■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
Maxwell's equations 第二巡
帰ろう、帰ればまた――。
"
"
ちょっと早いですが次スレを建てました。
前スレで収まりそうな場合はあちらを、収まるか怪しい場合、またあちらが埋まった場合はこちらをご利用くださいー。
スレ立て乙です。
自分が投下した『ルドル・フォン・シュトロハイム&キャスター』の誤字などをwikiにて修正しました。
内容やステータス等の変更はありません。
皆様乙です。
投下させていただきます。
私には気になる人がいる。
その子は何かに脅える様に此方の様子を窺い
ふい、と私から目を逸らした。
私はそんな彼を見て、ただ――
友達になりたいと、思った。
○ × △ □
"
"
ざあざあと、音がする。
微睡んでいた意識を、無理矢理に覚醒させる音。
睡眠不足を訴える体を無視して、ベッドに寝転んだ体の向きを変えて窓の外を見る。
しかし生憎と、部屋のカーテンは閉めてしまっており外を確認することは出来ない。
けれど、それは確認するまでもなかった。
まず初めに届くのは、まるで激しい滝の下にいるかの様な雨音。
息つく暇なく地面を打ち付け、誰かを威圧するような音。
次いで、ごうごう吹き荒れる風。
時折、何かが軋むようなミシリ、という音。
……確認するまでもなく、布生地と硝子の壁を超えた先は、土砂降りの大雨だろう。
否応無しに耳に届く、騒々しいようで、だけど何処か不安になるような音が、そう告げていた。
「大丈夫かな」
欠伸交じりに呟いた言葉は、無意識のモノで。
雲にかかる霞のようなソレは、雨の音に掻き消されて、消えた。
呆気なく、吐息の中に。
誰にでもよくあるとりとめもない事。
そう認識する刹那、水泡の様な疑問が頭の中に浮かび上がる。
「私は、何を心配しているの?」
何を、あるいは――誰を、心配しているのか。
大丈夫かな。
……これは、ついさっき自らの口で発した言葉だ。
自分の意志で、自分の口で、紡いだ言葉。
そうだと言うのに。
何を、どう大丈夫かを心配しているのかがわからない。
ソレが可笑しい事は、おっとりした性格の彼女であってもすぐに理解できた。
何か問題があって、その事を心配するならわかる、けれど。
心配という感情が先に来て、問題が起こるなんて、そんな事ある筈がない。
何かを心配する気持ちがあるから、大丈夫かと案じる言葉が生まれるのだ。
そんな簡単な、考えるまでもないような事な筈なのに、その原因が彼女にはわからない。
ざあざあと、音がする。
気にしなければ良いのかもしれない。
戯れの様に浮かんで消えた思考に、大した意味はないのだと。
自分の名前や、家族との思い出、そんな大事なモノが消えたわけじゃないのだから。
気にしなければ良いのだと、わかってはいても。
何故だか、その気持ちを手放すことが彼女には出来なかった。
ギュッと、瞼を閉じて記憶を探る。
全てを洗い流すような雨が、この想いを消し去ってしまわないように。
彼女は必死で記憶を手繰る、手繰る、手繰る。
靄のかかった海を、必死で泳ぐ。
けれども、そんな努力も虚しく終わる事になった。
「そっか、日記を見れば良かったんだ」
そう、自分自身の体質から彼女は日々の出来事を日記を書き連ねており――
「えっと、確か今日はもう鞄から出してた筈だけど」
――それを読めば、自分が何を心配しているのかわかるに違いない。
ギシ、とスプリングを軋ませてベッドから起き上がる。
丁寧に整理された机の上にお目当てのモノはあった。
数えきれない想いを連ねたソレを、慈しむように指先でなぞると。
ゆっくりと、少し汚れたその表紙を開いた。
○ × △ □
○月×日(月曜日)
今日は学校で、長谷くんって人に話しかけられた。
昼休みになったら急に、俺と友達になって下さいって。
話した事のない人だから変だと思ったけど……実は、先週の私の友達なんだって!
嬉しくなって、お話して、忘れちゃってて申し訳なかったけど長谷くんは凄く良い人だった!
日記を読み返したら、先週の私も長谷くんにいっぱい感謝してる。
明日が、楽しみ。
○月×日(火曜日)
今日は長谷くんの分のお弁当も作って持っていってみた。
長谷くんの好みに合うかわからなくて、ついつい作りすぎちゃいました。
喜んでくれるか不安だったけど、笑って美味しいって。勇気を出して良かった。
長谷くんはお砂糖18gの卵焼きが好きだって、ちゃんと書いておかないとね。
それと、長谷くんとトランプをしたよ!
二人きりだったからずっと神経衰弱だったけど、唸ったり迷ってる長谷くんは表情がいっぱいあって凄いなあって思います。
また明日も、お話できたらいいなあ。
○月×日(水曜日)
今日は初めて友達とカラオケに行ったよ。
ファミリーレストランの前で待ち合わせをして、友達と待ち合わせなんて初めてだったからドキドキしちゃたけど、長谷くんとちゃんと会えて安心。
友達と遊びに行ったり、買い物してみたり。そんなの漫画の世界の中だけだと思ってた。
ずっとずっと憧れてたけど、想像よりもずっとずっとずっと楽しい。
○月×日(木曜日)
明日が来るのが怖い。
金曜日が過ぎてしまったら、その後は週末で学校がお休み。
長谷くんと次に会うのは、月曜日。
その時には、また長谷くんの事を忘れちゃってる。
また、友達になれるかな?
また、遊んでくれるかな?
――忘れたくない、長谷くんの友達でいたい。
○月△日(金曜日)
長谷くんから、不思議なお話を聞きました。
何でも願いが叶う、聖杯のお話。
きっと長谷くんは私を元気付けてくれてるんだと思う。
笑って、希望に溢れた目で、今度こそ私が傷付かなくて良いようにって。
一番傷付いてるのは、長谷くんなのに。
本当に、優しい人だね長谷くんは。
もしそれが本当に有ったら……ずっと長谷くんの友達でいられるのかな?
○月△日(土曜日)
凄く、色々な事がありました。
今でも整理はついてなくて、何て書いたら良いかわからないけど。
長谷くんの言ってたこ
○月△日(日曜日)
今日で、私の記憶とはお別れ。
だから、昨日書けなかった事を書いておこうと思います。
長谷くんの言っていたことは本当でした。
聖杯、マスター、サーヴァント、ランサー、バーサーカー。
どれもこれも、見た事も聞いた事もない言葉ばかり。
夢のようだけど、全部、本当の話。
目の前で、冷たくなっていく人。
笑いながら私に向けられる何か。
思い出すだけで、汗が止まらないくらい、怖い、怖い、あの光景。
もしかしたらもう長谷くんには会えないかもしれない。
だけど、私は信じてみたいって思いました。
絶対に守るって言ってくれた彼の。
――の言葉を。
○ × △ □
○月×日月曜日。
そうして彼女――藤宮香織は、欠けた記憶を手繰り寄せる事に成功する。
文章で見ただけで実感は湧かない、けれど確かに心に刻まれていた恐怖。
その鋭利な感覚が彼女に自らが今置かれている現実を理解させていた。
一番初めに来る感情は、怖い、だ。
どうして自分がそんな事に巻き込まれてしまうのか。
日記を読む限り、きっと長谷くんと言う人の事を忘れたくなくて。
もう友達の存在を忘れてしまう事に脅えて。
偶然巡り合った機会に縋り付いてしまったのだろう。
日記を見ていれば、どれだけ自分が彼の事を大事に想っていたかがわかる。
それでも、それを覆い隠してしまう程。
記憶を失って尚、恐怖が蘇ってしまう程。
忘れてしまって尚、あの冷たさを思い出してしまう程。
聖杯戦争に対とは恐ろしいモノだった。
何の変哲もない女子学生が参加するには、過ぎたモノだった。
ともすれば、逃げ出してしまいそうな位には。
今自分がいる場所も、その恐怖に拍車をかけていた。
起き抜けから覚醒した今だからこそわかる。
自分の部屋と似た、それでも全く別物だとわかる部屋。
何故、どうしてこんな所にいるのかわからない恐怖が、彼女を襲う。
――だけれでも。
不思議と、目を背けようとは思わなかった。
心配になったのは――自分が、聖杯を手にする事が出来るのかと言う事。
例えどれだけ傷付いたとしても。
傷付く事すら忘れて日々を過ごしてしまっていたとしても。
諦めた事も、投げ出した事もあった。
それでも彼女は立ち上がった。
もう二度と友達の事を忘れないように、自らを一人に追い込んで。
いつか記憶を失わずに済むんじゃないかと、未来に希望を持っていた。
だからこそ――
「ますたぁ、ぼくのこと、おもいだした?」
――彼は、彼女の声に応えた。
「えっと、うん……ごめんなさい。貴方の事はわかるけど、どうしても実感がわかなくて」
「そっか、や、っぱり、わすれちゃった」
突然姿を現した大男の存在に驚きつつ、目を向ける。
大柄で、筋肉質な体は彼女の言葉に反応して心なしか小さく見え、少なからず恐怖を和らげる。
しゅん、と言う擬音がぴったりな程うなだれた大男は、不安気な視線を彼女に送っていた。
彼女には知るよしもない事だが、彼はあくまでもサーヴァントであり、マスターがいなくては存在意義が消失してしまう。
だがそれ以上に、彼は彼女に忘れられた事にショックを受けていた。
彼女の人柄に触れ、想いに触れ、聖杯が欲しいと、初めて思った。
故に、例え事前に説明を受けていたとしても、その悲しみは到底拭い切れるモノではない。
「でも、わかるんです。貴方はきっと優しくて、私を守ってくれる」
ピクリ、と。大柄な体が跳ねる。
ソレを見て少女は、今自分が抱いた想いが間違いでないと確信する。
「また、貴方の事を忘れちゃうかもしれないです」
すう、と息を吐いて、真正面から視線を交差させる。
心臓がばくばくと跳ね回っているのがわかる。
日記の彼も、こんな気持ちだったのかな、なんて考えて小さく笑う。
ふわふわとした髪の毛。
逞しそうな体。
悲しそうな瞳。
その全てを受け止めて。
「それでも、私は今度こそ友達の事を、誰の事も忘れたくないんです」
一呼吸、置いて。
素直な気持ちを告げる。
雨の音はもう、聞こえなかった。
「だから――もう一度、私と友達になって下さい。アステリオスさん」
そうして、手を伸ばした。
○ × △ □
○月□日(月曜日)
今日は、アステリオスさんとまた友達になれました。
暫く学校には行けないから、長谷くんに会うことは出来ないけど。
きっと、次に会えた時は、一週間の友達じゃなくて。
ずっと、ずっと友達でいられたら良いな。
【クラス】バーサーカー
【真名】アステリオス
【出典】Fate/Grand Order
【属性】混沌・悪
【パラメーター】
筋力B++ 耐久B++ 敏捷E 魔力E 幸運E 宝具A
【クラススキル】
狂化:B
バーサーカーのクラススキル。理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル。
理性を奪われてはいるが、たどたどしい言語ながら言葉を交し意思疎通する事は可能。
天性の魔: A++
生まれついての怪物(ばけもの)。後の人間のイメージから怪物と扱われる無辜の怪物とはある意味真逆のスキル。肉体、精神に対する弱体への耐性を付け攻撃に関わるランクを上げる事が出来る。
怪力:A
魔物、魔獣のみが持つとされる攻撃特性で、一時的に筋力を増幅させる。一定時間筋力のランクが一つ上がり、持続時間は「怪力のランク」による。
【宝具】
『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』
ランク:EX 種別:迷宮宝具
アステリオスが封じ込められていた迷宮の具現化。一旦発現してからは、「迷宮」という概念への知名度によって道筋が形成される。
一定範囲内の侵入及び脱出を阻害する結界としての効果も持ち、その結界を解除するにはアステリオス自身が宝具を解除するか、迷宮に潜ってアステリオスを討つしかない。
ただでさえ迷宮は広大な上に、魔物がウヨウヨしているのでアステリオスの元に辿り着くことすら困難。
しかもアステリオスが死ぬと迷宮が崩壊するというまるでRPGのラストダンジョンみたいな機能が付いているため、一度潜れば生還する事は極めて難しい。
また、一定時間の間敵全体の攻撃と防御に関わるランクをダウンさせる。
【weapon】
ハルバードに似た二丁の斧
【人物背景】
『Fate/Grand Order』に登場する「狂戦士」のクラスのサーヴァント。牛の被り物を着けた全身傷跡だらけの怪物。しかし仮面をつけた初期の外形からは想像もつかないが、仮面を外したその顔は屈強な肉体に反して意外なほど幼く、言葉遣いや発言内容も子供の様である。とはいえ、かろうじて意思疎通は可能なので、他のバーサーカーよりは遥かに御しやすい。
生まれついての怪物だったとされており、また実際に(ミノス王に命令されたとはいえ)何も知らない子供を殺害するなど、悪の所業を行っていたものの、彼の本質は悪ではない。彼本人は闇ではなく光を、陰鬱な迷宮ではなく涼やかな自然の風や豊かな森を求めている。
『Grand Order』メインストーリーでは第三章で登場。黒髭に狙われていたエウリュアレを守るべく結界を展開しており、そのとばっちりで足止めを食らい原因究明のために迷宮に踏み入った主人公らを敵と判断して攻撃を加えたが、最終的に主人公とエウリュアレとの間で誤解を解き、ドレイクの提案で揃って仲間に加わる。その後は、持ち前の怪力によって様々な場面で活躍を見せる。
拉致されたエウリュアレを奪還すべく向かったアルゴー号との戦いにおいて、ヘラクレスに単身立ち向かう。その命を一つは奪ってみせたものの敵うはずもなく、最終的に自身が死ぬのを承知の上でヘクトールの『不毀の極槍』にヘラクレスもろともその身を貫かせ、共に串刺しになったヘラクレスごと船から飛び降りる。いかにヘラクレスが不死身と言えどこうなっては彼が力尽きるのを待つほか脱出の術はなく、エウリュアレが主人公らと共に撤退できるだけの時間を稼ぐことに成功した。
身体能力は他のサーヴァントと比較しても頭一つ抜けており、重傷を負ったボロボロの体で船底に穴の開いた「黄金の鹿号」を背負って岸まで泳いだり、宝具を用いずに『十二の試練』を突破する等、文字通り化け物じみているが、今回はマスターが一般人であるためステータスがダウンしている。
【サーヴァントの願い】
ますたぁの、きおく、が、なくならない、ように、する。
【マスター】
藤宮香織@一週間フレンズ。
【マスターとしての願い】
聖杯を手に入れて、友達の記憶がなくならないようにしたい
【weapon】
素手
【能力・技能】
なし、一般人である
【人物背景】
小学生時代にある出来事が原因で「1週間で友達との記憶を失くしてしまう」という障害を持ってしまった。それ以来人付き合いをしたがらなかったが、山岸と友達になったことがきっかけで、クラスメイトと徐々にだが打ち解けるようになっている。
友人との記憶は週末にリセットされ、月曜の登校時にはそれがまっさらな状態になっている。なお家族との記憶や友達でない人との記憶は失くしていない。
普段はクラスで冷たい人を演じているが、心を許した相手には人懐っこい本来の顔を見せる。今まで友達がいなかったため、カラオケなどの遊びに疎い。
得意教科は数学で、クラスの数学係を務めている。
失われるのは友達と認識した相手だけで、家族や単なる知り合いの記憶は失われない。
【方針】
未だ、無し。少なくとも誰かを殺して勝ち抜くつもりはなく、サーヴァントさえ倒せばいいと考えている。
以上で投下終了です。
文字数の感覚がわからず、レス数が不必要に多くなってしまい申し訳ありません。
投下お疲れ様です。
私も投下します。
少年は鍵を得た。
少年は光の心を持っている。
少年は世界を救った。
少年は――キーブレードに選ばれた。
「何でも願いが叶う聖杯? すっごいわくわくする!」
十五の少年の瞳は歳相応に未知なる興味に対し輝いている。
聖杯戦争に巻き込まれた時には不安こそあったが、多くの世界を言葉どおり旅してきた少年の立ち直りは早い。
元の世界に戻る手段が無いのならば、扉を開ければいい。
肩に担がれた心の鍵――キーブレードを持つ少年、ソラ。
心の繋がりに導かれた温かい、優しい光を持った彼に舞い降りた世界を繋ぎ、心を開く鍵。
これまでに多くの悪い心と戦い、人間としても成長してきたソラにとって異世界はイレギュラーではない。
いつも通り――嘗てはとある王の従者と共に旅をしていた。昔を思い出せば何と言うこともないのだ。
「じゃあソラ君は何を願うんだい?」
ソラの背後に現れた男は願いを問うた。
音も影も立てずに出現した着物の男、口調は砕けているが、纏う空気は鋭い。
油断していれば、舐めて相手をすれば簡単に喉笛を斬り裂かれるような。
「んー……解かんないかな、京楽さん」
ソラから返る答えに形は無い。けれど、悪い意味ではない。
彼にはたくさんの願いがある。それは億万長者だったり強くなりたいだったりと様々である。
その中でも『世界にまだ居る悲しんでいる人々を救いたい』という優しい心を持った彼ならではの願いがある。
キーブレードを手にしてから、彼の長くて、それでもどこか切なくて、大切な思い出となった旅路の果てに。
世界に訪れただけ、色々な人達と出会い、交流し、絆を育み、時には悪と戦うこともあった。
多くの経験の総てが行く着く先は『救い』に集結され、ソラが救った存在は数多の数に昇る。
しかしまだ見たことも感じたこともない世界は数え切れない程存在するだろう。
故に悲しんでいる人々はまだ存在している。ソラは彼らを救いたいのだ。
聖杯が願いを叶える願望器ならばそれはそれで素晴らしいモノだろう。
けれど、自分がソレを手にしてもいいのか。他に欲しがっている人が居るのではないのだろうか。
願いは自分の手で叶えるモノ。それも一つの選択肢ではあるが、折角の聖杯だ、活かすべきである。
聖杯に対し迷いはあるが、確実に云えることがある。
悪人の手には絶対に渡さない。悪用する人間を絶対に許さない。
「まぁ後で決めるのもアリだからね。焦らないで考えればいいさ」
「でも俺はリクやカイリの所に帰りたいんだ。だからゆっくりは出来ない」
「帰る方法が解らないんだろう? 鍵穴を見つければソラ君の鍵で扉を開けることが出来るかもしれないけど……戦争だからねえ」
聖杯戦争とは基本的に願いを求める訳有りな人間が大半を占める。
最初から覚悟を決めた参加者が多い中で迷いを抱いているソラは何処か覇気に欠ける。
仮に『他人を痛めつけてまで叶えたい願い何て嫌だ』などとほざけば、集中砲火を浴びることになるだろう。
それに彼は『聖杯戦争は一種のゲーム』と勘違いしている部分が存在する。
あながち間違いでは無いのだが、生命を賭けるデスゲームとの認識は無い。
サーヴァントであるセイバーも伝えてはいないが、まさかマスターがルールを理解していないとは思いもしないだろう。
「戦争か……止めてやる! で、いいのかな?」
「迷っているかい、自分がどうすればいいか」
「止めたいとは思う。でも真剣に願いを叶えたい人の邪魔もしたくない」
「なら、聖杯戦争の中で決めればいいさ。全部、ね」
無理強いはさせない。セイバーは従者の立場としてソラに接している。
年齢や格。総てに置いてマスターを上回っているサーヴァントではあるが、主に逆らうことはない。
主君の剣となって此度の聖杯戦争でも活躍することになるだろう。
(キーブレードねえ……ソラ君を待っている運命はきっととてつもなく大きい。無事に帰してあげたいんだけどねえ……)
聖杯戦争では予想の出来ない多くの危険が迫って来るだろう。
どう対処するか、捌くか、回避するか。何にせよ生き残るには対応しなければならない。
まだ若く、迷いも抱いているソラはきっと茨の道を進むことになる。
それは世界を救うために旅をしてきたあの頃と同じように。そして生命の危険が更に上昇している。
セイバーは強い。けれど『絶対』と言い切れないのが聖杯戦争である。
単純な数値だけでは勝敗の結末を弾き出すなど不可能であり、相性を超えた力だって存在する。
少なくとも迷いの有無で総てが決まる訳ではないが、ゲームと認識しているソラに殺しの覚悟は無い。
純粋なる殺意を持った参加者と対峙した時、キーブレードの少年は非道になるか、夢を追い続けるか。
結果は誰にも解らないが、せめて、最期までその優しい心を崩壞させずに――真実に辿り着くことを祈るばかりである。
【マスター】
ソラ@キングダムハーツⅡ
(参戦時期は物語終了後以降から)
【マスターとしての願い】
今は無い。
迷っている状態であり、自分が叶えるよりももっと必要にしている人間に譲りたいとも考えている。
【weapon】
キーブレード
その名のとおり、鍵の形をした剣である。
ブレードとなっているが攻撃方法は叩く意味合いが強い。非常に多種多様な武器で使い手によっては乗り物にもなる。
世界中のあらゆる鍵を自由に封印・解放できる力を持っているため、彼の前に『鍵』は無力化する。
魔法
ファイナルファンタジーシリーズに登場する魔法を操ることが出来る。
己の周囲に炎を展開する『ファイガ』相手に強力な氷塊を放つ『ブリザガ』敵の頭上から雷光を轟かす『サンダガ』
自身を守る防壁の展開『リフレガ』磁場を発生さえ動きを封じる『マグネガ』傷ついた身体をある程度(あくまで少量)を回復する『ケアルガ』
勿論規格外でるサーヴァントには通用しない。
【能力・技能】
上記のとおり。
フォームチェンジ及び二刀流は現段階では不可能。
【人物背景】
気付けばキーブレードに選ばれていた十五歳の少年。
島に訪れた異変と受け取った鍵の力。総てが絡みあった運命の中で大きな経験と共に成長していくことになる。
優しい心を持っており、他人のために必死になれる。
少年と云えど多くの世界を救ってきた実力は本物であり、単純な戦闘能力は芸達者な面も相まって強い。
【方針】
悪い奴は倒す。言ってしまえばこれしか決まっていない。
弱者や困っている人を助けるのは当然のことであるが、自分が聖杯戦争で何をするかは決まっていない。
更に聖杯戦争をゲーム(生命のやりとりが存在しない)と認識しているため、取り返しのつかないことになるかもしれない。
【クラス】
セイバー
【真名】
京楽春水@BLEACH
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具A
【属性】
中立・善
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法を以ってしても、傷つけることは難しい。
騎乗:C
大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせる。
【保有スキル】
死神:A
現世と霊界の魂魄の量を一定に保つ調整者。同ランクの気配遮断を有し、属性『悪』に対し威力が上昇する。
隊長格であり、一番隊の長を務めたこともあるセイバーのランクは高い。
また独自の魔術である鬼道も操ることが可能である。
魔力放出:B
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に開放することによって能力を向上させる。
別名として霊圧とも呼ばれている。
仕切り直し:A
窮地から脱出する能力。
仕切り直しというよりもセイバーからしてみれば逃走に近い形となる。
如何なる激戦であろうと、逃げの一手に徹すれば戦闘を中断させることが可能。
心眼(真):A
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す。
【宝具】
『花天狂骨』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ: 最大捕捉:
刀と脇差による対の斬魄刀であり、見た目は左右で長さが違う青龍刀のような刀。風を操る。
固有能力は子供の遊びを現実にすることであり、能力発動時にセイバーを知覚している存在総てが対象者となる。
艶鬼やだるまさんがころんだなど、名前や響きは幼いがルールを理解しないと一方的に攻撃される嵌めになってしまう。
解号は『花風乱れて花神鳴き 天風乱れて天魔笑う』
※それぞれの遊びについては説明が難しく、文も相当な量になるため、申し訳ありませんがwiki等参照願います。
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B7%E5%BB%B7%E5%8D%81%E4%B8%89%E9%9A%8A
『卍解・花天狂骨枯松心中』
ランク:A 種別:対界宝具 レンジ: 最大捕捉:
真名を開放した花天狂骨の姿。見た目の変化は乏しいが能力が格段に上昇する。
固有能力は己の周囲を深い闇に引き摺り込み、その世界はまるで心中をするように暗くて冷たい。
一種の呪いのような能力であり、物理攻撃の通じない相手にも有効である。
◯一段目・躊躇疵分合(ためらいきずのわかちあい)
敵が自身につけた傷が無条件に敵にも浮かび上がる。
ただし、その傷では絶対に死ぬことはない。
◯二段目・慚傀の褥(ざんきのしとね)
敵の身体に無数の黒い斑点が浮かび、ダメージを与える。
◯三段目・断魚淵(だんぎょのふち)
互いの魔力が尽きるまで湧き出る水に周囲を囲まれる。
どれほど藻掻こうと、水面に辿り着くことは出来ない。
◯〆の段・糸切鋏血染喉(いときりばさみちぞめののどぶえ)
京楽の指先から伸びた糸のようなものが敵の体に纏わりつき、指を振るうことで敵の喉笛を切り裂く。
【weapon】
宝具である斬魄刀
【人物背景】
隊長の羽織の上に女物の着物を羽織り、女物の長い帯を袴の帯として使うなど派手な格好をしており飄々とした性格。
しかし実力は本物であり、彼の真なる実力を知る死神は多くない。故に舐めた評価を受けがちである。
どんな状況であろうと思考を止めることはなく、対極を見渡せる広い視野の持ち主でもあり、一番隊隊長は伊達ではない。
【サーヴァントとしての願い】
???
以上で投下を終了します。
投下します。
三人。
その数字は、緒方智絵里という少女にとって大きな意味を持っている。
例えば、核家族の世帯を構成する父親と母親と一人っ子。
同じ構造を持つ緒方家であるならば、一人娘の智絵里は両親の愛情を一身に受けて健やかに成長するだろうというのが当然の発想である。
しかし現実はままならないもので、両親共に社会人としての責務に多くの時間を割かざるを得なくなっていた。
勿論、両親は仕事にかまけて智絵里を蔑ろにしたわけではない。時間の僅かな余裕を見つけては、一人娘に辛い思いをさせないようにコミュニケーションを心掛けていたつもりである。
それでも、智絵里の飢えは取り除けない。
智絵里とて多少なりとも成熟した人間であり、両親の事情に理解を示さず癇癪を起こすような我儘はしない。しかし、大人の理屈だけで自らの寂しさを受容出来るほど智絵里の精神性は強固に作られていない。
頼れる他者に甘えることへの欲求を満足に発散出来ず、誰も待たない家で一人の時間を過ごす。その日常は、智絵里の心に巣食う孤独感を漸増させるに十分だった。
そんな緒方智絵里が、なけなしの勇気を振り絞って新たな一歩を踏み出した。
愛する両親の下を離れ、上京してアイドルデビュー。
夢へと続く階段を登る過程では、智絵里の欲求を満たすパートナー達との出会いが待っていた。
プロデュースの方針として智絵里に与えられたのは、三人組のアイドルユニットのメンバーとして活動する環境だった。
智絵里以外の二人のメンバーのうち一人は、いざという時に周りを引っ張る頼もしい肝っ玉の持ち主だ。
もう一人の少女の売りは、どんな時でも甘くて柔らかくて、包み込むような優しい人柄である。
二人と触れ合う度に智絵里が認識する心地良いそれは、まるで父性と母性に近しい。
あの殺風景な部屋の中で増幅された人恋しさが、アイドルの時間の中で溢れそうなほどに満たされる。
だから、智絵里は願う。こんな日々が、ずっと続きますように。
その願いは、少しずつ肥大化していく。
たとえば、仕事で出演したバラエティ番組でいつものように三人で息の合った掛け合いに勤しむ時。
たとえば、収録終了後に帰路に着く際、番組スタッフが会社の方針転換とかアイドル達への影響とか、そんな怪しげな噂を口にするのを立ち聞きしてしまった時。
たとえば、番組出演の数日後に偉い人間から事業再編が指示され、(責任を持って守るという念押しの前の話として)智絵里の属するプロジェクトも解体の対象となるかもしれないとプロデューサーから聞かされた時。
たとえば、最悪の可能性として想像したユニットの解散が実際には杞憂に終わり、またいつものように三人で……ではなく、スケジュールの些細な食い違いにより他の二人とは別の現場に一人で赴く時。
たとえば、今回は無事で済んだものの、三人の繋がりなんて誰かの都合で簡単に崩れてしまってもおかしくないのかもしれないと理解してしまった時。
自分以外の二人が齎す甘美な味を、誰にも脅かされることなく永遠に貪り続けられたらいいのに。
そんな風に、緒方智絵里は切実なまでに「三人」に拘っていく。
○○○ ●●● ◎◎◎
智絵里は、一人で過ごしていた。
不可分と言ってもいいだろうと思われた二人が、今は智絵里の側に居ない。
「……きっと大丈夫だよ。もしかしたら二人に何かトラブルがあったのかもしれないけど、それでも待ってればちゃんと良い報告が来るはずだから」
「そうだよ、ちえりん。きっと『ごめんごめん、ちょっとネットカフェでゲームしてたらうっかり寝落ちしちゃってたよー』とか笑ってさ、ひょっこり出てくるって」
正確には、どこか自信なさげな心情が見え隠れする言葉で智絵里を励ます少女が少なくとも二人いる。
それでも、いつも通りの安心感を得られないという意味では、今の智絵里は間違いなく一人であった。
だから、励ます二人に対しても萎びた返事しか出来ない。
「……そう、かな」
昨日から、あの二人との連絡がつかなくなったのだという。
プロデューサーも、寮生も、家族も、誰もが二人の行き先を掴めず、携帯電話で何度となく連絡を取ろうとしても悉く空振り。
少なくとも割り振られた仕事を放り出さず成し遂げるだけの責任感を持つ人間だと皆が認識していたために、何も言わず消息を絶ったとなれば外的な要因だろうと考えるのは自然なことだった。
当面の対応として、三人で担当する予定だった商品の告知の仕事には急遽別の人員を充てることとなった。勿論、プロデューサーは相手先に随分と頭を下げる羽目となったのだが。
そして二人が見つからない以上、智絵里達三人で行うはずだった仕事の予定は大きく見直し。智絵里の精神面への配慮も含めれば、全件キャンセルも視野に入れているそうだ。
仮にもプロのアイドルとしていかがなものかと言われそうな話だが、それが許されるほどに事態が異常であった。
「行方不明」となった二人のために、警察への捜索依頼がされる程に。警察の出番などという最悪の可能性も考えなければならないような脅威が、皆の意識を怯えさせていた。
この街では近頃、同一犯によると目される連続殺人事件が発生している。
既に人数が二桁に達しようとしている被害者達には性別や職業などに共通性がまるで見当たらず、犯行時間も犯行場所もバラバラ。無差別殺人の可能性が高いという。
ただ一つ共通しているのは、頸部にしろ腹部にしろ、被害者達が身体の一部分を欠損させていることだった。その傷跡に残る痛ましい火傷の跡は、まるで「至近距離から何かを爆発させた」かのような有様であるとのことだ。
未だ犯人特定の目途が立たない状況で、人々の意識は警察の不甲斐なさへの怒りと、姿の見えない殺人犯への恐怖へと向けられる。
そして、この恐慌的な状況をまるでドラマのように愉しむ不特定多数の輩が現れるのも悲しいかな普遍的な話であり、彼等は尤もらしい名前を持ち出して事態への警告……という名の無責任な扇情に没頭していた。
そんな彼等の作り上げた一文は、まるでキャッチフレーズのように街中を行き交う人々の間に定着しつつある。
人は言う。爆弾魔(ボマー)に気を付けろ、と。
○○○ ●●● ◎◎◎
両親共に仕事の都合で出張中であるため、当分の間自宅は一人暮らし同然の環境となっている。これが、智絵里に用意された聖杯戦争における人物設定の一端である。
しかし、今の智絵里は一人ではない。リビングに入れば、一人の男が我が物顔でソファに腰掛けている。
「よお、戻ったか。やっぱ仕事は中止か?」
何食わぬ顔で声をかける彼は、聖杯戦争を生き抜くための智絵里の従者となった『暗殺者(アサシン)』だ。
その態度に、智絵里は唇を噛む。全てを知っている癖に白々しい真似をする彼に対する感情の配分は、この時ばかりは怒りが大きかった。
彼が行動を起こした結果、街では多くの生命が犠牲となり、二人のアイドルが「行方不明」となった。
智絵里にとって全く望ましくない結果を招いたことを、彼は「必要なことだからな」と言ってのけて一切悪びれない。
智絵里から向けられる悪感情など、アサシン――ゲンスルーという男にとってはそよ風も同然、いちいち動揺するに値しない。
「……何で、こんなことする必要があったんですか」
「ぁあ?」
「ぅっ……」
現に、眼鏡越しの視線でほんの少し凄まれただけで智絵里の怒りはあっさりと萎んでしまう。
小心者の少女と、大量殺人犯。精神面の格差は明確であり、会話の主導権をアサシン一人に握られるのもやむを得ないことだった。
それでも、不出来な子供を諭すように、アサシンは智絵里に事情を説明する。
アサシンの持つ宝具――本人曰く、念能力である――を滞りなく発動させるためには、人々の間に「爆弾魔の噂」が流れることが実質的な条件とも言えること。
そのための準備として、ルーラーからの討伐令の対象とされるボーダーラインを越えない範囲を探りつつ、街で何人かを手に掛ける必要があったこと。
またマスターである智絵里が余計な拘束時間を強いられるのは好ましくなく、フットワークを少しでも軽くさせておこうと考えたこと。
その達成と、「爆弾魔の噂」の定着促進も兼ねて、智絵里の最も親しいアイドル二人には昨日を以て「行方不明」となって頂いたこと。
一連の説明を聞き終えて、でも、と智絵里はどうにか声を絞り出す。
何か理論的な反駁が思いついたわけでは無く、ただ気に入らないから反発したというだけだ。
「別に気に病む必要は無いだろ。あの二人だってただのNPCだ。生き残って元の世界に帰れば、お前はちゃんと本物のお友達に会えるんだぞ? 寿命も全う出来なかったオレからすりゃあ羨ましい限りだ」
「そういう問題じゃ、ないです……!」
「人を殺すのは嫌だ……って話のことなら、まあもう言わなくてもわかるよな」
「そうだぞ智絵里ちゃん。世の中は戦わなければ生き残れないんだぜ」
「ヘイヘイヘイヘイ、覚悟決めちゃいな覚悟をよ〜?」
「ひっ!?」
男が新たに二人、何の前触れも無く智絵里の左右に現れては無遠慮に寄りかかってくる。
アサシンを含めて、殺人者が合計三人。大きく且つ引き締まっている体躯は、智絵里に威圧感を与えるには十分。
彼等は智絵里が他者との間に保ちたい距離感など構わず、げらげらと笑いながら心の中に土足で踏み込む。悪人という点を差し引いても、揃いも揃って智絵里の苦手とするタイプの人間だ。
呼吸にすら気を遣うような、かつてない程の居心地の悪さ。
じわじわと智絵里の心を憔悴させ得る状況で、更にアサシンの言葉が智絵里の逃げ場を潰していく。
「覚えてるか? オレが単独行動スキルってやつを持っていることを。オレからすれば、別にお前を切り捨てて他のマスターを探すのだって選択肢の一つとして考えられる立場だ。それでもお前と一緒にいるのは、結局リスクの方が大きすぎるからだな」
「対してお前はと言えば、マスターとしてのセールスポイントと呼べる物が、ゼロだ。魔力も無ければ武術の心得も無い。はっきり言えば、ただのカモだ。マスターを失い、誰でもいいから再契約しないと消滅してしまうってサーヴァントでもない限り、わざわざお前と組むメリットは皆無だ」
「そんなお前でも、俺ならちゃんと合わせてやれる。まあ、俺の方策がメインではあるがな。そういう意味では、お前は俺と組めるだけ幸運だ」
「……お前が俺を切り捨てるのは、その瞬間にお前が俺以外の全員から『見捨てられる』ってのと同じ話だ。あとは、俺が何を言いたいか、分かるよな?」
見捨てられる。
その簡素なフレーズに、智絵里は息を呑む。孤独感というウィークポイントを、アサシンは容赦無く抉る。
ついに言葉に窮する智絵里を、二人の男がにやにやと見下ろす。
「二人のお友達を亡くした時、嫌だと思ったろ?」
そんな智絵里へと次に語りかけるアサシンの口調は、今までよりほんの、ほんの少しだけ柔らかくなっている……ような気がした。
「三人で一緒に生きていけなくなるってのが辛いってのは俺にも分かる。まあ今回死んだのは偽物なわけだが、それでも練習にはなっただろ」
「……何であれ、死にたくない理由なんか『仲間といたい』でも別に十分だ。まあ別にお前に何かデカいことを期待しようなんてオレも考えちゃいないが、それにしたって自分の願いくらいは固めておいてくれないとパートナーとしては不安なんでな」
願い。少なくとも、智絵里には奇跡の結晶とも言うべき聖杯に託す程の願いを持ち合わせていない。
ただ、この苦痛ばかりの時間を早く終わらせたいだけと思うだけだ。
帰りたい。だって、人を殺すべきとされる環境が怖いから――違う。
だって、戦争なんかアイドルとしてするべき行いではないから――これも、違う。
だって、
――だって、綺麗に満たされないから。
一人じゃ駄目。足りない。寂しい。
二人でも駄目。まだ足りない。息苦しい。
四人も駄目。多すぎる。喧しい。
「三人」が良い。「三人」じゃなきゃ、嫌だ。
至福の環境であると確信できるのは、寂寥感を残さず拭い去ってくれるのは、緒方智絵里が「三人」の中にいる時だけだ。
「三人」でいたい。智絵里の願いなんてただそれだけだ。
何者にも脅かされない、絶対的なまでの幸福感を達成するための、永遠の「三人」を。
「――私から、『三人』を奪わないで」
限界を超えて零れた願いは、アサシンに聞き届けられてしまった。
「心配するなって。俺は、お前を見捨てない。三人で生きたい者同士、仲良くやって一行じゃないか。よろしく頼むぜ、マスターさんよ」
「……………って言っても、俺から見れば今の状況は『三人と、他の一人』だけどな」
【クラス】
アサシン
【真名】
ゲンスルー@HUNTER×HUNTER
【パラメーター】
筋力D 耐久D 敏捷B 魔力B 幸運C 宝具D+
【属性】
混沌・悪
【クラス別スキル】
・気配遮断:B
サーヴァントとしての気配を絶つ。ある程度の隠密行動に適している。
他者から自身がサーヴァントであると察知されにくくなる。
たとえ実体化していても、能力を行使しない限りはただのNPCと認識される確率が高い。
【保有スキル】
・念能力者:B
オーラ、即ち生命エネルギーを使いこなした戦闘技術。
自身の持つ魔力を転用することで様々な効果を発生させる(肉体強化、気配遮断効果の補強等)。
このスキルにより、後述する宝具も発動可能となっている。
・情報抹消:C-
対戦が終了した瞬間に目撃者と対戦相手の記憶から、能力、真名、外見特徴などの情報が消失する。
例え戦闘が白昼堂々でも効果は変わらない。これに対抗するには、現場に残った証拠から論理と分析により正体を導きださねばならない。
大量殺人犯としての素性を長期間に渡って秘匿していた経歴から付与されたスキル。
ただし例外として、『命の音』による爆弾を起動させられた者はそれ以降常に「戦闘継続中」と見なされるため、情報抹消が有効とならない。
・単独行動:D
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクDならば、マスターを失っても半日間は現界可能。
潜入していた集団から離脱した後も暫く逃亡生活を続けた経歴から付与されたスキル。
【宝具】
・『一握りの火薬(リトルフラワー)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:2人
アサシンの持つ念能力の一つ。変化系能力。
手で掴んだものを爆破することが出来る。ある程度の殺傷能力がある。
念による防御効果が無ければ、爆風でアサシン自身もダメージを負うこととなる。
そのため(全身にガソリンを浴びる等)防御が意味を成さない状況での使用は危険極まる。
・『命の音(カウントダウン)』
ランク:D+ 種別:対人宝具 レンジ:1〜99 最大捕捉:100人
アサシンの持つ念能力の一つ。具現化・操作・放出系の複合能力。
相手の体に念能力で作った爆弾を取り付ける能力。
①相手の体に触れながら「ボマー」と言う。
②『命の音』の能力の説明及び解除方法、加えて他三種の宝具の存在をアサシン自身が口頭で相手に伝える。
この二つの条件をクリアした時点で、触れた場所に爆弾が出現し作動する。
①と②の条件の順序は問わない。また長期間間隔を空けても条件は成立する。
爆弾はタイマー式で6000回カウントすると爆発する。ただし時間ではなく、対象者の心拍数をカウントしている。
爆弾の解除方法はアサシンの体に触れながら「ボマー捕まえた」と言うこと。またアサシンが消滅した後も爆弾自体は残り続ける。
この爆弾の威力は『一握りの火薬』の約10倍。余程の理由が無い限り、サーヴァントでさえ即死しかねない。
一度に多数の爆弾を設置・発動させることが可能。魔力消費の発生は爆弾が実体化している間のみであり、威力の割に負担は少量。
・『宝島の秘術(スペルカード)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1〜99 最大捕捉:100人
仮想空間を舞台としたSLG「グリード・アイランド」内のアイテムであるスペルカード一式(及び専用のバインダー等の付随品)。
一種類につき一枚の全四十五枚セット。消費型なので一度使ったカードは二度と使えない。
聖杯戦争におけるアイテムとして再現される上で、効果がある程度拡大解釈されている。
(「カード」を対象とした呪文は「カード」の形状の物全てに対して有効である、防御呪文は低ランクの対魔力として機能する等)
ただし解釈の結果、何の効果も為さなくなったカードもある。また聖杯戦争自体からの脱出が目的となる「離脱(リーブ)」は絶対に機能しない。
・『三人の絆(リリーストリガー)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:2人
生前のアサシンにとっての無二の仲間であるサブとバラを召喚する。
パラメーターはアサシンよりやや低く、また唯一のスキルとしてCランクの「念能力者」を保有している。
アサシンが二名と共に親指を合わせて「解放(リリース)」と言うと、カウントに関係なくその場で『命の音』で設置された全ての爆弾が起爆する。
(なお『命の音』の発動に関わる能力説明の際、「解放」が即時起爆を表していることまで明かす必要は無い)
そこそこの戦闘能力に切り札発動の手掛かりなど多少の有用性があるが、それらの要素が無くてもアサシンにとって最も重要な宝具である。
【weapon】
上記宝具
【人物背景】
ゲンスルーという人間には二つの側面がある。
一つは、グリード・アイランドのプレイヤー達を震撼させた連続殺人鬼・爆弾魔(ボマー)。
もう一つは、時には自身の安全以上に別の二人を案ずるような、単なる仲間思いの男である。
【サーヴァントとしての願い】
三人で、また面白おかしく生きたい。
【マスター】
緒方智絵里@アイドルマスターシンデレラガールズ
【マスターとしての願い】
三人で、ずっと幸せに生きたい。
【能力・技能】
歌やダンスが出来るが、今でもプレッシャーには弱い。
【weapon】
特に無し。
【人物背景】
引っ込み思案で繊細な性格のアイドル。
少し前から、三人組ユニットでの活動を始めることになった。
【方針】
私に何が出来るのか分からない。アサシンに任せるしかない。
平気で人を殺すアサシンは怖いけど、誰からも見捨てられるのがもっと怖い。
大切な三人のいる日々に帰れるなら、もう何だって良い。
投下を終了します。
皆様、投下お疲れ様です
私も投下します
蒼き雷霆は喪った。
少女を。
皇神《スメラギ》に利用され、意思とは無関係に歌を唄わされていた少女を。
救い出して自由になった彼女の翼《チカラ》になることを望み、心から守りたいと願っていた少女を。
共に暮らし、自分の帰りをいつも待っていてくれている掛け替えのない家族――シアンを。
蒼き雷霆は喪った。
親を。
自身を皇神の研究所から救い出し、ここまで育ててくれた育ての親のような存在を。
フェザーから抜け出し、その後も面倒を見てくれた、返しきれない恩のある彼を。
野望のためにシアンを手にかけ、そして蒼き雷霆同士の死闘の末に死んでいった男――アシモフを。
ガンヴォルト――GVは、戦いの末に多くを失った。
軌道エレベーター“アメノサカホコ”のふもと、開かれたエレベーターから現れたのはGVと跪いたアシモフの亡骸。
アシモフの死に悲しみに暮れるモニカや、突然のことに混乱するジーノに目もくれず、GVはその場を去っていった。
『――GV…わたしはずっと、あなたのそばに……』
「シアン……」
シアンの声が、聞こえた気がした。
わかっている。シアンはボクの翼《チカラ》になってくれたことを。
シアンのココロは、魂は、ボクの中にあるということを。
彼女の歌《願い》は今でもボクのココロの中に響いている。
ただ、ワガママだってことはわかってるけれど、言わせてほしい。
馬鹿げているってこともわかってるけれど、言わせてほしい。
こんなことを言うのはボクらしくないって怒られるだろうけれど、言わせてほしい。
「ボクは…キミに、会いたいよ…シアン……」
朝日の下で、あてもなく歩くGVが望んだのは、内にいるはずの少女との再会であった。
後日、残されたフェザーのメンバーが中心となってGVの捜索が行われたが、彼の姿は国中どこを探しても見つからなかったという。
◆ ◆ ◆
とある家の玄関で、GVはメモ帳を取り出して独り言をブツブツと言っていた。
これから近場のスーパーへ行き、食材の補充のために出かけるところだ。
「GV、出かけるの?」
「うん、食材を切らしたからそれを買いに、ね」
シアンがGVの元に来る。
「代わりにわたしが行こうか?」と聞いてきたが、「今日の料理当番はシアンだよ」と言ってGVはそれを断った。
かけているメガネのズレを直して、ドアを開く。後ろからは「いってらっしゃい」という声が聞こえた。
中学生の男女が1戸で同棲と聞くととても危ない感じがするが、GVとシアンはそんな関係だ。
買い物や料理はGVとシアンが日替わりで交代して担当している。
誰も2人を束縛して利用しようとする者などいない、自由な生活を送れている。
「……違う」
ふと、人通りのない通りでGVは立ち止まる。
…違う。どこかがらしいがどこかが違う。
死んだはずのシアンが元の姿のままGVと生活しているが、彼女はどこかが違う。
1年にも満たないけれど、GVが追手から身を隠しながら送ったシアンとの平穏とは、違った。
シアンは料理ができず、夜な夜な練習していたもののまだ任せられるレベルじゃなかった。
買い物も、追手を警戒していつもGVが担当していた。
そんな違和感が、電脳世界へ降り立ったGVを襲う。
「NPCだからね」
GVの眼前に、サーヴァントが霊体化を解いて姿を現した。
金髪のボブカットに赤い瞳を持った長身の美少年だった。肉体年齢はGVと同じくらいだ。
彼を見て視認できるステータスを見ると、キャスターであることがわかる。
「やっぱり…シアンは偽物なんだね」
GVはどこか遠い目をして呟いた。
彼女に会えた時は、願いが叶ったようで嬉しかった。
いっそのこと、聖杯戦争なんて気にせずにこのまま平穏に暮らしてしまおうかとも考えたこともあった。
しかし、日を経る内にかすかに感じていた違和感が大きくなっていき、やはり彼女はNPCで再現された虚像でしかないことを理解せざるを得なかった。
「奇跡なんてそう簡単に起きないってことは分かっていたハズなのにね…キャスター」
「だからキミには願いがあって、聖杯の奇跡に縋るんだろう?マスター」
本来のGVなら、聖杯戦争を終わらせるために動いていたであろう。
シアンが生きていたなら、家で帰りを待つ彼女のために脱出せんと奔走したであろう。
しかし、大切なものを喪ったGVにそのように動く精神は残っていなかった。
GVは、願ってしまったのだ。「シアンに会いたい」と。
「…独りは寂しいかい?」
「寂しいよ。とても…」
シアンと過ごしていた時は、ジーノがたまに遊びに来てくれた。
アシモフやモニカが時々ミッションを依頼してきてくれた。
時には皆でカラオケに行くこともあった。
周りに皆がいてくれた、それなのに。
シアンが殺されて、アシモフを手にかけて、ジーノとモニカを置き去りにして。
平穏がシアンの誘拐を切欠に、一瞬で崩れ落ちた。
この電脳世界でも、「本物」はGVしかいない。
「ボクも…行きついた先は孤独だった」
キャスター――エヌアインは、旧人類を駆逐した新世界にて新しい人類を導く神の器として造られたクローン「神の現実態」の一人だ。
他にも兄弟がいたが、実験で皆亡くなった。この時点で、彼は孤独だったのだ。実験の生き残りという点では、奇しくもGVと同じ境遇だった。
しかし、エヌアインは神であることを「孤独の極致」として否定し、完全者とヴァルキュリアを破る。
エヌアインは受け継ぐはずだった「神の遺産」をマグマを流し込んで処分し、旧人類と共に生きていきたいと願った。
だが、エヌアインの魂は英霊の「座」へと押し上げられてしまった。
「意思も自我も持てない座から、独り聖杯戦争に駆り出されるなんてゴメンだ。ボクは聖杯の奇跡で受肉して、人々と共に生きたい」
エヌアインがサーヴァントでなくマスターとして参加したならば、彼の抱く方針は違ったかもしれない。
聖杯戦争のような馬鹿げた争いを正そうとしたかもしれない。
だが、今の彼はサーヴァントだ。GVの召喚に応じ、聖杯にかける願いのあるサーヴァントの1人なのだ。
「キミにも願いがあるのならボクに手を貸してくれないか、神の現実態《エネルゲイア・アイン》」
「聖杯のためにやるしかないのなら手を貸すよ、蒼き雷霆《アームドブルー》」
◇ ◇ ◇
『GV…忘れないで…わたしの歌が、あなたを守る』
◇ ◇ ◇
少女の箱庭を変えた紛い物なれど完全なる世界
少女への思いを胸に聖杯を欲す蒼き雷霆は知らない
この世界が数多の命を閉じ込める鳥籠だということに
【クラス】
キャスター
【真名】
エヌアイン@エヌアイン完全世界
【パラメーター】
筋力C 耐久C 敏捷B+ 魔力A+ 幸運C 宝具EX
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
陣地作成:-
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる能力だが、宝具『完全世界』の代償にこのスキルは失われている。
道具作成:C
魔力を帯びた道具を作成する技能。
機械技術系の器具も一応作成できる。
【保有スキル】
超能力:B
オーソドックスな超能力を一通り習得している。
パイロキネシス、テレポート、念力などを使える。
神の現実態:E-
神の英知を受け継ぎ、新たな次元へと向かう新人類の器であり、新世界にて人々を導く神の器。エネルゲイア・アイン。
本来はEXランクの神性、星の開拓者及びAランク相当のカリスマ(偽)の複合スキルだが、エヌアインは孤独を嫌って神になることを拒んだため、ランクが著しく低下している。
新人類:A
旧人類の古き血を捨て去った新世界を生きる資格のある、新たなる人類。
相手が『旧人類(人間)』であった場合、全パラメータを1ランク下げる。
ただし出自を問わず『人外』のサーヴァントや、人間から何らかの進化を遂げた者、
人類を新たな階段へと導いた者――スキル「星の開拓者」とその類似スキルを持つ者には一切効果を発揮しない。
神殺:B
新聖堂騎士団に反旗を翻し、神と呼ばれた古代人「ヴァルキュリア」を倒した逸話からくるスキル。
これらの逸話から、エヌアインは「神殺し」の属性を持つ。
相手が神性を持つ場合、戦闘中におけるあらゆる判定で有利になる。
【宝具】
『完全世界(ペルフェクテ・ヴェルト)』
ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:1〜50 最大捕捉:-
15ターンの間、周囲を自分が有利になる世界――自分のためだけの完全なる世界――へと瞬時に塗り替える固有結界。
その際、魔力の奔流による黒雷が発生し、敵を問答無用で吹き飛ばして仕切り直すことができる。
発動と維持に要する魔力は他の固有結界と比べて少ないがそれでも消費魔力は多く、発動は1度の戦闘につき1回までが限度だろう。
『完全世界』が展開されている間は受けた損傷を回復し、全パラメータが上昇する。
『完全神殺(エンテレケイア・エクスキューショナー)』
ランク:EX 種別:対神宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
神の器であるにも関わらず、神と呼ばれた古代人「ヴァルキュリア」を倒して受け継ぐべき神の遺産をマグマで葬り去った逸話の具現。
エヌアインは『神の遺産』に分類される兵装――逸話に「神」が関わっている宝具を、ランクを問わず実体があれば破壊することができる。
また『完全世界』が展開されていれば、神性を持つサーヴァント「そのもの」をも宝具と同様に破壊することができるようになる。
つまり、『完全世界』展開中では神性を持つサーヴァントを霊格・パラメータに関わらず即死させることができる。
【weapon】
超能力を混ぜた白兵戦で戦う。
【サーヴァントとしての願い】
受肉し、人々と共に生きる
【人物背景】
超能力者であり、赤目とボブカットの金髪をもつ長身の少年。
その正体は完全者によって作られた神の現実態、すなわち新世界の神の器として作られたクローンの一人であり、彼の兄弟たちは実験で亡くなっている。
しかし本人は神になることを良しとせず、また旧人類の抹殺についても意見が対立し、結果として彼女らへ反旗を翻すことになる。
僅かに見える描写からは孤独を嫌う節が見える。
【マスター】
ガンヴォルト@蒼き雷霆ガンヴォルト
【マスターとしての願い】
シアンにもう一度会いたい。
【weapon】
・避雷針《ダート》リーダー
雷撃を流す為の避雷針を発射するGVの電磁加速銃。
威力は抑えられているが、避雷針を当てることで、電撃を相手に誘導することができる。
避雷針はGVの髪の毛に特殊なコーティングを施すことで相手に誘導することが出来るという仕組み。
【能力・技能】
・第七波動「蒼き雷霆《アームドブルー》」
GVの持つ第七波動能力で、雷撃能力。
GVは、第七波動《セブンス》と呼ばれる超常的な能力を生まれながらに備えた新人類である。
電撃による攻撃以外にも磁力を利用した浮遊効果や生体電流を活性化させての身体能力強化、電磁場の膜《フィールド》による衝撃緩和、
電子機器に対する外部からの制御《ハック》など非常に応用が効く。
ただ、電気代の節約に使うのは厳しいようだ。
海水など、電解質を含んだ水分に浸かると雷撃が拡散してしまい、能力を使うことができなくなることが弱点。
なお、GVはフェザーでの訓練を受けてきたため、生身でも卓越した身体能力を持つ。
・第七波動「電子の謡精《サイバーディーヴァ》」
シアンの第七波動。歌を介して他の能力者の精神に干渉する精神感応能力。GVの翼《チカラ》となるシアン/モルフォの歌。
第七波動は能力者の精神状態と密接な関係があると言われており、
シアン/モルフォと波長があった者であれば、その精神に働きかけることで、第七波動の力を高めることができる。
たとえGVが死んでも、歌により能力が強化された状態で復活できるかもしれない。
【人物背景】
蒼き雷霆《アームドブルー》の能力者で、14歳の少年である。通称「GV」。
「ガンヴォルト」はコードネームであり、本名はGV自身が語りたがらないため不明である。
過去の経験から自身も少女の翼《チカラ》になることを決意したが、戦いの末に彼に残ったものは少女の無垢なる願いだけだった。
【方針】
多くを喪った失意の蒼き雷霆は、もはや聖杯に縋るしかない。
以上で投下を終了します
ギリギリですいません!
投下させて頂きます。
「クソっ……!完全にハズレだっ……!こいつはっ……!死ぬっ……!死んじまうっ……!」
伊籐カイジには莫大な借金があった。元からあった借金に加えてギャンブルで大負けし、そこに利息なども含み今やその額は一千万に届こうとしている。
そんな破滅寸前のカイジにとって、突然巻き込まれたとはいえこの聖杯戦争はまさに天から降りてきた蜘蛛の糸、最後のチャンスだった。
しかし、それも今や風前の灯となっていた。目の前にはナイフを持った男たちが二人、先ほど自分が契約したばかりのサーヴァントはその二人に速攻でやられて転がっている。
最初に一人のサーヴァントが襲撃してきて勝負が始まったと思ったら、同じ顔のサーヴァントがもう一人出てきて後ろからカイジのサーヴァントを倒したのだ。
「ホホホ、あのサーヴァント相手が一人と思って油断してたアル」
「まぁ、無理も無いネ。冥土の土産に教えてやるアル。我らは生前、一人の殺し屋として名のしれた存在だたネ」
「しかし、その実態は同じ顔の双子の殺し屋アルアル短剣隊……おかげでアサシンとして召喚された時も二人一組の英霊として呼び出されたというわけヨ
」
二人の話などカイジの耳には既に聞こえていなかった。役立たずのサーヴァントには目もくれず、とにかくこの場から逃げ出そうとする……が……駄目っ……!恐怖っ……!目の前に迫る絶対的な死の恐怖がカイジの身体を重くする。
「チクショウっ……!なんで……なんで動かねえんだっ……!なんでっ……!」
「サーヴァントがいなくなればそのマスターもどうせ間もなく死んでしまうというのに愚かなやつネ」
「プロの情けアル、せめてコイツで苦しまずに逝くヨロシっ!」
カイジの姿を嘲笑いながら、アサシンは心臓にナイフを突き立てようと腕を振り下ろす。
「機巧変化(カラクリヘンゲ)、亀鋸(カメノコ)!」
だが、次の瞬間その振り下ろそうとした腕は宙を舞い、ドチャっと嫌な音を立てて落下した。
「実に力がみなぎってくる何とも心地の良い『悪意』ある攻撃だったぜ……」
いつの間にかカイジのサーヴァントが起き上がり、巨大な鋸に変化させた手甲でアサシンの腕を切断していた。
「なぁっ!?わ、私の腕がァ……!?」
「こいつよくも……イヤ!そ、それよりもなぜ心臓を貫かれて生きているアル!?」
アサシンの言葉にカイジのサーヴァントはニヤリスと笑って答える。
「んなもん決まってんだろ?オレがメチャクチャすげェからだよ」
「クッ……こうなれば、我らの奥義で始末してやるアル!」
「無敵の暗殺術を喰らって後悔するヨロシ!」
そしてアサシン達は掛け声とともに二人同時にカイジのサーヴァントに襲いかかる。
「ハイィ!」「ハイィ!」「「ハイィ!ハイィ!ハイィ!アルアル短k……!」」
「鋸挽(のこぎりびき)!」
吠えると同時に巨大な鋸になった手甲、亀鋸を一閃。二体のアサシンは真っ二つに切り裂かれ消滅した。
「うるせぇよ。雑魚は黙って死んでろ。」
戦いが終わると、カイジはようやく動くようになった足で立ち上がる。
「ニ、ニート……?お前生きて……いてぇっ!?」
よろよろと近づくカイジの鼻先を亀鋸の先っぽで軽く突く。
「オレをクラス名で呼ぶなっつったよな、カイジ?今度やったらその邪魔くせえ鼻と顎へし折るぞ」
ギロッと睨んで威圧するとカイジはヒッと小さく悲鳴を上げて慌てて顔を手で隠す。
「オレを呼ぶときは……バイスさんだ」
【クラス】
ニート(無職)
【真名】
機巧童子バイス@機巧童子ULTIMO
【ステータス】
筋力A 耐久D+ 敏捷B 魔力E 幸運C 宝具A (平常時)
↓
筋力A+ 耐久D+ 敏捷A 魔力E 幸運C 宝具A (セカンド形態)
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
無し
【保有スキル】
無能:A
何の能力も持たない能無し。自身の全てのクラス適性を無効にして無職(ニート)になる。
本人曰く「無能こそ究極の悪のパワー、何も生み出さずただ消費し続ける。絶対的破壊力」
盗能:A(セカンド形態)
無能が極められ進化した能力。一度見たスキルをパクって体得することが出来る。
得たスキルは完全にコントロール可能。それは自身の精神に作用するようなものも例外ではない。
【宝具】
『霊(たま)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
機巧童子の発動機関。側にいる者の憎悪や欲といった悪意をエネルギーに変換し、身体の強化や自己修復を行うバイスのパワーの源。
これが壊れればバイスは完全に停止してしまうが、その破壊に悪意や敵意があった場合はそれを糧にして即座に復活することが出来る。
また、悪のエネルギーが一定値を超えるとバイスの身体をセカンド形態(バイスバックフロムダーク)へと進化させる。
『機巧変化(カラクリヘンゲ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
身体を物理法則や質量保存をガン無視して様々な形に変形させる能力。
・亀鋸(カメノコ)-手甲を鋸に変化させ斬りつける。
・鬼面(オニメン) -巨大化し鬼のような姿になる。その形態の正式名称はオーガバイス。
変形時に合体することでマスターが中に乗り込むことも可能。
・鬼亀鋸(オニカメノコ) -鬼面状態で使用可能。手甲を巨大な鋸に変化させ相手を真っ二つに切り裂く。
・鬼狐槌(オニコヅチ) -鬼面状態で使用可能。手甲を大槌に変化させ相手に叩き込む。
・否骨(イナボーン) - 鬼面状態で使用可能。全身から無数の骨状の棘を伸ばし相手を攻撃する。
【weapon】
手甲と眼甲、袴の内側にある飛翔ユニット。いずれも容易に出し入れが可能。
【人物背景】
「善」と「悪」のどちらが強いのかを知るために生み出された意思を持つ人形の一体。究極の悪を体現した個体。
「働いたら負け」とか言って日本国民三大義務である勤労をガン無視するほどのド悪党。
カルピスは薄めずに飲む。
モチーフは亀と鬼。
また、「全ての次元に機巧童子は1体しか存在できない」という制約があり、同一の機体が存在する時空に重ねて出現することはできない。
【サーヴァントの願い】
マスターから悪を学ぶために聖杯戦争に参加する。
基本的にはマスターの方針に従うが、悪の衝動が優先。
【マスター】
伊籐カイジ@賭博破戒録カイジ(冒頭)
【マスターとしての願い】
借金返済
【人物背景】
高校卒業後に上京したが、就職せずにしょぼい酒と博打に明け暮れ、街で見かけた高級車への悪戯で憂さを晴らす、行き詰まった最低な日々を過ごしていた青年。
平穏な環境では怠惰で自堕落なダメ人間だが、命が懸かった極限の状態に置かれると並外れた度胸と博才を発揮し、論理的思考と天才的発想による「勝つべくして勝つ策略」をもって博打地獄を必死に戦い抜いていく。
どんな状況であろうと信頼した人間を裏切ることは決してしないが、信頼を寄せた人間に裏切られる経験を何度も繰り返しており、たびたび苦い思いを味わされている。そのため他人を突き放す口ぶりが多いが、最終的には追い詰められた人を見捨てられずに己の利を蹴ってでも救おうとする、良く言えば心優しい、悪く言えば甘い性格である。
どういうわけか、普通なら苗字で呼ぶような場面でも「伊藤」ではなく下の名の「カイジ」で呼ばれる。
【方針】
聖杯を手に入れるために動くが、カイジは人殺しをする度胸はない。
投下終了です。
長い文章が多くなってしまってすいません
投下させていただきます
私は、"アドミラル"。
そう、"アドミラル"だ。
ここはいったいどこだ?
◇
夕日が沈む。
大地を、草木を、コンクリートの無機質なビルも、何もかも。
そして、自分自身をも赤に染めながら。
(――――懐かしい。同じものを、私はどこかで)
そんなありふれた光景を、とあるビルの屋上で懐かしげに眺める存在がいた。
記憶のどこかにある、懐かしい光。
もはや残滓しか残っていない記憶を探り、いつか見たそれを思い出そうとする。
だが、頭に浮かぶのは、雑多なノイズばかり。
懐かしい思い出は、もう浮かんではこない。
「……」
彼の、聖杯戦争における仮初の名は"アドミラル"。
彼を知る人間はここにはいない。
彼が知る人間はここにはいない。
"英霊"としてこの聖杯戦争に呼ばれた彼だけが、ここに。
(……私だけ、か)
ここには彼しかいない。かつての仲間はどこにもいない。
彼が信頼していた部下は、どこにもいない。
彼が、職務上の関係をも超えて、心を通わせた副官も、いない。
「何故……私ダケガ」
彼の口らしき場所から、音声が漏れる。
彼にとっては、馴染み深い自身の声だが。
ヒトには声として認識できない、音声。
彼以外には理解できない、意味のない雑音。
(……また、皆と出会う方法が、無いわけでもない)
彼も、この聖杯戦争の掟は知っている。
戦い、生き残り、そして聖杯に願いを託せば。
彼の願いは、現実となる。
だからこそ……。
彼は、願う。
(手段は選べない。選べないなら……できることを、やるだけだ)
自身の抱える、願いの為に。
その為に、彼は闘う。"R戦闘機"を操り、敵を討つ。
その為に、彼は彷徨う。自身の知るものとは違う、この街を。
だからこそ、もう一度。
"作戦"を、始めなければならない。
(私を阻むモノ全てを打ち倒して……私は、仲間とともに、地球へ帰還しよう)
ためらうことは何もない。
目の前に敵がいれば、斃すだけだ。
「サア、行コウカ」
彼――――アイレムソフト提督の帰還の旅が、再び始まる。
【クラス】
アドミラル
【真名】
アイレムソフト提督@R-TYPE TACTICSⅡ -Operation BITTER CHOCOLATE-
【属性】
混沌・中庸
【パラメーター】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力A+ 幸運D+ 宝具EX
【クラススキル】
嵐の航海者:B+
"船"と認識されるものを駆る才能を示すスキル。
船員・船団を対象とする集団のリーダーも表すため、軍略、カリスマを兼ね備える特殊スキル。
生前、自身の指揮で幾多もの戦場で勝利を収め、また部下からの信頼も篤かったことにより、このランクとなっている。
【保有スキル】
開発:A
魔力を消費し、"ユニット"を制作/強化できる。開発したユニットは基本的には提督の指揮がなければ行動不能。
"ソルモナジウム"・"バイドルゲン"・"エーテリウム"と呼ばれる資材があれば、魔力を消費せずとも済む。
ただし、これらの資材が入手できるかは定かではない。
戦略的撤退:B
戦闘から離脱し、戦局を振り出しに戻す。
ただし、離脱に成功した場合のみ"開発"で制作したユニットが一定時間弱体化する。
バイド化:A++
バイドと呼ばれる、攻撃的生命体になってしまった事を示すスキル。
このスキルが有効である限り、心身とも取り返しのつかないほど、バイドに蝕まれてしまう。
少しばかりの自己回復機能も有するが、スキル"精神汚染"が大幅にランクアップする。
精神汚染:A+
バイドと化した影響により、ヒトとしての精神はほぼ失われている。
精神干渉系魔術をほぼシャットアウトできる。
星の開拓者:×
人類史のターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。
あらゆる難航・難行が、「不可能なまま」「実現可能な出来事」になる。
このサーヴァントもこのスキルを有するに足る偉業を成し遂げてはいるのだが……。
――――残念ながら、無効化されている。
【宝具】
『琥珀色の風 この美しき宇宙』
ランク:EX 種別:対陣/結界宝具 レンジ:700〜 最大補足:300人〜
普段はこの宝具の存在をサーヴァント自身も知らない。
この宝具が発動すると、周囲に在るもの全てを、問答無用で"琥珀色の宇宙"に引きずり込む。
"琥珀色の宇宙"は、すべてを魅了し、そしてバイド化して飲み込む特殊な空間(詳細は不明)。
"琥珀色の宇宙"内には、"琥珀色の瞳孔"・"琥珀色の器官・陰"・"琥珀色の器官・陽"と呼ばれる何かが存在し、
自分以外の存在を察知すると(攻撃が届く範囲であれば)勝手に攻撃を行う。
"琥珀色の宇宙"内にいるだけで、肉体と精神は蝕まれ、ヒトでない存在――――バイドへと変化していく。
脱出するには中にいるサーヴァントを撃破するか、"琥珀色の瞳孔"の撃破が必要。
ただし、この宝具の発動にも維持にも莫大な魔力が必要。
【weapon】
本人はなにも所持していないが、開発したユニットが武器替わりになるだろう。
【人物背景】
バイドを討つために地球を旅立ち、琥珀色の世界に消えてしまった、若き提督。
そして永き眠りから目を覚まし、光に導かれて宇宙へと戻った彼は……人でなくなっていた。
その後、地球への帰還を願い、彼はただただ宇宙をさまよった。
【サーヴァントとしての願い】
仲間とともに、地球へ帰還したい。
【基本戦術、方針、運用法】
索敵機で周囲を警戒し、敵を見つければ戦闘機を出動させる。
それだけでは不安なときは、大型艦などを出動させればよい。
その間、自身の姿をジャミングで隠しておけば安全。ただしどれも攻撃を受け過ぎれば撃墜される。
(全てではないが)戦闘機類は5機編成。一機でも欠ければ100%の力は出せないのがネックか。
また、今回はバイド化状態での召喚なので、開発できるのはバイドサイドのユニットだけ。
(それぞれの性能などについては説明するには数が多すぎるのでぜひRTT2をプレイして確かめていただきたい)
また、サーヴァント自身は極めて戦闘力が低いので、極力敵の前に姿を現さないようにしなければならない。
ただし――――琥珀色の風が吹いたときは、別。
【マスター】
???
【マスターとしての願い】
???
【weapon】
???
【能力・技能】
???
【人物背景】
呼んだ直後に、サーヴァントに同化させられた。
どのような人物で、どのような願いを抱いていたのか。もはや、知ることは叶わない。
投下を終了致します
ギリギリになり申し訳ございません
投下させていただきます
「ば……馬鹿な……ッ!?」
「マスター……マスター!?」
信じられない。
二人の主従は、驚愕に目を見開きそれを見た。
隙は見せていない、互いに最大限の警戒はしていた筈だった。
敵の姿が見えない以上、攻撃手段は狙撃か暗殺かと大まかには予測していた。
だからこそ、その二点に焦点を絞り出方を伺っていた。
だというのに……何故だ。
「ゴフッ……!?」
何故……自分は今、胴体をぶち抜かれている?
血まみれの野太い腕が、胴より生えているのだ?
(どうして……私にもこいつにも、この敵の姿が察知できなかった……!?)
カランと、その手に持っていた魔術礼装が落ちる。
そして同時に血まみれの腕を引き抜かれる、彼女は自らが流した血だまりに前のめりに倒れ込んだ。
全身を駆け抜ける激痛も灼熱感は、相当なものであるだろう。
しかし、彼女はそれを感じることが全くできなかった。
自身が成す術なく、微塵も気づかぬ内に致命傷を負わされたという驚きと困惑が、事実を上塗りしているが故に。
この敵は、攻撃の終わりまで一切その姿を探知することができかった。
暗殺と言えばアサシンのクラスだが、如何に気配遮断スキルがあるとはいえ、攻撃の瞬間にはランクが下がる。
ならば自身のサーヴァントの実力があれば、その瞬間を見極め敵を迎え撃つことも不可能ではない筈だった。
しかし……それが出来なかった。
全く視界がその姿を認識できず、そして攻撃を許してしまったのだ。
何故だ、何故この様な事が起きたのだ。
(どう……して……)
そして。
彼女の魂は、覚めぬ眠りに着いた。
真相を知る事なく疑惑を抱いたまま……聖杯戦争から脱落したのだった。
(そんな……攻撃の『気配』は、探知できていたのに……!!)
主の死に引かれ、サーヴァントの肉体もまた光の粒子へと変換されてゆく。
彼は主を守れなかった自身の不甲斐なさを呪うと同時に、主と同じくこの見えざる敵にただただ驚くしかなかった。
敵からの攻撃が来るという気配そのものだけならば、彼女は確かに感知できていたのだ。
しかし、それにも関わらず……敵は一切視界に映らず、その存在を不完全にしか察することが出来なかった。
それが主の死という、最悪の結果を招いてしまった。
「申し訳ございません……マスター……!!」
無念としか言いようがなかった。
マスターを守りきれず殺した自責の念から涙を流し、悲しみを抱いたまま。
聖杯戦争から、彼は退場したのであった。
◇◆◇
「……よくやった、アサシン」
それからしばらくして。
一人の男が、離れた位置にある建物の影から姿を現した。
ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。
殺気と威圧感を周囲に振り撒くこの黒服の男こそが、見えざるサーヴァント―――アサシンの主であった。
彼は血だまりに沈む女性の魔術師を無感情に見下ろし、自身のサーヴァントの持つ力を改めて認識した。
(……使えるな。
条件や制約こそ厳しいが、満たす事さえ出来ればこいつは容易く暗殺が出来る)
彼が召喚したアサシンは、能力面で言えば破格と言えた。
暗殺に特化したクラスでありながらも高いステータスを持ち、そして何よりこの手際だ。
通常、気配遮断スキルは攻撃態勢に入れば大幅に効力を失う。
それ故にアサシンでの暗殺はタイミングを図らねばならないのが定石だが……このアサシンには、それを補う宝具がある。
今まさに見せてくれたように、気配を察知されてもなお敵に容易く接近し殺害を行える力がある。
マスター暗殺という視点から見れば、これ程使えるサーヴァントもそうはいないだろう。
もっとも、それを実行するには幾らかのハードルがあり、その条件は中々に厳しい。
クリアできなければ、アサシンでありながらも敵を『暗殺』できないという本末転倒な事態にすらも陥るのだ。
故に、タイミングを見極める必要がある。
時には敢えて敵の前にこの身を晒すという必要すらも出るだろう。
このサーヴァントの本領を発揮するには、命の危機に晒される事も考慮しなければならない。
だが……そんなリスクぐらい、容易いものだ。
自身の願い―――母と交わした約束のためならば。
この命など……惜しくはない。
◇◆◇
「…………」
呆気なく沈んだ敵を前に、アサシンは落胆せざるを得なかった。
彼等は及第点に届き、自身が獲物と認めるだけの敵ではあった。
しかし、そこまでだった。
結果は戦いにすらならず、こうもあっさりと片がついてしまった。
獲物としてカウントできる相手を仕留めたという成果自体に不満はない。
だが、満足ができたかと言われれば否だ。
「…………」
しかし、今は落ち込んでいても仕方はない。
これから先、どのような敵が現れるのかはまだまだわからない。
もしかすれば、望む力を持った獲物が現れるかもしれないのだ。
だから……今はただ只管に待とう。
自身の誇りと名誉にかけ、最大限の力を震える時を。
聖杯戦争は、はじまったのだから。
さあ……狩りの時間だ。
【CLASS】
アサシン
【真名】
プレデター@プレデターシリーズ
【ステータス】
筋力A 耐久A 敏捷D 魔力E- 幸運D 宝具A
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
気配遮断:C
自身の気配を消す能力。
完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。
ただしこのアサシンの場合は、宝具の効果によってこの欠点をある程度補うことが出来る。
【保有スキル】
戦闘続行:C
名称通り戦闘を続行する為の能力。
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
狩猟民族の掟:EX
数多くの獲物を屠ってきた狩猟民族としての掟。
狩猟を何よりも最重要視する価値観を持ち、技の熟練と勝利と名誉をかけて狩りに臨む。
その名誉を求める価値観故に、弱い獲物を襲うことはできない。
具体的に言うと、『武器を持たない者、女子供や年老いた者、癌などの致命的な病気を患っている者』といった弱者を攻撃する事ができない。
ただし、武器を所持していたり戦闘意欲を持っていれば、本来は除外されるべき弱者でも狩りの対象にする。
その為に、アサシンでありながらも非戦闘時にある相手を暗殺できないという致命的なマイナス要素を持つ。
しかしこれはアサシンにとって絶対の掟であり、例えマスターの命令であっても聞くことはない。
また、妊娠している女性は例え何があっても絶対に攻撃を仕掛けることができない。
たとえ武装していても胎児が無抵抗であるため、狩りの対象にならない為である。
強敵への敬意:EX
勇敢な戦い手へは、性別に関係無く払う最大限の敬意。
戦いにおいて勇気と闘志を示した者には、例えそれが同胞を殺した異種族であっても、敬意や賞賛の念のようなものを示すことがある。
そして『狩りの獲物』としてでなく『強敵』と認めた相手には、誇りにかけてリストブレイドを除く一切の武装を外して白兵戦での決闘を申し込む。
自らの優位性を捨てての戦いを優先することはマイナス要素でしかないが、
これはアサシンにとって絶対の美学であり、例えマスターの命令であっても聞くことはない。
【宝具】
『狩猟に臨む光学迷彩(クローキングデバイス)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1〜50 最大捕捉:1〜30
アサシンが生前より用いてきた光学迷彩装置が宝具として昇華されたもの。
身に纏ったスーツから発生する特殊なフィールドによって自らの姿を周囲の風景と完全に同化させ、一切見えなくする。
手に持った武器もこの際同時に見えなくなるのだが、手元を離れると目視できるようになる。
この宝具があるため、攻撃態勢に入り気配遮断スキルの効果が落ちても尚、姿自体は相手に感知されなくなる。
ただしあくまで隠せるのは姿だけであるため、気配までは隠すことができない。
また、濡れた状態だと正常に機能しないという欠点がある為、水中などでは意味を成さない。
水によって宝具が破損するという意味ではないので、水気がない状態で再度起動すれば問題なく使用できる。
『誇り高き死(プレデター・オブ・デス)』
ランク:A 種別:対城宝具 レンジ:1〜100 最大捕捉:5000
アサシンの持つ最大にして最後の宝具。
自らの肉体を『獲物』として奪われることを由としないが故にその身につけた、驚異的な威力を誇る自爆装置。
アサシンが死ぬと同時に自動的に発動し、巨大な爆発を引き起こして周囲一帯を吹き飛ばす。
この宝具の発動は例えマスターの令呪をもってしても防ぐことはできない。
【weapon】
『リスト・ブレイド』
アサシンの基本装備にして、最も頼る武器。
右腕ガントレットに装着されている、長さ約50cmの鍵爪状の刃物。
他の武器を必要に応じて手放す場面があれど、破損等がない限りこの武器だけは死ぬまで手放すことは基本的にない。
『ショルダー・プラズマキャノン』
左肩に装着している自動制御のプラズマ砲。
装着しているヘルメットから照射される3本の赤いレーザーで狙いを定め、発射されるプラズマ弾で対象を撃ち抜く。
威力は高いものの、弾速が遅いため回避される事もある他、次弾発射にはチャージ時間が必要な為に連射が効かない。
また、照準がヘルメットのシステムに依存しているため、ヘルメットに異常をきたした場合は命中精度が大幅に低下する。
『レイザー・ディスク』
鋭い刃が付いた円盤状の武器。
投げると相手を一定距離ホーミングし、ブーメランのように戻ってきて回収することができる。
小型でグリップの周りに6枚の鋭いブレードがついており、この刃はグリップ自身に収納可能。
『スピア』
両側に鋭利な刃を持つ長さ約250cmの槍。
収納する際には50cmほどの長さに縮めることができる。
『ヘルメット』
アサシンが身につけている、マスクの役割も兼ねた頑丈な高性能ヘルメット。
サーモグラフィティーやズーム等の視覚補助装置及び射撃武装及び対象の詳細情報捜索時のロックオン用のレーザーサイト、
記憶媒体を取り付けられており、アサシンが見たものはヘルメット内部に録画されるので後ほど確認することが可能。
また、X線やCTスキャンに類する機能もあり、女性の体内の胎児や病人の肺癌といったものも見抜くことが出来る。
各種光線をアサシンの視認しやすい赤外線に変換し彼らの視覚を強化・補正する効果があるが、
このヘルメットが無くなるとアサシンの視界は本来の真っ赤なものになる。
【人物背景】
宇宙の様々な惑星を渡り歩き、その惑星に生息する
特に攻撃力に富み危険性の高い動物を狩猟することを主要かつ重要な民族的文化としている人型知的生命体。
極めて高い身体能力を持ち、あらゆる点において人類を凌駕している。
高度な技術で武装した人間を最大級の獲物と見定め、過去に幾度か地球に降り立ち狩りを行ったという伝承を持っている。
また、かつて紀元前2000年ごろ地球に飛来し、人類に建築技術を与え神として崇められた存在とも言われている。
狩猟に関しては独特の流儀や嗜好を持っており、戦場の熱気に引かれ、弱い者は決して狩ることはない。
また、狩った相手の生皮を剥いで木に吊るす・獲物の頭蓋骨や脊椎を戦利品として持ち帰るという猟奇的な傾向がある。
プレデターという真名は固有名詞ではなく、彼等に遭遇した人類がつけた呼び名
そしてこのアサシンは明確な個人のプレデターではなく、地球に残った様々な伝承が一つの英霊像を成してできた象徴的な存在である。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯自体にかける望みはない。
自らが狩るに相応しい獲物を見つけ出し、狩る。
【基本戦術、方針、運用法】
暗殺能力の高いアサシンでありながら、武装していない相手に一切攻撃を仕掛けることができないという異質なサーヴァント。
その為、マスター自身が敵の前にわざと身を晒して攻撃意欲を向けさせる・他者同士の戦闘に乱入するといった手を使わなければ
戦闘に臨むことができない。
ただし条件をクリアすれば、宝具を活かした確実性のある暗殺を実行が可能。
直接戦闘になったとしても高水準なステータス・豊富な武装で押し切る事が可能。
しかし、もしその最中でアサシンが敵を『獲物』でなく『強敵』とみなしてしまった場合は、
持ち味である武装をかなぐり捨てての肉弾戦を行うという厄介な事態になる為、扱いが極めて難しい。
【マスター】
ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ@Fate/EXTRA
【マスターとしての願い】
ハーウェイの一員として、聖杯を弟のレオに捧げる。
【weapon】
ナイフや銃器等暗殺に向いた武器を必要に応じて使う。
【能力・技能】
隠密行動に長けており、生半可な監視では意味を成さない技量がある。
暗殺者として高い腕を持つ他、サーヴァント補助のためのコードキャストを使用可能。
『seal_guard』
相手のガードを封印するコードキャスト。
一時的に敵から防御するという選択を奪うことが出来るが、相手の技量・対魔力スキルによっては通用しない事もある。
『heal(64)』
味方の傷を回復させるコードキャスト。
サーヴァントの受けたダメージをある程度回復させることが可能。
【人物背景】
殺気と威圧感を周囲に振り撒く黒服の青年。
2030年代において圧倒的な武力と財力で世界の60%のシェアを管理・運営する巨大財閥『西欧財閥』の一員。
その盟主であるハーウェイ家の者であり、直轄の暗殺・諜報組織に属している。
西欧財閥を治める兄『レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ』の異母兄であり、一貫して彼の為に行動している。
彼自身は庶子でありハーウェイの家督には縁がないが、彼自身もそれに興味はない。
ハーウェイの子として生み出されたデザインベビーだが、胎児の状態で期待されていた全ての能力値が低く寿命もまた短い為に
不利益な存在でしかないと判断され捨てられるも、強靭な精神力を持って生き延びた。
そして六歳の時、大人たちの言う「利益」を生み出すため薬によって成人の体に成長し、
三年後に生存価値を認められ、初仕事を終えた事で現在の部隊に身を置くようになる。
凄腕の暗殺者として数多くの相手を葬ってきたが、殺人を楽しむことは一切なく、、ただ義務としてそれを遂行している。
レオの為にと口にしながらあらゆる行動を起こしているが、その実、レオ自身には特別な思い入れはない。
その根幹となっている行動原理は、彼を失敗作ではなく唯一普通の人間として気遣ってくれた人物であった
レオの母『アリシア』と交わした「レオのことお願いね」という彼女の最期の言葉。
彼女はレオの後継が生まれないようにと、ハーウェイより放たれたユリウス自身の手で暗殺されている。
その最期の言葉を忠実に守るために、ユリウスは生きているといっても過言ではない。
【方針】
聖杯を手に入れる為、アサシンの能力を活かして暗殺を狙う。
アサシン自体がクセの強いサーヴァントである為、できる限りその特性を引き出せる環境を作りたい。
以上で投下終了となります
皆さま投下乙です。とてもギリギリですが投下します!
◆
君が願うことなら すべてが現実になるだろう
選ばれし者ならば
◆
静かな夜だった。
空には月と星。地には対照的な闇。
多くの者は仕事を終えて家に帰る時刻に、その少女もまたひとり路地を歩いていた。
一言で言ってしまえば、宝石のような少女だった。
思春期の愛らしさを理性という光で彩った、完璧と呼べる美貌。
彼女が通う校内でも優等生とその名は知れ渡っている。
そんな人気者が下校時刻はとうに過ぎた夜更けに道にいるのは些か無防備に見える不安な場面でもあった。
事実、当の本人も足取りは普段通りに見えて僅かに遅く力みがあり、危機意識が働いているとわかる。
……尤もそれは。一般的な子女が抱く危機意識とはまったく違う意味合いが込められていたが。
「……はあ。懐かしみたくもないのに、しっくりきちゃうものなのね。この空気って」
ため息を吐いた遠坂凛は、この空気をとてもよく知っていた。
魔術師であり、かつてあった儀式に関わった少女にとっては、この雰囲気の変化は馴染んだものだ。
いつもと変わらぬ平凡な街。だが言葉に言い表せない不穏が全体を覆う。
魔力の充満とはまた違う、街の空気そのものが入れ替わったとしか思えない違和感がある。
「人生に二度体験する羽目になんてセイバーと同じかあ。……そういや綺礼もそうだったっけ」
聖杯戦争。
奇跡の願望器を求めて七人のマスターとサーヴァントが殺し合う魔術儀式。
マスターとは魔術師。神秘を修め真理を目指す魔を統べる術を操る者。
サーヴァントとは英霊。過去から未来の人類史に功績を残した偉人を現在に呼び起こす超人的な使い魔。
その知識を、凛はこの舞台に招かれる以前から、ずっと前から知っていた。
何故ならば他ならぬ彼女の家、遠坂が聖杯戦争を成立させた御三家の一であり。
彼女もまた五度目の戦いに身を投じ、戦いを経験しそして生き残った魔術師であるからだ。
「けど一体なんなのよこれ……冬木とは別の聖杯戦争?誰に断ってこんなこと仕出かしてるのよ。
しかも数十組のマスターってなによ、電脳ってなんなのよ……!ああまずい大声出しそうだった」
しかしその知識は、『彼女の知る聖杯戦争』のものであって、この地で行われようとする聖杯戦争とは違った形態だった。
だから余計に混乱する。正統な魔術師である凛にとって、今の状況はあり得ないと言う他なかったのだ。
今すぐ大声を出して抗議したい感情を頭の中で抑えるうちに、気付けばここでの自分の家に着いていた。
それなりに豪邸だが西洋式である元いた遠坂邸とは趣の違う、知らないはずの家。
日本の建築風だが完全な和風の屋敷というわけでもない。自分の家ではないここの違和感が、思えば最も強かった。
ホームシックを憶えるわけでもない。ただやっぱり凛にとっての帰る場所とは遠坂の家……よりも先に浮かんだ場所だった。
「……無様ね、凛。そうじゃないでしょ」
参加状も拒否権もなしに強制連行された事、頭に勝手に記憶を書きこまれた事、
電脳という神秘も魔術もない空間が舞台とかいう事への諸々の主に怒りの感情は一端、ひとまずは置いといて。
かつて聖杯戦争の名を冠する儀式に、まさに当事者として関わった自分が再び呼び込まれた意味をまず考える。
経験がある自分を意図して選んだというならまだ楽だ。問答無用でぶっ飛ばせばいい。
手袋を投げたのはあっちなのだから、こっちには受け取って拳を振り上げる権利がある。
ただ無作為に選んだとしたら、それはもう最低だ。
仮にも聖杯戦争なのだ。宝くじを引くような感覚でランダムに参加者を引っ張る真似をする輩なんて全魔術師への冒涜、宣戦布告に等しい。
「ちょっとだけ待って、士郎。一発ぶん殴ってすぐ帰るから」
隣に立って支えると言いながら自分が先にいなくなるなんて、自分が最も忌避すべき事態だ。
歪で、愚かで、けど尊い、ある少年の誓い。
その目指す道がどれほど傷だらけになると分かったからこそ、傍にいると決めたのではなかったのか。
自分を失ったあいつか、いつか自分を好きになれるようにと。
だったら、こんなところで躓いてなんかいられない。
この聖杯戦争がなんであろうと、生き残り、帰ってみせる。
そこまで結論して、結局やることは変わりないと気付く。
聖杯戦争が願いの潰し合いであるのは知っている。
マスターもサーヴァントも譲れぬ願いがあり、ひとつしかない奇跡の席を賭けて戦う。
聖杯がろくでもないモノであると身に染みて理解してる。ここの聖杯がそれとは違うとしてもまだ疑念の方が強い。
ただその理屈を他人に押し付けるほど傲慢にはなれない。
それでも自分は遠坂凛なのだから、やっぱりこうするしかないのだろう。
「そうと決まったら、とにかくサーヴァントの召喚……か」
……正直に告白してしまうと、その時、少しだけ期待はしていた。
聖遺物なんて用意してるわけがない。召喚のために準備だって何一つ整えられてもいない。
だいたい前の戦争で召喚用、戦闘用にストックしていた宝石はあらかた消費してしまってるので用意のしようがないのだけど。
つまりは、だ。
何の保護も仕掛けもないまま、ただ遠坂凛(しょうかんしゃ)のみを縁とした簡素な召喚にするしかなく。
自分と縁のあるサーヴァントなんて一人しか思いつかないのが自然というもので。
そう思った瞬間、本当に屈辱的この上なかった現象を、悪くないなと考えてしまったのだ。
「まさか、ね。そう都合よくあてがってくれるわけないか」
声に隠しきれない嬉しさが乗っているのが自覚できる。
肩透かししないように努めて否定するが、どうしても期待してしまっている。
とりあえず調子のピークを間違えて失敗(うっかり)して天上から落とす羽目にならないように考えながら扉を開けた。
「……?」
開けた途端、暖かい香りが鼻孔をくすぐる。
記憶にある限り、この家には凛一人しか住んでいない。
家に招く友人もいないではないかもしれないが、家主より先に上がらせる仲がいたとは思えない。
なのに居間に通じる通路には明かりが灯り、香りはその先から漂ってきている。
カタカタと小刻みな金属音は、きっと鍋が煮たって蓋が震えている音なのだろう。
そう気づいた瞬間、急ぎ足で駆け出した。
今の今まで感じなかった家の明かりや魔力パスの繋がりも放って居間に飛び込んだ。
中にいる自分のサーヴァントらしき相手に、この中途半端な感情をぶつけたい理不尽さを抱えて。
テーブルには湯気もまだ新しい料理の数々。
それなりに腕に覚えがある身としても、相当な出来と一目でわかる品が並んでいる。
「やっと帰ったか。女の子が夜に独り歩きとは感心しないな」
聞いただけで、相当な自信家だと分かる声だった。
それだけで声の主がどんな人物なのか理解できるだけの、強烈な我を感じさせる。
台所から出てきたのは、癖の強い黒髪の青年だ。
端正で力強い表情、格好は普通だが確かに英雄と思わせるだけの雰囲気を持っている。
持っているのだが……その両手で掴んでいるのが熱を持った土鍋というのが所帯じみた感想を持たざるを得ない。
とにかく声と合わせて、唯我独尊という言葉がこれ以上なく似合う男だった。
「だが丁度いい。夕食も今できたところだ。早速食べるといい。美味いぞ」
そう言って、土鍋をテーブルの空いていた鍋敷きに載せる。
蓋を開ければたちまち湯気が沸き出して、中にある白い肌の君が湯船に漬かる姿を現す。
即ち、湯豆腐である。
昆布だしをベースにタレはゆずポン酢、薬味のみとシンプル。
それ故に作り手の腕如何でどこまでも進化する無限の可能性を秘めた料理。
これを出すということは己の腕に自信を持っているということ。
「いやちょっと待ちなさい。なんなの、あんた?」
余りの料理に目が行って最初の疑問が頭から抜けてしまう……わけもなく、凛は我が物顔で居座っている男へと向き直る。
それを男は、心底残念そうに顔を顰める。
「なんだ。俺の名を知らんのか?世間に疎いにも程があるぞ、それでも俺のマスターか?
……まずいな、不憫さに涙が出てきたぞ」
「そういうことじゃないわよ!召喚も契約もすっぽかして人ん家でご飯作ってるあんたの精神構造を聞いてんの!
だいたいあんたの名前なんか知るわけな、―――?」
ズレた反応を返すサーヴァントに烈火の如く食いかかる凛だが、当の本人はどこ吹く風と返す。
それどころか何か同情した目で見てすらいる。
『もっかい令呪使ってやりましょうか!』と凛が我を忘れて握り拳を上げようとして、そこで浮かんだ謎の文字に当惑した。
「あれ……?なんで私、あなたの名前、知ってるの……?」
この男とは間違いなく初対面だ。なのに凛はその名前を知っていた。
銘打たれた名が何を意味するかまでを、正確に。
ここで刷り込まれた記憶には不快感ばかり募っていたが、今はない。
冷静になった頭で、改めて目の前のサーヴァントを見やった。
視線を受け止めたサーヴァントは、おもむろに緩く伸ばした右手の人差し指を頭上へと掲げる。
指先がちょうど天上の照明と重なって、まるで指そのもに光が灯っているように見える。
太陽の夜明け。
その男を介してるというだけで、ただの照明は神秘的な幻想という光景を凛に錯覚させた。
「……そう。俺の名は、天の道を往き、総てを司る男―――」
天に突き上げた光の中心で真名が名乗られる。
世界の真理、この世の正義そのものと確信する絶対の自信を込めた声で。
「――――――天道、総司」
◆
「……なんで私のサーヴァントってどうしてこう、みんな無駄に家事が万能なのかしら」
振る舞われた料理を食べ終えて、ごちそうさまの次に凛がこぼしたのはそんな言葉だった。
「それは、つまり俺以外のサーヴァントとも契約していたということか?
この聖杯戦争以前の、また別の聖杯戦争の生還者というわけか。詳しく聞かせてもらおうか」
自負するだけあって、ライダーのサーヴァント―――天道の料理は非常に美味であった。
一人は例外として、自分や士郎、桜でも分が悪いと危惧してしまうぐらいに。
まさかそれが自分との縁ではないだろうか。そういう意味でも危惧した凛だった。
「……ええ、そうよ。色々話し合うことはあるけど、まずそのあたりの話もしなきゃね。
ていうか、最初にその話しようと思ったのにそっちが無理やり黙らせたんでしょ」
『おばあちゃんは言っていた……。食事の時は天使が降りてくる、そういう神聖な時間だ。
食事時に物騒な話はするものじゃない』
凛が聖杯戦争絡みの話題を始めようとしても、この台詞と共に話を続けるのを禁じられてしまう始末。
これで料理が美味しくあかったら、ひたすら無言で豆腐を食べる時間を過ごす羽目になっていた。
このごく短い合流でもよく理解できたが、この天道という男がひたすら自分本位の性格ということだ。
こちらの事情などお構いなし、己の都合を優先させる。そのくせまったく悪びれない。
凛もまた自我が強い方であり、当然気に食わない。なのでここでペースを掴むため本題を切り出した。
「それじゃあ改めて話すわよ。さっきも言った通り、私は一度聖杯戦争を経験してる。
率直にいって、その聖杯は碌な物じゃなかった」
魔術師の家系としてサーヴァントを召喚し冬木の聖杯戦争に臨んだ事。
そこで知った聖杯の真実。人類を殺し尽くす呪いの塊でしかなかった事。
凛が知る聖杯戦争の概要と共にかいつまんでそのあらましを説明した。
「だからってわけじゃないけど、この聖杯戦争もまるきり信用はしてないわ。
冬木のとじゃつくりが違うだろうから何とも言えないけど、胡散臭いのは変わりないし」
前提を伝える。遠坂凛がこの舞台で動く上で最低限の方針を。
場合によれば、このサーヴァントとの契約を断たれかねない道を。
「戦いがあるなら当然勝つ為に動くしやるからには徹底的にやるけど、最終的に願いを叶える気はないわ。元々そんなもの、持ってないし。
少なくとも、これを作って無差別に人を集めるような奴は一発殴らなきゃ気が済まないわ」
見た事もない誰かの為に、なんて正義感を振りかざすつもりはない。
凛とて魔術師であり、一般社会の人にとっては異端の類だ。人の道理を語れる立場にはいない。
魔術師は自分の為、身内の為に命を張る。凛にとって動く理由とは、そういうことだ。
「それは、恋人や家族を待たせているからか?」
「んにゃ!?」
反応は予想外のものだった。
サーヴァントとして呼ばれる英霊は聖杯に願う理由がある。だからこそ使い魔に身をやつしてさえ人間に服従する。
聖杯の破壊を視野に入れるマスターに対して、ライダーは了承するでも反発するでもなく、更なる理由を問いにきた。
「な、なななに言ってんのよ!恋人とか、あいつとはそんなんじゃ………………なくもない、とは言える、けど。
ていうか!それは今関係ないでしょー!?」
墓穴を掘った、と自覚した瞬間、顔から火が出るほど赤くなる。
取り乱し地が出た凛を見てライダーは、からかうでもなく真剣な面持ちのままでいた。
「おばあちゃんは言っていた……。人は人を愛すると弱くなる…けど、恥ずかしがる事は無い。
それは本当の弱さじゃないから。弱さを知ってる人間だけが本当に強くなれるんだ」
傲岸不遜を地で行くライダーのらしくない言葉。
しかし、何よりも本人の底から出た言葉のようでもあった。自分がそれを知っているが故なのだと言うように。
「……それって、私をマスターとして認めるってこと?」
「いつ俺がお前をマスターにしないと言った?
俺を呼び出せるほどのマスターだ。世界を汚し、人を害する下衆な願いを持った愚か者の筈がない。
他人に縋る願いなどない以上召喚されることはないと思っていたが……やはり俺が望みさえすれば運命は俺に味方するようだな」
凛を評価してるのか、自画自賛しているのか。
どちらが正解なのか分からなくなる台詞だったが、とにかく不満はないということらしい。
「そして喜べ。俺が来た以上、この聖杯戦争は俺達の勝利で確定だ。世界で一番強いのは俺だからな。
お前の望みは、必ず現実のものになる」
驚くべきことに、その言葉は本気だった。
本当に、この空の下で自分が最強なのだと疑っていない。
その姿勢を妄言と感じさせないことこそ、この英霊の強さの根源なのだろう。
「うわ……そこまで自分中心なんだ、あんた」
「おばあちゃんは言っていた。世界は自分を中心に回ってる。そう思った方が楽しい」
「ああ、それは納得。……けどあなた、本当に強いの?」
以前、似た言葉を言われた時を凛は思い出す。
ほんの少し値踏みするような目線に、不機嫌そうになるライダー。これは流石に自分の失敗だ。
やはり自分以外と契約したサーヴァントと比較されるというのは良い気はしないのだろう。
「……そうか。まずは直接俺の強さを見せつけるしかないようだな。
その時こそ自分と契約した者が何者なのか思い知るといい」
「ええ。期待してるわよ」
挑戦的な笑みに、柔らかい微笑で返す。
それが、二人の契約の本当の始まり。
願いの為ではなく、勝利の為に。しかし紛れもない誰かの為に戦いを始める。
閉じられていた運命の扉が今、開こうとしていた。
【クラス】
ライダー
【真名】
天道総司/カブト@仮面ライダーカブト
【パラメーター】
筋力E 耐久D 敏捷D 魔力E 幸運A 宝具A
【マスクドフォーム時のパラメーター】
筋力B 耐久A 敏捷D 魔力D
【ライダーフォーム時のパラメーター】
筋力C 耐久C 敏捷B+ 魔力D
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
騎乗:A+
騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。
幻想種への騎乗の逸話がないライダーだが、下記スキルと「時の流れに乗る」という特例によりランクアップしている。
【保有スキル】
天の道:EX
天の道を往き、総てを司る男。世の中で覚えておかなければならないただ一つの名前。
ライダーはたとえ初見の者でも即座に「天道総司」であると認識される。
他のサーヴァントやマスターにすら効果は発揮されるが、「仮面ライダー」としての能力は明かされず、
スキルや宝具などの詳細は明かされない。そのため変身時はこの効果が適用されない時がある。
心眼(真):B+
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
ライダーは後の先を取るカウンターを得意としており、相手の攻撃後の行動の成功率が上昇する。
仕切り直し:B
戦場から離脱する能力。
不利な状況から脱出する方法を瞬時に思い付くことができる。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
戦いが水入りになりがちな仮面ライダーには必須のスキル。
単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
【宝具】
『日緋色に輝ける天の道(ネクストレベル・カブト)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
光を支配せし太陽の神。マスクドライダーシステム第一号。
使用者を全身装甲の戦士、カブトへと変身させる。
カブトムシ型自律変身ツール「カブトゼクター」を腰に巻いたライダーベルトに装着するまでの
プロセスそのものが宝具として成立している。天道の戦闘はこの宝具を使用してのものが前提となる。
厚い装甲を纏った「マスクドフォーム」と、装甲を排除し軽快な動きができる「ライダーフォーム」に形態を変えることができる。
ライダーフォーム時には対人奥義「ライダーキック」と「クロックアップ」が解禁される。
『瞬迅の超速戦輪(フルフォース・エクステンダー)』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:2〜50 最大捕捉:50人
カブト専用の特殊強化バイク。カブトのクロックアップにも対応しており天道の意思で自動走行が可能。
この宝具にもキャストオフ機能が搭載されており、巨大な角が生え戦闘的となるエクスモードに変形する。
空中飛行も可能で、大気圏の離脱にも耐えられる。
『時翔ける運命の超進化(ロード・オブ・ザ・スピード)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
スキル天の道の効果によりその世界における天道総司の知名度を上げることで、
時空を歪ませカブトの強化ツール「ハイパーゼクター」を召喚させ、強化形態「ハイパーカブト」への変身が可能となる。
さらに効果が高まれば最終兵器「パーフェクトゼクター」も追加され、これによりカブトの能力の全てが解禁される。
聖杯戦争の場で天道総司の名が知れ渡ってない限り、どれだけ魔力があってもこの宝具は発動できない。
宝具ランクを修正
【クラス】
ライダー
【真名】
天道総司/カブト@仮面ライダーカブト
【パラメーター】
筋力E 耐久D 敏捷D 魔力E 幸運A 宝具A+
【マスクドフォーム時のパラメーター】
筋力B 耐久A 敏捷D 魔力D
【ライダーフォーム時のパラメーター】
筋力C 耐久C 敏捷B+ 魔力D
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
騎乗:A+
騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。
幻想種への騎乗の逸話がないライダーだが、下記スキルと「時の流れに乗る」という特例によりランクアップしている。
【保有スキル】
天の道:EX
天の道を往き、総てを司る男。世の中で覚えておかなければならないただ一つの名前。
ライダーはたとえ初見の者でも即座に「天道総司」であると認識される。
他のサーヴァントやマスターにすら効果は発揮されるが、「仮面ライダー」としての能力は明かされず、
スキルや宝具などの詳細は明かされない。そのため変身時はこの効果が適用されない時がある。
心眼(真):B+
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
ライダーは後の先を取るカウンターを得意としており、相手の攻撃後の行動の成功率が上昇する。
仕切り直し:B
戦場から離脱する能力。
不利な状況から脱出する方法を瞬時に思い付くことができる。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
戦いが水入りになりがちな仮面ライダーには必須のスキル。
単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
【宝具】
『日緋色に輝ける天の道(ネクストレベル・カブト)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
光を支配せし太陽の神。マスクドライダーシステム第一号。
使用者を全身装甲の戦士、カブトへと変身させる。
カブトムシ型自律変身ツール「カブトゼクター」を腰に巻いたライダーベルトに装着するまでの
プロセスそのものが宝具として成立している。天道の戦闘はこの宝具を使用してのものが前提となる。
厚い装甲を纏った「マスクドフォーム」と、装甲を排除し軽快な動きができる「ライダーフォーム」に形態を変えることができる。
ライダーフォーム時には対人奥義「ライダーキック」と「クロックアップ」が解禁される。
『瞬迅の超速戦輪(フルフォース・エクステンダー)』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:2〜50 最大捕捉:50人
カブト専用の特殊強化バイク。カブトのクロックアップにも対応しており天道の意思で自動走行が可能。
この宝具にもキャストオフ機能が搭載されており、巨大な角が生え戦闘的となるエクスモードに変形する。
空中飛行も可能で、大気圏の離脱にも耐えられる。
『時翔ける運命の超進化(ロード・オブ・ザ・スピード)』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
スキル天の道の効果によりその世界における天道総司の知名度を上げることで、
時空を歪ませカブトの強化ツール「ハイパーゼクター」を召喚させ、強化形態「ハイパーカブト」への変身が可能となる。
さらに効果が高まれば最終兵器「パーフェクトゼクター」も追加され、これによりカブトの能力の全てが解禁される。
聖杯戦争の場で天道総司の名が知れ渡ってない限り、どれだけ魔力があってもこの宝具は発動できない。
【weapon】
『カブトクナイガン』
ガンモード、アックスモード、クナイモードの三形態を取る武器。
『パーフェクトゼクター』
剣型のソードモード、銃型のガンモードの二形態を取る武器。
ザビー、ドレイク、サソードの各ライダーのゼクターを呼び出し、その能力を行使する。
全てのゼクターを結集させることで対軍奥義「マキシマムハイパーサイクロン」(ソードモード)、対城奥義「マキシマムハイパータイフーン」(ガンモード)
が発動される。
【SKILL】
『クロックアップ』
時間流を操る超高速行動システム。時間の流れに干渉しているため、加速で攻撃の威力が上がるわけではない。
使用者は近くで戦おうとも他者に気付かれない別世界にいるに等しい。
人間ではまず視認不能だが超常の存在たるサーヴァントであれば補足することは可能。
高い戦闘力と機転、空間や時間に干渉する能力を持つ者で対抗が可能となる。
……規模と範囲こそ驚異的だが、時間遡行に比べれば時間の加減速はまだ魔術の領域にある技術である。
『ハイパークロックアップ』
クロックアップすら止まって見えるほどの超々加速能力。未来・過去・異空間への跳躍すら可能。
……即ち魔法の領域そのものであり、時間の改竄による世界の枝分けは第二魔法、平行世界の運営に分類される。
しかし過度な世界の改変は修正すべきバグとされ、自己の消滅に繋がる危険がある。
これは使い手である天道は魔法の真の使い手ではなく、時間改竄の干渉を受けない存在(特異点)ではないからである。
【人物背景】
宇宙から隕石と共に飛来し人間に擬態する怪物「ワーム」と戦うマスクドライダシステム一号、カブトの資格者。
傲岸不遜で唯我独尊、自分が世界で一番偉いと本気で思っている。(曰く、そう思った方が楽しい)
「おばあちゃんが言っていた」に始まる格言を持ち、尊敬に値すると認めた者は素直に評価し敬うがそうでない者には常に上から目線で接する。
冷淡であるが冷酷ではない。「俺が正義」と称するだけあって使命感は強く時には体を張って他者を助けたりする。
万事(特に料理)に優れ何事も独力でこなせてしまうため、他者に中々秘密を打ち明けようとしないのが難点。
旧姓は日下部。父母がワームに殺され祖母の家に預けられ天道性となる。
両親に擬態しされた際、ワームは母が既に身ごもっていた妹・ひよりも揃って擬態していた。
後のワームの隕石が墜落した現場で両親に再会、復讐の機会を得るが生まれていた妹の声で踏み止まる。
その時からたとえ怪物であっても妹を護るべくワームと戦う事を決意。以後七年の歳月を特訓に費やした。
義理も含めた二人の妹が最大の戦う意義だが、同時に最大の弱点でもある。
【サーヴァントとしての願い】
自分が最強である事は分かり切ってるし他者に縋るような願いもないが、それはそれとして呼ばれた以上勝つのは当然の事である。
当面は凛に自分の強さを見せつけ、聖杯を破壊することが目的。
【マスター】
遠坂凛@Fate/stay night
【マスターとしての願い】
聖杯が胡散臭いのは痛感してるのでまともに乗る気はない。
ただ売られた喧嘩は買わねば気が済まない。やるからには勝つ。聖杯は碌でもないものなら破壊する。
【weapon】
ストックした宝石の大半、魔術刻印の一部は先の戦いで喪失している。
だがそれに代わる経験は失ったものと釣り合わないほど得難いものであった。
【能力・技能】
遠坂家当主に相応しい魔力資質。全ての属性の魔術を扱える天才。五大元素使い(アベレージ・ワン)。
宝石に魔力を込め即座に大魔術を使用できる宝石魔術の使い手。
有り余る素質故多くのジャンルに手を出せてしまう上媒介が媒介なため金食い虫なのが難点。
これとは別に、指に魔力を込め放つ北欧の魔術「ガンド」を習得しており、通常では体調不良に留まる効果が
魔力の濃さで物理的な破壊力を持つに至っている。
兄弟子に護身術として八極拳を仕込まれてるため、近接戦闘もこなせる。
【人物背景】
聖杯戦争を開始した御三家の一角、遠坂家の六代当主。
学生生活では才色兼備の優等生で通ってるが、その本質は某へっぽこに曰く、「あかいあくま」。親しい間柄には見破られている。
「あらゆることをそつなくこなし、そして一番大事な場面でうっかり失敗する」という先祖代々の悪癖がある。
家訓として常に余裕を以て優雅たれ、魔術師として冷酷たれと心がけてるが人間的な甘さが多分に多い。
しかしその甘さは一人の男を救い、一人の英霊の時空をも超えた縁となった。
実は妹がいるが、魔術的な多々のしがらみによって幼少期に引き離されている。頻繁に顔を合わせられる関係だが僅かな蟠りが残っている。
なお、とても機械音痴。
凛ルート終了後、高校卒業を控えた時期から参戦。
【基本戦術、方針、運用法】
主従ともにオールマイティに戦っていけるスタンダートなスタイル。ただ科学式で造られた聖杯は凛には相性が悪そうなのが不安点。
装備も弱体化してるが、聖杯戦争を生き延びたという経験は何よりも大きいだろう。
天道は見た瞬間真名が露呈するという、聖杯戦争としてあり得ないスキルを持つが、それによって信仰を取り戻し存在を確かなものとし、
世界との繋がりを強固にすることで最終宝具起動のトリガーになる。
素のカブトでも十分強いので無理に顔を見せる必要はないが、性格上ふらりと姿を消してしまうこともある。単独行動がCなのは僥倖という他ない。
当然だがクロックアップ、ハイパークロックアップ、パーフェクトゼクター各機能の発動には途轍もない魔力がかかる。
ひとつひとつが宝具解放、サーヴァント一騎の維持分に匹敵するほど。濫用は控えるべき。
なお非変身時は魔力の消費を大幅に抑えられるという利点も持つが、マスターが優秀な魔術師なためあまり意味は持たない。
虚弱というわけではないが、やはり変身前を襲われる危険を考えるとデメリットの方が強い。マスターのサポートの手腕が試されるだろう。
以上、投下終了です。ありがとうございました
供養がてら、二作ほど
皆さん投下乙です。すいません、期限そ過ぎましたが私も投下させてください。
人は二つに別れる。
与える者と、奪う者だ。
□ ■ □
高層ビルは豊かさの象徴である。
天に迫れば迫る程、それから誇示される権力は増大する。
地上より遥か上で酒を嗜む権力者達は、大地にひれ伏す弱者を嘲笑う。
我こそ天に最も近き者、地を舐める貴様らを支配する王である。
弱者達はビルの遥か下で、彼等の贅を黙って眺める事しか出来ない。
こんな話、何もこの街に限った話ではない。
太古の昔より、人類は権力の象徴として巨大な城を築いてきた。
王は上方より民を見下し、民は下方から王を見上げる。
弱肉強食の一種とも言えるそれは、創世記より続いてきたシステムだ。
そんなシステムの一環で建てられたビルの最上階に、その男はいた。
赤い毛髪にライオンの鬣の様な髪型。黒い総革に赤いラインのコートには染み一つ無い。
誰の眼から見ても、彼は高層ビルの住人となるに相応しい男に映るだろう。
そのビルの正体は、主に高所得者が利用するホテルである。
男は自室として、このホテルの一角を借りていた。
彼はそこかしこに気品さを感じさせるその部屋にて、窓に映る夜景を見つめている。
夜も更けてきたというのに、街の明かりが消える気配はない。
ペンキをぶちまけた様な黒の中に、散らばった宝石の様な光が輝く。
それはさながら、地上が星の海と化したのかと錯覚する程だ。
「……この夜景を全ての人に見せる為に生きてきた」
視線を動かさぬまま、男は呟いた。
星の海を憂う様な、嘆きの含んだ声。
「貧富の差が消え、誰もがこの美しい世界を目にできるように……私は与え続けてきた」
男は生涯の大半を、他者に与える事に費やしてきた。
貧困こそが争いの原因と考え、その貧困を根絶やしにしようと努力してきた。
全ては誰も争わない、平和な世界を作る為。
やましい気持ちなど欠片も無い、純粋な願いからの行動だった。
「だが無理だった。与えられるのを当然とし、温情に胡坐を掻き続けた彼等は優しさでは救えない」
男は当の昔に、与える人生を諦めていた。
どれだけ弱者に施しを与えても、争いは無くならない。
それどころか、もっと寄こせと囃し立てるばかりであった。
弱者の欲望の醜悪さが、男の脚を止めたのである。
「故にお前は聖杯を求めた。九を殺し一を救う為に」
男の背中から聞こえてくるのは、己が傀儡の声。
"魔術師"として召喚された彼に向き合おうと、男は踵を返す。
男の顔に張り付くのは、強面に似合わぬ涙であった。
「何故に泣く」
「悲しいのだ。何の罪も無く、しかし奪われる彼等が。
だが彼等を殺さねば、明日は今日より悪くなる他ない」
最早この世は、殺戮でしか救済できない。
男が涙を見せる理由は、その事実に対する絶望と哀憫であった。
彼――フラダリには、涙を流す程度の優しさがまだ燻っていた。
与えるだけでは決して争いは無くならない。
その事実の前に絶望した彼は、奪う為に生きると誓った。
驕りを見せる九割の人類を抹殺し、残された一割で理想郷を造る。
九割が奪う筈だった資源を、残りの一割だけで分け合うのだ。
屍の上で生まれた楽園には、きっと貧困の二文字など存在しない。
「……驕り高ぶった愚民は数を増やし過ぎた。増えすぎた個は減らさねばならん」
それこそ、殺してでもだ。
キャスターはきっぱりと、己が主にそう告げた。
言葉を投げられた主は、口を噤んだままである。
反論する意味も無い、同意せざるを得ない事実だったからだ。
「老若男女一切の区別なく平等に殺す。それこそが世に平定を齎す唯一の術」
地球に人類が誕生し、その数は鼠の如き速さで増大していった。
今やその総数六十三億人、一目で膨大だと判断できる量である。
それだけの個体が、この小さな星で好き放題に貪ればどうなるか?
そんな事態が起これば、瞬く間に資源は底を尽いてしまうだろう。
キャスターの目的は虐殺だが、それは同時に救済でもある。
世界を巻き込んだ最終戦争を起こし、人類の大部分を殺傷する。
そうする事で、食い潰される資源を少しでも多く減少させるのだ。
僅かに残された生存者達には、平穏な明日が約束されるだろう。
それこそ、フラダリの求める理想郷と同じ明日が。
「闘争こそが救済の術、秩序を齎す絶対の法だ。何を疑問に思う?」
そう嘯いて、キャスターがほくそ笑む。
歪む口元を目にし、フラダリは確信する。
この男はきっと、自分より遥かに強靭な意志を持っている。
その強固な願いを以て、人類を救済しようとしているのだ。
彼のしでかす事象は邪悪のそれである。
全国家を相手取った戦争を勃発させる者など、善人である訳が無い。
しかし、その根底では人類への慈悲が蹲っているのだ。
ただ闇雲に協力を謳う輩より、遥かに人類の為に行動しているのは間違いない。
「……そうだなキャスター、我々は人類を救わねばならない」
軍服に白髪という、魔術師とはかけ離れた出で立ちのキャスター。
その真名はムラクモ。秘密結社「ゲゼルシャフト」の創設者にして"現人神"。
この男こそ、自身が共に歩むに相応しい男だ。
彼の力があれば、聖杯の入手も夢の話ではない。
「その通りだマスター、我らは聖杯を以て人類に救済を齎すのだ」
価値無き生命に審判を下す、それこそが使命。
増えすぎたという事実から目を背ける人類には、最早劇薬を用いるしかないのだ。
そうしなければ、彼等に残されるのは滅亡以外にあり得ない。
涙こそ流せど、フラダリにも覚悟はできている。
きっとこの先、多くの無辜の民が死ぬ。
高級レストランでシャンパンを空ける富豪から、路地裏でゴミを漁る浮浪者まで。
一人として例外は無い。全員に死が降り注ぐ可能性がある。
もし聖杯を手に入れれば、更に多くの人間が死ぬだろう。
子供も、老人も、女性も、男性も、等しく鉄槌が振り落される。
それでいいのだ。死という厳罰でなければ、人類の罪は贖えないのだから。
□ ■ □
皆さん、残念ですが、さようなら。
争いのない、美しき世界の為に。
皆平等に、殺して差し上げる。
【CLASS】キャスター
【真名】ムラクモ
【出典】アカツキ電光戦記
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力:C+ 耐久:D 敏捷:C+ 魔力:B 幸運:C 宝具:A
【クラススキル】
陣地製作:C
魔術師として、自らに有利の陣地を作り上げる。
キャスターは大型の電光機関を製造し、そこを自身の工房とする。
道具作成:C
魔力を帯びた道具を作成出来る。
キャスターは生前利用していた複製骸,兵器の量産を得意としている。
【保有スキル】
神性:E-
神霊適性を持つかどうか。粛清防御と呼ばれる特殊な防御値をランク分だけ削減する効果がある。
キャスターは生前"現人神"を自称していた事から、このスキルを与えられるに至った。
カリスマ:D-
大軍団を指揮する天性の才能。一つの組織を纏め上げるにはDランクでも十分。
キャスターは部下に反抗される機会が多々あった為、マイナス補正の付加を余儀なくされている。
魔力放出(雷):B
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
キャスターの場合、放出された魔力が電光機関により電力に変換、電光被服の性能を上昇させる。
軍略:B
多人数を動員した戦場における戦術的直感能力。
自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。
【宝具】
『転生の法』
ランク:A 種別:対己宝具 レンジ:1 最大補足:1
真理を極めし者「完全者」の秘蹟。擬似的な不老不死。
キャスターが死亡した際自動的に発動し、他者の肉体に魂を憑依させる事で文字通り"転生"する。
その際、奪った肉体はサーヴァントのそれに変貌し、元の肉体の魂は跡形も無く消滅してしまう。
キャスターの場合、憑依可能なのは彼自身の複製骸のみとなっているが、その複製骸をキャスターは無数に造りだせる。
よって、彼を撃破しようとするのなら、複製骸を全滅させた上で本体を破るか、マスターを殺害するしか手段は無い。
【weapon】
『電光機関(ペルフェクティ・モーター)』
チベットの秘境で発掘された古代文明『アガルタ』の超科学技術を元に開発された軍事兵器。
外見は映画用フィルムのリールに似た円盤形で、一見すると単なる発電機としか見えない。
だが性能は驚異的であり、強力な電力で敵の装甲を溶かし、発生する電磁波は電子兵器を一切無効化してしまう程。
その実態は、生体エネルギー源『ATP』を電気に強制変換する装置であり、乱用した者は枯れ死ぬ一種の特攻兵器である。
此度の聖杯戦争では、ある程度ではあるが生体エネルギーを魔力で補う事が可能となっている。
『六〇式電光被服』
電光機関と組み合わせる事で所持者に超人的な能力を与える服。
キャスターの保持している電光被服はその中でも最新型のものであり、
身体能力の増強の他、迷彩や分身など様々な能力の行使を可能としている。
『無銘・軍刀』
キャスターが戦闘の際に得物とした刃。
『電光地雷』
キャスターが戦闘中に多用した兵器。
地面に設置されたそれを踏むと、黒い電撃の柱を立てながら爆発を起こす。
『エレクトロゾルダート』
秘密結社ゲゼルシャフトの私兵。
ゲゼルシャフトの幹部をオリジナルとして量産されたクローン兵。
全員が量産型の電光機関を所有しており、戦闘の際もそれを利用して戦う。
電光機関の多用は寿命の短縮を招く為、長時間の戦闘は危険であり、最悪の場合死に至る。
基本的に突出した個性は持たないが、ふとしたきっかけで強い個性が芽生える個体も存在する。
また、過去にはそうした個性の成長が原因で、上司に反逆を起こす個体が現れるケースもある。
オリジナルとなった人物はいないものの、キャスターの手により量産が可能。
『電光戦車』
秘密結社ゲゼルシャフトが使用する、電光機関を動力源とする電動戦車。
電光機関による強力な電磁波での電子機器の無力化、光学兵器による誘導弾の撃墜が可能。
電光戦車を動かす電光機関は、先述の通り人間の生体エネルギーが必要不可欠である。
その為、この兵器には複数人の"生きた人間"が組み込まれている。
キャスターの手により量産可能だが、製造には"それ相応の材料"が必須となる。
また、自律駆動するように作られているものの、組み込まれた人間の人格が目覚め暴走する場合がある。
【人物背景】
自らを現人神と名乗る、秘密結社『ゲゼルシャフト』の創設者にして支配者。
「増えすぎた人類は殺してでも減らすべき」という考えの元、最終戦争勃発の為の暗躍を続けていた。
最終戦争こそ悪鬼の所業ではあるが、本人はあくまで人類の救済を目的としている。
【サーヴァントとしての願い】
最終戦争による人口削減。
【マスター】フラダリ
【出典】ポケットモンスターXY
【マスターとしての願い】
人口削減による世界平和。
【weapon】
ポケモンを数匹所有していたが、此度の聖杯戦争に持ち込んでいるかは不明。
【能力・技能】
組織を設立,運用できる程度のカリスマを有する。
【人物背景】
カロス地方全土で活動する秘密結社『フレア団』の創設者にして支配者。
「争いを失くすには人類そのものを削減する他ない」という思想の元、目的の為に暗躍していた。
元々は善人であり、「争いの無い世界を作る」という願いも紛れも無く善意からくるものであった。
争いの原因が貧困により起こる奪い合いにあると考えた彼は、若い頃から貧しい人々の救済を続けていた。
しかし、いくら努力しても争いはなくならず、自身に対する要求ばかりが肥大化していくばかり。
挙句の果てに驕りさえ見せるようになった人類の姿を見て、フラダリは遂に彼等に絶望。
危険極まりない選民思想に目覚める事となるのであった。
【方針】
キャスターの準備が万全になるまでは慎重に行動する。
投下終了です。二作目は◆2lsK9hNTNE氏の後にでも。
ありがとうございます。では改めて投下します
路地裏はさほど強くもない風の音がはっきり聞こえるほどに静かだった。
コンクリートの壁には、なにか重いものが衝突したような凹みができている。暉は黙ってそこを見ていた。
ここにはつい先ほどまでサーヴァントがいた。綺麗な金髪の真面目そうな男だった。今はもういない。
暉のサーヴァントであるファイターに敗北し、消滅した。マスターもサーヴァントがやられた直後に逃げ出してここにはいない。
暉はなにもしないで、じっと見つめ続けた。そこには生きて、熱を持った存在が確かにいたはずなのに今はもうなにも感じられない。
「サーヴァントの死を背負う必要はない」
後ろからファイターが声がした。優しく、力強い声だ。
「ワシらは皆もともと死んでいる身だ。聖杯戦争の間だけ現れる一時の幻のようなものに過ぎん」
そうなのだろうか。確かにサーヴァントはとてつもない力を持っているし、霊体に成ることもできる。
しかし、暉には彼らがそれほど人間と違う存在とは思えない。だからといってサーヴァント自信の言葉に反論しようとも思わなかった。
「だとしても、サーヴァントを失ったマスターは、時間が経つと消えるんだろ?」
「ああ。そうだ」
ファイターの声には沈痛な響きがある。
暉はマスターの少年のことを思い浮かべた。まだ小さい子供だった。たぶん小学生の高学年くらい。
あの少年は間もなくこの世から消える。
「……俺のせいだ」
「違う。彼が消えるのはサーヴァントを失ったせいだ。そしてサーヴァントを殺したのはワシだ」
「でも、俺を守るためにやった」
ファイターと相手のサーヴァントの間には明確な力の差があった。ファイター一人だったら殺さずにこの場を収めることもできたはずだ。
暉はあの少年のことをなにも知らなかった。どうして暉を襲ってきたのかも。
命を賭けてでも叶えたい願いがあったのか、自分の欲望を満たすためだったのか、あるいはただ生きたかったのか。
なにも知らない。なにも知らないまま死に追いやった。
「俺、少し迷ってたんだ。人を殺すのはよくないってわかってたけど、聖杯を手に入れて大勢の人を助けられるなら、そっちの方がいいんじゃないかって。
だけどやっぱり駄目だ」
逃げる間際に少年が見せた怯えきった顔が、頭の中から離れない。
暉は右手を見つめる。さっきからずっと震えていた。直接手にかけたわけでもないのに。
「俺には聖杯を諦めることはできない。でも誰も犠牲にしたくないんだ。
こんなのただのワガママだってわかってる。だけどファイター、俺は誰も殺さずに聖杯を手に入れたい」
暉は振り返ってファイターと向かい合う。
ファイターはいつものように腕を組んで、力強く頷いた。
「ワガママなものか。人を殺したくないのも、望みを叶えたいのも、誰だって抱く当然の思いだ。それを願ってなにが悪い。
サーヴァント徳川家康、お主との絆のもと喜んで力を貸そう」
「ありがとう、ファイター」
ファイターは朗らかに笑い、暉も自然と笑っていた。
不思議だ。ファイターと一緒にいるとそれだけで心が落ち着くような、奮い立つような感じがする。これがかつての英雄というものなのだろうか。
――でも
ファイターは人を殺したくないのは当然の思いだと言った。だけど彼はサーヴァントを殺した。一切の躊躇もなく。それがマスターをも殺す行為とわかっていながら。
誰よりも優しいのに人を守るために人を殺した遠見先輩のように。
いま暉がこうしてここにいるのも多くの犠牲があったからだ。世界はなんの犠牲も出さずに皆を幸福してくれるほどは優しくない。
それでも暉は誰を犠牲にせず聖杯を手に入れることを願った。願うことさえやめたら、もっとずっと遠いものになってしまう気がしたから。
【クラス】ファイター
【真名】徳川家康@戦国BASARA3
【属性】秩序・善
【パラメーター】
筋力:B+ 耐久:B+ 敏捷:B 魔力:D 幸運:B 宝具:EX
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
【保有スキル】
心眼(真):D
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、
その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。
渾身:A
彼が得意とする戦闘技術。
攻撃の際に力を溜めることで威力を増幅する。
カリスマ:A+
大軍団を指揮・統率する才能。
このスキルはAランクで人として獲得しうる最高峰の人望とされている。
ならばそれを超えるランクを持つ彼はもはや人ではないのかもしれない
【宝具】
『昇れ、葵の絆』
ランク:EX 種別:大軍宝具 レンジ:1〜99 最大捕捉:1000人
家康と絆を結んだ仲間たちをサーヴァントとして現界させ、東の武将たちが団結した関ヶ原の戦いを固有結界として再現する。
召喚されるのはいずれもマスター不在のサーヴァントだが、それぞれがE-ランク相当の『単独行動』スキルを保有し、 最大30ターンに及ぶ現界が可能。
【weapon】
手甲
【人物背景】
絆の力で天下泰平を創るために誰かの絆を断ち切ってでも前に進む男。苦しいときでも笑いながら。
【サーヴァントとしての願い】
ない。彼は戦いを止めるために来た。
【マスター】
西尾暉@蒼穹のファフナーEXODUS
【マスターとしての願い】
世界中の人に竜宮島の平和を知ってもらう。
【人物背景】
宇宙から飛来したシリコン生命体・フェストゥムから、人類種を存続するために作られた人工島・竜宮島。
その唯一の喫茶店である「楽園」で、調理師のアルバイトをしている。
竜宮島の外の世界において同じ人間である「人類軍」からの攻撃が原因で親友や、共に過ごした大勢の人間の死に直面する。
精神を疲弊し、一時は「人類軍」を殺すことを望むが、かつて島に爆弾を落とした人間であるウォルターとの交流によって、世界中の人に竜宮島の平和を知ってほしいと願うようになった。
【方針】
誰も犠牲にすることなく聖杯を手に入れる。
投下終了です。JOKERxX7Qcさん、続きをどうぞ
それでは二作目を投下させてもらいます。
母として今まで育ててきたというのに。
愛しい子供達よ、私を殺すというの?
――――エレナ・チャウシェスク
【1】
煌びやかな光には、仄暗い闇が付き物だ。
例え何処の国のどんなの街であろうが、その例外にはなり得ない。
光の灯る街の列から外れれば、ホームレスが屯している、なんてザラだ。
男もまた、そんなホームレスの一人だった。
一軒家を見つめ、ゴミを漁り、霞を食って明日を繋ぐ。
そんな惨めな生活を、彼は何年も続けていた。
境遇を嘆いた事はあれど、改善したいと望んだ事は無い。
現状を打開したいのであれば、何かしらの法を破らなければならない。
法に挑まなければ、どん底から夢を掴む事など出来はしないのだ。
男には、そんな勇気も度胸もありはしなかった。
だから彼は今、犯罪に手を染める事なく静かに暮らしている。
幸いな事に、同じホームレスの仲間との関係もそう悪くは無い。
過ぎたものは望まない、このまま平穏に暮らしていければそれでいい。
今の男にとっては、それが唯一の願いであった。
が、そんな彼でも、最低限の優しさのようなものはあった。
例えば、真夜中の公園に佇む子供に注意する、くらいの良心は。
小汚い自分の格好とは正反対の、如何にも上品な礼服を来た双子だった。
片方はショートヘアーの少年で、もう片方はロングヘアーの少女である。
人形と見間違いそうな程整った二人の顔立ちは、どちらも女性の様にあどけない。
いけない、と思った。
いくら日本の街と言えど、こんな真夜中では誰が徘徊しているか分からない。
加えて羽振りの良さそうな双子の少年少女と来たら、変態に襲われてもおかしくないではないか。
何をしているか知らないが、早く家に帰りなさい。
男はなるべく警戒されないように、優しい声色で双子にそう告げた。
彼の言葉を聞いた双子は、さも愉快気に顔を見合わせて、
「どうしよう姉様?一人くらいなら僕らで遊んでもいいよね?」
「横取りは駄目よ兄様。今日は"あの子"に沢山食べさせないと」
こちらなど気にも留めずに、双子は話し合っている。
彼等が言っている事の意味を、男は図りかねていた。
"食べさせる"といい"あの子"といい、一体何を指して話しているのか。
もしかすると、この子らは気が触れているのかもしれない。
こんな深夜に二人でやって来て、その上あの要領を得ない会話だ。
双子の正体は、精神病院から抜け出してしまった哀れな患者なのかもしれない。
首を突っ込むべきではなかったかと、男は少しばかり顔を青くした。
そういえば、と。
今日のこの場所は、やけに静かである事に気付いた。
この公園には、深夜になると決まって不良共がたむろしているのだ。
ところが、この日に限っては不良の一人も見かけないではないか。
気にかける程関わりがある訳でもないが、それが気になってしまった。
その時、ぴちゃん、と。
男の丁度真後ろで、液体が地面に垂れる音がした。
雨雲が現れる気配など全くしなかったにも関わらずだ。
後ろを振り向き、その時になってようやく理解する。
彼の付近に立ち尽くす木の枝に、何か棒の様なものが引っかかっている事に。
滴り落ちる液体は、それの端から流れ出ているものだった。
「えっ」
目を凝らして、それの正体に気付く。
枝に引っかかるあの物体は、人体の一部ではないのか。
本来物を掴む部位が、どうしてあんな場所で"羽休め"をしているのだ。
そもそも、あれを所有していた人間は何処に行ってしまったのだ。
「……!?な、なんだ、これ……!?」
気付くのなら、もっと早く気付くべきだったのだ。
この公園全域に広がる、日常とは無縁な異臭に。
遊具に飛び散った、まだ生暖かいであろう液体に。
遠くで転がっている、かつて人間であった肉塊に。
自分のあまりの鈍感さを、これほど呪った日はあるまい。
この公園が凄惨な殺人現場と化している事を、この瞬間まで見抜けなかったなど!
「君達一体――――」
まさか、君達がこれをやったのかと。
男が振り返ったその先に、双子の姿は消え失せていた。
その代わり、奇抜な格好をしたショートヘアーの少女が立っているではないか。
彼女の両手には、新鮮な血液が付着したナイフが握られている。
逃げよう、という思考すら働かなかった。
そう考えるその前に、男の首は切断されていたのだから。
刎ね飛ばされた男の顔には、驚愕だけが張り付いていた。
かくして、平穏な生活を望むただの人間は。
聖杯戦争という名の災厄、それが生み出した怨霊に、命を刈り取られたのであった。
【2】
むせ返るような鮮血の臭い。暗い夜でも目に付く夥しい赤。
かつて人々がたむろしていた公園は、屠殺所もかくやの凄惨さであった。
これだけ惨たらしい現場なら、次の日には新聞で一面を飾るだろう。
日本の歴史を辿ってみても、ここまで残忍な殺人事件は珍しい。
そんな地獄絵図の中で、楽しげに笑う影が二つ。
長髪の少女と短髪の少年が、シーソーで遊んでいる。
同じ色合いに同じ髪色をした彼等は、狂い方さえ同じだった。
ヘンゼルとグレーテル。
お伽噺の双子の名を冠した彼等は、無邪気に笑っている。
この双子にとっては、血肉の咲くスラムこそがお菓子の家だった。
「"あの子"何人食べたのかな、姉様」
「何人だっていいじゃない。たんと食べさせてあげましょ。"あの子"の気の済むまで」
そう言って、"グレーテル"が"ヘンゼル"に微笑んだ。
事情を知らない者であれば、仲睦まじい姉弟に見えるだろう。
周囲の殺人現場が、そんな幻想を容易く打ち砕いてしまうのだが。
"あの子"とは、双子が呼びだしたサーヴァントである。
聖杯戦争という蠱毒の参加賞として、最初に与えられる超常の僕。
今の双子にとって、彼女は共に遊ぶ親友であった。
六本のナイフを得物とするアサシン。
その真名は、正体不明の殺人鬼「ジャック・ザ・リッパー」。
生まれ損なった幾万の胎児、それらが身を寄せ合い生まれた怪異。
「警官がこぞって僕らを追いに来るね」
「警察だけじゃないわ。きっと他のマスターも一緒よ」
これだけの殺戮を行えば、他の参加者も黙ってないだろう。
格好の餌だと言わんばかりに、彼等は血眼で双子を追うに違いない。
「何人追ってくるかな?」
「沢山来てほしいわね。お茶会は大勢の方が楽しいもの」
その時は私達も遊びましょと、グレーテルが再び微笑んだ。
彼女らからすれば、殺人など遊びの一つであり、同時に世界の節理である。
殺し殺され世界は回る、それが壊れた双子が打ち出して結論であった。
「"あの子"と一緒に遊びましょ。私達、きっとずっと仲良くできるわ」
「そうだね姉様、"あの子"がいれば、今よりきっともっと楽しいや」
双子はがシーソーから降りたのは、そのやり取りの後だった。
そろそろ、一人で狩りをしているアサシンを迎えに行ってあげよう。
あの子は寂しがり屋だ。早く行って褒めてあげねばなるまい。
「沢山殺したから、明日はきっと良い事が起こる」、と。
彼女は時代に見捨てられた子供達。光を浴びずに消えていった小さな魂。
チャウシェスクの子供達、あるいはホワイトチャペルの胎児達。
生き場を失くした孤児の怨念、そんな物が街に残すものなど――。
「もし聖杯が手に入ったら、どうしようか、姉様?」
「そうね、もしそうなったら三人……いいえ、"みんな"で考えましょ」
【CLASS】アサシン
【真名】ジャック・ザ・リパー
【出典】Fate/Apocrypha
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力:C 耐久:C 敏捷:A 魔力:C 幸運:E 宝具:C
【クラス別スキル】
気配遮断:A+
サーヴァントとしての気配を断つ、隠密行動に適したスキル。
完全に気配を断てば発見することは不可能に近い。ただし、攻撃態勢に移ると気配遮断のランクが大きく落ちてしまう。
しかし後述するスキル「霧夜の殺人」の効果により、この弱点を克服しており完璧な奇襲を行う事が出来る。
【固有スキル】
霧夜の殺人:A
暗殺者ではなく殺人鬼という特性上、加害者の彼女は被害者の相手に対して常に先手を取れる。
ただし、無条件で先手を取れるのは夜のみ。昼の場合は幸運判定が必要。
精神汚染:B+
精神干渉系の魔術を中確率で遮断する。マスターが悪の属性を持つ為、ランクが本来のものより上昇している。
魔術の遮断確率は上がるが、ただでさえ破綻している彼女の精神は取り返しのつかないところまで退廃していく。
情報抹消:B
対戦が終了した瞬間に目撃者と対戦相手の記憶・記録から彼女の能力・真名・外見特徴等の情報が消失する。
これに対抗するには、現場に残った証拠から論理と分析により正体を導きださねばならない。
外科手術:E
血まみれのメスを使用してマスター及び自己の治療が可能。
だが見た目は酷く痛みはしないが黒い糸がミミズのような乱雑に処置される。
120年前の技術でも、魔力の上乗せで少しはマシ程度。
【宝具】
『暗黒霧都(ザ・ミスト)』
ランク:C 種別:結界宝具 レンジ:1〜10 最大補足:50人
霧の結界を張る結界宝具。骨董品のようなランタンから発生させるのだが、発生させたスモッグ自体も宝具である。
このスモッグには指向性があり、霧の中にいる誰に効果を与え、誰に効果を与えないかは使用者が選択できる。
強酸性のスモッグであり、呼吸するだけで肺を焼き、目を開くだけで眼球を爛れさせる。
魔術師ならばダメージを受け続け、一般人ならば数分以内に死亡する。英霊ならばダメージを受けないが、敏捷がワンランク低下する。
最大で街一つ包み込めるほどの規模となり、霧によって方向感覚が失われる上に強力な幻惑効果があるため、
脱出にはBランク以上の直感、あるいは何らかの魔術行使が必要になる。
『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』
ランク:D〜B 種別:対人宝具 レンジ:1〜10 最大補足:1人
通常はDランク相当の4本のナイフだが、条件を揃える事で娼婦達が切り捨てた"子ども達"の怨念が上乗せされ、凶悪な効果を発揮する。
条件は3つ。「時間帯が夜であること」、「相手が女性(または雌)であること」、「霧が出ていること」。
全ての条件が整っているときに宝具を使用すると、対象の身体の中身を問答無用で外に弾きだし、解体された死体にする。
条件が整っていない場合は単純なダメージを与えるに留まるが、その際も条件がひとつ整うたびに威力が跳ね上がる。
この宝具はナイフによる攻撃ではなく一種の呪いであるため、遠距離でも使用可能。防御には呪いへの耐性が必要となる。
【weapon】
上述の宝具を得物とする。また、太股のポーチに投擲用の黒い医療用ナイフ(スカルペス)などを収納している。
【人物背景】
19世紀のイギリスで発生した連続猟奇殺人事件の犯人。一人称も「わたしたち」。
性格は純粋にして残酷。あどけない口調ながら頭の回転は速いが、精神的に破綻している。
他者の悪意に対しては残酷に応じるが、好意には脆く、また母親に対する強烈な憧れを持っている。
その正体は、堕胎され生まれることすら拒まれた数万もの胎児達の怨念が集合して生まれた怨霊。
怨霊は魔術師により呆気なく消滅されたが、その後も残り続けた噂や伝承により反英雄と化した。
【サーヴァントとしての願い】
胎内回帰。
【マスター】ヘンゼルとグレーテル
【出典】BLACK LAGOON
【マスターとしての願い】
一緒に"永遠に"生き続ける。
【weapon】
『戦斧』
「ヘンゼル」が使用。何の変哲もない二本の片手斧。
『M1918(BAR)』
「グレーテル」が使用。20世紀に多用された自動小銃。
【能力・技能】
殺し屋、あるいは快楽殺人犯として培った殺人技術。
また、両者共に倫理観が完全に破綻している。
【人物背景】
揃って喪服のような黒い服を着用したプラチナブロンドの髪を持つ可愛いらしい男女の幼い双子。
殺人を「遊び」と称す極めて危険な殺し屋であり、同時に倫理観の欠如した快楽殺人犯でもある。
元は共産党政権時代のルーマニア出身の孤児だったが、政変の影響で多くの子供達と共に施設から闇社会に売られ、
スナッフフィルムへの加害者としての出演、その後始末の片棒まで担がされた事で精神が破綻してしまった模様。
殺さなければ生き延びられなかった境遇から、「殺した分だけ自分たちの寿命を延ばせる」という思想を持つようになっている。
互いをそれぞれ「兄様」「姉様」と呼び、髪型や服装を交換することで声や人格をも入れ替えることができる。
よって、「ヘンゼル」は「グレーテル」であり、同時に「グレーテル」は「ヘンゼル」でもある。
本来聖杯は「グレーテル」だけを招くつもりだったのだが、上記の性質から双子を揃って呼んでしまったようだ。
【方針】
楽しく遊ぶ。
投下終了となります。 ◆2lsK9hNTNE氏、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
初投稿です。<新宿>に投下した主従の流用かつ短い作品ですが、投下させていただきます
.
――明るい未来を
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
たとえどんなに歴史が移り変わろうとも、この世から差別と争いがなくなる事がないと言う事を、彼女は痛切に思い知った。
時を重ね、哲学が多種多様に枝分かれし、テクノロジーが発展しても、この二つが世界から根絶される日は、永遠に来ないのだと彼女は知った。
この世にある全てのものは、有限のものだった。
土地も、食料も、個人が生きて行くのに必要な摂取エネルギー量も。全て、その数は限られている。
世界には一つたりとも、無限大の数値を誇る実体などない。凡そすべての物質的なものは、有限のものなのだ。
彼女は、思うのだ。その有限のものを管理する為のものが今の社会であり、その有限のものを多く、或いは低い値で手に入れる為の線引きこそが、階級なのではないかと。
レプリロイドが動く為のエネルギーは、慢性的な不足状態に陥っていた。
科学がどんなに発達しようとも、無から有を生み出す事は出来はしない。ややランクの落ちる、有を有のまま保つ技術も、かなり難しい。
有限のエネルギーを長く保たせる、最も簡単で、それでいて即時的に効果の表れる手法とは、とどのつまり何か?
それは、そのエネルギーを摂取して活動する存在の総数を、減らす事であった。
英雄・エックスが築き上げた理想郷、ネオ・アルカディアは、エックスを頂点とする事実上の専制君主制の国であった。
過去に勃発した大戦争により疲弊した人間達の為の楽園を築こうと言う名目で築き上げたこの国は、人の為の安定した平和の供給と言う意味では、成功を納めている。
しかし、其処では、レプリロイドの権利は蔑ろにされていると言っても良かった。元々レプリロイド、つまりロボット自体は人間の為に尽くすものだ。
人よりもやや低く見られるのは仕方のない事ではあるが、エネルギー不足にアルカディアが陥ってからは、少々目に余る。
と言うのも、正常な筈のレプリロイドを、イレギュラー認定し、不要の烙印を押し、処分すると言うケースが後を絶たないからである。
迫害されたレプリロイドは、住処を追われ、穴倉の生活を送り、いつ絶えるか解らないエネルギーを恐れ、ビクビクする生活を余儀なくされている。
――シエルには、それが堪らなく可哀相なものに見えた。
彼女はアルカディアに所属する科学者の一人だった。黙っていれば地位も安定した生活も約束された身分でもあった。
だが、謂れもなく処分されるレプリロイドを見て、疑問に思った。イレギュラーなんかじゃないのに……狂ってなんかいないのに。
何で、彼らが消えなくてはならないのだろうか? ネオ・アルカディアに不要だからと言う理由で、どうして排斥されねばならないのか。
聞いた事がある。アルカディアと言う言葉はそのまま理想郷と言う意味なのだと。誰にとっても平和な街だからこその、アルカディアではないのか?
誰もが明るく笑って暮らせるところだからこそ、アルカディアなのではないのか……?
シエルはアルカディアの在り方に疑問を覚え、籠から外へと飛び出した。そして、迫害されるレプリロイドの為に、レジスタンスも創設した。
だが、現実は甘くなかった。戦いは何時だって苦難と離別の連続で、芳しい結果を得られた事など、片手で数えられる程しかなかった。
アルカディアは圧倒的な補給量と戦力を保持している。にわかレジスタンス如きが、到底刃向える相手ではなかったのだ。
次々と破壊されて行く仲間達。先行きの不透明さに打ちひしがれる仲間達。
だから、シエルは欲していた。現状を打破してくれる、正義の……いや。より平和な世界を築く為の。
明るい未来を築いてくれる、暖かな、それでいて確かな力を持った英雄を。
――今シエルは、とある街にいた。
いつ建てられたのかも解らない、遺跡と化した建造物を調査していた時の事。遺跡の最奥に、蒼く光り輝く小さな宝石を発見したのだ。
エネルゲン水晶の類かと思い手に取るや、気付けば彼女は、異世界の街へと飛ばされていたのだ。
そして、頭に刻み込まれた、聖杯の情報。如何なる願いをも叶えてくれる、万能の願望器。世界の改編すらも思うがままの、究極の神器。
それを廻って争う、聖杯戦争。彼女が此処で流血を我慢すれば――自分が生み出した偽りのXによる支配も、そして、冤罪をかけられ迫害されるレプリロイド達を。
全て等しく解決させ、本当に明るい未来を築き上げる事が、出来るのだ。
怖くない、と言えば、嘘になる。本当は怖い。想像するだけで、身体が震える。歯の根が合わなくなる。
しかも今度の相手は、レプリロイドではない。生身の人間を相手にしなければならないのだ。恐ろしくない筈がない。
だが、シエルは最強のカードを引き当てた。
彼女の引き当てたサーヴァントは、彼女の居た世界でも名の知れ渡った、赤き英雄。
嘗てエックスと共に、イレギュラー戦争を戦いぬいた、伝説の英雄の一人、『ゼロ』。それこそが、シエルが引いたサーヴァントなのだ!!
その強さは知っている。あのエックスと互角、或いはそれ以上の強さを持ち、戦場に現れるや鬼神のような活躍をして見せたという、最強のレプリロイド。
彼と一緒なら、本当に平和な世界を築ける、そんな気がするのだ。
……だがシエルは今、草むらの影に隠れ、ビクビクと怯えてその場をやり過ごそうとしていた。
ゼロの戦いぶりは凄まじい物である事、そして、実は英雄としての側面以外に、世界に混乱を齎したと言う部分がある事は、シエルは知っていた。
しかし、英雄と呼ばれるからには、絶対に高邁な魂の持ち主だと、彼女は堅く信じていたのだ。
――まさか、これ程までに激しく、そして、凄まじい戦いぶりを展開するとは、シエルも思わなかった。
街外れの林の中に響く、凄まじい戦響音。度々生じるフラッシュ。最早爆発音に等しい轟音と、それに付随して発せられる衝撃波。
あの戦い方は、何だ。あれはまるで英雄と言うよりは――――――
英雄と言うよりは、破壊神ではないか。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
林は今や地獄の戦場となっていた。
太い幹の木々は、枯れて脆くなった枝のように圧し折られ、粉砕され、土の地面には直径数十mにも及ぶクレーターの数々が幾つも生まれている。
林の一角はパチパチと、樹の中の水分が高音の炎で炙られてはじけ飛ぶ音が鳴り響いており、生木の燃える特有の匂いが当たりに充満していた。
どのような力を持った狂人が暴れれば、このような光景が産まれうるのだろうか。
正気を保った存在では到底このような、破れかぶれも甚だしい目だった破壊の光景を生み出す事はありえないだろう。
それもその筈、街外れの林のこの惨状は現状、たった一人のバーサーカーによって齎されたに等しいのである。
無論、そのバーサーカーの足元で、身体を十字に四分割されて即死した魔術師と、彼が操っていたセイバーのサーヴァントによる破壊も、確かにあった。
だが彼らの破壊の傷痕を容易く塗り替え、目立たなくする程に、バーサーカーの戦いぶりは激しく、狂気染みていたのだ。
そのバーサーカーはどちらかと言えば背丈も普通と言う他なく、身体の厚みも全くない。中肉中背と言った風情の体格だ。
威圧感の欠片も無いそんな体格や、ワインレッドのプロテクターを身体の所々に装備している事もそうだが、特に目を引くのが、女の様に長い黄金色の髪。
それが今は、林の中を荒れ狂う獣の如くに吹き荒ぶ熱風に靡いていた。金色の粒子が、バーサーカーの周りの空間で煌めいているかのようだった。
バーサーカーは夢想していた。足元で転がる魔術師が操っていた、騎士鎧を身に纏ったセイバーの事を。
強かった。それは確かだった。そして、この聖杯戦争には、そう言った存在が何体も何体も、何体も招かれているらしい。
であるならば、これをこそ止めるのが、自分の使命だとバーサーカーは堅く信じていた。
終る事無く続いていた百年戦争、後に妖精戦争と言われていた戦争を終結させた自分ならば、それが出来る。
このバーサーカーは、聖杯戦争を止める事をこそ義務と考えていた。それこそが、英雄の――救世主の役目であろう。
名も知らぬ街の夜空を。彼からしたら百年以上も前の過去世界の空を。赤い英雄が見上げた。疎らに輝く星の中に、月が黄色に明けく輝いていた。
月に、星に。吠えるようにして、英雄は雄叫びを上げた。セイバーを切り裂き、そのマスターを葬った勝鬨の意味合いも、あったのかも知れない
「――我はメシアなり!!」
爆発するような哄笑がその名乗りの後に上がった。
空気が震える、炎が揺らぐ。倒壊しかかった建物が、その躁病患者が上げるみたいな笑い声に呼応し、崩れ去る。天地が引っくり返るような轟音が、世界に響き渡る。
バーサーカーは確かに百年戦争を終わらせたジャンヌ・ダルクではあった。そう言った意味では間違いなく英雄と呼ばれるに相応しい存在でもあった。
しかし彼は、妖精戦争と呼ばれるその戦争の終結の為に、何千何万、いや、何百万と言う命を犠牲にさせた、血塗られた救世主だった。
何よりも彼の魂は、本物の赤い英雄の魂では断じて有り得なかった。その身体は、赤い英雄の肉体そのものだ。
だが、彼の中に宿る魂は、邪悪の権化の男が生み出した、破壊と死の権化。バーサーカーには、本物の英雄が持ち得るヒロイズムが、備わっていなかった。
彼は魂こそ偽物であったが、肉体だけは本物の英雄のそれだった。しかし、それでは同じ名前の存在が世に二人といる事になる。
それでは、紛らわしい。故に、区別する必要があるだろう。本物の英雄の魂を持つ者を始まりや起源を意味すると言う点で、ゼロと名付けるのであれば。
このバーサーカーは、終わりや終局を意味すると言う点で、きっとこう呼ばれるべきである。
――『オメガ』、と。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
オメガ@ロックマンゼロ3
【ステータス】
筋力B+ 耐久C+ 敏捷A 魔力E 幸運C- 宝具C
【属性】
秩序・狂
【クラススキル】
狂化:A-
狂化、と言うよりはある種の精神汚染に近い。ある科学者の手によって、破壊と殺戮のみに傾倒するよう思考回路を弄られている。
ある程度の意思疎通は可能とするが、この狂化にはステータスの向上効果はない上に、思考も上記の感情で固定化されている。
実質的にコミュニケーションを成立させる事は困難、ないし不可能である。バーサーカーは自分の事を救世主(メシア)だと言って憚らない。
【保有スキル】
信仰の加護(自身):EX
一つの価値観に殉じた者のみが持つスキル。加護とはいうが、そもそも崇めているのが神性すらない自分自身である故に、最高存在からの恩恵はない。
あるのは信心から生まれる、自己の精神・肉体の絶対性のみである。バーサーカーはある科学者の手によって、思考回路を彼にとって都合のいいように弄られている。
バーサーカーは自分自身の事を、長らく続いた戦争を終結させた救世主であり、そして聖杯戦争をもこの手で終結させうる英雄であると、本気で信じている。
蛮勇:A
無謀な勇気。同ランクの勇猛効果に加え、格闘ダメージを大幅に向上させるが、視野が狭まり冷静さ・大局的な判断力がダウンする。
なおバーサーカーではなく、本物の『英雄』が有するスキルは、蛮勇ではなく『勇猛』である
無窮の武練:B
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。 心技体の合一により、いかなる精神的・地形的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。
但しバーサーカーの魂は、本物の英雄の魂ではなく紛い物の魂である為、本来よりランクが下がっている。
真名混濁:B
自身の真名や過去を暴くスキルや魔術、宝具をかけられた時、真名の看破率を著しく下げるスキル。
バーサーカーの身体は『ゼロ』と呼ばれるレプリロイドのボディであるが、その魂は彼の物ではないと言うイレギュラー性に起因する。
【宝具】
『抜殻(オリジナル・ゼロ・ボディ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:自身
バーサーカーのボディである、ゼロと呼ばれる伝説のレプリロイドのオリジナルのボディが宝具となったもの。つまり、バーサーカー自身が宝具である。
初めて製造された時から数百年経過しても尚、レプリロイドのカタログスペックの最先端を往き、その時代で最も優れた科学者達ですら、
解析する事すら不可能と言わせしめた程ブラックボックスの多いゼロのボディは、悪の科学者Dr.バイルによって、その性能を可能な限り高められている。
また、本質が最先端の科学技術による産物であるため、維持や行動の際に消費される魔力は極端に低い。
バーサーカーとなった影響で精度こそやや落ちているが、ゼロをゼロ足らしめていた、相手の必殺技をラーニングする機能は健在。
相手の必殺技や体術をコピーする事が出来る。格闘術やレーザーブレードを用いた剣術の高さは当然の事、銃による遠隔攻撃に、オーラめいたエネルギーを射出したりと、攻撃方法は多岐にわたり、その全てが強烈。
但し、正真正銘本物の、イレギュラーハンターだった時代のゼロの魂が持っていた、代えがたい戦闘経験や戦闘に対する慎重さと言うものが、
バーサーカーからは失われている。兎に角攻めると言う行為しか彼には頭にない。だがその単純に攻め続けると言う行為こそが、何よりも恐ろしいのである。
【weapon】
無銘・セイバー:
柄からエネルギーを刃状に発生させて敵を斬る剣状の武器。エネルギーを収束させる事で、衝撃波を生み、地面を容易く叩き割る程の威力を発揮する。
凄まじい切れ味を誇る武器ではあるが、宝具ではない。伝説の英雄・ゼロの用いた、十の光る武器の一つ、ゼットセイバーとは別のもの。
無銘・バスター:
遠隔攻撃用のエネルギー銃。強烈な威力をこれも誇るが、あくまでも副武装の為、セイバーに比べて威力は落ちる
但し、エネルギーをチャージさせ、発射した場合には、この限りではない
【人物背景】
彼は確かに、長きに渡る戦争を終結させた。
地上の人類の6割、レプリロイドの9割と引き換えに、だが。
【サーヴァントとしての願い】
救世主(メシア)として、聖杯戦争を終わらせる。その為には、『手段を問わない』
【マスター】
シエル@ロックマンゼロ
【マスターとしての願い】
全てのレプリロイドと人間が笑って暮らせる世界の実現。
【weapon】
【能力・技能】
非常に優れた科学者であり、レプリロイドの開発者。
相応の科学技術の整った研究施設さえあれば、それらの開発や、新しいエネルギー理論の構築すらも可能な程の天才。
また、逃げだしたレプリロイド達の指揮官を務めていた事もあり、指揮能力にも非常に長ける。
但し本質的には極々普通の少女である為、身体能力も魔力の量も、期待は出来ない。
【人物背景】
優秀な科学者を遺伝子操作で生み出すという計画の下、ネオ・アルカディアが生み出した人造の科学者とも言うべき存在。
ネオ・アルカディアが当初予定していた目標通り、彼女は優秀な成果を収め、遂には伝説の英雄であるエックスのコピーを制作する事に成功する。
しかし、エックスの代行として自身が製作したコピーエックスのせいで、多くの無実のレプリロイドが処分されてしまった事に心を痛め、ネオ・アルカディアから離反。
以降は処分が不可避のレプリロイド達の指揮官となり、レジスタンス活動を続けていたのだが……。
今回は封印されていたゼロを解き放つ数週間前の時間軸から参戦。彼女のパートナーであるサイバーエルフ、パッシィは存在しない。
【方針】
ゼロ(と認識しているオメガ)を頼る
投下を終了いたします
滑り込みも一息ついたようですので。
これで、当聖杯の主従コンペを終了させていただこうと思います。
皆様、たくさんのご投下本当にありがとうございました。
OP投下は12/27、午前0時より行う予定です。
皆様投下乙でした
慌てていて書き忘れてしまいましたが家康の宝具でPSYREN聖杯のエドワード・ニューゲートを
暉の人物背景で邪神聖杯の真壁一騎をそれぞれ参考、引用させて頂きました。この場で書き手の方にお礼を言わせて頂きます。ありがとうございました
Rl27YEbMoさん、選考とOP執筆頑張ってください
OP投下します。
未だ星々の輝く名残を残した明け方。
寒空の下、か細い鼻歌の音色が風に乗って揺蕩っている。
季節はじきに秋を越えて冬へ移り変わろうという頃合いだ。
そんな時季の早朝に朝潮の流れ込む海辺へ立ち物思いに耽りなどすれば、当然手足は十分もしない内に悴み始める。
だが、その人物は既に一時間以上は波打ち際に立ち、どことも知れぬ水平線の向こうを見据えて詠っていた。
消える月を何を思って眺めていたのか。
或いは、もっと前に消えてしまった何かへ思いを馳せていたのか。
それを知る者はきっと、誰もいない。
多分、彼女自身さえもそうなのだ。
「天に抗する気力なければ、天は必ず我々を滅ぼすだろう」
それは、この電脳の空であっても同じことだ。
人も化物も、有機であれ無機であれ、この世の概念へ当て嵌められて生誕したものには一生運命という敵が付き纏う。
またの名を天命、天運。
一度天に見限られた者がどれだけ足掻こうとも、最終的な破滅は避けられない。
生とは因果との戦だとある日悟った。
隙あらば地獄へ落としてやろうと涎を垂らす悪意の天を、如何にして打ち破るか。
天に滅ぼされたものを、これまで数えきれないほど見てきた。
ある時は敵であり、ある時は友であり、またある時は自分であり。
その度に嘆き、怒った。
運命という見えざる敵に殺意すら抱き、一方通行の独り相撲に興じてきた。
「諸君、必ず天に勝て……」
先人の残した言葉の受け売りという前置き付きでかつて聞かされたその言葉は、いつでも緩んだ心を締め直してくれる。
心ある生き物の常として、現状への慢心を捨てることは出来ない。
何もそれは人間だけではなく、獣や昆虫の世界においてもそうだ。そして恐れることを忘れた存在は、直に末路へ至る。
大義を成したくば、驕る心を捨てなければならない。
捨てても湧いてくるならば、その度削ぎ落とさねばならない。
さもなくば、自分もまた、彼女の二の舞を辿る羽目になるだろう。
長い長い旅路の果てに、しかし何かを成すことはついぞないまま、泣き笑いを浮かべて眠りについた彼女の。
もはや思い出したくもないかの日の記憶。
それを戒めの楔として、これより先のあらゆる物事へ臨まねばなるまい。
――あと一騎の犠牲で、大いなる数式は完成される。
歯車を回し、真理へ至る大時計を起動させるのに必要な英霊の魂は、これでようやく満たされることになる。
長い旅路だった。
何度も諦め挫けそうになりながら苦界を歩き続け、一つの答えへ辿り着いてからも幾度となく絶望に打ちひしがれてきた。
だが、もうそんな弱さはどこにもない。
修羅道へ足を踏み入れたるこの身に、恐れるものなど何もないのだから。
数式の完成により歯車は回り始めるだろう。冒涜の大戦が祝福の鐘とともにその幕を開けるのだ。
遍く全ての嘆きと祈りを糧に、あの時見失った帰り道を深雪の底から見つけ出そう。。
戦の日、それが全てではないと知らなかったかの日の過ちを覆す為に、苦界の冬へと踏み出そう。
彼が生み出し彼女が抱いたこの願いはもう誰にも奪わせない。
聖杯の奇跡という呼び水を用いて、真の済度で全ての無念を救うために。
今宵――第二次聖杯戦争を開戦する。
――
◇
「敗れた者。救えなかった者。
手を伸ばし、されど何も掴むことが出来なかった者。
在りようは違えども、彼らは共に変わり果てている。
老いさらばえた野良犬のような貪欲さで、残されたたった一本の銀糸を手繰り寄せて。
彼も彼女も、諦めない。諦めれば、すべてが終わってしまう。
ああ――その気持ちは、痛いほどわかる」
――001:Christof Lohengrin
◇
――
壁から突き出した複眼の顔を、三叉槍の穂先がぐじゅりと突き刺した。
水晶体を突き破って内側まで届いた感触がある。激痛に呻く顔を、傷口を通して直接凍結させていく。
顔は暫く死にかけの虫のように蠢いていたが、十秒弱もすればピクリとも動かなくなり、怨嗟の声を残して消え去った。
かと思えば、少女の足元が突然大きな口に変わる。
人間のものを形はそのままに巨大化させたような歯を唾液で光らせ、落ちてくる少女を噛み砕かんとする。
万力のように襲い来る上下の歯を武器で押さえ付けつつ脱出し、そのまま前歯をへし折った。
歯茎に槍を突き刺し、そこから内側を凍らせていくと、暴れるように舌を動かし唾液を散らす。
駄目押しに突きを数度くれてやり、やっと大口は動かなくなり、此方もまた消滅する。
だが、気を抜いてはならない。
槍を握る力を強めて目を鋭く細め後続に備える彼女であったが、しかしその気合いは空振りに終わった。
路地の向こう側から、こちらへ歩を進めて来る大柄な神父服の姿がある。
その右手は男の首を掴み、引きずっており、掴まれた首はあり得ない方向に捻くれて当の男は白目を剥いていた。
見れば、路地を埋め尽くす勢いで溢れ返っていた化物の姿がどこにも見えない。
――こいつが術者か。
軽々と擲たれ、地面で何度かバウンドして止まった惨死体を冷めた目で見、『プリンセス・デリュージ』は呟く。
「お怪我はありませんか、デリュージ」
「……大丈夫です」
「それは良かった。事を急いだつもりだったのですが、些か本体を見つけ出すのに手間取ってしまったものでして」
火力に任せて敵を制圧し、進んで数を減らしていけるのならば苦労はしない。
しかしデリュージのサーヴァントは生憎と、何騎もの英霊を同時に相手取れるような攻撃性は有していなかった。
守りの一点特化。彼の鎧を破ることは誰にも出来ないが、彼が持つ最大の矛は、無敵の鎧と両立出来ない。
あくまでそれを抜くのはここぞという場面。確実に使うことで勝利できる場面でなければならない。
だからデリュージ達は、当分は聖杯戦争を静観する腹積もりでいた。
静観、と言うと語弊がある。正しくは影に潜んでの暗躍、と呼ぶべきだろう。
時が来るまでは争いを扇動しつつ、狩れる相手のみを狩る。
そうして聖杯へ近付いていく算段だったが、それを早速ご破算にするような出来事がデリュージを襲ったのだった。
時刻は早朝。学校へ登校するため、すっかり見慣れてしまった通学路を歩いている時だ。
目の前で、人間が壁から突き出た巨大な頭に食い千切られて死んだ。
予兆も、気配も、何もない。食われた側も何が起きているのか分からないといった顔を浮かべたまま事切れていた。
それを見たプリンセス・デリュージ――青木奈美の行動は早かった。
嬉しそうに瞳を歪めて残骸を貪り食う顔から逃げるようにして路地へ走り込んだ。
――プリンセスモード・オン。それをコマンドワードに、奈美は人造魔法少女、デリュージへと変身を遂げる。
貪欲に唾液を滴らせながら、獲物を逃さぬと追ってきていた化物と交戦に入り、そうして今に至る訳だったが……
「どうして気付けたんですか」
「そこはそれ、サーヴァントとしての努めのようなものと思っていただければ。
貴女はマスターとしては上等な戦力ですが、それでもサーヴァント相手では分が悪いでしょう。
霊体化してこっそりと護衛させていただいていた……という訳です」
「……なんだってまた、断りもなく?」
「やれやれ、どうやら私は随分と信用がないらしい」
わざとらしく傷付いたような表情をするアーチャーとは対称的に、デリュージの表情は冷ややかだった。
この男は確かに自分のサーヴァントだ。だが、信用できる味方では決してない。
今回のことも、デリュージの身を案じての護衛というよりかは、その動向を監視する意図が主なのだろう。
実質的に助けられた分際で悪罵を叩き付けるのは気が引けるが、とにかく、このアーチャーは相当な曲者なのだ。
「話は変わりますが、わざわざ死体を運んできたのには一つ理由がありまして」
「理由……?」
怪訝な顔で問い返すデリュージを尻目に、果てた死体の傍らに屈み込むと、その両手を彼女へ示してみせた。
そこに、聖杯戦争のマスターにあって然るべき真紅の刻印はどこにもない。
一画たりともだ。聖杯戦争の中で失ったとも考えられるが、アーチャーの様子を見るにそうではないらしい。
「私は本職の魔術師ではありませんので、正確な見立てかどうかには今一つ自信がないのですがね。
どうにもデリュージ、貴女を襲ったこの人物は聖杯戦争の関係者ではないらしい」
「……どういうことですか。一介のNPCが、明確な害意を持って私を襲ったと?」
「勿論、そんなことはあり得ない。
プレイヤーへ攻撃をして来るNPCなど、それは最早舞台装置の枠を過ぎて余りある」
しかし、そこにNPC以外の手が加わっていたとしたら?
笑みを浮かべて言うアーチャーの言わんとすることが理解できないほど、デリュージは阿呆ではなかった。
「何者かがNPCに介入して、その本質を歪めた――ということですか」
「その通り。理解が早いのは貴女の美徳ですよ、デリュージ」
アーチャーは片足をゆっくりと振り上げると、死体の頭、それから心臓を丁寧に踏み潰して破壊した。
無いとは思うが、死体を通じて何かしらの情報回収や細工が行われることを危惧しての行動だ。
本当は跡形もなく消し去ってしまうくらいが丁度いいのだが、生憎とアーチャーの力でそれをしようと思えば手間が掛かる。
「恐らくはキャスタークラスでしょうが、討伐令をも恐れぬ大胆な行動に出るマスターが随分多いようだ。
しかし、人形にこれだけの力を付与できるとなれば、誰かは知らないが相当な術師に違いありません」
「ルーラーの処分が下る可能性は?」
「そればかりは裁定次第としか。
大本のサーヴァントは直接的にNPCへ危害を加えているのではなく、あくまで力を与え、欲望を刺激し、暴走へ駆り立てているだけですから……ペナルティなり討伐令なりが発布されればこちらとしても楽ですが、最悪ノータッチということも考えられますね。
巷を騒がせる例の殺人鬼ほどならばいざ知らず、現状はルーラーの良心を信じるしかないでしょう。
取り敢えず、今後の行動には今まで以上に注意を払っていくのが安全牌かと」
「……」
変身を解除すると、頷きだけを返して再び学校への道程を歩き出した。
「折角ですし、噂の《白い男》殿が華麗に蹴散らしてくれでもすると楽なのですがねぇ……」
――白い男。
突如として現れては、犯罪者や得体の知れない怪物などといった闇の住人を討伐する異装の戦士。
神父の口にしたそんな単語を、デリュージは心中で反吐が出そうになる思いで聞いていた。
そんな都合のいい存在が許されるのは、絵本と漫画の中だけだ。
思い出したくもないかの日の記憶。そこに、白い男の姿はない。
闇を破り怪物を討ち、悪を裁いて颯爽と消える異装。そんな奴が駆けつけてくれたなら、何かが変わったのだろうか。
……きっと何も変わらない。あの日をどうにか出来るのは、それこそ奇跡――聖杯の力以外にはないのだから。
先の見えない茨道を進み続ける若き復讐者を……聖餐杯と呼ばれた男は、ただ微笑みと共に見つめていた。
数多のものを狂わせてきた、邪なる微笑みと共に。
◇
「ふたりは闇。
地に墜ちて、二度と輝くことのないはずだったもの。
いや、彼らは輝いてはならないものだったのかもしれない。
そう、生まれながらに定められたもの。
それを知ってしまったからこそ、死にゆく蝶の羽ばたきは嵐を生む。
生けるものも死せるものも、何もかも。何もかもを巻き込んで進む、巨大な災害を創り出す」
――002:Eclipse Parede
◇
――
御目方教。
『春日野椿』が巫女として君臨する教団敷地内は、今となっては怨霊が絶えず跋扈する地獄と化していた。
椿の居た世界の教団は腹心の凶行で混沌化した。
自身を慰み者としておきながら、それを教義のもとに正当化する狂った環境。思い出しただけでも胃液が込み上げてくる。
あの集団は間違いなく狂乱していた。一人の悪意が瞬く間に全体を変える、その典型であった。
それは今も同じだ。
ただ違うのは、悪意の格だろう。
自分の利益だけしか考えられない野心家とは訳の違う、本物の悪意を宿した者の手によって、ぐちゃぐちゃに塗り混ぜられた画用紙は一面の黒一色へと整えられてしまった。
外側からやって来た一つの悪意に晒されて、教団に巣食っていた狂気はそのベクトルを変えたのだ。
以前よりも遥かに洗練された、恐怖と怨念に満ちた『凶気』へと。
牢と外界を隔てる網格子の内側で、どこからか響いている叫び声を聞き椿はうっとりと口角を釣り上げた。
「満足してもらえたかな、椿」
そんな彼女の様子を見るなり、そう言って微笑みかけたのは、教団に二度目の悪意をもたらした張本人だった。
性別を一目見ただけでは判別しかねる中性的な顔立ちも相俟って、その笑顔はどこか芸術品めいたものをすら感じさせる。
人形のようだ、と椿はこの少年を初めて見た時に思った。
とてもではないが、椿のそれにすら勝る膨大な復讐の炎を胸に宿す、混沌の元凶たる存在とは思えない。
「ええ。……なんだか胸がすく気分よ。
私を好き勝手に弄んだ連中が今となっては、誰も彼もが力に溺れるか、力を持て余して自滅するか。
あなたには感謝してるわ、キャスター。あなたのおかげで、世界は随分と愉快になった」
「僕は何もしちゃいないさ。僕はただ、皆に力をあげただけだよ」
キャスターのサーヴァント『円宙継』は、瞬く間に新興宗教をとある禁術使いの集団へと変えてしまった。
禁魔法律。本来霊魂をあるべき場所へ導くための力である魔法律を邪な形で行使する、文字通りの禁忌。
キャスターは教団に君臨するなり、宝具として連れている邪悪なる存在と共に信徒達を染め上げた。
出口を塞ぎ、怨霊を解き放ち、力を得るものと得られないものを綺麗に二分化させ、またその末路も示してみせた。
力を享受しなければ死ぬ。そんな状況を作り出してやれば、衆愚の取る選択など一つしかない。
我先にと彼らは力を受け入れた。
禁忌の力を手に入れた信徒達は最初こそ怯えた様子だったが、すぐに彼らは本性を表し始める。
それは奇しくも、事を起こす前に彼が椿へ言った通りの展開だった。
「最初にも言ったけどね。禁魔法律の力を使うだけなら、別に難しいことではないんだよ」
禁魔法律家とは、悪魔と契約した人間に似ている。それどころか、原理的にはほぼ同じだ。
魂を闇に売ることで地獄の使者と契約を結び、その力を借りる禁断の技。
本来魔法律を行使するには『煉』というエネルギーを必要とする。だから、誰でも魔法律を使えるということはない。
その点禁魔法律は煉を必要としないのだ。だから誰でも使うことが出来る。極論、赤子だって禁魔法律家になれる。
加えてキャスターの宝具として現界している屍面相の力に頼るのならば、更にハードルは下がる。
「大事なのは、そこからさ。すぐに破滅するか長生きするか、禁魔法律家には二つに一つしかない」
「あいつらは、前者……ってわけね」
「さあ、どうだろうね。もしかしたら『箱舟』に名を連ねるくらいに力へ適合する人もいるかもしれない。
ただ、大半は君の言う通りになるだろう。彼らの半分……多く見積もれば七割くらいは、消耗品として消えるはずさ」
「じゃあ……私はどう?」
椿は自嘲するような苦笑と共に、自分の『日記』……『千里眼日記』をつんと小突いた。
千里眼日記は信者の行動を示す日記だ。
禁魔法律家に変化させた彼らには、町中での索敵と聖杯戦争参加者の排除を命じてある。
ルーラーのペナルティが怖かったが、そこはキャスターのことだ。きっと上手くやるだろうと、椿は彼を信用していた。
敵マスターやサーヴァントと思しき相手の情報も、日記にはいくつか記されている。
やはり広域に予知を張り巡らせられる自分の日記は、聖杯戦争を勝ち抜く上でも有用だ。
だがそれに加えて、今この日記は、未来日記とは似て非なる特性を内包させられていた。
春日野椿もまた、キャスターの力で禁魔法律家に変えられた一人だ。
禁魔法律家には、二通りのタイプが存在する。
一つは魂のみならず肉体までもを売り渡し、巨大な力を得るもの。
そしてもう一つが、何らかの力を中継して地獄の力を得るもの、である。
椿の場合の中継点こそが、この『千里眼日記』だった。
今の椿は、もう未来を読めるだけの巫女ではない。
地獄の力を扱い、敵と戦うことの出来る……立派な禁魔法律家の一人となった。
「少なくとも、この戦争が終わるまでは生きられるさ。そして君は聖杯を手に入れ、君の世界を滅ぼすんだ」
椿は、長生きしたいなどとは思っていない。
彼女の願いは生ではなく、死だ。
世界の全てを巻き込んだ破滅。もとい、世界そのものの破滅。
それを叶えるためには聖杯が必要だ。椿は何としてもそれを手に入れる必要がある。その為なら、なんだって出来る。
彼女は力を受け入れた。悪魔ならぬ地獄へ魂を売り、そうして強さを買い取った。
「ところで、椿。『日記』の予知を聞いてもいいかな?」
「あ……ごめんなさい。時間を取らせてしまって」
椿は慌てて日記を確認する。キャスターの力をしても、未来を読むことまでは不可能だ。
椿にとって、キャスターは恩人であり、決して敵わない存在でもある。
禁魔法律をどれだけ極めたとしても、彼を追い越すことは出来ないだろう。
そんなキャスターにしてあげられる、唯一自分だけが出来ること。
口には出さないが、それは彼女にとって大きな喜びだった。
自分をあの地獄から救い出してくれた彼の役に立てることが、この上なく嬉しい。
聖杯を手にするまでの間、せめて彼の役へ立とう。
彼に出来ないことをして、彼を精一杯助ける、未来を見通す目になろう。
そんな殊勝な願いを抱きながら、椿は日記に記された予知のいくつかを読み上げた。
――青い少女を襲撃する。直後、金髪の神父によって攻撃される。……後の報告はない。
――二人組で行動していた片方が弓矢によって狙撃される。もう片方も続報がないことから、生存は危ういと思われる。
――プラチナブロンドの双子兄妹と交戦。殺されはしなかったが、殺すことも出来なかった。
――白い異装の男が現れ、三人の禁魔法律家を次々と撃破。連れていた怨霊もことごとく殲滅される。
どれも芳しいものではない。
だが、キャスターは「いいね、なかなかの首尾だ」と笑ってくれた。
「そりゃあ、サーヴァントをにわか仕立ての戦力で倒せれば苦労はないさ。重要なのは、遭遇した時の情報だ」
外見、武器、特徴。
信者の報告に記された内容を加味すれば、未だ未知なる競争相手達へ一方的なアドバンテージを持つことが出来る訳だ。
「凄いね、椿。君の『日記』は」
「そ、そう。だったら、良いのだけど……」
「うん、君は凄いよ。僕も君のようなマスターを引けて運がよかった」
――キャスターは、ずっと孤独だった少女に優しく語りかけた。
今や彼女の心は、完全にキャスターの手中にある。
世界を滅ぼしてまで消し去りたかった生き地獄は、他ならぬ彼が雲散霧消させてくれた。
憧れがそれ以上に変わる時も、そう遠くはないのかもしれない。
「一緒に勝とうじゃないか、椿。僕らは必ず、奇跡へ辿り着いてやろう」
されど、忘れるなかれ。
この少年は――未だ果たされない復讐心を、その心に絶えず燃え上がらせている。
彼の世界の中心はただ一人。それは椿でもなければ、彼が連れる屍面相でもない。
今もどこかで憎らしい笑みを浮かべているだろう『天才』を引き摺り下ろすこと。彼にあるのは、ただそれだけなのだ。
◇
「彼らは航海者。
駆ける場所が海か、時かの違いはあれど、船を漕ぐものであることに違いはない。
その願いはあまりにも真摯で、尊い最後の希望。
しかし、きっと彼はここに来るべきではなかったのだろうと思う。
彼は奇跡を手に入れるのではなく、奇跡へ辿り着くべきだった。
もう、帰り道はどこにもないけれど。……一度見失った帰り道は、もう、深い深い雪の底」
――003:Jihad
◇
――
『岡部倫太郎』は、いつものラボラトリーへ通うことを此処数週間ほど自粛していた。
未来ガジェット研究所の創設者である自分が欠勤するというのは如何なものかと思ったが、しかし場合が場合だ。
現実的に考えて、願いを叶える力を欲するような連中が丸きり全員、真っ向勝負に固執してくれるとはとても思えない。
もしも自分がマスターであると他の主従にバレた日には、ラボを直接襲撃される可能性がある。
――所詮、この世界は偽物だ。此処に住まう仲間達も、聖杯戦争のために再現されただけの木偶人形でしかない。
それでも、と岡部は記憶の中にある最初の世界線の惨劇を思い返して顔を顰める。
ラボに押し入ってきたラウンダー。仲間だと思っていた筈の、女。撃ち殺される、彼女。
たとえ偽物の友人たちであろうとも、あんな光景はもう二度と見たくない。
ただでさえ自分は、この世界の椎名まゆりを救えずに、死なせてしまったのだ。
これ以上、彼らを巻き込みたくはない。そう判断した上での判断だった。
部屋の扉が開き、明るいグリーンの制服を着たウェイトレスがトレーの上に大量のフライドポテトやソーセージなど、沢山の食べ物を載せて持ってきてくれる。
それに礼を言うと、店員がやや怪訝そうな顔をしているのから目を逸らしながら、部屋を出て行くのを見送り溜息をつく。
怪訝な表情をされるのも頷ける話だ。
この部屋には彼一人で滞在していることになっているのだが、トレー上にある食べ物の量は明らかに一人前の量ではない。
カロリーに気を遣っている人間が見れば、目を回したくなるような油物の量だ。
岡部も小食な方ではなかったが、かと言ってこんな量を一人で食べきれるかどうかといえば否である。
部屋に備え付けられたテーブルへそれをどかりと置くと、途端に先程まではなかったはずの姦しい声があがった。
「ありがとうございます、マスター。しかし、このカラオケボックスなる場所はいいところですわね」
「まったく……英霊には食事は必要ないんじゃなかったのか?」
「最初に僕らへ食べろ、って言ったのは君だよ、マスター」
もぐもぐとポテトを頬張りながら指摘するのは、顔に傷のある銀髪の少女だ。
その隣では、豊満な胸と金髪がよく目立つ女が串付きのソーセージを貪っている。
こいつらは……と顔を思い切り顰めながら、岡部はそっとマヨネーズのかかったきゅうりバーを口に運んだ。
岡部は聖杯戦争へ臨むにあたって、一つの決まった拠点を持つべきではないと判断した。
自分の口座からありったけの金を下ろして、ネットカフェを中心にいくつかの店舗を転々として過ごしている。
聖杯戦争終了までに手持ちが尽きるようなことはないだろうが、なるべく倹約はしていくべきだ。
彼もそう考えていたのだが、しかし今、彼らは繁華街のとあるカラオケボックスの一室にいる。
これは彼のサーヴァント……『アン・ボニー』と『メアリー・リード』が興味を示したためだった。
結局押しに負けて足を運び、せめてもの抵抗に格安らしい二時間コースを取って入室した次第である。
「ぐ、それは……」
今は午前九時を回った頃だ。これまで世話になっていたカフェを退去したばかりなので、朝食も摂っていない。
だから何か軽食でも食べておこうと思い立ちメニューを手にしたのだが、これがいけなかった。
岡部倫太郎は、基本的に律儀な人間である。
自分だけが物を食べ、誰かがそれをじっと見ているとなると流石に落ち着かない。
ましてや相手は女二人だ。外見で贔屓するつもりはないが、どちらもベクトルこそ違えど相当な美人ときた。
彼女達を放ったらかしにして自分だけ物を食べるというのは、いかがなものか。
数秒ほど逡巡した末、岡部は自分の居心地のために出費することにした。
「むぐ、んぐ……このバーベキューソースってやつに付けるといっそう美味しくなるね、これ」
「マスターに感謝ですね、メアリー?」
「……ああ、もういい! 好きに食え! 言っておくが残すなよ!!」
「「りょーかい(です)」」
英霊に食事は必要ない。だが、食べられないことはない。
それがよく分かる絵面が目の前で繰り広げられていた。
あれほど山のようにあったポテトが、見る見るうちに減っていく。
よもやおかわりがほしいなどとは言うまいな――戦々恐々と眉をひくつかせる岡部。
彼のそんな心など露知らず、口を開いたのはメアリーだった。
「ねえマスター」
「おい貴様、まさかおかわりなどとっ」
「そうじゃなくて」
ふきふきと口元の油を拭き取ってから、メアリーは話し始めた。
その顔には、先程までにはなかった真剣さが宿っていた。
「マスターは、これからどうするつもりなの?」
「……なに?」
「僕達はサーヴァントだ。マスターの命令があれば、いつでも戦えるよ。
でも、マスターが聖杯戦争をどのように戦いたいのか――それが、僕にはまったく見えないんだ」
岡部はそれに、すぐに言葉を返すことが出来なかった。
「今の暮らしは僕らとしても楽しいけどさ。聖杯戦争を勝ち抜くっていう点じゃ、進歩はゼロって言ってもいいと思う」
「……そうだな。確かにそうだ」
「最初は、聖杯戦争がある程度進むまでじっと隠れて、ある程度敵が減ってから動き出すつもりかとも思ったんだけど……そうじゃないよね、マスターのは。マスターは、本当は戦いたくないんだろう?」
唇を静かに噛み締める。彼女の言葉が、じわりじわりと身に沁みてくるのを感じた。
あの時。彼女達を召喚した時に、自分は聖杯を必ず手に入れると決めたはずだった。
だが、今の自分はどうだ。
――闘いに向き合おうとしている素振りを見せておきながら、その実、闘いを避けていたのではないのか。
「いい加減腹をくくりなよ、マスター。負けられないんだろう?」
「……フッ」
気付けば、小さな笑いが漏れていた。
「フッ、フッ、フッ、フッ……フゥーッ、ハッハッハッ!
あろうことかこの鳳凰院凶真が、下僕ごときに諭される日が来ようとはな!!」
「あらメアリー、また変なスイッチが入ってしまいましたわ」
「やっぱり1カリビアン・フリーバードくらいは行っといた方がいいかな、アン」
可哀想なものを見る目になっている二人を尻目に、岡部――『鳳凰院凶真』は大仰に両手を開く。
まゆりを救うためならばどんな目に遭ってもいい、ずっとそう思いながら時間を繰り返してきた。
しかし、結局のところそれは運命との闘いだった。
今回は違う。今回は運命ではなく、明確に、蹴落とすべき相手が定められているのだ。
「今度こそ誓おう! 聖杯へ至る我が道(ロード)を阻む『機関』の陰謀は、一つ残らず俺が打ち砕く!!」
迷ってはいられない。日和ってもいられない。
聖杯を手に入れ、椎名まゆりを救う――誰も欠けない世界線を実現する。
その願いのために、自分は鬼になろう。誰にも聖杯は渡さない、その思いは確たるものとして胸にあるのだから。
後はそれに従うだけだ。
一人ならばきっと勝てない。
だが、自分には――このサーヴァントがいる。かつて海の賊(ライダー)として海原を馳せた、伝説の航海者達が。
「どうやら、心配は杞憂だったようですわね」
「うんうん、あのままヘタれられたらどうしようかと思ってたけど、ひとまずは安心かな」
「しかしつくづく、私達を喚ぶ方は際物揃いなことで。宿命なのでしょうかねえ」
「……そういえば、一つ気になっていたんだが……お前達、聖杯戦争は初めてではないのか?」
前々から、時たまこの二人は「前の召喚主」がどうこうと話していることがあった。
聖杯戦争の経験があるというなら、その点でもアドバイスを仰ぐことが出来るかと思ったのだが、彼女達は首を振る。
「聖杯戦争には間違いないのでしょうが、あれは参考にはなりませんわ」
「同感。ただ、その時僕らを喚んだのはマスター以上にアレな人だったんだ。正直、あんまり思い出したくないくらい」
「まるで俺が可哀想な人のような物言いには目を瞑るとして……ふむ、余程サーヴァント使いの荒い輩だったのか」
「いいや、むしろ丁重でしたね」
「うん。ただ、丁重過ぎたというか」
「ねえ」
「うん……」
なんとも言えない顔をする二人の様子を見ていると、なんだか無性に何があったのか気になってくる。
丁重すぎる扱いとなると、HENTAI的なものしか浮かばなくなってくるのだが、合っているのか。
気になるし、此処はぜひ話してほしいところだ――そう思っていると。
「あのね、マスター」
「な、なんだ? 前のマスターはどんな奴だったんだ……?」
「このパーティーパックってやつ、もう一個頼んでほしいな」
岡部が言葉を失ったのは、言うまでもない。
◇
「彼女達は救いたかった者。
戦に救いはなく、その手は何にも届かなかった。
それでも彼女は、彼は、やはり手を伸ばすことを諦められない。
聖杯の輝きを優しい願いに煌めかせようと願う、とても眩い救いの道。
けれど、彼女はじきに知ることになるだろう。
何かを救うということが、どれだけ難しく、ままならないものかということを――きっと」
――004:Metallic Memories
◇
――
この世界に、艦娘という存在はいない。
深海棲艦が海を占領しているなどという事実も、艦船の転生という現象も、調べる限りどこにもなかった。
艦娘ではない自分。それを想像するのは決して容易なことではなく、正直を言えば今も慣れられない。
それほどまでに、彼女にとって海の戦いは生活の一部であり、生きる意味であり、存在の証明だったのだ。
いつも一緒の姉達もおらず、自分をいかなる時も導いてくれた提督の姿もない。
そんな世界で生きることへの不安は並々ならぬものであったが、幸いにも、日常は彼女が想像するよりも優しかった。
『電』は、背中に赤いランドセルを背負いながら帰途についていた。
よく話す友人の小学生離れした大きな背中を見送り一人になった途端、電の中に現実の認識が帰ってくる。
聖杯戦争。あらゆる願いを叶える聖遺物、聖杯を求めるマスター達による殺し合い。
戦争と銘打ってはいるが、それは電がかつて経験した時代のものとは完全に別物だ。
使う兵器は銃や砲、ましては船などでは断じてなく、個我を持つ、世界に名を残す英霊・英傑である。
規模も当然、かの大戦に比べれば極小だ。しかしそれでも、その激しさは推して知るべし。
英霊が持つ宝具の中には戦略兵器級の破壊力を持ったものまであるというのだから、侮ればどうなるかは想像に難くない。
この町も、聖杯戦争のためだけに用意された偽りの景色だ。
此処を訪れて早数週間。巻き込まれた闘争は、最初の一回きり。
幼くして親に捨てられ、以後の時間をずっと孤児院で過ごした童女……それが電に与えられた役割(ロール)だ。
境遇が境遇なだけはあり、同情の視線が注がれることは確かにある。
だが、それは特に苦とはならなかった。むしろ彼女が苦く感じていたのは、また別な点だ。
小学校へ通う電の日常は、およそ争いや人死にとは無縁の優しさに満たされていた。
艦娘として世界のために戦い続ける日々の中、常に抱いていた一つの願望。
戦いのない、誰も傷付くことのない平和な世界。静かな海を皆で眺めてのんびりお弁当の一つでも食べられるような、そんな世界をこそ、幼き駆逐艦の少女はずっと願っていた。
それが、此処にはある。この世界の住人にとっては、戦争などという単語は遥か過去のものに過ぎなかった。
ニュース番組を点ければ、国家情勢がどうのこうのとコメンテーターが唾を飛ばしている。
本当のところがどうなのかは電には分からないが、この国の人々に限っては、平和な暮らしが出来ていると思う。
苦い敗戦の歴史は変わらない。
それでもあの時代……電達が駆け抜けた戦の日々は、きっと今の平和な暮らしをどこかで支えているのだと。
そう思うと、涙が零れそうになった。
たとえ偽物の世界だとしても、戦地の記憶を鮮明に引き継いだ艦娘にとっては――それは立派な救いだった。
さりとて、目を逸らしてはならない。自分達はこれから、こんな平和な街を戦場に変えてしまうのだ。
電はそれが敵であれ、誰かを殺すということに強い抵抗感を抱いている。
しかしながら、それは決して無抵抗で殺されてやるということと同義ではない。
襲われれば抵抗もする。生きて帰り、大好きな人達ともう一度会うために戦う覚悟がある。
だけれどそれは、結局はこの平和に満ちた街を地獄に変えてしまうということを意味していた。
『マスター』
自分を呼ぶ声が、頭の中だけに響いた。
念話。サーヴァントとマスターとの間を繋ぐ、発声を要さない会話手段。
聖杯戦争のマスターとしては当たり前の備えだが、電もまた、自分のサーヴァントを霊体化させて侍らせている。
もっとも正確には電が提案したのではなく、彼『アレクサンドル・ラスコーリニコフ』の助言に拠るものだったのだが。
『そちらの道は警察が塞いでいる。
大方、例の殺人事件の件だろう。特別な目的がないならば、別な道を使うべきだな』
「あっ……そうでしたね。ありがとう、なのです」
『……朝も同じ会話をしたな。何か考え事でもしていたと見える』
うっ、と呻きたい気分になった。
ランサーは他でもない自分の使役するサーヴァントだが、心の揺れ動きまで筒抜けとなると流石に気恥ずかしい。
それに、こんなことを相談してしまえば……もとい彼に悟らせてしまえば、要らぬ心配をかけてしまうと思ったのもある。
そんな電の心境もお見通しなのか、ランサーはそれを語る真似はしなかった。
『聖杯戦争は直に始まる。お前も、私も。戦いの渦中に立たされる日が遠からず来るだろう』
それは、電も感じていることだった。
うまく説明は出来ないが、マスターとしての性質の一つなのか。
感覚で分かるのだ。聖杯戦争の始まりが近付いていると、日に日にその実感が出てくる。
恐らく、この日常を謳歌していられる時間はそう長くない。
早ければ、明日にでも。或いは、今日の内にでも……開戦の狼煙があがる可能性がある。
『俺はお前のサーヴァントだ。お前の采配に従い、決してお前を裏切ることはない。
――今の内に迷えるだけ迷っておけ。いずれ必ず、決断せねばならん時が来る。
聖杯を勝ち取るにしろ、諦めるにしろだ。今の宙ぶらりんな状態では、いつか必ず綻びが出るぞ』
「決断……ですか」
『そうだ。そしてそれを助けることは出来ない。お前だけだ、マスター。お前だけが、それを決めることが出来る』
その時までは、俺が矢面に立とう。
そう呟いて、彼からの念話は途切れた。
やはり要らない心配をさせてしまったなと思い、心の中でもう一度礼を言ってから、止めていた足を再び前へ動かす。
この世界を壊すことへの躊躇いは、じきに振り切らねばならない事項だろう。
けれど、電は覚えている。召喚の日、ランサーが自分にかけてくれた言葉を。
――お前はまだ進むことができる。お前のまま、どこまでも真っ直ぐに。
「電は、電のままで……」
反芻するように呟いて、電はぎゅっと自分の袖を握り締めた。
◇
「彼女達は対極。
守るものと、守られるもの。
この上なく分かりやすく、故に行く末の見えた関係がそこにある。
勇者の背中は人の勇気を誘引する……それが寿命を縮めるような形であろうとも、必ず変化を引き起こす。
与えられた勇気を、どういう形で燃やすのか。勇む心と一緒に、自分の魂すらも灰に変えてしまうのか。
きっとそれこそが、彼女にとっての分水嶺だ」
――005:星と花
◇
――
『一条蛍』は、ほんの数ヶ月前までは、都会で暮らしていた。
その頃は、スーパーへ買い物に行くことすら一苦労な生活など考えられなかったように思う。
なのに、今ではかつて当たり前に思っていた都会の暮らしへ新鮮さを感じている自分がいる。
新鮮さと言えば聞こえはいいが、帰ってきた元の暮らしは、決していいことばかりではなかった。
暮らしの便利さで言えば、それは勿論段違いだ。
服を買いたければデパートがある。食材だって、野菜ばかりじゃなく小洒落たものが苦もなく手に入る。
しかし、友達と過ごす時間は格段に減った。
小学校の生徒数は五百人近い。
人数が増えれば増えるほど、個々の繋がりはどうしても薄まってしまう。
それはごく普通のことだ。
校内に知らない人間がいない、という方が一般的な常識からすれば不自然であろう。
だが、蛍にとってはそれが常識になりつつあった。
生徒数が一桁で、皆が賑やかでのんびりとした暮らしを送っている――そんなあの学校と今の学校は何もかも違っていた。
仲のいい友人はいる。
慣れない環境なこともあって数は多くないが、それなりに充実した生活を送れていると、少なくとも自分ではそう思う。
小学校から帰宅し、自分の部屋へ入り鍵を閉める。
それからベッドの上に体育座りの格好になると、膝の間にゆっくり顔を埋めた。
一人きりで過ごす放課後がこんなにも空しいものだということは、この街に来て初めて分かったことだった。
村で暮らしていた時には、適当にその辺りを歩いていれば誰かしら見知った顔に出会い、遊びに発展することがよくあった。
不便なことも沢山あった田舎暮らしが、いつの間にか自分の常識に変わっていた。
ここで過ごす毎日は、それを痛感させられることばかりだ。
あの日々は夢か何かだったのではないか。
そんなことを考えてしまうほどに――便利な暮らしは、寂しかった。
「違うよ、蛍ちゃん」
脳裏をよぎった馬鹿な考えを否定してくれたのは、蛍を守ると誓ったサーヴァントだった。
蛍は聖杯戦争についての詳しい知識を持つわけではなかったが、彼女は異端のサーヴァントを自称している。
そのクラス名は『ブレイバー』。
勇者だ。
本来聖杯戦争に、そんなクラスは存在しないのだという。
曰くこの聖杯戦争が本来のものとは異なる異質なものだかららしいが、それもイマイチピンと来る説明ではなかった。
「蛍ちゃんには、帰る場所がある。そうだよね」
「……ブレイバーさん」
「それは夢なんかじゃないよ。絶対、あなたはそこに帰らなきゃいけない」
――ううん、帰してみせる。
そう言って微笑むブレイバーの顔を見て、蛍は思わず「ブレイバーさん」と声を漏らした。
ブレイバーは世に言う勇者のイメージとは異なり、基本的には大人しく、小動物のような性分をしている。
そんなだから蛍の中での彼女は、自分を守る英雄というよりかは、どこか姉のような相手という印象だった。
だが、こんな風に自分を元気付けてくれる時の彼女は――とても頼もしい。本当に、とても。
その笑顔と言葉を聞くと、本当に元気が出る。
いや、勇気というべきなのかもしれない。
聖杯戦争は認められるべきではない。
ブレイバーのサーヴァントは、少女へ微笑みかけながら、改めてその考えを固くした。
願いを叶えるために他の誰かを殺し、戦うなど、絶対に間違っている。
勇者として、許容できるものでは断じてなかった。
蛍を聖杯戦争から生きて帰すことが第一として、この聖杯戦争そのものも、どうにか解決させたいところだ。
それは彼女が一サーヴァントでしかない以上、言うまでもなく難儀な目標だったが。
それでもきっと、彼女は聖杯戦争の破壊を諦めることはないだろう。
――『犬吠埼樹』は、勇者であるのだから。
◇
「ふたりは光。
眩しい、眩しい陽だまりの輝き。
失われてほしくない、万人にそう思わせる二輪の花。
だからこそ。
彼女達が失われないために抗う輝きは、きっと何よりも美しい。
いつか変わると分かっている輝きだからこそ、皆はそれに魅入られる」
――006:Lily White
◇
――
「む、ぐぐぐぐ、ぐぐぐぐぐ……」
「よっしゃーこれで三勝目! げへへ、約束通り今日のおやつはウチに献上してもらいましょうかな?」
ややこじんまりとした子供部屋。
画面を前にして下卑た笑顔を浮かべる妹と、対照的に形容し難い表情をしてわなわな震えている、妹より背の小さな姉。
愉快な姉妹の姿がそこにはあった。
都会は利便性や買い物の自由を満たしてくれるが、子供にはあまり優しくない環境でもある。
公園などの遊び場は年々その姿を減らしていき、自然などよほど足を伸ばさなければお目にすらかかれない。
その点、近くに海辺があるだけでもここはまだマシなのかもしれなかったが、しかし海などそうそう行く機会もない。
ましてや、今は末秋だ。
海水浴などしようものなら、まず百パーセント風邪を引いてえらい目に遭う。
そんな事情もあってか、姉妹間での遊びはもっぱらテレビゲームだった。
「……やっぱり五勝」
「はい?」
「やっぱりあんたが五勝したらに条件変更! 大体、あんたこのゲームやり込んでるんでしょどうせっ!!」
「マリオカートに決めたの姉ちゃんじゃん!? てか姉ちゃん、うちにあるゲーム大体下手くそじゃない?! 才能!?」
「うるさーい!!」
ぎゃーすぎゃーす、とそんな擬音が聞こえてきそうな感情表現をしているのは姉の方だ。
姉妹間での対戦は珍しくないが、今日はチップが懸かっており、しかもめったにお目にかかれないちょっとお高めのケーキがそのチップになっているとくれば話は別である。
当然勝負は白熱する。……お互いの腕前が拮抗していれば、の話だが。
「はあ、はあ……てかこまちゃん、姉のくせに大人げなすぎでしょ。たかだかケーキに」
「う……」
「姉ちゃんの大人っぽいとこ見たかったなあ……大人っぽいとこ」
「うぐぐ……」
「ひょっとして、そんなだから身長も伸びないんじゃない?」
「そ、それは関係ないでしょっ!?」
妹の容赦ない反撃に心を抉られながら、『越谷小鞠』――通称こまちゃんは抗議の声をあげた。
ゲームでも口でも完全に手玉に取られている姿は、その見た目も相俟ってとても姉とは思えない。
それは妹夏海も、他ならぬ小鞠自身も、彼女達姉妹と関わりのある者ならば誰もが知っていることであった。
日頃は大人ぶったり見た目に気を遣ったりしている小鞠だが、やはりその内面はまだまだ幼い。
一方でお調子者の夏海は、そんな姉の扱い方を完全に心得ていた。
押してダメなら引いてみろ。その精神でかかると、一度強情さを発揮した後の小鞠は簡単に折れてくれる。
「もう、分かったわよ。私の負けなんだし、ケーキはあんたにあげる」
「おおっ、流石姉ちゃん。持つべきものはこまちゃんですなあ」
「こまちゃん言うな! ……んじゃ、私宿題してくるから。あんたも、あんまりやり過ぎるとまたお母さんに叱られるよ」
はーい、という気のない返事を背に、小鞠は部屋を出、自分の私室へ。
扉を閉めてから、先程の賑やかなやり取りを思い出して急に顔を赤らめると、恐る恐るといった様子で呟いた。
「……リリィさん、見てました……?」
「見ていなかった、と言うと嘘になってしまいますね」
困ったような顔をして、小鞠のサーヴァント、『アルトリア・ペンドラゴン』が実体化した。
後に騎士王と呼ばれる宿命を抱えた彼女だが、今の彼女はまだ輝かしい希望に満たされていた頃の少女騎士だ。
越谷小鞠は魔術師ではない。おまけにまだ中学生だ。彼女を学校の友達だと偽るのにも限度があるし、聖杯戦争中ずっと家に泊めておくなんてことを親が許してくれる筈もない。
小鞠としては霊体化させたままにするのは心苦しかったのだが、こればかりは致し方のないことだった。
しかしせめてもの計らいとして、自分以外に誰もいないところでは、こうして実体化させてあげることにしている。
とはいえ、ずっと部屋に閉じ込めておくのでは可哀想過ぎるし、聖杯戦争のこともある。
だから霊体か実体かの違いはあれども、基本的にセイバー・リリィは小鞠の側に侍っているのだったが……
結果として、見事に彼女が『こまちゃん』と呼ばれる所以を見られる案件が多発する羽目になった。
「そう恥ずかしがらなくても。それに私も、マスターの可愛らしい姿を見るのは嫌いじゃありませんから」
「もう、からかわないでくださいっ」
「ふふ、ごめんなさい」
小鞠の日常は、聖杯戦争中とは到底思えないほどに牧歌的で、平和だった。
血も闘いも、聖杯戦争という単語の影すら見えない日々。
最初こそ慣れない境遇に戸惑っていたが、やはりNPCとはいえ家族の存在は大きかったようで、すぐに生まれた翳りは消え、先程のように賑やかな百面相を見せるようになってくれた。
願わくば、ずっとこんな風に過ごしていてほしいと心から思う。
それほどまでに、小鞠は、血腥い世界とは無縁の少女だった。縁を持たせたいとも思わない、日向の娘だった。
「それで……あの、リリィさん」
「どうしました?」
「聖杯戦争が終わった後の、この世界って……この世界で暮らす人達って、どうなるんですか?」
そんな小鞠が、どこか不安そうな顔をしていた。
久しく見ていなかった表情に少しだけ焦るが、質問の内容を鑑みれば、彼女が何を考えているのかは簡単に想像できる。
優しい娘だ、と思った。けれど、無理もない話だ。たとえ作り物、仮想の人格であったとしても、家族は家族。
少なくともこの『越谷家』に住む人間は全員、小鞠を本当の家族だと思って暮らしている。
暮らしている内に、小鞠もそうなってしまったのだろう。なら、聖杯戦争後の安否を気にするのも当然だ。
小鞠の顔を、見る。
その目は、真剣だった。
……誤魔化したり、はぐらかしたり。そうすることがいかなる時も本当の優しさだとは限らない。
だからリリィは意を決して口を開いた。聖杯戦争が終わった時、この電脳世界がどうなるのかを。
「恐らく、データは消去されてしまうでしょう。あなたの周りの人々だけでなく、世界そのものが」
「……やっぱり、そうなんですね」
「はい。――ですが、マスター。
この世界に先はありません。ここで永遠に暮らそうと思っても、遅かれ早かれ、終わりが来ます」
聖杯戦争は終わる。誰が勝つにしろ、或いは誰も勝たなくとも、必ず終わりが来る。
その時電子の世界は砂糖菓子のように崩れ去り、何もかもが欠落して、零と一の海に溶けていくのが定めだ。
どれだけ穏やかで温かい日常があろうとも、誰もそれを考慮してはくれない。
家族の絆も、そこにある情も、聖杯戦争というシステムが用意した――言ってしまえば、ただの役割に過ぎないのだ。
「マスターにも、この世界の彼女達にも、帰る場所があります。
彼女達は電子の海に、そして貴女は……本物の家族や、この世界では会えない友人の待つふるさとに。
皆があるべき場所に帰った時、初めて聖杯戦争は終わるのです」
言い終えてから、リリィは小鞠の表情を恐る恐る窺った。
彼女のためを思って言ったこととはいえ、相当残酷な真実を突きつけた自覚があったからだ。
――しかしながら。そんな心配に反して、小鞠の顔はどこか晴れやかですらあった。
「最初は慣れないことばかりだったし、……正直、今でも心から慣れたかっていうと怪しいんですけど。
それでも夏海やお母さんがいて、学校でもみんなよくしてくれて――ここの暮らしも悪くないな、って思ってます。
でも、やっぱり……帰りたいです。れんげや蛍がいた、あの村に」
「それが、貴女の答えなのですね。マスター」
「うん、だから…… よろしくお願いします、リリィさん。改めてになりますけど」
憧れてやまなかった都会の暮らしは、とても便利で刺激的なものだった。
歩いて数分もしないところにコンビニエンスストアがあり、スーパーマーケットがあり。
バスは一時間に何本も通っているし、道もきちんと舗装されていて、暗くなっても街灯があるからちっとも怖くない。
けれど、やはりずっと住むならあの村がいい。
ここでの暮らしも楽しいし、周りの人達のことも好きだけど、それでも、やっぱり自分は帰りたい。
そんな『当たり前』を、小鞠はサーヴァントの言葉を通じて、改めて認識することが出来たのだった。
「……あ」
不意に、小鞠が何かに気付いたような様子を見せる。
「? どうしました、マスター?」
「ううん、ちょっと……」
玄関の方で、母親と誰かが揉める声がしている。
こういうことが増えたのはつい最近のことだ。
何度断っても毎日のようにやって来るものだから、そろそろ居留守を決め込もうか迷っている――と。
そんなことを、夕食の席で母が漏らしていた記憶がある。
「御目方教……? とかっていう、宗教の勧誘らしくて。
毎回断られてるのに、なんだって毎日毎日めげずにやってくるんだか」
◇
「彼女は輝ける者。彼は闇に潜む者。
その在り方は決して交わることがない、その筈だった。
彼女がどれだけ眩く輝いても、彼が輝きを放つことはあり得ない。
いずれ終わる物語、その体現者。
与えられる筈のない延長線を勝ち取ったものたち。
……彼女たちは英雄などではない、決して。だから――」
――007:Logic Error
◇
――
時刻は午後四時三十分。季節が季節なため、既に日は落ちかけ、街は仄暗い黄昏に包まれている。
逢魔ヶ時のなんとも形容し難い退廃的な雰囲気の中で、『ペチカ』――建原智香はその現場に遭遇した。
「え、あ」
血溜まりだ。
鼻をつく異臭と、赤い水をパンパンになるまで詰めた水風船を地面へ叩き付けたような錆色の海が広がっている。
その真ん中に倒れている人型は辛うじて原型を保っていたが、出来の悪いマリオネットのようなシルエットになっていた。
手足が切り裂かれて千切れかけ、首も同じだ。八割ほどは切断されているためか首が裂け、断面が視認できるような惨憺たる有様を呈している。思わず込み上げた吐き気を、瀬戸際で堪えられたのは奇跡だと思った。
魔法少女にも変身していない状態と精神で目にするには、あまりにも刺激が強すぎる。
大の男が見ても吐くような惨劇が今、目の前で広がっていた。
「これは――件の連続殺人犯、か」
冷静に呟いたのは、精微な顔面を持った優男だ。人相も雰囲気も、およそ剣呑さと呼べるものをまるで窺わせない。
この彼が暗殺者(アサシン)などという名前で呼ばれているのを見たならば、間違いなく人は苦笑することだろう。
それほどまでに、彼は世間一般に知られる殺し屋のイメージとはかけ離れた穏やかさを孕んでいた。
ともすればその道のプロフェッショナルですらも、彼の実力の程を外面だけで推し量るのは困難に違いない。
しかしながら、侮るなかれ。
それさえもが、この殺し屋の技。
人の心を安堵させ、敵愾心を削ぐという処世術にも似た技術を、常に周囲に対して発動させ続けている、それだけなのだ。
『死神』と呼ばれ、伝説と化したその男は――そっと死体へ屈むと、あくまで身体には触れることなく検死を始める。
傷の断面、血の乾き具合を始めとし、計二十箇所以上。
萬に通ずる殺し屋として備えている医療技術と死体知識を活かし、それだけの行程をほんの十数秒の内に済ませていく。
やがて彼は作業を終えたのか死体から離れると、智香へ歩み寄り。
「恐らく、殺されてからはそう時間が経っていないようだ。長く見積もっても二十分、早ければ十分前後。
これ以上死臭が広まれば人が駆けつけてくる可能性が高い……というわけで」
「ひゃあ!?」
アサシンは、憚ることもなく智香の身体を抱き上げた。
それに彼女が動揺なり、何かしらの反応なりを示す前に、猛烈な浮遊感が襲って来て素っ頓狂な声が漏れる。
気付けば地上が遥か下に見えていた。
智香を抱き上げるなりアサシンは跳躍し、周囲に人の目がないことを確認してから近隣民家のベランダへ飛び移ったのだ。
バルクールと呼ばれる技術を下地にしているのだったが、そんなことを智香が知っている筈もなく、また知っていたとしても、アサシンが見せるそれは明らかに人間の動きを逸脱した速さと跳躍距離であった。
野生動物の中にとて、これほど縦横無尽に空中を駆け回れるのは鳥以外に居るまい。
「心配はいりませんよ。何年か前にはなりますが、もっと高い所を同じような状況で駆け回ったこともあります」
そういう話じゃなくて。
智香は思わず叫びそうになったが、しかし舌を噛みそうだと思い、すんでで思い留まった。
いくら日が沈む間際とはいえども、住宅地の真ん中でこんな大胆な真似をしていれば、殺人事件の第一発見者になることなどよりも余程目立ちそうなものだが、しかしそこは智香も彼の腕を信頼している。
聖杯戦争に臨んでから数週間。これまでに、死神のアサシンは四の陣営を脱落へと追い込んできた。
そのいずれも、戦いは三十秒を超えた試しがないと彼は言う。
智香が実際にその戦いを見たのはただの一度だけだったが――それでも、彼の腕を理解するには十分だった。
腕前も、経験も、あらゆるものを、彼は極致まで極めきっている。
だからきっと、抱えた自分を落とすことも、誰かに姿を見られることもないのだろうとぼんやりとだが理解はできた。
とはいえ、それでも怖いことには変わりないのだったが。
今度はこうされる前に、無理矢理にでもペチカに変身しておこうと智香は強く心に誓った。
――サーヴァントの気配はない。もうこの近辺には居ないのか、それとも――
死神のアサシンは、柔和な微笑を浮かべたまま、心の中では知略を冴え渡らせていた。
先の死体、その傷口の断面は、明らかに人間の力で切り裂いたものではなかった。
普通に生きていれば刃物を対人用途で振るう機会はまずないだろうが、押し当てて切断でもしない限りは、その断面は醜く歪むものだ。だがその点、あの死体に残された傷口は綺麗だった。
あんな所業を、まず普通の人間が行えるとは思えない。
サーヴァントか、もしくは相当な訓練を積んだ人間。
どちらにせよ、NPCでないだろうことは確かだ。前々からの推測が先ほど、確信へと変わった。
ルーラーのペナルティなど知ったことかとばかりに暴れ回る殺人鬼。厄介と見るべきか――
――いや。暫くは泳がせておくべきだろう……接触し、利用できるかを図るのも悪くはない――
優しさを知り、新たなる道を踏み出せども、彼はまだ『死神』だ。
月の破壊者と恐れられるマッハ二十の超生物として召喚されていたならば、きっと彼は聖杯戦争を止めようとしただろう。
だが、死神はそうしない。彼は殺し屋の側面へ、超生物の闇へと比重を置いて呼び出された存在であるからだ。
その気配を完全に消失させながら黄昏を駆けるその目には、かつてと同じ昏い光が薄っすらと灯っていた。
◇
「救われる者、救われぬ者。
この世には明確に二通りの人間がいる。
ならばきっと、幼い彼女は前者の生涯を送る宿命にあった。
引き当てたのは優しき弓手。彼女を想い、その境遇へ憤る余りに鬼と化した狩人。
聖杯の輝きを求めて、その俊足で戦場を駆け巡る……
ご執心の幼子は、聖杯の輝きすら目に入らない、闇の底にあるというのに」
――008:Prism
◇
――
淀んだ街だ。
吐き気のするような悪意が、コールタールのようにどす黒く、ゆっくりと偽りの世界に浸透し始めている。
太陽が未だ高い内に、二人の死霊使いと思しき輩を射殺した。
少なくとも自分には見覚えのない、魔術ともまた異なった系統の術を駆使する手合いだった。
問題は、どうもあれはマスターでも、サーヴァントでもなかったらしいということだ。
何者かの宝具なりスキルなりによって生み出された存在であったのか――それとも、無辜の民を手駒として利用したのか。
定かではないが、どうにもきな臭い。注意をしておくに越したことはないだろう。
弓兵のサーヴァント『アタランテ』は、暮れゆく日へ忌まわしそうな視線を向けながら独りごちた。
もうじきに日は沈み、夜が来る。聖杯戦争が最も苛烈化する、微塵の油断も許されない時間が今日も訪れる。
修羅道を征く決意を固めた狩人がこれまでに挙げてきた戦果(スコア)は、実のところそう多くはない。
倒した相手と言っても、それも彼女の宝具と相性の良い、耐久力に悖る暗殺者だ。
それ以外の相手には現状、敗北こそしていないものの、明確な勝利と呼べる手応えを挙げられた訳でもなかった。
聖杯戦争がまだ序盤も序盤であることなど百も承知だ。しかし、それでも焦燥がある。例えるならばそれは、ストイックに己の限界を追い駆ける求道者の如き心境。
――不甲斐ない。
決して不可の謂れを浴びることはないであろう善戦の記録すらも、アーチャーはその一言で切り捨てる。
アーチャーのマスターは、魔術師になるべく育てられた存在だが、まだあまりにも幼い。
魔術の薫陶など微塵も受けてはおらず、ただ開発だけを行われ、心を擦り切れさせただけの哀れな娘。
それが、アーチャーの守るべき存在であり、主と呼ぶべき存在の有様であった。
光の消えた瞳。絶望に浸かるあまり、一切の希望と呼べるものを信じなくなってしまったその心。どれもこれもがあまりに痛ましく、子の幸せを願う彼女の心をきりきりと締め付けた。
アーチャーは、そんな彼女へ追い討ちをかけた聖杯を嫌悪する。いや、それは最早憎悪にさえ等しかった。
淫虫による陵辱の日々から抜け出た娘に対し、強姦される子女のロールを与えるなど、明らかな嗜虐の意図があるとしか思えない。だとすれば、腐りきっている。断じて許し難い悪徳だ。
それでも、聡明なアーチャーは理解していた。あの少女を光の下へ引き戻すには、奇跡の力を借りる他にない。
自分がどんな言葉を掛けたところで焼け石に水だ。時に優しさとは、罵倒にも勝る残酷さを発揮する。
彼女の人生はこれから長い。ならばいずれは不遇の時が終わり、幸福を甘受する時が来ないとも限らないだろう。
だが、子供の頃に背負った心の傷は、一生消えない人間の綻びになる。
鬼子母神には、それを許すことが出来ない。
幼い娘、罪なき子供に突きつけられた理不尽を、仕方なしと受け流すことが耐えられない。
利己的な魔術師の手前勝手に、何故あんな子供が巻き込まれなければならないのだ。
事情を把握すればするほど、狩人の怒りは膨れ上がり、修羅の決意は確かなものに固まっていった。
「……ただいま、桜」
アーチャーが門扉を開いたのは、見るからに煤けた廃屋の一軒家だった。
玄関を抜け、居間に入ると薄明かりが灯っており、幽けく照らし出された室内が露わとなる。
その隅っこで、彼女が救うべき主――『間桐桜』は、相も変わらぬ光なき瞳で座り込んでいた。
彼女の近くには、平らげられた食品が幾つか小奇麗に纏められている。
アーチャーはそれを見て、少しだけホッとした。
あれは索敵の傍らで、彼女が桜のために調達してきたものだ。
最初の頃はまともに食べてすらくれなかったが、今ではちゃんと完食できるくらいに食欲があるらしい。
この程度で立ち直ったなどと世迷い言を言うつもりはないが、それでも、少しは良い方に向かってくれたのは確かな筈だ。
「……おかえりなさい、アーチャーさん」
「ああ」
返ってきた返事に頷くと、アーチャーは桜に気取られぬように努めつつ、心の中では拘泥たる思いに駆られた。
此処はゴーストタウン。町外れに立ち並ぶ廃団地の一角だ。
公共機関が信用出来ず、また桜に真っ当な役柄が与えられていない以上、こういう場所を利用するしかなかった。
桜が他のマスターやサーヴァントに発見、ないしは捕捉されることだけは、絶対に避けねばならないのだから。
出来ることならば、もっといい場所で、子供らしい暮らしをさせてやりたい。
学校に通わせることが出来ずとも、せめて、彼女の心が少しでも安らぐような日常を与えてやりたい。
しかし、それは叶わぬ願いだった。少なくとも、アーチャーには叶えられない高望みだった。
「……すまない、桜。辛い思いをさせているな」
「いいえ。わたし、辛くはありません。いたいことも、くるしいことも、ここには何もありませんから」
「……ッ」
痛いことや苦しいことは、確かに此処にはないだろう。
だが、逆に言えばそれ以外のものも、此処には何もない。
そんな現状に不平すら零さずにいる桜の姿は、あまりにも痛ましいものだった。
「次は、いつ帰ってくるんですか?」
「日が変わる前には戻る。……必ずだ」
そうですか。
呟いて、桜は会話を打ち切った。
聖杯戦争の正念場は夜だ。人目が消える夜時間だからこそ、心置きなく英霊は神秘を披露できる。
にも関わらずアーチャーは、深夜帯の時間を全て、桜の側で費やしていた。
思うように戦果を挙げられていない理由の一つが、それだ。
自分が彼女にしてやれることは多くない。
幸福な暮らしなどとは程遠い、その日暮らしをさせることが精一杯だ。
だから、せめて彼女が眠りにつく時くらいは、側で見守っていてやりたい。
何もかもを奪われた少女の安息が、誰にも妨げられる事のないように。
昏い視線に見送られながら、狩人は今宵も戦場へと駆り出していく。
すべての終わりと始まりの気配を、確かに予感しながら。
◇
「救われる者がいる限り、そこには必ず救う者の影がある。
華々しき英雄譚のもとに救いは成り、救われた者は涙を流して拾った幸を抱き締める。
しかし、目を背けてはならない。
英雄の輝きを持ち合わせず、ただ泥と血に塗れ、咽びながら正義を模索する者がいることを。
彼らの戦いに光るものはない。あるとすれば、それは爆炎の瞬きのみ。
懐かしくも忌まわしき、嘆きの詩」
――009:Black Bullet
◇
――
『衛宮切嗣』は、複数用意した拠点の一つであるハイアットホテルの一室で休息を取っていた。
休息とは言っても、まったくあらゆる作業を投げ出して回復に没頭しているという訳ではないのだが。
切嗣は座椅子へ体重を預け、これまでに入手した情報と張り巡らせた策の手数、現況について考えを巡らせている。
事前準備の罷り通らない異形の聖杯戦争ではあったが、しかし丸きり裏側での手回しが出来ないということはない。
傭兵業で培ったノウハウを活かして、銃器及び爆薬の調達を行い、それを完了するまでには一週間もあれば事足りた。
彼は魔術師だが、魔術に誇りを持ち、秘技の競い合いを誉れと思うような思考回路は持たない異端の魔術師だ。
付いた異名は魔術師殺し――彼の戦場は表舞台ではなくあくまで裏方、夜陰に乗ずることこそがその本領である。
まず、深い捜査の網を巡らせずとも分かる危険分子が一つ。
毎日のようにワイドショーを騒がせている、正体不明の連続殺人犯。
今日も朝っぱらから彼、あるいは彼女による犠牲があったことをニュースキャスターが口角泡を飛ばしながら喚いていた。
ふと、窓の外へ視線を向ける。見ると、サイレン音をけたたましく掻き鳴らして慌ただしくパトカーが往くのが見えた。
また新たな死体が発見されたのかもしれない。
この事件が聖杯戦争とまったく無関係だとは、少なくとも切嗣には到底思えなかった。
というのも、世間では眉唾物扱いされて取り質されていないが、この事件には犯人の目撃情報が存在する。
眉唾扱いされる理由は、耳にすれば必然に分かろう。その目撃証言には、現実味という要素が致命的に欠けているのだ。
その証言によれば、連続殺人の下手人は幼い双子の少年少女だという。
双子は身の丈に合わない武器を軽々振り回して、二回りも体格の大きな大男を瞬く間にボロ雑巾に変えた。
挙句訳の分からない理屈を交わし合いながら、楽しそうに笑っていたと来た。
もし此処が聖杯戦争の舞台でさえなければ、切嗣とて錯乱した生存者の戯言と切って捨てたに違いない。
だがあいにくと、此処はもう平穏な街ではない。
聖杯を欲して迷い込んだ者達の手によって、とっくに平和の二文字は欠落を喫している。
切嗣はそれを踏まえ、連続殺人犯の正体を件の『双子』と断定した。
処遇については未だ考えあぐねていたが、なるべく早い内に捕捉は済ませておきたいと、そう思う。
どうせ捨て置いたところで、討伐令を受け自滅するのは見えている。
それなら、暴れるだけ暴れてもらった方が切嗣としても都合がいい。
彼の召喚した英霊は、強力すぎるがために枷を施して運用せねばならない、という難儀な性質を有している。
ゆえ、スケープゴートに出来る相手の存在は基本的に自分達の追い風となってくれる。
ルーラーのペナルティという圧力を前にすれば、賢明なマスターは大概が凶行を思い留まる。
そうでなくとも、場所や時間、手口は選ぼうとする筈だ。
それをしないということは、気が触れているか、その程度のことも考えられない幼さの持ち主なのか。
武器を扱った殺人に長けるというからには前者だろう。心配せずとも、望むだけの働きは見せてくれそうなものだった。
むしろ、問題は――
昨今、急激に活動を活発化させているという、『御目方教』なる新興宗教団体の方だろう。
切嗣はホテルの自動販売機で購入した煙草へと慣れた仕草で火を点け、紫煙を燻らせる。
御目方教の教義や成り立ちについては一通り調べたが、そこには別段不自然な事柄はなかった。
胡散臭い、カルト宗教のお手本のような文脈ではあったものの、逆に言えばお手本通りで、特筆すべきものではない。
この程度の団体ならば、全国には幾らでもある。
NPCが運営しているだけの、単なる端役の集いとしか切嗣には思えなかった。
――そう、最初は。印象が一変したのは、カメラを括りつけた使い魔を放ち、教団私有地を偵察しようとしたその瞬間からだ。
(敷地内に侵入した途端、使い魔からの連絡が断絶し、以降全く音沙汰がない)
念の為に二匹目を飛ばしてはみたが、結果は同じだった。
一度ならば偶然で片付けられないこともない。ただ、二度連続となれば流石に道理が通らない。
恐らく、私有地と外部との間に何かしらの結界が貼られている。そう、切嗣は踏んだ。
「……アーチャー」
切嗣が、自らの手駒であるサーヴァントを呼ぶ。
部屋の片隅にずっと佇んでいたその英霊『霧亥』は、呼応に応えるようにその眉を動かす。
「君の宝具でならば、結界を破壊できるか?」
「試せば分かることだ」
そうか。
それ以上の追求をすることはなく、切嗣は会話を切った。
彼は明確な答えを出しはしなかったが、あの大火力をもってすれば、突破できない壁はそうない。
相手が余程の大魔術師でもない限りは、結界ごと教団内部を狙撃するくらいの芸当は可能な筈。
迂闊に解放させた日には、ルーラーに目を付けられるのは必至な宝具ではあるが、結界相手ならばその心配も多少は減る。
時を選ぶ必要はあるだろうが、いつかは決行する時が来る。
最悪、教団本部を更地にすることにさえなるかもしれないが――切嗣は煙草を灰皿でトントンと揺らし、灰殻を落とす。
(何はともあれ、事を急げば破滅するのは変わらない。僕はいつも通り、確実に勝ちに行かせてもらう)
それは実に彼らしい、魔術師殺しらしい思考だった。
近代兵器を始めとし、利用できるものは何でも利用して勝ちに行く、冷たいが確実に精微な思考中枢。
聖杯戦争に臨むマスターは数あれど、彼ほど堅実で、それゆえに悪辣な戦術の担い手は――
「……いや」
切嗣には、覚えがあった。
殺人鬼の双子でも、未だ見ぬ御目方教のマスターでもない、一縷の手がかりすらも掴めない相手。
いや、そもそも、本当に存在するのかどうかすら定かではない――何者か。
彼が聖杯戦争へ臨むにあたって、あらかじめ市内の随所に仕掛けておいた『細工』。
中にはテロまがいの騒ぎを引き起こすようなものもあったが、それらが日の目を見ることは結局、なかった。
そのほとんど全てが何者かの手で解除、破壊、物によっては回収され、潰されていたからだ。
ルーラーの仕業にしてはこそこそとし過ぎているし、素人仕事にしては徹底され過ぎている。
切嗣の遥か上を行く技術と精度で破壊された仕掛けの数々は、彼に大きな危機感を抱かせるには十分であった。
サーヴァントなのか、マスターなのか。真実がどちらだったにしても、脅威だ。下手をすれば、最大級の。
魔術師殺しの手の内を苦もなく見抜いた何者かのやり口は静かで、丁寧で、空寒いほど自然なものだ。
その技を形容する言葉が、自ずと切嗣の脳裏へよぎる。
気付けば、小さく呟いていた。
「――死神」
そう。まるで死神のようだ――と。
◇
「彼女は、守られるだけの存在であった。しかし、今は違う。
明るい日常を取り戻すために、聖杯を目指して戦う覚悟を決めた。
皮肉にも、一人きりになったことで。
少女は強くなった。そして今も、これからも、強くなり続けるだろう。
……強さを得た彼女が進む先に広がる道がどんなものかを、私は知っている。
茨だ。歩くたびに足が傷付いて血が滲む、冷たく過酷な茨道(リフレイン)――」
――010:雨のち晴れ
◇
――
季節が季節で、時間が時間だ。
日の沈みかけた校庭に寄り付くものはまず居らず、部活動ももっぱら中や、市民体育館での活動に切り替わっている。
それ以上に、現在はそもそも学校が生徒を残したがらない。
帰りはなるべく集団でまとまって帰るようにと毎日のように言われているし、活動を中止している部も多い。
言わずもがな、原因は件の連続殺人事件だ。
毎日のように増えていく犠牲者。
中には小さな子供も含まれており、老若男女の区別がないことはとっくに証明されている。
被害者に共通点のようなものはまるでなく、まさしく無差別殺人と呼ぶべき事件なのが最大の特徴か。
お世辞にも治安がいいとは言い難い昨今。
そんな状況にも怖じることなく、校庭で身体を動かす少女の姿があった。
ポニーテールに結んだ茶髪が、軽やかに動く度に尻尾か何かを連想させる愛らしい動きをする。
その額には汗が浮いていて、見た目がいいことも相俟ってか、見る者へ爽やかなものを感じさせる光景だった。
「うむ、段々と良い動きになってきましたな、マスター!」
……そこに、奇抜な仮面を被った筋肉質の男さえいなければ。
その男こそが、『棗鈴』の召喚したサーヴァントであった。
遥か昔スパルタ国の王として君臨し、十万のペルシャ軍を僅か三百人という無勢で食い止めたと伝えられる英雄。
クラスをランサー、その真名を『レオニダス一世』。
様々な世界線の英雄英傑が入り乱れる此度の聖杯戦争においては珍しい、人類史に真っ当に名の知れ渡った英霊である。
「お、お前っ……これ、本当に意味あるんだろうなっ」
「勿論ですとも! 身体を鍛えるのは万事の基本! 頑健さなくして事は成りませんぞ!」
今ではすっかり日課となっている、放課後を使ってのトレーニング。
これは、他ならぬランサーが鈴へ提案したことだった。
聖杯戦争を制するには体の強さが大前提と彼が熱弁を奮い、鈴がその熱意に負けたというのが事の経緯だ。
魔術師どころか、聖杯戦争の何たるかを知るマスターならばまず間違いなく一笑に伏していたことだろう。
しかし鈴は、聖杯戦争についての理解が乏しい。
それ以前に、こういった戦いにおいて何がセオリーかすら、漠然としか分からない始末。
リトルバスターズの遊びの中で培った経験がある以上、いざとなれば相応の働きは出来るだろうが、生憎とこれまで鈴とランサーはその『いざという時』に一度も立たされていない。
鈴など、たまに聖杯戦争が本当に行われているのかどうかを疑問に思うことさえある程だ。
そんな彼女だから、ランサーの熱弁を聞いて、本当にそういうものなのだろうと誤解してしまっても無理はない。
どこか野良猫のように俊敏さで体を動かしながら、鈴はこの世界での生活を述懐していた。
リトルバスターズのない、みんなのいない世界。
それは当初の想像すら上回る、退屈で仕方のないものだった。
ただ朝起きて学校へ行き、このトレーニングをこなして帰り、翌日の準備をして眠る、それだけの日々。
もしもランサーがいなければ、もっと重苦しい心持ちになっていたかもしれない。
そんな日々を味わう内に、聖杯を求める気持ちはよりいっそう強くなっていった。
皆が居て、笑顔がある、あの青春を取り戻すためならば、何だってしてやろうと思った。
「さて、今日はこのくらいにしておきますか。マスターよ」
ぱんと手を叩き、ランサーが言う。
鈴は動くのをやめて、息を整えながら額の汗を拭った。
ランサーのトレーニング・メニューはかなり疲れるが、しかし日ごとに動きがよくなるのを実感できるものでもあった。
だからこそ続いている、という側面もあるのかもしれない。
もうじき、偽りの世界にも冬が来る。
日中こそまだ暖かい日もあるが、時間が遅くなるにつれて寒さは厳しくなっていく。
今でこそ運動したてで体が火照っているものの、家に着く頃には手など悴んでいるだろう。
風邪を引かないようにしなくては、と鈴は自分を戒める。
聖杯戦争という一大行事が控えているというのに、不摂生で体を壊していては話にもならない。
自分は必ず勝って、聖杯を手に入れるのだ。
そして、願いを叶える。
ばらばらになってしまった皆を繋ぎ合わせて、リトルバスターズの青春(イマ)を取り戻す。
「……行こう、ランサー」
樹の下に置いた手提げ鞄を持ち、そう言って歩き出す。
しかし、ランサーはそれを制した。
片手を小さく挙げて、「少し待て」というジェスチャーを示したのだ。
その視線は別な方向へ向いている。暫しそこを凝視してから、彼は大きく息を吸い込み――
「――何者かは知らんが、堂々と姿を現すがいいッ!」
そんなことを叫んだ。
鈴は思わず大声にびくりとなるが、すぐにその意味を理解し、神妙な顔立ちで構えを取る。
ランサーは姿を現せと言った。
ということは今、自分達を観察している誰かがいるのだ。
鈴は固唾を呑んで事態の成り行きを見守るも、しかし何か変化らしいものが起こる気配はない。
……何分かの時間が経ったが、何も起こらない。
やがてランサーがあげっぱなしの手を下ろし、ふうと小さく呼気を吐き出す。
「どうやら去ったようです。しかし遠距離狙撃などされては敵いません。速やかにこの場を離れましょう、マスター」
「……敵なのか?」
「気配からして、偶々通りすがった……という手合いではないでしょうな」
そっか、と頷いて、鈴は小走りで走り出す。
この辺りの地理は元の世界と全く違うが、何週間も暮らしていれば少しは分かってくる。
なるだけ人の多い道を選んで通りつつ、それでも周囲への警戒を怠らず、棗鈴は家路を急いだ。
……自分を見ていた人物が誰であるのかなど、露知らずに。
◇
「彼は、託した者。
親友と妹に未来を託し、自分が消えることをかつて選んだもの。
しかし彼とて願いがある。かつて夢の中でしか果たせなかった青春を、今度こそ貫きたいという切なる願いが。
彼は抗う。一度諦めかけた生という望みを果たすために、どこまでも、どこまでも。
けれど運命は数奇だ。嘲笑うように、或いは試練を課すように、いつだとて人をたやすく狂わせる。
……いつも、いかなる時も。憎らしいほどに。」
――011:Sprinter
◇
――
「……やれやれ。肝が冷えたぜ」
『棗恭介』は、無造作に積み上げられた廃材の影へと隠れながら苦笑と共に呟いた。
よもや気付かれるとは思わなかったが、そこは流石にサーヴァントといったところか。
相手が追いかけて来るようならこちらも応戦するしかなかったため、見逃してくれたことには感謝しかない。
「しかし、こりゃ因果ってやつだな」
制服が砂埃で汚れるのも構わず、鉄筋の山に背筋を凭れかけ、いつも通りの飄々とした様子で口にする。
恭介は目的のためならば、心を鬼にして物事へあたることの出来る人間だ。
皆に見せている明るく頼れる兄貴分という印象とは似ても似つかない冷徹さをすら、彼は時に発揮してみせる。
彼が自身のサーヴァントへ語ったことは嘘ではない。
彼は聖杯を勝ち取るためにどんなことでもするだろう。
権謀術数を平然と巡らし、不意討ちを良しとし、その策をあの幼いアーチャーへと実行させるだろう。
明日を生きるのに必要とあらば、泥水を啜り虫螻を食うことにだって躊躇いはない。
その彼が、動揺を覚えた。
自分の行動方針へ、迷いを覚えた。
本当に今のままでいいのかと、自問すらした。
「よりによって、お前が、か」
彼女の存在を知ったのは、ほんの偶然だった。
通う高校は違う。
通学路も重なっていないし、どう戸籍を漁っても血縁関係さえ存在しない。
この世界での棗恭介と棗鈴は、苗字が同じであること以外に一切の共通点を持たない、『他人』だ。
学校の帰り道、小腹を満たすために喫茶店へと入った。
財布に優しい値段の軽食を頼んでぼうっとしていた所、ちょうど恭介の隣のテーブルに、数人の女子高生達が座った。
店内で音量も顧みず会話するのは如何なものかと思ったが、わざわざ注意するような柄でもない。
顔を顰める周囲の客をよそに、恭介は暇潰しがてら彼女達の会話へ耳を傾けていた。
――『ナツメさん』と、誰かが口にした。
恭介の眉はその時ぴくりと動いたが、漢字まで同じならばともかく、音が同じだけなら然程珍しくはない名前だ。
彼女達はそれから、『ナツメさん』への陰口を叩き始めた。
やれ猫と遊んでいる奇人だの、話しにくいだの、自分勝手な奴だのと言いたい放題。
最後のはともかくとして、前二つの特徴は恭介の妹、棗鈴と完全に合致していた。
結局、『ナツメさん』の下の名前が会話の中で口にされることはなかったが……恭介は彼女達の話題が別なものへと移り変わるや否や席を立ち、料理が運ばれてくるのを待たずに店を飛び出した。
幸いにして彼女達の着ていたジャージにはでかでかと学校名がプリントされていたため、学校がどこかは簡単に解った。
冷静になって考えれば、この物騒な時世と暗くなってくる時間帯に、まだ学校へ残っている可能性は限りなく低い。
そんな当たり前の考えすら忘れて、恭介は件の高校へと急いだ。
アーチャーが落ち着くよう言っていた気がしたが、よく覚えていない。
気付いた時には、校庭で躍るように体を動かす妹の姿を眺めていた。
彼女の側で、奇妙な仮面を被った筋肉質の巨漢が腕を組んでそれを見守っていた。
サーヴァントよ、というアーチャーの声を聞くまでもなく、その男が鈴の召喚した英霊であるのだと分かった。
遠目ではあったが、彼女の目は生き生きとしていたように思う。
リトルバスターズの一員としてミッションを遂行している時と似ているが、しかし少しだけ違う輝きがあった。
「逃げてよかったの、恭介? 同盟なりなんなり取り付けるって手もあったと思うんだけど」
「……最初は俺もそうしようと思ったよ。あいつのことだし、大体抱える願い事にも察しがつく。
兄妹だからな、分かるんだ。多分――俺と似たことを願うだろう。協力する気になれば、出来たろうな」
「じゃあ、どうして?」
その輝きを目にした時……恭介は、妹へ接触しないことを選んだ。
「さてなあ。強いて言うなら、兄としての務め……かな」
「……ふーん」
アーチャーのサーヴァント、『天津風』はどこか清々しい顔で言う恭介に、釈然としないような声を出す。
サーヴァントがサーヴァントならば、恭介の采配を叱責すらしたかもしれない。
だが、彼女はそうしない。
恭介の奥にある事情を察して、あくまで彼の采配を尊重してくれる。
我ながらいいサーヴァントに恵まれたもんだ。言葉にはしなかったが、恭介はこの時改めてそう思った。
「心配しなくても、いずれ会うこともあるだろうさ。俺かあいつが、誰かに殺されない限りは」
その時どうなるかは、あいつ次第だ。
恭介は満足そうに笑って立ち上がった。
街の空気が、変わりつつある。
きっと開戦の時が来るまでは、そう時間はない。
これからだ、何もかも。
――せいぜい頑張れよ、鈴。
最後のエールを送り、恭介もまた、その場を後とするのだった。
◇
「彼女達は、愛で繋がれている。
無限に有限な愛。
その矛盾は、しかし彼女達にとっては矛盾などではない。
狂ってなお大事なものを見失わず、守り続ける愛の守護者。
主従関係などという言葉では形容のしきれないものが、そこにはある。
願うのは、愛する従者の復活。救いを遂げた白色は、新たなる救いに殉ずるのだ」
――012:Back Number
◇
――
買い物カゴをレジへ通している時、ふと『美国織莉子』は懐かしい記憶を思い出した。
決してそう遠い過去のことではない筈だが、まるで何年も前の出来事のように感じられる。
『彼女』との出会い。
世界を救うために共に戦い、一度は死に別れ、そしてこの世界で再会を果たした愛しい友人。
出会いのきっかけは、ごくごく些細なことだった。
あの日も確か、こういうショッピングモールの中だった筈だ。
店を出、食材の詰まった買い物袋を両手に家路へとつく。
……この世界でも、美国織莉子を取り巻く環境は何も変わっていなかった。
汚職疑惑を苦にして首を括った父。
まるで手のひらを返すように一変した周りの対応。
注がれる冷たい目線に、まだNPCだった頃の織莉子は非常に苦しんだ。元の世界と同じように。
随分と底意地の悪いロール設定をするものだと思うが、これは罰なのかもしれない、とも思えた。
自分は悲願の達成のために、様々なものを犠牲にした。
たとえその行動によってどれだけの命を救ったとしても、罪は罪だ。
世界の救済という大義があれ、自分のやったことは決して許されるものではない。
それは織莉子も自覚していることだった。
彼女は、自分が犯した罪の重みから逃げるつもりはない。
使命に殉じて死んだから全てが白紙、などという都合のいい理屈を捏ねれば、それはただの屑だ。
――でも、ごめんなさいね。
織莉子は声には出さず、詫びた。
聖杯戦争を生き延びたなら、幾らでも償おう。
少女の身には余る重い十字架を背負ってこれからの生涯を生きていく、そのつもりでいる。
しかし、それはあくまで現実へ帰った後の話だ。
電脳の海へ浸かっている間はまだ、贖罪へと時間を使うつもりはない。
身勝手な理屈だとは自覚している。
だが、そもそも聖杯戦争とはそういうものだ。
皆が自分のエゴのために力を使い、敵を蹴落とし、願いを叶えるために四苦八苦する。
なら、私もそれに則ろう。
郷に入っては郷に従えの諺ではないが、私も一つのエゴのために戦い、聖杯を手に入れ願いを叶えよう。
もう言い訳をする必要はない。
己のために。
愛すべき友を、再び現世へと復活させるために。
ふたりで、あの世界へ帰るために。
見慣れた家の前へ立ち、鍵で施錠を解き、中へ入る。
ただいまの呟きはない。
それに、帰宅したことを伝えたい相手もいない。
そういう存在は、ずっと自分の側にいてくれたからだ。
野菜や肉を選んでいる間も、肌寒い帰り道を歩いている間も、家の扉を潜った時も。
……『彼女』はずっと、織莉子の隣にいた。
いてくれていた。
「ご飯にしましょうか、キリカ」
霊体化を解除して姿を現した織莉子のサーヴァントは、少女の姿をしていた。
艶やかな黒髪に可愛らしい顔立ち。
とてもではないが、あれほど勇猛果敢に敵と戦うバーサーカーと同一人物とは思えないほどだった。
織莉子の呼びかけに、『呉キリカ』は微笑むことで応じた。
そこに言葉はない。バーサーカーとして現界する代償に、彼女は理性の大半を奪われている。
前のように彼女の可愛らしい反応を見ることも、今は出来ない。
しかし、本来は笑顔で喜びを表現したりすることさえ不可能でなければおかしいのだ。
にも関わらず、キリカはちゃんと微笑み、からかえば怒り、頭を撫でれば喜んでくれる。
そういう機能を……美国織莉子という親友への愛情を、呉キリカというサーヴァントははっきりと残してくれていた。
「愛は無限に有限、なのよね」
「■■■■」
いつか彼女から聞いた言葉を呟くと、キリカは何かを口にした。
とはいえ、それを口にした、と言っていいかは微妙なところだったが。
言葉としての意味を成さない、呻き声にも近いような声音。
彼女なりに何かを言おうとして、しかし叶わなかったのだろうことが推察された。
それがいじらしくも可愛らしく、織莉子は彼女の頭を撫でる。
そうして織莉子は、最初に抱いた決意をいっそう強く固め直す。
自分は必ず、聖杯戦争に勝利する。
そうしてこの親友を復活させ、共に新たな人生を歩んでいく。
これはそのための聖戦。
誰かに勝者の椅子を譲る気はさらさらないし、もっと言えば誰かに負ける気もまったくしない。
何故なら自分には、最強の魔法少女がついてくれているのだから。
何も恐れることはない。
もう何も、怖いものなんて、ない。
ただ勇敢に、願いを求めて踊り狂おう。
◇
「彼は多くを望まない。
ただ静かな世界の中で、筆の赴くままに創作へ没頭したいと願うだけ。
願いを持たず、静寂を保つためだけに力を使おうとしている。
耳障りな音を忌む彼のもとへ、音を奏でるものを憎悪する少女が呼び出されたのは、まさしく因果。
聖杯戦争という舞台には、まったくそぐわない存在でありながら。
彼らもまた、生き残った。だから、ここにいる」
――013:茜の消えた空に
◇
――
茜色の夕焼けが夜に喰われ始め、街は暗闇に呑まれつつあった。
空には星々が点々と浮かび、青みがかった黒色の色地と相俟って幻想的なコントラストを表現している。
『元山惣帥』は雑音のない、静寂に満ちた黄昏の中で暫く筆を走らせていたが――程なくして、それを止めた。
どくんどくんと、自分の心臓が奇妙な鼓動を鳴らしている。
動悸とも、緊張とも似つかない、なんとも落ち着かない音色だった。
理想郷を脅かす不穏の波長に苛立ちを覚えるが、しかし自分の中で起こっていることまでは、どうにも出来ない。
これはなんだ。
どうしたというんだ。
一体何が、こんなに忙しなく僕の芸術を邪魔立てしている。
胸元の布地をぐしゃりと握り締め、掻き毟る勢いで力を込めた。
ぐぐぐ、と。それに合わせて、皮膚に痛みが走る。
赤い跡が、きっと何分かの間は残るだろう。
その時。
――ど、くん。と。
一際大きな鼓動が響いた時、元山の中にあった疑問は自然と氷解していった。
「……ああ」
自分でも驚くほどすんなりと、込み上げていた苛立ちが雲散霧消していくのを感じる。
それはきっと、この世界に招かれた者として本能的に有している感覚の一つだったのだろう。
元山が思う自分が此処にいる理由はただ一つだが、実際のところで言えばそれは誤りだ。
彼もまた、聖杯を争奪する儀式を執り行うために選ばれ、招かれたマスターの一人。
そうして彼は生き残った。
生き残って、此処まで来た。
聖杯戦争が次のフェーズへ以降する瞬間が、やって来ようとしているのだ。
「そういうことか……」
だとしても、僕には関係のないことだ。
元山は胸の疼きが薄まっていくのを感じながら、そう呟いた。
この期に及んでも、彼に聖杯戦争へと馳せ参じ願望器を奪い合う気は皆無だった。
そうまでして叶えたい願いもない。望むことはただ一つ、静かで満ち足りた理想郷の中で、絵筆を走らせること。
聖杯など、欲しいやつが持っていけばいい。
誰が優勝して、誰が蹴落とされようと、元山にはどうでもいいことでしかない。
「また、不快な音が増えそうだ」
聞くものの気分まで消沈してくるような、憂鬱げな声色であった。
事実、元山の気分は優れなかった。
ただでさえ静寂を乱し、理想の郷を脅かしてくれた参加者たちが、今後はきっとより激しく争うことになる。
その不快感を想像するだけで、苛々して、頭がじんじんと痛んでくる。
聖杯に興味はない。
別に持って行かれても構わない。
ただ、この街を粗雑な音で満たすことは許さない。
すべての不快な音が消えた静寂こそが、この素敵な世界によく似合っている。
「君もそう思うだろ、バーサーカー」
色のない表情で佇む、『アカネ』へ語りかける。
反応はない。
しかし、元山にとってはそれでよかった。
自分と彼女ならば、雑音のすべてを排除できる。
この世界が消滅するまで芸術に没頭するという、それだけのささやかな望みを叶えることができる。
それ以上に望むものなど、望むことなど、何もない。
自分はただこの絵を静寂の中で描き上げられれば、他には何もいらないのだ。
空をもう一度見上げた。
やはり綺麗な空だったが、茜色は既に失せてしまっていた。
静けさに満ちた夜空はあまりにも美しく、思わず見惚れてしまうほどだった。
◇
「彼は何も見ていない。
そういう意味では、彼が一番のイレギュラーなのかもしれないと私は思う。
聖杯戦争の剣呑さも、その名が持つ重みも。
何も理解せず、安穏とした時を過ごしている。
今は、まだ。
でも、必ず知る時が来る。彼の命運を分けるのは、きっとその時」
――014:Shuffle
◇
――
聖杯戦争が本戦へ突入するために必要な最後の犠牲は、黄昏が終わり夜が来るのを待たずしてひっそりと息絶えた。
マスターと呼ばれていたうら若い青年が、背後から胸のど真ん中を刺し貫かれて地に崩れ落ちた。
どくどくと絶えず溢れてくる、赤黒い液体。
それを目にした剣士のサーヴァントが吠えたが、それはすぐに断末魔の悲鳴へと変わった。
同じ顔をしたスペード・スートのアサシンが数体がかりで飛びかかり、顔面を二度、胴体を三度貫いたのだ。
堪らず崩折れる剣士へと、死神の足音が近付いてくる。
抵抗を試みるが、所詮は霊核を破壊されたサーヴァント一騎。
出来る抵抗には限度があり、四肢を傷付けられればすぐに沈黙させられてしまう程度のものでしかなかった。
執行は一瞬だった。
鎌を持ったアサシンが、その刃を剣士の首筋へと沈み込ませた。
刃が骨を切り裂き、肉を越えて外側へと出、ごろりと首が転がる。
数式が完成するために必要な犠牲は、音もなく、数字の座へと捧げられた。
『シャッフリン』は道具だ。
完璧な魔法少女を補佐する存在として作り上げられた存在だ。
しかし今回彼女達の主となった人物は、完璧という言葉とも、超高級の響きとも無縁の男であった。
生活習慣はクズに等しく、いい年をしていながら定職についてすらいない有様。
そして何より、彼には由々しき問題がある。
これから幕を開ける大きな戦を生き残るにあたって、とてつもなく大きな問題が。
――アサシンのマスター『松野おそ松』は、この期に及んでまだ聖杯戦争がどういうものであるかを正しく認識していない。
もしも彼が呼び出した英霊が真っ当だったならば、きっとこうはならなかったろう。
どれだけ楽観的な思考の持ち主だとしても、普通は聖杯戦争の何たるかをサーヴァントとの対話を通じて理解するものだ。
主従同士の接する時間の少なさ。
それこそが、シャッフリンとおそ松の間に存在する最大の問題だった。
基本的に、おそ松は聖杯戦争の進行をシャッフリンへ一任している。
彼女はその命令に従って、彼の与り知らぬところで敵を狩り、スコアを挙げて帰ってくる。
彼と彼女達の繋がりは、ごくそれだけのやり取りに集約されていたと言ってもいい。
これまでは、それで上手くいっていた。
だがこれからはどうか。
きっと、今まで通りとはいかないだろう。
シャッフリン=ジョーカーはシャッフリン達の補充が完了するのを確認しながら心中で独白した。
総数五十以上にも及ぶシャッフリンと、それを統率するジョーカーの彼女。
その総体をもって『アサシン』のクラスに当て嵌められた彼女達は、願いというものを持っていない。
彼女達はただ、マスターに聖杯を献上するために戦うだけだ。
主のおそ松がそれを止め、聖杯戦争を破壊すると言い出せば、彼女達もそれに殉ずる。
が、今、おそ松は優勝することを望んでいる。
聖杯を降臨させ、それがもたらす莫大な利益で旨い汁を吸うことを夢見てほくそ笑んでいる。
……その影で何が行われているのかなど知らぬままに、呑気にシャッフリン達の優勝を待っているのだ。
シャッフリン=ジョーカーは転がった死体には見向きもせず、マスターへの報告へ向かうべく歩き出した。
今回はそこに加えて、聖杯戦争の『本番』がいよいよ開幕することも伝えねばならない。
それを聞いた彼がどうするかは、分からないが。
絵札の少女が夜の街を闊歩する。
やがて彼女の姿は霊体になって、誰にも見えない虚空へ消えた。
◇
「彼女は未だ殻の中だ。
それを知ることないまま、或いは知りながら、ただ無機であることに徹している。
その心も、体も、今は塔の中。
彼女を守る者だけが、その存在を知っている。
役割のなき少女はただ、そこにあるだけ。
今は、まだ。これからは――」
――015:Rapunzel
◇
――
「お帰りなさいませ、サーヴァント・ランサー様」
もう、このやり取りを何度交わしただろうか。
扉を潜って図書の城へと凱旋した槍兵『ヘクトール』はひらひらと手を振り、自身のマスターを制する。
埃と本ばかりが数え切れないほど積もったこの幽霊屋敷に、その少女はひっそりと居住していた。
自称・自動人形。人知れずルーチンワークを繰り返し続ける彼女の名前を『ルアハ』という。
聖杯戦争の舞台として用意された偽りの世界に、ルアハを示す役割(ロール)は存在しない。
彼女を知る者はこの街にはいないし、そもそもこのゴーストタウンへ踏み入ってくる者がまず殆ど皆無だ。
誰にも知られることなく、持ち主のいない情報倉庫の留守を預かり続けている、彼女。
ランサーもまた、彼女がどういった存在で、何を望んでいるのかをまったく知らないままでいる。
問いを投げたことは幾度かあった。
されど、ただの一度として満足な返答の帰ってきた試しはない。
「飽きないねえ、おたくも」
質問の意味が分かりかねます。
返される定型句に、ランサーは肩を竦めて奥へと歩き出す。
後に続くようにして、ルアハの軽い足音がついて来るのが分かった。
ちらりと振り返ると、その右手には、やはりある。
爛々と煌めく、三画の令呪――英雄ヘクトールのマスターたる証が。
「始まるぜ、聖杯戦争が」
独り言のように彼が口にした言葉にも、やはりルアハは反応を示さない。
しかしランサーはいつものように口笛を吹いて肩を竦めるのではなく、語り続ける。
このヘクトールという男は軽薄で胡乱な態度を常に取っているが、さりとて決して盆暗ではない。
神の推測すら裏切ってアカイアの軍勢を追い込み、かのアキレウスをさえ苦戦させたトロイアの大英雄。
彼の欠落がトロイアの崩壊に繋がったとすら謳われる、まさしく伝説の二文字に相応しい英傑である。
にも関わらず、彼は真剣味と呼べるものを表に出さない。
終始気楽なノリで物事に接するその物腰は、いらぬ誤解を多分に生み出すことだろう。
「何でもいいけど、身の振り方だけはそろそろ考えときな。悪いことは言わないからよぅ」
そして、この槍兵をそう侮った時点で――その敵は彼の思う壺に嵌っているのだ。
彼はいつだって本気である。
ただ、その環状を表に出さないだけ。
トロイアの英雄はいつだって、常にその慧眼で戦況を見定め、緻密な計略の上で事を起こす。
それは今この時もそうだ。
ルアハというマスターを勝利に導くため、ランサーはあらゆる努力を惜しまない。
彼女が閉じ籠もったままだというのなら、そのままでも勝てるように戦を導くのが彼の役目。
「……私は」
自動人形は、言葉を詰まらせる。
その姿は、あまりにも。
どうしようもないほどに、ひとりの人間のものだった。
◇
「彼は夢を見る。
どれだけ現実に阻まれようと、足を止めることなく我武者羅に走り続ける。
その姿を嗤うか、それとも尊いものとするか。
それは意見の別れるところだろう。けれど。
道なき道は今、閃雷の輝きに照らし出された。
あとはただ走るだけだ。どこまでもどこまでも、失楽のグラズヘイムへと、ひたむきに」
――016:Walküre
◇
――
黄金の杯へ手を伸ばした日から、どれだけの日が経過したろうか。
長かったようにも、短かったようにも感じる。
だが、只の一日として退屈な日がなかったことだけは確かだ。
常に死線を意識せねば生きていけないほど、聖杯戦争は熾烈だった。
まだ本番前の『ふるい落とし』の段階であるにも関わらず、幾度も死を隣へ感じさせられた程に。
「……来ちゃいましたね、遂に」
『黒鉄一輝』の隣に今立っているのが、その死を振り払い続けた剣士だ。
ポニーテールにまとめた金髪がよく似合っている、快活そうな顔立ちにどこか幼さを残した女剣士。
その美貌もさることながら、何よりも目を引くのはやはり服へ留めた腕章であろう。
鉤十字(ハーケンクロイツ)の描かれたそれは、かの第二次世界大戦にて悪名を轟かせた第三帝国の印。
ナチスドイツ――現代となっては崩壊して久しい帝国の一員であることを示す装いに、彼女は身を包んでいた。
『ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン』。
聖槍十三騎士団黒円卓第五位にして『戦乙女』の魔名を与えられた、黄金の戦徒が一人。
近代の英霊であるからと彼女を侮れば、たとえ神代の時代を生きた者であろうと不覚は免れまい。
時代と神秘は浅くとも、その身を覆う装甲はあらゆる神々を凌駕して余りある水銀の王が編んだものだ。
先進国の軍事予算総額にすら匹敵する懸賞金を総額で掛けられているという組織の一員、その肩書は伊達ではない。
……彼女としては、そう形容されるのは不本意に尽きるかもしれないが。
「ええ。もう、後戻りは出来ません」
「する気もない癖によく言いますね、マスター」
セイバーは苦笑する。
彼女の言う通りだ。
仮に今からでも電脳世界を退場させ、元の世界へ帰してやると言われたとして、それに一輝は決して応じないだろう。
何故なら既に、彼の剣は人の命を奪った。
「僕はたくさんの願いを踏み越えて、此処まで来ました」
願いを踏み越えるとは、人の生を足蹴にすることと同義だ。
聖杯戦争に敗れた者は、やがて消滅する。
黒鉄一輝は今、聖杯戦争に挑み、敗れていった死者の山岳に立っているのだ。
そしてこれからも、死は積み重なっていく。
聖杯戦争が続く限り、永遠に死という現象が発生する。
「もう戻り道はどこにもない。そして振り返ることは、これまで踏み越えてきた命への冒涜だ」
そうなれば、どうすべきか。
答えは一つしかない。
選択肢も、きっとただ一つだ。
「勝利する――ですか?」
一輝は首肯する。
勝利する、それこそが黒鉄一輝という男の求めるもの。
もとい、求めるものへ辿り着く上での前提条件だ。
聖杯戦争を勝ち抜いた者にしか、黄金の奇跡は微笑まない。
そしてそれを勝ち取れなければ――自分が戦ってきた意味は何も残らない。そう、何も。
何一つとして、残るものはないのだ。
「諦めを打倒し、僕は勝利を……聖杯を掴みます。必ず」
決意も新たに拳を握り、ただ空を眺めた。
手を伸ばす勇気は得た。
一縷の光もない暗闇は、傍らの彼女が破壊してくれる。
後はただ、手の届く範囲まで歩くだけだ。
立ちはだかる何もかもを打ち倒して、己が望みを己の力で完遂する。
主の決意は壮絶なもので、だからこそセイバーは胸を痛めずにはいられなかった。
彼にはとても、言い出すことなど出来ない。
単なる戯言と振り払えない、どこまでも嫌味な呪いがこの身には残留している。
その夢と祈りは、グラズヘイムを肥え太らせる。
ベアトリス・キルヒアイゼンは、その地獄へと他人を導く死神だと、誰かが言った。
稲光の照らす道は今、確かに一輝の行く末を照らしている。
だが――その先がどこに通じているかを知る者は、どこにも居はしなかった。
◇
「彼女はひとつの運命。
救われない、或いは救ってはならない。
世界の分水嶺であり、にも関わらず、自分以外の犠牲を望まない少女。
彼女が呼んだ男にも、その運命はきっと覆せないだろう。
ただ一人覆し得る可能性を秘めたものは――いま、彼女と同じ舞台へ上り、杯の奇跡を求めている。
……きっと、出会わない方が幸せだと私は思うよ。彼と、彼女は」
――017:Point
◇
――
「電気くらい点けろよ、マスター」
『仁藤攻介』が呆れたように言って、室内灯のスイッチをパチンと点けた。
この世界で彼のマスターとなった少女は、備え付けのベッドの上でぼんやりとしていた。
眠そうには見えないが、心ここにあらず、といった様子。
あまりいい兆候でないのは確かだと、キャスターは難しい顔をする。
彼女の名前は『牧瀬紅莉栖』。近年学会では評判となっている、若き天才少女その人だ。
「……ごめんなさい。何だか億劫で」
紅莉栖に与えられたロールは、元の世界の彼女とさして変わらない。
論文を発表するために日本のK市を訪れ、現在はビジネスホテルの一室に滞在している。
滞在期間は一応一週間ということになっているが、大方時期が近くなれば何かしらのアクシデントが起こる筈だ。
飛行機が不調を起こすなり、発表会の予定がずれ込むなり、理由はいくらでも思いつく。
0と1の数字で管理された電脳世界。
聖杯戦争を執り行うために動作するプログラムが、みすみすマスターを聖杯戦争の舞台から逃がすとは考え難い。
つくづく、この世界はよく出来ている。
此処での暮らしの中で、紅莉栖は腹立たしいほどそれを痛感させられた。
「怠けるのもいいけど、気はしっかり保つんだぞ」
「大丈夫よ、そういうのじゃないから……」
「それと、一つ俺から伝えておくことがある」
「……それも大丈夫。大体分かるわ。当ててみせましょうか」
聖杯戦争が始まる。
紅莉栖は、キャスターが言わんとしていた内容を的確に当ててみせた。
「驚いたな。お前も感じてたのか、マスター」
「私は魔術なんてものは全然知らないし、今でも半信半疑だけど――」
右手の令呪へと、その視線が落ちた。
牧瀬紅莉栖は魔術師ではない。
彼女の家を先祖まで遡ったとしても、魔術の痕跡は微塵も出ては来ないだろう。
にも関わらず紅莉栖をマスターたらしめているのが、この令呪であった。
聖杯に選ばれると同時に与えられた、サーヴァントとマスターを繋ぐ三画のパス。
サーヴァントを御す上でこれを失うのは最悪とも言われている。
本来令呪は、サーヴァントの裏切りを制するためのものでもあるからだ。
……その点で言えば、紅莉栖のキャスターは心配には及ばなかったが。
「伝わってくるの。何かが始まるような……いや、近付いてくるような感覚が」
それを感じ取った時、紅莉栖は直感した。
聖杯戦争が、これから遂に始まるのだと。
奇跡を手にするに値しない者のふるい落としを終え、より熾烈な戦いに移行するのだと悟った。
今でこそ彼女たちは仮初の平穏を謳歌できていたが、これからはそうはいかないだろう。
必ずや、戦いの火は紅莉栖とキャスターにも襲い掛かる。
そしてその業火から逃げ延びられる保証は、この電脳の海のどこにもない。
「なぁに。そう心配すんなって、マスター」
「ひゃ……?!」
ぽんと、キャスターが紅莉栖の頭に手を置いた。
それを左右に動かすと見る間に彼女の頬が赤らみ、手をぱんと振り払う。
「……セクハラよ、キャスター」
「こいつは手厳しい。でも、そっちの顔の方がマスターらしいぜ」
確かに、聖杯戦争は苛烈な戦いだ。
魔術師でない紅莉栖は、ハンディキャップを抱えているようなものでもある。
きっと一筋縄ではいかないし、予想しない所で命をあっさり落としてしまうことだって十二分にあり得る筈だ。
しかしそれでも、牧瀬紅莉栖は一人ではない。
彼女には、決して自分を裏切ることのない『魔法使い(キャスター)』が付いているのだから。
「俺がお前を死なせないさ、マスター。必ずお前を、お前の居場所まで帰してやる」
◇
「彼女は生を求める。
願いを持たないが、しかし死の運命には気に食わないと反発する。
復讐者の声で道を見つけ、戦へ身を投じる魔法少女。
その生き様は美しくも泥臭く、荒々しい。
ただ。あの槍は駄目。あの槍は、残しておいてはならない。
……セラフィータを貫くものは、決してあってはならない」
――018:Revolution
◇
――
ゲームセンターの一角で、赤い髪の少女が軽やかに踊っていた。
全国的な知名度もあり、それこそどこのゲームセンターにでもあるような筐体だが、それゆえに奥が深い。
うまく踊るには曲毎に存在するタイミングを見極め、その上で身体をついて行かせる必要があるのだ。
その点で言えば、彼女……『佐倉杏子』のプレイは見事なものだった。
比較的激しめの曲調にもしっかりと付いて行き、荒々しいが確実に、踏むべきパネルを蹴っていく。
やがて楽曲が終わるとスコアが表示された。
ハイスコアの更新はならなかったものの、そもそも現在のハイスコアを叩き出したのは他でもない杏子自身である。
誰か超えてくれるような奴が出てこないもんかね、と。
八重歯を見せて微笑みながら、杏子は筐体のダンスゾーンを降りる。
「相変わらず、上手いものだな」
「何度も言ったろ? 慣れてんだよ」
彼女の娯楽が終わるのを待っていたのは、精悍な顔立ちの男だった。
それは少年相応のものでありながら、安らぎとは無縁の死地を幾度となく踏んできた凄みを帯びている。
顔だけではなく体の至る所に、戦いを経て自然と身に付いていった逞しさが顔を覗かせていた。
彼は『メロウリンク・アリティー』。
佐倉杏子のサーヴァントで、クラスはランサー。
世間一般に知られる槍とは少々装いの異なったそれを携えて電脳世界を訪れた、復讐者。
それでいて、己がマスターへと戦う理由を見出させた男。
「しかし面倒なことになってるねぇ、この街。
殺人鬼が毎夜暴れてるとか何とかで、至る所に補導員だの警察だのが彷徨いてる。
迂闊に夜道も歩けやしないよ、これじゃ。色んな意味でさ」
からからと笑う杏子であったが、それは彼女にとって由々しき問題だ。
この世界の住人としての佐倉杏子もまた、オリジナルの佐倉杏子と殆ど同じ経緯を辿ってきたらしい。
魔法少女にこそなりはしなかったものの、紆余曲折の末に全てを失った。
適当な廃墟に住み着いてその日暮らしの生活を送る、およそ年頃の女子とは思えない毎日。
先程のゲームの話ではないが、暮らすだけならば慣れているからどうとでもなる。
問題は、それを咎める存在が活発化していることだった。
迂闊に野宿しているところを見咎められれば面倒だし、かと言って逃げ出そうものなら件の殺人鬼と疑われかねない。
勿論、当の殺人鬼本人と鉢合わせる危険もあるわけだ。
なんとも面倒で、住みづらい街になってしまったものだと思う。
正直な話、これからどうするかは結構な問題であった。
「その殺人鬼は、恐らく聖杯戦争の関係者だろうな」
「だろうね、あたしもそう思ってた。手当たり次第にNPCぶっ殺して、ペナルティが怖くないのかね」
でも、関係ない。
棒付きキャンディの包装を剥がして口に咥え、にっと口角を吊り上げる。
「ま、会ったら戦うだけさ。負けたら死ぬけど、勝ったら生き延びる。それ以上も以下もないよ」
風聞に伝え聞く限りでも、殺人鬼の異常性はひしひしと伝わってくる。
殺す人数も、凶行を隠そうとすらしない姿勢も、未だその身柄が特定できないという現状も、全てが異常だ。
実際に遭遇したとして、話の通じる相手ではまず間違いなく無いだろう。
それどころか、開口一番に首を飛ばしにかかってくる可能性さえある。
やられる前にやる。
それが出来なければ殺される。
そういう相手だと、杏子は認識していた。
「戦争は、すぐそこまで来ている。殺人鬼だけに留まらず、多くの思惑が渦を巻き始めるぞ、今にな」
「頼りにしてるよ、ランサー。あんたとあたしで、聖杯戦争を生き抜いてやるんだ」
杏子は、この状況を怖いとは思わない。
高揚感を覚えることこそないが、恐れらしいものをどうしても抱けないのだ。
一度は死した身だから、なのだろうか。
それは定かではないが、やっぱり死んでやる気にはなれない。
精一杯生き抜いてやろう。
こいつとなら、それが出来そうな気がする。
杏子はやがて、今日のねぐらをどうするかと思案しながらあてもなく夜道を歩き始めた。
◇
「彼らは引きずり下ろす者。
この電脳海域の中核にあるものを見据え、それを忌み刃を突き付ける反逆者。
その願いは逆襲劇(ヴェンデッタ)。英雄を、星を殺すという難業の極致だ。
死想恋歌のしらべを響かせて、彼らの靴音は誉れの輝きを喰らい殺す。
だから、彼らの存在はこの電脳恒星を滅ぼす毒になるだろう。しかし、そうはさせない。させてなるものか。
逆襲の劇を願うというならば、それすら圧する……獣の神威を持ちて迎え撃つ。それまでのこと、それだけのこと」
――019:Völsunga saga
◇
――
電脳の世界は、綻びを見せずに運営されている。
吹く風の爽やかさも、冬へ向かう季節の冷たさも、全てが現実と一寸ほどの違いもなく精巧だ。
住まう人々をいきなり殴ったとしたなら真っ赤になって怒り出し、場合によっては警察が飛んでこよう。
0と1の支配する領域とはいえども、決してやりたい放題が出来る世界ではない。
あくまでも此処は現実世界の延長線――もう一つの現実とでも呼ぶべき、再現された世界なのだ。
この世界にあるものの全ては、聖杯戦争を滞りなく運営するための舞台装置に過ぎない。
どれだけ精微な表情をしていたって、彼らは所詮単なるデータだ。
聖杯戦争が終われば役割を失い、数字の海に溶けて消えてしまう。
ただそれだけで、たったそれだけの存在でしかない。
何もかもが軽い、重みというもののない世界。
それこそが、現在『秋月凌駕』の生きている世界の本質であった。
「感じるか、アサシン」
凌駕は虚空へ語りかける。
今、彼らは外へと出ていた。
索敵なんて物騒な目的ではなく、日常の中にありふれた、個人的な買い物の用事だ。
如何に仮想の世界とはいえ、そこの住人として生きるからには社会的な営みに準ずる必要がある。
彼にとってのそれは学業だった。
愛用のシャープペンシルが壊れてしまったため、その他文房具類の補充も兼ねて買い物へ出て、今はその帰り。
「……ああ。背中に氷柱ぶっ込まれたみてえな感覚があるぜ」
「近いわね。朝が来るまでには――ってところかしら」
都市部だというのに、人通りは極めて疎らだった。
それは時間の問題もあるだろうが、一番大きな理由は巷を騒がす連続殺人の影響であろう。
犯人の詳細は未だに明かされていないものの、凶行の矛先に老若男女や社会的身分の区別がないことははっきりしている。
もし自分が人の親ならば、まず間違いなく、外出を勧めたりなどはしない筈だ。
にも関わらず、凌駕はこうして外へ出てきていた。
その理由は言うまでもなく、彼もまた、この世界で唯一確たる意志を持つ存在――聖杯戦争の参加者であるからだ。
――件の殺人犯は、NPCの行動とするには些か度が過ぎている。
本来警察の包囲網はもっと厳重で然るべきだし、何なら交通封鎖くらいはされてもおかしくない筈だ。
そうなっていないということはやはり、事件の首謀者は確実に聖杯の加護を受けているということになる。
ならば尚更のこと、対抗できるのは同じマスター、ないしはサーヴァントに限られよう。
「ようやくそれらしい面子が揃ったってことかよ」
……反吐が出る。
そんな心境を隠そうともしない表情で、アサシンのサーヴァント『ゼファー・コールレイン』は吐き捨てた。
聖杯戦争の舞台へと招来されてから時間にしてこれまで数週間の間、だらだらと戦いが続いてきて。
今宵ようやく、事が動き出そうとしている。
わざわざそんなまどろっこしい手を取ったのは、やはり聖杯の奇跡を賜るに相応しい面子を選別するためなのだろう。
アサシンはその趣向に、嫌悪感を禁じ得ない。
それは彼だけでなく、凌駕も、そしてアサシンの連れる月乙女『ヴェンデッタ』もまた同様だった。
「腹に据えかねるのは俺も同じだ。
けど――それ以上に、今は気を引き締めなきゃいけない」
「あれだけの時間を掛けて行われた戦争を生き抜いた連中だものね。
戦いが激化するのは当然……もしかすると、一人で聖杯戦争を終わらせられるような手合いもいるのかも」
凌駕とヴェンデッタは、口々にそう語る。
これからの戦いが呈する混沌の様相を。
想像するだけでも背筋の粟立つ、戦慄の英雄譚がもたらす暴力を。
それを尻目に、ひとりアサシンは弱気な顔をし、嘆息した。
「よせよ、縁起でもねえ……」
ゼファー・コールレインという男は決して強者ではない。
英雄として光の道を歩む者でもなければ、大層な理想を持ち合わせている訳でもない。
彼は、弱者だ。
光を忌み、敗北して逃走した男だ。
いや、だからこそ。
彼と彼女の『八つ当たり』は――英雄の輝きを地に墜とす。
光を踏み躙る闇として、聖杯戦争の破壊を願うのだ。
◇
「彼女は白雪。彼は心。
大英雄と出会う前の少女と、それを救った友誼の機人。
絆なき少女は未だ荒み、機人はそれでも友となることを願う。
新たな友。守るべき、もの。
誇り高き機械生命体の生き様は、きっと穢れることはないだろう。
だから今は踊ればいい。その心こそ、聖杯の輝きを引き立てる光彩となるのだから」
――020:白雪
◇
――
K市某所に存在する、結界に覆われた森を認知している者は果たしてどれほど居ただろうか。
それは定かではないが、決してその数は多くない筈だ。
……森に踏み入った者は、森の持ち主に否応なく捕捉される。
居場所は筒抜けとなり、そうなれば、森の奥に聳える城塞へ君臨する雪の妖精が見逃す訳もない。
アインツベルン城。
この電脳世界においても魔術の名門として知られる『始まりの御三家』の一角が築いた、見るに立派な大城塞。
「……長過ぎる。待ちくたびれたわ」
そこを根城とするマスターの姿は幼かった。
白雪のそれを思わせる白磁の素肌と、見る者を否応なく惹きつける可憐な貌。
しかし、もしも彼女をたかが子供と侮るようなことがあれば、その者の未来は決定される。
魔術を行使するということに関して、『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』の右に出る者はそういない。
アインツベルンのホムンクルス。
その意味を正しく理解できる者が、この電脳世界に何人存在するかはさておいて。
理解した者ならば、皆眦を顰めるなり焦りを見せるなりの反応をすることだろう。
「せっかちだな、イリヤは」
「うるさい」
――かつて。
第四次聖杯戦争と呼ばれた戦に先立って作り出された、アインツベルンの『最高傑作』。
いずれ聖杯の器となることが宿命付けられ、様々な呪的処理のもとで産み落とされた少女。
その代償に、彼女には成長の停滞と寿命の短縮がついて回るが――
「マシン。明日、早速街へ出るわ」
最高傑作の呼び名は伊達ではない。
魔術師としてのイリヤスフィールは、掛け値無しに絶大な存在だ。
そして。
その彼女へと付き従う、本来存在しない筈のクラスを持った『彼』もまた、ある規格外の力を有す怪物である。
彼は常に相手を上回り続ける。
どんな神話の英霊にすら匹敵し得る力を秘めていながら、神秘の限りなく薄い機体を持つイレギュラーの体現者。
『機械(マシン)』……彼はかつて人類を支配するために行動し、それに敗れ、友を得て成長した誇り高き機械生命体。
その真名を、『ハートロイミュード』。
今はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの友となることを望む、鼓動の戦士。
「分かった。聖杯戦争が始まれば、後はただ戦うのみだ。
俺は君のサーヴァントとして、寄せ来る敵を打ち砕く。君を『願い』のもとまで、必ず送り届けよう」
「……」
「君に友達と認めてもらうためにも、頑張るさ」
「……ふん」
そっぽを向いて、イリヤスフィールは思う。
このサーヴァントは、分からない。
友達にしてくれなどと言い出すサーヴァントなんて、聞いたこともなかった。
でも、何度見ても、彼の視線はまっすぐだ。
その言葉も、然り。
だからイリヤスフィールは、やはり彼を信じてもいいか、と思ってしまう。
もっとも、真の意味で信頼出来るようになるまでは、まだ時間がかかりそうだったが。
◇
「彼らは護り、護られる関係性にある。
幼き烈風と腐敗の毒は、しかし真に混じり合うことは決してない。
死にゆく定めを持つ風の実験体。
聖者の計略に墜ち、やがて狂い果てる偽槍の騎士。
……共通するのはきっと、限りなく未来が昏いということだ。
そして悪辣なる運命は、此度もふたりの向かい風となる」
――021:Tubalcain
◇
――
『プリンセス・テンペスト』――こと、『東恩納鳴』は小学生だ。
学年は二年生。
年は二桁に満たず、しかし同年代の子供達をある意味では遥か後方へ置き去っている。
恋に勝つための手段を模索する内に、鳴は魔法少女という存在に辿り着いた。
魔法少女になって、鳴はピュアエレメンツという何にも代えがたい仲間を得ることが出来た。
ディスラプターと戦う日々は過酷ながらも楽しくて、心から魔法少女になってよかったと今でも思っている。
けれど同時にこうも思うのだ。
きっと自分は、魔法少女になったから、この聖杯戦争に呼ばれたのだと。
平々凡々たる日々を過ごすだけの小学生だったなら、この場所に自分はいなかっただろう、と。
明日の時間割を見ながら、赤いランドセルの中へと勉強道具を詰めていく。
国語、算数、体育、図工の四時間授業だ。
学年が上がるにつれて消えていく午前放課の日は、子供にとって何よりも貴重で嬉しいものだった。
しかし明日、自分はいつも通りに学校生活を謳歌できるだろうか。
鳴は、出来ないかもしれないと思った。
根拠こそないが、漠然とした不安があるのだ。
訳の分からない、けれどなぜだか落ち着かず、泣きそうになるような不安が。
「――鳴ちゃん」
声がした。
鳴の家族の声ではない。
若い男性の、よく通る声だ。
そこには、聴覚だけで自然と美男を連想させる響きがあった。
ぱっとその方向を向くとそこには、連想した通りの端正な容貌の青年の姿がある。
左腕には鉤十字――鳴も生きていれば、何年か後の歴史の授業で習うだろう、ドイツ第三帝国の証を示す腕章。
「……ランサー」
「不安に思うことはない。君が感じているそれは、君が思うほど破滅的なものではないんだ」
鳴の本命はあくまで現実世界にいる。
だが恋愛感情云々を抜きにしても、このランサー……『櫻井戒』は魅力的な人物だった。
がっしりとした体格もさることながら、その落ち着いた物腰は、戦争の只中に放り込まれた鳴へ安堵感を与えてくれる。
勿論見かけ倒しなんかじゃなく、彼は本当に強い。
「プリンセス・テンペスト」が太刀打ち出来なかった敵を瞬く間に撃破した手際は、今も鳴の脳裏に焼き付いている。
このランサーを召喚することが出来て、本当に良かった。
そう思った回数は、この数週間の中できっと両手の指の数を超えている。
「聖杯戦争が始まろうとしている。君の感じるそれは、その兆候に過ぎない。
これまでのような、落伍者を炙り出して振り落とす余興じゃない。正真正銘、本物の聖杯戦争が始まるんだ」
「本物の……聖杯戦争」
「残ったサーヴァントが何騎かは分からないが、いずれも一筋縄ではいかない相手と踏んでおいた方がいいだろう。
なるべくなら君を舞台には立たせたくないけれど、それでも、どうしようもない時というのはあるかもしれない。
だから鳴ちゃんも、出来るだけ辺りへは気を配っておくんだ。何かあれば、令呪を使って僕を呼んでもいい」
とはいえ、魔法少女「プリンセス・テンペスト」の実力は決して低くない。
サーヴァント相手ならばともかく、マスターからの襲撃程度なら自力で対処することも出来るだろう。
しかしランサーとしては、鳴に――テンペストに戦ってほしくはなかった。
彼女はまだ幼い子供だ。
魔法少女という力を持っていても、そのことは変わらない。
櫻井戒には、妹がいる。
そして彼は、彼女にとある宿業が受け継がれることを忌み、行動していた。
櫻井螢。この世界にはいない筈の彼女の姿と、自身の主たる東恩納鳴の姿がどうしても重なってしまう。
死なせたくないと、そう思う。
戒が生来持ち合わせる善性だけでなく、ひとりの兄としても、そう思わずにはいられない。
……そうしてランサーは、妹と他人を重ねるという自分の浅ましさを嫌悪する。
自分は、屑だ。――何度目かも定かではない、その事実を痛感して。
「――君は僕が守る。
君の召喚に応じたサーヴァントとして、必ず」
されどそれを表面に出すことなく、彼女を安心させるように笑ってみせた。
……彼女は死なせない。必ず、元の世界へ帰してみせる。
どんな手段を使ってでも聖杯を手にすると決めた。
だとしても、彼女を守るというこの約束だけは違えるものか。
騎士は静かに決意を強める。月が、雲の隙間からその光輪を顕した。
◇
「彼は高みを目指す。
その志は、この世界において極めて正しい正道だ。
自らの欲望に従って、聖杯の恩寵を求める。
どんな非道に手を染めてでも、勝利する。
彼が迷ったり、その道を変えることはきっとないだろう。
勝つにしろ、負けるにしろ。彼の足は、幕が下りる瞬間まで止まらない」
――022:New Faze
◇
――
『エルンスト・フォン・アドラー』の準備は万全だった。
だからこそ、彼は聖杯戦争の始まりを告げる予兆の出現を快く受け入れることが出来た。
永久機関を企業へ提供することで得た莫大な資産を駆使し、地位と物資をほぼ完全な形で備えている。
サーヴァント・アサシンの傷を補強する上で必要な資材も、有り余るほどかき集めてある。
従って、いつ聖杯戦争が本格的にその幕を開けようと、アドラーは最高のスタートダッシュをすることが出来る。
謂わば、ホイッスルが鳴り響く瞬間には既にスタートラインの数メートル先へ立っているようなものだ。
順当に行けば負ける道理はない。
聖杯まで一直線で勝ち抜くことも出来るだろう。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
その理由は、彼のサーヴァント……『U-511』にある。
(アサシン……奴の性能は、少しどころではなく貧弱の一言に尽きる)
改装によって戦闘能力を底上げ出来るとはいえ、それでもその伸びしろはたかが知れている。
少なくとも三騎士クラスと張り合える程ではないし、バーサーカーのような攻撃力も持ち合わせない。
潜水という長所こそあるものの、それも使い所の限られる行動だ。
過信して前線へ送り込むような真似をすれば、彼女がどうなるかは容易に察しがつく。
忠実なのは利点だが、それも性能が伴っていなければ何の意味もない。
この点については何かしら、対策を講じる必要がある筈だとアドラーは踏んでいた。
性能面での劣点を補うためにどうすればいいかは、さして頭を回さずとも分かることだ。
「アサシン、貴様には分かるか」
「えっと……仲間を、集める……?」
「ふん――その通りだ。だが、仲間という表現は正しくないな」
アドラーは不遜に言う。
そうだ、必要としているのは傷口を舐め合う仲間などではない。
第一生き残りの椅子が一つしか存在しない聖杯戦争で、同胞だ何だと宣うのが間違いなのだ。
矛盾している。アドラーは、そういう矛盾を抱える連中を救えない阿呆だと心から侮蔑していた。
「仲間ではなく、駒だ。
貴様の力を最大限に引き出せる場面は言わずもがな奇襲に限られる」
「………」
「良く言えば前線担当。悪く言えば弾避けの囮。
それを確保する必要がある……無論、なるだけ強力な力を持ったサーヴァントが望ましい」
此処でも、アドラーが築いた地位が活きる。
潤沢な資金とコネクションを駆使すれば、情報面、物量面で大きなアドバンテージを得ることが出来る。
その利益を提供してやると触れ込んだなら、賢明なマスターは喜々として話に乗ってくるだろう。
少なくとも、アドラーがそんな提案を持ちかけられたならば間違いなく首を縦に振る。
もっとも知略冴え渡る彼のことだ。
ただ利用されるだけではなく、逆に利用し返すくらいのことはしてのけるだろうが。
「噂の殺人鬼など、そういう点では素晴らしいほどお誂え向きだが……まあ、話の通じる相手ではあるまいよ。
当面は索敵をしつつ、相手を模索していくことになるか――良いだろう。
だが、たとえどんな事態が起ころうとも結末は変わらんぞ」
くつくつと嗤い、アドラーは眼下の街を窓から見下ろした。
ネオンライトに照らし出された偽物の都市が綺羅びやかに輝いている。
「勝つのは、この俺以外にはあり得ん」
そう語るエルンスト・フォン・アドラーの顔は、曇りなき自信に満ちていた。
◇
「彼は陰鬱、彼女は怠惰。
……きっと、彼も彼女も、こういう場所へ呼ばれるべきではなかったに違いない。
彼らは本来、賑やかながらも代わり映えのしない日々を生きていくべきものたちだ。
けれど、二人は生き残ってしまった。生きて、歯車の回る時へと辿り着いてしまった。
それが凶となるか、吉となるか。それは分からないけれど……
……私は、可哀想だと思うよ。とても、とても」
――023:月沐浴
◇
――
ぼんやりと、月を眺めていた。
月は満月。
月見には、きっと一番丁度いい月齢だろう。
とは言っても、別に小腹が空いているわけでもない。
酒を飲みたいわけでもないし、何をしたいということもない――ただ、ぼうっとしているだけだ。
他の兄弟は皆寝ている時間だ。
一人でこんなことをしているのがバレた日には、「らしくないことをしている」と笑われるだろう展開が優に想像できる。
けれど仕方がないのだ。『松野一松』は、どうしても今晩、いつものように眠ることが出来ずにいた。
薄ぼんやりとした予感と、確信がある。
恐らく次に目を覚ました時には、このぬるま湯のような日常は終わりを告げているだろうという確信が、ある。
もっと正確に言えば、これまでとはまた違う世界に踏み入るのだと――そんな予感が、ある。
「……カラ松の奴じゃあるまいし」
一松は自分の表現力の貧困さを、わざわざ兄の一人の名前まで使って自嘲した。
この動悸にも似た落ち着かない感覚が何を意味しているかには心当たりがある。
摩訶不思議な超能力も魔術も使えない自分が、何故か巻き込まれたとある争い。もとい儀式。
「……シップ、いる?」
「いるよー」
霊体化を解除し、いつも通りの気だるげな様子を漂わせて船の英霊『望月』が一松の傍らへと姿を現した。
昼間だろうが夜だろうが関係なく眠たそうにしている彼女が、こんな時間まで起きているのは珍しいことだ。
大方、シップも自分と同じものを感じ取ったんだろうと一松は思った。
そのことを敢えて口にしない辺りが、実にものぐさな彼女らしい。
言葉にせずとも伝わるだろうと、そんな根拠のない謎の自信を抱いている辺り、ニートの自分には似合いのサーヴァントだ。
「シップに聞いて分かるとは思ってないんだけどさ」
「んー?」
「聖杯戦争ってやつ。……多分もうすぐ始まるんでしょ、これ」
「多分ね。この感じからすると、下手すりゃ今夜中には開戦かも」
厳密に言えば、既に英霊同士の戦いは繰り広げられていたらしいが、一松はまだ他の英霊に出くわしたことはなかった。
大方大量のマスターを集めるだけ集めておいて、聖杯に相応しいかどうかを篩いにかける意図でもあったのだろう。
予選、と称するのが一番的確かもしれない。聖杯が満足するだけの面子が、満を持して揃ったということなのか。
そんな枠に自分などが当て嵌まっていることに、一松は疑問を抱かずにはいられない。
もしも自分が聖杯だったなら、こんなゴミみたいな奴は絶対に選ばない……
「てかそもそも、ンな面倒臭え儀式なんてしないか……」
「? 何の話?」
「こっちの話」
そ。
シップはぐーっと伸びをすると、絨毯へ寝転んで天井のシミを数え始めた。
確かに彼女の性格は月を眺めるなどという柄ではない。それを言うなら自分もだが。
……聖杯戦争の始まりが、すぐそこにまで迫っているというのに。不思議なほど、危機感のようなものはなかった。
当然みすみす殺されるつもりはないが、かと言って聖杯が欲しいわけでもない。
ノーリスクで手に入るというなら喜んで貰うところだが、そこまでの過程があまりにも険しすぎるし、剣呑すぎる。
適当に切り上げて此処を抜け出し、元の世界へ帰りたいところだ。
それが出来るかどうかは置いといて、とにかく穏便に済んでくれればそれでいいと、一松は思っている。
「……僕は大丈夫だけどさ」
「あたしは怖くないの、って?」
「…………」
「あはは、優しいねー。でもあたし、こう見えても駆逐艦だよ?
それこそ死ぬような思いなんて何度もしてるし、結局は沈んだから此処にいるんだし。
そりゃ殺されるのは嫌だけどさ。それでぴーぴー泣いて震えたりとか、そういうのはないね」
「そう」
ひらひらと手を振って笑い飛ばすシップから視線を外し、再び月に目を向ける一松。
――駆逐艦『望月』。
主に輸送任務へと従事し、最期は米軍海兵隊の襲撃の前に散ったと、史実の彼女はそう伝えられていた。
軍艦が少女へ転生するという理屈は、一松には創作の世界の話としか思えない。
自分よりも一回り二回り幼く見えるこの少女が、砲や魚雷を携えて海原を駆け回っていたなんて。
「……戦争か」
とてもじゃないが信じられない話だった。
けれど、彼女がもう一度『沈む』ところは、あまり見たくない。
そう考えると、聖杯戦争へのやる気なんてものは相変わらずなかったが、無謀な真似はしないようにしようと思えた。
なるべくなら、シップは戦わせるべきではないのだろうとも思う。
どうなることやら。一松はふうと小さく息を吐き、今度こそ床に就くため、窓辺を立った。
◇
「彼女は、愚かだ。
ただ目の前のものだけを見つめて疾走し、その果てに待つものを見ていない。
彼女がどこに辿り着くかを、私は知っている。だからこそその旅路は、見るに堪えない。
……問わせてほしい。あなたは、どうして此処まで来てしまった。
友達のひとりも救えない馬鹿娘を嘲笑うため? だとしたら、私は――
おまえの存在を許せない。たとえそれが、違う選択肢の顛末だとしても」
――024:海色(みいろ)
◇
――
ただ、海を見ていた。
どこまでも広がる静かな海を、砂浜に座って見ていた。
砲の音色も機銃の音も、この世界にはない。
深海棲艦も存在しなければ、艦娘も存在しない世界。
……真の『静かな海』がある世界。
たとえそれが偽りのものだとしても、『吹雪』にとっては大きな衝撃だった。
「風邪を引くわよ、吹雪」
「……あ、ライダーさん。私、ぼうっとしてました?」
はっとなって、実体化した自分のサーヴァントへと振り返る。
吹雪を守る騎兵の英霊は、金髪の麗しい、出るところの出たボディを持った美女の姿をしていた。
人間に換算すればせいぜい十代後半程度だろうが、しかし流石に歴戦の艦娘と言うべきか。
その佇まいからは気品と風格が惜しみなく滲み出ており、同じ艦娘である吹雪ですらも見惚れそうなものがある。
神宮にて自分が死の一歩手前まで追いやられたキャスターを、瞬く間に粉砕した実力。
まだ未熟さの抜けない自分を支え、先導してくれる頼もしさ。
……こんなことを言っては不謹慎だが、聖杯はいいめぐり合わせをくれたものだと思わずにはいられなかった。
「そうし始めてから、だいたい五分ってところかしら。
物思いに耽るのは悪いことじゃないけど、長くなるならアパートへ戻ってからにしなさいね」
「えへへ、気をつけます……」
自分が無防備な姿を晒していたことに軽く赤面しつつ、照れ笑いでそう返す吹雪。
この世界には艦娘が存在しない――正しくは、存在する必要がない。
そのため、彼女に与えられたのはただの女学生という役割(ロール)だった。
親元を離れてK市のとある高校へ今年度に入学を果たした、成績優良の一生徒。
親戚のつてを頼って安家賃のアパートに住まい、一人暮らしをしている。
一人で起き、一人でご飯を食べ、一人で学校へ行く。
そんな暮らしは確かに新鮮だったが、しかし一日二日もすれば寂しさの方が優ってくる。
鎮守府で出会った仲間や先輩の姿のない日々は退屈で、早く帰りたいとこれまで幾度願ったか知れなかった。
「ライダーさん」
「なあに?」
「……始まるん、ですよね」
「ええ。ここから先は、今までのようにはいかないわよ」
ライダー……『Bismarck』は、水平線の遠き彼方を見据えて言った。
その顔は吹雪を妹のように見、接する普段の彼女にはない真剣さの宿ったものだ。
聖杯戦争とはそれだけ過酷な戦いなのだと、これまでの日々を通じて吹雪も理解している。
あれほど恐ろしい火力の飛び交う深海棲艦との戦いなど、問題にもならないほどの激しさが、聖杯戦争にはあるのだ。
兵器という形容すら軽く見えてくるほどの道理を超えた力『宝具』を有する、サーヴァントという存在。
そしてそれを使役するマスター。
その中には当然、吹雪のような素人では及びもつかない策を弄してくる強者も存在する。
魔術師の戦いとは、本来そういうものだ。
彼女のように聖杯を拒み、帰ることだけを願う輩などは――まさしく、異端とされて然るべき存在なのである。
「正直を言うと、やっぱり――怖いです」
「無理もないわ。けど、あなたは……」
「分かってます。でも、ライダーさんに守られてるだけじゃ駄目だと思うんです、私」
吹雪はライダーの目を見て、そんなことを口にした。
「私も……やれるだけのことはやります。いえ、やらせてください」
サーヴァントと戦うことは、確かに出来ないだろう。
しかし自分だって艦娘だ。
魔術師の秘技にだって負けないような、砲の火力を持っている。
それを用いれば、マスター相手にくらいは戦える。
これまでのように、ライダーだけを矢面に立たせるのではなく……自分も前へ出て、彼女を支えることが出来る。
「……分かったわ。それが貴女の覚悟なのね、吹雪。
――立派じゃない。日本の艦娘も馬鹿にしたものじゃないって、しかと刻んでおくわ」
ふっと笑い、ライダーはもう一度海の向こうを見据えた。
それを追うようにして吹雪も、水平線の彼方に思いを馳せる。
……聖杯の奇跡があれば、元の世界で待っているだろう友人の親友を、呼び戻すことも出来るかもしれない。
けれど、そんなことをしてもきっと彼女達は喜ばない。吹雪はそっとかぶりを振った。
今やるべきことは、聖杯を認めず、この戦争から抜け出る手段を探すことだ。
そして他のマスター達の中にも帰りたいと願う者があれば、一緒に帰り道へ辿り着くことだ。
聖杯の恩寵は眩しく、どこまでも魅力的だが――きっと、それを追い求めるのは間違いだと思う。
根拠はない。
でも、吹雪はどうしても、そう思わずにはいられない。
聖杯戦争の善悪、聖杯に頼り願いを叶えることの賛否を度外視しても、聖杯の輝きを好意的に見つめられないのだ。
あれはきっと、ひとが触れてはならないものだ。
そんな気がする。だから自分は、その直感へと従って、聖杯を否定しよう。
明日を見据える若き駆逐艦の双眸は、希望に満ちていた。
◇
「呪詛。憎悪。
夥しい数の怨念を犇めかせて、彼女は誰にも気付かれることなくそこへあり続けている。
返せ返せと壊れた蓄音機のように呟きながら、無限の害獣を増やし続けている。
彼女はただ世界への、人間への害となるだけの存在。
そこにあるだけで、不滅の泥が偽りの星に蔓延する。これをどうにかしない限り、最悪の終わりは避けられない。
――趣味が悪いですね、あの人も。よりによってこれを、私に見せるんですから」
――025:深色(みいろ)
◇
――
「カエセ」
憎悪に満ちた声がした。
それは誰にも届かないほどか細い、消え入るような声。
しかし、もしも耳にした者があったならば、あまりの色濃い情念に背筋を粟立てたに違いない。
地の底ならぬ、海の底から響くような怨嗟に満ちた声だった。
そこに、かつて咆哮した時の海を震わせる音量はない。
だが、彼女の存在は確実に、今この時も人類を蝕みつつあった。
「カエセ」
暗闇の中、水面に浮かぶひとりの少女。
彼女を「ひとり」と称すのが正しいのかは、意見の別れるところだろう。
肌は死蝋化したような蒼白に染め上げられ、頭には海洋生物の特徴を混合させた異形を被っている。
これを人だというものがあるならば、それはきっと人ではなく、悪魔か何かに違いない。
ただ人の敵であれと、そういう指向性のみを持っていたはずの彼女が今際の際に見つけた、正体不明の衝動。
記憶の中に残るは、忌まわしい駆逐艦の勇姿だった。
何度も何度も、ビデオテープを巻き戻すように不覚の一瞬が脳裏を駆け巡り続けていた。
この存在に限って、対話などという行動は決して意味を成さない。
平和的な解決を持ちかけた次の瞬間には、生物を融解させる猛毒の泥を浴びせかけられていることだろう。
その感情が揺れ動く度に、黒く淀んだ海流がぐるぐると渦を巻き、ヘドロのような歪みを海原へもたらしていく。
「カエセ……」
違う。
彼女が生み出すのは汚濁のみではない。
――それらは今、彼女が浮かぶ水面の遥か下の海底で時を待っていた。
きっと彼女達もまた、感じ取っているのだ。
聖杯戦争の到来を。
世界の変革が直ぐ側までやって来ているのを感じ取っているからこそ、今は海底で静かに震えているのだ。
デミ・サーヴァントである彼女の肉を素体に生み出され、増殖し続ける無限の兵力。
艦娘という存在が居る限り永遠に尽きることのない、人類をすら滅ぼし得る存在――深海棲艦。
だが彼女と、彼女から生み出された無尽の軍勢は間違いなく深海棲艦でありながら、その実別種の存在であった。
その船体には、これまでの深海棲艦にはなかったとある要素が原子レベルで融合されている。
それすなわち、毒素。人間はおろか、生物ならば吸っただけで重篤な障害となるだろう特濃の有害物質(ヘドロ)。
そういう点で見ても、彼女達は元の世界で暴れ回っていた頃に比べ明らかに強化を受けていた。
いや――狂化、というべきかもしれない。
深海の民が持つ感情は憎悪。ただ、憎悪。
誰の意志にも左右されることなく、ただ憎悪のみを糧に彼女達は世界の害となる。
公害。
信じがたいことだが、それが彼女が契約した英霊の正体であった。
鉱物生命体が汚染環境と融合、異常進化の末に怪獣化した騎兵のサーヴァント。
死の淵にあった空母はそれと融合し、社会発展に付き纏い続ける公害という脅威を体現する存在になった。
彼女以上のサーヴァントなど、いくらでもいる。
だが、早急に打倒しなければならないという意味合いでは、彼女が間違いなく随一だろう。
このライダーを放置しておけば、いずれ電脳の世界そのものが壊滅する惨事にすらなりかねない。
怪獣の王すらも敗走へ追い込んだ汚染怪獣『ヘドラ』――その名に覚えのある者ならば、語るまでもなく理解できる筈だ。
『空母ヲ級』は、静かに己の総軍を増やし続けている。
来る開戦の時に備え、海を汚泥で支配し、憎悪の音色を響かせて。
「カエセ」
彼女もまた、その時が来るのを待っていた。
◇
「彼は影に潜む者。
歴史の影を担い続けながら、神の名を冠した異形。
やがて毒に喰われる定めであった彼は、道を違えて偽の街へと辿り着く。
その願望は強く、揺るぎない。
彼が止まることは決してなく、それは彼の傀儡たるものもまた同じ。
言葉では、止められない。闘争をもって、止めるしかない」
――026:Elder Bird
◇
――
「近いな」
高層ビルの屋上。
フェンスの縁に立ち、ネオンライトに染まる街を見下ろす影があった。
鳥のような出で立ちに身を包んだその容姿はひどく目立つ筈なのに、彼の存在は完全に夜闇へと溶け込んでいる。
それもその筈だ。
彼はそもそも、そういうものであるから。
隠れ、忍び、潜み、紛れることに特化した隠形の者達。
現代では既に滅んで久しい、『しのび』という存在に他ならない。
「鼓動がある。形容し難いが、何かが近付いて来る感覚もある」
『真庭鳳凰』の口調は冷静そのものだったが、ひとり呟く口元は笑みの形に薄っすらと歪んでいた。
しのびの里、真庭忍軍の頭領に恥じぬ沈着さを常に保つ鳳凰にしては珍しい、物事を待ちかねるような笑みだ。
自分でも気が昂ぶっているという自覚があった。
しかし、分かっていても止められるものではない。
長きに渡り追い求めた大義が成る時が、すぐそこにまでやって来ているのだ。
「譲らぬぞ、聖杯は。あれは我のものだ」
鳳凰には成さねばならぬ使命がある。
ゆるやかに没落へと向かう真庭の里の復興という使命がある。
彼はそのために伝説の刀鍛冶が残したという、十二本の完成形変体刀を追い求めていたが。
最早、その必要はなくなった。
虚刀流と奇策士を相手取る必要も、いたずらに部下を散らす必要も消えた。
聖杯を手に入れ、それに真庭の永遠の繁栄を願う。
ただそれだけでいい。
そして鳳凰は、神の名を持つしのびは、ようやく聖杯へと手が届く領域にまで辿り着いた。
真庭鳳凰の力は隔絶している。
磨き上げた忍術は、腕の立つ魔術師だろうが太刀打ちの出来るものではない。
それどころか、サーヴァントにさえ勝りはせねど、応戦くらいならば可能な域だと彼には自負があった。
しかしそれはあくまでも極論の話だ。
物理攻撃が通じず、宝具という隠し玉まで持つサーヴァントに人の身で挑むなど、如何に鳳凰といえども無謀が過ぎる。
「そのためにも、おぬしには身を粉にして働いてもらうぞ。バーサーカー。闇の化身よ。
……なに、心配せずともおぬしが望む闘争など、いくらでも転がっている。好きなだけ貪り食うがいい」
腹が膨れるまでな。
嗤う鳳凰の傍らに、バーサーカー……『ファルス・ヒューナル』の姿はない。
あれは、狂犬などという単語すらも生易しく思えるような、制御不能の怪物だ。
戦いを求めて後先も考えずに突っ走る、まさにバーサーカーのクラスを象徴するような性質を持ったサーヴァント。
今もどこかで、猛き闘争を求めて彷徨っているのだろう。
いざとなれば令呪を使って行動を縛るところだが、今のところは好きに暴れさせておけばいいと鳳凰は高を括っていた。
そんな余裕すら抱けるほどに、あのバーサーカーは……【巨躯】の化身たるダーカーの一体は、強い。
「では、始めよう。いと猛き闘争をな」
鳥の双眸が、怜悧な色を孕んだ。
彼の嘴は肉を刳り、その爪は骨をも割る。
血染めの羽根を羽ばたかせ、『神』はあらゆる願いを蹂躙する。
光り輝く聖杯を、自分の巣へと持ち帰るために。
◇
「彼女達は異分子だ。
聖杯戦争の定石や掟など、眼中にない。
永遠なれ、永遠なれ。
聖杯に願う事柄すら曖昧なのにも関わらず、その幼い暴力はすべてを踏み躙る。
狩り殺されるか、狩り尽くすか。どちらを辿るにせよ、彼女達はあらゆる思惑の中心となるだろう。
私としては――嫌いじゃ、ない。永遠を追うことは、決して間違いなんかじゃないんだから」
――027:Ripper Night
◇
――
『K市』で繰り広げられる連続殺人事件。
老若男女、職業、血縁を問わず繰り広げられる殺戮は、それまで平穏を甘受していた人々を恐怖の底へと突き落とした。
最初の事件は、市内某所、とある公園だった。
ホームレス、ペットの散歩、屯するために集まった若者。
総計二十人以上の罪なき市民が犠牲となり、そのあまりの凄惨さから、殺人事件ではなくテロと見做すべきだという意見が方々から挙がった程だ。まさに前代未聞の大殺戮。警察はてんてこ舞いの様相を呈し、報道規制すら敷かれた。
野次馬の来訪や必要以上の混乱を避けるための措置だったが、それを嘲笑うように事件は毎夜続き、今に至る。
犠牲者の数こそ最初に比べ落ち着いてはいるものの、それでも毎日数人ペースでの死人が出ている有様だ。
捜査の目を掻い潜って行われる大量殺人。
今日び日本はおろか、世界規模で見ても珍しいだろう死の連鎖が、極東の島国を襲った。
しかし少し頭の回る者ならば、此処でこの世界は所詮偽物なのだと改めて実感したかもしれない。
二十一世紀の先進国家で、一つの地域のみを舞台として繰り広げられる殺人事件。
毎夜のように人が死に、総合すれば殺された人数は五十人以上にもなる始末。
そんな惨事が起こっているのに手を拱いているほど、日本の治安維持機関は無能ではない。
様々な手段を行使して民を守り、犯人を炙り出し、必ずや事件を終わらせようとすることだろう。
にも関わらず、そうはなっていない。
警察は犯人を捕まえられず、犯行は未だ繰り返されている。
不自然だ。
現実感の欠落した、創作の世界か何かのような犯人の不可侵性。
その真相を導き出せるのは、この世界が電脳の擬似空間だと知る、聖杯戦争の参加者のみだ。
NPCには喜怒哀楽がある。
とあるキャスターが行ったように、力を与えて利用することも出来る。
だが、彼らが自発的に行動を起こすのには限界がある。
誰かが手を加えない限り、彼らだけの力では聖杯戦争へ干渉できない。
それこそが、連続殺人の主犯たる双子……『ヘンゼルとグレーテル』が未だ未知の存在とされている理由であった。
「つまらないわね、兄様」
今宵の犠牲となった哀れな公僕の死体を横目に、唇を尖らせたのはグレーテルの方だった。
それに同意するように、ヘンゼルが頷く。
――この通り、彼女達の感性は完全に破綻している。
理性的で、ともすれば気品の類をも感じさせる口調をしていながら、その内面はもう戻らない域まで壊れきっている。
忠実に再現された電脳世界のNPC達が活動限界に行き当たるまでの凶行を繰り返し、あろうことか彼らが自分と片割れを追い立てないことを不服に思う……誰が見ても、その在りようはまともとは程遠く写ることだろう。
「そうだね。でも、サーヴァントやマスター達は僕達に会いに来てくれるよ」
「そうね、そうね。その時はうんと楽しく遊びましょう。きっと素晴らしい時間になるわ」
プラチナブロンドの髪を夜風にそよそよと揺らし、笑顔で語らう姿は天使か妖精を思わせる可愛らしさだ。
顔立ちは出来のいいアンティークドールのように整っていて、白い肌にはシミ一つなく、幼い精微さを保っている。
やがて成長し大人になっても、きっと美男と美女になるだろうことが窺える造形美だった。
だからこそ、彼と彼女がそれぞれ持つ赤く染まった得物たちはいっとう際立った異質さを主張してやまない。
ヘンゼルは戦斧。
グレーテルはM1918、通称BARと呼ばれる自動小銃。
どちらも幼い子供の手には余る代物だったが、彼らはそれを意にも介さない。
ひとえに育ち方が違うのだ。
生まれた時から安穏とした平和の中で守られ生きてきた日本人には想像もできない世界を、双子は知っている。
心を対価に力を得た子供たち。
世界に嫌われた、双子の成れの果て。
「あ」
「あ」
声が重なった。
ふたりの視線は、ある一点に注がれている。
そこには、もう一人の子供がいた。
顔立ちの精微さは双子にだって劣らないが、しかしいくつかの傷が見て取れるのが特徴的だ。
それ以上に、目を引くのはその衣装だろう。
露出の極めて多い服装は言うまでもなく扇情的で、幼い少女が身につけるべきものとは到底思えない。
殺人者の証たる血染めの刃を握りしめて、彼女は自分のもとへと走ってくる双子のマスターを見つめていた。
「おかえりなさい、ジャック」
「どうだった? 今日は何人食べてきたの?」
ジャック。
その名を冠する殺人鬼といえば、一般人でも想像がつくだろう。
19世紀の倫敦に発生し、最後まで解決を許さなかった殺人事件の首謀者――通称『切り裂きジャック』。
『ジャック・ザ・リッパー』――それが、双子のもとへと降りたサーヴァントの名だった。
「五人だよ」
「あら、今日は抑えめなのね。どうして?」
「聖杯戦争がはじまるから。感じないの、あなたたちは」
双子は顔を見合わせる。
そういえば、妙な感覚がある。
この時初めて、二人はそれを認識した。
しかし双子はそれを憂いない。
緊張などするはずもなく、大きな喜びで迎え入れる。
「じゃあ、楽しいことになりそうだね」
ヘンゼルは笑った。
グレーテルもつられるようにして笑った。
その様子を、アサシンは不思議そうに見つめていた。
「たくさん遊ぼうよ、ジャック。此処には僕らと遊んでくれる人たちが、まだまだたくさんいるんだから」
――余談だが。
彼女は、ジャック・ザ・リッパーというサーヴァントをアサシンのクラスで召喚した場合の例だ。
孤児の怨念が凝り固まってひとつの形を成した存在。
そんな存在を呼び出しておいて、まず良好な関係など築ける筈もない。
それこそ、奇跡のような相性の良さでもない限りは不可能だ。
しかし、彼女と双子の間に決裂の兆しは見えない。
その訳は、ヘンゼルとグレーテルという双子でなければあり得ない、ある種の奇跡的な相性が存在した故のことだ。
時代に見捨てられた者、光を知らない子供達。双子とアサシンの間にある違いは、生きているかどうかの差しかない。
そして双子は、ジャック・ザ・リッパーという存在に一切の敵意を向けることがない。
彼女達の中にあるのは好意だけだ。
可愛い友達にもっと楽しい思いをさせてあげたい、その一心には毛ほどの揺らぎもありはしない。
「……そうだね、ヘンゼル」
この存在は敵意に対しては強いが、好意には脆いのだ。
時代が時代ならば、"わたしたち"の一員となっていただろう双子を拒める理由は、どこにもなかった。
◇
「彼らを称する言葉は、一つしかない。
救世主。
ただそれだけ。
何かを救うために生まれ、呼ばれたサーヴァントとそのマスター。
何故、こんな存在が紛れ込んだのか。よりによって、私の聖杯戦争に。
絶対に、そう絶対に、彼らにだけは死んでもらわなければならない。そうでなければ、ならない」
――028:Tonitrus
◇
――
地獄と通ずる異本を踏み潰し、断末魔のように蠢く怨霊の残滓を雷電の一撃で滅却する。
白き異装へ身を包み、頸部に黒布を巻きつけた、外見の若々しさにそぐわぬ年季を感じさせる青年が稲光の主であった。
『ニコラ・テスラ』。巷でまことしやかに囁かれる勧善懲悪の化身……《白い男》と呼ばれる者。
彼に名乗られた者がその名を伝聞したところ、何と分かり易い偽名か、と笑い飛ばされたというが、無理もない話だ。
数多の発明品を残してこの世を去った、世界で一二を争う程の知名度を持った電気技師。
彼の名は、それと同一。いや、真実彼こそがその人物であるのだが――そこについては一先ず割愛するとして。
「始まるな」
「ああ。夜が明けるまでは掛かるまい」
彼のサーヴァント――救世主(セイヴァー)の青年が答え、頷いた。
長い前座戦が終わり、いよいよ本当の聖杯戦争が始まろうとしている。
令呪を宿してこの世界へ入り、生き残ってきた者ならば、その気配は自ずと感じ取ることが出来よう。
なんとも形容し難い、だが確実に戦いを予感させるこの波長は、例えるならば焦燥感に最も近いだろうか。
現在この時に至るまでに、両手足の指を合わせても数え切れないだけの命が失われてきた。
願望器の争奪という名目で執り行われる殺し合いは誰にも止めようがなく、混沌の様相を常に呈し続け。
ようやく混沌の霧が晴れた今、電脳の街は次なる領域へと移り変わろうとしている。
「どう思う、セイヴァー。この戦争を」
テスラの問いかけは、聖杯戦争という儀式を倫理的な観点からどう思うか、という意味合いでは勿論ない。
今更意志を固め直すまでもない。彼らにとっての聖杯戦争は、どんな言葉で取り繕おうが、単なる醜悪な殺し合いだ。
それ以上でも以下でもなく、故にこの趣向自体を破壊し、聖杯自体に対しても然るべき対処を、と考えている。
この局面でテスラがセイヴァーへ求める解答は、聖杯戦争の『裏側』についての意見だ。
参加者ではなく、主催者の側。未だ姿を見たもののないルーラーに代表される、聖杯戦争を執り行う者の話を。
「……あまり買い被ってくれるなよ。俺もおまえと同じ一参加者で、一サーヴァントでしかないんだ。
聖杯戦争の裏事情だの何だのと、そう踏み込んだところを言い当てられる訳がないだろう。――だが」
セイヴァーの眼光が細められる。
そこには確かな意思の輝きが有り、彼が規格外級の大英雄であることを物語っているように思えた。
根拠がなくとも、その意見が全くの無価値であるはずがない。
笑い飛ばされそうな話だが、テスラはそう思っていた。
それに、実際にこの英霊と面と向かって話したならば、誰もが同じ感想を抱くに違いない。
「黒幕の存在がある。それは間違いないだろうな」
「……同感だ。
一見完成されたルールの下に成り立っているようでありながら、この戦争には何者かの思惑が絶えず見え隠れしている」
「何者かは知らんが、この聖杯戦争というシステムを再現し、俺達を呼び寄せたのは確実にそいつだろう。
そして、聖杯戦争を真に破壊する為には――その存在を討つ必要がある」
聖杯戦争を主催し、願望器を餌に殺し合いを誘発。
英霊たちが戦って潰し合い、聖杯を降臨させることを目論んでいるのか、それとも意図はもっと別な所にあるのか。
それは定かではなかったが、その存在こそが、自分達にとっての不倶戴天の敵であるということだけは分かった。
「とはいえ、まずは目の前の戦いだ。頭数こそ減ったが、これから聖杯戦争は更に加速し激化の一途を辿る筈だ。
その中で何が出来るか。どれだけ犠牲を出さず、どれだけの命を救えるか。今はそれに専念すべきだ」
「己の真に則って、か?」
「その通りだ」
テスラに対し、セイヴァーはふっと笑みを見せた。
友誼の仲にある相手へ見せるような、堅苦しさのない笑みだった。
彼らは決して聖杯戦争を認めない。
願いを叶える奇跡にも、それを得るための殺し合いにも、揺るぐことのなき否を叩きつける。
今もどこかで箱庭の王を気取り、俯瞰しているだろう何者かをしかと見据えつつも、されど目の前の命を見失わない。
それこそが、彼らの戦の真に他ならなかった。
《白い男》と、かつて魔王から世界を救った英雄の輝きは、聖杯の光が生むどす黒い闇さえも照らし出す。そう、必ず。
◇
ルーラーからの通達
11/15 AM3:00より討伐令を発令。
該当は以下のサーヴァント、及びマスター
・『ヘンゼルとグレーテル』&『アサシン』
討伐理由:無辜の市民五十八名の殺害
討伐報酬:令呪一画
◇
◆
――XXX:最後の鋼――
◆
――
四面海もて囲まれし 我が敷島の秋津洲
外なる敵を防ぐには 陸に砲台海に艦
屍を浪に沈めても 引かぬ忠義の丈夫が
守る心の甲鉄艦 いかでかたやすく破られん
名は様々に分かれても 建つる勲は富士の嶺の
雪に輝く朝日かげ 扶桑の空を照らすなり
君の御稜威の厳島 高千穂 高雄 高砂と
仰ぐ心に比べては 新高山もなお低し
大和魂一筋に 国に心を筑波山
千歳に残す芳名は 吉野の花もよそならず
千代田の城の千代かけて 色も常磐の松島は
雪にも枯れぬ橋立の 松諸共に頼もしや
海国男児が海門を 守る心の赤城山
天城 葛城 摩耶 笠置 浮かべて安し我が国は
浪速の海の芳しく 龍田の紅葉美しく
なおも和泉の潔き 誉は八島の外までも
朧月夜は春日なる 三笠の山にさし出でて
曙降りし春雨の 霽るる嬉しき朝心地
朝霧晴れて朝潮の 満ちくる音羽 須磨 明石
忘るなかるる風景も よそに優れし我が国を
「 ―――― 護 れ や 日 本 帝 国 を 万 々 歳 の 後 ま で も ―――― 」
――
◆
戛々と響く軍靴の音色にそぐわぬうら若い少女の歌声が、遠い時代の戦歌をなぞる。
述懐する。思い返せばあの時代、何一つとして楽しいことはなかった。海原を馳せる事へ快楽の類を感じたことは誓って只の一度もなく、鋼鉄の城から水面へと零れ落ちていく敵兵の断末魔を聞く度に後味の悪いものを感じていた。
人を殺すことには藻屑と消える最期の一瞬までも、ついぞ慣れることがなかった。
御国を護る大義を与えられた身でありながら、使命である怨敵・米帝の討滅へと呵責を覚えることは、あの時代で言うところの非国民の謗りを免れぬような不義であったに違いない。
ましてやこの身は、時代の流れに翻弄された哀れな帝国人民とは訳が違う。
海外諸国の鬼畜めらを草の根残さず滅相すべしと、彼らの怨念にも似た念を込めて建造されたキリングマシーン。
……かつて自分はそういう存在“だった”。母であり、父である日輪を護る為、黒金の殺意となって鉄火場を駆け回った。
――今や全てが懐かしい。もう戻らぬ時世を述懐し、似合いもしない軍刀を鞘へ収め、浮かべるのは枯れた苦笑だった。
とてもではないが、それは十代半ばの生娘が浮かべるようなものではない。
百の戦場を駆け抜け、友の死と血の温度を知り尽くした者ならば、こんな表情(かお)が出来るようになるのだろうか。
彼の日、二度目の生を享受した頃とは随分様変わりした。自分でもそう思っている。
光に満ちていた双瞳は昏い真紅に染まり、青春を共にした海軍制服は黒く染め上げられて黒衣の軍装に反転した。
笑顔が素敵と褒められた純朴な顔立ちは、今や上手く笑えているかどうかすらも分からない。
あの頃と同じ顔で笑い、はしゃぎ、振る舞うには、あまりにも多くのものを失いすぎた。多くのことを、知りすぎた。
朋の血を吸った軍刀と禍々しい紅を帯びた艤装を装備した姿は、さながら深海の底を這い回る幽鬼のよう。
……そうなることが出来たなら、まだ少しは楽だったのかもしれない。
今の彼女は光差す水面にも、闇に沈む深海にも居場所のない半端者だ。
人でもなく、船でもなく、魔物でもない。定義の不可能な生命体としてこの電脳都市に君臨している。
だからこそ。何者でもない狭間の存在だからこそ彼女は魔女となり、この箱庭を創り上げることが出来た。
彼女こそが電脳世界の主。回転し、流動する、歯車都市の根源にある黒幕であり、脚本家であり、神に等しきもの。
百目鬼。
在りて在るもの。
墜落するセラフィータ。
この世界の管理者。
神鳥(グランカムビ)。
新生物(アポトーシス)……語り部(リピカ)の名を騙る、人類史の破壊者である。
聖杯戦争は、直に始まる。
前座戦という名の動作点検を終えて、遂に無限の歯車が動き出すのだ。
回り出した歯車を止められる者は存在しない。永遠に回り続ける。錆びた音色を響かせて、運命の譜面を描いていく。
聖杯が降誕するその時まで、電脳世界は不朽であり続けることだろう。そうであってくれなければ困る。
――ある世界線では、彼女が企てたものと同じような、電脳世界での聖杯戦争があったと伝えられていた。
月の海の底の底、七つの試練の彼方の宝。光によって象られた疑似霊子の頭脳はあらゆる奇跡を再現する。
主従選定に際して介入した世界の記録に拠れば、月の聖杯戦争は正当ならざる形での決着を迎えたらしい。
覚者。欠片。桜。そんな単語を断片的に読み取ることしか出来なかったが、重要なのは失敗に終わったということだ。
月の英雄譚を失敗と切り捨てるその終わった精神性に我ながら苦笑いの一つもせずにはいられない。
だが、その結果が彼女の追い求めるものとは決して相容れぬものであったこと。それだけは揺るがぬ事実であった。
回れ回れ、無限の歯車。
この身はとうに羅刹へ堕ちた鋼の亡者、願いに狂える潮騒のエキドナである。
踊れ踊れ、聖杯戦争。全ての願いを乗せて、永久に周り続けるがよい。
その時が来るまで。嘆きと希望を潤滑油に、廻る光輝の時計は不変なり。
「ねえ」
左手を伸ばした。
掴むものはない。触れるものなど、あろうはずもない。
返り血に染まり、錆びついて、鉄風雷火の戦場を、剣林弾雨の地獄篇を超えてきた。
失ったものはあまりにも大きく、取り戻せないものはいつしか両手をこぼれ落ちていった。
数えきれないほどの試行錯誤を経て、辿り着いた魔の座に立ち、黒魔女と呼ばれ、如何程の時が流れたろうか。
それでも、変わらないものはある。確たるものがなければ、こんなところまでは歩いて来られない。
神秘の中枢。
科学の王宮。
かつて笑顔に満ちていた場所。
青い理想と輝く未来に溢れていた場所。
この場所を知る者は、彼女以外に誰もいない。
聖杯戦争の開催にあたり彼女を助けた、神すら恐れぬ男でさえも知り得ない、正真正銘のトップシークレット。
それは未だ眠っている。彼女は全ての鍵であり、楽園の入口であり、救うべきものの象徴であった。
魔女を起こした人物。旅の始まり。かつて救われず、かつて同じものを追い求め、そして敗れ去った過去の残照。
「もうすぐ、だよ」
それは、錆びた笑顔ではなかった。
いつしか浮かべ、失った少女としての明るい笑顔で、エキドナは親友へと微笑みかける。
答えが返らないことを知っていながら、それでも何かが変わると信じる瞳は渇いていたが、僅かな光を灯していた。
「ねえ、睦月ちゃん」
戦の日、きっとそれは不変(すべて)ではないのだから。
さあ、あの日見失った帰り道を――雪の底から見つけ出そう。
「吹雪(わたし)はやっと、此処まで来たよ――――」
その名、特型駆逐艦【吹雪】。
『答えのない』世界線より漂流した、特異点存在。
人理破壊による世界改変を目論むもの。
――第一次聖杯戦争において眠れる彼女が召喚しようとし、叶わなかった英霊が存在する。
人類史に存在するいかなる英霊をも凌駕するだろう、究極の存在。
英雄殺しの逆襲劇も、仁義八行の輝きすらも及ばない金色の輝き。それは未だ英霊の座にて眠っている。
霊核が脈打つだけで因果律を振動させるほどの存在規模を有していながら、人の形に収められた存在。
この聖杯戦争は蹂躙劇(ホロコースト)だ。
すべての戦いは、彼女がその英霊を呼び出すための呼び水に過ぎない。
そして歯車が満たされ、時計の針が頂点を示し、真理の扉が開いた時、無限の魔力炉は必ずそれを召喚する。
その時、全ては終わるのだ。
あらゆる願いは灰燼と化し、開戦の号砲が絶え間なく鳴り響き、砕け散る以外に術を持たない。
クラス・ビースト――その真名を、■■■■■■・■■■■■という。
――
『シップ』『セイヴァー』『マシン』『ブレイバー』という異形の四騎は、その存在を呼び出すための試金石だった。
通常存在し得ないクラスに英霊を当て嵌めて召喚する必要があった。
最強の英霊を、最強のスペックで呼び出すためには、既存の七騎では役者が足りない。
結果は成功。歯車は滞りなく回っている。これで後は待つのみだ。
「踊って、全て。何もかも。最後の願いが、叶うまで」
かつて明日を見据えて海を馳せ、絶望を知った希望の星の瞳は、嵐の前の夜空を思わせる曇りに包まれていた。
「首尾は上々のようだね、『ルーラー』」
堕ちた殺戮兵器へ叡智を与え箱庭の聖杯戦争の基盤を創造した男は、ギーク風の装いの美少女へ語りかけた。
その少女……もとい魔法少女は、不快感を隠そうともせず露わにして彼を睥睨する。
彼女の座している席を中心として、電脳の街のあらゆる景色が、丸窓の形を取って映し出されていた。
全てのマスター、全てのサーヴァントの姿が常に映し出され、その行動は逐一零と壱の羅列として記録されていく。
この男は科学の皇である。だが、世界を“運営”する中核を担っているのは、紛れもなくこの『キーク』であった。
「……どの口が言うんだか。あたしを令呪で好き勝手に縛ってくれたのはどこの誰さ」
「君の聞き分けがもう少し良ければ、私も強硬策には出ずに済んだのだがね」
尊大に語る男の右手には、残り一画となった令呪の残滓が残されていた。
『この空間からの脱出を禁ずる』『聖杯戦争の運営に尽力せよ』……二つの命令で縛り上げられた彼女のクラスは、先程彼が自ら述べた通り、ルーラー。“裁定者”のクラスに他ならない。
本来聖杯戦争を調停するのが役割である筈のルーラーを、このような裏方に徹させる。
その時点で、男に聖杯戦争を真っ当な形で完成させる気があるかどうかは自ずと窺い知ることが出来よう。
ルーラーに求められているのは、電脳世界の管理だ。
ペナルティの発布や参加者の観察もそうだが、公にしてはならない“裏の事情”の調整も行ってもらう必要がある。
問題は、彼女は飼い犬の手綱を引くような気軽さで扱えるサーヴァントではなかったことだ。
この電脳世界で無敵に等しい権能を有する少女を思い通りに動かすには、彼女の権能をも上回る、令呪の束縛で卸す以外の手段はなかった。
……もっとも、実際にキーク相手に面と向かってそれが出来る――それを完遂できる存在など、まず皆無だ。
彼はそれを成した。事も無げに、世界を支配する力を持った魔法少女を『支配し返した』のである。
間違いなく自分と同等クラスの権能を持つ、怪物と呼ぶ他ない存在であった。
気に入らない。そう言いたげな視線を向けるルーラーへ微笑し、男は再びその口を開く。
「混沌だ。私も、彼女も。混沌をこそ求めている。星の数ほど存在する先人の例を見るに、教科書通りの筋書きでは聖杯は成らない――全てを撹拌し、希釈し、そうして絞り出される混沌の数字……それこそが、真理へ至る鍵となる。
君を喚んだのはそのためだ。電脳世界を完全に掌握し、真に舞台を調律出来る人材。君以外に適任はない」
「……あんたさ」
ルーラーは訝しむように眦を顰めてから、口を開いた。
あらゆるサーヴァントを平伏させる令呪を持ち合わせた彼女をして、どうすることも出来ない存在。それがこの男。
「誰なの?」
「ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラー」
神の法則に逆らった者の名を名乗る彼は、マスターでもなければ、ましてやサーヴァントでもない。
ただ、この聖杯戦争を創ったとされる人物。
科学をもって神秘を生み、奇跡すらも冒涜せんとする、まさしく神に仇なす存在に他ならなかった。
「――オルフィレウス。そう呼ぶがいい」
【クラス】
ルーラー
【真名】
キーク@魔法少女育成計画restart
【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力EX 幸運D 宝具EX
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対魔力:A+++++(E)
同ランク以下の魔術は全てキャンセル。
事実上、魔術ではキークに傷をつけられない。
これは破格の数値だが、彼女が宝具を使用していることが前提となり、不使用時は括弧内のランクとなる。
真名看破:A
ルーラーとして召喚されることで、直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が自動的に明かされる。
ただし、隠蔽能力を持つサーヴァントに対しては幸運判定が必要となる。
神明裁決:A
ルーラーとしての最高特権。
聖杯戦争に参加した全サーヴァントに対し、二回令呪を行使できる。
【保有スキル】
魔法少女:A
魔法少女に変身することが出来る。
人間離れした身体能力と各種感覚を備え、代謝行為の一切を行う必要がなくなる。
魔法少女は固有の魔法を一つ持っており、ルーラーの場合はそれが後述の宝具である。
自己矛盾:E
ルーラーは完璧な存在である。
だが、一つだけ綻びを有している。
全能(偽):B+
擬似的な全能者であることを示す。
全能状態が維持されている間、幸運判定にプラスを受ける。
但しこのスキルは、「自己矛盾」に由来する綻びを突かれた場合自動的に封印されてしまう。
【宝具】
『電脳空間で自由自在に行動できるよ(Restart)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:自身
電脳世界を自由自在に創造・改変できる魔法。魔法の電脳世界を創造し、ゲーム感覚で世界を創造・改変・破棄できる。
電脳空間内では物理・魔法双方による干渉を受け付けず、マスターであるオルフィレウスの令呪以外による干渉は受け付けない状態にある。ただし電脳空間外からの攻撃に対しては無敵性を持たず、データからの再現、創造には負荷が掛かる。
相手を電脳空間へ引きずり込むことで強制的に舞台へ登壇させる、といった芸当も可能。
聖杯戦争に召喚されるにあたり、ルーラーのクラスをあてがわれたことで世界の破棄、再創造が不能となっており、出来るのは改変のみと大幅に弱体化を被っている。
しかしそれでも全能ぶりは健在であり、同ランクの宝具であろうともキークには通用しない。
『やがて冬に届く白黒(ファル)』
ランク:E+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
彼女が改造を施した電子妖精。電脳空間への誘引や魔法少女の探知などの機能を持つ。
聖杯戦争中では、ペナルティの告知や参加者への対応にあたる存在として活動する。
ルーラーの命令通りに聖杯戦争を表向きに運営するが、ファルはあくまで善玉なため、聖杯戦争の中断を願っている。
【人物背景】
魔法少女を愛するがゆえに、その穢れを認められなかった娘。
【サーヴァントとしての願い】
??????
――今、星は黎明を超え、黄昏を待たずして混沌へ至る。
【主催陣営】
吹雪@艦隊これくしょん(ブラウザゲーム版)
オルフィレウス@Zero Infinity-Devil of Maxwell-
<舞台設定>
舞台は架空の街です。ちなみに擬似的な電脳世界でもあります。
施設は基本、現代に存在するものなら何を用意しても構いません。
マスター達は聖杯によって『この世界の住人』としての役割をあてがわれますが、これに準ずるか抗うかは本人の自由となります。
住人はすべてNPCですが、殺しすぎるとルーラーのサーヴァントから討伐令が発令されることがあります。
<サーヴァント、マスターについて>
マスターが死亡した場合、サーヴァントは消滅します。令呪の全損による消滅はありません。
逆にサーヴァントが死亡した場合も、マスターは半日の猶予を経た後消滅します。
状態表表記
サーヴァント
【クラス(真名)@出典先】
[状態]
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1:
2:
[備考]
マスター
【名前@出典】
[状態]
[令呪] 残り◯画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1:
2:
[備考]
【時間表記】
未明(0〜4)
早朝(4〜8)
午前(8〜12) ※開始時刻
午後(12〜16)
夕方(16〜20)
夜(20〜24)
【予約期間】
一週間。延長申請をすることで更に一週間の延長が可能です。
予約の受付は12月27日からスタートと致します。
以上で投下終了となります。
長くお付き合いありがとうございました。
これからも、改めて当企画をよろしくお願いします。
投下乙でした
訂正
【予約期間】
一週間。延長申請をすることで更に一週間の延長が可能です。
予約の受付は12月28日からスタートと致します。
日付間違えましたごめんなさい
投下おつー
色々衝撃的なことにw
合間合間の語りがすごく雰囲気出てて、元のキャラ知ってる人ならそれだけであいつらのことかってにやりと出来てすごかったです
投下乙です
投下乙です
先が楽しみ
投下乙
棗鈴&ランサー
松野一松&シップ 予約します
これより予約受付を開始します。
岡部倫太郎&ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード) 予約します。
アドラー&アサシン(U-511)
一条蛍&ブレイバー(犬吠埼樹)で予約します
牧瀬紅莉栖&キャスター(仁藤攻介)
美国織莉子&バーサーカー(呉キリカ) で予約します
投下します。
時刻は午前八時を少し回った頃。
日本中が起床を終えて一日のルーチンへと向かい始める時間帯にも関わらず、岡部倫太郎はネットカフェの一室に居た。
一応の身分は大学生ということになっているが、彼はこの数週間、一度も学び舎へは足を運んでいない。
それどころか一応の自宅にも、彼が創設した未来ガジェット研究所にも、全く寄り付かずにいる有様だった。
ではどこで過ごしているかと言うと、それはこのネットカフェである。
時たま個室付きの漫画喫茶にもなるが、ホテル以上に安値で気軽に利用できる宿という意味では同義だ。
朝っぱらからパソコンのモニターへと向き合い、黙々とネットサーフィンに徹する。
そんな彼の姿をもし人が見たなら、世の九割五分は彼を社会からドロップアウトした哀れな若者と見做すに違いない。
しかし、岡部の目には確かな光が灯っている。
断じてそれは進むことを諦め、自分の内側へと逃避したものの目ではなかった。
何かを成し遂げたい情熱で瞳を爛々と輝かせ一心不乱にキーボードを叩き、表示される情報を片端から叩き込んでいく。
特筆して強い力を持つわけでもなければ、生まれてこの方戦いらしい戦いをした経験すらない。
いわゆる魔術師と呼ばれる人種に比べ、そういう意味で岡部は圧倒的に劣っている。
サーヴァントはおろかマスター相手にすらも、ろくに戦えはしないだろう。
だとしても、彼にとて出来ることはある。
彼女達がより万全に戦えるよう、情報を揃えて作戦を練ることならば、岡部にだって出来るのだ。
「ライダー、起きているか」
「ん」
「起きていますわ、マスター」
「そうか。なら、少し聞いてほしいことがある。今後の方針にも関わってくる話だ」
マウスカーソルを移動させ、一番左のタブへ。
そこにはニュースサイトの画面が映し出されていた。
「XX電機が永久機関の開発に成功 人類史上初の快挙」……そうでかでかと見出しが貼られ、にこやかに笑う重役らしき人物の写真が掲載されている。
一週間ほど前のニュースだったが、この速報が駆け巡った時、ネット上は非常に大きな盛り上がりを見せた。
永久機関と言えば、理論上まず実現不可能とされていた疑似科学理論の代名詞だ。
SF(サイエンス・フィクション)の世界でこそ時たま登場することはあったものの、実際の所誰も、三次元(リアル)の表舞台でその名を聞くことになるとは思っていなかったに違いない。
厳密にはそもそも此処も現実世界ではないのだが、それは一旦置いておく。
「お前達が知っているかは分からないが、このニュースは俺に言わせれば、どこのSF小説だって話なんだ」
「あら、これなら私達も聞き覚えはありますわ。そこまで詳しい訳ではありませんけれど」
岡部は知らない話だったが、二人の海賊が生きた時代には、この永久機関を巡ってちょっとした騒ぎがあった。
当時から実現の可能性は限りなくゼロに近いとされていた永久機関装置を完成させたと豪語する者が現れたのだ。
それが嘘か真かは結局明らかとならず仕舞いだったものの、彼女達も風聞で、永久機関の概要くらいは知っていた。
外部からエネルギーを受け取ることなく、仕事を行い続ける装置。
手が届かないというところまで引っくるめて、真に夢の機関と呼ぶべき代物である。
「なら話は早い。お前達は、これがNPCだけの手で生まれた成果だと思うか?」
「それはないだろうね」
否定したのはメアリーだった。
続いてアンも同意するように頷き、岡部も二人の反応を見て満足げな顔をする。
「NPCってのは、つまり舞台装置ってことでしょ?
マスターの現実でも同じように発明に成功していたなら別だけど……装置の枠を超えた行いだと僕は思うな。
これが本当に触れ込み通りの品物だとしたら、それこそ人類史に名を残すくらいの大偉業だし」
「俺もそう考えた。誓って言うが、俺の知る現実世界ではそんな大発明があったなんて発表は一切なかった。
『永久機関の発明』というのは、この電脳世界だけで起きているイベントという訳だ」
「と、なると――」
「ああ。聖杯戦争の関係者が一枚噛んでいる可能性が高い」
この聖杯戦争では、殆どのマスターに各々固有のロールが与えられる。
それを上手く活かすことで他の参加者相手に有利な立ち回りが出来る訳だ。
そう考えると、民間企業に取り入った理由も自ずと見えてくる。
「何しろ物が物だ。実践してみせた上で提供すると嘯けば、どこの会社も喜んで飛び付いてくるだろうさ。
どれだけの額を支払っても、まず永久機関の存在だけで黒字は確実だからな……」
「なるほど。体よく扱いやすい後ろ盾を得た、ということですね」
とはいえあくまでも存在を確信出来ただけで、敵の手の内に関してはさっぱり分からないのが現状だ。
それでも、敵は相当なやり手だと岡部は思う。
永久機関などという代物を持っていることも、協力を取り付ける手腕と強かさも。
自分などでは到底及びもつかない知略と行動力の冴え渡る人物であることを予想させるには十分すぎる情報だった。
曰く、発明された『永久機関』を使用するには、特殊なスーツを着込む必要があるらしい。
何らかの魔術か、サーヴァントの力によるエンチャントを施された品物。。
宝具そのものということはないだろうが、いずれにせよ、あの内側で何か特殊な力が働いているのは間違いない。
彼の提供した永久機関の原理は未だ明かされていないが、魔力を動力源としたものと見るのが最も現実的だろう。
「それで? マスターは、どうするつもりなのさ」
「……そこをお前達にも考えてほしいのだ」
岡部は得意気に語っていた様子から一転、顰め面に表情を変えて言う。
「存在が確認できたからと言って、個人の身分にまで踏み込める訳ではない。
このマスターを最初の標的として追っていくべきなのか、それとも頭角を現すまで無視すべきか」
「そりゃ、無視に限りますわね」
返答は、すぐに返ってきた。
よもや即答されるとは思っていなかったのか、岡部は一瞬だけ呆気に取られる。
――彼女達は海賊だ。かの大航海時代を生き抜いた、海の覇者達の一人だ。
熾烈極まる大航海時代でのし上がろうと思うなら、単純な力技で押し通せば済むなどという幼稚な考えは捨てねばならなかった。海で名を上げるには、船内での謀略や政府との交渉、果てには異なる旗を掲げる海賊達への対処まで、あらゆる場面で頭を巡らせることが腕っぷしの強さ以上に要求される時代だった。
実際、それを怠って数え切れないほどの海賊が海の藻屑、或いは処刑台の露と消えてきた。
海賊ジョン・ラカムの下で培った経験、ノウハウ、知恵、戦略術。
アンとメアリーは大航海時代を生き、歴史へ名を残した大海賊として、当然それらを修めているのだ。
「先ほどご自分でも仰っていたでしょう? 聖杯戦争を有利に進めるため、金銭目的で企業へ取り入ったと。
では、絞った金を何に使うか。当然、守りを固めることや拠点の整備、物資の調達などに用途は限られてきます。
いわば、万全の体制があちらにはあるという訳ですわね。マスターはそんな相手へ堂々挑んでみたいと?」
「マスターがやれ、って言うなら僕らはそれに従うよ。
ただ、僕らは決して多芸じゃない。守りの宝具も、絡め手や便利アイテムみたいなものも持っちゃいない。……少し癪だけど、流石にちょっと厳しいと思うな」
アン・ボニーとメアリー・リード。
二人一組という異例の現界を果たした彼女達ではあるが、あくまでも彼女達はいち海賊だ。
魔術師ではないし、神話の偉業を成し遂げた訳でもないのだから、物珍しい宝具やスキルはない。
あるとすれば二人であることを活かしたコンビネーション。しかしそれも、殆ど役立つのは戦闘時に限定されるものだ。
「……そうか。分かった、ひとまずは頭の片隅に置く程度に止めておこう。
こいつらが尻尾を出し、討伐可能と判断されてからでも遅くはない、ということだな」
「理解が早くて助かりますわ、マスター。昨日のお姿とは大違いでしてよ」
「からかうな、ライダー。俺はただ……」
目が覚めただけだ。
そう呟く岡部の目には、昨日メアリーから諭されるまでのどこか鬱屈とした感情はどこにも存在していなかった。
サーヴァントからの激励。
それは彼へ……友を救うために時間を繰り返し続ける旅人へ、強い覚悟を呼び起こさせた。
椎名まゆりを救う。
その願いを叶えるには膨大な世界線移動の繰り返しをあてもなく続ける必要がある。
更に、それだけではない。
あまりにも絶望的な話だが、『そもそも世界線移動では不可能』な可能性も、決して存在しないとは言い切れないのだ。
本来であればそれは、世界線の原理からしてもあり得ない話。
しかし、椎名まゆりは世界に死を望まれた人間だ。
彼女に定められた運命を、常識に当て嵌めて考えようとすること自体が無意味。
――だとすれば、どちらにせよ、俺は聖杯を手に入れなくてはならない。
その思いが、岡部倫太郎に覚悟を決めさせた。
まゆりを助けるために他の全てを倒し、聖杯の恩寵を以って彼女を救うという、強い覚悟を。
「……ま。この様子なら、僕らが心配する必要もないかな。思う存分戦いに専念できそうだ」
「あ、その話なんですけれど、マスター。結局『討伐令』についてはどうなさるおつもりで?」
『ヘンゼルとグレーテル』、そしてそのサーヴァント『アサシン』を撃破せよ。
……とのクエストが発令されたのは今朝方のことだった。
明らかにやり過ぎたペースで屍を重ねていた彼らが見咎められるのは予想していたが、その名前は些か奇妙だ。
ヘンゼル『と』グレーテル。この名前では、あたかも殺人鬼のマスターは二人いるように思われる。
もしかすると、本当に二人いるのかもしれないな。岡部は自分のサーヴァント達を見、そう思った。
「討伐クエストには参加の方向で考えようと思う。
報酬が欲しくないと言えば嘘になるが、他の主従について情報を集める上でも都合がいいからな」
「ふむ。つまり、あまり積極的に下手人の首を狙う必要はないってこと?」
「目の前に姿を現したなら話は別だがな。そうでない限りは、あくまで余力を温存しつつ程々に、だ」
今夜――いや、それどころか昼間中にでも、聖杯戦争は何らかの動きを見せる筈だ。
これまでのように呑々とした時間を過ごせるとは思わない方がいいだろうし、また、そうするつもりもない。
アンもメアリーも、バリバリ戦闘向きの性能をしたサーヴァントだ。
ならば、彼女達が最も輝ける前線へ積極的に出してやるのが一番その真価を発揮させられるのは当然のこと。
隠れ潜んで時を浪費するのはもうやめだ。これからは積極的に聖杯戦争へ関わり、敵を倒していく。
そして、最後には。
必ず、我が未来ガジェット研究所の一員を運命の檻から救い出してみせる。
それまでは、たとえ誰が現れようとも――この足は、止めるものか。
【D-4/ネットカフェ/一日目・午前】
【岡部倫太郎@Steins;Gate】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 白衣姿
[道具] なし
[所持金] 数万円。十万にはやや満たない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1:討伐クエストへ参加しつつ、他マスター及びサーヴァントの情報を集める
2:『永久機関の提供者』には警戒。
[備考]
※電機企業へ永久機関を提供したのは聖杯戦争の関係者だと確信しています。
【ライダー(アン・ボニー)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 長銃
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:討伐クエストへ参加する
【ライダー(メアリー・リード)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] カトラス
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:討伐クエストへ参加する
以上で投下を終了します。
投下乙です
投下乙です
オカリンは助手に会っても足を止めないことは出来るんだろうか…
アン&メアリーという特殊な二体のサーヴァントがヘンゼルとグレーテルという特殊な二体のマスターと相対するかもしれないというのは面白いですね
乙
金髪巨乳と銀髪貧乳に挟まれるオカリン裏山
投下乙です!
アンとメアリーは討伐しようとしているサーヴァントのジャックとは相性が悪そうですが、この判断がどう出るか先が気になります
それと間桐桜&アーチャーを予約します
投下乙です。
・最後の鋼はかく語りき
各主従の群像劇であるオープニングですが、それぞれどの立ち位置を表しているかが読んでいて面白い。
これからの行く末であったり、現状の暗示であったり、考察のしがいがありました。
そして、裏側で思惑が交じり合っており、不確定の未来をどうにか手繰り寄せようとする主催者達。
あるがままに生きて死ぬであろう彼らの結末を考えると、楽しみで仕方がありませんね。
・決意の朝に
本調子とはいえないものの、大分元通りの岡部が何だかんだでアンメアと良好な関係を築いていて羨ましいやらムカつくやら。
節々で出る永久機関というきな臭さは、日常が徐々に聖杯戦争へと侵食されている証拠でしょうか。
航海者らしく豪快に討伐クエストへと乗って行く空気で、前線へと行こうとしていますが、
この世界には助手がいるんですよねぇ……。運命の檻に一緒に入ってるんですよねぇ……。
吹雪、ライダー(Bismarck)、黒鉄一輝、セイバー(ベアトリス)を予約します。
アーチャー(ヴァレリア・トリファ)、ランサー(ヘクトール) 予約します。
投下お疲れ様です
永久機関に興味を示すのは、マッドサイエンティストを自称するオカリンらしいですね
ちょうど自分も科学者を予約していたので、参考にさせていただきました
極めて理性的な見地から、オカリンに助言するアンメアも、いいキャラクターだなと思いました
自分も投下を行います
限界を超える。
運命に立ち向かう。
成長すること、道を拓くことは、常にそれらと同義であった。
何の障害もない道のりなど、結局は既定路線でしかない。新たな景色を見届ける前には、壁が立ちはだかっているものだ。
牧瀬紅莉栖にとっての壁とは、聖杯という途方も無い奇跡だった。
只人では敵うはずもない、規格外の神秘の具現だ。
それでも紅莉栖にとっての聖杯は、決して存在を許してはおけない、不倶戴天の敵であることに変わりはなかった。
聖杯に願いを捧げるために、戦いを勝ち抜くのではなく。
聖杯をその手で壊すために、戦いを止めることを選んだ。
自分一人の生命を、未来に繋ぐことよりも、それにより生じる万のリスクを、排除することを選んだのだった。
戦いに乗り前者を選ぶのも、選択肢の一つであるとは思う。
世界線という絶対を、神秘の業で覆し、奇跡を起こすという道も、考えられなくはないと思う。
それでも敢えて牧瀬紅莉栖は、その道を否定し切り捨てた。
限界を超えるというその行為にも、限度というものが存在する。
それは個人の力量だとか、そんなちっぽけなものではなく、人間という種そのものに、定められた限界だ。
人はどう足掻いても空を飛べない。
エラ呼吸を習得して、海で生きることもできない。
世界線に定められた、死の運命というものは、それらと同義ではないかと思うのだ。
もし、そんなありえない奇跡を、無理やりに起こしてしまえたならば。
人間が人間に生まれた以上、踏破できないはずの壁を、超えてしまったというならば。
ひょっとしたら、その者は――
◆ ◇ ◆
《何事にも限度ってものがあるわ》
サーヴァントに向かって飛ばした念話は、会話というよりは愚痴に近い。
午前中の町並みを歩きながら、牧瀬紅莉栖はその日差しに相応しくない、不機嫌な表情を浮かべていた。
彼女が腹を立てているのは、この町の治安というものについてだ。
ルーラーによって通達された、大量殺人を犯したマスターの存在。
そして更に、怪しげな噂を付き纏わせた、カルト教団の存在。
戦争の舞台となった以上、この町が危険な場所であることは、紅莉栖も重々承知している。
だがだからといって、この有様は、その限度を超えているだろう。
ずかずかと音を立てながら、歩く彼女の考えは、そうした理不尽な状況に対する、怒りの色で満たされていた。
《でぇ? ひとまず先に目についた、御目方教の方をどうにかしようってか?》
《どうにかする、ってほどではないけど。ただ、彼らがどういう輩なのか、調べておく必要があると思ったのよ》
不可視の霊体となってついて来ていた、キャスター・仁藤攻介の問いかけに、答える。
カルト教団・御目方教――それはNPCのロールにしては、あまりにも不自然な存在だった。
聖杯戦争をやらせるためだけに、仮初のものとして用意された。そんな舞台の設定にしては、あまりにも手が込みすぎている。
場合によっては、逆に戦いの妨げとなりかねない、そんな厄介な存在だ。
であれば単なる背景ではなく、込められた意図というものがあるはずだ。
たとえば他のマスターが、教祖として組織しているという、そんな可能性も考えられた。
そして厄介極まりないことに、この御目方教の総本山は、割合、紅莉栖の拠点の近所にあるのだ。
なればこそなおさらのこと、無視するわけにはいかなかった。
世を騒がす永久機関も、確かに科学者として気にはなったが、それはひとまず後回しだ。
《まずは正体を見極めて、そっから対処法を決める、と》
《優勝が目的じゃないもの。最初からがっついたりはしない》
当面の紅莉栖の目的は、その辺りの仮設が真実かどうか、見極めるというものだった。
彼女の勝利条件は、敵マスターの全滅ではない。
放置しておいても問題ないと、そう判断することができたなら、手を出さないという選択肢もある。
それを判断するために、紅莉栖は調査を行っていたのだった。
インターネットで拾える情報は、既に粗方拾っている。
であれば次に知るべきことは、噂にならない実態だ。
《そか。ま、でも偵察だったらさ》
言うと仁藤は、一度そこまでで言葉を区切り、周囲を伺うように沈黙する。
一拍の間を置いた後、彼は霊体化を解除した。
見えざる体は実像を伴い、戦いの舞台に具現化する。
「ちょっと!? 貴方何してるのよ!?」
「わーかってるみなまで言うな! とにかくこいつを見とけって!」
周囲に人影は見えない。だが監視の目がないと、完全に決めつけることはできないはずだ。
そんな意を込めた紅莉栖の抗議を、仁藤は左手を突き出し制する。
そうしてマスターを黙らせると、今度は右の手を出して、彼女の前で広げてみせた。
「キーッ!」
鳥のような甲高い声。
されどそこにいたものは、獣の四肢を持っている。
肉食獣の四つ足の体に、背中から翼を生やした異様な姿――神話のグリフォンを象った、小さなエメラルドのオブジェだ。
問題はそれが鳴き声を上げ、ぱたぱたと羽ばたいているということだったが。
「これは……?」
「言うなれば俺の使い魔ちゃん。こいつにひとっ飛びしてもらえば、御目方教の正体も、探ってきてくれるって寸法だ」
目をぱちくりさせる紅莉栖を前に、仁藤が得意げに説明する。
これぞ彼が持ち合わせていた、指輪の一つ・グリフォンリング。
その力を解放することで生まれた、使い魔・グリーングリフォンである。
「……最初から、貴方に相談しておけばよかったのね」
先にプランを話していたなら、仁藤はすぐさまこれを生み出し、偵察に放ってくれただろう。
それをしなかったがために、危うく危険を冒すところだった。
自分の迂闊さに苦笑すると、申し訳なさそうな響きを込めて、紅莉栖は仁藤に対して言った。
「そーゆーこと。俺はお前のサーヴァントなんだから、もうちょっと頼りにしてくれよな」
さして気にしてはいない。
そういう態度を取りつつも、仁藤は彼女にそう応じる。
マスターとサーヴァントの連携がなければ、聖杯戦争を生き残るのは不可能だ。
それを彼女には改めて、理解してもらう必要があった。
「さてと、んじゃ頼むぜグリフォンちゃん!」
「キィッ!」
主の指示に呼応して、グリーグリフォンが空へ飛び立つ。
西へと飛んだその先にあるのは、カルト教団の本丸だ。
順当にいけば、遠からぬうちに、御目方教に関する情報を、持ち帰ってきてくれるだろう。
「私達は、戻りましょうか」
「だな。いつまでもフラフラしてるってわけにもいかねぇし」
であれば、危険な教団の近くを、わざわざうろつく意味もない。
共闘する仲間を探すにしても、場所を選ぶべきだろう。
そう考えて牧瀬紅莉栖は、踵を返そうとしたのだが。
「………」
その時、現れた者がいた。
曲がり角から姿を現し、目の前に立ちはだかった人間がいた。
「えっ……?」
「………」
「………」
目を見開いた紅莉栖の元へ、今度は左右から人影が詰め寄る。
一様に虚ろな目つきをした、明らかに正気ではない様相だ。
こいつらは危ない。脳がアラートを響かせる。理屈ではない本能が、紅莉栖に危険を訴えている。
「ちっとばかし、遅かったな!」
行動を起こしたのは仁藤だった。
「へっ!? ちょっと!?」
紅莉栖の体が宙に浮く。
寝転がったような態勢になって、重力から逃れ浮き上がる。
もちろん人間は空を飛べない。その状態に至るには、他人の手助けが必要になる。
つまるところ牧瀬紅莉栖は、仁藤攻介に抱きかかえられたのだ。
それもロマンスのたっぷり詰まった、女子の永遠の憧れ――お姫様抱っこという態勢で。
「逃げるぞマスター! 捕まってろよ!」
「ちょっ! 待ちなさい! 待てっての! この態勢は嫌ー!」
運動音痴の紅莉栖では、満足に逃走することはできない。それくらいは理解できる。
だがだからって、知り合って間もない男なんかに、こんなことをされるのは嫌だ。
お姫様抱っこをしてほしい相手は、もっと他にいるというのに。
そんなことを考えながら、反論の声を上げつつも、態勢を変えろという訴えは、遂に聞き届けられることはなかった。
◆ ◇ ◆
あれは危険だ。
見た目だけでない。纏う気配が尋常でない。
食ったら食あたりを起こしそうな、そういう良くない魔力を感じる。
どうやら紅莉栖の立てた仮説は、見事に的中していたようだ。
それが古の魔法使い・仁藤攻介の直感だった。
故に彼は間髪入れず、あの場から逃走することを選んだ。
ぽかぽかと紅莉栖に殴られながらも、一番手っ取り早い姿勢を維持したまま、人通りの少ない道を駆け抜けたのだ。
「……!」
「っとぉ!」
もちろん、簡単には逃げられない。すぐに先回りされてしまう。
宝具を纏わない限り、仁藤攻介の身体能力は、一般人より少し上程度だ。
故に、恐らくは御目方教の手の者であろう、この怪しげな集団にも、割と簡単に追いつかれてしまった。
さてどうするか。どう立ち回るか。
相手は本来聖杯戦争とは、無関係であるはずのNPCだ。
さすがに宝具で一掃しては、寝覚めも悪くなってしまう。
喧嘩していいのであれば負ける気はしないが、生身のパンチを浴びせても、大人しく眠ってくれるかどうか。
「ぎゃあッ!」
その時だ。
背後から悲鳴が上がったのは。
野太い中年親父のそれは、明らかに牧瀬紅莉栖のそれではない。
「!?」
「こいつは……!?」
いつから姿を現していたのか。
振り返った先にあったのは、目を覆いたくなるような光景だった。
御目方教の信者の一人が、異形の怪物に食われている。
中型犬ほどの大きさの、綿毛の化け物のような生き物が、無数に湧き出て群がっているのだ。
ばりぼきと血肉を噛み砕く音と、びちゃびちゃと液体が飛び散る音。
不快な音を立てながら、怪物達は信者のサイズを、見る見るうちに縮めていく。
「うっ、うわぁあああ!」
襲われたのは一人だけではない。
他の信者達も同様に、綿毛の軍団に飲み込まれてしまった。
「ひっ……!」
あれほど拒否反応を示していた紅莉栖が、青ざめた顔でしがみついてくる。
確かにこの光景は、女子にはいくらかショッキングすぎる。
遠からずして連中は、骨も残さず咀嚼され、血の水たまりへと変わるだろう。
窮地を救った援軍と、手放しに歓迎できるようなものではない。
「……どーやら味方ってわけじゃなさそうだな」
そうこう考えているうちに、食事を終えた綿毛の一部が、仁藤達の方へ詰め寄ってきた。
顔も目玉もない連中だが、殺意のあるなしは気配で分かる。
こいつらは信者達諸共に、自分達を平らげるつもりだ。
冗談じゃない。食うのはこちらの専売特許だ。簡単に食べられてたまるものか。
「化け物相手なら遠慮はしねぇ!」
震える紅莉栖を道路に降ろし、自らは魔法の指輪を手に取る。
それは先程使い魔を生んだ、グリフォンリングともまた別物だ。
『ドライバー・オン!』
魔法の呪文が鳴り響く。
光のエンブレムが浮かび上がる。
円形の陣から現れたのは、大仰な金属のベルトだ。
光沢を放つ銀の細工は、さながら観音扉にも似ていた。
「変〜……身ッ!!」
大仰なポーズを取りながら、仁藤は鬨の声を上げる。
変身。異なる姿への進化。
それが仁藤攻介の、宝具解放のキーワードだ。
キャスターの持つ力とは、魔法の杖などの武器ではない。
魔法の鎧を身に纏い、肉体のスペックそのものを底上げする、変身魔法こそが彼の力だ。
『セット! オープン!』
ビーストリングをベルトに差し込む。
それが禁断の扉を開き、古の封印を解く鍵となる。
銀の扉から顔を出すのは、獰猛な黄金色の獅子だ。
ライオンを象った意匠が、真紅の眼光と共に唸りを上げた。
『L! I! O! N! LION!!』
それが変身のプロセスだった。
瞬間、光に包まれた仁藤は、既に人の姿をしていなかった。
黒いフィットスーツの上で、光を放つ金の装甲。
獅子を模したフルフェイスヘルムは、さながらエジプト神話のスフィンクスか。
変身宝具・『古の本能眠りし扉(ビーストドライバー)』。
扉の先の力を手にし、野獣と契約を果たした男は、その力を纏う戦士となる。
古の魔法使い・ビースト――それが英霊・仁藤攻介の、真の戦闘形態だ。
「朝食(ブレックファースト)……にしちゃあ遅いか? ま、とにかくいただくぜ!」
どこからともなく刃を取り出し、魔法使いは宣言する。
鋭く光る直刀は、魔術礼装・ダイスサーベル。ビーストの戦闘を支える基本兵装だ。
「おりゃあっ!」
一気呵成に踏み込んで。
一意専心で斬りかかり。
一網打尽に叩きのめす。
獰猛な雄叫びを上げる度、ビーストの振るう刃の光は、敵を次々と斬り裂いていった。
野獣(ビースト)の二つ名に偽りなし。野性味溢れる剣術は、まさに豪快の一言に尽きる。
俊敏かつ大胆な身のこなしは、これがキャスターのものなのかと、最初は紅莉栖も目を疑ったほどだ。
「ごっつぁん!」
斬られ消滅する怪物の体は、光の魔法陣へと変わる。
それらは続々とビーストの――正確には腰のドライバーの元へと向かう。
これがキャスター・仁藤攻介の、最大の特色の一つだ。
彼は魔力で形成された、ありとあらゆる存在を、己の力として吸収できる。
ビーストの倒した屍は、魔力の結晶へと変わり、美味しい食糧へと変わるのだ。
戦うために食らう。
否、生きるために戦う。
闘争と捕食が直結し、それこそを生命維持の手段とするビーストは、まさしく肉食の獣だった。
「キャスター!」
不安げな紅莉栖の声が上がる。
食事を終えた怪物達が、一斉にビーストへと矛先を向けたのだ。
「数が多いってんなら、やっぱこれだろ!」
それでもビーストは動じない。
仁藤攻介は狼狽えない。
余裕すら感じる口ぶりで、新たな指輪をベルトに差し込む。
『カメレオ!』
呪文が響く。
閃光が走る。
右肩に姿を現したのは、その名の通りのカメレオン。
古の魔法使い・ビーストの力は、巨大な魔獣『牙剥く野獣(ビーストキマイラ)』に由来する。
複数の獣をその身に取り込んだ、異形の怪物の特色は、ビーストにも影響を与えているのだ。
故にビーストは、魔法の指輪で、様々な獣の装飾を纏う。
それらの獣の能力を、自らの技として行使するために。
「どりゃ!」
緑の装甲と外套――カメレオマントを羽織ったビーストは、右肩を敵に向かって突き出す。
爬虫類の頭部から、勢いよく伸び敵に迫るのは、カメレオンの長い舌だ。
鞭のようにしなるそれは、敵を絡め取り、締め上げる。
伸縮自在のカメレオンの舌は、群れなす敵にはうってつけの武器だ。
緑を纏った魔法使いは、これまでの倍にも迫るペースで、次々と怪物を蹴散らしていった。
「そろそろシメにさせてもらうぜ!」
手にした剣をビーストが構える。
柄に手をかけ、ルーレットを回す。
いかなる魔法でも干渉できない、ダイスサーベルの六つの目。
運命が告げたその数字は、ビーストの必殺攻撃の威力に、そのまま直結することになる。
『ファイブ!』
「よっしゃ!」
出目は5――悪くない数字だ。
『カメレオ・セイバーストライク!』
「うぉりゃあーっ!」
跳び上がり、上空で気合一閃。
力任せに振り抜いた刃が、虚空に黄金の陣を描いた。
光のエンブレムから現れるのは、五匹のカメレオンの群れだ。
ダイスサーベルの力を解放し、敵に放つ必殺技――セイバーストライクの一閃。
獣の力を纏う魔術師は、その一振りで手懐けた獣を、兵隊として敵へと放つ。
殺到する魔獣の軍団は、綿毛の群れへと殺到し、一網打尽に蹂躙してみせた。
「あん?」
魔力を身へと取り込みながら、ビーストはふと、視線を傾ける。
少し離れたその先に、何者かの影を目撃したのだ。
ひと目で分かる。普通の人間とは気配が違う。
あれは間違いなく自分の同類――この怪物達を差し向けた、敵サーヴァントの正体だ。
「そこか!」
ダイスサーベルの切っ先を振るい、魔力を弾丸と変えて放つ。
着弾。炸裂。上がる爆音。
攻撃をかわした黒い影は、跳び上がりすぐさまその場を離れる。
着地したビーストに対峙するように、物陰から姿を現したのは、漆黒を纏う少女だった。
「バーサーカーの、サーヴァント……?」
マスターである紅莉栖には、敵の正体が見えている。
最初に相対したライバルは、狂戦士のクラスで現界していた。
男物の燕尾服を、女性風にアレンジした服装。されど前傾気味の態勢は、優雅の一言とは程遠い。
揺らめくベルトと服の裾は、それこそ獣の尻尾のようだ。
顔の右半分は、黒い眼帯で覆われている。左で光る金の瞳は、さながら黒豹のように鋭かった。
「■■■■」
何事かを口にし、少女が唸る。
それは獲物を前にした獣が、威嚇し喉を鳴らす仕草に似ていた。
獣の装いを纏っているだけで、実際には理性ある人間の仁藤と比べると、むしろ相手の方が野獣(ビースト)のようだ。
否むしろ、魔獣(モンスター)と呼ぶべきか。
その装束から立ち上る、怪しげな漆黒のオーラを見ると、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
「上等。そうでなくっちゃな」
相手は明らかに戦う気だ。
言葉も通じないバーサーカーに、先制攻撃を命じたマスター。同盟関係の締結は不可能だろう。
であれば、戦いは避けられない。そしてもちろんビーストには、むざむざとマスターを殺らせる気はない。
軽口を叩きながらも、ダイスサーベルを、油断なく構えて敵を睨む。
「……?」
その時のことだ。
恐らくは姿を見せないマスターから、念話で指示が届いたのだろう。
不意にバーサーカーの眉根が動き、目を丸めてぱちくりとまばたいた。
剣呑な雰囲気は一瞬で霧散し、黒豹から子猫になったように、面食らった表情を浮かべる。
「………」
次のアクションを起こした時には、そこには獰猛な狂気はなかった。
影を己が内へと引っ込め、表情を急速に冷却させて。
物言わぬバーサーカーは臨戦態勢を解くと、そのままくるりと踵を返して、戦場からあっさりと飛び去った。
「あっ、こら! 待てよお前!」
ビーストの制止も届かない。
狂戦士は遠ざかると同時に、霊体化してその身を隠す。
ああなっては追跡は不可能だ。グリーングリフォンの視覚情報くらいしか、探知能力を持たないキャスターには、不可視の敵を見破ることはできないだろう。
「やれやれ、こんなオチかよ……」
敵に手の内を見られた。
逆にこちらは相手の手札を、ほとんど見ることができなかった。
マイナスばかりの戦果に対し、がっくりと肩を落としながら、ビーストは己が変身を解く。
元の仁藤攻介に戻ると、ひとまず後ろを振り返り、マスターの無事を確認した。
「今のは、多分……御目方教の連中とは、無関係なのよね?」
「だろうな。つっても御目方教の方にも、多分別のマスターがついてる。食われたアイツらに取り憑いてた、妙な魔力がその証拠だ」
周囲に敵の気配がないことを確認し、二人は状況を整理する。
怪しげな魔力を纏った信者は、明らかにサーヴァントの影響下にあった。
にもかかわらず、後から現れたサーヴァントは、彼らも諸共に食い尽くしていた。
これはあのバーサーカーが、御目方教の背後にいるのとは、別のサーヴァントであることを意味する。
つまり開幕から僅か数時間で、牧瀬紅莉栖と仁藤攻介は、実質二騎ものサーヴァントに襲われたのだ。
大事に至らなかったからよかったものの、割合、スリリングな状況であったことは、間違いないだろう。
「にしても……」
そして、それとはまた別に、一つ引っかかることがある。
「? キャスター?」
「いや、まぁ、どうでもいいことか」
呟きかけたその言葉を、仁藤は取り繕って飲み込む。
彼が言おうとしたことは、戦局には全く関係のないことだ。
だがどうしても、個人的に、気になってしまうことではあった。
(ありゃあ本当に、バーサーカーだったのか……?)
最後の瞬間に目の当たりにした、バーサーカーの金の瞳。
それは狂戦士のものであるとは、到底信じられないような、澄んだ光を放っていた。
もちろん、あれがバーサーカーである以上、ろくな理性などあるはずもない。
しかしその冷静そのものな光は、明確な目的意識を持っているような、そんな風に見えて仕方がなかったのだ。
あるいは恐らく、本能の部分で、刻み込まれた何らかの意志が。
狂気という言葉とは程遠い、一種の気高さすら宿して、光り輝いているような。
仁藤攻介の頭には、その信じがたい光景が、どうしても引っかかってしまっていた。
【C-3/一日目・午前】
【キャスター(仁藤攻介)@仮面ライダービースト】
[状態]健康、魔力補充
[装備]なし
[道具]各種ウィザードリング(グリフォンリングを除く)、マヨネーズ
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り、マスターのサポートをする
1:追っ手の目を警戒しつつ、拠点のホテルへと戻る
2:グリーングリフォンの帰還を待つ
3:黒衣のバーサーカー(呉キリカ)のことが気になる
[備考]
※C-4・御目方教に向かって、グリーングリフォンを偵察に放ちました
※黒衣のバーサーカー(呉キリカ)の姿と、使い魔を召喚する能力を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています。
また、黒衣のバーサーカー(呉キリカ)とそのマスターは、それらとは別の存在であると考えています。
※御目方教の信者達に、何らかの魔術が施されていることを確認しました
【牧瀬紅莉栖@Steins;Gate】
[状態]恐怖心による精神ダメージ(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]財布
[所持金]やや裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、聖杯戦争を終わらせる
1:追っ手の目を警戒しつつ、拠点のホテルへと戻る
2:グリーングリフォンの帰還を待つ
3:聖杯に立ち向かうために協力者を募る。同盟関係を結べるマスターを探す
4:御目方教、ヘンゼルとグレーテル、および永久機関について情報を集めたい
[備考]
※黒衣のバーサーカー(呉キリカ)の姿と、使い魔を召喚する能力を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています。
また、黒衣のバーサーカー(呉キリカ)とそのマスターは、それらとは別の存在であると考えています。
※御目方教の信者達に、何らかの魔術が施されていることを確認しました
◆ ◇ ◆
敵マスターの捜索は、美国織莉子にとっては簡単なことだ。
町をうろついている先で、何らかのアクションが起きれば、その前に未来予知の魔法が伝えてくれる。
後は現場に急行すれば、何かをしているマスター達を、視界に収められるという寸法だ。
彼女が金色のサーヴァントを、早々に捕捉できたのにも、そういう理由が存在していた。
これでルーラーから通達のあった、ヘンゼルとグレーテルとやらに巡り会えれば、もう少しお得感も増したのだろうが。
「不満そうね」
彼女の傍らに立つバーサーカーは、少し不機嫌そうな顔をしている。
どうして中断させたんだ。あのまま戦っていたならば、首を手土産に持って帰れたのに。
言葉こそ発していなかったものの、ふくれっ面の呉キリカは、そんな風に訴えているようにも見えた。
「今はまだ時期尚早よ。手の内を探るだけでよかったの」
こちらの手の内まで晒すのは早いと、織莉子は怒るキリカを諌める。
実際、予知魔法を応用して、アウトレンジから戦況を確認するのにも、それなりの魔力を使っていたのだ。
どうやら敵を倒すことで、魔力を吸収できるらしいキャスターに挑むには、やや分の悪い状況だったと言えるだろう。
とはいえ、今のキリカの思考回路は、それこそ動物レベルにまで単純化している。
そんな込み入った事情など、正確に理解できるはずもない。
「……ごめんなさい。せっかく頑張ってくれたのに、意地悪ばかり言ってしまったわね」
分かりやすいフォローが必要だ。
頭を優しく撫でながら、織莉子はキリカを労った。
「お昼ご飯には、何か美味しいものを食べましょう。頑張り屋さんへのご褒美よ」
「……!」
ぱぁっ、と少女の顔が光った。
破顔一笑。そんな言葉が似合うような、感動の一色に染まった。
褒め言葉と美味しいご褒美に、すっかり機嫌をよくしたキリカは、にこにことして織莉子の左手に抱きつく。
「あらあら」
困ったように笑いながらも、邪険にする様子もなく、織莉子は空いた右の手で、キリカの頭を再び撫でた。
(それにしても、御目方教か……)
一方で、彼女の鋭い思考は、止まることなく回り続ける。
キャスター達が口にしていた、この近辺に陣取るカルト教団。
どうやらキリカの使い魔が葬った、あの怪しげな連中は、その御目方教の人間であるらしい。
NPCの振る舞いにしては、やたら悪目立ちしていると思ってはいたが、何か裏があるということか。
どうやら討伐令のことばかり、考えているわけにもいかないようだ。これも準備が整い次第、調べる必要があるだろう。
織莉子はそう考えながら、繁華街の方へと歩を進めた。
◆ ◇ ◆
もしも。
もしも人間という種の限界を、実際に超えた者がいたとするならば。
空を飛ぶような奇跡を。
海で生きるような神秘を。
世界線によって定められた、絶対的な死の運命を、覆せるような人間がいたとしよう。
そんなありえない奇跡を、無理やりに起こしてしまえたならば。
人間が人間に生まれた以上、踏破できないはずの壁を、超えてしまったというならば。
ひょっとしたらその者は――既に、人間ではなくなっているのではないか。
強すぎる奇跡の体現者は、既に人間とは異なる、何物かに成り果てているのではないか。
それが牧瀬紅莉栖の抱いた、恐怖にも似た仮説だった。
【C-3/一日目・午前】
【バーサーカー(呉キリカ)@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]健康
[装備]『福音告げし奇跡の黒曜(ソウルジェム)』(待機形態)
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:織莉子を守る
1:美味しいご飯を食べに行く
[備考]
※金色のキャスター(仁藤攻介)の姿とカメレオマントの存在、およびマスター(牧瀬紅莉栖)の顔を確認しました
【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]魔力残量7割
[令呪] 残り三画
[装備]ソウルジェム(待機形態)
[道具]財布、外出鞄
[所持金]裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に優勝する
1:繁華街へ行き、昼食を食べる店を探す
2:令呪は要らないが、状況を利用することはできるかもしれない。町を探索し、ヘンゼルとグレーテルを探す
3:御目方教を警戒。準備を整えたら、探りを入れてみる
[備考]
※金色のキャスター(仁藤攻介)の姿とカメレオマントの存在、およびマスター(牧瀬紅莉栖)の顔を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています
投下は以上です
投下おつー
初っ端からの小競り合いも聖杯戦争の華だよな
しかしおかりんに続いてクリスティーナ投下とは運命を感じるぜ
にとくりは会話ノリノリでわーきゃーしていて楽しいコンビだな
>>470
>>>426
>そういう内容の男の悪口は公共の影響力のあるメディアにのっていくらでもあふれてる
>女の悪口はメディアにめったにでてこないから冷や水を浴びせられたように感じたんだろ女は
>そういう女は男にも言いたいことがある、選ぶ権利があるという考えが完全に抜けてる
>どこまでも思い上がってる証拠
うわぁ
すいません。誤爆です。
投下乙です。
魔法使い対魔法少女、今回は小競り合いで終了
それでも短い戦闘の中でビーストの特性や、軽い口調でも頭はしっかり回る仁藤が見れて満足です
一方のおりこキリカも、二人で過ごしている時は中睦ましい少女達でしかないわけで
でも、魔法少女は『人間』ではないのではという……重い
あと一つ。仁藤の出典がウィザードじゃなくてビーストになってます
投下乙です。
仁藤はやはり、一般人鱒向きの気質をしたサーヴァントですね。
キリカの戦闘時とそれ以外の変わりようは見事だと感じました。
紅莉栖と仁藤、織莉子とキリカのどちらも今後がまだ分からない組み合わせなので、期待したいところです
投下します。
「おっと、そこの兄さん。ちっとばかし止まってもらおうか」
物好きな若者でもない限りは、地元住民でも滅多に立ち入る者のいないゴーストタウンがあった。
更なる都会への移住が進む中で発展と開発から取り残され、以降かつてのままの姿を晒し続けている廃墟街。
建物は皆薄汚れて、電柱には何年前かのチラシが貼り付けられたままで、路傍には小動物の死骸が白骨化している。
まだ昼間だというのに仄暗い不気味な空気を漂わせる廃区画は、さながらホラー映画のロケーションのようだった。
そんな、およそ神聖さ、清潔さとは縁のないこの地へと踏み入ろうとする長身の影が一つ。
そしてそれを止める者が一人。
誰も見る者のいない朝の静けさの中で、邂逅が起こる。
「おや、これはこれは。朝早くからご苦労様です」
柔和に微笑んで労いの言葉をかける男は、神父の姿をしていた。
糸のように細い目と精微な顔面が作り出す微笑みは優しく穏やかで、否応なく見る者の毒気を抜く。
子ども達に囲まれて笑っている姿が優に想像できる、牧歌的な日常の似合う男だった。
だからこそ、だろう。
彼の姿は、長槍を携えて民家の屋根上から見下ろしている現実離れした男よりも遥かに周囲の風景から浮いていた。
一面が自然に囲まれた風景に高層ビルが一軒だけ建っているような、そういうアンバランスさがある。
「『ご苦労様』ね。こんな物騒なモン持ってる野郎見て第一声がそれたぁ、肝の据わった神父様が居たもんだ」
「生憎、物騒な友人には事欠かない人生を送ってきたものでして。これしきでは驚きませんよ、ははは」
「へえ、んじゃオジサンとあんたはお互い様ってことになるみたいだわ。
嫌だよなあ、物騒な連中ってさ。疾風怒濤の戦車野郎とか、馬鹿の振りした天才船長とか、オジサンにも覚えがあるぜ」
軽薄な会話を交わし合う二人の姿は一見すると友好的だが、しかし槍の男が警戒を緩める気配は全くない。
それどころか、よりいっそう警戒の度合いを引き上げているようですらある。
一方の神父は、真実無防備そのものだ。
武器を持っている様子はなく、魔術的な備えを有している風でもない。
その気になれば刃物を適当に持たせただけの民間人でも刺し貫けてしまうのではないかと思わせるほど、隙だらけだ。
「で? 結局何しに来たのさ、おたく」
「近頃は何かと物騒ですからね……私も何かお役に立てることがあればと思い、こうして巡回に訪れた次第で」
「悪いこと言わねえからやめときな。あんたが出しゃばったところでどうにもなりゃしねえよ。
それにここら辺は見ての通り、人なんざ住んじゃいないんだ。
分かったら鬼が出てくる前に帰った方がいいと思うんだけどねえ、オジサンは」
「ふむ……鬼、ですか」
瞬間、神父の糸を思わせる細目の内側から、蒼い光を湛える瞳がのぞいた。
ひどく怜悧で、冷たい眼だ。
これまであんなにも人畜無害な雰囲気を醸していた人物が持つとは思えないほどに、それは底冷えした眼光だった。
「私も長きを生きてきましたが、鬼と語らったのは初めてです」
それは自分から、相手へ正体を知らしめる発言。
言い終わるや否や、神父の目線の先に確かにあった筈の面影が消え失せる。
その行く末を神父が追うまでもなく、ゴーストタウンに住まう鬼は彼の直前へと姿を現していた。
これまでただやる気なさげに持っているだけだった槍は今真っ直ぐに構えられ、神父の胸を向いている。
神父がそれに反応を示そうとするが、それよりも鬼の槍が放たれる方が疾い。
「あばよ」
鬼を名乗った英雄はにっと笑って、殺意など微塵ほども匂わせることなく刺突を放った。
切っ先は過つことなく、狙い通りに神父の胸の中央を穿つ。
電光石火と、そう呼ぶに相応しい見事な一撃で、英雄ヘクトールは必殺にかかった。
良く言えば先手必勝、悪く言えば不意討ちにも似た行動。
それは英雄の行いからは、確かに逸脱したものかもしれない。
しかしたとえ面と向かってそう指摘されたとしても、彼は恥じることもなくへらへら笑ってみせるだろう。
神話の時代、トロイア戦争。
神の推測すら裏切る謀略を弄してのけた将軍にして、トロイア軍に並ぶもののなき戦士。
武と智の両立を地で行く男――それがヘクトールという英雄、ここではランサーのサーヴァントたる男である。
その彼が、手段など選ぶはずがない。
まして相手が、まるで得体の知れない手合いならば尚のことだ。
「――おいおい」
しかし、ランサーが浮かべた表情は会心のものとは異なった。
表情のみならず、得物越しに伝わってくる手応えもだ。
肉を貫き霊核を砕く感覚はなく、代わりに伝わるのは鋼を石の杖で突いたような、決して肉体相手に感じるものではないだろう『弾かれる』感覚。たんと地面を蹴って後退しつつ神父を睥睨すれば、やはりその体からは血の一滴も流れていない。
「やれやれ、野蛮ですね。私は別に、事を構えるつもりで来たわけではないのですが……」
「こりゃ面倒なのが来たもんだなぁ……何者だ、あんた? サーヴァントなのは間違いねえんだろうけどさ」
ぽりぽりと頭を掻きながら口にした面倒という言葉は、この場に限っては偽らざる本心だった。
能ある鷹は爪を隠す。
それと同じで、このランサーも常に気怠げな様子を見せつつも、常に本気である質の英霊だ。
だが、この時ばかりは心底面倒な相手がいたものだと嘆かずにはいられなかった。
先の一瞬だけで判断材料としては十分だ。
眼前の神父は、恐らく自分の槍では貫けないだろうという事実への判断材料としては。
「ええ、こんな成りをしてはいますが、その認識で合っていますよ。
クラスは――それを明かすと少々不都合がありますので……ここは一つ、『聖餐杯』とでもお呼びください」
「胡散臭え。聖人サマの盃を名乗るにしちゃ、あんたちょっときな臭すぎるぜ」
真名解放まで使えばどうなるかは定かではないが、出来ればそれは避けたいとランサーは思った。
自分の宝具は、白昼堂々使うには少々目立つ。
それに、ワイルドカードを切っておいて傷一つ付けられませんでした、では笑い話にもなりはすまい。
幸いなのは、あちらに交戦意思がない――だけでなく、見たところ交戦能力もないことだろうか。
「今日この地を訪れたのは私の独断です。町外れ、人の寄り付かない営みの残骸。
聖杯戦争のマスターが拠点を築くにはうってつけでしょうから、一つ顔を出してみようと思った次第ですよ。
……ただ、まさか門前払いを食らうことになるとは思いませんでしたがね」
「こっちとしても予想外さ。まさか、うちの大将が目ぇ付けた場所におたくみたいなのがやって来るとはねぇ」
「そうでしたか。ところで、これも何かの縁です。一つご提案があるのですが」
聖餐杯を名乗るサーヴァントから、既に剣呑な雰囲気は失せていた。
最初とまったく同じ穏やかな顔をしながら、しかし話題は確実に聖杯戦争の方へと移り変わっている。
「見ての通り、私には他のサーヴァントと張り合えるだけの力がない。
いえ、無論のこと宝具はありますよ。しかしそれも、そうおいそれと放てるものではないのです」
「ははぁ。それで、あれかい。オジサンのとこと同盟組もうって話?」
刹那――ランサーが動いた。
聖餐杯は微笑んだまま、走る刺突を止めようとし、空を切る。
耐久力の差は雲泥だが、こと戦闘のセンスにおいてはその天秤は逆転する。
トロイア軍を単身で支えた戦士の槍技を、無敵の鎧を纏って嗤うばかりの彼に見切れる道理はない。
そのまま切っ先は彼の眼球へと突き進み、その水晶体と激突したところで停止した。
チッとランサーが舌を打つ。聖餐杯は眼球で槍の穂先を受け止めながら、ただ微笑んでいる。
「鍛えようのない、剥き出しの部位を攻撃すれば有効打になる……その発想は素晴らしいですが、生憎と私のこれは研鑽によるものではないのです。この総体の何処を狙おうと――貴方の槍では、聖餐杯を壊せない」
「どうやらそうみたいだねえ、こりゃ。……けどよ、そりゃそっちにも言えることだぜ、神父様」
槍を引き、ランサーは意趣返しのように言う。
「あんたのご大層な宝具を使われちゃ確かにオジサンもやべえさ。
けども、あんたはこんな序盤も序盤の真っ昼間からそいつを使うほど阿呆じゃねえだろ?」
「……ふむ。それは確かにそうですが」
「なら、あんたもオジサンには勝てねえってわけよ。所謂千日手、どっちも得しねえ勝負ってわけだ」
だから、とっとと帰りな。
気怠げに言うランサーは、同盟を受ける気は皆無と言わんばかりに、その話題へ触れようとはしなかった。
英雄ヘクトールは将軍だ。
時には最前線で戦う戦士として、時には権謀術数に優れた政治家として活躍した逸話を持つ。
その彼だから、分かったのだ。
聖餐杯――このサーヴァントは敵とするにも厄介だが、それ以上に味方につける方が何倍も恐ろしい手合いだと。
自身のマスターのことを思えば尚更、同盟の申し出を受けるわけにはいかないと思えた。
「残念ながら、これ以上は暖簾に腕押しのようですね。仕方がありません。また日を改めて出直すとしましょう」
「おう、じゃあな神父様。二度と来るんじゃねえぞ」
わざとらしく残念そうな表情を貼り付け、神父は踵を返す。
その姿が見えなくなるまで目を逸らさずに見送ってから、ランサーはやれやれと嘆息した。
時間にして数分程度の邂逅だったが、あれは相当な際物だ。
政に携わる中で交渉術についても当然修めた自らをも、隙あれば陥れようとしてくる蛇のような悪意。
あれは絶対に、うちのマスターと会わせちゃいけねえタイプだ――そう確信するまで時間はかからなかった。
出来ることならこの場で倒しておきたかったが、彼の鎧のような体を貫く手段がない以上は無謀な勝負だ。
先程はああ言ったが、下手に長引かせて宝具を使われれば最悪一撃でお陀仏の可能性さえあったかもしれない。
「嫌だねえ、全く。オジサンもう年なんだから、少しはお手柔らかにしてほしいもんだぜ」
肩を竦めて呟くのを最後に、ランサーは霊体化し、その姿を消した。
【A-8/ゴーストタウン/一日目・午前】
【ランサー(ヘクトール)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず、程々に頑張るとするかねえ
1:マスター(ルアハ)の下まで他人を進ませない
2:『聖餐杯』に強い警戒
◆ ◆
「そう首尾よくは進まないものですね、残念ながら」
愚痴るようでありながら、口元は弧を描いている。
『聖餐杯』を名乗る神父服のアーチャー、ヴァレリア・トリファは帰途へと着いていた。
日頃はマスターの登下校にひっそりと同行し、万一のことがないのを確認してから一日の行動へと移るのが日課であったが、聖杯戦争が始まったともなれば事情は変わってくる。
同盟相手の確保、並びに討伐令の対象である殺人鬼とそのサーヴァント・アサシンの捜索。
馬鹿正直に令呪目当てにクエストへ乗るかどうかはさておいて、一度お目にかかってみたいと思っているのは確かだ。
「あの廃墟街にならば、もしかしたらとは思ったのですが――」
しかし、その道はランサーのサーヴァントを前に阻まれた。
サーヴァントであることを明かさずにいれば、自身のスキルの効力も相俟ってもう少しは話が通じたのではと思わないでもなかったが、あの英霊はその程度の小細工で籠絡されてくれるほど容易い相手ではないだろう。
厄介と呼ぶまでには至らないが、覚えておくに越したことはない。
恐らく、ゴーストタウンの内部に彼のマスターが居るだろうことはほぼ確実。
アサシンをサーヴァントに持つ主従とコンタクトが取れたなら、その時は向かわせてみるのも手かもしれない。
そんなことを考えながら、神父は朝の路傍をひとり、霊体化もせずに堂々と闊歩していた。
その姿は、少し目立つ外見をした聖職者としか映らない。
彼は、紛れもなく聖職者だ。
だがその信仰は、輝けるものでは決してない。
邪なる聖人(クリストフ)――と。人は彼を、そう呼ぶ。
【B-8/一日目・午前】
【アーチャー(ヴァレリア・トリファ)@Dies irae】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にする
1:一度教会へ戻る
2:同盟相手の模索
3:廃墟街のランサー(ヘクトール)には注意する
4:討伐令の対象となっている主従に会ってみたい。どうするかはそれから決める
[備考]
※A-8・ゴーストタウンにランサー(ヘクトール)のマスターが居るだろうことを確信しました
以上で投下を終了します
投下乙です
ヘクトールおじさん、飄々としてるのにまったく容赦なくってかっけえ
神父はそんなおじさんですらタチ悪いって思わされるのが、戦闘力はないのに怖い怖い
松野おそ松、アサシン(シャッフリン) 予約します。
投下乙です。
感想については投下後に、ひとまず予約分を投下させていただきます
――ひとりじゃ寂しい。だから、手をつないだんだっけ。
――それじゃいつまでも、子どものままだ。
🐈
とっとっと、ランニングシューズで小刻みに歩道を踏んで走る。
いつもの長いポニーテールが、少しだけ浮いて後ろへとたなびく。
走るたびに、ちりんちりんと髪をまとめている鈴が揺れる。
ランニングウェアとして使っているのは、学校の運動用ジャージの上下だった。
肌にはべっとりと汗がにじんでいるけれど、はぁはぁと呼吸も荒いけれど、吸って吐いてを繰り返すリズムと、足音のリズムはぴったりと重なって、走行ペースはごく安定している。
傍目には、陸上部員の一人練習か、最近の体重が気になる女子高生のダイエットかに見えるランニングだったけれど、鈴にとってはこれも『聖杯戦争で勝つための修行』の一環だった。
つまり、これも放課後の特訓メニューとは別に設けられた訓練のひとつ。
棗鈴は、日課となっている早朝ランニングを今日もこなしていた。
11月半ばの朝だ。
吐く息には時折白いものがまじるし、肺に激しく出入りする空気は冷たい。
今朝はその背中に、愛用する薄緑色のナップサック(兄貴たちからは女っ気のないデザインだと言われた)を背負っている。この中身については追々に。
いつもより少しだけ荷物が増えているからか、それとも寒さが増してきたためか、のどに絡みつく呼吸は普段よりもねばっこくて苦しい感じがした。
もうすぐだ、と思い直して気合いを入れなおす。
ランニングコースは、町内にあるいくつかの神社や通学する高校をチェックポイントとして経由しつつ、国道を超えたり川沿いの道を走ったりとかいろいろな景色を見ながら、また近所まで戻って来るというもの。
ランサーは防衛線を得意としているマスターであるとはいえ、それでも近辺の地理関係を体で覚えるに越したことはない、とのこと。
連続殺人事件のせいであまり出歩きが推奨されていないので、なるべく人通りの少ない道や舗装の悪い道は避けるようにしているけれど、距離自体はかなりあるハードなものだった。
それでも飽きがきて走行への意識が散漫になってくると、霊体化して従うランサーが『まだまだぁあ! マスター、移動時間に対して走行距離が縮んでおります! つまり速度が落ちている計算です!』と檄をとばしてくる。
護衛してくれるのはありがたいけど、うるさい。
野球の練習でも基礎練として走るぐらいはやったけれど、最初のうちはかなり息も絶え絶えになった。
今では『屋外だといざという時に動けるようにしておかなければいけない』とランサーから指導されたこともあって、だいぶ余力を残して走れる。
ゴールに設定しているのは、自分へのご褒美にしている『彼らのたまり場』だ。
「ゴール、だっ……!」
声をはずませて、鈴はその公園に駆け込んだ。
正確には、あらゆる遊具のその奥にある、植木と芝生の木陰に。
ごろりと寝そべり、今日も『彼ら』は寝そべっていた。
一匹、二匹……今日は六匹。
凛が近づいても逃げないどころか、何匹かは顔を上げて、歓迎するようにしっぽで芝生をたたく。
白いの、黒いの、キジトラのと、今日も個性豊かだった。
みんなに、名前を付けている。
中には、元の世界と同じ名前をつけている奴らもいる。
仲間たちがいなくなった世界で、彼らだけは、あたたかい元の世界の面影だった。
「なんだ、今日はレノンとドルジはいないのか……さて、今朝は誰からがいい?」
鈴の言葉を理解しているのかいないのか、ヒットラーと命名したねこがすっくと立ちあがった。
何かを期待しているようなきらきらした目で、足元に擦り寄って来る。
その視線は、鈴のナップサックからはみだした、ススキの穂のような形をした器具に向けられている。
鈴もその反応に、相好が崩れていく。
「なんだ、お前にも分かるのか? 匠の65年もの猫じゃらし。同じものを見つけるのに苦労したんだぞ」
猫と仲良くしている時間は、ささやかな至福だ。
人間が相手では(以前よりはずっとマシになったとはいえ)まともな会話さえおぼつかない鈴の、一番の特技でもある。
特訓ノルマをこなすことに関しては厳しいランサーも、特訓後に戯れることには文句を言わない。
「……っと、待った。今日はその前にやることがある。
お前ら、体を見せろ」
ナップサックを地面に降ろし、まずは一匹一匹の猫に近づき、警戒されぬようそろりと触った。
抱き上げたり、撫でるうちに身体を裏返したりして、異常がないかどうかを改めていく。
「こないだのテヅカみたいに、怪我したのはいないか?」
猫の縄張りというものは、人間が思っているよりもずっと広い。
この路地裏に姿を現す顔ぶれも毎日同じものではなく、だいたい二、三日おきか、長い時は五日ぶりぐらいに入れ替わりで現れるという頻度だった。
そんな入れ替わりの猫たちの中に、脚を引きずったり、片耳が欠けるような怪我をしたものたちを、ここ一週間で見かけるようになった。
最初は、近所に猫を乱暴する不良でも出没しているのかと憤懣をつのらせた。
ここ数日は、救急箱を持ち出してできる限りは消毒したり手当をする習慣をつけた。
『討伐令』を出された今朝になって、その原因にやっと心当たりがついた。
なんと気付いてくれたのは、鈴ではなく猫たちのことを何も言わないランサーだった。
鈴たちはまだ『聖杯戦争』の中で一戦も交えていないけれど、夜ごとに徘徊をして他のサーヴァントやマスターを探し回るような好戦的な者同士は実在していることがはっきりとした。
『討伐令』を出された者たちも、もっとも過激なマスターの一角に過ぎないことだろう。
ただでさえ人間社会の空気が悪くなると、それだけで猫たちのそれだって荒れてしまうことぐらい鈴にだって何となく分かる。
それが、人間だけの問題で無かったとしたら。
サーヴァントという超常の存在のせいで、町そのものが脅威にさらされているような現状だとしたら。
例えば、縄張りの中で大量虐殺事件などが起こったものだから恐慌をきたしてその棲み処を放棄し、野良猫間での勢力均衡が崩れたとか。
例えば、予選期間の内に行われていたサーヴァント同士の争いに巻き込まれ、猫たちの居住していた木々や建物が破壊されたとか。
例えば、こんな戒厳令が敷かれたような状況があるせいで品性を欠いた人間たちにもストレスが溜まり、その鬱屈の矛先が罪の無い猫に向けられたとか。
どこかにいる敵のマスター達のせいで、そして自分も参加している戦争のせいで、町の猫たちにまで迷惑がかかっている。
胸が重苦しくなるのを、鈴は猫たちの診察をする間だけ封印した。
ランサーがいて良かったと、改めて鈴は思う。
あまり頭が良くない、むしろ馬鹿に分類されるサーヴァントだという印象は初対面の時から変わっていないけれど、しかしランサーは『計算』することを放棄していない。
よく分からないこんな状況下でも、立ち向かえば何とかなると、知恵を尽くせば何かが分かると、そんな自信を持った姿を頼りにしている鈴がいた。
「よしよし、よく我慢したな。ご褒美だ」
今日は怪我した猫がいないことを確かめると、焦らせていた65年もの猫じゃらしを取り出した。
「お前らのために、ペットショップで探してきてやったんだぞ。感謝しろ」
猫じゃらしを手の中でしならせる、なつかしい感触。
新しいおもちゃを目にしたヒットラーは、いつにもまして俊敏な動きで食らいついてきた。
そう長い時間は遊んでいられないけれど、これがあるから学校に行く元気を充填できる。
かつて、猫とばかり遊んでだれも友達を作ろうとしなかったから、兄や理樹たちにはずいぶんと心配をかけた。
そんなことを思い出して、切なくなるのが玉に瑕だけれど。
「ここに『8人の小人』は、いないんだ」
何度も、言い聞かせてきたこと。
その重みを、確かめるようにつぶやく。
伸ばされた兄の手を、つかんだのが始まりで。
そこからはずっと、5人の輪で過ごしてきた。
いつしか輪は大きくなって、10人になった。
猫以外の知らない人とはろくにあいさつもできなかった鈴と、彼らが手をつないでくれた。
野球をするから、仲間を集めよう。
そんなものはただの口実で、いつしか『仲間』と一緒ならどんなことをやっても楽しかった。
納涼肝試し大会とか、ホットケーキパーティーとか、海を見に行くとか、そんな特別なイベントじゃなくたっていい。
一緒に学食を食べるとか、女子寮で他愛のないお喋りをするとか、くるがや達からのセクハラを受けるとか。
みんなで輪っかになって手をつないでいれば、何だって楽しかった。
世界で一番すてきな青春だと自慢できる、どんな宝石よりも大事な仲間たち。
でもそれは、当たり前の幸せなんかじゃなかった。
いつだってあの世界を維持していてくれたのは、棗恭介という兄だった。
いつも皆で何かを始める時には、あの兄貴が言いだしっぺになった。
悪ガキだった子どもの頃からそのまま大人になったみたいに、バカ丸出しでいたずらっぽく笑う青年。
そして何かあれば皆を守ってくれる、頼りになる無敵の兄貴。
面と向かって褒めることなんかできなかったけれど、ある時まではそう感じていた。
でも、世界が崩れていくうちに、分かってきた。
恭介だって決して無敵の兄貴なんかじゃない、傷ついたり苦しんだりする、一人の人間だということ。
だから鈴も、あの兄にいつまでも甘えているわけにはいかない。
リトルバスターズという集団に帰属する家猫じゃない、一匹の野良猫でも、生きていかなければ。
「おお。テヅカと新入りじゃないか」
今日はこのへんにしておくかと言いかけたところに、見慣れた茶白の猫が寄ってきた。
その後ろからひょっこりと顔を見せるのは、ここ一週間で見かけるようになったおかしな猫だ。
何がおかしいかって、猫のくせに青いフレームの丸メガネをかけている。
「お前らも、危なくなったら、あたしを頼るといいぞ。
飼うとかは無理だけど、いじめられたら助けるとかはできるからな」
頭をなでなでして、そう約束する。
やたら人懐っこいメガネの猫は、心得たようににゃーおと鳴いた。
新入りの猫は、優先してかわいがるべし。
元の世界の学校で猫達を可愛がっていた時から、そういう自分ルールを敷いている。
そして、もうひとつ。
新入りには、名前を与えなければならない。それも何か偉いひとの名前がいい。
「名前だって、決めてある」
彼女の兄がそうしていたように、意味も無く自信満々に笑う。
テヅカとよく一緒にあらわれる。
そして、鼻だけがパステルカラーのようにあざやかに赤い。だから。
「お前はアカツカだ」
命名されたメガネの猫は、首をかしげてしっぽを振った。
そこで、鈴はようやく目に留まった。
アカツカのしっぽが、先日に出会った時よりもだいぶ短い。
そして、その尾の先っちょに、丁寧に包帯を巻いて、止血した後があることを。
怪我してる、大変だ。まずそう思う。
でも血が止まってる。手当してある。すぐに、それを確かめる。
その二つが何を意味するのか。数秒かけて、その意味を飲みこんでいく。
「あたしと同じことを、してる奴がいるんだ……」
そうつぶやいた声が、知らず嬉しくて震えてしまった。
誰ともしれないNPCとやらの、プログラミングされた善意なのかもしれない。
しかし、それでも嬉しいものは嬉しかった。
野良猫なら傷つけても構わないという連中がいる一方で、そうじゃない人間もいることが。
その発見を契機として、鈴は元気よく立ち上がった。
もうそろそろ、朝の8時を過ぎるころだ。
手っ取り早く汗をふいて着替えてパンでもつまんで、さっさと学校に行こう。
あまり楽しくない学校だけれど、それでも生きていくためにそこに行く。
なかなか人に懐かない気高き黒猫は、ただひとつの道を選択したのだから。
【A-5/通学路上の公園/一日目・午前】
【棗鈴@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 学校指定のジャージ
[道具] ナップサック(猫じゃらし、救急道具)
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:勝ちたい
1:いつも通り学校に行く。強くなりたい
2:野良猫たちの面倒を見る
【レオニダス一世@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 槍
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。マスターを鍛える
1:学校までマスターを護衛
🐈
ぺたぺたと、便所サンダルも同然のつっかけを履いて、アスファルトの歩道を踏む。
整髪もされないぼさぼさした頭に、パジャマ替わりにでも使えそうなジャージをズボンにして。
他人から見れば『ちょっと外出してみた引きこもりぎみのニートですよ』と主張しているかのように見えるだろう。実際そう間違ってない。
いつも愛用するパーカーは、紫色だ。
松野一松は、早朝の街を歩いていた。
11月半ばの朝だ。
パーカーの上に何も羽織らずに出かけるのは寒かったけれど、その代わりにパーカーの腹ポケットにはホッカイロを幾つか放り込んでいる。
べつに防寒対策に持ち出したわけではなく、別の用途のために仕込んできたのだけれど、懐はぬくぬくと温まり始めていた。
他にも手荷物として、三男チョロ松がライブでの外出に使っていた紙袋を勝手に借りている。この中身については追々に。
逆の手には早い朝食代わりとして、冷蔵庫の中にあった貰い物らしき今川焼きをチンしてひとつ持ってきた。
箱の中のスペースを上手くごまかして、初めから4個だったかのように見せかける偽装工作もぬかりない。
『いつもの場所?』
霊体化して付き従う少女から、声が届く。
『ん』
『ふーん……今日は早いねー』
『皮肉?』
『んーん。一松の生活リズムに……慣れた』
松野家の六つ子の朝は、遅い。
ニート生活に甘んじて働かない贅沢をエンジョイする社会のごみたちは、午前10時の起床でさえ『早起き』と呼ぶ。
8時ごろに布団を抜け出して着替えて外に出た今朝の一松は珍しいケースであり、他の兄弟はまだ快適な惰眠の真っ最中だろう。
昨晩はらしくない夜更かしをしていたために、あまり眠りが深くなかったという理由がひとつ。
今朝に限って言えば、なるべく時間が早いうちに『彼ら』を確認しておきたかったという理由がもうひとつだった。
廃材やごみ箱が無造作に転がっている裏路地へと、勝手を知った歩みで入っていく。
薄暗い突き当りの近くでいったん歩みを止めると、エアコンの室外機に浅く腰かけて今川焼を半分に割った。
「ん」
半分を差し出す。
「いいの? ありがとぉ」
隣に実体化した望月が、遠慮がちにクリームのはいった焼き菓子を受け取った。
彼女に食事は必要ないことは知っているのだが、しかし。
『その場にいるんだから美味しいものは分け合うべきだよな? むしろ寄越さなきゃ全部奪い取るぞコラ』という多兄弟による幼少期からの刷り込みは、こんな時もしっかりと作用している。
もそもそと今川焼きをたいらげるうちに、彼等も集まってきた。
野良猫達だ。
建物の隙間から、待ちあわせでもしていたように数匹飛び出してくる。
紙袋の中から猫じゃらしを取り出すと、しゃがみこんで誘うように揺らした。
たちまち猫達に囲まれ、元気なのは前足をさかんに動かして猫じゃらしと戯れる。
一番頻繁に顔を見せてくれる青メガネの『友達』は、今日はいないようだった。
望月はまだ今川焼きを食べ続けながら、その光景を見下ろしている。
ちびちびと、惜しむように生地とクリームを交互に齧っているのを見るに、顔には出ていないが美味しく味わっているらしい。
「大怪我してるのは……いないか」
集まってきた猫達を順番に抱え上げ、大事がないことを確認してほっとする。
数日前に、『友達』のしっぽが1センチも短くなってしまっているのを見つけた時は腸が煮えた。
似たように怪我をした猫達を、ここ数日で何度も見た。
『討伐令』のことを知って、やっと話が繋がった。
紙袋の中には、家の救急箱から持ち出してきた消毒薬や包帯を入れてきた。
所詮は偽りの世界の猫とはいえ、そして一介のニートが野良猫にしてやれることなどそう多く無いとはいえ、顔見知り達に危害が及んでいないかどうかは、やはり気になったから。
引きこもり生活の間でも、数少ない外出の機会。
路地裏の猫とじゃれついている時間だけは、ささやかな至福だ。
人間が相手ではろくな挨拶さえできない一松の、一番の特技でもある。
「相変わらず、懐かれてるんだねぇ……」
「服にカイロ仕込んできた」
猫という生き物は、わずかでも温かい場所を求める。
しゃがみこんだ一松のパーカーをまず占拠したのは、巨大な茶トラの猫だった。
アザラシのように巨大で、腹の脂肪がもちもちとした猫だ。いやむしろこれ本当に猫なのか。重い。しゃがみこんで軽く膝を提供するつもりだったのに、ほぼ上体の全てを貸し与える格好になった。
他の猫たちもその周囲に集まり、一松の周りを囲って暖を取るように寄り添ってくれる。
「そんなに心配なら、飼ったりしない? よく家にも連れ込んでるじゃん」
「こんなに養う金が無い無理。それに、ウチの方が危ないと思うんだけど」
「そーだねぇ……戦争も始まっちゃったしぃ」
さぁこれからが殺し合いの本番だという旨の、開戦宣言は為された。
『勝手にやってくれ』というスタンスの一松ではあったが、それでも他のマスター達から狙われる身分であることには違いないらしい。
しかも、『討伐令』を出されるような本物の犯罪者までいると分かった以上、危害が及ぶのは一松ひとり(とシップ)だけに限られたことではない。
善良なる市民58人を虐殺するような殺人鬼が、野良猫ごときを――そして社会のごみでしかないニートの兄弟とその扶養者を殺すことに、遠慮してくれるだろうか。いや、ない。
(いっそ、家、出るか……)
そんなことを考える。
少なくとも、シップが兄弟に露見したらどうしようという危惧は解消されるわけだし。
それに、もし自分が死んでしまう時が来たら、兄弟を巻き添えにしなくても済む。
この世界に用意された偽物の家族だとは理解していても、テレビのニュースで報道された通りに惨殺されるところを見たいかと言われたら別だ。
頭では違うと分かっていても、見なくていいものは見たくない。
すぐ下の弟が抜け駆けで彼女を作ろうとしていた時なんか、頭では『応援しよう』と受け入れていても、それは見ていて気持ちの良いものじゃなかった。
「なら、やっぱり兄弟に全部話して相談に乗ってもらわない?
あたしは、人間の兄弟ってよく分からないけどさぁ……『家族』って隠し事はしないんでしょ?」
「それ、うちに限っては都合の良い意味で使われてるよね」
少なくとも、六つ子の『隠し事禁止』とは『誰か一人が良い思いをするなんて許せないから、ゲロらせて引きずり落としに行こうぜ』という意味合いだ。
それが、本物の兄弟でもないのに、まして消えても誰も困らないような自分のために、死ぬかもしれないけど『こちら側』に来てくださいとは言えない。
もし十四松が大好きな野球もできない体になったりしたら、どうする。
「ああ、そっか」
兄弟の誰にも言えない隠し事をしている。
自覚したら、心臓がぐしゃりと潰れたような気がした。
考えてこなかったけど。あまりにも『いつも通り』に怠惰に過ごしてきたから、NPCの兄弟もいつも通りだったから、忘れていたけれど。
「もう、『6人でひとつ』じゃないんだ」
ここにいるのは、『松野家の六つ子の四男』ではない。
ただの、ひとりの『一松』でしかなかった。
それが、すごくイヤだった。
子どもの頃から、何かバカなことをする時は、いつも六つ子で一緒にやった。
近所でも有名な悪ガキ達として毎日イタズラしていたのも、イヤミにちょっかいを出す時も、大人になってからのハロワ通いも、パチンコ警察も、トト子ちゃんの応援も、レンタル彼女も、誰かのバイト先やガールフレンドに介入していくことさえ。
猫以外には心を開かないし友達もつくらない一松だったけれど、気心知れた兄弟とバカをやることは苦じゃなかった。
きらきらとした青春だとか、恋人と過ごすクリスマスだとか、そんな上等な宝石が手に入らなくても甘受できる、世界でいちばん大事な大事なゴミ屑たち。
社会の最底辺でお互いに死ね死ね死ね死ね死ーね死ねと罵倒しながら、5人の敵だと憎みながら、それさえも同レベルの仲間だと認め合って生きてきた。
同じ屋根の下で暮らして二十数年。
一生全力モラトリアムを謳歌する、たった6人の小さな輪っか。
へらへらおどけた同じ顔6つ、よろしくお上がりお粗末さん。
自分たちのことを6人でひとつだと言ったのは、長男おそ松だったか。
六つ子の中でも筆頭のバカだったけれど、バカだったからいつも言いだしっぺになって、皆が自然とそれに着いて行った。
何かあれば弟達を守ってくれる理想の兄貴、なんかでは有り得ない。
むしろ実の弟に対してもイカサマやらご褒美の独り占めやらを敢行したり、長男特権を振りかざしてベタベタと甘えたり、子どもじみたワガママを言っていた思い出ばかりが浮かんでくる。
ただ、あの兄は。
ごくたまに、弟達のことを気にかけるポーズをして、そして笑う。
6人でひとつなのだからちゃんと分かってると言わんばかりに、知った風なことを言う。
『おれさぁ、一松のことが、一番心配なんだよね』
一度そう言われたことがある。
きっと、冗談半分で言ったことだと思う。
酔っぱらってふざけてハマグリの貝殻を両眼に挟みながら言われたところで、説得力なんて無かったから。
「ケッ」と、感傷を吹っ切るように吐き捨てた。
心配してもらっていたところで、今さら何が変わるわけでもない。
今回のことだって『生きて帰りたいけど兄さんならどうする?』と相談すれば、なんて言われることやら。
お調子者のゆるい声が、ありありと脳内再生できる。
『よーし、弟達の誰かをとっ捕まえて影武者になってもらっちゃお! みんな顔同じだしばれないって!
それで代わりに死んでくれたら安全にリタイアできるじゃん。なぁ〜はっは!』
……ですよねー。
クソ長男が六つ子で一番がめついもの。
いや、僕もできるならそうしてるけどね。
良心の呵責なしに差し出せるクソ松が1人いますけどね?
まぁ無理でしょ。マスター同士が会ったら令呪だとか何とかで分かるらしいし。
「じゃあさ、巻き込みたくないのに、まだ迷ってるのはどうして?
……やっぱり家族とは離れたくない?」
「別に。ただ扶養の座を失いたくないから」
「ああ……納得」
しつこく繰り返すが、ニートだ。
親の金で生きている身分なのだ。
もちろん小遣いが皆無というわけじゃないから、飲みに行ったりレンタル彼女とデートする程度の金はあるけれど。
拠点をつくってしばらくそこに避難しようぜ!というアテがあるわけでもないし財力にも余裕はない。
今朝だって何かあっても逃げられるように朝食と家出セット兼用の紙袋(救急道具の他には着替えのツナギと財布も入っている)を持ってきたけれど、このまま失踪するには実家の誘惑があまりにも強い。
家に帰れば母親がちゃんとした朝食でごはんとかお味噌汁とか、おかずに焼き魚とかハムエッグとかの用意をして待っていてくれることだろう。きっと美味しい。
『いや、シリアスな心理描写やってる風で、ただぐうたらしたいって言ってるよねそれ。
僕らの安全より焼き魚やハムエッグを選んでるよねそれ』
うん、正直こういうツッコミが無いと物足りない
『いざとなったらイヤミみたいに橋の下でキャンプして乞食すればいいじゃん。
公衆でケツ出して脱糞しようとした闇松兄さんに、今さら捨てるプライドとか無いでしょ』
誰のせいでケツ出したと思ってるのドライモンスター
『え! 一松にーさんキャンプするの!? いいなー一日中野球できるね! キャンプ地はどこ、どこっすか?』
そのキャンプじゃないよ十四松
『フッ……お前もとうとう盗んだバイクで走り出し、家出を
バズーカ発射
「なんか……最後の兄弟さんだけあたりがキツくない?」
まぁ仮に事情を打ち明けて相談してもこんな感じだよ、と説明すると、呆れたような声が返ってきた。
「そう? でもうちに限ったことじゃないし。次男とか次女って最初の子のスペアだって言うし」
適当に流そうとしたのに。
そう言ったら空気が硬直した気がした。
「……大切に想われてた、二番目の姉さんもいるよ」
淡々とそう言われたせいで、悪いことを言ってしまったのだと分かった。
船の知識なんて無いけれど、彼女が『姉さん』と称していた軍艦たちがたくさん沈んでいったことは知っている。
「そっか」
だから、その想いを否定することはしなかった。
否定はしなかったが、しかし即座に上手いフォローの言葉を言ったりするほど女の扱いにも慣れていないので、
「シップもやる?」
左となりにいた白猫を持ち上げて、そう水を向けた。
彼女が猫を飼ってみないかと提案したことも、家の中でくつろいでいる時にチラチラと猫を気にしていたのも忘れてはいないので。
「え……えぇ……?」
煮え切らない、しかし拒否ではない望月の表情を横目でちらりと見て、とりあえずホッカイロの幾つかをさっさと押し付ける。
望月は受け取ったカイロを扱いかねるように、とりあえずという動きでしゃがみこんでそれを膝の上に置いた。
すぐさま、白猫が新たな熱気を感じとってそちらに顔を向けた。
純白の毛並みに金色の目をした、賢そうな顔だちの猫だ。
ひらり、と一挙動で望月のスカートに飛び乗った。
「ぅわ……っ」
両の膝がもぞもぞと、くすぐったい毛並に耐えるようにわずか上下して、止まる。
本物の戦争さえ知っているサーヴァントが猫を恐れるのかと呆れてしまうような、ただの緊張した少女の顔だった。
きゅっと口元を横に結んで、そろそろと、ゆっくりと、小さな手で毛並に触れる。
手をぎこちなく動かし、撫でた。
白猫が目を細めるのを見て、ほっと息を吐く。
「私……たくさん人間や武器を乗せたけど、人以外の生き物を乗せたのは初めて……」
つまり、まんざらでもないのだろう。
人と関わらず、猫ばかりと遊んできた自分とは逆だなと思った。
何となく埋め合わせができたつもりになって、少女から目をそらし、猫達に向く。
決めなければいけないのは、家を出るかどうかだ。
兄弟の中で一番の社会不適合者だった自分が、最初に家を出るかどうかの決断をするなんて、笑えない冗談にもほどがある。
こんなニートが家を飛び出したところで、却って自分とシップの首を絞める結果になる確率も高いだろう。
とはいえ、これまで通り実家に留まり続けるのは気が咎めるのも事実。
「きっと思い出したくも無いこと聞くけど……」
「ん?」
あるいは、彼女なら。
姉妹たちと一緒に戦場に出たという彼女なら、何かを知っているだろうか。
疑問は思ったまま、ろくに言葉を選ぶこともできずに口からこぼれた。
「シップは、兄弟に先に死なれるのと、兄弟と一緒に死ぬのと、兄弟を置いて死ぬのと……どれが一番、マシだと思う?」
なかなか人に懐かない卑屈な紫の猫は、ふたつの道で選択に逡巡していた。
🐈
――もう輪はなくなった。
――祭りの後のようで、寂しいだけ。
【A-4/住宅街の路地裏/一日目・午前】
【松野一松@おそ松さん】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(紫)
[道具] 猫じゃらし、救急道具、着替え
[所持金] そう多くは無い(飲み代やレンタル彼女を賄える程度)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争はやる気無いが、できれば生きて元の世界に帰りたい
1:実家を出るか、実家に残るか、迷う
【望月@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 『61cm三連装魚雷』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: せっかく現界したんだからダラダラと過ごしたい
1:一松の決定に従う
投下終了です
>不毀なるもの
すごく飄々としたやり取りなのに、一部の油断も隙も見せられないという緊張感がやばいです
オジサンは渋かっこいい!神父は蛇こわい…
お互いに相手の実力を測ろうとするあたりに二人の玄人ぶりが伝わってきました
投下乙です!
それぞれの主従で絆が紡がれていく中で、元の日常に対する想いを寄せるシーンが切ないですね。
リトルバスターズを大切に想う鈴と、兄弟たちとの日常を愛おしさを感じる一松さんの心境がまた……
投下お疲れ様です!
実際に会ってはいないけど猫でつながっている二組の主従がいいですね
鈴がエスパーニャンコにつけた名前の「アカツカ」にはニヤリとさせられました
望月の「人以外の生き物を乗せたのは初めて」って台詞からほのぼのと切なさが同時に感じさせられて素晴らしい
一松は家出の準備をもう済ませてますね
一戸屋根の下にいるおそ松の鯖を考えると一松は早く家出したほうがいい
それと私の予約ですが、執筆に少しかかりそうなのでこの段階で延長させていただきます
投下乙です!
リアルの都合で詳しい感想が書けませんが皆様の力作には目を通しております
それでは自分も投下します
朝の訪れはこの世界の誰にも等しくやって来る。窓から差し込む陽光と小鳥の囀りで間桐桜は目を覚ました。
寝ぼけ眼をこすっていると「おはよう、桜」と声を掛けられた。
「おはようございます、アーチャーさん」
傍らには優しく微笑む翡翠の弓兵がいた。彼女は桜が目覚めるといつも隣にいてくれる。
毛布から這い出てアーチャーが持ってきてくれた缶詰や携帯食料に手を伸ばそうとした。
けれど、今着ているコート―――これもアーチャーがどこからか持ってきた―――は大人用で袖が長く、一度脱いで裸にならないと食事ができないことを思い出した。
迷わず羽織ったコートを脱いで「いただきます」と言ってから食べはじめた。
この世界に来てからというもの、裸でいる生活にすっかり慣れきってしまった。間桐の家にいる時はそうではなかったと思うけれど。
多分もう、誰に見られたとしても何も感じなくなっているだろう。
「……桜。やはり私が身体に合った服を探して持って来よう」
「わたしはだいじょうぶです。アーチャーさんにはせいはいせんそうがあるんですから」
そんなマスターを見るアーチャーは後悔の念に駆られていた。いくら六歳前後の幼子とはいえ肌を晒して顔色一つ変えない桜の姿は現代に生きる人々の装い、感性と乖離しすぎている。
現界し、この目で人々の生活、営みを見てこそアーチャーは自らの生きた時代、世界との違いを思い知った。知識と実感にはやはり大きな違いがある。
文明的な暮らしを謳歌するNPCや他の多くのマスターと比べ、自分たちの何とみすぼらしいことか。
「…私はもうそろそろ行かなければならない。日付が変わるまでには必ず帰る」
「はい、行ってらっしゃい。アーチャーさん」
だが、それも聖杯を手に入れるまでの辛抱だ。どれだけ忌まわしくとも奇跡なくして桜を救うことは叶わないのだから。
けれど、逆に言えば聖杯を手に入れるまでは桜に今の生活を強いるということだ。その無情な現実がアーチャーの心を苛む。
いや、あるいは今の生活よりもさらに転落する可能性とて決して低くはない。今でこそ人の手の入っていないこのゴーストタウンだがいつ何者かの調査の手が入ってもおかしくはない状況だ。
(もし誰かが本格的に調べれば桜の居場所が発見される可能性は高い。しかしここ以上に人が暮らせる場所はどこにも……)
桜には見せないようにしているが、アーチャーの顔に苦悶の色が浮かぶ。
桜はあまりに幼く、優秀な魔術回路こそ持っているものの身を守る術は一切ない。魔術師やサーヴァントはもちろんそこらのNPCの子供にすら簡単に殺害されるであろうほどのか弱さだ。
そして体力も年齢に比例して貧弱。今よりも劣悪な環境に移って生きていられる保証はない。
今の生活でさえ桜の忍耐力に助けられて成り立っている側面が大きい。何よりこれ以上の我慢を彼女に強いたくはない。
とにかく、今の桜の居場所を誰にも発見されないよう自分が立ち回るしかない。仮令それが不可能に近い難行だとしても、だ。
(今日はあまり桜から離れていない場所で哨戒に徹するか)
正直なところ、聖杯戦争の趨勢とは別の理由でアーチャーは極力市街地に出なければならない理由がある。その理由とは物資の調達。
生活基盤そのものが酷く脆弱な桜のために様々な物資を奪い、持ち帰る必要があった。必要な物資とは食料に限った話ではない。毛布やコートなど夜の寒さを凌ぐものや蝋燭、ライターなどもだ。
知識として現代の情報が必要最低限付与されているとはいえアタランテにとって現代の街中で適切な物資を調達するのは酷く困難な事だった。
例えば食糧。先ほど桜が食べた携帯食糧―――確かカロリーメイトとかいう名称だったか―――や桃の缶詰も何度かの試行錯誤を経て桜が食べられるものとして通行人の買い物袋から失敬してきたものだ。最初の頃などは弓矢で仕留めた鳥や木の実などを持ち帰って冷たい視線を向けられたこともあった。
例えば衣服。必要最低限の現代知識しか持ち合わせないアーチャーには桜の体格に合った子供用の服がどこに行けば確実に手に入るかさえ未だにわからない。
また生前、神話の時代に熊に育てられたアタランテの価値観は現代人のそれとは著しく乖離しており、無意識的に衣服の調達をやや後回しにしてしまっていた。さらに言えば子供用の衣服を奪うということはつまり間接的に桜を助けるために他の子供を傷つける行為と同義であり、子供の幸福を願うアタランテにとって心理的抵抗が極めて大きかった。
本来ならこうした欠陥は今を生きる人間たるマスターの助力を得て解消されるべきである。だがまだ幼い桜にはそれさえも満足にできない。
そして最大の問題がアーチャーの特異な外見と霊体化に伴う制約だ。
他の人間の姿のサーヴァントと異なり獣耳に尻尾が生えたアーチャーではどう取り繕っても現代の街に溶け込むことなど不可能。地元住民に紛れて事を運ぶことができないのだ。
そして最大の問題が「サーヴァントは現代の物品を所持した状態では霊体になれない」という制約だ。
これがどういうことかと言えば、調達した各種物資を手に持ったまま、実体化した状態で、NPCにもマスターにも、サーヴァントを感知する能力を聖杯から与えられた他のサーヴァントにも見咎められずに拠点に帰還しなければならないということだ。
もし一度でも姿を見られ、拠点を割り出されればその後に待つのは破滅だけ。故に物資調達の際には常に細心の注意を払うことを余儀なくされた。
現状、アーチャーはその持てるスペックの全てを発揮できているとは言い難い。魔力供給の問題ではない。むしろマスター適性のみなら桜は優れた資質を持っているし、魔術行使ができないからこそアーチャーへの供給に全てを傾けられる。
問題はアーチャーが聖杯戦争に使える時間の短さだ。今のアーチャーは育児をしながら聖杯戦争に臨んでいるに等しい。
(これでは違反者の討伐に参加するどころの話ではないな……。
もっとも褒賞自体が我々にとっては意味のない代物だが)
討伐クエストのことは当然桜もアーチャーも既に把握している。NPCとはいえ子供が犠牲者になっているかもしれないことを思うと参加したいという気持ちはある。
だがアーチャーの冷静な部分が無意味だと告げている。桜の安全を思うなら他の陣営に注目される違反者陣営の存在は自分たちにとってはむしろ好都合だと。むしろ違反者を屠る狩人になったつもりでいる他のマスターの背を狙い撃つことこそ上策なのだと。
さらに言えば、間桐桜はそもそも令呪を使うという行為自体ができない。
令呪の行使とはマスターが強力な意思を以ってサーヴァントに命令を下すというプロセスを経て初めて発動される。単に命令しただけで令呪が発動するなら聖杯戦争では令呪の誤発動が多発することになる。
では問題だ。魔術の修練と称した虐待で自らの意思と呼べるものを徹底的に蹂躙・破壊された幼子が強固な自意識などというものを持てるだろうか?―――無論、否である。
アーチャーの想像さえ超えるようなよほどのきっかけがない限り、桜が令呪を使えるようになることは有り得ない。
「…自意識、か」
我知らず口をついて出た言葉を自覚して、重い気分になった。
今回、現界を果たしたこの世界はとても文化的で開明的だ。作り物の世界であるといえどそこには確かにモデルとなった、実際の街と人が世界のどこかには在ったに違いない。
そんな明るく煌びやかな世界とは程遠い、暗く貧しい環境に置かれているにも関わらず桜は一度として不平不満を漏らしたことがない。ないがアーチャーはそれが喜ばしいことであるなどとは到底考えられなかった。
せめて、何か一言でも我が儘を言ってくれたならば。良い生活をさせてやることさえできない無力な我が身に不平を言ってくれたなら、口汚く罵倒してくれたならどれほど良かっただろう。
不平や不満とは、裏を返せば願望や希望が存在するということだ。けれど今の桜にはそのどれもが無い。マスターとしての闘志など論外であろう。
桜は今の環境に対して不満を持っていない、あるいは満足している。客観的に判断できるその事実はアーチャーにとって受け入れ難いことだった。
「最早手段を選んではいられない、か」
今こそアーチャーは決断した。この先、他の子供を傷つける行動を取ることになろうとも決して迷いはすまいと。
サーヴァントとしての本分を思い出せ。この身は誰を勝たせ、誰に肩入れするために召喚された。
決まっている。間桐桜だ。全てを奪われた少女の未来だけは誰にも奪わせないために己は今ここにいる。
ならば自分の感傷など何ほどのことか。桜という前例がある以上、期せずしてマスターに選ばれた、選ばれてしまった子供が存在する可能性は―――なるほど確かに否定はできまい。
それでも、アーチャーは迷うことなくその不幸な幼子に対しても弓を引こう。誰よりも彼らに死んでほしくないと願ったまま、速やかに抹殺するのだ。
そうすることによって生じるであろう己の感傷も全て呑み込もう。桜が味わい続けた絶望に比すれば生前の自分の抱いた絶望さえあまりに軽い。
「―――ああ、でも」
一つだけ、不安になることがある。
子の救済を願う自分が他の子を傷つけ殺す。その矛盾の果てに聖杯に至ったとして、この身に抱いた宿願を果たせるのだろうか。
答える者は、いるはずもない。
【A-8/ゴーストタウン/一日目・午前】
【アーチャー(アタランテ)@Fate/Apocrypha】
[状態] 健康、精神的疲労(特大)、聖杯に対する憎悪
[装備] 『天窮の弓(タウロポロス)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:もう迷わない。どれほど汚れようとも必ず桜を勝たせる
1 この周辺を哨戒し、何かあればすぐ桜の元へ戻れるようにしておく
2 討伐クエストには参加しない。むしろ違反者を狙って動く主従の背中を撃つ
3 正体不明の死霊使い、及びそれらを生み出した者を警戒する
食事、排泄、就寝の時を除いて間桐桜はずっと廃屋の中でコートを羽織って座り込んだままでいる。
此処には何もない。楽しいことも悲しいことも、痛いことも苦しいこともない。
何もないということ。平穏であるということがどれほど尊く素晴らしいことであるのか、桜は間桐家に引き取られてから、そしてマスター候補として聖杯戦争に放り込まれてからの日々を過ごしてこそそれを実感した。
「……アーチャーさん」
そして、そんな時間と空間を用意してくれたのが他ならぬアーチャーだ。長く彼女と一緒に過ごせば、どれだけ自分に対して真摯に接してくれるのか、どれほど心を砕いてくれているかぐらいはわかる。
幼い桜にあまり論理的な思考はできない。それでも自分が汚れきってしまっているということは何となくは理解していた。アーチャーがそれを知りながら自分に尽くしてくれていることも。
彼女にあまり苦しい顔や悲しい顔はしてほしくない。傷ついてほしくはない。そう思う程度には桜はアーチャーに懐いていた。
せめて迷惑はかけないようにアーチャーの言いつけは守ろうと決めていた。
「…ずっと、こんな時間がつづいたらいいのに」
窓から自由に羽ばたく鳥が見える。けれど羨ましいとは思わない。
小さな箱庭の中でも平穏に生きていられれば、それだけで良い。聖杯への願いなどは浮かんでこない―――あるいはあったかもしれないけれどもう忘れてしまった―――けれど、せめてこの時間を大切に噛みしめようと思った。
どうしようもなく訪れる終わりの時を心のどこかで感じ取りながら。
【間桐桜@Fate/Zero】
[状態] 健康
[装備] 大人用コート(下は全裸)
[道具] 毛布
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:アーチャーさんの言いつけを守ってじっとする
1 …アーチャーさんにぶじでいてほしい
投下終了です
投下乙です
桜の願望を叶えるなら、優勝なんて目指さずに隠れ潜んでる方がいいんだろうね
お二方とも投下乙です!
>なかなか人に懐かない猫達
聖杯戦争の傍らで続く日常と変化がよく描かれていると思いました。
顔を合わせることはなくとも通じ合う鈴と一松がいいなあ。
願わくば彼女たちの日常がこれ以上脅かされないことを祈りたいです。
>想いは伝わらない
アタランテちゃんの胃がマッハ過ぎて可哀想ですね。
けれど桜への献身はちゃんと実を結んでいるようで何よりと言うべきか。
アタランテは双子と遭遇した時が気になるなあ……
投下します。
酉間違えましたこっちです
「あ゛ー……」
市内某所。
何ら変哲のない住宅街の、とある一軒。
その一室で、大きく伸びをしながら一人の青年が床を転がっていた。
家の中に彼以外の誰かがいる気配はない。
母親はセール商品に狙いをつけて買い物へ、父親は趣味仲間と一緒に何処かへと遠出。
五人の弟たちは……どうやら各々の一日を過ごすべく早くも出払ってしまっているようだ。
普段は悪魔と呼び罵倒し合う仲の弟たちだが、いざ誰もいなくなるとそれはそれで退屈極まる。
暇潰しをしようにも、道具もなければ金もない。
外を散歩するには今時期は少しばかり寒すぎる。
少なくとも、今日はそういう気分ではなかった。
特に何か大仰な理由があるわけではなく、ただ単に気が乗らないだけ。
誰にだってそんな日はある。
もっとも、松野おそ松に限って言えば、その割合は他人と比べて些か多い。
それもその筈。
彼は――いや、この松野邸に巣食う六つ子の悪魔たちは一人残らず、親の脛を齧り尽くす若年無業者。
Not in Education, Employment or Training。
即ち、ニートである。
働かずに家で一日中遊んでいられると言えば聞こえはいいが、家に籠もってばかりでは退屈で死んでしまう。
メンタルが小学六年生と度々称される彼や、奇跡のバカと謳われる五男などは尚更だ。
楽して過ごす毎日にもやはり刺激は必要なのだ。
勿論自分から進んで辛い目に遭うような趣味は持っていないので、それが自分にとってプラスになる刺激だと一番いい。
例えば、空から美少女が降ってきたり。
例えば、道で助けたお嬢さんが物凄い金持ちの家の娘で、助けたことをきっかけにラブラブな毎日が訪れたり。
そういうたぐいのことがないかなあと、日頃からずっと暇さえあれば妄想する。
無論、そんな都合のいい話はそうそうない。
ちょっと前のレンタル彼女の一件でも、そのことは思い知らされた。
「でも、あったんだよなー……うまい話」
逆に。
そうそうないということは、稀にはあるということだ。
そしてその類稀なる『うまい話』がおそ松のもとにやって来たのは、今からざっと数週間前の出来事だった。
聖杯戦争。
ひとりの女の子が運んできた儀式。
現実世界ではなく、電脳世界で行われる戦い。
マスターとサーヴァントがペアになって、最後まで残ったペアには賞品の聖杯が与えられる。
聖杯はどんな願いも叶えられるとあの子は言っていた。
金も、女も、何もかも。出来ないことは何もないと言っていた。
電脳世界がどうこうといった話は、正直なところおそ松には今一つピンと来ない。
現実感がない、と言ってもいいかもしれない。
家族の誰かが欠けたわけでもなければ、日常サイクルの何かが大きく変わったわけでもない。
町並みが少し慣れない風景になった程度で、イヤミやチビ太のような知り合いもちゃんと確認できている。
彼女の言葉によれば、この世界の彼らはあくまで聖杯が作り出した、すごくよく出来た偽物だという。
最初は戸惑うこともあったが、しかしあまりにも寸分違わず元のままの性格をしているものだから、すぐに慣れた。
たまに偽物だということを思い出して複雑な気持ちになるくらいで、今のところそれ以上の不便はない。
見慣れた木目の天井を見上げて、ふと考える。
聖杯が手に入ったら、どうしようか。
まず金と女は確定として、それだけで終わってしまうのもなんだか味気ないように思う。
どうせそれだけの美味しい目に遭いながら弟たちに隠し通すなんて不可能なのだから、いっそ欠片くらいは分けてあげてもいいかもしれない。
そんな皮算用をしながら無為に時間を費やしていると、ふと脳裏に松野家の内部では聞こえるはずのない声が鳴った。
『――マスター』
――その声に、ばっとおそ松は飛び起きる。
見ると部屋の入口付近に、恭しく片膝を突いている美少女の姿があった。
彼女が現れた途端、変わり映えのしない部屋の風景がなんだか華やかになったような気がする。
レンタル彼女騒動の時のイヤミやチビ太、彼らが霞んで見えるほどに、可愛い女の子だった。
シミ一つない白い肌は基本として、その容姿は全身に一切の無駄な要素がなく整っている。
陳腐な表現にはなるが、妖精か何かを思わせるものがあった。
そんなだから、彼女と話す時にはいつも心がドキリとしてしまう。
これもまた、無職童貞男の常だ。
「シャッフリンちゃん! 部屋まで来てくれるなんて珍しいなあ、驚いちゃったよ」
「申し訳ありません。しかし、マスターに報告すべき事項がありまして」
「別に謝ることなんてないって! こんな万年華とは無縁の空間に来てくれただけでも俺は嬉しいし!」
あからさまに高揚を見せるおそ松にも、シャッフリン――アサシンのサーヴァントは無表情を崩さない。
もうちょっと表情豊かにすればもっと可愛いのにと思わないでもなかったが、これはこれで彼女の個性だ。
聖杯戦争を圧倒的な手数で制圧し、自分をここまで勝ち上がらせてくれた彼女に、おそ松は感謝以外の感情がなかった。
何から何まで彼女任せにするのはどうかと思ったものの、しかし他でもない彼女自身が、マスターは普通通りにしているべきだと進言したため、足を引っ張ってはいけないと考え、以降おそ松はこうして時々報告を受けるだけの立場だ。
だが、これまでは何体のサーヴァントを倒したとか、そういったことを事務的に伝えられるのみだった。
彼女が進んで、おそ松の部屋までやって来てくれたのは初めてのことだ。
何か、余程重要な要件なのだろう。
おそ松は気を引き締めて、彼女の言葉へと耳を傾ける。
「早朝、聖杯戦争の始まりが伝達されました」
「……ん? それって、今までやってたのは聖杯戦争じゃなかったってこと?」
「いえ、あれも間違いなく聖杯戦争の一部です。
ただし、あくまでも予選段階の。昨日をもって予選が終了し、戦争は本戦に移行したと考えて戴ければ」
「ふーむ……なるほどね。こっからが本番ってわけか」
「そうなります」
あまりにもとんとん拍子で進んでいるものだから上手く行きすぎだとは思っていたが、まさかそんなシステムだったとは。
まどろっこしいことをするなあと思いつつ、ここからが本番なのか、と否応なしに気が引き締まった。
「今後もマスターは聖杯戦争へ直接は関わらず、静観を続けて下されば構いません」
「うん、分かった。ところで……どう? 勝てそう?」
「今後は今まで以上に立ち回りに気を配る必要が出てきますが、問題ないかと」
「そっか! シャッフリンちゃんは本当に頼りになるなあ……」
おそ松は、自分のサーヴァントがどうやら少し特殊らしいということには勘付いていた。
アサシンは、宝具で五十体以上のサーヴァントを操ることができる。
戦力にムラこそあるものの、やはりその質量差は圧倒的だ。
それに加え、それを指揮するアサシン――『ジョーカー』の腕があってこそ、おそ松はここまで来られた。
「討伐令の通知についてはご覧になりましたか」
「討伐令? ……ああ、そういえばなんかポストに入ってたっけな……アサシンがどうとか、NPCを殺害だとか。
やたら物騒なことばっかり書いてあったから、ちゃんと覚えてるよ」
「現在、聖杯戦争運営から討伐令が出されているサーヴァントが存在。
それを倒すことで令呪を一画確保できる、という仕組みのクエストが発令されています。
相手は巷を騒がす連続殺人鬼――と言って、伝わりますでしょうか」
「……それ、マジ?」
おそ松はニートだ。
だが、社会で起こっていることを何も知らないほど馬鹿ではない。
K市で起こっている連続殺人事件の話は連日テレビで騒がれており、当然おそ松の耳にもそれは入っていた。
五十人以上を殺めた、素性不明のシリアルキラー。
警察は何をやっているんだ、とコメンテーターが怒りを露わにしていたのが印象深い。
まさかその下手人が――聖杯戦争の参加者であるとは、予想外だったが。
「恐らく、他のマスターも令呪を求めてクエストへ参加するでしょう。私たちは――」
「……いや、ダメだ」
おそ松はこの時初めて、シャッフリンの行動に干渉した。
「いくらNPC……偽物だからって、手当たり次第に殺して回るような奴なんだ。
絶対まともな奴じゃないし、関わらない方が絶対いいって。他の奴らがどうにかしてくれるのを待とう」
「相手はアサシンのクラスです。手数に任せて圧殺することも、場合によっては可能かと思われますが」
「それでも、俺は反対だよ。だってそれじゃ、他のシャッフリンちゃん達が危ないし」
そこまで言うと、アサシンは黙った。
機嫌を損ねたかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
彼女はよくも悪くも、マスターに従順なサーヴァントだ。
それがマスターの決定ならば従うまで、そういうことなのだろう。
「では、了解しました。我々は討伐クエストには参加しません」
「ありがとう。……なんか、ごめんね。俺の勝手な考えで振り回しちゃってさ」
「いえ」
問題ありません。
そう言わんばかりに彼女が首を横に振った時、玄関の戸が開く男がした。
「ただいま!」と元気の良い声が聞こえてくる。
十四松だ。
まずい、とおそ松が表情を変えた。
相手が十四松とはいえ、家に女の子を連れ込んでいることがバレた日にはえらい目に遭う。
シャッフリンちゃん、と声をかけようとした時には、彼女の姿はもうどこにもなかった。
代わりにおそ松の脳裏へ、再び念話が鳴る。
『また何かあれば、報告に戻ります』
……一瞬で、全てを察してくれたようだった。
胸を撫で下ろしつつ、おそ松はふと、罪悪感のようなものを抱いた。
これまで、聖杯戦争はあくまでゲーム――安全の保証されたものだとばかり思っていた。
けれどそこに殺人鬼のような輩まで混ざっているとなると、少し話は変わってくる。
本当に、ただ見ているだけでいいのだろうか。
自分も彼女たちと同じ場所に立って、戦うべきなのではないか。
聖杯戦争の本質を未だ理解せぬまま、松野おそ松は一人、同じ顔をした少女たちの戦場に幸運があることを祈った。
【A-4/松野邸/一日目・午前】
【松野おそ松@おそ松さん】
[状態] 健康、罪悪感
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(赤)
[道具] なし
[所持金] 金欠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にして豪遊する
1:シャッフリンちゃん、大丈夫かな
2:『彼女たち』には、欠けてほしくない
[備考]
※聖杯戦争を正しく認識していません。
【アサシン(シャッフリン)@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態] 健康
[装備] 『汝女王の采配を知らず』
[道具] 魔法の袋
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを勝利させる
1:討伐クエストには参加しない
2:マスターの意向を汲み、殺人鬼を積極的に狙うことはしない
3:討伐クエストの進行には注視し、クエストに乗って動く主従に狙いを定め、適宜殺す
投下終了です。
感想は後ほど。先に投下します。
今日もまた悪夢を見る。
自分のやった許されざる所業を、夢で見る。
刃を突き立てた。
襲い掛かってきたマスターとサーヴァント。
その目は欲に満ちており、綺麗とはとても呼べるものでなかった。
しかし、自分は人のことを言える立場ではない。
むしろ、その目は鏡で見る自分のようで冷や汗が出た。
淀み、捻じ曲がった意志で奇跡を願う。
それがどれだけ罪深いことか。
人として大切なモノが削ぎ落とされていく喪失感を抱きながらも、黒鉄一輝は陰鉄を取り出した。
かつては誇りを乗せたはずの刃は、今は何も乗せていなかった。
初めての殺人は命懸けだ。決して楽観視などできるはずもなく、無我夢中に剣を振るう。
手が震え、呼吸が荒く、汗がどっと出る。
自分のエゴで他者を蹴落とすその行為に、吐き気がする。
一輝は殺人を楽しむ狂気を持ち合わせていない。
当然ながら、『ふるい落とし』の過程で何度も心が折れかけ、この行為が間違いなのではないかという考えも繰り返した。
今まで積み上げてきた努力、自分を認めてくれた人達への背信。
そんなことはわかっていたはずなのに。
理だけで得れないものがある。
魔力がなければ、世界は変わらない。
自分をどれだけ変革させようとも、世界が認めてくれないのならば、意味は無い。
父親との間には決定的に埋まらない隔たりがある。
それこそ、聖杯の奇跡にでも頼らない限り、修復なんてできないだろう。
頑張れば報われる、その言葉が間違っているとは今も思ってはいないが、それだけでは駄目なのだ。
強くなるのではなく、才能がなければ振り向いてくれない。
一部の人が認めようとも、意味は無い。
現実という壁を撃ち破るには足りなかった。
肉体的にも、精神的にも追い詰められ、自分が何故戦っているのかすらわからなくなって。
その矢先に、舞い降りた黄金のチケットに手を伸ばしたのは――否、伸ばしてしまった。
平常ならば否定できたはずの可能性へと飛び込んでしまった。
そんな間違った奇跡――許してはいけないのに。
自分のエゴで誰かが泣き、譲れない願いを持った誰かが怨嗟の声を捻り出す。
到底許せるものではなかった『間違い』だった行為を、この手で生み出した。
眼前で失った命よりも、自分の願いを優先してしまった弱さが滲み出た恐怖。
ふらふらとした身体を引きずって家へと帰宅し、頭を抱え問いかける。
――これで、よかったのか?
いいわけがない。本当は殺したくなんてなかった。
どんなに強い言葉で塗り固めても、それだけは確かだ。
けれど、これ以外に選択肢なんてあったのか。
諦めて膝を屈してしまえばよかったのか。
絶対に、違う。
例え、何があろうとも。夢を捨てることだけは許容できない。
ずっと、子供の頃から見続けた憧れだったのだ。
他の何にも代えがたい願いだったのだ。
それを捨てて別の生き方をするなんて、一輝には考えられなかった。
必要なのは奇跡だ。絶対に覆らない現象を書き換える黄金盃を勝ち取る覚悟だ。
父親の言葉にだって立ち向かえる可能性が、此処にある。
ほんの少しの希望があるだけで、俯かずに前を見れるのだから。
この身を羅刹に変えてでも、願いを叶えよう。
軋む迷い、脳裏に浮かぶ大切な人達を置き去りにしてでもだ。
己を殺す。敵を殺す。過去を殺す。現在を殺す。未来を殺す。
殺して、殺して、殺して――――!
けれど、どうしても。
ステラ・ヴァーミリオンと誓ったモノだけは殺しきれない。
彼女を好きだという気持ちは、一緒にいたかったという願いは――捨てられなかった。
こんな血に塗れた手でも、まだ届くかもしれないと夢を見ている。
結局の所、黒鉄一輝という人間は何処までも優しい少年だった。
無理矢理、自分の想いに蓋をして納得をしたつもりで、走っている。
苛む痛みに気づかず、無自覚ながら気づいている事実から目を背け、剣を取る。
そもそも、この聖杯戦争に呼ばれた時点で、前に進む以外に道はない。
選択肢なんて、最初から存在しなかった。
ただ、それだけの話だった。
もう戻れないように。覚悟に重みを増やすべく、精神を鉄にして。
今日も一輝は運命の夜へと飛び込んでいくだろう。
『何も出来ないお前は、何もするな』
父親から言い渡された諦めを打倒する為にも、聖杯に縋るしかない。
賽はもう投げられた。
矛盾を抱え、勝ち上がることを誓おう。
弱っていた精神は本来の彼らしさからずれていくとしても。
少しずつ、本人も気づかぬ微々たる角度で曲がり、自分の首を絞めることになってもだ。
その先に待っているのが地獄でも、走るだけである。
戦う理由を奪われ、脆くなった精神が無視できない痛みを生ずるまで。
『落第騎士』は、地獄へと突き進むだろう。
◇
やはり、似ている。
黒鉄一輝と櫻井戎を重ねてしまう。
ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼンは内の懊悩に溜息をつく。
わかってはいても、この溜息を止めることは敵わない。
彼と同じ。それがどのような意味をもたらすのか。
袋小路の絶望、何も為せぬまま、化物へと変容していく。
詰まるところ、一輝は無念の中、死んでいく暗示だ。
それだけは、彼が最悪の結末を迎えることだけは絶対に防がねばならない。
もう、生前のような悲劇は御免である。
今度こそ、マスター共々幸せな結末を掴むべくこの剣を振るうと決めたのだから。
(となると、まずは、今の状況を打破しないといけませんね。
同盟、不戦……私達だけで戦うというのは無理がありますし)
その過程で、必要なのはやはり一時の共闘相手であろう。
生前、行われた第二次世界大戦でも彼女の祖国であるドイツは他国との同盟を結んでいた。
それに習って、自分達も誰かと手を結ぶことが必須である。
勝ち進むにあたって、どれだけ消耗を減らしつつ相手を打倒できるか。
この初めの一歩は、やはり他の主従との接触である。
同盟とまではいかなくても、不戦であれば大助かりだ。
勿論、裏切りも考慮しないといけない為、油断は決してできないけれど有用な策である。
一時だけでも刃を向けずにすむのなら、それにこしたことはない。
策もなしに勝ち残れると思い上がるな。敵は神算鬼謀の英雄達だ、決して楽観視できる戦いなど存在しない。
だから、考えろ。考えて、とことん考え抜いて、勝ち上がる術を編み出すのだ。
ベアトリスはこう見えても、生前は軍人であり、戦場をシビアに捉える事ができる女性だ。
わんわんおなおちゃらけ美少女も彼女の側面の一つではあるが、冷静に場を見て判断できる軍人もまた、彼女の一面である。
黒鉄一輝を、こんな所で死なせる訳にはいかない。
必ずや勝利を齎す戦乙女となりて、ベアトリスは剣を取る。
(……それに、どうしても私にはこの聖杯戦争が信じ切れない。
ああもうっ! 単純明快に戦えばいいだけならどれだけいいことか……!)
その過程で迷いは禁物だと感じているのに、どうも纏わり付く不安は一向に払拭されない。
彼が早朝の日課であるジョギングを行っている横で、ずっと悩ましくあるのは良くないとはわかっているけれど。
もしも、この聖杯戦争の裏側に何か秘密が隠されているのだとしたら。
自分達の願いを台無しにする要素が含まれているのだとしたら。
幾つものイフが重なり、最悪を迎える可能性がこの聖杯戦争にあることを視野に入れなければならない。
それでもせめて、マスターである彼だけは元の世界へと還さなくては。
一輝が戎と同じ道を歩み、終えることを防ぐ為にも、ベアトリスが目を光らせる。
この輝きが照らすのは絶望への道ではないと証明する。
――そんな彼らを見ていた主従がいたことを、ベアトリスはまだ知らない。
◇
《あら、吹雪。何か気になる人がいたの?》
《大したことじゃないですよ? ただ、今すれ違った人といつもジョギングが被るなーって》
《偶々ね。気にしすぎは良くないわ》
駆逐艦、吹雪。そして、そのサーヴァントであるビスマルク。
聖杯戦争が始まっても、彼女達の日常は変わらず回り続けている。
鎮守府にいた時と同じく、朝は体を鍛えるべくトレーニングを。
もはや日課となったものをこの世界でも続けるのは、やはり万全を期して臨みたいが為だ。
怠惰な生活を送って気を緩めるなんて考えられない、常に努力を、心には炎を。
いついかなる時でも戦闘に移れるように、気を張り巡らせる。
《まあ、その注意深さは美徳ではあるけれど。力が入りすぎていざという時にバテたら話にならないわ。
そういうのは私に任せなさい。貴方はただ、私に勝利を願えばいい》
《……は、はい》
《ちょっと、何よ! 信じられないの!?》
《いや、信じてはいますけど……。ただ、すごく自信満々ですごいなぁって》
微笑ましい会話を念話で繰り広げながらも、彼女達の振る舞いには油断はなかった。
今すれ違った少年だって、マスターかもしれない。
学校の隣の席に座る学友が、敵に変わるかもしれない。
見えない所で敵は潜み、戦火は燻っている。
聖杯なんていらない、それよりも元いた世界に帰りたい。
そう思っている参加者がこの世界でどれだかの数いるのだろうか。
他は全員敵であり、倒す以外に道はないのかもしれない。
《私、自分にあまり自信が持てなかったから、羨ましくて……。私も負けていられませんね》
それでも、吹雪は希望を探したい。
まだ見ぬマスター達の中に、自分と同じ考えを持つ人がいることを強く願っている。
間違ったやり方で叶える願いは、きっと自分を傷つけるだけだ。
大切な人達に背くことは、今までの自分が積み上げた努力を裏切ることは、決してあってはならない。
必要なのは奇跡ではない。
確かな道を一歩ずつ進む――直向きさなのだから。
【B-3/一日目・午前】
【黒鉄一輝@落第騎士の英雄譚】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] ジャージ
[道具] なし
[所持金] 一般的
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取る。
1:止まってしまうこと、夢というアイデンティティが無くなることへの恐れ。
2:後戻りはしたくない、前に進むしかない。
3:精神的な疲弊からくる重圧(無自覚の痛み)が辛い。
[備考]
※通知はまだ見てません。
【セイバー(ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン)@Dies irae】
[状態] 健康
[装備] 軍服
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターが幸福で終わるように、刃を振るう。
1:勝利の裏側にある奇跡が本物なのか、疑念。
2:同盟、不戦――結べるものがあるなら、結ぶ。
3:マスターである一輝の生存が再優先。
【吹雪@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] ジャージ
[道具] なし
[所持金] 少し貧乏
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へと帰る。
1:もしも、自分と同じ考えのマスター達がいたら協力したい。
[備考]
※通知はまだ見てません。
【ライダー(Bismarck)@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] なし。
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:マスターが元の世界へと帰れるように手助けをする。
投下終了です。
投下乙です。感想は投下の時に。
プリンセス・デリュージ、越谷小鞠、セイバー(アルトリア・ペンドラゴン<リリィ>)、真庭鳳凰、バーサーカー(ファルス・ヒューナル) 予約します。
ペチカ、アサシン(死神)を追加予約します。
>「諦めたくない、と彼らは言った」
一輝の葛藤の描写は、心に迫るものがありました。
それでも諦めずに地獄へと突き進む覚悟を決める彼には頑張って欲しいと思います。
ベアトリスが戒と彼を重ねるのもむべなるかな。
そしてさらっとすれ違う吹雪&ビスマルク。
諦めないのベクトルが違う二主従がよく描かれているな、と感じました。読み応えがありました。
投下します。
☆越谷小鞠
聖杯戦争が始まっても、越谷小鞠の日常は何ら変わる気配を見せてはいなかった。
朝起きて、朝食を食べて、歯を磨いて、顔を洗って、家を出る。
少しの眠気を抱いたまま校門をくぐり、教室に行くと友達が話しかけてくる。
強いて言うなら、その顔触れにだけは未だ慣れるということがない。
皆、悪い人ではない。
むしろその逆だ。
環境の変化に戸惑って、ぎこちなさを時々見せる自分と離れることなく付き合ってくれている。
でも、これだけはどうしようもなかった。
小鞠にとってのクラスメイトと言えば、それは今でも、あの分校に通う皆を意味していた。
流行りの服屋がどうだとか、新しい喫茶店がオープンしたから今度行こうだとか。
そういった、あの田舎では聞かなかったような話題ばかりが飛び込んでくる。
それに合わせて笑っていると、程なく担任の先生が入ってきて、ホームルームへ。
チャイムの音が鳴り響き、ホームルームが終わって、少しの休み時間の後に授業が始まる。
都会の学校で受ける授業の内容は、田舎の学校に比べるとずっと難しかった。
問題集を解くだけということもあってマイペースに進めた頃とは違い、ここではある程度の速さで授業が進む。
ノートを取って、黒板に書き出された問題を解き、チャイムが鳴ってまた休み時間。
当初はなかなかどうしてハードに感じたものだが、今となってはこれにもすっかり慣れた。
理科と数学という何とも眠くなる教科を終えて、三時間目。
時数は担任が受け持つ教科の国語でカウントされているものの、内容は所謂ロングホームルームに急遽変更された。
理由は、近付いている宿泊研修に向けての事前準備。
冬休み初日から数えた二日間を使い、北海道の某所へと研修に向かうのが、二年生の恒例行事なのだという。
身も蓋もないが、小鞠には関係のない話だ。
聖杯戦争がどの程度長引くかにもよるだろうが、一ヶ月間も掛かるとは流石に思えない。
となると、行く予定もない行事の準備をせっせとしているようなものであり、何ともいえぬ虚しさがあった。
班の面子は、小鞠と普段から仲良くしている人物が二人。残る一人は、喋ったことのない物静かな子だ。
物静か。
そう言ってしまえばそれまでだが、小鞠個人としては、彼女は少し不思議な相手だと思っていた。
別に人見知りというわけでもないようなのに、その少女はいつも輪の外にいる。
教室内のどのグループにも所属することなく、それどころか必要がなければ一日中誰とも言葉を交わすことなく。
ぽつんと自分の席に座っていて、時たま教室を出て行っては、気が付くと戻ってきている。
そんな少女だった。どこか、冷たい印象を周りに与える少女だった。
名前は確か、奈美。青木奈美――だったはずだ。
「小鞠? おーーい、こまちゃーん? 聞いてるー?」
「こまちゃん言うな! ……って、え? あっ、ごめん。ちょっとぼけっとしてた」
「もう、何してんのよ。小鞠と青木さんで視聴覚室行って、宿泊研修のしおり取ってくるって話だったじゃん。
保護者向けの方と生徒向けの方で二種類あるから、一人だとちょっと厳しいし」
びっくりした。
ちょうど、彼女のことを考えていたタイミングだったからだ。
そういえば、確かにそんな話をしていたような気もする。
クラス委員たちが精魂込めて作ったしおりを、各班で取りに行くようにと、そんなアナウンスがあった――ような。
「まったく、しっかりしてよねー」
「あはは……ごめんごめん。それじゃ行こっか、青木さん」
こくり。
首肯して彼女が立ち上がったので、それを先導するように歩き始めた。
会話は、当然ながらない。
あちらから振ってくることはまずないだろうし、かと言って小鞠もどんな話題を振ればいいか分からない。
そんな有様だから、この沈黙は当然のものといえた。
元々青木奈美という少女は、当然のように班決めの流れからあぶれていた。
これも田舎ではなかったことだが、都会の女子グループはかなり生々しい。
小鞠の周りの人物は然程でもないものの、中には昼ドラも真っ青のドロドロ模様を呈しているグループもあると聞く。
そういった連中にしてみれば、良く言えばクールビューティーに、悪く言えばお高く止まっているようにも見える彼女は格好の反感の的だ。実際に、彼女が陰口を叩かれているところを小鞠も何度か目撃している。
しかしそこは、居た堪れない空気になる前に気を回す生徒が必ず居るものだ。
それが小鞠の班の一人だった。奈美を班員に快く受け入れ、そうして今に至る。
これだけ見れば、別によくあるような話。
だが、いざ同じ班になってみて――小鞠はどうも、この無口な少女のことが気になっていた。
劇的なエピソードがあったわけじゃない。
それどころか、話したことさえ、まともにない。
なのにどうしてか、気になる。
――奈美はとても、冷たい目をしていた。
どうしてそんな目をするのか。
一体、彼女は何を抱えているのか。
うまく言えないが、黒々とした事情こそあれど概ね平凡な日常の中で、彼女は明らかに浮いた存在に見えた。
「あ、青木さんはさ」
明らかにぎこちなく、話を切り出してみる。
見切り発車にも程がある会話のスタートだった。
そもそも何を話せばいいのかもろくにわからないまま一歩踏み出したものだから、目がどうしても泳いでしまう。
奈美の視線が、小鞠に向く。
気まずい沈黙が流れることがないように、とりあえず手頃に宿泊研修の話題でも振ってみようと思い立ち。
「今回の研修旅行で――」
そこまで言ったところで。
視界の先に見える、クリーム色の外壁が――砲弾でも打ち込まれたかのように弾け飛ぶ瞬間を、見た。
呆然と、ただ目を見開く。
何が起きたのか、理解が全く追いつかない。
補足すると、ここは三階だ。
断じて、運転を過った車が飛び込むような高度ではない。
では、何が。
一体何が、こんな現象を引き起こしたのか。
その答えは、風穴の空いた壁面の中央に佇んでいた。
怖じることも、隠れることもなく、堂々と。
黒い甲殻の怪人が、赤く輝く拳を握り締めていた。
日常が崩れ去る。
廊下には悲鳴が轟いて、我先にと生徒たちが逃げ出していく。
生徒だけではない、教師までもが、逃げていく。
不審者対策のマニュアル程度は頭に叩き込まれているだろう彼らのそれは、あくまで対人用のものでしかない。
人ですらないモノを相手にどう立ち回るかは、教えられていないのだ。
「走ります」
ともすれば腰が抜けそうになっていた小鞠の耳元で、声がした。
次の瞬間、隣に居た奈美が、小鞠の手を掴んで走り出す。
速度は比較的速かった。しかしそこは田舎育ちだ。
付いて行くのは難しくない。それに彼女のおかげで、我を取り戻すこともできた。
「青木さんっ、何、あれっ」
「……貴女には、関係のないものです」
その口振りは、いつも通りの淡々としたものではなかった。
どこか苛立ちを含んだ――様々な感情が綯い交ぜになった台詞だった。
階段を下り、走る。
すると、逃げてくる生徒の波が立ちはだかった。
倒れてしまうことがないように、一度だけ奈美の手を離し、人をかき分けて進む。
どこを目指しているのかなんて定かではない。
ただ、あの化物から逃げる必要がある。
頭の中にあるのは、それだけだった。
そして、それがいけなかった。
群衆がひとしきり通り過ぎた後、そこに級友の姿はない。
あ、と声が出た。
……どうやら、はぐれてしまったらしい。
幼い頃に、町の方に買い物へ連れて行ってもらった時のことを思い出す。
慣れないタイムセールの人混みに揉まれて家族とはぐれ、結局は迷子センターに保護してもらった。
その時にも似た心細さが、小鞠の胸にはあった。
――小鞠は、あの化物を定義する言葉を知っている。あれはサーヴァント。聖杯戦争の、参加者だ。
越谷小鞠はマスターである。
しかし彼女はこれまで、サーヴァントとの戦いを経験したことがない。
慣れない日常を精一杯謳歌しながら予選を終え、ここまで勝ち残ってきた。
聖杯戦争とは、本来こういうものだ。
いつ如何なる時も敵襲の危険があり、しかも敵は人間を遥かに超えた存在。
小鞠は今、初めてそれを実感した。
ひとりになって、奥歯が震え始める。
怖い――あの黒いシルエットを思い返すだけで、背筋の産毛がざわつく。
「気を確かに持ってください、マスター」
「……リリィさん……」
それでも、彼女は決してひとりではなかった。
小鞠もまたマスターの一人なのだから、当然、一騎のサーヴァントを使役している。
きめ細やかな金髪に、シミの一つもない肌。
浮世離れした可憐さを有した、サーヴァント・セイバーが実体化する。
彼女こそはブリテン由来の少女騎士。
やがて騎士の王となるさだめを抱えた、花の旅路を往く前日譚(リリィ)。
「あのサーヴァントを野放しにすれば、きっとこの学校へ危害を加え始めるでしょう。
誰かが止める必要があります。それも、同じサーヴァントが。そうでなければ、事態はきっと最悪の方へ向かってしまう」
「……リリィさん、もしかして――」
「はい。出て、迎え撃つつもりです」
毅然と言ってのけるセイバー・リリィに、小鞠の表情が不安に曇る。
それを見て、リリィは安心させるように微笑んだ。
彼女はそうすることを嫌がるだろうとも思ったが、その小さな頭へと手を置き、左右に動かす。
「大丈夫です。私は未だ半人前ですが、これでもサーヴァント。それなりに腕は立つつもりですので」
数秒の時間があった。
それから、小鞠はこくんと頷く。
その意味は、ひとつだ。
「必ず、帰ってきてくださいね」
「勿論です。では――参ります」
頷き返して教室を出るなり、リリィは全力で床を蹴った。
加速する。英霊としての身体能力が、彼女を一陣の風に変える。
階段を駆け上がれば、此方へ向かってくる黒い英霊と目が合った。
「良い」
飢えている。
「良いぞ」
より激しく、熾烈な戦いに飢えている。
「貴様は、我に良き闘争を齎すか」
そういう目だと、一目で分かった。
黒い英霊――恐らく、バーサーカーであろう――は視線の交錯の後に踵を返し、自らが空けた壁の大穴から外へと飛び出した。この向こう側には、校庭がある。
誘っている。
その意図が分からないほど、リリィは馬鹿ではない。
「――いいでしょう」
しかし、退くのは論外だ。
マスターを守るために、この世界の仮初の営みを守るために。
あのバーサーカーは止める必要がある。
そしてそれこそが、今、この場の自分が立ち向かうべき難行だと理解した。
セイバー・リリィもまた、穴へと飛び込む。
冷たい外気が押し寄せるのを肌で感じながら、彼女は選定の剣を抜き放った。
◇ ◇
飛び出したセイバー・リリィを迎え撃ったのは、バーサーカーの紅く輝く魔拳だった。
髪の毛数本を巻き込んで空振りはしたものの、ただ振るわれた余波のみで大地が軋みをあげ、砂埃が舞う。
さながらそれは破城槌――否、単純な威力はその数倍に達して余りある。
もしも人間が直撃などしようものなら、まず間違いなく即死だ。
その死体は損壊を通り越して爆散に近く、生の希望を全く抱かせない有様に変わるだろうことは請け合い。
これほどの膂力が相手である以上、最早鍛錬の質や量などは彼方に吹き飛ぶ。そこにはただ、喰らえば死ぬという単純明快な理屈が存在しているだけだ。
少女騎士がひらひらと舞う。
それを追うようにして肥大した拳が大気を揺らし、暴風にも似た衝撃波を吹き荒らす。
たんと地を蹴り、ターンする。
針の穴に糸を通すのではなく、穴もろとも布地を突き破るような正拳突きを紙一重で躱し、セイバー・リリィが動いた。
鋭利さすら孕んだ速攻の踏み込みで間合いを詰め、ファルス・ヒューナルの迎撃を躱す形でその身を切り裂く。
与えた手傷は脇腹を浅く切り裂くに留まったが、しかしそれでも、鮮やかな先手の奪取だった。矮躯を踊らせて狂戦士へ果敢に立ち向かうリリィの姿は、まるで暴牛を布一枚で翻弄する闘牛士のようだ。
その旅路は未だ途上のもので、騎士王と呼ぶにはあまりに頼りない。
しかしながら、剣技の腕前も戦闘における立ち振る舞いも、サーヴァントとして戦うに相応しいだけのものは有している。
黄金の剣を細身で扱う様には可憐な白花がよく似合う――そして相手もまた、その花を摘まんとする役者に相応しい。
「脆弱」
リリィの剣が引き戻されるのを待たずして、ヒューナルが動く。
どこかくぐもった、しかし地の底から響くような重い威厳の籠もった声だった。
二対の拳が赤光を帯びると同時に巨大化し、素早い動作で薙ぎ払うように振るわれる。
剛力に見合わぬ速さに目を見開くが、幸いにも防御が間に合った。
選定の剣を折り砕くには至らないものの、押し切られるのではないかと錯覚するほどの気迫と重圧。
衝撃が抜けた後にも防御を解くことなく、敢えて後続を受け止めんとしたのは彼女が持つ直感のスキルの恩恵か。
「ふッ!」
水平に、面の盾として構えた剣ごと、リリィは数メートルもの後退を余儀なくされた。
彼女の意志でそうしたのではなく、防御もろともに吹き飛ばされたのだ。
拳戟が当たったと思った途端、リリィを襲ったのは浮遊感。
直に腹を穿たれたかと錯覚するほどの勢いで、彼女は後方へ追いやられていた。
防御なしで受けていたならば、被害は甚大なものとなったことだろう。
白昼堂々の襲撃という愚行と共に現れたバーサーカーを目にした時から、彼の強さをひしひしと感じていた。
人ならざる凶魔の類と相対する際の、全身を貫くようなプレッシャーと背筋に氷柱を詰められるが如き悪寒。
その両方を、少女騎士が未だかつて経験したことのないような色濃さで備えた存在。それが、ファルス・ヒューナルだった。
――ダーカーという生命体が存在する。
彼らは宇宙を漂い、その星の原生生物から人間、果ては機械に至るまであらゆる存在を侵食する。
フォトンの力を扱える特別組織の構成員以外では駆逐することさえままならない、彼らはあらゆる生物の敵対種である。
とはいえ、侵食と攻撃以外に能のないその希薄な知能で、精鋭揃いのアークス船員を退け続けるのは無理な話だ。
アークスの人員数や、完全な駆逐は不可能でも残滓程度にまでダーカーを破壊できる原生生物たちの存在を考えれば、彼らが年貢の納め時を迎えるまではそう時間は掛からない――誰もがそう思う。
しかし、現実は違う。
戦いの数ばかり増えていくのに、彼らの総数を減らす作業は一向に進んでいないのが宇宙の現状だ。
倒しても倒しても無尽蔵に湧き出る闇の化身たち。
どれだけの数を揃えたところで所詮は有象無象、より強大な戦力をもって根気強く駆逐に当たれば敵ではない。
……彼らを使役し、その脅威度を桁違いにまで引き上げている存在こそが、宇宙を脅かす真の敵なのだ。
その名は、ダークファルス。
ダーカーを統べる者であり、底知れぬ闇の力を扱う主神とも呼ぶべき存在。
そして今英霊の座から召喚され、バーサーカーのサーヴァントとして使役されている彼もまたその一柱。
【巨躯(エルダー)】の名で畏れられたダークファルスがその存在規模を縮小させて打ち出した化身の一つ、それこそがこのファルス・ヒューナルという反英霊の正体だ。
リリィの生きた時代に当て嵌めて称するならば、蛮族の王と形容するのが最も正しいだろう。
故にこれは、騎士と蛮族の戦いだ。
闘争を欲して人里に降り立った蛮王を退けるべく、花の旅路を歩む少女騎士が果敢に迎え撃つ。
あらゆる英雄譚の中で飽きるほど語り尽くされてきたであろう、定番の構図の一つでしかない。
「はぁッ!」
切り払う一撃を、ヒューナルはその豪腕で受け止めた。
刃先が滑り、鎧のような甲殻が鮮やかな火花を散らす。
破れない強度ではないが、しかし軟な剣ではこのようにいなされてしまう。
当初は力のみを突き詰めた脳筋だとばかり思っていたが、彼の行動全ては、確たる戦闘論理に裏打ちされていた。
間違いなく、途方もないレベルの経験を積んでいる――そうリリィは推測する。
無論彼女とて、そんな存在と切り結ぶことができているのだから弱い筈がない。
実際彼女はブリテンにて、自分を遥か上回るような力量を持った騎士たちに日々鍛え上げられてきたのだ。
自他共に認める半人前とはいえ、それでも同年代の剣士、騎士に比べればその力量は確実に上を行っている。
「温いぞッッ」
だが、ファルス・ヒューナルのそれは稽古で鍛えた強さではない。
殺し殺されの実戦の中で研鑽を積み、無双の境地へと届いた怪物の強さだ。
激しい摩擦の中で原石が研ぎ澄まされ、輝ける宝石へと姿を変えるように、これは練磨されてきた。
そんな彼だから、サーヴァントとしてのクラスはバーサーカー以外にはあり得ない。
策も罠も真っ向踏み抜き破壊して、激しく雄々しく喰らい合う――そんな闘争ばかりを、【巨躯】の化身は望んでいる!
(疾い――!)
覇者の一喝と共に、二対の剛拳が唸りを上げる。
闇の瘴気を帯び肥大化した拳が二連続のフックを放ち、それぞれリリィを打ち据えんと襲い掛かる。
徒手は白兵戦において最も近いレンジを要する武器だが、同時に適した間合いで放てば最速の得物だ。後の先を取った上で、さらにこの至近距離で放つとなれば効果は倍増する。
リリィは、力より技を駆使して戦う、ヒューナルとは全く別の戦闘スタイルを取る。
なるべく真正面からかち合うことは避け、回避と受け流しに重点を置いて、あの魔拳と打ち合う機会を限りなく減らす。
そうでもしなければ、この相手には押し切られてしまう危険性があった。
先程ガード越しに吹き飛ばされたことからも、相手の筋力ステータスがこちらを上回っているのは確実なのだから。
さらに、矢継ぎ早にエルダーはその拳を大地に打ち付けた。
大地が罅割れると同時、地割れに沿って暗黒の瘴気の波動が三条の柱となってリリィに雪崩れ込む。
拳による打撃と波動の二段構えは、あまりに与し難い連携であった。
回避の隙を綺麗に突いた波動を彼女は二つまで回避したが、残る一つを避けきれず、剣で最低限浴びる範囲を狭めたとはいえ、浴びてしまう運びとなった。
そしてその代償は、すぐに異変となって彼女を襲う。
「これは……呪い、ですか」
波動を浴びたことで負った軽微な火傷。
そこから、じくじくとした不快な感覚が広がっていくのが分かる。
疾走する暗黒の波動は只の闇ではない。
ダーカーの有する基礎的な浸食能力を高めて放った闇により付けられた疵は、自然治癒で癒えることなく、膿み腐らす病の毒のように、傷口を浸食し癒しを妨げるのだ。
自ら解毒を行わねば、少なくとも数時間の間は解除されることはないが……たとえその術があったとしても、隙を見せようものなら容赦なく剛拳による洗礼が待ち受けていることは言うまでもない。
リリィにとって幸運だったのは、彼女がクラススキルとして持ち合わせる対魔力のアビリティであろう。
剣の防御のみでは到底防ぎきれない波動。
捌けなかった対価として彼女を苛む手傷と呪いの濃さを、彼女の肉体は最低限のものにまで抑えていた。
「ふ……よもや、終わりではあるまい?」
「勿論! ――次はこちらの番です!」
言うが早いか、セイバー・リリィが動いた。
この局面だというのに、その口許には笑みがある。
今も校舎の中で自分を待っているだろう小鞠を思えばこそ、ここで遅れを取る訳にはいかない。
勝利し、彼女のところへと舞い戻る。その為にはまず、この蛮王を斬り伏せなければならない。
踏み出したリリィの鋭い剣。
迎え撃つはヒューナルの、極致まで極まった剛の力。
それらは真っ向からの激突を果たすが、しかし今回はリリィが一枚上手だった。
拳が切っ先に衝突した、その圧倒的な衝撃を利用して刃を滑らせ、ヒューナルの豪腕を伝うように切り裂く。
行動に支障を与えられるほどのものではない。一手優った事実に喜びたい思いを抑え、リリィは更に追撃をかける。
軽やかな動きと共に放たれる剣閃の数は、晩年騎士王と呼ばれる彼女にすら勝るだろう。
蝶が舞うような鮮やかさと共に放たれる、蜂の如く繊細な太刀筋。
時には軽装で戦に及んだ若き日の、アーサー王となる定めを持つ少女ならではの立ち回りだ。
「無為ッ!」
轟く一喝。
リリィの剣を防ぎ、捌き、間隙を縫う魔拳を放ちで対抗するファルス・ヒューナルに押されている様子はまるでない。
もっともそれは、苛烈化する闘争に喜悦を持ち込む彼が相手ということもあるのだろう。
彼は、いかなる局面に置かれても決して泣き言を吐かず、敵を罵ることもしない。
それさえも含めて闘争と愛し、猛り、赤熱する闘志をもって喰らい合いに向かうのだ。
「愚鈍ッ!」
見えている。
それを端的に示す言葉と共に、ヒューナルが地を踏み鳴らした。
震脚――定義しようとするなら、その名に当て嵌めるのが相応しいだろう小技。
だがその小技も、桁の違う力を宿す闇の化身に掛かれば敵をその場へ縫い止める殺し技の布石となる。
セイバー・リリィの動きが止まった。
地へ付いた足は、さながら吸い寄せるかのように震動する地面に固定されて動かせない。
そこへ、ファルス・ヒューナルの魔拳が放たれる。
身動きの取れない彼女に向けて、宝具の一撃にも匹敵しよう超威力のゴンドラが肉薄し――
「弁えよッ!」
炸裂。
騎士の鎧を粉砕し、奥にあったうら若き肢体を粉々に破裂させ、その内臓が奇妙なコントラストを描く。
「戦いは――」
その寸前に、異変が起きた。
つむじ風のように、少女騎士を中心としてうねりが起きる。
目に見えない、しかし確かに存在する力の螺旋。
それはやがて勢いを増し、ヒューナルをすら驚愕させるほどの力の波濤に姿を変えていく。
その正体は、魔力。サーヴァントの行動、出力、全てに付き纏う燃料とも呼ぶべき力が、リリィから溢れ出している。
「――これからです!」
高らかに宣じると共に、彼女の矮躯を起点として、ジェット噴射の勢いにも匹敵しよう魔力の暴風が吹き荒れた。
魔力放出。
自己の身体に魔力を帯びさせ瞬間的に吐き出すそれを解き放ったことは、震脚による拘束を無効化し、更にファルス・ヒューナルの殺し技を僅かながら揺らがせるほどの効果を挙げた。
ヒューナルは怪物だ。魔人を通り越し、一つの災害にさえ匹敵し得る戦闘狂いだ。
しかしさしもの彼も、大技を放った直後の隙に全く予期しないだけのエネルギーを叩き付けられては一溜りもない。
一瞬の硬直時間を突いて、リリィがその懐へと一歩踏み込む。
ヒューナルは即座に彼女の意図を理解し、小さな頭を砕き潰すべく両腕を叩き合わせんとしたが、それは若き騎士の先手へ追い付く為の攻撃としてはあまりに遅すぎた。
一閃。
選定の剣が袈裟懸けに振り下ろされ、ファルス・ヒューナルの体に軌跡通りの傷痕が生まれた。
霊核の破壊にまでは至らなかったものの、これまでのものとは異なり、確かに敵へ痛打を与えた手応えが伝わってきた。
あと一押しか。
剣の柄を握り締め、飛び退いて離脱を図ったヒューナルを追う。
このまま追い立て、倒す。確たる意志と共に踏み込もうとする矢先、状況に全く似合わない笑い声が響いた。
「ふ、ふふ、ふはははははははは――」
獲物を前にした竜種の唸りでさえ、もっと可愛げのある音色に違いない。
その声には、地の底を通り越し、冥府の最奥から響くような格の違う重圧があった。
重圧と言っても、それは聞く側が勝手にそう認識するだけであり、当の彼に他者を威圧する意図など誓って欠片もない。
だがそれほどまでに、彼の喜びに溢れた笑い声はおぞましく、嵐の訪れを覚えさせるものだった。
リリィが思わず足を止めたのは幸運だったのか、はたまた不幸だったのか。
この場合でいえば、突如響いた喜びの声を不審がり、一旦攻めの手を緩めるのは何も間違っていない行為だ。
しかしその代わりに、セイバー・リリィはファルス・ヒューナルへと与えてはならない『時間』を与えてしまった。
「滾る! 滾るぞ! 今世の肉体はさぞ血に飢えていたと見える!
この我へ見事一撃を加えてみせたその手練……我が敵に相応しいと認めよう!」
その頭部と背中に生えた棘にも似た突起物が形を変えていく。
翼のようだとリリィは思った。
一つ一つが鋭利な刃で出来た、触れるものを全て切り裂く鋼の翼だ。
ずぶ、ずぶ――そんな奇怪な音を伴った行動が何を意味するかを理解するには、少しばかり時間が必要だった。
やがてそれが『抜刀』だと認識した時、セイバー・リリィは持ち前の直感で、これから起こり得ることを瞬時に予測した。一も二もなく、彼女は止めた足を再度踏み出す。
選定の剣が闇の王を切り裂くが速いか、彼が宝具の抜刀を完了するが速いか。
その趨勢が決するよりも速く、セイバー・リリィ、そしてファルス・ヒューナルを目掛け、豪速の矢が降り注いだ。
◇ ◇
校舎内に響いた轟音。
非常放送はけたたましく鳴り響き、やれ物陰に隠れろだの、やれその場でじっとしていろだのとちぐはぐな指示を生徒へ飛ばし続けている。
そんな中建原智香は、一人だった。
周りの生徒たちが我先にと逃げていく中、彼女は何が起きたのかを即座に察することができた。
まるで暴走トラックでも突っ込んだのではないかと錯覚させるほどの轟音。
しかし非常放送は今になっても鳴り止まず、放送には校内へ不審者が侵入、との言すらあった。
「アサシンさん――」
呼びかけると、彼女のサーヴァントはすぐに実体化した。
黒髪に端正な容貌を備えた、黒衣の成人男性。
顔立ちは童顔で、万人に警戒心を抱かせない、見る者を安らがせるような顔の作りをしている。
彼こそが、智香を守るサーヴァント。
かつて世界中の黒社会に名を馳せた伝説の男――『死神』と呼ばれる殺し屋に他ならない。
「これって、もしかして」
「先程確認してきましたが、サーヴァントによる襲撃で間違いないようです。
クラスは恐らくバーサーカー。現在はどうやら、校庭でセイバーのサーヴァントが迎撃にあたっているようですね」
「えっ」
さらっと、死神は宣った。
襲撃の轟音が響いてから智香が空き教室に転がり込み、皆が逃げるのを見送りながら必死にどうしようか考えている間に、なんと彼は偵察へ向かい、あろうことか敵の現状に至るまでを把握していたのだ。
敵サーヴァントと鉢合わせするかもしれない状況で放置されていたことに対する驚きもあったが、そこはこの人だ。
仮に自分が件のバーサーカーと遭遇してもいいように、何かしらの備えを配備した上で出向いたのだろう。
生きてきた世界が違う。否応なしに、智香はそう思い知らされた。
「これは私見ですが、マスター。この場は一つ、傍観に徹するのも手かもしれません」
死神は、冷静に口にする。
それは智香にしてみれば、予想だにしない台詞だった。
よくよく考えればなんてことのない常套策だが、智香には無い発想だった。
勿論、智香はその意味がわからないほど子供ではない。
「大方、バーサーカーのマスターは校内に存在する聖杯戦争参加者を炙り出す目的と見える。
迎撃へ向かったセイバーの勇敢さは評価しますが、しかし些か短慮と言わざるを得ない……
私ならば傍観に徹し、双方の戦力確認と同士討ちを狙うところだ。もしも殺れそうなら、その時は横槍で仕留めてもいい」
何にせよ、馬鹿正直に止めに行くのが愚策なのは確かです。
淡々と語る死神の口振りは、まさしく歴戦の殺し屋のものだった。
敵の意図を即座に推察し、それを逆手に取り、如何にして利用し尽くすか。
殺し屋とは、何も一方的に殺すだけが常の職業ではない。
時には敵が用意した戦力との正面戦闘すら想定し、その都度順応に応じ、突破していく必要がある。
正面戦闘が不都合ならば迂回路を通りつつ、相手の戦力すら利用して立ち回る策略が要求される場面も多々あった。
この死神は、それをすべて踏破してきた歴戦の怪物だ。
人間としての生涯ではただの一度しか不覚を取らなかった男。その肩書は、決して伊達ではない。
「と、普段の私ならそうするところですが……今この場における私は、あくまでもマスターの走狗だ。
貴女の指示に従いましょう、マスター。貴女はただ、私にどうして欲しいかを命ずるだけで構わない」
しかしながら、今の彼は死神であって、死神ではない。
建原智香という少女に、ペチカという魔法少女に召喚され、その聖杯戦争を見届けるサーヴァントだ。
冷血なる死の神は、人を知った。
あの日。すべての始まりとなる夜に、瓦礫の山の中で、死神は正しく一度『死んだ』のだ。
この場の死神は、彼がマッハの超生物へと変貌(転生)を遂げる直前――末期の時より呼びだされた存在。
「さあ、命じて下さい。貴女は、どうしたい」
彼は、導くだけだ。
己を呼び出した優しき魔法少女を、あるべき場所へ。
自分の望んだ弱き存在へと成り損ねた怪物は、ただそれだけを願っている。
「……さい」
智香が望むならば、彼は最強の暗殺者たる所以を遺憾なく発揮し、すべての敵を抹殺するだろう。
智香が望むならば、彼は条理へと歯向かって、この聖杯戦争から必ず彼女を帰還させるだろう。
聖杯戦争を打ち砕けと命ぜられれば、それもまた彼女の意思として、救いの剣ともなるだろう。
「止めてください――アサシンさん。この学校を、守ってください」
「了解しました、我がマスター」
だから。
此度の彼は暗殺者としてではなく、調停者として。
花の騎士と闇の化身が鉾を交える戦場へと推参するのだ。
◇ ◇
リリィは天性の直感による回避、ヒューナルは空いた右腕で矢を掴み取ることで不意の襲撃へ対処した。
矢はごくごく普通のもので、何ら神秘の宿るような逸話やエンチャントを経てはいない。
神秘存在であるサーヴァントを貫くには役者不足も甚だしいが、しかし、リリィとヒューナルはこれを避けた。
眼前の宿敵を討伐することよりも、矢を回避する方が重要だと判断し、行動へと打って出たのだ。
その意味は推して知るべし。この矢は、回避され、掴み取られて攻撃の意図を無効化されるまでの間、間違いなく対英霊においても通用するだけの殺傷能力を纏っていた。
何者だ――二人の視線が集中した先は、体育館の屋根上だった。
人が立つにはあまりに不似合いな場所に佇む人物は、万人に清らかな印象を与える、純白の衣を羽織り、その顔面を狐の面で隠匿した、見るからに胡散臭い風体のヒトガタ。
「……何者です、貴方は」
「サーヴァント、とだけ言っておきましょう」
そんなことは見れば分かる。
弓を使った所から推察すれば、妥当なところでアーチャー……だが奇襲されるまで、これほどの至近距離にいながら存在を感知できなかったこともある。そういう点では、アサシンのクラスである可能性も否定できまい。
問うリリィには、彼のクラスはさておいて、素性の一端に心当たりがあった。
白い男。
それは小鞠の通学を護衛する中で耳にした、噂話の一つだった。
生徒たちが時折噂の真偽を懸けて意見をぶつけ合っている光景を、リリィも目にしたことがある。
犯罪者や怪物、無辜の民を脅かす者のもとへと現れ、事態を颯爽解決していくという異装の男。
状況も、容姿も合致している。
ただひとつ足りないのは、彼に付随するという、軍服の男の姿か。
やや不可解な点はあるが、彼が本当に噂の白い男なのか、それとも都市伝説を騙る別人なのかは別としても、現れた理由には自ずと察しがつく。
「双方、この場は矛を収めていただきたい。
私としては貴方方が共倒れになろうと構わないのですが、私のマスターはそれを望んでいないのです。
一刻も早く学び舎から戦火が去り、平穏な時間が戻ることを望んでいる」
「……同意見です。元々私も、このバーサーカーを止める為に出てきたので」
リリィの発言に「それはそれは」と笑ってみせる白衣の英霊――彼は言わずもがな、《白い男》などではない。
アサシンのサーヴァント。真名の代わりに、かつて呼ばれた肩書をあてがわれた最強の殺し屋。
彼はマスターである智香の望み通り、眼下の二騎に矛を収めさせるべくして現れた。そこに偽りはない。
だが、暗殺者が堂々と敵手の前に顔を晒しては終わりだ。
サーヴァントとして召喚された以上多少の融通は可能であろうが、それにしても権謀術策を生業とする彼にとっては手痛い損害になる。そこで彼は宝具化すらされた殺し屋のスキルを活かし、即興で変装したのだ。
現在学生たちを騒がせる正体不明の正義執行者、《白い男》。
都市伝説の存在に扮し、こうして場の調停に現れた。
人相は面で取り急ぎ隠し、サーヴァントであること以上の情報は一切漏らさない徹底ぶりで。
気配の一切を遮断した状態で多少戦況を観察していた為、リリィが善玉であることには察しが付いている。
彼女については問題ない。
問題なのは、やはりあのバーサーカーだ。
言語をある程度介しはするようだが、あれは明らかに頭の根本がイカれている。
闘争に臨むことを喜びとし、それ以外の全てを排除したような……ストレートに分かりやすいバトルジャンキー。
あれが人間であるなら殺し易い。しかし相手はサーヴァント、それも人間由来の存在ですらない正真正銘の怪物だ。
何の準備もなしに相手取るのは避けたい――あの様子では、二騎がかりでもリスクの方が大きい可能性さえある。
「貴様もか」
これまでずっと口を噤んでいたファルス・ヒューナルが、明確に死神へ向けた問いを投げた。
抜刀姿勢のまま固まって、されどもその心は灼熱に燃やし、新たな敵の登場を歓迎している。
一体何が楽しいのか、殺し屋である死神には皆目わからない。
多勢に無勢の状況を喜び、玩具を与えられた子供のように高揚するその思考を、理解できない。
「貴様も、我に猛き闘争をもたらす者か?」
答えを待たずして、ヒューナルの右腕に灯った暗黒の波動が、砲弾と化して死神を襲った。
やはり交戦は不可避か。
自由落下に身を任せながら懐に仕込んだ武器を確認し、死神は一秒の内に自分の手札と、これからの行動を整理する。
着地と同時に自衛隊施設から調達した爆薬を用いて攻撃を仕掛け、セイバーの戦力を活かしつつ確実に殺しに行く。
殺せずとも、撤退まで追い込めればそれで構わない。
いざ、死神が爆薬の詰まった小瓶を指先で打ち出そうとしたその矢先。
『退け――バーサーカー』
聞き慣れた男の声が、ファルス・ヒューナルの脳裏に響いた。
念話だ。
それを耳にした途端、今にも暴れ出す勢いだったヒューナルが動きを止める。
あとコンマ一秒の時間でもあれば完了したであろう抜刀姿勢を解き、そのまま彼は地面を蹴った。
突然の事態に、死神とリリィが思い浮かべるのは令呪の二文字。
しかしそれを裏切って、彼を使役するマスターからの撤退命令は、令呪による強制力を持ってはいない。
とはいえ決して、ファルス・ヒューナルが物分りのいいサーヴァントということではない。
今の彼は単に、『完全に興が乗り切る前』でなかったから命令に応じただけの話。
万一にでも彼の宝具――星すらも抉ると謳われた激痛の鋭刃が抜かれていたなら、こうはならなかったに違いない。
眼前の二騎か、己か。そのどちらかが倒れるまで、令呪以外の命令など決して受け付けはしなかった筈だ。
「良き闘争であったぞ」
定型句のようなその台詞は、真実彼がアークスとの戦いの度に口にしていた台詞。
化身として幾度となく現れ、このように暴れ回り、去る間際までも一瞬たりとて闘志を曇らせない。
それこそが、ファルス・ヒューナルという英霊であった。
その暴力装置ぶりを物語るような爪痕を残して、発作の如き唐突さで、彼は自ら起こした動乱を幕引きとしたのだ。
◇ ◇
非常放送が鳴り止んだのは、校庭から狂戦士が撤退した十数分後のことだった。
落ち着いて、なるだけ周囲の人間と固まって教室まで戻るように。
そんな放送が響いた時に、小鞠はようやく平坦な胸を撫で下ろした。
この様子だと、これから学校は警察の手が入り慌ただしい様相を呈するに違いない。
今日はほぼ間違いなく、臨時下校となるだろう。
戦闘が終わった。
力不足ゆえ、戦場へ共に赴いて見守ることは出来なかったが、リリィは勝ったのだと分かった。
その証拠に、小鞠の手に刻まれた令呪は今も三画綺麗に残り、消える兆しなど微塵も見せてはいない。
教室へと向かうのも忘れてへたり込み、脱力したまま、小鞠は彼女の帰りを待つ。
数秒とも、数十秒とも、数分ともつかない時間が流れた頃に、花の旅路を往く騎士は変わらない可憐さで戻ってきた。
「リリィさん! 大丈夫ですか!? 怪我とかしてないですか!?」
「ありがとうございます、コマリ。流石に無傷とはいきませんでしたが、それでも軽い傷です。問題ありませんよ」
そう言って微笑むリリィは、確かに軽い火傷を負っていた。
小鞠は心配そうにそれを見ていたが、リリィは違う。
実際に戦い、相手の実力を推し量った彼女にしてみれば、これだけの傷で済んだのは間違いなく僥倖だった。
あと少しでも撤退命令のタイミングが遅かったなら。
もしも白衣のサーヴァントが調停に現れていなかったなら。
――刀身を見ずとも伝わるほどの禍々しさを醸す、奴の魔剣が抜刀されていたならば。
勝つにしろ負けるにしろ、これだけの疲弊と損傷では決して収まりなどしなかった筈だ。
「他のサーヴァントの助力もあって、敵……バーサーカーは撤退しました。
しかし、この学校にマスターが存在するとバレてしまったのも確かです。これからはより一層、身の安全に気を配る必要がありそうですね――と。
続きは家に帰ってからゆっくり話すとして、まず今は教室へ戻りましょうか」
「あ……」
すっかり忘れていた。
少しだけ頬を赤らめながら、小鞠はあたふたと慌ただしく廊下を駆けていく。
霊体化した状態で彼女へ続きながら、リリィは先程見た、《白い男》に類似したサーヴァントについて考える。
あれが本物だったのか、それとも名を騙るだけの別物だったのかは、あの短い時間の邂逅では少々分かりかねるところだ。
バーサーカーが撤退した後、リリィが礼を言う間もなく彼は霊体となり、去ってしまった。
恐らくマスターの下へと戻ったのだろうが、だとすると、やはり彼を使役するマスターもまた、この学舎のどこかに居るということになる。
……できれば、頃合いを見て接触を図っておきたいところだとリリィは思った。
彼が志を同じくする者だったなら――その時は、目的に向けて手を取り合える貴重な仲間となるやもしれないのだから。
【A-2/中学校/一日目・午前】
【越谷小鞠@のんのんびより】
[状態] 健康、安堵
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:リリィさんが無事でよかった。
【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン<リリィ>)@Fate/Unlimited cords】
[状態] 疲労(中)、腕と頬に軽い火傷
[装備] 『勝利すべき黄金の剣』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界へと帰す
1:コマリを守る
2:バーサーカーのサーヴァント(ヒューナル)に強い警戒。
3:白衣のサーヴァント(死神)ともう一度接触する機会が欲しい
◇ ◇
「戻りました、マスター」
「アサシンさん……!」
死神は、無傷だった。
それもその筈だ。
何故なら彼は実質的には、戦闘を行ってすらいない。
あわや交戦になりかけたすんでのところで敵の将が、バーサーカーを退かせた。
都合のいい展開になってくれたと、死神も思う。
如何に彼が優れた殺し屋といえども、相手は人間ではなくサーヴァントだ。
数のアドバンテージがあったとしても、正面から戦うべきではない。
殺る時は影からの奇襲、『殺し屋らしい』手法で臨むのがやはりもっとも最適である。
「ご心配なく、マスター。この通り全くの無傷です」
とはいえ実際に戦いへ発展していたとしても、精々擦過傷程度しか負わない自信はあった。
ましてやデコイの役目となり得るセイバーがあの場には居たのだから、まず殺されることはなかったと断言できる。
しかしセイバーの存在がなければ、万一の危険性は存在しただろう。
あのバーサーカーは、間違いなく手練だった。
死の神と畏れられた男に、薄いとはいえ死の気配を感じさせるほどの。
次に相見える時があったなら、その時死神は躊躇なくマスター狙いにシフトする腹積もりでいる。
直接殺さずとも、間接的に殺せる手段があるのだから、それを利用しない手はない。
ああいった手練の戦鬼が相手というなら尚更のことだ。
「一先ず、教室へ戻りましょう。放送が鳴っていましたよ」
アサシンに促されて、智香もまた皆の集まる教室へと歩みを進め始める。
だが、その顔はどこか浮かない色を――憂いを帯びていた。
所詮この日々は作り物。
されども、そこへ営まれている暮らしは紛れもない本物だ。
それを脅かし、願いを求めて喰らい合うデスゲーム――聖杯戦争。
自分はそれに、如何なる者として臨むべきなんだろうか。
智香は、未だ迷っている。
失ったものを取り戻すか、それとも。
答えは、未だ――
【建原智香(ペチカ)@魔法少女育成計画restart】
[状態] 健康、人間体
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 一万円とちょっと
[思考・状況]
基本行動方針:未定
1:聖杯を手に入れ、あのゲームをなかったことにする?
2:魔法少女として、聖杯戦争へ立ち向かう?
【アサシン(死神)@暗殺教室】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] いくつかの暗殺道具
[所持金] 数十万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを導く
1:方針はマスターに委ねる
2:バーサーカー(ヒューナル)に強い警戒。
◇ ◇
プリンセス・デリュージは変身を解除した。
青木奈美としての姿に戻るなり、踵を返して教室へ戻るべく歩き始める。
周囲に人はいない。
意図的に一人になるように行動したのだから、居るはずもない。
小鞠と離れてから、奈美は校庭を一望できる窓のある場所を探し、そこからひっそりと観戦していたのだ。
バーサーカーとセイバーの、激しい戦いを。
サーヴァントが現れた時、思わず舌打ちをした。
よりにもよってこんな時間帯に、こんな場所へ堂々と襲撃を仕掛けてくる輩がいようとは夢にも思わなかった。
最悪の場合は令呪を使い、この場へアーチャーを呼び出す必要もあるかと思ったが――幸い、そうはならなかった。
それどころか、この学校内に恐らくあと二人のマスターが存在する可能性について知ることもできた。
バーサーカーを迎え撃ったセイバーのサーヴァントと、場の調停に現れた謎のサーヴァント。
あれらが全くの部外者であるとは、少しばかり考え難い。
思わぬところで情報のアドバンテージを獲得できた奈美だったが、その表情は優れない。
あの時。
あの時自分は、越谷小鞠の手を引いた。
合理的に考えるなら、あの場は彼女を囮に使うべきだった筈だ。
バーサーカーを引き付ける役割として使っていれば、僅かなれども時間稼ぎができた。
しかし、奈美は手を引いた。
――手を引くだけの甘さが、まだこの身には残っているのだと知った。
NPCの一人も使い潰せずに、手段を選ばず勝ち抜くなどとはよく言ったものだと、奈美は自罰する。
咄嗟に出たその偽善ぶった行動に隠せない嫌悪感を覚えながら、アーチャーのマスターはその場を後にした。
【青木奈美(プリンセス・デリュージ)@魔法少女育成計画ACES】
[状態] 健康、人間体、苛立ち
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 数万円
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、ピュアエレメンツを取り戻す
1:教室へ戻る
◇ ◇
バーサーカーによる中学校襲撃の首謀者たる男は、校舎を見下ろせる位置にある高層ビルの屋上で戦闘を俯瞰していた。
真庭鳳凰は、戻ってきた自分のサーヴァントに「ご苦労だった」と労いの言葉をやり、一人思考する。
彼はしのびだ。
闇に潜み、表舞台ではなく裏方で敵を屠る存在だ。
その彼が何故に白昼堂々、それも大勢のNPCが居合わせる公共施設への襲撃という手を取ったのか。
無論、単に乱心を起こした訳ではない。
彼は一忍軍の頭領を担う頭脳を遺憾なく発揮し、策を練り、結果として今回の襲撃を企てた。
ファルス・ヒューナルは闘争を愛する。
言ってしまえば、それだけが彼の行動原理であり、他の全ては彼にしてみれば些事と呼んでもいいだろう。
だがしかし、流石に闇の生命体ダーカーを統率する覇者の一人なだけはあり、指示の内容を理解するだけの知能は持ち合わせている。彼が完全に『全力』で相手を潰すことを決める前ならば、十分撤退させることは可能だ。
鳳凰は予選期間の間を費やして、そんなヒューナルの習性について確認した。
戦力としては確かに申し分ないが、バーサーカーは決して扱いやすいクラスではない。それはヒューナルも同じことだ。
彼の場合、境界線となるのが『宝具の抜刀』であった。
【巨躯】の化身が全力を振るうに値すると判断した相手にのみ抜き放つ命食らいの魔剣、『星抉る奪命の剣(エルダーペイン)』。あれを抜かせたが最後、ヒューナルは何らかの形で闘争が終結するまで、鳳凰の命令を受け付けなくなる。
そういう意味でも、瀬戸際のタイミングだった。
あそこで命を下していなければ、ヒューナルは間違いなく全力を発揮していたに違いない。
待ち受ける未来が勝利であれ、敗北であれ、後先に頓着することなく。
「最低でも二人か。悪くない成果だ」
どう嘆いても与えられた手札は変わらないのだから、鳳凰はその特性すらも利用することにした。
敢えて真っ昼間に人が集まる施設を襲撃させることで、潜むマスターとそのサーヴァントを誘き出す。
もっとも、今回の目的はあくまで存在の確認だ。
本格的に殺し殺されの大立ち回りを演じるのは、それこそ鳳凰が最もやり易い夜陰で構わない。
存在することさえ分かれば、特定することはそう難しくない。
他のマスターならばともかく、優れたしのびである鳳凰には慣れた作業だ。
「裁定者に目を付けられる前に、一先ずは退散するとしよう。――行くぞ、バーサーカー」
一陣の風が吹いた。
次の瞬間には、真庭鳳凰と、ダーカーの王の姿はどこにもなかった。
【A-2/一日目・午前】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 忍装束
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、真庭の里を復興させる
1:当分は様子見。
2:中学校に通う、もしくは勤務するマスターの特定
【バーサーカー(ファルス・ヒューナル)@ファンタシースターオンライン2】
[状態] 胴、右腕に裂傷(行動に支障なし)
[装備] なし
[道具] 『星抉る奪命の剣』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を望む
投下終了です。
投下乙です
白昼堂々のサーヴァント戦とは、何かしらの波紋を呼びそうですね
未だ甘さを捨てきれないデリュージも行動方針も決め切れないペチカも、覚悟決めたら化けそう
こまちゃんリリィコンビは可愛いなあ、癒しだなあ
投下乙です!
こまちゃんがとても可愛くて癒やされました。
ヒューナルはまだ宝具抜刀状態とスキルによる変化状態を残しているようなので、非常に恐ろしい存在ですね……
問題はやはりペチカの覚悟かなあ。全体の戦況を傾けるくらいに、死神は脅威的なサーヴァントなので
秋月凌駕、アサシン(ゼファー・コールレイン)、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、マシン(ハートロイミュード) 予約します。
予約から秋月凌駕を外します
予約分を投下します
本来の期限より1日遅れての投下になったことをお詫び申し上げます
兵器とは道具であり、その本分は敵対する者を殺傷・破壊することにある。
それは砲弾やミサイルの弾頭のような破壊体はもちろん、それを発射する銃や砲、それらを運搬する車両や航空機までもが該当する。
艦船がこの中に入ることは言うまでもないだろう。
兵器は全て戦争の中で己に与えられた存在価値を全うし、退役するその日まで戦い続ける。
もちろん、艦娘という存在も深海棲艦と戦うための兵器ではあるが、それと同時に人間らしい面も持ち合わせている。
艦艇が少女の姿を借りて生まれ変わった彼女らは艤装を操って敵――深海棲艦を殲滅する一方で、人間と変わらぬ感情と心を持ち、時には涙を流す。
しかし、道具でしかない兵器に感情を与えることなど、エルンスト・フォン・アドラーとしては愚の骨頂であった。
「いいか、アサシン。余計な感情を持ったせいで本分を捨てる兵器など――ただのガラクタに過ぎん」
アドラーは石畳でできた廊下の真ん中を歩きながら、自分の斜め後ろでか弱い小動物のようについてくるU-511に持論を語る。
『人造兵士計画(レーベンスボルン)』の成果であり自身のクローンでもあるエレクトロゾルダートのように、意思は持つものの自我が希薄で組織に忠実であればまだいい。
敵対者には躊躇なく電光機関による特攻をしかけ、情を抱かずに敵意のみを以て殲滅するのだから。
彼らを出来の悪い木偶と蔑んでいたアドラーだが、使い捨ての特攻兵器としてはなかなかに優秀だと思う。
稀に自我に目覚める危険性があり、実際に目覚めた例はあるにはあるが、木偶一体の謀反などたかが知れている。
だが、それに対してU-511のような明確な自我を持つ艦娘はどうであろうか?
合衆国の心理学者エクマンによれば、人間の感情は文化の違いに関係なく6種類の感情(喜び、驚き、恐れ、悲しみ、怒り、嫌悪)が生得的に備わっているという。
艦娘には人間らしい感情があり、これら6種類の感情も当然持っていると考えられる。
「兵器に意思を与えるにしても、そいつが抱く感情は怒り程度で十分だ」
だが、時にその感情は艦娘の兵器としての価値を大きく損なうことになるだろう。
敵に情が移り対象を破壊できない兵器、敵を恐れるあまり攻撃に移れなくなる兵器、不安定な精神のせいで本来の実力を発揮できなくなる兵器など何の価値があろうか。
それはアドラーから言わせてみればただのガラクタでしかなかった。
「貴様は俺の駒であり、貴様の前身は紛れもない兵器だ。それを決して忘れるな」
「……はい」
U-511はいつものように浴びせられる容赦のない言葉に耐え忍びつつ頷いた。
そんなやりとりをしながら歩いていると、用のある部屋の前にたどり着く。
アドラーはその部屋の扉を開け、U-511に一緒に入るよう目くばせしながらそこに踏み入る。
その部屋の中には赤い絨毯が敷かれているなど豪邸さながらの豪華さを漂わせているが、
家具は真ん中の大きな四角いテーブル、隅にあるクローゼット、窓辺にある観賞用植物以外になく質素な備え付けである。
どちらかといえば民家にあるような個室ではなく、軍の司令部にあるような作戦会議室といった方がしっくりくる部屋だ。
「ここで、何を…?」
「確かめておきたいことがあるのでな」
そう言ってアドラーは懐から丸められたサイズの大きな紙を取り出し、中央のテーブルに広げた。
テーブルに乗せられた紙には、端から端までK市の地形や施設の所在の情報がぎっしりと敷き詰められていた。
アドラーは紙が再び丸まらないようにテーブルへ両手をつきながら「見ろ」とU-511に促す。
「これって…」
「貴様も知っている通り、この街はK市だ」
この紙はアドラーが前もって図書館から拝借してきたK市の地図だった。
南西部を始めとして港が多くあり、南東部には海が広がっている。
この場所――C-6にある高級住宅街にはアドラー邸がある。
そこから少し西へ目を向けると地元の子供たちが通う小学校があり、さらに西へ行くと布教活動に勤しんでいるカルト教団・御目方教の総本山が存在する。
「この地図に、何かあるんですか…?」
「貴様、この地図に既視感は無いのか?」
「きしかん…?」
「ただ単に知っているだけではない。貴様があのU-511――いや、呂500だというのなら、生前に同じものを見ているはずだ。『呉市』といえば流石の貴様もわかるだろう」
「…!!」
U-511は「呉市」と言われてようやくアドラーの言わんとしていることを察することができた。
この地図に描かれているK市の地形は、日本の広島県に実在する「呉市」に酷似しているのだ。
「どんな場所か言ってみろ」
「鎮守府のあった場所…ユーがろーになった…」
アドラーは大戦時から生き永らえている、アーネンエルベの士官である。
部門は違えどドイツ軍の機密事項はもちろん同盟国の大日本帝国の事情までにも通じており、それを今になっても覚えている。
それゆえ、K市が日本海軍の最重要拠点である呉鎮守府があった呉市に似ていることにいち早く気付くことができた。
そしてU-511にとっても、呉鎮守府は縁の深い場所である。
U-511はドイツを発ってから長きに渡る航海の末に呉鎮守府にたどり着き、「さつき1号」という仮称を与えられた後に正式に「呂500」として第33潜水隊に編入された過去がある。
この経緯は宝具『独逸の類なき儀形』による二段階改造となって具現化されている。
「では、なぜ聖杯戦争の舞台がよりにもよって呉市に似せて作られていると思う?」
「聖杯戦争の主催者が呉鎮守府と関係があるから、かな?」
「確かに、それは間違いではないかもしれん。だが、そこからさらに飛躍して推し測れることがある」
確かに、U-511の言うように聖杯戦争の主催陣営にいる者に呉鎮守府の関係者がいることは推測としては的外れではない。
そもそものこと、この世界は誰が作り出したのかという疑問は未だに残っているし、今日の深夜3時にルーラーからアサシン陣営の一組の討伐令が発令されたことは記憶に新しい。
少なくともこの聖杯戦争の裏には糸を引く者がおり、誰かしら暗躍している者がいるのは確かだろう。
「ヒントとなったのは先ず、貴様が召喚されたことだ」
「ユーが…?」
「そうだ。呉鎮守府と縁の深い…括りを広げるならば軍と関わり深い者共が多くいることが考えられる。貴様のように軍艦が人の姿を借りているサーヴァントも少なからず現界しているであろうな」
ビスマルクとは違い、そこまで一般民の知名度が高いとはいえないU-511だが、呉と縁が深いという理由で召喚されたと考えれば辻褄が合う。
それに順じて、アドラーは聖杯戦争の参加者にはU-511のような軍の関係者が多くいると踏んだ。
特に呉鎮守府があった場所となれば、海軍に在籍していた者がそれなりに多くいることだろう。
無論、U-511の出した答えのように、主催者もその範疇に入っている可能性が高い。
(案外、主催陣営には参加者の一人に近しい者がいるのやもしれん――丁度アカツキ零號(ムラクモ)とアカツキ試製一號(アカツキ)のようにな)
「まあ、K市については呉市を元にしているとわかっただけでも良しとしておくとしよう。話しておきたいことはまだある。件の討伐令のことだ」
先にあるように、アドラーとU-511も既に討伐クエストについては把握している。
無関係な58名のNPCを殺害したことを理由に発令された、『ヘンゼルとグレーテル』&『アサシン』の討伐クエスト。
アドラーが睨んでいた通り、噂の殺人鬼は聖杯戦争に参加する主従であったようだ。
「アサシンのマイスター…ヘンゼルとグレーテルって…」
「言わなくともわかる。かの童話の登場人物の名前だな。なぜマスターの名前が『二人』なのかは気にならんこともないが」
「マイスターは、そのアサシンを狙う、ですか?」
「討伐令に乗るつもりはない。今のところは、だがな」
「…どうして、ですか?」
「確かに令呪一画と他の主従を捕捉しやすくなるのは魅力的だが、リスクが大きい上にこちらには主従を寄せ付ける餌がある」
報酬となる令呪一画はマスターにとっては魅力的な報酬だ。
討伐令が発令されたとなると、それなりの主従がアサシンを討伐するべく動き出すことだろう。
これは、他の主従と遭遇することにもつながる。
既知のことだが、U-511の基礎能力はかなり貧弱だ。彼女の価値を最大限にまで引き出すには、他のサーヴァントを利用して前衛を押しつけて盾にするのが最も効果的だ。
そのためにも、同盟を組む――駒にする主従を見つけることがアドラーの当面の課題だ。
できるだけ無茶なことはせず、聖杯戦争の参加者を探っていくべきだろう。
無論、討伐令に乗じて他の主従を駒にするという選択肢もあったが、それ以上にリスクも多い。
ヘンゼルとグレーテルを追いつめていく上で少なくない数の主従と出くわすことになるであろうが、彼らは同じ獲物を狙う敵同士であることを忘れてはいけない。
同じ獲物を狙うということはそれだけ戦闘になる可能性が高くなるということ。
試作型電光機関を巡る任務でも、同じ獲物を狙う下衆共に幾度となく行く手を遮られたものだ。
まだ有用な駒が見つかっていない今、アドラー自身も戦闘をこなせるとはいえそのリスクを犯すには些か危険が過ぎる。
ミスターフラッグ――なぜか頭に旗を刺した外見内面共に幼稚園児としか思えないガキ。総資産はアドラーの100倍以上の金額――を始めとした有力者とのコネクションを利用すれば更なる情報を掴めるであろうが、
これらで得た情報は他の主従との交渉のカード、要するに餌に使った方がいいだろう。
「餌…ですか?」
「ああ、餌だ。俺の持つ財産ももちろんだが、こちらが動かなくとも食いついてくるような極上の餌を既に放っている。アサシン、貴様にならわかるだろう?」
「…永久、機関」
資金、コネクション、情報、物資……それだけでも十分すぎるほどに充実した備えだが、アドラーはそれ以前に他の主従を寄せ付ける餌をK市に振り撒いていた。
それがXX電機に永久機関と称して売り渡した電光機関の技術、もといそれを報じたニュースだ。
莫大な資金と引き換えに提供したものだが、そのニュースを利用して他のマスターに嗅ぎつけさせるという狙いもある。
そもそもこの世界のNPCなどに永久機関を作り出す技術などなく、思考する脳さえあればそんな突飛な話などマスターが関わっていると考える方が自然だろう。
また、アドラーはそうした行動は身元が明かされやすくなることも考慮して、幾重にも対策を講じている。
技術者との連絡に使っていた電話番号とメールアドレスは複数作ったものの内の一つを使用したし、企業には『ヒムラー』という偽名を偽造した身分証明書付きで名乗っている。
外見も電光機関による消耗により老けて見えることを利用して、企業ではかなり年季の入った人物で通っている。
実際に外見を見られた人物は企業の内でも一部の技術者と重鎮しかいないが、仮に外見を聞かれても彼らは「年老いた技術者」としか答えられないだろう。
こうして技術を渡した張本人を特定しようと右往左往している主従を一方的に観察する、というのがアドラーの魂胆だ。
当たり前のことだが、駒にするのなら強力なサーヴァントを持つ主従を駒にした方が断然いい。
U-511以下の雑魚でしかないサーヴァントを駒にしても何のメリットもない、その場で始末するかマスターを『器』として利用するだけだ。
そのためにも、その主従が使えるか使えないかを見極める必要があった。
「それでもらったお金で、ユーのために資材を買ってくれた、ですよね?」
「買った、ではない。手配したのだ。貴様がそのままでは到底戦えんからやむを得ず、な」
「……」
技術の見返りに得た資金は貿易会社の重鎮に頼んで手配した大量の資材に費やされている。
それでも得た資金の半分も減っておらず、アドラーの所持する財産には11個の桁が並んでいるが、それでも民間人が一生遊んで暮らせるだけの額が支払われた。
仕入れた量もこの豪邸に入りきらないほどに大量だったので、現在はD-3地区に位置する△△港の貸倉庫を複数借りて収納している。
無論、「とある富豪が大量の資材を購入した」という情報が洩れていることもアドラーは考慮しており、この情報もまた餌になると見越した上で放置している。
「あの…」
「何だ?」
不意にU-511が様子を窺いながらアドラーに向かって切り出す。
「電光、機関、でしたよね…あの企業に渡したのは」
「そうだな。それがどうかしたのか?」
「使い続けると、本当に死ぬ、のですか?」
「フン、そんなことか」
電光機関。
円形の車輪のような形をしたそれは永久機関でもなんでもなく、寿命と引き換えに電力を生み出すアガルタの科学技術の賜物だ。
「そう時も経たぬ内に枯れ死ぬであろうな。NPCは所詮木偶に過ぎん。力には代償が伴うもの…木偶の脆弱な肉体ならばそう長くは持たん」
アドラーが電機企業に売り渡したのは紛れもなく電光機関であり、今も実験等で使用している技術者はいずれ全員が死亡するであろう。
しかしアドラーが教授したのはアドラー自身も体内に埋め込んでいる「埋め込み式」ではなく、アカツキの所持していた試作型電光機関の「着脱式」の技術だ。
忌々しいことにこの時代の大企業は倫理規定にはうるさいらしく、体内に埋め込む必要のある「埋め込み式」ではそういったものに抵触する上にコストがかかることを恐れて企業に拒絶される可能性があった。
そのため、着脱が可能でカモフラージュも容易な「着脱式」を開発させることにしたのだ。
試作型電光機関についてはアカツキから奪い取った際に解析済みだ。そこには再現不可能な機能などは存在せず、ただ着脱可能か否かの違いしかなかった。
電光機関の原理を自力で解明できたアドラーにはその試作型をその場で再現することなど造作もなかった。
企業の永久機関を使う上で必要な「特殊なスーツ」についても電光機関が無尽蔵に電気を生み出せることを示すカモフラージュの一つであり、その正体は電光被服だ。
電光被服とは電光機関と組み合わせ電力を供給することで、使用者に超人的な身体能力と電撃を操る力を与える装備。下に防電服を着込んだ上で着用するものだ。
電光機関はその性質上、常に電力源となる生物が必要となる。
つまり、動かすには人体に装着しておくことが必要になり必ず有人で作動させなければならない。
しかし、電光機関単体だと常に体に装着させる根拠が薄く、無人での運用が不可能となると学者間で『なぜ無人だと作動しないのか?』という問いに発展しかねない。
そこで、アドラーは電気を流す特殊なスーツ――電光被服を着用する必要があることにした嘘の情報を企業に流した。
特殊なスーツの着用を前提とすることで必然的に電光機関が有人で動かさざるを得なくなり、電光機関の危険性が早期に暴露される可能性を少しでも抑えようとしたのだ。
結果、それは功を奏し、今の今まで電光機関が寿命を変換して電気に変える兵器だとは明らかになっていない。
電光機関のリスクは企業の技術者が死亡するその時まで明るみに出ることはないだろう。
「まあ、その企業や木偶共がどうなろうともはや知ったことではないがな」
「……」
「電光機関に電光被服…軍事バランスを覆す超古代文明の偉大なる遺産だ」
そう言って、上機嫌な様子でアドラーは部屋の隅にあるクローゼットを開ける。
そこには、現在アドラーの着用しているものと同じデザインの赤い電光被服と着脱式の電光機関が少なくとも数十個は入っていた。
聖杯戦争が本格的に幕を開けるこの日まで、企業への技術提供と並行してアドラーが独自に開発していたものだ。
「既にかなりの数を揃えている。裏社会の下衆共の持つなまくら銃よりかは余程役に立つだろう」
「…マイスターは、電光機関を、体の中に持ってます、よね?どうしてそんなに…?」
「確かに俺個人が使う分には電光機関は一つで十分だ…が、これらの装備は別の用途で使う。駒と器を利用する上で重要な役割を果たすことに――」
アドラーが得意げに先を言おうとしたところで、アドラーの携帯電話からけたたましく着信音が鳴る。
言おうとしたことが遮られて余程腹に据えかねたのか、アドラーは露骨に嫌な顔をして舌打ちしつつ懐から携帯電話を取り出す。
「何だ!」
アドラーが忌々しげに怒気を込めて電話に出る。
電話の相手はアドラーと契約している貸倉庫の業者らしかった。
本来電光機関はそこから発生する電磁波により、無線やレーダーなど一切の電子兵器を無力化する能力を持つのだが、現在はアドラー自身が作動させていないため問題なく電話通信ができる。
『大変申し訳ございません。先ほどまで弊社の方でお客様の購入された資材の搬入作業を行っておりましたのですが――』
「金なら払う。空いている倉庫を使ってでも全て納めろ」
『いえ、こちらとしてもそうしましたのですが、あまりの量に△△港にございます倉庫群には入りきりませんでした…』
「それを早く言え!!お前達は別の港にも貸倉庫を所有していたはずだ。どこが空いているか教えろ」
『は、はい、▼▼港の倉庫でしたら相当数空きがあります。搬入できなかった資材も全て収納できるかと…』
業者に対してもアドラーは高圧的な態度を曲げない。しかも今のアドラーは機嫌を損ねているのでそれが顕著に出ている。
▼▼港といえばK市の最西端、C-1南部にある港だ。K市は呉市を再現しているからか港が多く、海外から輸入品を積んだ貨物船の多くがK市の港を訪れる。
▼▼港はアドラーの豪邸からはかなり距離があるが、D-3から直行する分にはそこまで離れてはいない。
(思えば、物資は分散させた方がいいかもしれん)
これから本格的に聖杯戦争が始まるのだ。万が一、物資を集中させている拠点を襲撃されてそこを制圧されれば損失は計り知れない。
C-6の豪邸、C-1の▼▼港、D-3の△△港。保有する物資はなるだけ分散させておいた方が今後を有利に進められるだろう。
「そこで構わん。そうと決まったらさっさとしろ!」
思わぬアイデアを生み出してくれたことに内心でほくそ笑みながら、アドラーは続けて応答する。
『本当に申し訳ございませんお客様、異なる地区にございます貸倉庫には別途手続きが必要になるのです。ですので、大変お手数ですが一度△△港にあります本社まできていただけないでしょうか?』
「フン、融通の効かん奴等だ。まあいいだろう、もう一度そこへ行ってやる。感謝しておけ」
『あ、ありがとうござい――』
『ます』と電話の向こう側の人物が言い終わる前にアドラーは電話を切った。
通話の様子を見ていたU-511がおろおろとしながらアドラーの指示を待っている。
「貸倉庫の業者へ顔を出しに行く。貴様も一緒に来い」
「……は、はい」
◇
あしひきの 山桜花 日並べて かく咲きたらば いたく恋ひめやも
もしも山の桜が何日も咲いているのだったら、こんなに恋しいとは思わないでしょうに。
――山部赤人,万葉集第八巻 より
日本語において、花の終わり方は花に応じて異なった言葉で表現される。
桜は「散る」。
梅は「こぼれる」。
椿は「落ちる」。
朝顔は「しぼむ」。
菊は「舞う」。
牡丹は「崩れる」。
萩は「こぼれる」。
李は「垂れる」。
雪柳は「吹雪く」。
咲いた花は無常にも散ってしまう。
敢然と輝くようにして美しく咲き誇った花は、その刹那的な栄光の後には必ず終わってしまう。
短い時にしかその美しさと共存できないことを先人は嘆き、だからこそ無常の時の流れの中でその瞬間を大切にしていた。
その花々は、散っていく様ですらも、美しくて。
終わってしまう彼らの短命な勇姿が尚恋しくなる。
華が散ると書いて『散華』。
散華とは花をまいて仏に供養することでもあるが、大戦時には戦死や特攻といった兵達の死を美化する際にも使用されていた。
前者は【神樹に選ばれた勇者達】に通ずる。
彼女らは限界を超えた力を手にする満開の代償に、一輪の花――身体機能の一部を、神樹への供物として失わなければならなかった。
後者は【電光戦記にて死闘を繰り広げた者達】に通ずる。
ひとたび接敵すればそこは情ケ無用の戦場。勃発した死闘の数々で、勝利した者の視線の先には必ず倒れ伏す敗北者がいた。
満開を終えて身体に咲く花を捧げられた勇者も、敵の決死の特別攻撃が直撃して玉碎していった戦士も。
「散って」いく姿は儚く美しく、その様は等しく『散華』であった。
「蛍ちゃん、起きて」
「ん……」
布団を被ってベッドに潜りこんでいた蛍は、その年齢にしてはかなり発達した体を揺すられる感覚を覚えた。
瞼を開けると、窓から漏れる朝日の眩しさに思わず目をしかめる。
窓から反対側の方を見ると、蛍の引き当てたブレイバーのサーヴァント、犬吠埼樹が霊体化を解いて立っていた。
「朝だよ」
蛍は寝ぼけ半分に「おはようございます…」と樹に返しながらベッドに腰掛ける。
脇には、聖杯戦争の中で少しでも自分を安心させるためであろうか、この世界に来てからも作っていたこまぐるみが抱かれていた。
まだ蛍は完全に目が覚めたとはいい難い状態だったが、目覚まし時計の時刻を見て覚醒する。
「えっ、もうこんな時間!?」
時計の針が指していた時間は小学校の登校時刻まであまり余裕が持てない時間だった。
蛍はすぐに立ち上がると、衣服の詰め込んでいるクローゼットを開いて寝間着から普段着へ着替え始める。
「ごめんね、そろそろ起きないと遅刻するかなって思って、起こしちゃった」
「あ、ありがとうございます!」
旭丘分校に通っていた時からは考えられない起床時間だった。
というのも、蛍の家は生徒の中では比較的小学校に近い方だ。
この世界での生活を1週間以上続けていると体内時計もそれにマッチした方向にシフトしてしまうわけで、
蛍の起きる時間は登校にかかる時間と小学校の登校時刻に合わせて再調整されていた。
(私もこうしてお姉ちゃんに起こされていたなあ)
せかせかと支度を進める蛍を見て、樹はまだ英霊に押し上げられる前の自分を懐かしむ。
樹にとっては大好きな姉であり、家族であった犬吠埼風はいつも樹より早く起きて朝食も作って、早起きが苦手な樹を起こしてくれたものだ。
ブレイバーのサーヴァントとして現界してからはまるで自分が姉の立場になれたようで、少し嬉しい気持ちになった。
「えっ」
着替えを終え、文房具などをランドセルに入れようと机に向かっていた蛍が動揺した調子で声を漏らす。
樹はすかさず蛍に近づいて「どうしたの?」と声をかけた。
「ブレイバーさん…これって」
蛍の手には一枚の紙が握られていた。
樹が見ると、その紙には「サーヴァント」や「マスター」といった文字が羅列されている。
間違いない、聖杯戦争の関係者からの通達だろう。
「これは…討伐令、だね」
「と、討伐…!?」
討伐。田舎での生活では決して縁のないであろう単語を聞いて、蛍の体はその場にへたり込み、震える。
何者かが蛍の眠りについている間に、何らかの手段で机の上にこっそりと通達の紙を配置したのだ。
睡眠の必要のなかった樹は、朝まで見張りのために霊体化して蛍の家の周囲を巡回していたためにそれに気づくことができなかった。
蛍は、電脳世界での日常にヒビが入ったような気がした。
聖杯戦争の火蓋が、ついに切って落とされたことを示すかのような出来事だった。
蛍を安心させるために、樹は床に座っている蛍の頭を撫でてやる。
しばらくすると蛍の呼吸は落ち着き、哀願する目で樹を見上げる蛍が樹の瞳に映った。
涙は浮かべておらず、内心では安堵していることがわかる。
ここで蛍が大泣きしなかったのは樹の輝ける背中による成長の結果なのかもしれない。
「これって…最近の殺人事件のことですよね?」
「多分そうだと思う。薄々思っていたけど…やっぱりサーヴァントの仕業だったんだね」
討伐理由の欄に書かれていた「無辜の市民五十八名の殺害」には蛍も樹も心当たりがあった。
新聞やニュースなどでもK市の連続殺人事件は報じられており、今も世を騒がせている。
樹はこの事実にやるせなさと憤りを隠しきれなかった。
――NPCとはいえ無関係な人を、殺すなんて。
その行為は、勇者として決して許せる行為ではない。
樹としては、被害が拡大する前にそのアサシンをどうにかしたいところだったが…。
「…ブレイバー、さん?」
神妙な表情をしていた樹に蛍は心配そうに声をかける。
「蛍ちゃん、私は――」
そして樹が口を開こうとしたところで、階下から「蛍ー?早く出発しないと遅刻するわよ?」と蛍の母の声がした。
仕方なくこの話は後回しにして、蛍はランドセルを背に下の階へ降りるのであった。
◇
「…いってきまーす」
「いってらっしゃい。最近物騒だから、気を付けるのよ」
「はーい」
母へ簡単な挨拶を済ませて、蛍は登校するべく家を出る。
背中にはランドセルを、胸には『一条蛍』と書かれた名札をつけている。
蛍は通学でいつも使うことになっている道を歩いていく。
小学校へ近づくに連れて同じ道を行く生徒も多くなってくるが、そんな彼らに比べて蛍の背は頭一つ分以上抜けており、クラスごとに背の順で並んでも蛍が一番後ろだ。
蛍とすれ違い、日常的に彼女を見ていない者は九割の確率で蛍を二度見する。
「はあ…」
蛍は思わず溜め息をついてしまい、いつにも増してその表情は暗い。
「…ブレイバーさん。私、どうしたらいいかわからないです」
【…ブレイバーさん。私、どうしたらいいかわからないです】
【蛍ちゃん、声が洩れてるよ】
「あ…」
【あ…】
足を進めつつ、念話で樹をコンタクトを取ろうとした蛍だったが、まだ慣れていないのかその内容が口に出てしまっていたようだ。
無理もないだろう。蛍は魔術や契約といったこととは全くの無縁の、ただの小学生なのだ。
聖杯戦争のマスターには念話の能力が等しく与えられているとはいえ蛍はそれを満足に扱うことも叶わず、
今のように念話で話そうとしたことと声を出して話そうとしたことが混ざってしまい念話の内容が外に漏れてしまうことがたびたびあった。
【ご、ごめんなさい…】
【大丈夫だよ。声は小さかったから誰にも聞かれてないと思う】
【うう…】
【蛍ちゃんは聖杯戦争が始まって、討伐令も出されて、これからどうすればいいかわからないんだよね?】
蛍はうなだれながら肯定の返事を返す。
繰り返して言うが、蛍はただの小学生である。
そんな子供に、聖杯戦争だの討伐令だのをどう立ち回るかを考えることなど不可能であった。
【私は討伐令には関わらない方がいいと思う】
それは樹も承知しており、できるだけ蛍の意思を尊重しつつ前に立って導く。
かつて姉が弱かった自分にそうしてくれたように。
【今は蛍ちゃんの身の安全が一番だからね。それで、いい?】
勇者である樹のマスターは、最も勇者の助けを必要としている者だ。聖杯戦争に巻き込まれてしまった少女だ。
蛍は何としてでも無事に帰るべき場所へ帰してあげたい。
アサシンの討伐令に乗ってしまえば、それだけ蛍に大きな危険が降りかかる。
樹は蛍の無事を最優先し、アサシンのことは他の主従に任せることにしたのだ。
【ブレイバーさん…本当に、ありがとうございます】
【これからどうするかもちゃんと決めないとね】
蛍は笑顔を浮かべながら、霊体化した樹がいるであろう横の方向へ顔を向ける。
樹がここで霊体化を解いていたならば、頼りがいのあるお姉さんのようにこちらに向かってウィンクしていたことだろう。
【――って、蛍ちゃん、前!】
「へっ?」
樹に注意を促され、蛍が素っ頓狂な声を上げて立ち止まると、目の前にはまるでクジラのように長い黒塗りのリムジンが目の前を発進して走り去っていくところだった。
蛍は念話に集中しすぎていて気付かなかったが、いつの間にか大きな交差点に差し掛かっていた。
樹が声をかけていなければ、赤信号のまま蛍が長い横断歩道を渡ってしまい交通事故に発展しかねなかっただろう。
【あ、危ないところだったね】
【うう…本当に、すいません…】
【気にしないで。これから慣れていけばいいよ】
おそらくはここから東に行ったところにある高級住宅街の車なのであろう、黒く光る豪華なリムジンを見送ってから、蛍は青信号になったことを確認して横断歩道を渡った。
樹と念話を交わしてからしばらく経つ。視界にもしっかりと注意を払い、今回のようなことがないように肝に銘じながら蛍と樹は先ほどの話の続きを再開する。
【…まず大事なのは、生き延びること、だよ】
【生き延びる?】
樹の打ち出した方針は、第一に「生き延びる」ことだった。
犬吠埼樹はこの聖杯戦争においては召喚されたサーヴァントに過ぎず、どうすればこの世界から脱出するかは知らないし、どうすれば聖杯戦争を止められるかもわからない。
これは一見不確定要素の固まりのように見えるが、樹の生前所属していた勇者部には五つの掟があり、生き延びるという方針の元となっていた。
曰く、「なるべく諦めない」。
曰く、「なせば大抵なんとかなる」。
諦めずに生き延びていればいずれ生きて帰れる時が来る。
生き延びていれば、その過程でこの世界から生きて帰る方法が見つかるかもしれない。
もし見つかった場合は、それを成せばいい。
(だからこそ、サーヴァントの私がしっかりしなくちゃ)
そのためには、何としてでも元の世界へ帰る方法を掴むその時まで、蛍は生き延びさせなければならない。
現時点では一条蛍の味方であるのはブレイバーである樹一人なのだ。
勇者として、蛍だけは守って見せると樹は心を引き締めた。
【あと、これは他と同じになるけど、私達も他の主従を探していくことになると思う】
【私達も、ですか?】
【うん。確かにこの世界に呼ばれた人達は、ほとんどが聖杯を狙って来ている人達かもしれない。けどね、私はもしかしたら蛍ちゃんと同じような人もいると思うの】
【私と同じ…】
そう言いかけて、蛍は一つの可能性に行きつく。
確かに、蛍と同じような境遇で、元の世界に帰りたいと願っている人達もいるかもしれない。
蛍は何の願いもなく、訳が分からぬまま巻き込まれたマスターだって、少数だけどいるかもしれない。
【もしそんな人を見つけたら…蛍ちゃんはどうする?】
【一緒に協力して、生きて帰れたらいいなって…思います】
蛍にも樹にも、大切な友達や仲間がいた。
元の世界の掛け替えのない彼らがいたからこそ、成し遂げられたことがあり、好きになれたこともある。
もし志を同じにする人がこの世界に一人や二人でもいるのなら、一緒に頑張りたいというのは蛍も樹も同じであった。
(ブレイバーさん、まるで私のお姉ちゃんみたいだなあ…)
聖杯戦争は怖い。討伐令は恐ろしい。今までの蛍であれば泣いて家に籠っていただろう。
だが、今は違う。ブレイバーが蛍の味方として、実の姉のようについてくれている。
彼女の背中を見ていると、彼女と話していると、恐怖で氷のように固まった心が溶けていき、この聖杯戦争でどこまでも歩いていけるような気がした。
暖かい勇気が、心に溢れてくるようだった。
「…あの、私、頑張ります!聖杯戦争でも、私なりにブレイバーさんの力になれたら――」
【…あの、私、頑張ります!聖杯戦争でも、私なりにブレイバーさんの力になれたら――】
【蛍ちゃん、声、声!】
蛍がいつになくはきはきとした調子で思いの丈を打ち明けるが、感情が高ぶって念話が外に漏れてしまった。
一部の道行く人がこちらに視線を向けており、蛍の顔が一気に赤くなり、しおらしくなった。
【…一緒に、頑張ろうね】
【…はい】
恥ずかしさを紛らわすように、蛍は学校へ向かうスピードを上げてそそくさと去って行った。
そんな蛍の背中を、『死神』の使い魔が見つめていた。
◆
人が一人入るにしてはとんでもなく広いリムジンの後部座席に、かつてエルンスト・フォン・アドラーが膝を組んで座していた。
まだ11月の中頃だというのに暑苦しそうな全身を覆うコートを着ており、その中には電光被服を着込んでいる。
貸倉庫業者の本社を訪ねるために自宅にあるリムジンを専属の運転手に運転させて△△港にある本社へと向かっている最中である。
近くには巨大なトランクボックスが置かれており、中には着脱式電光機関と電光被服が20セットほどが入っている。
これらは万が一のために貸倉庫へ貯蔵しておくために持ち出したものだ。
着脱式電光機関と電光被服は様々な役割を果たしてくれる最重要の物資だ。
仮に豪邸を破壊されてこれらが全て瓦礫の下に消えればかなりの痛手だ。
アドラーの保有する物資では最も分散させるべきものであろう。
「戻って来たか、アサシン」
アドラーが口を開いた直後、音も立てずにリムジン内に何かが顔を出した。
それは紛れもなくU-511であり、何らかの任務から帰還したことを意味していた。
「ユー、戻りました」
「どうだった、あのガキは?」
「間違い、ありません。あの子は、マスターです。しっかりと、『聖杯戦争』、って言っていました」
「ククク、そうかそうか」
それを聞いたアドラーはくつくつと笑う。
初っ端からマスターを特定できるとは実に幸先がいい。
「『一条蛍』…覚えたぞ」
切欠は単なる偶然であった。
大きな交差点に差し掛かった時、後部のミラーガラス越しに神からひいきされたとしか思えない美しさを持つ女性がアドラーの目に入った。
しかしその女性は日本の小学校の必需品であるランドセルを背負っており、胸の名札にはご丁寧に『一条蛍』と名前が書いてあった。
こんないい客のつきそうなプロポーションをした女が小学生であるものかとアドラーは半信半疑であったが、注目するべきはその女の仕草だ。
他のNPCに比べるとどこか不自然で、笑顔で横を向きながら歩いて今にも赤信号の横断歩道へ飛び出しそうではないか。
まるで『見えない――例えば霊体のサーヴァントのような――何かと話している』としか思えなかった。
怪しんだアドラーはすぐさまU-511に一条蛍の尾行を命じ、そして現在に至る。
U-511の持つ高ランクの気配遮断に加え、日本出身の者に対して有利になる対日本がうまく機能したことにより、その犬吠埼樹やその精霊までもがU-511の存在を感知できなかったのだ。
流石のアドラーもまさか小学生のマスターが紛れ込んでいることに関しては予想外であったが。
相手は小学生であり、まだガキの範疇を出ない。
ミュカレのような少女の姿を借りた魔女である可能性も疑ったが、交差点で見た時の仕草から精神は年相応であると考えられよう。
どんなサーヴァントを従えているかは知らないが、あのような子供は少し痛めつけてやればすぐに心が折れる。
令呪を消費させてそのサーヴァントを隷属させ、理想的な形で駒にすることも可能であろう。
場合によってはあの少女の肉体を『器』として利用することもできるだろう。
器は、言わば魂を受け取る肉体のことだ。
アドラーには潤沢な財産があるが、その他にも固有の能力として、『転生の法』がある。
たとえ肉体が消滅しても別の肉体が存在する限り、他人の身体に魂を移し変え、精神を乗っ取って復活することができる完全者の秘跡。
既に電光機関により寿命をそれなりに消耗しているアドラーだったが、何度も新しい器に魂を移し替えることで電光機関のリスクを克服していた。
しかし、忌まわしいことにこの電脳世界では、何故かサーヴァントと「サーヴァントと契約している」マスターの肉体は乗っ取れないという制限が課せられている。
サーヴァントが死亡したマスターならばそいつに転生することができようが、サーヴァントを失うと半日の消費期限がついてしまうという困った制限なのだ。
NPCに転生することも可能だが、前述したようにNPCの肉体は脆弱だ。
戦闘時のように強力な電気を継続して発生させようものならば、時を経ずして電光機関の消耗で枯れ死んでしまうだろう。
アドラーが死亡した場合、「器」に転生した後に電光機関を回収しきれない可能性は大いにある。
この日まで開発し続けた着脱式電光機関などは、駒にするマスターに渡すなど交渉のカードとしても用いられるが、
「器」に転生した際にすぐに電光機関と電光被服を身に着けるためのスペアとしての使い道もあった。
しかしそのスペアの数にも限りがあるため、できるだけ他のマスターの持つ消耗に耐えられる肉体を用意する必要があったのだ。
「奴の身辺情報についてはミスターフラッグに頼んで調査してもらうとして…さて、どう利用してくれようか」
アドラーは醜悪な笑みを浮かべながら、今後の策の思案に耽るのであった。
【C-5/通学路/一日目・午前】
【一条蛍@のんのんびより】
[状態] 健康、輝ける背中(影響度:小)
[令呪] 残り三画
[装備] 普段着
[道具] ランドセル(授業の用意一式)、名札
[所持金] 小学生のお小遣い程度+貯めておいたお年玉
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:脱出の糸口が見つかるまで生き延びる
2:自分と同じ境遇のマスターがいたら協力したい
3:自分なりにブレイバーさんの力になりたい
[備考]
※U-511の存在に気付けませんでした。
※念話をうまく扱うことができず、集中していないとその内容が口に出てしまうようです。
【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】
[状態] 健康
[装備] ワイヤーを射出できる腕輪
[道具] 木霊(任意で樹の元に現界することができる)
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:蛍を元の世界に帰す
1:蛍の無事を最優先
2:討伐対象の連続殺人は許すことができないけれど…
[備考]
※U-511の存在に気付けませんでした。
【C-5/リムジン内/一日目・午前】
【アドラー@エヌアイン完全世界】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] コート、電光被服(コートの下に着用)、埋め込み式電光機関
[道具] トランクボックス(着脱式電光機関と電光被服×20個)
[所持金] 富豪としての財産+企業から受け取った金(100億円以上)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
1:ズーパーアドラーに、俺はなる!
2:討伐令には、今のところは乗らない
3:D-3に向かい、貸倉庫業者との手続きを済ませる
4:貸倉庫を利用して物資を分散させる
5:一条蛍とそのサーヴァントをどう利用してくれようか…
6:一条蛍の身辺調査をミスターフラッグ(ハタ坊)に依頼する
[備考]
※聖杯戦争開始前に、永久機関と称して着脱式電光機関の技術を電機企業に提供しています
※企業に対しては、偽造の身分証明書と共に『ヒムラー』と名乗っています
※独自に数十個の着脱式電光機関と電光被服を開発しています
※ミスターフラッグ(ハタ坊)などの有力者とのコネクションがあります
※K市を呉市を元に再現していると認識しています
※一条蛍をマスターと確認しました。そのサーヴァント(ブレイバー)については把握していません。
※NPCの肉体は脆弱で、電光機関による消耗が早いようです。どれくらい消耗が早いかは、後続の書き手にお任せします
※親衛隊長はマスターを特定できてご満悦のようです
【U-511@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 『WG42』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う
1:マスターに服従する
以上で投下を終了します
どこか不自然なところがありましたら、ご指摘お願いします
乙
幼く見られることの多い日本人で、あれだけ発育いいとかなり眼をひくんだよなほたるん
見た目は大人!中身は子供!小学生ほたるん!を狙うアドラーは間違いなく変態
投下乙です
寿命が長い上に大人としても活動できる蛍は、後継機にうってつけの素材
投下乙です
会話内に出てきた「ミスターフラッグ」が今後何かのフラグになりかねないなあ
フラグだけにwww
投下乙です
発育のすばらしいランドセル小学生ほたるんの身辺を狙うアドラー……どう見ても通報案件です本当にありがとうございました
しかし考察していることはかなり的を得ているというか、いきなり「呉市」に突っ込んで来たり
K市へのコネと地盤をしっかり構築していたりと、聖杯狙いとしてかなりソツのない動きをしているようで
果たして「永久機関」の影響力が今後どうなっていくのか、とても楽しみです
そして、フラグだけに……と思ったわけではありませんがw
一条蛍、ブレイバー(犬吠埼樹)
プリンセス・テンペスト
松野おそ松、アサシン(シャッフリン)
リレーが解禁されているようでしたら、予約させていただきます
投下お疲れ様です。
アドラーは実に真面目なのに、しかしやっていることが不審者だな……w
ただ上でも言われているように聖杯狙いとしては非常に的確な動きなので、今後が恐ろしいですね。
投下します。
聖杯戦争、開戦。
何処に居るとも知れない監督役の大号令により、今朝方聖杯戦争は遂に真の開幕を迎えた。
――とはいっても、別段何かが劇的に変化した訳ではない。
如何に戦争を銘打っていようと、その在り方は根底から別物だ。
破壊兵器の類が人目も憚らず乱れ飛んで街を蹂躙することもなければ、
無辜の民を芥の如く蹴散らしながら、舞台となったこの戦場を破壊することもない。
ごくごく静かな朝だった。
開戦の告げられた日とは思えない平穏な静寂が、町並みの中には満ちていた。
アサシンのサーヴァント――ゼファー・コールレインは一つ大きな欠伸をしてから、いかにも憂鬱げに嘆息する。
これからは、いよいよもって呑気に安らぐ暇もなくなるだろう。
一体いくつの主従がここまで生き残れたのかは定かではないが、ゼファーの見立てではそう長くは掛からない。
これまでのように数週間単位の長期戦にはならず、長くとも一週間前後で決着する短期戦になる筈だ。
となると、やはりうかうかしてはいられない。
マスターである凌駕が登校していった後、すぐにゼファーは彼の部屋の窓を開け、そこから空中へ身を躍らせた。
行くあてはある。
とはいえ、あくまで目的は偵察だ。
深追いをするつもりはないし、なるべくなら戦わずに済ませたいと考えている。
その理由など、改めて語るまでもないだろう。
アサシンクラスの常套戦術は、気配遮断を施した上での奇襲攻撃だ。
出来る限り少ない手間で、それでいて確実に仕事を完遂する。
更に、戦う回数も可能な限り絞るべきだ。
古今東西、世界線を問わずして英霊の座よりかき集められた無双の勇者たちによる殺し合い、それが聖杯戦争。
一介の暗殺者風情がそれに次から次へと首を突っ込んでいては、命がいくつあっても足りない。
この場合は霊核と言うべきなのかもしれないが、大意では同じようなものである。
「ホント、やってられねえ」
ぼやきながら、アサシンは屋根と屋根を飛び回るように足場としながら駆け抜ける。
既に往来には人の姿がそれなりに見え始めていたが、彼らがゼファーの存在に気付く様子はまるでない。
彼の目指す場所は、予選期間の間から目を付けていたとある森だった。
K市某所、明神山の麓付近に広がる鬱蒼とした広大な森林地帯。
調べてみると、これがどうにもきな臭い。
固有地かと思いきや、登録上の名義は何とも実在の怪しい外資系企業の私有地とされている。
そして、極めつけが。
「……『御伽の城』ねえ」
深い森林の奥底に、巨大な城が存在するという噂話だった。
常識的に考えれば、あり得ない。
人里離れた山奥でもあるまいに、そんな摩訶不思議な建造物があって話題にならないはずがないのだ。
念には念を入れて空撮写真や測量のデータも漁ってみたが、やはり城の存在は確認できず仕舞い。
普通なら、ただの噂話と切って捨てるところだが――しかし今、この地は聖杯戦争の舞台となっている。
もしも下らない与太話ではなく、本当にそんな城が存在するのなら。
そこに聖杯戦争の関係者が居る可能性は、極めて高い。
「よっと」
そこそこな高さのある民家の屋根上から飛び降りて、十数メートル先の地面へ着地。
再び風のごとく足を動かせば、数分もしない内に件の森が見えてきた。
悠長にやっていて、敵に見つかりでもすれば事だ。
速やかに済ませよう――ゼファーは気配遮断のスキルを働かせ、鬱蒼と茂る緑の中へと飛び込んだ。
走る、走る。
一陣の風となって、暗殺者は御伽の城を探す。
ゼファーは決して多芸なサーヴァントではない。
むしろその真逆だ。ただ一点を特化することしか出来なかった、なんてことのない落ちこぼれ。
だが、こういった仕事には長けている。
生前から幾度となく打ち込み、攻略してきた経験を前にしては、城の隠匿結界などは敵ですらない。
ゼファー・コールレインは程なく、御伽の城――アインツベルンの拠点へと辿り着こうとしていた。
事実、彼ほどの隠密性を発揮できるアサシンであれば、霧のヴェールに包まれた城へ至るのは造作もない。
しかし、彼に一つだけ誤算があったとすれば。
「――ッ」
・・・・
鉢合わせという可能性を、軽んじていたことだろう。
ただ、運が悪かった。
タイミングが悪かった。
城を出、これから街へ出撃せんとする城塞の主と鉢合わせる、掛け値なしの不運。
「……驚いたわ。全く感知できなかった」
「アサシンのサーヴァントと見るのが妥当だろう。それで、どうする、イリヤ」
さながらそれは、戦うことを決めた彼を嘲笑うがごとくあてがわれた敵対者。
糞が、と唾を吐き捨てて、ゼファーは踵を返し脱兎の如く逃走する。
まともにやり合う気など端から皆無だ。
目的はあくまで偵察――こんな想定外の事態からは、早く逃れてしまうに限る。
限るの、だが。
「言うまでもないわ。やっちゃえ、マシン」
――この瞬間ゼファー・コールレインは、自分がどうやら逃げられないらしいことを悟り、足を止めた。
◆ ◆
先手を取ったのは、人狼(リュカオン)の牙だった。
目にも留まらぬ速さでハートの懐へ潜り込み、一切の躊躇いなしに殺しの一閃を抜き放つ。
アダマンタイト製の刃は決して過つことなく彼の首筋へ。
サーヴァント相手の戦いなど、長引かせないに越したことはない。
戦いに流儀や信念を持ち込まないゼファーにしてみれば、騎士道だの戦いの美学だのといったものは狂人の理屈だ。
出来る限り迅速に。
叶うならば一撃で。
万一の目などなく、確実に。
仕留め、屠る――ゼファー・コールレインの刃は、その為だけに研ぎ澄まされてきた餓狼の牙だ。
予選の間ならば、これでもどうにかなっていたに違いない。
如何に敵が英霊の座に召し上げられた豪傑といえども、やはりそこにムラはある。
単純なスペックでゼファーを下回る鯖はそう居ないだろうが、彼の『殺す』戦闘論理に適応できなければそれまでだ。
その点で、ハートロイミュードというサーヴァントは完全にゼファーの天敵だった。
第一に筋力値と耐久値で彼を圧倒しており、単純なスペック差の時点で人狼の牙を寄せ付けない。
袈裟の一閃を片手で払い除ける。
弾いた間隙を突かんと十字に重ねた軌跡で刻む。
が、大したダメージにはなっていない。
当然だろう。宝具の域にすら至らない刃でハートを傷付けられるならば、耐久値の概念など飾りに成り果てる。
「ちッ――!」
至近距離から繰り出される豪腕の一撃を刃でいなしつつ、転がるようにして脇へと逃れる。
信じられない話だが、ただあれだけの接触で、ゼファーの腕には痺れが走っていた。
痺れ程度で済んだのは幸運だったと、ゼファーは心からそう思う。
重ねて言うが、このアサシンが担う刃はそもそも宝具ですらないのだ。
彼の虎の子たる星辰光の発動媒体も兼ねていることから、壊されればそれまで。
聖杯戦争が一度だけ戦って終わりの大勝負ならまだしも、長い期間をかけて文字通りの『戦争』に徹しなくてはならない以上は、ここで貴重な得物を失う訳にはいかない。
完全に喧嘩を売る相手を間違えたことを自覚し、自嘲しながら次の一手を打つべく体を動かす。
逃げるのが最も先決なのはわかっているが、今はまだその時ではない。
好機が来るまでは少なくとも戦い続ける必要がある――そしてこいつは間違いなく、守りに徹してやり過ごし切れるような相手でもない。
「終わりか?」
殺気を察知し、即座に飛び退く。
一秒前まで自分が居た地点には、無残な破壊の爪痕が刻まれていた。
安堵するには早い。
震え出しそうな身体を諌め、飛来する光の波動を回避、回避、回避し――
一気に踏み込んだ。
髪の毛数本を死が掠め取る感覚に肝を冷やすが、ここで怖気付けば間違いなく追撃でお陀仏だ。
姿勢を低く保ち、疾走する様はさながら獲物の首筋へ喰らい付く貪狼。
ただ一つ普通と異なるのは、今狼を迎え撃つ敵は、同じ獣の次元にすらいない怪物だということか。
ゼファーを狼だとするならば、あちらはさしずめ神話の巨人か何かといったところだろう。
端的に言って格が違う。
まともに切った張ったしようと考えれば馬鹿を見る。
彼の宝具を理解せずともそれを悟ることが出来たのは、ゼファー・コールレインという男の単なる、スキルとして持ち上げられるにも値しない直感だ。
ハートも、そのマスターであるイリヤスフィールも、同じことを思っている。
このアサシンは弱い、と。
小技を延々と駆使して戦う、一点に特化しているからこそ万能の資質を前にしては無力。
そしてそれは、この上なく的を射た推察だった。
「死ねッ」
放つ、十重二十重の連撃。
確かにそれは見事な速さ。
だが、速さだけではどうにもならない。
ハートにとっては、腕の一振り程度で押し返せるような微風だ。
特化型では万能型に敵わない。
それは、ゼファーが生前散々直面してきた壁であり、現実だった。
死後も尚立ちはだかるそれを忌まわしい鬱陶しいと断じて――腹部へ走る衝撃に吹き飛んだ。
当然の帰結。
飛び回っている小蝿に一撃を当てる程度のこと。
数を重ねずとも、ハートほどの英霊になれば造作もない。
綺麗に吹き飛んでいったゼファーの肉体は大木へと背中から叩き付けられ、彼は喀血する。
それを見送り、ハートは一歩を踏み出した。一歩、二歩と、ゼファーにとっての死神が迫り来る。
「……何よ。全然強くなんてないじゃない。今までに戦ってきた連中の方が、よっぽど骨があったわ」
イリヤスフィールのそんな台詞を聞き、項垂れたように木へ寄り掛かったままのゼファーは小さく笑う。
まったくその通りだと、そう言っているように見えた。
大地を踏み締めて迫るは機械の怪物。
ロイミュード。
マシンという、存在しない格の英霊。
森の主を護る友誼の鼓動が、死を告げる太鼓となって迫り来る。
「やっちゃいなさい、マシン。そんなネズミ一匹にこれ以上かかずらうなんて、時間の無駄もいいところだわ」
下される死刑宣告。
雪の妖精めいたその容姿が、今のゼファーには悪魔にさえ見えた。
ハートロイミュードは主君の命令(オーダー)に、一つ頷いて右手を真っ直ぐ伸ばす。
そこへ収束するは光――戦いを終わらせる終わりの光。
天霆の閃光を彷彿とさせる眩き死が降り注げば、それに対抗する手段など儚き暗殺者にあろうはずもなく。
実に呆気なく、爆発の音色が響き渡った。
ゼファーの凭れていた大木が音を立てて地へ倒れ、着弾した箇所は大きく抉れて黒煙をあげている。
これが宝具の一つも用いない、ただの固有能力における一撃の結果だとどうして信じられようか。
それほどまでに、彼我の実力差は圧倒的であった。
ジャイアントキリングの可能性すら、真っ向勝負では見出だせないほどに、とある種の王は強大だった。
「……終わりだ。城へ戻ろう、イリ――ッ」
だから、そう。
それをいち早く察知することが出来たのも、彼が強者であるがゆえのこと。
迸った銀色の穿刃は、これまでハートへ放たれてきたものとはまるで異なる気勢を帯びていた。
研ぎ澄まされた殺意。
ハートほどの英霊をしてまでも、戦慄を覚えるほどの正確無比。
『殺す』ということを知り尽くした者でなければ不可能な一閃が、初めてハートに焦りという感情を生じさせる。
これがもしゼファー・コールレインの常套手段。
即ち急所を狙った、とにかく手数に物を言わせた連撃であったならば、ハートは苦もなく対処できた筈だ。
意識の撹乱と心理への揺さぶりなどという小細工が通じるのは精々一兵卒までの話。
英雄だの神星だの、目の前の機人のような相手には藪蚊が飛び回って四苦八苦しているのと何ら変わらない。
だが、ゼファーにはそれしか出来ない。
鋼のような防御力がないから迎撃はままならず。
大した力を持っていないから、人間を両断することさえ出来ない。
そこに加えて意思薄弱。技巧派などといえば聞こえはいいが、それは要するに正面から敵を打ち砕けないただの雑魚だ。
技術でどうこうの理屈が通じるのは数段上までの相手に限定される。
それ以上に実力が隔絶した相手には、ただの前進だけで圧倒されてしまう。
それこそ、奥の手を使わない限り、ゼファーにはどうしようもない。
しかしながらその奥の手を切るのは地獄を見るのと同義であるから、所構わず使えるようなものでも決してない。
となればいよいよ本格的に詰んでいる。
そして、そんなことは百も知っている。誰よりも、ゼファーは知っている。
「死ね」
鉛色の殺意を刃へ宿し、ただ一点を目掛けて放つ、放つ。
斬撃の全てはハートに防がれていたが、逆に言えば、ハートロイミュードをして〝それしかできていない〟のだ。
何故ならば、ゼファー・コールレインが攻撃を加えているその一点とは――あらゆる強さに共鳴して力を増す無窮の鼓動英雄が持つ唯一の弱点。鼓動(ビート)を刻む心臓(ハート)に他ならぬ。
それはハートの霊核であるため、軽い傷ですら容易に致命となり得るのだ。
「おまえ、は――何時ッ」
「答える義理は、ねえッ」
何時気付いたのか、との問いを切り捨て、一縷の光明をただ狙い続ける。
速い。
疾い。
捷い――先程は歯牙にも掛けなかった小技の数々が、今は命を蝕む毒牙としてハートを苛んでいた。
否応なしに焦燥を駆り立てられるハート。
だが焦りに心を乱されているのは、何も彼だけではなかった。
(こいつ――)
こうして『殺す気』で戦ってみて、改めて分かる。
このマシンなるサーヴァントは、やはり怪物だ。
そうとしか言いようがない。
ハートの弱点を看破するまでは順調だった。
生前の経験上、ゼファーは戦闘の中で相手を分析するという芸当に秀でている。
本人は意味のないスキルと切り捨ててきた臆病者の癖の一つだったが、ハートのような、明確な弱点を保有する相手にとっては覿面に作用する経験則だ。
しかし、一向に見つけ出した弱点を貫ける気配がない。
敏捷では此方が優っているにも関わらず、まるで岩壁か何かを切り付けているような徒労感が手応えのなかに内在している。まさしく、化け物だ。魔星や英雄を思い起こさせる、存在そのものが規格外の相手。
「――マシン!」
そんな瀬戸際の戦いだからこそ、ほんの些細なイレギュラーで趨勢の天秤は容易く傾く。
今回は数発の光弾だった。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン――ハートロイミュードを喚んだ少女が状況を見かねて介入を行ったのだ。
アインツベルンが誇る最高傑作のホムンクルスが行使する魔術は、対魔力のスキルを持たないゼファーにとっては見逃せない危険因子だ。喰らえば傷になり、必然的に隙へと繋がる。
だから避けるしかない。そうなれば、ハートロイミュードに自由が戻る。
「お前を弱いと称したことは、訂正しよう」
そんなもんはいらねえ。
俺は弱いんだ――だから精一杯慢心して、せめて勝ちの目をくれ。
ゼファーの声にならない哀願が聞き入れられる筈もなく、豪腕の一撃が眼前で炸裂した。
衝撃波のみで目眩が起こる。脳震盪が襲う。スペックが違いすぎる――真実、絶望的なほどに!
「ここからは、全力だ」
回避を優先。
熱と衝撃波と拳の破壊が同時に降り注ぐ光景は、もはや悪い夢としか言いようがない。
それをどうにか回避して、再び奴の弱点を狙い撃てる間隙を探すが、その前に追撃がやって来た。
逆手で持ったアダマンタイトの凶器を振るって光を断ち、最も優先して避けるべき拳を回避。
敵は全力と言ったのだから、ここからは一発の被弾も許されないと踏んでかかった方がいいのは明らかだ。
「マシン、あなた――」
「大丈夫だ、イリヤ。確かに肝は冷えたが、一発も貰っちゃいない」
遥か格下と踏んでいたアサシンの、予期せぬ猛攻。
誇張抜きにハートの撃破に至りかけた事実に不安げな様子を見せるマスターの頭へと、ハートはその手を置く。
その所作はまるで兄か何かのようであり、とてもではないが、あんな破壊を連打出来る化け物と同じとは思えない。
だからこその、怪物なのだ。
「今から、すぐに片を付けるさ……安心しろ、俺は負けない」
ゼファーは駆け出した。
決して逃さぬと、ロイミュードが追い立てる。
光と衝撃波の炸裂を躱して視界を確保しつつ物陰へ逃れを繰り返す、暗殺者。
完全に今、狩る者と狩られる者の立場は逆転していた。
倒せない。倒せる筈がない――刃をもってその攻撃を防ぐ度に強まる思い。
俺は負けないと啖呵を切り、実際にそれを貫ける強さはゼファーにはないものだ。
彼はあくまでもただの負け犬。強者の影に隠れるだけしか能のない、雑魚なのだから。
隠れ蓑に利用する算段だった木々の密集地が、ハートの放った熱波を前に呆気なく消え失せる。
一瞬だけ動きの止まったそこに、ハートロイミュードが誇る豪腕が叩き付けられた。
肋骨の罅割れる感覚。それだけで済んだのは紛れもなく僥倖だが、しかし状況は最悪の領域へと足を突っ込んだ訳だ。
至近距離で炸裂した衝撃波が直撃して、ゼファーは無様に地を転がる。
「づ……ッ、はぁ、はあ、ハァ――――ぎ」
鉄槌の如きハートの所作全てが、人狼を痛め付ける。
格の違いすぎる剛力はもはや、直撃せずとも相手を苛む強震として機能するのだ。
体勢を立て直そうとしたところへ飛来した熱波をオリハルコン製の義手で振り払い、突貫するも無意味。
刃の刺突は敢えなく止められ、身動きを取ろうとしたところへハートの拳が襲い掛かる。
直撃だけは駄目だ、直撃だけは駄目だ、どうにかして避けろ抑えろ躱せでなければ終わる。
喚き立てる自我に従い回避。
追撃を俊敏な動作でどうにか切り抜け、その脇腹へ一閃。無論、少々の火花が散った程度の損害しか与えられない。
結果は見え始めた。
元から見えていた当然の末路が、とうとう現実味を帯びて漂い始めた。
むしろこれまで戦えたのが奇跡だろうがと、ゼファーは心の中で泣き言を吐く。
これが、ゼファー・コールレインという英霊だ。
光を求めて駆けることを尊べない。
目を背けることは、けれどしたくない。
雄々しく散りたいなんて、思ったこともない。
そんなどうしようもない彼だから――ハートロイミュードは、間違いなく彼にとって相性の悪い相手だった。
「一つ聞かせてくれないか、アサシン」
あと一手で止めを刺せる。
その状況にありながら、ハートロイミュードは問いを投げた。
「お前は、何を願ってここにいる。
お前の戦いからは――熱を感じない。俺はお前という英霊が、分からない」
「……そりゃ、そうだろ」
ゼファーは笑う。
思わず笑みが溢れてしまうほど、それは彼にとって当たり前のことだった。
「聖杯なんざ興味はねえ。
願い? 戦い? 古今東西の英雄様を集めて殺し合わせる?
どんな三文小説だよ下らねえ、それなら俺なんぞよりよっぽどいい役者が居るだろうがッ」
吐き捨てた。
聖杯戦争を、彼は侮辱する。
これが心からの本心であることなど、疑う余地もない。
「殺し合いがしたけりゃ勝手にやってろ、そこに俺達を巻き込むな。
こっちは全部終わらせて座で寝てたとこを叩き起こされてんだよ、願いだ大義だと喧しい、知ったことじゃねえ」
「……なによ、貴方」
呟いたのは、イリヤスフィールだった。
その声には、隠そうともしない軽蔑の色が宿っている。
いや――それは嫌悪の領域にすら近かった。
聖杯獲得という大義を抱いてここにいる彼女にしてみれば、眼前の暗殺者は看過できる存在ではない。
誇りだとか、そういうものを度外視してだ。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、このサーヴァントが気に入らない。
思わず言葉が出てしまう程には、むかっ腹が立っている。
「じゃあなんで、そんなサーヴァントがここまで勝ち上がってきたのよ……
さっさと自害するなり何なりして座に戻ればいいじゃない。意味がわからないわ――貴方」
続けて、ハートが口を開く。
彼の物言いにイリヤスフィールほどの棘はなかったが、疑問の色は多分に含まれていた。
「だが……俺の目にはお前は、何かを求めて戦っているように見える。
聖杯戦争を降りたいのならば、彼女の言う通り舞台を退場する手段は幾らでもある筈だ。
それでも――お前は俺に喰らいついてきた。聞かせろ、アサシン。お前は一体――」
「何者なのか」
その言葉を口にしたのは、ハートロイミュードではない。
もちろん、イリヤスフィールでもない。
ゼファーの声とも、違う。
この場の誰とも違う透き通る音色――この世のものとは思えないような、神鳥の囀る恋歌のような響きがあった。
「そんなの、わざわざ頭を使って考えるまでもないわ。
あなたたちとは明確に違い、そして理解できないもの。
許せない、認められない、栄光の対極にあるもの――それが、私たち」
.
.
その少女は、突然現れた。
森の主たるイリヤスフィールが感知出来なかったことから、ただの人間でも、ましてやサーヴァントでもない。
彼女はゼファー・コールレインの宝具だ。
正確には、彼と繋がれた比翼連理。
何の戦闘能力も持たない最弱であり、歪み捻れた骸の惑星。
月乙女(アルテミス)のそれを思わせる靭やかな銀髪を颶風に揺らし、微笑む。
「君は――」
「心配しなくてもいいわ。私が出たからといって、出来ることは何もない――
正確にはあるけれど、ここで使うつもりはどうやら彼にはないようだから。単なる気まぐれと思ってもらって大丈夫よ」
あどけない外見をしているにも関わらず、その存在はどこか異質だった。
女神のような麗しさと相反する空寒い死の気配を秘めた、何か。
ともすればこのアサシンより余程恐ろしいのではないかと錯覚しそうになる、明らかに特異な存在。
「私たちは、遍く光を破壊する」
乙女は咏う。
憎悪の音色を。
異端の響きを。
心地よい囀りに似た声で、咏う。
「全ての願いに終焉あれ。
聖杯戦争に今こそ亀裂を。
予定調和の歯車を打ち砕き、天上の星を引き摺り下ろす」
どくん――
どくん――
どくん――
そう響くのは、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの鼓動だった。
早まっている。早まっていく。女神の囀りが紡がれる度に、間隔を早めていく。
ハートロイミュードは、何も語らない。
ただ、二人の中に共通して募る感情がある。
「私たちは」
「――そうだ。俺たちは」
こいつらは――
「貴方達が聖戦と尊ぶものを、艱難辛苦の果てに幻視する輝きを――踏み躙るために、ここにいるのよ」
――こいつらは、あってはならない存在だ。
そう認識したから、ハートロイミュードの行動は速かった。
イリヤスフィールが改めて何かを命ずるまでもない。
この時彼らはまさに以心伝心、完全に通じ合っていた。
乙女は詠った。聖杯戦争を破壊すると。
乙女は笑った。全ての願いが闇へ閉ざされるようにと。
乙女は告げた。我らは光を踏み躙り、聖杯を蹂躙すると。
「ふざけるな、アサシン」
「そうよ――そんなの、ただの八つ当たりじゃない!」
「ああ、そうさ――俺たちは」
「ただ、勝者を滅する弱者であり続ける――」
これは、聖戦などではない。
そんなものに臨むとち狂った神経を、ゼファー・コールレインはついぞ持ち得なかった。
生産性のない弱者の足掻き、八つ当たり、まさしく的を射ている。
下らない八つ当たりの最果てに、光輝く聖杯(キセキ)の惨殺死体を。
ただそれだけのために、彼らはここにいる。
そしてそれを――気高きロイミュードと、アインツベルンのホムンクルスは嫌悪する。
「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」
弱者を滅ぼす強者の輝きを相変わらず間一髪で躱し、紡ぎ上げるは凶星の言祝ぎ。
臨界点突破。
純度を増す極限の殺意……感情が限界まで爆発し、才気を喰らう悪逆の選択に心が焦がれ心地良い。
まさに餓狼さながらに四肢が愉悦を求め狂い哭き、断罪の刃を、死を鳴らす。
闇の情動をかき集め、光を踏み砕く星の光が今――発現する。
その刹那、ゼファーは逃げの選択をかなぐり捨てて攻撃へ移った。
狼の如き疾駆は先程までの比ではなく、ハートロイミュードの反応速度をすら振り切っている。
無音のまま、ただ殺気だけを充填して、気配さえ置き去って星の力が駆動する。
ハートロイミュードは、ゼファー・コールレインを前にその弱点を晒した。
ゼファーの力は所詮全能には遠く及ばない、限定状況でしか通用しない劣等。
だが、故に条件が整い、完全に嵌まれば必殺だ。人狼の牙から逃れ得る存在はいない。
今、鼓動の王に潰されるのを待つしかなかった負け犬は真に、格上殺しの人狼へと成った。
ダイヤモンドすら両断する刃の一閃が、ハートロイミュードの体に火花を散らさせる。
これまでとは完全に違う手応えがある。
「ぐ――」
「――反響振(ソナー)」
反撃の衝撃を、熱波を、全てを浮き彫りにし、余裕綽々で回避する。
駆動限界で避け得ないものには刃を直接当て、文字通り微塵とかき消す。
速く、速く速く速く速く――急所狙いの猛乱舞が、再びハートロイミュードの動きを止める!
「づ、ッ――舐めるなよ!」
だが、相手は強大。
ロイミュードの王。
宝具の解放程度で押し切れる容易さでは、彼の歩んだ生涯には役者が足りない。
信じ難いことに、ハートロイミュードは動体視力を置き去るほどの連撃すらも完全に防ぎ続けていた。
「輝く御身の尊さを、己はついぞ知り得ない。尊き者の破滅を祈る、傲岸不遜な畜生王――
人肉を喰らえ。我欲に穢れろ。どうしようもなく切に切に、神の零落を願うのだ。
絢爛たる輝きなど、一切滅びてしまえばいいと」
歌い上げるは彼固有の詠唱(ランゲージ)。
紡がれる祈りは既存の物理法則を歪め、啼泣する子供のように止めどなく嘆きと呪いを撒き散らす。
一言、醜悪。悲しみを大気を通じ伝導させる、嘆きの波動はとある形を取って顕れる。
すなわち、『振動』。俺を邪魔するあらゆる者共、遍く狂い震えて死ねという、呪いの星光。
「苦しみ嘆けと顎門が吐くは万の呪詛、喰らい尽くすは億の希望。
死に絶えろ、死に絶えろ、すべて残らず塵と化せ」
――ここで、ハートロイミュードというサーヴァントが背負った一つの不運に触れよう。
ゼファーが弱点と見出し、攻撃を加えていた剥き出しの心臓は、ハートが誇る第一の宝具に他ならない。
『人類よ、この鼓動を聞け(ビート・オブ・ハート)』……その効力は、相手の強さを成長によって上回る破格。
だからこそ、本来ハートロイミュードが敗れることはあり得ないのだ。
必ず相手の強さを受け、上回るのだから、理論上の彼は誰もが頷く無敵である。
しかし、ゼファー・コールレインという英霊の、この宝具に限っては例外だった。
ゼファーは、弱い。
平伏し、雌伏し、泥水を啜るような生き様を持つ英霊だ。
死想恋歌(エウリュディケ)との共鳴を果たした後ならば、ハートの宝具はきっと十全に機能しただろう。
だが、この第一宝具はあくまでゼファー・コールレイン個人だけのもの。
彼の弱さを体現する、嘆きと恨みの星辰光(アステリズム)。
そこに強さはない。他の誰がそう認識しても、彼はいつだとてこの星光を侮蔑する。
雑魚の象徴。役立たず。成り損ない。負け犬の遠吠えと、散々に吐き散らして否定する。
生涯、一度として誇りに思うことなく、ただ『弱く』あり続けた宝具――
その逸話が、ハートロイミュードの鼓動にこの時ばかりは好作用した。
彼の弱さに鼓動は響かない。
上回る力は発動せず、何の強化恩恵も受けられぬままに、貪狼の牙を迎え撃つしかないのだ。
まさしく千載一遇。
ハートロイミュードという、友誼の果てに生涯を閉じた光を引き摺り下ろす闇が、顎門を開けている。
「我が身は既に邪悪な狼、牙が乾いて今も疼く――怨みの叫びよ、天へ轟け。虚しく闇へ吼えるのだ」
「我が身は既に邪悪な狼、牙が乾いて今も疼く――怨みの叫びよ、天へ轟け。虚しく闇へ吼えるのだ」
加速。
増幅。
鼓動と振動が跳ね上がる。
自壊寸前まで高まった銀牙を、迎え撃つは機人の剛拳。
歓喜はない。
この男を前にして、そんな感情が起こるはずもない。
Metalnova Silverio Cry
「超新星――狂い哭け、罪深き銀の人狼よ」
――交錯の瞬間、銀の牙は確かに、ハートロイミュードを切り裂いた。
.
そのまま、ゼファーは走り去る。
敏捷性を維持したまま、星の輝きになど固執せずに森の出口へ一目散に走り抜ける。
その理由は、あまりにも明白。
それでいて、何とも情けないものだった。
――倒し切れない。
どう計算しても、あの化け物じみた耐久値と戦闘能力を削り切る前にこちらが潰れる。
端から、此方の狙いは偵察だったのだ。
予選期間に偶然耳にした、結界の張られた森の話を確かめるために赴いたに過ぎない。
宝具を使う羽目になったのは、そうでもしないととてもではないが生きて帰れる自信がなかったからに帰結する。
それほどまでに、マシンと呼ばれたサーヴァント――ハートロイミュードは強かった。
正直なところ、単純な脅威度ならば大虐殺の魔星を上回るだろう。
これまで戦ってきたサーヴァントの中でも間違いなく最強。
勝ち逃げのように見えるがとんでもない。
あれで逃げ切れなければ殺られていた――それが頑然たる事実。
負け犬の下克上が通じるのは数段上の相手まで。
あそこまで根本から位相が違う相手にその論を適用するのは、少しばかり自殺行為が過ぎる。
森を飛び出し、追撃が来る前に町並みを駆け抜ける。
人の目がない場所を縫うように走り、人気の絶無なマンションの屋上で、ゼファーは静かに星辰光を解除した。
「が――ごはッ」
吐き出す、血液。
内臓が文字通りひしゃげたことによるこの吐血は、星の光を用いた代償だ。
ゼファーの宝具はその全てに、代償が存在する。
もとい、反動か。
第一宝具ですらこれなのだ。その上にある第二宝具などは、真実筆舌に尽くし難い激痛に苛まれることとなる。
暫く痛みに悶絶した後、口許を拭って壁へ凭れ、久方ぶりに空気をゆっくりと吸った。
実体化を解除させていた月乙女――ヴェンデッタが、再びその姿を見せる。
その口許はどこかからかうように笑っていて、何とも憎らしい。
「……まったく、嫌になるねぇ」
聖杯戦争なんざ、糞食らえだ。
何度目かも分からない悪罵を叩いて、ゼファーは束の間の休憩に浸るのだった。
【A-1/マンション(屋上)/一日目・午前】
【アサシン(ゼファー・コールレイン)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]疲労(大)、星辰光の反動による激痛と内臓被害、肋骨数本骨折、全身にダメージ(大)、全て回復中
[装備]ゼファーの銀刃@シルヴァリオ ヴェンデッタ
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を蹂躙する
1:今は休む
2:マシンのサーヴァントにはもう会いたくない。割と切実に。
◆ ◆
「――マシン、本当に大丈夫なの?」
イリヤスフィールとマシンのサーヴァントもまた森を出、街へと繰り出していた。
彼に手傷を与えたアサシンを追跡したい思いもあったが、本気で逃げに徹したアサシンをこの広いK市の中から見つけ出すのは至難の業だ。
忌々しいが、あれに関しては次に遭遇する時を待つしかないのが現状だった。
しかし、その時は今度こそ逃さない。
イリヤスフィールもハートロイミュードも、心よりそう思う。
聖杯戦争という儀式へ唾を吐きかけ、あらゆる願いを一緒くたに引き摺り下ろして踏み躙ろうとする彼らの在り方は、聖杯獲得という目的を胸にここまで戦い抜いてきた彼らにとって、断じて許せるものではない。
「問題ない。してやられたのは確かだが、これしきで動けなくなる俺じゃないさ」
「……そう。なら」
「ああ。予定通り、このまま街へ出よう」
誇り。
大義。
それ以前の問題だ。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにとって聖杯とは、自分の生まれた理由に等しい。
だからこそイリヤスフィールは、ゼファー・コールレインと死想恋歌の少女を許せない。
光を妬み、踏み躙る彼らの在り方は、イリヤスフィールという生命そのものへの最悪の侮辱だ。
そして、故にこそハートロイミュードもその鼓動を怒りの音色に変える。
新たなる友の願いを、その生きる理由を嘲笑い、身勝手な足の引っ張り合いで潰してやると宣った人狼の暗殺者を、彼は決して認めないし、許さない。
友の敵は、己の敵だ。
機人英霊ハートロイミュード、その高潔なる友誼は未だ消えず。
【A-1/アインツベルンの森/一日目・午前】
【マシン(ハートロイミュード)@仮面ライダードライブ】
[状態] 疲労(小)、腹部に斬傷
[装備]『人類よ、この鼓動を聞け』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:イリヤの為に戦う
1:アサシン(ゼファー)への嫌悪。
【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 城に大量にある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る
1:マシンと一緒に、城へ戻る
2:アサシン(ゼファー)が理解できない。
投下終了です。
投下乙です!
原作では敵役ながらも貫禄の主人公度とカリスマを持つハート様はやはり強かった。単純な強さのみならず、その英雄らしさもストップ高。
対するゼファーは主人公のくせに英雄らしさとは無縁の負け犬根性全開で、そりゃハート様とは相いれるわけがなかった。しかしそんな弱さこそが、強さを受け止め成長するハート様の宝具に対する最上の対抗手段になるとは皮肉なもの。両者の対比が緻密に為された今回は素直に脱帽でした。
痛み分けというにはゼファー側の損傷が大きかった今回ですが、しかし聖杯戦争も序盤な以上はこれからどう転がるか先が読めないですね、彼らのこれからに一層期待がかかります
ニコラ・テスラ&セイヴァー(柊四四八)、電&ランサー(アレクサンドル・ラスコーリニコフ)を予約します
空母ヲ級(空母ヲ級&ヘドラ)とヘンゼルとグレーテルとアサシン(ジャック・ザ・リッパー)を予約します。
アサシン(シャッフリン)、松野一松、シップ(望月) 予約します。
素で予約されてたのを見落としてたので、アサシン(シャッフリン)→アーチャー(ヴァレリア・トリファ)に変更します
何度もすいません、よく考えるとシャッフリンは群体型なので元のままでいきます
予約分を投下します
「ん……ぅん……」
じりりりと鳴る目覚ましの音に瞼を開けば、カーテンに遮られて薄暗い部屋に満ちる冷気に顔面が冷えていることにまず気付き、布団の中で暖まった首から下との齟齬に嫌でも意識が覚醒を果たす。
寝ぼけ眼で起き上がりカーテンを開帳すると、冬の希薄な陽射しが靄のように澄み渡り、鈍った頭に喝を入れられるように思考がクリアになっていく。
実に晴れやかな朝だった。明けたばかりの空が、朝の冷気とともに新鮮に輝いている。
午前5時半、子供が起きるにしては随分早い時間帯に、電は起床していた。
「おはようございます、なのです」
枯葉の匂いも久しくなりつつある外の情景を見渡しながら、電は誰ともなしに呟いた。
冷風に張り付いた頬が、それでもふと緩むような、そんな静かな朝だった。
▼ ▼ ▼
駆逐艦・電の朝は早い。
というのも、彼女が暮らす孤児院では、所謂当番制というものが存在し、今日の朝は他ならぬ電の担当なのだ。
当番と言っても、朝ごはんの準備や諸々の管理は当然大人たちがしているので、そう大仰なものではなく、放っておけばいつまでも眠りこけ続けるだろう子供たちを時間通りに叩き起こしたり、朝の体操や朝ごはんにおける挨拶などを主導するといった具合だ。
なにせここに住まうのは言っても聞かぬ悪戯盛りの子供たちばかりだ。数の限られた大人たちだけでは到底手が足りるわけもなく、それ故に電を含めた年長者たちも皆を纏める立場にある立たされているというわけだ。
電とて未だに年少者に分類されるべき年頃なのだが、何の因果かこの孤児院にいる大半は電よりずっと年下の子ばかりで、結果的に年長者として区分けされるに至っている。
無論、そうした事情を置いても、元々軍属だった電にとって朝早くの起床など特に苦にもならず、元来有していた生真面目さや古株としての地位も相まって、子供たちの代表者として周囲に認知されるようになるまで大した時間はかからなかった。
「それではみんな、いただきます」
いただきまーす! という大合唱が、電の静かな声に続くように院内に響き渡った。空腹から掻き込むように猛然と頬張る子、食事よりも隣の子との雑談に熱心になる子、思いがけずごはんを床に落としてしまう子、なんだかよく分からないけどやたらと騒がしい子。席に着いた子供たちはそれこそ十人十色で、わーわーとはしゃぐ彼らを、電は時に優しく、たまに厳しく注意する。その後には決まって「はーい!」という元気のいい返事が届き、多少の時間を置いてだが食卓は秩序ある様相に変わっていった。
親無しという身の上ではあったが、誰もが笑顔でそこにいた。騒がしくも煩わしくはない賑やかな朝の食卓。いつも通りの光景であった。
そう、本来ならば。電もまた笑顔でそこにいるのが日常であるはずなのだが。
【マスター、顔色が優れないと見受けるが】
【あ、ランサーさん……はい、実は今朝の手紙のことで】
【やはり、件の討伐令のことか】
引き攣った表情―――それでもよく注視しなければ分からない程度ではあるが―――を浮かべる電に、傍に霊体化して侍るランサーが念話で尋ねる。
今朝方のこと、朝の寒さに身を引き締める電の枕元にあったのが、今まさに話題に挙がっている討伐令の封書だ。何某かの手段を用いたのか、ランサーの索敵網にすら引っ掛からないままに置かれたそれに書かれてあったのは、まさしく酸鼻極まる内容であった。
無辜の市民五十八名の殺害、ヘンゼルとグレーテル及びアサシンの討伐。それはまさに市井で騒がれている連続殺人鬼を指しているのだと、疑いようもなく電は理解できた。
電にまず浮かんだのは悲憤の感情だった。軍人としてとか、その性格故にとか、そういう一切合財を抜きにしても、このアサシンたちのやっていることは憤激に値する暴挙であるのだから当然である。電がもう少し直情的な性質であったならば憤懣やる方ない思いを持て余すところであったが、しかし次に彼女に浮かんだのは今後に対する不安であった。
【……こんなこと許せない。電はそう思います。でも、この討伐令が出たせいで街に戦火が広がるのが、電にはどうしても怖いのです】
【なるほどな。お前の懸念はそこにあるか】
電とて、この街とそこに暮らす人々が見せかけの幻であることは百も承知だ。
けれど、かつて自分たちが戦った軌跡の果てに平和の時代を築き上げたこの街が、例え偽物であろうとも戦火に蹂躙される様はできる限り見たくないと、そう思ってしまう心が確かに存在してしまっている。
幻だから、再現されたデータだから、所詮見せかけだけの偽物だから、殺されようが消し潰されようが仕方ないのだと理屈では分かっても、そんな仕方のないことを「仕方ない」と言いたくなかったから戦い続けた彼女にとって、それは一言で片づけられる問題ではなかった。
そして何よりも、この討伐令は紛うことなき"本物"である参加者たちの殺し合いが加速するということでもある。朧気ながらとはいえ聖杯の恩寵を望む自分がこんなことを言うのはお門違いだということは分かるが、それすらも忌避する感情が電にはあるのだ。
自分が一体何をすればいいのか、それすら今の彼女には分かりかねている。
奇跡を望み他者を手に掛けるか、それとも数十人足らずの命を尊重して脱出を目指すのか。そんな、本来ならば第一に決めねばならないことさえ、はっきりと決めることができない。
軟弱な半端者だという自責の念が、電の心をじわじわと侵食していく。
【確かに、追い詰められた少数は生死の淵にあってあらゆる抵抗を行使するだろう。そして同一の標的を複数のサーヴァントが追う以上、そこに大規模な戦闘が勃発するのは自明の理と言える。
……その様子を見る限り、未だ迷いの只中にあるようだな】
うぐ、とうめき声。当然だが、こんな弱音にも等しいことを口走れば、今の電がどっちつかずの状態にあることなど一目で分かることだった。
ランサーの射抜くような視線が痛い。常日頃の鉄面皮から、彼とて電のことを責めているわけではないというのは分かるが、それでも鋼のようなランサーの相貌には拭いがたい威圧感というものが感じられた。
本人に曰く軍属だったらしい彼は、なるほど確かに鎮守府に従軍する怖い上官にも似た雰囲気があった。勿論ランサーはこんな自分のことも見捨てず支えてくれる良いサーヴァントではあるが、時として無言の視線が痛く感じることもあるのだ。
まして今回は完全に自分に非がある。今度こそは何か厳しいことを言われるのではと、心の中で密かに覚悟さえも決めるが……
【……戦いの中にあって、迷いほど致命的な隙はない。しかし、迷うこともなくただ正解と盲信して一つの決断のみをひた走るのは、それ以上に愚かなことだ。
既に残された時間は限りなく少ないが、その逡巡もまた必要であると心得た】
返答は、思いもよらないものだった。
思わず気の抜けた声を出しそうになって、慌てて口を塞ぐ電を、周囲の子供たちが怪訝そうな顔で見つめる。それを受けて連続して慌てそうになる自分を抑えながら、電はランサーに問い返した。
【……失望、しないんですか?】
【何故そうする必要がある。そもそも私はお前の僕、サーヴァントだ。私はお前の采配に従うし、裏切ることも決してない。まして失望などする意義が見当たらん】
相も変らぬ鉄面皮でそう告げるランサーに電は不覚にも返す言葉を見つけることができなかった。
ありがとう、いいやそれともごめんなさい? もしくはこれから頑張ります、だろうか。
言葉を選んでいるうちに、横合いからの「あー! おねーちゃん食べるの遅いんだー!」というけたたましい声に気を取られ、それに構ったり遅れていた食事を再開したりで、とうとう返事をするタイミングを逃してしまった。
やってしまった、と言わんばかりの顔で食後の口を拭く電は、結局気付くことはなかった。
電を見つめるランサーの口元が、ほんの少しだけ緩んでいたことに。
気付くことは、なかった。
「それでは、行ってきます院長先生」
いってきまーす! という本日二度目の大合唱と共に、電は登校すべく孤児院の玄関を後にした。
その周りには小柄な電よりもなお小さい子供たち―――小学校低学年の児童―――が数人纏わりついている。住む場所と出る時間が同じために普段から集団登校をしている彼女たちだが、最近は連続殺人事件の影響もあってかより一層集団での行動が推奨されていた。
見渡す景色はにわかに冬の気配を強めている。快晴の風の強い朝の風景だった。すれ違う人々は白い息を口から吐き、それを風が散らす。
電たちの暮らす孤児院と小学校は、地理的に多少離れた場所にあった。それ故に歩き始めの現在は見知った顔とすれ違うということもなく、ただ子供たちのはしゃぐ声だけがあたりに木霊している。
【マスター、私は周囲の偵察、及び索敵に移ろうと思う】
【あ、はい。それじゃあよろしくお願いしますね、ランサーさん】
遊んで歩く子供たちを見守り、時に行き過ぎた行為を咎めつつ歩いていた電に、ランサーの念話が届く。
ランサーの提案は、昨日までの数週間ずっと続けられてきたものだった。故に電にいちいち確認を取る必要もないと昨日までずっと思っていたのだが、そこはランサーの持つ律儀さが現れた結果である。
とはいえ今日に限って言えばそうもいかない。なにせ聖杯戦争の本戦開始が告げられ、更には連続殺人鬼の主従に討伐令が下ったのだ。浮足立つ参加者は確実に出るだろうし、今まで以上に慎重に事を進める必要がある。
つくづくランサーには苦労をかけてしまうと、電はそう思いつつ先を急ごうとして。
【……いや、その前に少し話しておきたいことがある。構わないか、マスター】
【え? は、はい。大丈夫ですよ、ランサーさん】
【感謝する】
ふと、そんなことをランサーに説かれた。
唐突と言えば唐突なもので、思わず振り返ってしまったほどに思いがけないものだったけれど。ランサーの言葉に遊びや衒いはなくただ真剣さのみが満ちていた。
話とは一体なんだろうか。少しの疑問と、求めには応えたいという生来の気質によって、電は声に耳を傾ける。
【さして時間はかからん。先ほどの話の続きだ。余計な節介かもしれんがな。
……救うべき者を見いだせないという、お前の中の迷いがどうしても消えないというならば、一度過去(うしろ)を振り向いてみるといい】
【……ランサーさん?】
それは、忠言と言うには些か観念的に過ぎる言葉だった。
過去。決して消えない、自分の足跡。それを振り向くとは、一体どういうことなのだろうか。
ランサーは言葉を切り、何かを考えるように目を閉じて。
【答えが出ずとも、真実が見えなくとも。ただ手を伸ばし無様に駆けずり回るだけでも救われる者は存在すると、つまりはそういうことだ。とある少女の受け売りだがな】
小さく息を吐き、そう言った。
再び開かれた瞼から垣間見えるのは、ここではない、どこか遠くを見つめているような目だった。
【あ、あの! それってどういう……】
【……少しお喋りが過ぎた。予定通り、私は偵察へと向かうことにする】
問いかける電から視線を離し、ランサーはそのまま高く跳躍して民家の向こう側へと消えていった。
彼の語った言葉の意味は、恐らく半分も分かっていない。それでも、あの堅物なランサーが何をしたかったのかと考えれば。
(もしかして、電を気遣ってくれた……のでしょうか?)
そんな、少しばかり自分に都合が良いのではないかと思えるような想像が脳裏に浮かんだ。
遠く離れて聞こえていた、子供たちの話す日常の声が、ほんのちょっとだけ自分のほうへ戻ってきた。そんな気がした。
▼ ▼ ▼
いつも使う通学路を、しかし今朝に限っては警察車両が封鎖していた。
けたたましく鳴るサイレンの赤が物静かな冬の早朝に異質な響きを与えている。
黄色い封鎖テープの前に陣取る野次馬の会話に曰く、また殺人事件が発生したらしい。やはりと言うべきか、討伐令が発布されるだけあって件の殺人鬼は犠牲者の量産に余念がないらしい。
誘導や事情説明に忙しい警察を見て、思う。
凄惨な事件現場を遮るというのは警察の立派な仕事である。
そこは素直に勤労への感謝の念が湧くし、お疲れ様だと労いたい。
けれど、いつも使う道が塞がれているというのも事実だ。
他にも道はあるのだから一旦戻って横合いに逸れればいいだけの話だが、何せ子供たちは今まで遊びながらの遅々とした歩みでここまで来たわけで、時間的な余裕はあまりない。
ならばどうしたものかと一瞬だけ考えて。
「本当はいけないことですけど、公園を通っちゃいましょうか」
そういうことになった。
そして電たちは、とある公園内を横断していた。周囲を木々に囲まれた憩いの場、それなりに大きな公園であった。
冬の季節が近づいているからか、春であったならば色とりどりに咲き誇っていただろう花々も散って土の肌を露わにしている。そんな寒季特有の物寂しさを横目に、電たち一行は学校への道のりを歩いていた。
ところで、子供というのは好奇心の塊である。
そもそもがそういう年頃である上、毎日を登下校というルーチンで過ごしている故に、ほんの少しの変化であろうと彼らにとっては容易く刺激的な非日常へと姿を変える。
街全体を包む不穏な空気、登校中に公園に立ち寄るというちょっとした興奮。そして仲のいい同年代とつるんでいるという状況。
それらが重なればどうなるかなど、最早論ずるまでもないだろう。
とまあ、結論から言ってしまえば。
「あ、あの、申し訳ありませんでした!」
子供たちは案の定はしゃぎすぎてしまった、ということになる。
ワアワアと騒ぎながらの歩き道、互いに遊ぶことに夢中になったことによる周囲への不注意。
その果てに起こったのは、なんてことない、ベンチに座っていた男性にぶつかってしまったというだけのことではあったが。
それでも電の監督不行き届きに違いはないだろうと、自罰と申し訳なさにより彼女は頭を下げていた。
「構わん。子供というのは良く遊ぶものだ。そう頭を下げるようなことでもない」
「で、ですけど……」
「構わんと言うに」
不幸中の幸いというべきか、ぶつかられた男性は寛容な人物で、むしろ平身低頭して謝る電のほうを気遣ってくれるほどだった。
しかし相手の優しさに甘えるようなことはしたくないからこそ、電は簡単には引かなかった。ぶつかってしまった男子と一緒に頭を下げ、やってしまったやってしまったと内心はパニック寸前の有り様である。
「その辺にしておけ。誠実さは美徳だが、過ぎれば卑小と成り果てる。お前は、お前の輝きを絶やすべきではない」
そして相手もまた相手、だ。被害者は自分であるだろうに、あくまで電たちを尊重する姿勢を崩さない態度は、直接見たことはなくとも電の脳裏に「紳士」を彷彿とさせた。
そこで何を思ったのか、その男性は手元の時計を見遣ると、窘めるような口ぶりでこう言ってきた。
「それはそうと、だ。見たところお前たちは登校中の身なのだろう?
ならばここで無駄に時間を浪費するわけにもいくまい。そら、始業の時間は迫ってきているぞ」
沈黙。
そこでようやく、電は自分たちが登校中であるということを思いだした。「……あー!」という素っ頓狂な声を思わず上げて、周りの子供たちの手を取ると急いで先を行こうと足を踏み出す。
「あ、あの、本当に申し訳ありませんでした! それと、ありがとうございます!」
「急ぐのは良いが、慌てて転ばんようにな」
相変わらず落ち着いた男性の声を背に受けながら、電はあわわと言いながら駆け出す。子供たちは、これもまた楽しいのか笑顔のままだ。
このまま急げば遅刻だけは免れるだろうと、電は頭の中でそんな思考を働かせた。
【C-5/公園内部/一日目・午前】
【ランサー(アレクサンドル・ラスコーリニコフ)@Zero Infinity-Devil of Maxwell-】
[状態] 健康、霊体化
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] マスターに依拠、つまりほぼ0
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの采配に従う。
1:周辺区域を索敵した後、マスターの元へ合流する。
2:マスターの決断を委ねるが、もしもの場合は―――
[備考]
【電@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 孤児なのでほぼ0
[思考・状況]
基本行動方針:決めかねている。
1:聖杯を欲しいという気持ちに嘘はない、しかし誰かを傷つけたくもない。ならば自分の取るべき行動は……
2:ランサーの言うように、自分だけの決断を下したい。
3:過去を振り返ってみる……?
[備考]
・艦装は孤児院裏手の繁みの中に密かに隠しています。
▼ ▼ ▼
「ふむ」
和気藹々と去っていく子供たちの背中を見送りながら、再び公園のベンチに腰掛ける男がいた。
彼は―――
背の高い男だった。
白い服の男だった。
この国のものではない、遥か異国の姿をした男だった。
時に、進歩的投資家《ミスター・シャイニー》と呼ばれる者でもあり。
時に、史実に名を残す伝説的な電気技師と同じ名で語られる者でもあり。
時に、《白い男》として世を駆ける者でもあった。
「……少女よ、尊さを失わぬ若人よ。
例えお前が人に非ざる者であろうとも、私は、お前が健やかに育まれる明日をこそ望もう」
眩しそうに細められる双眸が見つめるのは一体何であるのか。
それを知り得る者は当人しか存在しない。雷電の王たるこの男が何を見つめ戦うかなど、かのシュトレゴイカバールの黒碑に君臨する機械仕掛けの神でもなければ。
零から推し量ることなど、できはしない。
「だが、しかし―――やはり幼子は良いものだな」
「……その言い方は別の意味で官憲共を騒がせそうだからやめろ。しかも、割と洒落にならん部類の、だ」
だが、何物にも例外というものが存在するように。
ここにもまた、彼の戦う理由を知る者がひとり、存在した。
巌のような男だった。重厚な鞘に納められた、しかし悪逆に際しては即座に鞘走らんとする業物のような切れ味を彷彿とさせる鋼の男だった。
白い男の座るベンチの後ろ、石造りの道を音もなく近づいてきた男だ。
異装の彼―――ニコラ・テスラが使役する、正しく救世主と呼ばれるに相応しい英雄だった。
その銘をセイヴァー、名を柊四四八という。
「心外だな。官憲の類に因縁をつけられるようなことなど、一切口にした覚えはないぞ」
「……自覚しとらんのか、お前は」
「何を訳の分からんことを」
若者が二人、取りとめのない雑談に興じる様は市井の一角においてそう珍しいものではないが、しかし彼らはそうした普遍性とは一線を画した位置に立っている。
曰く、《白い男》。夜に現れては犯罪者や怪物を打ち倒す都市伝説的存在。このやや古めかしい会話をしている二人こそが、噂に語られる怪人物そのものであった。
白き異装と旧日本軍の軍服を纏った男達。しかし白―――テスラはともかくとして、その従僕たるセイヴァーが纏うのは軍服ではなかった。
仕立ての良い黒のスーツだった。聡明な顔立ちに良く似合った服装ではあったが、その背にかけた竹刀袋が一抹の違和感を周囲に与えている。
誰も知る者はいまい。彼ら二人が、日付の変わる直前に別れ、それぞれが聖杯戦争に際して疑わしいと感づいた対象を調べまわっていたのだということを。
セイヴァーと呼ばれる彼がたった今、背負った竹刀袋に安置した日本刀型の雷電兵装で禁魔法律家二名を打倒したのだということを。
ニコラ・テスラが進歩的投資家という立場を利用して手に入れた、とある機関端末を調べていたのだということを。
各々の役割を果たしたのちに、今この場を合流地点と定めていたのだということを。
本人たちと、それを天頂から見定める管理者以外に。
誰も、知る者はいない。
「お前の感性はひとまず置いて、だ。こちらの調査は恙無く終わったぞ。
やはりと言うべきか、魂を喰らう魔道書の出所は御目方教の総本山だ。前々から睨んでいた通りの結果だったよ」
「賜った。今までは予感こそあれど確信に至ることができなかった故な、その情報は最後の詰めとして有難い」
御目方教、それはこのK市において最近急激に勢力を増しつつある新興宗教の名前である。
単なる宗教団体であるならば何も問題はなかったのだが、その実態はカルト教団、それも飛び切り性質の悪いタイプであり、聖杯戦争を度外視しても迷惑・犯罪行為が横行しているのが現状である。
しかもその信者と思しき人々が不可思議な魔道書により武装していると来たのだから冗談では済まされない。テスラたちは今までにも何度かそうしたにわか魔術師を撃退してきたが、相手はマスターどころか無辜のNPCだったために、彼らの本拠が御目方教であると特定するのに時間がかかってしまったという経緯がある。
だが、御目方教総本山より出立した信者二名が、まさに魔道書の魔力を行使する現場に立ち会ったならば。
そしてそれを撃退し、直に尋問したとあれば。
最早、そこに疑う余地など微塵も存在しなかった。
「そして、ならばこそ私もお前の奮闘に応えねばならん。私が担当した《永久機関》のことだがな、こちらも先ほど結果が出たところだ」
「どうだった?」
「どうしようもない欠陥品であった。あれが《永久機関》とは、笑わせる」
言葉通りに笑い飛ばし、テスラは皮肉気に目を細める。それは常の大空を見上げる表情ではなく、地を這いずる悪徳を睨む双眸にも似ていた。
「永久機関と想定される絡繰には二種類が存在する。まずは熱力学第一法則を破る第一種永久機関、これはつまり外部から何ら影響を受けることなく無から有を作り出すという、ダグザの大釜の如き御業だ。
そして第二に、熱力学第二法則を破る第二種永久機関。低温から高温へのエネルギー委譲に際して熱量の損失を防ぐ、つまり一度使ったエネルギーを100%再利用するという疑似的な無限導力の再現だ。
かの《機関》は謳い文句を見るに第一種、何もせずとも無限の電力を生み出すというものであったが……」
一瞬、テスラは言葉を切り、続ける。
「実際には、あれは装着者のアデノシン三リン酸を電力とする変換器に過ぎん。その時点で第一種ではあり得ず、しかも電力変換値に上限が存在する以上は第二種でもあり得ん。
《永久機関》なる物は人の生命力を削り取る粗悪品、これではオルフィレウスに嘲笑われよう」
オルフィレウス―――歴史上において自動輪を確立させたという稀代の大碩学。その名を語るテスラの表情に浮かぶのは、紛うことなき憤激と侮蔑である。
無論、偽物の永久機関にも、その変換効率の高さや瞬間出力などといった面には目を見張るものがあったというのも事実ではあった。
しかしその大前提として人の命を必要とするとなれば、彼らにとっては廃棄物にも劣る下劣な代物となるのは必然である。
「XX電機にこれを売り渡したのは『ヒムラー』なる人物らしいが、まず偽名であることに疑いはあるまい」
「だろうな。実態がどうあれ、仮にも永久機関を標榜して世に出したんだ。自分が聖杯戦争の関係者であると宣伝しているようなものだし、それに対策を施さぬような愚物ならばそもそもこんな大それた真似はできんだろうよ」
頷くセイヴァーに、テスラもまた同調する。そして、話はこれで終わりではなかった。
「そして私のほうに舞い込んできたのはそれだけではない。これを見るといい」
「これは……なるほど、例の連続殺人事件か」
「ああ。グリム童話を冠した名称、何故か複数存在するマスター、そしてNPCの大量殺戮。全てが不確定要素に包まれた危険存在。
これもまた、私達が片づけるべき問題となるだろう」
テスラが掲げた封書は、言うまでもなくルーラーから提示された討伐令だ。
街を賑わす大量殺戮、それが舞台を盛り上げる単なる演出でないことは、わざわざ討伐令を発布されるまでもなく周知のことではあったが。
改めてその脅威を示されれば、それを放置するというわけにもいくまい。
「こうして並べると分かりやすいが、俺たちだけでは到底手が足りんな。御目方教の魔術師集団、永久機関を語る何者か、討伐令のアサシン……
不確定のものを含めれば更に数は膨れ上がる。分かっていたことだが、一日二日で片づけられる問題ではない」
セイヴァーの言に、テスラもまた無言で頷いた。ミスターフラッグなるK市に君臨する怪人物、海洋周辺に満ちる謎の異常事態、街の外れの森林にあるとされる御伽の城……不確かな噂を含めれば、対処すべき問題は両の手で数えられる範疇を逸脱している。
「分かっているとも。それ故に、日暮れまでは調査に充てることとしよう。幸いなことにこの聖杯戦争にタイムリミットの類は存在せんからな」
読んでいた新聞紙をバサリと畳み、小脇に抱えるとテスラはベンチから立ち上がった。白き偉丈夫は確りと地に足をつけ、ただ前のみを見据え歩き出す。
既にこの場に用はなく、背後に立つセイヴァーもまた彼の歩みに足を揃えた。
「引き続き調査、か。なんとも悠長なことだと言いたいが、確かに事実の確定だけは最低限やるべきことだな」
「然り。無辜なる民が暮らす昼光の世界、それを踏み躙る悪鬼を討ち果たすは闇夜の中だけで十分。
故に、だ」
昼、太陽が照らす光の時間。それは子供たちが健やかに育まれる時間でもあり、市井に生きる人々が生を謳歌する時間でもある。
故にその場に無粋な戦など不要。悪滅の雷電が輝くのは、夜闇の魔性に対してのみで十分なのだ。
だからこそ。
「―――ひとまずは腹ごしらえといこう。なに、お前の分もきちんと用意するとも、セイヴァー」
不遜な笑みと共に放たれた言葉は、しかしそれまでとは違い、何とも気の抜ける内容であった。
【C-5/公園内部/一日目・午前】
【セイヴァー(柊四四八)@相州戦神館學園八命陣】
[状態] 健康
[装備] 日本刀型の雷電兵装(テスラ謹製)、スーツ姿
[道具] 竹刀袋
[所持金] マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の破壊を目指す。
1:基本的にはマスターに従う。
[備考]
・一日目早朝の段階で御目方教の禁魔法律家二名と遭遇、これを打ち倒しました。
【ニコラ・テスラ@黄雷のガクトゥーン】
[状態] 健康、空腹
[令呪] 残り三画
[装備]
[道具]
[所持金] 物凄い大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の打倒。
0:まずは食事にするとしよう。
1:昼間は調査に時間を当てる。戦闘行為は夜間に行いたいが、急を要するならばその限りではない。
[備考]
・K市においては進歩的投資家「ミスター・シャイニー」のロールが割り振られています。しかし数週間前から投資家としての活動は一切休止しています。
・個人で電光機関を一基入手しています。その特性についてあらかた把握しました。
・調査対象として考えているのは御目方教、ミスターフラッグ、『ヒムラー』、討伐令のアサシン、海洋周辺の異常事態、『御伽の城』があります。どこに行くかは後続の書き手に任せます。
投下を終了します
投下お疲れ様です!
電ちゃんの日常パートは本当にほのぼのとしていて癒される。
主従仲も良好なようで、見ていて微笑ましくなりました。
一方でテスラ組は着々と聖杯戦争の舞台を掌握しつつあるなあ。
間違いなく当企画では最も強力な対聖杯主従だと思うので、今後の活躍にも期待です。
ちょっと詰まったので、一旦自分の予約を破棄します。
投下乙です
感想については投下の際に書きまとめさせていただく形になってしまいますが
取り急ぎ、元山総帥&バーサーカー(アカネ)を追加予約し、予約を延長させていただきます
すみません、また追加かと思われるかもしれませんが
ランサー(櫻井戒)も追加予約させていただきます。これ以上は増えません、はい
空母ヲ級とヘンゼルとグレーテル組投下します。
我々は光の下で暗闇を、幸福の下で悲惨を、満足の下で苦痛を思い起こすことは稀である。しかし、その逆はいつもである
────イマヌエル・カント
法の光刺さぬ闇の中こそ無法者たちの楽園である。
例えば街路灯ひしめく通りの路地裏だったり、あるいは法から見捨てられた貧民窟(スラム)がそれらの代表格だ。
しかし光が指すところに闇が無いかというと否だ。光があろうともそれを遮るモノがいれば無法の闇が存在した。港の近くにある隠蔽された非合法人身売買店がその代表格である。
この店は「政府の高官」という巨体が意図的に生み出した暗黒だった。
営業活動の内容は人間を売買、拉致で調達し、港の未登録商船で密輸を行う。いわば現代の奴隷貿易会社である。
傭兵、労働力、性人形、サンドバッグ、etc……あらゆる要望(ニーズ)に合わせて人間を提供し、その利潤や「商品」が一部の高官の懐へ流れている。
「他のマスターが来るまでの暇潰しにもならないわね兄様」
殺人鬼双子ヘンゼルとグレーテルはその店に『いた』。過去形である。
それが意味するのは双子がもう去ったことではなく、店自体が運営不可能なほど人的被害を受けたこと、つまりは皆殺しである。
店員も買う客も、そして買われる人間も。双子を除いて生きてる人間はなく、床は赤い粘液がぶちまけられた有り様だ。
特に死体の状況は一言でいうと酸鼻を極める。あるものはバラバラ死体になり、あるものは斧で頭を割られ、あるものは銃によって穴だらけになっている。
しかし、死のバラエティー溢れる死体達には共通点があった。全部が爛れている。まるで酸をかけられたように爛れ、プスプスと音を出している肉片もあるくらいだ。
これらはヘンゼルとグレーテルのサーヴァント『ジャック・ザ・リッパー』の宝具『暗黒霧都』によるものだった。
「もう楽しむ人はいなくなってしまったね姉様」
「そうね兄様。彼らではあまり長続きしなかったわ。ジャックは?」
「彼女なら逃げた人を追ったから裏口じゃないかな?」
「あら、じゃあ迎えに行ってあげないとね」
「そうだね行きましょうか」
二人は手を繋いで店を後にした。この店がなぜ連続殺人鬼の殺戮対象になったかはわからない。
店が彼らを知らずに買おうとしたか、それとも彼らの怒りを買ったか、それとも自分たちとよく似た境遇の人間に対する哀愁か、もしくはただの享楽殺人か、はたまたサーヴァントの燃料補給か。
真相はいずれも不明である。しかし特に語る必要はないだろう。夕刻には運よく当番でなかった者が騒ぎ立てるだけである。
彼女らにとっての「本番」は皆殺しにした直後だ。
* * *
深海────未だに日が届かぬ海の超深奥。
そこに棲まう者が血の臭いを嗅ぎつける。
「カエセ」
今や地上のあらゆる毒素を超越した猛毒が支配するその世界に泳いでいられる魚は地球上に存在しない。
生命が絶えたこの世界は一人にして一機、一体にして一騎に支配されていた。
すなわちこの者こそが魔毒の発生源。毒素を生み出す母体であり、この「艦隊」の母艦(はは)である。
「カエセ」
デミ・サーヴァントとして新生した彼女は未だ水中棲息期のままだった。
荒ぶる感情とは裏腹に優れた演算機関は己のサーヴァントとしての性能を理解し、そして今はまだ力を蓄えるべきと判断を下していた。
その出力結果に従い、宝具『溶解汚染都市』により周囲を汚染し、それを己の肉に変えて盛り続ける。
英霊『ヘドラ』がそうであったようにオタマジャクシの如く成熟の時を待つ。
そうなるはずだった────数秒前までは。
彼女に搭載されていた演算機能が規定していた時間を三十時間ほど短縮して彼女は浮上を開始した。その身体には上陸に耐えうるだけの力を既に秘めている。
「カエセ」
彼女が精密な計算結果を越えた急激な進化を遂げたのは三つの理由があった。
一つ目は計算に魔力による能力の強化具合が加わっていなかったこと。
聖杯から与えられた知識では魔力によって力を得るとあるが彼女の世界にはそれらを計算するための方程式は存在しない。
故に正確に計算など出来ようもなくそれらを全て計算から除外していた。
二つ目はすぐ近くに現れたサーヴァントに対する危機感。すなわち生存本能であり、以前の彼女では不可能な限界突破の術である。
暴走でも安全弁(リミッター)の解除でもない"生物として"の本能は身体に多大な負荷を加えながら魔力を振り絞らせ、急速な汚染領域の拡大と吸収により急激な成長を遂げたのだ。
三つ目は近くにいたサーヴァント────ジャック・ザ・リッパーの宝具『暗黒霧都』によるスモックが海にまで届いていたことだろう。
魔力を帯びたスモッグは言うまでもなく彼女の栄養素として極上だ。完璧といってもいい。
「────ォオヲ」
サルベージされる戦艦の如く浮上していく母艦。付き従い、あるいは先行する随伴艦(コドモタチ)。
四海を封鎖し、人類史を終局へと至らせる存在、深海棲艦の一つ。
最も艦娘達を危機に陥れ、提督府を焼き払った旗艦(フラグシップ)。
デミ・サーヴァント『空母ヲ級』が今、今、今────────この電脳世界に牙を剥く。
「ヲヲオオオオオオォォォォ!!」
人工とも自然とも科学とも神秘ともいえない異形が大海を犯す。
海底に沈むヘドロめいた劇毒の怨念は遂に獲物へと到達した。
* * *
ジャックによって解体されたのであろう死体や取り出された臓器が散らばる廊下を通り裏口へと着く。
「あらジャック。どうしたの?」
爛れた惨殺死体が転がる中、ジャックの姿を認めたグレーテルが陽気に声を掛ける。
声を掛けられた方は視線を海と地面に行ったり来たりしていた。
「何か変なのがくるよ」
「変なの?」
呼応するように敵は来た。
宝具『暗黒霧都』が展開した霧の中、濃い殺意が双子とそのサーヴァントヘ突き刺さる。
「姉様!」
「ええ、兄様! それにジャック!」
「うん」
双子は理解している。ああ、この殺気は知っている。ええ、知り尽くしている。
獣ではない、知的生命体(にんげん)独特の抹殺意志。暴力のプロが生み出す大海嘯の如き暴威の気配。間違いなく来るのは悪鬼羅刹の類だろう。
それが今、今、今────海より逆流してやってきた。
突如として双子から四メートルほど離れたマンホールの蓋がポップコーンのように爆音を立てて吹っ飛ぶ。そして間欠泉のように吹き出された下水が周りの物を汚し尽くした。この下水道は言わずもがな、海に繋がっている。
汚水に触れた物は溶け崩れ、あるいは黄色い硫黄に変色し、金属であれば錆びついく。さらに汚水に触れた建物の壁や地面が罅割れて、割れ目から粘液質の黄色や緑色の汚らわしい液体をジワリと垂れ流し始める。
そして汚水に紛れて岩塊のような黒い物体が出てきたのを三人は見た。
肉食獣の爪をマンホールの穴ほど大きくしたようなものだった。しかし、これが自然の産物でないことは確かだろう。
爪の裏側には上顎があり舌があり、口蓋垂の代わりに機銃が出ていた。生物とマシンがグロテスクに融合した醜悪極まる姿である。自然界にはあり得ない異形だ。
「あっかんべー」
「ふふ、姉様。はしたないよ」
空中で一周旋回した黒い物体は獲物を捕捉し銃口を向ける。
この黒い物体に搭載されているのは12.7㎜機関銃。かつてミッドウェー海戦で空戦を行った空母ヨークタウンの艦載機「F4F-4 ワイルドキャット」と同じ性能を持つ銃だ。無論、このサイズの飛行物体に搭載されるような代物ではない。戦闘車輌や戦闘ヘリ、戦車、戦艦に搭載されるような兵器であり、人間や小型車両には搭載するには反動が強すぎる。
だが、そんな常識は目の前の現実の前には無意味だろう。これは聖杯戦争。常識を超える魔業が支配する儀式であり、双子の尺度で測るには無理がある。
ああ、姉様────だからこそ楽しい。
ええ、兄様────こうじゃなくちゃ。
喜悦で口角を釣り上げた二人を定めて魔弾が連射される。
弾丸に込められた魔力は微弱であるが、元々の威力が高すぎる。
人間二人を殺すには過剰といってもいい。
かつて冬木と言われる場所で起きた聖杯戦争では現代兵器を宝具にするサーヴァントが存在した。
魔力によって強化されたそれらの掃射を前に騎士王ですら防戦一方に回らざるを得なかったことから見ても魔改造された現代兵器はサーヴァントにとっても危険と言えるだろう。
ましてや二人のサーヴァントはアサシンだ。
掃射に割って入ったところで一分あたり100発以上放たれる機銃掃射を凌げるわけがなく、死体が一つ増えるだけだろう。
故に順当に行けば双子は穴あきチーズよりも無残な死体になるのだが、常識で測れないのは二人も同じ。そも、双子が常識で測れるレベルの殺人鬼ならばとっくの昔に墓の下にいるだろう。
「あは♪」
「ふふふ」
勘か本能か。双子は機銃掃射よりも早くに常識を破棄して回避行動を取っていた。
銃口の照準を修正しようともそれを予知したが如く移動する双子を捕捉できない。
「ジャック。お願い」
「うまくいったら頭を撫でてあげるわ」
「うん」
僅かに頬を朱に染めながらジャックはナイフを振るい黒い物体を縦に両断した。
両断された物は断末魔代わりに爆発し、パーツの端々が煙を巻きながら地面に散らばる。
「あら、この程度かしら?」
「いや、まだみたいだよ姉様」
「くるよ」
頭をよしよしと撫でられながら、ジャックは警戒を促す。
そのジャックの警告に呼応するようにヘドロによる物質の分解に耐え切れなくなったアスファルトの地面がついに崩落を開始した。
バックリと割れた地面は周りの建物も巻き込み飲み込んでその口を広げていく。そして飲み込まれたそれらを溶かしながら水嵩を増してゆく魔の汚泥。その様はまるで、そう、怪獣が獲物を食らうのに涎を垂らしているかのような。
遂に穴から魔泥が溢れ出し────ゴボリという音と共に其処に顔を出したのは碧眼の黒い鯨。その肌は生物というより岩肌を思わせる硬質さを持っている。
「ヲ"ヲ"ヲ"ヲ"オ"オ"オ"ォォォ」
半艦半魚の咆哮が島を轟かせ、同時に汚泥が周囲の地面を突き破って噴き出る。溶岩流のように如何なる障害物をも溶かしてしまう汚泥は更なる汚染領域を拡大していった。
そんな中でも双子の笑みは崩れない。『殺せば殺すほど生き長らえられる』という信仰を持つ彼女達にとって敵は単なる餌と変わらない。
土壌と水質は汚泥が蝕み大気は酸性の魔霧が支配する地獄絵図の中で狂喜する双子達は悪魔か悪鬼。ならば沼のようになった孔から現れたモノは魔獣だろう。
「お魚ね」
「じゃあ捌こうか」
「斧で魚は捌けないわ。ジャックじゃないと」
「オ"オ"オ"ォォ!」
黒い鯨が開口し、舌の代わりに出てきたのは黒い筒だった。
TOW(対戦車ミサイル)、AT4(携行型対戦車弾)を見てきた双子はそれが何であるかすぐに看破した────砲塔だ。
コレは先ほどの12.7㎜機関銃とは訳が違う。着弾点から離れようとも爆風が小柄な三人を吹き飛ばすだろう。
やはり理解の早い双子は先手を打つ。しかし、それは先手と果たして言えるだろうか。双子が考えついたのは常人が聞けば呆れるだろう解決方法である。
ヘンゼルはホルスターから二丁の拳銃を抜く。グレーテルはブローニングM1918自動小銃を構えた。狙うは5inch単装砲、その砲口だ。
そう、双子の狙いは単純にして明快────単装砲を吹っ飛ばす。それだけだ。
黒い鯨……駆逐艦イ級もまた砲口を向けるべく首を曲げ始める。アレがこちらを向けば終わりと双子は本能的に理解して引き金を引く。
連続した銃声が耳に響く。悪臭が硝煙の香りへと上書きされ、薬莢が舞う。三つのマズルフラッシュが裏口の薄暗い虚空を照らす。
鯨の肌に弾かれて跳弾もしくは外れて汚泥に入った弾丸は汚泥へ沈み、中に含まれる硫黄などの可燃性物質と反応して炎を生み、たちまち辺りが火の海へと様変わりする。熱気が白磁のように美しい肌を撫でる。
そして鯨がこちらを向ききった瞬間。本命の単装砲の砲弾にカンと音がして────砲弾が爆発して鯨の上顎が風船の如く弾ける。
黒煙巻き上げる鯨を見て勝利を確信した、その瞬間。爆炎が更に汚泥に引火し、大爆発を引き起こし、汚泥がそこら中に飛び散る。
言うまでもないがコレは触れれば腐る腐敗毒の塊だ。サーヴァントであればある程度抵抗はあるだろうが、あくまで身体能力が人間の域を出ない双子では触れればその身体を爛れさせるだろう。
「わっ!」
「きゃ!」
サーヴァントとしての知覚か、本能的な勘か、それとも回転の速い頭のおかげか。
ジャックが双子の腰に手を回して後方へと大きく跳躍した。そして離れてから秒もかからず双子のいた位置に腐毒が降り注ぎ、地面が一瞬にして液状化した。
「ありが……」
そして姉(グレーテル)が感謝の言葉を述べる前に────駆逐艦五隻が浮上した。
「■■■■■■■■■■■■」
咆哮を上げて海豚のように水面より飛び上がる。
想定すらできない敵の援軍に反応したのはジャックだった。
着地と同時に双子を後ろへ放って腰のナイフを抜き、前へ跳ぶ。
腰を捻り、フィギュアスケートのジャンプのように空中で回りながら、一匹目を後頭部から口まで斜めに切断、二匹目を口から尻尾まで真っ二つにした。
そしてナイフを投擲。三、四匹目の頭に突き刺さり、投げた時の勢いが強すぎたのかナイフは岩肌のような肉をそのまま二十センチほど切ってようやく止まる。
四匹目を足場にしてまだ飛んでいる五匹目を狙う。既に五匹目の砲口はジャックを向いている。ジャックもナイフを一本抜いて投げつける。砲弾がジャックめがけて発射されるも一筋の銀光とぶつかり砲弾が両断される。銀の光はそのまま爆轟を背にそのまま勢いを増して鯨の上顎へと突き刺さった。ジャックが跳び、腰元のナイフを抜いて口の砲台を両断。上顎のナイフも手前に引いてぶった切る。
「解体の時間だよ」
ブンという風切り音と共に五匹目が空中でバラバラの切り身になり、ボチャボチャと汚泥の中に沈む。
駆逐艦六隻轟沈。敵影はなく、悪臭の源である泥が立てるあぶくの音以外に物音は何もしない。
しかし。
しかし。
しかしだ。
これで終わりではないことは辺りを包む殺気が告げている。
ドス黒い殺気は駆逐艦六隻を失ってなお、薄まるどころかむしろこれからが本命だと言うようにその濃度を増していく。
「…………」
ジャックは警戒を解かない。既に死骸と化した駆逐艦の上でナイフを構えている。
一瞬の静寂を破ったのは長い触手が水面から飛び出した音だった。ジャックを薙ぎ払う軌道で振るわれたそれはジャックが跳躍したことで空振りに終わる。さらにもう一本が飛び出して振るわれるがこれも跳躍して回避する。
回避するついでに全てのナイフを回収したあたりジャックの器用さがわかる。
「カエセ」
ハロウィンのカボチャ頭の如き鋼鉄の被り物が浮かび上がり、頭が、肩が、胴が、脚が、踝が浮かび上がる。
まるでモノクロテレビから飛び出してきたような白黒の少女が双子の前へ姿を見せた。
「くっ、ふふ」
「うふふ」
三人は理解した。さっきの鯨たちはあくまで尖兵。コレが本命だ。
サーヴァントのステータスが知覚できたというよりも、さっきの鯨とは重圧がまるで違う事が原因だった。
重い。
臭い。
汚らわしい。
その視線が。返せという謎の呟きが。
少女が吐き出すもの全てに糜爛して滲み出る腐汁のような憎悪と熱量を感じる。
そしてそれが堪らなく楽しい。まるで従兄弟にあったような気軽さでグレーテルは少女へ話かける。
「ねえ、貴女は私達を狩りに来たサーヴァントということでいいのかしら?」
「……」
返事はない。碧眼と赫眼のオッドアイは機械的とも腐敗的とも表現できない視線を三人に向けている。
双子の表情は悦。空母ヲ級は無。しかし、ジャックは──精神の幼い彼女には珍しく──困惑した表情を浮かべていた。
それは本人にも理解できない共感。
ジャックは知る由もないが、初めて同類───人への怨念と悪意の塊である目の前の存在───を目にしている。まるで初めて鏡を見た子どものように、彼女は敵から目を離せない。
ジャックの脳内は全く理解が進まない中、謎の敵に対する警戒心と不快感だけは鰻登りに上がっていく。次第に不快感は嫌悪感に。嫌悪感は怒りに。怒りは殺気へと変容し、殺気に敏感な双子はやる気になったジャックに微笑む。
「ジャックはやる気みたいだね姉様」
「そうね。でもマスターがいないわ兄様」
「なら炙り出そうよ姉様」
「そうね炙り出しましょう。ジャック、アレを使いましょ」
是非もなしとナイフを構えるジャック。
ジャックの『暗黒霧都』によっての「霧は出ている」、そして相手は「女の子」、まだ「朝」であるが条件は二つ満たしている。どのみち武器の威力は測る必要があるのだ。ここで使って真名が知られてしまったところでそれを帳消しにするスキルもあるため問題無い。
「────此よりは地獄」
ジャックの宝具『解体聖母』。それはジャック・ザ・リッパーというサーヴァントが持つもう一つの宝具だ。
「霧が出ている」「対象(ひがいしゃ)が女性である」「夜」の三つの条件を満たせばジャック・ザ・リッパーは伝承通りの殺人を起こす。物理的な防御は無効、呪いに対する耐性が無ければこれを防ぐ手はない。
「わたしたちは炎、雨、力――」
双子の、そしてジャックの取った判断は確かに理に適っている。
自陣営の戦闘能力がどの程度か。宝具はどの程度有効かを確認し、さらにその痕跡を相手に知られない隠密能力がアサシンにはある。
相手は動かない。実験動物を観察する科学者のように冷淡な目つきのまま動かない。
相手は鋼鉄と人が混ざったサーヴァントだ。どこの英霊にせよ近代兵器を使用する以上、近代のサーヴァントであり対魔力が低いことは明らかである。
だからこそ『解体聖母』は必中であり必殺の一撃になるに違いない。
「『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』───!」
* * *
アサシンの宝具が放出するスモッグを吸い、更にステータスを上昇させていく空母ヲ級。
水に溶けたものではなく直接吸い込むことでさらに己の力が高まっていくことが測(わか)った。
つまり目の前の「コレら」が生み出しているであろう霧は自分にとって有益な資源である。
空母ヲ級の推測は的を射ていた。ジャック・ザ・リッパーの宝具『暗黒霧都』は空母ヲ級──正確にはそれと契約したサーヴァント『ヘドラ』──との相性は最悪だ。なぜならばヘドラは公害を喰らって力を強めるスキル『腐毒の肉』がある。
ジャックの宝具『暗黒霧都』はかつて霧の都ロンドンで発生したスモッグを魔術的に発生させ、相手サーヴァントの力を阻害する宝具なのであるが、それが逆に空母ヲ級の強さを加速的に強めているのだ。あと2分も経たずに飛行能力を獲得するだろう。
しかし、同時に敵性戦力として数えられる相手でもある。最弱とはいえ駆逐艦や航空機を撃沈可能な相手である以上、警戒態勢を怠らない────のだが、現状では彼女の防御手段は皆無に等しい。
そも“防御(ガード)”という概念は艦隊には存在しないし、回避行動すら大海原で舵を切って移動するというものなのだから、マンホールから広がった半径数メートル程度の海域での回避は無知である。よって────
「『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』───!」
次の事象に対する防御・回避はどだい不可能であった。
船体(どうたい)が──女性でいうところの胸部から子宮にあたる部分──が切り開かれ内燃機関(ないぞう)が吹き飛んだ。
次に燃料(けつえき)が逆流し、青いオイルが吹き出る。
その残酷極まる様子に驚いたのは殺された側ではなく殺した側だった。
* * *
「ジャック。サーヴァントの血って青いの?」
「あかいよ、たぶん」
「じゃあ、あの子は人間じゃなかったのかしら?」
「わからない。あんな中身はわたしたちもしらない」
血液は青く、内臓は機械、そしてそれ以外が無い。完全な無である。
人間でいうところの血管の赤や紫、骨格の白が彩るべき部分が存在しなく、黒一色。まるで煤や石油で埋め尽くされたかのように漆黒の闇がその中身を埋め尽くしていた。
「それにわたしたちの宝具はこんなに強くない」
ジャック・ザ・リッパーの宝具『解体聖母』は内蔵を体外に弾きだし、血液を抜き取り、解体された死体を生み出す宝具だ。しかし、それはあくまで「条件が全て整った状態にのみ可能」であり、全て満たしていない場合は単なる呪いの一撃でしかない。
よってこの現象はジャックが起こしたものではなく、受けた方──空母ヲ級に問題があった。
彼女の存在の半分は深海棲艦である。半分が艦であるため解体と言う概念に滅法に弱く、対魔力の低さも重なったため空母ヲ級に重傷どころではないダメージを負わす事に成功したのだ。
どう足掻いても助かるまい────人間ならば。
どうもがいても沈むだろう────空母ならば。
だが、之は、此の半分は全くの別物だ。宇宙から来た存在であり、英霊の域に達した存在でもある。
故に括目せよ神秘の担い手。此の星で生まれた殺人種共。
これは半艦半魔のデミ・サーヴァント。後にも先にも人類の尺度で測る事など不可能なのだ。
* * *
────ダメージコントロールニヨリ被害状況報告。
────損壊率六〇%。霊核ノ無事ヲ確認。
────本艦ガ新タニ得タ特性ヲモッテスレバ小破ト判断
────重要部分修復ノタメ、一部ノ鋼(ニク)ヲ消費。腐毒ノ肉、大幅ステータスダウン。
────火器管制ヨリ。浮上後ヨリモノ大キク下ガッタモノト思ワレル。
────諒解。戦闘一切ノ支障ナシ。飛散セシ肉ヨリ駆逐艦、軽巡洋艦、重雷装巡洋艦ノ建造開始。
動く。
蠢く。
驟く。
空母ヲ級の傷が塞がっていく。同時に霊格も落ちていくが敵はそんなものに気を取られていなかった。
敵の宝具より四散させられた内燃機関の部品が集まる。
身体から滴り落ちる青い血、飛び散った全ての血も集まる。
それらは汚泥に浮かぶ小山になり、青い水たまりになり、そして蠕動する。
それらから手が、足が、砲塔が、船首が明らかに元の質量を無視して、邪悪な樹の如く生えてくる。
マリア・ザ・リッパーとやらで殺しきれなかったツケがこの無数の艦隊たちの誕生だった。
* * *
────わたしたちは一体何を相手にしている?
ジャック・ザ・リッパーは恐怖を感じた。
精神汚染された、生まれついての殺人鬼が、殺し合いですら眉一つ動かさない彼女が今、恐ろしいと心から感じている。
当然だろう。彼女は今、初めて、殺せない相手にあったのだ。
────ありえない。
────信じられない。信じたくない。
『解体聖母』は完全でなかった以上、霊核の破壊に至らなかった。
しかし、あそこまで人体を破壊されて無事なサーヴァントなどいないだろう。
防がれたならば仕方ないと思える。
蘇生するならば何度も殺せばいい。
しかし、死なない、そんな化物どうすればいい。
おねがいだから死んでよ────そう願っても敵の傷はみるみる塞がっていく。
* * *
「逃げようか姉様」
「ええ、逃げましょう兄様」
彼女たちを少しでも知る者がこの光景を見たら首を傾げるに違いない。
「ロアナプラの恐怖の一夜」を生み出した殺人鬼。
それが獲物を前にして逃げようとしているのだから。
しかし双子の判断は早く、そしてこの上なく正当なものだった。
まず目の前のサーヴァントの情報が少なすぎる。致命傷を受けて無事どころか飛び散った肉片から味方を作り出すなど反則にも程がある。
加えてマスターがどこにいるかが全く分からないことと現状のジャックの火力では撃滅させられないことからどう足掻いても殺害不可能な化物だ。
コレには勝てない。現状はまだ、もしかしたらこれからも。
彼女達が乗ってきた日本車は店ごと汚泥に沈んだ。ならば船か橋を渡るしかないだろう。
まだ傷の癒えきっていない空母ヲ級を背に脱兎のごとく三人は去った
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「これからどうしようか姉様」
「とりあえず追ってこないみたいだけど、これからどうしましょうか兄様」
「とりあえず海には近寄らない方がいいね」
橋を渡るか船で島を離れるかと逃走手段を考えて、最初に二人は船を選択した。
幸いにも店にはモーターボートのものと思われる鍵をくすねていた。わざわざ鍵に「モーターボート④」と札をつけておくのは店員の几帳面さが伺える。
しかし、双子が港について目にしたのは商船を始めとした全ての船がタイタニック号の如く船体を真っ二つに割れて沈んでいく光景だった。
無論、こんなことが起きているのは自然ではない。よく見てみれば船の周りにはジャックが倒したのと同じ鯨や自然界に存在しない形状の者共が二十、三十ほど屯(たむろ)していた。
既に沈没まで幾ばくも無い商船にさらに攻撃をしたり、パーツを沈め沈めと押し込む様子は生者を憎む地獄の亡者か、はたまた獲物に食らいつく肉食魚か。
いずれにせよコレでは船による離脱は諦めた方が良い。よって足で橋で渡るはめになった。
双子が本州と島を結ぶ道路橋を渡って本州に着いた時には午前11時半を過ぎていた。
「疲れましたね姉さま」
「とりあえずご飯にしましょう兄様」
「そうだね、何か食べようか? ジャックは何か食べたいものがある?」
「……ハンバーグ」
「ハンバーグね。じゃあ行きましょう」
双子の精神はいつもと変わらない。
殺人者としての誇りだの実績だのを持たない彼女達に勝敗という考えはない。殺人は延命手段。殺せない相手とは戦わないし、将来の禍根に興味がない。
しかしそのサーヴァントは。
「…………」
その幼い精神に名状しがたい感情が鎌首をもたげていた。
--------
【C-7/大橋・本土側/一日目・午前】
【ヘンゼルとグレーテル@ブラックラグーン】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] BAR、戦斧
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:アレを殺すかい姉様?
2:そういえば討伐令が出ていましたわ兄様、誰か来るころかしら?
【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Apocrypha】
[状態] 健康
[装備] 『四本のナイフ』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:
1:双子の指示に従う
2:あのサーヴァント、殺したい
--------
空母ヲ級はマスターから与えられた権限より敵サーヴァントのステータスを視認で来ていた。
ステータスが上昇していた空母ヲ級と敵サーヴァント……おそらくアサシンと性能面で比較した場合、空母ヲ級が優れていた。
しかし、戦闘技能は圧倒的にアサシンが上だ。
陸地、対人、限定空間での戦闘能力の不足によって敵の一撃を貰い、溜め込んだ戦力(ちから)を損失する結果となった。
相手は撤退したが、それも非常に合理的だ。打撃を与え、動揺を与え、隙を突いて撤退。教本に載せられるほど見事である。
駆逐艦六隻を失った空母ヲ級と無傷のまま撤退した敵、戦術的評価はどちらが高いなど考えるまでも無い。
ならばどのようにしてこの評価を覆すか。
対人能力を学ぶ────否定。今から学ぶとしてもサーヴァントに互する技能の獲得には時間が足りない。
艦隊戦力の強化────肯定。本艦は深海棲艦を生み出す能力を有しており、艦隊を編成することが可能である。
限定空間の排除────肯定。我が艦隊の性能を発揮するために陸地を液状化させ海の一部へと変貌させるべきである。
深海での籠城────拒否!
「?」
紛れもなく己の意志で強い拒絶の念を出した事に疑問が生じる。
深海での籠城は間違いなく有効な戦略だ。
他のマスターが人間である場合は深海内の水圧で動くなど機材でも無い限り不可能だ。仮に方法を用意したとして潜水艦や自分に狙われれば轟沈(ロスト)は免れないだろう。使い魔を送ろうとも劇毒と化した海水に耐えられる生物は自然界に存在しない。
サーヴァントであれば無呼吸で戦えるかもしれないが、辿り着くことは出来ても毒海で己(ヘドラ)と水中戦闘など加護など無い限り不可能であり、加えて当方には潜水艦という水中戦力がいる。
つまり見つからずに戦力を増やしていられる上に攻撃されても有利な戦場で戦えるのだ。
では何故、その案を拒絶するか。原因は空母ヲ級ではなくヘドラにある。
単純な話、このサーヴァントと融合した以上、力を得れば上陸せずにはいられないのだ。かつてのヘドラがそうであったように
「…………」
空母ヲ級は己に芽生えた感情という新たな判断要素に合理性を感じなかった。しかし、この決断を覆せることはできない。
『溶解汚染都市』で島を毒の海へと変えつつ空母ヲ級は次なる動きを考える。
--------
【C-7/大側/一日目・午前】
【空母ヲ級@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 無我
[装備] 艦載機
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:艦娘、轟沈
1:艦娘を見つけて沈める
2:宝具で陸地を海に変える。
3:艦隊の建造、補給、遠征の実施。
※島(オリジナルの大芝島にあたる島)溶解
投下完了です。
捕捉ですが、隻眼ヲ級の艦載機のスペックは元ネタとされる
空母ヨークタウンの艦載機「F4F-4 ワイルドキャット」を参考にしてました。
投下乙です。
ヲ級ちゃん大地に立つ!これが……深海これくしょん……!?
大芝島に鎮守府が設立されました。さあ艦隊を編成して各地を侵略しましょう!
投下お疲れ様です!
双子&ジャック組可愛い! しかしいきなりヲ級に損害を与えていくのはさすが。
ヘドラヲ級は本当にヤバいですね、今はまだしも後に大惨事になりそう……
棗恭介&アーチャー(天津風)
吹雪&ライダー(Bismarck)
予約します。
予約に春日野椿、キャスター(円宙継)を追加します。
>電雷の鋼鉄
ルーラーさんたちなんでこの主従を呼ばれてしまったんだろう(真顔)
電ちゃんの孤児院での描写にほのぼのしたと思ったら、後半のニコラさんたちの考察が的確かつ容赦なさ過ぎて頼もしすぎる…
>「だが、しかし―――やはり幼子は良いものだな」
>「……その言い方は別の意味で官憲共を騒がせそうだからやめろ。しかも、割と洒落にならん部類の、だ」
不覚にもここで笑ってしまいました
>胎動
腐敗毒をもった深海棲艦部隊VSアサシン・双子の戦闘描写が圧巻でした…
しかし分かってはいたことだけどやっぱりヘドラヲ級がえげつない…!
島ひとつ溶解させた上に侵略してくる気満々とは、海洋付近に近づいてしまった参加者たちには圧倒的な脅威となりそうですね
それでは、8人予約を投下させていただきます
併せて52体、四種のスートを持つシャッフリンには、各々の役割分担がある。
スペードのシャッフリンは、戦うのが仕事だ。
クローバーのシャッフリンは、優秀な諜報員になれる。
ダイヤのシャッフリンには、知識と技術がある。
ハートのシャッフリンは、不器用な上に頭もからっぽ。
身体が固いことだけが、ただひとつの取り柄。
だから、シャッフリンを生み出した創造主もハートはもっぱら盾として使っていた。
敵の攻撃から、他のシャッフリンたちを守るための盾。
そして、主が怒りを発散したり、無聊をかこちたい時に、その爆発から他のシャッフリンたちを守るための盾――つまり、いじめたい時のスケープゴートに。
他のシャッフリンたちもハートのそういう扱いは心得ているので、主が不機嫌な時、もしくは暇を持て余しているようなときはおおむねハートを前に押しやる。
だからシャッフリンのリーダーであるジョーカーも、この日からそうした。
今回の聖杯戦争におけるマスターは、どうやらシャッフリンたちが多く欠けていくことを望んでいないらしい。
それはつまり、欠けること前提、肉盾となって散ること前提で運用されるハートの扱いが、いっそう難しくなることを意味していた。
もちろん、欠落しても宝具『汝女王の采配を知らず』で補充させれば済むとジョーカーは考えていた。
シャッフリンがいくら失われても、敵サーヴァントを一人仕留めることで彼等は52体の総数を取り戻すのだから。
しかし、どのみち『他のサーヴァントを見つけだすまでの間』でハートがこなせる仕事はそう多く無い。とにかく知性が劣っていて、索敵や偵察では力を発揮しないスートだ。
そしてマスターは、今朝いちど訪問した限りでは退屈していて、何もしなくていいと進言しても、完全に満足した様子には見えなかった。
ジョーカーはマスターの情緒を理解することなど不得手だけれど、意を汲むのは得意だ。
だから、とハートの中でも数の小さいシャッフリンを呼び出して、命じた。
マスターの護衛と、退屈の解消と、そして何かあった時の連絡も兼ねて、マスターの近くで待機するように、と。
命じられてやってきたのに、少し目を離すとマスターの姿が消えていた。
かろうじて霊体化だけは保持したまま、シャッフリン(ハートの3)は霊視でもってオロオロとマスターの姿を探す。
二階のマスターがよく使っている部屋だ。いつの間に、どこにどうして隠れたのか――
スパーン、と押し入れの襖が勢いよく開けられた。
その上段と下段から、それぞれ大人一人ぶんの人影がぱっと飛び出してくる。
部屋の真ん中に、打ち合わせでもしたように二人ならんですたっと着地、起立した。
気弱なハートのシャッフリンは、ただ茫然とするしかない。
「おそ松と〜」
マスター――赤いパーカーの青年が、右手を上げた。
姿は見えなくともシャッフリンがいることは知っているためか、目線が観客を探すように少し動いている。
「十四松の〜」
黄色いパーカーの青年が、左手を上げた。
こちらは目線が適当な方を向いているので、おそらく練習か何かだと言われているのか。
二人は声を揃えて言った。
「「デリバリーコント」」
『本当はかしこい浦島太郎』
(海底の景色が描かれた背景の書き割りが立てられる)
乙姫(領巾の代わりに白い布を一枚かぶったおそ松)
「浦島さん、名残惜しいのですが、お土産にこの玉手箱を差し上げます。大事になさってくださいね」
浦島(麦わらをかぶり釣り竿を持ち、釣り師の格好をした十四松)
「ありがとうございやす! わ〜い玉手箱だ〜!! 家宝にすっぺぇ〜!!(頬ずり頬ずり)」
乙姫「(ギロリ、とにらみつけ)た、だ、し。その箱の蓋は、絶対に開けないでくださいね。絶対ですよ」
浦島「(ゴクリ、とつばを飲む)……わ、分かりやした。じゃあ乙姫様」
乙姫「はい?」
浦島「(クンクンクンクン、と玉手箱の匂いを嗅ぎながら)どうもこの箱の中身、海水が入っちまって湿気っちまったようです。ひとつ中身を交換していただけやせんか?」
乙姫「え……いや、ですからその玉手箱は決して開けてはいけないと」
浦島「はい、おらぁ言われた通り、蓋を開けずにお土産を堪能するつもりですだ。
ですから、乙姫様も蓋を開けずにお土産を用意してくださいませんかねぇ」
乙姫「………………」
浦島「………………」
十四松が部屋を出た後、シャッフリンの霊体化を解かせて感想を聞いた。
すると、ひざをついて上体を畳にこすりつけ、ぺこぺこと謝りはじめた。
『よくわからないけど、自分が何かいけないことをしたのでしょうか』とでも言うかのように。
正直、スルーされるよりもこの反応の方が虚しかった。
💮 💮 💮 💮 💮 💮
昔ながらのダイヤル式黒電話が置かれている松野家の玄関まで降りていくと、十四松が受話器をチンと置いたところだった。
玄関のガラスが盛大に割り散らかされているのを見るに、どうやら『かける側』ではなく『かかってきた側』だったようだ。
(ハートのシャッフリンが念話でキィキィと困惑の声をあげたが、松野家の五男は普通に何も破壊せずに電話をとる方が珍しい)
あまり兄弟にこれからかける電話を聞かれたくなかったので出直そうとするが、十四松はすぐに「ちょっと行ってきまスリーランホームラン!」と叫んでばびゅっと二階に駆け上がった。
すぐにばびゅっと戻ってくると、右手にギターを抱えたまま玄関でスリッパを履き替え始めている。
「十四松ってばまた外に行くの? どこ?」
「カラ松兄さんと、公園!」
その返事で、誰が十四松に電話したのかは分かった。
しかし平日の公園でギターを持って、ふたり白昼堂々と何をするつもりなのやら。
問いただしても、おそらくこの五男は要領を得た答えなど返さないだろう。
だから行ってらっしゃいとだけ言えばいい、はずだった。
「十四松」
呼び止めていた。
ぴたりと止まった五男の目を見て、話しかける。
「連続殺人鬼のニュース見ただろ?
最近ぶっそうだから、昼間でも気をつけろよ?」
そう言った。
イヤミなどからは6人の悪魔呼ばわりされる六つ子だけど、弟達はみんな石を投げられて窓を割られたぐらいでパニックになるビビりに過ぎない。
58人殺しの犯人なんかに目をつけられたら、自分の身を守れっこない。
「あいあい!」
五男が腕を振って元気よく返事をすると、だるだるに伸びた黄色パーカーの袖がぶんぶん揺れた。
玄関をくぐり、「行ってきマッスルマッスル!」という声が遠ざかっていく。
本当に分かってるのかねぇと呟けば、姿を現したシャッフリンが困ったように首を傾げた。
いや、もし分かってなくて無事に帰ってこれなかったとしたら、5人の敵が1人減る。
冷蔵庫にある今川焼きの分け前も増える。
そして戻ってこなかったとしても、現実の世界にある本物の松野家には、本物の十四松が無事に健康的にニートしている。
頭のいい人間ならあらかじめ計算できるそういうことを、今になってやっと気づくのが松野おそ松だった。
そして、じゃあどうしてあんなことを言ったのかと問われても、きっと説明できやしないだろう。
たった一言だけ、深く考えずに答えるはずだ。
考える必要もなく、答えるはずだ。
「だって兄弟だから」と。
💮 💮 💮 💮 💮 💮
だって兄弟だからと。まず最初にアテにした。
当面の金欠状態だけでも解決したかったので、六つ子の財布の置き場所を漁る。
しかし全員が財布を持ったまま外出していやがった。さっき一人だけ家にいた十四松に『お金貸して!』と頼んだらあの顔で威圧しながら財布をしっかり抱えこんでガードされた。
……どっかにいないかな。金欠の兄貴のために札束の入った財布を置いていってくれる優しい兄弟。
いや分かってますけどね、俺だって自分が同じことされたら絶対に金を守るけどね。でも何もこんなところまでリアルに忠実にしなくていいじゃんよー、このゲームハードだよー、と愚痴を聞かされるのは、ぺたりと正座したハートのシャッフリンだ。
いい大人が、見た目小学生くらいにも見える少女に向かってこぼす愚痴がそれだ。
いや、信頼した有能なサーヴァントだからこそ愚痴っているのであって、さすがに女の子に兄弟の財布漁りを失敗したと愚痴るほど非常識じゃないはずだし、そもそも普段はさすがに無断で金を借りるほど外道なことはしていないのでこれも今後のことを重く考えた結果なのである、たぶん、
と擁護したくも、ちゃぶ台に顔をくっつけて子どもっぽくいじけているのを見れば『違うんじゃないかなぁ』とも思えてくる。
ハートのシャッフリンは、上手い答えを返せるほどの頭もないのでひたすら聞き役だった。
「だいたいさぁ、いつもは再現度が高いわりには、変なところで手を抜いてると思うんだよ、この家」
ぺこり、とシャッフリンが頷く。
「いや、おかげで得してることもあるんだよ? 銭湯に行ってもばれなかったし」
ぺこり。
「でもさ、うちの家族ってここまでドライじゃないんだよね。一松なんかニート通り越して反抗期の引き籠りみたいになってるし!」
だんだん、とちゃぶ台が叩かれる。
ぺこぺこ。
おそ松には知らない事、見えていない事がたくさんある。
だが、それでもこの家で暮らしていて、語れることもある。
NPCの家族は、やっぱり微妙におかしい。いや、めっちゃ忠実に再現されてるんだけど、でも本物の家族じゃないことが分かる。
基本的にはいつも通りだけど、たまに『あ、違うな』という行動をする時がある。
例えば、日課にしている兄弟そろっての銭湯通い。
松野家の兄弟はバカだけれど、(1人をのぞいて)ドライモンスターではない。
令呪――刺青か何かのような派手な傷跡が見つかれば驚かれないはずがなく、タオルでなるべく隠すようにはしていたけれど、いつも兄弟並んで体を洗っているのだから気づかれない方がおかしいはずで。
しかし、今日になるまで何も言われない。
見られていない、というよりも、違和感を持たれていない、みたいな。
ためしに「ねぇねぇ、これ見える?」と見せびらかして構われたい気分にもなったりするけれど、さすがに実際やったことはない。
それから、行動パターンも微妙に変わった。
五男十四松と末弟トド松は兄弟の中でもかなりアクティブな方で(アッパーか社交性が高いかの違いはある)、気が付くとドブ川バタフライで隣町まで行ってしまったり、女の子と遠出とか趣味で登山とかしているのだけど、最近そういう振る舞いが減ってきた。
その分よく家に帰ってくるようになったけど、別に家族に構ってくれるようになったとかでもない。ただ、行動範囲が狭くなっただけっぽい。
顧みれば、おそ松自身もこのK市からは出てはいけないと言われていた。
一度この町の外ってどうなってるんだろうと電車に乗ろうとして、シャッフリンに叱られた――もとい、進言されたから覚えている。
だからなのか、参加者の家族も『この町だけでことが足りる仕様』になっているのは。
外国の偉い人とも仕事したりしているハタ坊ぐらいスケールがでかくなると、どうなのかは分からないけど。
中でも、極端に引きこもりがちになったのは一松だった
『面倒だから』という理由で毎日の銭湯通も止めてしまった。一人だけ、自宅の風呂場を使うようになった。外出する回数もかなり減った。
『なんか一松だけ再現度低くない?』と思うぐらいには、様子が違っていた。
四男はダウナーだけれど、銭湯まで面倒くさがるほど重度の引きこもりではない。むしろ『みんなが行くなら行く』というタイプだ。
かと思えば、今日のように朝起きた時から姿が消えていて、まだ帰ってこない日なんかもあったりして。
もしシャッフリンから『NPCとは何ぞや』と説明をもらっていなかったら、弟が1人で富士山に登るレベルの隠し事を抱えていやしないかと心配になっていたところだ。
こういうことを、他の兄弟はおかしいと気がつかない。
そして、おかしいと思われていることにも気がづいていない。
なぜならアイツら、長男じゃないから。
「どうせ仮の家族で暮らすなら一人っ子が良かったの。小遣いだって独り占めだから金欠の心配もないし」
ぺこ
「シャッフリンちゃんも分かる? 同じ顔が50人だよね。分かるよ大変だよ、アイデンティティ崩壊するよね」
ぺこ?
どこまで伝わっているのが、ハートシャッフリンが首をかしげた。
……ハイ、寂しくないと言ったら嘘です。だからこうやってシャッフリンちゃんにも構ってもらってるんです。
「……そもそも、お金ほしくて聖杯戦争にきたのに、戦争するのにお金がかかるっておかしくない?」
というわけで、黒電話をダイヤルして唯一の金づる……もとい無心できそうな友達に電話をかけたけれど、これから得意先の重要人物とやり取りをするとかで取り次ぎが難しいと言われた。
そういう友達だから仕方がないとあきらめた。何より、あの会社の旗つきSPたちはとても怖いから、うかつに口ごたえもできない。
「いやでも……金は要るんじゃないかな。市街地の方に行くにも交通費かかるし」
自分も戦いに参加する。
聖杯を狙うほかのマスターを探して、倒す。
言葉にすれば簡単だったけど、『どうやって探すのか』『どうやって戦うのか』を、ハートのシャッフリンが教えられるはずもなかった。
ジョーカーのシャッフリンに相談しても『マスターは静観を続けてください』で終わらされそうな気がする。
方法が思いつかない。知識がない。力がない。金がない。
一番てっとりばやくゲットできそうなのは金だけれど、そのてっとりばやくが難しいことをさっき思い知らされた。
……あれ、俺本当にやることないの?
でもほら、宝探しって探してる途中が一番楽しいっていうし、パチンコって行く時が一番楽しいしAVも選んでる最中がいちばん楽しいし、だから、聖杯持ってきてくれるのは嬉しいけど、自宅に引きこもってれば景品が転がり込んでくるのは違うと思う、うん。
――もし聖杯を切望している他の参加者が聞けば、『そんなものと一緒にするな』と激怒していただろうが。
「よし! 外行っちゃお!」
勢いよく立ち上がると、シャッフリンが驚いた眼で見上げてきた。
何もできないなりに、家にひきこもって何もしないのはやっぱり違うと思う。
ニートだからって、何もしないまま引きこもっていれば腐っていくだけだ。
――決して、落ちていた新聞紙から、新台のチラシを見つけたせいじゃない。
まずはこのパチンコに行ってみるつもりだけど、偶然だ。
ちなみに、下手すると大負けして金欠から無一文になるかもしれないという発想は無い。
その発想はなかった、と言い出しかねないぐらいに無い。
ハートの3番は、マスターの行動に対してどうすればいいのか分からないのか、オロオロとしている。
ジョーカーと同じ顔なのに、本当に性格はぜんぜん違っていた。
そういうところは、一卵性の姉妹と変わらない。
「ハートの3番ちゃんも行こ? 一緒にいればジョーカーちゃんの言いつけ破ったことにならないしさぁ」
手をのばす。
シャッフリンではなく、ハートの3番ちゃん、という呼び方が自然に出た。
彼女たちは、みんなで一人のサーヴァントだ。
でも、六つ子の長男は『みんなで一つ』だからといって『みんなが同じ』じゃないことを知っている。
いつも報告にやってくるリーダーのシャッフリンも、これからはジョーカーちゃんと呼ぶことに決めた。
強引に誘うと、あたふた頷いて立ち上がるしぐさをするのが微笑ましい。
魔法少女が手をとって引っ張られ、歩きながら霊体化したので姿は見えなくなる。
でも、あたふたと転びそうな足取りでついてくるのだろうと想像して、にへらと口元を緩めた。
もっとも、六つ子の三男が一連のやり取りを見ていたら、間違いなく軽蔑した目でこう言っただろう。
『聖杯戦争がどんなイベントか知らないけど、女の子連れてパチンコに行く参加者は絶対にテメェだけだ』と。
【A-4/松野邸付近/一日目・午前】
【松野おそ松@おそ松さん】
[状態] 健康、罪悪感
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(赤) 、シャッフリン(ハートの3)と一緒(方針:マスターに同行)
[道具] なし
[所持金] 金欠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にして豪遊する
1:パチンコ♪パチンコ♪(パチンコの勝敗しだいでは、正午までには自宅に戻る?)
2:シャッフリンちゃんたち、大丈夫かな
3:『彼女たち』には、欠けてほしくない
[備考]
※聖杯戦争を正しく認識していません。
※シャッフリンをそれぞれ区別して呼ぶようになりました。
💮 💮 💮 💮 💮 💮
元山総帥が描いているのは、学校の屋上から見下ろした街の風景画だった。
しかし、そのためにいつも屋上だけでキャンパスを広げているわけではない。
集中して絵を描くことができる静かな場所があるなら距離と労力は惜しまないし、自然物を描くためのインスピレーションが得られるとなれば、森林公園や山の中にでも喜んで入りこんでいく。
ことに高校の学内というものは絶えず不快な歓声やら罵声やらにさらされているので、最近では学校から少し離れたある緑地公園へと足を運ぶことが増えていた。
学校生活をエスケープすることにも、聖杯戦争における学生という役割(ロール)を放棄することにも、呵責や不安といった感情は全くなかった。
睡眠時間をのぞいた一日の約半分を、創作以外のことに費やさなければならない苦痛か。
学業をサボタージュすることで、世間体から浮いたり他のマスターの眼につきやすくなったりと、創作を邪魔されるリスクが増えることか。
二つを天秤にかけて、それでも後者を選択しただけのことだ。
元から、芸術のためならば人間らしい生活も捨てるだけの心づもりはあった。
天ノ川高校でペルセウス・ゾディアーツへと変身するスイッチを授かったときから、いずれは捨てる時が来るやもしれないと、ずっと感じていた。
むしろ学校という習慣を断ってみて初めて、平日の公園がとても良い静寂のある場所だと身にしみた。
社会人は会社に、学生は学校に、はぐれ者は人のいるたまり場に、子どもは幼稚園か保育所へとそれぞれ押し込められていて、ただの青空と緑地がひろびろと解放されている。
園内をうろついているのは昼寝をするホームレスか乳母車をおした主婦のような者ぐらいで、それらの音にしても気になりはするが学校の喧噪よりもよほどマシだ。
そのはずだった。
「むつごにうまれたよ〜」
ひどく集中力を阻害する、歌声が聴こえてくるまでは。
歌声、と形容していいものかどうか。
澄み切った空の青を眺めながら筆を動かしていたというのに、意識がすぐさま地上へと引き戻される。
ボロロ〜ンとギターの弦がはじかれ、低い声の輪唱が二人分追いかける。
ボロロ〜ン
「6倍じゃなくて〜」
「6分のいち〜」
ボロロ〜ン
「むつごにうまれたよ〜」
「うぃー!」
「育て〜の苦労は〜」
「考えたくない〜」
散歩道に沿うようにして置かれているベンチに、謎の二人組がいた。
黒い皮ジャンとサングラスで着飾ったギター弾きの若者と、黄色いパーカーを着た若者の二人組だった。
何が楽しいのか、青空の下で意気揚々と耳障りな発声をしている。
ボロロ〜ン
「むつごにうまれたよ〜」
「ぽぉーん……」
短時間で、苛立ちのボルテージが沸点へと上昇した。
「……忌々しい」
歯を食いしばり、絵筆も折れんばかりに拳をにぎりこむ。
あさってのセンスと、癇にさわるビブラート。
音楽性も何もない、頭からっぽの若者たちが自分に酔う為だけに鳴らしているようなギターと歌声。
何を表現しているのか、そもそも表現がこめられているのかも不明瞭なふざけた歌詞。
他人を不愉快にさせるために歌い上げているとしか思えない。
姿は見えなくとも常に近くにいるバーサーカーも、それは確かめるまでもなく『音楽家』とかけ離れているのか、心もち所在なさげに感じられた。
常日頃の元山だったならばすぐさまペルセウス・ゾティアーツの姿へと変じて、奇声を発する若者たちを石化で黙らせているところだ。
むしろ、この時もスイッチを取り出すところまではそうした。
しかし、相手はおそらくNPCだ。
そして、あの二人が際立っているだけで、周囲に他の人目がないわけではない。
そのことを思い出し、元山はかろうじて理性の手綱を握った。
自らの手で騒音を排除するだけならまだしも、騒動に発展することで創作時間が削られることは避けたい。
元山にスイッチを授けてくれた恩人からも、すべてが理想通りに進まないと気が済まないのは悪い癖だとよく言われていた。
今朝になって受け取った『討伐令』のことも、元山をいくらか慎重にさせていた。
討伐の対象になった連続殺人事件そのものには関心がない。
元山にとって不快な音が聞こえてこない限りは不干渉を決めこむつもりでいる。
しかし、これで『NPCに手を出し過ぎると運営側から排除される』ことは明確になった――それがたとえ、元山にとって邪魔なNPCであっても。
58人殺したことで『討伐令』が発動したのだから、2人や3人を殺したり石化させたぐらいでは問題視されないとも解釈できる。
しかし、元山は何人を始末した時点で『アウト』になるのかそのラインを知らないし、これからも邪魔者は後を絶たないだろうことを思えば、なるべく手を出さないに越したことはない。
そもそも、石化した人間が発見された時点で元山に辿り着かれるリスクも微かにある。
だから、この場だけは見逃す。
「むぅ〜つ〜ごぉ〜に〜うま〜れた〜」
「むぅ〜つ〜ごぉ〜に〜うま〜れた〜」
未だ歌い続けている二人組を後目に、元山はキャンパスを片づけ始めた。
正午にはまだ時間があったけれど、このまま作業を繰り上げても抵抗は少ない。
もともと、今日は午後から別の用件に費やしてもいいと考えていたからだ。
速めに昼食をこなしつつ、計画を練っておくのもいい。
絵を完成させること以外に、元山が懸念している目的がひとつあった。
完成した絵を、どこの誰に託すのかということ。
絵を送るはずだった『あの幼稚園』の子どもたちは、この世界にいない。
だから元山が描いている絵は、人のために描くものではなく、自分が最高傑作を作り出すための絵になった。
しかし、自分がこの世界から消えた後で、最高の作品が心無いマスターの手に渡って破かれたりゴミとして捨てられてしまうような末路だけは避けたい。
長く保存してもらえるような場所に、絵を残しておきたかった。
(どこにでも行けるバーサーカーが、人とコミュニケーションできないのは、こういう時に不便だったか……もっとも、そういうところも含めて僕たちは似た者同士だな)
幸いにも、アテが全くないわけでは無かった。
『記憶を取り戻す前の記憶』――すなわち、K市在住の学生としての記憶の中には、『あの場所なら大丈夫かもしれない』という心当たりも幾つかある。
まず絵を置いていきやすいのは通っていた学校の美術室だけれど、あの喧噪にまみれた校内で、元山の絵を大事に保存してくれるかどうか心もとない部分もある。
他の候補地として挙げられるのは、一度だけ行ったことがある小学校や孤児院だった。
かつてあの幼稚園にそうしていたように、『K市に住んでいた美術部員の元山総帥』は子どもたちのいる施設に幾つかの絵をプレゼントしていた。
絵を大切にしてくれる子ども達だったならば、次の作品も貰ってほしいと頼めるかもしれない。
色々な動物の絵をプレゼントした時に見せてくれたあどけない笑顔を思い出す。
『わかる人達はわかってくれるのだ』という充足感のようなものが、わきあがってきた。
そうと決まれば早く移動しようと、全ての道具をカバンの中に詰めこんで立ち上がる。
「「むつごにうまれたよ〜!!」」
まだ二人組は歌い続けている。
元山はそれを、相手に悟られない程度に睨みつけた。
この場は見逃すが、決して怒りを解いたわけではない。
皮ジャン男の人相はサングラスに邪魔されてはっきりしなかったが、黄色いパーカーの青年の顔はしっかりと記憶した。
もし、『あの顔』が再び元山の行動範囲に出没して邪魔をすることがあれば、そして人目につかない場所であれば、その時は容赦せずメデューサの力を行使することだろう。
【C-3/公園/一日目・午前】
【元山総帥@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]健康、苛立ち
[令呪]残り三画
[装備]ペルセウス・ゾディアーツのスイッチ
[道具]財布 、画材一式
[所持金]高校生としては平均的
[思考・状況]
基本行動方針:静かな世界で絵を描きあげる
1:作品の完成を優先する。静かな世界を乱す者は排除する。(NPCに対しては当面自重する)
2:作品を託せる場所をあたる。候補地は今のところ『高校』『小学校』『孤児院』
3:自分の行動範囲で『顔を覚えた青年』をまた見かけることがあれば、そして機会さえあれば、ひそかに排除する
[備考]
※『小学校』と『孤児院』の子どもたちに自作を寄贈して飾ってもらったことがあります。
※創作活動を邪魔する者として松野十四松(NPC)の顔を覚えました。
もちろん、彼が歌のとおりの一卵性六つ子であり、同じ顔をした兄弟が何人もいることなど知るよしもありません。
【アカネ@魔法少女育成計画restart】
[状態]健康
[装備]魔法の日本刀、魔法の脇差
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:音楽家への強い敵意
1:………………。
💮 💮 💮 💮 💮 💮
「どうしたの、めいちゃん」
「この絵、きれいだなぁと思って……」
体育館から教室へと戻る休み時間の渡り廊下に、その絵画は飾られていた。
今まで、教室から体育館へと移動するときは靴を持ってきて校庭をショートカットすることが多かったものだから、いつの間にか渡り廊下に飾られていた絵を見たのは、ほとんど初めてだった。
白く無機質な廊下を飾る明るい色彩に、つい東恩納鳴の足も止まる。
「これ、学校の絵だよね。きれいだけど……学校の人が描いた絵じゃないよね」
クラスメイトが苦笑して、隣の掲示板にある6年生の『読書感想画』の優秀作品群と見比べていた。どう見ても画力が違いすぎる。
「高校生の元山って人が描いたみたい……プレートに書いてある」
「なんで高校生の絵が飾ってあるんだろ。卒業生かな?
……っていうかめいちゃん、こういう絵が描ける人が好みだったり?」
「違うってば。……子ども会で、よく高校生とも一緒になるから、やっぱ高校生って大人だなって思って」
正確に言えば、鳴のよく知っている高校生――プリンセス・インフェルノはいつも大人を自称しているくせに鳴――テンペストに言い負かされたりするような子どもなので、
あいつとこの絵を描けるほどのすごい人が同年代なんて信じられないなぁとか、そういう方向の驚きだった。
――この世界には彼女がいないので、近所のあかねえちゃんときたら全然高校生らしくないんだよとクラスメイトに説明できないのが、少し寂しい。
「校長先生が気に入ってゆずってもらったっぽいね……秋の写生大会でお世話になったボランティアの高校生から……えっと、この漢字はなんて読むんだろ?」
額縁の下、プレートの説明文にはまだ習っていない漢字が混じっていて、鳴が判読するには推測交じりになった。
どこかで霊体化しているはずのランサーに尋ねれば分かるかもしれないけれど、学校の廊下で、しかもクラスメイトもいるのに話しかけるわけにもいかない。
ランサーは学校の中ではあまり――というか、何かが起こらない限りは、話しかけてこない。
鳴がうっかり声に出して受け答えして、不審に思われると色々と困るからだ。
それが子ども扱いされているようで少し釈然としなかったけれど、本当のところはいきなり念話で話しかけられてもびっくりしない自信なんてなかったから、きっとそれでいいんだと思う。
プリンセス・テンペストの正体――東恩納鳴は子どもだ。
だけど、自分が子どもだということも分からないほど子どもじゃない。
それが、大人の男性から『マスター(ご主人さま)』と呼ばれるなんて照れるし普通は有り得ないことだから、鳴としては早くおしゃべりできる時間が欲しかった。
世間話だけじゃなくて、今朝届けられたお便り(漢字が多かったのでランサーが代わりに読んだっきり、まだ内容を教わっていない)のことも気になる。こんなことなら、学校に遅刻しない時間ぎりぎりに起きるんじゃなかった。
「それは『寄贈(きぞう)』って読むんだったと思うよ」
背後から大人の女性みたいに落ち着いた声で話しかけられて、どきりとした。
クラスメイトと一緒にばっと後ろを振り向くが、そこに相手の顔はない。
見上げなければいけない高さに、相手の顔があった。すごく背が高いのだ。
見覚えのある顔だ。さっき体育館で地域別の班分けをした時に、一緒になった上級生。
「「えっと……」」
「あっ、立ち聞きみたいになっちゃってごめんなさい。
私もきれいな絵だなってよく見てたものだから」
集団下校のお知らせと班分けをする学活で、一緒の班になった上級生だ。
5,6年生は引率する際の注意事項も言い渡されたのでプリントとペンケースがその手にあるし、胸元の名札にも『5年 一条蛍』と書かれている。ちょっと信じられないけど。
きっとランドセルを背負っていなかったら、あかねえちゃんと同い年だと言っても通用する。
クラスメイトがその外見もあって困惑しているようだったので、鳴は「一緒の班になった人だよ」と補足説明した。
子ども会で対年上用に身に着けた敬語と処世術で、軽く頭を下げる。
「今日からよろしくお願いします」
「うん、こちらこそ……えっと、『なき』ちゃん?」
どうやら名札が読めなかったらしい。鳴にとってはよくあることだ。
「鳴(めい)です。ひがしおんな・めい」
「あ、ごめんなさい」
「ううん。合ってる読み方されたことのほうが少ないから。特に苗字」
鳴のむっとした顔が面白かったのか、5年生のお姉さんは小さく笑った。
この人にも読めない漢字があったことで、やっと小学生らしいところを見つけた気がする。
(やっぱり、ちょっとずるいな)
班分けの時から、実はすこし悔しかった。
理不尽な嫉妬をしている自覚はある。彼女だって鳴と同じ小学2年生の頃には、今の鳴と同じような外見だったかもしれないのだから。
しかし、もしも彼女に好きな人がいたとして、それが鳴と同じく中学二年生の年上男子だったとしても――鳴のように、『そもそも外見の年齢差がありすぎて恋愛対象とは見てもらえない』なんてことにはならないだろう。
『見てもらえる』ようになるために魔法少女にまでなった鳴としては、やっぱりその上級生がうらやましかった。
「えと、お姉さんは、いちじょう・けいさん。『ほたる』って字を書いて、『ケイ』って読むんですよね?」
まだ習ってないけど、読める字はある。去年の音楽で卒業式の歌の練習をしたときに、先生から「蛍雪(けいせつ)の功」という言葉を教わった。
しかし。
【……っ】
そのタイミングで、近くにいたらしいランサーがいきなり念話の声を漏らした。
声というよりは『えっ』と言いかけた疑問符のような、まるで、子どもの会話を話半分に流していたら、急に自分の名前や自分の友達の名前が聴こえてきて驚いたみたいな、そんな反応だった。鳴にもよくわからないタイミングだった。
そして、ケイという名前も違っていた。
「半分以上は正解かな。ケイっていう読み方もあるけど、私の名前は『ほたる』でいいよ」
普通の読み方で合っていたらしい。
ランサーの方に気を取られて言葉につまった鳴をフォローするわけではないだろうが、隣のクラスメイトが弾んだ声を出した。
「ねっ、そのぬいぐるみ、かわいいね。どこで買ったの?」
指差された先にあるのは、ペンケースからキーホルダーのようにぶらさがっているフェルトのぬいぐるみだった。
茶色の長い髪をした小さくてかわいい女の子が、制服を着ているというデザインのぬいぐるみだ。鳴も年相応のキャラグッズは持っているけれど、初めて見るキャラクターだ。
二人がそのぬいぐるみに注目したとたん、年上の蛍の顔がばっと赤くなった。
「えっと、これはその、私の手作りだからお店には無いっていうか、私の5年生の教室遠いからもう行くね!」
すごく早口で会話を終わらせ、逃げるみたいに去って行った。
手作りのぬいぐるみを作れるなんてすごいのに、どうして恥ずかしがったのか。
なんだったんだろうね、とクラスメイトに首をかしげて、二人で教室に戻る。
年上の人の考えることは、たまにあんな風によくわからないことがある。
小さな子はときどき、『おおきいお兄さん・おおきいお姉さん』たちの世界には入れない。
そういえば、今朝も『そんな夢』を見たっけと思い出した。
夢の中の鳴はなぜか背が高かったけれど、鳴の見ている光景には大人のお姉さんと、鳴に近い歳の女の子がいた。
金髪のお姉さんが日本人の女の子に、鳴もよく知っている童謡を外国の言葉で歌っている、そんな夢だ。
背が高い大人になった鳴は、その女性をとってもかわいらしく思っていたけれど、ぼんやりと覚えている中でも共感するのは、小さな女の子の方だ。
金髪の女性は『そんなのつまんなーい』と頬を膨らませる子どもっぽいしぐさでさえもキラキラしていて、鳴には絶対に出せない魅力があって、小さな女の子はそれを無邪気に、まぶしそうに見ていた。
まるで外国のニュースに出てくる貴族のお嬢様みたいに、とてもきれいな女性。
きっと背が高いランサーの隣を歩いたりしても、すごく釣り合う恋人同士みたいに見えるに違いない。
大人の男の人はみんな――ランサーもやっぱり、ああいう女の人が好きなんだろう。
【C-5/小学校/一日目・午前】
【プリンセス・テンペスト@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態]健康、人間体
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]名札
[所持金]小学生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:一条蛍さん……いいなぁ。
2:今朝届いた手紙のことが気になるし、時間をつくってランサーと話したい
3:元の世界に帰りたい。死にたくはないが、聖杯が欲しいかと言われると微妙
[備考]
※漢字が読めなかったので、通達の内容をまだ知りません。
※一条蛍とは集団下校の班が同じになりました。
【櫻井戒@Dies irae】
[状態]健康
[装備] 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:妹の幸福のため、聖杯を手に入れる。鳴ちゃんは元の世界に帰したい。
1:…………。
[備考]
マスターの代わりに通達を確認しました。
💮 💮 💮 💮 💮 💮
あの絵を見てしまったのは、学校の背景に緑色が書き込まれていたからだ。
肉眼ではうっすらと見えるだけの山だったのに、絵の中だと眩しい色が付いていて、それでいて視界に写る景色と比較しても違和感がない。
『山』が描かれているというのが、田舎ではないこの街で暮らしていたからこそ嬉しかったというのもある。
だから、つい下級生に声をかけてしまって――会話の中で『こまぐるみ』のことを指摘されてしまった。
不意打ちだった。普通に答えればよかったのに、答え方を忘れた。焦った。逃げた。
だったら学校に持ってくるなよと言われそうだけれど、『こまぐるみ成分の摂取』は家の中でも極力抑えているのだから仕方がない。
何故なら、自室にはブレイバーも一緒にいる。
先輩たちのことを思い出したからと言って、元の生活のようにこまぐるみを量産して部屋の中を埋め尽くすようなことは、さすがにできなかった。
さすがに学校の先輩を、しかも同性の先輩を、ぬいぐるみにしてグッズにして、あまつさえそ量産して部屋の中を先輩でいっぱいにするのが異常なことは自覚しているし、人に見せたくない趣味だと思っているのだから。
「はぁー……やっぱり、ちょっと落ち着く……」
階段をのぼって上級生の教室階まで上がると、教室とは反対側の廊下で柱の陰にかくれ、こまぐるみを握りしめた。
ふわふわとやわらかい先輩のぬいぐるみがそばにあると無いでは、やっぱり違う。
ブレイバーには幸い、『友達のぬいぐるみをそばに置くことで自分を勇気づけているみたい』な行為だと理解してもらっている。
自室に置くこまぐるみだって我慢して数個に抑えて、カモフラージュとして越谷夏海や越谷卓や宮内れんげといった、ほかの分校の皆のぬいぐるみも作っていることもあった。
【蛍ちゃん、本当にその先輩のことが好きなんだね……】
【あ、はい……私よりこまい人なんですけど、先輩らしくしようって頑張ってるのがほっておけなくて……】
ぬいぐるみを抱いていたことで緩んでいた頬をはたき、どうにかにやけ顔をもとに戻す。
落ち着いて回りを見れば、3階の窓からの景色があった。
見下ろした校門と通学路と、周りの建物の屋根が連なっているのがしばらく先まで見える。
58人も連続で殺されているとは思えない、平和な町だ。この景色だけなら。
今日から、集団下校が始まるらしい。
『討伐令』も出されているマスターたちの悪行は、小学校にまでそんな影響を与えていた。
両親からの送り迎えをしてもらう児童や、やや距離のある自宅からバス通学をしている児童をのぞいた――つまり徒歩通学をしている小学生はみんな、閉校時間をそろえて一斉に帰宅することになる。
高学年はなるべく授業も短縮して低学年と下校時間を揃えるようにするらしいけれど、今日は低学年も5限まで授業がある日なので、午前中に班分け確認の学活をやった以外はいつも通りの時間割になるはずだ。
(ほかのマスターさん探し……がんばろうかな)
さすがに同じ小学生で聖杯戦争に来ているような子が何人もいるのはおかしい気がするけど、ブレイバーも『蛍ちゃんと同じような子がいるかもしれない』と言った。
集団で行動することが増えるなら、もしかすると同じ班になったりするかもしれないし、自分からいろんな子にもっと話したりした方がいいかもしれない。
どうやって探せば相手がマスターだと分かるか、良い方法なんてまだ思いつかないけれど――
「――あれ?」
きれいに並ぶ、いろいろな色の建物。
その一つが、朝に景色を見たときと違っていた。
学校か新しい役場か何かだろうか、薄いクリーム色に塗られた、まだ新しいきれいな建物だったから、遠目でも印象に残っていた。
その建物の輪郭が、ぼんやりとだが、部分的に欠けているように見える。
霊体化しているために視界の良くないブレイバーにも、そのことを伝えた。
【もしかして、あそこでも何かの事件が起こったんでしょうか…】
【そうかもしれないね……ここからだと、ずっと北西の方角かな】
【どうしましょう】
【ちょっぴり気になるけど……今は学校をちゃんとやろう?
遠くに出てもいいのは、遠距離の支援をする味方がいるか、兵站を固めた後だって、私の先輩の一人ならそう言うと思う】
【はい】
彼女たちは知らない。
その破壊が行われた建物――中学校に、誰がいたのかをまだ知らない。
【C-5/小学校/一日目・午前】
【一条蛍@のんのんびより】
[状態] 健康、輝ける背中(影響度:小)
[令呪] 残り三画
[装備] 普段着
[道具] 授業の用意一式、こまぐるみのペンケース、名札
[所持金] 小学生のお小遣い程度+貯めておいたお年玉
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:脱出の糸口が見つかるまで生き延びる
2:自分と同じ境遇のマスターがいたら協力したい …マスターさん探し、がんばろう
3:自分なりにブレイバーさんの力になりたい
[備考]
※U-511の存在に気付けませんでした。
※念話をうまく扱うことができず、集中していないとその内容が口に出てしまうようです。
【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】
[状態] 健康
[装備] ワイヤーを射出できる腕輪
[道具] 木霊(任意で樹の元に現界することができる)
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:蛍を元の世界に帰す
1:蛍の無事を最優先
2:討伐対象の連続殺人は許すことができないけれど…
[備考]
※U-511の存在に気付けませんでした。
💮 💮 💮 💮 💮 💮
『一条蛍』という小学生の身辺調査を依頼したい。
ヒムラー氏からフラッグ・コーポレーションのトップへと直通電話でそう伝えられたのは、K市のすべての市立小学校で集団下校にそなえた学活が行われていた頃だった。
フラッグ・コーポレーションの傘下企業ともいくつかの取り引きをしている資産家であり、ミスター・フラッグの『来年のお誕生会招待者リスト』の中に名前を連ねている友人の一人だ。
彼が開発に関わっている『永久機関』は未だに詳細な原理が公表されていない怪しげなものだったり、船舶製造業に力を入れているわけでもないのに大量の資材を買い付けていたりと胡散臭い話も多く聞こえてくるので、万全の信用をもって付き合うことはできないが、それでも今のところはまだ、仲良くしておいた方が益になる人物だ。
事情は聞かずに無償で、しかし『借りをつくる』という圧力、もとい言質はとった上でミスター・フラッグはこれを承諾した。
すぐさま、旗付きの部下たちを動かして教育委員会と校長会に影響力がある『情報商材のお得意先』に連絡を取らせる。
ほどなくして小学校に保管されている『一条蛍』の個人情報は、すべてPDFの形でメールされるはずだ。
一条蛍は東京からの転校生だったために前の学校からの申し送り事項が残されていることもあり、書類だけで家庭環境も含めたかなりのことが分かるだろう。
それらの情報は今日中にヒムラー氏の元へと転送される予定ではあるが、事前に旗付きの部下たちもその情報に不審な点はないかを確認した。
身長体重の発育が平均よりもずっと進んでいることを除けば、どこにでもいる一般的な女子小学生だ。むしろ、成績も素行も優等生に入るといっていい。
しかしミスター・フラッグの部下たちも、書類だけで判断するつもりはなかった。
何せ、個人情報の流出に加担するのだ。
それも、世紀の新発明にかかわっている重要人物が、彼のビジネス相手としてはまず縁がないはずの小学生女子――それも、同年代の少女よりはるかに発育がめざましく目立つ――のことを『詳しく調べてほしい』と興味を持っている。
実際に一条蛍に接近して『本当にただの普通の小学生なのか』という裏付けは、きちんと取らなければならない。
ヒムラー氏から託された依頼の遂行に、とことん誠実であるためにも。
そして、あまり考えたくない可能性だが『いつの間にかフラッグ・コーポレーションが犯罪計画の共犯を担っていました』という信用問題を招いたりしないためにも。
しかし、ひとつ問題があった。
こういうときに、実際に現地に派遣するような調査員の人手が足りていない。
ヒムラーとコネクションを持ったことで、フラッグ・コーポレーションもまた『永久機関』の情報目当ての産業スパイから目をつけられている。スパイの洗い出しのために、多数の調査員がかかりきりになっていた。
それだけではなく、新興宗教『御目方教』の信者が市内の各地で騒動を起こしているせいで、フラッグ・コーポレーションの情報部門にもしわ寄せがきている。
『うちの社(部署)にも隠れ信者がまぎれていないかを洗い出してほしい』という主旨の電話が、ここ数日で多くかかってくるようになった。
永久機関のことがなくとも、猫の手も借りたいというのが調査員たちの本音だった。
外部の興信所に依頼するという手もあるが、連続殺人事件の影響で市内の小学校もいつ休校になるか分からないという緊張感がある。なるべくなら調査員探し自体に、あまり時間を割きたくはない。
そう言って旗付きの社員たちが頭を抱えているのを見て、ミスター・フラッグは一言しゃべった。
「いい友達がいるジョー」と。
本来ならば、非常識なことだ。
『内密に』と依頼された仕事を、ただの一般人に、それも個人的な友人に委ねるのだから。
しかし、『彼ら』は一時期ほかならぬミスター・フラッグ自身の推薦でフラッグ・コーポレーションの社員になっていた経歴がある。6人とも旗を刺す入社式も受けた。
また、彼らの一人は希少金属イヤメタルが発見されたときに、その量産方法を真っ先に発見してミスター・フラッグに意見し、会社に多大な利益をもたらした実績もある。
また、フラッグ・コーポレーションとは別のところで、海外にとびだしてたった数日でスーツケースをいっぱいにするほどの収入を稼いできたという逸話もある。
それでミスター・フラッグからの信頼も厚いとなれば、旗付きの部下たちも異論は持たなかった。
『彼ら』は就労意欲が低いとも聞いているが、その反面で金銭が大好物だということもミスター・フラッグは知っている。
相場よりもずっと高額の報酬を提示すれば、あっさり引き受けてくれるのではないかと期待できた。
また幸いにも、ミスター・フラッグのプライベートについてはほとんど公開されていない。
彼らが一条蛍の身辺に出没したことが露わになっても、そこからミスターフラッグに辿り着かれるラインは極めて薄いことも好都合だった。
こうして、その日の正午。
松野家の玄関にある黒電話が、ふたたび鳴ることになった。
[備考]正午直前に【A-4松野邸】で、『ミスター・フラッグから松野家の子息(誰でも何人でも可)に、アルバイト(一条蛍の身辺調査)を依頼する電話』がかかってきます。
誰がその電話を取るか、取らないかは、後続の書き手さんに任せます。
投下終了です
元山の通っている高校については、あえて特定しませんでした。
また、シャッフリンは群体の中の1体だけ出てくる形になりましたので敢えて状態表には書きませんでしたが、必要でしたら追加いたします
投下乙です
ミスターフラッグ、すっかり重要NPCになってるなあw
元山に目をつけられるわ、ほたるんの調査依頼されるわで松野家は激動ですね
あと、卓兄ちゃんのぬいぐるみまで作ってるほたるんに吹きました
投下お疲れ様です!
おそ松NPCが本当にらしくて面白い。
群像劇的に事が動いた本作でしたが、ほたるんは本当にいきなりハードモードだなあ。
デリバリーコントに対してのシャッフリンの反応が可愛かったです。
投下します。
校門を潜って、すっかり通い慣れた学び舎へ足を踏み入れる。
柱時計の時刻は八時半ばほどを指していた。
少しジョギングのペースを誤った感はあるが、それでも遅刻にはギリギリならなそうだ。
吹雪。K市の某高校へ通う、高校一年生。そういう扱いに、この世界ではなっている。
最初こそ慣れなかった生活も、今となっては少しばかりの物寂しさが残る程度になっていた。
環境に適合する生き物なのは、艦娘も人間も関係ないらしい。
時が来れば、消えてなくなる偽りの日常。
この静かで平和な世界は、しょせん零と壱の羅列で構成された電子再現空間に過ぎない。
吹雪は決して精密機械に明るい方ではなかったが、役目を終えたソフトウェアがどうなるかには察しがつく。
目的を果たしたソフトウェアは無情にワンクリックで閉じられ、それで何もかもが消える。
再び起動の時が来るまで、保存処置がされていなければそこで重ねた時間も、手間も、あらゆるものを無に帰して数字と電子の底で眠り続ける。
此処もまた、言ってしまえばその程度の軽さでしかないのだと、こうして暮らしている分にはとても信じられなかった。すれ違うと会釈をしてくれる先生や学友は、皆それぞれ個性を持って、生き生きとした顔をしている。
「――ううん」
かぶりを振って、吹雪は過ぎりかけた不安を払拭した。
希望を探すと決めたのだ。
間違ったやり方で願いを叶える聖杯戦争を否定し、この八方塞の状況に活路を切り開くと。
決めたのだから、迷ってはいられない。それに、今自分が抱こうとしていた迷いは、きっとこれから先の道を往く上で決して抱いてはならないたぐいのものだった。
彼らは、木偶だ。
NPC――Non Player Characterの名の通り、人格らしいAIに従って動いているだけの存在だ。
要は舞台装置。救うとか救わないとか、希望とか奇跡とか、そういう次元ですらないオブジェクト。
その行く末に想いを馳せるのがどれほど生産性のないことであるかは、さしもの吹雪にも理解できた。
心を鬼にして……もとい割り切って、仮初の日常に浸るくらいでなければ、先が危ぶまれるというもの。
それに、こんなことでライダーに迷惑はかけられない。
彼女に何の心配もなく戦ってもらうためにも、マスターである自分がしっかりしなければ。
『……吹雪。貴女、今何か考えてたでしょう』
「えっ!? ……ど、どうしてですか?」
『分かりやすいのよ、貴女。すぐ顔に出るって言われたことない?』
吹雪は気付いていなかったが、確かに彼女の顔は、校門を潜った時に比べて幾分か晴れやかだった。
いかにも新しい第一歩を踏み締めた、という感じの自信に満ち溢れた表情。
それを見事に看破されて、吹雪は頬を朱に染める。
前向きなのはいいことなんだけどね、とライダーは霊体化したままで苦笑した。
そんなやり取りを交わしながら教室へ入れば、それとほぼ同時にSHRのチャイムが鳴る。
どうやら、相当ギリギリだったらしい。明日からはもう少し時間配分に気を配る必要があるなと自分を戒めて、吹雪は着席し、担任教師の諸連絡に耳を傾けることとした。
生徒達はと言えば、眠そうに、怠そうにしているのが大半だ。
遅刻寸前だった吹雪はこの様子だと、まだ真面目な方に部類されると見ていいだろう。
中には既に夢の世界に足を踏み入れているものさえおり、教師もそれを特に咎めるでもない辺り、このクラスの雰囲気というものが窺える。
連絡事項は概ねテンプレート。
テストが近いから勉強しておくように、だとか。
インフルエンザが流行してくる季節だから手洗い、うがいをしっかりするように、だとか。
そういった定例通りのものがいくつか語られた後に、最早お決まりとなったある話題が来る。
例の殺人鬼の被害者が、また増えたそうだ。
担任のそんな連絡を耳にした時、吹雪の表情に影が差した。
この街に住む人間で、かれこれ数週間に渡り街を騒がせている連続殺人鬼の動向に注視していない者はよもや居ないだろう。犠牲者の数は五十人を超え、にも関わらず警察は未だにその足取りを掴めていない。
本来なら、学校になんて出ている場合ではない状況だ。
にも関わらずどこの学校も休校措置を取ったという話がない辺り、やはりそういうことなのだろうと思う。
舞台装置は舞台装置。滞りなく、日常は回る。
『まだやってるのね、例の殺人鬼。十中八九どっかのマスターでしょうけど』
ライダーの呆れたような声に、吹雪は周囲に不自然がられない程度の小さな動きで頷いた。
これだけの騒ぎを、たかが1NPCが引き起こすとは考え難い。
ペナルティを恐れない何者かが、魂喰いの目的でなのかは知らないが、こうして犯行を繰り返しているのだ。
いくら虚構の街といえども、これだけの人数が塵のように殺されたことに義憤の念を抱かない吹雪ではない。
どうにか止めたいと、彼女は常々思っていた。それは、今も変わらない。
危険は承知で、今度動いてみるべきだろうか。
後で暇を見つけて、ライダーさんに相談してみよう――吹雪がそう思った矢先。
「ああ、それと吹雪。HRが終わり次第、生徒指導室まで来るように」
「えっ!?」
「一時間目の先生には私から伝えておくから、心配するな。じっくり話をしようじゃないか」
からからと笑う担任と、何をやったんだと茶化しながら囃し立てるクラスメイトたち。
当の吹雪にしてみれば、堪ったものではない。
虚構の世界とはいえ、好き好んで面倒事に巻き込まれたいと思う者はまさか居るまい。
自分は何かしただろうかとあれこれ記憶を掘り返しながら、やはりそんな覚えはどこにもなく、溜息をついて分かりましたと答えるしかなかった。
◆ ◆
号令が響いてSHRが終わり、吹雪は担任の後に続いて教室を出る。
この高校はそこそこの広さがある。
生徒数が多いのもそうだが、なんでも戦時中から存続している歴史の長い学び舎であるから、必然的に増築等の関係で建物が広くなってしまったらしい。
校舎の一部に至ってはそもそも使っていないというから、贅沢なものだ。
そして生徒指導室は、その『ほとんど使われていない』教室群の中にぽつりと存在していた。
生徒指導室に学生が呼ばれる理由というと、およそ八割は良からぬことをやらかしたことへのお叱りである。
怒鳴り声や場合によっては泣き声がなるべく一般教室へ漏れ聞こえないようにという配慮なのかは知らないが、とにかく件の部屋付近は人気がない。
担任の後ろ姿を追っていく吹雪に、念話でライダーが声を掛けた。その声色は、怪訝なものだ。
『吹雪。一応、気をつけておきなさい』
「へ?」
『無いとは思うけど――その男、マスターの可能性もあるかもしれない』
「ええっ!? 先生がですか……?」
あくまで可能性の話よ、とライダーは吹雪を宥める。
警戒し過ぎのような気もするが、些か怪しいのは否めなかった。
人気のない密室に生徒を呼び寄せるだけならばまだしも、当の吹雪には呼ばれるような心当たりがまるでないときている。事務連絡なら教室ですれば済む話であって、こんな所まで足労させる理由は全くない筈だ。
過剰注意ならそれでいい。吹雪には気の毒だが、少しお叱りを受けてもらうだけだ。
だがもしも本当に聖杯戦争の関係者であった場合、純粋な戦闘自体にこそ慣れているものの、聖杯戦争についてはズブの素人もいいところな吹雪には危険な事態ともなり得る。
この数週間、ずっと吹雪を見てきたライダーにはそれがよく分かった。
神経を尖らせながら、彼女は霊体のままで、吹雪に続いて指導室の中へと入っていく。
「先生、それで……お話っていうのは?」
「なあに、そう身構えなくてもいい。大した話じゃないんだ……」
人を安心させる、優しい笑顔だった。
ライダーに言われ警戒していた吹雪の方が毒気を抜かれてしまいそうなほど、穏やかな顔だった。
手にしたままの分厚い辞書をテーブルの上に置いて、笑顔のまま教師は口を開く。
「お前、御目方教って知ってるか?」
「ええと――それって、最近流行りの宗教団体でしたっけ……?」
その名前には、確かに覚えがあった。
御目方教。最近積極的に勧誘活動を始め、勢力を広めているらしい所謂新興宗教団体の一つ。
実態が黒なのか白なのかはさておいても、あまり近寄らないようにと学校では伝えられていた記憶がある。
……というより、今目の前でその名前を出したこの男自身がそう言っていた筈。
「そういう言い方は感心しないぞ。
まるで彼らをインチキか何かと軽んじている風に聞こえる」
「ご、ごめんなさい」
「まあ、先生もつい最近まではそう思っていたからな……けれどあんまりにもしつこく勧誘してくるもんだから、一度文句を付けてやろうと思って、御目方教の総本山に行ってみたんだよ」
口調に、高揚が見え始めた。
少しだけ、室内の空気が変わったような気がした。
吹雪は自然と、じり、と一歩後退る。
「でも先生は知った! 彼らは――御目方教は! 『あのお方』はインチキなどでは断じてないと!
彼らの教えを聞き、それを実践するようになってからの人生ときたら素晴らしいものさ。
私を軽んじ裏切った妻も、侮蔑の目を向ける娘も、皆彼らのために活躍できるよう躾けてやった。
そうしたらきっとお褒め頂けると思ったんだ。けれど……ああ、けれど。それじゃ、どうやら足りなかった」
『吹雪、そいつから離れて』
口角泡を飛ばして捲し立てる男は、もう吹雪の知る温厚な教師とは全く違う人物になっていた。
眼球は血走り、涎が滴り、麻薬中毒者のように息継ぎすら碌にせず意味不明の、しかしおぞましい内容だということだけは分かる文言を吐き散らしている。
御目方教。その教え。そして、彼が何をしたのか。
それは定かではないが、一つだけ確かなことは。
「だから、なあァ――お前」
彼はもう、まともな人間ではないということ。
それを示すように、服の袖で隠れていた左腕に刻まれた歪な文様が発光し。
刹那、タイル張りの床面から汚泥のようにどろどろと爛れ果てた人の皮膚が間欠泉がごとく溢れ出し――
「ごちゃごちゃ煩いわ。消えなさい」
男がその先を口にする前に、その上半身が生まれかけた怪異諸共爆散した。
吹雪を守るように前へと出、実体化した金髪の美女。
吹雪が今は纏っていない艤装を装備し、全身から漲るカリスマにも似た存在感を醸す彼女。その艤装、15cm連想副砲の砲口からは、一筋の白煙が立ち昇っていた。
先ほど、担任教師「だった」男は何か異形の術を行使しようとしていた。
明らかに、吹雪を害する意図で。それさえ分かれば、ライダーに躊躇はない。
砲口を合わせ、ぶちかます。それだけで、全ては事足りる。
飛び散ってなお蠢く爛れた皮膚の怪異を軍靴で踏み潰して消滅させながら、吹雪へ振り返る。
「怪我はない?」
「だ……大丈夫、です。一応。えっと、その、何が」
「さあね。ただ――」
ライダーは怪訝な顔をした。
敵を屠ったのは間違いない。
しかし一つ、おかしなことがある。
「こいつ、マスターですらないわ。多分元はNPCよ」
「NPC!? でも先生はさっき……」
「ええ。何かしようとした。それは間違いなく、NPCの領分を過ぎた行動。
こいつがNPCだと分かった根拠はね、これの腕にあった刻印よ。それが一瞬見えたの」
悪趣味な印だった。
この現代ではナチスドイツのハーケンクロイツが忌まれているというが、その比ではない禍々しさがあった。
ああいう形の令呪がよしんばあったとしても、あんな波長を放つものである筈がない。
「これはどういうことだと思う? 吹雪」
「……誰かが、先生に力を与えた……?」
「百点満点の答えよ。きっとこいつは、本当に抗議の意志で御目方教とやらに行ったんでしょうね。
しかしそこは彼が思うようなインチキ団体でもなければ、怪しげな能力者が居る本物でもなかった。
居るのはサーヴァントと、そのマスター。クラスは大方キャスターあたりかしら。とにかくそのサーヴァントに捕まり、まんまとその手中に落ちてこうなった……哀れな話ね」
吹雪は、上半身を失った教師の死体を見た。
内臓が千切れて焦げ付き、骨や血飛沫が飛散し指導室を惨憺たる有様に変えている。
いつから彼が、御目方教の傀儡になっていたのかはわからない。
けれどそれまでの彼は、確かに優しくて生徒思いの人物だった。
それが、あんな風になってしまうなんて。
悲しくて、怖くて、おぞましくて――吹雪は思わず口許を抑える。
「違ウよ」
その時、声がした。
吹雪のものではない。
ライダーのものでも、発声器官ごと急所という急所をまとめて吹き飛ばされた哀れな男のものでもない。
声は、窓の外から聞こえていた。
いや、正しくは。
そいつは逃げも隠れもせず、窓の外から堂々と『覗いて』いたのだ。
「お前ガ今殺シタ男は、自ら望んだ。
力が欲シイ。自分をコケにした連中を、一人残さずブチ殺す力が欲しいとナ」
仮面をまとった、黒尽くめの『何か』。
白面の下から覗く四つの眼がそれぞれ違う方向にぎょろぎょろ蠢いている。
ニヤニヤと嗤いながら、それは施錠されたままの窓を文字通り抉じ開けて、ゆっくりと。
嘲り嗤う声を聞いた時、吹雪は腐敗した生ゴミに無数の黒蝿が集っている様子を思い出した。
無論声であるのだから音としては全く違うが、その声色から受ける印象はまさしくそれが一番近い。
不快感と恐怖感を同時に駆り立てる、人間が本能的に忌み嫌う音色――即ち。
「初めましテ 我が名ハ、ティキ」
どう転んでも。
どう見ても。
どう聞いても。
どう理解しても。
どうやったところで。
「之より――地獄の門を開コウ」
"これ"は、人間にとって害以外の存在に決してなり得ないのだと。
吹雪も、またライダーも、全く同時に理解した。
室内であることを鑑みている暇はないと即断し、ライダーは連装副砲を躊躇なく仮面の悪霊目掛け放つ。
意図したのは殺害ではなく、一時的な撤退だ。吹雪を抱えて、教室を瞬く間に飛び出す。騒ぎを聞きつけてやって来た数人の教師の首筋へ手刀を当てて、騒ぎをこれ以上大きくさせない為の措置をするのも忘れない。
背後から追尾して飛来した光の弾を片手で弾き飛ばし、駆け抜けるは上階へ続く階段。
走りながら、ライダーは確かな焦りを抱いていた。
戦場を駆け巡り、数多の武勲を残した彼女の胸に恐怖はない。
あるのはただ、生物の根源から来るような嫌悪感。
仮面の底から除く眼が蠢く様は、さながら腐乱死体に涌く蛆虫の群れを浴びせかけられたような印象を見る者へと抱かせた。サーヴァントである彼女でさえこうなのだから、マスターである吹雪が平静を保てる筈がない。
はあはあと荒い息を吐きながら、吹雪は小さく震えていた。
「ら、ライダー、さん――なんですか、あれ」
「……分からないわ。けど」
あれが何なのかなど、自分が聞きたい。
まず間違いなく英雄の類ではないだろうし、そもそも英霊なのかどうかすらはっきりとしない存在だった。
気配そのものが……存在自体が淀んでいるとでも言うべきか。
ティキ――真名を堂々と明かしたということはつまり、それがさしたる不都合にならないという意味。
単に自信過剰なだけなのか、それとも一瞬の邂逅では推測し切れない、悪辣な絡繰りが仮面の裏側で回っているのか。答えがどちらであったにせよ、今自分達がすべきことは決まりきっている。
「撃退しなきゃ、間違いなく被害は膨れ上がるでしょうね。
あいつを見たのはほんの一瞬だったけれど、あれは人の命を私欲のために使い潰すことに何の呵責も覚えない質よ。外道と呼ぶのも憚られるような――鬼畜の類」
ライダーは戦徒だ。
WW2――血と硝煙に満ちた大戦を生き抜いてきた、第三帝国最強の決戦兵器。
そんな生前を送ってきた彼女なのだから、人道倫理の範疇では語り尽くせないような悪逆無道も山程目にしてきた。そういうものは戦場の摂理の一つとして、割り切れるだけの精神構造も持ってはいる。
だが、それを差し引いてもあのティキは異常だった。
あれは間違いなく、人間の悪意ではない。
悪魔だとか邪神だとか、そういったものと同列視すべき存在だ。
「でも、これはあくまで私の意見。決めるのは貴女よ、吹雪」
「…………、」
「あれが此処で暴れて、犠牲を山程出したとする。
そんなことをすれば当然、ルーラーのサーヴァントが黙っちゃいない。
その内討伐令なりペナルティなりが下されて、さっきの奴は勝手に弱体化してくれるわ」
「それは……この場をやり過ごして、次の機会に賭ける……ってことですよね」
ええ。頷くライダーの語る理屈は、理にこそ適ってはいたが、その分倫理面を完全に排斥したものだった。
「ティキの実力は未知数だけれど、余程自分の実力に自信があるやつでもなければこんな大胆な真似はしないわ。そもそもからして、宗教施設を乗っ取ってNPCを操作してるって時点で大分ギルティ。
それならせめてペナルティなり何なりを下させて弱体化してもらってから殴る、っていうのも一つの手。
少なくとも万全のあれと真っ向勝負を張るよりはよっぽど勝算があるってものよ。
――でも、それを決めるのは貴女次第。だって貴女が、私のマスターだもの」
「戦いましょう、ライダーさん!」
返事は、一秒の間隔さえない内に返ってきた。
お姫様抱っこの体勢で抱えられながら、その目には先程までの恐怖の色は欠片も残っていない。
彼女に言わせれば、そんなものは迷う余地もなく答えの分かりきった問題だった。
確かに、打算を優先するならこの場は逃げに徹するという選択肢もあるだろう。
しかしそれをすれば、虚構のものとはいえ、沢山の犠牲が出るのは間違いない。
吹雪は――人の海を守り、世に平穏を齎すために建造された艦娘の少女は、それを許容できなかった。
最適解ではなかれども、これが彼女の答え。
変わることも、揺らぐこともないアンサーにライダーは一瞬だけ驚いたが、すぐにそれは笑みに変わった。
「それでこそ私のマスターよ」
そうだ、そうでなくてはならない。
もしもここで逃げようなどと口にした日には、張り倒していたところだ。
利益の観念に囚われず、不合理な選択肢を躊躇なく選び取る真っ直ぐさ。
それでこそ、この私を指揮する提督(マスター)に相応しい。
駆け上がる階段、見えてきた屋上の扉。
そこへ辿り着かんとした矢先、磨りガラスの向こうに見えていた光が黒に閉ざされた。
硝子の鏡面から這い出る、黒衣の仮面。四眼の屍面相。
そちらから姿を現してくれたか――ならば話は早い。
航空戦艦、空母、水上機母艦、駆逐艦、巡洋艦、潜水艦、その他諸々。
海の砲撃戦を彩る艦種は数ほどあれど、花型を飾るに相応しいのはただ一種だ。
戦艦こそは戦の花型。最強無敵の艤装を纏いて、いざや人の営みを脅かす外敵を討滅せしめん。
這い出した仮面の中央へと、打撃の要領で砲口を文字通り叩き付ける。
この距離なら、外す道理はない。
「Feuer」
連装砲の超火力が、ただ一点を目掛けて炸裂する。
ティキは扉を突き破り、その向こうへと吹き飛んでいった。
ウインクをしつつ振り返って、ライダーは自らのマスターへと確認する。
◆ ◆
「――フム」
巻き上げられた粉塵の中から、ティキは砂埃を払い除けながら姿を現した。
並のサーヴァントならば霊核を粉砕されていてもおかしくない当たりだったにも関わらず、彼の負っている手傷の度合いは極めて浅い。そもそも手傷になっているのかすら怪しい節があった。
「サーヴァント相手も楽じゃナイな。流石に強イ……死ぬかと思ったぞ」
「ふふ、もっと褒めてもいいのよ?」
嘘を吐け。
心の中で毒づきながらも、ビスマルクは普段通りの自信満々な表情で迎え撃つ。
さも絶望的な戦いを演じているような口振りだが、それと裏腹に仮面の底で蠢く目玉は嗤っていた。
信じ難いが、先の一撃程度ではまるで堪えていないのだろう。あれを喰らってさしたる損害にならないという破格の耐久値には目眩がするが、されども此方の消耗は未だ零に等しいのだから戦況は決して悪くない。
ティキの指先が何かを放った――凝視すると分かる。あれは人間の眼球だ。
しかしその内側からは黄燐のような炎を揺らめかせ、人魂のように爛々と照り輝いている。
馬鹿正直に接触するつもりはない。連装副砲の爆風でそれらを吹き飛ばし、吶喊して鋭い蹴撃を見舞う。
兵器にあるまじき肉体攻撃に面食らう様子は見えないが、回避の隙へと更に砲撃をくれてやった。
手応えは確かにあったが、それでもやはり沈む気配がない。
「無意味なことを」
爆風の向こうに幽けく佇む仮面の魍魎。
四つの眼が妖しい輝きを見せたかと思えば、今度は虚空を突き破って悪霊の手が出現する。
数は数本の域には留まらない。三桁に達しているだろう死霊の腕が、ビスマルクを捉え、その麗しい肉叢を喰らい貪らんと猛り狂って押し寄せてくる。
そのどれもが、現世を彷徨う浮遊霊などとは比べ物にならない怨念を含んでいた。
「死霊使いってわけ? ……悪趣味ね」
吐き捨てるようなその声には、これまでのものとは質の違う嫌悪の色が宿る。
彼女は人の死を、敵味方問わずに数え切れないほど見てきた。
怨嗟の声を叫びながら逝った者。
祖国へ残したままの家族へ謝罪しながら逝った者。
護国の勇士として息絶えることに誇りを抱きながら水面へ消えた者。
はたまた、何かを残すことすら叶わなかった者。
その生き様を否応なしに見せつけられてきた『戦艦』だからこそ、死霊を扱うというやり口には反吐が出る。
「死霊使い、カ――半分正解、半分不正解と言ッタところダナ」
ビスマルクの火力を前に冥界へ導く腕は次々とその残量を減らしていく。
一見、戦いは彼女のペースに見える。
しかしながらティキにいまだ堪えた様子は見られず、また、彼の悪辣さもまだまだ序の口だ。
ビスマルクの足下から、木々の蔓にも似た触手が出現してその両足を絡め取る。
締め付ける力は非常に強いが、ビスマルクの筋力値ならば力づくで振り払える範疇だ。
そんなことはティキとて百も承知。重要なのは、その振り払う動作に生じる隙。
わずか一瞬の間隙すら、禁魔法律の怪人にとっては付け込む隙間には十分過ぎる。
指先から迸った呪念の魔光が、彼女の右太腿を貫いた。
顔を顰めながら拘束を脱したビスマルクの砲撃がティキの手駒を一掃するが、手数は確かに刻まれた訳だ。
「ちっ」
傀儡師のような手付きで手繰る霊体の茨を引き千切り、放つ砲火とティキの右腕が衝突する。
戦艦の砲撃と素手の膂力で拮抗するというのは驚嘆に値するが、さしもの彼もそこまでの地力を有してはいない。禁魔法律家が力を行使するにあたり用いるエネルギー……『煉』を手先より放出し、魔術師で言うところの魔弾に相当する芸当を行うことで相殺せんとしているだけの話。
彼の魔力は確かに潤沢だが、超弩級戦艦の砲撃は壮絶な威力を秘めている。
徐々に押し切られかけているのを見かね、魔力を更に注ごうとして、ティキの胴がくの字に折れ曲がった。
「グ……!」
後続の砲弾が、一切の容赦なくティキを打ち据えたのだ。
ティキは確かに並外れた耐久値を持つが、それも決して無限というわけではない。
あくまでも、度を逸して堅い――真実怪物めいた生命力を持つというだけの話。
そして戦艦の火力ならば、それを押し切ることも難しくない。
彼女達艦娘の攻撃には、ランク値に見合わないだけの破壊力がある。
それこそ、禁忌の呪術という異能の力を圧し得る可能性さえ生まれてくるほどのものが。
「そら、次ハこれダ」
だが、禁魔法律家の生み出す怨霊に際限はない。
次に呼び出されたのは、これまでの雑把に等しい小物とは訳が違うと一目で分かる人面の巨躯。
それは幾何学模様を体中に刻んで意味を成さない文言をぶつぶつと呟きながら、点の一つ一つが色の異なった鮮やかな複眼をアンバランスに揺らめかせていた。
かつて御目方教の信徒であったが、身に余る力に肉体が耐え切れなくなった哀れな成り損ない達の末路。
本来一人前のものでしかなかった魂を十ほど結合させることで生み出した、外法の大怨霊である。
ビスマルクはそれを見るなり、思わず舌打ちをした。
キリがない。大した魔力消費もなしにあのレベルの怨霊を連発されては、燃費に優れる彼女でもいつまで保つか疑わしい。手早く勝負を決めるには、やはり術者のティキを叩く必要があるのだろうが。
「吹雪! あれのステータスはどう!?」
ビスマルクは声を張り上げる。
仮にサーヴァントであるならば、必ず固有のステータスが用意されている筈。
それ次第では、どう攻め立てるのが効率的か浮かび上がってくるかもしれない。
そう思ったのだが、吹雪の返した答えは最悪のものだった。
「見えない……駄目です、見えません……!」
ステータスが見えない。
それはつまり、何かしらの隠蔽宝具かスキルが作用しているか。
もしくは――そもそも敵は、サーヴァントではないということを意味する。
前者ならばまだいいが、後者だったなら最悪だ。特に、この仮面がそうだとしたら尚更のこと。
サーヴァントでないということは、彼は他のサーヴァントが動かしている使い魔もしくは宝具ということになる。英霊と互角に戦える戦力の持ち主が、悪意を持って自立活動しているとなればいよいよ始末に負えない。
「どうシタ、休んで居る暇なゾナイと思うが?」
「うるさいわね!」
泡立つ剛腕の薙ぎをステップで躱すビスマルクだが、やはり水上での戦闘に比べれば動きにキレが欠ける。
戦いにおいて、巨大な相手というのはそれだけで脅威だ。
まして敵はそんじょそこらの魔物程度なら軽々凌駕するだろう、禁魔法律家の成れの果てたる怪物。
ただ掠めただけでもコンクリートを吹き飛ばし、吐く息は色を帯びた瘴気に等しい。対魔力のスキルを持たないサーヴァントが浴びれば、呪いの汚染を免れまい。
砲撃を見舞う度、巨大な猿のような悪霊の面影に風穴が開く。
ビスマルクほどの艦船英霊が相手な以上、砲弾の直撃で受ける影響はただのダメージのみに留まらない。
着弾の衝撃による一時的な動作の麻痺、並びに爆音による聴覚へのジャミング。
これほどの要素が揃っていながら、彼女の砲撃によって吹雪が消費する魔力量は反則的なほどに少ないのだ。
英霊ビスマルクは、紛れもなく驚異的な強さを秘めた英霊であった。
「Feuer!」
砲撃を連続で見舞う。
風穴の数が七つに達した時、悪霊の体が漸く揺らいだ。
しかし、横着している暇はない。
傷口がぼこぼこと泡立つ音色を奏で、癒着していくのが見えた。
このままでは再生される――幾らペースさえ握れれば容易い相手とはいえども、あくまでこいつは召喚物。
本命ですらない相手に、そう長い時間を掛けてはいられない……そう思ったから。
ビスマルクは、嫌悪感を放り捨てて人面の真ん中へ自らの右腕を突き立てた。
おぞましい手応え。肉が癒着を始め、自分の腕ごと喰らおうとしている。
事実数秒後には、ビスマルクの腕はあっさりと砕かれてしまうことだろう。
されど数秒の時間があるのなら、彼女には。
「Feuer」
五回は、これを殺すことが出来る。
「やれやれ」
ティキの呆れたような声が、爆音の少し後に聞こえた。
禁魔法律家という存在は数居れど、その中でも彼は最強と言っても誤りではない実力者である。
単純な脅威度ならば、それこそ彼を使役する少年にすら優るほどに。
歴史の闇を糸引き、ドス黒い悪意を糧に暗躍してきた仮面の怪人。
その彼をして、眼前の女は少々『想像以上』だった。
第一に隙がない。
戦闘練度の高さ、無双の砲撃能力、おまけに呪殺の怨念に臆することのない精神性。
どれを取っても第一級と呼ぶに値する、この上なく直球に『強い』サーヴァント。
「本来は炙り出す、程度の予定ダッタのダガ。
予定が狂ッタ挙句、容易く狩り殺セルような相手デモないらしイと来た」
語り終えると同時に、ビスマルクの連装砲が火を噴き、ティキの体に着弾して爆発を引き起こす。
いつしか黒尽くめの体はボロボロと崩れ落ち始め、消滅が近いらしいことを窺わせた。
それでもビスマルクは油断も、慢心もしない。単なる言葉上だけでなく、もっと深い部分で理解したからだ。
このティキという男を前に隙を晒すことは、死よりも恐ろしい破滅の到来を意味する。
他者の弱り目に付け込み、力という甘い商売道具で容易く心の綻びに取り入って、マリオネットを扱うよりも遥かに質の悪いやり口でそれを踊らせる。
その結果誰がどれだけ死のうが構わない――先程吹雪へ軍人としての合理的判断力の片鱗を示したビスマルクですらも反吐が出るとしか言いようのない、終わった価値観から紡がれる悪魔の一手。
「――あの」
口を開いたのは、吹雪だった。
その体はやはり、小刻みに小さく震えている。
無理もないだろう。目の前の存在は、戦場とはまた別種の恐怖を内包した存在なのだから。
単純な死ではなく、死後すらも玩弄する者。英雄とも神秘ともかけ離れた、悪意の塊。
「あなたは、どうして……どうして、こんな事をするんですか?」
それでも吹雪は、そう問わずにはいられない。
彼の本来の意図には嫌でも察しが付いた。
学校へ手駒に作り変えたNPCを潜り込ませ、適当な生徒を悪霊化させることで大混乱を引き起こす。
そうやってサーヴァントを炙り出し、あわよくば交戦して打ち倒そうという腹積もりだったのだろう。
しかしティキの誤算は、一発目の準備段階にして『当たり』を引き当ててしまったことだ。
結果的に目論見は失敗し、犯した手間は徒労に終わった。
事の顛末のみを見れば、吹雪にとっては幸運に物事が働いていたと言う他ない。
ティキの手駒が彼女を選んだことで、事態は間違いなく最小限の犠牲で解決に至った。
少女が幾度となく発揮してきた、土壇場における幸運――それはこの地でも健在ということか。
「どうシテ?」
問いを反芻し、ティキはクネクネとその体を歪ませる。
嗤っているような、煽っているような動きだった。
滑稽なピエロか何かがそうしていたなら、さぞかし似合っていたに違いない。
「どうシテ……どウシて?
コレは聖杯戦争、魂ト命を懸けた殺し合いダロウ?
ならば勝つための手段を選ぶ必要がどこにある」
消えかけの体を捩らせ。
悪意と狂気に淀んだ瞳を蛆虫のように蠢かせ。
仮面は嗤う。
仮面は嘲笑う。
輝きだけを見てきた少女の未来を悟ったかのように、愉快そうな顔で哂う。
「ああ、ソレとも今マデはそれでどうにかなっていたのかナ?
なら可哀想に――キミは遠からヌ内に思い知るダロウネ。その輝きノ愚かさを、自分の青さとちっぽけさを」
ティキは数百年を生きる怪異である。
富士の山を噴火させ、京の都へ数千の悪霊を放った事もあった。
彼は遥か昔より邪悪なる怪人であり、その在り方は今後も変わることは決してない。
誰よりも人心を掌握して弄ぶことに慣れた神出鬼没の怪人は、ただ一度の問いから吹雪という娘を理解した。
彼女は前向きだ。居るだけで他の者にすら希望を与える、勇者じみた素質の持ち主と見た。
それは当然、人の絶望を糧とするティキや主たる者にとって都合が悪い。
しかし、仮にこのまま永らえたとしても、彼女はきっと遠からずその輝きを挫かれる。
ティキはそう理解した。その時流れる甘い汁と絶望の程に期待し、歓喜し、惜しいと思いながらも。
先はないからここで死ねと――ティキは彼女を殺すことにした。
もはや消え去るのを待つばかりだった黒い躰が、ぶくぶくと膨張し始める。
空気を注がれ続ける風船のように膨れ上がるその内側に充満しているのは、膨大な煉のエネルギー。
彼の体内を器として限界まで溜め込んだそれが爆ぜたならどうなるか、それは想像に難くない。
「こいつ!」
咄嗟に意図を理解したビスマルクが砲口を向けるが、彼女とティキを隔てるように樹木に似た悪霊が出現した。砲撃を続ければ打ち破れる程度の堅牢さだとしても、やはり完全破壊には十数秒ほどの時間が掛かる。
万事休すか。いや、諦める訳にはいかない。
「っ、どうすれば――」
考えろ。
考えろ、考えろ。
吹雪は必死に、頭をフル回転させる。
せめてこの場に艤装があれば、自分にも出来ることがあったかもしれないのに。
日常生活の一部なのだからと気を抜いた自分を叱責しながら、吹雪はそれでも諦めない。
果たして、限られた僅かな時間で身命を削る勢いで活路を探す彼女の想いに神が応えたのか。
ビスマルクの砲撃が怨霊の体へ穿った風穴を、針の穴を通す精度で通り過ぎたものがある。
誓ってそれを放ったのは、吹雪でもビスマルクでもない。
仮にビスマルクが穿たれた穴を利用して向こう側のティキを攻撃しようとしていたなら、低レベルとはいえ知性を有する悪霊はそれを察知し、防ぐように動いていたことだろう。
だから彼女には、今の芸当は不可能だった。
出来るとすれば、この場の誰にも存在を察知されていない、第三者。それしかいない。
「おォ……!?」
「悪いわね、横槍入れるみたいになって」
爆発寸前のティキを射抜く、61cm四連装魚雷の一撃。
爆発ならぬ暴発を引き起こした煉は彼の体内で反響するのみに留まり、それが最後の後押しとなって、仮面の男は完全に消滅するに至った。
扉ごとぶち抜かれた屋上の入り口へ立ってそれを見届けるのは、銀髪の幼い少女と、吹雪よりも学年が上であろう長身の美青年であった。
「でも、これ以上暴れられると流石に面倒なのよ。朝っぱらから派手にやらかしてくれちゃって」
ビスマルクとの交戦で弱った悪霊については、最早敵ですらない。
連装砲の射撃一発で顔面を打ち砕き、苦悶の叫びとともに消滅していった。
「サーヴァントと……マスター?」
「そういうことだ。勿論ただの酔狂でお前たちの前に現れた訳じゃあないが――」
力が抜けたようにへたり込む吹雪へと手を差し伸べて、青年は悪戯っ子のように笑った。
「直に先公達が駆け付けてくる。俺について来な、話はそれからだ」
◆ ◆
屋上を舞台にした砲撃戦。
陸上で、しかも学校を舞台に行うにしてはあまりにも目立ちすぎだった。
幸いだったのは、テロの危険性などを勝手に危惧して学校側が慎重になってくれたことだろう。
結果的に吹雪達は青年に連れられて、誰かの目につく前に離脱することが出来た。
後で追及はされるだろうが、そこは俺に任せておけ、そう言って青年は不敵に微笑んだ。
彼の名は、棗恭介。
この学校に通う三年生『ということになっている』、聖杯戦争の参加者。
そんな自己紹介を終えるや否や、彼は早速吹雪へ切り出した。
あの場に駆けつけた本当の理由。吹雪にとっては願ってもない申し出を。
「お前――俺と組まないか?」
◆ ◆
【一日目・午前/C-3・高等学校B/どこかの教室】
【吹雪@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] 高校の制服
[道具] なし
[所持金] 一万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:同盟……?
2:ティキが恐ろしい。
【ライダー(Bismarck)@艦隊これくしょん】
[状態] 疲労(小)、右太腿に貫通傷
[装備] 艤装
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:吹雪を守る
1:恭介に対処
2:ティキは極めて厄介なサーヴァントと認識。御目方教には強い警戒
[備考]
※アーチャー(天津風)が既知の相手であるか否かは後の話に準拠します。
【棗恭介@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 高校の制服
[道具] なし
[所持金] 数万円。高校生にしてはやや多め?
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯入手。手段を選ぶつもりはない
1:返事を待つ。
【アーチャー(天津風)@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 艤装
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:恭介に従う
[備考]
※ライダー(Bismarck)が既知の相手であるか否かは後の話に準拠します。
※屋上で砲撃戦が行われました。
◆ ◆
仄暗い部屋。
昼間だというのに、薄明かりだけが照らす広間。
格子の内側に坐す着物姿の少女と檻越しに向き合うのは、女顔の美少年だった。
儚げで、触れれば壊れてしまいそうなほどの華奢な体格。
とても強さらしいものは感じさせない筈の見た目には、しかし不思議な風格と存在感がある。
「思ったよりうまくいかなかったようだけれど、サーヴァントの存在は確認できたか」
彼こそは、キャスターのサーヴァント。
最強の禁魔法律家を宝具として使役する、現代に蘇った箱舟の王。
巫女信仰の末に暴走し、教義の名の下に陵辱を繰り返す狂った教団を瞬く間に支配して作り変えた、現在このK市で続発している怪現象の根源たる者こそが、彼――円宙継である。
そして今日は、ルーラーに目を付けられるのを覚悟の上で駒を放った。
ティキによって生み出された即席の禁魔法律家を自滅承知で送り込み、聖杯戦争の参加者を炙り出す。
流石に台本通りの進行とはならなかったようだが、しかし問題はない。
倒すべき敵が確かにその場へ存在するということと、戦闘方法のデータ。また、そこから浮かび上がってくる真名推測に繋がる幾つかのキーワード。
それを持ち帰れた時点で、手間を払った甲斐は十分にあったといえる。
「でも驚いたよ。幽体とはいえ、君をさしたる犠牲もなく撃退してのけるなんてね。
これまでが順調すぎたから、サーヴァントという存在を侮っていたようだ。改めなくちゃね、そこは」
広間に居るのは、二人のみではなかった。
影法師のような黒づくめの体に、四つの眼が覗く白い仮面。
その姿は紛れもなく、先程消滅した筈の怪人ティキと同一だ。
「そうだネ……次は横着せず、手ずから出向くくらいが丁度良さソウダ」
ティキは、禁魔法律家とした人間に刻まれる反逆者の印を通じてそれをコントロールすることが出来る。
悪感情の増幅。
狂的な行動の誘発。
たとえその人物の心から闇が消えようとも、印がある限り、相手はティキから逃れられない。
例外があるとすれば対象の過度の動揺による印自体の弱体化だが――NPCが相手ではそれは望めまい。
先刻高等学校で吹雪たちが一戦を交えたティキは、潜入させていた禁魔法律家の印を通じて出現させた幽体の分身であって、例に漏れずその戦闘力は本来の彼に比べ大きく減退している。
ビスマルクの砲撃によってほぼ即死状態だった教師の命を無理矢理に繋ぎ止めさせることで印を維持し、ああやって戦闘へ及んでいたという訳だ。
「全ては順調だよ、椿。
僕らの活動を察知して首を突っ込んでくる連中も居るようだけど、それも含めて順調だ」
キャスターの足下に転がるのは、異色に輝く糸で雁字搦めに縛られた一匹の幻獣。とあるサーヴァントが偵察に送り込んだものであった。
現在、総本山の周辺には強力な結界を貼ってある。
何しろキャスターが展開したものだ。普通の使い魔では結界へ接触した瞬間に強力な呪いに体の節々までを冒され瞬く間に死亡する。しかしこのグリフォンはそれを貫通し、内部へ侵入したところで力尽きていた。
死んではいないが、非常に弱っている。このまま捨て置けば呪いに蝕まれた末、あと数十分と掛からない内にむなしく消滅の末路を辿るだろう。
「さあ、君も――お家へ帰る時間だ」
その目が、一瞬だけ赤色に発光した。
深く根付いた呪いが体中を駆け巡り、グリーングリフォンという使い魔の内部構造を改造していく。
優れたキャスターに使い魔を捕縛させるチャンスを与えたことは、グリフォンの主――仁藤攻介にとって、間違いなく致命的なミスであった。
しかし悔やんでも時は既に遅い。
グリーングリフォンは今、禁魔法律家の手に堕ちた。
これから幻獣の使い魔は仁藤の下へと帰り、獅子身中の虫として行動する。
「キャスター……」
「大丈夫だよ、椿。僕らは負けない。僕らの願いは、他のあらゆるすべてを淘汰する」
少年は笑い、釣られるようにして椿も笑った。
破滅と復讐の願いはいびつに共鳴し、ただ怪異と化した心臓が脈動を続けていた。
【一日目・午前/C-4・御目方教本部】
【春日野椿@未来日記】
[状態] 健康、禁魔法律家化(左手に反逆者の印)
[令呪] 残り三画
[装備] 着物
[道具] 千里眼日記(使者との中継物化)
[所持金] 実質的な資金は数百万円以上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、世界を滅ぼす
1:キャスターに依存
【キャスター(円宙継)@ムヒョとロージーの魔法律相談事務所】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、復讐を成し遂げる
1:ティキを通じて他参加者の情報を収集する
※グリーングリフォン@仮面ライダーウィザード が、エンチューの支配を受けました。非常に強力な呪いなので、解くには相応の手段を用意する必要があるでしょう。
◆
輝きを胸に進む少女の姿を、見ているのかいないのか。
軍装の支配者は、ひとり忌まわしげに舌を打った。
彼女は在りし日の己より目を背け、すべてを推し進めるために舵を取る。
己の舞台に綻びなどはないと、そう信じながら。
夢見る少女とは縁遠く、されども確かに夢を見て、電子の世界を回すのだ。
◆
投下を終了します
投下乙です
学校の教師の中にも入り込まれてるとかやっぱり御目方教は強い…さっそくグリフォンも利用されてるし
吹雪は心強そうな同盟を組めそうだけど、対聖杯と聖杯狙いだからなぁ…恭介の狙いを知ったらどうなるかが鍵になりそう
衛宮切嗣、アーチャー(霧亥) 予約します
投下します。
ヘンゼルとグレーテル。
聖杯戦争運営より通達された討伐令の文面に記された名前に、衛宮切嗣は顔を顰めた。
彼の当惑も無理はない。
聖杯戦争のマスターとして電脳の戦争に参ずるには、ある資格が必要だ。
ただ三度限りの絶対命令権。
人智を超えた存在の手綱を引く為の保険であり、同時に舞台へ上がるための通行証でもあるそれ。
即ち令呪――それは一人に三つ宿るもの。故に二人一組のマスターなどという存在は、ルールの根底からしてあり得ざるものだ。しかしこの文面では「ヘンゼル」と「グレーテル」、二人のマスターが存在するように読める。
「……やれやれ」
とはいえ、その常識はあくまで"本来の"聖杯戦争であったならの話。
電脳世界で行われる、世界線の敷居を取っ払った異形の戦争においては、本来あり得ないような特例やイレギュラーが容易く罷り通る。切嗣はこれまでの数週間で、それを確りと理解していた。
第一、全並行世界という莫大な人類史集の中から英霊を呼び込むという時点で教科書通りに進む筈がない。
本来、英霊の座に送られないような人物。
過去、未来を通り越した座標点より召喚される人物。
果てには神霊などに代表される、聖杯戦争の限度を超えた存在まで。
これまでこの街で鎬を削り、もの皆虚しく滅び去っていったのだ。
そう考えれば、二人で一組のマスターなど大して珍しいものでもない。
少なくとも、驚きに値するようなものではないだろう。
二人一組のサーヴァントとなれば流石に些か面倒だが、マスターならば、殺す手間が少々増えるのみで済む。
そしてこのグリム童話の双子を名乗る二人組について、衛宮切嗣は容易い相手だと踏んでいた。
聖杯戦争の大前提、民間人への露出と度を越した虐殺行為という禁忌を何ら躊躇することなく犯し、本戦開幕と同時に事実上すべての陣営を敵に回した時点で、件の陣営が知略に長ける手合いでないのは見えている。
恐らくは生粋のシリアルキラー、ないしはトリガーハッピー。
聖杯を手に入れることよりも目先の殺戮を優先する、短慮で浅はかな思考回路の持ち主。
いざ追われる側の立場に立たされてみて討伐令に尻込みし、雲隠れを決め込むような輩であれば、そもそもこれだけの数の凶行を重ねてはいないだろう。
今後もきっと、『双子』の凶行は続く。
災害のように、暴走した機関車のように、箍の外れた殺戮を繰り返していく。
そして当然、そんな彼ら、彼女らの行き先に未来などあろう筈もない。
まず間違いなく、『双子』はそう時間を要さずに脱落するだろう。
自分の手を汚さずとも片の付くだろう相手。
しかし切嗣は、ルーラーの発布した討伐クエストに乗るつもりでいた。
言わずもがな、対象殺害の報酬として与えられる令呪を目当てとしてだ。
切嗣のサーヴァントであるアーチャーは、一言、手駒として御し易い英霊では決してない。
過剰火力もいいところの宝具に、彼の持ち合わせる精神異常のバッドステータス。
霧亥は間違いなくサーヴァントとして絶大極まる存在で、単純な戦力のみを見て考えるならば、そのスペックは間違いなくこの本戦で最強に近い位置に居るだろう確信さえ切嗣にはある。
だが、過ぎた戦力は得てして使う者の首を絞めるものだ。
彼の宝具を何の躊躇もなく解放した日にはルーラーの警告、最悪討伐令を喰らう可能性が極めて高い。
それほどまでに、霧亥は優れた力であると同時に、過ぎた力であった。
その霧亥を確実に従わせる手段となれば、それはもう令呪以外にない。
意思疎通が不可能という訳でこそなかったが、数週間の戦いを経て、霧亥はいつか必ず、ともすれば破滅に繋がりかねない逆境を招くだろうことが切嗣には容易に推測できた。
いざという時の保険は、多いに越したことはない。
双子を狩ることで、暴れ馬を通り越した暴発寸前の核兵器のようなあのサーヴァントを抑止するための備えを獲得する。これからの行動方針を大まかに自分の中で整理してから、衛宮切嗣は宿泊していたハイアットホテルを出、活気に溢れる雑踏へと歩み出した。
その彼の後を、霊体化したアーチャーが付いて行く。主従の間に言葉はない。
どちらも今は必要ないと判断していたから、そんなものが生まれよう筈もなかった。
◆ ◆
切嗣の拠点は現在三つ存在する。
一つは数時間前まで滞在していたハイアットホテル。
もう一つは此処から南下した港湾区に存在する、それよりも数段グレードを落としたビジネスホテルだ。
残る一つはこのK市に再現された「衛宮邸」。こちらは滅多に寄り付くことのない場所で、殆ど万一の備えとして場所だけ確保しているようなものだ。
拠点を複数保有する以上、同じ場所へ長々と滞在するのは得策ではない。
だから切嗣はこうして数日置きに、二つのホテルを行き来し、足の付く可能性を最大限減らすことにしていた。
どの程度効果的かはさておいても、切嗣のように拠点爆破などといった外道の策を躊躇なく取る手合いにはある程度有効な手段となる筈だ。
そういう算段でいつも通り外へと出て、軽食を摂る為にファーストフード店へと入った。
ハンバーガーを二つ注文し、代金を支払って店を後にする。
こうなればもう、買い物というよりは作業に近い。
手間なく食べられ、腹も膨れることから切嗣はジャンクフードを愛食していたのだったが。
踵を返して出口へと向かう切嗣の耳が、とある会話を捉えた。
――中学校に、テロリストが侵入したんですって。
――あたしの聞いた話だと、あそこの高校でも同じようなことがあったらしいわよ。
――やだ、物騒な世の中ねえ……
切嗣は店を後にするなり携帯電話を取り出し、地方ローカルのニュースサイトへとアクセスを試みた。
適当な建物の壁に背を委ね、チーズバーガーの包装を解いて頬張りながら、片手で携帯を操作する。
問題の記事は、幸い苦労することなく見つけ出すことが出来た。
舞台となった場所は二つ。
S中学校とY高校。
どちらもそれなりに歴史の長い、K市に備え付けられた学び舎だ。
記事を読み進める切嗣だったが、無論、彼は端からこれをテロリストの仕業だなどとは思っていない。
地上から数メートルはあろう壁面を破壊しての校内侵入。
屋上に残された兵器を用いた交戦の痕跡。
双方に共通しているのは、犯人の目的が一切不明だということ。
この時点で、これが聖杯戦争絡みの事件であることなど考えるまでもなく分かる。
重要視すべきは、襲撃者が何者なのか、ではない。
白昼堂々現れた人外の襲撃者を、一体誰が撃退したのか――ということだ。
警察に臆して逃げ出すような手合いではまずないだろう。
だとすれば、誰かが――サーヴァントに対抗できる手札を持った誰かが行動を起こし、その手札を切ることで事態を収束へ導いたのだと考えるのが妥当なところだ。
この場合の『手札』とは、言うまでもなく同じサーヴァントのことを意味する。
(少なくとも最低一人は、S中学とY高校にマスターが潜伏している)
下手をすればペナルティものの暴挙を犯す理由には想像がつく。
学校を狙ったのは人が集中しやすく、また特定の年代層が一点に集められるという理由で、目的は生徒の皮を被って潜んでいるマスター及びそのサーヴァントを炙り出すこと。
これは自分ならこうするという話以前に、少し考えれば誰でも思いつくような方策だ。
とはいえ切嗣が霧亥を使ってこういう手段に及ぶことはまずなかったに違いない。
そういう意味でも、どこかの誰かが起こしてくれた騒ぎは切嗣にとってプラスに作用してくれた。
路傍に停車しているタクシーを捕まえて乗り込み、「Aデパートまで」と一言。
Aデパートは、S中学校の近くに存在する複合商業施設だ。
無論、切嗣が用のある場所はそんな所ではない。
が、襲撃の舞台となった中学校をわざわざ行き先で指定するほど怪しい話もないだろう。
常に万全を期し、足取りは掴ませないに越したことはない。
切嗣は微かに暖房の利いた車の中で、運転手の世間話を軽く受け流しながら窓の外を見た。
ふと、その時思い出す。
このK市に存在する「衛宮切嗣」ゆかりの場所は、何も拠点の一つである「衛宮邸」のみではなかった。
冬木の聖杯戦争へ臨むにあたり、拠点と据える手筈であったアインツベルンの城と、それを覆うように鬱蒼と広がった森。丁度今から向かう地区からそう離れていない位置に、それがある。
「……まさかな」
一瞬脳裏を過ぎったのは――厭な想像。
最愛の彼女が城の中で微笑む絵を思い浮かべ、かぶりを振ってそのビジョンを拭い去った。
それは彼らしくもない、感情に任せた行動であった。
切嗣はまだ知らない。
森の奥で待ち受ける者は、彼の妻などではなく。
彼がやがて辿り着く結末のその先、死後の未来から訪れた最愛の娘であることなど、知る由もない。
【一日目・午前/B-1・タクシー車内】
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 小型拳銃、サバイバルナイフ(キャリコ短機関銃を初めとしたその他武装は拠点に存在)
[所持金] 数万円程度。総資金は数十万以上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯による恒久的世界平和の実現
1:中学校へ向かい、情報を収集する
2:アインツベルンの森の存在が引っ掛かる
3:討伐対象の『双子』を抹殺し、令呪を確保したい
【アーチャー(霧亥)@BLAME!!】
[状態] 健康
[装備] 『重力子放射線射出装置(グラビティ・ビーム・エミッター)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1:サーヴァントの討滅
投下終了です
岡部倫太郎&ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)、ニコラ・テスラ&セイヴァー(柊四四八) 予約します。
投下します。
ネットカフェを後にした岡部倫太郎と二人のライダーは、K市を散策することにした。
とはいえこの街で暮らし始めてから、既に数週間が経過している。
大まかな街の間取りは頭に入っているし、今更真新しいものが見つかるとも思えない。
そんなことは百も承知だ。彼らの目的は、倒すべき敵を見つけ出すこと。
討伐令の対象となっているグリム童話の双子を名乗る何者かと、そのサーヴァント・アサシン。
彼らを筆頭とした聖杯戦争の参加者と接敵し、それを倒す。
馬鹿正直ではあるが、最も早急に戦を進める方針を彼らは取っていた。
さりとて、K市は決して狭い街ではない。
残存している主従の数が如何程かはさておいて、闇雲に歩き回っているだけでは、現状最も出くわす確率が高いであろう件の殺人鬼にさえお目にかかれる可能性は低い。
ねぐらを出て二時間ほど経過したろうか。
時折バスなどの公共交通機関を利用したこともあって疲れはそれほどでもないが、
やはりただぶらぶらと街を歩いていると、得も言われぬ徒労感が押し寄せてくる。
どこかで休憩でもするか。
そう口にしようとして、咄嗟にやめた。
本来、サーヴァントには食事という行為を必要としない。
だが勿論食べること自体はできるし、味覚もある。
それが祟って、アンとメアリーの二人は事あるごとに岡部の財布を削り取っていくのだ。
彼女たちいわく、現代の料理は生前の時代に比べて数段上の味わいらしい。
様々な保存料や合成調味料が働いているお陰であるのだったが、流石に夢を壊す気にはなれず、岡部は口を噤んでおいた。とにかく、まだ聖杯戦争は序盤も序盤だ。
手持ちに若干の余裕はあるとはいえ、出来る限り浪費は避けていきたい。
と、その時だ。
前方に公園が見えてきた。
この近くには確か小学校があったと記憶している。
子どもたちが立ち寄って遊ぶことも多いのだろうが、時間が時間なためか、人の声はしない。
財布を節約しつつ休息を取るにはうってつけかもしれない。
何やら談笑しているライダー二人を先導して園内へ踏み入ると、そこには少しばかり物寂しい、冬の訪れを感じさせる風景が広がっていた。
もしもう少し暖かい季節だったなら、さぞかし気持ちのいい空間だったろうと思う。
落ち葉も大分片付けられ、露出した土肌を踏み締めて歩く。
公園なのだから、ベンチなり何なりはあるだろう。
ひとまずそこに腰を下ろして、今後のことを考えるなり、ライダーたちにそれを相談するなりしたいところだ。
――そんな岡部の考えは、前方より歩みを進めてきた二人の男の登場で、雲散霧消させられることとなった。
まず目に付いたのは、異彩を放つ白い服と青い髪だった。
顔立ちは日本人離れしており、一目で異国の人物なのだろうと窺わせる。
次に岡部はその隣の人物へと視線を向け――思わず目を見開いた。
サーヴァントだ。よりにもよってこんな場所で遭遇するとは思わなかった為、足が止まる。
相手もまた、こちらがサーヴァントとそのマスターであることへはすぐ理解が及んだようだった。
「下がって、マスター」
メアリー・リードは岡部を庇うように前へと出、アン・ボニーも長銃を取り出し、構えている。
相手が妙な行動を見せれば、いつでも戦端を開ける体勢だった。
しかしマスターらしき白衣の青年は自らの顎へと手を当て、静かに口を開く。
「お前は、聖杯を求める者か?」
岡部へ投げかけられた問いには、不思議な深みがあった。
見てくれは精々彼と同程度の齢でしかないにも関わらず、もっと年季を重ね、修羅場を潜ってきた者特有の重みが籠もった言葉だった。
その不思議なプレッシャーに、ごくりと岡部は生唾を飲み込む。
考えてみれば、不可思議な問いかけだ。
サーヴァントを連れている以上、自分がそのマスターであることなど分かりきったことの筈。
にも関わらず青年は、岡部へ問う。聖杯を求める者か、と。
「……お前は、どうなんだ」
この時点で、薄々岡部倫太郎は気付いていたのかもしれない。
眼前へ現れたこの二人。
聖杯戦争の、真の主催者たる少女をして計算外と言わしめた、最大最強のジョーカー達。
彼らが――
「聖杯を破壊する。正しくは、聖杯戦争をだ。
ルーラーの支配を破り、影で糸引く者を討ち、冒涜の戦に終焉を齎すこと。それが我らの望みだ」
――道理では成らぬ願いを抱えて"飛んだ"探究者から、最後の希望をも奪い去る絶望だということを。
「……ライダー!」
「うん、わかってる」
岡部は後退し、メアリーが代わりに前へと出る。
手に握るはソード・カトラス――宝具でこそないが、彼女の主武装たる得物だ。
その切れ味は申し分ない。神話の剣を相手取ろうと、打ち合いで遅れを取ることはまずあるまい。
『敵の能力値は低い。お前たちよりも、遥かにだ。
しかし念の為、心して掛かれよ』
最後にそんな念話を聞きながら、斯くして戦端が開かれる。
女海賊と救済者の激突が、白昼堂々勃発した。
◆ ◆
「行くよ」
「来い」
銀髪の矮躯が、跳ねる。
その幼い肉体からは想像も出来ないスプリングからの超加速。
右手に握られたカトラスの一閃は過たず迸り、虚空へ銀の軌跡を刻み込んだ。
それだけには留まらない。必殺の手応えの有無など関係なく、海賊の進撃は文字通り蹂躙と化して続く。
二桁に届く程度の回数銀閃が迸った頃合で、メアリーは切り時と見るなり後退した。
さて、あれだけの乱舞を打ち込まれた最弱の英霊が果たしてどんな有様になっているかと言えば。
「……君、何か隠蔽の宝具でも持っているのかい?」
「心当たりはないな。見ての通り、全くの生身だよ」
無傷――セイヴァーの纏うスーツの所々こそ破けていたが、その血潮は一滴も流れていない。
メアリーの振るった高速の連撃は全て彼の肌に触れることなく、未然の際で無効化されていた。
言葉にすれば只それだけ。
しかし、実際にそれをやってのけるのが果たしてどれほどの難易度であるかは想像に難くない。
メアリーの担当はカトラスを用いての切り込みだ。英霊の座に召し上げられ、こうして現界した今もそのスタイルには欠片ほどの変化も腕の鈍りもありはしない。
即ち正真正銘、接近戦のプロフェッショナル。
海賊らしく荒削りな、それでいて確実に敵を狩り殺す猛獣の爪牙だ。
メアリーには知る由もない話だが、セイヴァー・柊四四八は近世の英霊である。
第二次世界大戦という未曾有の戦禍を食い止め、結果的に数十万人以上の命を救う結果を生み出した正真正銘の大英雄。されど、彼の生きた時代は決して武術の腕前が全てを占めるようなものではなかった。
拳よりも銃弾。武力よりも権力。剛力よりも交渉力。
戦いの強さよりも、むしろ戦わずして勝つ強さが要求される激動の時代。
そんな時を駆け抜けた英霊にも関わらず、武力全盛の大海賊時代に名を残した海賊英霊メアリー・リードと互角に張り合えるというのは道理が通らない。
彼のステータスを鑑みれば尚更の話だ。
幸運以外のあらゆるステータスでメアリー達が勝っており、挙句幾つかに至ってはそもそも機能していない。
サーヴァントとしては外れもいい所。誰もが、彼をそう信じる。それは彼女たちでなくとも同じことだ。
「だが、経験則というものがある。
これでも、普通の英霊より百年ほど長生きした身でな――それだけの記憶と経験則があれば、自分より格上の相手とやり合うのも難しいことではない。
それだけの話だ」
「君、自分が何を言ってるか分かってる?」
メアリー・リードはこの時、四四八に対し心の底から呆れの念を抱いていた。
彼の言っていることは一見すると理論が通っているように聞こえるが、実際は暴論もいい所だ。
岡部のマスターとしての目に間違いはない。
柊四四八は、殆ど人間と変わらないスペックしか持たない畸形のサーヴァントだ。
素手で熊を縊り殺すことも出来ず、宝具も魔力も不能と化している、これ以上ないほどの"外れ"。
「勿論承知している。それで、どうした? 今ので終わりではないだろう、来い」
にも関わらず、この言い草。
しかも彼の場合それは何のハッタリでもなく、心からの本意として「来い」と誘っているのだ。
四四八は何も恐れていない。あれだけの脆弱さでありながら、それを恥とすら思っていない。
彼が語るところの経験則と積み重ねた鍛錬の量――それだけで、本気で歴戦の英雄に匹敵できると思っている。
「ただの口だけじゃないみたいだね、どうも」
そして都合の悪いことに、それはあながち只のハッタリとも言い切れないらしい。
先の打ち合いで四四八が何をしたのか、至近距離で彼と打ち合ったメアリーだけが理解していた。
雷電の力を秘めたる竹刀で、まず初撃の一閃を防御。
続く連撃を、彼は曲芸師か何かを彷彿とさせる刀捌きで一発余さず食い止めたのだ。
自分の肉体ではメアリーの速度に追い付けないことを承知し、"速度で優り、反撃に繋げる"のではなく"反撃の目を捨て、ただ守りに徹する"ことのみに重点を置き、偽りなき心眼から繰り出される巧みな技でそれを実践。
疲労さえも最小限のものへ留めながら、見事彼はカトラスの暴風を凌ぎ切ってみせた。
あんなものを見せられては、もう侮ってかかることなど不可能だ。
「それじゃ、僕らも本気で行こう」
メアリーが再び風となる。
最高ランクの敏捷を惜しみなく活用して背後へ周り込み、四四八の背へと真横一文字の斬撃を放つ。
四四八は一連の動作を視認するこそ叶わなかったものの、己の中に存在する確たる戦闘論理に基づき一瞬で敵手の行動を読んで、軽い跳躍と共に日本刀をカトラスへ合わせることで迎え撃った。
甲高い、金属同士が衝突する音が響く。
本来ならば、筋力差の趨勢が圧倒的に相手へ傾いている時点で成立する筈のない勝負。
それを勝負たらしめるのは、散々触れてきた四四八の繊細な技と、その担う刀の本質にあった。
「――ッ」
突如走る激痛に、メアリーは顔を顰める。
日本刀だとばかり思っていた敵の得物が、紫電を散らしていた。
此処で初めて、彼女はそれが単なる一介の刀剣とは訳が違うことを理解する。
それは雷電兵装。彼のマスターである男が彼の戦力を見兼ねて製作した品物だ。
宝具に匹敵するだけの神秘こそ有さないが、英霊に傷を与えることなど造作もない。
今、四四八は接触したメアリーの刀身を通じて電気を流し込み、こうして見事初打をもぎ取ったのだ。
しかし、それを喜んでいる暇はない。
火薬の弾ける音が響き、同時に四四八は舌打ちを一つして地面を転がり回避行動を取った。
着弾。後方より飛来した弾丸が、一瞬前まで四四八の居た座標に無惨な抉れた痕を刻んでいた。
もしも直撃などしようものなら、貧弱な能力値しか持たない彼ではまず間違いなく一撃でお陀仏となっていたことだろう。当たったならば「もしも」の介入する余地を絶対に与えない。それほどまでに、今のは最高のタイミングから繰り出された一撃だった。
「あらら、仕留め損ねましたか」
「……成程。二人一組のサーヴァントというのは、そういう理由か」
「そういうこと。僕らは二人で一人の比翼連理。
卑怯と罵ってくれても構わないよ。僕らは元々そういう存在なんだから」
四四八は「まさか」と首を横に振る。
それからスーツに付着した泥を片手で払い、眼光を鋭くした。
「二人一組のサーヴァント。
カトラス使いの切り込み役と、それをカバーする銃の名手。
おまけにどちらも女で、言い草から察するに堅気の世界に居た英霊ではない――これだけの根拠があれば、おまえたちの真名を推察するのは難しくない。
ジョン・ラカムの両翼――カリブの伝説、比翼連理(カリビアン・フリーバード)。
お目にかかれて光栄だよ、アン・ボニーとメアリー・リード」
「あら。私たちも名が知れたものですわね。けれど皮肉っぽい言い回しは嫌われますわよ、セイヴァーの御仁?」
「そう斜に構えるなよ。これでもちゃんと本心だ。
何しろどいつもこいつも俺の知らん英傑ばかりでな。歴史の教科書で見た名前がこうして目の前に現れるなんてことは、ここまでで一度もなかった」
故に、と四四八は笑う。
二対一、加えて相手は天衣無縫のコンビネーションを常に発揮できる歴戦の荒くれ者。
さしもの四四八といえども、彼女たちを二人同時に相手取ったのでは勝ちの目はまずない。
彼一人の戦力で覆せる趨勢には限度というものがある。この状況は、それを明らかに逸脱した状況だった。
言うまでもなく逆境。にも関わらず、その表情を絶望が彩る気配は未だ皆無。
「だからこそ、不甲斐ない戦い振りを披露しては日本男子の名折れだろう。退ける道理などある筈もない」
「――然り。そして我らもまた、単騎ではない」
瞬間――メアリーとアンの顔色が、目に見えて変わった。
それは本来あり得ないこと。
サーヴァントである彼女たちが、たかが一マスターを相手に本気で危機感を抱くという、聖杯戦争のセオリーを滅茶苦茶に掻き乱すような絵面が展開された。
四四八の背後から、青髪の青年が歩を進める。
その体から感じる力の波長は、明らかに一介のマスターが保有していていいものではなかった。
サーヴァント級。それどころか、その領域さえ飛び越えて余りあるほどの力を滲ませ、靴音を響かせる白衣。
彼こそは神域碩学。
ゼウスの雷電を人の身にして操る、狂気なりし《雷電王》。
無限の正義を成す者であり、柊四四八の主ならぬ同志たる男。
永劫の呪詛を、永劫の祝福を纏い、神霊の権能を持ちて君臨したる彼の名を、ニコラ・テスラ。
「来るがいい、海原の双翼。
我が雷電を以って、その翼を打ち砕こう」
◆ ◆
迸る雷刃。
メアリーはそれをカトラスの斬撃で斬り落とし、アンを更に後退させつつ四四八の一閃を防御した。
彼女こそは海原を駆け抜ける自由の翼。
その飛翔に明確な型と呼べるものは存在せず、故にあらゆる状況へ柔軟に対応できる。
ニコラ・テスラが文字通りの超速で繰り出す数々の稲妻を掻い潜り、時に攻勢へ移る程に、彼女は二人の救世主へと喰いつけていた。
彼女の背後より、破裂音が響く。
それを耳にするよりも一瞬早く、メアリーが全てを理解しほんの僅か体を逸らした。
一歩間違えればフレンドリー・ファイアに繋がってもおかしくない超至近距離を通過して、テスラの心臓を射抜かんと駆け抜ける海の暴弾。
二発三発と連打される銃声は、全てメアリーに当たりかねない位置から打ち込んでいながら、ただの一発として彼女を掠めることすらない。
当然ながら、銃手と標的の間に遮蔽物が存在すれば、標的がその軌道を読むのは至難となる。
遮蔽物ごと撃ち抜ける高威力銃が恐れられるのは単純な威力のみならず、そういう理由でもあるのだ。
二人一組のサーヴァントという異形でなければ保持し得ないコンビネーションのスキルを持つ彼女たちにしてみれば、相方の考えていることなどアイコンタクトすらなしで理解し合える。
比翼連理の女海賊たちは、決して派手な宝具は持たない。
恐ろしげな光を放つことも出来なければ、誉れ高き聖剣の加護など持ち合わせていない。
ただ、しかし。
その培ってきた実戦能力と連携戦術は、戦いに際して彼女たちへ多大なアドバンテージを齎す。
それこそ、格上の敵へジャイアントキリングを決めることすら、二人にとっては容易いことなのだ。
「手温いぞ。未だ様子見とでも言うつもりか」
だが相手のマスター……ニコラ・テスラもまた、只者ではない。
マスターでありながらサーヴァント以上の戦力。
傍らへ出現させた電光の剣を用い、彼は爆光と共に弾丸を切り払った。
更に返礼として、雷電を迸らせながら走る雷刃の双刃を送り出す。
砂塵と泥を巻き上げながら迫り来る様は、白飛沫をあげて獲物へ近付く鮫の背鰭を思わせる。
手に余る。そう判断したメアリーはひらりと躱し、そこを縫うようにアンが銃撃を加えた。
銃弾を受けた雷刃は、しかし砕けない。弾を弾いてアンへと殺到するので、彼女も堪らず回避を取る。
無論、それを見逃す柊四四八ではない。
「はァッ!」
「ちぃッ!」
稲光を伴って振り抜かれる一閃を銃の柄で受け止め、返す刀に銃声を響かせる。
弾丸は四四八の右肩を掠めたが、それしきで止まるようでは、彼はセイヴァーなどという規格外のクラスで召喚されるほどの偉業へは辿り着けなかったことだろう。
最強の盧生が心の逸りで創り出した滅びの黄昏を相手に、敢えて夢を捨て現実を以って挑みかかり、実際に踏破し魔王を討った生粋の英雄であり、それ以上に莫迦たるこの男。
「おおおォッ!」
繰り出す正拳の連撃が、アンの銃捌きによる防御を打ち破らんと連打される。
手の甲が擦り剥け血が滲んでもなお手を全く鈍らせない四四八もさることながら、達人級の武術を窶した彼の拳打をこの間合いでこれだけいなせているアンもまた瞠目ものだ。
しかしさしもの彼女といえども、その奮戦は長く続かない。
「がッ――」
腹を抉るような拳の一撃に胃液を吐き出し、蹌踉めきながらの後退を余儀なくされる。
「アン!」
「ええ、メアリー!」
雷電王と切り結んでいたメアリーの声から意図を汲み取り、アンは不安定な体勢からでも躊躇なく発砲する。
その対象は間合いが近く、屠れる可能性の高い柊四四八ではない。
メアリーへと雷電の一閃を放たんとしていたニコラ・テスラの手元だ。
一方のメアリーも、斬撃の構えを既に取り終え、腕を振り上げていながら、それまでの一連の動作そのものをフェイントとして急加速で後退。
アンが対象としなかった四四八へ、カトラスの一閃を見舞った。
「ぬ――」
「くっ」
これには、優勢を確保していた二人も驚かされる。
距離の概念を完全に無視した、掟破りの標的変更。
アンはメアリーの窮地を救うためにテスラを狙い、
守られるメアリーもアンへの追撃を許さぬと、持ち前の敏捷性で踵を返して離れた位置の四四八を狙った。
そこに言葉はなく、二人のライダーはただ互いの名を呼び合っただけで指示伝達を完了してのけたのだ。
「まさしく比翼の鳥、というわけか」
比翼、それは空想上の鳥。
単眼単翼の雌雄は、それだけでは生物として不完全な畸形でしかない。
だが、雌雄が常に一体となって空を舞うことで欠点は補われ、その翼も世界も完全なものとなる。
テスラの手からは、僅かながら血が滴っていた。
四四八も脇腹へ切傷を刻まれ、スーツ越しに赤い液体が滲んでいる。
雷電の魔人をしても、今の一瞬だけは完全に虚を突かれた。
「聖杯を追う者と、聖杯を砕かんとする我ら。
決して道が相容れることはあるまいが、しかし」
それを認めるからこそ――雷が、稲妻が。その階層を二つは上げた密度へと、出力の桁を変える。
「今のは見事だった。
その飛翔に敬意を払い、私も更なる力を以って貴様を打ち払おう」
雷霆が駆け抜ける。
神なる雷、常軌を逸した位階の雷電神話。
並のサーヴァントならば既に数度は殺されているだろう程の蹂躙が、白昼の公園を駆け巡った。
その光景は、つい数刻前に此処を小学生達が通過していったとは思えないほどに、現実離れした様相であった。
「ふぅ……ちょっと、これ以上は覚悟しなきゃ駄目かもね」
「ですわね。あの青髪の御仁は少々、反則にも程がありますもの。
げに恐ろしきは、あれでまだ"全力ではない"節があることでしょうか」
宝具の解放を以ってすれば、勝てる可能性は十分にある。
それほどまでに、二人の宝具は絶大な威力を発揮する可能性を秘めているのだ。
しかし何の条件もなしに、只の匙加減で火力を上下させられるほど器用な代物では決してない。
彼女たちの宝具は、海賊の生き様を象徴したような特性を孕む。
勝利の可能性を高めようと思えば思うほど条件は過酷となり、敗走のリスクも同時に高まっていく。
この序盤で切っていいものか、迷いを抱いてしまうのも無理はなかった。
「マスター!」
メアリーは、戦いの最中ずっと蚊帳の外に置かれていた自らのマスターへと視線を向ける。
これは、彼の戦いだ。
彼が宝具を用いて救世主の主従を滅却せよと命ずるなら、持てる限りの力でそれに応えよう。
逆に宝具を使用せず、この場より退散することを命ずるなら、それもまた良しだ。
どちらも理に適っている。こういう場面こそ、マスターの見せ場だろう。
「……ライダー」
岡部倫太郎が、口を開いた。
◆ ◆
サーヴァント同士の戦いは、文字通り人智を超えた領域の鬩ぎ合いだった。
普段は散々岡部を振り回している二人のライダーは、一糸乱れぬ連携で敵を討たんと奮戦している。
戦力の低いセイヴァーが相手ならば、負けることはまずないだろうと当初岡部は高を括っていた。
その予想をぶち壊したのは、彼のマスターである青髪の青年だ。
魔術師の世界について詳しい知識を持たない岡部をしても規格外だと一目でわかる、強大な雷電の力。
神話の雷神が人の身を象って降り立ち、聖杯戦争という外法の戦へ天誅を下しに現れたのではないかと、思わずそう勘繰ってしまう程に――彼は強く、雄々しかった。
真実、反則的。
聖杯戦争のバランスなど、あんな存在が紛れている時点であってないようなものだとすら思う。
「俺は……」
無力だ。
岡部は今、それを痛感させられていた。
岡部倫太郎は魔術師ではない。
だから彼女たち二人のサポートなど出来るはずもない。
相手がサーヴァントのみならず、マスターまでも超人だというならば尚更のこと。
出来ることなど、何一つない。
ただ指を咥えて、英霊たちの戦いの趨勢を見届けることしか出来ない。
セイヴァーのステータスを知る岡部にしても、彼の善戦は予想外だったが、マスター――テスラの乱入と、彼の介入がもたらした戦局の変化に比べればそれは微々たる誤差だった。
電光の輝きを秘めたる剣が、弾丸を切り落としてカトラスの剣戟を容易く防ぐ。
いざ攻勢へ転ずれば、速度、威力、精度の全てを兼ね備えた雷電がライダーを攻め立てる。
無論、セイヴァー・柊四四八もただ主の影に隠れている訳ではない。
雷鳴の轟きと迸る電光の間を縫い、最大の効力を生める一瞬を的確に見極めて稲妻の一閃を走らせてくる。
メアリーとアンが拮抗できている理由は、単純に頭数が二倍ということと、そのコンビネーションによる連携戦術があるからに尽きた。
どちらかが欠けていれば、岡部のサーヴァントは敗れ去っていただろう。
焦りが募る。
このままでは、勝てないかもしれない。
それこそ、彼女たちの宝具を使わない限りは。
そのリスクは、当然岡部も承知していた。
あれを最高の形で運用するには、とんでもない綱渡りを要求される羽目になる。
まして相手がこれほど強大な敵であれば、尚のこと。
(……どうする)
条件の成立の後に宝具を解放し、一発逆転を狙うか。
それとも、踵を返して逃げ出すか。
――逃げる。
それはきっと、この場では最も安牌の行動だろう。
しかし、そんなことをしていて聖杯に本当に辿り着けるのかと、自問を投げかけてくる自分がいる。
椎名まゆりの死という定めを覆すのは、文字通り道理を無理で通す行いだ。
針の穴より尚小さい、存在するのかも分からない光明を作り出す為に、岡部は聖杯を求めている。
セイヴァー主従は、間違いなく後に残せば残すほど強敵となる手合いである。
加えて彼らの望みは聖杯の破壊による戦争終結――岡部にしてみれば、到底認められない終着点。
彼らに先を越されるようなことがあれば、自分や彼女たちの戦いは全て無駄骨に成り果てる。
「駄目だ、それは……」
ならば、聖杯戦争の機構を維持するためにも此処で決めておくべきか。
岡部は、唇を噛み締めて頭を上げた。
未だ戦いは続いている。
雷が這い、紫電を纏う刃とカトラスが衝突し、猛攻の隙間を縫って弾丸さえ飛び回る。
蚊帳の外で、岡部は小さく口を開いた。
宝具を解放し、眼前の敵を撃破せよ。
それだけで、事足りる。
勝てるかどうかは別として、半端で終わる可能性は消える。
なのに、なかなかそれが言葉に出来ない。
恐れている。
未だ全力を出していないのは、あちらも同じだから。
もしも、宝具の開帳でさえどうにもならなかったら?
その時は、本当に終わりだ。
そう考えると足が震える。
怖い。岡部倫太郎は、その結末を何よりも恐れている。
「ラ――」
「マスター!」
岡部の迷いを、彼のサーヴァント達は知らない。
だが、響いた声、交錯した視線は。
鬱屈とした負の連鎖に踏み入り、ともすれば破滅に繋がりかねない判断を下そうとしていた、赤熱化した脳髄をぴしゃりと冷ましてくれた。
――落ち着け。
冷静になれ、岡部倫太郎。
好機を求める余り、足下が疎かになっているぞ。
1パーセントの可能性を盲信する余り、99パーセントの破滅を引き当てては元も子もないだろう。
冷静に息を吸い込み、それから吐いた。
聖杯の破壊はさせない。
そしてそれ以上に、"ここでは死ねない"。
自分の考えを確りと認識し、岡部は改めて口を開く。
「……ライダー」
ひょっとしたらそれは不可能かもしれない。
でもそこは、自分のサーヴァントを信じるとしよう。
この二人ならば、上手くやってくれる。
「――撤退する。戦闘を中断しろ!」
◆ ◆
岡部が叫ぶや否や、ライダー達の行動は迅速だった。
アンは即座にその場で霊体化。
メアリーは全力で加速し、岡部を抱えて尚衰えることのない身軽さで公園を飛び出す。
テスラが追撃に放った雷の矢は、カトラスの一閃で敢えなく切り払われた。
形式的には、まんまと逃がしてしまった――ということになる。
「追うか?」
「否だな。彼奴ら、敢えて人目の多い方へ逃げたらしい」
女海賊達は聡明だった。
公園を飛び出した後、選択した道は人通りの多い方。
人理を守ろうと思えばこそ、民間人の前で戦闘を行うべきではない。
その心理を逆手に取って、あの海賊は逃げる方向を即断。
まんまと雷電魔人に追跡を断念させるに至った。
「何も急ぐことはない。彼奴らは魂喰いなどという外道を働きはすまいよ」
「それは俺も同感だ。……」
「どうした、セイヴァー?」
四四八は、黙って彼らの去った方向を見つめていた。
どこか複雑そうな表情で、物思いに耽るように。
「いや。少しあのマスターに、俺の仲間を重ねてしまってな」
柊四四八は第二次世界大戦を食い止めた英雄である。
社会的な立場や事情を抜きにしたなら、世界の誰もが一も二もなく同意し頷く功績を残した人物である。
しかし一方で、その行動は理解不能――未来を予見でもしていない限り辻褄の合わない行動を重ね、しかもそれが悉く好作用を引き起こしたという逸話も残されていた。
それは、決して単なる偶然などではない。
彼は、歴史に語られない戦いを経験している。
その中で百年の時を過ごし、未来を知り、果てには魔王さえも討伐した。
同じ学び舎より育ち、夢幻の飛び交う邯鄲で同じ釜の飯を食った仲間達。
彼はその一人と、海賊達のマスターに重なる部分を見たのだ。
それは愛。
愛に生き、それに殉じ、神を鎮めた男の背中。
辿り着いた結末は無情なれど、彼も彼女も、きっと後悔などはしていなかった筈だ。
――それを確かめる手段が何処にも存在しないということが、あの二人にとっては最大の悲劇だったが。
青い若者だった。
その姿を垣間見ただけでも、十分分かるくらいに。
きっと彼は、己の願いを諦めはしないだろう。
自分達は聖杯を破壊し、聖杯戦争を終結させんとしているのだから、その道は決して相容れない。
されど、その道程に想いを馳せずにはいられなかった。
せめて幸いがあればいいと、心からそう思う。
それと同時に。
聖杯戦争を仕組んだ者。
恐らくはルーラーともまた異なった、その裏で糸を引く何者か。
彼の者は必ず討たねばならないと、改めて四四八はそう思う。
――貴様の失策は、俺達をこの地へ紛れ込ませたことだ。
今はその言葉だけを心の中で叩き付け、世界に召し上げられた二人の英雄もまた、公園を後にした。
【C-5/公園付近/一日目・午前】
【セイヴァー(柊四四八)@相州戦神館學園八命陣】
[状態] 疲労(小)、脇に切傷
[装備] 日本刀型の雷電兵装(テスラ謹製)、スーツ姿
[道具] 竹刀袋
[所持金] マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の破壊を目指す。
1:基本的にはマスターに従う。
[備考]
一日目早朝の段階で御目方教の禁魔法律家二名と遭遇、これを打ち倒しました。
ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)の真名を知りました。
【ニコラ・テスラ@黄雷のガクトゥーン】
[状態] 健康、空腹、手に軽い傷
[令呪] 残り三画
[装備]
[道具]
[所持金] 物凄い大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の打倒。
0:食事にするとしよう。
1:昼間は調査に時間を当てる。戦闘行為は夜間に行いたいが、急を要するならばその限りではない。
2:アン・メアリーの主従に対しての対処は急を要さないと判断
[備考]
K市においては進歩的投資家「ミスター・シャイニー」のロールが割り振られています。しかし数週間前から投資家としての活動は一切休止しています。
個人で電光機関を一基入手しています。その特性についてあらかた把握しました。
調査対象として考えているのは御目方教、ミスターフラッグ、『ヒムラー』、討伐令のアサシン、海洋周辺の異常事態、『御伽の城』があります。どこに行くかは後続の書き手に任せます。
ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)の真名を知りました。
◆ ◆
「いやあ、しんどかったね」
手近な路地の裏で、メアリー・リードは漸く一息ついた。
その体には所々雷電で負った火傷こそあるものの、どれも致命傷は外してある。行動にも支障はない。
だが、あれ以上続けていたならこれだけでは済まなかったろう。
宝具を解放する選択肢もあったが、あの場は岡部の指示通り、撤退が一番正しかったとメアリーも思う。
「全くですわ。あのマスターは反則でしょう、いくら何でも」
「同感。けどサーヴァントの方も中身は完全にイカれてたね。
いや、イカれてるっていうか……馬鹿なのかな。うん、それが一番正しいと思う」
セイヴァーのスペックは、完全にサーヴァントのそれではなかった。
宝具も持たず、魔力も持たない出来損ない。
そう見せかけておいて、身に蓄えた経験と鍛錬の生む実力は真実相当なものであった。
主従揃ってまともとは到底言い難い、明らかなイレギュラー。
命があるだけでも僥倖と思っておくのが吉だろう。
「それでマスター。ここからはどうする?」
「……いや、少しは待ってくれ……というより、少しは休ませてくれ」
「あらまあ。マスターは別に何もしていないでしょう?」
「鬼か! こっちはこっちで気疲れがとんでもないんだよ!」
はあ、と深い溜息をついて、岡部は建物の壁へ凭れ掛かる。
これが、聖杯戦争。
やはり一筋縄ではいかないらしい。そう痛感させられる、一戦だった。
【C-6/路地裏/一日目・午前】
【ライダー(アン・ボニー)@Fate/Grand Order】
[状態] 疲労(小)、腹部にダメージ(小)
[装備] 長銃
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:討伐クエストへ参加する
2:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する
【ライダー(メアリー・リード)@Fate/Grand Order】
[状態] 疲労(中)、体の随所に雷による火傷(軽度)
[装備] カトラス
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:討伐クエストへ参加する
2:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する
【岡部倫太郎@Steins;Gate】
[状態] 健康、気疲れ
[令呪] 残り三画
[装備] 白衣姿
[道具] なし
[所持金] 数万円。十万にはやや満たない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
0:どうにかなったか……
1:討伐クエストへ参加しつつ、他マスター及びサーヴァントの情報を集める
2:『永久機関の提供者』には警戒。
3:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する
[備考]
※電機企業へ永久機関を提供したのは聖杯戦争の関係者だと確信しています。
以上で投下を終了します
投下乙です
やっぱりテスラは反則級に強いなあ。四四八とのコンビネーションも見事だし、隙がない。
そんな二人に肉薄して見せたメアリー&アンもやはり強い。比翼連理の戦いに、戦闘以外の時とのギャップが際立つ際立つ
オカリンは頑張れ、超頑張れ。身の丈にあってないような願いを持ってる一般人だからこそ応援したくなる。
ペチカ、アサシン(死神)
真庭鳳凰、バーサーカー(ファルス・ヒューナル)
ファル 予約します。
延長します
アドラー、アサシン(U-511)、ティキで予約します
進捗があまり芳しくないので一度破棄します。
出来上がり次第、予約無しで投下するかもしれません。
>>457 の予約を延長します
ちょっと展開に無理があるなと感じ始めたので、予定を変更して
間桐桜、アーチャー(アタランテ)、ルアハ、ランサー(ヘクトール) 予約します。
申し訳ありません、予約を破棄させていただきます
投下します。
暗く沈んだ廃墟街の一角で、気怠げに老朽化した家屋の屋根へと腰を下ろしているのは英霊ヘクトールだ。
その姿は完全に草臥れた壮年男性でしかなく、かつてトロイア戦争にて獅子奮迅の活躍を見せ、彼の死さえなければ結末は違ったかもしれないと惜しまれたほどの男とは到底思えない。
が、彼にしてみればそう軽視してくれることこそが一番都合がいいのだ。
常に本気を出さないように見せかけてはいるが、実際のところはその真逆。
ヘクトールは常に本気でいる。ただ、それを悟られないようにしているだけ。
それに気付けずまんまと油断した相手には、お礼の代わりに正確無比な刺突が飛んでくる。
そのスタンスを崩すつもりは、たとえ聖杯戦争だろうと――いや、聖杯戦争だからこそ、ない。
ヘクトールがこの地ですべきことは単純明快。マスター・ルアハを勝利させることだ。
彼女が最終的に何を志すにせよ、この電子世界の露と消えさせる訳にはいくまい。
その為ならば、ヘクトールは手段を選ばない。
彼らしいやり方で、確実に勝利を掴むために暗躍する気でいる。
そんな彼にとって、先程遭遇したサーヴァントは先行きを曇らせる暗雲に他ならなかった。
聖餐の杯を自称する聖職者が垣間見せた、まさに不朽と言う他ない防御力。
完全な無防備を全力で突いたにも関わらず、自分の槍は彼の柔肌一枚切り裂くことすら出来はしなかった。
マスターに狙いを定めて戦うにしても、まず一筋縄では行かないだろうとヘクトールは思う。
あの男は恐らく、自分と同じか、もしくは馬鹿の振りをした知略家だ。
少なくともみすみすマスターを無防備にし、殺せるチャンスを簡単にくれるとはとてもではないが思えない。
それに加えて何らかの……恐らくは対城宝具級のとんでもない切り札を隠し持っていると来た。
自分の宝具も生半可な英霊のものには決して負けない自負はあるが、それでも過信は禁物だ。
そういう点を踏まえて、現状ヘクトールにはあのサーヴァントを討伐する手段がない。
真っ向勝負が通じず、策謀にも長け、尚且つ敵対するより何倍も味方にした方が恐ろしい相手となればいよいよ八方塞がりだ。
聖杯も、随分と厄介な輩を呼んでくれたものだと嘆息する。
とはいえ幸い、あちらに急いで事を起こすつもりはないようだった。
対策を考える時間は余るほどある。
それは敵にとっても同じことと思うとまた気が滅入るが、ここは素直にありがたいと思っておくことにした。
「ま、目下の問題は奴さんじゃあないんだよねぇ」
ヘクトールは肩を竦める。
たとえ難儀であろうとも、抜け道がある以上はそこを突けばいい話だ。
聖餐杯もサーヴァントであるのには違いないのだから、何かしら隙はある筈。
真に問題とすべきなのは、その抜け道すら見つからない事柄。
即ち、彼のマスター。
幽霊屋敷の自動人形。
ランサーは未だその本当の名前を知らないが――ルアハ・クラインその人である。
聖杯戦争を認識はしているようだが、しかしそこから先のステージへ進む気配がない。
それがルアハの現状だ。最低ラインに達してこそいるものの、やはりそれまででしかない。
悪罵を叩くつもりはないが、単純な事実として、この地に集ったマスターの中でルアハは間違いなく最も大きな遅れを取っていることだろうと思う。
実質、今のヘクトールは孤軍奮闘状態だ。
マスターの指示は期待できず、方針から戦闘に至るまで、全てを己の体と頭で対応しなければならない。
これは言うまでもなくなかなかに芳しくない状況だ。
トロイア戦争の経験が活きる場面といえば聞こえはいい。しかし無論、ヘクトールが全身全霊を注がずとも罷り通る状態であるに越したことはないのだ。
一人の存在の有無で勝敗すら左右される状況を、この戦争にまで持ち込む理由もないだろう。
自動人形を自称する彼女。
まず、そこから間違っている。
モラトリアム期間から今に至るまで付き合ってみて、疑いは確信へと変わっていった。
ルアハは人間だ。少なくとも、それだけは間違いない。
彼女がどういう経緯でそうなったのかは、ヘクトールには定かではない。
何かがあったであろうこと、そこにあの馬鹿でかい邸の主「だった」という人物が関わっていることまでは分かった。ただ、根本からしてヘクトールとルアハは生きた世界が違うのだ。
異形都市インガノックについての知識を、彼は持たない。
だからルアハの体がどうなっているのかにまでは、彼はまだ踏み込めずにいた。
とはいえ彼女が仮に正気に戻ったとして、やはり戦力にはまずならないだろうことも彼は理解している。
これで実は魔術の心得があった、それも高位のものだ、なんてことになれば話は変わってくるが、まさかそこまで美味しい話が転がっている筈もない。
されど、何を目指すかがはっきりとしたならば、やりやすくはなる。
茫洋とした霧の中を闇雲に進み続けるよりかは、遥かにだ。
だからヘクトールとしては、ルアハには早いところ現状を脱却して欲しかったが、あの状態の彼女にそれを面と向かって言うのは酷であるし、それ以上にそんな力技でどうにかなるとも思えない。
今は待つしかないのが実情だった。彼女が何らかの転機に触れ、殻を破ることを。
……その時、ヘクトールは遠くの方から地鳴りのような音を聞いた。
砲――だろうか。
あの封鎖終局四海で耳にした音とよく似ている、そんな感想を抱く。
(おいおい、まさかこんな真っ昼間からおっ始めてんのか? いやぁ、命知らずだねぇ。若いっていうかなんというか……オジサンもああいう時期があったっけなあ)
音の方角は街の方からだった。
十中八九聖杯戦争に関連した、攻撃行動に伴って発生したものだろうと推察できるが、こんな白昼から堂々とここまで聞こえる音を鳴らすとなれば人目を相当引き付けるのは想像に難くない。
居場所を特定してくれと言っているようなものだ。
流石に今から出撃するような真似はしないが、もしも近場だったなら、ヘクトールは赴いていたろう。
聖杯戦争の定石に当て嵌めて考えれば、愚策もいいところの掟破りである。
「それにしても――定石、ね」
思えばそれは、今更の話だった。
この聖杯戦争は、その様式からして定石を外れている。
七騎で行う筈の前提は崩れ去り、舞台はそもそも現実ではない仮想の空間だ。
またしても、ヘクトールが召喚されたのは『まともな聖杯戦争』ではなかった。
前に召喚されたのは聖杯戦争と言うより、聖杯争奪戦とでも言うべき様式であったし、どうにも自分は聖杯戦争に関しては引き運がよろしくないらしい。
こんなにも普通でない聖杯戦争なのだから、何かしらの裏がある可能性もヘクトールは考えていた。
存在だけは知らされているが、未だ姿を直接現さない正体不明のルーラー。
この仮想世界が如何なる経緯で――誰の手によって創り上げられたのか。
ルーラーを召喚する前に、もっと言えば聖杯戦争の機構が整うよりも前に、まず世界を創造した人間が居るはずだとヘクトールは考察する。
そしてその人物もルーラーと同じく、未だに表舞台に姿を見せる気配がない。
このことから、ヘクトールはどうにもきな臭さを感じずにはいられないのだ。
何か、裏がある気がしてならない。
無双の将軍としてではなく、頭の切れる政治家として八面六臂の活躍を見せたとも伝えられる彼らしく、槍兵は誰も思案の先を向けなかった点に危惧を飛ばす。
今は無問題だが、いつか問題にならないという保証はないのだから。
「……さてと。もう昼時だ。一旦オジサンも、マスターんとこに戻るとしますかね……」
――わざとらしく独り言を呟いたかと思えば、ヘクトールはぐるりとその首を回した。
「っていう訳で、見張り番代わってくれるかい?」
視線が合う。
それを認識した瞬間相手は弓を引いた。
ヘクトールもにやりと笑い、槍を握った。
遠くの屋根の上から彼を睥睨する弓兵のサーヴァントは、獣の耳を生やしていた。
なかなかに奇抜な見た目だが、重要視すべきはそこではない。
真に重要視すべきは、どうやらあちらは面倒な搦め手に訴える気配も、それに応じる気配もないということだ。
「いいね――やり易くて助かるぜ!」
寸分狂わない精度で放たれた数発の矢を、軽やかな槍捌きで一矢残さず払い除ける。
第二射がやって来るのを悠長に待つお人好しはいない。ヘクトールは蔓の張った屋根瓦を踏み台に隣の家屋へと飛び移り、また屋根を伝ってアーチャーへの距離を詰めに掛かった。
――が。
アーチャーも当然、同じ手を使って撹乱に出る。
ここまでは予想通りだが、問題はその動きだ。
ヘクトールの乱雑な挙動に比べて、アーチャーの動作はまさに流れるようでさえある。
『飛び移る』のではなく、『飛び越える』かのように建物と建物をたやすく行き来し、矢を放つのだ。
速度ならば、恐らく互角。ステータスにしてAランクであるのは間違いない。
そしてあの動きは、スキルによるものだろう。個人の技量として考えるにはあまりにも華麗過ぎる。彼女自身の敏捷性も相俟って、移動力では完全にヘクトールはアーチャーを下回っていた。
身を穿たんとする矢は、四方八方よりヘクトールを針の筵にせんとやって来る。
一発の無駄撃ちも期待できない。
そのことは、戦っている彼が最もよく理解していた。
流石はアーチャーのサーヴァント。その名に違わず、弓を使う正統派の英霊。
この現代では弓を得物にする者など奥地の部族程度しかいないであろうが、だからと言って決して型落ちなどではないのだと、彼女の奮戦ぶりが証明しているようであった。
当然ヘクトールは、いつもの如く微塵の油断もしていない。
一撃一撃が必ず致死に繋がるというほどの火力でこそないが、だからこそ恐ろしいのだ。
脚力と飛び越えのスキルを併用して繰り出される弓射は、ヘクトールを早くも追い込みつつある。
未だ傷一つ負ってはいないし、これから負ってやるつもりもなかったが、戦況は防戦一方もいいところだ。
楽に勝たせちゃくれないらしい――それを悟るや否や、槍兵は不意に動きを止める。
殺到する槍の旋風を打ち払って、彼は静かに、しかし確たる力強さで呟いた。
「一旦、"仕切り直し"と行こう」
発言と同時に、彼はアーチャーへの突貫を開始した。
速い。
これまでの戦闘の流れなど完全に無視した唐突さで、しかし先程とは比べ物にもならないペースでもって、俊足のアーチャーとの距離を詰めていく。
それにアーチャーは驚きの表情を見せたが、理由に思い当たったのか、すぐに再び足を動かした。
仕切り直しというスキルが有る。
それは戦場を離脱する能力であり、同時に戦闘を文字通り『仕切り直す』力でもある。
ヘクトールは今、完全に自身の劣勢で進んでいた戦闘の流れをこのスキルによって仕切り直し、戦闘の開始時と何ら変わらないまっさらな状態に流れを引き戻してから動き始めたのだ。
前方から飛来する矢を苦ともせず間合いを詰めること数秒。
遂にアーチャーはヘクトールの槍の間合いへと入る。
「――そらよ!」
裂帛の気合を孕んで突き出された一刺は、彼が大英雄と称されるのを裏付ける程に鋭敏であった。
速度も威力も狙いも、互いの間合いも含めて全てが確実。
当たれば殺すと言っては大袈裟だが、限りなくそれに近いものが、今は放った一撃だ。
耐久力に悖るサーヴァントなら、少なくとも大きな手傷を与えられる筈――だが。
「甘いぞ」
笑ったのはアーチャーだ。
その俊足は至近距離においても遺憾なく発揮され、ヘクトールの一撃を間一髪、されども予定調和のものとして回避する。だがそれを予期していないほど、彼は無能ではない。
追撃はアーチャーの喉元を狙う事にした。ど真ん中に狙いを定めれば、回避の難易度は僅かながら上昇する。
ましてや槍の名手が放った攻撃であれば、掠り傷程度の当たりでも頸動脈へ達する可能性は十分に存在するのだ。戦いを決着へと導くにあたり、ヘクトールの取った手段は実に彼らしい最良のものであった。
「うおっ――!?」
が、その槍はまたしてもアーチャーを捉えない。
突き放つ一瞬の間隙を縫って、アーチャーの矢がヘクトールの肩口に一本突き立った。
痛手としては大したことはないし、戦闘を行う上で支障が出るほどの傷でもない。
それでも、ある意味では通常時のクリーンヒット以上の結果を、今しがた放たれた一矢は生み出した。
ヘクトールほどの使い手でも、攻撃の瞬間というデリケートなタイミングに予期しない痛手が与えられれば、たとえそれが小さなものであれ、微量な軌道のブレを生むのは避けられない。
アーチャーは意図的にそれをこの一瞬で作り出し、彼の槍を再度避けてのけたのだ。
それは彼女のもう一つのスキル――『追い込みの美学』に起因する。
敵に敢えて先手を取らせ、行動を確認してから先回りして行動するという、狩人ならではの技。
彼女はヘクトールの攻撃行動を視認し、それよりも速く矢を射り、彼の必殺を無力化したのである。
槍兵は、これ以上は思う壺だと判断しその場を飛び退いた。
そこへ間髪入れず降り注ぐ矢の雨を、不完全な体勢から全弾打ち落とす辺りは流石にトロイアの大英雄というべきだ。窮地にあっても、そこに隙はない。
アーチャーも、既にそれは学習した。英雄として、槍兵として、敵のランサーは疑うべくもない強者だ。
長期戦になろうともどっしりと構えて戦えるだろう隙のなさ、技量、足の速さに優れる自分と同等クラスの敏捷性、どれを取っても一級品の難敵。
そう認め、評価したからこそ、冗長さは無用だとアーチャーは判断した。
「決めるぞ」
静かに、厳かに、その弓と矢が上空を向く。
その動作を見て、瞬時にヘクトールはこれから何が起こるのかを悟り、動きを止めた。
……迎え撃つ気か。
となれば、敵も宝具を撃ってくると考えて間違いあるまい。
迎撃を受けて呆気なく死ぬようでは笑い話にもならない。
油断なく敵の動向を窺いながら、自身の宝具を開帳すべくその矢を引き絞り――
「――参った! 降参だ、降参!!」
いざ天へと矢文が放たれんとする瞬間、ヘクトールは自身の槍を地面へ突き立て、ひらひらと両手を上げた。
◇
アーチャー・アタランテには、ヘクトールの行動が一瞬理解できなかった。
いざこれから宝具の衝突と身構えつつ、発動へ一手をかけんとした丁度その瞬間の出来事だった。
ヘクトールは白旗を揚げ、これ以上の交戦意思がないことを示し始めたのだ。
「……命乞いのつもりか?」
「半分正解だが、半分不正解ってとこだな」
彼女の顔が怪訝さを増す。
虚を突かれはしたが、アタランテは油断はしていない。
一秒後に突如敵が発言を撤回し、その槍先で自分の心臓を穿たんとするかもしれない――そこまでの警戒を払いながら、戦意を捨てたヘクトールへと相対していた。
「あんた、今宝具を発動しようとしたろ? そして当然、オジサンも宝具は持ってるわけだ。……自分で言うのも何だけど、結構派手なヤツだぜ。
おたくの宝具がどんなもんかにも拠るけどよ、下手すりゃ相討ち、上手く行きゃあこっちの一人勝ちにだってなり得るかもしれねえ。それくらいには良いモンを、オジサンは持ってるわけさ」
「だからこれ以上は無益だと? ……戯言を。自信家なのは結構だが――」
「そう早合点しなさんなって。けど無益ってのは当たってるぜ。当然、オジサンが打ち負けて敢えなく座へさようならー、なんてこともあり得るわけだ。
お互いに抱えるリスクは同じ……なら折角だし、ここは一つ、勝負を持ち越さねぇかって話ですよ」
下らない。
アタランテは失笑でそれに応じる。
「持ち越してどうする。遅かれ早かれ、殺し合うことは変わらないだろう」
「そりゃごもっともだ。けど、丸っきり変わらないって言うとちと語弊がある」
ヘクトールとて、それなら今ここで決着を着ける方を選ぶ。
だが、少なくとも彼は違うと読んでいた。
戦いの際に相手から垣間見えた、鬼気迫るもの。
言い方を変えれば、焦りとでも言うべき感情。
それがどこから来るものか、ヘクトールには察することができた。
「――手を組まねぇかい、『麗しのアタランテ』」
アタランテの顔色が、明らかに変わった。
当然だろう。
真名を看破されて平然としているサーヴァントの方が、聖杯戦争では異質に部類される。
「その俊足、岩と岩を飛び回るような足捌き……
おまけに狩人めいた戦い方。悪いね、オジサン今日は冴えてるみたいだわ」
「……貴様……」
「怖いねぇ、睨まないでくれよ。オジサンこれでも、おたくを脅すつもりなんてこれっぽっちもないんだぜ?
オジサンはちとばかし、厄介なマスターに喚ばれちまった身だ。
悪い奴じゃあ決してないんだが……こればかりは実際に会わないと分からないと思うけどな、とにかく、ちょっと問題ありな娘を抱えちまったわけよ」
交渉の際には、嘘と真実の割合が重要だというのは昔からの定説だ。
しかしこの場に限って、ヘクトールは一切の嘘を語ってはいなかった。
ルアハは悪人ではない。ただ、難儀な人物である。
彼の聖杯戦争に暗雲を立ち込めさせる要因の一つとなり得るくらいには、厄介なものを抱えている。
「そんで、見たところそっちも同じなんだろ? だったらお互い、マスターが危険に曝される機会は少ないに越したことはねぇってもんだ。悪い話じゃないと思うんだが、どうだい?」
「…………」
ヘクトールの理屈には筋が通っていた。
故にアタランテも、逡巡を余儀なくされる。
彼の提案は、決して彼女にとっても悪いものではなかったからだ。
間桐桜。
アタランテのマスターは、心に深い傷を負った子どもである。
今も廃墟の一室でぼんやりとした時間を、孤独にひっそりと送っている。
それが彼女のためにならないと理解はしているが、こればかりはどうしようもなかった。
安全のことを抜きにしても、公共機関に預けるのが彼女のためになるとは到底思えない。
かと言って――あの暗い部屋で延々と代わり映えのしない時間を過ごすことが、彼女にとっての幸福になるかと問われれば、それはもっとあり得ないことだった。
ヘクトールと同盟関係を結べば、少なくともその点については改善される。
彼女は、一人ではなくなる。
言うまでもなく、そこには敵のマスターが全くの善玉とは限らないという問題があったが……
「もしも、だ」
「うん?」
「もしも私のマスターに危害を加えようとしたならば、私は貴様のマスターを殺すぞ。
問答の余地なく、必ずその心臓へ矢を穿つ。――構わないな」
「……ああ、了解さ。マスターにはその点、きっちり言い含めとくからよ。安心していいぜ」
そのリスクを押してでも、この同盟関係には利点が大きかった。
ヘクトールという戦力を新たに加えられたことで、桜への守りの盤石さもまた向上する。
疑心に任せて切り捨てるには、あまりに惜しい話であった。
だからアタランテは、この話を呑むことにした。
……無論、いざとなればいつだとて、彼らを殺すことは躊躇わない。そう覚悟した上で、だ。
「ふー、よかったよかった。これでオジサンもちったぁ楽になるぜ」
伸びをするヘクトールの気の抜ける態度に辟易しつつ、アタランテは踵を返す。
桜へも、この件のことを知らせなければならない。
拠点をあちらのものに変えるならば、迎えに行く、ということになるか。
「……ランサー。聞いていなかったが、貴様らの拠点は何処だ」
「ん? あぁ、あれだよ。見えるだろ」
ヘクトールが指差した、その先。
廃墟街の中でも一際大きな、幽けく聳える屋敷。
幽霊屋敷と噂される――アタランテが桜に与えているものとは比べ物にならないほど、大きな建物だった。
◇
昼間でも光の通りが悪く薄暗い部屋から、間桐桜は連れ出された。
夜に帰ってくる筈のアーチャーに連れられて向かった先は、とてもとても、大きな建物。
薄暗いのは変わらないし、埃臭かったが、それでも前の家よりはずっと広く伸び伸びとした空間だった。
別に、桜は広いところへ行きたいわけじゃなかった。誰かと会いたいわけでは、もっとなかった。
アーチャーが無事ていてくれれば、それ以外に望むことなど何もなかった。
何もないということは幸福だ。楽しいことがない代わりに、苦しいこともないのだから。
バネの壊れたソファーにコートを羽織って座り、桜は室内の人影を順を追って見つめていく。
見慣れた、アーチャー。
少し気を張っているように見え、いつもより怖い印象を受けたが、やっぱり彼女の存在は安心できる。
次に、知らない男の人。ランサー。
槍を持って、どこか気怠げな雰囲気を漂わせている。
初めて桜と出会った時はにへらと気の抜けたように笑い、「オジサンが守ってやるからなぁ」とか言っていた。
きっと強い人なのだろうと桜は思う。彼がアーチャーを守ってくれるなら、それはいいことなのだろう。
――そして、自分を人形と呼ぶ、女の子。
桜よりはずっと年上の彼女。
桜はアーチャーのマスターだが、彼女はランサーのマスターであるらしかった。
彼女を見た時桜が抱いた感情は――幼い彼女が持つ語彙では表現できないものだった。
成長を遂げ、とある少年と出会う頃の桜であったなら、親近感という言葉を使ったに違いない。
見た目は違う。歳は、彼女の方がいくつも上だと分かる。
けれど、彼女はとても、自分に似ていた。
「どうぞお寛ぎ下さいませ、マスター・桜様」
「……ありがとうございます」
その口調や動作はまるで、機械のよう。
けれど姿形も、瞳も、紛れもなく人のもので。
どこか孤独に閉じている印象を受ける彼女の雰囲気は――何度見ても、自分に似ている。桜はそう思った。
「……あの」
「何でしょう、桜様」
「……お名前は、なんていうんですか」
「私に型式番号は付属していません。私はオーダーメイドです」
型式番号。
オーダーメイド。
桜には、よくわからなかった。
ただひとつだけわかったのは――
「……わかりました。よろしくお願いします、お人形さん」
やっぱり、この人は人形なんかじゃないんだという、幼少期特有の直感による確信だった。
だからと言って、どうするわけでもない。
何も変わらない。
ただぼんやりと流れる時間を過ごすだけ。
何も、変わらない。そう、何も。
間桐桜は、もう一度人形を見た。
綺麗な瞳と、綺麗な姿をしていた。
こうして桜の世界に、人が増えた。
◇
「な、言ったろ? オジサンのマスターは善玉だってさ」
「確かに急を要する危険はないようだが、まだ完全に信用したわけではない」
「つれないねぇ」
ヘクトールは肩を竦める。
一方のアタランテはと言えば、自分の判断は正解だったようだと改めて思い始めていた。
彼にはこう言ったが、あの少女が桜に危害を加えはしないだろうことは、見ればすぐに分かった。
同時に、彼が難儀と称した理由もだ。
アタランテは一応声を抑えて、ヘクトールへと問い掛ける。
「ランサー。彼女は、人間だな」
「……まぁ、そうだろうねぇ。どっからどう見てもありゃ人間だぜ」
機微は無機質で、実際にその口調も機械的だが、しかし英霊たる彼らの目までは誤魔化せない。
自動人形を名乗る少女は、桜と変わらないひとりの人間だ。
如何なる経緯があって、彼女は自動人形になったのか。
それにアタランテは踏み入るつもりはないが、確認の為の問いだった。
肯定が返ってくれば、だろうな、とだけ答えてまた沈黙する。
「名前も分からねぇってのは色々と面倒なんだが、こればかりはあちらさんの問題だ。お手上げってやつさ」
「そうか。……ところで、ランサー。もう一つ確認しておきたいことがある。
ルーラーによって発布された討伐令――令呪一画を報酬とした、殺人鬼狩りのクエスト。
貴様は、あれに一枚噛む気でいるのか?」
「迷うところではあるけど、現状は取り敢えず見送るつもりでいるぜ」
「なら良い。私もそのつもりだ」
ヘクトールとアタランテの考えは一致していた。
討伐クエストに直接は参加せず、あくまでその達成に向けて動く主従を狙う。
令呪は確かに魅力的だが、下手をすれば二十以上の主従が殺到するような乱痴気騒ぎに関わるには、一画ぽっちの報酬は少々釣り合わないと彼らは考える。
「……夕方までは私が遊撃を行う。貴様はその間、引き続きここの防衛を頼む」
「あいよ、了解。狩人さまのお手並み拝見ってな」
「軽口は身を滅ぼすぞ、ランサー」
溜息を吐き、アタランテは桜を見た。
その目は、自動人形を見ていた。
――行ってくる。
そう静かに呟いて、彼女は霊体となり、動乱のK市へと姿を消した。
【A-8/ゴーストタウン・幽霊屋敷/一日目・午前】
【ルアハ@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:自動人形として行動
【ランサー(ヘクトール)@Fate/Grand Order】
[状態] 疲労(小)、肩に軽度の刺し傷
[装備] 『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず、程々に頑張るとするかねえ
1:拠点防衛
2:『聖餐杯』に強い警戒
3:アーチャー(アタランテ)との同盟は、今の所は破棄する予定はない
[備考]
※アタランテの真名を看破しました。
【間桐桜@Fate/Zero】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 大人用コート(下は全裸)
[道具] 毛布
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:アーチャーさんの言いつけを守ってじっとする
1:…アーチャーさんにぶじでいてほしい
2:どうして、お人形さんは嘘をつくの?
【アーチャー(アタランテ)@Fate/Apocrypha】
[状態] 疲労(小)、精神的疲労(大)、聖杯に対する憎悪
[装備] 『天窮の弓(タウロポロス)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:もう迷わない。どれほど汚れようとも必ず桜を勝たせる
1:遊撃。何かあればすぐ桜の元へ戻れるようにしておく
2:討伐クエストには参加しない。むしろ違反者を狙って動く主従の背中を撃つ
3:正体不明の死霊使い、及びそれらを生み出した者を警戒する
4:ランサー(ヘクトール)との同盟関係を現状は維持。但し桜を脅かすようであれば、即刻抹殺する
以上で投下を終了します
青木奈美、アーチャー(ヴァレリア・トリファ)
衛宮切嗣、アーチャー(霧亥)
建原智香、アサシン(死神)
予約します
投下乙です
スキルを活用し合った戦闘がとても見応えありました
ギリシャ組は同盟結成に至りましたが、果たしてこれがどう作用するか
桜とルアハの静かなやり取りが好きです
お久しぶりです
棗恭介&アーチャー(天津風)
吹雪&ライダー(Bismarck)
予約します
遅れましたが延長します
六割ほど完成しておりますが、期限までに書き上げるのは無理そうなので一度破棄します。
前半だけ投下とかも考えましたが、どうも中途半端になるので……
投下は多分完成してから、予約無しで行うと思います
延長させていただきます
投下させていただきます
仲間たちのために戦ってきたとは、思わなかった。
理樹と鈴のためだと思うことで己を鼓舞していた時もあったけれど、今はそうじゃないと認識している。
親友のひとりは、棗恭介を止めた。
そんな策を練る必要などない。ずっと全員で、この世界で遊んでいればいい。
親友のため、妹のためと言うならば、彼等を過酷な現実世界に帰すことなんてないと。
もしかしたら、その通りなのかもしれなかった。
彼女と彼にしてみれば、過酷な現実に戻るよりも、ずっと夢の中にいた方が幸せだったと訴えたくなるかもしれない。
何より恭介自身も、ずっと一緒にいたいという気持ちはよく分かっている。
それでも、彼は親友と妹を『現実の世界』に戻すことを選んだ。
死の運命が確定した自分たちと違って、二人はまだ生きているのだから。
いつまでも子どものまま、遊んでいるわけにはいかないと思ったから。
そうあるべきだと、信じたから。
そのためなら、手段は選ばなかった。倫理だって踏み躙るし、仲間との絆をメチャクチャにするところまでいった。
つまるところ、自分が最良だと思う答えを目指して走っただけ。
それを、エゴじゃなかったとは言わない。
全ては『リトルバスターズのリーダー』としての、自分のためだ。
ならばこの聖杯戦争は、
『リーダー』の役目を終えた今となっては、
ひとりの人間、ただの高校生、『棗恭介』としての、自分のための戦いだ。
直江理樹と棗鈴を成長させて、自立させるためではなく。
ただ、彼らとともに生きたいという、個人的なエゴを押し通すために勝ち残る。
それだけで良かった。
昨夕に、守りたかった妹――棗鈴が同じ舞台にいることを確かめるまでは。
天津風からの、妹と同盟を結んではどうかという提案を拒むまでは。
おそらく、彼女が聖杯に寄せた願いもまた恭介と同じだろう。
皆で、共に生きること。
ならば、それを密かに応援するつもりこそあれ、干渉したり妨害したりする理由はない。
むしろ、たとえ恭介の望みが半ばで断たれたとしても、鈴に聖杯を託すことができるのではないかという希望ができたぐらいだ。
――なるべく痛い目にも辛い目にも遭って欲しくないのが、『兄』としての本音ではあるのだが。
しかし、その『逆』の場合になったら、事情が変わる。
もし、鈴が途中で脱落して、自身が聖杯を獲ることになった時は、願いごとが変わって来る。
『自らの死を覆したい』だけではなく、『鈴も生きている日常に帰りたい』という類の願いに。
鈴を最終的に生きて帰さないという選択肢は、まず最初から有り得ない。
親友と妹がいる世界だからこそ、生きたいと願っている。
恭介が妹を犠牲にしてでも生き延びたい人間だったなら、そもそも最初からあの虚構世界なんて作りはしなかった。
それに、鈴を死なせてしまったら、彼女を託した親友をも裏切ることになってしまう。
そして、もし『二人で帰る』という願いが叶うなら。
二人以上の死を覆すという、ワガママが許されるのならば。
あのバス事故で死ぬはずだったリトルバスターズの仲間たちを、助けられる限りは救いたい。
確かに恭介は、謙吾や真人たちが消えた後になっても生を望んだけれど、
それは決して『謙吾や真人や、小毬たち女子メンバーが死んでしまってもぜんぜん構わない』ということではないのだから。
救うべき命が増えた。
妹のこと、仲間のことを、いっそう想った。
そんな夜を明かしながら、しかし月を見上げる恭介の口元には笑みがあった。
それも、慈愛や希望の笑みではなかった。
妹には決して見せられない、親友の直江理樹にもあの虚構世界で数えるほどしか見せたことのない、
仮面をつけたように冷徹な笑みを浮かべていた。
なぜなら、都合のよい奇跡が起こり得ると楽観視できるほど、彼は子どもではなかったから。
その『奇跡』を買うための代償を、考えずにはいられなかったから。
自分の命。妹の命。仲間たちの命。
――それだけの命を天秤に乗せるならば、もう片方の天秤には、それ相応の犠牲者を積み上げろという話になる。
たくさんのサーヴァントの魂が、マスターの命が、その対価になることを意味している。
棗恭介が、それをする。覚悟を決めて、そうする。
彼に従うサーヴァント、天津風だけが、その笑みを見ていた。
🐈
高校を襲撃した先ほどのサーヴァントをひとまず仮想敵として、同盟を結ぼう。
そう持ちかけると、棗恭介の後輩『ということになっている』少女――吹雪は、とても好意的な反応を見せた。
「それって――棗さんも、あのサーヴァントを許せないと思ってるんですか?」
しかし、まっすぐな眼でそう問われたことには面食らった。
『倒したい』だとか『看過できない』ではなく、『許せない』ときた。
それは、『聖杯を獲るために手段を選ばない参加者』を否定する感情を持っている、ということに他ならない。
この少女は、聖杯戦争の場においても『正々堂々』という観念が適用されると思っているのか、それとも――
――あるいは、と閃いたことがあった。
だから恭介は、こう答えた。
「ああ――変なことを言うかもしれないが、実は聖杯戦争ってやつにもあまり乗り気じゃないんだ。
できれば、どうにか命だけは拾って、元の世界に帰りたいと思ってるのさ」
一か八か、カマをかけてみる。
否、もし閃きが外れていたとしても、問題はない。生きて帰りたい、という言葉自体には嘘は無いのだから。
そして、閃きは当たっていた。
「へ、変なことなんかじゃありません! 私もそう思ってました!
『願い』はあるけど、そのために聖杯を奪い合うつもりは無いんです、今も」
何も、聖杯に託す願いがあってこの世界に呼ばれたからといって、殺し合いをするつもりだとは限らない。
とっさにその可能性を思いついたのは、恭介が虚構世界を経験していたことも大きかった。
虚構世界はリトルバスターズメンバーの『まだこの世に未練がある』という『願い』から成り立っていたけれど、全員の目的が一致していたわけではなかった。
生前の願いごとさえ果たせれば消えても構わないと割り切っていた者もいれば、いつまでも虚構世界で遊んでいたいと望む者もいた。
ましてや数週間前の恭介のように、いくらでも人道に外れたことをしてみせると即座に覚悟できる方が、一般的な高校生から逸脱していると言っていいぐらいだ。
「吹雪……お前も、戦争に乗り気じゃなかったのか」
「はい、『至誠に悖る勿かりしか』って、大切な先輩から教わりました」
恭介を守るような位置に立つ天津風が、聞き覚えでもあるかのように眉を寄せた。
「殺し合いをやりたくないのは、きっと棗さんの至誠がそう思ってるからです。変じゃありません」
そう言いきり、しかし言い切り過ぎたと思ったのか、恥ずかしそうにもじもじとする。
とても分かりやすく、これが演技や偽りのない彼女なのだろうと伝わってきた。
きっと彼女は心底から、聖杯なんて要らないと思っている――自分と違って。
「ありがとよ。しかし、聖杯否定派だったなら、もう少し用心した方がいいな。
幸いにも俺と目的は一致していたが、俺が聖杯戦争に乗り気だったなら、さっきの担任みたいに不意をついて攻撃してきたかもしれないだろ?」
そう。事実、棗恭介は、そうすることも選択肢に入れて接触している。
今すぐ仕掛けるつもりはなくとも、吹雪とライダーの主従を、いざとなればティキや他のサーヴァントに対する捨て駒として利用することも視野に入れている。
「そうですよね……すみません。
でも、私、あの戦闘に棗さんたちが加勢してくれた時点で、悪い人だとは思えなかったんです。
今もこうして忠告してもらったし……それに、ライダーさんも言ってました。
ティキは放っておいてもペナルティを受けるだろうから、それを待ってから仕掛ける手もあるはずだって。
そうしなかったのは、棗さんも学校を守ろうとしてくれたから……です、よね?」
なるほど、サーヴァントの助言が効いているのかもしれないが、マスターとして何も考えていないわけではなかった。
それこそ眩しいくらいに、善良かつお人好しな判断基準ではあるが。
「確かに。俺もこれ以上、学校が荒らされるのは望まないな」
そう語りながらも、恭介が学校を守ろうとしたのは、一般生徒たちを守ろうとしてではない。
拠点であり情報の収集場所としての『学校』という施設を守ろうとしたのに加えて、いつ下されるか分からないペナルティを待つよりも、確かな実力を持つライダーのサーヴァント主従とすぐに同盟を結んだ方がメリットが大きいと判断したからだ。
「それに、俺が吹雪を信用できると思ったのも同じ理由だったよ。
学校にいた他のマスターに身バレするリスクを物ともせずにあんな派手なことをするなんて、よっぽど度胸があるか、人の良いヤツだろうからな」
「派手で悪かったわね」
リスクのことは全く考えていなかったのか、吹雪はやや恥ずかしそうに顔を赤らめ、ライダーのサーヴァントは眉根を寄せた。
どうやら、サーヴァントの方の警戒を解くにはまだ時間がかかりそうだ。
しかし、このライダーになら、恭介たちの『前衛』を担ってもらうことができる。
恭介のサーヴァントである天津風は、アーチャーというクラスが示す通りに、そして生前の『駆逐艦』という役割からしてそうだったように、後方支援向きの狙撃手として特化している。
つまり、堅実に生き残りたければ遠隔狙撃でマスターの暗殺に徹するなり、正面きっての戦闘ができるサーヴァントと同盟を組むなりしてやっていくしかない。
先刻の戦闘についての天津風の見立てでは、ライダーはおそらく『戦艦』相当の艦娘――つまり主力決戦兵器となれる存在だ。
それも、積極的に聖杯を獲得するつもりのない、善良なマスター――いつかは解消される同盟の相手としては、願ってもない組み合わせだ。
――たとえ、『聖杯を求めずに生存を優先します』と見せかけ、欺いて利用することになったとしても。
「責めるつもりはないさ。どっちみち、その担任とやらが吹雪と接触した時点で、御目方の連中にはマスターがいると割れただろう。
学校で籠城するか、それともやられる前に攻めに転じるか……なんにせよ、数では向こうが圧倒的に勝ってるんだし、こっちも連携を取っていくしかない」
後半は、警戒を解かないライダーに対する牽制の意味もあっての発言だ。
吹雪が首を傾げた。
「数……?」
「あの教師の様子じゃ、間違いなく他の信者も傀儡にされてるだろう。
『ティキ』と名乗ったサーヴァントがキャスターらしいなら、御目方の総本山ごと陣地に改造されてると考えていい」
吹雪から聞いた情報による推測だけでなく、恭介自身にも確信を持てる材料がある。
あの予選期間のモラトリアムを費やしてあげた成果は、なにも妹の所在だけではなかった。
御目方教のことは、数日前から警戒していた。
学内でも噂を聞く、路上でも勧誘活動をしている、ニュースでは警察沙汰を起こしたと言われている、新興宗教団体。
そこまで目立った動きをする勢力が、ただのNPCに過ぎないと考えるのはどうにも違和感があった。
彼自身もかつては虚構世界で一般生徒という『NPC』を操作していたために、『いわゆる特殊イベントでも無いのにNPCがそこまで際立った動きをするだろうか』という先入観が働いたのかもしれない。
とはいっても、そこから踏み込んだ行動を起こしたわけではない。
学校の屋上から、天津風の目視による偵察をしてもらっただけだ。
クラススキルというほどのものではないが、アーチャー(弓兵)のクラスは総じて鋭敏な視力を有していることが多い。視力が悪ければ狙撃はできない。単純だが、それが絶対的な原則だ。
天津風の場合もそれに当てはまる。艦艇の砲丸は、数千メートルも距離がある海上での撃ち合いを想定して作られた兵器であり、艦娘として転生した天津風にもそれらのアウトレンジ制圧装備は引き継がれているのだから。
外観を見れば、格式ある御殿にしか見えない広大な屋敷。
しかし、魔術については疎い艦娘にも、その屋敷が『クロ』だという証左は数時間で見つかった。
屋敷内へと飛翔していった烏――おそらくは、予選期間の間に散ったかもしれないマスターの使い魔が、身を焼かれるように墜落していった様子を目撃すれば、そこで邪悪なモノが蠢いていることは想像できる。
そして今朝、サーヴァント同士の対決に居合わせたことで、その邪気と強靭さを知った。
仮にもし、恭介たちがあの『ティキ』のいる主従と一対一で舞台に落とされていたら、そして生き残ったものが勝者だと言われたら、勝算はおよそ薄かっただろう。
写し身でさえあれだけの耐久性を持った怪人を正面から撃破できるとは思えないし、しかもマスターの側も邪悪な宗教施設に守られて、傘下勢力を町中に広げている。
普通に戦っても、あるいはマスター暗殺に徹して様々に策をめぐらしたとしても、独力ではおよそ勝ち目が薄いような手合い。
そういう主従には、なるべく終盤まで生き残って欲しくない。
吹雪という少女は、そんな打算では動いていないことを承知の上で、その打算を隠す。
「……そうですよね。私とライダーさんだけの力では、また戦いになったとしても、あの人達を止められるか分かりません」
頷き、まっすぐな眼をした少女が、まっすぐに右手を伸ばした。
恭介に向かって、五指を開いて差し出す。
「分かりました。棗さんの同盟を受けます。
私なんかでも、同じ志を持った人の役に立てるなら!」
「ありがとよ。対御目方に限らず、戦争が終わるまでは協力を続けたいところだが、まだお互いをよく知らないしな。
『まずはお友達から始めましょう』ぐらいの気持ちでいこうぜ」
「はい!」
しっかりと、握手を交わす。
『戦争が終わるまで』という言葉から、軽薄さを気取られないように。
もしも吹雪たちが、こちらの真意――他を蹴落として戦争に勝利することを知ったら、関係は断たれて、彼女たちは恭介の目的を阻む側に回るだろう。
まだ何も知らない少女は、飾り気のない笑顔で同盟成立を喜んでいた。
改めて思った。
昨日、鈴に声をかけなくて良かった。
とても人見知りで気難しい妹だけれど、根本では純粋で弱い者いじめを見過ごせない正義感のある奴だということを、誰よりも恭介がよく知っている。
目的を偽って少女を勧誘し、いざとなれば捨て駒として見捨てるなど、絶対に許容できなかっただろうし――
――そして、たとえ許容して悪に堕ちてくれたとしても、兄として、そんな風になった妹は見たくなかった。
◆
仲間たちのために、戦ってきた。そうあろうとしてきた。
それは吹雪にとっても、ライダー――ビスマルクにとっても同じだった。
相手が敵国だろうと深海棲艦(かいぶつ)だろうと、『他の生命の命を奪う』ことを絶対の正義だと一片の濁りももなく信じきれるとしたら、それは狂信でしかない。
誰しもが、敵を倒すという大義のほかに『戦わなければ仲間を守れないから』という理由を拠り所にして、命の奪い合いに臨んでいく。
しかし、仲間と、それ以外との線引きをするラインについては、ビスマルクと吹雪では違っていた。
(『同盟相手が必要』という吹雪の判断はもっともだけれど……すぐに“Freund”となれるかどうかはまた別だわ)
今のところ、棗恭介とそのサーヴァント(外見から判断するに、軽巡洋艦もしくは駆逐艦相当の艦娘のようだったが、鎮守府での面識はない)に対して不審な挙動、言動は見受けられないし、『戦艦』の彼女としてもアーチャーの後方支援が得られるのはありがたい。
しかし、だからといって吹雪ほど簡単に信用して、相手に裏がないと胸襟をひらいていいことでもない。
戦艦としての『ビスマルク』は、第三ドイツ帝国で建造されて、列強各国が絶えず睨み合いと縄張り争いを続ける欧州の海で戦い、最後はノルウェー、デンマーク、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス、イギリスに囲まれた海で沈んだ。当時の第三帝国は、二年足らずでそれら欧州の大半を制圧していた。
彼女たちにとって、敵とは『海の向こうからくるもの』ではなく『対岸からやってくる隣人』だった。
勢力の均衡などはあっという間に塗り替えられるし、同盟締結などいくらでも二枚舌を使いようがあるという感覚を、当時の欧州育ちとして身にしみている。
――『彼女を沈めた国』が、その最たる使い手だったように。
(さすがに、こいつが目の前にいる時には話せないけど……後で吹雪にも釘を刺すぐらいはしておきましょう)
あまり吹雪の喜びに水を差すような真似はしたくないけれど、ここまでのやり取りでは棗恭介は年齢の割には弁が立つ印象を受けた。同盟関係であっても、あまり主導権を握られっぱなしになるようでは困る。
そんなことを密かに思案するビスマルクの前で、二人のマスターは握手から打ち合わせに入ろうとしていた。
今後の方針を決めるなら早い方がいいとか、そうなると授業はサボりになってしまうのだろうかとか話していた。
そんな空き教室に、ガシャコンと武骨な機械音が落ちてきた。
砲塔を背負ったブリキの『ジャパニーズ・コケシ』――第一印象は、それだ。
中空から出現したということは、それまで霊体化していたということなのか、バタバタと短い両手を動かしてアーチヤーのサーヴァントへと何かを伝えようとしている。
「誰か近づいてくるのね? ありがとう。見張りはもういいわ」
アーチャーがなでなでして労うと、そいつは彼女が肩から提げている艦首ユニットの中に収まった。
アーチャーが凛とした声で吹雪を見て言い放つ。
「たぶん通報した警察の見回りか何かだと思う。あたしたちはいったん消えてやり過ごすけど、あんたは警察に言い訳ぐらいしといた方がいいんじゃない?」
「はっはい! あの……」
確かに、警察がクラスメイトから証言を取れば、死んだ教師が最後に吹雪を呼び出していたことぐらいは露見するだろう。
学校を休んで作戦会議をするにせよ、一度は姿を見せて行方不明者扱いされないようにした方がいい。
それは吹雪も理解したはずだが、しかし彼女の意識は、違う方を向いているようだった。
アーチャーが、艦首ユニットの中へと格納した存在に。
「その子、島風ちゃんとよく一緒にいた連装砲ちゃんですか?」
アーチャーはその一瞬だけ目を丸くしたが、つんとした顔で即座に言い返した。
「島風のところのと一緒にしないで。あたしの連装砲くんの方が、可愛いに決まってるでしょ?」
「え、アーチャーさん、島風ちゃんの知り合いなんですか!?」
「え、ちょっと、そういうアンタは島風の何なのよ?」
吹雪から驚いて詰め寄られ、アーチャーの艦娘がうわずったような声をあげた。
お互いにサーヴァントであるために真名に踏み込むような会話はまだなかったが、『島風』とは彼女の姉妹艦のようなものなのだろうか。
「私も、実は艦娘なんです! それで、島風ちゃんとは同じ鎮守府でクラスメイトなんです。南西方面艦隊で一緒になったことも――」
「おっと、盛り上がりそうなところ悪いが、今は警察をあしらうのが先だな」
「あっ、そうでした。ごめんなさい!」
吹雪は慌てて一礼すると、アーチャーが連装砲ごと霊体化するに任せた。
ビスマルクも同じく姿を消したが、その直前にアーチャーが消える前のけげんそうな声を聞き逃さなかった。
「島風の、クラスメイトで、同じ艦隊ですって……?」
まるで、付き合いの長い友人の身近に、こんな奴は見たこと無いと、不思議がるような反応だった。
【一日目・午前/C-3・高等学校B/どこかの教室】
【吹雪@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] 高校の制服
[道具] なし
[所持金] 一万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:棗恭介と同盟してことに当たる。警察に言い訳をした後、恭介と今後の方針を話す。
2:ティキが恐ろしい。
3:いったん艤装を取りに戻った方がいいかも……
【ライダー(Bismarck)@艦隊これくしょん】
[状態] 疲労(小)、右太腿に貫通傷
[装備] 艤装
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:吹雪を守る
1:棗恭介と同盟してことに当たる。ただし棗恭介には警戒を怠らない。
2:ティキは極めて厄介なサーヴァントと認識。御目方教には強い警戒
【棗恭介@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 高校の制服
[道具] なし
[所持金] 数万円。高校生にしてはやや多め?
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯入手。手段を選ぶつもりはない
1:鎮守府? ……こいつ、ただの女子高生じゃないのか?
2:吹雪と同盟してことにあたる。今後の方針を話し合う。
3:吹雪たちを利用する口実として御目方教のマスターを仮想敵とするが、生存優先で無理な戦いはしない。
【アーチャー(天津風)@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 艤装
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:恭介に従う
1:マスターの方も艦娘だったの? それに島風のクラスメイトって……
2:吹雪、ライダーの主従と同盟してことにあたる。
投下終了です
投下乙です!
元の日常に想いを寄せて、それを取り戻す為に手段を選ばなくなった
恭介の心境がとても切ない……
そして艦これ勢が集結して、互いの認識の違いで何か起こるか……!?
投下乙です
恭介はダークヒーローっぽくてかっこいいなあ、純真な吹雪ちゃんの良い相方になれそう
天津風(ブラウザ版)と吹雪(アニメ版)の認識違いで何か分かったりするのかなあ
佐倉杏子&ランサー(メロウリンク・アリティー) 予約します
秋月凌駕で予約します
ベアトリス、一輝で予約します
>>495
些細なことなんですが、トリップを変更します
下記予約します
・プリンセス・デリュージ&アーチャー
・プリンセス・テンペスト&ランサー
おそらく間に合うかと思いますが念のために延長させていただきます
そして、今さらの報告になってしまい申し訳ありませんが、拙作「鳴りやまぬ花」にて
以下の箇所を修正させていただきます
>高学年はなるべく授業も短縮して低学年と下校時間を揃えるようにするらしいけれど、今日は低学年も5限まで授業がある日なので、午前中に班分け確認の学活をやった以外はいつも通りの時間割になるはずだ。
OP「最後の鋼はかく語りき」にて、鳴の当日の時間割が午前中授業だと描写されておりましたので、以下のように修正させていただきます
気付くのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした
修正後:
高学年はなるべく授業も短縮して低学年と下校時間を揃えるようにするらしいけれど、低学年は今日に限って集団下校の心構え説明のための学活をもう一時間することで、高学年の5時限授業に合わせるようだ。
整列練習の学活では、小さな子たちからブーイングの声があがっていた。
しばらく見ない間に予約が沢山入っていて感謝感激の至りです。
予約して自分を追い込みたいところなので、
衛宮切嗣、アーチャー(霧亥)、建原智香、アサシン(死神) 予約します。
お疲れ様です。投下します
黒鉄一輝は体力維持のために日課として早朝にランニングを行っている。
聖杯戦争に参加している立場ではあるが今も続いており、走り切ったところだ。
その距離はざっと二十キロメートルであり、彼は毎日これをこなしている。
腕を広げ身体を大きく逸し太陽の光を浴びる。
汗が反射しきらきらと輝く彼にタオルを差し出すのがサーヴァントである。
「お疲れ様です、マスター」
「あぁ、ありがとうセイバー」
青いスポーツタオルを受け取った一輝は顔を軽く拭き上げ次は頭の汗を取る。
その際に女性特有の香りが意識を刺激する。
自然と視線がセイバーへと映るが、彼女は眩しい笑顔を浮かべているだけだった。
一輝は同年代の男と比べれば些か禁欲的ではあるが、立派な青少年でもある。
顔が朱を帯びるもセイバーは全く気にしておらず、寧ろ気づいていないようだ。
「結構軽く走り切りましたけど距離は充分ありましたよね。流石ですマスター」
「どんな時でも続けるようにしてたからね。何も褒められることじゃないよ」
「継続は力なりってマスターの国でも言うじゃないですか。飲み物買ってきますね」
とことこと歩き始めたセイバーの背中を見つめる黒鉄一輝はサーヴァントを考える。
会話をしても、姿を見ても自分と変わらない人間にしか感じ取れない。
けれど魔力――秘められた力は明らかに人間の枠を超えた一種の奇跡とでも取れる。
セイバーは強い。
マスターである自分が保証し、彼女が誰かに負けることが有るなど今は考えもしない。
しかしそれはどの参加者も同じであろう。
願いのために己の信念と全てを掛けて殺し合う裏の戦争。
たった一つの願望器に縋る戦に、絶対など言い切れないのだ。
常に全力は当たり前だ。
一筋縄でいかないのも理解している。
己の立場を再認識し決意を固めた所でセイバーがスポーツドリンクを持って来た。
「難しい顔してどうしましたか?」
「いやなんでもないよ。それよりも、ありがとう」
「いえいえ、これでも私、軍では気が利く方だったんですよ?」
「だろうね。一緒に行動していて解るよ。ありがとうセイバー」
「お……」
喉音を響かせながらドリンクを体内へ循環させる。
冷たい栄養が疲れ切った身体を癒やすように、思い込みに近いが楽になる。
「……もしかしてセイバーも飲みたい?」
「違いますー。それはマスターの分ですからどうぞ」
「……?」
視線を感じた一輝はセイバーにドリンクを差し出すも拒否されてしまった。
擬音で例えるならば「むすー」とした顔を浮かべている彼女はどうかしたのだろうか、と考える。
もし自分のことで気を悪くしたら申し訳ないとも思うが、原因は不明である。
「マスターはもしかして女の子を無意識で落とす天然なのでしょうかねー」
「ん、なにか言ったかなセイバー?」
「なんでもありません。気にしないで――ください」
世界は常に切り替えで溢れかえっている。
例えばテストシーズンに突入するとクラスが勉強モードへ移行するように。
得点圏にランナーが到達した際に代打を投入するように。
血や硝煙が絡んでいなくても、世界は突然、その色を変える時がある。
「現在地からそう遠くない――東で露骨な魔力の反応を確認しました」
表情が引き締まり僅かながら日常のようだった空気が張り詰める。
聖杯戦争において魔力や魔術は切り離せない存在であり、生命ラインでもある。
無くなれば消失し、貯蓄があればあるほど贅沢に使用が可能だ。
「数は――単体ではありませんね。
戦闘でしょう。でなければ日中から堂々と」
セイバーは一呼吸すると、言い切った。
「余程の戦闘狂でも無い限りは……ですね」
まるで心当たりがあるかのように、少し溜息を混じりながら。
少しだけ太陽を見上げている。誰かを思い出しているようにも見える。
「これだけ音が聞こえれば誰だって気付くはず……誘われているのか?」
「祝砲の類では無いと思います。挑発や誘いよりも戦闘のためにやむを得ず、と言ったところでしょうね」
轟音が響く。
身体の芯にまで到達するそれは聞き慣れた音を極限にまで戦闘へと昇華させたものだ。
催し物で聞くような報音。
そんな優しいものではなく、戦闘に特化させた人類の英知である。
砲撃だ。人を、建物を、街を焼き尽くすような悪魔の落し物だ。
「響きからしてこれは――当然のように兵器。
ただ人力で運ぶような移動砲台では無いですね。そして」
「そして……聞き覚えでも?」
「時代が重なっていたかは一度忘れましょう。
この音は私の所属――独軍で聞き慣れたような【軍艦の砲撃音】に似ている」
風を斬る音や一帯を包み込む余韻。
一輝からすれば音で国を見分けるなど不可能である。
聞き慣れた、或いは深い関わりがあるならば可能であった。けれど初めて聞く音で判断は不可能である。
「まさか軍艦を召喚してる……サーヴァントなら有り得る話になるのか」
「堂々と召喚しているかどうかは不明ですが、関係はしていると考えるべきです」
「でも、僕たちは進まなきゃならない」
「当然です。もちろん必ず戦闘する必要はありません。同盟も視野にいれるべきですよマスター」
「解っているよ。戦況は見誤らない。
退く時に退けない……無謀と勇気は違うから」
「そうですか――安心しました! マスターなら最悪「僕が時間を稼ぐからその間に逃げろ」なんて平気で言いそうでしたので」
「はは……よし」
もう汗は引いていた。
タオルを適当に腕へ巻き付け一気にドリンクを飲み干すと近くのゴミ箱へ放り投げる。
美しい曲線を描き、缶はゴミ箱の中へ収まった。
「行こう――これが最初の接触だ」
「無理だけはくれぐれも」
「信頼しているよ、セイバー」
「全く……そう言われたら頑張るしかないじゃないですか」
向かう先は東だ。
感じた魔力の熱源体は予測ではあるが二つだ。
彼らが辿り着いた時に滞在しているかは不明だが、少なくとも手掛かりは掴めるだろう。
砲撃を行うほどの戦闘だ。戦闘痕が見つからない方が可怪しい。
何も最初から喧嘩腰で向かうわけでは無い。
折り合いが付けば同盟も視野に入れるべきだ。全戦連勝と都合よく物語は進まない。
接触が吉と出るか凶と出るか。或いは接触せずに無駄足となって終わるのか。
結果は動いた者にしか与えられなく、未来を垣間見れない彼らにとっては想像の域である。
けれど。
転ぶ先を選べないのもまた――物語だ。
【B-3/一日目・午前】
【黒鉄一輝@落第騎士の英雄譚】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] ジャージ、タオル
[道具] なし
[所持金] 一般的
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取る。
0:止まってしまうこと、夢というアイデンティティが無くなることへの恐れ。
1:東へ向かい他の参加者との接触を図る。
2:後戻りはしたくない、前に進むしかない。
3:精神的な疲弊からくる重圧(無自覚の痛み)が辛い。
[備考]
※通知はまだ見てません。
【セイバー(ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン)@Dies irae】
[状態] 健康
[装備] 軍服
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターが幸福で終わるように、刃を振るう。
0:勝利の裏側にある奇跡が本物なのか、疑念。
1:東へ向かい他の参加者との接触を図る。
2:同盟、不戦――結べるものがあるなら、結ぶ。
3:マスターである一輝の生存が再優先。
[備考]
※Bismarckの砲撃音を聞き独製の兵器を使用したと予測しています。
短いですが投下を終了します
投下します
ただ、ひたすらに勝利を求めて。
ただ、ひたすらに強きを掲げよ。
古きよりは新しく。少ないよりは多いほうがいい。負けるくらいなら勝つことを目指せ。
人はいつでもそうしたプラス―――正の側面を求めがちだ。評価の点数は一点でも高く、生涯の収入は一円でも多く。その為に人は努力するし、そうすることが美徳とされている。恐らく、それは間違いではない。
勝利を求めなければ人の心は腐っていくし、夢を求めることで人は命を輝かせてきたのだから。誰もがプラスを目指すことを美徳として、世界はここまで突き進んできた。
飽くなき試行錯誤と不屈の意思。端的に言って、決意によって積み上げられてきたと言っても過言ではない。
だが、得てして物事がそうであるように、その全てには裏というものが存在する。
希望の裏には絶望が。獲得の裏には喪失が。成功の裏には失敗が。
プラスの裏にマイナスが存在するというのもまた事実。
そう、物事には常に、負の側面が成功とは不可分に結びついている。
人の社会に当てはめて簡単に言ってしまうなら、誰かが勝てば他の誰かが負けるのだということ。自らが一位を取れば当然その他は栄光を掴むことはできないし、輝かしい脚光の下ではそれに数倍する敗者が常に土台となって涙を流しているのだ。
そのマイナスを、けれど人は当然とは考えない。そも何かを為すにあたり負の側面に目を向けるのは禁忌だと言わんばかりに、人は勝利だけを目指す。
努力しろ、成功しろ、自分はやればできる人間なのだと―――それは酷く穿った見方をすれば、自分のために多数の敗者を用意しろという考えでもある。
自らのために他者を蔑にするという、手放しには賞賛できない現実。それを覆い隠すために、勝利や成功という言葉は過剰に華美な修飾を施される。そしてだからこそ、人は敗北や失敗を恐れるのだ。
失敗や敗北など一度の躓きに過ぎず、すぐに再起すればいいと―――そんな単純なことにも気付かず、必要以上に消沈して悔み続け、失望に心を塞ぎがちになってしまう。転んだならば立ち上がればいいのに、自縄自縛に陥ってそんな簡単なことさえできなくなってしまう。
それは、言うまでもなく悲劇でしかない。
ならば。
常に正と負、物事の両面どちらにも心を置けば、精神は均衡を見せるのではないか?
プラスにもマイナスにも拘らず、囚われず。必要以上に惑うことも飢えることもしない。
その結果として残るのは、中庸だ。
正負いずれにも傾かず、優れも劣りもしない中道の立ち位置。
零、中立。何者でもなく、何物でもあり、何に成ることも成らぬことも自由自在の可能性。
幸福でもなく不幸でもない。
勝者でもなく敗者でもない。
それは何も持たないが故の素のままの自分、自己を覆う装飾のない正真正銘の丸裸ということに他ならない。
そんな、何にも拠らない状態こそが己の真実を映すのだとしたら。
やはり俺は中庸に―――確固たる自分で在りたいと、そう願うのだ。
▼ ▼ ▼
不必要であるように思えて、実際には必要不可欠である事柄というものは、存外に多いものだと秋月凌駕は考える。
例えば、他人から見れば無駄にしか思えない出費があったとしよう。無駄遣いと呼ばれるそれは、一見すれば不必要でしかない損失であって、倹約という美徳とはかけ離れたものでしかない。
しかし逆に考えるならば、それで本人にとっての満足が得られるのだとすれば、結果として正しい金銭の使い方だったと言えるのではないだろうか。
浪費、無駄遣い、やめろやめろ家計が傾く。そんなことを言われても貯めることが苦痛ならば、その人物にとって倹約こそが心身を蝕む毒となるわけで。本質的なものは、単純な二者択一や数字の増減にあるのではないのだ。
まあつまり何が言いたいかと言えば。
「……いつまで経っても慣れないな、これは」
聖杯戦争が始まったというのに、朝早くから登校しようとしている凌駕のこの行為も。
本人からすれば、決して不毛な行いでも無駄な行いでもないということだ。
それはアサシンのサーヴァントを引いたことによる情報収集の必要性と、それに付随しての身柄の隠蔽の必要性もそうではあるが。
そんな定型のお題目以上に、聖杯戦争などという非日常(マイナス)を、疑似とはいえ学生生活という日常(プラス)で釣り合いを取りたいという理由が、凌駕の中では大きな比重を占めていた。
「はあ……」
溜息を一つ、朝焼けに染まる坂道を自転車が走り抜けていく。冷えた外気が肌に突き刺さり、もう季節が冬に突入し始めているのだと否応なく気付かされる。
慣れない、と凌駕がぼやくのは、偏に生活環境とこの世界の「時代」に関してのことだった。元来凌駕が住んでいたのは1968年の日本であり、つまるところ今の凌駕は半世紀以上ものジェネレーションギャップを食らっていることになる。
ようやくカラーテレビが民間に普及し始めたかと思いきや、ここの電機業界はやれ液晶だのやれ衛星通信がどうだのとよく分からない謳い文句を上げ、果ては本体の薄さを最大の売り文句として声高に叫んでいるのだから理解できない。ちょっと前まで三種の神器がどうだと持て囃されていた時代の人間としては、終始困惑するしかなかった。
生活の端々や一挙一刀足に至るまで、そうしたギャップは付いて回った。勿論凌駕とて十代特有の適応力の高さを遺憾なく発揮して現代の生活に溶け込んではみたが、やはり慣れないものは慣れないもので、妹の高嶺からは若干不信がられもしたものだ。
こうして一歩外に出て見渡せる光景も、元いた場所とは似ても似つかない。モダン造りの路地も、砂利も露わな坂道も、工場から見える排煙も、旧時代の遺産として根こそぎ洗い流されてしまったように姿を隠していた。無論、それが時代と人の発展の結果だということは重々承知しているが、それをいきなり目の前に突き付けられても人は戸惑うしかないと思う。少なくとも凌駕はそうだった。
ともかくとして、彼は慣れない生活を送り、慣れない道を通り、それでも"普通"に登校しようとしているのだ。とはいえ全てがいつも通りというわけでもない。常ならば一緒に登校する妹の姿はなく、今日は彼女に先んじて早めの時間帯に家を出ていた。言うまでもなく、万が一にも巻き込みたくないからである。これからは出会いがしらに戦闘に発展することも十分考えられるのだから、当然の配慮だった。
と、そこまで考えて。
「……ん?」
ふと、凌駕に備わった刻鋼人機としての鋭敏な感覚視野が、ある種の"異常"を感じ取った。
騒音を通り越した怒号と、何かが爆散するかのような轟音。それは距離を隔てているが故に常人には聞き取れないほど小さなものであったが、凌駕は確かに聞き届けた。
「騒ぎ……いや、それにしちゃ随分と尋常じゃないな」
無視する、という選択肢は存在しなかった。すぐ目と鼻の先に件の音の発生源が存在するということ、そして耳に届く怒号が、明らかに物騒極まりない事態を叫んでいるという事実を前に、退くことはできなかった。
これが元いた場所ならば、ロビンフットの面々による情報バックアップが期待できたのだろうが、今はそんな詮無いことを言っていても始まらない。捜査の基本は足で稼ぐ、なんて言えた立場じゃないが、多少戦えるだけの高校生に過ぎない自分が取れる手段はその程度しかないのだから、やれることはきちんとやっておこうと心に決める。
自転車を穏当な場所に停め、徒歩で暫し。初めは遠目に見えていた件の場所……大規模造船所が徐々に近づくにつれ、人の波が常とはまるで違う動きをしていることに、凌駕は気が付いた。
逃げ出している、というよりは戸惑っていると言うべきか。本来なら流れるように進行して然るべき車通りは停滞を見せ、事情も分からず困惑している者がほとんど、といった具合だ。この時間帯故に数の少ない歩行者も皆揃って眉を顰め、何事かと事態を伺っている。
―――人払いの術をかけてないのか……?
ふとそんなことを思う。それは予選期間においてアサシン、というよりはその宝具であるヴェンデッタから教わった知識にあるもので、元来魔術師というものは衆目に晒されることを嫌い、人間の認識に訴えかける術を用いることで魔術的な人払いを為すのが定石なのだそうだ。
原理及び動機としては、時計機構の扱うマンドレイク・ジャマーと似たようなものだろうが……どちらにせよ、仮にこの事態が聖杯戦争に参加する魔術師によるものだとすれば、魔術としては基本的なそれである人払いをかけていないというのがどうにも気にかかる。
魔術的な素養のないマスターが考えなしに暴れている、というのは考えづらかった。そのような愚物は予選期間に排除されて然るべきだし、ここまで生き残ることはできないだろうから。だとすればサーヴァント同士の戦闘かとも考えたが、それにしては異様に規模が小さく、それもまた考えづらい。
造船所のすぐ目の前に辿りついた凌駕は、混乱に乗じて壁を乗り越える。数mはある外壁を一息に飛び越えて中に入れば外の喧騒が嘘のように静まり返り、人の気配すらも微塵も感じ取ることができない。しかし時折静寂を貫いて鳴り響く轟音が、この場が無人の寂静領域ではないのだということを切に訴えかけていた。
(やはり妙だ……何が起きてる?)
怪訝に思いながらも、凌駕は無人の道行を一気に駆け抜ける。吹き抜ける風が頬を撫でる毎に鼓膜を振るわせる振動が強まり、内蔵された感覚器官が目的地まで近づいていることを言葉無く伝えてくる。
いくつかのコンテナと積まれてあるブロックを横切り、何度目かの右左折を経て。そして最後の路地、死角となっている曲がり角を通り抜けたところで。
「……こいつはまた、派手にやらかしてるな」
―――そこには、嫌に黒ずんだ鮮血の跡と腐敗した汚泥が目の前に広がっていた。
視線の先では人間―――恐らくはこの造船所に勤務するNPCか、それらが死に、倒れている。それはいい、良心は軋むが予想の範疇であったし、展開として理解はできた。
しかし、その死に方が異常なのだ。端的に言えば白骨化していた。それも大量の汚泥に塗れ、腐食するように不快な音を立てながら。ぶち撒けられた鮮血の赤も既に腐敗し黒ずんで、それは屠殺場というよりは酷く湿ったゴミの廃棄場と形容したくなるような光景であった。
いくつもの白骨に群がる汚泥は異様な嵩を持ち、アスファルトの地面はおろか付近のコンテナや積荷にまで飛散し接触箇所を融解させている。濁りきった体表のどこにそんな腐食性が存在するのか、鼻を突く刺激臭と共に強酸じみた振る舞いを見せながら触れる全てを侵食している。
辺りに漂う鼻につく刺激臭は汚泥由来のガスか。大気成分の解析結果を伝える文字列が有毒であることを如実に伝えてくる。刻鋼人機故に凌駕の肉体にはただちに影響が出るわけではないが、一般人がこれを吸ったなら三呼吸した時点で命に関わる事態となるだろう。
この世のあらゆる不浄が蔓延しているとさえ錯覚する異常光景。そんな冒涜的な絵面を背景として、都合三体の異形が地を這いまわっていた。
一見すればミニチュア化した黒い鯨のように見えるそれは、コールタールを固めたように光沢の無い肌を晒し、朝焼けの陽射しも感じさせない昏い眼光を放ち、戯画的なまでに凶悪な歯列をカタカタと鳴らしている。一目見て通常の生物圏に属する生体ではないと確信できる異形であった。
そしてあろうことか、凌駕の目にはそれらのステータスとも言うべき情報群が列を為して表示されていた。信じがたいことではあるが、この三体は何れも"サーヴァント"なのだ。見て取れるステータス自体は底辺であるものの、使い魔やそれに類する召喚物ではなく列記としたサーヴァントであるという事実が、凌駕の視界を埋め尽くす情報としてここに示していた。
駆逐イ級―――凌駕はその名を知らなかったが、これはそのような名称で呼ばれる存在であった。
この光景を前に、流石に早まったかと自戒する凌駕は、しかし既に起こしてしまった行動を撤回することは今さらできず現状における最善手を模索する。
息絶えた白骨の周囲を旋回するように動いていたそれらは秋月凌駕という闖入者を前に歯を鳴らし、殺意と敵意だけを漲らせてこちらを睥睨している。
一瞬にして状況は一触即発と成り果て、凌駕は修羅場と身構えた。じり、と焼け付くような音が幻聴として聞こえてきそうなほどに場の緊張が高まり、三体の異形は機を伺ってにじり寄る。
凌駕が一歩後ずさり、異形の震えが収まった、その瞬間。
「―――ッ!」
激昂するように異形が大きく吼え立て、それより一瞬だけ早く、凌駕は全力で後方へと疾走を開始した。
高揚する戦意に息を吐く暇もなく凌駕は駆け出した。それも異形に立ち向かうためではなく撤退を試みた結果として。
理屈としては至極当然の成り行きではあった。何せ凌駕にはサーヴァントを殺傷できる手段が存在しない。刻鋼人機の身体能力も、その希求から生まれる特殊機構も全ては既存科学の産物であり、一切の神秘を含まない以上は霊体たるサーヴァントを傷つけられる道理などないのだから。
故に取るべきは即時撤退。迷いもなくそう決断すると、凌駕は反転するように背後へと向き直った。
慣性の法則を無視したかのように停止状態から一気にトップスピードまで加速、全身を弾丸と化して後方へと打ち出した凌駕の肉体はコンマ1秒とかからず亜音速を突破。すぐ目の前にある造船施設のコンクリ壁が一瞬にして視界いっぱいに迫り来る。
超加速した凌駕はそのまま壁面へと激突する―――直前で地を蹴り垂直に跳躍。一気に5m余りの高さまで上昇すると、壁面に靴先を触れさせ足場を確保。勢いを殺すことなくそのまま壁を駆け上がった。
一歩毎に自身の身長程の距離を稼ぎ、重力を振り切り最後の数mをそのまま跳躍して屋根上へと着地。同時に視覚を数十倍に増幅―――周辺情報を徹底的に探知する。
半径100m以内の全ての動体座標、付近の生存者の有無や造船所外の車の流れにナンバープレート、監視カメラに看板の文字から壁外の通行人の人相服装背格好、そして何よりこちらを見つめる小動物や不自然な空間の揺らぎの有無。あらゆる視覚情報を秒とかからず把握、解析し、自分を取り巻くあらゆる現状を精査する。
結果―――全て異常なし。付近に生存者は皆無、使い魔と思しき小動物も遠見と思しき魔術も存在しない。そして車と人の流れを逆算し、できる限りNPCに被害の及ばない逃走ルートを脳内表示すると同時に脚部に力を込めて―――
「■■■■■■■■―――ッ!!」
しかしその瞬間には、既にイ級の攻撃は完了していた。足を止めていたのはコンマ3秒にも満たない、しかし致命的な隙。口元から覗いた砲塔から放たれた榴弾が、凌駕の足元へと炸裂する。
反射的に踏み出した右脚に衝撃が走った。直撃を避けた肉体はしかし、巻き起こる爆風に呑まれるまま宙へと投げ出される。風の唸りが鼓膜を突き刺し、大気の壁が体を打ち据える。ほんの数瞬前まで自分がいた工場屋根は爆散して、とうの昔に視界の彼方。足場という支えを失くした体は、重心のずれた中途半端な姿勢のまま重力と爆風に引かれて容赦なく速度を増していく。
向ける視線の先にあったのは、既に第二射の体勢へと移行した三体のイ級の姿。射出される榴弾は未だ中空にある凌駕では回避することは許されず、飛来する黒弾は碌な抵抗もできないままに肉体へと吸い込まれる。
「ふッ―――!」
けれどそこで終わりはしない。支えのない空中で無理やりに身を捻ると足先を榴弾のほうへと照準し、タイミングを見計らって"それ"を足場に跳躍。浮き上がった肉体が、激突の衝撃で起爆する榴弾の爆風に乗ることで更なる上昇に成功した。
両足の悲鳴を無視して危うげなく着地すると、同時に横合いへと再度の跳躍。コンマ1秒遅れて、単発の火力よりも連射性を選択したイ級たちによる機銃掃射の弾痕が地面へと無数に刻まれた。
甲高い金属の反響音を置き去りに、凌駕の肉体は躍動を続ける。切れ間なく連射を続けるイ級から逃れるように弧を描いて疾走、同時にその口元が小さく"とある起動音"を大気へ刻んだ。
「―――起動(ジェネレイト)」
無機質な機械音声。それと同時に、凌駕の肉体が急激な変化を辿る。両腕を基点に白い爆光が煌めいた瞬間、そこには暗青色の鋼が顕現していた。
両腕を覆うのは異形の巨大籠手。精密な機械性と獰猛な攻撃性が織りなす鋼鉄はひたすらに重く、分厚い気配を放っている。輝装・極秤殲機。秋月凌駕の抱いた希求が鋼鉄として形を成した。
疾走する凌駕にイ級の照準がピタリと重なる。連続する射撃音を後方へと置き去りにして突き進む無数の弾丸を前に、凌駕はただ静かに鋼鉄纏う左腕を翳した。
衝撃が全身を伝う。断続的に撃ちこまれる弾丸の全てが凌駕の左腕とその鋼鉄に突き刺さり、減衰されない衝撃と振動が破壊となって腕の先にある肉体を襲った。
仕留めたと、理性なき思考でイ級は確信した。戦闘に際する嗅覚によってか、それとも存在に埋め込まれた本能によってか、彼らは獲物の死をこれ以上なく真実であると受け止めて。
「……ぬるいぞ」
けれど声は辺りに響いて。
軽く左腕を払った凌駕は、無傷なままの体で三体のイ級に真っ向相対した。
「この程度じゃ俺は殺せない。サーヴァント相手なら尚更だ」
振るわれた腕の先、左手側の地面に大量の銃弾がぶち撒けられた。
それは今まで凌駕に撃ちこまれた弾丸の全て。それらの一切は凌駕の体を貫くことなく、ばかりか左腕一本さえも傷つけるにも至っていない。
それどころか。
「けれど、後顧の憂いは断っておく。お前らはやりすぎだ」
告げられる宣誓、高まる戦意と比例するように、大気が硝子質の甲高い音を共鳴させていた。空気中の水分が凍りつき、霜を発しながら白き極寒の空間を形成しつつある。
凌駕の眼前、及び左腕に纏わるように、凍る大気が壁となって空気結晶の盾を作り出していた。淡青色の盾が弾丸の衝撃を拡散吸収、表面と末端を砕かれながらも全ての射撃を防ぎ切ったのだ。
逃走を選んだ当初の決断は嘘ではない。そしてそれが間違っているなどとも思わない。だが予定変更だ、こいつらはここで潰す。
一瞬の攻防で嫌というほど分かったことだが、こいつらにまともな理性は存在しない。そして周囲の被害も省みず手当り次第に破壊しては殺していく。榴弾による爆発は冗談で済む被害を通り越し、放置すればこの一帯は火の海へと落ちるだろう。
放置はできない、だから倒す。その意思が込められた言葉と同時、力強く薙ぎ払われた左腕に呼応して、超低温の伝導熱はアスファルトを走り抜けイ級たちの足元へと殺到する。瞬く間に到達した極低温の波濤はイ級に反応する間を与えることなく凝固させ、熱源の全てを食らい尽くす。
全身に反比例して異様に小さく細長い両足が、軒並み氷像と化して―――
「……■■!」
しかし、三体のイ級は自らを束縛する凍結の縛鎖を力づくで打ち砕いた。薄いガラスが割れるように、軽い硬質の音が響いて氷の縛りは呆気なく欠片と散った。
奇声と共にイ級が突進と射撃を再開する。こんな凍結など足止めにすらならないのだと、荒れ狂う殺意が言葉ではなく思念となって叩きつけられた。
サーヴァントを物理的な干渉で破壊することはできない。
それは絶対の不文律であり、例え既知科学最強の火力を誇る核の爆発であろうとも例外にはならない。まして、たかが凍らせる程度が何になるかと理性なき異形たちが吼え猛る。
「分かっているさ、そんなこと!」
単装砲により放たれる榴弾の一撃を再度の左腕で受け止めて、凌駕は腹の底から叫んだ。放出される熱量の全てを強制的に零へと凍らせながら、凌駕は迫りくるイ級を前に退くのではなくむしろ自分からクロスレンジの間合いへと立ち入った。
牙と鋼鉄腕が交差する。空を裂いて突撃する二体のイ級を、両の裏拳で叩き落とす。当然相手にダメージは与えられないが、純粋な運動エネルギーの衝突が加えられた結果として、進行方向が凌駕から地面へと強制的に変更させられる。
墜落する異形に目もくれず疾走する凌駕が目指すは視線の先。すなわち、後方で射撃体勢に入りつつある三体目のイ級。
ゴポリという粘質の擬音と共に開口し、舌の代わりに飛び出た砲塔。魔力が凝縮し今にも榴弾が炸裂しようと熱量が高まっているそこに、凌駕は一切の躊躇なく左の鋼鉄腕を叩き込んだ。
「―――ッ!」
瞬間、空間が爆ぜた。砲塔を中心にイ級の総体が弾け、足元の地面が異様な音をたてて陥没し、四方へ飛び散る衝撃波は空気結晶の盾に守られた凌駕を避けて周囲の建造物に叩きつけられる。
極低温に覆われた左腕に発射されようとした榴弾を直撃させることによる、ゼロ距離での内部爆発。急激な燃焼反応により高圧縮状態に置かれた気体は音速の壁すら超過して膨張、疑似的な水蒸気爆発となってイ級の体内で炸裂した。如何に凌駕の輝装が通じずとも、自らの攻撃を無力化する術はない。
黒色の威容が微塵となったのと同時、いなされ置き去りにされた残り二体のイ級が抉じ開けられた咢を翳し踊りかかる。舞い上げられた砂塵を貫くように飛びかかる二体を前に、しかし凌駕の平静は揺らがない。
先行する最初の一体を横合いからの一撃で撃墜し、次の一体は反転するように身を捻って回避、その勢いのままに蹴り入れて後方へと吹っ飛ばす。ここで戦線に復帰した最初の一体を続けざまに殴打し同じように弾き飛ばした。
結果、二体は揃って同じ場所へと墜落する。そこは当初、彼らがまき散らした正体不明の汚泥が蓄積された一角だった。
触れる全てを腐食させる魔力泥、しかしそこに叩き落したからといって異形たちを倒せるなどと凌駕は考えていない。そもそもこの汚泥は彼らがもたらしたものであるのだから、毒に毒を落としても混ざって嵩を増すだけに過ぎないのだと理解している。
「はぁッ!」
そう、これだけでは倒せない。
だから凌駕は、ここで初めて"右手"を力強く振り下ろした。分子運動を停止させるのではなく、むしろ運動を加速させる右腕の機構を解き放つ。
生み出されるのは純粋な熱量。中心の焦点温度は優に6000度を超えるそれを、極限まで精密制御・集束させたまま一気に射出した。
火走りの如く迫り往く朱線は、しかしイ級のどちらも捉えることなく見当違いの方向へと落ちる。だがそれで良し、狙っていたのは最初から異形の二体ではなく、その足元にあるのだから。
そこに広がるのは彼ら自身が生み出した汚泥。"可燃性物質"を大量に含有した腐食の泥。
澱み腐った黒に、火の赤が落とされる。
―――――――――――。
空間が咆哮をあげ、広範囲に広がった汚泥全てが連鎖するように爆轟。これまで起きた全ての爆発に倍する凄まじいまでの衝撃が発生し、視界に映る全てを呑みこんだ。
大地が爆ぜ、爆心地を中心にコンテナと建築物がいくつも薙ぎ倒されていくその中で、一つの影が、爆発から逃れるように静かにその場を離脱していった。
爆発が収束するまでほんの1秒足らず。空間に残る振動の余韻も消え去り、やがて全てが静寂に包まれる頃。
そこには最早、誰の姿も残ってはいなかった。
▼ ▼ ▼
「っと、こんなもんか」
造船所に侵入する前とは比較にならないほど騒然としている表通りに出ると、凌駕は若干疲れたように呟きを漏らした。
いや、実際に疲れた。単純な強さだけで語るなら、これまで戦ってきた時計機構の誰にも及ばないような奴らだったが、流石にこちらの攻撃が一切通じない相手と戦うのは初めてだった。正直なところ、奴らに一欠片の理性があったならば確実に自分は殺されていただろうと確信できる。
最後の一瞬、凌駕が行ったのはイ級の垂れ流した汚泥への引火である。周囲に満ちる腐臭、及び毒性のガスから検出した成分から、あの汚泥に硫黄や硫化水素といった可燃性物質が大量に含まれていることは瞭然であった。そこに火種を放り込めばどうなるか、自ら生み出した神秘より生じた爆風に呑まれた異形種がどうなるか、最早論ずるまでもない。
一つだけ気がかりだったのが、仮にもサーヴァントという神秘からもたらされた汚泥に科学的な熱量を注いだところで引火できるのかということであったが、こうして結果が出ている以上は一か八かの賭けに勝利したということなのだろう。そうなったものはそうなのだと、凌駕は自分の中で納得する。
「さてと」
改めて自分の状態を確認する。大爆発に巻き込まれはしたが直撃はしていない。両足と左腕は酷使により悲鳴をあげ激痛を発しているが動作には支障なし。纏わりついた毒ガスの残滓は元から微弱だったのか、既に吹き散らされて人体に影響がないほどに希釈されている。制服や鞄にも目立つ欠損はなく、監視カメラの類は全て避けてきたから目撃された心配もない。
つまり問題は何もない。特に気にするべきことはなく、いつも通り登校できるだろう。強いて言えば、早朝に出たはずがもう遅刻ぎりぎりの時間だというのが気にかかるが、それとて欠席するよりはマシだと考える。
激痛に軋む足を引きずるように歩く。通りすがる周囲の群衆は皆一様に好奇心と興奮で表情を彩っており、誰も凌駕のことなど気にせず狂喜していた。危険なことは分かりきっているのだから早く逃げればいいのにと思うが、そんな真っ当な危機意識を持つ人間はとうの昔に逃げ出しているのだから、残るのはこんな連中だけなのは当然の話であった。
(とりあえず、アサシンと合流できたら今回のことについて要相談だな。
恐らく召喚型か、あるいは群体型のサーヴァント……厄介な話だけど放っておくわけにもいかない)
アサシンは偵察に出かけたのか、既に凌駕に可能な念話範囲の外に脱している。傍らに停めておいた自転車に跨りつつ、凌駕は一人思考した。
今回遭遇した異形のサーヴァント三体は、まず間違いなく真っ当な英霊ではない。如何な逸話を持てばそうなるのか、近代兵器に酷似した兵装を使用し、汚泥を撒き散らし、果ては全く同種の個体が三体も同時存在しているのだ。新手の使い魔と言われたほうがまだ納得できるというものである。
外観とたった一度の交戦情報だけで真名を特定できるとは凌駕とて思ってはいないが、それでも対策は講じなければならないだろう。今回は何とか被害が拡大する前に鎮圧できたが、これからもそうなるとは限らないのだから。
正体不明の怪物などというマイナスは、その究明と排除というプラスで釣り合いを取らねばなるまい。それが理性の制御下から離れているのだとすれば尚更だ。
一人思考に沈みながら、なおも喧騒を増しつつある路地を背に、凌駕は静かに走り去った。
胸の高鳴りも戦闘による高揚も、最早存在してはいなかった。あるのは、チクタクと鳴り響く時計の音だけ。
―――とくとくと、鳴らす心臓の鼓動はどこにもない。
心は鋼を纏ったまま、ただ歪に秋月凌駕は歩みを進めるのだった。
【D-2/ジャパン マリンユナイテッド呉工場・造船所近く/一日目・午前】
【秋月凌駕@Zero infinity-Devil of Maxwell-】
[状態] 疲労(小)、両足及び左腕にダメージ、腐食ガスの吸引による内部破壊。それらによる全身及び体内の激痛。現在全て修復中。
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 勉強道具一式
[所持金] 高校生程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争から脱しオルフィレウスを倒す。
0:今はいつも通り登校する。
1:外部との連絡手段の確保、もしくはこの電脳世界の詳細について調べたい。
2:協力できる陣営がいたならば積極的に同盟を結んでいきたい。とはいえ過度の期待は持たない。
3:アサシンと連絡が取れ次第『海洋の異常現象』及び汚泥のサーヴァントについて相談したい。
[備考]
B-7の一軒家に妹と二人暮らし。両親は海外出張という設定。
一日目早朝の段階でD-2/ジャパン マリンユナイテッド呉工場・造船所においてライダー(ヘドラ)から零れ出た複数の駆逐艦イ級と交戦しました。同所において複数の死者及び爆発と火災が発生しています。
投下を終了します
すみません、ひとつ訂正があります
>>515 の備考欄の「B-7の一軒家」を「C-2の一軒家」に修正します
度々申し訳ありませんが、>>515 の現在位置を【ジャパン マリンユナイテッドK工場・造船所近く】に修正させていただきます。
投下します
昼休み。それは中学生の学園生活において最も楽しみな時間と称して構わないだろう。
一番長い休み時間に机をくっつけて漫談を交わしながら一緒に食事を取り、食べ終わればそのまま話続けたり、体育館に行って遊ぶ子もいるはずだ。
だが、午前のサーヴァント襲撃により臨時下校が行われ本来ならば少年少女が遊んでいるであろう校庭は閑散としている。
教員達は生徒を帰した後に壁の修繕を業者へ依頼した後にどこかに消えた。おそらくは教育委員会だのPTAだの俗にいう上の組織の呼び出しだったのだろうが、ここではあえて言及する必要はないだろう。
「…………………………………………」
学校は児童、生徒が騒がしいため特に防音設備がしっかりとした建築物である。故に内が無音と化すと完全な静寂に包まれるため人によってはそれ自体が恐怖を芽生えさせる苗床と化す。
喚起された恐怖によって怪談や七不思議が創作され、それらがより無人の学校に対する忌避感を助長させることとなる。結果として人がいなくなるのも寄り付かなくなるのも道理だろう。
だが、臨時下校の連絡を無視し、学校に潜み続けた少女が一人いた。いや、正確には一人と一騎だ。
「マスター……デリュージ……いや、ここでは『奈美さん』とお呼びした方がいいですか」
「ここでは名前で呼んでください」
マスターから離れてゴーストタウンに向かったアーチャーが報告したいことがあると言われ三階廊下──戦闘があった場所──で実体化した彼と話す。
アーチャーのスキル『偽装』によってアサシンめいた隠形能力を持つため、実体化していようが彼をサーヴァントと見抜ける者は少ない。
幸いなことに今なら忘れ物を取りに来た少女とその保護者というごまかしも可能だ。
アーチャーの『偽装』と防御力を鑑みればむしろ学園になど来させず住まいの教会に待機させるか、他のサーヴァントを釣るために人気の多いところを徘徊させるのが定石である。
だが、学校にいるサーヴァントのマスターが数名いることが判明した今、他のサーヴァントを狩るためにアーチャーを近くに置いておく必要があった。
「どれでも。それよりどうですか?」
青木奈美は魔法少女であるが魔術に関しては詳しくない。むしろド素人といっていい。
元々は魔力の塊とそれを反応させる薬を渡されただけの少女であり、どこぞの魔法使いから魔道の薫陶を受けていたわけではない。
故に魔術的視点で戦闘後の痕跡から何かつかめないか調べさせる必要もあった。
「これは派手にやりましたねぇ」
「何か分かることはありますか?」
「いいえ。戦闘から時間が経っていますからねえ。魔力の残滓はあっても詳細はわかりませんが……少なくとも三人いたのは間違いないでしょう」
「三人……?」
首を傾げる奈美に神父は答える。
「壁を粉砕したという最初のサーヴァント、そしてそれに対抗したとされるのは刃物を持ったサーヴァントですね。打撃と斬撃の痕が対照的にある。
そしてこちら。小さな穿った痕。弾丸にしては口径が小さく線条痕がない。つまり針や矢だ。破壊の規模が小さいことから魔力を込めた武器ですらないでしょうね」
「どちらかが持ち替えたという可能性は?」
「無いこともないですが極小でしょう。剣と拳で白兵戦をやっていた者がいきなり威力と間合いの下がる武器に持ち替える必要がない」
矢であればタメが生じるし、針などの近接武器ならばリーチが短い。持ち替える瞬間に隙ができる。
つまりデメリットしかない。
「以上で考察は終わりです。さて、では私の方の報告といきましょうか」
アーチャーは語る。
討伐令のサーヴァントを探しにゴーストタウンへ行ったところ。
そこで会った存在を。
「サーヴァントに会ったんですか?」
「ええ、中年で槍を持った男性でしたよ」
「戦ったんですか?」
「まさか! 私はか弱い神父ですよ。戦うなんて恐れ多い」
どの口が言うか。内心で奈美は毒づきながら、神父のおどけた態度に付き合わねばならない自分に苛立つ。
そのためか口調が若干荒々しくなることも致し方ないことだろう。
「でも正体はバレたんですよね?」
「ええ、残念ながら。実体化していれば見つからないと思ったのですが、いつの時代にも鼻のきく戦士はいるようですね」
「相手はあなたの鎧を通せないのでしょう? 何故戦わなかったんですか?」
口調が更に詰問調に、厳しくなっていることを自覚した。
状況的に考えて不利とは言えないミスだろう。アーチャーの本領は偽装ではなく極限の耐久値であり、バレたところで他のサーヴァントと条件が同じになっただけだ。
ならばなぜ、どこに奈美が苛立つ原因があるのか。
もしかしたら無敵の鎧と聞いてあの女。ピュアエレメンツの仇。魔法少女『グリムハート』に重ねているのかもしれない。
無敵の鎧。圧倒的な力。その強さに付随する慢心。確かにアレに近しいといえるだろう。
しかしアーチャーが口を開いたことでそれは見当違いであったことを知る。
「何故って? 戦わなくても壊れるからですよ。
この肉体は破壊の君の器。そして私はその代行。
あの方と同じく壊して創って殺して蘇らせて奪って奪って取り戻して殺すのですよ。
───故に聖餐杯は壊れない。そして黄金(カミ)である故に敵は壊れる。簡単な理屈ではないですか」
己は黄金の代行。故に不滅。故に壊す。なぜならば黄金がそうだからと語るアーチャーの瞳には狂気が、口元には狂喜が宿っている。
「…………ッ!!」
論理が破綻している。具体案もなく見通しもなく、だが絶対にそうなると狂気の域で信じている。
周囲が冷凍庫の内側か、あるいは吹雪く北国の雪原に変わったと勘違いするほど寒気がした。そして理解した。
デリュージの苛立ちは成果の無い下僕に対する主人の怒りではなく全く逆の────この男が恐ろしいあまりに虚勢を張ろうと強がりに過ぎない。
「つきましては奈美さん。一つだけ確認しておきたいのですが」
「何、ですか?」
「討伐対象となっているアサシン。あれをどうするおつもりですか?」
「倒せば報酬が出るのだから当然討ちます」
「それはもったいないですよ」
「え?」
「ちょっと考えてもみなさい。皆がアサシンを討とうとしている。つまり、誰も自分の背後を気にしていないということです」
奈美はアーチャーの言いたいことを即座に理解した。
いや、実際にその方法が良いことを知っていたのだ。一人を囮にして全員がそれを向いている隙に後ろで本命を狙う。過去にデリュージがされた戦法だ。
だが、奈美はその案を考えなかった。考えないフリをしていた。
何故ならばそれは卑怯だから、魔法少女のやることではないから。考えたことすら忌まわしい悪徳に他ならないから。
「ああ、もしかして奈美さん」
それを見抜いた邪なる聖人は合点いったというように納得し、そして失笑しながら言う。
「貴女。未だに自分が正しい魔法少女とやらになれると思っているのですか?」
心を抉る。図星をつく。魂を揺さぶる。
お前はまだそんなことを言っているのかと。
「────アーチャッ!!」
奈美の内側にマグマのごとき怒りが噴火するも、言われた事を返せないのは奈美自身が認めてしまっているからだ───自分はもう、かつて目指した者になれないのだと。
そうとも、自分は罪人だ。それも大義や正義ではなく私欲のために罪を重ねる外道だ。
だが、お前のような下衆に笑われる筋合いではない。
「まぁ、落ち着きなさい。ここで私とやり合っても無為でしょう。
貴女の願いはこんな年寄の言葉で投げ捨てるものではありますまい」
誰のせいだと叫びそうになる。が、事実その通りであると僅かに残っていた冷静な自分がそれを押しとどめた。
しかし頭が理解しても怒りが治まらず、無様な自分をアーチャーに顔を見られたくないので下を向く。すると頭上から優しい声色で語りかけたきた。
「貴女の夢自体はとても素晴らしいものです。しかし、今は状況がそれを許しません。
戦争において最も優先すべき事は勝つことだす。何をしても、どんな手段を使っても、最終的に勝てねば意味がありません。そして、勝てなかった者の願いは踏みにじられる」
そうだ。自分は知っているではないか。
あの魔法少女によって奪われた日常を。踏みにじられた仲間の命を。砕かれた願いを。
「故に勝つ。勝たねばならない。
罪を償うのはその後でいい」
「あなたに言われるまでもありません」
「よろしい、マスター。では話の続きをさせていただきましょう」
「アサシンを囮に他のマスターを狙います。ついては……」
青木奈美は、プリンセス・デリュージは修羅の道へと堕ちてゆく。
邪なる聖人に導かれて。
──────たとえその先に、どれほどの戦慄が待ち受けようとも
--------------
【A-2・中学校/一日目・午後】
【青木奈美(プリンセス・デリュージ)@魔法少女育成計画ACES】
[状態] 健康、人間体、苛立ち
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 数万円
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、ピュアエレメンツを取り戻す
1:アサシンを探す
2:アサシンを狙う他のマスターを殲滅
※アーチャーに『扇動』されて『正しい魔法少女になれない』という思考回路になっています。
※学校に二騎のサーヴァントがいることを理解しました。
※学校に正体不明の一名がいることが分かりました。
【アーチャー(ヴァレリア・トリファ)@Dies irae】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にする
1:アサシンを狙う他のマスターを殲滅
2:同盟相手の模索
3:廃墟街のランサー(ヘクトール)には注意する
4:討伐令の対象となっている主従に会ってみたい。どうするかはそれから決める
[備考]
※A-8・ゴーストタウンにランサー(ヘクトール)のマスターが居るだろうことを確信しました
* * *
ランサー……櫻井戒は考える。
マスターの元世界の帰還と聖杯の奪取はイコールで繋がれている。問題は手段として他のマスターを殺害しなくてはならないということ、それをマスターに味わわせてしまうということだ。
(出来ることならばそんな事させたくないな……)
甘いと分かっていながらそんな事を考えている自分に自嘲する。
しかし、それこそが自分の渇望だ。穢れも呪いも全て自分一人で受け止める。たとえ全身が腐ろうとも。
(しかし、サーヴァントであるこの身ではそれが出来ない)
今の櫻井戒はマスターの魔力無しには現界出来ない戦奴(サーヴァント)である。
故に単独で戦うことが出来ず、常にマスターの傍で守護を行うため魂食いができないと何重にも己に枷を課している状態だった。
つまるところデッドロック。あちらが立てばこちらが立たずという状態であり、生前と同じく主人の命なくては動けぬ死者の奴隷に他ならない。
(でも生前ほど悪くはないか……)
悪くない……悪くはないな。
少なくともここには日の光の温かさがあり、その輝きが感じられる。
聖槍十三騎士団黒円卓第二位 櫻井戒=トバルカイン。その魔名を授けられ世界の暗部で冷たく、穢れきった人生を歩んできた戒にとってマスターは眩しい存在だ。
それゆえ現界してから今までの日常は己とマスターと比較して己の屑さを自覚し、日常の尊さに焼かれる日々だったといえるだろう。
人によっては生殺しというのかもしれない。だがこれこそが戒自身が望んだ世界だった。
故に全てを懸けてこの日常を守り抜きたい。たとえ永遠の死を与えられようと。
そう思った矢先のことだった。
「これは……」
海。潮風に紛れて魔力の残滓が流れてくる。そしてサーヴァントの目はその先にある冗談めいた光景を反射した。
そして戒の口から馬鹿なという言葉がこぼれ出る。
────あったはずの島が消滅している。
沖合にはO芝島という島があり、そこへ渡る橋があり、それに停泊していた船舶があったはずだ。
だが橋は途中から溶け落ち、島と船にいたっては跡形もなく白と黄色と緑が混ざった汚らわしい海色と光化学スモッグのみを残して消滅している。
驚くより先に夢かどうかを疑うレベルの変化といっていい。
気づいた近所の住民が通報したのだろう。既に海岸には野次馬や警官、報道機関の人間が群がり何か騒いでいるが戒が焦点を当てているのはそんなものではなかった。
島があった場所の中心──霊視できなければ光化学スモッグに遮られる──海上を少女が立っていた。
無論、そんな真似ができる以上、間違いなくサーヴァントである。
肌は白い。その白さは美白ではなく細胞が水を吸ったために色素を失った白さ……つまり水死体の白さだった。
身体の数箇所に鉄(くろがね)の金属塊が融合しており、肉と鉄が黒と白のコントラストを描いている。
状況を察するに宝具は腐敗毒に近い能力なのだろうと確信した。なぜならば自分もそうである。
己を腐敗毒の塊へと変える、いわゆる求道型である戒はできないが、初代(そうそふ)と二代目(おば)は覇道型という周りへ腐敗毒をばらまくタイプだったと聞く。海そのものを腐らせればああなるのだろう。
そして同系統の能力だからこそ分かる。アレは脅威の桁が討伐対象よりも遥かに上だ。
討伐対象のアサシンは予選期間の数日で五十八名を殺害したというが、あのサーヴァントはその倍近い数を少なくても三時間前後で島ごと消滅させたということだ。
建物の一つや二つを消し飛ばすのとはわけが違う。
もはや荒唐無稽を通り越して極限の悪夢といっていい。そんな存在がわずか1ブロック挟んだ向こうにいる。
────マスターへ害が及ぶ前に討つべきだ。
そう思った時だった。マスターからの念話が飛んできたのは。
(ランサー……ねぇ)
(ん? なんだい?)
マスターの声音は暗い。普段の明るい彼女からは考えられないほど活気が無い。
そしてすぐにその理由は明らかになった。
(ランサーは悪い奴をやっつけて、令呪が欲しい?)
▽ ▽ ▽
【討伐】とう‐ばつ
[名](スル)軍勢をさしむけて、反抗する者を攻めうつこと。
【無辜】
罪のないこと。また、その人。
△ △ △
(つまり……この人たちを殺せってこと……?)
図書館で辞典を開いていた鳴はパタンと辞典を閉じた。
昼休みに図書館に漫画を読みに来た東恩納鳴はとある棚にある辞典を見つけた。
普段ならば特に気にかけることなくそのまま漫画の方へと視線を移しただろう。だが、先ほど上級生の一条蛍さんに漢字を教えてもらった瞬間が脳裏によぎった。
鳴は嫉妬した。
鳴の知らない漢字をたくさん知っていて、それを鳴達に教える彼女は大人っぽかった。
もしも自分がそうだったら好きなあの男の子との距離は近づくだろうか。
魔法少女に変身すれば見た目は中学二年生に近づくけど頭が小学二年生のままでは馬鹿な女の子だなぁと失望されないだろうか。
それは嫌だ。
そんなわけでとりあえず辞典を広げて漢字を詰め込んでいた時、朝のルーラーからのなんとか令というものを思い出した。
読めない漢字だから言部から検索して漢字を二文字探し出してそこから辞典を引くと「とうばつ」と「むこ」を見つけた。
そして今、東恩納鳴……プリンセス・テンペストは討伐令の意味を理解する。
ヘンゼルとグレーテルとアサシンは罪の無い人を五十八人も殺したため、この人達を殺せば礼呪をもらえるということだ。
「…………」
人間を殺す。それが許されないくらい小学二年生の鳴だって知っている。
平和な日本の国で、ごく一般的な家庭に生まれ、そして友達を作って好きな人ができるという生活を送ってきた鳴にとってこの討伐令は恐怖に値する。
無意味に蟻を潰してはいけません。
犬や猫を蹴っ飛ばしてはいけません。
命で遊んではいけません。
おそらくは誰だって聞いたことのある注意だ。
そしてこれは悪い人だから殺してもいい。殺せばお礼をあげようといっている。
悪いことをした人に悪いことをしてお礼にいいものを上げるなど小学生にもわかる矛盾だ。だが、東恩納鳴にはこれに似た事柄を経験したことがある。
それは東恩納鳴が魔法少女になる際に義務付けられた約束。古代より世界に侵略し続けてきた化物『ディスラプター』を狩る───ディスラプター狩りだ。
テンペストは魔法少女になるのと引き換えにディスラプターを殺し続けている。
でもディスラプターは人間ではないからセーフ……というのは都合のよい考えだろうか。
では犬猫は? 蟻は?
仮にディスラプターが怪物ではなく人間だった場合、殺せるだろうか?
「あー、うー」
頭がパンクしそう。色恋に悩む小学二年生の頭ではこれが限界だ。
仮に鳴が討伐令に従うとして、ランサーは従ってくれるだろうか。
まずは彼の意志を聞かなくてはならない。
(ランサー……ねぇ)
(ん? なんだい?)
(ランサーは悪い奴をやっつけて、令呪が欲しい?)
念話の向こうで動揺が走ったのが分かった。
自分は何か悪いことを言ってしまっただろうか。
一秒、二秒、三秒とランサーが黙っている時間が増えていき、ついに数十秒が経過した後、彼は絞り出すように言った。
(君が……それを望むならば)
(ランサーは、嫌?)
(好きか嫌いかで言えば争い事は嫌いだよ。だが、彼らが生きていれば人が次々と殺されるのは事実だ。
そして殺人にハマった連中はこれからも殺し続けるのを僕は知っている。)
殺し続ける────最後の一言が、鳴の胸に突き刺さる。
この町にいるのはNPC。本物の人間ではない───だが、東恩納鳴は知っている。
彼らも自分と同じように笑い、泣き、悩み、怒る。
生きているのだ。
その命が用意された偽物だから命を懸ける義理は無いという打算ができるほど鳴は年をくっていない。
故に出す答えは決まっていた。
(やっつけよう! 令呪じゃなくて正義のために!)
なぜなら魔法少女とはそういうものだから。自分はちょっと不純だけど太源は変わらないとそう信じている。
小さな女の子の大きな決意はそのサーヴァントにも一切漏れなく伝播し
(ふ、はは、ははははは。そうか、正義か。うん、そうだね)
ランサーは忘れていた。ああ、そういうものもあったなと。
かつて末期の際にそれを見たではないか。雷電を纏い、黒円卓の戦鬼と剣を交えた女性を。
まったく───自分の周りには良い女性が多すぎる。
(了解したよマスター)
今度こそ結末だけは変えてみせる。
--------------
【C-5・小学校/一日目・午後】
【プリンセス・テンペスト@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態]健康、人間体
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]名札
[所持金]小学生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:悪い奴をやっつけよう!
2:一条蛍さん……いいなぁ。
3:元の世界に帰りたい。死にたくはないが、聖杯が欲しいかと言われると微妙
[備考]
※討伐令に参加します
※一条蛍とは集団下校の班が同じになりました。
【櫻井戒@Dies irae】
[状態]健康
[装備] 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:妹の幸福のため、聖杯を手に入れる。鳴ちゃんは元の世界に帰したい。
1:正義か、悪くないな…………。
[備考]
※O芝島の異変に気付きました。あそこにいる少女を他のマスター達の中で一番警戒しています。
投下終了します
投下乙です
タイトルがかっこいい
まほいくは魔法少女のあり方というのが大事だったり結構拘ってる人が多い物語だけど、二人はこうなったか
櫻井は結末だけは変えようとしてるけど、Diesは最初の失敗をどうにかしないと結末変わらない話だからな……。
どうなるやら
皆様、投下お疲れ様です。
>照らしの行先
この二人のやり取りは聖杯戦争中だというのにどこか気持ちいい爽やかさがありますね。
日常の和やかな雰囲気からちょっとしたきっかけで空気を一変させる辺り、やはり戦う側の存在というべきか。
砲撃音を元に独国の艦船だと当たりを付けるのは実に聖杯戦争らしくて面白いと思いました。
接触の結果がどうなるかも見物です。ご投下ありがとうございました!
>我はいざ征きて
ゼロインの時間軸は昭和の真っ盛りだったし、確かに電化製品が発達してる現代は慣れないよなあ……w
現代設定ならではの、凌駕の困惑した様子が面白かったです。
戦闘面ではやはり流石ですね。イ級の無機的ながらも不気味な攻撃描写と、それに対して一歩も退かず圧倒する凌駕の強さがよく描写されていると思いました。ご投下ありがとうございました!
>覆水は器へ戻れず、疾風は勁草を知った
神父の不気味さと胡散臭さ、得体の知れなさがこれでもかと再現されていて唸らされました。
確かに黄金聖餐杯の鉄壁性はグリムハートの魔法に通ずるところがありますね。
一方鳴ちゃんは実に小学生らしく明るくて、読んでいて微笑ましくなりました。
しかしヘドラヲ級の侵食も着々と進んでいるようですから、聖杯戦争全体の行く末には早くも不穏なものが漂い始めてきたように思います。ご投下ありがとうございました!
自分の予約ですが、一応延長申請をしておきます。延長の期限までには投下できると思います。
投下します
見上げれば寒空だったけれど、澄み切った透明な青色をしていた。
登り切った朝日は、灰色の雲が空を横切るたびに消えたり見えたりを繰り返しながらその高さを中天へと近づけていく。
そのたびに地上の世界もまた、薄暗い日陰の中に入ったり、日差しにあてられて輝いたりを繰り返している。
日陰を作っている建造物は、幾つものオフィスが入居する高層ビルであり、一流ホテルであり、巨大ショッピングモールであり、鮮やかな垂れ幕の下がった駅ビルであり、立体駐車場でもあった。
K市でも一番背が高いビルティングばかりが集まっている一帯だったから、空がとても高いところにある。
そんなビルディングのひとつに陣取って地上を見下ろせば、落ち着いた色合いの人口物で彩られて舗装された改札前の広場と、無秩序に行き交う人間の群れを観察することができた。
K市の地名と同じ名前を付けられた駅、K駅。
その周辺は、ありていに言えば市内でも一番の『都会』だった。
様々な背の高い建造物を繋いでいる通路は、自動車や路線バスも往来するアスファルトの道路と、その上層に組まれたぺデストリアンデッキの二層構造だ。
どの通路を通ればどこに繋がるのか、一見して分かりにくいその構造は、ちょっとしたテレビゲームのダンジョンよりも迷宮じみている。
しかもゲームのダンジョンと違うのは、絶えずたくさんの通行人がいることだ。
改札から駅の中に入っていく人間たち。駅から出てきた人間たち。バスの停留所で立ち止まる人間たち。タクシーに乗り込む人間。デッキを渡る人間。道中の階段から地下駐車場へと降りていく人間。そして駅からまっすぐのびた大通りへと進路をとり、青信号を待ってから一斉に歩き出す群れ。
それはまるで、『ヒト』という製品を吐きだす工場の搬出口と、何十通りもの分かれ道がある見えないベルトコンベアだった。
しかし、佐倉杏子は知っていた。
この街はダンジョンではない。ジャングルだ。
狩る動物と、狩られる動物が明確に存在する、アスファルト・ジャングルだ。
「これだけ荒れてるのに普通に出かけるなんて、『自分だけは殺されない』とか思ってるのか?」
群衆を指しての問いかけを、ほんの気まぐれで問うてみる。
霊体化した彼女のサーヴァントは、ただ無口で傍らにいるだけだ。
しばらく過ごしてみて分かったことだけれど、ランサーはあまり口数が多くない。
思うことがあればそれなりに喋るし、必要がなければ喋らない。
単なるコミュニケーション下手なのかもしれないが、そんな奴だった。
だからこそ、杏子はちょっとだけ反省した。聞くまでもない、くだらない質問をしたことに対して。
街中というジャングルの中で、NPCとは自覚もないままにただ狩られる側だ。
そしてこの街は、狩る側に回ろうとする連中――マスターとサーヴァントのために存在する。
グリーフシードを欲しい魔法少女が魔女を狩るように、お手軽に魔力が欲しいマスターはノンプレイヤーキャラクターを狩るという事実があるだけ。
ゆくゆくは他のマスターを狩るための布石として――だけではない。
人間のハンターが動物の狩猟を楽しむように、ただ殺すことを楽しんでいるのか、あるいは全てを滅ぼしたい破滅主義なのか。
己の保身よりも、目立たないことよりも、大きな被害を出すことに重きを置いた存在がいる。
そう思わせた根拠は、ふたつあった。
「目と鼻の先であんな派手に爆発したのに、呑気なもんだね」
自販機で買った棒アイスのパッケージを開けながら、感想をこぼす。
【そういうシステムだから、としか言えないさ】
根拠のひとつは、今朝がた寝場所となる廃ビルに届けられていた『討伐令』の殺人鬼――『ヘンゼルとグレーテル』の存在。
そしていまひとつは、このショッピングモールの屋上から、双眼鏡をのぞいて見てきたもののせいだった。
否、双眼鏡を使わなくともよく見えた。少なくとも、すぐ南の海岸線から、太く高く束になって立ちのぼる黒煙については。
そして、ソウルジェムを埋め込んで魔法で精度をあげた双眼鏡を使えば、なおのこと詳しく見えた。
濁った灰色の煙の中に混じる、毒々しい青みがかった煙は明らかに人体に有害な成分が混じっているソレだったとか。
その煙に見え隠れする火元を注視すれば、昨日まで大型の船が停泊し、造船現場と倉庫街だった区画が、何もない更地になっていたことだとか。
ヘドロをぐちゃぐちゃに攪拌した上で焦がしたような、黒っぽいマーブル模様のドロドロが、地面を汚していたことだとか。
近隣に駆けつけた消防車と救急車が、煙に難儀して近寄りかねているパニックの現場だとか。
その光景だけでも、捕食者による破壊の規模が尋常ではない充分な証明だというのに。
「そもそも、あれはどういう戦いだったんだ?」
さらに不可解だったのは、青煙交じりの黒煙が地上だけでなく海上からも立ちこめていること。
棒アイスを大きくかじり、口の中で溶かしながら考える。
「海の中を泳いでるサーヴァントがいて、海ごと燃やした、のかな……」
【海を燃やしたというよりも、元から高発火性物質で汚染していたんじゃないか。
俺は魔術には詳しくないが、そういう効果のある爆発を起こせたとしても、状況終了の後まで燃え続ける必要なんか無い】
「汚染、ねぇ……なんか英霊(ヒーロー)のやることっぽくないね」
【俺みたいな復讐者が喚ばれるくらいだ。きれいな英雄ばかりじゃないだろうさ】
ランサーことメロウリンクの生前の功績と言えば、とある軍事スキャンダルに関係する元機甲大隊所属のボトムス乗り全員に、対ATライフルを携えた生身の身体で復讐を完遂したこと。
言うなれば、それは『前線で華々しく活躍したATパイロット』という存在あってこその風評だ。
つまり、彼自身は『魔術』ではなく『科学』を由来とする物語(れきし)の人物。
だとすれば、他のサーヴァントにも海上戦艦のような兵器を扱う英霊や、科学的な毒物か汚染物質を撒き散らす英霊がいてもおかしくないと考えている。
【悪いな。気づくのがもう少し早ければ、戦闘の現場を抑えられたかもしれない】
「い、いや、アタシのせいみたいなもんだから……それはいいよ」
棒だけになったアイスをぽいとゴミ箱に投げ入れ、気恥ずかさをごまかすようにポニーテールを指先で弄ぶ。
限られた時間で乾かしたものの、ひとつに括られた長髪にはまだ湿り気が残っていた。
このショッピングモールの上階にある、スパ温泉の従業員ルームの見張り。
おそらく戦闘が行われていただろう時刻に、杏子がランサーに命令していたことはソレだった。
なぜかというと、温浴施設の風呂が沸かされ、しかし開店時間までには少しの余裕がある。
そういう時間が、杏子にとっての入浴タイムだったからだ。
聖杯戦争で生き残るためのサーヴァント――それも、見た目は杏子とひと回りも離れていない少年兵――に対する命令としてはどうなんだろうと思わないでもない。
そして、銭湯代を払えないわけでもない。
むしろ、所持金だけで言えば同年代の中学生たちよりもずっと裕福だった。
だが家無しのホームレス生活であることも考えると、公共の施設を毎日利用して『いつも子どもだけでやってくる客』として顔を覚えられるだけでも、嫌な予感がする。
ホテルを使わずに廃ビルを間借りして寝起きしているのも、同じ理由だ。
「そ、それよりさ。ランサーはあのサーヴァントに勝ち目はあるの?
いや、相手が生きてたらの話だけど」
【敵の手がかりが少なすぎて何とも言えないな。それに俺には水中戦の備えもない。
それでもマスターがやれというならベストを尽くすが、万全の備えを期した敵の懐に、無策で飛び込むようなものさ】
「そりゃそうか」
ランサーが生涯の復讐で倒してきた仇敵は、その大半が相当の地位も拠点も持っていて、ランサーを返り討ちにするための罠と装備を固めているような連中ばかりだった。
文字通り、可燃性燃料が充満したフィールドの中で、ATライフルひとつを携えて特攻するような真似もしたことがあった。
だからこそ、それがいかに無謀なことかを誰よりも知っている。そして、覚悟を決めればそれでも突き進んでいくのがランサーの生き方だった。
「なら、まだあっちに行かなくてもいいか。生きてて陸に上がってこられたらやばそうだけど」
【ああ】
ただし、この戦場におけるランサーは、復讐者でもなければ軍人でもない傭兵(サーヴァント)だ。
進むか退くかを決断するのは、彼の役割ではない。
そして、佐倉杏子もまた魔法少女ではない。
身体はまぎれもなくソウルジェムを生み出した魔法少女のそれだが、それでも『魔女を狩る者』だとか『最後に愛と勇気が勝つストーリーの主人公』だとかを背負った魔法少女ではない。
よっぽど、落とし前をつけるべき事情が存在するのなら別だが、そうでなければ、街の平穏よりも身の安全を優先するだけだ。
この街の海には、毒を持った捕食者がいた。あるいは、今もいる。
今はその事実を頭に刻み、そして、いずれ狩られる側に回らないよう、海上には警戒しておくだけだ。
【一時しのぎだが、もっと内陸に避難すると言う選択肢もある】
【そうだね。でも今はまだいいや。人ごみに紛れやすいところにいたいし、こういう街中なら他のマスターも、『討伐令』のヤツらも出てくるかもしれないし】
開店時間を過ぎたショッピングモールでは、杏子のいる屋上でも親子連れが出入りし始めていた。それを見て、杏子自身も念話に切り替える。
【討伐令に参加するのか?】
【深入りはしたくないけどね。でも、令呪は多い方がいいって話じゃん?
それに、『悪いマスターは退治してやる!』って意気込んでるマスターがいるかどうかは気になるし】
今さら正義の味方を気取るつもりは無いが、他のマスターにそれを気取っている連中がいるかどうか、単純に興味はあった。
かつては佐倉杏子も、それに憧れていた時代があったから。
【たとえば、これだってマスターじゃないかと思うんだよね】
そう言って乱暴にポケットから取り出したのは、折りたたまれたチラシだった。
さっそくの手がかり、と言えるほど確かなものではないけれど。
黒く不気味な目玉が描かれたその広告は、駅前でもよくチラシ配りをしている集団から手渡されたものだった。
【宗教団体か。確かにNPCにしては目立っているが、何か理由でもあるのか?】
【だってさ、いくら何でも繁盛し過ぎてる感じがするから。
よく分かんない教義の新興宗教だったらさ、普通はみんなもっと遠巻きにして、人を集めるのも上手くいかないと思うんだ】
とても強引な勧誘活動を行っていることで評判の、新興宗教団体。
その集団のことを話し始めた時、ランサーのマスターは苦々しく顔をゆがめていた。
【それに、あの信者、本当に世の中が良くなることを願ってる人っぽく無かったよ。
あたしはそういう人を知ってたから分かる】
メロウリンク・アリティーは無口な男だ。そして余計な詮索もしない。
かつて、恩人であり行動を共にした女性が倒すべき仇敵の親類だったと知った時も、彼女自身が語り始めるまでは追求しなかったぐらいに。
だから、マスターの過去に何かがあったのかと察しても、踏み込むことはしなかった。
元復讐者は、気の利いた言葉を少女にあげられない。
しかし、元復讐者だからこそ見えるものもある。
少なくとも、少女の眼に宿っていた感情が、憎しみなのか、哀惜なのかを見極める眼はあった。
佐倉杏子がそのどちらだったのかは、聞かれるまでもなく――
【一日目・午前/C-2・K駅付近/数階建てショッピングモール屋上】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態] 魔力残量充分
[令呪] 残り三画
[装備] ソウルジェム(待機形態)
[道具] お菓子
[所持金] 不自由はしていない(ATMを破壊して入手した札束有り)
[思考・状況]
基本行動方針:今はただ生き残るために戦う
1:他にはどんなマスターが参加しているかを把握したい。ひとまず駅前を拠点に遭遇を狙う。
2:令呪が欲しいこともあるし討伐令には参加してみたい。
3:海の中にいるサーヴァント、御目方教の存在に強い警戒。狩り出される側には回らない。
[備考]
※秋月凌駕とイ級の交戦跡地を目撃しました。
【ランサー(メロウリンク・アリティー)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態] 健康
[装備] 「あぶれ出た弱者の牙(パイルバンカーカスタム)」、武装一式
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:あらゆる手を使ってでも生き残る。
1:駅前を拠点にして、マスターと共に他のマスターを探る。
2:港湾で戦闘していた者達、討伐令を出されたマスターを警戒。可能なら情報を集める。
3:マスターと共に生き延びる。ただし必要ならばどんな危険も冒す。
投下終了します
投下お疲れ様です
やっぱり杏子は宗教関係の御目方教に思うところがあるか
その素性を知ったときに杏子がどうなるか楽しみでもあり、不安でもありますね
アドラー、U-511で予約します
プリンセス・デリュージ&アーチャー(ヴァレリア・トリファ)、シャッフリン 予約いたします
なお、シャッフリンは群体型ですので、一応「ジョーカーを含めた複数個体で予約します」と宣言させていただきます
皆さん投下お疲れ様です。
企画が発足して少なくない時間が経過してから厚かましいかもしれませんが、拙作『ニコラ・テスラ&柊四四八』においてステータス表に宝具を一つ追加したいと思い立ち、相談させていただきたくこの場に書きこませてもらいました。
追加したい宝具の概略は以下の通りです。
『人よ、不撓なる閃光であれ(グレイテスト・シャイニー)』
ランク:EX 種別:対神秘
スキル:無形の輝きの効果が最大限に発揮された際に自動発動、敵対象の持つ幻想を全ての条件を無視して自壊させる。効力は対象が持つ神秘性や神性が高いほど増す
あまりに身勝手な話ですが、御返事のほどをよろしくお願いします
投下お疲れ様です!
メロウリンクと杏子の掛け合いが何というか、こう、いいですね。
御目方教に対して思うところのある杏子と、それを察しつつも気の利いた言葉をかけてあげられないメロウリンクの描写が特に好きでした。
ご投下ありがとうございました!
>>540
宝具追加の件了解しました。
追加自体は問題ないので、お手数ですがwikiの方に正式な宝具テキストとしての追加をお願いします。
随分時間がかかってしまいましたが、投下します。
臨時下校。
心身ともに健全な学生であれば、まずこれを喜ばない者はいないだろう。
退屈で眠気を誘う授業が打ち切られ、自由時間が降って湧いたように与えられるのだ。
現にあんなことがあったというのに、生徒の中には帰りにどこそこの店で遊んでいこう、などと談笑しながら帰途に着いているものさえ居る。
「……はあ」
そんな中、帰途に着く少女が一人。
ごく何の変哲もない容姿と顔立ちをした、彼女の名前は建原智香という。
今は制服の袖で隠れているが、その右手には、十代そこらの子供には似合わない禍々しい文様が刻まれていた。
言うまでもなく、令呪。
彼女は聖杯戦争の参加者であり、今日の騒動についての真実を知る数少ない一人でもあった。
『不安ですか』
「それは……まあ」
『無理もない。君のような子供には少々、厳しすぎる状況です』
霊体化したままの状態で、アサシンのサーヴァント――『死神』は優しく笑った。
彼は優しく、穏やかな人物だ。
語気を荒げるようなことは決してないし、未だに聖杯戦争における身の振り方を決めかねている智香に対しても急かすことなく、優しく接してくれる。
もしも自分が他のマスターとして彼に出会ったなら、きっとすぐに信用してしまったことだろう。
……正直な話今でも、この人が地球上で最強とさえ呼ばれた凄腕の殺し屋だなんて話には実感が持てない。
死神なんて物騒な名前は、彼に全く似つかわしくないと、そんなことさえ思っている。
『しかし物思いに耽る余り、足取りを遅くしてしまうのは戴けませんよ。
そういうのは自分の部屋で、外など眺めながらするものです』
窘める口振りは、学校の先生か何かを思わせる。
わかってると言い返したくなるのに、嫌な気持ちにはならない心地よさ。
もしも彼のような人物が教師だったなら、さぞかし頼れることだろう。
そういう意味でも、このサーヴァントと過ごす時間は数少ない落ち着ける時間だった。
彼が偵察などで出払うと、途端にこの先への不安が込み上げてくる。
このままじゃいけないと思っていても、やはりそう簡単に変えられるものではない。
校門を出て、暫く歩く。
すっかり歩き慣れた自宅への道のりだが、お天道様が空のてっぺんにあるような時間に此処を歩くのは稀だった。
普段とは少し違った新鮮さを感じながら歩みを進めていると、智香は不意に、ある人物をその視界に収めた。
黒いコートの、くたびれた印象を受ける男。
口に煙草を咥えながら路傍に立っている様子を見るに、誰か人を待っているようだ。
こんな真っ昼間からこうしているということは、誰か生徒のお迎えだろうか。
そんなことを考えつつ、その横を通り過ぎようと足を進め――そこで、彼と目が合った。
「――マスター!」
突如、智香の傍らへ侍っていた死神が霊体化を解除して彼女を庇うように前へ出る。
それと全く同時に、コートの男の傍らから、先程までは確かに居なかった筈の青年が出現した。
銃らしき武器を携えた、どこか無骨な印象を見る者に与えるその青年は、表情を一切動かさずに一歩踏み込んだ。
智香はようやく、この段階に至って理解する。
踏み込んだ方の青年はサーヴァントで、コートの男はそのマスターであると。
理解したからといって、智香にはどうにも出来ない。
サーヴァントに対抗できるのは、サーヴァントのみだ。
死神の腕に抱かれながら、智香は初めてのサーヴァント戦に臨む――
◆
『死神』の行動は迅速であったが、彼のそれに匹敵しかねないほどに黒いコートの男――衛宮切嗣のアーチャーは俊敏であった。
彼が黒服の内から取り出した拳銃の引き金を引くよりも先に、アーチャー・霧亥の拳がその咽頭を射抜く。
――そんなビジョンを幻視し、死神は行動を中断、回避に専念することとした。
元より直接戦闘を主とはしない生粋の暗殺者(アサシン)である彼だ、両方をこなそうとしなければ片方に少女を抱えていても問題はない。
だがその彼をしても背筋に冷たいものが走るのを禁じ得ない程、霧亥の一撃は絶大な威力を秘めていた。
死神の筋力ステータスも低い方では決してない。それでも奴は、少なく見積もってもその二ランクは上を行っている。直撃などしようものならば、彼の耐久値は低いのだから、相当な痛手を被る羽目になろう。
殺し屋は正面戦闘を避け、一撃必殺を売りとして立ち回る職業だ。
一つの殺しに入念な準備と下調べをするのは言うまでもなく大事なことであるが、実際にそれを決行する過程で時間をかけ過ぎるようであれば、死神に言わせれば落第点の誹りは免れない。
何故なら殺しの段階で手間取れば、当然相手は自分が殺されかけているという現状を理解し、行動を起こす。
それは然るべき機関への通報であったり、抵抗であったりと様々だが、共通しているのは碌な事態を招かないということ。死人に口なしとはよく言ったもので、死の断崖を目前にした人間こそが最も厄介なのだ。
安全を重視すればこそ求められるのは一撃必殺。確実な依頼の遂行。
されど、戦闘を避けられない局面というものが確実に存在するのもまた事実だ。
死神は世界一優秀とされ、何千人と殺してきた暗殺者だが、その彼でもそういう場面を幾つも踏んできた。
どれだけ気を付けていても、入念な準備の上で臨んでも、予想外の事態は確実に発生する。
だから、重要なのはそうなった時にどう対処するか。そうならないように努めることには限界があるのだから、選択肢が絞られるのは当然の道理である。
グレネード弾を始めとした各種重火器で武装した傭兵と戦闘になったことがあった。
こちらは潜入の都合上小さな刃しか持っていないのに、敵は制圧力に優れた機関銃を携えている時があった。
人間の身である以上、撃たれれば死ぬ。爆風などモロに浴びれば暗殺どころでは当然ない。
そんな絶望的状況を切り抜け、ただ一度の不覚を除いて縄を掛けられることもなく、殺し続けてきたのが彼だ。
今の状況も、言ってしまえば生前に経験した幾つかの窮地と同種のものでしかない。
目の前の男は殺害対象で、その肉体、ひいてはホルスターに収められた宝具と思しき銃が警戒すべき凶器。
あれを如何に躱しながら敵を追い立て、殺すか。試される内容は、やはり何も変わってはいない。
「ふっ――」
智香を抱えながらの背面跳びに打って出、霧亥の近接攻撃を難なく回避する。
その淀みない所作を現役の体操選手が見たならば、心の手本と据えたとしても何らおかしくはないだろう。
抱えられている少女が現状混乱以外の不快感を示していないのは、ひとえに魔法少女としての強化された体あってのものだった。少なくともこの程度で、魔法少女の体は異常を示さない。
死神が抜き放ったのは古釘だ。
中学校でくすねてきた廃材で、当然神秘など宿っていよう筈もない代物。
しかしこと死神に限っては、その常識は無視される。
彼の宝具『萬の術技』により強化された専科百般スキルが、彼が凶器として道具を扱う場合に限り、相手が英霊であろうとも通用する殺傷能力を与えているのだ。
反則技としか言いようのないそれを見抜くのは、さしもの霧亥といえども初見では不可能だった。
振り払わんとしたその腕に、錆びた古釘が遠慮なく突き刺さっていく。
その表情に、この聖杯戦争が始まってから初めての僅かな驚愕が浮いた。
「それは致命的な『隙』だ」
時間にしてコンマ一秒にすら満たないような、僅かな隙。
それを見逃さず、怜悧に笑って死神は一度引っ込めた筈の拳銃を連射する。
本来ごく一般的な警官拳銃である筈のそれは、既に彼の改造によって凶悪な殺人兵器と化していた。
反動は無視され、装填可能弾薬数は拡張、連射性能が付加されてパフォーマンスは格段に向上している。
そこに英霊すら殺す殺意が宿っているのだから、スペックで勝った霧亥とて無視できるものではない。
射線上から離れ、射撃を回避。
次いで腕に突き刺さった古釘を抜き、彼が見せたのとほぼ同じ動作で投げ返す。
釘は死神の体に吸い込まれるようにして命中したが、案の定、衣服一枚さえ破れることなく乾いた音を立てた。
攻撃の後には、必ず隙が生ずる。
それが不発に終わったならば尚のこと、反撃の威力は上昇する。
そのことを証明するように抜き放った改造拳銃の弾丸が、霧亥の脇腹を抉り取った。
いまだ致命的な痛手には至っていないが、趨勢がどちらに傾いているかは火を見るよりも明らかだ。
敵の攻撃をひらりひらりと躱し、いなしながら、小さな傷を重ねて巨象の命を削ぎ落とす。
さながら本物の死神がそうするように、防ぎようのない死を運ぶ刃――数千の命を屠った、人類最強の暗殺術。
残弾の古釘全てを、流麗な動作で撒き散らす。
撒き散らすとは言っても、一発たりとも無駄撃ちがない。
まるで古い時代の忍者が放つ正確無比な殺意のように、急所という急所を目掛けて迫っていく。
申し訳程度の神秘しか持たない小道具とはいえ、狙っている場所が場所だ。
全弾喰らえば霊核損傷、そうでなくとも、半分も受ければ大半の英霊は行動不能を余儀なくされるだろう。
だが、霧亥は凡百の英霊と一緒くたに扱えるスペックの弓兵ではない。
「ほう――」
回避などしない。
捌き損ねる無様も晒さない。
その体に、一筋の傷も負わない。
全て殴り、蹴り、弾き、粉砕した。
素直に感嘆の声を漏らしながら、死神は四肢を潰す銃撃を繰り出す。
今度の霧亥は跳躍によってそれを回避――そして。
「最低出力だ」
それは敵に向けた言葉ではなかった。
自らのマスター、衛宮切嗣への通告。
つまり、宝具を使い、敵を滅殺するという宣言であった。
通常、アサシンのサーヴァントは三騎士クラスに基礎スペックで劣る。
実際に、死神のステータスは霧亥よりも殆どが低い。
故にこの事態は、彼ら襲撃者側にとっても予定外。
世界最強とさえ謳われた殺し屋の英霊は、数値だけでは測れない常識外の戦闘能力を有していた。
だから、殺すために使わない予定だったものを使う。
アーチャー・霧亥の主武装――重力子放射線射出装置(グラビティ・ビーム・エミッター)だ。
(――不味いな。あれは)
仕事柄、世界各地のあらゆる兵器を目にしてきた。
これが神代の宝具や呪物であれば話は別だが、霧亥のそれは死神が生きた時代の後に生み出されたものである。
年号自体ははるか彼方であろうと、面影さえ残っていれば、大まかに判別することは難しくない。
つまり、あれは兵器だ。
分かる。
あれを使われれば、戦闘の中で他の物事を気にかける余裕は消滅すると。
死神は素早く飛び退き、霧亥にも優る敏捷性を駆使して加速。
「マスター、此処から決して離れないように」
「え、あ、でも」
「大丈夫。私を信じなさい」
目を白黒させる智香の頭に手を置いて、それから銃を抜いた霧亥と再び相対する。
(……どうしたものか)
涼しい顔をしてはいるが、今度は一転、彼が苦境に立たされる側だった。
智香を物陰に隠しはしたが、あんなものは所詮気休めだ。
あの銃をもってすれば、建造物をぶち抜いて向こう側の彼女を殺害する程度は容易い。
それが彼の見立てだ。幾らマスターが魔法少女という超常生命体であるとはいえ、サーヴァントの宝具で射撃されれば即死の未来は免れないだろう。
しかしながら、此処は日中の街中だ。
そんな場所で加減も考えない出力の射撃を行えば、最早民間人にその存在が露出する程度では済むまい。
まず間違いなく、ルーラーが動く。
そして見たところ敵のマスターは、そんな初歩的なミスを冒す阿呆ではないようだ。
「やれやれ。正面戦闘は専門外だが……」
この局面を切り抜ける手段は、一つしかない。
彼にマスターを狙わせない。
より正しくは、狙う暇を与えずに戦闘する。
並大抵の難易度ではないが、出来なければ此処で脱落するだけだ。
――霧亥が引き金を引く。同時、死神は空間の張り裂けるような音を聞いた。
「づッ―――」
――これほどか!
その威力は、死神の予想した水準を二段階は軽く飛び越えたものだった。
空間が捻れるような衝撃を伴って放たれる、現代の銃器など足元にも及ばないであろう高威力銃撃。
予備動作を知覚出来たため、たたらを踏みながらも無事回避できたが、失敗したなら確実に殺られていた。
しかも恐ろしいのは、先程霧亥は「最低出力」と口にしていたことである。
あの兵器にしてみれば今見せたような破壊は、全力の一割にも満たない余技であるというのか。
自身の消費を顧みることもなく、人目への露見を最大限に抑えながら行え、それでいて魔術師の英霊が繰り出す強大な術にも匹敵した威力を持つセーブ状態での銃撃。
……難敵だ。
死神ほどの殺し屋をして、そう結論付けざるを得ない。
出来ることならこの手の敵とは正面からぶつからず、暗殺と不意討ちに徹して殺し屋らしく仕留めたかった。
だが恐らく、それは不可能だろう。
このアーチャーに限っては、正面戦闘をどの道避けられなかったはずだと死神は考察する。
Aランクの気配遮断状態にあった自分を、察知していた。
死神はプロであるが故、自身の隠形に一定の自信を置いている。
英雄の格が高ければ高いほど。
社会の矢面に立つ、光であればあるほど。
死神の鎌は、それを的確に屠る。
誰にも気取られぬよう闇へ潜りながら、人知れずその寿命をこそげ落とすのだ。
その技の一環を、完全に読まれていた。
咄嗟に対処したのではない。
そもそも自分が"居る"ことを、予め察知されていた。
気配探知のスキル――並びに千里眼。
それも相当な高ランクで、このアーチャーは保有している。
成程自分にとって、あらゆる面から難敵と呼ぶ他ない相手だ。
二発目が来る。
霧亥が引金に指を添えた瞬間を見計らい、死神は拳銃の残弾を全て撃ち放った。
狙うはその手。引金に触れた指と手首に、合計四発の弾丸が襲いかかる。
結果として、全て避けられてはしまったが、逆にそうしなければ一寸の狂いもなく全弾が霧亥に命中していた。
回避の動作が終了する前に弾薬を補充し、再び四肢を狙った連続射撃。
これも同じように回避される。――その分、霧亥の再射撃は更に先延ばしにされていく。
霧亥もすぐに、敵手の意図する所に勘付いた。
要は徹底してGBEを使わせず、回避に専念せねばならない自分の隙を狙い、その殺しの腕前を最大限に発揮した妙技の数々で此方を刈り取る算段なのだ。
確かに死神が持つ数多の殺し技と、それを最適な局面に合わせて駆使する腕があれば、それも可能だろう。
さりとて種が割れているのならば、対処することも容易である。
「ぐ」
霧亥は、敢えて弾丸の内の一発を受けた。
肉が割れ、血が噴出する。
その瞬間、死神が弾丸の補充のために一瞬だけ隙を見せたのを彼は決して見逃さなかった。
GBEの銃身を盾に未到達の残弾を防ぎ、再び最低出力状態での銃撃を打ち込む。
「くっ――」
次に不利へ立たされるのは、死神の方だった。
この戦いは双方が全く別ベクトルの強さを有している為か、戦況が一定しない。
常に優勢劣勢が目まぐるしく入れ替わり、趨勢の天秤が最終的にどちらを下に選ぶのかは完全に予測不可能だ。
曲芸のように体を逸らして回避に打って出た死神だったが、射出された力場の余波のみでその痩身が吹き飛ぶ。
手にしていた筈の拳銃は、それだけで堪えきれずに砕けて地面へ散らばった。
軽いとはいえ喀血さえしながら命を拾った彼が、生の実感を噛み締めるよりも早く、霧亥は追撃した。
街路樹を粉々に吹き飛ばしながら殺到する破壊の力場は粉塵を巻き上げ、舗装された地面を破壊する。
煙が晴れた時――そこに死神の姿はない。それを見て、仕留めたか等と戯言を漏らす阿呆はよもや居るまい。
敵は死神だ。あらゆる困難を乗り越え、必ず敵を殺すと謳われた殺し屋なのだ。
血の一滴も残さずに姿が掻き消えていたのなら――
「そこか」
「ええ、こちらですよ」
――人の後ろから、首根っこを狙っていると。そう考えるべきだ。
振り向きざまにGBEを見舞わんとしていた霧亥は、しかし振り向いた先で一瞬、その動作を停滞させる。
(見えない……?)
いや、違う。
見えてはいるのだ。
討つべき死神の姿が、確かに視界には写っている。
ただその姿形が、まるで霞か何かのように覚束ない。
視界の右に居たかと思えば左に、更には中央に居るにも関わらず、そこからまるで気配を感じない時もある。
気配の察知に一際優れた霧亥ほどのアーチャーを欺くなど、神代の暗殺者であろうと困難の筈だが……
「そう大したものでもない。ただ、気配の運び方を工夫しているだけですよ」
霧亥のスキルは健在だ。
数キロメートルもの間合いをカバーする気配察知能力を欺くのはまず不可能。
死神が小細工をしたところで、霧亥には彼の仄暗い気配が手に取るように分かる――そう、分かってしまう。
そこが、問題であった。
死神は気配を隠匿してはいない。
むしろこれまでよりも分かり易く、気配を自ら放ってすらいる。
霧亥が分かりやすいようにと、親切丁寧に。
殺し屋にとって、気配の操作は必修科目だ。
そしてそれを極めた者は、自らの気配を運び方一つで、無形の迷彩のように操ることも出来るようになる。
此処まではある一定のラインまで極めた人間であれば、誰しもが至れる境地である。
奥の奥まで『殺す』という事柄を極めた死神ならば、当然その扱いはより卓越したものとなる。
死神は今、自身の気配をいわば点滅させていた。
出す、消す、ぼかす、強める。
それを絶え間なく繰り返すことで、霧亥の気配センサーとでも呼ぶべき機能を完全に撹乱しているのだ。
暗殺者は時に弱点のみならず、こうして敵の長所にまでも付け入って仕事を完遂する。
事実として今彼は、まさに霧亥の首筋を刎ねる一歩手前にまで迫っていた。
その優れたステータスと恐るべき宝具をもってすれば、黒い鼠の一匹を殺すのは容易い。
だがもしも仕留め損ねれば、その時鼠は毒牙を持って霧亥を食い破る。
そういう状況にまで、只の一手で詰められた。
恐ろしきは、死神の名を持つ殺し屋よ。
霧亥はこの局面を打破するために、即断である選択肢を選び取った。
出力を一段階上げ、力押しで滅殺する。
当然死神にも予測可能な返し手ではあったが、あまりにもその威力が強大であるために、読んでいたとしても全力を尽くさなければ回避不能というのが恐ろしい点であった。
(失敗すれば死ぬ――こういう状況は、随分と久し振りだ)
少なくとも、『死神』としての彼にとっては久方振りの苦境だった。
もし失敗したなら、間違いなく死神は死ぬ。
マスターの選択を見届けることも出来ないまま、恐らくは最初の犠牲者として聖杯の糧になるだろう。
懐かしい感覚。背筋に冷たい鱗を持った蛇が這い回るような悪寒に晒されながら、固唾を呑んで動向を窺う。
早すぎても、遅すぎてもいけない。どちらだろうと、死ぬ。
そして、霧亥の指が引金に触れた。
銃口から莫大な破壊力を伴った力場のビーム弾は、さながら魔界の鉄砲水のよう。
それは目の前で牙を剥かんとしていた死神の存在を焼き尽くし、この聖杯戦争から退場させる――
そうなる一瞬前。
重力子放射線射出装置に火を噴かせる引金を、霧亥の指先が弾く本当の寸前に。
――恐るべき破壊兵器の柄を握る右手を含めた彼の両腕が、半ばほどで切断された。
◆
分の悪い賭けだった。
らしくもない綱渡りをしたと、死神は思う。
彼が霧亥の撹乱に用いた、『気配の点滅』。
結局のところをいえば、あれも囮の一環であったのだ。
彼の本命は最初から、霧亥の両腕を奪い、宝具の使用を不可能にすること。
その為には、霧亥にそれを気取られぬように立ち回る必要があった。
注意を逸らすために多芸を駆使し、囮の刃で首を斬ると見せかけつつ、本命の刃を這わせる。
糸(ワイヤー)を使った暗殺法は、随分前に学んだ。実際に使い、標的を仕留めたことも一度や二度ではない。
それでも、上手く行くかは本当に賭けだった。
気付かれないようにその両腕の下部まで糸を届かせ、完全に警戒が消えた一瞬で切断する。
――もし仕損じれば、本当に殺されていただろう。
「!」
だが、まだ勝負は決まったわけではなかった。
死神をその場から飛び退かせたのは、両腕を失い、大きな不利を被ったはずの霧亥の前蹴りだ。
(あれで――まだ続ける気なのか!)
四肢の内半分を失ったのだから、これまで通りのバランス感覚で戦いを続けることは困難を極める。
まず普通の人間であれば、片腕を失っただけでも戦闘の続行は不可能だ。
そもそもそれ以前に、そんな大傷を受けて尚戦闘を続けようとすることが、先ず異常と言わざるを得ない。
霧亥は、まさにその異常だった。彼は死神をして戦慄を禁じ得ないほどの、異常者だった。
腕を削がれたというのに、交戦の意思を失った様子が欠片もない。
戦意喪失とまではいかずとも、撤退なり何なりするのが定石であろうに、その戦意は不退転だ。
それどころか、負傷したことを意に介してすらいないように見える。
どういう精神構造をしているのか。――まず間違いなく、まともではないのだろう。
「――がは」
足技の達人が如く淀みなき動作で繰り出される蹴り上げを片腕を盾にして受け止めるが、衝撃は腕を貫通してその胴体へと容赦なく押し寄せた。
空気を吐き出しながらもどうにかリーチから逃れ、今度はその首を切り落とす算段を立てる。
数秒の内に次の攻め筋を見出した死神は、不意に視線を自らのマスターの方へと向け。
銃口を突き付けられている、彼女の姿を目にすることとなった。
◆
想定外だ。
衛宮切嗣は、内心の舌打ちを堪えられなかった。
あの霧亥が、単体戦闘で押されている。
此処が市街地であるということも手伝っての状況だが、それでも俄には信じがたい場面であった。
しかし、それでも致命的というほどの展開ではない。
霧亥は、不死だ。比喩でも誇張でも何でもなく、マスターである自分が生存している限り、霧亥は死なない。
これほど追い込まれたのは初の事態だが、両腕程度であれば、魔力供給さえしてやればそう時間はかかるまい。
もう一つの誤算は、切嗣自身、霧亥というサーヴァントの底を見誤っていたことだ。
腕を落とされても尚、あれほどの勇猛さで戦闘を続行できるとは――正直な所、計算外だった。
両腕を欠いた状態でも十分、奴は敵のアサシンを引き付けることが出来る。
ならば、切嗣がやるべきことは最早一つしかない。
「あ……」
アサシンの手で気休め程度に逃された、彼のマスターの抹殺。
二人の交戦に変わりがないのを確認してから、切嗣は素早く敵マスターの居る位置へと踏み込んだ。
片手に持つのは小柄拳銃。これで頭を撃たれれば、魔術師だろうと大半は死ぬ。
衛宮切嗣は外道ではない。だが、冷血になれる人間だ。敵は敵、そう割り切って子供だろうと殺せる傭兵だ。
だから、ごく普通の中学生である建原智香に銃口を向けることへ毛ほどの躊躇いもなかった。
あまり、時間はない。彼女のアサシンを霧亥が受け持っている内に、疾く事を済ませる必要がある。
「あ、の」
今まさに殺そうとしていた少女が、おずおずと口を開いた。
「あなたは、どうして」
構わず、額に銃口を当てる。
「聖杯を――」
「君に、それを語る必要はない」
問いかけを最後まで聞かずに、切嗣はぴしゃりとそれを切り捨てる。
聖杯に何を望むのか。
そう、語る必要などない。
これから死ぬ人間に、それを語って何になる。
何にもならない。何にもなりはしないのだ。
切嗣は銃の安全装置を外し、射殺の準備を整えた。
余計な感傷を介入させず、指先を引金に運ぶ。
そこで、彼の視界は眩い閃光に遮られた。
――なんだ?
閃光弾のように、視力を奪う輝きではない。
人工的な光とは異なった、どこか不思議な印象を抱かせる光。
光源は、今まさに殺そうとしていたアサシンのマスター以外には考えられなかった。
聖杯戦争の参加者である以上は、何か隠し玉を秘めていてもおかしくはない。
だとすれば、速やかに処理を済ませてしまうに限る。
切嗣は光の晴れつつある視界の中、少女が居る筈の位置目掛けて拳銃を発砲した。
そう、撃った。そして、当たった。だが。
「提案があります、アーチャーのマスター」
霧亥と戦っていた筈のアサシンが高く跳躍し、マスターの傍らへと立った。
対面する切嗣の表情には、少なくない驚きの色が刻まれている。
彼の前にあった筈の、何処にでも居るような女子中学生の姿は既にない。代わりにそこへ立っていたのは、料理人のような衣装に身を包んだ、絶世のものと言っていい可憐な容貌を持った少女だった。
弾が命中した手応えはあったのに、傷らしいものは頬に走った一筋の赤い線以外には見受けられない。
まるで、人間ではない――もっと強くて夢のある、何かに攻撃したように。
「これ以上の戦闘継続は、此方としても望む所ではない。
今日のところは一つ、互いに痛み分けということで手を打ちませんか?」
「……」
「もしくは」
切嗣が従える霧亥は、両腕を死神の絶技によって奪われた。
修復が可能であるとはいえ、大きな痛手であることに変わりはない。
一方の死神も、涼しい顔をしてはいるが蓄積したダメージの総量は少なくないのだろう。
「一つ、同盟というものを結んでみるというのは」
「……おまえ達は、聖杯戦争に乗っていないんじゃないのか」
「正しくは、"現状は"未定――といったところです。
もしも我々が乗ることになったなら、その時はそちらも我々を利用すればいい。
最後まで乗る方を選ばなかったとしても、事実上の非戦協定だ。双方にとって益があると、そう思いますが」
彼の言うことは、確かに一理ある。
彼らが乗るにしろ乗らないにしろ、当分の間の敵が一陣営減ることに変わりはないのだ。
まして、相手は切嗣が目下最大の警戒を払っていた相手――フリーランスの傭兵として培った様々な技術を悉く上回り、戦闘能力までもが申し分無しという恐るべき暗殺者だ。
彼の言う通り、同盟を結ぶことに益はあっても損はない。
それにいざとなれば、霧亥がより本領を発揮できる場面で一方的に屠っても構わない訳だ。
僅かな逡巡の後、切嗣は申し出を許諾すべく口を開いた。
「……分かった。その話を、呑も――」
「避けろ」
背後から聞こえた、地の底から響くような声音。
切嗣は、背筋が凍る感覚を覚えた。
咄嗟に全力でその場から飛び退くと、そこには彼が一瞬前まで存在していた地点を突き抜けて、死神へと猛進していく両腕を欠損した男の姿。
「な……待て、アーチャー!」
両足と、あとはせいぜい頭くらいしか戦うための武器を持っていないにも関わらず、まるでそのことを意に介していない。万全の状態であるかのように、そして事実、万全時と変わらない勢いで攻撃を仕掛けていく。
マスターの指示など、完全に無視して。己の敵を討つために、霧亥は疾駆する。
「……君のマスターは、停戦を望んでいるようだが」
答えが返る。
言葉の代わりに、抉るように鋭い爪先の一撃で。
死神は智香――もとい。
魔法少女「ペチカ」を片腕で抱き留めながら、ダンスパーティーに臨む紳士のように軽やかな動きで肉を砕く魔人の蹴撃を回避、距離を確保しつつ上着の内ポケットから抜いたサバイバルナイフを投擲する。
刃は霧亥の膝を貫けずに砕け散るが、その歩みを一瞬止めることは出来た。
「変身を解かないように。少々激しく動きます」
「は、はいっ」
死神が飛び上がる。
近くの民家の屋根上へ、気配を最大限に殺すことで民間人への情報露出を避けつつ、霧亥を撒かんと駆ける。
敵がこれほど物分りが悪く、直進的なサーヴァントであるとは予想外であったが、それでも事逃げ戦にかけては此方の方が数段秀でている。
屋根を足場に、時に街路樹のように不確かなものさえ道としながら、逃れるための技術。
距離は徐々に突き放せつつある――だが、油断は出来ない。
霧亥は高い気配察知スキルと、優れた千里眼を併せ持った怪物だ。
例の宝具銃が無くとも、脅威であることに違いはない。
高度十五メートル以上は優にあるだろう建築物の真上から身を躍らせ、追撃に現れた数十メートル後方の霧亥目掛けて死神は小さな球体を投擲する。
それは単なる火薬玉。子供の工作レベルの品でしかない、お粗末な即興武器だ。
されどこれもまた、死神の宝具『萬の術技』によって霊体へ通用する手榴弾の役割を果たす。
だが、所詮は即興。威力は大したことはなく、サーヴァントを傷付けられるとはいえ、それを殺害するまでには遠く及ばない程度のものでしかない。
あくまでも、目眩まし。追い付かれないための工作が一環。
後方で起こる爆音には振り返らず、死神はペチカを抱えたままアスファルトの地面へと着地。
どんなハリウッドスターでも完全な生身では不可能だろうアクションは、しかし通行人の誰にも気に留められることなく、何事もなかったかのように彼らの中で処理された。
人心へ取り入る能力。警戒をさせない能力。先程披露した、気配操作の応用系の一つだ。
そのまま人混みを潜り抜けながら、死神と魔法少女は十数分に及ぶ逃走劇を繰り広げた。
霧亥の追跡が止んでからも、数分間は逃げ続け。
漸くその足を止めた頃には、彼と彼女は中学校から随分と離れた位置にまで来ていた。
完全に撒いた――というよりも、あちらに追撃を諦めさせたことを確認し、死神はその場へ片膝を突く。
「だ、大丈夫ですか? その、怪我は――」
「致命的な傷は全て外しています。その状態の君で居てくれれば、数時間ほどで完全に回復できるでしょう」
死神は、思い返す。
……バーサーカーと錯覚してしまうほどに、攻撃的なアーチャーだった。
四肢の半分を破壊してなお、脅威的な正面戦闘能力を発揮した彼。
もしも出会った場所が街のど真ん中ではなく、郊外の人気がない場所などであったなら、確実に殺されていただろうという確信がある。
言わずもがな、理由はあの宝具だ。
あれだけの威力を低出力帯で叩き出せるというのだから、最大出力がどの程度かなど想像もしたくない。
もう一度戦ったら、勝てる可能性は限りなくゼロに近いと言っていいだろう。
一応使っていない技術も幾つかあるが、少なくとも精神を揺さぶる類のものはもう通じないと見ていい筈だ。
そもそも正面戦闘に持ち込まれることすらなく、遠距離からの一方的な狙撃で消滅――という可能性もある。
仮に死神があの兵器を持っていたなら、そうしている。
「最低でもあと一時間は気を張っておいて下さい。
此処から更に距離を離します。私は暫し霊体化して回復に努めますが、様子はちゃんと窺っていますからご安心を。何処へ向かうかは、マスターの自由でいい」
策を練らねばなるまい。
あのサーヴァントと再度関わる羽目になった時、どうするかの策を。
神と呼ばれた人間は殺意を蠢かせ、輝ける魔法少女は未だ未覚醒。
彼女の聖杯戦争に、始まりの兆しはない。
いまは、まだ。
【A-5/路上/一日目・午後】
【ペチカ(建原智香)@魔法少女育成計画restart】
[状態] 健康、魔法少女体
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 一万円とちょっと
[思考・状況]
基本行動方針:未定
0:此処から離れる
1:聖杯を手に入れ、あのゲームをなかったことにする?
2:魔法少女として、聖杯戦争へ立ち向かう?
【アサシン(死神)@暗殺教室】
[状態] 疲労(中)、腹部にダメージ(大)、全身にダメージ(中)
[装備] なし
[道具] いくつかの暗殺道具
[所持金] 数十万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを導く
0:回復。
1:方針はマスターに委ねる
2:バーサーカー(ヒューナル)に強い警戒。
3:アーチャー(霧亥)を討つ策を考えておく
◆
結論から言えば、霧亥は死神を仕留められなかった。
帰還した彼の回復を急がせつつ、切嗣は手持ちの煙草に火を点ける。
思うようには行かない結果となったが、それ自体にはさして不満はない。
確かに、敵を逃してしまったのは痛い。
霧亥が序盤から大きな負傷を受け、早くも万全に行動できない状態になってしまったのも厄介だ。しかし霧亥の回復能力は並のサーヴァントを遥かに凌駕している為、この程度ならばさしたる損害とは成り得ない。
それよりも問題とすべきなのは――霧亥というサーヴァントが垣間見せた、その精神性である。
悪い意味での、想像以上だった。
精神異常のスキルを持つ以上、いつか面倒を生むだろうことは察しが付いていた。
これまではあくまで漠然としたものであったその危惧は、今やはっきりとした形になって切嗣の脳裏へ刻み込まれている。すなわち、霧亥の暴走。
彼は気に入らない、殺害対象と判断すれば、同盟の益など無視して殺しに掛かるのだ。
またああいったことが起これば、今度はよりぎっしりと、必ず彼の暴挙が切嗣の首を絞める。
(……取り敢えず、今は――)
一先ず今は、これからの方針を確たるものにするべきだろう。
だが霧亥という駒をどのように使っていくかについても、近い内に結論を出す必要があると切嗣は判断した。
彼を抑えられるなら、令呪の使用も勿体ぶってはいられないかもしれない。
早くも立ち込め始めた暗雲に小さく嘆息しながら、切嗣は紫煙を吐き出した。
【A-2/S中学校付近/一日目・午後】
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態] 健康、軽度の苛立ち
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 小型拳銃、サバイバルナイフ(キャリコ短機関銃を初めとしたその他武装は拠点に存在)
[所持金] 数万円程度。総資金は数十万以上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯による恒久的世界平和の実現
1:今後どうするかを考える
2:アインツベルンの森の存在が引っ掛かる
3:討伐対象の『双子』を抹殺し、令呪を確保したい
【アーチャー(霧亥)@BLAME!!】
[状態] 疲労(小)、両腕切断(回復中)、全身に細かな傷(回復中)
[装備] なし
[道具] 『重力子放射線射出装置(グラビティ・ビーム・エミッター)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1:サーヴァントの討滅
2:アサシン(死神)は殺す
投下終了です。
投下乙です
あの描写の難しそうな霧亥の再現度がすごいですね!
死神と霧亥と双方とものすごさを存分に魅せられる戦闘もお見事です
ちゃんとした感想はまた投下時に改めて述べさせていただきたいですが、
取り急ぎ、自己リレーを含みますが
春日野椿&キャスター(エンチュー)
緒莉子&バーサーカー(キリカ)
牧瀬紅利栖&キャスター(仁藤攻助)
プリンセス・テンペスト&ランサー(櫻井戒)
一条蛍&ブレイバー(犬吠埼樹)
松野一松&シップ(望月)
以上を追加予約した上で延長させていただきます
越谷小鞠&セイバー・リリィ(アルトリア・ペンドラゴン)
松野おそ松&シャッフリン(ハートの3)
予約します。
皆さま投下乙です。
下記予約します。
・オルフェウス&ルーラー(キーク)
間違いました。
・オルフィレウス&ルーラー(キーク)
>>聖杯殺伐論
霧亥の素晴らしい再現力にもう脱帽と言うほかありません。
原作で見せたギャグマンガレベルのビックリ耐久力もそうですが、霧亥自体の頭のネジが吹っ飛んだかのような行動原理。
そして、重力子放射線射出装置の超兵器っぷり。何処をどう見ても、あぁこれ原作の霧亥だなぁという感じで、実に見事と言う他ありません。
こんな怪物と戦うのは、殺せんせーの前身である死神。肉体のスペック差とアサシン殺しの千里眼と気配察知を、手慣れた暗殺者としての戦いぶりと、
サーヴァントとしての特質を駆使し、攪乱して、一方的に霧亥を防戦一方にする、と言う戦闘描写の運びは本当に素晴らしい。
初戦からインチキ染みた強さのアーチャーと戦い結構な手傷を負った死神主従と、、折角戦局を有利に進められる筈だった機会を失った切嗣主従。
彼らが今後どうなるのか、非常に気になるお話で、とても面白かったです
ご投下、お疲れ様です!!
投下します
「…まったく、誰が『ハタ隊長』だ!!いつもいつも変な名前で呼びおって」
リムジンの中で揺られながら、アドラーは携帯電話に向かって忌々しげに声を吐き捨てた。
先ほど、ミスターフラッグに対して一条蛍の身辺調査を依頼し終えたところだ。
曰く、「お返しをくれるならいいジョー」とのことで、アドラーもそれに了承した。
ミスターフラッグのいう「お返し」とは金ではなく、それ以外のフラッグ・コーポレーションの利益となるものであることはアドラーも重々承知している。
ミスターフラッグに返す借りとして最も手頃なものとしては、御目方教といういかにも怪しく、
なおかつミスターフラッグも手を焼いているらしい宗教団体の情報がいいだろうと考えていた。
そんな冷静な思考とは裏腹にアドラーの表情は不愉快極まりなく、まさに怒りによる熱がカッカと噴き出しているようであった。
アドラーに向かって命令を待っているU-511が、それを見てオロオロとぎこちない反応を見せる。
プライドの高いアドラーに対してミスターフラッグからの愛称である「ハタ隊長」はやはり気が障ったようだ。
アドラーからは電話での会話も数少ない顔を合わせる機会でも「ミスターフラッグ」と呼んでいるが、
ミスターフラッグは直接声を交わす際は「ハタ隊長」という親しみを感じさせる呼び名で呼んでいる。
そう、アドラーはミスターフラッグと会う時には旗(ドイツ国旗)を刺しているように見えるヘアバンドを着用し、
屈辱に耐えながらハタ隊長と呼ばれてやっているのである。
一応、ミスターフラッグとは今後ともコネクションを持っていて損はない相手であるため、
いつでも会いに行けるようにヘアバンドはいつも持参しているが、正直アドラーとしては旗を刺している様など誰にも見られたくないのであった。
「あ、あの…!」
「何だ!!」
ミスターフラッグと付き合うアドラーの姿を知るU-511が珍しくアドラーに声をかけた。
「旗を刺しているマイスターも、ハタ隊長っていう名前も…かわいいですよ?」
「…………」
「はぁん!?痛い…」
U-511としては苛ついているアドラーに対してフォローを入れたつもりだったが、それがアドラーの神経を逆撫でしたのは言うまでもない。
殺す気で、とはいかないもののサーヴァントを傷つけられる程度に強化した拳で拳骨を食らい、U-511は頭を押さえながら跪いた。
「フン、どいつもこいつも…」
「ごめんなさい…」
威圧的な顔面を崩さずに、アドラーは涙目でこちらを見上げるU-511を睨む。
U-511のクラスはアサシンだ。クラス特性として周囲に放出する魔力を断つ気配遮断を持ち、察知されることなく敵に近づくことができる。
アドラーの采配もあるが、一条蛍を一方的にマスターと特定できたのもU-511のクラス適正あってこそのものだ。
「ところでアサシンよ」
「…?」
だが、討伐対象となったサーヴァントもアサシンだ。おそらくはU-511と同じ強みを持っていることだろう。
そこで、アドラーの兼ねてより抱いていた疑問が浮かび上がる。
「なぜこの聖杯戦争に、同じクラスのサーヴァントが二騎いると思う?」
「え…?」
U-511はアドラーが何を言っているのか分からないと言う風に首をかしげる。
――やはり、それに関する知識はないか。
U-511の様子から、アドラーは聖杯から"従来の"聖杯戦争に関する記憶は持ち合わせていないと判断する。
アーネンエルベにいた頃から聖杯伝説についての知識はあったが、従来の聖杯戦争――それも各クラス一騎ずつの、
合計七騎のみで行う聖杯戦争のことを知ったのは、K市の図書館にあった聖杯に関する文献を読み漁っていた時であった。
その文献群によれば、聖杯には脱落したサーヴァントの魂が魔力の塊となって器に満たされていき、
最終的に聖杯が願望機としての機能を発揮するにはサーヴァント六騎分の魂が必要となるという。
だが、それらに記してあったこととこの聖杯戦争には大きく食い違う部分が多分にあった。
その一つが、アドラーの言うように同じクラスのサーヴァントが二騎以上存在することである。
U-511に、ヘンゼルとグレーテルのサーヴァント――現在既に二騎以上のサーヴァントが確認されている。
全クラスに二騎以上揃っていると仮定すれば、少なくとも十四騎以上のサーヴァントが同時に存在することになる。
もちろん、アドラーとしても敵となる主従は六組だけでは少なすぎることはとうにわかっていたが、
アドラー以外の全主従が脱落した場合、少なくないサーヴァントの魂が聖杯の元へ行くことだろう。
仮に、あの文献による情報が正しいとしよう。
そうなると、サーヴァントの合計数と聖杯に必要な魂の数が決定的に異なってしまう。
十分な魂が聖杯に満たされるまではまだいい。だが、そこから溢れた魂はどこへ行くのか?
――まさか…何者かが聖杯から溢れた魔力を利用して何か企んでいるのではあるまいな?
――とはいっても、聖杯戦争もまだ序盤だ。
頭に留めておいて損はないが、それを気にするような時期ではないだろう。
そもそもアドラーは、自ら望んで聖杯戦争に参加しているのだ。
ならしばらくはそいつの思惑通りに踊ってやろう。今を勝ち残らなければ、くだらぬことを企む愚者の顔すら拝めないのだから。
「間もなく目的地です」
リムジンの運転手が運転座席からアドラーへと伝える。
面倒なことだが、貸倉庫業者の▼▼港の倉庫を借りる手続きを済ませなければならない。
そして所持する電光機関一式の装備と資材を二つの倉庫に分散すればこちらの資源はさらに盤石のものとなる。
それが終われば、手持ちのタブレットにはミスターフラッグから一条蛍の情報が届いているはずだ。
それをチェックした後は、御目方教の情報を聞き出すための信者探しと並行して一条蛍の追跡を開始するとしよう。
「降りるぞ。霊体化して俺の傍に待機しておけ」
「…はい」
そう言ってアドラーはリムジンから降り、水平線を見渡せる広い港を一瞥しながら、貸倉庫業者のあるビルへ入っていくのであった。
◇
せいぜい一時間から二時間が経った頃であろうか。
アドラーはビルの階段を下りながら、トランクボックスを片手に気分よさげな笑みをこぼしていた。
案外手間がかかったが、業者との手続きは無事に終わった。
担当の者によれば、すぐにでも貨物船による運輸を開始するらしい。
この△△港の倉庫群には購入した分の2/3の資材が納まった。
それだけでもU-511を一気に呂500へと改造するには十二分な量であることから、アドラーがどれほどの資材を買い占めたかがわかる。
ビルを出て、再び港の方を見ると大きな貨物船が燃料や資材をそこに積み込んでいる光景が見える。
電光機関を▼▼港の倉庫に運んでもらうよう現地の作業員に頼んでみるか…とは思ったが、それは業者のオフィスにいる社員に頼めば快諾してくれるだろう。
それよりも捕捉している一条蛍の情報が来ていないかを確かめるために、アドラーは適当な場所で立ち止まり、タブレットを開く。
当たりだ。受信メールボックスには一件の新着通知が来ていた。恐らくミスターフラッグからのものだろう。
だが、それ以外にもアドラーの目に留まる情報があった。
それは適当なニュースを自動で受信し、ホーム画面に表示するタブレットの機能だが、
そこには「S中学校とY高校にテロリストが侵入した」というニュースが一面に出ていた。
「学校に連続でテロリストか。どうやらヘンゼルとグレーテル同様大人しく待つ気のない連中がいるようだな」
そこに記載されている被害状況や下手人が不明な点からこの二件が主従によるものであることは、アドラーでなくともわかるだろう。
戦闘能力に秀でたサーヴァントが人の集中する場所を狙って適当に暴れれば、そこに潜伏していたマスターを守るためにそのサーヴァントは応戦せざるを得なくなる。
特に一条蛍という学生のマスターが潜伏していることが明らかになった以上、中学校と高校にもマスターがいる可能性は大いにあり得る。
何よりサーヴァントが襲撃したにしては被害があまりにも軽微であることが、その証明と言えよう。
「フン…なぜこうまでガキのマスターが多いのだ。ここは保育園じゃないぞ」
小、中、高とそれぞれの学校にマスターが潜伏しているという事実にアドラーは肩透かしを食らった気分だった。
学生のような世の中の道理もわからぬ青二才などが、どうしてこの世界にいるのだ。
どうやら参加者の中には完全に巻き込まれた被害者もいるらしいが、そんなことはアドラーにとっては関係ない。
同じ戦場に立っている以上、徹底的に利用しつくした後にサーヴァントもろとも葬ってやるだけだ。
「…まあいい。今は身近なことに集中するとして――折角だ、資材を積んだ貨物船でも見送ってやるとしようか」
今は順調に事が運んでいて気分がいい。
一条蛍の情報も得たことだし、▼▼港へ旅立つ貨物船を眺めつつゆっくりするのもいいだろう。
アドラーは顔に浮かべているニヤケ笑いを崩さずに、港の方へ歩を進めた。
海に面した、くすんだ灰色の埋立地を踏みしめてアドラーは▼▼港へ発とうとする貨物船の数々を見やる。
そこに積まれているのは山盛りの燃料の入ったドラム缶、鋼材といった資材。
この区画付近で戦闘になったとしても、U-511の能力である改造と自己修復を駆使すればその継戦能力は飛躍的に向上するであろう。
アドラーもアドラーで、電光機関と電光被服による強化によりサーヴァントにも対抗できる力がある。
最悪、駒のいない状況下ではアドラーが前に立って戦うことも視野に入れていいだろう。
出航を合図する汽笛が辺りに轟く。貨物船の一隻が出ると、親についていく雛鳥のように次々と船が港から去っていく。
「ついに発ったか。…今後は倉庫を嗅ぎつける連中がいないか調べる必要も出てくるな」
U-511と同様の能力を持つ艦娘が他にもいるとするならば、アドラーの買い付けた大量の資材は極上の餌になり得る。
その艦娘となったマスターはいずれ資材を掠め取るべく貸倉庫を狙ってくるはずだ。
そこを捕捉して主従をあぶり出すことができれば儲けものというものだ。
資源の分散も大量の資材も、いずれはアドラーの勝利の一歩となることだろう。
あとは、持っている手札ををどのように生かせるかがカギとなる。
そう、確かに全ての事がうまくいっていたのだ。今、この瞬間までは。
船団が沖合でC-1区画へ向かおうと舵を切った時に、それは起こった。
「な―――」
突如△△港の埋立地を地震と見紛うかのような大きな地響きが襲う。
アドラーも揺れを感じ、驚きの声をあげたものの態勢を崩すことなくなんとか踏み留まる。
他のNPC達も何が起こったのか分からないようで、現場の作業員やたまたまそこを通りかかった民間人が港に寄ってきている。
「何が起き――」
アドラーがそう言おうとした瞬間、周囲からこの世の終わりを見たかのような絶望感溢れる声が随所から木霊する。
声の主であるNPCの先を見てみると、先ほどこの港を出航した貨物船が火を噴いてその身を海の底へ沈めていくではないか。
さらにその炎は燃料を積んだドラム缶に引火し、大きな爆発を誘発している。
今にも沈みかけている船団に追い打ちをかけるように、船底からも火の柱が全ての船に上がった。
船は間もないうちに一隻残らず沈み、乗組員は一人として助かっていないとは港にいた誰もが悟っていた。
視線の先で沈んでいく数隻の船、それは紛れもなくアドラーの購入した資材を乗せた貨物船であった。
それが何を意味するかというと――。
「俺の……資材が……!!」
アドラーが大金と手間をはたいて用意した資材が、海の底へ消えていくところを、アドラーは目の当たりにしていた。
「俺の……大事な手札が……!!」
目の前の惨状にアドラーの顔は引き攣り、ニヤケていた口はポカンと開いていた。
【マイスター…!早く逃げた方が…多分、サーヴァント――】
【黙れ!!】
アドラーを案じ、念話で声をかけてくるU-511を念話で黙らせる。
その意思が声となって周囲に漏れなかったあたり、一応理性は保てているようだ。
しかし、そうしたことでアドラーの動かなくなった思考が再び働き出し、次第と現状の理解が追いついてくる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜―――――!!!!!!」
そしてそれを完全に理解したアドラーは声にならない呻き声を上げた後、
「畜生めえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
ありとあらゆる思いをまとめてぶちまけるかのように、アドラーは天に向かって轟き叫んだ。
その気分は有頂天から一転、地獄のマグマへと急転直下し、さらにそれが噴火する勢いで怒髪天を衝いていた。
だが、怒り狂うアドラーを嘲笑うかの如く海から一直線に砲弾が数発襲来する。
それは着弾すると同時に周囲に爆風を巻き起こし、直撃してしまった人間の肉体を跡形もなく四散させた。
当然、その場を覆いつくすのは海から来た脅威に対する恐怖。
港にいた野次馬達は踵を返し、早くここから逃げるために内陸に向けて走り出した。
しかし、海から飛来する弾幕は徐々にエスカレートしていき、見物していた人間は次々と焼かれていく。
近くにあった建造物や造船所、そして船までもが激しい炎に包まれている。
周囲の者が逃げ惑う中、逃げるよう説得するU-511にも耳を貸さず、アドラーは鬼の形相で立ち尽くしていた。
そんなアドラーに己の姿を誇示するように、ついに襲撃者が姿を現す。
いつしか、港に面した瑠璃色の海が変色していた。黒とくすんだ黄土色と深緑がマーブル状に混ざった汚色の面積が徐々に広がっているのが見て取れる。
ここの海の辺り一帯は、既に入りたくもない浄水場の汚染水のような濁った汚泥に支配されていた。
事実を言うと、アドラー並びに海路を取った貸倉庫業者は不運であると言わざるを得なかった。
本来はD-2でも造船所に同じ襲撃者が来襲したのだが、事件現場には未だ多くの有毒なガスが残っている上に火災が治まっておらず、
現場も混乱を極めるために報道記者の入る余地を許さず、K市市民にはその事件が十分に報道されていなかったのだ。
ゆえに貸倉庫業者は迂闊にもアドラーの資材運搬に海路を選択してしまい、襲撃者に狙い撃ちされてしまったというわけだ。
そして、汚泥はとうとう陸をも侵食し始める。
海面から弾き出された汚水が、埋立地の地面と同化して辺りを腐食していく。
それと同時に海から飛び出してきたのは、艶の無い黒いボディに不気味な歯と淡い緑に光る目を持った小さな鯨のような化け物三体だった。
「あれって…深海…棲艦…!?」
「…知っているのか、アサシン?」
もう周りにいた人間は死んだか、内陸の方へ避難している。
現れた化け物共――駆逐イ級――と相対しているのはアドラーと危険を察して実体化したU-511だけであった。
「…あぐっ!?」
「貴様なぜ奴等を知っていながら俺に伝えない…!奴等の存在を知っていれば資材を内陸へ避難させたものを!!」
「痛…い…!違うんです!!ユーは深海棲艦を知ってました…けどここにいるなんて、思わなかったし、何より腐食させる能力があるなんて知り、ません…!!」
アドラーは怒りの矛先をU-511に向け、U-511の長い髪をアドラーと同じ高さにまで引っ張りつつ問い詰めるが、U-511は痛みに悶えつつも何とか弁明する。
U-511は何処の世界にて艦娘となった側面も持ち合わせていたからか、深海棲艦についての記憶も引き継がれており、その存在を知っていた。
だが、あらゆる物質を腐食させる性質など本来の深海棲艦にはなく、ゆえに襲撃者の正体が深海棲艦だと気付くことはまず不可能だった。
アドラーに深海棲艦について教えなかったことは落ち度として否めないが、そもそもこの世界の海に深海棲艦が潜伏している可能性などU-511に考えられようもなかった。
「マイスター、危な――!!」
「っ!!」
アドラーとU-511は途端に殺気を感じ取り、アドラーは傍らにあるトランクボックスとU-511を片手ずつに抱え、電光被服により強化した肉体で高く跳躍、内陸の方へ退避する。
するとアドラーのいた場所には榴弾が撃ち込まれ、人間が巻き込まれようものならひとたまりもないような爆発が起きた。
駆逐イ級の内の一体口内からは砲塔が出ておりそこから打ち出されたのだろう。
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言う暇があればこの状況の打開策を考えろ!」
アドラーに助けてもらったことにU-511はすかさず礼を言う。
契約を結ぶ従者が死ねば自身も消滅の危険が伴うため、不本意ながらアドラーはU-511を助けている、というのが真実だが。
今も汚泥はそこら中にまき散らされ、△△港を汚水の海へ変えて侵食しようとしている。
このままでは、比較的内陸にある残りの資材が入った貸倉庫が呑まれるのも時間の問題だろう。
それだけは、何としてでも阻止しなければならない。
「アドラー様!!」
緊迫する状況の中、アドラーのリムジンの運転手がアドラーの身を案じたのか、早急に退避させようと迎えに来る。
アドラーは煩わしそうな顔をしながら、この騒動の中で大した忠誠心だ、と心の中で申し分程度の称賛を送る。
専属の運転手であるため雇い主に死なれては困るというのが本音だろうが。
(その忠誠心にはしっかりと報ってやらねばならんな)
背後に駆逐イ級と汚泥が迫る中、アドラーは運転手の方へ向いた。
「こんなところで何をなさっているのです!?早く避難を――」
「丁度いい。実験台《モルモット》になれ」
「――へ?」
そう言ってアドラーは運転手の着用する上質なスーツの襟を掴んでその身体を今も港を侵食する汚泥の中へ投げ入れる。
次の瞬間――
「……ぎゃああああああああああああああああ!?!?!?」
運転手からこの世のものとは思えぬ断末魔が上がる。
汚泥の中へ投げ込まれた運転手は瞬く間に全身の皮膚が溶け、全身の筋肉が露出し、程なくして内臓すらも汚泥へと作り替えられ、最後には骨だけになった。
「やはり奴等の出す汚泥は危険か」
駆逐イ級が三体ともこちら側へ砲塔を出しながら近づいてくる。
アドラーの目に映るのはサーヴァントの情報群。つまり、この化け物一体一体がサーヴァントであるということだ。
「…アサシン、地面には潜れるか」
「ごめんなさい、汚れた水が地面の中を全部腐らせているみたいで、潜ると装甲が溶けてしまいます…」
U-511は軽く地面を潜った後に、汚泥から発する魔力が地中深くからも感じられることからそう断定する。
アドラーは軽く「そうか」と返すと、トランクボックスを内陸の方へ高く放り投げ、コートを脱ぎ捨てる。
外装を取り払ったアドラーは、赤と黒のカラーリングが為された電光被服を身に纏っていた。
「いいだろう、俺が直々に計画を潰してくれた報いを与えてやろう。アサシン、貴様は霊体化して待機しておけ」
「え…で、でも!」
「これは命令だ。まさか逆らう気はないな?」
「…はい」
できるならマスターに助力したいところであったが、U-511は渋々霊体化する。
アドラーはそれを確認した後に、電光機関の出力を高めて応戦態勢に移る。
「■■■―――!」
攻撃準備を整えた駆逐イ級の一体がその砲身から榴弾を吐き出す。
「…防禦」
それをアドラーは手の平を前に掲げるようにして構えをとり、前面にシールドのような壁を作り出した。
―――バチッ!!
すると、榴弾がシールドと接触すると軽快な音と共に、勢いを失ってその場に落下していくではないか!
アドラーは前面に電気を流すことにより電磁波で形成されたシールドを展開し、榴弾を受け止めてその脅威から身を守ったのだ。
そしてそれ以上に、電光機関を使用する上で無視できない特性が作用していた。
本来、既存科学に依拠するものは神秘の関係でサーヴァントの力に干渉することはできない。
もしその法則が電光機関にも適用されていたならば、駆逐イ級の榴弾はシールドを突き抜けてアドラーに直撃していたであろう。
だが、電光機関はその限りではなかった。
それは電光機関自体が、古代文明アガルタの英知を基にした技術であることに他ならない。
アガルタの超科学技術は、アドラーの所属していたアーネンエルベの求めていた聖遺物に等しきモノなのだ。
限られた範囲内ではあるが量産されたため本来のものよりは劣化するが、U-511に拳骨を食らわせた時のように、サーヴァントを傷つけられる程度の神秘を宿していた。
それを認識した上でアドラーは自ら駆逐イ級と戦う選択をしたのである。
忘れてはいけない。電光機関は現代科学の産物ではなく、一般には流布されていない上に『現代科学でやっと解明された』古代の産物なのである。
「お返しだっ!」
その駆逐イ級がうろたえている様子を見せている内に、アドラーは自身に加えられる衝撃をも失って爆発することすらなかった榴弾をすぐに拾い、強化した腕力でそのままイ級に向かってぶん投げた。
駆逐イ級は反応すら許されずに榴弾に直撃し、そのまま炎の中へ消える。
残りの駆逐イ級はいつの間にか左右方向へ散回しており、跳躍した後に両方向からの機銃による掃射を試みる。
既に機銃が発射されていたため銃弾を何発か掠めてしまったが、アドラーは音速と見紛う速度でその場を脱し、一方の駆逐イ級へ接近する。
その駆逐イ級は抵抗とばかりに榴弾を発射するがそれをアドラーはすぐさまシールドを張ることで無効化し、
「ハァッ!」
空中、密着の距離から拳を大きく振り下ろして態勢の整っていない駆逐イ級を墜落させた。
後方からは他方の駆逐イ級からの機銃がアドラーへ向かって降り注ぐが、アドラーはダウンしていた駆逐イ級を盾代わりにすることで難を逃れた。
しかし、掴まれた駆逐イ級も黙ってはいない。かなり大きなダメージを受けたものの、まだ致命傷にはなっていない。
大きく身を捩ってアドラーの腕から転げ落ち、離れ際に至近距離で相討ち上等の榴弾を放つべく口から砲塔を出した――が。
「ファレンッ!」
それを予期していたアドラーは上空へ向かって円弧を描くように駆逐イ級へ蹴りを放った。
それはもはや蹴りというよりはもはや斬撃に近い程で黒いボディをいとも容易く粉砕した。
トドメとばかりに空中からさらに音速をも超えかねない速度で急降下してキックを重ね、その衝撃でまだ腐食されてない、埋立地の硬い地面を大きく跳ねたところを――
「フォイヤッ!!」
超高圧な電気を籠めた巨大な電光弾を拳から撃ち出して二体目の駆逐イ級を撃破した。
そして、アドラーは高圧な電気に晒されて崩れ落ちていくイ級を見て、あることに気付く。
イ級は感電したことで生まれる熱により内部から焦がされ、結果、干からびて塵一つなく砕け散ったのだ。
「成程…弱点は熱というわけか」
そこから弱点を把握するのはアドラーにとっては造作もないことだった。
アドラーはしたり顔で最後の駆逐イ級の方へ向き直る。
駆逐イ級は依然として機銃を打ち続けてはいるが、未だに残っている電光弾に阻まれて弾が塵へと還ってしまう。
その隙を見計らい、アドラーは強化した強靭な脚力で跳躍、イ級はそれを確認して榴弾を砲塔から放つが、なんとアドラーは空を蹴ってさらに跳躍したのだ。
空中でジャンプし、射線上から外れたことで榴弾はあらぬ方向へ飛んでいき、アドラーの接近を許してしまう。
「そろそろ終わりとしようか」
アドラーはイ級の出す砲塔の死角へ飛び込み、すれ違いざまにイ級を掴んで直接電撃を加えつつ地面に叩きつける。
「Sterben!!(死ね!!)」
そして地面に両手を交差させた状態でぶつけ、周囲に放電した。
その常人なら1秒経たずに蒸発しかねないほどに圧縮された電気を絶え間なく放つ様は、さながら「電気爆弾」であった。
アドラーの精神性を反映してか、アドラーの背後には電気がうっすらと髑髏を形作っていた。
当然、駆逐イ級の肉体は崩壊、△△港への侵略者はひとまず殲滅した。
「フン…笑える弱さだ」
このまま△△港を侵食されては困る。
アドラーはそこら中にまき散らされた汚泥も電撃で片づけておくかと考えつつ、腐食能力を持つ深海棲艦への対策を練るのであった。
【D-3/△△港/一日目・午前】
【アドラー@エヌアイン完全世界】
[状態] 深海棲艦への怒り
[令呪] 残り三画
[装備] 電光被服、埋め込み式電光機関
[道具] トランクボックス(着脱式電光機関と電光被服×20個、アドラーの後方へ投げ出されています)、ドイツ国旗のヘアバンド
[所持金] 富豪としての財産+企業から受け取った金(100億円以上)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
0:シャイセ!!深海棲艦なんて大っ嫌いだ!!
1:ズーパーアドラーに、俺はなる!
2:討伐令には、今のところは乗らない
3:一条蛍とそのサーヴァントをどう利用してくれようか…
4:深海棲艦への対策を考えなければな…
5:主催者は脱落した魂を使って何か企んでいるのか?
[備考]
※聖杯戦争開始前に、永久機関と称して着脱式電光機関の技術を電機企業に提供しています
※企業に対しては、偽造の身分証明書と共に『ヒムラー』と名乗っています
※独自に数十個の着脱式電光機関と電光被服を開発しています
※ミスターフラッグ(ハタ坊)などの有力者とのコネクションがあります
※K市を呉市を元に再現していると認識しています
※聖杯戦争開始前に、図書館にて従来(冬木)の聖杯戦争についての知識を得ています。
※一条蛍をマスターと確認しました。そのサーヴァント(ブレイバー)については把握していません。
※NPCの肉体は脆弱で、電光機関による消耗が早いようです。どれくらい消耗が早いかは、後続の書き手にお任せします。
※電光機関には位が低いもののサーヴァントを傷つけられる程度の神秘が宿っているようです
※購入した資材の1/3がD-3沖に沈みました。
※一日目午前の段階でD-3/△△港においてライダー(ヘドラ)から零れ出た複数の駆逐艦イ級と交戦しました。同所において複数の死者及び爆発と火災、貨物船の轟沈が発生しています。
※ミスターフラッグからはハタ隊長と呼ばれているようです
※親衛隊長は渾身の策を台無しにされてお怒りのようです。
【U-511@艦隊これくしょん】
[状態] 頭に拳骨による小さなたんこぶ、霊体化
[装備] 『WG42』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う
1:マスターに服従する
以上で投下を終了します
衛宮切嗣&アーチャー、間桐桜&アーチャー、ルアハ&ランサーで予約します
乙
アドラーさんこんなに強かったん……?
そしてアドラーにいじめられるUちゃんが可愛いんじゃ〜^
投下乙です!
感想は投下時に書かせていただきます。
予約延長します。
投下します
チクタクチクタクと部屋に時を刻む音が木霊する。
本選開幕宣言して既に数時間が経過。電脳空間内部では既に午後に至ろうとしている。
ルーラーが目下確認したところ、各参加者はそれぞれ動き出してはいるも半分以上がまだどうするかを決めかねている状況となっている。
正直、正直言って主催側は暇で暇でしょうがない。勇者が飛び出して力を付けて自分の所にやって来るまで長い年月を待ち続けるラスボスはゲームの中だけだ。現実の黒幕はそれほど気長に待てない。
──────なんて退屈。
ルーラーは溜め息をつく。
せっかく分かりやすい悪を設定してアナウンスまでしているのに血眼で探す者もいなければ、関係ないところでドンパチ始める者もいる。
マスターのオルフィレウスは混沌を求めていると言っていたが、調律されない戦場はルーラーの趣味ではなかった。
サーヴァントとしての制限、令呪の制約、合わない環境と様々な要因によりフラストレーションは加速する。
よって溜まった鬱屈を紛らわせるための対象がマスターへと向かうのは道理だろう。この場にいるのは彼と自分しかいないのだから。
「マスター。確かあんた、科学者だっけ?」
どこから用意したのか、玉座に座ってふんぞり返っているマスターがこちらを向いた。
先程まで参加者の一人に注目していた目が、熱を帯びたままこちらを見ている。
「科学者が神秘や魔法に傾倒しているのはどんな気分なの?」
科学者の格好をした魔法少女が問う。
ルーラーとしてはどんな答えが返ってきても構わない。どうせ答えなんて「これは科学の延長で魔法ではない」とか「複雑な気持ちだ」とかが関の山だろう。
だが、彼が次に吐いた言葉はそのどれでも無かった。
「そもそも、その二つを分ける必要があるかね?」
「へ? いやだって明らかに相反するジャンルでしょ?」
「科学も魔法もどちらも真理へと至るための手段でしかないのにかね?」
「は?」
真理?
なに言ってるんだコイツは。
「科学とは極論的にいえば未知の領域の再現だ。そして君たちの言う魔法や神秘は科学で再現不可能な奇跡の再現だ。
分かるかな。どちらも最終的に目指しているものは同じなのだ。故に分ける必要は無い」
重要なのは真理に至ること。
そして世界を拡げること。
故に科学だ、魔術だ、神秘だと些細なことに心を砕く必要は無いと彼は語る。
「へー」
なるほど徹底的に実利主義だとルーラーは感心する。
仮にここに精密機械が嫌だから効率が遥かに悪い魔術礼装を使うなんて魔術師がいたらこの部屋から追い出されるだろう。
手段を選ばないといえば聞こえは悪いが、手段に固執して進歩がないよりはマシと思うのはルーラーも同意見だった。
「君はどうかね? 手段に魔法だの科学だの拘るかね?」
「あんた、あたしの魔法を忘れたの。拘る拘らない以前の問題でしょ。それにあんたの言う通り、最終的にはそれで何をするかが問題なわけだし」
「然り。力は所詮、結果の出力装置だ。目的では無い。科学者が神秘を? 結構ではないか。それで真理に到達できるならば何を拘る必要がある」
否。拘る必要は無いと彼は締めた。
結局はマスターもそのサーヴァントも似た者同士ということ。
いや、もしかしたらキークが召喚されたのは電脳空間制御よりも性格的な面が強いのかもしれない。
ルーラーがぼんやりと思慮に耽っていると今度はマスターの方が口を開いた。
* * *
「質問されたから私からも質問するとしよう。“ソレ”はどうするのかね」
彼の目線はルーラーの足元にある電脳空間の地図、その中でも特に被害が大きい海原を指していた。
肉体的にも霊魂的にも猛毒の魔海。ヘドラと融合した空母ヲ級に汚染された一帯だ。ヘドラの上空で硫酸ミストを浴びたウミネコの群れが海へ墜落し、そのまま骨の髄まで溶け落ちていく。人間が浴びれば言うまでもない。
キークがルーラーとして運営と管理を任されている以上、こういった人類が存続不可能な事象を可能な限り修復しなくてはならない。
電脳空間であるため世界側からの干渉は無いが、かといって1日目からNPC(じんるい)が生存不可能な環境を見過ごすわけにもいかないだろう。
キークの魔法を使えば一瞬で元の海に戻るに違いない。とオルフィレウスは思っていたが。
「これ、直せないのよ。私の魔法でも」
「君の魔法は電脳においては全能ではなかったのかな」
「これは海に見えるヘドラの肉よ。削除することはサーヴァントそのものの破壊を意味する以上、令呪を解除しない限りは不可能ね」
サーヴァントとして召喚されたキークが魔法で許されている干渉は電脳空間内部の改変だ。しかも令呪で『聖杯戦争の運営に尽力せよ』と命令されている以上、電子的なサーヴァントの削除は許されない。
故にヘドラに対して彼女にできることがない。せいぜい、風を循環させてスモッグが陸地に上がらないようにしつつ、他の組に気づかせるくらいしかやることがない。
だが、手段の有無に限らずヘドラの対処は急を要していた。それは電脳空間に限った話ではない。
* * *
「さっさとどーにかした方がいいんじゃない」
投げやりに言ってルーラーが指を差す。
ルーラーが指を差した先は電脳空間を映す丸窓ではなく天井。
そこにホログラムで立体表示された地球儀があり、赤い点が次々と浮かぶのを見て男は感心の声を出す。
「これは予想外だったな。ヘドラの宝具がここまで汚染するとはな」
「あれはなんでも汚染するわよ。水であればヘドロに、空気であればスモッグや硫酸ミストに、霊脈であれば呪詛に、データであればバグやウイルスにって感じでね」
ヘドラの宝具は既に電脳空間を超えて影響をもたらしていた。
汚染はこの電脳空間を保持している機材を中心にコンセント、LAN回線、果ては電波すらも通じて世界中へ流出し、SF小説に出てくるような未曽有のネットワーククライシスを引き起こしている。
航空管制の麻痺、無人機械(ドローン)の暴走。地球のあらゆる海域で事故が発生してる。核兵器の誤射や原子力潜水艦のメルトダウンといった惨事は未だ起きていないがそれも時間の問題だろう。いや、それもよりも早く「抑止力」なるイレギュラーが介入する可能性が高い。
現実世界で電脳のみが汚染されているのは電脳空間自体が二次元の産物であるからだろう。それでもヘドラをこのまま放置することは現実世界の社会の崩壊を意味していた。
故に令呪の解除をルーラーは期待したが────
「では、現実問題は私が何とかしよう」
ここにどうにかできてしまう男がいた。
一言、二言呟くと数多のコンソールが浮かび上がり、そして虚空に彼が指を繰り出した数瞬で地球儀の赤い点は皮膚病が快癒するように消失する。
一つ残らず、一分足らずでだ。それが意味するところは荒唐無稽を越して一種の滑稽。喜劇の如く世界はこの男に救われてしまったということに他ならない。
「うわぁ」
ドン引きだ。反則にもほどがある。
ゲームで表現するならばチートを使って無敵モードを使っている上にツールアシストで最適行動をとっているような汚さだ。
何よりタチが悪いのはこの空間すら統べているキークですら何をしたのかすらわからないという点だろう。
いかなる手段か、いかなる原理なのかはわからない。彼は先ほど言ったように神秘も科学もこだわらない気質のため予測すらもつけられない。
ただ言えることは彼が理不尽な域の能力の持ち主であるということだろう。聖杯戦争を創造できるくらいに。
「さて、これで現実の憂いはなくなった。引き続き運営を行いたまえ」
電脳空間で科学の皇は静かに笑い、神のごとき魔法少女は引きつった笑いを浮かべた。
オルフィレウスがいる限り、現実世界をどうこうすることはできないだろう。
だが、ヘドラの問題が根本的に解決したわけではない。
(あれ?)
万物を溶解し汚染する宝具。無形の物すら害あるものに変えるヘドラという存在。
故にこの疑問に辿り着くのは必然だろう。というより何故今まで考えなかったのか不思議なくらいだ。
「ヘドラがもしも聖杯に飲み込まれれば────」
「おっと、それは秘密事項だ。いや、杞憂と言うべきかな」
キークの言葉を遮るように彼は宣告した。
オルフィレウスがそう言う以上は絶対なのだろう。少なくてもキークはそれ以上考える必要性を感じなかった。
「あ、そ」
そして、二人は再びK市のマップを見下ろす。
最高神が神殿から地上を見下ろすように。
科学者が実験動物の様子を眺めるように。
--------
【???/電脳空間のどこか/一日目・午前】
【オルフィレウス@Zero Infinity-Devil of Maxwell- 】
[状態] ???
[令呪] ???
[装備] 時計
[道具] 玉座
[所持金] ???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の運営
1:まだ戦場を眺める
【キーク@魔法少女育成計画 restart】
[状態] 健康
[装備] 『やがて冬に届く白黒(ファル)』
[道具] ルービック・キューブ
[所持金] ∞
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の運営
1:退屈だわ
--------
投下終了します
乙
アカンやんヘドラ!
延長申請します
皆さん投下乙です
感想も書きこみたいですが、ひとまず投下を先にさせていただきます
――羽ばたけバタフライ、今、全てが書き換えられる
♠ ♥ ♦ ♣
「私がいなくてもいい世界のために」
彼女は、過去をやり直すことで、望む未来を観測しようとした。
♥牧瀬紅莉栖
牛丼に割りいれた生卵はまろやかさをプラスし、醤油の味付けの濃さを緩和してくれる。
そして日本人にとって、醤油と生卵は極めて相性の良い組み合わせの一つだ。
そんな牛丼を山盛りのマヨネーズで染め上げてしまうのは、いったいどういう了見なのだろうか。
サーヴァントのためにルームサービスから牛丼を注文するたびに、牧瀬紅莉栖はそう思う。
ちなみに、一人で泊まっているのに二人分を注文すると怪しまれかねないので(そしてさすがにビジネスホテルには自分で料理できる場所もないので)片方がルームサービスを頼むときは、もう一人はコンビニなどで買い置きしたものを食べることが多い。
そして紅莉栖が何を食べようとしても、そのたびにマヨネーズを勧められた。
今のところ全て断り続けている。紅莉栖自身も創作料理では『色々混ぜた方が美味しくなる』主義だけれど、あれは料理というよりもマヨネーズをメインディッシュにした何かだ。
「そりゃ人間じゃないやつもいるだろ、聖杯戦争なんだから」
その病的なまでのマヨラーサーヴァントに、牧瀬紅莉栖の仮説はばっさりと両断された。
それも、否定ではなく肯定の両断を。
「ちょっと、適当に言わないでよ。一般人の私には死活問題なん――」
「わぁーかったわかった、皆まで言うな。
俺がファントムと戦ってきたって話はしたよな。あいつらだって元は人間だし人間の姿をしてるけど、人間とは別の生き物だ。
それに、『魔法使い』だってちょっと変わってる。体の中にファントムを飼ってるんだからな」
そう言って、マヨネーズ牛丼を一気にかきこんだ。
紅莉栖はなるべくそれを直視しないよう、ベッドに腰かけ鏡台の方を見て話す
「確かにそうだけど、私が言いたいのは、同じ人間として話の通じない連中がいるってことよ。
私たちの目的は聖杯の破壊。だから、殺し合いをできるだけ避けても――あなたに『殺人』を命令しなくても何とかなるって、どこかで思ってた。
それが、相手が話の通じる相手なのかそうじゃないのか、後者だったなら人間なのか化け物なのかで、話が全然変わってくる」
戦うのはキャスターの役目とはいえ、それを依頼するのは紅莉栖だ。
そして彼女は、先刻の御目方教近辺で初めて人間離れした者同士の戦いを見た。
人間を生きたまま貪り食らう化け物たちと、その化け物たちの首魁であるかのように陣取って、刺すような獣の眼をした狂戦士の少女を見れば、嫌でも認識が甘かったと知る。
自分のこともそれなりに客観視できる性質である彼女は、その時に受けた恐怖がそのまま今後の不安材料になるのではないかと懸念している。
それに、本当はきっとそれだけではない。
あのバーサーカーや使い魔自体への恐怖もあったけれど、別の恐怖がある。
『ただの人間が限界を踏破して、行き着いた先であんな異形になる可能性がある』という事実が恐ろしい。
それは、牧瀬紅莉栖にとっては他人事ではない案件だから。
「じゃあ逆に聞くけどよ、何ができて何ができないのが『人間』なんだ?」
しかし、彼女のサーヴァントは、意外な切り口から問い返してきた。
紅莉栖もとっさには言葉が浮かばない。先刻の戦いで恐怖したところから考えていく。
「それは、例えば、人間はあんな風に人間を食べたり、食べさせたりしないし……」
例えば人間は、人間を捕食する生き物を生み出すことも、魂食いをして栄養源にすることもできない。
例えば人間は、死んだら生き返らない。過去に戻ってやり直すことさえ、本当なら望ましくない。
例えば人間は、大切な人が今夜に死ぬことが分かっていても、冷静に次のタイムリープをする算段を立てることなんか――
よく知っている青年のことを連想しかけて、その人を『そういう』例示にした自分自身に、猛烈に腹が立った。
しかし魔法使いは、紅莉栖が言いよどんだことに悪くないという風に頷いた。
「つまり、人間を魂食いできても、それをしない奴なら怖くないわけだ」
「それは、そうだけど……どういう意味?」
「あんたは俺が魔力を食ってたのはびびらなかっただろ。
マスターがちゃんとそこを分かってるなら良かったってことだよ。
魔法使いのことや賢者の石の話をしたした時も、普通に受け入れてたな」
賢者の石――それを動力源として娘を生き返らせようとした男の話も、紅莉栖は『魔術でできることの限界』としてキャスターから聞いている。
キャスターの最大最高のライバル――指輪の魔法使い、操真晴人の大切な人で、そしてキャスターにとっても大切な友人だった少女のことも。
「俺の知ってる子は、間違った方法で人間じゃないまま生かされてた。
大勢の人間を絶望させて、殺して手に入れた魔力で作られた子だった。
でもな、その子は色々あったけど人間として生きてた。
飯も食えない体だったけど、俺たちと一緒にランチタイムを囲んで、笑ってた仲だったんだ」
牧瀬紅莉栖が言うところの、世界線の宿命とやらに反して生かされていた少女だった。
最後には、自らの意思で眠ることを選んだ。
しかし、魔法使いは『人間ではない状態のまま生きていたこと』自体を否定しない。
「あんな凶暴な連中を怖がるなってのは無理だろうけどな。本当に怖ぇのは人間やめてることじゃねぇんだ。
だから、人間なのかどうかで考えすぎてもキリがねぇし、しんどいと思わねぇか?」
だから難しい話はほどほどにしとこうぜ、と言わんばかりにキャスターは関心が無さげだった。
しかし、その言葉でほつれていた思考の糸がすっとほどけていくような感覚がした。
確かに、そこじゃなかった。
正否を問うべきは、人の境界の外にいることではなく、自身の意思で選択的にその境界を超えたということ。
そして、その奇跡を得るために、多くの人々を傷つけ犠牲にしても構わないという考えだ。
「その通りね。私の論点がずれてた」
岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖は、タイム・リープして過去を変えることで未来を変えようとした。
過去のどこかに正しい選択肢が存在して、それさえ選べば正しい未来がやってくるという考えのもとに、分岐の元を探し続けた。
しかし、過去を変えたことで無かったことにされた思い、失われた存在も間違いなくあった。
犠牲になることを受け入れてくれた仲間たちに感謝をしながら。
所詮はエゴでしかないと罪悪感を抱えながら。
それでも、自分たちにとってやさしい世界を目指して、再構築をしてきた。
「それにしても、グリフォンちゃんおせぇなぁ……」
「覗いてみたら? 使い魔の見てるものは、貴方の鏡に映せるんでしょ?」
「さっき見たんだが何か運んでるみたいでよ。荷物の影でぶれてはっきり映らねぇんだわ」
しかし。
話題を変えて会話を続けながらも、紅利栖の思考はまた別の方向を向き始めていた。
仁藤は、魔法の儀式で死後から無理やりに蘇らされかけた少女の話をした。
莫大な魔力と、それを注ぎこむ賢者の石さえあれば、その奇跡は起こせると信じた魔法使い達がいたこと。
ひとつの都市に住む人間すべての魔力を吸い上げて、そのための魔力として充てるという、エクリプスの指輪と魔方陣の儀式のこと。
仁藤の世界では、東京都全域に住む人々の魔力と、覚醒した魔法使い4人の魔力を利用しても、1人の少女を蘇らせる可能性が少しはあったかもしれないぐらいだそうだ。
では、それ以上の、『あらゆる奇跡を起こす』という聖杯によって、願いを叶えるための魔力はどこからやって来る。
無から有が生まれるように、誰も何も成すこと無くその奇跡が生まれるとは紅莉栖には思えなかった。
化学と魔法ではシステムが違うにせよ、仁藤の話を聞く限りでは、質量保存の法則らしきものはあるようだ。何もないところからエネルギーは生まれないし、エネルギーは消費されてしまえば別のものに置き換わる。
町から魔力を吸い上げて願いを叶えるのではなく、願いを叶える者を選ぶために一から町を作り上げるのでは、順番がまったく逆だ。
もしも。
聖杯戦争を開くことによって、奇跡を起こすための魔力が集められるとしたら。
仁藤攻介は、撃破したサーヴァントや使い魔の魔力を、エネルギー源として食らうという。
では、その仁藤攻介が敗退すれば、散っていった魔力はどこに行く。
――もしもこの町から膨大な魔力が発生するとしたら、それは敗退したサーヴァントの魂を吸い上げたものではないのか。
愉快な仮説ではない。
それはキャスターもまた、願いをかなえるための生贄の一人ということだから。
ちなみに、彼女の考察とそっくり同じことが市内の図書館の文献には書かれており、それをアドラーというマスターも確認しているのだが、常識的な性格の彼女は『まさか一般の図書館に聖杯戦争のことが書かれた本が普通にあるはずないだろう』という先入観からこれをスルーしている。
そのために、あくまでキャスターの証言と己の思考力だけを頼りに到達したというわけだ。
彼女はその確信を、未だ持たない。
「――おっと、うわさをすりゃあお帰りだな」
コツコツと、ガラス窓を爪でたたくような音がした。
窓べりから、帳簿のようなものをくわえたエメラルドグリーンの小さな使い魔が帰還を知らせる音だった。
♠アーチャー(ヴァレリア・トリファ)
この儀式は、ひとつの町を生贄にして、願いを叶えるための儀式である。
それも、英霊の魂を殺し合わせることで、短期間のうちに莫大な魔力を充填する蠱毒である。
彼はその確信を、すでに持っていた。
「しかし、まさかこんなところに傍証が置かれていたとは……」
マスターと一時的に別行動をとり、アーチャーのサーヴァント――ヴァレリア・トリファはK市のやや郊外にある市立図書館に赴いていた。
なぜかと問われれば、マスターから指示されたからだ。
ヘンゼルとグレーテル、そのサーヴァントが活発に動くとしたら夜中から朝方にかけてになる。
そして、彼らを討伐すべくマスター達が活発に動き出すのも、やはり夜中だろう。
だから、青木奈美は今のうちに日没頃まで睡眠をとる。
プリンセス・デリュージは薬物の力に頼って変身する人造魔法少女だ。
人間体で過ごす時間もその分だけ長いし、それだけに完徹をするなら体力の充填時間はより必要になる。
そして、当然サーヴァントには睡眠は必要無い。
奈美が休息している間に、アーチャーは、ヘンゼルとグレーテルのこれまでの犯行現場を洗い出しておくように。
現場の洗い出しとは、と具体的に尋ねると、さらに淡々と説明される。
かつて、ピュアエレメンツのメンバーの一人、プリンセス・チェリーは『敵(といっても研究者の自演だったが)』が出没する位置、時間を記録につけて、出現予測をしようとしていた。
もしヘンゼルとグレーテルを討伐しようとするマスターならば、彼等もこれまでの連続殺人の犯行を調べて、その傾向に則って動くぐらいのことはするだろう。
より手段を選ばないアプローチとしては、アサシンたちを見かけたという偽の目撃情報を流して待ち伏せたり、アサシンたちの仕業に見せかけるようにNPCを襲うなどして積極的にアサシン討伐者をあぶりだしていく策もあったけれど、
一歩を間違えればアサシンたちではなく奈美たちが本命として追われる側になってしまうので、強硬な策はまだ保留する。
いずれにせよ、アサシンたちのこれまでの犯行を正確に知れば、討伐者側の行動を追う一助にはなるだろう。
なるほど、半分以上は理屈として筋が通っている。
しかし、理由のもう半分は、アーチャーを面倒な作業でこき使いたいから、という嫌がらせだろう、たぶん。
マスターに手段を選ばず何でもやれと忠言をしたのだから、お前もサーヴァント(使用人)らしく使われるぐらいのことはやれ、というわけだ。
そして今朝の時点ですでに実体化したまま単独行動をして、ほかのサーヴァントと遭遇、マスター抜きの交渉までしてきた前科がある以上、『そんな公共の場所で作業するのはリスクもありますし嫌です』とも言えない。
だから彼は、先刻までここ一週間分の新聞紙とK市全図を見比べてのにらめっこをしていた。
「嗚呼。私には冷血で人使いの荒い女性に酷使される因果でもあるのでしょうかねぇ……」
よよよ、とぼやきながら洋書の書架を通りすがった時に、その『拾い物』を見つけた。
そして今、『聖杯戦争』に関する文献を紐解くまでに至る。
(裏表紙にはさまれた貸出者カードにはヒムラーという名前のみが書かれていたが、借りなかっただけで他にも目にした者はいるのかもしれない)
ともあれ、思わぬ形で、以前から確かめたかった『解』を得ることはできた。
その解とは、あまり好ましくないものだ。
すなわち、聖杯戦争には『聖杯を勝ち取った主従の願いを叶えること』以外にも別の目的――それも、願望機を狙う者達には伏せておきたい目的が、隠れているということ。
なぜなら、この儀式は、あまりにも似ていたからだ。
アーチャー――ヴァレリア・トリファにとって聖杯戦争は、否応にも『彼の悲願だった儀式』を思い起こさせるからだ。
諏訪原市の黄金錬成。
叶う願いは、死者の蘇生か、不老不死の実現。
市内にある八か所の生贄祭壇(スワスチカ)に莫大な量、充分な質の魂を捧げれば、黄金(ラインハルト・ハイドリヒ)を現世に降ろすための『産道』が起動する。
一般人を生贄に捧げるならば数百量の犠牲が求められるけれど、何百人分相当の魂を有している魔人ならば、一人だけでスワスチカ一つを開くに足りる。
また、闘争の中で死んだ魂の方が磨かれるため、単に処刑するよりも、殺し合わせることによって落命させる方が望ましい。
もっとも一度スワスチカが開いてしまった場所はもう殺し合いに使えない等、今回の聖杯戦争と異なっている制約もある。
しかし、『六騎の英霊の魂を取り込んで』『霊体である聖杯なるものを現界させるための呼び水とし』『それ自体を願望機の起動装置とする』という小聖杯の在り方は、かつて彼が手中で育てた『太陽の聖遺物』と根本が似通い過ぎていた。
まして自らも『聖餐杯』の聖遺物を有しているトリファが、『聖杯そのもの』を降臨させるという儀式に対して思うところが無いはずもない。
しかし、似たような儀式を熟知しているから、電脳世界の聖杯についても信用できるかと問われれば、これが全くの逆だ。
その黄金錬成――限られた者しか知らぬ真実だが、実のところ、不老不死や死者蘇生の願いを叶える代物ではない。
あくまで、現世に呼び出される『黄金』が望みを叶えるついでに、彼が解釈した形での不死を為そうとするだけで、それは万人が思い浮かべる『不老不死』とはまったく異なった結果になる。
そして、おそらくは『本来の聖杯戦争』である冬木の聖杯戦争の知識を得たことで、この戦争にも『裏』があるという疑念は確信へと変わった。
なぜ、召喚された英霊の数が、本来の六騎よりもはるかに多いのか――それは、より多く召喚された分だけ集まった魂を使って、『勝者の願いを叶える以外のこと』を為そうとしているということではないか。
(そうなると、『エクストラクラス』という特殊枠が設定されているのが気にかかりますね……)
聖杯戦争のルールとして『そういったクラスも存在する』と頭に刷り込まれているだけで、具体的にどんな役職なのかも明かされていない。
それは、冬木の聖杯戦争には存在しなかったクラスだ。
単に、英霊の数を増やしただけではなく、召喚する英霊のバリエーションを増やした。それがヴァレリアにとっては気にかかる。
(『目的』を達成する上で、原型の聖杯戦争には無かった属性が必要だと考えたのか。あるいは、『本命として召喚したかった何者か』を招くための試金石なのか。
できれば、具体的にどのようなクラスが召喚されて、どのような補正がかかるのかを確認したいところですが……。
しかし、この戦争の『代行者殿』はこんな本を残しておくわりに、あまりにも語らないことが多すぎる)
故に、この聖杯戦争においても、アーチャー――ヴァレリア・トリファ(聖餐杯)の行動は変わらないだろう。
願望機(聖杯)の降臨は妨げない。
だが、その上で、彼が望む願いの成就は掠め取る。
儀式の本質が何であれ、結果のみ得られるならば彼にとってはそれでいい。
アーチャーが予選期間の段階からは積極的に攻勢に出ず、今でも同盟相手を模索している理由の一つにもそのことがある。
『他の聖杯戦争』を知る者――あるいは似たような儀式について魔術知識を持つ者とのつながりが持てれば最上ではあるのだが、
そうでなくとも、他にどのような主従が参加しているのかということについて、極力把握できるような繋がりを作りたい。
そして、討伐令の対象となっている主従に関心を持ち、青木奈美をけしかけるような言動を取った理由のもう一つにもそのことがある。
なぜなら討伐クエストは、現状で唯一の、ルーラーと接点をつくれる機会だからだ。
最終的におこぼれで願いを叶えるためには、まず『裏』の企みを為そうとしている者について知らなければならない。
聖杯には、英霊を招き寄せマスターを選定し、不要なものを排除する意思があるという。
だがしかし、杯が筆を執って手紙を書くか?
容器に過ぎないものが、その手紙を、一人ひとりに配達できるか?
否だ。
つまり聖杯には、人の形をした『代行者』が存在する。それが『ルーラー』とやらなのだろう。
そしてその代行者は、めったに姿を見せたがらない。
ペナルティを犯した主従の処分はほかの主従に任せ、戦争のルール説明はサーヴァントに知識を刷り込むことで押し付けて、本選が始まる段階になっても未だ姿を見せていないぐらいだ。
『討伐クエストに参加したものを背後から狙う』という邪道を推奨したのも、その方が効率的だからという以外に、ルーラーが引っ張り出せるかどうかを確かめたいという動機からだ。
これだけ姿を見せたがらないルーラーのことだから、普通に討伐を成功させても表には出てこないまま、『いつの間にか令呪がひとつ増えていました』だけで終わる可能性も高い。
なればこそ、『ルーラーの発令したクエストを妨害する』というロールから外れた動きを取ってみる。
それでルーラーが出てこないならば、また別の『引っ張り出す方法』を模索していくだけだ。
そして、ここまでの裏を読んでおきながら、そのことをマスターである青木奈美に対して伏せている理由も、当然、ある。
(聖餐杯は壊れない……しかし、我がマスターは、扱いによっては壊れるでしょう)
ただでさえ人間らしい良心を捨てきれていないマスターに「この戦争には裏があります。だからほかのマスターを皆殺しにしても、聖杯は願いを叶えないかもしれません」などと告げてしまえばどうなるか。
迷いを深くするだけの結果になることは目に見えている。
告げるとすれば、マスターが誰かを仕留めるなり陥れるなりして甘さを捨て去り、完全に退路が絶たれたその後だ。
……もちろん、サーヴァントとしてもその一線が早々に訪れてくれるように手助けはしたい。
そこまで考えを巡らせると、ヴァレリアは図書館の通路を歩き、案内板に蔵書庫と矢印を指された方角へと向かった。
一般の書棚にも、あっさりと聖杯戦争に関する文献があったぐらいだ。
あるいは、滅多に人が入らない場所――古書を保存している書庫なら、もっと深く書かれた文献が眠っているかもしれない。
「――おや?」
書庫の位置と規模だけ確認するつもりで、すぐに中に入って調べ物ができるとは期待していなかった。
この手の図書館の書庫は、おおむね職員だけが出入りを許されていて、閲覧したい本があっても取り出しは職員が行うことが多い。
それが、開いた。
まさかそのまま入室はできないだろうと思いながら回した書庫のドアノブは、何の障害もなくあっさりと回る。そして押せば開く。
職員が開けたのかもしれないが、それにしては開放されたままにしておくことに不用心さがある。
……どちらにせよ最初から開いていたのだから、侵入したところを見とがめられても言い訳はできるだろう。
どちらかと言えば、同じ考えで侵入した者がいた方が好ましい展開だと思いながら、神父姿の男は書庫にするりと入り、最低限の照明によって薄暗い書棚を歩く。
――そこで目に付いたのは、トランプのダイヤの札だった。
それと同じ柄の上衣を着た少女が二人、身を寄せ合うようにして書棚から古い本を何冊か取り出し抱えている。
答えのない間違い探しのように、どちらも同じ顔だ。
「これは、可愛らしい双子のお嬢さん。こんな暗いところで何をお探しですか?」
神父に声をかけられるや、同じ顔のトランプ兵士は表情を冷たく引き締めた。
ほぼ同時に空気が震えた。
ダイヤの二人を守るように、棍棒を構えたクラブの札の兵士が4人、霊体化を解いて出現していた。
「おや、六つ子のお嬢さんでしたか」
♥美国織莉子
苦労してクッキーやホットケーキを焼けば、世界一幸せそうに眼を輝かせてくれた。
パフェやデコレーションケーキを休日のカフェでごちそうする時間が楽しみだった。
そんな楽しみを、聖杯戦争の真っ最中でも続ける必要はないし、それ相応のリスクもある。
だからこれは自分がまだ甘いのか、あるいは彼女を甘やかしているのか、その両方だろう。
「■■■■」
大きな窓から日差しが柔らかくそそぐ白い内装のレストランで、ランチを食べ終えたキリカが大きなパフェをスプーンですくっては口に運んでいた。
理性をなくした彼女が、それでも満喫している。
思考を削がれたサーヴァントの身体で、変わらず幸せそうにを食べているのが、どれほど織莉子の心を救っているかわからない。
「あら、くれるの?」
細長いスプーンの先にイチゴのアイスと生クリームをのせて、織莉子の口をつけやすい位置に差し出したまま、こくこくと頷かれる。
「ありがとう」
あーんと口をあけてスプーンをくわえると、キリカの指が緊張したように震えるのが伝わった。
大胆な性格のようで恥ずかしがり屋なところは、理性をなくしても変わらない。
「うん、美味しい」
笑顔でそう答えれば、うれしい感情を隠しきれないようにソワソワとした。
彼女も、覚えてくれているのだろうか。
二人で甘いものを食べるときに何回か実践した、『美味しいものをもっと美味しく食べる』食べあいっこ。
NPCのクラスメイト達にでも目撃されたら――聖杯戦争の関係者でさえなければそんな人目など気にしないけれど――今の美国織莉子にこんなに親しく接する同年代の少女とは何者だと驚かれることだろう。
ここ数日は学校に行っていないが、今のところ学校側から不審がられている様子はない。
ロールプレイに従わない生活をしていても、周囲の方で勝手に『父親のことからまだ立ち直れていないのだろう』と解釈してくれるのだから、ある意味で彼女の生活にはゆとりがあった。
……もっとも、学校側の本音としては、校名を傷つけないためにも関わりたくないといったところだろうけど。
(『魔法少女』としても、もう少しゆとりがほしかったところだけどね……)
調べることは山積みだ。
御目方教のこと。ヘンゼルとグレーテルのこと。
未来予知の魔法で他のサーヴァントが事件を起こしていれば、それも確認しにいかなければならないし、≪白い男≫の都市伝説、≪永久機関≫のニュース……どれもこれも、マスターの関与を疑いだせばきりがない。
これじゃあ、まるでK市のためにパトロールしているみたいだ。
そんな感覚に陥りそうになって、織莉子は苦笑しかけた。
今回の戦争では、呉キリカと自分のためだけに戦うつもりだったのに、まるで魔法少女になったばかりの頃のように、町の異変を突き止めることに奔走しているのは皮肉というべきか。
かつては、世界を救済することが自分の使命だと定めてきた。
でも、いつの間にか、そしていつだって、世界の中心にはキリカがいた。
そして今や、世界を守らなければ――
(――問題は、守りきるまでに『持つ』かどうかだけれど)
掌中に置いたソウルジェムを見下ろして、その濁りを観察する。
複雑な思考が苦手になってしまったキリカは首をかしげて、考え込む織莉子を観察していた。
予選期間の数週間で、あらかじめ持ち込んでいたグリーフシードはほとんどを使い切ってしまっていた。
そして、この電脳世界に魔女はいない。新しいグリーフシードは手に入らない。
元から、予知の魔法はあまり燃費がよろしくない。意識して出力を小さめに制御しておかなければ、近隣の未来を無差別にランダムに順不同に啓示してしまう。そんな状態で戦っていては、何日も持たずにソウルジェムが割れて終わりだ。
織莉子は見滝原市にいた頃からそれなりの苦労をして、予知魔法をコントロールすることに成功している。
また、キリカというサーヴァントを維持するだけならば、聖杯が召喚から現界までそこそこの魔力は負担してくれたし、キリカ自身も予選期間の間に倒したマスターを使い魔に食わせることで、多少は魔力を自給できているからバーサーカーのクラスにしては負担は大きくない方だ。
しかし、織莉子自身が予知魔法を使うことで、ソウルジェムが濁っていくのはどうしようもない。
そして予知の魔法は、美国織莉子がこの聖杯戦争の中で勝ち残る戦略を立てる上で、必要不可欠なものだ。
キリカが狂戦士のクラスでなければよかったのに、と思ったことは一度もなかった。
聖杯戦争では、マスターがサーヴァントに魔力供給をすることは自然にできても、その逆はできない。少なくとも、やり方を知っているサーヴァントでなければできない。そして、同じくソウルジェムを持つ魔法少女であるキリカでは、魂喰いなどの手段で魔力を補給しても、それで織莉子のソウルジェムを浄化することはできない。
(今のところまだ濁りは大きくないけれど、これからも未来を変えるために、予知には頼る……いっそのこと、魔力供給が可能な誰かと同盟を組むしかないのかしら)
たとえばキャスターのクラスならば、ソウルジェムに直接に魔力供給をするようなことができるかもしれない。
それこそ今朝、邂逅したサーヴァントは、魂食いだけでなく撃破した使い魔の魔力をも吸収していた。
魔力を直接に吸い取ることができるなら、あのサーヴァントはその逆のこともできるのでは……?
そんな閃きを得たけれど、しかし目の前にいるキリカが心なしか心配げに黙っているのを見て、口に出すことは避けた。
織莉子が己以外のサーヴァントに頼ったりしたら、まずキリカは快い思いなどしないだろう。
そして美国織莉子のパートナーはキリカしかいないと確信している織莉子自身にとっても、それは本意に沿った選択ではなかった。
「大丈夫よ。今予知を使うから、その後で探索を再開しましょう」
キリカの頭をひと撫でし、予知の光景を思い描くために瞑目する。
……どっちにしても、まずここで一度は未来予知を使う。
同盟を検討するにしても調べものをするにも、討伐令のクエストを優先するにしても、まずは近隣のサーヴァント、近辺の未来を把握してからだ。
午前中に怪しんでいた連中の一人でも補足できればいい。
そんな期待だけをこめた、ここ数日と同じような午後の始まりのはずだった。
「これは――?」
しかし、この時に初めて、魔法少女の織莉子は、
『絶対的な暴力と悪意が形成したもの』を見た。
♥春日野椿
『信者 (ビジネスホテル・ホテルマン)
御目方から放たれたという緑色の動物が、ホテルの窓から中に入って行くのを目撃。
窓の位置から部屋を確認したところ、516号室だった。』
「くすくす……同じ使い魔を使う魔術師なのに、ずいぶん普通のところに泊まっているのね」
昼でもなお暗い座敷牢の中で、椿は獅子身中の虫があっさりと潜り込んだことに笑みをこぼした。
念のために、市内各地でホテルや旅館の近辺に居住している信者に、緑色の小生物が飛んでいくところを見たら報告するようにと伝えておいたのは正解だった。
さすがに市内すべての宿泊施設を網羅していたわけではないので、『当たったらもうけもの』程度の考えだったけれど、こうも見事に当たると笑い声をおさえられない。
「平日も休みを取れる信者を使って、同じホテルに宿泊させておきましょうか?
マスターを簡単に暗殺できるとは思わないけど、グリフォン以外にも監視の目はほしいでしょう?」
「それがいいね。もしほかの主従と同盟関係にあるようなら、まとめていぶりだせるかもしれない」
キャスターが同意をしてくれたことで、彼の役に立てることがまた一つ増えたのが椿にはただ嬉しかった。
それに乗じて、もっと話がしたいと彼に質問をする。
「でも、あんな台帳を渡してしまってよかったのかしら。
あなたのことだから深く考えてのことなのでしょうけど……リスクもあったんじゃなくて?」
「そうだね。こちらの手札を幾らか送ったようなものだから。
けど、それをリスクじゃなくてリターンにするために、ティキと……君の千里眼日記がある」
グリーングリフォンの帰還が遅れたのは、一度帰還しようとしたグリフォンがまた御目方の屋敷へと戻ってきたためだった。
グリフォンは言葉を話すことができない。何か伝えたいことがあれば、己が視覚をマスターにリアルタイムで中継することで伝達する。
つまり一度も教団で見たものを中継することも無く、また何の成果も持ち帰らずに手ぶらで言い訳することもできず主人のもとへ帰ったところで、教団で危害を加えられたのではないかと怪しまれるに決まっていた。
そんな彼の立場をキャスターと椿も察したために、彼等はグリフォンへと『偽の手がかり』を掴ませることにした。
教団の信者を入団の順序から記載した台帳(リスト)のうち、一冊を咥えさせたのだ。
それも、丁寧に『禁魔法律家にした信者たちはこいつらですよ』と言わんばかりに、名前のところどころに反逆者のマークを付けている。
もちろんそれは偽造されたものだ。実際はすべての信者が禁魔法律に手を出しているし、その名簿に書かれている名前にも、『信者だと誤認すれば面白い名前』が多数混じっている。
例えば、今朝がたに高校教師を送り込んで撃破された高校の生徒の名前も何人か入れている。高校教師の妻だった信者から、教師の使っていたパソコンのデータを覗かせて把握した名前だ。
『信者』のマークを付けた者の中には、当然、マスターと確定した少女『吹雪』の名前も入っている。それも、かなり以前から入信した古株の信者という扱いで。
さらに言えば、その名簿の中にフェイクとして混じっている本物の信者も、『探りを入れられた時』の対処法をしっかりと刷り込んだ者ばかりだ。
その名簿を近侍の信者たちに用意させるのに、少々時間を取られていた。
「でも、あの台帳が偽造だと気付かれてしまったら……高校にいるマスターたちと、使い魔のマスターが手を組んでしまうのではないかしら?」
「そうなっても問題ないように、こちらも学校には次の手を送れるようにしておきたいんだよ。
ティキに直接に赴いてもらう手もあるけれど、信者にもマスター同士の妨害工作をさせたり、できることは多いからね」
「ああ、私の『千里眼日記』があれば、というのは、そういうことね……」
高校で殲滅すべきは、吹雪というマスターだけではない。
ティキの言によれば、最後の最後で横やりを入れてきたマスターがいるとのことだった。
また、高校に潜んでいるマスターがその二人だけとも決まったわけではない。
そして、高校がティキに襲撃された以上、潜んでいたマスターたちも今頃は探り合いながら再襲撃に備えて手を組もうとするような段階に入るだろう。
よって、高校については吹雪という確定マスターがいる以上、彼女を釣り餌として他のマスターが表に出てくることを狙う。
その間に、こちらもマスター達の各個撃破もしくは一網打尽ができるよう、罠や伏兵を用意しておくということだった。
これだけの大がかりなことにNPCを動かしながら、それでもルーラーが何も言ってこない現状に、椿は確信する。
やはり、この世界にも正しい神様なんていないのだと。
単純な被害者総数で言えば、ヘンゼルとグレーテルのそれよりも、御目方教の禁魔法律に犯された人数がよほど多い。
にも関わらず、椿たちがいまだに討伐令どころか警告のひとつも貰っていないのは、あくまで『犠牲者たちが自ら志願した』ことによるものではないかと、椿は推測していた。
ティキは言った。
高校教師だった彼は、操られて改造されたのではなく自ら力を望んだのだと。
つまりそういうことなのだろう。
人を殺すことに比べたら、とにかく力を持って暴れまわりたいと潜在思考している人間が手の届く位置にナイフを置いてしまったことは、ずっと罪が軽い。
爆弾を積んだ車に人を乗せて事故に遭わせるのは殺人罪だが、『この車に乗れば遠からず死にますけどそれでも車に乗りたいですか』と意思確認をして車に乗せたならば、死んだ責任はそのNPCにある。
そして、気に入らない人間を排除したいという意思は、禁魔法律に染まることを良しとする穢れは、椿の両親を殺した者たちのように誰もが持っているものだ。
なんてすばらしい、醜いものだらけの世界。
仮に信者が殺害されたとしても、その場合にペナルティを受けるのはおそらく椿たちではなく殺害した方の主従だ。
ただ偵察をしては無残に撃退されるだけの連中にさえ、情報をくれることと、相手の主従に失点をひとつ付けられるという役に立ってくれる。
「不思議ね……眼が見えない私の方が、汚いものがたくさん見えているのだから」
椿自身には、身を食らう禁魔法律以外に力はない。
どころか、手元ぐらいしか視力の効かない、どこにも行けない社会的弱者だ。
しかし、彼女は『眼』を持っている。
このK市という土地の中ならどこにでも、人の行ける場所である限りは。
「あら……ねぇキャスター。また、おかしな未来が予知されたわ」
禁魔法律家の傀儡という、千里眼。
千里眼とは、どこまでも遠くを見ること。
そして、人間ならば見えない、人の身を超えたものを見ること。
誰にも分からない未来を観測したり、その未来を捻じ曲げること。
『信者 (小学校用務員)
学校の用事で買い出し帰りに喫煙中、異常事態発生。
K賀海水浴場にヘドロの化け物がたくさん出現した』
――その日記は、未来を決める分岐点を観測し、そして、世界線(うんめい)を変える。
『信者 (ビジネスホテル・ホテルマン)
516号室に宿泊していた女性宿泊客が、やや慌てたような様子で鍵を預けて外出した。
フロント係は、宿泊客のことを『牧瀬様』と呼んでいた。
牧瀬がホテルの正面入り口でタクシーを捕まえて、運転手に『K賀浜海水浴場へ』と伝えていたのが聞き取れた。
上空を、緑の生物が先導するように飛んでいるのが見えた。』
♣松野一松
そう言えば、サンダル履きのままだった。
家を出るにはちょっとよろしくない。
松野家へと帰宅したのは、それだけのためだった。
それだけのための行程で、いろいろな者を見た。
方角で言うと中学校に向かう道路を、慌てて走って行くパトカー達とか。
Y高校にテロリストが入ったとか、教室ひとつが爆弾でも破裂したようにぶっ飛んだとか噂する主婦達とか。
しばらく引きこもっていた間に、ご町内はずいぶんと物騒になっていたらしい。
……聖杯『戦争』なのだから当たり前か。
学校の教室が吹き飛ぶなら、我が家なんて簡単に壊れるだろうな、と思ってしまった。
そんな想像をしてしまうほど、『待ち受ける死』を肌で感じてしまう自分が嫌だった。
本当は、戦争にも、自分の身の振り方にも興味がないなんて嘘だ。
できることなら死にたくなんかない。いざその時がきたら、ガタガタブルブル震えてみっともなく命乞いをするかもしれない。
レンタル彼女の金を稼ぐときは命懸けの場所にも行ったけれど、あれも童貞拗らせた執念と六人で一緒にやるというテンションがあればこそできたことだ。
本当は嫌だ。
高校で起こったという爆破テロに、自分が巻きこまれて一瞬で塵になったら思うと陰鬱になる。
ただ、俺はこんなところで死んでいい人間じゃないはずだと吠える自信も、度胸もない臆病者なだけで。
諦めずがんばったら何かできるかもしれないという自意識を地面に埋めてクールぶっている、ゴミみたいな人間だ。
【置き手紙とか、いいの?】
【いい。下手に探さないでくださいとか書いて怪しまれても面倒だし】
自宅に戻り、残してはもったいないと二階に隠していた煮干しを荷物に追加する。
屋根裏から、『読む時や使う時はシップを追い出さなければいけない本』も回収する。
今度こそ家を出ようと、スニーカーに履き替えた。
家を出る決め手になったのは、猫と戯れていた時のシップの言葉だ。
姉妹と一緒に死んだ方が良かったか、生き延びた方が良かったのかと尋ねて、彼女は答えた。
【正直なところさ……あー、戦争やってると、死に場所に選択の余地とかなかったから。沈んじゃ駄目だったから】
【だって『軍艦』って貴重でしょー……変な話だけど、あの頃の軍人一人の命の値段より高かったんだわ。お前だけでも生き延びろー、が当たり前っていうかさ】
【だからさ、『きっとこれで良かったんだ』って思うようにしてたわ。仕事ならやまほどあったから】
きっとこれで良かった。
少なくとも、一松には無い。生きてこれをやるべき使命など、何も。
だったらせめて、『きっとこれで良かった』と思えそうな方に従うことにした。
流されるまま浮浪者まっしぐら、な予感がしないでもない。
とりあえず、この先何があっても彼女のことは恨まないようにしようと思った。どちらかと言えば、自分の方が彼女のハンデになっているようなものだから。
ちょっと名残惜しそうに、松野家の中をきょろきょろと見回すサーヴァント――エクストラクラスの、シップ。
最初にエクストラクラスとは何だと聞けば、他にもっとスタンダードなクラスが七種類あるのだけど、なぜかそのどれでもないクラスとして召喚されたために、その影響で能力値やスキルが色々と変わったことになっていると説明された。
つまり、マスターがこんな戦う覚悟に欠けたクズだから、望月も弱くなってしまったのかもしれない。
他のサーヴァントは見たことないけれど、Eというアルファベットばかりが並んでいる彼女のパラメーター(これ絶対に、上はAから下はEで、下手すりゃその上にSだとかEXみたいなのもあるヤツだ)が、どう控えめに見ても高くないことは一目瞭然だった。
だとしたら、シップがかわいそうだった。
こんな自分がマスターでさえなければ、アーチャーとかいうやつとか、もっと強いサーヴァントとして、轟沈を恐れることなく第二の人生を満喫できたかもしれないのに。
玄関を開けようとした時に鳴った黒電話をわざわざ引き返して取ったのは、そうぐだぐだと考えてぼーっとしていたせいだろう。
どう考えても時間のロスになる行動だったけれど、通話するうちにその話に乗り気になってしまった。
それが、ある金持ちの知り合いからのアルバイトの依頼だった。
妙にタイミングがいい、と不思議に思わないではなかったけれど。
旗付き社員の口振りではさも簡単なバイトのように聞こえたし、その仕事料があればそれなりのホテルでしばらくは連泊してゴロゴロして過ごせるなぁとも思ったら、
……まぁ、やっぱり楽はしたかったから、誘惑に負けた。
【ますます怪しくない?】とシップは突っ込んできたけれど。
とりあえず、もう自宅には電話をしないよう、特に他の兄弟にはこの事を教えないようやんわりと頼んで、根暗なりにやる気を示す返事をした。
旗付きのSPはすぐに迎えの車を寄越すと言ってくれたので、家から少し離れた道路に――さすがに自宅前に高級車が停まるのは目立ち過ぎると思ったので――横づけして待ってもらうように頼む。
通話終了。今度こそ玄関の敷居をまたぐ。これで残したものは何もない。
だというのに、最後に出くわしてしまった。
「「「あ」」」
ギターを持った黄色のパーカーと、革ジャンサングラス。
ギターを持った黄色のパーカーと、革ジャンサングラス。
小さな頃からいつも一緒にいたすぐ下の弟と、いつの頃からか色々と気に食わなくなり塩対応が当たり前になった二番目の兄。
「一松にーさんどこ行くの? もうお昼だよ?」
「フッ……当ててやろうか。また一松キャッツとの逢瀬だろう?」
うぜぇ。最後の最後までクソ松うぜぇ。つーか人の親友になにイタイ呼び名つけてんだ殺すぞ。
ギロリと睨んで黙れクソ松とドスを効かせるのはいつものことだったが、あいにくと今はやり過ごさなければならない時だ。
「あー……ちょっと、野暮用」
歯切れの悪い言葉ですれ違い、とにかく家から離れようとする。
しかし、足を止めさせる者はまだいた。
隣家の建物で、そいつは日向ぼっこをしていた。
黄土色の毛並みで、大きな青いメガネをかけて、しっぽに手当した跡がある親友だ。
一松と目を合わせ、小さく鳴いた。猫の鳴き声だ。もう人の言葉は喋らない。
言わなきゃ分からないよ、と言われた気がした。
「待って」
振り絞ると、呼び止める言葉が出た。
玄関の敷居の上で、ギターをその手に、ほとんど同じ顔の二人が振り向いた。
ギターのせいで、いつだったか聞いた歌を思い出した。
「俺、六つ子で良かった」
一息にそう言って、返す言葉を聞かずに走り出した。
色んな意味で、それ以上は居られなかった。
ほどなくして黒いリムジンが見えてきたので、あれに違いないと確信して乗りこめば(目立たない車で来てくださいと言っておくべきだった)、「松野おそ松様ですね」と旗付きの運転手が確認してきた。
車中で以前のように自罰の拳銃自殺をやらかされては敵わないので、否定せず曖昧に頷く。
その瞬間に、やっと思い出した。
この世界の六つ子が、NPCと言われる存在だということを。
どんなに素直になっても、兄弟の誰にも届かなかったということを。
走り出した車の中で、たぶんこの世界に来てから初めて、一松は泣きそうになった。
♠ ♥ ♦ ♣
「「私の世界を 守る/壊す ために」」
彼女たちは、現在の分岐点を変えることで、望む未来を観測しようとした。
♠キャスター(仁藤攻介)
異変に気付いたのは、ホテルの窓から見張りを続けていたグリフォンだった。
そして牧瀬紅莉栖の呼び止めたタクシーで仁藤攻介が現場に駆けつけた時、そこはさながら腐敗地獄ともいうべき有り様になっていた。
仁藤が真っ先に思ったのは、マスターを直前でタクシーから降ろして良かったということだった。
次に思ったのは、ビーストに変身した状態で駆けつけて良かったということだった。
耐久力を向上させたビースト、かつサーヴァントの身でも、砂浜一面に拡散された刺激臭と腐敗臭には、こんな醜悪な臭いはないと感じる。
サーヴァントの身でもこの不快感ならば、ただの人間はあっという間に有毒ガス中毒で昏睡から目覚めなくなっていただろう。
そして、視界に写る景色はもっと凄惨だった。
白くきれいな砂浜だったのだろうビーチは、黒褐色の汚泥で覆いつくされ、早くも堆積したそれに耐えられずに海面へと陥没を始めている。
海岸に打ち寄せる波もとうに汚染されてしまった海水のそれであり、むしろ打ち寄せるたびにその陥没を進行させる有り様だった。
その汚泥の合い間からごろごろと姿を覗かせているのは、おそらく異変が生じる前までは人間だったのだろう白い骸骨。彼等は釣り客か海岸公園を訪れた散歩客だったのか。骸骨から微かに聞こえるシュウシュウという溶解音は、臨終の際に『生きながら溶かされた』のだという事実を嫌でも想像させた。
その、黒く染まった海浜公園を、悪趣味な巨大ムツゴロウのように砲を携えてベタベタと這い回る異形たちがいる。
「いや、本当にアイツを置いてきて良かったわ……朝に見たのもきつかったけど、こいつはそれ以上だろ」
総数は5匹ばかり。
カタカタと歯を鳴らしながら砂浜を這いずり、さらに腐食を広げるべく黒い汚泥を踏破しようとするようにも見える。
青白く発光する両眼は、まだ生きている次なる標的を探すように左右を見回していた。
海岸の景色を一変させた侵略者が彼等だということは、疑いようなかた。
そしてこの異形が進むたびに、土地がこの汚泥海岸のように滅びていくことも明らかだった。
そして、牧瀬紅莉栖の避難はグリフォンに任せてきた。今頃は公園の裏手にある森林にでも身を隠しているだろう。
「しょうがねぇ。ランチタイムは終わっちまったが……マスターが安心して夕飯を食えるようにするためだ!」
あれらにこれ以上の侵攻を許したら、町がどうなってしまうことか。
仁藤にしても、町に住むNPCがかりそめの命であり、聖杯戦争が終わるまでの命であることは理解している。
しかし、指輪の魔法使いと共に人々の希望を守ってきた魔法使いにとって、明日に失われる命よりも今日の命だ。
殺しつくされても良しとする神経は持ち合わせていないし、そもそも彼等のような化け物が街中をうろつくようになったら、マスターの生活にも関わる。
彼女が滞在するビジネスホテルとこの海岸線は、タクシーならあっという間の距離なのだから。
「町を食われる前に、俺が食う!!」
ビーストのことを敵性存在として認識した異形――駆逐イ級たちが、次々を開口して砲塔を剥ける。
彼等が初弾を放つよりも早く、野獣は地を蹴った。
「おりゃあ!」
整列して一斉掃射しようとしたイ級のうち一体にドロップキック。
そのまま投げ上げて海に叩き落し、射線に空きを作る。
蹴り飛ばされたイ級の砲塔は無理矢理に上を向かされて上空の在らぬ方へと暴発し、同時にビーストの背後で5インチ単装砲が遅れて爆ぜた。
まだ汚泥に染まっていなかったボードウォークが後かたもなく吹き飛び、焼失していく。
「いってぇ……こりゃあ、触るだけでもことだな」
しかし仁藤に苦痛の声を挙げさせたのは、背後に迫る被害ではなくイ級を投げたばかりの両手だった。
イ級が首をまげて砲塔を仁藤のいる方角へと合せようとしている動きから逃れるべく泥地を駆けつつ、その両手を確かめる。
触れていたのは数秒にも満たない間だったが、それでも熱した鉄板に触れたかのように熱を持ち、少しだけ握力が落ちていた。
サーヴァントである仁藤でさえ直接に触れると痛みを伴うのだから、ただの人間を白骨にまで溶かすだけの脅威はあるだろう。
イ級が這い回った泥地もイ級そのものよりは腐食が低いが、それでも足裏にはヒリヒリする感触が残る。
凶器を使わず、生身の身体で対峙するのは遠慮したい相手ということだ。
ならば、
「だったら……こいつだ!!」
薬指に赤い指輪を差し替え、腰に装着されたビーストドライバーへと押し当てる。
ゴーッ!バッバ、ババババッファー!
猛牛の頭部から攻撃的に角をとがらせた赤いマントが現れ、ひらりと魔法使いの身を包んだ。
両脚を大きく開き、腰を曲げて身を低くした姿勢は万力を溜めていざや突進せんとする猛牛の構えにも似ている。
即座に、右手を大きく頭上へと振り上げた。
イ級の射線が仁藤に再照準されるのとほぼ同時。
見た目には大きく変わっていないビーストの拳は、バッファマントの効果で尋常ならざる怪力を宿した必殺の力に変わっている。
「いただくぜ」
拳が一閃。
穿つのは、イ級の身体そのものではなく大地。
その瞬間、地面が大きく波打った。
強化された拳が一瞬で泥地を割る。
汚泥をすべて貫通して、まだ泥化していない砂地を剥き出しにする。
時化(しけ)が来た大海のように、天気晴朗からスコールの真っただ中に放り出されたように、イ級の身体が例外なくのたうった。
ただ一つの拳が起こした衝撃の大波は赤いエネルギー波を伴い、それだけで装甲の脆い生き物ならばバラバラにしてしまうほどの威力を伴っていた。
イ級の装甲がひしゃげる。毎分28発のペースで掃射を続けようとしていた5インチ砲台が、弾を詰まらせて自壊していく。
衝撃波の圏内にいた浜辺のイ級すべてが、数瞬の後にはぐしゃりと形を失くしていた。
泥地へと轟沈していったイ級の戦地跡に残されたのは、黒々とした光をまとったイ級の魔力だった。
それは一瞬で魔法陣の形に散華されて、ビーストのドライバーへと吸収されていく。
ゴポリ、ゴポリ、ゴポリ、ゴポリと嚥下するような音を立てて、仁藤の中に住まうキマイラが魔力を飲みこんでいった。
「ごっつぁ……うおっとぉ。あぶねえあぶねえ」
泥地に壊れたイ級の火花が着火することで、オイルの上に火種を起こしたごとく浜辺が炎上を始める。
それを仁藤は素早くファルコマントに付け替えて飛翔ことで退避し、散歩道のボードウォークだった地点を飛び越え、海浜公園の芝生へと着地した。
「ふぃー……マグナムを使わなくて良かったー……」
もし使っていたら火種を投げ込むような行為だったと冷や汗をかき、芝生の広場自体には火の手が届ききっていないことに安堵する。
改めて、いつも通り、ごっつぁんと両手を合わせようとした時だった。
常ならない異変が、仁藤を襲った。
「――――ォゴッ」
仁藤の体内から、それは起こった。
なにかがのど元をせり上がり、ひと撫でするような感触が最初。
それは、とてつもない嘔吐感となって現れた。
かろうじて変身解除は持ちこたえたものの、全身から力が抜けて膝をつく。
「ァ――ハッ――?」
続けて、胃の中を内側から焼かれるような痛みが走る。
刺激物を飲んだというより、凶器そのものを飲みこんでしまったような生理的危機感が本能に訴える。
以前にマンティコアのファントムから毒を受けた時と似ていたが、あの時と違うのは毒を打たれたという認識ではなく、『毒物に等しい何かを飲み込んでしまった』かのような焦燥にかられることだ。
「何、食ったんだ俺っ…………さっきの、バケモノか?」
それは、ヘドラというペイルライダーについての知識があればまず行わない悪手だった。
『サーヴァントに似た正体不明の化け物』をいつもと同じように魔力吸収してしまったことは、仁藤にとって無理からぬ行為であり、しかし致命的な失敗だった。
仁藤はこれまで、食事をしたことで死ぬような思いをしたことなどなかった。
彼の中にいるキマイラは、悪食の上に大食いだ。東京じゅうに拡散されたエクリプス(魔力吸収儀式)の指輪の力だろうと、全て食らいつくしたほどに。
だからこそ、彼はこれまで食らう魔力を意識して選別してきたことなど無かった。キマイラは中毒とも食あたりとも無縁の存在であり、体内に毒を持っていたマンティコアのファントムでも、魔力を食らう分には何ら問題なかった。
しかし、ペイルライダーである駆逐イ級の場合は違う。
デミ・サーヴァントの身体を構成する魔力そのものが汚染されており、イ級のすべてが劇毒そのものに当たるような状態だ。
それを吸収してしまうのは――手で触れただけで炎症を起こすような刺激物を、経口摂取してしまうのに等しい。
しかし、仁藤はそれでも打開を図ろうとした。
「っぐぬぐぐぐぐ、なんの、これしきぃ……!」
気力で変身が解けないよう魔力を維持すると、指輪を青いドルフィリングへと持ち替える。
ゴーッ!ドッドッドッドッ、ドルフィー!
青い魔法陣が仁藤の身体を通り抜けるや、マントは赤から青へと変わり、肩から突き出したファルコンの頭部はイルカのそれへと変貌した。
「ハッ!」
ドルフィマントをはためかせ、マントから青い鱗粉を散らすようにして周囲に魔力を散らした。
鱗粉がビーストの全身を包み、それはやがて治療の光へと変化する。
それは、ドルフィマントを纏った時にのみ行使できる治癒魔法。
本来ならたいていの毒は書き消してしまう、古の魔法使いにしか使えない魔法だった。
しかし、それでも、
「治りが……おせぇ?」
痛みが緩和された感覚はあったものの、症状の大半が体内に残存している。
それは、ドルフィリングの治癒力よりもペイルライダーの『腐毒の肉』の方が強いということを意味していた。
これまでにビーストが遭遇してきた有毒生物が、あくまで毒ヘビや毒サソリのような生態の機能としての毒だったのに対して、駆逐イ級のそれは公害の汚染物質を蓄積させた水棲生物が持っているそれに近い腐毒だった。
古(いにしえ)の魔法使いが生み出された時代には、間違っても存在していない類の毒物であり、解毒治療の効果も遅々として進まない。
そして、
海岸に侵攻していた駆逐イ級を発見したのは仁藤達だけではなかったし、
それでも戦闘に介入することは無かった『彼等』が、毒に倒れたサーヴァントを見て好機だと判断しないはずがなかった。
「新手の、サーヴァントかよ……」
ただの人間ならばとても介入できないような腐敗物質の火事場を背景にして、彼等は次々と霊体化を解いて姿を現していった。
何も、町じゅうに手駒を徘徊させていたのは、御目方教だけでもなかったらしい。
そう納得したのは、彼等がそれだけの『数』を有していたからだ。
トランプのマークがデザインされた衣装を来た、6、7人ばかりの兵士たち。
クローバーとスペードのマークで混成された、真っ黒なサーヴァントの一団だった。
クローバーのマークを持つ者は棍棒をにぎり、スペードのマークを持つ者は槍を携える。
「腐った肉を漁りに来たハイエナってわけか……いいぜ、口直しのデザートにさせてくれや」
身を起こすのも厳しい体でサーベルを構えて啖呵をきっても、トランプの兵士たちは答えない。
皆まで言わないどころか、一言も言葉がない。
じりじりと、手負いの獣を囲って仕留めるように、冷徹な眼で包囲網を狭めていく。
♥春日野椿
「あら、あの使い魔の御主人さまはあっけなく脱落したようね……」
他の信者からも港湾部の各所で火の手があがったという報告は受けていたけれど、椿はさしあたり、牧瀬なるマスターの動向に注意して海岸部の事件を追っていた。
今日になって急に出現するようになった謎の生命体の情報はできるだけ欲しいけれど、まずは接点のある主従の視点から追った方が把握もしやすいと踏んでのことだ。
最初にバケモノを発見した小学校用務員は殺されてしまったようだったので、近場で買い出しをしていた主婦の信者に電話をして、K賀浜を出入りする者を公園入口から見張るように指令を出させた。
用務員の二の舞にならないように、海岸線には近づかないようにとも注意しておく。
すると、未来日記が椿の行動を受けて未来を変えた。
数十分後の未来に、その信者が結果を報告する予知が記されていた。
『信者 (主婦)
森林公園から走り出てくる女性を目撃した。
報告を受けた牧瀬という女性の特徴と一致した。
ひどくショックを受けたかのような呆然とした様子。足取りもおぼつかない。
標的だと指令を受けていたので使者を使って攻撃したところ、あっさりと死亡した』
それが、その戦闘の最終的な結末になると未来が予知されていた。
「つまり、この女のサーヴァントは敗北して、女も殺される。
ここで主従が一組脱落する……ということかしら」
「信者でもあっさりと殺害することができた……ということはそうなんだろうね。
緑の使い魔が予知に出てこないのも、サーヴァントが殺害された時に消滅したと考えてよさそうだし」
ホテルを出て行く時は一人に見えたというが、そばに霊体化したサーヴァントを控えさせなかったはずもない。
つまり、彼女は連れてきたサーヴァントを倒されたので離脱しようとしたところを、その倒した敵に追いつかれて殺害されたということだ。
「だとしたら、せっかく泳がせておいたのに……無駄になりそうね」
「そういうことだね。残念だけれど、脱落してくれたならそれに越したことはない。
それにこの戦闘は、あの使い魔が海岸まで誘導してくれたおかげだし、それを確認できたのは君のおかげだ。感謝こそすれ、悔しがることじゃないよ」
「あら、私もやっと目に見える形で役に立てたのね。もっとも、半分は偶然の産物だけど」
それは、あまりにもあっさりとした結末であるような気はしたけれど。
千里眼日記で予知されている以上、彼女はその通りなのだろうと納得した。
未来日記は嘘をつかない。
信者が洗脳されたとか、信者が見たものを誤認するような予知がされることはあっても、
予知された出来事が実際には起こらない、なんていうことはない。
なぜなら、未来日記が予知したことを変えられるのは、同じ未来日記所有者だけだから。
ただの人間に、確定した未来を捻じ曲げることはできないから。
「これからどうするの? 学校には別の手を打った方が良いかもしれないし、海に上陸した生き物のことも調べないといけないわね」
「そうだね。まずは市街地の港湾部にいた信者からの報告も聞きたいかな――」
だから、椿も彼女のキャスターも、『牧瀬という主従の脱落』を既にあったものとして話を進めようとしていた。
千里眼日記には、絶対に変えられない未来が書かれている。
その前提で、話をしていた。
だから、
――『千里眼日記が何もしていないのに書き換わる』という出来事が起こった。
「え?」
その時に、椿は弱視だったその眼をぎょろりとひん剝かせた。
慌てて巻き物へと虫眼鏡をかざし、変わってしまった文面を読み取る。
そこには、それまで全く書かれていなかった新たな登場人物のことが書かれていた。
『信者 (主婦)
白いドレスの少女と、黒衣の少女が突然現れて公園に入って行った。
見たことがある顔。汚職事件のニュースで噂になっていた美国議員の娘に似ている。
二人がこちらに気が付いた。
黒服の、恐ろしい金色の眼が、こちらを見て――』
♥牧瀬紅莉栖
その白い少女は、まっすぐにこちらへと歩いてきた。
「貴方、金獅子のサーヴァントのマスターですね」
道の無い森林をまっすぐに、最初から牧瀬紅莉栖を目当ての人物だと確信しているかのように。
白いドレスの裾を揺らして、余裕と気品を友として。
グリフォンが紅莉栖の掌の上で威嚇するように羽根を広げる。
「ああ、その子だったんですね。ソウルジェムにキリカ以外の使い魔が反応したからびっくりしたけれど、おかげで場所が分かりました」
「だったら、何だって言うの……?」
精いっぱい冷淡に切り返したけれど、微笑をたたえたその表情は泰然さを崩さない。
キャスターが離れているところを不意討ちで訪問されたという有利不利だけではない。
佇んでいるだけで、人を圧倒しようとする気迫を放っている。
初対面でありながら、そして彼女の方がずっと年下のようでありながら、その少女は正しく紅莉栖より優位に立てるだけの力がある強者だった。
「貴方を探していました」
紅莉栖の目から、彼女のステータスらしきものは見えない。
それはおそらく、彼女がサーヴァントではなく、マスターの側である可能性が高いことを意味している。
しかし、この少女は、人間かどうかはともかくとして、まぎれもない特別製だ。
こういう場所に立つために生まれてきたか、こういう場所に立ちたくて生きてきたか、そのどちらかの存在だ。
そして、恐ろしいのは彼女の目的が読めないということ。
こちらを殺すつもりで近づいたのかと問えば、その瞬間に殺されていてもおかしくないということ。
令呪でキャスターを呼ぶ。
そう決めた時、先んじたように少女が口を開いた。
「ああ、令呪は使わない方がいいと思いますよ。きっと無駄になりますから」
「どういうことよ……!」
声が焦りと震えを帯びる。
そして、彼女の前でそういう動転を見せてしまったことが恥ずかしくなった。
「ご心配なく。無駄になると言ったのは必要ないからです」
少女はそう言って、やり過ぎたかと反省するように、大人が子どもを見るように、にっこりと笑ったのだから。
「私は、貴方達を救けに来たのですから」
♠キャスター(仁藤攻介)
そこは地獄絵図というよりも、異形の国のワンダーランドに変貌した。
間断なく繰り出される槍と棍棒の連携された刺突を、殴打を、紙一重でかわし、ダイスサーベルの魔弾を撃ち、回避し、回避しきれずにダメージを増やし、戦闘続行のスキルを酷使し、受け止め、マントで眼をくらまし、命を拾い続けた。
トランプたちはビーストの戦いまで監視していたのか、徹底して新たな指輪を使わせないよう連続攻撃を緩めない。それぞれの強さには落差があって、クローバーで数字の小さい者はよくまとめて食べていたグールとそう変わらない腕前だったが、スペードで数字も大きい者はファントムにもそう劣らない程度に鍛えられている。そして最も性質の悪いことに、よく連携が取れていた。
どうにか攻撃の隙をかいくぐってマスターと念話し、令呪を使わせるだけの余裕を得られないかと足掻いていた真っ最中だった。
魔術回路に毒が回ろうと、諦めてはいなかった。
しかし、刺殺か撲殺という死はすぐそこにあって、既に足元を掴まれていた。
その戦場に、見覚えのある影が躍った。
トランプの少女に負けず劣らず、そこを不思議の国かと錯覚させる装いをした漆黒だった。
「お前……!」
戦場を断ち割ったのは、乱入した影が振り回す巨大な鉤爪だった。
否、それはもはや鉤爪と呼ぶよりも黒金の鞭だ。
幾つもの鉤爪を連結させて造形されたそれが数体のトランプ兵士に直撃し、抉り、跳ね飛ばし、クローバーの一体には致命傷を与える。
更にひとしきりぶるんと黒金を振り回し、兵士たちを散らしてから、見覚えのある影は仁藤の眼前に屹立した。
どこか獣めいた黒の燕尾服を着用し、異形の残骸と燃え盛る汚泥を背景にして。
そして、驚愕する仁藤を置き去りにして、少女は加速した。
(速い……!)
散らした兵士たちが反撃の一手を打つ前に、少女は十手を打ちこむような速さで走った。
仁藤の攻撃が鈍くなったように感じるのは、毒が魔術回路を巡った影響もあるだろう。
しかしその仁藤の鈍さを差し引いても、少女は明確にクローバーやスペードと違う次元の速さを味方につけていた。
おそらくは何らかの補助魔法を使っているのだろう。
魔豹のように動き、鎌鼬のように刺している。蝶のように優雅でも、蜂のように脆くも無い。
一体、また一体と爪痕をトランプの兵士に残し、削っていく。
(やっぱりこいつ、ただのバーサーカーじゃねぇ……)
仁藤はそう確信した。
何故なら、この戦場の中心で倒れている仁藤攻介は、一度も攻撃を受けていないからだ。
彼女は、明らかに敵を選んで攻撃している。
進行方向に存在するもの全てを排除すると言わんばかりの凶暴な殺意を放ちながらも、ビーストを攻撃しないように、トランプ兵士だけを攻撃するようにと意識している。
それが彼を守るためかどうかは分からないにせよ、二重の意味で驚くしかなかった。
同盟関係など不可能だと思われていた――一度は使い魔相手とはいえ交戦したバーサーカーに、今度は援けられているのだから。
場の趨勢は、完全に乱入者の者になった。
それを確信したのか、生き残っていた二体のスペード兵士は互いに頷き合うと霊体化して消えた。
ご丁寧にも時間を稼ぐために、クローバーの兵士の死体をバーサーカーに向かって投げつけるという蛮行付きで。
敵は撤退を選択した。
軍勢の数を減らしたという意味では少女の勝ち星だったけれど、彼女は見るからに満足していないようだった。
仕留めきれなかったことに不機嫌そうな唸りを漏らして、また沈黙に戻ってしまう。
「おい――なんで俺を助けてくれたんだ?」
訊ねても、見向きもされない。
あるいは、怒りのままに暴れるのを彼女なりに堪えているのだろうか。
彼女はやはり狂戦士(バーサーカー)だった。
忠を尽くしている相手の言葉でなければ、答える頭は持たないのだ。
♥春日野椿
牧瀬は、死ななかった。
しばらく先の未来に、ホテルへと客人を連れて戻って来る未来が予知されていることから、彼女が生存する運命になったことは確定された。
未来は、変えられたのだろう。おそらくは、白と黒の少女たちに。
「私の他にも、未来予知の力を持ったマスターがいる……!」
未来日記で予知された未来は、未来日記所有者にしか変えられない。
もっと言えば、予知能力者にしか変えられない。
椿が『千里眼』と『神』の存在を知った時から託宣された、絶対不変の原則だ。
春日野椿も知らない彼女の死後の未来では、ある日記のせいで日記所有者が増殖していったことによってだんだん予知を覆せる者の線引きも曖昧になっていくのだが、それでも 『未来を知らなければその未来を変えられない』ということは絶対的な大原則だ。
少なくとも彼女は、自らの陣営が起こした行動以外によって千里眼日記の予知が書き換わったところを、過去に見たことがない。
自分だけだと思っていたアドバンテージを覆す存在がいたこと。
そして、それが覆される光景を、信頼されていたキャスターの見ている前で演じられたこと。
二つの屈辱が重なって、椿は歯を着物の裾を握りしめて耐えていた。
「大丈夫だよ。君は一度は死んだはずなのに、その『DEAD END』を覆してここにいるのだろう?
結局は、最後に大きな流れを掴んでいた方が勝つんだから」
白く透き通った――文字通りに実体を欠いて半透明になりつつある――その手で、彼女のキャスターがその背を撫で、甘い言葉を吐く。
千里眼日記に介入する力を持った者もいるとなれば、なおさら戦いは激化するだろう。
各地の港湾部に出没している、侵略者の存在も気にかかる。
敵だらけのこの土地で、彼等は最後に立つ者でなければならない。
「僕らの世界を壊すために、この世界で生き残ろうね」
世界を溶解させようとする侵略者も、侵略者から世界を守ろうとする救済者も、彼等には否定べきものだ。
彼等は復讐者だった。
マスターは汚い人間と、世界への復讐。
サーヴァントはただ一人の『天才』と、それが存在することを認めた世界への復讐。
故にマスターは誰も彼もに平等な、この世界を守ろうとする意志など認めない。
故にキャスターは、誰も彼もに平等な、ただ殺すだけのつまらない死など認めない。
彼らの未来は彼らが操り、彼らの世界は彼らが壊す。
♥美国織莉子
美国織莉子が牧瀬紅莉栖という少女を連れて浜辺へと近づくと、そこには未だ炎の消えない跡地を背にして微妙な対峙をするキリカとキャスターのサーヴァントがいた。
事前に念話で双方のマスターからサーヴァントへと無事は伝えていたものの、サーヴァント同士では未だに警戒は解けていない。
キャスターの方が未だ苦しそうに見えるのは、遅効性の攻撃でも受けたのだろうか。
一度交戦し、危機を助けたとはいえかなり一方的だったことを考えれば無理からぬことではあるのだが。
キリカはキリカで、今朝がたに自分が撃破して褒めてもらおうとした相手を救いに行けと言われたことで未だに機嫌悪そうに織莉子を見た。
不満そうにはしていても、彼女が織莉子の頼みに応えないはずがないという信頼あっての指示ではあったのだが。
これから自分が告げる言葉を理解すればさらに不機嫌になりそうなのが、織莉子としても心苦しいところだ。
けれど、告げねばならない。
この世界を揺るがす『敵』の、あまりの強大さを知ってしまったのだから。
純白のドレスに、真っ白の帽子。白銀の髪色。
いつもの魔法少女の装束を見て何かを連想したのか、キャスターがこう呟いた。
「白い魔法使い……」
「いいえ、魔法少女です」
そう、今は魔法少女だ。
愛する者のために戦う一人の個人であり、同時に世界を守る魔法少女だ。矛盾はない。
「えっと、さっきも言ったけど、争う意思がないらしいのは本当よ……貴方が助けてもらったのも、本当だったみたいね。だから――」
「いや、皆まで言うな。俺だって感謝してる。改めて礼だって言いたいんだ。ただ――」
牧瀬紅莉栖がキャスターの元へと駆け寄って我先にと話しかけるが、特に妨害はしない。マスターを人質にとって現れたように誤解されても困る。
すでにこちらの方が相手の手の内を知っていることと、危機から救ってみせたという精神的アドバンテージはこちらにある
ここで輪をかけて威圧を加えるのは、かえって逆効果だろう。
「――何か心境の変化があったのか、それを知りてぇんだよ」
何故なら、彼女たちにはぜひとも協力を得なければのだから。
同盟を組むことを躊躇っている場合ではないと、予知してしまったのだから。
織莉子はその原因を、一息に言った。
「この世界が、危機に陥っているからです」
「「…………は?」」
その未来の景色にいたのは、先ほどの異形などとはてんで比較にならない艦隊の首魁だった。
それは、海からやってくる。
それは、人でない身でありながら人の姿をしている。
それには、世界中を滅ぼしかねない憎悪が宿っている。
それは、ありとあらゆる全てを溶解させる。滅ぼす。亡き者にする。
それは、あってはならない未来だ。
いずれルーラーが何らかの討伐令を出すのかもしれないが、それを悠長に待っているわけにもいかない。
この世界で勝ち残り、聖杯を獲る。
聖杯戦争の世界そのものを滅ぼさせない。
それが彼女の願いを叶える、前提条件なのだから。
かつては、世界を救済することが自分の使命だと定めてきた。
でも、いつの間にか、そしていつだって、世界の中心にはキリカがいた。
――そして今や、世界を守らなければ、貴女を守れない。
♠ ♥ ♦ ♣
そこにいたのは、科学の少女と、魔法少女。
聖杯を否定した少女と、聖杯を求める少女。
正しい世界のために、1人で消えようとした少女。
正しい世界のために、1人を消そうとした少女。
過去に戻って、幾度もやり直した男の助手だった少女。
過去に戻って、幾度もやり直した少女の敵だった少女。
未来を変えようとした二人の少女と、そのサーヴァントである二人がそれぞれ対峙していた。
♠ ♥ ♦ ♣
♠ ♥ ♦ ♣
「「君/貴方たち が生きていける世界のために」」
彼らは、現在の大きな流れ(既知感)には叛逆せずに、最後の結末だけを変えることで、望んだ未来(未知の結末)を観測しようとした。
♠ ♥ ♦ ♣
バタフライ効果という言葉がある。
ある場所では、蝶の羽ばたき。もしくは小さな偶然。
しかし、ひとつの偶然が起こるかどうかで、嵐が起こるどうかが決まる。
少なくとも、人間の――そしてサーヴァントの運命は、あっけなく分岐する。
それが同じ結末へとたどり着く分岐か、世界線がまるごと変わるような分岐かは、結果を見なければ分からないけれど。
S中学校が真庭鳳凰に襲撃されたのは、偶然。
Y高校がティキに襲撃されたのも、偶然。
駆逐イ級が市内の各地で被害を出したのも、必然じみてはいるが、ひとつひとつの被害場所が選ばれたのは偶然。
イ級に殺された被害者の中に、小学校の用務員がいたことも偶然。
しかし、
♠ランサー(櫻井戒)
小学校では、運動場に全校児童が整列したまま、だいぶ時間が経過していた。
集団下校で引率に用いる黄色い旗の数が足りなかったので用務員さんが買い出しに行ったはずが、その用務員さんがいつまで経っても帰ってこないし、連絡も繋がらない。
用務員さんは集団下校の引率者も兼ねていたので、必然的に引率者の数も足りなくなった。
前後して、S中学とY高校がテロリストの襲撃を受けたというニュースが飛び込んでくる。これは市内の学校が連続で狙われるのではないかと、職員室で騒ぎになった。誰が伝えるともなしに、児童にもそれが伝わってしまった。
さらに前後して、用務員さんは最近良からぬ噂ばかりが聴こえてくる『御目方教』に出入りしていたと、職員の一人が思い出したように言った。信者の中には暴動騒ぎを起こした者もいると噂の立っている宗教団体だったものだから、用務員さんのことを警察に通報するかどうかでさらに揉めた。これも集団下校の直前だったものだから、耳ざとい児童によって拡散された。
さらにさらに、並行して市内の幾つかの場所で爆発事故が起こったというニュース速報が飛びこんできて、やはり児童を自分の足で帰宅させるのは危険ではないかとの意見が出た。
こうして、土壇場になって職員たちの議論が始まった。
集団下校を取りやめて保護者に迎えに来てもらうか、色々と不足した状態でも集団下校を決行するかの二択で、校長教頭が集めた教師の代表者たちが運動場の見える教室で討論を始める。
そういうわけで、児童たちは運動場に班別に並んだ状態で待たされるという苦行に耐えていた。とうに緊張感など無きに等しく、みんな隣の子どもと指スマやグリンピース(両手の人差し指で数字の「1」を2つ作り、先攻後攻で互いの指を触り合って数字を増やしていくあのゲーム)に興じている。
ランサーのマスター、東恩納鳴もその一人だった。
フラストレーションを溜めた児童の何人かは、すでに子ども用携帯電話で迎えを呼んでいた。自家用車が学校の校庭に何台も駐車し、子どもたちを見ていた教師に断りをいれて子どもを連れ出していく。
中でもひときわ大きな家――孤児院の院長先生がレンタル車も併せて何台かの車でやってきて、それまで一条蛍と仲良く話していた五年生をリーダー格にした児童の一団がどっと立ち上がって帰って行ったのを見て、とうとう鳴に限界がきた。
【ねぇ、ランサー……】
【マスター、何をしたいのかは察したけど、それは止めた方がいいと思う】
【どうして?】
【つまり僕を実体化させて、迎えに来た兄か何かの振りをさせて、早く帰りたいってことだろう?】
【いけないの……?】
むぅ、と不満げな眼をして口をへの字にされた。
生前も、ある女性や妹とひとつ屋根の下で暮らしていた時に、その双方からよく向けられた表情だ。
ランサーとしても、彼女が遊ぶ時間欲しさにそんなことを言い出したわけでないことは分かっている。
早く学校を出て、アサシンとそのマスターを見つけ出すための作戦行動をしたいのだ。
念話では作戦会議をするにも限度があるし、ただでさえ『小学生』というロールを守っている限り、捜索に充てられる時間は限られるのだから。
【どこで他のサーヴァントが見ているか分からないよ。
気配遮断に長けたアサシンというサーヴァントもいる。
一方的に姿を見られたら、最初に会った時のようにまた襲われるかもしれない】
【でも、そんなことを言ってたらランサーはずっと霊体化してなきゃいけないよ?】
戒にとっては困ったことに。
『魔法少女活動』というものをしていたからだろうか、この少女は年相応なところもあるなりに、しっかりと状況を見る眼を持っている。そして少々こまっしゃくれていた。
……戒にとって比較対象が気が弱くて素直で騙されやすそうな彼の妹しかいないため、相対的にかしこく見えるのかもしれないが。
【そうは言っても、学校の皆がいる前で姿を見せるのはリスクの方が大きいよ。
君のように、小学生のマスターも紛れこんでいるかもしれないんだから】
櫻井戒が念話でそう伝えると、鳴は不思議そうに小首をかしげた。
【だったら、逆にその人達にも私たちのことを教えた方がいいんじゃないの?
聖杯が欲しくない人だったら一緒に帰ろうって仲間にできるし、欲しい人達ならランサーみたいに、『戦わずに聖杯を獲ろう』って説得した方がいいよ】
その言葉にどう返事をしたらいいのか、ランサーは考えるのに時間を要した。
鳴は、召喚した日に己のサーヴァントから告げられた『もしかしたら、戦わないでも聖杯だけを横取りできるような手段があるかもしれない』という欺瞞を、そのまま信じている。
だから彼女は、戦わないマスターのことを『いずれは殺さなければならない相手』だとは認識していない――そう認識しているランサーと、違って。
【確かに連続殺人のサーヴァントを倒すことを考えたら、味方は多い方がいいかもしれない。
でも、マスターから見たサーヴァントならともかく、サーヴァントがマスターを見ても100パーセントマスターだと判定できるわけじゃないんだ。分かりやすい魔力や令呪のようなのような証拠がない限りはね。
僕がここで実体化しても、マスターを探せるかどうか分からないよ】
【そっかぁ……今日になって色んな事件が起こってるみたいだから、悪いマスターのせいかもって、早く事件のこと調べたかったのに……】
どうやら、彼女は彼女なりに、そしてランサーの想像以上に、この周囲の騒動を重く捕えていたらしい。
(いや、待てよ……)
色んな事件。その言葉がきっかけとなって、嫌な胸騒ぎがランサーを襲った。
S中学と、Y高校を連続で襲撃したテロリスト。
児童の間でざわざわと交わされていた噂ではないが、確かに関連性を疑うべき状況ではある。
『別々のマスター同士の戦いによるもの』という可能性も低くない。しかし、同一人物が年若いマスターを炙りだすために、連続で犯行に及んでいる可能性も決して低くない。
しかも、この膠着状態になる一因を作った用務員は、御目方教の人間だったという。
これまでの鳴との日常ではまるで接点の無かった組織だが、噂を聞くだけでもマスターが絡んでいそうな怪しさがある。
そのマスターが関わっている組織の人間のせいもあって児童の下校が遅れ、今やまるで無防備な状態で迎えを待っている小学生と教員が大ぜい固まっている。
ひとつひとつの出来事だけならば、それを持って『次の標的はこの小学校ではないか』と推測するにはあまりにも薄い。しかし、あまりにも偶然が重なっている。
『もしや』の可能性を捨てきれなかったことで、彼の中で『このまま学校に長居するリスク』は『実体化して鳴を連れ出すリスク』と同等か、それ以上になってしまった。
【鳴ちゃんの気持ちはよく分かった。
マスターを見つけられる保証はないけど、君の兄の振りをして迎えに来よう】
【いいの? ありがとう、ランサー!】
ランサーが遠回しに『ここにいる児童は見捨てても、鳴だけは危ない場所から遠ざけよう』と見なして判断したことなど知るよしもなく鳴が喜んでいるのを見て、ランサーは内心で自嘲を重ねた。
◆シップ(望月)
泣きそうだった。
「無理。無理。無理。無理。絶対無理。やらかす。死ぬ」
彼女のマスターが。
【いっちーてんぱり過ぎだってば……なんとかなるっしょ】
【ならない!! つーか、いっちーって何!?】
【うちの姉さんたちはあたしのこともっちーって呼ぶもんで……なんとなぁく】
一松の知り合いの会社で、アルバイトの説明をざっと受けてからしばらくのこと。
望月と彼は、小学校の校庭に進入していた。
まぁ当然、二十代の無職男性が縁者もいないのに小学校に入ろうとするなど客観的に見ても不審者でしかないので、普通の侵入経路は使わなかった。
一松と仲が良いらしい猫に人間は本来使わない抜け道を案内してもらい、校庭のツツジの植え込みの陰から運動場を観察している。猫たちも一緒に。
学校関係者に気付かれた気配もなく、今のところは順調だ。
しかし、これから為さねばならないことについて、一松の中のハードルはエレベストよりも高いらしい。
しゃがみこんで並んでいるランドセルの群れの中。
依頼された人物は、すぐに見つかった。
なにせ、目立つそうだ。
望月は霊体化しており肉眼視できないのではっきりとしないが、その少女――一条蛍は、目立つ少女だった。
【小学生っていうから、まだ接触しやすいと思ってた。向こうも大人のこっちが話しかけたら緊張するから優位に立てると思ってた。
アレ、どう見ても小学生じゃないし……ちょっとオシャレしたら土日に河原でバーベキューやってる大学生の中に混じってても違和感無いし。あれに臆するなって方が無理。自殺行為】
【小学生女子なら会話でマウント取れる〜とか思ってる時点で、屑の発想だよねぇー】
簡単な依頼のはずだった。
むしろ望月のマスターは、当初あからさまに手を抜いていく姿勢だった。
要は、『一条蛍という少女は、ごく普通の小学生なのかを身辺をうろついて確認すればいい』だけのことだと理解するや、ほっとしていた。
一日二日、適当に尾行して『やっぱり何もありませんでしたよ』と報告し、その間のホテル滞在費とかも調査経費で落としてしまおうと二人で決めた――友誼があるはずの社長にすらそんなだから、友達ができないのだろうかと思わなくもない。
いや、本人曰くブラック工場で終身名誉班長をやっていたこともあるらしく、やれと言われたらそれなりに全うはできるのだろうけど、自分のキャパを越えそうだと思ったらあっさり諦めるようだ。
(ちなみに望月自身も、一松の稼いできた金で一緒にだらだらと怠けようと思っていたので、割と人の事は言えない)
しかし、小学校での道中で望月は閃いた。
【その『社長に頼んだ依頼人』と調査対象ってさぁ……どっちもマスターじゃね?】
割と、思いつきやすい発想である。
互いに全く接点のない大人と子どもが、このK市で、一方がもう一方の身元を探ろうと依頼をして、しかもその理由を明かせないというのだから。
マスターを突き止めようとするマスターだと考えれば、とてもしっくりくる。
一松は納得したようにうなずき、そして冷や汗をだらだら流し始めた。
もしそれが本当なら、適当な報告でもしようものなら『こんな疑わしいマスター候補がただの小学生のはずないだろ。この報告を挙げたヤツは怪しいぞ、出てこい』という展開になってしまうかもしれない。
それなりに本腰をいれて、調べないわけにはいかなくなった。
【だったらさぁ……その小学生と話してみて、『最近変わったこと無かった?』とか何でも探り入れてみて、マスターかどうか確認した方が手っ取り早くねぇ?
あの小学生がマスターじゃないって分かったら気楽だし、鯖がいるとしても霊体化してるっぽいし、令呪とか見つけない限りばれないっしょ?】
望月はそう言った。
それがベターな方法のはずだった。
それに対する返答が、あの泣きそうな声になった。
松野一松のコミュニケーション障害――いわゆるコミュ障は尋常ではない。
兄弟以外の他人と口を開けば、どもりになるか拒絶になるか毒を吐くかのどれかになる。
異性と仲良く喋れと指示されても、何も言えずに黙り込む。
それでもなお何か喋れと言われたら、緊張の極致になりケツを出して漏らす。
一部は松野家に潜んでいた時に聞こえた会話からの伝聞も混じっているので誇張もあるかもしれないが、何にせよどうしようもない。
【そう言えばシップって、装備降ろしたらセーラー服の女子じゃん。
だったら話しかけても不審者呼ばわりされたりしねぇな……】
【いや、あたしが話すのは無理あるっしょ? マスターだったらステータス見られてバレるって……】
うんざりとした顔をつくり、メンドクサイと言わんばかりに跳ねつける。
しかしはねつけた後で、じゃあもしこれがマスター相手じゃない普通の仕事だったら手伝ったのかな、と顧みた。
たぶん手伝ったんだろうなー、とやれやれする。
ずっと怠けていたいというのは嘘じゃないけど、望月は提督(マスター)が頑張っているのに自分は何もせず一人怠けるほど不人情でもない。
『しばらくは何もせずにだらだらしたいから』という動機は不純だけれども(そして望月も人のことは言えないのだけど)、曲がりなりにも頑張ろうとはしているのだから。
――それに、あんな風に別れを告げるのを、聞いてしまったら。
マスターに本当に言ってあげなければいけないのは、『なんとかなるっしょ』といういつもの気休めじゃない。
『あたしが絶対にもとの世界に帰してあげるよ』という力強い保証だ。
でも、それができない。もっと強いセイバーやランサーならまだしも、自分がそれを保証するにはあまりに非力であることを望月は自覚している。
できるのは、だらだらと穏やかな日常に寄りそうのと、付き合えるところまで付き合うぐらいだった。
唐突に、しゃがみこんでいた一条蛍がばっと立ち上がった。
「えっ……!?」
そんな驚きの声をあげたものだから、ドキリとする。
慌てて、彼女の視線の先にあるものを見た。
教師と、小学校低学年ぐらいの女子児童がいた。
そして、その少女と手をつないで保護者のような立ち位置にいる若い男がいた。
眉目秀麗だが、どこか達観したような、枯れたようにも見える泰然とした風貌。
昔の軍服のようなスーツを着ている。海軍とばかり縁のあった望月には、どこの国のものか特定することまではできないが。
そして、一松がその男性の決定的な特徴を言った。
【サーヴァントの、ステータスが見える……】
そのサーヴァントを見て反応したということは、一条蛍もおそらく、当たり。
「しかもシップよりずっと強い」というサーヴァントに対するコメントは、悪気はないのだろうけど刺さらないでもなかったが。
【【…………どうする?】】
♠ ♥ ♦ ♣
逃げてきたつもりで、想像以上に多数の思惑が交錯した場所に迷い込んだことを、彼等はまだ知らない。
潜んでいるつもりで、二人を見ていた者がいたことも。
――そして、その『見ていた者』ごと、さらに見ていた者がいたことも。
♠ランサー(櫻井戒)
早速見つけてしまったのは、校庭に怪しい覗き魔がいることだ。
運動場からは気付かれないようだが、戒は万全を期して人のいない裏門から遠回りをして正門に入りなおしたので、角度の都合でフェンス越しに後ろ姿が見えた。
紫のパーカーからフードをかぶった、日本人の若者。
猫が数匹、その周りをすり寄るようにまとわりついているのがいささか奇妙だった。
見るからにサーヴァントではなさそうなので、おそらくはマスターか魔術で洗脳されたNPCか。
前者だとしたら霊体化したサーヴァントが控えている可能性もなくはない。
ともかくまずは鳴を拾って、その後で潜んでいる相手が後を付けるくるかどうかを確かめよう。
「すみません、二年生の東恩納鳴の兄ですが、妹を迎えに来ました」
さすがに第三帝国の腕章は外している。
御目方教ではないが、どこぞの怪しい宗教団体の人と勘違いされてはかなわない。
腕章を差し引いてもそれなりに浮いてしまう服装だったけれど、二年生の担任だった女性教師も、初見で軽く驚いた反応をしただけだった。
大学の学園祭の準備からそのまま来てしまって……と慣れない言い訳をすれば、あっさりと教師は破顔してくれた。
高校生をやっていた頃も老けて見えると言われたタチなので、結果的にはそれが幸いしたのか。
鳴がいきおいよく駆け寄ってきた。
「ありがとう、ランさ……じゃなくて、戒お兄ちゃん!」
その呼びかけには、ひやりとした。
本当ならクラス名だけでなく『戒』という真名もあまりよろしくはないのだが、これは偽名を使ってくれと頼まなかった自分の落ち度だ。
手をつないでくる少女に、実体を持った体で笑いかける。
「待たせたね、鳴。父さんも母さんも忙しいから、僕が代わりに来たよ」
えへへ、と照れたようなな笑みをこぼす嬉しそうな反応は、演技だけではないように見えた。
この年頃の少女らしく、兄のような存在への憧れもあるのかもしれない。内実はそんなカッコいいものではないけれど。
「お世話になりました。明日の授業日程なんかは、早めに連絡をいただけると助かります――」
いくらなんでも学外でこの服装は目立つので、校門を出たらすぐに霊体化して離脱しようと算段する。
挨拶をしながらも、周囲にサーヴァントの存在を嗅ぎ取って動揺する人物がいないかどうか、耳をそばだて横目で警戒することも怠らない。
「えっ……!?」
しかし、どうやら警戒するまでもなかった。
明らかに、他の児童とは違う驚きの声があがった。
そして、できれば彼女であってほしくは無かった。
鳴が答え合わせをするように、名前を言う。
【一条蛍さんだ……】
午前中に、鳴と話をしていた高学年の少女だ。
妹と同じ字を名前に持ち、彼のマスターと関わりを持ってしまった少女だ。
(ああ。こういうことも、あり得たはずだ。分かっていた……)
この苦々しい感情には、覚えがあった。
かつて高校生活を華やかに騒がしてくれた大切な友人が、敵組織のスパイだと察してしまった時に似た苦々しさだ。
分かっている。本当に聖杯が欲しいなら、正義に則った行いばかりで勝ち抜けるわけではないと、分かっている。
そこにいるのは、O芝島を失わせた脅威のマスターや、正義のために討伐されるべき58人殺しのマスターとは異なるし、
陰から覗いている人物のように何か企みがあって戒に驚いてみせた風でもない、
明らかに戦意旺盛そうには見えないただの小学生のマスター――それも、すでに東恩納鳴とは知らぬ仲ではなくなってしまった少女だ。
そして、櫻井戒と手を繋いでいるマスターは、まだ知らない。
一条蛍のことを、『いずれは殺さなければならない相手』だとは認識していない――それさえも視野に入れてしまう、ランサーと違って。
♦アサシン(シャッフリン)
黒い魔法少女たちとの戦いで生き残ったスペードの兵士に離脱の命令をしたのと前後して、ジョーカーのシャッフリンは炎の向こうの波打ち際で『生贄』にとどめをさしていた。
5体のデミ・サーヴァントのうち、ボロボロになりながらも生命機能が停止していなかった1体だった。
最初の金獅子のサーヴァントの一撃で海面へと飛ばされていたために、衝撃波のダメージが比較的軽微で済んでいたことが生存理由になったらしい。
クジラのように大きな口をだらしなく開口させたデミ・サーヴァントを、そこからザクザクと鎌で斬り刻むように破壊して殺害し、黒い魔法少女に殺されたシャッフリンたちを再補充した。
ビーストの魔力吸収が『食事』ならば、シャッフリンのそれは『補充』だった。
魔力の大きさや質によって満腹感や摂取するエネルギーが変わってくる『食事』とは違って、シャッフリンの宝具はどんなに力の弱い魔法少女だろうとも――有害なサーヴァントだろうとも、平等に『魔法少女52人分を補充するエネルギー』に変換されて運用される。補充した後には害も何もない。
このデミ・サーヴァント一体でいつでもシャッフリンを補充できるとしたらとてもコスト・パフォーマンスがよさそうな生贄だけれど、次があるかどうかは怪しい。
『汝女王の采配を知らず』はジョーカー自身が大鎌でとどめを刺したサーヴァントでしか補充できない。
そしてジョーカーの大鎌は、サーヴァントを殺傷こそできるものの、それ自体が力を持った宝具ではない、何の変哲もない見た目どおりの大鎌だ。
今回のように、死にかけで一方的に攻撃できるデミ・サーヴァントを捕まえて補充する機会など、そう簡単には巡ってこないと思うべきだろう。
海岸で起こった一連の戦闘をその行為で切り上げて、ジョーカーは黒い魔法少女たちに魔力反応で気付かれないうちに霊体化して脱出した。
内陸部へと森林づたいに移動しながら、ここにはいない――各地でジョーカーから命令を受けて動いているシャッフリンたちからの報告を受け取っていく。
本来、群体型のサーヴァントだからといって、マスターとサーヴァント同士がそうするような念話を簡単に行うことはできない。
しかしシャッフリンの場合は、ジョーカーが元からシャッフリン総体の主人格のようなものであり他のシャッフリン達の記憶を統合する役割を持っていること、そしてサーヴァントになった際の宝具で、再補充されるシャッフリンはジョーカーから生み出される都合で魔力のつながりがあったことから、ジョーカーだけが他のシャッフリン達と念話で連絡を取ることができていた。
1人1人から報告を受け取ると、想像以上に各地で事態が動いていたらしく、新しい情報がいくつも飛び込んできた。
改めて各シャッフリンからの報告を整理する仕事を始める。
まず、ハートの3番。
マスターと散歩中。
外出しているのはいただけないが、ハートの3番には『外に出るな』とまでは指示しなかったので仕方ない。
きわめて拙い語彙で、マスターとの関係は良好らしい旨の報告があがってきた。曰く、マスターはやさしい。珍しいことだった。
少なくともかつての主だったトランプの女王に対して、ハートナンバーたちは満足よりも怯えの感情を抱くことが多かった。
単に、かつての主のように暴力を振るわない分だけ好感情が高いだけなのかもしれないが。
市街地で情報収集をしていた、ダイヤの下位ナンバー達。
街頭ニュースで、『マリンユナイテッドK工場・造船所』の爆発事故と『△△港』の火事騒ぎがようやく取り上げられ始めた。おそらくサーヴァントの仕業だと思われるので、報道に耳を傾けている。
捨てられていた新聞紙に連続殺人犯(アサシンの主従)のことが書かれていたので、これは持ち帰るとのこと。
ダイヤは知識の面を担当していることもあり、情報に対して貪欲だ。マスターに討伐クエストのことを説明しに行った時に『巷を騒がす連続殺人鬼』という情報がするりと出てきたのも、こういった地道な情報収集によるところが大きい。そのまま続けるよう指示を出した。
金獅子の衣装を着たサーヴァント、および魔法少女のようなバーサーカーと交戦したスペードとクローバーの混成部隊。
こちらは、復活させたばかりだったのでシャッフリンを待機させている袋から取り出して直接に報告を聞いた。
金獅子のサーヴァントについてはデミ・サーヴァントの毒を受けて消耗していたが、戦闘中にゆるやかに回復している気配もあったと、スペードからの報告。治療魔法らしいものを使っていたから、それのせいかもしれない。
魔法少女じみたバーサーカーについては、とにかく速さでシャッフリンの一部隊を圧倒していたが、実は一撃の重さは、鉤爪の鞭を振り回す攻撃以外はそれほどでもなかった、とクローバーからの報告。
能力は『ものすごく速くなる魔法を使うよ』と言ったところだろうか。
しかし、その程度の攻撃力ならば『頑健』のスキルを持つハートの上位ナンバーで囲みながら消耗戦に持ち込めば、攻略するのは難しくないだろう。次からはそうしようとジョーカーは結論づけた。
そして図書館で知識を吸収させていたダイヤの上位ナンバーと、潜入補助で付き添っていたクローバーたちの混成部隊。
彼女たちの報告が、いちばん慌てた様子だった。
図書館通いは、ダイヤたちの方から発案したものだった。
ダイヤのシャッフリンが元から持っていた知識と技術は、全て『魔法の国』の世界で得てきたものだ。
聖杯から与えられる『その時代に適応するだけの知識』によって多少の補助はされているけれど、『この世界の現代科学と最新技術』は修得させる必要があると判断して、ジョーカーも賛同していた。
どうやら、ダイヤたちは図書館の書庫で、神父の格好をした謎のサーヴァントと遭遇したらしい。
その神父は普通の人間かと錯覚するような偽装の仕掛けを使っていたようだが、あいにくとそのスキルはDランク相当ぐらい。一方で、ダイヤのスートはBランクの罠看破スキルを持っている。ここでいう罠とは魔術的な守りも含まれるために、その人物の正体がサーヴァントだとすぐに見破った。
そして、すぐさまクローバーたちが霊体化を解き、そのサーヴァントを撃退しにかかった。
ダイヤのうち一人は、戦力にならないので付近にいた他のシャッフリン達を呼びにとびだした。
そして――
続けて、その付近で休息を取っていた、スペードのエースを筆頭にしたスペード数体の報告を聞く。
ダイヤから救けを求められ、すぐにダイヤの案内で図書館書庫に急行した。
結論から言うと、槍が折れた。
スペードのエースの槍が、折れた。
ジョーカーも、こればかりは、さすがに、スペードのエースの頭がバカになったのではないかと疑った。(シャッフリンはスペードも含めてさほど知能は高くないが、それでもスペードならば戦闘に関する頭は働くはずなのだ)
シャッフリンの中でもスペードのエースの筋力、戦闘力は群を抜いている。
一対一で戦ったとしても、並のサーヴァントならば打ち倒せるぐらいだ。
そのスペードのエースを含めた兵士たちの攻撃が、全く通用しなかった。
そのサーヴァントは、傷ひとつつけることのできない護りを持ったサーヴァントだった。
にわかには信じがたい話だが、何度も報告を受けて間違いないと確認した。
書庫でボコボコに叩かれても服のしみひとつないその神父は、ひとしきり攻勢が終わって愕然とするシャッフリン達に話を切り出した。
そこから先は、現場にいたダイヤに神父の言葉を述べさせた。
シャッフリン全体の知能は低いし人間の言葉も話せないけれど、それでもダイヤは文字を理解して見たもの聞いた知識を吸収するだけの記憶力は持っている。
――お嬢さん達は全員がサーヴァントのようだ。ならば指揮官となる方がいらっしゃるでしょう。その方に伝言をお願いしたい。
――同盟を結びませんか?
――ご覧になった通り、私、ちょっとばかり頑丈なのが取り柄でして。
――しかし、だからこそ、貴女方と敵対したら『次に何をされるか』が読めてしまうのですよ。そして、そうなると私も『手段を選んではいられなくなる』わけです。
――こんな序盤の局面から、お互いにそんな疲れることをするのは遠慮したいでしょう?
――それにお嬢さん達の手数と、私の盤石さ。手を結べば双方に有益だと思いますよ?
――お嬢さん達には決定権がないでしょうから、指揮官の方やマスターとよく相談されてください。こちらもマスターにこれから同盟の許可を仰がねばなりませんが。
――この図書館は九時閉館ですから、私はそれまでここの書架で待っています。それまでに、こちらはこちらでマスターと念話を済ませたりしていますから、ゆっくりお考えになってください。
――おそらく、私のマスターは結論がどうあれ交渉のテーブルに着くと思いますよ。指揮官の方なら、この意味がお分かりですね。
ダイヤのシャッフリンにも、クラブやスペードたちにも、その言葉の意味は分からなかった。
しかし、ジョーカーは理解できるだけの頭脳を持っていた。
神父も、ジョーカーも理解している。
あの神父とシャッフリンたちは、出会ったら最後、『同盟を組む』か、『共倒れになるまで潰し合う』かの二択しか有り得ないという関係を。
そも、極限の耐久値を持っていることが露見するとはどういことか。
それも、他のサーヴァントならいざ知らず、群体型のアサシンに露見することが何を意味するか。
皆がこぞって、『そのサーヴァントはマスターを何としても探し出して集中攻撃しよう』と認識することになる。当然の流れだ。
およそマスターを暗殺することに特化したアサシンのサーヴァント――それも人員の多さを強みにしている――に『マスターを集中的に狙わなければ倒せない』と露見するなど、アキレス腱が弱点ですと教えてしまったようなものだ。
仮に『単独行動』のスキルを持っていないサーヴァントだとしたら、なおさらマスターの安全は死活問題となる。
まずアサシン(暗殺者)だからこそ、『何をやっても暗殺できない』という事実はこれ以上ない脅威だし、その分だけ殺害方法を見つけようという熱意も大きなものとなる。
しかし、だからこそ。
だからこそ神父は涼しい顔で同盟を提案し、またこちらが交渉のテーブルに着かざるをえないことを確信している。
『次に何をされるか』――あのサーヴァントのマスターを突き止めることに全力を尽くす。町中を偵察する時も、神父を探し出すこと、その神父の情報を求め、ひいてはマスターに辿り着こうとすべく動く。
『手段を選んでいられなくなる』――いつマスターが暗殺されるかとビクビクして過ごすぐらいなら、神父は神父で『シャッフリンたちに少しでも重篤な被害を出すために』様々な方法で妨害し、追い詰める。単にシャッフリンを発見しだい攻撃していくだけではなく、他のマスターにも匿名掲示板などを利用して『群体で襲ってくるトランプ兵士の暗殺者は危険だ』と拡散し、各スートの特徴を明かしてしまう他、それ以上に、いくらでもリスクを顧みない手を打つだろう。
マスターはともかく、サーヴァントは絶対に殺されないのだから。
そうなったら、後は潰し合いのチキンレースになる。
双方ともに得しないことは子どもでも分かるし、そうならないためには今だけでも同盟しておくしかない。
そして、『マスターと相談して決めてくださいね』と、暗にマスターとの直接対面を望んでいる。
『マスターを真っ先に狙われる』という自らの弱点を、交渉材料としている。
そちらも弱点(マスター)を晒すのが最低限の条件というものだ、でなければこちらは安心できない、手を組むそぶりをして裏で何をするかしれないと暗に脅している。
しかも『こちらの弱み(マスター)は、おそらく交渉のテーブルにつく』という先手まで打っている。(おそらく、と前置きするのがいかにも胡散臭いし、自信を持つからには相手方のマスターは姿を変える魔術でも使うのかもしれないが)
護衛のシャッフリン軍団がいる交渉テーブルに自陣のマスターを乗せるのはあまりにも無防備なようだが、ジョーカー達も神父の攻撃手段については全く情報を持たない上に、それでマスターの暗殺に成功しても神父が消滅までの短時間にどんな捨て身の手を打つか分かったものではないので下手な行動は起こせない。さらに言えば、神父が実はすでに代わりのマスター候補を用意していましたという可能性さえゼロではない。
神父もそれを見越した上で、己がマスターを同席させたいと言ったのだろう。
いやらしいほどに巧妙な策謀家だった。
もしも彼女たちが生前に仕えた女王がその条件を出されていたら、怒り心頭になり、ハートシャッフリンの半数以上を泣かせるほど暴れただろう。
マスターには動かせることなく、労をかけさせないことをスタイルとするシャッフリンにとっても、それは緒戦で大敗したにも等しい成果だった。
まずはマスターに報告せねばならない。そのこと自体も、あまり気の進むものではない。
マスターの御身についての話なので、伝えないわけにもいかないのが心苦しいところだ。
それに半ば脅迫じみたものとはいえ、マスター自身に向けられた伝言を握りつぶすほどシャッフリンは不忠者ではない。
……最大の懸念は、彼女たちのマスターが以前の主君とは違う意味で交渉事に向いてそうにないということなのだが。
危ういことになった、と大きく息を吐き、シャッフリンは歩みを再開した。
この状況下でマスターを護るために、いかに最善を尽くすか。
夕刻までにそれを考えなければならない。
その後、その件の報告も兼ねてまず松野家へと引き返しながら、未だ報告を受けていないシャッフリン達からの話を聞いていった。
目新しい発見があったのは、二人一組で行動していた、クローバーの残存部隊の一つだ。
S中学とY高校と、連続して高校がサーヴァントに狙われたと聞いたので、次も学校が標的にされるのではないかと思い『学校』と名の付く施設を手当たりしだいに探していたそうだ。
それで最初に中学や高校ではなく小学校に立ち寄ってしまうあたりにシャッフリンの頭脳の限界を感じてしまうが、結果的には吉へと転んだ。
学校の運動場にサーヴァントが実体化するのを現在進行形で目撃しており、しかも付近には怪しげな挙動を取った一般人が二人ばかりいるらしい。
その二人には尾行を継続するよう命じ、それ以外のシャッフリンはジョーカーの袋の中へと戻って来るように指示した。
交渉に備えて、全てのシャッフリンが臨機応変に動けるよう集結させておいた方がいい。
クローバのシャッフリンをもう一人だけ小学校に向かわせて、もし怪しい連中が二手や三手に別れたら、そちらも三手に別れて尾行すること、そしてジョーカーが命令するまで次の行動は起こさないようにと付け加える。
交渉と新たなサーヴァントの撃破を同時進行で済ませる余裕はないかもしれないし、今のところは新たなサーヴァントの情報を得ただけでも充分だろう。
その特徴を記憶するために、ジョーカーは頭の中で反復した。
外見は日本人のそれであり、歳はおそらく十代の後半。
日本人にしてはかなりの長身で、髪はやや長い。
西洋の軍装にも似通った服装。
マスターらしき少女は『カイお兄ちゃん』と呼んでいた。
マスターが一度は『ランさ……』と呼びそうになっていたことから、おそらくはランサー――『槍』を使うサーヴァント。
そして、マスターの少女は『ヒガシオンナ・メイ』という名前。
♠アーチャー(ヴァレリア・トリファ)
図書館のテーブルで調査を再開しながら、アーチャーのサーヴァント――ヴァレリア・トリファは待っていた。
予想外の出来事は重なったが、命令された調べものは夕刻までには何とか終わるだろう。
青木奈美から連絡を受けたら、まずは宣告の『アサシンの集団』との件を話さなければならない。
実のところ、アーチャーは青木奈美が同盟を拒否する可能性も有り得ると思っていた。
同盟が成ったら成ったで願ったりの結果ではある。
討伐クエストの主従を狙うマスターを探して背後を狙うという策も、あのアサシンの人海戦術があれば格段に成し遂げやすくなる。
アーチャー自身の『他のサーヴァントの情報を集めたい』という企みにも、大きく役立ってくれるだろう。
一方で、青木奈美からの反発を受ける
こればかりは対面させてみないことには分からないが、そもそも先方のマスターないしサーヴァントが奈美にとって気に入らない手合いでした、という結論にもなるかもしれない。
それはそれで、構わない。
そうなっても、当初の方針と変わらないからだ。
利用するだけ利用して、隙をついて背後から殺してしまいましょう。
『討伐クエストのアサシンを狙うマスターを背後から討つ』という当初の方針どおりなのだから。
マスターだって、『悪い主従を退治するために動く正義の無辜の主従』よりも『決して自分と相容れないと判断した主従』の方が、最初の殺人にはよっぽどやりやすいだろうから。
それでマスターが完全に修羅に落ちるなら、それはそれで良い結末になる。
かつて、ある人物を成長させるために、噛ませ犬ならぬ噛ませ紅蜘蛛を用意したように。
青木奈美が修羅の道を選んでいるようで、アーチャーが選ばせている――というわけでもない。
“自分の人生が、誰かに『選ばされている』と感じたことはないか?”
そう問いかけた双首領を信じたというわけではないが、そもそも本当に『選ばされたのではなく選んだ人生を歩いている』と胸を張って言い切れる歩みをした人間が、どれほどいるだろうか。
アーチャーは、大きな因果に叛逆することを選ばなかった。
ただ、その因果を踏破することを選んだ。
止まらずに進んで進んで進んで、そして一周回って、かつて取りこぼしたものを拾いに行くために。
♥青木奈美
やはり、慣れない時間に寝ておこうとしてもなかなか寝られるものではない。
それに、眠ると夢を見ることがあるのが嫌だ。
彼女のサーヴァントの夢だけではなく、憎しみを伴った夢と、悲しみを伴った夢を。
憎い夢にいつも登場するのは、無慈悲な視線を持った同じ魔法少女とは思えない仲間の仇だった。
生きていれば、どこまでも探し出して復讐をしていたかもしれない冷血な女王と、兵士たち。
そういう夢を見た後の目覚めは、その仇たちがもういないことが悔しくて虚しくてたまらない。
しかし、今回はまどろみの中で、悲しい方の夢を見た。
――青き奔流! プリンセス・デリュージ!!
みんなの一員として、高らかに名乗りを上げていたころ。
みんながいた日々。
自分が正義の魔法少女だと、疑問を抱かなかった日々。
今では、なぜもっと疑問を持たなかったという後悔ばかりが取って代わる。
その日は、まどろんで目覚めてを繰り返しながら、思い出していた。
過去ではなく、現在の思い出だ。
今日、手を取って救った女の子のことだ。
かりそめのクラスメイト。
名前はたしか、越谷小鞠。
所詮は作り物の命だと理解している。
甘さを発揮して助けたことは後悔している。
けれど。
もしかしたら、彼女がこの町で今でも生きていることが、
無事に下校して家族と晩御飯を食べたり、
友達と長電話をしたり、妹とテレビ番組を見て笑ったりできることが、
この町でデリュージの行った唯一の、最後の、『正しい魔法少女』らしいことになるのかもしれなかった。
投下終了……と言いたいところですが申し訳ありません、状態表を付け損ねるというポカをやらかしました
1時間以内にまとめて貼らせていただきます。大変失礼いたしました
乙です
様々な場所や陣営が様々に同時進行するすごい話でした
各陣営がどんどん繋がっていくし
【C-1/Kヶ浜海岸付近公園/一日目・午後】
【キャスター(仁藤攻介)@仮面ライダービースト】
[状態]イ級の魔力により汚染(徐々に回復中)、魔力やや消耗
[装備]なし
[道具]各種ウィザードリング(グリフォンリングを除く)、マヨネーズ
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り、マスターのサポートをする
1:拠点のホテルへと戻り、バーサーカーのマスターから話を聞く
2:黒衣のバーサーカー(呉キリカ)のことが気になる
3:グリーングリフォンの持ち帰った台帳を調べる
4:海岸に出たバケモノはヤバい
[備考]
※黒衣のバーサーカー(呉キリカ)の姿と、使い魔を召喚する能力、速度を操る魔法を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています。
また、黒衣のバーサーカー(呉キリカ)とそのマスターは、それらとは別の存在であると考えています。
※御目方教の信者達に、何らかの魔術が施されていることを確認しました
※ヘドラの魔力を吸収すると中毒になることに気付きました。キマイラの意思しだいでは、今後ヘドラの魔力を吸収せずに済ませることができるかもしれません
【牧瀬紅莉栖@Steins;Gate】
[状態]恐怖心による精神ダメージ(小)
[令呪]残り三画
[装備]グリーングリフォン(御目方に洗脳中)
[道具]財布、御目方教信者の台帳(偽造)
[所持金]やや裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、聖杯戦争を終わらせる
0:この女の子は、一体……?
1:(バーサーカーのマスターが同意してくれれば)拠点のホテルへと戻り、バーサーカーのマスターから話を聞く
2:グリーングリフォンの持ち帰った台帳を調べる
3:聖杯に立ち向かうために協力者を募る。同盟関係を結べるマスターを探す
4:御目方教、ヘンゼルとグレーテル、および永久機関について情報を集めたい
[備考]
※黒衣のバーサーカー(呉キリカ)の姿と、使い魔を召喚する能力を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています。
また、黒衣のバーサーカー(呉キリカ)とそのマスターは、それらとは別の存在であると考えています。
※御目方教の信者達に、何らかの魔術が施されていることを確認しました
※千里眼日記には牧瀬紅莉栖がホテルに戻るような予知がされていますが、美国織莉子の決定ひとつでホテルに戻るかどうかは変わるので、必ずしもそうなるとは限りません
【バーサーカー(呉キリカ)@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]健康 、不機嫌
[装備]『福音告げし奇跡の黒曜(ソウルジェム)』(変身形態)
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:織莉子を守る
1:なんだこいつら…
[備考]
※金色のキャスター(仁藤攻介)の姿とカメレオマントの存在、およびマスター(牧瀬紅莉栖)の顔を確認しました
【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]魔力残量6・5割
[令呪] 残り三画
[装備]ソウルジェム(変身形態)
[道具]財布、外出鞄
[所持金]裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に優勝する
1:海から来る者からK市を守る。目の前の主従に協力を要請
2:令呪は要らないが、状況を利用することはできるかもしれない。町を探索し、ヘンゼルとグレーテルを探す
3:御目方教を警戒。準備を整えたら、探りを入れてみる
[備考]
※金色のキャスター(仁藤攻介)の姿とカメレオマントの存在、およびマスター(牧瀬紅莉栖)の顔を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています
【一日目・午後/C-4・御目方教本部】
【春日野椿@未来日記】
[状態] 健康、禁魔法律家化(左手に反逆者の印)
[令呪] 残り三画
[装備] 着物
[道具] 千里眼日記(使者との中継物化)
[所持金] 実質的な資金は数百万円以上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、世界を滅ぼす
1:千里眼日記の予知を覆した者が気に食わない
2:キャスターに依存
【キャスター(円宙継)@ムヒョとロージーの魔法律相談事務所】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、復讐を成し遂げる
1:ティキを通じて他参加者の情報を収集する。ひとまず海岸部に出現した異生物の情報を得る
2:当面はY高校のマスター、牧瀬なるマスター周りから対応していく。
※ティキや信者を経由して、吹雪の名前、牧瀬というマスターの存在、『美国議員の娘に似ている』というマスターの存在を確認しました
【C-5・小学校運動場/一日目・午後】
【プリンセス・テンペスト@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態]健康、人間体
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]授業の用意一式(ランドセル)、名札
[所持金]小学生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
0:え、一条蛍さん……え……
1:悪い奴をやっつけよう!
2:一条蛍さん……いいなぁ。
3:元の世界に帰りたい。死にたくはないが、聖杯が欲しいかと言われると微妙
[備考]
※討伐令に参加します
※一条蛍とは集団下校の班が同じになりました。
【櫻井戒@Dies irae】
[状態]健康
[装備] 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:妹の幸福のため、聖杯を手に入れる。鳴ちゃんは元の世界に帰したい。
1:一条蛍、および潜んでいるマスターに対応
2:今は「正義のため」にアサシンを討伐する
[備考]
※O芝島の異変に気付きました。あそこにいる少女を他のマスター達の中で一番警戒しています。
【松野一松@おそ松さん】
[状態] 健康、焦燥
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(紫)、猫数匹(一緒にいる)
[道具] 財布、猫じゃらし、救急道具、着替え、にぼし、エロ本(全て荷物袋の中)
[所持金] そう多くは無い(飲み代やレンタル彼女を賄える程度)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争はやる気無いが、できれば生きて元の世界に帰りたい
1:ヤバイヤバイヤバイヤバーイ
※フラッグコーポレーションから『一条蛍の身辺調査』の依頼を受けましたが、依頼人については『ハタ坊の知人』としか知りませ
【望月@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 『61cm三連装魚雷』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: せっかく現界したんだからダラダラと過ごしたい
1:あちゃー……どうしよ……
2:一松を生還させてあげたいなぁ
【プリンセス・テンペスト@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態]健康、人間体
[令呪]残り三画
[装備]ランドセル
[道具]名札
[所持金]小学生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:え、一条蛍さん……???
2:悪い奴をやっつけよう!
3:一条蛍さん……いいなぁ。
4:元の世界に帰りたい。死にたくはないが、聖杯が欲しいかと言われると微妙
[備考]
※討伐令に参加します
※一条蛍とは集団下校の班が同じになりました。
【櫻井戒@Dies irae】
[状態]健康
[装備] 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:妹の幸福のため、聖杯を手に入れる。鳴ちゃんは元の世界に帰したい。
1:潜んでいる人物と、一条蛍に対処する
2:今は「正義のため」にアサシンを討つ
[備考]
※O芝島の異変に気付きました。あそこにいる少女を他のマスター達の中で一番警戒しています。
【一日目・午後/B-3】
【アサシン(シャッフリン)@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態] 健康
[装備] 『汝女王の采配を知らず』(再補充完了)
[道具] 魔法の袋(ハートの3番とクラブのシャッフリン3体をのぞいて全員袋に入るよう招集中)
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを勝利させる
1:マスターと図書館にいる神父のサーヴァントについて相談する。マスターを危険にさらしたくないので不本意
2:クラブのシャッフリン3体に学校にいるサーヴァント達を尾行させる。対応は神父の問題が片付いてから
3:討伐クエストには参加しない
4:マスターの意向を汲み、殺人鬼を積極的に狙うことはしない
5:討伐クエストの進行には注視し、クエストに乗って動く主従に狙いを定め、適宜殺す
6:黒い魔法少女らしきバーサーカーには、次に会ったらハート中心の編成で撃破する
.
【一日目・午後/B-4・図書館】
【アーチャー(ヴァレリア・トリファ)@Dies irae】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にする
1:閉館時間まで図書館にいて、情報収集しつつマスターと連絡を取り、アサシン(シャッフリン)の件を伝える
2:アサシンを狙う他のマスターを殲滅
3:同盟相手の模索。アサシン(シャッフリン)とは同盟を結びたいが、無理なら無理でマスターの成長の糧になってもらう
4:エクストラクラスのサーヴァントに興味。どんな特徴のサーヴァントか知りたい
5:ルーラーの思惑を知るためにも、多くの主従の情報を集めたい。ルーラーと接触する手段を考えたい
6:廃墟街のランサー(ヘクトール)には注意する
7:討伐令の対象となっている主従に会ってみたい。どうするかはそれから決める
[備考]
※A-8・ゴーストタウンにランサー(ヘクトール)のマスターが居るだろうことを確信しました
※シャッフリンを『一軍をそのまま英霊化させたようなもの』として理解しています
【一日目・午後/A-3・青木邸】
【青木奈美(プリンセス・デリュージ)@魔法少女育成計画ACES】
[状態] 健康、人間体、苛立ち
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 数万円
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、ピュアエレメンツを取り戻す
1:アサシンを探す
2:アサシンを狙う他のマスターを殲滅
※アーチャーに『扇動』されて『正しい魔法少女になれない』という思考回路になっています。
※学校に二騎のサーヴァントがいることを理解しました。
※学校に正体不明の一名がいることが分かりました。
以上で状態表の投下を終了します
…時間も時間ですので感想は後日述べさせていただきます
すみません、>>617 に抜けがありましたので、訂正させていただきます
>一方で、青木奈美からの反発を受ける
この部分を、以下のように訂正します
一方で、青木奈美からの反発を受ける可能性もアーチャーは考慮していた。
今朝がたに独断て一騎のサーヴァントと交渉を済ませてきたのに、さらにまた別のサーヴァントと接触してきたと報告すれば、それだけでも同盟に良い印象は持たないだろう。
投下乙です!
物凄い分量と緻密な展開に脱帽するしかありません
未来日記の予知を織莉子の予知魔法で覆すというのは確かに未来日記の設定に則していますし納得です
ヴァレリアとシャッフリンの同盟も成立すればかなり厄介なチームになりそうです
では自分も投下いたします
アーチャーのクラスを得て現界せしサーヴァント、アタランテは俊足を誇る。
今は陽が昇り人々が活発に動く時間、つまり人目が増える時間帯である。
だが人目につかないよう用心しながらであっても彼女は速やかに、実体化は維持したまま移動することができる。
彼女の足を以ってすれば会場の区切りに換算して4ブロック程度の距離は遠出と呼べるほどのものではない。
細心の注意を払いながら、アーチャーは思考の隅で先ほどの出来事、すなわちランサーと刃を交えた後同盟を結んだ時の事を思い出す。
(何故ランサーは私の真名をたったあれだけの戦闘で見抜けた―――?)
現状、自分は同盟相手たるランサーに一方的に真名を知られている状況にある。
これは不味い。同盟である以上いつかは破綻するのは必定であり、いざ再びランサーと相対した時にこの情報差は確実に致命となる。
ましてあの飄々としたランサーからはどこか陰謀の気配を感じる。既に何か対策を練られていると考えて良い。
ならばこそ今は味方であるはずのランサーに対して思考を巡らせるのは当然であると言えよう。
先の戦闘、アーチャーは確かにある程度のスキルを披露していた。
とはいえ宝具は使用しないままに戦闘が中断された以上、たったそれだけの情報で真名をピタリと当てることなど出来るものか?
もしかすると、他の要因によって真名を見抜けたのではあるまいか?
例えば互いの生前や出身に手掛かりを得ていたのだとすればどうだ?
(私はあの男の顔を知らない。少なくともアルゴノーツの勇士という線はない。
しかしランサーは私を知っていた……ならば奴は同じギリシャの、私よりも後の世代の英雄、とは考えられるか。
加えてあの槍捌きはヘラクレスには及ばずとも並の英傑に収まる技量ではない。つまり大英雄と呼べるだけの実力を伴ったサーヴァント)
よく思い出してみるとあの鎧の装飾にはどこか見覚え、というよりアーチャーの知る勇士たちが身に着けていた鎧の名残があったように見受けられる。
さらに高い実力を有しながらハッタリや駆け引きにも通じる油断ならぬ頭の冴え、何よりこのアタランテの足に初見で対応してのけたという事実。
「まさか……」
トロイア随一の名将と呼ばれた、ペレウスの息子アキレウスと何度も渡り合った大英雄の名前が脳裏に浮かぶ。
トロイア戦争の時代といえばアタランテの活躍した時代にほど近い年代だ。少ない手掛かりでも自分の真名に辿り着けても別段おかしくはない。
とはいえ、確証があるわけでもない。どうにかして確認を取りたいところではあるがどうするか。
あの男ならカマをかけたところではぐらかされるのがオチだ、いっそ直接言い当ててみるのも悪く無いかもしれない。
「……む?」
ふと、嗅ぎ慣れない匂いが漂ってきた。
自然の中で野生動物同然に育ったアーチャーにとって現代の空気はもとより不快な匂いではあった。
嗅覚が英霊の中でも一際鋭敏な彼女にとってそれは少なからぬ苦痛だったがここ最近はさすがに慣れのおかげか気にならなくなりつつあった。
今感じた匂いは世界そのものが放っているものとは別の匂い、NPCたちからは生じ得ない類のそれだ。
「あれか」
千里眼を持たずとも、弓兵らしい超視力、動体視力も併せ持つアタランテである。
匂いの発生源の正体はすぐさま特定できた。
自身のはるか前方、S中学校の近くに煙草を咥えて路傍に立つ一人の男の姿をしかと捉えていた。
一般人に溶け込んでいるつもりのようだがアーチャーの目と鼻は誤魔化せない、奴はマスターの一人だ。
とはいえサーヴァントが側に控えている可能性が高い以上、狙い撃つには些か早すぎる。
アーチャーの狙撃とて同じサーヴァントであれば迎撃することはさして難しいわけでもない、焦りは禁物。
少しして、学生らしき一人の少女と男が交差しようとした瞬間のことだった。
少女の側から柔和にして鋭利といった印象を与える青年が出現し、それと同時に男の側からも無骨な印象を与える青年が現れ突撃していった。
これこそはまさしくサーヴァント同士の戦闘。最後までの生き残りを賭けた戦争なればこそここは見に徹するが上策。
そうしてアーチャーは死を運ぶ刃が如きアサシンと全てに破壊を齎さんが如き銃使いの戦いの一部始終を見届けることにした。
▼ ▲
―――思っていたより持っていかれるものだな。
死神を取り逃がしてから僅かに数分、それだけの時間で両腕の再生を果たした霧亥を見ながら衛宮切嗣は供給した魔力量に思考を巡らせる。
燃費が良いサーヴァントにも種類というものがある。
例えば戦闘に使う魔力が多い代わりに体内に有する機能によって莫大な魔力を生成して補うタイプ。
例えば魔力総量に優れない代わりに消費する魔力が圧倒的に微小で済むタイプ。
霧亥はどちらかといえば後者のサーヴァントであった。
最低値を示すパラメーター上の魔力が示す通り霧亥が保有できる魔力総量そのものは格別に秀でているというわけではない。
霧亥の超絶的スタンドアローン性を支えるのは超高ランクの単独行動のスキルと宝具の反則的なまでの魔力消費の少なさだ。
両腕を丸ごと失うほどの負傷を一気に治癒しようとすれば、流石に全く負担を感じずに済むというわけにはいかないらしい。
さて、ここからどうするかと心中で独りごちる。
中学校に潜伏していたマスターは先の死神を統べていた少女であるに違いない。
出来ることなら彼女と一時休戦し、中学校の情報について聞き出したかったが霧亥の度を越した攻撃性によってその目論見は潰えた。
また討伐対象たるヘンゼルとグレーテルの思慮の浅さを思えば彼らもしくは彼女らがそう長生きできるとは考えるべきではない。
危険を承知で序盤からこうして動きまわった挙句成果は他のマスターに取られた、などという事態になっては笑い話にもなりはすまい。
―――アーチャーの千里眼に頼るべきか?
これまで意識して頼るまいとしてきた従僕の能力を今こそ有効に使うべきか思案する。
何しろ相手は双子のマスター、霧亥ならば十分発見できるだろう。
しかし、切嗣は安易に霧亥の保有スキルを頼ることにどうにも抵抗感があった。
まず如何に霧亥の千里眼が強力であれ敵もまた超常存在たる英霊である以上絶対とは言えない。
先ほど気配を点滅させるという、切嗣にさえできない芸当で霧亥の千里眼から逃れた死神のような、こちらの裏を掻くスキルを持つサーヴァントもいるだろう。
慢心し従者の力に依存すればいずれそのツケを命で支払わされる時が来よう。
また暴れ馬どころではない制御の困難さという問題を抱える霧亥にフリーハンドを持たせて良いものか、という考えもあった。
奴は決して狂戦士(バーサーカー)ではない。何か口実をつけて切嗣の制御から逃れようと画策している可能性もゼロではないのだ。
そしてその疑念は先の独断専行によってより深まっている。
霧亥に戦略を依存すれば何か取り返しのつかない状況を招くのではないか、という不安から切嗣は情報収集を極力自らの力で行ってきていた。
とはいえ本戦が始まって生き残ったマスターも英霊も粒ぞろい。そろそろ独力の現界が見えているようにも感じられる。
「狙撃だ」
相も変わらぬ端的に過ぎる言葉と同時に、風を切り矢が飛来した。
切嗣が明瞭に状況を認識できたのは霧亥が銃把で矢を叩き落とした一瞬の後のことだった。
「…アーチャーか!」
強化した視力が捉えたのは数キロ先の民家の屋根の上に立つ獣の如き耳と尻尾を生やした少女。
弓を構えたその姿は紛れも無く霧亥と同じ弓兵のクラスで招かれしサーヴァントの一柱。
あからさまなマスター狙いの一撃はマスターの指示によるものか、サーヴァント自身の判断かは判然としないが手段を選ばぬ敵は得てして手強いものだ。
しかし、敵のマスターの姿が見つからず自身は敵のアーチャーに一方的に狙われているこの状況は些か不利だ。
というのも霧亥は不死性こそ備えているものの常軌を逸した火力と攻撃性を併せ持った超攻撃特化型のサーヴァントであるからだ。
防具の類は所持しておらず、不死の肉体も攻撃を通さぬわけではなく傷つきはするため護衛という仕事は比較的に苦手としている。
「片付けろ、アーチャー。宝具は極力建造物やNPCを巻き込まないよう最低出力でのみ使え」
だが、それがどうしたという。
ことサーヴァント戦において霧亥に多少の苦戦はあるとしても敗北はまず有り得ない。
無論他のサーヴァントを侮るわけではないが、切嗣を狙わせず、かつ一対一に持ち込みさえすれば大抵のサーヴァントは圧殺できる。
純粋な強者や先の死神のような例外であっても為す術なく負けることはほぼない。何せ不死身なのだ。
とにかく、現状でこちらが敗北する要素があるとすれば切嗣自身が殺されることだ。
霧亥とともに離脱を図る手もあるがそうなると彼の強みを殺し、弱点を露呈した状態で敵のアーチャーと向き合う羽目になる。
(問題があるとすれば……)
霧亥の異常な攻撃性。最低出力であっても現代の建築物を蹂躙する宝具、GBEの火力。
街やNPCに余計な被害が出るのではないか、という懸念だけは拭いがたい。
しかしサーヴァントに対処できるのはサーヴァントだけだ。
マスターを捉えられない状況下にあっては衛宮切嗣に出来ることは何もないのが現実である。
不安があれども今は霧亥に対処、いや処理を任せる以外にない。
民家の屋根に跳躍した霧亥と別れると、切嗣は建造物を盾にしながら全力でアーチャーを撒くべくこの場からの離脱を図った。
遠くから聞こえるGBEの発射音から本格的に戦闘が始まったことを察した。
先ほどの一瞬で透視したアーチャーのパラメーターは敏捷性以外に特筆するべきところはなく、その敏捷にしても霧亥と同等程度。
死神のような、霧亥の射撃すら逃れるような手合いであっても霧亥と戦うだけで精一杯であろう。
「………!」
―――だというのに、不意に背中を死の予感が襲った。
咄嗟に物陰に隠れたと同時に、超音速で飛来した矢が舗装されたコンクリートを破砕した。
数多の修羅場を潜り抜けたことで培われた直感が今の矢は流れ弾ではないと告げている。
「Time alter――double accel!」
衛宮切嗣にのみ許された固有魔術、固有時制御を二倍速で発動。
遮二無二、加速して逃げる、逃げる、逃げる。ただ生き残るために。
「それでは遅いぞ、魔術師」
側面でも正面でも背後でもなく、上空から飛び出した翡翠の少女が弓を構え矢を番えようとする。
同時にGBEの破壊の光条が迸り周囲を容赦なく抉っていくが、少女は二倍速となった切嗣の目にも写らぬほどの速さで軽々と躱してのけた。
信じ難い。あの霧亥が振り切られたというのか。
死神の技巧に満ちた回避とは種類の違う、理不尽なまでの機動性による千里眼からも逃れる回避性能。
翡翠の弓兵はあろうことか、GBEを回避するだけでなく同時に攻撃に転じようとしている。
そしてその射程には衛宮切嗣が収められているとなれば、どこに矢が放たれるかは自明の理だ。
駄目だ、躱せない、殺される。二倍速の時間切れを待つまでもなくあの矢は自身を射抜く。
ならば―――
▼ ▲
(何と凄まじいサーヴァントか)
必然の事象として、アタランテは死神と交戦する霧亥の暴威に強い警戒を抱いていた。
無論その霧亥と相対して五分の勝負を演じる死神の殺戮技巧も目を見張るものがある。
しかし、より明確にアタランテとランサーが思い描く戦略に支障を与えるのは霧亥であることは疑いない事実だ。
両者の真名を知らず、サーヴァントの能力を透視することもできない彼女にも互いのクラスと戦いの趨勢は見て取れる。
紛れもなくアサシンであろう青年は釘や拳銃という、およそ武装としては頼りない代物を巧みに操り小型の銃を構える男に着実にダメージを与えていっていた。
それ自体にも驚くが、アーチャーがより強く着目したのは戦闘開始時の両者の動き出しだ。
猛烈な破壊を齎す銃の担い手は明らかにアサシンの気配遮断を看破していた。
暗殺さえ無効にできるほどのサーヴァント感知能力の高さを以ってすれば、件の双子を見つけ出すことも容易いに違いない。
もっと言えばあの馬鹿げた身体能力とさらなる潜在火力を秘めていると思しき銃を駆使すれば双子のサーヴァントが何であれ簡単に鏖殺できるだろう。
そうなってしまっては困るのだ。
アーチャーとしては出来る限り長く―――桜に危害が及べば別だが―――双子の主従には生存してもらい、多くのマスターの注意を惹きつけてくれた方が望ましいからだ。
討ち取れば令呪が得られるという討伐対象にして多くのマスターにとって共通の敵が存命していればその分だけ桜に危険が迫る確率は下がる。
そればかりか、自らを狩る側と認識している者どもの背中をアーチャーが狩る機会が増えることをも意味する。
故に、この状況を早期に終わらせる可能性が高い者は見逃すわけにはいかない。
やがて戦闘が終わり、自分がいる方へ近づいてきた死神主従をやり過ごすべく息を潜め霊体化。
しばらくしてからどちらに狙いをつけるか、僅かの逡巡の後決定した。
狙うは血と硝煙の匂いを漂わせるマスターとアーチャーの主従だ。
双子の主従を殺害する危険度の高さではアサシンも良い勝負ではあるものの、あれを追跡するのは骨が折れるし何よりマスターの攻撃性が低い。
アーチャーのマスターに対して何か会話ないし交渉を試みていたのをアタランテは見逃さなかった。
その点で比較すると銃使いのアーチャー陣営はマスター、サーヴァント共に極めて攻撃的と言えよう。
特にサーヴァントは糸のようなもので両腕を切断されて尚戦闘を継続しようとする呆れた戦闘狂だ。
そのくせサーヴァントを察知する能力にかけては右に出る者はいないのではないかというほどであり、あらゆる意味で放置するには危険すぎる。
そう、奴らが殺すのは双子の主従のみではない。いずれはあの破滅の光が桜をも――――――
―――アーチャーさん、いかなきゃだめですか?
「………っ!」
ギリ、と。我知らず唇を噛み締めていた。
先ほど出発する直前、桜から投げかけられた言葉が胸を締めつける。
桜は自分が勝ち残れるマスターではないことを自覚している節がある。
もっと言えば彼女にとって苦痛のないこの世界で死んでも構わない、終わっても良いと考えているようにも見える。
客観的に見てもいくら魔術回路が優れているといえど何の自衛手段もない幼子が優勝するには聖杯戦争という環境は厳しすぎることは理解できる。
「終わらせるものか…!我が全てを捧げても、必ず……!!」
けれどそんな無情な結末は、仮令如何なる存在が容認しようとこのアタランテだけは決して認めはしない。
誓いを新たに、高所へと昇り天窮の弓(タウロポロス)を強く、限界を越えて引き絞る。
これから相手にするサーヴァントが如何に強大であるかなどは百も承知。
しかし―――今、この状況と条件ならば自分の方が圧倒的に有利だ。
「策を誤ったな、魔術師。貴様はそのサーヴァントを伴って出るべきではなかったぞ」
相手方のサーヴァントはマスターを守るしかなく、逆にアタランテは一方的にマスターを捕捉している。
尋常な決闘なら勝ち目は乏しいであろうが、これは果たし合いではなく殺し合いにしてバトルロイヤルだ。
相手に有利な条件で戦ってやる必要などどこにもなく、わざわざ強みを発揮させてやる理由もまた存在しない。
見る限りあちらは自分と同じく攻勢に特化したサーヴァント、であるなら守勢を強いれば自然こちらが優位となる。
限界を越えて引き絞った弓からマスター狙いの一矢を放った。
アタランテ自身の膂力はさしたるものではないが、天窮の弓に宿りし加護により放たれた矢の威力はAランクにも達する。
しかしそれを迎撃するのは聖杯戦争において最強と呼んでも過言ではない実力を誇る霧亥だ。
アタランテの行動を察知していたこともあり、持ち前の筋力で矢を軽々と叩き落としてみせた。
この程度の奇襲で倒せる相手でないことはわかりきっている。これは布石だ。
―――遥かなる吾が故郷アルカディア、峻険なる山嶺連なりし彼の地の岩から岩へと、飛び渡り遊びし吾なりき
霧亥が防御行動を取った一瞬の隙に、獣もかくやというほどの俊敏さで屋根から屋根を渡り接近する。
如何にサーヴァントの能力が人間を大きく超越するといっても足場が悪ければ機動に制限を受けることは間違いない。
しかしアタランテはそんな道理など知らぬとばかりの軽やかさで霧亥へと接近を図る。
そう、接近だ。遠く彼方から敵を射抜くことが本領の弓兵にあるまじき戦法である。
霧亥もまた、明らかに自らを上回る速さを発揮して迫るアタランテを撃滅するべくGBEを構えた。
彼の千里眼には全てが見える。たかが圧倒的速さを誇るだけではその眼から逃れることは至難の一言だ。
狙うは必中。マスターの命令通りに出力を最低に抑え敵の動きを読み、発射。
あまりにも暴力的な銃撃、否、砲撃と呼ぶにも過剰な光条がアタランテの命を刈り取らんと迫る。
―――先にゆけ。しかるのち吾、疾風となりて汝を抜き去るべし
「殺ったぞ」
上空からの声。霧亥の目に空から弓を引き絞るアタランテの姿が見えた。
ランサー、ヘクトールとの小競り合いにおいても披露したスキル、追い込みの美学。
仮令高ランクの千里眼を持つ霧亥が先読みを働かせようとも後の先を必ず制す。
さらに言えば、霧亥の千里眼が如何に強力な代物でも必ず射撃を当てられるわけではない。
銃という兵器の構造上の特徴として、トリガーを引かなければ発射できず発射された弾丸も原則真っ直ぐにしか飛ばない。
つまり予備動作を見切る技術と一定のスピードがあればGBEを回避すること自体は絶望的に困難というわけではないのだ。
死神もこの事実を利用して霧亥の射撃から逃れ反撃を加えてみせたのだった。
アタランテは元より死神を大きく上回る機動力の持ち主である。
加えて先ほどの戦闘を偵察していたことで霧亥の戦い方、動きをある程度まで見知っている。
これだけのアドバンテージがあれば、GBEを余波まで含め完全に回避することなどは難しいことではない。
GBEの発射と同時にアタランテは大きく前方へ跳躍、空中から引き絞った矢を霧亥の頭部目掛けて放った。
十全の態勢ならば迎撃や回避が可能だっただろうが、今この瞬間においては霧亥といえど満足な回避行動はできない。
およそあらゆる宝具を凌ぐ破滅的火力を誇るGBE、しかし無視できぬ欠点もまた存在する。
その最たるものが反動の大きさだ。霧亥の筋力でも抑えきれない反動によって発射直後は仮令最低出力であろうと大幅に動きに制約が生まれる。
先の戦闘を盗み見ていたことでこの弱点を知っていたアタランテが狙ったのはまさにこれだ。
それは死神とは真逆の発想、敢えてGBEを撃たせ、回避しつつ反動で硬直した隙を突くサーヴァントであってすら正気を疑う策だった。
戦車砲をも凌ぐ威力を与えられた矢は過たず霧亥の頭部を吹き飛ばし、その身体は仰向けに倒れ伏した。
「これで…斃せたのか?」
空中で霧亥を追い越し、着地したアタランテは注意深く討ち取ったであろう敵の姿を見やる。
会心の手応えがあったというのに、何故か強敵を倒した安堵を感じない。
確かに相手の戦法を見て、対策を立て必殺の気合で矢を打ち込みはした。
だというのに、何か妙だ。上手く行き過ぎている―――そんな漠然とした不安が拭えない。
「!」
有り得ないことが起きた。
地に倒れ伏した筈の霧亥の腕が、GBEの銃口がアタランテへと向けられた。
有り得ぬ筈の発砲。無論十分な狙いのついていない一撃に当たるアタランテではないが驚きは隠せない。
「不死(しなず)の英霊、というわけか」
信じ難いことに、霧亥は急速に破壊された頭部を再生し立ち上がろうとしていた。
当然通常のサーヴァントには不可能な行いである。頭部とはサーヴァントを形成する霊核の一つであるのだから。
これでは肉体全てを吹き飛ばしたとて本当に殺せるかわかったものではない。
しかし不死性を持つサーヴァントの存在は聖杯戦争の開始以来全く考慮していなかったわけでもない。
そしてどんなに強力な不死のスキルないし宝具を持つ英霊であろうとも、その力を発揮、維持せしめるのはマスターの魔術回路に他ならない。
とどのつまり、マスターさえ失えば戦闘力も不死性も維持できなくなるのがサーヴァント故の避けられない泣き所というわけだ。
倒せなかった場合の予定通りにマスター一点狙いに移行、特徴的な匂いですぐに場所はわかった。
衛宮切嗣の隠形はマスターとしては高いレベルにあるが、アタランテからすればまさしく「頭隠して尻隠さず」に等しい。
むしろ純粋な一般人の方がまだしもアタランテの追跡を撒ける可能性は高かっただろう。
▼ ▲
「それでは遅いぞ、魔術師」
そして高速で走り逃れようとするマスターの姿を容易に捉え矢を番える。
追ってきた霧亥の銃撃を身を捻って回避、直後にアタランテの矢が敵マスターの頭蓋を砕く―――はずだった。
「令呪を以って我が傀儡に命ず!僕を守れ、アーチャー!!」
最早逃げきれないと悟った霧亥のマスター、切嗣は令呪に訴え従者を自らの下に引き寄せ盾とした。
それがこの状況において悪手であると理解していても、そうする以外にないほど追い詰められていた。
銃で矢を弾いた霧亥は左腕で切嗣を抱え、アタランテから逃れるべく走り出した。
「逃がさん、汝らはここで落ちろ」
「くっ……!」
まさしく、アタランテにとって絶好の狩り場の完成であった。
絶え間なく矢を撃ちながら、霧亥の近接攻撃の届かない中距離を保っての追撃を仕掛けるアタランテに対して霧亥はただひたすら逃げることしかできない。
有効な反撃をするには片手でGBEを撃たなければならないが、令呪の縛りが銃撃を許さない。
何故なら切嗣を抱えた状態でGBEを撃とうものならば致命的な隙が生まれ、生じた隙に切嗣が打ち抜かれることになる。
そうなれば当然令呪の強制に反することになり、故に霧亥は何の反撃もできないままただ逃げることしかできない。
「何てことだ……!」
抱えられながら、切嗣はただ歯噛みするしかなかった。
千里眼の自立稼働で無駄なく矢の猛射を避ける霧亥だったが、マスターという荷物を抱えたまま、それも庇いながらとあっては完全な回避は望むべくもない。
腕、肩、腰と次々に被弾していき、ダメージもまた蓄積していった。
勿論、マスターある限り霧亥が敵の攻撃によって死を迎えるようなことはない。
しかし霧亥は不死ではあっても攻撃を受け付けない無敵性は有しておらず、傷つけばその分戦闘力、性能にも陰りが生まれてしまう。
とはいえ十分な力を発揮できない護衛という状況下でもマスターに傷一つつけていないのはさすがに最強のサーヴァントと言うべきか。
「そこだ」
「ぐっ」
されど、追うアタランテも世界最速クラスにして弓兵としてもトップランクの技量を誇る神代の狩人。
霧亥が地を蹴り空中へ飛び出した直後、その動きを読んでいたかのように放った矢が霧亥の膝から下を吹き飛ばした。
さしもの霧亥も空中でバランスを崩し、切嗣諸共道路に身を投げ出す格好になった。
この間がどれほど致命的な隙となるのか、誰もが明瞭に認識していた。
「我が弓と矢を以って太陽神(アポロン)と月女神(アルテミス)の加護を願い奉る」
霧亥たちが空に投げ出され、起き上がるまでの間にアタランテは渾身の魔力を込め弓矢を空高くへと掲げた。
誰の目にも明らかな、英霊の半身たる宝具の起動であった。
アタランテの持つ天窮の弓は格の高い武装なれどそれ自体は彼女の宝具というわけではない。
矢が怪しい輝きを放つ。そう、弓と矢は彼女の宝具を発動するための触媒に過ぎない。
弓に矢を番え空高くへ放つという術理それ自体がアタランテが誇る宝具なのである。
「この災厄を捧がん――――――訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」
空へと放たれし二本の矢は輝く軌跡を残しながら遥か空へと舞い上がる。
それは神への訴えだった。アポロンは弓矢の神、アルテミスは狩猟の神を司る。
彼らはアタランテが加護を求めた代償に災厄―――無論敵方に対しての―――を求める。
空から淡い光が降り注ごうとしている予兆を霧亥の千里眼は余すところなく捉えていた。
今まさに、霧亥と切嗣を断罪すべく災厄(カタストロフ)という名の豪雨が襲おうとしていた。
「出力を上げる」
光り輝く矢の雨が出現したと同時、起き上がった霧亥がGBEを空へと掲げた。
片足を失った身では切嗣を連れて逃げることは叶わず、であるならば対処は迎撃のみ。
この世のあらゆる存在を蹂躙する破壊の光が空を貫き、今まさに降り注がんとしていた矢の雨を一つ残らず消滅せしめた。
霧亥と宝具の撃ち合いをすればどうなるか。当然すぎるほどに当然の結果だ。
「―――そうだ、汝はそうするしかない。
仮令――――――その先に敗北しか待ち受けていないとしても、な」
―――であるならば。アタランテがこの未来を予見することもまた必然である。
限界まで引き絞り、放たれた矢が伸びきった霧亥のGBEを持った腕を吹き飛ばした。
アタランテは最初から訴状の矢文がGBEに撃ち負けることを前提として宝具を使ったのだ。
如何にGBEが最強に等しい火力を誇るのだとしても、同じ宝具を撃ち落とすならば出力を上げざるを得ない。
出力を上げるということは反動の増大を意味し、発射直後の硬直が大きくなるということ。
そこまでを読み切っていたアタランテの本命の一矢が趨勢を完全に決定づけた。
アタランテの訴状の矢文は空へ矢を放ってから光の矢が降り注ぐまで僅かのタイムラグが存在する。
そのタイムラグを最大限有効活用すれば、このように宝具に対処させた隙に次の攻撃を浴びせることも可能なのだ。
「では、これで詰みだ」
反撃、防御、回避。全てを封じられた哀れな獲物を仕留めるべくとどめの矢を番える。
もう何をしても死の未来を回避することはできない―――たった一つの手段を除いては。
「………令呪を以って命じる!僕を連れて転移しろ、アーチャー!!」
残り二画になった令呪。絶対の窮地を前にして切嗣は二度目の使用を決断した。
魔力の光が二人を包み、矢が命中する直前でその場から完全に掻き消えた。
「逃したか……。これがマスターの援護なきサーヴァントの限界ということか」
残念ながら相手はアタランテの知覚範囲の外まで転移してしまったらしい。
圧倒的に有利な条件で戦い、宝具まで晒したというのに最後の詰めの段階でマスターの有無の差が出てしまった。
とはいえあちらも令呪を二画も使った以上、もう一度同じ条件で戦えれば自分があのマスターを仕留めて勝つだろう。
それにあそこまで消耗させたならば早々に双子を仕留めに行くこともできないはずだ。
最低限の結果は出せた、と考えるしかない。
―――もしこの場にアタランテの同盟相手であるランサーがいたならばこう付け加えるだろう。
「いやいや上出来上出来。向こうさんは令呪が欲しいのに逆に使わされたんだ。
これで焦って派手な行動にでも出て自滅してくれれば儲けもんだ」
【B-2/一日目・午後】
【アーチャー(アタランテ)@Fate/Apocrypha】
[状態] 疲労(小)、魔力消費(小)、精神的疲労(大)、聖杯に対する憎悪
[装備] 『天窮の弓(タウロポロス)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:もう迷わない。どれほど汚れようとも必ず桜を勝たせる
1:追撃はせず引き続き遊撃。一度ゴーストタウン付近まで後退する。
2:討伐クエストには参加しない。むしろ違反者を狙って動く主従の背中を撃つ
3:正体不明の死霊使い、及びそれらを生み出した者を警戒する
4:ランサー(ヘクトール)との同盟関係を現状は維持。但し桜を脅かすようであれば、即刻抹殺する
[備考]
アサシン(死神)とアーチャー(霧亥)の戦闘を目撃しました
衛宮切嗣の匂いを記憶しました
建原智香、アサシン(死神)から霊体化して身を隠しましたが察知された可能性があります
ランサー(ヘクトール)の真名に気付きましたがまだ確信は抱いていません
▼ ▲
ゴーストタウンの一角にある幽霊屋敷と呼称されるビルディング。
その屋上で気怠げに槍を持ち座り込んだサーヴァントが一人。
「あ〜、暇っていうのはいいことだねえ」
如何にもやる気がなさそうな声音で呟く様は十人が見れば九人は呆れ返るだろう。
しかし、残りの一人はこの態度が彼の本気を隠すポーズに過ぎないことを見破れるかもしれない。
(アーチャーに俺の真名を悟られた可能性は……まあ五分五分ってとこかね)
一見して腑抜けたようにも見える仮面の下では冷静に状況の分析、思考を進めていた。
先ほどのアタランテとの遭遇戦、鬼気迫る様子で戦う彼女を真名を当てるという一手で講和、同盟に持ち込んでみせた。
しかし何故アタランテの真名を言い当てることができたのか、という点については種も仕掛けもある。
そもそもランサーはアタランテが思考したような、出身地や活躍した年代だけで相手の真名を特定できたわけではない。
いや、何の予備情報もなくともある程度までは絞り込む自信はあるがさすがに一人にまで特定することは如何なヘクトールでも無理な話だ。
(俺は特異点の事を憶えているのにあちらさんには記憶が無いらしいってのはどういう基準なのかね)
一体何故ランサーがアタランテの真名を特定できたかと言えば、単に最初から知っていたからに過ぎない。
人理焼却の一環で生じたとある特異点での聖杯戦争においてランサーとアタランテは敵同士だった。
最後には互いに刃を交えたこともある故姿を見た時点で彼女の正体についてはわかりきっていたのだ。
あたかも戦闘スタイルで特定したかのような物言いをしたのは彼女にも特異点の記憶があるのかどうか、カマをかけるためだ。
結果はシロ。言動から考慮するにアタランテは特異点での記憶は一切引き継いでいないのは間違いない。
とはいえ異常なのはあちらではなくランサー自身の方であろう、ということはわかっていた。
聖杯はどのような判断でランサーに記憶の引き継ぎを許したのか、推理したいのは山々だが今は如何せん情報が足りなさすぎる。
(むしろ今すぐ考えとかないと不味いのはアーチャーのことだよな。
やれやれ、何で味方と一緒に頭痛の種まで増えるんだかねえ)
考えても仕方ない事柄への対処を早々に打ち切り、今は同盟者となった二人の少女に思いを馳せる。
同時に、少しは様子を見ておくべきかと思い立ち霊体となってビルディングの中へするりと入り込んだ。
霊体というのも便利なもんだ、などと思いながら桜とルアハがいる部屋へと入った。
「どうかなさいましたか、ランサー様」
「ああ、ちっと様子を見にな。ところでマスター、あの子はどこ行ったかわかるかい?」
部屋にいたのは相も変わらぬ機械的な態度を崩さぬルアハのみだった。
部屋を見渡してみれば、桜が羽織っていたコートが彼女が元いた位置に置いてあった。
「桜様でしたら、本を読みに行くと言っておられました」
「そうかい、ありがとよ」
ヘラヘラとした外面を崩すことなくルアハに礼を言い、桜を探すことにした。
レイラインの繋がっているルアハはともかく、そうではない桜は自分の足で見つけるしかない。
とはいえここは既にランサーにとって勝手知ったる屋敷だ。
そう時間をかけずに、一度手に取ったのであろう本を棚に戻そうとしているらしい桜の姿が見つかった。
「ランサーさん」
当然、コートを置いていっていた桜は一糸纏わぬ全裸だった。
いくら幼いにしても少女が男の自分に裸体を見られて顔色一つすら変えないというのは如何なものか、と思わずにいられない。
彼女は年齢のわりには聡いと思える節がある。感性が育っていないとは考えにくい。
先ほどアタランテがポツポツと話してくれたが桜は元いた世界でも、こちらでも陵辱の限りを尽くされたらしい。
女性としてあるべき羞恥の感性をも摩耗させてしまった、と考えるのが妥当なのだろう。
夫であり父親でもあったヘクトールからすれば苦々しい思いしか込み上げてこない話ではあるが。
とはいえここは努めて平静を装って話すべきか。
「よう、オジサンはちょっとばかし疲れたから休憩してるとこだ。
桜ちゃんは本でも読んでたのかい?」
「はい、でもわたしにはよめない字ばかりでした」
出会った時から変わらぬ光のない瞳で話す桜は手で身体を隠そうとさえしない。
全く育っていない平らな胸も未熟な女性器も晒したまま平然と話している。
ランサーでさえこんな有り様を見せられては痛ましいと感じずにいられないのだ。
アタランテがこれまで受けてきた精神的苦痛たるや、想像するに余りある。
「ランサーさん、ひとつきいてもいいですか?」
「ああ、オジサンにわかることなら何でも答えてやるよ」
「死んだら、いたいことやくるしいことは全部なくなりますか?」
空気が凍った。いや、そう感じたのはランサーだけだったのだろう。
ほら、現に桜は純粋な疑問だけを顔に浮かべたまま自分を見上げている。
とりあえずここは適当にはぐらかしておこうか。
「はは、そりゃあ桜ちゃんが知らなくても良いことさ。
桜ちゃんが死んだりしないようにオジサンがこうして気張ってんだから」
「でも―――ランサーさんはさいごにわたしをころしますよね?」
「―――――――――」
今度こそ凍りついた。見えないけれど、きっと自分の表情が。
ああ、これは駄目だ。こういう察しの良い子どもは大人がどんな理屈で煙に巻こうとしても勘だけで見抜いてしまう。
桜は聖杯戦争についてきちんと理解している。ならば殺し合いが続いた先に待つ結果についても認識しているのは当然ではあったか。
最後に残るのは一人だけであり、であれば同盟というものが最後には破綻するしかないということも。
「……そうだなあ。オジサンはあのお人形さんのサーヴァントだからなあ」
「気にしなくてもいいですよ。間桐の家にかえっても、どうせ……」
俯いて座り込んだ桜を見て、そういえば彼女は魔術師の家系の娘だったと聞かされたことを思い出した。
何でも養子に出された家が蟲を操る魔術を扱う家系で、淫虫に身体を貪られることを鍛錬と称して強制されていたのだとか。
「魔術師って人種は何だってこうも業が深いのかねえ……」
「?」
単なる虐待としか思えない行為にも魔術的には何か意味でもあるのだろうか。
ルアハのサーヴァントとしては無用な思考と理解していても、つい呆れが口をついて出てしまうのは仕方ない。
そう、ランサーであるヘクトールはあくまでもルアハを生かし助けるための従僕(サーヴァント)であって間桐桜は一時的に利用する存在に過ぎない。
何故自分は桜に何もしてやらないのか。外套の一つもかけてやるなり、ささやかでも出来ること自体はあるはずだというのに。
決まっている。いつか桜を殺さねばならない時が訪れた時、万に一つ以下の確率であろうとも槍の穂先が鈍ることは許されないからだ。
どれほど同情の余地ある人間であろうと己のマスターとの線引きは明確でなければならない。
だからこそ、情が移らないよう今も自らを律しているのだ。
必要とあらばヘクトールは平気な顔をして、この槍で間桐桜を貫くだろう。
もっとも、平気な顔をして殺すことはできても平気で殺せるかといえば自信はない。
ランサーは将軍であり政治家でもあった故に、何時如何なる時も非情に徹することはできる。
できるが決して心からの冷血漢ではない。単に感情を相手に悟らせない術を身に着けているだけだ。
「ランサーさん、人が死んだらどうなりますか?」
「……別に何もないさ。オジサンは死んでから、気がついたらこっちに呼ばれてたって感じかね。
けど何だって死んだ後のことなんて気にするんだい?」
「だってわたし、もうすぐ死にますから」
間桐桜は自身が置かれている状況を幼いなりに理解していた。
聖杯戦争というものを椅子取りゲームに置き換えればわかりやすい。
何人いるかもわからないマスターがたった一つしかない椅子に座るための競争。
それならただでさえ運動が苦手な自分が椅子に座る一人になるのは無理だろう、と諦めている。
いつか訪れる死の運命を粛々と受け入れようとしている。
桜は別段自殺願望を持っているというわけではない。
ただ、自分が最後まで生き残っているという希望を信じていないだけだ。
それは何もかもを奪い尽くされた少女に許されたたった一つの処世術だった。
あらゆる希望、光は存在しないものとして徹底的に目を背け絶望に身を浸すことで桜はギリギリのところで心を壊さずに済んでいる。
それでもこの世界では唯一親身になって世話をしてくれているアーチャー、アタランテにだけはある程度心を開いていた。
元々この世界は間桐家に比べれば遥かに良い環境―――少なくとも桜にとっては―――だったが、彼女のおかげで今は何の苦痛もない世界にいられる。
後は全てが終わるその時まで彼女が寄り添っていてくれればもう何も文句はないのだけれど、やはりその望みも叶わないようだ。
―――アーチャーさん、いかなきゃだめですか?
先ほど彼女がこのビルディングを出る直前、それとなく側にいてほしい旨を伝えたもののやはり届かなかった。
荷物以外の何でもない自分を聖杯戦争の勝者にするという出来もしないことを本気で成し遂げようとしていることは理解できる。
もっと本気で止めた方が良かっただろうか。けれどそうすると彼女はまたあの顔をするだろう。
何かに対して怒っているような、それでいて泣きそうにも見えるあの顔に。
あんな顔はしてほしくないから、なるべく迷惑をかけないよう言いつけを守ってじっとするようにしている。
(はあ、こりゃあアーチャーが躍起になるはずだわ)
ランサーはまるで望まれるままに振る舞うだけの、ルアハとは異なる意味で人形のような少女を見て今は共闘する間柄のサーヴァントのことを思う。
当然生前に面識などあるはずもないが、アタランテの逸話から考えれば彼女が何を思い桜に肩入れしているかは自明だ。
親の愛情に恵まれなかった捨て子のアタランテが全てを奪われた少女に自分を重ねたか懸命にマスターを救わんと戦いに身を投じる。
なるほどこの一文だけを見れば間桐桜に配されるべくして配されたサーヴァントだったと取れるのかもしれない。
(けど如何せん相性が悪すぎるんだよなあ……)
しかしこの二人、根本的なところで噛み合っていない。
桜は絶望に浸かるあまり希望と呼べるものの一切を信じておらず、聖杯という願望機が放つ眩くも妖しい光さえ目に入っていない。
そんな少女に対してただひたすら希望を訴えたところでその心にまで届くはずもない。
事実桜は親切にしてくれる人間としてアタランテを慕っているものの、自らを闇から拾い上げてくれる救い主であるとは全く信じていない。
もし桜の心に触れて救えるような者がいるとすれば、それはアタランテやヘクトールのようなまっとうな英雄ではなく桜に共感できる反英雄の方だろう。
あるいは間桐桜という人間の本質が正統英雄と相性が悪いと言えるのかもしれない。
そして桜という存在はアタランテに対して深刻な悪影響を与えている。
親に見放され、望まぬセックスを強要されるなどその境遇はアタランテの生前のトラウマを踏み抉るものであることは容易く想像できる。
そんな桜に接するアタランテは四六時中精神を苛まれ続けているようなものであり、その結果今のアタランテは暴走に近い状態にある。
アタランテは桜を勝者にするため積極的に動いて回っている。
一見してサーヴァントとしてごく当然の行動に思えるが、一つの前提が抜け落ちている。
そもそも桜は現状に満足しており聖杯を求めていない。
どこを目指すのかが未だはっきりしていないルアハと異なり、明確に闘志を捨てて勝利を目指していない。
つまり聖杯の力を以って桜を救おうというのはアタランテの願望であって桜が望んだことではないのである。
この二人は聖杯戦争への向き合い方という大前提からしてまるで噛み合っていないのだ。
が、そのこと自体は恐らくアタランテも理解しているはずだ。
理解した上で自らのエゴを押し通そうとしているのだろう。
むしろ聖杯を求めず現状に甘んじる桜のスタンスがよりアタランテの暴走を強めていると言える。
アタランテからすれば桜が深い闇の底に在ることそれ自体が既にして耐え難いことなのだ。
故になりふり構わず、それこそ生命・魂・誇りの全てを擲っても桜を救おうと足掻いているのだろう。
それは子を想う母の無償の愛にも似ている。
であるからこそ、もし桜が先に死ねば残されたアタランテがどうなるか容易に想像がついてしまう。
今は辛うじて抑えている桜を貶め傷つけた要因に対しての怒りとか憎悪といった感情が暴発する。
それこそ聖杯戦争のセオリーになど構うことなく際限なく狂い堕ちていくことだろう。
「……嫌だねえ」
無論、アタランテがどうなろうとランサーはルアハのサーヴァントとしての務めを果たすのみだ。
必要とあらば桜をこの槍で貫くことも、アタランテを切り捨てることも躊躇せず行ってみせる。
しかし出来ればそんな事態が来てほしくない気持ちがあることも事実だ。
アルゴー船の一員として名を馳せた麗しの狩人が狂気に支配され堕ちる様など好き好んで見たくはない。
【A-8/ゴーストタウン・幽霊屋敷/一日目・午後】
【ルアハ@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:自動人形として行動
【ランサー(ヘクトール)@Fate/Grand Order】
[状態] 疲労(微)、精神的疲労(小)、肩に軽度の刺し傷 (回復中)
[装備] 『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず、程々に頑張るとするかねえ
1:拠点防衛
2:『聖餐杯』に強い警戒
3:アーチャー(アタランテ)との同盟は、今の所は破棄する予定はない。ただしあちらが暴走するならば……
[備考]
※アタランテの真名を看破しました。
【間桐桜@Fate/Zero】
[状態] 健康、全裸
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 毛布、大人用コート
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:アーチャーさんの言いつけを守ってじっとする
1:…アーチャーさんにぶじでいてほしい
2:どうして、お人形さんは嘘をつくの?
[備考]
精神的な問題により令呪を使用できません。
何らかの強いきっかけがあれば使用できるようになるかもしれません
▼ ▲
「馬鹿野郎……」
衛宮切嗣は既に二画が消えた令呪を見ながら、悔恨とも怒りともつかぬ言葉を吐いた。
言葉の向かう先は今も負傷の治癒を行っている霧亥、ではない。
戦略そのものに大きなダメージを受けるほどの失態を犯した自らの迂闊さをこそ切嗣は呪うのだ。
「僕はこれだけの兵器(サーヴァント)を与えられながら何をしていた……!」
今回に限っては霧亥には何の落ち度もなかった。
敗因はただ一つ、衛宮切嗣の軽率にして迂闊な行動にのみ存在する。
もっと合理的に戦略を練り動いていればこの敗戦は決して有り得なかった。
切嗣を襲撃してきたアーチャーの真名はアタランテと判明した。
アルゴー船の乗組員として勇名を馳せた稀代の狩人であり、アーチャーとしても最高峰の実力を持つ英霊の一人だろう。
狩人。そう、あの戦闘はまさしくアタランテによる狩りとでも表現すべき一方的なものだった。
今にして思えば奴は予め霧亥の能力、戦術を把握した上で仕掛けてきたのであろう。
そしてどこで霧亥の情報が漏れたかといえばその前に戦った死神との戦闘を見られたからであることは疑いない。
つまり双子を狩るためにこの序盤から動き回り早仕掛けに走った切嗣の軽率さが招いた敗北だった。
如何に相手が神代を駆け抜けた英傑であろうともう少し戦闘条件がマシだったなら、霧亥ならば瞬殺は難しくとも勝利することは十分可能だったはずだ。
例えばこちらが一方的にアタランテのマスターを射程に捉えているような状況なら討ち取ることは難しくなかっただろう。
よりにもよってギリシャ最高の狩人に、狩りという絶好のシチュエーションを与えてしまってはいくら霧亥が絶大なサーヴァントでも不利を覆せるわけがない。
「…他にも選択肢はあったはずだ」
何故魔術師殺しとまで呼ばれた切嗣がこれほどの失敗をしてしまったのか。
その原因は霧亥の持つ精神異常のスキルとそれに端を発する異様な攻撃性への不信感だ。
衛宮切嗣の価値観ではサーヴァントは兵器であり道具だった。
故に武器や道具が勝手に誤作動を起こし発砲、暴発するなどという可能性は到底認められるものではなかった。
だからこそ切嗣が戦略の全てを主導するために本来の彼ならしないようなサーヴァントと行動を共にするという策を取った。
「僕が多少魔術師を狩ることに長けていたとしても狩りを生業にする英霊からすれば問題にもならない。
少し考えれば簡単にわかったはずだ……くそっ!」
気づかないうちに自らのマスターとしての実力を過大に評価してしまっていたのだろう。
攻撃特化の霧亥と暗殺、対魔術師戦に特化した切嗣が共に行動したところで性能を発揮するどころか強みを殺し合い弱みを増やすだけ。
現にたった今護衛に意識を割くしかなかった霧亥も、サーヴァントに一方的に狙われた切嗣も全くもって真価を発揮できなかったではないか。
予選で何の問題もなく勝ち進めていたことが勘違いを深めてしまったのかもしれない。
確かに霧亥の精神異常については警戒して然るべき案件ではあっただろう。それは今でも間違っていたとは思わない。
しかし切嗣はその一点を過剰に警戒するあまり自身と霧亥の性能を活かすことを疎かにしてしまっていた。
何も仲良く揃って行動せずとも使い魔を介して様子を見つつ単独行動させるなり取りうる方法はあったはずだ。
いや、そもそも馬鹿正直に討伐クエストに参加するべきではなかったのだろうか。
無論クエストに参加することによって生じるリスクについて承知していないわけではなかった。
双子を討伐しようと自らを獲物を仕留める狩人と信じて疑わない者の背中を撃たんとする者は出てくるだろうとは考えていた。
というか霧亥の精神異常の件さえなければ切嗣も迷わず討伐クエストに参加した者を狩ろうと動いていた。
「…そうか、そもそも最初から僕らしい方針ではなかったということか」
少なからぬ主従が双子討伐へ動き出しているであろう中で、衛宮切嗣の性能を活かすことを捨ててまで令呪を欲した結果がこれだ。
いや、それでももっと積極的に霧亥の千里眼を活かすなりすればこんな無様は晒さなかったはずだ。
たかが魔術使い一人が、サーヴァントの力を活かさず動いたところで英霊に祀り上げられた者どもに競り勝てると何故勘違いしてしまったのか。
「……腹を括るか」
現状は極めて不味い。霧亥の制御に使用する予定だった令呪は自己防衛のためだけに二画も消費し、連戦による魔力消費もそろそろ馬鹿にならない段階に達しつつある。
宝具の連続使用はともかく数度に渡る重傷からの回復はそれなりに魔力を持っていかれるのだ。
加えて翡翠の弓兵、アタランテは今も切嗣らを追っていると考えておくべきだ。
拠点からも遠く離れたところに転移してしまった今、もう一度同じ状況で奴と接敵してしまえば為すすべなく殺される。
事前にK市の地理は端末の検索と実地での調査で把握しており、ここはB-7の海岸付近であるとわかる。
つまり拠点にまっすぐ戻ろうとするとアタランテを避けて通るのが難しいということ。
しかしこれだけの不利が重なっているとしても、霧亥の性能が多くのサーヴァントを圧倒できるものである事実は動かない。
実際には彼を凌駕するような英霊も存在するかもしれないが、今は魔術師殺し一人の能力と裁量だけで切り抜けられる状況では決してない。
今は霧亥の力が必要だ。暴走のリスクがどうだのと言っていられる段階はとうに過ぎた。
「アーチャー、千里眼を最大限に稼働させて索敵に専念してくれ。
そしてその視界を僕もレイラインを通して共有する」
視界共有。使い魔を操れる程度の力量を持った魔術師なら誰でも修得している魔術だ。
切嗣は今、千里眼を自律稼働させた霧亥の視界を自身が見ることによって同時に多数の情報を得ようと考えた。
霧亥の視界ならばサーヴァントの位置情報も特定でき、余計な戦闘を避けながら移動することが可能だ。
そして最大限上手く行けば双子の位置も特定し、討伐することで失った令呪も一画は補填できる。
が、この方法には大きなリスクが伴う。
ただでさえも超常存在たるサーヴァントである上に常軌を逸した千里眼の持ち主である霧亥の視界を見るという行為に切嗣の脳が耐えられるかは未知数だ。
衛宮切嗣は自らを目的を遂行するための機械と規定しており、そうであるが故に焼けつくことも辞さないなら限界を超えた駆動も厭わない。
そもそも魔術師というものは後先さえ考えないのなら自身の限界などというものは容易く超越することができる。
(―――しかし、それでもやはり限度はある)
あの霧亥の視界ともなれば下手をすれば一瞬にして脳が視覚を通して入り込む情報を処理しきれず廃人と化す恐れもある。
この懸念があったために今までこの手段を禁じ手として封印してきたのだった。
だが今はその禁じ手すら使わなければとてもここから先を勝ち抜くことはできない。
意識を集中し、視界共有の術式を発動した。
【B-7/海岸付近/一日目・午後】
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態] 打撲、魔力消費(小)、焦燥
[令呪] 残り一画
[装備] なし
[道具] 小型拳銃、サバイバルナイフ(キャリコ短機関銃を初めとしたその他武装は拠点に存在)
[所持金] 数万円程度。総資金は数十万以上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯による恒久的世界平和の実現
1:アーチャー(霧亥)と視界共有を行い入手した敵陣営の位置情報を元に方針を練る
2:アインツベルンの森の存在が引っ掛かる
3:討伐対象の『双子』を抹殺し、令呪を確保したい
4:アーチャー(アタランテ)を強く警戒。勝てる状況が整うまで接敵は避ける
5:ひとまずアーチャー(霧亥)への疑念は捨て置き存分に性能を活かす
[備考]
アーチャー(アタランテ)の真名を看破しました
アーチャー(霧亥)と視界共有を行います。
どの程度の情報が得られるか、切嗣への負担の大きさなどは後の書き手さんにお任せします
【アーチャー(霧亥)@BLAME!!】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(中)、右腕左足喪失(急速回復中)、ダメージ(中)
[装備] なし
[道具] 『重力子放射線射出装置(グラビティ・ビーム・エミッター)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1:サーヴァントの討滅
2:アサシン(死神)、アーチャー(アタランテ)は殺す
以上で投下を終了します
下記予約します。
・岡部倫太郎&ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)
「未来観測者育成計画」をwikiに収録させていただくさいに、状態表の部分にいくつか追記をさせていただきました
(織莉子が見たヘドラの予知についてなど)
そして皆さま投下乙です
>>聖杯殺伐論
霧亥の圧倒的な能力値と、それを技術と経験で圧倒する死神の戦いの描写が圧巻でした
死神がありとあらゆる技術を蓄積させてきたプロだとしたら、霧亥は不要なものを全て削ぎ落としたプロというべきか
両腕を失っても変わらずに戦闘を継続したり、同盟の提案を受けても知るかここで排除するという反応とか実に霧亥らしい
>咄嗟に全力でその場から飛び退くと、そこには彼が一瞬前まで存在していた地点を突き抜けて、死神へと猛進していく両腕を欠損した男の姿
このあたりは完全に原作の絵で頭に浮かびました
>>ブリッツクリーク
隊長が総統になった……ゲフン
資材も蓄えて権力もあって鱒にも戦闘力があってさっそくマスターを1人確保して、考察も進めていて
…めっちゃ順調やん!と思っていたらこれだよ
やはり海岸沿いで動いているマスター達にとってヘドラ艦隊は相当な脅威になりそうですね
>>The Wheel of World Self-rotated
オルフィレウスさん恐ろしい…主催にほころびが?と思ったら一瞬で完治……だと
確かに自分で殺し合いのお膳立てをしたがるキークにとってこの状況は退屈でしょうね
しかしそんな主催者でさえも電脳空間内ではヘドラ放置か……主催もすごいがヘドラもこわい
>>狩る者、狩られる者
前回から一転して追い詰められる霧亥と切嗣
ステータスが高い鯖でも状況と追い詰め方しだいで幾らでも覆しうるのは聖杯戦争の妙味ですね
そして桜とアタランテさんのすれ違いはやはりどんどん表面化してきている…
なまじ桜が聖杯戦争のことを把握してきているがゆえに諦めているというのがやるせない
皆様投下お疲れ様です。感想は投下時に書かせていただきます
申し訳ありませんが、一度予約を破棄します。
今週の平日中には投下します
>ブリッツクリーク
アドラーさんが可哀想過ぎて思わず笑ってしまいました。
それはそうと、やはり彼も強力な力を持つマスターの一人ですね。
電光機関を駆使してヘドラの尖兵を蹴散らす場面を見ると、尚更そう感じます。
大きな損失を出してしまった彼ですが、これから挽回はなるのかどうか……
>The Wheel of World Self-rotated
ヘドラは着々ととんでもないことになりつつありますね……
しかし、現実にまで及んだ被害を一瞬で消し去れるオルフィレウスはやはり格が違う。
ヘドラにどう対処するかが、参加者全体の運命の分かれ目になりそうです。
>未来観測者育成計画
凄まじい文量と目まぐるしい展開の数々、感服致しました。
未来の予知同士をぶつけ合う展開はまさにクロスオーバーといった感じで燃えさせていただきました。
学校近くでも波乱の気配が忍び寄っていますが、やはり注目はシャッフリンと神父。
神父のマスターがデリュージである以上、どう転んでも一筋縄では行かなそうなのがまた。
これからの展開が様々な意味で楽しみな大作のご投下、お疲れ様でした。
>狩る者、狩られる者
予約段階では、正直な話、これほどアタランテが活躍するとは思っていませんでした。
やはり彼女も非常に強い狩人ですね。切嗣は手痛い損害を受けたものの、これからの巻き返し次第ではまだまだ活躍できそうです。
桜とヘクトールの少し物寂しいやり取りが、個人的にはとても好きです。
皆様、ご投下ありがとうございました!
自分も遅れましたが、投下します。
聖杯戦争が開幕してからまだ半日と少ししか経過していないにも関わらず、このK市は既に惨憺たる様相を呈し始めていた。
白昼堂々から行われる襲撃、衆目に触れることを厭わない凶行。
殺人鬼と双子の主従は未だ暗躍を続けており、街には力に溺れた急拵えの禁術使いが這い回る。
そして現在何よりも注視すべきであろう事象は、やはり一個の島を溶解させながら、本土へと汚濁の軍勢を届かせつつある怨念に塗れたデミ・サーヴァントだろう。
反則的なほどの軍勢能力を有するそれは、着々と勢力を拡大しつつある。現在進行形で、だ。
遠からずあのサーヴァントが、全ての主従を脅かす事態を引き起こすのは想像に難くない。ほぼ確実だと言ってもいい。
当然それは、松野おそ松というマスターにとっても決して無関係な事柄ではなかった。
彼とて聖杯戦争に呼ばれた、願望器を得る権利を持つ者の一人であるのだから、当然の話だ。
むしろ彼とそのサーヴァント・シャッフリンにとっては、致命的と言ってもいい。
先刻勃発した戦いでは彼女達が優勢に進めたが、軍勢型の弱点として、個のスペックと数の双方で優る敵に対して勝利をもぎ取れる可能性はごくごく低いことが挙げられる。
スペードのエースという、アサシンでありながら三騎士クラスに匹敵したステータスを持つ最強のカードの存在を含めても、決して容易な相手ではない。
彼が真っ当なマスターであったならば波乱の気配を察知し、いち早く動いていたに違いない。
しかし生憎と、おそ松は真っ当ではなかった。
かと言って、無能でもない。それ以前の問題だから始末が悪いのだ。
「な……っ」
おそ松は、その光景に瞠目する。
心臓の鼓動が早まり、背筋をじっとりとしたものが伝う。
吐息は荒く、目は左右に忙しなく動いて動揺ぶりを示していた。
馬鹿な――これはなんだ? こんなことが、本当にあるのか?
言葉にこそしなかったが、おそ松は、目の前の現実を理解できずにいた。
そして理解が追い付く頃、彼はゆっくりとシャッフリン……ハートの3へと振り向く。
「シャッフリンちゃん……」
そうして絞り出した言葉は。
「ヤバいくらい勝ってる……!!」
歓喜と戦慄を五分五分ほどの割り合いで同居させた、駄目人間の状況報告であった。
おそ松が座り、かれこれ一時間ほど没頭しているスロット台の真ん中には、黒線で縁取られた真っ赤な『7』の文字が三つ並んでいる。
子供でも、その意味は分かるだろう。つまり、大当たり。
休日でもないのに真っ昼間からパチンコ屋で金を溶かしている駄目人間達が等しく切望する、一つの到達点である。
ハートの3は霊体化しておそ松の戦いを見守っていたが、彼女にはスロットの楽しさはいまいち伝わっていないようだった。
五月蝿いし、店内の匂いもお世辞にも良くないしで、出来ることなら早く帰りたいと思っている。ただ、マスターは実に楽しそうにしているので、彼女は黙ってそれを見守っていた。
銀玉の積まれた箱の数がまた増えていく。彼女は知る由もないことだが、現在松野おそ松はそのパチンコ人生の中でも、間違いなく三本指には入るだろう大勝ちをしていた。
使える資金が増えるという点では、確かに悪いことではない。ただ、おそ松のことだ。
大方、この勝ちで得た金のほとんどはくだらないことに消えるか、更なるギャンブルで儚く消え去るだろう。NPCとはいえ欲の塊なことは変わっていない、兄弟達に徴収されるかもしれない。
とにかく、長持ちする金ではない。おそ松と黄金律のスキルは、生涯無縁なのだ。
マスターはスロットの絵柄に熱狂し、サーヴァントがそれをじっと見ている。
聖杯戦争の一幕とは思えない、異様な光景であった。
しかし幸か不幸か――いや、間違いなく不幸であろう――、彼らの状況はこれより動く。
そのきっかけとなったのは、知性にもとるシャッフリン達を統率するジョーカーからの連絡だ。
連絡自体は、先程もあった。
それは定期的な報告のようなものであり、ハートの3番は素直にマスターと散歩中、とジョーカーへ伝えたのを覚えている。
だが、今度のは報告ではなく、指令だった。ジョーカーからハートの3番への、今の局面では少なくとも彼女にしか出来ない仕事の命令。
マスターを護衛しつつ、家まで戻れ。
その指令を受けたハートの3番は霊体化を解除し、未だスロットにお熱なおそ松の袖をくいくいと引っ張る。
「え、ちょ、なになに! 今めっちゃ大事なところだからちょっと待って!!」
ジョーカー以外のシャッフリンが持つ知性は極めて低い。それどころか、そもそも言語らしいものを使うことがまず出来ない。
おそ松に家へ戻った方がいい旨を伝えようにも、それすら上手く行かない。
まともに出来ることがこうして袖を引いたり、下手くそなジェスチャーをしてみたりすることしかないので、当然伝わるわけもないのだ。
普段ならばまだしも、パチンコは人を狂わせる。プレイヤーが勝っている時は特にだ。
パチンコの件はさておき、ジョーカーも自分以外のシャッフリンがこと意思疎通の必要な場面では役に立たないことは承知している筈。
このまま此処で待っていても、いずれジョーカーの方から迎えに訪れるだろうが、シャッフリンの指揮官であり軍勢の霊核にも等しい彼女を無闇に動かすのは決して得策ではない。
キィキィという言葉にならない声で必死に彼へ伝えようとするハートの3番は実に健気で、バカなマスターを持ってしまったことに同情したくなるほど哀れだった。
しかしそんな時、可哀想な少女への救世主が現れる。
「お・客・様〜〜?」
「だあ〜っ、今度は何!!」
ハートの3番とは逆側の肩を掴み、ぐぐぐぐと力を込めているのは見知らぬ男だった。
パチンコ屋の制服に身を包んだ全身像は決して醜いわけではなかったが、あまりにも目立つ一パーツが他の要素を彼方へ置き去ってしまっている。
上顎から突き出た、見事なまでの出っ歯だ。
その歯はかつて世界中を賑わせたこともあるのだが、ハートの3番はそんなことは知らない。
「ってお前かよイヤミ! お前此処でバイトしてたの!?」
「クズだクズだとは思ってたけど、まさかそんな幼女に手を出す変態だったとは思わなかったザンスよチョロ松」
「いや俺おそ松!」
「と・に・か・く、パチンコ屋に子供連れで入店するのは違法行為ザンス。そのせっせと稼いだ玉ぁ置いて、とっとと出てってチョ!!」
「んだとぉ……!」
拳を握るおそ松だったが、しかし、彼は周囲を見回した時に気付く。
周りの客(クズ)から注がれる、軽蔑したような視線の数々。
反射的に席を立ち上がったおそ松は、思わず後ずさりしてしまった。
「な、何でだ!?
俺達は同じ穴のムジナ、数多くの戦いと世間からの陰口を共にした戦友じゃないか!?」
「分からないザンスか〜? 今このクズどもがチミに思っていることは、『下には下がいるんだな』ってことザンス!!」
「そ、そうなのかっ!?」
周りの客達は次々目を逸らすか、自分の台へ視線を戻し始める。
子供連れはねえよ、と誰かが呟いたのが聞こえた。
事情を知らない者にしてみれば、ハートの3番の姿はこう見えた筈だ。
パチンコに熱狂する保護者に振り向いてもらおうと、必死に気を引こうとしているように。
「分かったらとっとと家へ帰るザンス、クズ松〜〜〜!!」
ショックを受けたように目を見開くおそ松を、イヤミと呼ばれた店員は満面の憎たらしい笑顔を浮かべながら蹴り飛ばし、サッカーボールのように彼を店外まで吹き飛ばした。
慌ててそれを追いかけ、ハートの3番も外へ出る。
おそ松は頭にタンコブを作ってこそいたが、意識はあるようだ。
ギャグ補正という言葉を知らないハートの3番は、そのことにほっと胸を撫で下ろす。
この時、店内ではおそ松の出玉を全部横取りして換金しようとしたイヤミが客にボコボコにされていたりするのだったが、彼と彼女にはもはや関係のない話だ。
「いってぇ……イヤミの奴、鬼の首を取ったみたいに……」
次会ったら覚えてろよと、おそ松は負け惜しみを叩きながら顔を上げた。
パチンコの勝ちが消滅してしまった以上、もはややることもない。ついでに言うなら金もない。
「そういえばハートの3番ちゃん、さっき何か言おうとして――」
そこまで口にしかけて、おそ松は思わず動きを止めた。
パチンコ屋の隣には個人経営の電化製品店があって、その店先では展示品のテレビでニュース番組が放送されている。
しかしそこに写っているのは、いつもの退屈な政治の話でも、芸能人のスキャンダルでもない。
ヘリコプターで撮影された、海を埋め尽くす勢いで広がっている、汚濁の海域。
知識がなくとも一目で有毒だと分かるそれはあまりにも非現実的な光景で、荒唐無稽なことには慣れっこなおそ松でさえも、思わず眉間に皺を寄せてしまう。
「……何だよ、これ……」
まるで怪獣映画だ。
おそ松がそれを見て最初に思ったのは言葉にした通りの疑問であったが、次に思ったのは『いつもと違う』ということだった。
これまで幾度なく巻き込み巻き込まれを繰り返してきた、とんでもない出来事。
聖杯戦争も、おそ松に言わせればその一つだ。しかし画面越しに見る汚濁の海は、完全にそれらと一線を画していた。
実際に現場を見ていなくても分かる、強すぎる怨念。
質の悪い心霊写真を見た時のような悪寒が、自然と体を突き抜けていく。
「……あのさ、これって」
聖杯戦争と関係あるやつだよね? と、おそ松はハートの3番へ問うた。
ハートの3番は、こくりと頷く。
その時、松野おそ松は初めて、聖杯戦争という"ゲーム"に恐怖を抱いた。
高所から真下を覗いた時のような、克服し難い死の気配を、彼は感じ取ったのだ。
「とりあえず、帰ろう」
ハートの3番の手を取って、おそ松は少しだけ焦りながら家路を急ぐ。
彼は、気付かなかった。
その後ろ姿と、霊体化していないハートの3番を見ている者があったことに。
「リリィさん、あの子……」
臨時下校。
サーヴァントの襲撃により、予定より早く帰宅することになった越谷小鞠が遭遇したのは、マスターに手を引かれながら何処かへと向かうサーヴァントらしき少女であった。
根拠は、ステータスが見えることだ。
ほとんどの項目が最低ランクであったが、耐久だけは群を抜いて高い。それでも、何か特別な宝具を持ってでもいない限りは、戦えばセイバー・リリィが勝つだろう。
『どうしますか、コマリ』
その問いに、小鞠は慌てる。
確かに、戦ったなら確実に勝てる相手だ。
しかし忘れてはならない。小鞠は、聖杯戦争がしたいわけではないということ。むしろその逆で、彼女はこの恐ろしい戦いから帰りたいと思っていることを。
質問をしてから、リリィは酷なことをしてしまったと反省した。
小鞠は中学生。無力な少女だ。下手をすれば命の行方を左右するような決断を、彼女だけに委ねてしまうのはあまりにもあまりな話。助け舟を出そうとリリィが口を開きかけた時、小鞠は、既に一人と一騎の後ろ姿を見ては居なかった。
『コマリ? 何を見て――』
追ってリリィも視線を動かした。もし彼女が霊体化を解いていたなら、彼女はきっと強張った顔をしていたことだろう。
汚濁の溢れる海。原因不明の公害が、K市近郊の海域を中心として爆速的に広がりつつある。
その原因に、彼女達は心当たりがあった。
――まず間違いなく、サーヴァントの仕業だろう。しかし、これだけ暴れては討伐令が下らないとはとても思えない。
マスターがサーヴァントを制御できていないのか、それとも……
"マスターも、既に……"
あの汚濁(ヘドロ)に、呑まれているのか。
リリィはおぞましい想像に、見えざる顔色を曇らせた。
何か、大きなことが起ころうとしている。
聖杯戦争の最初の節目となるような、大きな波乱が。
【A-3/パチンコ屋付近/一日目・午後】
【松野おそ松@おそ松さん】
[状態] 健康、軽度の焦り
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(赤) 、シャッフリン(ハートの3)と一緒(方針:マスターに同行)
[道具] なし
[所持金] 金欠(イヤミの妨害により悪化)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にして豪遊する
1:家に戻る
2:シャッフリンちゃんたち、大丈夫かな
3:『彼女たち』には、欠けてほしくない
[備考]
※聖杯戦争を正しく認識していません。
※シャッフリンをそれぞれ区別して呼ぶようになりました。
【アサシン(シャッフリン/ハートの3)@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを勝利させる
1:家に帰るまで、マスターを護衛する
【越谷小鞠@のんのんびより】
[状態] 健康、不安
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
1:何これ……
2:目の前の二人を追う?
【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン<リリィ>)@Fate/Unlimited cords】
[状態] 疲労(中)
[装備] 『勝利すべき黄金の剣』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界へと帰す
0:目の前の主従をどうするか考える
1:コマリを守る
2:バーサーカーのサーヴァント(ヒューナル)に強い警戒。
3:白衣のサーヴァント(死神)ともう一度接触する機会が欲しい
4:これは……
以上で投下を終了します。
吹雪(ブラゲ版)、空母ヲ級(ヘドラ)、ルーラー(キーク) 予約します。
投下乙です。
小鞠ちゃんもハートの3番ちゃんもよいこだなぁ
(悪い子が出てこない話だとは言ってない)
やはりヘドラの存在はほとんどのマスターにとって脅威と言えますね
(参加者によっては温度差がひどいことになっていますが)
> 聖杯戦争の一幕とは思えない、異様な光景であった。
こことか要所要所でのギャグ文体に思わず笑ってしまいました
それでは自分も、棗鈴&ランサー、秋月凌駕で予約させていただきます
投下します
既に太陽が南中に入ったころ、まるで陽光から逃げるように路地裏の影に潜む影があった。
白衣の男、名は岡部倫太郎。先の公園での戦闘で逃走し、姿をくらませていた男である。セイヴァーとそのマスターから逃げ果せたと確信が未だ持てず、路地裏の影に隠れていた。
「もう大丈夫かと思うか?」
誰もいない虚空につぶやく岡部。一見すればいつもの一人芝居に見えるだろうが、今は彼へ言葉を返す者がいた
(わかりませんわ。私たちはそういったことに疎いので)
(海賊が気配察知スキルなんてもん持つわけないじゃん)
二種類の女の声が念話で直接脳へと入ってくる。
声の主は二人の伝説的な女海賊。ライダーのサーヴァント『アン・ボニー』と『メアリー・リード』の声である。
名を馳せた場が海の上である彼女達の言う通り、魔術師の気配など察知するスキルは無い。故に表に出て行動できず路地裏をあちらこちら歩き回る状況が続いていた。
「そこの君、待ちたまえ」
そんな岡部に背後から声を掛ける男がいる。
岡部の心臓がはねあがり、背筋に悪寒が走る。ここは路地裏。そんな場所にいる人間など自分をはじめとして表に出られない後ろ暗い人間だろう。今はそんな相手と、たとえNPCだとしても関わりたくない。
恐る恐る振り返る。 ライダーがいるとしても心強い気はしなかった。近くにまだあの白い男が彷徨いているかもしれないのだから出すわけにはいかないからだ。
岡部が振り返ると、そこには机と机を挟んで椅子が一つずつ。片方の椅子は男が座っており、机には「あなたの運勢占います。カール・エルンスト・クラフト」という紙が貼られている。
つまり、男は占い師だろう。カール・エルンスト・クラフトというのは男の名前だろうか。
「何をそんなに、恐ろしいものでも見るような目で私を見るのかね?
私は君を取って食おうなどとは思っておらぬよ」
黒い外套を羽織り、女のように長い髪を黄色いリボンで纏めた白人男性だった。
身なりの良さと枯木を思わせるほど痩せ細った男の姿は岡部の想像した悪漢のイメージからはかけ離れていたが、生理的に無視できない存在感を醸し出していた。
「少し、占いをしていかないかね?
ああ、料金はいらんよ。こちらは退屈で仕方ない故に何か暇でも潰したくてね」
男の口調は粘っこく胡散臭く占い師というより詐欺師の印象を受ける。
直感的に相手にしてはいけないと岡部は感じた。
「だったらこんなところじゃなくて表の通りでやればいいのでは?
俺なんかより占いが必要な人間が大勢いるぞ」
言外に関わるなという意味を込めて突き放すような口調で告げる。
しかし、占い師はその機微を理解していないのか──あるいは理解した上で受け流したのか──薄ら笑いを浮かべる。
「これは手厳しい。確かに占ってもらおうとする人間は表の方が多いのだが、彼等は基本的に切羽詰まっていない。胡乱な占いを本気で信じる人間などごく少数であるし、占いの結果に人生を掛ける者は輪をかけて少ない。
そして何より、俗世の人間の悩みは落差が小さくて占う側としてもつまらない。故にこのような路地裏で占いをした方が益になると私は思っている」
「だが見ての通り、俺は科学者だ。占いなど信じると思うか?」
「信じるとも。君は見たところ日の当たる場所にいるべき人間だ。そんな人間がこのような場所へ逃げ込むなどよほど切羽詰まった事情と見てとれる。
まさに猫の手も借りたいのではないかな? そんな人物にこそ占ってあげたいと思うのだよ、私は」
確かに男の言う通り、羅針盤の針が定まっていないのは事実だった。白い男がいるか、いないか。戦うべきか、逃げるべきか。 数多の選択肢はあれど確かな正答、最適解を導けない。
だがその時
(アン、あのさこの人)
(言いたいことはわかりますわメアリ)
サーヴァントが声を出す。
もしかしてマスターなのか、と岡部が警戒する。
待ち構えていた? この距離ではどうすれば避けられるのか? もしかしたらコイツがサーヴァントなのか?
脳内に無数の疑問が浮かび上がり、それを処理する前にメアリーが答えを出した。
(話し方が超ウゼェ)
(あの船長と別次元のウザさですわね)
岡部が危惧したものと全く異なる会話が飛んできたので悪口かよと突っ込みを入れそうになった。
「どうしたのかね科学者どの?」
「いや、何でもない。占ってくれ」
ともあれ、タダだと言うしこの際だ。とりあえずは占ってもらおうと椅子に座る。
「それで何を使うんだ。手相か、易か?」
「いいや。私は基本的には星見で占うのだが、今は昼だ。昼でも出来ないことも無いが、知識が無い者にはわからないし、視覚化されないと俄には信じがたいだろう。なのでこのタロットカードで占おうと思う」
男が取り出したのはタロットカードだった。カードを混ぜて揃え、それを岡部が三つの山に分ける。
「さて、何を占えばよろしいかな?」
「もしも今路地裏から出た場合どうなるかを教えてくれ」
「承知した。では分けた山のうち一つを選びたまえ」
(右がいいんじゃないかな?)
(では私は左で)
無視して真ん中の山を選ぶ。出てきたタロットカード二枚のうち一枚目は「吊るされた男」の逆位置。
そのイラストを見たアンとメアリから不快感が立ち上ったように感じたのは気のせいじゃないだろう。
本来ならば足を縛って吊るされているはずの男の首にも縄がかけられており、これでは縛り首だ。
刑死者。縛り首。
彼女達の当時の状況を詳しく知らない岡部でも海賊は捕まれば縛り首ということは知っている。
ましてやタロットカードの吊るされている男の格好は海賊そのものだった。
「ほう、タロットカードの一枚目は『現状』を表します。そして『吊るされた男』、刑死者の逆位置」
「俺が縛り首になると?」
「いいえ。確かに見た目は刑死者ですが、意味するところは無意味、無駄、空回り。
視野が狭く己の持っているものの特性を理解出来ていないということを意味している。
まずは現状を見直さなければこの通り縛り首になってしまうという暗示だよ。
まぁ、陸に上がる海賊など正しくこのようになる定めだろう」
二人の苛立ちが更に強くなったのを感じた。
────この男、実は分かってて言ってるんじゃないか。
「この絵柄のような、陸に上がった海賊のような結末を迎えないためには海に戻るのがよろしい。君でいえば路地裏から出るにしても、出口を選ぶと良い。
とりあえず持てる力を発揮するには機と場所選び、やるべきことを見直すべきではないかな」
二枚目のカードを裏返すとそこにあるのは星のイラスト。
「さすれば星の正位置。『成功』、『祝福』、『幸良き未来』を得られるでしょう。以上が占いの結果であります」
「星の説明が雑すぎないか。二枚目はこれからの事を暗示するのだろう」
「その通り。ですが、現状を見直せばどう転んでも吉となるとも取れる」
「生憎、何とかなるでどうにかなった試しが無いんでな」
「では考えてみるがよろしい。そもそもそうなった発端を。
事件であれば己の行動を、争い事であれば自分の判断を。何を相手にし、どこで動くべきだったか。それが失敗ならば今後はどうすべきか。
考えるうちに自然とこの先どうすればよいか見えてきますゆえ私から言えることはこれ以上ありませぬ」
岡部はそうかと述べて席を立ち上がる。
「礼を言う。占いの事は胸に留めておこう」
「とんでもない。私としても良い退屈しのぎになったと感謝している」
とかいいながら男もまた立ち上がり占い道具を片付け始めた。次々と道具が鞄の中へ仕舞われていく。
「店を畳むのか」
「左様。ここで会ったのも運命だ。
あなたの言う通りもう少し人の多い場所で占いをしてみようと思ってね」
「そういえばあんた。日本語が上手いな」
「この国には縁がありましてね。ドイツから何度か渡日してるうちに話せるようになりました」
「へぇ、ドイツ。そういえば名前を言ってなかったな。
俺の名は鳳凰……いや、岡部倫太郎だ」
「私の名は──」
「カール・エルンスト・クラフトだろ?」
貼り紙を指差して言う。
おやおや私としたことがと恥ずかしがりながら貼り紙も剥がし、道具を全て片付けた。
「またご縁があったらお会いしましょう」
「そうだな」
そういうとカールは歩いてどこかへ消えていった。
(どう思うライダー?)
(カトラスで切り刻みたい)
(いいえ、マスケット銃で撃ち殺しましょう)
思いっきり感情的な答えが返ってきた。
(いや、感想じゃなくて占いの内容だ)
(あの胡散臭い口調はともかく内容自体は一理ありますわね)
(現状を見直せというやつか。では、もしもあの白い男達ともう一度ぶつかった場合、勝つ勝算はあるか?)
岡部の素人目では戦いの詳細など全く理解できない。
そもライダーの声が無ければ撤退という判断すらできなかったはずだ。
(サーヴァント自体の戦闘能力はこちらが上だったけどセイヴァーは防御が上手いから崩しにくい)
(それにあのマスターが厄介ですわね)
(あのマスター。一人で私たち二人を相手に出来そうだったしね)
(悔しいですが、このまま逃げるのをおすすめしますわ)
(問題はどこに逃げるかだよね)
むーとメアリが頭を抱え、岡部はもとより黙りこんでいる。
だがアンだけは閃いたという風に手を叩く。
(海の上なんてどうですの)
(何故海なんだ?)
(私達が何の英霊か忘れましたの?)
(確かに陸より船の上でやり合う方がましかもね)
(船の扱いと戦いなら任せて下さい)
言われてみれば尤もな意見だろう。というよりも何故二人とも今まで気付かなかったのか。
いや、違う。彼女達はマスターの指示で戦うサーヴァントであり、それを活かすために動くべきは俺だ。
あの占い師の言う通り、周りを見ずに空回りをしていたのだ。その結果、いきなり敵から逃げ出す始末。目も当てられないだろう。
(まゆりを死なせた時から、俺は全く成長していないではないか……)
俺は考えなければならない。
この円環の如き繰り返す殺戮の運命から逃れるために。永劫回帰はもういらない。
(マスター。おーい)
(大丈夫ですの?)
いつまで経っても反応しない岡部にライダーが心配そうな声をかける。
(ああ、問題ない)
ひとまず岡部は海へ向かうために歩き出し始めた最初の一歩で
────世界線変動が発生した。
0.XXXXXX→0.160826
まずは目眩がした。
次にノイズが頭に響き、壊れたブラウン管テレビの如く周囲の景色がズレ、そして瞬時にそれらは修復される。
周りの状況は目眩がする前から一切ズレていない。だが何が起きたか明白だった。
世界線が変動したのだ。
岡部倫太郎は世界の変動が感知できる。
魔眼「運命探知(リーディング・シュタイナー)」。因果律の変動と収束を観測する能力である。
今までは自称魔眼であったがサーヴァントや魔術なんてものが存在する以上、もはや正式な魔眼で良いだろう。
正式じゃないのに何で魔眼なのかって? お察しください。
ともあれ世界が動いたのは間違いないだろう。問題はどうして世界が変わったか、だ。
まさか占ってもらったから世界線がズレたなどということはあり得ない。世界線はそれほど脆くない。もし故意に世界線変動をやるのなら時空を超越した事象が必要になる。例えばタイムマシンで過去に飛び過去を変えるような。
岡部は知る由も無いが、今この時、別の場所で未来予知を持つ者が本来死ぬべき者を生かしたため世界が動いたのである。
岡部倫太郎の望みはかつての世界線、変動率1%を超えた世界線へ行くことだ。そのためには改変された内容、つまり岡部が過去に干渉した内容を取り消す必要がある。
だが、この聖杯戦争には岡部以外に世界線を変えてしまう者がいる。そしてソイツがいる限り岡部の、いやラボメンの運命に安息は訪れない。
なぜなら聖杯戦争に勝利して聖杯の力で1%の世界線に戻ってもソイツが存在し続ける限り世界は変わってしまうからだ。
ならばどうするか、愚問だ。
やることなど一つしかないだろう────捜しだして殺すしかないではないか!!
クソと壁を殴り、苛立つ岡部に彼のサーヴァントは驚きの声を上げる。
(マスター。本当に大丈夫?)
(どうしました? 顔色が優れませんわよ)
(問題ない)
ライダーに言うべきか一瞬迷うが、今はまだいいだろう。こんな奇天烈な話をこの状況でする気になどならない。
「それで何をするんだったか」
「海へ行こうって話だったでしょ」
「もうボケが始まったんですの」
ああそうだったと適当にはぐらかしつつ、岡部は歩み出す。
* * *
そして数十分後、岡部達は海沿いにいた。
この時代の海に着いて海賊の二人が最初に放った一言は「おえぇ」だった。
「この時代の環境破壊は深刻だね」
「流石に知識としては知ってましたけど実際に見ると『酷い』としか言えませんわ」
「いや、これはない。流石におかしい」
海にそれほど縁のない岡部であるが、それでも今、目の前の惨状に眉を顰めずにはいられまい。
青く美しい海は黄緑色へと変色し、周囲は錆の褐色と塩のような白い粉末が埋め尽くしている。
潮風は粘性すら感じる温い臭気に変わり、潮の香りは塩基性と腐卵の混ざった悪臭へと変えられている。
異海、魔境。海は人が住めるとも寄り添えるとも思えない極悪環境と化していた。
犯行は未知のサーヴァントの仕業と考えれば簡単であるが。
海を? 丸ごと? どうやればこんな風になるのだ?
先ほどの白い男とは別の意味で桁違いだ。
海がヤバイ。語彙が乏しいと思われるかもしれないが、この光景を見ればそうとしか表現できなくなる。
「流石にこの海へ出たいとは思えないね」
「ですわね。完全に後手に回りましたわ」
「一旦、周囲から情報を集めよう。何が起きたか探るべきだ」
岡部の提案に二人は頷き霊体化する。
次から次へと現れる強敵に岡部は希望を持てずにいた。
--------------------
【C-6/海岸/一日目・午後】
【ライダー(アン・ボニー)@Fate/Grand Order】
[状態] 完治、健康
[装備] マスケット銃
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:海がとっても臭い
2:討伐クエストへ参加する
3:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する
【ライダー(メアリー・リード)@Fate/Grand Order】
[状態] 完治、健康
[装備] カトラス
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:これは船が出せませんわね
2:討伐クエストへ参加する
3:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する
【岡部倫太郎@Steins;Gate】
[状態] 健康、気疲れ
[令呪] 残り三画
[装備] 白衣姿
[道具] なし
[所持金] 数万円。十万にはやや満たない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1:海について情報を集めなくては
2:未来を変えられる者を見つけ出して始末する
3:討伐クエストへ参加しつつ、他マスター及びサーヴァントの情報を集める
4:『永久機関の提供者』には警戒。
5:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)は倒さねばならないが、今のところは歯が立たない。
[備考]
※電機企業へ永久機関を提供したのは聖杯戦争の関係者だと確信しています。
※世界線変動を感知しました。
※セイヴァーとそのマスターに出会いました。
投下終了します
お二方投下乙です
>よいこたちの一幕
なにやってんだこのニート(呆れ)弟はまだ一応の範囲とはいえ行動してるのに……
しかしどこもかしこも街の話題はヘドラまみれ。この情勢はまだ続きそうですね。
>永劫回帰はもういらない
なにやってんだこのニート!?(驚愕)ニート投下の後に宇宙規模のクソニート投下とはなにこのゲットー
でもアンメアちゃん黒髭と同列に語られるのは……うん、まぁいいか!
鳳凰院さんの魔眼が疼きよるわ。紅莉栖と未来観測者の接触の因縁の先が気になります
投下お疲れ様です!
メルクリウス超うぜえええええ!!
こいつは本当にただのNPCなんですかね……(疑心)
そして世界線変動の描写がとても好きです。面白かった。
自分も投下します。
聖杯戦争とイレギュラーな事態は、切っても切り離せない関係にある。
英霊召喚の範囲を世界線を越えるまで伸ばさなかった場合でも、予定通りに聖杯戦争が進む可能性はごくごく低い。
呼び出す者にも呼び出される者にも知的生命体としての個我があるのだから、それは当然の道理だ。聖杯戦争というシステムそのものに疑問や反感を抱く者も、決して少なくはない。
通常の人類史には存在し得ない英霊さえも呼び出すことが出来る、友より受け継いだこの外法の聖杯戦争では、そのリスクは実に数倍以上にまで跳ね上がっている。
英霊の座に記録されないような者まで呼べるということは、即ち何でもありということだ。
目的を達成するには通常の聖杯戦争では不足な為、召喚範囲の拡大は必要不可欠な措置である。こればかりは、如何ともし難い。
第二次聖杯戦争が開戦してから、早くも半日ほどの時間が経過した。
いや、半日『しか』経っていないというべきだろうか。
まだ一日も経過していないのにも関わらず、K市の盤面は既に相当な混沌とした様相を見せつつある。正直な話、雲行きは既に怪しいと言っていいだろう。
裁定者(キーク)とも、管理者(オルフィレウス)とも異なる役割を持つ彼女こそは、一部の聡い参加者が見出しつつある聖杯戦争の黒幕その人だった。
彼女が居なければ、聖杯戦争は起こらなかった。
放棄された電脳世界は永久に時の凍ったまま、二度と日の目を見ることはなかったに違いない。
昏い緋色の双瞳に冷たい光を宿した、黒い軍服の少女であった。
軍服には渇いた血の痕跡が所々に残されており、腰からは砲ではなく軍刀が提げられている。
深海と地上の狭間を生きる彼女の名を語ることは、敢えてしない。
彼女の真名を明かしたところで、今や、その本質はそう呼ばれていた頃とは様変わりしてしまっているからだ。即ち、名前で呼ぶことに意味がない。名前という記号に当て嵌められない特異点存在こそが、今の彼女だ。
彼女の立っている場所は、灯台の真上だ。
普段ならば漁船やマリンボートが最も活発に行き来している筈の時間帯なのにも関わらず、港はおろか、海岸周辺に近付く者も今は殆ど居ない。居たとしても、命知らずの野次馬程度のもの。
そして彼女が立つ灯台の周囲には、見事に人影がなかった。
監視や索敵の使い魔が飛んでいないことも確認済。自分の姿が露見する可能性は存在しない。
冷たい視線が射抜いたのは、遠い洋上に浮かぶ無数の名状し難き汚濁達であった。
マスター名を空母ヲ級。サーヴァント名を公害生命体、ヘドラ。しかしヘドラとヲ級は融合を果たしており、俗にデミ・サーヴァントと呼ばれる存在となっている。
禁魔法律家の勢力拡大には、キャスターが直接魂喰いを始めない限りは目を瞑っていると決めた彼女だが、この汚濁の主は看過するわけにはいかなかった。
仮に捨て置けば、聖杯戦争そのものをご破算にしかねない。
彼女が最大限に警戒している、とある最弱の英霊とは違うベクトルでの厄介な相手。
端的に言って、目障りだった。
そこに私怨が存在しないかと問われれば頷くことは出来なかったろうが、聖杯戦争を監督する者としても、ヘドラによる汚染拡大は断じて見過ごせない。
そしてキークによる介入も、汚染区域とヘドラが殆ど同一の存在である以上は期待できない。
サーヴァントを消せと命ずることは簡単だろうが、それにはあのじゃじゃ馬の令呪を解く必要が出てくる。そんな危険を冒す阿呆は居ない。
それ以上に、サーヴァントを自分ら主催側の手で破壊するのは可能な限り避けたい事態だった。
あくまでも、サーヴァント同士が潰し合うことに意味があるのだ。
「艦隊展開」
それなのに、彼女がわざわざ出てきた理由は他でもない。
ヲ級とヘドラにとどめを刺すのは他の主従へ委ねるとして、そのお膳立てをするためだ。
これ以上彼女達の肥大化が進めば、それを討伐できるカードは限られてくる。そうならないように、お痛の報いを一足先に味わってもらう。そういう算段だ。
艦隊展開。
それをコマンドワードとして、吹雪の背後より無数の砲口が覗く。
数は恐らく、三桁に届くだろう。それほどの数の戦艦が、その砲口だけを覗かせている。照準は汚染された海全域だ。
「砲撃開始」
次の瞬間に起こった出来事に目撃者が居たならば、例外なく目を見開いて驚いたに違いない。
無数の砲口が同時に火を噴くまではいい。しかしそれらは、間髪入れずに魔的と称するに相応しいだろう火力を連射していたのだ。
当然、それに残弾が尽きるということはない。
"発射可能"という状態を永遠に維持しているのだ。発射する瞬間、されている瞬間、し終えて以降もずっと。そういう理解不能な不条理が、彼女の駆使する無尽艦隊には存在した。
海より飛び出し、自分へ食い付かんとした駆逐艦の一隻を軍刀の一閃で両断する。
お返しとばかりに放たれた砲弾の殆どは無尽艦隊によって撃ち落とされ、幸運にもその隙を掻い潜って彼女の眼前まで辿り着いたものも、片手で払われる結末に終わった。
「……大分減ったかな」
時間にして三十秒ほどの掃討劇であったが、見える範囲での汚染範囲はそれなりに減少したように見える。後はこれから更に数カ所、汚染の目立った場所で同じことをすれば、手助けとしては十分だろうと彼女は踏んだ。
その姿が、ノイズに包まれて掻き消える。
それから彼女が転移したのは、あろうことか汚染の中心、空母ヲ級の眼前だった。
硫酸のミストと、鼻が曲がるを通り越して壊死するのではないかというような濃密な悪臭に晒されるが、彼女は傷一つ負ってはいない。
ただ、別な世界の宿敵を見つめていた。何か、想いでも馳せるように。
「――■■■■■■」
小さく呟いた言葉は、怨念に呻く深海の軍勢の蠢動音によってかき消された。
その言葉を聞き届けた者が居たとしても、意味を理解できたかは不明であるが、とにかくこの時、彼女は一線を超えかけていた。
それほどまでに、因縁の深い相手なのだ。
彼女の住んでいた世界の空母ヲ級とは別な生命体であることは分かっている。それでも割り切れないものがあったから、無表情のままで右手を虚空へ翳す。
「軍神の(フォトン)――」
◆
「そろそろ来る頃だと思ってたよ」
電脳空間、某所。
第一次聖杯戦争を監督し、失敗した少女が眠っている場所ともまた異なった、真にこの聖杯戦争の中枢とでも言うべき場所。
そこへ戻った少女を出迎えたのは、気だるげにした様子の裁定者・キークであった。
「それで? 要件はあれのことかな」
「そういうこと」
あれ、というのが何を指しているのかは改めて確認するまでもない。
電脳空間を超え、一時は現実にまでその魔手を伸ばした公害英霊・ヘドラ。
結論から言うと、彼女は空母ヲ級を消滅させはしなかった。
愚かな小娘を自称する彼女ではあるが、一時の感情に任せて計画の行く末を妥協せねばならなくなるような行動に出るほど、阿呆でも子供でもない。
これはあくまで聖杯戦争――あれが正当に優勝してしまうというのなら、それも一つの結末なのだ。避けたい未来ではあるが、そうなったなら自分の人選を呪うだけのこと。
「優先度はジャック・ザ・リッパーよりも上。報酬は令呪一画で、掃討戦において功績を挙げたと判断した主従全てに進呈する。
直接あのデミ・サーヴァントを殺害した主従には、更に追加で一画」
「ふうん」
キークは、それを過剰とは思わなかった。
もしもキークが聖杯戦争を主催して、彼女の立場に立ったとしても、きっと同じことをする。
あのヘドラというサーヴァントは、それほどの化け物だ。
何より恐ろしいのが、これだけの措置を取って尚、あれを完全に鎮圧できる保証が存在しないことだろう。こればかりは、参加者各位の奮戦に期待するしかない。
「必死だね、あんたもさ」
自分の宝具である、白黒の電子妖精を派遣し、キークは厭味ったらしく笑った。
聖杯戦争を取り仕切るために呼ばれた、謂わばセキュリティプログラムのような存在であるキークに与えられている情報は意外にも多くない。
例えば、オルフィレウスという男のこと。
この、吹雪という少女のこと。
彼女の世界であったこと。
大日本帝国が世界の実権を取った世界の顛末。
第一次聖杯戦争で、何があったのか。
そのすべてを彼女は知らないが、一つ分かることはあった。
「そんなに泥塗れになって、一体何を成したいの?」
「――消すよ、ルーラー」
「やってみなよ、見ててあげるからさ」
きっと、彼女は最初から――
◆
そうして、冬(スノーホワイト)に届く筈の白黒(ファル)が動く。
やりきれないものを溢れさせながら。
いつかの時と同じように、抗えない主命の下、悪に殉ずる。
◆
【???/電脳空間のどこか/一日目・午後】
【吹雪@艦隊これくしょん(ブラウザゲーム版)】
[状態] 健康
[装備] 軍刀
[道具] 『無尽なり、日帝海軍(海色の軍勢)』
[所持金] 必要なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争をつつがなく進行させる
【キーク@魔法少女育成計画 restart】
[状態] 健康
[装備] 『やがて冬に届く白黒(ファル)』
[道具] ルービック・キューブ
[所持金] ∞
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の運営
1:退屈だわ
※ファルが各参加者への討伐令通知に向かいました。
空間転移を使用可能なので物理的距離は関係ありません。
内容は纏めると以下の通りです。
討伐対象:空母ヲ級(ヘドラ)
報酬:働きに応じ令呪一画(止めを刺した主従には二画)
備考:既に発令されている双子とアサシンへの討伐令よりも、優先度は上とする
【C-7/大側/一日目・午後】
【空母ヲ級@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 無我
[装備] 艦載機
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:艦娘、轟沈
1:艦娘を見つけて沈める
2:宝具で陸地を海に変える。
3:艦隊の建造、補給、遠征の実施。
※主催介入(物理)により、侵食領域が減退しました。しかし、一時的な気休め程度です。
◆
Tips:第一次聖杯戦争(その1)
吹雪の聖杯戦争が勃発したことにより、必然的に第一次の枕詞を付けねばならなくなった、最初の聖杯戦争。睦月という少女が権限を得て主催し、そして失敗した戦い。
その戦争時には、エクストラクラスのサーヴァントは起用されなかった。
通常の七クラスのサーヴァントを均等に四騎ずつ集め、ルーラーを除いた二十八騎のサーヴァントで戦争は開始され、事実上の終了までに五日間を要した。
異なる世界の存在同士を掛け合わせて行う聖杯戦争が長続きすることは稀だが、彼女の聖杯戦争では二十八騎中の二十一騎が二日目終了時点で脱落。
後の三日間の戦いは、残る七騎による熾烈な戦いとなった。
当初順調に進む予定だった聖杯戦争の盤面が狂い始めたのは、初日の夜。
最後の七騎にまで残り、圧倒的な武力で他を圧したアーチャーのサーヴァントが彼女へと挑戦状を叩き付け、聖杯戦争を取り仕切るルーラーを抹殺したのだ。
――それが、混沌の幕開けだった。
以上で投下を終了します。
乙
やべぇ、一次で何があったのか気になりすぎる
佐倉杏子&ランサー(メロウリンク・アリティ)
ヘンゼルとグレーテル&アサシン(ジャック・ザ・リッパー)
元山総帥&バーサーカー(アカネ)
真庭鳳凰&バーサーカー(ファルス・ヒューナル)
ニコラ・テスラ&セイヴァー(柊四四八)
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン&マシン(ハートロイミュード)
以上六組予約します。
予知合戦が始まったら、オカリン酔いそう
投下します。
「……驚いたな」
感嘆の声を漏らしたのは、ニコラ・テスラのサーヴァント、セイヴァーこと柊四四八だ。
公園での一戦を終えた彼らは空腹を満たすべく、適当な店を探して歩くことにした。
サーヴァントに本来食事は必要ないが、味を感じる機能は備わっているし、必要ないというだけで全くの無駄な行為というわけでもない。
生命活動の維持。最大の目的であるそれを除けば間違いなく、食事が生む益としては不動の二位であろう『満足感』。それを得ることは、サーヴァントにも出来る。
そんなこんなで彼らは暫く街を練り歩き、そして、ある一軒の店を見つけた。
きそば真奈瀬。名前の通り、蕎麦屋だ。
しかし別段目を引く外観をしているわけではなく、悪い言い方をすればだが、どこにでもありそうな店ともいえる。
それでも、四四八にとっては特別な意味を持つ店だった。
よもやこの虚構の街で、再びお目にかかることになろうとは微塵も思っていなかったが。
「俺の仲間の親父さんが経営してる店なんだ、此処は。俺の母さんもパートで働いていて、夜にはよく迎えに行ったもんだよ」
「……サーヴァントの知己の相手まで、再現されているのか」
「どこまで再現されているかは分からないがな」
少なくとも、この世界の柊恵理子には、四四八などという名前の息子は居ないだろう。
夫の蒸発以降独り身のままか、全くの別人を息子として育てているか。それとも案外、この電脳世界で再現された恵理子の夫・聖十郎は、ちゃんと一人の女の夫をやっているのかもしれない。
それはそれで興味があったし、全くの他人として、彼らの姿を見てみたい欲はあったが、四四八は踵を返して別な店を探し始めた。
「意外だな。てっきり昼飯は彼処に決めたものだと思っていたが」
「見るまでもなく分かる。あの人達はきっと、仲良く幸せにやってるさ」
見て、確認することで得られるものは確かに大きい。
しかし敢えて見ず、ぼんやりとしたままにしておくからこそ価値のあるものもある。
それが、四四八が敢えて母と、父のように接してくれた心優しい蕎麦打ち職人の店を尋ねなかった理由であった。
その後二十分散策した後、彼らが入ったのはこれまたなんてことのないファミリーレストラン。
この世界では相当市民権を得た店名のようで、日本各地にたくさんのチェーン店が点在しているらしい。無難なチョイスではあるが、それだけに外れということもないだろう。
店へ入り、適当な注文をして一息つく。
やがて届いた料理を口へ運びつつ、彼らは身を休め始めた。
――それから、十五分ほど経過した頃であろうか。
昼時ということもあって増え始めた客足の中に、テスラは信じがたいものを発見した。
一際目を引くプラチナブロンドの頭髪に、高級なドールを思わせる精微な顔立ちをした幼い双子の兄妹と、黒い襤褸のマントを羽織った薄着の少女。
どう高めに見積もっても中学校にはあがっていないだろう齢の三人がこの時間帯に街を彷徨いているということ自体は、さして特筆すべきことではない。
K市では今日だけで二件もの学校襲撃事件が発生し、その影響でほとんどの小中学校が臨時下校を行っている。現に此処に来る間、テスラ達も中学生と思しき童顔と何度かすれ違った。
そう、問題はそんなことではないのだ。
最大の問題は、双子の兄妹よりも少しだけ背の大きな、マントに薄着の少女。
彼女を視認すると、その愛らしい姿と一緒に、ステータスまで視認できてしまうことにある。
「……『ヘンゼルとグレーテル』だったな。奴らの名は」
「ああ。コードネームだろうが、二人で行動しているマスターなことは間違いないだろう。……双子で兄妹という条件まで揃っている。疑うまでもないな、もはや」
調査対象として考えていた、討伐令のアサシン主従。こんな場所で相対することになるとは思わなかったが、四四八の言う通り、彼女達こそが無辜の市民を虐殺した犯人に違いあるまい。
四四八は、見た目の幼さが危険度の低さとイコールだなどとは考えていない。
それは彼の何事にも慢心しないスタンスの一環でもあったが、それ以上に生前の経験則によるところが大きかった。
夢界六勢力が一角、鋼牙の首領は幼かった。しかし、あれを脅威でないなどとは今でも思えない。どれだけ幼く、可愛らしい見た目であろうとも、それで警戒を怠ってしまえば破滅に繋がる。
故に黙して、二人はその動向を窺う。普通に食事をしに来ただけならば、店を出てから接触を図ればいい。もし店内で事を起こすつもりなら、その時は全力で止めるだけのことだ。
二人と一騎が注文したのは、揃いも揃って手捏ねのハンバーグだった。
肉汁の滴るそれを食べながら楽しげにしている姿は、まさしく無邪気そのもの。
殺人鬼が幼い双子であるという情報を目敏く入手していたNPCがこの場に居合わせていたとしても、こんな姿を見た日には、「まさかな」と苦笑して警戒を解いてしまったに違いない。
「おいしいわね、ジャック」
「うん」
ジャック。それが、あのアサシンの真名なのか。サーヴァントの真名をこんな人前で口走ることの危険さを認識しているのかさえ、怪しい物があった。
「ジャック……か」
顔を顰めたのは四四八だ。呼び名がジャックで、クラスはアサシン。
この二つの情報を聞けば、然程知識の深い人間でなくとも、その真名に心当たりが出てくることだろう。――それほどまでに、『ジャック』という殺人鬼は有名だ。
殺人の歴史は古く、様々な人物がそれを犯してきたが、『ジャック』と肩を並べるほど有名な殺人鬼は間違いなく人類史上でも数えるほどしか居ないに違いない。
四四八はこの時点で、自分の推測が当たっていることを半ば確信していた。
マスターはサーヴァントのステータスを可視情報として視認、読解することが出来る。
それはテスラだけでなく、あの双子も同じのはずだ。しかしながら、彼女らが四四八に気付いた様子はない。霊体化すらしていないにも関わらず、である。
気付いているのか、それともいないのか。
「ふう、ご馳走様」
ハンバーグを平らげた双子の兄の方が、満足気にそう言った。
それから彼女達は立ち上がるとレジに向かい、会計を済ませた。一万円札で、だ。
それは財布に入っていなかった。剥き出しのままポケットに収められていた内の一枚。
ほぼ確実に、あれは非合法な手段で入手した金だろう。そしてそれを入手するために、彼女達が何をしたのかもまた、想像に難くない。
いや、あるいは――金など、行為の副産物でしかないのかもしれなかった。
「ありがとう、とってもおいしかったわ」
店員に笑顔で礼を言い、お釣りを受け取ってレジを後にしようとする双子とアサシン。それを見計らって、テスラが座席を立とうとした。
「あら」
その瞬間だ。
妹の方が、食事中もずっと傍らに置いていた大きな箱。それを慣れた手付きで素早く開き、自動小銃と思しき巨大な武装を取り出し、テスラと四四八の席目掛けて掃射したのだ。
常人ならば反応する間もなく蜂の巣になっているところだが、そこはニコラ・テスラ。
まるで予測していたかのように銃弾を迎撃して一発も浴びずに叩き落とし、サーヴァントである四四八は当然傷一つ負っていない。
妹――否。『姉様(グレーテル)』は、最初から気付いていたのだ。『兄様(ヘンゼル)』の方も。
ただ、優先順位の問題だ。敵をどうこうする前に食事がしたかった、だから気にしていなかったというだけの話。様子を窺ってすらいなかったが、その存在は覚えていた。
食事と会計を済ませ、やることがなくなったところで殺しにかかった。ただそれだけのこと。
混乱した客は出口まで辿り着くのが至難と見るや否や、窓を割って逃走しようとさえしている。
腰を抜かしている者も少なくない。警察へ連絡を試みた店員の首は、『兄様』が振るった戦斧で一瞬の内に泣き別れになった。
下手人が少年と少女ということもあり、どこか現場は非現実的なムードを醸していた。
「ヘンゼル、そしてグレーテルで間違いないな」
四四八が、テスラ謹製の雷電兵装を片手に前へ出る。
それに応じるように、ジャックと呼ばれたアサシンが野獣の牙が如き双刃を抜いた。
ニコラ・テスラと柊四四八の行動目的は、聖杯戦争の破壊と解体、そしてこの儀式を陰で糸引く黒幕の打破である。
討伐令を下されている主従とはいえ、対話の余地が存在するのならば、それに越したことはなかった。倒すか倒さないかは別として、だ。
だがヘンゼルとグレーテル、この二人は明らかに狂っていた。
無邪気故の狂気。対話や交渉などという概念は決して通じず、捨て置けば無辜の犠牲者を際限なく増やすだけだろうと判断した。
故に、此処で討つ。
討伐令を遂行し、街を脅かす殺人鬼を英霊の座へ送り返すと決めた。
「――そして『ジャック・ザ・リッパー』。おまえも、此処までだ」
次の瞬間、窓ガラスが一筋の雷光によって粉々に粉砕された。
我先にと不運な一般人が、硝子の破片で体を切るのも厭わずにそこから外へと脱していく。
硝子による裂傷は決して侮れない危険なものだが、それでも、このまま店内に残るよりかはずっと生存率が高いのは間違いない。
「気を付けてね、ジャック」
「二人もね」
会釈を交わして、ジャックは店外へと飛び出した。
それを追って四四八が路上へと出、店内にはテスラと狂える双子のみが残される。
武装の差は語るまでもなく歴然だが、ヘンゼルもグレーテルも、ニコラ・テスラが不思議な力を使う場面を既に見ている。
油断など、あるはずもない。
開幕の角笛の代わりに響いたのは、『姉様』のBARによる盛大な破壊音だった。
◆
ニコラ・テスラ。柊四四八。
ヘンゼル。グレーテル。そしてジャック・ザ・リッパー。
便宜上サーヴァントも含めて『五人』という形容を行うが、彼らは誰一人として、この通りでもう一つの戦いが勃発していることには気付かなかった。
ただこの戦いは、彼らのように双方が合意して始まったものではない。
一方的な襲撃だ。戦闘意思の有無を問うことなく、戦いの火蓋は切って落とされた。
「■■■■■■■――!!」
笑い声。
理性の存在しない爆音のような声であったが、それが笑い声であることはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンにも、そのサーヴァント・ハートロイミュードにも理解できた。
同時に、一瞬で分かる。このサーヴァントは、バーサーカーだ。
狂化によって理性の大半を奪われる代わりに、本来の数段上の力を手にした英霊だ。
生半可な英霊であれば、応戦することも出来ず、大熊に狙われた格闘家のように数段上の強さでもって蹂躙され、聖杯戦争の舞台を降りることになっていただろう。
だが、ハートは違う。彼は強い。マシンのサーヴァントは、バーサーカー……ファルス・ヒューナルによって行使される数々の暴力を悉く迎え撃っていた。
触れれば岩や鉄はおろか、どんなに頑強な城塞でも粉々にするだろう鉄拳をその腕や肉体でいなし、時に受け止め、更には攻撃を利用して切り返すこともある。
「良いぞ、良いぞ!!」
ヒューナルの声は、いつも通り闘争に対する歓喜と喜悦を満天に湛えていた。
アスファルトを砕き、電信柱を薙ぎ倒し、戦いが生む衝撃波はびりびりと大気を震わせる。
尋常ならざる戦いであることは疑いようもなかったが、それでもハートは、このサーヴァントをまだ『やり易い』部類だと認識していた。
戦いの中での成長を許さない、地を這う人狼(リュカオン)に比べれば、まだこのバーサーカーの方が共感のしようもあるというもの。
「マシン、加減なんていらないわ。やっちゃいなさい」
「勿論だ。それに多分、加減できる相手じゃない」
ハートは直感的に、ファルス・ヒューナルが未だ全力には程遠いことを悟っていた。
此処までの戦いを踏まえた憶測に過ぎないが、恐らくこのサーヴァントは、実に『バーサーカーらしい』サーヴァントだ。
即ち、純粋に強い。奇を衒った作戦などは用いない代わりに、それを用いられたとして、真っ向から踏破していく怪物じみた強さだけがそこにある。
そしてそのことは、同時にとある事実を物語ってもいた。
――ハートの出力が上がる。
それと同時に、力では互角だったはずのヒューナルの拳が、僅かながら押し返され始めた。
ファルス・ヒューナルというダーカーの何たるかを熟知しているアークス船団員が見たなら、きっと例外なく瞠目したことだろう。
数ほど居るエネミーの中でも屈指の剛力を持つヒューナルが、力比べで押し負けているのだ。
ハートロイミュードの宝具、『人類よ、この鼓動を聞け(ビート・オブ・ハート)』。
その効果は単純にして強力無比。ある意味では、反則的と言ってもいい。
相手の強さを受け、それを上回る。戦いの中でハートロイミュードは常に成長し、敵を上回ってどこまでも強くなっていくのだから。
ファルス・ヒューナルのように、力へ戦闘力のほとんどを割り振った相手と戦えば、宝具の効力上必然的にハートが優勢になっていく。
例外はそれこそ、ゼファー・コールレインのような特殊な相手くらいのものだ。
「反撃の時間だ、バーサーカー!」
ハートの拳が、ヒューナルのガード諸共彼を吹き飛ばす。
無防備を晒した隙を見逃すことなく、光弾を放っての追撃も勿論行う。それをヒューナルは全て避けるか打ち返すことで対処したが、生憎と、光は彼にとっての弱点だ。全くのノーダメージというわけには行かず、総合的に受けたダメージ量はハートよりも多くなった。
ヒューナルは着地するなり地面を蹴り、弾丸のような鋭い突進でハートへ肉薄する。
そこから繰り出す鉄拳は彼の腹筋へ吸い込まれたが、お返しとばかりにヒューナルも顔面を殴り飛ばされた。曲がりなりにも英霊同士の戦いだというのに、その絵面は何とも泥臭い。
光弾の数々を防ぐために、ヒューナルは違法駐車されていた軽トラックの後輪を鷲掴みにした。
握力に耐え切れずタイヤがパンクするが、これから車体が被る破壊のほどに比べれば、どれだけ軽微な損傷か分からない。
即席の盾として、トラックは十分にその役割を果たした。
運転席や荷台がひしゃげ、全てを受け切ると同時にヒューナルは強靭な跳躍力でそれをハードルか何かのように飛び越し、その剛拳で虚空へ痛烈な一打を見舞った。虚空に、だ。
その意味を一瞬ハートは理解しかねたが、それも一秒にさえ満たない間だけ。
拳打を受けた空間から這い出すように現れ、ハートとそのマスターを目掛け迫り来る黒い瘴気。数多の星を汚染し、時には支配し尽くした闇の力が炸裂する。
「イリヤ、俺の後ろに!」
「うん!」
相殺を図るハートだったが、その目論みは敢えなく失敗に終わる。
ヒューナルのはなった闇の波動は、ハートの光さえも瞬く間に侵食して押し潰し、何事もなかったかのように再び彼らを襲い始めたのだ。
意思を持った捕食者のような貪欲さを、ハートとイリヤスフィールはその光から感じ取る。
腕を十字に交差させ、ハートはそれを正面から受け止めた。自分の急所はカバーしつつ、イリヤスフィールには一切の被害を与えない見事なものであったが、ファルス・ヒューナル――もとい『ダーカー』の特性を知る者にすれば、それは悪手と言わざるを得ない。
光を隠す闇が失せた時、そこには猛進するヒューナルの姿があった。
攻撃を受け止め、一息つく暇もハートにはない。全力を込めた拳をヒューナルに打ち込む素振りを見せてから、敢えて逆の腕で彼の胸板を打ち据えた。
ヒューナルはぐらりと揺らぐが、表情筋というものが存在せずとも伝わってくる満面の笑みと共に、ハートの胴を正拳で打った。
……ハートロイミュードが自分の体の『異変』に気付いたのは、丁度この時である。
ハートロイミュードは耐久力にも優れたサーヴァントだ。
化身とはいえ、ダーカーの統率者たる【DF(ダーク・ファルス)】の放つ闇を受ければ無傷とは行かないが、それでも直撃による影響を最小限に抑えることは出来た。
優れた魔術師であるイリヤスフィールの援護で、傷を快癒させることは容易の筈。
(……癒え切らないな)
その筈が、負ったダメージが、いつになっても完全回復しないのだ。
ある一定ラインまでは回復が効いているにも関わらず、そこから先へ進まない。まるで最初からそこが体力の最大値であるかのように、回復魔術の効果が打ち止めになっている。
ハートを蝕む異常の正体は、俗にインジュリーと呼ばれるもの。ダーカーによる攻撃を受けた際に一定確率で発生する、体力減退の状態異常である。
ダーカーの侵食の前に種族の垣根は存在しない。
機械生命体だろうと、彼らは例外なく冒し、闇の眷属と変えてきた。
これでは事実上、癒えない傷を与えられたのと同じだ。
「この体をどうにかする為にもッ」
サーヴァントの力や宝具で受けた呪いを解除する上で、一番手っ取り早い方法がある。
追撃を躱し、瞬間的に小さな衝撃波を発生、ハートはヒューナルの体を宙へと浮かせる。
「倒させてもらうぞ――バーサーカーッ!!」
そしてその土手っ腹へと、乾坤一擲の力を込めた一発を、遠慮なく叩き込んだ。
さしもの彼も、空中でこれだけの一発を受けては、その場で体勢を立て直すことなど出来はしない。その肉体はノーバウンドで数十メートルも吹き飛んでいき、光弾の追撃で更に飛距離は延長される。彼に痛烈な痛手をもたらしたのは、言うまでもない。
「追いましょう」
「ああ。……いや、待て、イリヤ。あれを見ろ」
見ろ、と促されて、イリヤスフィールはヒューナルを吹き飛ばした方向へ目を凝らす。それから彼女の目も驚きに見開かれたが、すぐにその表情は不敵な笑顔に変わっていった。
「行きましょ、マシン。あなたなら、きっと全員倒せるわ」
視線の先では、二騎のサーヴァントが戦っていた。そのどちらも、ステータスは高くない。マシンに比べれば、雑魚と呼んで差し支えない程だ。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのサーヴァントは、強い。少なくとも、あの中では一番強いと自負している。
だから彼女の考えは、ごくごく当たり前のものだった。
全員倒して、聖杯戦争を進める。
それを聞いたハートは苦笑したが、それでも、異論は唱えなかった。
◆
ジャック・ザ・リッパーと柊四四八。
ヘンゼル、そしてグレーテルとニコラ・テスラ。
それぞれの戦いは、全く別の様相を見せていた。
この数週間だけで何十という命を吸ってきた刃が、雷電魔人謹製の竹刀と衝突する。
刃を伝って電流はジャックを蝕んだが、それも最初だけだ。本能で学習し、過酷な野生を生きる獣の如き聡明さで、ジャックは以降徹底して同じ轍を踏まないように戦っている。
武器同士の接触を極力避け、打ち合いを強いられる場面でも接触の瞬間は最小限に留める。
四四八の放つ攻撃は敏捷の有利に飽かして回避を続けつつ、攻められる場面では必ず攻める。
幼女だからと侮っていた、なんてことは柊四四八に限っては絶対にない。彼が今苦戦を強いられているのは、紛れもなくジャック・ザ・リッパーの実力が高いが故であった。
「やあっ!!」
声こそ可愛らしいが、その動きは一流の戦士をも越えている。
捷く、鋭く、だからと言って打力が低いわけでは決してない。およそ戦闘ステータスにおいて、このジャック・ザ・リッパーというアサシンは弱みらしい弱みを持っていないのだ。
これが人間由来の、邯鄲法や魔術、魔剣ひいては魔拳といった概念に触れてもいない存在だとは四四八には信じ難くさえあった。
(いや、こいつは……真性なのかもしれないな)
――ジャック・ザ・リッパーという殺人鬼は世界中にずば抜けた知名度を持つが、その一方で、世間に知られているのは精々が犯行方法くらいのものだ。
ジャック個人についての情報は極めて乏しく、それ故に生涯、倫敦の切り裂き魔が鉄格子の内へと放り込まれることはなかった。
謂わば、逸話だけの英霊。誰もその生まれ、育ち、動機、そして『正体』を知らない。
四四八は彼女の真名をたやすく看破したが、かと言ってそれで突き回せる弱点が明らかになったかと問われれば、首を横に振るしかない。
このジャック・ザ・リッパーというサーヴァントは、そもそもからして人間ではなく、一種の魔的存在なのではないだろうか。
こんなことを口にした日には、世間の笑い者になるのは必至である。
しかし四四八は、大真面目に眼前の殺人鬼をそう考察した。そう考えれば、この人間を超越した動きと英霊であることを踏まえても非常に高い身体能力にも合点が行く。
ステータスで圧倒的に劣るだけでなく、宝具さえ事実上持っていないも同然の彼には、極めて厳しい状況に違いなかった。
そして、この圧倒的不利を構成する要素はそれだけではない。
建物の周囲に立ち込めている、自然現象とは考え難い猛毒の霧だ。
ジャック・ザ・リッパーの宝具『暗黒霧都(ザ・ミスト)』。
呼吸するだけで肺を焼き、目を開くだけで眼球が爛れる結界の中、対魔力のスキルも機能していない状態で戦うことを四四八は強いられていた。通常の英霊ならばダメージを受けないところを、彼は極端に英霊としての性能が低いため、例外的に痛手を受けている。
誰の目から見ても敗色濃厚の戦いだが、しかし、四四八は未だ力尽きていない。
それどころか、驚くなかれ。彼は次第に、ジャックの刃を受ける回数を減少させてすらいた。
この視界もままならず、常に負傷を余儀なくされる霧都の中において、霧夜の殺人者の攻撃に適応しつつあるのだ。
柊四四八が夢界で戦っていた頃から、神々の黄昏を踏破した後の生涯ずっと積んできた鍛錬の数々。ジャックのように超人的なものでこそないが、人間の範疇で極限まで積まれた鍛錬と経験が、暗黒の霧都に立ち向かう勇者を作り上げていた。
無論、決して徒労ではない。その証拠に、ジャックの顔には仄かな苛立ちが過ぎっている。
「……不服か、ジャック?」
「うるさい」
ただしそれでも、不利なことに変わりはない。フィールドに霧が出ている限り、ジャックの優位は不動のものだ。
これを覆して勝利を収めるのは、人間として聖杯戦争に参じた男には極めて困難である。
十字を描いて打たれる閃撃を受け止めると腕に痺れが走るが、傷は受けなかった。ならば上等と四四八は前進し、ジャックの首筋を狙って一閃を走らせる。
たんっ。軽いステップで回避するジャックに、四四八は思わず舌を打った。
――強敵だ。第二次大戦を食い止めるために幾度となく交わした頭の戦いとは文字通り次元の違う、盧生をやっていた頃の戦いを思い出させる。
要約すれば、柊四四八は劣勢だった。
一方で、ニコラ・テスラはと言えば。
「うあっ……」
首筋に飛沫した雷電の火花を受けて、気絶したのは『兄様(ヘンゼル)』だ。
どさりと軽い体がタイル貼りの床に倒れ込んで、それきり動かない。
胸が上下している所を見るに死んではいないようだが、それでも、戦線に復帰して『姉様』を援護するのは殆ど不可能と言っていいだろう。
となれば、残るは姉様――グレーテルただ一人。
対するニコラ・テスラは、未だ傷らしいものを一つも負っていない。
グレーテルのBARが火を噴く。何十人という人間を鏖殺してきた銃弾は、されどもテスラを討つには些か役者不足と言う他なかった。
軽く体を反らし、帯のように展開した電流の障壁。それはまるで実体を持った壁のように弾丸の威力を押し殺し、無為なるものと帰させた。
ヘンゼルが健在だったとしても、結果は同じ。
双子の殺戮者との戦いは、彼にとって文字通り子どもとのじゃれ合いに等しかった。
テスラが、一歩を踏み出す。
グレーテルは怯えや恐怖こそ見せなかったが、静かに一歩後退った。銃や凶器など、彼にとっては暴力とすら認知されない。
片割れを落とされた双子に、雷電魔人を打倒する術はもはやなかった。
劣勢、優勢などという話ですらない。ファミリーレストランの戦いは、終始一方的だった。
――テスラ自ら割った窓から入り込む、猛毒のミストに包まれているにも関わらず、である。
「終わりだ」
小さく呟いて、テスラはグレーテルへとその右手を翳した。少女を聖杯戦争から脱落させるのに、一秒も要さない。その勝利は確実と、そう思われた。
が、此処で双子にとっての予期せぬ救世主が現れる。
その救世主は外壁を突き破り、室内へ背中から入室するという劇的すぎる登場法を取った。
「……サーヴァントか。仲間――というわけではないようだな」
討伐令を出されている主従と、好んで仲良くなりたがる奇特な者はそう居ない。
だがこの状況で、バーサーカー……ファルス・ヒューナルが現れたのは、間違いなくグレーテルにとって最高の援護だった。
そう、あくまでも彼女にとってだけは、だ。
起き上がったヒューナルは、静かにその背より、一振りの剣を抜き放った。
刀身の長さは、二メートルを優に越しているだろうヒューナルの身長よりも更に上だ。
剣と言ってもそこに白銀の輝きなどはなく、色彩は全体的に昏い。ヒューナルの体に見られる甲殻や突起に酷似した色合いと、剣呑極まる形状が特徴的な、一目で魔剣と分かる逸品だった。
これぞ、ファルス・ヒューナルが有する宝具。魔剣『星抉る奪命の剣(エルダーペイン)』。
斬れば斬るほど、殺せば殺すほど、その生命力を吸い上げて切れ味を増していく一刀。これを抜くまでのヒューナルの戦いなど、前座と一括りにして構わない。
彼がこれを抜いたということは、つまり『興が乗った』ことを意味する。今回、彼をこの状態にまで押し上げたのはマシンのサーヴァント・ハートロイミュードだが、ファルス・ヒューナルというサーヴァントは元々一対多の戦いばかりを強いられてきた英霊なのだ。
「さあ」
だから、人数や因縁の有無など彼には関係がない。
討伐令がどうとかいう話も、ヒューナルはこの時、既に記憶の彼方へ消し飛ばしている。
只でさえ理性の覚束ない闘争愛者であった彼が、狂化の補正まで受けているのだから、人並みの理解力や知性など要求する方が間違いだ。
「闘争を、始めようぞ」
ニコラ・テスラ。
柊四四八。
ジャック・ザ・リッパー。
ハートロイミュード。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
双子の殺人者は幸い、彼の矛先には定められていないようだった。だが、安全が保証されるわけなどあるはずもない。ヒューナルの戦いの中で、盾や障害物として切り捨てられる可能性も十二分に存在しているのだ。
「セイヴァー、無事か?」
「ああ。問題ない」
「よく言うものだ」
四四八の体には所々に硫酸の霧による傷が目立ち、更に致命傷となり得る場所は全て外れているものの、ジャックのナイフによる裂傷も刻まれている。
対するテスラは無傷。サーヴァント並の力を持ち、持ち前の再生能力で霧の火傷も浴びた瞬間に回復することで事実上無効化していた。
「ジャック、どうするの?」
「解体するよ」
「そうよね。頑張って、ジャック。あなたなら出来るわ」
グレーテルは昏倒させられたヘンゼルを背中に背負いつつ、自分のサーヴァントにエールを贈る。討伐令を発布されていることなど、一顧だにしていない。
暗黒霧都の結界は未だ健在。それどころか、徐々に範囲を拡大してさえいる。
この戦場を支配しているのは、実質彼女と言っても過言ではないだろう。
「……何よこれ。鬱陶しいわね……」
「毒のようだが、イリヤなら問題ないだろう。思ったより厄介なことになりそうだから、君も気を付けておいてくれ」
ファルス・ヒューナルを此処へ招き、意図せずして乱戦の引金を引いたのは、人ならざる者達。ホムンクルスと機械生命体、イリヤスフィールとハートロイミュードだ。
その目的は、この場に存在する全主従の撃破。
自身のサーヴァントに絶対の自信がなければ不可能な選択を、しかし鼓動の機人は疑わない。
「ククククク――――フハハハハハハハハハ……!!」
大きく、深く笑うのは狂戦士・ファルス・ヒューナル。
命削りの魔剣を抜き、ついにその狂気は爆裂する。
四騎の英霊と、二人のマスターが入り乱れ――白昼の乱戦は、爆音とともにその幕を開けた。
◆
やはりというべきか、先手を取ったのは狂える闇の化身、ファルス・ヒューナルだった。
振り上げたエルダーペインの刃がアスファルトを切り裂いて粉塵を巻き上げ、硫酸霧を局地的に晴らしつつ、開けた視界の中最初に見えた霧都の主、ジャック・ザ・リッパーへ吶喊する。
ジャックがヒューナルに力で勝利できる道理はない。生まれながらのものとして保有する身体能力も、ほぼ同格のスピードと圧倒的に勝るパワーを持つヒューナルには真価を発揮し難いのだ。
ナイフで振り下ろされるエルダーペインを受け止めた途端、ジャックは目を細めた。
拙いと、直感した。あの宝具が相手では、ナイフの耐久力が先に尽きる。
それだけではない。武器を破壊されれば必然的に無防備な時間が少なからず生じ、そしてこのバーサーカーは、その一瞬に付け込んで耐久を突き破るだけの力と敏捷を持っている。
「■■■■!!」
意味の通らない、しかし肯定的なことを述べているのだろう咆哮と共に放たれた前蹴りを、ジャックは身を大きく後ろへ逸らせることでどうにか回避する。
前髪を数本持って行かれた程度で済ませられたのは、間違いなく僥倖だった。
「……討伐令のアサシンね、あいつ」
イリヤスフィールは、廃墟も同然の有様と化した店舗内に潜む双子のマスターに気付いていた。
マスターが双子で、サーヴァントのクラスは恐らくアサシン。それだけの情報が揃っているのだから、よもや他人の空似などということはあり得ない。
ハートは従順なサーヴァントだが、何も令呪の使い道は反逆の防止だけではない。
時には性能のブースト、時には転移移動による戦線離脱すらも可能とする、まさにマスターにとっての回数制限付きの命綱なのだ。
その回数を増やせるというのだから、進んで狙わない理由はない。
「マシン。今はバーサーカーに協力して、あのアサシンを――」
「……いや、それは無理だ」
「えっ?」
イリヤスフィールは虚を突かれて声を漏らすが、その理由はハートが語るまでもなく判明した。
「脆弱ッ!!」
エルダーペインの刀身が次に向いたのは、あろうことかハートであったのだ。
このバーサーカーは、理性云々以前に、他人と足並みを揃えるつもりが毛ほどもない。
まるで冗談のような話だが、彼は大真面目に、この場に居合わせた全てのサーヴァントとことを構え、更には勝利するつもりでいるらしい。
ヒューナルが存在する限り、他の主従と協力して、特定の相手を蹴落としにかかるのは不可能だと証明された瞬間だった。
彼はジャックの敵だが、それ以前にこの場の全員の敵である。
利用して立ち回ろうと考えれば、考えた者から傷を負う。
奪命剣を携えた巨躯(エルダー)の化身は、暴走車両のように制御不能の嵐となっていた。
「おおおおおォォッ!!」
光弾さえも切り裂きながら、ヒューナルは彼に先の意趣返しとばかりに猛攻を仕掛けていく。
ハートの宝具がある限り、純粋な強さで彼がハートを上回るということはまず起こり得ない。
しかし、それはハートが常勝無敗を約束されている、という意味ではない。
戦いとは、強さのみが左右するものではないからだ。例えば策で強さを削ぎ落としたり、面倒な手順を孕まずとも、純粋な戦いの中で弱者の矢に心臓を抉られる事も戦いの世界ではままある。
「しゃあああっ!!」
例えば、このようにだ。
ヒューナルの攻撃に対処する隙間を縫って飛び込んだジャック・ザ・リッパーのナイフが、ハートの右腕に浅いとはいえ裂傷を与える。
当然ヒューナルの視界に入った以上、彼女も攻撃の対象に含まれるが、お手本のような一撃離脱戦法を取ることで、ジャックはそのリスクを見事に回避していた。
だが、次に間隙を突かれるのは他ならぬ彼女の番。
霧を蒸発させながら押し迫る蒼雷が、ジャックの露出した右腕を直撃する。
「っ……」
攻撃の主は、サーヴァントではない。
ニコラ・テスラ。御年、自称七十二歳。実際には、九十二歳。
碩学の歴史に名を残した雷電の王であり、魔人と呼ばれる男。
セイヴァーのサーヴァント、柊四四八のマスターとしてこの電脳世界に踏み入った彼の力は、端的に言って一介のサーヴァントを遥か凌駕した域にある。
五本の電界剣を浮遊させ、毅然とサーヴァント達の戦いへ向き合う様は威風堂々。
「セイヴァー、お前は治癒に専念しろ。此処は私が出る」
ハートロイミュードも、ファルス・ヒューナルも、本能的に悟った。
この男は決して、油断していい相手ではない。
ともすればこの乱戦の中で、最大の脅威ともなり得る相手だと、そう理解したからこそ。
「放つがいい、その雷電を」
闘争の鬼は、来いと誘う。
彼にとって戦況の悪化とは、忌むべき展開ではないのだ。
逆境に追い込まれれば追い込まれるほど、戦いは血沸き肉踊るものとなる。
そしてそれこそが、ヒューナルにとっての全てだ。
闘争とは激しくなければならない。そうでなければ、巨躯の化身の欲望を満たせない。
ニコラ・テスラがこの場で優先して排除すべしと判断したのは、ヒューナルとジャックだった。
特に後者は、逃せば逃がすほど被害と犠牲を拡大させる歩く災害だ。
「――良いだろう」
ヒューナルを先に排除すれば、ジャック・ザ・リッパーは今度こそ完全な孤軍となる。
そうなればハートロイミュードの存在もあり、殺人鬼は一気に追い詰められるだろう。
……いや、そういう次元の話ではない。
来い、撃ってみろと誘われたなら、良いだろうと剣を抜く。
そこに打算のたぐいは存在せず、あったとしても感情順位の遥か下位だったに違いない。
ニコラ・テスラは、つまりそういう男なのだ。
「見るがいい。我が輝き、我が雷電。勇壮なる蒼雷のもとに、散れ」
テスラの周囲に滞空した電界の剣が、その矛先を狂戦士へと向けた。
霧都を切り裂いて発現する稲妻と、星すら食らう闇のエネルギーが真正面から衝突する。
イリヤスフィールほどの魔術師をして、息を呑む光景だった。
ヒューナルの闇が持つ邪悪さを肌で感じ取ったというのもあるが、それ以上に、ニコラ・テスラの出力があまりにも異常すぎる。
マスターの力で、サーヴァントと互角を演じているのだ。あれほどの雷を扱える魔術師など、このご時世、現存しているかすら疑わしい。
「それで終わりなどと、退屈な戯言は抜かすまいなッ!!」
ヒューナルの喝破と共に、激突はより激しさを増した。
――もはや、暗黒の霧が存在しているのかさえ疑わしいような、眩さと暗さ、対極同士の壮絶な喰らい合い。このまま続ければ、少なくともどちらかは相当な痛手を浴びることになる。
そう確信させる勢いで、双方は力を使っていた。
喜悦一色のヒューナルと、無表情のテスラ。
蒼と黒が喰い合って混じり合い、その趨勢がいよいよ決する、その瞬間。
ひゅん、と、空を切る音がした。
◆
「――五月蝿い」
只でさえ、その少年は苛立っていた。
無神経なクズ達の歌声で、朝っぱらから神経を刺激されていた。
そんな事情もあって、彼は現在、騒音に対して普段に輪をかけて過敏になっていた。
そう遠くないとはいえ、少し距離のある商店街の方から聴こえる、銃声や破壊音。
普段の彼ならば眉を顰めこそすれど、激昂はしなかったろう程度の音。
だがそれすら、今の彼にはたまらなく耳障りだった。
「五月蝿い、五月蝿い……忌まわしい!!」
ガリガリと頭を掻いて、口角泡を飛ばす。
丁度少年は、公園の中でも高台となっている場所に陣取って絵を描いていた。
普通絵は定位置に座って書くものだが、絵のとある要素をより際立たせるため、別の角度から一度見てみようと思い、移動を図った次第であった。
だから丁度、音の聴こえてくる方向がよく見える。
いや、見えない。見えるはずなのに、そこには霧が立ち込めている。
この真っ昼間に、局地的な霧が出るとは考え難い。
サーヴァントの仕業だろうと、すぐに思い当たった。
「バーサーカー」
それは聖杯戦争において、初めて彼が起こした他主従への自発的な干渉行動だった。
「耳障りな奴らを、黙らせろ!」
叫ぶ。
バーサーカーはいつも通りの空虚さを湛えた瞳で一つ頷くと、霊体となり、消えた。
彼女は、憎らしい『音楽家』への敵意に満ちている。
耳障りな音を、掻き鳴らす。
それが『音楽家』でないなどと、判別する理性は彼女の中に残ってはいない。
狂える魔法少女が、音を途絶させるべく、霧の街へと飛び込んでいく。
◆
蒼が真っ二つになって。
黒が真横に切り裂かれた。
二つの力が断末魔のように虚空でうねり、結果を生むことなく分解、消失する。
テスラがその眉を、驚きに動かした。
この場の誰の視点からしても、意味不明な光景だった。
あれだけの出力で衝突していた二つの力を、たったの二発で文字通り『斬り伏せた』のだ。
たんと軽い音を鳴らして、乱入者が隣の建物の天井から、地面へと降り立った。
「セイバー……では、ないな」
その瞳を見た途端に、テスラは彼女のクラスが何かを悟った。
理性のある者の目ではない。あれは、どこかが壊れた人間の目だ。
恐らくはバーサーカー。理性は飛んでおり、近くにマスターの姿がないことから、戦いを止めるために現れた、というわけでもなさそうだ。
「――音楽家か?」
少女の声は、綺麗だった。
その人間離れした美しさたるや、全ての英霊の中でも確実に上位に部類されるだろう程のもの。
にも関わらず彼女の瞳は虚ろで、問いかけるその声は、聞く者へ背に氷柱を差し込まれたような悪寒を与える。
全員が、沈黙した。
違うと首を振れば終わりの筈なのに、このバーサーカーの醸す形容しがたい異様な空気に、皆が同様に気圧されていた。
無論、それも一瞬のことだ。
口があり、声があるのだから、答えを返すことは誰にでもできる。
ましてや――この中に『音楽家』というワードに該当する者は誰一人いないのだから、そもそも恐れる必要がない。
違う。
音楽家などではない。
そう誰かが答えたなら、彼女は案外すんなりと踵を返したのかもしれない。
だが。
「そうだ」
――答えたのは、闘争の鬼。ファルス・ヒューナルであった。
理性を失って尚、猛き闘争に固執する彼は、本能の内に理解していた。
此処で質問へ肯定を返せば、この英霊はより心の躍る闘争を己に齎すと。
そう分かったから、全く出鱈目な答えを返した。意図的に、狂気のままに、誰よりも直情的で策とは無縁の怪物が、この瞬間自分以外の全員を陥れたのだ。
そして。
虚ろな瞳のバーサーカー……魔法少女『アカネ』の地雷を踏み抜いた代償は、大きい。
ずるりと、ヒューナルの後ろにあった建物が、ずれた。
比喩ではない。突如として袈裟懸けに現れた鋭い亀裂を原因として、滑り落ちるような滑らかさで、三階建ての建物があっけなく崩落する。
もう一秒、ヒューナルがその場を飛び退くのが遅かったなら、真っ二つになっていたのは彼の方だったろう。アカネの魔法の前に、耐久力なんて概念は用をなさない。
「――イリヤ、下がれ!」
「う、うんッ!」
敵の能力が何かをいち早く解したハートは、イリヤスフィールに退避を促した。
あのバーサーカーの剣が持つ切れ味は、どう見ても異常なものがある。
彼女は実体のない雷や闇のエネルギーを遠隔から切断し、抜刀動作のみで建造物を両断した。
恐らく、あれは彼女の持つ『技』ではない。サーヴァントが持つ固有の鬼札、『宝具』だ。
ハートの第一宝具がそうであるように、宝具とは時に理不尽なまでの強力さを発揮する。
道理や法則は勿論のこと、ありとあらゆる常識観を、彼らの神秘は容易く踏み越えてくるのだ。
この場合、無視されているのは『強度という概念』と『距離の存在』。
リーチの如何に関わらず、常に超級の切断効果を対象へ齎す宝具――そう察知したからこそ、ハートは、この戦いにマスターを交えることは危険過ぎると判断した。
「それでこそ、それでこそだ! フハハハハハハァァッ」
そんな危険な相手に、咆哮しながら迫っていくファルス・ヒューナルは狂気の塊だ。
エルダーペインの刀身をぎちぎちと歪にさざめかせながら、少女の矮躯程度、掠っただけでも無残な肉片に変えるだろう痛打を振り下ろす。
それはもはや、斬撃というよりも、打撃に近いものがあった。
至近距離で徹甲弾が炸裂したような衝撃と風圧に晒されながらも、魔法少女は揺るがない。
ワンステップでヒューナルの一撃を回避し、再び反則技の斬破が迸る。
ヒューナルはまたしても切り抜けるが、これはひとえに、彼がこの場では最も頭抜けた戦闘経験の持ち主だから出来る芸当であった。
感知と同時に回避に移ることで、紙一重でアカネの宝具を凌いでいる。
要は真似しようと思って真似できるものではない。
経験とスペック、どちらが欠けていても駄目だ。呆気なく、真っ二つにされてしまう。
この場で倒すべき相手の優先順位は、この時、明らかに変動していた。
何せ、どんなサーヴァントであれ、防御能力を無視して確殺できる宝具の持ち主が居るのだ。
これまでのように乱戦と洒落込んでいては、まず間違いなく誰かが落ちる。
自分以外がそうなる分には一向に構わないが、その役目を自分が演じることはない、そんな保証は何処にも存在しないのだから、誰もが日本刀のバーサーカーを優先して排除しようとするのが当然の流れだ。例外は、理屈の通じない戦闘狂い、ファルス・ヒューナルくらいのものである。
死の太刀が、また振るわれる。
地面に大地震でも起きたのかと錯覚させるような、しかし自然では絶対にありえない深く鋭利な亀裂が生まれ、電線や自動車、空の雲でさえもが例外なく真っ二つになる。
そしてその刃が――アカネ自身は全く意図していなかったろうが――、双子のキリングマシーンが控えるファミリーレストランの支柱を切り飛ばした。
「っ!」
黙って見ていられないのは、彼らのサーヴァント、ジャック・ザ・リッパーだ。
グレーテルはBARを軽々振り回す膂力を持つが、それでも咄嗟に、片割れを背負った上で崩れる建物から飛び出せるかは怪しい物がある。
飛び込んで救出しようとするジャックだったが、彼女の心配は杞憂に終わる。
轟いた蒼い稲妻が、降り注がんとしていた店舗の天井や屋根を、まとめて吹き飛ばしたのだ。
「どうして……」
「語っている暇はない。アサシン、この霧はお前の宝具だな」
「…………」
テスラの質問に、こくりと、ジャックは頷いた。
それを聞いたテスラは、自らの姿をまだ無事な電信柱の陰へ隠しながら続ける。
「恐らく、あのバーサーカーの宝具発動に必要な条件は『視界』だ。
見えているものであれば実体の有無を問わず、文字通り何でも切断することが出来るのだろうが、視界が悪ければ悪いほど、奴の戦闘力は事実上落ちると見ていい」
これが煙幕であれば、彼女の宝具は完全に無効化されていただろう。
ただし、霧都のスモッグは視界を全て覆い、潰すわけではない。
方向感覚を途絶させ、英霊でさえも敏捷性を1ランク下げられる魔霧の結界だが、アカネの宝具もとい固有魔法の使用を不能にするほどの視野妨害とはなっていなかった。
しかしながら視界の精度を大きく下げ、事実上弱体化させる役割は、見事に果たしていた。
ジャックは確かに討つべき殺人鬼だが、対処に急を要するのはアカネの方だ。
何せ彼女には、『音楽家』なる人物に対しての敵意以外のものが碌に残っていない。
周囲の被害などには当然頓着していないし、事実、彼女の宝具による犠牲者は既に出ている。
だからテスラは此処で、敢えて敵であるジャックに助言した。
討つべき敵の情報を共有すれば、必然的に戦いを有利に進めることが出来る。
こういった、手の付けられない凶悪な能力を持った手合いが相手ならば、尚更だ。
「■■■■■■ォォォォッ!!」
エルダーペインが叩き砕いた地面が粉塵を巻き上げ、魔霧と合わさってアカネの視界を奪う。
意図したものかそうでないのかは定かでないが、この瞬間、彼女の魔法は封じられた。
そこを逃さずに、ハートロイミュードとニコラ・テスラが同時に攻撃を仕掛ける。
連携を取るつもりはなかったし、打ち合わせたわけでも勿論なかった。
行動の一致は、完全に偶然の賜物だったと言っていい。
ハートの拳をアカネは自らの日本刀で防御し、その衝撃波で視界が晴れた隙を逃さず、テスラの放っていた雷霆を抜き放った脇差で斬り伏せる。
戦闘能力も、決して低くはない。宝具頼みで本体が柔なサーヴァントではないようだった。
「ならば――」
テスラの頭上から、崩落した建物の二階部分が落ちてくる。
それを防御したのは雷電ではなく、彼の周りへ滞空していた電界の剣であった。
五本の剣はひとりでに舞って、刃を構える狂気の魔法少女へと襲い掛かる。
さながら担い手が居るかのように、様々な角度、速度、威力で襲い来る刀身を、アカネは視認することも難しいであろう速度で両手の刃を振るい、対処する。
「――斬れないようだな、我が剣は」
ニコラ・テスラの電界の剣は、彼が死に瀕しながらもある人物から奪い取った暗黒物質で構成された、『神々の残骸』である。
物理的な攻撃から音などの現象までもを防御する、彼の固有武装。
たとえ高層建造物だろうと一振りで切断する刃をも防ぐ、脅威の防御性能――この場で唯一と言ってもいい、アカネの破壊を阻む事の出来る光であった。
切断による破壊が不可能となれば、必然、素の能力値で迎撃するより他にない。
それを可能としている時点で、彼女のサーヴァントとしての性能は目を見張るものがあったが、しかしこの状況下では些か不足だ。
電界の剣に身を切り裂かれるのも厭わず突撃したヒューナルの斬撃が、アカネの胴へ袈裟懸けに浅い傷を刻む。浅いとはいえ、エルダーペインは生命力を吸う魔剣だ。ぐっと体に掛かる負担が上昇し、その瞬間にハートの光弾が彼女の足場を崩した。
それを逃さず降り注ぐ、電界の剣の刺突攻撃。脇差で払うにも限度がある。左の二の腕を、光の刃が貫いた。そこで大きく後退、跳躍して背後の建物へと飛び移るアカネだったが、それを追い立てるのは魔剣を携え、闇の波動を爛々と灯したファルス・ヒューナルだ。
下からの斬り上げを、アカネは迷わず携えた日本刀で防御する――刀身が軋む。折れなかったのは、せめてもの幸運だろう。
だが、その余りに強い衝撃で彼女の体は大きく吹き飛ばされた。
「音――」
迫るは怨敵。
音楽家か、との問いに、そうだ、と答えた狂戦士。
箍の外れたアカネに、撤退という選択肢はない。
それこそ令呪でも使わない限りは、絶対に。
「極彩と散るがいいッ!!」
奇しくも、彼女の憎む『音楽家』と同質の狂気――途方もない闘争への欲望に満ち満ちた怪物。
アカネは歪んだ笑みを口元へ貼り付け、自身の得物の柄を強く握り締め、振り被った。
そこに恐れや不安などといった、人間らしい感情は欠片たりとも残っていない。
あるのはただ、憎悪。
二騎のバーサーカーは、そのどちらもが極端な一感情で理性を振り切っていた。
まさしく狂戦士(バーサーカー)と呼ぶに相応しい二騎が、空中で互いの殺意を激突させ……
『――令呪を以って命ずる! 我が下へ戻れ、バーサーカー!!』
その命令によって、ファルス・ヒューナルはアカネの真横を素通りした。
◆
「何……?」
困惑を見せたのは、ハートロイミュードだ。
あのファルス・ヒューナルとこの場で最も長く戦闘していたのは彼だが、ヒューナルの闘争にかける情熱はまさしく狂気であった。
いかなる理由があろうとも、決着寸前の戦いを投げ捨てて他の用事を優先するとは考え難い。
「令呪だろう。別行動を取っていたマスターが、危険に晒されたと見るのが順当だ」
既にヒューナルの姿は、影も形も見えなくなっている。
霧で視界が思わしくないのを踏まえても、もう彼はこの近辺には居ないだろう。
令呪の行使は、命令次第でサーヴァントの空間転移さえも可能とする。
ヒューナルのマスターは窮地に立たされ、令呪を使わざるを得ない状況にまで追い込まれた。
そこでやむなく令呪を使用――ヒューナルは空間転移でこの場を離脱。
日本刀のバーサーカーは、その敵意の矛先を向ける相手を失ったことになる。
「……違う、音楽家は、もっと――」
アカネはその虚ろな瞳で、ハートとテスラをそれぞれ一瞥ずつした。
あんなに歪んでいた口元は今や元通りの無表情に戻り、感情らしいものはまるで見られない。
それから彼女はブツブツと何事かを呟くと、その姿を実体から霊体へと変える。
元々、アカネが此処へ派遣された理由は「黙らせろ」というマスターの命令だった。
既に、通りは静かになっている。様々な意味で、だ。暗黒霧都の毒は決して少なくない数の人間を死へ追いやり、彼女が振り回した斬撃の影響でも、結構な数が死んでいる。
そして騒乱の主であるファルス・ヒューナルは真っ先に離脱。
静寂を取り戻した街の一角から、帯刀のバーサーカー、アカネもまた姿を消した。
「……アサシンはどうした?」
「どさくさに紛れて逃げたのを……どうやら、私のサーヴァントが追ったようだ。治癒に専念しろと言っておいたはずだが、まあ、あれはそういう男だからな」
回復に徹していた筈の四四八の姿は、いつの間にか消えていた。
「……………………」
四四八がアサシンを追ったなら、援護へ向かうのが当然の流れだ。
彼は強い。だがそれは、あくまでも人間の範疇としての強さである。
真性の魔であり、魔霧の中を自在に行動するアサシンを正面から打破できる可能性はゼロでこそなかろうが、高くないだろうことは確かだ。
後は精々、残ったこのサーヴァント。
彼の動向を窺ってから、早速追跡に出ようと考えたのだったが、そこでテスラは不意に沈黙し、その眉間に皺を寄せる。
「確か、マシンと呼ばれていたな。お前は気付いているか?」
「何のことだ?」
「あのアサシンは、何の武器を使っていた?」
「それは、…………」
交戦の終了を判断して、ハートの下へ戻ってきていたイリヤスフィールが、目を見開く。
そういうことか、とハートは呟いた。
ああ、と頷くのはテスラだ。彼ら三人には――そして恐らく、この場には居ない二騎のバーサーカーにも、共通していることがある。
「……ダメだな。全く思い出せない」
それは、先程まで確かにこの場に居た筈のサーヴァント、アサシンの姿も形も、四四八が看破した筈の真名も、彼女に関する全てをほとんど完全に忘却していることだった。
真名、能力、外見――聖杯戦争の勝敗を分かつ重要な情報が、全て消えている。
「恐らく、何らかの宝具……もしくはスキルの影響だろう。
どちらにしても厄介だ。クラスがアサシンということも相俟って、まさに鬼に金棒だな」
霧の結界宝具が健在ということもあり、追跡する上での糸口はまるで掴めそうにない。
……四四八が無事にアサシンとそのマスターである"双子"を見つけ出せていればいいが、期待はしない方がいいだろう。
テスラは小さく溜息を吐くと、霧を引き裂いて、大空まで伸びる蒼雷を生み出した。
セイヴァーへの合図だ。この霧は方向感覚を狂わせる――アサシンが撤退すれば一応影響も消えるのだろうが、そこは念の為、だった。
「――エクストラクラス・マシン。そしてそのマスターよ」
閉じた目を、片方のみ開き。
彼は問う。
奇しくもそれはつい先刻、彼らとは対極の道を這う人狼が口にした『妄言』と同じもの。
「我々は戦を挫き、杯を砕き、天上で糸を引く、醜悪なる者を討つべくしてこの地に居る。
故に、問おう。杯の煌めきを否と切り捨て、共に光を望む気はないか」
「無いわ」
即答したのは、イリヤスフィールだ。
「さっきも、聖杯戦争を破壊するっていう奴に会ったわ。凄く、いけ好かないやつだった。
貴方達はあいつらとは違う人種みたいだけれど、……それでも私達が、貴方達と道を同じくすることは絶対に無いわ」
「悪いが、そういうことだ。他をあたってくれ、セイヴァーのマスター」
そうか、と、テスラはただ一言呟いた。
イリヤスフィールの意思は強固で、そう簡単に揺らぐものではない。
そのことは、今の返答から十分に伝わってきた。だから、彼はすっぱりと諦める。
「ところで、バーサーカーどももアサシンも、私のセイヴァーも今は居ない。
そんな状況だが、どうする。私は戦いを続けても、一向に構わんが」
「……いや、遠慮しておこう。連中が派手に暴れ過ぎたせいで、霧が晴れればこの辺りはきっととんでもない大騒ぎになる。
秘匿の義務なんてのは今更の話だが、どちらにせよ、此処は一旦退いた方が良さそうだ」
「賢明だな。話が早くて助かる」
人間態に戻り、踵を返して去っていくハートロイミュードを見送った頃、丁度、街に立ち込めた硫酸の魔霧が晴れ始めた。
セイヴァーが無事にアサシンを倒したと考えるのは、少し楽観視が過ぎるだろう。
恐らく、アサシンは逃げ切ったに違いない。
討伐令の標的を仕留め損ねたのは不覚だったが、その恐るべきスキルの一端が明らかになっただけでも、今日のところは上々としておく。
――と。まさにその時だった。
「……む」
野原を舞う蝶のように、鱗粉を散らしながら魔霧の中を進んでくる小さな影。
白と黒のツートンカラーの色彩を有したそのマスコットキャラクターを、愛らしいとするか憎らしいとするかは人によるだろう。
その『人工妖精』は、テスラの前で止まった。
そして、彼は伝える。
命ぜられた通りに、新たな討伐令を。
聖杯戦争を潤渇させ、黒き願いを成就させるべく、不本意な働きを強いられる。
『ルーラーからの、新しい通達だぽん』
【C-4/商店街/一日目・午後】
【ニコラ・テスラ@黄雷のガクトゥーン】
[状態] 健康、空腹、手に軽い傷
[令呪] 残り三画
[装備]
[道具]
[所持金] 物凄い大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の打倒。
0:セイヴァーを待つ
1:昼間は調査に時間を当てる。戦闘行為は夜間に行いたいが、急を要するならばその限りではない。
2:アン・メアリーの主従に対しての対処は急を要さないと判断
3:討伐令のアサシン、二騎のバーサーカー(ヒューナル、アカネ)には強い警戒。
[備考]
K市においては進歩的投資家「ミスター・シャイニー」のロールが割り振られています。しかし数週間前から投資家としての活動は一切休止しています。
個人で電光機関を一基入手しています。その特性についてあらかた把握しました。
調査対象として考えているのは御目方教、ミスターフラッグ、『ヒムラー』、討伐令のアサシン、海洋周辺の異常事態、『御伽の城』があります。どこに行くかは後続の書き手に任せます。
ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)の真名を知りました。
ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。
◆
テスラの予想通り、セイヴァーは結局、アサシンに追い付くことは出来なかった。
霧都での戦いに長ける彼女は彼の追跡を容易く振り切り、マスターを連れたまま消失。
それと同時に、セイヴァーにも例外なく情報末梢のスキルが働き……彼もまた、全て忘れ去る。
突き止めたジャック・ザ・リッパーという真名も、今や記憶から完全に消えている。
「……面倒だな」
戦いの中で得たものを次に活かせないというのは、なかなかどうして厄介だ。
生前、聖杯戦争よりも更に激烈を極める戦いをしていた頃からずっと、四四八は負けて地を転がり、そこから学んで壁を超えるということを繰り返してきた。
あのアサシンには、それが通じない。
討伐令こそ出ているものの、そう簡単に倒されはしないだろう。
だが、確信している。やはりあれは、野放しにしてはならない敵だと。
街の一角は、地獄絵図と化していた。
硫酸の霧で肌や目に傷を負った人々の泣き声が響き、中には既に事切れた遺骸も見受けられる。
作られたNPCだから、だとか、そういう問題ではないのだ。
柊四四八はこの光景に、許し難いと憤怒している。
――次は必ず倒す。彼は拳を硬く握り、改めてそう決意した。
視界の端。
路上で、霧による被害の及ばなかったらしい区画からやって来た民間人が負傷者の介抱を行っているのが見えた。
一瞬だけ、セイヴァーはその場に立ち止まる。
それから小さく微笑して、彼は霊体化した。
そこで人々を助けている、見慣れた幼馴染と、優しいその父親と、愛すべき自分の母親の姿を見含めたからだった。
――俺は、俺の戦いをする。この聖杯戦争を、許しはしない。
英雄は、貪狼のように輝きに唾を吐くのではなく、正面からそれを殴り飛ばすつもりでいる。
かつて何千万人という人間を救い、歴史に名を残した現代の大英雄(セイヴァー)。
淀んだ輝きを蹴散らすのではなく、より眩く正しい輝きで殴るのだ。
彼こそは、人類の代表者であった男。第二盧生。仁義八行、勇気の魔人。
最弱のサーヴァントにして、最強の人間である男は――健在。
【セイヴァー(柊四四八)@相州戦神館學園八命陣】
[状態] 疲労(中)、体の各所に硫酸による火傷、刃物による切り傷(行動に支障なし)
[装備] 日本刀型の雷電兵装(テスラ謹製)、スーツ姿
[道具] 竹刀袋
[所持金] マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の破壊を目指す。
1:基本的にはマスターに従う。
2:討伐令のアサシンには強い警戒。次は倒す。
[備考]
一日目早朝の段階で御目方教の禁魔法律家二名と遭遇、これを打ち倒しました。
ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)の真名を知りました。
◆
「……わたしたちにも、教えに来てくれるんだ」
新たな討伐令の内容を、第一の討伐令を受けた張本人であるジャック・ザ・リッパー達もまた知らされていた。
空母ヲ級。ヘドラ。自分達が朝に交戦した、あの相性の悪い相手のことらしい。
結論から言うと、ジャックはこれに進んで関わろうという気はなかった。
何せ、自分も討伐令を発布されている身なのだ。集中砲火を食らう危険を背負ってまで、相性の悪い敵に挑みかかる気はしない。
「すごい戦いだったわね、ジャック」
「うん。……ヘンゼルは大丈夫?」
「よく眠ってるわ。特に大きな傷もないし、そのうち起きると思う」
ジャックのスキルによって、あの場に居合わせた全員、今頃はジャックのことを忘却している。
ジャックだけが、あの戦いを正常に記憶できていた。
その中でも一際厄介だと思われたのは、やはり闘争に異様な固執を見せていた、黒い方のバーサーカーであろう。
そして、もう一人。
……ヘンゼルを無力化し、グレーテルをあっさりとあしらった男。雷を操る、青髪のマスター。
あんなものは、反則だろうとすら思う。あれでは殆ど、サーヴァントも同然だ。
戦いは、今後も熾烈を極めるに違いない。
改めてジャックは、自分のマスターである小さな双子の顔を見た。
やっぱり、彼ら、あるいは、彼女らには、死んでほしくないと思う。
いなくなってほしくないと、そう思う。
母のみを求めてきたジャック・ザ・リッパーには、初めての感情だった。
【ヘンゼル@BLACK LAGOON】
[状態] 気絶
[令呪] 残り三画
[装備] 戦斧
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:…………
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態] 疲労(中)
[令呪] 残り三画
[装備] BAR
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:逃げましょう、とりあえず
※ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。
【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Apocrypha】
[状態] 疲労(中)、全身にダメージ(小)
[装備] 『四本のナイフ』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:
0:この場を離れる
1:双子の指示に従う
2:あのサーヴァント(ヘドラ)、殺したい
3:殺したいけれど、討伐令に参加するつもりはない
※ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。
◆
人間態のハートロイミュードとイリヤスフィールが並んで歩いている図は、端から見れば仲の良い兄妹か、下手をすれば親子にしか見えない。
聖杯戦争に参加している人間でなければ、彼らがこの大騒動に一枚噛んでいるなどとは思いもしないだろう。激しく、苛烈な戦いだった。イリヤスフィールをして、そう思う。
「あいつ、強いわね」
「セイヴァーのマスターだな、イリヤ」
「ええ」
戦闘狂のバーサーカーに、日本刀のバーサーカー。
自分の情報を跡形もなく消し去るスキルを持つ、討伐対象のアサシン。
あの場に居合わせた敵はどれも強敵揃いだったが、やはり頭抜けていたのは、セイヴァーなるエクストラクラス・サーヴァントのマスターを務めていた、雷使いの男だ。
『人類よ、この鼓動を聞け(ビート・オブ・ハート)』がある以上、単純な力で遅れを取るということはない筈だが、それを含めても、あの男は油断ならないと感じた。
彼の背後で控えていたセイヴァーについては、殆どその戦いを見ていない為、一概に評価はできない。だがイリヤスフィール曰く、あれは弱い、とのことだった。
――それでも。ハートロイミュードは、あのセイヴァーにも只ならぬものを感じた。
生涯を懸けた目的を果たせなかった代わりに、最高の友人を得た――人間の『輝き』を見た彼には、あの主従の底知れなさがよく分かった。
彼らは強い。間違いなく、強い。
敵としてそれを恐ろしく思うと同時に、ハートの中では、ある感情が首を擡げていた。
それは、歓喜だ。彼の第二宝具、『人類よ、この歓喜を聞け(ディライト・オブ・ハート)』の発動条件である、熱き喜びだ。
いつかもう一度見えることがあれば、きっと戦うことになる。
その時は、彼らの人の輝きを、高鳴る鼓動(ハート)で凌駕しよう。
ハートロイミュードは、強くそう思った。彼にとって人の輝きとは、眩く、美しいものだった。
【マシン(ハートロイミュード)@仮面ライダードライブ】
[状態] 疲労(中)、右腕、腹部に斬傷、インジュリー状態(体力減少/三時間ほどで解除) 、『歓喜』
[装備]『人類よ、この鼓動を聞け』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:イリヤの為に戦う
1:ニコラ・テスラ、セイヴァー(柊四四八)への興味。
2:アサシン(ゼファー)への嫌悪。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていませんが、この後すぐに聞きます。
【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 城に大量にある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る
1:この場を離れる
2:アサシン(ゼファー)が理解できない。
3:セイヴァーのマスター、あれ反則でしょ……
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていませんが、この後すぐに聞きます。
◆
公園へ戻ってきたバーサーカーは、傷を負っていた。
そんな彼女の姿を見た時、元山は、少なくない驚きを覚えた。
彼女は強い。聖杯戦争に積極的でない元山でも、それくらいは分かる。
彼女が剣を振るえば敵はあっさり切り刻まれ、声すらあげられずに消えていく。
元山は彼女の強さを承知し、同時にそこに強い信頼を寄せてもいた。
その彼女が、今、血を流している。
時代劇の中でしか見なかったような袈裟懸けの傷に、左腕には剣の刺突痕。
幸い深い傷ではないようだったが、この傷は、彼女の参じた戦いが如何に熾烈を極めるものだったかを雄弁に物語っていた。
「……ありがとう、バーサーカー」
彼女を霊体に戻し、元山は穏やかに礼を言う。
主従関係を保つためだとか、ご機嫌取りだとか、そういう意味を含んだ礼ではない。
心から、元山はアカネに感謝していた。
あまりにも雑音の多すぎるこの世界で、元山に静寂をくれるのは彼女だけなのだ。
だからもう一度、彼は言う。
以前にも言った言葉を、繰り返す。
「君がサーヴァントで、良かった」
【C-3/公園/一日目・午後】
【元山総帥@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]ペルセウス・ゾディアーツのスイッチ
[道具]財布 、画材一式
[所持金]高校生としては平均的
[思考・状況]
基本行動方針:静かな世界で絵を描きあげる
1:作品の完成を優先する。静かな世界を乱す者は排除する。(NPCに対しては当面自重する)
2:作品を託せる場所をあたる。候補地は今のところ『高校』『小学校』『孤児院』
3:自分の行動範囲で『顔を覚えた青年』をまた見かけることがあれば、そして機会さえあれば、ひそかに排除する
[備考]
※『小学校』と『孤児院』の子どもたちに自作を寄贈して飾ってもらったことがあります。
※創作活動を邪魔する者として松野十四松(NPC)の顔を覚えました。
もちろん、彼が歌のとおりの一卵性六つ子であり、同じ顔をした兄弟が何人もいることなど知るよしもありません。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていませんが、この後すぐに聞きます。
【アカネ@魔法少女育成計画restart】
[状態]疲労(中)、胴体に裂傷、左腕に刺傷(貫通)
[装備]魔法の日本刀、魔法の脇差
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:音楽家への強い敵意
1:………………。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていませんが、この後すぐに聞きます。
◆
ファルス・ヒューナルのマスター、真庭鳳凰は、この時も暗躍を狙っていた。
ヒューナルは、我慢するということを知らないサーヴァントだ。
バーサーカーのクラスで呼ばれた今、生前のそれに輪をかけて闘争に狂的な執着を寄せている。
強力だが扱いにくいという、お手本のような狂戦士(バーサーカー)。
だが鳳凰はそれを悲観せず、むしろ、盤面を引っ掻き回すのに最適な札だと割り切る事にした。
彼らしのびは、本来戦いの陰より忍び寄り、密やかに目的を完遂するものだ。
角笛の音が響き、剣や槍が火花を散らす戦場に進んで姿を現した日には、それはもはや『忍ぶ者』とはいえないだろう。
ヒューナルをこの白昼に解き放てば、間違いなく街は大混乱に陥る。
当然マスター共の中には、それに乗じて事を起こそうとする者や、様子見のつもりでのこのこ姿を現す者など、迂闊で短慮な者が少なからず存在する筈だと、鳳凰は読んだ。
――真庭鳳凰という男は本来、サーヴァントとして召喚されてもおかしくない大人物である。
歴史の闇を生きた真庭忍軍の強者達を統率し、神の鳳凰と呼ばれ、畏れられた里の主。
英霊相手だろうが、神秘の問題さえどうにかすれば十分に通じるであろう忍術を数多く会得してもいる。更にマスターには言わずもがな、サーヴァントのステータスを読解する能力が備わる。
それを用いてステータスを確認し、相手を選んで襲撃、一撃離脱する。
それが、真庭鳳凰の企てた戦略であった。
とはいえ、これにはやはり危険が伴う。
出来るなら、無防備に一人で歩いているマスターを襲撃するのが望ましい。
霧の魔の手が及んでいない区画を巡りながら、それらしい人物を探すこと十数分。
その人物は、街の路地裏に居た。
(幼子か)
年は恐らく、十代前半。
鳳凰にしてみれば、十分幼子で通る程度の年齢だ。
きょろきょろと所在なさげに周囲を見回しながら、足音密かに魔霧の方向――ヒューナルが何者かのサーヴァントと交戦しているであろう方へと移動を図っている。
その挙動不審な様子、向かう方向、どちらも聖杯戦争のマスターと判断するには十分過ぎる要素だ。あの程度のか細い首なら、鳳凰であれば、すれ違いざまの一瞬で縊り折れる。
が――鳳凰は、この程度の見え透いた罠に騙されるほど愚かな男ではなかった。
「罠、であろうな……」
幾ら何でも、怪しすぎる。
普通の人間ならばいざ知らず、歴戦のしのびを欺くには少々知恵が足りていない。
そしてあちらは、恐らく自分の存在にも気付いていない……となれば、取る手段は限られる。
勝負を急ぐ必要はない。要は、サーヴァントのマスターであるという確証が得られれば、それだけで情報面の優位は取れるのだ。
鳳凰が取り出したのは、現地調達した一本のナイフだった。
俗にアーミーナイフと呼ばれる品物で、単純な殺傷力ならば、鳳凰の時代に用いられていた苦無などよりもずっと高い。
これを放ち、サーヴァントの反応を見る。
真っ当なサーヴァントならば、マスターを殺されることを避けるため、実体化して攻撃を防御するだろう。もし首尾よく殺せてしまっても、別に困りはしない。人違いだったところで所詮はNPC、微々たる犠牲だ。
鳳凰は慣れた手付きでそれを構え、暫定マスターの少女の首筋目掛けて鋭く擲った。
しかしナイフは少女の方へは向かず、何もない、真っ昼間の大空へと飛んでいく。
「何――!?」
そんなありえざる事態が起こった理由は、単純だ。
鳳凰が足場としていた大きく手入れの行き届いていない、裏路地という場所に実に似つかわしい街路樹が、根本から急激に倒壊を始めたのだ。
それだけではない。近くに立っていた柱という柱が崩れ、建造物の屋上等でも、小規模な爆発が連続している。鳳凰はこれの影響を受けて足場を失い、攻撃を不発に終わらされてしまったのだ。
そして当然、その報いは大きい。
少女がにやりと、歯を出して鳳凰へ微笑んでいた。
ぐっ、と唸り声を漏らすよりも早く、地へ着地した彼の真後ろで手榴弾が炸裂した。咄嗟の防御で傷は最小限に留められたものの、爆風と鉄片によるダメージは決して少なくない。
だが、そこは神と呼ばれた男、真庭鳳凰。
真庭忍軍の頭取である彼が、この程度の手傷で無効化される筈もない。
風もかくやといった速度で鳳凰は少女へと吶喊し、サーヴァントが現れる前に、これを殺害せんとする。それを阻んだのは、視界の端で爆裂したAT地雷だった。
(ぐ――何なのだ、この火薬は!?)
鳳凰にとって不運だったのは、少女……佐倉杏子が召喚したサーヴァントは、彼の生きた時代よりも未来の英霊であったというただ一点だ。
忍者なんてものが大真面目に活躍していた時代に、手榴弾や地雷なんてものはない。
雛形のようなものはあったかもしれないが、それでも、杏子のサーヴァントが駆使するものに比べれば子供の玩具にだって等しいだろう。
そして鳳凰が一瞬とはいえ足を止めた瞬間に、佐倉杏子は無力な一人の少女から、『戦う魔法少女』へと姿を変える。
「アンタ、罠だとまでは気付けたんだね。でも残念。闇討ちであたしのサーヴァントに勝とうなんて、ちょっと思い上がりが過ぎるってもんだよ。
――あたしみたいなガキンチョなら、狩れると思った? 生憎狩られるのは、アンタの方さ」
杏子の考えは、鳳凰と同じだった。
駅前を拠点に動いていた彼女達は、遠くからの物音という形で商店街での交戦を察知。
騒ぎに乗じて動き出す連中を探るべく、敢えて死地の近くまで踏み込んだ。
此処からが、鳳凰との違いだ。杏子は敢えて自らの姿を、聖杯戦争の参加者にしてみれば逆に目立つ路地裏に置いて、その周囲に多様な罠を仕掛けさせた。
要は、佐倉杏子は疑似餌だった。
まんまと誘き寄せられた利口な奴を狩ることこそ、彼女の狙いだったのだ。
三節棍を構え、鳳凰に向き合う杏子。
彼女のサーヴァントは、未だ姿を見せない。
だが、こういった罠がまだ他にもあるのだとしたら――彼女の言う通り、勝負は見えた。
ならば撤退するのが利口だが、鳳凰には分かる。敵のサーヴァント、罠を仕掛けた張本人が姿を見せない理由が。
要は、撤退の瞬間をこそ狙っているのだ。
無防備な背中を晒した瞬間に、間違いなく撃たれる。
これほどの破壊力を持つ兵器が直撃すれば、鍛錬のほどに関わらず、一撃で消し炭だ。
「貴様……」
じりじりと後退ることさえ出来ない。
あまりの屈辱的状況に、鳳凰は唇を噛む。
その視線が、自らの右手に落ちた。
――使うしかない。
そう思ったのを察知したのか、何処かから、初めて意思を持った殺意が向けられた。
飛来した砲弾……正しくは、徹甲弾というそれを、どうにか殺意を察知することで回避しながら、鳳凰は全力で叫ぶ。
令呪でなければ、ヒューナルは来ない。あれはそういう英霊なのだ。完全に興が乗り切ったヒューナルに、言葉など通じない。
そして、それを惜しんでいられるだけの余裕も、今の鳳凰にはなかった。
徹甲弾の衝撃波に打ちのめされ、火傷さえ負いながらも、神と呼ばれた男は叫んだ。
「■■■■■■■■――――ッ!!!!」
魔剣エルダーペインを抜いたまま、襲い来るは狂戦士。
ダークファルス・エルダーが眷属、ファルス・ヒューナル。
商店街の動乱は、まだ終わらない。
【C-4/商店街近郊・路地裏/午後】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態] 疲労(中)、全身にダメージ(大)、右胴体に火傷(軽度)、鉄片による刺傷
[令呪] 残り二画
[装備] 忍装束
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、真庭の里を復興させる
1:眼前の少女と、まだ見ぬサーヴァントの排除
2:中学校に通う、もしくは勤務するマスターの特定
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていません。戦闘終了後、ファルが接触するでしょう。
【バーサーカー(ファルス・ヒューナル)@ファンタシースターオンライン2】
[状態] 疲労(大)、意欲十分、胴、右腕に裂傷(行動に支障なし)、全身にダメージ(大)
[装備] 『星抉る奪命の剣(エルダーペイン)』
[道具]
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を望む
1:闘争を、闘争を!
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていません。戦闘終了後、ファルが接触するでしょう。
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態] 魔力残量充分、魔法少女態
[令呪] 残り三画
[装備] ソウルジェム、三節棍
[道具] お菓子
[所持金] 不自由はしていない(ATMを破壊して入手した札束有り)
[思考・状況]
基本行動方針:今はただ生き残るために戦う
0:眼前の主従へ対処
1:他にはどんなマスターが参加しているかを把握したい。
2:令呪が欲しいこともあるし討伐令には参加してみたい。
3:海の中にいるサーヴァント、御目方教の存在に強い警戒。狩り出される側には回らない。
[備考]
※秋月凌駕とイ級の交戦跡地を目撃しました。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていません。戦闘終了後、ファルが接触するでしょう。
【ランサー(メロウリンク・アリティー)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態] 健康
[装備] 「あぶれ出た弱者の牙(パイルバンカーカスタム)」、武装一式
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:あらゆる手を使ってでも生き残る。
0:罠を駆使しつつ、あの主従を倒す
1:駅前を拠点にして、マスターと共に他のマスターを探る。
2:港湾で戦闘していた者達、討伐令を出されたマスターを警戒。可能なら情報を集める。
3:マスターと共に生き延びる。ただし必要ならばどんな危険も冒す。
※ヘドラ討伐令の内容をまだ聞いていません。戦闘終了後、ファルが接触するでしょう。
※路地裏近辺には、メロウリンクによる多数の罠が仕掛けられています。
以上で投下を終了します。
棗恭介&アーチャー(天津風)
吹雪&ライダー(Bismarck)
エルンスト・フォン・アドラー&アサシン(U-511) 予約します。
下記予約します。
・ルアハ・クライン&ランサー(ヘクトール)
・間桐桜&アーチャー(アタランテ)
投下乙です
> 「セイヴァー、お前は治癒に専念しろ。此処は私が出る」
>そんな状況だが、どうする。私は戦いを続けても、一向に構わんが
どう聞いてもサーヴァントの側の台詞です本当にありがとうございました
マスターでありながら貫禄と洞察力を兼ね備えたテスラ、
肉弾戦には強く、イリヤの前で頼りがいを発揮するハート、
乱戦に乗じて生を拾った双子とジャック、
バーサーカーの見本のようなファルス・ヒューナルに搦め手の見本のようなメロウリンク
それぞれの持ち味を生かした乱戦がとても読み応えがありました
個人的には音楽家狙いで理性を喪失しながらも、マスターの命令は一応聞いてしまうアカネちゃんに主従に不思議な繋がりを感じますw
では、予約分を投下させていただきます
昼休みもたけなわのA高校では、朗らかで平和なひと時が流れていた。
運動場では体力のあり余った男子生徒たちが試合形式の球技に熱中し、渡り廊下や玄関口などのいわゆる『たまり場』になりやすい場所では仲良しグループを形成した生徒たちが数人単位で共通の話題に笑い声をあげる。
今朝方から、市内のいたるところで無差別かつ大規模な破壊攻撃が始まっていることさえ、その場所では震源地から遠く離れて伝わった地震のように、いまだ浸透しきっていない。
いっそ呑気だとか平和ボケという遠慮のない言葉さえ当てはまりそうだった。
しかし、むしろこの学校に限って言えばその方が自然な事態の成り行きだった。
A高校はK市の学校の中でももっとも内陸部に位置しており、言い換えれば港湾部や市街地の喧噪からはもっとも遠く離れた公共施設の一つだった。
4階立ての校舎の窓から外部を見渡しても、はるか南の方角でまさに騒がれている汚染された海など目撃することはできないし、逆にすぐ北の方角にはこれでもかと迫った位置取りで山がある。
そして市内にある他の学校のように、謎の犯人から襲撃を受けて校舎が破壊されるような事態にはならなかったし、小学校のように急きょの集団下校でてんやわんやするような状況にもならなかった。
まして、そもそもが『学校』という閉鎖された独立区域という環境だ。
十代も後半の少年少女たちを三百人前後も押しこんだその場所で、喧噪と悲喜こもごもが凝縮されないはずがない。
連続殺人事件の余波をうけて部活動を縮小するなどの措置が取られて影を落としてはいても、実際の危機が迫らない限りは皆が『いつもの平穏退屈な毎日』と同じように振る舞う向きに流れていた。
だから、A高校では未だに『日常』が維持されていた。
秋月凌駕も、いつも通りならば多数派の活気あるクラスメイトの一員として、目立ちすぎない範囲で集団の時間を謳歌していたはずだった。
しかし、今の凌駕はその学校でも五指に入るぐらい静かな場所にいる。
図書室で、調べものをするために頭をひねっていた。
「二つ以上の単語で検索する時は……一回『スペース』キーを押せばいいんだよな?」
昨今では『電子書籍』なる代物が主流になりつつあるとは聞いていたが、そんなものではないただのアナログな普通の書物を探すだけでも、絶大なジェネレーションギャップが存在することを秋月凌駕は知った。
見てくれは凌駕の時代と変わらないような古い紙の匂いが充満する図書室に、『所蔵資料検索』を目的としたパソコンが堂々と据えられている。
まずそれをどう利用するか試行錯誤するのに時間を要し、初めて携帯電話を扱う老人のような手つきでぽちりぽちりと検索単語を入力していく姿は、傍目にもきっと不自然に映ったことだろう。
『港、泥』
まずはその単語を入れてみたが、検索結果はおせじにも芳しくない。『泥港事件』なる単語から引っ張られた時代小説やルポが数件ヒットしたぐらいか。
もっと具体的で、なおかつ状況が限定されるような単語はないものか……と記憶を掘り返して今朝の状況を脳内映像として再現する。
『朝に遭遇した事件と似たような事件が書かれた本が無いか、文献で調べてみよう』という発想が浮かんだのは、午前の授業を受けている最中のことだった。
現代史の板書を移している最中に、ふと閃いたのだ。
ゆうに半世紀ぶんのジェネレーションギャップにどうにか慣れつつある凌駕だったが、逆に言えば自分には『半世紀の間に起こった歴史の知識』が抜け落ちていることになる。
自分にとって、今朝の無差別殺戮事件は『未だかつて見聞きしたことのない無差別テロ』かもしれないが、現代を生きる他の人々にとっては『現代の科学ならば説明することが可能であり、似た症例もある事件』かもしれないのだ。
『港町、白骨化』
『港湾、ヘドロ』
『海岸、汚染』
……検索するための単語を次々と変えて、そこでピンと来た。
頭の中に降りてきた言葉を、凌駕は一つだけ検索ワードとして打ち込む。
『公害』
エンターキーを押すと、それまでよりもよほど統一感のあるタイトルの数々が検索結果として並んだ。
港湾部に存在する汚染された、何か。
そういうイメージから思い浮かぶモノは、凌駕にとってそれしかなかった。
熊本県水俣市の水俣病……と同様の症状が現れたとして評判になった、新潟県阿賀野川流域の第二水俣病。
富山県神通川流域のイタイイタイ病。
この世界の高校生にとっては『現代史の授業で習ったこと』かもしれないが、秋月凌駕にとっては『数年前からニュースでよく見かけており、まだ記憶にも新しいこと』だ。
ヒットした本のある書架をしばらく見つくろって数冊を抜き出すと、昼休みも終わりそうなほどの時間をかけて凌駕はそれらしいものを見つけた。
「これが一番近いな……」
田子ノ浦港ヘドロ公害事件。
『万葉の歌が詠まれた海、死の海に』などと書かれた記事の切り抜きが、ページをぱらぱらとめくった目に飛び込んできた。
ヘドロ……工場排水等に含まれる浮遊物質、有害物質等が港湾部に堆積することによって生ずる。堆積するヘドロは規模に応じてエラ呼吸生物の窒息を招き、生物の死滅による悪臭、漁獲高の減少、水質汚染を激化させる。
またヘドロにはカドミウム、鉛、水銀が含まれ、発酵分解した硫化水素ガスでの中毒や、魚介類による食中毒事件も発生しうる。
昭和40年代当時、富士地区には大小150の製紙会社があり、この廃水の中に含まれるスラッジが海底に堆積し、歳月を経てヘドロと化した。
そのヘドロ、およそ100万トンと言われる。
昭和45年に地元漁民を中心として静岡地裁に提訴がなされる。法廷で論争が繰り広げられている間にも工場は操業を継続し、ヘドロの処理に困った県と企業は外洋投棄まで計画していた。
それは水質汚濁、大気汚染、悪臭、といった複数の公害が連鎖的に発生し続けることを意味していた――
口絵の写真には、まるで大小さまざまな練炭を大量に沈めたかのようにマーブルがかった黒色に染まり、浮遊物まみれになった駿河湾の写真。
そして、背びれや尾びれの『溶けた』魚の死骸の写真が、色刷りで掲載されている。
「汚泥、中毒、悪臭、生き物が溶ける……符号してるな」
やはり、これだけ過剰なまでの科学技術の恩恵(プラス)が存在するからには、それまでに相応の弊害(マイナス)を経てきたということなのか。
むろん、この『公害』と似たような状況を引き起こすサーヴァントだからといって、即座にそれを利用した打開策が打てるわけでもないだろう。
しかし、『どういう性質の英霊なのか』と説明して意識の共有をする上でも、だいぶやりやすくはなるはずだ。
これで少しは成果にはなるはずだと納得して、凌駕は貸し出し手続きを済ませて教室に戻るべく閲覧コーナーの席を立とうとした。
しかし、凌駕は発見してしまった。巻末におまけコーナーのように『公害怪獣』というコラムのページがあることを。
なんてことないサブカル風味のコラムのはずだった。
そこに掲載されているのは、『ヘドロ怪獣ザザーン』『毒ガス怪獣ゴキネズラ』といった、ファンシーなようでどこかグロテスクにも見える、今朝がたに対峙したバケモノとはまた少し違ったデザインの異形達だった。
しかし、肝心なのはそれらの怪獣の出典元だった。
その作品のタイトルは、『帰ってきた――
何度も繰り返すようだが秋月凌駕の生活していた時代は西暦にして1968年である。
つまり、その有名な特撮ヒーローはいまだ視聴者にとって生死さえ定かでない状況下にあった。
昨年、そのヒーローが最強の怪獣にボロボロに倒されてしまう最終回をいっしょに視聴して大泣きしていたご近所のユー坊のことを思い出し、凌駕は「良かったな……」と呟いて感慨にふけり、しばし椅子から動けなかったのだった。
◆
どこかの世界で、ある少年がこう言った。
ただの学生が、いきなり殺し合いに順応するなんて有り得ないと。
例えばいきなりヘドロの異形生物に殺されかけたとか、聖杯戦争に巻き込まれたとかが起こったぐらいで。
『取り戻したい日常があるから戦います』だとかちょっと悩んだようなポーズを取ったぐらいで、躊躇なしに敵を殺しにかかれるとしたらそちらの方が異常者だと。
絶対おかしいし、普通じゃないと。
ましてや、ごく冷静に自分の知っている知識をフル動員して、自分を殺しかけたバケモノへの対応策を分析できる学生など、満点の行動すぎて希少極まりない。
本当の『ただの学生』は、そんな風にいくはずがない。
◆
そして、今の棗鈴はその学校でも五指に入るぐらい静かな場所にいる。
「このシーチキン、モンペチに似てるな。真人かランサーなら入れ替えても気付かずに食べそうだ」
屋上の給水塔を日陰にして、学食のサンドイッチをひとりでハムハムと食べていた。
11月とはいえ、中天の日差しがコンクリートの床をあたためてくれるおかげでじわじわと温かい。
1人だけの昼食が寂しくないわけでは無かったけれど、『馴染めないクラスメイトの誰かの群れに無理をして混ざるよりも……』という安楽さの方が圧倒的に勝ってしまうのは仕方なかった。
鈴にこの屋上への侵入方法を教えてくれた『かつての世界』の友達は、現実から逃げるためにここにいたわけではないと思えば、少し申し訳なかったけれど。
見上げれば汚染された海も下界の破壊痕もなくただの青空しかないその場所は、K市でも有数の平和な場所かもしれなかった。
いつもならランサーもともにいるけれど、今日は『昨日のマスターがまた潜りこんでいるやもしれないから』という理由で校内をそれとなく巡回している。
「もしそのマスターが今日もいたら……『戦い』になるのかな」
昨日、ランサーが『自分以外のマスター』から見られていたと言ったことと。
今朝がたに届いた討伐クエストと、怪我をした猫達と。
そんなことが続けば、これまでひたすら身体特訓をしていただけの鈴にも、かなり思うところがある。
どちらかと言えば、前向きな方向よりも憂鬱な方向に。
世界のみんなが、リトルバスターズ以外のみんながみんな、敵だったら良かったのに。
何もない退屈な世界が、イコール壊しても殺してもかまわない世界だったら良かったのに。
『無辜のNPCをたくさん巻き込んで殺したから一刻も早く退治してくれ』と、みんなの敵認定をされた『ヘンゼルとグレーテル』とやらのように、誰もが分かりやすく、排除されても仕方ない悪いマスターだったなら気が楽だった。
それならまだ、『殺す』のではなく、『成敗する』とか『勝つ』という考え方をすることで、自分をごまかすことができたのに。
リトルバスターズの皆を奪ったこの世界は好きか嫌いかと聞かれたら大嫌いだ。けれど、この世界で生きている人間にも『命』はある。
鈴はあまり頭の良い少女ではなかったけれど、そんな道徳さえ身に付けていないほど愚かではない。
だから、身体を鍛えて、なまじ成長した実感が出てくると、分かってしまう。
想像ができてしまう。
『聖杯戦争で勝つ』というのは、つまり『鈴と似たりよったりな境遇のマスターを、暴力で殺してしまう』のを意味することに。
「それは……ぜんぜん『幸せスパイラル』じゃない」
皆が皆、『討伐しろ』と命令されたマスター達のような悪人だけではないと予想することは、難しくない。
対人経験の劣っている鈴にも、『ほかならぬ自分がそうだった』という証拠があれば理解するのは容易だった。
この世界にいるのは正義の味方も悪人も関係なく、どうしても叶えたい願いを抱えただけの人達だ。
鈴と同じように、幸せになりたかった人達だ。
「でも……『リトルバスターズ』だって、幸せにならなきゃいけないんだ」
リトルバスターズの皆を諦めるなんて、絶対に間違っている。
皆を諦めないために聖杯戦争を勝ち残りたいと願うのも、きっと間違っていない。
しかし、他のマスター(人間)を殺すのは間違っていないと結論づけることは、どうしてもできなかった。
「理樹だったら、殺せないだろうな……恭介だったら……うぅ、考えたくない」
それは、棗鈴がいまだに弱いままだという証拠ではない。
『ただの学生』とは、そういうものだ。
たとえ嬉々として殺しにかかってくるような悪人が相手でも、『殺す』という行為には躊躇する。現代日本で育った若者である以上は、当たり前のことだ。
それが、人並みかそれ以上に優しい心を持った女子高生の感覚ならばなおさらだ。
たとえば、『校門のイモムシ問題を解決せよ』と命令されたとして、何も悪い事をしていないイモムシを殺すなんて可哀想だからと『駆除する』方法ではなく手間をかけて『イモムシを移動させる』という手段を取ってしまうぐらいには、思いやりの心を持った女子高生が、
どれほど大切に想っている人達の為だからといって、『何も悪い事なんかしていない人達も含めて推定十数人以上は殺しなさい』と命じられて、意気軒昂に『やります!』と乗り気になれるわけがない。
ましてや彼女は、未だ人見知りが激しいとはいえ『見知らぬ他人とも友達になれる』ということを虚構世界で知ってしまった後だ。
他人だからといって蔑ろにしてはいけないという想いは、あの時よりもずっと強い。
それでも鈴なりに『マスターに出会った時』の覚悟はきめてきたつもりだった。
人と話すのは苦手なりに、体育の授業での着替えや、籍を置いている女子寮での入浴時はそれとなく令呪が見つからないか気に掛けるようにはしてきた。
予選の数週間ほど、ぎこちない観察を続けてきて分かったのは、少なくとも女子のクラスメイトにマスターが紛れ込んでいることは無いっぽいことぐらいか――
「――マスター! 哨戒終了です。現状エネミーは見当たりませんでした!!」
「ふにゃっ! ……びっくりさせるな、ばか!」
ランサーが出現するなり大声で報告したものだから、鈴は髪の毛を逆立てんばかりに威嚇した。
「これは昼食中に失敬。しかしマスター、鍛錬のためにも、もっと肉……タンパク質を摂取しなければ」
「カツサンドは高かったんだ」
食事がを貧相だと指摘されたかのようで、もしゃもしゃとサンドイッチを口の中にしまう。
その間に、ランサーは鈴が屋上まで持ち込んでいたものへと目を留めていた。
「時にマスター、その分厚い紙束は一体……もしや数学の『宿題』とやらですかな?」
「数学だけじゃない。廊下で先生に押し付けられたんだ。あっあたしのじゃないぞ」
それは、鈴の記憶にある限りでは、一度も登校していない生徒のために溜まっていた配布プリントの数々だった。
鈴が呼び止められて、『帰りに持って行ってやってくれ』と渡されたのも、理由があってのことではない。
本当なら持っていく生徒を帰りのホームルームで任命しているのだが、いつも誰も持って行ってもいいぞという挙手をしないせいで教師もだんだん面倒になってきて、休み時間に目が合った生徒に押し付けるようになっただけでしかない。
とはいえ、その教師のあっけらかんとした態度には衝撃を受けたものだった。
(学校に行きたくないから、学校に行かないのもアリなのか……!)
鈴も一時期は学校に行けずに特別教室で小さい子どもと過ごしていた時期があったけれど、しきりと直江理樹が様子を確認しに来ていたことから、それがひどく常識を外れた行為にあたるらしいとは自覚していた。
それにK市で暮らすようになってからは『目立つと聖杯戦争では不利になる』と教わったので、気が進まないのを我慢して学校に通っていた。
「お前、学校行かないと怪しまれるって前に言ったよな。今クラスで休んでるコイツとか、ぜんぜん怪しまれてないじゃないか」
隣のクラスでも、女子に人気の『クロガネ』なる男子生徒が今日は無断欠席をしていると嘆く声が聞こえてきた
もしかして学校をさぼるのは珍しいことじゃないのか。鈴はそんな錯覚を起こしかけていた。
「い、いえ私の計算では、目立たぬ振る舞いが懸命のはず……そも、マスターも苦手なものこそ投げ出さず克服する方が肉にも良いからして……」
「筋肉関係ないだろ」
もしこいつの苦手なものが分かったら、その時は絶対に『克服しろ』と命令しよう。
鈴ははっきりとそう決めた。
「よもやマスター、その生徒と接触して、学校のサボり方を教わろうと引き受けたのではありませんな?」
「ち、ちがうぞ……嫌だって逃げようとしたけど、やっぱり止めたんだ」
喜び勇んで引き受ける返事はしなかったけれど、拒絶する言葉も吐かなかったのだから断らなかったと解釈されても仕方がない。
まるで、誰もがその生徒に配布物を届けるだけのことを疎ましがっているようだった。それが鈴の気に障った。
数日前のホームルームでその役割を無言で押し付け合っていた時もそうだった。
プリントを家に置いていくだけなんだから、引き受ければいいのにと、そんなことに軽く苛立ったくせに己は手を挙げなかったダブルスタンダードな鈴がそこにはいた。
かつて鈴が学校に行けなかった時は、学校からの必要な届け物を持ってきてくれたのはたいてい理樹だった。鈴はあそこで現状維持を望んでいただけなのに、会いに来るたびに困った顔をしていた理由が今なら何となく分かる。
理樹もこんな気まずい空気の中で、届け物を頼まれていたのだろうか。
……とまぁ、当初はそんな感傷もあったことは確かだけれど、ランサーの睨んだとおり『学校に行かない生活スタイル』という道に、実のところ興味もある。
幸いにもその『元山総帥』という男子生徒は学校からまっすぐ南の位置にある目立つマンションで1人暮らしをしているために、両親という『大人(鈴が特に苦手とする生き物)』の目を気にする必要もないだろう。
いったいどういう経緯で周りから咎められずに不登校する生活を手に入れたのかを――『教えてもらう』のは鈴のコミュニケーション能力では難しいかもしれないが、せめてちょっとでも見学するぐらいは、できるかもしれない。
そして、希望的観測じみているけれど――もっと自由に動けるようになれたら、『敵を倒す』ことにも自分で納得できるほど、強くなれるかもしれない。
――ホームルームに立候補しろ。
そんなミッションが書かれた紙きれが、頭の中でひらりと翻った気がした。
実際はホームルームで立候補したわけではなく、廊下で持ってこられた話だけれど。
「ランサー……ついてきてくれるか?」
「無論」
実際サーヴァントがいれば同級生とのやり取りも円滑に運ぶなんて有り得ないけれど、それでも背後についていてくれるというだけで少しはほっとした。
スカートのパン屑を払って立ち上がると、空ではなく、初めて景色を見る。
子猫はやっと、外の世界を知るために飛び出すことにした。
【A-5/住宅街の路地裏/一日目・午後】
【秋月凌駕@Zero infinity-Devil of Maxwell-】
[状態] 両足及び左腕にダメージ、腐食ガスの吸引による内部破壊。それらによる全身及び体内の激痛。現在全て修復中。
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 勉強道具一式
[所持金] 高校生程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争から脱しオルフィレウスを倒す。
1:外部との連絡手段の確保、もしくはこの電脳世界の詳細について調べたい。
2:協力できる陣営がいたならば積極的に同盟を結んでいきたい。とはいえ過度の期待は持たない。
3:アサシンと連絡が取れ次第『海洋の異常現象(ヘドロ公害に酷似)』及び汚泥のサーヴァントについて相談したい。
[備考]
B-7の一軒家に妹と二人暮らし。両親は海外出張という設定。
時刻はファルからの通達が始まるより以前です。学校にいるため、ファルが来訪するには周囲に人影がいなくなるのを待つ必要があるかもしれません。
【棗鈴@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 学校指定の制服
[道具] 学生カバン(教室に保管、中に猫じゃらし)
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:勝ちたい
1:放課後になったら元山のマンション(B-5地区居住)に配布物を届ける。学校をさぼることも考えた方がいいのか…。
2:野良猫たちの面倒を見る
3:他のマスターを殺すなんてことができるのか…?
[備考]
元山総帥とは同じ高校のクラスメイトという設定です。
時刻はファルからの通達が始まるより以前です。学校にいるため、ファルが来訪するには周囲に人影がいなくなるのを待つ必要があるかもしれません。
【レオニダス一世@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 槍
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。マスターを鍛える
1:放課後もマスターを護衛
投下終了です
>【A-5/住宅街の路地裏/一日目・午後】
間違っていたらすいません。場所は学校では?
>>716
すみません、前のSSからそのままでした…
今日中にはwikiに収録いたしますので修正させていただきます
>>716
投下乙の一言くらい言えよ
皆さま投下お疲れ様です。
投下します。
秋空は夏場よりも日没が早い。それは電脳空間においても同じこと。あるいは精密さを要求されるからこそ厳密にデータを再現しているのか。
気温の低下、明度の低下、一番星が出始めた黄昏。
没しようとしている夕空を眺める機械の少女。全身が金属塊の、生体部分が僅かしか残っていない少女。ギリシャ神話の大英雄ヘクトールと契約した彼女。
名は無い。正式名称をつけられる前に製造者は死んでしまった。
────接続用数秘機関、起動。
────情報検索状態へ移行。
少女は鋼鉄の腕、その球体関節を動かして手首断面の機関接続器を露出させる。
幽霊屋敷の居間にある導力菅(コンセント)に差し込むことで彼女は充電できるのだが、こういう使い道もある。
────接合。
────感知針および探査針を露出。
────情報空間(ネットワーク)に接続。
この世界の、この時代のパソコンであれば、まだ技術的に普及されていない電源からのネットワーク接続を可能とする。
異世界から召喚された彼女が、なぜ可能であるか。もしかすると主催の計らいかもしれないし、あるいはこの世界でもこの形式が合理的と定められているのかもしれない。
真偽は分からない。ただ、できるとしか。
検索実行。
検索終了。
検索結果。
星座の位置と日没の時間から現在地を照合────極東の島国、日本の呉という街だと断定した。
やはり事前情報は誤りなく正確だ。しかし、あらゆる情報を探ったところで与えられたもう一つの知識────聖杯戦争なる情報は存在しない。
与えられた知識によれば聖杯戦争なるものの情報は存在するはず。
魔術的儀式は神秘の秘匿が必要事項とされているが、英霊同士の衝突によって立て続けに行われた破壊活動については何か情報があるはずだ。
ならばと更に深域へと落ちていく。
意識が深い所へと落ちていく。
──────情報空間。
正確には空間ではない。情報を蓄積し、計算する機関。その内部に意識を接続した状態での〝情報書庫(ハードディスクデータ)〟を指す。
歯車の噛み合う音。
時計が時を刻む音。
自分が製造されたインガノックと違い、そこはノイズめいた機械音が存在した。
──────────────────────
《情報マトリクス1》
──────────────────────
以前、まだランサーと契約した直後の頃に、情報空間へ侵入を試みたことがあった。
自分は屋敷の情報書庫を保全する自動人形だ。この世界にやって来た日、それは外部接続によって一斉に、一瞬で書き換えられてしまった。
書き換えた相手は──ログにわざわざ名前を残していた下手人の名前は──ルーラー。
書き換えた内容はインガノックの都市情報を呉市の都市情報に換えた。
その呉市の情報もほとんどが虫食いの情報ばかり。特にここ数年の事件・事故の情報がまるで無い。
まるで、そこで起きた事件を隠すように。
(以前から変化は…………これは)
少女が虫食いだらけの情報空間の中を検索していると〝穴〟があった。即ち外部からの侵入である。
何者かが幽霊屋敷(クライン邸)の機関に違法な接続を行い、情報空間に穴を空けているのだ。
当然、あるのは穴だけではない。ルアハはそこに高密度情報体がいるのを知覚する。
──────高密度情報体。
何かが情報空間にいれば高密度情報体として認識される。
穴の向こうに潜む高密度情報体の視線がこちらに注がれている。
覗いている。眺めている。見ている。自動人形(わたし)を。
『そこのあなた。ここはクライン氏が管理する情報書庫です。即刻立ち去ることを要求します』
無音。立ち去る気配は一切無い。
ダッシュボード出現させ、相手を検索する。
検索実行。
検索終了。
検索結果。
【閲覧情報名:駆逐■・睦■】
【種別:不明(アンノウン)】
『名前も分からぬあなた。立ち退きを要求します』
『──────』
閲覧者の気配が消えた。
そしてほぼ同時に、虫食いだらけの情報空間の一部が修復される。
謎の存在との因果関係は不明。しかし、何となくだがアレが直していったと判断した自動人形は奥へ進んだ。
──────────────────────
《情報マトリクス2》
──────────────────────
どうやら聖杯戦争に関する知識がここに集束しているらしかった。ダッシュボードで検索を開始する。
検索実行。
検索終了。
検索結果。
一部のデータにロックとファイアウォールが敷かれている。タイトルは『第一次聖杯戦争 経過報告』。
アクセスは不可。無理にファイアウォールを破ろうとすれば脳が焼かれる仕組みになっている。
だか、元より破る気は無い。今欲しいのは聖杯戦争の基礎的な情報だ。
かき集めたデータを参照し、運営から与えられた知識と整合を取る。
令呪について────委細、不整合なし。
英霊について────委細、不整合なし。
聖杯について────委細、不整合なし。
情報の検証終了。
与えられた知識と聖杯戦争の情報に齟齬は見られない。
自動人形は情報空間の接続を切った。
* * *
充電完了。
待機状態へ移行。
情報空間への潜行を終えてから一時間後、アタランテが屋敷へ帰還した。
既に夜と行っていいほど暗く、屋敷の明かりをつける。
この屋敷の明るさはごく僅かだ。時折、外から明かりを見た人が人魂と勘違いをして幽霊屋敷の噂に拍車をかける。
ここが真に幽霊屋敷ならば、ここにいるのは亡霊か。あながち間違いではない。実際、四人のうち二名は霊である。
四人は居間に集結し、これからの事を話し合う場が出来た。
かつてはクライン氏のミイラがあった居間であるが、死体は丁寧に埋葬され、居間としての機能を取り戻している。
ヘクトールは安楽椅子に座り、どこからかくすねて来た夕刊を眺めていた。
桜は虚空とアタランテを交互に見ている。
アタランテは居間でバーベキューを開始し、それを自動人形が注意する。
「アーチャー様、キッチンはあちらになります」
「火が使えないならどこで焼いても同じじゃないか」
帰り際に仕留めてきた猪をさばいて焼いていた。呉市は平成になって以降、イノシシ被害が増加している傾向にあるという情報があったのを少女は記憶している。
害獣駆除は結構なことだが、それとこれとは話が別だ。
「いいえ。ここは書庫です。バーベキューには適さない場所だと断定します。
火と煙は本を著しく傷める危険性があります。外かキッチンで行って下さい」
「外でやれば匂いと光で敵に位置がバレるし、キッチンにコイツを置くほどのスペースはない」
コイツとは巨大な猪のことだ。
「ならば室内でバーベキューをしなければ良いと判断します」
「だが、桜の食事が……」
「そういやぁ、桜ちゃんのことだけどよ」
と、そこでヘクトールが読み終えた夕刊をたたみながら口を挟んできた。
* * *
「そういやぁ、桜ちゃんのことだけどよ」
ヘクトールは少々思う。〝マスター&アタランテ(こいつら)〟は淑女としての要素が欠片も無い。
それもそのはず、片方は幼い頃に捨てられ熊に育てられた結果、(一応既婚歴はあるが)相撲や狩りを趣味とする野生児。
もう片方は全身機関改造され、文字通りのアイアンメイデンと化した我がマスター。
「何だランサー」
流石に大人として、常識人として言ってやらねばなるまい。
「風呂に入れてやりなよ」
* * *
ちゃぷちゃぷ。湯船の水が弾ける音がする。
ごしごし。わしゃわしゃ。体を磨く音がする。
五年間使用されていなかったバスタブは綺麗に磨かれて湯を張り、湯気が虚空を満たし、石鹸などの洗剤の臭いが鼻腔をくすぐる。
「まさかお前に身だしなみについて諭されることがあるとは思わなかったぞ、ランサー」
浴室からエコーが掛かったアタランテの声がする。
流石に何日も廃屋で過ごしてきた年頃の少女を風呂に入れないのはどうなんだと言ったことに感銘を受けているようだ。
「あんた一応ギリシャ神話の英雄だろ?
世界最古の風呂文化があるクノッソス宮殿のとこだろうに」
かくいうヘクトールもギリシャ神話の人間なのだが、真名を伏せている以上は迂闊に話せない。
もしかしたらもうバレているかもしれないが、そうならば相手は必ず探りを入れてくるはずだ。
「生憎、私のいたアルカディアは地中海の向こうだ。アルゴー船のような船舶を持たない限り、向こうのことなど分からんよ」
ふーんと適当に相槌を打つと中から「くすぐったいです」という桜ちゃんの声や「どこを触っている」というアタランテの声、マスターが「お任せ下さい、人体洗浄の情報もあります」と二人を事細かに洗う音が聞こえてくる。
(こうして聞いていると、ただの仲の良い三姉妹だねぇ)
流石にモラルの関係上、ヘクトールは実体化して外にいた。誰に何しろと言われたのではないが、情操教育の観点から流石に平然と混ざるわけにもいくまい。
生まれて即日に山へ捨てられたアタランテ。マスターの肉親は木乃伊と化していたあの死体だろうし、桜ちゃんはあの目を見ていればまともな環境にいなかったことが容易に想像がつく。
つまり風呂場の三人にはまともな家庭で育たなかったという共通点がある。
ならば、今だけが唯一まともな日常生活といえるだろう。聖杯戦争がより激化すればこんな事は二度とできまい。
こういう事にしんみりするのはオジサンもジジくさくなったかねぇとヘクトールは自嘲した。
* * *
風呂から上がった三人を待っていたのはヘクトールとルーラーからの遣いという白黒の球体だった。
羽の生えた球体、電脳妖精という奴が言う内容は討伐令の追加とその詳細。それだけ言うと消えてしまった。
「討伐令ね。どうするマスター?」
「私は私の判断機能を有しておりません。私は自動人形なのでランサー様の判断に従います」
「じゃあ何が一番良いと考える?」
「討伐対象が件の殺人鬼より優先度が高く、報酬も高く設定されている『ヘドラ』を討つべきでしょう。ただ……」
「ただ?」
「アタランテ様は討伐令の参加に反対なのですね」
「ああ、できることならば参加しない方がいい」
その方が後ろから射やすいからと目が告げていた。
事実、どこにいるかもわからぬジャックよりは海にいると断定されている空母ヲ級の方が待ち伏せしやすい。
だが、自動人形が発した次の情報からはそうもいってられなくなる。
「しかし、『ヘドラ』討伐が長引けば桜様の健康状態が著しく損なわれる危険があります」
「どういうことだ?」
「午後から夕刻にかけて大気中に人体に有害な物質が紛れてきているのを検知しました。
おそらく、『ヘドラ』によって散布されたモノが風に乗ってこのK市に流れてきたと思われます。
現在はまだ問題ありませんが、時間が経つに連れて濃度が上昇しています。すぐに桜様を陸の方へ移すことを推奨します」
何だと、とアタランテが訝るのも無理はない。アタランテには一切危険を感知できていないのになにゆえ自動人形と称する彼女が検知できているか。
そこはヘクトールも同様だったが、その理由を何となく察していた。
「あー、なるほど。オジサンとアーチャーはサーヴァントだから無事だけど嬢ちゃん達にはマズイってことだな」
「はい。機械である私は錆に対処すれば何とかなりますが、幼い桜様は皮膚や肺に深刻な障害を負う危険性があります」
「……なるほど。〝これ〟はそういうものなのか。疑って悪かった」
アタランテ自身も大気中の微細な臭いの変化に気付いていたもののそれが有害だとは気付いていなかった。
英霊、それも対魔力を有する身だとこれらの影響を受けない。
以前、酸性霧の迷宮を作り出す宝具の使い手と戦ったため、そういった宝具の存在は知っている。
だが、魔力も無く漂っているだけの科学物質ではアタランテに危機感を感じさせることすらできない。
「確かに嬢ちゃん達の健康は重大だわな」
当然だと串に刺して焼いた肉を食いながらアタランテは言う。
そのマスターである少女は薄い寝間着を着ていた。マスター曰く、『ルアハ・クライン様の物ですが、彼女は既に死亡しているためご自由にお使いください』とのこと。
この屋敷の大きさから察するにそれなりに富裕層であったはずなのだが、5年近く使われていないタンスからは洒落た服が見当たらなかった。
これもマスター曰く、『生来より健康に難があり、寝間着の方が多かった方』らしい。まぁ、嬢ちゃんもあのまま全裸よりはマシだろうとヘクトールが着せたのだ。
ましてや秋の夜に山をうろつくのだから防寒はできるだけした方がいい。
「とにかく移動しよう。ここに帰ってくる途中の山に山小屋があったから、そこはどうだろうか」
「とりあえずはいいんじゃないか。山小屋ってんなら何かあんだろ?」
かくして四人は場所を移すことになった。桜の健康を差し引いても朝に怪しげな神父が徘徊していたため早めに移すべきだとヘクトールは判断する。
「すまない桜。また少しの間、山小屋で過ごしてもらう必要がある」
「ううん。いいよ、アーチャーさん。皆一緒なら」
かくして一行は出発する。
しかし────海から伸びる魔の手から、まだ四人は逃がれられてなどいない。
-----------------------------
【A-6/山小屋/一日目・午後】
【ルアハ@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態] 健康、充電完了
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:自動人形として行動
※情報空間で何かに会いました
【ランサー(ヘクトール)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず、程々に頑張るとするかねえ
1:ヘドラ、流石に討伐しないとマズイかねえ
2:拠点防衛
3:『聖餐杯』に強い警戒
4:アーチャー(アタランテ)との同盟は、今の所は破棄する予定はない。ただしあちらが暴走するならば……
[備考]
※アタランテの真名を看破しました。
【間桐桜@Fate/Zero】
[状態] 魔力消費(中)、風呂上がり、寝間着の上に大人用コート
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 毛布
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:アーチャーさんの言いつけを守ってじっとする
1:…アーチャーさんにぶじでいてほしい
2:どうして、お人形さんは嘘をつくの?
[備考]
精神的な問題により令呪を使用できません。
何らかの強いきっかけがあれば使用できるようになるかもしれません
【アーチャー(アタランテ)@Fate/Apocrypha】
[状態] 魔力消費(小)、精神的疲労(大)、聖杯に対する憎悪
[装備] 『天窮の弓(タウロポロス)』
[道具] 猪の肉
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:もう迷わない。どれほど汚れようとも必ず桜を勝たせる
1:ヘドラ討伐。
2:ジャックの討伐クエストには参加しない。むしろ違反者を狙って動く主従の背中を撃つ
3:正体不明の死霊使い、及びそれらを生み出した者を警戒する
4:ランサー(ヘクトール)との同盟関係を現状は維持。但し桜を脅かすようであれば、即刻抹殺する
[備考]
※アサシン(死神)とアーチャー(霧亥)の戦闘を目撃しました
※衛宮切嗣の匂いを記憶しました
※建原智香、アサシン(死神)から霊体化して身を隠しましたが察知された可能性があります
※ランサー(ヘクトール)の真名に気付きましたがまだ確信は抱いていません
-----------------------------
投下完了です。
投下乙です
桜がやっとまともな格好に
パジャマだけど
投下お疲れ様です!
>最初の課題
鈴がちゃんと成長してる……!
色んな参戦者のロールが交差してるのはやはり聖杯戦争企画の醍醐味という感じがあって、面白いですねえ。
自分が一番好きなシーンは、凌駕の時代背景と絡めた下りですね。こういうのは本当にいい。
>Bona valetudo melior est quam maximae divitiae.
物凄いほのぼの空間だ……こういう牧歌的な風景は好きです。
アタランテと桜のすれ違いを、ヘクトールの存在がうまく緩和してくれればいいのですが。
一方で前半の情報パートは何とも不穏……
と、感想を投下したところで申し訳ないのですが、
ちょっと話の流れを勘違いしてたみたいなので予約分を破棄します。申し訳ありません。
下記予約します
・電&ランサー(アレクサンドル・ラスコーリニコフ)
黒鉄一輝&セイバー(ベアトリス・キルヒアイゼン)
棗恭介&アーチャー(天津風)
吹雪&ライダー(Bismarck)
エルンスト・フォン・アドラー&アサシン(U-511) 予約します。
投下します
下校時刻になり、小学生たちは集団下校を開始する。
秋になってだんだん冷えてきた影響か、午後になって風邪が流行りだしたらしく咳をする人が多いため電はマスクをしていた。
「蛍ちゃん、さよならなのです」
「電ちゃん、じゃあね!」
お互いに手を振って下校グループ先へ移動する。
自分たちのグループは孤児院の子どもたちのみで構成されているため集団下校の連絡を受けて既に来ていた孤児院の先生と一緒に他より早く下校を開始する。
ワイワイ、ガヤガヤと騒ぎつつも朝と同じように全員で帰宅して、
「ただいまなのです」
元気な挨拶で電と孤児院の子供たちは孤児院に到着した。
帰ってきたらまずやるべきことがある。
「うがい、手洗いはしっかりするのです」
はーいと小さい子たちが洗面所へ殺到した。
時間は一五○○。日が落ちる前である。元気な子供たちとしては外で遊びたいのだろうが、危険人物がうろついているとあって外出許可など出るはずもなく、院内で一日過ごすように先生方から言われたのだ。
やることがなく暇である。そういった子供たちが院内で鬼ごっこやかくれんぼを開始する。
読書をしようとしていた電であったが、ドタドタと走り回る少年少女がいる手前、本の世界に没頭など出来ようはずもないので
「仕方ないので算数のドリルでもやるのです」
孤児院の先生が買ってくれた算数ドリルへ取り組んだ。
【B-6/孤児院/一日目・午後】
【ランサー(アレクサンドル・ラスコーリニコフ)@Zero Infinity-Devil of Maxwell-】
[状態] 健康、霊体化
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 0
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの采配に従う。
1:周辺区域を索敵した後、マスターの元へ合流する。
2:マスターの決断を委ねるが、もしもの場合は―――
[備考]
【電@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 孤児なのでほぼ0
[思考・状況]
基本行動方針:決めかねている。
1:聖杯を欲しいという気持ちに嘘はない、しかし誰かを傷つけたくもない。ならば自分の取るべき行動は……
2:ランサーの言うように、自分だけの決断を下したい。
3:過去を振り返ってみる……?
[備考]
* * *
夢を見る。
寒い北国。粉雪が舞い、針葉樹が林立する広大な景色の場所に自分いた。
(寒いのです)
はぁ、はぁと吐く息は白い。
大平洋戦争を生き抜いた姉はこの国に渡ったらしいが、やはり同じように寒い思いをしたのだろうか。
低温と寒風が埋め尽くす雪景色の中、破壊されて廃墟と化した建物を発見する。
これは教会なのかなと電は思う。破壊された瓦礫の中に欠けた十字架があったからだ。
暖がとれるかと瓦礫を踏み越えて、中に入ろうとした時、大気を震わす男の声がした。
「駄目だ。宗教では駄目だ」
私はこの人を知っていた。
ランサー。私のサーヴァント。アレクサンドル・ラスコーリニコフ。
彼は憤って……いや、嘆いていたのだろう。
たとえ涙はなくても、たとえ悲壮な貌が見えなくても、彼は嘆いているように見えた。
舞台が変わる。
いつの間にか教会の瓦礫は消失し、電は寒村にいた。
(ここは……ランサーさんの過去なのですか?)
ならば今は駆逐艦電(じぶん)が造られる前後の時代ということになるのだろうか。
その時、パラララと自動小銃(カラシンコフ)の銃声が空に鳴り響いた。
銃声の元へと走っていくと教会の前でランサーと、兵隊、そして血を流した少女がいた。
そこで電は思い出す。この時代、この国で起きた悲劇を。
ユーラシア大陸最大の共産主義国家の行う宗教弾圧。それが第一次世界大戦を越えた次の世代、次の人々を屍へ変えていったのだ。
宗教弾圧によって教会が爆破され、軍服を着たならず者達に聖職者達が殺害され、あるいは収容所へ送られる。
「これでは駄目だ」
陸で発生した一つの虐殺。そこで彼は神に失望した。罰当たり共に天罰を下さない神の無力さを見た。
狂信者とも謳われた彼が信仰に、神という存在に見切りをつけた瞬間である。
電はキリスト教の神を知らない。大日本帝国の神とは当時の天皇陛下である。
しかし、それでもアレクサンドルの気持ちはわかる。なぜなら神に願う内容は同じく〝偉大な力で我々を救ってほしい〟だからだ。
だから男は信仰した。人類全員、この世全ての幸を願った。
男にとって神は偶像ではなく手段。
大勢の人間を殺害するのに一発の原子力爆弾を使用するのと同じように、大勢の人間を幸せにするのに一柱の神格を信仰したのだ。
男は真実、信徒ではなく求道者だった。
「宗教(これ)では誰も救えない」
そして彼は神と袂を分かつ。全ての涙を止めるために。
* * *
私は夢を見る。
私は彼女の夢を見る。
アレクサンドルは目蓋を開けると軍艦の上にいた。甲板上、という意味ではなく船の上の空中に浮いていたのである。
潮の香りが鼻腔をくすぐり、タービンの回る音と波の音がブレンドされて耳に入る。
すぐにこの光景が何を示しているか理解した。
「これは、そうか。マスターの過去か」
しかし、どこを見ても屈強な海の男達ばかりで自分の知っている少女は見当たらない。
そして、ああそうかと納得いった。マスター、電がどこにいるのか分かったのだ。
俯瞰的に見て〝ソレ〟は鋼鉄の塊だった。魚雷が、砲台が、機関銃が乗せられた鋼鉄の暴力装置。
第一次世界大戦以降、二度の軍縮会議にて軍艦の性能を制限されてしまった大日本帝国が作り出した特型駆逐艦の一つ。
それが彼女──艦艇補充計画一等駆逐艦第五十八号。後に電(いなづま)と名付けられた最後の特型駆逐艦であった。
記録によると電が製造された意義に反して、電とその乗員達は沈んでいく艦の乗員救助を行ったことが有名だ。時にそれは敵国の乗員すらも救っていた。
しかし、どれほどの人命救助を行おうとも電が敵国にとって物資の輸送や時に海戦に加わる兵器に変わりはない。少なくともその時の米国潜水艦『ボーンフィッシュ』の乗員はそう思っていた。
1944年5月14日────それが今、アレクサンドルが共有している時間軸である。
まず爆轟の衝撃波が電を襲った。そして黒煙を吐き出す。潜水艦から放たれた魚雷が二本、船体の中部と後部に命中したのだ。
肉片の代わりに鋼材が飛び散り、血液の代わりに重油を吐き出されながら、電はひび割れて右舷へ傾いてゆく。
今まで多くの軍艦が辿った末路と同じくして沈みゆく駆逐艦の姿がここにあった。
だが、アレクサンドルはその最期に消え入るような細い声を聞いた。肉声ではなく霊的な。念話のように魂へ直接語りかける声。
終わりゆく駆逐艦が、人を救い上げた駆逐艦が、無惨に沈められる最中に遺す最後の声。
(お願い……)
誰にも聞こえぬ、されど想いが詰まった声が囁くのは断末魔でも恨み言でもなく。
(船員さん達を…………助けて……)
戦友達を頼むという声だった。
残った彼らに救いを求める声。
救ったのに救われず、救いたいのに救えなかった物の最後の願いだった。
「お前は最期まで救いを与えたいのだな」
その声が聞き届けられたのか、或いはただの偶然か。
すぐ傍にいた姉妹艦が電の船員達を回収していった。
1944年5月14日、駆逐艦『電』戦没
同年、6月10日、大日本帝国海軍より除籍。同日をもって第六駆逐隊に解散命令が下った。
* * *
「ふわぁ」
電は目を覚まし、欠伸をする。
どうやら机に突っ伏したまま眠ってしまっていたらしい。
目を擦りながら孤児院の中を移動する。
「起きたかマスター」
ランサーが寝起きのマスターへ囁く。
ランサーの過去を夢で見たばかりの電はなんと言っていいかわからず
「はい……学習机で……その……算数のドリルをしているうちに寝てしまったようなのです」
と適当に返事を返した。
人の過去を盗み見たようでランサーに対し後ろめたさを感じる。彼の思想は崇高で、でもその人生は悲しくてやるせない。
「夕食を作っているらしいぞ」
「え!? 今何時なのですか?」
「17時(ヒトナナマルマル)だ」
「は、はわわわ! ご飯を逃しちゃうのです」
電は急いで食堂へ向かった。
確か今日のメニューはひびきカレーだ。
* * *
食後の後片付けをした後、自室へと戻ったら先客が二人いた。
「こんばんわですぽん。電脳妖精のファルですぽん」
ファルと名乗った妖精(?)は人の形状からだいぶ離れていた。
楕円球体に羽を生やした体を縦に二分割するように黒と白で体色が分かれ、黒い方は赤い眼、白い方は黒い眼を持つ。
羽からは鱗粉が飛び、ホログラムの投影のように実密度を感じない。
「これよりルーラーから討伐対象の追加をお知らせしますぽん」
「え?」
討伐対象の追加?
ヘンゼルとグレーテルの他にまだ倒すべき相手が追加されるのだろうか。
「新しく討伐対象としてサーヴァント『ヘドラ』及びそのマスター『空母ヲ級』が設定されましたぽん」
「え! 空母ヲ級!?」
まさかこっちでその名前を聞くことになるとは思わなかった。
空母ヲ級。深海棲艦の一つであり、艦娘とは敵対する関係にある存在だ。
でも、よくよく考えれば自分がこっちでマスターをやっているのだ。深海棲艦がマスターをやっていてもおかしくはない。
「続けていいぽん?」
「あ、ごめんなさい。続きをどうぞなのです」
「……ヘドラ達は東側の海上にいますぽん。彼らを倒すのに手伝えば一画、倒せばさらに一画の令呪を与えますぽん」
破格の報酬だった。が、電の表情は浮かない。
知り合いどころか敵対する関係にあった相手といえどこうして殺し合いを強要されることを電は喜べない。
「罪状はなんだ?」
アレクサンドルが厳しい声で問う。
そうだ、罪状。ジャックザリッパーの時と違ってヲ級にはそういった経緯が説明されていない。
「空母ヲ級とヘドラは島の一部を溶解させ、広範囲にわたって世界を脅かしているぽん
それは『神秘の秘匿』は元より、大勢に被害を出すのほ聖杯戦争の調停(かんり)を行うルーラーの粛清対象となりますぽん」
「ルーラーの令呪で自害させるのが最も効率的な手段だろう。前といい今回といい、なぜそうしない」
電脳妖精は一瞬だけ間を空けて答える。
「ファルは使い魔なのでルーラーの考えはよく分かりませんぽん」
そうかと納得する。
電もアレクサンドルも元は軍属だ。上下関係は絶対であり、部下へ重要な情報を渡さず命令を実行させることなど珍しくない。
裏を返せばこの討伐令には政治的なファクターが絡んでいることを意味していた。
「以上でルーラーからのお知らせを終わりますぽん」
そういうと電脳妖精は虚空へと消えてしまった。
「どうする気だ」
「どうするか、ですか?」
「そうだ」
コートの裾を掴み、ランサーはマスターに方針を聞く。
「先ほどのファルとやらが言っていた通り空母ヲ級は人民に深刻な被害を出している。
お前が真に人を救いたいというのであれば空母ヲ級を排除するしかないだろう」
「はい。そうなのですが……なのですが電は……」
「なんだ? マスターは何か他に最適解を持っているのか」
「…………いえ」
空母ヲ級を討つべきであると頭では分かっているのだ。だが、電の中にはモヤモヤした感情が渦巻き、何か納得ができない。
倒すべき、そうなのかも知れない。過去のアレクサンドルが、そして駆逐艦電がそうであったように守るためには倒さねばならない。
本当に救える敵など一握りしかいないのだから。
【B-6/孤児院/一日目・午後〜夕方】
【ランサー(アレクサンドル・ラスコーリニコフ)@Zero Infinity-Devil of Maxwell-】
[状態] 健康、霊体化
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] マスターに依拠、つまりほぼ0
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの采配に従う。
1:マスターの決断を委ねるが、もしもの場合は―――
2:空母ヲ級を倒すべきだろう
[備考]
【電@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 孤児なのでほぼ0
[思考・状況]
基本行動方針:ヲ級討伐参加に決めかねている。
1:聖杯を欲しいという気持ちに嘘はない、しかし誰かを傷つけたくもない。ならば自分の取るべき行動は……
2:ランサーの言うように、自分だけの決断を下したい。
3:過去を振り返ってみるつもりが、ランサーさんの過去を覗いちゃったのです。
[備考]
艦装は孤児院裏手の繁みの中に密かに隠しています。
投下終了します
投下お疲れ様です。
電ちゃんとアレクサンドルの主従は、やはり微妙に噛み合わない部分がありますね。
倒した敵も救いたいと考える彼女の優しさをこの聖杯戦争で発揮できるかどうかは、この後次第でしょうか。
延長の申請を失念していましたが、期限までに書き上げるのが不可能と判断したため、予約を破棄します。
同じメンバーで再予約します
投下します。
交渉を終えた吹雪に待っていたのは、思い出すだけで溜息の溢れるような慌ただしい追及だった。
流石に警察は彼女達をテロの首謀者と疑いはしなかったが、問題はその後。
何をしていたのか、怪我はないかと教師や学友から散々に心配されたのだ。
ほぼ問答無用で保健室に運ばれ、外傷がないかを検査された。
ようやく無事だと皆に分かって貰えた矢先に吹雪を待っていたのは、テロについて何か目撃していないか、という警察からの質問攻めの嵐。
もともと吹雪は、要領のいい方ではない。
ついつい正直に答えかけては霊体化しているライダーが念話で口を挟み、しかし零してしまった部分を見逃さず突っ込まれる。
頭がパンクしかけた時、彼女を助けたのは――またしても同盟相手、学校生活では先輩にあたる男であった。
「うぅ、重ね重ねありがとうございました……」
「気にするなよ。しかし、何だ。吹雪は、随分正直な性格をしてるんだな」
棗恭介。自分よりずっと背の高い彼の隣を歩きながら、吹雪はトホホと肩を落とす。
恭介の言う通り、吹雪は愚直と言ってもいいほどまっすぐな性格の持ち主だ。
その性格は彼女が居た鎮守府では概ねよく作用していたが、知略の飛び交う聖杯戦争ではそうもいかない。
一方助け舟を出した恭介は、口先で物事を誤魔化したりはぐらかしたり、或いはさらっと嘘を織り交ぜるのが非常に巧い人物だった。
しかし恭介は詐欺師ではない。
軍師や司令官などといった大層なものでも、決してない。
彼はただ、リーダーを務め続けてきただけだ。
リトルバスターズという小さなヒーロー達のリーダーを、この歳になるまでずっとやってきた。
生まれながらに素質はあったのだろうが、それを成長させたのは間違いなく日々の遊びだ。
一口に遊びといっても、色々なものがある。
鬼ごっこや隠れんぼのように体を使うもの。
トランプやボードゲームのように頭を使うもの。
テーブルゲームに体を使うことはまずないが、体を使う遊びに一切頭を使うことがないかというと、その答えは否だ。
仲間のクセを記憶したり、状況をいち早く把握したり、……時には情報戦を演じたり。
いわば日常の中で育てられた智将。彼は実に、『聖杯戦争向き』の人材なのだ。
「よく言われます……でもそういう意味でも、棗さんと同盟を組めてよかったです。
騙し合いとか、情報戦とか……見ての通り、あまり得意じゃないんですよね」
「おいおい、俺ってそんなに悪人に見えるか? 流石に傷ついたぞ」
「あっ、いや、そういうことじゃなくてですね……!!」
面白いくらいに反応する吹雪と傷ついたふりをする恭介の姿は、端から見れば仲の良い先輩後輩の関係にしか見えないだろう。
恭介の人となりを知る者にすれば、また誰か振り回されてる、くらいの認識だろうが。
この吹雪という少女は、成程確かに、からかい甲斐のある性格をしているようだ。
なかなか面白みのある奴だ、と恭介は「リトルバスターズのリーダー」としてそう思う。
そして「アーチャーのマスター」としての彼は、吹雪の発言に同意を示していた。
同盟を組めてよかったと思っているのは、何も彼女だけじゃない。
恭介にとっても、この『青臭い』マスターはおあつらえ向きの同盟相手だった。
無論それは、彼女が言った「自分の欠点を補ってくれるから」という意味ではない。
正直者は馬鹿を見る。それが世の中の通説で、恭介と吹雪の関係性を最も的確に現す言葉だ。
恭介は彼女の正直に付け込もうとしている。体のいい駒として利用しようと目論んでいる。
そもそも現時点で既に、恭介は彼女に大きな嘘を吐いている。
聖杯戦争には乗り気ではないと、そんな都合のいい嘘を信じ込ませている。
とはいえ、吹雪はこんな性格なのだ。
孤軍で戦っていたなら、きっと長生きは出来なかったろう。
そう考えれば、やはりこの同盟関係はウィン・ウィンだ。
……そんなことを言っては、いよいよもって理樹や鈴に合わせる顔がないというものだが。
「しかし、随分遅くなっちまったな。学校に残ってる生徒、もうほぼ居ないんじゃないか」
この世界は、鈍感である。
聖杯戦争を円滑に進行させるためなのだろうが、NPCの行動には危機感が欠けている。
殺人鬼が彷徨いて全国ニュースになり、既に犠牲者が二桁を超えているというのに平気で夜道を歩く辺りからもそれは明らかだ。
だが、流石にテロが起きたことを無視して授業を続行するほど肝が据わってはいないらしい。
勃発の時間に教室を離れていた恭介達は色々と質問をされて帰りが遅れているが、他の生徒は殆どがもう学校を出ている。
緊急措置の臨時下校だ。賢明なことだと、恭介もそう思う。
同時にこれはありがたくもある。学業という無駄な事項に時間を割かず、マスターとしての本分に心置きなく専念できるのだから。
「でも……学校を出てから、どうするべきなんでしょうか」
「そうだな……ん、そういえば聞いてなかったな。お前、討伐令のことはどうするつもりなんだ?」
「へ?」
気の抜けたような返事に、恭介は思わず呆れ顔で肩を竦める。
「おいおい、まさかまだ通知を見てなかったのか? とんだお間抜けマスターだな」
吹雪は返す言葉もない。
彼女にとって討伐令というのは、全くもって寝耳に水の話だった。
吹雪にだけは通知されていなかった、なんて笑い話のようなオチはあり得ない。
こればかりは言い訳のしようもなく、彼女の方の落ち度である。
「節操なく暴れてる、例の殺人鬼の話は知ってるな? お前も薄々勘付いてたろうが、やはり下手人は聖杯戦争に一枚噛んでたらしい。
参加者の振り落としの段階ではルーラーも見逃してたようだが、流石に堪忍袋の緒が切れたんだろうな。夜の内に討伐令が出た。
そんでもって報酬は令呪。まあ、ありきたりなご褒美だな。
その通知じゃマスターの名前は公開されてたんだが、一つ妙なことがある」
「妙なこと、ですか?」
「ああ。マスターの名前は、『ヘンゼルとグレーテル』というらしい」
すぐに、吹雪は彼の言わんとすることを理解する。
ヘンゼルとグレーテル。その名前は、下手なサーヴァントとよりも遥かに有名なものだ。
しかしそれは、誰か個人を指す名前ではない。ヘンゼル『と』グレーテル、二人が揃っていなければ、意味が通らない。
それが偽名なのか本名なのかは置いておくとしても、だ。
「……二人一組の、マスター?」
「そうかもな。だとすると、こいつはちと厄介なんだよ。
単純な強さでも、スキルや宝具でもいい。何かしら面倒な要素を持っていて、件のアサシンを直接戦闘で倒すのが難しいとする。となると、定石はマスター狙いなんだろうが……敵が二人じゃ手間も二倍だ。二人で別々の場所に隠れられたら、見つけ出すのはかなり骨が折れる」
討伐令が出たからと言って、すぐにどうこうされはしないだろうな。
彼らは未だ知らないが、恭介の推測は当たっていた。
殺戮を繰り返すアサシンは強さこそ並だが、逃げに徹したなら彼女の右に出る者は存在しない。
一度交戦しても、その際に得た情報は交戦の終了と同時に全て抹消される。
魂喰いを繰り返しているという目立つ特徴がなければ、どうしようもないほどの優秀な暗殺者だ。
「で、お前はどうするつもりだ?」
「止めたいです」
「止めたいです」
返ってきたのは、即答だった。
吹雪は、真っ直ぐな少女だ。
曲がったことが大嫌いなんて柄でこそないが、正義感や使命感は人一倍強い。
そんな彼女に、蛮行を繰り返して街の平穏を脅かしている連中を放置しておくなんてことは、とてもじゃないが出来なかった。
困難なのは承知の上だ。それでも、止めたいと思う。
報酬目的などではなく、胸の内から湧き上がる義憤の念こそが、彼女を突き動かしていた。
「お前な、もう少しよく考えて…………いや、いい。俺もそのつもりだ。討伐令に参加して、アサシンを討とうと思う」
吹雪の向こう見ずな答えには面食らったが、恭介もまた、討伐令には乗り気であった。無論、感情論でそう選択した訳ではない。
令呪は何も、サーヴァントの謀反を防止するだけが役割ではない。
サーヴァントの性能を一時的にブーストしたり、空間転移のような離れ業を行わせたり、その応用性は多岐に渡る。
これが、聖杯戦争において令呪という概念が重視される最大の理由だ。
とはいえ恭介も、最初は討伐令に乗ろうとは考えていなかった。彼の考えが変わるに至った理由は、同盟相手を獲得できたのが大きい。
吹雪のライダーは、強力なサーヴァントだ。歴戦の英傑とも真正面から張り合えるだけのスペックと度量を有している。
彼女が前線で戦い、自分のアーチャーが狙撃に徹する。
この体制が確立出来れば、アサシンがどんな手合いであろうとも、討てる可能性は高いと踏んだのだ。
「討伐令に参加すれば、他の主従と遭遇する機会も増えるだろうしな。悪い話じゃない」
「……確かに、そうですね! 他のマスターさんの中にも、きっとこの戦争を終わらせたいと思ってる人が居るはずです!」
「……そうだな。じゃあ放課後は少し遠出して、大食いのアサシンを探すことにしよう」
曇りのない吹雪の瞳を見ていると、自分が悪人なのだということを嫌でも思い知らされる。
恭介は、自分のしていること、しようとしていることに対して罪悪感は抱かない。
これは自分のすべきことであり、その為ならどんな非道にだって手を染められる。その覚悟は、ずっと前に完了している。
それでもやはり、感じ入るものがないと言えば嘘になる。
彼女を見ると、痛感するのだ。自分はもう、戻れない。リトルバスターズの陽だまりには、一番不似合いな男になってしまった。
救うべき者を救う願いに偽りはない。たとえ自分が彼らの輪から外れようと、繋いだ手が離れようと、それでもいいと心から思っている。
要するに彼女との出会いは、自分へのある種の罰なのかもしれない。恭介は、そう感じた。
この眩しく青い光をいずれは蹴り捨てて、自分は今度こそ、絶対に這い上がれない暗闇に堕ちるのだ。
「棗さん? どうしたんですか、難しい顔して……」
「……いいや、何でもないさ。そんなことより早く行こうぜ、時間も無限じゃないんだからな」
にっと白い歯を見せて笑い、誤魔化す恭介。
吹雪は「そうですね!」と元気に笑ってみせた。
彼女だけが、この偽りの同盟関係に微塵の疑問も抱いていない。
時計の針は、一時を半分回った辺りを指していた。
暗殺者を名乗る敵と、暗がりの中で戦いたいとは思わない。
出来ることなら昼間の内に散策して、夜は息を潜めておきたい。それは、二人の共通の考えだった。
「――ん?」
足を止めたのは、恭介だ。
不思議そうに視線を向ける吹雪に対して、恭介は前方を示す。
示された先に視線を移した吹雪も、驚きの声を漏らした。
ふよふよと宙を浮遊しながら、二人の方へと近付いてくる小さなシルエットがある。
言うまでもなく人間ではないし、虫というほど小さくもなく、既存の動物には当て嵌められないような独特の外見を有していた。
聖杯戦争に関連する何かであるのは一目瞭然だが、それにしては敵意とか警戒だとか、そういう剣呑なものが見えない。
何かしらの交渉のつもりで、誰かが飛ばした使い魔だろうか――恭介はそう考えたが、その予想は大きく外れていた。
『はじめまして。電脳妖精のファルと申しますぽん。ルーラーからの新たな討伐クエストについてお知らせしに参った次第ですぽん』
「……電脳妖精?」
「待て。お前今、ルーラーって言ったか?」
最初の通知の際には、こんな生き物は現れなかった。
わざわざ直接知らせにやって来たということは、それだけ今度の討伐クエストは、対処に急を要するということなのだろうか。
妖精を名乗るツートンカラーのそいつは、子供の声によく似た声音で続けた。
『ファルはルーラーの宝具の一つですぽん。と言っても、ルーラーのように特別な権限を持ってるわけではないぽん』
「本当の意味で、只の通達役って訳か。……それで? 新しく討伐令を発布されたって奴は、一体何をやらかしたんだ?」
『……『環境汚染』だぽん』
「は?」
思わずそんな声が出たのも、無理のないことだろう。
しかし今度の厄介者は、まさにそうとしか言いようのない相手だった。
大量殺人が可愛く見えるほどの危険度を持った、まさしく災害じみたサーヴァント。
もし放置しておけば聖杯戦争の存続が危ぶまれる程の相手。そうでなければ、ファルもこんなに慌ただしく駆け回ったりはしない。
『サーヴァントの真名はヘドラ。クラスはライダー。マスターの名前は、空母ヲ級――』
その名前を耳にした瞬間、恭介以外の全員の顔色が変わった。
吹雪も、サーヴァントである筈の天津風やビスマルクでさえ例外ではない。
彼女達艦娘にとって、空母ヲ級という『敵』はよく知った相手だ。
海を脅かし、人類の営みを侵食する霊長の敵。艦娘は、彼女達が居なければ製造されなかった。
彼女がマスターだというのなら、討伐対象になるような真似をするのも頷ける話だった。
深海棲艦に交渉は通用しない。彼女達は狂化している。怨念という感情以外を彼女達は持たない。
『ヘドラはある島を既に溶解させていて、既にかなりの広範囲に汚染を広げているぽん。
もしもヘドラがこのまま放置され続ければ、聖杯戦争は文字通り崩壊の憂き目に遭いますぽん』
「汚染? 毒でも撒いてるのか?」
『似たようなものですぽん』
ヘドラ。
汚染。
――ヘドロ。
『ヘドラにより汚染された物質は、それ自体がヘドラの一部となり、自己複製を開始するぽん。
既に複製されたヘドラは陸への進軍を開始し始めているものもいて、夜には更に多数が進出してくるものと予想されますぽん。
ヘドラはマスターである空母ヲ級と融合しているので、ヲ級を倒せればヘドラも自動的に消滅することになりますぽん』
「……確かに、そりゃ他人事じゃないな」
ルーラーが急ぐのも頷ける話だ。
海を汚染して勢力を拡大、遠くない内に陸をも支配下に置こうとする異常生命体。
確かにこんなものを放置していれば、聖杯戦争どころではなくなるに違いない。
アサシンの討伐は他人任せにしようとしていた連中も、どうにかしてヘドラを排除しようと動き出すことだろう。
そして当然、その中で漁夫の利を狙って暗躍する者も出てくる筈。
……混沌化は、最早不可避であった。
『報酬はクエスト内での働きに応じて令呪一画、とどめを刺した主従には二画。
既に発令されている討伐令よりも、優先度は上ということですぽん』
働きに応じてとは、また便利な言葉が来たものだ。
しかし、これに対してはよく考えた方がいいだろう。
ヘドラを倒す為に前線に出て、素性を大っぴらにしてしまえば報酬は美味しいかもしれないが、無視できないリスクも発生する。
手の内を晒さないよう、上手く立ち回る必要がある。
何にせよ、まずは一度実態を確認しておきたい――というのが本音だ。
学校が早く終わったおかげで、幸い時間は大きく空いている。
アサシンを探るのに充てようと思っていた時間だが、この際丁度いい。
「吹雪、予定は変更だ。これから港へ行って、ヘドラって奴がどんなもんかを確認しよう」
「私も同じことを思ってました。……それに、マスターの空母ヲ級は……私の知ってる相手です」
「なに? ……まあ、バスなり何なり使っても道中まだまだ時間があるんだ。詳しい話は、そこで聞かせてもらおうか」
◆
恭介と吹雪がファルから討伐令の話を聞いている時、黒鉄一輝は彼らの学舎のすぐ側に居た。
既に殆どの生徒は帰途に着いているようで、校内に残っている人間は、恐らく大人の方が多いだろうと推察できる。
聖杯戦争のために用意されたこの世界に暮らすNPC達は、ある程度鈍感にできている。
マスターが聖杯戦争に関係のない事柄で不利益を被るのを避けているのだろうが、それにもやはり限度というものはある。
例えば、明らかに違う学校の制服を来た生徒が校内を我が物顔で歩いていたなら、これは流石に見過されはしない。
まして今は、校内に警察が入っているのだ。潜入は不可能だと踏み、一輝は無理せず安牌の選択肢を取ることにした。
『しかし参りましたね、マスター』
「……まあ、想定の範囲内だよ」
聖杯戦争のセオリーというものは、一輝も理解している。
……というよりは、実戦の中で理解したと言った方が正しいだろうか。
セオリーを理解しないままに聖杯戦争へ身を投じるのは自殺行為に等しい。
例えば神秘秘匿の原則を知らなければ、最悪討伐令で槍玉に挙げられている主従達のようになる。
だから当然、白昼堂々、人の目のある場所で戦闘を行うのは言語道断の筈なのだが――
如何せん、この聖杯戦争は古来より繰り返されてきたものとはやや趣が違う。
魔術師でない者が、魔術回路すら持たないような者が、ごく平然とサーヴァントを召喚して戦いに参戦している。
その辺りのセオリーが疎かにされるのも、当然というべきかもしれない。
『どうします? この様子だと、中に入るってのは少〜し厳しそうですが』
「そうだね。でも、もう少し待ってみる価値はあると思う。それに――」
不意に、通行人が携帯電話越しの相手に愚痴を溢している姿が目に入った。
スーツをビシっと着こなした、いかにもそれなりの立場がありそうな初老の男だ。
電話先の相手は、家族か同僚か。遠慮なく愚痴を吐ける程度には親しい相手のようだった。
「だから、海が滅茶苦茶になってるせいで船が出ねえんだよ!
何でそんなことになってるって、そんなもんこっちが聞きてえよ! あ〜〜もう、こちとら急ぎの仕事が山程残ってるってのに……!!」
海が滅茶苦茶になっている。
それは決して、誇張ではなかった。
此処、K市の近海は今や、生き物の住める環境ではなくなりつつある。
ゆっくりとではなく、急速に。
「討伐令のこともある。特にファルが伝えに来た方は、急いで結論を出さなきゃいけない」
一輝達が最初の通知を見たのは、此処に向けて移動している道中だった。
もっと正しく言えば、ファルと名乗るルーラーの遣いがやって来て、第二の討伐令についてを伝えて帰った後である。
第一の討伐令は、現在進行形で巷を騒がせている連続殺人鬼の主従。
魂食いは、英霊を効率的に運用する手段の一つだ。特に魔力の量が心許ない非魔術師のマスターにとっては、手軽に魔力を肥やす手段として重宝することだろう。
しかし手軽な分、やり過ぎた時の代償は大きい。
監督役に問題児として目を付けられ、最悪の場合このように、報酬付きの討伐令の槍玉に挙げられてしまう。
こうなってはもう袋叩き以外の未来はない。この主従はその点、明らかにやり過ぎていた。……もしかすると、目的はそもそも魂食いではないのかもしれない。
『……アサシンの方は、あれこれ考えるだけ無駄だと思います。多分こいつら、最初から殺すことが目的って連中ですよ。
根拠はって言われると難しいんですけど……昔の知り合いにそういう奴が居たんですよね。そいつ、ものっすごいいけ好かないチンピラだったんですが』
「確かにね。これだけ大騒ぎになってるのに、まだ犯行を繰り返してるってことは……君の言う通り、そもそもまともな連中じゃないって可能性は高そうだ」
念話で考えを述べるベアトリスの声には、明らかな嫌悪の念が滲んでいた。
彼女は、正しい騎士だ。聖杯を手に入れるために戦ってくれるとは言っても、外道ではない。
そんな彼女にしてみれば、NPCとはいえ無辜の人民を芥のように殺して回る件のアサシン達は、唾棄すべき邪悪以外の何物でもない。
「でも……多分もう片方は、もっとまともじゃない」
殺人鬼のアサシンは、大量殺戮という『結果』を出したことをルーラーに咎められた。
だがもう一つの討伐令……汚濁のライダー『ヘドラ』は、これから『結果』を出すことを危惧されて先打ちで討伐令を発布されたサーヴァントだ。
島一つを溶解させ、たったの数時間で海の広範囲に汚染を浸透させた――そしてヘドラの侵蝕は少しずつではあるものの、陸地にまで及びつつある。
被害がどれほどのものか自分の目で確かめたわけではないが、聞いた通りのペースで今後も侵蝕が進むのであれば、今夜中にも陸は地獄と化す筈だ。
もしもそうなったなら、犠牲者はアサシンが殺し回った数十人など軽く思えるほどの数に上ることだろう。
数百、或いは数千か。まず間違いなく、聖杯戦争どころではなくなる。
『災害……ですよね。ファルの言ったことが全部本当なら、サーヴァントなんてものじゃない』
「多分、公害って呼ぶのが正しいと思うよ。災害は通り過ぎさえすれば一応は落ち着くけど、公害は放置すればするほど、取り返しが付かないレベルまで拡大していく」
だから、何処かで拡大の流れを堰き止めなければならない。
今回の場合なら、元凶のヘドラを撃破し、消滅させることが汚染の終息に繋がる。
「セイバー、一つ聞きたい。君の宝具を全力で解放したとして、陸の上からヘドラを狙い撃ち、仕留めることは出来そうかな」
『……実際に現物を見ないことには何とも言えませんけど、多分、難しいでしょうね』
ベアトリス・キルヒアイゼンの宝具は、ワルキューレの聖剣だ。
これを形成することによって、彼女は雷の操作という能力を獲得する。
更にその上の位階にまで能力を引き上げれば、自分自身をも雷に変え、圧倒的な速度に物を言わせた高速移動と物理透過の特性で、対抗策を持たない相手であれば一方的に攻撃をし続けることさえ可能となるのだ。
当然、強力な力であることは疑いようもない。
が、ベアトリスの宝具……もとい『創造』は、一撃で広範囲に渡る敵を殲滅したり、遠距離の標的を的確に撃ち抜いたりするのには向かない力でもある。
『ただ、太刀打ち出来ないってことはない筈です。
海上戦程度なら造作もありませんし、本体の居場所さえ分かれば急接近して斬り伏せるということも可能でしょう。
……まあ、敵がどの程度の相手かによるんですけどね、本当』
「……いざって時に備えて、やっぱり味方は居た方が良さそうだね」
連戦連勝で聖杯戦争を勝ち上がれるのなら、苦労はしない。
単騎の戦力では如何ともし難い相手や状況を打破するためにも、一定の時期まで戦線を共にする協力者の存在は必要不可欠と言っていいだろう。
そしてその必要性は、この第二の討伐令によって格段に上昇した。
黙っていれば誰かが倒す、では駄目だ。
そんな逃げ腰の姿勢では、勝てる勝負も勝てなくなる。
一輝は、討伐令に対しては積極的に参加していく腹積もりであった。
となれば当然、危険なサーヴァントと相対する機会も増えてくる。
その為の同盟、その為の協力者だ。孤軍では、聖杯戦争は勝ち抜けない。
やはりまずは手始めに、この学校で戦闘を行った主従に接触を試みたい。
とはいえすっかりタイミングを外してしまったようで、学校から出てくる生徒すら滅多に居ない始末だ。
警官や教師に野次馬根性を出せば怪しまれそうだし、対象はやはり生徒に絞りたい。
……あと十分ほど待ってみて、それで誰も出てこないようなら諦めよう。
一輝はそう決めると上着のポケットに両手を突っ込み、初冬の寒さに耐えるのだった。
「――ごめん、少しいいかな? 今朝のことで、少し話を聞かせて欲しいんだ」
校門から二人の生徒が出てきたのは、彼が待ち始めて七分ほど経過した頃のことだった。
恐らく、先輩と後輩なのだろう。
背の高い美形の青年と、高校生どころか中学生に見える、幼い顔立ちの少女。
彼らは一輝に声を掛けられると、お互いに一度顔を見合わせる。
なるべく警戒されないよう、努めてフレンドリーな態度を心掛けながら、一輝は彼らへ近付いた。
「頼むよ。時間は取らせないからさ」
「今朝のことって言うと、あの傍迷惑なテロのことか?」
答えたのは青年の方だ。
それに一輝が頷くと、彼は「いやあ、ありゃ驚いたぜ。な、吹雪」と隣の少女に話を振る。
振られた彼女は「そ、そうですね……びっくりしちゃいました」なんて困ったように笑っていた。
「そう、その時のことについて聞かせて欲しいんだ。どんなことでもいい」
「おいおい、俺達はただの学生だぜ。知ってることなんて…………、いや……一つあるな。
何でも今回の事件は、どこぞの危ない奴らが屋上でドンパチやってたって話らしいんだが、聞こえた音がおかしかったんだよ。
銃や爆弾なんかじゃ、多分ああいう音にはならないな。何て言うんだろうな、あれは――」
青年は考え込むように顎に手を当てる。
それから、厳かに口を開いた。
「……駄目だ、分からない。とにかく変な音だったとしか言えないな」
「あ、あれじゃないですか? 花火とか大砲とか、そういう」
「おいおい、テロリストが花火大会かよ。……ところで」
そこで――青年は、笑いながら一輝に視線を向ける。
その目を見た瞬間、一輝は気が引き締まるのを感じた。
「……お前、何者だ? 文屋の回し者にしちゃ、ちぃと若すぎるみたいだが」
空気が、凍る。
この時には、一輝も確信していた。
彼が吹雪と呼んだ少女は……あの様子だと、どうやらまだ気付いていないらしい。
周囲の様子を眼球を動かすだけで確認してから、一輝はそっと上着の袖を上げてみせる。
そこにあるのは、当然。未だ参画残っている、聖杯に選ばれた者の証。
少女が息を呑む。青年はやっぱりな、という風に笑っている。
「これで分からないなら、貴方の推測は見当違いだ」
「オーケー、どうやら『当たり』みたいだな」
青年はそう言って、自分の袖も捲ってみせる。
そこには形こそ違うものの、一輝の腕に刻まれているものと同じ紋様がしっかりと浮き出ていた。
サーヴァントのマスター。そして、彼が言うところの『屋上でドンパチやった奴ら』の一人。
……隣の彼女も合わせれば、二人。だが彼らは今、敵対しているようには全く見えない。
「分かってると思うが、俺だけじゃない。こいつもだ」
「じゃあ、今朝の戦いは……貴方達が?」
「半分正解、半分不正解――ってとこだな。俺もこいつも、あんな目立つ真似はしたくなかった。
じゃあ何で戦ったのかって言うと、そうしなきゃこっちが殺られてたからさ。
まあその辺は……結構話すと長くなるんだよ。此処じゃ目立つし、歩きながらゆっくり話そうぜ」
青年――棗恭介はそう言ってから、校舎に取り付けられた大きな壁時計で時刻を確認する。
「どうせお宅も、これから潮風に当たろうって魂胆だろう?」
一輝に断る理由はない。
ないが、彼は目の前の男に好意とも敵意とも異なる感情を抱いていた。
恐らくこの男は、自分が話しかけた瞬間から、その正体に勘付いていたのだろう。
何気ない会話に見せかけながら、此方の出方を窺っていたのだ。
そして一輝は最初、そのことに気付けなかった。
最後には手を見せて欲しいと少々不自然な物言いになるのを承知で、強引に攻め込むつもりだったが……この彼ならば、それすらあの手この手で躱したかもしれない。
理屈じゃない。そんなものが無くたって、『こいつならやりかねない』と思わせる不思議なものが、彼にはある。
それに事実として一輝は今、その不思議な感覚を自らの頭でもって味わされている。
間違いない。
この男は――手強い。
一輝はごくりと生唾を飲み込んで、初のマスターとの邂逅を受け止めるのだった。
◆
「『御目方教』――か」
舞台は変わって、バスの中。
まだ普通の学校の下校時刻にしては早いということもあって、車内はそれなりに空いている。
そこで一輝は、恭介から今朝の騒動の経緯についてを聞かされていた。
御目方教の怪人、『ティキ』。
只の写し身でありながら、サーヴァントと互角に戦えるだけの戦闘能力を持つ強敵。
それも確かに厄介だったが、一輝が驚かされたのは、恐らく御目方の総本山がサーヴァントの手に落ちているという考察であった。
「人を異形に改造して、解き放つサーヴァント……こう言っちゃ何だけど、無差別殺人のアサシンと同じか、それ以上に討伐されるべき存在に思えるな」
「同感だ。とんだ腐れ外道が居たもんだぜ」
大量殺戮は、当然擁護されるべきではない。
だが御目方教のキャスター、『ティキ』なるサーヴァントのやり口はそれに輪をかけて悪辣極まるものだった。
彼らは教えを盾にして、人の心の隙間に入り込む。
直接手を下すのではなく、あくまで力を求めさせ、人を魔道に堕落させる。
……趣味が悪い。そんな感想を抱かずにはいられない。
道徳的嫌悪感を抜きにしても、厄介な相手であることは疑いようもないだろう。
ティキの端末として歩き回る、マスターでもサーヴァントでもない、人の形をした使い魔とでも呼ぶべき術師達。
戦闘向きのサーヴァントであるベアトリスが遅れを取るとは思えないし、一輝自身も、一対一なら確実に撃破してやれる自信がある。
問題は、その総数がどれほどのものなのかという話だ。
ベアトリスはともかく一輝は、あくまでも人間である。
サーヴァントから直々に力を受け取っている連中に、十数人と集まられて囲まれでもすれば、流石に分が悪くなるのは避けられない。
厄介なのは何も戦闘面に限った話ではなく、情報面でもそうだ。
吹雪の話を聞くに、ティキの端末は自分の正体を隠す程度の理性は持ち合わせている。
つまり彼らは、人間のふりをして人混みに紛れ、水面下で情報を集めて総本山のマスターに報告する……という芸当も可能に違いない。
こんな狡猾な手段に訴えてくる連中なのだ。それくらいの悪知恵が閃かない馬鹿だとは、一輝にはとても思えない。
「俺がティキを見た時間はそう長くはない。だが、俺も奴のステータスは確認できなかった」
「……学校を襲ったのは本体じゃなく、写身か何かだったというのはほぼ確実。それどころか――」
サーヴァントですらない可能性がある。
ティキという怪人が、まず何者かの使い魔であるという可能性。
あれほどの存在を何らかの形で使役し、操っている素性不明のサーヴァント。
それは出来ることなら考えもしたくない、最悪のパターンだった。
「いずれにせよ、警戒しておくに越したことはないだろうな。俺達にしても、お前達にしても」
ああ、と一輝は頷いて、数分前の会話を反芻する。
結論から言うと、一輝は恭介、吹雪の二人と同盟を結ぶことに成功した。
但し、その期間はごく短い。
同盟を結ぶにあたって恭介が提示した期間は、現在討伐令の対象とされている二騎が脱落するまでの間。討伐令の終息を以って、同盟は自動的に解消される。
勿論恭介は、吹雪との同盟に対してはこういった条件は設けていない。
では何故、一輝との同盟には期限を設け、そして彼もまたそれを了承したのか。
その答えは一つ。――聖杯を求めているか、いないかの違いだ。
黒鉄一輝は聖杯を求めている。それを手に入れるために、数多の願いを踏み潰す覚悟がある。
一方で棗恭介と吹雪は、聖杯戦争から脱出し、平和な元の世界に帰りたいと願っているのだ。
恭介達は脱出という枠数の制限が存在しない目的を持っているために、最後まで協力することが出来る。
しかし一輝とは、そうも行かない。彼が聖杯を手に入れたいと思っている以上、いつか何処かで、必ず対立することになる。こればかりは避けられない。
どうせ決裂する関係ならば、別れる時にはすっぱりと別れた方が後腐れがない。
お互いのためにも、協力関係は最小限の時間に留めるべきだ。恭介は、一輝にそう提案した。
一輝は少し考えた後、その条件を呑んだ。倒すべき敵の消滅と同時に援護を失うのは手痛いが、極端な話、仮に何事もなく聖杯戦争が進行したとして――最後に自分達だけが残ったなら、当然、彼らのサーヴァント二騎を同時に相手取らねばならなくなる。
ベアトリスは強い。たとえ相手が二騎がかりでも、彼らのサーヴァントの性能次第では十分食い付ける筈だ。
それでも、やはり此方の分が悪くなるには違いない。此処は恭介の提案を受け入れ、首尾よく見つけた味方を失わないようにするのが利口と彼は考えた訳だ。
斯くして彼らは、仮初めの同盟関係を結ぶことに相成ったのである。
市バスが停車したのは、海からは少し離れた地点にあるバス停だった。
車内アナウンスによると、現在海岸周辺では正体不明の凶暴な生物が多数目撃されており、既に被害も少なからず出ているらしい。その為、乗客及び運転手の安全に配慮して、海沿いのバス停への運行は現在停止されている、とのことだ。
正体不明の凶暴な生物というチープな形容に、恭介は思わず苦笑を漏らす。
だがこの街で何が起こっているのかを把握することすら許されないNPC達にしてみれば、まさに正体不明の事態と形容するしかないのだろう。
海原に揺蕩いながら、尋常ならざる速度で汚染を拡大していくサーヴァント・ヘドラ。件の未確認生物が、それと関係ないとは思えない。
つまり既に、事態は深刻な領域へと突入しつつあるのだ。
海に巣食う汚濁の王の暴虐が他人事である時間は、もう幾許も残されていない。
『…………』
黒鉄一輝にとって、棗恭介は侮れない男という認識だ。
曰く彼は魔術の心得もなく、魔力だって大した量は持っていないという。
なのに、彼はえらく肝が据わって見える。それは、慢心や驕りの類ではない。
自分と相手の立ち位置や、現在自分の置かれている状況を正確に判断して、その上で発言したり行動したりする聡明な人物。それが一輝の恭介に対する印象だった。
敵に回ったなら恐ろしいが、味方なら、これほど頼もしい人間もそう居ない。同盟が解消されるまでの間は頼りにさせて貰おう――彼は、そう思っている。
一方で、霊体化して一輝の隣に座っている金髪の戦乙女、ベアトリス・キルヒアイゼンは違った。
もし彼女が今実体化していたならば、その納得行かないような硬い表情を見ることが出来たろう。
お察しの通りベアトリスは、棗恭介という男に対して好意的な印象を抱けずにいる。
その理由は、彼の言動、振る舞い、佇まい――全てに、ある男の面影が重なるからだ。
頭が良く、口がよく回る。傍目には好漢にしか見えないが、その実は――。
(……考え過ぎだと、いいんですけどね)
もう一人の吹雪という少女は、敵ながらに応援したくなるような実直な女の子だ。
そんな彼女と同盟を結び、聖杯戦争から抜け出そうと考えている、吹雪の頼れる先輩。
彼がもしも本当にただ頭の回るだけの善玉であったなら、それでいい。
どこか危なっかしい雰囲気の滲む吹雪をサポートしてあげてと、エールを送りたくなる程だ。
それでも、ベアトリスは一度重なったその面影を、なかなか払拭できずにいた。
聖遺物の魔徒を欺き、暗躍し、その計略でベアトリスの大切なものを地獄に引き込んだ男。
『聖餐杯』と呼ばれた、一人の男の面影を。
◆
バスから降りて、海の方へと歩き出した一行。
男衆は臆することもなく進んでいくが、吹雪は彼らから一歩遅れた地点を歩いていた。
別に、吹雪はこの状況に恐怖していたり、不安を覚えているわけではない。
むしろ海は、彼女達艦娘にとってのホームグラウンドだ。
陸地で艤装を使って戦闘するよりも、吹雪にとってはずっと戦いやすい。
では何故、彼女は浮かない顔をしながら、足取りを重くしているのか。
その原因である当人は全く気付いていないのだが、そればかりは致し方のないことだろう。
……吹雪の心を曇らせているのは『相容れない』立場の人間、黒鉄一輝その人だった。
(せっかく仲間になれたのに……どうしても、別れなきゃいけないのかな)
吹雪は、何も自分一人で帰りたいと思っているわけではない。
恭介は当然として、出来ることなら一輝とも一緒に、この悪夢のような戦争から抜け出したいと心から願っている。
聖杯戦争は甘くない。そもそもこの電脳世界から抜け出す手段があるのかどうかすら、分かっていないのが現状なのだ。
自分の思っていることが子供じみたわがままだというのは、吹雪も分かっている。けれどそれでも、やはり割り切れないものはあった。
彼女の理想は、この戦争で犠牲になる人が一人でも少なくなること。
皆で生きて帰り、各々が元の世界の暮らしに戻っていくこと。
吹雪は、分かっていない。
万人にとって必ずしも元の世界に戻ることが幸せではないということを、理解できていない。
聖杯を求める人間が、どれだけ思い悩んだ末に奇跡を欲するのかを――分かっていない。
要するに、彼女はまだ幼い。青いのだ。
笑顔のある世界で育ったものだから、笑顔のない世界を想像できない。
……彼女の前を歩く二人。黒鉄一輝は勿論、棗恭介もまた、自分の望む幸せを得られなかったからこそ、最後の手段として聖杯に縋るしかなかったというのに。
そんな事情を想像すらしないまま、吹雪は二人の後に付いて行く。
程なくして、漸く海が見えてきた。彼女達は皆、その惨状に釘付けとなる。
「……こりゃ、凄いな」
港から見える海の景色の、所々が黒ずんでいる。
それは全て件のサーヴァント、ヘドラによる汚染の痕跡だ。
K市近海は既に生物の住める海ではない。
そして海だけに留まらず、陸地までもが生物の蔓延る隙間のない地獄と化そうとしている。
想像を超えた光景に彼らは注意を奪われ――自分達の後方で小さく響いた『とぷん』という水音を揃いも揃って聞き逃した。
それがいけなかった。
どうん、と。耳を劈くような砲音が響き、三人並んだ真横を通り抜けて、海へと砲撃が放たれる。
吹雪が「えっ」と声を漏らした。通学路に隠しておいた艤装は道中で回収し、今は学業用の大きめの鞄に勉強道具と混ぜて入れてある。
しかし誓って装着はしていないし、吹雪と恭介のサーヴァントはそもそも実体化すらしていない。
誰も砲を撃てる者は居なかった。だが事実として砲撃は海に向かい、汚濁の蠢く一角に着弾。そこに沈殿していた燃料と誘爆して大爆発を引き起こした。
後ろを振り向いても、そこに誰かが居た形跡はない。
前に視線を戻すと――海が不気味にざわめいて、何かがそこから飛び出すのが見えた。
「――危ないわ、下がって!」
実体化した吹雪のサーヴァント・ライダー……戦艦ビスマルクが、瞬時に砲撃を行い撃墜する。
ビスマルクの攻撃を受けた飛行物体は、爆音をかき鳴らしながら大きく爆ぜる。
それだけでは終わらない。海のあちらこちらから、不気味な何かが、吹雪達艦娘にとっては見覚えのある敵艦が、次々と姿を現し始める。
ベアトリスと天津風が続いて実体化。
海より出でた禍々しい艦の残骸は、次々と吹雪達に向けて砲弾を放ってくる。
――嵌められた。苦い顔をする恭介だったが、事態は後悔する暇を与えてくれない。
次々襲い来る海からの侵略者に対して、三騎の英霊が迎撃態勢を取った。
雷、砲弾、そして銃弾。ヘドラという極大の火種は、此処でも一つの炎を生み出していた。
【一日目・午後/D-3・海岸付近】
【吹雪@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 健康、一輝に思うところがある
[令呪] 残り三画
[装備] 高校の制服
[道具] 艤装(未装着)
[所持金] 一万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
0:深海棲艦への対処。
1:棗恭介、黒鉄一輝と同盟してことに当たる。
2:ティキが恐ろしい。
3:討伐クエストに参加して、犠牲になる人の数を減らしたい
【ライダー(Bismarck)@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 艤装
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:吹雪を守る
0:深海棲艦への対処。
1:棗恭介、黒鉄一輝と同盟してことに当たる。ただし棗恭介には警戒を怠らない。
2:ティキは極めて厄介なサーヴァントと認識。御目方教には強い警戒
【棗恭介@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 高校の制服
[道具] なし
[所持金] 数万円。高校生にしてはやや多め?
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯入手。手段を選ぶつもりはない
1:目の前の状況への対処と周囲の警戒。
2:吹雪、黒鉄一輝と同盟してことにあたる。
3:吹雪たちを利用する口実として御目方教のマスターを仮想敵とするが、生存優先で無理な戦いはしない。
4:吹雪に付き合う形で、討伐クエストには一応参加。但し引き際は弁える。
【アーチャー(天津風)@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 艤装
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:恭介に従う
0:深海棲艦への対処。
1:マスターの方も艦娘だったの? それに島風のクラスメイトって……
2:吹雪、一輝の主従と同盟してことにあたる。
【黒鉄一輝@落第騎士の英雄譚】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] ジャージの上に上着
[道具] タオル
[所持金] 一般的
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取る。
0:止まってしまうこと、夢というアイデンティティが無くなることへの恐れ。
1:状況への対処。
2:棗恭介、吹雪と時期が来るまで協力する
3:後戻りはしたくない、前に進むしかない。
4:精神的な疲弊からくる重圧(無自覚の痛み)が辛い。
【セイバー(ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン)@Dies irae】
[状態] 健康
[装備] 軍服、『戦雷の聖剣』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターが幸福で終わるように、刃を振るう。
0:勝利の裏側にある奇跡が本物なのか、疑念。
1:状況への対処。
2:棗恭介に不信感。杞憂だといいんですけど……
3:マスターである一輝の生存が再優先。
[備考]
※Bismarckの砲撃音を聞き独製の兵器を使用したと予測しています。
◆
手持ちの資材を台無しにされたアドラーがファルと接触したのは、彼が港に散らばった汚泥を電撃によって処理している丁度その最中のことだった。
討伐令が発布されたことに対して、アドラーは素直にいい気味だと思う。
何せ相手は、自分がせっせと練った策をあっさり台無しにしてくれた、憎き深海棲艦なのだ。
報酬に目が眩んだ連中に袋叩きにされて、無様に死ねばいい。これほど愉快なこともない。
……そう、アドラーは今回の討伐令に対しても、スルーを決め込む腹積もりでいる。
「奴らの一体一体は、そう脅威じゃない。サーヴァントでもない俺が殲滅できる程度には弱い」
もっとも、恐らく先程の駆逐イ級よりも強力な艦も控えているだろうことは想像に難くない。
それにあんな雑魚でも、先刻の倍も引き連れて来られれば殲滅するには骨が折れる。
そして何よりも、あの腐食能力で陸地を汚染されれば今後に大きく関わってくる。
普通に考えれば、乗るべきだ。今回は直接止めを刺さなくても一画の令呪は貰える可能性があるというのだから、危険を冒すメリットも十分にあると言える。
しかしそのことを承知した上で、アドラーは静観を決め込むことにしたのだ。
「腐食能力を持った深海棲艦……いいや、ヘドラだったか?
確かに厄介だろうさ。だが今回の討伐令には間違いなく、最初のものよりも多くのサーヴァントが参戦する筈だ。
分かるか? お前や俺がわざわざ動かなくても、そのヘドラとかいう馬鹿はきっと討伐される。
仮にそれが過信だったとしても、そもそもお前は火力に富んだサーヴァントではないだろう。素性や手の内を晒すというのは、暗殺者にとって致命的な情報アドバンテージの喪失だ。故に俺は、今回も――いや、今後もだ。討伐令には一切噛まないと決めた」
討伐令には関与しない。
だが、では指を咥えて静観しているのかと問われれば、それもまた否だ。
その証拠に、アドラーはアサシン……U-511へと、ある一個の命令を下した。
それは、海の様子を見に現れた主従を探し、発見したなら海へ砲撃を行って、深海棲艦の尖兵をけしかけろというもの。
吹雪達に深海棲艦が襲い掛かる原因となった正体不明の砲撃は、まさしく彼女によるものだ。
アスファルトの地面に潜水し、そこから艤装だけを出して海に砲撃。
深海棲艦をけしかけろという命令はなかなかの難題だったが、そこは流石に歴戦の艦娘。見事、自分の姿を露見させることなく仕事を全うした。
『成功です、マイスター。深海棲艦とサーヴァント三騎が、現在交戦しています』
「そうか、よくやった。褒めてやるぞ、アサシン。
後はそのまま監視を続けろ。但し、どんな状況になっても手は出さず、監視だけに努めるのだ。
よく見て、覚え、俺の下にサーヴァントどもの情報を持ち帰れ」
念話で指示を受け、U-511は言われた通り、戦況の観察に終始する。
彼女は欲を出さない。指揮通りに動く船の英霊だからこそ、そこは決して間違わない。
攻撃態勢にさえ入らなければ、彼女の気配遮断は最高ランクでこそないが、一級品と言っていい性能だ。
息を潜め、ただ静かに潜水艦娘は状況を見守る。
大いなる謀略は、汚染の悪夢に際しても尚、健在であった。
【D-3/△△港/一日目・午後】
【アドラー@エヌアイン完全世界】
[状態] 深海棲艦への怒り、少し機嫌が治った
[令呪] 残り三画
[装備] 電光被服、埋め込み式電光機関
[道具] トランクボックス(着脱式電光機関と電光被服×20個、アドラーの後方へ投げ出されています)、ドイツ国旗のヘアバンド
[所持金] 富豪としての財産+企業から受け取った金(100億円以上)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
0:シャイセ!!深海棲艦なんて大っ嫌いだ!!
1:ズーパーアドラーに、俺はなる!
2:討伐令に乗るつもりはない。が、アサシンを使って情報収集は積極的に行う。
3:一条蛍とそのサーヴァントをどう利用してくれようか…
4:深海棲艦への対策を考えなければな…
5:主催者は脱落した魂を使って何か企んでいるのか?
6:ヘドラの奴め、ざまあみろ。
[備考]
※聖杯戦争開始前に、永久機関と称して着脱式電光機関の技術を電機企業に提供しています
※企業に対しては、偽造の身分証明書と共に『ヒムラー』と名乗っています
※独自に数十個の着脱式電光機関と電光被服を開発しています
※ミスターフラッグ(ハタ坊)などの有力者とのコネクションがあります
※K市を呉市を元に再現していると認識しています
※聖杯戦争開始前に、図書館にて従来(冬木)の聖杯戦争についての知識を得ています。
※一条蛍をマスターと確認しました。そのサーヴァント(ブレイバー)については把握していません。
※NPCの肉体は脆弱で、電光機関による消耗が早いようです。どれくらい消耗が早いかは、後続の書き手にお任せします。
※電光機関には位が低いもののサーヴァントを傷つけられる程度の神秘が宿っているようです
※購入した資材の1/3がD-3沖に沈みました。
※一日目午前の段階でD-3/△△港においてライダー(ヘドラ)から零れ出た複数の駆逐艦イ級と交戦しました。同所において複数の死者及び爆発と火災、貨物船の轟沈が発生しています。
※ミスターフラッグからはハタ隊長と呼ばれているようです
※親衛隊長は渾身の策を台無しにされてお怒りのようです。
【一日目・午後/D-3・海岸付近】
【U-511@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 『WG42』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う
0:戦況の観察。言われた通り手出しはせず、危なくなれば迷わず撤退する
1:マスターに服従する
2:あれ……艦娘、だよね……?
投下を終了します。
自己リレー含みますが
松野おそ松&アサシン(シャッフリン)
越谷小鞠&セイバー(リリィ)
青木奈美(デリュージ)&アーチャー(ヴァレリア)
東恩納鳴(テンペスト)&ランサー(櫻井戒)
一条蛍&ブレイバー(犬吠埼樹)
松野一松&シップ(望月)
元山総帥&バーサーカー(アカネ)
棗鈴&ランサー(レオニダス)
予約させていただきます
あらかじめ延長もさせていただきます
すみません、現在7割ほど完成しているのですが、
とてつもない長さになりそうなので、ひとまず前編だけ先に投下させていただきます
なお、後編も当初の締め切り日である月曜までには必ず投下いたしますので
これは「まず前編を投下するので後編の投下は待ってください」というものではありません
(一度に投下するのが心苦しい分量になりましたので、分割して投下するという形を取らせていただきます)
聖杯戦争のマスターには、
『戦うマスター』と、
『戦わないマスター』がいる。
だからといって、
『戦わないマスター』が弱いわけではない。
♠ ♥ ♦ ♣
偽りの世界の空が、抜けるような青から黄昏色へと変わりつつある頃。
陽が沈む頃までじっくりと休息する予定だった青木奈美は、思いがけぬ来訪によって叩き起こされた。
否、実際に叩いて起こされたわけではないが、それに近い衝撃をもたらされて目覚めたのだ。
『ルーラーからの、新しい通達だぽん』
まどろみから目覚めた時、見覚えのある生き物がそこにいたのだから。
『マスターに1人1人伝えて回ってたから、順番が遅くなっちゃったのは申し訳ないですぽん。
これより討伐対象の追加をお知らせしますぽん』
『ルーラーからの討伐対象の追加のお知らせ』という言葉も衝撃的ながら、奈美を心底から動揺させたのは、それを報せに訪れたのが『彼』だったということだ。
名前を知っている――ファルだ。
ご主人さまを知っている――あの実験施設ではともに戦った、白雪のように曇りのない魔法少女だ。
彼女は、それだけしか知らない。
魔法少女デリュージは、白雪の冬に届いた後の白黒(ファル)にしか面識がない。
デリュージは、『正義の魔法少女(スノーホワイト)のマスコット』としてのファルしか知らない。
『新しく討伐対象としてサーヴァント『ヘドラ』及びそのマスター『空母ヲ級』が設定されましたぽん』
しかしだからこそ、眠気など全てさっぱり吹き飛んでしまった。
そして、
「なんで貴方が、こんなことやってるんですかっ……!」
怒りを、露わにした。
そのマスコットのご主人さまは、デリュージにとって一番の恩人だった。
デリュージが知っている『本物』の魔法少女たちの中でも一番正しくて、善良で、一緒にいれば安心と勇気をくれる魔法少女だった。
悪い魔法少女を退治してくれるはずの、魔法少女だった。
その魔法少女のマスコットキャラクターが、相棒が、よりにもよって『血で血を洗う殺し合い(せいはいせんそう)』に加担している。
悪趣味な間違いだということにしたかった。
彼等まで『こちら側』にいるとなれば、世の中に『正しい魔法少女』なんていないも同然ではないか。
「偽物ですか!? 洗脳ですか!? 幻覚を見せる、嫌がらせのつもりですかっ!?」
インフェルノの『悪い魔法少女をやっつけろ』という願いを無下にするようなことをしている、マスコットが許せない。
『マスター(殺し合いの参加者)』としてここにいるデリュージだからこそ、許せない。
何より、『ファルがここにいるなら、あるいはスノーホワイトも……』と疑ってしまう己のことが嫌だった。
「それとも…………所詮はスノーホワイトも、『魔法の国』の魔法少女(ヒト)だったってことですか?」
デリュージの見てきた、インフェルノが信じた、スノーホワイト像が誤りだったのか。
現実には、『正しい魔法少女』なんて何処にもいなかったのか。
『違いますぽん』
しかしファルは、震えの混じった電子音声で否定した。
『ファルが仕えている魔法少女は、スノーホワイトじゃないぽん。ルーラーだぽん』
「ルーラー?」
『聖杯戦争を裁定するクラスだぽん。ファルはその伝達係。それ以上でもそれ以下でもないぽん。
ある時代では別の魔法少女に仕えたことがあっても、今のファルは裁定者の魔力で現界しているぽん。
サーヴァントがイコール生き返った英雄本人じゃないのと同じで、ここにいるファルも魔法少女アニメに自分をモデルにしたマスコットが出演してるような感じだぽん』
釈然とはしないまでも、その説明でどうにか理解はできた。
どうやらこの戦争に、スノーホワイトが関係しているわけではない。
その可能性が否定されたことで、少しは昂ぶっていた気持ちも落ち着く。
奈美が黙り込んだのを待って、ファルは『ヘドラ』とやらの説明を再開した。
これまでに何回も繰り返してきた文言をまた復唱するように、慣れたものだった。
『報酬はクエスト内での働きに応じて令呪一画、とどめを刺した主従には二画。
既に発令されている討伐令よりも、優先度は上ということですぽん』
言い切ると、マスコットキャラクターは消える直前にその輪郭をノイズで揺らめかせた。
まるで、もっと言いたいことがあると迷って、そしてできなかったかのように。
その不安定な揺らめきを見て、奈美の心はやっと落ち着いた。
少なくとも――今のファルは無慈悲な戦争運営者の命令を聞くだけの存在かもしれない。
だが、決してスノーホワイトと共にあった時のファルから変わってしまったわけではない。
マスコットキャラクターとは、『正しい魔法少女』の仲間で、困っている人達を助けるものだと聞いている。
かつて、スノーホワイトがファルと相談して事に当たっていた姿は、幼い頃にアニメで見た『正統派魔法少女』の姿そのものだった。
あの『正義』が、仕える相手しだいでそうそう変節するものではないと信じたい。
その証拠に、あのファルは『自分の仕えている主はスノーホワイトではない』と証言した。
本当に心から『ルーラー』に仕えているのなら、わざわざ『ルーラーの正体はこの人物ではない』と発言する必要はない。
英霊は、知識の上では生前の記憶をすべてぼんやり覚えているという。
ファルも同じなら、スノーホワイトのことを悪く言われることが嫌だったから、『スノーホワイトがご主人さまでは無い』とわざわざ言及したのだろう。
これでも、人間観察力だとか人を見る眼はある方だ。田中先生は見誤っていたじゃないかと指摘されたら言い訳しようもないけれど。
ファルは人間ではない。判断するには表情も声質も容姿も欠けている。
しかし、それらを差し引いた上で判断しても、悪意を持って通達をしているようには見えなかった。
だから、奈美は仮説を持った。
聖杯戦争の運営者は、一枚岩ではない。
少なくともあのマスコットキャラクターが、本意からルーラーに協力しているとは思えない。
この仮説をどう利用すべきかはまだ見えてこないけれど、これは青木奈美だけが手に入れた、自らを有利にするかもしれない手がかりだ。
一方で、通達された内容の方はただならぬ案件だった。
ヘンゼルとグレーテル以上に、優先して打倒しなければならない主従がこの地にいるという。
しかも、このまま看過すれば、このK市がまるごとヘドロに飲まれて消滅するかもしれないときた。
これは、『討伐令に参加するマスターの背中を狙う』という方針をかためたそばから、方針を転換しなければならない、かもしれない。
奈美が『ヘドラ討伐令に従おうとするマスター狩り』をしたところで、いずれ他のマスター達が『ヘドラ』を打倒して戦争は問題なく続いていくし、大勢に影響はないという可能性もある。
しかし、もし奈美が介入したせいで『ヘドラ討伐』が遅延して取り返しのつかないことになれば――奈美自身の行動のせいで、ヘドラが聖杯を獲得するか、聖杯戦争そのものが潰れましたなんて、最悪過ぎて笑えない。
まずは、念話でアーチャーに連絡しよう。
まだアサシンの起こした殺人事件についての調査はまとまっているか分からないが、それどころではない事実が判明したと相談しよう。
『そんなことを言って、外道な行為に手を染めるのを先延ばしにする口実が欲しいだけなんじゃないですか?』とか嫌味の一つでも言われるかもしれないが。
余計な心配は、無用だ。
そんな口実を欲しがるなど、もう諦めた。
私は、正しい魔法少女には、なれない。
♠ ♥ ♦ ♣
「やっぱり、家の外から見張ってても何もならないのかなぁ……」
右隣を不動産屋に、左隣を1階はカフェ、2階は探偵事務所というビルに挟まれた――ちょっと外装に年季があるけれど、ごく住み心地は良さそうなお宅。
表札に『松野』と書いてあるそんな家を、越谷小鞠と霊体化したセイバー・リリィは左隣のビルの影に隠れながら見張っていた。
なぜなら、マスターと思しき赤いパーカーの青年の跡をつけていけば、そこに帰宅したからだ。
もっと言えば、その青年が殺し合いに積極的ではない話し合いのできる人だったら、協力してもとの世界に帰りましょうと、同盟を持ちかけるためだ。
さらに言えば、それは下校の道すがらにリリィと話し合って、『次に学校みたいな事件が起こった時のためにも、いざという時に頼れる同盟相手がいるといいですね』と確認したからだった。
いや、ステータスを目視した限りでは、いざという時に戦いで頼りになるようなサーヴァントだとはとても思えなかったのだけれど。
それでも『殺し合いの世界で生き残らなければならない』というプレッシャーを幼い身空で背負っている小鞠にとって、同じ目的を持っている、しかも立派な成人男性のマスターと出会えれば、どれほど心やすらかになるだろうか。
リリィもそうであればと思っていたので、『あの人と話してみたいです』という小鞠の決断に賛同してここまで来た。
「それに、あの人って本当に大丈夫なのかな……さっきも道端に落ちてた五円玉を見つけて、『やっりぃ!』とか言ってぴょんぴょん喜んでたような人だし……」
『大丈夫。私もこれまでの道中で観察していましたが、目を見れば分かりますよ。
私の修行の旅路でも、同じ目をした方々に出会ったことがあります。
どの方もこころよく『訓練中のトラブル』だとか『くんずほぐれつの密着』とかさえあれば満足だとかで、無償で真摯に稽古をつけていただいた、いい方達でした』
「リリィさんそれ大丈夫だったんですか!?」
その人達と比較されるのって、わりと最底辺同士の争いのような……。
修行の旅とやらがぴんとこない小鞠でも、そう思う。
『それに、先刻の通達は彼の元にも届いているはずです。
今や、ほぼ全てのマスターにとっての脅威は『ヘドラ』とやらを倒すことにあるでしょう。
それならば、立場を決めかねているマスターの方であっても、協力し合えるのならばそうしようと言う気持ちに傾いているのではないでしょうか』
希望的観測ですけどね、と小鞠のサーヴァントは付け加えた。
慰めるようなその言葉を聞いて、小鞠の心も少しずつ軽くなっていく。
そう、大丈夫。たとえ何かがあったとしても、この人は私を守ってくれる人だ。
しかし、あのニュースで報道されていたことはやはり現実だったのだと思い出したのもまた確かだった。
あれを放っておけば、この世界中があのニュースのようなヘドロに変わってしまうかもしれない。
小鞠も、クラスメイトも、セイバーリリィも、この世界の越谷家も。父も母も。卓も。夏海も……そんなもの、想像したくもない。
『コマリ、扉が開きました』
「あ、本当だ、出てきた……」
また出かけてきマッスル!と大声が響き、『さっきの青年』が姿を現した。
今度は、少女のサーヴァントは連れていないようだ――霊体化させている可能性もあるが。
「い、行きましょう。リリィさん」
『はい、お供いたします』
青年は左肩にグローブのぶらさがったバットを担ぎ、右手には野球の硬球を握ったまま弾んだ足取りで歩いていく。『十四松』とネームの入った野球のユニホームを着ていた。
さっきは赤いパーカーだったのに……運動するから着替えたのだろうか。
しかも、帰宅した時とはどうもテンションが違っている。
変な人だ、と思いながらも、小鞠とリリィはこそこそと青年に追いすがった。
どこか人目につかない場所にでも行けば、そして善良な人格の持ち主だと確信が持てれば、話しかける機会が見つかるかもしれないと期待して。
――その青年が、先刻まで尾行した青年とは別人だということに気付かないまま。
♠ ♥ ♦ ♣
予想はしていたが。
やはりというか、マスターはいまいち理解していないようだった。
「それって、1人で全員倒すのは面倒だから協力しましょうってことだよね?
願ったり叶ったりじゃない?」
そんな単純な話だったならばどれほど良かったか。
ひとまず、ハートの3を霊体化させずに帰って来るなんてあまりにも不用心だと説教――もとい忠言をして、その『同盟の申し入れ』がいかに怪しく油断ならず危険なものであるかを、マスターにも分かるように強く再説明する。
どちらかと言えば、ジョーカーこそ『なんで俺がわざわざ交渉に出向くような事態になったんだ』と怒られる覚悟をしてきただけに、拍子抜けを通り越して呆れるものがあった。
『あまりに危険が過ぎます。
いずれ敵対することは必定の関係であるにも関わらず、マスターの御身を晒すように脅迫し、一方相手方はマスターの身を晒すことを恐れておりません。
マスターを暗殺するための企みを持って交渉の席を設けたのだという疑いもあります』
「……でも、俺のことはシャッフリンちゃんが守ってくれるんだよね?」
『それは当然。どんな奇襲、搦め手にも対応できるよう、壁役のハートとスペードの精鋭たちで御身を固めますゆえ。交渉の際に選ぶ言葉も、慎重に吟味いたします』
マスターの家族が部屋に乱入してくるリスクがあるので、会話は霊体化を通して行っている。
虚空に向かって嬉しそうにペラペラと1人会話をしている姿は、これはこれで頭のおかしい人間の振る舞いかもしれないが、
マスターは周囲からも馬鹿だと思われているのが共通認識のようなので、変に怪しまれることはないだろう。
「要するに、交渉はジョーカーちゃんがアドバイスしてくれるから、俺はうんうん言って話を聞いて、それから相手のマスターと仲良くできるようにお喋りすればいいんでしょ。
それぐらい大丈夫だって。やること無くて退屈してたから、役に立てて嬉しいし」
だから、退屈とかそういう問題では無いのであって。
また言葉を尽くそうとしたが、マスターが切り出す方が早かった。
「あのさ、ジョーカーちゃん」
いつになく静かな声だった。
契約してから、初めて聞いたかもしれないぐらいに、しんみりとマスターは言った。
「…………なんか、ありがとうね?」
思わず、まじまじとマスターを見てしまった(霊視なので視力は良くないのだが)。
もしかすると、すごく唐突で、かつ意外な言葉を聞いたのだろうか。
「いや、俺はいいんだけど、シャッフリンちゃんたちはこの『戦争(ゲーム)』をやってる間だけの命なわけでしょ。
それなのに『マスターだから』ってだけで、俺のために命張ってくれて、今も全部俺のために盾になろうって考えてくれるわけじゃん?
俺、今まで足を引っ張る連中はいたけど、そこまでしてくれる相手っていなかったから」
照れたように、後頭部をぼりぼりと掻きながらそう言った。
『……恐れ多くも、ありがたきお言葉』
驚いた。
最初の『俺はいいんだけど』という言葉は不可解だったけれど、マスターがここまで真摯な言葉を発するとは。
生前のシャッフリンは、主人から一応は褒められたことこそあれど(その褒め言葉も半分は主人自身の手柄でもあるかのように話したものだが)、感謝の言葉を向けられたことなど無かったのもある。
「それで、さっき『ファル』とかいうのが言ってたことなんだけど」
切り替えるように、ニヘニへと明るい口調に戻ったものだから、つい話題に釣りこまれてしまった。
「シャッフリンちゃんだけでは、あのヘドラってヤツは倒すの難しいって言ってたよね?
だったら、もし、『同盟』が成功すれば、協力してヘドラを倒すために何かできないかな?」
『…………』
これもまた意外だ。
マスターの口から、己が働きかけることで状況を変えたいのだという意思が出てきた。
マスターは確か、シャッフリンがヘンゼルとグレーテルを狙って討伐令に参加しようとした時は反対していたはずだ。
『先方のサーヴァントの耐久力は、我々の最大攻撃力をはるかに上回る頑健さを有しておりました。
その防御力をヘドラに対しても適用できるようであれば、あるいは対抗策の一つになり得るやもしれません』
「そっか……じゃあ俺、やっぱりその『同盟』に賭けてみたい。
スペードちゃんやハートちゃんたちも危ないけど、頑張ってくれるかな?」
しかも、『どうしても討伐令のヘドラを倒したい』ともとれるような意気込みを伺わせている。
どちらかと言えば喜ばしい意気込みだが、いったいどんな心境の変化があったのか。
はばかりながら、シャッフリンはおそ松へとその理由を尋ねた。
♠ ♥ ♦ ♣
『殺します。殺す以外にない』
マスターからの念話が届いたので、アーチャーはこちらからも報告したいことがありますと断りを入れた。
デリュージは『まさか、また誰かと接触したんですか?』とけげんそうなコメントをした後、ではまずはそちらから、と続きを促す。
しかし、『複数個体で一つのサーヴァントを為す、トランプのマークを身に着けた幼い少女たち』という特徴を伝えたとたんに、そのマスターは豹変した。
『そいつらはこれから図書館に来るんですね?
私もすぐ向かいます。皆殺しにしましょう』
そう言い切った青木奈美の語尾には、笑っているかのような震えがあった。
アーチャーは、奈美が笑っているところなどこれまでほとんど見たことが無い。
しかも、似たような声で笑っていた子どもなら覚えている。
レーベンスボルンで目にした『失敗作』のソレに似ていた。それも、仲が良かったべつの『失敗作』を失った者のソレだった。
『えー……お断りしておきますが、仮に同盟を結べたとすれば、他のマスターを探すのに大いに有利になる他、情報収集力の強化、戦力の大幅増加、マスターを奇襲できる可能せ『殺します』
皆まで言わせなかった。
ここまで憎悪に満ち満ちた声を聴いて察せないほど、ヴァレリアも愚かではない。
『奈美さん、お知り合いですか?』
『…………敵です』
『敵』だと答える前に、言葉を選ぶような沈黙があった。
『最悪の』とか『最低の』とか『忌々しい』と言った形容を付けようとして、そのどれもが彼等を表現するには生温いと判断したのかもしれない。
『それは復讐ですか?』
『いけませんか?』
むべもない。
彼女が、奪われたものを取り戻すためにここにいることは知っている。
それを奪った悪しき英雄が、あのトランプ兵士たちだったということなのだろう。
それも、よほどデリュージにとって残虐な奪い方で。
恐ろしい偶然があったものだ、とヴァレリアは念話では表すことなく独りごちる。
確かに、青木奈美の意向次第では、アサシンたちを最初の生贄にするという計画に路線変更することも考えてはいた。
しかし、そうなることも考慮して、初めてマスター立ち合いの元に本格的な接触をした最初の主従が、まさかマスターにとってこれ以上ないほど因縁の強い仇敵だったとは。
それとも、マスターとサーヴァントを引きあわせた聖杯とやらがそのように『選ばせる』ことを期待して配置したことだろうか。
だとすれば、聖杯はまるで黒円卓の副首領閣下のように性格が悪い。
『念のために確認いたしますが、我々の目的は聖杯を獲得して願いを叶えることであり、復讐ではない。
聖杯を手にすることができれば、仇もなにも、奈美さんの喪った者はそっくり取り戻せることでしょう。
そして、彼等と同盟することにはメリットがあり、敵に回すことには高いリスクがある。
付け加えるならば、サーヴァントはただの英霊の座から限界した霊体――戦争が終われば『座』に戻るだけの複製品であり、仕留めたとしても『殺害した』ことにはなり得ません。
それでも、敢えて復讐に命を賭けますか?』
自分で言うのもなんだが、これだけ長い前置きと念押しを、青木奈美はおそらく我慢して最後までは聞いてくれた。さらに、一考してくれるような間もあった。
そして、答えは変わらなかった。
『仕留めます。昔の私は、あの連中を怖いと思っていた。今ここで、そこから逃げる選択肢はない。
それに、連中もサーヴァントなら、マスターを勝たせるために動いているんでしょう。
人の仲間は殺しておいて、自分のご主人さまは幸せにしたいなんて、そんな身勝手は許せない』
『逃げない……ですか。なるほど』
ヴァレリアにとっては、悪くない答えだ。
そして彼女は、私情に憑りつかれているいるだけではなく、それが己を変えるために必要だと自覚している。
『では彼女らのマスターは? おそらく貴方がたの因縁とは無関係ですが、道連れに殺害しますか?』
『どのみち、聖杯を獲るためには殺すことになる相手でしょう?』
学校で会った時とうってかわって、殺意を剥き出しにしたデリュージは頼もしく、危うい。
当初は『聖杯を手に入れるためならば何だってする』という志だったけれど、既に『トランプのアサシンを殺害してから聖杯を手に入れる』という目的に変質しているようにも取れる。
ならば仕方ない。
この復讐が遂げられれば、彼女は真の意味で修羅に落ち、地獄道を共に歩める共犯者となっていることだろう。
自分が手綱を握り、マスターを操って、復讐劇の筋書きを書かせてもらうしかない。
『では、私に策を委ねていただけますか?
いくら何でも、これから行われる会談の場で100%彼女らを皆殺しにする前提で事を進めることは難しい。
なぜなら、敵は何人いるかもわからな『53匹です』
『失礼、53名のサーヴァントとそのマスターを2人で相手することになるのですから、正面から迎え撃つわけにもいかない。
そもそも私の宝具は、私自身への攻撃ならばいざしらず、私以外の者を護ることには向いていない。
であるなら、頭を使い、順を追って彼女らを追い詰める段取りが必要だ。それはデリュージにもご理解いただけますね?』
敢えての魔法少女名で呼び、その現実を確認する。
『分かりました。ただし、策については全て私に聞かせなさい。
回りくどい手を使うのは構いませんが、近い将来に必ず連中を滅ぼすこと。
ここで令呪を用いることまではしませんが、それに匹敵する命令だと思いなさい』
『無論』
これでも聖杯を獲るという願いのために憎しみの暴走を抑えているが、それも決して長くは無いことが暗に伝わる。
『では教えてください、マスター。あの兵士たちの総数を。戦い方を。能力値を。弱点を。知っている限りの全てを』
『当然です』
彼女は既に、正しい魔法少女の道を放棄している。
馬鹿正直に討伐令に加わるのはもったいない、と指摘された時はあれほどに不快感を示したサーヴァントからの助言を、今や自ら恃んでいる。
ヴァレリアにとっても、良い傾向だった。
『アーチャー。初めて貴方に感謝しています。
あの復讐相手と、私を繋ぐ接点を作ってくれて』
生前は、滅多に前線には出たことのなかった黒円卓の第三位にして、首領代行。
その本領は、戦場での活躍よりも、策謀を用いての暗躍にあった。
人の行動を操り、選択肢を奪い、罠へと追い込み、潰し合わせる。
何よりこの聖杯戦争では、サーヴァント自身が強固でも、マスターを切り崩すという手段が使える。
信頼していたり、愛し合っている組み合わせだからといって、彼に引き裂けない関係など存在しない。
♠ ♥ ♦ ♣
「魔法少女ってことは……『トゥインクルシスターズ』みたいなのだよね!
ほら、今夕方に再放送やってるアニメの……」
「あっ、その再放送ならわたしも見てるよ! 主人公が緑のヤツだよね」
「良かった、話通じた! わたし、アレに出てくるトゥインクル・ブラックが好きなの。
いつもは主人公と距離置いてるんだけど、ものすごく強くて……オレンジのカズホとはまた違う意味でかっこいいお姉さんキャラだと思うの」
「うん、ピュアエレメンツでも、黒は一番お姉さんのプリンセス・クエイクの担当なんだよ。
かっこいいリーダーで、恋愛相談とかも余裕で乗ってくれて……やっぱり黒ってクールなお姉さんポジがやるものだよね」
「うんうん。すごいなぁ、本物の魔法少女だぁ……鳴ちゃんもシスターズではブラックが好きなの?」
「んー……わたしは緑かなぁ。自分の衣装も白だけど緑色も入ってるし。でもブラックのあのキメポーズかっこいいよね」
「「邪悪な存在は、私が黒に塗りつぶす!」」
びしぃっ、と両手をクロスさせた決めポーズを同時に決めて、小学生二人が同士を見る眼で互いを見つめる。
ランドセルをおろして公園のベンチに座りながらだと、大学生のお姉さんが近所の子どもを相手に遊んであげているように見えなくもないけれど。
「えっと、蛍ちゃん。私もそういうアニメとかは昔見てたし好きだけど、今は聖杯戦争の話をした方がいいと思うなぁ」
「そうだね。もう夕方だから、せめてこれからの予定はまとめておきたいし」
互いの後ろに立っている中学生くらいの少女と、十代後半ぐらいの青年が苦笑いしながらそうとりなすと、小学生2人……一条蛍と、『東恩納鳴』と名乗った少女は、すなおに「「ごめんなさいっ」」と謝った。
最初はお互いの自己紹介から始めましょう、と簡素に始まったはずの話し合いは、気が付けばずいぶんと長引いてしまっていた。
遊具の下から地面に伸びている黒い影はだんだんと細長くなり、遊具自体も黄昏色にやわらかく包まれ始めている。
遊具と言っても、ブランコと滑り台と鉄棒と砂場――あとは木製のベンチが置かれた東屋ぐらいしかない。
どこの住宅街にも一つは設けられているような、子どもの遊び場所だった。
さすがに中学生ならまだしも小学生がこの物騒な時期に外で遊ぶのは推奨されていないらしく、子ども達もちらほらやって来た程度で、この時間帯ではそれもいなくなった。
「『これからの行動』って言われても……」
東恩納鳴が、言いにくそうに言葉を途切れさせた。
あ、まずい。これ話題を振られるやつだ、と身構える。
「そっちの人がどうするかだよね?」
やっぱり振られた。
東屋の外で少女たちと目を合わせないようにしながら猫たちに猫じゃらしを振るっていた
『そっちの人』――もとい、松野一松はあからさまに狼狽した。
東屋の中に立っているシップの方を必死に睨んで『俺の言いたいこと分かるよな?分かってくれ。頼む』と目線で懇願する。
彼のサーヴァントは、やれやれという顔で代わりに答えてくれた。
「あー……あたしらも依頼主のマスターには、自分達がマスターだってばれたくないんだわ。
だから、あからさまに『バイト』のアタシらまで怪しまれるような報告をするのは避けたいっす」
「でもでも、その『フラッグコーポレーション』さんに問い合わせたら、依頼をした人って分からないのかな」
シップと同年代ぐらいの外見をした『ブレイバー』とかいうサーヴァントが、おずおずと尋ねる。向こうもシップを同い年かそれ以下ぐらいだと判断したのか、敬語は取れていた。
ちなみに、外見もシップは黒いセーラー服であり、ブレイバーは白いスカートと灰色のセーラーの中学制服を着ているので、(最初に現界した時は緑色のきらびやかな衣装だったけれど、目立たないように人間らしい格好にもなれるらしい)この二人だけなら中学生同士の会話に見えなくもない。
「いや、それは無理があるっしょ。いくらウチのマスターが社長の知り合いだって言っても、プライバシーの保護とかあるし。秘密厳守もばっちしって感じのデカい会社だったし」
シップが『だよね?』と確認するようにこちらを見て首をかしげたので、ぶんぶんと首を縦に振った。
心なしか、その場にいる二組四名の視線が『この男の人は自分で話せないんだろうか……』という感じに刺さってくるので、一松はもう何度目かもわからない後悔の念に襲われた。
本当に、こいつらの尾行を継続するんじゃなかった。
せめて、学校にランサーのマスター――ステータスがやばい――が来た時点で、すごすごと引き返すべきだった。
いや、実際にそうするつもりだった。
しかし、ぽかんと驚いていたマスター同士がやがて何やら話を始め、二人(迎えにきたサーヴァントも入れて計三人)で校門を出て行くのを見て、気づいてしまったのだ。
これ、ハタ坊になんて報告すればいいんだろう。
一日、二日尾行してみましたが、何も異常は見つけられませんでした。
争い事に関わりたくないならば、そう報告して身を引くのが賢明だ。
なんせ、ハタ坊に依頼をした人物はマスターである可能性が高い。
自分はただのバイトで雇われた調査員であり、決してマスターではありませんと、そう怪しまれない報告をしなければならない。
しかし、だとすれば。
この後、もし――小学生たちは見たところ友好的そうだけれど――万が一にでも二人が戦いになったりして、どちらかが脱落したりすれば、『一条蛍の身辺には怪しいところは何もありませんでした』と報告したりすれば、きわめて胡散臭いものになってしまう。
せめて、この二人の接触がどうなるのかは見届けよう。
シップと二人でそう結論づけ、追いかけて小学校から出た。
しかし、とっくにばれていたらしい。
『いったい何の目的があって僕たちを尾行していたんですか?』
話し合いのために公園についた時点で、男性のサーヴァントから『そこにいるのは分かっている』と睨まれた。
そしてランサーを名乗ったサーヴァントにあれこれ尋問されたり、
その途中に『ファル』とかいう変な生き物が出てきたり、
『ヘドラ討伐令』の説明があって皆が驚いたり、
とにかく互いに戦う意思がないことを確認したり、お互いのサーヴァントやら行動方針やらを説明したりして、今に至る。
ちなみに、情報交換だけでここまで時間がかかった理由の一つめは、ファルの『討伐令』という予想外の報せがきたからであり、
二つ目は、好奇心旺盛な小学生二人が魔法少女やら勇者やらの話で盛り上がったからであり、
三つ目は、一松の応対があまりにしどろもどろだったせいだ。
結局、遣り取りのほとんどはシップに押し付けたままだ。
せめてサーヴァントには1人でも男がいて良かった。
これで自分以外は全員女の子に囲まれたりしたら、絶望しかない。
『なぜ彼女たちがサーヴァントだと分かった?
いやむしろ、なぜ貴方は小学生の個人情報の資料なんかを持ち歩いていたんですか?』
もっとも、その紅一点ならぬ白一点の追求がいちばん厳しかったわけだが。
とても困った。
アルバイトとはいえ、身辺調査をしているのに依頼主について明かすなど言語道断。
ましてやバイトの話を持ってきたのは、NPCとはいえ幼馴染のハタ坊であるし、おいそれと情報を吐きだすわけには……。
『答えなければ、敵性マスターとして僕たちを探っていたと思われても仕方ありませんよ?』
はい、ばらしました。
やはり一松は、旧知の仲との信頼関係よりも保身を取る人間だった。
だってこのランサー、見た目年下なのにめっちゃ眼が怖いし。
語調は静かだけれど、有無を言わせぬ圧迫の仕方を心得ている感じもするし。
やはりサーヴァントというからには、ヤの付く業界かそれ以上に『そういうこと』には詳しいのだろうか。
「では、松野さんに聞きますが、その『一条蛍の身辺調査』……報告の期限はいつまでですか?」
そのランサーからシップをすっ飛ばして質問が来た。
しどろもどろになりながらも、答える。
「い、いちおう……明日の夕方には一度報告を入れる、って言った……と思う。
ハタぼ……社長は、何日も時間かけたくないって言ってた」
「では、相手方もギリギリ明日までは不審には思うまいというわけですね。
ヘドラという目下の脅威もある以上、二面に敵を抱えるのはこちらも避けたいところです」
「じゃあ、まずは先にヘドラをやっつけましょう。蛍ちゃんも、それでいい?」
ブレイバーが、自らのマスターへと確認するように問う。
「はっはい、正直、今でもちょっと怖いけど、その『ヘドラ』を放っておいたら、明日にも町が危ないんですよね? 私もそれがいいと思います!」
両手を拳の形にして胸の前でぎゅっと握り、蛍が何度も頷いた。
魔法少女トークのこともありすっかり元気になった――風にも見えるけれど、まだ目元には泣いた痕が赤く残っている。
なんせ、『どこかのマスターがあなたに目を付けて、あなたに関する全てを探り出すように依頼したんですよ』という話を聞いた時は大変だった。
『私がなにか狙われるような失敗したんでしょうか』とえぐえぐ泣くものだから、ランサーとブレイバーと鳴が三人がかりで落ち着かせた。
ただの小学生(見た目はともかく)が、いきなり『殺し屋(みたいなもの)に目を付けられました』と宣告されたのだから、そうとう堪えるものがあったらしい。
鳴もすっかり蛍のことを保護対象だと見なしたのか、ませた口ぶりでに会話に加わった。
「んー……わたしは先に『討伐令』されてたアサシンも気になるけど、でも目の前の蛍ちゃんを守る方が先だよね。
一番がヘドラで、二番目が蛍ちゃんを狙ってる敵を倒す。それでいいよ」
すっかり『蛍ちゃん』と呼ぶようになっている。
彼女のいた子ども会では、中学生であっても子どもは一律に君付けちゃん付けで呼び合っていたのだそうだ。
「ありがとう鳴ちゃん。狙われてるのは私なのに、守ろうとしてくれて」
「これでも魔法少女だもん。それに、狙われてるのが分かってるなら、やっつけちゃうのも難しくないよ。
魔法少女のアニメでもよくあるじゃん。悪の組織に情報を盗まれてるのを逆に利用して、嘘の情報でおびきよせて嵌める展開!」
「そっか、そうだよね。そういう作戦なら、狙われてる私でも役に立てるかも!」
互いに命懸けだとは分かっているだろうに、微笑ましい作戦会議が交わされている。
きっと、予選期間の間にも悩んだり役に立てることを探したりしながら、生きて帰ろうとする覚悟を固めてきたのだろう。
子どもなのに強いのか。あるいは、子どもだから正義は勝つのだと夢を見られるのか。
どっちにしても、彼女らはよいこたちだと思う。
それに引きかえ、松野一松はゴミだ。
子ども達がこんなに頑張っているんだから、大人である自分も……などと思えるほどに、人としてまっとうにできてない。
どうせ戦っても生き残れないのだからと諦めて、少しでも長くモラトリアムできる場所を探すうちにここに迷い込んでしまった。
今でも、悪いサーヴァントの打倒計画が練られているというのに、『俺もぜひ参加させてください』とも、
『悪いな。俺は自分の身が一番可愛いから抜けさせてもらうぜ』と拒否することもできずに、居心地悪く座っている。
むしろ、その場が『みんなで力を合わせて一緒に生き残ろうね』という空気で盛り上がっているからこそ、いっそう自分の道には先が無いように感じていた。
ヘドラとやらがどんなものか、見たことはない。
けれど、サーヴァントたちがファルを詳しく問い詰めたのと、シップが『深海棲艦』について知っていたことから、具体的な恐怖として知ることはできた。
予想するのは、簡単だ。
ソレの討伐軍にシップを参加させたりしたら、絶対に死なせてしまう。
ヘドラだけでなく、たいていのサーヴァントに勝てそうにないことは、ランサーやブレイバーのステータスを見るうちに察してしまったけれど。
たとえ他のサーヴァントと力を合わせて突撃させたところで、火力も圧倒的に足りていないらしい彼女では真っ先に溶かされるポジションに収まってしまうか、海岸付近で雑魚を相手にどんぱちさせるのが関の山だろう。
じゃあ、自分たちは単独では弱いからと、蛍や鳴たちに保護を求めればいいのかと言えば、その選択肢も決して見通しは明るくない。
メンタルも弱く、猫と仲良くなることぐらいしか取り柄が無いダメ人間のマスターと、
ほぼすべてのステータスがEランクの上に、資材を持たなければろくなサポートもできない船(シップ)。
同盟相手がただの小学生なら、資材の輸送などで役に立てることは無いだろう。むしろ自分たちこそが足でまといにしかならないお荷物だ。
今でこそ――少なくとも『身辺調査の依頼主』の件が解決するまでは――あれこれと話しかけてくれてはいるが、いずれ自分達を重荷に感じて見捨てる時が来るんじゃないか。
見捨てなくとも、同盟を組めばまずシップがウイークポイントとして扱われて、道連れに破滅する主従を増やすだけじゃないか。
「じゃあ、シップさん達には、どんな報告をしてもらいましょうか?」
「できるだけ、相手がぎょっとするようなのがいいんじゃないかな」
「めんどくさ……まぁ、アンタらの都合に合わせるけど、先方に突っ込まれたらボロが出るようなのは勘弁ね」
少なくとも『がんばりますから見捨てないでください』と懇願できるほど、自分の性格が可愛らしくないことは自覚している。
ランサーの追求が厳しめなのだって、頭の中では自分たちに見切りをつける算段をしているせいかもしれない。
こんな人間に生まれ育った時点で、一松は人生の色々な事を諦めてきた。
それは、友達の1人でも作ることだったり、若者らしく合コンに参加することだったり。
クリスマスに出会った恋人の二人を祝福したり、人の好意を素直に受け取ったり、こんなに善良に差し出されている手を取るだけのことだったり。
きっと、この戦争を生き残れるような強い人間がいるとしたら、それは彼女たちで。
松野一松は、ほんとうに、この戦争を生き残れるような人間じゃない。
きっと、この世に要るのはよいこだけだ。
♠ ♥ ♦ ♣
まだ還れない。
♠ ♥ ♦ ♣
シャッフリンは、一体一体ならば――特に数字の低い連中なら、殺すのはそう難しくない。
というよりも、今のデリュージからすれば、たとえ相手がサーヴァント(英霊)に祀られていようとも下位ナンバー相手に一方的に殺される気はしない。
マスターではサーヴァントに敵わないというのは基本原則だが、同時にサーヴァントは生前の姿の劣化コピーだとも聞いている。デリュージの地力そのものも、当時よりは上昇している。
厄介なのは、その殺せるはずの一体一体が、束になって連携して襲い掛かってくることだ。
例えば、この聖杯戦争にさえ参加していなければ彼女がたどるはずだった未来で、大半の改良型シャッフリンを殺し尽してしまった一件がそのいい例だ。
そのケースでは、デリュージの側も悪魔という物量戦力を持ち合わせていた上に、シャッフリン達がある程度は散開して動いていたために各個撃破することができた。
さらにデリュージ自身にも後戻りはできない事情があったために、自らの身を顧みずに限界を超えた戦いをすることができたという、好状況が揃っていた。
今の彼女は、違う。
今のデリュージは死ねない。無茶ができない。シャッフリンを倒した『その後』があることを意識しなければならない。
聖杯戦争を、勝ち残らなければならない。
そうでなければ、ピュアエレメンツを取り戻せない。
その一念が、デリュージの理性を保たせていた。
だから、アサシンの討伐令に加わるのはもったいない、と指摘された時はあれほどに不快感を示したサーヴァントからの助言を、すすんで恃んだ。
同年代と比較して頭を回しながら気を遣って生きてきたとはいえ、青木奈美は歴戦の英霊たちにも匹敵する策謀家というわけではない。
そして、この聖杯戦争にさえ参加していなければ実行する予定だった『復讐計画』のように、何でも命令をきく悪魔やら、魔法少女を強化する薬品やら、敵を拘束する魔法のアイテムやらといった道具の数々が整っている状態でもない。
アーチャーに魔力供給をしているために、下手に全力を出し尽せない身体でもある。
絶対に殺さなければならない標的だからこそ、慎重に、理性的に、接触しなければならない。
アーチャーと話し合った上で、図書館には先方よりも先に到着していることにした。
急ぎ私服に着替えて、図書館行きのバスに乗った。
私服の上から大きなコートを着込み、頭には野球帽を深くかぶり、目元には●イソーで購入したほとんどオモチャ同然の大きなサングラスをかける。
極力、短い付き合いで済ませるつもりの連中だけれど、万が一に備えてなるべく身元が割れやすい格好はしたくない。
なぜ野球帽という発想が出たのかというと、一度クエイクが間違えてカバンの中に入れてきたのを思い出したからだ。
その時は女子大生が持ち歩くには珍しいと思っただけだったけれど、簡単な変装をするには役に立つ。
そして、なぜ魔法少女の姿を取らないのかと言えば、おそらくシャッフリン達も『水属性の実験体』のことぐらいは把握しているからだ。
こちらが持つ手札の開示は、タイミングを見て行わなければならない。
たどり着いた図書館は、元より人気の少ない場所にあった。
市内にある小学校や中学校から、どちらからも通えるような位置に作ろうとしたら、どちらからも微妙に通いにくい山あいに作ってしまったような、そんな寂しい場所だ。
平日の――それも郊外にある図書館は、市内の不穏な空気もあって客入りが少ない。
正面入り口には、『臨時休館』の札がかかっていた。
これはアーチャーが掛けたものだろう。
邪魔な客が立ち入らないようにして置く、と言っていた。
そう多くない職員とわずかな客は、アーチャーが腕っぷし――サーヴァント同士の戦いには不向きなだけで、一般人よりは充分以上に強い――によって適当に眠らされて拘束されている手はずだ。
多少やり過ぎている感がしなくもないが、どのみちシャッフリンは――奈美の記憶しているとおりの連中ならば――総軍で図書館におしかけてマスターを護ろうとするぐらいのこともやりかねない。
そうなれば、どのみち図書館にいるNPCは似たような目に遭うだろう。
となれば、そこでシャッフリンたちにひと暴れさせる機会を与えるよりもこちらで手はずを整えて、まっすぐに奈美達の元に歩いてくる状況を作った方がやりやすいというのがアーチャーの言だった。
『デリュージ、分かっていますね?』
『何度も言われなくても分かっています。確実にジョーカーかマスターを仕留められる状況でもない限り、こちらから手を出しません。
連中を全滅させるためなら、穏便な会話ぐらいしてみせます』
広めのテーブル席に、一面ガラス張りの窓をすぐ背にして座る。
その窓の外には、敷地を区切るフェンスのすぐ向こう側に小川が流れていることも確認済みだ。
デリュージの魔法――『水の力を使って敵と戦うよ』は、水底でも地上にいる時と同じような呼吸と、推進力を与えてくれる。
もし撤退しなければならなくなった時に、水中戦ができないサーヴァントを撒くための逃走経路としては充分に機能するものだった。
『ああ、建物の周囲に、幾つかサーヴァントの気配が出現しましたね。
一瞬だけ霊体化を解いて、露骨に“存在を示してみせた”という風です。
“この周囲も兵士で囲んだから、下手なことを考えるな”という威圧でしょう』
『下手なこと?』
『第三者による背後からの奇襲などでしょう』
背後から差し込む日差しが、やわらかな黄昏色から夕焼けの色に変わり始めた頃、アーチャーがそう言った。
予想していたよりは早い到着だ、と身を引き締める。
いつでも動けるように、ではなく己を抑えるために。
そして、
トランプの柄の上衣が目に映った瞬間。
奈美はすんでのところで、我を忘れて吠えそうになる己を自制した。
ぞろぞろと。
奈美がじっと凝視していた通路から、何度も復讐する夢を見た集団がやって来た。
赤いパーカーを着た若い男を警護するように、トランプ衣装の兵士たちが輪を作って移動する。
周囲をハートの上位ナンバー4名が警護し、さらにその外側をスペードの6名が囲む布陣だ。
鎌を持った死神――ジョーカーは、マスターに寄りそうようにしてすぐ隣に。
ジョーカー!
仲間を庇ったクエイクと、命乞いをしたテンペストの首を刎ねたジョーカー!
そんな咆哮は、吐き気を催す直前のうめき声じみた音になって口から漏れた。
手元に置いていたミニタオルを、強く握りしめる。
魔法少女の膂力のせいで、その瞬間に裂けた。
素手だったら絶対に血がにじむほど拳を握っていたはずなので、槍の扱いに支障をきたさないように持ってきたものだった。
ジョーカーを必要以上に見てはいけない。
今はとにかくマスターの方を観察しろと、己に言い聞かせた。
そして、シャッフリンのマスターの開口一番。
「どうもー。シャ……アサシンのマスターやってます。松野おそ松でっす」
奈美とは違う世界にいるかのように。
ゆるゆるとした声だった。
そして飲みこむのに、時間のかかる名前だった。
偽名?
いや、偽名にしてもあんまりな名前だから、もしかして逆に本名?
「お粗末さん?」
「あ、おそ松の字は、おそが平仮名で松が木の松でっす」
右手を頭の後ろに回して照れたようにぼりぼりと掻きながら、男は奈美達の対面に座った。
シャッフリンたちがその椅子の周りを取り巻くように囲んで奈美とアーチャーに警戒態勢を取り、ハートのエースが男の膝の上にちょこんと乗っかる。
甘えているような仕草だが、いざという時の盾役を兼ねているのだろう。
名前はおかしなものだったけれど、外見はごく平凡な男だった。
どこか目立つ特徴をあげろと言われたら逆に難しく、たとえば幼稚園児に色鉛筆をわたして『男の人を書いてみなさい』と言ったら、この男のような絵になるだろう。そんな青年だ。
「アーチャーのマスターをしています。田中です」
低く、冷たい声で名乗った。
なぜ偽名でまずこの名前が出てきたのか、自分でもよく分からない。
「田中ちゃんかー。下の名前はなんて言うの?」
「田中です。下の名前はありません。察してください」
そこで初めて、交渉相手に必要以上の敵意があると感じたのか『おや?』と首をかしげる。
ここで手札を切る。
シャッフリンに対してではなく、マスターに対して。
「それとも、こう言えばそちらのサーヴァントは理解するかもしれません。
『人造魔法少女』の実験体の1人です」
ジョーカーの冷徹な顔が、瞬間的にこわばった――ように、横目でも分かった。
さっと大鎌を少し揺らすだけで、テーブルの左右にいたスペードの6体が一斉に槍を向ける。
保身のためではなくマスターの為なのであろう、その献身が憎くて仕方ない。
ジョーカーの顔面に、剣山のように氷の刃をぶちこむところを想像する。
ぶりこまれたジョーカーが、そのまま無惨にばったりと倒れるところを想像して抑える。
「え? 何? ジョ――アサシンちゃん達の知り合いなの?」
こともあろうに、ジョーカーを『ちゃん』付けで呼んだ。
それだけで、このマスターは『知らない』のだと理解する。
だから、わざと意地悪く言う。
「あら、そこのサーヴァントは、自分の出自についてさえもマスターに教えていないんですか?」
「マスター、耳を貸してはなりません」
ジョーカーが、攻撃用意、と言いたげに大鎌を構えた。
『これはアーチャーに接触した時点で仕組まれた罠だったのか』と早合点した動きだった。
まさか偶然のつながりだとは信じられないだろう。
「なぜ構えるんですか?
私は攻撃しようとしたわけでも、騙そうとしているわけでもない。
ただ、事実を語るだけです」
「付け加えておきますと、私が貴女の部下たちと接触した時点では、まさか我がマスターのお知り合いだとは思いもしませんでした。信じるかどうかはご自由ですが」
そこから矢継ぎ早に、教えてやった。
自分たちは、そこにいる死神たちのご主人さまが、遊びのように考え付いた計画のせいで『人造魔法少女』にされてしまったのだと。
そこにいる死神に、在庫一世処分のごとく皆が殺されたのだと。
何も悪い事などしていなかったのに、命乞いをしても無慈悲に殺されたのだと。
本来は無関係だったのに自分たちと一緒にいて護ろうとしてくれた魔法少女でさえも殺されたのだと。
たとえ相手が子どもでも理解できるような分かりやすい言葉で、明瞭に説明してやった。
おそ松と名乗ったマスターの顔は、惨殺を分かりやすく聞かされるごとに青ざめていった。
ジョーカーの方を見つめ、瞬き以外の動きをせずにじっとしている。
ジョーカーと念話をして、本当のことなのかを確かめているのかもしれない。
さぁ、この不意打ちに何と答える。
こいつは、今この瞬間から『加害者遺族』も同然の立場におかれ、奈美は『被害者、兼、被害者遺族』になった
奈美はその反応を注視した。アーチャーも、より鋭い眼で注視した。
その目は、『貧者の見識:A』であり、『扇動:A』の眼だ。
ひたすら人間を把握する能力に特化したアーチャーは、マスターの一挙一同でどういう人物かを見抜いてしまう。
まるで、学校生活していた頃の青木奈美を、100倍も過敏にしたような性質だ。
念話は終わったのか、おそ松はジョーカーと奈美とを、言葉を考えるように交互に見つめた。
「えっと……それって、この聖杯戦争を始める前の……」
「私の生きていた世界で、本当に起こったことです。戦争でも何でもないのに殺されました」
『殺された』と繰り返す。
謝罪されても、許そうと言う気持ちなんかこれっぽっちも湧かないけれど。
それでも、お前の言葉によって、シャッフリンをどう追い詰めるかの手がかりが得られる。
お前たちはどういう主従なのかを、私たちに教えてくれ。
おそ松はジョーカーを抱っこして、どん、とテーブルの上に乗せた。
深々と、テーブルに手をつき、頭もくっつけるようにして土下座の手つきを取る。
緊張した神妙な声を出し、冷や汗をテーブルにぽたぽた垂らしながら、
「えー、このたびは、じゃなかった、ずっと前に、うちのサーヴァントが大変な不幸を田中さんのご友人に与えてしまいまして、オワビの申し上げようもアリマセン。
すべての原因はこのサーヴァントにありますので、どうか煮るなり焼くなりどうぞどうぞ」
売った。
さすがに予想外だった。
こいつ、憎しみの矛先を恐れて、自分のサーヴァントをあっさり売った。
卓上に乗せられたまま、ジョーカーは硬い声を出した。
「お言葉ですがマスター、この場合は半日以内にはぐれサーヴァントと契約しない限りマスターも脱落いたします」
「うげっそうだった! 俺の夢かなわないじゃん!!
あーもー、ジョーカーちゃん何やっちゃってくれちゃってんの!?」
『これは……見極めるまでも無かったかもしれませんねぇ』
『私にも分かります』
幼児にだって分かるだろう。
こいつ、ただのバカだ。
なんで、こんなバカがここにいる。
憎悪とも少し違うやり場のない苛立ちが湧いてきて、奈美は踵で床をガツガツと蹴った。
シャッフリンだけが、冷静な顔のままで口を開く。
奈美に対して。
「これは、復讐宣言ですか?」
極力、このサーヴァントとは会話をせずに済ませたかった。
しかし、バカなマスターに聞かせるためだと割り切って、奈美は口を開く。
言葉を選びながら、泣きわめき逃げ惑うシャッフリン達を、手当たりしだいに槍で串刺しにしていく妄想をする。
「まさか。ただの方針確認ですよ。
私の聖杯に賭ける願いは、奪われた全ての仲間を生き返らせること。
その為なら何人だって殺すし、人道も知ったこっちゃない
憎い仇と共闘するのも耐えてみせる」
ここだけは、一部嘘だ。
「交渉をするなら、そういう方針だと説明しなければならないでしょう。
松野さんはどうなんですか? まさか、そんな凶悪なアサシンを飼いならしておいて、戦争否定派でもないでしょう」
ジョーカーは疑いを隠し切れないようで、未だにスペードの構えを解かせていない。
それでいい。むしろ、その姿勢こそ好都合だ。
『田中』は復讐に燃えている。いつマスターに襲いかかるか分からない。
『田中がマスターを襲うかもしれない』『田中がマスターに讒言を述べるかもしれない』という警戒をしてくれた方が都合がいい。
「お互いの方針を理解しないと、同盟を組めるか分かりません。お聞きしてもいいですか?」
奈美は、表向き普通に交渉を進める。
シャッフリンについて述べる時も、悪辣な言いようではあるが、事実を述べているだけだ。
おそ松を騙すような言葉は使わない。そこに隙がある。
ジョーカーは、おそらくマスターを矢面に立たせることや、マスターが騙されたり操られることには警戒していても、マスター自身が、自分の意思で、シャッフリンを拒絶するという可能性はほとんど懸念していない。
マスターを戦場に立ち入らせず関わらせない一方で、マスターから命じられたらどんな理不尽でも、それこそ自害せよと言われても従う、そんなスタンスであり続けているならば、それはそうなる。
あるいいは生前の生き様がそうだったからか、『マスターが自分達を破滅させるならば、それでも構わない』と達観しているかもしれない。
そして、奈美はシャッフリンのマスターに方針を尋ねる。
色々な会話を引き出し、引き延ばす。
やばい、めっちゃ私利私欲で参加しているなんて言いづらい。
今度は、松野おそ松はそういう顔をした。
いや、実際にはもう少し違うことを思ったのかもしれないけれど、とにかく『こんな重たい話をされた後に、自分の動機を語らなきゃいけないのか』とうろたえている風に目が泳いでいた。
良かった、こういう小物の方がやりやすい。
別にこいつが『大病を患っている恋人を救うために聖杯を求めています』とかだったら殺すのを止めたなんてことは全く無いけれど。
「まぁ……俺も、聖杯が欲しいんだよね。田中ちゃんには本当に悪いけど」
それでも欲望を素直に認めてしまうあたり、小物ではあるが欲に正直ではあるらしい。
「では、共に聖杯を狙うならば、『いつまでも』手を取り合うわけにはいきませんね。
そちらの方で、具体的に『これを倒すまでは協力したい』というアテはありますか?
もっとも、現状で脅威になる主従だと、真っ先に挙がる連中がいますけれど」
言葉はよどみなく口から出る。
確かに普段の生活でも――演技もあったとはいえ――口数は多い方だったけれど、今の自分はそれ以上にペラペラと役者のようによどみなく喋れる。
もしかして、復讐に酔っているのだろうか。
今度は自分が彼等を殺すのだと思うと、とつぜん笑い出したいような衝動にかられたりもする。
「ああ、そうそれ。俺達も『討伐令』の連中を倒したいと思ってるんだ」
「ライダーですか? それともアサシンですか?」
「そりゃヘド……ライダーでしょ。シャッフリンちゃんたちをあんなのに突っ込ませるのは心配だけど、あれ放っといたらみんな無くなっちゃうみたいだし」
不可思議な言葉が飛び出した。
シャッフリンたちが心配。
シャッフリンが憎くてたまらないマスターの前でそう言うのはあまりにデリカシーが無いし、実際聞き捨てならないけれど、
私利私欲のために駒として使っているはずのサーヴァントの身を案じているとしたら、ちぐはぐな印象だ。
ましてや、ついさっき、シャッフリンたちが無慈悲な暗殺者だと知ったばかりだろう。
念話で『ふむ……』と思慮深げな声が聞こえてきたので、やはりアーチャーも同じ点が気になったらしい。
ここは踏み込むしかない。
「しかし、こういう考え方はどうですか?
ヘドラはほぼ全ての主従を敵に回したといっていい。
ならば、私たちが手を出さなくとも、時間の問題で他の主従が討伐してくれるでしょう。
なら、私たちが討伐令に参加する必要はない。
むしろ、確実に聖杯に近づきたいならば、ヘドラ退治に夢中になっているマスターを背後からアサシンで奇襲した方が確実じゃないですか?」
アサシンに楽をさせてやれる提案。
しかし、かつて、奈美自身も『考えたことすら忌まわしい』と拒絶した提案。
それを、
「いいねぇー!」
喜びで飛び跳ねんばかりの、満面の笑顔を見せられた。
「確かにそっちの方が、シャッフリンちゃんに楽させてやれるし、確実に優勝に近づくじゃん!
そっか、そっか! 俺も『アサシン』の時にシャッフリンちゃんにそう言えば良かったんだ。田中ちゃん頭いいねぇ〜」
褒められた。
ノリノリに乗ってきた。
膝の上にいたハートエースと「やったね!」とハイタッチしているのを見るに、本気も本気らしい。
こちらをバカにしているわけではないらしい。
その方がどれほどマシだったか。
おかしい。
こいつは、奈美が『被害者遺族です』と主張すれば、(言ったことは最低だったけれど)とたんに冷や汗をかいて頭を下げるような、ごく一般的な俗物のはずだ。
それがどうして、こんな外道そのものの提案には怯えずに乗って来る。
どこかおかしい。食い違っている。
しかし、ひとしきり歓迎した後、おそ松ははたと我に返ったようにテンションを落とした。
「……あ、でもやっぱりいいや。
それで本当にヘドラ退治が失敗しちゃったら困るし。
NPCだからって、か……ヘドラの犠牲者を増やしちゃうのは良くないし」
まただ。
今度は一転して、NPCの身を心配する発言だ。
NPCだからといって、死なせるのは良くないと言った。
あまりにも善良な一般人すぎる。
他のマスターを外道な手段で殺すことは厭わないのに、NPCの犠牲者を実際に見るのは気分が乗らない。その判断基準はどこにある。
「すみません、参考までに聞きたいのですが、おそ松さんは今までにどれぐらいの主従を脱落させたんですか?」
「えーっと、シャッフリンちゃんが言ってたのは、ランサーとアサシンと……全部で何人だっけ?」
おそ松が訊ねて、ジョーカーが答える。
ジョーカーが挙げた主従の組数は、両手の指で余るほど多いと言うわけではなかったけれど、
それでも予選期間の間はNPCをのぞき一組も殺さなかった奈美からすれば、とんでもない成果にだと言っていい数だった。
「そうですか……それは、短期間の間でずいぶんと殺人鬼になりましたね」
それほど大した皮肉を言ったつもりはなかった。
聖杯を狙って戦っている時点で、誰もが他のマスターを殺すのだと覚悟を決めているはずだから。
奈美だって自分が同じことを言われても、大した痛痒は感じなかっただろう。
その、はずだった。
「えー、そういう言い方されるのは傷つくなぁ。
サーヴァントは最初から幽霊みたいなものだって言ってたし、
マスターだって本当に死んじゃうわけじゃないでしょ?」
「――――――えっ」
その一瞬は、素で意味が分からなかった。
隣にいたジョーカーも、はて、と首をかしげた。
『これは、これは……』
アーチャーだけは察したらしく、念話でさもおかしそうな笑いを送ってきた。
こいつは、マスターは死ぬわけじゃないと、そう言った。
どういうことだろう。
まとめてみよう。
松野おそ松は、魔力も感じなければ、『人造魔法少女』の話を聞いてもど素人丸出しの顔をしている、ただの戦わない一般人マスターだ。
聖杯でゲットしたいのは富だか名誉だかしらないが、とにかく欲に目がくらむ俗物だ。
しかし、情が無いわけでは無い。NPCでさえ気に掛けるほどには、良識らしきものがある。
そして何より、救いがたいほどのバカだ。
この聖杯戦争を――現実味の無い、リセットの効くゲームか何かのように思い込むほどの、バカだとしたら。
ああ。
これは。
アーチャーが笑うわけだ。
見つけた。
この主従を、崩壊させる最も大きな、穴。
余りにも分かりやすい、穴。
松野おそ松は、いきなり生まれた沈黙に、なんだなんだという顔をしていた。
あまりにも間抜けな、何も分かっていない顔に向かって説明してやった。
仲間を殺されたことを語った時以上に分かりやすく、説明してやった。
実際、難しい言葉なんか少しも使わずに伝えられる。
この殺し合いは、本物ですと。
負けたマスターは、消えて死にます、と。
お前が可愛がっているそいつらは、お前の為だと言いながらこれまでずっと平気で犠牲者を積みあげてきたのです、と。
シャッフリンたちは、止められない。
マスターにとっては、事実、理解しておいた方がいい情報だから。
むしろ、今まで理解してなかったことの方が、不思議なぐらいだから。
『何かマスターの精神衛生上に良くない事が起こっている』とは察していても、
『あたりまえな聖杯戦争のルール』が一般人にとっては残酷なものだと、まずそこを実感できない。
それがマスターを最も追い詰める真実だと、いまいち理解できていない。
簡単な説明を、何度も繰り返して理解させるうちに。
おそ松の顔色が、さらに変わっていった。
蒼白から、白へと。
デリュージは笑った。
心の底から笑った。
笑って、尋ねた。
「あなたのサーヴァント、今まで、一体何人のマスターを殺してきたんでしたっけ?」
あなたの膝の上にもいるそいつらは、別にあなたの味方でもなんでもない、
ただの無慈悲な死神なんですよ、と。
無垢な顔でマスコットか何かのように膝の上に乗っているハートのエースを、眼光で刺し貫きながら。
♠ ♥ ♦ ♣
公園を照らす日差しは、黄昏色から夕焼けの色へと、眩しいものから弱々しいものへと変じていた。
十一月にもなれば、陽が落ちるのも早くなる。
そんな夕陽をスポットライトにして、東恩納鳴がまばゆい白色の宝石を掲げた。
そのまま額に当て、叫ぶ。
「プリンセスモード・オン!」
少女の身体が、まばゆい光に包まれた。
言葉にすると陳腐だが、そうとしか表現しようがなく、そして子どもに夢を与えるには充分過ぎるものだ。
「白き旋風! プリンセス・テンペスト!」
今ここで名乗りを挙げてキメ顔でポーズを取る必要なんか無いだろ、などという無粋なことは誰も言わない。
「か……かっこいい……」
素直に喜んでいる小学五年生だっているのだから。
十代前半ぐらいの――つまり、多くの魔法少女アニメで採用される年齢設定の、可愛らしい魔法少女がそこにいた。
白くみずみずしい肌に、小柄ながらも手足はすらりと伸びている。
背中に背負ったオリーブを思わせる木の葉の輪っかと、腰に携えられたギラギラした刀剣は、まるでどこかの神話から抜け出してきた戦女神のようだ。
「すごい……見た目が大人になってる。髪の色まで変わってる!」
外見なら一条蛍の方がもっと大人だとおそらく全員が思っただろうが、誰も言わなかった。
鳴はちょっと得意げな顔で、二つ結びの髪をふわりと揺らすように小首をかしげてみせた。
長くのびた髪の毛は淡茶色に変じた中に光沢を散らし、ティアラが夕陽に煌いてまぶしい。
首から下を飾るのは、白く薄い布と葉の飾りを纏ったような露出の高い衣服だった。
特に下半身など、まるで――
「――ふんどし?」
その印象を言葉にしたのは、望月だった。
そう言えばこいつが現役だった時代は、今よりかなりふんどし需要高めだった。
「ち、違うもん! ちょっとデザインがそう見えるかもしれないだけだもん!!」
自分でも薄々そう思っていたのか、プリンセス・テンペストと化した鳴が必死に否定する。
「いや、そんな恥ずかしそうなこと言ったつもりは……そりゃあ女でソレつけてる人は珍しいかもだけど」
「珍しいどころじゃないから! 絶対ないから!」
望月の応答は、どこかがずれていた。というか時代に適合していなかった。
男六人分の生活臭むんむんの家で暮らしていたせいで、何か悪い影響でも与えてしまったのだろうか、と松野一松はひそかに心配にかられる。
そう言えば、彼女が童貞臭の激しい松野家にわりとすぐに順応してくつろいでいたのも、『船』とはそういうむさ苦しい男所帯の集団生活の場でもあったから、らしい。
「でも、ブレイバーさんのコスチュームも可愛いよね。勇者って言うか、お姫様みたい」
話題をそらしながらも、テンペストこと鳴は元のコスチュームに戻ったブレイバーをきらきらした眼で褒めた。
「えへへ、ありがとう」
淡い緑色のドレスと蔦や花の飾りをあしらった勇者――ブレイバーも、まんざらでもなさそうに照れを見せる。
事の起こりは、話し合いがいよいよ今宵からの行動――ヘドラ討伐計画に移行してからのことだった。
当初は討伐令も傍観するスタンスだった一条蛍たちだが、ヘドラの脅威度を認識し、蛍自身を含む彼女の日常さえも危ういとなれば、討伐令参加予定(当初はアサシンだったが)の鳴やランサーに協力しない理由がない。
しかし、まさか一般小学生でしかない蛍をヘドラの出現地点に連れていけるはずもない。
だから、蛍ちゃんには自宅でじっとしていてもらおうということになり、蛍は役に立てないことにしょげて、ブレイバーや鳴に気にすることではないと慰められた。
鳴が、魔法少女としての活躍を見せられなくて残念だと言ったことで、蛍はちょっとだけ笑顔になり、こう言った。
こんな時に言うことじゃないかもしれないけど……鳴ちゃんの変身した姿を今、見せてもらったらダメかなぁ、と。
魔法少女アニメを愛好する小学生にとって、本物の魔法少女が変身して戦う姿を見られるかもしれない、というのはたいそうな誘惑だった。
テンペストも、『魔法少女としての活躍』を賞賛されることに耐性が無かったのか、すごくにやけた顔で快諾した。
その代わり、ブレイバーの衣装をもう一度見てみたいとちゃっかりねだる。
こうして、コスチュームお披露目会になった。
悠長なイベントかもしれないが、少女たちにとっては決戦前の空気を作るために必要な盛り上がりでもあった。
しかし、1人だけそんな和気藹々とした光景の中で、難しい顔をしている者がいた。
一松ではない。彼は難しくする以前に、状況を横目で見ている。
他でもない東恩納鳴の、サーヴァントだった。
難しい顔のまま、ランサーは切り出した。
「鳴ちゃん。やはり鳴ちゃんも、家に待機しているべきだと思う」
それは、今までのやり取りでも何度か口にしたことだった。
鳴――テンペストも、『またランサーがそれを言った』という顔をする。
「サーヴァント同士の戦いなんだよ。マスターも混じって戦うなんて、危険すぎる」
「だから、私なら魔法少女だからヘドラの毒も効かないし、大丈夫だよ。
もし効くとしても空飛べるんだから避けられるし、地面が溶けても大丈夫だもん」
これも、繰り返し鳴が言ったことだ。
「それでも、やはり危険だ。最初にバーサーカーに襲われた時のことは覚えてるだろう」
「それは、分かるけど……でも、わたしが討伐をやろうって言ったんだよ」
「それは相手がアサシンとそのマスターだった時だ。
それにマスターが戦いに出てこないのは、べつに恥ずかしいことでも何でもない」
「でも、私がいれば、ランサーがピンチの時に令呪とか使ったり、できることがあるかもしれないじゃない。それに……」
分かっていない大人に反論する子どもの顔で、魔法少女は白状をした。
「今度はお手柄を立てた全員に、令呪を配ってくれるんでしょ?
令呪が欲しいわけじゃないけど……ルーラーって人と話せれば、戦わないで聖杯を貰えないかどうか、お願いできるかもしれないじゃない」
その言葉は、鳴の主従以外の全員にとって不可解なものとして聞こえた。
そして、鳴のサーヴァントにとっては、きわめて心苦しい言葉として聞こえた。
実のところ。
ランサー、櫻井戒と、マスターである東恩納鳴の間には、その実、お互いの理解度に圧倒的な隔たりができている。
鳴は正しい魔法少女として、かっこいいランサーのマスターとして、自分も戦いで役に立ちたいと思っている。
鳴にとってのランサーは、サーヴァントに襲われていたところを救けてくれた、優しくて頼りになるお兄さん(ヒーロー)だ。
だから鳴は、最初に戒から『どうしても聖杯が欲しい』という打ち明けを聞いていても、イコールで無辜のマスターを殺すこともいとわない人物だと、頭の中でつながっていない。
そうでなければ、図書室でも『討伐令に参加して悪いマスターを殺すのは間違っているのだろうか』と悩んだりはしないだろう。ランサーはそもそも他のマスターを殺すつもりだということを、すっかり意識の隅にやっている。
子どもらしく、アニメなどで見た正義のヒーロー像や、人を襲う悪人像と比べてみて、『こんなにかっこよくていい人が、あっさり人を殺そうとするわけがない』と思いたがっている。
初対面の時にバーサーカーをあっさり仕留めるところは目撃したけれど、その行為は『死ぬところだった自分を救ってくれた』という大義名分によって麻痺したものだ。
昼休みに『悪い人をやっつけて令呪が欲しい?』と聞いたときも、ランサーは『争いごとは嫌いだよ』と答えていた。
それに、最初から『できる限りは鳴の意向に沿う』とも言ってくれたので、自分が嫌だと言えばランサーは正義に悖るような殺人はしないだろうと、すっかり信頼している。
しかしランサーは、そんな綺麗なヒーローなどでは有り得ない。
誰よりもランサー自身が、そう自認している。
実のところ、ランサーは妹や大切な人達をキレイなまま守るためならば、どんな外道に手を染める覚悟もある人物だ。
だから、ヘドラの討伐戦にも、なるべくマスターを巻き込みたくはない。
あくまで、マスターの信じる正義を守るために戦いたいという気持ちには偽りない。
だが、万が一にも『創造』の宝具を使う事態になれば、己の穢れをあの純粋な眼に見せつけることになる。
それだけでなくマスターがヘドラの膨大な悪意だとか、令呪目当てにつどう人間の業だとかを目の当たりにして傷ついてしまうことも避けたい。
あのまっすぐな正義が曇るところは見たくない。
何より討伐戦の中で、マスター自身が危害を加えられることは絶対に回避するつもりでいる。
そんなランサーだから、『もしかしたら戦わずに済むかもしれない』と言う希望的観測は、あくまで鳴を安心させるための詭弁でしかない。
だから、鳴から純粋にランサーを想っての気遣いを聞かされて、とっさに言葉がうかばなかった。
それを聞いていた一同の中で、まずシップが不思議そうに尋ねた。
「あれ? おたくらって聖杯戦争やらずに脱出希望じゃなかったっけ?」
ランサーから生還優先で同盟相手を探していると聞けば、普通はそう思う。
「わたしはそうだけど、ランサーはどうしても聖杯が要るんだって。
だから、戦わないで聖杯を手に入れる方法を探してるの」
「え、そんな方法があるんですか?」
蛍がびっくりした顔をする。
「いや……まだ分からないけれど、そういう可能性があるなら賭けてみたいと思っただけさ。
あまり人に言えるようなものじゃないけれど、僕にも一応願いはあるからね」
「戦わずに聖杯を手に入れるって……ランサーさんは何かアテがあるんですか?
も、もしかして、ルーラーさん相手に戦ったりするつもりなんですか?」
ブレイバーも、この話題には食いついた。
彼女自身、今は蛍の保護を優先するスタンスだが、基本的には聖杯戦争そのものに対して否定的な考えだ。
『戦わずに聖杯を獲る』というのが、誰か他の人に迷惑をかけないやり方だったならば、むしろそれを応援したい。
「場合によってはそうなるかもしれない。
まだ何もわかっていないから、希望的観測だけどね」
鳴がそれを聞いて、ここぞとばかりに推した。
「だったら、やっぱり今回の『討伐令』ってチャンスじゃない。
まだ何もわからないんでしょ? このままじゃランサー、他のマスターを殺さなきゃいけなくなっちゃうよ?」
つい勢いで口にしてしまったような後半の部分を聞いて、蛍がさらに驚いた顔をする。
「え!? ランサーさん、方法が見つからなかったら、聖杯戦争やっちゃうんですか!!」
まさか、初めて出会えたブレイバー以外で協力してくれるお兄さんが、一歩間違えれば聖杯のために殺し合いをする予定だというのは衝撃的すぎる。
ランサーはそれに対して曖昧な笑みを浮かべ、やんわりと否定するしかない。
「いや、僕もできればその手段は取りたくないよ。」
「そうだよ。ランサーはいい人だから。人殺しは嫌いだって、言ってくれたもんね?」
「あ、ああ……好きか嫌いかで言えば、そうだね」
「そ、そうですよね……良かったぁ」
「いや、でも『ルーラー』に聞いたってどうにかなる問題なの? これ戦争っしょ?」
疑問を呈したのはシップだった。
サーヴァントの中でもランサーは生前に実戦の経験が数えるほどしかなく、ブレイバーはそもそもただの人間を相手に戦ったことがない。
そういう意味ではこの中だと彼女が最も『戦争』に慣れていた。
「だってあたしたち、聖杯戦争のルールはこうですよって叩き込まれた上で召喚されてんだぞ?
逆に言えば、ルーラー的にも『最期の一人にならない限り、絶対に聖杯はあげません』ってことじゃない?」
「そ、そんなのやってみなかったら分からないもん。ランサーだって、私が望むなら間違ったことはしないって言ってくれたし。そうだよね、ランサー?」
「そうだね……できるだけ、君の意向には沿いたいよ」
気が付けば、ランサーはぎこちない笑顔を浮かべっぱなしになっていた。
その笑顔は、それでもランサーを『良い人』という眼で見ている蛍とテンペストの眼には爽やかな笑顔に見えるものだったが。
「他に方法が見つからなかったら?」
どんよりと陰鬱な一松の声が、横合いからぼそりと言った。
「それは……希望的観測なのは承知している。でも、探してみるつもりだ」
「だぁ、かぁ、らぁ。できなかった時は、どうすんの」
相変わらず、半目のような目つきの悪さと、体育座りのままだ。
しかし、その応答はそれまでとは違っていて、相手に絡みつこうとするようなねちっこさがあった。
まだ小学生の東恩納鳴と、一条蛍。中学生にして勇者をやっていた犬吠埼樹。享年は高校生だった櫻井戒。
生まれは早くとも、あくまで少女として二度目の生を受けた望月。
この中で松野一松は、ほぼ唯一の大人である。
自立していないし、社会に出られそうにもないし、この中ではいちばん何もしていないし、大人らしいとは言い難い大人だけれど。
それでも二十数年を生きてきて、子どもの頃にみたアニメと現実は全然違うと悟ったり、期待を裏切られたり、騙されたりしてきたことはそれなりにある。
『自分の主観においてのいい人』と『客観的に見ても善良な人』はイコールではないことを知っている。
そんな大人の眼から見れば、櫻井戒の言葉が曖昧に濁されたものだということは一目瞭然だった。
『できれば』とか『かもしれない』とか『そうしたい』の繰り返し。
別にすぐれた観察力を持たなくとも、年長者の眼から見れば、『子どもをがっかりさせないために、曖昧に言葉をにごす大人のそれ』だとすぐに分かる。
「どうしても他の方法が見つからない時は、願いを諦めるのか、それとも殺すのかって聞いてるんだけど」
「それは……」
それでも、普段の一松なら、内心では思ってもそれを言葉に出すような出しゃばりはしないはずだった。
少女たちが真面目に訊ねているのに、いかにも『相手は子どもばかりだからごまかせるだろう』という答え方をしているのが、女を上手くあしらうリア充を見ているみたいでちょっとイライラする。
このまま、流れでこのチームに組み込まれそうになっているのに、肝心な部分がごまかされたまま話が進んでいくのはモヤモヤする。
もっと言えば、ずるい若者が女子小学生たちを煙に巻いているのはどうだろうという、良心じみたものも全く皆無ではない。
そう思ってはいても、さすがにこの状況下で地雷を踏みに行くほど一松も豪胆ではない。
しかし。
「なんで答えらんないの?」
スキル・輝ける背中。
現状、会話をただ隅っこで見ていただけの一松はさほどブレイバーに近づいていなかったけれど、それでもこれ以上なく『諦めた者』だった彼に対して。
その効果は『なんとなく今なら言いたいことも言える』という程度に気を大きくさせていた。
それが、良いことだったかはまったく別として。
「アンタは、どっちの側にいんの?」
それでも、一松だってランサーのことを甘く見ていることには変わりなかった。
でなければ、挑発的な言葉を吐ける度胸まではない。
いつかクリスマスの夜に絡んだカップルのように、自分が介入したことで不穏な空気になったとしても、どうせより固く結束して元のさやに納まるのだろうと、下から目線で見て楽観視していた。
「そ、そんな聞き方することないでしょ。
ランサーが殺す方についたりとかするわけないよ。だって……」
だから、鳴が庇うようにランサーの前に出てそう言った時、一松も、ほらこれでまた仲直りして一致団結の流れになるぞと思ったのだが。
「……そんなこと言ってたら、蛍ちゃんだって殺さなきゃいけないじゃないっ」
そう言った言葉が、ひそかな分岐点になった。
ランサーがその瞬間だけ、とても苦々しい顔をする。
それはランサーにとって、今の鳴にもっとも考えてほしくないことだった。
その事実に気付けば、少女は遠からず、ランサーの汚れた戦いに介入しようとしてしまうから。
58人を殺害したアサシンの討伐――それ自体が正しいのかは分からないが、少なくとも、無辜の人達が殺されるのを止めることは、魔法少女の眼から見ても正義だ。
海から汚染を広げて攻めてくるライダー『ヘドラ』の討伐――町を滅ぼそうとする敵から守ることは、おそらく正義だ。
じゃあ、殺し合うつもりなんか無いのにただ巻き込まれただけの、優しいお姉さんを、聖杯が欲しいから殺すことは?
――どう考えても、幼い魔法少女を関わらせていい正義ではない。
「それは違うよ。僕は蛍ちゃんみたいな人には手を出さない」
まずは欺瞞を重ねてでも鳴を安心させる。
そして、その時だった。とりあえず『様子見』にしていた松野一松というマスターへの対処が、ランサーの中で車両のレール切り替えのようにはっきりと定まった。
お互いに、言い過ぎたことや煮え切らなかったことを謝って、表面上は何事もない仲直りが終わる。
「――音楽家か?」
仲直りが終わるのを見計らって現れたわけでは決してない、脈絡のない問いかけだ。
すっかり朱色に染まった公園で、新たな脅威が、斬りこむような詰問をその場に投げた。
♠ ♥ ♦ ♣
東恩納鳴が、『人造魔法少女』の姿に変身していた頃と、時間は前後する。
「あなたのサーヴァント、今まで、一体何人のマスターを殺してきたんでしたっけ?」
松野おそ松はただの戦わないマスターだと、青木奈美は自分の見立てに確信を持っていた。
うじゃうじゃいる同じ顔の少女達が、幸運の女神でもなんでもない無慈悲な大量殺人鬼だと理解して、
これまでK市で何もせずに何も知らずに平和に生きてこられた恩恵が、甘い汁でもなんでもない、たくさんの屍から流された血だったのだと思い知って、
ヘドロ一色に染められた海も、日々この街で誰かが誰かを殺戮していることも、すべて現実に起こっている、本物のの脅威なのだと理解して、
これまでと同じようにサーヴァントと仲良く優勝を目指そうとする精神力など、とうてい持ち合わせているわけがない。
そして、自分の道を失い、一方的に不信感を持った主従のたどる道など見えている。
早々に脱落するか、あるいはどちらかがどちらかを切り捨てようとして、共倒れになるか。
あとは機会を見てその耳に甘言のひとつも仕込んでやれば、砂の城よりも簡単に瓦解することだろう。
サーヴァントではない奈美の槍でさえも、労せず背中からたやすく刺し貫いて嗤えるほどに。
ゴミの主従にはふさわしい末路だと、そう思っていた。
事実、おそ松の顔からはさっきまでのお気楽な表情が削ぎ取ったように消えている。
両眼をぎょっとするほど見開いて、すぐ隣にいるジョーカーのことを凝視している。
「ジョーカーちゃん…………これ、本物だって言ったっけ?」
まったく抑揚のない声で、そう訊ねる。
「初めて拝謁した時に、『殺し合いです』と申し上げました」
抑揚のない声が、そう答えた。
「……そっか」
おそ松は、そして無言で何度か頷いた。
それは恐ろしい沈黙だった。
しかし、奈美にとっては続きが気になって仕方ないアニメの次回予告のように愉快だった。
奈美は、ただ黙って期待したものの到来を待った。
彼が感情を爆発させて、状況など顧みずに愁嘆をさらし、シャッフリンへと呪詛を吐きだすのを待った。
しかし。
しかし、次に起こったのは、奈美がまったく予想もしない出来事だった。
ぶわっと、おそ松の眼から春の選抜で負けた高校球児みたいな量の涙があふれ出た。
「どうしようジョーカーちゃん! 俺、本当の本当にヤバいところまで来ちゃったよ!!」
椅子からすべり落ちるように飛び出し、ジョーカーにひしっとしがみついてわーっと泣きついた。
それは、さながらガキ大将に苛められて猫型ロボットに泣きつくダメ小学生のようなすがりつきっぷりだった。
――――――は?
その光景は、青木奈美が予想したうえで期待していた愁嘆場かつ修羅場と180度異なるものだった。
「やばい、とは?」
「いつの間にか俺、連続殺人の主犯みたいだし!! ヤバいヘドラ来るし!!
本当にヤバいって分かってたらこんなとこ来なかったーっ!!」
「マスター、落ち着きましょう。まずは語彙を取り戻すことが肝要かと」
ジョーカーが、気安くお身体に接触する無礼を失礼いたします、と断りを入れて、なぐさめるようにおそ松の背中をさする。
待て。
待て、待て待て。
奈美はつい、己のほっぺたをつねる。
痛い。ちゃんと痛い。これは夢まぼろしじゃない。
なぜ、よりによって泣きつく。
そ、い、つ、に、泣きつく。
お前が言う所の、『本当にやばい』の筆頭がそいつだ。
このマスターはついに気が狂って、恐怖のあまりシャッフリンを正しい認識で見られなくなったのか。
奈美はそういう考えに囚われた。
♠ ♥ ♦ ♣
しかし、おそ松はまったくの正気だった。
むしろ、それが彼にとってもっとも自然なリアクションであるぐらいには正気だった。
それは『今までの人生で最大級のやらかしをしてしまった人間のリアクション』ではあったし、
それは『責任が取れないかもしれない大罪が降りかかってきて怯えきっている人間の顔』であったし、
それは『夢の世界のように何でもありなんだと思っていたのが非情な現実だと言われて耐えきれない人間の反応』ではあったけれど、
しかし、それらは全く、シャッフリン達への態度を変えてしまう理由にはならない。
そんなものに影響されて彼自身が変わってしまうようであれば、子どもの頃からずっと『奇跡的に変わらないバカ』などやっていられない。
松野おそ松は子どもである。
自立していないし、社会に出られそうにもないし、まともとは言い難い大人だけれど、もっとずっとそれ以前の問題として子どもである。
『自分の主観においてのいい人』と『客観的に見ても善良な人』はイコールではないことを知っているはずなのに、
『いい奴なのに、どうして拒絶するんだろう』とか意識するまでもなく、一度ふところに入れた人間には変わらないまま接するような子どもだった。
でなければ、昔はしょっちゅういじめていたミソッカスの幼なじみが、『ミスター・フラッグ』という恐ろしい権力者になって目の前に現れても、
『ハタ坊自体は何も変わってない』とあっさり納得して、気さくに金をせびるほど遠慮なしに接することなんかできはしない。
その友人によって尻の穴に凶器サイズの旗を刺されたり、正体不明のお肉料理(いわゆるアミルスタン羊的な)を半ば無理に食べさせられたりしているのに、
依然として友達付き合いを継続して、イヤミから虐められていれば庇ったりするような関係を続けられはしない。
小学六年生のメンタルのまま成長しなかった男、とはよく言われるところだが
それ以下の年齢である一条蛍や東恩納鳴でさえ、この町ではマスターとして『大人の判断』をしようと背伸びしているのだから、
マスターの中では彼が最も幼いとさえ言っていいかもしれない。
そこに闇なんかない。狂ってもいない。
人並みに罪悪感を抱くだけの心はあるし、命の重さだってたぶん理解している。
さらに言えば、彼は戦争のいろはも知らない一般人だ。
いつもドタバタ騒動に巻き込まれて死ぬような眼にあったりしたこともあるけれど、
それらは聖杯戦争だとか、電脳世界を滅ぼそうとするヘドラの災害だとか、シャッフリンが生前に起こしてきた殺戮劇に比べれれば、いわゆる『ギャグ補正』という言葉で何とかなる、『戦い』のうちにすら入らないと言える。
しかし、そのことは別に、おそ松の人格形成がごくまともに行われており、周りもまっとうな人間ばかりだったことを意味しない。
変人か狂人かバカしかいないような環境で育ち、彼自身もそういう『おかしな人間』への耐性だけは異様についた、立派なバカとして成長した。
ただ、どうしようもなく奇跡的なバカだったせいだ。
もしも、彼が見てきたシャッフリンに、欺瞞があったなら別だった。
もしも、シャッフリンがおそ松に対してまったく献身を示すことなく、うやうやしくも健気に仕えることなく、冷淡な関係を築いていたら。
おそ松はシャッフリンの行状を知った瞬間にドン引きし、もはや彼女たちを恐怖の対象としか見ることができなかっただろう。
もしも、シャッフリンが召喚された時におそ松を騙して、あるいは不適切な説明をしたおかげで『これはゲームなんだ』と思い込まされたのだとしたら。
おそ松は『よくも騙したな』と怒り、嘆き、絶望するだけで、シャッフリンに頼るという選択肢など選ばなかっただろう。
もしも、シャッフリンがやる気だけの無能なサーヴァントであり、『これまでは終始有利に立ち回りながらおそ松を安全に生き残らせた』という実績が無かったならば、
おそ松は『なんて犯罪をやらかしてくれたんだ』と八つ当たりをシャッフリンにぶつけ、おそ松自身にも非はあったにも関わらずあっさりと屑のようにシャッフリンを見放して、サーヴァントの乗り換えさえも検討しただろう。
もしも、シャッフリンが平気で人を殺せるような生粋の兵士ではなく、殺人を忌避する少女でありながらおそ松のためにやりたくもない殺人をしたのだとしたら、
さすがの屑(クソニート)でも『こんな小さな女の子に殺人を無理強いしてしまった』というわずかばかりの良心がうずき、これ以上もシャッフリンとまともに接することはできなかっただろう。
しかし、シャッフリンは懸命におそ松の身を慮り、かいがいしく仕えていた。
おそ松が勝手に聖杯戦争のルールを勘違いしていただけだった。
こんな状況下でも、なお真っ先に打開策を相談できる相手として思い浮かぶぐらい、とても有能だった。
いやいやおそ松の命令に従ったわけではなく、おそ松の為なら何でもするという態度を常に示してくれた。
接した時間こそ長くなかったけれど、おそ松はシャッフリンのことが好きか嫌いかと問われたら大好きだった。
まずみんな可愛いし、聖杯を掴むチャンスをくれた金づるだし、普段は別行動してはいても何かにつけおそ松を立ててくれて、意見を尊重してくれるすばらしい従者(サーヴァント)だし。
さすがにおそ松でもロリコン趣味はないのでエロイことしたいという眼で見ることはなかったけれど、
ハートのシャッフリンたちなどは男ばかりの生活の中にいきなりできた引っ込みじあんな妹のように可愛いし、他のシャッフリンたちも喜んで男をダメにするぐらいに献身的だ。
唯一会話ができるジョーカーは感情を露わにすることこそ少ないけれど、常におそ松のためを思って動いてくれているのがよく分かる。短くとも、接していれば分かる。
例えばある時は『もし、街をうろついてる時に落ちてる小銭を拾ったりしたら持ってきてくれる?』などという雑用のような仕事まで快く引き受けてくれたし、
おそ松が退屈していると判断すれば、寂しいときは言ってくださいとばかりにハートのシャッフリンを寄越してくれた。
さっき交渉の場に赴くときも、とにかくおそ松の安全を最優先に考えてくれて、しつこいぐらいに忠告したり、警護をするシャッフリンを厳選したりと、色んなことをしてくれた。
おそ松は親から甘やかされて扶養される生活には慣れていても、誰かから尽くされたり守られてきた経験というものがほとんど無い。
六人兄弟の長男という立場だったからこそ、兄弟で何かをしでかせば真っ先におそ松の名前で呼びつけられるし(実際、彼が主犯だったことも多かったのだが)、
逆に兄弟の中から代表して誰かが何かをやらなければならない時は、他の兄弟も真っ先に『こういう時のための長男だからね』と生贄にする(実際、それだけ日頃の恨みも買っているのだが)、そんな二十数年を生きてきた。
だからこそ、何があってもマスターに尽くし、危険がないように守りますというシャッフリン一同には、ただ可愛い女の子であるという以上に入れこんでしまう。
ちなみに先ほどシャッフリン達を売ろうとしたのも、別に彼女たちに他意があったとか拒絶したとかでは全くない。
自分の保身を最優先した上で、田中の復讐心も少しは晴れるかと思っただけである。
「つまり、主様は本物の殺し合いだと認識していれば、聖杯を求めないご意向でいらっしゃったのですか?」
「うんっ……おれ、連続殺人の首謀者みたいになっちゃったよぉ……」
「それは大変な心得違いをしておりました。いかような責めを受けても足りません」
「いや、罰とかより……何とかする方法を考えてほしい……」
今この時も、お互いの間に認識違いがあったことを知れば、警備の眼を緩めないようにしながらも平身低頭してくれている。
これが彼の弟達だったならば、『元はと言えばお前のせいだろ』と言わんばかりに、どいつも我先にと責任逃れの逃亡をしていたところだ。バナナの皮とかで転んで間抜けに死ねばいいのに。
彼女たちがたくさん人を殺した、それは本当なのだろう。
田中と名乗る少女からの友達を殺されたという弾劾にも、念話で真偽を聴いてみたところ本当にやったことだと答えた。
なぜそんなことをしたのかと更に聴いてみれば、『当時の主様の御意思でしたので』と答えた。
そっかー、そういうものなのかー、と納得した。
きっと殺された側からすれば堪ったものじゃないだろう。実際今の自分がまさに、自分主犯で殺したことになった人達を思うと心がひたすら痛い。
そういうことをする子達だったというのはもちろん怖かったけれど、ご命令ひとつで殺戮する有り方が邪悪だとか、そういう相手だから彼女たちとの関係を考え直そうとか拒絶するよりも、
彼女たちのそういう一面をこれまで知らなかったことや、今それを知ったことの方が、おそ松にとっては大事だった。
けれど。
「何を、仲良く慣れあっているんですかっ…………」
そんな彼のことを、当然、許せない者もいる。
♠ ♥ ♦ ♣
目の前にいる青年の顔に、めいっぱいに氷槍をぶちこむところを想像する。
それでもまだ足りない。
もう駄目だ。殺意の忍耐力が、限界に近いところまで来ている。
シャッフリンのマスターも殺す。
グリムハートのこととは関係ないけれど、彼を殺せばシャッフリンは全て消えるし、何より聖杯を狙う競争相手なのだから――そんな理屈づけは、すっかり彼方まで吹き飛んでいる。
こいつは仲間を殺された奈美の気持ちを考えていないとか、そういう次元の問題でさえない。
この男は、シャッフリンたちのやった所業の全て理解したというのに、そいつらを受け入れて、これからも一蓮托生だと可愛がり仲を深めている。
これが、シャッフリンたちと同罪でなくて何なのか。
その激昂を声に表して、タオルの下にあった変身ジュエルを握りしめた。
殺してやりたい。殺す。絶対に殺す。
『大丈夫ですよ奈美さん。アプローチは予定と変わりますが、策に遺漏はありません』
ほくそ笑むような嘲弄を含ませた念話が、奈美の頭を揺らした。
ほぼ間をおかずに神父もまた立ち上がって、奈美を遮るように語り出した。
「これはこれは、主従仲がよろしくて結構なことです」
何をいけしゃあしゃあとものを言う。
奈美は今までの中でも一番、このサーヴァントに腹を立てた。
「しかし、『何とかする方法』というならば簡単なことだ。
聖杯に賭ける願いを以って、責任を取ればよろしいじゃありませんか」
同じ顔をしたシャッフリンたちと、そのマスターが揃って首をかしげる仕草をした。
しかしアーチャーが説明を続けるうちに、マスターの方が希望で顔を輝かせていく。
アーチャーが説いたことは簡単だ。
聖杯に願いを賭ければ何でも叶う。
ならば、これまでに犠牲になった人達を生き返らせればいい。
それこそ、『田中』が仲間たちを生き返らせようとしているように。
この聖杯戦争で犠牲にしたマスターも、『田中』の仲間たちも、生き返らせて責任を取ればいい。
もともと、弱いシャッフリン並みに単純思考だったマスターだ。
「そっか、その手があったんだ!!」と素直に喜び、そうだそうしようと頷いている。
それが陥穽であることぐらい、中学生の奈美にも分かる。
当然、奈美だってピュアエレメンツを復活させるにせよ、よりによって彼等に生き返らせてもらうなんて御免だった。
そんなことをするぐらいなら、最期の二組になった時点で後ろから槍を刺して殺す。
しかし、弱いシャッフリン並みの思考力でその程度と譬えられるのだから、上位のシャッフリンなら『何かが怪しい』と疑うことくらいは予想できる。
ジョーカーにはおそらく、これがマスターを篭絡するための言葉だと見抜かれているだろう。
先ほどの『現実の戦争だと知っていれば参加するつもりはなかった』という意向を聞いたからには、
先ほどの奈美からの説明がおそ松を傷つけるためのものだったことは理解できるだろうから。
「主様、お待ちを」
しかし、ジョーカーの思惑はそれだけではない。
言葉を発するジョーカーを見た、奈美はそう直感した。
嫌な直感だった。
ジョーカーは、笑みを浮かべていた。
淡々としたその顔に、初めて見る表情が宿っていた。
いやらしい笑みだった。
きっとこいつは、クエイクやインフェルノにトドメを刺した時もこんな風に笑っていたのだろうと、そう思わせる笑みだった。
そしてジョーカーは、おそらく手に入れたばかりだろう鬼札を切った。
「『実験体』と呼ばれていた魔法少女の1人――風属性の少女を、先ほど捕捉しました。
マスターとして、聖杯戦争に参加しています」
そしてさらに、こう付け加えた。
「クラブの偵察が変身するところを見届けましたので、間違いありません」
♠ ♥ ♦ ♣
夕陽を背負い、元山総帥は浮かない顔つきで住宅街を歩いていた。
その原因は二つある。
ひとつは、完成した絵画の置き場所――その候補地の一つである小学校を当たって、また絵を貰ってくれないかどうか相談する予定だったのだが、それが潰れてしまったことだ。
その小学校がテロ襲撃事件のせいで臨時下校を行い、とっくに児童が帰宅するわ職員会議の続きがあるわで、校舎に入れなくなってしまっていた。
ここに至って初めて、元山は聖杯戦争や世の中の動きに無関心だったことを反省した。
もうひとつは、午後になって、バーサーカーが帰還した直後に受け取った伝達『ヘドラ討伐令』に対してどう動くべきか、未だ決めかねていたことにあった。
このK市そのものが消滅するリスクがある。
すべてが醜いヘドロに飲まれてしまう。
それはK市の風景を描いている元山からすれば、存在意義そのものの消滅といってもいい緊急事態だった。
もしも、この街に来たばかりの頃の元山だったならば、まず狼狽し、その後は激昂して彼のサーヴァントに、『海で暴れまわる不快な連中を消して来い』と命令していたことだろう。
しかし、今の元山は、自身のサーヴァント――バーサーカーのことを、ある程度理解してしまっている。その性質を、把握しつつある。
彼女が怒りを露わにするのは、主にこの街で不愉快な雑音をばら巻く連中――より具体的な言い方をすれば、『闘争』をしている時に起こる『音』に対してだった。
彼女が嫌悪して、かつ憎悪しているのは、『音楽家』――と称する嫌な音をもたらす人物、もしくは、そいつに似た連中が引き起こす『殺し合いの音』に対するものなのだろう。
ヘドラによってもたらされた被害とはヘドロ公害であり、つまりは環境破壊だ。
場所によっては野次馬が悲鳴をあげたり船が沈んだりしているらしいが、それだけでは『音』に関係する惨事だとは言い難い。
むしろ、そのヘドラを退治するために集まってくれた連中が起こす『戦い』の音にこそ、彼女は襲いかかってしまうかもしれない。
まだバーサーカーと出会って間もない頃だったら、『令呪』をもちいて強制するという選択肢も元山にはあった。
――海にいるヘドラを操っている者を『音楽家』だと思いこめ。
そんな命令を出せば、彼女はすぐさま湾岸部へと突撃していくことだろう。
『街そのものが融解する恐れがある』という、風景画を描く人間にとってはこの上ない損失の可能性がありながら、元山はバーサーカーを強制的に従わせることを躊躇っている。
それは、元山が芸術家にとっては不要だと思っているもの。捨てた方がいいと思っているもの。
超人であるペルセウス・ゾディアーツにとっても、不要であるはずもの。
人間らしい、情だった。
昼間の戦いで、バーサーカーが負った斬撃の傷は、未だ癒えきっていない。
元山は一般人に比較してもかなりの魔力を持っているとはいえ、治療の術を使える魔術師というわけではない。バーサーカーが負傷すれば、魔力を多めに消費しての自然治癒に任せるしかない。
彼女はこれまで元山の希望を、充分以上に満たしてくれていた。
一方で元山は、届いているのかさえ分からない感謝の言葉を投げるだけで、その傷を癒す魔術の一つも使えない。
そもそも、自分が戦いの激しさを甘く見て、ただ『黙らせろ』とだけ命令して放置したことで、彼女を苦戦させてしまった――そのせいだとも言える負傷をさせたのだ。
幾ら全てを斬り刻むことのできるサーヴァントであっても、話に聞いた融解地獄の中へと飛びこませるのは、あまりに危険なことではないだろうか。
そんな懸念が元山に芽生えるのは、仕方のないことだった。
傍らにいる少女剣士はもはや、このK市でただ1人元山の味方をしてくれる人物、というだけではない。
この街で唯一の、その身を案じる対象となりつつあった。
♠ ♥ ♦ ♣
夕陽を背負い、元山総帥は浮かない顔つきで住宅街を歩いていた。
その原因は二つある。
ひとつは、完成した絵画の置き場所――その候補地の一つである小学校を当たって、また絵を貰ってくれないかどうか相談する予定だったのだが、それが潰れてしまったことだ。
その小学校がテロ襲撃事件のせいで臨時下校を行い、とっくに児童が帰宅するわ職員会議の続きがあるわで、校舎に入れなくなってしまっていた。
ここに至って初めて、元山は聖杯戦争や世の中の動きに無関心だったことを反省した。
もうひとつは、午後になって、バーサーカーが帰還した直後に受け取った伝達『ヘドラ討伐令』に対してどう動くべきか、未だ決めかねていたことにあった。
このK市そのものが消滅するリスクがある。
すべてが醜いヘドロに飲まれてしまう。
それはK市の風景を描いている元山からすれば、存在意義そのものの消滅といってもいい緊急事態だった。
もしも、この街に来たばかりの頃の元山だったならば、まず狼狽し、その後は激昂して彼のサーヴァントに、『海で暴れまわる不快な連中を消して来い』と命令していたことだろう。
しかし、今の元山は、自身のサーヴァント――バーサーカーのことを、ある程度理解してしまっている。その性質を、把握しつつある。
彼女が怒りを露わにするのは、主にこの街で不愉快な雑音をばら巻く連中――より具体的な言い方をすれば、『闘争』をしている時に起こる『音』に対してだった。
彼女が嫌悪して、かつ憎悪しているのは、『音楽家』――と称する嫌な音をもたらす人物、もしくは、そいつに似た連中が引き起こす『殺し合いの音』に対するものなのだろう。
ヘドラによってもたらされた被害とはヘドロ公害であり、つまりは環境破壊だ。
場所によっては野次馬が悲鳴をあげたり船が沈んだりしているらしいが、それだけでは『音』に関係する惨事だとは言い難い。
むしろ、そのヘドラを退治するために集まってくれた連中が起こす『戦い』の音にこそ、彼女は襲いかかってしまうかもしれない。
まだバーサーカーと出会って間もない頃だったら、『令呪』をもちいて強制するという選択肢も元山にはあった。
――海にいるヘドラを操っている者を『音楽家』だと思いこめ。
そんな命令を出せば、彼女はすぐさま湾岸部へと突撃していくことだろう。
『街そのものが融解する恐れがある』という、風景画を描く人間にとってはこの上ない損失の可能性がありながら、元山はバーサーカーを強制的に従わせることを躊躇っている。
それは、元山が芸術家にとっては不要だと思っているもの。捨てた方がいいと思っているもの。
超人であるペルセウス・ゾディアーツにとっても、不要であるはずもの。
人間らしい、情だった。
昼間の戦いで、バーサーカーが負った斬撃の傷は、未だ癒えきっていない。
元山は一般人に比較してもかなりの魔力を持っているとはいえ、治療の術を使える魔術師というわけではない。バーサーカーが負傷すれば、魔力を多めに消費しての自然治癒に任せるしかない。
彼女はこれまで元山の希望を、充分以上に満たしてくれていた。
一方で元山は、届いているのかさえ分からない感謝の言葉を投げるだけで、その傷を癒す魔術の一つも使えない。
そもそも、自分が戦いの激しさを甘く見て、ただ『黙らせろ』とだけ命令して放置したことで、彼女を苦戦させてしまった――そのせいだとも言える負傷をさせたのだ。
幾ら全てを斬り刻むことのできるサーヴァントであっても、話に聞いた融解地獄の中へと飛びこませるのは、あまりに危険なことではないだろうか。
そんな懸念が元山に芽生えるのは、仕方のないことだった。
傍らにいる少女剣士はもはや、このK市でただ1人元山の味方をしてくれる人物、というだけではない。
この街で唯一の、その身を案じる対象となりつつあった。
「……だが、相手が不快な音を撒く連中なら、君も出てきてくれるはずだ」
帰路の途上で、元山は神経質そうな線の細い顔に笑みをにじませた。
一方的に補足できたのは、嬉しい偶然だった。
そこは、小学校のおひざ元のように整備されていた住宅街の区画の真ん中だった。
つまり娯楽施設やファーストフード店のように、大人と小学生の混成集団がゆっくりと立ち話できるような空間が、児童向けひろばぐらいしか無かった――見つけやすい場所で、見られにくくすることが難しい地域だった。
公園の外――道路を挟んだ向かいの歩道からでも、彼等の姿は見えた。
「バーサーカー、今朝の連中だ」
ここで会ったが百年目――と言えるほど因縁が深いわけではないが、次に会ったらただじゃおかないと決めていた男達の一人だ。
もっと広い自然公園で、意味不明かつ集中を阻害すること極まりない歌をうたっていたクズどもの1人。
着替えたのか、黄色いパーカーから紫色のパーカーに服装が変わっている。
しかも、好都合なことにサーヴァントらしき少女を連れている。
奇妙な砲塔のような装備を抱いていることを除けば制服をきた一般人少女のようにも見えるが、ステータスが見えるのだから間違いない。
つまり、あいつはNPCではない――殺しても、ルーラーから制裁を受けない人間だ。
サーヴァントが複数いるのは厄介だが、一方的に補足しているなら、バーサーカーの刀剣による遠距離斬撃であっさりと殺害、すぐさま逃走できると元山は踏んだ。
「バーサーカー、東屋の一番奥にいる男が分かるか。セーラー服のサーヴァントと一緒にいる。……ほら、若草色の服を着た女の子の左奥だ。
魔法少女アニメにでも出てきそうな、髪やら腕輪やらに花飾りをくっつけた目立つ子の、その後ろにいるだろう」
そう告げれば、彼女はすぐさま実体化を果たす。
「若草色の服…………」「魔法少女……花飾り…っ!」
だが、元山が指示をした男ではなく、その直前の言葉に反応して。
その上、その表情は今までよりもさらに異質だった。
空虚だった眼が、完全に据わっている。
『若草色の服を着た女の子』を食い入るように見据えている。
しかし瞳はまったく焦点が合っていない。
「魔法少女……花飾り…っ」
「待てバーサーカー、今の会話の流れでなぜそうなるんだ?」
神経質そうな声が制止をかけるのも届かず、アカネは地をすべるように素早く集団の前へと進み出た。
「――音楽家か?」
三人のサーヴァントも、そのねばっこい視線には即座に警戒態勢を取った。
きちんと己のマスターを庇えるような距離を取り、マスターの1人――プリンセス・テンペストでさえ、一条蛍の前に進み出て庇う仕草を取る。
場の全員から注目を集めて、しかし彼女の視線はブレイバー――犬吠埼樹だけしか目に入っていない。
「音楽家か?」
重ねて、ただ1人に向けてそう問うた。
それが不特定多数に向けられた問いかけならば、誰もが予見できたかもしれない。
そうだ音楽家だと肯定すれば、おそらく良い事は起こるまいと。
ぶしつけな闖入者の質問に、すすんで答える義理など無いと。
しかし、彼女の問いかけは、『あなたは私の探していた音楽家なのですか』と、ただ一人の少女に対して求めるものだった。
だから。
新たなサーヴァントが己に何かを期待しているのだろうと、確かめる判断をしたその少女――ブレイバーは。
人がやりにくいことを勇んでやり、せっぱつまったヒトを放っておけない『勇者』である犬吠埼樹は。
『勇者』をする傍らで、歌手になるオーディションを受けていたほど、歌うことも、音楽を聴くことも大好きだった少女は。
誠実な答えを、選んでしまった。
「質問の意味はよく分かりませんけど……音楽は大好きです!」
曖昧ながらも、肯定した。
「そうカァ」
その瞬間。
彼等は初めて――この聖杯戦争に関わった者たちにとって初めてとなる、彼女の凄絶な笑みを見た。
笑みの傍らには長剣がある。
即座に上から下へと振り下ろされる。
ブレイバーの顔面をすっとなぞるように一閃する。
それは距離をすっとばした斬撃になりその額を両断――しなかった。
「――っ木霊!?」
斬撃が走る瞬間、精霊――木霊が樹の顔を隠すように盾になり、抜き手の視界を遮ったのだ。
斬撃はブレイバーではなく木霊の身体を断ち割るように一閃し、主人の身を守り切った。
精霊は斬られても死なない、その代わりに木霊が直前で展開したシールドが相殺するように断ち斬られ、細かなガラス片として落ちるように崩れ消滅する。
「あ、ありがとう木霊……」
「その眼――バーサーカーだな」
ブレイバーの無事が確認できたその刹那、ランサーもまた戦闘態勢に移行していた。
腕にはすでに漆黒の槍――槍という名を持った大剣があり、その身は既に突進する風と化そうとしている。
バーサーカーはその接近をちらと見て、もう一閃、剣を小さく薙いだ。
「――っ!!」
直感――そして黒円卓でも指折りの剣士に師事して磨かれた『心眼』が、『一刻も早く防げ』という警告をランサーに送った。
大剣――『黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌ)』を刃ではなく腹の部分でかざし、己とバーサーカーの間を遮る盾として身を低くする。
大剣に一度、斬りつけられたかのような振動が走り抜けたが、傷はつかなかった――おそらく、生身で受けるのはあまりにも危険すぎる攻撃が行われ、そしてそれは神秘性の高い『黒円卓の聖槍』を傷つけるまでには至らなかった。
エヴィヒカイトを極めた超人を『捧げた魂の霊的装甲に守られた存在』とするならば、彼らが扱う聖異物は、いわば『霊的装甲そのもの』だ。
バーサーカーはその一撃が不発に終わったことも顧みず、再びブレイバーと対峙している。
「鎌鼬か――違う、刀を振ってから斬撃が走るまでの間に時間差がほとんどなかった。
まるで空間を無視して攻撃したようだ」
「テンペストちゃん。蛍ちゃんを連れて逃げてもらえるかな!」
ブレイバーはワイヤーを出す腕輪を前方に構えながら、知り合ってまもない魔法少女へと求めた。
バーサーカーの視線がまた己だけに向いているのをいいことに、すっかり腰を抜かしている己のマスターを逃がそうとしての指示だ。
「でも、ランサー達を置いて逃げるのは……」
そしてその懇願は、ランサーも意思を同じくするところだった。
『なにも見捨てて逃げろと言っているわけではない』と説くように、言葉を選んで頼み込む。
「大丈夫、変わった宝具を使うようだが、こちらも1人ではないし勝てない敵じゃないよ。
それより、戦う力の無い蛍ちゃんを守る者が必要だ――僕らが合流するまで、君の家で彼女をかくまってくれ、プリンセス・テンペスト」
「――分かった。任せて!」
テンペストは力強く頷き、一条蛍の手をとって公園から出るように駆けだした。
戒から初めて魔法少女名で呼ばれたという喜びもあったらしく、走りながら蛍へと「大丈夫、私がついてるから」と太鼓判を押している。
この場にはシップと松野一松の主従もいたわけだが、こちらはシップが背中に庇うような形でひっそりじわじわと公園の出口に向かおうとしているので、逆に声をかけづらい。
シップのステータスの低さは誰もが知っているのでランサーたちも加勢しろとは言い切れず、特に指示は出さない扱いになっている。
そんな対峙を、元山は歯噛みしながら見守っていた。
いきなり何も音を出していない緑色の少女を『音楽家』と称して飛び出していった行動にも困惑するところだったけれど、何より焦りを覚えるのは戦況の推移だった。
いくらバーサーカーが強いと言っても、昼間の戦いでは負傷していたこともある。
複数のサーヴァントに囲まれている状況下で、下手に『狙いを逃げようとしているマスターただ1人に絞れ』などと命令して、隙を作らせることはできない。
(いや…………待てよ。連中の大半は、意識がバーサーカーに向いている)
その時、元山に発想の転換が訪れた。
ついさっきまで、元山はバーサーカーの力になれないことに自責していた。
むしろ今こそ、バーサーカーに任せきりにしているだけでなく、己の敵は己の力で排除するよう努力をするべきだ。
この街に住まう前、天ノ川の学園都市でもそうしてきたではないか。
決意するや、すぐに己の武器を取り出した。
赤いボタンをくっつけた、武骨な球体――ゾディアーツスイッチがその手にある。
「我が心を乱すものは、全て排斥する…!」
カチリとスイッチを押しこみ、コズミックエナジーが青紫の光になって己を包んでいくのに身を任せる。
そこに現れたのは、大剣と石化の篭手を装備した人ならぬ者。
身長2メートルを超えるメデューサ殺しの英雄――ペルセウスを象った星座の力を、そのまま宿した怪人だった。
公園の出口まであと数メートルばかりまで距離を縮めたところで、望月は西洋剣を持った異形が攻撃の構えをとっているのを目撃した。
「イッチー、危ない!」
望月が一松をほとんど突き飛ばすように移動させると、そこをかすめるようにペルセウスの攻撃――剣から放たれた青白い稲妻のようなエネルギーが地面を直撃した。
その威力が何のこけおどしでも無いことは、一瞬で消し墨の色に染まった地面が消滅している。
「うっわー。マジでめっちゃ痛そー……」
「え゛ぇぇええええええええ!? 何、こいつ何!?
ステータスも見えないんだけど!! これでサーヴァントじゃないって嘘だろ!?」
それとなく戦線から離脱させてもらい、その後で可能ならシップだけは加勢に戻ろうぜ、という計画だったところを、
ギラギラと青白い身体の異形が立ちふさがったものだから、一松は人が変わったかのような高い声で悲鳴を上げる。
望月がそんな一松をずるずると引きずるように怪人から引き離すけれど、怪人は悠々と歩きながら公園の中へと距離を詰めてくる。
「サーヴァントじゃなくて、使い魔っぽくもないから、マスターだろうね。
たぶんあっちで暴れてる人のマスターだろうけど、あたしらで倒してみる?」
「――無駄だ。見たところその武器は近距離の戦いに向いてないだろう」
人の声とは思えない――奇妙な濁りのまじった声が、牙を剥き出しにした怪物の口から出た。
怪物の剣が軽く触れただけで、公園の入り口――車両侵入禁止用のU字型レールが、ぐしゃっと紙でできているかのように折れ曲がって倒れる。
反対の手で怪物がもう一つのU字型レールに軽く触れると、触れた地点から水が紙にしみこむようにと石化していく。
「石に……!」
「我が集中を乱す者には、沈黙の罰を……!」
「いや、集中を乱したとか知らねーから。絶対に初対面だから!」
シップが後方を顧みれば、戦闘は既にして始まっていた。
ブレイバーの腕輪から放たれる若草色のワイヤーが狂戦士を拘束しようと四方に舞い、狂戦士がその動きを縫って一太刀を浴びせようと刀を裁く。
ランサーは狂戦士の見えない斬撃からブレイバーをかばうことに集中し、こちらに助勢する余裕はなさそうだ。
「あたしが何とかしろってかー? ……はぁ、めんど」
めんどい以前の問題だろうと叱られそうな感想だが、彼女にとってマスターがやられたりして悲しい思いをするのは面倒なことだ。
駆逐艦『望月』としての装備のなかから爆雷(艤装に合わせて手のひら大サイズ)を取り出し、怪人との間合いをはかる。
(これでも怠けていて全く備え無しではなく、松野家のような住宅地での使用に備えてあらかじめ炸薬はかなり減らしている)
「いよっ」
放り投げた。それもペルセウスの怪人に向かって、ではない。
右斜め後方――ちょうど滑り台の降り口のあたりへと、転がるように投げた。
数秒の間をおいて、公園の砂場がどん、と炸裂した。
公園でもっともやわらかく、軽い砂地となっているそこから、大量の土煙が吹き上がった。
ランサーたちの戦場には届かず――しかし怪人の視界を隠すには充分なほどの、薄茶色の土煙と爆発による煙だった。
目くらましを利用し、望月はマスターの手を引いて走る。
「よし、逃げよっか。イッチー」
「なんで敵に向かって投げなかったの?」
「あれ、投げ返されたらやばいんだよね」
土煙に咳きこむ怪人にも、彼等が遠ざかる気配は感じられた。
逃げられる、追うしかないと言う判断と、『バーサーカーをこの場に残していくことになる』という躊躇が、元山の足をしばらく止める。
しかし、先ほどまで彼女の身を案じていた気持ちが、元山に令呪の使用を『もったいない』と思わせなかった。
「バーサーカー、令呪をもって命ずる。その二人を足止めし、己に身の危険を感じたら戻れ」
令呪は即効性のある命令ほど効果が強くなり、具体性を欠いた命令ほど効果が弱くなるという。
『身の危険を感じたら』という限定条件のくっついた命令に完全な効果が見込めるかどうかは定かではないが、逃走目的で霊体化するための魔力ぐらいにはなるだろう。
公園の戦場に背を向けた元山の耳に、少女の叫び声が聞こえてきた。
「どうして、その『音楽家』さんを憎むの!?」
土煙の向こう側からでも凛と響く、バーサーカーに向かっての呼びかけだ。
「音楽は、人を幸せにするものでしょう?」
まったくだ、と元山は思う。
世の中には、人の迷惑になる音をたてる人間が多すぎる。
半端なところで申し訳ありませんが、以上を前編とさせていただきます
後編は締切日までには投下させていただきますので、
変則的な投下になってしまい申し訳ありませんが、お待ちいただけたらと思います
後編が完成したので投下させていただきます
前編の時にも長くなったと書きましたが、後編は前編をうわ回る長さになってしまいました
こんな序盤からとても長いものを投下してしまい、申し訳ありませんがともかく完成してしまいましたので投下します
最後につじつまがあってりゃ何やってもいいんだよ
♠ ♥ ♣ ♦
事態は動きつつある。
図書館ではシャッフリンが動かし、そして少し離れた場所では今まさに乱入した狂戦士が動かしている。
否、ここではどうしてもシャッフリンが動かさなければならない。
お互いに同盟を結んで聖杯戦争を勝ち抜くために利益を得ようなどという最初の方便はもはや完全に本音と建前の使い分け以前の茶番と化しており、
お互いがお互いに『殺す機会を見つけるためにとりあえず同じ席を設けている』状態だ。
ここまでのやり取りから分かる『田中』という少女の存在はあまりにも危険だった。
シャッフリン達だけならばまだしも、そのマスターであるおそ松までに臨界点寸前と見える憎悪の矛先が向いている。
そういう私情で動くことはないシャッフリンにも、それが人間の感情の中でも極めて激しいものであり、当人でさえ制御が及んでいないものだと見て取れた。
これでは聖杯を手に入れるという本懐を忘れて、今にもアーチャーに宝具の使用を命令しておそ松たちの殺害を優先する……という事態になってもおかしくない。
そして、シャッフリン達にとってはそのアーチャーこそが目下のところ脅威となる。
シャッフリン達の攻撃では何をしても傷つけられないことが分かっている上に、どんな攻撃手段を持っているのか全く分からないのだから。
だから彼女は、風の実験体をクラブのスートが捕捉したという状況を理解するや、要求した。
『こちらが攻撃されない限り、主従の数が残り十組を割るまで、『風の実験体』の主従には手を出さないと約束する。
何ならマスターに令呪を使っていただき、『人造魔法少女の主従には手を出さない』という制約をかけてもいい。
その代わり、アーチャーのマスターには令呪を一画使うことを要求する。
内容は、『アーチャーに松野おそ松、シャッフリン主従へのあらゆる敵対行動を禁じる』こと。
これがなければ、今後は同席することなどできない。』
それは、もはや交換条件ではなく脅迫して従わせるに等しい要求だ。
人造魔法少女ならば魔法少女の中でも極めて戦闘向きの性質を持っており、その分だけ潤沢な魔力を持つ『田中』が令呪を使って命じれば、かなり強制的な効力を発動させるだろう。
――そして、それができないのならば、この場でシャッフリンから交渉決裂と見なされてマスター殺害にかかられても仕方ない。
彼女らの元主人であるグリムハートさえかくやというほどの、有無も言わせない要求だ。けれど押し通すしかない。
もちろん、田中たちもこの交渉のテーブルにつくことを決めた以上、この場で襲われた時の対策ぐらいはしているだろう。
(たとえばアーチャー達が一度もテーブルの上に手を置かないのは、テーブルの下で携帯か何かを操作して、この世界の匿名掲示板にでも『遺言(自分たちが知り得る限りのシャッフリン達の情報)』を打ち込み、ボタン操作一つでばらまく準備でも整えているのではないかと踏んでいる)
それでも押し通すしかない。それがジョーカーにできる最大限の譲歩ラインだ。
もはやジョーカーは、『これから悩まされるかもしれない予想できる被害(=ここで田中を殺害しにかかったリスク)』よりも、
『どんな形でいつ嵌め殺されるか予想できない、絶えず背中にある刃(=アーチャー達と令呪の縛りも無しに同盟するリスク)』の方が、よほど危険だという結論に達していた。
そして、ある程度は押し通せるとジョーカーは読んだ。
「どこまで、人の仲間を、踏み躙る、つもりですかっ……悪魔ども!!」
棒立ちのままそう叫んだ田中の声は、ほとんど声というよりも咆哮だった。
【あの、ジョーカーちゃん? 俺ら完全に悪役になってるんだけど……】
【奴等にとって我々は最初からずっと悪役です。問題ありません】
【そういう問題!?】
彼女に、『その場所にいる仲間はおそらく同一人物だ』と理解させるのにはだいぶ時間がかかった。
あらゆる時代と世界から、英霊と召喚者を呼び寄せるのが聖杯戦争だ。
既に失われた命だからといって、臨終の際に聖杯に招かれていても不思議はない。
同じ世界の同じ時代で仇敵同士だった魔法少女たちがここに、1人は『サーヴァント』として、もう1人は『マスター』としてそれぞれ招聘されている例もある。
NPCが作り物なれど命を持っているように、命を作りだす術もある。
ならば風の魔法少女が生きていることに何の不思議があるか。
それでも信じられないようだったので、変身前の少女の特徴を次々と挙げた。
シャッフリンたちは人間の言葉を理解できないけれど、会話を聞いていればマスターの名前が『メイちゃん』だということぐらいは理解できる。
変身前の体格は小学校低学年程度で、髪形はふたつ結び。
魔法少女に変身する直前はこういうポーズを取って叫び、変身した直後にはこういうポーズを取る。
『魔法の国』の人間では知らないはずの私生活に関わる特徴を他のシャッフリンの身振り付きで挙げれば、田中はやっと理解したように顔色を変えた。
そして、理解してしまえば田中は仲間のことを見捨てられない。
仲間の復讐をうたう者が、同じ口で『実はここで生きていました』という仲間を見捨てれば復讐の大義も何もかもなくなる。
それは簡単な論理だし、それが人間の感情だとシャッフリンでも理解できる。
怒りで思考もままらないのか、少女は襲いかからんとするその身体を横合いからアーチャーの腕で抑えられている様子だった。
そのアーチャーが、田中に代わって質問を重ねた。
人質を取るというのなら、まずは現在その『風の実験体とそのサーヴァント』が置かれている状況について詳しく教えてほしい。
人質の正確な状況を知らなければ、こちらは『人質には手を出さない』という保証にどれほどの信頼を置いていいのか分からない。
目下のところ安全な状況にいるのか、すぐに脱落するおそれは無いのか、監視するシャッフリンも含め周囲には他にもサーヴァントやマスターがいるのか。
それを伝えるのが人質を取る側としての義務でしょう、と。
正論だった。だからシャッフリンは説明した。
今のところ、同盟相手らしきマスターがそばに二人いた。
1人は小学生らしき少女で、もう1人は成人男性。見たところどちらも魔術師らしくはない。
彼等が連れているサーヴァントは片方が『ブレイバー』と呼ばれ、もう片方が『シップ』と呼ばれていた。
どちらも基本的な七騎には該当しないクラスだが、何度もそう呼ばれていたのでそれがエクストラのクラス名だと思われる。
あいにくとマスターの目視ではないのでステータスは確認できなかったが、三組の仲は遠目にも良好そうで、同盟関係か、それに近い間柄であることは間違いなかった。
なかった、というのは現在ちょうど別行動になったからだ。
たった今、剣を持ったサーヴァントが襲来し、小学生の従えるマスター二人と交戦状態になった。
小学生のマスターたちは戦場から離脱し、クラブのシャッフリン三体もそちらの動きを優先して負わせている。
風の魔法少女の従えていた『ランサー』のサーヴァントにはかなりの手練れらしき風格があり、マスター二人が逃亡したのもサーヴァントの指示による避難だった。
現在は住宅街を逃走中だが、周囲にそれ以上のサーヴァントの気配は無し。
目下のところ、サーヴァントがその戦闘で負けたとしても直後に脱落する危険は無い模様。
襲撃を受けていると聞いた瞬間にまた田中が身を乗り出したけれど、
アーチャーが小さな首の動きと手の仕草で制して、『話は最後まで聞きましょう』と言わんばかりの余裕を見せていた。
やはりこちらを切り崩す方が物理的にも心理的にも難しい、とジョーカーは確信する。
その微笑のまま、アーチャーから『そのランサーについて分かることは』と尋ねられたので、答える。
ランサーと呼ばれていたが、黒い大剣を使っていた。
黒い軍服じみた、二十世紀初頭の西洋式らしい軍服を着ていた。
外見は十代後半から二十歳前後の、日本人らしき青年だった。
基本的には『ランサー』と呼ばれているが、最初にマスターの少女から『カイおにいちゃん』と呼ばれた。
アーチャーは微笑を崩さないまま、その特徴を聞いていた。
気取られていないか、シャッフリンの注意はそこに向いていた。
実は、同じことを念話でもマスターに話しているが、一つだけアーチャー達には伏せた情報がある。
マスターにはどうしても、報告すべき事柄だと判断した。
その『一つの報せ』を聞いた時、マスターは念話の中だけでやや狼狽した声を上げた。
驚くのも無理からぬ内容の話だった。ただ、それを顔には出していない風だったので、少なくとも田中に不信感を持たれた様子は無かった。
そのことは意外だったが、喜ばしい反応だった。てっきり、主人はもっと考えていることを顔に出すタイプかと思っていた。
もしや己は主人の評価をやや低く見積もり過ぎていたのかもしれない、と内省したほどに。
今のところ、不安要素は残さなかったはずだ。
しかし。
「まだ一つ、お聞きできなかったことがありますね?」
テーブルの対面に座るアーチャーは、即座にそれを見抜いてきた。
「もしや、そのお話に出てきたお若いマスターの男性、松野さんのご身内ではありませんか?」
何故。
シャッフリンがそう問うのと同時だった。
田中の視線がねばっこく、絡みつくような眼へと変わった。
身内を殺されたと主張する田中は、こちらのマスターの身内という言葉が出て、そういう眼をした。
「戦闘に参加していないもう一組の主従に対する言及が少なかったものですから。
もちろん直接的に人質と関係するくだりではありませんでしたし、人質の尾行を優先しているために情報が少なかったのかもしれませんが、
戦闘に対してどう反応したのかの説明ぐらいはあってもいいもののように感じました。
それに、いくらこの世界が『そういう場所』だとはいえ、『我がマスターの身内も生きたままここに招かれている』という結論に至るのが早すぎると言いますか……まるで『実際に身内が殺し合いに招かれているケースを見たことがある』ように感じられました。
あとは松野さんと何事か念話をされていたようで、驚いた反応が読み取れましたし……他にも根拠は幾つかありましたが、まず言葉にできるのはこれぐらいですね」
作り物めいた微笑とともに種明かしされたのは、心を読んだのでも何でもないただの観察眼だった。
少なくとも田中には気取られなかったものを見抜かれているのだから、その見ぬく眼は本物だ。
おそらくは貧者の見識か、人間観察に相当するスキルを持っている。
しかし、手がかりを撒くような話し方になったのはジョーカーの落ち度だ。
失策をしたとほぞを噛みながらも、ジョーカーは反論した。
だとしても、今この場でそれに何の関係があるのか、と。
アーチャーのマスターの仲間を、こちらが人質に取っている状況は何も変わらない。
「ではそのご身内を、こちらに連れてきていただけませんか?
それが、貴方達の要求する令呪を受けるための、最低条件です」
アーチャーはそんな不意打ちを、言い放ってきた。
その理由を尋ねれば、そんなの当然でしょう、と言わんばかりにアーチャーは説いた。
一つ目。
幾らお互いの安全を図るためとはいえ、聖杯戦争の中でたった三度しか使えない令呪をここで一画使ってくれというのは、あまりにも条件として過大なものだ。
こちらがその条件を飲むのなら、そちらも『人質の安全保障』以外に何らかのリターンを支払ってもいいはずだ。
たとえば『分かりやすく他の主従を一組脱落させる成果を見せる』といったことがそれだ。
ちょうどこちらも、ほとんど知識のない『エクストラクラス』についての情報を得たいと思っていた頃だったし、ここでそのサーヴァントを脱落させて、残ったマスターから情報を聞き出せるのは都合が良い。
二つ目。
言語能力も持たない上に、下手に接触すればこの監視状態が露見してしまうシャッフリンが人質を見張るならまだしも、
『シャッフリンのマスターの身内』が、『人質とすぐに接触できる場所』に『コミュニケーションできる同盟者』として存在するのは、あまりにも人質とマスター双方によろしくない。
おそ松の身内ならば裏で手を組むのも容易だろうし、シャッフリンたちが人質に手を出さなくとも、身内のマスターを介して人質のマスターを悪い方向へと誘導し、アーチャーのマスターと殺し合うように仕向ける……などといった悪辣な策を容易に実行することができる。
それなのに『人質には手を出さない』と保証されても、信頼も何もあったものではない。
よって、人質とおそ松の身内が別行動しているこの機をついて、今のうちに身内を始末してほしい。
三つ目。
先ほどのやり取りで改めておそ松も『聖杯を獲ることで殺してしまった人々を蘇生させる』という方針で落ち着いたけれど、本当に同じ願いで聖杯を狙う者同士だという確かな保証が欲しい。
本当に『聖杯によって殺した人々を蘇生させて責任を取る』つもりならば、己の身内だって殺して蘇生するだけの覚悟を持っているはずではないか。
いずれも、きわめて正論だった。
正論だったが、マスターに突きつけたくない正論だった。
これが、先ほどまでの――『おそ松は誰かを殺害した上での聖杯獲得など望んでいなかった』と知る前のシャッフリンならば、
他のマスターに彼の身内(同じ顔なのですぐに兄弟だと分かる)がいたからといって、いちいち報告したりしなかった。
『おそ松が聖杯を望んでいる』以上、それは『マスターの身内だろうと聖杯を獲るためならば殺害していいのだ』と解釈して、勝手に脱落させただろう。
何の躊躇もなしに兄弟の従えるサーヴァントを殺害するか、もしくは拘束して『汝女王の采配を知らず(クビヲハネヨ)』を使うための贄として『魔法の袋』の中に保存したか、どちらかだったはずだ。
しかし、シャッフリン達がそんな風におそ松の意向を決めつけて動いていたせいで、多くの主従を殺害して、主人を泣かせてしまったというこの結果がある。
だからこそ、ジョーカーもクラブたちから『マスターの1人は顔がご主人さまに瓜二つだった』という報告を受けた時に、まずマスターに報告すべきだと判断した。
それに、『おそ松がヘドラ討伐にこだわった理由』を聞いた後では、なおさら知らせた方が良いと思った。
知らせた上で、マスターの意向を尊重したかった。
いくら『聖杯に賭ける願いの中に、殺してしまった者の蘇生を追加する』ことで改めて聖杯狙いの方針になったとはいえ、
マスターが基本的には殺人を好まないことをシャッフリンはようやく理解したばかりなのだ。
そんなマスターに、今この場で、新たな人間を、それも近しい人物を殺せという。
もちろん厳密には『殺せ』ではなく『連れてこい』という要求だが、連れてくるにはおそらくサーヴァントの殺害が必須だろうし、連れてきた後で情報を引き出されるだけ引き出されるなどして殺されるのがオチだろう。
さらにアーチャーは、結論を急きたてるように言葉を継いだ。
「この条件を満たしていただけるならば、今この場で我がマスターから令呪を行使していただいても構いません」
「アーチャー! そこまで呑むことは――」
「良いではないですか、マスター。我々の本懐は聖杯を手に入れることです。
ただし、こちらを縛る令呪にも『残り十組になるまでは』という制約を付けましょう。それぐらいの譲歩はあってもいい。
それから、そちら側が後ほど履行する令呪も、『人造魔法少女の主従』ではなく『人造魔法少女のマスター』に手を出さないという条件に変更していただきます。
私はどんな攻撃を受けてもまず壊れませんし、最初の条件ではもし人質のマスターがサーヴァントを乗り替える事態になれば、その時に令呪の効果がどうなるのか読めませんからね」
アーチャーが少女の腕を掴んで制したまま、ごく柔和そうな微笑を向けた。
今ここで先に令呪にかけられてもいいと、太っ腹なところを見せているようで実は違う。
先にリスクを支払っておいて、『私は条件を満たしました。貴方達もできますよね』とプレッシャーをかけるのは、シンプルかつどこでも使われるやり口のひとつだ。
おそらく、このまま人質を取られて脅される展開自体は避けられないと覚悟した上で、少しでもこちらを追い詰めるために条件をつけたのか、あるいはそれ以上の狙いがあるのか。
どちらにせよ主様の顔を曇らせる要求が回避できないことは、シャッフリンにとって歯痒い展開だ――
「マジで!? 弟を1人殺すだけで、俺達殺さないって約束してくれるの!?
よっしゃよっしゃ! 身内なら嵌めるのも簡単だし楽勝じゃん!!」
――だと思っていたのだが、マスターである松野おそ松は明るい声でそう言った。
シャッフリンよりも、よっぽどノリノリで賛同していた。
すごくすごく、嬉しそうだった。はしゃいでいると言ってもいい笑顔だった。
両手をぐっと握り、元気よくガッツポーズまで決めていた。
――――――は?
田中とアーチャーの口が、揃ってそういう形に開いた。
彼等の性格を考えれば、それはよほど珍しい光景なのだろう。
予想もしていなかったものを見た、という顔だ。
実は、ジョーカーも顔には出さないだけで『この反応は予想していなかった』と思っている。
「いやー、良かった。これで関係ない人差し出せって言われたらちょっと抵抗あったけど兄弟なら気楽じゃん。日頃の恨みも晴らせるし!」
もしや『殺しても聖杯で生き返らせればいい』とか説かれたあまり、現実逃避からおかしくなったのではないかという疑いは、その言葉で消え去った。
どう聞いても、どう見ても、身内の方が気楽に殺せるぜ!という喜びを全身で表現していた。
椅子から立ち上がって、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
対面の主従の表情が固まっているのを見れば、シャッフリンでさえ何を思っているのか正確に予測できる。
これは、ひどい。
なぜなら、誰だってきっとそう思う。
「じゃあアーチャーさん、令呪お願いしゃーっす! 俺それを見たら速攻捕まえて来るんで!」
こうして、事態は動く。
気が付けば、ジョーカーではなく、彼のマスターが動かしている。
それが事態を解決する方向なのか、破滅への転がり坂を一直線なのかは別として。
♠ ♥ ♦ ♣
ここ数十分の逃走はなんだったのか。
もっと言えば、ハタ坊の依頼を受けて小学校に向かって、ランサーやブレイバーに見つかった時から、ずっと『なんでこんなことになってるんだろう』と感じっぱなしだった。
しかし、これは本当に、何だ。
一松は眼を瞠ったまま、その『戦闘痕』に釘付けになっていた。
シップの『輸送』スキルによる逃走の経路選択はとても良かった……と思う。
少なくとも、ほぼ見ず知らずの街なのに、一松は走りながら一度も『この道は前にも通った気がする』という不安にかられたりしなかった。
それでも逃げ切れなかったのは、単純に怪物と一松との間にあるどうしようもない体力の差と、怪物がこのあたりの土地勘を持っているかのように的確な追尾をしてきたからだ。
まるで何日も高所から、町全体の風景を俯瞰して記憶していたかのような知り尽くしようだった。
そして、仮にもサーヴァントである望月が下手な攻勢に出れなかったのは、陸上戦用の装備に住宅地への被害を懸念したことと、下手にマスターを刺激すれば、令呪を発動されてバーサーカーがこちらに飛んでくる可能性があったせいだ。
シップは一対一で戦えば、たいていのサーヴァントには負けてしまう。
だから、仕方ない。
もう無理、限界だと路地の上でへたり込むことになったのも、
その後から怪物が「邪魔者は消えろ!」と追いつきつつあったのも、良くはないけれど当然の流れだった。
住宅街の住民に、こんな怪物が歩いてるのに誰も出てこないのかと助けを求めたくはあったけれど、もうすぐ日没という時間であり、
かつ小学生の通学域だから外出を遠慮している住民が多いことを考えれば、仕方がない。
だからここで終わるのだとしても、一松にとっては嫌だったけれど、仕方のない帰結だった。
だが、直後に起こったことは極めて不自然かつ理解を超えるものだった。
大きなスペードマークの描かれた服を来た少女が上空から飛びかかるようにして怪物の眼前へと降り立ち、
持っていた槍をさっと横に薙いだだけでそいつを吹き飛ばした。
「ぐほっ」っといううめき声をあげて、まるで箒で紙屑でも弾かれたように軽々と、2メートルを超える怪物の体躯が、小学生くらいの少女によってぶちのめされた。
怪人の身体は右に門戸を開けていた空き家らしき敷地へと叩き込まれ、その空き家の玄関ドアをたたき割るようにして激突して止まる。
スペードの少女は、玄関の破壊と怪物の動きが停まったのを見ると、表情のない顔でこくりと頷いた。
ステータスが見えることから、彼女もまたサーヴァントだと分かる。
筋力はA、敏捷はA、耐久は……なんだこいつ、肉弾戦に関係ありそうな数値はぜんぶAだ。半端ない。
「いやぁ、間に合って良かった良かった。
なんか道がところどころ石化してたから、その後を追って正解だったー」
しかも、その『スペードのエースの少女』が敬礼を向けた先にいたのは、よりにもよって飽きるほど見慣れた姿だった。
夕陽の街ににじむような赤いパーカーを着た同じ顔の男が、同じ顔をした様々なマークのトランプ兵士たちに囲まれてにこにこしながら歩いてくる。
…………なんで、おそ松兄さん?
そう喋りたくても、息がすっかり切れていて、ぜはっ、ぜはっとしか喋れない。
「おー一松。生きてたか。サーヴァントはか弱そうな女の子って聞いてたから、先に潰されてたらどうしようって心配してたんだぞ。
あ、うちの弟がいつもお世話になってます。兄のおそ松です」
後頭部に右手をやってぺこぺこと、シップに挨拶までしている。
「あ、どうも……えっと、イッチーの兄弟のおひとりさん?」
「まぁ、詳しいことは人の来ないところで、ってことで」
ほれ、と空き家の敷地を指さし、他のトランプ兵士たちが一松とシップの手を引いたり背中を押したりして、敷地内へと入るように促した。
気が付けば、戦闘痕である空き家の玄関先にも、数体のトランプ兵士が群がり、怪人の姿から高校の制服を来た青年へと変わった男をつんつんと突いている。
その中の、鎌を持った1人におそ松が話しかけた。
「えっと……もしかして殺しちゃった? 幾ら聖杯のためとはいえ、アレはちょっとビビったんだけど……」
「人間体に戻って、気を失っているだけのようです。
戦闘不可能になれば元に戻るのか、それともサーヴァントの方が魔力を消費した影響で、マスターも変身体を維持できなくなったのかもしれません」
「そっかぁ。じゃあ魔法のロープだっけ? 一応それで縛っておいて」
「了解しました」
そんな高校生をまたぎながら、トランプたちに引っ張られるようにして空き屋の中へと連れられて行く。
同じ屋根の下で暮らしている実の兄がマスターだったのか、という驚きよりも、その兄がたいそう心得た風にサーヴァントと遣り取りしている、という驚きの方が強かった。
なんでこいつは、こんな状況は全部分かっているみたいな顔で出てくるんだ。
「あの……おそ松兄さん、ありがとう」
ようやく、長距離走によってバクバクと破裂しそうだった心臓も落ち着いてきたので、やっと絞り出した声でそう言った。
状況は分からないが、怪人に殺されそうだったところを救われたのは間違いない。
「べつにー、お礼なんていいって。
もしアイツが先にお前ら殺しちゃってたら、『連れて来る』っていう約束の判定が割と微妙になるところだったんだしー?」
「連れて来る約束?」
手早く縛り上げられて空き家の中へと引きずられてくる元怪人のマスターを不憫そうに見ていた望月が、あれ、と首をかしげた。
そんな望月には構わず、廊下で先頭に立っていた兄は言った。
「一松が逃げ切ってくれたおかげで、ここに来るまでのタクシー代が無駄にならなかったよ」
とてもツヤツヤとしたゲスい笑顔で、そんな台詞を。
言葉と同時に、知らない家の廊下で腕をがしりと掴まれて止められる。
「――え?」
「ひゃ――ちょっと!!」
兄に動きを止められたのと、同時だった。
伏兵でも霊体化させていたのか、トランプ兵士の数が倍に増えた。大半はクラブかダイヤの衣服を着こんだ兵士だ。
クラブマークを付けたサーヴァントたちが揃って望月の身体を壁に抑えつけ、ダイヤの同じ顔が慣れた風にばばっと艤装を剥ぎ取って抵抗手段を奪う。
何をするんだ、と声を上げる間もなく、松野家の長男は言葉を継いだ。
「うん、要するに――後で聖杯にお願いして絶対に生き返らせてあげるから、今は死んでくれない? 一松さん」
…………。
……………。
………………いや、分かってたけどね。
弟を助けるために必死こいて駆けつけてくれるほど、殊勝な人じゃないって分かってました、はい!
でも、やっぱりひどくないか、この展開。
「クソだわ!! お前ほんっとうにクソだわ!!」
憤激しても、とっさにそんな語彙しか出てこない己が恨めしい。
「なんだよー。どうせお前だって『しばらくお互い死なないように協力してやるから俺を殺して来い』って言われたら同じことすんだろー?
それに、長い目で見れば、今リタイアしといた方が絶対にお得だよー?
闇松にはこの聖杯戦争は荷が重いから。それに引き換えうちのシャッフリンちゃん達はめっちゃ優秀だから。
聖杯にお願いして生き返らせてもらった後は、もしお願いに余裕があったら一松にも報酬わけてあげるから!」
「『だから死ね』って言う時点で外道の発想だ、このクソカス松!!」
「それにさ、一松」
長男の顔から、ニヤニヤとした笑みが消えた。
「これ以上、聖杯戦争を続けたい?」
突き放すようにあっけらかんとした、しかし冷たくは無い声でそう聴かれた。
腕を掴まれたその手には、あまり力がこもっていなかった。
「え……」
「クラブのシャッフリンちゃん達が見てたよ。
ずっとガチガチに緊張して、逃げようとするか黙ってばっかりだったって。
これからもっと大変な想いして、それでも聖杯戦争を続けたい?
いくら闇松だからって、マジの殺し合いとか、ヘドラ大決戦とかやりたくないでしょ?」
喧嘩の罵詈雑言とは違う、雑談のようにまったりとした問いかけなのに、答えられなかった。
確かに、その通りだったから。
もう『六人でひとつ』じゃないなら、松野家で平穏な暮らしが続かないのなら。
別にどうなってもいいんじゃないかと、ずっと思ってきたから。
予選の間からずっと、ギリギリまで『興味が無い』ことにして逃げ続けてきた。
それでも『非日常』が避けられない空気になってきたら、壊れるのを見たくなくて自分から家を捨てた。
他のマスターやサーヴァントと関わっていくのは心臓に悪くてたえず緊張したし、
小学生にさえできるコミュニケーションもろくにできずに輪の外にいるのはすごくいたたまれなかった。
「別に一松が死にたくないとか、俺を止めたいとか考えてるなら、
ここでサーヴァント抜きの兄弟喧嘩してもいいけど、どうする?」
怪人に追われている間も、とにかく必死に逃げるだけで、先のアテなんてまるで無かった。
こんなに苦しいのに、なんで逃げてるんだろうと思った。
別に何としても生き延びてやるという覚悟もやる気も何もないのに。
生き延びたところで今後どうしようという計画性も無しに、なんとなく自分を攻撃してこない人達の近くで寄生を続けるだけなのに。
そう思っていた。
ならばここでひと思いに死んでしまう方が、楽かもしれない。
もうあの家には、戻れないのだから。
のたれ死んだところで、本当に悲しんで絶望する人間などいるはずもない。
十四松とかなら悲しんでくれるかもしれないが、それも一時のことで、すぐ家の中も元の空気に戻るだろう。
実の兄からも見放されるなんて、屑の最期としては妥当なものだ。
諦めたように眼を逸らせば、兄は「本当にいいの?」と念を押すように効いてくる。
素直に肯定するのも何となくしゃくだったので、「別に、好きにすれば」と兄の顔を見ないまま吐き捨てた。
そっか、と兄が頷く気配がした。
ああ、これで終われるんだな、と思った。
「っつーわけで、ごめんね? まずは君に退場してもらうから」
「あたし?」
――え?
「あ、でもこの子、殺さずに連れて帰っちゃだめかな?
シャッフリンちゃん達が殺されちゃった時に、非常食になるんだったよね?」
「相手方から、『情が湧いたから殺さずにおいたのだ』と受け取られたら面倒になります。
もったいなくはありますが、殺した方が確実かと」
自分のサーヴァントが非常食呼ばわりされている。
何が起こっているのか、よく分からなかった。
自分が死ねと言われたはずなのに、自分のサーヴァントの方が殺されそうになっている。
何故、どうして。いや、自分のサーヴァントなのだから、自分が死ねば英霊の座とかいう所に還るのだろうけど。
なぜ、自分に向けられるはずの刃を、彼女が受けるような流れになっている?
「いや、ちょっと待って。話の流れは!?
なんで俺じゃなくてそいつが殺される流れになってんの?」
「ああ、言ってなかったっけ? 殺すって言っても、俺と同盟結ぼうって人が何かまず『エクストラクラス』のこととか尋問したいらしいんだよ。
で、マスターとサーヴァント両方とも生け捕りで連れて行くのは難しいから、まずはサーヴァントちゃんに退場してもらおうって流れ」
大鎌のトランプ兵士がその切っ先を向けているのは、
クラブのシャッフリンたちに抑え込まれて壁にほぼ磔状態になっている、望月という真名の少女だった。
いきなりのことで、令呪を使おうという発想さえ、その時は頭から抜けていた。
望月は諦めたような顔で、その命令をした長男へと話しかける。
「えーと、これって命乞いとかは……」
「ごめんね!」
「デスヨネー」
いや、ちょっと待ってよ。
俺は確かにクズだけど、でも。
そいつが先に沈むところは、見たくないと思っていたんだけど。
「代わりに君のマスターは幸せにするから! 聖杯獲って取り戻す的な意味で!」
「それってどっちかって言うとアタシがマスターのご家族に言う台詞じゃね!?
いや、別にそーいう関係じゃないけど!」
そいつは、すごくいい奴だから。
他のマスターと全然話ができなかったのに、願いが何も見当たらなくてひたすら怠けて逃げ回るだけだったのに。
そんな俺を見捨てずに着いてきてくれたぐらい、本当にいい子だから。
「ああ、でも最後に、ひとつだけ言わせてほしいな」
だから、最期だなんて言わないで。
こんなことになるのなら、もっといい子になっておけば良かったなんて、そんな後悔は嫌だから。
本当は、もっと猫と遊ばせてやったり、もっと怠けさせてあげたかったんだから。
「イッチー……本当、はね」
だから、そいつを沈ませないで。
俺の前から、消さないで。
「楽しかった、よ……」
そいつは、俺の――
大鎌が、セーラー服を着た少女の心臓部へと、吸い込まれるように振り下ろされた。
♠ ♥ ♦ ♣
「そろそろあなた方のマスターも標的と接触した頃合いでしょう。
本当に捕獲に成功したのかどうか、確認しに行くだけです」
まずは、図書館から外に出て松野おそ松を捕捉できるかどうかが最初のハードルだった。
青木奈美(彼等にとっては『田中』だが)には、監視役として数体のクローバーシャッフリンが付けられている。
令呪を使ってアーチャーの動きを封じたとはいえ、奈美がテンペストを心配するあまりに接触をはかろうとする可能性などをシャッフリン側も警戒しているだろうし、これは当然の措置だろう。
そして、監視役は多くて数人だろうというアーチャーの読みも、当たっていた。
「こちらは先に令呪を使ったのですから、彼等がこちらの要求を満たしたのかどうか、いち早く確認するのは当然の権利でしょう。
止められる謂われはないはずです。むしろここで妨害した方が、あの人はご身内を逃がす魂胆があるのかと疑いを招きますよ」
早口であれこれと理屈をつけて監視役のシャッフリンを論破し、魔法少女へと変身したプリンセス・デリュージは日没もおしせまった街中へと繰り出した。
最初のハードルを越えることには成功した。
「気配遮断を使えるのはクラブの十三体のみ。
私を尾行し、何かあったら止めるためにクラブが三体。図書館でアーチャーの監視を続けるクラブが二体。
テンペストの尾行と、私を接触させないよう見張るためのクラブが三体。
残り五体だが、『サーヴァントを殺害しながらマスターをかどわかす』任務なら、気配遮断を持つクラブはそれなりの数が投入されるはず。
つまり、それ以外の場所を監視するクラブは足りていない」
現状を確認するため、聞こえないようひとりごちる。
アーチャーを連れて出なかったのは、クラブの警備を分散させる目的などもあるが、何より機動力と速度の問題があったからだ。
アーチャーは身体それ自体が『完全なる器』と自称するほどの防御性能を有しているが、身体能力は鍛え上げた人間から毛が生えた程度のものでしかない。
魔法少女のように、建物の屋根の上を跳躍しながら短時間で移動するような芸当はできない身体だった。
そして、デリュージが条件を果たしたかどうか見張ると言いながらも、すぐにおそ松達の後を追わなかったのは、
身内同士で嬉々として蹴落とし合う光景なんて絶対に見たくなかったからだ。
デリュージは身内も同然の人達を失ったのに、殺したくてたまらない相手は身内同士で殺し合っても全然平気だなんて、そんなのは忌々しくて仕方がなかった。
「『前の主人』といい『今の主人』といい、どうしてあんな奴に尽くすのか本当に分からない」
一度、外出しようとするデリュージを止めようとしたために気配遮断を解いたクラブたちが、懸命に追いすがりつつも尾行するのを、後ろ眼に見ながら吐き捨てた。
住宅街を出てから図書館へと続く道路に入るならおよそこの経路だろうという道路に出て屋根伝いに進んでいく。
やがて、進行方向から見慣れた顔に赤いパーカーの男が歩いてきた。
片手にはジョーカーが持っていた『何でも入る魔法の袋』を提げて、その周囲はスペードの兵士4体ほどに囲まれている。
相変わらずサングラスに野球帽、コートのままのデリュージが眼前に降り立つと、初めて顔をあげた。
「指定されたモノの確認を」
事務的にそう告げてから、まるでヤクザか何かのような言いぐさだ、と自嘲する。
「はい」
おそ松は魔法の袋の開け口を緩めると、気を失った青年の頭部をそこから引きずり出した。
片手も続けて引っ張り出し、手の甲にあるそいつの令呪も見せる。
「弟さんのサーヴァントは?」
「殺したよ。簡単だった」
流石に実の弟を捕まえたとあっては感傷的になっているのか、さっきまでの明るい顔ではない。声音も、沈んでいるような暗さがある。
「これでいいでしょ。図書館に戻るよ」
「歩いて、ですか?」
「今、人と一緒にいたい気分じゃないし帰りのタクシー代も無いから。歩いてゆっくり戻る」
「では同行しましょうか? 私としても、最期まで成し遂げるかは見届けたい」
「この袋の中に残りのアサシンもみんな入ってるけど、一緒に歩きたい?」
「…………」
「それに、今さら逃げたりしないよ。『身内を監視対象から引き離す』っていう目的は達成したんだから」
まったくその通りだ。そしてまぁ、予想通りの答えだ。
幾ら夜も近いとはいえ、街中で拘束した男1人を抱えて目立たないように歩こうと思ったら、シャッフリンたちの魔法の袋に入れて持ち運ぶしかない。
そしてシャッフリンの魔法の袋の中には、待機中のシャッフリン一同がぎっしりと入っている。
共に図書館まで帰るなんて、あまりにもリスクが高すぎる行為だ。
「分かりました。ではこちらは先に図書館で待っています」
――もっとも、仮に安全に帰る方法があったところで、元からここで共に図書館に戻るつもりはなかった。
――そういう計画のつもりで、ここまで来た。
跳躍し、元来た道を駆けながら『大人しく図書館へと戻る』とおそ松の眼にアピールする。
さて、と後方にいるクラブの三人をちらりと見て、『これからやること』を確認。
ここからが本番だ。
全てを出し抜かなければならない。
『アーチャーがシャッフリン達に手を出さない』という制約を付けたまま、おそ松とアサシンをもうすぐ確実に仕留めるために。
身体をすっぽりと隠していたコートの内側を、再確認する。
そこには、いつも水球を装飾として浮遊させている時の応用で、水球を幾つか隠しながら持ち運んでいた。
まずはこれを使う。
デリュージは図書館へと戻るべく跳躍させていた身体を、いきなり停止させた。
♠ ♥ ♦ ♣
乱入したバーサーカーを制するための戦いは、思いのほか長引いていた。
「えいっ!」
ブレイバーの腕輪から放たれる光の糸が四本。
時に一条の光線のように、時に大きくしなる鞭のように。
様々に軌道を変え、方向を変え、角度を変えながらバーサーカーの少女を捕えようと、その体に肉薄しようと断ち切られては伸ばされる。
それらに囲まれながら、くるくるとバーサーカーは踊るように動く。
右手には長刀を、左手には脇差を。
バーサーカーの『殺しの間合い』が、二度目の本格的な戦闘で編み出したのは、二刀流だった。
複数の敵、複数の手数に囲まれた時のための、攻防一体の構えだった。
長刀がゆらゆらと動くたびに、乱れ飛んでいた光の糸は切断されてはらはらと消え去っていく。
『見えているものならなんでも斬れるよ』の魔法は一撃ごとに『対象を視界に入れる』と『刀を一度振る』というプロセスが必要になるけれど、
逆に言えば、『しっかりと視界にいればチラ見でもいい』し、『刀を振ってさえいれば大振りでなくとも構わない』という強みがある。
そして、ワイヤーがどんな軌道を描こうとも、それらは全てブレイバーの腕輪から放たれるものだ。
犬吠埼樹のいる方向に向かって長刀を揺らめかせ、斬りつければ、光の糸を射出される根元の箇所から断つことができた。
憎悪に満ちた目を光らせていなければ、それは素早い剣舞のようにも見えただろう。
「ずいぶんと可憐なバーサーカーだね」
そして、ワイヤーの隙をついて一撃を入れようとするランサーの接近は、全てくるくると回りながらの脇差しのモーションで、牽制し、防御し、『大剣に阻まれる、見えない剣戟音』を響かせる。
ブレイバーを護身する精霊は、彼女以外を張りついて護れない。
櫻井戒がその『触れずに致命傷を与える斬撃』を回避するためには、黒い大剣を盾として防御に回すしかない。
この攻防をなかなか収束させられない原因は、バーサーカーの地の利と双方の相性にあった。
遊具など数えるほどしかない小さな公園には、バーサーカーを不利にするような遮蔽物となるものがほとんど無い。
すでにその幾つかの遊具も戦いの余波で破壊され、滑り台や鉄棒だった金属の骨組みが地面に転がり、破壊された水飲み場からは吹き出し続ける冷水が地面を水浸しにしている。
そして、ブレイバーに真価を発揮させる『満開』も、さすがに住宅街の真ん中でその巨大な大輪の光を披露すれば、閉じこもっていた一般人たちもさすがに飛び出してくることを思い使えない。
バーサーカーならば周囲の眼を気にすることは恐れないだろうし、そこでNPCとはいえ野次馬が被害を受けることを、彼女のやさしさは望まない。
「このまま、間合いを詰めずに攻撃を続けられるとしたら厄介だな……」
一方で、ランサーの切り札もまた『相手が触ることも厭わしくなる肉体へと変性する』というものだ。
そもそも『触れなくとも斬れる』ことを前提とした敵には、根本的な相性が悪い。
「音楽家は糸をつかったか?……しかし、多角的に攻撃してくるところは、やはり音楽家……」
しかも、彼等にとっては意味不明な言葉を呟き続けており、『これ以上続けても膠着するばかりで時間の無駄だ』といった説得の類も通じない。
(そもそも令呪によって足止めを命令されている)
「ランサーさん! 例えばその剣をもっと大きくのばして、面の攻撃で叩いたりとかできますか?」
「いや、確かにこれは使用者の扱いやすい形をとるものだけれど、戦闘中に剣の大きさを変えられるかは……そういう技に心当たりでもあるのかい?」
今ひとつは、ブレイバーとランサーのコンビネーションが即興のものであるということだ。
かつての彼女が『勇者』の1人として侵略者(バーテックス)達を相手にしてきた戦いでは、まず樹がワイヤーを用いて敵を拘束するのが第一段階であり、
その後に、動きを封じられた敵を仲間たちが総出で叩く――という戦法を取ることが多かった。
しかし現状、ワイヤーを伸ばすことに苦心している段階でランサーが接近するのは、まだ呼吸を合わせられる段階ではないランサーをワイヤーのしなる攻撃に巻き込みかねないものになってしまう。
「いや、待てよ……面の攻撃か」
しかし、そこでブレイバーの言葉を受けたランサーが一つの案を生んだ。
「ブレイバー。そのワイヤーの攻撃を大振りにして注意を引き付けてほしい。
接近戦に持ち込めるかもしれない方法を思いついた」
「は、はい!」
指示に従ったブレイバーが、『蛍ちゃんごめんね』と呟いてから一度に使う魔力消費を増やし、ワイヤーの光りをより強く輝くものにした。
なるべくバラバラな四方向に拡散するように射出し、なるべく動きを目で追いたくなるように大きくワイヤーを操る。
ある者はしならせ。ある者はまっすぐな閃光として。
バーサーカーが一条の閃光の方に対して「ビーム……?」と困惑したような――あるいは、見覚えのあるような声を漏らした。
すぐさま刀を縦に、横に、斜めに、反対斜めに、と動かし続けるでことで攻撃を斬り落とすが、その間にランサーは事を起こす。
「テンペストから近所迷惑だと怒られるかもしれないが……すぐに片づけよう」
ランサーの大剣が公園とその向こうの住宅を取り仕切るセメント塀を大きく切り裂き、剣の先端をちょいっと突き刺して持ち上げることで巨大な一面の盾のように構えていた。
そのまま突進に移行する。
騎士にはあるまじき不格好さだが、頓着するようなランサーでもない。
バーサーカーもその方向を振り向き。刀を振った。
しかし、その幅の広い盾を一刀両断するには、脇差の小ぶりな一撃ではなく、長刀の大きな一撃が必要になる。
頭上から真下へと長刀を振り上げ、振りおろす、数秒とはいえそれに動きが費やされてしまう。
「隙ありっ!」
塀を使った盾が両断され、ランサーが吹き飛んだ盾を回避したのと同時だった。
再生したワイヤーが、とうとう刀の振り下ろされた手に絡みついた。
他のワイヤーも続けざまに縛り、両腕の手首を起点として締め上げるように動きを止めることに成功する。
切断するまでには至らない。
『勇者』だったころも彼女のワイヤーは、星屑のような敵こそ両断したけれど、バーテックスのような強度を持った一角の敵ならば動きを止めるだけで精一杯、ということもよくあった。
また、サーヴァントとしての彼女も、力は強い方では無い。
だからこそ、刀の振りを止めることに専心する。
どうにかして拘束主であるブレイバーの顔を刻もうとするように手首の角度を変えようとするけれど、負けじと関節単位の動きをも封じるようにワイヤーの手綱を握る。
ブレイバーはその状態でも、どうにか笑ってみせた。
「つやつやの顔と笑顔は、女子力のアピールポイントだもん!
そこを斬られたりしたら、お姉ちゃんに顔向けできないよ!!」
いちばん尊敬する人を持ちだしての、身を振るわせようとする一言だった。
しかしその言葉が耳に届いた時、バーサーカーの顔色が変わった。
バーサーカーは、『音楽家を見分けるための特徴に関すること』以外を理性的に考えられない。
だから、すでに『音楽家』だと見定めた人物の発する言葉に、いちいち意味を認識することはない――はずだった。
『■■■■■に顔向けできないよ!!』
今の彼女から、『■■■■』のスキルは喪われている。
しかし、『音楽家だと名乗った者』が、『もはや正しく認識することもできないその言葉』を呼んだことは、彼女自身にも訳が分からないほどの憎悪をもたらした。
「音楽家は……そんな名前を、呼ばないっ!!」
その眼光でワイヤーも切断せんとばかりに、これ以上ないほどの憎悪を眼光ににじませる。
ブレイバー――『■■■■■』と言った少女を眼光で貫き、叫んだ。
「お前が、『アレ』なんかやらなければ!!」
そして、その言葉を言い放たれたブレイバーもまた、何故だかの既視感に襲われた。
それは、その眼と同じ眼を、知っていたから。
自分より少しだけ年上の、背の高い少女が、血を吐くような声で叫んでいたのだから。
同じようにその眼には憎しみがあって、
同じように、憎しみの裏には哀しみがあるように見えたから。
誰かのために、心の痛みを抱えた人の眼だったから。
自分を責めている人の、眼だったから。
――私が、勇者部なんて作らなければ!!
サーヴァントの対応としては失格かもしれない。
しかし犬吠埼樹は、『心の痛みを分かるひと』だ。
「お姉ちゃん?」
だから。
そうつぶやいてしまった。
ワイヤーを引っ張る腕が、その一瞬だけ緩んでしまった。
「ブレイバー! 力を緩めるな!!」
そう叫んで、ランサーが大剣を振りかぶりながら接近するよりも早かった。
バーサーカーは咆哮し、ワイヤーで腕を拘束されたまま、
『■■■■■』と呼んだ少女をこの手で切り裂こうとするように駆け出し、刀を振りぬこうとした。
ランサーがその大剣で斬りはらうよりも、正面にいるブレイバーが先に斬られる。
そう見えた。
しかし、そうはならなかった。
水浸しになっていた地面が、その刹那、バーサーカーの足元だけ一瞬で凍り付いた。
足元の違和感に、バーサーカーは狼狽する。
それは傍目には分かりにくい変化であり、その場にいた二人には、ワイヤーの拘束から抜け出しきれずに止まったようにも見えただろう。
しかし、どちらにせよランサーにとっては好機に違いなかった。
「終わらせる……!」
次の刹那にはもう、漆黒の大剣が打ちおろされようとしている。
それはバーサーカーの頭上から、叩き潰すような力を持った一撃であり、回避不能の致命打になり得るものだった。
しかし、直撃する直前にバーサーカーの姿が書き消えた。
拘束する者のいなくなったワイヤーが、はらはらと地面に落ちる。
「え? 消える魔法?」
「いや、気配ごと消えている。霊体化だ。マスターが令呪を使ったのかもしれない」
実際は『身の危険を感じたら戻れ』という令呪が適用された結果によるものだったが。
「で、でもそれなら! 早くシップちゃんたちを助けにいかないと! 急ぎましょう」
「いや、そちらには僕1人で行こう。ブレイバーにはマスター達の方に向かってほしい。
バーサーカーがどちらに消えたのか分からないんだ。この隙をついて襲われる可能性も充分にある」
「でも、大丈夫ですか? ランサーさんも怪我しているのに……」
改めて観察すれば、ランサーの身体には大剣でも隠しきれずに傷ついた箇所が幾つかあった。
「精霊の加護がある君と、バーサーカーから憎まれてはいないらしい僕と。
戦力の割り振りとしては充分じゃないかもしれないが、均等なものだよ。それに、僕のマスターのことも頼みたい」
「分かりました。お気をつけて」
大切なマスターを託されては断れない。
ブレイバーは合流を優先するために、ランサーを見送った上で自分のマスターと念話を繋げるよう集中した。
しかし気持ちは切り替えても――犬吠埼樹という少女の記憶には、あのバーサーカーの『心の痛み』を抱えた眼が、いつまでも焼きついていた。
♠ ♥ ♦ ♣
アーチャーのマスターである少女と別れてから、しばらくの後。
赤いパーカーに、平凡な外見の青年は、路地裏に入っていくと魔法の袋を開けた。
中にいた若い男性を、どさりとそこに吐き出す。
そこに、バーサーカーに襲われた時に逃がされた猫たちもわらわらと集まってきた。
ちょっと野暮用を済ませるだけだと、アイツは言った。
自分の人間関係を清算してくるだけであり、面倒くさいけど楽勝だから、と。
むしろ、お前がいた方が大いに邪魔なだけでむしろ足手まといだと。
信頼してもいいのか胡散臭かったけれど、彼の周囲を囲む四人のトランプ兵士が、有無を言わせず従わせてくる。
今でも、さあ急ぐぞを言わんばかりに赤いパーカーの袖を引いてくる。
だから、意に沿わなくとも、今は一つのことをやるしかない。
この場から一刻も早く、離れるのだ。
大丈夫、みんな出し抜けると、アイツは言った。
♠ ♥ ♦ ♣
越谷小鞠は、セイバーリリィの背中におぶさって、彼女の疾走に任せていた。
アスファルトの歩道が、住宅街が、ものすごい速さで後ろへと流れていく。
どうしてそうなったのか――少し、時間をさかのぼる。
数十分前に聞いた会話のことと、そして、それ以前に起こったことまで、遡る。
尾行していた野球服の青年が、いきなりドブ川でバタフライを始めた時にはリリィも小鞠も仰天した。
リリーが、これは何かの鍛錬なのでしょうか、と呟いた。
いや、十一月のドブ川で泳ぐ鍛錬の必要な日本人って何者ですか。
呆然としていた二人は、しかし数秒後に我に返った。
このままドブ川を下って行けば、『今のK市』の海に出る可能性もある。
そうなれば、あとは泳ぎながら白骨になるだけだ。
すかさずセイバーリリィが実体化して疾走し、青年の行き先に回り込むことに成功する。
ドブ川にどぼんして青年の進路をふさぎ、半ば体当たりするようにして止めた。
セイバーの英霊が身体を張って止めたのだ。
壁のような障害物にでも激突したかのように岸辺まで吹き飛び、そのまま水でも飲んだのか気絶した。
放っておくわけにもいかないので、そのままリリィに背負ってもらって、松野家まで送り届けた。
リリィは海外からの留学生で、小鞠はホームスティ先のお宅の娘さんということにしよう、などと道中で対NPC松野家の皆さんようの設定を作った。
そして松野家の呼び鈴を鳴らしたのが、黄昏時にもさしかかった頃だ。
リリィが背負っている青年と同じ顔をした青年が3人ばかりで出迎えたのを見た時は、二人そろって仰天した。
聞いてない。
いい歳をした一卵性兄弟の成人男性が、こんなにたくさん実家暮らしを続けている家庭だったなんて聞いてない。
結果的に彼等は、その家の五男がおぼれているところをを助けた恩人(ということになった)として、大いに感謝され、かつお菓子とか諸々を差し出されてのもてなしを受けた。
その歓待でのドタバタ劇は、なんせ『全員童貞かつトト子以外の若い女性には縁が無い松野家に、金髪美少女と童顔の女子中学生がやってくる』という衝撃的なものだったので、
30分アニメのAパートを丸ごと使用して1エピソードが作れるぐらいには濃いものだったけれど、完全な余談でしかないので割愛する。
補完SSの類でも生まれない限り、兄弟たちのテンパり劇場は陽の芽を見ることはないだろう。
結局色々とやらかした兄弟がいったん引っこんで、リリィと小鞠は今、松野家の茶の間にいる。
『どうしようセイバーさん……この中の誰がマスターなのか分からないよ。というかそもそも、服の色ぐらいでしか見分けられないよ……』
『いえ、コマリ。もし家のいる彼等の中にマスターがいるとすれば、私を見てサーヴァントだと気づき、他の家族のいない場所で接触を図ろうとするでしょう。
彼等は六つ子だと仰っていました。つまり、外出している残り二人のどちらかがマスターではないでしょうか』
『なるほど……でも、だとしたら、いったん帰らせて、明日また来た方がいいのかな。
でも、それだとまた家に来る口実を考えないといけませんよね……んー、わざと忘れ物をして帰る、とか……?』
そんな風に、念話で話し合いをしていた時だった。
カバンから軽快な着メロが鳴り響き、小鞠はびくりと身を震わせた。
以前に住んでいた村では富士宮このみの使っていた携帯電話を羨ましく使わせてもらったりしていたものだが、このK市の越谷家では、持っていた方が都合が良いからと携帯を持たされた設定になっている。
持ちたくて持ちたくて仕方がなかったはずなのに、いざ手元にあると着信が鳴るたびにびくりとしてしまうのは何とかしたいところだ。
携帯を取り出して画面を見れば、着信の主は『夏海』と表示されていた。
「はい、あたしだけど」
電話向こうにいるはずの妹は、無言電話をしてきた。
「ちょっと、どうしたの。夏海でしょ?」
『………………』
「おいこら。返事しなさいよ」
『ねっ…………』
「ね?」
携帯の耳をあてた箇所から、呼気を吸うような音が聞こえてきた後、
『ねえちゃんの、バカ―――――ッ!!!』
「……っつー。な、何すんのよなつみぃ! 耳がきーんってなったんだからね、今!」
さすがに他人様の家で大声を出すのはまずいので、口元に手をあてながら精いっぱい威嚇する声を出す。
『姉ちゃんが何やってんだバカ! 臨時下校だから教室まで迎えに行ってやったのにいねぇし!
先に帰ったのかと思ったら家にもいないし!待ってても帰ってこねぇし! 兄ちゃんに聞いても見てないって言うし! なんかテロがあった時、姉ちゃんが現場の近くにいたって言うし!!』
一気に吐き出された虚勢じみた怒鳴り声は、小鞠の胸をついた。
そうか、悪いのは自分だったと、言葉を聞くにつれて理解できる。
NPCたちは危機感が足りていない。そういう風にできている。
しかし、不人情ではない。
『テロが起こった時に現場のすぐ近くにいた姉』を、臨時下校になった学校で、妹が『一緒に帰ろう』と心配してやってこないはずがない。
いつも姉に対する敬意なんてあって無きがごとしのいたずらをして姉を怖がらせたり、おちょくったりするけれど、いつだって家出をする時は姉を連れ出したりして、小鞠を巻き込みたがるのが夏海だ。
教室まで小鞠の様子を見に来るのは、予想できない方が悪いぐらいに予想できたことだ。
NPCだからと言って、冷淡に接していたつもりなんか無かったのに。
セイバーリリィと話し合いながら帰りたかったから。
そのことで頭がいっぱいになって、妹のことを今まで忘れていたのは、姉の小鞠だった。
慌てて、今どこにいるのかの説明を始める。
『えっとね、今、下校の途中に川でおぼれてた人を見つけて……いや本当、うそみたいな本当の話だって。
それで家まで送ったら感謝されちゃったから、お邪魔させてもらってたの。
もうすぐ帰るから……うん、大丈夫』
その後に、忘れてはならない言葉を添える。
『心配かけて、ごめんね?』
夏海は最後に、ずっとやわらかい声で『バカ』と言った。
『母ちゃんが、夕飯はシチューだって』と付け加えてくれたので、許されたのだと分かる。
通話は切れた。
「帰りましょう、リリィさん」
「そうですね」
苦笑しながら頷きあった時だった。
「ハァ!!?? 何言ってんだこのクズ長男!!」
さっきの夏海もかくやというほどの罵声が、松野家の廊下から聞こえてきた。
「金がないのは、どうせテメェがパチですったせいだろうが!
弟の金だタクシー呼ぶとか馬鹿なの?んなもん一晩かかってでも歩いて帰れ!」
『……だよ……。いち……がさぁ……』
受話器の向こうからも声は聞こえてくるけれど、そこまでは聞き取れない。
常人より優れた聴覚を持っているセイバーリリィが、その会話を小鞠に伝えてくれることになった。
「どうしたのチョロ松兄さん。そんな大声出したらお客さんに聞こえるでしょ?」
「いやそれがさ、うちのバカ長男が、パチンコでアリ金すって帰りの交通費が無いことに気付いたから、タクシーを呼んでくれって言うんだよ」
「うっわー完全に自業自得じゃん。それで弟にたかる?
しかもなんでタクシー? 電車やバスに比べてずっと高いじゃん」
『おいこらその声はトッティだな!?
別に自分の帰り賃欲しさにタクシー呼ばせるほどお兄ちゃんはクズじゃありませーん!
途中で一松を迎えに行かなきゃいけねぇんだよ! そのためにタクシー使う必要があるの! 急がなきゃ間に合わない案件なの!!』
これはリリィが聞きとった電話相手の声だ。
「え?一松兄さん絡みってどういうこと? それも急がなきゃ間に合わないって何?」
『え……えーと、確かめてみないと分かんないけど、とにかく大事なこと! もしかすると、一松様の人生に関わることかもしんない!』
「なんっか怪しい。兄さんタクシーでどっか遊ぶとこ行くために適当なこと言ってない?」
『ち、がーう!! 下手すると一松がもう戻ってこられないかもしれないんだって!!』
「だからそれが何なのかって、聞いてるんだけど――」
バン、と木の板に掌を叩きつけるような音がした。
小鞠もここで、そっと廊下をのぞいてみる。
同じ顔をした1人、青いパーカーの人が、お札を一枚、黒電話を置いた台にばしっと置いた音だった。
「全財産だ。チップはとっておけ」
「いや千円じゃ大した距離走れないからねカラ松兄さん。っていうか『チップ』と『お釣り』ってぜんぜん違う意味だからね」
「やめた方がいいんじゃないの? またぼったくられるかもしれないよ?」
緑パーカーと桃色パーカーが遠慮がちに止める中で、背後から更に黄色いパーカーの人が現れた。
リリィが助けた後に着替えた、野球服の人だった。
同じように財布から千円札を電話台に置いた。
「はい、結局粉飾決算じゃなかったから、今月は余裕あるよ」
「十四松兄さんまだ株やってたの!?」
その間に、青パーカーは緑パーカーと受話器を交代する。
「なぁおそ松。一松を迎えに行くって本当か?」
『そうだよカラ松! もしかしてお金出してくれんの! なにお前神なの!?』
「一松が、言ってたんだ」
『お?』
「『六つ子で良かった』って。なんか、思いつめてるみたいだった……」
「うんうん。言ってた言ってた」
横からそう口を挟んだのは、黄色いパーカーの人だった。
『へぇ……』
「そのことと関係あるのか」
『たぶんね』
「家出したとかじゃ、無いんだな?」
『そうならないようにする。……時間はかかるかもしれないけど、絶対に皆で家に帰れるような形を考えるから』
その台詞はリリィに聞きとってもらったものだが、その声色が真剣であることは、おぼろに聞こえるだけだった小鞠にもよく分かった。
直後、それを聞いた他の六つ子たちも財布から金を取り出し始めていた。
「もういいよ。これで何かの勘違いだったら、明日は性根叩き直すために二人とも無理矢理ハロワに連れて行くから」
「だね、闇松兄さんの口からそういうこと言われると、エスパーにゃんこのこと思い出しちゃった」
憎まれ口めいたことを言いながらも、全員の表情が笑みに変わっている。
「……というわけで、ここに四千円集まった。これで、一松のいそうな場所ぐらいには行けるか?」
『行ける行ける! じゃあまずウチにタクシー呼んで!
そこで金を先払いしてもらって、まず俺のいるとこまでタクシーつけてもらうから!
そっから小学校の近くの、入り口にアーチがある住宅街に乗りつけてもらう!』
「頼んだぞ、兄さん(ブラザー)」
『任せなさーい。……そうだよなぁ。俺、長男(ブラザー)だもんなぁ』
「あと、マミーが言っていた。今夜はハムカツだ」
『マジで! めっちゃ楽しみにしてる!!』
そしてまた、通話は切れた。
思い出した。
中学二年生になった春に、久々に夏海に連れられて家出をしたことがあった。
その時に迎えに着てくれたのは、一つ年上のお兄ちゃんだった。
考える。
越谷小鞠は、幼く見られることが多いけれど、越谷夏海のお姉ちゃんだ。
家に帰れば妹が待っている、お姉ちゃんだ。
だけど、だからこそ、松野家の長男とやらは、会っておいた方がいいマスターだ。
なぜなら、色々と変わった家族だけれど。
きっと、悪い人ではない。
越谷家の小鞠と、同じ側にいるマスターだ。絶対にそうだ。
だからその人に会ってみようと、松野家長男が指定していた場所に寄り道することにした。
♠ ♥ ♦ ♣
どんな微かでも
みんなを愛してた。
♠ ♥ ♦ ♣
サーヴァントとしての健脚で、櫻井戒は駆けた。
松野一松とそのサーヴァントがどちらの方角に追われていったのかは、すぐに分かった。
あの怪人のたどって行った道の、ところどころ――まるで、何気なく左手で触るような位置に、石化した跡が点々と続いていた。
ほどなくして、探していた紫パーカーの青年は、猫背のまま向こうから歩いてきた。
1人きりだった。
少しの距離があるところで、こちらに気付いたように立ち止まった。
「松野さん、無事で良かった……シップはどうしたんだい?」
暗いぼそぼそとした声で、松野一松は答える。
「死んだよ。怪人もいなくなった」
「それは……」
陰鬱な声に、鳴から聞いたシップのステータスの低さに、そういうこともあるのかと腑には落ちる。
どんな言葉を駆けるべきか躊躇った。
しかし――すぐに、彼を話をするために探していたわけではないと思い出した。
「なら、都合がいい」
携えていた大剣を、そのまま松野へと向けた。
相手が、ぎょっとしたようにその眼を見開く。
「なんで……?」
「僕のマスターの身に降りかかる危険を、いち早く取り去るためだよ」
櫻井戒は、松野一松、シップの主従とこのまま関係を持ち続けることを、極めて危険だと判断していた。
それは、彼等が同盟を組むにしてもメリットが少なすぎる、むしろ鳴たちのお荷物になる弱さの主従であり、共にいれば彼等をかばうだろう鳴の負担が増えるから――というだけの理由ではない。
そもそも、松野一松の雇い主である人物のことを、鳴も蛍たちも楽観的に考えすぎている……と思っている。
ブレイバーにも英霊になるだけの思慮深さはあるようだが、それでも『物事の裏を読む』ことができるほど人間の悪事に精通しているわけではない。
おそらく、依頼人は『一条蛍をマスターだと疑って、身辺を探るために調査員を雇った』わけではない。
いくら信頼できる会社に頼んだとはいえ、聖杯戦争のことを何も知らない一般人(松野が依頼を受けなければそうなる予定だった)に『一条蛍はマスターなのかどうか』を探り出せるかどうかは怪しいし、
そもそもとっくに一条蛍の個人情報をある程度は手に入れる段階まで調べあげているのだ。
『依頼人は一条蛍を既にマスターだと確信しており、それ以上の手がかり(例えば彼女の周囲に他のマスターが接触していないかどうか等)を求めて調査員を雇った』と考えるべきだ。
だとすれば、避けなければならない展開は、その依頼人に『一条蛍と接触している東恩納鳴』のことまで割れてしまうことだ。
『なるべく他のマスター殺害に鳴を巻き込みたくない』というランサーの方針を維持するためにも、鳴にはできる限り、小学生としての日常に浸かっていてもらわなければならない。
そこを脅かされてはならない。
さらに言えば、この依頼人であるマスターを討伐することにも、鳴を巻き込むのに気が進まない。
『松野一松が依頼人に送る報告を逆に利用して、依頼人を捕まえる罠をしかければいい』と鳴は乗り気になっていた。
しかし、そのマスターを捕えてどうするつもりなのか。
まさか脱出狙いに転向させるなど叶うはずもないのに、殺さずには済ませられない。
彼女には見えていない。しかし、それでいい。
実際にそのマスターを殺す現場になど、居合わせなくてもいい。
そもそも、相手も社会人でありそれなりに地位のある人物が予想される以上、簡単に『おびきよせ作戦』に引っかかるはずもないのだ。
一条蛍がマスターだと確信しているのなら、わざわざ意味ありげな餌に食いつかなくとも、一条蛍を先に捕まえて拷問でもするのが最も手っ取り早いのだから。
もっとも効率的に解決させる方法ならば、外道の手段がある。
『一条蛍の調査中』に、松野一松が、『明らかに事故(ヘドラに巻き込まれた等)ではない形』で、遺体として発見されることだ。
そうすればどうなるか。
警察が呼ばれる。警察が松野一松の遺族に連絡を入れる。
当然、調査を依頼していたフラッグ・コーポレーションにも連絡が入る。
すると、『松野一松が誰から依頼を受けて調査をしていたのか』が警察に伝わる。
警察に、その依頼人を捕まえることまでは期待していない。
しかし、『捜査線上に、その依頼人の名前が上がる』ところまで行けば充分だ。
サーヴァントの霊体化があれば、セキュリティの堅固な会社から情報を盗み出すことはできなくとも、警察の会話を立ち聞きするぐらいはできる。
それさえできれば、櫻井戒だけで、そのマスターを暗殺する機会が訪れる。
それは、思いついただけの策だった。
実際に実行するとなれば、断念していたはずの策だった。
櫻井戒は己のことを手段を選ばない屑だと規定しているけれど、基本的には幼いころから武道の道に通じてきた好青年でもあり、
聖杯戦争で勝つためならば積極的に人道をふみにじっていくような外道ではない。
何より、それは正しい魔法少女――プリンセス・テンペストの説いた『正義のため』に反する行いだ。
仇敵である『聖贄杯』でもあるまいに、そこまでの非道を行う必要はないと判断していた。
しかし、彼の言い放った言葉――『聖杯を獲る手段が他になければ、無辜のマスターを殺すのか』という欺瞞を撃ちぬく言葉は、決定的だった。
これ以上、遠慮も配慮も何も無しに、それを言う人物と共にいてはいけない。
松野にこれから口止めをしたところで、彼と一緒にいれば、鳴はその言葉をいやおうにも思い出すだろう。
そうなれば、遠からずごまかしきれなくなる。
己が生還するための道は、ランサーが聖杯を獲るための道であり、なおかつ犠牲の上に成り立つ道だということに。
そうなれば、鳴という少女は――あの無垢な正しい魔法少女は必ず、自分を止めるために動くだろう。
己が身を戦場で危険にさらすことになっても、令呪の全てを使い切ることになっても――最悪は、ランサーを止めるために立ちはだかり、敵に無防備な背中を晒すことになっても。
それは、絶対に阻止しなければならない。
「あなたは厳しいことを言いながらも、僕のことを優しい人間だと見積もり過ぎているよ。
僕はマスターを……大切な人達を不幸にしないためなら、何でもする」
遣り切れない、とは思っている。
己の眼差しは、憂いを隠せていないかもしれない。
しかし、それでも非道を実行する。
英霊になる以前の、生前の行状からもずっとランサーはそうだった。
大切な女性を救うためならば、親友といっていい仲だった者が相手でも、実際に殺すことこそなかったもの、殺す覚悟で相対したこともあった。
そもそも、一族の呪いを解いて妹を救うためであり、かつ叛逆すれば己と妹も殺される境遇だったとはいえ、
アサシンの連続殺人どころではない――数百人か数千人単位かで無辜の人間が殺されることになる『黄金錬成』の儀式を、肯定する側にいたのだ。
いずれ学校が戦場になり、彼のクラスメイトたちも皆がその生贄にされる可能性があると知っていながら、それを黙認するような立場の人間だ。
己を腐りっきった屑と自称するまでに至るほど、必要とあれば手を汚すことに躊躇はしない。
「これは別にあなたを恨んでいるわけでも、見下しているわけでもありません……いや、何を言っても言い訳か」
すぐに終わらせよう、と言葉を途切れさせ、苦しませない斬り方を心掛けるように構えた。
松野はただ、それを呆然と見ていた。
呆然と見つめたまま口を開いた。
「……いやー、ジョーカーちゃんの言う通り演技してほんと正解だったよ、これ」
ごくカラっとした、さっきまでのぼそぼそ喋りとは似ても似つかない声だった。
「それにしても、まさか出会いがしらに殺す宣言されるとか、アイツ何やらかしたんだろ」
右手を後頭部にあててぼりぼりと掻くのと同時に。
その周囲に、サーヴァントの少女たちが出現していく。
驚いたが、同時に納得もし、先刻の『サーヴァントは消えた』という言葉に納得しかけた己を叱責した。
バーサーカーのマスターがばらまいていった魔力の残り香にしては、気配が濃すぎると思っていたところだ。
シップとは似ても似つかない、白黒の巻き毛にトランプ柄の衣装を着た幼い兵士たちだった。
紫のパーカー周囲にはハートが囲み、スペードとクラブの柄が前線に出て槍と棍棒を突き出す布陣だ。
先頭には、ひと目で実力者だと分かるだけの気迫を持った、スペードのエース。
「貴方、松野さんじゃありませんね。……いや、『松野さん』ではあるのか。ご兄弟ですか?」
よく見れば、紫パーカーの男はさっきまでと違うズボンを着ている。
まるで、顔が瓜二つの男と、着ているパーカーだけ入れ替えたかのように。
「同じ顔が、二つあったっていいよな?」
そう言うと、男は素早くわしゃわしゃわと髪を撫でつける。
わざとらしくぼさぼさにしていた頭髪を、アホ毛2本のみの髪型へと戻した。
松野一松では絶対にしない、明るいにこにことした自然な笑顔で名乗る。
「どうもー。松野家の長男、松野おそ松でーっす」
右手の人差し指で、鼻の下を得意げにこすった。
♠ ♥ ♦ ♣
「――ダメ」
その一言で、望月の心臓に吸い込まれようとしていた鎌はぴたりと止まった。
その鎌は、一松の額に刺さる直前で動きを止めていた。
……一松の、額?
気付けば一松は、望月の前に立っていた。
兄の手をふりほどき、望月の前に、彼女を庇うように、そこに立っていた。
「一松、何してるの?」
望月へのとどめを制止した兄は気が付けば目の前にいて、一松にそう訊ねていた。
自分が庇ったことを自覚して足はがくがく震えはじめたけれど、心底から『止めろ』と思ったことは事実なので今さらどくわけにもいかない。
「そんなにその子が大事だったの?」
うるっせぇ、と言わんばかりに真正面からガンを飛ばすようににらみつける。
ところが。
視線がぶつかった次の瞬間、おそ松は笑った。
ふっと、わざと作っていた挑発的な表情から、自然な笑顔へと戻るように笑った。
「あのさぁ、一松」
うん、と一つ頷き。
次の瞬間、がいん、と頭を派手に叩かれた。
容赦のない、げんこつだった。
「お前、こんなに大事なことを、なんで言わなかったの」
戸惑ったようにどよどよっとなるサーヴァントの少女たちを待っててね、と制して、
据わった眼で詰め寄られる。
いや、なんで今まで言わなかったとか、こいつにだけは言われたくない。
「俺、お前のことは外で映画を見ただけでもきっちり報告をいれてくれる子だと思ってたんだよ?
なんで今回は言わなかったの、すっげぇ大事なことじゃん!?」
苛ついたようにダンダンダン、と地団太を踏み鳴らされた。
なぜ急にこんなに怒り始めたのか、一松には分からない。
「な、なにそれ。自分だってこっそり聖杯戦争やってたくせに」
もう長男にとって、彼等を始末することは確定だったはずだ。
どうしていきなりごね始めたのか、一松には分からない
「そこじゃねぇよ! どうでもいいんだよ聖杯戦争なんか!!」
言い切った。
さっきまで聖杯に願って死んだ人たちを取り戻すとか何とか言っていたくせに、『どうでもいい』とか掌を返した。
じゃあ報告しろと言っていたのは何だ。
分からない。
この長男のラインが分からない。
聖杯戦争がどうでも良くなるほどの重大事なんか――
「友達ができたなら、ちゃんと言えよ!!!!!!!」
――――――――――えっ
全く予想もしていない方向からガツンと殴られた、気がした。
「お前が猫以外の他人を庇うなんてよっぽどのことじゃん!!
なんで言わないの!? 友達多いトッティならともかく、お前は言わなきゃだめだろ!!
お前に友達ができないの十四松とかみんな気にしてたの、知ってるだろ?
お兄ちゃん、てっきり弟のガールフレンドぶっ殺すとこだったじゃん!」
「い、いや、今まで、友達とか考えたことなかったし。こいつサーヴァントだし」
いや、弟のガールフレンドぶっ殺すも何も、直前にその弟を殺そうって話してたじゃないかアンタ。
色々とツッコミどころ満載な雰囲気におののきながらも、ぼそりぼそりと答えると、兄は納得したように「あー」と頷いた。
「なるほどね。自覚無かったんだ。まぁ分かるよ。
初めての経験だもんね、それは仕方ない。でもさ、俺びっくりしたよ。本当にびっくりしたよ。
お前でも、女の子をかばって身体張ったりするようになったんだ」
そう語るうちに、1人で納得したのか、うんうんと頷く。
右手がゆっくりと、こちらの頭上にのびた。
ぽむ、と掌が髪の上に置かれる。
「やるじゃん! すっげぇ見直した!
お前が女の子から『楽しかった』って言われるなんてよっぽどのことじゃん。すごいすごい」
ワシワシと撫でられた。
褒められている。すごく撫でられている。
こちらとサーヴァントを殺そうとした人間に、今は褒められている。
その時だった。鎌を持ったジョーカーの少女が、硬い声で会話に割り込んだ。
「マスター。田中が、あと数分でこの近辺に到着するとクラブの5から報告がありました」
「マジで? 俺らがちゃんと捕まえたか確認しに来るの?」
「そのようです。向こうとしては、約束の成立を確認したい立場ですので」
「んー、田中ちゃんの令呪だと『一松とそのサーヴァントに手を出すな』とまでは言ってないしなぁ。
しばらく、俺の気が変わったことは、ばれない方がいいと思う」
「御意。具体的には?」
「そうだなー」
ちら、とこちらの格好を上から下まで見られた。
「ねぇ、何の話してるの?」
「よぉし。一松、『ばんざい』しようか」
「は? なんでばんざい?」
「いいからいいから」
ぐい、と両腕が引っ張られて頭上へと上がる。
直後、パーカーの裾を掴まれて強引に脱がされた。
ばんざいの状態だったので、するりと袖を抜かれる。
「え、いやちょと待てゴラ!」
話の流れは見えないしさすがに気持ち悪いわ! と思ったら、
腕まで自由になった直後に、ぼすっと何かを投げつけられた。
兄の着ていた、赤いパーカーだった
「はい、これ着て。さすがにズボンまで履きかえてる暇はないか。
それから髪はちょっと整えないとね。
あとボソボソ喋るのもなるべく禁止。闇のオーラも引っ込めてほしい。
田中ちゃん達には『弟』とは言ったけど『一卵性』とは言ってないから、たぶんこれでばれないでしょう!
あとは、ジョーカーちゃんが考えた言い訳を覚えて――「いや、何言ってんの?」
「ん? 正しい『おそ松兄さん』のやり方」
「正しいおそ松兄さんのやり方って何だー!?」
「言っとくけど、これ別にお前のためとかじゃないよ?」
嫌な予感がする。
嫌な予感がすることなのに、この兄がわざわざ『弟に責任はない』とか言及しているのが、なおさらいつもと違う。
「ちょっとけじめをつけるだけだから。
こっから先は、ギャグとか言わない自己責任アニメみたいな感じで」
♠ ♥ ♦ ♣
松野家長男であるおそ松の眼から見て。
いや、おそ松以外の眼から見ても。
松野一松には、友達ができない。
本人は、友達なんか一生要らないと言っている。
でも、本当は友達がほしいと思っていることを、松野家の兄弟は知っている。
松野家の六つ子の四男にとって、友達を作るということは他のどんな行為よりもハードルが高い。
それだけ、一松は兄弟以外にとてつもない壁を作っている。
まともに会話ができないし、善意を示されても受け取ることを拒否するし、人と距離を縮めるのが怖いから毒舌を吐いて突き放す。
自分には価値が無いから、友達になってくれる人間なんているはずがないと諦めている。
この先、ニートが珍しくやる気を発揮して、猫カフェとかの面接を受けて仕事に就けることがあったとしても。
独り立ちがしたくて、財力も住むアテも何もないのに、家を飛び出してどうにか生きていくことができたとしても。
そういうハードルを越えられた時も、ついぞ友達を作ることだけはできないのではという気がする。
イヤミやチビ太、ハタ坊、トト子といった幼なじみとはずっと交流があるけれど、一松が彼らのことを『友達』の括りにいれないのはたぶん、
あくまで『六つ子』として親しくなった関係であり、『一松が自力でつくった友達』ではないからだ。
それはきっと、松野家に宝くじが当たって、それこそ一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入るよりも珍しく、とてつもない重大事だ。
なぜなら、お金は世の中のどこにでもあって、たまたま六つ子のところには入ってこないだけに過ぎないけれど、
『一松の友達』は、一松自身が頑張らなければ世界のどこにも存在しない。
一松は、頑張れない。
兄弟(みんな)がいるから友達は要らないと、自分に言い聞かせていた。
その、一松が。
自分が死んでも守りたいほど――誰かのことを大切に想い、近い距離に置いている。
サーヴァントだから、という理由だけではない。
サーヴァントが死んでもマスターは即死しないのに、それでもおそ松の手を振り払って庇おうとした。
直後に一松と眼をしっかり合わせて、本気の眼なのかどうかも確かめた。
まったく、おそ松の愚弟ときたら、自分が自分にとってどれだけの偉業を成し遂げたのか、ぜんぜん自覚していなかった。
その相手は幼い女の子で……見た目の年齢差とか考えると犯罪じみてくるから、『ガールフレンド』なのかとか考えるのは、ひとまず止めておくけれど。
『イッチー』というあだ名で呼ばれて、『楽しかった』と本心から言ってもらえる関係を作っている。
あの性格がひんまがった一松を相手に、『楽しかった』と言ってくれている。
なんだ、この女の子めちゃくちゃいい子じゃん、と思った。殺そうという発想はもう無かった。
精神年齢を比べれば、おそ松は、一松よりもずっと子どもだ。
だがしかし、おそ松は一松の兄であり、一松はおそ松の弟だった。
聖杯に願いを賭けて、最終的にみんな生き返らせればいい、という神父の話は、ころりと信じた。なぜならおそ松は、バカだから。
それに、ヘドラのとてつもない被害だとか、自分が命令してシャッフリンがやってきた罪の重さだとかを考えると、
『これはいつもと同じで、どうにかやり直しの効くイベントなんだ』と思いながら聖杯戦争に臨める方が、正直なところ楽だったから。
それに、その案ならば、最終的には兄弟の誰も喪わずに、確実に元の世界に帰ることができるから。
少なくとも、六つ子の誰かを永久に失うことになるなんて、最初から考えもしていなかった。
とりあえず『また兄弟揃ってのニート生活に戻る』ことは大前提のように、ことさら意識するまでもなく、そう動くつもりだった。
聖杯を獲って一攫千金だと目が眩んでいた時も、シャッフリンのしでかしたことに怯えて泣いてしまった時も、今になってもずっとそうだった。
だって仕方ない。
別に他人なんかどうなってもいいとまでは思わないけれど、会ったことのない有象無象の命と、身内のそれとで、前者を取れと言うのはちょっと有り得ない。
『いつも通り』ならば、『いつも通りにやってもいい』ならば、六つ子は平気で兄弟同士を蹴落とし合う。
自分の保身のために襲われている兄弟を見捨てて逃げるぐらいは平気だし、聖杯はおろかおやつの取り合いをするだけで殺し合いに発展する。
別にすごく仲の良い兄弟じゃない。
5人の敵と言っても正しい関係だ。
だけれど、せっかく兄弟が真剣にがんばって、きっと緊張したり、不器用に話しかけたり、たぶん猫と遊んだりしながら友達を作ったのに、女の子を庇う気概を見せたのに。
それを応援しないなんて、そんなのは兄弟(強敵)として失格なのだ。
この戦争が終わるまでの関係だろうと、二人にとって後味の悪い終わらせ方なんてしたくない。
世の中には、お互いに憎からず思っていても、振られて別れて、離ればなれになってしまうような二人だっているのだから。
……一松が探さないなら、俺達も探さないよ?
弟の猫(ともだち)がいなくなった時、一松にそう言った。
弟は、自分で探り探りして、そして見つけたのだ。
本気の本気で睨み返してきたのが、その証拠だ。
だから、お兄ちゃんは応援する。
そういうものだ。
とてもシンプルな理由だ。
弟にはじめて友達ができて、兄は本当に嬉しい。
すごく寂して、すごく嬉しい。
たとえ今が聖杯戦争の真っ最中だろうと、
『田中』を初めとする身内を失った人たちからクズ外道と謗られようとも、
こればっかりは仕方ないし、絶対に譲れない。
♠ ♥ ♦ ♣
住宅街の中にぽつんと作られたある程度の広場――公民館の駐車場に、戦場は移されていた。
「最初は『ちょっと理由があって、アンタらと一緒にいるのが良くないからウチの弟を探さないでください』ってお願いしに来たつもりだったんだけど。
なんか試しに一松の振りしてみたら、『交渉の余地無し』って感じ?」
スペードのエースが、眼にも止まらぬ敏捷さで槍の穂先から火花を生み出し、捌いている。
火花を生むのは、おそ松の台詞が届いているのかいないのか、青年の携える闇色の大剣が、受け止め、押して押され、弾くことで生まれる剣戟だった。
眼にも止まらぬ速さ。それはありきたりの表現だが、おそ松の視界では本当に追いつけないどころか、火花の煌きさえ残像でぶれて見えるほどのありさまだ。
おそ松どころかそれ以下のスペードの上位ナンバーでさえも、割って入ることを許されないレベルの戦闘だと悟り、ただ槍を構えるのみに徹している。
剣戟の風圧だけで、駐車場のアスファルトに亀裂が入り、破片となって散っていく。
両者の風圧はの余波は、やや離れた場所で観戦するおそ松たちにも届いていて、その迫力に周りを囲むハートシャッフリンたちを振るえさせつつも、
『エースが戦っているのだから自分たちもしっかししなければ』と言わんばかりに背筋を伸ばしてまっすぐな防御陣をつくらせる。
何も知らぬ者から見れば、黒いセイバーの青年とランサーの少女の激突かと錯覚しそうなほどの、真っ向からの決闘じみた攻防だった。
『マスター、戦況はスペードのエースに有利です。ご安心を。
得物と技量では相手の方が上、敏捷さと小回りでこちらが勝っていると言ったところでしょうか』
そばにいるジョーカーから、念話が届く。
ひょえー、シャッフリンちゃんってこんな強かったのかー、とおそ松はその感想を念話に出さずに内心にしまった。
直接話すこともできる状況ではあるのだが、ある理由から、この戦闘では念話で話そうということになった。
『……なんかごめんね? ころころスタンス変えちゃうマスターに巻き込んじゃって』
『変わっておりません。我々の仕事は、一貫して主様に下郎の刃を近づけないこと』
『……ありがと』
すぐそばにいるハートの3番の服を着たシャッフリンの手を、ぎゅっと握りしめた。
よく目を瞠って見れば確かに、敵のランサー(ランサーなのになぜか剣使いだ)は、大剣を生かした押しつぶすような打ち下ろしの攻撃をよく行い、スペードのエースは小回りを利用した攻撃を駆使しているように見えた。
スペードのエースは槍を振り回しての足払い、足先狙い中心の攻撃に切り替えて攻勢を続けている。
圧倒的に身長で上回っているランサーは、低所からの攻撃を裁くために必死になっているように見えた。
『ここで仕留めますか?』
『んー。でも、あのひとを消しちゃうと、田中ちゃんの仲間も半日以内に死んじゃうんでしょ?
ならいいや。ただでさえ約束破って逃げることにしたのに、これ以上恨み買うのも良くないと思うし』
『御意。しかし、敵の方はこちらを仕留めるまで退くつもりは無いようです』
『どうにかやっつけて、一松を諦めてくれたらいいんだけどねー。
あ、でもスペードちゃんたちの方が危ないようなら、その時は遠慮しないでいいから』
『各スペードにそう伝達します』
やがて両者は、いったん仕切りなおすように間合いを取った。
槍使いの筋骨たくましい身体と、魔法少女のみずみずしい白肌を、汗が幾筋も浮いてはすべっていく。
おそ松は、早く終らせたい一心で呼びかけた。
「ねぇ、そろそろ止めにしない?
これってそっちのマスターに無断でやってるんでしょ?
早いとこ終わらせないとマスターが来ちゃうよ?」
「そういうわけにはいかない。
貴方の弟は、僕のマスターの生命線になる情報を握ってしまっている。だから、このまま消えられては困る。
あの人の様子だと、威圧されたり拷問でもされたりしたら、すぐに情報を吐いてしまいそうだろう?」
「あーそれは有りそう。うちの兄弟どいつもクズだから」
『マスター、そこは嘘でも否定すべきかと』
「――じゃなくて。ほらそこは俺からよく言って聞かせるから。
もう絶対にそっちに関わらせないから」
「それだけじゃない。貴方はどうやって弟さんの危機を察知して、タイミングよく現れた?
貴方も僕たちの動きを見張っていたんじゃないのか?」
「ぎくっ」
「しかも、カマをかければそこまで動揺するということは、『弟のことが心配でつい』というわけでもなさそうだ。
そうやって得た情報を、誰かに売ろうとしていたか、聖杯を狙っていて利用できると踏んでいたか」
「ぎくぎくっ」
「ちなみに、その『売ろうとしていた相手』のことは教えてもらえるかな?」
「いや〜、それは無理かなぁ。正直に言ったらおれもジョーカーちゃんも、たぶん全方向から許してもらえないなぁ……」
『まさにこのサーヴァントのマスターを人質に取っていましたからね』
『ジョーカーちゃんのせいだからね!?』
「なら仕方ない。今は貴方を拷問して洗いざらい吐いてもらう時間も惜しいんだ。
つまり、分かるだろう?」
「い、いや、でもさ? スペードのエースちゃん達も強いよ? すぐには倒せないよ?」
「ここからは、そうはならない」
そう言い放ったのは、おそ松だけでなく、己の両手にある大剣――偽槍に対してもだった。
己が腐っていることが鳴に露見して、信用を失ったり嫌われたりするのはちっとも構わない。
けれど、それであの無垢な少女が、ランサーのために穢れようとすることだけは、あってはならない。
一刻も早く、全ての災いの種を潰す。
しかし、単純な力量のぶつけ合いでは、スペードのエースが現状で上回っている。
状況の膠着を打破するためには、単純な白兵戦に勝る技を繰り出すしかない。
もしもマスターがこの場に来てしまえば、穢れを見せまいとしてきた、これまでの全てが無駄になる。
その焦りが、らしくない早急な判断に繋がっていく。
禁忌であり切り札となる宝具の使用を、そこに決断させた。
「行くぞ――そして来い、偽りの槍よ」
元々、彼はその宝具――『創造』の使用を、生前から極力は拒んでいた。
一度でも吸い取られれば、魂を吸いつくされて心の無い戦奴にされる不安は、彼にとって何よりも忘れ難いものだ。
しかし、サーヴァントとしての彼はその『戦奴にされる』という状態まで宝具――真名を開放して、初めて行使する手段となっている。
そのために、生前は戦わない時でも絶えず感じていた喰いつくされるような灼熱地獄も、召喚されてからはまるで感じたことがない。
その安堵が、彼の鬼札を切る判断を緩めてしまったことは否めない。
かくして、彼は開いた。
地獄への扉を。
ココダクノワザワイメシテハヤサスライタマエチクラノオキクラ
『許許太久禍穢速佐須良比給千座置座』
「血の道と 血の道と 其の血の道 返し畏み給おう」
その詠唱が始まった時、『黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)』が哭き始めた。
猛悪なまでの、凶念がやって来る。
寄越せ、寄越せ、魂を寄越せ。
「な、なにこれ!? 何かヤバい! 分かんないけどヤバいことだけは分かる!」
『おそらくは、固有結界の詠唱かと』
その槍の意味をしらないシャッフリン達にも、おそ松にも伝わるほど、凶暴な『飢え』が槍から叫ばれている。
それも、敵に向かって訴えるものではない。
使い手である、櫻井戒への要求であり、支配欲であり、代償であり、蹂躙だった。
にも関わらず、それらを向けられていないシャッフリンの全てが、間接的に伝わってくる余波の振動ひとつで『食われる』恐怖を、『地獄の業火で焼かれるように』料理される感覚を知覚してたじろいでしまう。
その吠え猛りを直接に受け止めることが、そのまま櫻井にとっての狂信となる。
この狂った穢れに耐えきれる己は、この凶暴さを利用しようとする櫻井戒は、
まぎれもなく、魂から腐りきった屑である。
「禍災に悩むこの病毒を この加持に今吹き払う呪いの神風」
この世に存在する天つ罪、国つ罪の全てを己が被ろう。
畔放(あはなち)、溝埋(みぞうめ)、樋放(ひはなち)、頻播(しきまき)、串刺(くしさし)、生剥(いきはぎ)、逆剥(さかはぎ)糞戸(くそへ)。
ありとあらゆる、全ての穢れを己に集めよう。
「橘の 小戸の禊を始めにて 今も清むる吾が身なりけり」
生膚断(いきはだたち)、死膚断(しにはだたち)、白人(しらひと)、胡久美(こくみ)、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪、昆虫(はうむし)の災、高つ神の災、高つ鳥の災、畜仆し(けものたおし)、蠱物(まじもの)する罪。
全ての罪悪を、全ての病を、全ての災害を、引き受けよう。
「千早振る 神の御末の吾なれば 祈りしことの叶わぬは無し」
全ての穢れは、己にあり。
我が祈りは、無双なり。
なればこそ、愛しい者たちが穢れを被る道理は無し。
それが叶わぬことなど有り得ないと、眩しい世界を守るために己を穢す祈りの歌だ。
「創造」
人間が、己自身を毒の地獄へと変性させる。
此処にいるのはもう――いやとっくに、『優しくも厳しいお兄さんの櫻井戒』などではない。
全身が腐りきった、異形への創造だ。
それまでの激しい剣戟と比べれば、いっそ軽くおだやかな動きで大剣が動いた。
スペードのエースはそれを槍の先端で難なく止め、打ち払う動きにつなげようとする。
つなげようとした――できなかった。
先端が、その瞬間に腐り落ちた。
日中にいちど折られ――そしてダイヤのシャッフリンが鍛えなおしたスペードの槍が、ほぼ『溶けた』と言っていい腐敗速度でボトリと落ちた。
「!?」
スペードエースはその表情に驚愕を浮かせながらも、とっさの判断から槍の石突でランサーの身体を打つべく槍を回転させる。
回転させようとした――すでに槍の石突まで、得物の全体に腐敗が進行していた。
瞬く間にボロボロと形を崩していく槍に、スペードのエースは数秒も断たないうちに無手となる。
「――!」
それでも闘志を失わず、ランサーに組み付いて得物を奪おうとした身体が抉られるように倒れた――得物も使わない、ただの蹴りに倒された。
まるで、蹴激の威力だけではない、身体を真の意味で『削る』ような別の力が、そこに働いたかのようにキレイに倒された。
「エースちゃん!?」
おそ松の悲鳴は、おそらくエースの耳に届かなかった。
倒れた瞬間に、巨大な大剣がその顔面に真上から刺さったからだ。
シュウシュウと、硫酸でも爆ぜるような腐敗の音が、致命傷を受けたエースの鼻梁あたりから聞こえてくる。
彼女は顔面を潰されてもまだ戦おうとするかのように、どこかにいった得物を探すかのようにジタバタと動いていたが、ランサーはそれをすっかり無視して剣を引き抜いた。
残ったスペードの軍団を突破しようと、散歩か何かと変わらぬ平常の足取りでスタスタ歩く。
そこからは、腐敗地獄だった。
しかもその地獄そのものは、先ほどまで人間の姿だったサーヴァントただ1人を指していた。
槍をひとたび振るうごとに、受け止めたスペードの槍の方が腐る。
数で包囲してランサーを槍で突き刺したところで、刺した槍の方が腐って、ランサーにはボロボロの木切れで突かれたほどの傷跡さえ残らない。
刺した槍から腐敗が伝染して、シャッフリン自身が両手から腐っていく。
シャッフリン達に、初めから回避するという選択肢は無い。
避けたり、逃げたりすれば、後方にいるジョーカーとマスターが護れない。
スペードのキングが腐敗した大剣で腹を貫かれ、
スペードのクイーンがそのまま振り回された大剣をぶつけられてキングごと腐り、
スペードのジャックがランサーの身体に槍を突きたてたばかりにその両手をボロボロと腐り落とし、
スペードの10がジャックを開放しようと支えて、ジャックに触れた面から腐り始め、
クラブのジャックが、気配遮断で潜っての不意打ちを頭部に与えようとして、頭部に振り下ろした棍棒が腐ったためにバランスを崩して落下し、
クラブの9が、少しでもランサーの足を止めようと足元にしがみついて上半身を腐らせた。
「相手が悪かったね」
数字の大きい方から次々と倒れていくシャッフリンたちを哀れむかのように、腐敗地獄は宣告する。
その声まで、声帯を腐らせたかのようにヒビ割れていた。
姿は人間で、しかしそこからは鼻が曲がりそうな――曲がるのを通り越して鼻まで腐りそうなほどの腐臭がおびただしい。
素手だろうと、武器越しだろうと、『相手に触れることでしか戦えない』者に、
黒円卓の第二位が破れる道理など絶対に有り得ない。
時間をかけないという宣言の通り。
一分も断たないうちに、兵士たちの数が半分を割った――それも、致命傷を受けたのはほとんど上位ナンバーだった。
戦場の兵士たちに使う用語で言えば、壊滅状態だった。
折り重なったトランプ兵士たちのさらに向こう側には、ガタガタ震えるハートに囲まれて、それ以上にガクガクと震える彼女たちのマスターがいる。
初めて目の当たりにする『可愛がっていたシャッフリン達が犠牲になっていく姿』に、歯の根がカチカチとなっている。
しかし彼は、震えながら、ハートの3番を付けたシャッフリンと、ジョーカーの柄に鎌を持ったシャッフリンを両腕で抱きしめるようにしている。
彼女たちと念話で何事かを話すように、視線を交わしている。
そして、傷つきながらも立ち上がろうとしている生き残りシャッフリン達に、泣きそうな声で言い放った。
「ジョーカーちゃんごめん。令呪、使う。
『諦めるな。命令を待つんじゃなく、周りを見て戦え』」
マスターの身体から、令呪の発動を示す魔力光が放たれた。
その輝きに呼応するように、シャッフリン達の眼に戦意が宿り始める。
戦線に加わらずに待機していたダイヤのスート十三体までも加わり、マスターを囲んでいたハートのスートのうち約半数も前線に加わるよう前にでる。
「もう一回! もう一回、令呪を使うから。『■■、■■■■■■■■■■、■■■』」
二回目の令呪は、ごく小声だった。
何を言っているか、唇の動きだけではランサーにもいまいち読み取れない。
しかし、一回目の令呪を重ねがけするような類のそれだったらしく、生き残ったシャッフリンたちが、ボロボロの者も含めて気力をより充溢させたように立ち上がる。
「それは根本的な打開策にはならないよ。僕みたいな屑と出会ってしまったのが運の尽きだ」
幾らなんでも、令呪の大判振る舞いにもほどがあった。
ここでシャッフリン達が倒されたらマスターの死も避けられないとはいえ、それでランサーの腐敗を食い止められない以上は焼石に水にもほどがある。
だが。
「…………屑って誰のこと?」
櫻井戒の言った言葉に対して、松野おそ松が顔を上げた。
ふたたびランサーと目を合わせ、そう訊ねた。
「僕のことだよ。松野さんたちとは、住んでいる世界が違うことがよく分かっただろう。
とても家族には見せられたものじゃない。こんな腐った世界に好きこのんで浸かっていられる、汚い手も平気で使う人でなしが、屑でなくて何なんだ?」
それは、彼を諦めさせるための台詞だった。
戦争も殺戮も、裏社会の黒円卓のことも何も知らない、
ただの貧相で弱っちい『バカ兄貴』が、そこそこ強いサーヴァントを引いただけでどうにかなる世界ではないのだと、
そう悟すための、台詞だった。
だから、
「そんなわけ、ないじゃん」
真っ向からの否定が返ってくるなんて、思わなかった。
「アンタ、兄弟が誘拐されたのに見捨てて家で梨食ってたことある?」
「――え?」
何か、ひどく人間失格な行為を聞いた気がする。
おそ松が口火を切るのに合わせて、シャッフリン達も腐らずに残っていた武器を構えて臨戦態勢を取った。
時間をかけるわけにもいかないランサーは、戦闘の続きを再開してシャッフリン達をどかすために大剣を振るい始める
しかし、声も枯れよとばかりの大声で、その男はがなり立て始めた。
「おやつの今川焼欲しさに弟妹(きょうだい)とガチで殺し合ったことは?
弟がそこそこ頑張ってたバイトを、気に入らないからってだけでメチャクチャに荒らしたことある?
女を買う金を作るためだけに、家財道具全部売り払って家族に怒られたことあんの!?
自撮りの背後に全裸で映り込んだことは!?
リア充がバーベキューしてるのにムカついて石投げたことは!?
ハロウィンの日に知り合いの家に勝手に上がりこんで、家財道具ぜんぶ巻き上げたことはあるか!! どれも無いんじゃないの!?」
大剣の一刺しで、クラブのシャッフリンを庇ったハートの腹を貫く。
しかし嫌が応にも耳に入って来るのだ。
櫻井戒は、悪の組織に所属する堕落した存在だ。
しかし、社会的な常識はバッチリある。
だから『そんなゲスいことをする人間が本当にいるのか?』と素で思ってしまう。
危うく自分が8歳の妹からおやつを取り上げて1人ゆうゆうと食らう光景を想像しそうになり、イカンイカンと首を横に振った。
「就活に充てるために貰った金で、真昼間っから酒飲んだことは?
弟が勝ってきたパチンコの金、根こそぎぶんどったことある?
親友が金を貸してくれなかったからって、八つ当たりでそいつの車をボコボコにしたことある!?
小さな女の子を連れてパチンコに行ったことは?
ゲームなんだって勘違いして、たくさんの人を殺すように命令して自覚無しだったことはあんの?
どれも無いのに、自分のことを『屑』とか言ってんじゃねぇバーカバーカ!!」
どうやらハートのシャッフリンに限れば、他のシャッフリン達より頑健さが抜きんでているらしい。
刺しても払っても腐敗の進行速度が遅いし、それを心得ているかのようにクラブがやスペードの残党が攻撃されそうになると庇うように前に出てくる。
しかしなぜだろう。
黒円卓で、様々な悪逆非道に手を染めた狂人たちなど見慣れているはずなのに。
何百人を殺したとか犯したとか聞かされるより、
常識ある人間として、そっちの方が生理的に屑に感じてしまう不思議。
――いや、違う。
松野おそ松が自分のことをどう罵ろうと、櫻井戒が屑だということに変わりないはずだ。
櫻井戒が己のことを屑だと自称するのは、べつにただの自虐とか被虐趣味だとかでは断じてない。
妹や大切な人を穢さないためならば、自分がどんな汚れ役でも引き受けると、
家族や近しい人達を守り抜くという、誇りも確かに存在する自己認識なのだ。
「だいたいアンタ、俺が弟の為にここにいると思ったか!!
違うもんね!! 俺、嫌々やってるだけだからね!!
実はさっきだって、弟殺せば聖杯が手に入るって思ったら弟殺しかけたからね!!
本当は今だって、こんなんとっとと終わらせてハムカツ食いたいぐらいしか考えてないからね!!」
何度も何度も起き上がる、ハートのシャッフリンたちに焦燥を感じる。
ハートたちが倒れそうになったら武器を持たないダイヤのシャッフリンがそれを支え、敏捷さでわずかに勝るスペードの下位ナンバーたちは攻撃するよりもちょろちょろと駆けまわり、ランサーの視界を遮るようなものを投げつけて攪乱に徹し始めている。
そいつらを掃討するための効率的な攻撃手順を、頭の中で組み立てる。
しかし、声は聞こえている。
そして思う。
「弟妹(きょうだい)は、もっと大切にした方がいいんじゃないかな?」
思っただけでなく、口に出してしまった。
櫻井戒にとって、日常とは眩しく美しいものだ。
弟妹(きょうだい)とは(妹しかいないけれど)、無垢でかわいらしくて仕方がないものだ。
誘拐されたのに忘れ去って呑気に梨を食べるなど考えられない、外道の所業だ。
『日常』を踏み躙るような発言を口にされて、つい『相手の言葉に耳を傾けている』ことを認めてしまった。
「うっ、せー、よ!! やっぱりお前は『屑』じゃねえだろ!
『弟を大切に』とか『長男だから』って言われるのが一番ムカつくんじゃボケェ!!」
彼の『己は真底から腐った屑である』という自己規定に、『この眩しい日常で生きることを選べない人間だから』という憧れもあったことは想像に難くない。
「弟達なんか嫌いだし! 死ねばいいのにって割と本気で思ってるし!!
何かあると比べられるし、どこ言っても指さされるし、
こっちが寂しがってるのに遊んでくれないし、お兄ちゃんだからって優しくしてくれたことなんかほとんど無いし!
家族に見せたくないとかバカじゃねぇの! どうせどんな弟妹(きょうだい)だって、そのうち自然に汚れてくもんなんだよ!
今は可愛い年頃かもしれないけどな! どうせあと十年もしたら溺愛された反動で頭がアホの子とかになって、危ない彼氏とかにガンガン貢いだりして家族の頭が痛くなったりするんだからな!」
「ひ、人の妹を一緒にするな! 僕の妹は誰にも汚させない!!」
つい、ガチの反論になった。
逆に言えば、櫻井戒には、日常こそが地獄だったと主張する人種への耐性が無い。
そして、このK市に松野家ほど、眩しい若者時代だとか、あたたかな日常だとか、美しい兄弟愛に対する幻想を破壊する家庭はない。
一方でおそ松は、信じている。
味方は己とシャッフリンだけであり、兄弟は五人の敵である。
世界はすべからく、五人の敵に比べれば取るに足りない中立であり、
六つ子に産まれてしまった日常とは、常に甘やかな地獄なのだ。
「汚さないとか無理に決まってんだろバーカ!
むしろ俺だったら率先して道連れにするね!
誰か1人だけ上に行くとか絶対に許せるか!
行先が地獄でも皆一緒なら怖くねぇだろそっち選ぶわ!!
キレイなままでいてほしかったら時間でも止めてみろバーカ!!」
もはや、何を言っているのかを自覚しているかさえ怪しい。
けれど、自分自身と兄弟に対する扱いならば、彼はとてもよく知っていた。
なにせ、彼の自意識はたいそう小さくて扱いやすい。
おそ松にとって、時間とは止まらなくていいものだ。
なぜなら彼は、十年たってもやっぱりバカだから。百年先も、生きていればバカをやっているから。
「ふざけるな! 大切な妹を邪道に引っ張りこむなんて、そんなことができるわけないだろう!」
この『聖杯戦争』の中で、櫻井戒も、大切な妹と同年代のマスターを穢れた行いに巻き込むまいとした。
けれど頼もしい彼女は、隙あらばとランサーを助けようと、自ら戦場に出ようとして、なかなかうまくいかなかった。
そんな思いもあって、ランサーはいっそう強く否定の言葉を吐いた。
大切な存在を、自分と道ずれに地獄に落としても上等だなんて、そんな行いがあってたまるか。
そんな人間がいるとしたら、それこそが真のクz――
「――っ!」
その考えが、脳裏をよぎりそうになったのと同時だった。
一斉に槍と棍棒を叩きつけられた櫻井戒の身体に、『それらが身体を擦る感覚』と、『切り傷を受けたような痛み』が襲いかかったのだ。
「痛い、だって?」
有り得ない。
大剣を大振りに振りぬいて包囲を振りほどき、見下ろせば。
確かに振り払われたシャッフリンの得物には腐食が起こり始めているものの、その速度はスペードのエースを潰した時に比べれば極めて遅々としており、未だ形が崩れていない。
そして己の身体を見下ろせば、武器を撃ち込まれた箇所には、確かに血が滲みはじめている。
「まさか……」
ダメージが、わずかなりとも通るようになっている。
黒円卓第二位の『創造』が、ただの社会最底辺の一般人の心底からの叫びを聞いただけで、綻びそうになっている。
原因があるとしたら、しかしそのせいでしか有り得ない。
エヴィヒカイトの『創造』とは、『そうではないはずがない』と当たり前のように狂信している自分論理の思い込みに由来する。
『それが当然の摂理なのだ』と当たり前のように完全に信仰していなければ、その鉄壁は途端に乱れて崩れ去る。
本来ならば、ただの一般人が『お前はクズじゃない』と吐いたところで『なんでこいつは水が低い所から高いところに流れるようなことを言っているんだ』としか響かないはずの狂信が、ぐらぐらと揺るがされている。
攻撃が有効になったのを見て、シャッフリンたちの眼に『狙い目だ』という不屈の意思が強く輝き始めた。
円形にランサーを包囲し、残ったわずかな人数でも頼りにしあうように目線を交わし合う。
そう、シャッフリンたちだって、もはや人数が三分の一以下に減り、ほとんどが負傷しているか、地面に倒れてもがいている。
それでも、その動きはむしろ洗練されたものになっていた。
洗練されているというよりも――よく、連携が取れていた。
結果的にランサーを『(狙っての事かは怪しいにせよ)おそ松の言葉が効力を発揮するまで、足止めしきる』という役割を果たせるほどに。
誰かに武器が直撃しそうになれば、誰かが手を引いて回避させる。
まだ少しは戦闘力のあるスペードやクラブが犠牲になりかければ、ハートが盾になって少しでも持たせる。
その原因は、重ねがけした令呪の一つ目にあった。
『命令を待つのではなく、横を見て戦え』と。
元々、シャッフリンとはジョーカーという指揮官があってこその存在だ。
しかし、横の連携が取れないわけではない。
彼等は、複製されたホムンクルスだ。個にして全であり、全にして個である。
とあるシャッフリンの後継機では、それを利用した52体全員による『踊ってみた』動画が作られたほど、動きを合わせることは難しくない。
そのことに『集団で一つの作業をすることに慣れている』人物が気づいて、『それが実現しやすいように』令呪で能力を手助けしてやれば、
ジョーカーの命令を待たない一糸乱れぬ連携など、できないはずがない。
「君たちは弱い……しかし、しぶとくて強い」
次々と増えていく切り傷に舌打ちし、ランサーは思うままにならない己が身体でシャッフリンと相対する焦燥を感じた。
松野家のバカ息子は、1人1人ならただのゴミだ。
二十数年生きてきて、それはおそ松も何度となく身にしみている。
そして、シャッフリン達も1人1人ならそう強くない。
スペードのエースは強かったけれど、あれも『先陣を切る』という斬りこみ隊長として求められる役割のための強さでしかない。
しかし今、おそ松にはシャッフリン達がいる。
シャッフリン達には、おそ松がいる。
自分1人では勝てなくとも、自分『達』ならば勝てるかもしれないと、賭けている。
(不味いな……彼等を見つけてから、一体どれほどの時間が経過した?)
本当なら、とっくに口封じを完了させているはずだった。
己が切り札が解除されかかっているという前代未聞の事態もあり、しかしここで撤退するわけにもいかないとランサーは懸命に打開策をひねり出そうとする。
「……ッェ」
しかし、その好機らしきものは向こうからやって来た。
おそ松が、えずくような呼吸を一つ吐いた。
そして次の瞬間、立て続けにゲホゲホと咳きこみ始めて、身を折ったのだ。
ランサーの視力なら、彼が口から吐き出したものの色は分かる。
赤だ。
吐血した。
ハートの3が気遣うように彼を助け起こし、彼の方もそれに甘えるように身をくの字に折ってぶるぶると震えている。
目にするのは初めてだが、包囲を続けながらも主人の方を心配げに見ているシャッフリン軍団を見て、ランサーもさすがに察した。
魔力切れだ。
当然の帰結だった。
プリンセス・テンペストはおそなくとも身体を改造された人造魔法少女であり、保有する魔力量は一般的な魔術師よりもよほど潤沢にできている。
対して、松野おそ松は、魔術師の素養も何もあったものではないただの屑ニート。
シャッフリンはサーヴァントとしては破格なほどに燃費の良い性能をしているけれど、
しかしそれでも、マスターの魔力を必要としない時は『他のサーヴァントをエネルギー源として使った場合』のみだ。
いくら全員で個だからといって、性能Aランクがごろごろと並ぶスペードのエースを含めた53体のサーヴァントを、一般人1人の魔力で動かしていたことには変わりない。
しかも夕刻からずっと、おそ松を守るためにシャッフリンはほぼフルメンバーで働かされっぱなしだった。
今や普段は魔法の袋の中に待機させているシャッフリンも、戦闘向きではないダイヤやハートの下位ナンバーも含めた、フルメンバーで動かし続けている。
令呪を二回も消費したのは、大判ぶるまいでも何でもなかった。
そうしなければ、本当に魔力が足りなかったのだ。
(そう言えば……)
己が常に浴びている偽槍の苦痛に比べれば、ここで伝播する偽槍の邪気は大海の中の一滴のようなものであり、おそ松と櫻井戒では住む世界が違うと先ほどは諭そうとした。
しかし、その一滴こぼれただけの灼熱でも、ただの一般人にとっては業火の炎に充てられるような苦痛のはずだ。
腐り切ったランサーの身体からは、そばにいるのも耐えがたいほどの腐敗臭がしたはずだ。
なぜ、その邪気に耐えてまでここにいる。
自他共に認めてしまうほどの屑が、なぜその地獄のなかで正気を保って啖呵を切り続けていた。
この男は、決して何の頑張りも責任もなしに、ノーリスクでこの場所に立っているわけじゃない。
むしろ、全力でそれらの上に立っている。
――誰のために?
それを考えた時に、理解できた。
二回目の令呪を唱えた時の唇の動きを、今ならはっきりと読唇できる。
そりゃあ小声で言いたくもなる。
妹が大好きな櫻井戒だって、そんなことを言うとなればつい小声にもなるだろう。
『弟と、そのガールフレンドを、守護れ』
まったく、聖杯戦争で自らのサーヴァントに命じる令呪ではないと、戒でさえそう思う。
理解すれば、決して嘲りではない笑みが口元に浮かぶのは抑えられなかった。
「ずいぶんと無理をする……何故そこまで?」
「しーて言えば……さっき、すげぇ嬉しいことがあったから」
弱々しく笑って、そう言った。
紫のパーカーで口元をぐしぐしと拭い、ハートの3とジョーカーに寄りかかるようにして無理矢理立っている。
なんだ、そうか。
先ほどは弟なんか嫌いだと言ったけれど。
それはそれで、嘘では無かったのかもしれないけれど。
けれど、決してそれが全てでもなかったのだ。
ここで退けばランサーに追われて殺される人間がいて、
彼はその人を殺させないためにここにいる。
君も、同じじゃないか。
僕と正反対のようで、しかし、守りたいものは同じじゃないか。
揺らぎは消えた。
『こんなあり方の人間がいるならば、自分はどうなのだろう』と揺らがされていた迷いが、消えた。
きっと今ならば、創造を復活させて彼等を殲滅できるだろう。
しかし。
「ねえ、もう、良くない?」
互いが互いのことを正しく理解したときに、戦う理由は消滅した。
ここまで全力の全開を出せたのが、すべて特定の人間のためだったのだ。
逆に言えば、そこまでの事情がなければ彼はここまで出来なかったし、
なんだかんだでこの人間が、それ以外の目的でランサーたちの情報を『聖杯戦争を賢く生き延びるやり方』のために使って、それでランサーとそのマスターが窮地に陥るところはなかなか想像できない。
互いに互いの立場を何となく理解したので、『相手もそうなんだな』と了解すれば、まぁお互いが不利になる行動はとりたくないな、という気持ちも生まれつつある。
拳を交わして友情が、なんていうきれいな戦いでは無かったけれど。
「ああ、そうだな。……すまなかった」
ランサーの停戦宣言を聞いて、おそ松はそのままずるずるとアスファルトの駐車場に倒れ伏した。
ハートの3番が、かいがいしくひざまくらの姿勢を取る。
他のシャッフリン達も、盾となる数人のハートを残して霊体化した。
「あー……………疲れた」
「しかしどうしたものかな。僕のマスターの同盟者を探ろうとしてる人物の情報は、結局手に入らないままだ」
「いや、そこはアンタ1人で決めることじゃないでしょ」
マスターにもっと相談してからだ、と暗に言われた。
億劫そうにしながらも、ひざまくらのままでおそ松はゆるゆると突っ込む。
「例えばさ、人間の気持ちをエスパーする猫がいて、それが弟妹と仲良かったりするじゃん?」
「は?」
「人の気持ちが分かっちゃう猫だからさ、色々と暗黒面なことを弟妹に吹きこんだりもしちゃうわけだよ。メンタル追い詰めるかもしれないんだよ。
でもさ、その弟は、猫と仲良くしたがってるわけだよ。……俺はそういう時に、猫を取り上げるのは、気が進まないんだけど」
「……それは、猫自身が善意であるという前提だろう?」
「ここには悪意のある猫しかいないっけ?」
「まぁ……そうでもない、か」
妹と同じ字を名前に持つ少女のことを思い出せば、否定することはできない。
言い負かされたような悔しさに見下ろせば、『してやった』という顔をしているにやけ顔がある。
直後に、またゲホゲホと咽始めたけれど。
男女問わず、こういう陽気なタイプにランサーは弱い。いや変な意味ではなく。
「互いの問題が片付いたら、また会えるといいね」
「そん時は同じ戦いもう一回やれって言われても、できないからね」
そんな言葉を別れのあいさつ代わりに、ランサーは背を向けて帰還を始めた。
彼のマスターの元へと。
そして、残されたマスターは呟くのだ。
「もう、働きたくない……」
♠ ♥ ♦ ♣
目覚めた元山のところへと戻ってきたバーサーカーは、明らかに様子が違っていた。
呆然として、ぶつぶつと言葉を呟き、それ以外には反応もない。
「音楽家は、また『アレ』をする……呼ばれた……私のことを呼んだ……」
いつもの動作ではあったかもしれないが、こんなに同じ言葉ばかり繰り返し呟くのは初めてだった。
妄執だけでなく、恐怖めいた感情を感じさせるのも初めてだった。
予選からずっとそばにいれば、分かって来るものだ。
「アレは良くない……とても、良くない……アイツは私を呼んだ……おねぇ……なんて呼んだ?」
ひとまず動かないバーサーカーから脇差を縛られた後ろ手で拝借し、ロープの拘束を外した。
それでもまだ、呟き続けている。
それは、サーヴァントの少女を『音楽家』だと判断して襲い掛かったことに関係しているのではないか。
元山がそう推測するのは、難しくないことだった。
同時に、初めての本格的な罪悪感が彼の胸を刺した。
彼女には、特定の復讐相手がいて、その『音楽家』を探しているのだ。
おそらく、その音楽家とやらの『人を不幸にする音楽』によって、打ちのめされるほど酷い目にあったのだろう。
しかし自分は、『不快な音を撒く者』が相手だったとはいえ、彼女の復讐とは直接的に関係のないNPCやマスター達をして、
『あれが音楽家かもしれない』と適当なことを言って彼女の復讐心を利用していたも同然のことをしていた。
それは己が芸術を完成させるためには正すべきことだったけれど、
バーサーカーにしてみれば、本命の音楽家はどこだろうと焦燥に苛まれる日々だったのかもしれない。
幾ら元山のために召喚されたサーヴァントだからと言って、元山はこれまで、彼女の助けになったことがあるのだろうか。
彼女のために『音楽家』を探してやりたい。
君と話がしたい。
元山は初めて、そう思った。
だから、二画目の令呪であっても、バーサーカーのために、ためらわなかった。
「バーサーカー。『落ち着いて、君の本当の仇について思い出してくれ』」
それは、いわば彼女の狂化を一時的にでも解こうとする命令であり、いくら令呪の魔力をもってしても、彼女の精神汚染の深さを加味すればそう通用しないはずの命令だった。
しかし、彼女の願いは『音楽家に一太刀でも浴びせる』ことだ。
ほんの数十分の短い時間であれど、彼女に『マスターとサーヴァントの意思が合致した命令である』という多大な魔力ブーストをもたらした。
だから、彼女に対して、『落ち着いて』そして『音楽家のことを思い出す』効力をもたらした。
「私は――」
だから彼女は、その瞬間だけ取り戻していた。
『家族想い』の、不破茜を。
♠ ♥ ♦ ♣
シャッフリンは、無駄口を好まない。
しかし、一つだけ聞きたくなった。
『マスター、マスターは本当に御兄弟がお嫌いなのですか?』
「あったりまえじゃん! お兄ちゃんに無断で勝手に諦めて消えようとするヤツなんか許せるか!」
逆に言えば、家族自身の手で殺すのはアリだとも言っているような言いぐさに、こいつひでぇなとナチュラルに感想を持つ。
『マスター、これからどうなさいますか』
『一松と合流して、家に帰って……ハムカツを食べる!』
言うと思った。
ジョーカーは内心で嘆息する。
さっきの振る舞いにせよ、とても聖杯戦争での生き残りを見据えた行動ではなかった。
同盟を組もうとしていた敵対者からの要求を蹴って、それでこの先どうするというのか。
こいつの行く道には、きっと破滅しかないだろう。
けれどそれでもいい。
こいつと一緒に破滅するのも悪くない。シャッフリンは、そういうサーヴァントだ。
とにかく、まずはマスターの弟の護衛やら図書館やらに散っていたシャッフリン達にも連絡をとって、
それからマスターのために匿名電話でも何でも、松野家の誰かに電話して来てもらって、
それからマスターに負担をかけないように霊体化を――
「ラグジュアリーモード・バースト」
ひどく怜悧な声が、シャッフリン達の頭上に振ってきた。
そしてその時は、マスターを死なせないために、盾となる何人かのハートをのぞいてほとんどのシャッフリンが霊体化を完了させた後だった。
そこに、氷血を降らせる孤児が槍を振り下ろしながら襲い掛かった。
♠ ♥ ♦ ♣
ジョーカーの敗因は、二つだった。
一つ目は、デリュージの復讐心を見せつけられたことで『これほど大切に想っていた仲間なら、見捨てることはないだろう』という先入観を強く持ってしまったことだ。
だから、おそ松と共に松野一松に対してあれこれと対処する時も、まず『プリンセス・テンペストに対して誰も近づいていないかどうか』を優先して確認した。
テンペストさえ人質に取れば、奈美は何もできないだろうと無意識にそちらの確認を優先していた。
だから、デリュージ本人の動きに対する対処が遅れた。
二つ目は、人造魔法少女の実力を、研究所の戦いと同じレベルで捕えていたことだ。
あの戦いの前と後ではデリュージの殺しに対する熟練度は各段に異なっているし、魔法の扱い方にもより熟達している。
デリュージの策は、シンプルなものだ。
図書館に戻った振りをして、監視シャッフリンの動きを封じ、テンペストのマスター達がおそ松と合流するよう誘導をして、テンペストのランサーを松野おそ松にぶつける。
デリュージを監視しているクローバーの兵士を倒してしまえば、すぐに魔力反応が消えたことからジョーカーにばれる。
そしてクローバーの兵士たちも、デリュージが少しでも不審な行動を取れば念話で報告しろとジョーカーからきつく言い含められている。
ならば、一瞬で、生かしたまま、かつ念話もできない状態にしてしまえばどうか。
例えば、首から上を凍らせるといった方法がそれだ。
デリュージは最後まで『田中』とだけ名乗った。
魔法少女に変身してからは、野球帽で髪の色を、サングラスで瞳の色を、コートを使ってコスチュームと浮遊させた水球を隠していた。
そしてジョーカーたちは『研究所で採取されたデータ』でしか実験体だった魔法少女のことを知らなかったために、『水の力を使って敵と戦うよ』の魔法で浮遊させた液体をトランプ兵士の首から上に貼り付けて、そのまま凍らせるという今回が初めての荒業を予測できなかった。
そして、ランサーを上手く誘導しさえすれば、かならずテンペストのランサーはシャッフリン達を仕留めるか、ギリギリまで追い詰めるところまでは行くはずだとアーチャーは読んでいた。
ジョーカーが、テンペストの従えるランサーの特徴を報告した時、
彼は、表面上こそ微笑したまま態度を変えなかったけれど、
念話の中の声では、愉快で仕方がないかのように哄笑していた。
アーチャーは、ランサーのことをよく知っていた。
仮におそ松の弟と友好関係を築いていれば、それが誘拐されるのを絶対に阻止しようとするし、
仮におそ松の弟とランサーが敵対関係寸前だったとしても、彼は自らの敵を横合いから攫われるほど不穏な事態をみすみす見逃すほど甘くは無いと、
それぐらいに身内には甘く、身内を害そうとする者には容赦しないことを理解していると、ジョーカーが令呪の使用を要求している最中に、そこまでを奈美に吹きこんでいた。
そして、デリュージもシャッフリンのことをよく知っていた。
シャッフリンは、能力こそ違えども基本的に白兵戦『しか』できないことを知っていて、それをアーチャーにも教えていた。
白兵戦しかできない敵ならば、ランサーが負けることはまず有り得ないと、アーチャーは太鼓判を押した。
仕留めるか、かりにシャッフリンが運よく逃げ延びたとしてもその時には余裕など失われており、デリュージでもマスターないしジョーカーに狙いを絞って撃破するチャンスが訪れるだろうと。
だから奈美は、一時は人間の姿に戻って魔力を消してまで、虎視眈々とランサーとアサシンの戦闘を見守っていた。
しかし、それはプリンセス・テンペストの命を抱えて歩むならば、あまりに綱渡りの道だった。
だからシャッフリン達も、そこまでのことをするはずないという先入観を持っていた
今回はたまたまそうならなかっただけで、
もし、ジョーカーが一度でもテンペストのランサーを相手にする前後で、デリュージの監視役たちと向こうから念話を取ろうとすれば、
もし、たまたま『剣士のバーサーカーの足元にある水分を、地面に槍を刺すことで一部を魔法で凍結させて足止めする』というバーサーカー封じが上手くいかなければ、
もし、都合よくランサーが自らおそ松たちのいる方へとすぐに向かってくれたけれど、もっと露骨な誘導が必要であり、それをランサーの監視に回されたシャッフリンが見ていたりすれば、
デリュージがシャッフリンを差し向けられる以前に、監視されているテンペストがサーヴァントと別行動している現状で、真っ先に殺されていた。
もし仲間の命を守ろうとするならば、あまりにもリスクが高すぎて実行できない動きだった。
しかし、デリュージは実行した。
仲間の命に保証があったわけではなかった。
デリュージは、プリンセス・テンペストを選ばなかった。
最悪は、仲間が死んでも仕方がないと諦めて、復讐の策を実行したのだ。
それこそが、『正しくない魔法少女』が取るべき手段だと、アーチャーが囁いたから。
『まさかマスター、仲間の1人を助けるために、他の大切な方々は見捨てるつもりではありませんね?』
仮に、この場でテンペストを守り通し、またここにいるテンペストと再会が叶ったとしても。
テンペストは、再会を喜んでくれるかもしれない。
デリュージと一緒に泣いてくれるかもしれない。
助けられなかったデリュージを、許してくれるかもしれない。
しかし。
聖杯のために彼女を選び、聖杯が獲れなかったら、
クエイクは死んだままだ。
インフェルノは死んだままだ。
プリズムチェリーは死んだままだ。
それで、本当に自分の喪失が、自分の無力さのために喪ったものを、救うことができたと言えるのか。
『そもそも彼女を守って、対面して、どうするのです?
他の仲間を完全に生き返らせるために死んでくれ、とでも言うつもりですか?』
お前はどの面を提げて、ここにいる仲間を守り、顔向けするつもりなのだと言われた。
それはお前の自己満足だと。
それは仲間を救済しているわけではないのだと。
そう言われてしまえば、呼吸が詰まった。返す言葉が無かった。
だからなのだろう。
ボロボロになった実体化サーヴァントを、人造魔法少女の瞬間最大火力をもって蹴散らし、ジョーカーごとマスターを串刺しにしたその瞬間。
ジョーカーはその両眼を大きく見開き、たいそう驚いたような顔をしていた。
ジョーカー自身には、大切な人を見捨てる前提の策など無かったと言わんばかりに。
マスターはマスターで、近くにいたハートの3番をふらふらの身体で突き飛ばしていた。
所詮、ジョーカーを殺害すればすべてのシャッフリンは消えるというのに。
最期の最期で、シャッフリンを、庇っていた。
ハートの3番に、何かを言い残していた。
アドレナリンで極限まで昂ぶっていたデリュージの耳には、入らなかった。
そして、奈美の敗因がただ一つ。
ランサーの足が速かったために、ランサーと松野おそ松が接触したその瞬間には居合わせられなかったことだ。
居合わせていれば、『図書館を出てから最初に会った赤いパーカーの青年』と、『ランサーと戦っていた紫のパーカーの青年』が、別人であることにはすぐ気づいたはずだ。
最期の最期で、ランサーとおそ松の会話を聞いている時に、やっとそれを察してしまった。
その時点で初めて、マスターもシャッフリンも、『魔法の袋』をどこにも持っていないと気付いた。
ならば、『松野おそ松の弟』はどこに行ったのか。
そして、おそ松の服装が、短時間で赤から紫に変わっていた理由はなぜなのか。
それまで、最初に見せられた拘束されたマスターが、バーサーカーのマスターだという可能性を失念していた。
あれを見せられた時点で、奈美はランサー達を襲っていたサーヴァントのことを『剣士のサーヴァント』としか知らされていなかった。
『いくら何でもサーヴァントが生きているマスターならば、マスターが拘束されているのに飛んでこないはずがない』という常識が働き『だがサーヴァントがバーサーカーだったならば別だ』という可能性に至れなかった。
結果として。
殺したくて仕方がなかった相手を殺したというのに、ちっとも勝った気がしなかった。
松野おそ松は最初から最後まで、デリュージの思い通りにならなかった。
『デリュージが憎くて仕方のなかった連中』は、自分の全てを犠牲にして、身体を張って、己の弱さや卑小さやクズだということさえも利用して、護りたいものを護りきって死んだ。
それは、仲間に庇われてただ1人だけ生き残ってしまった魔法少女にとっては、これ以上ないほど皮肉でしかない。
しかもその結末は、『デリュージ自身が、ピュアエレメンツの仲間を見捨てた行動を起こした』ために、生まれたものだった。
――お前はやはり、暗くて陰湿な青木奈美のままだと、言われた気がした。
弟を殺すことに、嬉々として本心から同意したものだから、すっかりと騙された。
松野おそ松としては、騙したつもりも何もないだろう。
あれはあれで、間違いなく本音の一つではあったのだ。
奴は最初から最後まで、誰に対しても正直にしか振る舞っていなかった。
そんな人間を、想像できなかった。
デリュージには、必死で守ろうとしながらも、死ねばいいのにと平気で言えるような相手はいなかった。
平気で喧嘩できるような相手は、いなかった。
誰にも嫌われないように、必死に取り繕いながら生きてきた。
感情のまま誰かを殴ったり頬をはり倒したりして、嫌われようとも正直に自分らしいく振る舞う勇気なんて、持ち得なかった。
仲間でさえも、デリュージのじめついた部分に触れさせることは、無かった。
おそらくあのアーチャーも、あの性格ならば誰かと本音で喧嘩したことなど、そう無いだろう。
あらゆる者から身を守る完璧な鎧を身に着けるしかなかったサーヴァントとマスターは、
平気で裸になれる男のことだけを読み切れなかった。
――お前は自分しか愛していないんだと、言われた気がした。
身内の命が差し出されそうになっている時に、逃げずに臆せずに、自分の命を差し出してでも、一番守りたいものを守るために自分の持てる全てを使う。
この男がやったのは、それだった。
デリュージがあの時に、それができていればどれほど良かったかと、悔やんでも悔やみきれないほど、後悔したことだった。
――お前だけそんなだったから、生き残ってしまったのだと言われた気がした。
「違う」
足元には、赤く染まった死体があった。
槍を抜いた瞬間に、血が噴き出したために再び赤く染まったパーカーの青年が、倒れていた。
「違う」
ぐさりと、その死体をまた刺した。
「違う!」
ぐさり、ぐさりと。
死体の背中へと、なお三叉の槍を突き刺した。
そうでもしなければ、否定できなかった。
「これは、仲間を救うためなんだ。あの時とは絶対に違う。」
ぐさり。
ぐさり。
ぐさり。
ぐさり。
ぐさり。
「今回は」
ずたずたになったパーカーに、もうひと刺し。
その瞬間に、ラグジュアリーモードはおろか、魔法少女姿も解除されて消え去った。
野球帽もサングラスも、すでにどこかに落っことしている。
プリセス・デリュージは、プリンセス・テンペストに会えないのではない。
デリュージは、テンペストに会わないことを選んだのだ。
「選ばなかったことを後悔するんじゃない。後悔する前に、自分で選ぶ」
「――――青木さん?」
幼さを帯びた震える声が、公民館の入り口から聞こえた。
顔をそちらに向ければ、見慣れた顔と、見慣れた姿があった。
クラスメイトの越谷小鞠が、金髪の愛らしい少女剣士のサーヴァントを帯同して、その場に姿を現していた。
♠ ♥ ♦ ♣
「ねぇ、もうそろそろ安全なんじゃない?」
自身も走りながら避難路のナビゲートをしていたシップがそうつぶやいて、しばらく時間がたった頃だっただろうか。
それは、突然やってきた。
「お前ら……?」
何が起こったのか、最初は分からなかった。
ぜえぜえと喘ぎながら、走り続けていたのを止める。
トランプの兵士たちが、足先から大気に溶けるように消え始めていた。
望月が、震える声でその現象を口にする。
「サーヴァントの、消滅……」
意味は分かった。
しかし、分からなかった。
急にサーヴァントが消えてしまう。
どういう場合にそれが起こり得るか、一度聞いたことがあったはずだ。
とても、考えたくないケースだったはずだ。
しかし、彼のサーヴァントは続きを言ってしまった。
「マスターが、死んだ時だ」
嘘だろ、と言いたかった。
きっと、兄弟の間でもたまにやる、すごくタチの悪いドッキリ的ないたずらだ。
サーヴァントだから主人に似たのだろうと、そう言って笑いたかった。
しかし、消滅を迎える兵士たちは、ごく静かな表情で頷き合っていた。
その結果を受け入れるように。
果たすべきことは、果たしたという顔で。
これでいいのだ、
と言いたげに。
「良くねぇよ!!」
切らした息を絞り出すようにして叫べば、反動でゲホゲホと咽かえる呼吸困難が襲ってきた。
違う。
違う、違う。
どれほど酷い目に遭わされても、必ず家に帰って来てふんぞりかえるクズだったのに。
なんやかんやで、六つ子の真ん中にいる人だったのに。
消えるわけないだろと言いたいのに、咳ばかり出るせいで訴えられない。
トランプの兵士たちの足がなくなり、腰から上がなくなり、指先も消えていくのに、何も言うことができない。
あんなに簡単に、別れてしまったのに。
お前は友達ができたんだと、言ってくれたのに。
今まででいちばん、褒めてくれたのに。
ずっと、褒められたかったのに。
「行かないで……」
兵士たちは、ふるふると首を横に振った。
彼等の1人は、マスターの真似をした。
指先から手の甲まで限りなく薄くなっていたのに、その小さな手を男の髪の上に降ろして、ゆっくりと撫でた。
着ている赤いパーカーは、一松に着せられる前から汗だくだった。
きっとタクシーを降りてからは、紫のパーカーを探すために全力で走ってきたのだろう。
その沁みついた汗と、小さな手の感触だけを残して。
シャッフリン達が、すべて消えてしまった。
その消失は、彼の身体を動かしていた気力を根こそぎ奪ってしまった。
酸欠でフラフラになっていたところに、さらに咳きこみ過ぎての呼吸困難。
望月が必死に呼びかける声をぼんやり聞きながら、視界がブラックアウトするのはやむを得なかった。
共にとなりを走る兄弟は誰もいない。
松野一松しかいなかった全力疾走、そしてバタンキュー。
にゃーにゃーと鳴く、たくさんの友達に囲まれて。
頬を濡らしたまま、気を失った。
♠ ♥ ♦ ♣
「さて、どこまで当たりましたかねぇ」
自身を見張っていたトランプ兵士たちがみるみると消えていくのを確認して、
アーチャー――ヴァレリア・トリファは図書館の卓上に腕を組んで計画を再確認した。
青木奈美に語った、策の狙いに嘘偽りはない。
だが、彼は幾つか、自分自身の狙いを伏せていた。
一つ目の狙いは、テンペストとやらのサーヴァント――櫻井戒に、なるべく早いうちにこの聖杯戦争から脱落してもらうことだ。
ヴァレリアのやり方を知悉しており間違いなく警戒されるサーヴァントだということに加えて、あの男はこの聖贄杯に絶大なる憎しみを抱いている。
特に、生前の逸話がそのまま宝具になるというサーヴァントのシステムを鑑みれば、間違いなく聖贄杯憎しで生かされているような『あの姿』も彼の宝具として再現される可能性が高い。
しかし、それを却って利用することもできる。
生前は、『創造』を一度発動するだけでも自我を保てなくなると言われた身体だったのだ。
いくらサーヴァントの宝具が『真名』を開放して使うものだとはいえ、『偽槍によって魂を食いつくされる逸話』が、サーヴァントとしての身体に何の影響も与えないとは考えにくい。
シャッフリン達は、白兵戦しかできないサーヴァントだ。
しかし、デリュージに聞いて、実際に目にした限りの能力値そのものは、櫻井戒単騎の戦闘力を上回っている。
つまり、シャッフリンとは『創造』を使用すればたやすく撃破できる敵だが、
逆に言えば、『創造』を使わないかぎりは勝利できないレベルの敵だ。
会敵させ、一回でもその『創造』を消費させる。
それが、デリュージには伏せていた狙いの一つだ。
もう一つの狙いは、デリュージ自身に関するものだ。
アーチャーのサーヴァントは、デリュージの命令通りに、一刻も早く彼女の復讐を成させる手助けをした。
しかし、一方でこうも考えていた。
復讐の完遂によって彼女を燃え尽きさせてしまっては、その後の大幅なモチベーション低下を招いてしまう。
彼にとって、デリュージが復讐を遂げることが重要なのではない。当面は彼女とともに聖杯を目指すことが重要なのだ。
だから敢えて、その復讐のために『仲間を見捨てた行動をする』という矛盾した手段へと誘導した。
『この上は何としても聖杯を獲るしかない』と思い詰めさせ、彼女の執念を維持するために。
もしその思惑を知る者がいれば、『同じような願いを持っているとは思えないほど突き放している』と呆れただろう。
しかし、彼にはそうさせねばならないだけの信条がある。
「自分が救われたいなどと、思ってはならない」
デリュージの復讐に賭ける意気込みは、嫌いではない。
しかし、そもそも復讐しようなどという発想が、邪なる神父には存在しない。
そんなものは結局、自分の心を安らかにするためだろう。
自分の至らなさゆえに大切な人達を失ったと悔いているのに、なぜその自分が救われることを優先する。
大切な人達の笑顔があるセカイ。
望むものは、それだけでいいはずだ。
そこに救済された自分自身も加えてもらおうなど、図々しいにもほどがある。
「魔法少女とは不便なものですねぇ。変身することはできても、至らない『自分を変える』ことはできない」
魔法少女と、邪なる聖人には、似通ってはいても決定的な隔たりがあった。
それは、かつて彼自身が大切な子ども達を奪われた時に、ついぞ『奪った者達に刃を向ける』という選択肢を選べなかったことに、起因するのかもしれなかった。
そして彼の計画は、おおむねその通り運んだ。
多くのサーヴァントの情報を一方的に得るという目的は、達成された。
櫻井戒と松野おそ松をぶつけ合わせるという目的は、達成された。
櫻井戒に、一度でも『創造』を使わせるという目的は、達成された。
デリュージにおそ松を殺害させるという目的は、達成された。
デリュージの聖杯に賭けるモチベーションを維持したまま、この会敵を終わらせるという目的は、達成された。
エクストラクラスのマスター(松野一松)を確保するという目的だけが、達成されなかった。
松野おそ松がそれを防いだという一点において、策が外れた。
♠ ♥ ♦ ♣
『落ちついて』『仇のことを思い出した』。
その二つが達成された頭で、彼女は正確に記憶を取り戻した。
森の音楽家、クラムベリーのこと。
そして、家族のこと。
クラムベリーに、一太刀も浴びせられなかったこと。
はっきりした頭で、思い出した。
「どうしたんだバーサーカー。消えたかと思えば、いきなりそんなのを連れてきて……」
そして、彼女は結論を出した。
――お姉ちゃんに顔向けできないよ!!
自分には、聖杯を目指すことはできない。
聖杯を目指すということは、踏み躙るということだ。
家族のために戦う誰かと戦って、その想いを踏み躙るということだ。
『家族想い』の少女が、己の復讐のために、それをできるはずがない。
となれば、彼女の取るべき道は決まっていた。
しかし、それを実行するには、ひとつだけ心残りがあった。
そんな彼女の耳に、わずかな『戦闘音』が飛びこんできた。
全てを失った時から『音楽家』を探す狂戦士として生きてきた彼女は、サーヴァントになった今ではよりいっそう、誰よりも、他の人には聞こえなくとも、『音を聞きつけること』に敏感になっていた。
もしかすると、先ほど迷惑をかけてしまった『姉を持つ少女』かもしれない。
そんな罪悪感もあって、責任感がとびきり強かった少女は、限られたわずかな時間を使ってその戦場へと走り出した。
そして、どこかのぼんやりと見覚えのあるマスターが、トドメを刺される現場に立ち会った。
自分のサーヴァントを、突き飛ばして庇っていた。
最期の台詞を、アカネの優れた聴覚は聞きとった。
――家のこと、おねがっ――
そう言いかけて、刺された。
そのサーヴァントは、一目散に駆けてきた。
手近に落ちていた大鎌を拾った上で、駆けてきた。
アカネは彼女を回収し、元山総帥のところへと帰還した。
彼女をマスターの前に差し出すや、長刀と脇差をふたたび抜き取る。
抜き身の長刀を夜になった街灯の下にかざし、刀身に彼女自身の姿を映し出した。
時間は限られている。
するべきことは、決まっている。
「おい。バーサーカー。何を――」
刀身に映った彼女自身の姿に向かって、脇差を振るった。
「どうかマスターは、人を幸せにする絵を」
――私のように、魔法で大切なものを壊さないで。
そんな祈りだけを内に秘めて。
彼女の霊核は、その一撃で両断された。
「どうして……!」
彼女にとって、自分がいなくなることでの唯一の心残りは、マスターのことだった。
自分が消えれば、マスターも半日後には消えてしまう。
不破茜は、責任感の強かった少女だ。
それだけが心残りだった。
しかし彼女は、たまたま駆けつけたことで見つけたのだ。
マスターを再契約させ、命を繋ぐことができる存在を。
よろよろと駆け寄ったその魔法少女は、ずいぶんと短い時間で衣服をくたびれさせたのか、
ぼろりと上に着ていた服がはがれていた。
トランプのジョーカーが描かれた服の上から、ハートの3番の衣服を重ね着していた。
そのサーヴァントは、マスターから『家』のことを託されていた。
どんなマスターであれ、『家族』のことを思ってサーヴァントに託したものを、
『家族想い』の彼女が見捨てられるはずがない。
かくして、サーヴァントを失った少年の元へ連れて来られたはぐれサーヴァントは、その人物へと手を伸ばした。
「このまま終わりたくなければ、手を――」
♠ ♥ ♦ ♣
サーヴァントが消滅する時、足先から徐々に消えていくように、
シャッフリン達がマスター喪失の魔力切れで次々と消えていく中で、ジョーカーは最後まで残されたらしい。
こいつと一緒に破滅するのも悪くない。いつかと同じように、そう思っていた。
そいつは、一緒に破滅するのを許さなかった。
そんなことが起こるなんて、考えもしなかった。
死ぬべきときに、死ねなかった。
それは、死ぬべきときに死ねなかった魔法少女からの、報復なのかもしれなかった。
あるいは、どこまでもワガママだったマスターの、最期の最期でのワガママなのだろうか。
「バーサーカーは、どういうつもりだったんだ?」
胡散臭い目で、再契約したマスターは彼女を見下ろす。
ほんのわずか接触しただけとはいえ、第一印象は『スペードのエースにぶっとばされる』というものだったのだ。
『やあ君が新しいサーヴァントなんだね、これからよろしく』というわけにいくはずもない。
それに、サーヴァントにマスターを失った衝撃があるように、
マスターにも、サーヴァントを失った衝撃があるはずなのだ。
ジョーカーは、マスターが図書館では保身のために自分を売ろうとしたことを思い出した。
マスターは、我が身とシャッフリンの二択ならば、我が身を選ぼうとする人間だった。
だから、最期の瞬間に、マスターの心の天秤に乗っていたのは『自分を取るか、シャッフリンを取るか』ではない。
「『音楽家』への復讐も、何も終わっていなかったのに……」
――マスターは、なぜヘドラの討伐にこだわるのでしょう。
そう訊ねたら、マスターは答えた。
――だってヘドラがここまで来たら、この家、なくなっちゃうかもしれないじゃん。
この家が俺達クソニートの唯一の牙城なんだからさ、となぜか偉そうに言った。
創られた偽の家であるにも関わらず、そう言った。
あの家で、ハムカツを食べたがっていた。
つまりはそれが、彼が最後に『自分の命』との天秤に乗せたものだ。
だからシャッフリンは、まだ破滅することを許されない。
新たなマスターの元へと、片膝を折る。
二君へと仕える、その境遇を受け入れた。
「恐れながら『音楽家』と名乗る魔法少女には、心当たりがございます」
その二つ名を、『魔法の国』から来た魔法少女であるシャッフリンが知らないはずもない。
「なんだって?」
こうして元山総帥は、彼女が憎んでいた『音楽家』がどこの誰なのか、彼女が消えた後で知ることになる。
♠ ♥ ♦ ♣
「元山とかいう奴、家にいなかったな」
残念だと唸りながら、棗鈴は腕を組んで帰路を歩いていた。
背後には、霊体化したレオニダス一世ことランサーが従っている。
「サボりか。けしからん奴だ」
学校に行かなかった時点でもうサボりなのだが、そこをレオニダスは突っ込まない。
にゃーにゃーと、たくさんの猫たちの鳴き声を聞きつけたのはそんな路上だった。
すっかり暗くなってしまっても、鳴き声を聞けばどの猫かは聞き分けられる。
「レノンと……テヅカと……アカツカもいるのか?」
とことこと鳴き声の方に駆けて行けば、助けを求めるように擦り寄られる。
そうだ。確かこいつらには、今朝『危なくなったら頼るといい』と約束をしたばかりだった。
鳴き声に導かれるように、路地裏へと入っていく。
そこにいたのは、予想外の存在だった。
「サーヴァント!」
と、マスターなのだろうか。
赤いパーカーの青年が顔をぐしゃぐしゃにしたままそこで気を失っていて、猫達がその周りをにゃーにゃーと鳴いていた。
えらくステータスの低いサーヴァントの少女が、その傍に寄り添っている。
他のマスターとサーヴァントならば、倒さなければならない。
しかし。
猫たちは、助けてくれと、そう言っているように見えた。
「お前らの、友達なのか?」
そう訊ねると、猫達は一斉に肯定するように「にゃー」と鳴いた。
その猫達の姿は、そこにいたサーヴァントにある決心をさせる。
あの場を立ち去る時、マスターの兄は彼女に言ったのだ。
彼女だけに、聞こえる声で。
『俺の弟、よろしくね? 性格ひん曲がってるけど、意外といい奴だから』
この台詞、一度言って見たかったんだよね、と。
『十四松の時』に言ってみたかったから、とにへにへ笑っていた。
『あとさ、あとさ。俺も六つ子で良かったよ』
一松に向かって言わなかった理由は、きっと簡単だ。
『自分が友達を作ったせいで、兄が危険な戦いに赴いた』と、そう思い込ませたくなかったのだろう。
そんな風に言うのは、卑怯だと思う。
――頑張らなきゃ、いけなくなるじゃん。
「殺し合うつもりが無いマスターなら、どうか助けてください」
最初のがんばりは、頭を下げて命乞いをするという情けないものだったけれど。
♠ ♥ ♦ ♣
♠ ♥ ♦ ♣
バカっていうのは自分がハダカになることだ。世の中の常識を無視して、純粋な自分だけのものの見方や生き方を押し通すことなんだよ。バカだからこそ語れる真実っていっぱいあるんだ。
♠ ♥ ♦ ♣
アカネというサーヴァントの出自について、追記することが一つある。
彼女は、『魔法少女育成計画』というゲームの電脳世界のデータが流出したことで、聖杯に招かれた存在だ。
つまり、彼女が招かれたのは「魔法少女育成計画」というゲーム内での『アカネという魔法少女(プレイヤーキャラクター)』としてであり、『不破茜という少女』としてではない。
ならば、彼女が『不破茜』という人格を存在させたまま消滅した時、
『英霊アカネ』は、間違いなく聖杯を起動させる魔力として蓄えられるのだろう。
ならば、消滅した『不破茜』の人格の、その魂の向かう先とは。
その行き先が、存在するとすれば――。
【アカネ@魔法少女育成計画restart 消滅/帰還(タダイマ)】
【松野おそ松@おそ松さん 死亡/不還(カエラズ)】
【シャッフリン@魔法少女育成計画JOKERS 元山総帥と再契約】
【B-5・路地裏/一日目・夕方】
【棗鈴@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 学校指定の制服
[道具] 学生カバン(教室に保管、中に猫じゃらし)
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:勝ちたい
1:こいつら、どうすればいいんだ?
2:『元山』は留守だったし、どうしよう…
3:野良猫たちの面倒を見る
4:他のマスターを殺すなんてことができるのか…?
[備考]
元山総帥とは同じ高校のクラスメイトという設定です。
ファルからの通達を聞きました。
【レオニダス一世@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 槍
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。マスターを鍛える
1:目の前の主従にどう対処するか、マスターの意向を聞く。
2:放課後もマスターを護衛
【松野一松@おそ松さん】
[状態] 気絶
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(赤)、猫数匹(一緒にいる)
[道具] 一条蛍に関する資料の写し、財布、猫じゃらし、救急道具、着替え、にぼし、エロ本(全て荷物袋の中)
[所持金] そう多くは無い(飲み代やレンタル彼女を賄える程度)
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:???
※フラッグコーポレーションから『一条蛍の身辺調査』の依頼を受けましたが、依頼人については『ハタ坊の知人』としか知りません
【望月@艦隊これくしょん】
[状態] 健康
[装備] 『61cm三連装魚雷』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 頑張る
1:目の前の主従にどうにか助けてもらう
2:一松を生還させてあげたい
【C-5・東恩納邸/一日目・夕方】
【一条蛍@のんのんびより】
[状態] 健康、輝ける背中(影響度:小)
[令呪] 残り三画
[装備] 普段着
[道具] 授業の用意一式、こまぐるみのペンケース、名札
[所持金] 小学生のお小遣い程度+貯めておいたお年玉
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
0:プリンセス・テンペストと一緒にブレイバーさんたちの帰りを待つ
1:脱出の糸口が見つかるまで生き延びる
2:自分と同じ境遇のマスターがいたら協力したい。まずは鳴ちゃん達から。
3:自分なりにブレイバーさんの力になりたい
[備考]
※U-511の存在に気付けませんでした。
※念話をうまく扱うことができず、集中していないとその内容が口に出てしまうようです。
【プリンセス・テンペスト@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態]健康、人間体
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]魔法少女変身用の薬
[所持金]小学生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
0:蛍ちゃんを護衛しながら、ランサーたちの帰りを待つ
1:悪い奴をやっつけよう!
2:ランサーは、聖杯のために他のマスターを殺せるの???
3:元の世界に帰りたい。死にたくはないが、聖杯が欲しいかと言われると微妙
[備考]
※討伐令に参加します
※情報交換中に一度ランサーを使いにだし、魔法少女になるための薬を持ってきてもらいました。
【C-5・公民館前/一日目・夕方】
【青木奈美(プリンセス・デリュージ)@魔法少女育成計画ACES】
[状態] 健康、人間体(変身解除)
[令呪] 残り二画
[装備] 制服
[道具] 魔法少女変身用の薬
[所持金] 数万円
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、ピュアエレメンツを取り戻す
0:越谷さん――?
1:ピュア・エレメンツを全員取り戻すためならば、何だって、する
2:テンペストには会わない。これは、私が選んだこと。
3:ヘドラ、アサシンに対する対処。現状、討伐令に従う主従の排除は保留?
※アーチャーに『扇動』されて『正しい魔法少女になれない』という思考回路になっています。
※学校に二騎のサーヴァントがいることを理解しました。
※学校に正体不明の一名がいることが分かりました。
※ファルは心からルーラーのために働いているわけではないと思っています
【越谷小鞠@のんのんびより】
[状態] 健康、不安
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
0:青木さん――?
1:その男の人は……
2:松野さんというマスターは、悪い人ではないと思う
3:これが終わったら帰宅して、ちゃんと夏海を安心させる
【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン<リリィ>)@Fate/Unlimited cords】
[状態] 疲労(中)
[装備] 『勝利すべき黄金の剣』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界へと帰す
0:目の前の少女をどうするか考える
1:コマリを守る
2:バーサーカーのサーヴァント(ヒューナル)に強い警戒。
3:白衣のサーヴァント(死神)ともう一度接触する機会が欲しい
4:接触しようと思っていたマスターが……
【C-5・東恩納邸付近/一日目・夕方】
【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】
[状態] 健康
[装備] ワイヤーを射出できる腕輪
[道具] 木霊(任意で樹の元に現界することができる)
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:蛍を元の世界に帰す
0:蛍ちゃんたちと合流。ランサーさん、シップちゃんたち、大丈夫かな…
1:蛍の無事を最優先
2:町と蛍ちゃん両方を守るためにも、まずはヘドラ討伐を優先したい
3:討伐対象の連続殺人は許すことができないけれど…
4:あのバーサーカーさんに、何があったんだろう…
[備考]
※U-511の存在に気付けませんでした。
【櫻井戒@Dies irae】
[状態]健康、『創造』を一度発動
[装備] 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:妹の幸福のため、聖杯を手に入れる。鳴ちゃんは元の世界に帰したい。
1:家に帰ったら、もっとちゃんと鳴ちゃんと話をしてみる
2:今は「正義のため」にアサシンを討伐する
[備考]
※討伐令を出されたヘドラを他のマスター達の中で一番警戒しています。
※少しマスターに対する後ろめたさが消えました
※『創造』を一度使ったことで何か弊害があるかどうかは、後続の書き手さんに任せます
【C-5・公民館付近/一日目・夕方】
【元山総帥@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]健康
[令呪]残り一画
[装備]ペルセウス・ゾディアーツのスイッチ(ラストワンまで残り?回)
[道具]財布 、画材一式
[所持金]高校生としては平均的
[思考・状況]
基本行動方針:静かな世界で絵を描きあげる
0:バーサーカー……
0:お前、音楽家のことを知っているのか――?
1:作品の完成を優先する。だから、ここで脱落するわけにはいかない
2:作品を託せる場所をあたる。候補地は今のところ『高校』『小学校』『孤児院』
3:ヘドラは絶対に排除しなければならない
4:自分の行動範囲で『顔を覚えた青年』をまた見かけることがあれば、そして機会さえあれば、ひそかに排除する
[備考]
※『小学校』と『孤児院』の子どもたちに自作を寄贈して飾ってもらったことがあります。
※創作活動を邪魔する者として松野十四松(NPC)の顔を覚えました。
もちろん、彼が歌のとおりの一卵性六つ子であり、同じ顔をした兄弟が何人もいることなど知るよしもありません。
【アサシン(シャッフリン)@魔法少女育成計画JOKERS】
[状態] 健康
[装備] 『汝女王の采配を知らず』(再契約した時に辛うじて霊体化のまま消えずに残っていたクラブ数体とダイヤの数体を残し、全滅)
[道具]
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:新たなマスターに従う。しかし新たなマスターの口から矛盾した命令でも出ない限りは、前マスターの意向を守る(前マスターの家族とその友人を守る)
1:新たなマスターに『音楽家』のことを説明する。
2:一刻も早くシャッフリンの再補充を済ませて万全を期したい。海岸にヘドラの雑魚でも打ちあがっているといいのだが……
※魔法の袋は、一松と共にいたシャッフリンが消滅した時にともに消滅しました。
シャッフリンの再補充が完了すれば復活させられます。
【一日目・夕方/B-4・図書館】
【アーチャー(ヴァレリア・トリファ)@Dies irae】
[状態]健康 、令呪による制約(松野おそ松・シャッフリンの主従に敵対行動を取らない)
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にする
1:図書館の後始末(従業員に対して等)を済ませ、デリュージと合流
2:アサシン、ヘドラを狙う他のマスターを殲滅 ??
3:櫻井戒にはなるべく早く退場を願いたい
4:同盟相手の模索。
5:エクストラクラスのサーヴァントに興味。どんな特徴のサーヴァントか知りたい
6:ルーラーの思惑を知るためにも、多くの主従の情報を集めたい。ルーラーと接触する手段を考えたい
7:廃墟街のランサー(ヘクトール)には注意する
[備考]
※A-8・ゴーストタウンにランサー(ヘクトール)のマスターが居るだろうことを確信しました
※プリンセス・テンペストの主従、一条蛍の主従に対して、シャッフリンから外見で判断できるかぎりの情報を得ました(蛍の名前だけは知りません)
投下終了です
そしてすみません、実は>>844 からがタイトル切り替わりポイント(聖杯戦争家族計画 おそ松さん)だったのですが
投下に夢中で失念しておりました
wiki収録時はそこを分割点とさせていただきます
投下おつー。まさに「 帰ろう、帰ればまた――。 」な話だった
全体的にはすごいシリアスな話なんだけどだいたいおそ松に持ってかれたw
こいつ屑だああああああああ! てのやりつつそのクズっぷりでヴァレリアたち騙そうとしたり、創造揺るがしたりやりたい放題だなw
特にあまりに屑なせいで本気で一松やっちまったかと思ったり、そりゃそうだな屑兄さんへの説得力発揮したりには吹いた
それでいて一松の方がいつも通りから外れたからこそ、おそ松も奮起していたという裏側が……
シャッフリンといいコンビだったなー
シャッフリンはシャッフリンで地獄から蘇ったシャッフリンハンター相手に終わりかと思いきや……
そうなるか。元帥も悪い人間ではないんだがすごいタイミングで結構善意から令呪使ってしまったせいで思わぬ結末に……
しかしこれ、兄さんたちが屑合戦している傍らでいっちゃんの屑がデリュージと神父という形式になってるのも面白いな
投下乙
いやー着地点が見えず手に汗握って読み耽ってたがこうなるとは
面白かった、面白かった
投下お疲れ様です!!
熱意たっぷりの超大作、大変楽しんで読ませていただきました。
前半では屑っぷりを遺憾なく発揮しながらデリュージやヴァレリアを困惑させた長男の生き様、そして散り様はまさに圧巻。
一松とシップも、この話の中だけで随分と成長し、前に進んだと思みましたね。
若干の危うさを抱えた小学生組もそうですが、個人的には新たなマスター、新たなサーヴァントを得た元山主従の今後に注目です。
アカネへの令呪使用がああいう展開を招くというのには、読んでいて思わず成程と呟いてしまいました。
彼女の最期の言葉が本当に良い……音に狂わされた彼女が最期に救われたようで、何よりです。
では自分も
建原智香(ペチカ)&アサシン(死神)
秋月凌駕&アサシン(ゼファー・コールレイン)
ヘンゼルとグレーテル&アサシン(ジャック・ザ・リッパー) 予約します。
報告遅れて申し訳ありません。
少々トラブルがあって文章が消えてしまい、書き直すのに時間がかかっています。
あと一週間〜二週間ほどはお時間をいただくと思うので、他に書きたいって方がいれば全然予約していただいて構いません。
ではではペチカ&アサシン 予約します
ヴァルゼライド総統、会う人会う人全員にバカ呼ばわりされててワロタ
別聖杯から乗り込んでくる総統はこわい
予約延期します。
投下します
『死神』という暗殺者がいた。
殺し、騙し、探り、偽り、考え、そして殺す。
男の人生は死と隣り合わせ……というより隣人(ターゲット)の死を作り出すこと大半であった。
「そういえば『私』はどうなったんでしたっけ?」
記憶はとある研究所の事件前後を境にプツリと途切れている。故に自分が最強生物になった後のことは分からない。
暗殺者としての全盛期が今の自分であならばやはり……あの異形のまま教師になったという与えられた知識に間違いないのだろう。
しかし、私が教師ですか。
たった一人の弟子に裏切られたのに、と男は自嘲した。
* * *
『ペチカ』という魔法少女がいた。
人間の少女が魔法の力を得て変身した仮初めの姿。それがペチカ。
超人的身体能力、容姿端麗、料理の魔法。
しかし、それは与えられたものに過ぎない。むしろ、同じ魔法少女達の中にいれば埋もれるレベルのパラメーターだ。
ああ、でも。それでも。
〝彼〟が好きだったから。諦められないから。
私はあの『ゲーム』に参加した。そして────思い出した。
* * *
K市の山道を高速で下りる影があった。
影は舗装された道路でも獣道でもなく、藪や太い木の枝を足場にして高速で降りている。
いうまでも無いが人間業ではない。
いや、正確には人間でも可能だが、移動速度が速すぎた。降りている影は跳躍のたびに30メートルは移動しているのだ。
やがて影は木々が織り成していた闇から出て文明の通った砂利道を移動し始めた。
その影の正体は新種のゴリラ……ではなく可憐な少女だと知れば余人は視覚が狂ったと思うだろう。だが事実としてその小さな体躯からは想像を絶する運動エネルギーが生み出されていた。
そしてもう一つ奇異な事がある。山道を通ってきたとは思えぬほど彼女は汚れていなかった。それどころか服のほつれ一つない。
怪力。そして美しさの維持。これらを説明する言葉は現代の一般科学に存在しない。当然だ、彼女は科学ではなく魔法の存在。魔法少女なのだから。
「早く帰らないと日が暮れちゃう」
彼女の名は『ペチカ』、本名は建原智香。
臨時下校により建原智香は帰宅の途についていた途中、強力なサーヴァントと遭遇し、逃亡した。
攻防速耐の全てにおいて桁違いな相手に対し、死神は技術をもって対抗するも抗えず、命からがら逃げ出したのだ。
極力人混みを通り、されど大胆な動きをする時は避け、撒けたと確信した二人は再接触を恐れて山道を通って建原宅へと向かった。
「すいませんマスター。こんな不甲斐ないサーヴァントで」
「いえ、そんな……」
それを言ったらペチカだってそうだろう。相手のマスターと戦えず、かといってアサシンの援護もできず。
むしろ足手まといと言っていい。そのせいでアサシンは苦境に立たされたのだから。
(───止まってください)
死神に指示されてペチカは停止する。
実体化したアサシンが人差し指を口に当てて静かにとジェスチャーしながらもう片方の手の指を地面に当てる。
そこには血溜まりがあった。こういう時に建原智香であれば悲鳴やパニックに陥るのだが、魔法少女に変身している彼女(ペチカ)は超人的な精神でショックを口に手を当てる程度に抑えた。
(魔力の残滓を感じます。どうやらサーヴァントか魔術師がここで何かを殺したようですね)
(人でしょうか?)
(可能性はありますが猪などの野生動物かもしれません。宝具の試し撃ちの可能性もあります)
アサシンが遠くを指差すと血痕が点々と先に続いていた。
それが意味することなどいうまでもない。
(マスター、どうしますか? 暗殺か偵察か無視かの三択です)
(死神さんの傷はまだ癒えてないので戦いはなるべく避けたいです)
(お気遣いありがとうございます。ならば無視した方がよいですね。こちらへ行きましょう)
当初の下山コースを少し迂回してペチカは山から無事に降りた。
一先ず安心──とそう思った時。
『ルーラーからの新しい討伐令をお伝えするぽん』
「え?」
見覚えのある──アサシン以上に死神な──マスコットキャラクターが現れた。
* * *
別の場所でデリュージがスノーホワイトのマスコットキャラクターと勘違いしていたが、ペチカは違う。
彼女はマスター……ここではルーラーと呼ばれている魔法少女のマスコットキャラクターとして知っていた。
故にペチカはファルに質問攻めをした。
ここはどこか。これも魔法の国の仕業なのか。クランテイル達はどこにいったのか。などなど。
結論としてこの聖杯戦争というものと魔法の国は全く関係ないこと。他の参加者については答えられないが、今までの関係性とは全く違うと答えられる。
『ではヘドラ討伐の件、伝えましたぽん』
「待っ──」
そういってファルは消えてしまった。
「マスター。そのあなたが参加していた『ゲーム』とやらのマスターはどんな人物なのですか?」
どんな人物、と言われても直接の面識ペチカには主観と起きたことしか話せなかった。
強制的に引きずり込まれたゲームで『魔王』を倒すように言われたこと。
途中で死ねば現実でも死ぬことがわかったこと。ゲームの途中下車は許されなかったこと。
そして参加者は魔法少女になる時にとある魔法少女によって殺し合いをさせられて生き残ったから魔法少女になれたことを思い出したこと。
そして──あれ?
(その後のことが思い出せない。確かゲームの中に戻ってそこで何か起きたはずなのに)
「どうしました?」
「それが……ちょっと思い出せなくて」
「思い出せないですか。知らないじゃなく?」
「何か大事なことがあったはずなんですけど……」
困った顔をする智香。
ルーラーに繋がる重要な出来事のはずなのに……思い出せ……ない。
「もしかするとルーラーによって記憶の一部がロックされているのかもしれませんね」
「そんなことが可能なんでしょうか……」
「聞いた限りだと何でもアリな人物に聞こえます。
しかし、そうなるとこれ以上思いだそうとするとルーラーに口封じされるかもしれません。
現状、覚えている範囲で対策をたてましょう」
* * *
変身を解除した智香は帰宅後すぐに荷物を起き、自宅から拠点のホテルへと急いだ。
家族を巻き込まないことと夜中にK市を徘徊するためにアサシンが用意してくれた拠点だ。
家にいた弟に友達の家に泊まると告げて両親に書き置きを残し、一口コロッケをいくつか持って家を出た。
逃げ延びたとはいえ、あのアーチャーとマスターがまだ近くにいる可能性も考慮して人通りの多いところを通る。
しかし、問題はホテルに到着するまでに変身をしなければならないことだ。
建原智香がホテルに入ったところを見られた場合、よからぬ噂が立つのは当然としてそうなれば聖杯戦争のマスターの目を引く可能性だってあり得る。
学校には他のマスターが潜伏している可能性が極めて高いというアサシンも言っていたし、目立つことは避けたい。
同じ理由で人前で変身するのも駄目だ。そもそも魔法少女は一般人に魔法少女だと知られてはならない決まりがある。
よってどこかで人の目が届かないところに行って変身する必要があった。
人混みをこっそり抜けて人気のない路地に入り、角を曲がって人のいないところへ行く。そして変身しようとして────
「おや、そこのお嬢さん。少し待ちたまえ」
誰かに声をかけられて振り向くといつの間にそこにいたのだろうか。男の人が椅子に座っていた。
外国の人だろう。女の人のように髪が長く、黒い該当を羽織っていて前にある机には紙が貼ってある。
(あなたの運命占います。カール・エルンスト・クラフト……ということは占い師ですか)
(そうみたいですね)
(特にサーヴァントやマスターという気配は感じませんが念のためいつでも変身できるように)
「急に呼び止めてしまってすまないね。だが見ての通り占い師の端くれ……君に見過ごせない凶兆を見た故、声をかけさせてもらった」
「凶兆……ですか?」
なんだろう。と不安に思ったペチカに占い師が告げる。
「左様。君には死相が出ている」
智香は心臓が止まるかと思った。
内容だけではない。あまりにも恐ろしいとこを平坦な声で言うものだからまるで神様に決められてしまったような……いわゆる死の運命を感じてしまったのだ。
「突然言って驚かせてしまったか。すまない。信じがたいと思うが出ているものは仕方ない。
もしも思い当たる節や不安があるのならここで占っていかないかね?
ああ、お代は結構。子どもから金品を巻き上げることなどせんよ」
「は、はぁ」
まくし立てるような長口上に思わず肯定してしまう。
アサシンは特に何も言ってこない。
座っていいということだろうか。
とりあえず座って占い師と対面することにした。
「まだ日も落ちぬゆえそうだな、タロットカードがよいか」
そういうとカールという男はタロットカードを取り出す。
占い師曰く、スリーカードオラクルという、三枚のカードを選ぶ。形式の占いらしい。
一枚目は凶兆の原因となる過去、二枚目は現在、三枚目は未来を意味するらしい。
「では一枚目」
一枚目。隠者の逆位置。
「閉鎖的、陰湿的、消極的、悲観的、誤解や劣等感など後ろ向きなことを意味する。
君はどうやら内向的な性格のようだね」
グサリとペチカの心に突き刺さる。
悲観的。劣等感。まさにペチカはその塊ではないか!
図星を突かれて困惑するペチカをよそに薄ら笑みを浮かべたまま占い師が二枚目のカードをめぐるとそこには
「塔……」
「そうとも。これが現状の状態を示す『塔の正位置』。意味は惨劇や悲劇、被災や事故。
これが今、君が行こうとしている未来だよ。
どうかな……どうやらその顔は思い当たる節はあるようだね」
あるといえばある。
発令されたヘドラ討伐令だ。
災害級のサーヴァント。海岸線付近は既に人が立ち入れないという。
そして『マスター』と呼ばれていたルーラー……報酬の代償に人の死を誘発するイベントを引き起こす怪物もいる。
「そして三枚目。未来だ」
ペラリとカードがめくられて、そこにあった絵柄はフードを被った髑髏の怪物が鎌を持っている絵だった。
XIII-DEATHと描かれていて……その意味に気付いた時、智香の顔から血の気が引いた。
「なるほど『死神の逆位置』。ああ、逆位置は破滅や死ではない故、そんなに怯えなくていい。
逆位置の意味は新生、新しい始まり、つまるところ人生の再出発(リスタート)だ。
ふむ。もしも何かを為そうと考えているならば一旦改めて別の可能性を模索することをお奨めする」
「死ぬことではないんですね……?」
「言った通り死神の逆位置は破壊された後の新生だ。新しい人生の始まりや価値観、考え方がガラリと変わる転換期を暗示する」
新しい人生とはなんだろう。
智香は想像すらできない事件に関わりっぱなしだ。それでも智香もペチカも考えは変わらない。
雷同不和。風見鶏。ただ周りに流されて嵐が過ぎるのを待つだけだ。
この時、アサシンの様子がおかしいことに智香は気づかなかった。
* * *
占い師に礼を言って拠点へ帰る途中、アサシンが話かけてくる。
(マスター。占いの結果を100%信じる必要はありません。
確かに結果はあれでしたが、そもそも人間だれしも不安を抱く生物です。あの男はそれを利用したかもしれません。人引きや詐欺師の常套手段ですよ)
とアサシンは慰めてくれるも心配性の智香としては気が気でない。
こういったオカルトが信じてしまうのは建原智香……というより女子高生の習性ではないだろう。
故にペチカは気にしてしまう。いったい何が待ち受けているのか。自分はどんな風に変わってしまうのか。
それを察した死神は苦笑いをしつつもマスターに提案を投げ掛ける。
(ならばヘドラの討伐は一旦おいて別の目標を探しますか?
あの占い師も言った通り、現状に流されているのは危険です。ましてやルーラーがマスターのいう支配者ならば慎重に行くべきだと思います)
(どうするべきでしょうか)
(籠城をオススメします。おそらくヘドラ討伐は早くて今夜か明日のうちに片付くでしょう。拠点のホテルに籠って嵐が過ぎ去るのを待つのも手じゃないでしょうか)
そうするべきだろうか。
ペチカにとって尤も相応しい選択に思えた。
突然転移させられた電脳世界を思い出す。
無理矢理組まされたチームを思い出す。
出られないゲームの中の無力を思い出す。
そして────そんな自分のために死んだ魔法少女を思い出す。
(わたしは……)
そうだ。思い出した。忘れていた。
森の音楽家クラムベリーによってペチカといたもう一人の少女もまた魔法少女になった。
彼女はクラムベリーの試験がおかしいことに気付き、ペチカを最後まで生かしてくれた。
そしてクラムベリーと戦い、恐怖で動けないペチカの前で嬲り殺された。その時ですらペチカは動けないままだった。
(死神さん。私は……)
ペチカは魔王城の戦いで自ら動いた。
皆で生き残りたいと、皆で終わらせたいとそう思ったからではないのか。
それが正しいことだと思ったから奮い立ったのではないのか。
少なくてもペチカが動いたことで自分を守っていた魔法少女達が戦いに専念することができるようになり、勝利できた。
ならばあの時の行動に間違いはない。
(後悔はしたくないです)
ヘドラによって偽りの家族やここで出会った人々が殺されるのを見過ごせば、きっと後悔する。
たとえ先に悲劇が待ってると、死相が出ていると言われても。
(だからヘドラを見過ごすことはできません)
アサシンの口から笑い声が零れる。
ペチカの朝令暮改に対して呆れたのでも嘲笑ったのでもない。
ペチカの成長を純粋に喜んだのだ。
(タロット占い。当たりましたね)
意地悪な子どものように、もしくは微笑ましい光景を見た■■のように笑った。
B-4/宿泊施設/一日目・夕方】
【ペチカ(建原智香)@魔法少女育成計画restart】
[状態] 健康、魔法少女体、死相
[令呪] 残り三画(右手)
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 一万円とちょっと
[思考・状況]
基本行動方針:未定
0:ヘドラの被害を防ぐ
1:聖杯を手に入れ、あのゲームをなかったことにする?
2:魔法少女として、聖杯戦争へ立ち向かう?
※ペチカは記憶復活直後からの記憶がありません。
※山に誰かがいたことを知りました。(アタランテです)
【アサシン(死神)@暗殺教室】
[状態] 疲労(小)、腹部にダメージ(小)、全身にダメージ(小)
[装備] なし
[道具] いくつかの暗殺道具
[所持金] 数十万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを導く
1:方針はマスターに委ねる
2:バーサーカー(ヒューナル)に強い警戒。
3:アーチャー(霧亥)を討つ策を考えておく
投下終了します
投下お疲れ様です!
この妙にウザい占い師が再登場するとは思いませんでしたね……本当にNPCなのか疑いたくなる。
ペチカへの占いは転換期ということで希望的なものでしたが、しかし死相が出ているというのはなんとも不吉な。
聖杯戦争も混沌化してきているので、あながち嘘八百とも言い切れないのが怖い。
死神は殺せんせーになる前の時点で出展されているわけですが、後の話を知っていればこそ彼が教師らしいことをするシーンはいいなあ、と思いました。
改めまして、ご投下ありがとうございました!
越谷小鞠&セイバー・リリィ(アルトリア・ペンドラゴン)
プリンセス・デリュージ(青木奈美)
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン&マシン(ハートロイミュード)
秋月凌駕&アサシン(ゼファー・コールレイン)
予約します
延長します。もしかするとリアル出張の関係で投下が期限を一日二日オーバーするかもしれません
遅れて申し訳ありません。完成したので投下します
地面に俯せに倒れ臥したおそ松の体は、もうピクリとも動かない。
その背中には幾つもの刺突痕が痛々しく刻み込まれ、紫パーカーはどす黒い、と形容できる鉄錆に似た色彩で上塗りされている。
いや、現実にはそれどころではない。
魔法少女の真実人外じみた膂力で、何度も何度も槍の穂先を突き立てられた背中はあちこちひしゃげて輪郭が変わり、パーカーの穴からは血液に混じって臓物、背骨の破片らしきものまで溢れ出してきている始末だ。
これで生きているなら、もはやそれは人間とはいえないだろう。そして事実。松野おそ松の魂は、もう完全にその遺骸から離れてしまっていた。
口を開く度に此方のペースを掻き乱してくるあの鬱陶しい戯言も、奈美を散々苛つかせた馬鹿な言動も、もう二度と披露されることはない。
魔法少女になることで強化されるのは何も身体能力だけではない。
無論身体能力や見た目の可憐さなどは人間体の時とは比べ物にならないほど跳ね上がるが、魔法少女はとにかく健やかでなければやっていけない商売だ。身体的にも、精神的にも。――そう、変身した魔法少女はその精神力までもを著しく向上させるのだ。
例えば、人の死体を見たくらいで正気を失うことはない。
元が気弱でも変身して別人になりさえすれば、激しい戦闘に自ら飛び込んでいくなんて大胆な真似も出来るようになる。
逆に言えば奈美のアーチャーが溢してみせたように、『根本から自分を変える』ことは出来ない。
変身さえ解けてしまえば、もうそこにいるのはただの人間だ。
精神力はたかが知れていて、銃どころか素手でも殺せるような無力な抜け殻しか残らない。
しかし変身が解けて人間の姿に戻っても、先程までプリンセス・デリュージだった少女は目の前に転がった死体に罪悪感など欠片も抱かなかった。
その硬い決意は揺るがない。想いの力で現状を変えるというのも、元は人間の専売特許だ。魔法少女にしか出来ないことではない。
青木奈美は、プリンセス・デリュージは、もう決して止まらないだろう。
その手は既に鮮血で染め上げられ、若く青々しかった心は赤い鉄錆に覆い尽くされて見る影もない。
彼女が歩みを止めるときが来るとすれば、それは全てを終えたとき。聖杯に願いをかけ、失ってしまった何もかもを取り戻した時だ。
などと言っても、奈美はまだ中学生。
壮絶な惨劇を当事者として経験したとはいえ、十年ちょっとの人生しか生きていない彼女が、揺れも迷いもせずに決心を貫徹するのは難しいだろう。
それでもこれから奈美は揺れる度、迷う度に思い出す筈だ。
自分が『正しくない魔法少女』として初めて殺した人間の顔を、声を、あの腹立たしい間抜けな笑顔を。
松野おそ松。
最後の最後まで思い通りにならなかった、殺したくて殺したくて仕方のなかった相手。それでもそこだけは感謝してやってもいいと奈美は思う。
故に、そう。
越谷小鞠は、遅かった。
せめてもう数十秒速くこの場に到着できていれば、彼女にも何かを変えることが出来たかもしれないというのに。
「青木さん、だよね……?」
震えた声で、小鞠が問う。
級友の足下に転がった『それ』は背中に空いた穴から赤い血溜まりを止めどなく垂れ流し、現在進行形で歪な地図をアスファルトに描いていた。
その人物こそ、小鞠達が接触しようと思っていたマスター、松野おそ松その人だ。
生まれてこの方小鞠は死体を目にしたことなどただの一度もなかったが、そんな彼女でもあれは死んでいると一目で分かる。
奈美が答えを返す前に、少女剣士、セイバー・リリィが彼女を庇うように一歩前へと出た。
彼女の顔は険しい。後にブリテンの騎士王として世に名を轟かせる彼女は、その類稀なる直感力でいち早く青木奈美の危険さを感じ取っていた。
「……越谷さん」
ゆらり、と緩慢な動作で奈美が小鞠達に向き直る。
その人相は、やはり小鞠がよく知るクラスメイトのものに違いなかったが――違う、と、小鞠は本能的に彼女の変化を感じ取っていた。
一瞬浮かべた驚きの表情をすぐに消し、次に浮かべたのはいつもの無感動な表情ではない。
いつもの彼女らしくない顔で、奈美は小鞠達の方をじっと見つめている。
彼女らしくない、というのはあくまでも小鞠の主観だ。小鞠が見てきたこれまでの青木奈美は、彼女の表向きの顔でしかない。奈美の抱える事情や戦う理由を知る者が見たなら、学校生活を送っている姿の方が余程らしくない異様なものに写ったことだろう。
――そうだ。奈美には戦う理由と覚悟がある。ただ帰りたいだけの小鞠とは違い、自ら望んで聖杯戦争を受け入れている。
そのことは、理由も覚悟もない小鞠にもすぐに分かった。
奈美の目には、今まで見たこともないような感情が滲んでいたからだ。
それを形容する言葉を、血腥さとは無縁の日常を生きてきた小鞠は持たない。
しかし形容は出来ずとも、分かることはある。
あれは危険な感情だ。普通の女の子が持っていちゃいけない類の執念だ。
思いの深さが伝わってくるほど色濃いものなのに、不思議とそこに粘っこさはない。
普段の彼女が見せる冷たさが氷のようなものだとすれば、こちらは刃のような冷たさと言うべきか。
越谷小鞠と青木奈美は、決して親しい間柄だったわけではない。
無口でいつも独りぼっちでいる、どこか冷たい雰囲気の不思議な女の子。奈美にしたって、小鞠は三十人前後居るクラスメイトの一人というだけの存在でしかなかったに違いない。今朝のやり取りが無ければ、顔を覚えられていたかどうかも怪しいだろう。
今だって別に親しくはない。ただ、今は全く無関係な相手ではなかった。
奈美にとって小鞠は、自分が『魔法少女』として助けた最後の相手。
字面だけを見れば重々しいが、彼女はそんな過去はとうに振り切ってしまっている。振り切らざるを得ないようなことが沢山あったからだ。
だが小鞠の方は違う。自分の手を掴んだ温もりも、隣を走っていた時の顔も、克明に覚えている。
今考えれば、あの時点で気付く要素はあった。サーヴァントの危険をいち早く察知して走り出したことに、「貴女には関係ない」という意味深な物言い。
記憶の中にある奈美の顔と、今凶行の跡に佇む少女のそれは一致しない。
魔法少女に変身していないのだから、容姿など服装を除いて変わる筈はないのだが、それでも小鞠は奈美を「別人のようだ」と思った。
「貴女も、だったんですね」
そう口にして、奈美は薄く微笑んだ――ように見えた。
時刻は既に夕方に差し掛かって等しい。
太陽は傾き、作り物の世界は黄昏色に染め上げられつつある。
年頃の少女が二人に、この世ならざる美少女が一人。
絵画に起こしたならさぞ映えるだろう景色の中で、ただ一つ転がった死体だけが浮いている。
赤いパーカーの下から滲み出し、地面を這った血潮の香りが、夕暮れのノスタルジックな独特の匂いを上塗りし、陵辱していく。
「……どうして……?」
重ねて言うが、小鞠は人の死を目にしたことがない。
葬式に参列した経験くらいはあるかもしれないが、よもや床の上で迎える死と、この惨死と呼ぶに相応しい死に様を同一視する者は居ないだろう。
幸いだったのは、死体となったおそ松は俯せになっていることか。
顔が見えないから、どうにか込み上げてくる吐き気と恐怖を堪えられている。
どうにかまだ、この状況に耐えることが出来ている。――今は、まだ。
震える声を精一杯振り絞って、ようやく出せた言葉は消え入りそうなくらいに小さかった。
どうして。どうして、こんなことをするの。そう問うことしか、小鞠には出来なかった。
「どうして? ――分かってるくせに」
帰ってきた言葉は、そんな小鞠の心を無遠慮に突き刺す。
わざわざ説明しなければ分からないのかと、苛立ち混じりに責められたような気すらした。
いや、実際そうなのだろう。サーヴァントを従えてこの場に居るということは、つまり聖杯戦争に参加しているということ。
小鞠が何を考えているにしろ、その時点で"どうして"などと問うのは無意味なことだ。
彼女も、心の底では分かっている。見た目や性格から日頃散々子供扱いされている小鞠だが、そんなことも分からないほど幼くはない。
これは戦争だ。昼間に学校を襲撃してきたバーサーカーも、リリィを援護したというサーヴァントも、K市の海を侵蝕しているヘドラも――やり方や形は違えど、誰もが何かを願って戦っていた。むしろ、願いはないから帰りたいという自分の方こそ異端なのだ。
此処はそもそも、殺し合いの為に創られた世界。願いを叶える聖遺物の行方を懸けて、殺し殺されの地獄変を演じる為にある箱庭。
だから奈美のやったことは、此処では罪でも何でもない。
勝利を勝ち取る上で出た、必要な犠牲の一つ。それ以上でも以下でもない。
「貴女もサーヴァントのマスターなら分かっている筈です。
気付いているのでしょう? 或いは、既に知識として知っていたのかもしれませんが……この男も私や貴女と同じ、聖杯戦争の参加者でした」
「…………」
「知ってる、って顔ですね。だったら話は早い。
――だから殺しました。聖杯を手に入れる上で、この男は障害だった。それを力を以って排除した。それが事の経緯です」
「そ、そんなの!」
「そんなの、何ですか?」
冷淡に語る奈美の姿は、学校で小鞠が見てきたものとは似ても似つかない。
クラスの隅でいつもぽつんと一人きりの、どこか空虚な雰囲気を漂わせる女の子。
抜け殻だとか根暗だとか、そんな風に揶揄していたクラスメイト達に今の彼女の姿を見せたなら、一人の例外もなく恐怖に顔を引き攣らせたろう。
鬼気迫る、と言っても過言ではない、普通の女の子ではあり得ない迫力が奈美にはあった。
「……ああ、それとも。願いも力もなく、ただ『帰りたい』とだけ考えている越谷さんには、願いのために必死になる人間の気持ちは分かりませんか?」
「っ!」
奈美にとってあの学校生活は確かに退屈で無価値なものだったが、彼女も決してただ無為に時間を浪費していた訳ではない。
生徒の顔をして日常に溶け込んでいる自分のようなマスターが居る可能性を常に頭の片隅に置き、他者の観察に時間を使っていた。
敢えてクラスから自分を浮かせ、悪目立ちするように振る舞っていたのにも意図がある。
要は、誘蛾灯になろうと思ったのだ。
マスターを見つけたと馬鹿面を引っ提げて近付いてきた標的を返り討ちに出来れば、それはとても効率的なことだ。
K市は広い。マスターの数も多い。普通に探しているのでは、正直な所どれだけの時間が掛かるか分かったものではない。
多少の危険を冒してでも、接触の機会を作ることには意味がある。
……結果だけ言ってしまえば奈美の策は越谷小鞠という本命(マスター)には全く通じていなかったが、観察を重ねてきただけあって、彼女の人となりについてはある程度承知していた。怖がりで見た目相応に子供っぽい、典型的な『守られる側』の人間。
とてもじゃないが、聖杯でなければ叶えられないほどの大きな願いを抱いているようには見えない。
この場に小鞠が現れた時点で、奈美は小鞠のスタンスを見抜いていた。
この少女は、帰りたいのだ。聖杯などどうでもいい、早く日常に自分を戻してほしい――そんな甘い考えを抱いている。
そのことが、奈美には手に取るように分かった。
「コマリ、耳を貸さないで下さい。……対話することに意味はありません。彼女と貴女とでは、決定的に聖杯戦争に対する認識が異なっています」
未だ未熟な花の騎士だが、彼女は青木奈美という少女の背負う闇の深さを既に悟っていた。
あれは、対話でどうこうできる次元のものではない。
願いを通り越して妄執の域に近付いている、まさに闇としか言いようのない心の捻れだ。
それに対して小鞠は、『幸せ者』だ。
温かい家族と友人に囲まれて、のんびりと田舎暮らしを送ってきた生涯。
そこには一片の闇もなく、ただ温かい光だけが存在している。
――だから、彼女達は絶対に分かり合えない。奪われることを知らない者には、奪われ尽くした者の憎しみを想像することしか出来ない。
真にその感情を分かち合い、相手を理解することなど、絶対に不可能だ。
「……それでは。ありもしない帰り道を探して、精々頑張って下さいね」
奈美は言うなり、踵を返す。
サーヴァントを前にしているにしては、それはあまりにも不用心が過ぎる行動だ。
しかし奈美は、小鞠の甘さを知っている。人間を後ろから刺すような真似の出来る少女ではない。
かと言って、欲を掻いてこの場で彼女を討ち取ろうなどと間抜けな考えは起こさない。
魔法少女、プリンセス・デリュージに変身すれば、小鞠一人を殺すのには五秒もかかるまい。
だが、サーヴァントは別だ。彼女の従える少女騎士を下した上で小鞠を殺すとなれば、命題は途端に不可能命題へと姿を変える。
アーチャーをわざわざ令呪で呼び、切り札を彼に抜かせてまで倒す必要のある相手とも思えない。
……越谷小鞠はマスターだという情報が得られただけでも上々だ。
彼女を破滅させるくらいのことは、あのアーチャーに掛かれば赤子の手を捻るにも等しいだろう。
要は、いつでも倒せる相手。だから此処で急く必要はない。奈美は、そう判断したのだった。
「……って」
その耳に、蚊の鳴くような声が届いた。
「……待ってよ」
呼び止められた奈美は、一瞬だけ逡巡した。
声に耳を貸さず、そのまま立ち去るか否か。
だが結局は足を止め、無言のままに振り返ることにした。
声をあげたのは小鞠だ。……正直な所、そのことには少しだけ驚いた。
怖がりな彼女のことだから、既に処理能力がパンクしかけているとばかり思っていたのに。
「……何か?」
「その人……家族がいたんだよ」
当たり前だろうと、奈美は心の中で毒づく。
奈美はたまたま例外だったが、家族や親類縁者がNPCとして再現されているマスターだって居るだろうし、むしろそっちの方が多数派だろう。
それに奈美も、そのことについては承知している。
今更そんなことを言われて、心を痛めるとでも思っているのだろうか。
「ちょっと変な人達だったけど、悪い人達じゃなかったのに……」
「それで?」
おそ松の着ているパーカーは紫で、これは小鞠達が目撃したときの服装とは異なっている。
だが、奈美は彼のことをマスターと呼んでいた。
小鞠はまだ、一松がマスターであることを知らない。
電話越しの会話内容からちょっと考えれば行き着いた答えだったかもしれないが、この時点ではそこまでは辿り着けていなかった。
――だから死体となった彼を、すぐに『服を着替えた松野おそ松だ』と認識することが出来た。
こればかりは、無知の生んだ幸運であったと言えよう。
しかしだからと言って、奈美が彼女の主張に心を打たれる、なんて展開はあり得ない。
くだらない。そんな感想が、冷淡な表情の端に滲んでいた。
「家族に囲まれ、想われていた人を殺したことが許せないと?
……もし本気で言っているのだとしたら、流石に笑ってしまいますね。
それは所詮NPC、聖杯によって再現された疑似人格でしかないというのに。
まがい物の家族とやらに配慮して、薄っぺらな正義感で私に聖杯を諦めろと言っているのであれば、貴女は随分と傲慢な人なんですね」
何もかも知られてしまった以上は、オブラートに包む必要もない。
心からの本心でもって、奈美は小鞠を詰る。
松野おそ松の弟達とどんな付き合いがあったかは知らないし、興味もないが、そんな薄い理由で好き勝手宣われるのは、一言不快に尽きた。
戦う覚悟もない癖に、綺麗事をほざくなと張り倒したい気分でさえあった。
「…………ぅ」
小鞠は唇を噛み締める。非難の色を強く含んだ言葉に、思わず瞳に液体が滲む。
反論しようとしても、出来ない。奈美の言うことも一理あると、頭では理解しているからだ。
松野家の変わった弟達も、小鞠の家族も、所詮は偽物、舞台装置でしかない。
皆、聖杯戦争が終わってしまえば消えるだけの存在だ。
あの時垣間見せた人情だって、プログラムされた言動の一環と言われれば言い返せない。
小鞠が勇気を出して言葉に出来たのは、やっぱりただの綺麗事。
奈美のような『戦う覚悟の決まっている人間』にしてみれば、ただただ不快なだけの戯言だった。
「…………でも…………」
でも、何だ。
奈美は小さく舌を打ち、まだ何か言いたげな同級生を見据える。
学校で見ている分には別段何も感じなかったが、こうして相手の正体を知った上で改めて小鞠に向き合うと、確かに湧き出てくる感情がある。
松野おそ松の時は、言葉通りに苛立たされた。
彼の頭のネジが外れているとしか思えない馬鹿さ加減に心底辟易したし、自らの手で殺めても尚、その苛々が消えることはなかった。
越谷小鞠にも、青木奈美は苛立ちを感じている。
だがそれは、思い通りにならないことへの腹立たしさではない。
どちらかと言うと、嫉妬に近い。
彼女には、帰る場所があるのだろう。友人達の待っている、温かい日常があるのだろう。
それは、奈美がかつて失くしたものだ。何も悪いことはしていなかった。ただ、魔法少女として毎日を楽しく過ごしていただけだ。
それなのに、奪われた。突然現れた殺戮者達によって、奈美以外は皆死んだ。
プリズムチェリーも、インフェルノも、クェイクも、……テンペストも。
皆、皆、死んでいった。誰かの身勝手で殺された。
仮にこの聖杯戦争に帰り道なんてものが存在したとして、奈美がそれを使って帰還した先に待ち受けているのは虚無だ。災害の通り過ぎた爪痕だ。
――――この女は嫌いだ。奈美は、心の底からそう思う。
何もかも放り投げて帰ったとしても、帰った先にその何もかもが全部揃っている。
越谷小鞠は、青木奈美が奪われた全部を持っている。
そのことが、今となっては癇に障って堪らない。身勝手な嫉妬と自覚した上で、それでも奈美はその感情が分泌されることを止められずにいた。
――あいつらさえ、あの女王達さえ居なければ。自分だって、こいつのような顔をしていられたのに。何も知らない小娘のまま、魔法少女をやれたのに。
「…………青木さんは、私を助けてくれたじゃん」
「――ッ」
心の柔らかい部分に、ずぶりと何かを突き入れられた気分だった。
自分の投げた言葉の刃が、ブーメランのように回転して戻ってきた。
それは既に振り切ったこと。今更自分で思い返しても、「そんなこともあった」程度の軽さで切り捨てられるような出来事だ。
あの時点ではただのNPCとしか思っていなかった小鞠を助けたこと。
もう何とも思っていなかった過去の『失敗』だが、それを当の助けられた本人に蒸し返されたとなれば、事の意味合いは変わってくる。
小鞠はただ一人、知っているのだ。
この世界でテンペストやあの忌まわしいトランプ集団を除けばただ一人、『正しい魔法少女』としての青木奈美を知っている。
「……黙れ」
そう言葉にするのが精々だった。
正しい魔法少女は、もうどこにも居ない。
奈美(デリュージ)自らの手で、そんなものは抹殺した。
それを知らないし、知っても納得しないから、小鞠は奈美に希望を見ているのだ。
あの時掴んだ手の感触だけを頼りに、暗闇の中で輝く光を見ているのだ。
「……青木さん」
だが悲しきかな、彼女の想いが届くことは決してない。
奈美が小鞠のような日溜まりの側に戻ることはあり得ないし、小鞠がどれだけ頑張った所で、そんな奇跡は起こせないし、起こらない。
それでもそんなことを知らない彼女は、口にしてしまう。
「……帰ろう……?」
その言葉は。
その小さな背丈は。
その幼い声は。
どうしても、『奴ら』に無惨に殺された、風の魔法少女の人間体を思い出させて――――
「――あら。今日は随分と、サーヴァントを見つける日ね」
そこで響いたのは、透き通ったようによく通る、幼子の声だった。
その姿を最初に見た小鞠は、思わず息を呑む。
雪の妖精なんてものが存在するというのなら、きっとこんな外見をしているに違いない。
そう思ってしまうほど、可憐で整った容貌をした、白い白い少女。
だが何を置いても特筆すべきは、その引き連れるサーヴァントであろう。
筋力と耐久のステータスがAランク。言ってしまえば、生粋の武闘派だ。
Cランクのリリィですら相当なものなのに、眼前のサーヴァントはそれよりも高い。
魔術に疎く、戦いを知らない小鞠でも、そのことは容易く理解出来た。
奈美はといえば、隠し切れずに舌打ちを漏らしていた。
迂闊だった。ヘドラを対象とした大規模討伐令のことを鑑みれば、これは予想できた展開だった。
あの時小鞠を無視してこの場を立ち去っていたなら、この状況に立たされることはなかったのに。
感情から犯した失敗に強い憤りを覚えつつも、奈美は逃走経路を確保せんと辺りを見渡す。
この場で事を構えるのは論外だ。ただでさえ一画減った令呪を使いたいとも思わない。
最悪、魔法少女に変身して、脚力に任せて離脱することさえ視野だ。
「どうする。判断は君に任せよう」
「……貴方自身はどう思うの?」
「あのバーサーカーから食らった呪いがまだ抜けていない。深くはないが、手傷も幾つか受けている。此処は休むのが利口、なんだろうな」
その問いに、サーヴァント――エクストラクラス・マシン。ハートロイミュードという男は静かに、だが高鳴る感情の色を滲ませつつ応じた。
「ただ――俺個人としては、『もう少し』だ」
「そう。なら、いいわ」
ハートロイミュードは既に、今日だけで一度の戦闘と一度の乱戦を経ている。
彼ほどの強靭なサーヴァントでも、これだけ立て続けに戦い続ければ疲労が蓄積するのは否めない。
だが、彼は敢えて『休む』という利口な選択を取らなかった。
雷電魔人ニコラ・テスラとの戦闘でその心に発芽した歓喜の感情。
それはまだ頂点には達していないが、絶えることなく機械の心の中で心音のように脈打っていた。
まだ人類に聞かせるには至らない『歓喜』。彼は此処で、更なる喜びを望む。
黄金の進化を求めて最善手を捨て去り、新たな敵へと向き合うことにしたのだった。
「手早く片付けちゃいなさい、マシン。あまり人目には付きたくないわ」
「分かった。善処するよ」
マシンのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが、死刑宣告を下した。
ハートが見据えるは小鞠のサーヴァント、セイバー・リリィ。
リリィはその視線に睥睨で応じ、自らの得物である黄金の剣を黙して構える。
その顔には、一滴の汗が伝っていた。
……強い。このサーヴァントは、相当だ。
なまじ理性が存在する分、昼間に矛を交えたバーサーカーよりも脅威としては上と言っていいだろう。底知れぬ強さをただそこに立つだけで醸し出す、生粋の強者。それが、リリィがハートロイミュードに対して抱いた率直な印象だった。
「り、リリィさん! ――青木さんを!」
「! 分かりました!!」
小鞠の言葉の意味を即座に理解し、リリィは奈美とハートを結ぶ直線の間に立つ。
奈美はそれを確認するなり歯を食いしばりながら踵を返し、今度は振り返ることもなく、路地の向こうへと消えていった。
走り去る彼女の表情を見ることの出来た者は、誰も居ない。
「……察するに、今の少女もマスターか。友好的、という訳ではなかったみたいだが?」
「さあ。それを貴方に説明する義理はありませんよ、エクストラクラス・マシン」
「違いない」
ハートは、無造作に転がったおそ松の死体には一瞥もくれやしない。
眼前のサーヴァントを相手取る上で、余所見をしている余裕はないと判断した為だ。
感じる。分かる。その清澄なる魔力が、幼い体に秘められた高潔なる意思の光が。
間違いなく、強敵だ。半ば戦士としての本能、直感で、ハートはリリィをそう看做した。
耳に痛いほどの静寂の中で、最初に動いたのはリリィの方だった。
それをハートがその強靭なボディで対処する――戦いの火蓋が切って落とされるや否や、息吐く間もなしに二桁に達する数の金属音が炸裂した。
常人には目視すら困難な打ち合い。まさに、これぞサーヴァント同士の戦いと呼ぶべき光景。
小鞠は固唾を呑んでその趨勢を見守り、イリヤスフィールは黙って己の僕の奮戦を見つめる。
だがそこに――音もなく、気配もなく。
状況の監視を打ち切り、走り去った一匹の狼が居たことには、誰も気が付かなかった。
【C-5・公民館前/一日目・夕方】
【越谷小鞠@のんのんびより】
[状態] 健康、不安
[令呪] 残り三画
[装備] 制服
[道具] なし
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:帰りたい
0:リリィさんが心配。
1:青木さんのことは……
2:これが終わったら帰宅して、ちゃんと夏海を安心させる
【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン<リリィ>)@Fate/Unlimited cords】
[状態] 疲労(中)
[装備] 『勝利すべき黄金の剣』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを元の世界へと帰す
0:サーヴァント・マシンへの対処。
1:コマリを守る
2:バーサーカーのサーヴァント(ヒューナル)に強い警戒。
3:白衣のサーヴァント(死神)ともう一度接触する機会が欲しい
4:青木奈美に警戒。
【マシン(ハートロイミュード)@仮面ライダードライブ】
[状態] 疲労(中)、右腕、腹部に斬傷、インジュリー状態(体力減少/二時間弱ほどで解除) 、『歓喜』
[装備]『人類よ、この鼓動を聞け』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:イリヤの為に戦う
0:眼前のセイバーと闘う
1:ニコラ・テスラ、セイヴァー(柊四四八)への興味。
2:アサシン(ゼファー)への嫌悪。
※ヘドラ討伐令へどう対処するかの方針は、後続の書き手さんにお任せします。
【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 城に大量にある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る
1:戦闘の成り行きを見守る
2:アサシン(ゼファー)が理解できない。
3:セイヴァーのマスター、あれ反則でしょ……
※ヘドラ討伐令へどう対処するかの方針は、後続の書き手さんにお任せします。
◆
アサシンのサーヴァント、ゼファー・コールレインがその場面に出会したのは全くの偶然だった。
午前中の戦いで相当な消耗を強いられた彼が新たな討伐令についてを聞いたのはつい先程のこと。
曰く、海を汚染しながら勢力を拡大し、いずれは陸にもその圧倒的な物量で侵攻してくるだろうライダーのサーヴァント。真名を、ヘドラ。
こればかりは、ゼファーには如何ともし難い問題だ。
アサシンのクラスである以上暗殺はお手の物だが、話に聞くところのヘドラはどう考えても暗殺なんて手段の通じる相手とは思えなかった。
少なくともゼファーの宝具もとい星辰光(アステリズム)では、余程密接した間合いでもない限り打倒するのは困難である。
ファルは全ての主従に接触するだろうし、此処は一度マスターと合流、今後の見通しを立てることが肝要であろうと判断した次第だ。
疾駆、疾駆。時間帯からしてマスターはそろそろ下校している頃だ。帰り道に先回りし、そこで合流とするのが一番恙ない。
……そう思った矢先にあのマシンとかいうサーヴァントとそのマスターを見掛けた時は、誇張抜きに心臓が止まるかと思った。
その時ゼファーは心の底から、自身が気配遮断のスキルを持っていることに感謝した。もう一度アレと事を構えるなど断じて御免だ、命が何個あっても足りない。幸いマシン達は自分の存在には気付かず、彼らはまた別な主従と事を構えるようだった為、ひっそりとゼファーはその場を抜けた訳だ。
『マスター』
「アサシンか――丁度良かった。俺も、お前達に用があったんだ」
小心者で負け犬のゼファーにとっては何とも心臓に悪い数時間だったが、どうにかそれを切り抜けた彼は、こうして無事マスターと合流を果たす。
帰りの道中で通行人の会話を盗み聞いた所、何でも市内の二つの高等学校でテロ事件があったとのことだが、凌駕の様子を見るに、彼の通う学校はテロ……もといサーヴァントの襲撃の標的とはならなかったようであった。
一時は内臓が崩壊し、肋骨も数本逝った満身創痍の有様だったゼファーも星辰奏者としての特性が幸いし、今や目立った傷は全く残っていない。
霊体として語りかける念話の声には僅かな疲れがあったが、苦悶の色は窺えなかった。
『俺の方も同じだ。二つ目の討伐令、その様子だと聞いたみたいだな』
「ああ。さっき、ルーラーの使いが来た。――公害怪獣ヘドラ。クラスはライダー。時代の進歩が齎した技術発展という光に対しての影。……正直、相当厄介なサーヴァントだ。ルーラーが躍起になって討伐令を下すのも頷ける」
『……えらく詳しいな。あの使い魔、そこまで喋ってたか?』
「それはまあ、色々事情があってな。件のライダーについては、少し知識があるんだよ」
あの時は此処までの大事になるとは思っていなかったが、図書室で資料を漁ったのはどうやら正解だったらしい。
だが、楽観は出来ない。出来るはずがない。ヘドラは怪物であり、それ以上に災害である。あんなものを野放しにしていた日には、真実誰の手でもどうしようもない脅威としてこのK市を覆い尽くすだろう。どうにかして手を打つ必要がある。
「これだけ派手にやってくれたんだ。流石に、今回の討伐令に何のアクションも起こさない奴は少数派だと睨んでる」
『……他の主従への接触か』
「実は朝に、ヘドラの末端と戦ったんだ。俺でも撃滅自体は出来たが、あれが山程存在するとなると、流石に対城宝具級の火力がないと難しい」
どの道、黒幕打倒の上で協力できそうな陣営と同盟を結びたいとは思っていたのだ。
此処で上手いこと戦力を増やしつつ、ヘドラの討伐クエストを進めたい。凌駕はそう考えていた。
『…………』
「? どうした、アサシン」
『此処に来る前、この近くでサーヴァント同士の交戦を見た。
片方は確実に話が通じねえし、接触は極力避けたいが、もう片方は分からねえ。
マスターの餓鬼の様子を見るに、話が通じる可能性は高そうだけどな』
「……話が通じないという方の主従は、どんな奴らだった?」
『怪物だ。正直、二度とやり合いたくはない』
それからゼファーは、朝に『御伽の城』付近で経験した戦闘についてを凌駕へ語った。
話を聞けば、成程確かに、相容れない主従のようである。
おまけに戦闘能力も高いと来た。彼の言う通り、相当に厄介な手合いと見える。
ただ凌駕としては、もう片方。ゼファー曰く、話の通じそうな方の主従についてが気掛かりだった。
マスターらしい子供の様子から話が通じそうと判断した所を見るに、件のマスターがどんな人物なのかはある程度予想できる。
聖杯戦争、もとい戦いそのものに慣れていない子供。
……凌駕個人の心境で言わせて貰えば、二重の意味で見過ごしたくはなかった。
「公民館の近く、だったか。……此処から急げば、十分間に合いそうだな」
……もしもこの時アサシンが実体化していたなら、彼の『何を言ってるんだ此奴は』という怪訝な表情を見ることが出来たろう。
これが、最初の前兆だった。
聖杯戦争に逆襲を誓った貪狼と、中庸をこそ愛する怪物が、最終的な方針以外では決して噛み合わない――『相容れない』ことを示唆する、最初の前兆。
秋月凌駕は、ゼファーが危険と判断した機人のサーヴァントが其処に居るにも関わらず……もとい、其処に居るからこそ、剣ヶ峰の公民館前へと向かうつもりなのだ。それは紛れもなく『ただの学生』の行動ではないし、ゼファーに言わせれば、人間の行動ですらない。
人狼の脳裏に過ぎったのは、光だった。
見た者全ての心を灼き尽くした、鮮烈にして悍ましい、英雄譚という名の天霆。
――秋月凌駕は狂っている。彼のような人間が居る筈がない。居るとすれば、それは――
【B-5/路上/一日目・夕方】
【秋月凌駕@Zero infinity-Devil of Maxwell-】
[状態] 修復完了、健康
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 勉強道具一式
[所持金] 高校生程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争から脱しオルフィレウスを倒す。
0:公民館へ向かい、交戦中の主従へと接触を図る。
1:外部との連絡手段の確保、もしくはこの電脳世界の詳細について調べたい。
2:協力できる陣営がいたならば積極的に同盟を結んでいきたい。とはいえ過度の期待は持たない。
3:討伐令には参加する方針。その為にも、ヘドラの軍勢に対処できる戦力が欲しい。
[備考]
D-2の一軒家に妹と二人暮らし。両親は海外出張という設定。
時刻はファルからの通達が始まるより以前です。学校にいるため、ファルが来訪するには周囲に人影がいなくなるのを待つ必要があるかもしれません。
【アサシン(ゼファー・コールレイン)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]回復完了、健康
[装備]ゼファーの銀刃@シルヴァリオ ヴェンデッタ
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を蹂躙する
1:?????
◆
青木奈美は、走っていた。
道すがらに通行人に肩がぶつかって睨まれたが、気にしている余裕はない。
苛立ちばかりが募っていく。――あの時、自分は小鞠によって逃がされた。
マシンとか呼ばれていたサーヴァントが自分を狙っていたかどうかなど、問題ではない。
結局のところ小鞠は最後まで、自分のことを『敵』ではなく、『自分を助けてくれたクラスメイト』として見ていた。
大嫌いだと痛感したばかりの女によって、奈美は安全に逃がされ、今はこうして走っている。
「はぁ、はぁ、はぁ、は――……ッ」
煩わしい。
鬱陶しい。
忌まわしい。
自分を見るあの目、あの声、すべてが硬く閉ざした筈の心にするすると入ってくるのが腹立たしい。
自分を恩人――『正しい魔法少女』として見るあの目が、奈美をこんなにも苛つかせる。
「そんなもの、どこにもいない……」
アーチャーと関わる中で、奈美は知った。
自分は正しい魔法少女にはなれない。
そんなものは、もうどこにもいない。
それが、悪辣なる神父の煽動の一環であるなどとは露知らず、奈美は足を急がせる。
最優先すべきはアーチャーとの合流だ。今は何も考えず、この足をとにかく動かせばいい。
奈美はただ、走る。そうしていれば、余計な思考はせずに済む。
【C-5/路上/一日目・夕方】
【青木奈美(プリンセス・デリュージ)@魔法少女育成計画ACES】
[状態] 健康、人間体(変身解除)、強い苛立ち
[令呪] 残り二画
[装備] 制服
[道具] 魔法少女変身用の薬
[所持金] 数万円
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、ピュアエレメンツを取り戻す
0:……今は、アーチャーのもとへ戻る
1:ピュア・エレメンツを全員取り戻すためならば、何だって、する
2:テンペストには会わない。これは、私が選んだこと。
3:ヘドラ、アサシンに対する対処。現状、討伐令に従う主従の排除は保留?
4:越谷小鞠への苛立ち。彼女のことは嫌い。
※アーチャーに『扇動』されて『正しい魔法少女になれない』という思考回路になっています。
※学校に二騎のサーヴァントがいることを理解しました。
※学校に正体不明の一名がいることが分かりました。
※ファルは心からルーラーのために働いているわけではないと思っています
以上で投下を終了します。
投下乙です
苛立ちを溜めこんでいくデリュージと、断絶を理解していながら声をかけずにはいられない小鞠の対比が素晴らしい
しかし、実力差をよく理解しているサーヴァントであるゼファーからすれば、
実力差を理解した上で飛びこんでいこうとしている一般人(のはずの)マスターはそりゃあびびりますね
果たして自称一般人の怪物主従は、モノホン一般人少女なマスターの救出に間に合うのか…各主従のこの先が楽しみになる話でした
岡部倫太郎&ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)
春日野椿&キャスター(円宙継)
予約します。
簡素なものですが現在位置表を作成しました。本編把握や執筆等に役立てて頂けると幸いです。
ttps://www25.atwiki.jp/infinityclock/?page=%E7%8F%BE%E5%9C%A8%E4%BD%8D%E7%BD%AE
>>898
これは……! ありがとうございます、とても助かります! 有効に使わせていただきますね!
予約を延長します
衛宮切嗣、アーチャー(霧亥)を予約します。念のため、予め延長もします。
すみません、書いていてどうしても時間軸がおかしくなることに気付いたので破棄します。
完成の目処が立ち次第再予約するつもりですが、書きたい方がいれば予約してもらって構いません
ヘンゼルとグレーテル&アサシン(ジャック・ザ・リッパー) 予約します
投下させていただきます
帰ろう、帰ろう。
家に帰ろう。
静かな、まるでいつかの日のように。
僕は、生まれたところに帰る。
ウィリアム・アームズ・フィッシャー作詞、アントニオン・ドヴォルザーグ作曲『家路』
―――――――
『二人』のマスターと、『一人』のサーヴァント。
彼等の間には、奇跡のような相性の良さがあった。
時代に見捨てられた者、光を知らない子供達。双子とアサシンの間にある違いは、生きているかどうかの差しかない。
しかし、それだからこそ。
その『二人でひとつ』のマスターと、『たくさん』のサーヴァントには、『似ているからこその、決定的な違い』があった。
「それじゃあ、詰まらないね」
「そうね、見ているだけでは詰まらないわね」
灰色に濁りかけている川の色を見下ろすようにして、三人分の人影が土手の斜面に腰かけていた。
三人ともが、子どもだった。
黒い正装の二人に、黒い襤褸の一人が反論をした。
「――あぶないよ?」
この時、マスターとサーヴァントとの間で、初めて、意見が割れたのだ。
瓦礫と無辜の死傷者が地べたに転がっていた市街地からいち早く離脱し、『兄様』が意識を取り戻すまでのしばしを休息に費やして。
兄様が目を覚ましてから双子とジャックが話し合いを始めたのは、『ライダー(ヘドラ)の討伐令』についてだった。
より正確に言えば、ジャックは『特に話し合うこともない』と議題にあげるつもりもなかったところを、
眼を覚ました『兄様』が状況を知りたがり、姉様が戦闘が終了するまでの流れを語った後で、『そう言えば』と切り出したのだ。
「ジャック。危ないのはどこだって同じよ。もうあちこちで天使様がたくさん呼ばれているわ」
「そうだね。でも天使様はいいけど、あのお魚たちは厄介だね、姉様」
昨夜の時点で双子とジャックの『討伐令』が出された。
その時点では、これからはただのNPCよりも豪勢な客人――マスターとサーヴァントがこぞって押しかけてきてくれるはずという期待があった。
双子も、ジャックも、それに対して『来るならこい』というスタンスで一貫していた。
双子にいたっては、『やっとこの町で本当に生きている、殺しがいのある人々がたくさん集まってのパーティーができる』と楽しみで胸を高鳴らせていたぐらいだ。
しかし昼過ぎになって、新たな討伐令が出された。
双子とジャックも知っている、島を溶かして船を沈めてしまう怪物の討伐令だ。
放っておけばすべての参加者が町ごと呑み込まれ、
そして討伐に乗り出せば双子のそれよりも多くの報酬が手に入る。
殺しに向かわないデメリットも、殺しに向かうメリットも双子より大きい、そんな条件の指名手配だった。
「私達のところに来るはずだったお客様が、みんな取られてしまうわ」
「みんな血だまりより、灰色の海で漁をする方が忙しくなるよ。詰まらないね」
双子は気だるそうな眼で、赤紫色に陰り始めたに空と、灰色の川面とを眺めている。
このままサーヴァント達が何の行動も起こさなければ、遠からず川の上流までをヘドラの稚魚たちが荒らしまわるようになるだろう。
ジャックとしては、『討伐令』に対して自分達がどうこうしようとは考えていなかった。
朝に交戦した『殺しても死なないサーヴァント』の存在ははっきり言って不快だったし、あれがもっと力をつけて『より殺しにくく』なっているという状況が、歯痒くないわけではない。
しかし、一度は撤退を選んでしまった強敵に対して再び挑みかかり、『マスター(ふたり)』の命を危険にさらしてしまうほど、ジャックは無謀でも向こう見ずでもない。
今のジャックにとっては、自分の殺意を満足させることよりも、仲間である双子を失わせまいとする方がよほど大事なことだった。
そもそも、彼女たちは、根っからのアサシン(暗殺者)だ。
海上一帯に制海権を持っている魚の大群とことを構えるともなれば、それは1人の兵卒として動くことを余儀なくされる『戦争』であって、『暗殺者』が立ち回るには向いていない。
先刻のファミリーレストランでの交戦にしても、『双子(マスター)を守る』という目的さえなかったならば(そして敵方から先に目を付けられるといったような事情でも無ければ)、単純な白兵戦力で上回るだろう(しかもサーヴァントではなくマスターの方がソレだったのだが)相手に真っ向から喧嘩を売るような愚行はとうてい犯せなかっただろう。
だからこそ、意外だった。
同じく暗殺者であるはずの双子は、ヘドラと他のサーヴァントとの闘争から蚊帳の外に置かれることを望まないばかりか、『詰まらない』と断言した。
ジャックにとって、『殺戮』とは魔力補給(しょくじ)の手段か、殺意を覚えた敵を滅ぼすためにしてきたものだ。
そこに喜怒哀楽の『喜』こそあったけれど『楽』は無く、『面白い』とか『詰まらない』という言葉で表現することを、さっぱりジャックは知らなかった。
「でも、海の方に近づくのは、この町でもきっと一番危ないよ。
あの灰色の汚い水に触っただけで溶けちゃう――ふたりが死んじゃうよ?」
死んでほしくない。
それは心から心配しての問いかけだった。
マスターが消滅すれば聖杯戦争で負けてしまうというだけではない。
初めて出会った、同じ子ども達である同士を失いたくないからだ。
「「大丈夫(だ)よ。お魚にはわたし(ぼく)達を殺せない」」
しかし、その答えは頭を撫でられることで帰ってきた。
姉様はジャックの右側に座り、兄様はジャックの左側に回り込んで。
右側と左側から、ふたつの手がのびて、黒い襤褸をかぶった少女の頭をゆっくりと愛撫する。
「どうして?」
あまりにきっぱりと豪語するものだから、ジャックはどうしてそう言い切れるのか問い返した。
この二人はサーヴァントではない、ただのか弱い子どもなのに。
さっきだって、電撃を使う規格外のマスターの、その攻撃のわずか一端だけで兄様は昏倒してしまったし、姉様も瓦礫の山に潰されただけで死ぬところだったのに。
ただの人間相手に戦ってきただけの、銃器を上手く使えるだけの小さな子どもが、どうしてそんなに自信満々に言い切れるのか。
「「わたしたちは、死なない(ネバー・ダイ)」」
ジャック・ザ・リッパー(名無しの子ども達)の信仰(かちかん)を、根底から揺さぶる言葉を。
その眼は、とても意地悪なことを考えているかのように細められて。
その口は、口角がにんまりと吊り上がっている。
それが二人の壊れた笑顔だと、ジャックは知っている。
「死なない……?」
ジャック・ザ・リッパーは殺せない生き物など知らない。信じられない。
それはつまり、死なない生き物も知らないということだ。
それなのに、彼と彼女は『死なない』と言う。
ずっとジャックの元から、いなくならないと言う。
「死なないのよ」
右側で、少女の声がする。
「死なないんだ」
左側で、少年の声がする。
「だってわたしたちは」
その声は、理性ではなく。
「いっぱい、いっぱい」
その声は、傲りではなく。
「いっぱい、いっぱい」
それは、正しい論理的帰結ではなく。
「「殺してきたんだから」」
確固たる、信仰だった。
ジャックの右手と左手にそれぞれ手を繋いで、いかにも仲の良い子ども達がするように手をぶんぶんと振る。
子どもの命と子どもの命が、子ども達の集合体たる『彼女達』と手をつなぐ。
「こんなにも人を」
「殺してきたの」
「僕らは、それだけ生きることが」
「できるのよ」
「命を」
「増やせるの」
「わたしたちは、死なない(ネバー・ダイ)」
「そうよ」
「殺して」
「殺されて」
「命のリングを紡ぐ」
「そう」
「「えいえんなの――」」
「えいえん?」
右と左から囁きかけられながらも、ジャックは分析する。
言葉にくらくらとしながら、考える。
このふたりに、油断はない。
彼女たちは幼くとも裏の世界の『プロ』なのだということは既に察しているし、
午後の戦闘を経て『他のサーヴァントが乱入しなければ、危うく殺されるところだった』という自分達の『限界』も認識できないほど愚かではない。
ヘドラと交戦してからもすぐに撤退を指示したように、身の危険が迫れば無茶をしない慎重さもある。
だから今、ここで二人が説いているのは、『死なないように用心はするけれど、それはそれとして』という、別次元での問題だ。
たくさん殺した。
命を奪うことで、生き延びた。
だったら、その奪った分の命だけ生きる道理が、自分たちにはあるはずだ。無いはずがない。
確かに、ジャックも殺した。
殺し続けていたら、ジャック・ザ・リッパーと呼ばれるようになった。
その呼び名がついたから、『サーヴァント』になれた。
ここで存在していられるようになった。
ジャックもまた、殺し続けたことで命を伸ばすことができたようなもので。
だから、ひょっとしたら、彼女たちの言うこともその通りなのかもしれない。
かつての『わたしたち(霧夜の殺人鬼)』よりもずっと多く殺した双子ならば、命を増やせるのかもしれない。
だけど、でも、だけれども。
「永遠に、生きたいの?」
それでもなおジャックは、首をかしげずにはいられない。
世界は、とても醜くて。
わたしたちは――あなたたちだって、そのことを知っているはずなのに。
「あなたたちは、生きていたいの?」
堕胎を許さない大人の身勝手で、選択肢もなく産み出されてしまった、チャウシェスクの子ども達と、
堕胎をするしかない大人の身勝手で、選択肢もなく産まれる権利を奪われた、イーストエンドの子ども達。
似ているようで、しかし、似ているからこそ違う。
産み出されなかった子ども達の願いは、『おかあさんのお腹のなかに帰る』ことだった。
永遠に生まれてこないことであり、永遠に生き続けることではなかった。
捨てられた子ども達の怨念が形を成したジャックにとって、『生きる』というのは地獄のような世界で消費され続けることに他ならない。
『死なない』ことと『生きる』こととは、区別のつかない難しい命題だ。
いつだって、死にたくないと望んでいる。消えたくないと強く願っている。
そういう意味では『生きたい』と思っていたのかもしれないが、『生きている』と実感したことなど一度もない。
この世を素晴らしいものだと感じられたことなど無い。
日の当たる場所を、あたたかな世界を、人生にばんざいと感謝したことは有り得ない。
「生きたいわ。やりたいことがあるもの」
しかしその世界を、彼女たちのマスターは受け入れている。
「そのやりたいことは、苦しいのを我慢して生きてまでやることなの?」
受け入れて、もっと生きたいのだと、笑って語っている。
「生きるに値するかどうかとか、そういうのじゃないよ」
「そうしたいから、そうするのよ」
「それ以外には、何もない」
「ジャックは――『ジャックたち』は、そうじゃないの?」
「わたしたちは――」
彼等と一緒にいたい。それは確かな事だ。
ならばジャックは、何を望めばいいのだろう。
(不思議――)
彼等と一緒に『みんなでおかあさんのおなかに帰る』ことを望むのか。
それとも、彼等と一緒に『永遠(ネバー・ダイ)』を望むのか。
「――わからない」
『彼女たち』は、神様を信じたことなど無かったから。
どこかに神様の恩寵があったとしても、自分たちはそれが手に入らないと諦めてきたから。
だから、初めて触れた『宗教』に、まだ戸惑うことしかできなかった。
「それにね、何も僕たちがあの魚の群れ(ライダー)を正面から相手にすることは無いんだよ」
「漁夫の利を狙いましょう。その方が、この国の故事に則っているわ」
「違うよ姉様。その故事は中国のだよ……でも、そうだね。アクアパッツァよりもミートソースの方が僕たち好みだね」
「血と臓物の、ミートソースね」
しかし、戸惑うジャックに、双子はすぐに代替案を示してくれた。
討伐令に参加するといっても、なにもライダー(ヘドラ)を狩ろうというわけではない。
ヘドラを狩るために集まって来るたくさんの連中を、狩ればいい。
背中がガラ空きになっている連中を狙う方がずっと効率的だし、自分達を的にするよりも安全だし、アサシン(暗殺者)らしい。
「そっか……その方が、他のサーヴァントもマスターもきっと慌てるし、上手くいくよね」
それにもっと上手く運べば、たくさんのマスターやサーヴァントに追い詰められて弱っているかもしれないヘドラに、トドメを刺す機会さえも無くはない。
その計画は、『面白い』とか『詰まらない』にはピンと来なかったジャックでさえも、胸がワクワクすることのように感じられた。
さらに言えば、この計画ならば双子(マスター)を危険な海岸線に近づけさせすぎるリスクも少ない。
必ずしもヘドラとの戦いの最前線に出る必要はなく、討伐令に向かう途中の主従を狙う、討伐から一時撤退した主従にトドメを刺すなど、いくらでも状況を俯瞰して動けるのだから。
彼女らがもっと理性的な大人だったならば、『ヘドラを討伐しようとする主従を殺す』ことのデメリットをも考慮して動いたかもしれない。
少なくとも、彼女たちより少し年嵩の魔法少女は、『ヘドラの討伐が遅延したことで、取り返しのつかないことになるリスク』について考えてから動こうとしていた。
しかし双子とそのサーヴァントは、『ヘドラの討伐が上手くいかなければ、自分達まで死ぬかもしれない』ということまでは考えられない。
なぜなら彼等は、死なない(ネバー・ダイ)ことになっているのだから。
「……でも、残念。どっちにしても、青い海が見られなくなっちゃったわ、兄様」
「初めて見る、青空と青い海だったのにね、姉様」
赤紫色から紺色へと、彩度を落としていく薄闇の中で。
薄闇の中を吹き抜ける寒風が、ススキの穂をざわざわと揺らす中で。
作戦会議の最後に、双子はその町の海が汚染されてしまったことを嘆いた。
灰色の空の下で、灰色の壁に閉じ込められた場所で育てられた双子にとって、青空の下の青い海は、いつか行ってみたい夢の場所だったのだ。
ヘドラを囮にしてやろう、という計略も、そんな青い海を奪った存在への、八つ当たりじみた動機が無かったと言えば嘘になる。
「でも大丈夫、空はまだ青いままだよ、姉様」
「青空の前に夜がやって来るわ。楽しい夜になりそうね」
くすくすと、あはははと、二人そろって笑い声をたてる。
その笑い声に対して空気を読んだわけでもないだろうが、おだやかな音楽が笑い声に彩りを添え始めた。
『みんな、遊ぶのをやめて、家に帰りましょう』という無粋なアナウンスがくっついてきたのは、余計だったけれど。
別の場所の公園で話し合いをしていた小学生のマスター達は、これを『この町のいつもの夕方の時報だ』と気にも留めずに話し合いを続けていた。
しかし、それなりに教養を身に着けている双子にとっては、それは『いつもの音楽』というよりも『十九世紀に東欧生まれの作曲家が作った、歌曲に編曲もされている有名な歌』だった。
知っている歌だった。
だから姉様は、その曲に合わせて歌い始めた。
「Goin' home, goin' home, I'm a goin' home」
帰ろう、帰ろう、家路へと。
皮肉なのか、双子にとってもジャックにとっても、縁のない世界の歌を。
ドヴォルザークという東欧の作曲家が、新大陸から故郷を――帰る場所のことを思いながら作った曲を。
その歌声に、兄様とジャックが、うっとりと眼を細めて聞きいった。
「All the friends I knew, All the friends I knew.Home, I'm goin' home!」
歌声だけならば天使だと評される、その歌唱で。
遠き山に日は落ちて、星は空を散りばめぬ。
この国ではそんな歌詞がついている歌を、その通りになりつつある景色の中で。
――いざや楽し。まどいせん。
楽しいことは、帰るべき家ではなく、これから自分達が始めるのだと。
【C-4/K瀬川沿い、東岸側/一日目・夕方】
【ヘンゼル@BLACK LAGOON】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] 戦斧
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:ヘドラを囮にして、他のマスターやサーヴァントを狩る。
※ヘドラ討伐令の内容を、グレーテルから聞きました。
※ジャックの願い(おかあさんのおなかに帰る)を知りました。
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態] 疲労(小)
[令呪] 残り三画
[装備] BAR
[道具]
[所持金] 店から持ち出した大金
[思考・状況]
基本行動方針:やりたい放題
1:ヘドラを囮にして、他のマスターやサーヴァントを狩る。
※ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。
※ジャックの願い(おかあさんのおなかに帰る)を知りました。
【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Apocrypha】
[状態] 疲労(中)、全身にダメージ(小)
[装備] 『四本のナイフ』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:
1:ヘドラを囮にして、他のマスターやサーヴァントを狩る。
2:双子の指示に従う
3:あのサーヴァント(ヘドラ)、殺したい
4:『えいえん』って――???
※ヘドラ討伐令の内容を、ファルから聞きました。
投下終了です
>>300 の予約に空母ヲ級&ライダー(ヘドラ)を追加します
投下します
一切の予兆はなく、切嗣の脳内にK市内の光景が流れ込んだ。
雑踏を行く人々の姿、声。
山の木々の揺れる様、ざわめき。
どす黒い汚濁が所々に混じる海、その波の音。
正確な位置の判然としないまま、様々な場面が次々に流れていく。
その映像は切嗣の知る映像技術を遙かに凌駕し、恐ろしいほどに鮮明である。
それでいながら砂塵のようなノイズが絶え間なく走り、はっきりとした情報をつかむことができない。
例えるならば観光地のタワーにある望遠鏡の精度を何百倍にも高め、かつ覗き込むレンズに亀裂が入っていたら、このような映像になるのではないかと思われた。
「――――ぐッ―――!!」
すさまじい頭痛がする。
冗談でも比喩でも何でもなく、切嗣は自分の脳が燃え尽きるのではないかと思った。
苦痛にうめき、よろけ、思わずその場に蹲る。
こうなるのは当然である。
現代の人間にとっては神代に等しい未来の探索者、霧亥。
サーヴァントとして現界している今、その再現は必ずしも完璧ではないとはいえ、数千キロ先の視界を見通し、微細レベルでの対象の分析をも可能とする千里眼。
いかに強い精神力の持ち主であるとしても、その視界を自らの脳に同調させることで何のダメージも負わずに済むはずがない。
「――は」
しかし、腕を付く。
「――……アーチャー、」
切嗣は倒れない。
「先ほどの、敵……、《アタランテ》の居場所を……探れ」
その言葉が終わるか終らないかのうちに、視界が再び大きく飛んだ。
激しい苦痛を得ながらもなお切嗣が卒倒せずにいられたのは、彼の行使する術式「固有時制御」によるところが大きかった。
自身の体内時間の速度を操作するこの術式は解除後に世界からの修正力が働き、心臓をはじめとした肉体に多大な負担をかける。
切嗣はこの現象に慣れているがゆえに、似ている今の状況もどうにか凌ぐことができていた。
とはいえ、長く耐えることのできるものでは全くない。
せいぜい限界は持って30秒、いやもっと短いか。
正確に計ることはできないが、追い込まれた現状を打開するために迅速かつ隠密に敵の情報を察知する必要がある。
切嗣の脳内に、さらに断続的な火花が走る。
風景は街に移る。ノイズ混じりの映像には人の姿はほとんどなく、建物も薄汚れているようだ。
先ほど交戦したアーチャー――《アタランテ》の探索を行うことは、最初から決めていた。
切嗣と霧亥にとって目下最悪の敵は討伐令の双子ではなく、何をおいてもあのアーチャーである。
数刻前の戦闘では一方的に追い込まれ、こちらの手の内を曝け出してしまった。
あの戦闘だけではない。その直前のアサシンと変身術を使う少女のマスターとの戦闘の段階から自分たちは監視されており、ゆえに敗北を喫したのだ。
それはつまり、アサシンが持ちかけてきた同盟を霧亥が無視して襲いかかったシーンも見られたということ。マスターである自分がサーヴァントを制御できていないことを知られているということだ。
加えて、サーヴァントの情報だけならまだいい。
先ほどの戦闘では『固有時制御(タイムアルター)』を使ったのに加えて、3画ある令呪の2画を使用したことをも見られてしまっている。
霧亥がいかにオーバースペックであろうとも、これだけの情報を知られ尽くしては勝てる道理はない。
ゆえにまず、切嗣はアタランテの探索を行う。
こちらの探索を逆探知されるリスクに思い至らなかったわけではない。それを考慮してもなお、相手の情報を掴まなければならない。
それほどに、今の切嗣は追い込まれていた。
廃墟じみた街を流れていく視界。それがやがて、ある一点で止まる。
「ここだ」
無機質な声。それとともに、ノイズがかった視界の中に何人かの姿が飛び込んでくる。
そのうちの一人の頭上に、犬とも狼ともつかない大きな耳があるのがはっきりと分かった。
間違いはない。先ほど会敵し、自軍に大きなダメージを与えたアーチャー、アタランテの姿である。
敵がこの瞬間に霊体化をしていなかったのは大きな幸運であった。霊体になっていたら、霧亥には遠視でその分析が可能であっても、切嗣が認識することは不可能だっただろう。
彼女の傍らには2人の少女――顔は判然としないが、少女というより幼女といえる程度の年齢だろう――がいるのが見えた。
3人は裸であった。会話までは全く聞き取れず周囲の状況はやはり判然としないが、風呂にでも入っているのだろう。
モラルがどうだとか、法律がどうしたとかいう話は今の切嗣にとってはどうだってよいし、そんなことに気を回す余裕など一切ない。
重要なのは、これで敵の情報をわずかでも掴んだことだ。
痛む頭を素早く切り替え、3人から視界を外す。すると、3人のすぐ傍にはもうひとり男がいる。やはりその顔は判然としない。
「――次だ、アーチャー。戦闘の起きている場所を探れ」
切嗣がアタランテたちの姿を認識していたのは、恐らく5秒にも満たなかっただろう。
気配を察知されるのも避けたいが、何よりもうタイムリミットが近い。
今のうちに少しでも広範囲に索敵を行い、参加者の情報を得ておきたかった。
廃墟めいた街を離れ、再び視界が高速で流れていく。
さらに激しさを増したノイズ混じりの街が、人が、車が、脳裏に火を付けながら猛スピードで視界をよぎっていく。
やがて、複数の人影が入り混じり、火炎とヘドロが舞う光景が映し出される。
ここはどうやら今いる場所と同じ海岸であるらしい。人影が重火器らしきものを振りかざし、海に向かって撃ち放っているらしい。
どうやら、らしい、というのは、切嗣にはそれがもはやはっきりとは見えていないからだ。
数秒前までは何とか人の姿程度は捉えられていた視界は、もはや壊れかけの映写機のごとくぼやけた像のみしか映し出していない。
限界だった。これ以上同調を続ければ、切嗣の脳は完全に焼き切れるだろう。
「――まだだ! もう一度別の場所を探れ!」
しかしそれでもなお、切嗣は探索を命ずる。
視界が逆流する。
映し出されたのは街中らしいが、それすらも切嗣には分からない。
完全な限界まで、残りはあと1秒。
雷光が見える。
霧が見える。
真っ黒な影が見える。
真っ白な影がかすかに見える。
意識はそこで途切れた。
▲
「おい、大丈夫か!?」
男の声で、切嗣は目覚めた。
見ると、心配げに自分を覗き込んでいる顔がある。
意識がはっきりしてくる。
どうやら、視界同調を行っていたまま気を失ったらしい。
頭痛はさほどではなくなっているものの、かわりに全身に疲労感がまとわりついている。
「救急車でも呼ぶか……? っとと」
それには及ばないと告げて急に立ち上がった切嗣に、男がよろける。
迂闊であった。焦りが冷静な判断を妨げていたのだろう。
視界同調に伴う脳への負担。それを考えれば、当然行うのは人目から少しでも場所にすべきであった。
周囲を見ると、日はすでに西に傾いている。敵に発見されなかったのはかなりの幸運というべきだ。
「あんた大方、あの毒に中てられちまったんだろ? こんな時に海には近付かないほうがいいぜ」
「毒……?」
男の言葉に、切嗣はふと海を見やる。
そこには、切嗣の持っている『環境汚染』の知識とは数段かけ離れた、どす黒い液体がうっすらと表面を覆う海があった。
遠くを見やると、その液体はより沖合のほうから流れてきているように見える。
「ったく、俺は親父の代からここで働いてるけどよ、島が消えて無くなるなんざ聞いたことはねえ……っておい! どこ行くんだよ!」
妙な時には妙なやつが現れやがるぜ、と男が一人ごちている間に、危険を感じ取った切嗣は足早に海辺を立ち去りつつあった。
▲
数刻後、切嗣の姿は車上にあった。
海が大変らしいですねえ、街中には連続殺人犯まで出てるらしいですし……といったタクシーの運転手の世間話に適当に相槌を打ちながら、依然として疲労の残る頭を回転させ、切嗣は次の策を巡らせていた。
霧亥の探索は負担が大きかったが、得られたものもまた大きかった。それを整理していく。
まずは先ほどのアーチャー、アタランテについて。
あの映像が確かならば、地図や事前に掴んでいた地理情報と照らし合わせると、どうやらこのサーヴァントが先ほどいたのはK市の北東部にある現在では人のほとんど住んでいないゴーストタウンのような地域であるらしい。
相手に知られたことの多さを考えれば、大まかな位置を掴んだだけでも十分な成果といえる。
加えて、一緒にいた2人の少女。風呂に入っていたらしいことを考えると、かなり親密な関係であると考えるべきだろう。
マスターとは違ってサーヴァントには役割(ロール)は存在しない。サーヴァントが単なるNPCとそこまで深い関係を結ぶというのはやや考えにくい。
よって、2人の少女のうちどちらかがアーチャーのマスターであると考えるのが自然だ。
さらに、3人の傍らにいた男。何の縁もない人間が子供たちが入浴する傍にいるというのは、やはり考えがたいことだ。
この男も、2人の少女と何らかの深い関係にあると見て間違いはないだろう。
そして男のほうもサーヴァントであった場合、意味することはひとつしかない。すなわち同盟である。
2人の少女が共にマスターでかつ何の力も持っておらず、サーヴァントが彼らを守ろうとする善良な心の持ち主であるならば、同盟を組むのはいかにも自然なことだ。
この情報は大きかった。
正直にいえば、情報を掴まれすぎていた敵のアーチャーは、探索で居場所が分かり次第強引に奇襲をかけ、宝具の力で一気に消しとばすことも考えなかったわけではない。
だが、今となってはそれはやはり愚策であったことがはっきりしている。
敵に同盟相手がいるとなれば、その相手にも自分たちの情報が知れ渡っている可能性が高い。
加えて、もう一体のサーヴァントらしき男の力は不明。マスターの少女たちも、一見は無力に見えても先ほどの変身する少女同様に何らかの力を持っているのかもしれない。
勝算がない。未知数がなお多すぎる。今は可能な限り逃げ、2度目の交戦は避けるべきだ。
だがそれは、「この聖杯戦争で二度と交戦しない」ことは意味しない。
マスターの少女たちが真に何の力も持っていないならば、それはまさしく敵にとってのアキレス腱だ。
最初の戦闘では失敗したが、人質に取ることに成功できれば、一気に戦局を優位に動かすことが可能となる。
――かつて目指した正義の味方とは、あまりにも対極にある策。
思わず煙草に手をやり、「禁煙」の表示が視界に入ったことに気付いてポケットに引っ込めながら、切嗣はさらに思考する。
探索で得られたのはそれだけではない。
ここから西にかなり離れた海に面した場所、おそらくは港。加えて、更に判然としないが市街地、おそらくは商店街のような場所。
探索を行ったのと同時刻に、少なくともこの2か所で何らかの戦闘行為が行われていることも判明した。
海岸のほうでは、銃火器を持ったサーヴァントが海に向かって銃火器を撃っているのが見えた。
敵はおそらく海に勢力を広げ、さきほど討伐令が出されたサーヴァント、ヘドラだろう。
商店街の方はさらに判然としないが、かなりの乱戦になっているらしいことだけは分かった。
これもまた有益な情報ではあった。
中学校および高校への襲撃。討伐令の双子とヘドラ。聖杯戦争の開始から時間もたち、戦火は着実に広がっている。
戦闘のあった場所は地図でおおよその目星は付いている。周辺を探れば何らかの情報を得ることが可能だろう。
加えて、探索以外の情報収集で得られたこともある。
市内に勢力を伸ばしている新興宗教、御目方教の存在。そして、永久機関の開発に成功したと発表した企業。
どちらも、主催者が用意した作り物にしては不自然極まりない存在だった。まずマスターの存在が関わっていると考えた方がよいだろう。
脳への負担というリスクを背負ってでも行った探索は有益だった。これだけでもオーバースペックのサーヴァントを引き当てた意味はあっただろう。
だが、戦局は決して優位になったわけでは全くない。
敵のアーチャーを探り、アキレス腱となりうるマスターの情報は確かに掴めた。しかしそれでもなお、再び戦えば不利になるのは情報量で劣るこちらだ。
令呪2画の損失に加え、自分自身の体の疲労も馬鹿にできるものではない。
二つの討伐令。あちこちで起こる戦火。御目方教。永久機関。
マスターが惹かれて集まってくる可能性の高い火種はあちこちにある。
しかし今はまだアーチャーはもちろん、他のサーヴァントとの会敵もできる限り避ける。
討伐令の報酬である令呪は恐ろしく魅力的だ。
霧亥のスペックならば、双子のほうはもちろん、害毒を撒き散らす怪物――否、怪獣の類であっても葬り去ることが可能だ。
集まってきたマスターを後ろから狙い撃つことももちろん可能ではある。
だが、最初に討伐令に参加して現状を招いた轍を踏むわけにはいかない。
ゆえに切嗣はまず、拠点への帰還を選択した。
拠点には愛用している武器があり、マスターをより確実に仕留めるには確保しておきたい。
アタランテによる追跡の懸念は、依然として強く残っている。僅かな時間だったとはいえ、探索の気配を察知された可能性もある。
だが何もせずに逃げ回っているだけでは、破滅を手をこまねいて待っているだけに等しい。
先ほどの索敵で見た様子からすると、もう一人の男はともかく、彼女はマスターの傍らを簡単には離れないように見えた。
もちろん、霊体化させた霧亥による警戒は怠らない。
加えてタクシーの運転手には、目的地である拠点まではなるべく蛇行し、かつ人の多い場所を通るように告げてある。
変なご注文ですねえ、と苦笑されたが、一万円札を数枚握らせ黙らせる。
マスターの少女を甲斐甲斐しく世話するようなサーヴァントである。先ほどの戦いでもそうだったが、まず間違いなく、NPCであっても一般人に危害が及ぶことをよしとしないタイプだろう。
追跡を避けるだけでなく、意図的に人の多い場所を通過して攻撃を躊躇させる。
そうまでして策を弄させるほど、先ほどの敗戦の記憶は切嗣の脳裏に深く刻まれていた。
夕日に照らされながら、車は走ってゆく。
敗北を喫し、逆襲の策を練る魔術師殺しと、その思惑をも更に踏みつけていくかもしれぬ探索者を乗せて。
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態] 打撲、魔力消費(小)、疲労(中)
[令呪] 残り一画
[装備] なし
[道具] 小型拳銃、サバイバルナイフ(キャリコ短機関銃を初めとしたその他武装は拠点に存在)
[所持金] 数万円程度。総資金は数十万以上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯による恒久的世界平和の実現
1:周囲を警戒しつつ拠点に戻り、作戦を練る。
2:アインツベルンの森の存在が引っ掛かる。
3:討伐対象の『双子』を抹殺し、令呪を確保したい。
4:アーチャー(アタランテ)を強く警戒。勝てる状況が整うまで接敵は避ける。
5:ひとまずアーチャー(霧亥)への疑念は捨て置き存分に性能を活かす。
[備考]
※アーチャー(アタランテ)の真名を看破しました。
※3つある拠点のうちどこに向かうかは次の書き手にお任せします。
【アーチャー(霧亥)@BLAME!!】
[状態] 疲労(小)、魔力消費(中)、ダメージ(中)
[装備] なし
[道具] 『重力子放射線射出装置(グラビティ・ビーム・エミッター)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1:サーヴァントの討滅。
2:アサシン(死神)、アーチャー(アタランテ)は殺す。
3:索敵を行ったことで発見したサーヴァントは殺す。
[備考]
※A-8、D-3、C-4を中心に索敵を行い、午後時点でそこにいたサーヴァントの存在を感知しました。
そして魔術師殺しが去った海岸を、沖のほうからじっと見つめる存在があった。
彼女こそは、このK市に広がるひとつの災厄の元凶。
汚濁の主。
公害の王。
水底からの復讐者。
ライダー《ヘドラ》と融合せしマスター、空母ヲ級がそこにいた。
衛宮切嗣本人は全く知ることはなかったが、アタランテが霊体化していなかったこと、探索後に誰にも見つからなかったことに加えてもう一つ幸運だったことがある。
彼が霧亥の視界を介した探索を行っていたそのとき、侵食を続ける空母ヲ級に主催の介入が入り、その勢力が一時的に減退していたのだ。
このタイミングでの介入がなければ、真正面の陸地にいた切嗣たちは必然的に何らかの形で交戦を迫られていた可能性が高い。
そして戦闘ともなれば、その物量を前にして必然的に『重力子放射線射出装置(グラビティ・ビーム・エミッター)』を使用せざるを得なくなり、さらなる窮地に追い込まれていただろう。
だが、互いにそんなことはつゆ知らず。
空母ヲ級はその本能に従い、更に勢力を広げるべく蠢く。
戦闘による損失。駆逐艦数隻損傷。最初の戦闘とそこから生産したものを差し引きすると、全体での損失は艦隊全体の戦力を損なうものではない。
領域の拡大。これもまた介入の影響は軽微。陸地を浸食し、己に有利な海とする。
遠征・補給の実施――
そのとき、一機の艦載機が彼女の元に帰還した。
――索敵ニ成功。
――△△港ニテ艦娘の存在を複数確認。
――戦闘中ノ模様。
「……」
その報告を何度も何度も反芻する。
艦娘発見。
空母ヲ級は繰り返すたびに、己の中で二つの衝動がより強くなっていくのを感じていた。
艦娘を轟沈せよ。
上陸せよ。
轟沈。
上陸。
『ルーラーからの、お知らせだぽん』
そして瘴気を一層濃くする彼女の前に、白黒の妖精が現れた。
自分に対して討伐令が発令されたこと。参加した者に対しては1画、討ち取った者に対してはもう1画の令呪の賞与。
『理解できるぽん? じゃあ、頑張ってほしいぽん』
返事も待たずに、妖精の姿はかき消える。
汚染された頭であっても、理解はできる。
いつの時代であっても怪物とは攻撃を受けるものであり、討ち果たされるものであるということ。
その理解は理性によるものではなく、空母ヲ級とヘドラに共通する本能のようなものであった。
間もなく、敵の勢力が自分を討たんと軍勢となって現れるだろう。
ならばどのようにしてこの局面を打開するか。
籠城し防御に徹する――否定、否定、拒否!
攻勢に転じ、敵勢力を襲撃――肯定、肯定、肯定!
空母ヲ級の中に、更に強い意志が沸き上がる。
必要なのは迎撃ではない。
軍勢に狙われる以前に、本艦の敵を襲撃。奇襲。撃破。
そしてその本能に己の裡に潜むヘドラの意思が重なり、共鳴する。
《上陸》に対する本能がさらに強くなっていく。
艦娘を轟沈せよ。
上陸せよ。
轟沈。
上陸。
轟沈。
上陸。
意思が強くなるにつれ、汚濁が広がる。それはもはや、主催者の介入を受ける以前の勢力範囲を越えていく。
彼女を中心とした半径数百メートルの範囲には、魚はおろかプランクトンの1匹すら存在を許されていないであろう。
そして夕日に照らされ、瘴気を天に突き上げながら茫洋と佇んでいた空母ヲ級の姿に変化が訪れる。
彼女の巨大な頭部。それがアメーバのごとく徐々に横に広がっていく。
やがてそれは、まるで超高熱に当てられて溶解してしまったUFOのごとく、歪んだ円盤状の形を成していった。
轟沈。
上陸。
轟沈。
上陸。
その背から、硫酸の瘴気が海に噴射される。
それが繰り返され、もはや海の面影すらない汚液の表面から空母ヲ級の体が浮き上がる。
ライダーの英霊・ヘドラ。この怪物はかつて状況に応じ、自らの姿を変化させていった。
その一つが飛行形態。およそ既存の航空力学では考えられない歪な翼を持つそれは、しかし現実にあらゆる場所を自在に飛び回って1000万を超える被害を産み、日本中を恐怖のどん底に叩き込んだ。
本来ならば、宿敵の火炎放射を浴びたことによって生まれたその姿。
だがこの場においては、敵の轟沈を強く望む宿主の意思と上陸を強く望むヘドラの意思が重なり、この姿を再現する結果を呼んだのか。
速度を増しながら、今や毒の飛行空母とでも呼ぶべきヲ級は海上を行く。
航跡には骨と化した魚や海獣が、溶解した甲殻類が次々に浮かび上がる。
戦争と公害。
それは人類の発展史において生み出された必然の暗黒面であり、誰もが目を背け続けてきた犠牲でもある。
二つの宿業を一身に象徴する融合体。それが、此度の聖杯戦争における一つの転換点を産み出そうとしていた。
【C-7/海上/一日目・夕方】
【空母ヲ級@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態] 無我、飛行形態
[装備] 艦載機
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:艦娘、轟沈
1:発見した艦娘を沈める。
2:宝具で陸地を海に変える。
3:艦隊の建造、補給、遠征の実施。
投下を終了します
すみません、切嗣たちの現在位置が抜けていました。【B-6/車内/一日目・夕方】としてください。
真庭鳳凰&バーサーカー(ファルス・ヒューナル)、佐倉杏子&ランサー(メロウリンク・アリティー)を予約します。
延長します
すみません、プロットに時系列の狂いがあったため破棄します。お騒がせしました。
お二方、ご投下ありがとうございます!
>Never die/born
ジャックと双子、似ているようで確実に異なる両者の違いが明らかになりましたね。
その対比が非常に上手く丁寧に描かれていて感服しました。
しかしそれ以上に双子の再現率と云いますか、"双子らしさ"が凄まじい。
原作の中でもひときわ異質な雰囲気を持つ彼ら、彼女らの価値観をこうも幻想的に文へ起こす氏の筆力に驚愕です。
ヘドラだけでなく沢山の主従が犇めくK市は今後もっと激しい戦場になるでしょうが、彼女達にも是非頑張って欲しいですね。
今回も、ご投下ありがとうございました!
>LOG.EX-41 遠望
淡々とした文体で進む周囲の探索が、BLAME!原作を読んでいるかのようでした。
やはり霧亥の恐ろしさは火力以上に、この常軌を逸した偵察力が聖杯戦争という舞台では大きいですね。
そしてヘドラヲ級は飛行形態化して遂に本土へ上陸。
本文にもあった通り、この聖杯戦争のターニングポイントとなり得る大きな動きに打って出ましたね。
ヘドラを巡った一連の戦いは一日目、ひいては序盤最大の山場となるでしょうし、胸の高鳴る思いです。
この度はご投下、ありがとうございました!
岡部倫太郎&ライダー(アン・ボニー&メアリー・リード)
春日野椿&キャスター(円宙継)
再予約します。
延長します
遅れて申し訳ありません。投下します。
時刻は直に、夕方に差し掛かろうとしていた。
手元の千里眼日記に視線を落とせば、街が如何に混沌とした様相を呈しているのか一目で分かる。
商店街で発生した謎の局地的公害現象。信者の中にも負傷者が発生しており、サーヴァント同士の戦闘を目撃した趣旨の報告も数件上がっている。
だがそれ以上に特筆すべきであるのは――やはり近海に根を張り、本土の侵食を開始せんとしているライダーのサーヴァント……『ヘドラ』のことだ。
椿の下にも、ルーラーの使いであるという白黒の使い魔はやって来た。
二件目の討伐令。討伐の優先度が件の殺人鬼主従よりも上という時点で、一体どれほど不味い事態になっているのかを窺い知ることが出来る。
「捨て置けば、程なく街中が汚濁によって埋め尽くされる。そうなれば、聖杯戦争そのものがご破算になりかねない……随分焦っているようだね、ルーラーは」
微笑するのは、椿の座す空間に留まったままのキャスター・円宙継だ。
禁魔法律家であるキャスターも、やろうと思えばヘドラと似たような芸当を行うことが出来る。
悪霊、死霊、魍魎、化外――そういった異形の存在を街に解き放ち、ヘドラのように混沌を生みながら、魂を吸い上げて自身の糧にすることが出来る。
その気になればキャスターも、街一つくらいは容易に滅ぼせるのだ。
だが一体一体のスペックならば兎も角、無尽蔵に吐き出せる数量という点では、確実にヘドラが勝っている。
……今はまだかのライダーは海上に留まっているようだが、陸に上陸してくるのは時間の問題だろう。ルーラーもその点を加味して討伐令を発布したのだろうし、最悪、事態はそれだけに留まらない可能性もある。むしろそちらの可能性の方が高いとすら、キャスターは考えていた。
「これは僕の推測だけど……恐らくかのライダーは、その内陸に上陸してくるだろうね。そうなれば当然汚染の侵食度は急激に増すだろうし――もしも僕らのような聖杯戦争の参加者達が失敗すれば、確実にK市は廃都だ。聖杯戦争を恙なく進行させるために、白痴も同然に設定されているNPC達でどうにか出来るとは思えない」
「でも……此処は結界が貼ってある筈でしょ?」
「ああ。ちょっとやそっとのことじゃ破れないから、そこは安心していいよ。……でも、それも絶対って訳じゃない。僕らに目を付けているマスターやサーヴァントが全くいないってことは考えにくいし、所詮は宝具でも何でもないただの結界なんだから、破ろうと思えば破れる手合いもいると思うよ」
椿の表情が僅かに不安の色を帯びる。
今から一時間と少し前――彼女は、起こるはずのない現象に遭遇した。
死ぬ筈だった少女が死なないという、未来の改変現象。
『未来日記』が書き換わる、この街を訪れてからは一度も目にすることのなかった事態。
キャスターの言葉によって持ち直したかに思われた椿の精神面は、しかし完全に元通りとなった訳ではない。
"未来を変えられる人間が居る"……その事実は鋭く鈍い楔として、椿の胸の奥に深く打ち付けられていた。
そも。
春日野椿という少女が殺し合いのサバイバルゲームに参戦させられるのは、これが二度目である。
一度目は、聖杯戦争ではなかった。だが趣向としては、それなりに似通ったものだったと言えるだろう。
サーヴァントの代わりに『未来日記』……文字通り、未来を予知する日記を持たされて殺し合う。
情報、人員、知略、全てを動員して敵を蹴落とす。その点は聖杯戦争と何ら変わらない。
そこでも椿は宗教施設の奥に控え、信者達を使いながら暗躍していた。
その末にどうなったかは――今此処に椿が居り、未だ世界の破滅を希求していることから容易く読み取れる。
椿は失敗した。
あと一歩という所まで追い詰めながらも、敗死した。
未来が書き換わり、定められていた結末が変わる。
その恐ろしさを誰よりもよく知っている椿だからこそ、一度生まれた懸念を些事とかなぐり捨てることは出来なかった。
たとえ、信頼しているキャスターが大丈夫と言ってもだ。
再びあの悍ましい文字……『DEAD END』が自らの日記に浮かぶ未来を、椿は恐れずにはいられない。
当然キャスターも、そんな椿の様子には気付いている。
キャスターにとって、春日野椿という少女は道具だ。
彼には彼女の信頼に報いようなんて想いは微塵もなく、ただ体のいい言葉を掛けてその憎悪を利用し続けている。
「言ったろう? 大丈夫だよ、椿」
そのことにすら思い至らない弱きマスターに、復讐鬼の少年はやはり甘いマスクで微笑みかける。
そして言うのだ、大丈夫だと。――彼女が何かを考え、あれこれと悩んだりする必要はないからだ。
キャスターは椿から、彼女が生前に経験したという戦いの大まかな顛末について聞いている。
その上で言わせてもらうなら、キャスターにとって、無様に敗北した人間の指示や意向など全く不要であった。
彼女の采配で計画が狂う方が余程面倒なのだから、椿は黙ってマスターという"核"であり続けてくれればそれでいい。
それ以上のことを、キャスターが椿に望むことはない。彼女がどれだけ尽くそうと、永遠に。
無能だろうが何だろうが、存在してくれているだけで道具の役目は果たしているのだから。
「仮に結界が破られたとして、その時は僕やティキの出番だ。仮に教団を失おうと、僕らが生き残る手段は幾らでもある」
「そう……ね。そう、よね」
「ああ、そうさ。君は安心して、僕らに任せていればいいんだよ」
ただ、今言ったことは嘘ではない。
あくまで御目方教という教団は便利な駒の山だ。
そしてその中に、王将の駒は混じっていない。
教団が壊滅しようが、それはキャスター達の敗北とイコールでは結ばれないのだ。
「それに、今は僕らのことじゃない。他人のことを考えるべき時さ」
ヘドラの討伐に、キャスター達が力添えすることは当然ながらない。
だが、義憤に駆られてヘドラへ向かっていく者はきっと山程存在する筈だ。
つまり――今夜は最高の狩り時。
闇夜に潜んで人を貪る悪霊達が、最大までその食欲を満たせる夜が来る。
英雄達よ、精々華々しく吼えるがいい。
光り輝く剣でもって、寄せ来る汚濁の波濤を切り払うがいい。
自分達は、お前達の後ろに伸びる影だ。
お前達が決して認識できない、認識する暇もない、しかし確かにそこに存在している影/陰。
日は傾いていく。
時は近い。
聖杯戦争という物語が大きく動く瞬間が、もうすぐそこまで迫っている。
【一日目・午後(夕方直前)/C-4・御目方教本部】
【春日野椿@未来日記】
[状態] 健康、禁魔法律家化(左手に反逆者の印)、一抹の不安
[令呪] 残り三画
[装備] 着物
[道具] 千里眼日記(使者との中継物化)
[所持金] 実質的な資金は数百万円以上
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、世界を滅ぼす
1:千里眼日記の予知を覆した者が気に食わない
2:キャスターに依存
3:キャスターはああ言うけれど――
【キャスター(円宙継)@ムヒョとロージーの魔法律相談事務所】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、復讐を成し遂げる
1:ティキを通じて他参加者の情報を収集する。ひとまず海岸部に出現した異生物の情報を得る
2:当面はY高校のマスター、牧瀬なるマスター周りから対応していく。
3:但し夜、ヘドラとの交戦が本格化したなら、積極的に他主従を狩る方向に舵を切る
※ティキや信者を経由して、吹雪の名前、牧瀬というマスターの存在、『美国議員の娘に似ている』というマスターの存在を確認しました
◆
「……分かっちゃいたが、異常事態だな」
「だね」
「ですわねえ」
岡部倫太郎と二人の女海賊は、若干呆れたようにそう溢した。
異海、魔境と化した海。腐卵臭を運んでくる粘性の風は、明らかに尋常なそれではなかった。
何らかの異常事態が起きている。早急に情報を集め、事の次第を理解する必要がある。
そう思って岡部達は行動したのだったが――結論から言えば、事態は彼らの想定の倍は深刻なものだった。
「で、どうする? 討伐クエスト、参加するの?」
「いや、どう考えても無謀だろう。そもそもお前達の宝具は、確か大軍を相手取るには向かないものだった筈だ」
ライダー……アン・ボニーとメアリー・リードは、海賊のサーヴァントでありながら、船の宝具を持っていない。
そんな彼女達が唯一持つ宝具は、所謂"逸話由来"のそれだ。
『比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)』――無数の兵士を相手に、捕縛される瞬間まで戦い抜いた逸話をなぞるかのように、状況が不利であればあるほど威力を増していく連携攻撃。対人相手なら、確かに二人の連携は素晴らしい戦果を齎してくれるだろう。
だが、今回の相手は大軍だ。大群、と言っても間違いではない。
近接担当のメアリーと遠距離担当のアン、二人の連携が如何に素晴らしいものであろうと、流石にこれだけの物量差を覆すのは難しいと岡部は考える。
「アンのマスケットを霊核に撃ち込むとかすれば、可能性はまだありそうだけど……いや、駄目だね。幾ら何でも相性が悪すぎる。成功した時の報酬とリスクが全然見合ってない」
「討伐令目当てで動く連中は山程居るだろう。お前達の強さは信頼しているが……最悪、無駄に消耗した挙句、何の収穫も得られない……というオチも考えられる。そうなったなら、ただ悪戯にこっちの手の内を晒してしまうことになる。メアリーの言う通り、ハイリスク・ローリターンが過ぎるんだ。だから俺は、討伐令を見送る考えでいる」
「財宝があるというならまだしも、手に入るのはただのイレズミですしねえ」
令呪をただのイレズミ扱いする辺りは、流石に自由を愛する海賊か。
それはさておき、ライダーの両名は岡部の意見に概ね同意だった。
海賊は時に無謀な戦いや航海に毅然と挑んでいく。だが、彼ら、彼女らは決して馬鹿ではない。
リスクとリターンを慎重に照らし合わせ、その結果によっては舵を別な方向に切る。
「――ま、そうと決まればのんびり見物してようか。ルーラーも本気だ、きっと凄い戦いになるはずだよ」
止めを刺した者には令呪二画、そうでなくとも貢献次第では一画を進呈する、という報酬は本来かなりの太っ腹だ。
アンとメアリーの目には然程魅力的なものとは写らなかったが、普通の主従ならばこの報酬だけでも参加する理由になる。
逆に言えばそんな大盤振る舞いをするほど、ルーラーは公害のライダー……『ヘドラ』というサーヴァントを危険視しているのだ。無理もないと、岡部は思う。少し話を聞いただけでもとんでもない真似を仕出かそうとしているのが分かったし、もし自分がルーラーだったとしても、全力を尽くして件のサーヴァントを排除しようとするだろう。
ヘドラはきっと、討伐に対して盛大に抵抗する筈だ。街を汚染しながら、自身を討つべく現れたサーヴァント達に容赦なく公害の猛毒を向ける筈だ。
まず間違いなく、今夜は嵐になる。
ヘドラが朽ち果てて街に平穏が戻るまでの間に、一体何騎のサーヴァントがこのK市を去るか、分かったものではない。
ヘドラは誰かが倒さなくてはならない存在だ。
その討伐に参加しないということは、いざ自分達の身に災厄が降り掛かってくるまで指を咥えてそれを見ている、ということと同義である。
静観自体がリスクとなり得る。それは岡部も分かっている。その点で彼は、この街に呼ばれたサーヴァント達のことをある意味信頼していた。
ヘドラは討伐される。彼とそのサーヴァント達は、そっちにチップを賭けた。
もしも賭けが外れれば大惨事。――先述したようにライダー達は対城宝具はおろか、対軍宝具すら持ち合わせていないのだ。そんな彼女達が、街を埋め尽くしたヘドラをどうにか出来るかと言えば答えは確実に否。そうなった瞬間に敗走が確定すると言ってもいい。ヘドラの勝利は岡部達の詰みだ。
だからその点で、岡部は心の底からヘドラの討伐に向かう者達を応援していた。
頑張って戦ってくれ、お前達の奮闘が俺達の明日を作るんだからな……といった具合に。普段の彼ならゲスな笑顔すら浮かべていたところだ。
無論、彼らと同じ考えに至る者は決して少なくない。
報酬を得られる可能性が低い、労力に見合わないと見送る者。
はたまた、討伐に向けて動き出したサーヴァント達の背中を貫こうと目論む者。
単純に興味が無いと静観を決め込んだ者――各々違った事情や理由で、彼らは嵐の夜に巻き込まれることを嫌がった。
そして――この時彼らの前に現れた、"そいつ"もまた、嵐に挑むのを嫌った内の一人であった。
「……マスター、下がって!!」
叫んだメアリーの声色は鋭かった。
先刻セイヴァーの主従と戦った時よりも、更に鋭く、強い危機感を感じさせる声だった。
見ればアンも無言の内にマスケット銃を構え、現れた"そいつ"へと銃口を向けている。
"そいつ"は、異様な姿をしていた。
全身の殆どが黒色で覆われており、そのせいか顔に装着した無機質な仮面の白さが異常なほど際立って見える。
仮面には四つの穴が空けられ、その全ての穴からぎょろりと蠢く眼球が覗いていた。
突き出た手は病人のように蒼白く、細長い。幽鬼のようだと、誰もがそう思うことだろう。
アスファルトを湖面のように波打たせながら、現れた"そいつ"は、紳士っぽく岡部達に一礼してみせる。
しかしその動作はあまりにも白々しくあからさまで、好印象など微塵も与えることはない。
「……何、君」
"何者か"と問うのではない。
"何か"と、メアリーは問うた。
性質自体は分かる。これは亡霊、怨霊の類だ。アンもメアリーも幾度となく戦ったことがある、俗にゴーストという括りで一纏めにされる存在。
だが――これまで彼女達が見てきた全てのゴースト達の放っていた邪気を総合しても、きっとこの怪人の半分にも届かないだろう。
瞬時にそう思わせる程の邪気と、見ているだけで頭がおかしくなるような気持ち悪さを、"そいつ"はとんでもなく高い領域で両立させていた。
「ソウ冷たくシナイデ欲シイネ……此方ハこレデモ、キミ達ト"仲良く"したいノダケドネ」
「……は、笑わせるね。君と仲良しになるくらいなら、昔の腰抜け船長とよりを戻す方がよっぽどマシってもんだよ」
後ろでその流れを見ているしかない岡部は、自分の背筋に鳥肌が立っていることに気が付いた。
収まる気配は全くない。それどころか、あの怪人の姿を見れば見るほど、言い知れぬ怖気に襲われる。
それでも岡部は、目を背けようとはしなかった。
岡部倫太郎は魔術師ではないし、優れた武芸を持つわけでもない。
戦いとなれば安全圏で大人しくしているくらいしか出来ることがなく、彼女達が勝利を勝ち取ってきてくれることを祈るしかない、どうしようもない弱者だ。
変な義心に駆られて特攻すれば命を落とすだけなのだから、見ているのが最善手。
それは分かっている。分かっているが、それで納得できるほど、岡部は腐った男ではなかった。
だからせめて、彼は見届ける。自分の召喚した彼女達の戦いを、その行く末を。
それ以外に出来ることがない現状を歯痒く思いながら、彼はただ目を凝らす。
悍ましくも穢らわしい四つ目の怪人。それに人並みの恐怖心を抱きながらも、彼はじっと、それを見続けていた。
そんな岡部の方に、怪人の四つ目が視線を合わせる。
思わず呻き声をあげそうになる岡部だったが、どうにかすんでのところで堪え、醜態を晒さずに済んだ。
「仕方ナイ、マスターのキミに相談シヨウ……話ハ聞かせて貰ッタヨ」
「……話、だと? ……ああ、ヘドラのことか」
「御明察。コッチのマスターもキミと同じ考えデネ――イヤ、少シ違ウカナ?
此方はお尋ね者ノライダーをどうにかしようと頑張ッテイル、そんな連中ヲ上手く狩ろうと思ッテルンダ」
「それで……俺達に協力を持ち掛けに来た、というわけか」
声が所々途切れ途切れになってしまうのが何とも情けない思いだったが、岡部は怪人の言葉を反芻する。
岡部は聖杯戦争に、誇りだの何だのといった要素を持ち込むつもりはない。
彼の目的は願いを叶えること。その為に他の願いを踏み潰す覚悟も、彼は既に持っている。
だが――どうしても生まれ持った良心というものはあった。
この怪人の非道な策、それが効率的だというのは勿論分かっている。
それでも岡部はどうにも、そんな手段を取っている自分やライダー達を想像したくなかった。
……甘い。甘すぎる考えだ。岡部は自嘲する。本当に聖杯を手に入れたいと思うなら、手段を選ぶべきではない。
「……それは、いい話だな。ヘドラ討伐戦の裏で確実に競争相手を減らしていく……乗らない手はないな」
「ちょっ、マスター!?」
「正気ですの!?」
まさか乗ろうとするとは思わなかったのか、驚きに声を張り上げる二人。
そんな彼女達を無視して、岡部は続けた。
怪人を真正面から見据えながら――彼は言った。いや、言ってやったのだ。
「――――だが断る」
それがとある漫画出典の有名なネットスラングであることを知る者は、幸いこの場には居ない。
メアリーはやれやれというような顔をして、アンは「それでこそマスターですわ」と満足げに頷いた。
尤も岡部は、別に良心の呵責から、怪人の話を蹴り飛ばした訳ではなかった。
単純に、信用できないと思ったからだ。この明らかに怪しすぎる、異様な男のことを。
こいつの話に乗って、良からぬ策の一環に使われるのは御免だ――そう来れば、返す返事は決まっている。
無駄に格好つけたのは、性分だ。……ただ断るだけでは、気圧されたようで癪なものだから。
沈黙したままの怪人に対し、岡部は白衣をバサリとはためかせる。
……調子が戻ってきた。そう、岡部倫太郎はただの人間だ。こんな相手にはどうしようもなくて、ただ震えているしかない。女の影に隠れるのが精々の情けない人間だ。
――だが、"彼"は違う! 岡部倫太郎の内に眠れるは、過酷な運命と戦い続けるもう一つの顔!
「名も知らぬ奇妙奇怪な怪人よ、貴様のそれは確かに美味い話だ――だが美味すぎる!
この俺を欺くにはまだまだ修行が足りんぞ、四つ目男! 何故ならこの俺はァ〜〜〜〜……」
岡部は、深く、大きく息を吸い込んだ。
「『機関』と日夜交戦を続けながら、混沌の未来を築く為に戦う孤高の戦士! 鳳凰院――凶真なのだからなッ!!」
いつも通りの決めポーズを取りながら、往来にて高笑いする岡部倫太郎。
彼は心の底から「決まった……」と思っていたが、それを見つめるライダー達の目は大変冷ややかだった。
数秒の沈黙を置いて、嘆息を漏らしたのは、彼が言う所の四つ目男である。
「ソウカ……残念だヨ。必死こいて虚勢を張ル様は滑稽だッタガ、こうなればキミ達に用はモウナイネ」
「あら、やる気ですか? でしたらお相手しますわよ。丁度前の戦いの疲労も抜けているので、退屈はさせませんけれど」
「生憎と、コッチハ忙シイのでネ――『コイツら』と戯れていて貰オウ」
すっと四つ目男が右手を挙げた、その瞬間の出来事だった。
近くのコンクリートの塀を飛び越えて、人間の顔を細長く引き伸ばしたような怪物が出現する。
それだけではない。アスファルトの湖面から、そういった不気味な存在が何体も、何体も姿を現してくる。
漸く出現が止まった頃には、岡部達の"戯れる"相手は、二十以上にも達していた。
「こりゃまた、雑魚をわらわらと。僕らが対軍相手は苦手ってのを聞いて、早速実践してみようとでも思ったのかな」
「舐められたものですわね、メアリー。まさかこんな有象無象で、カリブの鳥を捕まえられるつもりだなんて」
メアリーがカトラスを構え、アンは消えた怪人から、悪霊の一体へと照準を合わせ直す。
「お、おいライダー。大丈夫なのか? 明らかにヤバそうなのが相手だが……」
「大丈夫。ガワは気持ち悪いけど、所詮ぽっと出の雑魚ばっかりさ。僕らの敵じゃない」
「私達を本気で倒したいのなら、せめてこの三倍は持ってきて頂かないと、です」
汚濁の嵐が迫る街にて、一発の銃声が響き渡る。
カリブの女海賊、その片割れが放った銃弾は、過たず悪霊の頭蓋を撃ち抜いた。
それを合図代わりに突貫していくのはメアリー・リード――カリブ海を馳せた女達が、自由自在に暴れ始める。
その姿を、路傍の草木に紛れて見つめる腐敗した眼球があることに、とうとう誰も気が付かなかった。
【C-5/路上/一日目・午後(夕方直前)】
【ライダー(アン・ボニー)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] マスケット銃
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:眼前の敵への対処。
2:殺人鬼の討伐クエストへ参加する。ヘドラの方は見送り。
3:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する
【ライダー(メアリー・リード)@Fate/Grand Order】
[状態] 完治、健康
[装備] カトラス
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。
1:眼前の敵への対処。
2:殺人鬼の討伐クエストへ参加する。ヘドラの方は見送り。
3:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)には注意する
【岡部倫太郎@Steins;Gate】
[状態] 健康、気疲れ、少しいつもの調子が戻ってきた
[令呪] 残り三画
[装備] 白衣姿
[道具] なし
[所持金] 数万円。十万にはやや満たない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する
1:眼前の戦いを見守る
2:未来を変えられる者を見つけ出して始末する
3:殺人鬼の討伐クエストへ参加しつつ、他マスター及びサーヴァントの情報を集める。ヘドラについては相性が悪すぎる為見送りの姿勢
4:『永久機関の提供者』には警戒。
5:セイヴァーとそのマスター(ニコラ・テスラ)は倒さねばならないが、今のところは歯が立たない。
[備考]
※電機企業へ永久機関を提供したのは聖杯戦争の関係者だと確信しています。
※世界線変動を感知しました。
※セイヴァーとそのマスターに出会いました。
◆
「やれやれ。馬鹿面で乗ッテ来テくれれば、一番良カッタンダガ」
手痛く振られた四つ目の怪人……ティキは岡部達の前から姿を消し、数十メートルほど離れた民家の屋根上に現れた。
元々そう期待はしていなかったが、案の定だった。
もしも乗ってきていたなら、体よく利用して最後には破滅をくれてやるつもりだったのは、言うまでもない。
ティキは岡部倫太郎が危惧した通りの邪悪で、アンやメアリーが感じ取った通りの巨悪である。
悪魔の甘言に乗った者の末路がいつの時代も一つであるように、ティキと手を結んだ者が報われることは決してない。
「だが、収穫ハあったネ」
けしかけた悪霊共は、数こそ多いが所詮サーヴァント相手には有象無象の雑兵だ。
まず間違いなく蹴散らされるだろうし、掠り傷でも付けられればそれだけで御の字。
ティキは端から彼らの奮戦になど期待してはいない――何故ならあの霊達は、カモフラージュだからだ。
盛大な数と奇怪な見た目。それにあの場の全員の意識を集中させつつ、本命は背後にひっそりと生み出す。
ティキのあの場における"本命"こそが、路傍に隠れて岡部達を見つめる、眼球の魍魎である。
意図は監視だ。悪霊を退けた後の彼らの動向を、ティキはこれで逐一監視することが出来る。
彼らが自分達で気付いて目を破壊しない限りは、その策も行動も、全てがティキに筒抜けとなるのだ。
「とはいえ、暫クは泳ガセル段階カ……サテ、次は何をしたモノカナァ」
ケタケタと不快な笑い声を漏らしながら、再び四つ目の怪人は湖面に消える。
汚濁の嵐が迫り来る聖杯戦争の中、暗躍するは災厄の影――四つの眼が、常に街を彷徨っている。
【ティキ@ムヒョとロージーの魔法律相談事務所】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:会場を巡回しつつ参加者に接触、情報収集
2:上手く取り入ることの出来た参加者は積極的に利用していく
[備考]
※岡部倫太郎に監視を付けています。
以上で投下を終了します。
棗鈴&ランサー(レオニダス一世)
松野一松&シップ(望月) 予約します
投下乙です
科学聖杯だとシリアスな岡部倫太郎さん成分多めだけど、久しぶりに鳳凰院凶魔さんを拝めてにっこりしました
オカリンは静観の構えだが、ティキ達が討伐令参加主従として捕捉してるグループの中には未来予知の織莉子や助手もいて、このままでは終わらなそうな緊迫感が高まってきていますね
しかし公園でのアカネ戦といい、公民館のハート様といい、悪霊軍団VS女海賊といい、C-5は戦火でいっぱいだぁ…
延長しておきます。
美国織莉子&バーサーカー(呉キリカ)、牧瀬紅莉栖&キャスター(仁藤攻介)予約+延長します
美国織莉子&バーサーカー(紅キリカ)、牧瀬紅莉栖&キャスター(仁藤攻介)予約+延長します
投下少し遅れます。明日中には投下します
遅れて申し訳ありません。投下します。
結論から言えば――棗鈴は、"殺し合うつもりが無いマスター"ではない。
鈴には戦う理由と、叶えるべき願いがある。
鈴は聖杯を欲しており、その為に戦う覚悟を決め、心の底から聖杯戦争における勝利を渇望している。
なればこそ、鈴にとって目の前の青年とサーヴァントは倒すべき敵で、乗り越えるべきハードルの一つであった。
たとえ青年の方が顔をぐしゃぐしゃにして気絶しているという、明らかに"訳あり"の様子だったとしても。
寧ろ好機としてそれに付け込み、排除するべき気概を見せねばならない場面の筈だった。
「……何なんだ、お前ら?」
しかし鈴は怪訝な顔をしたまま、一向に傍らのランサーへ指示を出そうとしない。
当然ながら、松野一松という青年と棗鈴の間に存在する共通点は殆ど皆無だ。
片やコミュニケーション障害気味とはいえ、花の女子高生真っ盛りの美少女。
片やいい歳して働きもせず実家でニート暮らしのどこに出しても恥ずかしいダメ人間。
人付き合いが苦手ということは共通点として挙げられるかもしれないが、それ以外はほぼ壊滅している。
そもそも普段の一松であれば、鈴のような美少女と対面した日にはまともに話すこともままならなくなってしまう筈だ。
そんな二人の間に存在する最も確かな共通点が、甲高い声で何かを伝えようと鳴く、この愛らしい猫達だった。
虚構の世界に暮らす、虚構の猫達。
それでもNPC達とは違い、聖杯戦争の参加者に干渉することが可能であるのか。
彼らは皆鈴の方を見つめて、何やら伝えようとしている。
……そんなことをされては、とてもじゃないが手を出せない。
リトルバスターズの為に戦わねばならないと言っても、鈴は猫達という、彼らとはまた別な友人達の声を無視できない。
「いやまあ……色々ありまして」
頭を下げたまま、サーヴァントの少女が疲れたように苦笑した。
色々あったことくらい、見れば分かる。
さしずめ他の主従に襲われて殺されかけるも、命からがら逃げ延びた――と言ったところだろうか。
「……どうする、ランサー?」
「ふぅむ。まずはその"色々"とやらについて詳しく伺わないことには、何とも言えませんなあ」
「だよな。……よし、話してみろ」
うんうんと頷いて、鈴は眼前のサーヴァントにそう促す。
彼女は脳内の情報を整理する為か、十秒ほど考えた後、ぽつりぽつりと話し始めた。
その内容は――予想を超えて壮絶で、鈴としても顔色を強張らせずにはいられないものだった。
同じ顔をしたトランプの少女達。
低級ステータスのサーヴァントでは太刀打ち出来ない物量差に殺されかけ、紆余曲折を経てどうにか生き延びた。
しかしその代わりに……彼女のマスターは大きなものを失った。
血を分けた実の兄を、死に目に会うことも出来ず、手の届かない場所で亡くしてしまったというのだ。
彼女が語り終えた時、鈴は暫し圧倒されていた。
聖杯戦争に参加していながら、棗鈴がまだ触れたことのなかった殺し合いの側面。
「それは……大変だったんだな」
あまりにも壮絶な話の内容に圧倒され、鈴は月並みな感想を口にするしか出来ない。
どう反応すればいいのか分からない微妙な気まずさの中で、もう一度少女のマスターの顔を見る。
色々な感情がごちゃ混ぜになったような、そんな顔をしていた。
居た堪れなくなってすぐに目を背ける。……殺し合いの中でこんなことを思うのは良いことではないのだろうが、かわいそうだと、素直にそう思った。
そして問題はここからだ。
彼女達に何があったのかは分かった、彼女達が聖杯戦争にどういう姿勢で臨んでいるのかも分かった。
――この二人は、聖杯を求めていない。戦ってまで叶えたい願いなんて大それたものを持っているわけでもないのに迷い込んでしまった、非業の主従。
故に、本来聖杯を求める鈴達と道が交わることは決してないだろう二人なのだが……
「ランサー、あたし……こいつらを放っとくのはなんかいやだ」
これが彼女の兄だったなら、無情に助けを求める手を蹴り飛ばしたかもしれない。
彼は守るべきものの為ならば、自己を凍らせて冷徹になれる人間だ。
この場で殺しはせずとも、都合のいい傀儡として使い潰しに掛かったことだろう。
だが鈴はその点あまりにも幼く――それ以上に優しい娘だった。
少なくとも鈴には、目の前の助けを求める声を無碍には出来なかった。
これが聖杯戦争で、自分が聖杯を目指す限り未来の敵対は確実だということは知っている。理解している。
ならば、此処で同盟相手としても碌に使えないだろう眼前の彼女達を助けるのは不合理な行動だ。
弾除けとして使うというのならばまだしも、連れ回すことに意味はない。
……それでも。助けを求められたのなら、助けなければならない。
大事なものを失くして泣いている人と、それを守ろうと願う人。ついでに仲良しの猫達。
これだけの条件が揃っているのにそれを蹴り飛ばすのは、リトルバスターズの名折れだ。
「はっはっはっ、マスターらしい結論ですな。しかしマスター、一つ大切なことをお忘れではありませんか?」
「……分かってるよ。おいお前――えぇと、サーヴァント……ええい、何者だお前は!!」
「あ、シップです。一応、エクストラクラス……ってやつかな」
「そうか。ならシップ、先に言っとくけど、あたし達はお前達とは違う」
彼女達――シップ達を利用しようと考えるのであれば、此処でわざわざそれを伝えるメリットは勿論ない。
鈴が心から助けようと思っているからこそ、彼女は馬鹿正直とも言える誠実さでそれを伝えることにした。
もっとも仮に利用を目論んでいたとしても、鈴のことだ。どこかでぽろっと漏らしてしまっていただろうが。
「あたしは聖杯がほしい。聖杯戦争には勝たなきゃいけない。
だからその……あれだ。いつかお前を倒すことになるぞ、シップ」
シップにとってそれは、予想していた通りの台詞だった。
他の主従に助けを求めるという時点で、相手が聖杯戦争に乗っている可能性は十分あった。
だからわざわざ"殺し合うつもりが無いマスターなら"と前置きをした上で助けを求めたのだ。
「……まあ、痛いのは正直嫌だけど」
それでも、あの場面で出会ったのが彼女だったのは幸運だったとシップは思う。
聖杯戦争に乗っている人間やサーヴァントにとって、自分はカモだ。その自覚はシップにもある。
ステータスは壊滅的と言っていいそれで、多少心得のあるマスターならば容易に倒されかねない。
利用価値も絶無に等しいのに、この少女は助けたいと言ってくれている。
それなら、こちらも譲歩するべきだろう。
シップは躊躇うこともなく、口を開いた。
「――いいよ、必要になったらいつでもあたしを殺して。これでもサーヴァントだからね、死んだことはあるし、今更怖いとかは思わない」
「………お前」
「でも、一個だけ。無茶言うようだけどさ、一松……あたしのマスターだけは連れて帰ってやってほしい」
どうせ、聖杯にかける願いなんて持っちゃいないのだ。
英霊なのだから、死んだ後はどうなるかだとか、あれこれ不安に思う必要もない。
死んで、消えて、英霊の座に戻るだけ。
久々の現世を満喫できないのは残念だが、今度はまた英霊の座でダラダラ過ごすのも悪くはないだろう。
「頼まれたからね。この通り頼りないサーヴァントだけど……そのくらいはやってあげなきゃだし」
シップにとって、此処だけは譲れない。
松野一松を助けてほしい。
寿命を少し伸ばすとかではなく、生きて、この世界から帰してやってほしいのだ。
「その代わり、弱いなりに働くよ。こんなんでも弾除けくらいにはなると思うからさ」
「心配ご無用。敵の攻撃を体を張って受けるのは、この私の十八番ですからなあ!」
「うっさい、黙ってろこの変態っ」
ぬぅぅん! とその鍛え抜かれたボディでアピールしてくるランサーをふしゃー!と一喝し、鈴は嘆息する。
最初は困惑したし少し疑いもした。それでも今となっては分かる。このシップというサーヴァントは"いいやつ"だ。
どこか気だるげな喋り方をしてはいるものの、マスターの為に自分が死ぬことを厭わない根性を持つ、船の英霊。
シップという単語の意味は鈴にも分かる。船、ということは――彼女は軍艦由来の英霊だったりするのだろうか。
……そんなことはどうだっていい。重要なのは、自分が彼女とそのマスターを助けると言ってしまったこと。
言ってしまったからには引き下がれない。きちんと助けて、リトルバスターズの役目を果たすしかない。
「……とりあえず、話は分かった。でも此処でいつまでも話してるのもあれだから、とりあえずどっか場所を移すぞ」
「――信じてくれたの?」
「まあ……そうなるな。お前はいいやつらしいってのもあったし、それと……猫だ」
「猫?」
「こいつらは単純なように見えて、ちゃんと人を見てるからな。悪いやつには寄り付かないし、優しくしてくれた奴らにはそんな風にべったり懐く。……ほら、その証拠にあたしのランサーを見ろ。猫達に総威嚇されてるだろ。変態だからだ」
さしもの猫達も、ランサーの怪しすぎる見た目には警戒の色を露わにしていた。
ランサーはそれに対し「ぬぁぜだあああ!! こうなればこのスパルタ式動物懐柔術を……!!」と奇矯な対応を取っていたが、鈴は突っ込むのも面倒なのでそれを無視した。シップもそれに倣う。グータラするのが好きなシップにとって、根っからのトレーニング派のランサーは明らかに合わない存在なのである。
「――あ、でも」
そこで不意に、鈴は何かに気付いたようにその足を止めた。
「そいつ、いいのか? その……兄貴が死んだんだろ? 死体は――」
そこから先は言いたくないと、鈴は途中で台詞を切る。
シップから聞いた話によれば、その死を知ったのは突然のことだったという。
ならばその死体がまだ町中に放置されている可能性は、十分にある。
シップのマスターの心情としては、それを回収したい思いが強いのではないか――鈴はそう思ったのだ。
「そりゃ、出来るなら探して見つけた方が一松の為には良いんだろうけど……」
「……その様子だと、分かってらっしゃるようですな。その選択が持つリスクの大きさを」
「この街には今、平気で戦闘を起こすサーヴァントがごろごろ彷徨いてる。
折角拾った命をいきなり捨てることにもなりかねないし……此処はやっぱり、残念だけど見送るしかないと思う」
シップ――望月は、戦争の苛烈さを知る『艦娘』だ。
いつもだらけていても、その頭の中には軍人としての知慧が詰め込まれている。
そこから客観的に判断して、今はとにかく、一旦体勢を立て直すべきだという結論に至った。
彼女がそう言い、ランサーもその判断を肯定している。
……なら、鈴に言えることはない。少し微妙な感情だったが、それで納得することにした。
「それじゃ、とりあえず一旦どっかに避難するか」
……とは言ったものの、どこにすべきか。
考える鈴を横目に、シップはランサーに背負われた自分のマスターを見やる。
顔には乾き始めた涙が未だ張り付いて痛々しく、その様は親に置き去りにされた子供のようでさえあった。
(ごめん、一松。一松は多分……あたしが勝手なことしたって知ったら怒るよね)
自分の命を担保にした同盟契約。
一松はなんだかんだ言って優しい男だ。
きっと怒るだろうし、慌てふためくだろう。
その様がシップには容易に想像できるのが、何だかおかしかった。
(それでも――頼まれたから、やり遂げるよ)
松野一松のサーヴァントとして、必ず彼をこの悪夢のような世界から脱出させる。
シップの想いは固く、その覚悟もまた固い。
そこに気だるげな顔をして、日々を自堕落に過ごしていた少女の姿はなかった。
――あるのは、かつて世界を託されて戦った戦乙女の覚悟。
一体の、立派なサーヴァントの顔だった。
【B-5・路地裏/一日目・夕方】
【棗鈴@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 学校指定の制服
[道具] 学生カバン(教室に保管、中に猫じゃらし)
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:勝ちたい
1:とりあえずシップ達を助ける。
2:『元山』は留守だったし、どうしよう…
3:野良猫たちの面倒を見る
4:他のマスターを殺すなんてことができるのか…?
[備考]
元山総帥とは同じ高校のクラスメイトという設定です。
ファルからの通達を聞きました。
【レオニダス一世@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 槍
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。マスターを鍛える
1:マスターの方針に従い、シップ達と一先ずは同盟。
2:放課後もマスターを護衛
【松野一松@おそ松さん】
[状態] 気絶
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(赤)、猫数匹(一緒にいる)
[道具] 一条蛍に関する資料の写し、財布、猫じゃらし、救急道具、着替え、にぼし、エロ本(全て荷物袋の中)
[所持金] そう多くは無い(飲み代やレンタル彼女を賄える程度)
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:???
※フラッグコーポレーションから『一条蛍の身辺調査』の依頼を受けましたが、依頼人については『ハタ坊の知人』としか知りません
【望月@艦隊これくしょん】
[状態] 健康、強い決意
[装備] 『61cm三連装魚雷』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:頑張る
1:……どうにかなった、か。
2:一松を生還させてあげたい
投下を終了します。
スレの残レス数が大分少なくなってきましたので、もしも足りなそうな場合は言って下さい。
その場合は次スレを建てようと思います
投下乙です
今まで怠けて守られだった望月ちゃんがサーヴァントしている…
サーヴァントとしての覚悟と、友人としての献身が切ない
一松はメンタルボロボロだろうけど、聖杯狙いの鯖と覚悟を決めた鱒に挟まれてどう動いていくか、先が気になる…
>大事なものを失くして泣いている人と、それを守ろうと願う人。ついでに仲良しの猫達。
>これだけの条件が揃っているのにそれを蹴り飛ばすのは、リトルバスターズの名折れだ。
ここがすごくリトバスらしくてぐっと来ました
あと、女の子二人がいざという時の為に悲壮な覚悟を決めている一方で
猫たちに警戒されているレオニダスさんが実に癒しでしたw
しかし棗さんに望月さん、雑魚鯖であるかのように自虐しているけど、
この主従は直接間接に(断片的情報も多いとはとはいえ)けっこうな数の主従とすれ違っている上に(深海棲鑑の知識もあり)、
アドラー組やテンペスト組とのパイプも完全には切れてないから情報量ではかなりのモノがあるんだぞw
皆様投下お疲れ様です。下記予約します。
・バーサーカー(ファルス・ヒューナル))&真庭鳳凰
・ランサー(メロウリンク)&佐倉杏子
トリップキー忘れてました
申し訳ありません、現行予約ですが期限を超過するかもしれません。少なくとも土日中には必ず投下いたしますが、もし期限までに投下がない場合はほかの方に予約していただいて構いません。
投下します
それが予言されていたなどとは露知らず、紅莉栖たちがタクシーを使ってホテルに戻ったころには、すでに時刻は夕刻に差し掛かっていた。
牧瀬紅莉栖とそのサーヴァント、キャスターこと仁藤攻介。
今は変身を解いた白い魔法少女、美国織莉子。
3人はホテルのロビーにある喫茶コーナーで向かい合っていた。ちなみに無用な騒ぎを避けるため、織莉子のサーヴァントのキリカは霊体化している。
当初は紅莉栖の宿泊している部屋で話し合う流れであったが、それは紅莉栖自身が強く拒絶し、人目のあるこの場所が選ばれている。
この道中もそうだったが、年齢に似合わずあくまで泰然としている織莉子に対し、紅莉栖は今も落ち着かなげだった。
「先ほどから申している通りです。
――『あの軍勢』は、私たちのいるこの街にもまもなくやって来るでしょう。
あれは、この世界に破滅をもたらすものです。退けるには、あなた方の力がどうしても必要なのです」
「――だから、何度も言ってるでしょう」
落ちついた言葉に、ぴしゃりとした紅莉栖の声が返される。
「私は嫌。というか無理。不可能よ。そんなわけのわからないバーサーカーと一緒なんて――」
「あーもう分かった!」
紅莉栖の毅然とした反駁を遮り、キャスターの声が響く。
一貫して協力を持ちかける織莉子。反対する紅莉栖。それを宥めるキャスター。
三者の同じようなやりとりが、既に三度は繰り返されていた。
「分かってない! 大体、どうしてそんなにこの子たちに肩入れ――」
「まあまあまあいったん落ち着け、みなまで言うな!」
放っておけば立ち上がりそうな紅莉栖を抑え、キャスターは織莉子のほうを向く。
「あんたらの協力、まずまず歓迎するぜ。俺としてはな」
キャスター――仁藤攻介は、織莉子の申し出に対してほぼ最初から好意的だった。
キャスターとしては、織莉子には毒に中てられた上にトランプの集団に囲まれた危ういところを助けられた立場だ。
織莉子のサーヴァントは確かにバーサーカーであるが、あの時の戦いを見る限りでは何らかの理性を保っているように確信できたのだ。――その理性の源が何なのかについては未だに分からないし、興味深いのだが。
通常のバーサーカーに理性が加わったサーヴァントというのは敵に回せば危険だ。しかし、逆に味方であればとても心強い。
織莉子いわく、彼女の『魔法少女』(キャスターの知る魔法使いとはまた異なる存在であるらしい)としての予知能力で見たものは、海を埋め尽くす艦隊。
その真偽は端的に言えばキャスターの知るところではない。しかし、実際に毒液が海を覆う場面を見、形容しがたい化け物と交戦して手を焼いたキャスターにとってみれば、まもなくあの連中の『本隊』が攻めてくるというのは大いにありそうなことだ。
加えて『艦隊』というのも、彼らの攻撃手段が砲撃や銃撃であったことを考えれば納得がいくところである。
明日の命より今日の命。ホテルに戻る途中の時点で、キャスターは彼らと手を組む腹をすでに決めつつあった。
(それに)
キャスターの言葉に、織莉子がにっこりと微笑む。
(よく見れば……超〜かわい子ちゃんじゃねえか)
キャスターは、女性に弱い。
生前、敵であるはずのファントムの幹部の女性の言葉に乗せられ、仲間である晴人たちと一時的に敵対したことがある程度には。
戦闘が終わってからここに来るまでそんなことを気にする余裕はなかったが、織莉子は変身を解いた後の姿も長い髪をサイドにまとめた気品ある美少女だ。
その顔はどこかで見かけたような気もするが、そういった意味でもこの同盟はキャスターにとっては十分に心踊らされるものではあった。
「とにかく!」
ニヤつくキャスターに肱打ちを入れながら、再びピシャリと言い放ったのは紅莉栖だった。
咳き込みながらの、手加減しろよ病み上がりだぞ――とのキャスターの抗議も耳に入れず、紅莉栖は織莉子を痛罵していく。
「私は、そっちのバーサーカーの使い魔があの宗教団体の連中を食い殺すのを見てる」
「確かにあの連中は怪しいし、絡まれたら確実に危なかった。海でのことも入れたら二度も救ってもらってる。けど、危ないからって頼んでもいないのに食い殺すなんてのはもっと危ないわ」
「海から化け物軍団が攻めてくる。この世界が危ない。それはよく分かったわよ。けどだからといって、美国さんだけならともかくそっちのバーサーカーとまで『はい、仲良く一緒に戦いましょう』なんてことにはならない」
「戦いの最中に後ろから撃たれるかもしれない。あるいは、全部終わってお互いの健闘を讃えあってる最中に襲われないとも限らない。リスクが大きすぎる。少なくとも今のままじゃ同盟は無理よ」
長い台詞を一気に言い終えると、コップの水に口をつける紅莉栖。
海から来る破滅の脅威は認識しながらも、あくまで同盟には消極的になれない彼女の意見は正しいものといえるだろう。
確かに目の前の主従には危地を救われているし、その恩はある。しかし、これがセイバーやランサーであれば話は別だが、彼女のサーヴァントはバーサーカー。
生前から結びつきのある大切な存在だと織莉子は言ったが、見境なくNPCを食い殺すような存在と手を組むことはいつか必ず自分自身に危険をもたらす。
加えて、彼女は『闘わないマスター』だ。曲がりなりにも海岸で実際に共闘をしたキャスターとは違う。バーサーカーに理性が備わっていると言われても完全に納得できない。そこも、彼女にこの同盟を躊躇わせる理由であった。
(参ったな、こりゃ……)
ため息をついたのはキャスターであった。
彼にしたところで、織莉子たちに全幅の信頼を置いたわけでは無論ない。しかし、あくまでライダーではく非力なキャスターとして現界し、海から来る脅威に対する決定打を持たない自分に協力者が現れたことは正直言ってありがたかったし、紅莉栖も説得することが可能だと思っていた。
が、これではまるで押し問答になってしまっている。
こうしている間にもあの怪物たちの首魁は海を埋め尽くし、上陸を狙っているだろう。ここは諦め、引くべきか――。
「……お二人には、愛する人はいますか?」
その時沈黙を破ったのは、織莉子の声であった。
「家族、恋人、友人。心から慈しみ自らを投げ打ってでも守りたい人がいますか?
そしてその人たちを守るに到らぬ自分の無力さを嘆いたことはありますか?」
「世界は危機に陥っています。――私は戦う。私と彼女(キリカ)の世界を守るために。そして願うことなら、あなた方お二人にも力を貸してほしい。
……これが最後のお願いです。これ以上お願いしてもご協力頂けないというのであれば、致し方ありません」
凛とした声が、人のまばらなロビーに響いた。
再び三人の間には沈黙が流れ、やがて口を開いたのは紅莉栖だった。
「守りたい人を、世界を守る、ね。
同じようなことを言って、死ぬほど戦って、最後にはその『守りたい人』の片方を置いていかなきゃいけなかった人を、私は知ってる。
――あなたには、そういう覚悟はあるの?」
その言葉に、織莉子の表情が僅かに揺らいだ。
気のせいではないだろう。海岸で出会ってから今まであくまで超然と、泰然としていた彼女の態度が、紅莉栖の今の言葉で綻びを見せている。
「ニュースで見たわ。あなた、あの美国議員の娘さんでしょう?」
「え、マジでか?」
紅莉栖は聡明な少女だ。単に頭がいいだけでなく、織莉子の心の揺れ動きを見逃すようなことはない。だから、今まで押されていた分これが好機とばかりに、鋭く切り込んでいく。
「ここは結局偽りの世界だし、あなたの家族の事情なんて聞いても仕方ない。けれどね、これだけは言わせて」
「あなた、見たところまだ中学生? その年にしては場慣れしてるみたいだけどね、あいにくこっちもそれなりに大人の世界で生きてきて、こういうことには慣れっこなの。年上は敬いなさいよね」
「――それとね、父親の尻拭いのつもりなのかもしれないけど、化け物引き連れての救世主ごっこに付き合ってあげられるほど、こっちも暇じゃないのよ」
「――っ!」
「おい、お前!」
今度こそ、決定打だった。
織莉子は先ほどまでの泰然とした態度を完全に捨て去り、その表情は険しさを増している。
霊体化している彼女のサーヴァントも、はっきりと存在感を増しているのが感じられる。そこから分かるのは、怒り。主を侮辱した眼前の少女に対するどす黒い敵意が燃え盛るのが見えてくるようだった。
(……仕方ねえ)
キャスターはウィザードリングを嵌めた掌をテーブルの下で握りしめる。マスターはああいう性格だし、交渉となればこのような事態になることを予想していなかったわけではない。だが最悪の事態だ。
二人の少女が鋭く見つめ合う。視線は交差し、その二つの摩擦が巨大な熱を生み、渦と化していくようだった。
ありふれたビジネスホテルのロビーは、間もなく戦場と化す――。
「お取込み中失礼するぽん」
が、甲高い、しかし周囲に悟られぬような小さな声が響き、熱は急激に冷えていった。
「ルーラーから、討伐令のお知らせだぽん」
紅莉栖から、織莉子から、そしてキャスターからも、肩の力が急激に抜けていく。
討伐令。思わぬ知らせによって三者の気勢は削がれたが、その内容は彼らに再び緊張をもたらすものだった。
海に勢力を広げ、聖杯戦争そのものを破壊する可能性のあるライダー、ヘドラ。それは図らずも、織莉子の予知を裏付ける形となる討伐令だった。
ファルが消え去ってからの、三者の間に流れる空気は微妙なものだった。
紅莉栖は考え事をするように下を向き、織莉子は泰然とした雰囲気を徐々に取り戻し、キャスターはそんな両者を心配げに見つめる。
そのまま時間にして何分が経過しただろうか。
「――少し、一人で考えさせて」
「おい!」
唐突にそう言うと、紅莉栖は席を立ち、キャスターの静止も聞かずにエレベーターに乗り込んでいった。
「すまねえ、あいつも悪いやつじゃねえんだ。ただ少し混乱してるだけで――」
「ええ、分かっています。私も――」
二人は場を取り直そうとする。
だがその会話を遮ったのは、ルーラーでもない、まったく別の方向からの情報だった。
▲
近代的なビジネスホテルのドアの多くはオートロックであり、この世界においてもそうであった。
紅莉栖はそのロックがかかる音を聞きながら、スリッパに履き替えることもせず、折り目正しくメイキングされたやや硬いベッドに上半身を預けた。
聖杯戦争の開始から半日強といったところだろうか。紅莉栖は天井をぼんやりと見上げながら、今日の出来事を回想していた。
といっても、戦闘や探索は全てキャスターに任せてきた以上、短い時間の中で彼女の経験した範囲はごく限られている。してみれば、先ほどの美国織莉子との交渉こそが、彼女がこの聖杯戦争の本質に触れた最初の出来事だったといえるだろう。
「はぁ……――」
ため息をつく。
有り体に言えば、彼女は美国織莉子が怖かった。最後の最後まで戦意こそ見せなかったとはいえ、その年齢とかけ離れた圧倒的な存在感が恐ろしかった。
それは当然だろう。美国織莉子はあの歴戦の魔法少女、巴マミですら初見ではそのプレッシャーのみで圧倒してみせたほどのポテンシャルを持つ。変身をしていないとはいえ、戦う力を持たない紅莉栖がまともに相対していられる相手ではないのだ。
あのような挑発を行って彼女のサーヴァントの怒りを買い、今ここで五体満足でいられるのは奇跡といっていい。
(……でも、……)
汚職疑惑の渦中、自殺した美国議員。その名は完全に忘れ去ってしまっていたが、ニュースの中で確かに耳にしたし、娘の顔もおぼろげながら記憶に残っている。肯定も否定もしなかったが、彼女はその娘ということになる。
御目方教やらヘドラやらの遥かにインパクトの大きい情報に紛れてしまい、詳しいことは改めて調べて見なければわからないだろう。
また、この世界の人物が現実成果での役目を必ずしも果たしているとは限らない。――しかし。
紅莉栖は、見てしまった。
『――それとね、父親の尻拭いのつもりなのかもしれないけど、化け物引き連れての救世主ごっこに付き合ってあげられるほど、こっちも暇じゃないのよ』
感情に任せて投げつけたこの言葉は、いったい誰に向けたものだったのだろうか。
その言葉を受けた時の彼女の表情は確かに歪んでいて、まるで泣きそうに見えて――
「ああ、もう!」
ベッドを拳で叩き、同時に状態を起き上がらせる。
怖いだとか、怒りだとかよりも、今はただひたすらイライラとする。
勝手なことばかり言う出会ったばかりの小娘――もっとも、それは向こうから見た自分も同じだろうが――なんかに僅かでも共感(シンパシー)を感じるなんて紅莉栖にしてみればありえない事だが、こうして実際にその表情が心に引っかかってしまって、どうしても離れずにいる。
考える。こうしている間にも、ヘドラは確実に自分たちに迫っている。
こんな時あの男なら、岡部倫太郎ならばどうするのだろうか。
――きっと、そういうわだかまりも当然のように踏み越えていくのだろう。何せ彼は、スパイであった桐生萌都のことも結局は最後まで仲間と認め続けた男なのだから。
『白き魔法少女よ! 安心してこの鳳凰院凶真の軍門に下るがよい!』
こんな感じだろうか。少し違う気がする。よく分からないのはきっと、『鳳凰院凶真』としての彼のことがよく思い出せないからだ。
「……そうね」
目を見開き、中空を睨み付ける。
最終的な結論など出ない。彼女たちが信じられると決まったわけでも何でもない。そもそも同盟を組んだからといって討伐令のヘドラに対抗できる保障などない。彼女の聡明な頭脳を持ってしても、ここはあまりにも大きい難局である。
それでも彼女に決意をさせたのは、その男の存在だったのだろう。彼女は再びドアを開き、部屋を後にした。
▲
ロビーに戻ると、キャスターと織莉子は相変わらずテーブルに向かい合って座っていた。
勢いに任せて彼らを残したのは早計だったのだろう。魔力のパスが繋がっているのは確認したとはいえ、あの状況で二対一のままキャスターを残していれば一方的に殺されていた可能性だってあるのだ。
しかし、今の彼らに不穏な様子はない。二人とも、視線を同じ方に向けて、固唾を呑んで何かを見ている様子だ。
「ねえ、ちょっと」
遠慮がちに声をかけると、キャスターがそっと促した先にはテレビがあった。
『――繰り返しお伝えしていますように、先ほどK市の沖合付近において、○○新聞社の所有する報道ヘリコプターが消息を絶った模様です』
「なっ――」
突然の出来事に、紅莉栖の息は止りそうになった。緊張した面持ちのニュースキャスターがさらに情報を伝えていく。
『○○新聞のヘリコプターは、連日話題となっている汚染状況を独自に調査するためK市の沖合に向かっていましたが、先ほどから連絡が取れなくなったとのことです。
ヘリコプターにはパイロットやいずれも○○新聞社所属のカメラマンなど数人が乗っていましたが、現在のところいずれも行方は分かっていません。
なおK市の海岸付近では、ヘリコプターが消息を絶った前後より、沖合を飛ぶ、飛行機や鳥などではない謎の物体を見たという目撃情報が地元の警察などに相次いでいる模様ですが、これについても現在関連は分かっていません。
当ニュースでは予定を変更し引き続き――』
「どうやら、本当に来ちまったみたいだな」
「――ええ」
キャスターが漏らした言葉に、織莉子が頷く。
これが予知というものなのだろうか。ニュースの内容そのものも衝撃的だが、最も薄ら寒く恐ろしかったのは、まるで織莉子の見たというビジョンをなぞるように、現実が展開され始めていることだった。
「事態は急を要しています。――どうか、ご回答を」
僅かに共感(シンパシー)を抱いてしまった相手。しかしそれでも、油断をしていい相手ではないという確信をまた抱きなおす。
「わかった。けどその前に、これだけは聞かせて。――あなたは、聖杯を狙っているの?」
「それは――」
その質問に、織莉子の表情が一瞬、再び揺らぐ。
「――……この世界に来た以上、目的はあります。しかし、今はこの世界を守るほうがずっと大事です。……そうしなければ、私の意思すらも守れないのだから」
二人の少女は再び見つめあう。そこには先ほどのような熱さはないが、今度は氷が交錯しあうような冷たさが混じる。
そのまま数瞬――先に視線を外したのは、紅莉栖のほうだった。
「――……わかったわよ」
美国織莉子を完全には信用できない。今だって、こちらの質問に完全には答えていない。
それでも、早急に対抗策に出なければ討伐令のライダーに押しつぶされるだけであるということもまた、紅莉栖は理解してしまっている。
「一時だけよ。協力、するわ。けど、約束して。私たちに危害を加えたりしないことだけは」
蒼白な顔で、今できる最大限の譲歩を口にする。対する織利子の反応は早かった。
「ありがとうございます。では、約束しましょう。令呪をもって命じます。『今後、牧瀬紅莉栖とそのサーヴァントに手を出してはならない』」
これには紅莉栖だけでなく、さすがのキャスターも驚きを見せた。
「お前――!」
「わかっています。しかし、ご協力していただくには、これくらいは必須ではないかと――。
――さて、いったん小休止にしましょう。のちほど、再びこのロビーに集合ということで」
言い残し、織莉子は入口のドアを開け、夕日が濃くなってきた外に姿を消した。
「……さっきは、取り乱してごめんなさい」
二人はそれを少し呆然としながら見送っていたが、やがて紅莉栖がぽつりと口を開いた。
「なーに、いいってことよ。結局向こうに争う気はないのが分かったし、俺はゲートの勝手な行動には慣れてる。
さーて、そうと決まれば俺らも腹ごしらえでもすっか! ……しっかしなあ」
織莉子が出ていった方と紅莉栖を見比べながら、苦笑するキャスター。
「……何よ」
「いや、どうにも俺の周りには昔から、タフな女ばっかり集まるみてえだな、ってな」
ちょっとそれ、どういう意味よ――と声を上げながら。
聖杯戦争の開始とともに、朝から緊張が続いていたこの一日にも、ようやくいつもの調子が出てきたかな、と紅莉栖は実感するのだった。
▲
「ごめんなさい、キリカ」
人目につかないホテルの裏手に、織莉子の姿があった。
相も変わらず霊体化したままのキリカに向け、彼女の口から出たのは謝罪の言葉だった。
「ずいぶんと、窮屈な思いをさせてしまっているわ。けれど、もうすぐよ」
霊体のままでも、不満げに渦巻く雰囲気は伝わってくる。理由ははっきりしている。同盟が成立したあの二人、特にマスターの少女の言動が原因だ。
薄氷の上を歩くような交渉だった。泰然とした態度は変わらないが、ひとまず終わった今、織莉子は思い返して冷や汗の出る思いだった。
第一こちらの要求をあれほどまでに拒否されるとは思わなかったし、聖杯を求めているか否かを聞いてきた時は切り抜けられるかどうか五分五分だったといっていい。
もちろんこれは織莉子が彼女の人物像を詳しく知らなかったことにも原因があるのだが、美国織莉子の中では牧瀬紅莉栖は絶対に油断ならない相手としてインプットされたといえるだろう。
そして極めつけは、この台詞だった。
『――それとね、父親の尻拭いのつもりなのかもしれないけど、化け物引き連れての救世主ごっこに付き合ってあげられるほど、こっちも暇じゃないのよ』
これを聞いたときは、率直に言って心臓を抉られるような冷たい感覚を覚えた。魔法少女としての――いや、それ以前の、彼女の始源にある思いを呼び起こさせた。
自分の行為が父親の、美国の家名の尻拭い――? 否、ありえない。しかし、その言葉は彼女の脳裏にまとわりつき、簡単には離れない。
父の影にとらわれていた自分。そんな自分を、キリカはそこから救い出してくれた。
(そう、今は彼女のためだけに生きる)
そうだ。バーサーカーに堕ちても、自分のためにこんなにも尽くしてくれる彼女。捨て去った過去の幻などのことは、今は考えてはならない。
ただサーヴァント(呉キリカ)のために生きることだけが、マスター(美国織莉子)の存在理由。
▲
様々な想いを映しながら、電脳世界の日は暮れていく。
彼らの怒りも悲しみも願いも悪意も、全て汚泥が塗りつぶし、腐毒が覆い尽くす刻限は、間近に迫っている。
【C-2/ビジネスホテル(ロビー)/一日目・夕方】
【キャスター(仁藤攻介)@仮面ライダーウィザード】
[状態]イ級の魔力により汚染(9割方回復)
[装備]なし
[道具]各種ウィザードリング(グリフォンリングを除く)、マヨネーズ
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り、マスターのサポートをする
1:ヘドラの迎撃準備。
2:黒衣のバーサーカー(呉キリカ)についてもう少し詳しく知りたいが……
3:グリーングリフォンの持ち帰った台帳を調べるのは後回し。
[備考]
※黒衣のバーサーカー(呉キリカ)の姿と、使い魔を召喚する能力、速度を操る魔法を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています。
また、黒衣のバーサーカー(呉キリカ)とそのマスターは、それらとは別の存在であると考えています。
※御目方教の信者達に、何らかの魔術が施されていることを確認しました
※ヘドラの魔力を吸収すると中毒になることに気付きました。キマイラの意思しだいでは、今後ヘドラの魔力を吸収せずに済ませることができるかもしれません
【牧瀬紅莉栖@Steins;Gate】
[状態]決意
[令呪]残り三画
[装備]グリーングリフォン(御目方に洗脳中)
[道具]財布、御目方教信者の台帳(偽造)
[所持金]やや裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、聖杯戦争を終わらせる。
1:色々と考えることはあるが、今はヘドラを討つ準備を整える。
2:グリーングリフォンの持ち帰った台帳を調べるのは一旦後回し。
3:聖杯に立ち向かうために協力者を募る。同盟関係を結べるマスターを探す。
4:御目方教、ヘンゼルとグレーテル、および永久機関について情報を集めたい。
[備考]
※黒衣のバーサーカー(呉キリカ)の姿と、使い魔を召喚する能力を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています。
また、黒衣のバーサーカー(呉キリカ)とそのマスターは、それらとは別の存在であると考えています。
※御目方教の信者達に、何らかの魔術が施されていることを確認しました
【C-2/ビジネスホテル(裏手)/一日目・夕方】
【バーサーカー(呉キリカ)@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]健康 、不機嫌
[装備]『福音告げし奇跡の黒曜(ソウルジェム)』(変身形態)
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:織莉子を守る
1:あの女(牧瀬紅莉栖)がものすごく気に入らない。
[備考]
※金色のキャスター(仁藤攻介)の姿とカメレオマントの存在、およびマスター(牧瀬紅莉栖)の顔を確認しました
【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]魔力残量6.5割、動揺(極小)
[令呪]残り二画
[装備]ソウルジェム(変身形態)
[道具]財布、外出鞄
[所持金]裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に優勝する
1:ヘドラからK市を守る。紅莉栖たちとともにヘドラを迎え撃つ準備。
2:令呪は要らないが、状況を利用することはできるかもしれない。町を探索し、ヘンゼルとグレーテルを探す
3:御目方教を警戒。準備を整えたら、探りを入れてみる
[備考]
※金色のキャスター(仁藤攻介)の姿とカメレオマントの存在、およびマスター(牧瀬紅莉栖)の顔を確認しました
※御目方教にマスターおよびサーヴァントがいると考えています
※予知の魔法によってヘドラヲ級を確認しました。具体的にどの程度まで予測したのかは、後続の書き手さんにまかせます
※夕方、K市沖合の海上にて空母ヲ級&ライダー(ヘドラ)により報道ヘリが消息を絶ちました。このことはテレビやインターネットで報道され、確認することができます。
以上です。
大幅な期限超過失礼いたしました。
投下乙です
頭では協力した方がと分かっていても、恐怖が優先する紅莉栖の一般人らしさが良いですね…
それに対して観察眼と、人生の先輩としての見地から切り込んでいくのも、
かなり痛い所を斬りこまれながらも器の大きいところを見せる織莉子が双方とも良い…
しかし鳳凰院さんの言葉をきっかけに決意を固めた紅莉栖だけれど、当の鳳凰院さんが傍観決め込んでいるのは皮肉だなぁ
それでは、プリンセス・デリュージ(青木奈美)を単体で予約させていただきます
皆様投下お疲れ様です。 投下します。
戦場(キリングフィールド)に人外の戦闘者が現れる。
真庭鳳凰による令呪の使用は佐倉杏子とそのサーヴァントにとって予想外の怪物を呼び寄せた。
殺意よりも闘志が、魔力よりも何か得体のしれないエネルギーが迸る。
「楽しもうぞ。猛々しき闘争を」
異形の気配が漂い始める。
魔女とは異なる。かつて月の聖杯を襲った異星存在とも異なる。宇宙そのものの敵。
地球の生命は未だ、この浸食個体に気づいていない。
* * *
子の視界に映ったのは追い打ちをかけんと突進するバーサーカーだった。
* * *
真庭鳳凰はバーサーカーが戦っている間も攻撃を受けていた。徹甲弾を躱し、手榴弾から逃げて仕掛けられていた地雷をするりと跨ぐ。
このサーヴァント。己のマスターすら囮にして自分を倒すつもりらしい。
卑怯卑劣が売りの忍者にこのような戦法で迫るとは・・・いや、敵はアサシンか?
「仕方ない。まだ馴染みが薄いから使いたくなかったが」
左手を使う。それはかつての仲間、真庭川獺の左手であり、これを己の腕として繋げたことで彼の忍法が使えるのだ。
物の記憶を読み取る忍法、記録辿り。この場にある全ての罠を看破した。看破したからこそ、バーサーカーに指示を出す。
「下がれ! バーサーカー!」
しかし、遅すぎた。
すいません飛びました>>977 はスルーしてください
バーサーカー……ファルス・ヒューナルは先の戦いからほぼ0に近い時間で次なる相手……佐倉杏子に襲いかかる。
相手……そう、相手だ。相手がサーヴァントならぬ弱者であろうとも武器を構え殺気を放つ以上はファルス・ヒューナルの相手となる。
「楽しもうぞ。猛々しき闘争を」
「はっ! 知るかよ一人でやってな」
相手が巨漢というだけでもプレッシャーは強い。バーサーカーのように闘争本能剥き出しならば尚更だ。
しかし、佐倉杏子は怯まないどころか啖呵を切ることができる。それは何故か。
自分のスペックを過信はしているからか──否。そういう奴はおっ死ぬと彼女は経験上で知っている。
ならば、何故か。答えは簡単。サーヴァントに対抗できるサーヴァントは彼女にもいるのだ。
カツ。
歩み寄るバーサーカーの足の裏から何か音がした。
次の瞬間、仕掛けられていた地雷が爆発した。しかし。
「温い!」
バーサーカーは減速なく突進する。
確かにサーヴァントにダメージを負わせられる威力が込められていたはずであるが、真庭鳳凰と違い素の耐久力だけで凌げるバーサーカーにとっては問題ない。
例え直前の戦いで傷を負っていようとまるで関係ないというように突き進む。だが、罠はこれだけでは無いのだ。
ワイヤーがバーサーカーの脛を刻み、連動してクレイモアが爆発して鉄片がめり込み、さらに何処からともなく手榴弾が飛んできて直撃した。
流石にバーサーカーといえど……杏子がそう思った刹那!
「ふはははははは」
それらを無視して再びバーサーカーが土煙から現れた。
ダメージが無いわけでは無い。甲冑の隙間からは赤黒い血液のような液体が漏れだしているし刺々していた鎧もに削られてボコボコなっていた。
しかしバーサーカーが痛痒を感じている様子は無く、完全に痛覚を無視している。
バーサーカーの様子を見て杏子の脳内にある光景がフラッシュバックする。
青い魔法少女。影の魔女。
痛覚遮断。暴走。狂化。魔剣。
耳障りな笑い声。
「はははははは」
「うるせぇ! 嫌な事思い出させんな!」
怒声を放ちながら杏子は後方へと跳び、バーサーカーの剣を紙一重で避けた。ように見えた。
サーヴァントの中でも上位ランクの筋力を持つファルス・ヒューナルの剣は当たらずとも地面に叩きつけた衝撃波で周囲に甚大な被害を与える。紙一重で避けようともそれは避けられず。
「がっ、野郎……!」
後方へと吹っ飛ばされた佐倉杏子はギャグ漫画のように建物の壁にめり込んだ。
魔法少女でなければ間違いなく死していたのは間違いない。
頭から流れる血によって赤く染められた杏子の視界に映ったのは追い打ちをかけんと突進するバーサーカーだった。
* * *
真庭鳳凰はバーサーカーが戦っている間も攻撃を受けていた。徹甲弾を躱し、手榴弾から逃げて仕掛けられていた地雷をするりと跨ぐ。
このサーヴァント。己のマスターすら囮にして自分を倒すつもりらしい。
卑怯卑劣が売りの忍者にこのような戦法で迫るとは・・・いや、敵はアサシンか?
「仕方ない。まだ馴染みが薄いから使いたくなかったが」
左手を使う。それはかつての仲間、真庭川獺の左手であり、これを己の腕として繋げたことで彼の忍法が使えるのだ。
物の記憶を読み取る忍法、記録辿り。この場にある全ての罠を看破した。看破したからこそ、バーサーカーに指示を出す。
「下がれ! バーサーカー!」
しかし、遅すぎた。
* * *
爆音と共にバーサーカーが地面に沈む。
ランサー、メロウリンク・アリティーの地下下水道に仕掛けた爆薬が彼の足元を崩落させたのだ。
ここでファルス・ヒューナルは理解する。佐倉杏子が退いたのは攻撃を避けるためではない。生き埋めにされることを避けるためだ。
生き埋めにされたところでファルス・ヒューナルにとってはどうということはないが、それでも瓦礫から這い出るまでに相手に時間与えることになるだろう。
その間に逃げる、攻撃する、あるいは罠を仕掛けるなど相手に有利な選択を与えることになる────まあ、このまま落ちればだが。
気合いと共に吼え、バーサーカー超反応と言っていい反射速度で宙を舞う瓦礫を足場に跳び上がる。
だが、それこそが罠だ。
跳んだバーサーカー前方の建物。ランサーが建物の壁を破壊して登場し、バーサーカー目掛けて落下する。言わずもがな二人は衝突する。
「闘争とやらが好きならあの世で好きなだけやるんだな」
ランサーはバーサーカーの肩と羽のような突起を足場にしてパイルバンカーの矛先をバーサーカーのコアに向けた。
このコアこそがダークファルス【巨躯】(エルダー)、禍王と呼ばれる彼の心臓である。ここを砕かれば如何に強靭なファルス・ヒューナルといえど死ぬ。
全く異なる世界の英霊、メロウリンクがそれを知っていたわけでは無い。
強いていえば勘だ。今まで絶望的な状況下で圧倒的強者を倒してきた勘が剥き出しのコアを心臓だと確信させた。
「まあ、英霊(おれたち)が逝ける場所かは知らないけどな」
数多の仇を殺した騎兵殺しの必殺杭。『あぶれ出た弱者の牙(パイルバンカーカスタム)』が今、発射される。
ランサーの杭がコアに届くまでの間、ファルス・ヒューナルはこう思った────見事。
昂る闘争本能と荒れ狂う狂気の中、バーサーカーは初めてこの英霊に賞賛を送る。この相手はただ、ただこの瞬間のために周到に準備していたのだ。
マスターを囮に誘導し、罠を駆使して、そしてその牙はファルス・ヒューナルに届いた。
ああ、良い闘争だ。昂る。滾る。迸る。貴様こそ我にとって最高の獲物。
だが、まだ満足していない。まだ……まだ…………まだ足りぬ!
バーサーカーの感情に応じてコアから放出される赤黒く濃いオーラ。魔力放出にも似た深淵の波動。それが薄い防御膜となって広がり、弱者の牙を弾き返す。
「さぁ、始めようぞ。猛き闘争をな!」
二度目の開戦宣告と共に防御膜が破裂し、猛毒を含んだ衝撃波となってランサーを冒していく。
さらにファルス・ヒューナルはランサーが吹き飛ばされる直前に足首を掴んで地面へ投げ飛ばした。
崩落した地面、瓦礫の山へと流星の如く墜落し粉塵を巻き上げるランサー。そこに落下に合わせて『星抉る奪命の剣』が振り落とされて──
「うおおおおおお」
ランサーの全身に悪寒が走る。毒に汚染されながらも全身の力を振り絞り、攻撃を回避するべく転がった。
直後、爆撃と聞き違えるほどの轟音がランサーの鼓膜を揺るがした。
* * *
「何だありゃ反則じゃねぇか」
佐倉杏子は額から流れる血を拭いながら舌打ちする。
標準で宝具を弾くバリア搭載のサーヴァントなんて何の冗談だ。念入りに罠を仕掛けたのは全てあの瞬間のためだったのに肝心の杭が刺さらないときた。
「いやはや、我もバーサーカーとは戦いたくないというのには同意する」
敵のマスターがいつの間にか右横にいた。薄ら笑いを浮かべて、肩をすくめている。
いつでも殺すことができたぞと言うように両手を組んで壁にもたれ掛かっていた。
「てめ──」
さっきまでボコボコにされておきながらなんのつもりだ。
三節槍を展開し、刺し貫こうとするも。
「遅い」
先に槍を持った左腕を右手に抑えられ、首を左手で絞められる。
そしてそのまま万力のように左手の力が込められていく。絞殺じゃなく頚骨をへし折る気だ。
杏子もやらせまいと空いている右手で全力で男の左腕を引くがビクともしない。
魔法少女の筋力は軽く押すだけで大の大人が吹っ飛ぶほどの膂力を発揮する。
その魔法少女の筋力をもってしても全く動じないのだ。
「これは驚いた。いや、その凄まじい腕力ではなく、お前が人間ではないという事実にだ。先に器を破壊してからソウルジェムとやらを破壊させてもらおう」
左手の力が更に強まる。
何故ソウルジェムを知っているのか。何故自分が人間ではないと分かるのか。そもそもこいつは本当に人間か。
疑問が溢れてくるも、このままでは殺される。
蹴りを腹へと食らわしてやるもびくともしない。ならばと魔法の槍を杭のように地面から生やした。これは流石に男も驚愕して後ろへと退いていた。
「あんたは何でソウルジェムのことを、あたしの体の事を知っている?」
「知っているというよりは分かったというのが適切だな。まぁ忍法の一種だと言っておこう」
「忍者はいつから魔法使いになったんだ?」
「その口ぶりからするとお前の世界の忍者は忍法を使えないのか?」
どうなんだろうな。
杏子の脳内で巻物をくわえて壁をすり抜けたり、大きなカエルを喚んだり、殺られたら爆発四散するといったかなり偏った知識がよぎる。
いやいや、アレはフィクションだからと思いながらも魔法少女が実在するのだから忍法も実在するのかもしれない。
ともあれ目の前の相手が得体の知れない怪人というのは事実だ。
バーサーカーのせいで身体の至るところが痛いが、動かなければ殺られる。
「お前のその肉体。どうやら死んでいるらしいな。でなければ『記録辿り』は発動するわけもない」
「記録辿りだぁ?」
「そうとも。忍法、記録辿り。詳細は教えないが、まぁ単純に言えばお前の人生を覗き見させてもらった。
中々奇異な人生を送っているようだな」
「はっ! あたしの人生を覗き見たからどうしたってんだ!
それであたしに勝てるとでも言うつもりか」
「お前が固有の魔法とやらを使えば苦戦するだろうが、まぁそれでも勝つのは我だろうな」
「そういうのはあたしに勝ってから言うんだね!」
三節槍がまるで蛇の如く繰り出される。四方六方から襲い来る刃は軌道を読むことすら困難。しかし鳳凰は左手をチョップの形にしたまま天へと伸ばし──
「忍法、断罪円」
何が起きたか分からない速さをもって男は槍を破壊した。節、棍、刃全てをだ。
それだけではない。いつの間に投擲された棒手裏剣が杏子の身体の数ヵ所に突き刺さった。
「我は言っただろう。読めていると。お前の戦闘経験も総て読めている」
「……んのぉ!」
血液が逆流して口から溢れる。
すぐさま痛覚を遮断し、回し蹴りを放つもかわされ、逆に回し蹴りを受けて先ほどまで埋まっていた壁穴に再び叩き込まれた。
痛覚を遮断しているため痛みは無いが肺から空気が全て失われてかなり苦しい。
それは佐倉杏子だけに限った話ではない。男もまたランサーから受けた傷が広がって血が身体の至るところから出ていた。
だが男は涼しい顔のまま、止めを刺さんと近づいていた。苦しみに喘ぐ自分と苦しくとも体術が乱れない敵。
このまま殺しあえばどちらに軍配が上がるなど明らかである。
(失敗した。まさか、こんなに強ぇなんて)
身体能力はあちらが上。総合的な戦闘能力で負ける気はないが、グリーフシードに限りがあるため聖杯戦争序盤で魔力を使いまくるのはマズイ。
かといって逃亡するには状況が悪い。戦闘に際して人が来ないようにと周囲に人避けの結界を張っていたのが仇になった。
既に結界は解除したが人の来る気配はない。遠くからサイレンの音が聞こえてくる程度だ。
「ではそろそろ止めを、うん?」
鳳凰がサーヴァントの方に一瞬気をとられる。
サーヴァント達に動きがあったのだと杏子にも分かった。ともあれ鳳凰の注意が逸れたのは千載一遇のチャンスだ。
魔法の鎖のような壁を何枚も出現させ敵の視界を塞ぐ。
魔力はそれほどこめてないため強度は低いがそれでいい。
突如現れた未知の魔法壁に男が訝かしんでいる間に杏子は撤退した。
* * *
爆音。轟音。コンクリの壁が破壊されちぎれた水道管のパイプから水から流れる。
さながら紛争地帯の空爆直後のような惨状であるが、この光景を生み出した者達はまだ生きていた。
徹甲弾が発射され宙を自動的に舞うエルダーペインによって弾かれた。
エルダーペインが自動納刀され、バーサーカーの拳から闇色の衝撃波が放たれるも紙一重で躱すランサー。
一気に間合いを詰めたバーサーカーから拳の乱打が繰り出され、されどランサーは躱し、積みあがった瓦礫の山を粉砕して土煙を巻き上げる。
バックステップで距離を取ったランサーもまた徹甲弾を発射する。だが巨体に見合わぬ恐るべき速度でバーサーカーは弾を避ける。
さっきからこれの繰り返しだ。互いに有効打を出さないまま、下水道の崩落が加速し、近隣の建物が火にくべる薪のようにこの修羅場へと投げ込まれていく。
しかし遂に天秤が傾き出した。肉弾で戦うバーサーカーと違い、ランサーは銃火器だ。弾薬に制限がある。
魔力で生成しているものだが戦闘中に大量に補充できるほどランサーの魔力ランクは高くない。結果として弾切れがくるのだ。
「これで徹甲弾も弾切れか」
手榴弾、地雷は既に使い尽くした。残る武装はパイルバンカー一発のみ。
バーサーカーが距離を詰める。
「終わりかランサー……」
惜しむ声を出しつつもファルス・ヒューナルは仕留めるために闇色の衝撃波を繰り出す。
三連の衝撃波を避け、吼えながら突っ込むメロウリンク。蛮勇以外の何物でもないが、もはやこれしか手はないのだ。
応じる形でファルス・ヒューナルも踏み込む。
「行けぇ!」
パイルバンカーの杭が発射される。
それにファルス・ヒューナルは明らかな落胆を示す。
まさか最後の攻撃を正面からの特攻で使用するとは、一体何を見ていたのだ。
「弁えよ!」
やはり貴様のような弱者が立つべき戦場ではなかったのだとバリアを張る。
パイルバンカーを弾いたら顔面を叩き潰して終わらせようと思ったところで────バリバリと金属の牙がバリアを貫いた。
「ゥォオオオオ!」
咄嗟に杭に拳を叩き込み、軌道をコアからギリギリずらす。
だが胸部が風船のように弾け飛び、身体が浮いて砲弾のように後方の瓦礫へと吹っ飛ぶ。叩いた拳も半分が消し飛んだ。いわずもがな重傷である。
そんな状態にも関わらず、バーサーカーには笑いが込み上げてきた。
「ふ、はは、はははははははは」
そうだ。こうでなくては。自らの血潮に塗れながらも哄笑しながら瓦礫を押し退けて出てくるバーサーカー。
なぜ一度は弾いた牙がバリアを抜いたか、その理屈は知らないしどうでもいい。この刹那こそが────
“喜べアークス! 初の戯れの相手、貴様に与えよう!”
“へぇ、わざわざ待ってくれたのかい”
“む、貴様は。このような場所で遭遇とはくふふっ、随分と縁があるようだ”
“我の求める闘争、その本能に従うのみ”
“■■■■■■■様を返せ!”
────かつてバーサーカーが求めたものであるのだ。
「はははははははァ!」
最後は笑い声にも気合いにも溜め息にも聞こえた。
猛る想いを声として天地に響かせ突き進むバーサーカー。人外の声帯で、しかし獣とは思えない声だった。
故に〝それ〟を呼び寄せた。
「…………ェセ」
ソレは毒。ソレは穢れ。
人外でありながら人の形をし、無我でありながら意思を持つ混濁と矛盾の鉄塊。
敗者でありながら征服者であり、地球環境に適応しながら地球上の生命から排斥されたモノの切れ端である。
本体からの指令を遂行すべく進軍する黒白のそれは遂に獲物を見つけた。
「カ……エセ」
ランサーとバーサーカーの中間。瓦礫の下から悪臭を漂わせる下水とは別種の悪臭と汚泥を噴出させてソレは現れた。
周囲のアスファルトが異形の法則によって蝋燭のようにドロドロに溶解されて下水に混ざる。
重装甲。人型の深海棲艦。戦艦ル級。そこらの雑魚とは一線を画す化け物である。
強者との闘争を望むファルス・ヒューナルにとっては至上の供物……のはずだが。
「止めだ」
興が削がれたと言わんばかりに肩を竦め、そしてランサーのいた場所に目を向けると既に敵手の姿は無くなっていた。
引き際まで見事である。
「良き闘争であった」
過去形だ。つまり後はただの事後処理であることを意味している。
カエセ以外何も言わないままル級の艤装がバーサーカーへ向けられる。
「カエセ」
砲撃の爆音と共に大口径の砲弾がバーサーカーに迫る。たとえ砲弾を避けようと砲弾から生じるソニックブームが周囲を破壊するだろう。
ならばと無事な方の腕でエルダーペインを抜き放ち、砲弾を一刀両断する。
続けて二発の砲口が火を噴いた、が既にバーサーカーは跳躍しており砲弾は空を切って路地裏の建物数件を粉微塵にする。
跳躍したバーサーカーはそのままル級に飛び蹴りをくらわせ、油膜と赤錆で彩られた左手の砲台を破壊する。さらにエルダーペインで袈裟斬りをする──が浅い。
(堅牢な)
見た目の柔肌とは裏腹に合金でも切っているかのような硬さだ。
ランサーから受けた傷口が開き、痛覚神経が強い信号を送るも無視しエルダーペインを戦艦ル級の顔面に突き刺した。
さらに逆手に持ち直し、突き入れるように剣を押し込ませて刀身を頭部から貫通させる。
致命傷だ。人であれば死ぬだろう、だが彼女は人でない。
両肩の砲台の砲塔がバーサーカーに照準を合わせ、発射。
剣を差し込んでいるバーサーカーに零距離射撃を回避する術はない。否、バリアを持つバーサーカーが回避する必要はない。
宝具さえ弾くこの防御膜を破れるはずがなく、至近距離で轟音を響かせるのみ。人間であれば鼓膜が破れるだろう。だが彼は人ではない。
「愚鈍!」
バーサーカーは返礼とばかり拳を三連叩きこむ。
ドン、ドン、ドンと破城鎚の如き音と威力がル級の身体を駆け巡り、今度こそ彼女を完全破壊した。
戦艦ル級だったものは緩やかな放物線を描いて地面に落下し、べちゃりと汚ならしい液体が飛び散る。
彼女はこれで終わりだ。だが、彼女『達』は終わりではなかった。
血液のように飛び散った廃液から白煙が立ち上り、そこから駆逐艦が這い出てくる。
同じく戦艦の死体……いや、残骸からも死出虫のように駆逐艦から湧いてくるグロテスクな絵面が展開される。
ダーカーたるバーサーカーは人類とは異なる価値観を有しているのか、特に何ら感じ入ることはなく両手を掲げて魔力を集中させる。
「応えよ■■、我が力に!」
両手が降り下ろされた瞬間、彼を中心に衝撃波が広がり一撃で駆逐艦達を擂り身に変えた。余波でそこら中の建物も倒壊する。
もはや路地裏は大通りに変容していた。昼間であるため人の姿は少ないが瓦礫の下にはいくつか人間の赤い血が見られる。
しかし、バーサーカーに、ダークファルスに、ファルス・ヒューナルに罪悪感など微塵もなく。
破壊に満足したのか、バーサーカーは静かに霊体化して消えた。
* * *
病院に忍び込んで薬を拝借し、血止めをしている最中、真庭鳳凰はルーラーからの第二の討伐令を聞いた。
令呪の報酬は既に一画を消費した真庭鳳凰にとって魅力的に見える。
しかし悲しいかな。鳳凰達にこれ以上の戦闘は不可能だ。日中に立て続けで戦闘を三回行い魔力は空っぽ、更にはサーヴァント共々軽くない傷を負っている。
仕方あるまい。ここは見に徹しようと決めて立ち上がった。
【D4 F病院】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(大)全身にダメージ(大)、右胴体に火傷(中度)、鉄片による刺傷
[令呪] 残り二画
[装備] 忍装束
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、真庭の里を復興させる
1:ヘドラ討伐には様子見
2:中学校に通う、もしくは勤務するマスターの特定
3:今日はもうサーヴァント戦を行わない。
※ヘドラ討伐令の内容確認しました。
※忍法『記録辿り』で佐倉杏子および『魔法少女まどか☆マギカ』の魔法少女システムについて把握しました。
※忍法『記録辿り』で佐倉杏子が知りうる限りのメロウリンクの情報を把握しました。
【バーサーカー(ファルス・ヒューナル)@ファンタシースターオンライン2】
[状態] 疲労(大)、意欲低下、胴、右腕に裂傷(行動に支障なし)、胸部に風穴(大)、右手半壊、全身にダメージ(大)
[装備] 『星抉る奪命の剣(エルダーペイン)』
[道具]
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を望む
1:あの敵はそそらない
2:あの男はそそる
※ヘドラ討伐令の内容を確認しました
※メロウリンクの武器および『涙の雨で血を拭え』を確認しました。
※知性を感じないヘドラの尖兵に魅力を感じてません
---------------------------------------
一方。小学校の屋上で回復していた佐倉杏子もまたヘドラ討伐令を聞き、鳳凰と同じく不参加を決め込んでいた。
令呪はまだ減っていないし、何よりランサーは対軍向けの宝具を持っていない。
むしろヘドラと戦って弱った奴を後ろから刺す────かつての杏子ならばそうしたはずだ。
(でも今のあたしゃどうすりゃあいいんだ?)
弱きを助け悪を挫く正義の魔法少女。
その理想から滑り落ち、そしてまた戻された者。
マミやさやかならば参加するだろう。
あの魔法少女の才能があるっていうまどかって奴も魔法少女になったんならたぶん参加するだろう。
暁美ほむらはちょっと訳ありみたいだから除外する。
善良も悪夢も知るどっちつかずな自分が向かうべきはどちらだ。
「アンタはどうしたい」
傍らのサーヴァントに問いかける。
「サーヴァントはマスターに従うものだ。
だが“コレ”を渡されてATの軍団と戦うみたいなのはもう勘弁したいな」
「でもアンタはそぉいうサーヴァントだろ?」
「『人に決められた自分』が必ずしも真実とは限らないものさ」
俺のようにな、と言って霊体化するランサー。
ふぅんと適当に返事をして遠い海を見るマスター。
日が暮れようとしていた。
【C5 小学校(屋上)】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態] 魔力消費(小)、魔法少女態
[令呪] 残り三画
[装備] ソウルジェム、三節棍
[道具] お菓子
[所持金] 不自由はしていない(ATMを破壊して入手した札束有り)
[思考・状況]
基本行動方針:今はただ生き残るために戦う
0:様子見
1:他にはどんなマスターが参加しているかを把握したい。
2:令呪が欲しいこともあるしジャック討伐令には参加してみたい。
3:海の中にいるサーヴァント、御目方教の存在に強い警戒。狩り出される側には回らない。
[備考]
※秋月凌駕とイ級の交戦跡地を目撃しました。
※ヘドラ討伐令を確認しました。
※真庭鳳凰の断罪円と記録辿りを確認しました。
【ランサー(メロウリンク・アリティー)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態] 負傷(軽微だが一定期間は不治)、中毒
[装備] 「あぶれ出た弱者の牙(パイルバンカーカスタム)」、武装一式
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:あらゆる手を使ってでも生き残る。
0:霊体化して回復する
1:駅前を拠点にして、マスターと共に他のマスターを探る。
2:港湾で戦闘していた者達、討伐令を出されたマスターを警戒。可能なら情報を集める。
3:マスターと共に生き延びる。ただし必要ならばどんな危険も冒す。
※ヘドラ討伐令を確認しました。
※ファルス・ヒューナルの宝具およびバリアなどの能力を確認しました。
次回予告
とんだ災難だったなメロウリンク。
狩るつもりが狩られそうになるなんて人生ではよくあることさ。
ところでK市で怪物だって?
おいおい、今の時代に怪物かよ。どうせ偽物だろと思っていたんだが、どうやら本物らしい。
さぁどうするメロウリンク。コイツぁ流石のお前でも一筋縄じゃいかないぜ
投下終了します
すいません両方とも一日目・夕方でお願いいたします
投下乙です
連闘を苦にせず底知れなさすら見せるヒューナルに、原作同様に知略と精神力で立ち向かうメロウの姿がいい
そして既に街中にまで手を広げつつあるヘドラが恐ろしいです
一条蛍&ブレイバー(犬吠埼樹)、東恩納鳴(プリンセス・テンペスト)&ランサー(桜井戒)を予約します
投下します。おそらくスレは使い切らないと思います
青木奈美はただの人間だ。
先刻までシャッフリン達を瞬殺しておきながら何を、と思われるかもしれないが、少なくとも『プリンセス・デリュージ』ではない時、変身していない時はただの人間だった。
凄惨な事件を潜り抜けたことで精神は強靭になろうとも、身体は人間だった。
つまり、逃げるために走り続けていればのどが渇く。
身体が水分を求める。疲労する。
当たり前のことだった。
だから、奈美は足を止めた。
ハァ、と大きく息を吐きだし、また吸って、それを何度も繰り返して息を荒げた。
夕闇から夜闇に変わった帳の中で、たった1人、荒い呼気と汗の感触だけを確かなものとしていた。
「追って来られたりは………………してない。大丈夫」
住宅の灯りがすっかりまばらになっていることを確認して、奈美はあの住宅街とは別のフィールドに離脱できたことをひとまず安心した。
道路沿いにぽつねんと一台だけ立っていた自動販売機の前で財布を取り出し、水分補給を選択する。
まだ夜も始まったばかりだった。なので、気付けも兼ねて普段は買わない苦そうなコーヒーのボタンを押してみた。
ぐびぐびと飲み干していく。
やはり苦い。背伸びをし過ぎたかもしれない。
飲み干しきる前にぷは、と息継ぎをする。
呼吸が戻ってくると、進行方向も客観的に見えてきた。
道路は図書館のあるのある山中へと、まだまだまっすぐに伸びている。
ただの女子中学生が徒歩で踏破して、図書館に戻るには時間も労力も無駄が多いだろう。
さっき殺してきた『あの男』も、タクシーを使ったぐらいの距離だ。
こちらから戻るよりも、アーチャーを呼びつけた方が楽に合流できそうだと考え直した。
図書館を無理やり貸し切り状態にしてしまった後始末もあるだろうが、それが終わりしだいこちらに向かい、道中で落ち合うように念話を飛ばそう。
……厄介なのは、念話で話すならば先刻までの『成果』を報告しなければならない事だ。
想定外の事態も幾つかあったので、どう話をまとめたものかと眉根を寄せる。
修羅場から離脱して、一連の復讐計画も終わらせてしまえば、『次はどう動けばいいのか』という集中状態から解き放たれてしまう。
激情がおさまってくると、うっ憤のやり場を持って行きあぐねる。
余計なことばかり、浮かんでくる。
さっきまでの自分に対する焦燥や、後悔や、思い出ばかりが呼び出されてきて、頭が上手く回ってくれない。
――ブルーベルのキャンデイーが欲しい。
そう思った。
飴玉なんて、のどの渇きを癒してくれるわけでもないのに。
おそらく、コーヒーのせいで口の中が苦いからだけではない。
このK市に招かれるよりも以前、失われた仲間たちの復讐計画を立てるために、仲間たちの最期を調べたり、武器庫などの下見をしたりした時に、あの魔法少女は共にいた。
『気分を変える魔法のキャンディー』を使って、メンタルケアじみたことをして貰った時もある。
彼女と魔法のキャンディーがあったおかげで、人恋しさや寂しさ、無気力さを幾分かは埋められていたというのが正直なところでもあった。
もしもあのまま魔法の国上層部とオスク派への復讐計画を決行していたら、彼女はそれでもついて来てくれたのだろうか。
ブルーベルからキャンディーを貰っていた頃は――このK市にやって来る前は、今のようではなかった。
もっと迷いが無かったし、不要な感情をすべて削ぎ落としたかのように、ただ為さねばならない事ばかりを考えていた
たとえ無関係な――たまたま護衛で雇われていただけの、無辜の魔法少女だったとしても、立ちふさがる限りは殺す。
それぐらいの熱量を持って、犠牲を出すことに何の疑問も持たずに、『ある魔法少女』を誘拐しようとしていたはずだ。
今のデリュージは、時間さえあれば色々なことを考える。
これも『気持ちを落ち着かせるキャンディー』が無くなったせいなのかは分からない。
例えば、ただのNPCであり、言うなれば木偶に過ぎなかった(と当時は思っていた)越谷小鞠を助けてみたり。
例えば、アーチャーから討伐令に参加するマスターを背後から狙うという策を示されて、露骨に動揺をしたり。
例えば、越谷小鞠から『私のことを助けてくれた』と指摘されて、返す言葉に迷ってしまったり。
シャッフリンとそのマスターに対しては、憎悪を剥き出しにして慈悲も容赦もなく踏み躙ることができたけれど。
それも、あの邪なる神父のアーチャーに煽られたからこそ、あのエネルギーを発揮できたとも言える。
そして、今この場所では、この地にいるもう一人のピュア・エレメンツのメンバーを思い出している。
プリンセス・テンペスト。
小学二年生で、よくブリーフィングルームに計算ドリルを広げていた。
インフェルノに子ども扱いされると、機嫌を悪くしていた。
でも実際幼かったから、デリュージもフォローする回数が多かった。
魔法少女アニメには、いちばん詳しかった。
挟み将棋と、本来の将棋のルールの違いを知らなかった。
ぱっちりした翠の瞳の、無邪気で大胆な魔法少女。
ピュアエレメンツには堅苦しい上下関係など無かったけれど、一番幼かった彼女はその分だけ守るべき存在に近かった。
そんな彼女がマスターとしてこの街にいるなんて、にわかに信じられなかった。
あのシャッフリンの言うことだったし、『テンペストのサーヴァント』をこの目で見た今でもなお、完全に実感が湧かないところはある。
だとすれば悪い夢か、底意地の悪い神様が仕組んだ陰謀にしか思えないほど理不尽な仕打ちで、吐き気がする。
一度は奪っておきながら、たった一つきりの願いを叶える椅子を賭けて殺し合わせようという趣向に。
しかし、その一方で『テンペストが生きて巻き込まれている』と知った時、ほっとした自分が確かにいた。
テンペストが生きているのならば、それはピュアエレメンツ全員を、生きて取り戻すことができるという証左ではないかと、そういう意味でほっとした。
そして、そんな風に計算してほっとした自分自身を、本当にゲスだと見下げていた。
だから、/だけど、 会わないことにすると選んだ。
皆を取り戻さなければいけないから、/会いたくて話がしたくてたまらないけど、 会えなくなった。
テンペストは、おそらく聖杯など望まないだろう。
子供向けアニメに出てくるような『正しい魔法少女』を、普通にそういうモノだと思っている。そんな小学生魔法少女だ。
ディスラプタ―との戦いだって世界を守るためだと、騙されて信じたまま亡くなった。
そんなテンペストに、『正しい魔法少女』から外れたデリュージが会えるはずがない。
どの面を下げて、会えるというのか。
すでに一度、心の中で『テンペストがさっきの策のせいで殺されても仕方ない』と見殺しにしているのに。
なるべくなら、奈美が聖杯を手にするまでは会いたくない。
そう結論づけて、しかしそれは、間接的に『テンペストには勝手に脱落してほしい』ということを意味すると気づいて、また自己嫌悪した。
そして、テンペストのことだけでなく、さっき殺した相手のことや、さっき喧嘩別れした女の子のことも思い出した。
いや、アーチャーに報告しなければならない以上、思い出す必要はあるのだけれど。
極力は事務的に、さきほどまでの立ち回りに失敗は無かったかどうかを顧みようとする。
想定外だったことその一は、『松野おそ松の弟とそのサーヴァントを回収することに失敗した』ことだ。
取るに足りない脆弱そうなサーヴァントだったと報告を受けたけれど、それもあのシャッフリンからの伝聞情報である以上は信用しきれない。
そもそもマスターと違って、サーヴァント同士では肉眼で正確なステータスまで見ることはできないのだから、100パーセント言い切れはしないだろう。
これからは、『家族のかたき討ちをしようとする主従』から狙われる羽目になるかもしれない。
身内を理不尽に奪われた人がどれほど憎悪を募らせて無謀な真似をするかということは、他でもないデリュージ自身がよく知っている。有り得ないとは言い切れない。
しかも、松野の弟を処分し損ねたのはアーチャーの作戦ミスではなくデリュージのミスだ。
その苦々しさもある。
テンペストのサーヴァントと紫パーカーの男が対峙する光景に違和感を覚えた時に、すぐに『双子の兄弟』という可能性に思い至っていれば、もっとやりようはあった。
あの場をいったん離れて松野の弟を追いかけ、仕留めるチャンスもあった。
ただ、そんな失点を犯した中でも不幸中の幸いだったのは、向こうからこちらの身元を特定される材料を与えなかったことだろう。
奈美は松野に対して『田中』という偽名しか名乗らなかったし、帽子にサングラスで変装して、学校名や個人情報に繋がるものは出さなかった。『人造魔法少女』だとか、『シャッフリンの攻撃がまるで通用しないアーチャー』だとか、断片的な情報ならば得られたかもしれないが、松野がそれらを弟に伝える時間の猶予だってそう無かったはずだ。
とはいえ、奈美はファルのような神視点を持っているわけではない。
あくまで『松野の弟に情報が漏れてしまった可能性は低い』というだけで、はっきりと否定できはしないのだ。
『松野おそ松は田中と名乗る魔法少女のマスターから弟を連行するように指示され、しかしその指示を裏切って弟を逃がしたために殺されたのだろう』ぐらいは伝わってしまったかもしれない。
あのバカの弟なら警戒するほどの相手ではないかもしれないが、問題は、その弟がテンペストと繋がっていることだ。
テンペストのサーヴァントが、松野弟の扮装をした兄と戦っていたということは――おそらく、テンペスト主従と松野弟の主従は、信頼のおける仲間というわけでも無いのだろう。
しかし、あの戦いは、ランサーのサーヴァントがマスターの許可を得ずに独断でしかけた戦いであるかのように、ランサーは話していた。
しかも、戦いが終わった後の両者には、殺意を完全に解いたような空気さえあった。
であるならば、テンペストが『あの人達がどうなったのか気になるし、また会ってみようよ』とか言い出せば、あっさりと二組の主従は再合流を果たす可能性もある。
そうなれば。
『魔法少女ピュア・エレメンツの誰かが、聖杯を狙うスタンスでK市にいて、すでに一般人のマスターを一人殺害した』ことが、テンペストに知られるかもしれない…………それは嫌だ。
ピュア・エレメンツのメンバーだとばれなくとも、テンペストの中で『田中』という少女は『誰かのお兄さんを殺した、極悪人のマスター』だと思われる…………ぞっとしない。
――考えすぎかもしれない。
幾らなんでも、悪い可能性の上に悲観的な推測を重ねている。
そう自覚して、深呼吸をした。
11月の冷たい夜風を肺の中にため込んで、頭を切り替える。
テンペスト達だって、まずは物別れになってしまった主従との再会よりも、今まさに街に侵攻しているヘドラへの方を気にするだろう。
今から、そこを深刻に憂慮したところで仕方がない。
想定外だったことそのニは、越谷小鞠のことだ。
明日からの学校でのロールプレイにも直結するという意味では、むしろこちらの方が近い問題だと言える。
越谷小鞠の前ではさも優位を保って見せたが、あの場で身元が割れるような形で他の主従と接触してしまったこと、そしてその主従によって別のサーヴァントから逃がされてしまったことは、予期せぬ失点だった。
しかし、失点を上回るだけの収穫もあった。
――まがい物の家族とやらに配慮して、薄っぺらな正義感で私に聖杯を諦めろと言っているのであれば、貴女は随分と傲慢な人なんですね。
あの言葉が、きっかけになった。
ブラフをかけたつもりは無かった。
冷淡に突き放そうとする感情にまかせて、言い放った言葉だった。
しかし、結果的にブラフになった。
なぜなら、あの言葉にはひとつだけ明らかな『隙』があった。
あそこで死んでいた松野おそ松には、『まがい物ではない家族』がいることだ。
しかし、越谷小鞠はそこを指摘しなかった。
知っていれば、どんなバカでも『その人には本物の家族がいたんだよ』と反論できる瑕疵だったのに、何も言わなかった。
それどころか、とても素直に『反論が思いつかず、自分の方が間違っていることに困っている』という顔をしていた。
つまり、越谷小鞠は、松野の弟がマスターだということを、まだ知らない。
『悪い人ではなかった』などと断言できるだけの付き合いがあったのだから、これから知る機会などいくらでも巡って来るかもしれないが、今のところは知らない。
それは、いい情報だった。
もし、越谷小鞠がそのことを知った上で松野家と付き合っていたのならば、『デリュージのことを憎んでいるはずのマスターが、デリュージの身元を知っているマスターと繋がっている』ことになってしまう。
越谷小鞠にデリュージを害するつもりが無くとも、デリュージを殺そうとするかもしれないマスターに身元が知られてしまうリスクを生む。
ましてや下手をすると、そのまま松野弟とはつながりのあるテンペスト達と接点ができる――なんて可能性もまったくゼロではないし、
そうなれば一足飛びに『青木奈美ことプリンセス・デリュージが、聖杯欲しさに人を殺した』ことまでがテンペストに伝わるという結果を生む。
今のところは決してそうなっていないことに、奈美はほっとした。
そもそも、小鞠たちが最後に乱入してきた赤いサーヴァントに殺されていればすべて考えるだけ無駄になるのだが、そこまで期待できるほど、己が強運だとは思わない。
同盟相手と言えば、とまた考える。
収穫は、もうひとつあった。
午前中に学校で起こった事件――校庭で起こった三人のサーヴァントによる戦闘のうち、一人については正体が確定したことだ。
黒い襲撃者を迎え撃っていたセイバーのサーヴァントは、越谷小鞠をマスターに持つ、聖杯戦争をしない主義の者だった。
それさえ分かれば、正体不明の、もう一人の白いサーヴァントについても、推測をすることができる。
おそらく、第三のサーヴァントは、聖杯を狙う好戦的なスタンスでもなければ、かといって聖杯戦争に叛逆しマスターを元の世界に帰そうとするような正義感のスタンスでもない。
前者だとしたら、『どちらかのサーヴァントに加勢して、もう一人の脱落を狙う』のか、あるいは『傍観に徹して、戦闘する連中の共倒れを狙う』のか、どちらかの行動をするのが賢明だ。
好戦的な主従ならば、倒しやすいサーヴァントから潰そうとしない理由が無い。
たとえ堅実に生き残ろうとしており、序盤からあまり動きたくない主従だったとしても、『傍観に徹して、主従の存在を伏せる』方が正解だ。
そのリスクを冒してまで姿を現し学校を守ったからには、白いサーヴァントもまた聖杯戦争否定派だったのかというと、それも腑に落ちない。
先ほど相対した越谷小鞠とセイバーに、あの白いサーヴァントと同盟するなり接触するなりした素振りがなかったからだ。
小鞠は学校での襲撃事件が終わってから、臨時休校の報せが出て学活を経て下校になるまでの間もずっと教室にいたこと、そしてその後はすぐに校門を出て帰路についた様子を奈美も見ていた。
仮に『何としても戦わずにマスターを元の世界に帰す方法を見つけたい!』という意思が白いサーヴァントにあったならば、
『見るからに学校を守る為に戦っており、停戦にも応じてくれたサーヴァント』とそのまま物別れしたのは不自然だ。
ただマスターが狙われないよう身を潜めているだけでは戦争離脱に向けて少しも進展しないことぐらい、サーヴァントならば判断できるはず。
バーサーカーが撤退した直後に、霊体化して消えるのではなく交渉を持ちかけるのが自然だ。
実際に小鞠とそのセイバーは『戦う意思が無く、マスターの越谷小鞠を帰すためだけに動いていた』ことも、先ほど裏を取ることができた。
けれど、実際に第三者の白いサーヴァントが行った動きは、停戦を促すための調定のみ、という半端なものだった。
考えられることは、一つ。
白いサーヴァントとそのマスターは、未だに聖杯戦争におけるスタンスを決めかねているのだ。
叶えたい願いと、他のマスターを犠牲にする決断との間で迷っているのか。
それとも、実現可能性が高い方につこうという日和見なのかは分からないが。
もしもあの主従とことを構える時がくれば、そこが切り口になるかもしれない。
――もっとも、ヘドラの侵攻によっては、明日も学校があるかどうかさえ分からないけれど。
そう言えば、ヘドラ問題をどうするかもまだ残っていた、とも思い出した。
シャッフリン達相手には、同盟を持ちかける口実として使わせてもらった所はあったけれど、結局どう動くかについては、後回しにしていたのだ。
だが、夜はまだ長い。
無事に一組は殺したしもう寝ましょうと、討伐令を無視するわけにもいかない。
バカ正直に討伐令に参加して、背中を気にせずに隙を見せている他の主従を見逃してやるのは、あまりに『もったいない』。
しかし討伐令に参加する主従を狙うことで、ヘドラが勝ち残ってしまう可能性を上げるのは、かなり『リスクが大きい』。
だからこそ、いったん決断を先送りにしていた。
しかし同じ『保留』の判断でも、傍観に回るのと、状況を見て動くのでは違う。
戦況を観察して、ヘドラ討伐の進捗がはかばかしくないようであれば――このままでは聖杯戦争の存続さえ危ういようであれば、討伐に参加すればいい。
もしヘドラが殲滅される方向に向かっていて、消耗して油断もした主従を発見したならば、トドメを刺せばいい。
同じ『保留』でも、あの邪なるアーチャーなら、そう提言すると思う。
他の主従を血眼になって探さなくとも、海岸沿いを探索すればあちこちで戦端は開かれていることだろう。
もちろん、下手をすれば『討伐令に加勢してくれるかと思いきや、背中を狙ってきた油断ならない主従』として目を付けられるリスクもある。
だから、いっそう慎重に動く必要はあるけれど。
あのアーチャーなら、上手くずる賢い立ち回りをするのではないかと、そういう意味では信用ができる。
そもそも探索中にヘドラに襲われても倒されないだろう不毀なる者だから、その点でも有利だ。
いつまでも『策に動かされる側』というのも癪に障るし、こちらからアーチャーに指示しよう。
ついでに、討伐令絡みで『ファルはルーラーに忠実ではないかもしれない』という可能性を伝えれば、あの神父も何かまた正道ではないことを考えるかもしれない。
その考えを『アーチャーに報告すること』の締めとして、奈美は頭の回転をゆるやかに止めた。
――テンペストなら、『正しい魔法少女』として、正々堂々と討伐令に参加するだろうか。
止まる前に、歯車はそう軋んだ。
ちくりと胸が痛んだ。
会いたくないことは確かだったけれど、かといってその為に止まるわけにもいかない。
そうだ、アーチャーも言っていた。
戦争において最も優先すべき事は勝つこと。
何をしても、どんな手段を使っても、最終的に勝てなければ意味が無い。そして、勝てなかった者の願いは踏みにじられる。
そして、デリュージはそれを知っているはずだ。あの魔法少女によって奪われた日常を。踏みにじられた仲間の命を。砕かれた願いを。
――じゃあ、さっき殺した男は?
歯車がまた、そう軋んだ。
あの男は敗北させたと言えるのか?
確かにこの手でサーヴァントもろともに殺害し、復讐を完遂したけれど、デリュージは勝利したと言えるのか?
『あんな屑でさえ家族を守ったのに、仲間を見捨てたデリュージはそれ以下の悪党だった』と証明されただけではないか?
「帰りませんよ」
私は止まらない、と口にする代わりに。
『青木さん、帰ろう?』と問われた答えを、そうつぶやいた。
そう、あのクラスメイトは、テンペストを思い出させるだけではない。
何の打算も裏読みもなく、『最期まで付き合う』なんて言葉を口にしそうな純朴なところは、あの『鏡の魔法少女』を思い出させる。
『帰ろう』などと、困った顔で言うところは、『キャンディーの魔法少女』をダブらせる。
彼女たちは『戦わない魔法少女』だったし、だからこそ越谷小鞠は『戦わないマスター』だという意味でも重なるのかもしれない。
でも、重なるからこそ、撥ねつける。
まだ帰れない。
もう後戻りはできないのだ。
少女としての青木奈美にとっても、『正しくない魔法少女』としてのデリュージにとっても、初めてただの人間を殺したという重みは軽くない。
青木奈美は、プリンセス・デリュージを、聖杯のところに連れて行かなければならない。
途中でどんな地獄が待っていようとも、絶対に連れて行かなければならない。
それで、次は何をすればいい。
そうだ、念話でアーチャーを呼ぶのだった。
絶対に油断ならない従僕だけれど、デリュージに『正しくない魔法少女』のやり方を示すという事にかけては、いい仕事をしてくれる。
今の彼女には、感情を操り、迷いを生む記憶をかき消し、目的を一つに絞るキャンディーに代わるものが、必要だった。
それが甘言だと分かっていても、甘いキャンデイーの代わりが必要だった。
奈美は、缶コーヒーの最後の一口を飲み干した。
やはりどうしようもなく苦かった。
【C-5/B-4の付近/一日目・夕方】
【青木奈美(プリンセス・デリュージ)@魔法少女育成計画ACES】
[状態] 健康、人間体(変身解除)、強い苛立ち
[令呪] 残り二画
[装備] 制服
[道具] 魔法少女変身用の薬
[所持金] 数万円
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、ピュアエレメンツを取り戻す
0:念話でアーチャーを呼ぶ
1:ヘドラの討伐令に繰り出してくるはずの主従を観察。もしヘドラ討伐が捗々しくないようであれば討伐に参加し、そうでなければ隙を見て討伐令に参加する主従の背中を狙う?
(状況を見て判断。ただし他の主従には目をつけられないよう慎重に)
2:ピュア・エレメンツを全員取り戻すためならば、何だって、する
3:テンペストには会わない。これは、私が選んだこと。
4:越谷小鞠への苛立ち。彼女のことは嫌い。
5:アーチャーにファルの言動から得た推測(聖杯戦争の運営側は一枚岩ではない)を話してみる
※アーチャーに『扇動』されて『正しい魔法少女になれない』という思考回路になっています。
※学校に二騎のサーヴァントがいることを理解しました。一騎は越谷小鞠のセイバーだと理解しました。
※学校に正体不明の一名がいることが分かりました。スタンスを決めかねているマスターだと推測しました。
※ファルは心からルーラーのために働いているわけではないと思っています
投下終了です
皆様、ご投下ありがとうございます!
>いまはいつかじゃないよ
上でも言われていましたが、助手の一般人らしさがとても良かったです。
織莉子に鋭い指摘をしてしまう辺りもすごく助手らしい流れで、読んでいてそうだよなあ、と思ってしまいました。
若干の動揺はあれどもやはり上手く事を進める織莉子に、どうにか決意を固めることの出来た助手。
形だけは一先ず決まった感じですが、やはりまだまだ不安要素の多い組と言わざるを得ないですね。
キリカの方が助手に反感を覚えているのもまた後に響いてこないか不安です。
ご投下、ありがとうございました!
>忍法・魔法語
鳳凰もヒューナルも強い……! しかし性能で圧倒的に勝る彼らと張り合える辺り、メロウリンク組も流石です。
ヒューナルの強みである圧倒的な戦闘性能がこれでもかと発揮され、非常に見応えのある戦闘でした。
忍法を使ってソウルジェム、魔法少女についてを理解する鳳凰のシーンは、まさにこれぞクロスオーバーの妙ですね。
今回は痛み分けの結果に終わりましたが、新たな知識を得た鳳凰陣営の今後が楽しみです。
そしてこの話でも着々と魔の手を都市部に伸ばしているヘドラ。決戦の時は近そうです。
ご投下、ありがとうございました!
>全てはじぶんのために
早速新刊・QUEENSの設定を取り入れて下さりとてもありがたいです(小声)
……と、それはさておき。デリュージの今の心境やこれからの展望、現状への分析など、単独話でありながら非常に密度の濃いお話でした。
聡明に事態を分析しつつ、その一方でテンペストのことを気にする、このちぐはぐさはやはり彼女もまだ幼い少女なのだなあと実感させられます。
小鞠の一件についても自分の中で区切りを付けたデリュージが止まることは、きっともうないのでしょうね。
彼女が無事に勝利してなくしたものを取り返すのか、それとも志半ばで朽ちてしまうのか、これからも目が離せません。
ご投下、ありがとうございました!
このスレッドはもう容量が少ないので、次スレを建てます。
"
"
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■