■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
終着旅行
-
私たちの、終着旅行。
【参加者】
◯日廻夏瀬/◯吹ノ島冬智
2/2
"
"
-
01▼
人生の修学旅行に行きます、と言われた。
言われてそのままバスに揺られて、船に揺られて、波間を抜けて気づいたらもう島の港に着いていた。
「これ首輪、飾りだけど付けてね。予算足りなくて火薬ないけど発信器はあるから島からは出ないで。一応、家族が人質ってことでね。本当に一応なんだけどね」
港というより岩場に近いごつごつした場所で、
政府のスーツを着た片言の男の人が、私とナツセちゃんへと首輪を渡してきた。
自分でつける感じらしい。
こんな渡され方なんだ。
と私は思った。
なんというか拍子抜けだった。
始まり方にしては緊迫感が無さ過ぎる。
……こういう話があることは知っていた。
国の法律にも書いてあるらしいし、教科書にだって書いてある。
中学三年生になったら、その中で運の悪かったクラスが、人生をめちゃくちゃにされてしまうのだと。
私たちはひどく欠陥品で、社会からしたら要らない子たちなので、
きっとその運の悪いクラスに、私たちは入ってしまうのだろうなと。
身構えてはいたけれど、思いの外直球なやり方だった。
というか、ほとんどデッドボールな宣告だった。
私とナツセちゃんはそういうわけで、殺し合いをすることになった。
と言っても私のクラスには、私とナツセちゃんしか居ないから、私とナツセちゃんで殺し合うことになる。
バトルロイヤルは三人以上が入り乱れることを指す言葉だから、
たったふたりじゃあ、殺し合いとしか呼べないな。
-
「首輪の電池はどのくらいだよ?」
「三ヶ月くらいは保つよ。一応言っとくけど爆発しないから、て外して逃げるのも止めといて。三ヶ月後にも一回確認くるからね、その時に居ないと脱走と見なされて、家族に迷惑かかるよ」
「三ヶ月なあ」
永いなあ、とナツセちゃん。
「三ヶ月も放置しなくても、一月あればアタシたち死ぬと思うぜ?な、ふゆちー」
こくり、と私は頷く。
頷きながらナツセちゃんの手を一回ぎゅっとする。肯定のサインだ。
ナツセちゃんは「ほらな」と言って、
「そもそも貰えるのはこの首輪だけなのか?食糧は?地図は?てか殺し合いだってのに武器すらねーのかよ」
「予算の問題でね。毎年全国で50クラス、選ぶ決まりだからね。あまり君たちに手間掛けられないよ。嫌ならさっさとどっちか死んで優勝者決めてね」
一応地図だけはあるよ、とスーツの人は一枚のぼろ切れを取り出した。
私が受け取る。使い古しで、茶色くシワだらけだったけど、島の概観は載っていた。
「じゃ、もう質問はないね。ついでに言い残すことがあったら言ってね、メモしておくよ」
「あたしは何も。ふゆちーは何も言えねー。知ってるんだろお前、悪趣味なことするなよな」
「……ああ、そだったね悪いね」
-
悪びれてる様子が全くない顔でスーツの人は謝罪した。
私が口答えできず、ナツセちゃんが顔を見れないのをいいことに、本当に酷い態度だった。
でも私はこの人、そんなに憎めないかなとも思う。
バトルロワイアル制度なんていう古びた掟に縛られて、
たった二人を置き去りにするためだけに、
わざわざ都会からこんな辺境までやって来なきゃいけなかったと考えると。
こんな態度もしょうがないと思う。
船の中とかで私たちに何もしなかっただけ、いい人だとすら感じてしまえた。
「じゃあ最後に開始の合図ね」
首輪はーーまあ後でもいいよ、と気怠げに。
スーツの人はポケットから白く折りたたまれた紙を取り出すと、開いて読み始めた。
「えー。2215年6月15日。戦闘実験第六十八番プログラム、第13170号、開始の言葉。以下の学級にプログラムへの参加を命じます」
ーー山梨県立見吊第四中学校、三学年一組
ーー女子1番、日廻夏瀬
ーー女子2番、吹ノ島冬智
ーー以上、二名。
「支給品なし。首輪の爆発なし。禁止エリア制度なし。放送制度なし。期間三ヶ月ののち優勝者が決まっていない場合は、優勝者無しとみなし、それ以上の観測を行わない」
ルールについては以上。
「プログラムの参加は強制であり、反抗的な態度は処罰の対象である。積極的に持ちうる能力を発揮し、プログラムを遂行すること。なおプログラムの歴史については…」
そこからはさらに棒読み。
プログラムの有用性が云々。国の素晴らしさの礎となる君たちは幸福である云々。
いつ制定されて、いつから感情が込められなくなったのかも分からない開始の言葉を、呪文みたいに呟かれる。
それがオブラートに包みに包んだ「死ね」の二文字だってことは、私は頭では分かっていた。
けれど、
あまりに気持ちの篭っていない言葉はとても死ねと言われているようには感じられなくて、
まるで校長先生のお話を聞いているみたいに、眠くなってきてしまう。
-
隣を見ると。
ナツセちゃんもやっぱり、同じように眠そうに口をとろんと開けている。
目はずっと閉じているから、もしかしたら本当に寝ちゃってないかって心配になるくらい。
それにしても…ナツセちゃんの肌は、綺麗だなあ。
…って、いま私、こんなときなのに、すごいこと考えてたな。
〈ーーねえ、ナツセちゃん、私たち、殺されようとしてるのに、どうしてこんなにのんきなんだろう。〉
繋いだ手を使って、秘密のメッセージを送る。
私とナツセちゃんしか知らない、二人だけの会話方法。
ちょっとした気まぐれのつもりで伝えたその言葉に対して、
ナツセちゃんは私の手の甲の上で指を笑わせながら、小さな声で、面白そうに言った。
(そりゃあそうだろ、ふゆちー。あたしたち、ずっとずっと前から、お互い以外を殺してるんだから。今更それを殺されても、今更としか言いようがねーじゃん)
ああ、そっか。
私もすぐに、合点がいった。
むしろ変な質問しちゃったなあと後悔するくらいだった。
そう、そうだった。
もうずっとずっと前から。
私にはナツセちゃんだけがあって。
ナツセちゃんには私だけがあって。
それ以外は死んでた。それ以外は、殺してた。
だから悲しくも怖くもないんだ。
この終着地点でもーーナツセちゃんといっしょなら。
それはただ、旅行に来たのと変わりない。
それだけの、話だったんだ。
そっか。
そうだったんだ。
"
"
-
・非リレー、オリキャラ
・息抜き用なので気まぐれ投下
OP投下を終了します。
シンプルなのが書きたくなったので参加者を極限まで減らしたらこうなった
息抜きしたくなったときに書きます
-
投下乙です
こんなシンプルなロワ見たことねえww
そもそもこれはロワなのか……?
気長に続きを待ってます
-
投下乙です!
ロワと呼べるのかもわからない異様な形式とどうしようもない閉塞感が凄い好き
楽しみにしてます
-
投下乙です。
雰囲気といいほのかに感じられる百合感といい、オープニングといい最高でした。
次の話も
-
投下乙…
なんだ、なんだこれは!すげえぞ。。。
めっちゃ楽しみだ…!
-
投下乙
すげえ、なんだこれ、なんだこれ
こういうのはリレーじゃ読めないし、なんかいい刺激になるから好き
-
感想、反応、嬉しいです。ありがとうございます。
気長に楽しんで頂きながら、皆さまのなんらかの刺激になるのであれば幸いです。
今回分を投下します。ダッシュは直っているはず……。
-
02▼
「じゃ、さよならね」
「おう。お疲れ。仕事頑張れなー」
遠ざかっていく船を見送った。
首輪を持った方の手を振りながら、スーツの人の姿が、豆粒になって、見えなくなるまで見送った。
見送りきって、ふたりになった。
私とナツセちゃん、ふたりきりになった。
「んー、さて行くかぁ」
〈どこに?〉
「町のほう。雨風凌げるとこくらいは探した方がいーんじゃね?」
〈そっか。〉
「というわけで先導頼んだ」
〈うん。〉
私はぎゅっと握って肯定。
ナツセちゃんの手を引いて、地図を見て、町のほうへと歩き出す。
外を歩いて風を感じて、
はやくも楽しくなってきた。
欠陥品の私たちは、しばらく家と学校以外の場所に行ったことがなくて、
家でものけものだったから、先生も来ない教室で、図書室から持ってきた本を二人で読むだけで。
それ以外にはなにもなかったから、
ほとんど初めての旅行に心が弾んでしまっている。
〈楽しいね。〉
「まあな。いやこれから死ぬまでこうだから、じきにうざったくなるんだろうけどさ」
〈ホントに、死ぬまで一緒になっちゃったね。〉
「どっちが後に死ぬか競争だかんなー?お腹すきすきになっても頑張るんだぞ」
〈私、我慢できるもん。〉
「ホントにかー?っと、――段差?」
〈うん、指示するね。〉
ナツセちゃんに岩の位置を伝えながら、段差のある岩場を登る。
-
〈この先は、丘なんだって、高い高い、丘。〉
「港の次にすぐ丘?」
〈町が見下ろせるみたい。〉
「窪地になってるのか?それとも崖?見れないの残念だな」
〈私、なるべく描写する。〉
「ふゆちーの文才には期待してないから」
〈なにをう。〉
私はちょっと口を尖らせたくなった。
これでも口を使ってないぶん、文章力と描写力には自信があるんだけど。
ナツセちゃんが私の文才を認めてくれたことは一回もなかったりする。
〈ついた。〉
頑張って描写しよう。
――丘の上に着いた私は、ナツセちゃんの分まで風景をじっくりと見渡す。
スーツの人が行きの船の中で言っていたのだけど、
私たちが置き去りにされたこの島は、二百年前からずっと、世界に置き去りにされた島なんだそうだ。
-
もともと島に住んでいた人が、高齢化だったか、過疎化だったかで、居なくなってしまったあとは、
二百年の間ずっと放置されたフリして、殺し合いの舞台にだけ選ばれ続けていたらしい。
だいたい一年で三回。
誰も住んでいないのに、年に百人単位で人が死ぬ、無人島。
名前は…地図を見たけど掠れて消えてしまっている。
あんまり知っても意味ない情報かもしれないけれど、調べてみるのもいい暇つぶしになるかもしれない。
地図を見て感じた外観より――けっこう、広い。
人が居なくなるよりもっと前は炭鉱の島だったらしいとは、聞いていたんだけど。
遠くに山があって、森が見えて、近くは四角くかくばった垢色の建物がけっこういっぱいあって、苔とかツタに覆われてる。
パイプだらけの工場みたいなのもある。
島の両サイドが見えないくらいの遠くまで、町は広がっていて。
ホントに誰も住んでないのか疑わしいくらい、町の姿が町らしい感じだ。
ってな感じなんだけどどうでしょうか。
「いつも通り漠然としすぎだけど、まあ今日は甘めにみて60点」
〈やった。〉
「とりあえず、広いってのは朗報だな。三ヶ月あっても回りきれなそうだ」
〈あ、それ思った、たくさん楽しめそうって。〉
「だな。いつになるかは分からねーけど――生きているのか死んでいるのか分からなくなるまでここで遊べる」
誰にも邪魔されずに。
私とナツセちゃんは、やりたいことをやれる。
死ぬのはだいぶ早くなってしまったけれど。
結局私とナツセちゃんは、二人だけで閉じてしまったけれど。
閉じられちゃったからこそ――もう誰にも邪魔はできない。
〈うん、遊ぼう、やりたくてもやれなかったこと、いっぱいしよう。〉
「おう。――あ、ふゆちー」
〈?〉
「さっそくいいこと思いついた」
ナツセちゃんは急に何かを思いついたらしく、
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、私と繋いでないほうの手を掲げる。
そこにはスーツの人に渡されてから持ったままだった首輪があった。
「首輪交換しよーぜ。指輪交換のノリでさ」
-
短いですが投下を終了します。
だいたい月2〜3くらいの投下を目標に進めていきますので、よろしくお願いします。
-
投下乙です。
指輪交換ならぬ首輪交換ですか、うん、なんというか未知の感覚。
新鮮な感じがします。続き期待
-
七夕ですね、投下します。
-
〈指輪交換って……。〉
指輪交換と言えば――結婚式だ。
そんな、まだ着いたばかりなのに……そんなすごいことしちゃうの、私たち。
「でも最初にどかーんとインパクトあることやりたくないか?」
〈一理はあるけど……、それに、確かに憧れてはいたかもだけど。〉
結婚式。
私たちは女の子だから、結婚式に憧れた。
白いドレスを着て、教会の神父さんの前で愛を誓う、
永遠に一緒だよって約束の儀式。
この世の全ての女の子が、――って言うのは言いすぎだと思うけれど、
欠陥品の私たちでさえいつかもしかしたらと願っていたんだから、けっこうな割合の女の子が心のどこかで夢に見ているはずだ。
ウエディングドレスを着て、指輪をお互いの指に嵌めあって、誓いのキスをして、ブーケを投げて。
大切な人と一緒にでっかいナイフででっかなケーキに、ケーキ入刀をして――。
しあわせに、なる。
ブライダル雑誌を開いて読みながら、ナツセちゃんとそういう空想に浸ったことも、思えばあった。
ただ、私のそのときの空想相手は、ナツセちゃんってわけじゃなかった。
私はナツセちゃんのことはもちろん大好きだけど、結婚式の想定相手は、会ったこともない別の誰かをぼんやり考えていた。
きっとナツセちゃんもそうだと思う。
女の子の大好きには2種類あって、
友達としての大好きと、恋愛の相手としての大好きとは、似ているように見えて微妙に違うものだ。
ものだ、と思う――たぶん。
結局この地に至るまで恋愛と巡り合うことはなかったから、正直なところ私もあんまり自信は持てない。
-
ともかくナツセちゃんとは友達で、ううん親友で、
いやもっともっと上の何かなんだけど、恋人、ではなくて。
だから、ナツセちゃんと、ってのは、考えたことがなかった。
あまりにも一緒にいることが自然すぎて、
一緒にいるための儀式を行おうって考えがなかったっていうか……。
「じゃあふゆちー、その誰かと結婚したらあたしとはどうするつもりだったんだよ」
〈それは、――えっと。〉
どうするつもりだったんだろう。
考えたこともなかった。
ナツセちゃんとはずっと手を繋いでいたい。ううん、願うまでもなく、当たり前にそれが続くと思ってた。
けど、他の誰かと結婚したら手をずっと繋いでる訳にもいかない。
ナツセちゃんの手を離す?そんなばかな。ありえない。
そんなことをしてしまう私が居たとするなら、死んだほうがいいと思う。
でもだからといってナツセちゃんと?
そんな消去法みたいな、仕方なくみたいな、そんな気持ちでしていいの?
〈……ナツセちゃん。〉
「ん?」
〈ナツセちゃんは、私のこと、好き?〉
「……そりゃ当たり前だろう。好きなやつと一緒ぜゃなきゃこんな楽しんでねーよこんな状況で」
〈わ、私と一緒に居れて――良かった?〉
「良かった。この世に生まれてからクソみたいなことしかなかったけどさ、ふゆちーと出逢えたのだけは、あたし良かったと思ってる」
ナツセちゃんは笑った。
おひさまみたいに、からっと笑って言った。
私はその「良かった」に、ほっとした。
ナツセちゃんにとって、私との出会いは、この世のすべての不幸を帳消しにして余りあるものだったって分かって、嬉しかった。
私も、そうだ。
私は、ナツセちゃんと出会えてしあわせだった。
口の聞けない私の口にナツセちゃんはなってくれて。
代わりに私は目の見えないナツセちゃんの目になって。
足りなかった私たちは、それでやっとひとりぶんになれて。
殺されるだけの世界から、今日まで楽しく生き残れた。
-
〈……うん。〉
「んー?」
〈私、ナツセちゃんとなら、いいよ。〉
だから――僅かにあったもしかしたらが、消えてしまったそれが、もし消えてなかったとしても。
消去法、仕方なく、そんな理由がなくたって。
たぶん私は。
ナツセちゃんと。
〈一生、一緒なんだもん、試せることは――多くなった方がいいよね。〉
「……だろ。やってみようぜ。ドレスもブーケもねーけどさ、こんなにでっかい指輪があるんだし」
ぷらんぷらんと首輪を揺らす。
まだ輪っかの閉じていないそれは、閉じれば外れないよう掛け金が付いている。
鍵穴もない。
人を拘束して殺しあわせるためだけに作られた、殺伐とした道具だ。
でも私とナツセちゃんにとってそれは、
ちっぽけな指輪なんかよりずっとずっと強い、永遠の証に変わる。
「あたしと――誓いますか?」
ナツセちゃんがおどけながら言ったから、
私は返事の代わりにナツセちゃんを抱きしめる。
ぎゅってする。
片手じゃ首輪は嵌められないから、手を離すことになるから、
だから、そうすると私はナツセちゃんに言葉を伝えられないから、
でもだったら抱き合ってしまえば、もう言葉なんていらなくなるから。
ナツセちゃんは急に抱きついた私に、ちょっと驚いたふうにびくりとしたあと。
向こうからも私に体を預け、「うん。大好きだぜ、ふゆちー」って言いながら、私の首を手で触り。
たどたどしい手つきで、私に首輪を嵌めてくれた。
いつもより少し近くで聞くナツセちゃんの声は、熱っぽくてくすぐったくて、なんだか気持ちよかった。
私は言葉を返せない代わりに、精いっぱいやさしく、ナツセちゃんに首輪を嵌めてあげた。
無抵抗のナツセちゃんの白い首に、輪っかをはめる。
ぞくぞくって、する。
大切な人に首輪をつけるのって、なんだか背徳的な感じがする。
本当の結婚式で指輪交換をするときも、こんな感じなのかなあ。
さすがに違うかな。
-
こうして首輪交換は終わった。
これでもう一生、私とナツセちゃんの首にはお互いに首輪が付いたまま。
すべての希望を斬り伏せて、この死んだ島で生きていくのだ。
「終着地点で――新婚旅行だ、なんてな!」
〈誓いのキスはしないの?〉
「したいならふゆちーから来いよ、あたしはふゆちーの唇奪いたくても位置が分からん」
〈あ、そっか。〉
どうしようかな。
〈……や、やっぱり恥ずかしいので、また今度でお願いいたします。〉
「誰も見てないから別にいーのに。というか」
〈?〉
「別に友達同士でも指輪交換っていうかペアリングっていうかはあるとこはあるらしいぞ?」
〈えっ。〉
えっ。
「なんかふゆちーが結婚のノリだったからノってみたけど、あたしの当初のノリは冗談半分だったんだけど……」
苦笑するナツセちゃん。
えっえっえっ。
じゃあもしかして、今の流れ全部私の早とちりなの。
うわあ。恥ずかしいぞ私。
〈穴があったら、埋まりたい。〉
「いや別にそこまで恥ずかしがらなくても」
〈あにがあちたり、えまりたう。〉
「混乱して指文字が変になってるし……あーもう聞けって!」
すると、ぐいっと私は引き寄せられて、
ナツセちゃんが今度は私を抱き締める形になった。
「……あーもう。しれっと流してまた今度にしよーと思ってたのに。ふゆちーが可愛すぎるせいだかんな」
-
今度はそっちから頼むぜ、と言いながら、手でぺたぺたとナツセちゃんは私の顔を触って。
大体の目安をつけると――顔を近づけてきた。
やっぱり外れて、
ナツセちゃんのくちびるは、
私のくちびると、3割くらいしか重ならなかったけど。
それは間違いなくナツセちゃんのくちびるで。
私は驚くしかなくて。
「とりあえずこんなもんで。よし、行こうぜ」
ええと。
とりあえずって何。
よしって、なにがよしなの。
結局冗談だったの冗談じゃないのどっちなの。
いろんな言葉が頭をふわふわ回ったけど、それを出力する口は私にはなくて。
ただただ、唇の端に残った誓いの感触だけが、じんじんと熱を持って心臓にその熱を運んでいた。
ううう。
ナツセちゃん、ずるいよ。
こんなことされたら、気にしちゃうじゃんか。
どきどきしちゃうじゃんか。
今までこんなこと、なかったのに――。
【終着旅行――開始】
でも――後になって思えば。
このときのどきどきなんか、まだまだ小さいものだった。
これから先、私とナツセちゃんはこの終着旅行で、
たくさんのはじめてに出会い、たくさんのどきどきを体験する。
それは良いどきどきも、悪いどきどきも、とにかく沢山、いっぱいあって。
生きているか死んでいるか分からなくなるまで、私とナツセちゃんはこのとき誓ったそれ試され続けることになる。
大好きを、試され続けることになる。
-
最後、それ試される→それを試される ですね。
投下終了です。
最後になにやらな感じをを出してはありますが、しばらくはゆるゆる行くと思います
-
投下します。
-
▼04
廃墟の町をハイクしながら俳句を読もうの巻。
〈ガレキから/ガラスあつめる/ガールかな。〉
「ガラスあつめて/何をするのさ」
〈いやえっと、韻踏んだだけ、意味はない。〉
俳句ガールは/向いてないかも。
地味に韻を踏みながら自虐を繰り出してみたら、ナツセちゃんは微妙な顔で乾いた笑いをしてきた。
文才はやっぱり私にはないのかもしれないことだなあ。
ああ、いとかなしき。
丘の上で首輪交換をしたあと、私とナツセちゃんは町に降りてみた。
島に遺された町、工業者たちの夢の跡。
足を踏み入れた瞬間には、冒険のはじまりはじまり、って感じの、どきどきした雰囲気があった。
ただオープニングで私とナツセちゃんはえらいことをしてしまったので、その、ちょっとだけ別のどきどきが残ってて、
少しの間は二人とも頬に朱を差して、歩くのもなんか、ぎくしゃくとかもしていたけれど……
俳句遊びを始めてからは、とりあえず元の私たちのノリが戻ってきたような気がしている。
廃墟の町は、遠くで見るのと近くで見るのとでは、また印象が少し違った。
綺麗な絵画もすごく近くで見れば絵の具のざらつきが見えてしまったりするのと同じように、
幻想的だった色褪せた廃墟街も、とたんに現実的になって、哀しい雰囲気を私たちにぶつけてくる。
-
雨でインクが流れて読めなくなった看板。
柱だけ残ってる建物。
人の匂いがしない空気。
奥の森で暮らしているのだろうか、ネズミさんや虫さんなんかの動物さえも見かけない。
ただただ時間だけが流れてきた、死んだ町の風景だ。
「すげーな。あたしたちの歩く音しかしない」
〈だね。〉
「そして風景が見えないから、あたしこれすごいヒマだ……」
〈ああっ、ごめん。〉
ぽつりと呟いて肩を落とすナツセちゃんに焦る私。
確かに、主に音とか匂いで世界を捉えているナツセちゃんにとっては、この何もない世界は、どう頑張っても退屈に違いなかった。
でも何か描写しようにも、廃墟なので見所なんてないというのが現実で。
うーん。
完璧に廃墟だから、見る人が見ればすごく見所だらけなんだろうけど……。
私としては寂れた風景にノスタルジーとかロマンはそんなに感じなくて、
怖いなとか、ちょっと危なそうだなとか、そういうことを先に思ってしまう。
でもだからといって描写しないわけにもいかないし――ええと、あの建物がすごいんだよナツセちゃん。
壁にね、ツタが張り付いて絵をつくってるの、なんていうかすごく芸術だよ。
それにいま通ってる通りは昔は商店街だったみたいで、いくつかシャッターの上がってるお店があるよ。
な、中にはもちろん何もないけど……。食料とかも期待できないけど……。
-
「ふゆちー」
〈はい。〉
「あたしを想ってくれるのはもちろん嬉しいんだけど、無理しなくていいからな……」
〈はい。〉
慰められてしまった。
うう、ここでも痛感させられる、私の文章力のなさよ。
もう少し描写力があれば、ナツセちゃんの脳内にノスタルジックな廃墟を描き出すことも出来るんだろうに……。
こんなことになるんだったら、もう少し本を読んで鍛えておくべきだったなあ……。
「――ところでふゆちー、いまどのへんなんだ?あ、商店街ってのはさっき聞いたけど」
〈えと、いまD-6だから、あと2区画先、だよ。〉
話題は変わり、私は広げた地図を見て、ナツセちゃんの質問に答える。
何人に使われて来たのかも分からない古びた地図は、縦横に賽の目状に線が引かれて、エリア分けされている。
縦に1〜8、横にA〜G、数えて56エリアもあるけれど、
いちばん外の一周はほとんど海になっているから、実際に歩ける土地は半分くらいだ。
いま私たちはD-6エリアにいて、目指しているのはF-6エリアにある「民宿」という施設だ。
くうねるところすむところ、まずは安定した生活場所を確保しようという案である。
ちなみにナツセちゃんの案である。
ちなみに私はいきなり山に登ってみたいとか言っちゃってたおばかさんだったのでこの話はあまりしたくない。
-
「2エリアかあ。まだまだかかりそうだな」
〈もういっかい俳句遊びする?〉
「それはない、それはないったらそれはない。どちらかといえば地図が知りたい」
〈じゃあ一マスずつ教える?〉
「もうちょい楽しくやろうぜ」
ナツセちゃんは何かを思いついたようで、にひひと効果音が出そうな顔で笑った。
私は首をかしげた。首に巻いたリングが肌に強く触れて、ひやりとした感覚を伝えた。
もしかしなくても――このナツセちゃんは、よからぬことをたくらんでるときのナツセちゃんの顔だ。
「妄想五目並べを、その地図でやる」
ただ、ナツセちゃんが提案してきたゲーム自体は、
私たちにしか分からないだろうものではあるものの、聞きなれたゲーム名だった。
でも。
問題はそのあとで。
「負けた方は勝った方の言うことを、今日中に一個、なんでも聞くこと――でどうだ?」
恐れ知らずのナツセちゃんは、いきなりストレートに厳しいペナルティを提示してきた。
俳句でハイクなんて本当にただの遊びだった。
のんびりした空気は一気に緊張感に飲み込まれて……でもこれはこれで、どきどきしてくる。
いいだろう。
この手のゲームでナツセちゃんに勝てたことはあまりない私だけど、今日の私ならなんだかいける気がする。
私はナツセちゃんの手をぎゅっと握る。
ぎゅっと握るは、Yes。
〈その勝負、乗ったよ。〉
私とナツセちゃんの、交戦開始の合図だった。
-
投下終了です。気がつくと7月も終わりですね、危なかった。
二人にはいろんな二人遊びをしてもらいたいなあ。
-
投下乙です。
素敵に満ちたシチュエーションですね。二人のうきうきとした楽しさが本当に伝わってきます。
その裏で、この島の怪しい背景と状況描写がさりげなく積もっていって、傍から見ている読者としては不安が募ってきますね。
その200年物のヴィンテージがついた民宿は果たして、二人が期待したような「安定」を齎してくれるのでしょうか……。
どきどきしたまま、次回の投下も楽しみにお待ちしております。
-
感想ありがとうございます。励みになります。
夏も終わりますが、みなさん夏休みの宿題はいつやる派でしたか?私は9月にやる派でした。
8月のロスタイムに入ります。
-
ずっと五目並べをコンピューターとやって負けてました。投下します
-
▼05
妄想五目並べ。
とは。
読んで字のごとく、ふたりの頭の中で繰り広げる五目並べのことである。
「C-5に黒」
〈そこは町、私はE-4に白、ここは森。〉
「ふんふん。じゃああたしは――」
今回は地図をナツセちゃんが覚える意味合いもあるので、
7×8の地図のエリアと五目並べの盤をリンクさせている。
石を置いた場所に何があるのかを、私がナツセちゃんに伝えながら遊ぶ形だ。
当然ながら、どこにどちらの石が置かれているかを全て頭の中で処理する必要があるため、
ものすごい記憶力の要る遊びになっている。
石の置き場所を忘れたり、知らぬ間に5つ並べられたりが日常茶飯事だ。
〈そこは鉱山――あっこれ、もしかしてセミリーチかけられてる。〉
「あー気づかれたかー」
〈ふ、防ぐもん、F-2に白、ここは海。〉
「ならあたしはC-6に黒だなー」
〈む、むう、えっと……またリーチ……!?〉
普通なら途中で何をどこに置いたかふたりとも分からなくなるところだけれど、
暇を持て余していた私たちはこういう遊びに慣れてしまっていた。
最初は三つ並べから。次に五目並べ(これは勝負がつかないときはつかない)。
最近では7×7の挟み将棋までなら余裕でできてしまうように頭が変な方向に発達した。
-
ちなみに勝率は私が1割でナツセちゃんが9割だ。
ナツセちゃんはかなり頭がよくて、記憶力もいい。
⚪️⚪️□□□□□
□⚫️⚪️⚪️□⚪️⚫️
□⚫️⚫️⚪️⚫️⚪️□
□⚫️⚫️⚫️⚪️⚪️□
⚫️⚪️⚫️⚪️⚪️⚫️□
□⚪️□⚫️⚫️□□
□□⚫️⚪️□⚫️□
□□□□□□□
「F-7、黒。というわけであたしの勝ちだ」
〈うう……ま、まだ五つ並んでないもん、まだ五つ並んでないもん。〉
「わるあがきイズよせー。ちなみにここは?」
〈海です……〉
意気込んで、ナツセちゃんの猛攻をかわしつつ、
どうにかこうにか自分の石も伸ばしてはみたものの、結局今回も負けてしまった。
五目並べの一番単純な勝負の決め方、「邪魔されずに四つ並べる」だ。
こうなるともう片方の端を封じても、もう片方の端を伸ばされて負けてしまう。
だから普通はセミリーチ(3つ並んだ状態のことだ)をかけられたら即、片方の端を封じておかなければならない。
それさえ出来ていない今回は、もう完全に私のミスで負けたということだった。
〈え……Aのマイナス1に置ければ私の勝ちだもん、盤が狭いのが悪いんだもん〉
「というか普通この狭さじゃ勝負つかない方が多いぞ?ふゆちー迂闊すぎ」
〈石の位置を覚えられるようになっただけでも成長と言ってくれないでしょうか……。〉
「まあ、確かに最初は本当に負けてるのかすら把握出来てなかったもんな」
それに比べると成長だなーとナツセちゃんが意地悪くはにかむ。
ううう強者の余裕め。
わ、私は紙にしばらくは書いてたんだから、
最初から頭の中に盤を作ってたナツセちゃんよりはビギナーではあるんだよ?
そこから紙なしでもゲームを成り立たせるために私がした努力を評価して欲しいんだよ?
だからこう手心というか……。
「ところで本題のほうだけど」
〈あっ。〉
ぐぬぬ状態の私にナツセちゃんがさらに追い討ちをかけてくる。
「まさか忘れてはないよなー、ふゆちー?」
〈えあうん、えっと、ち、地図が覚えられたかどうかだよね、それなら今のところこうだよね。〉
-
海海□□□□□
□海山山□海海
□山山山山海□
□崖森森森山□
海町町町町町□
□海□町町□□
□□崖崖崖□□
□□□□□□□
「うん、それはそうだけど」
〈そうだよ、これが埋まってないよナツセちゃん、もう一戦……いやもう二戦くらいやろう!〉
「いや、周囲は全部海って考えたらほとんど埋まってんじゃん。埋まってないとこも町か崖か海だってのはもう推測できるしなー」
〈そ、そこをはっきりさせるためにも三本勝負にするというのは!〉
「上告を棄却しまーす」
〈うええん。〉
「というわけでふゆちー」
〈はい。〉
私は観念したトーンで手をぎゅっと握りながら頷いた。
そう、ナツセちゃんは記憶力がいい。つまりこういうことに関して、ごまかしは効かない。
「夜になったら命令するから、一も二もなく従うように」
〈……はい。〉
いったいナツセちゃんにどんな意地悪なことを命令されてしまうのだろうか。
ナツセちゃんと私の仲だ、
ひどいことや辛いことになるってことはまずないと保証されているとはいえ、
さすがに少しびくびくして、ナツセちゃんのにやけ顔から目をそらしてしまう私だった。
……。
…………あ。
「ん?どしたふゆちー足止めて」
顔をそらしたそのさきに
…………あの建物の、陰。
〈あ……。〉
「何か見えたのか?」
〈…………ううん、なんでもないよ、行こう。〉
私は何も見なかった。
描写せずにナツセちゃんのほうへと向き直ってそのまま歩き出す。
歩いて過ぎる。
遠ざかる。
離れる。
ナツセちゃんは首を傾げたけれど、民宿はもうすぐだ。
私は、近づくなら、そっちのほうが遥かにいいと思った。
-
あっ…もしかして石一個ずれてる。
うわあ。はずかしい。
各自脳内で右下らへんの石をずらしておいてください、投下終了です
-
投下します。
-
▼06
民宿にたどり着きました。
〈めしなか。〉
「?」
〈あ、えっと、名前が。〉
二階建ての民宿は、木造の瓦造りの宿だった。
ここまではコンクリートの四角い建物だらけだったから、開けた場所に立ってるこれはかなり新鮮だ。
入り口の、木で骨組まれた引き戸の上の壁に、
おそらくは島の木を加工して作ったのだろう立派な看板が置かれていて、
そこには達筆な墨で「めしなか」と書かれてあった。
少し変わった名前だ。
「んー。辺境の島には変わった名字が多いってイメージがあるし、めしなかさん、なんじゃないか。あるいは食べ物でも有名だったとか」
それを言ったら日廻と吹ノ島もそう見ない名字だよね。
と言おうかなとも思ったけど、ナツセちゃんの意見は確かに一理あった。飯中さん……なくは、ないかも。
しっくりはこないけど、そういうことにしておこうかな。
究極的に言っちゃえば、二百年前に付けられた名前の意味を探るのは、ちょっと私たちには難しいだろうし……。
「そんなことよりふゆちー、民宿はどうなんだ?住めそうなのか?」
〈えっと、うん……少なくとも外見はきれい、中はどうだろ。〉
「入ってみようぜ、建て付けが良ければそのまま開ければいい」
〈悪かったら?〉
「ぶちやればいい。ふゆちーにも明かしてなかったことだけど、このナツセちゃんには必殺技があるからな。木戸くらいなら余裕だぜ」
幸いにも建てつけは良かったので、そのまま引き戸を開けて中に入ることができた。
中に濃縮されていたらしい、青臭い匂いが鼻をつく。木の匂い、の濃い版というより若干カビ臭いかもしれない湿った匂い。
築何年なのかは分からないけど、考えてみれば形を保ってるのが不思議かもだし、これくらいは一応想定内。
それと無視できないほどにホコリが空気に混ざっている。仕方ないことながら、古びたゴミ屋敷と表現するのが適切な環境だった。
ナツセちゃんを見ると顔をしかめていた。
目が見えないぶん、わりと匂いには敏感なナツセちゃんは、より不快感を強く感じたのかもしれない。
-
「けほっ、ふゆちー、中はどうだ?」
〈ええっと、ごめん、暗くてよく見えな……。〉
外はまだ昼下がりで、開けた扉から日が僅かに入ってくるけれど、
窓がないのか、カーテンが閉められているのか、はたまた物で遮られているのか、民宿の中は薄暗くて何があるのか見づらかった。
私はナツセちゃんに返事をしながら、一歩中に入って民宿の壁を触る。
ざら、とした土っぽい感触の中を手探りで進んで、
〈あった。〉
電気のスイッチを見つけたので、それを点けてみた。
「……ふゆちー?」
〈ん、どうしたの、ナツセちゃん?〉
「ふゆちー、いま、なにした?」
〈なにって、電気点けたんだけど……、あ、そうそう中だったよね、えっと〉
私は明るくなった室内を見渡す。
目の前にはまずカウンターがあって、宿泊客名簿らしき資料が後ろの棚に詰められているのが見えた。
料金表のホワイトボードがその上に乗っているが擦れてしまって何円だったのかは読み取れそうにない。
花瓶がカウンターの上に乗っており、時には花が咲いていたのだろう。今はヒビ割れてアンティークにもなれないただの破損物になっていた。
民宿はこのカウンターを正面に右側が事務室、さらに奥に浴場、対して左側は食堂になっているらしい。矢印付きのプレートがカウンター右側に伸びる壁に貼られて一回におおまかに何があるかを示している。
となると客室は二階オンリーだろうか。
それにしても、目の前がカウンターなら光も入ってこないはずだなあ、なんて、のん気に私が考え始めたころ、
「いや、だからおかしいよなふゆちー……!」
〈なにが?〉
「ここがどこだか忘れてないよな?」
ナツセちゃんがいやに切羽詰まった声で私にささやいてくる。
忘れてないかって……忘れるわけがないと思うけど。えっと、ここは民宿、だよね。
「そうじゃなくて、もっと大きなくくりでさ」
〈……あ。〉
「無人島、だぞ。それも二百年ものの。どうして……どうして電気が点くんだよ」
-
言われてみれば、である。
見上げると蛍光灯がチカチカともせずに点いている。
それはつまり、この島には電気が通っている、ということで。
しかも電球とかが生きている、ということだ。
二百年もの間。
……いやいやいや。
それはさすがに、ありえない。
〈い、言ってたよねほらナツセちゃん、あの案内人さんが、船の中で、この島は、何回もバトルロワイアルに、使われてるって。〉
「だから電気が通ってたり、電灯がメンテナンスされてるって? ……さすがに無理があると思うぞ……」
〈でも他に理由が思いつかないよ、……と、とりあえず、そういうことにしておくというのは。〉
私の案にナツセちゃんはしばらくうんうん唸っていたけれど、
「……細かいこと気にしてもしょーがねーか。楽しむ方向で考えた方がいい、よな」
と、どこか諦めた調子になった。ナツセちゃんがそういう方向で考えてくれると、私もなんだか安心する。
いや安心しちゃいけないのかもしれないけれど、こんなところに来てまで怖さとか恐ろしさとか、そういったことを考えて過ごしたくない、
というのが私の本音だった。根拠の足りない理由でも、安心できるならそれでいい。
いっそもっと不思議にしてしまえば吹っ切れるかもしれないと思って、私は食堂へとナツセちゃんを引っ張る。
「おっ?」
〈この分だと、食糧とか、実はあったりして?〉
「そっか、冷蔵庫があるよな! 冴えてるなふゆちー……!」
ずたんずたん、軋む床を気にせず、ナツセちゃんが足を取られないようにだけ気にして、カウンターを左に折れて前進。
食堂には長方形のテーブルが四つ、けっこう広い。キッチンは――あった。奥の扉から入れるはず。
開ける。ここも広い。教室サイズとまではいかないけど、家の私の部屋より広い。
冷蔵庫も業務用のおっきなやつだ。中身は――。
〈……うー。〉
「ダメか」
手をぎゅっと握って、肯定する。
中には、何も入っていなかった。ばたんと閉める。
-
〈さすがに何もかにもが都合よくはいかないかあ、少しくらい、ご都合主義が起きてもいいのに。〉
「食事は問題だよなー。森に行って、図鑑知識でキノコとか探すか、銛でも作って海に潜るかしかないかもな。
それもそれで楽しそうだけど……ところで、まだ試せることはあるぞ、ふゆちー」
〈?〉
「水道とガス」
そういえばそれもあった。
ナツセちゃんの手を握ったままくるりと向きを変え、私は銀色のシンクにたどり着く。
蛇口をひねると――出た。水だ。
濁ってもない。綺麗に澄んでいる。
水は音が出るのでナツセちゃんも言わなくても伝わる。にこりとしているのが横目に見て取れた。
ガスはどうだろうか。さらに向きを変えると、ガスコンロがそこにある。おそるおそるツマミをひねると……。
ぼわぁ、という音と共に、広がる青い炎。
「よーし。光熱が全部そろってんなら全然いけるじゃんか」
〈うん……!〉
「風呂も行ける!」
〈うん……うん?〉
ナツセちゃんは私に向かって親指を立ててグーサインをしながら言った。
「というわけでお風呂に入ろう、ふゆちー」
そういうわけで、お風呂に入ります。
-
投下終了です。
-
あ、久しぶりに上がってるw
投下乙です!
すごいぞ、なんかすごい旅行っぽい!>民宿
と思ったらバトロワに引き戻された>なんで電気 なるほど
-
投下乙ですー。
意味深な描写が不安を煽りますねぇ。
建物の陰に何があったのか。
そして、上の壁にかけてあった、めしなか、は、横書きだったんじゃないですか、ふゆちー…?
光熱水道全部揃ってるところからして、やっぱりお膳立てが過ぎる感じがすごい。
どきどきしながら、次回も楽しみにしております。
-
あけおめです。今年もゆったり旅行していきます
-
――あ。“一組”の二人だ。図書室にいるなんて珍しい。
いつも手え繋いでるから一目でわかるね。あはは、仲がいいことよね。
――え、一組って存在したんだ?
――ばかねえ。一組が存在してなきゃ二組以降があるわけないじゃない。
まあ、知らないのも無理はないけど。“一組”ってのは、イケニエようのクラスなのよ。
――イケニエ?
――ほらあれよ。毎年50クラスが見世物になって死ぬ、頭のおかしい法律。
アレ用の、イケニエ。わざといらない子を集めて、選ばせてるってわけ。
――うわ、そうなの?
――ばかねえ。毎年50クラスもそのまま死んだら洒落にならないじゃない。
ま、おおむかしはそれで全然回ってたらしいけど、だんだん偉い人たちが気づいたのよね、
ちょっと多すぎたなこれ、って。
――そんな……。
-
――だから最近は見世物にするのは数個にして、残りはイケニエようのを選んでるって話よ。
テレビの報道でだけはいっぱいクラスメイトがいたことにして、ね。
――それって、法律変えればいいんじゃないの?
――いろいろあるのよ。こう、一度上げてしまったものを下げるのはなんか難しいらしいわ。
それよりは、ああいうのをしれっと処分するための隠れ蓑にしちゃうのが現実的なのよね。
――ああいうのって。言い方……。
――だって可哀想だとも思えないもの。イケニエのために生かされてるだなんて。
ま、ほとんどの学校が“一組”を作ってるから、あの子たちも選ばれない可能性はあるかもだけど。
どうせ社会でもまともに生きられないんだから、選ばれた方が幸せだったりして?
――……。
――あら、なにだんまりしてんのよ。あたしそんなにひどいこと言ったかしら?
まあひどいかもしれないけど、事実だからしょうがないじゃない。それにちゃあんと感謝はしてるわよ。
ああいうのが生きていてくれるから、あたし達が馬鹿みたいなことする確率が減ってるんだからね。
あなただって、友達殺して生き残りたくはないでしょう?
――……うん。それは。そうだけど。
-
――だからあたし達に祈れるのは、せいぜい自殺とかしないで身代わりになってよねってことくらいよ。
……ああ、もう行かないと塾に遅れるわ。それじゃあまた明日ね。
――あ、うん。
――……“一組”かあ……。へえ、そうなんだ。
――かわいそう。
――でも……よかったあ。
――わたし、ずっと怖かったけど……。
――怖がりすぎなくても、よかったんだ……。
-
▼07
大浴場に続く廊下を歩いていたら、いつか図書室で聞こえてきた言葉がふいに生き返ってきた。
ずいぶん、嫌な言葉だった。もう一度念入りに殺しておく。
いやなことをおもいだすなんて、こんなときなのに情けないくらいだなあと私は思って、
いやいやむしろこんなときだからじゃないの、と脳内でもう一人の私がツッコミを入れた。
ううん、そうかもしれない。
むやみに楽しいことをしようとしているときだから、頭のどこかでブレーキをかけようとしているのかな。
〈お風呂、ついたよ。〉
「おう」
「男」と「女」に分かれたのれんが私とナツセちゃんを出迎えた。
ここには女の子しかいないから「男」のほうには用は無い。私はナツセちゃんの手を引いて「女」ののれんをくぐる。
まずはそのまま浴場へ。温泉が湧いているわけではなく、露天というわけでもない、こじんまりとした銭湯のようなお風呂だった。
「ふゆち一等兵、ボイラーチェック!」
〈ナツセ隊長、やっぱり動かし方分からないです!〉
「確認よし!まあそうだよなー」
で、風呂に入ると息巻いたはいいものの、案の定というかなんというか、機関室にあるボイラーの動かし方が分からない私とナツセちゃんだった。
というかきっと錆びて使えなくなってる。
-
「つーか、そもそもボイラーって何する機械なんだっけ?」
詳しいことは私も知らないけど、簡単に言えば給湯ポットの巨大版だったと思う。いくら銭湯くらいの小さな浴場とはいえ、ボイラーなしにお湯を溜めるのは厳しいはずだ。
広い湯船に浸かる、というのは諦めたほうがいいみたい。梅雨時に水風呂というのもちょっと早すぎるし。水が無限に使えるかどうかも確認してないのに使いすぎもよくない。
ということで奥の機関室から浴場へと翻し、私とナツセちゃんは壁から生えてるシャワーノズルを捻ってみる。どういうことなのかは分からないけど、こちらからはちゃんとお湯が出る。
「あったけー。なんというか、お湯に触れると心もあったまる感じがするな」
〈だね。〉
「とりあえずどうする?」
〈入りたい、行きの船、潮風だったから。〉
船上で海風に晒されて、身体がおもったよりべたべたしている。たぶん舐めたら塩の味がうっすらとしてしまうのではないだろうか。
ナツセちゃんからの突然の提案だったけど、私もシャワーを浴びてさっぱりしたいという気持ちは少しばかりあった。
「ん。じゃ、次はタオルを探そう。上がった後に身体を拭くもんがありませんでしたじゃギャグだからな。それでそのあとは、おまちかねだ」
〈おまちかね?〉
「そう、おまちかねだ」
-
言うほどおまちかねかなあ、と思ったんだけど、ナツセちゃんが妙にわくわくしているので私はツッコミを入れないことにした。
それにしても、お風呂、かあ。
この首輪、火薬は入っていないらしいから別にいいかもだけど……ちゃんと防水されてるのかな。
シャワーを首に当ててばちばちとか言い出したら普通に怖いなあ。サランラップとかで巻いたりできないだろうか。
あ、バスタオルあった。サランラップはないみたい。
▼
ほんのちょっとだけ手を離す。手を繋いだままだと、服を脱ぎきれないから。
学校指定の制服の薄緑のシャツが二人分、離れた手の間から床へすとんと落ちる。
他のクラスの子たちは透けないようにもう一枚着たりしてたけど、私達はお互いしか見る人がいないからそんなことはしていなかった。だから、次に外すのは、もう下着だ。
ナツセちゃんは桃色で、私は白色。せっかくなので(なにがせっかくなんだかわからないけど)お互いにお互いのそれを外すゲームをしたりしつつ、外す。
相手の背中側にあるホックを外すのはふつうと勝手が違って意外としんどくて、
ナツセちゃんの肌はやっぱり綺麗で、胸は形が整ってて、ちょっと見つめてしまって、一瞬ふわっと意識を奪われたことにはっとして恥ずかしくなったりして。
わたしはナツセちゃんから見られることはないから、恥ずかしがってちゃいけないのにな。
-
「ちょっとした夢がかなった気分だよな」
いっしょにお風呂。
私たちふたりはつまはじきもの同士だったので、お互いの家にお互いを招いたりなんてできなくて、一緒にいたのは学校でだけ。
体育の授業もまともに受けたことがないから、お互いのこんなとこまで見えちゃうような、こういうことは初めてだったりする。
「ただなー。いきなり原始人みたいにあけっぴろげに見せるのもそれはそれで風情がないような気がするんだよな」
ナツセちゃんは自分が見られることに恥ずかしさを感じたりはしてないみたいだけど、風情とやらを守るために下はタオルを巻いてから脱いでいた。私も真似をしてみる。ちょっとばかりコツがいる感じ。
というか、脱いでカゴに入れたあと、考えてみたら見られないんだから脱いでからタオルを巻けばいいことに気付いた。あほだ。
「ふゆちー」
手を繋ぐ。
〈いこっか。〉
「ん」
ガラス戸を開いて、中に入る。私たちしか使わないから、浴場のタイルは乾いている。
-
投下終了です。あれ?お風呂シーンに入る前に一話消費してしまった…
次回もお風呂です。
-
おお、投下来てる
乙です
-
▼08
「でさ」
〈ん?〉
「ふゆちー、身体触らしてもらっていい?」
〈え。〉
〈え?〉
私は思わず、お風呂に入ろうと言われたときと同じ反応を返してしまった。
プラスチック製の椅子に向かい合って座って、シャワーを片手に、もう片手は繋ぎ合った状態でお互いの身体にお湯を当てていたら、急にナツセちゃんがそんなことを言ってきたのだから、そんな反応を返してしまうに決まってた。
さわ、ら、せてって。
その文字列が導き出す行動を私はひとつしかしらない。
えっとあの。
あのー。
〈あの…ふ、風情は?〉
原始人みたいにあけっぴろげに見せるのもそれはそれで風情がないと言ってたと思うのですが。
「いや自分でも風情のない申し出だとはあたしも思ってるけども」
するとちょっと恥ずかしそうな顔をしつつナツセちゃんは、
「記憶しときたいんだよ。ふゆちーの形を。服とか着てない状態のやつを」
と言った。
私はその言葉で思い至る。
ナツセちゃんはいつも暗闇の世界を見ている。
その中では使えるのは鼻、耳、口、そして手だけで、もちろん鼻や耳や口ではもののかたちは分からない。だから、ナツセちゃんは触覚でものを捉える。
〈そういえば、出会ったばかりのころに、一回ものすごい勢いで、まさぐられたこと、あったような。〉
「そうそれな。で、あのときは服越しだったじゃん。
あれからけっこう年月も経ったからさ、あたしの中のふゆちーの形を更新する必要がある」
-
未知のもの、はじめてのもの、分からないものに出あうと、ナツセちゃんはそれを頭の中で思い浮かべられるようになるまで触る。
暗闇の中に確かな形を作り出して、世界に定義する。
思えば渡された首輪も、いま首についているこれも、ナツセちゃんは不思議そうに触っていた。
ぺたぺた。すりすり。ぎゅっぎゅっ。
て。
あんなふうに。
私も。
「ねーふゆちー、」
え。
私も、あんな風に?
「だめ?」
ちょっと顔を寄せてきて、下から見上げるようにしておねだりしてくるナツセちゃん。
好奇心に満ちてるいけない顔。
見えないはずなのにそのおねだりは的確で、私は胸の奥のスイッチのようなものをくすぐられてしまう。
かわいい。
なぜだか自分が悪いことをしているような気分になる。
断ってしまったら悲しむんじゃないだろうか。こんな所でナツセちゃんの悲しむ顔はみたくない。
だったら風情とか言ってないで触らせちゃってもいいんじゃないだろうか。いつも手は握ってるんだし触られて何が減るものでもない。
いやでもさすがにそれは。いやでもべつに、女の子同士なんだし。
そもそ首輪交換をして、誓って、その、キスだってしてしまったんだし。だったら。べつに。
〈ううう。〉
「いや嫌なら別にいーんだけども」
〈そ、その、さっきの。〉
「?」
〈さっきの命令権、使っていただけるなら。〉
いじわるなナツセちゃんに対して、私も少しだけ逆襲を。先の妄想五目並べによる敗北で与えてしまった、絶対命令権の消費を試みてみる。
私の心理的にも、仕方なさが欲しいところだった。なにも抵抗なしに体を触らせるのと、勝利報酬を行使されて抵抗を封じられて触られるのでは、テンション的に少し違う。
最終的にいたる所は同じだとしても、こう、ワンクッション置いてほしいのである。
親しき中にも礼儀ありだよ、ナツセちゃん。
-
「む」
ナツセちゃんは逡巡し、
「まーいーけどなー。それは別のことに使いたいんだよなー」
〈べつのこと。〉
「そう、別のこと。ちょっと今はテンション的に使いたくないことな」
と言った。
テンション的にって…もしかして、今のテンションよりさらに変なテンションの命令が控えているのだろうか?
それはそれで嫌だなあ。
ともかく、ナツセちゃんはこの場で絶対命令権を使うつもりはないみたいだった。とすると、この場はこれで手打ちになってくれるのだろうか。
なんて甘いことを考えていた私は、ずいぶんと頭がお天気だった。
「それにしてもふゆちー。さっきので懲りてないみたいだな」
〈え。〉
「あたしと駆け引きをしようとしただろ」
ナツセちゃんは、絶対命令権を使うつもりはなかった。
「あたしもさ。つよーく拒否されたらさすがにやめよーって、思ってたけどなー。
そういうずるい手を使おうとされてしまうと、ちょっと燃えちゃうよなー」
〈い、いや、その…。〉
「だってつまりふゆちーは、半分別にいっかな、って気持ちがありつつも、欲を出してあたしに命令権を使わせようとしてきたわけだろ?
自分が盛大に負けたことで与えちゃった命令権なのに。それをふゆちーの方が能動的に使わせようとするのは、フェアじゃないと思うんだけど?」
〈え、えう。〉
「それにそれを言うならだ、フェアじゃないことはもう一個あるよなー。」
だってべつにナツセちゃんは、命令権など使わずとも、私を言い含めることができるのだから。
「ふゆちーは、あたしの身体を見ているけど。あたしはふゆちーの身体をまだ感じてないんだぜ?」
-
――言われて私は目を逸らす。目を逸らす意味なんてないのにナツセちゃんを直視できなくなる。
確かに、確かに、確かに――そう表記してしまえばそれは事実でしかない。
今だって、私は何の気なしにナツセちゃんの身体にお湯を当てているけれど、つまりナツセちゃんの身体を見ているわけだけど、
ナツセちゃんのほうは、ある意味では虚空に向かってシャワーノズルを向けているに等しいのだ。
お湯が当たったときのびくっとした反応にくすりと笑ってしまったりも、
暖かいお湯で徐々に朱が差していく肌を見る楽しさ(描写してないけど白状すると楽しいと思っていた!)も、
私だけがひとりじめしていて、ナツセちゃんは一切楽しめていない。
「町を歩いてるときは、あれだけあたしを楽しませようとしてくれてたのに」
せっかくのお風呂イベントで、タノシイのひとりじめは、ずるいんじゃない?
そう言われてしまえば――返す言葉はなかった。
▼
「では」
〈うん。〉
「ふゆちー……えいやー!」
そういうわけで、覚悟をきめて、でも触られるのを見るのはなんだか恥ずかしいので目を瞑って背筋を伸ばして、
私がオーケーの合図を出した後、ナツセちゃんが私の手を放す。
勢いよく伸ばされたナツセちゃんの手は、がばりと私の脇の下あたりへと着弾した。
脇の下とは。
なかなかすごいところから攻め
――こちょ
攻め?
-
「ふふふ」
ちょ、ちょっと…
――こちょ ――こちょ
これもしかしてもしかしなくても、も、あ、や、ちょ、
――こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ
〈!〉
め、あけてみたら、な、ナツセちゃん、わらってて、
むずむずとぞわぞわとした感覚が、耐えられない、口が歪んで、涙が出て、あっ、やっ、待ってくれないっ、
〈――――ッ!〉
く、くすぐられてるっ!!
最初から、これが、目的っ!! な、ナツセちゃん!! なんという…!!!
▼
このあとさすがに怒りました。
-
投下終了です。これをロワSSと言い張っていいのだろうか?というきもちにまけないようにつぎもがんばります
-
投下乙です!
前の投下に続いて今回もほのぼのとした感じでとても癒やされました〜
二人の関係は一見ロワらしく無いように見えますが、
それは『二人きり』かつ『参加者同士が仲良し』という条件があってのことなので、自信を持ってロワSSだと言い切っちゃっていいと思いますよ!
-
お久しぶりです。旅行再開します。
-
09▼
「なーふゆちー、機嫌なおせよー」
…なおしません。
「謝ってるじゃんかー。動いてくれよー。ほら、使えそうな布団探しに行こう」
…さがしません。
「いやほんと謝るからさ! 不意打ちを浴びせたことについては!
でも、体の力が抜けたところを見計らって、ちゃんと最終的にはあたしは宣言通りにしただろ?」
…おもいださせないで…!
ぎゅー。と強く手を握られて引っ張られる。私が動こうとしていないからである。
断固として座り込み。なぜかって?
それはもう…ナツセちゃんにあらゆるところをぺたぺたされ、すりすらすれすろされ、なるほどなるほどされて、
お風呂から上がってタオルで身体を拭いている間にも思い出しては赤くなり、恥ずかしくなって突然座って変な子になってて、
もう最高にさんざんだったのに楽しそうにナツセちゃんはにっこりと笑うので。そんなの、私としてはむくれるしかないじゃない。
ぎゅー。と強く手を握られて引っ張られる。動こうとしない私をナツセちゃんは無理やり連れて行こうとする。
でも動いてやらないもん。もう決めたもん動かない。私ばっかり思い通りにされるのもここまでだ。
なんでもかんでも思い通りになると思ったら大間違いだ。ナツセちゃんはもっと私にやさしくすべきそうすべき。
だいたいそんなに引っ張ってもし今、私が手を放したりしたらナツセちゃんあなたすっころんじゃうんだけど、分かってやって
ぎぎー。と床から軋むような音がする。動こうとしない私をナツセちゃんが引っ張るのでそんな音がする。
そしてそれは、すぐにぎぎぎ!という強めの音へと変わった。
「げ」
〈あ〉
民宿「めしなか」は二百年前から放置された島にある木造建築瓦造り。
頻繁に殺し合いの舞台になっていたとして、だからときおり手入れがされていたとしても、正直言って形が残ってるのが不思議なくらいビンテイジな宿。
そんな宿で、廊下で、木で出来てるところで、思い切り力を入れて踏ん張ってしまえばどうなるか。
「ぎゃあ!」
〈!〉
そう、考えるまでもなく、床板に穴が開くのであった。
私の右足が感触を無くし、床下の虚空へと吸い込まれていく、
尻もちをつきかけているナツセちゃんに覆いかぶさるようにして、私も倒れ込んで、
かといってどきどきするような展開には残念ながらと言うか当然ながらというかならず――私たちは額をごっつんこした。
あ、頭は私の方が、硬かったみたい。
▼
-
たんこぶを作ったナツセちゃんと一緒に民宿の二階へと上がり、客室の押入れを開けていく。
虫食い、カビ、異臭、そういった痛んでいるものを除けながらまともな布団をさがしていく。
あまりにぼろぼろになった布団は半分風化していて、まるで腐ったわたあめのよう。
押入れから出そうと引っ張った時点で崩れてしまったりもする。
使えるタオルは残っていたから、布団だって残っているとは思うけど……なかなか大変な作業になりそう。
「いやあ、案外時間かかったな」
やっと一組、使える敷き布団と掛け布団が揃ったときには、外は夕焼けになっていた。
ただ、その「使える」布団もホコリだらけだったので、いまは窓際にナツセちゃんと二人で立って、布団のホコリをはたいているところだ。
ぺし、ぺし、ぺし、ぺし。二人で淡々と手作業です。
「機嫌治った? ふゆちー。って、今返事無理か」
二人とも両手がふさがっているので、会話はできない。
実際のところ私はまだナツセちゃんにちょっぴり怒っているので、この会話できない距離がなんとなくありがたかった。
とはいえ、ナツセちゃんのたんこぶもけっこう痛そうなので、そろそろ許してあげようかな。なんて。
そんなことを思いながらぺしぺしやっていたら、ナツセちゃんが唐突に語りだした。
「――――あたし、夕焼けが好きなんだ」
えっ、と思わずナツセちゃんのほうを向く。
「って言うと、びっくりすると思うけど。正確に言うと、好きなのは夕焼けの光だな。
あたし、光をまったく感じられないってわけじゃないんだよ。
ほら、民宿の電気が点いたのにも気づけてたろ? ぼんやりだけど、明るいか暗いかくらいは判断できる」
そういえばそうだ。些細なことすぎて、言葉にされないと分からなかった……。
「で、夕焼けは。なんか、あったかい。
朝焼けのちょっと寒い感じも、昼下がりの眩しすぎる感じも、電灯の刺すような感じもしない。
柔らかくて、あったかくて……あたしたちみたいなはぐれモノを包んでくれてるような気がするんだ」
ナツセちゃんは、真っすぐ窓の外を見ていた。
夕焼けにほのかに赤く照らされた横顔がすごくきれいだったから、私はぺしぺし布団を叩くのを、危うく忘れそうになった。
自然と、私も窓の外のほうへ目を向けた。
このままずっとナツセちゃんを見ていたら本当にぺしぺしを忘れそうだったし、
ナツセちゃんが好きなものを、私も見たくなったから。
-
でも。
そこには大きな赤い太陽があった。
ゆっくりと水平線に沈んでいく太陽の死の姿がそこにあるのが、私には見えた。
水面も、空も、死にゆく太陽に焼き尽くされてしまったかのように紅で。
彩度の高いその朱色に、私は視覚を、襲われた。
惹かれて。突かれて。焼かれて。染み込ませられて。
ああ、そうだ。忘れてた。
私にとっては、夕焼けはこういうものだった。
地に沈む太陽が流す血の色の世界は、
寂しさ、悲しさ、そして、死。そういうものを想起させるものだった。
悔しいな、と、心の中で呟いた。
きっといま目を思いきり瞑っても、ナツセちゃんと同じ世界は見られない。
私たちはずっと一緒にいたけれど、だからといって、すべて同じではないんだ。
それはきっと、太陽が毎日登っては落ちるくらいに、あたりまえのこと。
でも、だからこそ気づけなかったこと。
私はこの島に来て初めての夕焼けに、それを再び焼き付けられた。
▼
そして、一日目の夜が来る。
生と死の境目が暗い世界に塗りつぶされるような、たったふたりだけの、静寂の夜が来る。
-
投下終了です。
10回分くらいたまったはずなので、どこかにまとめようかな・・・。
-
復活おめでとうございます、投下乙です!
こちょこちょされて拗ねてるふゆちーがかわいい
その後床が抜けてずっこける二人も滑稽で微笑ましいw
こんな仲良しの二人だけど、夕焼けに対してはまるで異なる印象を抱いてるのがいいなぁ……
-
本スレッドは作品投下が長期間途絶えているため、一時削除対象とさせていただきます。
尚、この措置は企画再開に伴う新スレッドの設立を妨げるものではありません。
"
"
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■