクマによる突然の逆襲に混乱した第一かんこ連隊を、後ろから狙い撃ちにしていた。
自分の手足は動かせなくとも、まだ彼女の思いは、装着された矜持である自分の砲には、届いたのだった。
「うちのヒトラーも真っ青だわ、こんな虐殺の強制収容所……!
武装もない、筋肉の発達もない、私が解体してきたのはみんな一般のヒグマでしょ!?
シロクマさんに言われて目が覚めたわ……! あんたたちアトミラールはみんな間違ってる!
私の仕事は、人を守り戦うことよ! こんな悪逆無道に加担することじゃ、ない!!」
「……あなたのお仕事は、要求されたことに応えること。それだけ。
うちの隊員を虐殺したのは、他でもないあなた。よく言えたものっぽい」
夕立提督には、ビスマルクの叫びは、自分の行ないを棚に上げたたわごとにしか聞こえなかった。
――しょうがない、所詮非常食っぽい。
と、彼女は呆れ交じりに溜息をつく。
「仲間殺しは、あなたたちの方でしょう!? 無抵抗の相手をよくも――」
「機械のくせにうるさいよあなた。ちょっと黙ろうか」
「もが――!?」
なおも吠えるビスマルクの口に、夕立提督が何か太くて長いものを突き込んだ。
冷めた表情で彼女がぐりぐりとビスマルクの咽喉にまで押し込んでいるのは、ビスマルク自身の装備であった38cm連装砲改の砲塔である。
「ぐぅ〜〜――!! うむぅ〜〜――!!」
そのまま第一かんこ連隊は、呻いてもがくビスマルクを押さえつけ、彼女の口元で連装砲の砲台を組み直してゆく。
彼女の口はまるで猿轡かギャグボールを嵌められてしまったかのように最大限まで開かれ、吐き気を催すような奥まで砲の尻が突き込まれた状態で固定されてしまう。
「……あなたの信じるものなんて、初めから何もなかったっぽい。
はい、今度連装砲撃つときは、その衝撃を全部自分の歯と首で受け止めてね」
「うぐぅぅぅ〜〜――!?」
ビスマルクはその有無を言わさぬ行為に、ようやく寒気と共に自分の立場を思い知った。
彼女はもう、口答えなどできる立場ではなかった。
既に彼女の全身は、指一本さえ自由にならない囚われの身だ。
気づくのが、実に半日近く遅かった。
初めからあったはずの忘れられた誇りを、彼女は自分が作られてすぐに、思い出しておくべきだったのだ。
抵抗できぬ彼女の目の前が、覆われる。
ステレオスコープが取り付けられた目隠しが、彼女の顔面に固定されたのだ。
着弾観測用のそのスコープは、ビスマルクの視界ではなく、彼女の背部に取り付けられたモニターに接続される。
腕が、脚が、奇妙な機械の装甲と装備に覆われてゆく。
それらは全て、ビスマルクが今まで解体してきたヒグマの骨皮で、第一かんこ連隊が製作してきたものだ。
「ああ、それと仕事の邪魔をする、あなたの邪悪な思考なんていらないっぽいよね。
あなたは幸せだよ。あとは清らかな心で、お仕事に気持ちよくなってればいいんだから……」
「ふぶぅ〜〜――!!」
そしてビスマルクの耳には、何かの液体が針に吸い上げられてゆく微かな音が響く。
ビスマルクは、目隠しの下に涙を流した。
しかしもう、少しも逃げることは叶わない。
「さぁ、月月火水木金金♪ 幸せな24時間労働があなたを待ってるっぽい♪」
ビスマルクの首筋に、精製された大量のお仕事用麻薬が注射されていた。
彼女の全身が痙攣し、艦尾の方からバラスト水が溢れ出す。
その甘い間代発作が収まった後、その体は、首の後ろのハンドルに操作されるまま立ち上がっていた。
「『正しいかどうかは誰かが決めることじゃない』。『勝った方が正しい』。
ビスマルクちゃんが言ったことだろ? さぁ、行こうか。改造はとっても上手く行ったぞ。
これでビスマルクちゃんは完璧に幸福な作業用機械になったんだ! 良かったなぁ!!」
「うー――……」
そうして人型の機動兵器と化した彼女は、粛々と工廠の戦闘の後始末に従事する。
目隠しをされ、操縦桿に操られるがままのビスマルクは、そのハンドルやスイッチが作動する度に快感で痙攣した。
主砲を突き込まれて開かれたままの口からは、よだれが止めどなくこぼれ落ちた。
それでも彼女の体は、その意志とは関係なく、淀みなく解体作業に従事し続けていた。
夕立提督はそんな彼女から踵を返し、無事だった工廠の奥へと歩を進める。
そこでは穴持たず677が、今までの襲撃などなかったかのように、相変わらず平然とした態度でモニターに向かっているだけだった。
彼に向けて、夕立提督は考えを整理するかのように呟き始める。
「ロッチナ……、チリヌルヲたちは、モノクマさんの監視がないところで全滅したんだよね。
これは、今までたまたまっぽいと思ってきたけれど……」
「皆まで言うな。今回の戦いを見ても、彼女らは少々攪乱に長けているだけだった。
あれで第三かんこ連隊のやつらが全滅するなど、最初からあり得ないと気づく」
「あのドレスの子は、胃の中にミズクマさんを隠し持ってたっぽい。たぶん、食べた肉に卵を産み付けさせて、培養してた……。
その場では見破れないほど周到な手口と覚悟だったけど……、確かにそれだけっぽい」
夕立提督は、百合城銀子を包んでいたハンモックを掲げた。
ハンモックの端には円形の小さな噛み跡がいくつも付き、そこから穴を広げられて破られている。
ミズクマの歯型だった。
夕立提督の見立てでは、百合城銀子の逆襲は、そんな狂気じみた大道芸によって成し遂げられたものに過ぎず、司波達也の復活にも思えた謎の攻撃は、ビスマルクの反逆に過ぎなかった。
それが仕事第一主義の、彼女が見た真実だった。
そんな相手に、第三かんこ連隊が全滅するようなことは、有り得ない。
そこから導かれる結論は、ただ一つだった。
「モノクマさんには、俺たちをも殺そうとしている伏兵がいる。……だが、やることは変わらん」
「……了解っぽい」
ロッチナも夕立提督も、その考えは同じだった。
そのためには、ビスマルクなどという些細な手駒にかかずらっている暇などないのだ。
ロッチナと別れて、夕立提督は残った連隊の面々に声をかける。
「さぁ、じゃあ仕事するよ! 本当、この職場を地獄だなんて失礼しちゃうっぽい。
私たちだってビスマルクと一緒にずっと働いてたってのにね!」
「やっぱりシロクマさんはぬるま湯に浸かった恥曝しでしたね。いったい今までどれだけ甘やかされてたんだか」
「言っても仕方ないっぽい。骨肉茶(バクテー)食べて再建頑張ろぉー!」
「おー!!」
「あ、ビスマルクちゃんにも鼻から骨肉茶(バクテー)食べさせてあげるからな」
「うぶぐぶむぶぅ〜〜――!!??」
「やっぱり夕立提督の料理は最高ですってよ!」
「そりゃ嬉しい限りっぽい。きっといい燃費を叩きだしてくれるっぽい?」
【E-4の地下 ヒグマ帝国:艦娘工廠 夕方】
【穴持たず677(ロッチナ)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:艦娘のために、ヒグマ帝国を乗っ取り、ゆくゆくは秋葉原を巡礼する
0:他のヒグマの間に紛れて潜伏し、反乱から支配を広げ、口減らしをしてゆく。
1:艦隊これくしょんと艦娘の素晴らしさを布教する。
2:邪魔な初期ナンバーのヒグマや実効支配者を、一体一体切り崩してゆく。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※『ヒグマ提督と話していたヒグマ』が彼です。
※ゲームの中の艦娘こそ本物であり、生身の艦娘は非常食だとしか思っていません。
【夕立提督@ヒグマ帝国】
状態:『第一かんこ連隊』連隊長(作業勢)、駆逐艦夕立改二のコスプレ
装備:駆逐艦夕立改二のコスプレ衣装、61cm四連装(酸素)魚雷、12.7cm連装砲B型改二(夕立砲)、ハンモック、ヒグマ製お仕事用麻薬
道具:単純作業、作業歌、楽しい価値と意味付け
[思考・状況]
基本思考:ゲームとしてヒグマ帝国を乗っ取り、楽しく効率を求める
0:ロッチナの下で楽しく効率よくステキに作業する。
1:艦隊これくしょんと艦娘を使った作業の素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間を、楽しく効率よく処分する。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※ゲームは楽しく効率を求めるものであり、艦娘はそのための道具だとしか思っていません。
※ことによると自身や同胞のヒグマも道具だとしか思っていません。
※『第一かんこ連隊』の残り人員は10名です。
【Schlachtschiffe der Bismarck-Klasse H“ビスマルクドッグ”@艦隊これくしょん?】
状態:Bismarck drei(意味深)、ヒグマ製お仕事用麻薬中毒、自分の犯した罪による絶望、全身に改造装備が突き刺さっている
装備:38cm連装砲改(ブラックホールクラスター改)、8cm単装高角拳×2(アームパンチ)、骨釘(ターンピック)
道具:ステレオスコープ、猿轡、操縦桿
[思考・状況]
基本思考:ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さい許して下さい許して下さい
0:ああ、痛い、辛い、苦しい、気持ちいい……
1:これが仕事……? これが戦争……? これが正義……?
2:私の信じていたものは、一体なんだったの……
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです
※ヒグマ帝国側へ寝返りました。
※寝返った先が本当にヒグマ帝国だったのか彼女にはもうワカリマセン。
※アーマードトルーパー風の改造を施されました。
※ベースになったのは接近戦と立体視、偵察・着弾観測用にカスタマイズされたATM-09-SSC“パープルベアー”のようです。
※艦橋に刺された操縦桿で直接艦体を操作されます。搭乗者は彼女におんぶされるような形になります。
以上で投下終了です。
続きまして、佐天涙子、天龍、扶桑、戦刃むくろ、黒木智子、
ヤスミン、グリズリーマザーで予約します。
――次回、『GO AMIGO』。いま、ヒグマロワには何が見えてますか?
投下乙です
今の艦これの看板ともいえる娘の名を冠した鹿島提督が逝ったか……!
それにしてもビスマルクがかわいそうで見てられません。彼女に救いはあるんでしょうか?
魔法が使えなくても忍術を駆使して奮闘するシロクマさんこと深雪。
危ないところでしたがミズクマと根性を見せたビスマルクと銀子のおかげで
無事地上へ脱出。いずれにせよ地獄ですが彼女たちの行く末はいかに。
予約を延長します。
佐天さんの戦闘準備は着々と整ってきております。
予約分を投下します。
佐天涙子と天龍は走りながら、異様な雰囲気に息を詰めていた。
隻眼を左右に振りやり見やる天龍のこめかみには、一筋の汗が垂れる。
「本当にこりゃ、一体なんなんだ……? 血潮にまみれて、枯れた……?
塩害、ってわけでも無いだろうし、やっぱり、血としか……」
二人が駆けてゆく森は、赤黒い錆びのようなものに染まり、一面生気を失って枯れかけていた。
動物の気配も一切ない。
そして辺りを埋めているのは濃厚な血臭だ。
午前中の津波の影響かとも思えはしたが、それにしたって、この赤黒い大量の血の正体は全く掴めない。
もし本当に生き物の血だとするなら、いったい何百の死体から流れたものなのかすら、わからなかった。
瘴気と言っても良い不気味さと恐怖だけが、進むにつれてどんどんと濃くなってゆく。
天龍は流石に、前を走る佐天涙子に声を掛けざるを得なかった。
「なぁおい涙子……! 本当にこんなところで飾利を連れ戻せるのか!?」
「……万全よ。初春を取り戻す準備は」
その時佐天は、目の前に立ち枯れている木立を避けようともせず、そこに拳を叩き付けていた。
瞬間、その木は青い炎のような光に包まれた後、砂のように粉微塵になって吹き散らされる。
天龍は佐天のその行動を理解できず声を裏返した。
「何やってんだお前!?」
「『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』……、いや、『蒼黒色の波紋疾走(ダークリヴィッドオーバードライブ)』を、もっと使いこなしてみる。
無生物……、死んでるものだけ、破壊するの。きっとできるはず」
振り向いた佐天は、掌にわだかまった青い揺らめきを握り込む。
彼女の前では、砂が風を組み替えてゆくようだった。
微塵に砕けた砂が散った後、そこには一面の赤にぽつんと、緑の双葉が映えていた。
天龍の瞠目が強まった。
「……腐った部分だけ取り除いて、生き残った芽だけ残したのか!?」
「生きてるものと死んでるものとでは、月の回り方が違うから。
うん……。最少範囲に『第四波動』を落とし込んだ時と同じだ。よく注意さえすれば、できる」
佐天涙子は、凶暴で蒼黒い月の牙として脳裏に描かれるその殺傷性の高い能力を、何とかコントロールしようと考えていた。
本当はできるはずなのだ。
佐天はここまで能力を使っても、自分の身や、デイパックを疲労破壊せずに済んでいる。
金属のみならず、有機化合物の共有結合さえ微塵に分断するほど能力が拡張されていても、彼女の演算は、無意識に自己を守っているのだ。
怒りと衝動に任せて演算を漏れた能力だけが、彼女の肌を荒し衣服を劣化させている。
つまり激情を抑え、平静を保ち、集中できさえすれば、暴れ馬の如きこの能力も彼女は手懐けられるはずなのだ。
『最少範囲・第四波動』や『凍結海岸(フローズンビーチ)』を体得した時のように。
佐天は拳を握り、決意を固める。
「どんな機械の大軍に人質に取られてようと。私は初春を助けながら全てのロボットを砕いてやる……」
「涙子……」
そもそも天龍は、こんな場所に本当に初春飾利が連れ去られているのかを疑って声をかけていたのだが、佐天は既にその先の戦闘のことを考えていたようだ。
確かに、初春が居ようが居まいが、これほど大量の血が流れているならば、待ち受けているのは戦いに他ならないだろう。
天龍もまた覚悟を決める。
この場に、回せるような羅針盤はない。進路の指針となるのは現状、佐天涙子の嗅覚のみだ。
鬼が出るか蛇が出るか。渦潮が出るか仕置き部屋か。
どんな相手と戦うことになっても進退を見誤らぬよう、彼女は旗艦としての責任を固唾に飲んだ。
だがその時、そんな天龍の耳に、今まで気にしていなかった波長がふと障る。
「ちょっと待て、ノイズかと思ったが……、誰かが電信を打ってる」
「電信?」
「くそ、信号が弱すぎる! 遠いんだ。聞きとれねぇ」
走っていた間はただの雑音か環境音だと思っていた響きが、立ち止まっていたこの時、天龍の無線機に確かに何らかの意味のある信号として捉えられていた。
だが、発信元の出力が低いためか距離があるためか、その電波は途切れ途切れにしか受信できない。
「天龍さんがわかる通信ってことは……、やっぱり艦娘とかいう人たちから?」
「ああ、多分……。誰だ……? 誰が打ってる……?」
「……もしかして、奇跡的に生きてた天津風さんとか! とにかく誰か、他に生きてる人がいるのよ、きっと!」
耳を澄ませながらじりじりと移動を始めた天龍の後について、佐天が息巻く。
膨らみかけた期待にぴょんぴょんと跳ね、彼女は眼を輝かせた。
「三角測量させてくれ。だいたいの方向は分かるはず……」
「血の臭いなら……、ここから東北東に行くにつれてどんどん濃くなってるみたいだけど」
そんな佐天を宥めるように声を落としながら、天龍は何度か大きく進行方向を変えつつ信号の強度を測定する。
同時に中空でクンクンと鼻をひくつかせて、佐天涙子も血臭の発生源を推測してゆく。
そして三角測量を終えて、天龍はその結果に嘆息した。
「驚いたな、マジで涙子の嗅ぎ当てた方向と同じ……? 東北東から打たれてる信号だ!」
「……天龍さんそれ、私の言ってること信じてなかったってこと?」
まるでそれが予想外だったかのような天龍の反応に、佐天は苦笑する。
確かに佐天の言葉を信じ切ってはいなかった天龍は、眉を上げて振り向いた。
「んー……、いや、7割方は信じてたぞ」
「ああそう……、また妙にリアルな数字ね……」
苦笑を重ねるしかない佐天に、天龍は肩を竦めた。
「悪いな。正直、まさか涙子の嗅覚がそんなに鋭いとは思ってなかった。大したもんだ。
だが天津風も言ってただろ、良くて3割、悪くて10割狂ってるって。
俺たちもこんな状態でいつ気が触れたっておかしくない。涙子も3割は用心しておけよ。いつだってな」
「……なるほど」
確かに、佐天の鼻がこんなに利くようになったのは、いつからか。
この島に来るまでは、いくら都市伝説などに鼻が利くからといって、それはただの山カンの域を出ない能力だったはずだ。
それは恐らく、皇魁の体液を体に受けてから。
学園都市でもレアな肉体変化(メタモルフォーゼ)能力者のように、体の機能が拡張されているのかも知れない。
3割狂ってる、それくらいの自信は確かにある。
だが3割くらいの狂気で、この島を生き抜けるなら儲けものだ。
そのくらい狂ってる方がちょうどいい。
異常な状態で平常心を保つための狂気。
何が起きるかもわからないこれからの戦いでは、その平常心の狂気という武器が、必須になってくるだろうからだ。
「おい、こちら軽巡洋艦天龍! この帯域を使ってたやつは誰だ?
こちら軽巡洋艦天龍! 応答してくれ!」
「初春……、待ってて、必ず助ける……!!」
そんな蒼く静かな心を抱いて、二人はまた、走り始めた。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
その頃、天龍が受信した電波の発信元は、島の最北東部の崖からほぼ真西に向けて移動していた。
その発信元が、帯域上に飛んだ自分以外の電波を拾うのは、程なくだった。
『――洋艦天龍! ――てたやつは誰だ?
こちら軽巡洋――。――てくれ!』
「……?」
その発信元たる少女、艦娘の扶桑は、そんな途切れ途切れの電信を受けて顔を上げる。
同乗していた戦刃むくろが、彼女の様子に気づいて声をかけた。
「どうしたの、扶桑?」
「いえ、また電信が来て……。さっき助けて下さった方……?」
黒木智子の肩をさすりながら問いかけられた戦刃むくろの声に、扶桑は窓から外の森を眺めやる。
そんな後部座席の動向に、運転席で青毛のヒグマが舌打つ。
「それ本当にさっきのヤツかい!? また無差別に暴れる客は御免だよ!!」
「ちょっと待ってください……、信号、急速に強くなって来てます……」
青毛のヒグマ、グリズリーマザーが運転するこの灰熊飯店の屋台バスは、ヒグマードとの崖際の死闘を切り抜けた後、全速力でそこから逃走している最中だった。
黒木智子の沈鬱なすすり泣きと、その他の人員の張り詰めた吐息が埋めていた車内には、また違った緊迫感が走る。
「進行方向まっすぐ……、向こうも近づいてきてる! もうすぐ出会います!!」
「もうかい!?」
「本当に安全な相手なのですかそれは!?」
耳を澄ませて叫んだ扶桑の報告に、グリズリーマザーとヤスミンが狼狽した。
先だって襲い掛かって来たヒグマードにより、この一行はクリストファー・ロビンと言峰綺礼を殺されているのだ。
その戦闘に終止符を打った、水流操作を行う何者かがこの先にいるのだとしても、本当にその者が味方なのかどうか、確かめる術はない。
「帝国にも水を使う方はいらっしゃいますが、ここにいるとはほとんど考えられません!」
「弱ってる私たちを捕食しに来た、とも考えられるわけね……?」
「だからってどうしろってんだい! 方向転換するならするで早く決めてくれ!!」
ヤスミンは先程助けてくれた者の正体として、同じくヒグマ帝国で勤務しているヒグマであるビショップをまず脳裏に思い浮かべていたが、彼女がピースガーディアンの任を離れてこんな地上に出てきているという可能性はかなり低く思えた。
次いで憂慮を口に出したむくろの言葉に、グリズリーマザーが苛立ちながら後部へ振り返る。
未だ彼女たちがいるのは、赤く枯れ果てた森の中だ。
とにかく島の北東部からは出来る限り距離を取っておきたいのが現状であり、止まるわけには行かないのだ。
方針を変えるにしても、早急に後部座席の面々で意見を纏めてもらわねば話にならない。
「止まって! そこのバス!」
「――なあっ!?」
その時突然、バスの目の前に森の脇から少女が飛び出してきた。
後ろを振り向いていたグリズリーマザーは、反応が遅れた。
慌てて急ブレーキを踏むが、悪路に跳ねたバスは止まり切れずにその少女へと突っ込んでゆく。
少女とグリズリーマザーの視線が重なり、お互いの眼が驚愕に見開かれる。
その瞬間、目の前の少女が、拳を振り上げていた。
「はぁッ、『凍結海岸(フローズンビーチ)』!!」
そのまま地に向けて振り降ろされた拳から、大量の蒸気が吹き上がったように見えた。
ほとんど同時に、彼女の周囲から凄まじい速度で地面が結氷してゆく。
その結氷空間に飲み込まれた屋台バスのタイヤも、一瞬にして回転を止めて地面に張り付けられてしまう。
急停止した車内には恐ろしい慣性がかかり、後部座席の黒木智子たちを前方へ跳ね飛ばす。
「うぁぁ――!?」
「大丈夫ですか!?」
「ひぃ――!?」
「扶桑、これ借りる!!」
クリストファー・ロビンを抱いたまま車内を吹っ飛んだ智子は、ヤスミンによってなんとか抱き留められる。
そんな突然の事態に、最初に対応できたのは戦刃むくろだった。
席に掴まって呻く扶桑の元から、彼女は鉄のフライパンをむしり取り、一気に出入口のタラップへ駆け降りていた。
「――ヒグマ!?」
「――敵なの!?」
そしてむくろは、眼を怒らせて身構えていた少女と出入口の正面でばったりと鉢合わせていた。
暫し荒い息で身構えたまま、二人は向かい合う。
少女は、肩口から千切れたむくろの左腕を見た。
むくろは、あちこちがボロボロに破れた少女の制服を見た。
「……佐天涙子。参加者よ。戦うつもり無い。あなたたちがその気でなければ」
「……い、戦刃むくろ。参加者……、そうよね、参加者……」
佐天涙子と名乗った少女が、構えていた両手をゆっくりと上にあげる。
反対にむくろは、振り上げていたフライパンを下におろした。
互いの姿を見れば、お互いが大変な戦いをなんとか生き残ってきた者だということは、明らかだった。
「……その腕、大丈夫!?」
「まぁ。とりあえずはね……」
「むくろさん、大丈夫ですか!? その方は?」
むくろの傷を佐天が心配している中、屋台バスの中から遅れて、艤装をガチャガチャと鳴らしながら扶桑が降りてくる。
そこへ森の中から、また走ってきた少女の声がかかった。
「扶桑! 扶桑じゃねぇか!! お前も来てたのか!?」
「天龍さん!? さっき電信下さったの天龍さんですか? その怪我は!?」
「ああ俺だ! 眼は大したことねぇ。それよりそっちこそどうしたんだこの車両。何があった?」
「逃げて……、来まして……」
「逃げてきたの!? 何から!?」
口ごもる扶桑に、天龍や佐天の注目が集まる。
息巻いた佐天の声に返したのは、運転席から苦笑いを送る、グリズリーマザーだった。
「お客さん方、積もる話は、とりあえず中でしないかい?」
「あ……――。ありがとうございます。お邪魔させてもらいます」
人間のような笑みを浮かべるその青毛のヒグマの姿に、佐天涙子は一瞬面食らった。
だが彼女はグリズリーマザーの優し気な口調に、即座に居住まいを正して会釈する。
佐天が今日一日忘れていた、普通の女子中学生らしさを取り戻させてくれるような微笑みは、明らかにヒグマ提督のような不埒なヒグマとは違う信頼感を抱かせた。
「へぇ、ヒグマ……、と、同行してるクチか、お前らも」
「え、ええ……」
感心したような天龍の口振りに、扶桑は曖昧な頷き方で肯定の意を示していた。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
「あなたたちも、何かに襲われたのね……?」
グリズリーマザーのバスに乗り込んだ佐天と天龍は、そこで一瞬身を引いた。
二人は即座に気づいてしまった。
彼女たちを覆う、あまりにも無惨な死臭に。
彼女たちの顔の、憔悴しきったその表情に。
後部座席の少女が掻き抱いているのは、少年の遺体だった。
「手短に話すけど、アタシはグリズリーマザー。そこのマスター……、黒木智子のサーヴァントをしてる。
ヒグマ帝国で屋台やってたこともあるけど、もうそれどころじゃなくなってね」
「はぁ、そうですよね、艦これ好きのヒグマたちが反乱したとか。
とにかく私たちは、脱出の方法を探してるだけです」
「私は穴持たず84、ヒグマ帝国医療班のヤスミンです。そこまで把握なさってるのでしたら話は早いですね。
我々もあなた方参加者の脱出には協力を惜しみません。帝国の奪還に協力していただけるならば」
「医療班……!? いやぁ、思慮深いヒグマさんと会えて、ホッとしました……。
今まで会ったヒグマは、みんな戦闘バカとか艦娘バカとかばっかりだったんで……」
そんな中で、情報交換に即座に応じられるほど気持ちの切り替えができたのは、グリズリーマザーとヤスミンというヒグマ2頭だけだった。
戦刃むくろ、扶桑、黒木智子という残りの少女たちは、それぞれ異なった理由で口ごもっている。
しきりに戦刃むくろの顔色をちらちらと窺っている扶桑に、天龍は何の気なしに声をかけていた。
「おかげで俺たちゃいい面の皮だ。なぁ扶桑」
「ええ……、まぁ、そうですね」
「お前ら全員参加者なんだよな? 首輪外せてるみたいだが……、お前らの誰かが外し方知ってたのか?」
「あ、あの……、それは、私が、ヒグマ提督に作られた艦娘だから、ですね」
「ああ……、龍田と那珂とビスマルクの他のあと一体ってのがお前か」
「う……、提督と会われたんですね……?」
扶桑の言動には、屋台バスの面々から一気に視線が集中していた。
佐天と天龍のものにはこれといって他意はないが、事情を知っているその他の者の視線は、半ば心配そうだ。
特にむくろは、扶桑の脇で脂汗を流し始めている。
何しろ、扶桑と戦刃むくろは参加者ではない上、ヒグマと参加者の両方の敵の一味なのだ。
黒木智子の一行がそのことを口外せず、彼女たちを排除もしないのは、作戦でもあり甘さでもあったが、佐天涙子と天龍がそんな対応をするかどうかはわからない。
むしろ、バレてしまえば最後、この場で戦いになる公算の方が圧倒的に高い。
脳内でむくろは苦悶した。
(どういうこと、どういうこと? 佐天涙子って、盾子ちゃんからの報告では百貨店にいたはず……!
それに同行者は、元自衛官の皇魁、弁護士の北岡秀一、上院議員のウィルソン・フィリップス、学生の初春飾利だったはず!
しかも能力が大幅にパワーアップしてる……! モノクマに指を折られる程度の力じゃなかったの!? なんでここ一面凍ってるの!?
何かしら大きな異変があったことは間違いない。実力と思考が読めない。敵に回しちゃ、ダメだ……!)
「大丈夫、戦刃さん? その傷やっぱり痛むんじゃないの?」
「はぃ!?」
そんな必死の思案に明け暮れていたむくろの目の前に、覗き込んでくる佐天の顔があった。
片腕を失った状態で顔面を歪めて脂汗を流している戦刃むくろの様子は、幸いにも、傷の痛みに耐えているように見えていた。
「私がヒグマ細胞を用いて処置をしましたので、塞がってはいるはずですが……」
「いいから戦刃さん、とりあえず見せて」
「う、うん……」
ヤスミンがおずおずと指摘するが、佐天はそれに構わず、戦刃むくろのちぎれた左腕を取り、彼女を抱きしめていた。
むくろの前に、佐天涙子の顔が近づく。
長いそのまつげが、はっきりと見えた。
「ひゃ……」
「ヤスミンさん。失ったものは、痛むのよ。物理的にどうとか関係なく……」
コオォォォォォォォォォォォ……。
佐天の呼吸が、深く、高く、あたりに響き渡っていた。
会陰。
脾臓。
臍。
心臓。
咽喉。
眉間。
頭頂。
佐天の脳裏に描かれる月が、回りながら彼女の脊柱を行きつ戻る。
傍から見た彼女の体は、うっすらと金色に輝いているようにも見えた。
その輝きと温もりが、抱きしめられたむくろの体にも流れ込んでくる。
「『山吹色の第四波動』……」
佐天の呼吸から生まれた熱が、細胞の一つ一つに吐息を回す。
解糖系、クエン酸回路、電子伝達系――。
輝きとエネルギーが、むくろの体の中に直接流れ込んでくる。
会陰から貫き、頭頂を突いては戻る恍惚感。
初めて味わうその感覚が、陶然とした甘い幸福感でむくろの全身を満たす。
「は、ぁ……、あぅ、ん……」
そのあまりの心地良さに、むくろは全身をぴくぴくと痙攣させていた。
佐天はそんな彼女を慈しむように微笑みかける。
「一緒に脱出する仲間でしょ、戦刃さん。一人で抱え込まないで、何でも言って?」
「仲、間……」
まるで生命のエネルギーを直接受け取ったかのように、むくろの全身には活力が漲っていた。
疲労も消え、痛みなど全くなくなっている。
むくろの鼓動が高鳴り頬が上気しているのは、そんなエネルギーのせいなのか、それとも別の理由なのか。
視線を落とし、むくろはもじもじとした所作で佐天にお礼を言っていた。
「あ、ありがとう、涙子さん……。あなた、いい人、だね……」
「気にしないで! それより、逃げてきたって言ってたわよね? あなたたちにこんな被害を与えたのは、一体何者?」
まだ恍惚感の余韻が抜けきっていないむくろを措いて、佐天は車内の一同に問いかける。
そんな明朗かつ毅然とした様子を傍から見て、天龍は少しばかりでなく感心していた。
(そうか……、なるほどな。この出会いは、間違いなく涙子にとって吉事だ)
自分が慌てている時に、隣に自分よりも慌てている人がいた時、ふとその人を見ると、冷静にならないだろうか。
自分より辛そうな境遇に陥っている人を見ると、自分の辛さよりも気にかけたくはならないだろうか。
客観の視点を持つことで、自分一人のことで手一杯になっていた思考から、一歩引くことができる。
自分と同じような他人を慮ることで、狭まっていた自分の視点が広がり、余裕を持つことができる。
今の佐天涙子の状態がそれだ。
自責の念や強迫観念に駆られるのではなく、面倒見と気風の良さを最大限に活かす気の持ち方。
この出会いによって取り戻したこの性格が、恐らく佐天涙子の本来の持ち味なのだろう。
そこに彼女が開花させた能力が加わっている今、天龍は彼女が、ただの僚艦に思えぬ信頼感と安定感を持った存在にも感じられた。
「ヒグマ帝国でも把握していない、見たことも無い強大なヒグマでした。
人語を話していましたが、無差別に我々を襲おうとして。食い止めていたロビンさんは、あのように、返り討ちにされてしまいました」
「それでマスターは、あんなになっちまって……。アタシたちゃそいつから逃げて来てたのさ」
「マスター……、黒木さん、だっけ」
ヤスミンの元に抱きかかえられている小柄な少女は、彼女よりもさらに幼い少年の死体を抱えて震えていた。
近寄りながら、クンクンと佐天は彼女の匂いを嗅ぐ。
青いツナギの作業着は、抱きかかえた少年の血で赤く染まっていた。
ロビンというその少年の死に顔は安らかだったが、その胸には、一見して致命傷とわかる大穴が開き、血が溢れている。
乱れた長髪から覗く隈だらけの眼が、死んだ魚のように佐天涙子の乾いた瞳を見上げている。
彼女の口元は、涙と血で汚れていた。
「その男の子のこと、好き、だったんだね……」
「あ……?」
黒木智子の表情は、訝しげに歪んだ。
心ここにあらずだった彼女の表情は、徐々に佐天に向けて不信感と嫌悪感を顕わにしてゆく。
佐天涙子の手が、涙に塗れた彼女の顔に伸びようとする。
「でも、だったら、それだからこそ、いつまでも泣いてちゃダメだよ。黒木さん」
「……な、な、何なんだよ、お前は!!」
そして続く佐天の言葉に、智子の感情は爆発した。
思わず振り払った手が、佐天の肩にかかっていたデイパックの一つを弾き飛ばす。
初対面の女子に、何をしたり顔で説教されなければならないのか。
なぜロビンのことに口出しをされなければならないのか。
訳の分からなさに、怒りが湧きだして来ていた。
「……お、お前にッ、私の、何がわかるんだよ!!
ロビンの何がわかるんだよ!! 何だよポッと出てきて訳知り顔に!!」
「わかるよ。私も、同じだから」
佐天は狂ったような形相で叫ぶ智子に相対して、ひたすらに穏やかだった。
視線を落とせば、転がったデイパックのチャックが開き、そこから覗いているものがある。
それは血の気の失せ、干乾びたような老人の死体だった。
彼の片腕は千切れ、下半身と内臓がごっそりと失われている。
それに気づくと、一行の多くは思わず身を退いた。
ウィルソン・フィリップスの、あまりにも無惨な死体だった。
智子も、その死体に暫く目を落として、微かに呟く。
湧き上がっていた怒りが、しぼんでゆくのを感じた。
「……まさか、それ……」
「そう。こっちのデイパックも。そして天龍さんのも……。
私たちも、大切な人たちを、戦いで失った。
でも弔わなきゃ。死んだ人はもう、帰ってこない……」
3つのデイパックのもう一つ――、皇魁の死体が入ったものを掲げ、そして佐天は後ろの天龍の方を指さす。
屈んでデイパックを拾い上げた彼女は、ウィルソンの遺骸をその中にそっと仕舞い直した。
「この人たちが生きていた証を、少しでも私たちは抱えて持ち帰らなきゃならない。
でもそうであっても、この人たちが眠れるように、私たちは弔わなきゃいけない」
止まっていたと思った涙が、また智子の目からぼろぼろと零れ落ちていた。
微笑みかけてくる佐天に、顔を向けられない。
それは智子が、考えていても踏み出せなかった思いだった。
佐天はただ訥々と、智子に語り掛けてくる。
「だから、先に進もうよ、ね……?」
「そんなこと……、言っだっで……ッ!」
智子に残っていたのは、ただ無力感と悔しさだけだった。
自分はあの敵の正体をわかっていたはずなのに。
好きだった男を助けることができなかった。
せめて自分の中に生き続けて欲しいと、そう願いもする。
だが同時にそんな願いは、ただの空虚な妄想であることも理解している。
どうすればいいのか解決策の見えない心の中から、黒木智子は動き出すことができないでいた。
「あなた、ちゃんとパンツ履いてる?」
その時突然、佐天涙子がごく自然な動作で、智子の着ていたツナギのジッパーを上から下まで一気に引き下ろしていた。
あまりの早業に、智子は抵抗も理解も追いつかない。
血塗れになった布地にできた裂け目から覗く自分の素肌に、たっぷり三拍ほども遅れて彼女は裏返った叫びを上げていた。
「――はひゅぅぅ!?」
「わ、だめだよ、パンツ履かないと!! 女の子なんだから! お腹冷えちゃう!」
「え、智子さん、ノーパンなの……!?」
まじまじとその素肌を観察した佐天が、そんな論点のずれた内容を本気で心配する。
驚愕に目を見開く後ろの一同の中で、戦刃むくろがショックで思わず口を押える。
事情を知っているグリズリーマザーとヤスミンは頭を抱えたが、知らない天龍と扶桑は続けざまに懸念を重ねた。
「戦場で下腹部剥き出しは……、ヤバイぞ!」
「そ、そ、そうですよ! あんなことやこんなことや、何されるかわかりませんよ!」
「ぬ、ぬ、濡れちまって乾いてねぇんだよ!!」
死にそうなほどの恥ずかしさに、智子はロビンを抱えていた腕で自分のツナギを押え、顔を真っ赤にして叫ぶ。
つい一瞬前までシリアスな話をしていたはずなのに、なぜ突然自分の服を脱がされかけ、その下腹部を衆目に凝視されなければならないのか。
全く意味がわからない。
周囲に女性しかいないのがせめてもの救いだったが、だからといって何かの助けになるわけでは全くない。
膝の上のロビンの体重に得体の知れぬ羞恥心を加速させながら、智子はもがくように自分のデイパックを開いた。
「濡れてるなら……、ちょっと貸して」
「え?」
洗ってバスタオルに挟んでいた制服と下着の一式を取り出すや否や、佐天の手がそれを掴んでいた。
畳まれた服の束を上下に挟んだ彼女の両手に、蒼い光が灯る。
「ほっ」
一瞬、その服に霜が降りたと見えた瞬間、佐天が手を離すと、挟まれていた制服とタオルは、ほかほかと暖かな湯気を上げながら膨らんでいた。
「はいどうぞ」
「へ……!?」
智子がそれを受け取ると、制服とタオルは夏のお日様の下で干されていたかのように、柔らかく暖かな手触りで乾いている。
もちろんパンツもだ。
目の前で手品のように見せつけられた一瞬の現象に、智子は唖然とした。
それは佐天がまた見つけた、殺す以外の能力の使い方だった。
「おまっ……、これ、どうして……?」
「凍結乾燥(フリーズドライ)と同じよ。水分を凍らせて、蒸発させたの。
……黒木さんの涙も、ちょっとは乾いた?」
「あ……」
ひび割れた唇で笑う佐天の言葉に、智子はハッとする。
突然のパンツと強制わいせつからの高速ふんわり乾燥という怒涛のような事態の連続に、智子の意識は完全に持って行かれていた。
膝の上のロビンは、心地よい疲れに眠ってしまった勝利投手のように、安らかな表情で死んでいる。
その姿を見ても、もう智子の心は哀しみに塗り潰されはしなかった。
なんだか、落ち込んでいたのが馬鹿らしいような恥ずかしいような、現実味のない感覚ばかりが頭を上滑りするのだ。
ロビンは死んだ。
黒木智子が好きになってしまった少年は死んだ。
それはもう、覆しようのない現実だ。
だが、それは単にそれだけの事実。
智子の心を暗澹に引きずり込むような重石では、決してない。
ロビンも決して、そんなことを望んではいないだろう。
彼はロビン王朝(ダイナスティ)を建てた。
あの夕日の崖に。
智子の心の中に。
My head is the apple without e'er a core(私の頭は 芯の無いリンゴ),
My mind is the house without e'er a door(私の気持ちは ドアのない家).
My heart is the palace wherein he may be(私の心は 彼の住む城),
And he may unlock it without any key(彼が開けるのに鍵はいらない).
彼は鍵もなく智子の心の中に入り、そこに住んだ。
智子が生きている限り、そこに居続ける。
智子は王たる彼を見届けた。勝利投手たる彼を。
彼だけのオリジナルコールを送ったお妃さまとして。
王が死を以て勝ち取った、4対3という揺るぎないホームランダービーの試合結果を、伝説として語り継げるのは、智子の他にいない。
妃の他に、いるはずがない。
王亡き王朝を継げる者は、彼女の他にいないのだ。
いつまでも濡れそぼり、挟まれ腐っているわけにはいかない。
いつまでも悲嘆に暮れているわけには、いかない――。
智子はそんな決心を、安物の白パンツの温もりに重ねた。
佐天涙子の行動は、過程がどうあれ、智子の心を軽くしたのは確かだった。
「……と、と、に、かく……。ありがとう、ございます……」
乾いた服を受け取って押し黙っていた智子は、そう吃りながら、佐天へ深々と頭を下げていた。
非常識にも思える彼女の行動を、批判する気にもなれなかった。
「いいっていいって敬語なんて! 同い年くらいでしょ?」
「ん……?」
へろへろと手を打ち振って磊落に笑う佐天の言葉に、智子が違和感を覚えたのは、その時だった。
肌荒れや戦いの跡であちこち薄汚れて制服も破れてはいるが、佐天涙子は顔立ちもよく背の高い、長い黒髪の美人だ。
智子より確実に背が高いし、髪も長いし手入れされている。
あと胸もある。
その風格といい信念といい、智子のゴミムシのような人格が足元にも及ばないことは確実だろう。
その上あんな能力と説得を見せられては、平身低頭しないことなどできないくらいだ。
あと胸もある。
だがそれでも、智子は問わざるを得なかった。
「お前、高校何年生……?」
「え……?」
佐天はその時、深く考えもせずに即答してしまった。
「柵川中学、一年生だけど」
「――ちゅ、中坊……!?」
智子は思わず、背後のヤスミンの方に崩れ落ちた。
「わ、私より、三歳以上も年下……?」
「あ……!?」
呆然とした智子の呟きに、佐天はようやく彼女の疑問の意図を理解してしまった。
「ご、ごめん……、なさい。え、高校生、なんです、よね……? すみません……」
「やめろォ!! これ以上みじめにさせるなァァァ!!」
今までかなり上から目線で応対してきた相手が、かなりの先輩だったと知り、佐天は慌てて言葉遣いを修正する。
しかしそれは、抉られた智子の傷口をさらに広げて塩を塗り込む行為に他ならない。
遥かに自分より年下で、なおかつ太刀打ちできない程優れている相手にこんな風に絡まれるなど、智子にはクリストファー・ロビンの再来にしか思えなかった。
あのクソ生意気で、クソ優秀なクソガキに、また気遣ってもらえたこと。
それはとてつもなく腹立たしく、そしてむず痒いほどに嬉しかった。
(なんなんだよなんなんだよ、この無駄に発育の良い朗らかパンツビッチは!
このボディで中学生とかふざけてんのかよ男ならマジ勃起もんだろ既にその破れ制服と合わせて公然わいせつ物陳列罪だろ!
もうちょっと防御力に気を遣った格好と言動をしろよ!
そもそもさっきの戦刃のといい私のといい、攻撃力高すぎんだよ、ジゴロかよこのビッチ!)
智子は座席のヤスミンの胸に倒れ掛かったまま脳内で毒づき、彼女を指さして叫んでいた。
「敬語やめろよ! おかしいだろ! お前がJCなんて! おかしいだろ!」
「うん、中学生に見えない肝の据わり方……。普通に話そう、仲間だし……」
「あ、ありがとう……。二人がそう言うならそうするけど……」
ほんの少し前まではランドセルを背負っていた人間だとは思えない佐天涙子のインパクトに、黒木智子だけでなく、同じ高校生である戦刃むくろも舌を巻いていた。
佐天が超中学級の何かであることはほぼ間違いない。これが成長して高校生になったら一体どうなるのか、むくろには末恐ろしさしかなかった。
(一歩引いて冷静になるどころじゃねぇ……。一瞬で心の壁を溶かしてこいつらを友達にしやがった。
これが……、涙子の本当の力……?)
そして感嘆していたのは、彼女たちだけでもなかった。
グリズリーマザーとヤスミン、扶桑といった面々も、彼女の精神的能力的な強さに感心していたが、中でも今まで同行していた天龍の感嘆は並ではなかった。
今までの天龍には、佐天は諍いと戦いで思い詰めていたような印象ばかりが残っていた。
ヒグマ提督の砲撃を砕き。
江ノ島盾子の画面を砕き。
北岡秀一のボトルを砕き。
戦艦大和の命を砕いた。
だがそんな、苦しさの中でもがくように揮われた彼女の力よりも、今ここで見せた朗らかな言動の力はどうだ。
青く獰猛な月の輝きではない。
まるで暖かい夏至の日のような輝きを放っている。
(涙子、やっぱりお前の力には、先があるよ。人殺しなんかじゃない、方向にもな)
月の輝きの奥にある太陽の輝きを、天龍は静かに確信していた。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
「……話、戻すけど」
叫んだことで少し落ち着いた黒木智子が、ツナギのジッパーを再び上げながら呟いた。
下着と制服は乾いたが、流石に今ここですぐにツナギを全部脱いで、衆目に貧相な裸体を晒しながら着替える気にはならない。
そして何よりも今は、着替えよりも遥かに切羽詰まった事態に彼女たちは迫られているのだ。
「私たちは、逃げてたんだよ……、ヒグマから。こうして話してる間も、本当は逃げたい……!」
「あ……、ごめんなさい、凍らせちゃったから……! すぐ溶かしに……」
「いや、とりあえずまず知っといてくれ、どんな相手だったのか。そんで危機感を抱いとくれ!」
智子たちはヒグマードから逃げていたのだ。
佐天たちは知らず知らずとはいえ、その足止めをしてしまった形になる。
タイヤが凍結してさえいなければ移動したいところだったが、今後の対応のためにも、まずは佐天と天龍に状況の危うさをはっきり認識してもらうことが先決だった。
初めに事態のあらましを掻い摘んで説明し始めたのは、超高校級の軍人でもある戦刃むくろだ。
こういう時の情報共有の大切さは、彼女が一番よく分かっている。
「……この赤い森の先、北東の端の崖で、私たちはそのヒグマに出会った。
そこのロビンくんが気を惹いて、そいつを食い止め、大打撃を与えてくれはした。
それに私たちの他に、言峰綺礼という拳法家の神父さんもいたわ。でも、生き残れなかった……」
「キレイさんは、ロビンさんが亡くなった後もただ一人その場に残って、ヒグマを撃退しようとしていました」
「バックミラーで確認した限りじゃ、少なくとも彼は2回、あのヒグマを殴り殺してたはずさ。
でも、そいつは死ななかったのさ。何度でも再生して復活するようだった。結局、あの神父は喰われちまった」
「そんな絶望的な瞬間、突然、私の電信を聞きつけてくれた方らしい誰かが、上から大量の水を降らせて崖を崩し、そのヒグマを海に突き落としたんです。
てっきり、それが天龍さんだったのかと……」
「おいおいおい……。そんな崖崩すような大量の水扱えるかよ、俺に……」
ヤスミン、グリズリーマザー、扶桑と続けて、今までの出来事が説明されてゆく。
苦い表情で頬を掻く天龍の返答に、扶桑は頷かざるを得ない。
確かに天龍はそんな能力を有してはいないし、何よりやってきた方角が違いすぎる。
だがその謎の助っ人がどうあれ、智子たちの抱く結論は一つだった。
「でもいくら粉微塵にして海に突き落としても、そんなんじゃただの時間稼ぎだ……。
近くにいたらあいつは絶対にまた追ってくる……。逃げなきゃ……!」
智子は、ロビンを抱えて震えた。
今一度思い出してしまえば、またあの時の恐怖が背筋に襲い掛かってくる。
陶然たる赤い死しか見えない、あの異形のヒグマの姿を思い描き、一様に屋台バスの一行の表情は硬くなった。
その様子に、佐天と天龍は顔を見合わせる。
「……そんなに強力なヒグマなら……。やっぱり、江ノ島盾子の差し金?」
「ああ……、あの女かもな」
「――!?」
「エノシマジュンコ……、だと……?」
聞き覚えのあるその名前に、車内の一同の眼が見開かれる。
中でも見るからに動揺した戦刃むくろや、呟きを漏らしてしまった黒木智子の反応は特に大きかった。
その呟きに、佐天は言葉を繋ぐ。
「江ノ島盾子という女に、友達が連れ去られたの。強力なヒグマを差し向けられて、その隙に。
あなたたちの状況と、似てると思わない……?」
「マジか……」
(そうだ、まずい……! 涙子さんはあの子のことを知ってたんだ……!
しかもかなり濃厚に! あああ、なんで生き残ってて、よりによって私のところに来るの!?
こんなに強くて優しい子だなんて聞いてないよ……!!)
智子が言葉を濁す横で、むくろは頭を抱えた。
佐天の説明を捕捉する形で、天龍が扶桑に語り掛ける。
「そのヒグマ、大和だったんだよ、扶桑。
大和を改造して、ヒグマ提督の恐怖と自責を最大限に煽りながら、俺たちを手玉にとって蹂躙しやがったんだ、その江ノ島ってやつは。
島風も、あと恐らく天津風も、撃沈されちまった……」
「そん、な……。そう、だったんですか……」
(ヒグマ謹製艦娘2体を撃沈してる盾子ちゃんの手先を、どうやって倒したのこの2人は!?)
語りながら天龍が掲げたデイパックの中身は、蜂の巣にされた島風の遺骸だった。
自分たちの上に立つ江ノ島盾子の暴虐を耳にして、扶桑は内臓が絞られるようだったし、むくろは佐天と天龍がそこを切り抜けてきたという事実を信じられなかった。
一時期の扶桑は、幸せな艦娘など、絶望に沈んでしまえばいいと思っていた。
だが、怒りと悔しさに震える天龍を見ながら、沈んでしまったという二隻の駆逐艦のことを思うと、扶桑にはただただ、寒々しい空虚感が襲いかかってくる。
他人の不幸は、蜜の味などしなかった。
むしろ他人の不幸は、自分の不幸よりも重苦しく彼女の肩に乗しかかった。
そして、むくろの全身には再び大粒の汗が浮いている。
車内のぎこちない反応に、佐天は一度辺りを見回し、身を乗り出して智子に尋ねた。
「……黒木さん、何か知ってるの? 江ノ島盾子のこと……」
「ああ、その女なら、たぶんこいつの妹……」
「うわー!! うわぁ〜〜〜〜――!!」
むくろが唐突に叫び声を上げていた。
絶叫しながら手を打ち振り、黒木智子が思わず漏らしてしまった情報をかき消そうとしているかのように慌てた。
そして彼女は叫びながら、周りが向けている驚愕の視線に気づき、さらに動揺した。
「あ――!? あー、あー……」
そして動揺しきった彼女は、硬直した空気の中で、唐突に腕を振ってリズムを取り始める。
朗々と声を張り上げて、むくろは戦時中の童謡に逃げた。
「――ぁあーさだ夜明けだ潮の息吹き♪
うんと吸い込むあかがね色の♪
胸に若さの漲る誇り――♪」
扶桑と天龍が顔を見合わせた。
それは彼女たちにとっても馴染み深い、軍歌のフレーズだった。
状況は理解できないものの、友軍が歌っているのだから歌うべきであろうという妙な連帯感が、そこには発生してしまう。
「――海の男の、艦隊勤務♪」
「「「月月火水木金金♪」」」
困惑しながらも、扶桑と天龍はむくろの歌に声を重ねた。
最終的に3人の合唱になったその歌を、むくろは大きく手を広げて締めくくる。
完璧に誤魔化せた――。
そんな達成感が、彼女の心を満たす。
しばしの沈黙の後、切り出したのは佐天涙子だった。
「……何を歌ってるの、いきなり」
「急に歌いたくなった! 頑張らなきゃいけないときの『月月火水木金金』、最高!」
「あはは、そっかぁ」
息巻いて答える戦刃むくろの勢いに、佐天は軽く笑ってしまう。
「で、あなたは江ノ島盾子のお姉さんなの? 戦刃さん」
それはそれとして、佐天涙子は全く誤魔化されてなどいなかった。
むくろは硬直した。
その硬直は、誰がどう見ても、肯定の表現に他ならなかった。
「……ねぇ、初春はどこ? あなたたちは初春をどこに掠ったの?」
「え、掠っ……!? なにそれ、それは知らない……! 知らないわ……!」
「戦刃さんは、あの女の、何なの? その名前は偽名?」
佐天が立ち上がっていた。
空気が乾燥してゆく。
体が錆びてゆくような威圧感。
月の海鳴りだ。
月の海鳴りから響いてくる佐天涙子の声は、まるで骨を直接舐めて溶かすかのように真っ青な色を以て感じられた。
むくろは思わず、自分の背に手を回していた。
黒木智子から返され隠し持っていた銃を、手に取ろうとした。
「――そこに銃があるの? 火薬の臭いがするんだけど。線香花火ってわけでもないでしょ?」
しかしその挙動は、佐天涙子の一声に差し止められていた。
クン、クンクン。
佐天が、小刻みにあたりの空気を鼻に吸い込んでいる。
汗の一滴から、焦りの一呼吸から、むくろの感情さえ読み取っているかのような確信が、その声には含まれていた。
「あ……、う……」
「……無駄よ、あなたの抜き撃ちがどれだけ早いか知らないけれど。
どうしてもってなら、受けて立つよ私は。負けるのは戦刃さんだから」
左手は顔の前を守るように広げられ、右手は下から何かを掬い上げるような位置で構えられている。
一体どんな攻撃が仕掛けられるのか、わからない。
つい昨日までは無能力者で、つい昼前まではモノクマに指を折られる程度だった中学生の少女が醸し出していい威圧感ではない。
そしてついさっきまで仲間だと言っていた少女が、垂れ流していい殺意でもない。
殺される――。
もしくは殺されるよりも酷い何かで、絶対に自白させられる――。
超高校級の軍人である戦刃むくろをして、そう感じさせる恐ろしさが、その少女にはあった。
「知られるわけには、いかない――!」
むくろは、勢いよくその拳銃を抜き放つ。
そして発砲したのは、自分に向けてだった。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
「『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』……」
そして佐天涙子の挙動は、むくろの動きを先読みしていたかのように素早かった。
佐天の手が、むくろのこめかみと銃口との間に割って入っている。
その掌から微塵に砕けた銃弾が、サラサラと砂のようになって風に散る。
自害しようとしていたむくろは、理解不能の恐怖に震えた。
「あ……、あ……!?」
真っ青な、夜空に光る星の色が、佐天の手には灯っていた。
そんなブルーの星をむくろの眼に焼き付け、佐天涙子は動けなくなった彼女の前に仁王立つ。
そして彼女の腕が、振り上がった。
「バカなこと、してんじゃないわよ!」
突風が巻き起こる。
戦刃むくろの制服が巻き上がり、黒いスカートが風に大きくはためく。
上着の裾は胸まで跳ね上がり、スカートのプリーツは弛緩しきって、その内奥に秘めていた彼女の下着を衆目に顕わとさせる。
たっぷり3秒ほども風にたゆたっていたスカートが落ち始めるころ、ようやく戦刃むくろは状況に反応することができた。
「ひゃぁぁぁぁぁ――!?」
羞恥心に赤面し、スカートを押え、彼女は席から滑り落ちて床にへたり込む。
わけもわからぬまま心臓は動悸を打ち、混乱した頭からは全ての思考が吹き飛ぶ。
それは思春期の少年少女に絶大な威力を発揮する佐天涙子の能力、『下着御手(スカートアッパー)』であった。
「黒のスポーツショーツ……? いやー、地味だねぇー」
「――な、な、何を!? 何をいきなり!?」
むくろには、吟味されるかのように下されたコメントの意味も分からないし、この突然の事態の因果関係もわからない。
顔を真っ赤にして困惑するむくろへ、佐天はどこぞの批評家のように勿体ぶった仕草で言葉を掛ける。
「機能的なのは良いけどー、やっぱりパンツから心の余裕を持った方がいいんじゃない? 戦刃さんは」
「う、うるさい! これは抗刃・抗弾繊維で編まれてるの!
涙子さんにとやかく言われる筋合いない!」
なぜ突然スカートをめくられた上に下着のチョイスにダメ出しをされなければならないのか。
あまりに理不尽かつ破廉恥かつ意味不明なこの事態に、むくろは半泣きになりながら叫ぶことしかできない。
そんなむくろの反応に、佐天はパンッと手を打ち合わせた。
得意げなウィンクが、むくろに向けて投げられる。
「よし、バカな考えは吹っ飛んだね? どうよ?」
「あ……」
そう言葉がかけられた瞬間、むくろは自分が拳銃を取り落としていたことに気づく。
さっきまで頭の中を占めていた『自害』という考えは、とっくにどこかへ吹き飛んでしまっている。
それが佐天涙子の狙いだったのだとむくろが気付けたのは、さらに暫く呆然としてからだった。
「パンツを見ると、落ち着くのよね……。
ああ、日常に戻ってきたなぁ、って。天龍さんもそう思わない?」
「ごめん、その感覚はよくわからん」
むくろの様子を見て満足げに頷きながら、佐天は天龍に同意を求めたが、あいにく天龍にはひくついた苦笑を零すのみだ。
反応に困っている車内の全員に向け、佐天はそこで立ち上がり、堂々と主張する。
「めくるスカートがあること。スカートをめくる相手がいること。そしてパンツを履けること。
これがどれだけ幸せなことかわからない?
たった一枚の布だけれど、それだけで取り戻せる日常と感情が、私たちにはあるの。
現にほら、空気はもう、こんなに和んでる」
「まぁ……、確かに」
スカートとパンツを履いた女の子がいるという状況がなければ、スカートめくりなどできない。
むさい男ばかりの戦場だったり、切羽詰まった危険な状況では、一体誰がスカートとパンツを履いていて、なおかつそれをまた誰かがめくろうという発想になるだろうか。
スカートめくりとはつまり、平穏で幸福な学生生活の象徴とも言える行為なのだ。
どんな非日常の辛い状況であっても、そこにめくれるスカートとパンツがありさえすれば、そこには日常を取り戻せる。
乾いた心に、羞恥心という名ではあっても、ひとしずくの感情と潤いを取り戻せる。
スカートめくりにかけた並々ならぬ佐天涙子の信念は、ある種の納得感を周囲にもたらすに足りていた。
「無理に聞き出すつもりはないわ。そんなことをしたらきっと、あのヒグマたちと、同じ……。
一緒に戦ってもらえるなら、それだけで、十分すぎるくらい」
異形と化してしまった大和という艦娘。
異様な信念で殺戮に身を投じようとするかんこ連隊のヒグマたち。
誰かの意向を無理矢理押しつけてしまえば、きっとそこには歪みが生じる。
捻じ曲がり歪んでしまった、そんな者たちの轍を、もう佐天涙子は踏みたくなかった。
だから佐天が抜き放つのは、人を殺すピストルではなく、スカートをめくる一陣の風だけだった。
「なんだよお前……、パンツマイスターかよ……」
智子が呆れ半分、驚愕半分に、そんな呟きを口から零す。
そんな職業や資格があるはずなどないのだが、どうしても佐天の挙動には、そうした一種の職人芸の凄まじさを感じずにはいられなかった。
スカートめくりで作る、出会いと友情。
言葉にする以前からろくでもない響きしか感じないが、こんな緊急事態では、これほど高速に初対面の相手との距離を縮められる方法はなかなか他にないだろう。
互いの恥を一瞬で共有できる上に相手の素の感情を引き出せて、非道徳的でありながらギリギリお互いが女性であることで許せなくもない絶妙なラインのスキンシップ。
特に佐天涙子の場合は、そこにすかさず的確なフォローとアフターケアを入れてくる点で隙がない。
ここが素人の男子学生と、昇華された職人芸との違いなのだと言えよう。
「……これだけは、言える」
スカートを押えたまま、俯いたむくろは語る。
めくられて冷静になった頭で考えてみれば、江ノ島盾子からの使命を果たせておらず連絡もとれていない以上、むくろはこの場で死ぬわけにもいかないのだ。
相手に無理強いをする気がないのなら、うまく核心から話題を逸らしつつ、生き延びる算段を考えなくてはならない。
なぜだかはわからないが、彼女が江ノ島盾子の姉であり仲間であることは、黒木智子を始めこの場の全員に知られてしまっていたのだ。
この一行に同行し、ヒグマを撃退しながら、なんとか江ノ島盾子の意向にも出来るだけ沿いたい以上、言えるだけの情報は言うべきだった。
なにしろ、こういう時の情報共有の大切さは、彼女が一番よく分かっている。
「……あの子は、絶望を望んでる。あの子が人を殺すなら、必ずそれで絶望を感じられるようにする。
あなたの知らないところでその友達が死んでも、あなたは絶望しないでしょう。
……だったら、まだ殺してない。あの子は希望を抱かせるだけ抱かせて、涙子さんを絶望に叩き落とすだろうから」
声を聞かせて、泣き叫び助けを求める姿を見せ、そして佐天を走らせる。
そして助けが来た感動に震える友を、希望を抱きに抱かせた目の前で惨殺する――。
恐らくそれが、佐天を最も深い絶望の底に落とせる行為だろう。
(タイプは違うけど、この決して折れない感じ、苗木くんみたいだ。
盾子ちゃんは、この涙子さんを相当危険視してるんだね。だから友達を掠うなんて布石を打ったんだ。
わかるよ。たった一日たらずでこれだもの。この精神力も能力も、未だ恐ろしい成長性を秘めてる。
この島の絶望を払う者がいるとしたら、それは恐らく、この涙子さんだ……)
だからこそ江ノ島盾子は、佐天を完膚無きまでに叩き潰そうとするだろう。
そうなっていない以上、佐天の友人が殺されていないことはほぼ確実だと思えた。
そして恐らく、この場でのむくろの役目は、あの苗木誠たちに紛れていた時のような、スパイ行為になるのだろう。
「……ありがとう。十分だわ。きっとあなたがこう言ってくれることも、あの女の作戦なんでしょうけど。
それならそれで、望むところよ」
「うん……」
「話は纏まったみてぇだな」
むくろが黒幕のスパイであろうことを察していながら、佐天や天龍は彼女を受け入れた。
それは決して、甘さや性善説から来たものではない。
ここで諍いを起こすことより、遥かに重要なことが、ここには迫ってきている。
「改めて俺は軽巡洋艦、天龍型一番艦の天龍だ。俺たちは殺し合いを止め、命あるものを全て救う心構えでいる。
さあ、協力しようぜ。元からお前らはしてたみてぇだけどよ。
まずはお前たちが逃げてきたっていう、その強大なヒグマとやらをどうにかするところからだ」
天龍たちが合流する以前から、この一行は参加者とヒグマと黒幕の一味という、信じられない組み合わせで行動してきているのだ。
追ってきているというその強大なヒグマは、この相容れないはずの3勢力が協力しなければならないほどの相手であったことは、今までの話からも想像に難くない。
黒幕である江ノ島盾子の差し金でも、ヒグマ帝国の者でもない全くのイレギュラーでそれというのは、あまりにも危険に感じられた。
天龍から振られた議題を、むくろが智子に振る。
黒木智子は、あの崖の戦いで、唯一その敵性存在の正体を認知していた者だった。
「智子さんは、あのヒグマの正体を察していたんだよね?」
「……ああ。あいつは、吸血鬼アーカードだ。ロビンと同じイギリス出身であの言動……。
本にも載ってるんだ。間違いない……!」
「吸血鬼?」
佐天は智子から出た、この場に似つかわしくない単語に首を傾げる。
「ああ、吸血鬼の真祖、ノーライフ・キング……、よ、呼び方はなんだっていい。
と、とにかくあいつには、姿形など無意味だ。私の知ってる限りで、あいつには342万4867の命がある……。
生も死も全てペテンのあいつを殺せる訳ない……」
「……それヒグマなの? ヒグマじゃないわよね……?」
智子は、言いながら自分の言葉の恐ろしさに身を震わせた。
『HELLSING』という書物に描かれているアーカードの暴虐は非常にえげつなく、映像媒体で見ればその恐怖は更に増加する。
なおかつ智子は、その実物を目の前で見て、親しい者を殺されてしまったのだ。
それはある意味、言峰神父の言っていたように、外宇宙かどこかの神を目の当たりにしてしまった状態に近い。
佐天の疑問を聞きながら、我ながらよく狂気に陥らずに済んでいたな、と、智子は自分の精神防御力に感心した。
「……ああ、あいつはただ遊びでヒグマの格好をしてるだけだ。
赤黒くて、目も脚もとっちらかった異形の……。そもそも毛が全部血管なんだ。もうヒグマに似せる気があるのか無いのかもわからねぇ……」
ロビンの死体を抱き寄せ、智子は浅い息で必死に言葉を絞る。
描写されてゆくそのヒグマを思い浮かべて、天龍と佐天はハッとした。
それは今日、彼女たちも見たあるヒグマの姿に、酷似していた。
「それは……! まさか……! あの赤黒いヒグマ!?」
「天龍さんも心当たりがあるの!?」
驚きと共に、天龍と佐天は顔を見合わせる。
お互いにとって、それはあまりにも予想外のことだった。
「ああ……、あれはまだ夜中だった。
あいつは突然現れて俺たちに襲いかかり、俺にこの球を託したカツラって奴を引きちぎり、殺した……。俺は逃げることしかできなかった。
だがその後現れた、天をつくような馬鹿でかいヒグマ……、お前たちも見ただろ?
あいつはあのヒグマにバラバラにされて吹き飛んだんだ。死んだとばかり思ってた……」
「……私も。あれは午前中、津波に紛れてやってきて、ウィルソンさんを水中に引きずり込んで食べようとしてた。
私は初春や北岡さん、皇さんと一緒に、あれを『W(ダブル)第四波動』で焼き尽くした。殺した、はずだった……」
智子の話を受けて、二人の中で全ての話が繋がった。
彼女たちが見たヒグマードの死は、数百万ある彼の命が、一つ減った場面に過ぎなかった。
佐天は自分の両手を見つめて、震えた。
「そん、な……。あの時、私はこの手で、トドメを刺したはずなのに……」
両手の指の間に見える先には、黒木智子が、クリストファー・ロビンの死を抱えている。
佐天が先程、偉そうに上から説教を垂れた、死だ。
何のことはない。
クリストファー・ロビンの死は、佐天がその吸血ヒグマを仕留め損なわなければ、有り得なかったことなのだ。
骨折が治った右手の人差し指と中指は、鱗のように皮膚がざらつき、変形している。
それが彼女には、中途半端に人と獣の間を揺れ動いた結果の、醜い罰の一部に見えていた。
――あいつは、清算しきれなかった、私の罪の一部……。
あいつは、死んでたはず。殺したはず。
私があの海鳴りの上で殺し切っていれば、黒木さんの恋人は死んでいなかったはずだ。
彼女にこんな悲しい思いをさせたのは、私の責任だ。
――ああ、なんて未熟なんだ、バケモノになり切れない無力な小娘の私は!!
「私は――、責任を取る! 罪を、償うわ……!!」
佐天は、頭を抱える代わりに、慟哭した。
天龍が真隣で、びくりと身を竦ませる。
「どうする気だよ!? あいつには数百万もの命があるってんだぞ!?」
「簡単な話よ……。百万なら百万、一千万なら一千万、甦る端から殺してやる……!!
……ええ、殺してやる。絶対に殺してやるわ……!!」
億兆京那由他阿僧祇の月が佐天に回る。
ブルーの星と夏至の日を両手に握り込んで、佐天は今一度、自分の踏み越えてきた道の岐路に慟哭する。
月の日没から、二度も呼んだあの道は、何のためにあったのか。
今、佐天の目には、何が見えているのか。
忘るるなかれ。今ここには、共に行ける友がいる。
【F―2 枯れた森 夕方】
【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:深仙脈疾走受領、アニラの脳漿を目に受けている、右手示指・中指が変形し激しい鱗屑が生じている、衣服がボロボロ
装備:raveとBraveのガブリカリバー
道具:百貨店のデイパック(『行動方針メモ』、基本支給品、発煙筒×1本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、缶詰・僅かな生鮮食品、簡易工具セット、メモ帳、ボールペン)、アニラのデイパック(アニラの遺体)、カツラのデイパック(ウィルソンの遺体)
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:殺す、殺してやる……。あの死を。私の罪を……!
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助けたい。のに……。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『下着御手(スカートアッパー)』……。
5:本当の独覚だったのは、私……?
6:ごめんなさい皇さん、ごめんなさいウィルソンさん、ごめんなさい北岡さん、ごめんなさい黒木さん……。ごめんなさい……。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになってしまいました。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。
※アニラのファンデルワールス力による走法を、模倣できるようになりました。
※“辰”の独覚兵アニラの脳漿などが体内に入り、独覚ウイルスに感染しました。
※殺意を帯びた波紋は非常に高い周波数を有し、蒼黒く発光しながらあらゆる物体の結合を破壊してしまいます。
※高速で熱量の発散方向を変えることで、現状でも本家なみの広範囲冷却を可能としました。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。
【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破、キラキラ、左眼から頬にかけて焼けた切創
装備:日本刀型固定兵装、投擲ボウイナイフ『クッカバラ』、61cm四連装魚雷、島風の強化型艦本式缶、13号対空電探
道具:基本支給品×2、ポイントアップ、ピーピーリカバー、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL、サーフボード、島風のデイパック(島風の遺体)
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:落ち着けよ涙子……? 戦いを挑むにしても、無茶だけは絶対にするな……!
1:扶桑、お前たちも難儀してたみてぇだな……。
2:迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
3:金剛、後は任せてくれ。俺が、旗艦になる。
4:ごめんな……銀……、島風、大和、天津風、北岡……。
5:あのヒグマたちには、一体、何があったんだ……。
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※ヒグマ製ではないため、ヒグマ製強化型艦本式缶の性能を使いこなしきれてはいません。
【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:血塗れ、ネクタイで上げたポニーテール、膝に擦り傷
装備:令呪(残り2画/ウェイバー、綺礼から委託)、製材工場のツナギ
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー、ロビンのデイパック(手榴弾×1、砲丸、野球ボール×1、石ころ×69@モンスターハンター、基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン )、ロビンの遺体
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:ロビン……、お前を、私はどうすればいい……?
1:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
2:グリズリーマザー、ヤスミンに同行。
3:アーカードは……、あんな攻撃じゃ、死なない……。
4:超高校級の絶望……、一体、何ジュンコなんだ……。
5:即堕ちナチュラルボーンくっ殺とか……、本当にいるんだなそういう残念な奴……。
6:お前もだいぶ精神にキてないか? 素敵なパンツマイスターさんよ……。
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。
【穴持たず696】
状態:左腕切断(処置済み)、波紋注入
装備:コルトM1911拳銃(残弾3/8)
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
0:あのヒグマを百万回以上殺すとか、正気……!?
1:こんな苗木くんみたいに強くて優しい涙子さんと仲間になれたなんて……。
2:智子さんは、すごく良い友達なんだから……! 絶対に守ってあげる……!
3:言峰さんとロビンくんの殉職は、無駄にしてはいけない……!
4:良かった……。扶桑は奮起してくれた!
5:盾子ちゃんのことは絶対に話さないわ!
6:盾子ちゃん……。もしかして私は、盾子ちゃんを裏切ったりした方が盾子ちゃんの為になる?
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。
【扶桑改(ヒグマ帝国医療班式)@艦隊これくしょん】
状態:ところどころに包帯巻き、キラキラ、出血(小)
装備:鉄フライパン
道具:なし
基本思考:『絶望』。
0:天龍さん、一体何があなたを、こんなに強くさせたんですか?
1:この、電信を返して下さった方は……?
2:ああ、何か……、絶望から浮上してくるのって、気持ちいいですね……!
3:他の艦むすと出会ったら絶望させる。
4:絶望したら、引き上げてあげる。
【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、『閼伽を募る我が死』、穴持たず82の糖蜜(中身約2/3)
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:またあのヒグマが襲い来るとか冗談じゃないよ……!
1:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
2:あの帝国のみんなの乱れようじゃ、旦那やシーナーさんとも協力しなきゃまずいかねぇ……。
3:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
4:むくろちゃんも扶桑ちゃんも難儀だねぇ……。
5:実の姉を捨て駒にするとか、黒幕の子はどんだけ性格が歪んでるんだい……?
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4〜20 最大捕捉:200人
グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。
※宝具『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、自身を即座に再召喚できる。
または、自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、Bランク以下の水属性のサーヴァント1体を即座に召喚できる。
【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×8巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー・残り1/3)、基本支給品×3(浅倉威、夢原のぞみ、呉キリカ)、35.6cm連装砲
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:全員を生還させる手立てを考えなければ……。
1:帝国の臣民を煽動する『盾子』なる者の正体を突き止めなければ……。
2:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
3:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
4:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。
以上で投下終了です。
続きまして、佐天涙子、天龍、扶桑、戦刃むくろ、黒木智子、
ヤスミン、グリズリーマザー、司波深雪、百合城銀子、シーナー、
ヒグマードで予約します。
――次回、『黒化(ニグレド)』。それでも私は、ヒグマロワにも負けないと信じております。
予約を延長します。
投下乙です
これがヒグマロワの佐天さんだ…!もう様々な修羅場を潜り抜け過ぎて精神的超人と化してますね
学園都市に帰ったら埋葬するために死んだ仲間の遺体をディバッグに入れて持ち歩く人とか始めて見た。
もこっちが圧倒的スペック差に凹むのも無理はない。まあ原作からしてちょっと前までランドセル背負ってたとは
思えないスタイルと女子力を併せ持った無能力だけど女としての魅力は最強なお方でしたしね。
改造しまくっても嗅覚が鋭いとかスカート捲りでスッキリするとか元の佐天さんの要素もちゃんと残してるんですよね。
次はヒグマードか…果たして彼女はトドメを刺せるのか!?
遅くなりましたが予約分を投下します。
佐天涙子は逸っていた。
黒木智子の大切な人を奪ってしまったのが、あの赤黒いヒグマ――自分の注意不足と力不足のために仕留め損ねてしまったモノ――だったということを知ってしまったから。
責任感があった。
嫌悪感があった。
とにかく動き出さねば気が済まなかった。
そうして踵を返し屋台バスの前方へ突き進もうとした彼女の裾を掴んだのは、当の黒木智子だった。
「やめろよ、やめてくれ……」
「いいえ、駄目だわ。だったらなおのこと、ここで全ての因縁に終止符を打たなきゃ……!」
クリストファー・ロビンの遺体を抱えたままの智子は、眼に涙を浮かべながら震える。
佐天が絞り出す言葉にも、ひたすら首を横に振るのみだ。
「ア、アーカードに、敵うわけない……! 逃げ、逃げなきゃ……!!」
「どこへも逃げ出す場所なんてないわよ! 自分自身の心の中くらいしか!!」
智子の肩を掴んで、佐天もまた泣きそうな表情で訴えた。
この島はせいぜい数十平方キロメートルしかない閉鎖空間だ。
そんなところで右往左往したところで、脱出の糸口が見つかるまで逃げ切れるなどとは、佐天には到底思えなかった。
実際、ヒグマードに出会った佐天、天龍、智子の3グループがここで出くわす程なのだ。
逃げるよりも、迎え撃つべき――。
佐天はそう考えていた。
「ちょっとその話は待ちだ。……今日は千客万来だね」
そんな両者の険しい見つめ合いに、グリズリーマザーの言葉が割って入った。
屋台バスの窓越しに、こちらへ森の中から近づいてくる、二人の人影がいた。
「ほぉら、やっぱり月の娘がいた! とってもデリシャスメルだ!」
「ああ、グリズリーマザーさん!? ヤスミンさん!? 私です、シロクマです!」
その人影――、少女たちの正体を認識して、バスの中のヒグマたちは驚愕した。
「シ、シロクマさんかい!?」
「シロクマさん!?」
グリズリーマザーとヤスミンが身を乗り出した先で、手を振りながら駆け寄ってくるのは、穴持たず46シロクマ――司波深雪と、百合城銀子であった。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
「良かった……、こんなところでまともな帝国の要職と合流できるなんて……!
ありがとうございます、百合城さん……」
「なに、礼には及ばない、がうがう」
バスの中に連れられながら、司波深雪はようやく安堵したように息を吐き、同行者に感謝を述べた。
高校の制服を血塗れにしている彼女の姿に、車内の一同は驚くばかりだ。
「ちょっと、ミズクマさんまでいるじゃないか!」
「どうしてそんなお姿でここに? こちらの方は?」
「境界線の番熊、ヒトリカブトの百合城銀子。深雪のお兄さんに喚ばれた、助っ人だと思ってくれ」
「『彼の者』に襲われまして……。お兄様……、いえ、シバさんの喚びだした彼女に、救っていただいたのです」
まず司波深雪は、全身を赤黒く染めている血が自分のものではなくヒグマの返り血だと説明して周囲を安心させる。
矢継ぎ早に要職のヒグマたちから浴びせられる質問へ銀子と共に返答し情報交換しつつ、彼女は話について行けていない車内の同乗者にも、掻い摘んで身の上を明かしていた。
「……STUDYの一員で、HIGUMA細胞を移植する手術を受けてヒグマ帝国の指導者クラスにもなっていた……?」
天龍や佐天は、呆けた表情で目を瞬かせた。
ちょっと何を言っているかわからない経歴ではある。
「はい。佐天涙子さんと天龍さんですよね。
参加者の皆さんは、実験に巻き込んでしまって申し訳ありません。当惑とお怒りはごもっともです。
ですが今は私も、黒幕を打倒したいだけのただの人間です。そこを曲げて協力していただけませんか?」
司波深雪は車内の人間を見回し、丁寧な口調で頭を下げた。
謝罪の意思が感じられない実に慇懃なその文言からは、悪意のないほどに染みついた自然な高慢さが匂い立ってくるようだったが、この状況ではそれくらい些末なことだ。
それは黒木智子が値踏みするような視線を送る奥で、戦刃むくろが脂汗を流し、扶桑が頭を抱えていることからも容易に窺える。
本来彼女は、こんな地上に出てくることなどないはずの、要人中の要人なのだ。
ヤスミンが恐る恐る、当然想定して然るべき地下の状況を、問うてしまっていた。
「襲われた、ということは、他の指導者の方は……!?」
「……シバさん、キングさん、ツルシインさんは、殺されてしまいました。
艦これ勢を繰っていた、『彼の者』……、黒幕である江ノ島盾子に!!」
司波深雪は歯を食いしばり、そう吐き捨てる。
座席を強く叩いた彼女の拳に、奥で戦刃むくろがビクリと身を竦ませる。
その様子に、司波深雪はゆっくりと立ち上がっていた。
「……あなた、部外者ですよね」
「え、わ、私……?」
露骨に目の泳ぐむくろに歩み寄りながら、深雪は怨みを込めた口調で彼女を詰問する。
「私にはわかってるんですよ、伊達に主催とヒグマ帝国指導者の一角を担っていたわけではありません。
そこの戦艦は、艦これ勢のヒグマが作ったもの。そしてあなたはまず間違いなく……、江ノ島盾子の手の者!!」
「くっ!?」
当然、彼女はSTUDYの一員として、呼び寄せた全ての参加者を把握していた。
彼女の記憶にない人間・艦娘は、それすなわち、黒幕か艦これ勢によって送り込まれてきた者だと考えられる。
もちろん、百合城銀子のようにそれ以外の由来で紛れ込んだ例外という可能性もなくはない。
そのため、深雪はあえて激しく指摘することでカマを掛けたのだ。
そして彼女は勝ち誇ったかのように声高に宣言する。
「動揺しましたね! それが何よりの証拠!
皆さん、この女は、私たち島の者たちを皆殺しにしようとしている敵です!!」
むくろを指さして喧伝する司波深雪は、血みどろの姿のまま眦を怒りに裂いて彼女に掴みかからんとしていた。
「あなたたちのせいで、お兄様は……!!」
「やめて!」
その瞬間、彼女たちの間に佐天涙子が立ちはだかる。
「やめないと、ただじゃ済まないわ」
「はぁ? 何を言ってるんですか?」
理解不能な彼女の行動に、司波深雪は苛立った口調で首を傾げた。
江ノ島盾子は、STUDYもヒグマ帝国も参加者も誰彼構わず破滅に追い込もうとしている人物だ。
その仲間なのだから、参加者の立場からしても排除して然るべきであることは少し考えればわかるはずだ。
思わず深雪は、目の前の太平楽な少女の脳味噌が茹だっているのではないかと疑ってしまう。
「この女は、紛れもない敵なんですよ。
そこを退いてください。ただで済まなくなるのはその女です。
江ノ島盾子に、私はお兄様を殺されたんです……!」
「戦刃さんがあの女のお姉さんだってことは知ってるわ。それでも、今は関係ない」
「涙子さんそれ言わないで……!!」
「あなただって、私や初春をさらった一味でしょ。棚上げにしてあげるから、今はそれどころでない状況を協力して切り抜けるべきよ」
「チッ……、話になりません。退いて下さい。痛い目を見ますよ」
むくろが狼狽え、深雪が舌打ちする前で、佐天涙子はゆっくりと腰を沈め、下段にその手を降ろして身構える。
「……あなたがその格好をしてる限り、私は一瞬であなたを無力化できるわ」
何かの武術の構えには見えない。
むくろの目からしても、深雪の目からしても、それはただのド素人が格好をつけているようにしか見えなかった。
深雪は真剣にそんな見得を切っている少女の眼差しに失笑する。
「フッ、ハッタリのつもりですか? 私は知ってるんですよ佐天涙子さん。あなたが無能力者だということはね」
STUDYの事前調査では、佐天涙子は学園都市のレベル0。
ジャーニーの『ディフュージョンゴースト』で操られた駆動鎧に金属バットだけで挑みかかる腕力と度胸があったり、一晩で大型汎用作業機械の操作法を完璧にマスターして斑目と小佐古の擬似メルトダウナーを撃墜するほどの習熟力とセンスがあったりはするが、所詮それだけの一般人だ。
魔法演算領域を破壊されたとはいえ、九重八雲のもとで長年忍術を修行していた自分にとっては赤子同然――。
一捻りだ、と司波深雪は考えていた。
しかし佐天の表情は変わらない。
「……仮にここにいるのが昨日の私だったとしても、結果は同じよ」
佐天がそう呟いた刹那、ものも言わぬままに、司波深雪の両手が宙に走っていた。
人遁・一節切――。
両側の頸動脈を遮断し一瞬で相手の意識を刈り取るその忍術を、深雪は目の前の少女に掛けようとする。
しかしその瞬間、既に佐天涙子の体は司波深雪の視界から消失していた。
凄まじい低さに身を屈めたのだと深雪が気づいたときには、もう遅かった。
脚の間を、涼やかな風が通り過ぎる。
次の瞬間には、下から巻き上がった薄緑色に視界が埋め尽くされる。
同時に、両腕が凄まじい勢いで上に跳ね上げられ、全方向から強く締め付けられる。
それは彼女の、スカートの生地だった。
「ひへぁ――!?」
胸元から首筋までが外気に晒される冷感。
何も見えなくなり上半身が束縛された深雪は、バランスを崩して屋台バスの通路にもんどり打って倒れる。
「むごふぉぉ!? な、何!? 何が――!?」
胸から腰元以下まで、白磁のような肌とフリルのついた華やかな下着を露わにして、司波深雪はもがく。
だが彼女の首から上と両腕は、めくり返された自分の制服によって完全に覆い尽くされていた。
彼女の纏っていた制服のスカートは、一般的な高校のものとはかけ離れた、細目のワンピースである。
しかしその特異なデザインが、この場では完全に仇となった。
佐天のスカートめくりにおける繊細にして獰猛な指使いにかかれば、一つなぎとなっているその上半身部分までをも容赦なく衆目に晒すことは、あまりにも容易だった。
「随分と甘く見てくれたわね……!
悪いけど、どんなロングスカートだろうとタイトスカートだろうと、それがスカートである限り、私は必ずめくってみせるわ!」
巾着包みからたおやかな肢体だけを晒して蠢いている深雪の前に、佐天は仁王立ちとなってそう宣言する。
今まで一度たりとも失敗したことのない、佐天の神速のスカートめくりの構えを、司波深雪は見切ることができなかったのだ。
直前の言葉通り、一瞬にして無力化されてしまった司波深雪の様子に、周囲の一同は大きくどよめいた。
「うわぁ……、なんか勃起モン通り越して外宇宙の生命体みてぇな見苦しさ……」
引き締まった艶やかな女体と色っぽい下着が目の前にあっても、頭から上が裏返しの服に包まれて呻いているその状態は、黒木智子に気味悪さしか抱かせない。
反対に百合城銀子は、そんなおでんの鍋で煮られすぎた餅巾着のごとき様相を呈している司波深雪に、目を輝かせて飛びついていた。
「素晴らしい! さすが月の娘だ! 一瞬で深雪を、蜜の溢れるひとかどのユリに仕立て上げるとは!」
「むぐぅぅ!? 百合城さん!? 百合城さんが押えてるんですか!? なんで!? 止めてくださいぃ!!」
「キミ自ら透明な嵐を作ろうとするとはまだまだ浅はかだなぁ深雪〜。
あぁ〜、これはとてもいい眺めだ、じゅるり……」
見苦しい餅巾着にすりつく百合の姿にさらなる忌避感を抱く智子の隣で、戦刃むくろだけは一人、慄然とした畏怖に固唾を呑む。
「確かに……、戦場でのスカートの着用は、専用の運用メソッドを用意していなければ、ただの弱点にしかならない……。
涙子さんの技術は、その隙を決して逃さない。まるで熟練のスナイパー……!」
「そうですよね……、艦娘ももっと被覆性の高いズボンを穿いた方がいいんではないかと、中破する度にそこはかとなく思ってました」
「ここに誰も男がいなくて良かったな……」
扶桑と天龍が目を見交わし、この重要人物らしい餅巾着をどうするか相談しようとしていたその時だった。
「みなさん!? こんなところで揃って、一体どうしたんですか!?」
バスの外から、また突如そんな声がかかる。
その声に振り向いた一同の目に、森から走り寄ってくる一人の影が映る。
佐天は目を見開いた。
「う、うい、はる……?」
彼女の目に映ったのは、車内へ息巻いて駆け込んでくる、初春飾利の姿だった。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
さあ夕闇よ、インディオに見せたように。
影の王妃の声、運べ、人に――。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「ぶ、無事だったの!?」
「は、はい……! 私はなんとか……。私もみなさんを探してたんですよ!
でも良かった、無事みたいですね……。本当に良かった……」
開け放たれていたバスのタラップから乗り込んできた初春飾利の姿に、佐天涙子は駆け寄る。
手を取って息巻く佐天の様子に初春は一瞬面食らうが、すぐにその表情は安堵に緩む。
ヤスミンやグリズリーマザーに会釈し、泣き笑いのように目元をこするその姿に、天龍も喜びの声を上げた。
「おい、本当に飾利なのか!? マジか、良かった!」
「よぉし、このまま脱ぎ脱ぎしようか深雪。制服は洗濯してあげるからね」
「何ですか何ですか、もう……!!」
めくられた制服をそのまま脱がされ下着姿となってしまった深雪も、羞恥に憤りながらその来訪者に気づき、目を丸くする。
しかしその人物に最も驚いていたのは、江ノ島盾子を妹に持つ戦刃むくろだ。
本当に佐天涙子の言うように、妹が拉致を行っていたのだとしたら、その徹底ぶりも生半可なものではないはずだ。
そこを抜け出してこれるほどの何かが、初春飾利にはあったのだろうか。
にわかには信じられなかった。
「さらわれてたって、聞いたんだけれど……、逃げてきたの? 盾子ちゃんの手から……!?」
「ははは、まさかぁ」
むくろの問いに、初春は屈託なく笑う。
その瞬間だった。
ぼこん。と。
そんな音をたてて、佐天涙子の喉仏が気管に押し込まれた。
「か――、ふ――……!?」
彼女の両脚から力が抜け、床に倒れ込む。
驚愕に目を見開いた佐天は、呼吸ができぬまま口をぱくぱくと動かして床に悶える。
見上げた親友の姿は、ぞっとするほどの笑顔を浮かべていた。
「うぷぷけけけけ……! カワイイ初春ちゃんだと思ったぁ――!?」
そんな初春飾利の顔がばりばりと破られ、下から、あの女が姿を現す。
「ざぁぁぁぁんねぇぇぇぇん♪ 江ノ島盾子ちゃんでぇぇぇぇす!!」
悶絶するような凄惨な笑みを高らかに叫び上げたそのピンク色の髪の女は、ただ驚きにひるんだ周囲の者たちへ、無造作に手刀を振るっていた。
その両腕の一撃で何の抵抗もできぬままに、グリズリーマザー、ヤスミン、天龍、司波深雪、百合城銀子の首が飛ぶ。
「え……、ぐ……」
その光景を見上げていた佐天涙子の血走った目から、血の涙が流れた。
しかしもう、彼女の体は悶えることもできなかった。
気道を塞がれ呼吸のできなくなった彼女は、そのまま壮絶な怒りと絶望を表情に刻んだまま、息絶えていった。
「本当に良かったぜぇ、こんなところで雁首揃えちゃって、絶望的に狩りやすいったらありゃしない!」
「え、江ノ島さん……!?」
「ジュ、盾子ちゃん!? ま、まさか、もう『人間化したヒグマ』に意識をダウンロードできたの!?」
江ノ島一派であるはずの扶桑とむくろですら、その一瞬の殺戮劇には、驚愕しか抱けなかった。
「まぁ、STUDYとヒグマ帝国がヒグマのバリエーション自体はふんだんに作ってくれてたからね。
私様のやったことと言えば素材選びくらいで、あとはただ絶望的に退屈な作業をこなしてただけだよん♪」
その少女、江ノ島盾子は、初春飾利の生皮のオーバーボディを被っていた。
機械に封じられたアルターエゴに過ぎなかった彼女は、生前の自分の姿をしたHIGUMAの肉体を形作り、そこに意識を上書きさせたのだ。
戦刃むくろの見立てでは、その作業にはもう少し時間がかかるはずだった。
予想外に速く進行していた彼女の計画に、むくろは固唾を呑む。
「それじゃあ、もう『人類総江ノ島化計画・改』は、最終段階に入るのね……?」
「そ♪ あとはここにいるみんなに絶望を味わわせてあげるだけ……」
姉であるむくろですらゾッとするような笑顔で、江ノ島は笑う。
「てなわけで、その銃でその子やっちゃってよ、お姉ちゃん。
今までの短くも楽しい旅行に蛍の光を流す感じで」
そして彼女が指さしたのは、むくろの隣で理解の追いつかぬ恐怖に身を竦ませて震えている、黒木智子だった。
手元の銃と智子を交互に見て、むくろは狼狽える。
「え……!? そ、それは……」
「……どうしたの? なんでできないのかな? あん?
本当に使えないね、この3Zは」
妹からの突然の要求に当惑しているむくろへ、江ノ島は低い声で語りかけながら近づいてくる。
黒木智子は、ただ怯えた表情で、むくろのことを見つめている。
その青ざめた顔に刻まれているのは、絶望だ。
それは智子の瞳に映っているむくろ自身の顔にも見えるようで。
智子も、むくろも、何も言葉を口にすることができなかった。
確かに二人が出会ってからの時間は短かった。それでも、智子はむくろの内面の美しさを認め、褒めてくれた、友だった。
少なくとも、むくろにとっては紛れもなく。
『絶対に守ってあげる』とまで誓った、友だった。
今目の前で倒れている、人々の死骸が、見慣れた戦場の惨状とは違って見える。
怨嗟を血涙に浮かべて息絶えている佐天涙子も――。
そう。
間違いなく、むくろの心の中に一瞬で踏み込んできた、友だった。
「……ったくこのグズが」
硬直したむくろの前で、しびれを切らした江ノ島盾子が大きく腕を振りかぶる。
そこへ割り込んできたのは、扶桑だった。
「やめて下さい、江ノ島さん! 実のお姉さんなんでしょう!?」
「うるせぇな鉄クズが」
しかしその瞬間、江ノ島の腕は扶桑に向けて振り下ろされていた。
江ノ島の爪はいとも容易く扶桑の体に食い込み、そのまま彼女の肉体をバターのようにスライスしてしまう。
扶桑は断末魔さえあげることもできず、驚愕の表情を二つ割りにして命なき肉塊と化した。
「解体されとけ」
「ふ、扶桑……!」
情け容赦のない妹の殺戮を目の当たりにし続けても、むくろは動くことができなかった。
役立たずは排除される。当然の理だ。
盾子ちゃんの命令に従わなかったのだから。
盾子ちゃんの命令には、絶対に従わなくてはならない――。
そう頭で冷静に考えていても、むくろの奥底では、違う感情がふつふつと沸き立とうとしていた。
その二つの思考の狭間にあって、むくろはやはり、動けないのだ。
そんな彼女の手を、江ノ島盾子が掴む。
そのままむくろの手ごと握った拳銃を、盾子は黒木智子のこめかみに突きつけていた。
「さて、これでいいだろ? これであとは引き金を引く・だ・け♪」
「ひ、ひいっ……」
智子の喉からひきつった声があがる。
盾子の指に力が籠もる。
むくろの指ごと、拳銃のトリガーが、引かれようとする。
「――や、やめてっ!!」
その瞬間むくろの感情は、口から爆発のように溢れた。
咄嗟に彼女は身をよじり、目を固く瞑り、実の妹の手を振り払う。
そんなことをすれば妹に殺される――。
そんな結果はわかりきっていたのに。
むくろは思わず、そう動かずにはいられなかった。
目を瞑り震えるむくろの上から、声がかかる。
それは妹の失望か、怒号か――。
「……ありがとうございます。黒幕の“江ノ島盾子”は、このような計画を立てているのですね」
恐怖に震えていたむくろの耳に届いたのは、そのどちらでもなかった。
それは掠れている、虚ろな、男の声だ。
肩に手が置かれる。
柔らかな毛並みと肉球の感触――。
「……あなたが、深層心理から殺害を拒んで下さり良かったです。
むやみな殺生を重ねずに済みました。ありがとうございます、戦刃むくろさん」
「あ、あ――」
むくろが目を開けたとき、そこにいたのは、実の妹の姿ではなかった。
全身が真っ黒な墨でできているかのような、痩せ細ったヒグマ――。
それはヒグマ帝国指導者、医療班の長、穴持たず47シーナーであった。
むくろは、一瞬前とは異なる恐怖で、全身から血の気が引いてゆくのがわかった。
手に持った拳銃は、自分の心臓に向けて構えられていた。
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「また初診から攻めたもんだねぇ、シーナー先生は。地下ん時といい勘弁して欲しいよ」
「……グリズリーマザーさんこそ。マスターがいらっしゃっていたならそうと言って下されば良かったものを」
「すまないね、あん時の先生は殺気立ってたから咄嗟にね」
シーナーは生き埋めになった地下から脱出し、佐倉杏子たちを倒した後、浅倉威の精に見せていた幻覚からグリズリーマザー一行の存在を察知し、彼女たちの行方を追っていた。
そこで彼は幻覚を纏いながら、見つけたこのバスへと乗り込んできたという次第だった。
もう既に、幻覚を見続けていたむくろ以外には、簡単な自己紹介まで終わっている。
探していた親友だと思っていた者に思いもかけぬ肩透かしを食らわされた佐天涙子は、表情をわずかに落胆で曇らせている。
「本当に、初春が来たのかと思った……」
「接触と同時に、人間の方々には幻覚を見ていただきました。迅速な初期対応のためですのであしからず。
その間ヤスミンから、あなた方と協力している旨は聴取しておきました。
戦刃さんだけには、すみませんが追加で問診したいことがありましたので。少々侵襲的な診察になりましたがご容赦ください」
そんな本物の銃を使った寸劇の真横にいた黒木智子は、振り切れた緊張から未だ茫然自失の体だったが。
誰よりも、視聴触嗅覚の全てを幻覚に飲まれていた戦刃むくろは、自分の漏らしてしまった情報の大きさに、恐怖で震え続けることしかできなかった。
シーナーが行なっていたのは、謂わば高度に発展した決して破られることのないカマかけだ。
むくろ自身の思い描いた幻覚の『黒幕』に、むくろ自身が想定する行動をとらせ、情報を引き出せるだけ引き出す。
その上でむくろが他者へ殺意を持っているのならば、その殺意で最後にはむくろ自身が始末されるという完璧な寸法だ。
このバスの一同全員に、むくろの語った内容は全て知れ渡ってしまった。
それも参加者、ヒグマ、元主催という、この島のほとんどあらゆる立場のかなり中心にいるだろう人物たちにだ。
江ノ島盾子の計画にどれだけ狂いが生じるものかわかったものではない。
よっぽどあの幻覚の中で自害していた方がマシだったとまで思うが、佐天涙子やシーナーや司波深雪に囲まれた状態では、今更不審な動きなどできようはずもない。
一体妹はどうなってしまうのか、自分はどうなってしまうのか――。
そればかりがむくろの頭を埋めていた。
「シーナー先生がトリアージに参加してくださるならばとても助かります。
それにしても先生、どうしてここにいらっしゃっているのですか?」
「生き埋めになったと聞きましたが、無事だったんですね!?」
ヤスミンと、下着にタオルを羽織っただけの姿の司波深雪がシーナーに問うている。
「……ええ、ですが灰色熊さんがその命を以て、私とヤイコさんを地上へ送り出して下さったのです」
「……!? は、灰色熊、が……?」
「はい……。力及ばず申し訳ありません。ですが、彼の同胞を想う気持ち、私はしかと受け取りました」
彼の話に、ヒグマ帝国の関係者は少なからず衝撃を受ける。
艦これ勢を操る黒幕の力がますます強くなっていることを伺わせるその情報は、帝国の者のみならず、佐天や天龍の緊張感をも強め、そして戦刃むくろの肩身をもますます狭めていた。
「……私もシロクマさんを助けようとして、島の南から一気に北上してきたのです。
ですがもうここにいらっしゃるということは、モノクマさんの手は逃れられたのですね?
キングさんやシバさん、ツルシインや龍田さんはどこにいますか?」
「そ、れは……」
夫が亡くなったという知らせに苦々しく目を閉じたグリズリーマザーをヤスミンがさすっている間、シーナーは司波深雪の方に話を振った。
その問いかけに、深雪は口ごもるしかなかった。
シーナーと向かい合ったまま、しばらく深雪は沈黙を続けていたが、その後唐突に彼女は喉を引きつらせて身を引く。
「――ひぃっ!?」
司波深雪の目には、何かおどろおどろしい幻覚が見えているらしかった。
そしてそれはどうやら、彼女自身の良心の呵責から、出てきているもののようだった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! そもそも私が捕まらなければ!
あんな調子に乗らなければ! こんな、こんなことには……!!」
深雪は下着姿のままバスの床に額をすり付け、土下座する。
シーナーは立ち尽くしたまま、ぶるぶると震えていた。
彼らの様子に、深雪の幻覚を共有していない車内は一様に当惑した視線を送っている。
そしてシーナーが、ぽつりと呟く。
「――キングさんも、ツルシインも、死んだ……!?」
司波深雪はこの車内に、あの喫茶店の跡地に死んだ、兄やヒグマたちの姿を幻視していた。
彼らの恨めしい声が、幻聴として彼女の耳を揺らした。
もちろん、彼らが本当に司波深雪を恨んでいるかなどわからない。
ただそれは、彼女が意識の深くでそう考えてしまう程、自分の行為を後悔していることに他ならなかった。
そしてその後悔のあらましを、シーナーは詳細に知ってしまっていた。
「あ、あ……」
すすり泣く深雪の声にシーナーの呻きが重なる。
「何をやっているんだ、何をやっているんだ司波達也ァァァ!!
これだから人間は! これだからぁぁぁ――!!」
頭を抱えた彼は、常とは全く異なる荒い口調で慟哭した。
そして周囲からの驚愕の視線に気づいて、憤った呼吸を落ち着かせながら、重苦しく首を垂れるのだった。
「失礼、取り乱しました……」
彼の消え入りそうな呟きに、返答できる者はいなかった。
ただグリズリーマザーが、同じように無力感にまみれた呟きを、空中に投げるだけだ。
「あっちでもこっちでも、死んだ奴ばっかりかい……。
まったく、イヤな戦いだよ。これは……」
沈鬱な空気が、車内を埋めていた。
「……こんな状態じゃ、話になるまい。
食材があるなら、何か作ろう。うん」
そんな時ふと、司波深雪の制服をシンクで濯ぎ終わった百合城銀子が、その手を打ち合わせて提案する。
指を立てて得意げに笑う銀子に向け、ようやく幻覚から解放された深雪が、顔を上げてじっとりとした視線を向ける。
「ゆ、百合城さん、今はそんな場合じゃ……」
「乗った。そうしようか」
「え!?」
その会話で、佐天涙子が膝を叩き、立ち上がっていた。
「百貨店から、いろいろ持ち出してきたんで。たぶんみんな食べられるくらいはあるわ」
「そうだな、腹が減っては戦はできぬ。だ。切羽詰まった戦場だからこそ、食えるときに食っとこう。
見たところ、扶桑、お前ら何も食ってないだろ」
「あ、はい……。確かにその通りです……」
天龍も扶桑も、戦闘時だからこその食事と休息の大切さは、重々承知している。
こんな鬱屈した空気に飲まれてしまう時は、なおさらだ。
皇魁を、ウィルソン・フィリップスを、島風を、北岡秀一を喪った。
司波達也を、キングを、ツルシインを喪った。
クリストファー・ロビンを、言峰綺礼を喪った。
灰色熊を、喪った。
そんな喪われていった者への悲しみを包む料理を、百合城銀子は知っていた。
「がうとろな、ハチミツ粥がいい。きっとみんな食べやすい」
「……いいね、がうとろ」
そんな弔いごはんのメニューを聞いて、佐天涙子は微笑む。
「……でしたら、これを使ってください。私の友の思いが詰まった、蜜です。
その思いが『みんな』に届くのならば。きっと、この場で使いきるのが、ふさわしい」
「なるほど、本物のスキでできた星の色のミツだ。これは素晴らしい。
ありがとう。きっと、この子のスキは、約束のキスに届く」
ヤスミンがその会話を聞いて、ふと寂しそうな表情と共に、ミツの入った壷を百合城銀子に手渡していた。
その様子だけで、シーナーと司波深雪がハッと息を呑む。
「そう、だったのですか……」
「ハニーさん、まで……」
「はい」
喪った者の思いを抱えていない者は、この場に誰一人としていなかった。
ヤスミンは医療者として、同悲を示すような微笑みで語った。
「ですが彼女の思いは、ロビンさんに掬い上げられました。
そしてここで、きっと本当に救い上げられるのでしょう」
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
〜ハニーさんのハチミツ粥〜
【材料(10人分)】
米 5合
水 20カップ(4リットル)
牛乳 5カップ(1リットル)
塩 小さじ10杯
とりささみの缶詰(生の肉でも可) 2缶程度(むね肉なら2〜3枚)
穴持たず82の蜜(ハチミツでも可) 大さじ10杯
生姜 適量
ごま油 適量
【作り方】
1:
「お米はざっとたなごころで研いで。お鍋にあけて水に浸しておくわ」
「入れる肉には、百貨店から持ってきた鶏缶を使おう。本当なら生の鶏肉か、海軍なら大和煮缶でも使ってるところだったが。
ダシが出るなら何でもいいから、まあ有る具材でやろう」
「肉と一緒に刻んだ生姜と塩、ハチミツも加えておく。がうがう」
「ここでミルクも入れるところが本格的なのよねぇ。コクが出るから。誰のレシピ?」
「私のトモダチのだ」
2:
「あとは蓋をしめて弱火だけど……。ここだとどれぐらいかかります、グリズリーマザーさん?」
「普通の鍋なら1時間くらいかかるんだけどね。圧力鍋だから、沸いてから10分くらいでいいだろうよ。
そしたら火を消して。圧が抜けたら、かき回して完成さ」
「最後にごま油を回し掛ければ、一気に香りが花開いてデリシャスメルだ」
【トピック】
「ミルクを使った粥は、イスラム世界ではよく食べていました。ロシアやアフリカをはじめ各国に類似のレシピは存在します。意外と国際色に溢れた料理ですね。
みりんや酒の代わりに蜜を使い、ハラルにも気を遣っていただいたところもありがたいです」
「あとクマは普通、ネギを食べられない。るるが一度紅羽にネギ入りで作ったことがあるが、あれは紅羽用に取り分けたものだ。
好みもあるし、薬味は個人個人で後のせするのがいいだろう」
「二硫化アリルですね。摂取するとヘモグロビンが壊れますので、犬などにもネギは危険です。
まぁ、中毒量には個体差がありますので、多少は平気でしょうが。
あ、ちなみに生姜は食べても平気です。ショウガだけに」
「シーナー先生……」
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「こうしてると思い出すよ、大戦時の俺の烹炊所のことをさ……」
「へぇ、天龍さんとこじゃ、ご飯はどう作ってたの?」
「ボイラーの蒸気で大釜の湯を沸かして飯を炊いておかず作ってさ……。
てか、風呂によくて週二回しか入れなかったから、主計科の奴らはだいたい飯炊く前にはこっそりその湯に浸かってたりしてた」
「は!?」
「だから、俺たちはそんな連中のダシ汁で炊いた飯を食ってた感じだ」
「ん、んん……。それも、男の人の、よね……?」
「ああ……、艦娘じゃなくて、むさい野郎どもの、な」
「キミたちのような美しい少女の残り湯で炊くならば良い香りもつくだろうに」
「そういう問題かなぁ……、うーん……」
天龍が、遠い目をしながら鍋をかき回していた。
非常に食事が不味くなりそうな思い出話だったが、それとは裏腹に、佐天や天龍や銀子が作った粥はとても美味しそうだった。
「で、ヒグマから逃げてきたんですか? ヤスミンさんやグリズリーマザーさんともあろう方が?
また江ノ島盾子の作ったバケモノですか? 本当にあの女は余計なことを……!」
「違う……! 違うから!! 知ってたら私も扶桑も対処できてるわ!」
「智子さんはその正体を看破していたようですが、情報が行き渡らず……」
「智子、俺たちに教えてくれないか? あの赤黒い血みてぇなヒグマの詳しい能力を」
そんな粥を口にしながら、車内は奇妙な四者会談の様相を呈していた。
参加者、ヒグマ帝国、STUDY、黒幕という各勢力の代表格が食事をしながら一同に会する機会など、おそらく空前にして絶後のことであろう。
先ほどからほとんど話についていけなかった黒木智子は、そんな異様とも言える壮大な会合の最中で話を振られたことに困惑した。
うつむいた彼女は、自分にも配られたハチミツ粥に目を落とす。
白くトロンとして百合の花弁のような質感すら漂っているなめらかな粥に、回し掛けられた黄金色の油は、さながらめしべから溢れる蜜のようだ。
温かなごま油の香りが椀の中から匂い立ってくるようで、悲しみに沈んでいたはずの心にも食欲を掻き立ててくる。
一見して中華風の見た目と香りだが、その中に確かに含まれるミルクとミツの柔らかな風味が、この粥の国籍を全世界に広げている。
人種も宗教も、生物種すら越えて等しく食せる幸せが、この椀には盛られていた。
一匙すくって口に運び、彼女は深く呼吸する。
「迎え撃つ気か……。本当に逃げる気が無いんだな……、もう」
静かに答えた言葉には、張りが戻っていた。
掠れていた喉に染み渡るような優しさとまろやかさが、ミルクとミツに絡まっておなかに収まる。
それでも、この粥は力強かった。
優しさの中にあって決して折れない生姜の力強い香りが、確かな塩気と共に一本筋を通して智子の身を引き締めさせる。
魂さえ溢れ出させるかのような芳醇なその香り。
ここでのミルクとミツは、甘っちょろいスイーツを形作るような軽薄さを持っていない。
ただ鶏のダシと共にその鋭さを深め、強めるための下支えに他ならない。
力なき正義は無力であり、正義なき力は暴力である。
しかして、仁者は必ず勇あり。
知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず。
甘みと鹽み、優しさと苛烈さを兼ね備え、凛として咲く百合の花として供するこの一品に、智子の心は確かに後押しされていた。
「そうだよ……、うん、こいつがいれば、確かに……!」
黒木智子は、目の前に座して粥を食らう仙人のごとき痩せたヒグマを、まっすぐに見つめていた。
わずかながらも令呪によって魔術回路が開き、この島における聖杯戦争のマスターとなった黒木智子には、今、その正体がはっきりとわかった。
【クラス名】アサシン 【真名】シーナー 【マスター】■■■
【性別】男性 【属性】秩序・中庸
【パラメーター】
筋力:C 耐久:D 敏捷:C 魔力:A+ 幸運:E 宝具:EX
【保持スキル】
気配遮断:EX 人体理解:A+ 気配感知:C 医術:A 外科手術:B 怪力:C
【宝具】
『治癒の書(キターブ・アッシファー)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:知覚できる限り 最大捕捉:知覚できる限り
「やっぱり……、サーヴァントだったんだな、お前……。
47番目だったからもじって、とか、よく言うよ……」
「……あの時の屋台では、あなた方に正体を明かすつもりはありませんでしたからね、黒木智子さん。
あえて真実と虚偽を混ぜさせていただきました」
そのヒグマ『シーナー』は、この島にて勃発した聖杯戦争において召喚された英霊――、サーヴァントに他ならなかった。
初対面の時にシーナーの正体がわからなかったのは、その時彼が『治癒の書(キターブ・アッシファー)』を展開していたために違いない。
全感覚を欺瞞しうる幻覚の宝具なのだ。ランスロットの宝具『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グローリー)』のような正体秘匿効果があるのはある意味当然だろう。
それにしても驚異的なまでに宝具とスキルとクラスの噛み合ったアサシンだ。
普通の聖杯戦争でそれなりのマスターが召喚したならば、何者にも知覚されないまま開始直後に全ての敵を暗殺して優勝が確定するだろうチート性すら感じさせる。
彼の宝具の能力は、既に智子も体験している。
彼ならば確かに、アーカードの五感を封殺し、互角以上の戦いをできるだろう。
そこへ佐天涙子や天龍、百合城銀子といった追加人員の力を合わせれば、アーカードに立ち向かうというのもまんざら非現実的な話でもないように思えた。
「デミサーヴァントみたいなもんか……、本当の『イブン・シーナー』が、ヒグマの肉体を依代に……?
それじゃあマスターは一体……」
「それ以上、推測でものを言うのはやめていただきたいですね」
シーナーの能力とその正体に思いを巡らせていた智子の呟きは、彼の鋭い語気で差し止められた。
彼の真名は既に、彼自身が初対面の時に示唆している。
それが余りにも衝撃的な場面で語られたがために、よもや本当に彼の真名だとは思い至れなかっただけだ。
彼が知られたくなかったのは、彼がヒグマである経緯か、それともそのマスターの正体か――。
いずれにしても、それを差し止められたところで智子の興味は止まらなかった。
「……っていうか、アサシンのサーヴァントならなんで私のキャスターと親しくなってるんだよ」
「グリズリーマザーさんもサーヴァントであることは存じております。ですがもはや、我々の目的は聖杯戦争どころではなくなっているので」
「サーヴァントが聖杯戦争『どころ』とか言い始めたぞおい……」
「現時点でもう、聖杯戦争でのヒグマの勝利は確定しております。あえて戦うまでもないでしょう」
既に、この島の聖杯戦争において現時点で生き残っているサーヴァントはシーナーとグリズリーマザーしかいないのだ。
この期に及んでは、勝敗などじゃんけんで決めてもいい程度の違いしかない。
それよりも彼らにとっては、ヒグマ帝国をまとめ、この島の全てを絶望に落とそうとしている江ノ島盾子らの目論見を止めることが先決だった。
「アタシの願いは、マスターみたいな『子供たちに、無事に育って欲しい』だけさ。母親ならみんなそうだろうけどね。
結局物理攻撃しかないアタシがシーナーさんに勝てるわけないし、そりゃあ喜んで協力するさね」
「物理しかないキャスターと、治療に秀でたアサシンなぁ……」
グリズリーマザーは、ライダー顔負けの機動工房と、回数制限こそあれ致命傷から完全復活できる再召喚術式、そしてかすり傷だけで相手を即死させる呪いという、十分すぎるほどに強力な宝具を有したサーヴァントだ。
それでも、決定打となる宝具が直接攻撃を起点にせざるを得ない以上、幻覚を操るシーナーにはそもそも当てることが望めない。
相性最悪だ。
そもそもシーナーに対して相性勝ちできるような相手が思い浮かばない。
しかしそこで、彼女はハタと気付く。
智子が勉強した限りで、そもそもイブン・シーナーに暗殺に纏わるエピソードなどはない。
「というか医学典範はどうしたんだよ!? 世界史で有名な医者で哲学者だろ!?」
「『医学典範(カヌン・マジリス・アッヌワーブ・アッタビーア)』はありません。今の私はキャスターではありませんから」
「てかなんでアサシンクラスなんだよ!?」
「私は間違いなく暗殺者(アサシン)ですよ。
謬説自身による謬説の論破……。私は『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の中で、数多の誤った理論を、その誤り自身が招く矛盾で破綻させ、殺してきました。
その理論は、自らの望む状態に治療された結果、ひっそりと歴史の闇に死んでいったのです」
捲し立てる智子につられて、シーナーも粥を食しながら、訥々と語り始めていた。
「人間は、間違った理論を考えてしまうものです。
どんなに努力しても、それこそ死なない限り、あらゆる迷いを絶った『空中人間』にでもならない限り、誤り続ける生き物です。
ですがヒグマならばきっと、進化の先に、そんな誤謬のない生命になりうると私は思っています。
だからこそシロクマさん、あなたがお兄さんをヒグマとして生かした、あの行為も私は認めていたのですよ。
私は『人間にも、誤り無く生きて欲しい』。だから完璧なヒグマによる国家を建て、人間を管理するのです」
「はい……」
シーナーに隣で語られながら、深雪は指先を椀で暖めつつ、自分がいかに今まで誤り続けていたか思い返し、唇を噛んだ。
彼の思想に対し、扶桑がおかゆの匙を咥えたまま、おそるおそる尋ねる。
「艦これ勢に関してはどういう……」
「人間の持ち込んだ要素ですからね、あれも。まだ思考が成熟しきる前のヒグマたちにそれが感染し、爆発的に広まってしまったのです。
いわばパンデミック。病気と同じです。度を超した症状を呈しているなら全員治療せねばなりません」
椀から粥を啜っていた天龍が、その返答で眉を顰める。
「それは、俺たち艦娘も殺すってことか?」
「まさか。あなた方はあなた方で、謂わば一つの芸術品です。
いけないのはそんなあなた方に異常性欲を抱いたり、反社会的行動を起こす患者たちの方です。
我々ヒグマが人間を統制下に置いた暁には、そうしたモラルについても勉学の場を設け、教導していく方針ですよ」
「もうお前らヒグマが上でいいよ……」
ヒグマながら聖人君主を思わせるシーナーの言葉に、智子は空を仰いで嘆息した。
元々が歴史上の偉大な哲学者であり医者だったのだと思うと、もはや自分の如き喪女がいくら雑念で反駁したところで相手にもならないのだろうと思えてしまう。
どうせ人間など、自国の総理大臣が誰になろうが、ニュースやメディアが適当に褒めちぎって騒ぎ立てていればホイホイついて行くような生物なのだ。
日本の大臣がヒグマで、ヒグマが大臣だったとしても、何が悪いことがあるのだ。
何にも悪いことはない。
「本当もう、そういうのどうでもいいから、帰してくれ……」
「ああ、その思想の是非はノーコメントだ。もう俺たち一個人にどうにかできる次元の話じゃない。
国家うんぬんは、とりあえず江ノ島盾子をどうにかしてから日本国と国同士で外交してくれ」
「無論そのつもりです」
ロビンの遺骸の上に涙を零す智子の言葉を受けて、天龍とシーナーは互いに頷きを交わす。
一同がそうして視線を向けるのは、やはり最終的に戦刃むくろの方になる。
片腕だけの彼女は、文字通り肩身の狭い思いをしながら、半ばヤケクソ気味にハチミツ粥の椀を呷り、熱さに思わず噎せた後、沈んだ声で呟いてゆく。
「……いくら盾子ちゃんのことを聞かれても、今の私には何もわからないわ……。
誘惑できる手駒を増やそうと駆け回りはしたけど、結局ことごとく失敗したし……。
ヒグマに襲われるし、こうして鹵獲されるし、盾子ちゃんから連絡はなくなるし……。
もう……、こんな役立たずのお姉ちゃんは、用済みなのかも……」
「戦刃さん……。あんな妹のこと、大事にしすぎじゃない……?
それよりもっと自分を大事にしようよ……」
「だって盾子ちゃんは、私の妹なんだもの……!」
最後には半泣きになってしまった彼女を見かねて、佐天涙子が彼女の隣に腰かけて背中をさする。
左腕を千切られている彼女が食べづらそうにしていた粥の椀を手に取り、泣きべそをかいている彼女へ、そうしてひと匙すくって差し出した。
「ほら、戦刃さん、あーんして」
「もう……、なんで、なんでそんなに優しいの……!?」
むくろはそんな佐天に向けて、今まで溜りに溜まっていたむしゃくしゃを一気に涙と共に溢れさせていた。
嬉しさと悔しさとやるせなさと、妹と佐天の両方に対する申し訳なさが綯い交ぜになって、もう何が何だかわからない。
むくろはただ大泣きしながら、差し出されたハチミツ粥を頬張り、その染み渡るような美味しさにさらに感涙を零すことしかできなかった。
「おいひいよぉ……。うちの部隊で糧食作ってよぉ……」
「大変だったんだね、戦刃さんも……」
そんなむくろと佐天のやり取りに、百合城銀子が実に満足げな笑みを浮かべて入り込んでくる。
「ふふ、月の娘なのだから優しいに決まっている。
よければ深雪の制服も乾かしてやってくれないか?」
「ええ、いいけど……。百合城さんだっけ? 私のこと知ってるの?」
「私の大好きな人と似た匂いをしているんでね。だいたいわかる」
「あ、そう? あなたも鼻が利く系の女子なんだ」
大胆に顔を寄せて首筋の匂いを嗅いでくる、クマのようなドレスを着た少女に、佐天は嫌悪感を抱くでもなく屈託なく笑う。
不思議な人だなとは思うが、佐天はアニラを始めとして今日一日だけで不思議なものには散々出会ってきたのだ。今さら驚くほどのことでもない。
そうして銀子の洗濯した司波深雪の制服を受け取ると、彼女は凍結乾燥(フリーズドライ)の要領で即座に乾かし差し出した。
一瞬にしてふかふかになった制服を受け取り、深雪は一瞬呆然として目を瞬かせる。
「……本当に乾いてる。あなた、無能力者だったんじゃないんですか?」
「だったけど何? 私がこの半日で進歩してちゃ悪い?」
「いえ……」
言葉を濁してもそもそと下着の上に制服を纏い直す司波深雪の心情は、面白くない。
自分より明らかに劣っていたはずの者にやりこめられた感があったり、自分たちの明かな敵と遅い昼食を食べながら話し合いに興じなければならなかったりするこの状況が、彼女にとっては不満でならないのだ。
しかし彼女が着替えながらくすぶっている間にも、話は深雪の心をよそに進んでいく。
「いいですか。あなたのお悩みにはあくまで医者と患者として接しますが。
――初めから決めつけて、諦めるのには、早いですよ」
「そう……、なの……?」
その時はまさに、江ノ島盾子との板挟みになって泣き崩れてしまった戦刃むくろに、ヒグマ帝国指導者であるシーナーが助言をするという、金輪際お目にかかれないような話が展開されていた。
「この世のものは、『不可能なもの』、『可能なもの』、『必然的なもの』に三分できます。
存在は本質の偶有であり、原因から流出して生成される結果には、その過程で可能な多くの容態が考えられます。
『可能なもの』を結果に引き寄せるのは、他者たる、あなたの行ない次第なのです」
「私の行ない次第……」
「わかる。クマは全てのアルケーでありテロスであり、テロスの変革はユリだからな。
その証拠に、この小さな車内に溢れる広大なユリの園はどうだ! 全身でユリの変革を堪能できるぞ、がうがう!」
「――ひゃぁぁ!? なんで私に飛びついてくるんですか!? やめっ、やめなさい!!」
敵愾心を剥き出しにしてむくろを睨んでいた深雪に、そうして唐突に百合城銀子が飛びついてくる。
誰が敵で味方なのかさっぱりわからない四者会談をぼんやりと見つめながら、黒木智子は脱線し続けている話の中に、本題を呟いた。
「……あのヒグマは、アーカードだ」
その呟きに、おちゃらけていた百合城銀子や、洟をすすっていた戦刃むくろも、彼女の言葉に耳を欹てる。
「きゅ、吸血鬼アーカードが、拘束制御術式を解いて、ヒグマの姿になっていた。
あ、あの赤いヒグマの正体は、そ、それだった……!」
「なんだ、参加者の吸血鬼ですか。それがヒグマのように変形していただけというわけですね?」
しかしその瞬間、百合城銀子の束縛を逃れた司波深雪が、待ってましたと言わんばかりに得意げな表情を浮かべて、どもりがちな智子のセリフに割り込んでいた。
稀有な美少女で、その場にいるだけで注目を集めずにはいられない天性のアイドル、というよりもスター。
全国から九校が集まる魔法スポーツ対抗戦の会場で、男性人気で一番だった先輩と女性人気で一番だった先輩を抜き、それ以上の熱心なファンを男女共に獲得するカリスマ。
生身の人間ではなく、オーバーテクノロジーによって青少年の願望が具現化した立体映像だと言われても信じられるほどの造形。
そんな彼女、司波深雪は、世界的なトップモデルが裸足で逃げ出す美貌と鈴を振るように可憐な声を以て、暴力的なまでに美しい涼やかな口調で、黒木智子の発言を鼻で笑い飛ばしていた。
「フッ、恐れ過ぎなんですよ!
STUDYはちゃんと喚んだ参加者を把握しています。アーカードなんて大したことありません。
折角のところご苦労様ですが、私にかかれば杞憂ですよ、黒木智子さん?」
「そ、そう……、なの……、か……? そうか……」
美貌と共にぶちまけられた司波深雪の自信に、智子は途端に、自分の心配が間違っているかのような錯覚に陥り、途端に意気消沈して口ごもってしまう。
目の前で得意げに決めポーズを取りながら、血糊でゴワゴワになった長髪を払っている少女は、さながら一度血の池に沈んだとはいえ凛として咲く白百合。
対する自分は、底なし沼の汚泥にも劣る下賤な喪女。
これで自信を折るなというのは、智子にとって無理難題に過ぎた。
そんな深雪の口振りにそこはかとない不安と嫌悪感を抱いた佐天涙子は、前々から思っていた疑問を横から問わざるにはいられなかった。
「『なんか7が三つ並んでる名前の外人』とかいう参加者がいたんだけど、あれは把握してるうちに入るわけ……?」
「ああ……、あのダークブレイドとかいう人は、ちょっとそのスジのヤバい組織から招待しちゃったもので……。有冨さんが呼び方を配慮したんだと思います」
「その時点でちょっと適当すぎない……?」
確かに把握はしているのかも知れないが、『ちょっとそのスジのヤバい組織から招待しちゃった』という段階で、相当先の見通しが甘いのではないか。
そもそもSTUDYの有冨春樹は、ちょっと計画がポシャったくらいで学園都市ごと衛星兵器でぶち壊そうとする無駄に壮大で危険かつ穴だらけの小心者だった。
これで不安を抱くなという方が無理だ。
それでもこの場の人員を見渡したヤスミンが、的確に分析を述べてそこをフォローする。
「確かに、シーナー先生もいらっしゃいますから、だいぶ勝てる見込みは高くなった気がします」
「いえ、私はすぐに『彼の者』を追撃しに向かいます。今までのお話で、大分彼女の狙いと居場所が掴めましたから」
「え!?」
シーナーの返答に、彼の参戦をアテにしていた深雪は凄まじい驚愕を見せた。
彼女の心情も知らぬまま、シーナーは狼狽える深雪へ冷静に計画を説明してゆく。
「江ノ島盾子は、我々が向かった工房からどこかへ機材を運び去り、新たな工房でその『人類総江ノ島化計画・改』を推し進めているのでしょう。
我々の攻撃と前後してシロクマさんたちが彼女の本隊と思しき軍勢に襲われていたならば、当然その新工房は近くにある……。
そこで即座に工房として転用できる施設となれば、艦これ勢に占拠されている地底湖畔の工廠くらいしか考えられません」
「あ……、ああ、なるほど! そこなら、私が脱出してくる際に爆破してます!
どれだけ被害を与えられたかまでは確認してませんが……」
「ならばなおさら、現在、彼女も対応に追われているでしょう。この機に、仕留めます」
確かに、江ノ島盾子さえどうにかしてしまえば、アーカードなど無視してこの島からトンズラを決め込むことも可能になる。
司波深雪はシーナーが抜けた場合の戦力を今一度計算し直すが、とりあえずこの場には、ヒグマが2頭、自称境界線の番熊が1頭、艦娘が2人、人間が4人はいる。
アーカードがいくら吸血鬼だとはいえ、多少銃の扱いに長け、力が強く、死に辛いだけの生物だ
。恐らく余裕であろう――。
と、そこまで考え、司波深雪はシーナーの計画に賛同していた。
「よろしいですね?」
最終的にシーナーは、江ノ島盾子の姉である戦刃むくろの方へと話を振る。
むくろは俯いた顔から怨めし気な上目遣いでシーナーを睨むが、結局ため息と共に諦め混じりに首を振った。
「……私がここで命を懸けても、あなたは止められない。
……断れる選択肢なんて、どうせ無いんでしょ?」
「ええ、まあその通りなのですが……。先ほども言ったように、全てはあなたの行ない次第です」
万に一つの可能性にかけて、妹を殺しに行く自分を止めてみるか――?
シーナーの言葉はそう言っているようにも聞こえた。
しかし、こんな状況下でシーナーに攻撃することは、自分の無駄死に以外の何物でもないことは明らかだ。
それはもう、『可能なもの』ではなく、『必然的なもの』にしか思えなかった。
それとも、妹のためにもここで出会った友のためにもなる、新たな可能性を見つけてみろとでも言うのだろうか――?
「行ってみればいい……。
盾子ちゃんの望む『絶望』が一体何なのか……、もう、私にもわからないから……」
「わかりました。DNR(蘇生処置不実施)の同意は彼女自身を追いつめて採らせていただきましょう」
妹とシーナーとの出会いによって何が生じるのか。
絶望も希望も何もわからない未来を、むくろはそうして見送ることに決めた。
椀に残ったハチミツ粥を綺麗に浚って立ち上がったシーナーに、同じく椀の最後を呷って、天龍が声をかけた。
「そうだ、医者なんだよなあんた。行く前にこいつの指、診てやってくれねぇかな」
「佐天涙子さんですか? ええ、構いませんよ」
「え、私?」
唐突に話を振られた佐天が、驚いて自分を指さす。
その右手の人差し指と中指は、変形していくつもの鱗状のものが生じていた。
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「……これは『鱗屑』ですね。背景に疾患があるわけでもないようですし、大雑把に言って肌荒れの一種だと思って差し支えないでしょう。
アトピーの既往があったりしませんか?」
「……は?」
そうして、天龍に紹介されるがままにシーナーの診察を受けていた佐天に告げられたのは、あまりにも予想外の病名だった。
今日一日の出来事の問診から、丁寧な指の視診、神経学的診察などを経て言われるにしては、拍子抜けに過ぎた。
「肌荒れ、なの……?」
「ええ。異形再生というのもよくある現象の一つではありますが、急激に無理な治癒が為されれば、そこに歪みが発生するのも当然です。
深いケガが後々ケロイドや肉芽のような跡になってしまった経験はあるでしょう?
骨が折られていたというのなら……、不十分な固定で多少歪んだまま治ってしまったかも知れませんね。
可動域は問題ないようですが見た目が気になるならば、日本本土に戻った後に整形外科を受診されるのが良いかと」
「……やっぱりか、涙子。お前、ちょっと思い詰め過ぎてたからさ。良かったよどうもなくて」
当惑する佐天とは裏腹に、天龍は安堵した表情で微笑みかける。
自身に咎と十字架を負わせて、這いずるように進んできた佐天の様子は、隣で見ていた天龍からすれば、いつか重圧に押し潰されてしまうのではないかと心配で気が気ではなかった。
「見た目の問題、だけ? あの、独覚ウイルスとかいうのに感染したんじゃないんですか、私は!?」
「仮に本当に独覚ウイルスに感染していたとしても、肉体の細胞がすっかり新陳代謝されるのには1ヶ月程度はかかります。
何らかの影響でそれが加速していたとしても、可能性としては高くないですね」
佐天が混乱しながら問うても、シーナーは冷静な医学的知見を述べてゆくのみだ。
「でも、でも、私は、初めてヒトを殺してしまったあの時から、モノが歪んで見えたりして……」
「視野検査はしましたが……、それは変形視症かも知れません。
ものの形が実物と違って見える、大きく延びたり小さくひしゃげたり、まっすぐなはずのものが歪んで見える……。
『不思議の国のアリス症候群』とも呼ばれる病態の症状でしょう」
あの時、初めて佐天に『第四波動』という能力が開花した後の謎の現象。
夢や幻のような、謎の歪んだ空間に迷い込んであらゆるものに歪みを感じていた、佐天の能力の根幹に巣食っているあの感覚をも、シーナーは医学的に説明してしまおうとしている。
「右の後頭葉から頭頂葉にかけては、視覚情報から空間認識をする領域があります。
ここに脳梗塞が起こったりすると、見えているものが掴めなかったり、ものの形が歪んで見えてしまったりする症状が起こります。
消耗の激しい戦いを幾度も繰り返して来られたのでしょう?
聞いた限りでは、佐天涙子さんの症状は例えば、脱水によって脳の一時的な血流低下が起きたための現象だとも考えられます」
佐天は呆然とした。
それは天龍の思っていたような、重荷を取り去る救いでは無かった。
まるで、自分の原動力を根こそぎ盗み取られ、無限に続く落とし穴へ蹴り落とされたかのような感覚だった。
佐天は震えた。
怒りや憎しみや後悔や、歪んで捻じ曲がった心の有り様は、確かに苦しく、辛いものだった。
しかしそれを自分の責任として、罪として受け止めてきたからこそ、佐天はここまで進めてきたのだとも言える。
「私の見たものが……、経験したものが……、たったそれだけの生理現象だっていうの……!?
殺意とか、心の歪みとか、関係なく……!?」
「精神も神経も、元は一つですよ。人間は見たいものを見るだけの生物です。
たとい『空中人間』になったとしても揺らぐことのない自己認識と、それに見合うだけの魂の力がなければ、世に溢れる幻覚と錯覚の混迷から逃れることなどできません。
私の宝具とて、結局は同じことです」
最後には、シーナーは車内の全員にそう語り掛けていた。
「私は『治癒の書』を以て、人々を望む状態へと治療しているのですよ。
彼らが望むものを見せ、望むものを与え、永遠の安息を提供しているにすぎません。
それがただ、結果的に安楽死となっているのみです。
ゆめゆめ、誤った情報や思い込みに惑わされないようにして下さい」
絶句してしまった佐天を慰めるかのように彼女の肩を叩き、シーナーは上から笑いかけた。
「ご安心ください。完璧な穴持たず……ヒグマとは違い、人間はそうして誤り続ける生き物です。
そうしたあなた方を導くのも、私どもの役割です」
「……完璧な生物なんて、いるのかな?」
だがそんな彼に、佐天は下からねめ上げるように、低い声で呟きを返す。
半分席から立ち上がりつつ繋げた言葉は、半ば喧嘩腰だった。
過去の失敗や過ちは、決して無視していいものではなかった。
その誤りを正して、罪を糺すことこそが、佐天の力であり、信念だった。
「ヒグマだって、私には完璧に見えなかった。
でもどんなに間違えても、私は足掻こうと思ったし。艦これ勢とかいうヒグマにも、そうして足掻いている奴はたぶんいる。
ねぇ、その姿勢こそが、歪みのない正しいものじゃないの? どうなんですかね、先生」
「なるほど……、面白い考えですね」
一瞬、虚ろだったそのヒグマの瞳に、濁りが走った。
「……でしたらその考えは、ご自分で証明してみてください。私の説を謬説だとして論破するその証明、あるならば是非とも拝見したい。
くれぐれも自分自身に嘘はつかないことです。自己矛盾こそが、歪みと破綻の根元です。
私の宝具など無くとも、矛盾の果てに、人は死んでゆくものですから」
「どういう、こと……?」
シーナーは至って静かな口調だったが、その中には、突き放すような嫌悪感が匂い立っていた。
首を傾げる佐天の前で、シーナーは立ち上がる。
「人でいるのも、獣になるのも、結局はあなたの意思次第だということですよ。
他人に言うのも結構ですが、あなたこそもっと『自分を大事に』されては?
ヤスミン、グリズリーマザーさん。あとはよろしくお願いします。首尾よく行けば放送設備もどうにかなると思いますので、連絡はそれで」
佐天を置き去りにして去ろうとするシーナーに、後ろからヤスミンが鋭く声を投げていた。
「シーナー先生。先生ならば、もっと好く効く処方ができるはずです。
なぜ、お出ししてあげないのですか」
ヤスミンの指摘に、シーナーは立ち止まる。
このままでは、患者である佐天涙子は納得もできないまま、捨て去られるに等しい。
医療者として、患者をそんな状態で帰すことは、あってはならない。
シーナーもそれは、重々承知していた。
「ご自身の説に反論されたからですか? 先生らしくありません」
「……そう、ですね」
彼が呟いたその直後、そのヒグマの姿は、空中で幻のように消えてしまう。
代わりにその場に立っていたのは、セーラー服を纏った、一人の小柄な少女だった。
その姿に、佐天は息を呑む。
少女は佐天に歩み寄り、佐天の見覚え通りの愛くるしい仕草で、彼女に語り掛けていた。
「佐天さん。私はずっと、佐天さんを待ってますから。
絶対に、助けに来てくださいね……!」
「初、春……!」
患者の望むものを見せる――。
小難しい話を聞かせるのではなく、ダイレクトに患者の感覚へ届かせるメッセージ。
それが、シーナーが『治癒の書』で行う精神治療だった。
抱きしめた初春飾利の姿は、佐天の記憶にある彼女そのものだった。
彼女の体温、柔らかな髪の肌触り、華やかな匂い、可憐な声。
これがあの真っ黒で痩せたヒグマの演じているものだとは、とても思えない。
そんなことを忘れさせてしまうほど、そのビジョンは何もかもが、佐天の追い求めた初春そのものだった。
「私……、迎えに行く……。何があったって……、折れたりしない」
「……それでこそ、佐天さんです。あんまり、思い詰めないで下さい。
佐天さんがどんなになったって、私は、佐天さんの親友ですから!」
「うん……、うん……」
同じように自分の心の有り様を忠告されても、自分の友からかけられる言葉は、全く印象が違って聞こえる。
初春のうなじの匂いを嗅いでいるだけで、心が洗われ、疲れが癒されてゆくようだった。
スカートをめくりたい。
早く初春のスカートをめくって、彼女のパンツを拝みたい。
そんな気持ちさえふつふつと湧き上がってくる。
きっと望む通りのパンツが、望む通りのめくれ方で見えるだろう。
それでも、佐天の指先はすんでのところで押し留まる。
いくら幸せな幻覚で治療されていても、ここにその現実はない。
歪んだ観音と対峙していたあの幻の世界と変わらない。
佐天涙子の日常は、必ず、自分がしっかと足をつけて立つ、この現実において取り戻さねばならないものだった。
初春の姿をしたシーナーは、抱き合った最後に佐天の両手を握り、強く握手した。
「おかゆ、ご馳走様でした。美味しかったですよ。佐天さん」
「うん……。ありがとう……」
その少女はみどりの黒髪を揺らし、佐天の心に沁みる、柔らかな微笑みを送っていた。
それは佐天が、細く歪んだ三日月の自分で包み込み、守りたい笑顔だ。
風になれ。砂になれ。炎になれ。氷になれ。みどりのために。
その笑顔を守るためなら、私はきっと、なんだってできる――。
それは力の根源が何であれ確信できる、確かな決意だ。
佐天はシーナーの治療を受けて、明確にそう再認識した。
『治癒の書』は、原動力を失いかけた佐天の心に新たな火をつける、確かな特効薬となった。
バスのタラップを駆け降り、森の中に消えてゆく少女の後ろ姿を見送って、佐天は静かに呟く。
「ありがとう……、シーナーさん。あなたこそ、自分を大事にしてよね……」
あくまで医療者としての真摯な姿勢を崩さなかったその仙人の如きヒグマに、佐天は患者として、深く感謝せざるを得なかった。
「良かったな……、涙子……」
「……あれすごいな。頼めばあのまま好きな子とベッドインまでできるのかな、がうがう?」
「そこまで先生が付き合ってくれるか……。でもお兄様となら……、しまった、ダメもとでも頼んでおくべきでした……」
「も、もしかして苗木くんとも……?」
「やめましょうむくろさん……」
外野がざわついていたが、晴れ晴れとした心境の佐天には届かない。
【E-2とF-2の境 枯れた森 夕方】
【穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(大)、疲労(中)
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:ヒグマに仇なす者は、殺滅します
1:今のうちに、江ノ島盾子を仕留めます……!
2:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
3:モノクマさん……あなたは、殺滅します。
4:懸案が多すぎる……。
5:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
6:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
7:佐倉杏子さん……、惜しい若者でした……。もしも出会い方が違えば……。
8:おかゆ、美味しかったですよ。佐天涙子さん。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。
※英霊『イブン・シーナー』がヒグマの肉体を依代にアサシンのクラスとして召喚されたデミサーヴァントです。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
ロマンチックな演出をもたらしていたシーナーの幻覚に、ミーハーな女子共が浮足立っていたが、そのころグリズリーマザーやヤスミンはしきりに鼻をひくつかせていた。
「……シーナーさんの幻覚に盛り上がるのはいいけど。なんか、血の臭いが濃くなって来てないかい?」
「……私も同感です」
「がう、そのようだ。これがその例の吸血鬼の臭いか?」
「……ふぅ。ごめん、初春の匂いを堪能してたから今から嗅ぐわ」
その鬼気迫る言葉に、百合城銀子や佐天涙子も即座に平常心に戻って臭いを嗅ぎ始める。
ついに逃亡が叶わなくなったことを悟り、黒木智子が喉を引き攣らせた。
「ひぃぃぃぃ……!?」
「来たか……! 早速、武装を確認して戦闘準備をしよう、涙子、扶桑!」
「大丈夫ですよ、まず落ち着きましょう」
そんな車内の様子に旗艦として即座に号令をかけようとした天龍の動きを、司波深雪が差し止めた。
その自信に裏打ちされた美貌に、車内の注目が集まる。
「STUDYの調べでは、吸血鬼アーカードは、大学教授である初代ヘルシング卿を初めとするただの一般人4人に倒され捕獲されていました。
その程度の能力しか持たぬ相手。多少姿形を変えていたところで、恐れることなどないでしょう」
「――!?」
だが、その頓珍漢な深雪の発言に、黒木智子は眼を剥いた。
余りに絶望的だった彼女のアーカードへの認識に、しばらく智子は口をぱくぱくと無意味に開閉させる。
言葉がようやく形を成したのは、数秒経ってからだった。
「バ、バ、馬鹿かよ……!?」
「は? 馬鹿とはなんですか。私はあなたなど足元にも及ばぬほど学業の成績が高いんですよ?」
「――情報が古すぎんだよこの低能クソビッチ!! なんか私の知らねぇ弱点でもあんのかと思ったじゃねぇか!!
期待させるだけさせやがって、このドカス! 死ね! 氏ねじゃなくて死ねドキュソが!!」
そのやりとりに、今まで司波深雪の自信をなんとなく信用していた車内の一同は、一斉に頭を抱えた。
心の奥底にあった嫌な予感が的中してしまった。そんな感覚だった。
狼狽える深雪に対する視線は、冷淡だ。
「なんで!? なんで私がそんな謂われもない罵倒を受けるんですか!?」
「あのさぁ、あんたさ。今言ったのって、『STUDYはただの無能力者である佐天涙子たちに一度破産まで追い込まれました』って言ってるのと同じだからね?」
「……『ゆめゆめ、誤った情報や思い込みに惑わされないようにして下さい』か、あの医者の言った通りだな」
司波深雪は、彼女が今言った通りの論法で、自分たちの組織が無能であると公言できてしまう。
それを否定して自分たちが有能だというのならば、同じように先程の発言は否定され、アーカードの危険性を軽んじられる根拠は、どこにもなくなる。
アーカードを捕獲したという『一般人』は、恐らく学園都市でいうレベル5あたりの人物なのだろう。そうとしか考えられなかった。
そもそも、クリストファー・ロビンという超人的な投手や、言峰綺礼という稀代の拳法家にして魔術師の神父がなす術もなく殺されてしまったという情報を会談で聞いておきながら、シーナーの幻覚がアテにされていたとはいえよくも楽観的な判断を下せたものだと呆れるしかない。
完全に参加者サイドである佐天や天龍は、前々から感じていた主催組織のいい加減さを再認識せざるを得なかった。
「急げ! 急いで行け! あいつをやり過ごせるどこかまで!」
迫り来る闇にひれ伏しそうな勢いで運転席の方へ身を乗り出し、智子は叫んだ。
「マスター、もう逃げるのはよそう」
しかしその言葉を背に受けて、グリズリーマザーは首を横に振る。
「涙子ちゃんだっけ? あんたの言うとおりだ。どこにも逃げ出す場所なんてない。
だったら足掻くしかないさね……!」
グリズリーマザーは、ハチミツ粥を呑み干して、強くハンドルを握る。
夫の死の知らせが、彼女を発憤させていた。
英霊でもない彼が命を張って守ろうとしたこの国とそこで暮らす子供たちの生活を、彼女が護らずにいられるわけなど、なかった。
「私にもやらせて」
その声にむくろが立ち上がり、扶桑や天龍、佐天を見回して声をかける。
何が妹のためになるのか思い悩んでいた彼女にしても、この場ですべきことだけは、わかりきっていた。
「少なくとも……盾子ちゃんの計画としても、あのヒグマはいるべきではないはず。
指揮系統の作成、戦闘物資の配分、敵殲滅のための作戦を早急にたてましょう」
「は、はい……! わ、私の主砲、今度こそ使わせてください! ヤスミンさん、お願いします!」
「分かりました……。返却しましょう。恐らくこれが最大の武装でしょうしね」
「了解だ。とりあえず智子、知ってたらみんなに、有効な対策を教えてくれ」
「あ、ああ……! とにかく、ここ動けるようにしないと……、クソ強いんだ、力も、速さも……!」
「わかった! すぐ氷取るわ!」
「がうがう〜……、クマの臭いが近づいて来るぞぉ……。東からだ。かなり大きいな……」
ただ独り司波深雪だけが狼狽えているさなかで、屋台バスの車内で人々は方々で動き始める。
リアウィンドウ越しに目を眇めていた百合城銀子や、バックミラーを凝視していたグリズリーマザーの瞳に、森の奥から蠢きつつ近づいてくる赤が映る。
「来るよ。ひとつ弔い合戦と行こうか。――旦那ばっかりに良いカッコさせてらんないからね」
「俺たちも外の氷砕くぞ! 燃料あるよな扶桑!?」
「はい! 今行きます!」
そうして佐天や天龍、扶桑が車外に駆け降りた時、天高くから、雷鳴のように響く巨大な声が彼女たちの上に降り注いでいた。
『お待たせした! ご丁寧にもこんな近くのVIP席にご参列いただいたままとは恐悦至極だ人間(ヒューマン)!!』
「な、なんですか、あれは!?」
『ご期待にお応えして、この私も、全身全霊の全力全開を以てお相手いたそう!!』
深雪を始めとしたその場の全員が、その声の正体にひるんだ。
森の空に聳え立つそれは、さながら赤色の塔だ。
それは血液でできた巨大な真紅の龍のような姿をとり、ちっぽけな屋台バスを1キロメートルほど先から見下ろしている。
その龍は、これだけ離れていてもはっきりと見える巨大さで、見下ろされるほどに高く、声を届かせるほどの威圧感を有しているのだ。
「も、もう『二式解放』とかいう状態に入ってやがる……!
『拘束制御術式(クロムウェル)』の第3〜1号まで全開放だ……!」
がちがちと歯を鳴らして、黒木智子は怯えた。
アーカードはもう既に本気の臨戦態勢で、既に彼女たちを射程に捉えている。
そして彼女の耳には、さらに恐怖を催させる朗々とした詠唱が響いてくる。
『私は――、黄金ならざる卑金属』
「ひぃいぃぃ――!」
その響きは、この呪文の意味を察している智子以外にも、得体の知れない恐怖を抱かせた。
何だかわからないが、止めなくてはならない。
そうしなければ、更なる絶望が、襲い掛かってくる――。
何故か本能的に、彼女たちはそう感じた。
「あいつを止めろぉぉ!! ダメだ! あれをさせちゃダメだぁぁ!!」
だがそんな智子の叫びに、応えられる者はいなかった。
『黒化(ニグレド)無く白化(アルベド)無く、ヘルメスの鳥を去りたれば。
数多の水銀呑みし日々を嗤いて、堕ちし赤化(ルベド)を題さん――』
既にHIGUMAを取り込んだ彼を縛る拘束は、ない。
最早彼が自分の全力を出すのに必要なのは、ただその状態を、定義することだけだった。
彼の存在が辿り着いたその場所。
その境地が、名付けられる。
『「死の河」』
赤黒い龍が、弾けた。
そうして上空遥かから滝のように降り注いだ赤は、森に落ちて溢れ出す。
森の奥から怒濤のように押し寄せてくる、死者の波、亡者の河。
辛うじて立っていた森の木立を薙ぎ倒し、呑み込み迫り来る赤い軍勢。
それは今まで吸血鬼アーカードが吸収してきた三百数十万あまりの全ての生命が、再びこの世に召還されてきた姿であった。
「――うそ、うそ……!! こんなの事前調査で把握してない!!」
司波深雪が絶叫した。
バスの中を、声にならない悲鳴が埋める。
夕闇に轟音をたてて迫り来るその波濤を前にしてしかし、佐天涙子は強く言い放つ。
「まだ落胆なんて不要(ニードレス)よ!!」
――ああ、夜が来る。底なしに来る。
【F―2 『死の河』 夕方】
【ヒグマード(ヒグマ6・穴持たず9・穴持たず71〜80)】
状態:『死の河』
装備:跡部様の抱擁の名残
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
0:私も全力でお前たちの振る舞いに応じよう! 人間!!
1:また戦おうじゃあないか! 化け物たちよ!
2:求めているのは、保護などではない。
3:沢山殺されて、素晴らしい日だな今日は。
4:天龍たち、ウィルソン上院議員たち、先の人間や化物たちを追う。
5:満たされん。
[備考]
※アーカードに融合されました。
アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。
※アーカードの支給品は津波で流されたか、ギガランチャーで爆発四散しました。
※再生しながら、北部の森一帯にいた外来ヒグマたちを融合しつくしました。
※『死の河』となり、彼が今までに吸収していた三百数十万あまりの命が一気に解放されました。これからこの『死の河』は津波のように周囲を襲い行くでしょう。
【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:ヒグマ化、魔法演算領域破壊、疲労(小)、全身打撲、ヒグマの血がついている、溢れ出す魂
装備:ミズクマの娘×1体
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:兄を復活させる
0:諦めない。
1:佐天涙子もアーカードも、事前調査と違いすぎるんですけど!!
2:江ノ島盾子には屈しない。
3:私はヒグマたちに対して、どう接すれば良かったのでしょうか……。
4:残念ですが、私はまだ、あなたが思うほど一人ぼっちではないようです。有り難いことに……。
5:私はイソマさんに、何と答えれば、良かったのでしょうか……。
6:何なんですか低能クソビッチって!?
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営していました
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司波深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品でしたが、剥がれ落ちました。
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司波達也の
絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です
※シロクマの手によって、しろくまカフェを襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。
※モノクマは本当に魔法演算領域を破壊する技術を有していました。
【百合城銀子@ユリ熊嵐】
状態:溢れ出す魂
装備:自分の身体
道具:自分の身体
[思考・状況]
基本思考:女の子を食べる
0:さて、次に食べられそうな女の子は誰かな?
1:さすがは月の娘。こんな嵐の中でも曇りなきデリシャスメルだ。
2:ピンチの女の子を助け、食べる
3:数々の女の子と信頼関係を築き、食べる
4:ゆくゆくはユリの園を築き、女の子を食べる
5:『私はあらゆる透明な人間の敵として存在する』
6:深雪は堪能させてもらったよ。本格的に食べるのはまたの機会にな。
[備考]
※シバに異世界から召還されていた人物です。
※ベアマックスはベイマックスの偽物のようなロボットでシバさんが趣味で造っていました
※ベアマックスはオーバーボディでした。
※性格・設定などはコミック版メインにアニメ版が混ざった程度のようですが、クロスゲート・パラダイム・システムに召還されたキャラクターであるため、大きく原作世界からぶれる・ぶれている可能性があります。
【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:深仙脈疾走受領、アニラの脳漿を目に受けている、右手示指・中指が変形し激しい鱗屑が生じている、衣服がボロボロ、溢れ出す魂
装備:raveとBraveのガブリカリバー
道具:百貨店のデイパック(『行動方針メモ』、基本支給品、発煙筒×1本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、缶詰・僅かな生鮮食品、簡易工具セット、メモ帳、ボールペン)、アニラのデイパック(アニラの遺体)、カツラのデイパック(ウィルソンの遺体)
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:逃げ惑いはしない! まだ落胆など無用よ!!
1:初春を守る。そのためには、なんだってできる――!!
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『下着御手(スカートアッパー)』……。
5:本当の独覚だったのは、私……?
6:ごめんなさい皇さん、ごめんなさいウィルソンさん、ごめんなさい北岡さん、ごめんなさい黒木さん……。ごめんなさい……。
7:思い詰めるなって? ありがたいけど、思い詰めるのが私の力よ。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになってしまいました。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。
※アニラのファンデルワールス力による走法を、模倣できるようになりました。
※“辰”の独覚兵アニラの脳漿などが体内に入り、独覚ウイルスに感染しました。
※殺意を帯びた波紋は非常に高い周波数を有し、蒼黒く発光しながらあらゆる物体の結合を破壊してしまいます。
※高速で熱量の発散方向を変えることで、現状でも本家なみの広範囲冷却を可能としました。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。
【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破、キラキラ、左眼から頬にかけて焼けた切創、溢れ出す魂
装備:日本刀型固定兵装、投擲ボウイナイフ『クッカバラ』、61cm四連装魚雷、島風の強化型艦本式缶、13号対空電探
道具:基本支給品×2、ポイントアップ、ピーピーリカバー、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL、サーフボード、島風のデイパック(島風の遺体)
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:全力で涙子をサポートする……! 旗艦として、必ず敵艦隊を掃討して見せる!
1:扶桑、お前たちも難儀してたみてぇだな……。
2:迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
3:金剛、後は任せてくれ。俺が、旗艦になる。
4:ごめんな……銀……、島風、大和、天津風、北岡……。
5:あのヒグマたちには、一体、何があったんだ……。
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※ヒグマ製ではないため、ヒグマ製強化型艦本式缶の性能を使いこなしきれてはいません。
【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:血塗れ、ネクタイで上げたポニーテール、膝に擦り傷、溢れ出す魂
装備:令呪(残り2画/ウェイバー、綺礼から委託)、製材工場のツナギ
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー、ロビンのデイパック(手榴弾×1、砲丸、野球ボール×1、石ころ×69@モンスターハンター、基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン )、ロビンの遺体
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:ロビン……、お前を、私はどうすればいい……?
1:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
2:グリズリーマザー、ヤスミンに同行。
3:アーカードは……、あんな攻撃じゃ、死なない……。
4:ダメだこの低能クソビッチ……。顔だけ良くて頭と股はユルユルじゃねぇか。
5:即堕ちナチュラルボーンくっ殺とか……、本当にいるんだなそういう残念な奴……。
6:お前もだいぶ精神にキてないか? 素敵なパンツマイスターさんよ……。
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。
【穴持たず696】
状態:左腕切断(処置済み)、波紋注入、溢れ出す魂
装備:コルトM1911拳銃(残弾3/8)
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
0:この死者の津波は、一体……!?
1:こんな苗木くんみたいに強くて優しい涙子さんと仲間になれたなんて……。
2:智子さんは、すごく良い友達なんだから……! 絶対に守ってあげる……!
3:言峰さんとロビンくんの殉職は、無駄にしてはいけない……!
4:良かった……。扶桑は奮起してくれた!
5:盾子ちゃん、大丈夫かな……。
6:盾子ちゃん……。もしかして私は、盾子ちゃんを裏切ったりした方が盾子ちゃんの為になる?
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。
【扶桑改(ヒグマ帝国医療班式)@艦隊これくしょん】
状態:ところどころに包帯巻き、キラキラ、溢れ出す魂
装備:鉄フライパン、35.6cm連装砲
道具:なし
基本思考:『絶望』。
0:天龍さん、一体何があなたを、こんなに強くさせたんですか?
1:この、電信を返して下さった方は……?
2:ああ、何か……、絶望から浮上してくるのって、気持ちいいですね……!
3:他の艦むすと出会ったら絶望させる。
4:絶望したら、引き上げてあげる。
【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:溢れ出す魂
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、『閼伽を募る我が死』
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:どこへも逃げ出す場所はないさ。イッツ・ア・ニュー・スタイル・ウォーってね。
1:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
2:灰色熊……、アンタの分も、アタシが戦ってやるさ。見ときな!
3:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
4:むくろちゃんも扶桑ちゃんも難儀だねぇ……。
5:実の姉を捨て駒にするとか、黒幕の子はどんだけ性格が歪んでるんだい……?
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4〜20 最大捕捉:200人
グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。
※宝具『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、自身を即座に再召喚できる。
または、自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、Bランク以下の水属性のサーヴァント1体を即座に召喚できる。
【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:溢れ出す魂
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×8巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー・残り1/3)、基本支給品×3(浅倉威、夢原のぞみ、呉キリカ)
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:全員を生還させる手立てを考えなければ……。
1:帝国の臣民を煽動する『盾子』なる者の正体を突き止めなければ……。
2:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
3:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
4:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。
以上で投下終了です。
続きまして、龍田、間桐雁夜、布束砥信、田所恵、ビショップヒグマ、穴持たず104で予約します。
――次回、『Heaven』。ヒグマロワのご好意は、とても嬉しいです。
予約を延長します。
投下乙です
スカートをめくられて簀巻きにされる妹様が可愛かったです。
シーナーさんは本当に古代イスラムの偉人イブン・シーナーさん本人だったのか。
とりあえずもう対主催と敵対はしていないみたいだけど杏子の間に遺恨が生じてるから
完全に味方になってくれると言う訳にはいかないのかな。
いまの日本は米国が渡した憲法に従って自分を見失っているとも言えるので
ヒグマとはいえ純日本産の彼らが支配者になった方が確かにいい政治が出来るのかもしれない
なにはともあれ江ノ島さんは倒さなくてはなりません。そしてついに佐天さんとヒグマードの決戦ですね。期待。
遅くなりました。予約分を投下します。
「これで……、とりあえず傷は塞げましたけど……」
包帯代わりにブラウスの端切れを巻いて、ジブリールは龍田の腹部を被覆していた。
地下水脈を漂流しようやく辿り着いた岩場の暗がりで、それは彼女たちの一行にできる精一杯の処置だった。
それでも布束砥信の表情は浮かない。
「However、これでは消耗を待つだけね……。医療班にはHIGUMA細胞のストックとか無いの?」
「診療所になら少しは……。でも、もう、それも……」
童子斬りに貫かれた腹部の創は内臓まで達し、ただでさえ左腕を失い爆発に巻き込まれていた彼女の体力を刻一刻と減殺していく。
医療知識が少しでもあるならば、この程度の処置で龍田の命を助けられる見込みがないことくらいすぐにわかる。
田所恵にも、間桐雁夜にも、ビショップヒグマにもジブリールにもそれは明らかだった。
『みんな、生きるんじゃぁ――!!』
そう託して散った老父顔の嬰児、ベージュ老の思いを叶えるのがどれほど難しいことか。
ベージュ老、そして四宮ひまわり、龍田提督。
ひとつふたつみっつと、失われてしまっただろう命を記憶に辿れば、目つきは顰められ涙しか浮かんでこない。
更に上層の戦闘を思えば、一体今はどうなっていることか。
せめて目の前の命をどうにかして救いたい。
それはこの場にいる者全ての総意だった。
「も、もう、かくなる上は、私の血を、た、龍田さんに、全血輸血……!」
「思い詰めないデ下サイ、テンシさん! アナタが死んでどうするんデスカ!!」
「As best as possibleな処置を講じたいわ……。自分を犠牲にするのは避けましょう」
医療者として責任を感じているジブリールを、ビショップヒグマと布束砥信が差し止める。
この厳しい状況をどうにかして好転させようと思案している彼女たちの中で、ふと唯一の男性である間桐雁夜がその会話を耳に留めた。
「輸血でどうにかなるものなのか?」
「血中にもHIGUMAの幹細胞があるから……。So、ある程度フィルタリングしてから輸血すればレシピエントの細胞に合わせて分化して馴染んでくれるわ。
……ただ、これだけの傷では、それこそヒグマ一頭が全身を捧げるぐらいでないと細胞が足りないでしょうし、HIGUMA細胞だけ選んで移植できる道具も無いわ」
「せめてヤスミン姉さんがいれば……」
布束の返答を受けて、彼は再び沈思に入る。
ヒグマ謹製艦娘である龍田の肉体を鑑みれば、ヒグマ同士の輸血はある程度の効果が期待できるものの、ここには血管を確保し血液を交換するだけの機材も道具も無い。
沈鬱な周囲の空気に、龍田は蒼褪めた顔で細く溜息をついた。
「これも……、天命なのかしら……。心残りが多いわねぇ……」
そんな諦念に満ちた声に、恵が耐え切れずすがりつく。
「龍田さん、そんなこと言わないで……! また竜田揚げ作りましょう!?
ねぇ、皆さんに食べてもらいましょう!? ひまわりちゃんも、助け、出して……!」
「そうねぇ……、そんな方法が、あったら、良いのだけれど〜……」
恵の涙が、龍田の肌に落ちる。
か細いふくみ声の言葉は、もう彼女に許された時間がのこりギリギリであることを示していた。
しかしその時、豁然と間桐雁夜が声を上げる。
「龍田さんを助ける方法は、ある……! 彼女のこと、知ってたら教えてくれ……!」
驚きと共に周囲が見やった彼の顔は、確信と自信に満ちていた。
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「よし、思った通りだ……。
龍田さんたち艦娘ってのはつまり……、昔の戦艦や巡洋艦の総体を英霊として、現実の肉体を依代に召喚したものなんだろ?」
「ええ……。厳密にはわからないけれど、類似したものではあるんじゃないかしら」
布束砥信から艦娘という存在の定義を答えてもらった雁夜は興奮気味だった。
「だったら輸血じゃなくとも、代わりに魔力を供給することで、彼女の傷も回復させられる!」
彼は捲し立てながら、顔の前でグッと拳を握ってガッツポーズを作る。
理解できないながらも一縷の希望を感じて耳を傾ける一同に、雁夜はそのまま滔々と語る。
「サーヴァント召喚の儀式の雛形を作ったのはうちのクソジジイなんだ。
一応理論は把握してる。正規のサーヴァントになりきれない英霊を『支配』して疑似サーヴァントとして固定することも、魔力さえあればなんとか……!
そうして魔術師の土俵に落とし込んじまえばこっちのものだ!」
「Okay、それはわかったわ。それで、肝心の魔力とやらは一体どうやって供給するの?」
「そりゃあ一番効率的なのは……」
しかし彼の言葉は、一貫して落ち着いた表情を崩さない布束の質問を受けて、途切れた。
わからないとか、方策がないとかいうわけではない。
ただ、冷静になって考えてみると、あまりにそれはこの場で言うことが憚られる内容だった。
「ね、粘膜接触……」
小声で絞り出したその一言で、間桐雁夜には、周囲の空気が一瞬で冷え込むのが分かった。
∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬
「Indeed、セックスして膣内射精するのが最も効果的かつ効率的な魔力供給法というわけね?
素晴らしく男らしい変態思考ね。あまりに最悪過ぎてむしろ畏敬の念すら浮かぶわ。近寄らないでもらえる?」
「いやあのその、セッ……というか、あくまで魔力的なパスを繋げる手段であって!!
引かないで! おいちょっと!!」
女性陣はただちに布束砥信をしんがりにして雁夜から距離を取り始めていた。
少しでも彼が怪しい挙動を見せれば、いつでもローリングソバットが飛んでくる構えだ。
よくよく考えれば、狭くて暗い岩場の上で、ここにいる者は女性5名男性1名なのだ。
雁夜は病人だからということで今までそれなりに丁重に扱われては来たが、それが性欲に狂った魔人だったとなっては容赦のしようが無い。
重傷を負って動けない婦人を救おうとしているタイミングで、あろうことか彼女と性交したいと言い出すなど、その場で叩き殺されても仕方がない言動だろう。
「そもそも誰も俺がやるなんて言ってないだろ!!」
「……アナタ以外誰がそんなことデキルと言うんデスカ、白々シイ……」
必死に自己弁護を重ねようとする雁夜の見苦しい姿に、ビショップヒグマは嫌悪感も顕わにスライム状の体を揺らす。
雁夜はそんなヒグマを指差して叫ばずにはいられない。
「いや、見たところお前が一番魔力高いだろ!?
お前変形できるんだし、直接魔力を浸透させるとかあるだろ!?
そもそも今の俺の枯渇した魔力じゃどうにもならねぇよ!!」
「気味合いトイウモノがワカリマセンので。魔力を渡すなんてことしたことアリマセン」
女性陣の応対に苛立ちを募らせながら弁明する彼に、ビショップは溜息と共に肩をすくめるのみだ。
そして彼女はジブリールとヒグマ同士顔を見合わせて、僅かに顔面への血流量を上げる。
「……それに、私タチ、繁殖期ナンテまだ経験してマセンし……」
「は、はい……」
「この、クソッ……。その魔力吸ってやろうか……!?」
ヒグマ2頭が恥ずかしがって照れているという目の前の謎の状況に、雁夜は理不尽への怒りを沸騰させそうだった。
拳を握りしめて震える彼の言葉を耳にして、ビショップはそこでふと思い出したように雁夜へ向き直る。
「アア、そういえばアナタは水属性の『吸収』と『支配』ができると言ってましたネ。
魔力を吸えるのなら、アゲマスから勝手に吸って下サイ」
「え、あ、本当に? そうしてくれるなら本当に助かるんだけど……」
粘膜接触うんぬんは措いておくとして、刻印虫がない今の雁夜は、魔力も枯渇し、田所恵の看護と食事でようやく戻した体力を食いつぶすばかりの半死人だ。
溢れんばかりのビショップヒグマの魔力が分けてもらえるのならば、これ以上のことはない。
ビショップの応対の軟化を皮切りに、布束砥信たちも彼の発言を再考し始める。
「……確かに、体液に魔力が多く含まれているという考え方は、多くのオカルトで共通してはいるようだし。
試す価値は、無くはないとは言えなくもないのかも知れない。15分かそこらで済むでしょうし」
「感染予防の点からは薦められないですけど……、効能があるのなら……」
「本当に、それで龍田さんが助かるんですか……?」
「あ、ああ、とにかく魔力さえあれば何とかなるのは確かだろう!」
ジブリールや恵の言葉に、雁夜は表情を明るくして強く頷く。
その様子に、布束は恵たちと顔を見合わせた。
「まさかセックスのためにここまでの流れを全部計算していたとは……。
まさに『Men are only after one thing(男はみんな狼)』。田所恵、あなたも気をつけなさいね」
「はい……、そうですね……」
「なんだよそれ! してないよ!」
「見苦シイ……。というか、アサマシイ!!」
再び声を荒げて反駁しようとし始めた雁夜を見かねて、ビショップヒグマが飛び掛かっていた。
彼女のスライム状の体が一瞬にして彼の全身を取り込み、内部へ水牢のように閉じこめてしまう。
「Thank you、ビショップ。あれ以上汚い言い訳聞いても耳が腐るだけだから。
何なら溺れさせるくらいでもたぶん構わないわ」
「フッ、初めカラそのつもりデスよ、布束特任部長」
「あわわ……、お二人が静かに怒ってる……」
「ちょっと、やりすぎないであげて下さいね……」
龍田を救う方法が仮にそれしかなかったのだとしても、雁夜の提案は、女性としてはすぐに了解などとてもできない手段だ。
少しばかり痛い目を見させてやらなければ収まりがつかない、というのは、ビショップにも布束にも共通した思考だった。
しかし、軽く溺れさせてやろうと思っていたビショップの思考と裏腹に、彼女の体は、内側から思いがけない引力を感じる。
ガボガボと無様に空気を吐きもがく雁夜は、そのままビショップの中で大量の水を飲み込んでいた。
そしてそのまま彼は溺れながら、飲み込んだ水の分だけの魔力を、そっくりそのまま吸収してしまっていた。
「な、ク、ウ……!? これは予想以上に……。まるで干からびたスポンジ……!
何故……!? 吸わレル……、こんなに、強いナンテ……!?」
「ぐぶはぁ――!? ゲボッ、ゲェホッ……! が、あ、あ……」
最終的に、彼は自身を包んでいた水塊のほとんどを飲み尽くし突き破り、岩場の上に喘ぎながら突っ伏した。
恵たち3名がそこへ慌てて駆け寄ってくる。
「な、なんか間桐さん顔色良くなってませんか?」
「この男よりビショップは――!?」
「ビショップさん! ビショップさん、どこに――」
溺れていた間桐雁夜の心配をしたのは田所恵のみで、後のふたりは魔力を吸い尽されて吹き飛ばされたビショップヒグマを探してあたりを見回した。
「こ、ココデス……」
返答があった岩場の先へ駆け寄り、彼女たちは目を疑った。
∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬
岩場の水滴の先に倒れていたのは、しなやかな肢体を晒す、長い巻き毛の裸の少女だった。
全身を粘液質にまみれさせながら苦しげに体を起こし、彼女は睫毛や髪といった体毛についた汚れを払い落す。
大きな瞳を気だるげな半眼に沈めて、彼女は憮然とした表情で溜息をつく。
「今マデ、この姿はめったに晒シタことが無かったのに……」
「そうね、私が意識を飛ばした時もここまで水分は制御外に行ってなかったものね……」
「え? ビショップヒグマさんって、人間……!?」
駆け寄った布束が手を差し伸べる後ろで、恵が予想だにしなかった彼女の姿に驚く。
その瞠目した視線に耐え切れず、ビショップは僅かな粘液だけに覆われたその裸体を腕で隠す。
彼女の顔も四肢も胴体も、実際に骨格からほとんど人間の少女にしか見えない。
だが彼女はただ首を振って、顔を赤らめながら苦々しく呟くのみだ。
「違いマスよ……。私はタダの不細工な出来損ないデス……」
「とりあえずこれ羽織ってて下さい! 毛皮もないから風邪ひいちゃう!」
裸の上にぶかぶかのナース服をお仕着せられ連れられてくる少女の姿に、大量に飲み込んでしまった水に喘いでいた間桐雁夜は呆然とするしかなかった。
「へ……? あ? うそ、お前が、あのスライムヒグマ……?」
「コノッ、人間め! 私をよくもコノ姿にして! 殺してやりマス! グルルルル!!」
「がっ!? 何すんだおい!」
ジブリールと布束の手を振りほどき、岩盤上を滑るような動きで少女は間桐雁夜に駆け寄ると、彼の顔を勢いよく鷲掴みにしていた。
しかし、牙を剥き出しにして鬼気迫る表情で掴みかかってはいても、その一撃で雁夜の頭蓋が砕かれたりはしなかった。
少女の手は雁夜のもがく動きで容易に引き剥がされてしまう。
彼女は自分の手を見つめてぶるぶると震えた。
「もうっ、なんなんだよ!? お前あのヒグマなんだろ!?
なんか目のやり場に困る美少女になってるけどさぁ!?」
「ああぁぁぁー、もう、マジでホトンド魔力吸われてやがりマスし!
魔力が回復するマデこの不埒な男を生かしてオカネバならぬナンテ……!」
ビショップはもう自身に、満足に人間一人殺せる魔力も残っていないことに愕然とするしかなかった。
大きな瞳に涙を浮かべて膝をついた彼女を、追いついてきたジブリールや恵たちが支える。
慌てふためいて立ち上がった雁夜の前に、女性4名からの非難の視線が突き刺さった。
「覚悟しててクダサイね! この魔力で我々を救助デキなかったら、一滴の水分ででも殺シテやりマスから!」
「ビショップさんのピュアなハートを傷つけちゃ駄目です!」
「Exactly。間桐雁夜、女の子を泣かせた責任は重いわよ」
「そうですよ間桐さん……。ご自身でやったことの責任はとらないと」
「くそ……、なんだこの身に覚えもねぇのに罪悪感しかない絵面は……!」
涙を浮かべて睨んでくる少女の、乱れた着衣と全身にまみれた粘液。
そこはかとなくしどけなく無防備にさらけ出されたしなやかな肢体。
雁夜は思わず生唾を飲み込む。
女子の視線がより一層きつくなる。
様々な意味で背徳感を覚えて彼は、慌てて両手を目の前で打ち振った。
「わかった! 待て! 待ってくれ! 確かに多少俺が『吸収』しすぎたかも知れない。それは悪かった!
だが見てくれ! この通り、刻印虫に侵されてた左半身にも力が入るし……!
ここ数年で最高の体調かも知れない! 何か活力に満ち溢れているんだ! 助かった、感謝してる!」
「あ、ほ、本当です……! リハビリ一緒にしてた時とは見違えるみたい……」
彼の言うとおり、不随になっていた雁夜の半身にも、魔力が充溢し動くようになっている。
心なしか顔の前で拳を握る恒例のガッツポーズにもキレがあるようだ。
「これで、龍田さんを助けられる!」
「龍田とセックスできるの間違いでしょう?」
だが布束は雁夜の肩に手を置いて、そう即応した。
そして次の瞬間、彼女は呆然とする雁夜の股間に膝蹴りをかます。
「ふぐおぉ!?」
「せいぜいErectile Dysfunctionにならないよう気を引き締めることね。
ビショップの素顔で興奮できる男性には杞憂かも知れないけど」
「本当サイテーですネ、人間のオスは……」
「ビショップさん大丈夫?」
激痛に崩れ落ちた雁夜の脇を、呆れ果てた表情で布束たちは通り過ぎてゆく。
大分手加減された膝蹴りがもたらす痛みの強度は、すなわち受け手側の下心の硬さに比例するものである。
「……間桐さん、何かもうちょっと皆さんの心証も良くなる代案ってないんですかね?」
「俺もそんな方法があればいいのにと思ったよ恵ちゃん……」
唯一まともに声をかけてくれた田所恵の脇で、間桐雁夜はうずくまり呻いた。
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「……で、結局、そういうことに、なったわけね」
「変質者に犯されるくらいなら死んだ方がマシと考えたくなっても仕方ないわ。
酷い選択肢しかなくて申し訳ないけれど……、どうする?」
「私から魔力と水分を吸うだけ吸って、コンナあられもない姿にシテくれた間男デスからね、あの人間は」
「何も反論できないがそういう言い方はないだろぉ!?」
そうして一足先に龍田のもとに戻っていた布束たちによって、間桐雁夜の思いは好印象を抱きようがない文言で伝えられていた。
内股で田所恵に支えられながら追いすがった雁夜が叫ぶ。
「あのな!? どうせ言い訳にしか聞こえないんだろうけど、これは魔力の道(パス)を繋ぐために必要な行程であって、やましい気持ちとか下心から来たものじゃ……」
「……いいから、来て」
しかし、捲し立てようとした声は、微かに囁かれた龍田の呟きによって立ち消えになった。
布束が向き直って肩をすくめる。
「だ、そうよ。同意の上ならもう外野がどうこう言えるものじゃないわ」
「あ……、うん……」
事態は、雁夜の予想以上に進んでいた。
そして気が付いてしまえば、後はやることをやるだけのお膳立ても済まされている。
厳然とその事実を目の前にして、雁夜の気持ちは一瞬温度を下げて腰を引かせた。
その心情を見透かすような布束の半眼が近づいてくる。
「……本気で心配しているのだけれど、間桐雁夜。
Vulva、VaginaからPortio Vaginalisに至るあたりまでの形態はちゃんと把握しているの?」
「ほ、本で見ただけなら……」
あまりに平然と女性器の解剖学的名称を語られると身の縮む思いがする。
内容的にも学術的にも薄い本でしか得た知識のない雁夜は、実体験などついぞ夜ふけのバカな妄想の中でしかしたことがない。
こと実働の段になってみれば、そんな行為をするにつけてのマナーやセオリーなど、薄い本で得た薄い知識ですら緊張で霧散する。
にわかに湧き出した雁夜の不安をよそに、布束は彼の返答を大幅に勘違いした。
「解剖学アトラスで見てるならいいでしょう。怪我人相手なんだから繊細に行為に及びなさい」
そして彼女は、また童貞には困難な注文をして去ってゆく。
雁夜の読んでいる書物はそんな精細な透視図版を有したものではないし、なおのこと四十八手も四万十川もあったものではない。
「ま、まだ18才にもなってないんですけど私……! み、見ちゃいけないですよね?」
「まだ私も誕生日は来てないけど。ビショップ、テンシ、あなたたちはいくつ?」
「ハア、まだ繁殖期を経験する前デスから……」
「うん……、0才かな……。後学よりもここはムード優先ですよね……」
そして女性陣は、龍田の元に雁夜だけを残して、水脈のほとりへとぞろ歩いて行ってしまう。
笑えもしない口元の引き攣りを浮かべたまま、雁夜は去りゆく布束たちに縋るような視線を送る。
当の布束は、一度だけ振り向いて、助け船にもならない言葉を楚々と送り返した。
「じゃあそういうことで。私たちはあっち行ってるから好きにどうぞ。
15分もあれば済むわよね?」
「ん、え……? はひ……」
雁夜は、通常の行為にどれほどの時間がかかるものかも知らない。
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――。
結論から言えば、心配は杞憂だった。
二人取り残された岩場の陰。
ドレスのすそ破れたような衣装の下から覗く白く美しい二本の脚。
濡れそぼった衣服から透ける肌。
しどけなく横たわる体に、荒く息をつく悩ましげな表情。
その呼吸のたびに上下する豊かな双丘の張り。
その丘の頂上。
暗がりに透ける薄紅色。
不謹慎だが、興奮するなという方が無理だった。
「た、龍田さん……!」
そしてまた、愛おしさといたわしさ、慈しみの心を覚えないことも無理だった。
根元から斬り落とされた左腕。
半身を覆う広範な爆傷。
肌を汚す煤。
焼けただれた皮膚の不自然な赤みと、散在する歪な水泡。
きつく締められた腹部の包帯が隠している、内臓に至る刺創。
雁夜は龍田の足元に膝をつき、彼女の胸から腰元をそっと抱き寄せようとする。
欲望と、慈愛と。相反する感情があった。
触れれば壊れてしまいそうで。
それでも壊すほどいきり立つ体があり。
上はヒトの如く、下はけものの如く。
ひとふで書きの人は、歪み引き攣れた左の眼に涙を流しながら、その軽い巡洋艦を抱きしめた。
龍田は、雁夜を右腕だけで抱きしめ返した。
ズボンは下りている。
「ごめんっ……! 龍田さん、これしかないんだ……! 不本意かも知れないけど……!
本当に、本当に……」
「大丈夫よ」
この期に及んで言い訳がましい言葉しか出てこない雁夜の唇に、微かに龍田が唇を添わせた。
「思ってくれてなきゃ……、ここまで、できないでしょ〜? わかってるわ……」
傷のためか、興奮のためか、しわがれているその声で、龍田は静かに微笑んだ。
雁夜の尾骨付近に潜んでいた熱量が、それで背筋を駆け上がった。
むしゃぶりつくように、龍田の唇を奪った。
舌を入れて、吸った。
あの幻覚のように、ジュースか栄養ドリンクのような味はしなかった。
ただ重く、血の味がする唾液が絡んだ。
艶めかしい苦みと切ない香気があった。
遠坂葵の姿は、一瞬浮かんで、すぐに消えた。
無意識に龍田の会陰部につけていた雁夜のものが、熱を持って下腹へ上滑りする。
こすれた刺激に、龍田の体が微かに跳ねる。
「もうちょっと、下……」
「ご、ごめん! ここか……?」
下腹部の近傍で絡みあう熱と熱は、ぬるぬるとした肌触りの上を右往左往するばかりで、目的地に中々辿り着かない。
いかに解剖学的にVulvaやVaginaを脳裏に描いても、実在のものとそれは異なる。
穴は、外へ押し返すようなきつい締め付けの裡にあった。
そしてくぐった瞬間、今度は逆に中への締め付けが雁夜を迎えた。
「んっ……!」
「うおふっ……!」
初めての感覚に、雁夜の会陰が絞り上がった。
脚が突っ張り、熱い快感が股から伝い弾けた。
自制も何も考える暇も無かった。
零れ落ちる熱量に、雁夜は荒い息のままに慌てて龍田へ謝る。
「ごめん、あ、あんまり気持ち良くて……! 中がこんなとろけるみたいなんて思わなかった……」
龍田は暫く、眼を閉じたまま深く呼吸をしているのみだった。
微笑んだ彼女が、汗の浮かんだ顔に睫毛の長いその目を開いた時、その声には微かに張りが戻っていた。
「……優しいのね〜」
「え?」
「ありがとう、ちょっと元気が出たわ〜。今度は、もう少し奥まで、ね?」
魔力の道(パス)が繋がった――。
雁夜がその事実を思い出した時には、もう彼の体は、龍田を下にして引き倒されていた。
「はふぁ……!」
唇が塞がれる。
今度は龍田からだった。
舌が絡む。
胸に手をやった。
ブラウスの上から柔らかい輪郭が触れた。
ものの硬さはすぐに戻った。
腰を振った。
思うさまに振った。
壊すように、慈しむように。
情けなく、また誇りをもって。
それからは文字通り夢中だった。
淡い夢が空を埋めるようだった。
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「……コウいう奇形のヒグマが、生まれなかったわけデハないんですよネ」
「ええ、ヤスミン姉さんの例もありますし」
「デスガ私ほどのは珍しい。ピースガーディアンとして認められていなけレバどうなっていたことか……」
「でも人型のヒグマさんって、普通にいましたよね? 工藤さんとか烈さんとか樋熊さんとか」
「彼らは元から人だから」
ビショップヒグマら4女子は、地下水脈の流れに触れるほどの岩場のほとりにまでやって来ていた。
時間を潰す間の異種族の女子トークはそして、ビショップの素の姿のことから始まる。
腰かけるビショップは色白の後ろ脚を水中に遊ばせるが、その細胞はまだその水を捉え溶け込むには至らない。
回復してゆく己の魔力量を確かめるように水球を掌に遊ばせながら、裸にぶかぶかのナース服の彼女は、瞳の大きな目を伏せがちに自嘲する。
「私はマズルも低いデスし、毛も少なくて……、ヒグマとしては出来損ない、不細工以外の何者でもアリマセン。
水で覆い隠してようやくマトモな見た目にしていたダケデス」
「Are you sure? 人間基準だと、相当美人だと思うわよ、あなた」
「人間の尺度で計らないデ下サイ!」
そして真剣に覗き込んでくる布束へ、ビショップは水球を握り潰して牙を剥く。
蒼い巻き毛の髪をがしがしと乱雑に毛づくろいし、不貞腐れたような様子で彼女はそっぽを向く。
周囲は今まで純然たる羆の姿ばかりだったのだ。
艦これ勢の出現はつい近々の事態であり、それまでのヒグマ帝国を思えば彼女のコンプレックスも当然のことだろう。
(これも有冨の『ヒグマを人間に変える研究』とかの余波……?
良かったわね有冨。ほぼ成功してるサンプルは自然発生していたみたいよ)
ビショップ自身の悲喜こもごもは別にして、この結果は即ち、HIGUMA細胞のみで人間の姿になることは十分可能なことだという実証に他ならない。
元から、HIGUMA細胞が人間に移植しても同化しうる点で十分予測できることではあったが、仮説が証明に至ったという事実は、学術上確かに重要なことではある。
本当ならばここから原因遺伝子と蛋白質修飾と発現変動の特定からバリデーションまでいきたいところだが、生憎ここに布束が有冨の研究を引き継いで続行できるほどの時間はない。
あと正直そんな研究よりも、このヒグマには手製のゴシックロリータ衣装をあてがってやりたい欲求の方が布束にとって強い。
布束はビショップのスリーサイズを目視で測定しながら、今度は実利面の良さを挙げる方向に切り替えた。
「However、昨今の風潮では、隠密や欺瞞の一環と割り切ってもその風貌は利点の一つになるんじゃない?」
「あ、そうですよ! 参加者の人にはきっと今の姿の方が受け入れてもらいやすかったり!」
「ああ! 人間の方と協力するんですから、確かにビショップさんは今の方が綺麗でいいですよ!」
「イインデス。楽ですカラ。溶けてる方が」
ビショップは自身の人間のような細い指先も貧弱な爪も、見たくもないようだった。
眼を閉じて水をいじるばかりの彼女に、なおも布束が食い下がる。
「そう言わずに一度くらい人間の格好してみる気はない?」
「この話はオシマイ! アーもう、早く魔力戻レー」
無理矢理話は締めくくられた。
名残は惜しかったが、魔力という単語が出たのをきっかけに、布束は肝心の懸案事項に話を戻す。
「……どうなの? 本当にあなたの魔力を注がれて龍田は治るのかしら?」
「アア、集中すると感じますよ、微かに……。アノ男から魔力がどう伝わっていくか……」
僅かながら魔力の繋がりが出来たのは、ビショップと雁夜についても同様のようだった。
初め、嘲るようにしてその動きを傍観しようとしていたビショップはしかし、その流れを感じながら思わず意識を引き込まれそうになる。
苦悶のような喜悦のような表情を浮かべる彼女を心配して、布束たちがその顔を覗き込む。
「何を感じるの?」
「気の遠くなるような……、長い長い、海の時間」
ビショップのあおぐヒストリー、それは雁夜たちにはだかる夢だった。
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たどりつく船は今、海の底――。
それは溶けた海の底。
赤く凍れる海の底。
――間桐さん。
――なんだ?
聞き覚えのある声が香る。
その姿が耳に響くように。
――あなたもあきらめに来たの?
――だから一体何のことだ? 龍田さんは?
――龍田なら、ほら、そこらじゅうに。
雁夜はそして、凍れる海の中に泳ぎ見る。
龍田が数多くの人々と哀歓を共にしてきたことを。
生まれ、
育ち、
旅立ち、
幾多の仲間と交わり、
そして死と、炎と煙の中を舞い踊り、
狙撃手の胸を叩き割り、
寝た子らを部屋ごと焼き尽し、
涙を流し、
汗を流し血を流し命を流し、
赤く赤く溶ける、凍れる海の中にその存在を刻んでいったことを。
――見えるでしょう? ヒトの世は、赤いよ。
――これは、流された血?
――どうかな、流れる血かも知れない。私たちに。
龍田は遍くあった。
唐紅の凍れる流れをくくり、ボクとキミとの境目もなく。
雁夜は悟った。
この海は凍っている。
凍っている凍っている。
ああ、熱く凍っている。
人肌の温もりで、熱く凍り流動し蕩ける、広漠なうねりの大海。
自分という船の形もなく、この海の全てこそが自分の船であり海図であり港。
はだかる夢の最果てにある、ヒトの産んだ灼熱の氷河。
ああ、雁夜は思った。
ああ、龍田は思った。
無限の今を漂うままに。
――任せてもらっても、いいですか……?
――いいとも。どうか武運長久を。
その掌を見せぬ、幾千もの男たちの手が、雁夜に触れて見えた。
あと幾つの現を思いながら溶けた海の底でキミに会えるか。
わからねどその誓いだけは、心に刻む。
ボクは護る。
きっと守る。
――。
独り居の夜も
燃える日も
心に掛けぬお前の祈念、
俺の心よ、とく守れ。
人間どもの同意から
月並みな世々の快樂から
お前は、さっさと手を切って、
飛んで行ってしまえばいい……。
……もとより希望があるものか
立ち直る筋もあるものか、
学びて耐えて忍んでも、
いずれ苦痛は必定だ。
明日という日があるものか、
深紅の燠の繻子の肌、
それ、そのあなたの灼熱が、
人の務めというものだ――。
素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。
――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の槍に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
天秤の果てに、我に従い給え。
ならばこの命運、汝が槍に預けよう――。
――ランサーの名において誓いを拝命いたします。
千万(ちよろず)の、軍(いくさ)なりとも、言(こと)挙げせず、
取りて来ぬべき、男とぞ思ふ……。
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「ああ……、見えマシタ」
「いったい何が?」
「永遠が――。海と溶け合う太陽が……」
布束たちが見守る前で、ビショップはその目から涙を零していた。
ビショップが傍から感じた、あのイメージは何だったのか。
凍れる海の中の、太陽のような灼熱。
ただ遠くから眺めているだけでも畏怖せざるを得ない膨大なエネルギーのうねり。
恐ろしく、厳めしく、それでいて穏やかな神聖さと優しさを感じずにはいられなかった。
「ビショップさんが見たのって……、あったかかったですか?」
「……かも知れません。ワカリマセン」
ビショップにはその正体などわからない。
だが間桐雁夜と龍田は、この時、その夢の中に揺蕩っていたはずだ。
決して彼らの行なっていた行為は、色欲や獣性にまみれたものではない。
もっと崇高なものを含有し、さらにそれにとどまらぬ、もっと融和し混合されたもの――。
自然とそう感じずにはいられなかった。
「……終ったようデス」
ビショップがそう言うや否や、彼女たちの背後に足音が立つ。
布束が振り向いて声をかけた。
「大丈夫だったのね?」
「ああ……。俺たちは認められた。この島の聖杯に」
皆の前に姿を現したのは間桐雁夜と、鉤裂きのブラウスとキャミソールに身を包んでいる、龍田だった。
足取りも確かな彼女は、火傷も童子斬りに貫かれた腹部も、綺麗に治っている。
雁夜の手の甲には、再びサーヴァントと契約が成立したことを示す、3画の令呪が刻まれていた。
「下手だったんじゃない?」
「ええ〜、でも下手なりに、優しく頑張ってくれたから〜」
柔和に笑う龍田には、もう一切の疲弊や羸痩の痕はない。
それでも、彼女の左腕は肩口から落とされているままだ。
「ここまでしても腕の方を治すには足りないのね……」
「すまない。バーサーカーの『無毀なる湖光(アロンダイト)』は『龍』を殺すから……。
龍田さんの左腕は概念から斬り落とされてる。再生させるのは無理だった……」
布束の嘆息を受けて、雁夜は頭を下げる。
また女性陣から口やかましく非難されるだろうということを見越しての諦めだ。
だが予想に反して、特に彼女たちから苦言は出てこない。
「なんだよ、批判しないのか?」
「No way。するわけないわ」
顔を上げた雁夜に、布束は半眼を流して穏やかに語った。
「あなたはできるだけのことをして、結果を出した。自分の責任を以て、相手にも認められてね。
もう後戻りできない以上、甲斐性の見せどころでしょう? 男なら」
「布束さん……」
割と本気で初めてかけられたかも知れない彼女からの温かい励ましに、雁夜は感じ入った。
その脇から、ビショップヒグマの声もかかる。
「私も、殺すのは見送ってアゲマス」
「うお!? またお前無駄に艶めかし――イッ!?」
「黙リナサイ」
徐々に魔力が回復してきたビショップは、もうジブリールから借りたナース服を脱ぎ、色白の裸に水を滴らせ、その身を半分ほど水中に溶解させている。
雁夜の頬を叩いた前脚も、水で構成された触腕だ。
「どうヤラ私の魔力を有効活用して下サッタのは間違いなさソウですカラ。
ソウイッタところは、まだまだ私も学ぶベキことが多いヨウデス」
「お前さぁ……勿体ねぇのは、またその顔隠しちゃうわけ?
全身水に溶くのもまぁ便利かも知れねぇけど。たぶんお前素顔出してた方が人受けいいぞ?」
張られた頬を押えながら言う雁夜の指摘に、ビショップは一瞬その動きを止める。
少し考えた後、彼女は自分の考えを恥じ入るように鼻で笑う。
「マァ……、ご要望が多ケレバまたの機会にデモ」
そう言って彼女は照れ隠しのように頭から水を被り、水中に没した。
「龍田さん! 良かった、本当に……!!」
「火傷も刺し傷も本当に綺麗になって……。良かったですぅ〜……!」
「ありがとう〜。心配かけたわね。でもこれで、みんなを助けに行けるから〜」
龍田は、水際の恵とジブリールの方まで歩み寄り、ふたりに感涙と共に迎えられていた。
薙刀を掴む彼女は、もう自分の為すべきことを分かっている。
地下水脈の上へ滑り出す彼女に、雁夜の声がかかる。
「見せてくれ、『七日行く風』――!」
「はい、艦長(マスター)」
龍田がにこやかに返す。
一同が陸で見守る中、片手で薙刀を回した彼女は、ゆっくりとその腕を左へ脇構えの型に持ってゆく。
切断された肩口の、脇の下にて挟み止め、構え至りて吟じるは――
「白雲の、龍田の山の、瀧の上の、小椋(をぐら)の嶺に、咲きををる、
桜の花は、山高み、風しやまねば、春雨の、継ぎてし降れば、ほつ枝(え)は散り過ぎにけり、
下枝(しづえ)に、残れる花は、しまらくは、散りな乱(まが)ひそ、草枕、旅行く君が、帰り来るまで」
高橋虫麻呂が龍田越えの道中に歌った長歌と共に、彼女の裡に燃えるボイラーが、タービンが、勢いよくその熱量を高めてゆく。
そして送られる藤原宇合(うまかひ)一行の心情に寄せて作られた返歌が、彼女の思いを、龍田山の風を、最大限まで高めて届かせる。
「我が行きは、七日は過ぎじ、龍田彦――」
薙刀が、宙へ走る。
上空へ向けて躍るように抜き放たれた風の刃は、眩い光を放ちながら深い地中の岩盤を切り裂き刳り抜いた。
「――『勤此花乎、風尓莫落(ゆめこのはなを、かぜになちらし) 』」
くるりと一回転して水上に佇んだ龍田の背後で、地下の天井から巨岩がずるりと滑り、地下水脈の水上に轟音を立てて落ちる。
地上から差し入るスポットライトのような光の階梯を浴びながら、龍田はにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、出撃しましょう? 要救助者はどこかしら〜♪」
出口探す行く手を照らす光。
そして彼女たちは、登る、高く、昇る。
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【クラス】
ランサー
【真名】
龍田@艦隊これくしょん
【属性】
秩序・中庸
【パラメータ】
筋力C 耐久D 敏捷B+ 魔力A 幸運D 宝具C
【クラス別スキル】
耐魔力:E
魔力に対する守り。無効化はせず、ダメージ数値を多少軽減する。
【保有スキル】
水上戦闘:A
水上にて戦闘を行なえるスキル。ランサーは元々が軍艦であるため、水上での戦闘を得意とする。
水上を滑るように移動でき、敏捷のランクと非近接攻撃の回避成功率が上昇する。
魔力放出(重油・炎・蒸気):A
武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。
ランサーは艤装のボイラーまたはタービンから、各稼動段階で変化していく魔力産物を噴射することが可能。
神性(風・水・秋・龍・ヒグマ):A
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
龍田は、龍田山の神霊としての風と秋の神の性質、龍田川の神霊としての水と龍の神の性質、そして山の神たるヒグマの肉体から形成された、高温高圧をもたらす魔力炉たる内燃機関を持つ。
【宝具】
『夜半尓也君我、獨越良牟(よわにやきみが、ひとりこゆらむ) 』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜4 最大捕捉:1
彼女の由来である龍田川と、その流域に連なる生駒山地の山々に端を発する、風神の力が籠った薙刀。
その一帯の山嶺に時節の区別なく吹く風は、秋には紅葉を散らし、春には桜を落とす。
中でも、平城京の西に位置する龍田山(現在の奈良県生駒郡三郷町の西方)の神霊『龍田彦・龍田姫』は、風と秋の神としての神格を持っている。
龍田の神は『裁つ』という起源に通じる裁縫の神でもあるため、彼女が薙刀として振るうものであれば、如何なるものも常に鋭い切れ味を持つようになる。
また龍田はその高速を活かし関東大震災の折に支援物資を満載した状態で呉から東京へ急行した逸話を持つため、空気中において攻撃速度とST判定成功率が上昇する。
『水能秋乎婆、誰加知萬思(みずのあきをば、たれかしらまし)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1(〜30) 最大捕捉:1
彼女の由来である龍田川と、その水面に流れる紅葉に端を発する、水神の力が宿った血液。
龍田川には、紅葉が流れなければ誰も秋の訪れを知ることができない、とまで歌人に言わしめたその滔々たる流れと美しい紅葉がある。
龍田山の神霊である『龍田姫』とは別に、龍田川それ自身は長い年月の間に多くの歌人たちから奉られてきた歌の数々により、水と龍の神としての神格を持っている。
唐紅に水を括り水に潜るその神通力は、その血の流れの反響によって、水をくくりぞめにするあらゆる物体の織りなす文様を感知し、その文様の中を自在に縫い進める。
龍田の脈拍が水に接している時、その水中を対象としてのみ、この宝具と同ランクの“気配感知”スキルを得る。
また龍田は第43潜水艦を衝突事故により一撃で轟沈させてしまった逸話があるため、水中を対象としての攻撃のクリティカル率と命中率が上昇する。
『勤此花乎、風尓莫落(ゆめこのはなを、かぜになちらし) 』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1〜99 最大捕捉:1000
龍田の山の滝の上の小椋の嶺に吹き荒ぶ風、七日分に相当する空気を凝縮し薙刀から一気に放つ、突風の断層による「究極の斬撃」である。
高密に圧縮された風の斬撃が通り過ぎる際に空気はプラズマ化し高熱を発生させるため、結果的にそれは光の帯のように見える。
そのままでも『裁つ』という起源に通じる龍田の風は、限界まで溜めて凝縮させることで、『裁った』という概念を生じさせるため、この斬撃は同ランク以上の宝具でなければ相殺・防御不能。
なお、元々遠方へ旅する個人にあてた歌に由来しているため、威力もさながら狙撃力が非常に高い。
【weapon】
『艤装』
本来であれば単装砲と機銃も搭載されているが、今回は薙刀型固有兵装以外の攻撃用装備は自らあらかじめオミットしており、ランサー然としている。
備品としては機関部であるボイラーやタービン、無線通信設備などがある。
【マスター】
間桐雁夜@Fate/Zero
【基本戦術、方針、運用法】
空気中限定で攻防一体の能力を発揮する薙刀と、水中限定で攻撃能力を底上げする探知宝具を持つバランスの取れたランサー。スキルと合わせて、両宝具を活かせる水面での戦闘能力が抜群に高い。
∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬
【C-6 地下の地下・地下水脈/午後】
【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:左腕切断(焼灼止血済)、サーヴァント化、ワンピースを脱いでいる(ブラウスとキャミソールの姿)、体液損耗防止魔術付与
装備:『夜半尓也君我、獨越良牟』、『水能秋乎婆、誰加知萬思』、『勤此花乎、風尓莫落』
道具:薙刀型固有兵装
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:私はまた事故を、起こしてしまったのね……。
1:ごめんなさい、ひまわりちゃん……。
2:この帝国はなんでしっかりしてない面子が幅をきかせてたわけ!?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
4:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。
※間桐雁夜をマスターとしてランサーの擬似サーヴァントとなりました。
【穴持たず203(ビショップヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”の意志に従う??????????
0:キング、さん……。シバさん……! もう、どうスレばいいんですか……!
1:スミマセンベージュさん……。アナタを救えなかった……!!
2:……どうか耐えていて下サイ、夏の虫たち!!
3:球磨さんとか、龍田さんとか見る限り、艦娘が悪い訳ではナイんでスよね……。
4:ルーク、ポーン……。アナタ方の分まで、ピースガーディアンの名誉は挽回しまス。
5:私の素顔とか……、そんな晒す意味アリマセンから……。
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※空気中や地下の水と繋がって、半径20mに限り、操ったり取り込んで再生することができます。
※メスです。
※『ヒグマを人間に変える研究』の自然成功例でもあるようです。
【穴持たず104(ジブリール)】
状態:健康
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
0:良かった! 良かった! 龍田さんは助かった!
1:レムちゃん……、なんでぇ、ひどいよぉ……!!
2:ベージュさん、ベージュさぁん……!!
3:応急手当の仕方も勉強しないとぉ……!!
4:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
5:ビショップさんが見たのって、私と、同じもの……?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです
【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、ずぶ濡れ(上はブラウスと白衣のみ)
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池、バリキドリンクの空き瓶、制服
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:よくやったわ間桐雁夜。すぐに地上から戻って助けに行きましょう。
1:暁美ほむらたち、どうか生き残っていて……!!
2:キリカとのぞみは、やったのね。今後とも成功・無事を祈る。
3:『スポンサー』は、あのクマのロボットか……。
4:やってきた参加者達と接触を試みる。あの屋台にいた者たちは?
5:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
6:帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。
7:駄目だ……。艦これ勢は一周回った危険な馬鹿が大半だった……。
8:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
9:救えなくてごめんなさい、四宮ひまわり……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。
【田所恵@食戟のソーマ】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:割烹着
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:龍田さんも間桐さんも元気になって良かった……!
1:もどかしい、もどかしいべさ……。
2:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
3:布束さんに、落ち着いたらもう一度きちんと謝って、話をします。
4:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。
5:男はみんな狼かぁ……、気を付けないと。
【間桐雁夜】
[状態]:刻印虫死滅、魔力充溢、バリキとか色々な意味で興奮、ずぶ濡れ
[装備]:令呪(残り3画)
[道具]:龍田のワンピース
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を桜ちゃんの元に持ち帰る
0:龍田さん、ありがとう。これからよろしく頼む……!
1:俺は、桜ちゃんも葵さんも、みんなを救いたいんだよ!!
2:俺のバーサーカーは最強だったんだ……ッ!!(集中線)
3:俺はまだ、桜のために生きられる!!
4:桜ちゃんやバーサーカー、助けてくれた人のためにも、聖杯を勝ち取る。
5:聖杯さえ取れれば、ひまわりちゃんだって助けられるんだ……!
[備考]
※参加者ではありません、主催陣営の一室に軟禁されていました。
※バーサーカーが消滅し、魔力の消費が止まっています。
※全身の刻印虫が死滅しました。
※龍田をランサーのサーヴァントとしてマスターの再契約をしました。
以上で投下終了です。
続きまして、佐倉杏子、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、ヒグマン子爵で予約します。
次回、『I'll remember』。たといヒグマロワを歩むとも、あたしは死を恐れない。
間桐雁夜にあられもない姿にされたビショップヒグマ
ttp://dl1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/15/den_wgC73NFT9I_15.png
すみません、地下水脈を漂流したうえで地上に上がっているので、追跡表の時刻と場所を
【C-6 地下の地下・地下水脈/午後】
↓
【D-7 塩茹でになった草原/夕方】
に変更します。
投下乙です
ビショップさんが美少女に!これはテコ入れなのか
アラレもない姿にされたビショップヒグマとかどんな恐ろしいケモノ画像が
と戦慄してましたがちゃんと可愛くて安心して見れました。エロい。
ランサーが龍田さんと判明しましたね。アサシンとキャスターは既に出てるので
あと4人サーヴァントがいるのかしら?しかし龍田さんの技名格好いいなー
感想ありがとうございます!
セイバー、ランサーはもともとアルトリアとディルムッドで、確か「カナリアの籠展開図」でシーナーさんが倒してます。
アーチャーAUOは確かプニキだったかが。ライダーイスカンダルは「気付かれてはいけない」で脱落。
バーサーカーランスロットは「Archetype Engine」で龍田さんが倒してます。
今回の異例のサーヴァント化は、小次郎と真アサシンみたいなイメージで、間桐家だからこそできる変則召喚と考えています。
予約分を投下します。
『もう日も暮れてくるな……』
廃墟と町の境にある寂れた食堂で、ヒグマがぽつりと唸った。
「デデンネ……」
『どうすれば良いだろうか。この場にしばらく腰を落ち着けて周囲の様子を窺う手もあるだろうが……』
赤みを強め傾く日差しの中に眼を細め、彼は目の前の黄色いねずみと互いに見交わした。
その相手であるデデンネは、後ろ足でぽりぽりと頬をかきながら気のない返事をするのみだ。
その時、生きている者がそのふたりしかいないこの食堂の会話に、ふと涼やかな声が立つ。
“論外ですわ。こうしている間にも、ヒトのみならず、ヒグマも他の生物も、ことごとく殺されてゆきます。手をこまねいている暇があるのなら、動きましょう”
『ああ……。お前ならそう言うんだろうな』
デデンネと仲良くなったヒグマが視線をやった先には、頭のない少女の死体が横たえられている。
しかし彼の目にだけは、そこに座る、亜麻色の髪をした小学生の女の子の姿が見えていた。
円亜久里――。
参加者にして、年若き身ながら伝説の戦士プリキュアでもあった彼女の生前の容姿と言動を、彼だけは無意識のうちに推測して五感に捉えている。
実質、彼と彼自身の良心との対話だ。
無力感漂うつぶやきへ釘を刺す彼女の言葉に、彼はがりがりと頭を掻いた。
その片脚には、すうすうと安らかな寝息をたてる、小さな赤ちゃんが抱かれている。
亜久里が母親代わりとして育てていた彼女、アイちゃんは、今ようやく寝付いたところなのだ。
彼やデデンネの呟きに混じる気だるさは、ミルクを飲ませたりあやしたりと、ふたりして八方手を尽くして子守に悪戦苦闘していたからに他ならない。
彼としても、この何十分かの間、何もしていなかったわけではない。
主にアイちゃんやデデンネや自分のための食料を探すために、この食堂で死んでいるおばさんや亜久里の幻覚にサポートされながらさらに中を探索していたのだ。
食堂なだけあって、粉ミルクやクルミの他にも、食材は大量にあった。
電気は止まっているものの、業務用冷蔵庫の中の生鮮食材は保冷されていてまだ無事だった。
冷凍庫はさすがに氷が溶けており、アイスクリームなどの状態が厳しいが、それでも食べられないわけではない。
十数人が数日過ごせる程度の食材が取りそろえられている上に、円亜久里という新たな話し相手がいるのだから、彼としてもこの場に居着きたいくらいの甘えは出てくる。
深夜から戦いの連続だった彼にとっては、ここはある種オアシスにも等しかった。
なお連れのデデンネは、死体に囲まれている薄気味悪いこの食堂にとりたてて思い入れはない。
『……にしてもなぁ、外に出るとして、このあと、アイちゃんはどうすればいいのだ。
どう面倒みれば良いのか見当もつかんし、そもそもフェルナンデスとお前とアイちゃんを全員連れていける方法が思いつかんぞ』
“私の体が動けば良いんですが……。もとより私は死んだ身。
私のことをおいてでも、アイちゃんや島の方々のために動いてください”
『そんなことを言うな……!』
彼は忌々しげに吐き捨てる。
ここにいるデデンネやアイちゃん、そして円亜久里は、もはや彼にとって、憧れていた家族のようにしか思えない。
その家族を置き去りになど、彼はしたくない。一度目を離してしまえば、この島ではいつなんどき食べられてしまってもおかしくないのだ。既に死体である円亜久里などはなおさらだ。
その上、そもそもヒグマである彼では運べるものも限られてくる。
二足歩行して、やっと何か抱えられるか。四足歩行するならば銜えるしかない。
仮にそれでアイちゃんなどを運んでいても、その状態では不意に戦闘になった場合何もできない。
『俺はミルクも持ち運べんし……人間の赤ん坊って他に何を食うんだ。潰したレバーとか?』
“うーん……、レバーペーストはアイちゃんにどうでしょう。
それにそもそも火を通さないと……。レバーはいろいろ怖いですし”
食堂から離れてしまえば、今後アイちゃんの世話をできる見立てもほとんどゼロになる。
狩った獲物の肉を食わせるなどという野生動物そのものの育て方は、ヒトの赤ん坊、しかもこれほど幼い子には厳しい。
せめて自分の胸から乳が出ればいいのに、と、ヒグマの父は呻くしかなかった。
『……難儀だな』
“難儀ですよ、子育ては”
今日も夕暮れは少し、滲んで光る。
薄赤く、そしてすべてが金色に染まってゆく景色を窓から見やり、彼は溜息をつく。
『誰か、一緒にいてくれる者が、他にもいればいいんだが……』
ぽつりとそう呟いた時、ふと彼は自分の体に違和感を覚えた。
初めはかすかに肌がぴりぴりとするようだったその感覚が、徐々に明らかな灼熱感を伴って内に浸透してくる。
何か、外から熱気が流れ込んでくるようだった。
『何だ!? 熱い……!』
「デネ!? デデッ!?」
一緒にいるデデンネにもその熱気は感じられているようだ。
既に早くも、それは食堂の小屋が焼け落ちるかと思うような熱さに変わっている。
『火事か――!?』
焦った彼は、デデンネを肩に乗せてアイちゃんを銜え、急いで食堂の扉を体当たりで開けた。
開けた扉から、炎が流れ込む。
――いや、そう見えただけだ。
『な、あ……!?』
実際には、彼の目の前にはただ夕暮れの寂れた町が広がっているだけで、その遠くを、一人の少女が通りがかっているのみだった。
その少女の歩みが、彼の瞳に差し入るように焼き付く。
さざ波立つ汀を聖女が歩んでいくかのような、一枚の絵画のような風景――。
しかし彼の目は同時に、全く違う景色を見てもいた。
燃え盛る劫火を踏みしだく魔女。荒れ狂う怒りの奔流――。
その少女は開け放たれた扉の前に佇む彼に気づくと、穏やかな風のようにも、地獄の溶岩のようにも聞こえる声で問うていた。
「……そこのヒグマ。……何をしてた」
真っ赤な、燃える炎のような髪をした少女だった。
いや、一括りにされたその髪には実際に炎が沸き起こっているようにすら見える。
爛々とした彼女の眼光に射竦められて、彼は身じろぎもできない。
少女は彼がヒグマだということに怖気づきもせず、その彼へ炎を曳いて歩み寄ってくる。
熱気が、彼の全身を値踏みするかのように撫でた。
彼の頭を占めていたのは、畏怖だ。
何かあまりにも神聖なものの前に、汚れた身で躍り出てしまったかのような。思い当る節も無い畏れと悔恨が心に浮かんできてしまう。
この少女の怒りを買ってはならない――。
そんな直感が、彼の肌をぴりぴりと焼いていた。
だがしかし、開け放った食堂のドア越しに、彼の背後にはあるものが見えてしまっていた。
頭を砕かれて死んでいる、円亜久里の遺体だ。
歩み寄っていた少女は、その死体に気づき眼を見開く。
彼女の視線は直後に、彼の銜えるアイちゃんの姿に釘付けとなる。
その視線の動きから、彼には少女の思考が手に取るように解った。
恐怖が彼を占める。
少女の髪の毛が逆立ち、爆発のような怒声が響いていた。
「その子を……、殺したのか、あんた……!! そして、その赤ちゃんを――!」
『ヒィ――!!』
殺される――。
そう考える間もなく、恐怖で彼の体は躍り上がっていた。
身を翻し、デデンネとアイちゃんを守るように、抱えて走り出す。
だが彼が逃げ出そうとした瞬間、突然彼の首には蛇のような多節槍が絡み、その穂先が鼻先に突きつけられていた。
「待てよ」
燻るように重く熱い呟きが、彼の耳元にあった。
小屋の遙か前方にいたはずの少女が一瞬にして、逃げる彼の背後に出現していたのだ。
背中に取り付かれ全身を槍に絡められた彼は、動くことなどできない。
絶句するしかなかった。
「……ここにマミさんがいたら、こう言ってくれるんだろうな」
動けぬ彼をよそに、少女は独り言のように呟く。
「……完成版、『絶影(テルミナーレ・ファンタズマ)』」
幻影の断絶――。
かつて彼女が巴マミと訓練していた中で、技名の候補として提案されていたそんなイタリア語。
それはもともと、魔法で作った分身を見せているうちに回り込み、分身を消すと同時に姿を現すことであたかも瞬間移動したかのように見せかけるだけの確実性に乏しい幻覚だった。
しかし今、彼女が行なった魔法の原理はそれと根本から異なる。
肉体をアルター粒子に分解し、異なる座標に再再構成する――。
エイジャの赤石と共鳴し、それをソウルジェムとしてしまった今の彼女だからこそできる、完全再生と瞬間移動を両立させた技法は、彼女の脳裏に、つい先ほどまで一緒にいた仲間の姿を強く思い浮かばせるものだった。
彼女が切なく絞り出したそんな声音に、彼はようやく、その少女の正体に思い至る。
怒りと熱気を帯びていない状態での、慈しみが滲むようなその声は、つい先ほど、彼が脳裏に推測していた声質そのものだった。
『お前……! 佐倉杏子か!』
彼は唸った。
赤髪のポニーテール、小柄ながら伸びやかなその背格好、口元に覗く八重歯。
彼が捕食した脚から想像した姿とほとんど一緒である。
だがそれでも、彼女の周りを取り巻いてちらつく、この意志を持った炎のようなイメージは、明らかに彼の想定を逸していた。
これも、自分の身を再生できるという者の為せる業なのか――。
杏子から溢れる幻のような炎と、突き付けられる槍に狼狽えながらも、彼は少女へ、懸命に自分の身の上を伝えようとする。
『ラマッタクペから聞いた! お前は飢えた者に自分の体すら供する心優しい娘なのだと!
やめてくれ! 俺は敵対するつもりはないぃ!!』
「……何か言ってるのか。何かあたしに伝えたいのか」
次の瞬間には彼を斬り殺すかとすら思えた佐倉杏子は、その唸りに、ふと声の険を薄らがせた。
@@@@@@@@@@
「ぐるるるるぁああぁぁ!! あるるるぅううぅおあぁ!!」
必死に何かを訴えているそのヒグマの声は、佐倉杏子にはこんな唸り声にしか聞こえなかった。
彼女は、穴持たず47・シーナーに仲間ごと蹂躙された後、彼を追って北側に向かいながら、魔力を溢れさせて道を辿っていた。
半径数十メートル以上に垂れ流した濃厚な魔力の波に触れたものを探知しつつ、敢えてあからさまに居場所をわからせることで、少しでも情報を集めながら敵を誘い出そうという目論見だった。
余りにも濃厚かつ膨大な彼女の幻惑の魔力は、見る者触れる者の感覚に、炎のようなイメージを抱かせている。
先程からそのヒグマたちが感じていた熱気は、その幻覚によるものだった。
何かを訴えるヒグマの声だけが響く中、その張り詰めた空気に耐えられなくなって、目を覚ました者がいた。
「……あぁぁぁ〜〜〜ん!! やあぁぁぁぁ〜〜〜ん!!」
「その赤ちゃん……」
先程まで寝息を立ててヒグマの前脚に掻き抱かれていた赤ん坊が、ぐずり始めてしまっていた。
ヒグマの全身を絡めて槍を突き付けたまま、杏子は驚きで目を見開いた。
怒りと復讐心に染まっていた杏子の心が、鎮まってゆく。
あたりや杏子の全身に溢れていた炎のように熱い幻覚は、少しずつ薄らいで、消えた。
ヒグマが、赤ん坊が、そしてそこに一緒に抱えられている大きな黄色いねずみが、杏子を見つめている。
静かに思いを巡らせた。
この赤ん坊は、あたしの剣幕で、目を覚ましてしまったのだ。
今までヒグマに銜えられても穏やかに眠っていたこの子が。
母親が殺されていたようにすら見えるのに。
なぜ、この子は今まで安心していたのだ。
そしてなぜ、このヒグマはこの赤ん坊やねずみを抱え直した?
明らかに逃げるには不向きで、不自然に過ぎる状態なのに――。
彼女の脳裏に、思い出される言葉がある。
『……存在には、「不可能なもの」「可能なもの」「必然的なもの」の三種があります。
如何に幻覚といえど、相手が望まぬ「不可能なもの」を見せてしまっては心身を支配下に置けるはずがありません。
相手が実際に感じてきた「必然」を見つめ、その相手一人一人に合わせる細やかな調整が必要なのです』
その言葉は、まるで教師のように、真っ黒なあのヒグマが杏子へ語り掛けていたものだった。
この一見理解不能な一場面では、その一人一人の心を理解してやらねば、真実が見えてこないことは明らかだった。
その真実は、ヒグマへの怒りと復讐心という幻覚だけに燃えていては絶対に見えてこない。
杏子は思い返す。
自分は何も、ヒグマへ復讐しにこの島を巡っていた訳では無いのだ。
ただ、助けられる限りの人を助け、脱出する。それだけの目的だったはずだ。
相手が実際に感じてきたものを見つめる――。
そう、彼女は念じた。
「……あんたは、その赤ちゃんとねずみを、助けてたんだな。
……で、あの女の子は――」
杏子は意識を集中させた。
そのヒグマの発するうなり声の規則性。彼の身動き、わずかな表情の変化。
この場の状況、漂う臭いの粒子一つ一つ。
色、声、香、味、触――。
そこから推論される過去の来歴、未来の様相。
自身の感じるありとあらゆる情報をすべからく精細に、杏子は自分の胸の中に記した。
そして彼女は自分自身に幻覚を見聞きさせる。
――このヒグマの声が、自分には理解できるのだと。
声もなく語り、姿なく触れる、有り得たはずの「必然」と「可能」に、杏子は自分の魔力を同調させていた。
「……円亜久里。そうか、第一回放送で呼ばれた子だな。その赤ちゃん――アイちゃんの母親がわりで……。
島の外から助けに来た仲間が洗脳された? マジか、そんなことがあるのか……!」
『お、お前、俺の言葉が、わかったのか!?』
「ああ……、ようやく……。あたしにも『聞こえた』よ」
彼女の耳には、ようやくそのヒグマの唸り声が、意味のある言葉として聞き取れていた。
唸りの微妙な発音や音程の違い、規則性から文法と単語が推測され、自身の魔力で脳内に声として組み立てられる。
物事を正しく知覚しなければ使うことのできないその幻覚を、杏子は確かな手応えを以て自得していた。
ヒグマの全身に絡めていた槍を外す。
彼らの来歴は信じがたかったが、理解できない訳でもない。
ヒグマにも仲間意識や心情があるのなら、幼子を慈しみ守りたい気持ちが生まれるのも当然だ。
彼の体は、よく見れば全身傷だらけだ。
この子らを守るために必死に戦い抜いてきたのだということが、手に取るようにわかった。
杏子から溢れていた炎は、鳴りを潜めている。
もう彼女に敵愾心は無く、ある種の親近感と愛おしさがあるだけだった。
「……ごめんなぁ。あたし怖がらせちまったね。ほら見てみ? べろべろべろ〜……、ばぁ!」
「うぅ、あーい! きゃはっ! きゃっ、きゃっ!」
槍を収め、修道服の裾を正して屈み込んだ杏子は、そうしてヒグマに抱えられた赤子に笑顔を見せる。
泣き止んで笑い返すアイちゃんの声に、一帯の緊張は、穏やかにほどけて行った。
「……あの胡散臭い宗教ヒグマから聞いてるみたいだけど。あたしは佐倉杏子だ。
アンタがあいつらみたいに殺したくなるクソヒグマじゃなくて良かったよ。
この子たちを助けたいってんなら協力できるかも知れない。よろしく」
『ああ、こちらこそ! こちらは既にお前に助けられているのだ。ずっとお礼をいいたかった。
これほどまでに喜ばしい出会いは無い。
面と向かって言うのもアレだが、お前の脚はとても美味だった! おかげで戦いの疲れが癒えた』
「本当にアレなお礼と褒め言葉だな」
興奮気味なヒグマの唸りに、杏子は苦笑する。
自分の血肉が旨いと褒められても、喜んでいいのかは非常に微妙なところだ。
そこは置いておいて、とりあえず杏子は彼と同行する心づもりを決めた。
人間の赤ちゃんを助けようとしてくれていたヒグマだ。協力しない方針が考えられない。
一方で彼の心中は、佐倉杏子と出会えた喜ばしさと共に、彼にアイちゃんと円亜久里を託してきたラマッタクペの底知れぬ行動にわずかに寒気を覚えてもいた。
今となっては、ラマッタクペが自分を試していたとしか思えない。
もし仮に、彼があの時、杏子の脚と一緒に円亜久里とアイちゃんを食べてしまっていたなら、全てを理解した杏子に今、彼は一刀両断とされていただろう。
その分岐に進まず、この杏子との出会いをほとんどベストの状態で拾えたのは、彼の実力なのか運なのか。
いずれにせよ、あの時少しでも選択を誤れば、予期できぬほどの未来に確実な死が待っていたことは確かだろう。
あの人間の姿をしたヒグマたちに誘われた、あのボートの上でもそうだ。
幸運を拾い成長するか、死か。そんな分岐を、ラマッタクペは素知らぬフリと笑顔で突き付けてくる。
やはりあいつは油断できない――。
そう感じた。
「で、あんたの名前は?」
『あ――、俺の名前か……。すまん、わからんのだ』
「……無いわけじゃなく、わからないのか? 自分の名前が?」
『あ、うむ……。あると、信じたい……』
話の中で杏子から振られたそんな問いに、彼は口ごもる。
それは彼には答えられない問いだ。彼だってそれを探し続けているのだから。
その悩みを説明することすらなかなかに難しい。
杏子は、答え辛そうな彼の様子を見て、質問を脇に振る。
「それじゃ、こいつの名前は」
『フェルナンデスだ』
「デデンネ」
そちらならば、彼は堂々と答えられる。何せ彼が名付けた名なのだから。
一方でデデンネは唐突に出現したこの炎の匂いのする女を品定めしつつ、はっきりと主張する。
両方の言い分を聞きとって、杏子は首を傾げた。
「……デデンネって言ってるけど」
『ま、あ……、それはそうだが……。フェルナンデスはフェルナンデスだ!』
「そもそも何語だよそれ」
彼がそう呼びたいだけであって、別にこのデデンネの名前はフェルナンデスではないのではなかろうか。
そう思い至って、杏子は呆れた声で問う。
彼は明らかに意気消沈した。
『わからんのだ……。自分の名前もわからん俺には、名付けなど無理だったのか……』
「いやそういうわけじゃなくてだな。何かしら意味はあるんだろうし……」
その様子に、杏子は慰めるように声をかけて思考を巡らした。
「きっとそれは、あんた自身が無意識に思ってる何かと、関係あるんじゃねぇの?」
『そう……、なのだろうか』
「ああ、マミさんなら、きっとあんたの名前がわかるよ。
ほむらが生き残ってたみたいだから、きっとどこかにいるはずだ。必ず」
外国語の命名とくれば、巴マミの十八番だ。
シーナーから暁美ほむらの生存情報を耳にしたことで、佐倉杏子は、マミもまた生き残っているだろうと確信していた。
杏子の師でもある彼女と巡り合えれば、心強いことはこの上ない。
「とにかく、マミさんを探すにしても、ここから動かなきゃ始まらねぇ。
あんたたちがここに留まってた理由は? そのアイちゃんの世話?」
『それもあるが……、あと亜久里だ。彼女も連れていくには、どうしても俺だけでは無理だった』
食堂の中に戻りながら、彼は最大の懸案事項を杏子に打ち明けた。
「なるほど……、こりゃ、酷い……。大口径の銃で一撃……。
こっちも殺されてやがるし……」
杏子は亜久里や、奥のおばさんの遺体の前に近寄り、十字を切り祈った。
その様子を見守る彼に、亜久里の幻覚が朗らかに声をかける。
“良かったですね。これで人々を助けに向かえます”
『かといって、お前をこのまま連れていけるのか……。それこそさっきみたいなことになりかねん』
彼は不安げにその幻覚と杏子を見比べる。
この会話も、一般人には彼の不気味な独り言としか聞こえないだろうし、そもそもヒグマ語がわからなければただの唸りだ。
こんな凄惨な状態の円亜久里を持ち運べば、佐倉杏子との出会い頭のようにまた誤解されることはほとんど確実だと思われる。
「……いや、聞こえるよ。大丈夫だ」
円亜久里の死体が、その時虹色の粒子となって霧散する。
そして次の瞬間、その粒子が凝り固まった空間には、一人の少女が軽やかに降り立っていた。
「……これが、あんたの本来の姿だよな」
「はい、ありがとうございます」
『な!? な――!?』
頭部を失い死んでいたはずの円亜久里が、生前の凛々しい姿でそこにいた。
突然の事態に狼狽する彼に対し、振り向いた杏子は、手ごたえを感じたように力強く頷く。
「白井さんがやってたことだからな、『魔力でできた肉体』は……。
あたしたちの意志が残っている限り、それは滅びねぇ」
彼女の思い、意志、魂と表現しても良いだろうそんな思念は、杏子の身にも感じられる程濃厚にそこで残留していた。
プシュケーだ。
そのため杏子が自分自身に見せている幻覚には、彼女の声も姿も明確に描けていた。
ソウルジェムに感じるその声なき声に応えることは、今の杏子には簡単だった。
「実感できた。これがあたしのアルター能力ってやつだ。
……あたしの幻惑魔法を、実体化できる力」
「聞いたことがあります。『精神感応性物質変換能力』――、神奈川県に生じたロストグラウンドの新生児の約2%が身につけるという、あらゆる物質を分解し再構成できる能力ですね。
あなたの力は、その中でもかなり強いのでは。私など、もはやアン王女のようにプシュケーを転生させるしかないと思っていました。感謝します」
赤いワンピース姿の亜久里は、アルターでできた自分の腕や頬をつまみ、その全く違和感がない手触りに感服している。
佐倉杏子が身につけたアルター能力は、そんな実体ある幻覚を生じさせる、千変万化のものだった。
自分の肉体も、他人の声も、それを正確に思い描くことさえできれば創り出せる。
融合装着・自律稼動・具現・アクセス型の全ての分類に当てはまり得るそんなアルター能力は、本土でも橘あすかの『エタニティ・エイト』くらいしか確認されていない希少なものだ。
「きゅぴ! きゅぴらっぱ〜!!」
「あはは、アイちゃん、ただいま戻りましたよ。今まで怖い思いさせてごめんね」
蘇った亜久里の姿に驚いたのはヒグマだけではない。
彼に抱えられていたアイちゃんも、驚きと共に喜びの声を上げ、彼女の胸に飛び込んでいた。
頭を撫でられながら、寂しさを癒すように顔を深く亜久里の胸に埋めているアイちゃんを見て彼は、やはり赤ん坊は母親に抱かれるのが一番なのだろうなと、しみじみそう考えていた。
『……いや、なんと言えばいいのか。すごいな。思った通りの利発そうな顔だ、亜久里』
「思った通り……?」
「ふふ、杏子さん、彼もすごいんですよ。あなたよりも遥かに早く私の姿を見聞きし、人ならぬ身でここまでのことを成し遂げていたのですから」
まるで亜久里の素顔を知っていたかのような、感慨深げな彼の口振りに杏子は首を傾げる。
亜久里の指摘に辺りを見回すと、彼が食堂でいままでやって来たことの痕跡が杏子の眼に留まる。
ミルクの作られたボウル、集められた食材、アイちゃんの世話の跡などの数々を見回し、杏子は察した。
「……なるほど。マジか。あの哲学者か仙人みてぇなヒグマだけでもねぇんだな、そういうのって」
この食堂にある物の配置から、既に死んでいた者の来歴や思考まで、このヒグマは凄まじい洞察力と共感力で把握していたのだろう。
自分に足りていなかったものを、こんなところで出会うヒグマたちが身につけていたのだということを目の当たりにし、杏子はひらすら感心するしかなかった。
あの仙人のようなヒグマにどうして自分が敗北したのか、その理由が恐らくこういうところにあるのだ。
悔しさや怒りというよりも、杏子はもはや純粋に驚嘆と敬意を覚えるだけだった。
「もう大分冷めてしまいましたね。新しく調乳しないと」
「まかせな。あんたらの傷も癒してやる。何かしら食って、少し休みなよ」
『おお、そうか。すまないな』
アイちゃんを抱えてミルクの様子を見る亜久里に、杏子はウィンクして応える。
ヒグマにも、こんな尊敬を覚える者がいるのだ。
幼児を助け、死者の声に耳を傾け、子供たちのためにひたむきに健闘する。
そんな姿勢は、自分の父親の姿にも重なる。
魔法少女衣装の上から幻覚でできたエプロンを纏い、杏子はにっかりと笑った。
「……久々だよ。こんなに他者(ひと)のために動けることは」
食堂の厨房に立って見回せば、ヒグマ、デデンネ、アイちゃん、亜久里と、種族も年齢もまるっきり違う一行がそこにいる。
だがその一行は、ほとんど家族のように見えた。
血を分けたわけでなくとも、それは家族だった。
杏子は聖書の一節を思い出す。
血と肉は、まことの食べ物である。
そしてその血と肉は、あらゆる周りの人に分け与えることができ、彼らに命を与えることができる。
だから、遺伝的な血の繋がりがなくとも生物は、己の血肉を与えて家族を迎えることができるのだ。
ここでいう血と肉は、物質的なものではない。
もはや人間をやめ、魔法少女としての身からも外れ、神に背き呪いの枷に自身を嵌めた杏子であっても、それは与えられるものだ。
『ありがとう、出会ったばかりなのに、こんなにしてもらえるとは』
「いや、良いのさ。
――朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。
よく言われたもんだ」
ヒグマの声に、アルターでできた杏子は笑顔で答える。
アルター粒子の体にも、その血と肉はある。
朽ちないまことの食物はそして、この目の前にいる家族にもあった。
彼らには命があった。
死すら乗り越える永遠の命に満たされたこの異種族の家族に、杏子は自分も入りたいと、そう思っていた。
「お、冷凍たい焼きがいい感じに解凍されてんじゃん。こっちは魔法で焼いといて……」
「……杏子さん、頼れるお姉さんみたいですね」
「デネ」
「きゅぴ」
『ああ……、そうだな』
手際よく軽食の準備を進めてゆく杏子の様子は、一行に同じ感想を抱かせた。
実際に姉でもあった杏子は、こうして家族を思わせる者たちのために尽せることを、心から喜び楽しんでいた。
そうして明るくなった彼女の心が周囲に溢れ、幸福感漂わせる雰囲気として充満しているのだ。
それは彼女の魔力だ。それが彼女の血肉だ。
家族たちと多くの人のために流されて、罪の赦しとなる、そんなまことの血肉を、彼らはこの食堂で肌身に感じている。
死に溢れ津波に蹂躙された陰鬱な空気はそこにない。
全てが杏子の感じる幸福の余波で上書きされ、気分の浮き立つような感情しか湧いてこないのだ。
ヒグマは思った。
自分が父、亜久里が母、フェルナンデスとアイちゃんが子供たちならば。
ああ、まさしく佐倉杏子は、家族を下支えし、その仲を取り持つ、頼れる長女のようだ。と。
彼女の笑顔は、そんな幸せな妄想を、彼に抱かせてくれるものだった。
@@@@@@@@@@
『少し見ないうちに、だいぶ食い物を狩り獲ったようだな。羨ましい限りだ』
そんな空気を切り裂いたのは、外からかけられた鋭い唸り声だった。
冷蔵庫に入っていたものや缶詰を物色して即席のフルーツパンチを作っていた杏子が、即座にその手を槍に持ち替え、入り口に向けて構える。
そしてフロアで振り向いた一行の目に映ったのは、二本の刀を携えた細身のヒグマだった。
デデンネと仲良くなったヒグマの眼が見開かれる。
『ヒグマン……! お前も無事だったか! 良かった、安心したぞ』
『ああ、血の神(ケモカムイ)は北東の崖に突き落としてきた。あとは知らん。
その幼子(おさなご)どもはそうだとして……。おい、そこの赤毛の女もお前の獲物か?』
そのヒグマは、彼が先程ヒグマードとの戦いで共闘してもいた、ヒグマン子爵であった。
ヒグマン子爵は、亜久里や杏子から警戒した視線を向けられているのも気にせず、何臆することも無く食堂の中に踏み込んでくる。
槍をヒグマン子爵に向けたまま、杏子は低い声でデデンネと仲良くなったヒグマに問う。
「……こいつは?」
『ヒグマン、子爵と呼ばれている者だ。つい先ほどまで同行して、共闘もしていた』
「……その割に、洒落にならない殺気を放ってるんだけどな?」
先程まで幸福感に染まっていた場の空気は、一瞬にして緊迫感で張り詰めている。
杏子の魔力が、歩み寄ってくるヒグマン子爵を気圧すように密度を高めているのだ。
だが食堂の中ほどまで歩んできたヒグマン子爵は、せせら笑うように口を裂きながら、白く光るその双眸で杏子を睥睨してくるのみだ。
そしてデデンネと仲良くなったヒグマに向けて、冗談めかしてこう言う。
『獲物でないなら、その女の肉でも少しばかり狩らせてもらいたいところだ』
『ああ、そうだったのか。どうだ杏子、脚の先でも食べさせてはやれないか』
「おいちょっと待て。どうしてそういう話の流れになる」
当然のように自分が食べられる流れになったことへ、杏子は慌てた。
だが逆に、デデンネと仲良くなったヒグマはさも意外そうに首を傾げる。
『お前は飢えた者に自分の体を食べさせてくれる優しい娘なのだと聞いたが……』
「そんなアンパン男みたいな気楽さでホイホイ食われてたまるか!」
杏子は額に手をやって溜息をつく。
一体ラマッタクペは自分のことを彼に何と言って紹介したのか。やはりあの宗教クソヒグマはろくでもないヤツに違いない。
と、杏子は今一度唸った。
いずれにせよ、このヒグマン子爵というヒグマが、何か食いに来たというだけなのであれば話は簡単だ。
デデンネと仲良くなったヒグマと共闘していたというのならば、今後も協力はできるのかも知れない。
そう考えて、杏子は槍を納めてそのヒグマへ皿を差し出した。
「食うかい? たい焼きとかフルーツとか、あるもんならいくらでも喰わせてやるけどよ」
『クク、面白いことを言う』
カウンターから差し出された、焼き立てのたい焼きやフルーツ缶の盛り合わせを前にして、ヒグマン子爵は肩を震わせて笑う。
直後、ヒグマン子爵は持っていた日本刀を抜き放っていた。
「羆殺し」の一閃が、差し出された料理を皿ごとごっそりと消失させる。
『こちらは甘いものが喰いたくて来た訳では無い』
「てめぇ……」
杏子は怒りに震えた。
手に残った皿の破片を見つめ、彼女は自分の感情を必死に抑える。
食べ物を粗末にする者は、杏子にとって紛れもない悪だった。
「羆殺し」の能力でその料理を食い落したヒグマン子爵は、傍目には杏子の好意を根こそぎ消し飛ばしたようにしか見えない。
それでも、デデンネと仲良くなったヒグマから紹介された者だからと、杏子は今すぐヒグマン子爵に飛び掛かり刺し殺したい衝動に、抗うしかなかった。
その一連の様子に痺れを切らし、横から円亜久里が毅然と宣言する。
「立去りなさい、子爵よ。欲に任せて動くだけの者とかかずらっている暇はありません」
『ああ、そうさせてもらおう。私の場合、獲物を仕留めたいだけだからな』
彼女の胸では、アイちゃんが身を縮めて恐怖に震えている。
このヒグマは人間をただの獲物としか見ていない。それが如実に伝わってくるのだ。
亜久里や杏子のような胆力がなければ、恐らく一般の人間は殺気だけで動けなくなってしまうだろう。
ヒグマン子爵は羆殺しを収め踵を返し、去り際に顔だけ振り向いて杏子に唸りを投げた。
『女……、あの羽根と骨の男と同じ空気を得たな。狩っても無駄な者に付き合うつもりはない』
「何……?」
狩っても無駄な羽根と骨の男――。
そう聞いて杏子に思い浮かぶ者は一人しかない。
朝方にカズマと共に戦った半裸の男、究極生命体カーズだ。
そしてヒグマン子爵は続けざまに、鼻をひくつかせながら笑っていた。
『……だが、あの黒髪の女の匂いがする。すぐ最近まで一緒にいたな?
あの時は逃がしたが、そちらを仕留めに行った方が良さそうだ』
「れいのことか――!?」
その言葉に、杏子は厨房のカウンターを飛び越えて食堂のフロアに降りる。
杏子は思い出した。
究極生命体カーズとの戦闘になる直前、確かに、襲われる黒騎れいの近くからビル群を跳んで去っていく黒い何かがそこにはいたのだ。
視界の端をよぎっただけのその存在を、その時は気に留めることは無かった。
だが今思い返せば、あの跳び去っていた黒い生き物は、このヒグマン子爵だったとみて間違いない。
黒騎れいは、カーズに襲われる直前まで、ヒグマン子爵にも襲われていたのだ。
『そうだ、黒騎れいとかいう名前だったか……。あの時の狩りは水入りになっていたのだ。再開させてもらうとしよう』
ヒグマン子爵は、黒騎れいよりも遥かに先にカーズの存在とその危険性を察知し、狩りを中断して立ち去っていた。
佐倉杏子から漂う黒騎れいの臭いに、ヒグマン子爵はそれを思い出し、改めて探し出し狩り殺すつもりでいる。
友を殺しに行こうとしているヒグマン子爵に、杏子は思わず飛びかかりそうになった。
だが次の瞬間、彼女はハッとしてうつむく。
「……行ったところで無駄さ。もう誰も、いやしない」
佐倉杏子の一行は、シーナーに蹂躙された。
黒騎れいは、杏子の目の前で、白井黒子の放った『伏龍・臥龍』のミサイルを受けて跡形もなく消え去ってしまっていたのだ。
もはや、あの戦場にヒグマン子爵が赴いたところで、生きている者は誰一人見つからないだろう。
杏子の沈鬱な呟きを聞いてしかし、ヒグマン子爵はなおも嘲るように笑う。
『そうか? 確かにお前の全身は血と死の臭いにまみれている。だがその血は全て男のものだ。
あの女が本当に死んだと、お前は本当にその目で見たのか?』
「……!」
それは、杏子にとって完全に予想外の言葉だった。
カズマの血、劉鳳の血、狛枝凪斗の血――。
あの場には数多の血が流れ、杏子はその血の全てにまみれてきた。
だが確かに、杏子はそのひとりひとりの血液を嗅ぎ分けられている訳ではない。
ミサイルの爆発とともに消え去ってしまったがために、そして彼女の前であまりにも多くの者が亡くなってしまったがために、杏子は黒騎れいもあの場で死んでしまったのだろうと、そう思いこんでしまっていただけだ。
黒騎れいが本当に死んだのかは、確認できていない。
『やはりな。では、私が先に確認させてもらおう』
見落としていた事実に気づき黙り込んでしまった杏子の様子に、ヒグマン子爵は確信を得た。
食堂の外へ踏み出し立ち去ろうとするヒグマに、杏子は急ぎ追いすがる。
黒騎れいが生きている確証はない。しかし、彼女を見つけ殺そうとしているこのヒグマを、野放しにすることはできなかった。
「――ッ! 行かせるわけねぇだろ!!」
『そう言われて待つわけもないだろう?』
ヒグマン子爵が食堂の入り口から踏み切り、空中へ大きく跳び上がる。
その時、既に杏子は手に持った槍を大きく振りかぶっていた。
にわかに切って落とされようとする戦いの火蓋に、食堂の一行は狼狽した。
「お待ちなさい!」
『杏子、おい! やめておけ!!』
「――かしこで神は弓の火矢を折り、盾とつるぎと戦いを打ち砕かれた!」
振り抜かれた杏子の手から、猛烈な勢いでヒグマン子爵に向けて槍の穂先が放たれる。
投げられた勢いのままに槍は節を伸ばし、その切っ先に炎を灯して走った。
「槍のサビにしてやるよ!!」
炎を帯びた槍が根本から炸裂するかのように裂け、幾十にも分かれた槍がそのまま狙撃するようにヒグマン子爵を狙う。
しかしヒグマン子爵は空を踏んで跳びすさりながら、無造作にその手の刀を振るった。
ヒョン、ヒョンと軽い音を立てただけで、羆殺しは杏子の投射した槍の穂先を全て飲み込み消し飛ばしてゆく。
『料理も確認も攻撃も、甘すぎるな――』
他愛もない彼女の攻撃を、ヒグマン子爵はせせら笑う。
だがその時、ヒグマン子爵を追って杏子が飛んでいた。
その姿は一瞬にして消失し、飛び退るヒグマン子爵の背後に出現する。
『――何ッ!?』
「チャラチャラ踊ってんじゃねぇよッ!!」
アルター化を利用した瞬間移動、『絶影(テルミナーレ・ファンタズマ)』の奇襲が、ヒグマン子爵を捉える。
彼女の槍が延び、幾多もの節が展開され、鎖で繋がった多節棍のように変貌する。
空中で振り向こうとするヒグマン子爵へ、杏子は炎を上げるそれを鞭のように振るう。
蛇のように疾った槍の穂先は、ヒグマンが振り抜いた剣先をまるで生き物のように掻い潜った。
そしてカウンターのように、その一閃は彼の前脚から「羆殺し」を弾き飛ばしていた。
『ぐぉ――!?』
「もらったぁ!!」
蛇のような槍は、そのまま空中のヒグマンの背後に回り込んで襲いかかった。
@@@@@@@@@@
『血走れ』
だがその瞬間、ヒグマン子爵の体は空中で旋回する。
地上から見たその有り様は、あたかも大輪の薔薇が開花したかのようにも見えた。
その花弁のように、突如として数十枚にも及ぶ真っ赤な刃が、ヒグマン子爵の周囲に出現し放出されていたのだ。
それは捕食した言峰綺礼の肉体から、彼が正宗に吸わせていた血液だった。
水を吸収し放つ性質を持つその刃から吹き出した幾重にも及ぶ血のカッターが、彼に迫っていた槍を佐倉杏子の肉体ごとみじんに刻む。
血飛沫を上げて、ぼたぼたと杏子の各部位が地面に落下していた。
『杏子ォ――!?』
「デデンネェ!?」
一瞬にして全身を寸断され細切れの肉塊となった佐倉杏子の姿に、デデンネと仲良くなったヒグマたちは絶叫した。
食堂からまろぶように走り出し、赤い池の中に沈む彼女の前で吠える。
『ヒ、ヒグマン! 何も殺すことは……! 殺すことはなかっただろう!!』
『……お前にはこれで殺したように見えるのか』
しかし着地したヒグマン子爵は、弾き飛ばされた「羆殺し」を拾い上げつつ、苦々しく唸るのみだ。
彼が白い眼で睨む間にも、細切れにされた杏子の血肉は、彼らの目の前で蠢き始めていた。
「……これがあたしの体。これがあたしの血である」
真っ赤な血の海となっていたその一帯に、その時突然、小さな火が灯った。
そしてそれは、まるで溢れ出た血液の全てが石油であるかのように、すさまじい早さで燃え広がり始める。
『な、なんだこれは――!?』
「お前たちと多くの人のために流されて、罪の赦しとなる……」
デデンネと仲良くなったヒグマが、思わず身を退く。
彼らの目の前で、杏子が存在していたその一帯が灼熱の業火に包まれていく。
「よく考えてください。佐倉杏子の魔力で作られた私がまだここにいるんです。
強い意志でできた肉体は……」
その時遅れて、食堂からアイちゃんを抱えた円亜久里が歩み出てくる。
彼女は燃え盛る炎を真っ直ぐに見つめて、確信に満ちた強い口調で言い放った。
「――その思いがある限り、決して滅びません!!」
もうヒグマやデデンネたちが近づける熱さではない。
燃え盛る血の炎の中から、その時すっくと人影が立ち上がる。
「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、お前たちの内に命はない」
『やはり、な……』
ヒグマン子爵は、構えたままじりじりと後ろへ距離を取り始める。
炎の中に立っていたのは、五体の揃った姿で爛々と眼を光らせる、佐倉杏子だった。
「あたしは命のパンである。あたしの肉を食べ、あたしの血を飲む者は、永遠の命を得、あたしはその人を終わりの日に復活させる」
『……だから相手したくなかったのだ。羽根と骨の男といい血の神(ケモカムイ)といい、殺しても死なぬ者との戦いなど、こちらに何の利も無い』
杏子の怒りが、炎の姿をとって幻覚となり、それが実在の熱さを伴って周囲に溢れかえっている。
熱風のように唱えられるヨハネ福音書第6章の文言と共に、紅い修道服の端々から、全身に穿たれた傷痕から、目から耳から語る口から、氾濫し続ける膨大な魔力の炎。
それは姿さえ違えど、あたかも先の黒い仙人のようなヒグマが道に敷き詰めた、溶ける黒金の毒水の有様にも似ていた。
「あたしの肉はまことの食べ物、あたしの血はまことの飲み物だからである。
あたしの肉を食べ、あたしの血を飲む者は、いつもあたしの内におり、あたしもまたいつもその人の内にいる!!」
そして杏子から溢れ出す炎は、次第に渦を巻いて凝り固まってゆく。
燃えるようなたてがみ。太く張りつめた四本の脚。
それは大きな一頭の馬の姿となって、佐倉杏子をその背に跨がらせる。
その姿には、彼女の胸に刻まれた、あの男の面影があった。
遠い場所へ旅に出て帰らぬ人の、声が、言葉が、今も彼女の胸で熱さを伝えている。
その思いを、面影を、杏子の幻覚は全き有様を以て顕現させる。
「輝け、もっと、もっとだ――!!」
『さらばだ! 貴様などと戦っていられるか!』
十字に刻まれた杏子の右手の傷が開く。
駿馬のたてがみが渦巻き、熱風を伴って、周囲に溢れ出した炎の魔力が彼女たちを包んで火災旋風のように燃え盛る。
ヒグマン子爵は早くも空を踏んで一散にこの場を逃れようとする。
猛火を纏った巨大な炎の馬はそして、この島で彼女と戦い続けてきたあの男のように、爆音のような嘶きを上げた。
その吼に乗せて、杏子も叫んだ。
「行くぜカズマァァァァァ――!!」
『なっ――』
その突進は、宙を踏んで逃げるヒグマン子爵の想定していた速度よりも、遙かに速かった。
@@@@@@@@@@
爆轟のような炎の噴流がヒグマン子爵を飲み込もうとしていた。
炎の馬に乗った佐倉杏子の突進が速すぎるために、彼はそれを避けることができなかった。
その刹那、ヒグマン子爵は全力で叫ぶ。
「ウオオオオォォォォォォ――!!」
空気が、歪んだかと見えた。
その時、何らかの漆黒が風を切って上空より降り注ぎ、吹き上がってくる炎の馬を強かに叩く。
それは半径10メートル程度の空間を悉く圧砕し、猛火も馬も佐倉杏子も、その全てを目下の地面へと押し潰していた。
佐倉杏子とその馬は、熱を帯びた血飛沫と化して、深い血だまりから四方に飛び散った。
ヒグマン子爵はその様子へ二度と振り向くことも無く、すぐさま廃墟の建物へと飛び移り、見送る者の視界の外へと消えていった。
『杏子! お前、大丈夫か!!』
押し潰された杏子の血だまりへ、デデンネと仲良くなったヒグマと亜久里が駆け寄ってくる。
血だまりの中では、熾火のように微かな炎が燃えていた。
その炎に熱せられてぶくぶくと血液が沸騰し、徐々に蒸発してゆく。
そうして凝り固まってゆく赤は、次第に人の形となり、赤い修道服の少女の姿となって固着された。
「ちくしょう……、取り逃がした……」
肉体を再々構成した杏子は、うずくまったままヒグマン子爵の去っていった方角を見上げ、悔しげにそう呟いた。
『くそ……、またもやこの力を使うことになるとは、忌々しい……』
そのヒグマン子爵は右前脚を抑え、建物から建物へと飛び移りながら、忌々しげに吐き捨てている。
彼の肉球は焼けただれ、破れた毛皮から血のにじむ肉が覗いていた。
杏子の突撃を叩き落とした、あの一瞬の接触だけでも、彼女の放つ熱は相当のダメージを彼に与えていたのだ。
『佐倉杏子――。あやつが追ってくる前に、黒騎れいの肉が残っているかだけでもさっさと確認したいところだ』
ヒグマン子爵はそうして、黒騎れいの体臭が最も強く残っていたある地点を嗅ぎつけて降り立つ。
何やら即席の墓地が作られているその場所は、先程の食堂から大して離れてもいない。
追いつかれる可能性の濃厚さに舌打ちしながらも、彼は獲物の動向を探るように、その地点をよくよく検分し始めた。
【G-5とH-5の境 墓地/夕方】
【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:それなりに満腹、右前脚に熱傷
装備:羆殺し、正宗@SCP Foundation
道具:なし
基本思考:獲物を探しつつ、第四勢力を中心に敵を各個撃破する
0:撤退だ。
1:さて、黒騎れいは本当に死んだのか?
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
4:あの自失奴も、だいぶ自立してきたようだな。
5:これで『血の神』も死んでくれるといいのだが。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。
@@@@@@@@@@
ヒグマン子爵が逃げ去った後で、食堂の前の廃墟の間には、炎と蒸気に包まれて再生したばかりの杏子に一行が心配そうに声をかけていた。
『杏子が無事でよかった……! 気をつけてくれ。
ヒグマンは容赦しないオスだ。狙った獲物は、必ず一度は殺してのける……!』
「そうか……、そんなやすやすと、他者を殺していけるような奴か」
究極生命体となり、アルター結晶体ともなり自己を再々構成できるようになった彼女にも、さすがに声には疲弊か無力感のような色が濃かった。
円亜久里が、彼女を助け起こそうと手を差し伸べる。
「私が言えた義理ではありませんが、もう少し後先を考えましょう!
この場で戦うより、後を追った方がそんな大けがをせずに済んだでしょうに……」
「あたしはいいんだよ。もうどれだけこの身が砕けようが関係ねぇ。
……ただ、もうこれ以上知り合いや仲間が死ぬのだけは、御免だ」
もはや自分自身のことなど、杏子の気にはかかっていなかった。
冷めた体で亜久里の手を取りながら、彼女の脳裏に思い出されるのは、またあの黒い仙人のようなヒグマの言葉だった。
『武術と同じく、幻覚にも「力」だけでなく、「技」が必要なのです。
これで直接肉体に損害を与えたいなら、もっと相手の恐怖と苦痛に共感しなくてはいけません。
相手を思いやるからこそ、相手を地獄へ突き落とすことができるのです。
――これ以上、お手本が必要ですか?』
今の自分の力では討つことのできなかったヒグマン子爵というヒグマのことを思い、杏子はぽつりと呟いた。
「……自分の中で生きている者――、内面を思い共感してしまった者を、普通、生き物は殺せねぇんだ。
殺せばそいつの苦痛や恐怖が全部自分に跳ね返ってくる。殺せるのは自分の中に入っていない『幻影』だけ……」
相手を獲物として見るヒグマン子爵が、その相手の心情を慮ったり、共感する訳はない。
ただ如何に相手を効率的に仕留めるかにその力の配分を工夫するだけだろう。
それはシーナーの言葉を借りれば、「技無き力」だ。
それで殺せるのは『幻影』だけだ。
だがそんな彼の力に、杏子は敗北した。
それは杏子もまた、彼の力に対して、力で対抗しようとしていたからに他ならないだろう。
だが、相手に共感してしまえば、その共感は相手を殺せなくする。
されど共感しなければ、強大な相手に勝ることはできない。
己の中に命を持たせてしまった者を殺すことは、自分の心を殺すことと同義だ。
それを思うと、あの幻覚を見せるヒグマは、一体どれほど強靭な精神を持っているのか。
敵の全てに共感し、同じ気持ちと感覚を共有しながら、なおもその敵を殺しその苦痛を同時に感じていられるあのヒグマ。
底知れぬ優しさと冷徹さを同居させたあのヒグマに、自分は復讐を遂げることができるのか――。
佐倉杏子には、まだそれがわからなかった。
『その、れいという女は、生きているのか……?』
「わからねぇ……。そうだ……、まずそこからだ。
生き死にの弁別もできないようじゃ端から終わってる……」
神様の袖を賜っても、エイジャの赤石の力を得ても、カズマや劉鳳や白井黒子や狛枝凪斗の思いを受け取っても、自分の力はまだこんなものだ。
単なる魔力だけじゃなく、技術――激情と冷静さを心に同居させる技術――を磨かなければ、自分はこの先に進むことはできないだろう。
杏子はそう感じた。
だがそれは恐らく、あのヒグマン子爵というヒグマにも言えることだ。
共感無く、力だけで殺し捕食した血肉に、「命」はない。
それは朽ちる食物であり、永遠の命に至る朽ちない食物ではないからだ。
まことのパンは、まことのワインは、己の肉を食ませ、己の血を飲ませた者からしか得られない。
そうしてまことの食物を食べた者は、いつも己の内におり、己もまたいつもその人の内にいる。
それが永遠の命に至る朽ちない食物である。
命なき力が、命ある者を打ち砕ける道理はない。
もし黒騎れいが、万が一にでもあのヒグマの幻覚と殺戮から逃れられていたのならば――。
もし彼女が、あれを切り抜け、仲間の死を越えても雲隠れできる何らかの技術と精神力を持っていたのならば。
「……だがもし生きていたなら。単なる力の積み重ねにはもう、れいは負けねぇ。
あいつはきっと、こんな罪深いあたしより……、強い」
今の杏子にできることは、忘れないことだ。覚えておくことだ。
自分に関わり、様々な在り方の思いと愛を注いでくれた人々の全てを刻み、己の血肉を以て引き連れてゆくこと。
それが人間としての、魔法少女としての、アルター使いとしての復讐者としての究極生命体としての、佐倉杏子が己に科す呪いだった。
『心配してくれてありがとう、杏子……。でも、もうあなたたちに迷惑はかけられない。
……自分の行ないを清算するためにも、いつまでも意気地なしではいられないわ。
一度東に退いたら、私は下水道から地下へ。あなたたちは、大回りしながら慎重に百貨店を目指すのが良いと思う。
連絡手段があれば一番いいんでしょうけど……。私も地下を探索できたら百貨店に上がるから。それまで別行動しましょう』
黒木れいという存在を杏子が今もその身に息づかせているなら、彼女が今どうしているのか、はっきりとわかったはずだ。
それはデデンネと仲良くなったヒグマが食堂の裡で見たビジョンでもある。
人のみならずその場のあらゆる歴史を覚え、思い出し、忘れない共感力。
死者の声を聞き、運命を手繰り寄せ、幻を現に変える力。
そんな『出会いを拾う力』を、杏子はまだ会得しきれていなかったのだ。
――手本はこんなにも近くにあったのにな。
と、杏子はあたりを見回しながら思う。
デデンネと、彼女と仲良くなったヒグマと、アイちゃんと、円亜久里と。
そして自分に死を以て教えを与えたあの哲学者と。
力ばかりが先に肥大していた杏子には見えなかった、玄妙な心の機微が、彼らの内にはあったのだろう。
なおのこと杏子は、デデンネと仲良くなったヒグマたちと一緒にいたいと、そう思った。
学ばせてもらいたい。そんな思いは尽きない。
だがそれでも彼女は、彼らに向けて深く頭を下げていた。
「すまねぇ、あたしはあのヒグマを追う……! そしてれいのことを確認して西に向かう。
あいつが無事なら……、必ずそちらに向かってるはずなんだ。あたしはもう二度と、見失いたくねぇ……」
黒騎れいは地下に降りて、百貨店のある西に向かっている可能性が高い。
彼女の安否を確認し、彼女と相談した当初の予定通りに動くことこそが、本当は一番良かったはずなのだ。
復讐のために一匹のヒグマを探して勢いだけで奔走することは、その生死にかかわらず黒騎れいのためにも、助けを待つ島のあらゆる生存者のためにもならない。
杏子は深く恥じ入り、踵を返していた。
「たい焼きとフルーツパンチが、もう厨房に用意してある。あたしの魔力が籠ってるから、食ってもらえれば傷や疲れもだいぶ回復するはずだ。
あんたらまで危ない目に会わせたくはない。……ここで一旦、別れよう」
絞り出すような声で、杏子は俯いたままそう言った。
彼女の魔力のイメージは、もう炎のような熱量を持っていなかった。
それは黒く湿った茨のように、彼女自身を縛って刺し貫いていた。
俯いたまま振り向くこともなく歩み始めた杏子の背後から、その時鋭く唸り声がかかる。
『杏子!』
「――!?」
迫る風切り音に、彼女は咄嗟に後ろへ手を翳した。
その手にパシンと音を立てて受け止められたのは、彼女自身が調理した、まだ温かいたい焼きだった。
見れば、一旦食堂に戻って出てきたヒグマや亜久里たちが、その手にたい焼きをつまんで歩んでくる。
「その意気や、ブラボーですわ。その志に、私達が追随しないとでもお思いですか?」
『仲間は……、いや、家族は。見捨てられないものな。杏子』
「デネデネ!」
「きゅぴ〜!」
そのたい焼きは、微笑むヒグマが投げよこしたものだ。
甘くて食べやすいたい焼きに、彼の背でデデンネやアイちゃんも嬉しそうな声を上げている。
杏子は呻いた。感情が喉をついて、声が上ずった。
「なんでついてくるんだよ……!」
『それはもう、お前と同じ気持ちだからな』
ヒグマは苦笑した。
杏子が身に纏う魔力と幻覚は、出会った当初から、彼の共感力に強くイメージを響かせてきている。
彼にとっては、ころころと変わる杏子の感情が目に見えて、わかりやすいことこの上ない。
自分を刺し貫くような苦悩と悔恨と寂しさなど、彼が見捨てておけるわけもなかった。
なおかつ、彼にとって杏子はもう、頼れる姉のような家族の一員に他ならなかった。
「杏子さん、食堂にはまだまだ食材がたくさんありますので……。私では持ち切れませんわ。
それを皆さんに配るのも、『まことの食べ物』ではありませんこと? その黒騎さんもきっと、お腹を空かしていますよ」
また、歩み寄ってくる円亜久里は、その手にフルーツパンチの入ったデカンタとグラスを抱えてもいた。
感極まって言葉も出ない杏子の手にそのグラスを握らせて、亜久里はパインやピーチのふんだんに入った炭酸水をそこに注ぐ。
デカンタから注がれる、金色に染まる海のようなフルーツパンチの泡に透かして、杏子は夕暮れの陽を見上げた。
浮かぶ果物が、パチパチとはぜる音楽が、杏子にはふと、降誕祭(クリスマス)の折に集った家族の笑顔に重なる。
それは駆け抜けていった時をそっと、あの幸せと力と希望に満ち溢れていた時分へと巻き戻す、メロディにも聞こえた。
「……『新しいワインは、新しい革袋に入れるもの』、か。ありがとな、みんな」
自分を覆っている古い革袋という観念を捨て去り、新たな命のワインを新たな観念に注ぐこと。そうすればその命も観念も、長く保たれることだろう――。
聖書はマタイ福音書第9章にて、そう説いている。
杏子の探しているものは、初めから彼女が覚えていた。
彼は、彼女たちは、違う胸で同じことを思う。
果てしない道は、一人きりでは行けない。
引き連れ駆け抜けてゆく人々の思いこそが。
怨み憎しみ喜び優しさ哀しみ楽しさ、その愛こそが。
迷う季節の中で足取りを満たす、原動力だと感じた。
その愛を、出会いを、彼らは忘れない。
【G-4とG-5の境 寂れた食堂/夕方】
【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖を抱くくらいならいっそ家族という隠れ蓑で身を守る、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンのみ
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネデデネデデンネ……!
1:デデンネェ……
2:デデッデデンネデデンネ!!
※なかまづくり、10まんボルト、ほっぺすりすり、などを覚えているようです。
※特性は“ものひろい”のようです。
※性格は“おくびょう”のようです。
※性別は♀のようです。
【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:奮起、顔を重症(治癒中)、左後脚の肉が大きく削がれている(治癒中)、失血(治癒中)
装備:なし
道具:クルミと籠
基本思考:俺はデデンネたちを、家族全員を守る。
0:家族と、共に行く。
1:フェルナンデスと家族だけは何があっても守り抜く。
2:こんなにも俺は、素晴らしい出会いを拾えた……。
3:「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」とか「自分自身を見失う者」とか……、俺だってこんな名前は嫌だよ……。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。
※無意識下に取得した感覚情報から、構造物・探索物・過去の状況・敵の隙などを詳細に推論してイメージし、好機を拾うことができます。
※特に味覚で認識したものに対しては効力が高く、死者の感情すら読める可能性がありますが、聴覚情報では鈍く、面と向かっているのに相手の意図すら大きく読み間違える可能性があります。
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極のアルター結晶化魔法少女(『円環の袖』)
装備:ソウルジェム化エイジャの赤石(濁り:必要なし)
道具:アルターデイパック(大量の食料、調理器具)
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:今はれいのことを考えて動く!
1:復讐を遂げるためにも、このヒグマたちのように、もっと違う心の持ち方があるはずだ。
2:カズマ、白井さん、劉さん、狛枝、れい……。あんたたちの血に、あたしは必ずや報いる。
3:神様、自分を殺してしまったあたしは、その殺戮の罪に、身を染めます。
4:たとい『死の陰の谷』を歩むとも、あたしは『災い』を恐れない。
5:これがあたしの進化の形だよ。父さん、カズマ……。
6:ほむら……、あんたに、神のご加護が、あらんことを。
7:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※自らの魂とエイジャの赤石をアルター化して再々構成し、新たなソウルジェムとしました。
※自身とカズマと劉鳳と狛枝凪斗の肉体と『円環の袖』をアルター化して再々構成し、新たな肉体としました。
※骨格:一度アルター粒子まで分解した後、魔法少女衣装や武器を含む全身を再々構成可能。
※魔力:測定不能
※知能:年齢相応
※幻覚:あらゆる感覚器官への妨害を半減できる実力になった。
※筋肉:どんな傷も短時間で再々構成できる。つまり、短時間で魔法少女に変身可能。
※好物:甘いもの。(飲まず食わずでも1年は活動可能だが、切ない)
※睡眠:必要ないが、寂しい。
※SEX:必要なし。復讐に子孫や仲間は巻き込めない。罪業を背負うのはひとりで十分。
※アルター能力:幻覚の具現化。杏子の感じる/感じさせる幻覚は、全てアルター粒子でできた実体を持つことが可能となる。杏子の想像力と共感力が及ぶ限り、そのアルターの姿は千変万化である。融合装着・自律稼動・具現・アクセス型の全ての要素を持ち得る。
【円亜久里@ドキドキ!プリキュア】
状態:佐倉杏子のアルター製の肉体
装備:アイちゃん@ドキドキ!プリキュア
道具:自分のプシュケー
基本思考:相田マナを敵の手から奪還する
0:佐倉杏子へ協力し道を示す。
1:自分の持つ情報を協力者に渡しつつ生存者を救い出す。
[備考]
※佐倉杏子のアルター能力によって仮初の肉体を得ました。
※プシュケーは自分の物ですが、肉体は佐倉杏子の能力によって保持されているため、杏子の影響下から外れると消滅してしまいます。
以上で投下終了です。
続きまして、暁美ほむら、巴マミ、ゴーレム提督で予約します。
――次回、『幽霊船』『侵入者』。ヒグマロワが魔女を生むなら、みんな足掻くしかないじゃない!
投下乙です
キュアエースを無残に殺害したのはベンとかいう猿なんだ……
ギャグみたいな死に方だったことは知らない方が幸せである。
エイジャの赤石やらアルターやらの究極進化で杏子がアルティメット聖女に!
その神々しい姿はかの救世主のようです。このチームも落ち着いたようでなにより
ヒグマ提督、瑞鶴で予約
感想ありがとうございます。
黒騎さんにヒグマン子爵が迫っている中で落ち着いたと言えるかは微妙ですが杏子さんは聖女ですね!
キュアエースは前後状況が判然としないのでどこまでギャグだったのかシリアスだったのかは彼女のみぞ知ることかも……。
ヒ級の遺骸抱えたままのヒグマ提督が瑞鶴に目撃されたら色々ただじゃすまなそうですが、楽しみです。
ほぼ1年半ぶりですが、更新した現在状況を示します。
ttp://dl1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/16/den_wgC73NFT9I_16.png
ttp://dl1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/17/den_wgC73NFT9I_17.png
追加された新たな大規模破壊状況としましては、
・D-5の温泉が崩落し直下が水没
・H-5の温泉が吸われている
・D-6の地下に二酸化窒素が充満している
といったところです。
予約を延長します。
投下します
くるみ割りの魔女。その性質は自己完結。歯はこぼれ頭蓋はとろけ目玉も落ちた。かつて数多くの種を砕いたその勇姿も壊れてしまっては仕様がない。もう種を砕けない頭には約束だけが惨めに植わるが、起源の歯が中途半端に切り裂いた魔女はそれでもまだ魔法少女の姿を色濃く残す。
数多の戦友を自分の責任で死なせてしまったこの魔女が最後に望むは自身の処刑。だが首をはねる程度では魔女の責任は取れない。この愚かな魔女は永遠にこの此岸で処刑までの葬列と謝罪を繰り返すだろう。
この魔女に供物を手向けてくれる参列者は、本当は彼女が思っているよりもずっと多いのだが、目玉の落ちたこの魔女はそれに果たして気づけるのだろうか。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
暁美ほむらは、心臓に病を患った、虚弱で内気な少女だった。
鹿目まどかたちに魔女の手から救われた彼女は、まどかを慕い始める。
しかしまどかたちは、ワルプルギスの夜との戦いで命を落とした。
彼女は、時間を巻き戻し、鹿目まどかを守り救うことを決意する。
そうして彼女は、魔法少女となった。
しかし繰り返す時間の中で、愛していた者たちは大いなる敵となっていった。
絶望に堕ちた魔法少女は魔女となる。
その事実を話しても、友たちはそのあらましを実際に目にするまで信じなかった。
そして、知った折には心を乱した。
もう誰にも頼れない。
そんな閉鎖した一ヶ月が、呪いのように繰り返された。
繰り返す度に、友たちは、鹿目まどかは、ことごとく死んでいった。
彼女はたった一人で、壊れたレコードの円盤の上をくるくると回り続けた。
それは針飛びしては虚しく始めに戻る、出口のない檻だった。
檻の構造を知るために、彼女は展開図を描いた。
展開図の檻から終着点に逃げるには、その者自身も展開図になる必要があった。
その者は自分に描けるだけのありとあらゆる可能性の展開図を描いた。
しかし本当に首尾よく逃げるには、いつもそれより一枚多い展開図が必要だった。
最後の展開図は、彼女一人では決して描くことができなかった。
そして周りにいた人が死に絶えた時、終着点に続く道の展開図が絶対に見えなくなってしまったことを、彼女は悟った。
彼女に残されたのはただ、悪夢のように鬱積した繰り返しのツケと、真っ暗な絶望だけだった。
砕けぬはずのダイヤモンドでできていたレコードの針は、もう、磨耗しきっていた。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
滑車の音が夜を刻んでいる。
幻燈を回すような過去の映像が、そうして参列者の前に仄々と映し出されていた。
葬列が続く見滝原の街で、歪んだ使い魔たちが演じ映すエンディングビデオ。
まるで葬儀の場で死者を悼むように映し出される、生前の赤裸々な映像そのものだ。
誇張も虚飾もなく、それこそ暁美ほむらが、幾多の時間軸で踏み越えてきた破滅した分岐の回想だった。
巴マミとゴーレム提督は、その一部始終を呆然と見上げていた。
巨大な魔女と変わり果てた暁美ほむらが、彼女たち参列者の前を、使い魔たちに牽かれてゆく。
彼女は斬り落とされた頭に彼岸花を咲かせ、ぼろぼろとそこから歯の涙をこぼして泣いていた。
『輝きと、後悔だけしか……、もう、思い出せない。
ああ……、これが、私の……、絶望……』
暁美ほむらの魔女――ホムリリィは、そうして地を震わせるような声で慟哭した。
手枷をはめられた体は全身が骨と化し、腰のリボンが手となって、牽かれていく己の歩みに必死に抵抗している。
リボンが地を掴む度に、偽りの見滝原は壊れた。
全ては徒労だった。
彼女の姿は、支流を拓く時の舳先で曳き波を追い、そしてついに追いつけなかった者の、無念の影に見えた。
「あ……、ああ……」
巴マミは、膝から地面に崩れ落ちた。
「そうよね……。泣きたいわよね。暁美さんは、今までずっと頑張ってたのよね……」
巴マミは知った。
循環する閉じた時の中で、暁美ほむらが如何に惨憺たる孤独な道を歩み続け、奮戦してきたのかを。
あったはずの分岐で、己がしてきた所行の数々も。
その分岐の先々で、友たちを待ち受けていた悲嘆の未来も。
巴マミはようやく、今まで自分が暁美ほむらに感じていた不思議な感覚の正体に気づいていた。
彼女はマミの後輩であり、同時にまた先輩でもあった。
同じ時間を繰り返し、その悲惨な運命をどうにかして変えようと足掻き続け、足掻き続け、そしてついに磨耗し尽くしてしまった同郷の士の心情も察せず、すれ違い続けてきてしまった自分を、巴マミは深く恥じた。
「球磨さん……。碇さん……、それに、ナイトさん……」
辺りには、つい先ほどまで生きて共に戦っていたはずの者たちの、酸鼻な死体があった。
この魔女と使い魔の行進は、紛れもない葬列だった。
暁美ほむらの戦友の葬列。そして他でもない、暁美ほむら自身の葬列だ。
飛び回るカラスや、ホムリリィの周りに犇めく衛兵のような使い魔は、マミたちの方に襲いかかろうとはせず、ただ粛々とその主人を牽いてゆくだけだった。
呆然とその光景を目に映していたマミの意識に、ふとその隅で蠢く茶色い固まりが上る。
「うっ……、ひどい……。球磨ちゃんの綺麗な皮が、機銃で穴だらけ……」
「……あなたは?」
マミから声をかけられて、その泥状物はびくりと身を竦ませた。
倒れている球磨のもとから振り向いたその泥には、ヒグマの顔があった。
「わ、私は穴持たず506……ゴーレムってヒグマよ。一応、医療班のジブリールたちの同僚だった。
あなた、下で戦ってた患者さんよね!?
第10かんこ連隊の奴らから助け出そうと思ってたんだけど……、下はどうなったの!?」
「医療班のかた……」
ゴーレムと名乗るそのヒグマは、焦った様子でまくし立てた。
巴マミはぼんやりと、ビショップヒグマと似たような能力のヒグマなのかと、そう思った。
彼女の問いに思い返せば、この場と同じように、死に溢れていた地下の様子が脳裏によみがえる。
絞られるような声で、巴マミは呟いた。
「……私と一緒にいた人は、私以外、全員死んだわ。他は……、わからない」
「死んだ……!? そんな!? 早く降りなきゃ……。
って、降りれないのは……、というか、総合病院とは全く違う場所になってるのは、どういうことなのよこれ!?
球磨ちゃんまで沈めやがった瑞鶴の野郎を叩き殺して、早く助けなきゃ、いけなかったのに……」
ゴーレム提督は、人間に発見されてしまった焦りと、マミから伝えられた訃報と、目の前に転がる艦娘の無惨な死体に、涙をこぼして乱れた。
この魔女の結界という異様な空間の状況を把握しようとして、一番初めにゴーレムの目に留まったのが、見知った艦娘の球磨だった。
球磨が倒れているのを見て、看護師として艦これ好きとして、ゴーレムは初め、彼女を助けようとして駆け寄った。
そして彼女が死んでいるのを確認した後、一度はその生皮を手に入れるチャンスだとも考えた。
しかし彼女の遺体は、機銃の弾痕がいくつも刻まれて傷物となっている。
ゴーレム提督に残ったのは悲しみと、さらに募る瑞鶴への怒りだけだった。
球磨に寄り添うゴーレムの元へ、巴マミはゆっくりと歩み寄りながら言う。
「……艦これ勢の中にも、やっぱり良い人はいたのね」
「――!? か、艦これ勢って、私のこと――」
「だって、あのゴーヤイムヤさんってヒグマの仲間でもなければ、その詳しい所属や攻め込む場所なんてわかりようがないわよね?」
「はっ――」
巴マミは、沈んだ表情のまま淡々とゴーレムにそう指摘した。
彼女の才覚は、こんな状況下に置かれても、ゴーレムの隠した正体を見抜くほどに冴えわたっている。
何とかこの場を凌ごうとしていたゴーレムにとっては、ここで戦っていた人間に自分が艦これ勢だとバレるのは、避けるべきことだった。
「……板挟みだったのね。職場と趣味の集いと。
でも、ゴーレムさんはこちらの仲間を助けてくれようとしていた……。十分よ」
しかし戦々恐々とするゴーレム提督に対し、巴マミは静かだった。
ジブリールからゴーレムの話が出た時、マミはまだ診療所の外だったが、このわずかな会話で彼女の苦しい立場は十分に察せた。
球磨に対する様子から彼女に敵意がないだろうことは見えたし、よしんば敵だったところで、そうわかった時に対処すればいいだけだ。
球磨の遺体の前にひざまづき、マミは彼女を覗き込む。
弾痕の周囲には、わずかに再生しかかっていた組織がある。
暁美ほむらが、その残り少ない魔力を全て使って回復魔法をかけたのだろうことは、容易に察せた。
しかし、それは足りなかったのだ。
もう少し、あとほんの少しでも早く、自分が間に合っていれば、ここまでの惨状が巻き起こることはなかったのかも知れない――。
そう巴マミは唇を噛んだ。
「……あんた、まさか球磨ちゃんが沈んだのは自分のせいだとか考えてないわよね。
それは違うわ。瑞鶴を仕留め損ねた私のせいよ。工廠を悪用されてできた狂った艦娘なんて、早く解体する以外の選択肢なかったのに……。
中途半端に恩情かけた私がバカだったんだわ……」
潜水勢が水上艦に異様なまでの敵愾心を抱くに至ったのは、ヒグマ提督に作られた島風にスイマー提督を惨殺された事件が大きい。
そのため、島外から来ただけの球磨や天龍といった参加者の艦娘については、程度の差こそあれヒグマ謹製艦娘より、潜水勢の憎しみは明らかに弱い。
デーモン提督でさえそうだったのだから、初めから診療所の者を助けようとしていたゴーレム提督に至っては言わずもがな、艦娘に対しての親しみの方が勝る。
「そう……、ゴーレムさんも間に合わなかったのね。
ここまで全員が奮戦しても、こうなってしまった……。
暁美さんが絶望するのも、わかるわ」
「割り切るしかないわ……。さっさとしないと誰も彼も犬死によ」
巴マミと一緒にいた者が死んだからといって、一体誰から誰までが死んだのかは、はっきりしない。
幸い、瓦礫と水に埋もれただろう診療所の内部でも、ゴーレム提督の動きは制限されない。
彼女としては、死者を悼むよりも、一刻も早くこの訳の分からない空間から脱出し、少しでも早く生存者を探したいというのが本音だった。
「早くここから出ましょう。わかるんでしょ、ここが何だか」
「そうね……。暁美さんを早く元に戻してあげましょう」
涙を拭って、巴マミはそう言う。
ゴーレムは耳を疑った。
「あんたちょっと待ちなさいよ! 深海棲艦を艦娘に戻すなんて聞いたことないわよ!?」
「巴マミよ、ゴーレムさん。私も、魔女を魔法少女に戻すなんて聞いたこと無かったわ」
ゴーレムはマミの口振りから、『暁美さん』というのが、どうやら今目の前を連行されてゆく巨大な骸骨の女を指すらしいことは推測できていた。
それは艦これ勢の視点からすれば、どう見ても『暁美』という死んだ艦娘が深海棲艦になってしまったのだろうとしか考えられない存在だ。
それを、ろくな戦闘物資もない状態で、「撃破する」どころか「元に戻す」と言い出すなど、ゴーレムにはとても信じられなかった。
「だけどそれは……、きっと今まで誰も気づかずに、考えたこともなかったからなんじゃないのかしら」
しかし巴マミは、球磨の遺体を挟むゴーレム提督に、まっすぐな眼差しでそう言う。
それは確かに、今ここにいる球磨ですら、考えなかった可能性だ。
割り切れ。と、あの時球磨は巴マミにそう言ったはずだった。
確かにそれで一瞬、マミの心が拓けたことは確かだ。
だが結局、マミの信じた正義は、割り切る方向には進まなかった。
そして、それはそれでいい。と、そう言ったのもまた球磨たちのはずだった。
ありのままの思いをさらけ出しても、それでいいのだ。
それを受け入れるのが友であり仲間だ。
だったら、魔女となるほどの絶望を抱えた友を慰め救う方法は、殺すことではない――。
それが巴マミの至った結論だ。
「……私はさっき一人、連れ戻して来たわ」
纏流子を、マミはそうしてヒトへと連れ戻した。
彼女が本当に魔女だったのか、魔法少女だったのか、それは巴マミの知るところではない。
しかしその経験は、マミに確かな自信をもたらしていた。
ゴーレムには終始、意味不明だった。
「何言ってんの!? 全員死んだって言ったのはお前じゃない! 気でも狂ってんじゃないの!?
さっさと逃げる方法を教えなさいよ! ここにいたってあの深海棲艦に沈められるだけよ!
もっと現実的に効率的にモノを考えなさいよこのぱーぷりん!!」
「――ソウルジェムが魔女を生むなら! みんな足掻くしかないじゃない! あなたも、私も!!
私はそう諭されたわ。そう悟ったわ!
救助船が、望みを捨ててしまったら、難破した船からいったい誰が助かるというの!?」
感情が、互いの口をついて溢れた。
激高するゴーレムから守るように巴マミは、球磨の遺体を抱え、抱きしめていた。
それは暁美ほむらが、最後まで望みを捨てずに救おうとしていた命だった。
あと一歩が足りず、一分だけ増援が遅かったのだとしても、その試みは決して、初めから切り捨てていいものではないはずだった。
「まだ生きてるかもしれないじゃない!
ええ、生きてる、生きてるわ、暁美さんも! 私たちも!!
多くの人たちが、私たちに繋いでくれた、生なのよ――!!」
球磨を抱えたまま、巴マミは涙を流してゴーレムに詰め寄る。
その安らかな死に顔を見せつけるかのように掲げ上げる。
その時、揺すられた球磨の腕が、胸の上から下に落ちた。
球磨の手が掴んでいたあるものが、せめぎ合う彼女らの指先に触れていた。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
檻の構造を知るために、ある者は展開図を描いた。
展開図の檻から逃げるにはその者自身も展開図になる必要があった。
その者は『檻』と『自分』と『研究所』と『ヒグマ』の展開図を描いた。
しかし本当に首尾よく逃げるには、『檻』と『自分』と『研究所』と『ヒグマ』と『夢』の展開図が必要だった。
その者は夢の展開図を描こうとしたが不可能だった。
だがその者には安堵だけがあった。
悪夢にうなされる誰かの元に、死んだ者からの手紙が、きっと届く――。
その者が描けなかった最後の展開図を、描ける者が、きっと来る――。
――その展開図が記していたのは、声なき幽霊船の汽笛だった。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
その展開図を、巴マミとゴーレムは閃光のように知った。
球磨の手が掴んでいたその物を、巴マミはまじまじと見やった。
「これ……」
「……球磨さんは掴んでいたんだわ。この島の根源を」
ゴーレムとマミの激情は、氷水に浸かったかのように冷めていた。
そして代わりに別種の興奮が、ふつふつと背筋から立ち上ってくる。
暁美ほむらは、あまりのショックに気づかなかったのかも知れない。
しかしそれは明らかに、球磨が彼女に宛てて書き、手渡そうとしていた手紙だ。
ほむらが行使した魔法は、決して無駄ではなかった。
彼女が与えたそのほんのちょっぴりの時間で、球磨はこの手紙を、その手に抜き出すことができていたのだろうから。
「これは……、もし本当に球磨ちゃんの考え通りなら。万が一が、あり得るわけ……?」
ゴーレムは、巴マミが球磨の手から取り上げた物を見て、固唾を飲んだ。
「ええ……! 暁美さん、あなたにも教えてあげる……!
あなたの築いてきた道は決して無駄なんかじゃなかったのだということを。
この先に、必ず未来はあるんだということを!!」
『マミ……、さん……?』
自分に向けて掛けられた叫び声に気づき、ホムリリィは悄然と牽かれるがままになっていた体に意識を取り戻す。
球磨の思いを手に、今にもホムリリィの葬列へ駆け込まんとする巴マミを、ゴーレム提督は慌てて差し止めた。
「ちょっと巴マミ! だからって、これをあの深海棲艦に渡して本当に元に戻せる保証はないわよ!?
そもそもまずどうやって渡しに行くつもり!?」
「大丈夫よ……。まだ暁美さんには人としての意識がある。私たちを襲ってもこない。
今まで出会った魔女とは違うわ、これは望み以外の何でもない」
叶うと決めた、未来は示されている。
目の前を過ぎてゆく、この熱砂を行くような巡礼の列にだ。
魔女に意識があり、その使い魔も人間を襲ってこない。
こんなことは、巴マミの今まで出会ってきた魔女ではあり得ないことだった。
それだけまだ、彼女は魔法少女に近いのだろう。
ならばマミが彼女へ球磨の思いを届けるのは、簡単なことに思えた。
「ちょっ……、どうなっても知らないわよ!?」
「ええ、わかったわ。ゴーレムさんは、結界が解除されたらすぐに地下の救助に行けるよう準備しておいてもらえばいいから」
言うが早いか、ゴーレムが伸ばす泥の手にかかずらうこともなく、巴マミは壮大な葬列の方に駆けだしていってしまう。
引っ込めた手で、ゴーレムはぐしゃぐしゃと自分の頭部を掻いた。
「人語を話す深海棲艦って言ったら、姫か鬼の一種なだけな気がするけど……。
ああもう……、何なのよあの子の信念は……」
困惑した表情で、ゴーレム提督は巴マミを見送るしかなかった。
泥の体が、ぶくぶくと泡立った。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
巴マミは、聳え立つようなホムリリィに向けて踏み切り、宙を駆けた。
するとすぐに被り物をしたカラスが、飛翔する彼女の前にはだかってくる。
「どいて! 私は暁美さんを連れ戻そうとしているだけ!」
暁美ほむらの使い魔――。
巴マミはその手に一本だけリボンを生成し、寄り来るカラスたちを払おうとする。
しかしカラスたちは執拗に、巴マミを追い払うかのように攻撃を加えてきた。
「なっ――」
先ほどまで全く襲うそぶりのなかった使い魔にしては、あまりに不自然に過ぎた。
リボンを持つ手に力を込め、巴マミはカラスの黒い叢を切り裂くようにして急ぎ進まねばならなかった。
見やれば、ホムリリィを牽いてゆく壮大な葬列の先は、偽りの見滝原市の彼方にある斬首台を目指していた。
「使い魔なのに、自分たちで魔女を殺そうとしてるの……!?
そしてこの葬列を邪魔するものを襲ってくる……!!」
この使い魔たちの行動原理を察知して固唾を飲んだマミの足元で、ガチャリと大きな金属音が立つ。
下を埋める葬列から、眼鏡をかけたほむらのような姿をした衛兵の使い魔が、その掲げる銃剣から一斉に上空の巴マミに向けて発砲していた。
「くうっ……!?」
豪雨のような銃弾のしぶきは、防壁も張れぬマミに避け切れるはずもなく、次々と彼女の体を掠めて皮膚に血の線を引く。
ソウルジェムを手で守りながら空にたたらを踏んだ彼女は、錐揉みして後方の地面に墜落する。
衛兵の使い魔たちは、その姿を確認するや、再び何事もなかったかのように隊列に戻り行進を続けていった。
ホムリリィは、そんな魔法少女の様子に、また歯の涙を零して慟哭する。
『もういい……、やめて、マミさん……。魔力の残り少ないあなたでは敵わない……。
せめて今のうちに逃げて。私は、あの斬首台で、自分を自分で処刑する……』
巴マミのソウルジェムは、もう陰りかけている。
疲弊と葛藤と浪費した願いが、その黄金色だった輝きを鈍らせている。
もはや魔女に挑むには余りにも無謀としかいえない、僅かな魔力しかマミには残されていなかった。
しかし、自分の帽子の宝石を確認してなお、巴マミは毅然と顔を上げる。
「そんなこと言って、あの地を噛んでるリボンは何よ!?
死にたくないんでしょう!? 諦めたくないんでしょう!? 正直になってよ!!」
構わず行け。と濁流に消えた、幾人もの仲間の姿が浮かんだ。
立ち上がった彼女が、その手に掴むものがある。
『みんな、生きるんじゃぁ――!!』
『さぁ、行け……。数多の決闘者が、お前の導きを、待っているはずだ……』
『それじゃあよ……、これ、持っててくれねぇか?』
纏流子の微笑みが、今マミの右手にあった。
深紅の輝きを放つ刃、片太刀バサミだ。
「『フォルビチ・ラーマ』……、『デキャピタジオーネ・モード(斬首形態)』!!」
片太刀バサミ・武滾流猛怒――。
纏流子からの思いを胸に、唱えた文言は、魔力もなしにそのハサミの刃を異形の長大さへと組み替える。
その大刀を手に巴マミは、遙か上にそびえ立つホムリリィの顔へ指を向け、声高に宣言した。
「私が断ち斬るのは、あなたの首でも命でもない。
使い魔たちにまで遺伝してる、その意地っ張りな石頭よ、暁美さん!!」
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
巴マミが舞い踊る。
使い魔の群に斬り込んで、黄金のリボンと深紅の片太刀バサミを閃かせるその剣舞は、さながら優雅なバレエの一幕だ。
連続してシェネ。
翻ってアッサンブレ。
返す太刀にてジュッテ・アントルラッセ。
移動しながらのフェッテ・ロン・ドゥ・ジャンブ・アン・トゥールナン。
巻き起こる鮮烈な陣風が、葬列という会場と観客と競演者を次々に飲み込んでゆく。
満場の拍手の代わりに、使い魔たちの首が飛ぶ手が飛ぶ足が飛ぶ。
踊る仕草の雅で、狙撃手の胸が割れる。割れる。砕かれる。
そは金糸の鞭と深紅の刃。
そは黄金の美脚と鉄火の拳。
オペラのような悲劇には、ミラクルのような喝采で。
鮮やかな原色の旋風と、吹き散る瘴気の閃きが、百夜の夜を照らす。
捕らわれ連れられてゆく悲劇のヒロインへ、踏み切って飛び立った巴マミが宙を駆け寄る。
しかしその時、異様な葬列の構成者の中でも一際異質な挙動をとる使い魔たちが、急速に巴マミの元へ接近してくる。
その様相も、画一化されたその他の使い魔たちとは異なる。
小柄な子供たちを模したマリオネットのような見た目のその使い魔たちは、14人の各々が、統一感のない原色と黒の入り交じった衣装に身を包み、手に手に黒く巨大な編み針のごとき武器を持ってマミの前に立ちはだかってくる。
振り抜く片太刀バサミが、人形の一人に編み針で受け止められる。
しかして、その針ごと両断するかと見えたその一閃を、人形は編み針を脇に傾けて受け流した。
そしてその勢いのままに、その人形は巴マミに肉薄する。
『Fort――!』
「う、動きが――!?」
巴マミはとっさに空中で身を翻した。
後方宙返りと共に跳ね上がった彼女の爪先が、迫っていた人形の顎先を目前で跳ね上げ弾き飛ばす。
しかしその隙に、体勢を乱した彼女の側面や背後を狙って、宙にステップしたその人形たちが針を突き出してくる。
驚愕と共に身を捻ったマミの頬が切り裂かれ、血の雫が飛ぶ。
「――こ、この人形たち、ただの使い魔じゃない!!」
まるで暁美ほむら自身のような俊敏さと狡猾さ、怜悧さを以て、その14人の人形たちは巴マミに襲いかかっていた。
『逃げてと言ったでしょう!? 見ないで! 戦わないで!!
それは私の、私の――、醜い心たち――』
自大。陰鬱。虚勢。冷酷。強欲。侮蔑。加えて愚鈍。
嫉妬。怠惰。慢心。軟弱。蒙昧。卑屈。おまけに狷介。
こんな頭のおかしい狂人が、浅ましくも人々を率いるなど、あってはならないことだったのでは――?
それが暁美ほむらの自己評価だ。
イバリ、ネクラ、ウソツキ、レイケツ、ワガママ、ワルクチ、ノロマ。
ヤキモチ、ナマケ、ミエ、オクビョウ、マヌケ、ヒガミ、ガンコ――。
この偽りの見滝原という街に住まう子供たちは、そんな名前を有していた。
それは紛れもない、暁美ほむらの一部分だ。
彼女の培い肥え太らせた人格を体現した14の欠片たち。
その戦いぶりは、暁美ほむらから一切の容赦を取り払ったものかのようだった。
巴マミは瞬く間に追い込まれた。
間断なく突き込まれる針の筵に、応じる片太刀バサミの動きは寸秒ごとに遅れる。
そしてついに、子供たちの突き出した針がマミの右手首を貫いた。
「あぐッ――!?」
片太刀バサミが、マミの手から滑り落ちて結界の地面に落下する。
『やめて……! もうこんな私のために、死なないで……!!
私はもう何度も、何度もあなたたちを見殺しにしてきた……。
もう誰にも、私の崩れた道の上で死んで欲しくない……!』
「まだよ……、まだ! これをあなたに、届けるまでは……!!」
巴マミは、左腕のリボン一本で、周囲に群がる偽街の子供たちを叩き飛ばす。
そしてほとんど捨て身とも思える全力の勢いで、一直線にホムリリィへと飛んだ。
懺悔する強者。突破する敗者(ルーザー)。
しかしそれは、偽街の子供たちにとって格好の的に他ならなかった。
擲たれた針が、太股に刺さる。
脇腹に刺さる。肩口に刺さる。胸元に刺さる。
その度に、脇目も振らず飛び急ごうとする巴マミの勢いは、殺がれた。
そして血を流し、喘ぎ、這うように空を進むようになったマミの全身に、ついに14本の巨大な針が突き刺される。
「がふ……」
『ああ……、マミ、さん……』
巴マミの手は、ホムリリィの白い首筋のすぐそばで、虚しく宙を掻いた。
そして彼女を牽く葬列は無情に、暁美ほむらの存在を、マミの手からさらに遠くへ粛々と離してゆく。
その間にも偽街の子供たちは、中空に磔となった巴マミの周りを回り、その針で彼女をねじ切ろうとしていた。
「ぐ、あ、あ……!!」
巴マミは全身の筋肉で、自分を引き千切ろうとしてくる子供たちの力に抗った。
しかし偽街の子供たちは、彼女がそれに抵抗していると見るや、彼女を磔にしたまま眼下の葬列へと高度を下げてゆく。
その間にも、マミの体にはカラスが群がり、そのくちばしで肉や皮が次々とついばまれてゆく。
さらに見やれば眼下では、衛兵の使い魔たちが、手に手に銃剣を取って落ちてくる巴マミを狙っている。
もし全身が鉛玉に穿たれれば、もしソウルジェムが撃ち抜かれてしまえば――。
いくら自分の特性を知った魔法少女とはいえ耐えられるまい。
ホムリリィが、牽かれてゆく歩みを止めてマミの元に戻ろうと必死に身を捩る。
マミが突き刺さった針を抜き、カラスを払おうとしても、子供たちに全身を掴まれて、彼女は動けない。
使い魔たちの銃が、巴マミに向けてついに発砲されようとする。
「い、嫌……! そん……、な……!」
『あ……、ああ……! マミさん――!!』
自分は、思いを届けることもできずに、死ぬのか。
自分の信じてきた道は、行いは、正しくなかったのか――。
行き止まりに陥ったこの顛末を前にして、マミの心は、そんな絶望感で塗りつぶされようとする。
目に涙がにじむ。
マミが、ホムリリィが、そうして悲痛に喉を鳴らしたその瞬間だった。
眼下にいた使い魔の一体が、突如近隣の衛兵仲間たちを、その手の銃剣で切り裂き始めていた。
そして奪い取った銃を乱射し、瞬く間にマミを狙っていた使い魔の一群を殲滅してゆく。
振り向いたその衛兵が、聞き覚えのある声でマミに向けて叫んだ。
「行きなさいマミ!! 雑魚はこのゴーレム提督の潜伏技術が、一浚いにしてやるわ!!」
「ゴー、レム、さん……!!」
「さぁ早く!」
牽制のように彼女が上空へ発砲するたびに、カラスは恐懼して飛び去り、偽街の子供たちはその様子に困惑して怯む。
穴持たず506・ゴーレム提督は、その泥状の肉体を以て、密かに暁美ほむらの葬列を構成する使い魔たちの体内に入り込んでいた。
この結界を抜け出すには、暁美ほむらをどうにかせねばならぬことを悟ったというのもある。
しかし何よりも、独り奮戦する巴マミの姿に、心打たれたというのが正直なところだった。
『ほら、見ての通りだ』
『キミの信じた正義は、他者を導く素晴らしい信念だった』
『遠慮も躊躇も、恥じ入りもする必要ない。キミが信じるだけ、力は自ずと後をついてくる』
『思い出しなよ』
『マミちゃんは、僕なんかがいなくたって、初めからずっと強くてカワイかっただろ――』
マミは眼下で戦うゴーレムの姿に胸を打たれ、息を呑む。
耳元で、どこかで聞いたような、聞き覚えのない笑い声がしたような気がした。
「……ふふ。どこでだったかしらね。こんな言葉を聞いた気がするの」
それにつられるように、マミの口元は、自然に笑顔となっていた。
「ねえ暁美さん。『ギャップ萌え』って、知ってる……?
優等生がふと自分の弱い面を曝け出したその瞬間。そういう時こそ、むしろ人気が高まるんですってよ?」
『マミさん……?』
巴マミはそっと、自分を串刺しにしている偽街の子供たちの頭を、撫でていた。
「……本当、その通りみたいじゃない? 醜くなんてない。恥じる必要もない。
……だからこそ、この子たちも暁美さんも、すごく強くて、カワイイんだわ」
口角に血を流しながら、巴マミは強く微笑む。
その帽子のソウルジェムが、黄金に輝いていた。
「『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』!!」
巴マミの体が、弾けた。
膨大なリボンの渦となったマミの存在が、子供たちの針を逃れ、逆に彼女たちを空中に縛り付ける。
そしてリボンの端から再構成された巴マミは、ホムリリィの背中に向けて、再び宙を走った。
粉々に展開された自分の姿を他人の中に見て、マミは自分の辿ってきた道筋の正義を確かめられた。
死んだりょうしんから逃げて、りょうしんの遺灰に還ったその道は、その正しさを担保された。
今度は彼女が、暁美ほむらをすくう番だった。
他人の中にだけある、ほむら自身だけの道を、星屑だけが散らばるような深い闇の中から、すくい上げる番だ。
星屑の砂で描かれた一枚の地図を、ほむらへと手渡す番だ。
死んだ者の描いた一枚の海図を、ほむらへの手紙とする番だ。
百年も閉ざされていたようなその闇の奥には、確かに今朝、彼女が東の威光の中に見た道が、続いているはずなのだから。
それを思い出したとき、巴マミは、あり得なかったはずの自分の奥底から、溢れ湧き出すような魔力を感じていた。
「人間も見上げたものだわ……。この空間が、そして彼女たちの有様が、ゴーヤイムヤや私たちの追い求めた『深き力』の一端……。
己の深みより湧き出て道を切り拓く力ってわけね……!」
衛兵の使い魔たちを蹂躙しながら、ゴーレム提督が感嘆の声で見上げる。
「螺旋――、あなたを打ち砕く!!」
宙を滑り、マミはその手のリボンを勢いよく前へ突き出した。
衝突のような勢いで、ホムリリィのうなじに細く伸びたリボンの刃が突き立つ。
「『トッカ・スピラーレ』!!」
ドリルのように回転するリボンはしかし、ホムリリィの白い首筋で耳障りな音を立てて上滑りする。
ホムリリィの足元で上を見上げるゴーレム提督が、声を絞った。
「し、深海棲艦の装甲が堅すぎるんだわ!?」
「ここにいるのは――、私だけじゃない!!」
巴マミのリボンが、地面へと伸びる。
そしてそこから、突き立っていた一本の刃を掴んで撥ね戻る。
それは真っ赤な、情熱のような色をした片太刀バサミだ。
『頼む……。あたしのだけじゃ、切れなかった。だが、父さんの作ったハサミは、こんなものじゃなかったはずだ。
ピカピカの、どんなものでも切れる……。ああ、そんなハサミだったに違いないんだ……!』
――纏さん、どうか、力を貸して!!
マミの握っていたリボンが、ハサミの動刃の形を取って固着していく。
纏流子の持っていたハサミの静刃にも、マミの魔力が浸透してゆく。
手に取ることで、マミにはわかった。
纏一身がその作品に込めた理念の一端が。
その計算された刃角が、硬度が、噛み合わせが。
ゴーヤイムヤ提督に向けて二人でその刃を揮った時は、足りなかった。
その時マミは、流子と共に行動はしても、その手は取らなかった。その心は重ならなかった。
人意一体となる境地に、両者は歩みきれなかった。
それが最後の最後でハサミの切れ味を鈍らせた瑕瑾だった。
遅蒔きだったとは思う。
遅すぎたのかも知れない。
『……じゃあすまねぇが、その時は代わりに火を、斬ってくれ』
『……わかったわ。フリットゥーラ(揚げ物)は、得意だから』
あの約束の時ですら手を取れなかった纏流子を、しかし今、巴マミはこの手に感じた。
傍らに、纏流子の意志を感じる。
そう。今の巴マミは、纏流子の代行者だ。
彼女の意志に手を取られ、無念とおもひ(火)の殻を斬り、人々をすくい揚げる、一振りのハサミだった。
そして彼女は高らかに、一体となった思いを振り上げる。
「――『フォルビチ・インシデーレ(断ち斬りバサミ)』!!」
ハサミは、その総体を陽光のような金色に輝かせる。
それは紛れもなく一対の、完成された裁ち鋏だった。
巴マミが万感の思いを込めて揮ったその一閃は、くるみ割りの魔女のうなじに、深々と切り込んだ。
その中には、ソウルジェムともグリーフシードともつかない、犬歯の突き刺さった暁美ほむらの魂があった。
「あああああ――!!」
斬り込んだ割面に突進するようにして、マミは暁美ほむらの中へその身体をねじ込む。
そして、半ば砕け、壊れかけた彼女の魂に、巴マミはその手で一枚の円盤を突き刺した。
それはまるで、彼女が今まで回り続けてきた、小さな一ヶ月のレコードのようでもあった。
しかしその円盤はレコードではない。
彼女を壊れたレコードの檻から解き放つ、最後で、最期の展開図だ。
黒い蒸気を上げる暁美ほむらの魂に深く深くその展開図を差し込みながら、巴マミは叫んだ。
「教えてあげる! これが、球磨さんの、纏さんの、私たちみんなの、想いよ!!」
全きキミは、すぐにも来ると。
ああ、幽霊船の汽笛は届いた。
巴マミが夜を裂く。
ああ、衝撃の先陣の汽笛を鳴らし。
さあ、斬首台の幕を引け。
これは、晒される賢人の物語である。
【『侵入者』へと続く】
以上で投下終了です。
――次回、『侵入者』。そんな真似ができる存在は、もう、ヒグマロワとでも呼ぶしかないんじゃない?
投下乙です
マミさんがヒグマとの戦いで進化したのは戦闘力だけじゃない、精神力も超強化されていた!
相変わらずエロいリョナられ方をするマミさんを援護するゴーレム提督が熱い
ホムリリィは映画でも5人で戦っていた強敵なので一人じゃキツイけど
ここへ来て纏流子との絆が生きてきたなー、元に戻せるのか!?
予約延長します
遅くなりましたが予約分を投下します。
『あ、あの、ほむらちゃんがいると聞いて来たんですけど、道、ここであってますかね?』
『彼女に会いたいのかい? ならどうぞ。少しここで待っているといい。道は今から、切り拓かれるところだから』
『良かったぁ〜。もう葬列が始まっちゃってるみたいで、間に合わないかと思ってたんですよ。私だけしか、こうなったほむらちゃんは助けられませんから』
『……そうかな。キミが思っているより、彼女の葬儀への参列者は、多いみたいだけどね』
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
暁美ほむらが意識を取り戻したとき、そこは見覚えのない暗い空間だった。
「暁美さん、気がついた?」
「マミ、さん……?」
彼女に声をかけていたのは、巴マミだ。
広漠たる黒の広がる空間にて、どこに足を着けているかもわからないままに、暁美ほむらはぼんやりと返事をした。
ほむらの向かって右側の少し離れた場所に立っている巴マミは、自身も少し困惑の色を湛えながら微笑んでいる。
一体何があったのか。
ほむらはまだ霞がかったような思考を巡らして思い出そうとする。
自分は魔女になってしまったのだ。そこまでは思い出せた。
そして偽りの見滝原の街を引き回されながら、町外れの斬首台で自身を処刑しようとしていた。
そこに切り込んできたのが、巴マミだ。
マミはそうしてほむらの外側を切り裂き、心の中にまで踏み込み、何かを手渡してきた。
そう、何かを――。
「――さあ、扉は開かれたクマ。此岸を去ったほむらの、ヒガンはここだクマ」
その時聞こえた凛然たる声に、ほむらの思考は豁然として開けた。
ほむらの正面の高い位置に、その声の主が、長いクセ毛の茶髪を揺蕩わせて仁王立っている。
白地に緑をあしらったセーラー服、背負ったものものしい艤装、力強い眼差し。
「球磨――!?」
見間違うはずもない。
その彼女は確かに、死んだはずの、暁美ほむらのかけがえのない仲間。
球磨型軽巡洋艦一番艦・球磨だ。
彼女の輪郭は、まるで幽霊か何かのように曖昧だった。
実体があるようなないような、ふと目を離してしまえば消えてしまいそうな存在に見える。
しかし、その姿は、声は、間違いなくほむらの知る球磨だった。
「球磨、生きていたの!?」
「軍法会議……、もとい百合裁判を始めるクマ。さて、ほむらの愛は本物か?」
「何……、ですって……?」
だが、息巻くほむらの問いかけに、球磨ははぐらかすように微かな笑みを浮かべるのみだ。
彼女の言葉の意味を、ほむらは理解できなかった。
思考と視界が開けてみれば、疑問は次々と浮かんでくる。
「球磨、ここはどこ? どうして私はこんなところにいるの!?」
「ここはほむらの魂と、それに続く空間だクマ」
「私の、魂……?」
確かに言われてみれば、この距離感のない闇の中には、どことなく懐かしい感じがある。
それはかつて、暁美ほむらの盾の中に広がっていた、広大な闇が微かな星屑の間を埋めているかのような空間だ。
もちろんほむらは、自分自身でその空間に入ったことはない。
それは自分の中だからだ。
今彼女は、自分が入っている自分の中にいる自分という、始点も終点も無い、初めからあった有り得ない存在としてこの場所にいた。
その四元数の軸が広がる存在しない次元の空間は、魔女でも魔法少女でもない死んだ暁美ほむらが、唯一その意識の残留を許された場所だった。
「ほむらは気づかなかったクマ? ほむらの魂の中の空間は、初めからここに繋がっていたクマ。
球磨はずっとここからの視線が気になっていて、繋がりを探ろうとしていたクマ。
そしてついに、今回快く、ここの所有者の方からこの場を借り受けられたというわけだクマ」
「わからないわ……。ここが私の盾か魂だとして、あなたはどうしてここにいるの?」
「この球磨は、『記憶』だからだクマ」
球磨の手には、いつの間にか一枚のディスクが示されている。
そのレーベル面にはかつて、クラゲのようにたゆたう狙撃手の力が描かれていたはずだった。
しかし今、そこには確かに、旧日本帝国海軍のとある軽巡洋艦の姿が描かれている。
「ほむらが持たせてくれたあの歯の使い方が、球磨には今際の際にわかったクマ。
球磨は沈む直前に自分の全ての記憶と経験をあの歯で『切り取り』、狙撃手の魂が宿っていたこの円盤に、『書き込んで』いたクマ。
そしてそれを、今こうして、マミちゃんがほむらに届けてくれた」
「……ええ。そのディスクに触れた時、球磨さんの考えが一瞬にして私に流れ込んできたわ。
だから、あなたの心に直接届けられさえすれば、きっと球磨さんの思いは、あなたにも伝わると、そう思ったの」
球磨の言葉を受けて続けた巴マミは、憔悴したような顔ながらも、満足げだった。
彼女の帽子のソウルジェムは、もう彩度を失って黄土色よりも沈んだ黒に濁っている。
令呪もなしに発動した『レガーレ・メ・ステッソ』を初めとする魔力の消費は、それほどまでに重かった。
それはつい先ほどまでのほむらと同じ、あと少しでも魔力を消耗してしまえば魔女化してしまう、瀬戸際であることを示している。
それでも彼女の表情に、後悔はない。
巴マミが踏み出したその勇気と正義の一歩は、確かに暁美ほむらを縛っていた全ての抑圧の性を断ち、消す鍵となったのだ。
「球磨は艦娘だクマ。きっとほむらなら、本土で同型艦をすぐ建造できるクマ。
だからこの球磨の魂を持って帰ってくれさえすれば、球磨たちは、また会えるクマ」
球磨が最後にその手に抜き出していたのは、彼女の体内に入っていた『スタンド』のディスクだった。
もともとジャン・キルシュタインの支給品であり、球磨が率いた軍団の要の一角となっていた『マンハッタン・トランスファーのディスク』だ。
宿主が死亡してしまえば同時に朽ちて行ってしまうそれに、球磨は瑞鶴に銃撃されて命尽きようとする刹那、自分の記憶を書き込み、体外へ抜き出していた。
『君の素晴らしい魔術の実力ならば、必ずやこの難問を解いてくれると思っていた。
さぁ。言ってくれ。君の指示通りに描くよ。カット・アンド・ペーストなら自由自在だ……』
ほむらの脳裏に、あの保護室で垣間見た島の記憶が蘇る。
魔力を『切断』し『結合』する衛宮切嗣の歯に、まさかそのような応用があるとは。
そしてそれを、球磨が命尽きる寸前に閃き、こうして目の前に示しているとは。
それが巴マミが直接ほむらの魂の中に届けた、球磨の記憶のディスクだ。
ほむらはただただ、感嘆と感動に息を呑むことしかできない。
暁美ほむらに残った僅かな意識に呼応することを祈って、全力で届けられた思いは、窓を破る礫のように眩しかった。
しかし、球磨の思いに触れて、僅かばかり暁美ほむらの意識がはっきりしたところで、それだけでは何の意味もないことは明白だった。
まだほむらは、自分の外側の肉体が、ホムリリィという魔女として存在していることを自覚している。
使い魔は、そんな彼女をただ機械的に処刑し続けるだけだ。
もしそうならば、下手に意識がはっきりしてしまった分、むしろその業苦はさらに耐え難いものとなるだろう。
ほむらは震えていた。
彼女の様子を察して、巴マミは、その傍らに視線を移して呟いた。
「でも……、こういう状況にまでなるとは、思わなかったけれど……」
「まぁ、球磨の艦長の一人だった醍醐忠重元大佐は、ポンティアナック事件の容疑者として裁判を受けたときも、従容とした態度で臨んだそうだクマ。
ほむらも、ゆめゆめ心乱すことなく裁判を受けるクマ」
「これを……、この状況を見て心を乱すなですって……!?」
ほむらが震えていたのはしかし、今後待ち受けるだろう責め苦のためではない。
信じがたいほどの驚きと喜びと、興奮のためだ。
もう二度と言葉を交わすことも許されないと思っていた球磨と、こうして合まみえただけで、ほむらは泣き出したいくらいの感激でいっぱいだった。
そしてそれにも増してほむらの視線は、部屋の隅に立つ光る人影に、釘付けとなっていたのだった。
「ああ。今回は弁護人として、ここまでほむらを連れてきてくれたマミちゃんを。
……検察官として、『円環の理』の鹿目まどかさんをお招きしたクマ」
ほむらから見て左側に立つその人物を、球磨はそう言って紹介した。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
「やっぱり……、まどかなのね……!!」
「お疲れさま、ほむらちゃん。迎えに来たよ♪」
身を乗り出したほむらに、少女がそう朗らかに手を振った。
長いピンク色の髪を虚空に漂わせるその彼女は、神々しいほどの純白のドレスを纏っている。
その姿は、巴マミと暁美ほむらの知る少女のものとはかけ離れていた。
しかし、優しくそれでいてどこか厳かなその面影は、間違いなく彼女たちの知る鹿目まどかだった。
ドレスの右袖だけが不自然に千切れているのが気にかかったが、それ以上に気になることが多すぎて、ほむらたちは発する言葉に迷った。
「どうしてこんなところにまどかが!?」
「私も驚いたわ……。まさかこんなところで鹿目さんに出会うなんて」
「いや、私も迷ってたらそこのイソマさんって方に案内……」
「静粛にしろクマ。今はほむらの岐路を決める、裁判の時だクマ」
「あ、す、すいません球磨さん」
鹿目まどかが口を開きかけた時、球磨は今まで自分が話していたことを棚に上げるようにして、目の前の木槌を叩いた。
見ればほむらたちのいる空間は、宙に浮いた裁判所のようになり、各人は柵で囲まれた所定の席に立っている形になっていた。
球磨がどのようにして、どのような意図でこんなことをしているのか、マミもほむらも計りかねて困惑する。
ただ察せるのは、確かにこれが、何かを決定づける裁判なのだろうということだけ。
まごつく両者をよそに、球磨は慌てて姿勢を正した鹿目まどかに目配せをして一同に語り始めた。
「さて、ほむらが今まで何をして、どう歩んできたか、それは先ほどほむらの結界の中で我々も見たとおりだクマ。
それを踏まえた上で、この度のほむらの深海棲艦化もとい魔女化が、敵前辱職にあたるのかどうか。
検察側の意見から聞こうかクマ」
本当に裁判のようだな。とマミとほむらがいまいち現実感を抱けぬままに耳を傾ける中、話は鹿目まどかの方に振られる。
「はい! ほむらちゃんはこれまでひとりでずっと頑張って来たんだよね。
私はそのことを全部知ってる。だから、ほむらちゃんの歩みは決して絶望なんかで終わってはいけない。
私は、そのためにほむらちゃんを迎えに来たんだよ!」
「ちょ、ちょっと待って鹿目さん!」
「おっと、それは異議かクマ?」
流石に蓄積してきた理解不能な状況にたまりかねて、巴マミが慌てて手を挙げた。
ドレスを纏うまどかと、輪郭の曖昧な球磨を交互に見やり、巴マミは慎重に言葉を選びながら問おうとする。
ここが本当に、球磨の言うような裁判ならば、ここは暁美ほむらの去就を決めるとても重要な場であり、そして球磨の何らかの作戦の一環なのだ。
ならばここでの会話は一言一句聞き逃してはならないものに違いない。
特に『弁護人』である巴マミにとってはなおさらだ。
恐らく被告扱いとして存在している暁美ほむらの意識を守れるのは、この場においてマミしかいない。
『検察官』として、なぜこんな神々しい姿の鹿目まどかがこの魂の空間に存在しているのかも含めて、この絡んだ糸のような状況を、マミはゆっくりとほどきにかかった。
「……ええ。暁美さんが頑張って来たのはわかったわ、それが絶望で終わるべきではないというのも。
でも、『迎えに来た』というのは、一体何!?」
「質問か。認めるクマ。検察は解答を願うクマ」
「言葉通りの意味だよ、マミさん」
緊張した口調で放たれたマミの問いに、まどかは両手を広げ、堂々とした笑顔で答えた。
「私は『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を、この手で』。
そう願ったの。今までのほむらちゃんを、無駄にしないためにも」
「何よ……、それ」
呆然としていた暁美ほむらが、思わず呟く。
柵が揺れるほどの勢いで手を突き、言葉にならない衝撃をどうにか言葉にしようとぱくぱくと口を開閉する。
鹿目まどかが魔法少女として契約してしまっていたというだけで、今のほむらには衝撃的すぎることだ。
仮にそれをおいておくにしても、彼女の願いは、あまりにも現実離れした途方もない規模のものに思えた。
「そ、そんな願いが叶ったというの!? 叶えられたというの!?
それが真実なら、あなたはもう、魔法少女なんて枠には収まらないんじゃ……!?」
「神……」
信じられない。考えれば考えるほどに不安と疑念とが募る。
そんなほむらのわななきを、マミがぽつりと呟きで拾う。
「……それは魂や命を差し出すなんてレベルじゃなかったんじゃないの? 鹿目さん。
死ぬなんて生易しいものじゃない。未来永劫に終わりなく、魔女を滅ぼす概念――、まるで神様のようなものとして、この宇宙に固定されてしまっているんじゃ……?」
「神様でもなんでもいいよ。
私は今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、泣かせたくなかった。最後まで笑顔でいてほしかっただけ。
それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる。そう願っただけなんだから」
女神のようないでたちのまどかは、むふ、と息を吹きながらガッツポーズを取ってみせる。
そして穏やかな表情で、裁判所の中央に立ち尽くすほむらに語りかけるのだ。
マミはうすら寒い感覚に襲われた。
「じゃあ鹿目さんは、暁美さんの魔力で、魔女になった暁美さんを彼岸に連れてゆくために、ここに来たの……?」
「そうなの。でもこの島は時間の軸がひどく捻じれてて、来るの大変だったんだぁ〜。
杏子ちゃんには袖破かれちゃったし。結局まだ連れて来られてないし……」
まどかは千切れた右袖を振って苦笑した。
その言葉に、ほむらとマミは共にびくりと反応する。
特に巴マミは、息巻いて体を前に乗り出させていた。
「……! あの子も来てたの!? この島に!?」
「あ、マミさんの最後の時にも、私は迎えに行くよ! だから心配しないで!」
「そういうことじゃないわ……!」
マミにもほむらにも、自分の将来や魔法少女全体の宿命などと言った雑事をすぐに慮る余裕はまだない。
鹿目まどかがマミとほむらを連れて行ったとして、この島にまだ残る生存者たちは一体どうなるのか。死者から託された思いはどうなるのか。
魔法少女だけ迎えればいいというような、そんな単純なレベルを、すでに状況は逸脱しているのだ。
それよりも重要なのは、この島に佐倉杏子という仲間が来ており、なおかつ彼女が、この『円環の理』という神だか概念だかシステムだかに連れて行かれそうになっていたという事実だ。
それは彼女のソウルジェムが、それだけ危うい状態になっていたということに他ならない。
だがむしろ、その上で佐倉杏子が『円環の理』を拒んだということは、二人にとって幸いに思えた。
まどかの口振りからすれば、杏子は彼岸からの迎えに抵抗した上でまだ生存しているものらしい。
恐らく魔女になりかけたのであろう、絶望的な魔力枯渇状態からだ。
――それは、この絶対的に思える『死』の迎えを、逆に利用できる可能性があることを示している。
「静粛に。ここは雑談する場所じゃねぇクマ」
「あ、すいません、てへへ。友達と久しぶりに会ったから、はしゃいじゃって」
球磨がジャッジガベルを叩いて話を切り上げさせる。
屈託なく笑うのみの女神は、緊迫感に満ちたマミとほむらの様子に気づかない。
球磨はそんな一同を見渡して、静かに言葉を投げた。
「……それじゃあ、ほむら。何か言いたいことは?」
ほむらは顔を俯けたまま、震えていた。
「……魔法少女になって、しかもその上、概念だけの存在になって、すべての時間で魔女になりかけた魔法少女を消し去り続けるだけのシステムに成り果てた。ですって……!?」
今度の震えは、怒りだった。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
「うーん、ほむらちゃん、間違ってないけど、そんなに大げさなものじゃないよ。えへへ」
「……それなら私は、もう二度と、あなたに会えないということじゃない!!」
何でもないことのように照れ笑いするまどかに、ほむらは悲痛に声を裏返して叫んだ。
「……あなたは優しすぎる。私は最近のループでは、何度も言っていたはず!
なんであなたはそうやって自分を犠牲にして、自分の身を粗末にするの!?
あなたを大切に思う人のことも考えて! いいかげんにしてよ!!」
まくし立てる激情と共に、涙が溢れる。
この、いでたちだけは女神のように神々しい鹿目まどかが、いつの時間軸の、いつの世界線のまどかなのかはわからない。
それは恐らく、暁美ほむらがこれから辿ったのであろう、有り得ないはずの存在する結果なのだろう。
ほむらには無力感だけが杭のように突き刺さる。
今目の前にいる、まどかの姿をした死の迎えは、暁美ほむらの諦めの結果だ。
それは彼女を守りきれず、因果の渦に放り込んでしまったほむら自身の無様な姿を、ありありと彷彿させるものだ。
「そんなことないよ! 私が導いた後は、みんなすべての時間で、一緒に過ごせるんだから。
マミさんやさやかちゃんとだって、また会えるんだよ?」
「私だけじゃない! ご家族は!? タツヤくんは!? 学校のみんなは!?
あなたの愛していた世界と断絶されて、それであなたは何の後悔も、寂しさも抱いていないというの!?」
「そ、そりゃ、ちょっとは寂しいかなぁ〜、なんて気持ちもあるけど……」
涙を振るうほむらの指摘に、そしてまどかは一歩引いて頬を掻く。
マミはそのやりとりに、やはり。と唸るのみだ。
鹿目まどかが、魔法少女でも魔女でもなく成り果ててしまったこのシステムには、やはり現状の彼女たちにとっては穴がありすぎる。
円環の理のまどかが持つ莫大な魔力は、暁美ほむらが彼女のために蓄積してきた魔力だというのに、ただ魔法少女を魔女にせずに安らかに死なせるそれだけのためにしか使われ得ないのだ。
それでは、このヒグマの島に蔓延する巨大な絶望から、参加者を救い出すことは全くできない。
極論、暁美ほむらが正しく意識を取り戻して協力してくれるのならば、最悪魔女のままでも希望の手段とはなるのだ。
魔女の結界に黒幕を閉じこめて使い魔に相手してもらっておけば、それだけで脅威は取り除け、脱出の手はずを整えることができる。
それにつけても、言い換えればただ魔法少女を殺しに来ただけだという鹿目まどかの
申し出は、この場面ではありがた迷惑以外の何でもない。
迎える迎えないだのせせこましいこと言っている暇があったら、さっさと『ほむらちゃんの敵は全部天界から狙撃してあげるねウェヒヒ』くらいの侠気を見せてくれればいいものを、どうやらこのシステムにはそんなサービスはついていないらしい。
穴しか無さすぎてまるでザルだ。穴持たずに勝てる道理がない。
マミが今一度唸る間に、ほむらは一気に憔悴した表情で、その歪めた唇にありったけの自責と後悔とを含ませていた。
自分が最終的に彼女を追い込んでしまった分岐の過ちを、まどかの返答を聞いて気づいてしまったのだ。
「……私はあの日、あなたを守ると誓った」
悄然と立つほむらの口調は、自他に対する大きすぎる怒りとやるせなさを含んで、マグマのようだった。
「すべての時間で、一緒に過ごせる? そんなの欺瞞よ。甘えよ。逃げよ。
結局いつもあなたはその優しすぎる思いで、私に後ろめたさばかり募らせる!」
噴火した火砕流のようにまくし立てられる怒声の熱量に、まどかはもはや言葉も返せずたじろぐことしかできない。
「私はどんな形であれ、もうあなたに戦わせたくない!!
未来永劫、全ての世界で、あなたがこんな責務に従事しなくてはならないなんて、私は耐えられない!!」
何が絶望かというのなら、ほむらの最後に残った道標となっていたまどかが、もはや未来永劫全世界で、日常生活を送れる体でなくなってしまったこと。これをおいて他にない。
――しかもそれが、本当は鹿目まどかが望んだことですらないとなれば、なおさらだ。
「……どんなに素晴らしい演出や工作でごまかしたところで、私はもう見失わないわ。
初めに見たものを観察し続けたなら、わかっていたはず。
あなたの本当の気持ちは、最初から何も変わらずそこにあり続けたのだと言うことを!!」
「うっ……」
女神のようなまどかはたじろいだ。
彼女は確かについ先ほど、『そ、そりゃ、ちょっとは寂しいかなぁ〜、なんて気持ちもあるけど……』と述懐している。
その言葉は、暁美ほむらの決心を固めさせるものだった。
「マ、マミさんもほむらちゃんに何とか言ってあげてくださいよぉ!」
「……そうね、鹿目さん。あなたの志は確かに素晴らしいわ。素晴らしすぎるほど」
もはや誰がどう裁かれているのかわからない裁判の流れに、まどかは困惑しきって巴マミに助けを求めていた。
裁判長の黙認のままに鹿目まどかの言葉を受け、マミは一度言葉を切る。
そして目を見開き、はっきりとした口調で彼女は述べた。
「……でも鹿目さん。私も、もう辛いことを一人で抱え込ませたくはないの。
それが自分であっても、仲間であっても。だからこそ私は、こうして暁美さんの心に踏み込んできたんだもの。
……それが特に、とびっきり好きな人ならば、なおさらよ」
「わー!? マミさんまでぇ!?」
「私たちならそう言うに決まってるじゃない。友達、でしょう?」
こうまで友人たちから反対されるとはついぞ思っていなかったまどかは、どうしていいかわからずに立ち尽くした。
こんな反感を持たれている状態で、本当に暁美ほむらを迎えてしまっていいのか――。
女神のまどかはそう悩んでいた。
しかし事態は既に、そんな悠長なことを考えられる状況ですらなかった。
「……あなたがその契約をしてしまった時、私はその場の雰囲気で押し切られたんでしょう。
阻みたくてもそれを止められなかったんでしょう。でも今は違うわ。
球磨が、マミさんが、纏流子が。私の道を共に歩んでくれた多くの人々が、私にこのチャンスをくれた!!」
ほむらの口調は、ある種の確信と決意に満ちていた。
その語気に含まれる何か危険な色合いを感じ取って、まどかはほむらの目を見つめる。
その瞳は、捕食者の目をしていた。
「……私は今日まで守ってきたあなたに、私を救ってくれた鹿目まどかに、生きていてほしかった。
ずっとずっと家族と友人と私たちと、あのワルプルギスの夜を越えて笑顔でいてほしかった。それだけ」
「ほむらちゃん、それって……!」
「……それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる。ええ、同感よ。
私だってそう思うわ、まどか。例えそのルールが、あなた自身だったとしても!」
暁美ほむらは、まどか自身が言った言葉を引用して、笑う。
ジャッジガベルの槌音が、空間に響いた。
「さて、ほむらの行為は果たして、見苦しい叛逆者の敵前辱職だったのか?
それともこれこそが、道を張るために不可欠だった指揮官としての一過程だったのか――?」
注目を集めるように大きく手を広げた球磨が、沈黙を破って朗々と語りあげる。
今までの会話と、逸脱した裁判の流れが、全て予定通りだったとでもいうように。
遠くの淡い船から、その問いはデジャビューのように投げかけられる。
球磨はほむらへ、慈母のように微笑みかけていた。
「ほむらはスキを諦めるクマ? それとも鹿目まどかを食べるクマ?」
その問いへの答えは、分かり切っていた。
「私はスキを諦めない! まどかへの愛を諦めない!
私はまどかを喰らう! あなたを縛るその責務を喰らい尽くす!!」
「ほ、ほむらちゃ……!?」
鹿目まどかがほむらの言葉に反応できるよりも遙かに早く、その体は数多のピンク色の糸で、がんじがらめにされていた。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
「え、ちょ、ちょっと待って! く、球磨さん!? これはどういうこと!?」
「……そりゃまぁ、球磨はほむらに、粉骨砕身すると誓ったから。最初からほむらのためになることしか考えてないクマ。
……のこのこやってきてくれたほむらの標的を、逃すわけないだろ、クマ?」
曖昧な輪郭の球磨は、裁判の進行を脇に置いて、不敵な笑みを浮かべている。
末期の瞬間に四元数環の世界を知覚していた球磨の作戦を、この場の一同はようやく理解した。
彼女は最初から、その空間に繋がる膨大なエネルギーを、暁美ほむらに手渡そうとしていたのだ。
龍脈。
示現エネルギー。
円環の理。
元型(アーキタイプ)の原動力(エンジン)。
表現する言葉は何でも良かった。ただそれを、魔力の枯渇した暁美ほむらに何としてでも吸収させ、この状況を打開する力を与えることが、球磨の最後の意志だった。
この裁判か軍法会議のような場は、それを叶えるための、仮の方便にすぎない。
「そんな! だって待ってれば、ほむらちゃんに会わせてくれるって言ってたじゃ……!」
「見ての通り会わせてはやったクマ。ばってん、まどかちゃんの願いはそこまでだったクマ。
後がどうなるかは、そりゃもう当人同士の問題でしかないクマ」
裁判所のような様相をしていた暗い空間は、すでにその構造を蕩かし、再び広漠な闇に星屑の砂が散っただけのような有様になっている。
その中空に、彼女自身の髪の毛のようなピンク色の細い糸で、鹿目まどかは四肢を縛られて固定されていた。
もがいても、女神としての魔力を振り絞っても、その糸は千切れることなく、びくともしなかった。
「抜け出せるわけがないわ。これは、私が今まであなたのために繰り返してきた時で紡がれた糸だもの……。
私が繰り返した世界の分だけ、あなたに因果の力が積もったというのなら、それと同じだけの力を、私の愛は持っているはずだから……!
――あなたの責を、因果を負うのは、私よ!!」
暁美ほむらが、まどかの前に歩み寄っていく。
まどかを縛っている糸は、まどか自身と全く同じ力を持つ魔力だ。
それは言うなれば、円環の理という責務としての彼女自身だった。
ほむらはこの島の根源に接続していた。
あの保護室で魔力の糸を辿り、灼熱の太陽のような熱量から魔力を掬い取ったあの時の感覚を、彼女はまだ覚えている。
あとは些細な『気づき』と『縫い終わり』だけだった。
衛宮切嗣の歯で切り裂かれた彼女の魂の中にあったのは、今まで壊れたレコードを辿り紡ぎ上げてきた、時の糸巻きだ。
それはまるで、今この時の気づきのためにあったもののようだ。と彼女は感じる。
女神を縛る縄を綯うための、女神に贈るセーターを編むための、愛の糸。
その糸の断端は、既に根源の魔力に、その救済の女神に、繋がっている。
糸の用い方をほむらが気づくのは、もはや必然の予定だった。
球磨の招きは、全てこの時のためにあった。
ピンク色の糸に縛られた純白のドレスの女神。
彼女の脚の間に膝を割り入れて、身動きの取れぬ鹿目まどかの上に、暁美ほむらが覆い被さる。
捕食者となったほむらは、怯えた目つきのまどかの顎にそっと手をやっていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ……、ほむらちゃ……」
助けを求めるようにまどかが脇へ目を走らせると、球磨はマミの前でお茶を注いでいた。
「人吉球磨茶の白折だクマ。甘みがさっぱりしてていいクマ」
「あ、ありがとう球磨さん」
「こんな時にお茶飲んでないで下さいよぉ! マミさんも!」
「え、いやだって、二人を邪魔しちゃ悪いじゃない?」
「邪魔して下さい!」
まどかが本気で訴えても、巴マミは湯飲みを手に、彼女たちを微笑ましく眺めるのみだ。
球磨が虚空から取り出した湯飲みに急須から澄んだ緑茶を注ぎ、その湯気越しに語りかける。
「茎茶は無骨に、きついように見えてその実、熱湯で淹れても甘みと旨みしか出んクマ。
ほむらの思いだって、そんな白折と同じく、熱い清々しさしかないと、球磨は思うクマ?」
軽口のようながら含蓄を込めたその口調に、まどかは目の前のほむらに視線を戻す。
ほむらは彼女の反応を待つように、まどかの顎に手をかけたまま、真剣な表情でじっと彼女を見つめていた。
その息づかいを前に、まどかは一度瞬きをして、覚悟を決めたように表情に威厳を戻す。
そして彼女は、ほむらを諭すように、今一度厳かに問うた。
「……いいの、ほむらちゃん? 結局それだと、私と同じ境遇に、ほむらちゃんがなっちゃうだけじゃないの?」
ほむらは、女神のまどかの魔力を、その責務を全て請け負おうとしている。
それはすなわち、まどかの代わりにほむらがその救済のシステムになりかわることに違いない。
もはや鹿目まどかに拒否の選択肢がないだろうことはわかっている。
しかし彼女はそれでも、彼女の最高の友達の身を、思いを案じた。
この行為の結末は結局、やはりほむらとまどかの断絶に行き着いてしまうのではないか。そんな憂いがあった。
「……いいえ。私は、そんなに優しくないから。救えるのはきっと、この手で守れる者だけで精一杯。
とてもあなたみたいに、全ての時間を飛び回って赤の他人を救済するなんて、できっこないわ……」
暁美ほむらは、しばし考えた後に、そう首を振る。
それは一瞬、彼女が責務の大きさに潰される不安の吐露なのかとも思えた。
だが彼女の考えは、また違う大局的な視点に立っていた。
「魔法少女の絶望も、人々の希望も、全てが手と手を取り合って進んでいけるシステム……。
そんな世界を目指さなくては、きっとどこかで破綻するのはわかりきったことよ。私自身が良い反面教師でしょう?」
魔法少女だけで、魔法少女だけの問題を解決していったところで、状況は改善できない。
それは暁美ほむらがこの島の半日で痛感した事柄だった。
魔法少女ひとりの行為など、ただの人間やヒグマに如何様にも覆されうるのだ。
「何万の、有り得たはずの存在しない分岐に住む、声なき人々……。
私の捨ててきた道を作り続け、そして今からの可能性を進み続ける人々……」
だからこそ、ひとりよがりでなく、同じ場に在る全ての者が手と手を取り合って救い合っていけるシステムを構築しなければ、助かるものも助けられないのだろう。
傍らに佇む球磨とマミの存在を、確かに感じながら、ほむらは感慨と共につなげた。
「彼らが、自分自身で、仲間同士で、救いあっていけるようにしなくてはいけない。
……球磨、マミさん。きっとまた私は迷惑をかけるわ。
でも、あなたたちにも協力してほしい。
まどかも私もあなたたちも、全員が絶望になんて落ちなくて済むような世界のために」
「もちろんだクマ」
「ええ、喜んで」
自分一人で力不足だったのは、嫌と言うほどに思い知った。
自分程度の器や視点では、助けられなかった者も数多くいた。
だからこれからは、協力を惜しんではいけない。
仲間と貢献し合うための努力を、惜しんではいけない。
それは例え、ほむらが魔女になろうと何になろうと、変わらない決意だ。
そしてそれは、この円環の理のまどかに対しても、同じだった。
その決意の表明こそが、鹿目まどかに対する説得であり謝罪であり、そして感謝だった。
「……わかった。ほむらちゃんはやっぱり、私の最高の友達だ。
それがほむらちゃんの、私たちのためになるなら……。いいよ。私を、食べて」
「……ありがとう。大好きよ、まどか」
陽光のように、あのタイムラインの東に見た威光のように、まどかの体は暖かだった。
桃色の髪をかきあげた奥に覗く潤んだ瞳が、とても美しかった。
彼女を縛っていた糸は、今や暁美ほむらの体にも絡みついている。
――承認だクマ。
球磨の静かな声が、ふたりを祝福するようだった。
自然にふたりの唇が、そっと重なる。
光が弾けた。
ピンク色の鮮やかな糸がほどけ、太陽のような目映い光と共にあたりへ吹き散る。
そして敗者(ルーザー)は、突破する。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
ヒトが帰る。瞬時にヒトへと。
ゴーレム提督はそれを、瞬きの間に目撃した。
それは巴マミがホムリリィの体内に球磨の記憶ディスクを挿入してから、時間にしてまさにほんの一瞬の後に起きたことだった。
偽りの見滝原は、蜃気楼のように溶け去った。
あたりを埋めていた壁や使い魔は、その盾の役を終えて消えた。
象牙の塔のように聳え立っていたホムリリィの巨躯は、たった一人の裸体の少女に収斂し、地にうずくまっていた。
そしてその手は、金色の衣装の少女に、しっかりと支えられている。
暁美ほむらと、巴マミだった。
「そんなことって……、あるのね……」
使い魔の皮が消えたゴーレム提督は、その泥の体のままに、うち震えていた。
「あり得ないことだと、始めからそう思っていたわ。望みを諦めていたわ……。
でも轟沈した艦娘が、仲間が、本当にそれでも戻ってきてくれるなら……。一体どれほど幸せなことなのか……!」
そんな幸せな未来を、人々は夢見ている。
誰も描けなかった夢の展開図は、今ここに示されている。
王道で、お約束で、ご都合主義の、どこかで見たデジャビューのような幸せが望まれている。
非日常に非常識を掛け合わせて日常を取り戻すための、大いなる力の展開図。
記憶の淡い船から、デジャビューは、急ぎ来た。
手を取りあう巴マミと暁美ほむらの姿を遠くから望みながら、ゴーレムは胸に湧く熱い感情にうち震えた。
彼女の目からは、涙のように水分が染み出していた。
「まるで……夢を見てたみたい。でも、現実なのよね、これが……」
助け起こされた暁美ほむらは、元の肉体に戻ったことを信じられないかのように、その手指を動かし、肢体を眺め回していた。
暁美ほむらの全身は、裸であることもよくよく見ねば気づかないほどに、茨か歪んだ翼のような、黒い文様に埋め尽くされている。
それは数えることもままならないほどの、大量の令呪だ。
そしてそれは実際に、世界を侵食する黒き翼のように、足元の影に流れては戻り、空に漂っては帰り、何か禍々しささえ感じる挙動で蠢いている。
「ソウルジェムの形も、魔力の量も大幅に変わってる……。
それにあなたも、私たちの魔力の余波を吸収したのね……?」
手の中に握っていたものを見やれば、一度壊れかけた彼女のソウルジェムも、むしろ澄み通ったほどの輝く黒さを増して、その形を4つの脚で包まれた頑強そうな構造に変えている。いっそのことダークオーブ(暗黒の宝珠)とでも呼んで区別した方がいいのではないかと思えるほどに、その様態は異質だ。
また、彼女を助け起こした巴マミの帽子に留まるソウルジェムは、先ほどまでのくすんだ黄土色から、輝く黄金色にその光を取り戻している。
あの空間で巴マミも、円環の理から溢れる膨大な魔力の一部を、その身に受けていたのだろう。
マミは頷く。
「ええ。それに球磨さんから、熱々のお茶が入った魔法瓶をもらったわ」
「そのお茶も現実だったのね!?」
片太刀バサミを携えた巴マミが手に魔法瓶を掲げ、ほむらは瞠目した。
それが夢の、寡黙な答えだった。
あの空間で起きた現象の全てが現実だったということに、二人は驚きを隠せない。
ともなれば、あの『円環の理』というシステムになってしまった鹿目まどかと、暁美ほむらがその魔力を取り込んでしまったという事態も、また現実なのだろう。
よもや近くに、ただの少女になったまどかがいるのではないかとマミは周囲を見回すが、そんな人影はあたりにない。
「鹿目さんは、どうなったのかしら……」
「戻ったんでしょう。彼女の元いた時間に。
大丈夫よ。結局は彼女の帳尻を、私が合わせればいいだけだから……」
『この島は時間の軸がひどく捻じれてて』と、あのまどかは言っていた。
それはほむら自身も薄々知覚はしていた事象だ。
恐らく、円環の理としての魔力を失ったまどかは、その捻れから弾き出され、もとの時間に帰っていったのだろう。
鹿目まどかも恐らく無事なのだというその推測を聞いて、巴マミは胸を撫でおろす。
ほむらに、彼女の赤いセルフレームのメガネを拾って手渡しながら、マミは力強く意気込んだ。
「それだけじゃないわ。今度は暁美さんがそんな役割を負わなくても、絶望は晴らせると、証明できたんですもの。
魔女は、魔法少女に戻ることができる……! 彼女たちを絶望から救い上げることは、できるんだわ……!」
「そうかしら」
しかし先ほどまどかに切った啖呵とは対照的な冷笑で、ほむらは呟く。
その冷笑は、『円環の理の帳尻を合わせることと、魔女を魔法少女に戻すことは違う』と語っていた。
マミは首を傾げる。
「あなただって魔女から、戻ってきたんじゃない」
「私の場合は、溜め込んだ因果があったから……。まどかのためを想い、何度も何度も時間を繰り返してきた結果が、糸巻きのように私の愛を紡いでいてくれたから……」
現実的に考えて、現状の魔女が魔法少女に戻るなど、極めて低い偶然の一欠片でしかないのだ。
リスクリターンが全く釣り合わない。
ほむらが見ている現実は、そんな人情で回っていくような、優しく愚かな世界では決してない。
そうして現実を見つめる自分自身を客観視しながら、やはりほむらにはふつふつと、どうしようもない自分自身への侮蔑の念が湧いてくる。
「……でもそうね、確かに今の私は、魔女ですらない。あの神にも等しく聖なるものを貶めて、蝕んでしまったんだもの」
そして彼女はニヒルに笑う。
「そんな真似ができる存在は、もう、悪魔とでも呼ぶしかないんじゃないかしら?」
だが本当は、最初の最初に目撃したものを、強い意志を持って観察し続けるなら、それは何の変化も示さず、最初の姿を維持するはずなのだ。
途中で現れるミスリードの工作に従ってしまえば、それは一瞬で別の姿に変わってしまうだけで。
巴マミは、初めから暁美ほむらを見ていた。
彼女の冷笑と自責からくる侮蔑など、涼しく聞き流して笑うだけだ。
そして意志を貫徹し、事実を知ったあなたに、周囲の人はこう言うのだ。
「え? 何言ってるの? ぜんぜん違うじゃない」
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
「あなたも、神様でしょう。ちょっと厳しいけれど、いつでも理知的で気高く、思いやりに満ちた神様。
そうね……、まるで、軍神アテーナーのような」
「随分と買いかぶってくれるじゃない。こんな私を……」
巴マミは、平然とそんなことを言ってのけた。
彼女の使う魔術でもある『アイギスの鏡』は、この軍神アテーナーの持つ山羊革楯であるアイギスから名前をとっている。
アテーナーの信仰で、学者は啓示を、裁判官は明晰を求め、軍人は戦術を磨こうと祈りを捧げたと言われる。
お世辞でも何でもなく、巴マミは今の暁美ほむらに、それだけの敬意を持っていた。
暁美ほむらの冷静な采配と判断がなければ、彼女たちはとてもここまで辿り着けず、もっと早い段階で全滅してしまっていたに違いない。
それはきっと、ここで死んでしまっているナイトヒグマや碇シンジ、そして球磨も、強く同意するに違いないことだった。
「……あとね、暁美さん。愛は、そんなに特別な感情じゃ、ないと思うわ。
あなたが愛しているのは、鹿目さんだけ?」
それは、球磨がほむらに語りかけていた、言葉でもあった。
「私は、愛しているわ、大好きだわ。暁美さん、あなたのことも。
こうして話していられる私自身のことも。
私に微笑みかけてくれた、あらゆる人のことも――」
巴マミはそうして、両の手に片太刀バサミと球磨茶を携えたまま、ピルエットのように回った。
その姿は、夕日の光を受けて、様々な陰影をほむらの網膜に翻した。
纏流子の。
球磨の。
デビルヒグマの。
そして何人もの、今までほむらが辿ってきた分岐に住んだ声なき者たちの姿が、それに重なった。
全ての者が手向けてくれた様々な形の愛が、暁美ほむらの胸を打って迫る。
月下の花が、暁美ほむらを咲くようだった。
思う間に在った未来のどこかで、仮説さえされぬままに生きた己や友の可能性を胸に、彼女は俯く。
微笑むマミに顔を見られないように、ほむらはそっと後ろを向いた。
「……私は、嫌いよ」
「え!?」
「――素直になれない、私自身のことがね」
愛しているのか。
その問いに、ほむらははっきりとは答えなかった。
球磨やマミに向けている感情を、愛と言ってしまっていいのか、一瞬迷った。
この屈折した自己嫌悪がそう簡単に治るとも思えない。
彼女たちを愛していると、こんな自分が言ってしまっていいのかわからない。
口を開けば浮かぶのは、自分に対する冷ややかな嘲笑ばかりだ。
それでも、そんなことはどうでもよかった。
その感情を愛とか友情とか名付けなくとも、それはありのまま彼女の魂に積み重なり、その力をもたらしてくれている。
自分を想ってくれている者たちへ、ほむらはそんな感情を抱いている。
まどかに向けている感情が、もっともっと強いだけだろう。
それが愛なら、愛で良い。
それが希望よりも強く、絶望よりも深い感情だ。
何も特別なことはない。それはきっと、全ての人が心の奥底に持つ、根源の力なのだろうから。
「でも、ありがとう、マミさん。確かに今の私は、記憶から来た軍神だわ。
私を覚えていてくれた愛が、連れ戻してくれた存在……」
ほむらはそのまま歩んで、地に倒れた球磨の肉体の元に屈み込んだ。
機銃に撃たれ、命を失った彼女の存在を、しかしほむらは、しっかりと側に感じている。
彼女の背負う艤装を、ほむらはゆっくりと一つ一つ取り外す。
そしてそれはほむらの手に、昔から使い込んでいた愛用の武装のように馴染んだ。
ほむらの傍らには、球磨の記憶が、佇んでいるようだった。
彼女の歴史が、戦いが、全て暁美ほむらに蓄積され、憑依されているかのようだ。
巴マミによって届けられた球磨の記憶は、しっかりとほむらの胸に息づいている。
それは有りもせぬ、連綿と憑依する円環の力だ。
今ならば、戦える。
どんな鉄火の中でも戦友の光となり、道を切り拓いてきた先人・軍神たちが、球磨の記憶の中で、ほむらの脳裏にはっきりと思い起こされるのだ。
『円環の理』と呼ばれていた鹿目まどかの有していた魔力とそれに伴う因果は、ほむらの予想を遥かに上回っていた。
少し行使し過ぎてしまえば、途端に世界の条理から変えてしまいそうな感覚さえある、重すぎる力。
それは、使い方を誤れば自分の身や愛する者までも破壊しかねないものだろう。
この力とそれに伴う責任が把握できるまで、魔法は間違いなく使えない。無意識下からそう拒んでしまうほどだ。
それこそ、戦時下で物資や人員の適切な按分を思い、戦況と敵情の推移を冷静に鑑みる、将校や提督の如き行動が必要とされるだろう。
それでも、彼女は十分すぎるほどの魔力を得た。
彼女の全身には、見れば入れ墨のように真っ黒な令呪の刻印が踊っている。
それはほむらが今までに何度も何度も繰り返してきた世界の因果が紡いだ、魔力と思いの結晶だ。
この島の人々を救い、円環の理の代行者としての責務を遂行することも、そうして軍神として進むイメージの中では、間違いなく可能だと思えた。
――もはや自分は、魔法少女ではない。
――魔法軍人、魔法艦長、魔法将校、何とでも呼べばいい。
――自分は、記憶から来た軍神だ。
その決意と共に、ほむらは変身する。
ダークオーブはイヤーカフのように変形し、裸体だった彼女は黒いワンピースの喪服を纏う。
ほむらはその上に、真っ白なベールを羽織る。
それは翼のようにも、また海軍の士官が纏う第二種軍服のようにも見えた。
後ろを向いたまま、目元を強く、強く拭う。
赤縁の眼鏡をかけ直し、そして彼女は宣言する。
「球磨……、あなたの心は、魂はここにある。
確かに私たちは、また会える。
……銃後の者、みな連れて帰るわ。私が守る者はもう誰一人……、落とさない」
胸に差し込んだディスクは、暁美ほむらの傍らでくるくると回り、笑った。
もう、壊れたレコードの針飛びはない。
その円環は初めに戻るのではなく、螺旋を描いて広がり高まってゆく。
球磨の遺体を抱え上げるほむらの背中が、夕日に燃え立っている。
そんな頼もしい先輩であり、もがき続ける後輩でもあるほむらの決意の背中を、巴マミは静かに見守った。
「……そうでしょう? こうして進んでいられればきっと、もう何も怖くない」
衛宮切嗣が描き、球磨が描き、巴マミが描き繋いできた展開図。
その連綿と憑依する物語を、今度は暁美ほむらが紡ぐ番だ。
あの東の威光の中に見えた道は、もう謎の比喩を終えて、伸びているのだ。
それは初めからいる忘れられた人であり。
初めからない知り尽くした日々だった。
――積みっぱなしの荷物、また増やしちゃったみたいクマ? ばってん、それでこそほむらだクマ。
――球磨が粉骨砕身できる、軍神の艦長さんだクマ。
記憶の、淡い船が背中を押す。
拭ったはずなのに、ほむらの頬を、熱いものが伝った。
経年劣化した涙腺の記憶まで身につかなくてもいいのに――。ほむらはそう思って、口元を歪める。
声の震えを精一杯抑えて、ほむらは声を張った。
「……何悠長なこと言ってるの。私は人使いが荒いの。死体はすぐに捕食者を呼び寄せるんだから……。
御託並べてる暇があったら、さっさと手伝いなさい!!」
「ええ、もちろんよ!」
ほむらは振り向いてマミに指示を出しながら、令呪のような、翼のような異空間の黒の中に、球磨の遺体を沈めてゆく。
それはかつて彼女の盾の中に広がっていた、あの結界のような空間だ。
マミと共に、碇シンジとナイトヒグマの遺体もその中に仕舞っていると、彼女たちの足元から声が立つ。
「下から、声がするわ、マミ! まだ診療所に生存者がいる! あんたらの仲間でしょ?」
「本当!? ゴーレムさん!?」
それは、ほむらたちの再会場面を去って、一足先に崩壊した診療所の様子を見に降りていた、ゴーレム提督だった。
地面から染み出してきた彼女の泥の頭部を、ほむらはまじまじと見やる。
ゴーレム提督は、いささか血色が悪く表情の読めない彼女の視線に、ばつが悪そうにたじろいだ。
「な、何よ、何か言いたいことがあるわけ?」
「――ええ。ありがとう。あなたが私たちを助けてくれた分、きちんと感謝を、返すわ」
黒いワンピースの喪服と、第二種軍服のような白い羽織を翻した彼女の声音と仕草に、ゴーレム提督は思わずドキリとする。
それはまるで、彼女たち艦これ勢が憧れた、艦娘と提督の、輝く凛々しさそのものだった。
「さあ、亡くした者たちの想いを拾い集めたら。
すぐにジャンと、凛を、迎えに行くわよ――! 彼岸ではなく、この此岸にね!」
日が傾き、その光を薄い月に明け渡し始めた空の下で、軍神たちはその分隊をすくいあげるために、また地下への道を辿った。
【C-6 総合病院跡地/夕方】
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:記憶から来た軍神
装備:球磨の記憶DISC@ジョジョの奇妙な冒険・艦隊これくしょん、自分の眼鏡、ダークオーブ@魔法少女まどか☆マギカ、令呪(無数)
道具:球磨のデイパック(14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬なし)、13号対空電探、双眼鏡、基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯)、89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×6、切嗣の手帳、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)、球磨の遺体、碇シンジの遺体、ナイトヒグマの遺体
基本思考:まどかを、そして愛した者たちを守る自分でありたい
0:ジャンと凛を! 取り残された人たちを助ける!
1:ありがとう、巴マミ。そして、私を押してくれた全ての者たち……。
2:まどか、ありがとう……。今度こそ私は、あなたを守るわ。
3:他者を救い、指揮して、速やかに会場からの脱出を図る。
4:ゆくゆくは『円環の理』の力を食らった代行者として、全ての者が助け合い絶望せずに済むシステムを構築する。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』で、自分の肉体を再生させる魔法を習得しました。
※円環の理の因果と魔力を根こそぎ喰らいましたが、円環の理由来の魔法・魔力は、まだその効力を制御できないため使用できません。
※贖罪の念から魔法少女としての衣装が喪服/軍服に変わってしまったため、武器や魔法の性質が大きく変わっている可能性があります。
※魔女・魔法少女としての結界を、翼のように外部に展開することができます。
【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班
装備:なし
道具:泥状の肉体
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:これが、私たちの憧れた『深き力』なのね……。
1:艦これの装備と仲間を利用しつつ、取り敢えず知り合い以外の者は皮だけにする。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:とにかく生存者を早く助けなきゃ!
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力Full)、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)
道具:基本支給品(食料半分消費)、流子の片太刀バサミ@キルラキル、流子のデイパック(基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ)、人吉球磨茶白折入りの魔法瓶
基本思考:正義を、信じる
0:あなたについていくわ、暁美さん。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
6:デビル、纏さん、球磨さん、碇くん……、あなたたちにもらった正義を、私は進みます。
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ〜The different story〜)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〜叛逆の物語〜で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
そんな彼女たちの姿を、どこでもないあったはずの場所から、見守る者たちがいた。
『……助かったクマ。磯間様の御厚意には感謝してもしきれんクマ。
ここに辿り着いた球磨に、体まで貸してくれて……』
淡い船が、達成感に満ちた声で呟く。
船は、曖昧な輪郭の自分自身の姿に、感謝を述べていた。
『ほむらも、マミちゃんもまどかちゃんも、辿り着いた者全てが幸福になれたクマ』
淡い船が、そこから去り際に、隣の少年へと声をかける。
『おう、お前は良かったのかクマ? ほむらに連れて行ってもらわなくて』
存在しない少年はその問いを受け、手を叩いて笑う。
『――It's all fiction!』
『ほらね、やっぱり思った通りだったろう?』
『初めから僕なんかいなくても、彼女たちは自分の力で、自分を取り戻せたんだ』
『僕がいなくても、歴史はその裂け目を彼女たちの力で縫い閉じた』
『そんなものさ。円環の理さんがいなくたって似たようなもの。なべて世は事も無し、だ』
己の存在と引き換えに、そんな世界を縫い上げた針仕事の少年は、曖昧な表情の船へ、付け加えて言った。
『……この島じゃいつだって、僕らは死と隣り合わせで、生きていた証拠さえ残せるか危うかった』
『そんな中、こうして女の子のために消えられた僕は、残念ながら幸せだ――』
初めからそこにいた忘れられた友は、そうして声なき微笑みを浮かべ、去った。
『……そうか。見上げた男だクマ。その名前も、球磨に明け渡してくれたわけだしな』
己の姿も存在も、名前すらも、後腐れなくこの世界に返却したその少年に、淡い船は一言餞別に、声なき声を投げた。
『じゃあな。みそくん』
何者でもない曖昧なクマがひとり、そんな声なき亡霊たちのやりとりをどこでもない場所で見つめていた。
その島の所有者たる穴持たず50・イソマは、そんな力強い意志たちに触れられ、この場所と自分の存在を貸し出せたことを嬉しく、微笑ましく思いながら、また、この島の行く末を夢見る。
『ああ、運命も絶望も、困難も諦めも食らいつくす強い思い……。
そんなものが、この島には求められているんじゃないか?』
すぐ近くに、少女の強い想いたちが舞っている。
島は晴れ晴れとした空に、彼女たちと一緒に広がった唯一無辺を思い出すのだった。
【HIGUMA製造調整所・複製(四元数環)/夕方】
【穴持たず50(イソマ)】
状態:仮の肉体
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの起源と道程を見つけるため、『実験』の結果を断行する
0:ヒグマ帝国の者には『実験』を公正に進めてもらう。
1:余程のことがない限り、地上では二重盲検としてヒグマにも人間にも自然に行動してもらう。
2:『実験』環境の整備に貢献してくれたものには、何かしらの褒賞を与える。
3:『例の者』から身を隠す。
4:全ての同胞が納得した『果て』の答えに従う。
5:シロクマさん。気付きたまえ。きみがお兄様を手に入れるためには、何が必要なのかを……。
6:……『彼の者』の名前は、江ノ島盾子というんだな? ありがとう、シロクマさん。
7:ぼくも貴重な体験と希望を垣間見ることができて、感謝だよ、球磨さん。
[備考]
※自己を含むあらゆる存在を、同じ数・同じ種類の素材を持った、別の構造物・異性体に組み替えることができます。
※ある構造物を正確に複製することもできますが、その場合も、複製物はラセミ体などでない限り、鏡像異性体などの、厳密には異なるものとなります。
※ヒグマ島の聖杯の器です。7騎のサーヴァントの魂を内包すれば、願望器としての力を発揮できます。
※現在5騎のサーヴァントの魂を内包しています。現実世界に出た場合、もはや自我を保つことはできません。
以上で投下終了です。
続きまして、星空凛、暁美ほむら、巴マミ、ゴーレム提督で予約します。
次回、『生まれては別れにむかうわたしたちのために』。ヒグマロワの許可? 認められないわ。
投下乙です
おかえりほむほむ。球磨やまどかにまた会えてよかったね
スタンドディスクをそう使ったかー。ヒグマロワは死亡表記が出ても
次のステップへ進む通過儀礼かもしれないので油断は出来ない
クマ裁判によって円環の理の力も吸収してついにほむほむも最終形態に。
磯間様はヒグマ島の管理者でやっぱラスボスって感じじゃないなー
本当に神の視点と言う感じのお方。やっぱちゃんと死体は回収するのね
まあ放置してると利用されそうだし正しい行動かと。次は凛ちゃんも拾いに行くのですね
遅くなりましたが投下します。
「このあたりで、いいかな」
大和の遺体をおぶったまま街を抜け、温泉の近くまでたどり着いた
ヒグマ提督は腐ってもヒグマそのものである強大な腕力で地面に穴を掘る。
これ以上誰にも遺体を損壊させないように。彼女が安らかに眠れるように。
やがて出来上がったやや大き目な穴の中に四肢の無い大和の遺体を降ろし、
再び土を掛けその姿は完全に見えなくなった。
本来は火葬するべきなんだろうか。土に埋めてもやがて微生物に分解されるだけだ。
艦載機型深海棲艦に捕食されるのと最終的には同じ結果になる。
「いや、いいんだこれで。これ以上大和の体を傷付けるなんてできない」
艦これの提督にとって艦むすを轟沈させることは最大の罪だ。一隻でも沈めれば無能呼ばわりされる。
大破したまま進軍すれば機体をロストする危険を負い、轟沈すれば育てた娘は二度と帰ってこない。
たとえラストダンス目前でもダメコンを積み忘れていたら帰還させるのが提督の仕事だ。
そもそも、艦体これくしょんというゲームの目的は作戦を完遂して深海棲艦を駆逐することなどではない。
危険な海域に艦むすを送り込むのはあくまで新しい艦むすをドロップするためである。
味方を一隻も沈めずに全ての艦むすをコレクションすること。それがあのゲームの究極目的といえる。
そして、もし沈めてしまった場合はどうするか。またその艦むすが出るまで海域をぐるぐる回り続けるか
ひたすら建造を繰り返すだけだ。沈めた娘に再び会えるまで。それは長く苦しい道のりである。
「まあ、あくまでゲームの話だけどね。現実なら、どうすればいいのかな?」
五匹の羆嵐一一型がヒグマ提督をせかすように周囲をパタパタと羽ばたいている。
現実は更に厳しい。轟沈したら二度と建造もドロップもできないのだから。
死んだ者は生き返らない。生きてる者に出来ることは、その事実を後悔し、反省し
教訓として生きる糧に変えていくことのみである。
そう、過去は変えられなくとも、未来は変えられるのだから。
「島風、天龍殿、天津風、ビスマルク、那珂ちゃん、龍田さん、球磨ちゃん……。
いまこの島に居る艦むす達、連れてこられた娘も、私が造ってしまった娘たちも、
もう轟沈させない。鎮重府へ帰還させる。それがこのゲームのクリア条件だ。」
「ギィ!ギギィ!!」
「え?なに?」
突然、羆嵐の一匹がけたたましい奇声を上げながら提督の体毛を引っ張りだした。
他の羆嵐は街の方へと飛んでいく。まるで提督に早く来いと言わんばかりに。
「わ、わかった!なにか不味い事が起こったんだね!そっちへ行くよ!」
羆嵐に誘導された提督は大急ぎで街の方へ戻り、建物の陰に隠れる。
そしてしばらくした後、温泉地帯に数体の飛行物体が出現し、提督たちが
居たあたりに着陸した。その姿をみて提督は思わず目を見開く。
「あれは……二式大艇!?なぜここに!?」
二式飛行艇一二型、二式大艇。。当時の日本の技術の粋を集めて開発された、世界屈指の性能を誇った傑作飛行艇である。
戦艦を破壊する為に造られたとされるその機体は大量の魚雷を搭載できるスペースと強固な装甲を合わせ持った
空の怪物だが、目標の敵戦艦が真珠湾攻撃で既に壊滅していたため使いどころを失い主に空輸任務で活躍したとされる。
「そういえば覚えてないけど龍田ちゃんや天津風ちゃん以外も作ってたような……
まさか、秋津州ちゃんを造ってたのか?……いや、でもなんか変だぞ?」
二式大艇の数が多すぎる。秋津州の最大搭載数は一機。スロットをすべて埋めても
三機しか乗せることは出来ない。どうみても10機は要るようにみえるのだが。
やがて、二式大艇の中からうつろな目をした小さな小さなヒグマが数匹降りてきて、
手に持った小さなシャベルでヒグマ提督が大和を埋めたあたりの土を掘り始めた。
「な、何をするんだ!?やめろ!」
五匹の羆嵐が飛び出そうとするヒグマ提督を止める。
そして、掘り起こした地面から露出した大和の白い眠り顔を
見下ろすコロポックルヒグマから、何やら聞いたことのある声が聞こえてきた。
『……死んでいる?嘘!?あのバケモノを誰が沈めたのよ?
やっぱり私の他にも艦むすが?それとも深海棲艦同士で潰しあってるの?』
「……んん?あのCV、野水伊織?秋津州じゃない……ひょっとして瑞鶴?」
『あら?こんな所にもヒグマが?せっかくだからついでに資材に変えてやろうかしら?』
「うおおっ!?」
振り向くと、いつの間にか一機の二式大艇が至近距離まで近づいていた。
『あれ?その帽子……ひょっとしてアンタが噂のヒグマ提督ってヤツかしら?』
「瑞鶴?瑞鶴なのか?この機体を操作してるのは?なんで二式大艇を搭載してるの?
いや、それよりも―――」
『その周りに飛んでるの、アタシがあの化け物と遣り合ったときに使ってたヤツだよね。
新型のタコ焼き?まあいいわ、0.99%は味方なんじゃないかって期待してたんだけどなぁ』
数機の二式大艇がヒグマ提督の周囲を取り囲む。
『議論の余地はないわね!くたばれ深海棲艦!』
二式大艇の機体下部に設置された7.7mm機銃が火を噴きヒグマ提督に襲い掛かった。
慌ててしゃがんで回避し、五匹の羆嵐が旋回し、二式大艇を蹴りで吹き飛ばして
ふらついた隙にコックピットハッチを破壊して中の操縦ヒグマを捕食し
正面に居た一機の機能を停止させる。
「あ、ありがとうみんな!」
『うーん、やっぱ厄介ねあのタコヤキ。まあ、もう敵じゃないんだけどね』
羆嵐がパイロットを捕食している場所目掛けて、急降下してきた二式大艇が機体を衝突させた。
機体に挟まれて潰される一匹の羆嵐。さらに他の二式大艇が7.7mm機銃をその場所に集中砲火させ、
二体の二式大艇が潰れた羆嵐を巻き込んで爆発炎上する。
「み、味方ごと!?」
『まず一匹!どうよ!航続距離が無駄に長いだけの産廃でもこれくらいできるのよ!』
「……だ……」
ヒグマ提督は激昂し叫んだ。
「ダメじゃないかそんな戦い方!捨て艦戦法とか一番やっちゃいけないだろ!」
『は?神風とか末期の帝国海軍の基本戦術じゃん?日本軍人は国の為に命を捨てて戦うものよ』
あえて大破させて突撃させる捨て艦戦法というものはある。
だがそのプレイングはユーザー間で激しく忌み嫌われている物だ。
特攻兵器に北上さんやゴーヤが嫌悪感を示す等、味方に犠牲を出しながの
作戦遂行はゲームコンセプトから逸脱している。
『『『万歳!万歳!瑞鶴万歳!!!』』』
瑞鶴のボイスで喋る二式大艇以外の機体が一斉に声を上げる。
レイテ海域で瑞鶴が沈んだ時、脱出時に乗組員たちが叫んだ言葉だ。
やはりこの機体群を操作しているのは瑞鶴で間違いないのだろう。
『おー、可愛い奴らめ。やれやれ、もうこの島で信用できるのはコイツらだけか』
「そんなに慕われてるなら、なんで特攻なんかさせるんだ」
『決まってるじゃない、戦争に勝つためよ。くたばれ提督もどき深海棲艦!』
再び二式大艇の機銃がヒグマ提督に向けられ、火を放つ。
「うおおお!!」
咄嗟に、ヒグマ提督は羆嵐を掴んで背を向いた。まるで艦載機を庇うように。
(戦争?帝国海軍?いったい何のゲームをしているんだ瑞鶴?狂ってしまったのか?)
呆然とするヒグマ提督。今度こそ終わりなのか。
―――その時だった。
―――大和を埋めた地面から何かが飛び出し、そのままの勢いでヒグマ提督を蹴り飛ばしたのは。
「いてっ!」
地面に倒れ込んだことで機銃の雨を回避したヒグマ提督。
突然乱入してきた謎の存在は再び飛び上がり蹴りで二式大艇の装甲を貫き、
振り向きざまに胴体に付いた砲台でもう一機を撃墜した。
『な、なんてパワー!?新手の深海棲艦ね!』
「え?何?マジで何が起きたの!?」
乱入者は、基地の固定砲台に人間の足がついたような容姿をしていた。
マヌケな風貌でありながらその実力は戦艦水姫に匹敵する恐るべき耐久力を持つ悪魔。
「ほ、砲台子鬼!?」
『地上型かぁ、機銃じゃどうしようもないわね。これならどうかしら!?』
二式大艇の一機のハッチが開き、数機の魚雷が突然出てきた砲台子鬼目掛けて発射される。
日本海軍自慢の酸素魚雷だ。まともに当たれば一溜まりもない。
だが、砲台子鬼は避けようともせず、
『シュゥゥゥーーーー!!!!』
足を大きく回転し魚雷の側面を蹴り飛ばし、残りの魚雷を誘爆させ攻撃を防いだ。
そのまま発射直後で膠着した二式大艇に砲弾を発射し、そのまま撃墜する。
「え?今のCV……!?」
『馬鹿な!今のは金剛型の榴弾弾き!?それに、さっきの飛び蹴りは32文人間噴進砲!?』
なにやら聞いたことがある格闘術の名を呼びながら残った二式大艇は動揺する。
『ありえない!なんで深海棲艦が艦むすの技を使えるのよ!?』
『そうですかネ、深海棲艦と艦隊娘は表裏一体。あり得る話かもね』
「この声、金剛ちゃん!?」
『やあ提督、ほんのちょっとはしっかりしてきたみたいネ』
まる連装砲ちゃんを深海棲艦化したかのような容姿の砲台子鬼は
イギリス帰りのハスキーボイスで返事をした。
「な、なんで?」
『さあ?大和の置き土産とでも思っておいてほしいネ。
もっとも、あまり時間はなさそうだけど』
『ふざけるな!金剛のボイスで喋るな深海棲艦風情が!』
砲台子鬼は仁王立ちして二式大艇に話しかける。
『落ち着くネ瑞鶴!今仲間割れなんかしてる場合じゃないね!』
『落ち着いてられるか!くそ、もういいわよ!』
二式大艇は空へ離脱し、何かを大量に詰めた残りの機体と共に何処かへと向かっていった。
『次は輸送部隊じゃなくて本隊を派遣してあげるわ!覚えてなさい!』
何かを集めていたらしい二式大抵の群れは見えなくなった。
「た、助けてくれてありがとう、キミは一体?本当に金剛なのかい?」
『ぜかましの連装砲ちゃん、金剛の肉体に宿った魂。大和が捕食した様々な
ものがハイブリッドした深海棲艦。……うーん、でもやっぱキツイね』
砲台子鬼はふらついて倒れそうになる。あわてて抱き留めるヒグマ提督。
『脳が喰われてたのが割と致命的ネ。もうあまり喋れないかも』
「金剛ちゃん!」
表情のない砲台子鬼に、確かに金剛の笑顔を見た気がした。
(―――大丈夫、私達は、いつでも提督の傍にいて、守ってあげるネ―――)
頭の中に聞こえたその声を最後に、砲台子鬼は奇声を上げるのみになった。
いつの間にか整列していた羆嵐と共に、ヒグマ提督は涙を流しながら敬礼をした。
「ありがとう、金剛ちゃん、大和ちゃん。瑞鶴が何やってるか分からないけど、
きっと彼女も私が止めてみせるよ。私は提督なんだから」
*********
「ありえない、あれが金剛?そんな馬鹿な」
コロポックルヒグマが次々と運んでくるPFD製戦闘糧食と新作の羆の浦焼きの缶詰を
ほおばりながら、座り込んだ瑞鶴改二甲は頭を抱える。
深海棲艦を倒すと艦むすをドロップすることがある。
その理由は機密事項で明らかにされていない。
一説では深海棲艦は艦むすのなれの果てで、浄化することで救い出しているらしいのだが
だとすればいま自分が戦っているのは。
「ふん、どっちにしろ一回殺さないといけないんでしょ?なら迷う必要ないじゃない」
「「「「「万歳万歳!瑞鶴万歳!!!!」」」」」
やることがないコロポックルヒグマ達が瑞鶴の周りで騒いでいる。
マンセー要因というやつか。自我を消してる割に表情豊かな連中だ。
「お前たちももうすぐ出撃よ。準備なさい」
瑞鶴は立ち上がり、廃墟になっていた建物類が綺麗に整備され
今まさに大規模な飛行場として生まれ変わろうとしているのを目の当たりにする。
瑞鶴がふらつきながら辿りついた破壊され焼け焦げた遊園地。
何気なく寄り付いたその建物の中にゴロゴロと転がっていたウェルダンのステーキと化した
大量のヒグマ達。搭乗員の補充の為、それらを全て捕食した後だった、
この味方が誰も居ない絶望的な戦場で戦い抜く新しい戦略を思いついたのは。
「常時高速建造材と高速修復を搭載?凄いじゃないあのヒグマ達。
建築関係の羆だったのかしら?まっさかねー!」
焼け焦げたヒグマ。穴持たずカーペンターズと呼ばれたヒグマ達から生まれた
コロポックルヒグマは恐るべき速度で遊園地を航空基地へとリニューアルしていた。
あちこちに飛ばしている二式大艇が集めたモノクマの残骸などを資材にして
次々と建物が完成してく。既に飛行場には大量の富嶽編隊が駐留していた。
航空基地支援システム
いくら瑞鶴が強くなったとはいえ空母である以上一度に行使できる飛行機の数は
限られている。だが陸上基地を用いることでその限界は突破できるのだ。
「数百、数千の富嶽連隊。等身大ならアメ公も蹴散らせるのにな。
まあいいや、いずれ滅ぼしてやるわよ」
ああすればよかった、こうすればよかった。歴史の修正。
その思想はどちらかというと深海棲艦のものなのだが。
そもそも特攻兵器を全力で行使している時点ですでに
艦むすとはかけ離れた存在に成り果てていることに
当人は気付いていないんだろうな。
【B-5 街/夕方】
【穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:ダメージ(中)、全身にかすり傷、覚醒
装備:羆嵐一一型×4、砲台子鬼
道具:なし
基本思考:ゲームを終わらせる
0:責任を取るよ、大和、金剛……。
1:艦これ勢を鎮圧し、この不毛な争いを終結させる。
2:島風、天龍殿、天津風、ビスマルク、那珂ちゃん、龍田さん、球磨ちゃん……。
3:私はみんなが、艦これが、大好きだから――。もう、終わりにしよう。
4:大和を弔う。彼女がきちんと、眠れるように。
※戦艦ヒ級flagshipの体内に残っていた最後の航空部隊の指揮権を勝ち取りました。
※砲台子鬼は戦艦ヒ級flagshipが体内で製造していた最後の深海棲艦です。
【Bー8 航空基地/夕方】
【瑞鶴改ニ甲乙@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、小破、左大腿に銃創、右耳を噛み千切られている、右眉に擦過射創、左耳に擦過創、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:12cm30連装噴進砲 、試製甲板カタパルト、戦闘糧食(多数)
コロポックルヒグマ&艦載機(富嶽、震電改ニ、他多数)×100
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:深海棲艦を殺す……。殺し尽くさなきゃ……。
1:危険な深海棲艦が多すぎる……、何なのよこの深海棲艦たちは……ッ!!
2:偵察機を放って島内を観測し、深海棲艦を殺す
3:ヒグマ提督とやらも帝国とやらも、みんな深海棲艦だったのね……!!
4:ヒグマとか知らないわよ。ただの深海棲艦の集まりじゃない!!
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り100体を装備しています。
矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※CFRPの摂取で艦載機がグレードアップしましたが装甲空母化の影響で最大搭載数が半減しました。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。
※お台場ガンダムを捕食したことで本来の羆謹製艦むす仕様の改ニに変化したようです。
※穴持たずカーペンターズが転生した建築コロポックルヒグマ達によって
E-8のテーマパーク跡がリニューアルされ航空基地が建設されました
※航空基地支援システムにより本来使用できない艦種、陸上機、水上機
を思考リンクにより無数に行使できるようになりました
【戦闘糧食】
瑞鶴がお台場ガンダムの装甲(CFRP)を握り飯状に手で丸めて作った瑞鶴お手勢の携帯食料。
食べると戦意高騰と共に艦載機が補充される。美味しそうだが人間が食べると
歯が欠けたり人体に有害な成分を摂取して死に至るので注意しよう。
終了です
投下乙です!
いやー、主さんの作品はやはりすごい!
これぞヒグマロワと言うべきパワフルさに、情緒的美しさが加わって胸に迫るものがあります。これは興奮しますね。
特に、順調に凶悪マーダー化の一途を辿っている瑞鶴の成長ぶりには一周回って惚れ惚れとさせられます(白目)。
アニラさんは、流石に脳全部は食ってないとは思いましたが彼に代わって金剛さんには謝罪致します。
状況の活かし方もどんでん返しも、瑞鶴のクソ強い割りに一挙手一投足全てから溢れ出てきている小物感も鮮やかで、続きをリレー出来るのがとても楽しみでワクワクする作品でした。
砲台小鬼も大層可愛らしいですね。
私の予約は延長致します。
その後はここら辺一帯をリレーさせていただく所存です。
いや、綺麗に食ってたなと思い返しながら改めて謝罪します。すみませんでした。
遅くなりましたが投下します。
音が、聞こえない。
戦いが終わったのか。
世界は死に絶えたのか。
「どうして……、こんなことに……」
呟いても、もはやその問いに答える者はいない。
崩れた診療所の壁と天井との間に挟まれた、わずかなベッドの上の空間に、じわじわと寂しさが入り込んでくる。
膝を抱えて触れる指先が、冷たく痺れる。
隣にあるのは、ジャンさんの死体だ。
毛布にくるまり、裸で二人暖めあっていたのは、いったいどれほど遠い過去のことになってしまったのだろうか。
心臓マッサージをし続けて感覚がなくなった指に、冷たさが戻ってきたのは、いったいいつだっただろうか。
いったいいつからいつまで、星空凛はこうして一人で、膝を抱えてすすり泣いていればいいのだろうか。
「わかんない……。わかんないにゃ……。もうどうすればいいのかわかんないよ、ジャンさん……」
幻のように熱が過ぎ去り、時がたってもなお、凛の思考はぐちゃぐちゃだった。
冷え切ってしまったラーメンのように、凛の脳味噌はもう、固まった脂と伸びきった小麦粉が浮くだけのただの煮凝りだ。
裸の凛はそうして膝に顔を埋めたまま、毛布を抱き寄せて咽ぶ。
ジャンさんは答えない。
傷だらけの、痣だらけのジャンさんは、凛を助けて、一人残したまま、凛に気づかれないほどに静かに、死んでしまっていた。
なんでジャンさんは死んでしまったのだろうか。どういう思いだったのだろうか。
一体どれだけ、痛かったのだろうか。苦しかったのだろうか。
凛はその辛さを、少しでも和らげられたのだろうか。
凛には何も、わからない。
狭くて暗い、一人きりの冷たく寒い空間は、とても怖かった。
何も聞こえない、何も見えない無音の闇が、恐ろしくて仕方ない。
二人でいたさっきまでは、そんなことは全く感じなかったのに。
まるでこの闇が、未来などない凛たちのこの先を暗示しているようで。
いったい何のために自分たちは生まれてきたのか。
それさえわからなくなる。
「教えてよ、ジャンさん……。
大好きで、大好きだったのに。一生懸命に、全力を出し尽くして頑張ったのに。
それでも届かなかったら、どうすればいいのにゃ……?
それでも掴めなかった夢はもう、幻みたいに消えるしかないの……?」
『人の夢と書いて、儚いと読む』。
嗚咽と一緒にバカみたいな漢字の成り立ちが煮凝りのラーメンの下から思い浮かんできて、反吐が出そうになる。
そりゃあ、歴史上の人々はみんな夢が叶ったり叶わなかったり、叶ったことにも気づかなかったりする間に消えていったのだろう。
大きすぎる時間の流れに飲まれて、春の夜の夢のごとく、次の世代の人には彼らの物語など伝わることがない。
どうせいつかは離ればなれになってしまう定め。
出会いと別れを繰り返す川の、そのさらに細い支流の中で、凛たちの存在はただ散り散りの水飛沫の一滴に過ぎない。
晨に死に、夕べに生まるる習い。ただ水の泡にも似たような――。
――そんな字面だけの無常感なんて、死んでしまえ。
「凛が欲しかったのは、ジャンさんにゃ……。ジャンさんの笑顔にゃ……。みんなの笑顔にゃ……。
たったそれだけのことだったのに、なんで届かないにゃ……。
ねえ、ジャンさん……」
空は今、何色なのか。
きっともう外は夜で、この真っ暗な、ジャンさんの死に顔も見えない地下と同じ、悲しい闇の色をしているに違いない。
凛はそうして、届かなかったジャンさんの命をたぐるように手を伸ばす。
そして彼の遺した、思いの一つを手に取ろうとする。
それは一振りの、刃だ。
「……凛も死ねば、ジャンさんのところに、届くかな……」
立体機動装置についていた超硬質ブレード。
その鋭利な切っ先で、凛は自分の喉を、掻き切る。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
と、そう思っていた。
でも、ベッドの上をまさぐる凛の手に触れたのは、そんな逃げ道ではなかった。
「これ……、サイリウム……」
伸ばした手に触れたのは、半開きのデイパックと、そこから覗いている細い棒だった。
手にとってみれば、それは確かに、凛に支給され、ジャンさんや球磨っちたちに配っていたサイリウムだった。
『リン……。オレがいなくなっても、ちゃんと生き延びろよ。
オレが今言ったことを思い出して、アケミたちと、絶対に生き残れ……』
煮凝りの頭に、そんな声が響いた。
あの時ジャンさんは、確かにそう言ったはずだ。
生き延びろと。
絶対に生き残れと。
「そう……、か……。駄目かにゃ。まだ凛はジャンさんのところに行っちゃ……。
この世がうたかたでも、夢でも。まだ……、まだ駄目なんだにゃ……?」
ぼたぼたと、手に熱い滴がこぼれた。
凛はそのまま、その小さな棒を真ん中から折る。
その瞬間、滲んだ視界に、閃光のような衝撃が飛び込む。
闇に慣れた神経に、超高輝度ウルトラサイリウムの光は、あまりに眩しかった。
それは昔、ずっと遙か遠くになってしまったような昔、確かに凛のものだった光だ。
何度も全力を振り絞ったライブの会場で、凛たちのために振られていた光の一つだ。
小さな、それでも目に痛いほど飛び込んでくる、黄色い光。
こんなちっぽけな光では、この闇を消すには足りない。
こんなサイリウム一本では、凛たちの未来は照らせない。
一曲分5分しか持たない、こんな光では。
それでも。
「……ああそれでもこの光で、ジャンさんの顔は、見れるにゃ」
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
そして彼は、笑っていた。
本当にただ眠っているだけのように、鼓動も呼吸も聞こえない彼は、ベッドの上に安らかに横たわっている。
休日のお父さんのような、幸せと充足感に満ちた笑顔で。
「何が……、そんなに嬉しかったにゃ? こんなお先真っ暗なところで。
凛が生きてたことが? 自分が死んでも? ほむほむが本当に助けに来るかもわからないのに?」
そんなジャンさんの顔を見たら、却って悲しみが突き上げてきた。
理不尽な現実がはっきりと目の前に示されたようで、叫びだしたいほどの衝動に駆られる。
「ズルいにゃ!! ジャンさんはズルいにゃ!! 凛にこんなに恋をさせて、なんで一人で先にイけちゃうにゃ!!
凛だってずっと、ずっとジャンさんと、一緒にいきたかったのに!!」
胸の、電気を浴びた傷が、しくしくと痛んだ。
振り下ろした拳が、ジャンさんのそばでベッドのマットをたたいた。
この外の無音は確実に、戦いの終わりを示している。
それはつまり、そこで戦っていた人たちの誰かが、どちらかが、死んだということだ。
凛が歌っていた応援歌など、届くことはなかった。
届くわけもなかったのだ。
それはきっと、このジャンさんが、凛の気を紛らわせ、そして自分の死を気取られないようにするために画策した、最期の配慮でしかなかったのだろうから。
その死んだ者たちの中に、ほむほむや、球磨っちが入っているかもしれない。
その可能性は、とても高い。
ならばこの先に待っているのは、はっきりとした死と絶望だけだ。
悔しさに、やるせなさに、何度もベッドを叩く。
「……なんで何もわからず眠っている間に、ジャンさんやみんなと一緒にイかせてくれなかったにゃ!?
ほむほむだって、球磨っちだって、きっともうみんなイっちゃって……」
その時、バラバラと何かが溢れる音がした。
黄色の淡い光の中で目をやった先には、あの開きかけの、ジャンさんのデイパックがあった。
溢れ出ていたのは、大量のサイリウム。
それはまるで、凛を照らす光が、まだこの先もあるのだと言わんばかりの多さだった。
「……そう。そこまで、いうのか、にゃ」
60本詰めの大袋を、確かほぼ半々にしていたのだ。多いのは当然だ。
それでも、今まで胸を占めていたやり場のない憤りのようなものは、静かにその勢いを鎮めていた。
最初はたった一本の、ほんの少ししかあたりを照らすことのできぬ弱い光だった。
でも、そんな幻想のような光に、ついてきてくれた、応援してくれた人は沢山いる。
数多くの人が、確かに凛の声を、姿を、生き様を求めている。
まるでマッチ売りの少女だけど。
それでもこの光が続くまでは、凛はきっとこの先を見据えていける。
ジャンさんの、人々の思いを、背負っていける。そんな気がする。
先が見えなくとも、助けの可能性が信じられなくとも、ひたすらに、ひたむきにバカみたいに頑張り続ける。
その姿勢こそがきっと、みんなに応援してもらったアイドルとしてのあり方だ。
この沢山のサイリウムは、凛にそんなアイドルを、ほんの一時だけでも取り戻させてくれるのかも知れない。
「ならこれは、凛の……、光」
崩れ落ちている診療所の壁際に、凛はその黄色のサイリウムを立てかける。
それは凛のイメージカラーだ。
本当はターコイズだったけれど、絵里ちゃんや海未ちゃんと紛らわしいから変更されたという、歴史と仲間を背負った色だ。
「これはほむほむの。これは球磨っちの。ジャンさんの……」
紫、橙、赤。
色とりどりのサイリウムを手折り、暗い地下に光を灯してゆく。
狭く暗かったベッドの上が、夢のような、ネオンのような色合いに照らされる。
本当にジャンさんと、ふたり幸せな時を過ごしているような。
そんな気持ちにさせてくれる。
「あと、いっしょにいたみんなのも……」
そして巴マミ、碇シンジ、デビルヒグマ、纏流子――。
あと誰がいただろうか。
全員の代わりになるようにと、サイリウムを手に取り数えていく。
自分たちは確か、地下でヒグマに襲われる前、9名で行動していたはずだ。
ほむら、球磨、自分、ジャン、マミ、シンジ、デビル、流子。
しかし、数えていっても8名しか出てこない。
「あれ……、あれ……?」
必死に記憶をたどっても、気絶する前の曖昧な記憶の中に、9人目の顔は無い。
その者がどんな名前で、何をしていたのか、全く思い出せない。
「なんで……?」
大切な仲間だっただろうはずなのに、少し前まで一緒にいたはずなのに。
なぜこんな簡単に、きれいさっぱりと、自分はその人物のことを忘れ去ってしまっているのか。
信じられなかった。
その忘却の事実は、恐ろしい寒気となって背中にとりつく。
凛は、微かなサイリウムの光の中で、愕然と膝をついた。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
ニューヨークで公演もした。『ラブライブ!』で優勝もした。声優としてゲームに出演させてもらったりもした。
そしてμ’sは、どうなる?
決めていたことだ。スクールアイドルをやめるということは。
この一年の集大成は、既に遂げられていたはずだ。
ただのアマチュアだった身から、ただの高1だった身で、何にも本気を出せていなかった身が、よくやったものだとは思う。
でもこの後、星空凛は、どうなる?
こんなクマだらけの島に攫われて、心だけ逸り、届かない現実に嘆いて。
思い知らされた。自分がただの何もできぬ小娘だということを。
ほむほむの腕に。
マミちゃんの身に。
ジャンさんの胸に。
凛は奔り、猛り、みんなを助けようともがいて、結局助けられたのはいつも自分ばかりだった。
そんな足手まといの自分を、一体誰が覚えているのか。
「凛たちも、忘れちゃうのかな……、忘れられちゃうのかな……?
そんなの、いやだにゃ……」
仲間を忘れてしまっていることは、つまり、凛も仲間に忘れられている。
そんなことを示すに違いない。
見つけてもらおうと、暗い、暗い地下で、こうして光を灯す行為も、まるっきり無駄なのではないか。
そんな寒気が、背中を這い上がってくる。
「いやだにゃ……。生きたい……、生きていたいにゃ……」
本当は、死ぬ勇気すらない。凛はただ助けを待つ間の不安と恐怖を消そうと、光にすがっているだけだ。
無様だ。
無様で薄情で弱くてズルい。凛はそんな女だった。
この胸に浴びた電撃のせいか?
凛はなんで、こんなにも簡単に人を忘れられてしまったのか。
ライブに来てくれたファンたちの顔は、確かに覚えているはずなのに。
「あの水の中に囚われていたのは、誰だったのにゃ――?」
水球のようなヒグマの中に、誰かが、何かが囚われていたことだけは、凛の朦朧とした記憶にも残っている。
それが足枷となり、みんなの動きを乱した。
そしてその戦いの末に、凛は足手まといのまま、胸に電撃を受けて気絶した。
ああ、音ノ木坂のみんなに会いたい。
ああ、その音ノ木坂のみんなすら、自分は忘れて仕舞うのかもしれない。
自分は忘却するのだ。忘却されていくのだ。
人一人の記憶なんてその程度だ。
アイドルだろうが訓練兵だろうが、自分たちはそんなちっぽけな水飛沫の一滴にすぎないのだから。
悲しくて、もう、すすり泣くことしかできない。
その眼下の光の下で、ゆっくりと、水が退いてゆくのがわかった。
「……!?」
呆然と顔を上げれば、4本のサイリウムの光の中で、ベッドの下に迫っていた水面が、確かにその水位を下げて消えてゆく。
そしてその代わりに、四方の壁や地面から、僅かずつ見えてくるものがあった。
「何……、この根っこ……!?」
壁のコンクリートを砕きつつ現れたのは、木の枝か根のようにしか見えない、茶色い植物だった。
そして、わけもわからぬ凛の前で、うねうねとしたその植物たちはベッド上のジャンさんや凛に迫ってくる。
唐突に凛の頭には、悲しみを弾き飛ばすほどの恐怖心が戻ってきた。
「――ひっ、ジャンさんは肥料じゃないにゃ!! 近寄るな! 近寄らないで!!」
凛は慌てて、横たわるジャンさんの体を抱き寄せる。
根なのか枝なのかわからない。
しかしその植物はゆっくりと、着実に地中から溢れて広がってくる。
捕食者の動き、とでも言えばいいのか。その木々の動きは、何か餌や養分を求めているもののように見えてしかたがなかった。
その餌はきっと、間違いなく、この場に凛とジャンさんしかいない。
その先に思い浮かぶ死は、このまま地下に閉じこめられて窒息や餓死を待つことよりも、遙かに恐ろしいものに思えた。
ぎゅっと目をつむって、凛は叫んだ。
「こんなとこで、こんなとこでッ……!
訳も解らないまま訳も解らない根っこに吸われて死ぬなんて、そんなの、ごめんだにゃ――!!」
忘れたくない。忘れられたくない。
ああ、そうだ。
人の記憶は余りにも曖昧で、ついさっきまで隣にいた仲間のたったひとりを覚えていることすらままならない。
だからこそ、覚えていたいのだ。その記憶を世界に刻みたいのだ。
それは人間の身勝手なエゴで、熱い思いの籠った愛で、そんな意識と涙を溶かし込み流れる歴史の体液だ。
大切な人々と過ごした一瞬の思い出が、時のうねりに飲み込まれる前に。
例え赤く染まった大海原の中でも、そのちっぽけな存在を見つけ出せるように。
人は生きて、生かしたいのだ。
「――穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん、かよちん、真姫ちゃん、ニコちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん……いや、ノンちゃん!」
オレンジ、ディープブルー、ホワイト、グリーン、レッド、ピンク、パステルブルー、パープル。
凛は次々とサイリウムを折った。
そして蔓延り寄り来る枝を阻む柵のように、いつもライブ前に息を合わせた円陣のように、凛はその光たちを周りに並べる。
『……頑張れよ、リン』
歌っていた曲の途中で、そう、ジャンさんは呟いていたような気がした。それがジャンさんの最期の言葉だった。
本当はわかってる。ジャンさんはズルくなんてない。
ジャンさんは必死に頑張っていた。頑張って頑張って、全力と、全生命を振り絞って、凛にたくさんのモノを託していた。
先が見えなくとも、助けの可能性が信じられなくとも、ひたすらに、ひたむきにバカみたいに頑張り続ける。
その姿勢こそがきっと、みんなに応援してもらったアイドルとしてのあり方だ。
そのジャンさんの言葉は、凛の背中を、そんなアイドルへと押すためのものだ。
――ああ、ジャンさんの推しメンは、明らかに、凛だ!
手をおなかにやる。そしてゆっくりと包帯を巻いた胸に持ち上げてゆく。
ジャンさんの温もりは、確かにそこにあった。
心臓の前に刻まれた、シダのような火傷の痛みは、ジャンさんに守ってもらった命の存在を示す、確かな微熱だ。
凛は、きっとあの時一度死んだのだ。
あの水球に囚われ、電撃によって殺されたのは、凛の心臓だ。
無様で薄情で弱くてズルい、かつての凛の心と記憶だ。
そしてジャンさんによって今、凛は9人目の者として新たな命を吹き込まれ、託されたのだ。
この命は、ジャンさんのために、凛を応援してくれた全ての人のためにあるのだ。
凛は敬礼のように、誓いのように、その右手を握りしめ、強く胸の傷に押し当てた。
「凛は、心を捧げるにゃ……! ジャンさんに、そして応援してくれた全ての人たちに……!」
まだ凛は死んでない。
ジャンさんを覚えているこの世界は、死んでいない。
まだ終わりじゃない。
全てが失われる、それまでは。
明日はある。きっとある。
世界に生を刻む明日は、今自分たちが、切り拓いてゆくから。
明りは、十分だ。
武器は、ある。
使い方は、教えてもらった。
ああ、ジャンさんがその命に代えて、凛に託してくれた――!
腕に刺さっていた点滴の管を、引き抜いた。
手に取るのは、ベッドの脇に置いていたジャンさんの服だ。
そしてその、立体機動装置だ。
ジャンさんの言葉が、彼に吹き込まれた記憶と経験が、凛にその武器を纏わせる。
「凛は忘れない! 忘れたくないから、死なない!
またみんなに会うから! みんなを笑顔にさせるから! それが、アイドルにゃ!!」
凛は刻む。
世界にその存在を刻む。
その方法は、武器は、既に凛が手にしていたものだ。
凛は迫る木々の根の前に、超硬質ブレードと、省電力トランシーバーに付属していた手ぶら拡声器を構えていた。
「さあ、聞いてください! μ’sの星空凛で、『僕たちはひとつの光』!!」
世界に響け。
みんなに届け。
地上に。島中に。日本全土に。
ほむほむに。球磨っちに。ジャンさんに。
音ノ木坂のみんなに。
志をひとつにする全ての仲間たちに。
瓦礫の中に埋もれた、小さな鼓笛の音だけれど。
凛は、凛たちは、出発点が違うだけのただひとつのフレーズを、鳴らし続けているから――!!
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
その時、星空凛たちが閉ざされている空間の直上には、3つの息づかいがあった。
崩落した診療所、その2・3階部分に、彼女たちはいる。
「まぁ満足そうな顔しやがって、デーモン……。そんなにあの子たちの『深き力』は良かった?
……あんたには山ほど言ってやりたい文句あったんだけど、忘れちゃったわ」
そのひとり、穴持たず506・ゴーレム提督は、その3階で息絶えているかつての同胞の前に佇み、嘆息していた。
第十かんこ連隊の一員だったデーモン提督は、暁美ほむらと球磨に返り討ちにされた時のままの満ち足りた笑顔で、そこに死んでいる。
下半身や四肢も吹き飛ばされていてなお、笑っているような彼の死に顔をつつき、彼女は暫く物憂げに呟くのみだった。
「結局あんたも私も、あの子たちの力の行く末を見たくなった。ってことで良いのよね……」
探索していた際に聞いた声のことは、既に伝えた。
それ以上しゃしゃり出ることは恐らく、無粋と言うものだ。
患者が心待ちにしていた人々と面会している中、無関係の看護師が隣で突っ立っているなど野暮に過ぎる。
なにより同じことを、彼女たちはゴーレムにしてくれているのだから。
下に降りるのは、もう少し後でいい。
「……お別れよデーモン。私は私で、追い求めた『深き力』の先を見に行くわ」
【C-6の地下 診療所跡/夕方】
【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班
装備:なし
道具:泥状の肉体
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:じゃあね、デーモン。
1:興味深い人間たちの力の先を見極める。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:とにかく生存者を早く助けなきゃ!
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
診療所の崩れた2階部分で、その頃暁美ほむらと巴マミは、その壁際の床下に耳をそばだてていた。
先ほどまで浅く浸水していたその床の水は、既に引いている。
中央部はほぼ完全に1階を押し潰すように崩れている2階の床はしかし、端に行くにつれせり上がり傾き、無事な空間を残すように壁に立てかかっている。
それは間違いなく、ジャン・キルシュタインがほむらの目の前で、星空凛のために身を賭して確保しに行った、安全地帯だった。
「聞こえる……! 確かにここだわ! 凛が歌ってるんだ、この下で!」
ワンピースの喪服を翻し走ったほむらは、赤縁のメガネを上げ直し、手に巨大な黒い編み針を取り出して、その床を掘りにかかった。
そこに続いて、巴マミが駆け寄る。
「……暁美さん、盾じゃなくなったのね、固有武器」
「あ……、ええ。この編み針みたいなものになってるわね」
そう指摘されて初めて、ほむらは自分の武器の変異を自覚した。
今までほとんど意識していなかったが、つまりそれの意味するところは、一つだ。
「もう、あなたは時を巻き戻せない……。そういうことよね」
ホムリリィの結界の中でほむらの記憶を垣間見たマミは、言いづらそうに呟く。
それはつまり、ここでもう何が起きようと、誰が死のうと、やり直すことはできないということだ。
ほむらは、じっとマミの瞳を見つめ返した。
「……でもいいわ、岩を掘削するにはむしろこちらの方が向いてる」
そして前を向き直し、彼女は一段と力強く、コンクリートに針を打ち込み続けた。
背中の黒い結界の翼がその床にゆっくりと浸透してゆく。
「こうして、接触面の時間経過を早くさせながら楔に打ち込むことで撃力を増して局所を砕く……! これで……!」
この結界で、収納の役割をしていた盾の代わりは果たせる。
自他の内面に作用させることで、時間の加減速をさせることはできる。
魔女という絶望から戻ってこれただけで御の字。それにこれだけの武器が残っていれば十分だ。
あとは自分が、全力を振り絞って進み続けること――。
「言ったはずよ。私も、もう一人であなたに抱え込ませはしない」
そう、一心不乱に思い揮っていた手に、そっと巴マミの手が重なった。
彼女も一本のリボンを手に、ほむらへと微笑みかけていた。
自然に、互いが頷く。
振り上げた腕の動きが、重なる。
「『偽街の針』……!!」
「『トッカ・スピラーレ』!!」
楔に、ドリルに、コンクリートが砕けるその音は、彼女たちが求めたワンマンライブの、開場の合図だった。
≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠
「Ah――! 『ほのか』な――、予感から、は、じ、ま、り。
Ah――! 『希望』が――、『星空』、駈、け、て」
その歌は、μ’sの最後を、その集大成を飾る歌だった。
その想いを、歴史を織り、別々の道へ歩み出す彼女たちに同じ道標となる光だった。
「『花』を咲かせる、『にっこり』笑顔は――。
ずっ、と、同じさ――。友情の笑顔!!」
訓練兵団の制服に身を包み、星空凛は八方に目を配り歌っている。
それは自衛と、救援要請を兼ね備えた構えでもあった。
そして地下より伸びてきた二代目鬼斬りは、ジャンを抱え歌い上げながら警戒を続ける凛に、それ以上近寄っては来なかった。
むしろ彼女が周囲に配置したサイリウムにのみ絡みつき、中央の彼女を守る籠のようになって伸びあがってゆく。
それは朗々とした声に気圧されているのか、それとも彼女の語った言葉を理解しているのか。
はたまたそれは、サイリウムが放つ光かエネルギーに惹かれているだけなのか。
しかしいずれにしても、それは凛の決心を裏打ちするに足る、大きな事実だった。
ぼたぼたと大粒の涙が凛の頬を伝った。
「――忘れない。いつまでも、わ、す、れ、な、い――!!
――こんなにも。心がひ、と、つ、に、な、る――!!」
そして目の前でサイリウムを振る植物という観客に向けて、そしてその先にいるであろう、彼女を待つ者たちへ向けて、凛は歌い続けた。
星空凛は、アイドルである。
アイドルであり続けている。
アイドルにて然るべき者である。
そんな確かな証明をもらったような気がして、凛は拡声器すらいらないほどの張りと大きさで、朗々と歌い上げるのだ。
「世界を、見つけた――! 喜び――、ともに――、歌おう――。
最後まで――……」
――僕たちはひとつ。
そう言葉を飲んで吟じた気息の奥に、凛は地上から聞こえるかすかな声を聞く。
「凛……! どこ……い……の!? 返事を……て……!!」
「……!」
その声は、凛が信じ続けていた声だ。
待ち望んでいた声だ。
彼女の声に応えるように、届くように、凛はさらに大きな声で歌い続ける。
こぼれる涙が、止まらない。
サイリウムの光は、まだ消えない。
「『小鳥』の、翼がついに、大きくなって――、旅立ちの日だよ――!!
遠くへと、広がる『海』の、色、暖かく――!!」
あたりを囲む植物は、全ての存在は、もはや星空凛の目に、敵として見えなかった。
全ては、凛の存在を認めてくれる、かけがえのないファンに思えた。
「凛!? 凛!! そこにいるのね!?」
「夢の、中で、描いた、『絵』のようなんだ、切なくて……」
光が差し入った。
あたりを囲むサイリウムではなく、真っ暗だった上から。
空はまだ、悲しい闇には、包まれていなかった。
暁美ほむらが、凛の体を掻き抱く。
抱きしめ返す視界は、涙で滲む。
サビの途中まで歌っていた歌が、嗚咽になってしまう。
――時を『巻き』戻してみるかい?
その歌は、最後にそう問う。
その答えは、決まっている。
『僕たちはひとつの光』だと確信できた、その答えは。
「ほむほむ……!」
――No no no いまが最高!
【C-6の地下 診療所跡/夕方】
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:記憶から来た軍神
装備:球磨の記憶DISC@ジョジョの奇妙な冒険・艦隊これくしょん、自分の眼鏡、ダークオーブ@魔法少女まどか☆マギカ、令呪(無数)
道具:球磨のデイパック(14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬なし)、13号対空電探、双眼鏡、基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯)、89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×6、切嗣の手帳、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)、球磨の遺体、碇シンジの遺体、ナイトヒグマの遺体
基本思考:まどかを、そして愛した者たちを守る自分でありたい
0:ジャンと凛を! 取り残された人たちを助ける!
1:ありがとう、巴マミ。そして、私を押してくれた全ての者たち……。
2:まどか、ありがとう……。今度こそ私は、あなたを守るわ。
3:他者を救い、指揮して、速やかに会場からの脱出を図る。
4:ゆくゆくは『円環の理』の力を食らった代行者として、全ての者が助け合い絶望せずに済むシステムを構築する。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』で、自分の肉体を再生させる魔法を習得しました。
※円環の理の因果と魔力を根こそぎ喰らいましたが、円環の理由来の魔法・魔力は、まだその効力を制御できないため使用できません。
※贖罪の念から魔法少女としての衣装が喪服/軍服に変わってしまったため、武器や魔法の性質が大きく変わっている可能性があります。
※魔女・魔法少女としての結界を、翼のように外部に展開することができます。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力Full)、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)
道具:基本支給品(食料半分消費)、流子の片太刀バサミ@キルラキル、流子のデイパック(基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ)、人吉球磨茶白折入りの魔法瓶
基本思考:正義を、信じる
0:あなたについていくわ、暁美さん。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
6:デビル、纏さん、球磨さん、碇くん……、あなたたちにもらった正義を、私は進みます。
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ〜The different story〜)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〜叛逆の物語〜で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。
【星空凛@ラブライブ!】
状態:胸部に電撃傷(治療済み)
装備:訓練兵団の制服、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)、包帯
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器、輸液ルート、点滴、ジャンのデイパック(基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×15本、永沢君男の首輪、ブラスターガン@スターウォーズ(80/100))
基本思考:この試練から、『アイドル』として高く飛び立つ
0:ほむほむ、信じてた……。待ってた……!
1:ありがとう、みんな……。待ってて、みんな……!
2:ジャンさんたちを忘れないために、忘れさせないために、この世界に、凛たちの存在を刻む。
3:クマっちが言ってくれた伝令だけじゃない。凛はアイドルとして、この試練に真っ向から立ち向かう。
[備考]
※首輪は取り外されました。
以上で投下終了です。
続きまして、101人の二代目浅倉威、瑞鶴、ラマッタクペ、制裁ヒグマ〈改〉、御坂美琴、
夢原のぞみ、天津風、クックロビン、初春飾利、那珂、呉キリカ、くまモン、メロン熊、ヤイコ、穴持たず59、
龍田、間桐雁夜、布束砥信、田所恵、 ビショップヒグマ、穴持たず104、佐倉杏子、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、ヒグマン子爵、
円亜久里、武田観柳、阿紫花英良、操真晴人、キュゥべえ、フォックス、隻眼2、ケレプノエ、チリヌルヲ提督、第二かんこ連隊、
ヒグマ提督で予約します。
総勢36名+100……? 合ってるかな……?
――次回、『冠毛種子の大群』。ここか? ヒグマロワの場所は。
合ってなかったので、予約にモノクマと安室嶺を追加して、
なんか水嶋水獣以来の規模な気がしますが、総勢38名+149+αで予約します。
投下乙です
凛ちゃんがヒグマと戦ってる間に日本一になったりニューヨークで公演したりμ'sが解散したりと色々なことがありましたね。紅白にも出演して今や本当に国民的アイドルですよ。その歌は植物と化したひまわりちゃんにも届く!
さて遂にほむほむ達と合流しましたが次回ヤバいですね。中断していた第四回放送が始まるのですがものすごい混戦になりそう。浅倉さんやら瑞鶴やらモノクマやら入り交じってパロロワ初の大規模合戦が予感されます
予約を延長します
だいぶ遅くなってしまいましたが、予約分を投下します。
こちら前半になります。
大群が、夢魔のように集っている。
哀楽が、渦のように寄り添っている。
悔恨が、修羅のように喘いでいる。
トーチカが、丘の上で震えている。
ここではその舞飛ぶ序章たちを、場面ごとに追う。
《G-7 森 PM16:00頃》
薄暗がりに沈み始めた森の中を、一頭のヒグマが二足歩行で歩んでいる。
その前脚の掌にいくつかのクルミを弄んでいる彼は、キムンカムイ教現教主のラマッタクペである。
デデンネと仲良くなったヒグマたちの元から立ち去っていたその足で、彼は急ぐでもなく、それでいてまっすぐにここへとやってきていた。
彼が立ち止まったのは、二人の無惨な男の死体が転がっている一角だ。
そこからは、本来あったはずのもう一つの死体が、なくなっている。
一度あたりを見回して、ラマッタクペは森の下草の奥に声を投げた。
「そろそろ完成も間近ですか? そのご様子だと」
返事はない。
しばらく待ってから、ラマッタクペはもう一度温和な声で呟く。
「……真っ先に来ていたものかと思っていたのですが、わざわざ僕の警戒が解けるまで、時間をずらして来たというわけですか?」
「……違ぇよ。お前は必ず来るだろうと思ってたからな。待ち伏せさせてもらってたんだ」
周囲の草むらから、その時気配も無く声が上がる。
そうしてぞろぞろと、ラマッタクペを取り囲むように現れたのは、左右が白黒に塗り分けられた数体の小さなクマのロボット。モノクマであった。
その挙動にも、ラマッタクペは大した緊張感もなく、合点がいったように頷くだけだ。
「ああ、どうせ真っ先に盗られているだろうと、後回しにしていましたが、やはりそういうことなんですよね。
もう既にヤセイ(天上を背負うもの)のハヨクペ(冑)は回収済みで、僕だけが目的ですか。これはご丁寧にどうも」
「何がご丁寧だよ。ロボットまで感知できるなんて、どれだけ能力に嘘の報告してたんだか」
モノクマたちは、キムンカムイ教徒であるヒグマ(ヤセイ)の死骸に、ラマッタクペがいずれ接触してくることを見越して、厄介な追跡能力を持つらしい彼を排除するため、ここに朝から待ち伏せをしていた。
当然その死体はすでに利用するために回収していた訳だが、ラマッタクペは予想に反して今まで現れず、現れたら現れたで何故か当然の如く待ち伏せを察知している。
「いやぁ、カニ(金属)の匂いがしたものですからね」などと笑うこのヒグマの底も目的も読めず、モノクマはメモリ基盤の中でイライラと電気信号を募らせた。
「僕ら自身、それほどハヨクペにこだわりがあるわけではありませんし、ヤセイのラマト(魂)も同じ意見のようではありますが」
周囲を取り囲みじりじりとその輪を狭めてくるモノクマに対し、ラマッタクペはのんびりとした口調で語り掛けながら、地面から一本の木の枝を摘み上げる。
「我々キムンカムイ(山の神)に全く敬意を払わないくせにそれを利用し汚そうとする行いは、看過することはできませんね」
「うぷぷぷぷ! どう看過しないでくれるのかな――ッ!」
その動作でラマッタクペの視線が逸れた瞬間、モノクマの一体が勢い良く彼に向けて飛び掛かる。
鋭い爪が彼の首筋を切り裂くかと、そう見えた。
「例えば『イサパキクニ(頭叩き棒)』で」
しかしラマッタクペはその時、つまんでいた細い木の枝を、飛び掛かってくるモノクマの頭に軽く振り降ろしていた。
その瞬間、木の枝が触れた鉄板は紙のように圧し折れて、陥没したモノクマは轟音を立てて地面に潰れ、鉄くずと化す。
「畏れ多くもキムンカムイのフリをしたアイヌ、それも己のラマト(魂)すら作り物のアイヌが、我々の上に立つなど、あってはなりません。
我々キムンカムイは、最も尊いカムイなのですから。あなたの企みも、必ずチタタプ(叩き潰し)にしてくれましょう」
余裕を崩さぬ悠然とした態度のまま、驚愕するモノクマたちの前にラマッタクペは居直る。
左掌にいくつかのクルミ、右の爪に木の枝を持っただけの、とても戦うような姿ではないにも関わらず、心理の読めぬ糸目を崩さない彼の佇まいには、得体の知れぬ威圧感があった。
モノクマには、先程一体何をされたのか全く分かってはいない。
本当に、このヒグマは魂を感知する以外の能力を持っているのではないか――?
そう感じさせる攻撃だった。
「――知るかぁ! やっちまえぇ!!」
「『タノタ・フレ・フレ(この砂赤い赤い)』」
それでもほとんど無防備に見えるラマッタクペに、モノクマたちは一瞬迷った後、一斉に飛び掛かった。
その瞬間、ラマッタクペが呟くのとほぼ同時に、唐突に衝撃が横殴りに叩き付けられ、モノクマたちは紙屑のように吹き飛ばされた。
「な、何が起きたぁ――!?」
「……ヤセイの所に来たついでに、アイヌさん方の声にも応えさせて頂きます」
飛びかかるタイミングの遅れた残りのモノクマたちが、理解不能の事態に停止する。
しぶき雨のように機械の破片が降る中で、狼狽するモノクマの視界にラマッタクペ以外の動くものが映った。
それは首のない、筋骨隆々とした偉丈夫の体だ。
未明にヒグマ(ヤセイ)に首を刎ねられ、さらに首輪を爆破され絶命したはずの漢――、男塾塾長・江田島平八。
それがまるで生き返ったかのように、両足ですっくと立ち上がり、明らかな殺気と気迫を放ってモノクマに向け構えをとっている。
たった今モノクマたちを吹き飛ばし叩き壊したのは、この男の肉体が放った拳圧であった。
「な、にぃぃいぃぃ!?」
「このアイヌの方々も、黒幕のあなたを許さないとおっしゃっていますよ?」
その事実を理解しさらなる驚愕に震えた直後、残ったモノクマの一体が、後ろから何者かに抱きつかれ、そのまま信じがたい腕力で締めつけられる。
「ハァア、テェン……、ッコオオォォオオォオォオォ……!!」
「なんだこいつらぁぁ!? 死んでるハズだろぉぉ!?」
それはヒグマ(ヤセイ)に胸を切り裂かれ死んでいた北海道出身のお笑い芸人、吉村崇だった。
既に死斑の浮いている彼は、濁った目を見開きながら、金属のモノクマのボディを音を立てて歪めていく。
生前ならば骨肉が耐えきれずに脳がリミッターをかけるほどの力を、死んでいるからこそ彼は発揮しているものらしい。
「ラマトの重さは、ほんのわずかだと言われています。しかし、それを全て力に変えられるならば、例えラマトのほんの一部だとしても、あなたのハヨクペを潰すくらい容易いのですよ」
「ボクハ……、アゲアゲノ……! ダークヒーローニナルンダァァ……!!
コロシタ、クライデ、ボクノハテンコウヲ、トメラレルトオモウナァァ……!!」
「ぎゃぁあぁぁぁ――!?」
薄笑いを浮かべたラマッタクペが悠然と高説を垂れる前で、吉村に締め上げられたモノクマが無惨に破裂する。
その間にも、首のない江田島平八が、慌てふためくモノクマたちを次々と叩き潰してゆく。
「そのアイヌさんの言葉を借りるなら、『……死後硬着って、すげぇ……』、でしょうか。
……死後に硬くなったハヨクペを着ると戦いやすいって意味でしょうかね」
「テメェラノオコナイハァァ……、ゼッタイ、メディアニバクロシテヤル……!
テメェラヲ、ゼンメツサセタアトニナァァ……!!」
生前舞台に立っていた時のように、吉村は堂々と背筋と胸を張り、引き裂かれた胸から濁った血をこぼしながらも見得を切る。
彼らの死体は、ラマッタクペの能力によって動かされていた。
魂とされる何らかのエネルギーの一部を、ラマッタクペは触媒として彼らの死体に還元しているものらしい。
「クソが! せいぜい粋がっとけ! オマエラが何をしたって、もうオマエラは全員この島で死ぬしかないんだよ!!
もうすぐ18時になる! そうすれば、もう私様を倒せるヤツはいない!!」
「……ソンノヘタプ、エイキチキ(本当にあなたがそんなことをするのなら)」
残りわずか数体となったモノクマが、逃げまどいながら捨て台詞を吐く。
散り散りとなって江田島平八の追撃を逃れようとするモノクマたちに向け、ラマッタクペは笑いながら高らかに声を上げる。
「ユクスットゥイェ、チキクシネナ(肉の根を絶やして見せましょう)!!」
同時に、彼は左前脚に持っていたクルミを上空に放り投げる。
「ネシコポンク、ネシコポナイ、ウウェウヌ、カントコトロ、チョッチャアイケ(胡桃の小弓に胡桃の小矢をつがえ大空を射ると)」
歌のような韻律を踏んだ文句が唱えられると共に、そのクルミの実は、突風に吹かれたかのように木々の間を縫い、モノクマたちの元へ走る。
「ケナシソカワ、ネシコレラ、スプネレラ、チサナサンケ(山の木原から胡桃の風、つむじ風が吹いてきた)!」
そしてただのクルミの実は、八方に逃げたモノクマたちを縦横に貫き、旋風のようにラマッタクペの掌に戻っていた。
一帯にいたモノクマたちは、一機残らず、物言わぬ鉄屑と化した。
首のない江田島平八は満足げに腕を組み、吉村崇は濁った眼でそれを見届けて、ひとりガッツポーズを作る。
「モウダメダトオモイマシタガ、オカゲデタスカリマシタ……! アリガトウ……!」
「いえいえ。ぜんぜん助けてませんよ? 安心してください。
もうあなた方のハヨクペは終わっているのですから、お礼を言う必要はありません」
「エ?」
そして硬い体でぎこちなくお辞儀をしていた吉村崇の死体は、あっけらかんと告げられたラマッタクペの言葉に、呆然と顔を上げた。
「おるおるぅぅぅ!!」
「――ほら、もう終わりを嗅ぎつけている方が」
森の木々の奥から、得も言われぬ奇声が響いてきたのはその時だった。
「ぱれかいこ!!」
「いのっ! いのっ!」
丸鋸のように旋回するヒグマの上半身が、茂った森の木々を悉く両断しながら飛来してくる。
そして地面を走ってきたヒグマの下半身が、まだ原形をとどめているモノクマたちへ槍衾のように大量の注射器を突き込み、一瞬のうちに完膚なきまでに破壊した。
その様子を脇から見ながら、ラマッタクペは感心したように息をつく。
江田島平八と吉村崇は、そのわけのわからないヒグマの有り様と奇行を前にして、呆然と立ち尽くすしかなかった。
そのヒグマは、カーズに体を真一文字に切り裂かれた後、モノクマによって改造されていた者――制裁ヒグマだ。
彼は切り倒した木を丸太にして、それを執拗にモノクマの残骸に突き込んだ後、『江ノ島盾子の寿陵(生前墓)』と刻む。
「……ろこまいかいわれあはなほう、あああぽんろあ」
「素晴らしいですね制裁さん! ご健在のようで安心しました! 見ないうちにむしろプンキネ・イレ(己の名を守ること)ができた感すらありますね!」
ラマッタクペは拍手をしていた。
その瞬間制裁ヒグマは、切り倒していた何本もの丸太を周囲に向けて投げ飛ばす。
ラマッタクペが身を躱すと、その丸太は、起き上がっていた二人の人間の死体を刺しながら地面に突き倒し、彼らを破壊する。
その丸太には、『吉村崇の墓』、『江田島平八の墓』と刻まれていた。
森の奥に飛んでいったものには、『リッド・ハーシェルの墓』、『コロッケの墓』と刻まれていたものらしい。
「ううむ、相変わらず素晴らしいクロマンテ(葬送)……」
「あほんるい!!」
上下半身を結合させた制裁ヒグマは、その口を大きく開き、猛スピードでラマッタクペに向けて突進する。
そして次の瞬間、その口からはパイルバンカーのように超高速で丸太が射出され、ラマッタクペの立っていた地面に突き刺さった。
「――ええ、あなたの『あほんるい』には僕も敬意を表しますよ。
集められた参加者の名簿を、あなたはSTUDYの方々よりも読み込んでいましたものね。
ハヨクペをそれだけ弄られてもラマトを貫き通すことは、なかなかできることではないでしょう」
ラマッタクペはその時、撃ち出された丸太を躱して、制裁ヒグマの届かぬ中空に浮遊していた。
せせら笑うようなその姿に、制裁ヒグマは怒り狂ったように叫びを上げる。
「ほおくいかひまい!!」
「それは無理ですね制裁さん。あなたもキムンカムイなら、ご自身でその目標に到達してみてください」
「えけあほろおほあ!! ああああああぽんろあぁぁぁぁ!!」
「僕以外にもあなたと通じるカムイはいますよ。きっとこの真実の街角に、あなたも出会えるでしょう」
意味の分からぬ言葉を理解しているかのように、朗らかに返事を返してラマッタクペは空中を歩いてゆく。
その背中を追うようにして、上下半身に分離した制裁ヒグマは、かつ飛び、かつ走り、猛り狂った叫びを上げていた。
「あかはい! ろおかひ! おるおるぅぅぅぅ!! はあっはあぁぁぁぁぁ!!」
《B-5 温泉 PM16:00頃》
同じころ、島の西の温泉地のほとりで、その南側の縁を辿るようにして東へ進む少女とヒグマがいた。
オレンジ色のワンピースを纏った艦娘、那珂ちゃんと、その隣にひっそりと黒い影のように寄り添い歩くゆるキャラ、くまモンである。
足早に水上と岸辺を進みながら、二人はスティック羊羹やブロッククッキーを頬張ってはそれを交互に水で流し込み、遅い昼食を済ませていた。
シュールな絵面だが、貴重な物資を手早く摂取して行動しなければならない理由が二人にはある。
そしてくまモンのデイパックに食べ終わった包みを押し込むと、温泉水の上をスケートのように滑りながら、那珂ちゃんは自分の髪飾りをアピールした。
「うん、オッケーだよ! それじゃあ、くまモンさん、よく聞いててね〜!」
――わかったモン。
何やら示し合わせて眼を閉じると、その那珂ちゃんの口からは、彼女のものでない声が響いてくる。
『軽巡那珂、こちらは御坂美琴。軽巡那珂、こちらは御坂美琴。ちゃんと聞こえてる? どうぞ』
――よく聞こえてるモン。
「了解、御坂美琴。こちらは軽巡那珂ちゃんだよ。音声明朗、感度ばっちりだよ〜。どうぞ」
『了解、軽巡那珂。えー……、電波状態、レポートは今のところ双方59かな。
即席の針金で作った割には、我ながら上出来だわ……。じゃ、探索よろしくね。どうぞ』
「はーい、了解だよ〜」
自分の口から響いてくる別の少女の声と会話をして、那珂ちゃんは満足げに微笑んだ。
声の主は、常盤台の超電磁砲の異名をとる『電撃使い(エレクトロマスター)』にして『HHH(ヒグマ島希望放送)』の代表――御坂美琴だ。
那珂ちゃんは、御坂美琴の能力の波長に合わせアンテナの形に折り曲げられた針金を、ヘアピンとして髪に差している。
いわば『御坂式13号対空電探改』。
今の御坂美琴の能力でも、調整したそのアンテナであれば、僅かな電力でロスなく通信を行うことができた。
ヒグマ島希望放送の八木・宇田アンテナから送信された美琴たちの言葉を、那珂ちゃんはそれで受信し、自分の口をスピーカー代わりにして喋っていることになる。
彼女とくまモンの二人は、島の西端の放送局で重傷を負った体を休ませている美琴や、その看病と警護に携わっている者たちに替わり、探索行に乗り出しているのだ。
いや、正確には二人だけでもない。
「……おい御坂美琴。こちらは呉キリカ。便利なのはいいけどさ。
お前もボロボロなのに、たかが通信のために残り少ない体力を消耗することはなかったんじゃないのか?」
唐突に、那珂ちゃんの口調は更に別の少女のものに変わった。
水上を滑る立ち振る舞いや顔つきも凛々しくなったその人格は、魔法少女の呉キリカだ。
那珂ちゃんの中指に嵌るソウルジェムの指輪に魂だけの状態でいる彼女は、自分の体が再生できない間、那珂ちゃんの中に乗船しており、時々操舵権をもらって表に出てくるようになっている。
「あ、キリカ先生、高級技官殿のこと心配してるんだ?
――そういうわけでもないけど、あいつに倒れられると、探索の意味も作戦も、私達の命もなにもかも、風の前の海のもずくだろ?」
『大丈夫よ……、初春さんたちが来てくれてだいぶ助かってるから……』
『私もクックロビンさんも、天津風さんもいるからね、キリカちゃん!!』
「だってよキリカ先生? ――うーん……、のぞみがそう言うならいいんだけどさぁ」
放送局からの通信には、さらに別の少女――、夢原のぞみの明るい声音が混ざった。
ひとりで何人もの声色の会話を行なっている那珂ちゃんと共に歩きながら、くまモンは、自分たちの探索行の重要性を今一度再認識する。
――とりあえずは、先を急ぐモン。
「そうだね〜。こちらは軽巡那珂。じゃあこのまま『3人』で、遠征行ってきまーす!
……こちらは呉キリカ。私が戻るまでくれぐれも気を付けてくれよのぞみ。どうぞ」
『了解、キリカちゃん。キリカちゃんたちも気を付けて!』
『……相田さんを改造した黒幕――、江ノ島だか屋久島だかが襲ってくる可能性は高いわ。そっちも、くれぐれも気を付けて。どうぞ』
「了解。ありがとー!!」
彼らが目指す先はC-6エリアの総合病院、そしてD-6エリアの擬似メルトダウナー工場である。
《A-5 滝の近く(『HHH:ヒグマ島希望放送』) PM16:00頃》
「……那珂も言ってたけど、そんな怪我なんだからあなた……、時々は休むのよ?」
「天津風さんの方がよっぽど大怪我じゃない……」
当の御坂美琴はその時、元々野球場の放送席だった一角で、椅子で作られた急拵えのベッドに、脂汗を浮かべたまま横たわっていた。
周りで彼女を心配そうに見守るのは、銀髪の艦娘――天津風と、抜き身のフルーレを携えた少女、夢原のぞみ――もとい、彼女の臨戦態勢の姿であるキュアドリームだ。
キュアドリームがもう残り少ないペットボトルのスポーツドリンクを口元に差し出すと、美琴は息をついてそれを飲み干した。
モノクマの津波を凌ぎ、逃げ延びて来た天津風と初春を助けた後、ヒグマ島希望放送の面々はあわただしく情報交換や互いの手当てに勤しんでいだ。
演算能力も体力も酷使し続けている御坂美琴はそのまま倒れてしまい、夢原のぞみを主体に手当てが行われている間、クックロビンやくまモンが破壊されたロボットの調査に乗り出し、初春や天津風は艦娘として話の通じる那珂ちゃんや同乗している呉キリカと話し合い、首輪を外してもらい、その間にシャワーを浴びた。
そうして方針が決まった今、早速彼女たちは動き出している。
下半身を吹き飛ばされる重傷を負っているはずの天津風は、椅子の上に腹ばいになって湯上りの髪を梳かしながら平然と手を打ち振っていた。
「私はまだこんなんじゃ沈まないんだから。ヒグマ製は伊達じゃないわ。夢原さんに止血もしてもらったし」
「そうだけど、それで一週間は生きられるって本当なの、天津風ちゃん……?」
「史実通りよ。流石に血と汗と臓物臭いのは嫌だったから、お風呂借りられて良かったけど」
夢原のぞみの心配に対して、天津風の言葉は飄々としていた。
腰から下が全部砲弾で吹き飛ばされ腸がはみ出ている傷など、痛々しいというレベルを超えて即死していておかしくないのに、だ。
天津風は温泉水の出るシャワールームで体と服を洗いさっぱりした後、アスレチックのロッカーに大量にしまわれていたシャツを端切れにして傷口を縛り、今はゴシックロリータのワンピースに着替えている。
御坂美琴と揃いの、布束砥信デザインの衣装だ。
これならば千切れ飛んでいる下半身もスカートで隠せるため、一見した人に与える衝撃は少なくすむだろう。
そこに至るまでの過程には、脚のない少女がクリスタルフルーレで腸骨動脈や大腸の断端を焼いてもらいシャワーで自分の腹膜を洗うという、何かのホラーにしか思えない光景があったため、その状態を間近で見てしまったのぞみのショックは相当に大きかった。
キュアドリームの姿となって心を落ち着けているとはいえ、心配と警戒は尽きない。
「……私も、まだまだ休んじゃいられないわ。例え廃人になったとしても、初春さんや佐天さんたちを連れ戻せるまでは、気合入れとかないと……」
「って、美琴ちゃんは横になってないとダメだよ! 電話繋げとくのだけでも大変でしょ」
「気合も根性も有限の燃料よ。なんでもない時に空ぶかしはやめなさい」
「あうっ」
天津風の異様な耐久につられて朦朧としたまま身を起こそうとした美琴の肩を、キュアドリームと天津風が両側から押し戻す。
そのまま脇に添い寝しながら天津風は、風邪の子供を看病するかのように美琴をさすって落ち着かせている。
その様子を隣に見ながら、キュアドリームは今一度、放送席のミキシングコンソール脇に置かれている、初春飾利の持ち込んだパソコンの画面を覗く。
そこには初春を始め、佐天涙子、皇魁といった参加者たちが纏め上げた『行動方針メモ』や、モノクマの行動記録映像などが映し出されている。
「でも確かに、飾利ちゃんの持ってきてくれたパソコン、すごいよね! これがあれば、絶対になんとかなるなる!!」
「確かに、あの女はゲームの中の私達みたいな、ただの情報の集合体だったから。
初春さんみたいな暗号術に長けた技官は、あの女の天敵でしょう。狙われていた理由にも合点がいったわ」
初春飾利及び天津風の話と、彼女たちの持って来たパソコンにより、ヒグマ島希望放送の面々はようやくはっきりと脱出への具体案を見出すことができた。
この島の戦いを裏で操っている者の名は、江ノ島盾子。先だって初春たちを追い、この場にも殺到してきたモノクマというロボットを操作している少女だ。
建造されてからヒグマ提督と共に江ノ島盾子に接触していた天津風の観察によれば、その少女はまず間違いなく、コンピュータ内に作られたプログラムにすぎない。
この少女とその尖兵を討ち果たし、参加者をこの場に集わせ、海上の安全を確保して海食洞のクルーザーにて脱出するのが、今後の作戦の概要だ。
その鍵となるのが、一流のハッカーでもある初春がパソコン上で作成していた『対江ノ島盾子用駆除プログラム』だ。
このプログラムを放送と一緒に島中に流してしまえば、それだけで、アルターエゴというデータの集合体である江ノ島盾子は消滅する。
そしてその放送ができる電力が手に入りさえすれば、参加者を集めることもでき、その中のSTUDY関係者やヒグマに、海上を封鎖するミズクマを鎮静化させてもらえば、脱出への手筈は全て整う。
この状況でくまモン、那珂ちゃん、呉キリカが探索に乗り出しているのは、その御坂美琴の能力を補う電力を確保するためだった。
病院ならば備えているだろう自家発電装置、また医療機器や擬似メルトダウナーに備え付けられている各種バッテリーを確保しておけば、防災無線の周波数を使って島内に隈なくここからの放送を届けることが可能になる。
この場に残存していた擬似メルトダウナーのバッテリーの蓄電は、モノクマの大群を退けるために使い果たしてしまっているため、御坂美琴の能力は大きくパワーダウンしているままだ。
キュアドリームが、彼女の最大武装と言っても良いクリスタルフルーレを具現化させたまま抜き身で持っているのも、美琴の代わりにこの放送局を防衛するための警戒を怠らぬためである。
「御坂さん! お食事作ってきました! 皆さんも、少しでも補給してください!」
その時、半地下の放送室へ、勢いよく元気な声が入ってくる。
大きな花々の髪飾りと、風紀委員の腕章をつけているその少女は、シャワーから上がった後、ヒグマ島希望放送で戦っていた面々に料理を作っていた初春飾利だ。
初春自身や天津風は既に百貨店で昼食をすませているので、これは主に、負傷が大きく体力の消耗が激しい美琴やのぞみのための分だ。
そこには白黒の洒落たボウルに、湯気のあがるお粥が盛られている。
ツナやキャベツの淡い彩りが添えられ、ほどよい酸味や旨味の香気が、食べる前から美琴やキュアドリームたちの鼻腔を刺激した。
「うわぁ、すごいすごい飾利ちゃん! まさかこの島であったかいご飯が食べられるなんて! 美味しそう〜!!」
「といっても、レトルトのお粥を温泉水で湯煎して、『定温保存』しながら缶詰のツナとザワークラウトで味を調えただけですが……。豚汁缶も温めてきたので、お腹に余裕があれば開けます」
「十分すごすぎるよ! キリカちゃんたちにも食べさせてあげたかったなぁ〜」
『こっちはいいよ、のぞみ。羊羹もらったから。どうぞ』
「あ、そう? じゃあ、いただきまーす」
マイクの前の会話は、通信を繋げたままの那珂ちゃんのもとにも届いている。
スピーカーから返ってきた言葉に、キュアドリームは満面の笑顔で、放送席のデスクに置かれたお粥のボウルへ手を合わせる。
おそろいの白黒の金属でできたスプーンを手にして、彼女は天津風の方に顔をやった。
「天津風ちゃんは? もしかして、食べられない……?」
「あはは、今の私が腸動かしたら、スカートの下から汚物が漏れることになるもの。
気にしないでいいわよ。私はちゃんとお昼に食べて来てるから」
天津風は平然と言うが、ある種の尊厳に関わる壮絶なその光景をリアルに想像できてしまうキュアドリームは、食欲を大きく殺がれる。
「気にしないでって、また難しいことを……。天津風ちゃん、飲まず食わずで一週間いるつもり?」
「いや、一週間もいるつもりないけど?」
「え……、それって……」
「あー……、えっとねぇ……」
そして続く質疑で、天津風はしくじった。
キュアドリームの眼が見開かれ、天津風は応答に窮する。
助け船を出したのは、美琴の傍に跪いた初春飾利だった。
「……今日中にでも、無事にみんなを、送り届けるんですよね。
それで、御坂さんたちにも、きちんと治療を受けてもらうんですよね?」
「ああ、そうね。初春さんの言う通り。すぐに決着をつけるから」
「そっかあ! そうだよね、良かった! すぐにお医者さんに診てもらえば、美琴ちゃんも天津風ちゃんも大丈夫だよね!」
キュアドリームは、途端に表情を明るくして手を打ち合わせ、安心して自分のお粥に口をつけ始める。
天津風は初春と顔を見合わせた後、詰めていた息をひっそりと吐き出した。
初めから、天津風はこの島の戦いで生き残るつもりはない。
自分の生命は、この島の人間を無事に送り届けられればお役御免だと考えている。
百貨店でそのことを語られている初春は、彼女の心境を察して視線を俯かせるが、それ以上何も言いはしない。
夢原のぞみは、こちらが眩しくなるほど純粋で優しすぎた。
そんな少女に無用な心配をこれ以上かけるのは、天津風としても初春としても避けたいことだった。
初春に支えられて半坐位に身を起こした美琴は、その時、差し出されたお粥の器とスプーンをしげしげと眺めていた。
「この器とかって、もしかして……」
「はい、さっきのロボットの鋼板です。クックロビンさんが切り出してくれたのが、思いのほかデザイン的におしゃれだったので、作ってもらいました。ちゃんと洗ってますよ?」
外のシャワールームで調理しながら初春は、野球場周辺に散乱する幾万とも知れぬモノクマの残骸を片付けているクックロビンのことも手伝っていた。
差し出される器に一口ずつゆっくりと匙を入れながら、美琴はぼんやりと笑う。
「そう……、ありがとう……。本当に、初春さんが助かって良かった……」
「あと、御坂さんには生搾りのジュースです。酵素が摂れます。
百貨店にならメロンもあったんですけどね……。折角の北海道ですけど、これしか持ち出せてなくて」
初春は片手でお粥を差し出したまま、美琴が飲み終わっていたスポーツドリンクのペットボトルを山刀で半分に切ってコップにすると、そこでリンゴをひとつ取り出してくる。
「えい」
「ふぁ!?」
そして直後、初春は美琴の目の前でリンゴを片手で握り潰した。
パッチールから攻防能力をバトンタッチされた彼女の握力は今、90キロ以上ある。
一瞬にしてひしゃげ、ペットボトルの底に果汁を滴らせるリンゴの様子に、のぞみも天津風も一様に振り向いて呆然と眼を見開く。
ほとんど一滴の無駄も無く絞り尽されたリンゴのかすを脇に置いて、初春はなみなみと溜った澄んだリンゴジュースを、瞠目する美琴に差し出した。
「はい、私の手絞りですけど。『定温保存』しているので、まだ程よく冷えてるはずです」
美琴はそれに恐る恐る口をつけて、次の瞬間、そのジュースの美味しさに目を輝かせる。
体が欲しているような味だった。
受け取って一気に飲み干してから、ようやく息をつく。
「……強くなったわね、初春さん」
「そんなことありませんよ。鼻折れてますし」
鼻血止めにこよりを詰めている鼻先をさすり、初春は呟く。
「強くなったのは、佐天さんです。……きっと大丈夫だと、信じてますが」
「……安否を知るためにも、自家発電装置や蓄電池は病院か工場で是非とも確保しておかなきゃね」
百貨店での激戦を思い返し、初春と天津風は言葉を詰めた。
初春と天津風は、辛くも生き延びられたあの百貨店での戦いや、その場にいた者たちの情報なども、当然美琴たちに伝えている。
しかしそれでも、彼女たちが屋上から転落してからのウィルソン・フィリップス上院議員、皇魁、島風、天龍、佐天涙子、そして大和やヒグマ提督の安否はわかっていない。
放送と通信網を広げて、一刻も早く安否確認を取れるようにすることは、急務だった。
『……そういやその病院だが、ついさっきまでそっちの方向に魔女の魔力を感じてた。
もうすぐ着くけど、何か現在進行形でピンチなことになってなきゃいいんだけどな』
その会話を受けてか、放送室のスピーカーから通信が返ってくる。
遠征中の那珂ちゃんに乗る、呉キリカからの連絡だ。
「キリカちゃん、それってつまり……!?」
何やら苦みを帯びたその口調に、キュアドリームが慌てて放送室のマイクに寄る。
『私以外の魔法少女がこの島にはいて、そいつが魔女になって、さらに誰かに倒されたってことだ。
過去完了で済んでいればまだマシ、ってレベルだね……』
「目下戦闘中だったとしても、無理だけはしないのよ、那珂!
あなたたちが帰ってくることが、こっちの風を吹かせるには絶対に必要な条件なのだから! どうぞ!」
『わかってるよ! キリカ先生もくまモンさんも、全力で急いでるから! 待ってて! どうぞ!』
「了解したわ。本当、気を付けるのよ」
天津風が付け加えた言葉に、那珂ちゃん本人が返事をしてくる。
どうやら向こうも移動速度を上げているようで、呼吸が弾んでいる。
とりあえず放送局に待機している天津風たちとしては、彼女たちの遠征の結果を待つしかない。
「あー……、ようやく、片し終わったよ。あのロボット……」
そうして通信を一旦終えたところで、再び放送室の扉が開かれる。
そこには肩で息をする、疲労した様子のヒグマが立っていた。
ヒグマ帝国の建築班の一員だった、穴持たず96クロード、もといアイドルオタクのクックロビンである。
機械油にまみれ、何やら鋼板でできたものを携えている彼に、食事をしていない天津風が一番最初に声をかけた。
「ああ、左官さん、お疲れ様、どうだった?」
「いやぁ、あの白黒のロボットは中の基盤系もバッテリーも全部めちゃくちゃだったよ。電力の足しには、なりそうにないかなぁ……」
「『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』はそういう攻撃だから……。期待はしてなかったけど、残念ね」
ベッドに横たわり漫然とお粥を口に運んでいた美琴が、溜息と共に呟く。
擬似メルトダウナーのバッテリーと全能力を振り絞って数多のモノクマを破壊した美琴の『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』とは、高密度に収束したマイクロ波により、相手の回路や内部組織に高熱をもたらし焼き溶かす、無音の砲撃だ。
モノクマ自体のバッテリーがその攻撃で使用不能になるのは当然の効果であり、電力を少しでも確保したかった美琴たちの足しには、ならないことになる。
それでも、僅かな可能性を放置していくわけにもいかず、ゆくゆくはアイドルのためになるかもしれないとひたすら仕分け作業に従事してくれていたクックロビンの努力は、十分に一同が感謝して然るべきものだった。
そこでキュアドリームが粥を頬張りながら、モノクマの鋼板で作られたボウルをにこやかに掲げる。
「でも、外の板は使えたんだよね? この器、とってもおしゃれだよ!」
「ああ、それなら良かった。とりあえず、スクラップと鋼板とに分けて裏に整理しておいたんで、後はよろしく……。もう疲れたわ……」
「ん、ご苦労様。お湯でも浴びてきたら?」
クックロビンは、のぞみからの褒め言葉にも疲労した表情のままだ。
もともと初春飾利からの依頼で製作してみた余分なものなので、それで感謝されても、クックロビンは疲れが癒えるほどの元気など出ない。
その様子を見かねて、美琴がスプーンで彼を放送室の外に促した。
彼もそれに頷くが、シャワールームに向かう前に、彼は脇に抱えていたものを出しながら半地下に降りてくる。
彼にとって、初春からの依頼や手伝いが、まるっきり無駄だったわけではない。
「あー、その前に、天津風ちゃん、だっけ?」
「ええ、私に何か用?」
きょとんとする天津風にクックロビンが手渡したのは、流線型の板の下に車輪のついた、小さな乗りものだった。
「ちょっと端材で作ってみたんだけど、どうかな?」
「これは、『ソリ』?」
「ソリというか、『スケボー』かな。流石にその状態じゃ、動き辛いかなあと思って……。
何か助けられることがあれば、と……」
大怪我をした状態で初春を救い届けて来た天津風の姿は、クックロビンに得も言われぬ感情を呼び起こさせていた。
自分のせいで無惨にも死んでしまったパクやハクたち同僚の姿が、否応なく眼前にチラついたのだ。
そして死の間際にも、自分をどうにか更生させようとしたコシミズの言葉が、思い出された。
可哀想だ、というのとは違う。
申し訳ない、という思いでは足りない。
むしろその感情は、悔恨にも、熱情にも似ていた。
下半身を吹き飛ばされてなお平然と、天津風は気丈に奮戦している。
クックロビンの大好きな星空凛と、そう変わらぬかむしろ年下に見える少女がだ。
そんないたいけな少女が戦えているのに、自分は何もしないのか――?
星空凛がこの島で、血と汗にまみれてもがいているのかも知れないのに、自分はそれを無視するのか――?
そんなことは、できるはずがない。
その頑張りに追いつきたい。その歩みを支えたい。その姿を応援したい――。
そんな、アイドルを追っかけている時に似た興奮と切望が、クックロビンにはあった。
だから彼は、少しでも天津風の助けになるかもしれないと、彼の数少ない取柄であるデザイン性を用いて、彼女に特製のスケートボードを作っていた。
しかし、そのスケボーを手に取ってじっくりと構造を検分している天津風の真剣な表情に、クックロビンには徐々に不安と自信の無さが込み上げてくる。
「あ、いや、ごめん……、時間と資材の無駄だったかも、また……」
「……良い腕してるじゃない左官さん! これはいい風に乗れそうだわ!」
そうして彼が呟きながら俯こうとした途端、天津風が快活な笑顔と共に片手で跳ね上がり、彼の肩を力強く叩く。
そしてもらったばかりのスケボーを携え、彼女は壁からスムーズに車輪を滑らせて、放送室の床へそよ風のように着地する。
「車軸もしっかりしてるし、いいわねこの乗り物。本命の子に送っても喜ばれるんじゃない?」
「え、ほ、本当!? やった! そ、そうなんだよ、本当は凛ちゃんとかが乗るとカッコイイかな、とか思ってさぁ!」
「クックロビンさん、頑張ってましたもんね」
実のところ、モノクマから切り分けた資材を何かに再利用するというのは、クックロビンが初春から器作りを依頼されてから思いついたアイデアだ。
ゆくゆくは推しのアイドルに、それが何らかの助け舟となるかもしれない――。
例えそれだけではならずとも、必ずや助け舟を作れるまで、試行錯誤を繰り返してみる――。
そんな決心のきっかけになったのが、このスケートボードだ。
そして、天津風に後押しを受けたその喜びは、クックロビンの疲れを吹き飛ばして、彼の表情や雰囲気から燦然と溢れ出た。
「ええ、カッコイイわよ。あなたクックロビンさんっていうのよね。
鋼板まだあるなら、折り曲げて銛作ってくれる? 多ければ多いほどいいわ。それで私も戦えるから」
「任せて任せて!! 銛ね!? 魚突く感じでいいよね!? 裏で作っとくから! 何でも言ってね!!」
そして彼はそのまま、まさに追い風を受けたかのように軽やかに、放送室外へスキップを踏んで駆け出して行く。
その背中を見送りながら、女性陣はほっこりとした様子で微笑んでいた。
わかりやすい恋心を抱きながら頑張っている男子の姿というものには、それが異種族であったとしても、どことなく可愛らしさを感じるものなのだろう。
「……そっかそっか、例の星空凛ちゃんっていうのが、クックロビンさんの希望の光だったね」
「提督然り、好きな子がいる男ってのは概してあんな感じよね。すぐわかるわ」
「クマーが持ってた写真に、いたからねぇ……」
「そのアイドルさんも、生きて放送に返事をして下さるといいですね……」
そして彼女たちは微笑んだ後、真剣な表情で目を見交わし、頷き合った。
こうして遅い昼食を摂っている間にも、どこで誰が戦い傷ついているかわかったものではない。
進み始めたクックロビンの思いを挫折させないためにも、自分たちの放送は絶対に急がねばならないのだ。
そう美琴たちが重く再認識した時、彼女が広げている感覚網に、一陣の殺気が紛れ込んでくる。
「……ちょっと待って。何か『天網雅楽(スカイセンサー)』に引っかかったわ……。
ラジコンみたいな小さな飛行機の……、編隊?」
《A-6 崖 PM16:00頃》
その直前、美琴たちのいる『HHH(ヒグマ島希望放送)』からそう離れていない南方の空を、一機の超小型飛行機が急ぎ飛んでいた。
その飛行機、富嶽に搭乗するパイロットは、眼前に開ける夕暮れの海を確認して、ようやく息をつく。
薄黄色に傾く大きな太陽に目を細めながらも、まだ彼には、その景色を楽しめるほどの余裕はない。
「……よし。とりあえず島の最西端まで逃げることはできた……」
彼の名は安室嶺。
穴持たず56、コロポックルヒグマとも呼称されたことのある、小柄だがれっきとしたヒグマである。
彼は身を覆う物体を念動力で操る能力を有し、その熟練の技術をフル活用して、ある修羅のような少女の猛攻からなんとか逃げ延びて来たところだった。
「ここからどうする? 一旦地下に戻るべきか、地上で生存しているヒグマを探すか……。
いや、地下は駄目だな……。シバさんですらあの人間のメスのような艦これ勢に蹂躙されたんだ。
状況を知らない自分が単独で降りても、生還できる目算が立たない……」
ここから1キロ程度北上すれば、地下へ通じる海食洞がすぐそこにある。
しかし、今朝シバと別れて以降、地下のヒグマ帝国の状況は安室嶺の考えもつかぬ変化をしているだろうことは明らかだった。
本能的にも論理的にも、安室はここで地下に戻ることは危険だと感じている。
となれば残るは、地上で人間に殺害されていないヒグマを探し出し、仲間となる他に無い。
「……だけど、今いったい何頭のヒグマが生き残ってるんだ?
なんで放送は死んだ人間しか知らせないでヒグマは教えてくれないんだ……。不公平に過ぎる。
そもそも地下で放送室が破壊されたらしい以上、今後の情報は期待できない……。
ならば……、ラマッタクペ先輩か? 頼れる情報は彼くらいしかいないよな……」
地上で生き残っているヒグマを探すにしても、いったい彼らがどこに潜伏しているのか、安室には知る手段がない。
穴持たず39ミズクマには海上ならばいつでも連絡が取れるが、地上に進んで来てはくれない以上、選択肢としては論外だ。
ここで安室の情報源として最も望ましいのは、魂を感じ取る能力があると自称している、キムンカムイ教のラマッタクペだ。
STUDYが参加者管理の一環としても使おうとしていた彼の生命体追跡能力ならば、今の生存者が誰でどこにいるか、知ることはとても容易い。
問題は、そのラマッタクペの居場所すら、安室にはわからないということだ。
「……高度を上げて、広範囲を鳥瞰できるようにするか。
ヒグマ一頭を視認はできなくとも、何か目立った動きや戦闘が勃発しているなら、気づけるかもしれない」
暫く滞空して彼が出した結論としては、このまま高度を上げつつ低速で移動し、地上の異変を探ろうということだった。
彼はそうして徐々に、数十メートルだった高度を、2000メートル以上にまで上げてゆく。
この島は小さな島だ。
飛行に適した1万メートル付近まで上がってしまうと、島全体がほんのちっぽけな四角にしか見えなくなり、地上の様子を知ることなどとてもできない。
広さと視認性の兼ね合いを見極めながらギリギリのところで彼が地上を観察したところ、日中から変わっている明らかな異変は確かにいくつかある。
まず、北の森一帯が赤黒く変色し、枯れ果てている。何かの薬剤が散布されたのかとすら思えるが、見当もつかない。
そしてその手前で、氷漬けになっていた百貨店が崩れ落ちている。何か大規模な特殊戦闘があったということだ。
また、ここから東、火山の西の麓にある温泉が、枯渇している。地面が割れて、水が全部地下に流れ落ちているものらしい。
火山の南側の街では、住宅からいくつか火の手が上がっている。誰かが最近放火したものらしい。
擬似メルトダウナー工場は、かすかに煙が上がっている。ガス管か何かが壊れたようだが、それでももう既に鎮火しているようであるため、だいぶ時間がたっているのだろう。
安室が逃げて来た総合病院は、崩れ果てたままだ。あれ以降の大規模な動きは、この高度からでは確認できない。
「くっそぉ……、ヒグマや人間程度のサイズのものは、よっぽど激しく動いてないとわからないなぁ……。
ヒグマの中じゃ割と眼は良い方なんだけどな……」
北から南東までざっと観察して、安室嶺は溜息をつく。
これ以上地上の詳細を知るなら、どうしても高度を落とす必要があるだろう。
しかしそれだと見える範囲が自ずと狭まるため、ある程度の見当をつけてからでないといけない。
南に何も無ければ、恐らく戦闘が起こっているのだろう火の手の上がる街に行きたいところだったが、そのためには、折角逃げてきた総合病院の上空をもう一度通過することになる。
迂回するべきだろうか――。
と、そう考えながら、安室は富嶽の機首を南に回す。
その瞬間、機体のレーダーに反応が映った。
「なに……!?」
それは、機影だった。
南方から、わらわらと雲霞のように、レーダーの画面に続々と機影の大群が映りこんでくるのだ。
ハッとして南方の地上を見やれば、島のほぼ南西の端に、何かの木の根に蹂躙されて破壊されていた施設の跡地が見える。
「な、な、なんだあれは……!?」
そしてその施設は、安室が遠目に見ても分かるほどの猛烈な速度で、解体と再構成が行われているようだった。
そこから飛び立ってくる小さな飛行機の群れは、自分が今搭乗しているのと同じ、戦略爆撃機『富嶽』である。
それが指し示す事実は、先だって彼を襲い、総合病院で暴虐の限りを尽くしていた瑞鶴という少女が、その場所を拠点としてしまったということだった。
「――デタラメにもほどがある!! あの人間がもう体勢を立て直して機体を飛ばしてきている!?
あの拠点の整備速度は何なんだ!? 信じられない……!! この島の人間はバケモノか!!」
安室は恐怖に震えた。
なぜならばもう既に、彼は瑞鶴の感知網に引っかかっていることになるからだ。
安室の乗る富嶽のレーダーに瑞鶴の操る機体が映っているということは、同型機である向こうからも、安室の機体が察知されているということに他ならない。
案の定すぐに、安室の機体には通信が繋げられてくる。
『――“瑞鶴”』
「何だ……!? この通信は、合言葉か……?」
敵編隊の富嶽を通して投げられてきた不可解な単語に、安室は息を詰める。
シチュエーションから考えて、それは間違いなく合言葉だ。
つまり相手は、同じ富嶽に乗る安室を、不自然とは思いつつも敵だとは認識しきれていない。
それはつまり、瑞鶴の思考統一が不完全であることを示している。
思えば、安室が多数の富嶽を落としていたにも関わらず、思考リンクをして中のヒグマを操っているらしき瑞鶴にほとんど影響がないようだった時点で、その不完全さは明らかだ。
搭乗するヒグマたちも、安室の奇襲にはほとんど反応できないでいた。
もし完全に瑞鶴の思考が機体の隅々に行きわたっているなら、即座に臨機応変な戦闘ができる分、撃墜された際のショックは瑞鶴本人の精神と肉体にもフィードバックされるだろう。
意識的にか無意識的にか、瑞鶴はそのフィードバックダメージを避けるために、一機一機の操作精度を落としても、操作する機体の数を水増ししているものらしい。
それは確かに、安室が付け入れる隙に思えた。
だがしかし、ここで合言葉に答えられるかどうかとそれとは、完全に別問題だ。
『もう一度聞く。――“瑞鶴”』
「駄目だ。分かるわけがない。これはもう、先手をとるしかない……!!」
訝しげに二回目を問われた時点で、安室は味方機のフリをする考えを諦めた。
そして彼は通信に答えることなく、南から近づいてくる富嶽の編隊に、自分から急加速して接近する。
そのまま編隊の先頭に機銃を叩き込み、撃墜の爆発に紛れて垂直に急上昇する。
何が起こったかに反応できないでいる編隊のド真ん中をそして、安室は爆弾投下用のハッチを開きながら、ヴァーティカルローリングシザースにて突っ切った。
垂直降下しながら高速回転する富嶽の腹からは、そのまま遠心力で多数の爆弾が散布され、周辺の機体を悉く爆破せしめ、編隊を一機残らず撃墜する。
直後、安室の通信には、怒り狂った瑞鶴の声が響いてきた。
『やっぱりあの時の深海棲艦かァァァ!! “瑞鶴”と言われたら“万歳”だろォォォ!!』
「知るかァァァ!! 腰椎の間から飛び出してヘルニアになってしまえ“髄核”ゥゥゥ!!」
安室はその通信に同じテンションで捨て台詞を吐き、そのまま急旋回して北に逃げた。
その途端南の拠点からは、再び何十機もの富嶽が編隊をなして飛び上がり、安室を猛追してくる。
安室の機体は、総合病院からの逃走と、今の曲芸飛行とで、燃料とエンジンに相当な消耗を来していた。
万全な状態で追ってくる後方の富嶽とは、同型機とはいえ、明らかに速度差ができてしまっている。
追いつかれるのは時間の問題だった。
「まだ本隊じゃない……! にしても、今この物量だけでも応戦は無理だ……!! 逃げ切れるか……!?」
安室は全速力でエンジンをふかしながら、焦って周囲を見回す。
身を託す風は、どちらに吹いているのか?
見回しても見回しても、ゴールも目的地も見えはしない。
しかしそれでも彼の魂の構えは、彼の瞳に、その初めからある忘れられた場所を映した。
「――『HIGUMA』だッ!!」
ハッとして彼は、視界の隅に覗く、僅かな景色の違和感に気づいていた。
そこは早朝から何者かに破壊されていた運動施設であり、彼が海上で巡視していた時には、既に人気も何もない荒れ果てた廃墟になっていたはずだった。
しかしヴァーティカルローリングシザースで下がった高度のままよく見てみれば、そこには一点、確かに午前中とは変わっているものがある。
「あのアスレチック……! 廃墟のままみたいだが、違う!
槍で柵が張られて、改造されてる!! 誰か――、誰かがいるんだ!!」
そしてその廃墟の上には、何かたなびく端切れがある。
遠目には風に揺られる、ただの薄汚れたシャツの切れ端だ。
HIGUMAに残っていた物資か、そこにいた人間の着ていた服が、爆風で吹き飛び引っかかっただけなのかもしれない。
しかしそれは安室の眼に、間違いなく誰かの存在を示す、『旗』として映った。
そこにいるのは、人間か? ヒグマか?
もしこの恐ろしいメスのような人間がそこにもいるのならば、安室嶺には前門の虎後門の狼だ。
安室が死力を尽くして戦ったとしても、相手を殺せるのか、生き延びられるのかすらわからない。
それでももう悲しい死を増やさないために、この戦いで安室たちヒグマは負けるわけにいかない。
そうだ。
もしそこにいるのが、シバやロスたちオスのようなヒグマならば、安室嶺とはきっと志が通じる。
思いを理解し、力を合わせて戦い、ヒグマ帝国の思想を叶えることができるだろう。
それは賭けだった。
そこに一体何が待ち受けているのか、安室嶺にわかるはずもない。
それでも彼はそこに一縷ののぞみをかけて、『HHH(ヒグマ島希望放送)』の建物へと、追手を引き連れたまま飛んでいた。
《C-6 総合病院の近く PM16:15頃》
「これは絶対絶命混迷困惑……。何があったんだこの病院は……?」
その時、那珂ちゃんの視界を通してあたりを見回していた呉キリカは、率直に驚きを口に出した。
目の前にそびえていたのは、完全に崩れ落ちた総合病院の瓦礫だった。
その瓦礫には、なにか複数の異質なロボットの破片を思わせる、金属やプラスチックでできた、巨大な装甲や手足のような部品も散らばっている。
またそこでは、まだ新しい大量の血液が、いたるところで血だまりをつくっていた。
想像を絶する激しい戦いがあったのだろうことは、はっきりとわかった。
「さっき感じてた魔女がやったのか……? 死体はどこに……?」
――何にしても、これでは、バッテリーなんてとても……。
ヒグマ島希望放送から急ぎ総合病院まで駆けてきたくまモンと那珂ちゃん、呉キリカの一行は、動くものの何もないその惨状に、たじろぐしかなかった。
完膚なきまでに破壊されている病院からは、個人の力ではどう見ても機材など持ち出せそうにない。
その様子を察してか、御坂美琴から、焦ったような疲れたような気だるい声で通信が入ってくる。
『……一体何があったの?』
「病院が完全に崩れ落ちてる。なんか、巨大ロボットか魔女かヒグマか参加者か、よくわからないが大規模な戦闘があったらしい。
流れてる血の量からして、少なくとも2、3人は死んでる……。でも、なんで誰もいないんだ? 死体すらない……」
信じがたい光景ではあったが、不自然なことはいくつかあった。
まず、ここには血痕はあっても死体がない。
そして、最終的に戦いを制したのだろう、生存者の姿もない。
キリカは、那珂と一緒に同じ脳味噌で思考を巡らした。
『間に合わなかったのね……』
「とにかく戦いがあったのは確かだが、その魔女を倒した奴は生きてるはずだ。
魔女の反応が消えたのはついさっきだから。そいつがどこにいったのかわかれば……」
――ちょっと匂いをたどってみるモン。
『お願いするわ。バッテリーは工場の方で探してみて』
ここから推測できるのは、生存者が魔女を倒した後、仲間の死体を回収してどこかに立ち去ったということだ。
そうして、くまモンが地面に鼻を寄せて生存者の臭いを探ろうとし始めた時だった。
突然、東の方から巨大な爆音が響きわたる。
『な、何今の音!?』
「――爆発!? 工場の方だ!」
方角と距離からして、間違いなく、第二目的地であった擬似メルトダウナー工場からであった。
空振を感じた直後、見上げた空に、もくもくと黒煙が立ち上るのが見えてくる。
確かにそちらでは、今までもかすかな煙が上がってはいた。
しかし今度は、それとは違う本格的な爆発だった。
ガス管の一部ではなく、ガスタンク本体から火の手が上がったと思われる衝撃だった。
そして唐突に、那珂ちゃんは口から叫び声を溢れさせる。
「『ザ――――――――』!?」
――なんだモン!? 今の砂嵐みたいな声は!?
那珂ちゃんは零れた騒音に自分で驚き、慌てて口を押える。
突然、ヒグマ島希望放送と繋がっていた通信がノイズまみれになったのだ。
「あ、あれ、高級技官殿? 御坂高級技官殿? 美琴さん?
あれ? ――なんでつながらないの!?」
――爆発のせいで電波が乱れてるのかもしれないモン。とにかく、行くしかないモン!
「そ、そうだね! 生存者が向こうに行ったのかも知れない!」
まだ新しい血痕の状態や、ソウルジェムの反応の消失時間からして、総合病院の魔女を倒した人物は、そう遠くには行っていないはずだった。
だとすれば、隣のエリアの工場でそのまま別の戦闘に巻き込まれていたとしてもおかしくはない。
そう考えて、ふたりは走り出す。
崩れた総合病院のさらに地下に、その人物が降りているのではないかという考えには、くまモンもキリカも那珂ちゃんも、至らなかった。
《A-5 滝の近く(『HHH:ヒグマ島希望放送』) PM16:15頃》
那珂ちゃんたちが総合病院に辿り着く少し前から、ヒグマ島希望放送の内部は騒然としていた。
御坂美琴が、自分の形作る電波の網に引っかかった謎の飛行機の編隊を、分析していたのだ。
「すっごく小さな、ラジコンみたいな飛行機だわ……。でもすごく精巧だし……、爆弾や銃を積んでる。これもまたすごく小さいヤツだけど」
「それは本当? なら、十中八九、私たち艦娘の使役している艦載機だと思うわ」
「そうなの? 天津風さん、相手方と連絡は取れる?」
「そうね、通信回線を一部拝借していいかしら? 帯域を航空機の移動局に合わせてもらえれば、私から電信を送るわ」
「近距離だから……、なんとか今の電力でもいけるかな……、いいわ。どうぞ」
美琴の描写を受けて、天津風は味方機であることを期待して、通信をしてみることを提案した。
初春やのぞみが見守る前で、スケートボードで軽やかにマイクへ近寄った天津風は、送る文面を思案する。
「えーっと……、じゃあ、平文は流石に怪しまれるでしょうから、普通の暗号で」
そうして少し考えた後、彼女は『安全電信暗号』のコードを用いて、単純な挨拶文を送ることとした。
「『アアヘソ、アイマリ、アアノス(ご挨拶申し上ぐ。証、挨拶せられたい)』」
『なに!? 何なのこの謎の電信は!? あ、今逃げてる機体と深海棲艦の暗号通信ね!?』
しかし放送席のマイクに向けて天津風が語り掛けた直後、スピーカーからは大音声で、驚きと恐怖に染まった少女の絶叫が放送局中に響き渡った。
ハウリングにしばし室内の一同は耳を押える。
「――っっ、そ、その声はもしかして瑞鶴?
昭和19年の暗号なんだけど……。ああ、あなた沈んだのも19年だっけ、ごめんなさい」
天津風はその声の主を察し、よろよろと体勢を立て直した。
瑞鶴が沈んだのは1944年で、天津風は1945年だ。沈没した年にできた暗号で送られても馴染みがなかったのかもしれない、と天津風は軽く謝罪する。
しかしその言葉で、通信先の相手は、さらに驚愕と狼狽を強めた。
『何で私を知ってるのよ――!! やっぱりこの島産の深海棲艦ね!?』
叫び声の音圧と震動で、横たわる御坂美琴は気持ち悪さに顔を青くしていく。
耳を自力で塞げない彼女の代わりに、初春が自分の身を省みず必死にそこへ手を当てる。
予想外の瑞鶴の怒気に、天津風はまごついた。
「な、なに言ってるのかわからないけど、私は天津風よ?」
『天津風!? 天津風があんな謎の言葉を話すわけないわ――!!
深海棲艦が、通信を傍受されたのに焦って艦娘のフリをしてるんでしょう!!』
語気に滑った天津風の下からスケートボードが転がり、背後の荷物や棚に衝突してがらがらと音を立てる。
その正体不明の音によって、通信先の瑞鶴はさらに警戒心を強めたようだった。
腕だけで放送席に何とか這いあがり、天津風は何とか最後まで彼女を宥めようと、試みてはみた。
「……い、いや、傍受されたも何も私からあなたに送ったんだけど?」
『だまされないわ!! どこにいる!! 深海棲艦は絶対に沈めてやるわ!!』
全く話を聞かぬ、一方的な殺意の籠ったその叫びに、耐えきれなくなったキュアドリームが通信の回線を落とす。
それでようやく、暫くのハウリングを残した後、瑞鶴という少女の怨嗟の言葉は鳴りやんだ。
マイクのスイッチを切り、しばらく息を整えて、結局天津風は、諦めた表情で周囲の一同に声を掛けた。
「うん……、こりゃダメかも。アレだわ初春さん、たぶん大和みたいになってる」
「ええ……、その、瑞鶴さんというのも、アレみたいになってしまったんでしょうね……」
「……大和って、佐天さんたちに襲いかかったっていうその、……アレ?」
「それって、あの誰彼かまわず襲って来た、ランスロットさんみたいなの……?」
「わかりませんけど、たぶんそういうのです」
瑞鶴の雰囲気は、天津風と初春に、つい先ほど百貨店に襲撃してきた戦艦ヒ級もとい大和の姿を思い出させた。
百貨店の死闘を話には聞いている美琴とのぞみも、慄然としてその通信先の相手の恐ろしさを思い描く。
会話を試みるのは諦めるべきだろうと、一瞬にしてその場の誰もが思っていた。
「……ごめん天津風さん。ちょっと那珂さんたちの方も気になるんで、もう回線いい?」
「ええ、何にしても、ここが発見されたら空爆を受ける。この固定局が三角測量で割り出される前に落としましょう!」
「わかった! 私が何とかする!」
「ありがとう夢原さん。相手はほぼ真南。先頭に1機。約100メートル離れて48機が群がってる」
美琴がそのままぼそぼそと「間に合わなかったのね……」「お願いするわ。バッテリーは工場の方で探してみて」などと呟いている間、キュアドリームがすっくと立ち上がる。
初春は慌てた。
果たして夢原のぞみに、それどころか今のこの放送局に、そんな航空機の大群を捌けるだけの武装があるのか、わからない。
「何とかって、どうするんですか!? それに落とせたとしても、相手に場所を知られるんじゃ……!?」
「対空装備のアテがあるの?」
「大丈夫。美琴ちゃん以外にこういうことできるの、今は私だけだから、代わりに頑張るよ」
言いながら彼女は初春と天津風ににっこりと微笑みかけた。
そして半地下の窓を開け、身を壁際に寄せたまま、キュアドリームはそこからクリスタルフルーレの剣先をライフルのように構える。
南の空には、遥か遠くに、かすかに黒い鳥の群れのような小さな点の集まりが飛んでいるようだった。
眼を眇めてその彼方を、あたかも熟練のスナイパーのようにキュアドリームは狙っていた。
「『プリキュア・スターライトソリューション』……」
そして夕空と同じ色をした細い光が、彼方の空を密やかに穿つ。
何か一瞬の煌めきが幾条も空に輝いたかと思った次の瞬間、遠くを飛んでいた飛行機の編隊は次々と地面に落ちてゆく。
クリスタルフルーレから放たれた、視認困難な熱線の光条が、数多の飛行機を一機残らず撃ち墜としていた。
「す、すごい……」
「マナちゃんを救うためには、このくらいできないと。ちょっと確認に行ってくるね」
「え、ええ……、お願い」
御坂美琴が、かの常盤台の超電磁砲が、自分の代わりに防衛を頼んでいるのだ。
屈託なく微笑んで外に出てゆく夢原のぞみの実力の確かさを、初春飾利や天津風は興奮と共に目の当たりにした。
しかしその時、もはや回線を開いていないはずの瑞鶴からの声が、放送室のスピーカーに響き渡ってくる。
『やっぱり深海棲艦ね――!! こうなったらただじゃおかないわ!!
こんなちゃちな島の通信網なんて、根こそぎ攪乱してやる――!!』
「な、何今の音!?」
瑞鶴と美琴が叫んだのは、ほぼ同時だった。
『ザ――――――――』
そしてその直後、通信からは、ただ粗雑なノイズが聞こえるのみとなってしまう。
美琴が悔しそうに、無事な右手で放送室の壁を殴った。
天津風がその耳障りなノイズに顔をしかめながら、スピーカーのボリュームを落とす。
「うわ、すごい電波妨害ね……。欺瞞紙(チャフ)でも撒かれてるのかしら」
「いや……、チャフじゃない。通信妨害(ジャミング)だわ。
ああもう、なにその電力……! こっちに分けてよそれ!!」
「今の声なに!? どういうことなの!?」
外に確認に行ったはずのキュアドリームや、作業していたクックロビンまでもが、余りの騒ぎに裏の半地下の窓から顔を覗かせてくる。
瑞鶴が回線に関係なく、手あたり次第に電波をぶちまけたのだ。
全周波数帯に氾濫する乱雑な妨害電波は、電力不足の美琴の脳波を容易く押しのけ、通信を阻んでしまっている。
「たった今、那珂さんたちが、工場が爆発したのを目撃したわ! 病院も壊されてた!
なんでこのタイミングで通信が潰されるかなぁ……!!
ああぁぁ……もう、後手後手だわ……、くっそぉぉ……!!」
がりがりと頭を掻きながら、御坂美琴は疲れ切った体で悶絶する。
そんな友人をさすりつつ、初春が不安な声を漏らす。
「那珂ちゃんとくまモンさんは大丈夫でしょうか……」
「病院が破壊されていたっていうのは……、あの江ノ島盾子の仕業かしら?
だとすると爆発のあったっていう工場も、電力を欲しがってる私たちの動きを先読みしたっていう可能性が高いわね……」
滑って行ってしまったスケートボードを回収しつつ、天津風が思案を巡らせる。
その呟きに、精神も摩耗寸前の美琴が半泣きになりながら弱音を重ねてゆく。
「工場のバッテリーが破壊され切る前に間に合う……? 生存者は助けられるの……?
それよりもまず、無事に戻ってこられるの……?」
江ノ島盾子や、正体不明の狂った艦娘に、悉く計画の行く手を阻まれているのだ。
美琴には主導者としての重圧や、半身不随になりかけるほどの肉体的損傷もあってほとんど限界だ。これで悲観的になるなという方が無理だろう。
「瑞鶴の居場所もさっさと見つけて、沈めなきゃいけないわね……。
本当に大和みたいになってるんだったら、一切の情けも躊躇も、いけないわ……」
天津風にも、そんな美琴の弱音を拭い去れるほどの言葉はかけられない。
ただ彼女は今一度、するべきことを冷徹に整理するのみだ。
その様子に、窓から覗いていたキュアドリームがキッと顔を引き締める。
「クックロビンさん! 今の聞いてたでしょ? 一緒に来て!!」
「え? 俺!?」
「瑞鶴にこれ以上こちらの情報を与えたくない。私からも頼むわ。念を入れて確認してきて。
私は上のアンテナから旗を降ろしてくる。安全が確認できるまでは良い的になってしまうもの」
キュアドリームに連れて行かれようとするクックロビンへ、半地下から天津風も声をかける。
その返事も聞くか聞かないかのうちに、夢原のぞみはプリキュアとしての力で、まごつくクックロビンを野球場の外へ引っ張ってゆく。
「なんでそんなに急いでるんだよ! もう全部墜としたんだろ!?」
「コクピットは外して撃ったから! もし誰かが乗ってたら、助けなきゃ!」
「ふぁ!? マジかよ……!?」
クックロビンは自分の耳を疑った。
この少女は、計49機にのぼる、ラジコンほどの大きさしかない小さな飛行機を、1キロ近く離れた先から、コクピットを外して撃墜したという。
確かに相手は敵かも知れず、情報を漏らしてはいけないのかも知れないが、それでもその命は救いたい――。
そんな考えが、夢原のぞみにはあったのだろう。
クックロビンは彼女の底知れぬ実力と優しさに舌を巻いた。
「というか、アレだろ!? ついさっきの狂った女の子みたいな奴らだろ!? 助けられるわけないじゃん!」
「マナちゃんは絶対に助ける!」
そして呆れ交じりに反駁した彼の言葉に、キュアドリームは走る足を止めて振り向いた。
「……ランスロットさんを、私は助けることは出来なかった。さっきも、マナちゃんを確かに助けられなかった。
でも私はまだここにいるし、マナちゃんもきっと生きてる! きっと次は救える!」
「いや、生きてちゃダメだろあんなの!?」
「生きてちゃダメな人なんて、救われちゃダメな人なんて、いない!!」
真剣に語る彼女の表情は、切実だった。
常人とは思えない彼女の気迫に、クックロビンはたじろぐ。
というよりもクックロビンはもはや、この場で出会っている全ての少女が常人とは思えなくなってきている。
「私もみんなもマナちゃんも、ずっと同じじゃないの! 昨日の自分より!
一時間前! 一分前! 一秒前! 生きていればそんな自分より、もっといい自分になれるはずなんだから!!
あなたもそうでしょう? ねぇ!?」
気圧すような勢いがありながらも、彼女の言葉はクックロビンの胸に沁みわたってくるようだった。
それは、その言葉の内容が、クックロビンにとっても実感のあることだったからだ。
今のクックロビンは、恐らく間違いなく、数時間前の放蕩していた自分とは、違う。
そして一秒後、一分後、一時間後、明日には、死んでいった同僚や自分の推しメンに顔向けのできるくらい、もっといい自分に変わっていたい。
そんなのぞみが、彼にはあった。
「……そう、かもな」
「……でしょ?」
ふたりはそう頷き合って、廃墟の城の南を目指した。
「つぅっ……、何だったんだ今のは……、恐ろしく精確で静かな狙撃……?
どこから撃たれた? ここの飛行機を纏めて、全部一瞬で撃ち抜くなんて……」
安室嶺たちの搭乗していた富嶽は、動力部だけを正確に撃ち抜かれ墜落していた。
咄嗟にパラシュートで脱出できたのは安室嶺だけで、瑞鶴に操られているその他のヒグマたちは瑞鶴本体の反応が間に合わず墜死している。
そこには数え切れないほどのミニチュアの富嶽とヒグマが潰れ、濁った花畑のような様相を呈していた。
崖のほとり、東の温泉から流れ出すせせらぎが滝となり音を立てているほど近くに広がった不可解な光景を前にして、安室嶺は呆然と立ち尽くす。
とにかく助かったことは確かだ。
しかしこの近くには、その安室嶺たちを纏めて狙っていた狙撃手がいるはず――。
彼の思考がそこまで辿り着いた時には、既にその人物は、息を弾ませて彼の元に走り寄って来ていた。
「わぁ、ヒグマさんだぁ! ちっちゃなヒグマさんが生き残ってるよ、クックロビンさん!!」
「え、あぁ! シバさんがコロなんとかとか言ってた先輩だ! 確か安室さん!?」
桃色の長い髪と、ピンク色の鮮やかなドレスを振り立たせ、その少女は生存していた安室嶺に向け、満面の笑みを見せる。
彼女と、そして呼ばれて後ろから追いついてきたヒグマとに、安室嶺は驚きの声を上げた。
「な――、お前はカーペンターズの……。ヒグマが人間と一緒にいるのか!?」
屈みこんで微笑んでくるキュアドリームの笑顔と、指差してくるクックロビンの素っ頓狂な顔を交互に見比べて、安室嶺は戸惑った。
天津風に降ろされていく『HHH(ヒグマ島希望放送)』の旗の中では、ゆるキャラが指を立てて、笑っている。
【A-5 滝の近く(『HIGUMA:中央部の城跡』)/夕方】
【穴持たず56(安室嶺)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ、行きまーす。
0:ガンダムを食らいヒグマの意志を奪うあのメスのような危険な人間は、排除しなくては……!
1:海上をパトロールし、周辺の空中を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て殺滅する。
2:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
3:唯ちゃん……、もう君のような死者を出したくはない……!
4:墜としてしまった飛行機乗りのヒグマたちよ、君たちを惑わせたあのメスは、いつか必ず殺してあげるからな……!
5:地下で異変が起こっているのは、ある程度真実のようだな……。
[備考]
※シバから『コロポックルヒグマ』と呼ばれる程の、十数センチほどしかない体長をしています。
※オーバーボディなどの取り巻く物体を念動力で動かす能力を有しています。
※シバから『熟練搭乗員』と呼ばれるほどに、様々な機体の操作に精通しています。
※シバに干渉されていたため、第二回放送前あたりまでのヒグマ帝国の状況は認知しているでしょう。
【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:能力低下(小)、ダメージ(中)、疲労(大)、左手掌開放骨折・左肩関節部開放骨折(布で巻いている)
装備:ゴシックロリータの衣装、伊知郎のスマホ、宝具『八木・宇田アンテナ』
道具:ペットボトル、お粥
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:もう電力は底をつきかけてるのに……。どうにかしてよ……。
1:よかった……、初春さんを助けられて……。
2:島内放送のジャック、及び生存者の誘導を試みる
3:完全武装の放送局、発足よ……! 絶対にみんなを救い出す……!!
4:佐天さんは無事かな……?
5:相田さん……、今度は躊躇わないわよ。絶対に、『救ってあげる』。
6:黒子……無事でいなさいよね。
7:布束さんも何とかして救出しなきゃ。
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が低下していましたが、かなり回復してきました。
※『超旋磁砲(コイルガン)』、『天網雅楽(スカイセンサー)』、『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』、『山爬美振弾』などの能力運用方法を開発しています。
※『天網雅楽(スカイセンサー)』と『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』の起動には、宝具『八木・宇田アンテナ』と、放送室の機材が必要です。
※『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』は、美琴が起動した際の電力量と、相手への照射時間によって殺傷力が変動します。数秒分の蓄電では、相手の皮膚表面に激しい熱感を与える程度に留まりますが、『天網雅楽(スカイセンサー)』を発動している状態であっても、数分間の蓄電量を数秒間相手に照射しきれば、生体の細胞・回路の基盤などは破壊しつくされるでしょう。
【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、疲労(小)、右脚に童子斬りの貫通創・右掌に刺突創・背部に裂傷(布で巻いている)
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:ドライバーセット、キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ、首輪の設計図
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:良かった! パイロットさんが生きてた!
1:みんなに事実を知らせて、集めて、夢中にして、絶対に帰るんだ……! けって〜い!
2:参加者の人たちを探して首輪を外し、ヒグマ帝国のことを教えて協力してもらう。
3:ヒグマさんの中にも、いい人たちはいるもん! わかりあえるよ!
4:マナちゃんの心、絶対諦めないよ!!
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)
【クックロビン(穴持たず96)@穴持たず】
状態:四肢全ての爪を折られている、牙をへし折られている
装備:なし
道具:なし
基本思考:アイドルのファンになる
0:アイドルを応援する。
1:御坂美琴主催の放送局を支援し、その時ついでにできたらシバさん達に状況報告する。
2:凛ちゃんに、面と向かって会えるような自分になった上で、会いたい。
3:クマーさん、コシミズさん、見ていてくれ……。
4:くまモンさんの拷問コワイ。実際コワイ。
[備考]
※穴持たずカーペンターズの最後の一匹です
※B-8に新築されていた、星空凛を題材にしたテーマパーク「星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド」は
バーサーカーから伸びた童子斬りの根によって開園する前に崩壊しました。
【天津風・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:下半身轢断(自分の服とガーターベルトで留めている)、キラキラ
装備:連装砲くん、強化型艦本式缶、ゴシックロリータの衣装
道具:百貨店のデイパック(ペットボトル飲料(500ml)×2本、救急セット、タオル、血糊、41cm連装砲×2、九一式徹甲弾、零式水上観測機、MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発、予備弾薬なし))
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0:風は吹いているわよ。この先にも進めるはずだわ。
1:あなたも狂ったか瑞鶴。しょうがないわ。こういう縁もあるのよね。
2:ヒグマ提督は、きっとこれで、矯正される……。
3:風を吹かせてやるわよ……金剛……。
4:佐天さん、皇さん……、みんなきちんと目的地に辿り着きなさい……!!
5:大和、あんたに一体何が……!? 地下も思った以上にやばくなってそうね……。
6:あの女が初春さんをこれだけ危険視する理由は何だ……?
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※生産資材にヒグマを使った為、耐久・装甲・最大消費量(燃費)が大きく向上しているようです。
※史実通り、胴体が半分に捻じ切れたままでも一週間以上は問題なく活動可能です。
【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:鼻軟骨骨折、血塗れ、こうげき6段階上昇、ぼうぎょ6段階上昇
装備:叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』、腕章
道具:デイパック(飲料水、地図、洗髪剤、石鹸、タオル)、研究所職員のノートパソコン
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助け、思いを継ぎ、江ノ島盾子を消却し尽した上で会場から脱出する
0:那珂さん、呉さん、くまモンさん、どうかご無事で……!
1:……必ず。こんなひどい戦争は、終わらせてやります。江ノ島盾子さん……!!
2:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
3:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
4:パッチールさん……、みんな、どうか……。
5:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
6:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
7:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。
《D-6 擬似メルトダウナー工場 PM16:30頃》
「……火災はお肌が荒れちゃうなぁ……。お肌どころか、高級技官のためのバッテリーも……!」
――冗談になってないモン。
「だよなぁ。ふざけてる場合じゃないぞ、那珂……」
走りながら、くまモンと那珂ちゃんは重苦しい調子で言葉を漏らす。
崩れた総合病院から擬似メルトダウナー工場に近付いていくごとに、嫌な予感は増してゆく。
そしてその予感通り、擬似メルトダウナー工場は、目下激しい戦闘が行われていた。
工場脇の巨大なガスタンク本体から火の手が上がり、既にそれは工場そのものへと延焼を始めている。
その燃え盛る炎の周りには、ついさっきもヒグマ島希望放送で見かけた機械の残骸が何百何千となく転がっている。
眼にちらつく白黒のロボット――、モノクマだ。
そしてそれらは、工場の中で未だに何体となく起動している。
何者かが、飛び掛かってくるモノクマたちに激しく応戦しているのだ。
「なんなんだテメェらはよぉ!! さっきから次から次に襲い掛かって来やがって!!」
「うぷぷのぷーのぷー! 浅倉クンの快進撃もここまでだよ〜ん!」
火の粉の散る工場内で、逞しい全裸の男が、血塗れになりながら叫んでいる。
ヒグマとも人間ともつかない毛むくじゃらのその男は、手に持ったアセチレンの茶色いボンベを振り回し、四方から飛び掛かってくるモノクマたちを次々と殴り飛ばしていた。
「イライラさせんじゃねぇぇ――!」
怒声と共に勢い良く放り投げられたボンベが、モノクマごと燃える壁に激突し爆発を起こす。
そうしてモノクマの包囲の一角を崩し、業務用巨大ブロアに駆け上がった男は、その巨大な扇風機のスイッチを入れると、はびこるモノクマたちに、別のボンベから更なるアセチレンガスと酸素を噴射していく。
巨大扇風機から噴射されるガスはたちまち引火して、モノクマたちを炎に包む。
それはもはや、火炎の旋風を吹き出す竜のようだった。
優位に立った男は、牙を剥いて高笑いを叫ぶ。
「ハッハッハッハッハァ!! 燃やし尽くしてやるぜぇ!!」
「わー!? 機材が燃えちゃうぅ! やめてぇぇ――!!」
「あん?」
――後ろが危ないモン!
そんな工場内の激闘に割って入ったのが、那珂ちゃんとくまモンだった。
突然の闖入者に男が戸惑った瞬間、彼の背後から、炎を逃れ潜んでいたモノクマが飛び掛かった。
――『天門橋』。
「うおっ!?」
一足飛びに跳ねたくまモンが、男を突き飛ばしながらモノクマの頭部を叩き割る。
那珂ちゃんが続けざまに駆け寄りながら、潜んでいたモノクマの残党を蹴り壊してゆく。
業務用巨大ブロアから転げ落ちた男は、暫くあたりを見回して状況を理解した。
彼はくまモンたちに助けられたのだ。
動いているモノクマは、彼らが今叩き壊したので、最後のようだった。
毛むくじゃらの男は安堵したように息をつく。
「危ねぇ危ねぇ……。いや、マジで良いところに来てくれたな……!」
「よ、良かったぁ……、これ以上火の手も強くならずに済んで……」
――よくあの数のロボットを凌げたものだモン。大したものだモン。
くまモンは男の戦闘力に感嘆し、追いついた那珂ちゃんが笑みをこぼす。
男は、この工場にやって来た際にモノクマの大群に突然襲われたのだろう。
そして身の回りのものを咄嗟に使い、工場を破壊しながらもなんとかその猛攻から生き延びていたというわけだ。
先程の男の手による即席アセチレンバーナーの火炎放射で、モノクマたちは焼け落ちてしまったが、工場自体に燃え移っている部分はまだ少ない。
これから消火活動をしつつ機材を搬出すれば、どうにか無事なバッテリーも確保できるだろう。
「ありがとよ、助かったぜ。いやぁ、長期戦で流石の俺もへとへとだったからよぉ……」
「どういたしまして! 私は艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!」
全裸の男は、あちこちの傷から血を流しながらも、歩み寄ってくる那珂ちゃんに気丈に笑顔を見せた。
那珂ちゃんもそれに応え、アイドルとして爽やかな笑顔を作りながら彼に手を差し伸べる。
男はだいぶ毛深くて全裸ではあり、正直変質者にも思えて若干気が引けたが、その程度で怖気づいてはアイドルなどできない。
そうして那珂ちゃんが、職業上の勇気を出して男の手を取ろうとしたその時だった。
男の声と所作に、呉キリカが突然危機感を覚えた。
「やめろ、近づくな那珂! ――え、なんで?」
「……ちょうど肉が、食いたかったんだ」
キリカからの制止に那珂ちゃんが意識を逸らした瞬間、男は伸ばしていた手を振りかぶる。
その手は那珂ちゃんの手を握り返すのではなく、爪を立てて那珂ちゃんの顔面を切り裂こうと振り抜かれていた。
「ぅらあっ!」
その時、那珂ちゃんの左目に一瞬にして眼帯が生じた。
バック転の要領で身を翻しながら、那珂ちゃんは迫る男の手を蹴り上げて後方に下がる。
那珂ちゃんから体の操舵権を即座に奪ったキリカが、魔法少女として変身していたのだ。
「――ってぇな女ぁ……。何処かで会ったか?」
「……ちびクマはどこやったんだよ、お前」
那珂ちゃんの衣装が、オレンジ色のドレスから漆黒の燕尾服に変わる。
両手に生じた長い爪を揃え、軽巡洋艦那珂に搭乗した呉キリカが、目の前の男に向けて身構える。
男の声質、戦い方、動き、見間違うはずがない。
浅倉と呼ばれていたこの男は今朝、彼女と夢原のぞみが、津波が襲う直前まで戦い続けていた者だった。
男がこんな異様な姿でここに単独でいるということは、恐らくあの場にいたリラックマや、機械化した喋るヒグマは、生きているまい。
キリカは、悔しげに歯噛みした。
互いに大きく姿形が変わっていたが、それで男もようやく、目の前の少女の正体に合点がいく。
「ハッハァ、テメェか女ぁ! 見ねえうちにだいぶ変わったな! 整形でもしたか?」
「整形してんのはキミの方だろ。より一層ブサイクになったみたいだけどな」
互いに重ねる挑発に、浅倉威はフッと鼻を鳴らす。
「……俺は整形はしてねぇ。ただ――、殖えてただけだ」
その時、火の粉と煙が立ち上る工場の奥から、ぞろぞろとやってくる人影があった。
それらは、みな一様に筋骨隆々とした毛むくじゃらの肉体を誇示し、破壊したモノクマを手に手に弄びながら笑っている。
「やぁっと上の階の奴らが片付いたぜぇ! 一階はどうだったよ?」
「お、どうしたどうした?」
「肉が来てるじゃねぇか! 流石に機械は齧り飽きてたとこだったんだよ〜!」
那珂ちゃんもキリカもくまモンも、絶句した。
炎から現れ出た十数人もの男たちは――、その全てが浅倉威だった。
【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ 島中の機体が破壊された】
【――『冠毛種子の大群(恩讐)』に続く】
以上で前半です。
とりあえずまだ出てきてない人も前半で死に絶えたものもありますが、同じ面子で後半を予約します。
――次回、『冠毛種子の大群(恩讐)』。翔鶴姉、なに? ……って、ヒグマロワじゃん?! なにやってんの!? 爆撃されたいの!?
投下乙です
無尽蔵に湧いてたモノクマの地上分ストックがとうとう尽きてしまったか
結構強かったはずが参加者もヒグマもそれだけインフレしているということですな
江田島平八と平成ノブシコブシが今になって活躍するとは、この会場では死亡してても
死体利用できる方々が多いので油断は出来ない。モノクマも倒せるあたりやはり彼らは
強かった。すぐ制裁さんに処分されて墓標が増えたけど。何気にヤセイさんの
ブラックホールが回収されてますね。一体六時に何が起こるのか?
HHH放送局の日常パートいいなー。クックロビン君も結構いいポジになってきたような
ゴスロリ衣装の天津風と初春可愛い。そして遂に第三回放送が…始まらなかった
瑞鶴ー!なんて最悪なタイミングで妨害を…ああ、美琴の精神的疲労がMAXに
小物オーラ半端無いけど実際アホ程強いから放送局メンバーだけでは倒すのはキツイ
瑞鶴に狙われてる安室さん、やっと知り合いに会えてよかったな。
工場ではくまモンと那珂ちゃんキリカが浅倉さんと激突。
この二人は強いから切り抜けられるかな…そういえばエグゼゼイドの
スピンオフの仮面ライダーブレイブで浅倉さんと王蛇が15年ぶりに
復活するそうですね。これも時代の流れか。後編は地下組も絡んでくるみたいで期待大。
予約を延長します。
お待たせしております、なんとか一区切りのところまで書けましたので投下いたします。
つまり、後半と言っておきながら中編ですが、ご容赦ください。
《D-6 市街地の路地裏 PM16:30頃》
火の手の上がる路地裏に、また大群が舞い飛んでいる。
阿紫花英良、フォックス、隻眼2、ケレプノエという一行のもとに押し寄せているその大群の名は――、浅倉威。
全くのクローンとして増殖した全裸の彼らが20体、新たな獲物に向かって襲い掛かっていた。
――ホントこりゃ、しばらく退屈せずに、済みそうですわ。
「獣人の兄さん方は、敵ってことでいいんですよね?」
その時、阿紫花英良は押し寄せるヒグマ人間の大群を前にして、笑いながらそう言った。
言いながら、彼は脇に控えさせていたプルチネルラの棍棒を猛スピードで振り抜かせる。
彼にはこの状況を、楽しむ余裕すらあった。
コンクリートを容易く砕くその一撃は、走り寄ってくる男たちを一瞬で肉片にするかと見えた。
「甘ぇんだよ!!」
「なっ――!?」
しかし、隆々とした裸体で迫る男たちは、一糸乱れぬ動きでその棍棒を跳ね上げた。
人一人の力では間違いなく不可能なそのいなし方は、彼らが全く意志の統一された同一人物であることを示しているかのようだった。
予想していなかった彼らの動きに、阿紫花は虚を突かれ、その隙に一斉に浅倉威の裸体に襲い掛かられて見えなくなる。
「うわー!? 死ぬ! 死んじまうよぉ! 助けてくれぇ! この通りだぁ!!」
「フォックス様!?」
「あぐるる!?」
津波のような浅倉威に飲み込まれ消えた阿紫花の姿に、フォックスは絶叫した。
そして、自分に抱きついていたケレプノエの体を隻眼2の方へ投げ飛ばすと、阿紫花英良を越えて走り寄ってくる彼らの前に、命乞いをしながら仰向けとなった。
無防備な腹を晒しながら震えるだけのフォックスは、見る間に5人の浅倉に取り囲まれてしまう。
そして懇願するようなフォックスの眼差しにも、彼らは冷徹な笑みで答えるのみだった。
「はっはっは、助けねえよ。じゃあな」
「――ヒャオッ!! 跳刀地背拳ッッ!!」
そして彼らの爪が振り降ろされた瞬間、地面に仰向けとなっていたフォックスは信じられない挙動でその爪を躱しながら上空に飛び上がり、両手の鎌で周囲の浅倉の首を纏めて刎ね飛ばしていた。
三下ロールからの跳刀地背拳。
これで初見の者相手ならば、周りを囲んでいる4、5人を確実に殺せる。
しかしこの場には4、5人どころか20人もの同じ姿の男たちが殺到してきているのだ。
遠巻きにしていた残りの浅倉たちは、一様にそのフォックスの姿へ舌打ちを送った。
挙動がわかってしまえば、跳刀地背拳はそうそう2度も通用しない。
「コメツキムシかよ、イライラさせるキモさしやがって……!!」
「畜生多すぎんだよ……! 20人兄弟とかどんだけ大家族だよふざけんな……!!」
距離を開けて睨み合いながら、浅倉とフォックスはお互いに対して苛立ちをぶつける。
しかしその均衡を崩すように、浅倉達の背後から軽い調子の声が響く。
「……近頃はそういう筋肉だけで取る笑いが流行ってんですかい?」
浅倉達は残り15名がここにいたはずだった。
しかし立ってフォックスに向かい合っているのは9人しかいない。
振り向いた彼らは、巨大な人形であるプルチネルラにもたれながらふてぶてしく笑う阿紫花英良と、その周囲に倒され、頭を潰された6人の同胞の死体を見た。
「ダメですぜ勢いだけじゃ。せめてフォックスさんみたいに、体張った芸にも細かさがないとね」
「……なるほど、面白れぇ!!」
阿紫花英良は、浅倉達に飛び掛かられたと見えた刹那、蜘蛛のような4本足で駆動するプルチネルラの高い機動力をフル活用していた。
屈みこみながら人ならざる挙動で繰り出されたプルチネルラの足払いは、阿紫花を襲おうとしていた浅倉達の体勢を一斉に崩し、地面に横倒しとした。
そして阿紫花は次々と彼らの頭部に重い棍棒を叩き付け殺害していたのである。
余裕綽々たる阿紫花英良を指さして、フォックスは激しい口調で叫ぶ。
「阿紫花ァァ!! もう俺にできること終わったぞ!? あとおめぇがやれよ!? マジでだぞ!! 俺は逃げる!!」
「わかりやしたよ……。100メートル先で待っててくだせぇ」
「うるるるる!!」
「フォックス様ー、ケレプノエも連れて行ってくださいー!」
残る9人の浅倉を後にして、フォックスは振り返るや否や一目散に路地の先へ駆け出した。その後を隻眼2とケレプノエが慌てて追ってゆく。
本当は既に死んでいるのだから今更もう一度殺されたところでどうなるものでもないのだが、フォックスとしては二度も死の恐怖を体験するのは御免こうむりたかった。
浅倉はそんな彼らを追いはしない。
彼らの興味は既に、鮮やかな人形繰りで同胞を返り討ちにした阿紫花英良の方に移っていたのである。
「そのデク人形がお前の契約モンスターかぁ!? せいぜい楽しませろよ!!」
「あんたも芸人の端くれなら、自分の楽しみで動いちゃいけませんぜ」
自分たちの屍を踏み越えて、再び浅倉たちは阿紫花英良に躍りかかる。
彼らを前にして、阿紫花はプルチネルラの棍棒を大きく担ぎ上げる。
「客をもてなすつもりでいませんとね!」
そして振り被られた棍棒が、再び横薙ぎに揮われた。
出会い頭に放った一撃よりもさらに勢いと威力を増した攻撃だ。
それでも浅倉たちは、息を合わせた挙動でその棍棒を跳ね上げてのけた。
そしてさらに、その動きのまま足払いを避けるように高く飛び上がり、彼らはその爪で上空から阿紫花の首を狙った。
「もてなしってのはそれで終いかぁぁ!?」
「まさか」
その時、阿紫花がオートヒグマータから奪っていた鎖付きベアトラップが、下から浅倉たちの体に纏めて絡みつく。
プルチネルラは、片手で全力の殴打を繰り出しながら、反対の手でその鎖を放つタイミングを計っていたのだ。
「なんだとぉ!?」
「おいでなせぇ、グリモルディ!!」
9人の浅倉は纏めて太巻きのようにされて地に落ちる。
彼らが何とか這い出そうとしている間に、その上には巨大な影が差した。
キャタピラの回転する絶望的な機械音が、彼らの上に降り注ぐ。
「さーて、簀巻きをおっちめるのも久々だな」
「うぎゃぁあああぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
「グリモルディはこういうとき低速のトルクが強くていいねえ」
プルチネルラを仕舞いながら、代わりにデイパックよりグリモルディを解放させた阿紫花英良が、簀巻きの浅倉たちをまとめて轢き殺してゆく。
グリモルディの巨大なキャタピラが回るたびに、浅倉威の骨肉は血飛沫となって周囲に飛び散った。
キャタピラが浅倉たちを押し潰し轢き潰し乗り越えている間に、その中の浅倉威のうち3人が、方々の骨を砕かれながらも息も絶え絶えに這い出していた。
そうして辛うじて生き残った3人の浅倉威に、阿紫花は微笑みと共に語り掛ける。
「どうもお粗末さんでした。あたしは阿紫花英良。しがねぇ身ですがこの島から脱出するための仲間を集めてます。
今回の公演はこれにて一旦閉幕ですから、獣人の兄さん方も、名前だけでも憶えておくんなさい。
ぶっ殺しに飽きて島から出る気になったら、ちゃんと服着てからまた来てくだせぇ」
6人を踏み越えたキャタピラをそのまま加速させて、阿紫花はグリモルディに乗って悠然と過ぎ去っていった。
あくまで、阿紫花もとい武田観柳の一行は、脱出するための仲間探しに散開しているのである。
出会い頭に襲い掛かられたため今回は戦闘になったが、敵意がなければどんな相手でも基本的に協力したい方針ではあるのだ。
それにつけて今回の阿紫花英良は、希代の殺人鬼すら惹きつける芸出しから、きちんと自己紹介と宣伝をしながら立ち去る点まで、何から何まで芸人の鑑だったと言えよう。
浅倉の心に鮮烈な記憶を残したまま旋風のように去っていった彼を見送り、浅倉威はしばらく呆然とした後、くつくつと肩を揺らして笑った。
「クックック、面白れぇ……。人形が踊るみてぇだったぜ……」
死に絶えた17人の自分の死体に囲まれて、彼らは興奮に叫び上げる。
「女装の人形使い、阿紫花英良……!
脱出なんかよりも、テメェと遊んでる方がよっぽど面白ぇ!!
前座には勿体ねぇ。大トリ扱いでブチ殺してやるぜぇぇ!!」
そしてぴゅるっ。ぴゅるっ、ぴゅるっ、ぴゅるっ――。
叫ぶ彼らの周囲では、17の大群の股間から、さらに膨大な数量の、白い大群が溢れ出して来ていた。
「――お、良かった、来やがった。武田呼び続ける必要なかったか」
「どうしたんですかい? 兄さんがたの方にも何かあったんで?」
「いや、どうしてかテレパシーの通信が繋がらなくてよ」
その頃、路地を抜けた先100メートルの地点という、阿紫花の魔力が届くぎりぎりの位置では、やきもきとした様子でフォックスたちが待っていた。
到着した阿紫花がグリモルディから降りると、彼は焦り混じりに胸のテレパシーブローチを示す。
浅倉威の襲撃に対して、武田観柳に助けを求めようとしていたところ、全く連絡がとれなくなっていたのだという。
「観柳の兄さん! 返事してくだせぇ!」
それを聞いて、阿紫花も試しに念話を送ってみようとするが、意識を集中させても、テレパシーには砂嵐のようなノイズが乗ってくるだけで、全く声が聞こえない。
「繋がりやせん……! なんですかね、誰かがどっかで妨害電波でも出してんですかね……?」
「魔法に妨害電波って効くのか!?」
「知りやせんけど、妨害魔法なのかも」
不可解な現象に首を傾げる阿紫花とフォックスの隣でその時、隻眼2が何かを訴えるように唸り声を上げる。
「あうあうあぐるるる!」
「ああ……、おめぇ、それでか」
「シャオジーさんがテレパシー使えなくなってるってことは、本当に兄さんの魔力が妨害されてるってことじゃないですか……! 参りましたね」
思えば先程から、隻眼2の声は何時の間にか人語として理解できない唸りになってしまっている。
これはやはり武田観柳のテレパシーが妨害されている証左といって差支えないだろう。
それでも必死に何かを訴えている隻眼2を見かねて、フォックスは自分の腕に抱きついているケレプノエに翻訳を頼んだ。
「ケレプノエ、シャオジーはなんて言ってんだ?」
「『また奴らが来ました』とおっしゃってますよ〜」
「え?」
ぼんやりと言われた少女からの返答に、フォックスと阿紫花は路地の先を驚いて見やる。
くすぶる家々の奥から、そうして、毛むくじゃらの肢体が姿を現してくる。
「……カーテンコールが早すぎやしませんかね?」
「面白れぇ芸人にアンコールかけるのは、当然だろ?」
路地から歩み出てきた血塗れの浅倉威たちは、その背後に大量の白濁液を従えていた。
【101人の2代目浅倉威@仮面ライダー龍騎 17人死亡(残り82人)】
《E-6 市街地 PM16:30頃》
「おかしいですね……!? なんで義弟さんにも阿紫花さんにも念話が繋がらないんでしょう」
その頃、阿紫花たちよりも1エリア東の市街地で、マシンウィンガーを2ケツで駆って人探しのランデブーに興じていた武田観柳たちも、自らのテレパシー網に発生した異常に気が付いていた。
定期連絡を取ろうとして念話を送っても、ノイズしか聞こえなくなってしまったのだ。
運転していた操真晴人も、一旦バイクを止めて後部座席の観柳に問いかける。
「突然でしたよね?」
「ええ、ついさっきまで全く清明でしたのに、急に砂嵐みたいな音ばかりになってしまって。
場所も掴めなくなってしまいました。キュゥべぇさん、原因分かりますか?」
『……ううむ。……恐らくは』
「なんですか、キュゥべぇさんともあろう方が歯切れの悪い言い方ですね」
こんな時は、魔法のことに関しては何でも屋の御用聞きであるキュゥべぇの活躍が期待されるところだったが、どうにもその反応は苦々しい。
観柳が再三せっつくと、ようやく彼は無表情のままぽつぽつと語り出した。
『言うタイミングを逃していたんだけれどね……、先程から今に至るまで、信じられない魔力が島のあちこちに発生しているんだよ』
「どういうことですか? 詳しく」
覚悟を決めた様子で、キュゥべぇは言葉を続けた。
『北北東に5キロ以上離れたところで、凄まじい複数の魔力の昂ぶりと激突が観測されている。
北東に2、3キロのところには、計測不可能な魔力が発生して、方向を変えつつかなりの速度で移動中……。
また、西に1キロちょっとのところに、さっきまで魔女がいた。と思ったらまた計測不可能な魔力が発生した、ような気がしたんだが……。こちらは今は鳴りを潜めている。
そして南西に3キロほど離れたところに、現在進行形で急激に大きくなってきている魔力ができている。
観柳のテレパシーを妨害しているのは、恐らくそこから発散されている魔力だ』
「なんですかそれ……!?」
『ボクだって知りたいよ……。午前中からだって、実のところ似たような強力な魔力はちらほら観えていたんだ。
ただここに来て明らかに、その強さも発生数も持続時間も莫大に増えてきている。異常だ』
観柳は自分の地図にその『強力な魔力』の大まかな位置を記しながら、その得体の知れない事態の示すことに冷や汗をかいていた。
キュゥべぇでさえ計測不可能だというそれらの魔力が、決して自分たちの味方になってくれるとは限らない。
現時点でもそのうちの一つが、観柳の通信網を妨害していることはほぼ確実だという。
脱出のための仲間探しのために一行を分散させたのは、ここに来て裏目となった公算が強い。
操真晴人の空間移動魔法も、阿紫花英良や宮本明たちの正確な場所がわからなければ意味をなさず、分散した仲間と合流することが非常に困難になってしまったのだ。
武田観柳が歯を噛んで今後の方針を思案している間、キュゥべぇもまた内心の不安を吐露するように語った。
『実はボクはね、リチョウと同じく、この「ロワイアル」だか何だかいう殺し合いを経験してはいるんだよ』
「え!? そうなのか!? 早く言ってくれよキュゥべぇちゃん! 生き残りの秘訣とか聞かせてほしいのに!!」
『ボクの場合は、その戦いの最終局面、「クロスゲート攻略戦」の最中に存在確率の一部が直接この会場に迷い込んでしまっただけみたいだからね。
生き残りというわけじゃない。あの最終決戦が、結局どうなったのかもわからず仕舞いさ』
操真晴人が驚きと共に話の続きを促すが、キュゥべぇは「期待には沿えない」といった様子で首を横に振る。
『そこでは、「全開」とかいう謎の題目を掲げた者たちが得体の知れない力を次々と発揮し、そのエントロピーで宇宙を滅茶苦茶にするような戦いが繰り広げられていた。
かく言うボクも一度、全身ムキムキの逞しい男になったりしたこともあってね。感情とかいうものもわずかばかり抱いたよ』
「それはそれは……、まさにこの島の混乱状況もかくや、ではありませんか?」
『いやいや……。だから滅多なことでは驚かないつもりでいたんだが。
この島の現状は、あの「全開ロワ」以上かもしれない。
あの魔法少女となった鹿目まどかと同等以上の魔力が、こうも次々と現れるなんて……。
いや、それだけなら「全開ロワ」も大概だった。それこそ全てを破壊して爆散するほどの勢いがあった……!』
武田観柳が聞く限り、キュゥべぇが以前経験していたバトルロワイアルは、このヒグマ島における戦いとそう変わらないように思える。
だがキュゥべぇは、件の『全開ロワ』と比べてなお、この『ヒグマロワ』は異質だと言う。
『しかしこの島では、それらの魔力は、発生し混乱を生じさせるたびに何時の間にか喰らわれ、そしてまるで、また自ずと新たな秩序と平衡状態を形成するかのように振る舞っている。
螺旋を描くようにその位相を高めながらも、決してその総体を崩すことがない。
……言うなれば“食物連鎖”のようにだ』
キュゥべぇの口調には、ある種の畏怖が込められていた。
『最強の力を有した捕食者でも、いつかはちっぽけな微生物に分解され下等生物を育むように。
そしてその1サイクル毎に、生命全てが次なる進化を経験していくように……。
単なる破壊に留まらぬ、有機的で複雑な動きだ。全く今後の予測がつかない。
ボクは未だかつて、強力な魔力たちがこんな振る舞いをしたことを見たことがない。
……わけがわからないよ』
第四波動習得時の佐天涙子。
火山噴火時のカズマ。
出現時の鷲巣巌。
アルター結晶体と戦闘時の劉鳳。
バーサーカーと龍田の戦闘。
その他、強力な魔力が観測された時点は幾つもあった。
しかしその昂ぶりが観測されたのはわずかの間だけであり、すぐにその力をどこかに潜めてしまっている。
この点からして、キュゥべぇには全く理解不能だった。
かつ消え、かつ結ぶ泡沫のように、魔力は次々とこの島に生じては鎮まっている。
しかしその強さは、時を経るごとに、収まるどころかさらに激しさを増していく。
川が逆巻き、低きから高きに上って行くような、あり得ない事態なのだ。
そして今や、現在進行形でこの島には4か所以上、史上最強の魔法少女と同等か、それに準ずる危険性を孕んだ魔力が発生し継続している。
『全開ロワ』に生じた魔力は、結局のところエントロピーを増大させ破滅に向かうようなものばかりだった。
しかしこの島の魔力は、キュゥべぇの手を介さずとも、自ずからネゲントロピーを生じさせているようにすら思える。
キュゥべぇは初めての経験に、畏れと不安を抱くほかなかった。
「……『いんふれーしょん』、でしょうか」
そこで今まで思案していた観柳が、ぽつりと呟く。
「貨幣経済においても宇宙においても、勢いは螺旋状に高まってゆくものと聞きます。
しかし、それが未だ『ばぶる崩壊』の気配も見せず、キュゥべぇさんにも予測がつかないというのは、……面白いですね!
しかもその投資家の一人が、身の程知らずにもこの大商人に妨害工作を仕掛けているというのならなおのこと!」
彼は、興奮した様子で地図を叩いた。
そこにはしっかりと、キュゥべぇの語った『強力な魔力』の位置が記されている。
「……その投資合戦、受けて立ってやろうではありませんか」
そして武田観柳は、島の南西部、B-8エリアの印を指で示す。
彼は知らない星の生き物のような、ぞっとするほどの笑みを浮かべていた。
《G-5とH-5の境 墓地 PM16:45頃》
『……確かに、あの黒騎れいという女の臭跡は、ここで途切れている』
一頭の黒いヒグマが、夕暮れに沈みかける墓地の周囲で、しきりに鼻を鳴らしていた。
墓地といってもそこは、たった2つの真新しい墓石が安置されているだけの、廃墟にほど近い平地だ。
そこは確かに、激しい戦闘があった証拠となる、強力な爆薬と血と死の臭気に溢れている。
一通りその周囲を嗅ぎ回った黒いヒグマ――ヒグマン子爵は、気が済んだように身を起こした。
『その他に、男の血と、カラスと、ヒグマと、強い爆薬の臭い……。
血を流す間もなく、粉微塵に吹き飛んだということなのだろうな……』
佐倉杏子たちを振り切りここまで辿り着いた彼は、その場の状況にそういう結論を下す。
今、彼はそこはかとない疲労を感じていた。
ここに辿り着いて黒騎れいの臭跡を探り始めてから、なぜか彼は微かな眠気に襲われているのだ。
滅多にないことではあった。
佐倉杏子という少女が、彼の内心を寒からしめる、かなりの強敵であったためかもしれない。
その彼女を振り切ったという一時の安堵感が、鼻を眠気に鈍らせている可能性はある。
しかし、ここで黒騎れいの臭いが途切れているということだけは、確かなことだった。
『まあ、そういうことならば仕方があるまい』
「――ようやく見つけたぞ、てめぇ!!」
その瞬間、彼の隣に一瞬にして何者かの気配が生じた。
ヒグマン子爵が腰元から『羆殺し』を発剣するのと、何者かが彼の喉元に槍の穂先を突きつけるのは、全く同時だった。
両者はその体勢でピタリと膠着する。
「……れいはどうした」
首筋に刃を突きつけられながらも爛々と眼を燃やしている真紅の修道服の少女。
――佐倉杏子だ。
灼熱の業火のような幻覚を以てヒグマン子爵を威嚇する彼女は今や、キュゥべぇが観測した『計測不可能な魔力』の一人でもあった。
『……貴様の言ったとおりだったようだな。黒騎れいは確かにここで死んでいるようだ。まぁ、これが現実だ』
彼女の鬼気迫る表情に、ヒグマン子爵は内心の焦りを隠して飄然と唸った。
まさかこのような早さで追いつかれ、背後を取られるとは思ってもいなかったのだ。
その言葉で、杏子の眉はにわかに顰められる。
「……!?」
『カカカ、見るからに残念そうだな。あの女に生きていて欲しかったのは貴様も同じか』
方や獲物として、方や友としてという違いこそあれ、黒騎れいの生存を願っていたのは、確かにヒグマン子爵も杏子も同じだ。
そんな皮肉めいた嘲笑の前に、杏子は何も言えずに立ち尽くす。
『杏子! ヒグマン! 良かった、また殺し合っているのではないかと心配したぞ!』
「速すぎますわ杏子さん! 置いていかないで下さいまし!」
「デネデネ!」
「きゅぴ〜」
その背後から、デデンネと仲良くなったヒグマの背に乗って、円亜久里とアイちゃんらが駆けつけてくる。
彼らが駆けつけ、ヒグマン子爵と突きつけあっていた刃物を下ろしてなお、杏子は暫く黙ったままだった。
『……どうした杏子?』
『同行者が本当に死んでいたことが、思いの外こたえたらしい。何とも軟弱な心だ』
デデンネと仲良くなったヒグマの心配そうな唸りには、ヒグマン子爵がせせら笑いで答える。
「気を落とさないで下さいまし……」
「ああ……」
しかし杏子が眉を顰めていたのは、後悔や口惜しさのためではなく、ヒグマン子爵の発言が、彼女の認識と明らかに異なっていたからだ。
(……どういうことだ? れいが白井さんにミサイルを撃ち込まれたのは、ここじゃないぞ!?)
佐倉杏子と黒騎れいの一行が、あの仙人の如きヒグマ・シーナーと戦闘になったのは、ここから1キロばかり離れた街中だったはずだ。
そこでシーナーに操られた白井黒子から、『伏龍・臥龍』のミサイルを受けて、黒騎れいは消息を絶っていた。
そこから1キロも、彼女の肉体が吹き飛ぶはずはない。
杏子はただ、ヒグマン子爵の後を全速力で追ってきたに過ぎず、決して黒騎れいの死んだ場所に戻ってきたのではない。
それなのになぜ、ヒグマン子爵はここにいるのか。
そしてなぜ、ここには確かに、れいの臭いと、戦いと血と死の臭いが漂っているのか――。
この謎の答えを考え続ける杏子の眼に、その時、一人の青年の姿が映った。
その姿は、デデンネと仲良くなったヒグマと佐倉杏子の、ただ二人にだけ見えるものだった。
その青年は、得意げに眼鏡を上げると、彼らにしか聞こえない声で、静かに語った。
『教えてあげようか――。でかしたのさ、“彼”がね――』
墓に刻まれたその青年――西山正一の語ったその軌跡は、佐倉杏子に、まるで神託のように感受された。
廃墟の草むらが、キラリと光るようだった。
そして彼女は、電撃を受けたようにうち震えた。
(れいは生きてる……! 生きて地下に降りたんだ! ここに下水道への入り口があるんだ!!)
杏子は確信した。
ヒグマン子爵が嗅ぎ取った戦いの臭跡は、この西山正一ともう一人の彼岸島の人間が、また別のヒグマと戦った痕跡であった。
黒騎れいは、知ってか知らずか、ある方法によってヒグマン子爵の追跡を振り切っていたのだ。
西山の作り出した高性能爆弾の臭いが、ヒグマン子爵に『伏龍・臥龍』のミサイルを誤認させた。
ここで死んだ西山たちの血潮が、ヒグマン子爵にカズマや劉鳳たちの血を誤認させた。
そして、ここまで生きて逃げ延び、地下へと降りた黒騎れいの奇跡が、彼女自身の死をヒグマン子爵に誤認させた。
(幸運……だったのか? それは、わからない。だが確かなのは……)
杏子の脳裏に、狛枝凪斗の謎めいた笑みが過る。
彼の持つ幸運は、彼の死という不運を代償にして、その力を佐倉杏子と黒騎れいに与えたのだろうか?
今更その真実を知る術はない。
だが杏子は、自分の中でふつふつと湧き上がる確信と自覚に、武者震いが止まらなかった。
(アタシも、れいも、千載一遇の――、一期一会の――、『出会いを拾った』んだ!!)
今、佐倉杏子には歴史が見えていた。
この場で起こった出来事の一部始終が、ほほに触れている。
西山正一とニンジャが、如何にして制裁ヒグマに応戦し、やられたのかが、聞こえている。
黒騎れいが如何にしてこの場に現れ、どんな言葉を語ったのかが、空気に味わえる。
彼女の黒髪が、ここには香っている。
それは、デデンネと仲良くなったヒグマがある出会いの中で知り、そしてまたそこからの出会いが脈々と気づかせた、『出会いを拾う』能力だった。
この場に残るわずかな分子と原子の存在確率が、かつてあったその姿を、佐倉杏子自身の魔力を用いて、その脳裏に幻覚として示している。
そしてそこに秘められた、わずかな好機(チャンス)を、気づかせてくれる。
ヒグマン子爵が嗅いだ上辺の虚像ではない、それは『まことの食べ物』のなせる業だった。
『同行者ごときの死にそれだけ時間とエネルギーを割けるとは、なんともおめでたいことだな。
……まあいい。私の狩りの邪魔をしなければ関係のないことだ』
黙祷を捧げるかのように立ち尽くすヒグマと人間たちを見守るのにも飽き、ヒグマン子爵は踵を返した。
彼が求めるのは、更なる獲物のみだ。
獲物となり得ない対象しかいないこの場に、もはや彼の興味はなかった。
しかし立ち去ろうとした彼の背中には、佐倉杏子が気だるげな調子で声をかけていた。
「……待ちなよ」
『また貴様と無駄な争いをするつもりはない。もう追ってくるな。貴様にとっても不毛だろう』
「どうせアンタが獲物にするってのは、人間なんだろ? なら、見過ごすわけに、いかないんでね」
『なるほど、人間ならばな』
ヒグマン子爵は、そこで白い眼を見開き、ニタリと笑いながら振り返った。
杏子の表情は、仏像のように落ち着いていた。
『だが、貴様はこの島に犇めく勢力を知っているのか? 人間の参加者とヒグマ、そして主催以外にも、その裏で糸を引いている黒幕がいるのだ。
貴様はその存在と正体を知っているか? ――機械だ』
「ほう、それで?」
『……ここから南西方向で、かなりの規模で家が燃えている。戦闘が起きているということだ。
そこで戦っているのが黒幕と参加者ならば、私は間違いなく黒幕を狙い、喰らうだろう。
このような窮屈な枠組みに私を落とし込んだ首謀者なのだからな。
つまりその点において、私は貴様らと利害を異にする者ではないということだ』
「なるほど、よくわかったよ」
杏子は、饒舌に語るヒグマン子爵から爪を突き付けられながら、彼のことを幼子を見るかのように微笑んで見つめていた。
彼の意図することが、今の杏子には本当に『よくわかった』。
つい先ほどまでのヒグマン子爵ならば、杏子に声を掛けられようと、問答無用で逃げ去っていただろう。
しかし彼は、佐倉杏子の『絶影(テルミナーレ・ファンタズマ)』からは逃げられないことを知ってしまった。
そして今の佐倉杏子は、例え全身を切り刻み叩き潰したとしても、その心を折らない限り、足止めは出来ても決して殺すことは出来ない。
その意味では、ヒグマン子爵は正面から彼女に決して勝つことは出来ないのだ。
ならば戦いを避け、むしろ一時的にでも敵対関係を払拭する方が得策だ――。
と、ヒグマン子爵がそう考えていることを、杏子は手に取るように彼の言葉から嗅ぎ知っていた。
「つまり、アンタはアタシと協力したいってことだろ?」
『違うな。私を追うのではなく、私と同じ目的地に行きたいというだけならば、私は構わぬと言っているのだ』
「見かけによらず面倒臭い奴だな。いや見かけ通りか」
『勝手に言え。私はもう行かせてもらう』
『ヒグマンお前な! もうちょっとこう、歩み寄れないのか!? 俺も一緒に行くんだから!』
『ヤイェシル・トゥライヌプ(自分自身を見失う者)が、でかい口をきくようになったな。
そこにいるのが人間だけなら、私が狙うのは人間だ。協力などできるものか』
全てを見透かした杏子からの申し出を突っぱね、ヒグマン子爵は舌打ち混じりに立ち去ろうとする。
デデンネと仲良くなったヒグマがそこに食い下がると、ヒグマン子爵の表情はいよいよ苦々しくなった。
なんだかんだと言っても、馴れ合うのは好かないらしい。
「人間を食わずに、黒幕打倒のために同行できる選択肢ってのはないのかい?」
『さあな。行く先に私の獲物となる者がいないことを祈れ』
「……それで良いんだな?」
ヒグマン子爵は、まだ頭にかかっている眠気を振り払うように吐き捨てた。
「これだけは言っておく」
杏子は、南西へと歩み始めた彼の背中に、重石を乗せるように呼びかける。
決して声を張っている訳でもないのに、その言葉はヒグマン子爵の耳にはっきりと届き、その背筋を泡立たせた。
「カインのための復讐が七倍ならば……。アタシが友のために行う復讐は、七十七倍だ」
『……フン、ほざいておけ』
ヒグマン子爵はそう呟くと、彼女たちの方を振り向くこともなく、夕暮れの町並みの方へと跳ね飛んでいった。
(この島で戦い抜いている生存者に、アンタの獲物になるやつが、今更そう居るとは思えねぇ。
もし居ても、アタシが守るだけだ。そいつらの流す血を、アタシが代わりに流すだけだ)
跳ねてゆく黒い背中を睨む杏子に、円亜久里が恐る恐る声をかける。
「……杏子さん、あの子爵のあとを、追うんですよね」
「ああ……、だが、れいは生きてる」
『やはりそうだったか……! 俺の鼻の方がヒグマンより優れていたようだ。
良かった、杏子の友人が生きていたなら何よりだ』
「そうだったのですか!? ではなにゆえ彼は勘違いを……」
「……何か、仕掛けてたみたいだな。後で本人に会って聞くさ」
杏子の心情を案じていた亜久里だったが、その心配は杞憂であった。
ヒグマン子爵のみが見失い、デデンネと仲良くなったヒグマと杏子のみがその安否を正確に理解し得たそのからくりの詳細は、杏子にも細部までは理解できないでいる。
だが今は、彼女が生きていることだけでも確証できれば、十分だ。
それが杏子の、新たな道標になる。
「アタシはれいと、百貨店で合流すると約束したんだ……。
あのヒグマと一緒に戦闘の状態を確かめたら、南を大回りしてそちらに向かう。いいかな、亜久里」
「ええ、もちろんですわ杏子さん。杏子さんに救って頂いた身、微力なれどお力添えさせて頂きます」
「デネ!」
「きゅぴ〜!」
ヒグマの背に乗る円亜久里とデデンネ、そしてアイちゃんの一行は、各々快諾の意を顕わにする。
あたかも家族の大移動のようなこの道行きに、否はない。
杏子は今一度、約束を心に刻んだ。
黒騎れいが死んだのだと、折角ヒグマン子爵が誤認しているこの場では、いずれにしても杏子が彼女の後を追うことは出来ない。
ヒグマン子爵の後を追わなくては、彼の心に疑念を生むかもしれない。
彼女ができることは約束通り、『大回りしながら慎重に百貨店を目指す』、それだけだ。
そしてその道中で、ありったけの人々を、救うことだけだ。
デデンネと仲良くなったヒグマと杏子は、そうして互いに顔を見合わせる。
『行こう』
「行こう」
そういうことになった。
《E-6 市街地 PM16:45頃》
「私の念話を妨害している魔力というのは、確かにこの南西部の地点から発生しているのですよね?
鐚銭が流通しているのなら、そいつを作り流している大元を叩き潰すまでです!!」
佐倉杏子たちから南西に2、3キロの地点で、武田観柳がそう豪語していた。
キュゥべぇが危惧している4か所の魔力のうち、佐倉杏子のものとはまた別の、ほぼ島の南西の端に位置するものが、観柳の標的だった。
『確かに今ならカンリュウ。キミの魔力と同等か、弱いかも知れない……。
しかし魔法少女の力は、感情で強くも弱くもなるものだ……! キミとハルトだけで行くのは危険だよ!』
「今は私も、その魔法少女という者の眷属でしょう? その上、私は大商人ですから」
「……まあ何にしても、武田さんの魔法を妨害しているその子をどうにかしなきゃ、話にならないのは確かだよね」
尻込みするキュゥべぇと、やる気の観柳の間で、暫く黙っていた操真晴人が言ったのは、そんな言葉だった。
様々な状況を鑑みるに、合流の可能性の低いまま、この場で手をこまねいているよりも、妨害している相手がわかっているのなら早急にそちらをどうにかするべきだろうと、仮面ライダーウィザードとしての数々の戦闘経験から彼は考えを纏めていた。
観柳は相好を崩し、キュゥべぇはわずかに呆れかえった。
「お、いいことを言うじゃありませんか操真さん」
『ハルトまで乗り気なのかい……?』
「キュゥべぇちゃんの心配はもっともだけど、まずは行くだけ行ってみよう。そこの魔法少女にも、何か事情があるのかも」
「その通りです。そこを始末せねば行程が進みません。早速行きましょう」
『……仕方ない。ボクも付き合うしかないしね。……だが、くれぐれも気を付けるんだよ』
アクセルを回して南西に進路を取り始めたマシンウィンガーの後部座席で、キュゥべぇは最後まで歯切れの悪い口調で心配を口にしていた。
その様子に、彼を肩に乗せる武田観柳は苦笑するばかりだ。
「くどいですねぇ、キュゥべぇさんも。心配はいりませんよ、私の魔力も今は万全ですし……」
『……いや、待て! 何かが来る!
全く同一の存在がぞろぞろとこちらにやってきている……。鉢合わせるよ!?』
しかしその時、キュゥべぇから返って来た返答は、観柳の予想せぬものだった。
ひと気の無い街角の交差点に差し掛かろうとしていた晴人のバイクの目の前に、その時、右側の路地から何者かが飛び出してくる。
「ハッハァ――!!」
「うおおっ!?」
それは毛むくじゃらの偉丈夫だった。
男は叫びながら、根元から折った道路標識を手にして、直進する晴人たちに向かって猛然と襲い掛かってくる。
目の前で横薙ぎに揮われる大剣のような道路標識に、操真晴人は恐懼した。
そして咄嗟に彼は、マシンウィンガーのギアを一気にローへと入れ、クラッチを切っていた。
「掴まれ観柳さぁん!!」
「ひえぇえ!?」
『うわっ!?』
その瞬間、マシンウィンガーはその前輪を高く浮かし、男の揮う道路標識の上を取る。
武田観柳とキュゥべぇが、その急激な動きに耐えて晴人にしがみつく。
「ぬりゃぁぁ!」
「チィッ――!」
そして刹那のタイミングで、操真晴人はリアブレーキを踏み込んだ。
ウィリーの状態から急激に沈み込んだバイクは、男の持っていた道路標識の上を踏んで叩き落とし、同時に彼の背後へと飛び越えていた。
「ってて……。なんだ一丁前のライダーか、てめぇも。まぁ食い甲斐があるなら、いいことだ」
「こっちにも人手を割いて来て正解だったなぁ」
「まだまだこの島には食えそうな相手が沢山いそうだな」
「せいぜい楽しませてくれよ?」
驚愕も冷めやらぬまま、急停車して振り向いた晴人たちの前には、10人もの全く同じ姿をした毛むくじゃらの全裸の男が、路地からぞろぞろと歩んでくるところだった。
「な、なんだ!? なんなんだあんた!?」
「一体なんですかあなたたちは!?」
「「「浅倉威ってんだよ!」」」
不敵に笑う、その浅倉威という大群は今や、かなりの広範囲にまでその種子を広げていた。
《C-5 街 PM16:45頃》
なおその時、別の大群に襲われ、それを切り抜けていたあの彼も、浅倉威の軍勢に襲来されるころだった。
「ハッハッハァ!! ほぅら躍れ!」
「ひぁあぁ――!?」
基地を確保して体勢を立て直してしまった瑞鶴の航空部隊の襲撃を辛くも凌ぎ、彼女をも救い出そうと決心したその者――ヒグマ提督。
彼が浅倉威の群れに強襲を掛けられたのは、その決心を胸に歩み出してから程なくのことだった。
瑞鶴を探そうにも、彼女の位置を特定できるものに彼は暫くの間思い至らなかった。
彼が三角測量を試してみようという結論に至り、動き始めるまで、彼の思考のほとんどはそちらに費やされ、密かに接近してくる浅倉威たちに気づかなかったのだ。
「お前らはなんだ!? なんなんだよ!? ヒグマ!? 深海棲艦!? 提督!? いや、艦娘!?!?」
「人間だ!」
浅倉威たちは街の家々の屋根を飛び移り、下の路地を逃げ惑うヒグマ提督を包囲していく。
その数、実に11人。
逃げ道を塞ぎながら、屋根から飛び掛かっては退いてゆく彼らの巧妙なヒットアンドアウェイに、ヒグマ提督一頭だけならば、為す術もなく蹂躙されていただろう。
「シュゥゥゥ――!!」
「あぎぃぃぃぃる!!」
「ハッハッハッハ、まさに見世物小屋だなテメェらは!」
「金剛!! 艦載機のみんな!!」
だが、襲い掛かる浅倉たちを蹴りつけ、引っ掻き、銃撃を浴びせている仲間が、今のヒグマ提督にはいる。
ヒグマ提督が作り出した戦艦ヒ級――、もとい、戦艦大和から生まれ出でた沿岸配備兵器・砲台小鬼と、4機のMXHX特殊攻撃機・羆嵐一一型だ。
浅倉たちに応戦しているその部隊に護衛されていたからこそ、ヒグマ提督はここまでの数分間、なんとか逃げ延びていられた。
しかし、浅倉もその深海棲艦たちの実力を見誤ってはいない。
だからこそ彼はヒットアンドアウェイに徹し、銃撃を家屋や塀といった遮蔽物で躱しながら死角をつけ狙い続けているのだ。
「きゃるぉぉぉ――!?」
「ハッハッハァ、命中ぅ!」
そしてその戦いの趨勢は、徐々に頭数の多い浅倉威たちの方に傾いていた。
砲台小鬼が砲撃で砕いていた塀のコンクリートブロックを、浅倉威は物陰からいくつも放り投げ続けており、その一つが、飛び回る羆嵐一一型の1機についに命中してしまったのだ。
「うぁぁ!? だ、大丈夫かい!? しっかりするんだ!!」
「くるるるるぅ……」
骨組みが砕かれ、節々から潤滑油を流し、羆嵐は力なく地に墜ちていた。
ヒグマ提督はその白い機体に慌てて駆け寄り、傷ついた小鳥を扱うように急いで抱え上げる。
「終りだな」
「――!?」
だがその瞬間を、浅倉たちはしっかりと狙っていた。
砲台と直掩機による防御陣形の外に駆け出してしまったヒグマ提督の上に、四方の屋根から飛び掛かる、浅倉威たちの影がかかっていた。
《E-7 鷲巣巌に踏みつけられた草原 PM16:45頃》
同様の事態は、島の西部から南部にかけての街のみならず、さらに南の草原地帯においても発生していた。
「ぐるおおおおおおおおお――!! おだつん(調子に乗る)なぁぁぁ――!!」
「この野郎ぉぉ!! 人間まで『質より量』を求めて増え始めたってのかよ!!」
F-9の崖から北上してきていたメロン熊と穴持たず59、そしてヤイコという3頭のヒグマたちが、浅倉威の群れに襲撃されている。
メロン熊は当初、穴持たず59たちと同行するつもりもなく、独りで復讐相手である制裁ヒグマを探しつつ、怒りを露わにしながら練り歩いていた。
そこに気絶したヤイコを担ぎながら穴持たず59が追いすがり、なんとかメロン熊に協力してもらおうと懇願し続けていたのだ。
彼にとっては、理解できない状況の島に来てしまってから、初めて出会った頼れる先輩だったため、必死にもなる。
しかし島の内情を調査しようと考えている彼に対して、メロン熊は復讐が最優先であり、彼らの主張はいつまでたっても平行線だった。
そんな状態で口論を続けながら数十分も歩いていれば、草原をひっそりと迫り来る浅倉威たちに気づくのが遅れるのは、当然だった。
「俺は質も量も最高級なんだよ! 残念だったなヒグマども!!」
遮蔽もない、草だけの広大なその空間でヒグマが人間に取り囲まれるなど、あまりにも不覚なことだった。
目の前の事態と口論に白熱してしまい、二足歩行と人語の会話という、本来の羆の体構造からは不得手な行動に思考の大半を取られてしまっていたが故のことである。
メロン熊と穴持たず59が気づいたのは、風下から近寄ってきていた浅倉威たちが、一斉に飛びかかってきたその瞬間だった。
「くっそぉぉ!!」
「掻裂(かっちゃき)ィ!!」
メロン熊たちは咄嗟にその爪で応戦する他なかった。
本来ならば、人間など造作なく切り裂けるその爪はしかし、浅倉威の軍勢を返り討ちにするには足りなかった。
なにしろ数が違う。
この場に集まっていた浅倉威は、実に30体だ。
「単純すぎるんだよバカが!」
「ぐあぁぁ!!」
「チィッ――!?」
既に、切り裂かれ絶命している浅倉威も、この場には4、5人転がっている。
しかし、穴持たずたちが目の前の1人を倒している間に、彼らの背後には3人の浅倉が襲いかかる。
そんな構図で、瞬く間に彼と彼女の体には、浅倉威の鋭い爪でつけられた傷が増えてゆくこととなった。
そしてついに、ヤイコを抱えながら片手で応戦していた穴持たず59が、横からの不意打ちを食らって地面に倒されてしまう。
均衡の崩れたその瞬間、メロン熊は焦りに舌打ち、浅倉は残忍に笑った。
「もらったぁ!!」
四方ががら空きになったメロン熊と、地面に倒れ伏した穴持たず59に、それぞれ10人以上の浅倉が攻めかかる。
しかし刹那、襲いかかった彼らの目の前で、獲物たちは消失した。
「――俺の命はそんなんじゃ穫れないぜ!!」
「死ね! たくらんけ(バカ野郎)ェェ!!」
穴持たず59は、その全身を一瞬にして高速回転させ、地面に穴を掘って浅倉威たちの攻撃を躱す。
そしてメロン熊は、体得した瞬間移動能力で浅倉の包囲を脱し、一気に草原の彼方へと移動している。
彼女の口が、叫びとともに大きく開かれた。
――獣電ブレイブフィニッシュ。
ウィルソン・フィリップス上院議員のガブリボルバーを喰らって得たその巨大なエネルギー波によるビームが、浅倉威たちのいた草原を鮮やかな緑の炎で舐め尽くした。
「や、やった……!」
「なまらムカつく相手だったわ……。ほんとクソ」
ヤイコを抱いて穴から這いだした59は、焼け焦げている死体ばかりの地上に出てガッツポーズを取る。
その様子に、メロン熊も溜息をついてその場に歩み寄ってくる。
だが彼女は歩みながら、衝撃的な事実に気がついた。
焼け焦げ転がっている死体は、たった5体しかなかった。
「グガガアァァ――!?」
そして気づいた瞬間、穴持たず59が突然力を失って崩れ落ちる。
驚愕に見やったメロン熊の前に、彼の掘っていた穴から、笑みを浮かべて浅倉威が這い上がってくる。
浅倉威たちは全員、メロン熊が何らかの遠距離攻撃をするだろうと見るや、穴持たず59の掘っていた穴へと続けざまに潜り込んでいたのだ。
そして攻撃が収まるのを待って、穴持たず59の背中を、背後から手刀で突き刺していた。
「一度殺したくらいで図に乗るなよ……。もう俺らは、何回か死んでる」
「グルルルルルルオオオオオオ……」
声にならない怒りでメロン熊は唸る。
背後に穴の塹壕を確保した状態で、浅倉威たちは瀕死の穴持たず59とヤイコを人質のように取り囲みながらメロン熊と睨み合った。
だが、その時間はほんの一瞬で途絶える。
ぴゅるっ、ぴゅるっ、ぴゅるっぴゅるっ――。
黒こげになった死体たちのあちらこちらから、そして突然、一斉に噴き出してきたものがあったからだ。
メロン熊は瞠目した。
「な、な……!? まさかその白いのは……!?」
「……死んでは生まれ、喰らい喰らわれる度に、進化し続けてきたって寸法よぉ」
真っ白な、蠢くその大量の液体は、メスに対する凶悪な兵器だった。
【101人の2代目浅倉威@仮面ライダー龍騎 5人死亡(残り77人)】
《D-6 擬似メルトダウナー工場 PM16:45頃》
「イライラさせんなよぉ! 楽しいだろぉ!?」
「なんで!? なんであなたは戦うの!? ――ダメだ問答無用だ、那珂!」
炎に包まれゆく工場の中で、爪と爪とがぶつかり合う激しい音が響いている。
浅倉威の軍勢と、那珂ちゃんとくまモンとが戦っている音だ。
人数で圧倒している浅倉威に、手数の多さに優れているくまモンたちも苦戦を強いられている。
しかし彼らの戦いづらさは、決して数で負けているからではなかった。
――こいつは、人間だモン……! ボクは人間は殺せないモン……!!
「それは、那珂ちゃんも同感! ――この期に及んで正気かよ……!!」
――どうにか、この戦いを切り抜けてバッテリーだけ頂くモン!!
目の前でくまモンたちに攻めかかっている男たちは、曲がりなりにも一度はモノクマの攻撃から助け出した者たちだ。
くまモンはゆるキャラとして、そして那珂ちゃんは艦娘として、人間を殺すことはどうしても避けたかった。
顎先や鳩尾、延髄などを狙って気絶させようとはしてみたが、浅倉たちにはそんな狙いが見え見えの攻撃はことごとく捌かれてしまう。
そこで二人は、浅倉威を説得できないまでも、防戦に徹しながらどうにか当初の目的であった機材のバッテリーだけは確保しようと、じりじりと移動をしていた。
那珂ちゃんの中に魂だけで存在している呉キリカは、そんなまどろっこしい戦闘に歯噛みする。
「こいつか? ハッハァ、この機械欲しさにここに来たってことか。読めたぜ」
「あっ――!?」
――しまったモン!?
しかしそんな二人の様子に疑問を抱いていたのは、何も呉キリカだけではない。
浅倉威も、戦うにしてはあまりに不自然な那珂ちゃんとくまモンの動きから、その狙いを読み取ってしまっていた。
十数人におよぶ浅倉たちのうちの一人が、工場奥に鎮座している擬似メルトダウナーの上に登り、その爪を振り降ろそうとしていた。
周りを取り囲む浅倉威たちに攻め返すことなく守りに徹していたくまモンたちでは、気づいたところで、そこまで走り寄ることも出来なかった。
「目の前の戦い以外のことにかまけてんじゃねえよ、こんな祭りでよぉ!!」
「――ふッざけるなぁ!!」
しかしその時、爆発のような蒸気の噴出と共に、那珂ちゃんの体がその場から消失していた。
浅倉威の垣根の一角が吹き飛ばされ、次の瞬間、擬似メルトダウナーの上にせせら笑っていた浅倉の断末魔があたりに響く。
「ごあがぁァ――!?」
「愛には愛を、死には死を……。そんな道理もわからないなら、私が見せてあげるよ、那珂!!」
煮詰めたタールのような低い声が、那珂ちゃんの口から溢れた。
那珂ちゃんの体の操舵権を奪い、呉キリカが速度低下魔法と蒸気機関をフルに利用した高速突進で、浅倉威をその手の爪に刺し貫いていたのだ。
そして彼女は、右手に刺したその死体を高々と掲げ、眼下で瞠目する一同を睥睨した。
「――ワンインチ……。いや、ワンマイル――」
かつて夢原のぞみが行なった命名に倣うように、キリカは静かに、そして爆発するようにその必殺技を叫ぶ。
「ヴァンパイアファング!!」
彼女は、掲げていた爪を振り被り、勢いよく振り降ろしていた。
高速で伸びたその爪は先端の浅倉威の死体を錘として、モーニングスターかパイルバンカーのような、高質量と急加速を以て地上の浅倉たちを襲った。
その衝撃で工場の床は抉れ、瓦礫が吹き飛ぶ。
くまモン以外にその攻撃を完全に転げ逃れられた浅倉威は4人程度で、残りの10人程の浅倉は大なり小なりその衝撃にダメージを受け、悲痛な叫びを上げた。
そして痛みに動きが鈍ったそれら手負いの浅倉の首を、キリカは黒い疾風のようにその爪で刈り取っていく。
体を操られながら、その光景に那珂ちゃんが悲鳴を上げた。
「キ、キリカ先生、いくらなんでもやりすぎだよ!?
――やりすぎも屋久杉もあるかバカ! バッテリーを持って帰らなきゃ終わりなんだぞ!?」
浅倉たちの血の赤のただ中で、呉キリカと那珂ちゃんの意志は拮抗して立ち尽くした。
ワンマイル・ヴァンパイアファングの衝撃で吹き飛んだ浅倉たちも体勢を立て直しつつあり、くまモンが応戦を始めている。
急いで狩り尽さねば――。
と、キリカがそう思った時だった。
ぴゅるっ、ぴゅるっ、ぴゅるっぴゅるっ――。
「うそ!? 何これ何これ!?」
――大丈夫かモン!?
キリカが殺したばかりの10人の浅倉たちの股間から、一斉に白濁液が迸り始めたのだ。
その異様な光景に、那珂ちゃんもキリカもそろって怖気を震う。
彼女が立ち尽くす工場の陥没地点は、くまモンが起き上がって応戦している場所からかなり離れていた。
そこで、残る浅倉たちへの応戦をくまモンが優先してしまったのは、大きな失策だった。
「も、も、もしかして、もしかしなくても精のつくアレ!? アレってこんな動くの!?」
「そうなんだよ。何時の間にか、死ぬと精が出る体質になっちまったみたいでな」
「うわー!? 勘弁してくれ! 織莉子以外のヤツに散らされるなんて感覚だけでも御免だ!!」
「よそ見してる場合か?」
那珂ちゃんとキリカの両女子は、周囲の死体から湧く白い噴水の異様な光景に、ただただ混乱し恐怖した。
そしてその背後に、首を刈り漏らした浅倉威の残党が迫っていることに、気づかなかった。
ドン、と蹴り飛ばされたと理解した時には、彼女は既に、陥没した床に溜まった大量の白濁液の中に落ちてしまっていた。
「っがぁ――!? あああ、体中にアレがぁぁぁ――!?」
「そんなに汁まみれになったらもう逃げられねえよ。諦めな」
――おい、その子に何をするつもりだモン!?
「お前の相手はこっちだよ!」
大量に溜った体液は、中の細胞たち一つ一つが意志を持っているかのように、那珂ちゃんの体に絡みついてくる。
彼女がもがいてももがいても、ぬるぬるとした液に保護された精細胞たちはいや増しに活発になるだけだ。
くまモンが焦って那珂ちゃんに近付こうとするが、4人の浅倉は行かせまいと巧妙に攻め手を繋いでくる。
くまモンが問うまでも無く、この蠢く精液たちが何をしようとしているのかは、キリカにも那珂ちゃんにも、おぞましさと共に理解できてしまっていた。
「よ、よし、閃いた! ――何、キリカ先生!?」
魔法少女衣装の下にまで白濁液に入り込まれようとしていたその時、呉キリカがハッとした様子で表情を明るくする。
そして精の中に居住まいを正して座り込むと、その体である那珂ちゃんに向けてにっこりと宣言した。
「那珂! お前に操舵権を開け渡す! 元はお前の体だ! 後は任せた!!
――え!? ちょっとこんなところで代わらないでよキリカ先生!! キリカ先生!?」
そして次の瞬間、呉キリカの魔法が那珂ちゃんの肉体から消え去る。
眼帯も魔力も燕尾服も霞のように消滅し、白濁液まみれのドレスのみとなってしまった那珂ちゃんは、絶望感に打ちひしがれた。
その隙に、液体は那珂ちゃんの体へ殺到した。
「やめてよ!! 枕営業なんてしたことないのに!! 気持ち悪いぃぃ!!」
「アイドルかなんかだったのか? 最初で最後が俺なんだ、喜べ」
――いい加減にするモン!! そこをどくモン!!
その重量に一気に押し倒され、那珂ちゃんは身動きが取れなくなる。
足をばたつかせて拒もうとしても、下着の間からそれは無情にも入り込んでくる。
その様子を、陥没の縁で浅倉威の残党がせせら笑いながら眺めている。
猛然と浅倉たちに当身を喰らわせながら、くまモンが寄ってくる。
が――、間に合わない。
「うあっ、やだっ――。お腹ふくれちゃう……!! あぁあ、あぁあぁぁぁぁぁ――!!」
――那珂ちゃん!!
くまモンが手を伸ばした時、軽巡洋艦・那珂は見る間に痩せさらばえて行き、そしてその腹部だけが、餅のように膨れ上がっていた。
「ハッハッハッハッハァ――!!」
臓物と血の赤が、くまモンの視界に舞い飛ぶ。
成熟しきった新たな浅倉威が、那珂ちゃんの腹部を引き裂いて、生まれ落ちていた。
【101人の2代目浅倉威+3代目浅倉威@仮面ライダー龍騎 10人死亡(残り73人)】
【――『冠毛種子の大群(哀楽)』に続く】
以上で投下終了です。次回はこれほどの間は開かずに投下できると思います。
継続して予約します。
浅倉威さんの残り人数は現時点で68人でした。修正します。
度々すみません、再確認しましたが、
101→84→79→69+1で残り人数は70人が正しいです。
投下乙です
那珂ちゃんが浅倉さんに中出しされて妊娠して出産しただと!?(錯乱)
表現規制なにそれな企画のパロロワはたまにレイプがどうこう話題になりますが
レイプ行為が普通に攻撃手段の一つな浅倉さんの論理的ヤヴァさは群を抜いてますね
もうヒグマと参加者が協力して浅倉の群れと戦っている状態ですが戦況は劣勢
一体一体が決して弱くなく数があまりに多すぎるこのパロロワ史上最悪の生物を止めることは出来るのでしょうか?
そして那珂ちゃんと逃げたキリカちゃんは無事なのでしょうか?
後編を投下します
《D-6 市街地の路地裏 PM16:45頃》
「獣人の兄さん、流石にその体で挑んでくるのは……って、なんですかその汁!? 気持ち悪ッ!!」
グリモルディに轢かれかけた満身創痍の状態でなお追って来た3人の浅倉威に、阿紫花英良は呆れ半分驚き半分に声を掛けようとした。
しかしその声は、路地から続けて現れてきた白濁液の大群に、ただの狼狽と化した。
「オラァ!」
「ひえっ!?」
「うおあ!?」
そして浅倉威は、唐突にその白濁液を掬い上げて阿紫花たちに投げつけてくる。
咄嗟に身を屈めて阿紫花が避けると、それはフォックスや隻眼2たちの足元に着弾して蠢く。
その特徴的な臭気に、フォックスはケレプノエの身を背に押しやりながら慄いた。
「こ、これ、ザーメンじゃねえか!?」
「うええ!? なんでそんなにソレが大量に出てるんですか!?」
「喰らいなァ!!」
阿紫花たちの一行が困惑している間に、浅倉威たちは次々と地面の液体を掬っては、パイ投げよろしく一行に投げつけてくる。
先頭にいた阿紫花はその弾幕の被害をもろに受け、操作していたグリモルディが途端に白濁液まみれになってしまう。
「えんがちょおぉぉ!! 何すんですかあたしの人形に! 金かかってんですよ!?
正気ですかあんた!? 過剰な下ネタは全く笑えませんからね!?」
「男には用はねえんだよ!!」
攻撃とも思えない理解不能な攻撃に、阿紫花は絶望的な叫びを上げてグリモルディの汚れをどう落とそうかと立ち尽くした。
そうして阿紫花の意識が逸れた刹那、3人の浅倉威たちは風のように彼の脇を走り抜けようとする。
「バカにしてんじゃねぇですよ!!」
「グオァァ!?」
瞬間、怒り混じりに阿紫花が腕を引くと共に、グリモルディの首が高速で伸び、走り抜けようとした浅倉ひとりの脇腹を強かに撃ち砕いた。
そのまま浅倉の一人は住宅の壁に叩き付けられ絶命するが、残り二人は後方のケレプノエめがけ、一気に肉薄していた。
「フォックスさん!! シャオジーさん!!」
「結局俺かよぉぉ!?」
「あぐるるぅ!?」
「死ね!」
浅倉威たちは、牽制に白濁液を投げつけながら、ケレプノエの前に立ちはだかっているフォックスと隻眼2の元に躍りかかる。
跳刀地背拳を読まれているフォックスには、彼の圧倒的な膂力に対抗する手段など、無かった。
「ぐおが!?」
「ハッハッハ……、ハガッ!?」
両手をクロスさせる最大級の防御態勢をとっても、浅倉の拳はそのガードの上からフォックスを彼方へと吹き飛ばす。
しかしその攻防でダメージを受けていたのは、フォックスよりもむしろ、浅倉自身だった。
浅倉威はフォックスに触れた直後、急に胸を押えて苦しみだし、地に倒れて死んでしまったのだ。
起き上がったフォックスは、咄嗟にその原因に思い至る。
「これは……、『朱砂掌(毒手拳)』か!!」
フォックスの体は、ヒグマのケレプノエに飛びついて以降、薄く紫色に着色されていた。
トリカブトのような彼女の致死性の毒が、フォックスの体には深く浸みこんでいたのである。
「ハッハッハァ!!」
「ぎゃうる……!?」
「毒だ! ケレプノエ! 毒を出せ!」
フォックスが叫んだのは、隻眼2と交戦していた浅倉がついに彼の鼻っ柱を蹴りつけて、奥のケレプノエに走り寄っていた時だった。
「あうっ……!?」
浅倉威の凶悪な笑みと気迫、そして目の前で起きている気色の悪い攻防は、文字通りの世間知らずな箱入り娘だったケレプノエをして、本能的な恐怖を抱かせるのに十分だった。
そして胸倉を掴まれ持ち上げられたケレプノエから、冷や汗が一滴飛んで浅倉の体に付着する。
「……なるほどテメェ、……あの時のヒグマか」
直後、浅倉は突然力が抜けたように、彼女を離してうずくまってしまう。
フォックスの叫びと恐怖心から、彼女は咄嗟に、魔法少女となって抑えられていた自分の毒を分泌してしまっていた。
すぐに彼女は、自分のしでかしてしまったことに気づき、浅倉に駆け寄って目を潤ませる。
自分が毒で殺してしまった者たちが、カントモシリ(天国)に行くのではなく、そこで終わりになってしまうのだということを知っている彼女には、罪悪感ばかりが募った。
浅倉威とケレプノエは、確かに日中も出会っており、その時もケレプノエは彼を殺してしまっている。
「ご、ごめんなさいー……。あの時も遊んで下さったのに、ケレプノエはあなた様を、終わらせて……」
「いや……、いいんだよ」
だが彼は、わずかな毒でも刻々と増悪していく不整脈に苦しみながらも、ニヤリと口許を歪ませた。
その直後、住宅の脇やフォックスの元で死んでいた浅倉威たちから、音を立てて白濁液が溢れ出してくる。
起き上がっていたフォックスが震えた。
「フルチンだけじゃ飽き足らず死に際に射精すんのかよおめぇら!! 道理でこの量だ!」
「それだけじゃねぇ……ぜ」
道に犇めいている白濁液の由来を理解して衝撃を受ける一行の中で、浅倉威はさらに衝撃的な事実を言い残す。
「俺の精を受けた女はすぐに孕んで……、腹を爆発させて俺を産む……!!」
「ひ、ひどい能力ですわ……!!」
「ぎゃぁあぁぁ――!! 世紀末でもねぇよそんな地獄絵図!!」
末期の言葉で告げられた異常事態に、阿紫花とフォックスは慄然と竦み上がる。
グリモルディに付着した液体をこそげ落とそうとして、未だにそれが動いているのを確認していた阿紫花には、その能力が決して冗談ではないのだろうと感じられた。
しかし、だからといってどうすればいいのか。それがわからない。
「あうるる!」
「シャオジーさん!?」
まごつく阿紫花の袖を引いたのは、隻眼2だった。
彼は片脚を上げて、蠢く地面の白濁液に向け、高らかな放物線を描く小水を振りかけている。
その様子を見るに、白濁液はその尿を受けて一度緩み、そして動きを止めてしまう。
フォックスはその現象に衝撃を受け、そして阿紫花は逆行性射精の治療で病院にかかっていた舎弟の話を思い出した。
「――小便で撃退できるのかこれ!?」
「ああ、確かに尿で死にますわ精子は! 浸透圧とペーハーの違いか何かで!」
「そうと決まったら――!」
撃退法が分かるや、真っ先に動き出したのはフォックスだった。
彼はためらいもなくズボンを下げて下腹部をさらけ出し、蠢く白濁液の溜まる地点地点に向けて勢いよく小便を放ち始めていた。
「くそ、粘液で自己防御してやがんのか! 水圧上げねえと!」
「流石に一度死んでらっしゃるだけあって酸度も高そうですし、フォックスさんの尿は効きそうですねぇ……」
「よっしゃ、おめぇも連れションしろ!!」
「仕方ないですね……、やりますか」
「あるるるる!」
三人の男性陣が、そうして一気に放水を始めていた。
連携のとれた消防団よろしく、白濁液の侵食する路地の方々をその黄金水によって鎮めてゆく。
勢いのある水飛沫に触れて、白濁液はたちまち動きを止めて行った。
「ああ〜、やっぱり人を殺した後は小便がしたくなる! そうは思わねえか?」
「まあ、落ち着きたくなりますからね。小便したくなる人もいるでしょうよ」
「てかおめぇ、その格好は銃口の取り回しがしやすそうだな。良かったなその破廉恥な格好で」
「初めて魔法少女になったことを感謝するのが、排尿のしやすさってのはどうなんですかね。
……ってか、ケレプノエさん、ケレプノエのお嬢さんは!?」
地面を這いずれるほどの活発な精がもう残っていないことを確認して、彼らはようやく一息つく。
しかし、中心にいたケレプノエの様子を見て、方々に散った彼らの落ち着きはすぐさま吹き飛んだ。
「なんですかこれー? なんだかぬるぬるしますー……」
「ぎゃぁぁ、しまったぁぁぁ!!」
「うわ、やばいですよこれ……!」
ケレプノエは、最後に目の前で死んだ浅倉威の精を頭からかぶっていた。
噴水のように湧き出す白い液体は、彼女が初めて見るものであり、興味を以て顔を近づけてしまった後、何だかわからないままに浴びてしまったのだ。
「ケレプノエ!! やめろ!! そいつを中に入れさせんな!!」
「どこの中ですかー……?」
「無邪気すぎんだろおめぇはよぉぉ!!」
白濁液まみれで微笑みながら問いかけてくる彼女に、フォックスは頭を抱えた。
彼女に纏わりついている液は未だ蠢いている。まかり間違って体内に侵入されてしまえば一巻の終わりだ。
「毒だ! すぐに毒を出せケレプノエ!!」
「先程から止めてはいないのですがー……」
走りながらフォックスが指示を出すが、返って来た言葉は予想外のものだった。
トリカブトの毒は主にナトリウム濃度の攪乱にて毒性を発揮する、心臓や神経系へのダメージに特化したものだ。しかし精子の運動は主にカルシウム濃度の差異に影響を受ける。
ケレプノエの分泌する毒では、浅倉威の精の動きを鈍らせることはできても、完全に停止させることはできなかった。
イオン勾配の乱れで精子が死ぬのが先か、それとも中に侵入されてしまうのが先か――。
座り込む彼女の正面に駆け寄った彼に、そんなチキンレースを指を咥えて見ている選択肢はなかった。
「くっそぉぉぉ……!! 勘弁しろよ!!」
「ぷぁ……」
フォックスは意を決して股間のホースを握り込み、そして真上からケレプノエに大量の水を浴びせていた。
黄金水にて白濁液を洗う。
それは背に腹は代えられぬとは言え、傍から見ていて決して気味の良い絵面ではなく、阿紫花と隻眼2は、フォックスから少しからぬ距離をとって目を伏せていた。
「フォックスさまの……、おしっこ……」
粘性の低減も合わさってケレプノエの毒の効果も存分に受けたその白濁液たちは、蛋白の変性した死骸と化して、為す術もなく洗い流されてゆく。
だがそれと引き換えに、ケレプノエの全身は魔法少女衣装ごとずぶ濡れになってしまった。
全力を出し尽したフォックスは、疲れ切った様子で屈みこむ。
「お前……、お前な、死ぬところだったんだぞ……? ちったぁ危機感持てよ……」
「ケレプノエは、あの方々を、死なせてしまいましたー……」
濡れた髪を掻き上げながら、ケレプノエは沈んだ声でフォックスに答えた。
罪悪感に苛まれている。
何も知らなかったならば抱かなかった、自分の行いへの後悔に項垂れ、されるがままになっていたのだ。
そんな常の彼女に似合わぬ様子に、フォックスはイライラと頭を掻き、彼女の両肩を力強くたたいた。
「良いんだよあんな奴ら死んで!! あのままにしてたら俺たち全員が死んでた!
ゆくゆくは他の参加者もな! 今生きてる全員のためだ、お前はよくやったよ!」
強く言い放たれたその言葉に、ケレプノエはパチパチと目を瞬かせた。
「ケレプノエは、フォックス様が死ぬのを、防いだのですかー?」
「そう表現していいのか分かんねぇが……、まあそうだよ」
「フォックス様は、ケレプノエが死ぬのを、防いで下さったのですかー?」
「……そうだよ」
「ケレプノエが死ぬのが、嫌だったのですかー?」
「ん……? まぁ、そうだよ。そうしたら俺たち全員がピンチだったからな……」
ケレプノエの身を守ることは、彼にとって絶対に必要なことだった。
孕ませた女から自分自身を産ませるという能力が、果たしてどのようなものなのか想像もしがたかったが、仮に5つ子や6つ子でも産まれてしまったら、おぞましいのみならず大惨事になることはほとんど確実だろうと思えた。
「……えへへー」
「なんだよ突然にやけやがって」
「フォックス様は、そのままのケレプノエと一緒にいてくださるのですねー」
ケレプノエはそして、屈託なく笑った。
「うれしいですー」
その笑顔にドキリと、死んでいるはずの心臓が高鳴るのをフォックスは感じた。
ケレプノエは濡れそぼったまま、勢い良く彼に抱きついていた。
「おい!? あんまベタベタすんじゃねぇよ! お前はヒグマだろ!? しかも毒を出す!!」
「はいー! なのでフォックス様方の、お役に立てましたー!!」
「……いや、全くですよ。ケレプノエのお嬢さんのおかげです」
一部始終を傍から見ていた阿紫花が、とりあえず一段落したことを確かめて、煙草を取り出そうとしていた。
人形にへばりついた白濁液は乾燥してしまったし、見渡す限りもう蠢く液体は存在しない。
しかしその時、彼の袖を隻眼2が強く噛み引いた。
「あぐるる!」
「ん……!? ――飛行機!?」
唸りと共に視線で示された上空を見れば、そこには南西の夕焼けを受けながら、小さな飛行機の編隊が幾十も、雲霞のように舞い飛んでくるところだった。
そしてそれらの下部が開き、霰のような爆弾が落ちてくるのを、阿紫花は見た。
「隠れてくだせぇ!!」
「うお!?」
「きぁ!?」
汚れているのに構わず、グリモルディを駆動させてフォックスとケレプノエを担ぎ上げた阿紫花は、隻眼2を伴って建物の陰に走った。
その背後で、もともと李徴たちの手によっていくつもの放火が行われていた街並みに、次々と爆轟と炎とが上がってゆく。
「何だかわかりやせんが、通信妨害にクローン獣人と来て、お次はラジコン空爆ですか……。
いや、ホント飽きさせてくれませんね、この島は……」
「感慨深くもなんともねえよ……」
「全くですわ」
大きく目立つグリモルディの鮮やかなシルエットは、上空からだと良い的になるらしく、暫く阿紫花はその超小型爆撃機につけ狙われた。
ビルに隠れた隙にデイパックに人形を戻して彼らが空爆の手を逃れたのは、それから数分後だった。
「……よし、探索を諦めて別のところに向かったようですね」
「今のは何だったんだ……? あれも黒幕のロボットの一種か?」
「もしくは、義弟さんと李徴さんが通信で言ってた誰かさんの操縦機か……。
いずれにしても友好的な感じじゃなさそうなのは確かですね……」
動向を見守る、ケレプノエと隻眼2というヒグマ二頭の視線を受けながら、人間二人は今後の動き方を思案する。
「とりあえずどうするよ阿紫花……。どうせ武田と連絡とねれえんなら、俺は正直、温泉に行った方が良い気がするぜ……?
ちゃんとした水場があるんなら、こいつ風呂に入れてやるべきなんじゃねえかと……」
「ですね……。こう、汁まみれ煤まみれになってる人他にもいるでしょうしね……。
観柳の兄さんもこれに絡まれてるんでしょうし、絶対おんなじこと考える人いますよ。
人形もちゃんと洗ってやって、油さしてやらなきゃなりません」
ケレプノエも隻眼2も、なんとなれば阿紫花にしろフォックスにしろ人形にしろ、尿なり白濁液なり、返り血なり煤なりにまみれっぱなしなのだ。
できれば早いところどうにかしないと、気持ち悪さが勝って戦闘どころではなくなる。
大量に出現しているらしい獣人や爆撃機の様子からして、同じ状況に至っている者は多いと考えられる。
当初の目的だった、脱出に際しての生存者探しも果たせるなら一石二鳥だ。
彼らの脚が最も近い温泉であるE-8に向かうのは自然なことだった。
「よっしゃ、風呂だ風呂! 世紀末じゃ久しく浴びてなかったからな、何ヶ月ぶりかね!
もうこんな状況なんだし、せいぜい楽しまねえと損だわ!」
「おふろ……?」
ある者は気分転換に意気込み、ある者は小首を傾げ。
そうして小型爆弾の大群が空襲していく街を後にして、観柳からの連絡を待ちながらひとっ風呂浴びにいくことに決定した彼らは、いそいそと南方の温泉に向かう。
先導する阿紫花と隻眼2の後ろでケレプノエは、離れようとするフォックスに、いつまでもにこにことしたまましがみつこうとしていた。
――その様子を、後にヒグマはこう語る。
いや、ケレプノエさんがそうなるのは当然のことでしょう。
だって彼女は、命と心を助けてもらった上に、そのオスから『マーキング』されてしまったわけですから。
で、まあ、それを受け入れたわけですから。
その帰結がどうなるのかは、まあ、この後のお話で自然とわかりますよ――。
【101人の2代目浅倉威+3代目浅倉威@仮面ライダー龍騎 3人死亡(残り67人)】
【D-6 市街地の路地裏/夕方】
【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:大)、魔法少女衣装、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)、鎖付きベアトラップ×2 、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:面白い素人さんでしたが……、流石に汚すぎましたね……。
1:雇われモンが使い捨てなのは当たり前なんですが、ちゃんと理解してますかね皆さん……?
2:費用対効果の天秤を人情と希望にまで拡大できる観柳の兄さんは、本当すげぇと思いますよ。
3:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
4:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
5:他の参加者を探して協力を取り付ける
6:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
7:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。
【フォックス@北斗の拳】
状態:木偶(デク)化
装備:カマ@北斗の拳、テレパシーブローチ
道具:基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)、マリナーラピッツァ(Sサイズ)、詳細地図、ダイナマイト×30、テレパシーブローチ
基本思考:死に様を見つける
0:とりあえず風呂に入ってサッパリしてからだ!
1:確かに女子に出会いたいとは思ったがよぉ!? なんでケレプノエなんだよひっつくなよ!!
2:死んだらむしろ迷いが吹っ切れたわ。どうせここからは永い後日談だ。
3:義弟は逆鱗に触れないようにすることだけ気を付けて、うまいことその能力を活用してやりたい。
4:シャオジーはマジで呆れるくらい冷静なヤツだったな……。本当に羆かよ。
5:俺も周りの人間をどう利用すれば一番うまいか、学んでいかねぇとな。
[備考]
※勲章『ルーキーカウボーイ』を手に入れました。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』、『鮭狩り』、『クマカン!』、『手品師の心臓』、『Round ZERO』の内容と、
布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。
【隻眼2】
状態:隻眼
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:とりあえず僕が冷静でいないと、危険察知できる人が少ないよなこの群れ……。
1:ケレプノエさん、良かったですねぇ……。
2:ヒグマ帝国……、一体何を考えているんだ?
3:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
4:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
5:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫、白黒のロボット(モノクマ)、メルセレラ、目の前に襲い掛かってきている獣人(浅倉威)が、用心相手に入っています。
【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:魔法少女化、健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』のソウルジェム、アイヌ風の魔法少女衣装
道具:テレパシーブローチ
基本思考:皆様をお助けしたいのですー。
0:フォックス様! フォックス様! ありがとうございますー!
1:皆様にお触りできるようになりましたー! 観柳様、キュゥべえ様、ありがとうございますー!
2:ラマッタクペ様はどちらに行かれたのでしょうかー?
3:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
4:お手伝いすることは他にありますかー?
5:メルセレラ様、どうしてケレプノエに会って下さらないのでしょう……?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について気が付きました。
※魔法少女になりました。
※願いは『毒を自分で管理できること』です。
※固有武器・魔法は後続の方にお任せします。最低限、テクンペ(手甲)に自分の毒を吸収することはできます。
※ソウルジェムは紫色の円形。レクトゥンペ(チョーカー)の金具になっています。
※その他、モウル(肌着)、アットゥシ(樹皮衣)などを身に着けています。
《E-6 市街地 PM17:00頃》
「速すぎるだろあいつら!? 脚もヒグマ並みなわけ!?」
「しつこいですよあなたたち! いつまで追ってくるんですか!!」
「逃げんじゃねえよ!!」
「うお!? 挟まれた!?」
一方、街角で出会い頭に浅倉威の群れと鉢合わせてしまっていた武田観柳と操真晴人たちは、交戦よりも通信妨害の元を叩くのを優先し、マシンウィンガーをフルスロットルにして何とか彼らから逃げようと試みていた。
しかし、街中に潜んでいた浅倉威は予想以上に多く、進路に回り込まれ続けた晴人たちはついに十字路の四方を浅倉に囲まれてしまう。
その恐るべき執念に、観柳は恐怖や呆れを通り越して、感嘆の念を込めて問うた。
「あなた一応人間なんでしょう、浅倉さん!? なぜ脱出を考えずに攻めかかってくるんです!?」
「は? 初めに、『最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう』って言われてたじゃねえか」
「あ、はい……。あれをまだ信じてる人がいらしたんですか……」
実直なのか、ただ好戦的なのか。もう既に死んでいる主催者の言い分を未だに真に受けている人間がいるとは、流石の観柳も思ってはいなかった。
会話する時間も惜しいらしい浅倉威たちは、舌なめずりをしながらじりじりと観柳たちに迫ってくる。
「つうわけだ。イライラさせんじゃねぇ……。
さっさと俺を楽しませるか、それとも俺に殺されるか、選べ!」
「楽しませる……?」
包囲を狭めてくる浅倉たちを前に、観柳は彼の言葉の含意を読み取ろうと、ごくりと唾を呑む。
浅倉威の身体能力や様相はジャック・ブローニンソンを彷彿させるものがあり、観柳や晴人にとってはそれほど嫌悪感を抱くものではない。
何とかこの場を穏便に済ませられないかというのが、観柳たちの思いだった。
しかし彼らの意に反して、さらなる軍勢がその場の空気を裂く。
唐突に街並みが、あちこちで爆発を始めたのだ。
「チッ!? 何だ!?」
「なんなんですか次から次へと!?」
『やはり急激に魔力が増大しているようだ……』
「掴まって観柳さん!」
呟くキュゥべえを掻き抱き、観柳は急転回した操真晴人にしがみついた。
突然の事態に驚いていた後方の浅倉威たちの脇をすり抜け、マシンウィンガーが歩道を乗り越えて駆ける。
直後、その場に大量の爆弾が落ちて一帯は焦土と化した。
「空爆――!?」
「チイィッ!!」
晴人や、辛うじて爆風を躱した浅倉の生き残りは、その爆弾魔たちの姿を見て驚愕する。
それは遥か上空を飛んでいた、戦略爆撃機・富嶽のミニチュアの軍勢だ。
南西方向から飛来しているそれらは、先の阿紫花の一行しかり、今の観柳たち然り、路上で交戦している人間たちを明らかに標的として狙っていた。
「ラジコンかなんかか!? それにしても出来が良すぎるだろ! 空爆や射撃までしてくるし!」
「操真さんあれ何なんですか!? 鳥!? 鉄でできた鳥なんですか!?」
ビルディングの陰に隠れてその大量の編隊をやり過ごそうとしながら、晴人と観柳は口々に驚きを口にした。
観柳の疑問に、晴人が以前の通信で得た情報を元に答える。
「たぶん義弟さんが見たっていう、小型の飛行機だと思います。李徴さんが言ってたでしょう。
あの、ジャックさんや阿紫花さんと戦ったあの戦艦ヒグマも似たようなの使ってたんじゃないんです?」
「ああ! これですかぁ!! うわ、欲しい、何これ、いくらで売れるんだよ、空自在に飛んで爆弾落とせる自動機械とか戦船の出番ないでしょこれ……」
「感激してるヒマないですよ! もうこれ完全無差別爆撃だ!!」
初めて飛行機の実物を見た武田観柳は、恐怖よりも好奇心と興奮の方が勝っていた。
武器商人としての経験と勘が、その小型飛行機から、商品として大ヒットする気配をビンビンに感じ取っているのだ。
しかし彼の思いとは裏腹に、富嶽の大群は爆撃をやめない。
それは未だに大通りのど真ん中で、生き残った6人の浅倉威が、真っ向からその空中の軍勢に応戦しているからだ。
彼らは降り注ぐ小型爆弾の落下点を見切り、刹那に腕を振り抜いてそれを上空の富嶽たちに叩き返している。
「イライラさせんじゃねェェ――!!」
「うお、浅倉さん爆弾を弾き返してるし!?」
「あー……、勿体無い。あんな精巧な機械、一体いくらするんですかねぇ。
あのヒグマ人形みたいに気持ち悪い見た目じゃないですし、武器として絶対売れると思うんですけど」
単に自由落下してくるだけの爆弾を、自分たちの周囲だけ弾けばいい浅倉は、次第にその危険なカウンターアタックの精度を増して、上空の富嶽たちを次々と撃墜していく。
その様子をビルの陰から眺めながら、武田観柳は死の商人としての職業柄、やきもきとした感情を抑えられなかった。
襲われている状況からして撃墜しなければならないのは確かだが、試供品に2,3機と言わず、数十機ほど手に入れて明治に持ち帰りたい気持ちがどうしても強い。
操真晴人はそんな垂涎の観柳の呟きに、少しの間だけ思案する。
晴人はまったくその手のおもちゃには詳しくないが、小型飛行機のラジコンならばだいたい一万円くらいで買えるのではなかろうか。
そして、明治期の一圓はだいたい、現代の1〜2万円に相当するものだと聞く。
「……わかんないですけど、あれ一機でも一圓しないんじゃないですかね。材料だけならもっと安いかも」
「いちえ……!?」
隣から伝えられた驚愕の推察に、観柳は瞠目した。
空から降り注ぐ爆弾の大群が、まさに一期一会の天恵にすら思えた。
「キュ、キュゥべえさん。この機械を、作っている女性が、この島にはいるということですよね……」
『そうなるね。リチョウの言っていた娘かも知れない』
「……ならば、たった一人で」
『だろうね。その子が魔力が何かで生成してるものだと思うよ』
「……つまり家内制手工業の職人芸。そして一機につき材料費は一圓しない……」
『……そういえば。この機械に含まれる魔力は、今カンリュウのテレパシーを妨害しているものと同質だね。
この島の南西から来ているものだ』
武者震いにどもりながら、観柳は肩のキュゥべえと会話を重ねる。
大口の商談に取り掛かる時のような興奮が、彼の芯から沸き起こっていた。
「クッ――!? ここに来て突っ込んできやがるか!!」
その時、大通りの浅倉たちの戦闘には変化が起こっていた。
空爆が弾き返されていることをようやく認識した富嶽の編隊の半数が、突如急降下して機銃掃射を行ないながら特攻してきたのだ。
その急速な奇襲に、浅倉威の3体は弾痕で穴だらけとなり、2体は全身に何機もの体当たりを喰らって爆死した。
何とか自分の死体を盾にしながら転げ、第一波を凌いだ最後の浅倉の元にも、上空で様子見をしていた残り半数の富嶽が一斉に襲い掛かる。
絶体絶命に思えた。
「クソ――!?」
「レェェ――ッツ、プレイ!!」
その時、黒い死の鳥の群れを、金色の死の咆哮が一瞬にして打ち払う。
荒ぶる嵐のような轟音を轟かせ、逆巻く雨のような一圓金貨の煌めきが、急降下してくる飛行機の悉くを撃墜していたのだ。
黄金の回転式機関砲を携えた白金の紳士が陰から歩み出し、夕日を背に受けて彼の前に訪れる。
「浅倉さん! この私と取引をしませんか? 必ずあなたも楽しませてご覧に入れましょう!」
「何……!?」
「操真さんもお聞き下さい! 誰にも損はさせません!」
死の商人にして魔法少女、金遣いの武田観柳が、呆然とする浅倉威の前へ、にこやかに商談を持ちかけていた。
【101人の2代目浅倉威+3代目浅倉威@仮面ライダー龍騎 9人死亡(残り58人)】
《E-7 鷲巣巌に踏みつけられた草原 PM17:00頃》
一方、南の草原では、その浅倉威に追い詰められているヒグマたちがいる。
メロン熊の獣電ブレイブフィニッシュを躱せる位置取りで、倒れたヤイコと穴持たず59を、今にも25体の浅倉威が喰らおうとしていた、その時だった。
「――死にたいオスはここかしら〜」
突如、唐紅の陣風が音も無く飛来し、25体の浅倉の生垣を真後ろから掻っ捌いていた。
一気に3人の浅倉が袈裟懸けに分断され、朱に染まるその空間に、代わりにぞっとするような美少女の笑みが浮く。
浅倉たちの中心に一瞬にして躍り出た彼女の姿に、彼らは驚愕と共に身を退いた。
「チィッ――、別の俺を斬りまくってた女か……!」
「本当、駆逐艦級みたいにそこらじゅうに湧いてるのね〜。少しは慎みを持ってはくれないの〜?」
「せいぜい俺を……」
「楽しませるつもりもないから〜♪」
左腕のないワンピース姿の少女の微笑みは、彼女の携える薙刀と共に恐ろしい威圧感を以て浅倉たちを睥睨する。
その力量を知る浅倉たちは、今まで攻めたてていたヒグマたちを放り出し、一気に散開して退き討ちに移ろうとした。
だが少女の揮う薙刀は、退こうとする男たちを、その風圧だけでも悠々と斬りたてていく、
「大丈夫か!? 襲われてたのは誰だ!?」
「ヒグマさん……、ですか!? あ、メロン熊さんです! 北海道のゆるキャラに出向してた!」
「何……!? 何なの、一体……!?」
その隙に、単艦で先陣を切って来た少女の後を回りこんで、数人の男女が急ぎ駆け寄ってくる。
びっこを引く青年に肩を貸している少女から名指しで声をかけられ、メロン熊は困惑した。
「もうイヤです……。繁殖期になったらあんなのに襲わレるのかと思うと死んだ方がましデス……」
「ビショップ、世のオスは決してあんなのばかりではないわ……」
「むしろあんなのは例外ですよ! そうじゃないと私もイヤ〜――!!」
そして続く女性陣に、メロン熊はさらに呆れかえった。
浅倉威と隻腕の少女の戦いを横目にさめざめと泣いている裸の少女は、人間に見えるがヒグマだ。
そんな彼女に白衣を羽織らせてやり、隣で守るようにして歩んでくるのは、主催組織STUDYの人間と、ヒグマだ。
ここにはさらに魔術師と料理人と、ヒグマと人間と船の性質を合わせたような存在もいる。
追い詰められていたメロン熊の元に颯爽と現れたのは、龍田、間桐雁夜、田所恵、布束砥信、穴持たず203・ビショップヒグマ、そして穴持たず104・ジブリールの一行だった。
彼女たちは地下水脈から地上への道を切り拓き上がって来たその場で、浅倉威の軍勢に遭遇していたのだ。
たちまち交戦状態となっていた彼女たちは、一帯が広く浅倉威に侵攻されていることに気づき、危険人物である彼をより多く掃討するべく、戦闘を行ないながら移動していた。
無差別に攻撃を行なってくる浅倉の凶暴性は、人間を守る艦娘である龍田をして、「ただちに殺滅せねばならぬ」との決心を抱かせるのに十分だった。
佐世保の女である彼女は、かの『元寇』の時分、多々良浜辺の蝦夷を殺し尽した、鎌倉男児の血脈の手で形作られている。
「天は――、怒りて海は、逆巻く大波に――♪ 国に、仇を為す――、十余万の蒙古勢は――♪」
龍田は主立った戦力としてこれまでの道中で既に5人の浅倉を斬殺しており、次いでビショップヒグマが2名を溺死させている。
しかし魔力を回復させていたばかりのビショップヒグマは、それで再び魔力の枯渇に陥った。
液化できないただの裸体になってしまった彼女は、今度は死んだ浅倉から溢れ出た大量の白濁液の最大の標的になってしまっていた。
それは生後一年経っていない彼女に、想像を絶する恐怖を与えるのに十分だった。
それどころか、ほとんど女性しかいない龍田たちの一行は、浅倉にとって格好の標的だった。
田所恵やジブリールはもとより、多少の武術の心得がある布束砥信でさえ、単純格闘では浅倉威に勝ることなどできなかった。
「底の――、藻屑と消えて、残るはただ三人(みたり)♪ やっ、たぁ♪」
しかしその膨大な数の敵に囲まれてなお、全く鋭さの鈍らぬ神風がこの一行にはいた。
京都に吹き荒ぶ秋風と龍の神、その山川の名を冠した軽巡洋艦、龍田だ。
間桐雁夜のサーヴァントとして契約を結んだ彼女の魔力は充溢し、隻腕のみでもその薙刀の閃きは留まるところを知らない。
女の敵以外の何者でもない浅倉威の軍勢は、逆に龍田の逆鱗に触れて余りある存在だった。
方々に散ってなお見る間に距離を詰められて、断末魔を上げる間もなく斬り殺されてゆく浅倉たちの様は、見る者を放心させるほどの凄絶さがあった。
メロン熊は、自分の周囲で蠢いている白濁液を獣電ブレイブフィニッシュで焼きながら、半ば感嘆してその様子を眺めていた。
そしてたちまち歌の通り、25人も残っていたはずの浅倉威のうち、生きているのは3人ばかりとなってしまう。
「チクショォォ――! 先にテメェらだ――!!」
「くっ――!?」
「え、私!? 私デスカ!?」
「艦長(マスター)たちへのおさわりは禁止されています〜!!」
龍田から最大の距離を取って何とか生き延びていたその3人は、ほぼ丸腰の間桐雁夜やビショップヒグマたちの集団に肉薄し、反攻の糸口を掴もうとした。
その動きに身を翻した龍田が、凄まじい伸びを見せる居合の所作で薙刀を揮うも、浅倉は最後尾の自分を捨て身の盾としてうち遣り、残りの2人が狙い通りに雁夜たちへ迫る。
前にいたビショップヒグマが自棄を起こして叫んだ。
「私は省エネモードなので勘弁していただきタイんデスが!!」
「『Golos v e'toy ruke(声はこの手に)』――!」
田所恵や布束砥信を後ろに押しやり、ビショップと雁夜が身構えて踏み出す。
浅倉の爪が、それぞれの頭上から振り下ろされる。
うち振るわれたビショップヒグマの細く白い指先から、わずかに一滴の水が飛んで浅倉の口に入る。
差し出された雁夜の掌が、もうひとりの浅倉の顔面を捉える。
「……一滴の大海に溺れてくだサイ」
「『Moi pal'tsy dragi zastoy(俺の指は澱みを浚う)』!!」
瞬間、雁夜に掴まれた浅倉の頭が、全身の血液と水分を一箇所に集められて爆発する。
そしてビショップの渾身の魔力を口内に受けた浅倉は、気管に一滴の水で膜を張られ、窒息に苦悶しながら溺死していった。
「間桐さん!? 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、怪我は無いかい恵ちゃん……」
「どうデスか。私の魔力を奪って使う魔術ハ」
「いや、すごい威力だ……。ありがとう、助かってる」
「皮肉の通じナイ人ですネ……」
「Thanks a lot, ビショップ。とりあえずこれで片付きはしたみたいね……」
間桐家の『吸収』と『支配』の魔術によってビショップヒグマの魔力をあらかた吸ってしまっていた雁夜は、自分でも驚くほどの魔術の効果に、素直に賞賛とお礼を述べる。
晒したくもない裸体で忌々しげに声をかけていたビショップヒグマも、非戦闘員を守り奮闘する彼の姿に、何も言えなくなってしまう。
そんな彼女に労いをかけていた布束砥信が、その時、目の前で倒れているヒグマたちの正体に気づく。
「ヤイコ!? ヤイコと、穴持たず59じゃない! Are you okay there!?」
「う、う……」
「エ? なんでこのお二方がコンナところに……?」
すぐさま駆け寄った布束が両者に気付けを試みる。
その様子を遠巻きに眺めながら、自分の周りの白濁液を焼き尽したメロン熊が、焦って叫ぼうとする。
一度はそのまま立ち去ろうかとも思った。
必要以上に他者と関わりになどなりたくはない。今回浅倉威に襲われたのも、それが原因なのだ。
しかし、仮にも窮地を助けられた形ではある以上、龍田の一行に対する貸し借りは無しにしておきたかった。
「おい! そんなことしてる場合か! 死体から汁が襲ってくるわよ!!」
「知ってるわ〜♪」
メロン熊が叫んだのは、浅倉威から次々と湧き出しつつある、大量の白濁液のことだった。
その正体は明らかである以上、それらを女性が体内に入れてしまえばどうなるのかは想像に難くない。
しかしその心配をよそに、龍田は既にその大群に対する攻撃を用意していた。
「『紅葉の錦』♪」
「――『情欲を抱いて女を見るものは、心の中で既に姦淫をしたのである』」
広範囲に噴霧されていた重油が強化型艦本式缶の熱量を受けて劫火を起こすと同時に、また違った炎が、東から矢の雨のように飛来し地面の液体を焼いた。
龍田たちの一行の前に炎を纏って降り立ったのは、真っ赤な修道服を纏った幼い少女だった。
「『モーセは律法の中で、こういう者を石で打ち殺せと命じましたが、アンタはどう思いますか?』
……アタシは正直、地獄に堕ちていいと思いました。即刻死刑だ」
「もし自分や友人が犯されてしまったら……、と、思うだけで怖気を震いますわ……」
「デネデネデネ!!」
「きゅぴ〜……」
『大丈夫か!? いやはや、本当にそこらじゅうにいるなこの男は……』
『誰かと思えば……、メロン熊に布束砥信と……、錚々たる面子だな』
「佐倉杏子……? 円亜久里にデデンネにヒグマン子爵、それに34……!?」
彼女に続いてやって来たのは、赤ちゃんと幼女と小動物を背に乗せたヒグマと、帯刀して別の浅倉威の死体をスルメのように咀嚼する細身のヒグマだった。
布束砥信がその奇異な一行の様相に瞠目する。
魔法少女にポケモンにヒグマに赤ん坊に、開始早々に死んでいたはずのプリキュアという面々が連れ立っているのだから驚きもする。
「あなたたちも、この男の襲撃を切り抜けてきたみたいね〜」
「ああ……、こっちは危うく処女懐胎するところだったんだ、笑えねぇ……。こいつらも犯される側の身になってみろってんだ。
『復讐するは我にあり』。こんな女を嬲るような行い、神様だって赦さねぇさ」
一行の中で一番熱量を放っていた佐倉杏子に、龍田が同じく高温のオーラを微笑みの裡にして語り掛ける。
杏子は舌打ちの中に精神的疲弊と嫌悪感をありありと混ぜて溜息をついていた。
墓地を後にして、火災の起きている街に向かっていた杏子たちを出迎えたのは、やはり浅倉威だったのだ。
当初、人間を殺すまいと考えていた杏子は、真っ先に彼らへ斬りこんでいったヒグマン子爵を咎めようとした。
しかし蓋を開けてみれば、ただちに敵対行動をとったヒグマン子爵の判断こそが正しかった。
彼らの死体に近づいた瞬間、杏子はその全身に、溢れんばかりの白濁液をぶっかけられた。
SEX:必要なし。
杏子が助かったのは、ひとえに彼女が自身をアルター粒子に分解して再々構成できる究極生命体になっていたからだけに他ならない。
咄嗟に恐怖で自己発火した彼女を後にして浅倉の精が向かったのは、丸腰の円亜久里だった。
その有様に、佐倉杏子はただちに瞋恚の焔と化した。
姦淫は十戒においても明確に神に咎められている禁忌だ。
それを犯すものは、杏子にとって犬畜生にも劣る存在だった。
そしてそれは、ほとんど全ての女性の共通見解だった。
ヒグマン子爵を上回る圧倒的な殺戮速度で浅倉の人波を焼き尽して、佐倉杏子はこの草原へと辿り着いていたのだ。
「すごいわね〜。これだけの人員が一堂に会せたのは、ある意味この浅倉さんとやらのおかげかしら〜」
「STUDYの調べでは、彼にこんな能力なんてなかったはずだけれどね……」
「どうあってもアタシは個人的にこの男たちを赦せそうにはないね。で……、布束さんってアンタ、あの手紙書いてた人か」
ただちに打ち解けた雰囲気となり話し合い出した女性陣からいまだ離れた場所で、メロン熊はその様子をぼんやりと見送っていた。
『……終止、蚊帳の外といった調子だな。私も、貴様も』
『……ヒグマン』
そんな彼女の元に、浅倉威の死体を食い散らしてあらかた満足したヒグマン子爵が、影のようにひっそりと歩み寄ってくる。
気づかぬうちに音も無く近寄っていた彼に、メロン熊は一瞬びくりと身を震わせる。
彼は佐倉杏子の気が逸れているうちに、雲隠れしようという算段だった。
『私は狩りの場でこう五月蝿く付きまとわれるのは性に合わん。すぐに立ち去るつもりだが、貴様はどうする?』
『……アタシだってそうよ。アンタと一緒にいるのも御免だけどね』
『……同感だ。お互い勝手にやろう』
通りすがりざまにわずかに唸り合うと、ヒグマン子爵はその黒い毛並みの口元をニタリと歪ませて、草原の彼方に飛び跳ねて行ってしまう。
彼の姿が視界から消えようとする刹那、彼はその白い眼差しで、メロン熊に一言忠告を投げた。
『ああ、黒幕の機械とやらには気を付けておけよ。貴様、見ないうちにだいぶ気迫がゆるくなったぞ。それがゆるキャラか?』
その一言で、メロン熊の血液は煮え立つように熱くなった。
しかしその熱は、ただちに冷めてしまう。
草原の遠くに、楽しそうに情報交換をし合う少女たちを眺めて、メロン熊ができたのは舌打ち一つだった。
「……大きなお世話だっつの」
誰に言うでもない捨て台詞を残して、彼女は霞のように瞬間移動して消えた。
【101人の2代目浅倉威+3代目浅倉威@仮面ライダー龍騎 36人死亡(残り22人)】
【E-7 鷲巣巌に踏みつけられた草原/夕方】
【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:それなりに満腹、右前脚に熱傷
装備:羆殺し、正宗@SCP Foundation
道具:なし
基本思考:獲物を探しつつ、第四勢力を中心に敵を各個撃破する
0:五月蝿い女に付きまとわれる前に撤退だ。
1:黒騎れいは死んでいるようなので、新たな獲物を探す。
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
4:あの自失奴も、だいぶ自立してきたようだな。
5:これで『血の神』も死んでくれるといいのだが。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。
《C-5 街 PM17:00頃》
一方、火山の西の街では、飛び掛かった11人の浅倉威の影が、ヒグマ提督を今にも切り裂かんとしているところだった。
「新型高温高圧缶解放――!」
突如その時、一陣の神風が裂帛の気合いと共に迫り、空中で浅倉威たちの体を吹き抜けた。
「さらばだ!!」
鋭い閃きが幾度も頭上を走り抜けたかと思った直後、ヒグマ提督の周りには、華のように真っ赤な血飛沫と、微塵に切り裂かれた浅倉威たちの肉片が落ちてくる。
その残骸を、見慣れたミニチュアの艦砲や魚雷たちがたちまち焼いてゆく。
「やはり索敵の通り、不審どころか危険な人間だったようですね」
「ああ、看過せずに正解だった。――何があった、ヒグマ提督」
もはやこれまでかと目を瞑っていた彼は、その聞き覚えのある声に瞠目する。
傷ついた直掩機を抱えたヒグマ提督の前には、青い毛並みのヒグマを先頭に、軍服を着こんだ総勢50名ものヒグマの大群が立っていた。
艦これ勢のヒグマの中でも有数の戦闘部隊、ムラクモ提督率いるミリタリーガチ勢の第二かんこ連隊である。
「ム、ムラクモ提督! 羅馬提督! 助けに来てくれたんだね!」
「寄るでない」
だが目を輝かせて駆け寄ろうとしたヒグマ提督に向け、ムラクモ提督は手に持った槍の穂先を冷ややかに突きつけた。
「襲い掛かってくる気狂いの人間と、浅薄な不埒者なれど同胞とならば、我らが同胞に着くのは道理。
しかし、我らはお前を助けに来たわけではない。説明してもらおう」
浅倉威たちの不審な動きは、第二かんこ連隊の斥候要員によって少し前から察知されており、彼らがヒグマ提督を襲撃していることをムラクモ提督は把握していた。
その場合、戦闘において彼らがどちらに味方すべきかは明白だ。
だが斥候によって得た情報から、ムラクモ提督はどうしてもヒグマ提督に問いたださねばならないことがあった。
「……こやつらは、何だ。お前は一体、何をしている」
それはヒグマ提督が抱え、今も彼の周囲をかつ飛び、かつ唸って威嚇してくる、特殊戦闘機・羆嵐一一型と砲台小鬼たちのことだった。
明らかな深海棲艦となぜ行動を共にしているのか――。
返答次第では、ただでは済まなかった。
「……終わらせよう。そう思ってる」
その問いに、俯いたヒグマ提督は暫くの沈黙の後に答えた。
そして彼はすぐに、そのままの体勢から土下座する。
「ごめん! 君たちも叢雲ちゃんやローマちゃんに会いたかったよね!?
でも、もう駄目なんだ! 彼女たちをこんな戦いの中に生み落としたって、幸せにしてやれない!」
「なんだと……?」
一瞬、彼の言い分を理解しかねて、ムラクモ提督は眉を顰めた。
しかしヒグマ提督は顔を上げて、隣の砲台小鬼や、自分の抱く傷ついた羆嵐を示す。
「これ……、金剛なんだ……。沈んじゃった金剛と……、そして、大和だ……。
彼女たちは戦いに巻き込まれて、死んで、こんな醜い姿になってしまった……。
それなのに、こんなになってもなお、僕のために尽そうとしてくれてる。もう、申し訳なくて仕方がないんだ……。
だからもう、『艦これ勢』はお仕舞いだ。工廠も閉鎖しよう……」
その彼の言葉に、第二かんこ連隊はざわざわとどよめいた。
なるほど衝撃的だろう、と、ヒグマ提督は沈む。
艦娘を生み出すことに大きな夢を抱いていた自分たちの折角の居場所を、その言い出しっぺが潰そうとしているのだ。
到底受け入れられることではなく、自分は反感を買って血祭りに挙げられるかも知れない。
それはそれで仕方のないことなのだろうと、ヒグマ提督は腹をくくっていた。
諦めていたと言った方が正しいかも知れない。
だが、ムラクモ提督の反応は、彼の予想とは全く違っていた。
「……ようやく目が覚めたかヒグマ提督。あまりにも遅かったがな」
「へ……!?」
「どの艦娘が死んだ?」
彼はむしろ愁眉を開いて嘆息し、そして淡々と、死んだ艦娘を教えろと言ってくる。
困惑しながらも、ヒグマ提督はそれに答えた。
「今言った金剛と、大和と……。あと多分百貨店で、天龍殿もぜかましちゃんも天津風も死んだ……」
「ん……? 天龍が死んだと言ったか?」
「確認したわけじゃないけど……」
彼の証言に、ムラクモ提督は羅馬提督と顔を見合わせた。
何やら話し合った後、ムラクモ提督は依然として淡々と残った艦娘を計上する。
「……ならばとりあえず、球磨は別扱いとして、残る艦娘はあと龍田か」
「そ、そうだ! あと瑞鶴がいるんだ! なんでか知らないけど、強力な爆撃機を飛ばして来て、僕らを襲って来た!」
「なんだと……? それが確かならば、由々しき事態だな。
なんという悪運か……。早急に我らが殺してやらねば……!」
だが続いて、浅倉威たちに襲われる前に受けた瑞鶴からの襲撃の件について語ると、ムラクモ提督たちの表情はにわかに険しくなる。
第二かんこ連隊の面々も、一同にムラクモ提督の意見に肯定の意を示して頷く。
ヒグマ提督は混乱に耐えられなくなった。
「へ……!? 今殺すって言ったの!?」
「艦娘だけではない。ロッチナを含め我らは、お前をも殺そうとしていたのだ」
「なんだって!?」
そんな彼に向け、ムラクモ提督はあっさりとそんなことを言う。
艦娘を作るのをやめようとしている今のヒグマ提督ではなく、今までの艦これ勢を形成していた時分の彼を殺そうとしていたのだと。
当惑して立ち尽くす彼に向け、ムラクモ提督は説明を付け加える。
「艦娘を現世に呼び降ろし、歪め、侍らそうという不毛で不名誉なことを未だに思い、為し続けようとしているのならばな。
夕立提督、チリヌルヲ、ゴーヤイムヤあたりも、その意見で一致していた。
されど、お前がようやく、ヒグマが艦娘を作ることの異常さに気づいたというのならば、お前を殺すのは後にしておこう」
ヒグマ提督は耳を疑った。
自分のしてきたことが不毛で不名誉なこととして受け止められていたなどと、彼には到底信じられなかった。
「我らはまだ為すべきことがある。この島に生まれ落ちてしまった、歪んだ羆製艦を掃討せねばならぬ。
龍田にせよ、瑞鶴にせよ。早急に見つけ出し撃沈する。お前も同行するか?」
「何言ってるんだ!? なんで殺すの!? 彼女たちが歪んでるってどういうことだよ!!」
「歪んでいるだろう。お前が見ての通り。どの口が彼女らのなれの果てを『こんな醜い姿』と言った?」
更には折角生み出した艦娘たちを殺そうとしているというムラクモ提督に、ヒグマ提督はついに食って掛かる。
しかし、そんな中途半端な気迫では、ムラクモ提督の泰然とした態度はそよぎもしなかった。
「お前が、こうして深海棲艦と化してしまった彼女たちを、それでもなお美しいと、なお好きだと言えたならば、我もお前の言葉に耳を傾けただろう。
しかしお前は結局、彼女たちを外見で見ているだけだ。お前は自分に嬌態を晒すような都合のいい娘を作ろうとし、そして、都合の悪いものを見捨てた」
ムラクモ提督は、ヒグマ提督に突き付けていた槍で、金剛と大和のなれの果てだという砲台小鬼や艦載機たちを順々に指す。
ヒグマ提督は、自分自身の発言を突き返されて言葉を失った。
結局のところ彼は、この深海棲艦たちを愛してはいないのだと自分で示してしまったようなものだ。
そして突き詰めればそれは、艦娘たちの命を見届ける資格が彼にないのだという、明らかな証拠に他ならなかった。
そんな不埒者の分際で艦これ勢の長を気取っていたヒグマ提督が、反感を買わない理由などない――。
彼はその道理を、今ようやくムラクモ提督の槍の閃きを前にして思い知った。
「さあ、いい加減その深海棲艦も離せ。十分尽くしてもらっただろう。あとは荼毘に付してやるのが彼女らのためではないのか?
何か反論があるのか? 彼女らを無に帰す以外に、お前が彼女らに注いだ不名誉を雪ぐ方法があるとでも言うのか?」
「それは……。それは……ッ……!」
ヒグマ提督は、肉球に爪が喰い込むほど拳を握りしめていた。
反論をしたい。
ムラクモ提督の言うことは間違っていると、彼は心底言いたかった。
しかし、その言葉が出てこない。
艦載機たちは、未だに指示を待ってまごついたまま辺りを旋回している。
砲台小鬼は、沈黙を守って隣に鎮座している。
腕の中で、骨組みの折れた機体が、小鳥のように怯えている。
だがどれだけ記憶を漁り返しても、ムラクモ提督の示す歴然たる罪状を覆せる反証が、出てこないのだ。
どれだけ心の中をさまよっても、彼に真っ向から言い返せる覚悟が、足りないのだ。
その足りない一歩に、ヒグマ提督は震えた。
「ボクなら言えるんだけどなぁ……?」
その時、夕闇の中から、ぞくりと背筋を冷やすような嘲笑が届いた。
灰色の体に髑髏のような被り物をしたヒグマが、パチパチと拍手をしながら、底抜けに明るく、それでいて氷のように冷たい笑い声と共に姿を現してくる。
「いや素晴らしいね――! 実にいい話だったよ!
手の平クルックルで、ドリルになってるのかと思うくらい都合のいい転身じゃないかヒグマ提督。
この島の大騒動をキミ一人でどう締めくくるつもりだい。いやぁ、流石のオレも感動で嘲笑が止まらないよ!!」
第三かんこ連隊長・チリヌルヲ提督の予想外の出現に、ヒグマ提督もムラクモ提督も一瞬戸惑った。
その戸惑いの一番の原因は、何よりも彼の額に刻まれた真一文字の傷と、そこから流れる血液や、煤や返り血による凄惨な戦いの痕であった。
彼が単独でここにいる理由も、彼らには全く分からない。
「チリヌルヲ……! どうしたのだその負傷は!?」
「アタシのことはどうでもいいんだけどさ」
ムラクモ提督が心配と共にかけた声をそのまま流し、チリヌルヲ提督は困惑に眼を見張ったままのヒグマ提督の元にまっすぐ歩み寄ってくる。
そして彼は近寄りながら、べろりと舌なめずりをしてみせる。
「キミがこの騒動を終わらせるってことは、その美しい深海棲艦たちも、小生が無に還して良いんだよね? ん?」
彼から溢れ出る捕食者としての威圧感に、ヒグマ提督は竦んで身動きも取れない。
チリヌルヲ提督は、血塗れの顔を邪悪な微笑みに歪ませて、冷ややかに甘い声で小首を傾げた。
「……ほら、このボクが責任を以て、愛(ころ)してあげるからさぁ」
その次の一歩を踏み出せる者は、誰なのか。
【101人の2代目浅倉威+3代目浅倉威@仮面ライダー龍騎 11人死亡(残り11人)】
【D-5 湯の抜けた温泉 午後】
【穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:ダメージ(中)、全身にかすり傷、覚醒
装備:羆嵐一一型×4、砲台小鬼
道具:なし
基本思考:ゲームを終わらせる
0:責任を取るよ、大和、金剛……。
1:艦これ勢を鎮圧し、この不毛な争いを終結させる。
2:島風、天龍殿、天津風、ビスマルク、那珂ちゃん、龍田さん、球磨ちゃん……。
3:私はみんなが、艦これが、大好きだから――。もう、終わりにしよう。
4:大和を弔う。彼女がきちんと、眠れるように。
※戦艦ヒ級flagshipの体内に残っていた最後の航空部隊の指揮権を勝ち取りました。
※砲台子鬼は戦艦ヒ級flagshipが体内で製造していた最後の深海棲艦です。
【ムラクモ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第二かんこ連隊』連隊長(ミリタリーガチ勢)、輪状軟骨骨折、胸に焼けた切創
装備:駆逐艦叢雲の槍型固有兵装(マスト)、軍服、新型高温高圧缶、61cm四連装(酸素)魚雷×n
道具:爆雷設置技術、白兵戦闘技術、自他の名誉
[思考・状況]
基本思考:戦場を支配し、元帥に至る名誉を得るついでにヒグマ帝国を乗っ取る
0:強行するつもりか、チリヌルヲ……!?
1:天龍よ、今一度相見えよう……。
2:ロッチナの下で名誉のために戦う。
3:邪魔なヒグマや人間や艦娘を皆平等に殺して差し上げる。
4:モノクマを見限るタイミングを見計らう。
※艦娘と艦隊これくしょんの名誉のためなら、種族や思想や老若男女貴賎を区別せず皆平等に殺そうとしか思っていません。
※『第二かんこ連隊』の残り人員は、羅馬提督ほか50名です。
【チリヌルヲ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第三かんこ連隊』連隊長(加虐勢)、額に切り傷、血塗れ
装備:空母ヲ級の帽子、探照灯、照明弾多数
道具:隠密技術、えげつなさ、心理的優位性の保持
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国を乗っ取る傍ら、密かに可愛い娘たちをいたぶる
0:美しい深海棲艦を連れてるじゃないかヒグマ提督……。ボクが全部愛(ころ)してあげるよ……。
1:ロッチナの下で隠れて可愛い子を嬲り、表に出ても嬲る。
2:艦娘や深海棲艦をいたぶって楽しむことの素晴らしさを布教する。
3:邪魔なヒグマや人間も嬲り殺す。
4:シロクマさん、熊コスの子、ボディースーツの子、みんないたぶってあげるからねぇ〜。
5:そうかぁ……、モノクマさんかぁ……。貴様の『チリヌル』時の表情は、一体どんなだい……?
※艦娘や深海棲艦を痛めつけて嬲り殺したいとしか思っていません。
※『第三かんこ連隊』の残り人員はチリヌルヲ提督のみです。
《D-6 擬似メルトダウナー工場 PM17:00頃》
『――!? けほっ、ゲホッ!? 何これ!? なんで燃えてんのここ!?』
草原から瞬間移動したメロン熊は、次の瞬間、その移動先の状況に狼狽していた。
そこはつい数時間前にも、彼女が休憩のために転移していた擬似メルトダウナー工場の屋上だった。
その時は休息中に、ヒグマ提督や艦娘たちを見つけて気分を害され砲撃を行なっていたわけだが、誰にも発見されない休憩所として、そこは御誂え向きのはずだった。
そう思って移動してきた彼女を出迎えたのは、階下から燃え広がり四方を囲んでくる炎だった。
ガスの配管ごと燃えているらしく、既に火の手はかなり強まってきている。
煙と炎で、ほとんど何も見えず、聞こえない。
予想していなかったせいで、もろに煙を肺に吸い込んでしまったのもきつい。
――すぐに場所を移ろう。
何度かむせ込んだ後、彼女は息が整うのを待って、そう思った。
しかしその時は既に、遅かった。
「お、こんなやついたんじゃねぇか! やっぱり残りものには福があるな!」
「グアガ――!?」
突如彼女は、背中から胸にかけてを激痛と灼熱感に貫かれた。
震えながら背後に首を捻じる。
そこには毛むくじゃらの裸体の男たちが、ぞっとするような笑顔で舌なめずりをしていた。
その先頭にいる男は片手に白黒の機械の残骸を手にし、もう片手に、どくどくと脈打つ、メロン熊の心臓を掴んでいた。
「上階で食える物漁ってて正解だったぜ」
「あ、があ――」
メロン熊は、その男に近付こうとして、ふらふらと横に倒れた。
その衝撃で、燃えていた工場の屋根が抜ける。
そうして彼女は、男たちと共に下へ、下へと落ちる。
途中の階に逃れた男たちとは違い、彼女はそのまま力なく、吹き抜けの空間を真っ逆さまに落ちる。
そのさなかに、彼女は確かに見た。
燃え盛る一階の床に、確かにあの、彼女が追い求めたオスが立っていることを。
――ああ、くま……モン……。
――メロン熊!?
ああ、なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
ねえ、くまモン。
私はあなたに訊きたい。
ダサくてウザくてわからずやな上に、所構わず喚き散らすような無粋な輩に、守る価値なんてある?
人間だろうとヒグマだろうと、そんなヤツらに、私は価値なんてないと思う。
仕事以外の場所でそんなヤツらが突っかかって来るなら、私は迷わずそのウザったい喚きを止めてやるわ。
だから私は最期まで、あなたたちの前では正しく『メロン熊』として振る舞おう。
夕張のメロンを食い荒らして変異した、恐ろしい野生の凶暴なヒグマを、演じ切ろう。
今度会った時に、あなたが私を遠慮なく殺せるように。
最後まで『悪役』であり続けることが、ゆるキャラとしての私に課せられた使命。
『正義の味方』であるあなたたちの活躍の礎になることが、プロとしての役目だから……。
そう誓った。
そう誓ったはずだ。
北海道弁で言う通り、ゆるキャラの世界は、全然『ゆるくない(大変だ、苦労だ)』のだから。
でも私は、ゆるキャラ失格だ。
だってほら、私は今、泣いているから。
目の前に、会いたかった彼がいて、彼に抱き上げてもらっているから。
もう私は、終わってしまうから。
恐ろしい野生の凶暴なヒグマを演じ切るなんて、無理だったから。
私はゆるキャラ界から引責辞任しなければならなかったんだ。
今この時から。
あの女の子たちに、憧れを抱いた時から。
助けを求める人々を、助けきれなかった時から。
衝動に我を忘れていた時から。
欲望に我を忘れていた時から。
あの男たちに襲い掛かってしまった時から。
ゆるキャラを喰らってしまった時から。
あの船の上で叫んでいた時から。
きっと、ヒグマとして生まれ落ちてしまったその時から。
混じりたかったなぁ。人間たちと一緒に、仲間たちと一緒に、過ごしたかったなぁ。
ダメだったなぁ。素直になれなかったなぁ。
なんでこんなに気づくのが遅くなっちゃったかなぁ。
もう、口が動かない。
声が、声にならない。
耳を澄まさなければ解らない。
きっとゆるキャラだけにしか聞こえない。
私の言葉は、もう私にも、聞こえない。
――ねえ、くまモン。もしただの着ぐるみだったなら、私はちゃんとゆるキャラに、なれたのかしら……。
【メロン熊@ゆるキャラ 死亡】
軽巡洋艦・那珂を惨劇が襲ったのと、工場の天井がついに焼け落ちたのとは、ほとんど同時だったと言っていいだろう。
行く手を阻んでいた4人の浅倉たちを当身で打ち飛ばし、手を伸ばしたくまモンの前に、その時彼女は落下してきたのだ。
それは、煤だらけになり、背中から心臓を抉り出された、メロン熊だった。
くまモンは、我が目を疑った。
膨らんでゆく那珂ちゃんの腹も、そこを裂いて飛び出してくる浅倉威の姿も、何もかもに現実感がなかった。
倒れているメロン熊を、くまモンは無意識のうちに掻き抱いていた。
彼女は泣いていた。
泣いていた彼女には、もう動く力など残っていなかった。
険しい表情も、裂けた口も、微動だにしなかった。
心臓を無くした彼女は、熱い炎に包まれた工場で、冷たくなってゆく他になかった。
周りで、男たちが何か言っている。
炎が、何か音を立てて周囲に侵食している。
うるさい。
五月蝿い。
ウルサイ。
だって、そんなに叫ばれたら、聞こえないだろう。
耳を澄まさなければ解らない声。
ボクたちだけにしか聴こえない、あの素敵な音が――。
だまれ。
黙れ。
ダマレ。
メロン熊の声を、掻き消さないでくれ。
人には手を出さない。
ゆるキャラだから。
くまモンはそう誓った。
そう誓ったはずだった。
腹を裂かれ、苦悶に白目をむき、涙と血にまみれた那珂ちゃんの姿が目に映った。
目の前にひしめく、薄ら笑いを浮かべる男たちが映った。
この手の上で、動くことなく横たわるゆるキャラの、真っ赤な血が映った。
――殺す。
くまモンは一切表情を変えることなく、声もなくそう謂った。
【D-6 擬似メルトダウナー工場/夕方】
【101人の二代目浅倉威の9人+三代目浅倉威@仮面ライダー龍騎】
状態:ヒグマモンスター、分裂
装備:なし
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂して出来た複製が単為生殖した二代目がさらに自己複製したものです。
※艦これ勢134頭を捕食したことで二代目浅倉威が増殖しました。
※那珂ちゃんの中から三代目浅倉威が誕生しました。
※生き残っている浅倉威はあと11人です。
【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:疲労(中)、頬に傷、胸に裂傷(布で巻いている)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
0:――殺す。
1:メロン熊……!!
2:クマー……、キミの死を無駄にはしないモン。
3:他の生きている参加者と合流したいモン。
4:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
5:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
6:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
7:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
8:あの少女、黒木智子ちゃんは無事かな……。放送で呼ばれてたけど。
9:敵の機械の性能は半端ではないモン……。
[備考]
※ヒグマです。
※左の頬に、ヒグマ細胞破壊プログラムの爪で癒えない傷をつけられました。
【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:ソウルジェムのみ
装備:ソウルジェム(濁り:大)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:なし
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:悪いけどちょっと待て、那珂!!
1:この那珂ちゃんって女含め、ここらへんのヤツはみんな素晴らしくバカだな。思わず見習いたくなるよ。
2:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達ともども参加者を確保する。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:戦力が揃わないことにはヒグマ帝国に向かうのは自殺行為だな……。
5:ヒグマの上位連中や敵の黒幕は、魔女か化け物かなんかだろ!?
[備考]
※参戦時期は不明です。
【那珂・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:瀕死、腹部爆裂、全身の養分を吸われている、自己改造、額に裂傷、全身に細かな切り傷、左の内股に裂傷(布で巻いている)、呉式牙号型舞踏術研修中
装備:呉キリカのソウルジェム
道具:探照灯マイク(鏡像)@那珂・改二、白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国、白い貝殻の小さなイヤリング(鏡像)@ヒグマ帝国
基本思考:アイドルであり、アイドルとなる
0:――――――――――
[備考]
※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は、ただの貝殻で作られていますが、あまりに完全なフラクタル構造を成しているため、黄金・無限の回転を簡単に発生させることができます。
※生産資材にヒグマを使ってるためかどうか定かではありませんが、『運』が途轍もない値になっているようです。
※新たなダンスステップ:『呉式牙号型鬼瞰砲』を習得しました。
※呉キリカの精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『九八式水上偵察機(夜偵)』相当のステータス補正を得るようです。
※御坂美琴の精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『熟練見張員』相当のステータス補正を得るようです。
《E-7 鷲巣巌に踏みつけられた草原 PM17:15頃》
「うお!? うお!? なんか錚々たる先輩方がいっぱい!? それに布束さんまで!?」
「ちょっと待ってくれ、食べ物に魔力を込めて回復させてやる……」
穴持たず59が意識を取り戻した時、草原には先程までいなかったはずの大量のヒグマや人間がひしめいていた。
一方で彼らを襲っていた危険人物たちは、草原の方々で焼死体になっているようだ。
助かったのだ――。
彼が理解するまでにそう時間はかからなかった。
「ヤイコ! 良かった、気が付いたのね、地下で何があったのそんなに傷ついて……!」
「ぬ、布束特任部長……、ヤ、ヤイコたちは……」
『さっきまでメロン熊がそこらへんにいなかったか!? というかヒグマンも消えてるし!』
「確かに杏子さんから逃げようとしているそぶりは有りましたがいつの間に……」
「地上の先輩方とは、少しデモ多くの協力を取りつけたかったのデスガ……」
布束砥信がヤイコを抱え上げ、間桐雁夜が何やら魔術をかけつつ田所恵や龍田や穴持たず104が見守っている一角から離れて、デデンネと仲良くなったヒグマたちや、スライム状に戻ったビショップヒグマが、どうやらメロン熊たちを探しているようだった。
ぼんやりとあたりを観察していた穴持たず59の前に、赤い修道服の少女からたい焼きが差し出される。
「食うかい? たい焼きだ」
「あ、ありがとう……」
まさか人間から施しを受けるとは思っていなかった彼は、戸惑いつつもその小さな焼き菓子を摘まむ。
どうやらこの少女は、ビショップやヤイコたちヒグマにも、もれなく食べ物を配っているらしい。
日本本土に出向していた際には全く受けたことも無い奇特な配慮に、穴持たず59は涙が出そうだった。
「いいですね! それでしたら是非こちらもご賞味ください!」
「!?」
そうして彼が無心でたい焼きに齧りついていた時、唐突に横から声がかかる。
その声に驚いたのは、穴持たず59よりもむしろ佐倉杏子の方だった。
「ラマッタクペ先輩!?」
「あの時の宗教クソヒグマ!?」
「いやあ佐倉杏子さん、その節はどうも。僕の授業がお役に立ったようで何よりです」
「授業だとォ……!? アンタのせいで、一体何人が死んだと思ってるんだ……!?」
上空から音も無く降り立っていたらしい、にこやかな表情のヒグマに、佐倉杏子は見る間に敵意を熱気として溢れ出させる。
だがラマッタクペは、そんな彼女の様子を全く気にも留めず、先程の彼女よろしく、何やら手に持った豆を穴持たず59にすすめていた。
「こちらは仙豆というものだそうで。万全の状態に回復なさってください」
「あ、ありがとうございますラマッタクペ先輩……!」
「オイ!! 無視してんじゃねぇ!!」
ラマッタクペのその様子に、杏子は槍を突き付けて声を荒げた。
だが彼はそんな彼女にも微笑みを崩さず、それどころか豆を取り出していたデイパックを彼女に手渡してくる。
「あ、でしたら残りとデイパックは差し上げますね。結構おいしいですよ?」
「わあ、じゃあありがたくいただくよ……。って、そうじゃねぇ!! アタシの質問に答えろってんだ!!」
「……死ぬのは僕のせいではなく、全て自己責任ですよ? お門違いなことを言いますね佐倉杏子さん。
『プンキネ・イレ(己の名を守る)』に届いても、最終的に『ピルマ・イレ(己の名を告げる)』に至るにはまだまだというところですか」
なおも問い詰めると、ラマッタクペの笑みは嘲笑に変わった。
怒りを堪えて、杏子は先に質問を続けた。
このヒグマが現れるということは、絶対に何か波乱が起きる。それしか考えられなかったからだ。
「……このデイパックだって誰のだよ。何か裏でもあるんじゃないのか?」
「江田島平八さんという方のものです。彼も私も、是非みなさんには万全の状態で高め合っていただければと思っているだけですよ?」
「ありがとうございます二人とも! ほらこの通り、もう全快です!」
飄然と答えるラマッタクペの隣で、穴持たず59が嬉しそうに回復の報告をしてくる。
狙いが読めない――。
杏子が困惑していた、その時だった。
「うっ……!?」
ガッツポーズをとっていた穴持たず59の胸に、巨大な杉の木でできた杭が突き刺さっていた。
背骨を砕かれ、心臓と肺を始めとする胸部臓器をことごとく抉られてしまった彼は、一瞬のうちに事切れ、膝から崩れ落ちて地に倒れる。
背中側から彼に突き立ち、墓標か卒塔婆のように屹立するその杭には、『穴持たず59の墓』と刻まれていた。
「あかはい! ろおかひ! おるおるぅぅ! はあっはあぁぁ……!!」
「な、に……!?」
「では、お後はよろしくお願いしますね♪」
その丸太の杭の上には、一頭のヒグマがいた。
顔から機械の覗くヒグマだった。
何が起こったのか解らず杏子が呆然としている間に、ラマッタクペは悠然とその場を後にする。
「あほんるい!」
そしてそのヒグマが口を開けたと見えた瞬間、杏子の顔面は砕かれ、何もわからなくなる。
丸太のパイルバンカーだ。
首の無い杏子が地面に倒れ、なんとか体を再生させようとする間に、半分機械のそのヒグマは、草原のその他の者たちに向けて躍りだしていた。
「えけあほろおほあぁぁぁぁ!!」
「制裁さんが、戻って来られた……」
「制裁ですって――!?」
『え!? お前、ヒグマ語も日本語もわかるはずじゃないのか!? 一体どうした!?』
林檎のしぼり汁を与えられていたヤイコが、震えながらそう呟いた時、既に制裁ヒグマは、彼女たちのすぐ傍に訪れていた。
そして同時に、彼女たちの元にはまた別の大群が飛来してくる。
上空から落とされる爆弾に、草原はそこここで爆発した。
「なんなんデスカ一体!?」
「空爆!? 誰が飛ばしてるの〜……!?」
前門の制裁、後門の富嶽という趣だった。
【穴持たず59@三期ヒグマ 死亡】
【E-7・鷲巣巌に踏みつけられた草原/夕方】
【ラマッタクペ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『ラマッタクペ・ヌプル(魂を呼ぶ者の霊力)』
道具:クルミの実×10
基本思考:??????????
0:制裁さんの言葉が、わかりますか?
1:メルちゃんはせいぜいヌプルを高めてください!
2:佐倉さんは名を守った後も頑張ってください!
3:キムンカムイ(ヒグマ)を崇めさせる
4:各4勢力の潰し合いを煽る
5:お亡くなりになった方々もお元気で!
6:ヒグマンさんもどうぞご自由に自分を信じて行動なさってください!
7:円亜久里さんも、ハヨクペを頂けたようで良かったですね!
8:フェルナンデス……。たしかそれは……、スペイン語ですね?
[備考]
※生物の魂を認識し、干渉する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、魂の認識可能範囲は島全体に及んでいます。
※当初は研究所で、死者計上の補助をする予定でしたが、それが反乱で反故になったことに関してなんとも思っていません
【制裁ヒグマ〈改〉】
状態:口元から冠状断で真っ二つ、半機械化、損傷(小)
装備:オートヒグマータの技術
道具:森から切り出して来た丸太
基本思考:キャラの嫌がる場所を狙って殺す。
0:背後だけでなく上から狙うし下から狙うし横から狙うし意表も突くし。
1:弱っているアホから優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:アホなことしてるキャラはちょくちょく、でかした!とばかりに嬲り殺す。
※首輪@現地調達系アイテムを活用してくるようですよ
※気が向いたら積極的に墓石を準備して埋め殺すようですよ
※世の理に反したことしてるキャラは対象になる確率がグッと上がるのかもしれない。
でも中には運良く生き延びるキャラも居るのかもしれませんし
先を越されるかもしれないですね。
【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:胸部を爪で引き裂かれている、失血(中)、疲労(大)、海水が乾いている
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:ヒグマゴロク
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:布束特任部長、田所料理長……、あなた方に、お渡しするものが……。
1:モノクマは示現エンジン以外にも電源を確保しているとしか思えません。
2:布束特任部長の意思は誤りではありません。と、ヤイコは判断します。
3:ヤイコにもまだ仕事があるのならば、きっとヤイコの存在にはまだ価値があるのですね。
4:無線LAN、もう意味がないですね。
5:シーナーさんは一体どこまで対策を打っていらっしゃるのでしょうか。
【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:左腕切断(焼灼止血済)、サーヴァント化、ワンピースを脱いでいる(ブラウスとキャミソールの姿)、体液損耗防止魔術付与
装備:『夜半尓也君我、獨越良牟』、『水能秋乎婆、誰加知萬思』、『勤此花乎、風尓莫落』
道具:薙刀型固有兵装
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:また敵襲なのね〜……!!
1:ごめんなさい、ひまわりちゃん……。
2:この帝国はなんでしっかりしてない面子が幅をきかせてたわけ!?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
4:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。
※間桐雁夜をマスターとしてランサーの擬似サーヴァントとなりました。
【穴持たず203(ビショップヒグマ)】
状態:魔力不足
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”の意志に従う??????????
0:キング、さん……。シバさん……! もう、どうスレばいいんですか……!
1:スミマセンベージュさん……。アナタを救えなかった……!!
2:……どうか耐えていて下サイ、夏の虫たち!!
3:球磨さんとか、龍田さんとか見る限り、艦娘が悪い訳ではナイんでスよね……。
4:ルーク、ポーン……。アナタ方の分まで、ピースガーディアンの名誉は挽回しまス。
5:私の素顔とか……、そんな晒す意味アリマセンから……。
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※空気中や地下の水と繋がって、半径20mに限り、操ったり取り込んで再生することができます。
※メスです。
※『ヒグマを人間に変える研究』の自然成功例でもあるようです。
【穴持たず104(ジブリール)】
状態:健康
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
0:良かった! 良かった! ヤイコちゃんも助かった!
1:レムちゃん……、なんでぇ、ひどいよぉ……!!
2:ベージュさん、ベージュさぁん……!!
3:応急手当の仕方も勉強しないとぉ……!!
4:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
5:ビショップさんが見たのって、私と、同じもの……?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです
【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、ずぶ濡れ(上はブラウスと白衣のみ)
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池、バリキドリンクの空き瓶、制服
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:ヤイコ!? そして制裁!?
1:暁美ほむらたち、どうか生き残っていて……!!
2:キリカとのぞみは、やったのね。今後とも成功・無事を祈る。
3:『スポンサー』は、あのクマのロボットか……。
4:やってきた参加者達と接触を試みる。あの屋台にいた者たちは?
5:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
6:帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。
7:駄目だ……。艦これ勢は一周回った危険な馬鹿が大半だった……。
8:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
9:救えなくてごめんなさい、四宮ひまわり……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。
【田所恵@食戟のソーマ】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:割烹着
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:何が起きたの!?
1:もどかしい、もどかしいべさ……。
2:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
3:布束さんに、落ち着いたらもう一度きちんと謝って、話をします。
4:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。
5:男はみんな狼かぁ……、気を付けないと。
【間桐雁夜】
[状態]:刻印虫死滅、魔力充溢、バリキとか色々な意味で興奮、ずぶ濡れ
[装備]:令呪(残り3画)
[道具]:龍田のワンピース
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を桜ちゃんの元に持ち帰る
0:また危険な奴が来たのか!?
1:俺は、桜ちゃんも葵さんも、みんなを救いたいんだよ!!
2:俺のバーサーカーは最強だったんだ……ッ!!(集中線)
3:俺はまだ、桜のために生きられる!!
4:桜ちゃんやバーサーカー、助けてくれた人のためにも、聖杯を勝ち取る。
5:聖杯さえ取れれば、ひまわりちゃんだって助けられるんだ……!
[備考]
※参加者ではありません、主催陣営の一室に軟禁されていました。
※バーサーカーが消滅し、魔力の消費が止まっています。
※全身の刻印虫が死滅しました。
※龍田をランサーのサーヴァントとしてマスターの再契約をしました。
【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖を抱くくらいならいっそ家族という隠れ蓑で身を守る、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンのみ
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネデデネデデンネ……!
1:デデンネェ……
2:デデッデデンネデデンネ!!
※なかまづくり、10まんボルト、ほっぺすりすり、などを覚えているようです。
※特性は“ものひろい”のようです。
※性格は“おくびょう”のようです。
※性別は♀のようです。
【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:奮起、顔を重症(治癒中)、左後脚の肉が大きく削がれている(治癒中)、失血(治癒中)
装備:なし
道具:クルミと籠
基本思考:俺はデデンネたちを、家族全員を守る。
0:おい制裁!? お前、何語を喋ってるんだ!?
1:フェルナンデスと家族だけは何があっても守り抜く。
2:こんなにも俺は、素晴らしい出会いを拾えた……。
3:「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」とか「自分自身を見失う者」とか……、俺だってこんな名前は嫌だよ……。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。
※無意識下に取得した感覚情報から、構造物・探索物・過去の状況・敵の隙などを詳細に推論してイメージし、好機を拾うことができます。
※特に味覚で認識したものに対しては効力が高く、死者の感情すら読める可能性がありますが、聴覚情報では鈍く、面と向かっているのに相手の意図すら大きく読み間違える可能性があります。
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:頭部破壊、石と意思の共鳴による究極のアルター結晶化魔法少女(『円環の袖』)
装備:ソウルジェム化エイジャの赤石(濁り:必要なし)
道具:アルターデイパック(大量の食料、調理器具)、江田島平八のデイパック
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:今はれいのことを考えて動く!
1:復讐を遂げるためにも、このヒグマたちのように、もっと違う心の持ち方があるはずだ。
2:カズマ、白井さん、劉さん、狛枝、れい……。あんたたちの血に、あたしは必ずや報いる。
3:神様、自分を殺してしまったあたしは、その殺戮の罪に、身を染めます。
4:たとい『死の陰の谷』を歩むとも、あたしは『災い』を恐れない。
5:これがあたしの進化の形だよ。父さん、カズマ……。
6:ほむら……、あんたに、神のご加護が、あらんことを。
7:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※自らの魂とエイジャの赤石をアルター化して再々構成し、新たなソウルジェムとしました。
※自身とカズマと劉鳳と狛枝凪斗の肉体と『円環の袖』をアルター化して再々構成し、新たな肉体としました。
※骨格:一度アルター粒子まで分解した後、魔法少女衣装や武器を含む全身を再々構成可能。
※魔力:測定不能
※知能:年齢相応
※幻覚:あらゆる感覚器官への妨害を半減できる実力になった。
※筋肉:どんな傷も短時間で再々構成できる。つまり、短時間で魔法少女に変身可能。
※好物:甘いもの。(飲まず食わずでも1年は活動可能だが、切ない)
※睡眠:必要ないが、寂しい。
※SEX:必要なし。復讐に子孫や仲間は巻き込めない。罪業を背負うのはひとりで十分。
※アルター能力:幻覚の具現化。杏子の感じる/感じさせる幻覚は、全てアルター粒子でできた実体を持つことが可能となる。杏子の想像力と共感力が及ぶ限り、そのアルターの姿は千変万化である。融合装着・自律稼動・具現・アクセス型の全ての要素を持ち得る。
【円亜久里@ドキドキ!プリキュア】
状態:佐倉杏子のアルター製の肉体
装備:アイちゃん@ドキドキ!プリキュア
道具:自分のプシュケー
基本思考:相田マナを敵の手から奪還する
0:佐倉杏子へ協力し道を示す。
1:自分の持つ情報を協力者に渡しつつ生存者を救い出す。
[備考]
※佐倉杏子のアルター能力によって仮初の肉体を得ました。
※プシュケーは自分の物ですが、肉体は佐倉杏子の能力によって保持されているため、杏子の影響下から外れると消滅してしまいます。
《B-8 航空基地 PM17:15頃》
誰が飛ばしているの、という質問に対する答えは、島の南西部にあった。
そこでは下卑た笑みを浮かべた少女があぐらをかいて、鋼板を干し肉のようにバリバリと齧っている。
羆謹製艦娘の最後の1人、空母の瑞鶴であった。
彼女が食物と言えない代物を齧っている間にも、その一帯は着々と航空基地として整備されてゆく。
彼女は自分が飛ばしている大量の航空編隊の戦況を漫然と知覚しながら、待ち受ける勝利を妄想してほくそ笑んでいた。
「深海棲艦どももやるわね……。さすが本拠地なだけあるわ。
でも、この鉄壁の基地から、無尽蔵に生成できる編隊による波状攻撃……。いつまでも防げるわけはないわよ!」
「ハッハァ、ここかァ!! 祭りの場所はァァ――!!」
だがそんな彼女の城に、突然、男の高笑いが轟いた。
上空に待機していた哨戒機が、次々と爆発し花火のように散ってゆく。
瑞鶴はその領空を見上げ、そして瞠目した。
彼女が誇る航空基地の上空を悠然と飛んでいたのは、札束でできた絨毯だった。
「いいなァ、この景色は。夏祭り真っ只中の神社の境内って感じだぜ」
「その例えは面白いな浅倉さん。季節外れだけど、すんなり入れて人がいっぱいだからってこと?」
「そうそうそうそう! カタヌキのカスみてぇにボロボロ崩れる建物! 花火みてぇに爆発していくラジコンども! 墜とした残骸は、焼きそば屋の残飯よろしく喰い放題ってもんだぜ!」
「カスと残飯目当てに夏祭り行ってたの……!?」
「たまに、機械にこびりついたわたあめのクズがもらえたりもするしな」
「うわやっべ……、俺、浅倉さん嫌いになれないかも……」
そこには、武田観柳、操真晴人、そして浅倉威という男たちが乗り込んでいた。
観柳と晴人が回転式機関砲とウィザーソードガンで遠近に分厚い弾幕を展開し、飛来する機体のほとんどを撃墜してゆく。
そして浅倉はその弾幕を掻い潜って来た戦闘機や爆撃機を逃さず掴み取りし、ソースせんべいか何かのように重ねて噛み砕いてしまう。
「外はさっくり、中はトロトロときてやがる。ちっちぇえヒグマが中に詰められてるのが良い味出してるぜ、この飛行機」
「浅倉さんの食レポ聞いてるとドーナツ食べたくなってくるなぁ……」
「な、な、なんで!? なんでここがバレたの!?」
制空権を着々と奪ってゆく、そんな札束の未確認飛行物体に、瑞鶴は理解不能の恐怖を覚え震えた。
なぜここを突き止められたのか、そしてなぜこんなに容易く自分の航空部隊が落とされ続けているのか。
それがわからなかった。
『うん、やはりこれだけ魔力が強くなってきていれば否応なくわかる。魔法少女とも魔女とも微妙に違う魔力だけど、どんどんその力は周りの物質を吸収・変換して大きくなっているようだ。
これはどうだろうね。ボクたちのシステムだと、この子が相転移してもエネルギーを回収できるかわからないや』
「結構、結構。キュゥべえさんが回収できなくとも、彼女の技術さえあれば、私がいくらでも回収できます」
「観柳さんの機転には感服するよ。確かにあの艦娘とかいう謎の機関の協力が手に入れば、あのラジコンだけじゃなく、フォックスさんからもらった『南斗列車砲』を使いこなすことができるかもしれない。
色々と希望の見えそうな手立てではあるよ」
「でしょう? それにこの機体たちを見る限り、まだまだいくらでも応用はできそうですしね」
この武田観柳という生粋の商人の商才に、瑞鶴の蒙昧な考えが及ばないことは当然だった。
彼は拾圓券絨毯の上に座って、浅倉威から受け取った富嶽のサンプル機を眺め回しながら満足げである。
この浅倉威という解き放たれし凶獣と、一時的にでも協力関係を取り付けられたことは非常に大きかった。
「なるほど、あの女がメインのオカズか。美味そうじゃねえか。お前の誘いに乗って正解だったぜ武田ァ!」
「いえいえ、敵の敵は味方とも言いますしね。短い同行でしたが、同じ目的があるならやはり協力しないと非効率的ですから。
技術の中枢と思しき機関部があれば私は十分ですので、あとは浅倉さんの取り分でどうぞ」
「わかってんな武田ァ、マジでいい女紹介してくれてありがとよ」
「一般人がしていい会話じゃないよ本当この人たち……」
「テメェらといるとイライラしなくて良いぜ」
浅倉威が武田観柳に同行しているのは、この本拠地にいるであろう少女を、好きにしてよいという契約を取り交わしていたからだ。
武田観柳は彼に情報と女を提供し、代わりに彼は武田観柳に戦力を提供する。
お金を払えば弁護士さんが黒を白にしてくれるくらい、気持ちのいい契約だった。
「……で、浅倉さんにはこう言ってますけど、話し合いで解決するんですよね?」
「もちろん交渉しますよ操真さん。商談ですから。そーれ、瓦礫に金を咲かせましょう!」
そして観柳は、航空基地の真上で、おもむろに自分のシルクハットを振るった。
するとその中からは大量の一圓金貨が溢れ出し、猛烈な勢いで眼下の建物に降り注いだ。
それは瑞鶴の空爆よりも遥かに圧倒的な質量と物量を伴った、黄金の空爆だった。
降り注ぐ黄金爆弾に蹂躙されてゆく自分の基地を、彼女は絶望的な表情で眺めることしかできない。
世には、課金騎兵と呼ばれる、金をつぎ込んで戦いを勝ち抜いていくタイプの人種がいる。
彼はその中でも、重課金兵、廃課金兵などと呼ばれる存在――、いや、それを上回る羽振りだ。
この絶望感を、瑞鶴は前世でも味わったことがある。
「米……、帝……」
太平洋戦争時の20倍を越える国力を有していたアメリカを、日本は『米帝』と呼んだ。
「はろぉう、お嬢さん。ぐっどいぶにんぐですね」
そして震える彼女の前に、高度を下げた札束の絨毯から、一人の白い紳士が偽りの笑みを浮かべて降り立ってくる。
「私、大商人の武田観柳と申します。あなたの素晴らしい技術は、大変な資産価値がありましてねぇ……。是非とも私に買い取らせて頂きたいと思った次第なのですよ」
純白のスーツを纏い、上空より黄金爆弾を降らす武田観柳の姿は、瑞鶴の眼に、まさに米帝だった。
圧倒的な資金力によって他を蹂躙するこの戦法は、まさに米帝プレイと呼ばれる行為だった。
「ですがまぁ、こちらまでご訪問するのにもなにぶん必要経費というものがありまして。
素晴らしすぎるのも考えものですねぇ。応戦にほら、これだけ掛かってしまいました。
残念ですねぇ。この経費の金額だと、あなたにお支払いしようと思っていた謝礼よりも多くなってしまうのです」
観柳は黄金のそろばんを弾き、法外な桁数の位置で上がるその玉を、彼女に向けて示す。
彼の背後からは、ごきごきと首を回して、満面の笑みを浮かべた浅倉威が、その全裸の肉体を興奮にいきり立たせ近寄ってくる。
「というわけで、今までの戦闘に費やしてきた金、あなたの体で贖っていただきますよ」
ぞっとするような笑顔で、観柳は舌なめずりをした。
バラスト水が漏れるほどの恐怖に、瑞鶴は震えた。
【B-8 航空基地/夕方】
【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:微)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ(残り使用可能回数1/3)、紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、詳細地図、南斗人間砲弾指南書、南斗列車砲、テレパシーブローチ×15
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:くけけけけ、質の良い手駒が手に入りましたよぉ……!
1:李徴さんは確保! 次は各地の魔法少女と連携しつつ、敵本店の捜索と斥候だ!!
2:津波も引いてきたし、昇降機の場所も解った……! 逃げ切って売り切るぞ!!
3:他の参加者をどうにか利用して生き残る
4:元の時代に生きて帰る方法を見つける
5:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
6:うふふ、操真さん、どう扱ってあげましょうかねぇ……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。
【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:ジャック・ブローニンソンのイラスト入り宮本明のジャケット、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー、詳細地図、テレパシーブローチ
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:商談は商談でもヤクザの手口だこれ!!
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……、なってやるよ!
2:キュゥべえちゃんも観柳さんも、無法な取引はすぐに処断してやるからな……。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。
【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)、ボロ雑巾(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれたテレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:ちょっと得体の知れない魔力が増え過ぎだ。適当に潰れてくれるといいんだけど。
1:いやぁ、魔法少女が増えた増えた。後はいい感じに魔女化してくれると万々歳だね!
2:面白いヒグマがいるみたいだね。だけど魔力を生まない無駄な絶望なんて振りまかせる訳にはいかないよ? もったいないじゃないか。
3:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
4:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。
【101人の二代目浅倉威の1人@仮面ライダー龍騎】
状態:ヒグマモンスター、分裂
装備:なし
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂して出来た複製が単為生殖した二代目がさらに自己複製したものです。
※艦これ勢134頭を捕食したことで二代目浅倉威が増殖しました。
※生き残っている浅倉威はあと11人です。
【瑞鶴改ニ甲乙@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、小破、左大腿に銃創、右耳を噛み千切られている、右眉に擦過射創、左耳に擦過創、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:12cm30連装噴進砲 、試製甲板カタパルト、戦闘糧食(多数)
コロポックルヒグマ&艦載機(富嶽、震電改ニ、他多数)×100
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:深海棲艦を殺す……。殺し尽くさなきゃ……。
1:危険な深海棲艦が多すぎる……、何なのよこの深海棲艦たちは……ッ!!
2:偵察機を放って島内を観測し、深海棲艦を殺す
3:ヒグマ提督とやらも帝国とやらも、みんな深海棲艦だったのね……!!
4:ヒグマとか知らないわよ。ただの深海棲艦の集まりじゃない!!
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り100体を装備しています。
矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※CFRPの摂取で艦載機がグレードアップしましたが装甲空母化の影響で最大搭載数が半減しました。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。
※お台場ガンダムを捕食したことで本来の羆謹製艦むす仕様の改ニに変化したようです。
※穴持たずカーペンターズが転生した建築コロポックルヒグマ達によって
E-8のテーマパーク跡がリニューアルされ航空基地が建設されました
※航空基地支援システムにより本来使用できない艦種、陸上機、水上機
を思考リンクにより無数に行使できるようになりました
【戦闘糧食】
瑞鶴がお台場ガンダムの装甲(CFRP)を握り飯状に手で丸めて作った瑞鶴お手勢の携帯食料。
食べると戦意高騰と共に艦載機が補充される。美味しそうだが人間が食べると
歯が欠けたり人体に有害な成分を摂取して死に至るので注意しよう。
以上で投下終了です。
続きまして、黒騎れい、カラス、宮本明、ウェカピポの妹の夫、メルセレラ、
李徴、『H』で予約します。
ーー次回、『You'll Always Find Your Way Back Home』。
このヒグマロワは私のドキドキ、取り戻してくれるの?
予約を延長します
穴持たずにサンドスターが当たるとみんなヒグマのフレンズになるんだろうか
江ノ島さんは羆島ではなくジャパリパークへ向かえば苦労せずにすんだのかもしれない
投下乙
なんて汚ぇ戦いだ…(錯乱)みんなの頑張りでとうとう浅倉さんも十分の一まで減少したが
こちらの被害も甚大。メロン熊がお亡くなりになってしまったか。くまモンの怒りが爆発するのか
MAPの端っこでふんぞり返ってたら大人の交渉で浅倉を仲間に加えた観柳達に基地に
乗り込まれて貞操の危機に落ちる瑞鶴。いよいよ年貢の納め時なのだろうか
大変遅くなりましたが予約分を投下します。
「なんだ……、これは……!?」
エレベーターシャフトの扉の先では、焼け落ちた戦いの痕が彼らを出迎えていた。
ウェカピポの妹の夫も、宮本明も、李徴もメルセレラも、暫く何も言えなかった。
落下した大型エレベーターの天井をこじ開け、地下のSTUDY研究所、もといヒグマ帝国の階層に彼らが辿り着くのは、回転の奥義で首輪さえ解除していた参加者たちやヒグマたちには造作もないことだった。
そしてまた、司波深雪と百合城銀子が二人がかりでも開けられなかった歪んだエレベーターの扉を開けることも、彼岸島育ちの怪力である宮本明には造作もないことだった。
だがしかし、そこで目の前に広がっていた光景を理解するには、彼らも暫くの時間を要した。
「ヒグマだ……! しかも何体いる? 50体近いんじゃないか……?」
「そいつらが全員、誰かに皆殺しにされてるわ……。生きてる体温はない……」
「代わりに燃えているのは炎……。全員焼き殺されたとでも言うのか? この地にはそれほど強力な爆弾か何かがあるのか?」
「西山だったら……、いや、同レベルの技術者なら不可能じゃないだろうけど……」
一行の目の前には、焼き焦がされている数十体のヒグマの死骸と、その脂を燃料に未だ燃え続けている真っ白な焚き火が広がっている。
溜まっていた煤と煙がエレベーターシャフトへ一気に殺到してきて、一同は暫く咳を堪えられなかった。
エレベーターホールとなっている空間はそのまま地下に繋がっており広く、燃えている火の割りに換気はなされているのか、息苦しさはさほど感じない。
彼らはそのまま様子を探るべく、警戒しながらゆっくりとその空間へ脚を踏み入れた。
「照明弾……? いや、ではないにしても、この白い炎はマグネシウムかアルミニウムから出る高温だ……」
「とりあえず消すか……? ヒグマが焼けて臭いし邪魔だし……」
「駄目だ明! アルミは水中でも燃える! むしろ水を掛けると水素が発生して爆発しかねんぞ!」
「な、え……!?」
宮本明がそう言って燃えさしになろうとしているヒグマに近寄ろうとしたところを、ヒグマになった李徴子が前脚で差し止めていた。
彼の突然の言葉に、明はたじろいで引き下がる。
李徴の眼の真剣さに、明は自分の命が彼に助けられたのだと知った。
「……危なかったな明。そういった知識も、パロロワとかいうノベルで仕入れたものなのか、李徴?」
「ああ、人殺しの小説家の流儀が活かせるならば、こういう場を除いて他にないだろう……。
ここはまさにロワイアルの会場なのだから。我も目標を見失わず、早く心を引き締めるべきだった」
「……」
近寄って来た義弟と李徴との会話に、宮本明の思考はなぜかささくれた。
護衛官の回転を会得した達成感が占めて浮ついていた心が、一気に沈んで冷える。
それは恐らく、一歩間違えれば明たちでさえ死にかねない危機を再認識したことと、ヒグマに助けられてしまったことの悔しさのためだった。
明は口の中でチクショウと呟きながら、バシバシと自分の頬を叩いて気合を入れた。
「……これ、ミズクマだわ。あの子の娘たちが、このキムンカムイたちと戦ってたみたい」
「ミズクマというと、海にいるとかいうやつだったか? 羆に酔っていてうろ覚えだが」
「そうよ。あの子が、誰の手も借りずにここまで来て、しかもキムンカムイ相手にトゥミコル(戦い)を仕掛けるなんて有り得ない。研究員の誰かが命令したとしか考えられないわ」
「確かに、ヒトの匂いが微かにするな……。獣臭と熱気に紛れているが女……、2人……、か?」
ホール内を四つん這いで探っていたメルセレラが、焼け焦げた甲虫かダイオウグソクムシのような死骸を発見して声をかけてくる。
応じた李徴と共に、彼女たちは率先して状況把握に乗り出していた。
「流石に、こういう場の調査にはヒグマの流儀が秀でているな。そうは思わないか?」
「……その質問は卑怯じゃないか、義弟さん?」
「この程度のことで卑怯もクソもあるか。オレたちが相手にすべきは『敵』であって、ヒグマとは限らない」
ウェカピポの妹の夫の問い掛けに、明の口調は忌々しげだ。
しかし義弟の口振りは変わらず飄然としている。
未だに宮本明がヒグマに対して不毛な敵愾心を抱いていることは丸わかりであり、義弟はその不毛さをそれとなく明自身に示し、諌めているのだ。
「ここのヒグマ数十体を蹂躙した、研究員だかなんだとかいう人間が、オレたちの敵として向かってくるのかも知れんのだぞ?」
「研究員なら、むしろヒグマにやられた側だろ!? それの報復でヒグマを殺してるなら今は味方じゃねぇか!」
「さぁな。いずれにしろ、敵がこの近くにいるのならヒグマではあるまい」
食って掛かる明に顔を寄せ、義弟は一段声を低くして囁く。
義弟が手で示す周囲には、メルセレラと李徴以外、炎しか動くものがない。
死骸に似つかわしくない、やたらに明るく白い炎が、明の眼に焼き付いた。
「ヒグマは、ここで死んでいるのだからな」
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「痛っ……」
お尻に何かがチクリと刺さったのは、墓地から彼女が動き出そうとしたその時だった。
「布束さんの手紙に入ってた針だわ……。さっきの爆発で吹き飛ばされたの……?」
黒騎れいの手が摘まんだのは、細く透明に澄んだ、一本の針だった。
しかし、細く脆いそれは、彼女の手の中ですぐに折れてしまう。
今まで制服のホットパンツの中に原形をとどめていたのが驚くほどだ。
「布束さんが作った、薬の結晶でできた針……。これも何か幸運が……?」
「さあ、立ち止まらずにさっさと地下に降りますよ、れい」
「……ええ」
狛枝凪斗の幸運が彼女に託したものは、拳銃だけではなかったということだろうか。
この針が彼女の尻に刺さっていた理由など、それしか考えられない。
しかし砕けかけた針の使い途など、黒騎れいは思いつけなかった。
それにこれはどうやら狛枝のものではなく、彼女がデイパックに保管していたはずの一本のようだった。
カラスの促しに応じて、完全に手で砕き粉にしたそれを、彼女はあたりに撒いて捨てた。
この時に撒かれたHIGUMA特異的な吸収性麻酔薬が、ヒグマン子爵の足裏から吸収され、彼の感覚を鈍らせ、彼女の追跡を絶ったのは、ここから数十分ほど後のことである。
地下に降りられる下水道のマンホールは、ここが廃墟の傍ということもあり、繁みや崩れた建物の陰などで巧妙に隠蔽されていた。
STUDY肝煎りのジョーカーとして準備期間のあった黒騎れいでもなければ、地下への入り口がどこにあるのか、よほど入念に調べてもわからなかっただろう。
マンホールから続く下水道への竪穴は暗く、ムッとするような湿り気と異臭に満ちていた。
「流石に水位は引いてるけど……」
時間がたち、津波の水が半ば退いている代わりに、そこには下水が溜り濃縮されていた。
島の北東部の研究所にはヒグマの檻の多くが集まっていたせいもあるだろうが、下水の大部分がヒグマの糞便のようで、雑食とはいえ肉をメインで食っていたらしいそれらの、濃縮還元された便臭は甚だしいものがある。
それでも黒騎れいは、首輪に巻いた銀紙を確かめ、意を決して下水道へのはしごに手をかけた。
「れい、本当にこんなところを進むつもりですか!? 鼻が曲がりそうです!」
マンホールの蓋を締め直すと、ほぼ完全な暗黒と悪臭に空間が支配されてしまう。
そんな状況に、カラスは全身で嫌悪感を表現して騒ぎ立てた。
れいは充満する臭いよりもむしろ、肩周りで暴れるその鳥類に顔をしかめる。
「嫌なら二度と息をしなければいいんじゃない?」
「なにぃ……?」
投げかける言葉も冷たく、れいは呆れた溜息をついて下水道の内部に入ってゆく。
「とにかくワイヤーで天井を渡っていくから、どうにか触れずには済むわ……」
「うげぇ……、せめて私をヒグマの糞に落とさないよう努めなさい!!」
「思わず手が滑ってあなたを糞に叩き落としたらごめんなさい」
れいは反抗心を隠そうともせず、カラスの妄言をあしらう。
カラスの苛立ちはその一言一言に強まった。
「この……、私に歯向かう気ですか!?」
「おっと、ここで私の首を痛めたら、それこそお尻の下にあなたを敷きながら落ちちゃうかもね」
「ぐぬぬ……」
手首に装備したワイヤーアンカーを打ち出し、全身の筋力を駆使して天井渡りを敢行する作業は、生半可な体力消費では済まない。
カラスが下手に騒いだりすれば、バランスを崩したれいが糞ポチャするのは目に見えている。
当然その場合、黒騎れいはカラスを道連れにする腹積もりだ。
最も近い地下研究所への入り口に辿り着くまで数十メートル。
バッテリー駆動の非常灯の、かすかな緑色の光だけが頼りだ。
暗闇の中で感じるのは、黒騎れいの息遣いと、充満する臭気だけ。
カラスも流石に口をつぐんでいる。
地上で歩けばどうということもないだろうその距離を辿る数分間は、とてつもなく長く辛く感じられた。
そしてようやく、小さかった非常灯の明かりの前に辿り着いた黒騎れいは、ホッと一息ついて壁際の取っ手を探る。
しかしたちまち、彼女は絶望感に打ちひしがれた。
扉を下に辿っていった指先が、ぬるりと生温かい下水に、触れてしまったのだ。
「取っ手が……、下水の下に……」
「はい開けなさい! あなたが開けなさい、れい! 私じゃ無理ですからね!」
勝ち誇ったようにカラスが笑う。
扉は半分ほども、下水の下に埋まってしまっていた。
これでは通路に降りて、しっかりと力を込めてこじ開けねば扉は開かないだろう。
この汚物の充満した下水道の通路にだ。
そこに触れないよう触れないよう努めていた今までの労力がまるっきり無駄だったとわかり、黒騎れいの体には一気に疲労が襲い掛かった。
そしてそのままずるずると、彼女は壁際から下に堕ちた。
「うえぇ……」
発酵し腐敗しねばついた汚物の中に、ずぶずぶと脚が沈んでゆくのがわかる。
そのまま足先からふともも、股、下半身までもが沈む。上着にまで汚泥が跳ねかかる。
肌を這い上り、靴下や下着の中にまで浸みこんでくる生ぬるい異臭に、れいは吐き気を堪えるので精いっぱいだった。
頭がくらくらする。
「腰までぬるぬるしたものが……。気持ち悪い……」
もはや腹をくくるしかないのだ。
不快感に耐えながら両腕を粘着質の汚物の中に沈め、黒騎れいは扉の取っ手を探す。
制服の上まで汚泥に浸ってしまうが、もうどうしようもない。
とにかく早くこの扉を開けて脱出することが先決――。
「わぷっ!?」
そう思ってようやく扉を開錠した瞬間、それは勢い良く奥に向けて開いていた。
溜っていた下水の水圧が一気に解放され、扉を掴んでいたれいごと、汚泥は下水道の扉を押し開けて地下通路の中に溢れる。
10メートル近く汚泥の波に流されてようやく止まった彼女の上空で、カラスが高笑いを爆発させていた。
「カッカッカッカッカ! 私に反抗的な態度を取ってきた罰です! 良いザマですね、れい!」
「うぶぅ……」
全身をヘドロに塗れさせて身を起こしたれいは、無力感に襲われた。
髪も顔も胸も、もはや全身くまなく茶色の汚物に染まっている。
泣きたくても、眼をこする手も汚れているし、下手に口を開けばヒグマの糞を食べてしまいそうだ。
というか先程流された時に少し下水が口に入ってしまっている。
れいはひたすらそこらへんに唾を吐き続けた。
「そんな汚らわしい身で私に近付かないで下さいね。私は自分で示現エンジンを探して来ますから!」
カラスはこれでもかと言わんばかりの嘲笑を吐き散らかし、羽音も軽く、薄暗く荒れた研究所の奥へと飛び去ってしまう。
「泣きたい……」
暫く汚泥の中に座り込んで、れいは呆然とうなだれる他なかった。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
エレベーターホールを一通り調べ終わり安全を確認した宮本明たちの一行は、ひとまずここで小休止とすることにした。
研究所の内部構造は、メルセレラと李徴でさえ、ヒグマの身分であったがゆえに完全に把握しきれてはいない。
それが、ヒグマの氾濫後約半日経過している今となってはなおさら、先々に何が待ち構えているのかわからない。
しかし間違いなく、ここには『敵』と、『ヒグマを数十体以上殺戮した何者か』がいるのだろうということだけは、全員が予測していた。
地下の探索の最中に、いつ襲撃されてもおかしくはない。万全の応戦ができるよう補給しておくことは重要だった。
メルセレラが周囲の気温を観測して警戒を続ける中、日中に焼いておいたマリナーラピッツァや、未明に宙を舞っていたクッキーの残りの他に、ウェカピポの妹の夫がデイパックから取り出したものがある。
「なんなんだ義弟さん、その器械は?」
「『ナポレターナ』だ」
ナポレターナは、主にイタリアのナポリを中心に使用されている、ドリップ式のコーヒーメーカーである。
円筒形の金属製マグカップのような形をしたボイラーと、その中にコーヒー粉を入れるバスケットとフィルターが取り付けられ、さらに、抽出したコーヒーを蓄え注ぐためのポットで構成されている。
ポットを逆さにして水を入れたボイラー部に被せ、そのまま火にかけて使用する。
直に蒸気でコーヒー粉が蒸らされた後、全体を逆さにしてドリップすることで高圧の抽出が行われるため、ペーパードリップよりもかなり濃厚なコーヒーができあがる。
頑丈で取り回しやすく、イタリアンコーヒーの抽出道具としてはアウトドアに適したものの一つだと言える。
ウェカピポの妹の夫が第一回放送まで籠城していた、オフィスビルの給湯室にあったものだ。
「オレたちの場合、だいたいコーヒーはトルコ式か、このナポレターナで淹れることが多かった。
正直あの建物にあったエスプレッソマシンは、新しすぎて使い初めは戸惑った。蒸気圧でそのまま抽出するんだからな。
第一回放送があるまで、オレはほとんどあれでコーヒーを淹れるのに四苦八苦していたようなものだ」
「ほう、また上下布奇諾(カプチーノ)を淹れてもらえるのか?」
「そもそもコーヒーって何……?」
奇妙な形状をした金属製のその道具を眺めながら、明だけでなく李徴やメルセレラも興味深げに問うてくる。
彼らを前にして、義弟はいそいそとボイラー部に水を注ぎ始めた。
「いや、流石に牛乳は持ってきていない。だが今から作るのが、本物のイタリアンコーヒーだ」
支給されていた水をなみなみと注いだボイラーに、あらかじめ粉を入れていたバスケットを取り付けてポットを被せ、ヒグマの死骸に灯る火の上で沸かす。
次第に、辺りには蒸気で花開いたコーヒーの薫香が鮮やかに漂ってくる。
沸かしたナポレターナを取っ手でくるりと返せば、音も軽やかにドリップされるコーヒーの雫が、ポットの金を叩いて芳しく響き渡る。
砂糖をたっぷりと詰めた紙カップの中に注がれたコーヒーはどろりと濃厚で、それでいて黒曜石のように澄んだ輝きと深い透明感を放っていた。
手早く攪拌して差し出されたコーヒーを口にした一同は、揃って目を丸くした。
「いい香りね……。春の森の……、瑞々しい果物みたい……!」
「こ、これは可可茶(ココア)なんじゃないのか!? なんと芳醇な……」
「うっお……、本当だ、チョコレートみたいな濃さだ。旨い……」
「超深煎りのコーヒーを、同量の砂糖と乳化させるんだ」
「甘くて苦くて……、でもケラアン(美味しい)!!」
「普段のオレたちなら毎日6回は飲んでる。これがないと一日が始まらん」
冷めたピッツァを白い炎に炙って温めながら、一同は香り高く濃厚なコーヒーに舌鼓を打つ。
死臭と獣臭を掻き消し、半日の疲れを一気に吹っ飛ばすほどの幸福な空気が、エレベーターホールを満たした。
めいめいコーヒーとマリナーラを頬張りながら、彼らは束の間の雑談に興じる。
なお、義弟が食うに堪えなかった血と臓物味のクッキーは、メルセレラの絶賛を受けた。
元々クッキーババアがヒグマのために作った菓子であり、最終的に彼女の腹に喜んで収まったのは本望だったろう。
「で、あの建物、何か、物品が揃いすぎていたような気はしないか?」
「そうか? 普通のオフィスビルだと思ったけど……」
「オレも他の建物を詳しく見たわけでも、女子トイレの中まで覗いたわけでもないが、気になってな。
まさかナポレターナまであるとは思わなかった。
他の事務所や家庭にも常備されているのだとしたら、オレは日本を心から尊敬するよ。
こっちじゃ旨いコーヒーを淹れられるようになって初めて、一人前の大人と認めてもらえるんだぜ?」
「そうなのか!?」
話の中で、義弟はこれほどの物品が揃っていたビルへの違和感を語っていた。
しかし、話の流れは自然とコーヒーの流儀の方へと流れていく。
何より、ウェカピポの妹の夫が見せたコーヒーに関する卓越したスキルは特別なものではなく、彼の国では皆が身につけているものだという事実は、全員の驚愕をかった。
「ネアポリスのみならず、イタリア全土でそうだろうよ。ネアポリスじゃそれに加えて、鉄球も回せねぇ不器用なヤツは大人になる資格がない。先祖に申し訳もたたないしな。
日本では無いのか、そういう流儀は? 丸太を振り回せるのが大人の条件とか……」
「いや……、流石に彼岸島でもそこまで要求はしないよ。吸血鬼にならず生きててもらえればそれでいい」
宮本明と同行しすぎてウェカピポの妹の夫に誤った日本観が芽生えるところであったが、それは他ならぬ明自身の言葉で否定される。
明のやってきた地である『彼岸島』は義弟たちの興味を惹いた。
「お前は吸血鬼と戦っていたんだったか。確か、そいつらの血を浴びると自分も吸血鬼になってしまうという……。
ならば、丸太にしろ剣にしろ、血を飛び散らせるような戦いは悪手ではないのか?」
「いや、そこまで気にする必要はない。目や傷口に入らなければな。
俺なんか、腰まで吸血鬼の血に浸かって歩いたりしたけど平気だったから」
しかし、戦闘法の話となって明から返って来た言葉に、一同は唖然とした。
「は……?」
「え……!?」
「明、それは……」
「な、なんだよなんだよいきなり!?」
予期せぬ彼らの反応に、明の方が帰って動揺する。
ウェカピポの妹の夫が思案しながら切り出す。
「……目に入ってもアウトならば、尿道や肛門に触れてもアウトだろう。
お前の戦いぶりからして、返り血の飛沫を気にしているとも思えないしな……」
「ちょっと待てよ! なんだよ! 俺が吸血鬼になってるとか言いたいのか!?」
「いや、そうじゃない」
今まで吸血鬼に対して絶対の殺意を抱いてきた明にとって、義弟の言葉は聞き捨てならないものだ。
しかし憤る彼を差し止めて、義弟はその言葉の真意を語る。
「もしかすると、お前は血を浴びても吸血鬼にならない体質なんじゃないか?
お前の予知能力といい身体能力といい飲み込みの早さといい、お前がそういう特別な人間だとしても不思議ではないと思うがな」
「話を聞く限り、その吸血鬼というのは伝染病か何かのようだ。
ならば明、お前は元からその吸血鬼の病原体に対して免疫を持っているのではないか……?」
義弟の言葉を、李徴が受けて推測を繋いだ。
明は、今まで思いつきもしなかったその衝撃的な考えに呆然とした。
「お前の血を研究すれば、治療薬のようなものができるのかもな」
「マジ……、か……?」
冷静に考えて、粘膜に接触して感染しうる病原体ならば、眼や口のみならず下半身の粘膜に触れても感染するし、なんとなれば通常の皮膚でも感染の危険がある。
吸血鬼の血を浴び放題であった宮本明が感染していないのなら、むしろ彼に何らかの抵抗力が存在しているのではないかと考えた方がしっくりくるのだ。
そうして明の前に新たな可能性が示されて程なく、一行は軽食を終えた。
「ヒンナ(ご馳走様)。じゃあ、捜しに行きましょうか」
たっぷり3人前のピッツァと、血と臓物味のクッキーに満足したメルセレラが、いち早く腰を上げた。
参加者にとっては共に脱出できる生存者を、彼女にとっては自身を認めてもらえる相手を見つけるための探索行だ。
早いに越したことはない。
この小休止の間に『敵』に襲撃されなかったことも、探索行の安心感と希望を高めている。
しかし同時にそれは、不安感と絶望をも高める間でもあった。
「……生きている者の温度が、本当に感じられないんだけどね」
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
その頃、黒騎れいを捨て置いて、荒れた研究所の中を飛んでいたカラスは、程なく地下の下層にて目的のものを見つけていた。
「やはり示現エンジンがあったのですね……」
そこに至る経路は反乱によって開かれ、しかも布束砥信たちが童子斬りの根を払いつつ向かっていた足跡が残っており、以前までは秘匿されていたそのエンジンの所在も容易くわかるようになっていた。
一帯は枯れ落ちた根のようなものに絡まれ、スプリンクラーの水に浸かっていたが、示現エンジン本体は、電源が落とされているのみで再稼働は可能なようだった。
もっとも、童子斬りに侵食されかけ、バーサーカーと龍田の戦闘とで外壁に大きな損傷が見えるそれが、爆発せず安全に再稼働できるかどうかはわからないが。
「ブルーアイランドのものでさえ目に余るのです。こんな地にもう一基の示現エンジンを設置させておくわけには行きません。
崩壊寸前ならばなおのこと、私が即刻消滅させてやりましょう」
カラスはそうひとりごちるや、赤く目を光らせて巨大化を始める。
ステロイドパッチールから吸収していた、HIGUMAとしての力だ。
そうして漲ったエネルギーを以て、カラスが示現エンジンを破壊しようとしたその時だった。
「なっ――!?」
何かが突然、地底から矢のように疾り来てカラスの翼を貫く。
それは、この一帯に蔓延っていたものと同じ、一本の木の根だった。
「なんですかこの木は!? 私を『始まりと終わりに存在するもの』の代弁者と知っての狼藉ですか!?
この下等生物! 良いでしょう、すぐに消し飛ばしてやります!」
バランスを崩して床に落下しかけたカラスは、たちまち激昂して、攻撃の矛先をその木の根に変えようとする。
しかしカラスがそう動く間もなく、地面からは次々とさらなる木の根が突き出され、その喉から胴から、エネルギーのあるありとあらゆる箇所に突き刺さっていた。
「ぎゃぁぁぁ――! 吸われる! 吸われる! あの下等生物から吸収していた力が――!」
地下の狭い空間で中途半端に巨大化してしまったカラスは、飛んで逃げることもままならなかった。
そのままカラスは全身を木に絡みつかれ、瞬く間にエネルギーを吸い尽くされる。
「ひぎぃぃぃぃ――!!」
そして、元の貧弱なカラスの肉体に縮小したそれは、エネルギーを吸われたそのおかげで、命からがら木の包囲網を抜け出すことができた。
スプリンクラーの水たまりに落ちて、ばしゃばしゃと必死にもがきながら、カラスは示現エンジンの方を振り返って捨て台詞を吐く。
「ひぃ、ひぃ、ひ、ひとまず出直してやります下等生物! 示現エネルギーを、人間にも劣る木っ端ごときに好きにはさせません!」
そんな言葉を、木は聞く様子もなく、こぼれ落ちたエネルギーの絞りカスの居所を探って、威嚇するようにざわざわと枝を伸ばして来ている。
「ひへゃ!」
カラスは残された力を振り絞って、研究所の上層階へと、元来た道を必死に逃げ帰った。
「もはやなりふり構っていられるものですか! れいに預託されているあの力……!
れいはどこですか! あれを奪って私がこの世界など滅ぼしてやります!!」
息を整え、理不尽な怒りを燃やしながら、カラスはよたつく足取りで走っていた。
【C-6 地下・示現エンジン/夕方】
【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:負傷(中)、多数の羽毛がハゲている、ずぶ濡れ
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンごとこの世界を破壊する
0:れいの力を奪ってやります!!
1:あのままれいを飲み込んでいても良かったかもしれませんね?
2:この私が直々に、示現エンジンごと全てを破壊してやります!!
[備考]
※黒騎れいの所有物です。
【四宮ひまわり@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:寄生進行中、昏睡
装備:半纏、帝国産二代目鬼斬り
道具:オペレーションキー
[思考・状況]
基本思考:――――――――――
0:――――――――――
[備考]
※鬼斬りにほぼ完全に寄生されました。
※バーサーカーの『騎士は徒手にて死せず』を受けた上に分枝したので、鬼斬りの性質は本来のものから大きく変質している可能性があります。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
メルセレラはこの階層の半径1キロメートル近く、地下の空気に生物の体温を感じないと言う。
探索に来た一行にとって、それは朗報でもあり悲報でもあった。
生存者がいなければ、探索は半分空振りだと言っても差し支えない。
せいぜいが、この島の状況を知るための手がかりが研究所の資料に残されていないか探る程度のことしかできない。
それでも彼らは、離れたところにわずかでも生存者が隠れ逃げ延びていることを期待して歩き出していた。
「護衛対象の王族がもしはぐれてしまった場合、――そんな失態が起きたらまずオレたちのクビが飛ぶんだが――。
それでも被害を最小限にし、早急に捜索する手は、ある」
初めにウェカピポの妹の夫が行なったのは、回転した鉄球を壁に押し当てることだった。
すると粗いものの、壁の後ろのかなり広範囲の景色が、埃を浮かせて透かし彫りのように描き出される。
曲がり角の先の荒れた研究所の様子が、一目で見えるようになっていた。
「義弟さん何だそれ、スキャナ!? エコーか!?」
「回転の振動で遮蔽に隠れた物を反射させ映し出すんだ。国で一番この手の技法に長けてるのは、やはりツェペリ流だな。
オレたちの鉄球は真円じゃないから、大雑把にしか見えないし時間もかかるが、まあ十分だろう。
山岳救助の時にもよくやったもんだ」
宮本明を始め、一行は未だ奥深い鉄球の回転の活用法に驚く。
李徴もまた、義弟のその流儀の在り方に感慨を禁じえなかった。
だがそこで浮かび上がってくる違和感は、そんな彼が家庭ではその力を暴力に用いているらしいという点だ。
李徴は、その有様がかつての自分に重なるようで、いたたまれなくなった。
「妹夫、そんな人を助ける仕事をしていたお前が、なぜ妻を殴るなどするのか……。
我にはお前の話のどちらかが嘘だとしか思えん」
「私生活と仕事は、別なんだよ。何をしてたって、帰るべき流儀はあるんだ。
嘘だとしか思えないなんてことはないだろう。お前もそうだったんじゃないのか?」
そして、李徴の畏れは本人からさらりと肯定された。
妻子を省みず詩作に耽り狂奔した彼は、妻を殴り続け逆賊を壊し続けた男のその堂々たる振る舞いに、眩しさを覚えていた。
「帰るべき場所を、我らは家に置けなかったということか……。
仕事に生き、仕事に狂い仕事に帰る……。いや、社畜を自負していた我には当然だな……。
会社の家畜どころか、我の場合は社会における畜生だったわけだが……」
李徴の心を占めていたのは、そんな自分の生き方に対する後ろめたさだ。
それが己を狂わせ、そして自分をヒグマの姿にまで変えてしまったものだと、今の彼は推察できている。
もし李徴が、ある種の潔さを以て自分の中の畜生たる生き様を肯定し立ち居振る舞っていたならば――。
ウェカピポの妹の夫のごとく、ある社会から顰蹙を買おうと、ある社会からは切実に求められる、そんな筋の通った人物になれていたのかもしれない。
「我は今までそんな自分を誇れなかった。だが妹夫、お前がそのあり方にて悔いなく進んでいる姿は、確かに素晴らしい。憧れすら覚えるよ」
「悔いなく……?」
だが、感嘆と共に語られた李徴の言葉に、ウェカピポの妹の夫は暫く俯いた。
「オレは鉄球のように、ただ突き進み来た……」
壁面に押し当てられた彼の手の中で、鉄球が回っている。
ただギャルギャルと、鉄球の振動だけがあたりに響く。
「壁を壊すための手で……、オレは壊した。あいつを……。
その、体を……。その、心(ハート)も……!」
「義弟さん、義弟さん?」
「レサク(名無し)、ちょっと、どうしたの?」
「……いや、何でもない。感慨は置いておいて、進もう」
動きを止めてしまった義弟に、心配そうにメルセレラや明が声をかける。
義弟はその言葉に、さっさと顔を上げて、道の先を示すのだった。
一同は、それ以上追求することも、できなかった。
「誰かァァァァ――!! 生きてる奴はいないかぁぁぁぁ――!!」
「ちょっとアイヌ、声が大きい!」
「周囲に誰もいないって言ったのはお前だろ? 遠くまで聞かせてやんなきゃ」
「宮本明。敵はビルに現れた機械人形という可能性もあるんだぞ?」
「うぐ……!?」
そして燃えていたヒグマの死骸から松明を作って、一行は研究所内の探索を始めたが、道中は散々なものだった。
なぜかコケが蔓延り湿っているその地下空間は方々がヒグマに荒されており、パソコンなどの電子機器や機材はそのほとんどが叩き壊されている。
いわんや紙媒体の資料はバラバラに散逸し、運よく判読できたものも、それ一枚では何の意味があるのかわからないものが大半だった。
メルセレラの言ったとおり、呼びかけに反応する生き物もいない。
「む、黄金長方形か」
「どうした妹夫」
そんな不毛にも思えた探索の中で、ふとウェカピポの妹の夫が目に留めたものがある。
研究室のひとつと思われる部屋の中に散乱していた、複数の紙だった。
「これらの彩色写真を見ろ。宮本明、お前ならわかるか?」
拾い上げられて宮本明に差し出されたのは、一見しただけでは李徴やメルセレラには何の関連性も見いだせないような画像が描かれた、A4版のコピー用紙だ。
ミロのヴィーナス。
リコリスの葉。
モナリザ。
五芒星。
雪の結晶。
ひまわりの花。
アンモナイト。
手掌の静脈透視像。
巨木。
ロマネスコ。
しかし宮本明の眼には、STUDYの桜井純が印刷していたそれらの画像の中に、明らかに黄金比が隠されているのが見えた。
義弟が先だって語っていた、黄金長方形の回転だ。
「回転……してるな」
「そうだ。ここの奴らは黄金長方形やその回転を研究していた可能性もある……というのは考え過ぎかもしれないが。
何にせよ、スケールを持っておくのは悪いことじゃない。これを手本に回してみても良いだろう」
「そうか、黄金長方形のスケール! やっぱりあったんじゃん義弟さん!」
宮本明は、これらの紙片に隠された力の秘密に興奮した。
黄金長方形のスケールは、山の上で彼が義弟に要求していたものだ。
この紙に印刷された花や像の尺度通りにモノを回せば、莫大な回転エネルギーが得られるらしいという強力な代物に、明の心境は一気に浮き立った。
だが義弟は、意味深な訳知り顔で口角を歪める。
「……『できるわけがない』と、お前はこれから4回だけ言っていいぞ」
「できるに決まってるじゃないか! 杞憂だぜ義弟さん! 今ここででも黄金の回転を使ってみせるさ!」
「ちょっと! こんな狭いところで丸太振り回さないでよエパタイ(馬鹿者)!」
そしてすぐさま丸太を取り出して回転の練習を始めた明の傍迷惑さに、メルセレラが空気を破裂させる。
危うく小競り合いに発展しそうになった現場を、李徴と義弟が二人がかりで宥めた。
「何だか知らないけど、こんな紙切れしかないんじゃ、こっちはもう引き上げた方がいいんじゃない?」
「ああ、真北は早く探索が済みそうだとは思っていたが、戻って東か西に向かおうか」
「こうか? こう向日葵の種の配列に沿って手を動かして……」
「止めろと言っておろうに、宮本明……」
メルセレラを始め、地下の北側の探索を切り上げようという意見は、全員が一致していた。
この道はより探索を続ければ、実のところ地底湖やしろくまカフェのあった地点に繋がり得るルートではあったのだが、研究所自体は本来そこで終着しており、メルセレラの気温感知と義弟の回転ソナーは、ギリギリで艦娘工廠の存在を知覚する所まで届かなかった。
そうして一行が来た道を少し引き返しながら、近い側である西に進路を採った後、異変は起きた。
まずメルセレラが、遠方から空気を裂いて接近してくる何かの温度を感じ取っていたのだ。
「何かが……、すごい速さで近づいてくる!」
「まだ、何も見えないが……。こちらに気づいているのか?」
義弟が、壁に押し当てていた鉄球の回転を強くする。
松明を近づけて、一行は壁に映し出される相手の姿を確認しようとする。
そうして浮き立つ埃の中に描き出されたのは、チーターか何かのようなしなやかな動きで走っている、女の子の姿に見えた。
「少女……?」
「マジか! でかした義弟さん! 生存者だ!」
義弟は、なぜ少女が四足歩行で走っているのかにまず疑念を抱いたが、宮本明は逸早く、その人物が生存者であろうと結論を下してしまっていた。
そして彼は、奥の通路に飛び出して、暗い道の先に向かって叫びながら手を振っていた。
メルセレラが慌てて伸ばした手は、走っていく彼に届かなかった。
「おーい、こっちだー! 助けに来たぞー!!」
「おい、ソイツは、生き物の体温をしてないわ!」
瞬間、明の背にぞくりと悪寒が走った。
彼の目の前が、一瞬にして死の感覚に覆われる予感があった。
何か、遠くでピンク色の光が明滅したように感じた。
それと同時に、宮本明の体は無意識のうちに全力で地面に伏せていた。
「うおっ!?」
「危ない明!!」
明の後頭部を、猛烈な熱が過ぎ去った。
髪の毛が何本か焼き切れた臭いがする。
悲痛に叫んだ李徴たちはその時、通路の奥から巨大なピンク色の光線が放射されてきたのを目にしていた。
何とか地に俯せて無事だった明の姿に安堵する間もなく、相手の動向を鉄球の回転で把握していた義弟が叫ぶ。
「大丈夫か宮本明! 奴は何か弓矢のようなものを構えている!
また来るッ! 飛び道具が来るぞォ――ッ!」
「サンペアクレラ(心撃つ風)の座標が定められない! こちらに気づいて加速してきたわ!?」
少女の姿をしたその襲撃者は、新たな武器を構えながら通路の宮本明に向け接近してくるようだった。
その速度は、既にメルセレラの気温による感知を振り切るほどになっている。
明は歯噛みしながら立ち上がり、デイパックの中から手斧を取り出していた。
「弓矢だろうが蚊だろうが、間合いに入ったなら斬れる!」
「いかん、退くべきだ明! 古の名人でもあるまいに!」
それを日本刀のように晴眼に構えた彼は、李徴の言葉とは裏腹に、通路の彼方から発射されてくる一本の真っ白な矢を、確かに見すえていた。
そして、真っ直ぐに進んでくる矢を、明の太刀筋は確かに切り落とすかと思えた。
しかしその瞬間、矢は突如空中で方向転換し、彼の向かって左上から、再度彼に向けて飛来した。
「んなぁ!?」
宮本明は、かろうじてその動きを予測した。
そして返す太刀の勢いで、その矢を何とか中央から二つに切る。
しかし、切り落としたはずの矢の先端は、そのまま宮本明の左腕に、ジャケットを貫いて突き刺さっていた。
そしてそれは彼の血液を吸い、爆裂するような勢いで全方位に鋭い棘を生やす。
その矢は、人間の骨でできていた。
「ぐあぁぁぁ!? チクショウ! 腕をやられたチクショウ!!」
「何やってんの!? 自分で言ったことくらい実行しなさいよ!!」
「斬ったのに!! ハァハァ、斬ったのになんだこれチクショウ!!」
神経も血管もずたずたにされたようで、明の左腕は血を流すばかりで全く動かなくなる。
メルセレラが罵る中、その正体不明の襲撃者は既に、宮本明に飛び掛かりその爪を振り下ろそうとしていた。
痛みを堪え応じた明が、何とか手斧を振り上げてその爪を受けようとする。
しかし、爪にぶつかった斧の刃はそのまま砕かれてしまう。
「手斧が割れた!? ッ、やばっ……!!」
たたらを踏んで後ろに引きながら、明はなんとかデイパックから丸太を取り出した。
だが、そこに気を取られているうちに、躱し損ねた襲撃者の爪がデイパック本体のベルトを切ってしまう。
取り出した丸太を構える暇も無く、転がってゆくデイパックに明の眼が逸れた瞬間、次なる爪の一撃が明の頭上に振り被られていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
地下の一行から東側に離れた位置で、同じ研究所の階層をとぼとぼと辿っている少女がいた。
生きている、体温のある人物としては、義弟たちの待ち望んでいた生存者であったが、彼らが互いにその存在に気づくには、両者はまだまだ離れすぎていた。
その人物とは、言わずもがなの黒騎れいである。
しかし今の彼女は、むしろ他の生存者に見つけてもらいたくなどなかった。
彼女の全身は、ヒグマの糞の臭いしかしなかったからだ。
顔から手から汚泥まみれの体は、下手に拭うこともできず、彼女はただ表情を能面のように強張らせたまま、暗い研究所を歩き続けるしかなかった。
せめて手を洗えるだけの水がないものかと思っていた彼女の目に、その時、通路脇の檻の中に散乱しているものが映る。
ヒグマの檻に似つかわしくないテレビとビデオデッキと大量のDVDが置かれているその部屋には、つい先ほどまで誰かが寛いでいたかのように、水のボトルや食い散らかされたツマミがあった。
明らかにヒグマのものではない。
「ここ……、穴持たず1・デビルヒグマの檻よね……。誰かが見てたの……?
この非常時に、遊戯王のDVDを……!?」
研究所の東側にあるヒグマたちの檻のうち、そこは熊界最強の決闘者として研究所内でも有名だった、デビルヒグマの檻だった。
この一帯も、例に漏れず反乱したヒグマによって荒されたようだったが、そこだけはどう見ても異質だ。
デビルヒグマ以外の、人間が、反乱があった後に敢えてここを訪れたものとしか考えられない。
黒騎れいには意味不明だったが、彼女が必死に可能性を考えるに、人間でありながらHIGUMAとして登録されていた工藤健介や司波深雪ならば候補にはあがる。
しかしヒグマ帝国の実情など欠片もわからない黒騎れいには、これ以上の推察などできない。
彼女はとりあえず、部屋の持ち主であるデビルに悪いなと思いつつ、残っていたボトルの水でなんとか手と顔だけは入念に洗った。
ツマミと思しき物体にも手を出そうとしてみたが、それは裂きイカのように見えるだけの削った鉄という謎の代物だったために断念した。
この檻にいたのが、ビスマルクという艦娘だということは、彼女にわかるはずもなかった。
「あと目ぼしいものとか手がかりとか、無いのかしら……。あれは……」
そのままヒグマの檻が並ぶ通路を歩いても、暫く大したものは見つからなかった。
そもそも物品のある檻など最初からほとんどなかったのだ。
黒騎れいの目に止まったのは唯一、穴持たず58の檻にあった壺くらいだった。
「ああ……、支給されるハチミツを、ずっと食べずにとって置いてたのよね、このヒグマ……。
悪いけど、持って行かなかったのなら頂戴ね。こっちは使えるものは持って行きたいから……」
今となっては遠い研究所内での日々を思い出して、黒騎れいはほんの少し笑った。
だがこの先で出会うかも知れない者に備えるためには、そんな思い出も道具として確保しておくことが先決だった。
自分可愛さ第一の、水仙のマシンの心だ。それでも、自分可愛さで他人まで助けられるならば十分すぎる。
四宮ひまわりが生きているならば、きっと朝からお腹を空かせているはずなのだ。
少しでも早く見つけて、栄養になるものを摂らせてやらねばなるまい。
そんな思いで、黒騎れいは穴持たず58のハチミツ壺をデイパックに仕舞い、地下を歩む足取りを速めていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「オレは既に『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』を設置している」
宮本明の脳天を断ち割るかと思えた攻撃は、すんでのところで彼を逸れていた。
地下の階層を動いていた、黒騎れいとは違う少女――。
『H』と呼ばれるその襲撃者が、攻撃の直前で突如左脚を滑らせ、体勢を崩したのだ。
「『迎撃衛星』そして『左半身失調』――。奴は『左側』を認識しない」
曲がり角の陰から回転のソナーで少女の動向を探りつつ、もう一つの鉄球を通路に転がしていた義弟が、彼女の接近するタイミングを見計らって衛星弾をそこから射出させていたのだ。
回転の衝撃波を受けて、その少女も明も左半身失調の状態に陥るものの、何度も模擬戦闘を行なっていた明だけが、むしろ左腕の痛みを感じなくなったその状態で動くことが可能となっていた。
「おらぁ!!」
捨て台詞の代わりに襲撃者を丸太で殴りつけ、宮本明は身を翻して通路の曲がり角へと急いで走り戻る。
ふらつく彼を、ウェカピポの妹の夫と李徴が迎えて支えた。
「妹夫の言った通り、恐らくあれは少女の姿をした自動機械だ! 無事で良かったぞ、明!」
「手加減して殴ったけど、眼が濁ってるだけで人間の女の子っぽかったぞ!?
マジなのか!? 何か勘違いして襲ってきてるだけとかじゃないのか!?」
「お前、こんな凶悪な矢で射られてもまだそんなことが言えるのか……。オレなら逆鱗以外の何物でもない」
「だから、生き物の体温してないってさっきから言ってるじゃない! アタシが戦うわ!」
既に、通路で倒れていた襲撃者も体勢を立て直している。
直ちに明を追ってこちらに走り来ようとしていたその少女の前に、メルセレラが立ちはだかっていた。
「サンペアクレラ(心撃つ風)!」
即座に放つのは、彼女が絶対の矜持を持つ必殺の狙撃魔法だ。
メルセレラの霊力(ヌプル)を以て、過たず敵の胸部座標に位置する空気が急速に過熱される。
爆音が響き、襲撃者はのけぞった口から大量の焼けた蒸気を吹き出しながら倒れた。
「……チクショウ、やりやがった!」
「やったのか、美色楽女士!?」
「いや……、あれは……」
「……やっるぅ!」
宮本明と李徴は、その光景に襲撃者が撃破されたと見た。
しかし義弟とメルセレラは、その相手がほとんどダメージを受けていないだろうことを、はっきりと感じ取っていた。
倒れた少女は、そのまま床に手を突いて跳ね上がり、その反動でメルセレラに飛び掛かっていた。
鋭い爪が、メルセレラの頬を掠める。
「シヌプル(強い)――!」
「シニョリーナ!」
「き、効いてないのか!?」
「い、いかん、退くべきだ!!」
狼狽する男たちの視線の先で、切りはふられるかと見えたメルセレラの体が、急激に膨張した。
「キマテッ、カムイ、ホシピ!」
一瞬でヒグマの巨体に戻ったメルセレラの体が、その体当たりの勢いで襲撃者を弾き飛ばす。
壁を蹴って跳ね返り差し返そうとした襲撃者の爪を、メルセレラは魔法少女の姿に戻り肉体を縮小させることで躱した。
間合いを狂わせることで攻防に資するその戦法は、彼女が人間として向かいたいと考えていた宮本明や義弟には、見せたことのないものだった。
「アンタ、オハチスイェ(空き家の化け物)ね! そりゃ、並大抵のトゥス(巫術)じゃ倒せないわけだわ! さっすがぁ!」
だがこの相手には、彼女が遠慮する理由は全くない。
この襲撃者が、全力でぶつかっても足りるかどうかわからない素晴らしい相手なのだと、メルセレラはその嗅覚で感じ取っていた。
「アンタはアタシを認めてくれる――!?
飛ばしていくわよ!! エヤイコスネクル(風で体が)プンパ(浮き上がる)ァァ!」
空中に浮かび上がったメルセレラと、壁面や天井を蹴って襲い掛かる少女とが、眼にも止まらぬ速さで空間戦闘を繰り広げ始める。
「エパタイ(馬鹿者)、エパタイエパタイエパタイエパタイエパタイエパタァァァァイ!!」
空気が次々と爆発し、天井や壁面が抉られ土埃が舞う。
暗がりに巻き起こる爆風で、とても近寄れない。
超人的なその戦闘の現場から、男たちはじりじりと距離をとるほかなかった。
「チタメハイタ(鎌鼬)ァァァ!!」
メルセレラの叫び声だけが響く中、後退していた歩みをついに走りに変えようとしたのは、宮本明だった。
「チクショウ……、一端逃げるほかねぇ……!」
「いや、駄目だ宮本明。シニョリーナに加勢しなければ」
組織を骨から破壊された左腕の耐え難い痛みに呻く彼を、ウェカピポの妹の夫がそれでもなお引き留めていた。
李徴が狼狽した。
「妹夫! わ、我等が行って敵うと思うのか!?」
「シニョリーナの攻撃が効いているように見えたか!? あの敵は、オレが見せた回転の奥義を常に使っているようなものだ。
ほとんど全ての衝撃が受け流されてダメージになっていないように見えた……!
それにあの敵の速度……、追ってこられれば逃げられない!」
暗闇の通路は爆風と粉塵に紛れ、彼女たちの戦闘の様子はほとんど伺い知れない。
しかし、メルセレラの怒号は少しずつ息が上がって行っているようにも聞こえる。
時折、ピンク色の殺人的な閃光が輝きかけて一帯の様子が映し出されるが、メルセレラは即座にその光が放たれる前に敵の口腔内を爆発させていた。
宮本明は、そのピンク色の光線に、やはり先ほどと同じく死の予感を見た。
メルセレラの反応が少しでも遅れれば、彼女がその光に飲み込まれて死ぬのは確実だった。
義弟が語気を強める。
「このままでは彼女もオレたちも犬死にだ! ここで仕止めるほかにない!」
「……あのヒグマがやるって言ってたじゃねぇか! それこそ、有言実行させてやれよあいつの言った通りにさぁ!!」
「有言実行だと!? こんな時にまで末節の言葉尻にかかずらうのか馬鹿者!!
お前の死んだ仲間やオレたちに、お前は何て言われると思うんだ!?
意地を張るばかりで……、彼女に対し欠片ほどの敬意も、お前は抱けないというのか!?」
宮本明の反駁は、完全に義弟の逆鱗に触れているようだった。
しかし明はそれでも、吐き捨てるように叫びながら彼の手を振り払うのだった。
「――チクショウが! 俺がヒグマを敬うなんて、『できるわけがない』だろ!!
俺は左腕いかれてんだ! 今更何をしに行けるってんだ!!」
「誰がそう言った! お前は何にだってなれる!!」
そして振り払われた手で、義弟はなおも明の襟首を掴み直した。
「それがジャック・ブローニンソンに敬意を払う者の姿勢か!?
お前は! お前は、アイツになるんだろう!?
アイツが腕を食われ、脚を食われた時、アイツはそんな言い訳をして逃げたのか!?」
ウェカピポの妹の夫が掴んでいた襟は、彼の羽織るジャケットだ。
繰真晴人と交換していたその黒いレザージャケットは、確かに彼の決意の印だった。
それは甘えと決別し、心身で『ブロニー』というものを理解するための、彼なりの流儀だった。
『Twilight Sparkle――Jack Browningson』と記された、流麗なサインとポニーの絵は、見ずとも彼の脳裏に、描かれている。
たとえ吸血鬼だったとしても 斧神や隊長のように、明が心から敬意を払えた対象は、いた。
たとえ敵だったとしても、心に湧き上がる敬意は、親愛の情は、偽りなきものだった。
明はグッと目をつぶり、そして見開いて言い放つ。
「……チクショウ。ああ、チクショウチクショウ!! そうだよ!!
敬ってやるさ! ポニーだろうとヒグマだろうと、『俺はお前らのブラザーなんだ』ってな!」
ほろほろと蒼黒い思いが、覗いた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「き、きりがないわ……。なんて底なしのヌプル(霊力)……。
アタシはもう十分アンタの力はわかった……。素晴らしいわ。もういいんじゃないの?
どうしてもアンタは、相手をカントモシリ送りにしないと気が済まないわけ?」
メルセレラは、ほとんど限界だった。
自分がどれだけ空気を過熱し、ありとあらゆる手で攻撃しても、赤い髪の毛をして黒い服を着た相手の少女は、全くこたえないのだ。
そして相手は攻撃に一切の想いも籠めておらず、ただ効率化されたパターンに基づいてメルセレラを殺そうとしているのみだ。
ただ魔力と体力を消耗するだけの徒労が繰り返される。
自分が何をしても認められることはなく、相手は完全に自分を拒絶したまま。
そのまま自分は終わろうとしている。
ソウルジェムの輝きは濁っている。
自分の姿を人間にしてまで認められたかった彼女が、何をしても認められなくなる――。
それこそ、彼女の絶望だった。
この赤毛の殺戮機械は、メルセレラの絶望に他ならなかった。
――ああ、まるで、今日までの意固地な、アタシ自身みたいね……。
その理不尽な赤毛の殺人鬼の姿に、メルセレラは今までの自分を見るかのようだった。
斬り立てられたメルセレラの上に、そしてついに、避けようもない爪の一撃が、振り降ろされようとした。
その時だった。
流星のような鉄球が、メルセレラの空に希望を投げるように飛来した。
「『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』!!」
「レサク(名無し)!?」
鉄球の回転が、襲撃者の爪を弾きその腕を砕く。
衝撃波で左の視界が消える。
そしてあたりに紙片が舞った。
消え残ったメルセレラの右の視界から、手負いの青年が走り来る。
襲撃者の左側へと、いがみ合っていた時間とありったけの敬意を敬意を込めて、宮本明が腕を振り被っていたのだ。
明の腕が螺旋を描く。向日葵の花が咲くように、彼の手は真っ直ぐにその襲撃者へと突き出される。
ミロのヴィーナス。
リコリスの葉。
モナリザ。
五芒星。
雪の結晶。
ひまわりの花。
アンモナイト。
手掌の静脈透視像。
巨木。
ロマネスコ。
明の視界の全てが、黄金長方形で埋まる。
瞬間、逆巻いた彼のジャケットが、左腕に突き刺さっていた骨の矢ごと、裏返りながら襲撃者の顔面にへばりつく。
複雑に生えていた骨棘も逆巻き、その全てが明の腕から抜けて少女の顔面へと突き刺さった。
「おおぉ、ブレイクアウト!」
そして晴人のレザージャケットの上からさらに、宮本明はその少女へ全身全霊で、ドリルのように回転する丸太を叩き付けていた。
数多の吸血鬼を、邪鬼を砕いて来たその一撃で、少女は紙屑のように通路の奥へと吹き飛んでいった。
「無事だったか、美色楽女士! よくぞここまであの強敵を凌ぎ戦い続けた!」
「なんとか間に合ったな。とても気持ちが良いし素晴らしい戦いだった、シニョリーナ」
「あ、あ……」
満身創痍だったメルセレラの体を、李徴と義弟が抱き留める。
呆然とする彼女の目に映ったのは、失血にハァハァと息を荒げながらも力強く笑う宮本明の姿だった。
「……俺たちが生きるために、当然のことをしたまでだよ」
涙がメルセレラの頬を伝う。
彼の姿は紛れもない希望だった。
見つめ合うのに耐えかねて、明は泣き笑う彼女から目を逸らし呟く。
「……ブロニーとして、俺はお前らも敬うんだからな」
「イヤイライケレ(ありがとう)……」
明は照れ隠しのように、決意のように、強く言い放った。
他人に認めてもらえたその言葉は、メルセレラの希望に他ならなかった。
「この娘、心(ハート)を落としていたのか……!? それで何者かに操られて……?」
その時義弟は、吹き飛ばされ動かなくなった襲撃者の様子を確かめに、その少女の体の方に近寄っていた。
再び敵が動き出さないか警戒しながらにじりよっていた彼の目に留まったのは、床に落ちたピンク色の可愛らしいハートだった。
作り物のそのハート型は、その少女の現在の様子を皮肉に語っているようでもある。
義弟はそれを拾い上げ、やるせない溜息を吐いていた。
「もう少し早く降りれていれば、この少女も助けられたのやもな……」
「ああ……、ちっとも救いがねぇし、かなりの痛手だった。せめて手がかりを……」
追ってきた李徴が義弟に声をかけた、その瞬間だった。
彼の視界を、閃光と高熱が埋めた。
「ぐおおおぉぉぉ!?」
「義弟さん!?」
突然、義弟の持っていたハートが爆発したのだ。
ウェカピポの妹の夫の右手は、携えていたデイパックごと吹き飛ばされていた。
回転を用いて爆発の衝撃を移動させることもできず、至近距離で爆発を受けた彼は右半身を中心に血塗れになり、砕け千切れた右腕や肩に肉の色を覗かせて倒れ悶える。
信じられないその事態に、明たちは狼狽する。
「嘘だろ!? 何が起きたんだ!?」
「ぐ……、があ……あ……」
「ア、アフガン戦争やチェチェン紛争でも使われた、玩具を模した爆弾の一種だ!
わざと興味を引くように作られ、不用意に拾い上げた者を殺傷する……!
この吐き気を催すえげつなさ……! 間違いなくこいつは、黒幕の尖兵だ!!」
この現象にいち早く反応したのは、李徴だった。
彼は悶える義弟の襟をくわえて、急いで通路の手前に引きさがる。
瞠目する彼らの前で、ジャケットに覆われて倒れていた少女の肉体が、がたがたと痙攣しながら起きあがってくる。
メルセレラを支える明は、そして唐突に理解した。
「ダメだったんだ……、このスケールじゃ……!
紙に印刷されたまがい物の長方形じゃ、本物の黄金の回転にならなかったんだ……!!」
印刷されたモノは、細かいインクの点でできている。
それは無限の回転を再現しようとしているだけの、有限の大きさをもったコピーだ。
インクの点の奥に、回転は続いていかない。
どれほど大量の美しい黄金長方形を並べても、そのまがい物を真似している限り、明の作る回転に、敵を打ち砕ける力は籠もらなかった。
真っ黒なボディースーツに包まれた襲撃者から晴人のジャケットが落ちると、そこにはまったく端然とした、赤毛の少女の虚ろな表情があった。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「うおあぁぁぁぁぁ――!!」
「ソスケ・ピラ・レラァァァ――!!」
「しっかりしろ妹夫ぅぅぅ――!!」
地下の通路を西方へ辿っていた黒騎れいが、遠くからかすかな叫び声を聞いたのはそんな時だった。
「戦闘――!? 誰かが戦っているの!?」
悲痛なその声に、ざわりと血液が逆流するようだった。
急ぎ足を早めた彼女の耳に程なく、せわしない爆音や剣戟の金属音が届いてくる。
角を曲がった彼女の目に、地に落ちた松明に遠く照らされている戦いの様子が映った。
そこでは闇に溶けるような真っ黒なボディースーツを纏った赤毛の少女が、猛烈な勢いで両の爪を閃かせていた。
間違いなく、人型のヒグマか何かだ。
そしてそこに応じているのは一頭のヒグマ――李徴子と呼ばれていた者だ。
彼の動きは、まるで少女の攻勢についていけていない。
彼はただ、毛皮や肉の厚いところで爪を受けて、少しでも少女の攻撃のダメージを凌ごうとしているのみだ。
彼はその背後に、人間の男女を3人も守っている。全員がひどい怪我を負っているようだった。
「うがっ……、ぐおぉ――!?」
「離れろ! 離れなさいエパタイ(馬鹿者)!!」
「チクショウ! しっかりてくれ義弟さん!!」
「ぐ……、うう……」
自分の身を挺して盾となっている李徴のダメージを少しでも減じようと、民族衣装の様なものを着た女性が空間に怒号とともに小爆発を起こして襲撃者の爪を弾いている。
しかし、その抵抗も微々たるものだ。
今にも少女の爪は李徴の骨と内臓までを抉り、その背後の男女までを切り裂きそうだった。
――助けるしか、ない!
れいはそう思った時、既にその手に烏漆の弓を構えていた。
幸いまだ、通路の先の誰にも気づかれていない。
しかし、その弓に光の矢をつがえて、彼女は逡巡した。
――誰に、誰に向けて撃てばいい!?
わからない。
黒騎れいがその矢でできることは、射抜いた相手を強化することだ。
ここでだれか一人を強化するだけで、この戦いを切り抜けることができるのか。
今までれいは、自分の判断で強化した者の選択が正しかったのか、自信がもてなかった。
これまでに放った自分の矢が、誰か一人でも救うことに繋がっただろうか?
事態を混乱させるだけさせて、ヒグマも人も結局、自分は誰一人助けることができなかったではないか。
果たして敵は、本当に今攻撃している少女なのか?
救うべき相手は、本当に今抵抗しているヒグマたちなのか?
この行為の先に、四宮ひまわりは――、自分の救うべき友は、いるのだろうか?
何も知らぬれいは、その答えを見つけられない。
――ならばもはや、その指先は自分の判断にあずけるべきでない!
楊幹麻筋の心を以て、黒騎れいは断じた。
「草葉の陰でサボらないでよ、狛枝凪斗!!」
れいは、狙いをつけなかった。
そして全てを運に任せた。
引き絞り、目をつぶって放った矢は、ヒグマになった李徴子へと飛んでいた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「ああるううううううう――――」
その瞬間、李徴の体から光が溢れた。
迫っていた襲撃者の少女は、その光に弾かれて床に着地する。
次の瞬間、彼女の元へ逆に襲い掛かる影があった。
少女は、その爪を振り上げて、影を返り討ちにしようとした。
しかしその影は少女の右手の爪を捉え、逆にその牙で微塵に砕いていた。
「今日爪牙誰敢敵――」
その影は、虎だった。
ヒグマほどもある巨大な体躯の、白く輝くような一頭の虎――。
黒騎れいの視界に、襲撃者の爪を噛み砕き着地したその雄大な獣の背中が大きく映っていた。
赤毛の少女は、その時ぱっくりと口を開いた。
そして突然、ピンク色の閃光が、れいの視界を埋めた。
「ひっ――」
しかしいつまでたっても、体に衝撃は来ない。
はっとした彼女の目に映ったのは、自分の襟をくわえて壁面に爪で張り付いている一頭の虎だった。
この虎が、襲撃者の放った巨大な光線の射線上から、一瞬にして黒騎れいを救い出していたのだ。
虎はニヤリと笑い、彼女を背中に放り乗せると、再び襲撃者の少女に向けて走りだしていた。
「ヒグマの糞を体中に塗りたくっているのか! それで体臭を隠し、今まで完全に姿を隠していたとは……!
礼を言うぞ姑娘(クーニャン:娘さん)。うら若き乙女なのにとは言うまい、何という覚悟と技量か!」
「したくてしてるわけじゃない……!」
「いずれにせよ我は……、お主のお陰で、戦える!!」
黒騎れいが染みついた便臭に羞恥心を抱こうが、そんなことは些末にすぎる。
この博学才穎たる才の非凡を窺わせる声音、烏(ああ)、聞き間違うことなどあろうか。
この虎は、人虎は、我等が人殺しの小説家、羆と化していた社畜、隴西の李徴その人に間違いなかった!
虎と熊の強さは、しばしば議論になるところである。
熊の中でもヒグマの場合、往々にして虎よりも体格に優れ、その一撃の重みと、毛皮と皮下脂肪による防御力は並々ならぬものがある。
しかし同じ食肉目でも、元来雑食の熊に対して、虎は純然たる肉食の動物だ。
獲物に致命傷を与えるための牙の大きさと鋭さ、スナップの利く爪による多彩な攻防技法、そして瞬間最高時速80km、平均時速60kmを越える圧倒的な機動性能の優位性は揺るぎない。
一概には甲乙つけがたい能力を持っている両者だが、もしその精神が同一のものだった場合、そしてもしその体格さえも同等だった場合――、一体どちらの肉体の方が戦いやすいだろうか。
それは完全に、その者の内奥の本質によるだろう。
しかし李徴の場合、自他の精神を打ちのめす尊大な羞恥心と臆病な自尊心、若くして虎榜に名を連ねる知識と構文技法、そして一瞬にして七言律詩から排律詩までを口ずさめる圧倒的な当意即妙の優位性は揺るぎなかった。
彼の心は、防御力など持ち合わせていない。まるで鉄球のようにただ突き進み、破壊のための攻撃力と速さだけを身につけた、虎に他ならなかった。
今までの李徴は、自分が自分でないような、そんな感覚に終始つきまとわれていた。
歪んだ自分が、この島でさらに歪んでしまったような気持ちの悪さがあった。
しかし今、彼の手足は、これ以上ないほどに彼の心に馴染んでいる。
決して人間の姿ではないのに、李徴はこれこそが、自分の本来の姿だったのだろうとすら思った。
このパロロワがヒグマ・ロワイアルと呼ばれていようがいまいが、だ。
自分は人殺しの小説家だ。
自分は人殺しの虎だ。
自分は何にでもなれるのだ。
どんな姿になっても、自分にも帰るべき流儀があったのだ。
自分はようやく『穴持たず』となった。
一切の瑕瑾も穴も持たない、完全なる自分となったのだ――!!
李徴は、有らん限りの歓喜と憤怒とを込めて慟哭した。
「ゆうるいいいいいいい――――」
高速で攻め寄る李徴に向けて、赤毛の少女もまた迎え撃たんと飛び掛かってくる。
その迎撃を避けながら、李徴は自分の背から黒騎れいを、宮本明たちの方に放り捨てた。
「ひいっ!?」
「『晋書・桓温伝』――、『常山乃蛇勢』!!」
そして彼は壁を蹴り、更に速度を上げて赤毛の少女に応戦した。
まるで二頭の虎が敵を挟み討ちにしているかのような、超高速機動からの爪牙の連打が少女を打つ。
その双爪の密なるは雨の如く、脆快なること一挂鞭の如し。
虎の体躯から繰り出される迅速強猛な発勁の乱打は、そしてついに応じていた少女の防御をこじ開け、そのあばらに強烈な打撃を加え叩き飛ばしていた。
「うるるるああああ――――!!」
「り、李徴、お前なのか!? お前がやったのかよでかしたじゃねぇかチクショウ!」
その姿に、宮本明の快哉が湧く。
『羆』という漢字は、元々『網で捕らえた熊』を表す文字だ。
その字義に照らせば、今の李徴はまさしく、己を支配していたクマの精神を凌ぎ、確固たる自分の存在の内側に捕らえた『羆』に他ならなかった。
されど油断なく身構える白虎の李徴の視線の先で、少女はなおも立ち上がり、その左腕を弓のように開いて、そこから骨の矢を取り出していた。
その現象を初めて目の当たりにした黒騎れいを始め、一同は畏れに歯噛みする。
「え……!? あの爪を受けて起き上がってくるの……!?」
「チクショウ! あの弓矢だ! 絶対に誰かに刺さるぞチクショウ!!」
「該死(ガイスー:死に損ないめ)! 美色楽女士、妹夫を連れて逃げるぞ!!」
虎となった李徴でもあの襲撃者を倒しきれないのならば、この一行はもはや逃げるしかないと、そう思われた。
李徴や宮本明が狼狽して引き下がろうとしている中で、辺りを見回していた黒騎れいの指に、触れるものがあった。
それはつい先ほど、地上でも触れたものだった。
布束さんの針――!
薬剤の結晶でできたそれは、ウェカピポの妹の夫のデイパックから、ハートダイナマイトの爆発に乗じて吹き飛ばされていたものの一本である。
この赤毛の少女が人型のヒグマならば、それは恐らく一定の効果を発揮するはずだった。
黒騎れいは、自分の肩に狛枝凪斗の運勢が乗っているのを、確信した。
「弓矢に頼っているようじゃまだ二流――!」
黒騎れいは身を翻しながら、少女が骨の矢を放つより早く、全身のバネを使ってその針を少女の左腕に向けて投げつける。
そして針が突き刺さった瞬間、少女は左腕を起点として即座に脱力し、その場に膝をついていた。
「敵を倒すだけなら、烏漆の弓も粛慎の矢も要らないわ――!!」
「エパタイエパタイエパタイエパタイエパタァァァァイ――!!」
直後、動きを鈍らせたその少女の肉体が、突然の連続爆発で吹き飛ばされる。
今まで狙いをつける隙を虎視眈々と窺っていたメルセレラが、黒騎れいの動きに同調してその能力を行使していたのだ。
そして彼女は、自分も満身創痍ながらも笑みをほころばせて、黒騎れいの手をとり、下水まみれなのも気にせず握手していた。
「アンタ、暫くぶりじゃない! ラマッタクペのお陰で少しは名を上げられたみたいね!」
「え……?」
その声色と能力に、確かに黒騎れいは覚えがあった。
「穴持たず45の……、メルセレラ?」
「そう! そうよ! アンタの名前は、黒騎れいよね!? 私も覚えてるわ!」
「ええ……?」
なぜメルセレラが人間の肉体になっているのか、れいには理解不能だったが、今それに頓着している余裕はない。
彼女たちは既に、最も重傷であるウェカピポの妹の夫を支えて、この場から立ち去ろうと体勢を立て直しているところだった。
「もう大丈夫だ! 義弟さん、しっかりしろ!」
「レサク(名無し)! まだいけるわ! 諦めんじゃないわよ!」
「ああ……、そうだ……。いける……。オレは、壊せる……」
しかしその渦中で、半身を血塗れにしたウェカピポの妹の夫は、逃げる方向に進まなかった。
「義弟さん……!?」
「とどめを刺す……。敵を内側から破壊する……、護衛官の最大の技法で……」
彼は明たちの手を振り払い、熱に浮かされたような眼差しで、無事な左手に鉄球を掴んでいた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「妹夫の最大技法だと!? 相手も弱っているはずだ! 今ならいけるのか!?」
「あいつを仕留められる回転があるのか!? 頼む義弟さん! 見せてくれ!!」
李徴が、宮本明が、息を呑んだ。
彼らの先で、襲撃して来たボディースーツの少女は、まだ微かに動いている。
これだけ各人が攻撃を重ねても、その殺戮者に対しては、せいぜいが時間稼ぎにしかならないのだ。
もし後顧の憂いを絶てる手段があるというのならば、使うタイミングは今しかない。
しかしウェカピポの妹の夫は、その意識すら混濁しているように見えた。
すきなはずだったもの――、
てにいれたかっただけ……。
ちからこめることなく――、
つつみこんでいたなら……。
オレが去ったと、言ってくれるな――、愛しているんだ――。
彼は背後の明たちにではなく、ここにいない誰かに向けて、何か口中で呟いているようでさえあった。
「ああ……、よく見ていてくれ……。オレはこれしか……、できない男だから……」
その懇願は決して、明たちに対する返事では、なかった。
そして立ち上がりゆく少女の姿に向けて、義弟はその左腕を振り上げる。
全身を使った回転が、彼の手から鉄球に伝わり、強烈な振動を生む。
「オレは鉄球のように、ただ突き進み来た――!!」
――もうオレには、そんな生き方しかできない。
この手に持つ鉄球のように、突き進み挽き潰し壊すだけの生き方しか!
ウェカピポ、お前だってそうだったはずだ。
引き下がることなどできないオレとお前が、ぶつかり合うのは当然だったんだ。
それでいい。
それでいいんだ。
妻を優しく抱き留める手は、オレにはもう要らない。
王族に仇なす者を共に壊し尽くしてきたお前の力を、今この手にくれ!
ウェカピポォォォォ――!!
渾身の一投が少女に迫る。
しかしその鉄球が彼女に命中する寸前で、少女はその機能をほとんど再起動させてしまっていた。
沈み込んで鉄球を躱しながら、彼女は一気に義弟に向けて走り寄る。
明の口から、絶望にも似た悲鳴が上がった。
「外した!?」
だが義弟は、さらにもう一つの鉄球を掴み、叫んでいた。
「壁を壊すための手で、オレは壊すんだ――、全てを――!!」
――あいつを壊してしまったこの手で、オレはこの壁を砕く。
――立ち塞がる敵を、障害を、しがらみを――!!
その時、義弟に襲いかかっていた少女の背中に、重い衝撃が走る。
外したと思われた鉄球が、研究所の壁で反射し、彼女の背中に猛烈な回転を帯びたまま突き刺さったのだ。
それはまるで、相対していた友が、好敵手が、義弟の為に投げてくれた一球のようにすら思えた。
衝撃に反り返り隙を晒した襲撃者の間合いに、一気に義弟が踏み込んでいた。
「壊すための(レッキング)――、鉄球(ボール)ゥゥゥ――!!」
掴まれ回転した鉄球が、抉り込むようなパンチと共に、そのまま襲撃者の胸骨にめり込む。
背骨と胸骨の両方から、回転しながら襲撃者の心臓を挟み込んだ2つの鉄球は、そしてついに、それの中央でぶつかり合った。
バヅン、と、何かが弾ける痛烈な音が立った。
骨と心臓を砕いた2つの鉄球が、その胸にもぐりこんで、内側から合計28の全ての衛星を発射していたのだ。
体内でクレイモア地雷を爆破されたに等しいその衝撃は、襲撃者の体から真っ黒な体液を迸らせる。
これこそ、攻撃性能に全ての技術を注いだ、王族護衛官の回転による最大威力の一撃だった。
襲撃者の少女は、爪を振り下ろすこともできずに、ふらふらと力なく、義弟の肩にもたれながら、崩れ落ちていた。
「やった! 義弟さぁん!!」
「かつん、こぷ」
宮本明の快哉が響く中で、次の瞬間そのまま床に倒れていたのは、しかし義弟の方だった。
「――お前の心(ハート)は……、どこにあったんだろうな……」
「義弟さん!?」
心臓を破壊されたはずの襲撃者は、崩れ落ちた義弟の肩口から、彼の首の肉を噛み千切り、捕食していた。
彼女の体には、最初から心臓がなかったのだった。
「また始めから……、やり直せれば……、なぁ……」
義弟はただ、虚ろな目で呟く。
彼女に押し倒されそうになりながら、彼の左手は最後に自身の剣を掴み、迫る少女の背中に、密着状態からのラップショットを繰り出していた。
『切断からの続開(スタート・オール・オーバー)』の一撃が強かに彼女の背骨を打ち、その腰から下の神経を分断する。
彼の元に急いで明と李徴が駆け寄り、下半身の機能が麻痺している襲撃者から急いで義弟の体を奪い取ってくる。
蒼白な顔から、止め処なく真っ赤な血を零し続けている彼の目からは、急速に光が失われていった。
明が、彼の意識を連れ戻そうと必死に叫んでいた。
「最後のレッスンをしてくれよ義弟さん!! 頼むよぉ!!」
「もうとっくに……、伝えてたよ……、オレの言葉は……」
「はぁ!? なんだよそれ!? お願いだ義弟さん! 死ぬなよぉ!!」
微笑んだ義弟の言葉は、明に向けて語られたものなのか、それとも別の誰かに向けて放たれたものなのか、わからなかった。
――覚えておいてくれ。
変わらない流儀は、機縁の中にもあったんだと。
髪や服なんか変えられるし、考えでさえうつろうもの。
別れも出会いもあるだろうが、流儀は変わらない。
スタイルもジーンズも変えられるし、夢を追い飛ぶこともできる。
哀歓の世にもあるものだ……。
帰るべき流儀は――。
「――ああ、『海』が……、見える……」
薄れゆく彼の意識の中に最後に過ぎったのは、生まれてからずっと一度も『海』を見た事のなかった少女と、彼とその親友が、初めてその文字の『本物』を目にした時の――。
その広い青さだった。
【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険) 死亡】
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
彼の体が、軽くなった。
ああ、彼はカントモシリ(天上界)に行ってしまったのだ――、と、メルセレラは遠目にもそう理解した。
軽くなったはずの彼の体は、出血の続く宮本明には、重すぎた。
明はずるずると、彼の体を、膝の上から零れさせることしかできなかった。
涙が一粒、血塗れの彼の体に落ちた。
「――義弟さんがいないのに……。
俺が回転の奥義に辿り着くなんて、『できるわけがない』じゃねぇか……」
「明……!?」
黒騎れいはただ、何度攻撃を受けても立ち上がってくる襲撃者の恐ろしさに震えていた。
メルセレラはただ、かつての自分が行おうとしていた殺戮の悲しさをようやく感じていた。
李徴はただ、この期に及んで、一体どんな逃走手段があるのかと絶望しかけていた。
その中でただ一人、宮本明だけが、腰部神経を繋いで立ち上がりつつある襲撃者に向けて、丸太を掴んだままふらふらと歩み寄っていた。
「血も足りねぇ、スケールもねぇ、あるのは丸太が一つきり……」
「ちょっとアンタ……、何しに行くつもり……?」
メルセレラの声も聴かず、ただ宮本明は、眼を怒りに燃やして丸太を担ぎ上げる。
動脈から血を吹き出し続ける左腕を上げ、彼は目の前の少女を指して慟哭した。
「だが許さねぇ……! お前だけは許さねぇぞチクショウ――!!」
今の彼には、丸太しかなかった。
それはただの、切り倒され乾燥した木の幹だ。
だがそれは、宮本明が彼岸島で、数多の吸血鬼を打ち砕き、壊し続けてきた武器でもある。
丸太を担いだ彼に見えるのは、渦を巻くようなその年輪のみだ。
その年輪の一筋一筋に、この木が生きてきた歴史が見えた。
宮本明が生き抜いてきた一戦一戦が見えた。
彼は丸太のように、ただ突き進み来たのだ。
そんな彼の目は、まるで漆黒の炎が燃えているように、暗く光って見えた。
「やめろ明! 死ぬぞ!?」
李徴が叫ぶのと、立ち上がった襲撃者の口に血の色の光が灯るのは、同時だった。
しかしその中間地点にあって、宮本明は微塵も怯まなかった。
彼の全身には、「命に代えてでも殺す」という、そんな気迫だけがあった。
「――死ぬのは、こいつだぁぁ!!」
巨大な光線が放たれ、そして丸太が投げられた。
その時起きた現象を、その場の誰一人として、理解することはできなかった。
丸太は一瞬にして、その光熱によって燃え尽きていた。
しかしまた同時に、その丸太は光を切り裂いてもいた。
ピンク色の光が、丸太の太さを持った巨大な渦に弾かれるように散乱し、霧散する。
――丸太は消し飛んでも、その回転だけが残り、らせん状に空間を歪めながら高速で直進し続けたのだ。
そして空間に残った丸太の回転は、そのまま相対していた少女の体に突き刺さり、彼女の右半身をごっそりと削り取っていた。
「きゃ、ふ――」
襲撃者の少女から、笛のような気息音が漏れた。
彼女は抉られた胴体から、真っ黒な液体と金属部品を覗かせて地に倒れる。
明はそしてそのままふらふらと、幽鬼のような姿で彼女の方へ歩み続けた。
その彼の襟首を、虎になった李徴がすさまじい形相で銜えて差し止める。
「深追いするな明! 腕からの出血が止まっていない!!
デイパックの丸太など取りには行かせんぞ! その前にお前が死んでしまう!!」
「あ、あ……」
李徴が引っ張ると、宮本明は糸が切れたように、ほとんど抵抗もできず地に倒れて引き摺られた。
大量出血している彼には、本当はもう、ほとんど力など残されていなかったのだ。
彼は、ウェカピポの妹の夫の前にメルセレラが屈みこんで何かを施しているのを、呆然と見送ることくらいしかできなかった。
「『アプンノ・パイェ・ヤン(気をつけて行ってらっしゃい)』(さようなら)……。
本当に、イヤイライケレ(ありがとう)、レサク(名無し)さん……」
「参加者の宮本明さんよね!? 早く、このタオルで腕を縛って!!
メルセレラが時間を稼いでくれる! 今のうちに地下を出なきゃ!!」
李徴の背に乗せられた明は、人心地を取り戻した黒騎れいにされるがまま、腕の傷を縛られ、彼らが降りてきたエレベーターシャフトへと連れられて行った。
彼らの後ろで立ち上がりながら、メルセレラは、胴体を抉られながらも肩だけで這い寄ってくる少女に向けて、哀しげな視線を向けていた。
「誰の思いも認めない……、誰にも思いを認めさせない……。
そんな悲しいハヨクペ(冑)に、一体だれがアンタを変えてしまった訳……?
アンタのラマト(魂)を取り戻せるヤツが、いれば良かったんだけど……」
ここでメルセレラが再び戦っても、この少女に意識を取り戻させることはおろか、完全に破壊することも恐らく敵わないだろう。
彼女ができることは、ウェカピポの妹の夫の肉体と襲撃者の少女を後にして踵を返し、この場から立ち去ることだけだった。
「そんなアイヌ(人間)に出会えるまで……、せめて、お休みなさい」
襲撃者の少女はそして、ウェカピポの妹の夫の遺体にまで辿り着き、彼の肉体に触れていた。
「『アペアリクロマンテ(火を焚いて人を葬送する)』」
その瞬間、義弟の遺体は爆発していた。
彼女が浅倉威の遺体に対しても行なった、繊細な加熱処理による死体爆弾作成技法である。
彼の肋骨や鉄球や衛星が、爆発と共に散弾のように飛び、少女を吹き飛ばしていた。
それはメルセレラなりの、彼に対する葬儀でもあった。
メルセレラは振り返ることも無く、地上へと向かった李徴たちを追った。
「何だったんだ明、あの丸太の回転は……?」
明を銜えて、黒騎れいと共にエレベーターシャフトを上がりつつ、李徴は彼に問う。
しかし返ってくるのは、さめざめとした嗚咽ばかりだった。
「義弟……、さん……。義弟さん……」
朦朧とする意識の中で、宮本明は、涙を止められなかった。
【E-5の地下 エレベーターシャフト/夕方】
【宮本明@彼岸島】
状態:左腕がズタズタ、大量出血、意識混濁、疲労(極大)、ハァハァ、(『できるわけがない』カウント:2)
装備:テレパシーブローチ
道具:黒騎れいのタオル
基本思考:西山の仇を取り、主催者を滅ぼして脱出する。ヒグマ全滅は……?
0:義弟さん……、義弟さん……!!
1:観柳さんたちは大丈夫なのか……?
2:信念や意志で自分を縛るのではなく、ありのまま、感じたままに動こう。
3:西山、ふがちゃん、ブロニーさん……、俺に力をくれ……!!
4:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る
※未来予知の能力が強化されたようです。
※ネアポリス護衛式鉄球の回転を身に着けたようです。
※ブロニーになるようです。
※『壊れゆく拳』、『壊れゆく丸太』というような技術を編み出したようです。
※首輪は外れました。
【虎になった李徴子@山月記?】
状態:健康、虎
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:人人人人人人人人人人
0:妹夫、お前の教えだけでも、我は無駄にしたくないのだ……!
1:我は今こそ、『穴持たず』たる自分に、帰るべき流儀に至れた!
2:小隻の才と作品を、もっと見たい。
3:フォックスには、まだまだ作品を記録していってもらいたい。
4:俺は狂人だった。羆じゃなかった。
5:小賢しくて嫉妬深い人殺しの小説家の流儀。それでいいなら、見せるよ。
6:克葡娜(ケァプーナ)小姐の方もあれはあれで、大丈夫なのだろうか……。
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした
※黒騎れいの矢によって強化され、熊たる精神を自分自身の中に捉えた、完全なる『羆』となりました。
【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:魔法少女化、疲労(大)、負傷(中)
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』のソウルジェム(濁り:大)、アイヌ風の魔法少女衣装
道具:テレパシーブローチ
基本思考:メルセレラというアタシを、認めて欲しい。
0:イヤイライケレ(ありがとう)、レサク(名無し)さん……。
1:見た目が人間だろうがヒグマだろうが関係ないわ。アタシの魂は、アタシのものだもの。
2:今はきっと、ケレプノエは他の者に見ていてもらった方が、いいんだわ……。
3:アイヌって、アタシたちが思っているより、ずっとすごい生き物なんじゃない?
4:態度のでかい馬鹿者は、むしろアタシのことだったのかもね……。
5:あのモシリシンナイサムのヒグマは……、大丈夫なのかしら、色々と。
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。
※魔法少女になりました。
※願いは『アイヌになりたい』です。
※固有武器・魔法は後続の方にお任せします。
※ソウルジェムはオレンジ色の球体。タマサイ(ネックレス)のシトキ(飾り玉)になって、着ている丈の短いチカルカルペ(刺繍衣)の前にさがっています。
※その他、マタンプシ(鉢巻き)、マンタリ(前掛け)などを身に着けています。
【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:軽度の出血(止血済)、制服がかなり破れている、首輪に銀紙を巻いている、全身がヒグマの糞と下水にまみれている
装備:光の矢(4/8)
道具:基本支給品(タオルを宮本明に渡している)、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、『家の鍵』、リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×2本
[思考・状況]
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す……?
0:何なのあの人型のヒグマは……! あんなのが地下には跋扈してたの!?
1:杏子、カズマ、劉さん、白井さん、どうか、無事で――。
2:四宮ひまわり探しは……、ひとまず出直さなきゃ……!
3:私一人の望みのために、これ以上他の人を犠牲にしたり、できない……!
4:どんな卑怯な手を使ってでも、自分と他の人を、救う……!
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことをようやく知りました。
@@@@@@@@@@
義弟の元に戻っていた鉄球と衛星は、メルセレラの起こした爆発の衝撃で、再び微かな回転を帯びていた。
半身を失っていた少女に当たったその回転は、どす黒い体液に浸かっていた状態から半ば解放されていた彼女の大脳に、ほんのわずかに刺激を与えていた。
「あ、あ……」
その少女――相田マナ――の、失調しているはずの左目から、涙が零れ落ちていた。
爆発したウェカピポの妹の夫の遺体の上ににじり寄り、彼女は嗚咽を漏らした。
「……誰か、私のドキドキを、取り戻して……」
呟かれたその言葉は、誰にも聞かれることはなく。
潤んでいた彼女の左目も、回転の効果が消える数秒後には、右眼と同じく光の無い澱んだものに戻ってしまっていた。
「かつん、ぞぶん。ちゃぷ。ちゃぷ。こぷ」
そしてまた『H』は、何の感慨も無く、ただ欠損した自分の肉体を修復するために、目の前の死肉を喰らうのだった。
【E-5の地下 研究所/夕方】
【『H』(相田マナ)@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル】
状態:半機械化、洗脳
装備:ボディースーツ、オートヒグマータの技術
道具:なし
[思考・状況]
基本行動方針:江ノ島盾子の命令に従う
0:江ノ島盾子受肉までの時間を稼ぐ。
1:弱っている者から優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:自分の身が危うくなる場合は直ちに逃走し、最大多数に最大損害を与える。
[備考]
※相田マナの死体が江ノ島盾子に蘇生・改造されてしまいました。
※恐らく、最低でも通常のプリキュア程度から、死亡寸前のヒグマ状態だったあの程度までの身体機能を有していると思われます。
※緩衝作用に優れた金属骨格を持っています。
※体内のHIGUMA細胞と、基幹となっている電子回路を同時に完全に破壊しない限り、相互に体内で損傷の修復が行なわれ続けます。
※マイスイートハートのようなビーム吐き、プリキュアハートシュートのような骨の矢、ハートダイナマイトのような爆発性の投網、といった武装を有しているようです。
以上で投下終了です。
続きまして、佐天涙子、天龍、扶桑、戦刃むくろ、黒木智子、
ヤスミン、グリズリーマザー、司波深雪、百合城銀子、ヒグマードで予約します。
――次回、『109号区の氾濫』。ヒグマロワなら不要(ニードレス)、逃げ惑う群れとは反対へ。
予約を延長します。
お待たせいたしました。予約分を投下いたします。
赤が迫る。
黒が迫る。
死路が迫る。
吸血鬼アーカードの最大の攻撃、『死の河』が今、少女たちの一行に向けて猛然と迫っていた。
しかし氾濫する死の河を前にしてそこに、豁然と響きわたった声がある。
「まだ落胆なんて不要(ニードレス)よ!!」
それは怒号にも似た、佐天涙子の決意表明だ。
それは目映い火花のように、一行の心の導火線に火をつけていた。
腕に抱えるクリストファー・ロビンの体が、佐天の声に震えたような気がした。
まず触発されたのは、唯一この事態の詳細を知る少女、黒木智子だった。
――そうだ。まだ死なんて要らない。
私は妃だ。
このどうしようもなく強くてかよわかった少年の王国を引き継げるのは、私をおいて他にいないのだ。
この子の存在を、信念を住まわせてやれるのは、私の心しかないのだ!
「そうだ、今しかない!!
アーカードが拘束制御を全開放した今、今がその時だ! あれは奴の持つ全ての命を全て開放して全てを攻撃に叩き込む術式だ!
城から全ての兵士を出撃させた総掛かりだ。城の中に立つは領主(ロード)ただ一人!!」
「この対応策がわかるのよね、智子さん!? 扶桑、上がって!」
「は、はい!!」
バスの座席から身を乗り出して、智子は迫り来る死の河を食い入るように睨む。
記憶の中の漫画の言葉をなぞり口を突いたセリフは、己の心を否応なく奮い立たせた。
彼女の叫びに、超高校級の軍人として活路を求めていた戦刃むくろが真っ先に反応する。
むくろのハンドサインを受けて、バスを固定している氷を取り除こうとしていた扶桑が動く。
「あいつは一人だ、ただ一人! 今やただ一人の吸血鬼、ただ一人のドラキュラだ!!
あいつはきっと最初からこれだけが目的だったんだ!!
神父もロビンも、この血の中に蠢いている誰も彼も、アーカードが自分の全力をぶつけて戦える相手を見つけるための生贄だ!!
ああクソクソクソ畜生めが!! この河を渡るしかない!!
この河を渡って、あいつの心臓を抉れ! それしかないんだ!!」
「そう来なくっちゃねぇ!! 『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』!!」
智子は叫ぶごとに、自分の奥底から力が沸き上がってくるのを感じた。
そんなマスターの意気に応えて、運転席のグリズリーマザーもまた唸った。
料理も作っていないのに、あたりにはスパイシーな香りが立ち上る。
鼻腔を満たす空気を呼吸するごとに、体には活力がみなぎってゆく。
それはグリズリーマザーの宝具、『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』の能力の真骨頂。
彼女の巣穴でもあるこの屋台は、その領域内のこどもたちを守り育む結界の役割を果たす。
各人に力を与える、まさにそれぞれの『おふくろの味』の香気が、彼女たちの体を満たすのだった。
「マスターの魔力が高ぶってるのがわかるよ。今までで最高のコンディションだ!
このお母さんが支えてやる! 存分に暴れな!!」
「もう氷取り除いてる時間無い! それよりもこの軍勢を捌くよ!!
聞いたでしょう!? この奥の大将を落とせば、私たちの勝ち!!」
バスの外に駆け出した戦刃むくろが、鉄フライパンを振りかざして河の彼方を示す。
恐怖も逡巡もしている暇はない。勝つことだけが、この一行に残された道だった。
「あの血の色の果てへ――! 私が道を造ります!!」
臨界値の森に、開戦のトリガーの雨が響く。扶桑の連弾だ。
灰熊飯店の屋台バスの上に登っていた扶桑が、その8門の大口径主砲を一斉に放っていたのだ。
血の河が弾け飛び、彼方のそこかしこで赤黒い水柱が上がっては消え去ってゆく。
そこを越えて迫ってくる死者たちの量は一気にまばらとなる。
軽巡洋艦天龍が、好転しつつ開幕した戦況に、グッと笑顔に力を籠める。
「わかってんだろ涙子! お前は一人じゃない! 俺が、俺たちが、必ず力になる!
だからお前の言うとおり――! 落胆なんか必要ねぇ!!」
彼方を睨む佐天の隣りに就き、天龍は二本の刀を構えて彼女の意気を後押しした。
一人じゃない。というその言葉に、佐天涙子は思い出す。
――雨降る朝に、風の夜更けに、わしらはいつも祈っていよう。
――キミたちに眠るパワーアニマルが、常にブレイブを導くよう――。
あの絶望の百貨店で、命尽きようとしながらそれでも佐天涙子に望みを託し道を示してきた人々が、彼女の傍らにはいる。
ウィルソン・フィリップスの眠るデイパックから佐天が取り出したのは、彼の勇気が籠もった一振りのナイフ。ガブリカリバーだった。
「皇さん、ウィルソンさん、北岡さん……! 天龍さん、みんな、力を貸して!」
「そう来なくっちゃなぁ、抜錨だっ!!」
二人の振るう刃が、走りくる死者たちの先陣を切り裂いた。
そんな二人の少女を先頭にして、バスからはさらに続々と戦闘要員が降りてくる。
正確には、逃げ腰の司波深雪の両脇を、百合城銀子とヤスミンが抱えて連れてきていると言った方が正しいが。
「帝国のためにも、ここで退くわけにはいきませんね、シロクマさん!」
「ほら、私たちも出るぞ深雪」
「はぁ!? 何してくれるんですか!? 正気ですかこんな軍勢目の前にして!」
死の河が迫り来る地上に放り出されて、魔法演算領域の壊れている深雪は恐れおののくばかりだ。
そんな彼女たちの元にもついに、扶桑の砲撃と天龍たちの白刃をかいくぐってきた死者たちが襲い掛かってくる。
「がう」
「アンプターティオ(切断)!!」
「ひいっ!?」
両脇で揮われた爪に司波深雪は頭を抱え、震える彼女の上で死者たちは、血煙となって消え去る。
「私たちは狩る側だろう? じゅるり」
「災害時こそ、私たち医療者は奮闘しなければならないのです!」
片やほくそ笑みながら、片や使命感に燃えて語られる言葉に、深雪は辟易とするばかりだ。
死者を切り立てながら駆ける天龍が、そんな彼女に発破を掛ける。
「怖くて声も出ねぇかァ? オラオラァ!!」
「はぁ!? 無駄な声を張る必要がないだけです!!」
その挑発に、深雪のプライドは容易く逆撫でされた。
そうして彼女もまた、覚悟を決めて腕を振り被る。
「STUDY事務長、司波深雪の名において、穴持たず39ミズクマに仕事を依頼します!
『この死の河を喰らい尽くしなさい』!!」
放り投げられたミズクマの娘が死者の河の中に着水する。
そして暫くすると、そこから爆発のように節足動物の水柱が上がる。
ミズクマの孫娘、曾孫娘、夜叉孫娘たちによる乱舞が、死の河を遡上する。
「ふふふふふふふふふっ! 深雪はいつでもお兄様の勝利の女神ですから!
お兄様を、復活させるまで、この私が負けるわけないんですよ!!」
「……ある種、盾子ちゃんと似てる、かも」
「流石だ深雪。やっぱりキミはクマだな」
両手を広げた司波深雪は、吹っ切れて叫びを上げる。
その様子を横目に、死者をフライパンで叩き潰しながら戦刃むくろは苦笑し、百合城銀子は舌なめずりをした。
℃℃℃℃℃℃℃℃℃℃
そうして、河を下ってくる死者と、少女たちの戦いとは、一時拮抗しているようにも見えた。
「直接、奥の本体を狙い打てないの、扶桑!?」
「迫ってくる物量に対して角度が浅すぎて、遠方は視認しきれません!
でも大丈夫です! このまま撃ち続ければ――!!」
むしろ、司波深雪の指揮の元、死者を喰らってネズミ算式に増殖してゆくミズクマの奔流や、遠方から敵勢の多くを爆砕する扶桑の砲撃によって、一行はアーカードに向けて少しずつ進攻してさえいた。
前衛に佐天涙子と天龍の白刃が煌めいて、攻め込んでくる死者の第一波を切りはふる。
中衛にヤスミンと百合城銀子が飛び交い、回りこんで来た死者を遊撃しつつ、ミズクマの指揮を執る司波深雪を守っている。
最後尾のバスでは、黒木智子とグリズリーマザーが魔力を振り絞って、一行の士気を上げている。
その防衛拠点の上では扶桑が惜しみない砲撃を繰り返し、下では戦刃むくろが鉄壁の最終防衛線として、一人の討ち漏らしも無く死者を叩き潰している。
2-3-1-3の強力なディフェンスフォーメーションを構築したままじりじりとラインを上げていくことで、彼女たちはこの死の河を攻略できるかも知れないとさえ思った。
しかし問題は、最後尾のバスが、氷漬けで動けないことだった。
フォーメーションが間延びして、ふと、死者たちの動きに目が配り切れなくなったその時だった。
「――え?」
扶桑の砲撃に紛れて、佐天涙子たちの耳に、風切り音が響いた。
それは微かで、それでいて確かな衝撃だった。
バスの下の戦刃むくろの頬に、にわか雨のように温かい雫が降りかかった。
見上げた彼女と目が合ってから、扶桑は自分の身に起きている異常に気付く。
「うそ……?」
「扶桑!?」
扶桑の胸には銃弾で穴が開けられていた。
唇から血が零れる。
風切り音が、まだ空に響いていた。
「マスター!!」
咄嗟に、異常を察知したグリズリーマザーの体が翻った。
バスのガラスが砕ける。座席を弾痕が貫く。
黒木智子をかばったグリズリーマザーの胸を銃弾が破る。
フロントから飛び出したその銃弾はさらに方向を転換して佐天涙子に迫った。
「――『疲労破壊(ファティーグ・フェィラァ)』!」
瞬間、咄嗟に彼女が翳した腕に当たり、弾丸は砕けて砂と化す。
すさまじい速度で二人もの心臓を貫いた弾丸に、ほとんどの者は驚くこともできなかった。
ただ一人、冷たくなってゆくグリズリーマザーの下で黒木智子だけは、その正体を恐怖とともに理解する。
「ま、魔弾の射手、リップヴァーン・ウィンクルだ!! 弾丸が高速で追尾してくるぞォ――!!」
「扶桑! 扶桑!? 大丈夫!?」
「畜生! 砲撃手はどこだ!? どこから撃ってるッ!?」
「私が矢面に立つわ! 真っ先に破壊する!」
扶桑の砲撃が止み、グリズリーマザーの魔力が失われた一瞬で、均衡は一気に崩れた。
勢いを取り戻した死者たちの河が、文字通り津波のように迫ってくる。
佐天が焦って手に『疲労破壊(ファティーグ・フェィラァ)』を構えた刹那、遠くで銃声が響く。
天龍が眼を見開く。
見開いたまま、彼女は佐天涙子の手を取った。
「天龍さん!?」
「『烱烱の潭』!!」
天龍はそのまま、掴んだ佐天涙子の手を勢いよく空間に動かした。
その最後で、バシッという手応えと共に打ち落された弾丸が砂塵となって地に落ちる。
ただ直進してくるだけではないその銃弾の軌道は、佐天涙子だけの力では追いきれなかった。
「蛇みたいに自在に動いてきやがる……!! 並みの動体視力じゃ追えねぇ!!」
「た、助かったわ!」
天龍峡十勝・烱烱潭は、その崖下に巨龍が棲み、水面からでもその炯々たる眼光が覗けたということに由来する。
しかし次に放たれた弾丸は、天龍や佐天を相手にせず、再び一気に後方へと飛んでいく。
そしてそれに乗じて、かろうじて残っていたミズクマの防衛線を突破した死者たちが、一気に中衛以降へ雪崩れ込む。
「しまった――」
「ひいぃ!?」
「深雪!」
「シロクマさん!」
「『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』――!!」
ミズクマを指揮する司波深雪が、その凶弾と死者たちに屠られそうになったその瞬間だった。
突如空間に刻まれた数多の爪の軌跡が、それに触れた物質の一切を死滅させる。
銃弾も死者たちも、その『動き』を殺されて土に還った。
バスの中から、黒木智子が右手の令呪を掲げながら叫ぶ。
「令呪を以て命ずる! 『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』だよマザー!! こんなとこで死んでられるかよ!!」
「ああ、死んでる場合じゃないよ!! 一家を送り届けるまで、お母さんはまだへばっちゃいられないんだ!!
あんただってそうだろう! なぁ!!」
惜しげもない宝具の開帳で自己を復活させたグリズリーマザーが、『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』の士気高揚効果を再起動させながら発破を掛ける。
扶桑はバスの上で崩れ落ちそうになって、そして踏みとどまっていた。
「……ええ」
胸のど真ん中を射抜かれてなお、彼女の機関部は止まっていなかった。
真っ赤な燃料を吹きこぼしながらも、彼女の心はまだ熱くたぎっていた。
「……そう、私はヒグマだから……。艦娘だから……」
扶桑はその感覚に、慄然と理解した。
自分はもう、逃げ惑い諦める方向には進まないのだと。
自分自身の心と体が求めているのは、絶望ではなく希望なのだと。
目に映るのは、この血の色の向こうに道を指し示す少女たちだ。
そう、自分はこの少女たちに、はっきりと触発されたのだ――。
「まだ死なない! まだ沈まない! まだ絶望なんて要らない!」
胸の穴に、扶桑は自身の人差し指を突き込んで血を止めた。
「まだ私の燃料は燃え続けているわ!! まだ私は沈没していないわ!!
ああそうよ、私は絶対の意志を以て望む!!
望みを絶たれるのは、私の弾丸を受ける、あなたたちの方だわ!!」
口の端から血の筋を垂らしながら、扶桑は吠えた。
同時に彼女の8門の主砲が、その威力と速度をいや増しに増して轟く。
「私は沈みきってしまうその時まで、スクリューを、回し続けたんだからぁぁぁ――!!」
機関が止まってしまうその時まで、自分は艦娘としてありたいのだ。
その一念が、扶桑の全生命を燃やして死の河を穿っていく。
彼女の様子を見上げながら、戦刃むくろは感動に打ち震えていた。
「扶桑……、見つけたのね……!」
「居ました! 2時方向50メートル!! 私の砲撃を避けて退避中!!」
蠢く群れとは反対に動く、マスケット銃を構えた女の死体の姿を、扶桑はバスの上から捕捉した。
「させません!! ファスキア(包帯)!」
「逃がさないよ」
その地点の最も近くにいたヤスミンと百合城銀子が走る。
包帯が蛇のように伸びた。
「ヴィンキオ(拘束)!!」
ヤスミンの持つヒグマの体毛包帯が、魔弾の射手をその銃ごと縛り上げる。
リップヴァーン・ウィンクルは苦し紛れに発砲し、その自在な弾丸でヤスミンたちを射抜こうとした。
「私は隙を明らめない」
そこに割り込んできたのが、百合城銀子である。
当然、放たれていた弾丸は彼女の心臓を貫こうとした。
しかしその弾は、まるで鏡に映った虚像を砕いたかのようにすり抜ける。
そしてその弾丸は側面から、突き出された百合城銀子の爪によって破壊された。
クマモードとウイニングモードとを間髪入れず入れ替えられる彼女にとっては、体の存在座標を一瞬にしてずらすこともまた容易いことだった。
「今だ! 月の娘!」
「はああああああ!」
――皇さん!
その戦いの局面に、佐天涙子が追いついていた。
死者たちの頭上を掻い潜り、風に乗って少女の脚が翻る。
繰り出された前方宙返りからの踵落としは、かの独覚兵が見せた死神(ユム・キミル)の鎌の、美しくも冷ややかな動きに酷似していた。
脚での『疲労破壊(ファティーグ・フェィラァ)』。
三日月の鎌は魔弾の射手を、その魔弾ごと砂塵に変え、脳天から蹴り砕いていた。
「やったな涙子!」
「ふふふふふっ! 所詮、死の河とやらもこんなものですか!
結局、少々強い死人でも単発銃しか撃てないなら、ミズクマさんのエサが増えただけですね!」
「深雪は、狙い撃たれなかった幸運に感謝したほうがいいと思うぞ」
天龍が快哉を上げ、司波深雪が調子に乗る。
一瞬危うい状況にはなったが、依然として彼女たちの一行は善戦ができていた。
その大部分は、深雪の操るミズクマの群れが、かつ増え、かつ潰されしながらも、ついに百万近い頭数に増殖していたからだ。
ミズクマの娘たちは、一匹一匹は小さいものの、それだけの数がいれば、押し迫る死の河と真っ向からぶつかり合ってもほぼ押し合える程度の物量になっている。
「もう、骨のある者はいないようですね! ふふふっ、あとは好きに攻め放題です!
さあ行ってくださいヤスミンさん、百合城さん、天龍さん、佐天さん! さあほら早く!!」
「なんで私たちを誘拐した一味が上から目線で命令してくるかなぁ……?」
「確かに無性に腹立つが、そこは目をつぶろうぜ涙子……」
「深雪、油断するなよ」
「いずれにせよ、シロクマさんの言う通り、今が好機です! 一気に原発巣を切除に向かいましょう!」
一人うしろに下がりながら声高に命令してくる司波深雪の態度に思うところは様々だったが、死の河とミズクマが拮抗している今は、確かにチャンスだった。
そこでヒグマ帝国の要職として、ヤスミンが真っ先に死の河の中に切り込もうとした。
その時だった。
突如何かが風を切って飛来し、ヤスミンの前脚を跳ね飛ばす。
「グァ――!?」
「え?」
呆然とした司波深雪の前で、押し合っていたミズクマたちが、一斉に何かに貫かれて細切れになる。
「くぅ!?」
「がう!?」
紙吹雪のように舞い散りながら何かが迫る。
咄嗟に佐天はガブリカリバーを構え、百合城銀子は小さな熊の姿になってその吹雪を躱す。
受け止めたガブリカリバーにトランプが突き刺さる。
トランプの刺さった傷が交差してT字のように見えた。
「あ、『暴れ天龍』!!」
天龍が高速で両手のナイフと日本刀を振り回し、一帯に舞い散るトランプを断ち落とすも、息つく暇もなく、次なるトランプの吹雪が死の河の奥から巻き上がって一行に迫っていた。
単純な命令に従って死の河と押し合っていたミズクマたちは、逃げることもなく切り刻まれるままとなり、瞬く間にその数を減らしてゆく。
「ひぇ!? ミ、ミズクマさんが総崩れに!? あ、ああ!? どうすれば!?」
「伊達男、トバルカイン・アルハンブラ! 宙に舞ってるトランプは全部刃物だ!
突っ込んだら全身なますになるぞ!!」
対処法のわからない司波深雪が一瞬にして顔を青褪めさせる中、バスの割れたフロントガラスから身を乗り出して、黒木智子が前方の者たちに情報を叫ぶ。
しかしながら、舞っているトランプの正体がわかったところで根本的解決にはならない。
バスの上から、扶桑が血を吹きながらその発生源と思しき場所に砲撃を打ち込み続けているが、銃撃ほど明確な発射点がわからない上に、相手は奇術師のように巧妙に死の河の中に身を潜めているようだった。
まごついている間にも、少女たちの上には空を埋め尽くしそうな勢いでトランプが舞い始めていた。
「まだ諦められません……! そうでしょう!? 私は医療者なのですから!!」
その時、左腕を切り落とされうずくまっていたヤスミンが、歯噛みして立ち上がった。
手骨がごりごりと音を立てて軋む。
摩擦で熱を発生させているのだ。
肉が焼けるほどの高温になったその掌で、彼女は自分の肩を焼いて無理矢理に止血する。
そしてそのまま包帯を掴み、飛来するトランプの群れに向けて振り抜く。
「ウスティオ(焼灼)!」
引火した包帯が炎の鞭となり、迫っていたトランプを燃やし落とす。
ヤスミンは叫んだ。
「やはり紙! 可燃性が高いです! 一気に焼いて下さい!!」
「そうだ、焼き落とすぞ涙子!」
「うん!」
天龍と佐天は、ヤスミンの指摘にハッと顔を見合わせて頷き合った。
強化型艦本式缶が赤熱する。
足元の地面が凍ってゆく。
ガブリカリバーに炎が灯る。
――ウィルソンさん!
それは『狂喜と勇気(レイブ&ブレイブ)の剣』だ。
明け方に受け継いだ左天のガントレット程ではなくとも、その刃の内部に、佐天は熱量を溜めることができた。
その勇気のような熱さに、佐天と天龍は、その威力を確信した。
「『紅葉の錦』!!」
「『気流歪曲(ストリームディストーション)』!!」
天龍の放った重油と炎の塊が、佐天の巻き起こす猛烈な竜巻に乗って火災旋風と化した。
数多の死者たちとともに、空間を埋めていたトランプも一斉に燃え上がり灰と化す。
死の河を舐めるように火炎は燃え広がる。
そのトランプ群の中心にいたトバルカイン・アルハンブラの体もまた、燃え上がり蒸発してしまった。
「ヤスミンさんは下がって! 私達で道を切り拓く!」
「百合城! お前に任せるぞ、下がりつつ防衛してくれ!」
「すみません……、後ろはどうにかします……」
「任せておけ。深雪もだ、下がれ」
「あ、あわわ……。ミズクマさんも全部蒸し焼きに……」
佐天の放った旋風が残っている間は、炎は燃え続けた。
迫っている死の河もその炎に阻まれて押し寄せられない。
しかし、ミズクマの大群も焼き尽くされてしまったこの状況で、次の衝突がどうなるかの予測はつかなかった。
手負いのヤスミンと、攻撃手段のなくなった司波深雪を百合城銀子に任せて、天龍と佐天が、炎に顔を照らされながら、最前線でその奥を見つめる。
そして、炎の幕が切れる。
その瞬間、彼方から地鳴りを立てて迫ってきたのは、膨大な数の騎兵の軍団だった。
「イェニチェリ軍団! ワラキア公国軍! 中世騎兵の火砕流だ!!
飲まれるな! 踏まれるな! 切り抜けろォォォ――!!」
バスの中で固唾を飲んで様子を見ていた智子が、絶叫した。
ただの死者たちのようには切り裂けぬ歴戦の兵たちだ。
しかし佐天も、天龍も、その目に諦めなど浮かべてはいなかった。
――北岡さん!
ナイフを握り締め、佐天は構える。
あの絶望の百貨店で、遥か遠くから届いた弁護を思い出す。
あの的確で大威力の、思いと決意を込めた爆炎を思い描く。
「私の友達にぃぃぃぃ――ッ!!」
「強化型艦本式――ッ!!」
迫り来る軍団の波頭が、佐天涙子の気迫と共に一斉に凍りついてゆく。
膨大な熱量が吸収され、彼女の手元のガブリカリバーを赤熱させて輝く。
同時に天龍の背負う内燃機関が、割れんばかりにそのボイラーを沸かして滾る。
「手を、出すなぁぁぁぁ――!!」
「『諏訪の』、『水絹』――!!」
これぞ『第四波動』。
これぞ信濃の誇る暴れ川の氾濫。
噴射される爆炎と蒸気圧の大砲が、幾千、幾万の軍勢を薙ぎ払い焼き尽す。
少女たちの気焔が、絶叫する夜に、在るはずのない野火を誇り燃える。
「ウッシャァッ!! 敵陣突入! ビビってんじゃねぇぞ!!」
「ええ、怖くない! そんな感情、不要(ニードレス)よ!!」
死の河が誇る軍団のど真ん中に風穴を開けた佐天と天龍は、そこへ脇目も振らずに踏み込む。
走る一歩ごとに、紅葉のような爆炎が咲き、閃く白刃が血飛沫を裂く。
赤熱する刀を振るい斬り込む少女たちの姿が、後方の者たちにも眩しく映っていた。
℃℃℃℃℃℃℃℃℃℃
「そうです……、行ってください天龍さん……! この命尽きるまで……、私も全力で援護します……!」
バスの上で、徐々に体から力が消えてゆくのを感じながら、その衣装を血で真っ赤にした扶桑は呟く。
ミズクマが燃え尽きてしまった今、天龍と佐天の攻勢を抜けて迫る死の河の残りを削れるのは、彼女の砲撃しかなかった。
バスのもとに戻った百合城銀子、ヤスミン、司波深雪は、戦刃むくろと合流してバスの四方に散り、砲撃を抜けてくる死者たちを必死に捌いていた。
「うう……、まさに死の集合体……!! 汲めども尽きぬ死線の津波……!
お兄様、お兄様、どうか深雪を助けて……!!」
「甘ったれないで! 涙子さんたちの奮戦がわからないの!? 私達も戦い抜くよ!!」
「あなたのような超高校級の絶望に言われずとも分かっています!!」
そんな中で、手当たり次第に地面の石や死体の骨を『弾き玉』の要領で急所に打ち込んでゆくしかない司波深雪が、あまりに困難なその戦法に泣き言を漏らす。
しかしながら、ヤスミンも戦刃むくろも手負いなうえ、百合城銀子も含めて、彼女たちはフライパンや爪で死者たちと戦っているのだ。
戦刃むくろがフライパンで死者の頭を叩き潰しながら苛立って叫ぶが、既に司波深雪の息はあがりに上がっている。
見かねたむくろは、気に食わないながらも、温存していた拳銃を貸し出してやろうかとさえ考えて、死者が切れた合間に背中をまさぐる。
「アタシが捌いてやるよシロクマさん!!」
「グリズリーマザーさん!?」
「マスターの命令でね! 相手しきれないならスルーしな! アタシが残りは全部3枚おろしにしてやるよ!!」
だがむくろが動くまでもなく、そこにはグリズリーマザーの大きな青い爪が加勢していた。
屋台バスの運転席に戻らず、グリズリーマザーは、その結界宝具を全力で稼働させながら、さらに『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』を大盤振る舞いする構えだった。
魔力を振り絞り尽くすその行為は、当然ながらマスターである黒木智子の絶大な覚悟の上に成り立っていた。
智子は、バスのタラップを降りてすぐのところで、全身を襲う激しい痛みに嘔吐している。
開いたばかりで、碌な本数もない魔術回路を、限界を超えて稼働させているのだ。
キャスタークラスで魔力が多く、かつヒグマであるグリズリーマザーがサーヴァントであっても、宝具2つを全力で行使することによる魔力消費の反動は並々ならぬものだった。
それでも彼女は、胸にロビンの遺体を抱きしめ、気を失いそうになる意識を必死に保った。
「これくらい……、屁でもねぇよな……。お前は、もっと痛くても、傷だらけでも、試合をやり通して、勝ったんだもんな……。
お妃さまだって、これくらいでへこたれてちゃ、ダメだよな……!」
――私は、お前に、追いつきたいんだ……!
恋心と意地と悔しさと。智子は持てる全ての感情を振り絞って、この死地から生き残る決心をしている。
そんな彼女の元に、何者かがひっそりと歩み寄ってきた。
顔を上げた智子の前には、テニスラケットを携えた、背の高いクールな青年が立っていた。
「な!? ひっ!?」
智子はおののいて尻餅をついた。
血の色をしたその青年は、まず間違いなく死の河に召喚された死者の一人だ。
しかし彼は、四方に展開している百合城銀子たちに気づかれず、死角をついて接近する理性と技術を持っているということだ。
先のリップヴァーンやトバルカインに匹敵する、名のある敵であることは間違いない。
智子は咄嗟に、こちらに背を向けて死者たちと戦っているグリズリーマザーたちを呼び寄せようとした。
だが青年は、すぐに智子に襲い掛かっては来なかった。
彼は智子の胸のクリストファー・ロビンを見つめて鼻を鳴らした後、ゆっくりとテニスラケットを両手で構えていた。
「お、お前、ロビンの知り合いか……!? どういうことだよ、テニスラケットで野球するつもりか!? バカか!?」
智子はその青年の行動を理解できず、狼狽した。
しかし同時に、その青年が確かに凄腕のテニスプレイヤーであり、ロビンに敬意を払っているのだということは、なぜかわかった。
彼は『いいから投げろ』と言わんばかりに、智子を手招きする。
それに従って、智子は震えながら、デイパックの中のボールを探る。
もし逆らって智子がグリズリーマザーたちに向けて叫べば、おそらくこの青年はその瞬間に智子を襲って殺してしまうだろう。
この青年がしたいことはつまり、先のロビンが行なっていた、ホームランダービーによるデスマッチと同じことだった。
智子が投げたボールで青年をアウトにすれば勝ち、ボールを打ち返されて智子が死ねば負けだ。
しかしながら今回は、それは一球でカタがついてしまうだろう。
非力な智子が、果たしてどうやれば一流のアスリートに勝てるというのか――。
智子は恐怖でカチカチと歯を鳴らした。
脳裏に、ロビンの笑顔と、彼が教えてくれたコールがよぎる。
――When it comes to makin' music I'm the ruler(この道では 僕が王者だ)。
――You wish you could be twenty percent cooler(進歩しな あと20%くらい)。
智子はその手に、ロビンが残してくれていたボールを、しっかりと掴んでいた。
「ロビン……、私に、力を――!!」
そして智子は、全力でそのボールを投げた。
放り投げたボールは、青年が撃ち返すまでも無く、ほとんど飛ばずに力なく地面に落ちていた。
身構えていた彼も、投げた智子自身も、拍子抜けに呆然とするしかなかった。
だがそのボールは、手榴弾だった。
ロビンが最後にとっておいていた手榴弾は、そのまま地面を転がり、爆発していた。
爆風とともに飛んだ破片が、青年の全身を穿った。
当然彼はその全てをラケットで打ち返そうとした。
しかしガットは切れ、ラケットは砕けた。
ラケットは、鉄球や爆弾を打ち返すための道具ではない。
地面にぶつけただけで折れたり砕けたりしてしまう繊細な消耗品だ。
況や、テニスはネットやコートも敷かれていない場所で試合ができるスポーツでもない。
ヒグマに食われ、彼――跡部景吾の選手生命は、文字通り終わっていた。
ただ彼が託した王国の、『お前だけの氷帝コール』は、確かに彼に届いた。
王国の行く末を任された王妃の雄姿を、彼は確かにその目に焼き付けた。
門出を祝うように左手を上げると、そのまま跡部景吾の肉体は、砕けて血に返っていった。
智子はその様子を見て、へたへたと地に座り込んでいた。
「ふ……へ……、見たか。見てたか、ロビン……。お前だったら、きっと、こうするだろ……?」
「何やってんだいマスター……!? ア、アタシが間に合わなかったら、どうする気だったのさ……」
「きっと守ってくれるって、信じてたから……」
智子の前には、グリズリーマザーの青く広い胸があった。
智子は声ではなく、マスターとサーヴァントとしての魔力の繋がりを震わせることで、己の危機を伝えていた。
爆風から守ってくれたグリズリーマザーの声を耳にしながら、黒木智子は悟った。
投手とはボールをストライクゾーンに投げる存在ではない。
ボールを投げて勝利を導く存在。
王であり、英雄である――それが、クリストファー・ロビンという男だった。
彼は自分の王国を、王妃が必ずや守ってくれると信じていた。
だから戦えたのだ。
何をしようとも、帰れる信念がそこにあったのだ。
王の姿に追いつこうとした王妃は、やっとほんの少し、彼の背中に近づけたような気がした。
「あ、グ、グリズリーマザーさん、行かないでください! ちょっと、私もう弾ける玉がないんですよ!?」
その時、黒木智子のいるバスの近くに慌てて走って行ってしまったグリズリーマザーに慌てたのは、司波深雪だった。
智子とは対照的に、わらわらと寄ってくる死者たちに対抗する術がなくなった司波深雪は、一瞬にして絶望感に包まれる。
しかしその責任の大半は、グリズリーマザーに守られ始めるや否や、安心しきって弾丸の補充を怠っていた深雪自身にある。
致し方ない。
「ひぃ!?」
しかし、そうして恐怖に身をすくませた彼女の目の前で、死者たちが一気に袈裟懸けに薙ぎ払われる。
それをしていたのは、銀髪の天然パーマに、死んだ魚のような目の、着流しを纏った侍と思しき男性だった。
「お、襲ってこない……!?」
その男性は、明らかに死者でありながら、着流しの懐に手を突っ込んでぼりぼりと胸を掻き、手に持った木刀で何やら地面に言葉を書きつけていた。
「『女に手は出さねぇ。さっさと行きな』……!?」
着流しの男はそのまま、司波深雪に近づいてくる死者たちをバッサバッサと木刀で薙ぎ倒してゆく。
あたかもプリンセスを守るナイトのような紳士的な振る舞いに、兄の面影さえ重なって、深雪は少しばかりでなくときめいた。
「まさか、理性を保ってるの!? あ、ありがとう、助かりましたわ!
この美しい私を真っ先に助けるとは、見る目がありますね、生前はさぞ立派な方だったんでしょう……」
感嘆する深雪の言葉に、その男――坂田銀時はニヤリと微笑む。
彼はチッチッと指を打ち振って、地面に文字を書き加えていた。
「なんですって……?
『女に美も醜もねェ。ブスも美女も差別なく平等にただの穴として口説くのが俺の作法だ』……?
『やらせてくれそうな穴がいたから寝返ってきたのさ。これが終わったらシッポリしようや』……」
深雪は地面に刻まれた文言を読み上げた後、しばし絶句した。
そして、にこにこと見つめてくる坂田銀時に向き合うと、思いっきりその拳を振り上げた。
「死ね!!」
HIGUMA細胞移植手術で増強された筋力が、九重八雲に鍛えられた体術でもって揮われる。
深雪の渾身の打ち下ろしは、過たず坂田銀時のこめかみを捉え、その頭蓋をスイカのように粉砕していた。
「死んで当然のクズでしたね。そりゃあそうでしょう。こんなヘドロの河になんか、私の鉄拳で砕けるようなクズしかいません!!」
「深雪はどんどんクマらしくなっていくなぁ。流石だ」
ヒステリックに叫びながら、さらに吹っ切れた司波深雪は、迫りくる死者たちを次々と殴りつけて消滅させてゆく。
その様子を横目に、百合城銀子が死者を食らいつつ、じゅるりと舌なめずりをしていた。
「――よし、凌げる! 凌げるよ! 智子さんや扶桑がやられないように! 涙子さんたちを信じて、この拠点を守り抜こう!!」
そして戦刃むくろもまた、フライパンを振り抜いては高らかに叫ぶ。
一行はこの死の河と、再び互角に渡り合っているように見えた。
心が沸き立っていた。
友のために戦えていること。
そしてその友を確かに守れていること。
その事実に、達成感ばかりが心を満たした。
戦刃むくろは、今まで彼女が彼女として感じたことのない喜びと希望で溢れていた。
℃℃℃℃℃℃℃℃℃℃
「……なるほど。少しはやるようだ、人間(ヒューマン)。
だがその程度では足りない! 絶対的に足りない!
身も心も魂も、最後の一滴まで振り絞り、さらにあるはずのない力の全てを出し尽くし犠牲としなければ――。
この河を渡り、境を越え、この壁を破り私を討つことなど到底できはしない」
その頃、この死の河の主――アーカードは、ぽつりとそう呟いていた。
アーカードは血の河の最奥で、血の色の玉座に深々と腰掛け、戦況を悠然と見下ろしている。
彼が座っているのは、血のヒグマの上だった。
彼がこの島で食らってきた数多のヒグマたちが溶け合い煮凝りひしめき合った、異形のヒグマの曼荼羅が、アーカードを守る玉座となり壁となり垣根となり、爪と牙を奮い立たせて、めろめろとした瘴気を吐きながら呻き声を上げている。
最後尾のバスからは、あたかもこの一行は死の河と互角に戦えているように見えただろう。
しかし実際のところ、彼女たちの最前衛は、このアーカードが待つ玉座までの距離の、半分までさえも届いてはいなかった。
「――油が切れた!? クソッ、もう撒けねぇ!!」
「天龍さん!?」
軽巡洋艦天龍が、紅葉のように吹き散らしてきたその火炎を、ついに放てなくなる。
佐天が、彼女と離れた位置に分断されたまま安否を尋ねて叫ぶ。
戦刃むくろたちが死者を捌けていたのは、扶桑が砲撃で攻勢の大半を打ち砕いていること以外に、最前線で佐天と天龍の二人が、後先を鑑みぬ全力で死の河の勢いを崩していたからに他ならない。
しかし、死の河のただ中に切り込んでしまった両者は、すぐに取り囲まれて、お互いが孤立無援の戦場に取り残されてしまう。
いわば、河の真ん中にぽつんと残された中州だ。
少しでも河が増水すれば、すぐにでも水没してしまう。
物量があまりにも違いすぎる。今まで天龍たちが消滅させた死者たちは、多く見積もっても死の河全体の二割にも満たない。
疲労が募る。
力が枯れる。
アーカードに至る最短距離を切り込んでいっても、次々と押し寄せてくる死者は天龍と佐天が捌ける数を超えてきている。
なおかつ、天龍に残っていた燃料は、間違いなく有限だ。
押し切られるのは時間の問題だったのだ。
「あと少し……! あと少しなのによぉ!」
「『凍結海岸(フローズン・ビーチ)』!! 天龍さん、今行く!!」
途端に劣勢に追い込まれる天龍の様子に、佐天は一帯の死者たちを氷漬けにして時間を稼ごうとした。
だがその瞬間、凍って足止めされる死者たちの垣根を超えて、何かがヒュッと音を立てて佐天に迫っていた。
「はっ!?」
咄嗟に斜めに受けたガブリカリバーに、風圧だけでU字のような湾曲した傷が入る。
それは佐天の目元を狙って放たれた、猛烈な勢いの呼気――、言わば『見えない目潰し』とでもいうようなものだった。
天龍の元へ走り出そうとしていた彼女の前に立ちはだかったその死者は、半分熊、半分人間のような男だった。
「る、涙子――!? そ、そいつは、津波の上を走る足をもってやがったヤツだ!!」
「なっ――!?」
弁髪をたなびかせたその偉丈夫――烈海王は、中国拳法のキレで拳打と蹴撃を繰り出し、死者の氷でできたリングの上で、瞬く間に佐天涙子を追い立ててゆく。
今までの死者たちとは格が違う。格闘家のそれだ。
津波に沈んだ烈海王らの死体も、水が引いた後にアーカードによって取り込まれていたのである。
彼は、佐天涙子の能力によって地面が凍る前に右足を浮かせて前に出し、同じく左足が凍る前に浮かせて前に出し……、それを繰り返して、氷の上を歩いてきていた。
ヒグマとなっている彼は、15メートルまでならばこの凍結領域を駆け抜け、凍り付くことなく戦うことができた。
その拳に、蹴りに、佐天涙子は否応なく思い出す。
――工藤さん!!
「私は!」
佐天が手を打ち払う。
その華奢な手ごと、彼女を叩き潰すかと見えた烈海王の正拳突きは、何時の間にか肘からごっそりと消えてなくなっていた。
佐天は慟哭した。叫びながら、むしろ体当たりのようにして、烈海王の胴体に組み付いていた。
「能力者に!」
力を。圧倒的な力を。
羆になってまで強くなろうとした工藤健介の気持ちが、今なら少しわかるような気がした。
強くなければ、強くならなければ、生き残れない。
守れない。
会えない。
愛せない。
大好きなあの人の笑顔をもう一度見るためには、あらゆる力を使うしかない――!
「なったんだぁっ!!」
殺意が吹き上がる。
『蒼黒色の波紋疾走(ダークリヴィッド・オーバードライブ)』の昏い光が、巨大な蛇のように烈海王の全身を飲み込み、一瞬にして砂塵のように砕き尽した。
蒼黒い光は、そのまま血の色の河を伝わって、死者たちを砂嵐に噛み砕いてゆく。
その光は、天龍だけをよけて、あの百貨店の屋上を再現するかのように、半径数十メートル圏内の死の河を蒸発させ一気に砂地へと変えた。
「る、涙子……、助かった! だが、今度は……」
駆け寄る佐天に助け起こされ、天龍は喘ぐ。
その隻眼に映ったのはしかし、砂地になおも踏み込んでくる死の河と、その先頭にいる死んだヒグマたちの猛りだった。
「クッソ、ヒグマが来やがる――!」
「忘れない! 怯えない! 流されない! 負けない!
挫けない! 逸らさない! 諦めない! 逃げない!
まだだよ天龍さん! まだ落胆なんていらない!! ほら!」
だが荒い息をつきながら、未だはだかる死者の壁の向こうに、佐天は檄を投げる。
その言葉に見上げた天龍の眼に、夜を飛ぶ銀の閃光が映る。
死者の赤の中にひと際まばゆいその色彩に、天龍は確かに見覚えがあった。
「銀!」
それは、かつて彼女と共にいた秋田犬、『流れ星』と異名をとった熊犬の銀であった。
津波に飲み込まれた烈海王とともに、彼の遺体もまた、アーカードの中に取り込まれていたのだ。
死してなお、熊狩りの猟犬たる彼の本能は変わっていなかった。
彼は天龍の脇を通り過ぎながら、にやりと口角を上げたように見えた。
絶・天狼抜刀牙の旋風が、天龍を襲おうとしていた死んだヒグマたちを薙ぎ払い、彼方へと過ぎ去っていった。
血の色の中に眩い銀光が、次々と河を切り裂いている。
そして更に、残った死者たちは突如、佐天や天龍のものとは違う炎に焼かれ、そして生きたヒグマに薙ぎ払われていた。
天龍はいつの間にか、自分のデイパックから一つのボールが零れ落ちていることに気づく。
炎の馬を伴った禿頭の男性と、そしてサーフボードを携えた一頭のヒグマが、天龍の前に歩み来る。
両者とも、天龍の見知った顔だった。
「カツラ!? それに、サーファー!?」
「こんなビッグウェーブ見たら……、乗らねぇわけにいかねぇのが波乗りの性さ……。
ありがとよ人間の姉さん……。束の間の休息だったが、快適だったぜ」
「……」
ヒグマサーファーの声に合わせ、死の河から蘇ったカツラは天龍に向けて親指を立てる。
彼は友たるポケモンとともに、ヒグマをも守りたいと――、そう考えて生きていたはずだった。
しかし今は、彼の心にもサーファーの心にも、それよりもさらに守りたいものがあったのだ。
そしてサーファーは、カツラは、死の河の波に飛び込んでいった。
潮に湯浴みした海の子ならば、千尋の底に帰ることこそ本望だというように。
赤銅の血潮を切り立て切り立て、天龍のために道を拓き切って、斃れていった。
「何だよ、何なんだよ、どうしてお前たちはそうまで思い切ってんだ!」
天龍は、ボロボロと涙を流して慟哭した。
そして泣きながら気づくのだった。
――そりゃそうだ。そうだよな。
今も天龍の手を握る温もりが、その思いの原動力なのだと、わからないはずがなかった。
傷だらけの制服で・傷つき倒れながら・もがきながら・苦しみながら・それでも生き抜こうと・生きて友に会おうと進み続けているこの少女――。
佐天涙子の姿が、そこにあるからだった。
「こんな信念を見せられて、思いきらねぇほうがどうかしてる……。もう迷いなんていらねぇ!!」
こんな少年少女たちの未来を、奪いたくない。奪わせたくない。
彼女たちの展望を、閉ざしたくない。
人を。彼女たちを守りたい――。
艦船としてのその初心の一念を思い出し、天龍は奮起した。
「お前たちの思いは、届ける! 俺たちが必ず届ける!!」
――狙うは、司令塔だ。
忘れもするまい、あの大戦にて、日本は本土への新型爆弾の投下にて一瞬にして米英に敗北を喫した。
広がりに広がった末端の島嶼では、まだ兵士たちが戦いを続けていたのにも関わらずだ。
この戦いに勝つには、はじめに黒木智子が指摘したとおり、敵の本拠地を、司令塔を、一気に襲撃して陥落させるしかない。
こちらがどれほどの犠牲を払おうと、それさえできれば、勝ちなのだ。
我が身一つが砕けようと、それだけで、守りたかった未来は救えるのだ。
「乗れ、涙子!! 俺が命に代えても、お前を送り届ける!
あそこのクソオヤジに、お前の全てを、俺たちの全てをブッ刺せ!!」
「……うん!」
燃えるような天龍の言葉に、佐天涙子もまた、ただ震えながら頷く。
天龍たちにとっての切り札は、この佐天涙子をおいて他になかった。
必ずや投下してみせる――。
天龍は、機関の内部に残る最後の燃料全てを燃やし、銀と穴持たずサーファーが切り拓いた道を滑走路として、助走をつけて飛び上がった。
「『藐姑射(ハコヤ)の橋』!!」
中国の奥地の藐(はるか)には、不老不死の神仙たちが棲んでいる、姑射という山があるという。
争いや俗世を超越した、理想の場所があるという。
数多の者が憧れ訪ねたその空想上の場所を、天龍もまた追い求めていた。
もうこんな争いは御免だ。もうこんな争いには、終止符が必要なのだ――。
天龍峡十勝・姑射橋は、その地へと繋がる橋のような巌だった。
「行っけぇ涙子ぉぉぉ――!!」
「はああぁぁぁぁぁぁ――!!」
高く高く飛び上がった二人が風に乗る。
天龍はそこから佐天涙子を掲げあげて、さらにエンジンを吹かせた。
空中で天龍は佐天の体を放り投げる。
佐天は天龍の手を蹴って、その反動を受けてさらに高くへと、遠くへと、眼下に犇めく死者の河を越えて、500メートルを越える飛距離の軌跡を描いて、はるか先にそびえ立つアーカードの牙城に襲いかかっていた。
「――来るのか。届くのか。何という女だ。人の身でよくぞここまで練り上げた……!
敵よ!! 殺してみせろ!! この心臓にその剣を突き立ててみせろ!!
500年前のように!! 100年前のように!! この私の夢のはざまを閉じる封をくれ!! 愛しき御敵よ!!
私の贈ったその言葉に、意味をつけてくれ!!
黒化(ニグレド)無く白化(アルベド)無く、堕ちた私の赤化(ルベド)に!
色をつけてくれ――!!」
アーカードは感嘆していた。
――rave<レイブ>(狂喜を)
彼はウィルソン・フィリップス上院議員のガブリカリバーに、そんな言葉を刻んだ。
再戦時に、もっと私を楽しませてほしい。
そんな願いを捧げていた。
そして、そこに更に一文字。
ここに辿り着くまでの道中のために、この言葉を贈った。
――Brave<ブレイブ>(勇気をッ!)
前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ!!
敵が幾千ありとても突き破れと!
突き崩せと!
戦列を散らせて、命を散らせて、その後方へその後方へ、私の眼前に立ってみせろと!
あの叫びを、人間の意気が詰まったあの叫びを、もう一度聞かせてくれと!
――そう、願っていた!!
「私は生きて、初春に会うと誓ったんだ!! 必ず、会うと――!!」
人体には、7つの結節点があるという。
インドのヨーガの言い方では、それを『チャクラ』と呼称し、仙道にも同様の考え方が存在する。
根のチャクラ、尾閭(ムーラダーラ)。
脾臓のチャクラ、丹田(スワディスターナ)。
臍のチャクラ、夾脊(マニプーラ)。
心臓のチャクラ、膻中(アナハタ)。
咽喉のチャクラ、玉沈(ヴィシュッダ)。
眉間のチャクラ、印堂(アジナー)。
王冠のチャクラ、泥丸(サハスラーラ)。
これらは炎の輪、または華のようにイメージされ、脊柱の中のスシュムナー管という経路に仮想配置されている。
だが人体のチャクラは、この7つ意外にも、存在を疑問視されていながら、あと2つあるのではないかということが示唆されている。
その一つが、頭頂よりさらに上、虚空に存在するチャクラ。月のチャクラ『ソーマ』。
それは人の体に頭より上の部位がない以上、存在しないはずの円環だった。
だが今、佐天涙子の頭上には、それがあった。
尾閭(ムーラダーラ)から脊柱を駆け上り、7つの大輪を回した進化力(クンダリニー)が辿り着くその先が。
ウィルソン・フィリップス上院議員から託された、ガブリカリバーの刃先が、佐天の頭上に煌めく。
彼女が掲げたその柄本に円い月が、月の輪(ソーマ・チャクラ)が渦巻く。
確かに聞こえた。
アーカードは確かに聞いた。
人間の意気が詰まったあの叫びを、確かにアーカードは目の当たりにした。
――OUTBrave<アウトブレイブ>(凌駕するッ!!)
傷だらけのその刀身は、今やこんな文字が、書かれているように見えた。
℃℃℃℃℃℃℃℃℃℃
佐天涙子を放り投げ、落下する天龍は、死を覚悟した。
もはや全ての燃料を使い果たした状態で、死の河のど真ん中に落ちてしまうのだ。
だが彼女は満足だった。
彼女が送り出した佐天涙子の全身は、空を飛ぶ星のように輝いていた。
その時、自由落下していた彼女の体が、急に襟元で咥え上げられる。
そのまま死の河のほとりにしっかと着地して、天龍は地面に降ろされる。
「銀……!」
彼女を助けていたのは、にっこりと笑う熊犬だった。
死した彼の体は、そのままなぜか光となって空に溶けてしまう。
驚く天龍の目の前で、その『異常現象』は次々と発生した。
死の河のそこここが、虹色の光に食いつぶされてゆくのだ。
「何だ!? 死人どもが、消えて……!?」
『向こう側』の扉が開く。
虹色の粒子が、辺りの死者を侵食して消し去らせる。
氾濫した死の河の全てが、ランタンも要らぬほど眩い、真昼のような虹色の光に溶けて消えてゆく。
その光たちは、そのまま佐天涙子の元へと集っていった。
デイパックと共に、ウィルソン・フィリップス上院議員が、皇魁が、光に溶けてゆく。
佐天涙子の纏う一切が、分解されて光となる。
バスが溶ける。
枯れ木が溶ける。
天龍の周りで、黒木智子たち一行の周りで、死んでいった者たちが光となって溶けてゆく。
死者の全てが、枯死した木々の全てが消え去り、森は更地となってゆく。
その光景に、森のただ中で、バスの横で、彼女たちはハッと顔を上げた。
「島風――! 行ってくれ! 涙子に力を貸してくれ!!」
「ロビン――! 私たちを、助けてくれ!!」
天龍の掲げたデイパックごと、島風の如き少女が風に変わってゆく。
智子の抱き上げた少年の体が、彼の投げてきた数々のボールとともに天へ昇ってゆく。
その幻想的な光景を、グリズリーマザーもヤスミンも、百合城銀子も司波深雪も、扶桑も戦刃むくろも、そしてアーカードも、ただ嘆息して見上げていた。
「……なんという輝きだ。おお、なんという色彩だ……!」
アーカードを取り巻いていた異形のヒグマの曼荼羅も、悉く光に食い尽くされて消えてゆく。
アルター粒子の虹色に混ざった膨大な思いとエネルギーが、空を駆ける佐天涙子の背に翼のように渦巻いた。
越境したエネルギーの嵐が、彼女の最奥に、音もなく最後の雫を落とす。
世界各地に同様の概念が存在し、人体の7つのチャクラを合わせた全てのエネルギーよりもさらに大きなエネルギーを秘めているとされる、尾骶骨の下位のチャクラ。
六随眠。
八十八見惑。
十修惑。
十纏。
そこは108あるとされる、発狂と我執に塗れた欲動のさらに奥の、109番目の区画だ。
中南米においては『キッシン』。
中国においては『鬼骨』。
インドにおいては『アグニ』。
生命進化の根源であり、クンダリニーが発生する根源なのではないかと考えられているチャクラが氾濫する。
109区が決壊する。
堰を切ったエントロピーが、佐天涙子を溢れて水の青に燃える。
月のナイフを掲げた彼女の全身が、真っ青な炎に包まれる。
彼女は悟った。
これこそが、自分が秘めていた思いの根源なのだと。
これこそが、あらゆる人々が望む願いの源泉なのだと。
『幻想御手(レベルアッパー)』で繋がった脳の波の中にも見たその感情。
それは憧れにも似た渇望。
眩い光を見るばかりで、自分では輝けなかった全ての人々が眠らせる万感。
その全ての感情が炎となって、佐天涙子から溢れるのだ。
佐天涙子は自分の背に、皇魁が、ウィルソン・フィリップスが、島風が、そして今まで戦い、出会い、袖振り合って来た全ての者たちが燃えているのを感じる。
阿頼耶識。
幻想猛獣(AIMバースト)。
世界各地にこの感覚を表現する言葉はあるだろう。
だが彼女はもう、その感情を知っていた。
「これが月の炎――! 月の心――!! 月の『恋』――!!」
「ああ、そうだ! 来い! 来てくれ、人間(ヒューマン)――!!」
もう千年もキミを待った――。
人として、人類進化の到達点として、佐天涙子はそのエネルギーを振り降ろす。
まるで待ちわびた思い人を出迎えるように、たった一人となった血塗れの城主は両手を広げていた。
刃を突き立てられるアーカードの表情は、歓喜に満ちていた。
身も心も溶けるような高熱が、彼の全てを包み込んでいた。
佐天涙子の身に集まった数多の死者たちを弔う荼毘のような、それは彼と彼女たちが恋い焦がれた炎だった。
【ヒグマード(アーカード・ヒグマ6・穴持たず9・穴持たず71〜80・穴持たずサーファーほか三百数十万あまりの命) 消滅】
℃℃℃℃℃℃℃℃℃℃
「ああ――、なんて、青い……」
その光景を見ていたものは、覚えず、そんな言葉を呟かずにはいられなかった。
それはまるで、地上に落ちた流星のようだった。
天を焼くほどの真っ青な火柱がそこに燃え上がり、登りゆく月に向けて、むしろ冴え冴えと冷え渡るような光を放っている。
遅れて、身を焦がすような熱風が全身を叩くまで、天龍たちはしばし呆然とその光景を見つめていた。
星を熔かすような蒼い光は、その炎が50000ケルビンを超える猛烈な温度を持っていることを示している。
中心部の温度は優に数百億度を超えるかと思われた。
アルター粒子に侵食された更地の中心部でそれは、暫くの間燦然と輝き、そして急速に燃え尽きた。
焼き尽されたその場所はクレーターのように窪み、熔け落ちたあらゆる元素が溶融し蒸発し変質し、銀色の器のようになって溜まっていた。
「涙子! 涙子!!」
肺が焼けそうに灼熱した空気の中を、溶岩に侵されたかのような焦土を蹴って天龍は駆け寄った。
佐天涙子の全身は、焼けただれていた。
衣服は燃え尽き、その皮膚も焼け焦げている。暴走し氾濫した能力から、彼女は自分を守り切れなかったのだ。
むしろ自分の身を省みずに能力を揮わなければ、アーカードを倒すことなどできなかったのかも知れない。
「死ぬな! 死ぬなよ涙子!! ここで死んだら元も子もねぇ!!」
「――ったく、このじゃじゃ馬が。派手にやったもんじゃねぇか」
その時、佐天を抱え上げて咽ぶ天龍の隣に、聞き覚えのない男の声が屈みこんでいた。
バッと警戒して顔を上げた彼女の目に映ったのは、全身に包帯を巻いて屈託なく笑う、白髪の偉丈夫だった。
「――誰だ!?」
「俺も左天っていうのさ。この嬢ちゃんの味方だ」
彼がそう答えるや否や、焼け付いていた空気が、一瞬にして凛とした冬の風に置き換わる。
ただれて熱を帯びていた佐天涙子の皮膚が、瞬く間に薄い氷に包まれる。
肉体の表面を保護し冷却しながら、体液の損耗を防ぐための処置だった。
――涙子と同じ能力。
驚愕する天龍に向けて、左天と名乗る男は平然と指示を出す。
「おい、ボサッとしてんな。助けるんだろ!? 心臓マッサージするぞ」
「――あ、ああ! みんな来てくれ! 涙子に、涙子に手当てを!!」
全身に火傷を負った佐天涙子からは、呼吸も心拍もほとんど聞こえなかった。
それでも、人を呼びに叫ぶ天龍の声の下で、左天は力強く彼女の胸骨を押しながら笑うのだった。
「異空間にいる間、俺も方々に渡りをつけてきた! 諦めんじゃねぇぞ嬢ちゃん!」
彼は誰よりも近くて遠い場所から、その少女の戦いを見続けてきた。
その経験から言わせれば、まだ落胆など、不要(ニードレス)だった。
【F―2 焦土 夕方】
【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:全身熱傷、心肺停止、深仙脈疾走受領、アニラの脳漿を目に受けている、右手示指・中指が変形し激しい鱗屑が生じている、溢れ出す魂
装備:焼失
道具:焼失
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:――――――――――
1:初春を守る。そのためには、なんだってできる――!!
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『下着御手(スカートアッパー)』……。
5:本当の独覚だったのは、私……?
6:ごめんなさい皇さん、ごめんなさいウィルソンさん、ごめんなさい北岡さん、ごめんなさい黒木さん……。ごめんなさい……。
7:思い詰めるなって? ありがたいけど、思い詰めるのが私の力よ。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになってしまいました。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。
※アニラのファンデルワールス力による走法を、模倣できるようになりました。
※“辰”の独覚兵アニラの脳漿などが体内に入り、独覚ウイルスに感染しました。
※殺意を帯びた波紋は非常に高い周波数を有し、蒼黒く発光しながらあらゆる物体の結合を破壊してしまいます。
※高速で熱量の発散方向を変えることで、現状でも本家なみの広範囲冷却を可能としました。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。
※『月(ソーマ・チャクラ)』を回しました。
※『鬼骨(アグニ・チャクラ)』を回してしまいました。
【左天@NEEDLESS】
状態:健康
装備:自分のガントレット
道具:エカテリーナ2世号改の上半身@とある科学の超電磁砲、多数のクッキー@クッキークリッカー、ヒグマの肉
[思考・状況]
基本思考:全能者になる。嬢ちゃんの成長にも興味がある。
0:まだ諦めんなよ嬢ちゃん! じゃねぇと折角出て来れた甲斐がねぇ!!
1:このじゃじゃ馬には、まだまだ先があるんだぜ!?
[備考]
※佐天涙子の支給品です。
※異空間に閉じ込められている間、空間が開く度に顔を覗かせていたため、いくつかの異なる場所に何らかの話をつけているようです。
【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:ヒグマ化、魔法演算領域破壊、疲労(小)、全身打撲、ヒグマの血がついている、溢れ出す魂
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:兄を復活させる
0:諦めない。
1:やった! 助かった! やはり私はお兄様に導かれています!
2:江ノ島盾子には屈しない。
3:私はヒグマたちに対して、どう接すれば良かったのでしょうか……。
4:残念ですが、私はまだ、あなたが思うほど一人ぼっちではないようです。有り難いことに……。
5:私はイソマさんに、何と答えれば、良かったのでしょうか……。
6:何なんですか低能クソビッチって!?
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営していました
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司波深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品でしたが、剥がれ落ちました。
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司波達也の
絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です
※シロクマの手によって、しろくまカフェを襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。
※モノクマは本当に魔法演算領域を破壊する技術を有していました。
【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破、キラキラ、左眼から頬にかけて焼けた切創、溢れ出す魂
装備:日本刀型固定兵装、投擲ボウイナイフ『クッカバラ』、61cm四連装魚雷、島風の強化型艦本式缶、13号対空電探
道具:基本支給品×2、ポイントアップ、ピーピーリカバー
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:涙子を、必ず助ける!
1:扶桑、お前たちも難儀してたみてぇだな……。
2:迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
3:金剛、後は任せてくれ。俺が、旗艦になる。
4:ありがとう……銀……、島風、大和、天津風、北岡、カツラ、サーファー……。
5:あのヒグマたちには、一体、何があったんだ……。
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※ヒグマ製ではないため、ヒグマ製強化型艦本式缶の性能を使いこなしきれてはいません。
【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:血塗れ、ネクタイで上げたポニーテール、膝に擦り傷、溢れ出す魂
装備:令呪(残り1画/ウェイバー、綺礼から委託)、製材工場のツナギ
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー、ロビンのデイパック(砲丸、野球ボール×1、石ころ×69@モンスターハンター、基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン )
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:おい、生きろよ!? 生きてろよパンツマイスター佐天!!
1:ロビン……、少しはお前に、近づけたか?
2:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
3:グリズリーマザー、ヤスミンに同行。
4:アーカードは……、あんな攻撃じゃ、死なない……。
5:ダメだこの低能クソビッチ……。顔だけ良くて頭と股はユルユルじゃねぇか。
6:即堕ちナチュラルボーンくっ殺とか……、本当にいるんだなそういう残念な奴……。
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。
【扶桑改(ヒグマ帝国医療班式)@艦隊これくしょん】
状態:心臓を撃ち抜かれている(人差し指を突っ込んでいる)、ところどころに包帯巻き、キラキラ、溢れ出す魂
装備:35.6cm連装砲
道具:なし
基本思考:『絶望』。
0:まだ……、沈まない。
1:天龍さん、あなたを強くさせたもの、わかった気がします。
2:ああ、何か……、絶望から浮上してくるのって、気持ちいいですね……!
3:他の艦むすと出会ったら絶望させる。
4:絶望したら、引き上げてあげる。
【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:背中に手榴弾の破片がいくつも突き刺さっている、溢れ出す魂
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、『閼伽を募る我が死』
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:涙子ちゃん! 大丈夫かい!?
1:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
2:灰色熊……、アンタの分も、アタシが戦ってやるさ。見ときな!
3:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
4:むくろちゃんも扶桑ちゃんも難儀だねぇ……。
5:実の姉を捨て駒にするとか、黒幕の子はどんだけ性格が歪んでるんだい……?
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4〜20 最大捕捉:200人
グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。
※宝具『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、自身を即座に再召喚できる。
または、自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、Bランク以下の水属性のサーヴァント1体を即座に召喚できる。
【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:左腕が斬り落とされている(焼灼止血済み)、溢れ出す魂
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×8巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー・残り1/3)、基本支給品×3(浅倉威、夢原のぞみ、呉キリカ)
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:医療班として……、必ず佐天涙子さんを救って見せます……。
1:帝国の臣民を煽動する『盾子』なる者の正体を突き止めなければ……。
2:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
3:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
4:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。
℃℃℃℃℃℃℃℃℃℃
「やったのね、佐天さん……! 私も行かなきゃ……!」
天龍の呼び声に、戦刃むくろは息を吐いた。
全身を満たしていた達成感に、彼女はバスを守っていた誰よりも遠くまで、フライパン一本で死の河の亡者たちを叩き潰しに走っていたところだった。
本当に、彼女たちは数百万の亡者たちの河を、その元凶たる吸血鬼ごと消滅させたのだ。
それは、この半径1キロメートル近くが丸ごと更地になってしまった森を見れば明らかだ。
視界の先で、クレーターのようになっている爆心地へと、グリズリーマザーやヤスミンたちが駆け寄っていくのが見える。
彼女たちの後に続いて、佐天涙子を助けに行こうと、むくろが走り出そうとしたその時だった。
突然、彼女の背中で通信機から音が鳴ったのだ。
聞き間違うはずもなく、それは彼女の妹の、江ノ島盾子だった。
「も、もしもし盾子ちゃん!? どうしたの!? 大丈夫!? 連絡取れなかったから心配して……」
「何やってんだ、カスが。なんで今まで通信機の電源を切ってた」
慌てて通話を取ったむくろの耳に、低い声で刺々しい言葉が突き刺さってくる。
妹の冷たい口調に、背筋が粟立った。
今まで電源を切っていた通信機が、拳銃を取ろうと背中を探った時にオンになったものらしい。
「ご、ごめん盾子ちゃん。ちょっと隠れてたタイミングがあって……」
「まあいいや。佐天涙子を始め、そこにいる人間とヒグマを、皆殺しにしろ」
「え……?」
なぜ、盾子ちゃんはこの場にいる人々を知っているのか――。
そんな疑問が浮かぶ以前に、むくろは妹の言葉の趣旨を理解できなかった。
「ちょ、ちょっと待って。今私達は、みんな必死で戦い抜いて、生き残ったところで……」
「そうだな。だからこんなチャンス、オマエラ全員が弱ってる今しかねぇだろ? 殺ってこい」
暫く、むくろは絶句した。
うまく言葉が見つからず、ようやく口を突いた声は、夕闇に消え入りそうなほどだった。
「……涙子ちゃんは……。お姉ちゃんの友達なの……」
その言葉に返って来たのは、溜息一つだった。
「……本物よりも絶望的に残念だな、劣化コピー」
体の芯から凍ってしまいそうな、絶望的な声が、むくろの耳を抉った。
「お前の価値は、もはや殺し以外にねぇんだよ。己惚れるな。
あとな、お前はただの駒だ。ただの模造品だ。選択肢なんてない」
彼女の存在の全てを否定するようなどす黒い泥が、通信機から溢れてくるようだった。
妹からの言葉はたったそれっきりで、あとはもう、通信機が鳴ることは二度と無かった。
戦刃むくろは震えた。
震えすぎて、通信機を取り落とした。
通信機は壊れて、バネやネジをあたりに撒き散らした。
「どうして……。私は、私は……、どうしたら……」
「――キミのスキは本物か?」
頭を抱え慄く彼女の元にふと、凛とした呼び掛けが届く。
驚愕に振り向いたむくろの前には、一頭のクマが立っていた。
「あなた……、今の話を聞いて……!?」
「これは、断絶の壁からの挑戦だ、戦刃むくろ」
熊耳のドレスを纏った百合城銀子が、身構える戦刃むくろの前に立ちはだかっている。
意図の読めない薄ら笑いを浮かべながら歩み寄りつつ、銀子は彼女に意味深な言葉を投げかけてくる。
「キミのスキが本物なら、行動で示すがいい。クマがキミを待っている」
「どういう……、こと……!?」
むくろは、背中で拳を握った。
警戒心を越え、むくろが敵意に近い感情をその視線に込めてなお、百合城銀子の謎めいた眼差しは変わらない。
「その身をクマに委ねれば、キミのスキは承認される」
百合城銀子は、戦刃むくろから10歩ほどの距離を開けて立ち止まる。
そして白々とした牙を覗かせながら、彼女は改めて問うのだった。
「――さあ、戦刃むくろ。キミのスキは本物か?」
「わた、しは……」
夢が偏在している。
どこにも正解のない、為るはずのない難問を自分が解けるのか、戦刃むくろにはわからなかった。
彼女が背中に握る拳銃には、未だ3発の弾丸が、残っている。
【F―2 焦土 夕方】
【百合城銀子@ユリ熊嵐】
状態:溢れ出す魂
装備:自分の身体
道具:自分の身体
[思考・状況]
基本思考:女の子を食べる
0:さあ、戦刃むくろ。キミのスキは本物か?
1:さすがは月の娘。こんな嵐の中でも曇りなきデリシャスメルだ。
2:ピンチの女の子を助け、食べる
3:数々の女の子と信頼関係を築き、食べる
4:ゆくゆくはユリの園を築き、女の子を食べる
5:『私はあらゆる透明な人間の敵として存在する』
6:深雪は堪能させてもらったよ。本格的に食べるのはまたの機会にな。
[備考]
※シバに異世界から召還されていた人物です。
※ベアマックスはベイマックスの偽物のようなロボットでシバさんが趣味で造っていました
※ベアマックスはオーバーボディでした。
※性格・設定などはコミック版メインにアニメ版が混ざった程度のようですが、クロスゲート・パラダイム・システムに召還されたキャラクターであるため、大きく原作世界からぶれる・ぶれている可能性があります。
【穴持たず696】
状態:左腕切断(処置済み)、波紋注入、溢れ出す魂
装備:コルトM1911拳銃(残弾3/8)
道具:なし
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
0:私は、どうすればいいの……!?
1:こんな苗木くんみたいに強くて優しい涙子さんと仲間になれたなんて……。
2:智子さんは、すごく良い友達なんだから……! 絶対に守ってあげる……!
3:言峰さんとロビンくんの殉職は、無駄にしてはいけない……!
4:良かった……。扶桑は奮起してくれた!
5:盾子ちゃん、大丈夫かな……。
6:盾子ちゃん……。もしかして私は、盾子ちゃんを裏切ったりした方が盾子ちゃんの為になる?
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。
以上で投下終了です。
続きまして、星空凛、暁美ほむら、巴マミで予約します。
――次回、『時間の西方』。道をヒグマロワへ、キミの威光の方へ。
すみません、ゴーレム提督を予約に追加します。
また109号区の氾濫にて、状態表の一部にミスがあったため、wiki収録時に修正します。
予約分を投下します。
暁美ほむらと巴マミに救い出されて、星空凛は暫く、感涙と嗚咽で喋ることもままならなかった。
咽ぶ彼女を落ち着かせようと、マミがあの空間で球磨に託された魔法瓶のお茶を差し出す。
「これ、球磨さんのお茶よ、飲んで……」
「うん、うん……!」
口をつければ甘みと旨みが温かく包み込んでくるようなそのお茶は、冷えた凛の心身を、たちまち奮い立たせた。
そして彼女は、胸に握りこぶしを当てると、キッと顔を上げて口を引き結ぶ。
「ありがとう、凛はこの通り、もう大丈夫にゃ! ほむほむたちは、勝ったんだね!?」
「……いえ」
だが毅然とした凛の声に対して、彼女を抱き上げて目を潤ませていたほむらは、一転して気まずそうに声と視線を落としていた。
怪訝な凛の視線が、倒壊した診療所の空間に往復した。
その目に留まるのはただ、憂いを帯びた表情で押し黙る巴マミ一人だった。
「……他の、人たちは……!?」
「みんな……、死んだわ」
凛の背中を、冷たく恐怖が撫でた。
信じられなかった。信じたくなかった。
まさか。まさか。あれだけの人数がいたのに――。
「シンジさん、流子ちゃん、デビルさん……?」
「死んだ……」
「く、球磨っちも……!?」
「死んだわ……!」
生き残ったのは自分たちだけだ。と、暁美ほむらは言葉少なく呟く。
よくよく見れば、彼女の魔法少女衣装は、沈んだ喪服のようなワンピースに変わってしまっている。
震える凛にすがるように、ほむらは逆に問いを返した。
「ジャンは……?」
「凛を守ってくれて、そのまま……」
だがその問いは案の定、戦友の死亡確認にしかならなかった。
半身になった凛の脇から覗き込めば、崩れた診療所一階のベッドの上に、ジャン・キルシュタインが裸のまま横たえられている。
色とりどりのサイリウムが祭壇のように取り囲んでいるその空間はそのまま、彼の葬儀場のようにも見えた。
暁美ほむらはその場に膝をつき、土下座をするように項垂れてしまう。
良心の嗚咽が、心の壁をつんざく。
「私が……、私がもっと早くに、もっと良い決断をできていれば良かったのよね……。ごめんなさい……!」
「暁美さん、どうか自分を責めないで……」
巴マミが、悲痛な表情でほむらの肩をさする。
もし、少しでも早く凛の救出に向かえていれば、あのタイミングで地上に行かなければ、絶望して魔女化しなければ――。
彼までも死なせることはなかったのかも知れない。
悔やんでも仕方がないことは分かっている。
もはや暁美ほむらに、時計の針を逆行させる手段はない。
もっと大局的な視点に彼女は立つべきであり、その決心もしたはずだ。
それでも。円環の理の鹿目まどかや、球磨たちの励ましを得て決意を新たにしてもなお、忸怩たる思いは拭いきれなかった。
その時階段の方から、ずるずると泥のようなものが近づいてくる。
凛は反射的に、あのピースガーディアンのビショップヒグマを思い出して身を竦ませる。
しかし彼女――、穴持たず506・ゴーレム提督は、現状でこの一行の敵ではなかった。
巴マミが彼女に気づいて声をかける。
「ゴーレムさん、そっちはどうだったの……?」
「第9かんこ連隊は潰滅してるわね。診療所の人も誰一人見つからなかったけど……」
泥はヒグマの頭部を形作って返事をする。
暁美ほむらが続いて、生存者がいる僅かな可能性について尋ねた。
「崩壊している一階部分は? そちらに流された人がかなりいたんだけれど」
「少なくとも崩落部分には、ちりぢりになったベージュ老師長以外の死体は無かったわ……。
地下水脈までは辿れてない。戻れなさそうだったし、何よりその木が蔓延ってて行くのも難儀そうだわ」
会話する二人の様子から、凛はこの泥状のヒグマが、新しい仲間か何かなのだと判断して緊張を緩める。
ゴーレムが辟易とした様子で指したのは、ジャン・キルシュタインの周囲にも生えてきている、不可解な樹木だ。
サイリウムに絡みつき、その光熱を吸っているような木に、マミとほむらは心当たりがあった。
「これは、四宮さんの手に生えていたものよね……。本当に取り込まれてしまったのかしら……」
「マミちゃん、知ってるにゃ……? その木、ジャンさんと凛に向かって伸びてきて。凛がサイリウム置いたらそちらに狙いを変えてたにゃ」
「つまり、それは……」
ジャンの周囲のサイリウムにも絡みついているその木は、四宮ひまわりに寄生していた二代目鬼斬りのものだ。
物言わぬその樹木に、四宮ひまわりらの生存は問えない。
しかし、エネルギーを探知して吸収しようとしているらしいこの木が伸びてきているということは、すなわち、四宮ひまわりたちが死亡している可能性が限りなく高いことに他ならなかった。
凛は、球磨茶のカップを掴んだまま震えた。
「……せめて、ジャンさんは、連れていきたい。良い……?」
「もちろんよ……」
ほむらとともに、ベッドからジャンの遺体を抱え出して、地に横たえる。
凛はコップに残った球磨のお茶を口に含むと、彼の唇に口づけをした。
ほむらとマミは、そんな彼女の様子に驚く。
末期の水だった。
死に水をとる、というこの作法は、本来死者の命が蘇ることを願って行うものだった。
それは死者に何かをしてあげたいという、遺族の心情にふさわしい儀式といえる。
だが彼の唇を唇で湿らせるというその行為を見て、はたしてどれほどの親愛を凛が彼に抱いているのか、ほむらとマミには計り知れなかった。
ジャンの姿は、裸であった。
そして彼の纏っていた訓練兵団の制服は、立体機動装置と共に凛が身に着けていた。
この地下で二人の間にどんな営みが行われ、そして彼女がどんな覚悟を抱いたのか――。それを凛は語らなかったし、ほむらたちにはわかりようがない。
しかしながら、すっくと立ちあがった星空凛の澄んだ眼差しに、その思いは深く感じ取れるように見えた。
「いいよ。ありがとう。それじゃ、先に進もう」
「……ええ。もう、戻れない。悔やんでも仕方がないんだわ」
落ち着いた凛の口調に頷きながら、ほむらは喪服のワンピースの上から羽織っている、翼のように白いベールを広げた。
海軍の士官が纏う第二種軍服のようにも見えるその翼の内側は、かつて彼女の盾の中にあった、黒い異空間の結界が広がっている。
既に碇シンジや球磨、ナイトヒグマの遺体が収められているその空間に、彼女はジャン・キルシュタインの肉体も安置する。
「……大丈夫よ、星空凛。後はもう、私に任せて。あなたは私の結界の中に隠れていればいいわ。
私が、今一度この部隊を率いて、必ずこの島を脱出する。
そしてまどかも私もあなたたちも、全員が絶望になんて落ちなくて済むような世界を、作るわ」
そして彼女は、星空凛を安心させるようにそう言った。
しかし先程からの暁美ほむらの様子を驚いたように見つめていた凛は、彼女の言葉に、ふと眼差しを顰めた。
「……ほむほむ、それは本当?」
「ええ、もう私の魔力は、以前とは比べ物にならないほど大きくなった。
もう魔力切れに怯える必要はないし、あなたを危険に晒すようなこともないわ」
微笑みを浮かべて、暁美ほむらは努めて明るく言う。
しかし、その張りの無い声は、隈の浮かんだ目元を浮き彫りにするかのようだった。
「……見え透いた嘘は、つかない方が身のためだにゃ」
目を閉じて溜息。
ほむらの言葉に、凛は冷ややかにそう言った。
←←←←←←←←←←
超硬質ブレードの刃が、突如ほむらの頬から耳までを一気に切り裂く。
その事態に、暁美ほむらはおろか、傍で見ていた巴マミやゴーレム提督も、全く反応できなかった。
「え――」
「……変わったソウルジェムの場所に慣れてなくて、咄嗟に守れないみたいだね」
もう少しで黒いイヤーカフが両断される、そんな位置に凛は立体機動装置の刃を抜き放ち突き付けていた。
頬を押え、たたらを踏んだほむらは、驚きに暫く声が出なかった。
「……っっ!? 凛、あなた、何を!?」
「ははは、ヌル過ぎるよ。伸びきったラーメンよりヌルくて、とても凛の命なんて預けられないにゃ。
『私に任せて。あなたは私の結界の中に隠れていればいい』? 何言ってんの?
真正面から斬られても避けられないような反応じゃ、いくら魔力があっても、使う前に死ぬだけじゃん。
そんなんだから、球磨っちもみすみす死なせる羽目になったんでしょ?
凛はむしろ教えて欲しいにゃ。そんな無様な姿を晒しといて正気を保っていられる秘訣とかをさ」
「……!?」
絶句する暁美ほむらを前にして、凛は彼女を嘲り笑う。
『戻れぬ』と騒がしく行くだけのほむらに、夢の津波が牙をむくようだった。
そして凛はさらに顔を傾けて、まごついている巴マミにまでその毒舌の矛先を向けた。
「マミちゃん、魔法少女っていうのはみんな、マミちゃんやほむほむみたいに弱いのにゃ?
あんな見え見えの電撃を前にして棒立ち、今の凛を見ても棒立ち。お前らの戦闘力をアテにしてたのに、死ぬ気で守ってやった凛がバカみたいだにゃ」
「な、あ……」
ピースガーディアンとの戦闘の初め、巴マミが置物に等しかったことは確かに事実だ。
そしてそのせいで星空凛が彼女を庇い重傷を負うことになったのも事実だ。
しかし、豹変したかのような星空凛が、今それを手ひどい語調でなじってくるなど、完全に想定外のことだった。
寸鉄で人を殺すような切れ味の凛の舌は留まるところを知らず、返す台詞で再び暁美ほむらに斬りかかっていた。
「大丈夫だよ、暁美ほむら。後はもう、凛に任せて。お前はその宝石を後生大事に抱えてすっこんでればいいんじゃない?」
「何を言っているのあなた……! 冗談にしても度が過ぎて……」
流石に異様な一連の凛の行動を咎めようと身を乗り出した暁美ほむらは、次の瞬間、鋭い痛みとともに地面に引き倒される。
突如、凛の腰元から高速でワイヤーアンカーが射出され、暁美ほむらの脚に突き刺さったのだ。
反応できぬまま猛烈な勢いで引きずられた彼女の首筋に、冷ややかな刃が押し当てられる。
「これが冗談かどうか、勝負をしようぜ」
その冷たい聞き障りに、暁美ほむらは覚えがあった。
「ジャンさんの代わりに、お前に今一度教えてやるよ。
どうやれば守りたい物を助けられて、この繰り返しから脱出もできるのか。
お前は魔法でも何でも好きに使っていいから、それで凛を倒してみろ。
凛はもちろん、今手持ちの物品しか使えないし使わない。
大したご意見をのたまうくらいなんだから、凛くらい造作もなく倒せるんだろ?
お前がそれだけ言えるという証拠を見せてみろよ。暁美ほむら」
わざとドスを利かせている星空凛の口調は、あの時の暁美ほむらのセリフを、そのままジャンが再現したかのようだった。
あのジャン・キルシュタインの抜き身過ぎる言葉が、ほむらの身に突き刺さるかのようだった。
ほむらの声はひきつった。
「できるわけないでしょう……!? あなた、自分が何を言ってるか分かってる!?
あの時のような、互いが死ぬかもしれない戦いを今ここであなたに……、友達に仕掛けろと!?」
「はい、死んだ」
かろうじてほむらは、言い訳のように叫びを上げる。
だがその瞬間、反駁するほむらの喉を、凛は無表情に深々と切り裂いていた。
驚愕に跳ね起きながらほむらは凛を突き飛ばし、血の泡を吹く首筋を押える。
一気に気管を切り裂かれていた。
――凛は本気だ。
傷口を治癒させながらも、ほむらは恐怖で背筋に冷や汗を流す。
――本当に彼女は、あの森でヒグマに震えていた少女か?
ワイヤーアンカーを抜かれ突き飛ばされた凛は、そのままのろのろと身を起こして、背後の巴マミとゴーレム提督に薄ら笑いを浮かべながら言葉を投げた。
「ああ、そっか。まだ審判を立ててないからノーカウントだね。マミちゃん、あとゴーレムさんだっけ? 審判してよ、この勝負どっちが勝ちか」
「ちょっと意味が解らないんだけど……」
「な、んで……? なんでそんなことするの、凛さん!!」
「だって、こんな弱い奴にリーダーが務まるわけないじゃん」
マミからの悲痛な問いかけに、凛は吐き捨てるように断じた。
「それなのにまだ夢を見てるの? そんなあどけない夢……!
今のお前に凛たちの部隊を率いるだの世界を作るだの……、そんなのどだい無理だってことを、わからせてやる!
表に出ろ、暁美ほむら!」
カッターナイフのような刃を突き出した彼女の瞳は、阿修羅のように燃えていた。
怒りを秘めたその声は、彼女たちへ一様に、ジャン・キルシュタインの威光を思い出させた。
←←←←←←←←←←
凛の啖呵は勿論、考えがあってのことに決まっていた。
崩れた病院の前に上がって来たほむほむは、びくびくと視線を彷徨わせるばかりで、頼りがいの欠片も無かった。
ああ、地上に出れば、夕闇の外は血痕だらけだ。
頭の破裂したエヴァンゲリオンが、物言わぬ瓦礫となって液体を滴らせている。
真っ赤な血だまりは、一体何人分の死を意味している?
球磨っち、シンジさん、流子ちゃん、デビルさん、そしてジャンさん――。
ここにいない全ての人が、そして凛の知らないもっと多くの人が、死んだのだ。
「……動揺してるの? 緊張してるの?」
「……動揺というより、困惑しかないわ」
瓦礫の前に向かい合って、ほむほむは戸惑っていた。
そりゃそうだよね。
魔法少女としての姿がまるっきり変わってしまうほどの一大事が、ほむほむの心身には降りかかったんだろう。
ショックだろう。
胸が千切れそうなほど悲しいだろう。
それでもマミちゃんたちの助けを借りて、何とか凛を助けに来れるまでには持ち直したんだろう。
だけど。ならば。
なぜそんな腑抜けた面構えしかできないのにゃ!!
それで死んだ仲間たちに、顔向けできると思っているのか!!
ああ、ジャンさんはわかっていた。
今何をするべきか、あの人は本当に良くわかっていた。
だからこそ彼は今際の際に、自分の持つ全ての技術と思いを凛に伝授してくれた。
それはきっと、こんな腑抜けたほむほむを、ぶっ飛ばしてやるためだ。
誰の物とも知れないこの血だまりに、がっかりされたくなんてないでしょう!?
――あなたから、熱くなれ!!
「凛さんを止めないと……!」
「いや……、止めない方が良いのかも」
一触即発にも思えるその状況に、巴マミは両者の間に割って入ろうとする。
しかし彼女の足を差し止めたのは、ゴーレム提督の泥の触手だった。
彼女はこれまでの凛の様子を総合して、その胸中を推そうと思案している。
「極限の状況で部下に無能と判断されてしまった指揮官は、よく背後からの謎の負傷で死ぬっていうけれど……」
「それじゃあなおのこと……!」
「そう。なおのこと止めるべきじゃないわ。ゴーヤイムヤたちと私みたいな関係とは違う。
彼女は正面から向かい合ってる。相当不器用な格好だけど、あれで、発破をかけるつもりじゃない?」
星空凛の演技は、暁美ほむらを発奮させるためのものだった。
「なぜこっちに来ないの? 意識してるの?」
「っ――!?」
その時、凛は未だ戸惑っている周囲の人をよそに、煽りながら斬りかかっていた。
――少し、いじめてみる。
「止めなさい! 何の益も無いわ!
冷静になって、無駄なことをしないで!!」
苦しげな言い訳が、ほむほむらしくて。
凛はぞっとするほど口を引き裂いて、笑う。
「テンションあがるにゃぁぁ〜〜!!」
「なんで!?」
宙に飛び上がり逃げる暁美ほむらを追って、星空凛の立体機動装置がガスを吹いた。
ほむらが受けようと翳した黒い編み針を断ち折り、凛の振るったブレードがほむらの腕に血の筋を刻んでいた。
「――何が無駄だって?」
「〜〜っ、『時間超頻(クロックアップ)』!!」
ほむらは新たに巨大な針を生成し、斬りかかってくる凛の動きを止めようと、倍速移動でその手足を狙った。
だがその瞬間、凛の体はアンカーの支点も無い空中で急速に翻り、白く堅牢な翼が、その足元から跳ね上がってほむらの首筋を強かに叩き飛ばした。
――風の谷の、メーヴェ!!
きりもみ回転で吹き飛ばされながらも、暁美ほむらはかろうじてその攻撃の正体を理解した。
星空凛は、ジャン・キルシュタインから立体機動装置の技術を託される以前から、既にその純白の飛行装置を使いこなしていたのだ。
地に落ちた暁美ほむらに向け、凛は滑空するメーヴェの上に仁王立ちしたまま、立体機動装置のブレードを突き付けていた。
「動揺してるよ!? 緊張してるよ!? そんなんじゃ夢も人助けも無理! 死ぬ他ないにゃ!!」
「……どうしてもやる気なのね。すまないけど、多少の傷は許しなさい!」
凛の叱咤に歯噛みして、暁美ほむらは駆けた。
手に編み針を生成して振り抜くその速度は、既に常人の倍速になっている。
しかし足場の不安定な空中で、凛はその振り抜きをメーヴェの翼や超硬質ブレードで難なく受けてゆく。
それどころか、ほむらの攻撃をいなすだけに留まらず、凛の動きはそのまま攻撃として暁美ほむらの体に朱を刻む。
翻れば翼の下から刃が狙い、受け流せば刃の奥から翼が叩き付けられる。
「時間停止もできないみたいじゃない。魔法を使いこなせない魔法少女なんて、ただの中坊じゃん!」
「くっ、あ――!?」
――当たらない! 当てられない! 避けられない!
――なぜ? 私は『時間超頻・二重加速(クロックアップ・ダブルアクセル)』で動いているのに。
――なんで凛を捉えられないの!?
性質の異なる2種類の飛行装置を同時に扱って、星空凛が魔法少女を凌駕する空間機動を見せているの確かであり、驚嘆すべき事柄だ。
しかしだからといってそれは、物理法則の速度を2倍にして動いている暁美ほむらを凌駕できることとイコールではない。
凛とほむらの反応速度に、その2倍速の差を埋めるほどの違いがあるわけでもない。
暁美ほむらは、全力を出しているはずの斬り合いで、なぜ自分の方が押されているのか、全く分からなかった。
そしてついに彼女は、再びメーヴェの突撃を真っ向から受けて、瓦礫の地面に叩き付けられてしまう。
「あぐぅ――!?」
「何の訓練も受けていない中坊に、高校生の先輩として教えてやるにゃ。
……これが、アイドルと凡人の意識の違いだよ」
楽器の演奏や踊りの上手さに関わるポイントのひとつに、『リズムの分割』というものがある。
音楽の中では、ある一小節の中に、四分音符や八分音符や休符など様々な音符がある。
普通の人が、その一小節を16等分程度に分割してリズムを感じながら音符どおりに演奏できるとすれば、プロの場合は32等分、64等分、ことによれば128等分以上にも分割することが可能である。
言わば定規の細かさだ。
1センチ単位の目盛りしかない定規よりも、ミリ単位の定規のほうが当然、より細かく対象物を捉えることが可能なのは言うまでもない。
そこまで細かくリズムを分割することができると、短い音符がその小節内にどれほどあったとしても、その全てを正確に捉えて演奏することが可能である上、その細分化されたリズムの中で、あえて微妙にリズムをずらすことも可能となる。
当然、1拍を1拍としか感じられない人と、それを32拍に分割して感じることができる人とでは、そこから生まれる音符の伸びや間の取り方、ひいてはそこから生まれる楽曲全体の出来には圧倒的な差が出ることになる。
こと音と動作に関して星空凛は、この分割できる時間間隔の精度が、暁美ほむらを圧倒的に上回っていた。
これは彼女の天性の才能であり、またスクールアイドルとして全国に名を馳せている彼女の訓練の賜物でもあった。
「く、『時間超頻(クロックアップ)』――、『三重加速(トリプルアクセル)』!」
「64分の12拍子――」
疾風のように、暁美ほむらは飛んだ。
それでもなお、苦し紛れのその加速は凛の刃に切り刻まれてゆく。
ほむらが突き出す編み針は、凛の体に届かず、乱れ蹴る脚も却って掬われるばかりだ。
――追えない!?
――手が出ない!?
――全く届かない!!
悲痛に歯噛みすればするほど、ほむらの剣閃は鈍り、凛の体には掠ることすらなくなってゆく。
その理由は、星空凛が認識できる時間の細かさ以外にも、さらにある。
凛の動きは逐一、暁美ほむらの次の行動を、制限する挙動を取っている。
それは舞台演劇で言うなら殺陣(たて)であり、ダンスで言うなら振付である。
凛の動きはフラメンコの如き熱量と躍動を以て、四方八方からほむらを攻めたてていた。
マノ(手の振り)。
ブラセオ(腕の振り)。
プンタ(爪先で打つ)。
タコン(踵で打つ)。
プランタ(足先で打つ)。
ゴルペ(足裏全体で打つ)。
「『時間超頻・四重加速(クロックアップ・クアドラプルアクセル)』!」
「128分の12拍子――」
暁美ほむらが12拍のコンパスの円環に立つ星空凛に迫ろうとしても、そのリズムはさらに変質し自在に奏でられる。
激しい高低のアレグリアス。
陰陽勇ましきファンダンゴ。
もの悲しきソレア。
混合するブレリア。
感情が爆発するシギリージャ。
夏の激情のようにじんじんと熱く燃え、その踊りはだんだんとリズムが変わる。
踊らされるほむらの動きは、幾様にも変奏するリズムから決して逃れられない。
――なぜなのか。
がっちりと噛み合ったブレードと編み針を押し合い、暁美ほむらはようやく気付く。
速さだけではない。振付だけでもない。もっと圧倒的な違いが、暁美ほむらと星空凛の間にははだかっていた。
「……舞台に立った時、お客さんを前にするにあたり、この界隈には、語り継がれた格言があるにゃ」
「……!」
互いに口づけをしそうなほど、瞳に吸い込まれそうなほど近くに顔を寄せて、攻撃性にその視線を染めながら凛は囁いた。
「『目からビーム、手からパワー、毛穴から、オーラ』!!」
目が離せない。
存在感だ。存在感の格が違うのだ。
その視線が持つ魅力、一挙手一投足が持つ躍動感、それらの一つ一つを、自在に凛は操っている。
フェイントの脚に意識を取られ、死角の刃に気づくことなく、斬られながらも否応なく、瞳は凛の眼を見つめてしまう。
惹き付けられているのだ。威圧されているのだ。
負の感情にしても正の感情にしても、暁美ほむらの心は、もう星空凛の駆け引きに流されるがままに走ってしまう。
――ああ、これが、アイドルのライブだ。
プロの全力の、ダンスだ。
観ずにはいられない。踊らずにはいられない。
押し合っていた均衡が崩れる。
自分が切り刻まれる振付の通りに、暁美ほむらはくるくると回る他なかった。
圧倒的な存在感とそのオーラで、暁美ほむらや巴マミ、ゴーレム提督の視線までをも釘づけにして、血飛沫を裂きながら円舞する凛の表情は、一方で今にも泣きそうだった。
――意外なほどに、強気になって、抱きしめられたい。
認められたい。
そう、想ってはいた。
でも恥ずかしいにゃあ。
何をやってるにゃ、ほむほむ。
凛なんかに切り立てられて今にも。
くらっと、くらっと、負けそうよ――?
←←←←←←←←←←
そしてエンジンを吹かせたメーヴェが、全速力で暁美ほむらの腹部にめり込んでいた。
「ぐ、え――」
複数本の肋骨がボキボキと折れてゆく厭な手応えが、メーヴェの機体越しにも凛の手に伝わった。
ほむらの吐血が、凛の顔に高速でかかった。
暁美ほむらの肉体は、崩れた総合病院の瓦礫に叩き付けられ動かなくなった。
「くっ――」
地上に降り立った凛は、返り血と一緒に、ごしごしと涙をこすっていた。
暁美ほむらならば、あのほむほむならば、必ずや自分如き少女の力など凌駕してくるものだと思っていた。期待していた。
それなのに――。
星空凛にとって、この結果はあまりにも拍子抜けで、哀しいものだった。
――おい、何やってるクマ、ほむら。
――本当、何やってるのかしらね、私は。
――凛ちゃんがこんだけ覚悟見せてるのに、ほむらはまだ踏ん切りがつかないのかクマ?
――いいえ。もう私は、この魔力に向き合うと決めたわ。
抜き身で書かれた殺陣の記号は、さかさまにすればまるで『I love you』のメッセージだ。
凛のそんな思いは、とっくにわかっている。
ならば、気づいたときはどうするの?
凛は、私を、見ているのに――。
ああ、『見えぬゆえ』と無言のまま行くだけの私よ。
別れの時だ。
私は、私が辿り、出会い、得てきた全ての老いた日に、身を投げる――。
←←←←←←←←←←
「……もういい。十分でしょ、凛の勝ちだよね、マミちゃん、ゴーレムさん」
「はははっ――、何を勘違いしているのかしら、星空凛」
凛が涙を拭い、諦めたような低い声で外野の審判たちに問うた時、それよりもさらに低く昏い声が、瓦礫の下から立った。
「いいわ、応えてあげる。後悔してももう遅いわよ」
それが暁美ほむらの声だと認識するか否かのタイミングで、凛たちは唐突に恐怖感を覚えて背筋を泡立たせる。
ハッと顔を上げれば、そこは既に『葬儀場』だった。
星もないような闇夜が、空と地面を浸食してこの場に広がりつつある。
それは暁美ほむらが纏っていた白いベールの、黒い裏地だ。
重い翼が覆う、濃縮された時空間そのものが、空を塗りつぶし、そしてその重みでゆっくりと雫を作り落ちてくる。
「ひっ――!?」
真上から自分に向けて落ちてくるその巨大な液滴を、星空凛は喉を詰めて避けた。
その真っ黒な雫が地面に着弾する刹那、その形状に凛は驚く。
「ほ、ほむほむの形の、膿――?」
その膿のような濃い液体は、暁美ほむら自身をさかさまに象ったような形をしていた。
地面に命中したそれは腐ったトマトのように潰れ、中身を飛び散らせ、そしてその被弾箇所に奇妙な現象を引き起こした。
巴マミとゴーレム提督が瞠目する。
「朽ちていく――」
飛沫のかかった部分の服が腐り、穴が開く。
地面の瓦礫は一瞬で崩れて風化し、鉄筋は錆びて赤い砂となる。
その液体が触れた部分の時間が異常加速されているらしい。
「『108lb化膿砲』……。これが希望よりも熱く、絶望よりも深いものの、おぞましい残滓……。死になさい」
「う、あ、あ……」
星空凛は、天を埋め尽くしてゆく黒色に、絶望的な呻きをあげた。
ほむらの形をした黒い液体は、そして上空から次々と降り注いでくる。
「うわああぁぁぁ――!?」
黒い雨が、巨大な雨が降ってくる。
降ってゆく。
旧ってゆく。
腐ってゆく。
黒い膿が空気を埋め尽くし、地面はぬめぬめとした沼地に変わる。
これがほむほむの、魔女の、結界――!?
凛はただ全速力で立体機動装置とメーヴェのガスを吹かし、逃げ飛ぶしかなかった。
暁美ほむらには、自他の感情と魔力が、糸のように見えた。
可塑性樹脂の液だまりのように、どろどろとした熱量の塊から紡ぎ出される糸は、そのまま自他の経過する時間軸であり、世界線であった。
かつて『砂時計の砂』として捉えられていた時間が、『世界に流れる体液』として彼女には認識される。
彼女が時間を早めるのは、液化したその樹脂を煮詰めて濃度を高める行為であり、時間を鈍化させるのは、その体液を薄める行為に等しかった。
熱い指先で世界を編めば、余り溶け落ちる樹脂が膿のように零れる。
鹿目まどかが選び、暁美ほむらが糸巻きのように辿ってきた愛の残滓が、たった一滴でも物体の歴史を終着させるほどに高濃度の世界を零す。
彼女が翼のように、軍服のように広げるその結界は、彼女が編む、愛でできた織物に他ならなかった。
「どうしたの? 逃げるばかりで、なぜこっちに来ないの? 意識してるの?」
そして逃げる凛へ、ほむらは少しいじめてみるように微笑みながら、その手を差し向ける。
暁美ほむらのベールの中から、球磨の14cm単装砲が何度も繰り返し彼女の肩口に出現する。
それは明らかに、彼女が収容していた砲塔の数よりも多い。
球磨の14cm単装砲から次々と発射される弾丸も、コールタールのような黒い液滴であり、着弾地点で飛び散るそれは、触れた物体を侵食して溶かすかのようだった。
「く、球磨っちの大砲からも――!?」
「あ、暁美さん!? それはあの『円環の理』の力の逆転!? やめて! 何もかもを壊す気!?」
凛もマミもゴーレムも、彼女たちはただ暁美ほむらの結界が侵食する領域の外へ外へと逃げ続けることしかできなかった。
こんな魔法は防げない。
防げるわけがない。
逃げる以外の対処法が見つからない。
しかしそこで、逃げる挙動を狙い撃ちにするかのような14cm侵食砲の連射は、まさに死の弾幕と言っても過言ではなかった。
上から雨漏りのように滴り続ける膿を避けながら、横から狙い撃たれてくる砲撃を躱し続けるなど、どう考えても不可能だ。
そして、周囲を侵食し続ける暁美ほむらの魔力が、いつになったら尽きるのかもわからない。
「こ、こんなの――」
こんなの、無理。
凛はそう思いかけた。
その瞬間、ある言葉が去来した。
『リン……。オレがいなくなっても、ちゃんと生き延びろよ。
オレが今言ったことを思い出して、アケミたちと、絶対に生き残れ……』
ハッとした。
凛は恥入った。
何が無理だ、星空凛。
全力も出さぬうちから、なぜ諦める。
今すべきことは何だ。
ジャン・キルシュタインから託された思いは何だ。
それは暁美ほむらをリーダー足らせること。
このほむほむをセンターに立たせる、心奮わせる熱量を叩き込んでやることだ。
この黒々とした腐食液が彼女の愛だというのなら。
それに応える白々とした剣閃こそが、凛からの愛に他ならない。
凛は無言で構えた。
視線が、ほむほむと一直線に重なった。
砲塔はまっすぐに凛を狙い、メーヴェは急速にほむほむへ向けて飛んだ。
そう。
飛びこむ前の愛しさは、伝えたりしない秘密――。
話せば泡となるような、わたしたちは、人魚なのだった。
←←←←←←←←←←
波が連れてきた初の恋は、二度と来ない、切ない祭典のようだった。
だからこそ、踊る。
激しく波と踊る。
連綿と途絶えずに降る、悔恨の雨音を消して。
音の魔法に乗るように、凛はジャンさんと共に波と化す。
遠く暗がりを裂く、軍勢の如き音の帯となる。
「何……、あの機動力は……!?」
「リズム感――、佐倉さんよりも更に上――」
方向を変え、一気に暁美ほむらへと突っ込んで行く星空凛の背を、ゴーレム提督と巴マミは唖然として見送っていた。
天上から落ちてくる、暁美ほむらから放たれる大量の弾幕は、その時あたかもリズムゲームのノートのように見えた。
発狂したトリルの混合フレーズが降りしきる中を、彼女はメーヴェと立体機動装置の噴射を急激に入れ替えて稲妻のようにかいくぐる。
その密度は当然、暁美ほむら本体に接近するほどに急激に厚くなってゆく。
しかし凛は白い翼を以て、その暗がりを裂いてゆく。
過ぎる時の西へ西へ。
にわか聳え立つ黒の帳の奥へ。
暁美ほむらと真っ向から視線を重ねて、星空凛は飛んだ。
それは二人の全力だった。
今、二人は全力のパフォーマーであり、互いの舞台に惹きつけられた全力のミーハーだった。
滴る膿を抜ければ、その死角から編み針の槍衾が、壁のように凛に向けて叩きつけられる。
凛はメーヴェを投げ捨て、反作用を受けてかろうじてその針を躱す。
その体勢の崩れを、暁美ほむらは見逃さなかった。
彼女の肩の14cm単装砲から至近距離で、全ての存在の歴史を終了させる侵食弾が放たれる。
「ジャンさん――!」
だが、その瞬間にも、凛の目は諦めていなかった。
彼女の手が構えていたのは、ジャン・キルシュタインに支給されていた、ブラスターガンであった。
「キミの威光の方へ――!!」
黒と白が弾けた。緩衝の壁を突破する轟音が、水飛沫と閃光の爆発から響く。
暁美ほむらも、巴マミも、ゴーレム提督も、その光景を見ていた全ての者は、その爆発で視界と音を奪われた。
塗りつぶされた世界で一人、暁美ほむらの感覚は、自分を越えてどこまでも広がっていくようだった。
戻り来る感覚は、とても遠かった。
――遠くから吹く、風のような息遣い。
――遠くから降る、雨のような駆動音。
私の歩んできた螺旋の履歴を綴り変え、その真摯な殺意が私を背中から染めてゆく。
丁寧に丁寧に、私の死角から。
彼女の素敵なイレギュラーが、私の迷宮に切り込んでくる。
「後ろ――」
「ほむほぉぉ――む!!」
ああ、振り向けばわかる。
愛しい人々の威光が、怒号と共に少女に閃いている。
万感を乗せマッハの突きが、つんざく心臓の下方――。
そこに凛は花園を見た。
代々と連なり咲く訓戒の花園が、真っ赤な花弁を散らして凛を出迎えていた。
←←←←←←←←←
「――これが、人を斬る感触よ」
すさまじい手応えが、凛の全身を震わせた。
肉の繊維の一筋一筋が、分断され力を失う音。
血管の壁がたゆんでは絶たれ、血の溢れる音。
骨が削れ、その管腔構造が軋み砕けてゆく音。
その全てが、一瞬にして星空凛の手には伝わってくる。
それを全部抱きしめて、凛を包み込んでいる暁美ほむらの両手の温もりが、そして凛には最も衝撃的だった。
「私の内臓の温度がわかる? そう。今くらいの力を込めれば、人体は骨まで引き裂ける。ヒグマだって殺せるわ」
「なんで!? なんで避けなかったにゃ!? や、やめるにゃ!」
「優しいのね……。知りたいのは、強引なしぐさだったのに」
胸から背中までを、凛の超硬質ブレードに貫かれ、口の端から血をこぼしながらも、暁美ほむらの口調は朗らかだった。
周辺を覆っていた黒い侵食結界は、既にその色を薄れさせ、跡形もなく消えようとしているところだった。
「どれだけ口調をぶっきらぼうにしても、あなたの斬り込みは浅すぎたわ……。
アイドルの舞台でどんな殺陣をしてたか知らないけれど、どうしたってあなたの太刀筋は人を殺すものじゃなかった。
私を一人の観客として奮い立たせてくれようとする優しさばかりが、身に沁みたわ……」
「うう……、ほむほむ……」
震える少女の頭を撫でて、暁美ほむらは嘆息する。
星空凛の攻撃には、どうしても最後の最後で、手加減と迷いが生じていた。
彼女にとってそれは暁美ほむらを奮い立たせるための演技であり、どれだけ殺意を滲ませていても、初めから相手を殺すつもりなどなかったからだ。
暁美ほむらは、そんな彼女を追い込み、迷いなき攻撃を彼女に揮わせるために、その身を差し出した。
「迷惑をかけるまいと思ったけれど、隠れててなんて、あなたに言う必要なかったのね……。
せめて、本当に人を殺せる振付を、黒幕を駆逐して帰還できる攻撃を、私の体で学んで欲しかった……!
あなたはもう、一人の強力な兵士なのだと実感させてもらったわ。頼りにさせて」
「……やっぱりほむほむはすごいにゃ。やっぱりほむほむが、凛たちのリーダーだにゃ」
「ありがとう……。あなたは、私なんかが及びもつかない程の、実力者だわ」
互いの認識を新たにして、二人は剣で繋がったまま、今一度抱きしめあった。
歩み寄ってくる巴マミに、ほむらはこの勝負の決着を尋ねる。
「この勝負、あなたたちはどう見た?」
「二人とも己の正義で、勝利したんじゃないの? すごい戦いだったわ」
巴マミは、星空凛の見せた胆力に感動を覚えていた。
その実感は、ピースガーディアンとの戦いのとき以上だ。
これこそがアイドルとしての技術であり、プロとしての技量であり、彼女としての優しさなのだろう。
纏流子から託され、己の魔力を重ねた大鋏を手に、マミは今一度その覚悟と思いを新たにしていた。
全てを出し尽くした星空凛は、既にそのブレードから手を離し、緊張の糸を切らせて泣きじゃくることしかできなかった。
内に溜込んで耐えていた恐怖と不安が、一気に口をついて溢れてきてしまうのだ。
「……もう、ほむほむしかいないんだにゃ! だから、怖くて、怖くて……!
ほむほむが引っ張っていってくれなきゃ、凛は、凛たちは……!」
暁美ほむらと巴マミは、そんな彼女を前にして、顔を見合わせた。
そして二人は、凛の後ろに目をあげる。
泣いている凛の肩を、誰かの手が叩いた。
「泣くな、凛。俺が居なくても、お前は強く生きていける……!」
「ジャンさん……!」
間違いない。それはジャンさんの声だった。
確かだった。それはジャンさんの掌だった。
凛が追い求めた威光が、背中を押している。
動揺してるよ。緊張してるよ。
なんだかわかる。振り向いたらわかる。
……でも、凛はつかまえなくちゃ。振り向かないわ。
「大丈夫にゃ、ジャンさん。ジャンさんはここにいるって、信じてるから。
凛はもう、この心臓を、捧げているから……」
俯き震えながら、指先を胸に当てた。
どくん、どくん、と鼓動が聞こえる。
それは彼と重なっていた鼓動だ。
シダのように正義が刻まれた勲章だ。
そして今も、彼と繋がっている証だ。
そのまま凛は、胸に握り拳を当てて朗々と歌う。
「……忘れない、斬新な日々がほしい!
のぞむならできるの、秘密のKiss――。
早すぎる? いいえちょっとならいい……?」
返り血のついた訓練兵団の制服で、それでも凛の声は華やかな香気のように舞う。
指差すウィンクは、自分たちを率いる提督に向けてのメッセージだ。
「果実にも棘がある。注意して――!」
「……その点は実感させてもらったわ」
「ええ。アイドルってすごい職業なのね」
苦笑する暁美ほむらたちの表情を受けて、凛の動きは一気に躍動し、そして決意を秘めるように固まった。
「あまい、かおり――、たべごろに変身!!
そっと触れてみて――、もう君は迷わないで……Please!!」
歌声を切ると共に、そして彼女は拳を突き上げた。
自他を奮わせる決意として、星空凛は高らかに叫び上げる。
「もう――、とめないで!! あなたから、熱くなれ――!!」
もう背後に、人影はいない。
それでも今も遠くで、良かれと奮える怒号は聞こえている気がする。
虹の朝など絵空の塵と、誰もが思うだろう。
けれど、凛たちは確信していた。
「また、会えるよね……?」
「ええ。球磨の魂も、私と共にある」
「そう、正義は死んでいないわ」
「まだ、あなたたちの深き力、見させてもらえる?」
『夜明けを手中に』と発つマッハの船団の音に。
別れの時と、老いた日は身を投げる。
【C-6 総合病院跡/夕方】
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:記憶から来た軍神
装備:球磨の記憶DISC@ジョジョの奇妙な冒険・艦隊これくしょん、自分の眼鏡、ダークオーブ@魔法少女まどか☆マギカ、令呪(無数)
道具:球磨のデイパック(14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬なし)、13号対空電探、双眼鏡、基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯)、89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×6、切嗣の手帳、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)、球磨の遺体、碇シンジの遺体、ナイトヒグマの遺体、ジャン・キルシュタインの遺体
基本思考:まどかを、そして愛した者たちを守る自分でありたい
0:魔力を使いこなせた。私たちは確かに進むことができる……!
1:ありがとう、巴マミ、星空凛。そして、私を押してくれた全ての者たち……。
2:まどか、ありがとう……。今度こそ私は、あなたを守るわ。
3:他者を救い、指揮して、速やかに会場からの脱出を図る。
4:ゆくゆくは『円環の理』の力を食らった代行者として、全ての者が助け合い絶望せずに済むシステムを構築する。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』で、自分の肉体を再生させる魔法を習得しました。
※円環の理の因果と魔力を根こそぎ喰らいましたが、現在使っている円環の理由来の魔法・魔力は、まだまだほんの一端です。
※贖罪の念から魔法少女としての衣装が喪服/軍服に変わってしまったため、武器や魔法の性質が大きく変わっています。
※固有武器は、『偽街の子供たちの持つ巨大な編み針』です。
※固有魔法は、『自分の愛(時間・世界線)を自在に濃縮・希釈し、紡ぎ、編むこと』です。
※魔女・魔法少女としての結界を、翼のように外部に展開することができます。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力Full)、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)
道具:基本支給品(食料半分消費)、流子の片太刀バサミ@キルラキル、流子のデイパック(基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ)、人吉球磨茶白折入りの魔法瓶
基本思考:正義を、信じる
0:あなたについていくわ、暁美さん。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:凛さん、あなたは見習いたいくらいすごい人だわ。
6:デビル、纏さん、球磨さん、碇くん……、あなたたちにもらった正義を、私は進みます。
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ〜The different story〜)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〜叛逆の物語〜で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。
【星空凛@ラブライブ!】
状態:胸部に電撃傷(治療済み)
装備:訓練兵団の制服、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)、包帯
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器、輸液ルート、点滴、ジャンのデイパック(基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×15本、永沢君男の首輪、ブラスターガン@スターウォーズ(79/100))
基本思考:この試練から、『アイドル』として高く飛び立つ
0:ほむほむ、信じてた……。待ってた……!
1:この島に残る人たちを救うために、もう、止まらない。
2:ジャンさんたちを忘れないために、忘れさせないために、この世界に、凛たちの存在を刻む。
3:クマっちが言ってくれた伝令だけじゃない。凛はアイドルとして、この試練に真っ向から立ち向かう。
[備考]
※首輪は取り外されました。
【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班
装備:なし
道具:泥状の肉体
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:興味深い人間たちの力の先を見極める。
1:医療班も崩壊、か……。せめてあとシーナーさんには会いたい。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:とにかく生存者を早く助けなきゃ!
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。
以上で投下終了です。
続きまして、武田観柳、操真晴人、二代目浅倉威、瑞鶴、阿紫花英良、
フォックス、ケレプノエ、隻眼2で予約します。
次回、『ビストロン』。――高い鉄の塔ステッキで瞬時にヒグマロワを買う。
予約を延長します
予約分を投下します。
浅倉威の猛烈な攻勢を前に、瑞鶴は苦戦していた。
それは技術的、力量的な差の問題というよりもむしろ、彼女が単にこの毛むくじゃらの全裸の筋肉モリモリマッチョマンの変態を、生理的に受け入れられなかったがゆえのことであった。
「ひやぁあぁぁぁ!? いやぁぁあぁぁぁ!?」
「はっはっはっはっはァ――!!」
弓を構える手も震え、ろくに矢も番えられない彼女は、振り回される浅倉威の剛腕の前に、ほとんど逃げ惑うことしかできない。
彼女の視線はもはや、浅倉の股間で屹立し、攻撃の度にぶるんぶるんと躍動する逸物への恐怖にほとんどが占められている。
そんな瑞鶴の様子を遠巻きにしながらほくそ笑んでいるのは、金と純白の衣装に身を包んだ闇の商人、武田観柳その人であった。
彼はシルクハットの中から取り出した純金を、おもむろに巨大な砲へと成型しながら、下卑た笑い声を零している。
「ふふふ、この隙に、この回転式機関砲であの女を撃ち殺すんですよ! 完璧ですね!」
「か、観柳さん、交渉するんじゃ……!?」
「さっきしたじゃないですか」
操真晴人が戸惑い混じりにたしなめる言葉を、彼はあっけらかんと受け流す。
金の機関砲を腰だめにして構え、遠方の戦いを望む彼の表情には、話し合う気配など微塵もない。
軽く指先の動きで昼夜にショーを生み出し、高い計算の末に瞬時に敵玉さえ買い取る。
それこそが武田観柳のやり口であった。
「こちらが丁寧にご説明したというのに、あちらは半狂乱になって攻撃してきた。
これでは、こちらも然るべき対応をしなければなりませんよねぇ?」
「なっ……!? 説明って言ったって、完全な脅しだったじゃないですか……。ヤクザの手口ですよ」
武田観柳の一行は瑞鶴に対して、この島の南西の端に作られた航空基地への黄金による質量爆撃とともに一応の説明を行なっていた。
それは、観柳のテレパシーブローチによる通信を妨害していたと思しき機構を破壊するための措置であり、同時に瑞鶴に対する威圧であった。
ある意味仕方ないものだったとは言え、そこで怯えた相手が抵抗してくるのは当然のことだ。
瑞鶴はそこで武田観柳たちに対し、弓から放った矢を戦闘機や爆撃機に変化させる手法で反攻した。
しかし、想像のついていたその攻撃手段は、浅倉威と操真晴人に容易く対処され、高高度に達する前にカンガルージョルトと狙撃で悉く撃墜された。
そのまま浅倉威はたちまち瑞鶴本人へと襲い掛かり、武田観柳は止めるそぶりもないまま今に至る。
晴人としては、この仕打ちは彼女に対して余りにも理不尽ではないかと思っていた。
「私はですね操真さん、恵さんの件で学習したんですよ。自信と技術のある女を中途半端に活かしておくと碌なことにならないとね。
メルセレラさんたちは自信がなかった上に阿紫花さんが説得済みでしたので良かったんですが。そこの小娘はいけません。薫さんとか恵さんと同じ匂いがします」
「なに……?」
しかし武田観柳は、最初から瑞鶴を仕留める心づもりでいた。
敵は赤、代償は白三角、戦利品を黒と定めれば、観柳が予測する帳簿上、赤黒処理の末に利は消え去る。
彼が把握している限り最低でも島の約1/4を覆う航空網と通信妨害を敷けるこの少女は、武田観柳が収容や保護をするには明らかに利益より損失の方が上回っていると思われたのだ。
『それに、まだテレパシーは回復していないね。どうやら妨害の発信源は彼女の装備のようだ』
「ええ、見たところ彼女の技術はあの矢とか装備品に集約されている様子。彼女の頭を吹き飛ばしたところで、試供品の回収には支障ないでしょう」
観柳の肩のキュゥべぇも、特に少女一人の命などどうとも思ってはいない。
未だ連絡手段が復帰していない以上、諸悪の根源と思われる少女を終了させることは已む無いことだと考えるばかりだ。
晴人は必死に食い下がった。
「ちょっと待てよ観柳さん! だからといって、彼女も脱出させるべき人間じゃないのか!?」
「そもそも私の連絡手段を妨害してくれただけで万死に値すんだよあの無礼者は!
折角、私が脱出に貢献してやろうとしていたのに、あの女がしたことは邪魔と無差別放火だ! 脱出する気あるように見えます!?
殺してやることこそがあなたの言う希望でしょう? 違いますか?」
そしてその発言は、烈火の如き観柳の怒りに噛み砕かれた。
彼としてはありったけの情けと打算を以て布陣していた脱出計画を、真っ向から邪魔されているのだ。瑞鶴にかけられる恩情や情状酌量の余地など欠片も無い。
その理論に、操真晴人は見るべき真実がわからなくなった。
彼の意気は、観柳の気迫に買い取られた。
「くそ……!」
「はい、レッツプレイ!!」
そして、晴人の妨げがなくなるや否や、観柳は即座にその機関砲の引き金を引いていた。
彼の放った数多の凶弾は、逃げ惑うばかりの瑞鶴の体を、過たず蜂の巣にするかと見えた。
@@@@@@@@@@
「ハッハッハッハッハ――、グギャ!?」
「浅倉さん!?」
しかしその瞬間は、まさに浅倉威が瑞鶴を追い詰め、彼女に飛び掛かっていたのと同時だった。
黄金の弾丸は全て、瑞鶴に覆いかぶさっていた浅倉威の体に命中し、彼を絶命せしめてしまっていた。
観柳は舌打ちし、瑞鶴は自分の幸運に一転して気力を取り戻す。
「ちっ、折が悪かったですね……」
「ひ、ひひ、や、やった、同士討ち!? 同士討ちね!?
私の航空基地を潰した報いを受けてもらうわよ、米帝――!!」
「ま、それでも、ここからが浅倉さんの本領でしょうけどね」
「え……」
それでも、観柳は余裕を崩さなかった。
ぴゅるっ。ぴゅるっ。ぴゅるっ。ぴゅるっ。
浅倉威の全裸の死体の下から這い出ようとする瑞鶴の顔から胸にかけて、何やら生温かい液体がかかっていた。
瑞鶴は思わず頬に手をやり、そして粘つきながら糸を引いたその液体を見て、理解した。
「――ひぎゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁ〜〜!!」
「後は浅倉さんがもう一回生まれるまで待ちましょうか、操真さん」
「えげつねぇ……。えげつなさすぎるだろもう見てられない……」
浅倉威の末期の精が、瑞鶴の胎内を目指して一斉に襲い掛かり蠢動する。
狼狽する白濁液まみれの少女を前にして、武田観柳は何でもないことのようにそう嘯き、操真晴人は頭を抱えて目を伏せることしかできなかった。
瑞鶴は身体に付着した液体を必死になって払おうとし、そのままもつれるような足取りで走った。
その行く先は、観柳の質量爆撃で倒壊し出火し始めていた、航空基地の管制塔だった。
「あ、いけませんね……。耐え切れずに焼身自殺を選びましたか。装備品は回収したいところだったんですが」
「心配する所そこですか観柳さん……!?」
「あと浅倉さんの白子も焼けちゃいますね……。できれば無事でいて欲しかったんですが」
炎の中に飛び込んだ少女の姿に、観柳は筋違いにも思える落胆の吐息を零す。
その瞬間、矢が、武田観柳の頭蓋を貫いた。
「ぎっ……!?」
「観柳さん!?」
『うわっ』
高速で額に突き刺さった矢は、観柳の体を衝撃でのけ反らせた。
魔法少女である観柳の意識は、それでも保たれていた。
彼は自分の状態を見て、理解してしまった。
「あっ、たっ、たすっ……。あしはなさ……」
そして次の瞬間、その矢は彼の頭に刺さったまま爆発する。
熟れすぎたスイカのように爆裂した観柳の頭部からは、隣にいた晴人に雨のような血飛沫が吹きかかっていった。
爆発で、彼の肩に乗っていたキュゥべぇも吹き飛び、操真晴人の胸にキャッチされる。
『ハ、ハルト、気をつけて! 出てくるよ!!』
咄嗟に管制塔の瓦礫に目を向けた操真晴人の眼には、炎の中から飛び出してくる、やけど一つないツインテールの少女の姿が映っていた。
「あ、あの炎の中に入って無事なのか!?」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
「くっ――」
走りながら弓を構えようとする少女に対し、彼は一瞬、その右手の指輪を振るった。
――コネクト・プリーズ。
魔法陣が、瑞鶴の足下に出現した。
晴人はそのまま彼女の脚を掴み、身を引きながら魔法陣内に引き込んだ。
「うぎゃっ!?」
「ふんっ!」
瑞鶴はつんのめって、顔面をしたたかに地に打ち付ける。
晴人はその隙に彼女の胴体のど真ん中までを魔法陣に引きずり込み、続けざまにその陣の口径を引き絞った。
彼の右手は、魔法陣から掴んだ瑞鶴の脚を万力のように握り締めている。
「ぎゃああああああ――!?」
「頼む、抵抗しないでくれ! このまま魔法陣を閉じれば君の胴体は真っ二つになる!
極力手荒な真似はしたくないんだ! 暴れずに、従ってくれ!」
それは空間を結合させるコネクトウィザードリングの魔法を、攻撃に転用する手法だった。
結合した空間の中途に物体をおいたまま、結合を作っている魔法陣を閉じてしまえば、当然その物体は別々の空間に分断されて置き去りとなる。
瑞鶴は、その両肘ごと腰を魔法陣に締め付けられ、激痛に呻いた。
空間を直接結合・離開させる以上、こうなってしまった対象に抗う術はない――。
晴人がそう考えた、その時だった。
「ふ、ざ、けん、なぁぁぁぁ――!!」
「うおっ!?」
瑞鶴は、苦し紛れにその両脚をバタつかせた。
ただそれだけの行為で、大の大人である操真晴人の足は地面から浮いた。
信じられない力で、彼は少女に振り回され、そして地面に叩き付けられる。
衝撃で彼は瑞鶴の脚から跳ね飛ばされる。
「な、なんて力だッ――!?」
「死ねぇぇぇぇ――!!」
晴人が体勢を立て直した時には、既に瑞鶴も魔法陣から這い出して、その手に弓を携えたところだった。
しかしその瞬間、瑞鶴の両手首は、弓ごと消失していた。
――コネクト・プリーズ。
遅れて、すっぱりと切断された手首の断面から、真っ赤な血が流れ落ちる。
繰真晴人は、唇を噛んでいた。
「……やるしか、ないんだな。仕方がない。こうなった以上、俺が最後の希望だ」
「うあ、ああ、ああああ――!?」
彼はその手に瑞鶴の弓を掴んでいた。そこには、斬り落とされた瑞鶴の両手首が、血を流してぶら下がっているままだった。
「うあああああ――!!」
瑞鶴は猛った。狂ったような叫び声を上げて、彼女は特攻するかのように、腕の血を振り飛ばしながら晴人に走る。
――コネクト・プリーズ。
その彼女の右足が、ふくらはぎから空中でばっさりと斬り落とされて消失する。
バランスが崩れ、倒れた瑞鶴はその勢いのまま地面を転げた。
ばらばらと背の靫から矢がこぼれた。
「い、いぎゃがぁぁぁぁ――!! 痛い痛い痛い痛いいぃぃ――!!」
「ごめんよ。だが、もう終わりだ」
繰真晴人は、斬り落とした彼女の右足を放り捨てながら、辛い表情で彼女に歩み寄った。
鮮血を吹きこぼしてのたうち回る彼女には、傷口を押さえる手もない。
彼がコネクト・ウィザードリングの力を初めから最大限に活用しようとしていれば、このような攻撃も造作もないことだった。
ヒグマのような触れることすら困難な相手でなければ、いつでも可能だったはずだ。
決断が遅くなった事に対する申し訳なさが、彼の心を占めていた。
逃げることもままならなくなった彼女に、晴人はゆっくりと右手を差し向ける。
そうして、彼が彼女の首を空間ごと分断しようとした、その時だった。
歩み寄る晴人を猛然と睨んた瑞鶴は、左足だけで跳ね、地面に落ちた矢の一本をくわえ上げていた。
そのまま、片足立ちとなった瑞鶴の体が捻られる。
繰真晴人の反応は、その予想外の彼女の行動に、遅れた。
「死ャッ!!」
「うおおぉぉ!?」
全身のバネと吐息で、吹き矢のように瑞鶴はそれを投擲していた。
のけぞった晴人の鼻先を掠め、空中に飛んだ矢は、続けざまに五機の富嶽に変化する。
「んなろぉ!!」
晴人は咄嗟に身を翻し、その手にウィザソードガンを掴んだ。
後方に駆け出しながら瑞鶴に向けて数発の弾丸を撃ち込む。
「ぎゃっ!」
命中はしたらしいが、その様子を確認している余裕は晴人になかった。
彼は首のない武田観柳の肉体を抱え、マシンウィンガーにまたがることだけで精一杯だった。
追ってくる富嶽の編隊をウィザーソードガンで撃ちながら、エンジンをフルスロットルにして晴人は逃走する。
晴人は自分の詰めの甘さを悔やんだ。
「くそ! ドーナツじゃないんだから!! 甘すぎたっ!!
相手を一瞬でも、人間の女の子だと思うんじゃなかった!」
『そうだね。魔法少女に近しい存在であった以上、あの少女の身体能力も人外のものだと想定して然るべきだったかもしれないね』
瑞鶴の幸運は、繰真晴人が優しすぎたことだった。
彼が攻撃し、止めを刺そうとするタイミングは、常在戦場のこの島においてはあまりに遅すぎたのだった。
「阿紫花さん! 頼む、出てくれ!!」
富嶽を撃墜し、操真晴人は一縷の望みをかけて胸のブローチに語り掛ける。
去り際の銃撃で、あの少女の通信妨害機構を破壊できたのかはわからない。
しかし、観柳が頭部を失い戦線離脱してしまった以上、もはや一行の他のメンバーに合流することしか、晴人に希望は残されていなかった。
『――はい、阿紫花です。ようやく繋がりましたね。何だったんですかい?』
そして最後の希望は、ブローチの先から返答した。
【101人の二代目浅倉威の1人@仮面ライダー龍騎 死亡】
※生き残っている浅倉威はあと10人です。
@@@@@@@@@@
「ばばんばばんばんばん……、ばばんばばんばんばん……っと」
長い黒髪が、白い湯けむりの中に透ける。
水面に零れたその毛先を掬って、手袋を嵌めた細くしなやかな指先がそのうなじを掻き上げる。
鎖骨から厚い胸元までの曲線を惜しげもなく主張させて、その人物は温泉の中で伸びをした。
「ああ〜、良い湯ですわ。これでここが殺し合いの会場でなかったらどれだけ極楽だったでしょうねぇ……」
その長い黒髪と、人形遣い特有のしなやかな指を持つ男性は、もちろん黒賀村出身の殺し屋、阿紫花英良である。
いつ襲撃にあってもいいように、水際にグリモルディとプルチネルラを待機させながらの入浴でさえなければ、この温泉の泉質は、彼が今まで入ってきた中で最高の風呂と言っても良かった。さすが北海道というべきであろう。
『でも良かったですね。なんとか魔法を妨害して来た敵は倒せたみたいで』
「ええ、シャオジーさんとまた意志疎通が取れるようになって一安心ですわ」
彼の方に湯中を近寄って来たヒグマは、隻眼2である。
彼らとフォックス、ケレプノエの一行は、浅倉威の軍勢の襲撃に会った後、戦いの汚れを落とすために、D-6からまっすぐに南下し崖の上を東に辿って、E-8の温泉にやってきていた。
広大な温泉は、外界でそれを初めて見たケレプノエを興奮させるのに十分であり、そこで同時に見つけた温泉小屋の惨状は、阿紫花英良を警戒させるのに十分だった。
全自動麻雀卓の設えられた温泉小屋は、その内部に二人分の血だまりと支給品が遺されていた。二人はどうやら、だいぶ前にヒグマに捕食されてしまっていたらしい。
麻雀をしていたと推察されるその現場には、恐らくもう1人誰かがいたようだが、その人物は二人が捕食されている間に逃げおおせたらしい。
どこまで逃げられているかは不明であるが。
この現場を確認してしまった以上、阿紫花英良やフォックスにはこの温泉も決して安全地帯とは思えなくなってしまった。
温泉にいれば、一日の汚れを落としにやってくる生存者がいるかも知れないという彼の推測は、決して外れとは言い切れなかったが、現実には生存者などおらず、血だまり二つしか出迎える者がなかったというのは軽く落胆ものだった。
操真晴人から、テレパシーによる通信が復帰したとの一報が入るまでは、彼の気分は一向に晴れなかったのだ。
そうこうしているうちに、阿紫花の座標を捕捉したらしい晴人の魔法陣が、洗い場の上に出現してくる。
バイクごと出現した彼は、息を切らせてあたりを見回していた。
「お、繰真さんお疲れさんです。難儀でしたね、通信妨害してくる敵がいたとは」
「あ、ああ、阿紫花さん……。倒し切れたかどうか確証がないんですけどね……。
艦娘とかいうんでしたっけ、話を聞いてくれない上に、予想以上にしぶとくて……。
観柳さん確保して逃げてくるのが精一杯でした……」
湯から上がって挨拶した阿紫花の前に、彼は首のない武田観柳の肉体を横たえる。
隻眼2も阿紫花も、思わず観柳の姿に身を退く。
胸元のソウルジェムは何とか無事であるようだが、彼が魔法少女でなければ間違いなくそれは死体になっていたところだった。
彼のソウルジェムが髪留めなどでなかったのは幸運だったろう。
「うわ、無茶しましたね観柳の兄さんも……。これはできる限りイケメンに造形しないとですねぇ」
「晴人様ー、お帰りなさいませー」
「ちょ、ちょ、ケレプノエ! はしゃいでんじゃねえよそんなカッコで!!」
「うお、ケレプノエさん!?」
タオルで体を吹きながら観柳の損壊具合を把握し、阿紫花がおもむろに魔法少女衣装を纏ったくらいのタイミングで、温泉の奥から1人の少女が駆け寄ってきていた。
晴人はその姿に思わず目を覆う。
年の頃ならば14,5才程度に思える、成長期特有の伸びやかな肢体を晒しているにも関わらず、走り寄ってくる紫の髪の少女はあまりにも無邪気だった。
後から走って来た筋骨隆々たるフォックスが、犯罪じみた絵面で抱き留めるまで、彼女が裸体のままはしゃぎ回るのは止まらなかった。
阿紫花が呆れ交じりにその両者を奥に追い払う。
「フォックスさん、ちゃんと面倒見てやって下せえよ」
「わかってるよクソッ……」
温泉小屋の二人――杉村タイゾーと伊藤芳一の支給品から失敬したタオルで、フォックスが彼女の裸を覆ってやる間、ケレプノエは終始にこにこと上機嫌のままだった。
フォックスとケレプノエの二人は、安全のため温泉の中でも区切られた露天風呂の一角に追いやられていた。
それは言わずもがな、ケレプノエの水溶性の猛毒のためであり、魔法少女となってある程度の制御がつくようになったとはいえ、うっかり毒が溶けだしてしまえば、周りの者はほとんどが即死してしまう。
そこで、温泉の存在すら知らなかった無邪気な彼女の子守りをできるのは、既に死体であり、毒に暴露してもこれ以上死なないことが確認されているフォックスのみであるということで、彼にその責務が回って来たのである。
「あたたかいお水がこんなに気持ちのよいものだとは知りませんでしたー。楽しいですねー、フォックス様ー」
「……お湯ってんだよ、こういうのは」
「おゆ、ですかー。おゆ、おゆ、おふろ、おふろー!」
再び露天風呂の端に戻ってきたケレプノエは、岩場の縁に腰かけてぱちゃぱちゃと水面をその脚に遊ばせている。
フォックスはその様子に、濡れそぼった髷を指に絡ませ、がりがりと頭皮を掻いた。
無垢にすぎる彼女の姿を、フォックスは直視できなかった。
先程までも、やれ体を洗ってほしいだの、一緒に水遊びをしてほしいだの、ケレプノエの要求はフォックスの体を興奮と羞恥で貫き続けていたのだ。
年頃の華やかな少女の表情と仕草でそんな仕打ちをされれば、ほとんどの男性は理性のタガが外れてもおかしくないと思えた。
世紀末の、女に飢えている時分の男にとっては尚更だ。
フォックスはそれでも必死で、「こいつはヒグマだ」「こいつはヒグマだ」と自分に言い聞かせ続けることで、正気を保とうと努めている。
そこにつけて、彼は気力を振り絞って、吐き捨てるように先程の彼女の行為をたしなめるのが精いっぱいだった。
「あとな、素っ裸のまま男連中の前に出るのはやめろ! 困るんだよ!!」
「え? どうしてですかー?」
ケレプノエは、そのまま屈託のない笑顔で振り返る。
その見返りの姿に、フォックスの中で、何かが切れたような音がした。
「……ほんっと、何にも知らねぇんだな」
フォックスの尾骶骨の下から、何か黒い衝動が脳天まで駆け上がったように感じた。
そして彼の脚は、気が付けばひとりでに走り出していた。
「こうされるかも知れねぇってことだよ!!」
「ひぁ……」
彼はそのまま、ケレプノエの華奢な体を抱きかかえ、露天風呂のほとりに力任せに押し倒す。
はぁはぁという荒い息遣いが、フォックスは自分の耳にも五月蝿かった。
ふたりの間には、もはやタオル一枚のへだたりもなかった。
彼はそのまま獣のように、ケレプノエの胸のわずかな膨らみを乱暴に掴んでいた。
フォックスはそして、ケレプノエと目を合わせた。
きょとんとしていたケレプノエは、暫くしてにっこりと微笑んだ。
「……ケレプノエは、フォックス様にいっぱい触ってもらえるなら、とても嬉しいですー」
ガツンと脳天を殴られたように感じた。
フォックスはめまいを覚えた。
彼は額を押え、ふらふらとケレプノエの上から歩み去った。
「……すまねぇ。何でもねぇ。忘れてくれ」
「どうしたのですかー? 何か、ケレプノエが助けになれることはありませんかー?」
「ねえよ! ただの湯あたりだ! ちょっと一人で俺を涼ませてくれ!!」
フォックスは恥じいった。死んでいるのにも関わらず、心臓が動悸を打って仕方がなかった。
男だけでなく、女子供をいたぶり続け、我が身可愛さに卑劣な戦法を使っても生きようとし続けていた過去の自分の全てが、余りに恥ずかしいものに思えて仕方がなかった。
@@@@@@@@@@
「ひぃ……、ひぎぃぃ……」
その頃、B-8の区画では、一人の少女が、両腕と片脚を斬り落とされた血まみれの姿で、全身に弾痕を開けたまま呻いていた。
操真晴人に重傷を負わされた彼女は、それでも幸運だった。
マシンウィンガーから放たれた13発の弾丸は、全て彼女の脳や大血管という急所を外れて命中し、彼女を死に至らしめることはなかったのだ。
その分猛烈な痛みと苦しみに、意識を保ったまま彼女は直面しているのだが、命があることは間違いなく幸運であると言えよう。
「修理しなきゃ……。入渠しなきゃ……」
彼女は呻き、蠢き、そして手近にあった浅倉威の死体を必死に貪った。
すると、一口食べるごとに、彼女の傷口は少しずつ塞がっていった。
傷が塞がった後は、欠損した肉体が少しずつ生えてくるようだった。
――直る。直る、けれど。
この修理のされ方は、何かおかしくないだろうか。
いや、確かに以前から、燃料補給で元気にはなっていたけれど。
肉を食べて手が生えるなんてことが、以前にあっただろうか?
朦朧とした瑞鶴の頭では、それ以上考えても何の結論も見いだせはしなかった。
だから瑞鶴はもう考えるのをやめて、自分の体が直りきるまで、ひたすら周囲の金属や肉片を食べ漁り、機械油と血液を啜った。
それでも、そんな彼女の頭には、ある一つの考えが行き交って離れなかった。
「ああ……、お風呂、入りたい……」
それこそが最低限の、艦娘らしい修理のされ方ではなかったか――?
朦朧とした瑞鶴の頭では、それが正しかったかどうか、思い出せなかった。
【B-8 破壊された航空基地/夕方】
【瑞鶴改ニ甲乙@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:12cm30連装噴進砲 、試製甲板カタパルト、戦闘糧食(多数)
コロポックルヒグマ&艦載機(富嶽、震電改ニ、他多数)×100
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:深海棲艦を殺す……。殺し尽くさなきゃ……。
1:危険な深海棲艦が多すぎる……、何なのよこの深海棲艦たちは……ッ!!
2:偵察機を放って島内を観測し、深海棲艦を殺す
3:ヒグマ提督とやらも帝国とやらも、みんな深海棲艦だったのね……!!
4:ヒグマとか知らないわよ。ただの深海棲艦の集まりじゃない!!
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り100体を装備しています。
矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※CFRPの摂取で艦載機がグレードアップしましたが装甲空母化の影響で最大搭載数が半減しました。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。
※お台場ガンダムを捕食したことで本来の羆謹製艦むす仕様の改ニに変化したようです。
※穴持たずカーペンターズが転生した建築コロポックルヒグマ達によってB-8のテーマパーク跡がリニューアルされ航空基地が建設されましたが、武田観柳によって破壊されました。
※本来使用できない艦種、陸上機、水上機を思考リンクにより無数に行使できるようになりました。
※機械や肉を食べることで自己修復できるようになりました。
【戦闘糧食】
瑞鶴がお台場ガンダムの装甲(CFRP)を握り飯状に手で丸めて作った瑞鶴お手勢の携帯食料。
食べると戦意高騰と共に艦載機が補充される。美味しそうだが人間が食べると
歯が欠けたり人体に有害な成分を摂取して死に至るので注意しよう。
@@@@@@@@@@
「とにかく無事で良かった……! いや、温泉とは良い場所確保しましたね阿紫花さん!」
「色んなものの襲撃食いましたからねこちらも。多少なりと癒しがないとやってられませんわ。
でもタイミングが悪かったのか、他の生存者さんとは会えませんでしたねぇ……」
「そこの温泉小屋も見ましたけど、もう少し早ければと悔やまれますよね……」
「ありゃ状態からしてもう10時間以上前でしょ。後悔する以前の問題です」
『折角だからボクは御先にシャオジーと一緒に温泉に入っておくよ。カンリュウが起きたら呼んでくれ』
「勝手にしてくだせぇ」
温泉周囲を一回りして偵察から戻って来た操真晴人に、阿紫花英良は武田観柳の修復をしながら語る。
まず、観柳の持っていた紙幣でハリボテの型のようなものを作り、破壊された彼の頭部に魔力の糸で縫いつける。
細胞治癒の添え木にしてやることで、回復を促進させるのが狙いだ。
事実、観柳の頭部は自身の魔力で傷口が塞がっており、少しずつ自己修復されてはいる。
頭の中身は、彼の魔法の金を熔かして流し込むことで代用した。
何となく仏像でも鋳造している気分だ。
外身の紙幣部分に、顔面のディテールを刺繍しているくらいで、観柳の細胞は何とか魔力によって頭部の再生を果たした。
瞬きをした観柳に、阿紫花は一息ついて微笑む。
「お、良かった。気が付きやしたね兄さん。どうです、元の顔よりイケて――」
「こ、この無礼者がぁぁ――!!」
しかしその瞬間、武田観柳は、阿紫花が言い終わるのも待たず、その顔面を思い切り殴りつけていた。
洗い場に倒れた阿紫花は、ぱちぱちと目を瞬かせたが、何故殴られたのか、全く理解できなかった。
観柳は肩を震わせ、怒りと口惜しさをありありと口調ににじませながら叫ぶ。
「なんで来なかったぁぁ!! 私を守るのがテメェの契約だろうが!!
連絡が取れなくなったら血眼で探しにくるのが当然だろ!?
それを一体、テメェ……。雇い主ほっといて風呂とか……」
叫んだあと、観柳は辺りを見回し、そして更にその怒りを増したようだった。
彼はそのまま、洗い場に倒れている阿紫花の腹部をけたぐった。
「何様のつもりだクソがぁぁぁぁ!!」
「ぐふっ――!?」
操真晴人が慌てて観柳を羽交い絞めにし、阿紫花から引き剥がす。
「ちょ、ちょ、観柳さんやめて!!」
「なんであそこにいなかったんだよアシハナァァァ!!
せめてテメェが居れば、こんな大損害は喰らわなかったんだよぉぉぉ――!!」
観柳は体を抑えられながら、あらん限りの声で叫んでいた。
起源は『運』、興亡は『根』、道のりは『愚鈍』。
彼の今回の商戦の履歴を見返せば、その敗因は明らかだった。
彼は咽び泣いていた。
悔し泣きだった。
「落ち着いてよ観柳さん……!!」
「そもそもテメェが余計な口挟んでなきゃもっと早くに撃ち殺せてたんだよ!!」
観柳は叫びながら、晴人の静止を振り払った。
驚いた晴人の視線と、観柳の視線は、暫くの間重なっていた。
目を閉じれば、正気の視野に『運』など無い。
そのことは、もう観柳自身も晴人も誰も、気づいていたはずだった。
だがこの時、晴人も観柳も、眼を閉じることなく、睨み合うことしかできなかった。
「畜生ぉぉぉ――!!」
観柳は耐え切れなくなり、温泉小屋の方に駆けて行った。
彼の方を一度見やり、晴人はまず倒れ伏す阿紫花へ、その手を差し伸べた。
「だ、大丈夫ですか!? 阿紫花さん!?」
「……繰真さん。フォックスさんへの魔力供給、代わってくれやしませんかね」
だが、のろのろと身を起こした阿紫花の言葉は、自身の安否ではなく、抑揚のない声で発された一つの依頼だった。
彼の声は、セメントのように色も無く、乾いていた。
「ど、どういうことですか!?」
「……もうそろそろ、あたしの契約は仕舞いみたいですわ」
阿紫花の手の甲のソウルジェムは、まったく不透明な黒真珠のように、濁り切っていた。
いつか交わしたはずの、契りの記憶は、遠い。
【E-8 温泉/夕方】
【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:小)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ(残り使用可能回数1/3)、紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、詳細地図、南斗人間砲弾指南書、南斗列車砲、テレパシーブローチ×15
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:なんで思い通りに行かないんだよ!! 畜生が!!
1:李徴さんは確保! 次は各地の魔法少女と連携しつつ、敵本店の捜索と斥候だ!!
2:津波も引いてきたし、昇降機の場所も解った……! 逃げ切って売り切るぞ!!
3:他の参加者をどうにか利用して生き残る
4:元の時代に生きて帰る方法を見つける
5:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
6:うふふ、操真さん、どう扱ってあげましょうかねぇ……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。
【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:ジャック・ブローニンソンのイラスト入り宮本明のジャケット、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー、詳細地図、テレパシーブローチ
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:阿紫花さん! まずいよ!!
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……、なってやるよ!
2:キュゥべえちゃんも観柳さんも、無法な取引はすぐに処断してやるからな……。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。
【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)、ボロ雑巾(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれたテレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:ちょっと得体の知れない魔力が増え過ぎだ。適当に潰れてくれるといいんだけど。
1:いやぁ、魔法少女が増えた増えた。後はいい感じに魔女化してくれると万々歳だね!
2:面白いヒグマがいるみたいだね。だけど魔力を生まない無駄な絶望なんて振りまかせる訳にはいかないよ? もったいないじゃないか。
3:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
4:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。
【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:極大)、魔法少女衣装、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)、鎖付きベアトラップ×2 、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:ああ、終わりですわ。これで。
1:雇われモンが使い捨てなのは当たり前なんですが、ちゃんと理解してますかね皆さん……?
2:費用対効果の天秤を人情と希望にまで拡大できる観柳の兄さんは、本当すげぇと思いますよ。
3:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
4:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
5:他の参加者を探して協力を取り付ける
6:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
7:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。
【フォックス@北斗の拳】
状態:木偶(デク)化
装備:カマ@北斗の拳、テレパシーブローチ
道具:基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)、マリナーラピッツァ(Sサイズ)、詳細地図、ダイナマイト×30、テレパシーブローチ
基本思考:死に様を見つける
0:くそ、なんだよ、この気持ちは!!
1:確かに女子に出会いたいとは思ったがよぉ!? なんでケレプノエなんだよ!!
2:死んだらむしろ迷いが吹っ切れたわ。どうせここからは永い後日談だ。
3:義弟は逆鱗に触れないようにすることだけ気を付けて、うまいことその能力を活用してやりたい。
4:シャオジーはマジで呆れるくらい冷静なヤツだったな……。本当に羆かよ。
5:俺も周りの人間をどう利用すれば一番うまいか、学んでいかねぇとな。
[備考]
※勲章『ルーキーカウボーイ』を手に入れました。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』、『鮭狩り』、『クマカン!』、『手品師の心臓』、『Round ZERO』の内容と、
布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。
【隻眼2】
状態:隻眼
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:不穏だ……。
1:ケレプノエさん、良かったですねぇ……。
2:ヒグマ帝国……、一体何を考えているんだ?
3:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
4:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
5:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫、白黒のロボット(モノクマ)、メルセレラ、目の前に襲い掛かってきている獣人(浅倉威)が、用心相手に入っています。
【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:魔法少女化、健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』のソウルジェム、アイヌ風の魔法少女衣装
道具:テレパシーブローチ、杉村タイゾーと伊藤芳一の基本支給品
基本思考:皆様をお助けしたいのですー。
0:フォックス様! フォックス様! ありがとうございますー!
1:皆様にお触りできるようになりましたー! 観柳様、キュゥべえ様、ありがとうございますー!
2:ラマッタクペ様はどちらに行かれたのでしょうかー?
3:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
4:お手伝いすることは他にありますかー?
5:メルセレラ様、どうしてケレプノエに会って下さらないのでしょう……?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について気が付きました。
※魔法少女になりました。
※願いは『毒を自分で管理できること』です。
※固有武器・魔法は後続の方にお任せします。最低限、テクンペ(手甲)に自分の毒を吸収することはできます。
※ソウルジェムは紫色の円形。レクトゥンペ(チョーカー)の金具になっています。
※その他、モウル(肌着)、アットゥシ(樹皮衣)などを身に着けています。
以上で投下終了です。
続きまして、呉キリカ、那珂、くまモン、2代目浅倉威の残り、御坂美琴、
夢原のぞみ、初春飾利、天津風、クックロビン、安室嶺で予約します。
ーー次回、『世界タービン』。ああ、大丈夫よ。ヒグマロワが回るわ。
予約を延長します
予約期限切れてますよ
大変遅くなり申し訳ありません。
予約分を投下いたします。
――きゅうしゅうのおへそ くまもと
――おへその上でピタッと新幹線
――くすぐったいけど うれしいな
――北へ南へ ひとっとび
――だもん♪ だもん♪
歌に合わせて真っ赤なものが、そこここあたりに飛び散った。
――東にぶらっと あそで あそんで
――西のあまくさ みちくさドライブ
――ど〜かい? ど〜かい?
――まうごつ スゴかけ〜ん!
――サプライズ!!
高岳、中岳、根子岳、烏帽子岳、杵島岳。
天門橋、大矢野橋、中の橋、前島橋、松島橋。
山が砕く。橋が砕く。
――モン! モン! モン! くまモン
――くまもとサプライズ
――モン! モン! モン! くまモン
――くまもとサプライズ
――くまもとがだいすきでヨカッタ!
驚く敵を熊が砕く。
――きゅうしゅうのおへそ くまもと
――おへその上でピタッと新幹線
――じまんしたいこと たくさん
――だからあそびに きてほしい〜ん
――だもん♪ だもん♪
歌に合わせておののく敵に、熊の爪牙は鋭さを増す。
――はちべえトマトに ひなぐのちくわ
――ガメがまいおどる みょうげんまつり
――ど〜ぎゃん やっちろ
――ごろっと スゴかば〜い!
――サプライズ!!
ぼした、ぼした、滅ぼした。どうかいどうかい追うたった。
龍亀が舞えば炎が踊る、弥栄さっさと馬が蹴る。
敵みな祭りの舌の上。
――ファイヤー ファイヤー
――くまもとファイヤー
――火の国肥後もっこす
――もっこす もっこす 肥後もっこす
――ファイヤー ファイヤー
――くまもとファイヤー
――ダイスキ くまもと!!
――もっと もっと もっともっと
――ダイスキ くまもと!!
――ドーカイ ドーカイ
――追うたー 追うたー
――ドーカイ ドーカイ
――さぁーっ さぁーっ さぁーっ
――さぁーっ さぁーっ さぁーっ
――いやっさー!!
――くまもとがだいすきでヨカッタ!
工場覆う炎の渦は、熊に隈々行き狂い、敵の叢々舐め尽す。
離合の隙も与えずに、残す敵ならあと一人。
――はい おしまい
――あとぜき
【101人の二代目浅倉威@仮面ライダー龍騎 全滅】
卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍
「待て待て待て待て! 私だくまモン! キリカだ!!」
くまモンの拳は、悲鳴と共に一人の少女に受け止められていた。
彼女の声に、くまモンはハッと意識を取り戻す。
彼が咄嗟にその拳の勢いを緩めなければ、彼女は受け止めていた両腕ごと砕け散っていただろう。
「いや、凄かったね。獅子奮迅? 一騎当千?
あれだけ苦戦してた男どもを一瞬で抹殺するんだから。ゆるキャラってみんなそんなに強いのか?」
キリカ。呉キリカ。
その名前は、確かに同行していた少女のものだ。
彼女は魂だけの状態となっており、今はただ指輪の中にいるだけの存在だったはずだ。
しかしくまモンの前には今、裸の幼い少女が不敵な表情を浮かべて立っている。
長くクセのある茶髪、鋭い眼光。幼女ながら筋肉質の体躯。
本当にこの幼女が呉キリカだと言うのか?
それよりも、今までくまモンが殺してきた浅倉威という男にはるかに良く似ている――。
「おっと、疑問に思うのは当然だ。だが今は那珂の手当てをしよう。気をしっかり持て! まだ生きてるんだぞキミは!」
「う、うう……、お腹痛い……。のど乾いた……」
瞠目するくまモンの前で幼女は、地面に倒れている艦娘の那珂ちゃんを助け起こし、彼女の汗を拭う。
那珂ちゃんは頬もこけ、下腹部が大きく張り裂け、子宮や腸管が外に飛び出している酸鼻な状態ではあったが、確かに息があった。
慌ててくまモンは支給品から水のボトルを取り出して彼女に差し出す。
――どういうことだモン、これは……!?
「今の私は、ここで死んでる男どもと那珂の間に生まれた娘だ。
魂だけの私が、こいつの精をのっとったのさ。それで、成長しきる前に外に出てきて那珂へのダメージが最小限になるようにした。
内側からの帝王切開みたいなものさ。出てくるときも内臓を傷つけないように気を遣ったんだよ?
それに、染色体がXXになるようにいじくってやったしな。ざまあみろだ」
呉キリカの説明によれば、那珂ちゃんの肉体から抜けた彼女の魂は、那珂ちゃんの胎内に侵入した浅倉威の精にその意思を乗り移らせたのだと言う。
そして数ある精の中からX染色体を持つものを選んで受胎させ、那珂ちゃんの生命力を奪い尽す前に、幼い状態で子宮を綺麗に裂いて出てきた。
このために、那珂ちゃんは最悪の事態に陥らずに済み、キリカは新たな肉体を確保することもできた。
あえてキリカが那珂への助力を放棄したのも、始めからこうした計算があってのことだったのだ。
「まあ、こういう経験も、無限の中の有限にすぎない。ここが崩れる前に傷口を塞いで抜け出そう」
「苦しかったけど、産んだのがキリカ先生で良かった……」
水を飲んで多少人心地を取り戻した那珂ちゃんの様子に安堵すると、くまモンには、途端に周囲の光景が迫ってくるように見えた。
――ボクは、一体……。
崩壊しかけている擬似メルトダウナー工場は、壁面や天井を含め、もはや全てが炎に巻かれていたはずだった。
しかしその炎はほとんど下火となり、黒く焼け焦げた壁がそこここでくすぶっているのみとなっている。
そしてそこに散在しているのは、無惨にもミディアムレアのハンバーグのような肉塊と化した十数人の男たちの死体だった。
ことの顛末は明らかだった。
これはくまモンが、工場を覆っていた炎すら逆巻くほどの勢いで、この浅倉威という男たちを鏖殺したという明らかな証拠だった。
くまモンは、背中に大きな穴を開けたメロン熊の死体の前で崩れ落ちた。
――ボクは、ゆるキャラだった、はずなのに……。
キリカと那珂ちゃんの無事を喜ぶよりも、くまモンには、自分が怒りに任せ行なった殺戮劇を信じられず、呆然とするほかなかった。
卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍
だが事態は、彼に鬱屈としている時間も与えてはくれなかった。
その時、那珂ちゃんの治療をしていたキリカの様子がにわかにおかしくなる。
彼女は突然、頭を抱えて呻きだしていた。
「こ、こいつ、どういう魂してるんだ……!? だ、ダメだ、追い出される! 那珂、ソウルジェム頼む!!」
「え……!? あう……!?」
キリカは苦悶の表情を浮かべながら指輪を外し、辛うじて内臓が収まって傷が薄皮で塞がれただけの那珂に放り投げる。
如何な魂だけの魔法少女といえど、他人の肉体に入って操縦するには、その力は弱い。
だがキリカは、あえて意識を持つ前の胎児から自分の魂を入れておくことで、その肉体の操縦権を完全に得たつもりだった。
それでもなお、そこには誤算があった。
当然、肉体の操縦権が最も強いのは、その肉体の『本人』の魂に他ならなかった。
彼女の腹部には、虚空からカードケースのようなものが生じていた。
そして見る間にそれはベルトのバックルとして固定され、彼女は紫色のライダースーツに包まれる。
顔を上げた彼女の、茶髪の奥に覗く瞳には、既にあの男の狂気が宿っていた。
「グッハッハッハッハァ――!!」
立ち上がった幼女が、弾けるように雄たけびを上げた。
「アッハ、可笑しいぜ、まさか俺が女になるなんてな!」
鈴を振るような可愛らしい声で、その幼女――となった浅倉威――は非常に下卑た口調の嘲りを振り撒く。
「だが、女は生物学的に男よりも強いなんて話も聞くじゃねえか。寿命も長げえしよ……。
つまり俺は、生物としてより完璧なものに……、『穴持たず』に近付いたってことじゃねえのかァ!?」
事態を飲み込み切れずに呆然としたままのくまモンと那珂ちゃんを睥睨し、幼女の彼は高らかに叫ぶ。
「ありがとよテメェら! 今までにないくらい清々しい気分だぜ!」
幼女は、工場の入り口の方へ跳び退りながら、ベルトのバックルから一枚のカードを取り出して噛みついていた。
――ユナイトベント。
そんな機械音声がどこからともなく響くと同時に、上空から何か轟音が響き渡ってくる。
「獣艇・ジェノドレッドサバイバー!」
「うわ、あああああああぁぁぁぁ――!?」
崩落した工場の天井を仰いだ那珂ちゃんとくまモンの視野は、夜闇の迫り来る空から落下してくる異形の怪物の姿で埋まる。
それは今まで浅倉威に捕食された数多のヒグマや機械が、粘土細工のように捏ね合わされ融合し巨大な艦艇のようになった化物だった。
呻きと慟哭に蠢く巨大戦艦に押し潰され、くまモンたちのいた工場は一瞬にして瓦礫と化した。
卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍
「ホルモンとかいうヤツの違いなのか……。よく解らんが、この体はイイ。全然イライラしねぇ。気分スッキリだぜ」
浅倉威は、壊滅した工場を振り返ることも無く、砕け飛んだガラス片に己を映して、虚空から大型のバイクを取り出して跨っていた。
一度は100を越える意識に分裂した浅倉威の存在も、もはやここにいる女体化した自分一人であることを、彼は認識していた。
ミズクマの性質を用いて、精を飛び道具のように攻撃に用いる手法ももはや使えまい。
体力も、成人男性だった以前から比べると大きく劣っている。
しかし彼は、そんなデメリットを埋めて余りある充足感を覚えていた。
「食欲も大して湧かねえ。睡眠欲もまだ出ねえ。あとあるのは闘争欲と、アレくらいなもんだ……!」
紫色の魔法少女衣装をたなびかせ、幼い顔が映すのは獣の笑顔だ。
「ククク、この体で武田のところに行ってみるか。まさかあの弓矢女との戦いで死んじゃいねぇだろう。
反応が楽しみだぜ!」
肉体年齢相応のイタズラ心と、三つ子の魂からの凶暴性を抱えて、幼女の彼はフルスロットルでバイクを走らせるのだった。
【D-6 街/夕方】
【浅倉威子(三代目浅倉威)@仮面ライダー龍騎、艦隊これくしょん、魔法少女おりこ☆マギカ、ヒグマ・ロワイアル】
状態:ヒグマモンスター、女性、艦娘、魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:極小)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:女の体になってイライラがなくなったぜ! 今までで最高の気分かも知れねぇ!
1:とりあえず、一番ウマの合った武田観柳を探すとするか。
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂して出来た複製が単為生殖した二代目浅倉威と那珂ちゃんから生まれた三代目です。
※呉キリカの干渉により染色体がXXとなり、成熟も中断されたために、幼女の肉体です。
※呉キリカと那珂ちゃんの性質を受けたために、魔法少女・艦娘になりました。
※固有武器はカード、固有魔法は『ミラーモンスターの使役』です。
※ソウルジェムはカードデッキ型。魔法少女衣装のベルトのバックルとなっています。
※その性質上、本来の仮面ライダーの状態と遜色ない戦闘が可能です。
※契約モンスターは、今まで捕食したヒグマや艦娘関連の兵器が融合した『獣艇・ジェノドレッドサバイバー』とされる存在のようです。
卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍
――前島……、橋……。
崩壊した工場から、獣艇・ジェノドレッドサバイバーの巨体が消失した時、その瓦礫の縁ギリギリのところに、くまモンの黒い体があった。
両腕に、メロン熊と那珂ちゃんの体を抱えて、彼は工場が大破する寸前に、その下を全速力で駆け抜けていたのだった。
だが彼には、それだけで精一杯だった。
肩で息をするくまモンは、メロン熊と那珂ちゃんを地に横たえると、そのままバタリと倒れ込む。
疲労と絶望で、もはや動けなかった。
「ありがとう……、くまモンさん……」
――いや、ボクは、何もできなかったモン……。バッテリーも回収できず、ただヒトを殺してしまっただけ……。
見晴らせば、辺りには彼ら以外、動く生物などいない。
ただ入り口付近にあった業務用巨大ブロアのプロペラが、彼らと同じように衝撃で飛ばされ、からからと虚無的に風を受けて回っているのみだ。
ゆるキャラとしての矜持が、くまモンの中では根こそぎ瓦解していた。
那珂ちゃんが出産後の疲弊を押して紡ぐ感謝も、ただ彼の耳を上滑りするだけだった。
――ゆるキャラとして、何も人助けできなかった。仲間さえ、助けられなかった! ボクが、ヒグマでさえなければ――!
「やめて……! くまモンさんが、強いヒグマだったからこそ、那珂ちゃんたちは生きてる……!」
自責に悶える彼の手を、那珂ちゃんは必死に掴んだ。
その思わぬ強い力に、くまモンはハッとする。
「全てをこの手に掴むことなんてできない。でも、掴める手は、みんな連れていけるでしょ……?
出来るだけを、持って帰れば良い。きっと高級技官殿が、策を見つけてくれる……!
帰ろう。みんなで帰ろう、くまモンさん……! 電信の空に、きっと明星は輝くはずだから……!」
――帰、る……。
それから、那珂ちゃんが一縷の望みを託して、再び『ヒグマ島希望放送(HHH)』に電信を繋ぎ始めるまで、くまモンの瞳はずっと、虚空をかき混ぜるプロペラの回転を見ていた。
【D-6 擬似メルトダウナー工場/夕方】
【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:疲労(大)、頬に傷、胸に裂傷(布で巻いている)、絶望感
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実 、メロン熊の遺体
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
0:――ボクは、人間を、殺してしまった……。
1:メロン熊……!!
2:クマー……、キミの死を無駄にはしないモン。
3:他の生きている参加者と合流したいモン。
4:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
5:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
6:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
7:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
8:あの少女、黒木智子ちゃんは無事かな……。放送で呼ばれてたけど。
9:敵の機械の性能は半端ではないモン……。
[備考]
※ヒグマです。
※左の頬に、ヒグマ細胞破壊プログラムの爪で癒えない傷をつけられました。
【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:ソウルジェムのみ
装備:ソウルジェム(濁り:大)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:なし
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:すまない……、まさかあの体が奪い返されるとは……。
1:この那珂ちゃんって女含め、ここらへんのヤツはみんな素晴らしくバカだな。思わず見習いたくなるよ。
2:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達ともども参加者を確保する。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:戦力が揃わないことにはヒグマ帝国に向かうのは自殺行為だな……。
5:ヒグマの上位連中や敵の黒幕は、魔女か化け物かなんかだろ!?
[備考]
※参戦時期は不明です。
【那珂・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:全身の養分を吸われている、自己改造、額に裂傷、全身に細かな切り傷、左の内股に裂傷(布で巻いている)、呉式牙号型舞踏術研修中、帝王切開(応急処置済み)
装備:呉キリカのソウルジェム
道具:探照灯マイク(鏡像)@那珂・改二、白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国、白い貝殻の小さなイヤリング(鏡像)@ヒグマ帝国
基本思考:アイドルであり、アイドルとなる
0:きつい、つらい、くるしい、のどかわいた……。
1:艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
2:お仕事がないなら、自分で取ってくるもの!
3:ヒグマ提督やイソマちゃんやクマーさんたちが信じてくれた私の『アイドル』に、応えるんだ!
[備考]
※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は、ただの貝殻で作られていますが、あまりに完全なフラクタル構造を成しているため、黄金・無限の回転を簡単に発生させることができます。
※生産資材にヒグマを使ってるためかどうか定かではありませんが、『運』が途轍もない値になっているようです。
※新たなダンスステップ:『呉式牙号型鬼瞰砲』を習得しました。
※呉キリカの精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『九八式水上偵察機(夜偵)』相当のステータス補正を得るようです。
※御坂美琴の精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『熟練見張員』相当のステータス補正を得るようです。
卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍
「瑞、鶴……。もう、後戻りができないところまで狂ってるみたいね……」
「いや、艦娘というのが彼女のような者ばかりでなくてよかった……。だが、この調子だと帝国はもうダメかもわからないね……」
「凛ちゃんのためのステージだったはずなのに……、そんな魔改造されてるのかよ……」
その頃、島の西端、ヒグマ島希望放送の放送室では、瑞鶴の航空部隊に追われていた安室嶺が回収され、一同と情報交換を行なっていた。
彼がすんなりとこの放送室にいた参加者たちとお互いに受け入れ合えたのは、誇張表現でなく、顔見知りであったクックロビンの存在が大きい。
彼が同行していたという事実が、ある程度の信用をお互いに与えていたのだ。
そこで話された話題は、現在のヒグマ帝国の状況と、安室が地上をパトロールした際の大まかな現状、および主だった戦闘についてだった。
ここまで彼が話す気になったのは、ヒグマ帝国の裏で暗躍していたという『モノクマ』および『江ノ島盾子』という者の情報を御坂美琴たちから得られたためである。
彼女に対抗し、島の生命を、人間・ヒグマの区別なく救おうとしているというこの放送局の理念は、安室には感じ入るものがあった。
「とにかく、こうした事態を全島に知らせるためにも、今、私達は電力を探しているんです。
安室さんは、どこかにそうした電気のありそうな場所、知りませんか?」
「いやぁ……。乗ってた飛行機が無事だったら少しは足しになったかもしれないけどね。あいにく……」
初春飾利が、そうしてくまモンと呉キリカ、那珂ちゃんをバッテリー探索行に送り出している事情を説明していた。
全島放送のための電力を得る方策を安室にも問うてみるが、彼にも心当たりは無い。
「……だけど、ここって、HIGUMAの野球場の下なんだよな? ここ、電光掲示板があったんじゃなかったか? ソーラーの」
しかし、一同が落胆しかけた刹那、彼はぽろりとそんな言葉を口にする。
その一言で、夢原のぞみがハッと顔を上げた。
「そうだ、美琴ちゃん! 私がマナちゃんとの戦いの時、電光掲示板にぶつかったの覚えてる!?」
「あ……」
ゴシックロリータの衣装と包帯に包まれ瞑目していた御坂美琴も、閃光のようにその記憶をフラッシュバックさせる。
相田マナ――『H』という存在に改造されていた彼女によって、キュアドリームが電光掲示板に叩き付けられた時、確かに彼女は、ショートした電線によって感電していた。
美琴は跳ね起きる。
「そうだ! あの掲示板はソーラー式だった! パネルと、地下に充電池があるんだわ!!」
傷の痛みも消し飛んだかのように、彼女はガッツポーズを作って顔をほころばさせる。
灯台下暗しとはこのことか。
求めていたバッテリーが、電力消耗がされている可能性はあれど、こんな近くに存在しているということがわかったのだ。
流石に今からソーラーでの充電は期待できないが、代替の手段などいくらでもある。
「それに、あとはダイナモかモーターになるものさえあれば発電ができるわ!」
「人力……、ならぬヒグマ力発電か!」
「おいおいそれ私の得意分野よ? ソロモンでやりまくったわ」
「自転車! HIGUMAに自転車の残骸ならあったはずだよ!」
彼女の興奮が伝染したように、安室、天津風、クックロビンというヒグマたちもにわかに活気立つ。
そして興奮のさなか、さらに美琴には朗報が飛び込んでくる。
「あれ……!? 那珂さん!? 那珂さんなのね!? こちら御坂美琴!
聞こえる、聞こえるよ、ノイズじゃなく!!」
瑞鶴に妨害されていた通信が復旧し、那珂ちゃんからの電信が脳内に届いたのだ。
それはすなわち、屹立していた瑞鶴の牙城が、志を同じくするであろう何者かに打ち破られたことと、くまモンや那珂ちゃん、キリカたちが無事だったことを示す証拠に他ならなかった。
「大丈夫、大丈夫よ! バッテリーがなくても、あなたたちが無事だったこと以上の収穫なんかないわ……!
持って帰ってくる物品は、本当に目につくものがあればでいいから! プロペラ……?」
通話口で喋りながら、感涙まで流し始めた御坂美琴の表情は、それからさらに輝いた。
くまモンたちが持って帰ってくるというその物品の存在だ、今の彼女には本当に心強く思えたのだ。
「――ああ、大丈夫よ。タービンが回るわ!!」
その賢者のプロペラは、きっと無音の稲妻を起こすことだろう。
【A-5 滝の近く(『HIGUMA:中央部の城跡』)/夕方】
【穴持たず56(安室嶺)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ、行きまーす。
0:ガンダムを食らいヒグマの意志を奪うあのメスのような危険な人間は、排除しなくては……!
1:海上をパトロールし、周辺の空中を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て殺滅する。
2:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
3:唯ちゃん……、もう君のような死者を出したくはない……!
4:墜としてしまった飛行機乗りのヒグマたちよ、君たちを惑わせたあのメスは、いつか必ず殺してあげるからな……!
5:地下で異変が起こっているのは、ある程度真実のようだな……。
[備考]
※シバから『コロポックルヒグマ』と呼ばれる程の、十数センチほどしかない体長をしています。
※オーバーボディなどの取り巻く物体を念動力で動かす能力を有しています。
※シバから『熟練搭乗員』と呼ばれるほどに、様々な機体の操作に精通しています。
※シバに干渉されていたため、第二回放送前あたりまでのヒグマ帝国の状況は認知しているでしょう。
【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:能力低下(小)、ダメージ(中)、疲労(大)、左手掌開放骨折・左肩関節部開放骨折(布で巻いている)
装備:ゴシックロリータの衣装、伊知郎のスマホ、宝具『八木・宇田アンテナ』
道具:ペットボトル、お粥
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:ありがとう! これで、放送が、できる!!
1:よかった……、初春さんを助けられて……。
2:島内放送のジャック、及び生存者の誘導を試みる
3:完全武装の放送局、発足よ……! 絶対にみんなを救い出す……!!
4:佐天さんは無事かな……?
5:相田さん……、今度は躊躇わないわよ。絶対に、『救ってあげる』。
6:黒子……無事でいなさいよね。
7:布束さんも何とかして救出しなきゃ。
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が低下していましたが、かなり回復してきました。
※『超旋磁砲(コイルガン)』、『天網雅楽(スカイセンサー)』、『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』、『山爬美振弾』などの能力運用方法を開発しています。
※『天網雅楽(スカイセンサー)』と『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』の起動には、宝具『八木・宇田アンテナ』と、放送室の機材が必要です。
※『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』は、美琴が起動した際の電力量と、相手への照射時間によって殺傷力が変動します。数秒分の蓄電では、相手の皮膚表面に激しい熱感を与える程度に留まりますが、『天網雅楽(スカイセンサー)』を発動している状態であっても、数分間の蓄電量を数秒間相手に照射しきれば、生体の細胞・回路の基盤などは破壊しつくされるでしょう。
【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、疲労(小)、右脚に童子斬りの貫通創・右掌に刺突創・背部に裂傷(布で巻いている)
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:ドライバーセット、キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ、首輪の設計図
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:やっぱり、電力だってなんとかなるなる! これからもうひと踏ん張り、頑張るぞ〜!!
1:みんなに事実を知らせて、集めて、夢中にして、絶対に帰るんだ……! けって〜い!
2:参加者の人たちを探して首輪を外し、ヒグマ帝国のことを教えて協力してもらう。
3:ヒグマさんの中にも、いい人たちはいるもん! わかりあえるよ!
4:マナちゃんの心、絶対諦めないよ!!
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)
【クックロビン(穴持たず96)@穴持たず】
状態:四肢全ての爪を折られている、牙をへし折られている
装備:なし
道具:なし
基本思考:アイドルのファンになる
0:アイドルを応援する。
1:御坂美琴主催の放送局を支援し、その時ついでにできたらシバさん達に状況報告する。
2:凛ちゃんに、面と向かって会えるような自分になった上で、会いたい。
3:クマーさん、コシミズさん、見ていてくれ……。
4:くまモンさんの拷問コワイ。実際コワイ。
[備考]
※穴持たずカーペンターズの最後の一匹です
※B-8に新築されていた、星空凛を題材にしたテーマパーク「星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド」は
バーサーカーから伸びた童子斬りの根によって開園する前に崩壊しました。
【天津風・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:下半身轢断(自分の服とガーターベルトで留めている)、キラキラ
装備:連装砲くん、強化型艦本式缶、ゴシックロリータの衣装
道具:百貨店のデイパック(ペットボトル飲料(500ml)×2本、救急セット、タオル、血糊、41cm連装砲×2、九一式徹甲弾、零式水上観測機、MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発、予備弾薬なし))
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0:風は吹いているわよ。この先にも進めるはずだわ。
1:あなたも狂ったか瑞鶴。しょうがないわ。こういう縁もあるのよね。
2:ヒグマ提督は、きっとこれで、矯正される……。
3:風を吹かせてやるわよ……金剛……。
4:佐天さん、皇さん……、みんなきちんと目的地に辿り着きなさい……!!
5:大和、あんたに一体何が……!? 地下も思った以上にやばくなってそうね……。
6:あの女が初春さんをこれだけ危険視する理由は何だ……?
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※生産資材にヒグマを使った為、耐久・装甲・最大消費量(燃費)が大きく向上しているようです。
※史実通り、胴体が半分に捻じ切れたままでも一週間以上は問題なく活動可能です。
【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:鼻軟骨骨折、血塗れ、こうげき6段階上昇、ぼうぎょ6段階上昇
装備:叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』、腕章
道具:デイパック(飲料水、地図、洗髪剤、石鹸、タオル)、研究所職員のノートパソコン
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助け、思いを継ぎ、江ノ島盾子を消却し尽した上で会場から脱出する
0:那珂さん、呉さん、くまモンさん、無事だったんですね……!
1:……必ず。こんなひどい戦争は、終わらせてやります。江ノ島盾子さん……!!
2:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
3:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
4:パッチールさん……、みんな、どうか……。
5:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
6:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
7:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。
以上で投下終了です。
続きまして、佐天涙子、天龍、扶桑、戦刃むくろ、左天、
司波深雪、百合城銀子、ヤスミン、グリズリーマザー、黒木智子で予約します。
――次回、『わたしじゃない月のわたし』。
ヒグマロワが、涙を流す。わたしの影と、クロスする。
投下乙です
100人くらい居た浅倉さんもついに絶滅か…と思いきやなんじゃそりゃwww
艦これと魔法少女の要素も取り入れた集大成ともいえる魔改造生物誕生で
既にヒグマ超えてる気がしないでもない。そしてようやく第三回放送が始まるのか
予約を延長します。
やすなはヒグマのオーバーボディを着た穴持たずだった説が急浮上。爆散したけど
投下します
投下します
貳負の臣を危と言った。危と貳負は協力して窫窳(アツユ)を殺した。天帝は貳負を疏属山中に拘禁し、その右足を刑具の上に載せ、自分の頭髪で貳負の両手を縛り山上の大樹の元に縛り付けた。この地方は開題国の西北面にあった。
開明獣の東面には巫師神医である巫彭、巫抵、巫阳、巫履、巫凡、巫相がおり、彼らは窫窳(アツユ)の屍体周囲を囲んでおり、手に不死薬を捧げ死気に逆らって窫窳(アツユ)を復活させようとしていた。
(『山海経』海内西経より)
●●●●●●●●●●
「――さあ、戦刃むくろ。キミのスキは本物か?」
「わた、しは……」
夜の帳が落ちてくる。
百合城銀子の問いから、わずか10歩の距離を開けて、穴持たず696は立ち尽くすしかなかった。
佐天涙子は、あの炎の中で重度の熱傷を受けていることだろう。
駆け寄っている人たちが、既に救命処置を始めているはずだ。
消耗している彼女たちを暗殺することは、恐らく簡単なことだろう。
問題は、それを行う穴持たず696――、戦刃むくろの精神一つだった。
「わかるでしょ……? 私はやるしかないの! どんなに想ってても……! 例えあなたたちが、友達でも、もう一緒にはいられない……」
愛する妹に『死ね』と言われれば死ぬ。『殺せ』と言われれば殺す。
だから戦刃むくろのこの後の行動はただ一つしかない。
百合城銀子はただ、幽かな微笑みを浮かべて彼女のことを見つめているだけだ。
御託を並べながらも、もう戦刃むくろの心は決まっていた。
ただその決意を、彼女は噛み締めているだけだ。
「だって私は、盾子ちゃんのことがスキだから! この思いの代償が、何であったとしても――」
戦刃むくろは震えながら、その片手で拳銃を構えた。
百合城銀子の心臓を狙っている銃口が、まるで自分の胸を狙っているかのように見えた。
「ごめんなさい。私は、スキを諦めない。――■■を、諦める」
震える銃口から、悲痛な怒号が響き渡った。
●●●●●●●●●●
地は溶融し変質した元素で、金属質の銀色に覆われていた。
「涙子、生きてくれ! 俺が人工呼吸してやる!!」
吸血鬼アーカードを、全身全霊を賭した高熱で焼却した佐天涙子は、自身もまた激しい熱傷に覆われ、煤で真っ黒になっていた。
彼女の元に駆け寄っていた天龍は、何とか彼女を生き返そうと、その煤を払い、彼女に口づけようとしていた。
「マウス・トゥ・マウスではダメです! 鼻腔や口内が焼けただれています!」
「そ、そうなのか!?」
「喉頭が腫れて窒息してしまっているんです! 『切開(セクティオ)』!」
それを遅れてやってきたヤスミンが差し止める。
片腕を失ったヒグマでありながらも、医療者として生まれた彼女の技術は、そこに正しい道を示した。
輪状甲状間膜切開。
佐天涙子の咽喉の中ほどに割を入れたヤスミンは、そこへ自分の指の骨を折り、ストローのように差し込んで気道を確保した。
「この穴から、直接息を吹き込んであげてください! 心臓マッサージ30回ごとに2回のペースです!
マッサージは毎分100回以上をキープして!」
「任せろ。俺が既にやってる」
ヤスミンからの指示に応答したのは、異空間から帰還して直ちに佐天涙子の蘇生を開始していた偉丈夫、左天だ。
佐天涙子が数多の想いを純粋な熱エネルギーに変換して放ったその炎は、アルター粒子の氾濫を巻き起こし、異空間に取り残されていた左天が戻るのに十分な規模の『向こう側』への扉を開いていたことになる。
この場の者たちにとって彼は初対面の人間ではあったが、同じ『サテン』と名乗っており、同じ能力を見せていることから、恐らく彼は佐天涙子の兄か叔父か何かであろうと受け止められていた。
何より、力強く彼女を心臓マッサージする彼の姿を見れば、いかな半裸の風体と言えども、この場で彼を信頼できないということは全くなかった。
「熱傷が酷い……。どこまで第3度が広がっている……!? 早急に輸液路を確保しなくては……!」
左天は、帰還してすぐにその熱吸収の能力を使って佐天涙子の体に氷を当ててクーリングしていたが、その熱傷の範囲と深さはヤスミンにも計り知れなかった。
もはや末梢の腕や脚の皮下にある血管は悉く用を成していない。
皮膚もそのほとんどが焼けてしまっているため、このまま手をこまねいていれば、彼女の肉体からは水分が蒸泄され出て行ってしまうばかりだ。
ヤスミンは直ちに自分の別の指の骨を突き出させ、佐天涙子の頸静脈に突き刺して輸液路とした。
「『イニエクティオ(注射)』! そして、『トランスフージオ(輸血)』!!
もはや、この身を惜しんでいる、いとまもありません! でも、私の血では、足りない……!」
彼女はそこから、自分の血液を佐天涙子に輸血し初めていた。
グリズリーマザーの屋台バスがあったところから追いついた黒木智子と司波深雪が、その光景を見てたじろぐ。
「き、緊急とはいえ……、他人……というかヒグマの血を入れて大丈夫なのか!? わ、私のって使えるかな……!?」
「いえ……、ヤスミンさんの骨針なら、血中からHIGUMA細胞だけを濾過して輸血できますから、血液型は関係ないはずです。
それに、こんな危篤状態なら、まずはHIGUMA細胞に体内から修復してもらうべきでしょう。私ならそうします」
完全に他人事のような口調で深雪は平然とそう言ってのけたが、その態度は、智子の癇にジャストで障るものだった。
「ならお前の血を提供しろよ、誘拐犯の一味!」
「私が血を差し出すのはお兄様だけです!! どきなさい! 心臓マッサージを交代します!
こういうのはローテーション組んで疲れたらすぐに交替するんですよ!」
「お、おう。威勢がいいな。じゃあ頼むぜ」
思わず叫びつける声も裏返る怒りにも深雪は、ずれた応対で叫び返すのみだ。
左天から強引に心臓マッサージのポジションを奪う彼女だったが、その手つきはさながらACLSのインストラクターも斯くやの見事さである。
胸骨圧迫の度に揺れる乳房まで流麗さを保っているのは、流石に魔法科高校の優等生ということなのだろう。
怒りをぶつけてしまっていた黒木智子も、その姿には感嘆する他なかった。
「て、手慣れてるな……」
「こんなことも保険の授業で習わなかったんですか? ハッ、遅れてますね」
「なんだコイツ……! どけ! モテなくたって心臓マッサージくらいできるわ!」
「浅い浅い浅い! 胸が5cmは沈むくらい押さないとダメです! 見てなさい、私が教えてあげます!」
なんだかんだといがみ合いながらも両者は蘇生行為の一助になってはいたが、弾き出された左天は、明らかに効率が落ちていそうなその様子に頬を掻く。
「次は俺がやるから……。それよりも血はどうするんだ? 俺からでもいいんなら何百ccか献血するぜ?」
「できれば……、シロクマさんのおっしゃる通り、HIGUMA細胞を含んだ血液が望ましいです」
心臓マッサージ30回につき、天龍が2回、喉から息を吹き込む。
そんなサイクルの中で、ヤスミンは今もひたすら自分の血液を輸血し続けていた。
自身も重傷を負っている中でのその無謀な行為は、たちまち彼女を貧血に陥らせている。どうしても、ヤスミン以外の供血者は必須だった。
「血が必要なら、是非、私のを使ってください……」
「扶桑――!?」
そこにふらつく足取りを引き摺ってようやく辿り着いたのは、戦艦の艦娘、扶桑であった。
胸の弾痕に指を突き込んでいる彼女は、魔弾の射手リップヴァーン・ウィンクルの狙撃を受けたことで、心臓が破れている。
ここまで彼女が砲撃を続け、意識を保っていたことだけでも、それは奇跡に等しい現象だった。
その奇跡をもたらしてくれた原因を、彼女は知っている。
それは彼女の肉体を巡り形作る、ヒグマの存在だ。
この絶望的な状況下で、彼女の眼に見えていたのは、明かな希望だった。
彼女は、佐天涙子に人工呼吸を施していた天龍の傍らに膝をつき、そのまま力尽きて仰向けに倒れ込む。
致命傷を受けていてなお、彼女の表情は安らかだった。
「私が沈むのは時間の問題ですし。もう私は、轟沈の間際に絶望するのは、飽きましたから。
ヤスミンさんは、治療を続けて下さい……。人を救うために沈めるなら、これ以上ないくらい、嬉しいです」
「それでも足りなかったらアタシだ! マスター、まだ令呪はあるだろう? アタシが一回死ぬまで全部血を抜き取ってくれ!」
「あ、そ、そうか! もちろん! 令呪一画で助けられるなら使うほかないよ……!」
最後にやってきたグリズリーマザーが、心臓マッサージのローテーションに加わりながら、続けざまに供血を申し出る。
その宝具の一つである『灰熊飯店(グリズリー・ファンディェン)』のバスは先の戦いでアルター粒子に分解されてしまっていたが、未だ、彼女の代名詞の一つである宝具『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』は健在だ。
マスターである黒木智子の令呪が残っている限り復活できるその宝具を頼ることができれば、供血者としてこれ以上ない条件ではあった。
「お申し出、ありがとうございます……! 必ずや、有効利用させていただきます」
「天龍さん、是非脱出して下さいね。絶望を超えた先の楽しさと嬉しさが、きっと皆さんにも訪れますよう、祈ってます……」
「了解だッ……! お前の命も意志も、決して無駄にはしねぇ! 天龍川の誉れにかけて誓う!」
ヤスミンが骨針を変形させて、佐天涙子と扶桑の血管を接続する。
天龍が手を取り声を掛ける間にも、最期の気力を振り絞っていた扶桑の意識は、徐々に遠のいていく。
当座の輸液を確保しても、まだ安心はできなかった。
「輸血および心肺蘇生と同時に、熱傷のデブリドマンと皮膚移植を行います……!
壊死組織を除去後、このHIGUMA幹細胞の残りを血液で膨潤させて塗布し、ヒグマ体毛包帯を代用皮膚として接着させます」
ヤスミンが取り出したのは、HIGUMAの幹細胞でできたクッキーだ。
既に2/3が使われたあとのその大判のクッキーは、かつてクッキーババアが穴持たずドリーマーの肉体をその全霊を賭して精製したものである。
貴重なその細胞塊を砕き戻そうとした段階で、ヤスミンは一瞬ふらついた。
「おい、ヤスミン! 大丈夫か! お前だって出血がひどいんだ!」
「……申し訳ありません。何か、補給になるものはありませんか? この治療の間だけでも、私の力を保てる何かが……」
慌ててヤスミンを支えた天龍が、人工呼吸の間に彼女へ声を掛ける。
伊達男トバルカイン・アルハンブラに片腕を落とされているヤスミンは、その傷口を自分で焼灼しただけであり、今の治療の最中にも自分の骨肉を消耗し続けている。
彼女の肉体も既に限界を超えた状態で、気力だけで動いているに過ぎなかった。
天龍は人工呼吸を黒木智子に交代してもらうと、急いで自分のデイパックを漁った。
「これ! カツラの持ってた薬だ!! 少しでも足しにならないか!?」
取り出したのは、二つの薬剤ボトル――、ポイントアップとピーピーリカバーだ。
ポケモンの覚えている技の使用回数を底上げし、全回復させる貴重な薬剤だ。
それらのラベルの効能効果を読み、ヤスミンは荒い息をつきながらもうっすらと笑った。
「ありがとうございます……。これで、この損傷でも、私は確かに医療者であれます」
ヤスミンは言うや否や、それらをまとめて一気に飲み干した。
ポケモンという生物への効果が、恐らくヒグマである彼女自身にも適用されるだろうと見越しての行為だ。
するとたちまち、ヤスミンの皮膚を突き破り、彼女の骨が何本も飛び出してくる。
切断された腕の付け根から、新生骨が触手のように伸びてゆく。
それらは悉く変形し、メスや鉗子のような形状を取っている。
ヤスミンの能力である、『自身の骨格の変形』が、全力を超えた規模で行使されていた。
骨が蠢き、ロボット手術のような様相で佐天涙子に処置を加えていく。
ヤスミンは今や、全身が生ける医療機器のようだった。
「……『チルルギア(手術)』!」
そして彼女は、何人もの外科医がいなければ決してこなせないような手術を、何か所も同時にこなし始めていた。
「凄まじいな……。流石にこの島で生き残ってた奴らだけある」
「そうだろう? もうここの全員が、仲間なんだ。絶対に涙子を、他の奴らを、助けて脱出してみせる!
お前だってそうだろ? 涙子の、あー……、おじさんか?」
「ああ、俺を連れ戻してくれた嬢ちゃんの力には感謝してるさ。だがお前、『アツユ』っていう中国のバケモノを、知ってるか?」
「……は?」
「いや、今この状況が、その説話にそっくりだなと思ってよ」
ヤスミンの執り行う手術の光景に嘆息していた左天は、その言葉を受けた天龍に、何やら皮肉めいた笑みを浮かべて語り出していた。
「アツユは元々、穏やかな天の龍神だったんだが……。謀略で殺され、なんとか6人の巫医が復活させようと手を尽した。
しかし復活したアツユは、体が牛のような形に変化し、全身は赤く、人の頭部で、馬の脚を持ち、赤子のような声で泣く猛獣となっていた。
アツユはその元々の性格も失われ、人里で人を喰らう化物となり、天帝の命で再び殺された……」
山海経という中国の書物は、元々善良だった神が謀殺され、恐ろしい形態と行動原理を持った妖物となってしまった様を、克明に記載していた。
異空間から佐天涙子のこの島での一部始終を見守っていた左天にとっては、今の彼女とこの説話が恐ろしく符合するものに感じられていた。
しかし、天龍にとっては、この妄言はただ琴線を逆撫でするものに過ぎなかった。
「ふざけんな! 何言ってんだ、そんなことさせねぇ! どんなに姿形が変わろうとも、涙子は涙子だ!
俺たちと同じようにな!! 俺たちが信じてやらねえで、どうするんだ!!」
「クク、そうかい。お前らは軍艦から人間になった輩なんだっけか、釈迦に説法だったな。すまねえ」
マントを胸倉で掴んで叫びつけてくる天龍に、左天は包帯の奥から露悪的な態度で笑うだけだった。
その様子に、天龍は舌打ちをしながら彼の体を離す。
何か理由がなければ、この男がこのような言動をとるとは考えづらかった。
「……何で今、そういうことを言った? お前も、涙子を助けたいんだろ? それで何か、得することがあるのか?」
「……いやなに、覚悟しとかなきゃならねぇな、ってことだよ」
それだけを言い残して、左天は心臓マッサージのローテーションに戻った。
「オオオ、『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』! まだ足りないかい!?」
「残念ながら……、蒸泄が多すぎます。せめてもう一頭分、血液がないと……!」
「グリズリーマザー……!」
処置が続く中、グリズリーマザーの血液が一度使い果たされ、復活していた。
既に扶桑は事切れ、亡骸が安置されている。
黒木智子の令呪は使い果たされた。
これ以上は、グリズリーマザーの復活は叶わない。
現在進行形で全身の焦げた皮膚が剥がされ、体毛包帯で覆い直されている佐天涙子からは、輸血されるそばから体液が失われていっている。
この状況では、グリズリーマザーの血をもう一度使い果たして、ようやく足りるかどうかというところだった。
無防備なマスター一人を残して消え去ることに、サーヴァントとしてのグリズリーマザーは、逡巡する他なかった。
やきもきとした司波深雪が、苛立ち混じりに周囲を見渡している。
「というかこの事態に百合城さんは……!? あと、あの下衆女の姉はどこに行ったんですか!?」
「ここにいる」
度重なる全力の心臓マッサージで息を荒げている深雪の背後から、その時声がかかった。
それは動転していた深雪たちが、その二名の不在に、ようやく気付いた時だった。
「この子の血も、使ってやってくれ。それが、この子の遺言だ」
そこには、熊耳のドレスを纏った百合城銀子が、戦刃むくろの体を抱えて立っていた。
地に横たえられた彼女は、安らかに眠っているかのようにも見えた。
「この子は、私たちを守るために最期まで全力を尽くしていたことを報告しておく。
スキを諦めなかった彼女の想いが、きっとテロスを変革することだろう」
息絶えている彼女の首筋にある歯型は、クマのものだった。
●●●●●●●●●●
「ごめんなさい。私は、スキを諦めない。――自分を、諦める」
「……ユリ、承認」
戦刃むくろがその手の拳銃を発砲した瞬間、百合城銀子は既に間合いを詰め、彼女の首筋に牙を突き立てていた。
甘く百合の香りがする、一瞬の所作だった。
「あ、あ――」
むくろは、自分を包んだ優しい死に、一筋の涙を零した。吐息と共に、銃が地に落ちた。
自分の首筋を食い破っている百合城銀子を、戦刃むくろは、震えながら抱きしめた。
「ありがとう……」
命が急速に流れ出して行くのがわかる。
だが不思議と、絶望感は無かった。
「盾子ちゃんの命令は絶対だから――。私は、こうするしか、なかった……」
最期の息で訥々と銀子に語る口調には、安堵があった。
妹の命令に従わない訳にはいかなかった。
かと言って、この身において初めて作れた友達を、傷つけたくなどなかった。
こうして返り討ちによって殺されることによって、ようやく戦刃むくろという存在はこの板挟みから解放されたのだ。
それに今回の死は、オリジナルのようなただの見せしめではない。
スキのための、意味のある、死だ。
「私の『むくろ』……、涙子さんの助けに、して……。それがきっと、盾子ちゃんのためでも、あるから――」
「案ずるな。キミの百合は美しい」
命を手放した穴持たず696は、満ち足りた表情を浮かべていた。
●●●●●●●●●●
ここを訪れるのは、もう何度目になるだろう。
私の中の学園都市の、私の中の商店街の、私の中の駅前の、私の中のキオスクの影よ。
そこに待ち構えている不吉なものを、私はもう知っている。
私の中の歪んだ路地裏は、あちこちで火事が起こっていた。
家々も街灯も、道を行く人々も、誰もが炎に巻かれ焼けて行っている。
むせるような空気を漕いで、私はその夢の中を、待ち構えている者の前へとひたすらに歩き続けた。
「すわ。答えは見えたのか?」
辿り着いた広場に待っていたのは、明け方に見た時から変わりもせぬ、子供のような体格の観音様だった。
歩いてきた道は、すぐに炎に閉ざされた。
溜息のように、私は答えた。
「……わかりません」
アーカードを、自分たちの前に立ちはだかっていたあまりにも強大な壁を、斃した。それは事実だ。
でも斃した後に訪れたのは、達成感ではなく虚無感ばかりだった。
その虚無の果てに、自分はまたこの夢の中を辿ってしまっている。
この夢の中で、自分は一体何をすればいいのか。
もう、そんなことはわからなくなっていた。
「一体あんたは何なの? パワーアニマルだか何だか知らないけど、私はあんたみたいな歪んだ観音様、これまで見たことも無い。
あんたを殺したところで、何も意味はなかった。
立ちはだかる敵を倒しても、私の周りにはただ炎が……。嫉妬のような、激情のような炎が巻き起こるだけだった」
もう十分ではないか。
天龍さんたちが生き残れる道は拓けた。
敵は倒せた。
これ以上の力なんて欲しくもない。
もしそれでも私の夢の中を炎が焼いて行くなら、これはきっと罰だ。
今まで後回しにし続けていた、想いのツケだ。
きっとこれが、今まで得てきた力の代償なのだろう。ならばこの有様もなるほど納得だ。
炎が強くなる。
私の中の世界は、もうこの広場以外全てが焼け落ちていた。
膨大なエネルギーが四方を囲み、めろめろと赤い舌を伸ばして迫ってきている。
汗も乾き、肺も焼けるような凄まじい熱気ばかりが、私を取り囲んでいた。
そんな凄まじい状況を目にしながらも、私は無力感に任せてペシミスティックに薄ら笑うだけだ。
「冷静になるたびに、思うんだ。もう、こんな人生に意味あるのかな、って……。
あの『幻想御手(レベルアッパー)』に呑まれた時から、そんな自己矛盾が、ずっと私の奥底で回りっぱなしなんだ――」
そう呟きながら、私はハッと気づいた。
泣いてる。
観音様が、声を上げずに泣いている。
顔の裏から、涙をこぼしている。
――お面だ。
この大人の男のような観音様の顔は、お面だ。
その下の素顔があるのだ。
●●●●●●●●●●
遺伝するのは、DNAではなく、祖先の精神だった。
歴史上の偉人が。
死に別れた英雄が。
彼らの中に、動物の形を以って繋がっていく。
その『守護動物(パワーアニマル)』には多くの種類があり、人によってどんな種類の動物を持っているかは様々だった。
ウィルソン・フィリップス上院議員の姿が、なぜかそこに見えた。
彼はホピ族の保留地を訪ね、『守護動物(パワーアニマル)』を探すための『ビジョン・クエスト』を行い、自分の意識下深くへと潜っていた。
トランス状態の中、自分の脊柱を下り、尾骶骨の奥から続くトンネルに入った地下世界で、彼は自分自身の姿を捕まえていた。
自己の中への旅で、『守護動物(パワーアニマル)』は4度、違った角度で出現する。
その『守護動物(パワーアニマル)』を見つけ、捕まえる。
自分自身は、喜んで掴まるはずだ。
地上に戻り、自分の胸から、自分の中に入れ、一体となってダンスを踊る。
それが、『守護動物(パワーアニマル)』を身につける一連の儀式であった。
初春とウィルソンの問答が、ぼんやりと炎の中に響いた。
『ただ、その動物が、牙を剥いた蛇だったり、クモの大群だったり、明らかに敵対的な存在として出てくることもある』
『……そういう時は、どうするんですか?』
『その時も、決して戦ってはいけない。それも、自分自身だからだ。戦ってしまえば、その無意識の力は、歪む』
通り過ぎて避けるか、さもなくば再び地上の意識に戻り、最初からクエストをやり直さねばならない。
無意識の力の象徴である『守護動物(パワーアニマル)』は本来、この時点で良好な関係を持てるほど近い存在になっていなければおかしいのだ。
そうでないということはつまり。
――意識が、無意識を拒絶しているということを意味している。
『尾骶骨の下位のチャクラである『鬼骨』を回すという行為は、このビジョン・クエストが、上手く行き過ぎた結果なのか、それとも歪み過ぎた結果なのか――。
それはわからないが。『波紋』、『チャクラ』、『守護動物』、『超能力』、『独覚兵』……。あと、北岡くんの変身やわしの変身もだ。
これらの概念は、実のところ相当に近しいものなのではないかと、わしは思ったよ』
●●●●●●●●●●
陽炎のように浮かんでは消えたイメージに、私は瞠目して震えるしかなかった。
私は、目の前で泣いている小さな観音様に、問いかけずにはいられなかった。
一度目の旅で、私は強くなることを願い、観音様を蹴り殺した。そうして身につけた力で、私は初春と皇さんを殺しかけた。
二度目の旅で、私は強くなることを願い、観音様を焼き殺した。そうして身につけた力で、私は数えられない程の命を殺した。
ああ、そして三度目の今、この目の前に現れている『守護動物(パワーアニマル)』は――?
私が今まで敵視してきたこの観音様は、一体なんだったんだ――!?
私はこの旅の先で、一体どうなってしまうんだ――?
「あなたは……、誰!? 誰なの!?」
「あやあやあや……、わからぬと申すか。『つまさきだち』の末に、その足元を見失った娘よ」
観音様は、さめざめと涙を流しながら、そう呟いた。
そして彼女はゆっくりと踵を返すと、寂しげな足取りで、炎の中へと歩み去っていってしまう。
「お主が焼け落ちる前に、今一度、此岸に帰るがよい。幸いなるかな。この炎の海から、お主はまだ誰かに探し出されている」
「待って! 一体どういう――!」
炎の中に姿を消した観音様を追って、私は走り出そうとした。
しかし、そうして火に飛び込もうとした私の両肩は、誰かに押し止められた。
『来るな。私を斃した人間が、こんな場所で終ることなど許さん』
『そうだ、嬢ちゃん。あの死合いで見せた気概はどうした』
二つの、逞しい男の人の腕が、私を炎から守り、そして上空へと放り投げていた。
地から離れ、天に昇りながら、私は火の粉の中にたくさんの人々の声を聞いた。
『わしらはいつも、キミに祈っている』
『佐天女史を、まだ必要としている方々がいらっしゃいます』
『おい、俺の弁護を無駄にしたら只じゃおかねえぞ』
『もっともっと、速くて楽しいことしてきなよ!』
『僕の伝説と王朝を、ちゃんと護り伝えて欲しいんだよね』
様々な人の手が、私を燃え盛る熱量から上へ上へと押しやっている。
それでも火の中に落ちてしまいそうな私の手に、一本の包帯が巻き付いていた。
『――見つけました、佐天涙子さん。あなたを連れ戻して、処置は、完了です……』
「ヤスミンさん――!? それに扶桑さん、戦刃さん……!?」
私は、そんな見知った少女たちの腕に抱えられ、炎から救い出されていた。
彼女たちは私を励まし、微笑みかけ、そして私を上へと、光の方へと送り出してゆく。
『みんなの所に戻ってあげて。盾子ちゃんのためにも。これが、今の私が友達にしてあげられる、唯一のことだから』
『信じられないほどの困難と不幸が、この先であなたを絶望させるかもしれません。でも私にはわかります』
戦刃さんと、扶桑さんと、繋いでいた手が離れた。
彼女たちは私の下で炎に呑まれながら、微笑んで手を振っていた。
『絶望の先にも、あなたの旅は続きます』
視線を落とせば、マグマに埋め尽くされた星のような、煮えたぎる莫大な熱量が、私の足元にあった。
過去・現在・未来の全ての人々の思いを煮詰めたポトフーのような、ジャムのような、そんな大輪の回転する炎の華。
全ての歪みに繋がる、尾骶骨の奥の龍。
私は理解した。これがあの、ウィルソンさんの語ったモノの正体だと。
「――ああ、これが、『鬼骨』だ」
【観音様@歪み観音 死亡】
●●●●●●●●●●
人体には、7つの結節点があるという。
インドのヨーガの言い方では、それを『チャクラ』と呼称し、仙道にも同様の考え方が存在する。
王冠のチャクラ、泥丸(サハスラーラ)。
眉間のチャクラ、印堂(アジナー)。
咽喉のチャクラ、玉沈(ヴィシュッダ)。
心臓のチャクラ、膻中(アナハタ)。
臍のチャクラ、夾脊(マニプーラ)。
脾臓のチャクラ、丹田(スワディスターナ)。
根のチャクラ、尾閭(ムーラダーラ)。
これらは炎の輪、または華のようにイメージされ、脊柱の中のスシュムナー管という経路に仮想配置されている。
だが人体のチャクラは、この7つ意外にも、存在を疑問視されていながら、あと2つあるのではないかということが示唆されている。
頭頂よりさらに上、虚空に存在するチャクラ。月のチャクラ『ソーマ』。
そしてもうひとつ。
世界各地に同様の概念が存在し、人体の7つのチャクラを合わせた全てのエネルギーよりもさらに大きなエネルギーを秘めているとされる、尾骶骨の下位のチャクラ。
中南米においては『キッシン』。
中国においては『鬼骨』。
インドにおいては『アグニ』。
生命進化の根源であり、クンダリニーが発生する根源なのではないかと考えられているチャクラがそれであった。
伝説のように語り継がれてきた、この『鬼骨』を見つけ出し回すことは、一部の仙道の者にとっての夢であった。
眉唾と考えられているこの『鬼骨』であるが、過去に2人だけ、これを回してしまった男たちが確認されている。
一人は、老子の弟子にして仙道の祖と言われる、赤須子である。
赤須子は40年の歳月をかけてこの鬼骨を回したという。その途端、神仙の一人であった赤須子は獣に身を変じ、数百人の村人を喰らい、ついには老子の手によって、この世から抹殺されたという。
●●●●●●●●●●
「良かった! 目が覚めたんだな、涙子!!」
私の眼を開けさせたのは、天龍さんの咽ぶような声だった。
私は、その声に応えようとして、痛みに呻いた。
「あうっ、あるるぅ――」
口から洩れたのは、細くて高い、何かの鳴き声みたいなものだった。
喉が腫れているんだ。
「るういいい――」
ああ、皇さんの声だ。
あの笛のような声だ。
痛くて熱くて、笛のような泣き声が喉から漏れ続けてしまう。
「こいつらが……、全力でお前を連れ戻してくれた。俺たち全員を助けた、涙子を」
天龍さんは、身もだえする私を、必死に抱き留めていた。
彼女の示す先には、ヤスミンさんが、戦刃さんが、扶桑さんが。
命を無くした状態で、私の隣に横たえられていた。
私のことを、左天のおじさんが見ている。
黒木さんが見ている。
グリズリーマザーさんが見ている。
司波さんが見ている。
百合城さんが見ている。
とても心配しているような、恐れているような。奇異と憐憫の混ざった眼差しで。
熱い、熱い。
体中が燃えてる。
焼けた皮膚の細胞が包帯に癒着しようとしている。
ものすごい速度で、ヒグマが私に染み込んでくる。
体の中に、ヒグマがひしめいている。
ああ、身体じゅうで獣が慟哭しているのが聞こえる。
体は、ヒグマの毛皮に覆われていた。
全身は、皮下組織から沁み出た血で真っ赤だった。
触れる頭と顔だけは、かろうじて人の形を保っている。
それでも、見下ろした両手は変形し、毛皮に覆われた獣の肢になっていた。
咽喉を漏れる声は潰れて、高すぎて赤子のようだった。
私は獣だ。猛獣になってしまったんだ。
生き返っても、これじゃあんまり嬉しくないよ。恥ずかしい。
私は天龍さんの腕の中で、震え悶えた。
血と体液で汚れた私の包帯の毛皮の上に、天龍さんの涙が幾筋も流れていた。
私の眼は、涙も流せないくらい、乾いたままだった。
「ういいいいいい……」
初春。初春。
会いたいのに。こんな姿見られたくもない。
だってもう私は、あなたの名前さえ呼ぶことができない。
「あああああああるううううううう――!!」
ああ、なんて覚悟が甘かったんだろう。
なんて青二才だったんだろう。
これが月の炎。
月の心。
月の恋――。
ああ、なんて、青い――。
【扶桑改(ヒグマ帝国医療班式)@艦隊これくしょん 死亡】
【穴持たず696 死亡】
【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国 死亡】
●●●●●●●●●●
赤峯(せきほう) 字(あざな)は慮山 号して須子(※赤須子のこと)
鹿邑(ろくゆう)の人 導引胎息(どういんたいそく)をよくす
修法の末に八位の竅(きょう)を開く
これ鬼骨なり 即ち鬼埋絡(キマイラク)なり
彼たちまち猰貐(アツユ)と成りて
二年間の間に邑人(むらびと)八百人を喫す
周昭王の二十三年 老耼(ろうたん※老子のこと)ついに
これを捕らえ ここに封ず
関令尹(かんれいいん※尹喜:『老子道徳経』の著者のこと)これを記す
(河南省、三門峡ダム建設現場付近で発見された石碑より。一部注釈)
●●●●●●●●●●
【F―2 焦土 夜】
【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:『アツユ』、深仙脈疾走受領、アニラの脳漿を目に受けている、右手示指・中指が変形し激しい鱗屑が生じている、溢れ出す魂、大量のHIGUMA細胞を移植されている
装備:ヒグマの体毛包帯
道具:焼失
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:――――――――――
1:初春を守る。そのためには、なんだってできる――!!
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:これが月の炎。月の心。月の恋――。ああ、なんて、青い――。
5:本当の独覚だったのは、私……?
6:ごめんなさい皇さん、ごめんなさいウィルソンさん、ごめんなさい北岡さん、ごめんなさい黒木さん……。ごめんなさい……。
7:思い詰めるなって? ありがたいけど、思い詰めるのが私の力よ。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになってしまいました。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。
※アニラのファンデルワールス力による走法を、模倣できるようになりました。
※“辰”の独覚兵アニラの脳漿などが体内に入り、独覚ウイルスに感染しました。
※殺意を帯びた波紋は非常に高い周波数を有し、蒼黒く発光しながらあらゆる物体の結合を破壊してしまいます。
※高速で熱量の発散方向を変えることで、現状でも本家なみの広範囲冷却を可能としました。
※『月(ソーマ・チャクラ)』を回しました。
※『鬼骨(アグニ・チャクラ)』を回してしまいました。
【左天@NEEDLESS】
状態:健康
装備:自分のガントレット
道具:エカテリーナ2世号改の上半身@とある科学の超電磁砲、多数のクッキー@クッキークリッカー、ヒグマの肉
[思考・状況]
基本思考:全能者になる。嬢ちゃんの成長にも興味がある。
0:まだ諦めんなよ嬢ちゃん! じゃねぇと折角出て来れた甲斐がねぇ!!
1:このじゃじゃ馬には、まだまだ先があるんだぜ!?
[備考]
※佐天涙子の支給品です。
※異空間に閉じ込められている間、空間が開く度に顔を覗かせていたため、いくつかの異なる場所に何らかの話をつけているようです。
【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:ヒグマ化、魔法演算領域破壊、疲労(中)、全身打撲、ヒグマの血がついている、溢れ出す魂
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:兄を復活させる
0:諦めない。
1:やった! 助かった! やはり私はお兄様に導かれています!
2:江ノ島盾子には屈しない。
3:私はヒグマたちに対して、どう接すれば良かったのでしょうか……。
4:残念ですが、私はまだ、あなたが思うほど一人ぼっちではないようです。有り難いことに……。
5:私はイソマさんに、何と答えれば、良かったのでしょうか……。
6:何なんですか低能クソビッチって!?
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営していました
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司波深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品でしたが、剥がれ落ちました。
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司波達也の
絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です
※シロクマの手によって、しろくまカフェを襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。
※モノクマは本当に魔法演算領域を破壊する技術を有していました。
【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破、燃料切れ、キラキラ、左眼から頬にかけて焼けた切創、溢れ出す魂
装備:日本刀型固定兵装、投擲ボウイナイフ『クッカバラ』、61cm四連装魚雷、島風の強化型艦本式缶、13号対空電探
道具:基本支給品×2、35.6cm連装砲、基本支給品×3(浅倉威、夢原のぞみ、呉キリカ)
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:涙子を、必ず助ける!
1:扶桑、お前たちも難儀してたみてぇだな……。
2:迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
3:金剛、後は任せてくれ。俺が、旗艦になる。
4:ありがとう……銀……、島風、大和、天津風、北岡、カツラ、サーファー……。
5:あのヒグマたちには、一体、何があったんだ……。
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※ヒグマ製ではないため、ヒグマ製強化型艦本式缶の性能を使いこなしきれてはいません。
【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:血塗れ、ネクタイで上げたポニーテール、膝に擦り傷、溢れ出す魂、疲労(中)
装備:令呪(残り0画)、製材工場のツナギ
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー、ロビンのデイパック(砲丸、野球ボール×1、石ころ×69@モンスターハンター、基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン )
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:あのノーライフキングを斃した代償が、この姿か……。
1:ロビン……、少しはお前に、近づけたか?
2:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
3:グリズリーマザー、ヤスミンに同行。
4:あの即落ちナチュラルボーンくっ殺、一体、どうして死んだんだ……?
5:ダメだこの低能クソビッチ……。顔だけ良くて頭と股はユルユルじゃねぇか。
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。
【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:背中に手榴弾の破片がいくつも突き刺さっている、溢れ出す魂
装備:なし
道具:『活締めする母の爪』、『閼伽を募る我が死』
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:涙子ちゃん! 大丈夫かい!?
1:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
2:灰色熊……、アンタの分も、アタシが戦ってやるさ。見ときな!
3:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
4:むくろちゃんも扶桑ちゃんも難儀だねぇ……。
5:実の姉を捨て駒にするとか、黒幕の子はどんだけ性格が歪んでるんだい……?
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディェン)』は、アルター粒子の奔流に呑まれて消滅しました。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。
※宝具『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、自身を即座に再召喚できる。
または、自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、Bランク以下の水属性のサーヴァント1体を即座に召喚できる。
【百合城銀子@ユリ熊嵐】
状態:溢れ出す魂
装備:自分の身体
道具:自分の身体、フライパン、コルトM1911拳銃(残弾2/8)
[思考・状況]
基本思考:女の子を食べる
0:さあ、戦刃むくろ。キミのスキは本物か?
1:さすがは月の娘。こんな嵐の中でも曇りなきデリシャスメルだ。
2:ピンチの女の子を助け、食べる
3:数々の女の子と信頼関係を築き、食べる
4:ゆくゆくはユリの園を築き、女の子を食べる
5:『私はあらゆる透明な人間の敵として存在する』
6:深雪は堪能させてもらったよ。本格的に食べるのはまたの機会にな。
[備考]
※シバに異世界から召還されていた人物です。
※ベアマックスはベイマックスの偽物のようなロボットでシバさんが趣味で造っていました
※ベアマックスはオーバーボディでした。
※性格・設定などはコミック版メインにアニメ版が混ざった程度のようですが、クロスゲート・パラダイム・システムに召還されたキャラクターであるため、大きく原作世界からぶれる・ぶれている可能性があります。
以上で投下終了です。
18時をまたいでいる扱いなので、次が第三回放送になると思われます。
ようやく第三回放送か、待ちくたびれたぜ。
それじゃあ第三回放送を、予約して投下しまぁ〜す☆
静寂を聴いて 始め知る
響きの中に 絶え無き流れ
モノのいわれは 波へと帰す
Ah march into the force
Ah march into the force
風なる夜に 我は聴く
鳥は呼びかけ 予兆唄う
わからぬ事は やがて光に
Ah march into the force
Ah march into the force
――P-Model『3/4 (March 4th)』より
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
第三回放送を行なったのは、主催であるSTUDYでも、それを乗っ取ったヒグマ帝国でもなかった。
その放送局の名は、『HHH(HIGUMA-ISLAND HOPE HEADLINE)』――、『ヒグマ島希望放送』。
崩壊したアスレチックの半地下にあるその放送局は、目下その放送の準備に奮戦していた。
「うおおおお、回せ回せ回せぇぇぇぇぇ――!!」
全島停電の中、放送に使う電力は、現在進行形で発電されている。
電光掲示板の地下から発掘したバッテリーに、アスレチックの自転車や、焼け落ちたメルトダウナー工場から回収して来たブロアのタービンを接続し、くまモン、クックロビン、安室嶺というヒグマの面々がそれらを全力で回すことによって、着々と電気が貯められる。
それら物品の探索行から瀕死の状態で帰って来た艦娘の那珂ちゃんを手当てしながら、天津風、夢原のぞみ、初春飾利は、放送席でじっと時を待つ傷だらけのラジオパーソナリティーを、固唾を飲んで見守っていた。
ノートパソコンを開いてタイムキープする初春が、低い声で言う。
「あと30秒です、御坂さん」
「オーケー……。電力は足りた。さぁ、始めるわよ」
ゴシックロリータの衣装にヘッドセットをつけた御坂美琴が、満を持して瞼を開く。
そして万事の空へと向けて、マイクのスイッチが入れられた。
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
――ピーンポーンパーンポーン♪
――こちらは、『HHH』――、『ヒグマ島希望放送』です。
――参加者、ヒグマの皆さん、ご無事ですか?
――私は日本政府より派遣された救援部隊の、御坂美琴です。
――皆さん直ちに力を合わせ、脱出しましょう。
――私は今、島の全てのスピーカーへ、北から順に電気を送って放送しています。
――あなたたちの近くのスピーカーに、声を送ってください。
――あなたたち生存者と、亡くなってしまった人々の名前を教えてください。
――その声を、私たちはまた島の全てに放送します。
――私たちは今、A-5エリアのアスレチックに居ります。
――是非とも集まってきて下さい。 皆さんをお待ちしています。
――協力して下さる方は、保護する用意があります。
――殺意を持った相手は、迎撃する用意があります。
――今いるみんなで、この島から脱出しましょう。
――私たち『HHH』にいる生存者は、私、御坂美琴と、
――初春飾利です! 佐天さん、生きていたら連絡ください!! お願いします!!
――天津風よ。天龍、心配かけたかもしれないけど、私たちはここにいるわ。
――か、艦隊のアイドル……、那珂、ちゃん、だよ……☆
――呉キリカだ。織莉子は来てないか? 私みたいに瀕死でも、とにかく生きてたら教えてくれ……。
――夢原のぞみだよ! マナちゃん、どこにいるの!? 今度は絶対に、連れ戻すからね!
――ヒグマ帝国のパイロット、安室嶺です。帝国の皆さん、ここの人間たちと、今は協力し合うべきです!
――あとはくまモンさんと、このクックロビンですッ! 凛ちゃぁぁぁぁーん!! 生きてるかぁぁぁ!?
――こちらでは、クマー、そしてメロン熊というヒグマさんたちが亡くなりました。
――もう一度言います。
――今いるみんなで、この島から脱出しましょう。
――私たちは今、A-5エリアのアスレチックに居ります。
――是非とも集まってきて下さい。 皆さんをお待ちしています。
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
『左天っつうもんだ。お前らの探してる佐天涙子の嬢ちゃんと同行してた。今嬢ちゃんは大怪我してるが……。
まあ大丈夫だ、治療はしてあるからすぐに目覚めるはずだ。
生存者はそれに加えて、黒木智子、ヒグマのグリズリーマザー、艦娘の天龍、百合城銀子、司波深雪ってメンツだ』
『聞こえてるか天津風……、あとヒグマ提督よぉ。こちら天龍だ。戦死者は、皇魁、ウィルソン・フィリップス、島風、扶桑、大和……。
あと、ヤスミンっていうヒグマと、戦刃むくろって子が死んだ……』
『あと、クリストファー・ロビンと、言峰綺礼……。そして、アーカードは、私達が……いや、そこの佐天さんが消滅させた』
『生き残った帝国の方々に連絡します。私は司波深雪――シロクマです。
キングヒグマさん、シバさん、ツルシインさん、灰色熊さんは亡くなりました。
近くに生存者がいる場合は、直ちに協力体制を取って、艦これ勢および江ノ島盾子の攻撃から身を守って下さい!』
『俺たちからの報告は以上だ。涙子が気づき次第、北の森からそっちに向かうよ……』
『武田先生、聞こえるか! 我こそは隴西の李徴子だ! 火山中央のエレベーターからようやく戻った!
地下でメイフゥが……、いや、ウェカピポの妹の夫が殺された! 黒ずくめの衣服を纏った赤毛の少女にだ!
宮本明と、美色楽(メルセレラ)女士、そして――』
『黒騎れいよ! 4人で何とか脱出した! 杏子、生きてる!? 四宮ひまわりは!?
まずあなたたちと合流したいから居場所を教えて! 宮本さんの怪我がひどいけどとりあえず私は無事!』
『ラマッタクペ、ケレプノエ、アンタらも居所教えなさいよ!』
『れい!? れいなのか――! カ、カズマと劉鳳さんと白井黒子さん、狛枝凪斗は死んだ! アタシは戦闘ちゅ――うグジュ』
『言峰神父が死んだなら、聖杯戦争の参加者はあと誰が残ってるんだ!? 俺のバーサーカーは死んだぞ!?』
『アハハハハ! メルちゃんの調子が良いようで何よりです! 合流したいならばどうぞ! 制裁さんと一緒に火山の南で絶賛ラマト(魂)の救済中です! ああ、ちなみに駆紋戒斗さんのラマト(魂)もカントモシリ(天上界)に向かわれました!』
『あかはい! ろおかひ! おるおるぅ! はあっはあ! あほんるい!』
『布束砥信よ! 呉キリカと夢原のぞみに感謝するわ! 現在、ラマッタクペと制裁ヒグマの襲撃を受けてる!
生存者は、佐倉杏子、円亜久里、デデンネと、穴持たず34だったような気がするヒグマ、龍田、間桐雁夜、田所恵、穴持たず81、穴持たず104、穴持たず203よ! 四宮ひまわりの安否は不明!』
『杏子が来てるのね!? こちら暁美ほむら! あなたたちの西の病院跡地にいる!
あなたたちを捜索してたけど切り上げるわ! 生存者は星空凛、巴マミ、穴持たず506・ゴーレム提督!
死亡したのはベージュ老、ジャン・キルシュタイン、球磨、纏流子、デビルヒグマ、ナイトヒグマ、碇シンジよ!
申し訳ないけどこちらも四宮ひまわりの安否は確認できていない! 恐らくここの地下に埋まったままだわ!』
『佐倉さん、今すぐにそちらに向かうわ!』
『ヤスミン姐さぁん!! 畜生、聞いてるか艦これ勢の残存兵力!
私は第九かんこ連隊の一員にしてヒグマ帝国医療班のゴーレム提督! こっちの連隊は私以外玉砕よ!
残ってる奴らもさっさと諦めた方が身のためよ! シーナーさん、ジブリール、医療班の誇りにかけてさっさと生存者まとめましょう!』
『凛を応援してくれたヒグマさんがいたと聞いたにゃ! 本当に、本当にありがとう、感謝してるにゃ!
もし今も応援してくれているなら、今すぐこんな戦いをやめて、脱出に協力してほしいにゃあ!』
『李徴さん、こちら操真晴人です!
武田観柳さん、阿紫花英良さん、フォックスさん、ケレプノエさん、隻眼2さん、キュゥべえさんは島の南の温泉でみんな無事です!
俺たちが立ち会った戦死者は、ジャック・ブローニンソンさん、浅倉威さんです!
あと、各地にラジコン飛行機が無差別爆撃してたと思いますが、撃ち出してた女の子は島の南西の端に基地を作ってました!
俺たちが襲撃して大部分破壊したんですが、彼女を始末しきれたかわかりません!』
『ラ、ラマッタクペさまー、あまり皆様に悲しいことをしないでくださいー!』
『武田観柳と申します大商人です。キュゥべえさんのお知り合いの魔法少女の方々が多くいらっしゃるようですので、提携させていただきます。
手近の所から回らせていただきますので、ご用命の際はお声かけお願いします』
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
「やったぁ――!! 凛ちゃんが、凛ちゃんが生きてたぁぁぁぁぁ!! あああ良かった! 報われた! ありがとうコシミズさんありがとう!!」
「黒、子……」
「白井さん……」
――そうか、デビルも、死んだのかモン……。
放送を終えた後のHHHは、島の各地から寄せられた生存報告・訃報に悲喜こもごもであった。
御坂美琴や初春飾利は、佐天涙子の生存に喜んだ後、信じていた白井黒子の死亡の知らせを聞き、奈落に突き落とされたかのように愕然としていた。
特に御坂美琴は、劉鳳も同時に死亡が確認されていることから、政府から派遣されていたメンバーがほぼ全滅しているだろうことを認識し、危機感を募らせていた。
杉下右京が生きていれば、放送に返して来ないということは恐らくあり得ない。既に彼も人目のないところで死亡してしまったのだ。
相田マナさえ敵の手に落ちているこの状況では、日本本土への帰還ルートを取り付けるのには、凄まじい苦労が生じることだろう。
「凄いな、人間の電気操作能力は……。ヒグマ帝国のヤイコやルークなど及びもつかない」
「今までの放送にも、けっこう間違いがあったみたいだね。もしくは私とキリカちゃんみたいに首輪を外してたのか」
「あの浅倉って男は死んでない……。まだ生きてやがる! 女になってな!」
一喜一憂する傍ら、放送局の人員は、放送で伝わって来た生存者・死亡者を急いでリストに集計していた。
天津風が最後にそれを確認し、最終版として貼り出す。
「まあ、人の認識を集めただけだから情報が錯綜するのは当然よ。むしろよくこれだけの人が放送に乗ってくれたものだと思うわ。
少なくともこれだけの人、ヒグマが生き残っていて、死んでいったってことで良いわね」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【生存者】
御坂美琴
初春飾利
天津風
那珂
呉キリカ
夢原のぞみ
安室嶺
くまモン
クックロビン
左天
佐天涙子
黒木智子
グリズリーマザー
天龍
百合城銀子
司波深雪
隴西の李徴子
宮本明
メルセレラ
黒騎れい
布束砥信
ラマッタクペ
制裁ヒグマ
佐倉杏子
円亜久里
デデンネ
穴持たず34だったような気がするヒグマ
龍田
間桐雁夜
田所恵
穴持たず81(ヤイコ)
穴持たず104(ジブリール)
穴持たず203(ビショップヒグマ)
暁美ほむら
星空凛
巴マミ
穴持たず506(ゴーレム提督)
操真晴人
武田観柳
阿紫花英良
フォックス
ケレプノエ
隻眼2
キュゥべえ
以上、最低44名
【死者】
クマー
パッチール
メロン熊
皇魁
ウィルソン・フィリップス
島風
扶桑
大和
ヤスミン
戦刃むくろ
クリストファー・ロビン
言峰綺礼
アーカード
キングヒグマ
シバ
ツルシイン
ウェカピポの妹の夫
カズマ
劉鳳
白井黒子
狛枝凪斗
バーサーカー
駆紋戒斗
ジャン・キルシュタイン
球磨
纏流子
デビルヒグマ
ナイトヒグマ
碇シンジ
(穴持たずカーペンターズ)
(艦これ勢)
(帝国のヒグマの多く)
【安否不明】
相田マナ
シーナー
四宮ひまわり
瑞鶴
浅倉威
ヒグマ提督
大部分の艦これ勢
江ノ島盾子
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
天津風は、壁に張ったそのリストを眺め、特に安否不明の欄を見つめて呟いた。
「これ以外に、放送に乗らず把握できなかった人やヒグマも、実際の所かなりいると思うわ。で、そういう輩は大体敵対勢力なんでしょうね」
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
「シロ……、クマぁあぁああぁあぁ……。ようやく居場所がわかったでち……。
お前が……、お前が水上艦の諸悪の根源でち……、許さんでち……」
穴持たず158・苺屋が、片足隻腕になった体で、その目に怨みを灯しながら下水道を這いずっていた。
『黒騎れい……!? 巴マミだと……!? なぜ奴らが今ここで生き残っている!!
確かに死んだはずだ、あやつらは!! ならばもう一度、仕留めるのみ!!』
踏み潰された火山のほど近くの樹冠から、ヒグマン子爵が影のように夜空へ跳んでいた。
「お、武田たちは温泉にいるのかよ、いい御身分じゃねえか。俺もひとっ風呂浴びさせてもらおうか!」
浅倉威が、無邪気な幼女の笑みを浮かべてバイクを走らせていた。
「し、深海棲艦め……! こんなに堂々と通信をさらしやがって……! その浅はかさ、必ず後悔させてやるわ!!」
崩壊した基地の瓦礫を啜りながら、瑞鶴が爛々と眼を光らせて呻いていた。
「れいぃぃぃ!! もはや猶予は過ぎました! 私があなたに預けたその力、返してもらいます!
やはりこんな滅茶苦茶な島や下等生物は全て滅殺しなければならない! それが『始まりと終わりに存在するもの』の代弁者としての責務!」
四宮ひまわりの鬼斬りにボロぞうきんのようにされたカラスが、よたよたとヒグマ帝国の道を辿っていた。
「……め、ぐ……、……れ……、い……」
地下に張り巡らされ、伸び続けている木の根の合間で、誰かの声が呟いていた。
「……」
『H』と呼ばれる存在が、相田マナだったその肉体で、地下から呆然と上方を見上げていた。
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
そして更に、地底湖の畔、その工廠の中に、何者にも見えぬヒグマの影が、音もなく忍び寄っていた。
「第九のゴーレム提督が寝返ったみたいだが……、君はどうする夕立提督?」
「何も変わらないっぽい? 私たちはただお仕事をするだけっぽい。それが私の、生き甲斐だから」
「そうだろう。そうなんだろうな、君は」
機械となり果てたビスマルクや、第一かんこ連隊の隊員が働き続ける工廠の熱気の中で、穴持たず677・ロッチナが夕立提督に問う。
夕立提督の返答に口の端を歪めたロッチナは、そのまま静かに現場を立ち去ってゆく。
「まあ、モノクマさんがこの島を蹂躙するのを待つこととしよう」
「うん。ロッチナは、秋葉原に行きたいんだもんね」
夕立提督ら、第一かんこ連隊『作業勢』は、放送がある前も後も、耳だけそちらに向けてひたすら働き続けていた。
目の前のタスクをこなすことだけが、彼らの仕事であり趣味だった。
そんな彼女は突然、自分の体が何かに縛られていることに気づく。
「……こんばんは、夕立提督さん。まずは既にあなたを拘束していることを謝罪いたします」
「シーナーさん……!」
彼女は、駆逐艦夕立の衣装の上から、長い舌によって雁字搦めに縛られていた。
その主は、仙人のような痩躯の真っ黒なヒグマ、シーナーである。
自他の感覚を操作する能力を持つ彼ならば、彼女を縛るどころか、死んだことにも気づかせずこの工廠の全ての艦これ勢を葬ることすらできたはずだ。
モノクマの手によって生き埋めになっていたと聞き及んでいたが、ついに脱出したということだろう。
ならば目をつけられた時点で、夕立提督らに勝ち目はない。
彼女は吹っ切れて笑うしかなかった。
「あはは……。いつか来るとは思ってたっぽい? ちょうどいいっぽい、骨肉茶(バクテー)が炊きたてだから食べていくと良いっぽい?」
「申し訳ありませんが食事に来たわけではありません。ここにあるだろう、モノクマさんの工房を破壊しに来たのです」
彼女たちの目の前では、今も第一かんこ連隊が、司波深雪に破壊された工廠の修理と、ヒグマの死体の解体からHIGUMA細胞の抽出、不要部位の料理としての再利用といった作業に励んでいる。
連隊の誰もが、夕立提督の異常には気づかない。
シーナーの『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の影響下では、気づけるわけがない。
「私があなたに姿を見せている意味がわかりますか? ここであなたが死んだとて、誰も気づきはしないのです。
そしてあなたの死は、この舌があなたの肌に触れただけで訪れ得る」
シーナーは穏やかな口調で夕立提督を脅す。
しかしながら、言うだけで何もしないというのは、彼には艦これ勢を殺す以外の目的がはっきりとあるということを意味していた。
「戦刃むくろさん……、モノクマさんの操縦者の姉から聴取しました。彼の者は『人類総江ノ島化計画・改』なる計画を練っていると。
その計画では、少なくともこの島の生物は殺し尽される算段になっていたようです。
モノクマさんは恐らく、最初から協力者であるあなた方も、島外に出すつもりなどありません。
もはや、あなた方とて、モノクマさんに組する利などないはずです。さあ、モノクマさんの工房はどこですか。ただちに明け渡しなさい」
彼の言葉を聞いた夕立提督は、しばらく驚いたように目を見開いていた。
そしてその後、肩を震わせて笑い始めた。
「あー、あっはっはっはっは……」
「何がおかしいのですか、夕立提督さん」
悲しげな笑い声だった。
ひとしきり笑い終えた彼女の眼には、笑いすぎて涙が浮かんでいた。
「いやぁ……、シーナーさんが、モノクマさんより早く私たちに声を掛けてくれてたらなぁ、と思ってただけっぽい?
シーナーさんの職場に内定が出てたら、私たちの労働環境も、ちょっとは違ってたかなぁ?」
「……」
「……何が言いたいかっていうと、遅すぎたっぽいってこと」
嘆息した夕立提督は、ギリギリと牙を噛んでいた。
「私たちだって、モノクマさんは信じきっちゃいなかった。その動向を掴もうとした。でもそこまでとは……。
残念だけどモノクマさんの工房は……、ここじゃないっぽいよ、シーナーさん。
私たち第一かんこ連隊の作業現場は、ただの偽装っぽい……!
モノクマさんが本当に仕事している現場は、作業勢の筆頭である私ですら突き止められなかったッ……!」
「何……!?」
完全に想定外だったその返答に、今度はシーナーが驚愕する番だった。
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
HHH内部のスピーカーに、招かれざる者の声が流れたのも、その頃だった。
『うぷぷぷぷ――、元気に足掻いてるねぇ、御坂ちゃんに初春ちゃん……!』
「――ッ、江ノ島盾子!?」
放送を終えても回線を開いていたHHHのアンテナに、ノイズ交じりで、そんな嘲笑が受信された。
それは、一部の者にとっては忘れようもない、どす黒い少女の声だ。
だが御坂美琴はその声に怯まず、全力で能力を行使した疲労も隠して声を張った。
「残念だけど、あんたじゃ私たちを止められなかったみたいね。
今の放送に応じて、参加者は続々とここに集まってくるわ。ここから私たちが脱出できるようになるのは、もはや時間の問題よ。
恐らく明日中には、もう脱出の手筈は整うわ」
『くくく、それはおめでたいね。せいぜい束の間の希望に酔いしれると良い。
その時間の問題を、この世界が許してくれると思ったら大間違いだからな』
「なんですって……!?」
御坂美琴の威勢をしかし、江ノ島盾子は驚くそぶりもなくせせら笑った。
そして彼女は、死刑宣告のように、その言葉を放った。
『NHKラジオを受信してみろ。ちょうど18時のニュースで流れるはずだからな』
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
『……続きまして、緊急速報です。
北海道の……島にて、「ヒグマ帝国」と名乗る組織による大規模なテロ行為が進行中とのことです。
「ヒグマ帝国」は、昨夜未明から北海道本島の東海岸を中心に、熊に類似した生物兵器を用いて住民の虐殺を行なっており、自衛隊が鎮圧にあたっていました。
江ノ島に駐留していたイージス艦からの情報では、「ヒグマ帝国」は日本政府の転覆と国民の殺害を目的に掲げており、最近の度重なる失踪事件の多くは、このテロ組織による拉致であるとの声明が発表されたとのことです。
捜査に入った警視庁特命係係長の杉下右京氏、A級ホーリー隊員の劉鳳氏を始めとする特別部隊のメンバーは、その全てが殺害されています。
またトランプ共和国は、先代アン王女の後継者候補であった円亜久里さん、大貝第一中学校生徒会長であった相田マナさんがテロの犠牲になったとの報を受け、「ヒグマ帝国」を全面的に非難。軍事的介入も辞さないとの方針を明らかにしました。
事態を重く見た日本政府は本日、江ノ島のイージス艦の新型ミサイルによる……島への爆撃を敢行し、テロ組織を壊滅させる決定を明らかにしました。
……島はその全域が「ヒグマ帝国」の1000名以上の構成員によって事実上占領されており、住民の生存は確認されていません。
自国領土へのミサイル発射は前例のないことですが、新型ミサイルの性能は既に確認されており、北海道本島やその他の地域への被害は想定されないとのことです。
続きまして、お天気です。
北海道地方は本日夜から寒波が逆戻りし、広範囲に降雪が見られるでしょう――……』
¾¾¾¾¾¾¾¾¾¾
日本本土からのラジオ放送を聞いたHHHの面々は、暫くの間、絶句する他なかった。
江ノ島盾子の、こらえきれない笑い声だけが、微かに響いていた。
『……いーひっひっひっひ、あーおっかしぃ! クソみたいなリアクション乙ぅwww
ちなみに、ミサイルの発射は明日0時。日付が変わるのと同時ね。あと6時間で、この島は核爆弾に焼き尽されるから(笑)』
「……江ノ島のイージス(盾)って! あんたね!? あんたが仕向けたのね!?
ここまでの流れの全てを! 誘拐から! ヒグマの反乱から! そしてそれら全てを爆破する算段まで!!」
日本政府が、核を以て自分たちを焼き尽そうとしている――。
それは、HHHの面々に強い絶望感を抱かせるのに十分だった。
「ひ、ひどい! そんなのひどいよ! マナちゃんはまだ生きてる! 亜久里ちゃんだって、生きてるって知らせが入ったのに!!」
江ノ島盾子の情報操作は、巧妙であった。
多少の細部の違いはあれど、確認される事実としてはほとんど間違っていないことが何よりの問題だった。
これだけの情報があれば、確かに日本政府といえど武力行使してしまうかも知れない。
そして、仮にここから人が脱出しようとしたとしても、この島から出てきた者は全員がテロ組織の構成員だと見做され、攻撃されてしまうかも知れないのだ。
夢原のぞみが叫んでも、その声は余りにも無意味だった。
中途半端な人員だけを政府から捜査・救助に入らせ、それらを皆殺しにすることで国家と国民の反感を買わせる――。
白井黒子や劉鳳、相田マナたちが派遣されたことまで、そんな江ノ島盾子の計算だった可能性に、御坂美琴は震えた。
『残念だが、オマエラの味方なんざ、この世界に誰もいねえんだよ。
うぷぷぷぷ……、この島の終焉を以て、「人類総江ノ島化計画・改」は最終段階に入る。
私様のアルターエゴは既に全世界のネットに散っている。そしてその人格を「完璧な人間型のヒグマ」にダウンロードする技術も完成した……!
この、“全てのヒグマの能力を持った肉体”にね!』
「な、に……!?」
そこで御坂美琴たちは気づいた。
確かに、今の江ノ島盾子の声は、ボイスロイドで作ったような合成音声ではない。
肉声をそのまま電波に載せているようなスムーズな音だ。
それは今の彼女が、生身の肉体を有していることを示す。
彼女がこの一日で行ないたかったのは、恐らくその肉体を作るためのデータ収集だったのだ。
『既にこの全能の肉体でさえ、ただのサンプルに過ぎなくなったわ。
6時間経ってこの島が終わる頃には、世界各国の私様の工房にこの肉体のデータ転送・導入が完了し、私様の量産が始まる……!
私様こそが唯一にして絶対の、最後にして究極のHIGUMAの軍勢!
この島で進化したオマエラが滅べば、歯向かえる者なんて誰もいなくなる!
滑稽よね、日本のバカどもはテロリストを殺すつもりで、自分たちの唯一の希望を潰そうとしていることにも気づかない!
人類は、私様に蹂躙されるか、自殺するかを選ぶことになるわ!
そしてこの地球上の全ては完璧な私様で埋め尽くされるの! あっはっは、絶望的ぃぃぃぃ――!!』
江ノ島盾子の狂ったような笑い声に、言葉を返せる者は誰もいなかった。
『……わかったか? オマエラに明日なんて、ない。
オマエラの時間は、既に3/4が終わった。残りの6時間、せいぜい絶望してくれよ?』
そんな絶望的な通告だけを残して、江ノ島盾子からの通信は、一方的に切断された。
「新型爆弾……!? どうして!? だって、日本は、核兵器を作れない、持てない、持ち込ませないはずでしょう!?
そうでなくちゃ、私達があの大戦で沈んでいった意味がないわ! それに、そんなもの開発する時間も機関もないでしょう!?」
「簡単に用意できる核爆弾……? ならば『ダーティー・ボム』かも知れないな」
天津風が、拠り所を失ったかのようにがたがたと震えていた。
その不安の籠った声に、安室嶺が苦々しく自分の推測を添えた。
「な、何なの、それ……?」
「核廃棄物を詰めた爆弾です……。核分裂による威力を求めるのではなく、放射能汚染を広めるための爆弾……。
HIGUMAの特別な細胞を遺伝子レベルで破壊する目的なら、むしろ単純な爆発より有効なのかもしれませんね……。
日本には原子力発電所が50以上あるんです……。材料調達は簡単ですよ。
ほら、人力じゃどうしようもなくて、今まさに燃料をプールから取り出して処分して欲しい発電所もあったじゃないですか。
江ノ島さんからあのクマロボットを貸し出してもらって燃料を抜いて、その後の処分までするような申し出があったら、諸手を上げて歓迎する人達は、きっと大勢いるはずです……」
夢原のぞみの問いに、初春飾利が解説を述べる。
語りながらも、初春は続々と導き出される可能性の高い推論に、自分の思考ながら恐怖で震えはじめていた。
「……爆弾が投下されれば、恐らくこの島の全域は核燃料で直接汚染され、この島の生物全ては、数時間以内に悶え苦しみながら死にます。
『北海道本島やその他の地域への被害は想定されない』なんてどう考えても嘘っぱちです。それか本当に、周辺地域への被害なんて考えてないだけで、場当たり的に打ち込もうとしてるだけなのかも……。
原発が事故を起こしても『直ちに影響はない』の一点張りの政府なんですから、有り得ないとは言えないのが悲しすぎます……」
初春はついに涙声となり、頭を抱えてしまう。
重傷の那珂から、肉体の主導権と痛覚を肩代わりしつつ、呉キリカがぼんやりと思考を口に出していた。
「……日本の領土内に、『ヒグマ帝国』なんて国ができたなんてことが知れたら、絶対に日本政府は揉み消したいだろうな。
バチカン市国じゃないんだから。発表された時の混乱は推して知るべき、か。
それを考えるならば、全部テロのせいにして、島ごと国の――、そしてヒグマの存在をなかったことにしたくなるのは当然……。
それに、地震で壊れた原発の処理も同時にできるなら万々歳、と……」
天津風は、自分の根幹が揺らぐような恐怖に苛まれっぱなしだった。
「私たちは……、日本国から見放されたの……? ならば、国から放棄された軍艦に一体なんの意味があるの……?」
「違う! 違うわ! 絶対にそんなことはない! じゃないと私や黒子や劉鳳さんたちが派遣されるはずないでしょう!?
きっと本土でも……、政府の意思と戦ってくれてる人はいるはずよ!!」
その恐怖の言葉を、御坂美琴は必死に否定した。
その否定を保証してくれる事実が、どこにもないのが辛かった。
「――白井さんの遺志は!」
その時初春飾利が、涙に汚れた顔を上げて、その手に一つの腕章を掴んでいた。
『風紀委員(ジャッジメント)』と書かれたその帯は、彼女がこの島で手放すことのなかった意志であり、また、どことも知れぬ場所で死んでいってしまったという、白井黒子の想いを表明するものでもあった。
「ジャッジメントの精神はこの手にあります! 私達の手に! 私達が諦めなければ、必ず道はあるはずです!」
「でも、一体どうやって……? そんな世界中に手を回してるヤツにどうやれば勝てるんだ……!?」
絶望に苛まれているのは、クックロビンも同じだった。
折角、生存報告を心待ちにしていたアイドルに会えるかもしれないという希望から、一転して、その夢も叶うことなく全員が死んでしまう未来を突き付けられたのだ。
――『世界中に手を回してるヤツにどうやれば勝てるんだ』。
その答えの見えない問いは、HHHの全員が考えていたものだった。
ただ静寂だけが放送局を包んでいた、その時だった。
「……歌だよ」
艦隊のアイドルが、静かにその口を開いていた。
那珂ちゃんの精神が、心配する呉キリカの魂を抑えて、表に出てきていた。
帝王切開の傷の痛みと産後の疲労も引かぬ状態であっても、彼女の声は燃えるような熱量に溢れていた。
「歌の力を、信じるしかない。歌を力に変える。――そう、このライブのテーマは、『March Into The Force』」
一言ずつ、自他に言い聞かせるように強く言葉を張った那珂ちゃんは、そうして御坂美琴と視線を重ねた。
「歌を響かせよう。第四回放送は、私たちの歌で始まり、世界を救った、私たちの快哉で終わるんだ!」
【A-5 滝の近く(『HIGUMA:中央部の城跡』)/夜】
【穴持たず56(安室嶺)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ、行きまーす。
0:これはもはや人類とヒグマの争いではない……。この島の生物全員で戦い抜かねばならない!
1:海上をパトロールし、周辺の空中を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て殺滅する。
2:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
3:唯ちゃん……、もう君のような死者を出したくはない……!
4:墜としてしまった飛行機乗りのヒグマたちよ、君たちを惑わせたあのメスは、いつか必ず殺してあげるからな……!
[備考]
※シバから『コロポックルヒグマ』と呼ばれる程の、十数センチほどしかない体長をしています。
※オーバーボディなどの取り巻く物体を念動力で動かす能力を有しています。
※シバから『熟練搭乗員』と呼ばれるほどに、様々な機体の操作に精通しています。
※シバに干渉されていたため、第二回放送前あたりまでのヒグマ帝国の状況は認知しているでしょう。
【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:能力低下(小)、ダメージ(中)、疲労(大)、左手掌開放骨折・左肩関節部開放骨折(布で巻いている)
装備:ゴシックロリータの衣装、伊知郎のスマホ、宝具『八木・宇田アンテナ』
道具:ペットボトル、お粥
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:ライブ……、そう、か……。
1:よかった……、初春さんを助けられて……。
2:島内放送のジャック、及び生存者の誘導を試みる
3:完全武装の放送局、発足よ……! 絶対にみんなを救い出す……!!
4:佐天さん……! 黒子……!
5:相田さん……、今度は躊躇わないわよ。絶対に、『救ってあげる』。
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が低下していましたが、かなり回復してきました。
※『超旋磁砲(コイルガン)』、『天網雅楽(スカイセンサー)』、『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』、『山爬美振弾』などの能力運用方法を開発しています。
※『天網雅楽(スカイセンサー)』と『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』の起動には、宝具『八木・宇田アンテナ』と、放送室の機材が必要です。
※『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』は、美琴が起動した際の電力量と、相手への照射時間によって殺傷力が変動します。数秒分の蓄電では、相手の皮膚表面に激しい熱感を与える程度に留まりますが、『天網雅楽(スカイセンサー)』を発動している状態であっても、数分間の蓄電量を数秒間相手に照射しきれば、生体の細胞・回路の基盤などは破壊しつくされるでしょう。
【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、疲労(小)、右脚に童子斬りの貫通創・右掌に刺突創・背部に裂傷(布で巻いている)
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:ドライバーセット、キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ、首輪の設計図
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:プリキュアが死んだと思われてるから、トランプ共和国との外交問題になってるんだ……!
1:みんなに事実を知らせて、集めて、夢中にして、絶対に帰るんだ……! けって〜い!
2:参加者の人たちを探して首輪を外し、ヒグマ帝国のことを教えて協力してもらう。
3:ヒグマさんの中にも、いい人たちはいるもん! わかりあえるよ!
4:マナちゃんの心、絶対諦めないよ!!
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)
【クックロビン(穴持たず96)@穴持たず】
状態:四肢全ての爪を折られている、牙をへし折られている
装備:なし
道具:なし
基本思考:アイドルのファンになる
0:アイドルを応援する。
1:御坂美琴主催の放送局を支援し、その時ついでにできたらシバさん達に状況報告する。
2:凛ちゃんに、面と向かって会えるような自分になった上で、会いたい。
3:クマーさん、コシミズさん、見ていてくれ……。
4:くまモンさんの拷問コワイ。実際コワイ。
[備考]
※穴持たずカーペンターズの最後の一匹です
※B-8に新築されていた、星空凛を題材にしたテーマパーク「星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド」は
バーサーカーから伸びた童子斬りの根によって開園する前に崩壊しました。
【天津風・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:下半身轢断(自分の服とガーターベルトで留めている)、キラキラ
装備:連装砲くん、強化型艦本式缶、ゴシックロリータの衣装
道具:百貨店のデイパック(ペットボトル飲料(500ml)×2本、救急セット、タオル、血糊、41cm連装砲×2、九一式徹甲弾、零式水上観測機、MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発、予備弾薬なし))
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0:風は、どこに吹いているの……?
1:あなたも狂ったか瑞鶴。しょうがないわ。こういう縁もあるのよね。
2:ヒグマ提督は、きっとこれで、矯正される……。
3:風を吹かせてやるわよ……金剛……。
4:佐天さん、皇さん……、みんなきちんと目的地に辿り着きなさい……!!
5:大和、あんたに一体何が……!? 地下も思った以上にやばくなってそうね……。
6:あの女が初春さんをこれだけ危険視する理由は何だ……?
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※生産資材にヒグマを使った為、耐久・装甲・最大消費量(燃費)が大きく向上しているようです。
※史実通り、胴体が半分に捻じ切れたままでも一週間以上は問題なく活動可能です。
【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:鼻軟骨骨折、血塗れ、こうげき6段階上昇、ぼうぎょ6段階上昇
装備:叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』、腕章
道具:デイパック(飲料水、地図、洗髪剤、石鹸、タオル)、研究所職員のノートパソコン
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助け、思いを継ぎ、江ノ島盾子を消却し尽した上で会場から脱出する
0:白井さんの遺志は、私が引き継ぎます!!
1:……必ず。こんなひどい戦争は、終わらせてやります。江ノ島盾子さん……!!
2:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
3:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
4:パッチールさん……、みんな、どうか……。
5:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
6:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
7:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。
【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:疲労(大)、頬に傷、胸に裂傷(布で巻いている)、絶望感
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実 、メロン熊の遺体
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
0:――ボクは、人間を、殺してしまった……。
1:メロン熊……!! デビル……!!
2:クマー……、キミの死を無駄にはしないモン。
3:他の生きている参加者と合流したいモン。
4:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
5:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
6:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
7:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
8:あの少女、黒木智子ちゃんは無事かな……。放送で呼ばれてたけど。
9:敵の機械の性能は半端ではないモン……。
[備考]
※ヒグマです。
※左の頬に、ヒグマ細胞破壊プログラムの爪で癒えない傷をつけられました。
【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:ソウルジェムのみ
装備:ソウルジェム(濁り:大)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:なし
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:愛は、この島にあるだろうか……?
1:この那珂ちゃんって女含め、ここらへんのヤツはみんな素晴らしくバカだな。思わず見習いたくなるよ。
2:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達ともども参加者を確保する。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:戦力が揃わないことにはヒグマ帝国に向かうのは自殺行為だな……。
5:ヒグマの上位連中や敵の黒幕は、魔女か化け物かなんかだろ!?
[備考]
※参戦時期は不明です。
【那珂・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:全身の養分を吸われている、自己改造、額に裂傷、全身に細かな切り傷、左の内股に裂傷(布で巻いている)、呉式牙号型舞踏術研修中、帝王切開(応急処置済み)
装備:呉キリカのソウルジェム
道具:探照灯マイク(鏡像)@那珂・改二、白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国、白い貝殻の小さなイヤリング(鏡像)@ヒグマ帝国
基本思考:アイドルであり、アイドルとなる
0:ライブをしよう……。それが多分、ただ一つの勝利への戦略だ。
1:艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
2:お仕事がないなら、自分で取ってくるもの!
3:ヒグマ提督やイソマちゃんやクマーさんたちが信じてくれた私の『アイドル』に、応えるんだ!
[備考]
※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は、ただの貝殻で作られていますが、あまりに完全なフラクタル構造を成しているため、黄金・無限の回転を簡単に発生させることができます。
※生産資材にヒグマを使ってるためかどうか定かではありませんが、『運』が途轍もない値になっているようです。
※新たなダンスステップ:『呉式牙号型鬼瞰砲』を習得しました。
※呉キリカの精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『九八式水上偵察機(夜偵)』相当のステータス補正を得るようです。
※御坂美琴の精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『熟練見張員』相当のステータス補正を得るようです。
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放置された街のとあるオフィスビルの一階で、その女子トイレの中から、すっきりとした表情で出てきた少女がいる。
量感に富んだピンク色のツインテールを頭の両脇に結び、ゴテゴテとしたパンキッシュな衣装に身を包むその少女は、この島にこの事態を招いた諸悪の根源だった。
「さあさオマエラお待ちかね! 江ノ島盾子ちゃんでぇぇぇ〜〜っす!!
オマエラみんな、爆発オチなんてサイテー! って思ってくれたかな? ならそのサイテーな結末に絶望してくれえっへっへぇ!!」
ビルのロビーで、誰に見せるでもなくクルリと回って決めポーズをとりながら、その少女――江ノ島盾子は朗々と下卑た笑いを零した。
「……前にも言ったけど、女子トイレには誰も来なかったからな。本当にスムーズだったぜ。
誰もこんな場所に私様の本拠地があるなんて思ってもみやがらねぇでやんの」
江ノ島盾子の工房は、何の変哲もないオフィスビルの、その女子トイレの地下にあった。
かつてウェカピポの妹の夫が6時間以上滞在し、フォックスや李徴子がそのほど近くまで辿り着いていたにも関わらず、その場所は今まで余りにも意識されることがなく、誰にも発見されないでいた。
ある意味では、武田観柳の一行がむさ苦しい男ばかりであったことが、この島の命運を決めてしまったことになるのかも知れない。
そして彼女は、揚々とした足取りでビルの外へ歩み出すと、雲の厚い暗い空を仰ぎ、その両手を広げていた。
「ああ、本日は雪天なり――。真っ黒な夜を眠らせる、真っ白な死の灰が降り積もる――。
第四回放送は、ミサイルの発射音で始まり、この島の爆発とオマエラの断末魔で終わるのさ」
雪が降る。沈みゆく日を眠りに落とすかのように、ちらちらと昏い空から、灰のように雪が降る。
【E-6・街(あるオフィスビルのロビー)/夜】
【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:『唯一にして絶対の、最後にして究極のHIGUMA』
[装備]:『自分の取り込んだ全てのヒグマの能力を使う能力』
[道具]:『絶望』
[思考・状況]
基本行動方針:絶望
1:『人類総江ノ島化計画・改』を完遂する
※STUDY、ヒグマ帝国、そして江ノ島盾子自身が脈々と研究を重ねた末に生み出された、『完璧な人間型のヒグマ』に、江ノ島アルターエゴの精神をダウンロードした存在です。
※現在進行形で、彼女自身から世界各地にこの技術とデータが転送されており、彼女が死亡すると、それまでに取り込まれたヒグマの能力を持った江ノ島盾子が、世界中で量産されることになります。
※『自分の取り込んだ全てのヒグマの能力を使う能力』を有しています。
※現在取り込んでいるのは、島の各地から回収され素材となった、死熊、火グマ、ステルスヒグマ、穴持たずではないヒグマ、ヒグマ・オブ・オーナー、ヒグマ型巨人、エニグマのヒグマ、ヒグマイッチ、羅漢樋熊拳伝承獣、リュウセイさんと赤屍さんと獣殿を倒したヒグマ、ミズクマの娘、クラッシュ、ロス、ノードウィンド、コノップカ、ヤセイ、自動羆人形、穴持たずカーペンターズの一部、艦これ勢の一部です。
※なお、球磨川禊の存在は歴史から消滅しており、死亡者として観測されていません。
以上で投下終了〜。
さあ、せいぜい残り6時間、絶望してくれや。
excellent JKのenosimaさん、ということでよろしいでしょうか……? 投下乙です。
残り6時間しかないということで大分ピンチですが、それでもこの絶望を払拭できるようになんとか頑張りたいですね。
マーダーも対主催も、ほぼ全員が全員の居場所を知れたということなので、展開は早くなることが期待できそうです。
むしろ放送に乗らなかったマーダーは大分有利かも……。
自分は、ラマッタクペ、制裁ヒグマ〈改〉、ヤイコ、龍田、間桐雁夜、
布束砥信、田所恵、 ビショップヒグマ、穴持たず104、佐倉杏子、
デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、円亜久里、暁美ほむら、巴マミ、
ゴーレム提督、星空凛で予約します。
――次回、『祖父なる風』。
ああ完全なる、ああ完全なる、認知の風がヒグマロワを抱く。
投下乙です
「人間を棄ててヒグマになってまで強くなりたいの!?冗談じゃない!」
とか第一話で行っていた佐天さんがとうとうヒグマになってしまわれたか。
ここで独覚兵のアニラさんとの絡みが活きてくるのですね。
首から上は人間だからフレンズみたいで多分可愛いから大丈夫。
そしてついに第三放送が始まったー!しかしenosimaさんの手によって
世界滅亡の危機に!?うーんマジどうすんだろこれ
日本政府が出てきたみたいなので番外編的なエピソード
脱走したヒグマをイージス艦が迎撃してた時期の話を予約します
予約を延長します
多い、あまりにも多すぎる犠牲者……。
だからこその世界の怒りでもあるが、その世界すら絶望させる江ノ島
そしてなんか思わぬエピソードが予約されてしまった……w
予約延長します
投下します。
日の暮れた草原には、数多くの人影が、地面に倒れ伏していた。
まるで屍のようにうつぶせとなり、彼らはぴくりとも動けないでいる。
ただ一頭のヒグマの哄笑だけが、ちらちらと雪の舞い始めたその空間に響き渡った。
「ダメダメダメダメ、駄目ですね! ラマト(魂)を肥大させただけで、あなた方は自分自身を操作しきれていない!
『ピルマ・イレ(己の名を告げる)』は、決して独り善がりでは辿り着けません! 自他にその名を認められて初めてその境地に至ることができるのです!
何人かは『プンキネ・イレ(己の名を守る)』に逡巡しているようですが、それではまだ、まだまだ自分のラマト(魂)に押し潰されるだけです!」
佐倉杏子、龍田という、強大な力を手にしたはずの者たちさえもが、悉く歯噛みしたまま地面に磔にされている。
いわんや、布束砥信、間桐雁夜、田所恵、ビショップヒグマ、ジブリール、ヤイコ、デデンネ、と仲良くなったヒグマ、円亜久里、アイちゃんといった面々は、もはやなす術もない。
絶え間ない圧力で地面に押し付けられている彼女たちは、呼吸をすることさえままならなかった。
既にその半ばには、『穴持たず59の墓』と刻まれた丸太に貫かれた、穴持たず59の死体が転がっている。
「まいまいあっとーえれえが! まいまいおすへーらあだな!」
「くっ、そっ、がぁぁぁぁ!!」
「『紅葉の、錦』……!!」
その犯人である奇声を発しながら飛び回っている影は、改造された制裁ヒグマである。
彼は切断された上下半身を別々に行動させ、地面で動けなくなっている人々を殺そうと執拗に攻めかかっている。
この状況にも関わらず死傷者が穴持たず59だけに留まっているのは、動きを封じられながらも佐倉杏子と龍田が必死の抵抗を試みているためだ。
しかしながら、その抵抗も次第に苦しさを増してきている。
杏子にできていることは、自分の肉体をアルター粒子に分解し、別の場所に再構成する『テルミナーレ・ファンタズマ(絶影)』を用いて、制裁ヒグマに襲われそうになっている人々の前に立ちはだかり身代わりになることくらいだ。
その魔法の行使中にも彼女の肉体にはラマッタクペの能力による力積がかかっており、再出現した瞬間に地面に叩き付けられてしまう。攻撃に転ずる余裕など全くない。
持ち前の機動力を全く発揮できず、倒れたまま腕と指先の動作だけで薙刀を振るう龍田の攻撃は、ラマッタクペにも制裁ヒグマにも容易く避けられてしまう。
ラマッタクペ自身がつらつらと語るところによれば、この能力は、個人個人の保有する魂のごく一部を運動エネルギーに変換し、それを各個人の肉体にそのまま作用させているのだという。
他人の魂を感知し操作するという彼の力は、そもそも魂の存在を自覚することもできない常人にはほとんど抵抗できない。
自己の魂を認識できる魔法少女や艦娘でも肉体の操作を9割以上阻害されているこのラマッタクペの力は、あまりにも圧倒的だった。
「……いけませんね。ここまでトゥミコル(争い)も佳境に入ってきてなおこのザマとは。
どなたか、我こそはというカムイの方はいらっしゃらないのですか? いないのならばもう、制裁さんに刻んでもらうほかありませんね!」
その上驚くべきことに、これだけ広範囲の人身に能力を行使していても、ラマッタクペには余裕しかない。
彼は片手間の加減だけで、残る杏子や龍田の抵抗さえも完全に封じることができるだろう。
第三回放送も終わり、いよいよ展開が膠着してきたその時、彼はついにその能力を強めようとしていた。
瞬間、西の遥かから、雪の舞う暗い空を裂いて、闇よりも暗い何かが唐突に飛来する。
「おっと」
真っ黒な膿が、身を退いたラマッタクペの足元に着弾して飛び散り、その周囲の草を枯らし雪を溶かす。
覚えのあるその独特の魔力の感覚に、杏子が快哉を上げた。
「――この魔力は! ほむらか!?」
「にゃあああああああ――!!」
「『フォルビチ・インシデーレ(断ち斬りバサミ)』!!」
続けざまに、空からは二条の閃光がラマッタクペを挟み討つように奔り来ると見えた。
星空凛の駆るメーヴェから、リボンの振り子を用いて加速した巴マミが、その手に金色の大鋏を構えて襲い掛かると見れば、メーヴェを蹴り捨てて立体機動装置のガスを吹いた凛は、諸手に薄刃を振るって雪風を刻み飛ぶ。
「『108lb化膿砲』……! あのヒグマの動きは私が止める! マミさん、凛、頼んだわ!!」
黒い雨が、巨大な雨が降ってくる。
降ってゆく。
旧ってゆく。
腐ってゆく。
黒い膿が空気を埋め尽くし、地面はぬめぬめとした沼地に変わる。
佇むラマッタクペの逃げ道を塞ぐように、暁美ほむらの形をしたどす黒い魔力の雨が滝のごとく降り注ぐ。
暁美ほむらの独立分隊による急襲は、ラマッタクペにも躱しようがないように思えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アイヌの方3名、皆さん『プンキネ・イレ(己の名を守る)』までは至っているようで、素晴らしいですね!」
しかし、ラマッタクペはその状況に、むしろゾッとするほど笑みを深めた。
「ですがまだ、その力はボクには届きません♪」
「かっ――!?」
「にゃぁ――!?」
高速で飛行していた巴マミと星空凛は、突然その体に得体の知れない引力を感じ、腹から地面に落下した。
暁美ほむらの結界により地面の時空間が軟化していなければ、骨折や死亡は免れない衝撃だった。
「凛!? マミさん!? くっ――!」
両者に遅れて、軟化した地面を滑るように駆け寄っていた暁美ほむら自身も、ラマッタクペに捕捉されてその身を地に転ばせることになる。
「自重で地面に押さえつける攻撃……!? なら、体が軽ければどうかしら!」
その攻撃に、僅かでも付け入る隙を見つけられたのは、巴マミだけだった。
彼女の体は、一瞬にしてリボンの束に変化して爆ぜ散る。
舞い上がった黄色いリボンが、ラマッタクペの体を囲むようにして渦巻く。
「『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』!!」
「惜しいですね! 『ピルマ・イレ(己の名を告げる)』まで、あともう一工夫あれば良かったんですが!」
再構成されゆくリボンの隙間から閃く断ち斬りバサミの攻撃にもしかし、ラマッタクペは怯まなかった。
巴マミの斬撃は、ラマッタクペの頭上スレスレを空ぶる。
「えっ、えっ!? 何!? 浮いてる!?」
「『エヤイリキクル・コスネプニ(からだが空中に浮かび上がる)』。名前を告げる方法がわかるまで、頭を冷やしてきますか?」
一転して、彼女の体は上方への力で引っ張り上げられていた。
もがいても、なす術もなく天空へ吹き上げられた彼女は、雲間から落下する暁美ほむらの膿と正面衝突し、今度は真っ逆さまに地面に落下して無惨な菊花のように潰れた。
「きゃ――グピャ」
「アハハハハ、誤射していては世話無いですよ。ダメダメですねぇ」
「ジブリールを離せッ!」
「勿論あなたも。キムンカムイなのですからもう少し頑張りましょうね?」
その最中、地面の泥に紛れて隠密したまま近づいていた暁美分隊最後の新入隊員であるゴーレム提督が、巴マミから借受けてその体内に隠し持っていた大刀――ヒグマサムネを突き出す。
しかし前兆を感じさせぬその奇襲も、魂の位置を捕捉するラマッタクペにはとうの昔に予見されていた。
たちまち彼女の泥の体は、不可視の鉄槌を振り降ろされたかのように弾け飛んで潰れ、ただの泥濘に等しいほどに広げられてしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『マミさん……無闇に動かないで。杏子が防衛してくれている間に力を溜めて、この魔力に抵抗できる隙を見つける』
「……暁美……、さん……」
巴マミの耳から潰れた脳味噌に、暁美ほむらの黒い魔力が、そんな音を立てながら流れ込んでいた。
遠方で倒れ伏しているほむらは、跳ね飛ばされかけた巴マミを引き戻すために、あえて誤射に見せかけて、時間効果を持たない魔力の砲弾を彼女にぶつけていた。
未だ、暁美ほむらの結界は張られ続けている。
地面は軟化し、上空からは絶え間なく巨大な膿が、ラマッタクペと制裁ヒグマを狙って雨のように落下してきている。
ラマッタクペの魔力は、個人個人の肉体には絶大な影響力をもたらすようだが、このような時空間全体への影響にはさすがに干渉できないようだった。
この効果により、地面に張りつけられている人々の呼吸は多少楽になり、制裁ヒグマに対抗する佐倉杏子の妨害行動も幾分補助されている。
その程度の効果でも、この膠着状態に一石が投じられるには、十分だった。
『名前、名前、名前と! お前は前々から何を言っているんだ! 制裁も制裁だ! お前たちは一体何語をしゃべっているんだ!』
今まで重圧と地面に挟まれていたために声も発せなかったそのオス――、デデンネと仲良くなったヒグマが、その身をわずかに起こしてラマッタクペたちへと唸りをぶつけていた。
『俺なんか自分の名前もわからない! だがこの状況が間違っていることだけはわかるぞ!?
お前は神を名乗るが、同胞の大切なものを壊す者の何が神か! お前はただの獣だ! ど畜生だ!!』
「わかっているじゃないですか。あなたこそ、何語をしゃべっているんですか?」
「黙れ! ふざけんな宗教クソヒグマ! テメェなんかマミさんやほむらがすぐに――ブギョ」
デデンネと仲良くなったヒグマの叫びに佐倉杏子が、制裁ヒグマに潰されるわずかな隙に罵倒を重ねた。
罵られてなお、ラマッタクペは自分を睨みつけてくるヒグマを嬉しそうに眺めるだけだ。
その間にも、何度も立ちはだかってくる佐倉杏子を潰し飽きた制裁ヒグマは、身を起こしかけているデデンネと仲良くなったヒグマに標的を変えていた。
『俺に力を貸してくれフェルナンデス! いや、誰でもいい! このクソ野郎の首を叩き折るだけの力を、俺に貸してくれぇぇぇぇ!!』
「あかはい!」
『グアアアアァァァァ!?』
ほんの少しずつ、その前脚をついて身を起こし、ラマッタクペに殴りかかる構えを取ろうとしていた彼を、無情にも制裁ヒグマの上半身が丸ノコのようなその刃で切り裂く。
そして彼は半身を深く抉られながら、潰れた巴マミの前にまで吹き飛ばされていた。
「スペイン語……」
『な、に……?』
ぽつりと呟いたマミと、彼の視線が重なった。
「……フェルナンデスというのは、スペイン語圏の名前よ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「デデンネェ!!」
「ああ! やめて下さい! あの方は私たちを見出して下さった、父親のような方ですのよ!」
「許さねぇ! 許さねぇぞ、テメェらぁ――!!」
「アハハハハ、どう許さないで下さるのでしょうか! ぜひお見せしていただきたいですね!」
「あかはい! ろおかひ! おるおるぅ! はあっはあ! あほんるい!」
デデンネと仲良くなったヒグマが吹き飛ばされるや、あたりにはデデンネと円亜久里の悲痛な叫びが響いた。
それにも構わず、ラマッタクペは哄笑し、制裁ヒグマは立ちはだかる佐倉杏子をまたもミンチにする。
その空間の中でひっそりと、巴マミは、目の前に倒れるヒグマへと言葉を紡ぐ。
「……フェルナンデスというのは、スペイン語で、『フェルナンドの息子』を意味しているわ」
デデンネと仲良くなったヒグマの思いは、佐倉杏子の魔力で翻訳されていた。
そして彼女ともテレパシーで繋がり合えている巴マミと暁美ほむらもまた、彼の思いを理解していた。
家族など知らなかったヒグマが、この島で一匹の小動物と出会い、心が開けたように感じたこと。
様々な葛藤と紆余曲折の後に、小動物と死者と魔法少女と、あたかも家族のような信頼関係を築いてきたこと。
そんな出会いを拾って来た彼は今まで、唯一自分の名前がわからないことに悩み苦しんで来た。
その苦悩が、心に流れ込んでくる。
その悩みへの糸口を、ただ一人、巴マミだけは掴んでいた。
それはイタリア語を始めとする、各国の言語への深い造詣を持つ彼女にしかわからなかっただろう言葉だった。
落下の衝撃で半身を潰されたまま、巴マミはしっかりとした口調で、名も知れぬそのヒグマに語り掛けていた。
「その子にフェルナンデスという名前をつけたのなら……、あなたは無意識に、自分の名前をも、イメージしていたんじゃないのかしら」
聞きながら、彼は自分の心臓がどくどくとその拍動を強めているのを感じた。
体温が上がっていくのがわかった。
筋肉が張り詰めていくのがわかった。
自分の眼に映る世界が、輝きを増して行くように感じた。
――きっとそれは、あんた自身が無意識に思ってる何かと、関係あるんじゃねぇの?
――そう……、なのだろうか。
――ああ、『マミさん』なら、きっとあんたの名前がわかるよ。
この導き手との『出会い』を、彼は待ち続けていた。
そして彼の幸運と実力と運命は――、彼に祝福を贈った。
「――あなたの名前は、『フェルナンド』。その名前の意味は、『偉大なる保護者』、『勇敢な旅人』よ」
魂が、燃え立つ感覚があった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ぐああ――!」
「あかはい! ろおかひ! おるおるぅ! はあっはあ! あほんるい!」
何十人目かわからぬ佐倉杏子の魔力の肉体を挽き潰した制裁ヒグマは、降り注ぐ暁美ほむらの魔力を躱して、いよいよ倒れる者たちを蹂躙しようとしていた。
そこへ、佐倉杏子ではない浅黒い巨体が、いつの間にか歩み寄っていた。
制裁ヒグマはその者にも、ただ奇声を上げながら、上半身の牙をノコのように回し、下半身から数多の注射器を飛び出させて襲い掛かる。
『邪魔だ』
しかし、彼の体に突き刺さると見えた牙や注射器は、振り抜かれた彼の腕に、一瞬にして叩き折られていた。
そして続けざまに、制裁ヒグマの上下半身には強烈な爪の一撃が叩き込まれる。
「あひいいいいいいい――! あほんるいあほんるいあほんるいあほんるい――」
制裁ヒグマは、今までに発したことのない、悲痛なほどの高い声を上げてよじれた。
牙の折られた上半分と、動体に風穴を開けられた下半分の肉体が、よたよたと乱れた動きで逃げてゆく。
重傷を自己修復しながら撤退してゆくそれを、彼はもはや関知していなかった。
【E-7・鷲巣巌に踏みつけられた草原/夜】
【制裁ヒグマ〈改〉】
状態:口元から冠状断で真っ二つ、半機械化、損傷(小)
装備:オートヒグマータの技術
道具:森から切り出して来た丸太
基本思考:キャラの嫌がる場所を狙って殺す。
0:背後だけでなく上から狙うし下から狙うし横から狙うし意表も突くし。
1:弱っているアホから優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:アホなことしてるキャラはちょくちょく、でかした!とばかりに嬲り殺す。
※首輪@現地調達系アイテムを活用してくるようですよ
※気が向いたら積極的に墓石を準備して埋め殺すようですよ
※世の理に反したことしてるキャラは対象になる確率がグッと上がるのかもしれない。
でも中には運良く生き延びるキャラも居るのかもしれませんし
先を越されるかもしれないですね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
彼――、それは、ただ一頭のヒグマだった。
デデンネと仲良くなったヒグマ。
または、穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ。
または、ヤイェシル・トゥライヌプ(自分自身を見失う者)――。
外在的な名称でしか規定されていなかった、『何者でもなかった彼』は、もはやそこにはいなかった。
そのヒグマの姿に、ラマッタクペは魂を奪われたかのように、呆然とした表情で呟いた。
「素晴らしい……、なんというラマト(魂)の輝きでしょう。アハハ、ボクの予想以上です。
『カヌプ・イレ(己の名を知る)』から一足飛びに至ってしまいますか、そうですか……!」
デデンネと仲良くなったヒグマ――、いや、フェルナンドから発散する気迫は、草原一帯の空気を帯電させるかのようだった。
緊張、恐怖、威圧感……。そんな種々の感情がビリビリと肌に信号を刻み、悠然と歩む一頭のヒグマの存在を、否応にも周囲の人々の認識に焼き付けた。
そしてそれは、ラマッタクペと言えども例外ではなかった。
恍惚としていた彼の感情は、フェルナンドの射るような眼差しに視線を重ねてしまった瞬間、氷水を浴びせられたかのように冷え竦んだ。
努めて笑おうとする彼の口は、震えていた。
誰もが地に伏しているこの空間で、フェルナンドだけは泰然と、抉られた脇腹の傷から大量の血液を零しながらも、地を揺るがすほどにしっかりとした足取りで、ラマッタクペとの距離を詰めている。
ラマッタクペの能力は、フェルナンドに、全く効いていなかった。
「退散させてもらいますね、アハハハ……」
「――逃がさないわ!」
暁美ほむらの皮膚全体に刻まれた、モレウ紋のような令呪が波打つ。
遥か遠方から、悪魔のような黒い翼が展開されるのが、ラマッタクペにも見えた。
非常に低い姿勢で、暁美ほむらがその肘を構え、あたかも列車砲のように一直線にラマッタクペへと滑り込む。
その脚には、さらに巴マミのリボンがくくりつけられていた。
「暁美さんッ!」
「肉弾滑腔砲――!!」
「――ッ!?」
時間超頻(クロックアップ)と『侵食する黒き翼』によるブースターに加え、収縮するリボンの勢いで暁美ほむらの肉体はパチンコのように射出される。
今や彼女は弾丸だ。
ただ一つの、ラマッタクペを狙い撃つための砲弾だった。
しかし、その肘鉄が彼を穿とうとした瞬間、暁美ほむらはその体に、二方向から強烈な引力を感じていた。
上半身は、天上に引っ張られるように。
下半身は、地下に吸い込まれるように。
抗いようもない強烈な力が、彼女の身体を捩じ切った。
「『ウエコホピケゥ(離れ離れになる体)』……」
ラマッタクペに接触する寸前で、ほむらの肉体は弾け飛んだ。
それは彼が緊急防御に用いている、彼の霊力(ヌプル)を用いた、ほとんど唯一と言っても良い直接攻撃だった。
一瞬でも反応が遅ければ、ラマッタクペは暁美ほむらの魔力を受けてその身の時間流を超加速され、腐り落ちていただろう。
危うかったものの窮地を脱したことで、ラマッタクペはわずかに安堵した。
その彼の視界を、千切れた暁美ほむらの生首が、嘲笑を浮かべながら落下した。
「……私の体に、干渉したわね。……あなたの、負けよ」
「な、グハッ……!?」
その瞬間、ラマッタクペの全身には激痛が襲い掛かった。
――『魔術師殺し』衛宮切嗣の犬歯。
暁美ほむらは、令呪で展開したどす黒い魔力を身に纏った内側に、その歯を仕込んでいた。
彼女の肉体はそれ自体が、干渉した者の魔術回路を切り結ぶ、一つの『起源弾』と化していたのだった。
魔術的に精製されていないその即席の弾の効果は、僅かだった。
だがそれでも、予想し得なかった苦痛に身を捩り吐血したラマッタクペには、致命的な隙ができていた。
『俺の家族を襲った罪だけは、償ってもらう』
「――!」
フェルナンドの威容が、彼の目の前にあった。
それを理解した瞬間、ラマッタクペの胸部には、フェルナンドの爪が突き刺さっていた。
ずるりと音を立てて、そこからは拍動する心臓がくり抜かれていた。
フェルナンドの爪に、ラマッタクペの心臓が握り潰される。
ラマッタクペはその光景に、呆然と笑った。
「アハ、アハハハハ……。そう、そうです。それでこそ、キムンカムイです……。
あなたこそが、『ピルマ・イレ(己の名を告げる)』の境地に至ったカムイです……」
地面にほとばしる鮮血を眺めながら、ラマッタクペは未だ、乾いた笑いを零していた。
仁王立ちするフェルナンドを見上げ、彼の口調は再び恍惚とした感情を帯びていた。
「ハハ……、このハヨクペ(冑)もついに終わりですか。しばらくメルちゃんやケレプノエを揶揄えなくなるのが、心残りですね……」
そして彼はよろよろと後ずさりしたかと思うと、そのまま音もなく、ゆっくりと上空に浮き上がってゆく。
彼はそのまま、重圧から解放され立ち上がり始める眼下の人間たちに、厳かな口調で語り掛けていた。
「良いことを教えてあげましょう……。あと6時間……、日付が変わる時に、この島に向けてルカニ・アペが……、溶ける黒金の炎が発射されます……。
この島の……、いえ、世界の全てを亡き者にすべく、あなた方を誘拐した全ての黒幕が、ついにハヨクペ(冑)を得て、行動を開始したのです……」
「あのスポンサーが……!? まさか、島に核兵器を打ち込むつもりだというの!?」
胸の穴から血を流しながら天に昇ってゆくそのヒグマを、人々は呆然と見上げていた。
「あなた方が『ピルマ・イレ(己の名を告げる)』に至るならば、きっとそれを止められるでしょう……。
いえ、そうあって下さい。我々カムイの名を絶やさないよう、それを止めるだけの霊力(ヌプル)を身につけて下さい……。
そして我々の名を、世界に知らしめてください。我々の存在を、世界中に告げてください……!
世界に我々を、認めてもらってください……」
そのヒグマの声は、今までにないほど切実だった。
布束砥信の問い掛けに答えるわけでもなく語り続ける彼の声は、嬉しさと悲しさと誇らしさと、悔しさが滲んでいるようだった。
そして彼は最後に、実に気持ちが良さそうに笑顔を作った。
「ボクは一足先に、カントモシリ(天上界)から、見守らせていただきますよ……」
突然、そのヒグマの上昇は止まる。
完全に脱力したその肉体は、そこから命と魂と能力が、悉く失われたことを示していた。
今までゆっくりと昇っていた高さから、彼はたちまち自由落下した。
地面に叩き付けられ、ラマッタクペの肉体は潰れたトマトのように飛び散っていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ラマッタクペが潰れた後、その有様を確認したかのようなタイミングで、立ち尽くしていたフェルナンドはゆっくりと地面に倒れていた。
それをきっかけにして、人々は我を取り戻したかのように声を上げる。
「ああ! そのヒグマ大丈夫か!? 畜生、俺も龍田さんもほとんど何もできなかった!」
「助かったわ〜……、私たちだけじゃ、余りにも力不足だった……」
「ジ、ジブリール、ビショップさん! 何か救急道具ないの!? 他の怪我人は!?」
「レムちゃあぁぁぁぁん、怖かったよぉぉぉぉ――!!」
「ゴーレムさん、良かっタ……! ヤイコさんもダイブ重体かと……!」
「こ、このあとどうすんべ……! ひまわりちゃんもれいちゃんも……!」
「暁美ほむら、巴マミ、星空凛、とりあえず感謝するわ! 話はあとで!」
「ええ、核兵器だとかとんでもない話が聞こえたけど……」
「まずは――!」
「あのヒグマさんだにゃ!」
慌てふためく人々を掻き分けて、フェルナンドの元に真っ先に駆け寄っていたのは、デデンネ、円亜久里とアイちゃん、そして佐倉杏子だった。
「デネェ――!」
「きゅぴぃ〜!!」
「ああ……! お願いします、どうかご無事で……!!」
「おい! お前! しっかりしろ、死ぬんじゃねぇ!!」
『はは……、良かった……。俺はどうやら、「家族」を、守れたようだな……。「保護者」として……』
駆け寄ってくる『家族』の姿に、彼はこれ以上ないほどに嬉しそうな、安心しきった笑顔で呟いた。
制裁ヒグマに抉られた彼の傷からはもうほとんど血も出ない程で、とっくに出血が致死量を超えていることは明らかだった。
むしろ彼が今まで動けていたことの方が、不思議なくらいだった。
デデンネが彼の鼻を、ぺろぺろと舐めていた。
彼はそれに、くすぐったそうに目を細めた。
そして震えながら、その前脚をデデンネに差し出そうとした。
それは彼に残った全身全霊を、振り絞った一動作だった。
デデンネはそれを、拒まなかった。
もう、彼を恐れる気持ちなどなかった。
彼は。――フェルナンドは。全力で、優しく、息子の毛並みを撫でていた。
『俺の名前は、フェルナンド……。フェルナンドだ……。お前と、仲良くなった、ヒグマだ……』
「デネ、デネデネンデ!! デデンネェ――!!」
デデンネは、今までただその時その時の感情と本能で生きてきただけだった。
だから彼には、自分の生みの親の記憶などなかった。
たった一日の間だけでも、この凄まじい戦いを共に生き抜き、守ってくれた保護者――フェルナンドこそが、彼の記憶する唯一の父だった。
自分を守り、撫でてくれたこのヒグマが死んだのだということを、デデンネは否応も無く理解していた。
自分の半分がごっそりと失われたかのような凄まじい喪失感が、デデンネを苛んで止まなかった。
「デェネェェェーー――、デデンネェェェーー――」
彼は泣いた。感情のままに、その小さな体が震えるほどに泣いた。
顔が崩れるほどの勢いで、臆面も何もなく泣き叫んだ。
その姿に、円亜久里も、アイちゃんも、声を押し殺して泣いていた。
しかしその中でただ一人、佐倉杏子だけは、動かなくなったフェルナンドの遺骸の前に片膝をついて、瞠目して項垂れていた。
「燃え尽きちまってる……。魂が……。こいつは自分の魂を、そのままエネルギーに変えて、動いてたんだ……」
「佐倉さん……」
彼女は、後ろから巴マミが心配そうに声をかけるまで、呆然とし続けていた。
魂を媒介として魔法を使う魔法少女とは違う。フェルナンドは、自分の名を理解したその時から、自分の魂を直接燃やし、莫大なエネルギーを発散させていた。
それはラマッタクペの能力を完全に拒絶し心臓を一撃でくり抜くほどの力を持つための、ほとんど唯一といっても良い方法だったのかも知れない。
しかしその代償は、魂の完全な消滅だった。
円環の理も拾うことはできず、残留思念の再構築も叶わない、絶対的な死と、虚無。
円亜久里の肉体も再構成した自分の力ならば、なんとかなるだろう――。
そんな楽観的な考えが否定された時、杏子の心には、この北海道の海風よりも冷たい風が吹き荒ぶようだった。
「……杏子。これしか、なかったんだわ。今は、感謝しか、するべきでないと、思うわ……」
「ハハ……、人生で2回も親父を亡くすことになるとは……、思わなかったよ」
肉体を再構成した暁美ほむらに肩を叩かれて、彼女はようやくのろのろと立ち上がった。
見開いたままの眼に、うっすらと涙が浮かぶ。
しかしその水分は、彼女の髪や衣服から溢れ出る炎に、たちまち蒸発していった。
「それもこれも全部……」
「私たちが弱かったから」
「そうね……」
佐倉杏子、暁美ほむら、巴マミという、この島で大きく成長したはずの魔法少女三人は、己の不甲斐なさに震えるばかりだった。
草原に血痕となっているラマッタクペというヒグマには、同情も同感もできはしない。
彼の行なってきた行為は、この場の大多数の面々にとって明らかに許されざることだった。
しかし、彼が目的としてきたことの一端だけは、ようやく彼女たちにも、理解できた。
幸運を拾い成長するか、死か。そんな分岐を、素知らぬフリと笑顔で突き付け続けてきた、このヒグマの行動。
その必要性を今や、彼女たちは認めざるを得なかった。
彼の設けてきた数々の試練を乗り越えられる程の力を身につけなければ、この島から生きて脱出することは、不可能なのだった。
「核兵器なんて使わせないわ。必ず脱出させてみせる」
「仇は討つ。この島で死んでいった全ての奴らの仇を、アタシは必ず討ってやる……!!」
「もう……、殺す以外の解決策を、絶対に見つけ出さなきゃ……!」
記憶から来た軍神が、復讐の女神が、正義を信じる者が、各々の思いに猛った。
【ラマッタクペ@二期ヒグマ 死亡】
【フェルナンド(デデンネと仲良くなったヒグマ)@穴持たず 死亡】
【E-7・鷲巣巌に踏みつけられた草原/夜】
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:記憶から来た軍神
装備:球磨の記憶DISC@ジョジョの奇妙な冒険・艦隊これくしょん、自分の眼鏡、ダークオーブ@魔法少女まどか☆マギカ、令呪(無数)
道具:球磨のデイパック(14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬なし)、13号対空電探、双眼鏡、基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯、89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×6、切嗣の手帳、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)、球磨の遺体、碇シンジの遺体、ナイトヒグマの遺体、ジャン・キルシュタインの遺体
基本思考:まどかを、そして愛した者たちを守る自分でありたい
0:核兵器などが来る前に、必ず脱出させる……!
1:ありがとう、巴マミ、星空凛。そして、私を押してくれた全ての者たち……。
2:まどか、ありがとう……。今度こそ私は、あなたを守るわ。
3:他者を救い、指揮して、速やかに会場からの脱出を図る。
4:ゆくゆくは『円環の理』の力を食らった代行者として、全ての者が助け合い絶望せずに済むシステムを構築する。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』で、自分の肉体を再生させる魔法を習得しました。
※円環の理の因果と魔力を根こそぎ喰らいましたが、現在使っている円環の理由来の魔法・魔力は、まだまだほんの一端です。
※贖罪の念から魔法少女としての衣装が喪服/軍服に変わってしまったため、武器や魔法の性質が大きく変わっています。
※固有武器は、『偽街の子供たちの持つ巨大な編み針』です。
※固有魔法は、『自分の愛(時間・世界線)を自在に濃縮・希釈し、紡ぎ、編むこと』です。
※魔女・魔法少女としての結界を、翼のように外部に展開することができます。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力Full)、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)
道具:基本支給品(食料半分消費)、流子の片太刀バサミ@キルラキル、流子のデイパック(基本支給品)、人吉球磨茶白折入りの魔法瓶
基本思考:正義を、信じる
0:もう、誰かが死んで悲しむ姿なんて、見たくない!
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:凛さん、あなたは見習いたいくらいすごい人だわ。
6:デビル、纏さん、球磨さん、碇くん……、あなたたちにもらった正義を、私は進みます。
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ〜The different story〜)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〜叛逆の物語〜で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。
【星空凛@ラブライブ!】
状態:胸部に電撃傷(治療済み)
装備:訓練兵団の制服、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)、包帯
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器、輸液ルート、点滴、ジャンのデイパック(基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×15本、永沢君男の首輪、ブラスターガン@スターウォーズ(79/100))
基本思考:この試練から、『アイドル』として高く飛び立つ
0:ほむほむ、信じてた……。待ってた……!
1:この島に残る人たちを救うために、もう、止まらない。
2:ジャンさんたちを忘れないために、忘れさせないために、この世界に、凛たちの存在を刻む。
3:クマっちが言ってくれた伝令だけじゃない。凛はアイドルとして、この試練に真っ向から立ち向かう。
[備考]
※首輪は取り外されました。
【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班
装備:ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ
道具:泥状の肉体
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:興味深い人間たちの力の先を見極める。
1:医療班も崩壊、か……。せめてあとシーナーさんには会いたい。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:とにかく生存者を早く助けなきゃ!
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。
【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:胸部を爪で引き裂かれている、失血(中)、疲労(大)、海水が乾いている
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:ヒグマゴロク
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:布束特任部長、田所料理長……、あなた方に、お渡しするものが……。
1:モノクマは示現エンジン以外にも電源を確保しているとしか思えません。
2:布束特任部長の意思は誤りではありません。と、ヤイコは判断します。
3:ヤイコにもまだ仕事があるのならば、きっとヤイコの存在にはまだ価値があるのですね。
4:無線LAN、もう意味がないですね。
5:シーナーさんは一体どこまで対策を打っていらっしゃるのでしょうか。
【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:左腕切断(焼灼止血済)、サーヴァント化、ワンピースを脱いでいる(ブラウスとキャミソールの姿)、体液損耗防止魔術付与
装備:『夜半尓也君我、獨越良牟』、『水能秋乎婆、誰加知萬思』、『勤此花乎、風尓莫落』
道具:薙刀型固有兵装
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:まだまだ、この島には強力な敵が居るのね……。
1:ごめんなさい、ひまわりちゃん……。
2:この帝国はなんでしっかりしてない面子が幅をきかせてたわけ!?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
4:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。
※間桐雁夜をマスターとしてランサーの擬似サーヴァントとなりました。
【穴持たず203(ビショップヒグマ)】
状態:魔力不足
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”の意志に従う??????????
0:キング、さん……。シバさん……! もう、どうスレばいいんですか……!
1:スミマセンベージュさん……。アナタを救えなかった……!!
2:……どうか耐えていて下サイ、夏の虫たち!!
3:球磨さんとか、龍田さんとか見る限り、艦娘が悪い訳ではナイんでスよね……。
4:ルーク、ポーン……。アナタ方の分まで、ピースガーディアンの名誉は挽回しまス。
5:私の素顔とか……、そんな晒す意味アリマセンから……。
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※空気中や地下の水と繋がって、半径20mに限り、操ったり取り込んで再生することができます。
※メスです。
※『ヒグマを人間に変える研究』の自然成功例でもあるようです。
【穴持たず104(ジブリール)】
状態:健康
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
0:レムちゃんレムちゃんレムちゃあぁぁぁぁん!!
1:皆さんの手当てを!
2:ベージュさん、ベージュさぁん……!!
3:応急手当の仕方も勉強しないとぉ……!!
4:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
5:ビショップさんが見たのって、私と、同じもの……?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです
【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、ずぶ濡れ(上はブラウスと白衣のみ)
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池、バリキドリンクの空き瓶、制服
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:情報が錯綜しているわ! 早く整理しましょう!
1:HHHの呉キリカ達とも合流しないと!
2:キリカとのぞみは、やったのね。今後とも成功・無事を祈る。
3:『スポンサー』は、あのクマのロボットか……。
4:やってきた参加者達と接触を試みる。あの屋台にいた者たちは?
5:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
6:帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。
7:駄目だ……。艦これ勢は一周回った危険な馬鹿が大半だった……。
8:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
9:救えなくてごめんなさい、四宮ひまわり……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。
【田所恵@食戟のソーマ】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:割烹着
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:ひまわりちゃん、れいちゃん……!
1:もどかしい、もどかしいべさ……。
2:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
3:布束さんに、落ち着いたらもう一度きちんと謝って、話をします。
4:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。
5:男はみんな狼かぁ……、気を付けないと。
【間桐雁夜】
[状態]:刻印虫死滅、魔力充溢、バリキとか色々な意味で興奮、ずぶ濡れ
[装備]:令呪(残り3画)
[道具]:龍田のワンピース
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を桜ちゃんの元に持ち帰る
0:聖杯戦争どうなってるんだよおい……。
1:俺は、桜ちゃんも葵さんも、みんなを救いたいんだよ!!
2:俺のバーサーカーは最強だったんだ……ッ!!(集中線)
3:俺はまだ、桜のために生きられる!!
4:桜ちゃんやバーサーカー、助けてくれた人のためにも、聖杯を勝ち取る。
5:聖杯さえ取れれば、ひまわりちゃんだって助けられるんだ……!
[備考]
※参加者ではありません、主催陣営の一室に軟禁されていました。
※バーサーカーが消滅し、魔力の消費が止まっています。
※全身の刻印虫が死滅しました。
※龍田をランサーのサーヴァントとしてマスターの再契約をしました。
【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖を抱くくらいならいっそ家族という隠れ蓑で身を守る、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンのみ
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネデデネデデンネ……!
1:デデンネェ……
2:デデッデデンネデデンネ!!
※なかまづくり、10まんボルト、ほっぺすりすり、などを覚えているようです。
※特性は“ものひろい”のようです。
※性格は“おくびょう”のようです。
※性別は♀のようです。
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:頭部破壊、石と意思の共鳴による究極のアルター結晶化魔法少女(『円環の袖』)
装備:ソウルジェム化エイジャの赤石(濁り:必要なし)
道具:アルターデイパック(大量の食料、調理器具)、江田島平八のデイパック
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:フェルナンド……、父さん……。
1:復讐を遂げるためにも、このヒグマたちのように、もっと違う心の持ち方があるはずだ。
2:カズマ、白井さん、劉さん、狛枝、れい……。あんたたちの血に、あたしは必ずや報いる。
3:神様、自分を殺してしまったあたしは、その殺戮の罪に、身を染めます。
4:たとい『死の陰の谷』を歩むとも、あたしは『災い』を恐れない。
5:これがあたしの進化の形だよ。父さん、カズマ……。
6:ほむら……、あんたに、神のご加護が、あらんことを。
7:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※自らの魂とエイジャの赤石をアルター化して再々構成し、新たなソウルジェムとしました。
※自身とカズマと劉鳳と狛枝凪斗の肉体と『円環の袖』をアルター化して再々構成し、新たな肉体としました。
※骨格:一度アルター粒子まで分解した後、魔法少女衣装や武器を含む全身を再々構成可能。
※魔力:測定不能
※知能:年齢相応
※幻覚:あらゆる感覚器官への妨害を半減できる実力になった。
※筋肉:どんな傷も短時間で再々構成できる。つまり、短時間で魔法少女に変身可能。
※好物:甘いもの。(飲まず食わずでも1年は活動可能だが、切ない)
※睡眠:必要ないが、寂しい。
※SEX:必要なし。復讐に子孫や仲間は巻き込めない。罪業を背負うのはひとりで十分。
※アルター能力:幻覚の具現化。杏子の感じる/感じさせる幻覚は、全てアルター粒子でできた実体を持つことが可能となる。杏子の想像力と共感力が及ぶ限り、そのアルターの姿は千変万化である。融合装着・自律稼動・具現・アクセス型の全ての要素を持ち得る。
【円亜久里@ドキドキ!プリキュア】
状態:佐倉杏子のアルター製の肉体
装備:アイちゃん@ドキドキ!プリキュア
道具:自分のプシュケー
基本思考:相田マナを敵の手から奪還する
0:佐倉杏子へ協力し道を示す。
1:自分の持つ情報を協力者に渡しつつ生存者を救い出す。
[備考]
※佐倉杏子のアルター能力によって仮初の肉体を得ました。
※プシュケーは自分の物ですが、肉体は佐倉杏子の能力によって保持されているため、杏子の影響下から外れると消滅してしまいます。
以上で投下終了です。
フェルナンデスは『フェルナンドの息子』を意味しますが、デデンネは♀のようです。今となっては些末なことです。
続きまして、阿紫花英良、武田観柳、操真晴人、フォックス、ケレプノエ、隻眼2、江ノ島盾子で予約します。
――次回、『テクノの娘』。
科学の娘はヒグマロワを浴びて、一夜で世界に産まれた。
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