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魔法少女育成計画Crucifixion
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◆あらすじ
魔法少女「クリプタルト」は、とある魔法少女の捜索を請け負ってK市を訪れる。
そんな彼女が目の当たりにするのは、逃げる魔法少女と追う魔法少女。
「どうかお願いします――わたしを助けて下さい」
追われる魔法少女「トロンメリー」とクリプタルトの出会いを発端に、町は赤く燃え上がる――
名簿
☆大鳥杏恋 魔法の大空で天気を変えるよ
☆オームレッタ 怒れば怒るほど強くなれるよ
☆硝子の長靴リッパー・クッキー 硝子の彫刻を自由自在に作り出せるよ
☆クリプタルト 心の壁を越えさせないよ
☆クリーミー・アンネ 一発では絶対に負けないよ
☆クリーミー・エンデ 絵の中を行ったり来たりできるよ
☆クールサイダー 卑怯者には負けないよ
☆暖炉の守人ラルパカステル ものをどろどろに溶かせるよ
☆トロンメリー 甘くて美味しい魔法の薬を調合できるよ
☆ノエル 魔法の二丁拳銃を使うよ
☆夢来秀子 目に見えるものしか信じないよ
☆メレンベーゼ キスした相手に力をあげるよ
☆らぶらうん どんな所でも雨を降らせられるよ
☆るぅるー 願いごとが叶う確率を上げられるよ
☆レイン・ポゥ 実体を持つ虹の橋を作り出せるよ
☆ローズマカロン とてもきれいな薔薇の花を咲かせるよ
某企画も終了したので、二番煎じですが供養がてらに始めさせていただきます。
大体一〜二週間に一話くらいのペースでぼちぼち投下していければいいかな、と思っていますので、まあ温かく見守って貰えればと思います。
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プロローグ
シフォンベティエールが死んだ。
K市で活動する魔法少女の一部が寄り集まって結成された同好会「魔特団」が集会所としているプレハブ小屋の隅っこで、小さく丸まって死んでいた。
口から黒い血をとめどなく溢れさせ、その半身は酸の海にでも浸かったように焼け爛れ、白煙をあげている。
彼女が死に至るまで、いったいどれほどの苦痛があったのかは想像もしたくない。
それほどまでに惨たらしい有様で、優しかった魔法少女は死んでいた。
ある者は絶叫をあげ、ある者は胃の内容物を全て吐き出した。
魔法少女になり、強化された精神力をしても到底堪えることの出来ない、巨大すぎるショック。
そして何よりも、濁流のように押し寄せてくる感情の波。
大切な友人が殺されたことへの悲しみとそれを上回る怒りに、未だ戦いを知らない魔法少女達は打ちのめされていた。
やがて落ち着きを取り戻した彼女達は、当然の疑問へと辿り着く。
誰がこんなことをしたのか。
魔法少女は病気になど罹らないのだから、突然死というのはありえない。
人間体に戻っている時ならばそういう可能性を考えられなくもないが、だとしても体の爛れが説明できない。
自分達がシフォンベティエールから目を離したのはほんの小一時間程度のことだ。
そんな時間の内に人体をここまで変貌させてしまうような恐ろしい病気が、果たして存在するだろうか?
否。
仮にあったとしても、シフォンベティエールがそれであったと考えるのはこじつけが過ぎる。
これは間違いなく殺人事件だ。
動機はさておき、何者かが悪意を持って彼女を殺した。
こんなにも惨たらしい姿に変わり果てさせた。
では、誰が?
自分達の活躍を妬む魔法少女が、この集会所を見つけ出して襲撃を行い、一人留守番をしていた彼女を殺したのか?
下手人を暴くのに必要となる証拠は、ご丁寧にシフォンベティエールのすぐ側に残されていた。
丸まった格好で死んでいる彼女の傍らに、小さな小瓶が転がっていたのだ。
あっ、と誰かが声をあげた。
その小瓶は、彼女達魔特団のメンバーならば誰でも見覚えのあるものだったからだ。
更にいうならば、小瓶の中にほんの僅か残っている透明の液体にも心当たりはある。
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薬だ。
それも、市販されているようなチャチなものではない。
魔法によって調合された、人間用のものとは段違いの効き目を発揮する特別な薬。
インフルエンザだろうが不治の病だろうが、一口の服用でたちまち完治させてしまう代物。
魔法少女としての活動から日々の生活の中においてまで、皆も度々「彼女」の薬の世話になっていた。
いつしか冗談めかして、理論上は最強の毒薬だって作れると彼女が皆の前で嘯いていたのを覚えている。
「彼女」は今日、集会所に姿を見せていない。
よりによって、このタイミングでの欠席だ。
なんでも用事があるから集まりには出られないとのことだったが、よもやそれを素直に信じ込む阿呆は居ないだろう。
でも本当は信じたかった。
信じていたかった。
事実小瓶が見つかるまでは、誰一人自分達の中に犯人が居るという可能性を唱えなかったのだ。
狙い澄ましたかのように集まりを欠席している顔が存在するというのにも関わらず。
共に笑い、共に泣き、共に怒り、共に過ごした大切な仲間を疑いたくないという理由で敢えて選択肢から外していた。
しかしシフォンベティエールの側に落ちている蓋の開いた小瓶の存在が、自分達の信頼は裏切られたのだと嘲っている。
もはや、議論の余地はない。
この場に存在する証拠の全てが、犯人は薬剤師の魔法少女であると語っている。
ぎりりと鈍い音がした。
団の中でも一番気が短い、アマゾネス風の装いを纏った魔法少女が砕けんばかりにその拳を握り締めていた。
他の皆も同じだった。
何故、どうして。
そういう当然の疑問に先駆けて、沸々と煮え湯のような怒りが沸いてくる。
「同じ目に遭わせてやろうよ、あいつを」
ラズベリーの少女が呟いた。
同調するように、瓜二つの風貌をしたストロベリーの少女が頷く。
やがて少女達の視線は、団長を務めるタキシードの魔法少女に集まった。
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「そうだな」
ぞわり。
空気が変わる。
怒り心頭であった筈の彼女達は、見慣れた少女の瞳に宿っている見たこともない感情を察知し、一瞬怒るのを忘れた。
そこには、夢と希望を売り物にする魔法少女にあるまじき、どす黒い感情がありありと滲んでいた。
色とりどりのハートマークがあしらわれたロリータ服の魔法少女は、ふと昔聞いた話を思い出す。
シフォンベティエールと彼女は、魔法少女になるよりも前から付き合いがあったらしい。
どういう間柄かを詳しく問い質すのは、人間体と魔法少女を分けて考えようという団の方針に叛くことになるためしなかったが、この様子を見るに相当深い間柄にあったのだろうと思う。
くるりくるり。
魔法の二丁拳銃を弄び、ホルスターへこなれた手付きで納銃。
口角を薄い弧の形へ歪めて、彼女は宣言する。
仲間殺しの魔法少女、「トロンメリー」を我々の手で捕らえ、報いを受けさせる。
私刑(リンチ)の謗りを受けようと構わない。
全ての責任は私が負う。
皆はついて来たいものだけついて来い。
無理に参加する必要はない。
この報復に参加することは、魔法少女であることをやめることにも等しい。
だがそれでも、私はシフォンベティエールの無念を晴らさずにはいられない――
暫しの時間が流れても。
誰一人、彼女へ踵を向ける者はいなかった。
彼女達はそれぞれ主義も魔法も年齢も違ったが、そこにある仲間意識は紛うことなき本物だった。
欠かすことの出来ないその一員が、仲間だと思っていた魔法少女に裏切られ、苦悶の果てに惨死を喫したのだ。
ならば仇討ちをしよう。
私刑に処し、その罪を償わせよう。
もう動かないシフォンベティエールの半開きの眼は、一体そんな彼女達をどんな思いで見つめていたのだろうか。
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☆16人の魔法少女紹介
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「人の心は大事なものだよ」
「娘が部屋から出てこないんです」
ドアの外から聞こえてくる声を無視してテレビゲームへ目を向ける。
ここはクリプタルトの城だ。
なんでもあるけれどなんにもない、ただし自分を隠してくれる壁だけは確かに存在してくれる。
いつからこうなったのだろうか。
確か、覚えている限りでは五年は前からだった気がする。
そう、あれはよく晴れた台風の日のことで――
新番組!『引きこもり少女の誹謗録』
第一話「アイオブザ・タイフーン」
誰にも私の心は渡さない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あの大空の向こう側に、願いを叶えてくれる伝説の鳥が住んでいるらしい。
おとぎ話だとは分かってるよ。でも、わたしは会ってみたいのさ」
生まれつき背中に羽根を持っている不思議な少女、大鳥杏恋。
閉じこもりがちだった彼女の人生は、その話を聞いた日から心地よい熱に満たされた。
杏恋は目指す。空の向こうで自分を待っている、奇跡の鳥の住処を。
願いごとはないけれど、ただ一目見ることさえできれば、きっと何かを変えられると思うから。
そうして杏恋は翼を広げ、今日も大空へと羽ばたいていく。
今はまだ少ししか飛べないその翼に、果たして奇跡は微笑んでくれるのか?
新番組!『ミラクルバードに約束を』
第一話「翼持つ少女」
さあ、今日も行くよ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そぉら追い立てなぁ! 今日は久々のご馳走だよ!!」
オームレッタは、未開のジャングルで部族を率いる女大将。
皆を先導して、武器を取り、見たこともない猛獣に向かい合っていく勇敢な戦士。
今日も仲間と狩りへ出かけることになったオームは、迷彩柄の服を着た一人の少年兵と出会う。
彼はなんと、このジャングルに墜落したヘリコプターに乗っていた唯一の生き残りなのだという。
少年を迎え入れ、閉鎖的だった部族の空気は少しずつ変わっていく。
そんなある日、森の奥に潜むという六つの腕を持つ怪物の話が飛び込んできて……?
新番組!『アマゾネス・ラヴァーズ』
第一話「そよ風の出会い」
あたしが居りゃあ千人力さね!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「お嬢さん、こんな夜更けに出歩いちゃいけないよ。
私みたいな鬼さんが出てきちゃうかもしれないからね」
リッパー・クッキーの名前を知らないものはこの街にはいない。
硝子の長靴を履いた彼女に夜道で出会ったら、絶対に逃げることはできない。
からころと気味のいい足音を響かせて、リッパー・クッキーはやって来る。
満月の日にも、晴れの日にも、土砂降りの日にも。
決まってさわやかな笑顔を浮かべながら、彼女は現れる。
きれいな硝子の彫刻をこしらえて、透き通ったひとみを煌めかせ、手を差し伸べてこう言うのだ。
さあ、今日も一緒にダンス・マカブルと洒落込もう。
次回『ナイト・ストリッパー』
第一話「ビードロの月」
思いっきり激しくいこうね。
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「うおおおおおお! 根性おおおおおおお!!」
クリーミー・アンネは絶対めげない、挫けない!
九十点の差が付いていてもなお諦めることを知らない彼女の気迫に思わず怯む敵チーム。
後に伝説の一試合として語り継がれる夏の高校野球準決勝第二試合。
絶対に逆転出来ないと誰もが思った圧倒的点差、それがどうした根性でひっくり返す!
これは、草野球感覚でチームに混ざってきたひとりの少女が巻き起こす真夏の大旋風の記録である!
新番組!『サマーゲーム』
第一話「それは嵐のように」
極論ホームランを九十連続で打てば勝てる!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「デザイン料は三千万円になります」
元気いっぱいな姉とは大違いの病弱で、絵ばかりを描いて育った若き天才芸術家エンデ。
彼女にデザインを任せれば、完璧な作品と引き換えに必ず法外な価格を要求される。
それでもエンデのアトリエを訪ねる者が絶えることはない。
エンデはどんなお客にも、嫌な顔一つせず淡々と絵を仕上げる。
その仏頂面からは想像もできないような色彩豊かで、見る者の心を打つ名画を。
今日もまた、アトリエの扉がノックされた。
「いらっしゃいませ。今日は暑い日なので、デザイン料は割増で四千五百万円になります」
新番組!『絵描き少女の小さなアトリエ』
第一話「空に伸びる城」
リピーターは結構です。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ウチはクールサイダー! 曲がったことが大嫌いなんだ」
町の治安を守る正義の魔法少女クールサイダー。
彼女は卑怯なことを許さない。
どんな些細なイカサマも犯罪も、クールサイダーの目が黒い内は絶対に罷り通らせない。
そんなある日、町に新たな町長が就任した。
彼の経歴は汚職まみれ、日常的にセクハラを働き、休日は賭け麻雀で大儲けという絵に描いたような卑怯者だった。
正義の心を燃やして退治に赴くクールサイダーを阻むのは、白い服の魔法少女。
「なんでウチの正義を邪魔するのさ!?」
「あなたが戦う度に町がめちゃくちゃになるからです!」
新番組!『ヒーローロード』
第一話「ライバル登場」
正義には犠牲がつきものってね!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「荒事とか、ホントに勘弁してくれ。
こんなナリをしてるけど、趣味は読書なんだぜ」
ラルパカステルは東の町に知らぬ者のいないならず者だ。
テンガロンハットに綺麗な鳥の羽を付けて、愛馬を駆り回す姿に男は誰もが憧れる。
しかし本人からするとたまったものではない。
ラルパカステルは趣味でこういう格好をしているだけで、別に暴力や略奪を生業としているわけではないのだ。
なのにいくら説明しても、彼女を倒して名を上げようと目論む輩は毎日のようにやって来る。
その度、溜息をつきながらラルパカステルは呟くのだった。
「百円あげるから勘弁してくれない?」
新番組!『東の町のラルパカステル』
第一話「百戦無敗」
おめでとう、君で百人目のチャレンジャーだ。
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あーっ! 待ってください! 違うんです! わたしは魔女なんかじゃありませーんっ!!」
深い森の奥に、苔の蒸した大きな屋敷がある。
人々は口々に噂した。
あの屋敷には魔女が住んでいる。
近付くと山羊のお化けに捕まえられて、魔女に取って食われてしまう。
悪いことをすると魔女が来るよ――そんな文句が使われる度に、トロンメリーは頭を抱えていた。
「うう、わたしはみんなの役に立ちたいだけなのにぃ……」
今日もいつか誰かのためになると信じて、森の魔女は薬を作り続ける。
新番組!『おくすりの家』
第一話「森で出会ったおとぎ話」
めげないしょげない泣いちゃダメ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「魔法少女なんて非科学的なもの、この世にいるわけがないだろう」
夢来秀子は科学人間だ。
幽霊だの魔法だのといった物事は絶対に信じないし、信じているやつは馬鹿だと思う。
この世で信じられるのは科学と数学だけ。特に秀子は数学が好きだった。
公式を覚えればなんだって出来る。定理を知っていれば見えないものはない。
将来は必ず数学者になって、誰も解き明かしたことのない難題に挑むんだ。
それがきっと、世界のためになると信じて。
新番組!『数字でわかる! 魔法理論』
第一話「回復魔法とフェルマーの定理」
だからあんたもさっさと魔法の国とやらに帰りなよ、マスコットキャラクターだっけ?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あなたのお悩み、私がキスで解決します!」
メレンベーゼはキスすることが大好きだ。
ベーゼのパパは、ベーゼが泣いているといつもキスをして泣きやませてくれた。
あれから時間も経って、ベーゼもいつしかキスする側になった。
キスは悩みを解決してくれる。
落ち込んだ気分を晴れやかにしてくれる。
そしてベーゼも幸せな気持ちになれる。これ以上に幸せなことはない。
さあ、悩んでいるみんな一列に並んで。順番に、私がキスして癒やしてあげる!
新番組!『クリスタルベーゼ』
第一話「不審者事案:キス魔のお悩み相談室」
ちゅっと一発お悩み解決!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あーめあーめふーれふーれ、かーあさーんがー!」
らぶらうんは傘のない生活というものを知らない。
生まれた時から今に至るまで、ずっとらぶらうんが出かける日は大雨だった。
けれど、雨の日というのは意外に悪くないものだ。
今日も傘を差して、スキップしながらお気に入りの公園へお散歩に。
空からはブラウニーの雨が降っている。
それをひょいと掴み取って、おやつ代わりにむしゃりと食べた。
新番組!『スイーツスコールらぶらうん』
第一話「ブラウニーの雨」
一生食べ物には困らないなあ。
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「妖精さんが来たの。るぅるー、魔法少女になったんだよ!」
わたし、るぅるー、
先月六歳になりました。
るぅるー、ただのこどもじゃありません。
るぅるーは魔法少女なんです。願いごとを叶えることができます。
でもだれも信じてくれないので、るぅるーは今日もさびしく短冊さんをながめます。
プロ野球選手になりたい。なれるといいな。なってほしいな。
サッカーボールがほしい。もらえるといいね。きっともらえるよ。
かっこいい魔法少女ではないけど、みんなもるぅるーを応援してくれると、うれしいです。
新番組!『るーべら・るぅるー』
第一話「七夕物語」
あっ、あの子がサッカーのれんしゅうしてる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おばあちゃん、お話ってなあに?」
雨のやまない町、サンセットランドで育った夢見がちな少女レイン。
いつも退屈そうに窓の外を眺めていた彼女に、おばあちゃんがお話をしてあげると言い出した。
おばあちゃんは言う。
虹の橋の先には、願い事をかなえてくれる魔法使いが待っている。
雨のやまないサンセットランドで虹を見つける方法は、おばあちゃんも知らないという。
いつかレインも会えたらいいねえ。
おばあちゃんはそう言って笑い、自分の部屋へと戻っていった。
「素敵な話。
でも、本当なのかしら? 本当だったら楽しそうだけど」
レインの旅が始まるまで、あと少し。
新番組!『虹の少女レイン・ポゥ』
放送前特番「旅の予感」
もしも会えたらどうしようかな?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「庭はいい。
手をかければかけただけ、綺麗になって応えてくれる」
ローズマカロンの庭には色んな客がやってくる。
薔薇の香り漂うテラスで紅茶を飲むと、日頃の疲れが一気に消えていくと評判だった。
けれど、彼女がそうしている姿を見たことのある者は誰もいない。
それどころか、彼女が庭の手入れ以外のことをしている姿さえ誰も見たことがない。
彼女はどこから来た誰なのだろう。
彼女はいったい、どうやって暮らしているんだろう。
皆が気になるのに、どうしても質問することが出来ない。
謎に満ちた庭師の少女は、今日もひとりで水を蒔く。
新番組!『薔薇の庭で会いましょう』
第一話「紅茶色の夕焼け」
ようこそ。ではこちらへ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あんたが魔王か。
会いたかったよ、これでようやく国に帰れそうだ」
二丁の愛銃を美しい魔王に向けて、ノエルはニヒルに笑って言った。
長い旅路。
色々な出会いがあって、その数だけ別れがあった。
死にかけたことも一度や二度じゃない。
それでも歩き続け、この銃で敵を倒しながらここまで来た。
でも、それもこの女を倒せば全部終わりだ。
待たせて悪かったな、魔王様。最後だし、いっちょ派手にやり合おう。
次回『マジカル・ガール・クエスト』
最終話「ファイナル・バレット」
お別れだ。
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投下終了です。次回はとりあえず次の土日中には。
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スレ立て乙
塾生が二人居たり、二人セットの魔法少女が居たり、「薔薇」の魔法少女が居たり、レイン・ポゥがこっそり隠れてたり
名簿だけで伝わるパワー勝負感と不穏さ
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スレ立て乙です
どう使うんだろう? という魔法を見るとワクワクしますね
私刑という名の犯人捜しが始まる感じなのかな
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感想ありがとうございます
予定通り土日中には投下できそうです。
登場メンバーはクリプタルト、硝子の長靴リッパー・クッキーになります
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投下します
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第一章 ――魔法少女殺し
☆クリプタルト
往来の真ん中、ビル壁に凭れかかって友人の到着を待つ。
どこにでもいそうな外見の少女だった。
決して醜面ではないが、かと言って絶世の美少女というわけでもない。
少人数の中でなら目立てるが、もっと大人数の集団になれば埋もれてしまう。
辻恋歌はそういう平々凡々とした少女だった。
容姿で不自由はしない、その代わりにこれといって美味しい思いをすることもない。
ある意味では、最も平穏に生きることの出来る外見をしているといってもいい。
嗜みとして化粧や髪のセットくらいはしているものの、それ以外に特別「可愛く見せる」努力はしていない。
服は中学時代から使っている無地のパーカー、下はジーンズ。飾り気もクソもない。
蛍光色のイヤホンをスマートフォンの端子に差し込み、慣れた手付きで音楽アプリを起動する――
前に、時刻を確認した。
午後二時、三十七分。
待ち合わせの時間から、既に二十分は過ぎている。
相変わらずだらしないんだから――
溜息とともにそう溢すと、お気に入りのアニメソングが収められたプレイリストを開き、シャッフルモードで再生開始。
話題のアイドルアニメのオープニングテーマが流れ出し、恋歌の世界を豊かにしてくれる。
そういえば今月末には作中に登場するライバルユニットのキャラクターソングがリリースされるのだったと思い出す。
ジャンルがジャンルだけに売り切れるということはまずないと思うが、念の為に予約をしておくべきだろう。
恋歌が小学生だった頃に比べて、世間は大分アニメ文化に寛容になっている。
昔はどうせマイノリティだからと出遅れても安心できたが、最近はオリコンチャートに食い込むレベルの売上を叩き出すシングルが時たま見受けられるほどだ。
用心しておくに越したことはない。要件を片付け次第でも、行き着けのアニメショップに立ち寄ってみるとしよう。
物心ついた頃から、恋歌は創作の世界の虜だった。
言わずもがなそれはただの作り物、フィクションでしかないが、だからこその魅力というものもある。
現実ではないから、彼や彼女は出会いや対立を経て成長し、新たなるステージに踏み出せるのだ。
もしこれが現実だったなら、夢も希望もない大人の事情に邪魔立てされて不完全燃焼に終わるのは確実に違いない。
けれど、作り物の世界で夢を見るのは自由だ。誰にもそれを咎められる筋合いも、謂れもない。
ひねくれ者だと自分でも思うが、辻恋歌はそういう考えをする子どもだった。
夢の世界に浸りすぎた反動で現実の人付き合いを疎かにする辺りまで含め、思春期の病のテンプレートと言ってもいい。
青い鳥がトレードマークのSNSサイトに登録してある、「クリプタルト@がんばりたい」のアカウントを開く。
「待ちぼうけなう」とありきたりな呟きをして、いつも通りの速さで流れていくタイムラインを見つめまた嘆息した。
見れば、仲良しのユーザー達はこの真っ昼間からオンラインゲームで狩りに出向いているらしい。
集団戦でなければとてもじゃないがまともにプレイさせてもらえない、噂の高難度クエストの攻略が目的だろう。
恋歌も行きたかった。
せっかくの休日なのに、なんだって電車で二時間も離れた場所まで足労させられた挙句、待ちぼうけを食らっているのか。
仕事でなければ絶対にこんなところ来るもんか。
……などと悪態をつきながらも律儀にここまで来ている辺り、心の底では悪しからず思っている面もあるのだったが。
そんな自分に嫌気を覚えつつ群衆の向こうに視線を向けると、周囲からの好奇の目線を浴びながら手を振ってこちらへ走ってくる、何かの撮影と見紛うような衣装の少女の姿が目に入った。
ワンピースに似た清楚な装い。ただし、所々がまるで硝子細工のように透けている。
顔が引き攣るのを感じた。
硝子の少女が自分の前までやってくると同時に、視線が恋歌へと集中する。
逃げるようにビルとビルの間、路地裏へと駆け込んだ。その後ろで、硝子の少女がばつが悪そうな顔をしていた。
-
◆
「ぜぇ、ぜぇ……、あのさ、わたし、前にも……っ、言ったよね……」
「うん……」
「その服、際どすぎるから、人前ではコートか何か着て隠すなり、変身解除するなりしろって……」
ビル壁に片手を突いて乱れた呼吸を整えながら、恋歌は硝子の彼女を叱り始めた。
息の乱れを抜きにしても、生来のおとなしい性分が災いしてそこに気迫らしいものは全くない。
ついでに言うなら運動神経にも恋歌は恵まれていなかった。
走った距離は然程でもないのに、この通り無様に息をあげてしまっている辺りからもそれを察することが出来る。
季節は十一月の下旬。
肌寒くなってきたが、それでもまだ急に運動すれば暑くなってくる頃だ。
仕方ない。
恋歌は深呼吸を一度すると、光とともに変身し、もう一つの姿になった。
もうそこに、上の下程度の見た目をしたサブカル少女「辻恋歌」の姿はない。
あるのは、コック帽を被り、フリルをあしらった華やかなパティシエ衣装の「クリプタルト」の姿。
上のいくらだとか下のいくらだとか、そういう下世話な表現では形容できない可憐さを湛えた顔面。
華奢で小柄な体つきだが、そこに無駄なものは一切ない。
アニメの世界から抜け出てきたようなその容姿は、まさしく幻想の国の住人、「魔法少女」の肩書に相応しい。
さっきまではあんなに荒く乱れていた呼吸は、いつの間にか平常通りに戻っている。
魔法少女が優れているのは容姿だけではなく、その身体も然りだ。
病気はしない、アルコールや毒も効かない、力も足もその分野の専門アスリートを優に凌駕して余りある。
便利な体だ。
しかし、クリプタルトは普段極力魔法少女に変身することを避けている。
何故かと言われれば、どうしても慣れないからとしか言いようがない。
こうして実際にそうなっても、クリプタルトにとって魔法少女という存在はテレビの中だけのものなのだ。
マジカルデイジー、キューティーヒーラー、ひよこちゃんシリーズ。
画面の中で縦横無尽に活躍していた、あのきらきらしたキャラクターたちと同じ存在になれた――などと言われても、やっぱりどうにも実感がわかない。
そんな理由から、クリプタルトは人間体でいることに固執していた。我ながら、馬鹿みたい話だと思うが。
「ごめん、タルト。
リッパー、物覚え悪くて。いつも困らせてばかり」
しゅんとした顔で、硝子衣装の少女は項垂れた。
う。
クリプタルトは予想できていた反応とはいえ、得も言われぬ罪悪感に小さく呻いた。
硝子の長靴リッパー・クッキー。見た目は小柄なクリプタルトより更に小さく、薄いピンク色の髪の毛が愛らしい。
クリプタルトとの付き合いは魔法少女になった当初期にまで遡る。
親友などといえば気恥ずかしいが、少なくともクリプタルトはそう思っている。
「もういいよ……大体このやり取り、多分そろそろ十回にはなるしね。
リッパーに期待したわたしがバカだったってことでこの話はおしまい」
「バカにしてる?」
「してないしてない。それに、昔に比べたらマシにもなったと思うし。ちゃんと得物は隠してるみたいだからね」
「えへへ。ほめてもいいのよ」
「調子に乗らないの」
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ようやく互いに落ち着いたところで、スマートフォンの画面に目をやる。
午後二時、四十六分。
それだけ確認するとスマートフォンを懐へしまい、もっとクリプタルトに相応しい魔法の端末を取り出した。
保存してある、今回すべきことの要項が記されたメールを開く。
背後からリッパーがそれを覗き込んでくる。
「しかし、面倒くさいね」
「なんて書いてあるの?」
「要するに、わたし達がやるべきことってのは人探しってわけ。
って、んん? よく考えたらこの人、リッパーの知り合いなんじゃない?
魔王塾所属って書いてあるし……ねぇ、「暖炉の守人ラルパカステル」って誰だかわかる?」
戦闘集団・魔王塾といえば、まず知らない者はいないだろう。
魔王などという仰々しい名前で呼ばれる魔法少女を中心とする、戦闘系魔法少女達のサークル。
聞くところによればその活動は非常に激しく危険で、絶対お近づきになりたくないと思わされたのをよく覚えている。
誰に聞かされたかというと、今端末を覗き込んでいる、この「硝子の長靴」だ。
こんなナリと性格をしてはいるが、リッパーは根っからの戦える魔法少女である。
実際に戦っている姿を見たことはないけれど、腕前は相当なものだと聞いたことがあった。
そんな彼女だから、そういう団体に所属するのはある種当然のことといえるのかもしれない。
クリプタルト的には、友人が遠いところに行ってしまったような気がして少し寂しい思いもあるのだったが。
「知ってるよ。ラルパさんなら」
「えっ、ホント? じゃあもしかしてリッパーとわたしが組まされたのって、そういうことなのかな」
ともかく、これは好調な出だしといえそうだった。
安堵するクリプタルトに、リッパーは続ける。
「でもリッパー、あの人が強いとか弱いとかはわかんないよ。戦ってるとこ、見たことないし」
「魔王塾生なのに?」
「タルト、魔王塾生はみんながみんな野蛮人ってわけじゃないよ。魔梨華のおねーさんとかならまだしも……
ラルパさんは戦うのが嫌いだって言ってた。おともだちの付き添いで、やむなく入塾したんだっていつもぼやいてたよ」
ふぅん。
生返事を返しながらも、その事実は結構な驚きだった。
クリプタルトにとっての魔王塾生イメージとは、まさしく絵に描いたような野蛮人であったからだ。
例外はリッパーくらいのものである。
その不文律にそぐわない魔法少女、ラルパカステル。
どんな人物なのか、少しだけ興味が湧いた。何にせよ、いきなり殴りかかられるようなことはないと見てよさそうだ。
「それじゃ、早速行こっかリッパー。目指すは今日中に解決だよ。
一応長引いてもいいように親と学校は誤魔化してあるけど、それでも欠席は悪目立ちするからね」
人探しとはいえ、手がかりもないわけじゃないのだしきっとどうとでもなる。
もとい、なってくれないと困る。
クリプタルトはリッパーの手を引いて歩き出した。
少し歩いてから足を止め、変身する前に脱いだ自分のパーカーをリッパーへ羽織らせる。
魔法少女に変身している自分が言うのも何だが、この格好はとにかく目立つ。
リッパーなど、下手をすればその見た目も相まって通報モノだ。
人探し以前に、まずは服の調達が急務のようだった。
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◆
暖炉の守人ラルパカステルが何故「魔法の国」に探されているのかをクリプタルトは知らない。
何か問題を起こした魔法少女の確保が目的ならば、間違ってもクリプタルトのところへ話は来ないだろう。
だからきっと、そう剣呑な話題ではない。
リッパーいわくやる気のない人物らしいから、大方任された仕事をぶん投げて失踪したとかそんなところだと推察する。
話に聞く限りだとラルパカステルはダウナーなクリプタルトには好感の持てる人物像だった。
現にクリプタルトとて、これまでに魔法少女の仕事を投げ出そうと思ったことは何度もある。
戦闘以外の仕事を受け持つフリーの便利屋。
そんな役回りを二つ返事で請け負った、魔法少女になれたことに浮かれていた時期の自分を呪ってやりたくなる。
……あるいは、呪ったからこそ自分はこうして面倒事に巻き込まれているのだろうか。
そんな益体もないことを考えていると、試着室のカーテンがしゃーっと開いた。
「……似合う?」
「めっちゃ似合ってるよ」
胸の奥に湧き上がってくる興奮を押し殺しながら、どうにかクリプタルトは感想を絞り出した。
適当な服屋に入るまでの間、際どすぎる格好のリッパーへパーカーを貸して衆目にパティシエ衣装を晒す羽目になったのは屈辱的だったが、その苦労に見合う価値があると思った。
人間体で行動すればいいと思うのは山々だが、二人で遊ぶときは魔法少女の姿でいるのが二人の間のルールだった。
クリプタルトは自前のパーカーを羽織って帽子を脱げばいいとして、リッパーは何か着てもらわないとまずい。
そういうわけで、(クリプタルトの自腹を切って)彼女へ服を調達してやることになったのだが。
薄い硝子衣装の上に着用した、クラシックロリータ調の洋服上下。
コスチュームがなまじぺらぺらだから、上に着込んでも暑苦しく思うことはない。
それどころか、スカートの下から覗く透き通った布地が幻想的な雰囲気を醸してすらいた。
贔屓目を抜きにしても、すごく可愛い。
お話の中以外に居てはいけない、破壊的な愛らしさだとクリプタルトは思う。
自分が魔法少女であることには未だ実感の抱けないクリプタルトだったが、他人に対しては話が別だった。
彼女達は可愛い。
何を着せても似合うし、絵になる。
リッパーはまさにクリプタルトの好みドストライクな魔法少女だった。
先程は衣装のことで彼女を叱ったが、内心ではこっそり、こうして服を見繕ってあげるのを楽しみにしていたりもする。
その度に自腹を切る羽目になるのも、この絵を独り占めできると思えば惜しくはない。
「お金、足りる?」
「足りる足りる。タルトちゃんに任せといて」
そう言って、値札を見る。
一万三千円。
流石に涙が出そうになったが、なんとかポーカーフェイスを維持してレジへと運び、お会計を済ませる。
財布の中が随分軽くなった気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。
「……なんだかスースーする……」
「いつものほうがスースーしてるでしょ」
違和感ありげに呟くリッパーの姿はやはり目を引くが、さっきよりはマシだ。
少なくとも、通報されるようなものではない。
あまり豊かじゃない財布事情を脅かす買い物をした甲斐があったというものだ。
-
それはさておき、これで町に溶け込む上での準備は整った。
これからはいよいよ、任された仕事を全うする過程に移行する。
◆
「リッパー、お願い」
「ん」
周囲に人影がないのを確認して、リッパーに合図する。
彼女がその細い手を地へ着けると、空へ向かって透明な階段が伸び始めた。
傍目からは何もないように見えるだろうが、そこに確かに階段が実体を持って存在している。
これが「硝子の長靴」の魔法だ。
硝子細工を自由自在に作り出せる。
作った硝子を消すことも出来る。
見た目が派手ではないどころか見えないレベルの魔法だが、しかし応用性においてはかなりのものだ。
例えば、如何に無色透明であろうと空へと続く階段を昇っている人物がいれば、地上の人間は気付くだろう。
しかし、階段の両脇に壁のようにして硝子をあてがってやれば、そういう心配はなくなる。
魔法の硝子は使いようによっては迷彩がわりにもなるのだ。
「ここ、あんまり広くない町で助かったな……」
高みから硝子越しに町を一望してそう呟く。
捜査の見通しを立てる上でも、まずはとにかく全体像の把握が重要だ。
リッパーに聞くところによれば、ラルパカステルは人混みを嫌い、隠れ家のような場所を好むという。
となると繁華街やその周辺は除外。河川敷や町外れに捜査の的を絞るのが適切だろう。
まずは比較的近い――といっても、優に数キロメートルはあるが――河川敷の辺りを探ってみるのが安牌か。
リッパー。もう一度名前を呼ぶと、こくりと頷き、彼女はまた新たな硝子細工を今度は空から地上に向けて伸ばした。
「できてる?」
「硝子の滑り台。左右には壁があるけど、タルトとリッパーならぶつからないで滑り下りられるよ」
「あんまり買い被らないで欲しいんだけどな……」
この高みから、目的地周辺まで斜め一直線に伸ばした硝子の滑り台。
階段では時間がかかる。手っ取り早く移動を済ませるには、多少のスリルと無縁ではいられない。
普通の人間なら滑るだけでもジェットコースターばりの迫力を味わう羽目になるだろうが、クリプタルト達は魔法少女だ。
人間体ならともかく、魔法少女としての身体能力ならば別段極端に低いわけでもない。
スキーかスノーボードを髣髴とさせる軽やかな動きで、天の高みから地へと滑り降りていく。
背後では、既に硝子細工の階段が消滅を始めているようだった。つくづく便利な魔法だ。
クリプタルトも、こういう魔法が欲しかった。
-
◆
「だめかあ」
流石に、そう上手くは進んでくれない。
ホームレス御用達だろう河川敷の辺りならば、ひょっとするとひっそり隠れ住んでいないかと期待したのだが。
それを見事に裏切って、河川敷には一面の枯れ草色が広がっている。
魔法少女どころかホームレスの一人もいない始末。
どうやら、見事に当てが外れてしまったようだった。
適当に踏んづけた草木からイナゴが飛んでびくりとする。
魔法少女になっても、やはり虫は恐い。
「次、いく?」
「そうだね……流石に事を軽く考えすぎたかあ」
リッパーが再び階段を作り始めるのを横目に、せせらぎを奏でて流れる川面を見やった。
繁華街もそうだったが、クリプタルトの地元と比べてこの町は寂れた印象を受ける。
根っからの都会っ子であるクリプタルトには、少々住み辛い土地だ。
そうだ。
今度、リッパーを個人的に自分の地元へ招待しよう。
ゲームセンターにも一緒に行ってみたいし、自分の部屋でアニメの上映会をしてみるのもいい。
そしてあわよくば、こっそりと買い揃えたコスプレ衣装の着せ替えショーと洒落込もう。
そんなことを考えていると、ふと――視界の端で何かが動いた気がした。
「?」
野良猫か何かだろうか。
そう思って視線をやる。何もいない。
気のせいかと思ったが、しかしリッパーも同じ方角を見ていた。
彼女はごそごそと懐へ手を突っ込むと、ごくごく自然な動きで硝子細工のナイフを取り出す。
硝子細工とはいえ、強化硝子程度の強度はある。
立派な凶器だ。
どうするんだろうと思ってみていると、あろうことか彼女はそれを振りかぶり、投擲した。
「ひっ!」
すると、どうだ。
ナイフは視線の先にあった草原の丁度真横に着弾し、誰かの甲高い声が鳴った。
動物ではない。間違いなく人の声だ。
ついでに言うなら声優のように可愛い声だったことから、多分普通の人間ではないだろうとも思う。
ラルパカステル。
その名前が脳裏に浮かんで、リッパーの暴挙を窘めるよりも先に笑みが先行した。
「出てこないなら、次は当てる」
「っ、て。リッパー、ちょっと手荒すぎだよ。ラルパカステルさんだって事情があるんだろうし、いきなりは酷いよ」
「ちがう。多分、ラルパさんじゃない」
え?
疑問符を浮かべるクリプタルトに、「疑わしきは罰せよ、だよ」と言ってリッパーはうんうん頷いた。
すると程なくして、草原の中からあたふたと焦った様子で一人の少女が姿を見せる。
頭の上には枯れ草が乗っていて、羊を連想させるもこもこの衣装にもそれがところどころ刺さっていた。
クリプタルトが受けた第一印象は「弱そう」だ。
とてもじゃないが、魔王塾生のイメージとは結びつかない。
-
リッパーの話によればラルパカステルは争い嫌いだというが、彼女いわくラルパカステルとは別人だという。
羊の魔法少女は両手を挙げて何やら支離滅裂なことを喚いていた。
「命だけは」などと言っていることから、きっと命乞いをしているんだろうとやっとこさ理解する。
「えっと……まずは一旦落ち着いてくれるかな。
あなた、誰? ラルパカステルさんじゃないんだよね。この町の魔法少女?」
「……トロンメリー。私、トロンメリーっていいます!」
「トロンメリーちゃんね……えっと、初対面だよね? なんでそんなに怯えてるの?」
正直なところ、彼女の怯えようは素人目に見ても異常だった。
人見知りだとか、そういう次元のものとは思えないほどにだ。
リッパーも同じことを思っているのか、口こそ開かないものの、どこか難しい顔をしている。
トロンメリーはそう聞かれ、混乱を露わにし始めた。
その様子を見て、クリプタルトは理解する。
何の事情があるのかは知らないが、どうも彼女の方は、クリプタルト達を敵か何かと勘違いしているらしい。
クリプタルトからすれば、リッパー以外の魔法少女とは殆ど付き合いのない自分が、他の魔法少女とあろうことか敵対するなど有り得ない話だったため、すぐに相手が誤解していると気付くことが出来たが。
「……殺さないんですか……?」
「はい?」
「あなたたちは、私を……殺さないんですか?」
どうやら彼女はそうではないらしい。
随分と物騒なワードが飛び出てきたが、そうされる心当たりが彼女にはあるようだった。
予想の斜め上の厄介事がやって来た。やって来た、というよりも、こちらからそれに接触してしまった。
だが、触れてしまったものはもう後戻りできない。何より、リッパーの前でそんな姿は見せられない。
弱虫の癖をしていっぱしの自負があるものだから、クリプタルトは巻き込まれるしかなかった。
「殺さないよ。だから、話してくれるかな。メリーちゃんはどうして、殺されると思ったの?」
作り笑顔がうまく出来ているか不安だったが、それを見たトロンメリーの目に大粒の涙が浮かんでいくのが見え、安堵する。
よかった。
心の中はこんなんだけど、ちゃんと上手く笑えてるようだ。
辻恋歌にはそういうことは出来ないけれど、クリプタルトになら出来る。
泣き崩れたトロンメリーをなだめながら、少しずつ落ち着かせて、事の次第を聞き出そうとして。
飛び出てきた台詞に、クリプタルトは思わず言葉を失った。
「実は私――犯人、らしいんです。友達を殺した、らしいんです!」
……はい? らしい?
笑みが少しだけ引きつった。
周囲を注意深く見回して、クリプタルトはリッパーに視線をやる。
「ごめんリッパー。硝子の小屋を一軒お願いできる?」
「話、聞いてあげるの?」
「……ここまで聞いておいて放ったらかしってのは、さすがに寝覚め悪いでしょ……」
頭を抱えたくなる衝動をどうにか堪えながら、クリプタルト、トロンメリー、リッパーの三人は。
ゆっくりと、無色透明な自然の迷彩に包まれた硝子小屋の中で、改めて話をすることになった。
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投下終了です。
次の話は
クリプタルト、硝子の長靴リッパー・クッキー、トロンメリー、ノエル、らぶらうんで。
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投下乙です!
硝子の長靴リッパー・クッキーちゃんのどこかぽわぽわしてて掴めない感じのキャラ、すごいいいな…!
単純に破片を攻撃に使うだけじゃなくて足場やら屈折迷彩にも応用とは思わなかったので驚いた
クリプタルトとのコンビ感もすごく好きでいきなり生きてほしいキャラが出てしまったぜ…
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感想ありがとうございます。ものすごく励みになります。
そんな後押しもあって完成したので投下します。
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☆ノエル
シフォンベティエールは、その昔ノエルの指導役だった。
今でこそ団長などと呼ばれ皆から慕われているが、昔はそれはそれはひねた餓鬼だったと記憶している。
自信過剰、孤立主義。挙句の果てに他人から物事を教わることをとにかく嫌う。
嫌われる人間の条件を見事に満たしていたし、挫折して落ちぶれる人間のテンプレートな人生を送っていたとも思う。
新米時代のノエルと一緒にいる時の彼女はいつも困った顔をしていたような気がする。
それはきっと気のせいではないだろう。
あの頃のノエルは大きな力を手に入れて、人助けなどそっちのけで自分のためにそれを使おうとしていた。
今考えると、魔法少女の資格を剥奪されていたっておかしくはない。
「魔法の国」は新人に寛容というわけではないし、むしろ分別の付かない新人には細心の注意を払っている。
魔法少女になった者をただの人間に戻し、その記憶を都合よく改変してしまうことだって彼らにしてみれば容易なことだ。
ノエルが知るより、ずっと世界は広く、権力とは大きなものだった。
そんなことも知らなかった馬鹿な餓鬼を、しかしシフォンベティエールは見捨てようとはしなかった。
何度叱っても直らないノエルに飽きず付き合い、魔法少女の何たるかを耳にタコが出来るほどレクチャーしてくれた。
彼女がいなければ、まず間違いなく今の自分はなかったと断言してもいい。
いつからまともな魔法少女になったのかは覚えていない。
けれど、ノエルは晴れてシフォンベティエールの研修を終え、まっとうな魔法少女になることが出来た。それは確かだ。
一年もすれば今度は彼女が指導役に選ばれて、今の仲間達を育て上げてきた。
「魔法の国」への貢献と顔売りを忘れなかったことからか、その評判は各方面で上々だ。
このK市が片田舎の寂れた町ということもあるが、それでも大分好き勝手させてもらっている。
シフォンベティエールがいなければ、こんな生活もなかった。魔特団も、仲間との繋がりもなかった。
シフォンベティエールは皆の憧れの団長に成長したノエルを見て、とても喜んでくれた。
皆から団長の師匠ということで尊敬の目線を向けられ、鼻高々の彼女を見るとノエルも誇らしい思いに駆られた。
彼女を団に誘うのはとてもドキドキした。
シフォンベティエールを団員にするのは、新米時代をいわゆる黒歴史として冷静に振り返れるようになってから、ずっと考えていたノエルなりの恩返しだった。
周りに急かされながらも意を決して話を切り出すと、シフォンベティエールは涙を流してうんうんと何度も頷いた。
もらい泣きをするほど感受性豊かな性格をしていないのが悔やまれる。そんなことを思ったのは人生で初めてだった。
斯くして、魔特団は完全な形になった。
元より戦力だとか効率だとか、そういうことを考えて組んだチームではない。
要はのんびりと話して遊んで一緒に人助けをする、ノエルはそういう「いつもの面子」が欲しかったのだ。
その願い通り、彼女達との日々はとても楽しいものだった。
平日には流石に全員集合とはいかないが、休日はいつも皆で何かをして遊んでいた気がする。
去年の夏には地域の釣り大会にチームで参戦、見事優勝をもぎ取った。
冬は団員のクリーミー姉妹の親戚が持っているという、北海道の別荘に皆で一週間の合宿にも行った。
人目につかない私有地のスキー場で魔法少女に変身し、その状態で楽しむスキーの心地よさは忘れられない。
はしゃぎすぎて、仲間の一人が地域新聞に「雪女」とスクープ写真を撮られた時は焦ったが、今となってはいい思い出だ。
もう戻ってくることのない、なぞり直すことも出来ない記憶だからこそ、なおさら強くそう思う。
シフォンベティエールは殺された。仲間だと信じていたトロンメリーの手で、無残に殺された。
-
夕暮れ。
すっかり人通りの消えてきた町中だから、変身した姿を憚る必要もない。
昼間なら注目を浴びるが、この疎らな人通りの中でならば、精々が遠くから見惚れられる程度だ。
それこそ、大っぴらに戦闘でも始めない限りは問題ない。こういうところは田舎の長所といえよう。
今、ノエル達の魔特団は復讐の炎に燃えている。
シフォンベティエールを殺して逃亡しているトロンメリーを捕らえ、彼女の痛みを思い知らせてやるのだと猛っている。
ノエルは実のところ、彼女にどんな拷問を加えて殺してやろうかだとか、そういう悪趣味なことは考えていない。
ただしその代わり、トロンメリーを殺すという覚悟だけは誰よりも決めている。
彼女はやってはならないことをした。シフォンベティエールを、ノエルにとっての始まりである魔法少女を殺した。
シフォンベティエールが今のノエルと仲間たちを見たなら、引っ叩いてでも止めただろう。
だが、止めてくれるシフォンベティエールはもういない。つまり、止まる理由は、ない。
気付けば、道の向こうから茶色いふわふわした――お菓子のブラウニーを連想させる装いの少女が走ってきていた。
彼女はらぶらうん。ノエルの仲間であり、トロンメリーを殺すために動いている一人だ。
らぶらうんは手を交差させ、バツ印を描いている。
……どうやら、成果はないか。
「ダメ。こっちに行ったと思ったんだけど、全然見つかんない。卑怯者らしく逃げ足だけは早いってとこかねー」
「まあ、予想の範疇ではあるさ。それよりらぶらうん、「彼女」は既に到着しているか?」
「あー、なんだっけ。団長の知り合いのツテで呼んだ、暗殺専門のプロフェッショナル? とかいうやつ?
そいつならまだみたいよ。メレンベーゼを行かせといて正解だったねー、オームレッタなら出会い頭でブチ切れだよ」
「……扱いやすいタイプではないと聞いていたから、そっちも予想の範囲内としておこう。
それに、メレンベーゼなら問題はないだろう。あれはむしろ、振り回されるのが似合うタイプだから」
トロンメリーは大人しい性格で、正直事はすぐに決すると思っていた。
だが蓋を開けてみれば、彼女は一週間に渡ってノエル達の追跡から逃れ続けている。
このままでは最悪、取り逃す可能性も有り得るかもしれない。
そう考えたノエルは苦肉の策として、しばらく関係を絶っていた、「あまり仲良くしたくない人種」の知り合いに連絡を取り、なけなしの自腹を切って、その道の専門を呼び寄せることにした。
どの程度やれるかはさておいて、戦力の足しにはなるだろう。
今は猫の手も借りたい状況なのだ、手段に頓着してはいられない。
たん、と橋の縁から飛び上がり、河川敷へと着地した。
それを追うようにしてらぶらうんも飛び降りる。
常人なら足の骨を折るなり痛めるなりする高さだが、魔法少女にとっては朝飯前だ。
橋の下や藪の中に身を潜めているかもしれないと、そう推測してのことだったが。
そこはもぬけの殻だった。人はおろか、小動物のたぐいさえ一匹もいない。
しかし、おかしい。
こちら方面へ逃げて行くトロンメリーを発見したという連絡を受け、ノエルはすぐに回り込む形で待機を開始した。
この辺りの地理は把握してある。
その観点から言わせてもらえば、此処ら近辺に身を隠せる場所は限られる。
路地裏も然程深い道ではなく、物陰とはいっても覗き込めばすぐに見つけられてしまうようなものばかり。
だから内心勝利を確信してすらいた。
しかし蓋を開けてみればこのザマである。
それこそ、逃げ込む場所は此処くらいだと思っていたのだが。
「仕方ないな。らぶらうん、あれをやってくれ」
「言われると思ってた。ほい折り畳み傘」
-
軽い調子で渡された折り畳み傘を受け取ると、それを開いてしっかり天へと向けて差す。
らぶらうんの魔法は強力だが、ネックとして彼女以外の誰もが影響を受けてしまうというのがある。
今回のような場合は特に、巻き添えを食らってはたまったものではない。
ノエルがしっかりと傘を差したのを確認すると、らぶらうんは空高くビニール袋を投げ上げる。
中には銀色の物体がぎっしりと詰まっていた。
風の影響で煽られ、「それ」が空気に乗ってとめどなくこぼれ落ちてくる。
しかし、そのままどこかあらぬ方向へ飛んでいってしまうということはない。
すべて、一本残さず銀色は垂直に、河川敷の半径百メートル一帯へと降り注いだ。
まるで、雨のように。
「相変わらずだな」
やがて降り止むのを待ってから、やれやれと嘆息して傘を降ろす。
その表面には、びっしりと銀色の棘が突き刺さっていた。
裁縫針だ。
一個一個の殺傷力は大したことないが、数百本もの物量で浴びせかけられれば重傷になり得る。
針でなくても、例えば包丁や剣など、もっと直接的な凶器でもいい。
彼女はそれがどんなものであれ、雨として降らせることが出来る。
人助けでの使いみちはもっぱら恋のキューピッド。
突然の雨上がりを演出し、傘の貸し借りで縁を育ませ、ゴールインさせたカップルは二桁にも及ぶ。
でも、今はキューピッドではない。裏切り者を追い立てて殺す、処刑人だ。
「手応えはなし。だが」
にやりとニヒルに笑って、ノエルはホルスターから二挺拳銃を抜き出す。
「見つけたぞ」
銃声をオフにして、機関銃もかくやの集中砲火。
「虚空に突き刺さる針」というありえない絵面――無色透明の楼閣に向けて、ノエルは容赦なく魔法の弾丸をぶちかました。
硝子の砕け散る音がして、そこからロケットのように飛び出してくるロリータ服の少女と目が合った。
◆
飛び出した少女に銃火を浴びせた。
手数は拳銃の二倍、魔法の力による連続射出が行われていることもあってその更に数倍に達している。
トロンメリーであるかないかは、この際重要ではなかった。
針雨の絨毯爆撃を受けて浮かび上がった、聳える空中楼閣の存在。
あの内部にトロンメリーが潜んでいるのはほぼ間違いない。
薬を調合する魔法も多分に応用が利いたはずだが、まさか薬で建物を作れはしないだろう。
となると見えてくるのは協力者の存在だ。
それこそノエルと件の暗殺者のように、トロンメリーにも何かしらのコネクションがあったのか。
定かではないが、どうであれすべきことは一つである。
ノエルの魔法は、「魔法の二挺拳銃」だ。
装弾数無限、反動皆無、設定さえ組み替えればレーザービームの真似事だって出来る。
昔はサバイバルゲームに凝っていた時期もあった。
あの頃やりたかったけれど、体の小ささと運動神経の限界で出来なかったことが、今なら出来る。
そこに楽しさを感じるのはきっと、不謹慎なのだろう。
シフォンベティエールが聞いたらぷりぷりと怒り出すかもしれない。
-
クラシックロリータの魔法少女は、くるくると空中で宙返りし、ぱんと手を打ち鳴らした。
すると、先程の空中楼閣の正体が明かされる。
硝子の壁だった。
今度は防弾用の壁として呼び出したからなのか、ノエルの目でもそこに壁があると認識できる。
恐らく相手の魔法は硝子を扱うものなのだろう。
強度の如何によって、透明度の高低が変わってくる――なかなかおもしろい魔法だ、と心の中で賞賛を送る。
銃声のない機銃掃射が吹き荒れる。
ただの一発として硝子の壁を抜けられていない。
厄介だ。
魔法少女同士の模擬戦は仲間内で遊びでたまにやる程度だったが、大概の場合、ノエルは弾丸の物量で完勝していた。
それほどまでに、無限の装弾数と圧倒的な連射力から繰り出される銃撃の乱舞は強力なのだ。
そのセオリーが通じない相手となると、少し設定を変える必要がある。
ノエルは本来必要のない排莢動作を行い、魔法の設定を書き換えた。
弾倉を取り換える動作が、設定変更のコマンドワード代わりになる。最初は面倒だと思ったが、慣れればそうでもない。
銃口から赤いレーザー光が飛び出した。いや、刃というべきだろう。
それを硝子の壁へ押し当てれば、じゅううう、と独特な音を奏でて傷一つなかった壁面が溶け始める。
程なく穴が空いたので、そこに銃口を捻じ込み、レーザー刃を伸ばしてクラシックロリータへの刺突攻撃とした。
死ね。
小さく呟いて笑う。
説明もなしに向けられる殺意に、相手は困惑することもなく無表情で応対した。
やはり、トロンメリーから何らかの説明を受けているようだ。
お伽話から抜け出してきたようにあどけない出で立ちをした、クラシックロリータの魔法少女。
黙っていればビスクドールのたぐいを思わせる風貌だが、一度その戦いを見ればそんな印象は雲散霧消するだろう。
ぐいっと首だけを横に反らし、目を瞑りさえせずに光の刃を避けた。
硝子を消す。
突如障害物が消えて微かに驚いたノエルへ、硝子の短刀で吶喊を図った。
速い。咄嗟に彼女はレーザーを交差させ、どうにかその突きを受け切るが、衝撃で後退を余儀なくされる。
「やれやれだ!」
「こっちの台詞」
右の拳銃もとい銃剣で少女を迎撃しつつ、左手で弾倉交換・設定変更。
それを見逃してくれれば話は早いが、次に何が来るかを察知したクラシックロリータは姿勢を低くしその場から退く。
一瞬遅れて、機関銃めいた鉛弾の暴風が彼女のいた座標を蹂躙した。
手強いな。ノエルはそう思う。ひょっとすると、魔王塾とかいう連中に関係があるのかもしれない。
これでもこちとら、団長なんて呼ばれてる身分なんだけどねえ。
苦笑を一つ浮かべて、左も設定変更。鉛の鏃を射出する。硝子の木馬がそれを迎撃し、銀の欠片をきらきら散らした。
「白雪三昧(ダイヤモンドダスト)」
次の瞬間、ノエルは真剣に死を覚悟した。
舞い散った硝子の破片が一斉に尖り、針の筵となって自分へと降り注いできたのだ。
迎撃しようにも、片方が制圧力の低い鏃の射出機になっている以上手数で此方が劣る。
多少の手傷は受け入れるか? ――いいや、そいつは悪手が過ぎる。
ノエルは思い切りその場から跳んだ。
常人の対処としては論外だが、魔法少女の脚力なら話は別だ。
攻撃をどうしても受けることになる範囲を、これで極力狭めることが出来る。
右の銃で撃ち落とせる限りの硝子を落とす。
左半身に何本か硝子が刺さったが、この程度なら支障はない。
-
「そら!」
わざとらしく声を張り上げて、クラシックロリータへ右銃の掃射を見舞った。
「白雪結晶(クリスタル)!」
破片の残りが一箇所で結集し、雪の結晶めいた盾を作り出す。
相手はかなりの芸達者だ。少なくとも、間違いなく堅気の魔法少女ではないと思った。
全ての弾を防ぎ終えた結晶の盾が、スライサーのように回転してノエルを両断しようとする。
今更だが、相手は完全に此方を殺す気で来ているようだった。
情け容赦の欠片もない。こいつはこいつで、頭のネジがどこか飛んでいる。
設定変更。今度は硝子を溶かす火炎放射。最大火力でどうにか溶かしきった。
炎が晴れた瞬間には、クラシックロリータが目の前にいた。
ノエルが対処のために用いた炎を、あろうことか目眩ましにしたらしい。
あと一秒でもノエルの迎撃停止が遅れていれば丸焼きになっていただろうほどの瀬戸際だ。
そこを的確に見極め、どんな達人でも隙の生ずる瞬間を狙い、踏み込み――
その華奢な矮躯から繰り出されるとは思えない鋭い拳が、ノエルの腹に突き刺さった。
かはっと肺の空気が逆流する。お返しに蹴り上げを見舞った。テコンドーの要領が入っている。しかし、空を切った。
「話はトロンメリーから聞いてるのかい?」
胃液を吐きそうになったのをどうにか踏ん張ったせいで声が掠れていないか不安になったが、杞憂だったようだ。
あくまで飄々とした、皆を牽引する「団長」のロールプレイを意識してニヒルな笑顔とともに切り出す。
クラシックロリータは答えるべきか否か数秒迷ったようだったが、やがてこくりと頷いた。
この地区を統括しているのは事実上自分のようなものだ。
当然、このクラシックロリータや……空中楼閣の崩壊から、「何か」を抱えて飛び出したもう一人のような魔法少女に覚えはない。こいつらは間違いなく、この町にいる魔法少女ではないはずだ。
となると、外部か。魔法の国の魔法少女。つくづく不都合な存在だ。
「だったら潔く諦めてほしいね。
こっちも仲間の仇討ちがかかってるんだ。此処はお互い見て見ぬ振りが利口かと思うんだけど、どうだろう?」
「確かに」
クラシックロリータはうむうむと頷く。
敵ながら、飴でもあげるよと言えば誘拐できそうな少女だと思った。
攻撃してくる人質など、まったく御免という話だが。
「確かに、そう。リッパー達がおまえ達と敵対する理由は、ない」
けど。
「タルトは助けるって言った。
なら、リッパーも助ける。おまえは、敵」
駄目だこりゃ。
確信すると同時に、後ろ手で設定変更して掃射をくれてやる。
当然手の内はバレていて、間に割って入った強化硝子の壁に防がれた。
壁が消えるや否や、間髪入れずにもう一度。
埒が明かないと判断したのか、クラシックロリータ――「リッパー」なる魔法少女は、再び結晶の盾を生み出した。
こいつが一番厄介だ。
白雪結晶(クリスタル)。
まったくもって年頃らしいネーミングだと思うが、その実情は反吐が出るほどえげつない。
当たれば死ぬし、銃弾じゃ壊せない。火炎放射では時間がかかる。となると、逃げに回るしかないわけだ。
-
「で? 君の愛しのタルトちゃんを、きっと今頃私の仲間が襲ってるだろうわけだが」
「…………」
「まあ、割と賢明な判断だとは思うけどね。自分で言うのもなんだけど、私よりはらぶらうんは弱いよ」
リッパーがタルトと彼女に抱えられた「何か」……もとい、魔法少女トロンメリーを放り出したのには理由があった。
二挺拳銃使いの魔法少女、ノエル。こいつに二人を追わせては拙いと思ったからだ。
リッパーはタルトは強いと思う。
でもそれは、体の強さじゃない。
仮に硝子の小屋を壊したような攻撃をされれば、タルトは絶対に逃げられないだろう。
それだけは避けなければならなかった。最善手の選択というのは、魔王塾で塾長たる「魔王」から習った事柄でもある。
「それでも戦えない魔法少女の一人二人、殺すくらいなら訳はない。
そんでもって、あとは私が君を殺せば終わりさ。死体を適当に埋めでもして皆で口裏合わせりゃ、足はつかない」
「リッパーはおまえより強い」
「そうだろうね。だが、タルトちゃんはそうじゃない。そして我々の本命は彼女が抱えていたトロンメリーだ」
銃口を向ける。
まっすぐ、詰みを突きつける。
「トロンメリーを渡さなければ、らぶらうんはきっとタルトちゃんを殺すよ。賭けてもいい」
反応の代わりに木馬が飛んできた。
迎撃する。
砕け散ったそれが破片になった。
降り注ぐ。今度はどちらも機関銃だから負けはしない。
撃ち落とした後、突進してくるリッパーを蜂の巣にせんと火を噴かせる。
なかなか当たらないが、あちらも攻め切れない。
戦えている。ひょっとして、動揺でもしたのだろうか。
「タルトは強いよ」
「へぇ?」
「おまえにもリッパーにも勝てないし、魔王さまにも勝てない。
魔梨華のおねーさんにも、クラムベリーお姉ちゃんにも、多分フレイミィにも勝てない」
「駄目じゃないか」
「でも」
リッパーの手に、硝子が集まっていく。
そうして作り上げたのは、硝子の大剣だ。
それを苦もなく持ち上げ、地面へぐさりと突き立てた。
その姿はなかなか様になっている。
「でも、おまえの仲間より弱いとは言ってない」
リッパーは大剣を、あろうことかその場で振るった。
自棄を起こしたか。それとも子供の癇癪というべきだろうか。
ノエルとの距離は、優に三メートル以上は離れている。
当たるはずがない。
二挺拳銃を構え、設定変更をし、速度特化に。
引き金に指をかける。
大丈夫、すぐにあの世で再会することになるだろうさ。
少しの慈悲を込めた指先は、しかし引き金を引くことはなかった。
その前に、物理的に不可能な伸縮をした硝子の鈍器が、ノエルの体をくの字に折り曲げて橋の彼方まで吹き飛ばしていた。
-
☆クリプタルト
らしくないことをしている。
口の中に溜まった血混じりの唾をぺっと吐き出して、心の中で悪態をついた。
それが反抗的に見られたのか、腹を蹴飛ばされた。
呻き声をあげて地面を転がる。
羊飼いの魔法少女が、自分の後ろで震えているのが見えた。
ブラウニーの魔法少女は表情を浮かべていないが、あからさまな苛立ちが見えている。
このままでは本当に殺されてしまうかもしれない。
殺されるのは困る。まだ、あのアニメの続きを見ていないし、大体こんなクソみたいないざこざで死ぬなんて嫌だ。
事の次第は単純である。
崩れかけの硝子階段を駆け下りて、下りた先で敵と鉢合わせした。
らぶらうん、とかいう魔法少女のようだった。
トロンメリーを渡せと言われた。
首を振ったら殴られた。
それから今に至る。
なんて格好つけたことを言っても、こちとらただ殴られているだけだ。
綺麗な魔法少女の顔をボコボコにされたくはなかったからそこだけは死守しているが、ボディには鈍痛がある。
「あんたさ、そいつの関係者か何か?」
ふるふると首を振る。
頭を踏みつけられた。
後ろから小さな悲鳴が聞こえて、それかららぶらうんの舌打ちが聞こえた。
「だったらとっとと帰ってくれませんかねー。見なかったことにしてくれれば、こっちもぱっと手を切るんで」
「……それは、無理かな……」
「はぁ? なんで? もしかして慈善事業の真似事で邪魔してんの?」
こくりと首を振る。
踏みつける力が強くなった。
よくもまあ人をこれだけいたぶってくれるものだ。
「こっちはさ、そいつに身内殺されてんだよね」
らぶらうんの怒りは本物だ。
何があって、どうしてトロンメリーを追っているのかは彼女自身から聞いている。
殺人事件があったという。
シフォンベティエールというこの町の魔法少女が殺された。
現場には、トロンメリーが犯人だという物証が残されていた。
しかし当のトロンメリーはやっていないと答えている。
あの様子は、とてもクリプタルトには嘘だとは思えなかった。
とはいえ、少しばかりらしくないことをしすぎている。
このまま行くと、冗談抜きに殺されそうだ。
そんな熱血な死に方は、クリプタルトの死に方ではない。
魔法少女の死に方としては百点満点だが、辻恋歌の死に方としては零点だ。
自分はもっと平穏に年を取って、
平穏に色んな作品や趣味に触れて、
平穏に若い者への文句を吐いて、
平穏に床の上でもうちょっと生きたかったなあと思いながら死ぬのがいい。
その側にリッパーなんかがいてくれたら最高だ。
断じて、断じて。
こんな意地の末に死ぬのは自分の死に方じゃない。
-
足を掴んだ。
蹴り飛ばされた。
顎に爪先が当たったからか、ぐらりと脳震盪が襲う。
常人なら、今ので間違いなく顎が砕け散っていたに違いない。
クリプタルトは自分を魔法少女だと思ったことはない。
自分は自分で、辻恋歌以外の何者でもないと思っている。
それはこの姿になってからも同じだ。
気を抜けば時々本名を名乗りそうになるし、実際に身バレを起こしたことも何度かあった。
でも時たま、こうやって魔法少女らしいことをしたくなる。
テレビの中で所狭しと躍動していた彼女達がするような真似をしたくなる。
その度に心はまた馬鹿なことをしてると冷め切っているのに、そういう時だけはどうしても諦めることが出来ない。
要はあこがれを捨てきれない子供なのだと思っている。
自分はたかだか高校一年生のガキだ。
口癖のように現実と空想の区別を、などと口にしていても。
夢見た世界の住人になったのだから、夢を叶えようとするのは当然のことなのかもしれない。
だからきっと、今回も退かない。
辻恋歌は退くどころか勝負さえしていないけれど、魔法少女クリプタルトは勝負をする。
殺されるまで、トロンメリーを渡さないという大勝負を。
口の中が土と鉄の味でいっぱいだ。
歯が折れていないのは、やっぱり魔法少女が頑丈だからだろうか。
お気に入りのパーカーがボロボロになっている。
これを着たリッパーは可愛かったのに、これじゃあもう着てくれそうにない。
クリプタルトの頬に、ひときわ強烈な拳が刺さった。
まずい。
意識を持って行かれそうだ。
堪える。
後ろでトロンメリーが泣いている。
どこかに走って逃げでもすればいいのに、どうしてかこいつはてんで逃げ出す気配がない。
「や……やめて!」
「黙ってなよ、裏切り者! あんたがシフォンベティエールを殺さなきゃ、こんなことにはならなかったんだっての!」
「殺して……殺してなんか、ない!
シフォン先生を殺したのは、わたしじゃない!」
「……そう」
らぶらうんの声が、トロンメリーの訴えを聞いて一気に冷えた。
ああ、いよいよやばいな、と思った。
こういうのは、古今東西あらゆる作品で相場の決まった展開だ。
-
「なら」
最後までそう言ってればいい。
こいつの後はあんただ。
らぶらうんはそう言って、クリプタルトの髪を掴み上げた。
首に、手が回る。
絞殺――いや、頚椎を砕く気なのか。
どちらにせよ、死ぬ。間違いなく死ぬ。
「や、め」
命乞いに抵抗はなかった。
でもトロンメリーを渡せと言われたら、きっと抵抗するんだろうなあと他人事のように思った。
ぎり、と力が入る。意識が遠のき始める。
思っていたよりは苦しくない。
でも、死にたくはないなあと、最後にそう思った。
「――マジカル・ドラッグ・ゼロゼロナナ!」
その時。
ぴしゃりと。
背中に、何かを浴びる感覚があった。
な。らぶらうんが驚いている。その手を掴むと、不思議とするりと首から外すことが出来た。
体の底から力が沸いてくる。
今までの人生で初めての経験だった。背中がじっとり濡れている不快感さえ除けば、最高の気分だ。
「トロンメリー!」
らぶらうんが叫ぶ。
その声で我に返って振り向き、トロンメリーのもこもことした衣装を抱き上げる。
背中をらぶらうんに掴まれて心臓がどきりと大きな音を立て、思わず不格好に彼女を突き飛ばしてしまう。
伸ばした手に突き飛ばされた彼女は、大袈裟なほど大きくよろめいた。
その隙を突いて、全速力で走る。
何が起きたのかは分からないが、今はリッパーのところに行かなくてはならない。
クリプタルトは、意地を張って不格好を晒した自分の姿を思い返して、穴に入りたいくらい恥ずかしい気持ちになった。
もう二度とするもんか。いつものように、そう思うのだった。
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投下終了です。
次はメレンベーゼ、レイン・ポゥ、ローズマカロンで書くと思います。
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投下乙です
硝子細工を使った戦闘、カッコいいですね
魔王塾特有の必殺技名がまたしっくりきています
フレイミィにも勝てないというパワーワードを通りすぎつつ、薬でパワーアップ
副作用がないことを祈っておきます
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投下乙です
魔特団これすべてが終わった後にほのぼの短編が来たら泣くやつでは(気が早い
クリプタルトがすごく魔法少女してる……憧れを捨てきれないお姉さんなところが好きですね
そんなクリプタルトを信じてる硝子の子にも尊みを感じてこれは欠けてほしくないやつだ
にしても状況が状況とはいえ、そしてまほいくではよくある光景とはいえ、
らぶらうんっていうファンシーな名前のやつがこんな殺伐劇やってるのぜんぜん似合わなくて面白い
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