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魔法少女育成計画Reloaded

1 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/12(土) 01:33:13 /VsFsW3Q0




○魔法少女育成計画とは?



  ☆初心者でも入りやすい簡単さ&熟練者を飽きさせない奥深さ!
  ★著名イラストレーターによって描かれた美麗なカード郡!
  ☆まるでアクションゲームのように動きまくるキャラクター達!
  ★五百のキャラクタータイプに二千のアイテム!その組み合わせは無限大!
  ☆どれだけプレイしても完全無料!課金一切無し!

  夢と再会の世界へようこそ!
  お待たせいたしました、『魔法少女育成計画』は帰ってきました!
  闇に飲み込まれてしまった夢や希望を救い、この世を光で包むために、魔法少女の絆を広げるためにです。
  さあ、あなたも魔法少女としての力と魔法を手にともに立ち上がりましょう!
  世界の危機を克服する時、失われていたはずのあなたの願いもきっとかなうはずです!


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2 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:33:34 /VsFsW3Q0








――― プロローグ


3 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:34:01 /VsFsW3Q0


☆???

生来、人と話すのが苦手だった。
苦手というよりは、絶望的なまでに適していないといったほうが正しいかもしれない。

相手が何を考えているのかがわからず不快になっているのではないかと思い込み、相手の心の内ばかり探ってしまう臆病さ。
それに自身の意見を言うのが苦手な引っ込み思案な性格や緊張するとどもってしまう体質も相まって、誰かと会話をするのを極度に嫌がり自分の世界に閉じこもるようになった。
話しかけられても曖昧に笑うだけ。
自分からは決して動かず、最後の最後余り物の味噌っかすとしておこぼれをもらう。
集団行動でもそうだし、授業でもそうだし、日常生活でもそう。
決して自分というものを表には出さず、また決して相手の言葉を受け取らない。
彼女は家でも学校でもずっとそうやって過ごしていた、
学校とは小さな社会である。
その場の空気に適合できない人物が弾かれ蔑まれるのは小さかろうが大きかろうが社会に出れば同じだ。
学校には彼女を悪し様に罵る者ばかりで必要以上に交流を持とうとするものなんて居なかったし、ともすれば教師の中にすら彼女を疎んじる者も居た。
そして家族もそんな孤立しがちな彼女に口には出さなくても手を焼いていただろう。
少女自身痛いほど理解している。悪いのは全面的に少女だ。
周囲の人物の誰もが悪くないと分かっているし、両親には特に申し訳ないと思っている。
だが、それでもその生来の性質を改めることはできなかった。
だって、怖くてしかたがないのだ。
目の前で他愛もない話をしながら笑っている少女が、心のなかで何を思っているのかなんて誰にもわからないじゃないか。
テストを返している教師の細めた瞳が微笑んでいるのか嘲笑っているのかなんてどうやって判断すればいいのか。
誰だってすれ違う人間が自分を笑っているように感じる、ということはあるはずだ。彼女はそういう感性が敏感すぎた。
螺旋に巻き込まれるように悪い方へ悪い方へと転がり落ちていく。
気づいた時には、彼女はもうどうしようもない場所に居た。
そこから這い上がるなんてことは出来ない。そんなことが出来るならばこんなところまで落ちてこない。
幼心にそのことを理解していた少女は、ひとりぼっちで、ただ何をするでもなし、遠いところを見つめるようになっていた。

遠い、遠い、空の向こう。どこかにある「夢の世界」について夢想するようになった。
誰もいない幸せな世界。なんでも願いが叶う幸せな世界。少女だけの、少女のための世界。
時々建物を増やし、時々花火を上げたりして、何事もなく、ただただ少女の好きなように発展していく世界。
寝ても覚めてもそんな妄想にふけり続け、現実世界との関係はだんだん、だんだん、薄くなっていった。

そんなある日、「夢の世界」にお客さんが来た。
わたあめのようなマスコットに乗ったパジャマ姿の少女が、ふよふよと空を飛んで向こうの方からやってきたのだ。
非現実的なことだから、たぶん寝ている中、夢の中の「夢の世界」に遊びに来た人なんだろうというのは分かる。
恐る恐る話しかけてみると、パジャマの少女はこう答えた。

「私はね、魔法少女なんだ」
「こっちの夢が面白そうだから、あっちの夢から飛んできたの」
「内緒だよ」

ねむりん。
パジャマ姿の魔法少女はそう名乗った。
それから、誰もいない「夢の世界」は、少女とねむりんの二人の世界になった。


4 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:34:56 /VsFsW3Q0


総人口二人になった「夢の世界」は格段に賑やかになった。
魔法少女ねむりんの「夢の中でならどんなことでも出来る魔法」を使って、「夢の世界」は急速に発展していった。
空は吸い込まれそうなくらい青くて、いつだってよく知らない鳥や飛行機が飛び回っている。
建物は皆が皆ユニークな顔を貼り付けて、文句を言い合ったり軽口を飛ばし合ったりしている。口喧嘩で気分を害したら脚を生やしてどしどし歩いて行ったりもする。
少女は、初めての友人であるねむりんと、夢の世界を隅々まで遊んでまわった。
下から上へと重力を無視して落ちていく滝で泳いだり、運転可能なジェットコースターで星の間をめぐったり、空飛ぶ船で流れ星の追い込み漁をやったり、太陽が泣いて逃げ出す程の花火を上げたり。
現実世界では出来ないようなことを全部やった。一人ではなく、二人で楽しんだ。
生まれて初めて、大きな声を上げて笑った。涙がでるくらい、お腹がよじれてちぎれちゃうんじゃないかというくらい笑った。
初めて出来た友達との遊びは心の底から楽しかった。

そんな少女が、「夢の世界」にのめり込みの廃人にならなかったのはねむりんが時々しか(短くとも三日に一回くらいずつしか)来なかったことと、「お姉ちゃん」のおかげだろう。
お姉ちゃんと言っても血はほとんど繋がっていない。お盆やお正月や、特別な行事の時にだけ会う親戚のお姉ちゃんだ。
初めて会ったのだって、両親に連れられて興味のない親戚の家へ挨拶に行った時の事だった。
「夢の世界」から引きずり出され、不承不承とまではいかないものの少女にしてはかなり納得の行かない面持ちで親戚の家を訪れた際に、来客を気にせずソファで携帯端末をぽちぽちいじっていたのが少女とお姉ちゃんの馴れ初めだ。
その時少女が受けた衝撃は、筆舌に尽くしがたいものだった。携帯端末を覗くお姉ちゃんの横顔を、少女が描いていた「夢の世界」からねむりんがそのまま飛び出してきたようだと感じたのは一生忘れないだろう。
事実、お姉ちゃんの顔はねむりんによく似ており、最初は寝て夢を見ているのか起きたまま白昼夢を見ているのかわからなくなった程だ。
いつもちょっとだけ眠たそうな目に、優しい口元、ぽわぽわとした雰囲気も。緩やかで穏やかな話し方も。全部全部がそっくりだった。
少女がたどたどしくも力強く、どもりながらも最速でその感動を伝えると、お姉ちゃんは他の人のように思わせぶりな顔をすることはなくただ朗らかに笑って「そうなんだ、面白いこともあるねぇ」と言ってくれた。
少女が、自分の言いたいことを伝えて、そのことを受け止めてもらえたのは、覚えている限りでは生まれて初めての事だった。
それきり、少女はお姉ちゃんのことが大好きになった。
両親が家に帰ろうと言ったのを聞いて泣き出した、といえばどれくらい大好きかは分かってもらえるだろう。

少女はお姉ちゃんのことが大好きだった。
暇さえあればお姉ちゃんお姉ちゃんと、手を変え品を変えお姉ちゃんに連絡をとった。
ねむりんは夜寝ている時、夢のなかでしか(しかも時々しか)会えない。でも、お姉ちゃんは起きている時ならいつでも話せる。
「仕事はいいの」と聞いたら「そういう見方もあるかもしれないけど私は元気だから大丈夫」と言ってたから、おやすみの多い仕事なんだろう。そこもとても都合が良かった。
電話で話し。メールでやりとりし。SNSで交流し。
たわいないことを話し、下らないことで盛り上がり、どうでもいいことで額を合わせて(比喩だ)討論する。
あんまりおもしろくないことを話して二人してくすくす笑うのが、こんなに楽しいことだとは思わなかった。
生まれて二番目の友達と遊ぶのも、やはり楽しいものだった。


5 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:35:06 /VsFsW3Q0


そうやっていろいろなツールを使って二人であれやこれやと楽しんでいて。
お盆も終わってしばらくの残暑も過ぎた秋の初めに久しぶりに会うことになり。
久しぶりに会ったお姉ちゃんは出会い頭に携帯端末をいじって、一つのソーシャルゲームの画面を見せてくれた。

「これね、『魔法少女育成計画』って言うんだ」

聞いたことのないゲームだった。
話によると、お姉ちゃんも結構前からやりこんでいるらしく、とても面白いもの。らしい。
お姉ちゃんのホーム画面に表示されているキャラクターがねむりんそっくりなのに驚いて声を上げると、お姉ちゃんは「そういう反応見たかったんだ」と笑った。

「自分の好きなように魔法少女が作れるの。すごく面白いよ」

その一言を聞いて、少女はすぐに『魔法少女育成計画』をインストールした。
幸い、お姉ちゃんかねむりんくらいしか友だちと呼べる人物は居ないので、『魔法少女育成計画』をすすめる時間はほぼ無限にあった。
無課金で遊ぶことを前提にしたゲームシステムは小学生にも優しい。
それに、お姉ちゃんがねむりんを再現したように、「いかにもねむりんの友達」というふうな魔法少女を作ることも出来る。それがとても魅力的だった。
少女はすぐに没頭して、それこそ起きているうちでお姉ちゃんと話さない時間は全て打ち込んで、めきめきとレベルを上げていき、すぐに上から数えたほうが早いほどの実力者になった。
クエストをこなして、イベントをクリアして、アバター用のアクセサリーを集めて。魔法を装備させて。
そして、始めてからしばらくして、少女が『魔法少女育成計画』で理想のアバターを完成させた日。
秋も更けてきて、冬が顔を覗かせてきた頃のこと。
お姉ちゃんは突然少女の前から居なくなった。


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6 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:35:48 /VsFsW3Q0


両親から、死因は心臓麻痺だと言われた。
全く信じられなかった。
だってあの、働かないこと以外は風邪ひとつひかない健康優良児なお姉ちゃんが、そんな、ありえない。
メールを送る。
電話をかける。
SNSでメッセージを打ち込む。
嘘だと思いたかった。
「へっへっへ、騙された?」と軽いノリで返信がくるものだと思いたかった。
そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ、少女はやってられなかった。
でも。
メールに返信は来なかった。
電話がつながることはなかった。
いつまで待ってもメッセージに既読が付くことはなかった。
毎日顔を出していた『魔法少女育成計画』も最終ログインは1日前で止まっていた。
お姉ちゃんが世界に居る証は、どこにも残ってくれなかった。


翌日、お正月以来に会ったお姉ちゃんは、血の気のない顔で棺桶の中に横たわっていた。
棺桶の中には名前も知らないたくさんの花と、一輪のネムノキの花が添えられていた、
その顔は、すやすやと眠っているようで。一層現実離れした感覚を味わった。
まるでいきなり足元の大地がぽっかり抜け落ちてしまったように、少女の現実は所在をなくした。


それから、何がどうなったのかはあまり詳しく覚えていない。
気がついたら部屋にいて、服を着替えていて、ベッドに横になっていた。
時計を見ると午前三時十八分、電波時計の日付表示でお姉ちゃんが死んだと聞いた日から三日が過ぎたことだけは分かった。
そこから、ようやく、お姉ちゃんが死んでしまったことを思い出して。
お姉ちゃんともう会えないということを意識してしまって。
横になったまま、声を上げずにただ、ただ涙を流した。


それからしばらくして、少女はいつものように「夢の世界」にやってきた。
泣いて、泣いて、泣きつかれて、そのまま寝てしまったらしい。
「夢の世界」でもお姉ちゃんのことを思い出し、涙が溢れる。
少女はまた、声をあげずに滂沱の涙を流した。


7 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:36:18 /VsFsW3Q0


そうこうしていると、あっちの空の方からねむりんがやって来た。
ほわり、ほわりと飛ぶ様子は、いつにもまして頼りない。
ねむりんはいつものようなほわほわとした笑顔ではなく、少し寂しそうな顔をしていた。
少女が声をかけると、ねむりんは「実はね」といつにもないほどに真面目な顔でこう言った。


「ねむりんはね、今からどこかに行くんだ」
「たぶん、ずっとずっと、遠くにいっちゃうんだと思う。
 近くかもしれないけど、でも、もうそんなに、会いに来たりはできないよ」
「ごめんね。でもきっとまた、会える日が来るから」


ふわふわとわたあめみたいなマスコットに乗って飛んで行く。
泣いても、叫んでも、追いすがっても、転んでも、ねむりんが帰ってくることはなかった。
以来、あれだけ賑やかだった「夢の国」は魔法が解けてしまったように静まり返ることとなる。
そこはもう、「夢の世界」ではなかった。
少女の夢見た「夢の世界」はその門を固く閉ざし、少女の理想郷は届かぬどこかへ消えてしまった。
そこにあったのは、ただの薄暗いだけの世界だった。


「夢の世界」から薄暗い世界へとはじき出されて、少女は思い出した。
空は空だ。いつだって灰色ばっかりで面白くない。
建物は建物だ。笑ったり喋ったりしないし、少女を受け入れてくれない。
そして、少女は少女だ。たった一人の、だれとも一緒に居られない、可哀想な少女だ。


大好きだったお姉ちゃん。気の置けない友人だった魔法少女。
二つは、なんの前触れもなく一気に消え去った。その衝撃は、幼い少女の心をへし折るには十分すぎるものだった。


8 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:37:08 /VsFsW3Q0


深く考えなかった。
考えたところで、分かるはずがなかった。
最初から地面に居たなら地面はなんの危害も加えない安心できる場所だ。
でも、一度持ち上げてから落とされれば、逃れようのない痛みを与えてくる障害になる。
そして、持ち上げられた高さが高ければ高いほど、痛みは大きく鋭くその身を苛む。
それはちょうど、少女の現状と同じだ。
少女には、少しばかりの幸せを見せびらかしていた世界が笑いながら「死んじゃえ」と言っているようにしか思えなかった。
だから単純に、死のうと思った。
それ以外にこの苦しみから逃れる方法があるなんて、少なくとも今の少女には思いつかないし存在するとも思えなかった。
だって少女の夢と現実は、どちらもいっぺんに消えてしまったのだから。


起きて時計を確認する。午前四時三十一分。
まず、窓を開けてみて、二階程度じゃ死ねないかもしれないと思い至って飛び降り自殺はやめにした。
次に風呂場に行って、風呂場では家族に見つかるかもしれないと思い至って手首を斬るのもやめにした。
そして部屋に戻って後ろ手で戸に鍵をかけ。天井を、正確にはぶら下がっているペンダント・ライトを見つめた。
ベッドからシーツを剥ぎ取り、丁寧に縒っていく。途中で解けてしまいました、では笑えない。


――――――ぴろぴろぴろぴろ。


間抜けな音で携帯端末が着信を告げる。
どうせソーシャルアプリの新着情報かなにかだろう。何度もなられると鬱陶しいので適当にタップをしながら照明の真下に椅子を運んでいた少女の耳に、ありえない音が飛び込んでくる。


「おめでとうぽん!
 あなたは本物の魔法少女に選ばれたぽん!」


それは確かに、携帯端末から聞こえてきた。お姉ちゃん以外誰も連絡先を知らないはずの携帯端末が、ひとりでに喋った。
音声に合わせて光が部屋中に広がる。
光が晴れ、何事かと鏡を覗くと、そこには『魔法少女育成計画』内の少女のアバターそっくりな少女が立っていた。


こうして、少女は魔法少女として生まれ変わった。
それが数カ月前の出来事だ。


9 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:37:50 /VsFsW3Q0


お姉ちゃんが死んで、ねむりんと別れてから数ヶ月が経過した。
あれから、日常は一変した。
魔法少女になった。
魔法が使えるようになって、人助けの傍ら「ある計画」について試行錯誤するようになった。
生まれて初めて同年代の友だちができた。
口下手同士だからか、叶わない夢を見ている者同士だからか、何故かそりがあって、出会って以来とても多くの時間を一緒に過ごした。
夢をかなえる力を持ったと自覚した。
友達と話し合い、自分の力の有用性を認識した。この力があれば、世界のすべての常識を書き換えることが出来る。
どんな常識だって。それがたとえ「死んだ人間は生き返らない」という常識だって書き換えることが出来る。
つまり、会える。
会えるんだ。
あの日突然死んでしまったお姉ちゃんにもう一度。
どこかへ行くとだけ残して消えてしまったねむりんにもう一度。
少女の魔法を使えば、失ってしまった二人にまた会えるんだ。それだけで、少女の生きていく理由はできた。


少女はもう五ヶ月ほど家に帰ってない。
「夢の世界」への到達には、どうしても日常を捨てる必要があった。
四六時中、それこそ寝ている時でさえも魔法少女でいつづけなければ夢に手は届かない。
だったら捨てる。当然だ。
少女であることになんの未練もない。
もとより、少女とこの世界を繋ぎ止めていたものはねむりんとお姉ちゃんしかなかったのだから。


そして最後に、自身の置かれた境遇を理解した。強大な力が自分たちの夢を潰しに来ることを知った。
強大な力に勝てるとは思わないし勝つ必要はない。二人の願いはあくまで「夢の世界」への到達だ。
必要な犠牲を払い、必要な情報を入手して、「夢の世界」にたどり着くことだけが重要なんだ。
下準備はした。
作戦も練った。
戦力も整えた。
どれもこれも不安がないと言えば嘘になる。
だが、前例の一切ない、前人未到の大舞台だ。先駆者が居ない以上どの程度やれば成功するかなんてわからないし、万全の自信なんてどれだけ入念に成功要素を積み上げても得られない。
抜きすぎれば最後まで走れないが、詰めすぎればそもそも走りだせない。
最もいいタイミングだと言えるのは粗方の不安要素を排除して「さああとは何がある」で思いついた不安要素も排除して、「他にはないか」と考えだした時だと少女は判断した。
だから今、動く。
全ての準備と再確認、再々確認を終えた今動く。
誰もが思いつかない方法で、誰もを圧倒する速度で、現実世界を塗り替える。

夏の訪れはまだ感じられない六月の夜。
あの日閉じてしまった「夢の世界」の扉は、今再び開かれる時を迎えた。
少女は今日、強大な力に対して陰ながら宣戦布告をする。


10 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:38:13 /VsFsW3Q0




ビルの屋上から夜空を見上げ、星に手を伸ばした。
きらきらと輝く星の瞬きに指をかさねて、空に浮かぶ星を繋いでいく。
願いの星を掴む力は手に入れた。あとは、願いを込めて思いを届けるだけ。
魔法少女のオーラが輝き、周囲を少しだけ明るく照らす。魔法の発動を感知して、マスター用の魔法の端末から電子妖精が飛び出してくる。
飛び出す、と言っても実態はない。立体映像というらしい。電子タイプの妖精はこういった形でしか出現することはできない。
羽からリンプンを散らし、くるくると旋回する妖精。
少女の相棒の一人。
電脳世界の管理を手伝ってくれている「彼」に声をかける。

「ねえ、ファヴ」

モノトーンの体に片羽の妖精・ファヴは子供の声をイメージした電子音声のような若干耳障りな声で鳴いた。

「どうしたぽん?」
「あと何人?」
「六人ぽん。いつもチャットに顔を出さないメンバーだから、来るのもギリギリになるんじゃないかぽん?
 魔法少女ったって慣れ合うのが嫌いな子も多いから、まあ、しょうがないぽん」

重大発表まであと十数分。
現在チャットルームにいるのは九人、毎週のチャットにほぼ毎回顔を出していたメンバーだ。
まだ到着していないのが六人。交流を慣れ合いだと切り捨てていたかなり孤立気味な子たちで、今回の催し事でも色々とかき回してくれるだろう。
これで十五人。
もともとの試験は十六人で行ってたらしいが、現段階での参加者はこの十五人でいい。
最後の一人はまだこの街には到着していない。到着次第、参加してもらう。
世界中をせわしなく飛び回っているらしいから、ここに来るのは一週間後か、一ヶ月後か。そもそも来るのかどうか。

「来るかな? 最後の一人」
「わかんないぽん」
「そっか」

来なかったら困る。彼女が来ることが計画の第一歩であり、大前提なのだから。
もし来なかったら、その時は仕方ない。
最後の一人が揃うまで、何度でも何度でもやり直す。繰り返す。弾を込め直し、最後の一人に向かって撃ち続ける。
私達は賢くないから、こんな方法しか思いつかない。
この方法は最善ではない。でもきっと、二人の魔法少女でたどり着ける最適解だ。

「会いたいね」
「会えるよ」

ふいに、背中越しに声が飛んできた。振り返る。無二の親友がそこに立っていた。


11 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:39:05 /VsFsW3Q0


ぺたぺたという独特な足音。足音は少女の隣で止まる。

「そのために、これまでやって来たんだ」

衣擦れの音。寄り添う体温。
星空の下で、行き場をなくしていた二人で、膝を抱いて座り肩を寄せあう。

「そうだね」
「大丈夫。私もちゃんと頑張るから。だから、二人で会いに行こう」
「……うん。きっと、私たちで会いに行こう」

手が重なる。右手と左手。ばらばらだった一人と一人がつながって二人になる。
夏の夜よりも強く、しかし優しい暖かさが手のひらから全身へと巡っていく。
少女と親友。点と点が重なり線になった。
おぼろげだった線は、下準備や、作戦立案や、あれやこれやを通して、はっきりと、くっきりと、濃く強く固くなっていった。
繋いだ手のぬくもりは、きっと消えない。
その未来に「夢の世界」がある限り、二人はいつまでだって線で居られる。
この線が続くその先に少女たちはお互いの夢を乗せた。

「上手くいくかな」
「うーん。どうだろ。もし私の方で上手くいかなくて、駄目だったら、ごめんね」

親友が愛想のない顔をくしゃっと歪める。不器用さがそのまま顔に出たような、特徴的な彼女の笑顔だ。
その笑顔で、心が奮い立つ。隣に信頼できる人がいるというのは、ここまで心強い。
少女は胸の内で、未来に置いてきた二人に思いを馳せる。
私にも友達が出来たよ。
私も魔法少女になれたよ。
今から、二人を迎えに行くよ。

「だから、それまで待っててね」

少女はその名を口にする。
自身の願いをもう一度確認して思いを強めるために。

「ねむりん。それに………………合歓お姉ちゃん」

声は、少女の親友の耳にだけ届いて、そのまま消えていった。
夜空の星は、変わらずまたたいていた。
ふ、と魔法の端末に目を落とす。一人、また一人と舞台に演者が揃っていっている。
十五のアバターが揃ったのを見て、まずファヴが、少女たちの戦いの開幕のベルを鳴らした。


12 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:39:45 /VsFsW3Q0


―――

ファヴ:やあやあみんな、よく集まってくれたぽん

ファヴ:いやー、全員集まると壮観だぽん。

ファヴ:全部で十五人。気づけば、最近の戦隊ヒーローよりも大所帯になっちゃったぽん。

ファヴ:本題に入るぽん。

ファヴ:皆、魔法は使ってるぽん?

ファヴ:皆が魔法を使うのに、皆が契約したY市の土地に含まれてる『魔力』を使ってたの、知ってたぽん?

ファヴ:最近調べてみて、Y市の魔力が加速度的減少傾向にあるということが分かったぽん。

ファヴ:原因は、Y市と契約した魔法少女が多すぎて

ファヴ:土地側が創りだす魔力よりも消費する魔力のほうが多くなったこと、らしいぽん。

ファヴ:魔力が枯渇した土地は、自然環境の変化への耐性を失ってしまうぽん。

ファヴ:このままだと、いずれY市は自然災害で壊滅しちゃうぽん。

ファヴ:そのことについての対策を伝えるために、今日は皆を呼び出したんだぽん。

ファヴ:というわけで

ファヴ:魔法少女の人数を減らすことにしたぽん。

ファヴ:おおよそ半分の八人にするぽん。

ファヴ:ごめんなさいぽん、ごめんなさいぽん。

ファヴ:ファヴも上から言われて仕方なく言ってるんだぽん。

ファヴ:これから毎週、マジカルキャンディーの増減を調べさせてもらうぽん。

ファヴ:それで、毎週一人、マジカルキャンディーの最も少ない子に魔法少女をやめてもらうぽん。

ファヴ:やめてってもらう子は毎週のチャットで発表していくぽん。

ファヴ:連絡は以上ぽん。

―――


13 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:40:04 /VsFsW3Q0


開幕のベルは高らかに鳴り響いた。



さぁ、あの日消えてしまった夢の続きを取り戻そう。
夢と希望を魔法に込めて、あの日の思い出に会いに行こう。
魔法とは、運命に抗うために装填された奇跡の銃弾だ。
奇跡の銃弾をこの身体に装填し、下らない現実に風穴を開けてやろう。



あの日永遠に失われたはずの『魔法少女育成計画』は、今、再装填された。


14 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:40:30 /VsFsW3Q0














               魔法少女育成計画Reloaded














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15 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:40:55 /VsFsW3Q0
―――


16 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:41:23 /VsFsW3Q0


☆参加者名簿(魔法少女名五十音順)

○愛の申し子パルメラピルス     ステッキで叩くとハートマークが飛び出すよ
○アンナ・ケージ             交通ルールを守らせることができるよ
○くーりゃん                とっても快適な空間が作れるよ
○JJジャクリーヌ            念じた人の居場所がわかるよ
○スー                   みんなと思い出を共有できるよ
○電電@電脳姫             魔法のデバイスで機械を自由自在に操るよ
○ねむりん                夢の中に入ることができるよ
○フィアン                 赤い糸をつなぐことができるよ
○まじよ                  魔法の呪文でものを浮かせるよ
○魔法少女狩りスノーホワイト    困った人の声が聞こえるよ
○マリンライム              どこまでも歩いていけるよ
○森の音楽家クラムベリー      音を自由自在に操れるよ
○†闇皇刹那†              目に写っている光を消せるよ
○リーラー                ものの長さを変えられるよ
○ンジンガ                自然のお友達とお話できるよ

15/15

ゲームマスター
○???
○???

2/2

主催協力者

○ファヴ

1/1


17 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:42:25 /VsFsW3Q0


☆企画説明

○このスレって?
このライトノベルがすごい!文庫「魔法少女育成計画」を下敷きにした企画。
同作の公募企画に応募した落選(予定)のオリジナル魔法少女を再利用して魔法少女育成計画を行う。そういった意味でのReloaded。
分類としては「オリジナル魔法少女+魔法少女育成計画の既存魔法少女でのバトル・ロワイアル企画」。
なお、非リレー形式の企画となる。

○魔法少女育成計画ってどんなお話?
民間人から(勝手に)選抜された魔法少女たちが様々な環境下で生存競争をするお話。
無印(特装版)……バトル・ロワイアル
Restart……バトル・ロワイアル+人狼ゲーム(?)
limited……バトル・ロワイアル+鬼ごっこ
JOKERS……バトル・ロワイアル+サバイバルホラー
ACES……バトル・ロワイアル+(ネタバレ禁止)
本企画では第一作「魔法少女育成計画」(上記無印)の設定を基板としている。

○本企画のルール
舞台は架空の都市Y市。(地図などはなし)
作中魔法少女は
・Y市の魔法少女
・魔法の国の魔法少女
・主催者
・その他
に分けられ、それぞれ以下の状況になっている。

・Y市の魔法少女
条件:十五名の魔法少女が八名になるまで減らさなければならない。
   査定は一週間に一回行われ、毎週マジカルキャンディー(人助けの証)が一番少ない一人が脱落する。
   脱落者・棄権者、発表時にY市に居なかった者はマジカル心臓麻痺かマジカル交通事故で不幸にも死亡してしまう。
   ただし、なんらかの事故や事件などで期間中に魔法少女が死亡した場合、その魔法少女を脱落者として扱いその週の脱落者はなしとする。
状況:現在七週目に突入、六名がすでに脱落済み。
   九名の魔法少女が残っており、なんの問題もなければあと一名脱落で選抜試験終了となる。

・魔法の国側の魔法少女
条件:魔法の国から給料をもらっている魔法少女であるため上の命令は基本遵守。
   今回はY市の選抜試験の調査を行い実態の把握と主催者の特定を行わければならない。
   ただし、選抜試験の情報のリークが嘘という可能性もあるので割ける人材には限りがある。
状況:Y市近隣の担当魔法少女のリークにより捜査部の魔法少女に依頼が入る。
   選抜メンバー三人+リークした近隣の魔法少女一人で捜査に向かうことになる。

・主催者
条件:選抜試験を通して願いを叶える。一人の願いは「ねむりん/三条合歓の復活」。
   魔法の国に実態を把握された場合、過去の類似事件の危険性から全力で潰される。魔法の国の本国に知られずに、『魔法少女育成計画』を通して願いを達成する必要がある。
状況:Y市の魔法少女として選抜試験に参戦中。

・その他
条件:既存魔法少女。スノーホワイト・クラムベリー・ねむりんが相当。
状況:不明。

○内容について
序盤を書くとほとんど無印の焼き直しでだれると思ったので中盤戦から。ばったばった魔法少女が死んでいく段階からのスタート。
特に衝撃の事実やどんでん返しといったものもなく、ただたんたんと魔法少女たちの戦いが続いていくだけの話。
まほいく読者でもそうじゃなくても初見でたぶんマスターはわかると思うのでそういう企画としてのんびり楽しんで、どうぞ。
なお、ACESまでの既刊に加えてドラマCD、ファンブック、短編、付録小冊子などのネタは使いまくっていく所存。

○予約ついて
基本非リレーなので予約に特に意味は無い。ただ、締め切りの存在に意味がある。締め切りを付けて気合を入れるのだ。
予約期限は一週間。延長で泣きの三日。

○備考
・ACES発売&既刊増刷&アニメ化決定おめでとうございます!
・応募した魔法少女と書いてますが応募してない魔法少女も二名居ます。ゆるして
・なんか読みにくい気がするので次回文章の長さや段落分けに注意してみます。ゆるして


18 : 名無しさん :2015/09/12(土) 01:45:13 /VsFsW3Q0
以上、OP代わりのプロローグと参加者名簿含テンプレになります
一風変わったバトロワ企画だと思いますが気長にお付き合いください

スレ立てついでに
○愛の申し子パルメラピルス
○電電@電脳姫
○マリンライム
○ンジンガ
で予約します(予約についてはテンプレ参照)

何か質問があればよろしくお願いします。


19 : 名無しさん :2015/09/12(土) 05:17:09 WV0t11X60
投下おつー
原作は未把握なんだけどアニメ化おめでとうございます。
元がソシャゲ(原作がじゃなくて作中的な意味で)なのを活かした説明と物語兼ねたOPがテンポいいな


20 : 名無しさん :2015/09/12(土) 07:37:32 Q5O43E0s0
乙乙乙
魔法少女狩りがいる……?
ループか、それとも転生か


21 : 名無しさん :2015/09/12(土) 16:30:03 Y4C3/Eh60
乙ですそしてまほいくアニメ化おめおめ
ねむりんの親戚の魔法少女適性の高さよ…あとねむりんはやっぱりかわいいなあ
スノーさんが魔法少女狩りしてるのにファヴ野郎とクラムベリーが出てきてるのはひと波乱ありそうだなこれ
主催がまほいく恒例ともいえる儚いコンビ枠っぽいのも面白い、めっちゃ楽しみにします


22 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/18(金) 21:35:06 VjT/qQ7M0
明日中に投下予定


23 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/19(土) 23:41:10 i2oCF2Do0
ちょっと遅刻
次のレスから宣言無しで投下


24 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:35:44 zfl/gQs60

――― 第一章


25 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:37:00 zfl/gQs60


☆ 愛の申し子パルメラピルス


姿見鏡を見ながら服装を正す。
魔法少女のコスチュームは特別製なので普通に生活しているくらいじゃほつれたり折り目がついたりということは起こらない。
だが、付属品のリボンが少しゆがんでしまったり、フリルの形が崩れてしまったり、細かい付属品の場所がずれてしまったりということはある。
魔法少女たるもの、その美しさに一欠片の不完全もあってはならない。というのは彼女が魔法少女になったころからの信条だった。
より美しくなければならない。
より可愛らしくなければならない。
よりファンシーでなければならない。
魔法少女とは、誰よりも愛らしく、見ず知らずの人物でも一目で夢の世界にいざなうような存在でなければならない。
給料をもらう立場になったが、そんな今でもその初心は忘れていない。
むしろその四つの言葉を胸に、仕事に臨んでいるくらいだ。
鏡を覗いてもう一度だけ、どこか足りていない場所はないかを再確認。


鏡に写ったのは類稀なる美少女。
一般人よりも図抜けた美貌を持つ魔法少女たちの中でも屈指といえる容姿をした美少女が微笑んでいる。
くりくりとした大きな瞳は夢や希望にあふれて、どんな宝石よりもきらきらと輝いている。
口は小さく、二万のお布施で手に入れた魔法少女用の口紅で柔らかいピンク色に艶めいている。
朱のさした頬、適度な細さ長さの眉、施された化粧。全てが少女の美を盛りたてる。
目線を落とす。衣装は細部の細部、スカートの縁についたリボンの大きさ向きに至るまで完璧に統制が取れている。
手にしたステッキはいかにも「魔法少女の持つ不思議なステッキ」で、衣装とも見た目ともバッチリフィットしている。
露出している肌はシミひとつないし、指はまるで白魚のよう。大きさはそれほどでもないが、形のいいバストとヒップが少女としての存在感を引き立てる。
鏡の前でくるりと回る。揺れる髪の毛すらも可愛らしい。鏡越しでもいい匂いが飛ばせそうだ。
全てが計算されつくされた美。
「魔法少女として与えられた美」にかまけず、その美を更に磨き続けた本物の美少女が、鏡の向こうから覗き返してきている。


ぱちりとウィンクを飛ばす。鏡の向こうの美少女もウィンクを返す。
いたずらっぽく八重歯を見せて微笑んでみる。鏡の向こうの美少女も微笑む。
今日も完璧な美少女だ。
何度見ても完璧な美少女だ。
それを確認して、愛の申し子パルメラピルスはようやく部屋を後にした。


いつもならばこの確認を終えて魔法少女部門で用意された仮オフィスへと向かうのだが、今日だけは勝手が違う。
友人から手伝ってほしいことがあるという連絡があった。
先にメールであらましは聞いているが、どうやら厄介な仕事を押し付けられたらしい。


魔法少女の変身はとかずに外に出る。
会うのは確か数週間ぶりになるはずだ。元気にしていればいいんだが。
逸る気持ちを抑えて、時計を見る。
集合時間まではまだ時間がある。
だが、今はまだ日中なので魔法少女としての身体能力を使った移動はできないし、格好が目立つので公共の交通機関も使えない。
車で向かうなら、このくらい余裕があったほうがいいだろう。
パルメラは車のキーのついた鍵束をじゃらつかせながら、愛車の待つ駐車場へと急いだ。


26 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:38:12 zfl/gQs60



集合場所はパルメラの家からはかなり離れた市民会館だった。
市を幾つか跨いだので、馴染みはまったくない。
自動ドアをくぐり、中に入る。受付で待ち合わせの部屋の位置を確認する。
急に話しかけられた受付の男性はパルメラの美貌に一度息を呑んだが、すぐに我に返って応対を行ってくれた。
「デンノ」名義で借りられているのは二階小会議室。
奥にある階段を登り、右に曲がって少し歩いたところらしい。
感謝の言葉を述べて階段へと向かう。
こつこつというタイルを蹴る音の反響が心地いい。
階段に面するように貼られた大きな分割ガラスの窓には、夕日に照らされた木々と閑静な住宅街がずっと遠くまで続いている。
夕方から市民会館閉館までにかけての時間ならば利用者も少なく、カラオケボックスよりも余程人目につきにくいということでこちらを選んだらしい。
ガラスの向こう側、魔法少女の聴力でもかすかにしか聞き取れないほどの遠くから、子供達の声が聞こえてくる。
魔法の端末で時間を確認する、十七時四十五分。
集合時間の十五分前。今から出会う人物を考えればちょうどいい時間だろう。


階段を登り、右に曲がって少し歩き、目的の部屋の前に到着する。
戸の前に立ち止まって少し耳を澄ませてみた。
きいこきいこと椅子のきしむ音と、かたかたというキーボードで何かを打ち込む音、そして誰かが何かを食べる音が聞こえる。
どれも懐かしい音だ。
作業の時に無意識で身体を動かすのが彼女の癖の一つだった。
上体を前後に動かしたり、左右に揺れたり。どちらにしろ、のめり込みといったような楽しそうな表情で。
コンピューターゲームをやる子供のように楽しそうに作業をするのだ。
瞼の裏側にありありと浮かぶ光景に少し微笑ましい心地を覚えながら戸を叩く。

「はーい。どうぞー」

返事がすぐに返ってきた。
珍しいこともあるものだ。
作業中の彼女にノックの音が届いたことなんて長い付き合いの中でも数えるほどしかない。
いつもならここで五分くらい待たされるものなのだが、少しだけ拍子抜けしてしまう。
それだけ、今回の任務に緊張感を持って取り組んでいるということだろうか。


戸を開く。
部屋には三人の美少女が座っていた。
部屋の手前に一人。初対面の肌の浅黒い少女。
部屋の奥に一人。同じく初対面の、肌の白い少女。
部屋の中央に一人。こちらに向けられているのは見慣れた背中だけ。

「ん」
「パルメー? おー、パルメじゃんかー」

褐色肌の少女の「ん」という声に続いて、中央に座してパソコンと向き合っていた白衣の女性が振り返る。
小さくて愛らしい顔には不釣り合いな、縁が太くレンズは瓶底のように分厚い眼鏡。
ふりふりふわふわな魔法少女のコスチュームの上、ジャケット代わりに袖を通しているのは丈の長い白衣。
魔法少女にしては多少艶に欠ける髪の毛、少女というには凹凸の激しい身体。身体年齢は二十歳そこそこといったところ。
そんな、なにからなにまでアンバランスな魔法少女、電電@電脳姫(でんでんあっとでんのうひめ)はモニターから顔だけを出してパルメラにちらと目配せをした。

「ちょっと待ってなー。あと三十秒」

いつもの彼女らしいのんびりとした口調だ。
最近は忙しいと聞いていたが、彼女に関しては変わりはなさそうだ。
ちょっとだけ安心する。
パルメラが後ろ手に戸を閉め、部屋の中を確認していると、ひときわ大きなキーボードのタイプ音が響いた。

「うーっし、終ーわりー!!
 そんじゃ、パルメが来たならそろそろ始めようかね。こっちもちょうど作業が終わったし」

電電が叩いていたキーボードから手を離し、大きく伸びをする。
姿勢が変わったことで、ちらりとモニターの中身が伺えた。
モニターには意味不明な英数字の羅列をバックに大きな緑文字で「ALLOK」と表示されている。
接続されていた魔法のUSB端子の2つを取り外し、電電が振り返り、朗らかに笑った。

「やーや、来てくれて助かったよ。持つべきものは親友だねぇ、やっぱ」

力のない笑いだ。
電電はいつだって「ぐったり」というオノマトペの似合う笑顔をする少女だった。
人間の時の笑い方も、こんな感じの笑い方だということをパルメラは知っている。
パルメラは手近な椅子を引き寄せて腰を下ろした。
時刻は十七時五十分。電電との待ち合わせでは初めての「前倒しでの開始」だ。


27 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:39:33 zfl/gQs60




「えーと、じゃあまずは自己紹介か。パルメとあたしは知り合いだけど他はほとんど初対面だからねえ。
 あたしは監査部門所属の電電@電脳姫、魔法はこいつ」

ぽんぽんと叩くのは、先ほど魔法の端末に突き刺していたモニターとキーボード。
ピンク色でハート型をしたファンシーなそれは一目で魔法少女の関連グッズだということがわかった。
モニターには色々な文字や枠が浮かんでいるが、電子機器にはあまり強くないパルメラには何が何やらさっぱりだ。
前に聞いたところによれば魔法のモニターとキーボードを挿すことで、どんな機械でも、その機械の持ちうる限りのスペックで操作することが可能になるらしい。
さらに情報端末に挿せばその内部に収められている全ての情報に干渉ことが可能である。


先ほどの「ALLOK」とは一つの魔法の端末に収められている全ての情報を引きずりだしたうえで改ざん形跡の有無を探っていたということだ。
この結果が出た以上、その魔法の端末の持ち主は電電に魔法の端末の全ての情報を渡し、その全てが真実であるという裏付けも受けたということになる。


電電は二種類の魔法の端末を白衣の内側にしまうと、そのまま次の人物の紹介に写った。

「んでそっちがンジンガ・ンククトゥスちゃん。自然のお友達とおしゃべりが出来るらしい。
 魔法少女部門の子じゃないんだけど、こういう時に便利がいいってことで手伝いに来てもらいました」
「ん」

そっち、と指差された先に居たのは、入ってくる時に目があった褐色の肌をした少女。
あまり見ない様相の子だ。
麻っぽい生地で作られた、いかにもな民族衣装を着て、身体中に赤や青の刺青が入っている。
刺青と言ってもファッション要素の強いものではない。
幾何学的な模様で構成されたそれは、たとえ知識がなくても一見するだけで日本とは別の文化圏の儀式的な意味合いを持っていることが分かる。
聞いてみれば、「魔法少女」ではなく厳密には「魔法使い」寄りの人材らしい。
口数が少ないのは、魔法の国所属前は未開の地で暮らしていたからだ、とか。
短く「ん」とだけ返した少女は、お茶とお茶うけのせんべいを交互に口に入れ続けている。
パルメラがぴこぴこと手を振ると、ンジンガは頭を下げてまたぽりぽり音を立てながらせんべいを食べ始めた。その動作はなんとなく小動物を思わせる。
こういう時に便利が良いの「こういう時」に関しての説明がないのは電電特有の手抜きだ。どうせ後で説明を入れるんだろう。
深く追求するだけ時間の無駄だろうしここは聞き流しておく。

「じゃ、次。こっから自分で」

次、と指差されたのは、一人だけかしこまって椅子に座っている少女。
二枚貝の貝殻と真珠で作ったビキニに巻貝の髪留め姿。水浅葱色の髪の毛は、空の波間を揺蕩うようにウェーブかかっている。
上半身はそんな絵本に出てくる人魚姫のような姿。ただし下半身は魚ではなく、水着とパレオを身に付けた人間の足が生えている。
ちぐはぐな見た目の少女はパルメラの方を向いて、頭を下げた。

「マリンライム、現地で観察を行った魔法少女。です。
 魔法は……歩けます。壁とか、天井とか。あと、川とか、海とかも」

歩けます、のところだけ明らかに声のトーンが下がっていた。
電電の反応を見るに魔法について嘘を付いているわけではなさそうだ。本当に歩くのが魔法なんだろう。


28 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:41:43 zfl/gQs60


「……歩、く?」
「はい。歩きます。歩けます」

褐色の少女・ンジンガが拙い言葉で聞きなおすと、人魚の少女・マリンライムは、今度は声色を変えること無く答えた。
魔法少女の魔法は自分で選べない上に当たり外れが大きいのは周知の事実である。
大当たりを引くものもいれば、どこでどう使えというのかと聞きたくなるほどのハズレを引くものもいる。
彼女、マリンライムの場合言うまでもない。ハズレもハズレの大ハズレだ。
魔法少女は基本的に体力も運動神経も桁外れなので本気で助走をつけて走れば壁や天井くらい走り回れるし、ちょっとやそっとの河くらいなら飛び越えられる。
更に、羽が生えているデザインの魔法少女なら集中すれば空も飛べる。彼女の魔法はそんな魔法少女の標準装備をわざわざ唯一の魔法として与えられたのだ。
なんというか、不憫な能力だ。
そんな能力でよく魔法少女の選抜試験に合格できたものだ。余程執念深かったのか。もしくは他者が落とし合いをしてくれたのか。
まあ、選抜試験の内容は地域毎にちょっとずつ仕様が違うので、たまたま彼女が受かりやすいような試験に当たったんだろう。

「ほいじゃあ最後」

最後、と言いながら指差されたのは、当然パルメラだ。
パイプ椅子から立ち上がる。フリルのあしらわれたミニスカートが揺れ、服の各所にポイントとして飾られているリボンが踊る。
そのままくるっと一回転。シューズの音も軽やかに、ぴたりと止まって可愛らしいポーズ。
す、と少しかかとを浮かせ、かつんと音を立てて下ろす。
いつもどおり完璧な振る舞いだ。練習を怠らなければここまで可愛くなれる。
そのまま満面の笑みで名を名乗る。

「広報部所属、『愛の申し子』パルメラピルスちゃんでぇ〜っす♪ 世界一強くて、優しくて、かーわいーい魔法少女目指してまぁす♪」

発言の内容、息継ぎのタイミング。調子の付け方。他、他、他。
どれをとっても完璧に、「アイドルの空気」「アイドルの間合い」だった。
訓練の成果は十分に出ている。
今のパルメラピルスは、広報部が秘密裏に進めている次世代戦略の一つである、「アニメ以外で魔法少女が憧れうる魔法少女」、「魔法少女としての存在感を高めた魔法少女」、一般的に言う「アイドル」の雛形に相応しい。


電電がいつものように力なく笑い、マリンライムは少し呆け、ンジンガは目をきらきら光らせた。
三者三様の思いがあるようだが、それでいい。ブレイク前のアイドルってのはそういうものさ。


29 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:43:25 zfl/gQs60




「ほんじゃ、ま、説明始めよっかね。みんな集まったとこでね。
 マリンライムちゃんは、なんか訂正があったら都度都度お願いね」
「つどつど……」

マリンライムが電電の言葉をそっくりそのまま繰り返す。
中の人がそこまで知能が高くないのか、『都度都度』という単語の意味が理解できていないようだ。
本来なら進行役である電電がそういうところに気を回すべきなのだが、生憎電電はそういった点も「ニュアンスでなんとかなる」と思っている節がある。
仕事に差し支えが出てしまうといけないのでそういう部分のフォローはしておこう。
そっとマリンライムに耳打ちする。

「つまりね、なにか間違ったことがあったら違うよって教えてくれればいいの!」
「は、はぁ……」

口の前で人差し指だけを立てて「都度都度」の意味を説明するが反応は芳しくない。
どうやらパルメラのキャラはマリンライムにはウケが悪いらしい。
こういうコテコテなのは魔法の国や長年魔法少女をやってるベテランや魔法少女にある種の幻想を抱いてる人物にはかなりウケがいいのだが。
若者受けのいいアイドル像も探ってみるべきかもしれない。


パルメラのそんな思惑をよそに、電電はマイペースに説明を始めた。

「まあ、パルメは知ってると思うけど、森の音楽家クラムベリーの選抜試験問題、あったじゃない」

森の音楽家の選抜試験。
最近良く聞く単語だ。
魔法少女同士に殺し合いをさせて、最後に生き残った1人を魔法の国の正式な魔法少女として薦挙する試験方法。
試験の管理者であるマスター・森の音楽家クラムベリーと彼女のマスコットキャラクターである電子の妖精ファヴ。
二人……もとい一人と一体がただ闘争を楽しみたいがためだけに開いた、言ってしまえば自分勝手な享楽だ。
街が壊れ、魔法少女を目指していた無垢な少女たちが死に。それ以上に無関係な一般市民が死に。
主犯である森の音楽家クラムベリーも試験中に死亡、ファヴもマスター端末の破損によって電子の海に放逐されて消滅。
二人の生存者を残し、様々な場所に傷跡だけを刻みこんで幕を引いた、魔法の国内でも類を見ない大事件の通称だ。


なぜ説明されるまでもなくここまで知っているかといえば、パルメラの務めている広報部にもその余波が押し寄せてきたからに他ならない。
広報部バックアップの元でアニメ化した「マジカルデイジー」という作品がある。
その元ネタである魔法少女「マジカルデイジー」もまた、森の音楽家クラムベリーの試験によって排出された魔法少女だったと判明したのだ。
そのことがわかり、広報部は上を下への大騒ぎになった。
マジカルデイジー関連の商材の見直し、スキンシップ以上の暴力描写と死亡事件に繋がるような描写がないことを確認したうえで関係各所への陳謝とグッズの自主回収。
そしてこれまでの作品の主人公の素性調査と今後の題材として選ばれていた魔法少女たちの再選考。
これからしばらくは魔法少女アニメの氷河期が来るかもしれない、今こそ次世代の企画が必要だ。
こういう時こそ一致団結清廉な広報部で行こうと言ったのは公私共によくない噂の多い広報部門トップ。
妖精も、魔法少女も、広報部に勤めている全員が心のなかで一斉に「お前が一番心配なんだ」と突っ込んだことだろう。


30 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:45:24 zfl/gQs60


それだけで済んだのだから広報部はまだいいほうだ。
人事部は今は混沌の中にある。
試験官として正式な任命を受けていたクラムベリー・ファヴの不祥事に加え、クラムベリー最後の試験の生き残りである「スノーホワイト」の指導役を申し出た「ピティ・フレデリカ」の不祥事もあり、人事部門は今人事の方法の根本的な見直しを迫られている。
さらに別部門の若きエースである魔法少女「キーク」がクラムベリーの試験通過者の試験のやり直しを求めて押しかけてきたという。他部門にまで口を出すなんて、ご苦労なことだ。
このダブルパンチはかなり効いたらしく、人事部は毎日、頭と手足が噛み合っていないロボットのようにああでもないこうでもないと行ったり来たりを繰り返している。
もし、この混乱に乗じて才能のある人物が人事部門上層部に殴りこみをかければ、案外ころっと乗っ取られてしまうかもしれない。


管理部門のデスクは連日もぬけの殻だ。
現在、クラムベリーの試験通過者(殺し合いの生き残り。通称「子供達」)の実態把握に追われている。
更に、一部の人物からクラムベリーの試験に協力者が居たという情報がもたらされたらしい。
クラムベリーと交流のあった魔法少女は全員浚い直しとなっている。
全ての疑念が晴れるまで、もう少し、彼女たちの眠れぬ夜は続くだろう。


外交部門は一時期は魔法少女部門最大の権力を有していたのだが、事件以降立場を完全に失った。
クラムベリー、さらに彼女の試験を模倣して殺し合いを主体とした試験を実施した「炎の湖フレイム・フレイミィ」。
彼女らを排出した外交部門傘下の戦闘訓練サークル、通称「魔王塾」は栄華の時もいつのことやら、今や魔法少女部門の鼻つまみ者となっている。
そのサークルの後ろ盾であった外交部門の発言力も落ち、「そもそも外交部門は必要なのか」という世論すら飛び出している。
パルメラも一時期とはいえそのサークルに席を置き世話になった身だ。思うところがないわけではない。
まあ、思うところがあろうとできることがあるわけではない。
パルメラに出来ることといえば広報部門での作業やボランティアを通してクラムベリーとは関係のない多数の魔王塾生の面子を立て直す手伝いくらいだ。
重要な部分は当事者たちに頑張ってもらう他方法はない。


そして、電電の務めている監査部門。ここははまさに地獄だ。
監査の仕事は各部門の犯罪への対処である。
クラムベリーの試験が起こったのは監査の怠慢だ、と罵声が飛んだのが引き金。
監査部門は管理・人事・外交部門の仕事の監査に加え、現在実施中の試験の全行程の見直し。
さらに過去行われた試験を振り返って類似事件が無かったのかを調べ直し。
その上現在世界中で試験以外で類似の事件が起きていないかを調べる。
何足ものわらじの重ね履きで馬車馬もかくやと言われる程の勢いで所属魔法少女全員が働かされている。


31 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:48:08 zfl/gQs60


そんな馬車馬電電が今この場所に居るのも、結局は仕事だ。
民間からのタレコミを受けて仕事をするためにここで事前会議を行っている。
パルメラを呼び出したのも、仕事の手伝いをさせるためにほかならない。
監査部は現在妖精の手も借りたい忙しさだ。
所属魔法少女たちの知り合いもかなりの人数招集されていると聞く。
そういう時には、何も言わずに手伝ってあげるのが友人というもんだろう。


しかし、と。
仕事の内容を思い出し、パルメラはその可愛らしい眉間にちょっとだけしわを寄せる。
ことのあらましは先にメールで受け取っているが、未だに信じられない。


少しだけ間を置いて、電電が言葉を継ぐ。

「実は、あれと……クラムベリーの試験とそっくりの選抜方法の試験の存在が確認されたわけ」

そっくり。
パルメラが一度繰り返すと電電は頷いて手元の湯呑に手を伸ばした。
本題について深く探ろうと身を乗り出しそうになったが、はしたないという思いからすんでのところで止まる。
そして可愛らしく机の上に両肘を付いて、手を組み、その手の上に顎を乗せて質問する。

「どの程度一緒なの?」
「おおまかな分類で言うならほとんど一緒らしいよ。
 殺し合いやってる。週一で脱落者。ああ、あと、ソーシャルゲームを使った選抜ってのもクラムベリー最後の試験まんまだね」

聞く限りなら本当にだいたい同じ。
これが事実ならば重大事件だ。監査部・外交部両方の全力で潰す必要がある。

「でも、本当にそっくりそのまんまだったら、電電はパルメのこと呼ばないよね?」

パルメ、というのはアイドルモードのパルメラの一人称だ。私よりも可愛らしくそれっぽいので愛用している。
そう、その話が事実ならば上層部がパルメラよりも勝手のいい魔法少女を配備するはずだ。
というよりも外交・監査・管理・人事の四つが総力を上げて叩き潰すだろう。
だが、現実には電電とンジンガの二人で向かわせようとしている。
なにかゴーサインを送れない理由がある。
上層部からすれば、あの事件以来矢継ぎ早に飛び込んでくるガセ情報と同じくらいの扱いになる、このタレコミ自体の信憑性を貶めるなにかが。

「そ。そ。この話、すっごい奇妙なとこがあんの」

奇妙なところ。そこがおそらく大きく人員を割けない理由。
顎を片手に載せ替えて、電電の次の言葉を待つ。
静寂の中、ずずず、というお茶をすする音が大きく響く。
音がやみ、電電は湯呑から少しだけ口を話してその理由を語った。

「その試験の行われてる地区、魔法少女が不在っぽいんすわねぇ」

言い終わって、電電はもう一口湯呑を傾け、その中身を飲み干した。


32 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:50:34 zfl/gQs60


「はいはい、電電、しっつもーん!」
「説明の途中なんですけどもな」
「魔法少女が居ないのに選抜試験が行われてるって、どういうこと?」

成程。この時点でタレコミ自体が嘘だと断言できるレベルの食い違いっぷりだ。
そしてこの情報が事実なら、それはそれでかなりおかしな話だ。
選抜試験は基本的に魔法の国人事部が執り行う。
それ以外のものが行うことは基本的に不可能だ。
だから当然、現地には最低一人、魔法少女が居なければならない。これは普遍と言っていい。

「あー……なんつーか……んー……つまりぃー、魔法少女の選抜試験にはマスターが必要でしょ? 認可を受けた魔法少女と、妖精の。二人。
 で、人事と管理から情報を引っ張ったんだけど、Y市には魔法の国から認可を受けたマスター権限を持つ魔法少女も妖精も……
 そもそもその地区を担当している魔法少女も、訪れた魔法少女すら一人を除いて居ないってことがはっきりしてるんだけど、でも、選抜試験の目撃情報もあるってことで」

電電の認識がずれていないことを確認して、背筋を伸ばしてから顎に手を当てて可愛らしく考える。
魔法少女が不在の選抜試験、基本的には絶対にありえない。
だが、何事にも例外はある。
世の中にははぐれ魔法少女といういわゆるあぶれ者も存在している。
何者かの手によって秘密裏に魔法少女となり、魔法の国側に認知されること無く魔法少女として生活を続ける魔法少女だ。
はぐれ魔法少女がなんらかの要因から妖精に出会ってマスターとしての振る舞いを覚えて試験に似た活動を行っている。
でも、それになんの意味がある。示威行為だとすればやりすぎだし、趣味にしては大掛かりすぎる。更に魔法の国で話題の事件とほぼおなじ事件を起こせるというのも気がかりだ。


もしくは、魔法少女としての認可を必要としない魔法を使う者。魔法使いやそれに類する人物の特殊な儀式、という可能性もある。
中国に伝わる呪法、蠱毒を模したものかもしれない。
呪術というのはそういう過去に形作られた体系を踏襲する形で行われるものが多い。
一度作られた道を再利用することで効果が得やすくなる効果がある。可能性もなくはない。
だが、その方法にわざわざ魔法少女部門の、しかも直近で話題になった事件をそっくりそのまま真似するというのはどうも腑に落ちない。
魔法使いにしてはあまりに不用心すぎる。
魔法の国の強大さを知らない魔法少女ならともかく、住民である魔法使いが魔法の国に喧嘩を売るようなことをするだろうか。


少し考えただけでも、ありえないと言い切れる可能性ばかりの話だ。
ついつい言葉が口をついて出てしまう。

「それおかしくない?」
「おかしいです。おかしいからこうやって調査団が組まれました。
 でも国側はんなおかしなことあるかって人員ケチったから、あたしはパルメを呼びました。OK?」

身も蓋もない返答だ。
もう少し情報交換をしたいが、電電側でもわかっていることが少ないということだろう。
ならばとすこし切り口を変えてみる。

「んー、なんかあっやしいなぁー……ね、ね、ほんとに開かれてるの?」
「あたしも実際見たわけじゃないからねえ。そのへんどうなの、目撃者のマリンちゃん」

マリンライムが声をかけられて身をこわばらせた。


33 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:52:09 zfl/gQs60


現地で観察を行った魔法少女。
試験を目撃したという魔法少女。
つまり、マリンライムこそが今回のタレコミの主ということだ。
しどろもどろになりながらも言葉を繋ごうとして、上手く行かずどもるマリンライムの背を撫でてやる。
ようやく落ち着いたマリンライムはこう語った。

「最初は、魔法少女の活動が活発になってるなあって思って……あ、思ったんです。
 近所の街だし挨拶しに行こうと思って、魔法の国で調べてみたら魔法少女なんて居ないって言われて。
 それで、なんかおかしいなって思って現地の魔法少女と話してみたら、そういうことなんだって……」

つまり、その地区にはもう一人魔法少女が居ることは確定している。
その返答からすぐにあることに思い至り、パルメラは続く言葉を聞かずにこう言葉を挟んだ。

「その子の端末の番号は? 魔法の端末持ってるなら情報交換はできるよね?
 この場でその子から話が聞ければ、話はかなり早く済むと思うけど」

気が急いて少し言葉が鋭くなってしまった。
自省して、マリンライムの方を見る。
マリンライムは少し血の気が失せたような顔色でパルメラの方を見つめていた。

「……信じてもらえないかもしれないんですけど」

ぼそ、ぼそ。
注意してないと聞き漏らしてしまいそうな小さな声。

「その子の魔法の端末、私のものとは通信が出来なくて」

小さな声で告げられたのは、信じられない事実。
魔法の端末は基本的に地球上の何処にいようと魔法の力で通信が可能だ。
だというのにつながらない、というのは普通起こりえない。
マリンライムが何かを偽っているのではないかと勘ぐっていると、今度は電電がマリンライムに助け舟を出した。

「番号の交換はしたけど、通話は出来なかったんだってさ」

許可をもらってからマリンライムの魔法の端末を確認させてもらうと、確かに一人の名前と番号が入っていた。
「スー」と記されているその番号に、パルメラの魔法の端末で通話に試みる。
しかし、ノイズが走るだけで、繋がる気配は一切無かった。
「そもそも存在しない端末番号なのでは」と思ったが、だったらノイズが走る、なんてことにはならず「存在しない」という通知が来るはずだ。
更にこの端末は電電が一度確認を行っている。改造や改ざんは行われていない。
つまり、相手の端末自体は存在しているが通じない、ということになる。
マリンライムの言葉は真実だと、電電が先んじて証明していたのだ。

「おかしいっしょ?」
「おかしいねぇ」

よくもまぁ、奇妙なばかりが積み上がったものだ。
ため息を尽きそうになったが、アイドルは人前で疲れや悩みを見せちゃいけない。
笑顔のまま電電の次の言葉を待つ。

「つまり、今回のあたしらの仕事は」

そして電電は、説明の総括としてこうまとめた。

「現地の状況の確認が第一。現地に向かってマリンちゃんが友好関係を築いた魔法少女から情報を聞き出す」

魔法の端末の件といい気になることが多い。
ひとまずは現地の魔法少女であり友好関係を築けている魔法少女との接触から開始する。

「で、実態の把握。実際に魔法少女部門の担当すべき事件なのかどうかを見極めて」

もしも魔法少女以外が起こしていたならば監査ではなく外交の担当だ。
下手に手を出して外交問題に発展すればパルメラも電電も魔法少女を続けられなくなる。それだけは避けたい。
その確証が取れるまで、パルメラたちにできるのは、現地で殺し合いをさせられている魔法少女の保護だけになる。

「そして、魔法少女部門の担当だと判断できたなら、そんな馬鹿げたことを行ってる奴の犯行のしっぽを掴んで上にチクる。そういうことです」

最後に。この事件はパルメラたちで解決する必要はない。
もし事実だったら応援を呼んで、その人達に鎮圧してもらう。
裏付けが取れればパルメラたちは安全なところで見ているだけでいい。


34 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:53:30 zfl/gQs60


頭のなかで情報を整理して一息つく。ため息に似ているけど、これは達成感の一息なので問題ない。
現状手に入る情報はこれくらいだろう。
電電も、もう全て説明し終わった、という顔でぽけーっとしている。
魔法少女は普通の人間よりも疲れが溜まりにくい、とはいっても疲れないわけではない。
数週間連絡がつかないくらいの激務で、やはり疲れが溜まっているのかもしれない。
いつもよりのんきな電電の背中を推すように、今度もまたパルメラの方から、出発に関する話題を切り出した。

「じゃあ、早速行っちゃう? この四人で!」
「んー……ほんとのとこいうと、もう少し人数が欲しかったんだけどね」

電電はもう一度、小声で「あのケチ上司」と悪態をついた。
険しかったマリンライムの雰囲気が、少しだけ和らぐ。

「現地に着いたらもう一人は増えるかも知んないね。
 それと、パルメとは別に、助っ人さんも呼んである……まぁ、こっちは来るかどうか分かんないけどね。
 まあ、必要な人材は揃えたつもりだよ。パルメ含めて」

電電が笑う。
その笑顔はいつもどおり気が抜けている。いつもどおりの柔和な笑みだ。
つられて微笑み、そして残った二人を見る。
ンジンガも楽しそうに笑っている。その顔は話の内容を理解しているようには思えない。
マリンライムは緊張の面持ちだ。友好関係を築いた魔法少女が居るのだから、当然か。

「じゃ、もう質問はないかな?」

電電が確認する。
現状に対して追求したいことはそれなりにあるが、それは電電も、現地の目撃者であるマリンライムも知らないことだろう。
ンジンガが呼ばれた理由を聞いておきたいが、それは移動中でもなんとかなる。
パルメが首を横に振ると、ンジンガも、それを真似するようにぶんぶんと首を横に降った。
そして、最後にマリンライムと電電が見つめ合い、マリンライムが小さく頷く。

「じゃ、早速出発と行こうか。出来る限り迅速に終わらせよう。
 もし本当に類似事件なら犠牲者が増える前に止めなきゃなんないし……
 それに、そろそろベッドと湯船が恋しいんだ。あたし」

最後に、冗談とも本当ともつかない言葉を続ける。
これは少し印象が悪いのではないか、とも思ったが、マリンライムも少しだけ笑っていた。


35 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:54:51 zfl/gQs60


それから、簡易清掃を済ませてすぐに出ようとした。
まずマリンライムが部屋を出て、次にンジンガが部屋を出て。
そして電電と数週間ぶりの他愛のない世間話をしていたパルメラが部屋を出ようとして。

「ああ、そうそう」

部屋を出ようとしたパルメラの肩を、電電が引き止める。
振り向くと、吐息すら感じられるような場所に電電の顔があった。

「マリンちゃんとの別行動は、出来る限り避けたい」

電電が、囁きよりも小さな声でパルメラにそう伝える。
魔法少女は五感が鋭い。小声程度ならすぐに聞き分けてしまう。
だから、他の人物に聞かれないようにするには出来る限り相手の耳に近づいて、相手だけに聞き取れるくらいの声で話すしかない。
電電はここからの会話を、誰かに……おそらく、前を行く二人に聞かれたくないらしい。
パルメラも電電の調子に合わせて彼女の耳に囁く。

「どうして?」
「あの子、『子供達』なんだってさ」

ぴ、と姿勢が正される気分になった。
「子供達」。
クラムベリーの試験の通過者。
つまりは、殺し合いの生き残り。

「記憶は操作されてて当時のことは覚えてないし、なにより魔法の端末の中身全部確認して、最近おかしなこと起こしてないってのはわかってるんだけど。
 念には念をだ。出来る限りあたしか、パルメか、どっちかが付いといたがいいと思う。
 協力者にしても、会う時は皆揃って会いに行くべきだろうね。何が待ってるかわかんないし」

魔法少女の居ない街で行われている選抜試験。
正体不明のゲームマスター。
クラムベリーの試験によく似た取り組み。
通信の行えない魔法の端末を持った協力者。
そして、記憶を失った「子供達」がその一報を持ってきた。
おかしな話のてんこ盛りだ。
なんとも、一筋縄ではいかない予感がする。

「了解」

電電の耳にだけ届く声で、「愛の申し子パルメラピルス」ではなく、ただのパルメラピルスとして返答を告げた。
その返答を聞いて、電電はまた力なく笑うと。
パルメラの背中をぽんぽんと二度叩いて、そして前を歩いているマリンライムに声を飛ばした。

「じゃ、行こう。マリンちゃん、Y市ってこっからどんくらい?」

たっかたっかと愉快そうな足取りで駆けていく。
その後姿を見届け、パルメラはマリンライムの方に視線をずらした。
階段に続く曲がり角を曲がろうとしている少女の顔は、緊張している。
魔法の端末が使えない、といった時からその表情は変わっていない。
「ふん」と一息つぶやき。
アイドルらしくないつぶやきだと再び自省して、パルメラも三人の後を追った。


36 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/20(日) 00:58:54 zfl/gQs60
投下終了
遅刻申し訳ないです。

いい忘れていましたが、少なくとも「魔法少女育成計画(無印)」を読まないと意味がわからない部分があります
それと一点修正
ねむりんの魔法を「夢の中に入ることができるよ」と書きましたが実際は
「他人の夢の中に入ることができるよ」でした。
しょっぱなミス申し訳ないです。

あと、パルメラピルスの所属が魔王塾の後ろ盾である外交部ではなく広報部なのは設定ミスではなく仕様です
投下ついでに

○JJジャクリーヌ
○フィアン

予約します


37 : 名無しさん :2015/09/20(日) 09:04:49 nGIzs3PU0
投下乙です
殺し合いを調べに来た魔法少女達が殺し合いに参加させられる?
クラムベリーの名前があるのに故人だったりするのは興味深いですね
あとマジカルデイジーはかわいそうだと思いました……


38 : 名無しさん :2015/09/20(日) 13:02:29 /L71Zazs0
投下乙です
謎がいっぱい出てきてわくわくしてきた
魔法少女がいないはずの街で魔法少女が生まれ、試験が行われているとは…マリンちゃんも可愛いけど「子供達」だし安心出来ないな…!
パルメ&電電のプロフェッショナル感もよく出てて空気感の再現度にも驚かされるばかりだ
次もどんな魔法少女が出てくるか楽しみ


39 : 名無しさん :2015/09/20(日) 14:59:23 0lb0kdMQ0
投下乙です
Y市以外の魔法少女がどう巻き込まれるかハラハラする。。
ソーシャルゲーム由来じゃないからファヴがルールで縛れるか怪しいし。

パルメラピルスだけ自己紹介で魔法の説明なしだったけど、
電電@電脳姫が事前に他二人に教えてあるから?


40 : 名無しさん :2015/09/20(日) 23:12:07 TzrSE9Ow0
投下乙です
IFともパラレルとも取れる抽象的な少女の主観のOPから一気に具体的な情報が入ったな
本編に出てきた組織のメンツが揃って本当面白そう
人間時狙いですら難しそうなマリンライムが子どもたちとは驚いた、一体どんな魔法の活用するのか楽しみで仕方ないな
しかしIFでもパラレルでもないってことはクラムベリーさん参戦はどういうことなんだ…?


41 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:06:26 gM3kaEls0
投下します


42 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:07:07 gM3kaEls0


☆ JJジャクリーヌ/十文字純佳


最後の一日を二人で過ごそう、というのは十文字純佳(じゅうもんじすみか)の方から言い出したことだった。


家族と一緒に過ごそうとは思わなかった。
最後の最後、今日一日を家族と過ごせば、きっと純佳の決心は揺らいでしまうとわかっていたからだ。
街に残った他の魔法少女たちとも一緒に過ごそうと思わなかった。
彼女たちは、きっと、純佳の考えを聞けば何かしらの衝撃を与えてしまい、きっと口論に発展する。
最後に見る友達たちの姿が怒っているものだなんて耐えられない。
だから、十年来の親友であり魔法少女仲間でもある甲斐好実(かいこのみ)にだけ、自分の考えと現状を告げ、一緒にいようと提案した。
その提案を聞いていた好実が今にも泣き出しそうな青ざめた顔をしていたのを見て、純佳としては非常に申し訳なくなったが、だからといって謝ったり、一緒にいるのをやめたりということはなかった。
最後の最後なんだ。
あと少しくらい、わがままでも。
そう自分に言い訳し、半ば無理矢理約束を交わした。


朝。待ち合わせの場所に来てくれた好実の手を取って走りだす。
いつもやってきたその動作が、なんだか今日はすごく切ないものに思えた。
時計を確認したら、もう九時を過ぎている。
十文字純佳は今日の二十一時に死ぬ。
余命十二時間。
命のろうそくの燃え尽きる時が近づいてくる音から耳を塞ぎながら、純佳は走り続けた。


43 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:08:41 gM3kaEls0


最初に向かったのは遊園地だった。
女の子二人で平日の昼間から遊園地ということもあり、受付のもぎりのおばさんは怪訝な顔をしていた。
だが、不登校の糾弾よりも客入りのほうが重要だったらしく、おばさんも何も言わずに通してくれた。
入ってしまえばこっちのものだ。
平日ということや、そもそもこの遊園地自体の人入りが少ないということもあり、パスポートさえ持っていればアトラクションは常に待ち時間ゼロで乗り放題だった。
純佳は遊園地で乗るならば断然ジェットコースターのような絶叫系で、好実はどちらかと言えばメリーゴーランドのようなふわふわした大人しい乗り物が好き。
お互いが共通して好きなのは、ほどほどのスリルがあってそれなりにほわほわしたウォーターアトラクション。
とりあえず乗れるものを片っ端から、絶叫系、おとなしめ、水、絶叫系、おとなしめ、水と順番に乗って行った。
そろそろ乗り物系は乗りつくしたか、というところでお化け屋敷に入り、女の子二人できゃあきゃあ姦しく大げさに叫びながら迷路を歩く。
そばから飛び出してきたゾンビの人形にわっと驚き、暗がりの中で二人で抱き合った。
好実の胸に頭がすっぽりと収まる。
背を追い越されたのはいつだっただろうか。
昔は純佳のほうが背が大きくて、「なにかあったらのんちゃんは私が守るからね」と口癖のように言っていたのが嘘のようだ。
好実がぎゅっといつもより少しだけ強く純佳の頭を抱きしめる。
その優しい感触に思わず涙をこぼしそうになるが、ぐっと堪える。
今日ばっかりは絶対泣くもんかと決めたのだ。
お化け屋敷に入ったの失敗だった。閉所暗所は、後ろ向きになってしまう。
泣きそうになった顔に活を入れるように頬を二度叩き、好実の手を引いてずんずんとゴールを目指し。
そのまま、全てのアトラクションを制覇したことと、日差しが少しやさしくなったのを確認して、遊園地を後にした。


遊園地を堪能した後で向かったのは行きつけの喫茶店だった。
二人でいつも座っている席に座って、いつもは頼めないような、女子高生のお財布事情を考えるとちょっぴり高級なメニューを次から次へと頼んでいく。
お金は心配いらない。
どうせ残しても使うことはないんだからと貯金を全部引き出してきた。
数年分のお年玉や、お小遣いの残りをちくちく貯めてきたので、一介の女子高生には過ぎる金額を手にしている。
遊園地の当日パスを買ってもなお余りある資金で特大のパフェを二人で頼み。割高なサイドメニューを片っ端から頼んで。
純佳はレモネードを、好実は砂糖を多めに入れたアイスコーヒーを何杯も何杯も飲み。
道路の上に居座る夏の熱にうだりながら歩く主婦やサラリーマンを見ながら、下らないことをずっとずっと話した。
少しでも話し残したことを減らせるように。
一時間も、二時間も。
他愛のないこと、重要なこと。あの子はあの子が好きだとか。あの事件の真犯人はあの子だとか。そんなとりとめもないことを胸がいっぱいになるまで話した。


ふ、と気づくと。窓の外には夕暮れが迫ってきていた。
人通りは駅の方から住宅街の方へ。
時計を見る。時刻はもう、十八時を回っている。
あと三時間。もうそれだけになってしまった。

「ね、カイコ」

カイコ、というのはいつかの昔に純佳がつけたあだ名だ。
一切流行らなかったけど、好実は気に入ったようなので純佳だけはそう呼び続けてきた。
呼ばれた好実が、いつもより少しだけ寂しげに見える顔で、少しだけ寂しげに聞こえる声で答えた。

「どうかした?」
「最後にさ。どーしても行きたいところがあるんだ」

最後に行く場所は決めてある。
好実もその場所がどこかわかってくれているようで、泣き出しそう、とも苦々しげ、とも言える顔で笑った。


44 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:09:07 gM3kaEls0


最後に二人で向かったのはデパートだった。
デパート、とはいっても近所に大型のショッピングモールが出来たことで数年前に廃業に追い込まれ、今は取り壊す金もないのでそのままで放置されているただの廃ビルだったが。
正式名称は誰も覚えてないが、最近は「飴ビル」と呼ばれているそのデパートの屋上に二人の少女が降り立つ。
一歩踏み出すと、ぱきと音を立てて飴が割れた。
ぱき、ぽきと時々音を立てながら、デパートの隅にあるベンチに寄ってさっと座面を拭いて座る。
好実も隣に座る。


屋上は、二人が出会った時からはもうだいぶ変わってしまっている。
誰も並んでいないソフトクリーム屋の屋台。
100円で動く動物たちのいなくなった檻。
空を見上げても、眩しい笑顔のアドバルーンは浮いていない。
デパートだったことを示す看板は涙をながすように、赤錆の筋が走っている。
手入れがされなくなってしばらく経ってしまったからだろうか、コンクリートにはヒビやカビがそこかしこに張り付いている。
落下防止のフェンスは元の色が何色だったか分からないくらい赤錆にまみれている。
そして、そこかしこに飴の欠片が残っている。
赤だったり、青だったり、黄色だったりと、空から落ちてきた虹の欠片のような飴たち。
叶うことが出来ず砕けてしまったいつかの夢の欠片のような破片たち。
地方紙に突然の怪異として取り上げられたが、二日経ち、三日経ち、次第に誰かのいたずらだろうということで忘れられ始めた星屑。
うっすらと魔力を感じるそれは、数日前の魔法少女達の殺し合いの名残だ。
ベンチの板目に挟まっていた紫色の飴を拾う。
雨風や鳥などによってもうほとんど残っていないが、魔法の主を失ってもなお、細かく砕けてビル肌の隙間や窓の桟に入りこんだものはまだ残っている。

「飴、まだ残ってるね」

純佳の何気ない一言に、好実がなんとも言えない表情をする。

「……ごめん。そんな話しに来たんじゃないんだ」

この場所は、二人にとって色々な意味を持つ場所だった。
喫茶店の時とは違い、ぽつぽつと、噛みしめるように思い出を語る。
下らないこともあったけど、大切な、二人だけの思い出を。
この屋上で他の魔法少女と命をかけて戦ったこともある。
試験中、人助けに出るための集合場所もここだった。
二人が魔法少女になって初めて再会(と言っていいのかは分からないが)したのもここだし。
先輩たちと集まって情報交換をしたのもここ。
魔法少女になる前も色々と理由をつけてこの屋上に忍び込んだ。
小学校高学年の頃なんて、この屋上で、二人並んでかい巻きを着込んで星空を見ながら夜を明かしたこともある。
そんな昔からこの屋上はお気に入りの遊び場で。
真新しい記憶は消してしまいたいほど辛いものだが、それでも、この場所には二人の幸せが詰まっていた。

「ここは」

ぽつりと零れた好実の声。

「ずっと一緒だったよね。純ちゃんと、私と」

目を閉じて、思い出す。
二人の物語の始まりも、ちょうどこのビルの、このベンチのすぐ側だった。


45 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:10:18 gM3kaEls0





昔々。
もう十年以上前。
純佳は「なんとなく気になるもの」が大好きだった。
肝は小さいくせに好奇心は旺盛で、楽観的で、同年代よりちょっとだけ大きい背丈でぱたぱたと走り回って得体のしれないものを探していた。
棚と棚の間を覗き込んで。
床とワゴンの間に潜り込んで。
子供は入っちゃいけないと言われている幼稚園の事務室に忍び込んで。
とにかく目に映る不思議な場所に次から次へと飛び込んで、周囲の大人を困らせたものだ。
初めてデパートに行った時なんかはもう、嬉しいのやら気になるのやらで無茶苦茶をした。
親の目を盗んで目についた奇妙なものに飛びつき。
店という店を走り回り、気になるところに飛び込みまわり。
すれ違う人たちをじろじろと眺めながら、目移りする面白いものを追い回し。
そして案の定、初めてのデパートで初めての迷子になった。


気がついたら見知らぬ場所に居た。
エレベーターを降りたところからは覚えていたけど、それ以前にどこに居たのか、親とどこではぐれたのかがさっぱりわからない。
周囲を見てみる。
ソフトクリームの屋台。百円を入れると動く動物の乗り物。ずっと遠い空を漂う眩しい笑顔のアドバルーン。デパートの看板。
きっとここは屋上だと気付いて、それから思い出したように両親を探した。
屋上に並ぶのは見知らぬ顔。顔。顔。
冷水をぶっかけられたように一気に熱が冷め、我に返る。
そして、途端に今の状況が恐ろしくなった。
両親が居ない。はぐれてしまったというのはなんとなく理解できた。
でも、両親はちゃんと純佳を見つけてくれるのだろうか。
勝手にいなくなった純佳に愛想を尽かして、もう置いて帰ってしまったのではないだろうか。
このまま一人ぼっちで、夜になって、どこかからやってきた悪魔に連れさらわれてしまうんじゃないだろうか。
そう思うと、今まではなんとも無かったのに唐突に堪えようのない寂しさを覚えて。
気が小さいくせに好奇心ばかりで動きまわった自分の身勝手さから来た結末に心を掻き毟りたくなるような焦燥感を覚えて。
二度と両親と会えないものだと思って泣き出してしまった。

そうして途方に暮れて泣き出すと、誰も居なかったはずの隣からハンカチが差し出された。

「だいじょうぶ」

えずきながら隣を見る。
そこには、純佳よりも一回りほど小さな女の子が経っていた。
小さな女の子は、涙と鼻水まみれの純佳の顔を柔らかい白のハンカチで拭いた後、小さな小さな手で純佳の手を握ってくれた。

「のんちゃんもいる。うん。だいじょうぶ。だいじょうぶ」

のんちゃんと名乗った少女は、そうやって、泣きじゃくる純佳の涙を拭い、手を引いてベンチに座らせ、背を撫で、隣りに座ってあやし続けてくれた。
あやされて、涙が乾く頃になると、のんちゃんの母親がやってきて、彼女経由で純佳は無事に両親の元へ帰ることが出来た。
八方塞がりが一人の少女によって打開される。それは、純佳にとって、魔法のような出来事だった。
純佳の目にはのんちゃんは、アニメや漫画で見たどんな魔法少女よりも、優しく、立派な少女に思えた。


46 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:11:16 gM3kaEls0


「のんちゃん、のんちゃん」
「なあに、すみちゃん」

それからしばらくして小学校に上がって、のんちゃん―――甲斐好実と純佳は再会することになった。
同じデパートに行っていたから同じ校区だろうと母が言っていたが、その言葉の意味は小学校に入ったばかりの純佳にはさっぱり分からず。
ただ、この出会いも「まるで魔法みたいだ」と目を輝かせて思ったものだ。


再会以来、純佳と好実はいつも一緒にいるようになった。
純佳の方から足繁く好実の家に通って毎日いっしょに登下校した。
休みの日はどちらかの家に集まって、その日一日をどう過ごすかを話し合うところから始めた。
遠足でごはんを食べる時。社会科見学の班づくりの時。学校見学に行く時。
受験勉強をする時。踊り慣れないフォークダンスの練習をする時。二人三脚の練習をする時。
いつだって一緒だった。
海が見たいと三駅向こうの市まで自転車で行った時も二人一緒だった。
日が暮れてから帰って、心配して待っていた両親に怒られる時も二人一緒で。
夜が朝に変わる瞬間を見ようとこっそり家を抜けだした時も二人一緒で。
親にバレないように家に帰る方法をあれやこれやと考えたのも二人一緒だった。
いろんな面白いこと、困ったこと、楽しいこと、悲しいこと。全部、全部、二人で走り回ってきた。
そんな色々な経験は、大人にとっては下らないものかもしれないけど。
少なくとも二人にとってはとても大事なことばかりだった。
そんな数多くの大事なことの中。
どんな時でも純佳は心の奥底で、いつだって隣に居てくれる好実を見て、誇らしく思い、同時にありがたく思っていた。


きっと笑われるから言ったことはないが。
十文字純佳にとって甲斐好実は親友であり、憧れであり、目標だった。
表情はあまり変えないし、口数も少ない。顔に出やすく涙もろく考えるより先に口が出る純佳とはまるで真逆の場所に居る少女。
ゆったりとした雰囲気は人受けがよく、誰とも角を立てず、でもわりと頑固。
問題ないときは口数少なくにこにこと後ろをついてくるが、大事になりかねないと判断すれば絶対に声をかけてくれる。
好実はいつだって落ち着いていて、肝心なところで慌ててしまう純佳をそっとフォローしてくれた。
いつも先に泣き出してしまう純佳を受け止めて、「大丈夫だよ」と言ってくれた。
手を引いて走り回る純佳についてきてくれ、純佳が行き過ぎないように手を引いて止めてくれた。
純佳は、そんな好実が大好きだった。


そんな育んできた大事なことたちと、出会った時の思い出と二つを通して、純佳は密かな夢を持っていた。
気恥ずかしくて好実にも話したことのないその夢は。
「自分も好実のように、泣いている誰かを見つけて、その手を握ってあげられる人になりたい」。
そして、「誰かの側に駆けつけて、安心させてあげられる人物でありたい」というもの。
それが十文字純佳の、魔法少女JJジャクリーヌの原点であり原動力と呼べる部分だった。


47 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:11:55 gM3kaEls0


二人の運命が大きく狂ってしまったのは随分最近のことだ。
事の発端は数ヶ月前、純佳が不思議なソーシャルゲームを始めたことだった。
「魔法少女育成計画」というわりと有名な(しかしサービスが終了してしまった)ソーシャルゲームが、しばらくの沈黙を破り帰ってきたという報告。
それを聞いて、純佳はなんとなく「ワケあり」な雰囲気を感じて首を突っ込んでしまった。
「なんとなく怪しげなもの」が好きな悪い癖が出てしまった。
すいすいと流れるようにゲームに登録して、チュートリアルまで済ませた。


実際はなんてことのない普通のソーシャルゲームだったのだが、飽き性な純佳にしては珍しい事に、まるで沼にハマるようにずぶずぶとゲームにのめり込んでいった。
やりこみ要素が多い。コスチュームやアバターがかわいい。課金をしなくていいから学生でも楽しめる。
ゲームバランスもよく考えぬかれているらしく、考えなしでは突破できないが、知恵を使い持ちうるスキルを活かせば確実に突破できる。
なるほど、人気が出て、復刻までされるわけだ。
と二期生(復刻版からプレイし始めた人のことだ。純佳が勝手にそう呼んでいる)ながらに思ったものだ。
そうしてゲームにのめり込んで、好実も誘って、二週間を数えようかという頃、突然携帯端末から見慣れた球体が飛び出した。
白と黒のツートンカラーに片方だけの羽、電子の鱗粉を飛び散らせながら携帯端末の画面の上をくるくると旋回するそいつは、呆然とする純佳に対してこう言った。

「おめでとうぽん!
 あなたは本物の魔法少女に選ばれたぽん!」

後で調べてみると、初代「魔法少女育成計画」にはたまに本物の魔法少女になる、というウワサがあったらしい。
なにが良かったのかは分からないが、純佳は数多くのユーザーの中から本物の魔法少女に選ばれてしまったようだ。
ファヴの導きで先輩魔法少女に会いに行くと言われた時は、この先に待っている未知との遭遇に目を煌めかせ。
しかし、ちょうど同日に魔法少女になったと説明された少女の姿を見て、純佳は肝を抜かれた。

「……純ちゃん、だよね?」
「わ、カイコ!」
「ひょっとして、二人は知り合いなのかしら?」

一緒にプレイしていたのだから、相手のアバターはよく知っている。
ひと目見ただけで、お互いの正体を言い当てることができた。
先輩魔法少女も唖然としていた。
それからしばらくはまるで夢の様な日々が続いた。
魔法少女として先輩魔法少女から指示を仰ぎながら、魔法少女になった好実とともに街中の事件を解決していった。
週一のチャットには必ず顔を出して、色々な魔法少女と交流を深めていった。
後輩魔法少女の指導役も進んで名乗りでて。
ずっと望んでいた「誰かのもとに駆け付けられる魔法」で人助けをして。
学生としての日常の裏側で魔法少女としての非日常も謳歌していた。


そして、そんな夢の様な日々は、ある日急に悪夢へと変貌した。


48 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:12:46 gM3kaEls0


六週間前の或る日、純佳と好実は突然史上最悪の椅子取りゲームに巻き込まれることとなった。
発端は、やはりファヴの一言だった。

魔法少女が増えすぎた。
減らさなければならない。
半分の八人になるまで。
週に一人ずつ脱落していく。

目の前が真っ暗になるような感覚を覚えたのは、十七年という短い人生の中でもあの一度きりだった。
あまり深い交流を望まない人も居たが、それでも同じ地区の同じ魔法少女同士、それなりに良好な関係を築けてきたという自負がある。
だというのに、いきなり、半分まで減らすという通達。
慌てて他の魔法少女たちの反応を見る。
怒鳴っていたり泣き縋っていたり理屈っぽく追求していたりと反応はまちまちだったが、誰もかれも一貫して反対意見を述べていた。
ファヴそのどれもに「ごめんなさいぽん、ごめんなさいぽん」と返すだけで、最後にはチャットルームを閉めて逃げ出した。
そうなれば、もうどうしようもない。
純佳たちはただ、椅子からあぶれないように走り回って我先にと人助けをするほかなかった。


一週目。一人が脱落した。
魔法少女をやめて、この世界から居なくなった。永遠に帰ってこれなくなった。
ファヴの説明によると、世界との繋がりが切れてしまったそうだ。
魔法少女をやめるということは、人間としてのその人物が死ぬということだと、純佳たちはその時初めて知った。
それを知らずに、「そろそろ潮時だと思っていた」と語った魔法少女は特になんとも思わせる素振りもなく脱落し、死亡した。
タルタニアスという名前の魔法少女がチャットルームから消え。
高田満という若い女性が、心臓麻痺で死亡した。


二週目。また一人が脱落した。
その魔法少女は、発表の時にこの市内に居なかった。
事前に「魔法の国を探しに行く」と言っていたので、それを実行したのだろうと察しがつく。
だから死んだ。
「市内に居るって約束を守れない子は駄目ぽん」という一言で、その少女の運命は決した。
その後「約束を守れなかった子にはきついおしおきもあるぽん」という不吉な一文が添えられた。
みっちぃという名前の魔法少女がチャットルームから消え。
禅定寺光枝という老齢の女性が、腹部が破裂し内蔵を全て体外に曝け出した見るも無残な惨殺体となって、隣接県の山中で発見された。


三週目。また一人が脱落した。
その週落ちた魔法少女は、とても人助けができる魔法ではなかった。
だからマジカルキャンディーを上手いこと集められず、魔法の差で数に大差を付けられてしまった。
最後の一時間、その子は泣きながら他の魔法少女にマジカルキャンディーを分けてくれと懇願していた。
純佳は……あれだけ困っている人の力になりたいと思っていた純佳は、その時、手を差し伸べることが出来なかった。
どんどちゃんという名前の魔法少女がチャットルームから消え。
西崎すみれという中学生の少女が、心臓麻痺で死亡した。


49 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:13:39 gM3kaEls0


四週目。また一人が脱落した。
その魔法少女は事故で死んだと聞いた。
不慮の事故だったらしい。魔法少女の状態ではなく、人間の時に事故に巻き込まれて死んでしまったという。
ファヴは「脱落者が出たので今週は脱落者なしぽん」と言った。
その言葉は、まるで弾丸のように何人かの少女たちの心に突き刺さった。
チティ・チティという名前の魔法少女がチャットルームから消え。
大市和音という大学生の女性が、ズボンの裾に飴を貼り付けて、トラックに轢かれて死亡した。


五週目。事件が起きた。
魔法少女の一人「スー」が同じく魔法少女の一人である「みずみずしいな」に襲われたのだ。
しいなの魔法は、どこにでも蛇口を付けることができその蛇口からどれだけでも綺麗な水が出せる、という魔法だった。
人助け出来ないことはないけど、日本ではそんなに役に立たない魔法。
その魔法で、スーが一人でいるところを狙って溺死させようとしたらしい。
間一髪、帰りの遅いことを不審に思った純佳たちがその場に駆けつけて助けたからよかったものの、それがなければ死んでいた。
しいなはスーと純佳を付け回し、他の魔法少女にも襲いかかり、最後は超特大級の蛇口を使って河を氾濫させて町ごと水没させようとし。
巨大な蛇口の頭をひねろうとしているところを、魔法少女「アメリア・アルメリア」に襲撃され彼女の魔法で逆に河に突き落とされた。
アメリアは苦もないという顔で河から出たが、しいなが浮き上がってきたのはそれから三日後のことだった。
みずみずしいなという名前の魔法少女がチャットルームから消え。
水沢椎名という高校生の少女が、溺死体で発見された。


六週目。さらなる事件が起きた。
初日からアメリアと他の魔法少女との戦闘が街中で展開された。
アメリア・アルメリアは純佳と好実を指導した先輩魔法少女だった。
ざっくりとした性格だったが面倒見がよく、二人によくしてくれていた。
そんなアメリアが「芸術的な飴細工を作る魔法」で立ち回り、街中を舞台に残った魔法少女たちを何度も窮地に追い込んだ。
物影から飴細工の槍が飛び出し、姿を追えば飴細工の彫刻と入れ替わり。
しまいには廃ビルのいたるところを飴細工に変えて、夜天にそびえる虹色の要塞に立てこもり追ってきた九人の魔法少女を同時に相手取り。
まさに大立ち回りというべき立ち回りで、手を変え品を変え、文字通り死力を尽くして九人の魔法少女を殺しにかかってきた。
最後は、まじよが呪文で身動きを封じ、くーりゃんが創りだした「落石注意のマークのカーペット」を無理やり見せて。
そして、アンナ・ケージの魔法で、数多の落石に空中で押しつぶされ、そのまま地面にたたきつけられて死んだ。
アメリア・アルメリアという名前がチャットルームから消え。
涼川麻衣という巷で有名なパティシエールが、「一夜にして飴まみれになったビル」の屋上で「上空に何もない場所で転落死」・「平地で圧死」という後々まで語り継がれる変死体となって発見された。


そして七週目。
最後の週が来た。


50 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:14:45 gM3kaEls0


六週目最終日が終わり、七週目初日が始まった頃。
飴ビルでの殺し合いを終えた純佳は自宅までなんとかたどり着き、変身を解いて命のやり取りの緊張感が抜けた瞬間、胃の中身を全てゴミ箱にぶちまけた。
目の前まで迫ってきている押し潰されるような不安や、一人目が脱落してからずっと心を削りつづけていく絶望。
純佳の精神を蝕み続けた圧迫感とも閉塞感ともとれる圧力はピークに達した。
そして、面倒見のいい先輩魔法少女アメリアが他人を殺そうとしたという衝撃と、アメリアという親しい人物を自分たちの手で殺してしまったという後悔で、吐くものがなくなっても吐き続け、水も吐けなくなってからはゴミ箱の側で蹲って泣き続けた。
泣いても何も変わらない。
泣いていても何も変わらなかった。
いままでがそうだったように、泣こうが喚こうが今週もまた一人が死ぬ。
それでも、泣かずにはいられなかった。
泣いて。
泣いて。
泣いて。
泣いて。
あの日、魔法少女よりも輝いて見えた夢を見つけた屋上の時のように、ただただ途方に暮れて泣き続けた。
でも、今度は誰も、道を切り開いてはくれなかった。


魔法少女たちは少なくなった。
十五人居た魔法少女は十人を割ってしまった。
今残っている九人は、誰もが一度命を預けあい共に戦った仲間だ。
彼女らのうちから今週もまた一人が死ぬ。
それは、純佳かもしれないし、好実かもしれないし、他の七人の誰かかもしれない。
残った魔法少女の中には年上も年下も居る。
成人してる人もいれば小学生も居る。公務員も居れば家事手伝いも居る。
色々な人が居る。だが、全員共通していることがある。
皆、純佳の魔法少女仲間で、死んでほしくない大切な人だ。
タルタニアス、みっちぃ、どんどちゃん、チティ、しいな、アメリア。
皆、純佳の魔法少女仲間で、死んでほしくなかった大切な人たちだった。
素敵な魔法を手に入れたのに、結局誰も救えない。
誰の側にも駆けつけてあげることが出来ず、救いを求めた人に手すら差し伸ばせなかった。
救えず、守れず。夢はあっけなく崩れ去ってしまった。

誰も救えない「誰かを救う魔法少女」は、結局、その後も誰も救えずに、戦うことを誰かに押し付けて、自分はのうのうと生きていく。
これが、純佳の望んだ魔法少女の姿なのだろうか。
あの日憧れた、のんちゃんの、甲斐好実の背を追った純佳の結末なのだろうか。
そう思うと、不甲斐ないやら悔しいやらで、涙は止まらなかった。


純佳はもう誰もを失いたくなかった。
出来ることなら皆を救って、皆の笑顔といっしょに生きて行きたかった。
でも、皆を救う方法なんて、一つしか思いつかなかった。
だから、純佳は泣いて、泣いて、一夜を泣き明かして、最後の最後に心を決めた。
七週目。
「相手を殺せばいい」とファヴに言われても誰も殺さない九人だけが残ってしまった最後の週に。
純佳は、誰の手にもよらず、ただ自分のせいで死んでいこうと決めた。


純佳の魔法の端末の中に入っているマジカルキャンディーの数は、現在、0個だ。
七週目に突入し、ファヴに六週目に集めたマジカルキャンディーを回収されて以降ひとつも手元に残してない。
集めたマジカルキャンディーは何かと理由をつけて他の魔法少女たちに譲渡し続けた。
好実の目を盗んで他の魔法少女たちと会い、少女たちの勇姿を、死んでしまっても忘れずにいられるようにしっかりと眼窩に焼き付けながら。

マジカルキャンディーを渡された魔法少女達は皆一様に不思議がっていたが、純佳はへらへらと笑ってはぐらかした。
絶対に涙だけは見せないように。最後に見せる純佳の姿が泣き顔にだけはならないように。
笑顔で記憶に残れるように、街を駆け回った。


そして七週目の最終日前日の夜。
好実にだけ全てを話した。
好実は、青ざめた顔をして、一つ一つ、置かれた状況を整理するように純佳の現状を問い直した。
純佳はただ、全てに真実を答えて、黙りこんだ好実にこう言った。

「ねえ、カイコ」
「明日さ、私に付き合ってくれない? 冥土の土産ってやつで」

少しでも、場を明るくしようと冗談を飛ばす。声は震えていたはずだ。
それが身勝手な願いだとわかっていた。好実を傷つけてしまうかもしれないということも分かっていた。
でも、最後の日は、親友で、幼なじみで、憧れで、誰より大好きな魔法少女である好実と一緒に過ごしたかった。
ただ、彼女の笑顔が、もう一度だけ見たかった。


51 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:15:58 gM3kaEls0




ベンチに座って街を眺める。
遊園地はずっと東の方だ。まだ営業時間だからだろう、光が昼のように空を照らしている。
喫茶店は駅前。もう店は閉めてある時間だ。あの店のレモネードは、やっぱり美味しかった。
純佳の家は駅前から歩いて五分。
好実の家は駅前から歩いて十分。
二人が通った学校は、闇夜の中ではもう影しか見えない。

「解体されちゃうらしいね、ここ」

思い出を語り終え、あの時と同じように手を繋いで街を眺めていると、好実が小さく呟いた。
清掃業者を入れるという話だったが、所詮廃ビル、清掃のコストは無駄だということで放置されている。
近いうちに、市が費用を出して解体するそうだ。
思い出の場所がなくなってしまう。
二人の幸せが詰まった場所は、純佳が居なくなって、その後になくなってしまう。
なによりも大きな純佳が居た証がなくなってしまう。
残された好実は、その時どんな顔をしているのだろう。
さっと青ざめた顔をして崩れていくビルを眺める好実の姿がありありと浮かんで胸が苦しくなる。また、泣き出しそうになる。
手をつなぐ力が強くなる。
青ざめた好実の顔を見て、ぐ、と一言、声が漏れる。

「カイコ、あのさ」

―――ぴるぴるぴるぴる。
     ぴるぴるぴるぴる。

純佳の言葉を遮るように、魔法の端末が着信音を奏でた。
ばくんと心臓が跳ね上がる。
もう、そんなに時間が経ってしまったんだろうか。汗が吹き出して泣き出しそうになる。
心臓や肺がえぐり抜かれたような、喪失感にも似た絶望が押し寄せてくる。
死んでしまう。
とうとう、死んでしまう。
繋いでない方の手を胸の前で握りしめて強く目を瞑る。
一秒、二秒、三秒。心臓麻痺の兆候は来ない。

「……まだ、八時だよね」

三十秒ほど経って呟かれたそんな好実の言葉で、ようやく生きた心地を取り戻す。
純佳の端末の時計も確認してみた。確かに時間はまだ八時を少し過ぎたくらいだ。
時間がいつもより一時間ほど早い。この一時間は最後の追い込みの時間だ。

「……は、は、本当に、なにも、こんな時に邪魔しなくてもいいじゃん、ねえ」

強がって冗談を飛ばす。
だが、自分でもわかるくらいに息が乱れている。声も震えている。
流れていない涙を拭うように顔を拭いて、魔法の端末を開いてみる。
着信の相手は、マスター端末。
臨時チャットのお知らせと表示されている。
臨時チャット。
いままで一度もなかった事態だ。
なにか、試験に変更があったのだろうか。
例えば、魔力の増加が確認されたから、試験が前倒しに終わりになる、とか。


慌ててチャットルームにアクセスする。
チャットルームに現れたファヴは、いつもの前口上はなしでこうつぶやいていた。
「大変ぽん!」と。


52 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:16:39 gM3kaEls0


―――


☆ファヴさんが魔法の国に入国しました。


ファヴ:大変ぽん!

ファヴ:大変ぽん!

ファヴ:すっごい大変ぽん!!

ファヴ:……

ファヴ:誰も反応してくれないの、やっぱ寂しいぽん。

ファヴ:まあ、臨時チャットということで、参加してなくても見てる人が多いだろうからさっさか本題に入るぽん。

ファヴ:この街に、魔法少女が新たに現れたぽん。

ファヴ:町の外からやってきたんだぽん。

ファヴ:言いたいことはわかると思うぽん。

ファヴ:最初に言ったとおり、この街には8人の魔法少女で限界ぽん。

ファヴ:魔法少女の人数が増えた以上、試験を終了することができなくなったぽん。

ファヴ:皆の言いたいことも分かるぽん。

ファヴ:でも、これはファヴにとっても予想外の事態なんだぽん。

ファヴ:ごめんなさいぽん、ごめんなさいぽん。


53 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:17:50 gM3kaEls0


ファヴ:そして、重要なお知らせが2つあるぽん。

ファヴ:1つは新たに現れた魔法少女について。

ファヴ:彼女たちはこの街の正規の魔法少女じゃないぽん。

ファヴ:だから、この街にいる間は魔法少女としてカウントされるけど

ファヴ:街から追い出せば問題ゼロだぽん。

ファヴ:侵入した魔法少女を追い出し、最後の一人が脱落すれば、その時点でこの市内での試験は終了となるぽん。

ファヴ:さて、重要なお知らせのもう一つぽん。

ファヴ:新たに現れた魔法少女たちは、ファヴの管理下にないぽん。

ファヴ:つまり、彼女たちはマジカルキャンディーの制約を受けることがないぽん。

ファヴ:と、なると

ファヴ:侵入者の行動にかかわらず時間制限で脱落するのはこの街に元からいた魔法少女たちだけぽん。

ファヴ:侵入者を追い出すことに成功すれば残り一人が

ファヴ:侵入者を追い出すことに失敗すれば残り一人+侵入者の人数分がこれまでどおり各週脱落することになるぽん。

ファヴ:これが、重要なお知らせぽん。

ファヴ:なお、今回は非常時につき、定時通達の時間を少し繰り下げさせていただきますぽん。

ファヴ:キャンディがこころもとない子はその間にキャンディを追うもよし

ファヴ:一緒に生き残りたい子が居るならば侵入者を追い出してもよし

ファヴ:みんな、頑張って欲しいぽん。

ファヴ:シーユー


☆ファヴさんが魔法の国を出国しました


―――


54 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:18:34 gM3kaEls0




魔法の端末を握る手が震えていた。
新たな魔法少女。
死亡人数の増えた試験。
聞いてない。
聞いてない。
聞いてない。
どんな悪い冗談だ。
好実の方を向く。好実も真っ赤な顔をして震えていた。
せっかく、覚悟を決めた。
幾つもの未練をふっきり、最後の瞬間まで笑顔で死んでいくと前を向いた。
だというのに、ここに来て、こんな笑えないどんでん返しがあるのか。


ぎ、と音が立つくらいに歯を食いしばる。
頭のなかでこれからの行動を組み上げる。
通達がどれくらい遅れるかは知らないが、それまでに侵入してきた魔法少女を見つけなければならない。

「行こう、カイコ」
「……うん、純ちゃん!」

手を繋ぎ、空いてる手で魔法の端末をタップする。きらきらと光が輝き、純佳と好実を包み込む。
光が晴れればそこに居るのは十文字純佳でも甲斐好実でもない。
モノトーンカラーのスーツにモノクルが特徴的なボードゲームマスター風の魔法少女JJジャクリーヌ。
手編みの真っ赤なセーター・マフラー・手袋とちょっぴりずれた赤いずきんを身につけた魔法少女フィアン。
可愛らしい魔法少女が二人、手をつないで並び立っていた。

「カイコ、皆に連絡取れる?」
「任せて」

フィアンが魔法の端末を取り出して、チャット経由で地区内に居るジャクリーヌとフィアンを除いた7人に連絡を飛ばす。
至急チャットルームを見て返事をくれるよう、と送ってくれていることだろう。
その様子を視界の端に捉えながらジャクリーヌは自身の魔法を展開する。


55 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:21:10 gM3kaEls0


「念じた人の居場所がわかるよ」。
ジャクリーヌが肌身離さず持っている魔法のチェス盤に願いどおりの範囲の地図を投影でき、さらにそこに魔法のチェス駒を置くことで念じたものの場所が分かる魔法。
今回念じるのは当然「侵入者」。ジャクリーヌたち「Y市の試験参加中魔法少女以外の魔法少女」だ。
ファヴは人数を言っていなかったので何人居るかが分からない。
Y市全体の地図を念写し、その上に十個のポーンを撒く。するとそのうちの3つのポーンが起き上がり、隣接市からY市中央まで伸びる道路の中ほどあたりまで移動した。
侵入者の人数は三人。
駒たちはゆっくりゆっくり移動していく。
その様子を見ながらジャクリーヌは少考した。
進路から見て、街の中心部に向かっているようだ。
もしかしたら通りぬけるだけなのかもしれないという甘い考えを持ちそうになったが、本通達が行われるまでに通り抜けるとは限らない以上対処が必要だ。
移動の速度が安定している。そして魔法少女の速度よりも遅い。
更に魔法少女たちの位置関係が一切ぶれないことから乗用車で移動していると判断できる。
対乗用車なら、ぶっちぎりで相性のいい魔法少女が居る。彼女たちのどちらかとの合流が先決だ。

「ケージと刹那と私で三人を相手を見つけるから、カイコは他のメンバーと一緒に万一の時に備えてて」
「うん」

チャットにログインし、メッセージを残す。
†闇皇刹那†とアンナ・ケージの2人に、Y市中心部にある橋が最初の合流地点と打ち込む。
今回の陣頭指揮を取るのはジャクリーヌだ。
相手の居場所を突き止める魔法を持っているのがジャクリーヌだけである以上、余生を謳歌などといって奥に隠れてこそこそはしていられない。
せめて最後だけでも。
街の魔法少女たちのために、この「だれかの側に駆けつけるための魔法」を使いたかった。
震えはもう止まっていた。追いつめられたらもう震えてなんか居られないというのはこれまでの六週間でしっかり理解していた。
こんな時だけはここまでの六週間に本当に感謝する。


時計を確認する。八時十分少し前、といったところだ。
今から、この最後の大舞台の幕が引くまでどれだけ時間がかかるかは検討がつかない。なんせ相手は目的不明の魔法少女が三人も居るのだから。
だが、呼び出したメンバーには責任感の強いアンナ・ケージが居る。それに、待機メンバーには理屈っぽいがその分頭の回るまじよも居る。
仮に追い返すのに手こずり、マジカルキャンディーの残数が0であるジャクリーヌがその場で倒れたとしても、ちゃんと侵入者を追い出す方向で動いてくれるだろう。
その点に一切不安はない。
ただ、心残りが1つある。
ここで別れてしまえば、もう二度とフィアンとは会えないかもしれない。
隣で魔法の端末を弄って残りのメンバーにメッセージを送っているフィアンを見る。
結局、聞けなかった問いがある。
あの時、着信が入る寸前に口から出かかっていた言葉。それは、七週目に入ってからずっと考えていた、ジャクリーヌにとって人生の全てが篭った問いだった。
この機を逃せば二度とその答えは聞けないかもしれない。

「……カイコ」

フィアンが振り向く。好実とどこか似ているその顔を眺めて、遊園地の時や喫茶店の時と同じように、喉元まで上がってきた問いを飲み込んでしまう。

「……行ってくるよ。バイバイ。今までありがとね」

「……バイバイじゃないよ。またね、だよ。純ちゃん」

聞けなかった。
だけど、これでいいのかもしれない。
心残りは大きいけれど、それでも、蓋を開けてしまえば引き返せない道になる。
聞かないままのほうがいいのかもしれないと思うジャクリーヌは、やっぱり、小心者なのだろう。
でも、誰かに小心者と笑われようと、ジャクリーヌの中では偽りのない十年分の幸せを抱いて最期の時を迎えたい。
だから、ジャクリーヌは、問いを頭の隅に追いやって、やっぱり笑顔でこう答えた。

「じゃあ、またね!」

寂しそうに笑うフィアンの姿を見て、ジャクリーヌは夜の闇に向かって走りだした。


56 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/09/26(土) 19:22:01 gM3kaEls0


投下終了です。


タルタニアス       壁に手をかざすと世界の武器が飛び出すよ
みっちぃ         目的地を入力すると分かりやすくナビゲートしてくれるよ
どんどちゃん      燃やした物から物の声が聞こえるよ
チティ・チティ      大事なものにコーティングを施すよ
みずみずしいな     魔法の蛇口でどこでも美味しい水が出せるよ
アメリア・アルメリア  芸術的な飴細工を作れるよ

今回の話を書くにあたって新しく考えた魔法少女です。お納めください。
しいなちゃんとアメリアちゃんはかなり自信作なので応募させてください、応募したい、応募、応募……
月間魔法少女育成計画さん、お願い……発表まだだし、滑り込み……


投下ついでに

○愛の申し子パルメラピルス
○アンナ・ケージ
○JJジャクリーヌ
○電電@電脳姫
○マリンライム
○†闇皇刹那†
○ンジンガ

予約します。


57 : 名無しさん :2015/09/26(土) 22:53:52 9jAUm0U.0
投下乙です
ファヴの言動とか夢のある魔法とか原作っぽくてすごい読み応えあるわー
落石注意って「落ちてくる石」の方の解釈もいけるのかw

残り9人てことは未登場の子がいるか、さもなくば音楽家さんが入ってる・・・?


58 : 名無しさん :2015/09/28(月) 07:41:55 h/k/zRos0
投下乙です
うう…年端もいかない少女がみんなのために犠牲になるの選ぶ展開はつらいうつくしいな
それをこのぽんぽんクソ野郎はまた適当なこと言って〜!グバァされろグバァ
飴細工さんの魔法は見た目綺麗で切れ味と応用性もありそうですごくまほいくっぽい。
魔法少女たちの立ち位置もほぼ確定した感じだし、次回からはついに殺し合いか…


59 : 名無しさん :2015/09/30(水) 20:15:26 jq5oNEjI0
投下乙です
街の魔法少女達は試験開催中?
しかし街の外ではクラムベリーが既に死んでいるということになっている
ぽんぽん野郎だけ生き残った……?


60 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/03(土) 12:48:17 gnKIc0JM0
今日の深夜〜明日の朝くらいの投下になります
宣言せずに次のレスからスタート


61 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:00:11 q/9XwG8Y0


☆愛の申し子パルメラピルス


市民会館を出たあとは、パルメラが乗り付けた車での移動となった。
まずパルメラが運転席に座り、へろへろとした足取りで電電が乗り込む。
ンジンガは車を物珍しそうに眺めたり触ったりしていたが、電電に促されて乗り込んだ。
最後にマリンライムが乗り込み、全員がシートベルトをつけたのを確認してエンジンをかける。
そこでようやく、マリンライムが口を開いた。

「あの、なぜ車で移動を?」
「しゃーないんだよぅ。ンジンガちゃん、こういうのからっきしで」

答えたのは電電。
スモークガラス越しの景色を楽しんでいるンジンガがひょいと電電の方を向く。
会話の内容を理解してるかどうかは分からないが、なんとなく楽しそうだ。
マリンライムが「まだ理解が出来ない」というふうに眉間に皺をよせると、ンジンガも真似してむむむと眉間に皺をよせる。
少し注釈を入れておくべきかと考えていると、電電が切り出した。

「マリンちゃん、魔法使いって知ってる?」
「魔法少女じゃなくて、ですか」
「そ、そ。まず魔法使いっていうのはさ」

電電が彼女にしては分かりやすく説明しているのを聞きながら情報を整理する。
魔法使い。黒衣に山高帽というオールドスタイルな魔女のような格好をした人たち。
一点強化の固有の魔法で立ち向かう魔法少女とは違い、魔力を用いた技術、即ち魔術を使って広く浅くに対応していく。
火の玉のような簡易呪文から始まり、身体補助魔術、薬学医学にも精通しており、様々な状況下でそのスキルを活かせる。
その代わりに魔法少女のような身体能力の向上はない。
魔法の国の主な住民。魔法少女よりも高位に位置する。
魔法の国の魔法少女部門のお偉いさんもだいたいは魔法使い。
パルメラの上司や交流のあるお偉いさんにも魔法使いは居る。
マリンライムのような担当地区で活動する魔法少女には馴染みが浅いかもしれないが、サラリー魔法少女ならだいたいが存在を知っている。
電電もパルメラとだいたい同じ説明をして、マリンライムに魔法使いについてレクチャーーした。

「つまり、ンジンガさんはその『魔法使い』なんですか」
「まあ、そうだね。広義で言えば。厳密にはちょっと別だけどさ」
「……えっと……じゃあ、厳密に言うと、違うんですか」
「彼女は魔術は使えないから。ンジンガちゃんが使えるのはあくまで『自然のお友達とのお話』だけ。だから、魔法使いではない」

その言葉に、今度はパルメラがへえ、と相槌を打つ。
パルメラもここでようやくンジンガの正体について合点がいった。
信号待ちの間に電電の方を向いて問う。

「つまり、呪術師寄りってこと?」
「そ、そ。祈祷師や占星術師も兼ねてる」

更にクエスチョンマークが浮かんだマリンライムとンジンガをよそに、うんうんと頷いてみせる。
呪術師に会うのは初めてだが、こちらも知識だけはある。魔法使いのバリエーションの一つだ。
東洋の魔術体系には「龍脈」という概念がある。
これは大地内部を走る魔力の動脈のようなものがあるという考え方で、「大地の神の力」や「精霊の加護」など呼び名は違えど世界各地に似通った概念が存在している。
魔術師は往々にしてそんな魔力の塊から吹き出すエネルギーを自身の魔力として転換し、魔術へと使用する。
それに対して、自身の魔力として転用せずにあるがままの状態で操作する者がここでいう「呪術師」だ。
分かりやすいもので言えば雨乞い。
魔術で事象を捻じ曲げるのではなく、降霊術、精霊術、そういった「自然物」への干渉で事象の発生を促す。
さらに言えば「自然物」の流れを読んで占術や祈祷も行なう。
つまり、「自然の友達とお話ができる」というのはそういった呪術師のスタイルを電電なりにざっくり表した説明だったわけだ。
魔法使いを紹介する時に「呪文と儀式で様々な魔法を使うよ」と紹介するようなもの、だろう。

マリンライムたちはやはりよくわからない、という顔をしている。
どう説明するべきか。説明しておく必要はあるのか。
その辺の判断は電電に任せることにして、パルメラは運転に集中することにした。
高速道路を経由でも一時間以上かかる道のりだ。
下道を通る時間も合わせればだいたい二時間位は運転し続けることになる。
いくら魔法少女の瞬間判断能力や対応力が優れているからといって、油断は禁物だ。
事故を起こせばンジンガが死ぬ。安全第一。法定速度は順守。それが運転手のマナーだ。


62 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:01:10 q/9XwG8Y0




Y市はクラムベリー最後の試験の行われたN市に近い港湾都市である。
市の真ん中を通る大きな二本川がトレードマーク。川を隔てて東が東区、西と中洲部分が西区と分けられる。安直だが分かりやすい。
西区は居住区と言うべきか、限られた地区に無理やり住宅を詰め込んだせいでかなり道が入り組んでいる。
東区は博物館、美術館、公園などの公共施設と遊園地や近隣最大のショッピングモールのような商業施設が多い。道路は最大七車線とかなり広め、道も直線が多い。
今パルメラたちの車が走っているのは西区中部。隣接区から続いている国道を道なりに真っすぐ走り続けている。
このまま国道をまっすぐ走れば、やがて西区と東区を繋ぐ橋が見えてくるだろう。
基本的なマップデータを思い出しながらハンドルを切る。

「雨も降ってないのになぜか突然増水した河。中洲地区が一部浸水。
 当日は水による被害が散見された。同日発見された建築物破損もウォーターカッターによるものだと専門家は見ている……ふうん。専門の機械無しで、か」

運転をしながら電電が「へー、ほー」といいながら読み上げるこの地区の最近のニュースに耳を傾ける。
人身事故。
失踪事件。
地方紙の訃報。
夜の街を駆ける可愛らしい少女の噂。
奇妙な事件の数々。
そんな、魔法少女に関係の有りそうな事件の中でパルメラが気にかかったのは西区川沿いに存在する通称「飴ビル」の事件だ。
Y市内でも有名なパティシエールが変死を遂げた事件。
新聞によると「ビル中に飴がばら撒かれていた」「類似の事件は認められない」「愉快犯の可能性」「誰がやったのか一切証拠なし」「事件との関係性を調査中」ということだが。
血眼になっているのは件のパティシエールとごくごく親しかった人間や警察や一部の怪事件フリークくらいで、一般人の間では遠い異国の事件と一緒だ。
怖いねえ物騒だねえ気をつけようねえですでに過去の事件になっている。
だが、電電とパルメラは当然のようにその事件に目をつけた。

「それ、絶対魔法少女の魔法だよね」
「こんだけ大規模にやらかすのは只の人間じゃ不可能だろうしねえ」

右ウィンカーを点けて車線を変更する。
一度その飴ビルを見に行ってもいいかもしれない。
ただ、どうしても寄り道になってしまうので、協力者である「スー」の回収後に余裕があれば、になるだろうが。
鼻歌を歌いながら少しだけ考えていると、適度に広そうな公園が見えてきた。

「パルメ、そこ右」
「はーい」

ウィンカーを点けて、ハンドルを切る。
目的地は東区の予定だが、東区に行く前にやっておくべきことがある。


63 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:03:26 q/9XwG8Y0


公園の前に駐車して、四人で降り立つ。
人目がないのは確認済みだが、ンジンガ以外は衣装を隠せるように変装している。
パルメラ、電電、マリンライムの三人で念のため四方を警戒しながら、早速儀式を執り行う。

「久しぶり」

ンジンガが夜空の下に立ち、そこには居ない誰かに呼びかける。
その呼びかけに応えるように、ぶわりと風が広がった。
麻色の儀式服がはためき、結った髪が風に乗って浮き上がる。
そして、天を仰ぎながら世界に向かって踊りを奉り始めた。
舞い踊るンジンガはせんべいを食べていた時や車を見ていた時とはまるで雰囲気が違う。
儚さや艶やかさを纏い、毛先から指の一本一本に至るまで

「呪術は儀式の段階を踏めば踏むほど使える力は大きくなる」
「例えば、目の前の草から力を借りる程度なら呪文だけでもいいけど、規模が大きくなったり力を借りるものとの距離が離れれば舞や供物が必要になって、儀式にかかる労力も多くなる」
「気象操作や降霊みたいなほんとにすっごいのになれば、よほど状況が揃ってないかぎりは人間一人分の生け贄と長時間の祈祷が必要になる。らしいね」

ベンチに座っている電電がンジンガの方を見ながら身体を揺らしている。とても楽しそうだ。
ざっくりとした性格だけどもともと知識欲は旺盛な方で含蓄も深いから、こういうのを見るのは好きなんだろう。
いつもは面倒臭がる説明も、つらつらと口にしている。よほど興が乗っているんだろう。
しばらくするとンジンガはとん、と両足を揃えて止まり。両手を広げて天を仰いだ。
ちか、ちか。星が少しだけ強く輝いた気がした。
それをぼおっと眺めたあと、儀式の時の精悍な雰囲気はどこへやら、今までどおりのぼおっとした顔に戻って三人に向けて、一言、二言、話しかけた。

「魔法反応、あった。この街、たくさん。でも、妖精、居ない」
「魔法少女っぽい子はあたしたち以外に何人居る?」
「八人」
「おっどろいた。マジに居んのね。上にレポート送っとくか」

そのやり取りでようやくわかった。
占星術を使って街中の魔力反応を探る。そして魔力反応のある人物、即ち魔法少女や魔法使いの居場所を特定する。
人目に付かない場所を選ぶ必要が有るが、この能力があれば成程、今回のような魔力を持つ人物探索を行なう上で非常に役に立つ。
これが電電が言っていたンジンガの「こういう時に役に立つ」の理由なんだろう。


しかし、八人か。
ステッキのうえで両腕を組み、そこに顎を乗せて考える。
マリンライムがスーから聞いたこの街の最初の人数は十五人。
マリンライムがスーと出会った時点で残り十人だったと聞いていた。
以降で二人減った。つまり、試験はまだ続いている。
森の音楽家のシンパの犯行ならばこのまま生き残りが最後の一人になるまで続けられるはずだ。
これ以上犠牲が出る前に問題を解決しなければならない。


それと、妖精が居ないという情報。
これが真実ならば暫定魔法使いのしわざか。
それとも、魔力反応を隠せる電脳タイプの妖精が手伝っているのか。
だが、電脳タイプの妖精の所在は人事部で一括管理されている。自作でもしないかぎり活用は不可能だ。
ふいとンジンガ以外の二人に目を向ける。
電電は聞いた情報を整理しながら魔法の端末に打ち込んでいる。「助っ人」や上司への報告をしているんだろう。
マリンライムは心配そうな面持ちで東区の方を見つめている。スーのことを考えているのだろうか。

「あっち」

ンジンガがつい、と進行方向の方を指し、また一言ずつ続けた。

「あっち、二人。魔法少女。待ってる。こっち。近づいてた。今、止まってる」


64 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:04:54 q/9XwG8Y0


あっち、と指した方向は先程まで車が向かっていた方向だ。
つまりここに立ち寄ってなければ完全に鉢合わせになっていただろう。
Y市は比較的大きな街だが西区から東区へ向かうルートは限られている。
中部の橋を通るルートはその中でもオーソドックスなルートと言える。
偶然すれ違う可能性も否めなくはない。
だとしても。
魔法少女と魔法少女が、それも今日の今日だけ訪れたパルメラたちと街の魔法少女がピンポイントのタイミングで鉢合わせになる、というのは偶然にしては出来過ぎだ。

「進行方向にニ名。どう見るパルメ」
「ん〜、ちょーっと、おっかないかな〜?」

突入してまだ十数分と経っていないのにこちらの存在がバレているかもしれない。
敵側に諜報能力を持っている魔法少女がいるにしても、この速さはおかしい。
何者かが突入の情報を諜報能力持ちに渡して、迎撃に向かわせたのか。
ならば、何者かに突入をリークされたか。
今回のY市突入を知っているのはここにいる四人と監査の上司、あと電電の言っていた「パルメラ以外にも呼んだ助っ人」一人だけ。
もう一度ちらりとメンバーを見る。
移動中に不審な行動をした者は居なかったはずだ。
パルメラは運転もやっていたので隙があるかもしれないが、それでも、誰かに情報を送るような行動を取っていれば気づく。
それに、電電含めここに居る四人はシロ判定が出ている。まずない、とは思うが。

「二人が待ち伏せって、バレてるんですか。私たちのこと」

マリンライムが不安げな表情で電電に尋ねる。
電電は魔法の端末を弄る手を止めて三秒間を置き、そしてこう答えた。

「まあもし、こっち側の勘違いだったらいけないから一旦ぐるっと移動してみようか。
 それでもこっちになんかちょっかいかけようとするなら、あっちも気付いてるってことだ」
「気づかれてるなら?」
「本命の犯人が追っかけまわってくれるならありがたいけど、犯人の情報操作で試験に参加させられている魔法少女が追っかけてきてたら厄介この上ない。
 それに、犯人かどうかを見極める方法も限られてるから、接触は避けたいねぇ」

無言で頷く。
この点は同意だ。
接触してもこちらにメリットは一切ない。
対面即捕縛でもいいが、二人居るというのが厄介だ。
相手は二人、たいしてこちらで戦闘に長けているのは(おそらく)パルメラ一人、
一人が一人を置いて全力で逃げ出せば一人には確実に逃げられるだろうし、パルメラたちは「急に襲ってきた魔法少女」だと触れ回られるだろう。
そうすると、協力者であるスーに疑念を抱かれる可能性もある。それは避けたい。

「目標は変わらず、確実に仲間といえるスーちゃんの回収。
 寄ってきてる二人をなんとか引き離して東区目指そうか」

スーとの集合場所は東区の中部にある公園。対してこちらの現在地はまだ西区の中部。
交通の便の関係上西区側から入ることになったが、もしかしたら悪手だったかもしれない。
相手は市の交通事情を知り尽くした相手。通る道を選ぶのも一苦労になりそうだ。
Y市の地図を広げて電電に渡すと、電電はまた力なく笑った。


65 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:05:32 q/9XwG8Y0


☆JJジャクリーヌ

区域を隔てる大きな川を渡るこれまた大きな橋の側で、ジャクリーヌは呼び出した仲間たちの到着を待つ。
ひときわ大きな中橋(なかはし)は西・東両区で成り立つY市のど真ん中を突っ切るように走っている。国道にも含まれている橋だ。
例の三人の魔法少女が国道を走っているというならいつかはここに辿り着くだろうし、市の中央に位置するここからなら身動きも取りやすい。
走りながら右手の上で広げている盤の上のポーンを確認すると、ポーンの動きは止まっていた。なにかやっているのだろうか。
二秒、三秒と数えて三十秒待っても動き出さないところを見ると単なる信号待ちではないらしい。
ならばなにか、と考えていると、少し離れた場所のトタン屋根の揺れる音がした。
ゆっくり振り向く。そこに居たのは夏だというのに漆黒のダークコートを身に纏った少女だった。


ダークコートの少女はジャクリーヌを見ると、そのままジャクリーヌの方に向かって大きく跳躍した。
音もなく着地し、体勢を整える。
ひときわ大きく輝いたような星の光に照らされて、少女の姿が夜に映える。
ドクロや牙のような禍々しいシルバーアクセサリーをコートのいたるところに付け。
ぴかぴかに輝く黒いなめし革のブーツ。コートの下は胸元の大きく開いたセクシーな色物のワイシャツ。
右目の部分には鋲打ちのされた黒く無骨な眼帯をつけ、立てたコートの襟で口元を隠している。
見紛うはずがない。これまで七週間を共に生き抜いてきた魔法少女の一人、†闇皇刹那†(†インペラトーレ・ディ・ラ・スクーロ・せつな†)だった。
刹那は白い短髪を後ろへ流すように梳き上げると、口元を隠す襟を少し持ち上げて呟いた。

「夏の夜はやはり騒がしい……今宵も俺の右目に宿る『闇』が終焉の秩序を覓めて蠢きだしてしまった……」

まるで舞台の上の役者のような口上もいつもどおり変わりがない。
あまりにもいつも通りなその姿に、少しだけ安心を覚える。

「それでだジャック、今この街に何が起こっている?」
「わかんない。侵入者として魔法少女が三人居るのは確かだけど、なんでいるのか、どこに向かってるのかはまったくわからない」

刹那の問いかけに即座に答える。知っていることは以上だと付け加えずともケージは理解してくれたらしく、頷いて少し考えこむように顎に手をやった。

「なにあれ、我々にとって『災厄』を齎す異邦人であることに変わりはないだろう……早々に退場願いたいところだな」


66 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:06:03 q/9XwG8Y0


ジャクリーヌも考えたことを、刹那が劇口調でつらつらとつぶやく。
今回の件で最も注意すべきなのはY市を訪れた3人の魔法少女の動向だ。
走り抜けてくれるなら問題ない。
ただ、なんらかの目的から在留するのであれば、街から出てもらう必要がある。
せめて試験が終わるまで、あと四時間くらいだけでいいので街から出てもらいたい。
なによりまず、動向が知りたい。
呼び止めに応じてくれるだろうか。
交渉が通じる相手であって欲しい。

チェス盤を一度畳み、広げなおしてポーンを一つ置く。今度のポーンが示すのはアンナ・ケージの居場所。
ポーンは東区の北部から南下している。
遠い。会えるまでにまだ十分か、二十分か、かかってしまう。
もう一度畳み、広げなおしてポーンを三つ置く。再び侵入者の魔法少女に焦点をあわせる。
ジャクリーヌの寿命に制限時間が定められている今、一秒が惜しい。
最悪、ジャクリーヌと刹那かケージのどちらか、二人がいれば作戦には移れる。
ケージとの合流は諦める。代わりに、ケージが東区に居ることを利用した作戦も立てておく。

そうしているうちにふと、先程までの強い悲しみや迷いが抜けていることに気付いた。
魔法少女になると身体的にだけでなく精神的にも強くなるのはよく感じていた。
人間らしさを失ってしまったようで複雑になるが。
それでも今は、これから一時間は、ウジウジと悩まず後ろを振り返らないこの魔法少女の心の強さに感謝したい。
ケージに東区橋周辺で待機の旨を伝えて刹那に檄を飛ばす。

「行こう、刹那。侵入者に、この街の魔法少女の怖さを教えてやろうじゃないか」
「くつくつく。なかなかどうして、胸が高鳴る、腕がなる……!」

闇夜に向かって二つの影が飛び立つ。
時刻は八時十八分。
タイムリミットまであと四十ニ分と延長分。


67 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:06:34 q/9XwG8Y0


盤を確認しながら移動していると、ひとつの事実が分かった。
相手方の3人の魔法少女は、何らかの方法を使ってジャクリーヌと刹那の追跡を把握しているということだ。
こちらの行動に合わせて順々に進路を切り替えながら逃げている。
橋側から一直線に迫れば進路を大幅に切り替えて南下。
南側に回りこむように動けば再び進路を大幅に切り替えて西部を通り大回りで北上。
ならばと二手に分かれて北と南から挟み込もうとすれば、挟み撃ちを見透かしたように東へ進路を取りなおす
大きな進路切り替えの都度一分前後の間動きが完全に止るところを考慮すると、定置で行う魔法でこちらの方向を探っているというのが正当に近いだろう。


そしてそこから更にふたつの仮説が立てられる。
ひとつはこの追いかけっこは永遠につづくものではなく早ければ数分後には決着がつくだろうということ。
現在の車とジャクリーヌたちの走る速度はほぼ同速。
リアルタイムで監視して相手の動きに合わせて動けるジャクリーヌ組が追い、短くても数十秒ほど逃亡の手を止めなければならない未確認少女組が逃げる形になっている。
さらに言えば、相手は交通状況に合わせて運転を行わなければならないが、ジャクリーヌたちは建物の屋根を渡ったり電柱を飛び移ったりとショートカットも可能だ。
つまり、二者の距離はどんどん縮まっていく一方。
現に今、ジャクリーヌたちと未確認少女組の距離はごく近い位置まで近付けている。
そろそろ視界内に対象の車が入ってきてもおかしくない。
そしてもうひとつは相手方に現地の魔法少女との接触の意思がないということ。
追われて逃げるということはできるだけ出会いたくないと判断できる。
今は絶好のチャンスだ。
だが、このチャンスをやりこめられてしまえば、再び逃げられ、時間を浪費することになる。
そうなってしまえば、街の魔法少女側の犠牲者の増加が決まる。
後数秒で勝負が始まる。ぐっと腹をくくって、手に持った魔法のチェス盤を確認する。
細かい曲がり角との動きのシンクロ、ジャクリーヌたちの速度との比較。
間違いない。四車線道路の右側を走る白い乗用車だ。
同速で以上で逃げられているのでこのままでは完全に追いつくことは不可能。
追いつけなければ声をかけることも出来ないし、無理矢理運ぶことも出来ない。
ひとまずは、追いつくためにあの車の速度を落とす必要がある。

「刹那、あの白い車!」
「くつくつく。夜の俺を振り払えると思うなよ」

刹那とともに建物から飛び降り、車の背後数百メートルの位置につける。
相手にこちらの姿が割れてしまうが問題ない。
どうせ存在は知られているし、止めるためには刹那が姿を見せる必要がある。
それに、無理やり止めれば後続車や横を走る車に突っ込んでしまうかもしれない。
それを未然に防ぐためには、この位置が最も都合がいい。
ぐん、と少し車の速度が上がる。あちらもジャクリーヌたちに気がついたらしい。
だが、刹那が光源を視認できる範囲に入り込めた時点で、こちらの計画の第一段階は完遂できている。


68 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:08:20 q/9XwG8Y0


「世界よ―――『色褪』せろ!!」

仰々しいセリフとともに刹那が眼帯をつけていない左の目を閉じ、眼帯を弾きあげる。隠されていた、左目とは色違いの美しい金色の瞳があらわになる。
左目を閉じた瞬間、目標としていた車のライトが消え、速度ががくんと落ちた。


刹那の魔法は、魔法の端末に表示される説明では「光を消せる」とあるが、実際には少しだけ違う。
単純に目に見えている光の存在を消せるだけではなく、電源ランプの光を消せば電源を落とせるし、ガスコンロの火を消せばガスの漏出も防げる。
つまり、単純に光を消すだけでなく、その光に連動している機能の一部を変更できるのだ。
車の場合、ライトをつけるにはエンジンがかかっている必要がある。
刹那の魔法は、その「エンジンがかかっている」という状態を打ち消して光を消した。
エンジンさえ止めれば車は速度を維持できない。
実際はエンジンをかけ直せばそれだけで切り抜けられてしまうのだが、車内の魔法少女がそのことに気づき、エンジンをかけ直すまでの時間があれば勝負をかけるのには十分だ。

「夏の夜の騒乱も最早これまで―――さあ、靜寂に眠れッ!!」

刹那が決め台詞を決め、一気に前傾して走る速度を上げる。
ジャクリーヌと違い、刹那は身体能力にも優れた魔法少女であるため、本気ならばジャクリーヌより20km/hほど速く走れる。
速度を上げた刹那が、ぐんぐんと白い背中に迫っていく。
車が再び動き出すような兆候は見られない。
もしエンジンがかかり車が再び動き出しても、エンジンに連動してテールランプが輝くので刹那が再びそれを消せば動きを止められる。
あとは刹那が追いついて車の横に回り逃走経路を遮断、ジャクリーヌが追いついて逆側の逃走経路も遮断。
窓を割ってでも相手に話を聞いてもらう。
交渉が成立しないようならば、車ごと魔法少女たちを抱えて市街まで移動。その後交渉で試験終了の通達まで市街で待ってもらう。という手筈だ。
刹那が車まで数十メートルにまで近づいたところで、事態は一変した。

「―――――、―――!」
「――――!」

車の中から声が飛ぶ。
風のせいで上手く聞き取れない
同時に、運転席のドアが開いて運転席に座っていた人物が飛び出した。
ふわふわとした白とピンクのミニスカートドレス。手には可愛らしいステッキを持っている。
秋葉原系のコスプレアイドルのような装い。
だが、コスプレとはまるで違う。
その衣装、その容姿、その佇まいには紛れも無い「本物」の風格があった。
ふわりと少女が飛び上がる。
その跳躍は重力を感じられない。
まるで背中に羽でも生えているかのように、夜空を背負って舞い上がり、ジャクリーヌたちと車の間に舞い降りる。
あまりの優雅さに目を奪われる。挙動の一個一個がまさにアニメでお馴染みの魔法少女という感じの少女だ。
ジャクリーヌの右手の上、盤上のポーンの位置が一つだけずれる。
彼女が「侵入者」魔法少女の一人で間違いない。


69 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:10:54 q/9XwG8Y0


「あの、止まってください!! 話を聞いて!!!」

声を張り上げる。しかし少女には届かない。
車との間に立ちはだかった少女は車の背に背を合わせ、車を背で押すようにバック走で走り出した。
減速していた車の速度が一気に安定する。
その速さはバック走ながら刹那に引けをとっていない。
唐突な行動と、そんな原始的な対応方法で切り抜けられるのかという発想に驚きを隠せない。
刹那の魔法を受けた瞬間にその対応方法に辿りつけたというのも、経験の差を感じる。
だが、逃がす訳にはいかない。

「刹那!」
「猪口才!!」

刹那が片目を閉じたまま一気に走り寄る。
ジャクリーヌもジャクリーヌで魔法のチェスピースを握りしめ、力に任せて思い切りぶん投げる。
この程度の飛び道具で倒せるとは思っていない。
ただ、バック走で車を押しているという状況を崩せればそれでいい。
当たるにせよ、避けるにせよ、少しくらい動きがぶれるはずだ。
あの不安定な走りでバランスを崩せば、安定した速度なんか出せなくなるはずだ。
そうすれば、刹那が一気に追いついて車を止められる。
アイドル風の少女は迫るチェスピースに身じろぎ一つしない。
避けないのか、と思った瞬間、ピンク色の残像が走った。
同時に、投げたチェスの駒があっちこっちに飛び散る。
その残像が、少女が手に持っていたステッキを超速で振るった軌道だと気づくのにはさほど時間は要さなかった。


かっ、かっ、かかかっ。
振り払った勢いをそのままに、バック走をしながら少女は、今度はステッキで道路を叩いた。
同時に、叩かれた場所から高さ・幅ともに一メートルほどのハートマークが並んで飛び出す。
全力で追っていた刹那の目の前にあらわれたそれは、まさに突如現れた巨大なハードルとしか言い様がない。

「なッ―――!?」

刹那が慌てて飛び上がってハートマークを避ける。
飛んだ分だけ刹那の速度が落ちるのを、少女は見逃さなかった。
少女はすぐさま身体の向きを変え、今度は正面でがっつり車を支えて走りだす。
その速度は、車を押しているというのに刹那の全力よりもやや速い。魔法少女としての地金の違いか。
このままでは逃げられてしまう。
焦る気持ちで彼女の背に向けてもう一度チェスピースをぶん投げる。
がら空きの可愛らしい背中にチェスピースのうち二個が当たり、車の速度が少しだけ落ちる。
心が傷んだ。こんなことなんてやりたくないと、魔法少女の心の下で十文字純佳の心が叫んだ。
だが、この瞬間を見逃してはならないのだ。
一秒にも満たない、瞬きほどの時間で横を確認する。刹那は既に体勢を建て直して全力での追走に移っていた。
このままで行けば、なんとかぎりぎりだが追いつけるだろう。


70 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:13:12 q/9XwG8Y0


しかし、現実はそう上手くいってはくれなかった。

「―――――――! ――――――――!!!」

車の中から聞き取れない叫び声が上がる。
その声を聞いたパルメと呼ばれた少女は顔だけ振り向いてジャクリーヌに軽くウィンクを飛ばして、車の上に飛び乗った。
すると、法定速度少し下くらいで走っていた車は、突如ギアが四段も五段も切り替わったように速度をぶちあげる。
ぎょっと目をむく。
刹那を見る。
片目は閉じっぱなしだ。魔法はまだ解いていない。
だというのに、時速にして百キロは出ているのではないか。
刹那の魔法に十数秒で対応してきた。そしてどうした方法か、元の速度を遥かに上回る速度を出すようにシフトチェンジまで行った。
街の魔法少女内で身体能力に優れている方の刹那でもこれに追いつくのはたとえ全力でも不可能ではないか。
テールライトもついていないので今度のエンジンは止めることも出来ない。


これは、もう。
追いつけないのではないのか。


どろりとした泥のように冷たい何かが胸の中に広がる。
じわりじわりと喉元まで泥が上がってくる。
それが、声にも出来ない「絶望」だと気づくのにそう時間はかからなかった。


ひたすら後ろに流れていく街並み。視界の端に、居酒屋の電光掲示板が飛び込む。
時間は、二十時三十二分。
通達は少し遅れると言っていたが、何分伸びる?
一時間伸びるにしても、三十分伸びるにしても、あの速度の車にもう一度追いつくことが出来るのか?
逃げられる。
追いつけない。
じき、時間は来る。
そしてルールに従いジャクリーヌが死ぬ。
ジャクリーヌが死ねば、彼女たちの居場所を把握することはできなくなる。
彼女たちの居場所を把握できなくなれば、もう手の出しようがない。
あとニ十八分。あとニ十八分で三人の犠牲者が増えるかどうかが決まる。
意識した瞬間、昼間にフィアンとくだらない話をしながら収めた胃の中身と一緒に泥が一気にこみ上げてくる。

「う、ぐ」

吐き出しそうになった絶望を噛み殺す。
まだだ、まだ手はある。
頭のなかで作戦を組み直し、魔法の端末を開いて通話機能にアクセスする。
通話の相手は当然、東区側で待機しているアンナ・ケージだ。
アンナ・ケージが居るのは市の中央に位置する中橋。
車が向かっているのは市の北部に位置する中洲渡橋(なかすわたしばし)。
二つの橋の距離はそう近くない。

「ケージ、区内北部、中洲渡橋を西区側から一番速く突っ走ってる車! 一台!! 四人乗りの白の乗用車!! 市街ナンバー、番号は―――」

車の特徴とナンバープレートの数字を伝える。
返事は了解の二文字のみ。大丈夫だ、伝わった。
すいすいと他の車の間を縫うように進んでいく白い乗用車。その背はもう、どんどん小さくなっていく。
必死で追い縋りながら祈る。
アンナ・ケージが先回りに成功して、車を止めてくれることを。


71 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:14:30 q/9XwG8Y0


☆愛の申し子パルメラピルス


車の上から器用に運転席に飛び込み、風圧で開きっぱなしになっていたドアを無理矢理閉める。
ドアの継ぎ目の部分から「ぎがご」という聞こえてはならなそうな音がしたが、気のせいだと信じたい。
運転席のシートに背を預けると、追跡していた魔法少女からなにかを当てられた部分が熱を持っているのが分かった。
少し痛むが、負傷自体は軽微だ。傷んでいても行動に差し支えはないし、魔法少女の治癒能力があればすぐに痛みも引くだろう。
シートベルトを締め直して、警察対策で運転している振りを始めると、そこでようやく現在代わりに運転を行っている電電が口を開いた。

「どーよパルメ、引き離せてる? だいじょぶ?」
「オッケー♪ このまままっすぐ走ってスーちゃん迎えに行っちゃおうっ!」
「ははは。油断は禁物だぜい、パルメぇ」

ちらりと顔を見る。
電電は口調こそ飄々としているが、表情は真剣そのものだ。
モニターの端から端までを目を皿のようにして見続け。
手は一切止まること無くキーボードに入力を続けている。
その速度と力強さはもう、叩くや打つではなく、「撃つ」と言うべきか。
あの小さなモニターとキーボードで車一台も操れるのだから大したものだ。





突然車のエンジンが止められた瞬間、追跡者の魔法の可能性に即座に辿り着いた。
「車を止める能力」。
考えられるのは機械を強制的に停止させる魔法や周囲の物体の機能を強制停止させる魔法か。
近くを走る車を見る。この車以外には同じ効果は見られない。
つまり対象はこの車のみに限定できる/一台ずつしか対象にできないということ。

対策は思い浮かばない。
車は狭い。それに床は魔法少女の全力に耐えられないほど脆い。
車が止まったからといってどやどやと飛び出しても、全力の助走が付けられない以上、魔法少女の身体能力でも無為に逃げればすぐに追跡者に捕まることになる。
車が再び動き出すのが最善だが、もしかしたらこれは発動されれば対策の打ちようがない魔法かもしれない。
この手の魔法にパルメラ個人は一切の抵抗力を持たない。
パルメラに出来るのは、力技で相手を倒すか力技で距離を引き離すくらい。
パルメラが時間を稼ぎ、その間に電電が打開策を見つける。
それくらいしか方法は思い浮かばない。

「電電!」

シートベルトをぶっこ抜きながら、座っている電電の方を向く。
電電は既に車に二本のUSBを突き刺していた。
目があった。分厚い眼鏡越しにぱちりとウィンクが飛んでくる。
言うまでもない、ということか。

「しゃあいけ、パルメ!」
「オッケー!」

口角が釣り上がる。
蹴破るように運転席のドアを開けて飛び出した。
相手が回り込んでくるより早く力強く大地を蹴り上げ、飛び上がる。
車と追手を遮るように立ちはだかり、追手と向かい合ったまま車を背で押して走る。
追手二人はパルメラのバック走に少々驚いたようだが、一人はこれ幸いと車に迫り、もう一人はならばバランスを崩すまでと言わんばかりに小物を全力で投げてきた。
ステッキを振るう。小物があさっての方向にはじけ飛ぶ。
時速50km/hの風に、「舐めるなよ」というアイドルがしてはいけないつぶやきは溶けていった。


72 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:16:49 q/9XwG8Y0




結局、なんらかの方法で車自体の機能を停止させる能力だ、というのは後々電電の説明でわかったことだった。
電電はパルメラが飛び出した後車を解析、「単純にエンジンが止められているだけ」と判明。
だが、同じ挙動で走りだしても再び止められるだけと判断。
そこで今度は電電が、車本体ではなく魔法のデバイス経由で車を操作した。
しかもご丁寧に、相手の速度を遥かに上回る速度で走れるように車のリミッター機能を解除して。
流れるような解析・判断・対応。
さすがは給料を貰う代わりに様々な魔法少女部門の事件に首を突っ込んでいるだけはある。
ダークコートの少女の速度でも、時速100km/h超には追いつけない。距離は開くばかりだ。

「このままの速度で公園まで?」
「そりゃあ無茶だね。十分に引き離したし、そろそろ一旦速度落とすよ。あたしの頭も熱暴走寸前だ」

表情が少しだけゆるくなった電電がそう言って、キーボードを「撃つ」音が叩く音くらいまで穏やかになる。
それにしたがって車の速度がリミットオーバーから法定速度くらいまで落ちる。
文句はない。
サイドミラー越しに背後を確認するが、もう追ってきていた二人の姿は見えない。
ここまで引き離せば、ちょっとやそっとでは追いつかれない。
電電にかかる負担も少ないに越したことはない。
橋を越えればもう東区だ。東区は幅数の多い直線道路が大多数なので距離を詰められる分量も少なく済むだろう。


―――ぴりりりりりり


橋を渡りきったところで突然、笛の音が響いた。
音を耳にした瞬間、車がぐるりと大きく右折する。
車は大通りから、河沿いの一車線道路に入り込んだ。

「どしたの、電電」

急な進路変更を訝しく思い、電電に尋ねる。
しかし電電は、特に気にした様子もない。

「電電?」
「ん? あれ、今のとこって右折のみだよね?」

そんなはずはない。
道路はまっすぐに続いていた。
むしろ右折した道のほうが狭くて走りにくいくらいだ。

言いようのない違和感に答えが出る前に、車の真正面に空から一本の道路標識が降ってくる。
赤い丸に白い横棒の標識が示すのは「車両進入禁止」。
キーボードを叩く音が車内に響き渡る。
当然、標識をゆうゆう避けて突っ切ることが出来るはずだった、が。


―――ぴりりりりりりり


再び、夜の闇に高らかに、警笛が響き渡る。
瞬間、なぜか車は急停止した。


73 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:21:50 q/9XwG8Y0


電電の呑気顔に、ここに来て初めて焦りが生まれる。。
試しに正規の手順でエンジンをかけてアクセルを踏もうとしてみた。が、車は動かない。
いや、車が動かないというより、「この場所でアクセルを踏もうとしてはならない」と頭が理解し、こちらの意思とは別に身体を制御している、という感じだ。
今度は何も聞かない。
魔法だ。
それにこの魔法は、パルメラが考えているものが正しいならば、車での移動とすこぶる相性が悪い。
こちらが東区に向かうことを想定して東区に一人潜伏していたということか。
それならば、ンジンガの索敵では気づけない。まんまと裏をかかれた。


―――りりりりり。


警笛が途切れる。
すると唐突にアクセルが踏めるようになり、車は正面に向かって発進した。
勢い余って目の前に突き刺さっていた標識に突っ込み、標識を柄ごともぎ取って走りだす。
しかし、脇に置かれていた「徐行」の道路標識を目にして、警笛を耳にすると、今度は早く走ることが出来なくなった。
メカニズムは分かった。
標識があると認識し、警笛の音を聞くとルールに従わなければいけないのだ。

「これも追手さんかなぁ。凄い熱烈だね」
「標識見るのが鍵っぽいし、目につく標識全部ぶっ壊せば問題なさそうだ。パルメ、頼める?」

車を捨てて逃げ出すのは辛い。
ンジンガの動きが制限されるのもそうだし、そもそもこの車はジャクリーヌの私物だ。
道路標識に突っ込んでフロントバンパーやボンネットがべっこり凹んでしまったがローンがまだ半分以上残っている。
それに、この魔法が車の動きだけでなく人体の動きすら操作する魔法であるという可能性もある。
車を捨てても、「歩行者禁止」の看板を出されて従うことになればそれだけで終わりだ。
それならまだ、道路標識を全てぶっ壊した方が早く済む。
パルメラの魔法は効果が効果なだけに「できるだけ見ず知らずの魔法少女に魔法のバリエーションについて知られたくない」という思いもあるが、背に腹は変えられない。
先ほどのように天井に乗って、目に映る標識の全てに、愛とハートに溺れてもらおう。

「じゃあパルメ、いってきまーす!」
「あ、待って下さい。後ろ……」

ドアに手をかけ、外に出ようとしたパルメラを、マリンライムが制する。
すると、ほぼ間をおかずに背後から少女の声が聞こえてきた。

「どちらの魔法少女かは知りませんが、聞いてください。
 私はJJジャクリーヌ、この街の魔法少女です! 現在選抜試験に参加している魔法少女です!!
 あなた達に、お願いがあるんです!」

車内に沈黙が流れる。突然の事態に手こずっている少しの間に追いつかれてしまったらしい。
同乗者の顔をミラー越しに伺うと、誰もとても険しい顔をしていた。
接触は避けたい、のだが。ここまで迫られると、さすがに打つ手が無い。

「電電」
「手詰まりだ。なんにせよ一旦応じるしかない」
「……おっけい。じゃ、パルメ、行ってくるね」

パルメラの顔は割れている。それに、戦闘能力も高い。
そういった点を鑑みれば、交渉に赴くのはパルメが適役だ。
現在発動されている「道路標識の魔法」の魔法少女を拘束すれば、電電たちは逃げられるかもしれない。
逃げるならば車の操作に一家言ある電電が、迎え撃つならば戦力の高いパルメラが。
分離のリスクやさらなる待ち伏せなど不安がないといえば嘘になるが、不安だ不安だと叫んでも状況は変わらない。
パルメラはウィンクを残して、車のドアに手をかけた。


74 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:22:48 q/9XwG8Y0


☆JJジャクリーヌ


「どちらの魔法少女かは知りませんが、聞いてください。
 私はJJジャクリーヌ、この街の魔法少女です! 現在選抜試験に参加している魔法少女です!!
 あなた達に、お願いがあるんです!」

聞こえただろうか。
伝わっただろうか。
返事はない。
ただ、数秒すると、運転席側のドアがゆっくりと開いた。
降りてきたのは、先ほど車を背で押すというアクロバティックな逃走方法を見せた、パルメと呼ばれていた少女だ。

「もう、酷いなぁ。なんで邪魔するの?」

可愛らしい声、可愛らしい仕草。
ステッキをぶんぶん振ってぷりぷり怒っている動作も愛らしい。
だが、気は抜けない。
ジャクリーヌは彼女の身体能力を目の当たりにしている。
その気になれば、三人がかりで捕らえにかかっても逃げられてしまうだろう。
警戒しながら一歩踏み出す。
するとパルメは、ステッキをジャクリーヌの方に向けた。


魔法少女アニメに出てくるような可愛らしいステッキなのに、悪寒が止まらない。
拳銃か、ライフル銃か、それともロケットランチャーか。
そういう「こちらを殺しうる本物の凶器」を向けられているような感覚を覚える。
全力疾走の代償と緊張とで喉が渇く。
ごくりとつばを飲もうとしても、口の中には少しばかりの水分もない。
それでも、なんとか言葉だけは絞りだした。

「あ、あの、あなたは?」

パルメは答えない。ステッキを持ったままじっとこちらを見つめている。
望んだ言葉じゃない、と言わんばかりの立ち姿だ。

「私たちは今、選抜試験の最中なんです。今週で、試験が終わるんです。
 でも、あなた達がこの街にいると、試験が終わらないんです」

パルメの表情が変わった。軽い驚愕というような表情だ。
そして、ステッキをずらす。

「ねえ。試験って、なあに?」


75 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:26:38 q/9XwG8Y0


問いかけられたのは合流したばかりのケージだった。
ケージは、警笛を口元から離さずに応える。

「魔法の国が主体で行っている選抜試験のことです。
 私たちは十五人から八人になるまでという条件で試験を行っています」

ケージの答えに、また少し少女の表情が変わる。
そして、「じゃあ次はあなたね」と言ってステッキの矛先を刹那にずらした。

「試験ってどんなことするの?」
「生き残るための殺し合いだ」

一文。
それで全てを表せていた。
いつもどおり、ニヒルでストイックという感じの声色だが、刹那の顔はきっと少し歪んでいる。
ケージは短く息をついたようで、「ぴょひっ」というマヌケな警笛の音が響いた。
きっと、ジャクリーヌの顔色も変わっていただろう。

「殺し合い?」
「そうだ。殺し合いだ。貴様らも魔法少女なら知ってるんだろう?
 選抜なんてのは上っ面ばかり。実際は殺し合いだ。魔法の国はそれを望んでいる。
 こんな狂った舞台の上で踊り続けて、ようやく今日、舞台の幕が降りる。だというのに、何をしに来た?
 生憎、カーテン・コールに貴様らの席は設けていない。
 今日貴様らがこの街にいると、貴様らの分だけ死体が増えることになる。邪魔だ。出て行け。嫌だというなら力づくで追い出す」

刹那は一切包み隠さず、劇口調な言い方は変えずにどこまでも単刀直入に言葉をぶつけた。
長々しいセリフ回し。言葉自体は淡々としているが、奥には怒気が込められており。
それは、この場にいる街の魔法少女三人の思いの代弁でもあった。


その長台詞を聴き終わったパルメはゆっくりとステッキを降ろし、地面につく。
そして、武器を構えずにジャクリーヌたちに向き合って答えた。

「普通の選抜試験ではそんなことしないよ」

言葉の意味を理解するのに、数十秒要した。
普通は行わない。だったら今ここで行われている選抜試験はなんなのか。

「私と、車に乗ってる魔法少女は、魔法の国から来た魔法少女。
 ここで、Y市で過去に行われていた違法な試験の再現が行われているって聞いて、それを止めにきたの」

森のざわめきが。
川のせせらぎが。
少女の声以外の世界の音が、止まった気がした。

「ごめんね。違法な試験が本当に行われてるって確証が取れるまで接触は避けたかったんだ。
 でも、あなた達の様子を見てると、作り話ってわけじゃなさそうだね。
 遅くなってごめん。助けに来たよ」

言い終わり、にこりと微笑む少女。
その微笑みはまるで、アニメの中の魔法少女のようで。
その顔を見ると、魔法少女の状態なのに涙が出そうだった。
魔法の国へ行くと言って遂に帰ってくることのなかったみっちぃの顔を思い出す。
彼女の思いが、どこかで、誰かに引き継がれて、魔法の国に伝わったのかもしれない。
万感の思いを胸に駆け寄ろうとジャクリーヌが一歩を踏み出したところで、周囲が突然影に覆われた。
なにかあったのか。
二歩目を踏み出す。


――― ぴりりりりりりりりり


突然、警笛の音が響いた。


76 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:29:29 q/9XwG8Y0


何故、今警笛が?
駆け出した足をもつれさせながら、なんとか振り返ってケージの方を見る。
ケージは、愕然という表情で口から警笛を離して上を見上げていた。
そうだ。
なにかおかしいと思ったら、音は上空から聞こえてきたんだ。
しかも、ケージが警笛から口を話しているというのに、まだ音はやんでいない。


―――りりりりりりり


ケージは地上にいるのに、なんで誰もいない上空から笛の音が?
何が起こったのか、上空を見上げる。
そこには、いつか見た「落石注意のマークのカーペット」が宙を舞っていた。
音は、その向こう側から聞こえた、はずだ。
背中が泡立つ。
何故あのカーペットが今ここにあるのかは知らない。
上空から響いた笛の音の意味も分からない。
ただ、もしも先ほどの警笛がケージの魔法の警笛と同じ魔法を引き起こすなら、標識を見上げた全員に落石が降り注ぐことになる。
ぐるりと身体を回して、今度は再びパルメと車の方を向き、踏み出す。
微笑みの素敵なも上を見上げている。その表情は、少しの驚愕から愕然へと移り変わった。
少女が見上げている以上、少女の周囲も落石の落ちてくる範囲に含まれる。
一ミリ秒にも満たない時間でそう判断したジャクリーヌは、すぐに車に向けて駆け出した。


―――りりりりりりりり


落石の速度はせいぜい「自然界で発生しうる速度」だ。
普段の魔法少女としての反応速度を考えれば圧倒的に遅い。
魔法少女に変身してさえいれば能力の発動を見てからでも十分避けきれる。
あのアイドル風の少女は身体能力にも優れているので、不意をつかれたとしてもきっと難なく避けきれるだろう。
だが、車の中の少女たちは違う。
このままなら、車も落石被害に合う。
車の中の少女たちは視界が限られているので何が起こっているかに対応できないだろう。
乗っているのがあと一人だったらあの少女だけでも対応できるだろうが、再三再四確認したので知っている。
訪れた魔法少女は少女を含めて「三人」。つまり残り「二人」が車内にいることになる。
両方救うとなれば、身体能力に優れている少女でも判断が鈍る。
怪我をするかもしれない。逃げるのが遅れて落石に巻き込まれるかもしれない。
この落石は「魔法の落石」だ。スピードはない分、魔法少女を傷つける力がある。
巻き込まれれば当然、死ぬ。


77 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:31:05 q/9XwG8Y0


脳内に、アメリアの絶叫が蘇る。
見殺しになんて出来ない。
彼女たちは、「選抜試験を止めに来た」と言った。
パルメと、車の中の魔法少女たちが居れば、この試験は止まる。
もう誰も傷つかなくて済む。だったら当然助けなければ。
三歩、四歩、踏み出す足が速くなる。
最初からそう決めていたように体が動く。
驚くほどに躊躇がない。
もしかしたら、先ほど述べたのは建前で。
本当は、ジャクリーヌは困っている誰かを助けるための魔法少女だから、体が勝手に動いていた。
それだけだったのかもしれない。


―――りりりりりりりりり。


長い長い警笛が止まる。
飛びつくようにパルメとは反対側の、助手席側に駆け寄って車のドアを開け、中に座っていた少女に手を伸ばして叫ぶ。
パルメを除いた「二人」に向かって手を伸ばす。

「逃げ―――」

そして、座っていた少女と、目が合う。
その少女は、ひどく冷めた目をしてジャクリーヌの方を見つめていた。
がつんと頭を殴られたようなショックが襲ってくる。
「なんで」と口をついて出そうになったジャクリーヌに、少女は小さな声で何事かを呟いた。
ぺたん、とジャクリーヌの足に軽い衝撃が走る。次いで激痛が襲ってくる。
少女から目を逸らし、足を見る。
ジャクリーヌの右脚の太ももは、まるで爆発を受けたかのように抉れていた。
理解が追いつかない。
何があったんだ。
この足の怪我は。
上空から聞こえた音の正体は。
そして、車に乗っていた少女は。


「ンジンガちゃん、こっち!」
「掴まって!」

二つの声。ジャクリーヌを跳ね除けて飛び出す少女。
一つの叫び声。

「逃げろ、ジャック!!!」

一瞬の困惑と激痛が判断を鈍らせた、と気づいた時にはすでに落石は頭上すぐ近くまで迫ってきていた。
轟音を立てながら自動車が潰れるのがはっきりと見える。
ジャクリーヌは、えぐれた右脚を引きずるようにしながら、それでも全力で走った。


78 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 04:32:12 q/9XwG8Y0


投下終了です。
少し遅刻しました。申し訳ありません。

刹那のフルネームを覚えてるのは街の魔法少女でもジャクリーヌとまじよくらいです。
みなさんも覚える必要はありません。私も覚えてません。あれは「やみなんとかせつな」と読んでください。


投下ついでに

○アンナ・ケージ
○JJジャクリーヌ
○森の音楽家クラムベリー
○†闇皇刹那†

予約します。
予約メンバーが変わることがあるかもしれませんが、その時は事前に予約し直します。
ただ、予約期間は変わらないと思います。


79 : 名無しさん :2015/10/04(日) 11:39:31 WSHfdM6I0
投下乙です。
魔法少女がかち合うと盛り上がるね。パルメラの体を張る芸風に吹いたし
ケージの容姿も楽しみ

時速100km/h超に追いつけない(=ポスタリィ未満)Y市魔法少女は身体能力低めなのかな


80 : 名無しさん :2015/10/04(日) 13:57:23 D.x5Moi.0
投下乙です
せ、刹那ー!やみおうじゃなかったのかお前!そしてめっさカッコいいタイプの中二だ…w
パワー系アイドルなパルメさんも好きだ
対話が通ったと思ったら早くもぶち壊しにする勢力が牙を見せたなあ。各キャラの裏を想像するのがすごく楽しい


81 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/04(日) 23:01:17 q/9XwG8Y0
>>79
確認しました
Restartで身体能力♡♡♡ののっこちゃんが時速120km/h
limitedで身体能力♡のポスタリィが時速100km/h未満くらいと判断できる描写がありますね

完全に魔法少女を侮ってました。>>1の数値の設定ミスです
なので、時速を全体的に+30km/hくらいさせてもらいます
展開などは変わらないと思うので許してください
加速後でも街の魔法少女がポスタリィ以下ですが、その辺はミスではありません。大丈夫です


82 : 名無しさん :2015/10/06(火) 17:26:17 dqA6BV.Q0
投下乙です
戦いになる前に話ができてよかった……と思ったら誰だてめー!
速度に関してですが、のっこちゃんは牙を隠しているらしいので
実はもっと早く走れたりなんてことがあるかもしれません


83 : 名無しさん :2015/10/10(土) 09:51:42 7vjEkTGM0
愛とハートに溺れてもらおう、にいま気付いたわ。。


84 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:13:18 BNXqMa1.0
もう少しかかります
次のレスからスタート


85 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:39:40 BNXqMa1.0


☆アンナ・ケージ/藤堂杏奈


藤堂杏奈という少女は、微妙にひねくれた少女だった。
本当は勧善懲悪なストーリーが好きなのだが、現実がそううまく行ってくれないことを知っていた。
世界には悪の組織を叩き潰すヒーローなんてのは居ないし。
敵の力を利用して陰ながら世界を守るダークヒーローも居ない。
魔女ってのはたいてい悪人を指す言葉だし。
それが世界の当たり前。
法律みたいなルールはあっても、誰もが納得する完璧な悪と絶対正義なんてのはお話の中にしかない。
それにこの世はどんなものでも数で言えば悪寄りの人・物・事の割合が多い。
必然的に正義の声は通りにくくなり、正義を声高に叫べば生きづらくなる。
所詮お話と現実じゃあ世界観が違うんだ。
勧善懲悪なんて貫き通せるはずがない。
正義の味方なんて、居やしない。
現実なんてそんなもんさと斜に構えて、アニメできゃいきゃいはしゃいでいる同級生より大人びたようなふりをしていた。


そんな杏奈の人生を変えたのは、一本のアニメのなんてことない一話だった。
ニチアサキッズタイムに放送された魔法少女アニメ「マジカルデイジー」。
第一シーズン第二十二話。


偶然テレビをつけて、朝食の席で見たのがマジカルデイジー第二十二話だった。
なんと魔法少女がジャージ姿で廃屋を一軒片付けるだけというクソみたいな内容。
それは、魔法少女アニメと呼ぶには程遠い。
昨今のボランティア番組でももう少し起伏や泣き所を用意するものだが、そういうものが一切ない。
中のゴミを片付けて。
剥がれかけたトタン屋根を修理して。
何故かマスコットキャラクターが豚汁を作って。
家の持ち主である大家さんに感謝され。
「古い物でも修理すればきちんと使うことが出来るんだね!」と謎の一言を残して番組が終了。
世界の片隅、誰にも気づかれない場所で、小さな廃屋が人の住める形に戻るまでの数時間を二十二分ほどに短縮した内容。
世間の評判なんて聞くまでもない。
本放送から数年経った今なお「放送事故説」「路線変更失敗説」「監督が無能説」「外注ミス説」「道徳用の教材ビデオ混入説」などが飛び交うほどの出来だ。
某匿名ネット掲示板魔法少女アニメ専門板では「ペレット」という固定ハンドルネームの人物が残した「魔法少女たちの現実を描くのと現実の魔法少女たちを描くのとでは味噌とヒ素ほど違うんだ!!」という悲鳴とも罵声ともつかないレスポンスが、今なおネットスラングの原文として親しまれている。
DVD発売に当たって22話の代わりにオリジナルアニメーションを入れたらどうか検討された、なんて噂がまことしやかに囁かれていたこともある。

だが、その二十二分は、確かに杏奈の人生を大きく変えた。


86 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:40:52 BNXqMa1.0


OPが終わって本編が始まると、あくびが止まり、目が冴え、ながらでパンの上を走っていたバターナイフが止まった。
CMが入るまでその単調な作業を食い入るように見入り、親から五度ほど注意されていたらしいがまったく気が付かなかった。
CM明けも同じく第二十二話の世界に没頭し続け。
次回予告でトンチキな格好の魔法少女がビームを撃つ影像が挟まれて「何かの間違いじゃないのか」とチャンネルを確認した。
そうして次回予告が終わって一息をついて、アニメから現実に戻ってくる。
二十二分の間にパンも、スープも、ベーコンエッグも冷めてしまったが、それよりなにより、杏奈の胸中には狂おしいほどの熱が広がっていた。


目から鱗が落ちるとはまさにこのこと。
確かにこの世の中には正義の味方なんて立派なものは存在しない。
確かに完璧な悪や絶対的な正義がなにかなんて誰も教えてくれない。
杏奈が幼いうちから気付いたそれらは、間違いではない。
それでも、小さな正義は存在する。
指一本で世界を変えられるような大きな正義ではない。
汗水たらして、服を汚して。
誰にも理解されないかもしれない世界の片隅で、誰かから誰かへと向けられた小さな正義。
世界の九割九分九厘には否定されるかもしれない努力。
だが、誰かの人生にはきっと価値のある働き。
それこそが肯定されるべき小さな正義だったのだ。

きっとあのあと、廃屋の家主さんはあの家に人を招いただろう。
招かれた人のうちの一人はあの家を気に入ってそこに住み始めるはずだ。
住み始めて苦労もあるかもしれない。泣くこともあるかもしれない。
いつかはあの家が、元の廃屋のようになってしまうかもしれない。
それでも、家主さんにとっても、招かれた人にとっても、出会いの幸せが訪れたことに変わりはない。
それに、暗いことばかりではなく、これからずっとずっと、色々な笑顔を見ながらあの場所に建ち続けていくかもしれない。
考えるだけで胸がワクワクした。
幾つもの幸せが、幾つもの涙が。
土くれに埋もれ腐敗した木々に押しつぶされていた世界の中から。
マジカルデイジーという魔法少女一人の手で。
彼女の「誰にも見えない小さな正義」というシャベルで掘り起こされたのだ。

小さな正義を積み重ねることができれば誰かの世界は変わる。
誰かの世界が変われば、そこから、広がるように世界は変わっていく。
幾つもの幸せが、その広がった世界の先に待っている。
「例えヒーローのように大きな正義を成す力がなくたって、小さな正義にも意味はある」
マジカルデイジー第二十二話はそんな大切なことを杏奈に教えてくれたのだ。


杏奈からすれば、わけもなく空を飛んだり、魔法のビームでものを消滅させるよりも、よほど素敵で、夢のある光景だった。
「地道に小さな正義を積み重ねていく」。
それが藤堂杏奈の夢見た魔法少女の姿だった。
その後、ニチアサを毎週欠かさず録画している知人に頼み込んでマジカルデイジーの既存話を全て借りて見なおしたが、なんとマジカルデイジーはそんな夢や希望に溢れた話ではなかった。
なぜか宝探しが始まったり、なぜか麻薬取引を行なう組織と戦ったり。
仕方ないので二十二話だけ頼み込んでダビングしてもらい、セリフどころか一挙手一投足を暗記するまで繰り返し見た。


87 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:41:46 BNXqMa1.0





不意に、自身のルーツであるマジカルデイジー第二十二話を思い出す。
ジャージ姿の魔法少女、緑色のアフロ、表情のコロコロ変わるマスコットキャラクター。
あれから、杏奈はどうだっただろうか。
背筋を伸ばして生きてきた。
小さな正義を積み重ねて生きてきた。
あの日見た、世界で唯一杏奈だけが憧れた「マジカルデイジー」に恥じないように生きてきた。
中学・高校と学業成績・品行ともに優秀。
部活動に所属することはないが、代わりに委員会活動に積極的に参加して学生がよりよい生活を送れるように陰ながら手回し手助けをし続けてきた。
積極的に活動をしていただけに人望もそれなりに厚く、教師たちからの信頼も大きかった。
大学進学も考えたが、四年間も待てなかったので高校卒業後はストレートで警察官になった。
本当は交番勤務の駐在さんが良かったが、婦警ということで交通課所属になった。
それからも、小さな正義を積み重ねた。
魔法少女アンナ・ケージになってもそれは変わらない。
交通ルールという小さな正義を積み重ね。
「交通ルールを守らないと危ないことになっちゃうから気をつけようね」と、第二十二話の締めのセリフのように違反者に告げる。
そうやって、世界にとって他愛もない小さな正義を。
だが、誰かにとっての笑顔に繋がる正義を積み上げてきた。
背筋を伸ばして生きてきたはずだ。
小さな正義を積み重ねて生きてきたはずだ。


だったら藤堂杏奈は、アンナ・ケージは、どこで間違ってしまったんだろう。

「答えろ」

首筋にあたっているのは銀のナイフ。
†闇皇刹那†の固有武器の一つ。
刹那の武器の切れ味の鋭さは知っている。
飴ビル内に展開された魔法の飴細工を、銀のナイフで、ワイヤーで、まるでバターのように切り裂いた。
いくら魔法少女が人間より頑強と言っても、あれで首筋を裂かれれば死んでしまうだろう。

「あれは貴様か」

あれ。
聞くまでもない。先ほどの落石だ。


88 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:43:04 BNXqMa1.0


今思い出しても意味がわからない。
侵入者とされている魔法少女の車を誘導して食い止めた。
JJジャクリーヌの呼びかけで侵入者が車を降りてきた。
侵入者は、魔法の国の魔法少女と名乗った。
違法な試験が行われているという情報を得て試験を止めに来たと言っていた。
そこまでは良かった。
ようやく、小さな正義は報われたのだと思った。
だが現実は残酷で。
魔法の国の魔法少女が試験を止めに来たといった瞬間、空に影が走った。
何事かと見上げた空にはもう見たくないと思っていたカーペットが浮いていた。
そして、警笛が響き渡り、空から四人分の岩石が降り注いだ。


あれは間違いなくアンナ・ケージの魔法だ。
それはおかしな話だが、アンナ自体がよく分かった。あれは、アンナの魔法でしか起こすことが出来ない。
他の人物がどう思うかも分かる。
魔法少女は、特に街の魔法少女(魔法の国の魔法少女に対して仮にこう呼ぶ)は、必ずアンナを思い至り、疑うはずだ。
魔法の国の魔法少女もアンナの能力を見ている。きっと疑う。
その結果が、刹那のこの行動だ。
どうしてこうなってしまったんだ。
考えていても埒が明かない。
アンナはひとまず、怪しい素振りにはならないように気をつけながら、刹那の質問に答えた。

「いいえ。私じゃありません。私は警笛を吹いていません。
 音は上から聞こえました。それは貴女も聞いていたはずです」

言葉が速い。
少々声が上ずってしまった気がする。
大丈夫だろうか。
ほんのそれだけだが、ほんのそれだけで有罪だと決めつけられることはないだろうか。
実のところ、アンナは†闇皇刹那†という魔法少女について何も知らない。
積極的に交流を行っていた魔法少女たちの人となりなら詳しく知っているが、刹那はそのグループに属していなかった。
思考も、信念も、分からない。ふらりと現れては不敵な笑みを残して去っていく。そんな魔法少女だった。
ただ、場馴れしているとでも言うべきか。荒事にはなかなか強く、また、ジャクリーヌやまじよなどとの連携は眼を見張るものがある。
この試験が始まって以降も「明確に敵対はしないほうがいい」と思っていた。
そんな人物から当てられた、敵意を超えた銀の殺意。
心臓が早鐘を打つ。

「……違いないな」

刹那は少しだけ考えた後で、ナイフを離し、コートの襟を持ち上げて口元を隠した。


89 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:43:50 BNXqMa1.0


「恨むなよ。恨むならお前を騙った何者かを恨め」

どっと汗が吹き出す。
魔法少女の代謝を考えれば気のせいかもしれないが、それくらい緊張していた。
そんなアンナの内面はつゆ知らずといったふうに、刹那は続ける。

「貴様がその魔笛を鳴らしていないことくらい俺も知っていた。
 音は空からだ。何者かは空に居た」

違いないという言葉と、音は空からという言葉に頷く。
確かに、音は上空、もっと言えばカーペットの向こう側から聞こえた。
つまり笛を吹いた何者かは上空にいた事になる。
だが、これ自体はおかしな話じゃない。魔法少女は魔法を使えば空が飛べるものが多く存在するのだから、上空に居た程度じゃあ驚かない。

「だが、その何者かは何者だ? ケージ。その魔笛、よもや二つとあるまいな」
「たった一つです。私が持っているものは、首から下げているこの笛だけです」

「そうか」と呟き、刹那がまたコートの襟を持ち上げる。
そして、空を見上げ、月明かりで白く輝く髪を一度梳いた。
言葉は続かない。
刹那もきっと、同じ所で思考が止まっているのだろう。
アンナの魔法は「アンナ・ケージが標識を認識し」「警笛を吹き」「他人が標識を認識する」というプロセスが必要だ。
逆に言えばその過程が存在しなければ魔法は発生しない。
つまり、アンナ以外には起こし得ないのだ。
だというのに、刹那の言う「何者か」はそれを起こしてみせた。
不思議なんてものじゃない。
考えるだけで頭が痛くなってくる。
だが、考えなければならない。
真犯人を見つけ出せなければ犯人はアンナ・ケージ以外にありえないのだから。

「―――ジャックは」

不意に刹那が呟く。

「魔法の国の魔法少女と言ったか。あいつらも、上手く逃げおおせたかな」

落石は四人分。
アンナ、刹那、ジャクリーヌ、そして魔法の国の魔法少女のうちアイドル風の魔法少女。
アンナは刹那に引かれて上手く逃げ出せたが、残りの二人はどうだろうか。
ジャクリーヌは車の中の少女たちを助けるために動いていた。
アイドル風の少女は愕然と見上げていたのがアンナの見た最後の姿だ。
魔法少女の身体能力ならば逃げ遅れるということはないはずだ。


90 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:44:34 BNXqMa1.0


「ケージ」

刹那が向き直る。
眼帯に隠されていない方の目は、夜の闇の中でも琥珀のように輝いている。

「どう動く」

それは確か、アンナが覚えているうちでは初めての、刹那からの協力要請だった。
成り行き上手を組むことも数度あったが、今回のようなことは初めてだ。
彼女が人の意見を聞くタイプだということに、少々驚いたが、それも少々のこと。
目の前の大事にまた意識を取られ、思考の渦のなかに巻き込まれる。
そして数秒だけ。
思考速度も上がっている魔法少女の思考で、たっぷり数秒をかけて。
ようやく、答えを引き出せた。

「……スーに、会いに行こうと思います」

スー。
この街で最も無力な魔法少女。
身体能力にも秀でておらず、魔法も物一つ動かすことが出来ない。
だが、こういう時に彼女ほど頼りになる魔法少女は居ない。
スーの魔法は記憶の共有だ。
許可を得れば相手の記憶をアルバム内に収める魔法。
ど忘れしたことも、隠そうとしていることも、相手の許可さえ得ればしっかりとアルバム内に収めることができる。
浮気の素行調査や紛失物の所在推測、写し忘れたノートの清書など様々な用途に使える。
彼女の魔法を使えば、アンナの証言に偽りがないことが明らかにできる。
スーに会い、まずアンナの無実を証明する手段を得てから魔法の国の魔法少女に再接触。
正答かどうかはわからない。
だが得策ではあるはずだ。

「何より、魔法の国側に対して街側からの敵対意思がないことを示すべきです。
 私がそのまま戻っても、争いの種になりかねません。
 スーの魔法を使い、相手にこちらの情報を与えたうえで協力を申し出るべきだと」

刹那は、琥珀色の瞳を細めて、襟を持ちあげた。


91 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:45:10 BNXqMa1.0


「スーの居場所は?」
「魔法の端末の番号を交換してあります」
「そうか」

ふぅ、と息をつく。
まるで安堵というようなその素振りは、アンナが知っている†闇皇刹那†には似合わない。
もしかしたら、アンナが思っているほど豪胆な人物ではないのかもしれない。
早速スーに連絡を取ろうとして、魔法の端末を取り出すと、刹那が思い出したように呟いた。

「……ところでケージ。魔法の国の魔法少女の方はそれでいいとして、試験はどうする」
「あっ……」

言われて、いままで見落としていたことに気がつく。
試験はまだ終わっていない。
あと数分か、十数分か、数十分かすれば、いつものように通達が告げられ、一人が脱落する。

「あの肩羽の悪魔は是が非でもやめんぞ。今までがそうだったようにな。
 侵入者だと謀って敵対勢力を追いだそうとまでしたんだ。ここまで来てやめるものかよ」

逃れようのない事実に押し黙る。
そして、黙して考えるように、感情を抑える。


考えても答えなんか出るわけがない。
もし、正義の味方なら。
そんなことはさせるかよと大見得を切って、大胆不敵な作戦で事態を一転解決させるはずだ。
もし、ダークヒーローなら。
この一件でファヴへの糸口を見つけて、一気にファヴの懐に潜り込んでキックの一発でもお見舞いするはずだ。
もし、テレビの中の魔法少女なら。
諦めたりしないと叫んで、感情爆発に伴う思いのパワーで覚醒。このどん詰まりを切り開くはずだ。
でも、アンナ・ケージは。
あの日の「小さな正義を積み重ねる魔法少女」に憧れた藤堂杏奈は。
正義の味方やダークヒーローやテレビの中の魔法少女になれないと知っていた少女には。
こんな「窮地」を切り開く力は持ち合わせていない。

「私は……」

答えられない。
その一人はもともと今週死ぬ運命だった。なんて口が裂けても言えない。
この十数分で救えるかもしれない一人は、アンナかもしれないし、刹那かもしれないし、ジャクリーヌかもしれない。
それにもし、スーが選ばれてしまったらどうする。
スーが死ねば、無駄足を踏むことになる。
じゃあ、どうすればいい。
じゃあ、じゃあ。
ぐるぐると渦巻く感情は、思いのとおりに整理されてくれない。
ただ、ただ、波が起こり続ける。


92 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:46:13 BNXqMa1.0


「ケージ。いっそこちらも謀る、というのはどうだ。あの肩羽の悪魔に―――」

何事かを言おうとしていた刹那が言葉を止め、振り返った。
まるで何か、アンナにはわからなかったものが聞こえているかのように。
そして次の瞬間、丁度二人が駆け抜けてきた方からこちらに近づいてくる足音(それも人間よりも遥かに速い)が、アンナの耳にも届いた。
刹那がアンナをかばうように前に出る。
アンナも、刹那も、逃げようとはしない。
逃げれば余計疑われる、と刹那も考えているのだろう。
音の主はまだ現れない。

「……ジャックは、侵入者は三人居ると言っていたな」
「はい。確かに」
「一人はあのアイドルのような恰好の魔法少女だ。ハートマークのオブジェクトを地面から生み出す。
 一人は、こちらの居場所を見透かすとジャックは言っていた。
 そして一人は、機械を操るのだと、俺は睨んでいる。さもなくば俺の『闇瞼』からは逃げられん。
 どれも共存は難しい魔法だ。おそらくそれぞれ個々だと思って相違ないだろう」

つらつらと、三人の魔法少女の特徴と推論を並べる。
好ましいのは、あのアイドル風の魔法少女だ。
彼女なら面識があるし、ジャクリーヌとのやり取りを見るに話も通じるだろう。
可能性が高いのは「居場所を見透かす魔法少女」か。
他の二人と合流しようとして、同じく二人で固まってるこちらに走ってきてしまった。
どちらにしろ、気は抜けない。
彼女たちとの交渉は、先ほど冷や汗をかくほどに緊張した刹那とのやり取り以上に気を使う必要がある。
足音はどんどん近づいてくる。
迫る音に合わせて、心音がどんどんと大きくなってくる。

「来るぞ!」

刹那の鬼気迫る声につられて、思わず武器を手に持ってしまう。
魔法の道路標識。アンナ・ケージの固有武器。
標識の内容を自由自在に変えることが出来る、アンナの魔法によくマッチする武器だ。
標識は「一時停止」。これにしておけば、相手の動きをほぼ無条件で止めることができる。
音の主は、すぐに現れた。

「おや。追いつけましたか」

しれっとした、というべきだろうか。
切羽詰まったアンナたちとはまるで違う、余裕たっぷりの声だ。


93 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:46:47 BNXqMa1.0


長く伸びた金髪。
その金髪からまるでアニメのエルフのように突き出した長い耳。
飴色の襟止めに草色のジャケット。
体中を彩るのは薔薇、薔薇、薔薇。
薔薇まみれの魔法少女は、二人に軽く会釈をする。

「街の魔法少女の方ですね」
「……貴様は」

答えたのは刹那の方だ。

「私は、森の音楽家クラムベリー。魔法の国の魔法少女です。
 先ほどの……ええと。魔法の標識の方と、光を消す方、ですね」

ずばり言い当てられた。
魔法の国の魔法少女。
その一言に心臓が跳ね上がり、今度はアンナが叫ぶように声を上げた。

「あ、あれは、私達のせいではありません! 私たちにあなた達との交戦の意思は!!」
「ああ、分かってますよ」

まさに必死という心持ちで絞り出した声を、クラムベリーと名乗った魔法少女はけろっとした表情で受け流した。
あまりのあっけなさに、必死の勢い余って、できの悪いコメディのようにずるりとこけそうになる。
その様子を見てクラムベリーは薄く微笑むと、一歩、また一歩とアンナたちの方へと歩み寄り始めた。

「音の発生源は上空でしたね。追跡者の人数を知っている以上、不意打ちでない限り外に出たパルメラピルスが警戒を解いて貴女方との接触を図る可能性は低い。
 ならば相対的にその場に居た三人……追跡していた貴女方以外の誰かが起こした、ということになる」

すらすらと、まるで事実を記録してそのまま読み上げるようにそう解説する。
どれだけの場数を踏めば、あんな不測の事態の直後にここまで冷静でいられるのだろう。
クラムベリーが「パルメラピルス」と呼んだ魔法少女もそうだが、とても同じ魔法少女とは思えない。

「よ、よ、よかった……」
「無事ですか? あの方……最初にこちらに声をかけた、JJジャクリーヌが居ませんね」

一歩、また一歩。
クラムベリーとアンナたちの距離が縮まっていく。


94 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:47:35 BNXqMa1.0


「彼女は―――」
「止まれ!」

崩れ落ちそうなアンナと、歩み寄ろうとするクラムベリーの間に、再び刹那の背が入り込む。
刹那は、銀のナイフを構えたままだった。

「どうしました?」
「抱き合って話をするわけではないだろう? ならばその距離で十分だ。
 存分に話をしようじゃないか。その距離でなら、いくら話してくれても問題ない」
「それは……」
「どうした? 言葉に詰まったか? 話すことがないならちょうどいい。こちらからも一つ聞きたいことがある。
 貴様はどこから来た、何故俺たちと同じ方向に走ってこれた」

その言葉は、少なくともアンナには、クラムベリーをわざと突き放そうとしているように聞こえた。


カッと頭に血が上る。
刹那は、魔法少女との接触をあまり好まなかった少女だ。
平生ならそれを悪いとは思わないし糾弾もしない。
だが、こんな時にまで、こんなところでまで、こんな相手にまでする必要はないだろう。
人嫌いの付き合い嫌いもここまでくれば悪い病気だ
相手はせっかく助けに来てくれた魔法の国の魔法少女だ。
クラムベリーがへそを曲げて対応が遅れた、なんてことになれば、それこそ大失態だ。
刹那に交渉は任せられない。


頭に登った血が、すぐに足まで巡った。
崩れそうになっていた身体を左手で支え直し、刹那が反応するより早く一歩を踏み出す。
そして今度はアンナの方から、クラムベリーに歩み寄る。
大丈夫だ。
アンナの疑いが晴れているならばもう大丈夫だ。
彼女がこちらを警戒していないならば、あとは現状を伝えて。打開してもらうだけ。
アンナ自身、口が立つ方ではないが、喧嘩の仲裁程度ならば何度となくこなしてきた。
ここで無理やり二人の接触を避けるのも、小さな正義の一つだ。
あとは幾つかの小さな正義を重ねて。
魔法の国の魔法少女たち「正義の味方」の手助けをして。
この狂った試験を終わらせて。
そして、あの日の「マジカルデイジー」のように、決め台詞とも取れない台詞でこの悪辣非道な試験の幕を引いて。
そして、幸せな世界へ。



「違う、アンナ! そいつは、違う! 車内には居なかったんだ!!!」



アンナがはっきりと覚えているのは、その一言と、次いで飛んできた頭部への謎の衝撃だけだった。


95 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:50:04 BNXqMa1.0


☆JJジャクリーヌ/十文字純佳


痛み。
喪失。
何故か爆ぜた右脚が痛む。
圧迫された左脚の感覚がない。
痛い、痛い、痛い。
こんなに痛いことがこの世にあるなんて思わなかった。
死を覚悟したが、こんな痛みは想定外だ。
心臓麻痺であっさり死ぬものだと思っていた。
足がぐんぐんと熱を失っていっている。
スカートが濡れている。足の傷口から想像以上に血が流れているみたいだ。
ガンガンと鋼を叩くような音を伴う頭痛でズンズンと突き刺すような足の痛みで意識が冴えてくる。
そうしてようやく、純佳は目を覚ませた。


重たいまぶたを持ち上げる。
頭が割れているんだろうか。視界が変な色に染まっている。
右手を動かそうとする。激痛が走った。
体と岩の下に、ゲームボードと一緒に下敷きになっている。動かせそうもない。
左手を伸ばす。激痛よりも少しだけ弱い痛みが走った。
スーツ姿じゃない。手袋も付けてない。変身が解けている。
落石に押しつぶされたショックで一時的に気絶して、その時に変身が解けてしまったのだろうか。
そこまで来てようやく、純佳は自分の置かれた状況を思い出した。
試験も。
落石も。
そしてその前に見た光景も。

「魔法の、端末……」

震える左手を伸ばす。
魔法の端末は、すぐ側に転がっている。
誰でもいい。伝えないと。
後部座席に乗っていた魔法少女について。
彼女は先週の通達の時にはちゃんと市内に居たはずだ。
つまり、街の魔法少女が魔法の国に行く方法がある。
彼女は何かを知っている。
助けに来てくれたアイドルのような魔法少女と力を合わせれば、一週間あれば、事態は切り抜けられる。
なにより、魔法の端末を。
あと少しのところで、手は届かない。
背丈の小さい自分を呪いたくなる。


ふいに、さくりさくりと草を踏みしめる音がした。
顔を持ち上げることが出来ない。
きっと背中から頭にかけてのどこかの大事な骨が折れている。
ひ、ふ、ひ。息はできている。死んでない。声も出る。
それだけを確認して、声を絞り出した。

「だ、誰……」

返事はない。

「誰でも、いい……それ、その、端末を……誰かに……あの子、を……」


―――ぴりりりりりり


警笛が鳴り響く。
目の前に突き出されているものに描かれているのは「落石注意」のマーク。
どういう結末が待っているのかは、見上げるまでもなくわかった。
影が空から落ちてくる。
逃げる足はもうない。


96 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:50:53 BNXqMa1.0


濁った色の世界の向こうで、風にそよぐ草が、その速度をゆるめた。
警笛の音の反響が、鈍くなる。
まるで世界の時間が少しだけ、遅くなったようだ。
そういえば、走馬灯というのが、こういう状況によく似ているらしいと物の本で読んだことがある。
そのことに気付いて。
ああ、これでとうとう死ぬんだろうなと思い。
純佳はようやく、自分の頬が血ではないなにかで濡れていることに気付いた。


あれだけ泣かないと決めたのに、泣いてしまった。
あの日から結局なにも変わっていない。
結局、最後は、泣き虫で弱虫な十文字純佳のままで。
何にもできなくて泣いちゃうんだ。


助かる、と一度思ってしまったせいで。
そこでまた、死の恐怖を突きつけられてしまったせいで。
一週間かけて心の底に押し込めた感情が爆発してしまった。
心のなかはもう、飴ビルのうえで死に向かい合っていた時とは程遠い。
死にたくない。
死にたくない!
死にたくない!!
まだまだ、やりたいことはたくさんある。
先週ようやく面白くなってきたドラマの結末は永遠に知ることが出来ない。
クラスで話題の雑誌を自分だけは読んでいない。
まだ化粧だってしたことないし、初恋だってしたことない。
チョコを作ったり、手を繋いで帰ったり、キスをしたり、そんな年頃の女の子らしいことをしたこともない。
修学旅行、結局行けない。南の海に行ってヒトデやナマコを投げあおうという女子力の欠片もない計画は頓挫だ。
体育祭、純佳は足が速いから引っ張りだこだ。純佳のいるクラスはどこにも負けなかったのに、負けてしまう。
頭を悩ませていた進路について考えて、自分なりの答えを出したかった。
それなりの大学に進んで、それなりの勉強をしたかった。
それなりに優しい人と出会って、それなりに幸せな家庭を築きたかった。
お腹を痛めて産んだ子供の手を引くことも。
両親にその子を見せてあげることも。
お世話になった誰かに感謝の気持ちを伝えることも。
困った人の手を引いてあげることも。
全部、全部、全部、出来ない。


ぼろぼろと涙が次から次にこぼれてくる。
手が動かない。拭くことは出来ない。
あの日ハンカチを差し出してくれた優しい友人はもう居ない。
あの日出会った最高の友人と、再び会うことはできない。

好実は。
そうだ、好実は、無事だろうか。
ドラマなんてどうでもいい。
恋人も、行事も、進路も、就職も、子供も、幸せな未来は何もいらない。
だから。
最後に。
また笑っている好実に会いたかった。
あんな寂しそうな笑顔じゃなくて、ほんわかした笑顔の好実を見たかった。


新しく零れた涙が頬をつたう。
その涙は、死の恐怖からくるものではなく。
十文字純佳の積み重ねてきた全てが詰まった一滴の涙。
少しだけ、首を上げる。
もう届かない親友に、少しでも近づけるように。
これから呟く言葉が、願わくば、風にのって、届くように。

「……ねえ、カイコ」

絞り出した声は、死を待つだけの老婆のようにしゃがれていた。


97 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:51:57 BNXqMa1.0


丁度一週前。
死を決意して、心残りの全てを心の端に追いやっている時。
純佳の頭にふと、最悪のイメージが浮かんだ。

純佳はずっと、好実の手を引いてきた。
小学校の時も。
中学校の時も。
高校の時も。
平日も、休日も、ずっとずっと二人はいっしょだった。
それが一番楽しかった。
それが一番楽しいと信じていた。
純佳は笑っていた。
好実も笑っていた。そのはずだ。


でも。
ひょっとして。
もしかしたら。


好実は、そんな純佳を恨んでいるんじゃないだろうか。
楽しかったのは純佳ばっかりで、好実は、ずっとずっと嫌な思いをしていたんじゃないだろうか。
行きたくもない場所に連れて行かれて。
したくもないことをさせられて。
一人の時間を邪魔されて。
純佳をいつだって邪魔者で、厄介者で、悪魔のような女だと思っていたんじゃないだろうか。


その考えに至った時、震えが止まらなかった。
もし好実に、別れ際、「最悪だった」とか「辛かった」とか言われれば、純佳はどうすればいい。
謝って、許してもらえなかったら、きっと、十文字純佳は、その場で終わってしまう。
生きてきた意味の全てを否定されて。
「お前の人生などまったくの無意味だった」と教えられ。
身体が死ぬより先に心が死んでしまう。
だから、聞けなかった。
「カイコは私と一緒にいて楽しかった?」の一言が、どうしても聞けなかった。
何度も聞こうと思っても、ずっと、ずっと、聞けなかった。


98 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:53:29 BNXqMa1.0


結局、問いの答えはもう分からない。
永遠に分からずじまい。
苦しい。
辛い。
その問いについて考えただけで今にも胃が千切れそうだ。
でも。
そんな苦しみの中で。
たった一つだけだけど、わかっていることはある。


もう少しだけ、首を上げる。
数十分前に好実と二人で眺めた夜空は見えない。
あるのは濁った風景と、誰かの足だけ。
それでも、少しでも遠くまでその思いが届くように、出来るだけ顔を上げる。


まだゆるやかに流れる時間の中で。
もうきっと届かないけど。
手遅れなんだろうけど。
その笑顔に向けて。
その優しさに向けて。
最後の言葉を、風にのせる。
純佳の答えを、風にのせる。

「……私、幸せだったよ」

幸せだった。
好実と出会ってから、今日まで。
好実と過ごした全ての日々が、幸せだった。
あの日迷子になった自分に後悔はない。
好実に憧れた自分に後悔はない。
だから、好実の手を引き続けた自分に後悔はない。


こんな答えは間違いかもしれないけど。
問いの本当の答えは死ぬまでわからなかったけど。
それでいい。
純佳の人生は、それでいいんだ。それで。
純佳の答えは、どうあれそれに決まっているのだから。
未練はあるけれど。
死にたくなんかないけれど。
幸せだったと、純佳は感じたんだ。
純佳の人生はそれでいいんだと、純佳が決めたんだ。
だから、それでいい。
それで。
それで。


風が一迅強く吹き、緩やかだった時間を舞い上げる。
一粒の涙を拭き飛ばす。
涙は、止まったはずだ。


99 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:54:17 BNXqMa1.0
















落石が音を立てて積み上がっていく。
風に乗った小さな幸福は、泣き虫な少女の最期の挟持は、誰にも届くことはなかった。


【JJジャクリーヌ/十文字純佳   死亡】

【残り 十四名】















.


100 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:55:42 BNXqMa1.0


投下終了です。
脱落者に関してはロワの形式に従って【】で示していきます。
ネタバレを防ぐためにこれを適用しない場合もあります。
最初の脱落者ということでややセンチメンタルですが、ここからまほいくで行きます。


あと、前回アンナ・ケージを地の文で「ケージ」と読んでいましたが可愛くないので「アンナ」に変えました。
ケージ派の人たちには申し訳ないです

投下ついでに

○フィアン
○まじよ

予約します。


次の1レスオマケ


101 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/11(日) 04:58:08 BNXqMa1.0


☆オマケ★


【魔法少女名】
JJジャクリーヌ(じぇいじぇいじゃくりーぬ)
【本名】
十文字純佳(じゅうもんじすみか)
【恰好】
モノトーンのスーツ姿。片目にはモノクル。背は高くスレンダー。
武器は魔法のチェスピース、もしくは将棋の駒、碁石、すごろくの駒、ボードゲームの駒ならなんでもござれ。
【魔法】
念じた人の居場所がわかるよ
【効果】
魔法のゲームボードに投影した地図に、会いたい人を念じながらチェスピースを置くとその人の位置が分かる。
実際に出会ったことのない人でも条件を設定すれば探索可能。条件を絞り込めば絞り込むだけ相手の探索は容易になる。
相手が動くと盤上の駒も動くリアルタイム追跡システム採用。魔法少女ならば変身前の居場所も特定可能。
チェス盤だけでなく将棋盤や碁盤や双六盤も出せるが、手に持つ手間を考えればチェス盤サイズが適当。


身体能力    1:☆
経験       2:☆☆
コミュ力     4:☆☆☆☆
メンタル     2:☆☆
魔法のレア度  2:☆☆
まっすぐさ.    4:☆☆☆☆

(このステータスは目分量です。必ずしも正しい訳ではありません)



☆☆☆魔法少女紹介☆☆☆

「やあやあ、誰かをお探しかな?」
行き交う人の波をかき分けて私が出会った少女。
彼女はこう言った。誰かの望む人に会いに行こう、と。
彼女はこう名乗った。探偵で、魔法少女で、迷子で、人探し。
私の手をとった彼女は、私の半分になった。
これは私、十文字純佳とJJジャクリーヌが、誰かの探し人に会いに行く物語。
そして、私と彼女が、会いたかった誰かに会いに行く物語。
新番組!『ジャクリーヌ・ザ・エヴリサーチャー』
第一話「依頼人|魔法少女」
さぁ、最初は誰に会いに行こうか。


102 : 名無しさん :2015/10/11(日) 09:18:06 OmUKHIdo0
投下乙ですー
刹那も車内を確認してるから「後部座席の魔法少女」は早晩分かりそうだけど、
Y市魔法少女は市外に出られず市外からの侵入はファヴが検知できるとすると
スー怪しいね
違法試験の確認取れたし魔法の国に通報かね?


103 : 名無しさん :2015/10/11(日) 09:45:19 9c1JtcUQ0
投下乙です
いよいよ音楽家が出てきたと思ったらジャクリーヌが……
主人公ポジションの早期脱落もまた魔法少女育成計画のお約束なのでしょうか
マジカルデイジー22話を見て生き方を変えた少女の存在はぜひキークに教えてあげたいところですね


104 : 名無しさん :2015/10/11(日) 10:37:30 ReeXEWX20
乙です
おっしゃる通りやたらセンチメンタルに書くもんだから「これ助けが来るやつか?」と思ってしまいました……悲しい…
続き楽しみに待ってます


105 : 名無しさん :2015/10/11(日) 10:56:10 SYvriE5w0
投下乙です
あ、あの22話をルーツにするとは…白衣眼鏡の彼女も浮かばれることだろう
で、出たあクラムベリー!街の魔法少女には知られてないのか…どこから来たんだこの人は。血の匂いでも嗅ぎつけてきたのかな?
ってあっあっJJJちゃんがこんなに早く…!いい子であればあるほど死んでいく無情さだなあ


106 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/18(日) 01:21:20 7.iSp2Fo0
予約は早朝ですが遅れると思います
今日中に投下しますので、おととい(10月16日)月刊魔法少女育成計画に投下された特別短編を読みながら気長にお待ち下さい

ttp://konomanga.jp/manga/35281-2

次のレスから宣言無しで投下開始


107 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/18(日) 22:55:44 7.iSp2Fo0
次のレスから宣言無しでと言いましたが、どうも宣言した日曜日内の投下ができそうにありません
なので予約の延長をさせてもらいます
もう少しだけお待ち下さい


108 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:12:33 0smzDbqY0
大幅に遅刻しました
投下します


109 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:13:43 0smzDbqY0


☆フィアン

出来ることが何かあるのではないか。
窮地を脱する方法が何かあるのではないか。
何か、何か見落とした解決策はないか。
フィアンが妙案を思いつく可能性は限りなくゼロに近い。
昨日の夜ジャクリーヌから「明日死ぬ」と告げられた時から一人でずっとどうすればいいのかを考えていたが、結局いい方法は思い浮かばなかったことからもそれは分かる。
今だって、脳の回路が焼き切れるほどに酷使しているが、結果は言うまでもない。
魔法少女は常人よりも思考判断能力が遥かに優れている。
とはいっても、思考判断のスピードが上がるだけだ。知能とか、知識とか、そういうのは持ち前のものしかない。
フィアンはそもそも深く考えるとかしっかり考えるとか、そういうのに向いていない。
そういう気質なんだ。こればっかりはどうしようもない。
でも、それでも思考を止めることは出来ない。
止めれば完全に終わりだ。完全なゼロパーセントだ。
いつもみたいにのんびり事態が好転するのを待っている訳にはいかない。
時間は限られている。
時計を見る。現在八時二十八分。
ジャクリーヌと別れてから既にニ十分ほど経っている。
伸びた時間がどれくらいかは分からないけど、きっとそう長くない。


ジャクリーヌと別れて以後、フィアンは街の魔法少女のうちアンナ・ケージ、†闇皇刹那†を除く五人との集合場所に向かっていた。
東区の南部東寄りに存在する臨海公園が西区で何かが起こった時の集合場所だった。
西区中洲地区近くにある飴ビルからはなかなか距離があるが、魔法少女は自動車ほどのスピードかつ屋根や屋上を走ることで障害物をほぼ無視した直線移動が出来る。
なので魔法少女が全力で移動すれば実際にはさほど時間を賭けることなく辿り着ける。
だが、フィアンは二十分経っても臨海公園までの道のりの半分程度しか進めていない。
ずっと、ずっと、考えていた。
なにかジャクリーヌを救ういい方法がないかを考えていた。
その結果、普段のフィアンでも流石にしないような大ポカを何度も行ってしまった。
屋根の上を飛んで行くので道に迷うなんてことは普通はありえないのだが、考えごとをしながら走っていて気が付くと全く別方向に進んでいたというのがこの二十分だけで何度かあった。
いつも以上に走りに身が入らず、飛び移った先が瓦屋根だと気づかずに瓦を踏み割り、そのままバランスを崩して落ちかけることもあった。
もし、一般人に見つかれば服装と行動と気もそぞろな見た目で「可愛い魔法少女」ではなく「変質者」だと思われてしまうかもしれない。
少し考えごとをしただけでこれ。つくづく、愚図で鈍な自分が嫌になる。


立ち止まって頭を抱える。
これももう何度目かわからない。
ぐるぐると頭を回る「殺す」「死ぬ」の二つの単語を頭を叩いて追いだそうとする。
でも、その二つだけが、ただぐるぐる、ぐるぐると回っていた。


110 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:15:26 0smzDbqY0


そうして立ち止まって頭を抱えてぐるぐる考えていると、頭を抱えていた手がいきなり誰かに掴まれた。
小さな手だ。
いつもつないでいた純佳の手よりも更に小さな、まるで子どものような手。
そして何者かが降り立つ音。
音は軽い。
降ってきたというよりは舞い降りた、というような形容が相応しい。
察するに、突如空から舞い降りた誰かがフィアンの手をとったらしい。

「一般的な人々がイメージする魔法少女にステッキは付き物だが、実際にステッキを魔法に使う魔法少女ってのはどれほど居るか、君、知ってるかね」

握られた手の方、左側を向く。そこには誰もいない。
だが、この声と、この現れ方と、この話の方向性には覚えがあった。
視線をそのまま数十センチ下へと動かす。
そこには、夜の闇と下から照らしあげる建物の光には不釣り合いな幼児が居た。
ぶかぶかの若草色のローブ。胸元に光るのは紫水晶のネックレス。
幼児の頭より少し小さいくらいの水晶玉が付いた身の丈よりも大きな杖。
大きな金色のみつあみが地面につくほど、それこそ街の魔法少女内でも小柄な方のフィアンよりも更に小柄な魔法少女。
まるで童話やゲームから飛び出してきた魔法使いのようなデザイン。Y市で一番小さくて、一番よく喋る魔法少女「まじよ」だ。
まじよは、今の街の状況にも、フィアンの心境にもまったく合わない話を続ける。


「実際はね、あまり多くないんだ。
 『キューティーヒーラー』や『スタークィーン』なんかを思い出してくれればわかるが、彼女たちの中で一般的に認知されているような『ステッキを使って魔法を使う』……いわゆる『正統派』は物凄く少ない」
「その代わりに多いのが、両手から何かを生み出す、という魔法だ。
 わかり易い例がマジカルデイジー。彼女は右手からデイジービームを放つことが出来る。素敵な魔法だ。
 変わり種ならダークキューティーかな。手の形をぐにゃぐにゃ変えて影絵を作って、その影絵を操る。いやあ、あの発想が私は大好きでね」
「いけないいけない。話し始めると長いのは悪い癖と刹那に何度も釘を差されたんだ。話を戻そう。
 世界各国に魔法少女アニメは多々あるけれど、比率で言えば七対二対一くらいの割合で『両手から何かを生み出す魔法少女』の方が多い。ちなみに二割は『その他』だ。
 さらに一割のステッキを使ってる魔法少女だって、最終話付近でステッキが破損して、願いの力を両手に宿して魔法を使う、なんてのが見られるケースもある」


不思議だろう、と一言置いて。
まじよはそのくりくりしたどんぐり眼をひときわ大きく見開いた。
まるで星を散りばめた夜空のように、瞳はきらきらと輝いている。よほど楽しいことのようだ。
よく見れば、口角も少し持ち上がっている。笑っているのだろうか。
言っている内容はさっぱりわからない。
言いたいこともさっぱりわからない。
でも、まじよはただつらつらと、まくし立てるような早口で、それでいて楽しそうに話し続ける。


111 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:17:26 0smzDbqY0


「また、古くから魔法少女アニメでは『手をつなぐ』という『儀式』を好んで用いてきた。
 キューティーアルタイルとキューティーベガ、ひよこちゃんとみよちゃん、リッカーベルとティミー、マジカルデイジーとみなこちゃん。
 魔法少女同士だったり、人間と魔法少女だったり、人間同士だったり、様々だが、魔法少女たちは必ずと言っていいほど、物語の山場で手を繋いできた。
 両手を繋ぐことで必殺技を放つ魔法少女なんてのもいるし、強敵を倒す時に両手を繋いで意識を高める描写も多い」
「私はね、フィアン。少なくとも制作側は共通して、意図的に、『魔法はステッキに宿るものではない』と表現しているように見える」
「じゃあどこに宿るのか? 私個人としての見解を述べさせてもらうと、魔法というのは魔法少女たちの両手に……魔法少女の両手にこそ、素敵な魔法が宿っているのではないか、と思うんだ」


まじよがフィアンの左手を握っていない方の手、左手を前に突き出して指を一本ずつ閉じて拳を作る。
そして胸に引き寄せて目を伏せる。まるで尊い何かを抱きしめるように。


「それはきっと私達も一緒さ。私達が何気なく握っているこの両手にだって、魔法は宿っていると考えている」
「安心、希望、夢、愛、そういう素敵なものがたくさん、魔法少女の両手にはつまっていて。
 それが手から世界に向けて放たれれば、ビームや、影絵や、他の素晴らしい魔法に変わり。
 そして魔法少女が誰かと手を繋げば、その誰かとそういった素敵なものを共有することが出来る。
 あるいは、魔法の根幹ってのは複雑なものじゃなくて、そんなもんなのかもしれない。
 ほら、もう片方も」


そう言って、まじよは大回りでフィアンの右手を取り、フィアンの右手も尊い何かと同じように抱き寄せた。
まじよの両手は、意外と冷たい。
といっても離したくなるほどではなく、フィアンの内でぐるぐると滾っていた行き場のない熱を落ち着かせるには丁度いい、心地よい冷たさだった。
小さく冷たい両手に包まれたフィアンの両手が、するすると熱を失っていく。

「じゃあこの状態で一度深呼吸だ」

まるで子供に向かって指示をだすように言ったあと、まじよは大きく一度深呼吸をした。
フィアンも釣られて深呼吸をする。
フィアンの内側で行き場をなくして篭っていた熱が、夜の空気と交じり合ってちょっとだけ冷めた。
息を吐ききって目を開くと、目の前にまじよの大きな瞳があった。
夜空よりもきらきらと輝くその瞳は、まっすぐにフィアンの瞳を見つめている。
あまりに真っ直ぐな瞳でちょっとだけ驚いたが、それでも目はそらさない。
考えるのを少しだけやめて、次の言葉を待ってみる。
フィアンからすればまじよの話の意味や脈絡はさっぱり分からないが、ジャクリーヌはわりとまじよを買っていた。
「回りくどいけど」と枕詞が付いたが、それでも評価はかなり高かった覚えがある。
フィアンはあまり人を見るのが得意じゃない。でも、ジャクリーヌは違う。ジャクリーヌはよく人を見ている。
ジャクリーヌの評価を信用し、少しだけまじよを信じてみることにした。
そうして見つめ合ってしばらくすると、まじよはニンマリと破顔する。
今度は分かりやすい笑顔だ。

「その様子なら、私の魔法は伝わったようだね」
「え? えっと……」
「……うん。ああいや、少しは落ち着いたか、と聞きたかったんだ」
「それは……その……はい」
「それでいい。あれこれ思いつめるのはよくない、思いつめればつめるだけ君の世界観がブレる」

世界観がブレる、というのはまじよがよく使う、よく分からない注意だ。
ジャクリーヌから何度か聞いたことがある。
まじよは「おたく」的な部分があるから、魔法少女というものをフィアンたちとは別の視点で見ているのかもしれない。
世界観の話にしても手の話にしても確たる根拠は全く無いのだが、それでも実際にそういうことがあるかもしれないと思わせることにおいてはまじよの横に出るものは居ないだろう。
そう思いながら、やや圧倒されつつフィアンはまたまじよの次の言葉を待った。


112 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:19:00 0smzDbqY0


「興味のない話だったかもしれないが、案外、人を落ち着かせるには相手の混乱を別ベクトルからかき乱してやるのが効果的なこともあってね。
 思考を一旦停止させ、深呼吸。フィアンのようなタイプならそういう方法が適していると考えたんだ。
 興味を持ってもらえたならそれはそれで嬉しいが、そういう話はまた今度だ。
 今は何より、冷静になった君に確認しておきたいことがある」

まじよはふんふんと鼻歌(おそらく魔法少女アニメのOPだろう、聞き覚えがある)を口ずさみながらローブの袖口に手を突っ込んでなにやらごそごそとしている。
そして、ハート型の端末を取り出して、小さな指でぽちぽちと押し始めた。
少しだけ冷静さを取り戻した頭で考える。彼女は何をしに来たのだろうか。
フィアンはまじよの人となりを知っている。
フィアンは色々な魔法少女と積極的に関わっていくタイプの魔法少女だった。
この街でファヴ以外に唯一魔法少女全員の連絡先を知っている、という噂もある。
だが、来るのが遅いからといって迎えに来るような殊勝な人物ではない。
面倒見がいいかといえばむしろ逆で、放任主義的というか、大雑把というか。
たとえ到着が遅れても「彼女なりの事情があるんだろう」の一言で片付けるタイプだ。
たとえふらふら彷徨っていたフィアンを見つけたって、隣に降り立って一度冷静にさせるような魔法少女ではなかった。はずだ。
何か理由があるんだろうか。
思い当たるふしがない。
フィアンはまじよとは(正確にはジャクリーヌ、アメリア、みっちぃ以外の魔法少女とは)そこまで仲良くやれてなかった。
だからまじよがあえてフィアンに会いに来るというのには、ちょっと違和感がある。

「……さて本題だ。ジャックは幾つマジカルキャンディーを集めたか、君、知ってるかな」

ジャック、とはまじよがジャクリーヌを呼ぶ時のあだなだ。
男の人に対する呼び方だけどジャクリーヌは気にせず、それどころかけらけら笑ってやや男らしい声で「おうよ!」と答える。というのがまじよたちとの普段のやりとりだった。
相手からいきなり核心を突かれて面食らう。
なにか知っているんだろうか、と訝しんでいると、感情表現の貧しいフィアンの表情を読み取って、まじよは一方的に答えを引き出した。

「その様子だと、やはりあまり集めていないらしいな。
 彼女は素晴らしいヒロイン気質持ちだが、こういう状況ではその気質が裏目に出ることもあるということを試験官にはわかってほしいな」

まるで見透かしていたような台詞。
なんで知っているんだろう。ジャクリーヌが喋ったんだろうか。
でも、ジャクリーヌはフィアンに「カイコにだけは話しとこうと思って」と言っていた。
知らないはずだ。
では何故。
頭のなかでひしめくクエスチョンマークに、まじよは一言で蹴りをつけた。

「分かるのさ、いろんな魔法少女アニメを見てきたからね。といっても直感だけど。
 さっさとジャックに会いに行こう。私は彼女に死んでほしくない」

そして、フィアンの手を引いた。


113 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:22:46 0smzDbqY0


ジャクリーヌに会いに行く、という理由がわからない。
会いに行って何をするのか。
死んでほしくないというが、打開策があるのか。
それとも死ぬ前に別れの挨拶でもするのか。
そんなのにフィアンを連れまわさないで欲しい。フィアンは今、考えるのに忙しいんだ。
耳を傾けたことと、その分の時間のロスに少々心がざわついた。
だが、まじよが突き出した魔法の端末の液晶画面を見て、そのざわめきはすぐに消え去った。
液晶に踊るのは、マジカルキャンディーの総数を表す数字。
その数なんと一万六千二十三個。

「ほうぼう駆けまわってね、これだけ集めてきた。これなら足りると思うんだが、どうだろう」
「い、一万?」
「うん。私の魔法は出来ることが多いからね」

まじよの魔法は「ものを浮かせる」というシンプルながら協力な魔法だ。
本人の自己申告だが石ころからスペースシャトルまで。
おばあちゃんの重たい荷物を運ぶことから、転覆したタンカーの近隣港への運搬まで。下準備さえすればなんでもござれらしい。
出来る幅が多ければ稼ぐ機会は格段に増える。
それにしても一万六千、約ニ万。まさに桁違いな数だ。
他の魔法少女がどれだけ集めているかは分からないが、フィアンが全力で走り回って集められるのが千と少しということを考えればその数の壮大さが分かるだろう。
どうやればそんなに集めることが出来るのだろう。
それに、そんなに集めてどうするんだろう。
マジカルキャンディーは魔法少女一人あたり平均五百そこそこ集まればいいくらいだ。
千を超えていればそれだけで尊敬の念を覚えるほどの数なのに、その十倍。
どうしても勝ち抜きたいと考えても、二桁数多く集めるなんていうのはやり過ぎな気がする。
ならば何故と考えていると、またしてもまじよが先回りして答えを出した。

「うん、当然一人分ではない。
 単純な話だよ。最終週に限らず、二人が確実に通過できる分のキャンディーを確保すれば、自分と誰かもう一人は通過できる。『確実に』となると相応の数が必要になるがね。
 流石にみずみずしいなやアメリア・アルメリアのような凶行に走るケースは例外だが、これを行っておけば通常の試験なら大抵の場合に対応できる。
 だから、そういう場合を想定して用意した。数は……まあ、絶対に負けないための保証込みさ」

おかげで一週間ほど人間としての活動を疎かにしてしまった、とでこをぽんぽん杖で叩くまじよ。
そんなまじよの様子に、フィアンはただただ、驚嘆するばかりだった。
一週間前の時点で二人が助かる方法を思いついていて、その時点からちゃんと実行していた。
家に帰ってアメリアのことを思い出していつも以上に塞ぎこんでいたフィアンとは大違いだ。
そこでようやく理解する。
まじよは二人が通過するには十分すぎる量のマジカルキャンディーを持っている。
そして、ジャクリーヌに会いに行こうと言っている。
この二つを結びつけた答えは。
もしかして、フィアンが今一番望んでいる答えなのではないだろうか。

「じゃあ、それって……」
「君が公園に付く前に会えて良かった。他の魔法少女たちの前では取り上げにくい話題だからね。
 ジャックに会いに行く。そしてマジカルキャンディーを八千ほど押し付ける。君にも交渉を手伝ってほしい。一緒に来てくれ」

ジャクリーヌの「回りくどいがいい人」という評価は確かに的を射ていた。
フィアンは心のなかで、まじよの評価をかなり上方修正した。


114 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:23:57 0smzDbqY0


話はトントン拍子で進んだ。
ジャクリーヌと合流し、二人で説得する。
駄目なら無理矢理にでも押し付け、ジャクリーヌの魔法の端末を奪って逃走。
ジャクリーヌの意思を無視することに罪悪感はあるが、この罪悪感だってジャクリーヌが生きていてこそだ。
恨まれるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
でも、フィアンはジャクリーヌが一番大事だ。
彼女が生きていてくれるなら、恨まれたって嫌われたって構わない。
そして作戦を立て終え、まじよが「何か質問は」と言ったのを聞き、フィアンは一つだけ質問をした。

「あの……なんでですか?」
「うん?」
「なんで、その……純ちゃ……あ、いや、ジャクリーヌを……」
「ああ、うん。何故彼女を助ける対象に選んだか、ということかな?
 私はね、彼女のことが好きなんだよ」

この発言には、さすがのフィアンも驚いた。
好きっていうのはどういう好きなんだろう。
そういえばまじよはあの気難し屋の†闇皇刹那†とよく一緒に居たと聞いている。
もしかして、そういう趣味があるのだろうか。
ぐるりとまた思考が頭を回りだそうとする。
そんなこちらの様子を見てまじよは口の端だけをぐいと持ち上げた厭味ったらしい笑みを浮かべた。
フィアンの前で三度笑みを作ったが、三度とも笑みの性質が違う。
つくづく、表情豊かな少女だと思う。ちょっとだけ羨ましい。

「心配するな。私は魔法少女としての彼女を気に入っているだけさ。
 実に『魔法少女』という感じの能力と性格で、好きなんだよ。彼女には是非、本物の魔法少女になってほしい。それだけだ」

その返答は、一般的な常識に照らし合わせればあまり理に適うものではなかったが。
まじよという人物についてすこしばかりだが知っているフィアンにとっては、それは十分「まじよの理」に合う理由だと思った。

「そういえば、今度はこっちからの質問になっていしまうが、君はどうだ。
 ちゃんと生き残れるだけの数を集めているか? 心許ないなら君にも少し譲るが」

唐突に言われて、はっとする。
実はフィアンがこの最終週、マジカルキャンディーを上手く集められてない。
フィアンの人助けは基本的に「誰かと誰かを巡りあわせる」ために使っていた。
迷子とお母さんを出会わせたり、逃げた犬と飼い主を巡りあわせたり。
この魔法による人助けには基本的に「二人の人間」を繋ぐ必要が有る。
本来ならジャクリーヌが相手を探し、フィアンが糸を繋いで巡りあわせるというパターンで効率よく稼いでいた。
だが、相方のジャクリーヌが最終週に限って別行動を取りたがっていたので、フィアンは必然的に単独での人助けを強いられる形になった。
優れた身体能力だけでは解決できる問題なんて限られている。今手元にあるマジカルキャンディーも、四百そこそこくらいだ。


115 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:26:00 0smzDbqY0


そこまで考えてようやく思い至った。
七週目はほとんどジャクリーヌと活動をしていない。
登校から下校まではいつも一緒だったが、下校してからの魔法少女時にほとんど顔を合わせていない。
どうして気が付かなかったんだろう。死に直面していたからってよりにもよってそこを見落とすなんて。
ジャクリーヌがフィアンと別行動をとっていたことを不審に思うべきだった。
七週目開始の段階で。いや、七週目開始とは言わず三日目くらいの段階ででも、「ジャクリーヌがおかしい」と気づけていればフィアンの方でも手が打てていたんじゃないか。
どこまでも鈍な自分が嫌になる。

「こらこら、何度も言っているだろう。あまり思いつめるんじゃない」

一人で自己嫌悪に陥っていると、やれやれといった声でまじよが声をかけてきた。
そしてフィアンの魔法の端末を取り上げて、ぽちぽちいじって放り返す。
フィアンの液晶には、二千四百という数字が映っていた。申し分ないほどの安全圏内だ。
一言お礼を言おうとまじよの方を向き、そこまで来て、ようやくまじよの特異性に気がついた。
それに気付いた瞬間、フィアンはお礼を言うより先に聞かずには居られなかった。

「あの」
「うん?」
「なんで」

まじよが首を傾げる。
伝わると思ったが、流石に言葉数が少なかったらしい。

「なんで、私の思ってること、分かるんですか」

フィアンは生来、感情表現というものが苦手だった。
驚いたり、怒ったり、悲しんだり、そういうものがほとんど顔に出ない。
魔法少女になってからはそれが顕著で、指導魔法少女のアメリアにもよく「もっと笑顔で」と言われた。
十年来の親友であるジャクリーヌは別として、人間時、魔法少女時を問わず、フィアンの思っていることを性格に把握できる人間なんて両親を含めても片手の指で足りるくらいしか居ない。
まじよは「ふむ、ふむ」と二回頷いて。

「そりゃあ君、なんたって私は魔法少女を見るのが大好きだからね」

と、また、どうにも解釈に困る返答をし。

「それじゃあ早速動き出そう。夢を掴むには、考えこむより一歩を踏み出すのが大事なんだ。
 なにより、ジャックに与えられた猶予は短ければあと三十分程度しかない。
 すみやかにジャクリーヌを見つけ出し、押し付けて、侵入者を追い出す。以上だ」

と、締め、先導して走りだした。
その背を見ながら、フィアンは再びまじよの評価を上方修正しなおした。


116 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:28:27 0smzDbqY0


走るまじよを追いながら、フィアンはある事実に気付いた。
まじよの進路がまったくブレていない。
その躊躇のなさは、まるでジャクリーヌの居場所を知っているようにも思える。

「あの、まじよさん」
「うん?」
「ジャクリーヌがどこに居るか、知ってるんか?」

無為無策で走り回って何度もすれ違って結果会えずじまいで終わりなんてのは全く笑えない。
どうやってジャクリーヌを見つけ出せばいいだろうか。
フィアンたちに人探しのスキルはない。
強いてあげればまじよがフィアンと会う時にやった「上空からの俯瞰」だが、アナログな方法なのでリスクも大きい。
例えば、探索範囲。いくら魔法少女は夜目が効くと言っても、闇夜の中で万里の先を見渡せるわけじゃない。
かなり難航することになる。三十分で足りるだろうか。
しかしまじよはやはり「ふむ」と答えて一度立ち止まり、フィアンに向き直って杖ででこをぽんと叩いた。

「侵入者が東区に入ったなら待機中の魔法少女に協力要請が来るだろうが、まだ私にも君にも何も報告が届いてないところをみると、そういうわけではないらしい。
 だから私は、侵入者はまだ西区か、そろそろ橋の手前か、それとももう交渉に入ったかだと考えた」
「東区を目指していたのなら、中央の中橋か、北の中洲渡橋か、南のりんかい橋のどれかを通るだろう。
 この時間帯なら人通りが少ないのはりんかい橋なんだが、そこを通りそうなら私達にも連絡が入ると思うんだ」

確かに、りんかい橋を通るなら東区南部の臨海公園で万一に備えて待機しているフィアンたちにも協力を要請する可能性はある。
というより、橋を渡られるようならジャクリーヌならまず真っ先にそうするだろう。

「なので今はりんかい橋を通る可能性を一時的に除外する。
 今後りんかい橋を通りそうだという連絡が入れば、その時はリーラーたちになんとかしてもらい、私たちはジャクリーヌとの合流を目指す」

臨海公園には今、四人の魔法少女がいるはずだ。
四人のうちの一人、「リーラー」は物の長さをある程度自由に操れる魔法少女だ。
彼女さえ居ればまじよたちの協力無しでも足止めや捕捉は可能だろう。

「残った可能性は『既に交渉に入った』か、もしくは『中橋・中洲渡橋のどちらかを通る』。そして『西区内に留まっている』の三つ。
 相手の目的地が東区であり追跡メンバーにジャクリーヌが居る以上、西区に残り続けられるという可能性は極めて低い」
「ならば可能性が高いのは二つの橋のどちらかを通ろうとしているか、交渉に入っているか、だ。
 あの二つの橋の中間に行けば、ジャクリーヌたちの姿を見つけられる可能性は格段に上がる。そう思って移動していたんだが、どうだろう」

くるくると回るまじよの舌と頭脳に、舌を巻く。
同じ魔法少女でもここまで違うのか。
その理屈は、到底フィアンには思いつかないものだが、聞けばフィアンにもすんなりと入ってくるものだった。
実際は間違っているかもしれないが、頼るには十分な太さの命綱だ。

「ありがとうございます。それで行きましょう、お願いします」
「ようし。じゃあ、ひとまずは中洲渡橋の方へ……」

まじよが言い、また走りだそうとする。
遠くの轟音を魔法少女の聴力が捉えたのは、ちょうどその時だった。


117 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:29:51 0smzDbqY0


音の方を向く。
位置的には臨海公園と飴ビルを結ぶ直線の中間北より、中洲渡橋の近くだ。
移動に移ろうとしていた体の重心を立てなおしてぐっと目を凝らす。
はっきりとは分からないが、空から岩石が降っているように見える。
見覚えがある、あれは飴ビル戦の時のアンナ・ケージの魔法だ。
ということは戦闘になっているのか。
さっと頭から血の気が引いた。
今回の追跡の陣頭指揮をとっていたのはジャクリーヌだ。
つまりあの落石の近くにジャクリーヌが居る可能性はかなり高いのではないだろうか。
まじよの方を向く。
まじよも同じように落石の方を眺め、ぽんぽんと杖ででこを叩いている。

「これは、私が思っている以上に厄介なことになってるみたいだ。
 まさかアンナがもう一度あの魔法を使うようなことがあるとは」

まじよの声色からは、信じられないという思いが鈍なフィアンでも読み取れるほどに込められていた。
今までとは打って変わった雰囲気のまじよに少々気圧され。
しかしジャクリーヌのことを思い出し、引っ込んでしまいそうな勇気に活を入れ、まじよの空気に割って入る。

「まじよさん、行きましょう」
「……危険だぞ」

まじよにしては短い一言。
顔ももう笑ってはいない。
五文字だけで、ことの重大さがよく分かる。
だが、立ち止まっていてはいられない。
危険は承知のうえだ。
フィアンにとってちょっとやそっとの危険程度、ジャクリーヌを救える可能性を捨てる理由にはならない。
これはきっと、命知らずとか無謀とか言われるかもしれない。でも、フィアンにとってこの選択は間違いではない。

「わかってます」
「……そうか。じゃあ急ごう。言っておくが、私はジャクリーヌの命もそうだが、自分の命も惜しくてしょうがない。
 いざという時は一人でなんとかしてくれよ」

フィアンは固く口を閉ざして頷いた。
そして、手を差し伸べた。
まじよが話しかけてきた時の話に込められた意味は分からなかったけど、何を話題にしていたのかはフィアンにもわかっているつもりだ。
まじよは少々唖然とし、ふにゃりとした、火急の事態にはそぐわない笑顔を浮かべ、手を握り返してきた。
フィアンの熱がまじよに伝わる。
まじよの熱がフィアンに伝わる。
素敵なものが、二人の間を渡る。
心に少しの活力が生まれる。

「行きましょう」
「ああ!」

目的地は見えている。
フィアンは手を離し、自身の最速を超えんばかりの力で駆け出した。


118 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:31:41 0smzDbqY0




うず高く積み上がった岩の下にはきらきら輝く何かが広がっていた。
夜の闇の中でそれが生き物の血だと気づけたのは、臭いのせいだろう。
鉄臭い、吐きそうになる臭いが周囲一面に漂っている。
この前嗅いだばかりの、だが絶対に慣れないその臭いに、フィアンは彼女にしては珍しく顔を歪めた。


轟音の元にたどり着いた二人が見たのは、小さな岩山だった。
複数の落石で即席で出来上がったものだと判断できるそれは、アンナ・ケージが魔法を使った何よりの証拠だ。
そして、鼻につく臭いに気がついた。
誰かがこの岩山の下敷きになっている。
よくよく見れば岩の下が一面血の海になるくらいに出血をしている。
蓋を開けてみるまでもない。
死んでいる。
この場所で誰かが死んだ。
いや、死んだという言い方ではきっと正しくない。
アンナ・ケージが何者かに魔法をぶつけ、何者かはその魔法で押しつぶされた。
つまり、アンナ・ケージが殺し、アンナ・ケージと敵対していた誰かがこの岩の下に押し込まれた。
侵入した魔法少女と戦闘になり、やむを得ず相手に攻撃をすることになったのだろうか。
アメリアの時と同じだ。アメリアの時も、襲ってきたアメリアを制御不能と考えて、街の魔法少女全員で手を組んで殺した。
それを今度は侵入してきた魔法少女にやった、ということだろうか。
走って少しだけ上気していた肌に再び冷たい感覚が走る。
アンナが魔法を使ったということは、相手が危険人物だったということ。
危険人物と会って、ジャクリーヌは無事なのだろうか。
とにかく、何が起こったのかを知りたい。
フィアンが振り返ると、まじよは胸の前で十字を切っていた。
フィアンも手を組み、目を閉じる。
そして数秒だけ死者への黙祷を捧げ、再び振り返った。

「まじよさん」
「うん。少し待ってくれ……―――まじよが命じる、『空から来たものは空へ、海から来たものは海へ、いずれの地から来たものも―――』」

まじよの魔法は「呪文でものを浮かせる」。
呪文の内容は問わない。お経だろうと、小説だろうと、ポエムだろうと、新聞記事であろうと、文章であるならばそれを呪文として使用が可能。
呪文の長さに比例して持ち上げられるものの総量は多く、持ち上げられる高度は高く、持ち上げ続ける時間は長くなる。
今回のように複数の落石を一気に持ち上げるとするならば、相応の長さの呪文が必要になる。
呪文が伸びるに連れて岩石がゆっくり浮き上がり始める。
アンナ・ケージが誰を潰したのか。その姿が、だんだんとあらわになってきた。
脳が警鐘を鳴らしている。
「これは見てはいけないものだ」と伝えようと、一生懸命シグナルを送っている。
だが、まるで金縛りにあったように、フィアンはその死体から目を背けることができなかった。


それは、一目見るだけでは人間と気づけないほどの損傷ぶりだった。
どこかに向かって伸ばしていたらしい左手はぐちゃぐちゃに折れ曲がり、土気色に変わった肌のいたるところから白い骨が飛び出している。
身体は潰れているというよりは、叩き潰されているといった方がいい。
まるで大きな木槌叩き潰したみたいに、一部、また一部というふうにちぐはぐに身体を潰している。
普段のフィアンならまず直視が出来ないタイプの死体だ。
だが、魔法少女の精神の強さのおかげで、いきなり胃の中身をひっくり返すようなことはなかった。
魔法少女の精神力で嫌悪感を乗り越え、頭が情報を整理し始め、そこでフィアンはようやく気付いた。
その横たわっている少女の正体に、気付いてしまった。


119 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:32:54 0smzDbqY0


一生懸命伸ばしただろう小さな手。ちょっとだけ乾燥肌なのを気にしてよくハンドクリームを塗っていた。
血のりでベッタリと頭に張り付き、色も形も変わってしまっている髪の毛。もうかつての快活さはどこにもない。
出来る限りで一番のおしゃれだと言っていた五千円のトップスは、落石の衝撃で肉ともども破れ散っている。
小さな体躯からは想像できない長くて綺麗な足は、片方が腿の半ばあたりで大きくえぐれ、もう片方は岩に押しつぶされていたらしくどす黒く変色している。
いつだって気持ちのいい笑顔を浮かべていた顔は、二目と見られない有りさまで。
身体の下敷きになっている、人間の時の彼女には不釣り合いな大きさのゲームボード。
そのゲームボードの近くに落ちている三つのポーン。
頭が割れている。
骨が見えている。
血が流れている。
臓器が撒き散らされている。
体中のどこも、かしこも、人間ではなく肉に変わっている。
死んでいる。
その推測は、フィアンが積み上がった岩の山を見た時から何も変わっていない。
だが、フィアンはもう、そんな冷静な目線で世界を見ることはできなかった。


魔法少女は心が強い。
ちょっとやそっとじゃ折れたりしない。
それでも、絶対に折れないわけじゃない。
フィアンは―――甲斐好実は、あまり感情を表に出さない鈍な人間だと、自他共に認めている。
声を荒げて怒ることも、声を上げて笑うことも、涙を流して泣くこともなかった。
頭の中であれやこれやとぐるぐると思うことはあっても、それが分かりやすく顔に出ることはなかった。
それでも、感情が存在しないわけじゃない。


怒涛のように。あるいは嵐のように。あるいは突如空から降り注ぐ落石のように。
心の中に正体不明の衝撃が走る。
恩師の魔法少女が死んだ時よりも、先輩魔法少女が殺しに来た時よりも、友が死への思いを告げた時よりも。
生まれてきてからこれまでの、どんな感情すらも些細なものだと思えてしまうその衝撃。
友を失った絶望。
止めどない後悔。
殺した者への怒り。
全てが混ざり合ったその衝撃が、どうしようもない大きな「悲しみ」なんだと気付くより早く、フィアンは死体の側にうずくまって泣いていた。
フィアンはその日、生まれて初めて、身を裂くような悲しみで涙を流した。
声にもならないような声をあげて。
十数年間使わなかった涙を流して。
帰らぬ親友を抱きしめて泣いた。


岩の下には、フィアンの小さな幸せが変わり果てた姿で閉じ込められていた。


120 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/21(水) 05:35:02 0smzDbqY0
投下終了です
遅刻に関しては本当に申し訳ありませんでした
今後は間に合うように努力します

投下ついでに

○くーりゃん
○スー

予約します

書きたい話によって今回の予約メンバーが大幅に変わる可能性もありますが、その時は追って報告します


121 : 名無しさん :2015/10/22(木) 02:11:53 CTBqmabw0
投下おつです
やったー!魔法少女マニア枠!
いるとそれぞれの魔法少女観を感じられて少し嬉しい魔法少女マニア枠だったかまじよ氏
両手に魔法のくだりはかなり好きです
ちょっと伝わりにくいキザな言い回しをしちゃうあたりが可愛い。
しかしフィアンが死体をはやくも見つけてしまったか
アンナさん疑われそうだなー音楽家にもう殺されてるかもだが…


122 : 名無しさん :2015/10/22(木) 11:54:44 qrMG1k0s0
投下乙です
本物の魔法少女とか、魔法少女を見るのが好きとか、豊富な魔法少女知識とか、
こう、なんというか、すごく……不穏です……


123 : 名無しさん :2015/10/23(金) 19:04:48 OFZi9pFQ0
投下乙です
つい先日の短編で使われてたネタがもう組み込まれている……
「世界観がぶれる」いい言葉だなあ、刹那と一緒にいたまじよは刹那のあのロールプレイが好きだったんだろうか
思い出を共有する魔法はかなり凶悪なやつだコレ!


124 : 名無しさん :2015/10/28(水) 05:33:19 kXGl8xQ60
遅れます
少々お待ち下さい


125 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/28(水) 07:41:04 FVDEAdUY0
書き上げて投下するつもりが急用でできませんでした
一日だけ延長させてもらいます


126 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 05:52:28 urNDstMU0
投下します


127 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 05:55:55 urNDstMU0


☆くーりゃん


うだるような暑さとか。熱気を運ぶ風だとか。夜も遅くに泣き続ける虫の声だとか。
世間にはまだ、逃れようのない夏が溢れている。
久々に家を出て、臨海公園に到着したくーりゃんは、まだ終わってくれていない夏に嫌気が差し。
そして自分を除けば一人しか魔法少女が来ていないという現実に少しだけ胸をなでおろした。





くーりゃんは夏が苦手だ。
嫌いではない。苦手だ。
夏は人を活発にするから苦手だ。
「一夏の恋」なんて言葉が生まれるくらいには、夏は人にエネルギーを与えて活発にする。
活発になった人は、時々自分の限界を見誤って大惨事を起こす。
そして、くーりゃんのまわりにそういう人が居ると、大抵くーりゃんもその大惨事に巻き込まれる。
両親に行きたくないガールスカウトキャンプに送り出され、山中で遭難しかけたのも夏だ。
林間学校で海に行き、同級生の水泳部に足の着かないところに連れだされて溺れて生死の境をさまよったのも夏だ。
大好きだったあの人に彼女ができたのも夏だ。特別かっこいい人ではなかったけど、くーりゃんにとっては特別な人だった。初恋は、水をやり過ぎた朝顔のように花をつけることなく終わった。

そして今、生きるか死ぬかのデスゲームに巻き込まれているのも夏だ。
数え上げればきりがない。
どれもこれもが、夏のせいだとか夏が悪いんだとかまでは言わない。
それに、夏にだっていいところはある。くーりゃんはトマトが好きだし、そうめんも好きだ。
でも、くーりゃんがどれだけ夏を愛そうと、夏を嫌おうと、夏にはいつだってよくないことが起こった。
夏とはすこぶる相性が悪い。
だから、嫌いではなく、ただただ苦手だ。
出来るだけ夏に関わらないように、夏が終わるまでは行動を控えるようにして生きてきた。

通達を見た時も、本当のところを言うと外に出るつもりはなかった。
外に出れば夏と向かい合わなければならないし、集合場所は街の魔法少女がいっぱいいる。
いかにもくーりゃんが不幸になりそうな状況が作り上げられそうだ。
一度は無視しようと思った。出かければ絶対に何かに巻き込まれる、そう言い切れるだけの経験があったから。
だが、少し考えて、その抵抗がどうせ無意味だろうと思い、潔く外に出ることにした。

先々週、家でくつろいでいたら家に魔法少女がけしかけてきた。
血走った目の魔法少女は奇声を上げながらドアに蛇口を貼り付けてくーりゃんめがけて水を放った。
魔法を使って上手いこと切り抜けたが、後日あれが魔法少女すら殺すウォーターカッターだと知った時には背筋が凍る思いだった。
先週、引越し先の新居で引きこもっていたら再び家に魔法少女がけしかけてきた。
冷めた表情の魔法少女は、琥珀色に輝く槍で家中をずたずたに切り裂きながらくーりゃんを追い回した。
これはもう、魔法がどうとかのレベルではない。他人にどう思われるかなんか気にせずに、ほうほうの体で逃げまわった。
その二度の襲撃で、ある種の経験を積み、くーりゃんは学んだ。
今年の夏は、引き篭もっていても逃げ出すことができないという最悪にたちが悪い夏だ。
しかも、その破壊力はエスカレートしていっている。
一度目は難なく、二度目はなんとかなら三度目はどうなる。
今度は気づくこともなく死んでいるかもしれない。

幸い、夏と向き合って他人の無茶に巻き込まれることは多々あったが、そのどれも、死にかけることや傷つくことはあっても死ぬことはなかった。
さらに先週も先々週も、不意討ちで襲われた時が最も危険で、他の魔法少女と合流してからはくーりゃん自信に命に危機が及ぶこともなかった。
ならばいっそのこと、よくないことが起きる前に他人の懐に飛び込んだほうが安全かもしれない。
この判断があっているかどうかはわからない。くーりゃんにとって夏は、いつだって予想の斜め上でくーりゃんに襲い掛かってくる、規格外の相手なのだから。


128 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 05:59:00 urNDstMU0




体中にまとわりつく夏っぽさにうんざりしながら、公園を見回す。
公園内には魔法少女らしき少女が一人だけ、潮の匂いの混じった風に吹かれながら、遠くを眺めるように佇んでいた。
侵入者の方へ向かったのは確か三人だったはずだから、街にはあと六人の魔法少女が居るはずだが、どうも残りの四人はまだ来ていないらしい。
遅刻しているのか。それともそもそも来る気がないのか。

「どうも」
「……あ、はい、どうも。えっと、はじめ、まして?」
「うん。たぶん」

沈黙が流れる。
くーりゃんはコミュニケーションがあまり好きじゃない。
そもそも入り組んだ人付き合いが苦手というのもあるが、それを抜きにしても夏はコミュニケーションに気を使っている。
コミュニケーションは誰かを絡めとる投網のようなもので、たいていこれがきっかけでくーりゃんは事件・事故に引きずり込まれる。
くーりゃんの不用意な一言が、事件に巻き込まれる原因になることもあった。
お喋りが特別嫌いというわけではない。でも、夏同様、時々意味もなくくーりゃんを追い詰めることがある。
だから苦手だ。これも。
出来ることならば、夏同様避けて通りたい。
だというのにこの街の魔法少女は、基本的に無駄にコミュニケーションを取りたがる。
くーりゃんの指導を行ったJJジャクリーヌもそうだし、もう死んでしまったが、魔法少女たちのリーダーのようなことを行っていたみっちぃもそうだった。
まじよなんかはもう何も言えない。
何故かこちらが外出している時に限って、居場所を嗅ぎつけたかのように鉢合わせる。
出会うとその日一日付きまとわれ、聞きたくもない魔法少女の話を聞かされる。外向性の塊みたいな存在だ。
彼女らも、苦手だ。できることならあまり会いたくない。


そこんところを見ると。
ちらりと先に来ていた魔法少女を見る。
名前は知らないが、彼女はまだいい。
薄い青紫のネグリジェドレスに頭をすっぽり覆い隠すクラゲのような形の白いナイトキャップ。そしてゆったりしたカーディガン。
胸に抱いているアルバムが内気さを引き立てる。
喋り方もおっとりとしていて覇気を感じさせない。夏っぽさがない。
自分からこちらに話しかけるということもなく、またこちらを特に邪険にすることもなく、友好・敵対のどちらでもない第三者の距離を保ち続ける。
まさにコミュニケーション史上主義社会への反逆。
内向性の塊といった魔法少女だ。
彼女は夏とは真逆に居る少女、と言っていいかもしれない。
臨海公園に来て最初に出会ったのが彼女だった、というのはくーりゃんにとって僥倖と言う他ない。

「名前は」
「え?」
「名前、初対面だし」
「……あ、スーって言います」
「私、くーりゃん。よろしくね」
「はい」

再び沈黙が流れる。
初対面の二人が一言二言交わしただけで話に詰まる。
人によってはこれを「気まずい」と称するかも知れないが、少なくともくーりゃんはそうは思わない。
お互いが、お互いの距離間を保っている。
スーがどう感じているかは分からないが、少なくともくーりゃんは今の状況を一切不快には思わない。
スーとは波長が合う気がする。
他の魔法少女に比べれば、多少は仲良く出来るかもしれない。


129 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 06:01:31 urNDstMU0


「遅いね、残りの」
「ですね」
「なんかあったの」
「知りません」

事務的なくらい簡素な会話を済ませ、時計を確認する。
臨時通達からもうニ十分程経っている。
なのに臨時の集合場所とされてる臨海公園にはまだくーりゃんとスーの二人しか居ない。
他の四人は何をやってるんだろう。集まらないということは、別に優先する用事でもあったのか。
所在や動向は気になるが、心配するような相手は居ない。

コミュニケーションが苦手、ということでわかってもらえると思うが、くーりゃんは街の魔法少女の中では孤立していた。
特に魔法少女同士での交流が必要だとは思わなかったし、実際に必要なかったのだからしょうがない。
基本的にはスタンドプレイで立ち回り、時々何故か絡んでくるまじよや、指導魔法少女のジャクリーヌと共に動く、それくらいだ。
今回だって、「家の中にいると確実にやばいから」仕方なく出てきただけだ。
集合場所に集まりはするが、だからといって他人を特に意識することはない。

「あと四人だっけ」
「はい」
「集まったらどうするの」
「……えっと……それは……」

スーが言葉に詰まる。
スーも知らされていないらしい。
チャットの方にも、個別の魔法の端末への連絡の方にも、以後の指示はなにも書かれてなかったはずだ。
つまり、集まったけどやることないから解散ということもあるかもしれない。
それなら楽で、いいのだが。

じんじんと耳障りな虫の鳴き声が響く。
頬を撫でる潮風が湿度のせいで舐めるような粘度を持っているように感じる。
体に不快感が溜まってくる。
こういうところも、夏は苦手だ。
夏というのは、つくづく、くーりゃんには合わない季節だ。
左右を見回し、一般人が居ないのを確認。
そしてくーりゃんは、いつものように魔法を、ただ自分のためだけに発動した。

「ソファー」

天を指差して名前を唱える。
するとでん、と音を立てて、くーりゃんの目の前に2Pサイズのソファーが現れた。
カーキ色の布張りのソファ。色合いのせいで少し質素な印象を受ける。
だが、足や肘置き、フレームなどの木製の部分には美麗な彫り細工が施されていて、その上質さを野暮ったくないくらいにアピールしていた。
ソファーに深々と腰を掛ける。
まるで沈み込むような座面は、いままで座ってきたどの椅子よりも心地いい。
魔法少女に睡眠は必要ないが、こうしているだけで眠れてしまいそうだ。
沈み込むのに合わせて息を吐き、目を細める。
幸せだ。
そして目を開くと、少し驚いたように目を瞬かせるスーの顔が目に入った。


130 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 06:05:08 urNDstMU0


「……ああ。これ、魔法」
「あ、そうなんですね」

スーはくりくりした大きな緋色よりの瞳で珍しそうにソファーとそこに座るくーりゃんを眺める。
何もない空間から何かを呼び出せるくーりゃんの魔法は、初対面の人物にとってはそれはそれは奇異な能力として映ることだろう。
先週、あのなんとかかんとかという飴細工師と戦った時も、皆驚いていた。

「快適な空間を作り出せる」。
くーりゃんは、この魔法が大好きだった。
魔法の端末の説明文に書いてあったのは「自分の周りに快適になれるものを出せるよ」。
曖昧な説明だけあって能力幅がすごく広い。
好きなものを呼び出し、自身の周辺を快適な空間に変えることが出来る。
呼び出せないものや範囲制限なんかが少々厳しいが、それでもこれはくーりゃんにとって至上の魔法だった。
考えてみて欲しい。
疲れた時には最高級のソファーが出せる。
横になりたい時に最高級のクッションやベッドを出せる。
コンセントのある場所ならばマッサージチェアが出せる。
相応の代金を支払うことなく、最高級の家具や家電を使うことができる。
これほど便利な魔法を与えられて嬉しくないわけがない。
そして、一度誰かが触れてその誰かが手放すまではそれらが勝手に消えることはなく、多大な負荷を掛けなければ壊れることもない。
それはくーりゃんが変身を解いている間も同じだ。
なので、最高級のベッドを出して、横になって変身を解除、そのままグースカ寝るなんてことも出来る。
素晴らしいじゃないか。最高じゃないか。
これの良さがわからないのなら、それは相当に性根がネジ曲がっているか、あるいは生物として大事なものが欠落しているか、だ。

先週、それとなく指導魔法少女のジャクリーヌに聞いたところによると、くーりゃんくらい色々出来る魔法が使える魔法少女は他には居ないらしい。
別に努力で得た力ではないが、鼻が高い。
なんとかかんとかという婦警さんは道路標識を守らせる魔法を持っているらしいが、そんなことできて役に立つんだろうか。
なんとかかんとかという魔法少女は他人の思い出をアルバムにまとめられるらしいが、それになんの意味があるんだろうか。
まじよは魔法の呪文で物を浮かせられるらしいが、それが日常生活でどれほど心を豊かにしてくれるんだろうか。
きっと、くーりゃんは、この街で一番恵まれた魔法少女だ。
ちょっとだけ、優越感を覚える。

「そっちは?」
「……私、ですか?」
「うん。魔法」
「あ、これです」

スーはあわあわとおぼつかない手つきで胸に抱いていた一冊のアルバムをこちらに突き出した。


131 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 06:06:41 urNDstMU0


結構豪奢な見た目のアルバムだ。
ブラウンレザーと言っただろうか。薄暗い色の、革張りの外装。
サイズはA4。正確なページ数は分からないが、数百ページ以上はありそうだ。
ほわほわした雰囲気のスーには似合わない、重苦しく堅苦しい感じがする。

「それ?」
「はい。これで、皆と思い出が共有できるんです」
「ふーん」

あのアルバムに思い出をまとめられるんだろうか。
だとすれば、スーこそがなんとかかんとかという魔法少女の一人か。
先々週の魔法少女が最初に襲ったのが、そんな魔法を持つ魔法少女だとジャクリーヌから聞いている。
まさかあれが、目の前に居るスーだったとは。
確かに弱々しい見た目をしているし、ジャクリーヌが言っていた通りの魔法だとばれていたなら狙われるのも仕方がない。

「先々週、大丈夫だった?」
「はい?」
「先々週。あの、ほら、水の、なんだっけ。見境なしに襲ってきた……瑞々しいなあとかいうのに、襲われたんでしょ?」

スーはぽかんとした顔で座るくーりゃんの顔を眺めてくる。
なにも心当たりがないといった様子だ。
人違いだったのだろうか。それとも、聞き違えたのだろうか。
他の魔法少女と今後関わることはないだろうと高をくくってジャクリーヌの話自体をしっかり聞いてなかったので、聞き間違いの可能性も高い。
だとすれば、余計なことをしてしまった。

「……その、先々週って言うと……」
「ああ、ごめん。勘違いだったっぽい」

久々に波長が合いそうな人物に出会えて、ちょっとだけ浮足立って馴れ馴れしくなってしまったかもしれない。
反省が必要だ。不用意な接触は避けなければ。
そう思いながら、時計を見る。
時刻はそろそろ八時四十分。
気づけば、集合が言い渡されてからもう三十分が経っていた。

「……遅いね」
「……ですね」

遅刻している四人も、ここに来る気があるのなら流石にそろそろ集まりだすだろう。
魔法の端末を確認して、集まるメンバーにもう一度目を通す。
その四人の中に、比較的くーりゃんのことを理解してくれているジャクリーヌが居ないことや、よりにもよってまじよが居ることを知り、くーりゃんはスーに気づかれないくらいに、小さくため息をついた。


132 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 06:07:59 urNDstMU0


☆スー

スーが公園に来た時、まだ誰も居なかった。
二十分ほど待つと、くーりゃんが来た。
他の人はまだ現れない。
まじよが来ないのは意外だ。彼女は責任感が強いように見えたから、スーの次に早く来ると思っていた。
フィアンはJJジャクリーヌを追いかけて行ったのかもしれない。彼女たちはとても仲が良かったから。
リーラーは最近姿を見ていない。先週のチャット以後、彼女の目撃情報だけがめっきり少なくなった。
くーりゃんは……
ちらりと横目でくーりゃんを見る。気だるげな表情で空を見つめていた。
実際にあったのは初めてだ。今日も、この公園に来ないと思っていたが、まさか彼女が一番にくるなんて。とても意外だ。
虫の鳴き声。
風のざわめき。
遠くから聞こえる楽しげな音楽。
あまり喋らない二人だけの公園は、そんな些細な音でうめつくされていた。

待ち合わせ場所に人が少ないのは、どうしようもないことだと思う。
だって、最終日なんだから。
本当に生き残りたいのなら、待ち合わせ場所に来るよりも、マジカルキャンディーを集めるほうがいいに決まってる。
それでもくーりゃんのように、集合場所に集まるメンバーは居る。
絶対に受かる自信を持っているのか、絶対に落ちない自信を持っているのか。
くーりゃんはどちらだろうか。
スーは後者だ。
「魔法少女の選抜試験に参加している」という前提自体が崩れれば、落ちることもないし、死ぬこともない。
この街の中でスーだけが知っている。
この魔法少女育成計画が、あともう少しで……早ければ今日から明日にかけてで終了することを、知っている。



出会った魔法少女はマリンライムと名乗った。
まるで陸に上がってきた人魚姫のような少女は、近くの街を担当している魔法少女だと名乗った。
スーはその時、生きた心地がしなかった。もしかして、マリンライムはスーを殺しに来たんじゃないかと思い、腰が抜けるほどに怖くて、へたり込んだ。
でも、実際にはそんなことはなく。
マリンライムは危害を加えるつもりはないと伝え、そして、魔法の国の試験について教えてくれた。
泣きそうだった。もし、魔法少女に変身していなければ、きっと泣いていた。
誰も死ぬ必要なんかなかったんだと理解して、スーは、救われたような、殴られたような、そんな気持ちになった。
そして、全てを打ち明けると、マリンライムはこう言ったんだ。

「私が、魔法の国に行って、伝えてくるよ。魔法の国の魔法少女たちに、この試験のこと。
 もしかしたら、帰ってこれないかもしれないけど、その時は、スーが助けてあげて。スーの魔法で、皆を」




133 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 06:10:21 urNDstMU0


マリンライムは無事だろうか。
スーは魔法の国という場所がどんなところなのか知らない。
いつかテレビで見た魔法少女アニメのようにお城が建っていたり、かぼちゃの馬車が空を飛んでたりするのだろうか。
でも、そんなところに行くのならば「帰ってこれないかもしれない」なんて台詞は残さないだろう。

時計を確認する。
侵入者が現れたという通達からもう十分くらい経っている。
きっとその通達が示している侵入者とは、マリンライムが連れてきた魔法の国の魔法少女たち。
さっきの通達は、マリンライムが無事帰ってきたことの裏付けにほかならない。はずだ。
街の魔法少女を代表してJJジャクリーヌ、アンナ・ケージ、†闇皇刹那†が向かった。
三人とも好戦的な子じゃない。侵入者に急に襲いかかるということはないはずだ。
だったら大丈夫。
大丈夫。
大丈夫。
三度頭の中で唱える。
マリンライムなら、大丈夫。
もう一度唱えて、魔法のアルバムを抱きしめる。
マリンライムは、スーの知る魔法少女の中で、一番の魔法少女だ。
強くて、優しくて、頼りになる。
見た目も可愛くて、お姫様みたい。
だから、大丈夫。
なにがだからなのかは自分でもわからないが、それでも、大丈夫だと信じる。

マリンライムと、彼女の連れてきた魔法の国側の魔法少女。
彼女たちとスーの魔法があれば、このいつまでも覚めない悪夢のような現実を終わらせることが出来る。

「……遅いね」
「……ですね」

くーりゃんと何気ない話を交わしながら、夜空を見上げる。
今日も夜空は綺麗だ。
遊園地の目玉である巨大観覧車のイルミネーションで星の明かりは見えないが、雲一つない空と月の美しさは変わらない。
不意に、観覧車のイルミネーションの電光量が落ちる。
停電だろうか、と思ったが、観覧車自体は動いているのでそういうわけではないらしい。
遊園地の演出の一環か。それとも、誰かが観覧車の電気だけを消したのか。
地上の光が弱くなり、夜空が輝きを少しだけ取り戻す。
月と星だけの空。遮るものの何もない空。
今日だったら、月までだって歩いていけそうだ。

視線をずらす。
マリンライムが帰ってくるであろう、西の方へ。
スーは、人魚姫が帰ってきてくれるのを、今か今かと待ち続ける。


134 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/10/29(木) 06:13:16 urNDstMU0
投下終了です。
今回は急な予約延長ごめんなさい以外に特に言うことありません。


投下ついでに

○愛の申し子パルメラピルス
○電電@電脳姫
○マリンライム
○リーラー
○ンジンガ

予約します

ひょっとするとマリンライムと電電は外すかもしれませんが、その時は投下前に言います


135 : 名無しさん :2015/10/29(木) 20:23:07 yTLcBgSE0
投下乙です。
二人ともゆるくてなんか癒されたw


136 : 名無しさん :2015/10/31(土) 22:16:32 Vasnp5qs0
投下乙です
夏が嫌いな魔法少女くーりゃんかわいい…スーちゃんもかわええ…
やっぱり魔法少女は可愛い。大事。
それはそれとして状況は複雑だなあ…wスーちゃんとマリンライムちゃんは怪しいと思ってたけどなんかまた分からなくなってきた
真相に翻弄されてる感じもまほいく感が出てるなあと思います、次も早よ早よ


137 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/04(水) 21:32:38 DHOM5G8I0
・報告

週中予約だと何曜日投下かわからなくなるので、三日延長して日曜日中に投下させていただきます
ただ、なんもなしに延長だと心苦しいので、現在の予約のついでにもう一話

○主催者
○主催者
○ファヴ

も予約して、日曜日一緒に投下します。ゆるして
間に合えば予約無しで幕間も同日投下するかもしれません


138 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/08(日) 03:57:31 2B4wIdNI0
いつも通り
今日中開始
宣言なしで次のレスから


139 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/10(火) 22:02:56 r8TlQKwI0
連絡遅れて申し訳ありません
現実のほうで一悶着有りました、投下の準備が整ったらまた宣言します
遅くとも14日までには投下します、これはきっと本当です


140 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:41:12 6lIZnDNI0
激しく遅刻しました
先の予約分が完成したので投下します


141 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:42:25 6lIZnDNI0


☆リーラー


ここに罪を告白する。
選抜試験五週目の脱落者、「みずみずしいな」を殺したのはリーラーだ。

襲撃されたから返り討ちにした。放っておけば殺されると思ったから逆に殺した。
恨みがあったわけでもなく、感慨の一つも覚えない。その程度だ。
方法は至ってシンプル。
みずみずしいなが持ち前の蛇口でウォーターカッターのように水をあちこちに飛ばした。
リーラーはそれを逆手に取り、建物についた裂傷を「ものの長さを変える魔法」で広げて建物内に逃亡。
当然しいなは建物を壊して追ってくる。そこで一手先を読み、建物の壁の縦の長さ(つまり高さ)を短くすることで不意を突きみずみずしいなの動きを封じる。
身動きの取れないしいなに床の長さを変えて接近、彼女を今しがた壊されたばかりの壁穴の方へ追いやる。
そして彼女が壁穴を通るか通らないかのところで壁穴幅を極限まで短くしてハサミの容量でしいなの身体を切断。
この時点でしいなはだいたい上半身と下半身の二つに分断されて死んだも同然。
更に屋外にしいなの両半身を引っ張りだし、地面にあるウォーターカッターでついた傷の幅を変えて簡易的な穴にし、そこにまだ息のあったしいなの上半身下半身を突っ込んで長さを元に戻す。
息のある状態で埋葬することで逃走される懸念の排除と死体の隠蔽を一緒に解決。
これがリーラーの知るみずみずしいな脱落までの一連の流れになる。

そして、以後の流れはこうだ。
みずみずしいなは何者かの手によって脱落し、街の魔法少女たちに再び均衡が戻る。
多少のしこりは残るだろうが、表面上は最適な距離を保ち続ける事ができる状態へと回帰する。
そして、六週目七週目はマジカルキャンディーを集める能力の低いスーたちが脱落し、大団円。
多少の誤差はあれど、「長さを操る」というわりと万能な能力のリーラーは十分安全圏で七週目を生き抜き、魔法少女になることが出来る。

そうなるはずだった。
確かにそのはずだった。
事実、途中までは上手くいっていた。
七週目の現時点で、誰にもリーラーがみずみずしいな殺害に関与したとはばれていない。
だというのに、リーラーの計算式は大きな狂いを見せている。
街の魔法少女が皆、みずみずしいなを殺したのはアメリア・アルメリアだと答えたのだ。
これ以上に腑に落ちないことが世の中にあるだろうか。
更に腑に落ちないことに、しいなの死体は他の魔法少女たちの証言通り、川から発見された。
そして、極めつけと言っていいのがリーラーの埋葬場所にはしいなの死体はありはしなかったという事実だ。


142 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:44:47 6lIZnDNI0


六週目、アメリアが活発に動き出す少し前にそのことをジャクリーヌから聞いた時、頭を抱えてしまったのは言うまでもない。
何が起こったのか理解ができない。
死体がなかったのはなんらかの魔法で抜けだしたにしても、上半身と下半身はどうやって繋いだ。
いくら魔法少女が理解を超えた存在だからって、一度押しつぶして引きちぎった、傷跡もぐちゃぐちゃな肉体同士を傷跡一つ残さず修復が可能なわけがない。
聞くところによれば、河から引き上げられた少女「水沢椎名」の死体には一切の外傷がなかったらしい。
だったら、リーラーが殺したしいなはなんだったのか。
リーラーがみずみずしいなを殺したという証拠はある。
しいなに切り裂かれた腕の傷はまだうっすらと残っている。
しいなとリーラーが戦った場所にもその戦闘痕が残っているのは確認済みだ。
あの肉の裂ける音は、あの吹き出した血は、あの零れた内臓は幻覚だったのか。別人だったのか。ハリボテだったのか。
そんなことが出来るとすれば魔法だが、わりと街の魔法少女に顔の広い方と自負しているリーラーでも、そんな能力の魔法少女に心当たりはない。
そもそも、街の魔法少女がそんなことをやってなんの意味がある。
無駄に疑心暗鬼を生じさせるだけだ。
リーラーは街の魔法少女たちの人となりをよく知っている。
真の意味で好戦的な魔法少女は一切居ない。

じゃあ、誰がやったのか。しばらく思考を繰り返すうちに、犯人についてある恐ろしい仮説に至った。
そして七週目の最終日。
リーラー意外誰も予期していなかったであろう「サプライズ」によってその仮説が裏付けられようとしている。
六週目の時点である程度予測はしていたが、リーラーも実際に通達が来るまで自信はなかった。
だが、タイミングとしては絶妙かもしれない。
このまま七週目が終了すれば、なんらかの理由がない限りは試験を終了せざるを得なくなるのだから、タイミング的にここしかありえない。

魔法の端末に届いていた情報を再確認する。
侵入者に伴い合格人数を半減。
これもまた、ほぼ予想通り。
ということは、状況は「相手」にとってかなり好ましい状態ではないと見て間違いないだろう。
ここで言う「相手」とは、街の魔法少女ではない。
「管理者側」の魔法少女、つまり、試験を執り行う側の魔法少女……具体的に言うならば、ファヴにこの試験を執り行うよう指示を出したであろう「魔法の国」の魔法少女だ。
(ファヴはリーラーが魔法少女になった時、魔法の国についても少しだけ漏らしていた。自分でもよく覚えているものだと感心する)

二人のみずみずしいなの怪を経て、リーラーが立てていた仮説。
それはこのまま試験が終盤に差し迫った場合、「魔法の国の魔法少女が新たな魔法少女を送り込んで試験を続行する」というものだった。


143 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:46:20 6lIZnDNI0


リーラーがこの仮説に至るまでの経緯を説明しておく必要があるだろう。

きっかけは言うまでもなくあのみずみずしいなの一件だ。
みずみずしいなの件で違和感を持ったリーラーは、試験について考察をしなおした。
そもそも、この試験の目的とは何なのか。
最初の段階から違和感はあった。
最初は本当にただの試験だと思っていたが、ならば試験の方法は「落とし合い」である必要はない。
こちら側に「脱落者が出る」という通達をいれる必要はない。
マジカルキャンディーという分かりやすい目安があるのだから、日々の経過を観察しながら特定期日で一方的に落とせばいいだけだ。
また、魔法少女の数が単に増えすぎた、と言っていたが、そんな単純なミスを犯すだろうか。

思うに、「管理者側」は、脱落を含んだ試験自体に重きをおいているのだ。
魔法少女たちにお互いを蹴落とし合わせることで、弱い魔法少女を間引く。
ファヴは「半分まで減らす」と言ったが、半分まで減らしたら残りの魔法少女が全員そのまま魔法少女を続けられるとは一言も言っていない。
いずれ「あれは一時的な措置に過ぎなかったぽん」とか言い出してもおかしくない。
そうやって、規定人数か、もしくは条件に合う魔法少女だけが残るまで順々に数を減らしていくだろう。
そして、数々の条件下で不純物を排した後で、最後に生き残った少女たちを真の魔法少女として招く。
その過程としてこの試験は存在している。
つまり、マジカルキャンディーの増減ではなく、魔法少女という枠の奪い合いに意味があるのだ。

おそらくそんな目論見で始められた選抜試験だが、この街で行うに当たり少々の問題が発生した。
発生しないのだ。落とし合いが。
一週目。タルタニアスは辞退した。ここまではあちら側も想定内だろう。
だが二週目。争うことなくみっちぃが落ちた。
三週目。争うことなくどんどちゃんが落ちた。
四週目。争うことなくチティ・チティが落ちた。
五週目も特に変わることなく、この街の魔法少女達は相手を害することなくマジカルキャンディーを集め続けていた。
「管理者側」としてはこれは好ましい状況ではない。
そこで一つ手を打った。
「落とし合いをしてくれそうな魔法少女」を人為的に生み出して落とし合いを加速させる、という方法だ。
そしてそれこそが二度死んだみずみずしいなの怪の答えでもある。

試験に関与している「魔法の国の魔法少女」には、「既存の魔法少女の偽物を作る魔法少女」が居る。
リーラーは(不本意ながら)自分が殺したしいなはしいなではない、と結論づけた。
更に言えば、スーを襲ったとされているしいなも本人ではなかったと仮定している。
それらはどちらも「偽物」だ。
精神的に揺らいでいたみずみずしいなの偽物に街の魔法少女を襲わせることで戦闘を発生させ落とし合わせようとした、というところだろう。


144 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:47:36 6lIZnDNI0


そんな意図で放たれたみずみずしいなと偽物のみずみずしいな。
しかし、五週目にまた問題が起こった。
みずみずしいなが本物・偽物ともにほぼおなじタイミングで脱落した。
さらに六週目、最後の好戦的な魔法少女であるアメリアが脱落した。
そうして、完璧な膠着状態が完成した。
「魔法少女の真似をする魔法少女」ではどうしようもない状況になってしまった。

この街で今生き残っている魔法少女の中で戦闘に長けた魔法少女はそうそう居ない。
まじよのもとでトレーニングをしている(とまじよが語っていた)†闇皇刹那†は別として。
人を殺せるほどの能力持ちは片手の指どころか腕の本数で足りる。
一人がリーラーだ。環境さえ整えばどんな相手でも殺害できる。
もう一人はまじよだ。準備に時間が掛かるが魔法を完璧な状態で発動できれば、相手を成層圏までふっ飛ばして殺害できる。
あとは、他人を救うための魔法だったり、取るに足らない魔法だったりと、落とし合いには向いていない。
仮にリーラーかまじよのどちらかが本気を出せば、まあ確実に死者は免れない。
ただ、困ったことにこの二人を戦闘に駆り出すことはほぼ不可能だ。
リーラーは他者との距離の測り方に関しては一家言持っている。敵対すべき相手以外と敵対することはない。それはこれまでの街の魔法少女たちとの付き合いでもよく表してきた。
まじよもまじよで魔法少女が大好きだ。殺すくらいなら彼女たち全員を生かす方法を探るだろう。
この二人の偽物を出したところで、街の魔法少女達は「凶行に走った」ではなく「別人が真似ている」とすぐに気づくことだろう。
そうすれば、彼女たちは共通の敵を認識することで強く団結し、より一層落とし合いは発生しなくなる。

だとすると、「魔法の国の魔法少女」は別の手を打つ必要が有る。
その方法がなにかといえば、まずは落とし合いを続行させるための枠の削減。
そして争いを起こすための「報酬の追加」か、まったく別の形で選抜を行うための「襲撃」か。
どれにしろ、まず七週目では試験が終わることはない。
これが、リーラーの「仮説」だった。


145 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:50:33 6lIZnDNI0


その仮説を踏まえて、今後どう動くべきか。
リーラーの目標は単純だ。
「自身の生存」。
自身が生き延びるためなら他者を殺すことすらどうとも思わない。
結局、「手と手を取り合って助けあおう」なんてのは、余裕のある人間の吐く綺麗事だ。
他者を救うのは二の次三の次。なんなら見捨ててもいい。
何より自分が生き残るために動く。
窮地の人間がそう動いても誰も罪には問えない。
だから、自身の生存のためだけに、生存する確率を上げるために動く。

となると、この侵入者への対応も決まってくる。
特に相手に逆らう必要はない。
この侵入者こそが試験官なのだから。
それよりも重要なのは協力関係を結び、リーラーとの一方的な敵対関係を解くことだ。
彼女たちに取り行って手伝い、望む結果を残して試験を収束へと向かわせることが、リーラーの生存率を上げる一番の策と言える。
試験を捗らせるために送り込まれた魔法少女ならば、この条件を飲んでくれるだろう。
仮にそれが難しいならば、相手の戦力を確認して立ち回りを考える。
勝てないほどに強力な相手ならば、望むように動き、何人でも殺し、生き抜く。
これも仕方がない。犠牲者が増えるのは心が痛むが、心の傷もいつかは癒える。それまでの心房だ。
街の魔法少女たちで勝てる可能性が高いならば、この情報を街の魔法少女達と共有し、チャットでファヴが言ったように侵入者として叩き潰す。
魔法の国がバックにあるとはいえあちらもこちらと同じ魔法少女。
個人による戦闘能力の高低はあっても、一対多数で囲めば勝てない相手は居ない。
手を組むのはあまり好きではないが、好き嫌いで死ぬつもりはない。
ファヴの指示通りであるため魔法の国側からのお咎めもない。というより、咎めさせない。

臨時通達を受けてすぐにそこまで作戦と行動計画を練りあげて行動に移す。
家を飛び出して東区の中央区を目指す。
魔法少女の身体能力は異常だ。人間なら数時間かかる道のりも、数分から十数分で辿り着くことが出来る。
更に周囲に遮蔽物のない電柱を見つけて飛びつく。
人間の状態では作業用の足場ボルトを掴むのもままならないのに、変身していればまるでゲームのキャラクターのようにひょいひょいするすると登っていける。
数秒で電柱の頂上までたどり着き、そこからさらに電柱の先端の長さを伸ばす。
この電柱は東区中部にある。百メートルも伸ばせば、近隣数キロを視界内に収めることが出来るだろう。
実際に見ておくべき方向は東区西側だけなのでここまで伸ばす必要はないだろうが、念には念を、だ。
ここで監視をしていれば、これから東区に突入してくる「侵入者」の動向をつぶさに観察できる。


146 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:51:49 6lIZnDNI0




Y市東区の二十時は、まだまだ寝るには早い。
遊園地の営業が二十一時までであるため、闇夜は訪れない。
ぎらぎら輝いているとまでは言わないが、東区一体を照らしあげるうっすらとだが影が出来るほどの暗さ。
そこかしこで暗闇を潰すように立っている街灯と合わせれば、人を見つけるには丁度いい明度だ。
魔法少女の超人的な視力を合わせれば、かなり遠くまで見渡すことが出来る。。
入り組んでいて光もあまり強くない西区で人探しをするならジャクリーヌのような特殊な魔法を要するだろうが、この時間の西区ならば、場所にもよるが人探しも苦ではない。
電柱の百メートル上から東区中をくまなく見渡す。
侵入者に対して「東区で待機」と来たならばおそらくは西区側から侵入してきたのだろう。東区を目指して居るという点も考察できる。

交渉はまず失敗する。なぜなら侵入者の目的は試験の続行なのだから。
失敗すれば東区に突入される。
東区に突入するには北の中洲渡橋か、中央の中橋か、南のりんかい橋を通る必要がある。
空を飛ぶなら橋を通る必要はないが、その場合は「空を動く物体」なので地上のあれこれよりも見つけやすい。空中ならば注意せずとも見つけられるだろう。
ならば、東区から三つの橋の方を注意して見張っておけばいずれは突入してきた魔法少女達を見つけられる。という寸法だ。

通達が来て、方針を練りあげてからすぐにここに陣取り、しばらく注視を続けている。
それこそ目を皿のようにして、数秒おきに三つの橋へと視点をずらし続けている。もちろん、空中への警戒も怠らない。
中橋はともかく、中洲渡橋とりんかい橋は街灯の明かりを辿っておぼろげに見える程度なのでやはり無理があったかもしれないと思っていると、北側に屋根の上を飛び伝いながら駆ける影を見つけた。
顔や服装をはっきりと見ることはできないが、鮮やかな空色の服と手に長い棒状のものを持っているのはかろうじて分かる。
だとすると、「魔法の道路標識」を武器として持っているアンナ・ケージに違いないだろう。
追跡メンバーとして呼ばれた彼女が北の中洲渡橋方面に向かっているということは、中洲渡橋方面から侵入と判明したのだろうか。
電柱の伸ばしていた距離を一気に縮め、アンナの背後に回るように北上を始める。
だが、彼女たちと距離は詰め過ぎない。
彼女たちと合流するつもりはない。合流するとかなり動きが制限されるので、彼女たちには逃げられて突き放されてもらう必要が有る。
中洲渡橋ともアンナとも一定の距離を保ったまま、再び電柱に登って頂点を伸ばして注視に徹する。
敵の姿でも見ることができれば僥倖だが。

上空の寒さでくしゃみを一つこぼす。くしゃみの音とともに、状況が動く。
アンナがある自動車の進路を変えた。
中洲渡橋を渡り終えたばかりの、暗闇でも目立つ白い影。
それを追ってアンナが駆ける。
慌てて電柱の伸縮を操作して高度をその車とアンナの動向が見やすい高さまで調整する。
車で移動していたのか、と思う間もない。それから先は、あれよあれよと話が進んでいった。


147 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:53:28 6lIZnDNI0




街の魔法少女と魔法の国の魔法少女との最初の交流を全て見届けた上で考える。
突然空中に現れた大きなカーペット。
追いついた街の魔法少女三人と魔法の国の魔法少女、両者を襲う突然の落石。
散り散りに駆けていく二人組の影が三つ。
逃げ遅れて落石の下に残された一人。
逃げ遅れた一人は、最初の立ち位置的に街の魔法少女のはずだ。
ぼんやりとしか輪郭がわからなかったが、アンナのエナメル質な青はよく目立つので、消去法で刹那かジャクリーヌのどちらかだろう。
その後、生き残った街の魔法少女二人は北東へ。魔法の国の魔法少女のうち二人は驚いたことに川を走って西区へ。
そして魔法の国の魔法少女のうち残り二人は東、それも丁度リーラーの方へ。
都合がいい。
逃走できた街の魔法少女たちも、立て直すまでしばらくは時間がかかるはずだ。
魔法の国の魔法少女たちの進行方向を確認して電柱の伸縮を元に戻す。

ぐんぐんと近づいてくる地面を見ながら、ふと、岩の下に閉じ込められた魔法少女のことを思った。
リーラーは街の魔法少女とは一定の距離を保ってきた。
誰が死のうと特に関係はない。所詮リアルではいっさい繋がりのない、魔法少女状態の時だけ、上っ面だけの関係だ。
まあ、出来ることなら、まじよが色々教えこんでる刹那が死んでくれていれば。
街に残っている魔法少女たちは直情的な少女が多いので与し易いのだが、彼女とまじよだけはリーラーでも予想がつかない。
あの二人が居なくなると戦力的に不安は出るが、街の魔法少女たちを口先三寸でリーラーの意のままに動かせるようになる。

人死を悲しむのではなく、さっくり受け入れてその上で切り捨てるべき人間の計算をしている自分にちょっと嫌気がさす。
試験を生き残ったとして、冷血な魔法少女以外の、人間らしい生き方ができるだろうか。
が、そこまで考えてみずみずしいなを殺した後二週間を何一つ変わらず過ごしていたことを思い出した。
日常に戻る程度なら大丈夫か。
所詮、リアルでは繋がりのない人が生きるか死ぬかなんてその程度のことだ。
いざとなったらそういう倫理観で通用する魔法少女の世界で生きればいい。


148 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:54:26 6lIZnDNI0




まるで追い込み漁のように。
上空から観察した「魔法の国の魔法少女」二人をぐるっと回り込むように逃げこむ。
暗がりの中を走っている少女を見つけた。
中学生ほどの体格で、同じくらいの少女を抱きかかえて屋根と屋根とを飛び移っている。
ピンク色の短いスカート、下にはパニエ。
リボンとフリルに彩られたチューブトップ、フリルの海から覗くのは可愛らしい背中。
正面の姿は見えないが、きっと人気絶頂のティーンアイドルのような姿だ。
間違いなく魔法少女。
しかも、街の魔法少女ではない。となると魔法の国の魔法少女以外にありえない。
ここまでリーラーの仮説はどんぴしゃでハマっている。
ひょいひょいと迷いなく進んでいく姿は、街について知り尽くしているかのように思える。
だが、どこか危なっかしい。
何度か屋根を踏み外しそうになっている。
そして何かに怯えるように周囲を何度も何度も見回している。

息を殺し、気配を消し、音を立てぬよう細心の注意を払いながらその少女たちをかろうじて見失わないくらいの距離で追い続ける。
幸い、リーラーが気づかれた様子はない。
それもそのはず。
この距離は街の中でも勘の鋭い刹那やアメリアでさえ気づけなかった距離だ。
生半可な魔法少女では姿を見つけるどころか追跡されていることを知ることすらできない。

ひょい、ひょい。
移動する少女から隠れながら、彼女の後を追う。
しばらくすると少女は少し開けた博物館の屋上に降り立ち、抱えていた少女を降ろした。
危険がないと判断したのだろうか。
少女はステッキを地面について、中空を見上げて何事かを考えている。
周囲に人の気配はない。
話しかけるには絶好のタイミングだ。
そう判断したリーラーは、博物館に向かって一気に駆け出した。
景色を置き去りにし、音もなく壁を蹴り。
相手が気づくよりも早く、相手の目の前に立つために。


149 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:55:46 6lIZnDNI0


音もなく大地を蹴って博物館の屋上に降り立つ。
まだアイドル風の少女は気づいていないようだ。抱えていた少女―――褐色肌の、民族衣装の少女と話している。
ただ、褐色肌の少女はこちらに気づいたようだ。
「あ」と声を出してリーラーの方を指差した。

「ちょっといいですか」

声をかけると、アイドル風の魔法少女もゆっくりと振り返った。
かっ、かかっ、かかかっ。少し長めのステッキが地面をこする。
振り返って顕になったその顔貌は、やはり、美少女だった。
胸を張り、ステッキをまるで腕の延長のように地面すれすれまで真っ直ぐ伸ばしている。
まるで魔法少女アニメの公式グッズの立ち絵みたいな立ち方だ。
まさに「魔法少女」な立ち姿に反し、彼女の顔はそんな姿と咬み合わない。
不安、困惑、そういった感情がありありと見て取れる。

リーラーの背後で尻尾が揺れる。
ネコ科の尻尾が揺れるのは、確か、緊張しているからだったはずだ。
尻尾にぐっと力を込めて動きを止める。
立ち姿はおよそファイティングポーズとはいえない。
武器であるはずの魔法のステッキをこちらに向けていない。
そしてなにより、表情が全てを語っている。
この少女は急な物事の展開に慣れていない。
戦闘能力に長けている少女だとしても、こういう一対一での交渉なども不得手と見える。
交渉の相手としてはかなり楽な部類だ。

「あなたが、ファヴの言うところの『魔法の国』の魔法少女で相違ないでしょうか」

少女はきょとん、としている。
いきなり核心を突かれて驚いている、と言ってもいいかもしれない。
ここまではほぼ予定通り。そしてこれからが本番。
ここからは展開次第のアドリブが必要になる。リーラーの対応力の見せ所だ。

「どうでしょう、取引をしませんか」

少女の顔がまた変わる。今にも泣き出しそうな顔だ。

「あなた達の目的も理解しているつもりです。私は、あなた達と敵対する意思はありません。
 出来ることならば、あなた達と手を組みたいと考えています」

そこまで言い切ると、少女は泣き出しそうな顔のまま数秒固まり。
にっこりと、場違いなほどに大きく笑った。

「両手を上げて」

そうして少女がようやく声を発した。


150 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:56:39 6lIZnDNI0


可愛らしい声だ。だが、その内容は全く可愛らしくない。
地面すれすれにあるステッキの頭、デコレーションされたハートマークがゆらりとゆれる。
空気が更にピンと張り詰めた。
汗が頬を伝う。失敗したか。挽回は可能か。
挽回自体は可能だろう。彼女らの目的が「試験の進行」ならば、それを邪魔する気はないと伝えればいい。

「待ってください、私は」

少女がくるりと一回、フィギュアスケートの選手のように回る。
二拍ほどの間を置いて、リーラーの背後から轟音が上がる。
そしてその後ようやく左脚に焼けたような痛みが走る。
左脚を見る。深い傷はない。ただ、リーラーのサイハイソックスには焦げ跡のようなものが走っていた。
何かが放たれ、足の表面を削って背後のコンクリートにあたったということか。
飛び道具、ソート内のどれとも違う魔法だ。強いてあげるなら「腹部を破裂させる魔法」が一番近いか。
少女はステッキを地面に突き、可愛らしい立ち姿のまま、また続けた。

「それ以上余計なことを喋ると、今度は当てるよ」

少女はまだ笑顔だ。
だが、柔和な形で伏せられた瞼の奥、瞳は一切笑っていない。
すぐにでも食い殺せるというような獰猛な輝きをこちらに向けている。
これが先ほどの弱々しそうな少女と同一人物だというのか。
あまりの豹変ぶりに言葉を失う。
そして、考える。
あの速度の「なにか」を何発も出せるとするなら、この距離で本気で当てに来られればリーラーでは避けきれない。
一旦、相手の言葉に従った上で機を待つ必要が有る。
両手をあげて無抵抗だというアピールをすると、少女は笑顔のまま続けた。

「うん、ありがとう。じゃあ次は、こっちに魔法の端末を渡してくれるかな?」

驚いて声を上げそうになり、寸前でなんとか飲み下す。
魔法の端末は魔法少女にとっての生命線と言ってもいい。
変身に使うのも魔法の端末だし、他の魔法少女との連絡に用いるのもこれだ。更に、内部には魔法少女としての個人情報も記されている。
これを奪われるとなると、魔法少女としての全存在と生殺与奪権を相手に預けるようなものだ。
一切包み隠さずに、「魔法少女」を叩き潰しに来た、ということか。
ひょっとすると、彼女が庇うように立っている後ろ、もう一人の少女のほうが「偽物を作る魔法少女」なのかもしれない。
だとすると、あまり深く接触してはいけない。
なりふり構わず来られれば後々追い込まれるのはリーラーの方だ。

話し合いの余地はない。
残っている理由も見当たらない。
ならば三十六計逃げるに如かずだ。
逃げ足には自信がある。逃げに徹すれば、追いつかれることはない。


151 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 10:58:07 6lIZnDNI0


両足のつま先に意識を集中する。衣装越しでも「触れている」と考えればリーラーの魔法は発動できる。
パンプスの下、コンクリートを少し引き離すようにつま先を動かす。
こうすれば、魔法は発動する。
というよりも、もう発動している。
アイドル風の魔法少女は気づいていないようだが、リーラーには全ての感覚でそれを察知できる。
あとは魔法に気づかれないように少々あの手この手で相手の気を引き続ける必要が有る。

「待ってください。何故いきなりそんな野蛮な真似を?
 私は『取引がしたい』と伝えたつもりですが、何か癪に障りましたか?」

少女の表情は変わらない。
相手に気づかれない速度で距離を離していく。
数メートル離れているところからじわじわ十センチずつでも離していけば、相手の虚を突くための布石くらいにはなるはずだ。
魔法少女は気づく素振りを一切見せない。
やはり、豹変しても本質はあの所在なさ気におろついていた少女なのだろう。
表情の演技で虚仮威しをこちらにつきつけることは出来ても、細かなところまで気を配ることはできていない。
安心した。
これでなんのためらいもなく逃走に移ることが出来る。

「気に障ることを言ったならば謝ります。申し訳ありません。
 でも、少しだけ話を聞いて欲しいのです。あなた達にとっても悪い申し出ではないと思いますので」
「あっ、えっ」

少女の顔がようやく切り替わり、驚いたような声を上げる。
縮んでいくリーラーの姿からか、それとも次第に小さくなっていく声からか。
どうやら、二人の距離が離れていることにようやく気づいたようだ。
だが、もう遅い。もう、数メートルは引き離した。
この数メートルで相手の虚を突き、作戦の第二段階に移行する。
両足の指を一気に引き離し、今までのように緩やかにではなく急速で距離を伸ばす。
一気に百メートル突き放すことに成功。足を離せば長さを固定しておくことはできないが、それでも元に戻る時間は急速からごく緩やかまで調整が可能。
一回目の数メートルが逃げるために相手の虚を作る不意討ちなら、この百メートルはあの「見えない攻撃」に対する対応だ。


152 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:01:19 6lIZnDNI0


「ぱるめら」

背後から少女の声が聞こえる。
もう声は遠い。
先程までは普通に会話ができていたが、魔法少女の耳を通しても囁く程度にしか聞こえない。
距離は十分に突き放した。

「らぶはぁと―――」

百メートルの距離をおいても聞こえてくる、ぐおんという風切り音。
振り返れば彼女が手に持っていたステッキがバズソーのごとく高速回転しながら迫っていた。
ステッキの強度と少女の膂力に驚愕する。が、驚くだけだ。
単調だ。一切隠す気のない直球攻撃だ。
視線をずらす。アイドル風の少女は放ったままの体勢だ。
この分なら身体をリーラー追跡に切り替えるまであと数秒は余裕が有るだろう。
ならば避ける方法を考えるまでもない。
足元を狙ったステッキの投擲をジャンプで回避。このまま屋上から飛び降りればあとは隠れながら逃げるだけでいい。
ステッキは高速回転を続けながらリーラーの正面の建物(ちょうど、最初の攻撃で破壊されたコンクリートの)にぶつかった。

「―――りふれくしょおおおおおおおおん!」

ステッキが跳ね上がり、ステッキのぶつかった壁面が淡いピンクの光を放つ。
なんだ、なにが光って―――
思った瞬間、理解を超えて。
顔より少し大きいくらいの可愛らしいピンク色のハートが二つ。壁面からまっすぐリーラーに向かって飛び出してきた。
ものすごい速さだ。
避けようにも空中では身体制御が効かない。周囲の「伸ばせるもの」を探すがなにもない。
そもそも、ハートの速度が速すぎて何かを掴む隙がない。
そのまま飛び出してきたハートマークの片方が胸のど真ん中に突き刺さる。
肺の中から全ての空気が絞り出される。
リーラーが痛みの中で判断できたのは、「胸は破裂してはいない」ということと顔面に迫るもう一つのハートマークだった。


153 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:03:00 6lIZnDNI0


☆愛の申し子パルメラピルス

昔、パルメラが魔王塾で外様の門下生のような真似をしていた頃、心の底からいつかぶち殺してやりたいと思っていた人物(世間では師匠と呼ぶかもしれない)が居た。
彼女の方針は、およそ世間一般で認知されている魔法少女とは一線を画していた。
彼女が強さを求め続けてたどり着いた戦闘論理・行動方針は以下の様なものだ。

「強そうな魔法少女を見つけたら、まず殴るんだ」
「魔法少女相手の喧嘩は殺さなきゃ問題ない。半殺しくらいなら国も見て見ぬふりで許すから、見つけたらまず殴ってみる」
「無抵抗で殴られるだけなら笑いながら謝ればいい。人違いだったって言いながら。
 反撃してきたならもっと大きな声で笑ってもう一発殴ろう。楽しい喧嘩の始まりさ!」

完全に狂人のたわごとだ。
だが、これは実に分かりやすい。
複雑な要素が一切ないから、迷う必要が無い。
窮地に直面する度に思い出すのは彼女の眩しい笑顔と、たんぽぽの花と、このセリフだった。

今回も同じだ。危機に直面したことで、思考と一部方針がシフトした。
車での移動中は「接触は避けるべし」という方針で動いていたが、先ほどの落石の一件で状況は急変した。
この街の試験に関わっている魔法少女もしくは魔法使いは、パルメラたちを殺すつもりだ。
相手が命を狙ってくる以上、こちらも対応を改める必要が有る。
はっきり言ってしまえば、「臨戦態勢を取」らなければならない。
疑わしきは罰せずというが、罰せず逆に殺されてしまえばお笑い種だ。
疑わしきはまず一度殴ってみるべきだ。間違っていたら謝ればいい。

訳知り顔の彼女を武力鎮圧したことに対する罪悪感はない。
彼女はあの落石後、パルメラたちを追い回していた。
しかもただ追い回すだけではなく、気配を殺そうとしているらしく、足音や呼吸音をかなり抑えて。
かなり距離もあったので、普通の魔法少女ならその追跡でもなんとかなったかもしれない。
ただ、パルメラだって曲がりなりにも「魔王塾」の塾生。
塾での演習内容にゲリラ戦もあったし、森林や市街地のような隠れる場所の多い場所での戦闘訓練もあった。
あの程度の気配の殺し方ならば会話しながらでも気づける。
閑話休題。気配を殺して追い回すような輩に対してンジンガの命を預かっている警戒を怠るわけがない。
ただ、勝手に追い回されているのは癪に障る。こういう部分はおそらく師匠の影響を受けている。
そこで、釣りを行った。
わざとよろめいてみたり、わざと時々大げさに周囲を見回してみたり。
餌がかかるのをじっと待ち、適度な広さのある建物の上で迎え撃つ。
釣りは上手くいった。入れ食いだ。完璧に釣り上げた。相手はパルメラの演技につられてのこのこ出てきた。
ジャクリーヌに見せたような敵意むき出しのポーズではなく、胸を開いて武器を相手から遠ざけた、「いかにも魔法少女」で「戦闘なれしていない」感を演出。
実際は敵意むき出しのポーズよりもこのポーズの方が戦闘対応能力・危険度ともに高いのだが、そこは今は語る必要はない。
そして、相手の本心を聞き出すまでは「警戒意識の低い人物」を演じる。
するとすぐに色んな事を喋ってくれた。
あそこまで色々喋ってくれたのであれば、もう考える必要も論じる必要もない。
対象は「グレー」だ。
疑わしきには一撃ぶち込む。
一撃ぶち込んで無力化した後でとっくり情報交換を行えばいい。


154 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:04:50 6lIZnDNI0


胸(正確には心臓・肺)と頭という急所めがけて「ぱるめら・らぶはぁと・りふれくしょん」による完全な不意討ちを仕掛けたが、別にどうってことはない。
パルメラのハートいっこぶんの威力は魔法少女のパンチ一発分くらい。当たりどころによってゲロを吐いたり昏倒したりすることはあっても死にはしない。
ただ、当たる場所が当たる場所なので、しばらくはもんどり打つことになるだろうが。

もし彼女が街の魔法少女だったら、結果的に命を救うことになるのだから一撃くらいは見逃してくれる。
もし彼女が黒幕なら、それこそ好都合。これで事件は解決だ。
もし彼女がどちらでもないただの通りすがりなら、その時は事情の一部を説明して傘下に引き込む。
仮に相手が身分を偽ったとしても、見破る方法はある。
電電の魔法だ。
電電の「機械を自由自在に操る魔法」を使えば相手の魔法の端末の内部情報を引きずり出せる、というのは既に説明したとおりだ。
なにより、逃がしてしまうのはリスクが大きすぎる。
こちらを発見した魔法少女が走り回るというのもそうだし。
「魔法の国」について知っているふうだったのもそうだ。
野放しにしてあれこれ好き勝手に立ち回られると厄介だ。
とりあえず交渉を行おうとした、という事実が欲しかったので警告程度に「ぱるめら・らぶはぁと・あたっく」を一発放つと、少女との距離がじわじわと離れ始めた。
微々たる変化だが、感覚を研ぎ澄ませているパルメラが見落とすことはない。
少女の魔法は「距離を操る」。もしくはそれに類するなにか。そしてその力を利用してパルメラから逃げようとしている。

以上のことから、目の前のラティス柄の少女は「無力化の必要が有る」と判断した。
だから、あえて彼女の逃走を成功させたようにして相手の油断を誘い、「ぱるめら・らぶはぁと・りふれくしょん」でその油断を叩く。
現場リーダーの電電がなんというかは分からないが、パルメラ的にはこの判断に間違いはない。パルメラなりの最善手だ。
ただ、黒幕ではなかった場合の後始末は電電に任せておこう。



不意討ちで壁面から飛び出したハートマークを受けたラティス柄の魔法少女が空中でぐるりとまわって、そのまま地面に後頭部をしたたかに叩きつけた。
ぴくりとも動くことなく変身が解除されたのを見ると、衝撃で気を失ったのだろう。
それを見て、パルメラは安堵の息をつき、ラティス柄の少女の方へと近寄った。
このままこの女性(気絶しているのでもう魔法少女ではない。見たところ二十才そこそこ程度の女性)を電電に突き出せばいい。
最悪、魔法の端末だけでも十分だ。
近寄って、女性の着ている薄手のジャケットのポケットをまさぐる。
ハートマークをした魔法の端末はすぐに見つかった。
端末を開いて中身を確認する。マスター端末ではない。名前は「リーラー」。性格は「こうもり」、「思い上がりが激しい」、「自己中心的」。
一見すると参加者のようだが、あの森の音楽家も参加者として試験に参加していたというデータがある。警戒は必要だ。
魔法の端末は奪って、変身する手段から切り離しておくべきだろう。
他に武器になりそうなもの・自殺に使えそうなものを持っていないことを確認して、後ろで待っているンジンガに駆け寄る。
ンジンガは確か魔法の端末を持っていなかったはずだ。
リーラーの魔法の端末を渡しておけば、いざというときの情報交換に使えるかもしれない。


155 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:06:00 6lIZnDNI0


「はい、ンジンガちゃん」
「んう?」
「持ってて。なくさないでね」
「ん……ダメ」

手渡そうとすると、ンジンガは珍しく否定の意を表した。
なにか悪いことでもあったかと思ったが、よくよく考えればこの一連の行動は完全に追い剥ぎだ。
電電なんかはへらっと笑って済ませるだろうが、ンジンガにとっては思うところがあるかもしれない。

「ごめんね、これもパルメのお仕事だから」
「ん、や。できない。つかえない、魔法。だから」

だが、ンジンガは更にいやいやと身を捩った。
どうも追い剥ぎではなく魔法の端末を持つことの方に抵抗があるようだ。
言葉から意味を推測する。
「魔法の端末を持つ」と「つかえない、魔法」になる。
言葉通りの意味なら、魔法が使えなくなるからアイテムを持たせないで欲しい、ということなのだろう。
そういえば電電がンジンガの恰好について「儀式用の霊装」だと説明した気がする。
不純物を持っていては魔法の発動が阻害されるということだろうか。
だとすれば、無理強いはできない。
その瞬間期待できる最高のコンディションを維持する、というのは重要だ。
胸の前で両手を合わせ、身体をやや前傾させ、可愛らしい謝罪のポーズ。

「そっかぁ、ごめんね! じゃあ、これ、パルメが持ってるから、何かあったら言って♪」
「ん」

やり取りを交わし終えると、ンジンガはてこてことリーラーの方に駆け寄った。
危険はないかと考えたが、気絶させてあるし今は普通の人間でしかない、しばらくは大丈夫だろう。
それよりも今気をもむべき案件は別にある。
衣装の腰につけているポーチから魔法の端末を取り出して開く。今度はリーラーのものではなく、パルメラのものだ。
魔法の端末を操作して時間を確認する。
そろそろ二十一時だ。電電たちと別れることになってからの詳しい時間は分からないが、もう十分ほどは経っていると思う。
連絡がないが、電電たちは無事だろうか。
電電とマリンライムは、西区方面へと飛び出した。
マリンライムの魔法が本当ならば、泳いでいるところを襲われる、なんてへまはしないだろう。
ただ、西区側が絶対安全とは言い切れない。
音は空からした。つまり相手は空を飛べる。西区まで追いかけることだってあり得る。
そんな状況下でいつまでも非戦闘向きな魔法少女二人とはぐれたままで居るのは心配だ。
せめて通話で安否を確認しておこう。
パルメラが魔法の端末をいじっていると、魔法の端末が音色を奏で始めた。


156 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:07:21 6lIZnDNI0


☆マリンライム

西区側に逃げたのは、成功だったと思いたい。
マリンライムの魔法は、「どこまでも歩いていける」というものだ。
川や海の上を突っ切ることで普通の魔法少女では橋を経由しなければならない道も、マリンライムならば直線で逃げることが出来る。
市の真ん中を二本の川が(それも魔法少女が一飛びで飛び越えるのはちょっと難しい長さの川が中洲を挟んで隣接して)走っているこの市の地形は、マリンライムの魔法とよく合う。
一度川を突っ切って逃げれば追いつかれるまでの時間を稼ぐことが出来る。
仮に追いつかれても川沿いに居ればまたすぐに突き放すことが出来る。
東側西側で待ち構えていれば、一気に上流まで走って無理やり引き離すことも出来る。
この街での逃走に関して言えば、マリンライムの右に出るものはきっといない。

「あの、電電さん」
「んー? なにかね」
「これから、どうしましょう」

まさかあんな手厚い歓迎を受けるとは思っていなかった。
車内での待機中、突如響く警笛。しかもそれまで聞いたどの音よりもだいぶ長い。
身のこなしに自信のあるマリンライムも隣に座っていた電電をひっつかんで車から飛び出すだけで精一杯だった。
車から転がるように出て地面を蹴り上げ、落下防止のフェンスを一足で飛び越えて川に一歩を踏み出した瞬間、背後から鉄を潰す音が聞こえた。
いつかテレビで見たスクラップ工場だってもうちょっと小洒落た音で鉄を潰してたと思う。
そのくらい……言い方があっているかどうかは分からないが「野蛮」な音だった。
それが車が潰された音だとわかると、そこからはもう一目散だ。
川をまっすぐ突っ切り、中洲地区も突っ切り、また川を突っ切り。
そして現在地が西区・東中部北寄り。丁度あの落石の現場の、川を挟んで真向かいの場所で一息を付いている。
視界の果てで、ちろちろと赤い蛇の舌のようなものが踊っている。あれはきっと押しつぶされた車だろう。
あれではもう乗って移動することはできない。
しばらく呆けたように見ていると、火が何かにかき消された。目を凝らすと、火のあった場所にも新たな岩が積み上がっている。
マリンライムは電電を背負って、その様子を、ただ河の向こう側を眺めていることしかできなかった。

ところで、背負って逃げた電電はというと、彼女には特に焦ったとかそういうふうには見えない。
泰然自若というべきか。どこかズレているというべきか。
マリンライムの背に身を預け、ぽちぽちと魔法の端末をいじっている。
何をしているのか聞こうかと思ったが、上手い聞き方が思い浮かばない。
ただでさえ年上の人物と話をするのは苦手なのに加えて、今は状況が状況だから仕方ないと思いたい。
そんなマリンライムの思考を他所に、ぽちぽち魔法の端末をいじっていた電電は事も無げな声でこう続けた。

「これから、ねえ」
「パルメラさんたちのこととか」
「ま、ま。パルメはああ見えてしぶっといからさ。生きてるよ。心配しなくても。
 ンジンガちゃんだって、パルメが連れてるなら大丈夫でしょ」

安否の確認についての返答が来たのはよかった。その一言でマリンライムのはようやく電電を「意思を持っている魔法少女」だと認識できた。
あんまり動じないのは生まれつきなのだろうか。
だがそれにしても、あのめまぐるしい展開のあとでこの余裕。そして同僚に対する凄い信頼というか放任というか。
なんにせよ、この人は意外と大物なのかもしれない。


157 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:09:00 6lIZnDNI0


「じゃあ、どうするんですか」

今後の方針についてもう一度聞いてみる。
マリンライムの中での今後の方針は、勿論「スーとの合流」だ。
スーは今もマリンライムの帰りを待っていることだろう。早く会いに行きたい。
だが、今回のような状況で今回のような事態に陥ったならば、普通の魔法少女は上司やリーダーの言うことを聞くはずだ。
マリンライムが勝手な行動を取れば、作戦に差し支えが出てしまうかもしれない。
それだけは避ける。なによりも、スーのために。

「……うん。そだね。集合場所はあっちだし、パルメたちもあっちに居るから、まずあっちに向かおっか。
 ちょっち危ない気もするけども、スーちゃんと連絡取り合えない以上、迎えに行くしかないからね」

頭の中で今後の行動を反芻する。
少し気がかりな点があるとすれば、あの事故現場に魔法少女が寄ってくることがあるかもしれない、ということだが。
これはマリンライムが一旦下流に下ってぐるりと弧を描くように移動すれば解決できる。
そして、パルメラたちとの合流だが、これもそこまで問題はない。
ンジンガを除く三人は魔法の端末を持っているし、ンジンガの魔法を使えば人の大体の位置を把握できる。

「えっと、このまますぐに公園で良かったですか?」
「んー、その前にできれば合流しときたいねえ。もしさっきのに襲われても、この二人じゃなんともできないし」

確かに、不安要素も多いので、パルメラたちとは早いうちに再開しておきたい。

「じゃ、マリンちゃん。こう、ぐるーっとお願いできる?
 その間、あたしはあっちと連絡とるから」

そう言って、また魔法の端末をポチポチし始めた。
さっきまでのはパルメラたちとの連絡じゃなかったのか。
これまでのやり取りから察するに、魔法の国にこの試験の監査の経過報告を行っているのかもしれない。
そういう面倒事の処理は彼女に任せておくのが一番だ。マリンライムは自分の仕事を全うさせてもらおう。
はやる気持ちを抑えて一歩踏み出す。
川に波紋が広がるが、足は沈まない。
そのまま二歩、三歩、四歩とだんだん速度を上げていく。すぐにトップスピードにたどり着き、景色と波紋を置き去りにしていく。
川を走って下り、東区南部寄りから上陸。そのまま中央の公園へ。
随分遠回りをしてしまったが、これでようやく、スーに会いに行くことが出来る。
妙な心地だ。
珍しく少しだけ心が浮かれてる。
こんな状況下でこんな心境になるのは初めてだ。
やはり、マリンライムは、スーのことがとても好きなのかもしれない。
何も起こらないよう祈りながら、マリンライムは水を蹴った。


158 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:09:38 6lIZnDNI0


☆愛の申し子パルメラピルス


―――ぴろぴろん、ぴろぴろん、ぴろぴろん


この音楽パターンは電電だ。付き合いが長いので個別のメロディに設定してある。
通話ボタンを押すと、受話器越しにいつもの気の抜けた声が聞こえてきた。

{もしもーし、パルメぇー}
「合言葉。川といえば?」

ちなみに、合言葉は決めていない。電電とのやりとりでよくやるハッタリだ。
広報部門は情報漏えい・スッパ抜き・ゴシップとの戦いだ。
声や姿を真似する魔法少女が電話口から情報を引き出そうとする、なんてことも多々ある。
今回だって例外ではない。
無事逃走できているのは確認しているが、念を押して悪いことはない。

{川といえば……って、んなの決めてないでしょ}
「じゃあ、合言葉の代わり。ンジンガちゃんは今日何回魔法を使った?」
{突入以降だと、逃げてる間に四回だね}

どうやら本人らしい。
ひとまず胸をなでおろす。

「もう、心配したよぉ! 大丈夫だった?」
{この程度なんてことないよ。で、やっぱしぶとく生きてたわけだ、そっちも}
「いきなりそれって、もう少し言葉は選ぶべきだよ?」
{ははは、ごめんごめん。パルメがまだパルメちゃんってことは、パルメは無事なんだね。
 ンジンガちゃんは? 無事?}
「うん、元気元気! ちょっと問題があったけど、問題なし!」

どっちだよ、と軽いツッコミを入れたあとで電電は問題について尋ねてきた。
パルメラは、包み隠さずに逃走以後のことを伝えた。
といっても「リーラー」と出会い、彼女を鎮圧したということくらいだが。
電電はむむうと小さく唸った後で、話を継いだ。

{ま、ま。しょうがないさなぁ。ちょっとくらいは、ね。気絶してるだけでしょ?}
「とーぜん、そのへんは抜かりないよ!」
{じゃ、オッケー。上層部にはあたしが報告しとくよ。つっても、多少怒られるのは覚悟してね}
「うぇー、やだなあ」
{ははは、いやだってもおおおおひょおおおお!?}

気の抜けた笑い混じりの声が、尻上がりの素っ頓狂な叫びに変わる。
あまりの声の大きさと奇天烈さに、傍の木に止まっていた鳥かなにかが驚いて飛び去った。

「もしもし、もしもし電電!? 何があったの!?」

返事はない。電話は既に切れている。


159 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:11:06 6lIZnDNI0


☆マリンライム

水上を走っていて、こけた。
それもかなり盛大に。
そして勢い余って電電を放り投げてしまった。
当然マリンライムも無事ではない。
仰向けに川に倒れこみ、そのまま勢い余って水中で縦に回転する。
これはまずい。
水上でこけて水に溺れかけるというのが久しぶりすぎて対応が追いつかない。
鼻や口、耳、顔中のありとあらゆる穴の中に水が流れ込んでくる。
鼻経由で気道に水が入り込み、むせた拍子でがぼがぼと水を飲む。
このままだとさすがのマリンライムも溺れ死にかねない。

溺れそうになりながら足に意識を集中させて一歩を踏みしめる。
そのまま階段を登るように川を一歩ずつ駆け上る。
なんとか中洲に登って姿勢を立て直し、大きく咳き込んで流下しそうになっていた水を全て吐き出す。
こけた理由ははっきりしている。敵の攻撃などではない。ただこけただけだ。
結構激しくもがいたはずだが服装に乱れはない。パレオがずぶ濡れになってしまった以外は特に変わりがない。
こういう時は布面積の少ないビキニスタイルに感謝する。
周囲を見回す。
電電は、少し離れたところであっぷあっぷと犬かきと地団駄の間の子のような動作をしていた。
泳ぐのが苦手なのだろうか。
だとしたらまずい。
魔法少女は身体能力こそ高いが、泳げないものがいきなり泳げるようになるわけでも溺死しないわけでもない。
バランスの取り方や身体の動かし方がいきなりつかめるようになるわけじゃないということだ。
特に、「魔法少女の状態で泳ぐ」という経験を積む人は少ないだろうから、泳げない人は泳げないままなのだろう。
マリンライムの昔の知り合いにも「モチーフ関係なく泳げない魔法少女」が居たからこれはきっと間違いない。

「待っててください、すぐそっちに行きますから!」

声を張り上げるが電電からの返事はない。
このままだと実際に溺れ死にかねない。急ぐ必要が有る。
しかし、水上でよかった。
水上ならモーターボートみたいに飛沫を上げながらしばらく飛んで沈むだけだが、地面ならコンクリートの上に白い何かの混じったもみじおろしが出来上がっていたに違いない。
死んでもらっては困る。電電が居なければ、どこかで無理が出てしまう。
ぱしゃぱしゃという水の跳ねる音。

「あの……大丈夫ですか?」
「ああ、うん。だいじょぶ、だいじょぶ」

電電は差し出された右手を掴んで、へらっと笑った。
大丈夫そうだ。問題解決。次のステップに移ろう。
マリンライムはまた一歩踏み出す。
足の裏から水の冷たさは感じない。


160 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:12:56 6lIZnDNI0


☆愛の申し子パルメラピルス


突然の叫び声。
叫び声が終わるのを待たずに電話が切れた。
マリンライムに背負われて川を渡っているところを襲撃されたのか。
頭を回転させて状況を整理する。
パルメラが全力で走ればかなりの速度で川まで行くことが出来る。
だが、ンジンガと変身の解けたリーラーは連れていけない。
二人共肉体の強度は人並みだ。パルメラが抱えて全力で走ればグズグズの肉片になってしまう。
だからといって、ンジンガとリーラーを残していくのも却下だ。
敵地のど真ん中。戦闘能力のない二人を置いて行くなんて釣り堀に餌だけ放り投げるようなものだ。
一番安全度が高いのは、交渉に来ていたジャクリーヌたち三人を先に見つけることか。
あの魔法が婦警の発したものではないというのはわかりきっているので、あの瞬間面と向かっていたジャクリーヌたちは十分信頼に足る。
人を見る目はない方だと思うが、それでも、落石が始まった瞬間車に駆け寄ったジャクリーヌとその友人たちが悪人で、被害者だとは全く思えない。
彼女たちと合流できれば、彼女たち三人にンジンガとリーラーを預けてパルメラは電電たちの救出に専念できる。

「ンジンガちゃん、来た時みたいな人探し、お願いできる? 大雑把でもいいから、ちょっとだけ巻きでね」
「マキ?」
「ちょっとだけ早めに、ね」
「ん!」

ンジンガが両手を広げてくるりと回る。
きらきらと輝く粒子が舞い上がり、再びンジンガと自然とのお話が始まる。
この周囲に魔法少女が何人居るかは分からないが、ジャクリーヌではない二人は一緒に逃げようとしているのを見た。
そして、逃げ出した以上落石の現場には残っていないだろう。
つまり街には川から中洲のあたりにいる電電たちとリーラーを除いた「この近辺で」「川沿いから少し離れたところに居る」「二人組以上で固まっている魔法少女」に絞ればいい。
ここまで情報を絞れば、同じ条件があっても二つか三つくらいだろう。

ンジンガがとんと足を揃え、腕を大きな輪を描くように振るう。
麻色の衣装が風に舞い、空へと飛び立たんばかりにはためく。風がざわめき、背の低い草を躍らせる。
追跡中もかなり急いでいたがンジンガはその時よりも急いでくれているようだ。
一つ一つの動作のキレが増し、その代わりに大まかな動き意外は簡略化してあるように見える。
これなら、あと数十秒ほどで儀式は終わるだろう。


161 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:16:45 6lIZnDNI0


―――ぴりぴりぴりぴり

じりじりと焦げ付くような焦燥感に包まれながら数十秒。
儀式が終盤を迎えた頃、突然パルメラの魔法の端末が鳴り始めた。
着信音が違う。電電ではない。
取り出して相手の名前を確認する。ハート型の液晶画面には、「不明」と書かれていた。
嫌なタイミングで掛けてくる相手も居たものだ。
取り込み中なので無視したいが、そうもいかないのがサラリー魔法少女の辛いところだ。

「もしもし?」
{よっし、番号合ってた。さっすがじゃんね。おーい、パルメぇ。もしもーし}

間の抜けた、伸びっぱなしのラーメンのような声。
間違いない。電電だ。
もう一度合言葉を確認。再び質問に正答を返したので本人に間違いないだろう。
襲撃されたかと心配したが、大丈夫だったようだ。

「電電? 大丈夫?」
{ああ、マリンちゃんが川でこけちゃってさ。もう酷いのなんのって。
 服とかずぶ濡れ。あたしの魔法の端末、どっか行っちゃったしさぁ}
「こけた、って……」
{ああ、心配しないで、今もう動き出してるからさ}

へらへらとした声。本当に大丈夫そうだ。
しかし、魔法の端末を落としたとは。
それで連絡が取れなくなり、マリンライムの端末から掛けてきた、というわけか。
マリンライムも面倒なタイミングで面倒なことをおこしてくれたものだ。
マリンライムはどこかそわそわしていたから、そのせいかもしれない。

「パルメ」

ちょいちょいと袖を引かれる。
振り返ると、儀式をしていたンジンガが駆け寄ってきていた。どうやら、儀式が終わったらしい。

「あっち、三人」 指差したのは川の方北側。
「あっち、二人」 次がここからまっすぐ西。
「あっち、三人」 川の方南より。
「あっち、二人」 最後はここから南東、他の八人とは真逆の方角。

この近辺の二人組ということは、電電たちがまっすぐ西の方に居るのだろう。
一度西区に渡ったにしてはかなり位置が近い気がするが、パルメラたちがまっすぐ東に逃げたことを考えると、やはりこの二人組の可能性が高い。
北か南のどちらかがジャクリーヌ組。三人一緒ということは三人とも無事で合流できたらしい。安心した。
もう片方の三人組は……心当たりがない。追いかけっこの時の魔力反応探知でも三人組はなかった。ジャクリーヌたちとはまた別のパルメラたちを迎え撃とうとしていた組だろうか。
どちらがジャクリーヌたちかがわからない以上、こちらからの合流は不可能だ。ンジンガよりも探知能力に優れたジャクリーヌ側が再接触しに来てくれるのを待つのが得策か。
「スー」は東区の中部に居ると聞いていたが、該当する箇所に魔法少女の反応はなかったらしい。
順当に考えれば南東の二人組だろうが、もしかしたら変身を解いて待っているのかもしれないので集合場所である中部の公園も一度見に行って見る必要が有るだろう。

つらつらと頭の中で情報をソートし、そしてある疑問が湧き上がる。
反応は十。
電電とマリンライムを抜けば反応は八。
街の魔法少女の一人と思しきリーラーは変身を解除した状態でここにいる。
つまりこの街にはリーラー抜きで八人の魔法少女が居る、ということになる。
最初に人数を見た時も八人で、今回も八人。
その間にリーラーが変身を解除したことを考えると人数が合わない。変身していなかった誰かが変身したのだろうか。
そして仮にスーが変身を解除して中部の公園で待っているとすれば、総勢十人の魔法少女が居るわけで。
生存者が多いに越したことはないが、なにか嫌な予感がする。
とすると、マリンライムの視察以降一切人数が減っていないということになる。
脱落までの期間に本家試験と違いがあるとしても、視察以後様々な手続きで時間がかかったのに誰一人減っていないというのは腑に落ちない。


162 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:19:32 6lIZnDNI0


「人数、間違いない?」
「ん」
「そっかぁ! ありがとね、ンジンガちゃん!」

ぼんやりとしたンジンガの頭を撫でる。儀式での運動のせいかしっとりと湿り気を帯びている。
彼女の髪は、魔法少女の髪とは違い少し硬い。なんとなく髪一本一本が太い気もする。
近くによってもふわりと舞うような甘い香りもしない。こういう違いから、ああ、やっぱり彼女は魔法使いなんだなぁと感じる。
ンジンガは撫でられている間だけ「んー」と満足そうに目を細めて、またぼんやりとした表情に戻った。
なんとなく眠そうに見える。
魔法使いと魔法少女では燃費がスーパーカーと自転車くらい違うのでしょうがないことだろう。
正統派の魔法使いなら「元気の出る薬」で睡魔や疲れを数時間だけ強制的に克服できるが、彼女の魔法体系ではそれも不可能。
少し休憩を取る必要がありそうだ。
「休んでていいよ」と伝えてリーラーとは離れた場所を指差すと、ンジンガはぽてぽてという擬音が付きそうななんともおぼつかない足取りでそちらの方へ歩いて行った。
ジャクリーヌたちと再度合流できるまで、彼女には万全で居てもらわなければならない。
一時的にではあれ、近くに魔法少女が居ないと判断できる今のうちに休ませておけば後々余裕がなくなった時に対応できる。

「電電、あのね」

北部・南部ともに三人の魔法少女が居るため接触は避けるべし、ということ。
東区中部には魔力反応がなく、代わりに南東部に二人の魔法少女が居るということ。
人数に違和感があるということ。全部だ。
電電はしばらく沈黙した後、こう答えた。

{とりあえずは、まず再会しときたいから、このまままっすぐ中部の公園に向かうよ。
 マリンちゃんの端末使いながら公園傍の建物で落ち合って、公園に突入。スーちゃんが居ないなら南東部を目指す。そんな感じ}
「おっけー♪ じゃ、そんな感じ!」
{ほんじゃ、またなんかあったら電話するから。結構急ぐから、まあ待っててちょうだいな}

そう一言置いて通話は再び切れた。
通話中という表記が消え、未承認の番号を登録するかという端末からの問いかけが代わりに表記される。
「マリンライム」で登録しておく。着信のメロディも変えて。
これで今後の情報交換も恙なく行うことが出来る。
逃走のせいで中部の公園と現在地の関係がやや定かではないことを除けば、まあ、状況は悪くない。
東区の大体の要所と公園までの方角は頭の中に入れてあるし、細かい場所の特定は端末に登録してある地図アプリを使えば問題ない。
早めに向かって、合流までの間ンジンガを休ませておこう。

「ンジンガちゃん、もう少しだけ頑張れる?」
「んー……」

壁に寄りかかってうとうととしていたンジンガの手を引く。やはり眠そうだ。少し眠らせておいてあげたほうがいい。
ンジンガを背負い、利き手にはステッキを、逆手にはリーラーを掴む。そして肘でンジンガの脚を固定。
パルメラは見た目こそ中学生ほどの体躯しかないが、馬力は通常の魔法少女以上。これくらい屁でもない。
ただ、この状態で襲われると反応が遅れてしまう。相手がやり手の魔法少女だったらそれだけで不利が付いてしまう。
周囲に対する感覚を更に鋭敏にしなければならない。研ぎ澄まし、いつでもステッキを振れるように身構えておく。
……屁でもないという表現は少し下品だ。他の言い回しを覚える必要がある。

「着いたら起こすから、少し寝てていいよ」
「……ん。ありがと」

ンジンガは短く謝辞を述べると、ぽてっとパルメラの背中に身体を預けた。
ふっと湧いた「ぽてぽてした少女だ」という可愛らしい表現に頭の中で花丸を付けて駆け出す。
時速は三十キロほど。あまり揺らさないように気をつけて。
目的地は博物館から更に東側。


163 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/14(土) 11:20:27 6lIZnDNI0
投下終了。
次は主催者ちゃんズとファヴの通達です。
今日中かはわかんないけど明日が終わるまでには来ます。


164 : 名無しさん :2015/11/14(土) 20:15:50 EzCMGko.0
投下乙です
みずみずしいなは二人いた……!?偽物を作れるとか能力すごいな
当たらずとも遠からずけど根本的に違う推理で完全に道化を演じてしまったリーラーちゃんだがこの先挽回はできるのか
それにしてもパルメさんが可愛い。


165 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 02:23:50 aL7NWCbM0
今朝ぶりです
とはいえ日曜日です

○主催者
○主催者
○ファヴ

投下します


166 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 02:25:16 aL7NWCbM0


☆ ???

無事にY市に帰ってきていた親友の姿を見つけた瞬間、少女はわけもわからないまま走りだしていた。
そのまま全力で走り、ぶつかるような勢いで親友に飛びついた。
少女が親友の胸に飛び込むと、親友は優しく少女の身体を抱きとめてくれた。

「おかえり!」
「……うん。ただいま」

気づけば少女は笑っていた。
親友もまた、不器用ながら微笑んでいた。
お互い、なにか楽しいことがあったわけでもないのに、見つめ合って声を出して笑った。
どちらが言い出すわけでもなく、二人共なんとなくそうしてしまった。
きっと、怖かったんだと思う。
少女は怖かった。
生まれてから今まで、これを超える恐怖はなかったというほどに。(ねむりんたちを失ったのは「絶望」であって恐怖は一切なかった)
ほぼ三週間、連絡もろくに取れなかった。
もしかしたら死んでしまったのではないかと思った回数は十や二十じゃ収まらない。
だからこそ、無事な親友の姿を見た瞬間は感情を抑えられなかった。

「大丈夫だった?」
「うん、まあね」
「そっか。良かった」

親友から現状を聞く。
首尾は上々らしい。
魔法の国はまだ本格的に動き出していない。
対応もかなりおざなりというべきか、何事もなければ即日で帰れるように手配しているようだ。
このまま電光石火で全てを終わらせれば、一切悟られずに試験を終わらせ雲隠れすることが出来るだろう。
ただ、そのためには邪魔になる者たちが居る。
魔法の国所属の魔法少女たち。
諸事情があって街に招き入れたが、彼女たちが帰ってあれこれ言い触れれば雲隠れもうまくいかない。
だから、彼女たちだけはきっちり殺す必要がある。
殺すべきは三人。うち一人は「あの」魔王塾生だという。
少女自身を見て、親友を見る。二人だけじゃ戦力が足りないかもしれない。
街の魔法少女遊撃用にクラムベリーが走り回っているが、彼女と「魔王塾生」が鉢合わせになるのだけは避けなければならない。
そうすれば、一発アウトだ。魔法の国に通報が入り全勢力がここに向かって突進してくる。

新たな手駒を二つ手に入れたが、どちらも戦闘向きじゃない。
もう一人くらいは戦える手駒が欲しいが。


167 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 02:28:21 aL7NWCbM0


親友の言葉を聞いて考えこむ少女に妙案を授けたのは、意外な人物だった。

「んなもん考えるまでもないぽん」

ふぃよっと音を立てて、少女の携えていたマスター端末から白黒ツートンカラーの楕円球が飛び出す。
片羽で器用に飛び回る楕円球・ファヴはふよふよと少女と親友の前を飛びながらこう続けた。

「戦えそうな奴を一人引きずり込めばいいだけだぽん。
 そいつに表立って戦わせて、あんたらのどっちかが影から仕留めりゃそれで済むぽん。
 理由を告げなくてもお膳立てさえすればノリノリで協力してくれそうなのが一人居るぽん」

ファヴがその名を口にする。
少し黙りこみ、親友と見つめ合う。
お互いの目に揺らぎはない。
やるべきだと思ったら、やるべきだ。
ただ、こちらから接触をする機会をどう作るべきか。

「その程度、ファヴがなんとかするぽん。
 上手いこと一人だけ誘いだすから、そこでサポートだけしてくれればころんと転ぶはずぽん」

恐ろしいほどの手際の良さだ。
少女の知っているソーシャルゲームのマスコットキャラクターと同一人物(?)とは思えない。

「なんか、あの頃のファヴ以上に、ファヴって感じだね」
「なに言ってるぽん? ファヴはファヴぽん」

親友は、そんなファヴを見て楽しそうに指でつついた。
ファヴはぷるぷると身を震わせリンプンを回せた。
リンプンが星屑のようにきらめいて、三人の間にだけ小さな宇宙ができる。
しばらくすると、風にのって、宇宙はどこかへ消えてしまった。

「じゃ、ファヴは通達するから、いつでも動けるようにしとくぽん」

了解の返事をして、親友と向き合う。
親友も、まだやらなければならないことがあるのでここでまた一旦お別れだ。

「頑張ってね」
「そっちも……あ、そうだ。これ、一番最後に言おうと思ってて」

親友は最後にとても素敵なプレゼントを渡して、走って行ってしまった。


168 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 02:29:21 aL7NWCbM0


―――


☆ファヴさんが魔法の国に入国しました。

ファヴ:やあやあ。

ファヴ:お待ちかね、定時通達の時間だぽん。

ファヴ:待ってない?

ファヴ:遅らせるんじゃなかったのか?

ファヴ:通達を遅らせるつもりだったけど、またまた予想外のことが起きたから定時の通達を行わせてもらうぽん。

ファヴ:まあ、何かって言えば、脱落者が出たぽん。

ファヴ:先週のマジカルキャンディー争奪の結果を考える必要がなくなったので、その連絡ぽん。

ファヴ:侵入者についてのあれこれのなかで『上手くやった子』が居たみたいで、嬉しいぽん。

ファヴ:それじゃあ、脱落者を発表するぽん。

ファヴ:JJジャクリーヌ

ファヴ:以上ぽん。

ファヴ:ちなみに彼女は事故死ではないぽん。

ファヴ:あ、そうそう。

ファヴ:まだ街に侵入者の魔法少女は残っているぽん。

ファヴ:臨時通達の時に言ったとおり、彼女らを追い出すか、自分たちが死ぬかしないと試験はおわんないぽん。

ファヴ:健闘を祈ってるぽん。

ファヴ:シーユー

☆ファヴさんが魔法の国を出国しました。

―――


169 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 02:30:47 aL7NWCbM0




通達が終わった。
きっとこれは、最後の通達だ。
ひょっとすると、なにかの情報操作でもう一度通達を設けるかもしれないが、正式な形のものはこれまでだ。
Y市の試験はそう遠くないうち……おそらく、日を跨ぐことなく終わる。
少女たち二人と手駒が、魔法の国の魔法少女とその他進行の邪魔になる街の魔法少女を排除する形で終わる。
生き残りが何人か出るかもしれない。
でも、彼女たちが真の意味で「残る」ことはない。彼女たちも、まるで幻のように消える。
Y市に残るのは、不明な破壊痕と、身元不明の死体が幾つか。そして「自分は魔法少女だった」「この街では魔法少女たちの殺し合いがあった」と言う狂人たちだけだ。

すべきことを終えればまるで煙のように、この街の「魔法少女選抜試験」と少女たちは消える。
そしてまたどこかに現れる。
今はまだ現れない、「最後の一人」がこの試験を見つけて、参戦しに来てくれるまで。

でも、もしかしたら。
親友の言葉を思い出す。
最後に残していったとっておきのプレゼント。
「『最後の一人』が来るかもしれない」。
「助っ人として、『最後の一人』が呼ばれている」。
それはとてもうれしい知らせだった。
何度も繰り返すこともなく、今回が最初で最後となるかもしれない。
今後はもう危ない橋を渡らずに、少女と、親友と、「最後の一人」で、嫌な現実を捨てて夢の世界で暮らせるかもしれない。
そうだったら嬉しい。
もうあんな、複雑な感情で気を揉みたくない。
少女と、親友と、ねむりんと、合歓おねえちゃんと、その他たくさんの人達と、夢の世界で生きていきたい。
少女の願いは魔法の国に喧嘩を売ることではなく、たったそれだけなのだ。
それだけが揃っていれば、誰とも争うつもりなんてない。

「だから早く」
「早く、会いに来てください」

夜空に呟く。
胸から溢れる不純な願望を夜空に溶かす。
誰でもない。「最後の一人」に向けて。

少女にとって。
少女の魔法にとって。
少女の世界にとって。
「最後の一人」は特別な意味を持つ。
森の音楽家クラムベリーの最後の試験の生き残りだからではない。
ピティ・フレデリカの弟子だからでもない。
魔法の国所属の魔法少女だからでもない。
そんな薄っぺらな繋がりではなく、正真正銘、世界で唯一、少女の夢と切っても切れない共通項を持つ魔法少女だから。


170 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 02:32:37 aL7NWCbM0


天を見上げ、再び、今はまだ所在不明の「最後の一人」に呼びかける。

「私はここです」

少女の魔法は、一人では発動できない。
ねむりんを蘇らせるには、少女の他にもう一人、それも「最後の一人」が必要だ。
他の人間では駄目だ。
他の魔法少女では駄目だ。
皆、皆、ねむりんのことを知らない。
ねむりんがどんな少女なのか。
どんな笑い方をするのか。
どんなことを喋るのか。
誰も知らない。
いつか夢で見た人たちだって、皆、ねむりんのことなんて忘れている。

「あなたを待っています」
「あなたのために、色々なものを、用意して」

でも。
少女と。
「最後の一人」だけは。
覚えているから。
ねむりんが居たことを、ちゃんと覚えているから。

「きっと気に入ってくれるから。あなたも、私の、夢の世界を」

生き残った魔法少女のもう一人、リップルという少女はねむりんとそれほど仲が良くなかったそうだが、「最後の一人」は別だ。
「最後の一人」は、ねむりんが指導を行った魔法少女だったと聞く。
また、チャットにもよく参加して、ねむりんと交流を行っていたそうだ。

「だから、早く来てください」

少女を除けば世界で唯一、ねむりんを知っている人。
ねむりんの声を。
ねむりんの姿を。
ねむりんの心を。
ねむりんの全てを思い出として心の中に閉まっている人。

「スノーホワイトさん」

夢の世界への最後の鍵は、彼女が握っている。
彼女がこの街にきて、少女の前に立つことで、あの日の続きが始まる。
くだらない争いは終わって、ただ、夢の様な日々だけが続いていく。
少女は魔法少女狩りスノーホワイトと出会わなければならない。
だから、彼女が興味を示してくれそうなものは全て再現した。
「森の音楽家クラムベリー」も。
「電子妖精ファヴ」も。
「ソーシャルゲーム・魔法少女育成計画」も。
「森の音楽家の試験」も。
ゴシップ程度でいい。
うわさ話で構わない。
彼女の耳にちらりとでも情報が届けば、たとえ他の全員が嘘と断じようと必ず来てくれるように。
絶対に、全速力で走ってきてくれるように。
少女の魔法でもう一度だけ、「魔法少女狩り」を作り上げたものたちを世界に蘇らせた。
あの日撃つことのできなかった、もう撃つことができないはずの弾丸を撃てるように再装填してあげた。


171 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 02:34:01 aL7NWCbM0





Y市魔法少女選抜試験。
魔法の国も知らなかった殺し合い。
数々の謎と、不思議と、偽物が走り回る戦場。
でも、その中心はとっても単純。

かつて非力な少女だった魔法少女狩りと出会うために。
かつて非力な少女だった夢の世界を開く者が設けた。
二人の少女が救えなかった過去をやりなおすための、『魔法少女育成計画』。





――― 第一章     再装填          END


172 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 02:35:57 aL7NWCbM0

投下終了。
スノーホワイトがねむりんに指導を受けていた、というのはコミカライズからの流用です。
後に原作で違うと判明するかもしれませんが、このスレではそういう設定で行きます。

次から第二章が始まります。
予約は今夜二十一時過ぎに取りに来ます。


あとこれは、なにかの役に立つかもしれないので置いておきます。

非ほいく  8話(+ 8) 14/15 (- 1) 93.3


173 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/15(日) 23:43:55 aL7NWCbM0
ゆっくりしすぎて日付が変わるとこでした

○アンナ・ケージ
○森の音楽家クラムベリー
○†闇皇刹那†

予約します


174 : 名無しさん :2015/11/16(月) 09:58:11 GlHrID2s0
投下乙です
いやー動きまくってますね
まさかの魔梨華師匠というのに驚いていたらそれどころじゃなくなってた
「魔法少女狩りのスノーホワイト」狩りという主催者の目的にワクワクですわ
ねむりんは今も幸せにやってるよって教えてあげたら解決するのかな


175 : ??? :2015/11/16(月) 18:14:29 xhf5dmmE0
どう?
ttp://wb2.biz/g4m


176 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/21(土) 02:23:51 kqDFC/N.0
いつも感想ありがとうございます

ちょっと思うところがあるので、使わないかもしれないけど現予約に
○ファヴ
を追加しておこうと思います


177 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:24:17 VqFADLjc0
今回は間に合ったので投下します


178 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:24:52 VqFADLjc0










――― 幕間 とある少女の回想録


179 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:25:46 VqFADLjc0


生きたい。
まだ生きていたい。
生まれて初めてそう思った。

生まれた時に与えられた時間を切り崩し、切り崩したきり何もせずに腐らせ続ける毎日。
来る日も来る日も窓ガラス越しの煤けたような空を見つめ続け、ただ死を待つだけの日々。
そんな腐っていくような日常に突如打たれたピリオドは、魔法少女というとびきりユニークな形をしていた。

「私は、魔法少女です」
「こちらの方で活動するために、向こうの街からやってきました」
「内緒ですよ」

一人の魔法少女との出会いは、私の人生を大きく変えた。
彼女との出会いが、私の燻っていた生命に火を焚べた。

ただ漫然と生を享受だけでは物足りない。
籠の中の鳥としてではなく、飼い殺される愛玩動物ではなく。
一人の人間として、一個の人格として、魔法少女として。
自らの意志で生を選び続けていたい。
このままずっと、真の意味で生きていきたい。
だから私は、自ら望んで、立ち上がり、歩き出した。
魔法少女は笑っていた。

そして今。
私は、生死の境に立っている。
襲い来る暴力の嵐。
目の前に立ちはだかるのはあの日出会った魔法少女。
いままで積み重ねてきた私の日々の中で最大の壁にして、これからの私の人生への障害そのもの。
立ち止まれば直に死ぬ。
振り返って引き返しても死ぬ。
この巨大な壁を乗り越えられなければ、それもまた死だ。
ばつんと音を立てて右の耳が爆ぜる。頬と喉も共に痛みが走る。
口の内側が大きく裂け、喉の奥に血が溜まる。
異物感にげえげえとえづき、血と一緒にさらさらとしたよく分からない水も吐き出す。
よろけそうになってなんとか堪える。今倒れればそれで終わりだ。

ここまでの痛みは生まれて初めてだ。
でも、ここまでの高揚感も、生まれて初めてだ。
私はようやく、自分が生きているんだということを思い出した。
ようやく掴んだこの生の実感を、手放したくない。いつまでも、この充足感の中で生きていたい。
叫ぶ。
吠える。
口の傷が広がる痛み。頭に篭もる狂おしいほどの熱。
脳内麻薬物質がガンガンと溢れだす感覚。痛みの感覚がぐんと軽くなり、目先がちかちかとまたたいて揺れる。
自身の捉えていた限界なんてはるか昔に通りすぎた中で一歩を踏み出す。
瓦礫が砕け散る。地面が抉れて舞い上がる。無色透明の、音速を超えた殺意が走る。
音速を超えた殺意を、見えない衝撃を踏みしめ、空に向かって飛び上がる。
圧倒的なまでの制圧する力を踏破し、私の生きる意味に辿り着く。
飛び越えた壁の先には、見たこともないような綺麗な空が広がっていた。

これは、私の―――魔法少女としての始まりの記憶。


180 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:26:52 VqFADLjc0
















――― 第二章


181 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:28:10 VqFADLjc0


☆†闇皇刹那†

†闇皇刹那†のキャラクターメイクの際のイメージは『闇夜を駆ける漆黒の暗殺者』。
そのためか、暗闇では人一倍目と耳が利く。らしい。
らしいというのは、これがまじよの見立てであって魔法の端末にも記されていないからだ。
だが、まじよとの色々な活動を経て「なるほどそういえばそんな気がする」と感じる程度には自覚もあった。

先ほどの車とのやりとり中も刹那の耳にはかろうじて届いていた。
細部までは聞き取れなかったが、車の中の少女たちの声が。
その中で呼ばれた名前は以下の三つ。
「電電」
「パルメ」
「ンジンガ」
これで三人。
声の感じではもう一人乗っているようにも聞こえたが、そこまで詳しくは聞き分けることができなかった。
だが、この三つが分かっていれば必然的に理解できる。
目の前にいる薔薇の魔法少女、「森の音楽家クラムベリー」はその三人の中には居なかった、ということが。
刹那はジャクリーヌの能力を信頼している。彼女の能力は「それ」と指定したものは絶対に外さないことを知っている。
だからこそ、魔法少女が森の音楽家クラムベリーと名乗った瞬間、警戒体勢を取る必要があった。
その結果がクラムベリーへのセリフだったのだが……
油断した。
まさかアンナ・ケージがあんなに無警戒だったとは、完全に予想外だった。
アンナも生き死にの場にいる以上、相手の素性の正否がわからない以上ちゃんと警戒してくれると思っていたが、それは刹那の思い違いだったらしい。
しかし今回のアンナの暴走、刹那側にも非がある。
刹那がクラムベリー自体への警戒を優先せず、彼女に伝えていればこの事態は避けられた。はずだ。

「アンナぁ!」

側頭部を殴られたアンナが吹っ飛ぶ。
魔法少女の動体視力が、アンナの変身が解除される瞬間を捉えた。
無警戒だったとはいえ、身体的に優れている魔法少女が一撃で気絶するほどの衝撃。
もし今、変身が解けて脆い人間の肉体を晒しているアンナがその衝撃で追撃されれば死は免れない。

「貴様、やはり敵か!!」

コートの袖口から仕込みワイヤーの付いた銀のナイフを抜き、クラムベリーに向けて放つ。
銀のナイフの輝きが闇夜を走った瞬間、クラムベリーは、とても楽しそうな顔で刹那の方を向いていた。


182 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:30:29 VqFADLjc0


その楽しそうな顔を見た瞬間、背筋に悪寒が走った。
彼女は、街の魔法少女たちとは根本から違う。
理屈ではなく直感でそう理解する。
みずみずしいな、アメリア・アルメリア、パルメラピルス、色々な人物と対立してきた。
だが、その誰もが、命のやり取りをしようという時に、あんな表情はしていなかった。
あれはまるで、好んで人を殺すような、そんな顔だ。
恐怖心が喉を駆け上がってくるが、無理矢理飲み込む。
「魔法少女の力は心の力」とは、まじよの魔法少女理論の一つだ。
彼女のことなのでこれもアニメやマンガから仕入れた知識なんだろうが、こういう時の発破かけには丁度いい。
心で負けていて勝負で勝てるわけがない。

投げたナイフをやすやす避けて、クラムベリーが姿勢を低く落とす。
「来る」と思った瞬間には、刹那とクラムベリーとの距離は半分まで縮まっていた。
驚異的な速度だ。街の魔法少女にはここまで速い動きの魔法少女は居なかった。
だが、その動きを捉えることはかろうじて出来ている。
「近寄ってきている」と脳が判断した瞬間、体は勝手に動いてくれていた。
右足を一歩踏み出そうとしている。右側に体重が移動している。クラムベリーの右方向を抜けたならば、そのままアンナの方へ向かえる。
体の反応を理解し、体内のギアを上げる。一歩を踏み出し、駆け出す。
ほんの数メートルの位置まで迫っていたクラムベリーのすぐ脇を、刹那もまた、トップスピードですり抜けた。
そしてトップスピードを維持したまま、力なく横たわる濃紺の制服を着た女性(アンナの人間時の姿らしい)を抱き上げる。
バランスが崩れて蹴っ躓きそうになるのをなんとか立て直し、振り返りクラムベリーに向きなおして、同時にアンナに触れて脈と呼吸を確認する。
脈拍やや速め。呼吸は小刻みでしゃくりあげるようだが行えている。
生きている。ならば大丈夫だ。
刹那がアンナの生死の確認を終える頃、クラムベリーもまたゆっくり振り返り、微笑んだ。
その笑みは、暴力とは程遠く、まるで聖母のようにすら見える。
そして、今度はなにもせずに刹那の様子を見守り始めた。
こちらの動きを待っている、ということだろうか。

余裕綽々のクラムベリーを見ながら考える。
先ほどの身のこなしを見るに、目の前の魔法少女・森の音楽家クラムベリーに対して刹那一人では勝つことは不可能だし、アンナを守りながらなんてのは言うに及ばずだ。
だから刹那の取る行動は一つ。
アンナが意識を取り戻すのに数十秒か、数分か、その分だけ時間を稼ぐ。
そしてアンナが復活次第逃げる。今はそれ以外考えない。
「移り気は心が乱れるから良くない」らしい。これもまじよの受け売りだ。


183 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:33:15 VqFADLjc0


しばらく続く、微笑みと警戒の眼差しとの睨み合い。
均衡を破ったのは、やはりクラムベリーだった。

「お優しいのですね。お友達を見捨てず、介抱をした上に守ってあげようだなんて」
「……どうだろうな。そんなセンチメンタルな人間になったつもりはないが」
「センチメンタル」

クラムベリーがくすりと笑う。その仕草だけならば、彼女は魔法少女と呼ぶにふさわしい。

「どうした、介抱している人間は襲うなとは教わっていたか? 殊勝な師匠を持ったものだな」
「荷物を抱えたままでは戦いにくいかと思ったのですが、余計なお世話でしたか」
「そこまで気を回すのなら、いっそ見逃してほしいものだな」

刹那の言葉に、クラムベリーはまた笑った。

「逃げたいのならばどうぞ。ただし、私にも役目というものが有りますから、その辺りは理解してもらえると助かります」
「フン、狂人め」

どうやら、逃がしてくれる気はないらしい。
だとするとのんびり話をして時間を食い潰すというのもできなさそうだ。
相手も聞き流すだろう悪態をつきながら自身の状況を確認する。
銀のナイフは刹那から見て右手(先ほどクラムベリーが立っていたあたりだ)の木に突き刺さっている。柄にくくりつけてある魔法のワイヤーも健在、刹那の右手のグローブとつながっている。。
ただ、魔法のワイヤーを簡単に当てられるような相手ではないことは分かるので、状況次第ではこれも飾りでしかない。
目に見える光は街灯と、はるか遠くの遊園地の観覧車のイルミネーションくらい。戦闘には役に立ちそうもない。
場所は襲撃を受けた河原のそばにある景観維持のための自然保護林を突き抜けた道路。
なのでカーブミラーはあるが標識はない。
頼りになるのは己の身体と銀のナイフのみ。戦うにはあまり好ましい状況ではない。
対してクラムベリーは。
武器は携帯していないように見える。魔法は不明。腕っ節はすこぶる強そうだ。
アンナを寝かせ、彼女にぶつからないように二歩進んで構える。

「†闇皇刹那†……それがお前の魂の光を消す者の名だ」
「森の音楽家クラムベリーと申します。どうぞよろしく」

挨拶の直後、クラムベリーが再びその場から消える。
気づけば目の前で、拳撃を放つモーションに入っている。今度の全力疾走は予備動作すらない。


184 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:36:46 VqFADLjc0


大げさなほど振りかぶられたクラムベリーの右の拳を、右の拳で迎撃する。
硬い。痛い。重い。総じて強い。
思えば、腕っ節で語ってくる相手との戦闘は初めてだ。
魔法少女のくせになんて泥臭い戦い方を好むんだ。
拳同士のぶつかり合いは助走の分を含めずともクラムベリーに分があった。刹那の右拳が勢いに負けて惨めに後方に弾かれる。
力で負けるなら速さで。右拳を弾き飛ばされた勢いを逆に利用して左拳で肉薄したクラムベリーの顎めがけてアッパーカットを放つ。
顎に入ると確信して撃ちだした拳は空を切る。クラムベリーは涼しげな顔で一歩後ろに下がっていた。
あれだけの加速で近づいてきておきながら攻撃を察知して急停止して後退までするなんて、伊達な魔法少女の技ではない。
アッパーが空を切った直後、ざ、と道路を蹴る音が聞こえる。刹那の右側、クラムベリーの左足の方から。
当然、クラムベリーの動作の予兆だ。後方に重心を倒していたはずが、気がつけばすでに蹴りのモーションに入っていた。
撃ち負けて後ろに弾かれていた右腕を引き戻し、蹴りに備える。
突き刺さるようなハイキックを右腕で防ぐ。肉と肉の衝突で起こったとは思えない音が周囲に響く。
ふ。
衝撃に短く息を吐く。
は。
クラムベリーもまた、短く息を吐いた。その口の端は、愉快そうに持ち上がっている。
一瞬だけ視線がかち合う。クラムベリーの瞳孔は、気持ち悪いほど大きく開いていた。

視線の交錯の直後、ガードしていた右腕をすり抜けて刹那の頬に衝撃が走った。
何事かと目を切ると、やはりそこには何もない。
そして、右側に目を切った瞬間、無警戒になった左の後頭部に優しい感触が触れた。
見れば、クラムベリーの右手が既に刹那の後頭部に回っている。物音一つ立てずに。
慌てて払おうとするが動作が攻撃に追いつかない。
回された右手はがっちりと刹那の頭を掴み、そのまま一気に、蹴りあげたまま中空に残っていたクラムベリーの太ももへと叩きつけた。
不意討ちに近い急所への衝撃に、瞼の裏に星が散る。
攻撃は終わらない。刹那の頭を太ももにつけたまま、クラムベリーの足が振り降ろされる。
そして、刹那の頭を押さえつけたまま思い切り地面を踏みしめる。
地面へと叩きつける力と地面を踏みしめて帰ってきた力でのサンドイッチ。
一瞬意識が飛びそうになるが、既の所でこらえきる。
確かココナッツクラッシュ、だったと思う。魔法少女のくせになんて泥臭い攻撃を使うんだ、この少女は。
そのまま崩れ落ちそうになる身体を支えようと地面に向けて手を出すが、手すら上手く突けずに無様に地べたに這いつくばる。
ぐにゃぐにゃと歪む視界の中で見えたのは、頭目掛けて大きく振り上げられた右脚。
サッカーボールキック。クラムベリーの脚力で蹴られれば、頭はそれこそサッカーボールのように高く舞い上がるだろう。
だが、魔法少女から魔球に変身するつもりはない。
片足立ちを晒しているのは都合がいい。
地面を固く踏みしめている左足の横っ面を拳で思い切り叩く。脚を後ろに振り上げていたこともあって、クラムベリーはあっさりと姿勢を崩した。
クラムベリーが姿勢を立て直すより早く立ち上がり、後方へ飛び退る。
頭も身体もまだぐらぐらと揺れている感覚が残っている。
やはり、向き合った瞬間の直感は正しかった。いままで敵対した相手とはまったく性質が違う。
超近接戦闘特化。魔法を駆使して戦う街の魔法少女たちとはまるで毛色が違う。
そして攻撃に一切躊躇がない。魔法少女としての身体能力と、その身体能力に見合った身体の動かし方に関しても刹那以上に熟知しているようだ。
更にそんな身体能力だけでは飽きたらず、目に見えない何かを操る力まで持っているらしい。
拳を交えて理解する。刹那には強大すぎる相手だ。
一対一では完全に分が悪い。


185 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:38:05 VqFADLjc0


「『刹那! 私の標識を!!』」

どう動くべきかと思考を巡らせていた刹那の背後から、アンナの声が飛んでくる。
どうやら介抱以降の一分弱で回復してくれたらしい。魔法少女の状態で攻撃を受けたから幾分衝撃が緩和されていたのかもしれない。
迷わずに声に従って、標識の回収に動く。
標識は先程アンナが殴られた時にあさっての方向に放り出されている。
幸い、クラムベリーが今居る方ではなく、もともと彼女が居た場所のあたり(つまり今刹那が居る場所の右手側)にある。
近づくことなく回収できるというのはこの勝負で大きなアドバンテージだ。
クラムベリーが動くより早く駆け出して標識を手にする。
そしてアンナの次の指示を待つために振り返り。

「なっ―――」

驚くことに、アンナはまだ力なく横たわったままだった。
突然の事態に思考が追いつかない。
数瞬かけてようやく『今の声は偽物だ』と気づいた時には、遅れて駆け寄っていたクラムベリーの拳が刹那の顔面にめり込んでいた。
生まれてきて初めて受けた、顔面への暴力。それも圧倒的な膂力から放たれた、命すら奪いかねないもの。
ごきりぼきりという人の顔面から聞こえてはいけない音が頭蓋骨の内側で暴れまわる。
そして、使いようのない魔法の標識を抱いたまま完全に勢いに負けて後頭部から舗装道路に倒れ込んでしまった。

「つ、ぅ」

心の準備はしていたが、それを遥かに上回る衝撃。
今度の一撃は痛みが強すぎて意識を失うことすら出来なかった。
そして、その一撃だけで、二度目の接触の趨勢は決したようなものだった。
身体の上に人一人分の重さがかかる。目を開ければ、そこにはマウントポジションを取って破顔しているクラムベリーが居た。
身をよじろうにもクラムベリーの華奢な体にがっちりと抑えこまれている。両腕もクラムベリーの両足で押さえつけられている。
その気になればトラック一台ひっくり返せる刹那を身じろぎ一つ許さないなんて、どこからそんな重量がくるのか。
クラムベリーの口が三日月よりも更に鋭く、怪しく裂ける。
微笑みよりも随分猛々しく生々しい笑顔だ。
そして、三日月は、振り上げられた拳で陰る。
街灯に照らされながら両の拳が握られた。


186 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:39:15 VqFADLjc0


一発。刹那の横っ面に豪速の右拳が突き刺さる。
二発。逆側に左拳が叩き込まれる。
助走がない分や姿勢が安定しているとはいえない状況のためか、マウントポジションになってからの威力は先程までより少しだけ下がっている。
だが、本当に、「その分が減ったので辛うじて意識を失わない程度」の少しだけだ。

「おや」

二発耐えた刹那に向けて意外そうに、そしてとても楽しそうに一言呟き、必殺の三発目を放とうと、クラムベリーは高々と拳を振り上げる。
このままではまずい。二発はなんとか気合で耐えたが、三発目は耐えられない。
クラムベリーの膂力にあの振り上げ。あれを受ければ刹那の頭どころか下のコンクリートまで叩き割られてしまうだろう。
だが、上半身は地面に縫い付けられたように動かない。瞬時に起死回生の道を模索し、そして見つけた。
右足をがむしゃらに振り上げて、抱きかかえたまま一緒に抑えこまれている魔法の標識の柄の下端を思い切り踏みつける。
すると、魔法の標識の頭である「一時停止」の三画の標識部分がシーソーの要領で跳ね上がる。いわゆるてこの原理だ。
跳ね上がった標識が今まさに振り下ろされ始めたクラムベリーの拳とぶつかる。普通の標識だったらまるでふ菓子のように叩き割られていただろうが、この標識はまじよが言うところの「魔法の装備」だ。
「魔法の装備」は魔法少女でも壊すことができない。当然クラムベリーでもそれを覆すことはできない。
折れず・曲がらずの標識がクラムベリーの拳を弾きあげる。それに合わせてクラムベリーの体の重心が若干ずれる。
今しかない。今を逃せば、なぶり殺しにされるだけだ。

渾身の力を込めて左腕を引きぬき、クラムベリーの顎目掛けて掌底の一撃を突き出す。
クラムベリーはその渾身の一撃すらゆうゆうと弾かれていた右手で受け止める。しかしこれでまた、重心がずれる。
今度は右腕を引き抜いて、その右腕を地面につき、左手はクラムベリーに預けたままブレイクダンスやレスリングのように下半身を半円を描くように移動させてクラムベリーの股下から抜け出す。
クラムベリーの姿勢が一気に崩れた。勝機は今しかない。
右手の魔法の仕込みワイヤーを一気にたゆませる。
仕込みワイヤーの先は銀のナイフのもと。銀のナイフはクラムベリーに避けられてあの時彼女の背後にあった木に突き刺さったままだ。
今は丁度、クラムベリーの右側をワイヤーが通っているので、ここから刹那が彼女の左側を通ればワイヤーをクラムベリーにぶつけるが出来る。
このワイヤーもアンナの標識同様「魔法の装備」。弛んだ状態では威力もへったくれもないが、一気に引き絞り張り詰めさせれば、魔法少女の肉体くらいは簡単に切り裂ける。
森の音楽家クラムベリーというのが何者かはついぞ分からずじまいだったが、殺しに来た相手に対する慈悲なんぞ考えている余裕はない。無力化が望めるような力量差の相手じゃない。
この一瞬で殺せなければ刹那もアンナも死ぬ。

舗装道路を踏み込み、一気に駆け出す。刹那自身も驚くほどに、頭の中の計算のとおりに体が動いた。
何かの臨界点を超えたからか、殴られすぎて脳の大事な部分がバカになったからか、もう痛みで足や目先がくらむことはない。
クラムベリーの左側を低い姿勢で駆け抜け、彼女の顎下にたるんだワイヤーを通らせる。
駆け抜け、たるんだワイヤーを掴み、力を込めて一気に引っ張る。
本当ならば格好いい台詞の一つでも言いたいところだが、そんな余裕は全く無い。気合を込めるためだけに、怒号にも近い声を上げる。

「首を刎ねよ!!」

ワイヤーが張り詰め、直線へと戻ろうとする。
クラムベリーの首を刎ねようとワイヤーが走る。
どんな防御も断ち切るワイヤートラップが完成する。


187 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:41:35 VqFADLjc0


しかし、首は飛ばない。
クラムベリーは両手でワイヤーを捕らえ、あと少しで首に突き立てられていたであろうワイヤーから辛うじて逃れていた。
やはり反応速度も早い。
だが、ワイヤーの凄いところは「ここからでも攻撃を続けられる」部分にある。
どれだけ強い握力があってもワイヤーを握って完全に止める事はできない。ワイヤーは容易に手の間をすり抜けて、掴んでいた手を逆に傷つける。
現にしっかりと握りしめられているクラムベリーの両手からも血が滴っている。
握りしめたなら、拳ごと切断するまで。
刹那が更に力を込めてワイヤーを引こうとすると、クラムベリーは奇妙な行動に出た。
ワイヤーを右手の小指で弾いたのだ。

なんてことはない、まるで弦楽器を爪弾くような優しい動作。
周囲に「ぴいん」という小さな音が響くだけの、特に意味のなさそうな行動。
だが、その行動をきっかけとして、ワイヤートラップが崩壊する。

ぱあんと音を立てて、銀のナイフの刺さっていた木が炸裂した。
銀のナイフが宙に舞い上がり、張りつめようとしていたワイヤーが大きくたゆむ。
クラムベリーは飛び上がって銀のナイフを掴み、振り返りざまに刹那目掛けて投擲した。
刹那の右肩に銀のナイフが突き刺さる。
魔法少女としての衣装である厚手のダークコートを着ていたことと近接戦用で刃渡りが短いのが幸いした。
クラムベリーが投げた必殺のナイフは肩を貫通することも切り落とすこともなく、突き刺さるだけで済んだ。
痛みに顔をしかめるが、もう目を瞑るようなことはない。
右肩から血が流れ始めているのが分かる。致命傷ではないが、行動に支障は生まれてしまうだろう。
一歩、二歩、距離を取る。その度クラムベリーも一歩二歩と近づいてくる。
もう無理だ。
次に拳を交えれば刹那は死ぬ。地力の差にこのハンデでは最早確定事項と言っても過言ではない。
アンナを見捨てて逃げるべきか、正面からの警戒を解かずにちらりとアンナを見る。
確認して、驚愕した。アンナは既に力なく蹲っていた状態から脱していた。
そして声も上げず、何が何やらという表情を、クラムベリーに向けていた。

「アンナッ! 変身だ!!」

目覚めていた。声も上げていなかったので分からなかったが、あの「偽の声」から今までの数十秒の間に目が覚めたのだろう。
こうなったら話が早い。さっさと二人で逃げればいい。
アンナがはっとした顔で刹那の方を向き、慌てて魔法の端末を取り出す。
クラムベリーが動いた。その動きはやや緩慢にも思える。ひょっとしたら刹那を誘い出しているのかもしれない。
乗るしかない。アンナが変身することは逃走に必須だ。
刹那も駆け出し、標識をアンナの方へ放り投げて肩に刺さったナイフを抜く。どくりと血が大きく吹き出した。

「しィッ―――!!」

突き出されようとしていたクラムベリーの拳目掛けてナイフを振る。クラムベリーは刃の目の前で拳を止め、逆の拳を振るう。
刹那もただでは殴られない。すぐに体制を立て直し、手先で器用に銀のナイフを逆手に持ち替えて、拳を握りしめてクラムベリーの拳目掛けて拳をつきだした。
戦闘の開始と同じ、拳同士の衝突だった。


188 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:42:49 VqFADLjc0


今度は、刹那の拳も無様に跳ね飛ばされない。
クラムベリーの顔が、ここに来て初めて歪む。
それもそのはずだ。彼女の手の内側はワイヤーで切り裂かれて今もなお血が滴っている。
開きっぱなしの傷口にクラムベリーのパンチと刹那のパンチを合わせた負荷がかかるわけだ。さしものバケモノクラムベリーといえ、痛くないわけがない。
初めての明確なダメージで、一気に折れかけていた心が持ち直す。
ニヒルに笑って拳を振りかぶり、クラムベリーが拳撃をガードしようと身構えた瞬間に彼女の膝に蹴りを叩き込む。
フェイント攻撃でクラムベリーがバランスを崩す。
このタイミングしかない。
振り返り、アンナが変身を終えていることを確認する。

「退くぞ、アンナ!」

駆け出し、まだ立ち上がれていないアンナの手を掴もうとして。


背後からの特大級の衝撃で、刹那の身体は宙を待った。


189 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:43:56 VqFADLjc0


☆アンナ・ケージ

気がついたら、眠っていた。
目を覚ますと床が灰色だった。
何故か身体が痛んだ。
特に顔には、いままで感じたこともない痛みが張り付いていた。
顔を上げると、見ず知らずの魔法少女が居た。

「アンナ! 変身しろ!!」

顔を動かすと、肩にナイフの刺さった†闇皇刹那†が居た。
その切羽詰まった声と、胸に去来している謎の焦燥感から、急いで魔法の端末を取り出して変身する。
その間、刹那は見ず知らずの魔法少女と戦っていた。
やっぱり刹那は強かった。
流れるような動作で見ず知らずの魔法少女をやり込め、バランスを崩した。

「退くぞ、アンナ!」

刹那が振り返り、アンナの方へ駆けてくる。だが、アンナの目に写ったのはもう一つの光景。
人差し指でまっすぐ刹那を指差す、見ず知らずの魔法少女の姿。
見ず知らずの魔法少女が刹那の方を指差すと、刹那はまるでゴミクズみたいに宙を舞い、近くのカーブミラーにたたきつけられた。
刹那を受け止めたカーブミラーの頭がねじ切れ、彼女と一緒に崩れ落ちる。

「最後まで気を抜いてはいけませんよ」

見ず知らずの魔法少女はにこやかな顔で立ち上がり、真っ赤な右手を握ったり開いたりを繰り返していた。
傷があるように見えるけど、痛くないのだろうか。
痛くなさそうだから、痛くないのだろう。

「あ」

そこまで来て、ようやく思い出す。
握りしめられた拳を見て、記憶が蘇る。
彼女の名前、今自分が置かれている状況、これまでの出来事。ほとんど全てを、一瞬で。
いまここで寝ていたのは、殴られて気絶していたからに違いない。

「あ、ああ、ああああああああああああああ!!!!」

半ば狂乱しながら傍にあった魔法の標識を手に取り、それを魔法少女・森の音楽家クラムベリーに投げつける。
そしてなんとか立ち上がり、カーブミラーの傍でボロキレのような無残な姿で横たわっている刹那を抱えて、遮二無二逃げ出した。


190 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:46:50 VqFADLjc0


がむしゃらに走るが、背後の足音は消えない。
むしろどんどん近づいてきている。
逃げきれない。泣いてしまいそうだ。
だが、捕まればまた顔を殴られる。刹那の様子を見るとそれ以上のこともあるかもしれない。
逃げなきゃ。でもどこへ。どうやって。
混乱で一切まともな回答を導けないアンナに向けて、救いの手が伸びる。

「ア、ンナ」
「刹那……刹那! 大丈夫ですか!」
「屋根の、げほっ! 屋根の上だ。屋根の上に、登ってくれ。笛を吹けるよう、準備も」

何をすればいいかわからないところに出された道筋。
アンナは返事をすることも忘れて言われたとおりに飛び上がり、屋根の上を走る。
そして、刹那を抱える手を少しの間だけ左手一本に切り替え、右手で制服そっくりのコスチュームの胸元を開いて警笛を取り出し加える。

「そのまましばらく走ってくれ。いいか。いちにのさんで行く。『にの』で右を向け。『さん』で笛を吹き、それと同時に俺を降ろせ。失敗してくれるなよ」
「ひゃ、ひゃい!!」

笛を咥えているせいで気の抜けたような返事になってしまったが、気は抜けてない。逆に張り詰めすぎて今にも千切れそうだ。
逃げ足は絶対に止めない。後ろも振り返らない。ただ、何が何だか分からないが、言われたとおりにひたすら走り続ける。
刹那はもぞもぞと動いて姿勢を変えている。

「来るぞ、構えろ! いち!!」

背後からぐおんという音が鳴る。そして何かの近づく気配が迫ってくる。
刹那がアンナに抱えられた状態で身体を乗り出してその何かを弾き飛ばした。金属同士がぶつかり合う音が夜空を切り裂く。
あまりの衝撃によろけてしまうが、それでも足は止めない。
何かがアンナたちを飛び越えてアンナたちの正面に飛び出し、二軒先の家の屋根に突き刺さる。
「何か」は先程アンナがクラムベリーに放り投げたはずの魔法の標識(一時停止のままの)だった。

「にーの!!」

言われたとおりに右を向く。街の遊園地の名物である巨大な観覧車がイルミネーションの光を撒き散らしていた。
観覧車になにがあるのかと見ていると、イルミネーションの一部が消え、まるで電飾看板のようにある形を作り出す。
その形は標識の「警笛鳴らせ」。見晴らしの悪い場所に立てられるもので、この標識がある場所では一定間隔で警笛を鳴らし続けなければならないというもの。
認識したのだから、あとは笛を吹けばアンナの魔法は発動する。でも、この標識にどんな意味がある。

「さん!!」

咥えた笛に息を吹き込む。


―――ぴりりりりりりりりりりりりり!!!!!


夜空に笛の音が響き、次いでアンナの背後からクラクションそっくりの轟音が響いた。


191 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:48:01 VqFADLjc0


☆†闇皇刹那†

偶然状況が整った。
逃走のために北東へ向かっているアンナ・ケージ、
千切れたカーブミラーの頭。一時停止のままの看板を抱えて走ってくるクラムベリー。

「蹴りのぶつかる音のあとの衝撃」「偽物のアンナの声」「何故か爆ぜたナイフの刺さっていた木」「後ろからの特大級の衝撃」
都合四度クラムベリーの魔法を目の当たりにして、刹那もようやくクラムベリーの魔法について心当たりを得た。
わりと最近授業で習ったが、音は波で構成されているらしい。
その時の勉強を見てくれたまじよによると、音は振動を起こし物を震わせることができるという。
ならば、その音を突き詰めれば攻撃に転用することもできるかもしれない。
まあ、正直なところ偽物のアンナの声を出せるならば「音」に関するなにかだろうというこじつけにすぎない。
だが、もし魔法が「音を操る」だったら逃げようはあるかもしれない。
クラムベリーが走って追ってきているということは音で攻撃する範囲はそこまで広くない。
ただ、アンナの身体能力ではすぐに追いつかれる。有効射程範囲に入ったならば間違いなく音で攻撃してくるだろう。その瞬間を突く。
アンナに全部を説明している暇はない。
作戦の概要だけを伝えて行動に移る準備をする。
少しくらいの口論は想定していたのだが、アンナは驚くほど素直に従ってくれた。

「いち!」

クラムベリーが走りながら持ってきた道路標識を投げてくる。
腕を伸ばし、銀のナイフで魔法の標識を弾きあげる。
勢いを殺しきれず銀のナイフは刃の半ばほどで折れてしまった。
気に入っていたものだし、もう二度と手に入らない特注の装備だが仕方ない。犠牲は付き物だ。
ナイフを袖口に入れてコートにあったカーブミラーの頭を取り出す。
これを標識代わりに、窮地を脱する。


192 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:50:41 VqFADLjc0


「にーの!」

観覧車の方を向いて鋲打ちの眼帯を持ち上げ、代わりに左目を閉じる。
刹那は「視界内の光を自由自在に消せる」。LEDライトや電光看板などならば光を思い通りの絵柄に変えることが可能だ。
頭にイメージしているのは標識の一つ、「警笛鳴らせ」だ。
まじよとの街の魔法少女研究の一環で、アンナが操れる道路標識を色々と調べたことがある。
その中にあった「警笛鳴らせ」なら、音を操る魔法による「音攻撃を出そう」という意思を無視して「警笛を鳴らす」という行動を優先して発生させることが出来るはずだ。
クラムベリーの姿がだんだん近づいてきている。
クラムベリーが腕を構える。おそらく、音攻撃の予備動作だ。

「さん!」

アンナに運ばれながらも小脇に抱えて離さずに居たカーブミラーの頭を取り出し、角度を調整する。
観覧車にイルミネーションで再現された「警笛鳴らせ」が鏡越しにクラムベリーの瞳に飛び込む。

―――ぴりりりりりりりりりりりりり!!!!!

丁度のタイミングでアンナの警笛が鳴り響いた。
クラムベリーが「一時停止」で立ち止まり、「警笛鳴らせ」に従って指先から爆音のクラクションを発する。
クラクションを鳴らした当人の顔は、喜びでも苦痛でもなく、驚愕に染まっていた。
突き刺さった「一時停止」の標識をすり抜けるのとほぼ同時に、アンナが刹那を放り投げるように降ろす。
だが、心も体も準備ができているので問題ない。
カーブミラーの頭を放り投げ、綺麗に着地を決めて、そして今度は逆に刹那がアンナをお姫様のように抱きかかえて走りだす。
アンナは笛を吹きながら目を白黒させているが、説明している暇はない。

「息の続く限り吹き続けろ! 逃げるぞ!!」

刹那がアンナを抱きかかえて走る理由は単純明快。
さすがの魔法少女でも走りながらだと息は乱れる。その状態で笛を吹き続けるなんて不可能に等しい。
だから、刹那がアンナを担いで走り、アンナは笛を吹き続ける。
アンナが笛を吹く間、先ほどすり抜けた魔法の標識が示す「一時停止」が働いてクラムベリーは動けない。
音攻撃も、「警笛鳴らせ」で初撃を無効化し、今はとっくに射程範囲外だ。
あとは、どれだけクラムベリーの足止めが出来るか、そして足止めの間にどれだけ引き離せるかにかかっている。
背後にクラクションの音を置き去りにし、どんどん北上し、大通りに出たら進路を西に切り替える。
逃げる、逃げる、逃げる。
少しでもクラムベリーを突き放せるように、風よりも早く走り続ける。
どこまでも、どこまでも。
仮初だろうと安心が約束される、その瞬間まで。


193 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:55:10 VqFADLjc0


☆森の音楽家クラムベリー

対象に逃げられてしまった。
それなりの深手を与えたが、あの程度で死ぬようなことはないだろう。
今回のゲームマスターから彼女たち二人を殺してほしいと言われていたが、失敗してしまった。
クラムベリーが参加者の一人として参加していたなら取り逃してもいいが、今回は少し勝手が違う。クラムベリーは参加者外の魔法少女だ。確実に不審に思われる。
姿を見せた相手はできるだけ殺してくださいね、とゲームマスターにも言われていたのだが、予想外の行動で出し抜かれてしまった形になる。

殺しよりも戦闘の快楽を優先していなかったといえば嘘になる。ただ、殺すための手はいくつか設けた。
「声」を偽装して殴りかかったり、ワイヤーで付いた傷をわざとらしく痛がって油断を誘ったりといろいろやってみたが、運は相手の方に味方していた。
逃げられてしまった。
†闇皇刹那†があそこまで強いのは誤算だったし、アンナ・ケージが復帰後即座に逃走に移れるとも全く思っていなかった。
そして最後の二枚の標識についても、奇策というべきか、完全にしてやられた。
この辺は、まあ、クラムベリーのミスだ。
体内を蝕む過剰な熱を排熱するように、息を大きく一つ吐く。
ミスもしたが、いまから追いかけて殺せば、それでいいだろう。
「依頼通りに他人を殺す」というのはやや窮屈だが、刹那ともう一戦できるならそれもまた良しだ。

「ファヴ、アンナ・ケージと†闇皇刹那†の位置を教えてくれませんか」

魔法の端末を取り出して、かつての相棒に声をかける。
マスター用ではない端末を使うのは久しぶりだが、ただ殺し合いをするだけならこれでも十分だ。
というより、報告書だなんだと負われなくていいので、ただの参加者の方がクラムベリーとしては幸せだった。
声に答えて、液晶面からファヴがぽんっと飛び出す。

「いいとこで連絡くれたぽん。クラムベリー」
「なにかありましたか」
「ちょっと別件に付き合って欲しいぽん」
「†闇皇刹那†とアンナ・ケージを殺すよりも先に、ですか」
「そうぽん。あの二人は西区に向かって逃げてるから、まあ、今ん所は問題ないらしいぽん。
 それより、魔法の国の魔法少女を始末するのを優先して欲しいらしいぽん」

魔法の国の魔法少女。一人は魔王塾生、『愛の申し子』パルメラピルスだったはずだ。
昔々、彼女と魔王塾生の取り組みを見たことがあったが、なかなか面白い戦い方をする魔法少女だった。今から楽しみだ。
柄にもなく少し心が浮き立ちかけると、ファヴがそこに水を差した。

「ああ、そう。言っとくけど、パルメラピルスとの戦闘の予定はないぽん」
「それはまた、どうして」
「バレると面倒だからぽん。一応同輩だったこともあるから、あいつにははっきり顔が割れてんだぽん。
 しかも、パルメラピルスは戦闘力が高いから、徒党を組んで敵対されるとさすがのクラムベリーでも危ないぽん。
 マスターが上手いことパルメラピルスは別離させるから、その後残った魔法少女と戦って欲しいってことだぽん」

説明を聞くが、あまり釈然としない。
戦うのは好きだが、戦いについてあれこれ指示を出される、というのはクラムベリーのスタイルとは違う気がする。
また、一番の強者であるパルメラピルスではなく、それ以下の魔法少女たちを襲えというのももどかしい。
襲撃対象の中に刹那とケージくらいの、いい意味で予想外な相手がいればいいが、この街の魔法少女も、パルメラピルス以外の魔法の国の魔法少女も、そんなに強くはないと聞いている。
どうにも興が乗らない。
ただ、指示を無視するというのもまた面倒なことになるし、ゲームマスターを困らせていいことなんてなにもない。

「それじゃあ、そちらを優先しましょう。場所は?」
「東区南東部の公園ぽん。ファヴはちょっとやることあるからまた少ししたら連絡いれるぽん。
 勝手に突撃しちゃ駄目ぽん」

そう言い残すとファヴは消えてしまった。
やれやれ。忙しそうだ。
また管理側に回されてるファヴを見ながら、半分自由で半分不自由な自分を振り返る。
何も言わずにパルメラピルスと戦わせて欲しいが、それはゲームマスターの思うところと食い違うのだろう。
ゲームマスターがままならないことは知っているので心で色々思っていても口には出さない。
思うところは多々あるが、結局、煩わしいことをほどほど抜きにして戦いを楽しめるならクラムベリーはそれなりに満足だ。
刹那との戦いを経て得た「それなりの満足」を思い返しながら、クラムベリーはひょいひょいと屋根の上を飛び移り、目的地へ向かった。


194 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 03:57:40 VqFADLjc0


☆†闇皇刹那†

生まれて初めて理科を勉強していてよかったと思えた。
てこの原理。音の性質。この二つを勉強していなければ刹那はきっと死んでいた。
学校の勉強が生きていく上でなんの役に立つんだと常々思っていたが、そうか、こういう時に役に立つのか。
かなり限られたシーンであるが、やはり学は身を助けるのだ。
この試験が終わったら、理科だけじゃなく苦手な数学や英語もしっかり勉強しよう。
気がつけば、そんな呑気なことを考えていた。

クラムベリーを相手に不意討ち気味の標識魔法を発動して、後ろも振り返らずただ逃げて。
あれからどれくらい走っただろうか。
距離を考えると十分とか、十五分とか、そのくらいは走っていたはずだ。
今、刹那とアンナは中洲区の北部、丁度中洲渡橋の中継点に居る。
対してクラムベリーは……不思議な事に、あれ以降クラムベリーは追いかけてきていなかった。
念の為に東西南北どちらにでも逃げられる場所に陣取って警戒しているが、物音一つ聞こえない。
音を消すことが出来るかもしれないが、姿すら見えないのだから、たぶん追ってきていないのだろう。(これで姿も消せるとなったらどうしようもない。お手上げだ)
だから刹那は、ここまできてようやく、人心地がついた。
負傷を確認する。
顔面に拳骨三発分のダメージ。ばきぼき音がなっていたが、辛うじて歯は無事だ。
ただ、鼻血はまだ止まらないし、鼻は歪んでしまっているみたいだし、顔から痛みは抜けないし、口の中にもまだ血の味が残っている。
右肩には銀のナイフの刺さった跡。魔法少女の治癒能力で傷口はふさがりつつあるが、持ち上げたりおろしたりに違和感がある。
背中の広範囲に痛み。骨が折れてないのは幸いだが、面積が広い分とても痛い。
あの狂人を相手にしてこれだけのダメージで切り抜けられたのだから、上手くやったほうだろう。
鼻を無理やり元の位置に戻し、襟を持ち上げて溜息をつく。あんなのとは二度と戦いたくない。出来ることなら二度と会いたくもない。
刹那はかなりダメージを負っているし、アンナは……
ちらりとアンナの方を見る。アンナは、三角座りで頭を抱えていた。時折、物音に怯えて顔を上げる以外はそのままだ。
アンナは身体のダメージこそ少ないが、心のダメージは大きそうだ。ついでにいえば魔法の標識も置いてきてしまったので戦力も大幅に下がってしまった。
かけるべき言葉が見当たらない。
彼女が何に傷ついて、なにに落胆しているのかも、刹那には検討がつかない。
もしも、まじよだったら。
あの空気を読まずに言いたいことをずけずけいってやりたいことをやる魔法少女だったら、アンナを上手く励ますことができただろうか。

「……まじよに、会いたいな」

アンナに聞こえないくらい小さな声で、そう呟く。
こういうよく分からない状況では、彼女のマイペースは、きっととても頼もしい。
流石にへたり込んだりはしないが、刹那だっていっぱいいっぱいだ。支えてくれる誰かが欲しい。
闇夜を駆ける暗殺者・†闇皇刹那†は弱音なんて吐いたりしないものだけど、今だけは許してほしい。

――――ぴろぴろぴろぴろ
――――ぴろぴろぴろぴろ

何を喋るわけでもなく、ただ二人で体と心を休めていると、ほぼ同時のタイミングで魔法の端末が着信を告げた。
もう一度、アンナの方を向く。アンナも刹那の方を向いていた。
やっぱり、かけるべき言葉は思い浮かばない。

「……やはり今日は、騒がしい夜だ」

刹那はそんな気持ちを隠すように、ちょっとだけ大きめの独り言をつぶやいて、魔法の端末を開いた。


195 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 04:03:05 VqFADLjc0




通達が、JJジャクリーヌの死を告げた。
JJジャクリーヌが死んだ。
「事故死ではない」という言葉を信じるのならば、彼女は誰かに殺された。
いや、ひょっとすると。
あの「アンナの魔法のような魔法の落石」で死んでしまったのかもしれない。
あの場から逃げ切ることができずに、潰されて死んでしまったのかもしれない。

「なんで、なんでぇ……うぐ、ううう……」

アンナは泣いていた。
誰かがアンナの魔法とそっくりの魔法で整いそうだった対話をぶち壊し。
魔法の国の魔法少女と名乗る少女には殴られ、命を狙われ。
そして今、ジャクリーヌが死んだという知らせ。
彼女にとってはあまりにも悲惨な追い打ちだ。
アンナは、魔法少女としての綺麗な顔をくしゃくしゃに歪めて、長い睫毛を涙で濡らし、大粒の涙をこぼしていた。
人間時の外見から一回り以上は歳が離れていると思えるアンナが声を上げて泣いているのを見るのは、どうにも居心地が悪く感じた。
いつものように襟を持ち上げ、ため息をつこうとして、頬が濡れていることに気づいた。

刹那は……刹那も、泣いていた。
魔法少女になって涙を流したのは初めてだった。
泣いている理由は、JJジャクリーヌの死以外にありえない。
そこまで落涙の理由を辿ってようやく。
「ああ、†闇皇刹那†も『私』も、JJジャクリーヌのことを好いていたんだ」と気づいた。
面白い人だった。
魔法少女たちを俯瞰していた刹那の方に近づいてきてくれるタイプの魔法少女だった。
「†闇皇刹那†」というキャラクターに合わせて振る舞ってくれることがあった。「ふはははは!」と笑いながら何故か刹那の眼前で反復横跳びをしていた。
夜の街で出会うと、少し立ち止まって二人で話をした。まじよと三人で魔法少女についてあれこれ論じ合ったこともあった。
憎からず思っていたのは自覚があった。でも、彼女が居なくなると涙をながすほど好いていたなんて思っていなかった。
夜風が頬を撫でる。涙は乾かず、一筋また一筋と流れて頬を濡らし続けている。

「そうか、ジャックが……か」

気にしてないふうを装って少しだけ強がってみる。でも、涙は止まってくれなかった。
これではいけない、と刹那の中の理想の刹那……いつも夢想していた「闇夜を駆ける漆黒の暗殺者†闇皇刹那†」が考える。
クラムベリーのことも、試験のことも、まだ終わっていない。次に備える必要がある。
クラムベリーの仲間が居るのか、街の魔法少女との連携は、『パルメラピルス』と呼ばれていた魔法少女は。

気がつけばそうやってジャクリーヌの死よりも先のことを考えている刹那に気づいて、刹那はなんとも言えない感情を抱いた。
知らず知らずのうちに、感傷に浸っていても何も変わらないとして、簡単には折れない「魔法少女の心」は知らず知らずのうちに割り切ろうとしていた。
強い心は頼もしい。
立ち止まらずに動き出せるのはきっと望ましい。
でも、刹那はほんの少しだけ、友の死を悲しむこともできない魔法少女のことが、嫌いになった。

「……少し、夜風に吹かれてくる」

アンナに向かって言葉を残して、橋の方へと歩く。
橋の欄干に並べられた街灯が、端の向こうの夜の街をぼんやり照らしていた。
観覧車の光はもう見えない。閉園時間になったのだろう。
あれも、これも、なんだか薄暗く、頼りなくなってしまったような気がする。
「魔法少女の力は心の力」。
心が少し頼りなくなると、世界も色あせてしまうのだろうか。
まじよの言葉を思い出して、不意に胸が悲しさではなく寂しさで一杯になる。
気を紛らわせようとすいと川の方へ目を動かすと、川を下流から上流へ、流れを遡るように、光る何かが泳いでいた。


196 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 04:05:29 VqFADLjc0
投下終了です


公募企画、無事全落ちです!!!
当初の予定通り「落選魔法少女を使った企画」として、ようやく昨日、スタートしました!!!


悔しいです
マルイノ先生デザインとか羨ましい、サイン色紙ちょうだい……


予約はまた夜します


197 : aiko :2015/11/22(日) 17:53:28 KoY9hrtY0
いいね!
goo.gl/C3Arda
  ↑
めっちゃいいよ


198 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/22(日) 22:30:16 VqFADLjc0
ひとまず

○フィアン
○まじよ

○ファヴ

予約します

もしかしたら別組投下するかもしれませんが、その時は一言入れます


199 : <削除> :<削除>
<削除>


200 : 名無しさん :2015/11/24(火) 12:09:29 9akOSKP60
投下乙です
ボロボロになっても逃げおおせるだけで大金星に見えるクラムベリーの暴れっぷりでした
ただ逃げることはできたけどファヴ畜の西区に逃げてるから問題ないというセリフに不穏さがにじみ出ていますね
投稿魔法少女の不採用は残念でしたが、差し障りなく続けていただけるようでこっそり喜んでおきます……


201 : 名無しさん :2015/11/28(土) 20:28:55 LS64cFP60
投下乙です
刹那・アンナvsクラムベリーめちゃめちゃ見応えあった…!密度高い肉弾戦に標識の意外な使用法まで楽しいバトルだ
しかし音楽家はこれで打音まだ使ってないんだから本当に強さが狂気の沙汰だなあ
バトルもよかったけど今回分は通告に対する刹那の反応が心に刺さった
魔法少女が心が強くなることが必ずしも良いことじゃない、ってのは考えさせられる
フィアンちゃんの反応も楽しみだ


202 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/29(日) 21:51:05 rFdu9tVk0
本日中投下の予定ですがまだ書き終わってないので延長します。

ただ、日程がずれると気分が悪いので予約だけ日曜日のうちにさせていただきます。
次回は

○愛の申し子パルメラピルス
○くーりゃん
○スー
○電電@電脳姫
○マリンライム
○リーラー
○ンジンガ

の予定です。
念の為に投下後にも書き込むと思いますが、以上を「日曜日に予約した」ものとして扱ってもらえると嬉しいです。
なお、いつもどおりメンバーが変わる可能性はあります。


203 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:15:06 YV7N1kBo0
投下します


204 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:17:11 YV7N1kBo0


☆フィアン/甲斐好実

十文字純佳との馴れ初めを、甲斐好実はあまりはっきりと覚えていない。
昔からぽやんとしたたちだったので、後の大親友との初めての出会いもなんとなくで通りすぎてしまっていた。
気が付くと、純佳は好実のそばに居て、好実にとって世界中の誰よりも大切な場所に立っていた。

「純ちゃん、純ちゃん」
「なあに、カイコ」

好実は、カイコというアダ名が特別気に入っていた。
最初はこのアダ名が大嫌いだった。
そもそもこのあだ名が付いたきっかけはイジメみたいなもので、小学校三年生の時に社会化で地理の勉強をした時に、「養蚕業」「カイコガ」についても勉強する運びになり、クラスの男子が「かいこのみ」を「蚕」と呼び出したのが始まりだった。
幼心に、たいへんショックを受けたのを覚えている。
その呼び方はあまりにも好実の幼い尊厳を傷つけた。
両親には気づかれることなく終わったが、もう二度と学校なんか行きたくないと部屋に閉じこもってもいた。
きりきりと痛む胃を抱えて眠れぬ夜を過ごしたのも、生まれて初めてだった。

でも、その翌日。
「お腹が痛い」と真実とも仮病とも判断できない言い訳を使って、家で晴れない気分のまま横になっていると、午後の早い段階に来客があった。
チャイムが二度、三度と鳴る。
母は買い物に行っているらしく、チャイムはその後も間を置いて二度鳴った。
最初は無視しようと思った。
好実は今病気のはずなのだから出てはいけないし、そもそも誰かが来ても勝手に出ないようにと母にはきつく言われていた。
ただ、いつもは家に居ないこの時間にはどんなお客が来るのだろうということが気になってしまい、のんびり屋な好実はついつい少しだけなら大丈夫、気晴らし程度と思いカーテンをめくってしまった。
カーテンのスキマからひょいと顔を出して玄関口の方を覗いてみると、門口には大きな布を抱えた純佳が立っていた。
なぜ純佳が、と不思議に思っていると、丁度その時純佳が好実の部屋の方を見上げ、好実と純佳の目線が合ってしまう。
純佳は、とても楽しそうに笑いながら手を振った。ずる休みをしている自分がなんだか情けない気がして、心が傷んだ。
だが、目があってしまった以上知りませんでしたは通用しない。
好実はベッドから抜けだして、病人っぽく思ってもらえるよういつもよりのろのろと行動して、ドアを開けることにした。


205 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:18:03 YV7N1kBo0


その時の純佳の姿は、まるでいつまでも色あせない写真が脳内にあるかのように、はっきりと覚えている。
活発な純佳らしい、三年生なのに傷だらけのランドセル。スニーカーはピンクと白で少しくたびれている。
キャラクターものの青と白のティーシャツに、活発な印象を際立たせるデニム生地の短いズボン。
そして、小さな身体には不釣り合いな、一抱えほどもある大きな赤い服。

ドアの鍵を開けるやいなやきらきら輝く布を持って飛び込んできた純佳にあっけにとられていると、純佳はその布を好実の目の前に広げた。
廊下だけどいいの、と聞こうとした好実の思考は、その服の全容を目の当たりにした瞬間、吹っ飛んだ。
糸はしなやかで。光沢が宿っていて。
触ってみるととても柔らかくて、今までに触れたことのないような布で。
まるで物語のお姫様が着るような綺麗で豪華なドレス。
仮病だったことも忘れて短い歓声をあげながら、触ってみたり、透かしてみたりしていると、いつの間にか好実の隣に来ていた純佳がこう言った。

「これね、シルクってってさ。かいこがこれ作るんだって」
「……かいこ?」
「うん。かいこ。これの一本一本がかいこの糸なんだよ」

昨日、家に帰って引っ張りだしたという。
そのドレスを学校に持って行き、これがカイコの糸で作られたのだというと張り切っていたら好実が休みだったから、家まで持ってきたというのが事の顛末だそうだ。
唐突な情報に好実が目を白黒させると、純佳は、彼女にはちょっと似合わない、笑顔を一切含まない真剣な表情で続けた。

「のんちゃんはさ、カイコって呼ばれるの、いやだったんだよね」
「でもさ、虫の名前かも知んないけどさ、でも、すごくきれいな糸を作れるし、きれいな服だって作れるんだって、見せてあげたかったんだ。
 ほかの人には作れないきれいな物を作れるって、すごいことだと思うから。
 それにね、のんちゃんはのんちゃんだしさ。カイコってよばれても、のんちゃんってよばれても、のんちゃんはのんちゃんだから」

幼い頃の純佳は、自分のことを「すみ」と呼んでいた。
小学校高学年に上がると周りに合わせて「私」に変わってしまった。もう、遠い昔のこと。
純佳は、一つ一つ、心の奥で渦巻いている言葉を探るように、たどたどしく励ましを続ける。

「ほかの人が変なこと言って笑ったって、すみはのんちゃんのこと、笑ったりしないよ。
 よびかたなんてどうだって、本当ののんちゃんがこのドレスと同じくらい、皆がびっくりするくらいすっごいんだって、すみは知ってるから」
「だからね、元気出して。のんちゃんが悲しいのは、すみも、やだよ」

その時好実は初めて、自分のことを見てくれていた純佳に気づいた。
好実はおっとりとしたたちだし、生まれつき感情が顔に出にくい。
たとえどれだけ傷つこうと馬鹿にされようと、人前で泣くどころか、不快を顔に出すことも出来なかった。
だから同級生は勿論、両親だって好実がとても悲しんでいることも、精神的に参っていることも見抜けなかった。
だけどそんな好実の表情に気づいてくれる人が居た。
そして、そのことに気づいて、ちゃんと励ましてくれる人が居た。

差し伸べられた手を握る。純佳は、照れくさそうに笑っていた。

「やっぱりのんちゃんは、笑ってたほうがいいね!」

言われて初めて、好実も笑っていたことに気づいた。


206 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:20:33 YV7N1kBo0


更に翌日。
暗鬱としていた気分の少女はどこへやら。朝、迎えに来た純佳と一緒に学校へ。

「おはよう、カイコ!」
「うん、すみちゃん!」

ただ一つだけ違ったのは、呼び方。
学校に行くと、バツの悪そうな顔をした男子たちが謝ってきた。純佳によると担任からそうとう絞られたらしい。
でも、好実には関係なかった。
好実は、カイコというアダ名を通して大切なものに出会うことが出来たから。
その男子を蹴飛ばすような勢いで、純佳が好実を「カイコ」と呼ぶ。
好実は傍目にも分かるくらいの笑顔で、元気に返事をする。
男子も、女子も、皆意味がわからないという顔で突っ立っているのを見て、好実は初めて声を上げて笑った。
あの日を境に、少しだけ、表情が出やすくなったと両親には言われた。
本当は、その日だけ、皆を驚かせるためだけの呼び名だったのだが、気づいたら十年程、このあだ名で付き合い続けてしまっていた。
それくらい、好実は「カイコ」というあだ名と、「カイコ」と呼んでくれた純佳が大好きだった。

そんな何気ないけど特別な一日以来、好実にとって純佳は掛け替えのない存在だった。
好実にとって純佳はいつだって大切な場所に居た。
気づいて顔を上げると、いつだって純佳の背中があった。
好実が不安になって声をかけると、振り向いて笑ってくれた。
ちょっぴり泣き虫だけど、これという時には人一倍の度胸があった。
世間で言う女の子らしさとは程遠いけど、誰とでも仲良くなれる才能のようなものがあった。

後ろから眺める純佳の背中が好きだった。
彼女に呼ばれる「カイコ」というアダ名が好きだった。
何も言わずとも分かってくれるところが好きだった。
中学の時に背は追い抜いてしまったけど、それでも昔のまま手を引いてくれるのが好きだった。
あの日差し出された手が好きだった。
ずっと彼女を追いかけていたいと思った。
ずっと彼女の友達で居られれば、それがきっと幸せなんだと思った。
思えば、フィアンという魔法少女は。
あの時出会った純佳との間に今も残り続けている、「二人を繋ぐ綺麗な赤い糸」「離れない心」がその根幹にあるのかもしれない。

純佳について思い出すのはいつだって、この、いつまでも色あせない物語の始まり。
ずっとずっと昔の話。
いつまでも続くはずだった話。
でも、あの日刻みだした二人の物語は、止まってしまった。


207 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:21:20 YV7N1kBo0




逃げないで。
お願いだから、逃げないで。
純佳が生きていたという証を、好実から奪わないで。
どんどん熱を失っていっている純佳の身体を力の限り抱きしめる。

血はもう流れなくなってしまった。肌は青白いを通り越して土気色になっている。
命は全て地面にこぼれてしまっている。
戻すことはできない。
頭の何処かで気づいている。純佳は死んだんだと。
でも、そんなの、信じられるわけがない。
ほんの一時間前まで、一緒に過ごしていたのに。ようやく助かる方法が見つかったのに。
だったのに、なんで、なんで。
ぼろぼろと涙がこぼれ続け、抱きとめた純佳だったものが濡れていく。
あの日夢見た鮮やかな赤い糸は、涙に溶けた純佳の血を吸って、ドス黒く染まっていく。

「死んじゃったぽん」

誰かがつぶやいた。
誰かは知らない。
でも、誰かが、フィアンにつきつけるようにそうつぶやいた。

「死んじゃったぽん」
「やめて」
「ジャクリーヌ、死んじゃったぽん」

また、同じことを繰り返す。
取り返しの付かない過去が鋭く尖ったガラス片のようにフィアンの心に突き刺さっていく。
そして、また、涙を零す。
赤い糸が涙で濡れていく。


208 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:22:13 YV7N1kBo0


「惜しかったぽん。ジャクリーヌは侵入者との交渉を行っていたぽん。
 ひょっとすると追い出せてたかもしれないぽん。とっても惜しかったぽん」

ぽん、ぽん、という語尾で、ようやくその人物が分かった。
ファヴ。
「魔法少女育成計画」のマスコットキャラクター。
純佳とフィアンを殺し合いに巻き込んだ張本人。
ファヴさえ居なければ、純佳がこんな無残な姿になることもなかった。
そうだ、元はといえばファヴと「魔法少女育成計画」さえなければ。
みっちぃやアメリアやまじよと出会うことはなかったが、純佳が死ぬことはなかった。
いままで込めたことがないほどの感情を瞳に込め、傍を飛んでいるファヴを睨みつける。
ファヴは何も感じさせない顔のままふわふわと漂い、フィアンの周りを一度旋回した。

「フィアン、ジャクリーヌと仲良しだったから、教えてあげるぽん。
 ジャクリーヌは『結果的には』事故死だぽん」

その言葉を聞いて頭に血が上る。
「結果的には」事故死。つまり、犯人がいる。
まじよと見た光景を思い出す。
空から落石が降り注いでいた。ここに来た時も、純佳は石の山の下敷きになっていた。
こんな魔法が使える魔法少女は二人と居ない。
アンナ・ケージだ。侵入者の魔法少女が都合よく落石を操る能力を持っているとは考えづらい。
理由なんて知ったことではない。重要なのは、「殺したという事実」だけだ。
頭に、血と一緒に、マグマのように熱い怒りが駆け上る。
このままこの怒りを何かにぶつけたかった。手当たり次第に物を壊したいと思ったのは生まれて初めてだ。
唇を噛み締めて、溢れ出しそうな怒りを堪える。
魔法少女が暴れれば、きっとこの辺一帯無事では済まない。もし、このまま感情に流されれば、暴れに暴れて大惨事を巻き起こしてしまうだろう。
唇を噛み切るくらい強く噛みしめる。涙はまだ、止まらない。

「フィアンは、ジャクリーヌと会いたいぽん?」

ファヴは、そんな分かりきったことを聞く。
答えるまでもない。会いたいに決まってる。
もう一度笑っている純佳に出会えるなら、なんだってする。
でも、それはもう無理だ。
だって純佳は死んでしまったのだから。

「会える方法、ないわけじゃないぽん」

かちり。
止まったはずの物語のぜんまいが、一つ、刻まれた。


209 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:23:08 YV7N1kBo0


「フィアンは、ジャクリーヌに会いたいぽん?」

ファヴがもう一度同じことを問いかける。
バネで跳ねたように頭が動き、ファヴの姿を捉える。
ファヴは、いつものように無表情だった。

「どういうことなの、ファヴ」
「会いたいぽん?」
「会えるの?」
「今は説明できないぽん」
「会えるの? 会えないの?」
「今は説明できないぽん。ファヴにだって立場ってもんがあんだぽん」

ファヴは空中をすいすい泳ぐように飛び、開きっぱなしの魔法の端末へと入ってしまった。
一切具体性のない返答に、眼の奥の更に奥に熱が篭る。
やり場のない熱を拳に込めて、地面を叩く。純佳の身体が震えた。
自身の頬を伝っていた涙が飛び散り、ざっくりと大きく裂けた純佳の唇を濡らした。
いつもはファヴの振る舞い程度どうってこと思わないのに、今はそんなファヴの態度すら頭にくる。
自分でも理解できないほどに、怒りに飲まれている。
今まで十七年生きてきてこんな状態に陥るのは生まれて初めてだった。
悔しい。恨めしい。許せない。負の感情が心の中で次々に誘爆を起こし、怒りを大きくしていっている。

「そうそう。フィアンは飴ビルって知ってるぽん?」

ファヴはフィアンの怒りなど知らぬという風に、魔法の端末の中から問いかける。
無視しようと思った刹那、ファヴは、驚くべき一言を口にした。

「飴ビルの屋上で、『のんちゃんのんちゃん』って泣いてる子が居るぽん。
 良かったら、その子を助けに行ってあげて欲しいぽん」

かちり。
ぜんまいがまた一つ、刻まれる。


210 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:24:54 YV7N1kBo0


熱に浮かされていた意識が冴え渡る。

「待って、ファヴ!」

ファヴはもう何も言わなかった。
まるで語るべきは全て語ったとでも言わんばかりに、沈黙だけが帰ってきた。
「屋上に『のんちゃんのんちゃん』と泣いている女の子がいる」。
不意にいつかに置いてきた光景が重なった。
忘れていたはずの思い出が、ひとつまたひとつと蘇りだす。
何故ファヴが知っているかはわからない。ただ、ファヴはフィアンに、フィアンと純佳に関わる「何か」を伝えようとした。
だから、動くしかなかった。

まじよの方を見れば、彼女はまだ落石の処理をしていた。
少しだけ考えて、彼女は置いていくことにした。
まじよはきっといい人だ。話せばフィアンと純佳の力になってくれるだろう。
それでも、飴ビルには一緒に行きたくなかった。
フィアンとジャクリーヌの間には……純佳と好実の間には誰にも立ち入ってほしくなかった。
純佳の顔を見る。
血と、痣と、傷だらけの顔。でも、苦しみや辛さは感じられない、眠っているような、優しい顔。
そっと頬を拭う。涙のように線を引いていた血の筋が消える。
泣き虫な純佳の死に顔は、涙に濡れてはいなかった。

「行こう、純ちゃん」

魔法少女の全力疾走は負荷が大きく、服や荷物を簡単にボロボロにしてしまう。
魔法少女状態のジャクリーヌならまだしも、生身の純佳では耐えられない。
だが、フィアンの魔法ならば運ぶことは可能だ。
魔法の糸で編まれた手袋とニット帽をほどいて、長い長い一本の赤い糸に。
赤い糸の端は純佳の小指へ、もう片方の端はフィアンの小指へ。
つながった糸の余りが純佳の身体を包み込む。みるみるうちに、純佳は赤い糸に包まれた繭のような姿に変わった。
フィアンの赤い糸は魔法の赤い糸だ。この糸はフィアンの「魔法少女のコスチューム」の一部なので、かなりの耐久力を誇る。
この糸で隙間なくぴったりと覆えばたとえ相手が魔法少女じゃなくても「フィアンのコスチュームの内側にいる」とされ、魔法少女の速度で運搬が可能だ。
いつもは大きな荷物を運ぶ時くらいにしか使っていなかったが、まさかこれで純佳を運ぶ日が来るなんて思いもしなかった。

純佳を抱き上げ、音もなく走りだす。
目指す先への道に迷いはない。
何度も、何度も、十数年通ってきたのだから。


211 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:25:43 YV7N1kBo0




フィアンとはこんなに足が速い魔法少女だったのか。
フィアンとはここまで動ける魔法少女だったのか。
フィアンとはこのような水準だったのか。
分からない。
純佳を失ったことで、フィアンの中の何かが変わってしまったのだろうか。
世間一般で言えばこの状況は、キレた、とかヤケクソ、とかが近いのかもしれない。
ただ、フィアンは今、いままで以上に全力を出している、という実感があった。
視界がぶれない。
一つ一つの障害物をはっきり視認して対処できる。
壁のくぼみ、屋根の汚れ、そのくらいのものでも見落とさない。
いつもの鈍な魔法少女はどこに行ったのか、風を切り裂くように走り抜ける。

飴ビルを見つけて、また速度が跳ね上がる。
ファヴの言葉はまだ頭の中に残っている。
屋根を蹴り、飛び上がる。
窓の窪みに足をかけ、壁面を走り、ひたすらに最上階を目指す。
もしかしたら、ファヴがまたフィアンの神経を逆なでしているのかもしれないという思いもあった。
そうすればフィアンはきっと、今度こそ怒りに身を任せ、魔法の端末を叩き割るだろう。
だが、そんな怒り狂う未来が待っていたとしても、フィアンには―――
「のんちゃん」と呼ばれたあの日のままの甲斐好実には、立ち止まることが出来なかった。

片手でフェンスを掴み、力任せに身体を引っ張り上げる。
ぶちりぶちりと音を立ててフェンスが千切れたが、誰も気に留めるものは居ない。
そのまま空中で一回転して着地する。
赤い糸をほどく。純佳は少し前と同じ、安らかな顔をしていた。
ほっと安堵の息を吐こうとして、息を呑む。

しく。

聞き覚えのある声がする。

しく、しく。

フィアンが飛び込んだのとは反対の、奥のベンチの方から届く聞き覚えのある嗚咽が耳朶を打つ。


212 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:27:11 YV7N1kBo0


おぼろげだった思い出が一気に脳内に溢れてくる。
確か、まだ小学校に入る前、まだ営業していた飴ビルに母と買い物に来て、そこで迷子になった時だったと思う。
好実は迷子になりやすいから、迷子になったら店員さんの目に入りやすい屋上のベンチで座って待っているのよとお母さんに言われていた。
大人の人から声をかけられても居ても近寄っちゃいけません、変な人だったら大声をだすのとも言われていた。
それで、その日ものんびりしていたら迷子になったので屋上に行ってベンチに座って待っておこうとしたはずだ。

あの日買いに来たのは、好実の大好きなひよこちゃんふりかけだ。
すれ違った女の人の格好に目を引かれて、ぽけっと立ち止まってしまい、それではぐれてしまったんだ。
エレベーターやエスカレーターに子供一人で乗ると目立つから、階段を使って屋上まで行って。
屋上に上がるとよくわからないヒーローのショーをやっていて。
そして。

「……ぐす……ぐすっ……おとーさん、おかーさん……」

ゆっくりと、ゆっくりと、声の方を向く。
そこには、一人の少女が立ち尽くしていた。
髪を横で一つに纏めた、行き場を失い泣いている少女。
その時、六歳だった。
丁度フィアンと……好実と同い年だった。
一歩、また一歩、フィアンはあの日の影に近づいていく。

「……だあれ?」

少女が振り返った。その顔は、涙と鼻水で濡れていた。
可愛い顔が台無しだ。いつもは元気に満ち溢れているのだけど、泣いてる時ばかりは顔をクシャクシャに歪めて盛大に泣く。それなりに見慣れた光景だ。
そう。確か出会った時も泣いていたんだ。
その少女を見て、好実はひと目で気づいた。彼女も両親にはぐれてしまったんだと。
だから好実は、近寄って、彼女の手をとって、言ったんだ。

好実の足は動いていた。
少女の側まで歩いてしゃがみ込み、泣いていた少女の手を取って、あの日と同じように語りかける。

「大丈夫。のんちゃんも居るから。だから、大丈夫。大丈夫」

細かいところまであっているかは分からない。でも、こうやって出会ったんだ。
純佳と繋がっている赤い糸は切れていない。
だから、この少女が、フィアンの知る純佳ではないことは分かりきっている。
だが、その姿は、まさにあの日のままで。

フィアンたちの思い出の場所に居た少女。
ファヴが「助けに行くといい」と言った人物。
忘れられようがない、大切なひと。
それは紛れも無く、出会ったあの日の十文字純佳だった。


213 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:30:20 YV7N1kBo0


☆まじよ

思えば、落石の処理を優先したのが間違いだった。
ジャクリーヌとフィアンが浅からぬ仲なのは知っていたのだから、もっと気を回すべきだった。
気遣いのできる、物語の主人公のような、そういう魔法少女に憧れていたのに、いざ自分がなってみると上手くいかない。
どうしても理屈ばかり先走って実践ではもたついてしまう。
ひょっとすると、ジャクリーヌを失ったことで、自身でも気づかないうちに動揺していたのかもしれない。
それに加えてまじよの魔法はこれで集中力を使う作業だからしょうがないと割りきりたかったが、失敗は失敗だ。
後悔先に立たずとは、まさにこのことだった。

岩を片付けているうちに、事態は急変していた。
岩を動かし終わって振り返ってみれば、そこにフィアンは居なかった。
ジャクリーヌの死体が残っていないということは、どこかにジャクリーヌを連れて行ったということだろうか。
だとしても行動が早過ぎる。
まじよから見たフィアンは、そこまで冷静にジャクリーヌの死を受け止められる人物ではなかった。
ならば治療か。それもおかしい。錯乱した一般人でも、ジャクリーヌが既に事切れていることは分かる。魔法少女ならなおさらだ。
「侵入者」を追ったりスーたち四人と合流を目指したりということなら、生真面目なフィアンのことだ、まじよにも声をかけるだろう。
じゃあフィアンはどこに行った。
デコをぽんと杖で叩く。
まさかと思うが、アンナを追いかけてたりはしないだろうか。
もしアンナを追いかけていたならば止めなければならない。
あれは確かに、アンナ・ケージの魔法に違いない。二度見たまじよがそこは保証する。
ただ、アンナ・ケージはそんなことの出来る人間ではない。
彼女は品行方正で、変なところで小心者だ。大胆さに欠けてると言ってもいいかもしれない。
こんな大事に出るような人間ではない。これもまじよが保証できる。

フィアンがアンナを追ったというのはまじよの推測でしかない。
ただ、確率は他よりもやや高めだと、まじよの直感が告げている。
そしてこの推測が真実だとすれば、不幸な行き違いが起こってしまう可能性が高い。
なんとか、フィアンを見つけ出し、この推測が間違いであるという確信を得なければならない。

現状にそう答えを出したまじよが行ったのは、ジャクリーヌの遺品の回収だった。
ジャクリーヌは変身は解けていたが、魔法のゲームボードを抱えたままだった。
ということは、魔法のゲームボードはおそらく変身が解除されても(それこそ持ち主が死んでも)使える道具かもしれない。
魔法少女の魔法が死後にも効果を及ぼし続けるというのはタルタニアスの武器製造とチティ・チティのコーティングで作られている刹那の銀のナイフで実証済みだ。
あのボードが上手いことアンナかフィアンを示してくれたなら、これ以上楽なことはない。
ボードを拾い、散らばっていたチェスピースの中で形が整っているものも拾い、盤上に投げる。
するとチェスピースのうちの三つが、ひとりでに盤上を動き始めた。
動かなかったチェスピースを袖口にしまい、そのままチェスピースの行方を眺める。
反応したのは中洲地区近辺に一人分と、東区側に二人分の計三人分。
中洲の方は止まっているが、東区側はどんどん東側へと離れていっている。
人数的に、アンナともフィアンとも違う。おそらくというか、当然というか、追跡していた「侵入者」の居場所の位置情報を投影していたらしい。
ゲームボードを覗き込んだまま、杖でデコを一回ぽんと叩く。
妙案は浮かばない。
仕方ないので次の行動に移る。


214 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:31:41 YV7N1kBo0


「ファヴ、居るかい」
「なんだぽん」

魔法の端末を開いて、ファヴを呼び出す。
二番目に確実なのがきっとこの方法だ。
もしもの時のために使うことを控えていたが、今は使うに足る事態だと考えられる。
成功の確率は低いだろうが、これもまた、上手いこといけば大幅に手間を短縮できる。

「やあファヴ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「なんだぽん。ファヴは今ちょっと忙しいぽん」
「うん。時間はとらせないよ、ただ、フィアンの居場所を知りたいんだ。君に聞けば確実かと思ってね」

飛び出したファヴは空中で止まり、じっとまじよの方を見つめた。
まじよも黙し、ファヴの次の言葉を待つ。

「……なんでファヴに聞くんだぽん?」
「君、魔法の端末の出入りが可能だろう? それで、フィアンの端末から出て、居場所を見て、それを教えてほしいんだ」
「誰か一人に肩入れすることなんか出来ないぽん」
「マスコットキャラクターなのに、魔法少女を手伝ってはくれないのかい」
「別にマスコットキャラクターは魔法少女の奴隷ってわけじゃないぽん。そこんところ、勘違いしないで欲しいぽん」

ファヴはただ、気だるげに、リンプンを撒きながら宙を待った。
リンプンが、砂時計の砂のように粒子になって地面を目指し、きらきらと淡い光を残しながら、どこかへ消えていく。

「君はつくづく、マスコットキャラクターらしくないね。もう少し『マジカルデイジー』のパレットを見習ったらどうかな。
 彼なんかは、頼まれなくてもアドバイスやサポートをやっていただろう? 本来マスコットキャラクターとはああいうふうにあるべきだと私は考えるんだが」
「それはまじよの偏見にすぎないぽん」

口先で丸め込めるかと思ったが無駄だった。
ファヴはまじよの長回しの序文を一言で切り捨てて、ふよふよとまじよの魔法の端末の方へ帰ってきた。
そのまま、端末の中に入るのだろう。
止めはしない。一度断られた以上いくら駄々をこねても断られてしまうだろう。
ファヴとはそういうマスコットキャラクターだ。数ヶ月彼を見てきたまじよにはよく分かる。
だから最後に、ひとつだけ確認をしておいた。

「ああ、そうだ。場所について教えられないというなら、これだけは教えてほしい」
「答えられる質問で頼むぽん」
「君、フィアンになにか言わなかったかい?」

ファヴが立ち止まる(比喩的な表現だ)。
そして、その場で旋回し、まじよの方を向いた。


215 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:33:58 YV7N1kBo0


ファヴの瞳は無機質だ。
見つめ返してもなんの感情も読み取れない。

「なんでそんなこと聞くぽん?」
「うん? ああ、なんてことはない確認だよ。
 ここには私とフィアンしか居なかったし、少なくともフィアンはそのままでは動ける状態じゃなかった。
 だとすると、フィアンに誰かが接触した気がすると思ったんでね。
 魔法の行使に集中したとはいえ魔法少女である私が接近に気づかずに、かつフィアンが今接触を拒まない人物として可能性が一番高いのは……
 誰の端末からでも出入りできて殺傷能力を持たない君だと思ったんだが、違ったかな?」
「長いぽん。手短に頼むぽん」
「君、フィアンになにか言わなかったかい?」

短く、もう一度同じ問。
ファヴはその作り物の瞳でまじよの方をじっと見つめている。
やはり感情は読み取れない。
ただ、あまり快く思われていないだろうことは、ファヴの返答の調子からなんとなくわかった。

「何も言うわけないぽん。ファヴはさっきまで通達してたんだぽん」
「そうか。いや、気を悪くしないでほしい。私もジャックが死んだのを見て随分気が動転してるんだ」
「にしては余裕そうぽん。傷ついてるんなら言葉数くらいは減らしたほうがいいぽん」
「……うん。どうやらね、私が思っている以上に、魔法少女は傷つくのに強くて、私は冷血になってしまったらしい。
 すまないね、手間取らせてしまって。また何かあったら頼むよ」

ファヴはそれから「失礼な奴ぽん」とつぶやいて、まじよの端末に入ってしまった。
それを確認して、魔法の端末を閉じる。
それ以上取り繕う気はない。
ただ、相手が試験官である以上表面上だけでも敵対関係を取らないようにしておく必要はある。

もう一度周囲が無音になる。
それを確認してまじよは息を大きく吸い込み、呪文を紡いだ。

「まじよが命じる―――」

一の手も駄目。
二の手も駄目。
だったら、地道で時間と労力を要するが、慣れ親しんだ方法を使うまでだ。
魔法発動。
浮かせる対象は、まじよ自身の身体だ。


216 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:36:17 YV7N1kBo0


高く、高く。
目を凝らしながら空へ浮かんでいく。
ぐんぐん舞い上がる中で見えるのは影ばかり。
魔法少女の視力を持っても、はっきりと識別することは出来ない。
ただ、猛スピードで動いている人影はいくつか見つけられた。
東区中部の方へ向かう影。川沿いを東区に向かって走る影。そして中橋を西区側に向かって渡る影。
まじよの位置から近く、また、まじよから離れるように走っているのは中橋の影と中部の影。
チェスボードとチェスピースを再び開いて確認する。東区中部の影は、チェスピースの動きと一致している。ならばこちらは「侵入者」と考えられる。
呪文を区切らず、そのまま移動を開始する。目指すのは中橋の方の影。
フィアンかどうかは分からないが、確率が一番高いのはその影だと判断した。
直感混じりの計算だが、他に判断材料がない以上今はそれに頼る他ない。
追いつくまでどれくらいかかるかは分からないが、違っていた時のことも考えてできるだけ急がなければ。

絶えず呪文を唱えながら、杖とは逆の左手に持っていたチェスボードをぶかぶかのローブの袖口にしまって魔法の端末を取り出す。
もしフィアンがアンナに会いに行くと判断出来たならアンナに連絡を取り、逃げるように促さなければならない。
ここまで多くの魔法少女たちを救えなかったが、それでも、犠牲者は最小であることに越したことはないのだから。
ただ、今はまだ、余計な誤解を生まないためにも動いてはならない。
今の推測がまじよの早とちりで、勝手に通報することでアンナにフィアンを警戒させてしまえば、それもまた新たな火種に和る。
それに、なにより連絡を入れるよりも空を飛んで追いつく方に集中した方がいい。
もし誰かに会う前にフィアンに追いつけたなら、それが一番いい。

「――――――」

更に呪文を継ぎながら思う。
ジャクリーヌは死に、アンナは彼女を殺した罪を背負わされてしまった。
ならば、一緒に行動していた刹那は……無事だろうか。
く、と息継ぎをして、再び呪文を唱える。
気が付くと刹那の無事を祈っている自分に、なにやらこそばゆいようなもどかしいような感覚を覚える。
確かに、今や街の魔法少女内でもトップクラスの身体能力になっているだろう刹那が追い詰められるということは数段劣るまじよとしてもかなり危ない状況なので、彼女の無事を案じる事それ事態はおかしくない。
ただ、そんな利己的な感情とは別の部分にも、彼女を心配する心がある。なんとも不思議な感覚だった。

戦力的にも、心の平穏のためにも、刹那との合流は早めに行いたい。
フィアンとの合流後は刹那と連絡を取り、彼女とも合流すべきだろう。
声に出さずにそう決めて、まじよはひたすらに呪文を唱え続けた。


217 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/11/30(月) 04:37:48 YV7N1kBo0
投下終了です。
あと、>>202です。
日曜の夜に予約したということでお願いします。


218 : 名無しさん :2015/12/03(木) 11:23:25 VYMc3Yi.0
投下乙です。
ぽんぽん野郎(初代)は本当によくよくのクズだな!
幸いというかなんというか、バレつつあるようなのでどこかで破綻しそうではありますね。
まじよに期待したい私とまじよを信頼しきれない私が心の中で争っています。


219 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/06(日) 21:43:27 uTX/fyvE0
延長します
早ければ明日の朝くらいには投下できるので少々お待ちを


220 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 04:44:36 MEZeSjXM0
投下


221 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 04:49:38 MEZeSjXM0


☆ンジンガ


「ンジンガちゃん、ンジンガちゃん」

声がする。
誰かの声がする。
誰かの声で目が覚める。
目を覚ませば、可愛らしい魔力の持ち主が立っていた。
パルメなんとか。そう名乗っていた。長くて覚えにくいので電電と同じようにパルメと呼んでいる。
ンジンガはパルメの魔力が大好きだった。
ほんわかとした雰囲気だが、研ぎ澄まされていて一変の陰りもない。色は桃色。

彼女の顔を見てようやく今の状況を思い出せた。
電電と仕事だと聞いてY市に来て、電電とはぐれてしまって。そして、力を使いすぎて疲れて寝てしまったんだ。
よくよく周りを見てみると、ンジンガが今いる場所は、先程までの屋根の上ではなかった。
潮の香りがするし、建物の上じゃない。木も生えている。

「おはよ」
「うん、おはよう。皆と合流出来たよ」
「電電は?」
「あっちに居るよ。ちょっと待っててね〜、パルメは電電たちとお話してくるから!」
「ん」

パルメはそう言うと、向こうの方に駆けて行ってしまった。
喜んでいるのか、ンジンガが寝てしまう前よりも魔力の色が鮮やかになっている。
なんだか、ンジンガも嬉しくなった。
周りを見回す。
来る時に一緒だった色の魔力や見慣れない色の魔力が集まっている。
黒い靄のような色の魔力も居る。
嫌な色だ。
昔々に見たことがある。あの色は、偽物たちの色だ。
人数を数える。ンジンガを除けば五人の魔法少女と一人の人間が揃っていることになる。
その中で黒い靄のような魔力を纏った魔法少女は二人。
魔法少女たちの中に、偽物が二人混じっている。


222 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 04:51:01 MEZeSjXM0


☆愛の申し子パルメラピルス

通話でのやり取り以来、すべての行動が驚くほどスムーズに行った。
中部の公園の手前で待っているとマリンライムの端末から連絡が来て、なんの問題もなく合流が完了した。
そして中部の公園に突入したが、ンジンガに調べてもらうまでもなく公園内には人っ子一人待っていなかった。
そのまま進路を東南へ。気絶したままのリーラーとまだ眠っているンジンガを抱えて、衝撃がかからない程度の速さで移動を開始。
東南地区の公園は、マリンライムが「念のための合流場所」として定めておいた場所らしく、以後はマリンライムの先導で進んだ。

あくびをしてしまいそうな速度でマリンライムの背を追いながら走り続けると、次第に、潮騒が耳に届き出した。
そういえば、Y市は港湾都市だったということを思い出し、同時に街の基本情報に立ち返る事もできないほど余裕のなくなっていた自分に気づいた。
パルメラはそもそも戦う魔法少女ではない。能力的にも、モチーフ的にもだ。
そのため、戦場では一瞬も気を抜けないのは当然だが、それにしてもまさかここまで追い詰められているとは思いもしなかった。
しかし。
並走する電電を見る。
電電と合流できなければこうやって自分の状態を振り返ることも出来なかったはずだ。
肩の荷が下りた心地だ。
まだまだ気は抜けないが、それでも大きな山の一つは超えきったと言える。
これから、スーと出会った後もこの街での隠密活動は続くかもしれないが、それでも離れ離れではないとなれば安心感は強いし、行動にも移りやすい。

建物の幕がだんだん薄くなり、磯の香りがどんどん強くなる。
大きな建物をひょいと飛び越えると、もう香りと魔法少女たちを遮るものはなかった。
視界の先に大海原が広がっている。
海に面したやや大きめの公園。マリンライム曰く『りんかい公園』。遊具や東屋が並ぶ、住民たちの憩いの場。
その東屋や遊具の並びの中で、ぼんぼりのような街灯の下に、一人の少女が座っていた。

「スー!!」
「……あ、ま、マリンライム!」

公園のベンチに座っていたスーにマリンライムが駆け寄り、スーもまた立ち上がってマリンライムの方へ駆け、そのまま二人はぶつかるような勢いで抱き合った。

「おーおー、あっついあっつい。へいへーい、見せつけてくれるねー!」

へらへら笑いながら電電が野次を飛ばした。
そんな状況ではないと分かっていながらも、パルメラは、笑顔を抑えられなかった。


223 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 04:52:47 MEZeSjXM0


「そっちが、マリンちゃんの言ってた?」
「はい。スーです」

マリンライムが紹介すると、スーはパルメラたちに気づいて慌てて頭を下げた。
友人との再会が嬉しかったのは分かるから、態度を言及するような無粋な真似はしない。
それよりも、今は気になることがある。
公園で、スーとともに魔法の国の魔法少女たちを待っていたもう一人の魔法少女についてだ。

ベンチではなく、公園には不釣り合いなソファに座ったまま硬直している少女。
正体不明の魔法少女は、全体的に真っ白だった。頭の先から、肌から、コスチュームまで真っ白だ。
ただ、白と言っても綺麗な白ではない。髪も、服も、肌も、どれも少しズレている。
髪の毛は魔法少女なので一般人よりは綺麗だが、どことなく状態が悪い。艶がない。
服はサイズが合っていないのか、すこしぶかぶかでよれて見える。
肌の色は色白を通り越して病的なまでに青白い。血管が透けて見えてしまいそうだ。皮膚のところどころにはモチーフの関係か、鱗が浮いている。
そして、瞳だけは何故か真っ赤だ。真っ赤な瞳で憮然とした目を向けている。
スーと一緒に居たということは、街の魔法少女だろう。
マリンライムからはスーのことしか聞いていなかったが、集合場所が変わっていることを鑑みればスー側もスー側で色々と動きがあったに違いない。

「そっちは、知り合い?」

パルメラが問うと、スーはまたあわあわと動きながらソファの少女の方に駆け寄り、バスガイドの名所案内のように手のひらで彼女をさしながら紹介を始めた。

「あ、こっちは、くーりゃんさんって言うんです。街の魔法少女で、生き残りの人で、それで」
「そっかそっかあ。よろしくね、くーちゃん!」

くーりゃん、と呼ばれた少女はやや驚いたような顔をしたが、会釈を返した。
動じていない。
スーからパルメラたちについて聞いているのかもしれないが、それにしても落ち着いている。
一瞬、「魔法の国の魔法少女についてスー以上に何かを知っているのでは」という根拠の無い警戒が頭の中に生まれた。
だが、それもすぐに消え去った。
たとえ黒幕がこの場に隠れていても、電電の能力を使えば問題なく暴くことが出来る。

「……ども。で、そっちはどなた?」

いままで黙っていたくーりゃんが、そこでようやく口を開いた。
そういえば自己紹介の必要があった。
指示を待つため、電電の方を見る。すると電電も、いつもどおりの笑顔でパルメラを見つめ返していた。


224 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 04:54:10 MEZeSjXM0


それから、街側・国側ともに初対面が多いということでそれぞれ自己紹介を行うことになった。
スー、マリンライム、電電、くーりゃん、パルメラ。パルメラは、ついでに両脇に抱えた二人についても紹介しておいた。
変身が溶けている少女をリーラーだと紹介した時は、さすがのくーりゃんも少し目を剥いたが、結局はそれだけだった。
簡単な自己紹介を終えて、次にこの街に来た理由を端的に説明する。
細かい作戦内容まで伝えると、もしも黒幕とのつながりがあった場合に
「殺し合いを止めに来た」というと、さしものくーりゃんも少々驚いたようだった。
一息ついて、ようやく次のステップへ移る準備が整った。

「でーんでんっ!」
「ほいよっ!」

リーラーから奪っておいた魔法の端末を電電に投げる。
電電は、その鈍重そうな見た目からは以外なほどの機敏な動作で、魔法の端末を受け取った。
電電はしばしその端末を眺めた後、半ば既に合点がいっているという顔でパルメラに尋ねた。

「これ、そっちの子の?」
「うん♪ おねがいね!」
「抜け目ないねえ、パルメは。アイドルっつーか、強盗じゃんな」
「ひっどーい! 正当防衛だもん! 電話で言ったじゃん!」
「ははは。よっしゃ、じゃあちゃちゃっと済ませちゃうから……あ、じゃあ、ついでにスーちゃんとくーちゃんもいいかな?」
「え、っと……なにが、ですか?」

きょとんとした顔で、スーが問う。

「端末、貸してちょうだい。ちょっと調べ事があるからさ」

そのとても簡素な電電の提案に待ったをかけたのはくーりゃんだった。

「説明足りない。魔法の端末貸すのはいいけど、何調べるの?」
「ああ、まあ、言ったとおりさ、あたしは魔法の国の魔法少女で、こっからさきは魔法の国のオシゴトってやつ。
 端末情報を見せてもらって、一応の確認をとっておく必要があんのさ」

ため息がひとつ。こちらもくーりゃんだ。
電電の説明は回りくどかったり説明として成り立ってなかったりすることも多く、特に今回のようにぼかして伝えた場合結局問いかけた甲斐もなく終わることもある。
当然の反応といえるだろう。
こういうところをフォローするのは毎度毎度のパルメラの役割なのだが、今回はどうフォローするべきだろうか。
少しだけ話す内容やその時の動作を考えて、電電の代わりに言葉を継いだ。


225 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 04:56:57 MEZeSjXM0


☆くーりゃん

突然現れた五人連れの少女たちは「魔法の国の魔法少女」を名乗った。
淡々と自己紹介に移り、情報を交換する。

「あ、あの、スーです! 魔法は、このアルバムで、思い出を共有できます!」
「マリンライムです。魔法は……歩けます。水の上とか、壁とかも」
「えー、次はあたしか。魔法の国監査部所属、電電@電脳姫。気になる魔法は……この後すぐ! ってなかんじで!」

電電と名乗った魔法少女はやけにテンションが高い。面白いことなど何もないはずなのに、元気なものだ。
順番的にくーりゃんなので、仕方なくくーりゃんも自己紹介をする。
名前と、魔法については……「自分が快適に過ごすためのものを出すことが出来る」くらいでいいだろう。
電電は興味深げに聞いた後、効果範囲や出せるものの種類などを聞いてきた。

「範囲は……知んないけど、まあ、八畳一間分くらい? 出せるものは……まあ、家具とか、家電とか、そのへん」

説明すると「家電は出すとその場で使えるのか」や「ウォーターサーバーを出せば水が付いてくるのか」など、いくつかの質問を続けようとした。
だが魔法の国の魔法少女のうちの一人(アイドル風の衣装の少女だ。がそれを制した。ありがたい。
ただ、その感謝も、その後に控えていた核弾頭のせいで掻き消えてしまったのだが。

「魔法の国広報部所属! 愛の申し子、パルメラピルスちゃんだよぉ〜〜〜♪ よっろしっくねっ!」
「お、おう……」

アイドル風の魔法少女・パルメラピルスはポーズを決めながら満面の笑顔でそう名乗った。
反応に困る。服装通りのキャラクターなのかもしれないが、ここまで「コテコテ」な魔法少女が居るなんて、思ってなかった。
確かに、その可愛らしい見た目と振る舞いやセリフはあっているのだが、海沿いの夜の公園という環境には悪い意味で浮いている。
もしかすると、魔法の国っていうのはくーりゃんが思っている以上に魔窟なのかもしれない。
電電にパルメラピルスと続いた強烈な魔法少女。二人揃って変な活力にあふれている。なんというか、とても「夏っぽい」。
だとすると、くーりゃんは魔法の国とは反りが合わない。こういう変な方向でエネルギッシュなのは、くーりゃんの苦手なタイプのど真ん中だ。
ちらりとスーの方を確認する。スーは、楽しそうに目を輝かせていた。
くーりゃんの反応は気にせず、パルメラはベンチに寝かせてある二人の魔法少女の紹介をした。

「あっちがンジンガちゃん。ちょっとトクベツな子だから、また後で詳しく説明するね!」
「あっちはリーラーちゃん。変身は解けてるけど、街の魔法少女だよね? いきなり襲いかかられちゃって、びっくりしちゃった!
 魔法は、『物の長さを操る』だったかなぁ」

リーラー。チャットの時に見た覚えのある名前だ。
襲いかかるというのはなんとも物騒な話だが、みずみずしいなやアメリアの件もある。まあ、おかしなことはない。
三人目の「襲撃に走った魔法少女」。リーラーの素性や人となりは知らないが、重々気をつけておいたほうが良さそうだ。


226 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 04:58:23 MEZeSjXM0


話が一段落すると、パルメラは電電になにかを放り投げた。
可愛らしい女の子投げなのに、速度は高校野球の名門校のエースピッチャーよりも速い。
街灯に照らされながら、ピンク色の流星が走る。
至近距離で放たれたその流星を電電は振り向きざまに難なくキャッチした。
酔狂めいた調子の二人だが、二人共それなりの魔法少女ということだろう。
キャッチしたあとで電電がしげしげ眺めるのを見て、ようやく、くーりゃんもそれが「魔法の端末」だと理解できた。
そして、その後、電電はくーりゃんとスーにも魔法の端末を要求してきた。
理由を聞いても、はぐらかすような曖昧な答えしか返ってこない。
魔法の端末を渡す、というのは「魔法少女としての全存在を相手に委ねる」ことになる。
この中にはくーりゃんの魔法少女としての情報や人間としての性格も乗っているし、これが無ければ変身もできない。
それをおいそれと渡すことは、さすがにくーりゃんには出来ない。
くーりゃんのため息を聞いて電電がぽりぽりと頭を掻く。
どうやら、何と言うべきか困っているようだ。困っているのはくーりゃんだって同じだから、なんとも言えない。

「電電の魔法はねぇ、すっごいんだよ! これさえ使えば、黒幕を見つけて、試験止めることだって出来るんだから!
 だから、ね? すぐに返すから、少しだけ貸してよ! 壊したりしないし、変身を解く必要もないから!」

沈黙を破ったのは、あの魔法の国の核弾頭・パルメラだった。
今度の説明もかなり曖昧だが、少なくとも要旨ははっきりした。
試験を止める。願っても見ないことだ。
事態が好転したかどうかはまだわからないが、良い方向に動こうとしている気はする。
鵜呑みにする訳にはいかない。それでも、ファヴが侵入者についてあれだけ騒ぎ立てていたことも合わせて考えれば、期待は持てるかもしれない。
ただ、最低限安全圏は確保しておく。それくらいはしておいてしかるべきだろう。

「じゃ、私、一番最後でいい? あと、何するのかも見せて欲しいんだけど」
「そのくらいなら大丈夫っ! ね、電電!」
「望むところよ。ま、やっぱ見てもらうのが一番早いからね」

パルメラが気持ちいいくらいの笑顔を見せる。それを見て、くーりゃんは少しだけ目を細めた。
パルメラの方は、話し方はおかしいがそれなりに話はできるらしい。
先程、自己紹介の時も、頃合いを見て電電の質問攻めを止めてくれた。
そう考えると、案外あの話し方は大げさに猫をかぶっているだけかもしれない。(それにしても少々被り物が派手すぎる気もするが)

そういえば、電電やンジンガは魔法について「あとで説明する」と言ったがパルメラだけは一切自分の魔法を口にしていないことに気がついた。
ただ、この調子だとあのキャラクターで押し流されて結局聞けない気がするので、無駄な努力はしないことにした。


227 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 05:01:32 MEZeSjXM0


☆愛の申し子パルメラピルス

電電がリーラーの端末に魔法のキーボードとモニターを接続し、マリンライムに対してやったのと同じように情報検索を始める。
結果次第ではまた動きが必要だろうと思ってンジンガを起こして、次の行動に備える。
しばらく時間がかかるかと思ったが、予想外に早く「次」は来た。

「……おいおい、マジかよ……」
「なになに、なにか分かったの?」
「……なにか分かったっていうか、なんもわからないっていうか。
 いや、分からないことが明るみに出たってか、あー、待って、ちょっと、わけわかんない……」

電電が頭をがりがりと掻き毟りながら、うわ言のようにぼやいた。
そして何度も何度もUSB端子の抜き差しを繰り返し、何事かを確認し続ける。
その緊迫した表情と行動は、まるで、夢だと分かりきってるのだからさっさと覚めろと端末に言い聞かせているようだ。
人より長い間電電と共に居たパルメラからしても、こんな焦っている電電を見るのは初めてのこと。
先ほどの返事に関しても、いつものようなたんなる癖の遠回りではなく珍しく単純に言葉が見つからない、という様に見えた。
あのマイペースな電電がここまで狼狽えるような何かが魔法の端末に詰まっていた、ということだろうか。
心当たりは一つしかない。

「リーラーちゃんが黒幕さんだったの?」
「いや……そのへんはわかんない。つーか、まったく、なんも、さっぱりさ。
 もういっそ、なんも分からずじまいのほうが幸せなんだけども……」

説明が要領を得ない。これはどちらかというと先ほどのくーりゃんへの説明と同じく言葉を濁しているのだと思う。
もしかしたら、監査部のトップシークレットに引っかかるような、説明できないほどの事案なのかもしれない。
ただそれでも一緒に行動する以上情報の共有は不可欠だ。
だからここだけは、魔法の国広報部のアイドル候補ではなく、彼女の旧知の友人として問いかける。

「電電、それって、私にも言えないようなこと?」

目と目を合わせたまま問うと、はぐらかすような言葉の代わりに沈黙があたりを包んだ。
そして電電は観念したのか、それとも踏ん切りが付いたのか、もう一度頭を掻いてこう言った。

「……あー。ごめん。そりゃパルメには話しとかなきゃだわな。
 ちょっと大事過ぎて気が動転した。パルメも腰抜かしなさんなよ」

電電は呼吸を整えて、そしてようやく、結果を口にする。

「魔法の端末じゃないね、これ。まったくの偽もんだ」


228 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 05:03:25 MEZeSjXM0


電電の言葉に虚を突かれ、返す言葉に詰まる。
言っている意味がわからない。見た目はそのまま魔法の端末だし、変身に関わるということはリーラーやくーりゃんの反応で判明済みだ。
思わず素のまま問い返してしまう。

「……なんだそれ。どういうことさ」
「……なんというべきか。『魔法の』魔法の端末っていうのかな。
 これ、魔法少女たちに渡されてる情報端末じゃなくて、誰かの魔法で作られた『魔法の端末によく似たアイテム』だ。
 あたしの能力にも引っかからないから、たぶん『魔法の端末をそっくりそのまま魔力で作り上げてる』んだと思う」

情報を飲み込むのに少しだけ時間が必要だった。
魔法の端末ではなく、魔法の端末によく似た魔法のアイテム。成程、それならば通信ができない理由や魔法の国に存在を知られていない理由も説明がつく。
説明がつく、が。それ以上に不可解さと疑問が湧き上がってきてしまった。
この魔法の端末を作った人物が誰なのか。どういった目的でこれらを作り、街にばら撒き、殺し合いを行わせているのか。
魔法で作った劣化品なのか魔法でコピーした模造品なのかは知らないが、魔法の端末の固有機能をここまで有しているというのはある種の脅威と言える。
もしもこの魔法の端末もどきが出回れば、一気に魔法少女部門の把握していない魔法少女が増え続け、魔法少女部門は根底からひっくり返されることになる。
この街で行われている試験の目的ははっきりとはしていないが、この「魔法の端末複製」だけでも重大な事件に繋がる恐れがある。
思った以上に大きな闇に踏み込んでしまったかもしれない。
あまりの事態に目先がくらんで思わず目頭を押さえる。そして、キャラクターを取り繕うことも忘れて、問答を続ける。

「電電の魔法が効かない以外におかしな点は?」
「触った感じは本物同然さ。気味が悪いほどに、魔法の端末だ。あたしじゃなきゃあ本物だと断じてたかもね」
「リーラーのものだけが特別ってことはないの?」
「……おっけ。ちょい待ち」

電電はやや慌て気味にモニターとキーボードを二組追加してスーとくーりゃんの端末にも突き刺した。
だが、結果はリーラーの端末の時と同じだった。
コードエラー。機械を操れる魔法の端末が通用しない、機械ではないという表示。
これではっきりとした。
リーラーだけではない。ここに居るくーりゃんも、スーも同じだ。
そしてきっと、先ほど出会ったJJジャクリーヌたち三人も。この街の魔法少女たちの全員が、そうなんだ。

魔法の国の情報通り、この街に魔法少女は居なかった。
この街の魔法少女たちは、魔法少女であって、魔法少女ではない。
このY市では、誰かの用意した「偽物の魔法の端末」を使って、「偽物の魔法少女たち」が殺し合いを行っている。


229 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 05:05:26 MEZeSjXM0


☆ンジンガ

黒い魔力は偽物だ。一緒にいると不幸になる。
ンジンガは、出来る限り黒い魔力と一緒に居たくなかった。

「何」

一番近くに居る別の色の魔力の人の側に寄る。黒の正反対の、白い魔力の人の方へ。
白い魔力の人は、仏頂面でこちらを見つめている。よく見ると、初めて見た顔だった。

「……誰?」
「ご挨拶だね。そっちが来たんだからそっちから名乗りなよ」
「ンジンガ」
「そっか。私くーりゃん」

くーちゃん、と名乗った少女は、空に向かって「ソファ」とつぶやいた。
ンジンガとくーちゃんの目の前に、大きなソファが一つ現れる。
くーちゃんがソファに座り、くつろぎ出す。
ンジンガも真似して出てきたソファに座る。いままで座ったことのないくらいふかふかまソファだった。
背もたれに身を預けてどこまで沈んでいけるのかを試していると、くーちゃんは小さく一言呟いた。

「広いから良いけど、次は一言言ってよね」

くーちゃんも手足をうんと伸ばし、そのまま背もたれに身を預ける。
二人揃って背もたれに深々ともたれかかる。頭も少し埋まって、視線は空の方へと持ち上がる。
Y市というらしいこの街の空は、少しだけ星の数が少ない。黒が多い分、夜空を見上げ続けると吸い込まれてしまいそうになる。
目を閉じて深呼吸をすると、隣のくーちゃんがまた声をかけてきた。

「そういえば寝てたよね、さっき」
「ん?」

寝返りをうつみたいに横を向くと、いつのまにかンジンガの方を向いていたくーちゃんと目があった。
くーちゃんの目は真っ赤だ。全身真っ白なのに目だけは赤いのは、なんだかとてもおかしく見えた。

「魔法の国の魔法少女になると、魔法少女のまんまでも寝ることができるの?」

魔法少女のことを聞かれてしまった。
実のところ、ンジンガは魔法少女という少女たちについて詳しいことは知らない。
凄く強いことと、魔力の色が皆鮮やかで一人ひとり違っていることを除くと、あとはもうあやふやだ。
だからンジンガは、ンジンガが分かっていることだけを答えた。

「ンジンガ、魔法少女じゃない、魔法少女のこと、よく分からない。
 でも、魔法少女は強くて、可愛い。それは知ってる」
「……ああ、そう」

くーちゃんはそう言ったきりンジンガの方を向かず、背筋を伸ばして座り直して、黙りこくってしまった。
ンジンガは他の人の話を聞くのが大好きだからもっと話していて欲しかったけど、無理を言うのが悪いということは知っている。
少しだけ寂しくなって周りを見回す。
パルメラはああ言っていたが、まだ皆揃ってないから、出発にはもう少し時間は掛かるだろう。
だからンジンガはそのもう少し間だけ、この心地の良いソファで寝ることにした。


230 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/09(水) 05:08:07 MEZeSjXM0
投下終了です。

次回更新ですが、少しの間別企画に力を注ぎたいので今週日曜ではありません。
たぶん来週の日曜日あたりになると思います。

また今週日曜くらいに予約取りに来ます。


231 : 名無しさん :2015/12/09(水) 20:32:10 Rf4ShSLM0
投下乙です
魔法で作った魔法の端末ということで、他にも魔法で作られた存在がいるとして、それは……ということなんでしょうか
わりと上手くいっているように見えても色々と不穏な空気が感じられて心地良いですね
ンジンガは独特な考え方ですが、動物出身っぽいけど魔法使いにもそういうのってあるんでしょうか
そもそもこの世界の魔法使いって人間なのかということでもありますが


232 : 名無しさん :2015/12/11(金) 05:09:14 gARvDpME0
投下乙です
「「魔法の」魔法の端末」……そ、その発想はなかったー!
これも主催者ちゃんの能力なんだろうしもうやりたい放題だ……つよい
くーりゃんとンジンガがしゃべってると癒し感があるなあ


233 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/14(月) 23:46:18 PC0UWd.I0
感想ありがとうございます
書けるか分からないけど一応

○愛の申し子パルメラピルス
○くーりゃん
○スー
○電電@電脳姫
○マリンライム
○森の音楽家クラムベリー
○リーラー
○ンジンガ

で予約しときます
メンバーが急に変わる可能性もありますがその時は報告します


234 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/19(土) 04:16:09 /uc.AmO60
test


235 : ◆FaVPoN9gUQ :2015/12/19(土) 04:22:57 /uc.AmO60
トリップ合ってたので報告。
使っているノートパソコンがオシャカになりました。書き溜めもその中で眠っています。
いろいろ手をつくしてみますが三日後の投下は厳しいのではないかと思います。ゆるして


236 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/01/09(土) 07:43:04 b8tqa9u.0
お久しぶりです。
ノートパソコンはまだ直ってませんが、そろそろ動き出さないとと思ったので>>233のメンツで再予約します。
フラグやら開示してある情報やらの整理で投下が遅れてしまうかもしれません。気長にお待ち下さい。


237 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/01/15(金) 23:57:45 z7nzMWCY0
案の定間に合いそうにないので予約を延長します。
あと、二か月に一回張られる不思議な数字です。
名前については同板内に非ほいくが増えたので変更しています。ご利用ください。

非ほR   11話(+ 3) 14/15 (-0) 93.3


238 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/20(金) 08:48:44 b.24HFk.0
ゆるゆる続きやり始めるかもしれません
メンバーは前回と同じで予約します


239 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/27(金) 01:28:41 /CpfC7960
延長します
ニチアサには間に合わせたいです


240 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:39:23 hr0K2OkM0
ニチアサには間に合いませんでしたが延長期限には間に合ったので、予約メンバーからクラムベリーさんを抜いて投下します。


241 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:40:15 hr0K2OkM0


☆愛の申し子パルメラピルス


パルメラ自身、自分のことをあまり頭がいいとは思ったことはない。だがそんなパルメラでも、今回の事態の異常さは容易に理解できた。
電電の魔法越しに判明した敵の正体の一部。
その能力は、魔法の端末をそっくりそのまま生み出し、更にその上、その魔法の端末を使うものを一時的に魔法少女に変えることができる、というもの。
魔法少女と、魔法の国という存在そのものと、両者を足元からひっくり返すのに十分たるその能力は、まさに完全なる規格外と言っても過言ではない。
電電の方を見る。
案の定というべきだろうか、スー、くーりゃんの魔法の端末からも同じ反応が出たことを受けて、生来ののんびりやの彼女もさすがに余裕の表情とは行かなくなった。
可愛らしい魔法少女の外見には似合わない、がりがりと頭をかきむしるといういかにもストレスを感じているという様子で、魔法の液晶モニターを覗き込んでいる。

「ねえ電電、これからどうしよっか」
「そうだねえ。どうしたもんか」

電電は大きく背をそらし、そのままベンチに横になった。
顔には今まで以上に色濃く疲労が浮かんでおり、魔法少女なのにやつれて年をとったようにも見える。
仕方ないことだろう。今パルメラたちが敵に回しているものの後ろ暗さが一気に濃度をあげた。自分たちがどの程度の深みまではまっているのかが一気にわからなくなった。
魔法の国すら揺るがしかねない事件の陣頭指揮を下っ端電電が前線で執り行わなければならないのだ。プレッシャーが今までより段違いで強くなっている。
ここでみすみす犯人を逃すようなことがあれば、ことは電電の責任問題のみでは収まらない。
管理部門までがその責任によって何らかの反応を取らされてしまうだろう。
パルメラだって出来ることなら頭を抱えて座り込みたいくらいだ。そうしないのは今が仕事中だという意識があるからだし、少なからず命のやりとりめいたことに首を突っ込んできたからでもある。
それを差し引いたとしても、パルメラが崩れれば電電はいよいよ切羽詰るだろうという自負が膝を折るどころか不安を顔に浮かべることすらよしとしなかった。

「あの、なにかあったんですか?」
「んんー、なんていうかなあ……思ってたよりヤバいぞこいつはって感じ」

マリンライムの問いに、電電はベンチに背を預けたままいつもの力の抜けた笑顔でそう答えた。力と一緒に元気も抜けていた。

「私たち、どうなるんですか」
「……」

スーの言葉に返事はなかった。電電はただ、でこを腕で押さえて遠い空を眺めていた。
掛けるべき言葉を思案しながら周囲を見渡すと、不安げな目線は全て電電とパルメラの方を向いていた。

「だーいじょうぶ! パルメにまっかせてよ!」

かわいらしく背をそらし大げさに胸をたたいてみても、胸の内を漂う不安は晴れない。
それでも、電電はへらりと笑ってくれた。だからそれだけでよかった。


242 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:40:44 hr0K2OkM0


「そんじゃあパルメにお任せ、とはいかないのが今回の辛いところだね」
「ええー!? ダメなの? パルメすっごい頑張るよ!」
「気持ちだけもらっとくよ。というより、さしものパルメちゃんもこの状況は一人じゃどうにもできないでしょ」
「まあそうだけどね。えへへ」

半分本心、半分照れ隠しで鼻をかきながら笑うと、電電は先ほど解析が終わったばかりのくーりゃんの端末を弄びながら。

「パルメ、あたしたちの目的って覚えてる」
「んー、犯人特定だっけ」

顎をなでながら考えるのは、どうやってその人物を特定するかについて。
犯人について、実のところ目星はだいたいついている。
説明通りこの街の魔法少女たちが使っているものが「魔法の」魔法の端末であるならば、この殺し合いのゲームマスターは現在も魔法を使っているはずだ。
街の魔法少女の中でパルメラが出会ったのは六人(JJジャクリーヌたち三人、リーラー、スー、くーりゃん)。
先ほど調べた時に判明した魔力反応の数は電電たちを含めて八人。
残りの二人のうちの誰かがこの「魔法の」魔法の端末を作る魔法を発動している、というのが考える限りの可能性だ。
そのあたりは電電もすでに織り込み済みだろう。
今パルメラたちに必要なのはその更に先。当初の目的通りどうやって犯人の正体を特定するか。それ以外にはない。

例えば、と知恵を絞ってみる。
「魔法の」魔法の端末を作っている人物が魔法少女もしくははぐれ魔法少女なら、彼女の持っている魔法の端末は本物だろう。
つまり今やったように魔法の端末を取り上げて調べていけば魔法少女に潜伏していても見つけることは可能だ。
いわんや魔法使いをや、というやつで。魔法使いならば魔法の端末を所持せずに魔法の行使を行っているのだから判別は可能だ。
だから、虱潰しで魔力反応を追って一人ずつ襲撃するという方法もあるが。

「そう、犯人の特定。でも、この段階になるともうふらふら探し回るようなことはできないんだよねえ」

つらつらとパルメラの推理を辿るように四人の魔法少女に話したあと、ソファで横になっているくーりゃんに魔法の端末をパスして電電はそう続けた。

「スーちゃんたちは知らないと思うけど、さっきあたしら全力で殺されかけてね。
 だから事件を解決したい、犯人を捕まえたいでぞろぞろ歩き回ってて、はい殺されました!もあり得る。
 それじゃ、さすがに洒落になんないでしょ」

確かに、JJジャクリーヌとの接触の際の襲撃は、「可能な限り確実に殺す」という意思を感じた。
こちらの突入を察していると思わしき節もあった。行動に出る際には十分に注意が必要だ。
状況での優位は常に相手にある。こちらが何か行動を起こしても先回りされる可能性は十分に考えられる。
それがあのジャクリーヌたちとの交渉の際に降り注いだ落石や、あるいはそれを超える攻撃だったら目も当てられない結果になるだろう。

色濃くなった死の臭いに、スーが息をのむ。
不思議と、マリンライムの顔色は変わっていなかった。記憶を失っても体は昔のことを覚えているのかもしれない。


243 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:41:10 hr0K2OkM0


「ところでスーちゃん。それ、読ませてもらってもいいかな?」
「……あ、はい、どうぞ」

電電が横になったまま器用にスーからアルバムを受け取り、横になったままぺらぺらと読み始める。
そして、何かを確認し終わったらしく、鼻息すら当たりそうな距離でアルバムを読みながらこう答えた。

「スーちゃん。魔法の国を目指した魔法少女ちゃんは、心臓麻痺じゃなくて別の死因だったんだってね?」
「はい……あの、山の中で」
「あー、いい、いい。しゃべるのはつらいでしょ。心臓麻痺じゃないってわかればそれでオッケー。
 つまりだよ。『好き勝手には強権を発動できない』と判明してるわけ。たぶんだけども、本人が追っかけてなんかやって殺すんだろうねえ」

この町の試験は「森の音楽家の試験」をさまざまな面を模倣している。殺し合いという大概の部分だけでなく、システムという面でも一緒だ。
マジカルキャンディーが最少のものは心臓麻痺で脱落する、というのもまた「森の音楽家の試験」の踏襲というべき部分だ。
だが、「森の音楽家の試験」という踏襲元があったがために、模倣が完璧だったがために起きた、相手側にとっては頭の痛いイレギュラーが発生してしまっているのかもしれない。
一週目の被害者は心臓麻痺という以上「市外に逃げた人物を心臓麻痺にはできない」。いや、「正規の心臓麻痺の発動以外に強権が対応していない」とでも言うべきか。
もし、好き勝手に心臓麻痺にできたならば、パルメラたちと再開というこの状況になった段階でスーたちは殺されていたのかもしれない。
遅まきながらその可能性にたどり着いたパルメラは、胃が渦巻くような不快感を覚えた。
確認がてらで突入したが、一つ掛け違えていれば大惨事だった、というのは気分のいいものではない。

閑話休題。
そのイレギュラーを知ってか知らずか虚を突こうとした魔法少女が居た。二週目の脱落者、みっちぃだ。
その時点で犯人はそのイレギュラーに気づき、しょうがないから追いかけて手ずから殺した、というのが二週目の惨殺体の語る真実なのだろう。
そこで一度推理を振り返り、ある一つの光明が差していることに気づく。

「だったら、相手の対応できない人数で逃げるのって実はいけちゃう!?」

このりんかい公園から数キロも走ればそこは市外だ。魔法少女の足で全力で駆ければ最寄りの魔法の国への入り口にも朝を待たずにたどり着ける。
さらに、警戒すべき「惨殺体作りの魔法少女」が追いかけてきたとしても、人数で優っていればやりようはある。
ならば徒党を組んで逃げる、というのは現実的な手かもしれない。
パルメラの言葉に、沈みかけていたスーの顔色が少し明るくなった。だが、続く電電の言葉が、彼女の顔にまた影を差す。

「おお、いいねえ。ただ、そこでちょいと問題が。なにかわかるかね」


244 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:42:32 hr0K2OkM0


誰も答えない。ただ、ぺらぺらという電電のアルバムをめくる音だけが間を埋めている。

「……ねえ、これ……魔法の端末が、魔法少女の魔法で作られてるんだとしたら、もしかして相手は一方的にこれを消せるわけ?」

沈黙を破ったのはくーりゃんだった。
聞いていたのいないか分からない眠たそうな目をこすりながら半身を起こして、返ってきた魔法の端末を覗きながら呟くように口にする。

「ほう、いいとこに気づいたね」
「はは。まあ、私の魔法もそんなもんだしね」
「そうだね、そこが問題なんだ」

寝そべっていた電電がようやく体を起こし、まるで水戸黄門の紋所のように皆に向けて魔法の端末を突き出す。これはリーラーの魔法の端末だ。

「こっちが結託して逃げたとしれば、あっちも危機を察知して尻尾撒いて逃げ出すわね。そりゃあね。
 で、どっか逃げて、またなんか同じような事件を起こす。今度は今回の反省を活かして、こっちに気づかれないようにするだろうね。
 そんだけじゃない。たぶん、証拠は綺麗サッパリ消していくさ。この町の魔法少女たち、関係者を含めて。
 こっちの情報の裏づけになるものはこの『魔法の』魔法の端末ただひとつ。でも、犯人が魔法が解けばそれはぽんと消えて、今回の件はすべて闇の中。
 スーちゃんやくーちゃんを魔法の国に連れ帰ってかくまっても、相手がやーめたと思った瞬間『魔法少女だった事実』自体が握りつぶされる。っと」

言い切って、魔法の端末を投げる。くるくるきらきら宙を舞ったハートマークがパルメラの胸に届く。
受け取ったリーラーの「魔法の」魔法の端末は、なんだか本物よりも冷たい気がした。

「そうなると困るのはあたしたち。帰ったところで数日か、数週間か、集団催眠や記憶改竄や情報操作である可能性を潰すための調査を受けてそっからようやく今回の件の報告と対策会議。
 まあ、そんだけ期間が開けば、犯人さんもとんとんずらのとんずらずらってことだねえ。
 犯人さんはその間に別の地区で今回の反省を踏まえてもっと綿密な計画、周到な準備で殺し合いを行う」

本当によく考えられた計画だ、と膝を打ちたくなる。つまり相手からすれば、こちらの介入すらも無効化する手段を用意してあるわけだ。

「んで、ここまで来て……さてこれからどうしようね、ってなるわけ」

状況確認は終わった、とばかりに電電が呟く。
ひょっとしたら、パルメラが犯人の影形をどう判別するかを考えていた時から、電電はこの辺りまで思考を整理していたのかもしれない。
「どうしようか」という問いに対して、パルメラはまず電電の出す答えをただ待つことにした。
パルメラは知略の面では電電から一歩も二歩も劣っている。彼女以上の妙案を閃くことはまずないだろう。
それに、今回の事件についての責任を負うのは電電だ。どんな選択にしろ傷を受けるのは電電である以上、彼女が納得して選ぶ必要がある。
もちろん友として伝えておきたい言葉はあるが、それは彼女の作戦を聞いてからでも遅くはない。
電電はぱらぱらとアルバムをめくりながら、まるで自分に言い聞かせるように語りだした。

「まとめるとさ。今回の問題についてあたしたちが望まれてるのは、なんにせよやっぱり『犯人の特定』なんだ。
 犯人が再犯できないように姿形を捉えなきゃ、被害者はこれからも増え続けるし……手前勝手だけど、これを見過ごせば管理部門の一大事に発展しかねない。あたしとしてはそれは避けたい」

電電のアルバムをめくる手がどんどん早くなる。
時々止まって、またさっさとめくって。何かを探しているのか、手慰みなのか。それとも、不安な心をページの間に挟み込んで、隠してしまおうとしているのか。

「だからといって情報を握ったまま逃げれば、さっき言った通り負け寄りの痛み分け。ただ、無闇矢鱈のめったらに突っ込めば相手の思うつぼ。
 だったら、この切羽詰った状況で、なんとかしてこっちが姿形をはっきりと特定して奇襲をかける必要がある。
 幸い、相手はまだ油断しきってる。あたしたちが乗り込んできたのに悠長に試験を続けてるのがなによりの証拠だ。
 ……さてそこで、パルメに一つお仕事を頼みたい」

アルバムをめくる音がぴたとやみ、アルバムの世界から電電が帰ってくる。
パルメラの方を振り向いた電電の眼鏡の奥の瞳は、柔らかく垂れ下がっていた。


245 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:45:18 hr0K2OkM0


「あたしたちはなんとか奇襲をかけたい。奇襲をかけるにあたって……パルメにはJJジャックリーヌちゃんを探して来てほしい」

電電の口から出てきたのは、彼女自身はまだ直接言葉を交わしたこともない少女の名前。
しかし電電は、その名を出すのを一切躊躇していないように見えた。

「なんで?」
「この日記を読む限りジャクリーヌちゃんはさ、『指定した人物を見つけ出す』魔法なんだってさ。
 その能力のほどは追跡されたあたしたちもよく知ってる。こっちがどんだけ逃げても蛇みたいににょろにょろ追ってきたもんね。
 だとすると……」
「パルメたちを探した要領で「魔法の」魔法の端末を作った人物を探せば、一発で犯人の居場所を特定できる?」

電電はわが意を得たりと言う様に、そのとおりと小さな声で肯定してまたへにゃりと笑った。
スーのアルバムが思い出の共有であり、その情報に偽りが挟めないというならば、そこに載っているジャクリーヌの魔法についても真実が記されているだろう。
それを読んで電電がジャクリーヌの能力についてそう判断した、ということはこれはかなり信憑性の高い情報といえる。
くーりゃんが小さくなるほどと呟いたあたりからも、その情報に誤りがある可能性は低いだろう。

「ンジンガちゃんじゃざっくりとしかわからないけど、ジャックリーヌちゃんなら一発で特定できる。彼女の存在こそがあたしたちの『犯人特定』の肝だ。
 パルメに迎えに行ってもらうのは、こっちで唯一ジャックリーヌちゃんと言葉を交わしてるから。なまじあたしたちが行くよりも相手は警戒を解きやすいだろうし。
 以後はジャックリーヌちゃんから魔法のチェス盤を借りてパルメは助っ人ちゃんと犯人の追跡。
 相手の姿が確認できたなら街の魔法少女ちゃんたちはその間に市街地から脱出と相成ります。どうすかね、この作戦で」
「もし途中でこの作戦がばれて魔法を解除されたら? 犯人さんだって、魔法少女たちの魔法について何も知らないわけじゃないでしょ?」
「そこんところはご安心、二の矢は用意してあるさ。魔力の反応が一人まで減るんだから、魔法を解除したらンジンガちゃんの魔法一つで奇襲が可能になる。
 相手が魔法少女だった場合変身を解かれると厄介だけど……ンジンガちゃんの魔法で事前にだいたいの場所が絞り込めてて、更にそこに三の矢である『助っ人ちゃん』が到着すれば勝負はつく」


246 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:45:29 hr0K2OkM0


「……なるほどねえ」

聞いた限りではいい作戦のように思える。
どのタイミングでこの作戦に気づかれたとしても、二の矢がある限りこちらの奇襲の手はやまない。
奇襲に感づき変身を解いたとすれば相手の機動力は一気に下がる。そこに「助っ人ちゃん」が到着し彼女の魔法で「困った声」を聴いて居場所を割り出せば魔法少女である時以上に容易に鎮圧が可能。
まるで詰将棋でも見てるような、数手先までしっかり組まれた作戦だ。パルメラでは逆立ちしたって思いつきそうにない。
不安がないわけではない。ジャクリーヌの存在が不可欠である以上、彼女が殺害されてしまえば一気にこの計画はご破算となる。
だが、先に確認した際、ジャクリーヌ一行と思われる魔力反応は存在していた。
三人が揃って逃げているならば不覚を取る可能性は少ないだろうし、ジャクリーヌや婦警の魔法少女の魔法は守る方でこそ輝く。彼女らが守りに徹したならばおいそれとは命を奪われることはないだろう。

「もちろん、リスクはある。犯人くんもバカじゃないから応戦してくるだろうさ。
 でも、ジャックリーヌちゃんが無事なら、落石から逃げて、一息ついて、それからパルメを探しているって可能性はなきにしもあらず。
 ジャックリーヌちゃんたちとこっちの動きがうまくはまれば、犯人を大きく出し抜くことができる」

電電の眼鏡の奥で細められた瞳が、いつもと違って不敵な笑みを浮かべていた。
彼女が人を食ったような笑みをするのはかなりの自信があるという表れ。つまり彼女的にはこの作戦にかなり自信があるということだろう。

「そんな感じで、あたしたちは相手がまだ油断しきってる間に姿形をはっきりと特定し奇襲を仕掛ける。魔法少女ならパルメが一発ガツンとぶちかまし、それ以外なら情報をそろえて助っ人ちゃんが到着次第鎮圧。
 助っ人ちゃん、ああ見えてそーとーロックな反骨精神の塊だから、たぶん犯人判明したら聞く耳持たずに飛びかかるだろうし、そこは彼女にお任せでこっちはてけとうに手伝えばいい。後で彼女のフォローするのは当然としてね。
 うまいこといけば、明日の朝には足を伸ばして風呂に入れる。特別報酬で買ったお酒のおまけつき」

へらりと笑った顔からは、その言葉が冗談なのか本気なのかを掴むことはできない。
だが、電灯に照らされたその顔には少しだけ活力が戻っているように見えた。

「ということで、ジャックリーヌちゃんの回収、頼めるかい」
「うん、まっかせて!」


247 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:46:44 hr0K2OkM0




「メンバー分けなんだけど、今回の活動で重要なのは二人。
 一人は言わずもがなのパルメ。んでもう一人が、こっち側で唯一他の人が居る場所を探せるンジンガちゃん。
 ただ、二人を同行させるのはあんまよくないよねえ。その辺通話の方が便利いいっしょ?」

電電の言わんとせんことは理解できる。
ンジンガは魔法を使う少女だが魔法少女ではない。身体能力に対しては魔法少女の足元にも及ばない、というのはこれまでの数時間ではっきりしている。
必然、ンジンガをつれまわすとなると行動に制限が加わる。追うにしろ、逃げるにしろ、一定の注意をンジンガに配り続ければやりにくくなる。
事は一刻を争う。敵よりも先にジャクリーヌを確保しなければ作戦の立て直しを余儀なくされる。
ならばフットワークは軽ければ軽い方が、スピードは速ければ速い方がいい。

「そうだねぇ。パルメとあたしを出撃隊・防衛隊のリーダーとして……ンジンガちゃんは防衛側。
 出来ればマリンちゃんには残っといてほしいんだよね、ほら、あたし魔法の端末落としちゃったから」

通信ができる魔法の端末は現在二組。一組はパルメラのものとマリンライムのもの。もう一組はスー・リーラー・くーりゃんのもの。
「魔法の」魔法の端末と通常の魔法の端末では通話ができない以上、どちらか一組を分断する必要がある。
それならば当然、前線を駆けまわるパルメラがもともと持っている魔法の端末を使えれば……
そこでパルメラははた、とある組み合わせについて閃き、伝えてみた。

「ねえ電電。出撃メンバー、パルメ一人でいーんじゃない?」

電電も、マリンライムも、スーも。作戦をちゃんと理解していた魔法少女は一様にやや驚いたような顔をしていた。だが否定はこない。それもそのはず、この組み分けは存外悪い手ではないはずだ。
電電、マリンライムは戦闘能力的に劣っている。街の魔法少女を守りながら戦うとなれば必然ハンデは大きくなる。
しかし、多勢に無勢という言葉もある。犯人が何人で追ってこようが人数が多ければそれだけでたたらを踏んでくれるかもしれない。
ならばできるだけ大団体でここに居を構え、逃げるにしろ守るにしろ最大戦力で行えるようにしておく、というのは悪い判断ではないだろう。
対してパルメラは、できるだけ迅速にことを運ぶ必要がある。ンジンガは論外として、スペックが本物の魔法少女よりやや劣っている街の魔法少女を連れて回るのも少し心許ない。
さらにパルメラが全力で戦えば周囲への影響も大きい。誰かを連れて回っていれば必然同行者への被害も注意しなければならなくなる。
戦闘に備えなければならないのにあれこれ余計なことを考えるのははっきり言って面倒くさい。
それならいっそ、ぱぱっとパルメラ一人で飛び回ってはどうだろうか。
単純で分かりやすい。性に合っている。
相手がどんな技を使ってきたとしてもパルメラ一人ならば大体のことには対処ができるだろうし、残った防衛隊も拠点と人数が確保できていれば対処はたやすくなる。
実利にかなった戦法だと、少なくともパルメラには思える。

「ほうほう、やる気ですな」
「そういう時のための『愛の申し子』パルメラピルスちゃんでしょ?」
「そうだね……あー、でも、大丈夫?」
「それはこっちのセリフ! ……ねえ、電電。なにかあったら、パルメのことも、あとのことも考えないでいいから、逃げちゃうんだよ」

電電は単独行動にやや思うところがあるのだろうが、パルメラは大丈夫だ。仕込みが違うから襲われても大きく不覚を取ることはないという自負がある。
だが、防衛組はいわゆる「戦わない魔法少女」が多い。
相手の魔法の概要は「『魔法の』魔法の端末を作り出す」というもので、嗜虐性は「逃げた者の内臓をぶちまける」というもの。
魔法の全貌がまだまだつかめないが、おそらく抗戦したであろう魔法少女・みっちぃの腹を捌いて中身を引きずり出す程度には戦闘に長けている。不意を突かれれば殺されてしまってもおかしくない。


248 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:47:15 hr0K2OkM0


電電の言うように今回の事態は重大事件の前触れだ。命を賭けるべき案件だ。だが、命を賭けた結果全員死にました。ではどうしようもない。
電電は撤退を「負け寄りの痛み分け」と言った、痛み分けということは確かに相手に傷は与えているということだ。
進退窮まったならば痛み分けで構わない、何もなせずに死ぬよりは何かをなすために生きる道を選んでほしい。
それは魔法の国のためにもなるだろうし、管理部門のためにもなるだろうし。なにより、パルメラが電電に死んでほしくない。
パルメラはリーダーである電電に逆らうつもりはないし、自分が死ぬつもりもさらさらない。
ただ、電電が自分自身の作戦に追い詰められて殺されてしまわぬように進言だけは残しておく。
いざとなれば、パルメラも一緒に責任を負えるように、パルメラからの進言という形で痛み分けの道を残しておく。

「はは、そうならないことを願っとくよ」
「少し経ったら、そっちの子も起こすといいよ。性格はどうあれ、戦闘向きの魔法持ってるし。
 あ、でも、不審な動きを見せたらいけないから身動き封じる準備は忘れないでね♪」

投げて渡されたハートを、電電に返す。受け取りながら、不穏だねえと電電が笑う。
パルメラもころころと鈴を転がすようなかわいらしい声で笑う。
魔法少女は、前向きに生きろと使命付けられているかのようにメンタルが頑強だ。
ことここに至れば、電電もパルメも数分前に抱えていた不安の大半は吹き飛んでいた。
電電が傍で舟をこいでいたンジンガの手を引いて立ち上がらせる。ンジンガはまだ作戦についての理解が及んでいないらしく、目を瞬かせている。

「ンジンガちゃん、魔力探知、お願いできる?」
「……」

寝ぼけているのか。ンジンガは珍しく二つ返事ではなく、間を持って、電電とパルメラを交互に見つめ。

「パルメ」

電電の手を払ってとことこと歩き、パルメラに抱き着いてきた。
やや面食らうが、どことなく不穏な空気だけは察していたのかもしれない。
パルメラは彼女の体を受け止めて、優しく背を撫でながら、声もまた優しく、可愛いわが子を寝かしつける母のように言い聞かせた。

「パルメは大丈夫だよ。なんたって、世界一強くて、優しくて、可愛いからね」
「行く、の?」
「うん。パルメは行くの」
「……ンジンガ、行く?」
「ンジンガちゃんはここで電電のお手伝いしてて。そうしてくれると、パルメはきっとすぐに帰ってくるから」

ンジンガは少し寂しそうな眼でパルメラを見つめた後、不承不承というような振る舞いで離れていった。
数時間のうちによくここまで好かれてしまったものだと思う。
しかし、これもまた、パルメラのアイドルとしての魅力が完成に近づいている証拠なのかもしれない。
ンジンガが儀式に入ったのを確認した電電が、少しシンミリとしていたムードを破った。

「別れに言葉は尽きないが……パルメ、さっきのンジンガちゃんの魔法の内容は覚えてるね?」
「さっき、っていうと……合流前? えっと、北に三人、南西に三人だっけ。でもこれ、少し古いよね?」
「ことは一刻を争う。今回の魔法の結果を待たずに先に走り出してて頂戴。
 新しい位置情報については今から定期的にンジンガちゃんに調べてもらって、逐次電話で指示出すから。
 大体の位置しか分かんないのはご愛嬌として、有り余る体力を振り絞ってジャックリーヌちゃんの回収お願い」
「よっしゃあ! それじゃあ行っちゃうよ! 電電!」
「おいよ!」

ぱちんと一回、ハイタッチを交わし。
そのまま魔法少女としての脚力で公園のフェンスを飛び越えて木々の間を駆ける。
「よっしゃあ」は可愛くないかななんて考えているうちに、公園はすでに木々の向こうに隠れてしまった。
雑木林を抜けた先に魔法少女の疾走を遮るものはない。
跳ねる足取りは軽い。風は優しい。空に浮かんだ月さえも、駆け抜けるパルメラに見惚れているように思えた。


249 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:47:37 hr0K2OkM0



☆くーりゃん


事態はくーりゃんが思っていた以上に、とても深刻なようだ。
まずこの試験について。この試験は魔法の国のあずかり知らぬ部分で行われている、いわゆる非認可の試験らしい。
電電やパルメラの言葉をくーりゃんなりに解釈するならば、「殺し合いをさせたいから人を集めて殺しあわせている」のだとか。
怒りを露わにするよりもまず呆れた。くーりゃんはそういう人間だ。
結局犯人とやらが何がしたいのかは分からないが、実際この迷惑さのスケールはもう呆れるしか無いだろう。

これからの行動については、パルメラのみが別行動しJJジャクリーヌを探すという手はずになった。
確かに、ジャクリーヌの魔法ならば彼女たちの言う犯人もさっさと見つけられるだろう。
ジャクリーヌは善意の塊みたいな魔法少女だし、断ることはない。たぶん。
聞けばジャクリーヌの魔法が無効化された際の手もあらかじめ用意してあるとか。
身を隠すもの、探すもの、どちらもなんとも活力的だ。正直よそでやってほしい。

ただ、そんな作戦会議の中で、くーりゃんにはひとつだけ気になることがあった。
気になる心に引っ張られて魔法の端末を確認する。魔法の端末は特に変わった様子はなくいつも通り時刻を示している。二十一時はとっくに回ってしまっていた。
いつもと変わりない画面を確認して、ため息を一つ。またソファーに背を預ける。
そう、いつもと変わりない。おかしなことに。
魔法の国の魔法少女たちと接触を始めてからかなりの時間が経過しているが、特になにかが起こる様子はない。
あの神出鬼没なファヴがくーりゃんたちの接触を黙って見逃している理由が分からない。
こちら側の行動に気付いていないのか。予期せぬ魔法の国の魔法少女の侵入で慌てて確認を怠っているのか。
それともまさか、この密談も気付かれその上で見逃されているのか。

「は、ないか。さすがに」

追い返せと言ったんだ。見逃すわけがない。
きっとファヴも今頃情報操作に文字通り飛び回っているんだろう。いい気味だ。そのまま過労で死んじまえ。
見逃すといえば、とちらりと電電の方を見る。
情報交換の際、ついに電電は一度もファヴについては触れなかった。
魔法の端末について調べていたり、スーの記憶を覗いていたりと情報収集に余念のなかった彼女が、ファヴについて見落とすはずがない。
ひょっとしたら、ファヴを問題視する方がおかしいのだろうか。
もしかしたら彼(彼女?)自身は本当に何の力も持たないマスコットキャラクターでしかないのだろうか。
心臓麻痺に関する強権を持つのは「犯人」であり、ファヴは単なる司会進行役なのかもしれない。
切れ者風の魔法の国の魔法少女電電やパルメラ、それにスーたちがそのことを話題に上げないということは、くーりゃんの知らないところですでに解決している気にするだけ無駄ってこともあり得る。

くーりゃんはあくびをして、ごろんと横になる。
九十度倒れた視界の向こうで、横たわっていた女性がぽかんとした顔でこちらを見ていた。

「起きた」
「え、ええ。はい」
「はじめましてだっけ」
「えー……チャットでアバターを見たことが……生き残りの、『くーりゃん』さんですっけ」
「そ。よろしくね」

起きた女性に電電が二言三言言葉をかけて魔法の端末を渡すと、女性はあぶなっかしげに受け取ってそのまま変身した。
網目模様と縞模様の服。くーりゃんにも見覚えがある。彼女はリーラーと言ったはずだ。


250 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/05/30(月) 06:49:30 hr0K2OkM0
投下終了です。
またゆっくり進めていくのでよろしくお願いします。

投下ついでに

○アンナ・ケージ
○†闇皇刹那†

予約します。
予約に変更がある場合は事前連絡ができるように努力します。


251 : 名無しさん :2016/06/05(日) 12:05:29 2jzklHl20
投下乙です
再開ウレシイです
事態が良い方向に動いているように見えるのが逆にコワイというのが魔法少女育成計画流、といったところでしょうか
次回も楽しみに待ってます


252 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:30:19 Mreyw4g60
感想ありがとうございます。
延長の頻度などは増えると思いますがよろしくお願いします。

○アンナ・ケージ
○†闇皇刹那†

投下します。


253 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:30:32 Mreyw4g60


☆†闇皇刹那†


最初はセンチメンタルになってしまった気分を少し晴らしたい、程度の、†闇皇刹那†らしくない目を泳がせていただけだ。
だが、その異物を見つけた瞬間、刹那の回路はすぐに切り替わった。
川底を淡い光が泳ぎ、上流に向かって登っていく。それも結構なスピードで。
夜目が効く刹那だからこそその小さな光を見逃さなかった。
欄干から身を乗り出してその正体を正そうと目を凝らす。
しかし、河の底付近を這うように移動しているのか、さしもの刹那でも片目では捉えきれない。
アンナがこっちを見ていないことを確認し、こっそりと眼帯を持ち上げて両目で確認する。
よりクリアになった視界で捉えた光は、点滅する淡い緑色だった。
更に目を凝らす。緑色の光が照らしている輪郭は、ハートの形をしていた。
目が慣れてくると更に細部まで見えてくる。ハートの形の珍しい魚は、尾ひれのように板を引きながら泳いでいた。
すぐそばには水をかき分けているスクリューのようなものも見える。どうもあれを原動力に川の流れに逆らっているらしい。
見覚えのあるフォルムの魚はぐんぐんと昇っていく。数分も経てば見えなくなってしまうだろう。
そんなよくわからない状況をぼんやりと眺めていると、不意に天啓のように一つの答えが頭の中に落ちてきた。
刹那はこんな状況を作り出せるかもしれない魔法少女を一人だけ知っている。その魔法少女との接触を図るということの重要さも理解している。
その答えに至った刹那は、心を覆っていた暗雲をやすやすと振り切って動き出した。

「アンナ、おい、アンナ」

眼帯を下して振り返り、アンナ・ケージに声をかける。
アンナも魔法少女、さすがに精神にある程度の整理をつけられたらしく涙は止まっていたが、それでもまだ身を縮めて隠れるように座り込んでいた。

「見えるか。この闇夜の中、川の波間を縫うように光り輝く魚が昇っていくぞ。
 おかしな魚だ。鰭も鰓もないくせに、器用に泳いでいやがる」
「魚、ですか」
「ああ、魚だ。ほら、あそこだ。今日はどうにも、闇の深さに惹かれてきたのか……平生以上の不可思議な事態が俺に寄ってくる」

アンナを引きずり上げて欄干のそばまで引き寄せ、刹那らしい動作で川の方を指さす。
アンナはしばし川面を睨んだ後、涙の跡がまだ鮮やかに残っている顔で刹那の方を見返してきた。

「私には見えませんけど……」
「そうか……そうだろうな。まあ、お前の瞳をごまかせたとしても、俺のこの闇を司る瞳を騙し抜くことは不可能ということだ」

刹那だってそもそもアンナに見えるとは思っていない。刹那が両目でぎりぎり見える程度なのだから、ほかの魔法少女であれを見ることができるのはまじよから聞いたリーラーくらいだろう。
それでも刹那がアンナを呼んだ理由は他ならない。

「俺は今から、あの魚を捕らえてこようと思う」

アンナは目を丸くしていた。アンナの表情に疎い刹那でも、驚いているのは簡単に分かった。


254 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:30:49 Mreyw4g60


「いきなり何言ってるんですか。今の状況わかってないんですか!?」
「分かっている。あの薔薇塗れの音楽家の脅威は去っていない。俺たちはまだ戦火の中だ。誰かが俺達の背中を狙っている、なんてのは容易に考えられる」
「だったら、なんで……」
「だからこそだよ」

そこまで言葉を交わし、流石の刹那もアンナが露骨に嫌がっていることに気が付いた。
そして遅まきながらに思い出した。目の前にいるのはアンナ・ケージであってまじよではない、ということを。
まじよは言葉の裏を読むのが上手かった。刹那がどんな言い回しをしてもニュアンスで内容をくみ取って返答をくれた。
だが、付き合いの短いアンナに刹那特有の言い回しが理解できるはずがない。アンナはもしかしたら「刹那が本当に珍しい魚を見つけて飛び込もうとしている」と思っているのかもしれない。
そもそも、クラムベリーとの開戦の際にも同じミスを犯している。そこを忘れてまた失敗しそうになる、というのは流石の刹那も自省を禁じ得ない。
襟を持ち上げ、ため息をつく。そして、言葉を選びながら詳細の説明を行う。

「成程な。ようやく得心した。魚なんて遠回りな言い方をしては闇の言霊(スペル)に精通せぬ貴様では理解も及ぶはずもなく……
 ……なんだ、まあ、言い方が悪かった。川を泳いでいるのは魔法の端末だ。魔法の端末が上流めがけて泳いでいるんだ」

刹那流の言葉選びではなく、事実を事実のまま、わかりやすく。
なんとも†闇皇刹那†らしくないが、アンナはようやく刹那の言葉の重大さに気づいてくれたらしく、ハッと顔を上げて先ほどの刹那と同じように欄干から身を乗り出した。

「俺は魔法の端末が上流に向かって移動している、というのがどうにも気にかかる。魔法の端末にそんな機能がない以上、それができるのは『機械を自由に操れる魔法少女』だけだろう」
「それって、私たちが追っていた車の?」
「ではないか、と俺は考える。どういう意図かはわからんが、危険を冒して掬い上げる価値は十分にありそうだろう」
「……だったら、最初からそう言ってください」

アンナは、やや肩の力が抜けたようだった。
一言謝り、もう一度目を光る魚―――魔法の端末の方へ向ける。依然、川上へと昇り続けており、そろそろ追わなければ手遅れになるかもしれない。
刹那の直感は、あれは逃してはいけないものだと断じている。
あの森の音楽家に追われている状況で、本当ならば体力が回復し次第この場を(出来るならこの街を)離れなければならないのだろう。
だが、事が一刻を争う以上、これ以上たたらを踏んではいられない。
刹那は直情的なたちだ。あれこれ考えるのが苦手でついつい気分で動いてしまう。だから、当然のように最初に思いついた「あの魔法の端末を入手する」道を選んだ。
まじよが聞けば「それもまた魔法少女かもしれないけれど、刹那はもう少し理屈の方を詰めるべきだと私は思うよ」と苦笑いするのが浮かぶようで。
もし次に何かを決めることがあるなら、もう少し理屈で動いてみようと心の中で誓った。


255 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:31:05 Mreyw4g60


光源から目を切らずに少し体をほぐす。
本当は少しでも泳ぎやすいよう服も脱ぎたいが、コート含めての†闇皇刹那†なので脱ぐのは論外。
ただ、コートのアクセサリーのうち小さな牙をあしらったシルバーアクセサリーを外してアンナに渡す。

「もしも誰かが近寄ってきたら、これを投げて逃げてくれ」

逃げるということに少し気が引けたのかアンナは何かを言おうとしたが、その言葉が紡がれることはなかった。
だからアンナの代わりに刹那が一言。

「くつくつくつ。心配は無用だ。俺はあの音楽家の能力の全貌を解明し終えている。
 仮に奴が追って来たとしても次はみすみす負けまいよ」

強がりだ。あのクラムベリーともう一度当たれば、傍にアンナが居ようと顔面がコンクリートと一体化するまで殴られて終わりだ。
アンナは納得したのか、シルバーアクセサリーを受け取って。

「ケガの方は、大丈夫なんですか」
「くつくつ、なあに俺にとってこの程度、掠り傷さ」

実際は刺し傷と打撲等だが、動作にはまだ問題ない。人間の体ではないから傷口が川の水に触れても感染症の心配はないだろう。


256 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:31:20 Mreyw4g60


言葉を交え終えると同時に、欄干を飛び込み台代わりに水面へ向かって宙を舞う。
数メートルの飛翔の後に着水し、そのまま手足を動かして潜水する。
水の中に入ってしまえば、今度は眼帯を上げて両目で見るまでもなく魚の正体が見て取れた。
やはり刹那が橋の上から見た通り、魔法の端末がなにかを引きずり、なにかに引きずられながら上流に向かっている。

魔法少女の力を使って水を掻き、水を蹴り、ぐんぐんと魔法の端末との距離を詰めていく。
更に近づいたことでようやく見慣れないものも視認ができた。
刹那が目にしたスクリューは小さな扇風機、刹那がヒレと呼んだのは魔法の端末と扇風機に刺さった二枚のキーボードだった。
なんともヘンテコな装飾だが、キーボードを重石代わりにしてその場で浮かないように、また扇風機をスクリュー代わりにその場で沈まないようにということだろう。
更に近づき、魔法の端末に手を伸ばす。
扇風機によって発生している推進力で多少の抵抗を身構えたが、驚くほどすんなりと手中に収めることができた。
あまりにあっさりと捕まえられたことに一抹の不安を覚え、引き寄せないまま、同じくらいの速度で横を泳ぎながら実物を改める。

(動きを止めたり、デバイスと魔法の端末を繋ぐコードを抜いたら爆発……なんてことはないといいが)

ゆっくりと端末を傾けて画面を見る。
打ちかけのまま完成していない文章が出ているだけで変わった場所はない。
キーボードはキーの数がかなり少ないし、五十音の代わりに単語が書き込まれたものだが、こういうキーボードがあってもおかしくないだろう。
扇風機は……扇風機だ。刹那の部屋にもある扇風機をかなり小さくしたものだ。

(ともあれ、このまま一緒に泳ぎ続けるわけにもいかないか)

魔法の端末にワイヤーをひっかけ、刹那だけ先に河原まで泳ぐ。
陸に上がると同時に、ワイヤーを釣り上げる。魔法の端末は簡単に引きずり上げることができた。爆発は予兆すら感じられない。
とりあえず一時的な安全は確保できたと判断し、振り返って中州渡橋の方を見上げる。
アンナは不安そうな顔で刹那の方を見つめたままだ。周囲の警戒は怠っていないといいのだが。
アンナに向かってハートの端末を掲げると、アンナは遠めに見ても分かるくらいに大きく頷いた。


257 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:31:46 Mreyw4g60


陸に上がれば、もう魔法少女の独壇場だ。あれこれ考えることもなく、中州渡橋で待つアンナの元へ飛ぶように帰る。
アンナはようやく人心地ついたというように、強張らせていた肩を下した。

「大丈夫でしたか」
「まあな。少し、これの解読を頼んでいいか」
「えっ……はい」

アンナに端末を渡して身だしなみを整える。垂れていた髪をかきあげ、へばりついていた水草を払う。
目線を動かしてアンナが端末に集中しているのを確認し、コートを端から雑巾みたいにぎゅうぎゅうに絞って水を抜く。
コートが水を吸ったままだと重たい。川の水は少し臭うし、体にもぴったりと張り付いて体温が奪われている。
汗をかかない魔法少女にとってこの感覚はとても新鮮で、それでいて思った以上に不快だった。
魔法少女の服はどれだけぞんざいに扱ってもある程度弁えていれば傷つくことはない。これだけ絞っても少し経てば皺一つ残ってないだろう。
しばらく脱水に勤しみ、だいぶ水も抜けたかというところでもう一度アンナの方を向くと、アンナはまだ食い入るように端末をのぞき込んでいた。

「……どうだ、その魚……旨味は……あー、なにか気になる情報は入っていたか?」
「……えっと、どうやらこれ、刹那さんが言ってたみたいに魔法の国の魔法少女の物みたいです」
「その根拠は」
「魔法少女の登録名が街の魔法少女とは違いますし、それに……これです、読んでみてください」

手渡された魔法の端末を受け取ってアンナ同様覗き込む。
刹那が水中で確認したままの文章を写した画面を文頭まで戻してみると、果たしてそれは書きかけのメールだった。
宛先は複数指定されているらしく、最初に宛先に登録されたであろう「ぱるめ」という名前以外は隠れて見えない。
件名は簡素に経過報告とだけ書かれ、逆に本文にはいろいろなことが事細かに書いてあった。
パルメラピルスという魔法少女の車に乗っていたら他人の魔法で襲撃されたということ。
マリンライムとともにその場を逃げ出し、パルメラピルスやンジンガという魔法少女ととはぐれてしまったということ。
電話が通じたためマリンライムとともに二人との合流を目指すということ。
出会った三人のうちに攻撃を行った魔法少女が居ないのではないかという過程を綴る文章の途中でとってつけたように加えられた「子供達」という単語でメールは終わっている。
不思議な終わり方だ。「落石を発生させた行程などは襲撃者の中の交通標識子供達」で終わっている。打ち損じだろうか。
しかし、刹那にとってはそんな終わり方よりもとても引っかかるものがあった。

「……マリンライム、か」
「マリンライム、らしいです」

同じところが気にかかったらしく、刹那が一言零すとアンナもまた同じ名前を繰り返した。
アンナの方を向いて、その疑問をなんと問うべきかと考えてるうちに、またしても事態は急転する。

―――ぴりぴりぴりぴり、ぴりぴりぴりぴり

魔法の端末が、突如鳴り始めたのだ。


258 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:32:35 Mreyw4g60


☆アンナ・ケージ


刹那から魔法の端末を受け取り、アンナがまず確認したのは持ち主の情報だった。
持ち主の名前は電電@電脳姫、性格はおおざっぱ、のんき、無駄口叩き。
魔法は「魔法のデバイスで機械を自由自在に操る」というもので、このUSB式の扇風機や見慣れないキーボードも魔法で呼び出せるデバイスらしい。
持ち主の魔法が危険ではないことを確認して、そろそろと魔法の端末の中の別の情報に目を通す。
どうやら電電という魔法少女は魔法の国との連絡役をやっていたらしく、アンナたちが襲撃を受けた後のことが記してあった。
記していた事実を確認し、もう一度確認したところで刹那から声をかけられた。
刹那に魔法の端末を渡して情報を反芻する。
メールの中では(とてもありがたいことに)あの襲撃の犯人がアンナではない可能性についてが綴ってあった。
あの書きかけのメールを一斉送信すれば、少なくとも魔法の国側に対するアンナの誤解は解けるだろう。
胸をなでおろすとはこのことだった。あのメールさえ送れば、あのアイドル風の魔法少女もアンナを襲うことはないはずだ。
無論、これですべてが終わるわけではない。
例えば、アンナたちがメールを偽造した、なんて言われれば水掛け論になる。
例えば、森の音楽家クラムベリーの名前がない。つまり森の音楽家クラムベリーに関しては全く別の案件として受け止めなければならない。
そう、名前といえば……

「……マリンライム、か」
「マリンライム、らしいです」

丁度、刹那も同じところを疑問に思ったようにその名を口にした。もしかしたら、彼女と意見があったのは初めてかもしれない。
マリンライムについて、アンナの知るところを少し整理していると、そこで突然電電の魔法の端末が着信を告げ始めた。
刹那が魔法の端末をのぞき込み、その目を見開く。
そして少し硬直したのちに、アンナの方に魔法の端末を突き出した。

「アンナ、これをどう思う?」

電電の魔法の端末は、絶えず着信音を鳴らし続けている。着信相手の名前は「魔法少女狩りスノーホワイト」。
「魔法少女狩り」、魔法少女を狩るもの。意図せず脳裏に浮かんだ姿は、二人を殺しにかかってきた森の音楽家クラムベリーのものだった。
あまりにもあまりな名前にアンナが「うっ」と小さくえづくと、刹那は少し笑い、そしていつものように襟を持ち上げた。

「ここまであからさまだと笑えて来るな。この状況で、『魔法少女狩り』ときたもんだ。
 だが、先の文章を綴っていた人物が接触を図っていたとなると……案外、こいつは俺たちの味方なのかもしれん」
「ただ、この端末の持ち主が絶対に信頼できるとは言い切れない。このメール自体、俺たちを釣り出すための罠という可能性もある。
 あの薔薇塗れの音楽家が、俺たちに名前をそのまま伝えてなかった、なんてことも考えられる」


259 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:32:55 Mreyw4g60


刹那が提示したのは最良の可能性と最悪の可能性、その二つ。
アンナがあれこれと説明を付け加えるまでもなく、ハイリスク・ハイリターンの博打目だ。

「どうする、アンナ」

名前を呼ばれて顔を上げれば、琥珀色の瞳と鋲打ちの眼帯が魔法の端末ではなくアンナの方を見つめていた。

「取るべきか、取らざるべきか。どう思う」
「なんで私に?」
「いや、その、なんだ。
 襲撃の直後に冷静に『スーと会うべきだ』と論理づけて選べた貴様なら、気分で選びがちな俺より正しい答えを選べるはずだ。そう思ったんだ」

過大評価だ、と叫びたかった。
この数時間のアンナから見た†闇皇刹那†は、いつだって背筋が凍りそうなくらい冷静で正確だった。それこそ、アンナなんて比べ物にならないほどに。
アイドル風の魔法少女と向き合った時も臆することなく相手にアンナたちの置かれている状況と事実を突きつけた。
森の音楽家クラムベリーと出会った時もいち早く彼女の危機を察知し、アンナを守りながら戦い、彼女の機転で生き延びた。
さっきだって、ジャクリーヌの死から数分と経たずに持ち直し、そのなかでこんなにも事態を好転させて見せた。
まるで、アニメや漫画の中のキャラクターのように、†闇皇刹那†は、アンナがいつかの昔に目指すのをやめた魔法少女のように魔法少女らしく魔法少女をしていた。

アンナからすれば、アンナの浅知恵なんかより刹那の答えの方が信ぴょう性が高く思える。たとえそれが気分で選んだのだとしても、だ。
そもそも、アンナのあの時の決断は我が身可愛さから出たものだ。それを刹那に称賛されてしまうと、罪悪感で心が痛む。
しかし刹那は、ただじっとアンナの答えを待っていた。

「わ、私は」

刹那に任せる、と丸投げできたらどれほど楽だろうか。
しかし、アンナの心の片隅にある良心がその考えを叱責している。
ほぼアンナのせいで体中に傷を負わせ、川にまで飛び込ませ、更にこれ以上刹那にだけ負担をかけることを、アンナの中の小さな正義の味方の心が嫌がっている。
問われたまま、アンナは考える。締め付けられるような胸の内の痛みから逃げるように、必死で頭を回す。
意図せずして、森の音楽家クラムベリーと出会った時に夢想した生還のきっかけをつかむことはできた。
アンナが選ぶべきは「魔法少女狩り」と連絡を取るか、取らないか、その二択だ。襲撃された時よりも選択肢は絞られているが、情報も少ない。

心を圧されて言い返せず言葉を濁していると、ふと着信音が消えた。「魔法少女狩り」が電話を切ったのかもしれない。
だが、それでも刹那の目線はそれない。まっすぐに、アンナの瞳を見つめている。
彼女の琥珀色の瞳は、今もアンナでは導き出せない「魔法少女としての答え」をアンナの瞳の奥に見つめているのかもしれない。

「私は」

魔法の端末の機能を使って「魔法少女狩り」に電話を掛ければ、あちらは必ず電話を取る。接触は今からでも問題なく行える。
今、アンナ・ケージは求められている。
小さな積み重ねではなく、大きな転機の引き金を引くことを。


260 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/06(月) 05:33:27 Mreyw4g60
投下終了です。
投下ついでに

○フィアン
○ファヴ

予約します。


261 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/06/13(月) 05:01:30 dPTd3RD.0
延長します
延長期日内に投下できない可能性もありますが、書きあがり次第投下します


262 : 名無しさん :2016/06/14(火) 21:54:05 gIDZ9GdU0
投下乙です。
予想つかない展開が楽しいわー


263 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/07/15(金) 22:26:20 8XL/.1ok0
月報です
非ほR   13話(+ 2) 14/15 (-0) 93.3


ついでにこの前の予約を際予約します。


264 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/07/22(金) 21:46:43 FQnm7og.0
延長


265 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/15(土) 00:15:43 Sy8KONCA0
お久しぶりです
まほいくアニメも始まったので

○フィアン
○ファヴ

で、久しぶりに再予約します


266 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/15(土) 00:21:33 Sy8KONCA0
あと、公式ファンブックや公式短編、アニメなどで設定がどこどこ増えてるので、もし公式と本企画で矛盾が生まれそれが修復不可能と判断した場合年表エンドとなります。
現時点で「スノーホワイトの教育係はねむりん」という設定が公式と完璧に矛盾してますが、これはコミカライズの設定を使うと明言してますし、アニメでもそれなりに仲良しだったので続行不可能ではないと判断してます。


267 : 名無しさん :2016/10/16(日) 15:48:35 Br4zG9Iw0
おお期待してます。


268 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/21(金) 21:54:08 eER8X7620
予約が久しぶりすぎて予約する時間を間違えてました
早朝予約のつもりで執筆していたので早朝に投下します


269 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:43:42 EcLgk67s0


☆フィアン


自分の目に映るものが信じられなかった。
それでも、そこに居るのは確かに、十年前の十文字純佳だった。
確かに熱を持ち、確かに呼吸をしていて、確かにフィアンを見つめ返してくれる、本物の純佳だった。

「お姉ちゃんはだあれ」

幼い純佳はまだ充血の抜けない目で、じっとフィアンを見つめている。
なんと答えるべきかまよった挙句、フィアンは。

「……お姉ちゃんはね、魔法少女だよ」
「魔法少女なの?」
「そう。魔法少女。秘密だよ」

あの時の出会いはまったく違う。それでも、なんの間違いもない出会いをやり直した。
幼い純佳はきょとんとした顔でフィアンを見つけた後、涙のあとをくしゃりと歪めてとてもうれしそうな顔をした。
十年後の純佳と変わらない素敵な笑顔だった。心にを締めあげる鎖に力が込められる、とても辛い笑顔だった。

純佳が泣き止んだのを確認して、彼女についていくつかの質問をしてみた。
両親について、幼稚園について、彼女の置かれている状況について。
フィアンの知っている限りの彼女についてを問い、そのすべてを記憶と照らし合わせていく。
一言一言が、ありえないはずの真実に確証を与えていく。
あの瞬間、死んだはずの純佳。今もなおフィアンの赤い糸の中で無残な姿で眠っている純佳。
目の前に居る十年前の純佳。遥か昔に通り過ぎたはずの純佳。
二人は同一人物だ。
純佳のことを十年間そばで見続けたフィアンがそういうのだから、どれだけ現実離れしていたとしても、これは間違いがない。

「知り合いだったぽん?」

背後からかけられた耳に刺さるような電子音声。
振り返れば、白黒の球体が、いつものように浮いていた。
寄り添っていた小さく確かな熱が消え、気づけばフィアンはまた、一人ぼっちになっていた。

「あ、あれ、す、純ちゃん……純ちゃん?」

周囲を見渡してみても居ない。あの小さな純佳は、まるで明け方の夢みたいに消えてしまっていた。
屋上にはやっぱり、夢の欠片みたいな砕けた飴がまばらに散らばって光っているだけだった。


270 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:44:55 EcLgk67s0


「あの子は泣き止んだし、帰っちゃったんだと思うぽん。
 フィアンは立派な魔法少女だぽん。マジカルキャンディーをあげるぽん!」

ファヴの言葉と一緒にぴろりんという軽快なマジカルキャンディー獲得音が魔法の端末から発される。
でも、今のフィアンにはそんなことを気にしている余裕はなかった。

「ファヴ!」

掴みかかろうとして、ふわりと避けられる。
勢い余って魔法少女とは思えない無様な格好でコケてしまうが、それでも止まらない。
即座に顔を起こして、今度は問いかける。

「ファヴ、教えて!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるぽん」
「なっ、なんで……なんて、彼女がここにいるのかを、教えて……欲しい、の」

声の大きさを諌められ、言葉が尻すぼみになってしまう。でも、尋ねる内容は変わらない。

「彼女ってのは、さっきの女の子ぽん? あの子、迷子じゃなかったぽん?」

電子音声だというのに、白々しさすら感じる。
それでもフィアンは、なんとか伝えるために口と舌を回した。
きっと今までの人生の中でも五指に入るくらいには、必死で心を伝えようと試みた。

「あれは、純ちゃん、あ、JJジャクリーヌだったの。
 嘘に聞こえるかもしれないけど、今の、十年前の純ちゃん……ジャクリーヌで、なんでかわからないけど、子どものまま、十年前で!」

口から出るのは文脈もなにもあったものではない言葉の山。
まるで蛇口をひねったみたいに、自分の中でも纏めきれなかった情報の波が、口の中から溢れ出す。


271 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:45:28 EcLgk67s0


「フィアン、すっごく単純な質問なんだけど、魔法の国は魔法少女が死んじゃう試験を開くと思うぽん?」

フィアンの問いを聞き終わったファヴの口から飛び出したのは、フィアンの問いにはまったく関係のないもの。
フィアンたちの戦う理由の根源へと投げられた問い。
今までの試験のすべてに対する問い。
何故このタイミングでそんな質問をされたかは分からない。質問の中身も理解できない。
フィアンの答えはイエスだ。当然、開かれたのだからイエスでしかない。
でも、勘の悪いフィアンでもわかる。ファヴのこの問いかけは、『否定』に入るための問いかけのはずだ。

「でも、だって……」
「常識的に考えて、んな非人道的なこと魔法の国がするわけないぽん」

あっさりと、その言葉は口にされた。
戦いの背景が一気に瓦解して、混乱に更に混乱が重なる。
フィアンの脳の処理能力は既に限界を迎えている。出来ることならもう少し簡単に話してほしい。

「確かに試験の特性上過程で死んじゃうことはあるぽん。
 でも、この世からその子が居た事実がまるっと消えてしまうわけじゃないぽん」
「それは、どういう……?」
「魔法の国には、『巻き戻す魔法』が使える魔法少女が居るぽん」

『巻き戻す』魔法少女。オウムのようにくりかえす。
巻き戻すという言葉の意味は理解している。DVDとか、テレビとか、そういうもので使うあれのことだろう。
ならば、巻き戻す魔法というのは。

「わかんないぽん? 勘が鈍いぽん。少しは察して欲しいぽん。
 うーん、じゃあもう一回、実際に見てもらうぽん。たぶんそれが早いぽん」

ファヴがリンプンを巻きながら宙へ飛ぶ。
それはまるで現実を夢に変える雪のように、フィアンの周囲の空間を満たした。


272 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:46:47 EcLgk67s0


「フィアン?」

ファヴと話していたフィアンの後ろ、物陰の方から声が聞こえた。
振り返ってひょっこりと顔を出している女性の顔が目に入る。その顔に、格好に、声に、フィアンは再び心臓を握りしめられる感覚を覚えた。
飴色の髪の毛に色とりどりのメッシュが走った独創的な頭、パティシエ風の衣装をかなり崩した露出の高い衣装に、大きなリスの尻尾。
その派手な見た目を見間違えるはずがない。彼女は『アメリア・アルメリア』。つい一週間前にこのデパートのこの屋上で死んだ魔法少女だ。

「珍しい、フィアンが一人なんて。ジャクリーヌはどうしたの? 喧嘩?」

フィアンの驚愕など露知らず、アメリアだと思わしき魔法少女はのらくらとフィアンの方に寄ってくる。
フィアンは答えることなんて出来ず、喉の奥が優しく締め付けられるような感覚で息苦しくなった。
なんと答えるべきか、なんと尋ねたものかがまったくわからなかったので、手を伸ばしてみた。
アメリアの頬に触れる。その肌は、先ほどの幼少期の純佳と同じく、生命の熱にあふれていた。

「なんだよう。変な奴。お化けでも出たって顔して、ひどいなあ」

お化けじゃないんですか、と聞きたかったが、アメリアにそんな口を聞いたら叩かれるのが分かっていた。
分かっていたから、聞いてみた。

「お化けじゃ、ないんですか」
「おいコラ」

ぺしんと響く小気味よい音。おでこに走る軽い痛み。懐かしい感覚の連続。
もう二度と出会えないと思っていた不器用な優しさの形に、フィアンの頬にはまた知らずのうちに涙が伝っていた。

「え!? ご、ごめん……痛かった? 痛くしたつもりはないんだけどなぁ」
「ち、違……違うんです……私、私」

アメリアだ。間違いなくあの屋上の一件よりもっとずっと前の優しかったアメリアだ。
思わず抱きつき、顔を埋めて泣きじゃくる。
抱きついたアメリアの体はあたたかくて、やわらかくて、上質な砂糖みたいな甘い匂いがした。

「……そっか」

アメリアは何も言わずにフィアンを抱き寄せ、背中を叩く。

「……あたしにはわかんないけど、あんたが泣くってことは、よほどの事があったんだろうね。
 一人でよく頑張ったよ。これからはあたしも居る。だから心配いらない。もう大丈夫! ね?」

涙が服を濡らしていく感触は蒸れるし張り付くし不快だった。
アメリアもなにも言わないけど、きっと不快に違いない。
本当はやめなければならないけど、フィアンは自分で思っていたよりわがままなのかもしれない。
その不快さが朧気な世界の形をくっきりと形付けてくれているようで、フィアンはその不快さがいつまでも消えないように願うしかなかった。


273 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:48:03 EcLgk67s0


「はい、ここまで」

それでも願いはかなわない。
ぽん、と音を立てて世界が弾ける。純佳の時同様、夢から目を覚ます、という感覚が一番近い。
それまであった世界が消えてしまい、本当の世界に引き戻された。
残ったものはなにもない。相変わらず泣きぬれたフィアンだけだ。
でも、その体には、両手には、背中には、アメリアのぬくもりがまだ抜けず残っていた。
自分の体を抱きしめる。アメリアのぬくもりもまた、フィアンの両手をすり抜けてすぐに逃げてしまった。

「どうぽん? 巻き戻す魔法についてわかったぽん?」

ファヴはこともなげな状態でフィアンの前をふらふら飛んでいた。
秘中の秘を晒したというふうにはどうにも見えないその様子が、逆にフィアンに「巻き戻す」という言葉の実感を与えた。

「試験が終了すれば、試験に参加していた魔法少女たち全員の時間が巻き戻されるぽん。
 魔法少女になる寸前まで巻き戻されて、魔法少女についての記憶をだけを忘れ去って半年間タイムスリップして蘇るぽん。
 参加者の周囲の人物は記憶の辻褄が合わせられ、半年間変わらず過ごしていたとおぼろげに覚えてるだけぽん。
 戸籍も元通り、お墓も元通り、学校も元通り、正式な魔法少女になった人の記憶以外の全部がなかったこと……正しくは『何事もなく試験期間が過ぎていた』ことになるぽん」

フィアンはこの短時間で何度脳をぶん殴られればいいのだろう。
確かに巻き戻す魔法なんてものがあるなら、そのくらいは容易いだろう。
記憶改ざんに関しても、魔法少女の発見例に関わるあれこれを自動で曖昧にしている魔法の国なら出来ないことはなさそうだ。
つまり、この仕組まれた戦いもいつかは綺麗に消えてなくなり、いずれ純佳もアメリアもみっちぃも、皆が半年前からそのまま何事もなく生きてた状態で戻ってくる。
涙が出るくらい幸せな結末だった。今ほど魔法の存在に感謝したことはない。

「本題に戻るぽん。
 巻き戻す魔法は強大ぽん。悪い方向に利用すればこの地球の歴史すらひっくり返すことができるぽん。
 だから、その情報は秘中の秘とされて、能力者の居場所なんかもずっと秘匿されてきたぽん」

零れそうになっていた涙がぱっと宙に散った。ファヴは淡々と言葉を続けている。

「でも、今回、その情報が突き止められてしまった、という情報が本国からファヴに通達されたぽん。
 どうやら、試験終了後に巻き戻す魔法を発動するものと判断し、試験終了のタイミングを見計らって襲ってきたようだぽん」
「それが、今日侵入してきた魔法少女……?」
「そういうことぽん」

ようやく話がつながってきた。
今の状況は、鈍なフィアンにもわかりやすいほどに重大な事態だった。
そして、それはきっとフィアンにとって絶対に避けなければいけない悲劇の導入だ。


274 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:48:51 EcLgk67s0


「あの、なんで」
「ぽん?」
「なんで、そのことを、最初に……あ、侵入者が来たときに話さなかったの?」

当然の問いだと思う。
このことを侵入者が来た時点で残った魔法少女全員に話していれば、後の事件なども起こることなく彼女らを追い出すことができただろう。
なのにファヴは今この瞬間までその事実をひた隠しにしていた。
フィアンの問いにファヴはばつが悪そうな(なんとなくそう思える)声で答えた。

「ほんっとうに面倒なんだけど、魔法の国の試験官には守秘義務ってのがあるぽん。
 特に、試験を受けている魔法少女に対しての情報漏洩は絶対にやっちゃいけないんだぽん。
 仮に『死んでも元通り』なんて知っちゃったら、皆真面目にマジカルキャンディー集めるぽん?」
「あ、確かに……」
「もっと言うと、『シンプルに自分以外全員殺せばいい』『被害なんか気にするものか』と判断して街一つぶち壊す魔法少女が出て来るかもしれないぽん」

疲弊したアメリアの顔が浮かんだ。デパートでの一戦、彼女が何を考えていたかはもう分からない。
もしかしたら、彼女も何かがきっかけでそう考えていたのかもしれない。

「見ての通りファヴは電子の妖精だから、自分のプログラムに直接課せられた戒厳令を自分で解くことは不可能ぽん。そうプログラムされてるぽん。
 侵入者が来た瞬間はまだファヴには情報共有の許可が降りてなかったぽん。悔しいけど、マニュアル通りに試験を続行するしかなかったぽん」
「じゃあなんで今、私に……?」
「侵入者側に着いた街の魔法少女が出たぽん。世界転覆に手を貸す魔法少女が増えたぽん。
 魔法の国はその事態を重く見て、街の魔法少女への要請を許可。一時的にファヴのプログラムが書き換えられたぽん。
 そうして、通信履歴や数時間の行動から不可解な点なしと判断出来たフィアンに真っ先に接触を持ったぽん」

ぽん、という可愛らしい語尾が霞んで吹き飛ぶ程の内容がさらりと口にされた。
侵入者側に着いた。つまり、街の魔法少女を殺してでも巻き戻す魔法を手に入れることに加担する魔法少女が出た。
普段のフィアンなら、即座に……とはいかないものの、必ず否定していただろう。
だが、今は出来ない。心当たりが一つある。
アンナ・ケージだ。
理由なく(少なくともフィアンにはそうとしか思えない)ジャクリーヌを、純佳を殺すという奇行に走った魔法少女。
その理由が今、繋がった。拐かされた、誑かされた、試験の真意を理解せず、生存に拘るあまり。


275 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:49:22 EcLgk67s0


「普通に考えれば分かることだけど、『巻き戻す魔法』を侵入者が手に入れたとして、この街の時間を巻き戻すメリットはまったくないぽん。
 強大な魔法の国に中指突き立てるような奴らが、現場で手を貸しただけの半人前魔法少女との約束を守る律儀な奴らかどうかは、ファヴは知らないぽん」

仮に街の魔法少女が侵入者側について「巻き戻す魔法」を手に入れたとしても、
街に突撃をかますような悪い魔法少女だ。約束破りなんてお手の物だろう。
そのことに気づかずに、仲間を手に掛けた。純佳の不意を突いて殺した。
ふつふつと、驚きの奥に隠れていた怒りが再燃してくる。
純佳ならばどうしたか、「巻き戻す魔法」を聞いて他の魔法少女を害してでも奪おうとするだろうか。
答えは否だ。
彼女はそんな魔法があると知っていようと知人を害するなんて出来る女性ではない。
「生き返らせられる」と分かっただけでそんな恐ろしい思考に到れる人間が、あんな寂しい顔で笑って、自殺を選ぶわけがない。

怒りと相反するように脳は冷めて冴え渡り、幾つかの思考がめぐり始める。
アンナ・ケージ以外に裏切った人間は居るか。
一緒に向かった†闇皇刹那†はどうなった。死体は確認していないが生きているのか。
それとも、刹那も裏切っているのか。
まじよはどうだ。刹那と仲がいいが、彼女も信頼に足る人物と言い切れるのか。
侵入者が入ってきてからしばらくの間のまじよの行動を知らない以上、絶対に信頼できるとは言い切れない。
数十分前の自分に手のひらを返すようだが、状況がここまで変わったら、疑わざるを得ない。
他のメンバーはどうだ。純佳ならば「信頼できる」「いまいち信頼できない」を即座に答えてくれるだろうが、フィアンにその知識はない。
敵はどこに居る。
敵は何人居る。
敵はどんな顔をしている。

「フィアン、お願いがあるぽん」

気づけば蹲っていた。きらきら光る飴の残骸から視線を上げれば、いつもと変わらない表情のファヴがそこに居た。

「敵も強者揃い、人数も定かではない。戦って全員追い出して欲しいなんて言わないぽん。
 でも、出来るなら、侵入者をひきつけて時間を稼いでほしいぽん。
 相手が「巻き戻す魔法」にたどり着けない時間を。魔法の国から応援が来るまでの時間を」

ぜんまいが回る。
錆びついていた、「正しい魔法少女」としての歯車が動き出す。
握りしめた左手の拳、小指にはまだ魔法が灯っている。
運命の赤い糸は、まだ、純佳の死体と繋がったままだ。
純佳の死体とだけ、繋がったままだ。


276 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:49:47 EcLgk67s0





フィアンの居なくなった屋上で、まだ白黒の球体は浮かんだままだった。
そして数秒、フィアンが慌ただしく駆けていった方向を見ながらこう言った。

「こいつがいわゆる、おためごかしぽーん」

ややおちゃらけたような語尾。ファヴ的にも機嫌が良くなる程度には会心の出来だったらしい。
説得や懐柔というよりは力技で丸め込んだ、というのが正しい。
少女自身こんな作戦は思い浮かばなかったが、そこは百戦錬磨の試験官として再現されたファヴ。
少女の魔法というウルトラCはあったものの、あれよあれよという間にこちら側寄りの位置に一人を引きずり込んだ。
随分口が回るものだ、と少女が舌を巻いていると、ファヴは振り返って少女にだけ聞こえるような声でこう言った。

「この手が使える試験なんて、そうそうないぽん。
 だいたいは『死人を生き返らせる魔法があるはず』だとか騒ぐ奴が居るからこっちから釘をさすもんだぽん。
 その点、この街は良かったぽん。早い段階で魔法の国へ向かおうとしたみっちぃが死んだことで『魔法の国は助ける気がない』っていう考えが無意識に浸透したみたいだぽん」

予想外な幸運に助けられたといいながら、やや嬉しそうに空中でぽんぽんと言葉を続けている。
なんだか人間臭いその様子が少女にはなんだかおかしく思えて、少しにやけてしまう。

「マスター、設定忘れてないぽん?」
「……うん、大丈夫」

ファヴに言われてもう一度考える。
例えば、森の音楽家クラムベリーをそう使っているようにアメリア・アルメリアを出せばどうなるか。
「巻き戻す魔法」が存在するとフィアンが知った以上、アメリアの目撃例が出ればフィアンは「巻き戻す魔法」がまた発動されたと考えるだろう。
アメリアに街の魔法少女や侵入者を襲撃させれば、フィアンは「巻き戻す魔法を戦闘に使うことが可能」と気づいてしまう。
そうなれば「街の魔法少女に協力を頼む」ことに対する根拠が失われてしまう。なにせ戦闘が可能ならば巻き戻し続けて同じ魔法少女を出し続ける人海戦術を使えばそれで済むのだから。
フィアンに対してはあくまで戦闘には活用できない無力な魔法であると思わせ続けていたほうが便利が良い。

「アメリアさんが出しにくくなるのはちょっぴり辛いけど、今のところはクラムベリーさんたちで間に合ってるもんね」
「追い詰められたら遠慮なく使えばいいぽん」
「そうする」

出せる物の数は限られていないが、出せる条件を満たしている魔法少女は指の数で足りる。
そのうち戦闘向きな魔法少女と条件を重ねれば片手で足りる。
もっと戦闘向きな魔法少女が居たような気がするが思い出せない。ひょっとしたら居なかったかもしれない。
少女が思い出せないというのもおかしな話だが、思い出せない以上は思い出せない。割り切るしかない。
割り切って、頭脳代わりのファヴに別のことを相談する。

「ねえファヴ、フィアンの方はこれで大丈夫かな?」
「話の中にちょっと無理やりな部分もあるけど、『アンナがジャクリーヌを殺害した』っていう辻褄が完全に合う部分がある以上フィアンはきっと無視できないぽん。
 そしてなにより、フィアンは『巻き戻す魔法』を無視できないぽん。
 目の前に現れた十文字純佳とアメリア・アルメリアを無視できないぽん。フィアンはとーっても優しい子だぽん!」

やけに含みのある単語選びに、ため息を一つ。誰にも聞こえない優しさは夜の空に消えていった。


277 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:51:02 EcLgk67s0


「ただ、今のままじゃちょっとインパクトが弱いって言われれば、そのとおりぽん」
「だよね。それに、魔法の国の魔法少女に捕まえられたり、街の魔法少女に相談されたりしたらどうしよう」
「確かに、そのへんが起こるとまたまたちょっと面倒ぽん」

ファヴは唸り声みたいにノイズを散らして、その後でぽんと答えを出した。

「それじゃあもう一芝居、打たせてもらうぽん」
「……まじよも懐柔するの?」
「まじよは賢いから無理ぽん。仮にいつも絡んでる†闇皇刹那†を絡め取って利用したとしてもあの手合は逆にそこからこちらの意図に迫るタイプぽん。非常に厄介ぽん。
 一芝居ったって、ファヴたちが味方だと証明する必要はないぽん。ただ、侵入者たちをフィアンに対する絶対的な敵だと認識させればいいだけぽん」

ぴろりろり、とマスター端末に情報が届く。
近隣の街の魔法少女の居場所、あの子からの街の魔法少女・魔法の国の魔法少女の動向の報告。
このまま行けば、フィアンとまじよと魔法の国の魔法少女一名(情報によれば愛の申し子パルメラピルスだ)がかち合うことになる。

「ということで、さっさと行くぽん。やることはだいたい分かるぽん?」
「うん」

つまり私たちはそこに行き、また少しだけ、事実を誤認させる。それでいいということだ。
遠回りで面倒だが、これも夢をかなえるためだ。

少女が本気で魔法を使えば、きっとこの街にいる魔法少女全員を始末することは容易い。
それだけの材料が少女の手の中には揃っている。
でも、まだ駄目だ。まだ、「魔法の国からの応援」が到着していない。
少女たちがフィアンに接触した理由は、フィアンに説明したとおりだ。
魔法の国からの応援が、「魔法少女狩りスノーホワイト」が到着するまでは、街と魔法の国を敵対させ、戦力を拮抗させておく必要がある。
どちらの全滅も起こってはならず。どちらの降伏も、あるいは相互理解も起こしてはならない。
フィアンにはあと数時間、最悪の場合はラストリベリオンとして戦い続けてもらう必要がある。
それはとっても辛いことだろう。精神も肉体もぼろぼろになって倒れて、死んでしまうかもしれない。
でも大丈夫。心配することなんてまったくない。

「少しだけ我慢してくれたら、大好きな純佳さんと同じところに送ってあげるから」

比喩ではない。
例え彼女がここで死んでも、彼女は純佳と一緒にずっと幸せな世界で暮らせる。
夢の国に特等席を用意する。少女と親友とねむりんと森の音楽家クラムベリーの、その横に。

そのために、まずやること。
作戦名をつけるなら「邪魔者にさようなら」。
十文字純佳/JJジャクリーヌの始末の次は、そこから始めよう。


278 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/22(土) 03:54:22 EcLgk67s0
投下終了です。
お久しぶりです。アニメを楽しみながらまたじわじわ書いて行きます。
本編新刊でこのスレが殺される可能性もありますが、その時はご容赦ください。
投下ついでに

○愛の申し子パルメラピルス
○アンナ・ケージ
○くーりゃん
○スー
○電電@電脳姫
○フィアン
○まじよ
○魔法少女狩りスノーホワイト
○マリンライム
○森の音楽家クラムベリー
○†闇皇刹那†
○リーラー
○ンジンガ

予約します。


279 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/10/29(土) 03:10:47 Rb5V68HA0
少し時間がかかりそうなので延長します
ひょっとすると、予約のメンツのうち何人かが出ないかもしれません


280 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/11/01(火) 01:20:22 3Zt8jlz.0
さっそくですが書きあがらなかったので破棄します。
次回月報であんまり上のほうに行きたくないということもあり、十一月三週目の土曜日くらいまで投下がないかもしれません。
なにかいい方法を思いついたら投下します。気長に付き合ってください。


281 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/11/30(水) 09:57:34 V79sIcyA0
>>278再予約です。


282 : ◆FaVPoN9gUQ :2016/11/30(水) 10:02:17 V79sIcyA0
ついでに、企画スレで年末年始に企画語りがあるようですが、当企画は今年も特に語ることがなさそうなのでスキップしていただいて結構です。
向こうのスレは現在規制されているようなので、こちらに書かせていただきます。


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