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艦×剣 バトルロワイアル
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君と、君と、謳っていたい。
戦の日、それはきっと全てではなくて。帰り道見失わぬよう――――
参加者名簿
30/30【艦隊これくしょん】
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
30/30【刀剣乱舞】
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
◯/◯/◯/◯/◯/◯/
まとめwiki:現在製作中
【「艦隊これくしょん」と「刀剣乱舞」のクロスオーバーパロロワ企画です。
企画の性質上、キャラクターの轟沈や破壊、残酷描写などが含まれますので、閲覧の際にはご注意くださいませ】
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「基本ルール」
・最後の一人になるまで、主催者の用意した絶海の孤島で殺し合いを行う。反則はない。
・十二時間の間死者が一人も出なかった場合、参加者全員の首輪が起爆、優勝者は無しとなる。
・六時間ごとに定時放送を行い、死亡者と禁止エリアの通達が行われる。
・禁止エリアとなったエリアへ入った参加者は、十秒ほどの警告の後に首輪が爆破され死亡する。
・首輪は無理に外そうとしたり強い衝撃を与えると爆発するが、島からの脱出を図ろうとした場合なども同じく十秒ほどの警告の後に爆破される。
・参加者には開始時に支給品として以下の物資が与えられる。
「デイパック」「食料3日ぶん」「水」「地図」「情報デバイス(現在位置と時間がわかります)」「筆記用具とノート」「懐中電灯」「参加者名簿(最初は白紙)」「ランダム支給品3個(説明書付き)」
・参加者名簿はロワ開始時点では白紙。
多少メタい話になるが全ての参加者が出揃った時点で名前が浮かび上がるようになっている。、
「書き手ルール」
・予約期限は7日。申請をすることで三日間の延長が可能。
・予約する場合はトリップを必ず付けてください。
・ゲリラ投下は歓迎しますが、その場合もトリップをお願いします。
・艦隊これくしょん側は「深海棲艦」、刀剣乱舞側は「歴史修正主義者」「検非違使」など、それぞれ「艦娘」「刀剣男士」以外のキャラクターの投下はご遠慮ください。
・艦娘の所属鎮守府は「舞鶴鎮守府」、刀剣男士の本丸は「大和国」で統一します。
・アニメ版、その他メディアミックス作品などに準拠するつもりはございませんので、各同作キャラクターの関係などはある程度自由にしていただいて構いません。基本、話の中で出された設定に従っていくものとします。
・艦娘の砲などを始めとした各武装については威力に下方修正がかかっています。
・あまりにも杜撰な大量脱落、意味のない自殺など、問題の見られる作品については没にさせていただく場合があります。
・参加者は全て書き手枠です。
・それを加味しまして、参加者が出揃うまでの間は書き手枠キャラクターは一度の予約で最大四人までしか出すことの出来ないものとします。但し、既に他の方の作品で登場が確定したキャラクターと一緒に予約する際に合計人数が四人を超過することは構いません。
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「状態表テンプレ」
【エリア/経過日数/時間帯】
【キャラクター名@参戦作品】
[状態:(健康状態、心理状態など)]
[装備:(そのキャラの装備している武器や道具など)]
[所持品:(支給品やデイパックの中身など)]
[思考・行動]
基本:(ロワ内におけるスタンス。基本方針などを書いてください)
1:(行動・思考をウェイトの大きい順に)
[備考]
※(その他、特筆すべき事項があれば)
地図
A B C D E F G H
1 海 海 森 森 森 館 海 森
2 森 商 商 役 森 川 海 森
3 森 学 旧 森 薬 川 森 海
4 海 森 神 林 廃 廃 海 林
5 森 森 病 教 線 駅 森 林
6 海 住 住 住 線 住 森 住
7 海 海 森 公 森 森 海 森
8 住 住 林 川 森 海 海 森
海=海
森=森
館=洋館
商=商店街
役=役所
川=川
学=学校
旧=旧校舎
薬=薬局
神=神社
林=林
廃=廃墟群
病=病院
教=教会
線=線路
駅=駅
住=住宅地
公=公園
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続いて、OPを投下します。
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■
――世界の全てが海色に溶けても――
■
その日。
深海棲艦の脅威に日々頭を悩ませている海軍司令部へと、奇妙な報告が届いた。
奇妙を通り越し、最早奇怪というべきか。
頭の堅く、下層部からは蔑視さえ買っている上層部の人間ですらも――それを受け、言葉を失ったという。
――全国各地に点在する鎮守府の一つ。
正しくはそこに所属する艦娘全員と提督が、たった一夜の内に失踪を遂げた。
書き置きや手がかりは全くなし。
余りにも唐突で、且つ不気味な事件。
多くの戦力を失ったのは紛れもない痛手であるし、言うまでもなく重要案件であったが、これほどまでの完全な形で消えられてしまっては、さしもの軍部といえどもその足取りを追うことは不可能であった。
数日間にも渡る軍議の結果。
彼らの消失は終わりの見えない戦いの日々に嫌気が差し、集団で逃亡を図ったものとして片付けられることとなる。
責任者であった提督は指名手配され、彼らのいた鎮守府には後日別の提督と艦娘が配備されるのが決まった。
鎮守府は何も一つではない。
今回の事件の舞台となった舞鶴鎮守府の他にも、二桁以上に渡る鎮守府が存在しているのだ。
まして提督業は危険が付き纏いこそするが、それでも志願者の多い軍職である。
代わりは幾らでもいた――だから彼らの失踪は、決して致命的な損失とはならなかった。
それは果たして、当の彼らにとって幸いだったのか、不幸だったのか。
……時は変わって、西暦2205年の日本国。
ここでも、奇しくも同じような事件が勃発していた。
ある本丸の審神者と刀剣男士の集団失踪。
時の政府が代替の審神者を立てることで欠けを補填したという顛末まで、全く同一。
では、彼らはどこへ行ったのか?
弾き出された結論のように、戦いを嫌って逃亡を図ったのか?
――否。彼ら、彼女らは、断じて目の前の使命に背を向けて逃げるような臆病者ではない。
ここに綴られるのは、時代すらも越えて混じり合った、彼らの戦いの物語。
"歴史"に屈し、百年の時を経て蘇った軍艦と、"歴史"の修正を否定する刀剣達の物語である。
"
"
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■
"そこ"は、無機質な白い部屋だった。
ホール――といってもいい。
そんな場所に、"失踪"という形で歴史の表舞台から消失した総数六十の戦力達は拘束されていた。
両手を、両足を。それぞれ鋼の鎖で縛り付けられている。
その程度の束縛ならば振り払えるだけの力を本来持つ者も、何故かそうすることが出来ない。
力が下がっているかのように。何らかの、視えざる力に二重の拘束を施されているかのように。
「畜生……どうなってやがる」
誰かがそう呟いた。
それに答えを返せる者は誰も居ない。
そも、この場に集められている中の約半数は……もう半数にとって馴染みのない顔である。
それぞれ"提督"、"審神者"以外の異性は存在せぬ環境で戦い続けていた身。
第一、いた時代が百年単位で違うのだ。そこに面識があるはずもないだろう。
それに、もう一つおかしなことがある。
「何よこれ。――趣味が悪いわね。私達を犬か何かと勘違いしているの?」
不機嫌さを隠そうともせずに、これまた誰かが言った。
そう。拘束に甘んじている者達には、一人の例外もなく鉄製の首輪が填められていた。
メーカーやロゴのようなものはなく、一面無骨な黒色で塗られている。
時たま不規則にか細い電子音を鳴らすのがなんとも気持ち悪いし、悪趣味だ。
犬か何かと間違えているのか、と言ったが、犬にこんな造りの首輪をあてがう飼い主など居はすまい。
少し考えれば誰でもその結論へたどり着ける。だからこそ――そこに気味の悪いものを感じずにはいられない。
嗜虐の類でないとすれば、これに何の意味がある?
この、不気味な電子音を奏でる鉄の輪に。
もしかして。その先を口にするよりも先に、"その人物"は姿を現した。
「あっ、駄目です! その首輪を強く引っ張っちゃいけませんよ、みなさーん!!」
慌てた様子で出てきたその"艦娘"には、首輪も鎖も装着されてはいなかった。
桃色の艶やかな髪は、鎮守府で過ごしてきた娘達にとって見覚えのあるもの。
見間違えることなどありえない――見知った人物だ。
「明石さん……?」
「はい。工作艦、明石です。今日は皆さんの前に、ある方のご命令を受けてやって来ました」
工作艦・明石。
艦娘の修復から小さな売店を営んでいたりと、鎮守府の娘たちにとっては身近な存在であった筈の彼女。
その彼女が、なぜこの状況で現れる?
――彼女を知る者はぞわりと、背筋に冷たいものを感じ。
――彼女を知らない者も、これから何か不吉なことが起こるだろうと――本能で感じ取っていた。
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何故なら、彼女に命令を下すような人物といえば、最早一人しか思いつかないからだ。
「えー、舞鶴鎮守府の艦娘の皆さん。そして、遠い未来の"刀剣男士"のみなさん。
あなた達を遥々こんなところまで呼びつけたのは他でもありません。
あなた達にはこれから、とある"ゲーム"を行ってもらいます」
ゲーム……
その単語から楽しさを感じ取る者など、一人としていない。
この状況、彼女を知る者の反応、拭えない悪寒。
ありとあらゆる事項が、これから逃れようのない悪夢が訪れるのだと告げていた。
「……聞かせてもらおう。"ゲーム"とはどんなものかな」
生唾を飲み込む音が小さく響く。
その問いに答える彼女は、くすりと微笑んでいた。
「皆さんにしてもらうのは、サバイバルゲームです。
ただしこのゲームから生きて帰ることが出来るのは、たったひとり。
それ以外の皆さんには……申し訳ないですけれど、ここで死んでいただきます」
バトル・ロワイアル。
そういう趣向の名前を知っている者は、果たしてこの中にどの程度存在したろうか。
一瞬の静寂の後、ホールはざわめきに包まれていく。
当然だろう。脈絡もなく拉致同然の形で集められ、挙句同じ釜の飯を食った仲間と殺し合えと言われているのだ。
それでも、誰一人彼女を止めることはできない。
取り押さえ、事情を話させることさえできない。
鎖と首輪の戒めは、残酷なほどの強さで三十隻と三十本を苛んでいた。
承服する者は当たり前ながら零。
ただ、このくらいのことは少し考えれば分かることだ。
明石もそれは承知していたのか、次に――
「では、こうだったらどうでしょう?
――今言った"ゲーム"を考案し、実行へ移すと決めたのは……皆さんのよく知る、"提督"と"審神者"であるとしたら」
その瞬間、ともすれば殺し合いをしろと命ぜられた時よりも大きな戦慄が……その場の全員を呑み込んだ。
「わたしはただの工作艦。
皆さんをこんな風に集めるなんて大それたこと、出来るわけもないです。
これは間違いなく、提督と審神者さんが話し合って決定されたものなんですよ。
だから……"ゲーム"というよりは、"作戦"といった方が正しいのかも」
艦娘と刀剣男士。
二つの、時代も性別も違う戦士たちには一つ共通していることがある。
それは、彼らはあくまで提督と審神者――それぞれの指令によって任を遂行するその一点。
つまり……自分たちに殺し合えとの使命が出ているのならば、規則上は従わねばならないということになる。
「でも、艦娘も刀剣男士の皆さんも、色々な性格の持ち主がいると思います。
そこで意味を持ってくるのが、皆さんに取り付けられたその首輪。
予想出来ている人もいると思いますけれど、それは首輪の形をした新型の爆弾です。無理に引っ張ろうとしたり、指定された会場の中から出ようとしたりすると……ぼん! ……というわけですね」
それを聞いて、思わず血の気が引く。
どの程度の威力なのかまでは語られていないが、ゼロ距離で首に受ければまず即死なのは間違いない。
一笑に伏してやろうにも、――この状況がそれを許さない。
殺し合い? 提督/審神者(あるじ)がそれを望んだ? 生き残れるのは、……たったの一人?
混戦した脳内は、最早甘えた考えを持つことさえ不可能になっていた。
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「もちろん、お二方だって享楽でこんなことを考えたわけじゃないですよ。
……けど。それを知ることが出来るのは、最後まで生き残った一人だけです」
そう言って、明石は目を伏せる。
彼女なりに、不運な六十名のことを慮っているのだろうか。
その真意は定かではないが……その如何に関わらず、その時は訪れる。
明石の持つ無線機へと、某かからの伝達が入った。
それを取った彼女のやや慌てた反応から、通信の主が誰かは容易く窺い知ることが出来たろう。
「えー、それでは。私からの説明はこれで終わりとなります」
締め括る言葉が発せられると同時に、集められし者達の首筋に鋭い電流が走った。
一人またひとりと意識を失う彼ら。
無情に過ぎるその光景は、これから始まる殺し合いの中では、これまで彼らが歩んできた物語や胸に抱く誇りなど糞の役にも立ちはしないのだと、言外に嘲笑われているようでさえあった。
中には火事場の馬鹿力を発揮し、明石へ食ってかかろうとする者もいたが、しかし悲しきかな。束縛された手足では地を這うように動くことしか出来ず、彼女が数歩後退するだけでその勇気は無為に終わってしまう。
これから、どうなるのだろうか。
――彼女の言っていた"会場"とやらまで運ばれて、殺し合いをさせられるのだろう。
「これが……あなたの望んだことなの…………!?」
答える声はない。
答える声はない。
答える声のないまま、遂に最後のひとりが意識を手放す。
もう誰にも、動き始めた歯車を止めることは出来ない。
「それでは皆さん。どうか、悔いなき戦いを」
それが出来るとすれば――それは、彼らに残酷な闘争を突きつけた将たる者だけだ。
「……これで、いい。
そうなんですよね、提督――……?」
その問いへの解は、彼女ら/彼らの主(ていとく/さにわ)だけが知っている。
【作戦名:バトル・ロワイアル ―――― 攻略開始】
【主催者:提督@艦隊これくしょん、審神者@刀剣乱舞】
【進行役:明石@艦隊これくしょん】
【残り60人】
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ではこれでOP、各種テンプレの投下を終了させていただきます。
同時に予約についても解禁するので、どうかお気軽にご参加ください。
早速ではありますが。
翔鶴@艦隊これくしょん、時雨@艦隊これくしょん、平野藤四郎@刀剣乱舞
で予約します。
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投下します。
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水底へ沈む感覚を、覚えている。
はじめに焼けるような痛みが走って、次に平衡感覚を失った。
海水に僕の身体が落ちて、真っ白な水飛沫をあげる瞬間――初めて敵の雷撃を受けたことを知る。
そしてこれから自分は沈み……冷たく暗い海の底で、永い永い眠りにつくであろうことも。
それでも。
不思議と、それを怖いとは感じなかった。
とはいっても、そこまで悟りきった生死観は持っていない。
ただ、覚悟していただけ。
僕よりも前に沈んでいった仲間たちのことを見ていたから、僕もいつか彼女たちのように、ある日突然駆逐艦としての役目を終えるのだろうと覚悟していたから、絶望はせずに済んだ。
もちろん、寂しい想いはあったけれど……扶桑や山城とは"艦娘"として再会出来たから。
過去は過去、現在は現在。そういう風に割り切ることが出来ていた。
けれど、そんなある日。
――――僕達の日常は、唐突に奪い去られてしまった。
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駆逐艦・時雨が目を覚ましたのは、ステンドグラス越しの陽光が妖しく差し込む教会の壇上だった。
壁へ凭れかかるようにして安置されていたからか、少し背中が痛い。
ぼんやりする意識を、冷たく無機質な電子音が一気に覚醒へと追いやっていく。
音の出処は言うまでもないだろう。時雨の首に巻かれた、鉄製の首輪爆弾だ。
あまりに非現実的すぎる事態に混乱する中で、皮肉にもこれの存在が、彼女へ確たる現実を教えてくれていた。
「……そっか。夢じゃなかったんだ」
夢だったなら、どれだけ良かったことだろうか。
明石の語ったその衝撃的過ぎる内容は、傷跡にも近いような深さで時雨の脳裏に刻み込まれている。
首謀者……提督と、"審神者"なる人物が用意した会場に六十もの参加者を押し込めて、殺し合いを行わせる。
この手の話の例に漏れず、生き残る権利があるのはたったの一人。
明石は敢えて語っていないようだったが、それはつまり、残りの五十九人はここで死ぬという意味に他ならない。
悪趣味だと怒りを燃やす以上に、悲しかった。
僕達は、誰よりも提督の傍で頑張ってきた。
なのに――彼は、その僕達に殺し合え、と命ずる。
なんて理不尽。なんて、不甲斐なさ。僕達は、彼の考えがどこにあるのかすら分からない。
「僕達は……そんなにも頼りなかったのかい、提督」
淋しげな呟きは、彼女以外の誰の耳にも入ることなく消えた。
それで完全に振り切ったのか、ぐしぐしと潤んだ目を袖で拭って唇を噛み締め時雨は顔を上げる。
いつまでもくよくよしてはいられない。
提督にどんな考えがあるのか――はたまた、これが単なる彼の暴走なのかは定かではないが……
どちらにせよ、どんな理由があったとしても殺し合いなんて所業を許すわけにはいかない。
この悲しくおぞましい"作戦"を"失敗"させ、彼と明石……そして未だ見ぬ"審神者"の所まで辿り着く必要がある。
その為にも、断じてこんなところで泣いている暇なんてありはしない。
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(参加者の名前は時間を置かないと浮かび上がってこないようになってるみたいだけど……
あのホールに集められていた中の半分くらいは僕達艦娘だった。でも、もう半分は――)
もう半分は、見たこともない男の人達だった。
年齢の幅が子供から大人まで広いのは艦娘と同じだが、彼らは皆帯刀していたことを覚えている。
衣服も艦娘のものとはかけ離れた和風のそれで、どこか時代劇の中の人を見ているような気分になった。
間違いなく、彼らは鎮守府外の者だろう。詳しいことは分からないが、彼らもまた自分達のように何らかの使命を負わされ、それを遂行する為に戦っていたりするのだろうか。
確証は持てないが、言い方を悪くすれば兵器である自分達と同じ土俵に立たされた者達だ。
只者とは思えない。――良くも悪くも、彼らの存在が現状を打破する鍵になるような気がしていた。
別に鎮守府外の参加者でなくたって、頼れる人の名前は幾つも思いつく。
ただ、状況が状況だ。
あの時は殺し合いを宣告され、皆が否応なしに明石の言葉に注目することを余儀なくされていた。
それは自分も同じ。だから正直なところ、誰が居て誰か居ない、と確証を持って断言はできない。
「もちろん……居ないに越したことはないんだけどね。知り合い――ましてや姉妹なんて」
いくら信頼しているからって、こんな状況を誰かに共有してほしいとは思わない。
例えば時雨の姉妹艦にあたる白露型駆逐艦の皆。
彼女たちも強いが、出来ることならこんな悪夢じみた催しには触れずに日常を生きていてほしい。
他の艦娘についても同じだ。けれど、この現状を打破する為にはどうしても他者の協力が必要不可欠で――それがジレンマとなって、時雨の中でぐずぐずと燻っている。
そんな時だった。
ぎぃぃ――、と。
錆びかけた教会の扉が、何者かの手によって開かれる。
心臓の跳ね上がるような感覚を感じ、がばっと振り返る時雨だったが、最早身を隠す猶予などなく。
「……大丈夫ですか」
しかし、予想に反して扉の向こうから現れた人物は……時雨より更に小さな、幼い少年であった。
「……男の子……?」
「あ……これは失礼しました! 僕は平野藤四郎といいます。一応、"参加者"という立場になると思われます」
「…………わあ……」
「……? あの…………」
慌てて名を名乗り身分を明かす姿は、年不相応なほどによく出来ている。
少しの間呆気に取られた時雨だったが、すぐに慌てて自分も名乗ることにした。
「あっ、その、ごめんね。
……こほん。僕は時雨っていうんだ。君と同じく、この"ゲーム"の参加者だよ。
よろしくね、ええと――」
「平野でいいですよ。藤四郎は僕の他にもたくさんいるので」
「? うん。わかった。じゃあ、平野くんだね」
言って、首輪を示す。
時雨さんですね。覚えました。
そう言う少年の首にも、しっかりと同じものが巻かれていた。
彼が先程挙げた、"鎮守府外の参加者"であることは言わずもがなだ。
幸い、殺し合いを進んで行うような柄にも見えない。利口そう――というのが、時雨の抱いた第一印象だ。
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兎角、幸運艦と呼ばれた駆逐艦の少女と、忠実な従者である少年はここに邂逅を果たした。
彼と彼女は相互に理解し合った通り、どちらも殺し合いには乗っていない。
時雨は平野を人殺しなどする柄には見えないと認識したし、当の平野も時雨へ「優しそう」という印象を持った。
互いにファーストコンタクトが良好だったのだから、そこに齟齬や不和が生じる筈もなく。
彼らの情報交換、或いは知識の交換は円滑に進んでいく。
【D-5 教会/一日目/深夜】
【時雨@艦隊これくしょん】
[状態:健康]
[装備:なし]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3]
[思考・行動]
基本:殺し合いはせず、提督の真意を確かめたい
1:平野くんと情報を交換する。
[備考]
※改二実装済みです。
※「刀剣乱舞」の世界観について大まかに理解しました。
【平野藤四郎@刀剣乱舞】
[状態:健康]
[装備:短刀『平野藤四郎』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:殺し合うつもりはない。皆でこの会場から脱出するのが目的。
1:時雨さんと情報交換をした後、共に行動する
[備考]
※「艦隊これくしょん」の世界観について大まかに理解しました。
そう。彼らは、どこまでも幸運であった。
同刻。
教会真横のエリアに存在する病院の屋上から、双眼鏡を用い時雨達の様子を伺う艦娘が一人。
ステンドグラス越しに中の様子を窺い知るのは至難の業だが、この島は元々人が住んでいたのが荒れ果てて出来た無人島のようなものであるらしい。
窓には割れた部分があり、そこを丁度屋上から遠視することにより、中を観察することが出来るようになっていた。
艶やかな白髪。温厚そうな顔立ちは険しく引き締まり、いつもの彼女からは考えられないような別種の静けさを孕んで顔見知りの少女と、利口そうな少年を注視する。
やがて、これ以上は無意味と判断したのか。
その人物はゆっくりと双眼鏡を下ろし、観察を打ち切った。
「……無駄な心配だったみたいですね」
彼女の名は翔鶴。
"五航戦"の姉妹の片割れで、この殺し合いの参加者の一人だ。
ではその彼女が何故にこんな所で監視の真似事などしているのかと言うと。
――答えは一つ。時雨、そして彼女に接触した少年が"殺し合いに乗っていた"場合を危惧していたのだ。
もしそうであったのなら、この距離からでも露払いを行わねばなるまい。
距離は相当に離れているが、まだ弓術で撃ち抜ける範囲内だ。
仮に外れたとしても、それで襲われている方へ反撃の機を生むことは出来るだろう。
つまり、俗に言うマーダーキラー――それが、彼女の選んだ道であった。
殺し合いに乗り、最後の一人を目指す参加者を殺害する。
心を鬼にしてそれを切り捨て、助けられる命を可能な限り助ける。
その為ならば……仮にこの手を血で汚すことになろうとも構わない、それだけの覚悟があった。
では、その感情はどこから来るのか?
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答えは一つ。
彼女は恐れているのだ。
この殺し合いに、最愛の妹……"瑞鶴"までもが招かれていることを。
彼女だけは何としても守り抜かなければならない。
仮に参加させられているのだとしたら、どんな手を使ってでも生還させねばならないと焦燥にすら駆られていた。
それほどまでに。翔鶴にとっての彼女は、かけがえのない存在であるのだ。
(瑞鶴……もしあなたもここに居るというのなら……私は…………)
今はまだ、参加者名簿は白紙を示している。
けれども説明書きによれば、遠からぬ内に参加者の名を浮かび上がらせるという。
その時、そこに瑞鶴の名前があったなら。その時、翔鶴(じぶん)は翔鶴(じぶん)でいられるのだろうか。
マーダーキラーなどというスタンスですらも、彼女にとっては仮のもの。
殺し合いという極限状況が生む魔力に少しずつ、だが確かに狂わされながら――翔鶴は、屋上を後にした。
【C-5 病院/一日目/深夜】
【翔鶴@艦隊これくしょん】
[状態:健康、精神不安定]
[装備:翔鶴の弓@艦隊これくしょん]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:殺し合いに乗った参加者の排除。
1:瑞鶴が呼ばれていたなら――?
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投下終了です。そして時刻表記の記載を忘れていました。
「時刻」
※開始は深夜0時
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
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リレー形式ってことでいいんですよね?
新ロワ乙です
ジョジョ東方とかでもあったニ作品男女クロスだけど、元が元だけに面白そうかも
ゲームや作戦、提督、審判者という言葉がどこかメタな意味も含んでそうでにやりとできました。
企画のご武運をお祈りします。
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>>16
ありがとうございます! 励みになります。
金剛、へし切長谷部で予約します。
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金剛、へし切長谷部 投下します。
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「……今回ばかりは、YouのHeartを分かってあげることがImpossibleデース」
深夜零時拾伍分。
潮風の吹き荒ぶ浜辺で、戦艦金剛はたそがれていた。
元気なことが最大の取り柄と言ってもいい彼女の表情は、痛ましくも曇天模様だ。
その理由は言わずもがな――今この時も進行している、悪夢のような"作戦"にあった。
「Battle Royale。聞いたことだけはあったケド……」
三十名の艦娘と、残り三十名の見たこともない男性達を殺し合わせ生き残りを選定する。
それを明石が語った時には、恐怖や怒りよりも先に、何の冗談だろうかという思いが先行した。
何故ならば。少なくとも金剛の知る提督は、たとえ冗談でもそんなことを命ずるような人物ではなかったからだ。
全国各地に点在する鎮守府。
その中には、俗に"ブラック"と呼ばれるような劣悪な労働環境を強いている例外もあると聞いている。
だがその点金剛の所属する舞鶴鎮守府は、間違いなく対極にあった。
提督は艦娘を慮り、たとえ小破だろうとなるだけ無茶はさせない。
大破状態での進軍など以ての外だ。少なくとも金剛が鎮守府にやって来てからは、轟沈した艦娘は一隻もいない筈。
一度だけ、彼女は提督へ問いかけたことがあった。
どうしてそんなにも慎重な……人によっては"臆病"と取られても仕方ないほどの進軍方法を取るのか、と。
彼は答える。
レースカーテン越しに、黄昏色に染まる水平線を見据えながら。
――曰く、自分が着任して間もない頃。ある駆逐艦を自分の不注意で轟沈させてしまった。
それからというもの、二度とあんな悲劇は繰り返さないように善処している。
艦娘は軍艦級の武装を装備した立派な兵器であり、そこへ人間に接するような情を介入させるのは愚かしい。
中にはそう説く者もいるだろう。しかし彼は、それは違うと考えていた。
艦娘だって、心は普通の女の子だ。
事実解体された彼女たちは、武装を解除して普通の暮らしに戻っていく。
自分には……たとえ任務であろうと、人類の未来を守るためであろうとも。そんな子達の命を粗末にすることは出来ない。そう言って彼は微笑んでみせたのだ。
その時、金剛は決めた。
海を守る使命なんかの為ではなく、自分はこの人の為に戦うのだと。
この心優しくも魅力的な男が二度と悲しみに暮れることのないように戦い続けよう、と。
そう思っていた、筈だった。
「提督……こんなのってないネ」
彼の為にと戦い続けてきた金剛ですら、彼の考えが分からない。
どんなに艦娘を軽んじている輩だって、三十隻もの損失が出るのは間違いなく大きな痛手だ。
まして、驕るわけではないが……自分の練度は鎮守府内でも上位に入る。
それを無碍に切り捨てる理由も分からない。――何もかも。今日の彼の考えは、何もかも分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
これまでの間、自分はずっと彼の為に戦ってきた。
彼を喜ばせるため。彼が悩んだり、苦しんだりしないために。
彼の代わりに手足となり、海原を駆け巡って深海の脅威を叩き潰してきた。
だが――今回は、そうではない。
たとえ親愛する彼の頼みであろうと……いや、彼の頼みだからこそ、だ。
艦娘の命を粗末にできないと言って笑った彼の真意を確かめるために、敢えてその命へ叛く。
鎮守府に居る艦娘達にも、それぞれの想いや過去がある。
どんなに信頼していても、一概に殺し合いが起きないとは言えない。
それに、全く勝手の分からない艦娘でないもう半分のこともある。
殺し合いは、遠からず進み始めるに違いない。金剛は冷静にそう考えていた。
だからこそ、そこを止めるのが自分の役割。
あの日、提督の過去と優しさの理由を知った自分の使命であると信じている。
「オイタはメッ、よ。提督! この私が、Youに熱いビンタをお見舞いしてあげマース!!」
握り締めた拳は、決意の証だ。
自分の目の届く範囲では、誰も死なせはしない。
みんなで――顔も知らない参加者達も含めた、"みんな"で!
元いた日常に帰るのだ。いつか、"そんなこともあったね"と笑い合えるように。
-
と、その時。
ざっ、と砂浜を踏み締める音がした。
振り返れば、そこにはややばつが悪そうにしている偉丈夫の姿がある。
「……すまないな。盗み聞きをするつもりはなかったんだが」
客観的に見て、整った顔立ち……所謂"イケメン"に部類されるような男だと感じた。
この緊急事態に取り乱した様子も見せていないのがまた高得点だ。
提督一筋と決めている彼女をして、魅力的と言わせるに足る。
「No Problemネー! 私は金剛と言いマース。
Youは――Hmm……見たところ艦娘ではないみたいデスガ」
「艦娘? よく分からないが、そちらこそ刀剣ではないようだな」
刀剣?
首を傾げる金剛だったが、それは眼前の彼も同じのようだった。
当然だろう。この二人、性別も、戦っているモノも……主戦場とする時代すら違うのだから。
「俺はへし切長谷部という。此処に来てから出会った他人は、お前が初めてだ」
その名前を聞き、更に金剛はきょとんとする。
そんな反応は慣れっこなのか、苦笑して彼は付け加えた。
「……変な名前だろう? まあ、色々と訳ありでな。気軽に長谷部と呼んでくれ」
■
この状況は余りにも手探りすぎる。
まだ開始して間もなく、名簿に名前すら浮かび上がっていないとはいえ、少しでも情報は手中に収めておきたい。
考えは二人とも同じだったようで、情報交換は至極スムーズに進行した。
とはいえ、殺し合いの打開策に有用と思われるファクターも浮上はしなかったのだが……
「……驚いたな。では俺達はそもそも、呼ばれた時代からして違うというのか」
互いに気になっていたのは、自分の知らない三十名のことだった。
艦娘になれるのは女性だけだし、刀剣男士もその名の通り男性以外には確認されていない。
ならばもう半分は何であるのか? それについての疑問は、この通り時代を越えた邂逅で紐解かれる。
艦娘。それは海の脅威、深海棲艦と戦うべく結成された存在。
刀剣男士。それは歴史へ仇なす者、修正主義者と戦うべく鍛刀された存在。
二つの在り方はあまりにも似通っている。こうして共に呼ばれるのも当然だと思わせる程に。
そして、共通点はそれだけには収まらなかった。
金剛、そして長谷部。二人の鎮守府、或いは本丸を統率する者は――……普段、非常に理知的な人物だという。
こんな催しに手を染めるなど、今でも信じられない程に。
「ンー、ますますよく分からなくなってきマシタ」
では、何故だ?
何故彼らは、自身の所有する艦/刀剣を放棄するような真似をする?
その問いに答えは返らない。誰一人、この作戦に何の意味があるのかを読み取れない。
それは金剛達二人も同じであった。互いに、主のことをよく知っている筈だったのにも関わらず、である。
-
「……こんな状況でなければ、お互い主には恵まれたようだな、とでも言いたい所だが」
「まったくデス。……正直、今でも信じたくないワ。提督がこんなDangerous Gameを企画したなんてネ」
「無理もないだろう。――斯く言う俺もそうだ」
長谷部は、自身の刀へ視線を落としながら、罪悪感すら滲ませる声色で呟く。
「俺が前に仕えていた主は、暴君のような男でな。
"へし切長谷部"なんて名前もその狼藉から付いたものだ。茶坊主の失敗を許せずに激昂し、隠れていた棚ごと圧し切った……挙句命名までしておきながら、直臣でもない輩へ下げ渡す。そういう男だった」
金剛と長谷部は共通点の多い二人だが、その生前には大きな差異がある。
金剛は戦艦だ。第二次世界大戦の海原を駆け巡り、何人もの乗務員と共に御国の勝利を掲げて戦った。
そこに主従関係などというものはない。だが、長谷部は違う。彼が活躍した時代は、かの戦国時代だ。
第六天魔王と呼ばれた男を主とした彼にとっては、審神者との主従関係は二度目のものであるのだ。
「その点今の主は、本当に素晴らしい人だと心より思う。……だが」
苦々しげに、長谷部は表情を歪めた。
握り締めた拳は、血が滲みそうな程だ。
その様相を前に、金剛は言葉を発することはできなかった。
察してしまったからだ。彼の中にある、主への感情は自分とは違った形で――しかし非常に重いものだと。
「…………俺はあの瞬間……明石なる女から、主が計画に加担していると聞いた瞬間。
確かに一瞬、前の主と…………織田信長と主を重ねてしまった」
それは、決して誰にも責められることではないだろう。
だが、へし切長谷部という刀はそれを許せない。
刀剣男士として顕現した自分や、他の刀を的確な采配と思いやりをもって導いた主を、たとえ一瞬でも信じられなかった自分が憎らしい。いっそ腹でも掻っ捌いてしまいたいほどの自己嫌悪が、その身を苛んでやまないのだ。
何という浅ましさ。背信と言ってもいい、心の弱さか。
長谷部は嫌悪する。自戒する。――この殺し合いに於いては致命的とも呼べる、心の揺れを引き起こして。
「……It's all right!」
そんな彼の頭へ、金剛は背伸びして手を置いた。
優しく撫でるように、それを動かす。
これには流石に驚いたのか、長谷部は虚を突かれたような顔をする。
「金剛……?」
「大丈夫デスヨ、長谷部。
YouのMasterがどんな人かは分からないケド、きっと何か理由があるに決まってマース!」
そう。
こんなことをするからには、何か理由があるに決まっているだろう。
金剛は提督へ失望するでもなく、寧ろいつも通りの信頼を向けていた。
当然、再開したら平手打ちの一つはしてやるつもりだ。
だが、彼はこれまで幾度となく仲間や自分の窮地を救ってきた。
そんな男が、よもや快楽目的でこんなことをするはずがない。
そしてそれは、きっと長谷部の主も同じであろう。
「だから、一緒に会いに行きまショウ! そして一発Punchでもお見舞いしちゃえばいいネ!」
その笑顔に、一時は呆気に取られていた長谷部だが。
やがて、フ、と小さな苦笑を漏らす。
「……そうか……、金剛、会ったばかりでこんなことを言うのも何だが」
満月の照らす遠い水面を見やる。
成程、優しい少女だ。
初対面の相手に、しかもこの極限状況でここまで思いやれる者などそうは居まい。
「俺も……おまえのようであれたなら、幾らか楽だったのかもしれないな」
素直に、そう思う。
-
しかし同時に、自分は彼女のようにはなれないのだということも痛感していた。
境遇の違いどうこうの話ではない。自分と彼女は同じように主を奉じているが、その形が明確に異なっている。
へし切長谷部という刀は、金剛という戦艦のように前向きにはなれない。少なくともこの状況では。
「だから」
金剛は、その時奇妙な音を聞いた。
「――――さらばだ、艦(ふね)の少女よ」
ぐじゅり。
それは、トマトか何かを潰す音に似ていると感じた。
ややあって、腹に焼けるような痛みを感じる。
視線を落とし――自分の腹部へ、銀色の刀身が突き立っているのを視認した時にはもう遅かった。
がくりと膝が落ちる。崩折れる身体を、どうにか跪くだけで留めたが、血は喉の奥からも逆流してくる。
刃が抜き取られ、堰き止められていた血液が夥しく溢れ出す。
止まらない、止まらない。
視線を上げると、そこには表情を殺し、今しがた自分を突き刺した刀を握っている長谷部の姿があった。
「すまない」
どう、して。
口が動く。
声になっているかは分からなかったが、長谷部が眉を顰めたのを見るに、ちゃんと届いてくれていたらしい。
謝罪を述べながら、男は刃を振り上げた。
月光が刀身に反射して眩しい。
万全の金剛ならば抵抗し、逃げ果せることも可能だったかもしれないが――初撃で腹を穿たれたのは致命的過ぎた。
武装を構えても間に合いはしないだろう。――数秒とせぬ内に、あの白刃が自分を袈裟に斬り裂く筈だ。
脳裏に過るのは、愛しい姉妹の顔。
ああ、どうかここには呼ばれていないでいて。
長谷部の手が、動く。
死ぬ間際はスローモーションに感じると何かの本で読んだのを思い出した。
しかし、だからといって身体が速く動かせるわけでもない。
これでは無意味だ。――苦笑しつつ、金剛は最後に、哀しき忠義の剣を見上げながら……
「てい、とく」
思い出の中の黄昏時を夢見ながら、銀の太刀を前に圧し斬られ、戦艦金剛は散った。
【金剛@艦隊これくしょん 轟沈】
.
-
■
「先ずは一人か」
金剛のデイパックの中身を回収しながら、長谷部は呟く。
デイパックを二つ持ち歩いているようでは、誰か殺してきたと白状しているようなものだ。
あくまで中身を得るだけに留め、スペースを考慮して不要なものは捨てていく。
――残念だったのは、彼女達艦娘用の武装は自分では使用できないらしいこと。
支給品として配布される中には艦娘用でない銃器なども存在はするようだが、戦力で遅れを取るのは避けられない。
「……悪く思うなとは言わない。恨むならば好きにするんだな」
眠るように目を閉じ、袈裟斬りと初撃の傷から血溜まりを作って倒れ臥している金剛へ、静かに言う。
彼女は最期まで微塵も自分を疑っていなかった。
きっと……最初から自分が情報を得た後、殺すつもりであったことすら気付かぬままであったろう。
だが、それでいいのかもしれない。彼女のような少女は、せめて夢を見たまま逝った方が幸福だった筈だ。
「俺は――主命に従う」
それがへし切長谷部という刀。
死ぬのは楽だが、主命を果たせないのは論外だ。
この会場に存在する誰にも恨みはない。しかし、主が殺せと命ずるならば、己はそれを遂行するだけ。
彼女達艦娘も、同胞の刀剣であれども例外ではない。
主がそれを願うなら、俺はどこまでだって血の道を創り上げよう。――何を恐れることがある。家臣の手打ち、寺社の焼き討ち。あらゆる蛮行へ用いられてきたこの身に、憚るものなど最早何一つありはすまいよ。
金剛へ吐露したのは、紛れもない本音だった。
あの少女には、自分の弱さを見せた。
元から殺すつもりだったが、あの瞬間、自分はこの娘を圧斬らねばならないのだと確信したのだ。
此度の主命を遂げるには、弱さを全て捨てねばならない。
それを知った他人を全て排斥する程の苛烈さでもって、任務に当たらねばならない。
そうしなければ、遂げることのできない任だ。
どんな戦場を踏破した時よりも、検非違使の連中と矛を交え死にかけた時よりも過酷で熾烈極まる。
だが、たとえ何を要求されようとも。共に切磋琢磨した同胞が、どれだけの怨嗟で自分を恨み祟ろうとも。
「最良の結果を、主へ……」
――構うものか。
俺はただ、主命を果たす。
刀を濡らす血潮を振り払い。
長谷部は夜の孤島を往く。
全てを圧斬り、勝利を主へ捧ぐ覚悟を決めて、悪鬼羅刹の誹りを受けようと、ただ一振りの剣が如く――。
【A-1 海/一日目/深夜】
【へし切長谷部@刀剣乱舞】
[状態:健康、僅かな返り血]
[装備:打刀『へし切長谷部』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式(二人分)、ランダム支給品×2、金剛のランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:主命のままに、任務を遂行する
1:見敵必殺。だが時には頭も使う。
[備考]
※「艦隊これくしょん」の世界観について大まかに理解しました。
※A-1の浜辺に金剛の死体が放置されています。
彼女の武装である15.2cm単装砲は近くの草むらに捨てられているようです。
-
投下終了です。
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島風、石切丸を予約します。
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島風、石切丸 投下します。
-
狙われている――それが、大太刀石切丸の置かれている現在の状況であった。
此処はE-7の鬱蒼とした森の中。
時間帯の事もあって足下はおろか前方すら覚束ず、唯一の光源は木の隙間から差し込む月光という有様だ。
支給品にあった懐中電灯を使うなど、もちろん論外である。
敵に自分の居場所を示してしまうようなものだし、今回の襲撃者はどうも片手落ちで倒せるほど易しい手合ではない。
北東方向から銃声。
遠戦で銃火器と相対するのには慣れているつもりだったが、やはり普段の出陣とは勝手が違う。
身を大きく逸らすことで躱す……ことには成功したものの、今のは危なかった。
「間一髪、だなっ……」
あと少し反応が遅れていれば、程度はどうあれ負傷は避けられなかっただろう。
先程から、ずっとこうだ。相手が攻撃を仕掛けてくるのを、石切丸はいなすか躱すしか出来ていない。
彼は刀剣男士。それも非常に高い攻撃力を持つ大太刀だ。もしもこれが昼間であるなら、弾丸如きを相手にそう手こずりはしないだろう。しかし今、石切丸は何重もの枷を施されている状況に等しかった。
前後不覚に陥り易く、弾丸ほどの速度で猛進してくる物体の視認など到底困難な闇の中。
足下は木の蔓や泥濘みなどが所々に存在しており、気を抜けば転倒すらしかねないさながら自然のからくり屋敷。
そして何よりも石切丸にとって最悪だったのは、この相手が余りにも"速い"ことにあった。
彼の最大の弱点は機動力だ。
他の刀剣に比べ鈍重な攻め手を、普段は仲間の存在と一太刀の威力で補っているが、今は状況が異なる。
石切丸とは対極に速度重視の相手。おまけにその主武装は銃器で、しかも普段戦場で目にする遠戦の道具よりも高性能ときている。極めつけが前述した劣悪な戦場環境。――何一つ、ここには石切丸に有利に働く要素がない。
「ぐ……!」
脇腹を熱いものが掠めた。
不味い。時間としてはそう長引いてもいない筈だが、暗闇の中での消耗戦は神経を摩耗させる。
集中力を少しでも散漫とさせればこの様だ。間違いなく、長期戦は不利になる。
しかし、劣勢の石切丸とて敵の情報を見逃してはいない。
暗殺者さながらの静寂さまでは、この敵は持ち合わせていないようだった。駆け回る音は夜闇に満たされた森でよく響き、大まかではあるもののどの辺りにいるのかを察知させてくれる。
――そこまでは、いい。ではどう攻めるかとなる段階で、やはり相性差が足を引っ張る。
(参ったね。
私が進軍している間に、あちらさんは距離を取って発砲までできてしまう。取り付く島がないとはこのことか)
ではこちらも遠距離戦で解決すればいい。
そう思うのは必定だが、生憎と石切丸の支給品にそんな便利なものなどありはしなかった。
あったのは鍛刀に使用する冷却材、金属の棒……そして、短刀代わりにするにも小振り過ぎる刃のみ。
「厄日だな……」
せめて、一撃。
それさえ打ち込むことが出来れば事足りるのだが。
相手もそれを悟っているのか、攻めの慎重さよりも攻撃を受けないことに重きを置いているように感じられる。
軽量級の弱点は耐久の低さであると相場が決まっている。
一概に断言は出来ないが、相手の動きからしても今回はその例に当て嵌めて良いだろう。
一撃で、切り伏せる。それを成せなければ、石切丸という刀はここで破壊されて終幕だ。
-
何度目かの銃声。
今度は運が良かった。
敵の足音が途絶えた瞬間と方角を察知していたから、軽く身を逸らすだけで回避できる。
ちっ。そんな舌打ちの音が聞こえたような気がする。
「悪いが、私にも生きなければならない理由があるんでね――立ちはだかるなら、斬らせてもらうよッ!」
虚を突くことが出来たのは大きい。
どんなに機動力に優れた手合いだろうと、夜闇の中で戦わねばならない条件は同じだ。
自分にとっては特に突き刺さるというだけで、戦場環境の劣悪さは互いに牙を剥いている。
そこで心の乱れを生めば、必然立ち回りに過失が生ずるだろう。
そしてその瞬間こそが、一撃必殺を成す最大の好機となる――!
進む。
障害物の危険がないことは知っていた。
何故なら、つい先刻襲撃者は確かにこの場所を駆けていたからだ。
相手は頭がいい。事前に調べ上げていたのか、それとも実戦の中で探し出しているのかは知らないが、決められた安全地帯の上をぐるぐると巡回するように駆け回りつつ石切丸を攻撃しているのである。
大したものだと思う。仮に自分達が普段通りの部隊で出陣していたとしても、相当に手こずったやもしれない。
だが、まだまだ詰めが甘い。足音を隠さないならば、少々大胆になってでも必殺へ重点を置くべきだ。
そうしないからこのように、折角の安全地帯を利用される。始めから障害がないと分かっている場所の上でなら、多少の相性差など切り詰めることが出来るのだ。
息を呑む音がした。
慌てて銃を構えているらしき音も続くが、発砲音が聞こえない。
――弾切れか。
まさに好機。
これもまた、石切丸の狙っていた瞬間であった。
闇の中に、薄っすらとだが人影が見える。
背丈は小さい。兎の耳のようなシルエットまで確認できる。
自分の本丸に、このような刀剣はいなかった筈……だとすれば、参加者の"もう半分"の側だろうか。
ということは、女。それも子女。
そこに慙愧の念を覚えないほど石切丸は薄情な男ではなかったが、相手は確実に殺し合いに乗っている。
覚悟を決めるよりない。自分とて、守らねばならぬものがあるのだ。
「厄落としだ」
唇を噛み締め、一息に大太刀の一閃を振り抜く。
歴史修正主義者はおろか、検非違使にすら致命傷を与える剛剣……防御も覚束ない小娘に耐えられる筈もない。
身体のどこを捉えようと致命だ。
せめてもの情けとして、痛みを感じずに逝かせてやりたいとは思ったが、さすがにそこまでの保障はしかねる。
勝利を確信した石切丸だったが、次の瞬間、彼の思考は空白に染め上げられることとなった。
「なに……!?」
すかっ。
鳴ったのは骨肉を断つ音ではなく、空を切った音。
手に生々しい感覚が伝わることもなく、勢い余って僅かに平衡感覚が崩れる。
-
「躱しただって……!?」
この間合いで?
この間合いからの閃撃を、避けるだと?
石切丸は思う。――侮っていた! この娘は刀剣男士ではないが、それでも普通の人間ではない。
我々刀剣と同じ土俵で戦うことの出来る、立派な戦士に違いない。
「――――おっそーい!」
斬撃を掻い潜り、懐まで潜り込んだと思しき少女。
半身を翻すと同時に、反動のついた蹴撃が石切丸の屈強な肉体へ叩き込まれる。
矮躯から繰り出される技とはいえ、速度が乗ればそれなりの威力を生む。
鈍痛が走る。二歩、三歩と後退する頃には、彼女は既に同じだけの後退を果たし終えていた。
「ホントは近寄らせたくなかったけど……この距離でなら、絶対に外さないもん。いいよね」
あなた、遅いし。
言って少女は、弾切れを起こした銃を無造作に放り捨てる。
そして構え直したのは――"砲"だった。
「……参ったな。君、何者だ?」
刀を抜いたまま、硬い顔色で問いかける。
まず間違いなく、これまでに出会ったことのない相手だ。
歴史修正主義者のように怨霊のような姿はしておらず、しかし運動能力で言えば刀剣男士にすら匹敵する。
彼女の外見を見るにこちらで言った所の短刀に該当するのだろうが、なんと扱うのは砲や銃ときた。
未知の相手。そしてこの距離で砲を向けられることの意味するところが分からない石切丸ではない。
そんな彼に、少女は不敵に口許を吊り上げて答えた。
「駆逐艦、島風。40ノット以上の快速なんだから」
それが合図。
最早語ることなどないと、島風は迷うことなく砲を発射する。
その躊躇いの無さは、彼女もまた何かと命を賭して戦ってきたであろうと推察させるに足るだけのものだった。
そうか。呟いて、石切丸は目を瞑る。
辞世の句でも述べるつもりなのか。
死の瀬戸際とは思えない静けさで、神具の大太刀は停止して。
「確かに速い……だが、油断は禁物だよ」
刹那。
目を見開き、あろうことか砲弾への突進を開始した。
「お、おうっ!?」
これには、さしもの島風も度肝を抜かれた。
-
彼の察し通り、彼女は幾度となく実戦へ出ている。
深海の住人と海上戦を繰り広げ、何体もの敵を沈めてきた実績の持ち主だ。
しかしその彼女をしても、連装砲の砲撃へわざわざ向かってくるような輩に出会ったのは初めてだった。
自殺行為どころの騒ぎではない。
後がなくなってやけになったか――そう思うのは当然だろう。
だが、石切丸は断じて勝負を放棄したわけではなかった。
(些か分の悪い賭けになるが……黙って折られるよりは幾分マシだろう)
彼の起死回生の一手とは、打算とは到底縁遠い博打打ちに他ならなかった。
自分には、彼女……島風のような身軽さでの回避など出来るはずもない。
だが刀で切り落とそうなどとしてみろ。勝率は薄いし、最悪一発でボキリ、だ。
となれば、残された道など一つしかない。つまり、突貫。後先考えず、ただ"当たらない"ことを祈り進むだけ。
当たれば自分の負け。
外せば自分の勝ち。――単純明快、凄く分かりやすい運命の分かれ道がここにある。
「う、うそっ……!」
にやり。
次に微笑むのは、石切丸の方だった。
尤も不完全な体勢故、斬撃へ繋げることは出来なかったが、それでも十分。
彼は、連装砲の砲撃を回避する。
無論、偶然の賜物だ。もう一度やれば、呆気なく彼の身体を捉えるかもしれない。
だが、今回に限っては彼が賭けに勝った。
運否天賦の結果なれど、勝利は勝利。
その引き締まった腕が、茫然とする島風を取り押さえるのは、もはや自明であった。
-
■
「うう……」
「さて、と」
島風は多少暴れたが、さしもの彼女も肉弾戦主体の刀剣男士に取り押さえられては型なしだ。
身体の小さな駆逐艦ということもあり、結局観念して無抵抗になるまで然程の時間はかからなかった。
しかし、それでも視界が悪い夜の森に留まるのは得策ではない。
地図によればこのすぐ隣のエリアに公園があるようなので、一先ずそこまで進むのが先決だろう。
彼女が機を見て暴れ出す可能性も考えていないわけではないが、それ以上に警戒すべきは第三者の存在だ。
あれだけの銃声だ。少なくとも森の中に誰かが居たのなら気付かないはずはない。それが乗った人物であろうとなかろうと、この極限状況。二人共危険人物の誹りを受けるのは避けられないと言える。
島風のか細い手を引きながら歩く中、べそをかいている彼女へと、石切丸はやや気まずい思いを覚えた。
「……君は、殺し合いに乗っているのかい?」
「…………」
こく。
少女は一つ、頷く。
とはいえ、ここまでは分かりきっていたことだ。
あの状況で自分を危険人物と誤認する要素はなかったはずだし、だとしても明らかに彼女は此方を殺しに来ていた。
――では、何故?
「また、なんだってそんなことを。
……私の知る人物の中には、進んでではなくとも敵なら容赦なく斬る者も大勢いる。
君の速さならば負けなかったかもしれないが……、それでも今と同じ結果になっていたら、殺されていたよ」
「…………」
島風に答える様子はない。
それどころか、嗚咽すら漏らすのをやめていた。
「黙ったままじゃ――」
「島風には!」
足を止め、島風は一変した様子で叫んだ。
賢く殺し合おうとするならば、ここで感情を発露するのは愚策。
石切丸に無力化された彼女ではあったが、まだ殺し合いを制する野心は捨てていなかった。
だがそこは、彼女もまだ幼いということだろう。
「島風には……提督しかいないの」
「…………それは、どういうことだい?」
怪訝な顔で問いを返す石切丸。
それに対し、彼女が浮かべた表情は自嘲げなものであった。
「島風はね、速すぎたんだよ」
彼女には、提督しかいない。
その言葉の真意が、そこに凝縮されている。
島風という駆逐艦はあまりにも速すぎた。
先程は誇るように宣言し、事実存分に発揮し石切丸を苦しめたその速さこそが彼女を孤独にしたというのは、なんとも皮肉なものだった。
-
島風には、姉妹艦と呼べる存在がいない。
その理由は、彼女がかのWW2期に生み出されるに至ったコンセプトと現実のギャップにある。
多数の魚雷発射管を用いて、遠距離から魚雷を撒き散らす"先制雷撃"。
彼女を建造するに辺り、求められたのはそういう力だった。
だが現実問題、軍部の求めた戦術はほぼ実現不可能で。
故に彼女は最後まで量産されなかった。他の艦と組ませようにもその速度が手に余り、事故を防止するために駆逐隊にすら編入されぬまま。――が、彼女は艦娘として転生し、そのことで悩むことはなかった。
「島風は一人じゃなかった。だって、提督がそばにいてくれたから」
提督。
その肩書に、石切丸はピクリと眉を動かす。
それはあの時、自分達に殺し合いについてを説明した明石が口にした――"主催者"の呼び名と一致している。
(成程……彼女達は"審神者"ではなく、"提督"に率いられていたのか)
しかし、件の提督とやらは殺し合いの首謀者だ。
自身の主君である審神者も同じである分際で言うのも何だが、彼女の語るイメージとはどうも一致しない。
「その私が、提督を裏切れるわけないでしょ!
あの人が何を考えているのかは分からないけど、提督はいつも私と仲良くしてくれたんだから!」
一緒に駆けっこをした。
彼は職業柄運動は決して得意な方ではなかったが、それでも熱心に付き合ってくれたのを覚えている。
そんなだから、姉妹がいないことなんて気にしたことはなかった。
友達がいなかったわけでもないが、特にこれと言って仲の良い親友がいるわけでもない。
確たる絆が存在するのは、提督との間だけだった。
その彼が――殺し合えという。
同じ釜の飯を食い、同じ海で戦った仲間を殺して生き残れという。
最初は困惑した。怖くて怖くてたまらなかった。
けれど、何よりも怖かったのは殺されることじゃない。
――私が一番怖いのは、提督とのつながりをなくすこと。
そうなってしまったら、自分はその時こそ真に独りぼっちだ。
死にたくない。
そう強く強く思った彼女は、気付けばその手に銃を握っていた。
(成程……やはり、残酷すぎる仕組みだな)
悪趣味、どころの騒ぎではない。
自分達刀剣男士の本丸や、彼女達の居たという"鎮守府"には、参加者各位が思い出や物語を残している。
話を聞いた限り、奇妙なほど刀剣と艦娘の境遇は似通っていた。
様々な過去があり……一つ屋根の下で暮らしながら、毎日のように敵と戦い続ける日常。
それは過酷なものに違いないが、しかし仲間同士の絆や関係を深めるには充分すぎる環境だ。そこに、この否が応にも疑心暗鬼を強いられる趣向。余りにも残酷、非道。
自身の審神者とは比較的友好な関係を築いていた石切丸も、今更のように怒りが沸いてくる。
何故こんな真似を。乱心というには手が込みすぎているし、正気でやっているならば尚更質が悪い。
疑いようもないだろう。――彼らには、厄が憑いている。それも、とびきりのが。
-
「……君は、殺し合いから降りるべきだ」
「でもっ……!」
「心配しなくていい。
私の名は、石切丸。いくさからは長く離れていた身だが……厄災なら多く斬ってきた。
今となっては敵と戦うよりもそちらの方が得意になってしまったくらいだよ」
かつて石をも斬ると謳われた神刀。
腫れ物や病魔を霊的に斬ることは何度かあったが、流石にこれほどの大災厄と相対した経験は持たない。
しかし、やるしかないだろう。
――なんとしてでもこの殺し合いを主催した二人の所へ辿り着き、その厄を落とす。
それが自分に出来る最善なのだと、彼は心よりそう思っていた。
「島風ちゃん。君やその仲間は誓って元の日常へと送り届ける。
しかし、この島に集まっている穢れの濃さは到底私一人では断ち切れないだろう。
……君にも、協力してほしい。我々"刀剣男士"だけではなく、君達"艦娘"の力が必要なんだ」
島風の大きな瞳をまっすぐ見据えて頼み込む。
まだ子供だからと侮ったり、その力を軽んじたりは断じてしていない。
彼だって短刀の強さは承知している。その活躍に助けられた経験だって何度もあった。
それに。事実その"速さ"は、敵ながら天晴れと呼ぶしかないものだったのだ。
「…………じゃあ……」
彼女は潤んだ瞳で目の前の大太刀を見た。
島風だって、出来ることなら人なんて殺したくはない。
孤独感を感じていたとしても、同じ鎮守府の仲間に思い入れを覚えないほどの薄情者ではなかった。
彼女が殺し合いへ"乗らない"道を選ぶことを恐れたのは、一人になりたくなかったからだ。
皆で首輪を解除し、主催の拠点へ突入などしようものなら。
その時には――二度と、提督に会えなくなるような気がした。
それが嫌で、銃を取った。だから、ここで懇願する願いは一つしかない。
「提督を……助けて、くれる……?」
「もちろんだ。言っただろう、君達を"元の日常"へ送り届けると」
そしてそれに、岩をも砕くと謳われた神刀は、仰々しい名前にそぐわぬ柔和な表情で応えてみせた。
-
【D-7 公園/一日目/深夜】
【石切丸@刀剣乱舞】
[状態:疲労(小)、数カ所のかすり傷(銃によるもの)]
[装備:大太刀『石切丸』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、冷却材@刀剣乱舞、金属バット、果物ナイフ]
[思考・行動]
基本:殺し合いという"厄"を斬る
1:島風ちゃんと行動。出来るだけ多くの仲間が欲しいところだね。
2:極力誰かを手にかけることはしたくないな。
[備考]
※「艦隊これくしょん」の世界観についてうっすらと聞きました。
【島風@艦隊これくしょん】
[状態:疲労(小)]
[装備:12.7cm連装砲@艦隊これくしょん]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×1]
[思考・行動]
基本:生きて、鎮守府へ帰りたい
1:石切丸さんと行動してみる。ほんとに提督を助けてくれるのかな……?
※E-7 森の内部で銃声が何度も響きました。
※島風の使った銃(銘柄不明)は、森の中のどこかに弾切れ状態で打ち捨てられています。
-
投下終了です。
-
瑞鶴、乱藤四郎、今剣 予約します。
-
瑞鶴、乱藤四郎、今剣 投下します。
-
「……ばっかじゃないの……」
白紙の名簿が、握り潰されて皺くちゃになる。
そこへ決して自然のものではない、塩辛い水滴が二粒三粒と落ち、染みを作った。
普段の彼女を知る者ならば、その様子の違いにさぞ驚いたろう。
誰もが一目置く一航戦の正規空母にさえ果敢に食ってかかる気丈な娘――そんな彼女は今、あまりに理不尽で救いのない現実の冷たさに打ち拉がれ、一人闇の中で嗚咽していた。
見知った顔の工作艦が言った。
――殺し合いをしろ。最後の一人以外は、誰も生きては帰れない。
最初は冗談だと信じたかったが、彼女の説明が進んでいくにつれ、段々心の中の不安は膨れ上がっていき。
"会場"の中で目を覚ました時にはもう、都合のいい現実逃避をする余力など残されてはいなかった。
首輪が鳴らす、か細く無機質な電子音が。
自分以外に誰もいない、どこまでも広がっているように錯覚する目の前の暗い森が。
"生き抜く"ということだけを徹底した、味や見た目を度外視した支給品の食糧が。
この島にあるすべてのものが、正規空母・瑞鶴へこれは紛れもない現実であると宣告していた。
どうしてこんなことになったのだろう。
昨日まで、明石さんも――提督だって、みんな普通に過ごしていた筈なのに。
「翔鶴姉ぇ……」
木の傍に体育座りをし、姉の名前を呟いた。
彼女も、この殺し合いに参加しているのだろうか?
そんなことはあってほしくないが、心の何処かで姉と会いたいと感じている自分がいる。
浅ましい。そんなことしか考えられない弱い自分が、心底嫌になる。
恐怖と自己嫌悪が耐えず瑞鶴の身を苛むが、彼女の中にあるものはそれだけではなかった。
それは当たり前の感情。こんな目に遭わされている以上、誰もが抱く権利のある感情だ。
"怒り"。皆をまるで駒か何かのように扱う所業に……それを良しとする主催者達に、猛烈な怒りを感じる。
……許せない。たとえどんな理由があったって、こればかりは納得のできない話だ。
「艦娘を……何だと思ってるのよ……!」
自分達艦娘は、兵器だ。
深海棲艦の脅威に対抗するために武装し、毎日のように海へ駆り出されては敵と戦っている。
艦娘になる前は鋼の船だった。物も言わず、意思も示せない木偶の坊。
しかし、今は違う。艦娘は言葉を話す。悪口を言われれば傷つくし、褒められれば嬉しいと感じる心だってある。
血の通った人間と何も違いなんてない。それを否定される謂れもどこにもないと信じている。
だからこそ、この作戦には納得がいかなかった。
鎮守府の戦力がどうこうとか、目的がどうこうといった話ではない。
単なる個人的な感情。これを一航戦のあの人にでも聞かれたら、そういうところが青いとまた呆れられてしまうだろうか。……いや、きっと彼女だって同じことを言うに決まっている。
単純に、気に入らない。
人を人とも思わないこんな作戦、認めてなんかやるもんか……!
「絶っっっ――――対、一発ぶん殴ってやるんだから……!」
涙の滲む瞳をぐしぐしと拭い、勇ましく歯を剥いて宣言する。
一発、ぶん殴る。
もう二度とこんなふざけたことを考えられないように、とびきりきついのをお見舞いしてやる。
-
その為には、主催者の所まで行かなければならない。
……どうせ、どこかで自分達の動向を監視でもしているんだろう。大方、この首輪が発信機のようなものになっているのかもしれない。――関係あるもんか。この鬱陶しい首輪も、絶対に外してやる。どんなに精密でも機械は機械。外す手段は絶対にある。それさえ見つけ出せれば、もう怖いものなんて何一つないのだ。
衝動に任せて破り捨てそうになった名簿を、デイパックの中へしまう。
次に、支給品にあった猟銃を一応装備しておくことにした。
手に何も持っていないという感覚は、こういう状況だとどうしても心許ない。
準備万端。
先んじては、この襲ってくださいとでも言ってるような暗がりを抜けることから始めよう。
そう思った瑞鶴は――しかし、足を踏み出すことは出来なかった。
その時起こったことを説明するなら、一言で事足りた。
瑞鶴が座っていた大きな木。その背後は、それなりに高い崖のようになっていたのである。
途中には露出した岩や、そうでなくとも鋭い枝などが待ち受けている。
滑落したり――もしも突き落とされたりしようものなら、最悪死に繋がりかねない。
そんな所から、人が転落してきたのだ。
やがてそれは地面へ打ち付けられ止まるが、意識をなくしているのかぐったりしたまま動かない。
一瞬あっけに取られた瑞鶴も、事態を理解するなりすぐに駆け寄ろうとする。
その際に崖の上を見上げ……
「ッ」
長い髪をした、誰かと目が合った。
嗚咽していたとはいえ、声を最低限殺していたか、相手も瑞鶴には気付いていなかったらしい。
瑞鶴も瑞鶴で、自分の心情の整理で手一杯だった為、周囲への警戒が疎かになっていた。
すぐそばというならまだしも、ある程度の高さがある高台の真上にいる相手の存在にまでは気付けるワケがない。ましてやここは森。木々のざわめきで話し声や、人の揉み合う音など容易くかき消されてしまう。
「……!」
「! ちょっ、待ちなさい!!」
踵を返して走り去る、長い髪の少女。
瑞鶴の引き止めるなどに応じてくれるはずもなく、すぐにその姿は見えなくなってしまった。
「って、いけないいけない……!」
ここからではどの道追い付くことなど不可能だし、今はそれよりも優先して対処すべきことがある。
最悪なことになっていなければいいんだけど――そんな彼女の思いが通じたのか。
倒れている中性的な顔立ちの美少年は、頭から軽く出血こそしているものの、気絶しているだけのようだった。
支給品の中から応急処置用の道具を取り出し、慎重に傷の様子を確認していく。
……よかった。傷はどれも浅いし、一番心配だった頭の傷も少し切った程度みたい。
ほっと胸を撫で下ろし、軽い処置を施しながら……ふと思う。
「この子……鎮守府の関係者じゃないみたいだけど、"審神者"って奴と関係あるのかしら」
一瞬しか姿は見えなかったが、逃げていった少女も見覚えのない顔だった。
一体、彼らは何者なのだろう? 疑問に思うところはあったが、ひとまずは予定通り森を抜けるのが先決だ。
怪我人を守りながら戦うのは分が悪すぎる。屋内とまでは言わずとも、見晴らしのいい場所まで出なければ。
少年の軽い体重を背中に感じながら、瑞鶴は深夜の森を後にした。
-
【D-1 森/一日目/深夜】
【瑞鶴@艦隊これくしょん】
[状態:健康]
[装備:猟銃(5/5)]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:提督さんを一発ぶん殴る。
1:とりあえず、この子(今剣)連れて安全な場所に行かないと……
2:翔鶴姉ぇや、加賀さんたちもいるのかな……?
[備考]
※乱藤四郎の姿を一瞬ですが確認しました。全体像を朧気に把握した程度です。
【今剣@刀剣乱舞】
[状態:全身にダメージ(小)、手足に小さな擦り傷、頭に傷(止血済、軽度)]
[装備:短刀『今剣』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:かえりたいけど、ころしあいはしたくありません!
1:???
■
そして――今剣を突き落とした張本人である短刀・乱藤四郎は、一足早く森を後にしていた。
「もう……イライラしちゃうなあ、ほんと……!」
その髪の長さや服装も相俟って、一見では少女にしか見えない彼は、隠そうともせずに苛立ちを吐露する。
どうせ、誰も聞いている者はいない。
さっきの女も、余程のバカでもない限りは追いかけてなど来ないだろう。
しかし、一瞬とはいえ顔を見られた。厄介な事にならなければいいけど――と、最早祈るしか出来ない。
こんなことになるはずではなかった。
そう、今剣を突き落とすつもりなんて、最初はなかったのだ。
乱藤四郎は殺し合いに乗っている。
だが、彼の場合は他と事情が少々異なっていた。
殺し合いの会場で目を覚まし、これからどうするかを思案しながら、乱はある人物たちの存在を思い出していた。
"刀剣男士"ではない、参加者のおよそ半数ほどを占める少女たち。
彼は彼女らが"艦娘"という存在であることを未だ知らないが、そんなことは然程重要な話ではなかった。
彼が重要視したのは、その少女達は自分を含めた本丸の刀剣たちと全く面識のない――言ってしまえば"赤の他人"であるということだ。そしてそのことが、彼をとある発想へといざなった。
――――彼女達は、本当に信用できるのか? 殺し合いを打破するとして、背中を預けるに足る者達なのか?
乱にとっては、一緒に戦を乗り越えてきた仲間を切り捨ててまで生き延びるというのは論外だった。
-
誰も殺すつもりはない。それに、そんなことをする不届きな輩など見知った中には断じていないと信じていた。
だが、彼女達艦娘については話が別だ。人となりなどまるで知らない、全くの未知の相手。
……信じられない。彼はさして迷うことなく、そう断じた。
協力などしようものならば、いつ後ろから刺されるか分かったものではない。
あまりにも危険すぎる。どこの誰とも知れない輩に、家族も同然の皆を殺されるなどと……考えただけで怖気が立つ。
そして、彼は決意する。
短絡的な発想だという自覚はあった。
けれども、こうでもしなければ大切な仲間を失ってしまうかもしれない。
僅かばかりの葛藤と、それを遥かに凌駕する使命感のもと、乱は決めたのだ。
――刀以外は、すべて殺す。
どんなに薄っぺらな理屈を並べ立てようと関係ない。
裏切りの危険に恐怖しながら共に戦うくらいなら、自分が未然に全て不安の種を摘んでやる。
いったい何者かは知らないが、絶対に仲間には手出しさせるものか。
仲間への強い想いが、絆の強さが、皮肉にも彼を茨の道へと進ませた結果になった。
……乱と今剣が出会うのは、それから程なくしてのことだ。
二人は仲が良かった。
同じ短刀ということもあり、よく皆で遊んでいたし、遠征やら任務やらで大勢出払っている時なんかには二人で遊びに行ったりすることもあった。――だから、今剣なら賛同してくれると思った。しかし、現実は上手くいかなかった。
意を決して、刀剣達の障害を排除する旨を告げた。
別に協力してほしい訳ではなかったし、むしろ今剣のような子にそんなことをさせてはならないと感じていた。
要は、誰かに認めてほしかったのだ。幾ら殺すことを大義と認識していようと、乱にだって自分の道が褒められたものでないという自覚はある。今回討とうとしているのは、歴史修正主義者などではない。自分達と同じ、殺し合いに巻き込まれた存在だ。それを自分は、一人残らず殺そうとしているのだ。
今剣は、言った。
『だめですよ、みだれ! てきでもないひとをころすなんて、いけないことです!!』
最初こそ冷静に説明していた乱だったが、やはりそこは精神的にまだ幼く未熟な短刀。
徐々に頭には血が昇り、最終的には彼へと掴みかかってしまった。
誰かに悟られないようにと声を潜めながらも、乱暴に揺さぶりながら行為の意味を語る乱。
それに今剣は抵抗しなかった。暴れることもなかった。ただ、どこか哀しげに言うだけ。
『みだれ……あなたは、なにをこわがっているのです?』
――その言葉を聞いて。ふと気付いた時には、今剣の華奢な体を突き飛ばした後だった。
「殺さなくちゃいけないんだよ……! そうじゃなきゃ……そうじゃなきゃ、皆を守れないんだからッ」
あの時目が合った女は、間違いなく自分が殺すべき相手の一人だった。
顔まで見られた上で取り逃した……痛恨の失敗だ。なのに、どうしてかそれを余り悔しがっていない自分がいる。
女の顔なんかじゃなくて、自分が突き飛ばす直前の今剣の表情が忘れられない。
まるで、憐れむような目を。彼は生きているだろうか。生きていて、ほしい。何度も言うが、仲間を殺すのは決して本懐なんかじゃない。自分はただ、危険要素を取り除いた上で、それから改めて皆で殺し合いを打ち破りたいだけなのに。
-
「今剣…………!」
どうして――どうして、こんなにもうまくいかないんだろう。
可憐な容貌を悲痛げに歪めて、彼はただ、自らが手にかけたかもしれない友人のことを想う。
殺すことを決めた彼には……友へ、謝りに行くことさえも、許されない。
【D-2 役所周辺/一日目/深夜】
【乱藤四郎@刀剣乱舞】
[状態:疲労(小)、精神的疲労(中)]
[装備:短刀『乱藤四郎』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:刀剣男士以外の参加者(艦娘)を殺す。殺すべき相手を全員殺したら、仲間と一緒に殺し合いを打破する。
1:今剣…………。
2:今は、仲間にだけは会いたくない。
[備考]
※瑞鶴の姿を一瞬ですが確認しました。全体像を朧気に把握した程度です。
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投下終了です。
wiki収録の際に修正しますが、基本支給品の中に「応急処置セット」を記入しておくのを忘れていました。申し訳ございません。
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朝潮、三日月宗近を予約します。
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朝潮、三日月宗近 投下します。
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殺し合い。
平穏を切り裂き、六十もの命を渦中へと巻き込んだその"作戦"は、歴戦の戦士達の心すらも蝕んでいった。
ある者は殺し合いへ乗り、ある者は歪な決意を秘め、またある者は恐怖に震え慄くのみ。
敵と命の奪い合いをすることに慣れているとはいえ、彼らがその力を味方へ向けたことは殆どない。
初めての、同士討ちをしなければならない状況。まさしく極限のそれとしか言い様のないだろう悪夢じみた趣向は思惑通りに機能し、今この時も刻一刻と悲劇の歯車を回している。
が。
駆逐艦・朝潮は未だ、感情の波に狂わされずにいた。
時刻は深夜零時を少し回った頃。微かにではあるが、どこかから銃声が聞こえた。
殺し合いは、恐らく既に始まっている――この分だと、現状の打開は決して易しいハードルではないだろう。
「でも……諦めるのは論外よね」
朝潮という少女は冷静な性格の持ち主だ。
時に忠犬のようとさえ称される任務への姿勢が物語るように、生真面目で理知的な人物。
駆逐艦の種類は数あれど、この状況でこれほど落ち着いた姿を見せられる者はそういない。
無論、彼女とて、最悪と言う他ない事態に思うところがないわけではなかったのだが。
しかしである。
時に現実を逸しすぎた出来事は、人を冷静にするものだ。
それは人の身体と心を持って転生した彼女達艦娘も同じこと。
あまりにも突飛すぎる非日常の開幕。皮肉にも、それこそが朝潮の心の揺れ動きを最小限のものへ留めていた。
殺し合いには乗らない。――たとえそれが任務であろうと、その為に仲間を殺すことは出来るはずがない。
今回の"これ"は、明らかな乱心だ。私情を挟まず、鎮守府としての益だけで見ても無意味だと断言できる。単なる戦力の浪費だ。司令官には何か意図があるのかもしれないが、その説明もない以上、賛成はできない。
直情的な決断ではなく、あくまで様々な面から考えた上で。
朝潮は、殺し合いの破壊を目的に行動することを決めた。
問題は山積みだし、一人で出来ることとも到底思えないが、自分には幸い仲間がいる。
仲間殺しの咎を背負うことを良しとする者もいるかもしれない。しかし、それは決して全員ではないはず。
寧ろ自分と同じく、殺し合いを否定する者の方が多いだろうと朝潮は踏んでいた。
(参加者の詳細がまだ出ていないのがなんだか不気味だけど……やっぱり人の集まる場所へ行ってみるべきかしら)
他者との協力を望むならば、必然、人の集まりやすい場所へ赴くのが最も手っ取り早い。
殺し合いに乗った連中も集ってくるのがネックだったが、そこは最低限のリスクとして目を瞑るしかないだろう。
地図に目を這わせること、一分ほど。ざっと見た限りで、目を引くロケーションを洗い出す。
商店街。
学校、そして旧校舎。
薬局。
病院。
住宅地は数が多すぎる為除外するとして、ざっとこんなものだろうか。
特に商店街へは、他人との合流目的でなくとも一度足を運んでみたいものだった。
朝潮が今居る場所は、F-1の洋館である。
隅から隅まで探索したわけではないが、邸の中には生活感が残されていた。
恐らく――この島は、もともと人が住んでいたはずだ。それも、比較的最近まで。
……どのようにして住人を除いたのかを想像すると気分が滅入りそうになるが、これは好都合といえた。
何故なら、現地調達で工具を始めとした様々な道具を手に入れられる可能性があるからだ。
少なくとも商店街のような場所であれば、確実にそういったモノを入手できるはず。
首輪の解除には工具が必要不可欠であろうし、それ以外にも使える品はどんどん溜め込んでおきたい。
備えあれば憂いなし。こういう状況でこそ、備え続けることが活きるのだ。
-
使い慣れた12.7cm連装砲の状態を確認し、そうと決まれば動き出すべきであろうと立ち上がる。
取り急ぎ、目指すのは商店街だ。
そこで現地調達を行いつつ、合流できそうなら他の参加者と会っておく。……名簿の詳細が明らかになるまでは大人しくしておくのもありかもしれないが、逆に言えば最も安全に動けるのは参加者情報の不確定な今のみだと踏んでいた。
艦娘にだって、取り分け思い入れの強い友人や姉妹がいる。
普段ならばまだしも、この場で……精神的に追い詰められた状態でそんな相手の参加を知ってしまえば、最後の箍が外れてしまったかのように在り方を一転、殺人者の道を歩み出すということも考えられる。
艦娘は生前が生前な為、基本的に姉妹同士の結びつきが強い。
それは朝潮も同じ。――自分の妹達も参加しているかも、などと思っただけで背筋が凍る。
「駄目。その先を考えちゃ」
今は、駄目だ。
まだそうと決まってもいないことに頭を悩ませている余裕はない。
一瞬過った弱気を払拭するように館の一室を後にし、いざ出口へ向かおうとし――、ふと足を止める。
「……? 今、何か聞こえたような……」
具体的に言えば、窓が開くような音が。
家鳴りにしては妙な、誰かが故意に起こしたとしか思えない音。
それを朝潮の鼓膜はしっかりと捉えていた。
……気のせいかもしれない。
だが、そうでなかったとしたらこれはチャンスだ。
相手がどういう姿勢でこの作戦へ臨んでいるのかを確かめる為に、最初こそ様子を伺う程度の慎重さは必要だろうが、もし協力が望めそうなら積極的に同行を提案していこう。
如何にまだ参加者の身の振りが不安定な時間帯であるとはいえど、一人で行動するのは危険が大きい。
最悪の目を潰しておくという意味でも、誰かと共に動きたかった。
ごくり。
僅かな緊張に息を呑みながら、彼女は音の聞こえた方角へと踵を返していく。
■
男性を美しいと思ったのは初めての経験だった。
朝潮は今、半開きのままになった扉の隙間から室内の様子を伺っていた。
きっとこの部屋は、館の主であった人物の使っていた私室なのだろう。
他の部屋に比べてどこか落ち着いた雰囲気で統一され、ベランダへの扉は憚ることもなく全開だ。
先程自分が聞いたのは、あれが開く音だったのか。
吹き込んでくる初夏の夜風を浴びながら、ぼんやりそんなことを思う。
不思議と、視界に写る光景に現実味を感じられない。
視線の先にあるのは、持ち主の消えた部屋を独占している男の姿だ。
現代の様式とは大分異なった和装の出で立ちに、隔絶した雰囲気すら感じさせる流麗な容貌。
きれい、と声が漏れそうになった。それほどに。視線の先にいる男は美しく、鮮烈であったのだ。
-
「難儀よなあ。何を言われるかと思えば、言うに事欠いて潰し合いの命とは」
くつくつと苦笑する男に、どくんと心臓が跳ね上がりそうな錯覚に襲われる。
未だ此方に気付いている素振りはないし、恐らくはただの独り言。
肝を冷やす朝潮の心中など知らぬまま、麗しの男君は独白を続けた。
「絆、と言えば陳腐の誹りを受けるかもしれんが……
俺も確かに、そういったものを他の刀剣らや、あやつ――審神者に感じていた。
あやつもそうであると思っていたのだが、いやはや、ままならんものよな」
独りごちる文面は淋しげだが、その実彼の物腰から哀しげなものは感じ取れなかった。
どこか達観しているような。全てを知っていると言えば大袈裟だが、兎角そういうものを感じさせる。
ひょっとして、見かけよりもずっと歳を重ねているんだろうか。
自分たち艦娘のように、何かしらの過去を持っているのかもしれない。
「しかしな。主が道を誤ったとあれば、手を引いて引き戻すのが義というものだ。
それに――やはり、俺もあいつらを斬りたくはない。
老いたじじいの分際で、随分甘いことを抜かしている自覚もあるがなあ」
さて。
そう言って、その男は朝潮の方へと振り返った。
その時、初めて気付く。――なんて迂闊。どうやら気付かれていたのは、最初からだったらしい。
観念しておずおずと姿を現せば、男は少しばかり驚いた表情を浮かべた。
あくまでも彼は気配を察知していただけ。
此方の様子を伺っている人物の性別や容姿など当然わからない。
いざ実際に出て来られてみれば、年端もいかない童女であった――成程、驚きに値するだろう。
「これは驚いた。
はっはっは、そう恐縮するな。
事態が事態だ、警戒するのは寧ろ当然の判断であろう。それよりも、聞かせてくれないか。おまえは、どう動く」
「……あなたと同じです。殺し合いをするつもりはありません。参加者皆で結集して、作戦の打破を――」
「では、何故」
此方を見つめるその瞳は、さながら夜空に浮かぶ三日月。
不思議なほどの深みがある。萎縮するどころか、ともすれば見惚れてしまいそうだ。
けれど、確たる答えはある。
ここで理由も述べられずに俯いてしまうほど、あの鎮守府で築いた思い出は軽くない。
皆で向かった遠征や、誰かが起こしたどんちゃん騒ぎに巻き込まれたこと。
姉妹喧嘩もしたし、季節の行事でもちゃんと頑張った。
死にかけたこともあったが、それさえいい思い出と言えてしまうくらい。
-
「わたしは……」
そんな恵まれた時間を過ごしてきたのだ。
普通は、こう考える。それはきっと、誰にも攻められはしないだろう。
「わたしは、戻りたい」
「ふむ?」
「みんなで過ごした毎日に――暁の水平線に、みんなで勝利を誓ったあの日々に、帰りたい」
その為に、わたし……朝潮は、殺し合いを否定します。
言い切ったすぐ後に、ぽん、と烏の濡羽を思わせる朝潮の艶やかな黒髪に、柔らかい手が乗せられた。
それが左右に動く。そこで初めて、ああ、頭を撫でられているのだな、と気付いた。
朝潮も、子供扱いされるのは他の駆逐艦の例に漏れず好きじゃない。しかし、今はそう感じなかった。
不思議と、落ち着く。
気が抜けてしまいそうなくらい、頭を通じて伝わる感触に安堵している自分がいる。
「はっはっは、意地の悪い質問をして済まなかったな。まあ、じじいの悪い癖とでも思っていてくれ。朝潮、だったか」
「……あなたは?」
「俺か? 俺は――」
ふ。
絶世のものと言って差し支えないその面貌へ柔和な笑顔を浮かべ、天下五剣――最美の太刀と称された刀剣男士は、水面を馳せる駆逐艦の少女へとその銘(な)を伝えた。
「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」
【F-1 洋館/一日目/深夜】
【朝潮@艦隊これくしょん】
[状態:健康]
[装備:12.7cm連装砲@艦隊これくしょん]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:作戦を終結させる。殺し合いを打ち倒す。
1:……なんだか、落ち着く……
2:商店街を目指したい。同じ志を持つ参加者との合流を。
【三日月宗近@刀剣乱舞】
[状態:健康]
[装備:太刀『三日月宗近』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:潰し合うつもりはない。殺し合いを止める。
1:はっはっは、よきかな、よきかな。
-
投下終了です。じじい出ません。(キレ)
吹雪を予約します。
-
吹雪、投下します。
-
特型駆逐艦・吹雪は練度が低い。
とはいっても、彼女が戦力外扱いを受けていたとか、何か特別ないわくがあるわけではない。
ただ単に、彼女は鎮守府へやって来てから日が浅いのだ。
少なくとも……舞鶴鎮守府で、自分の後に建造されたという艦娘の話を吹雪は聞いたことがなかった。
要するに、一番の新顔というわけである。
「はあ……」
新顔なだけあって、同じ鎮守府の仲間とも交流を然程深められていないのが現状だ。
そこで、これから少しずつ親交を深めていき、新入りなりに皆と仲良くなるのだと一人意気込んでいたのだが。
結局、吹雪の鎮守府生活は最悪の形でスタートを迎えることとなってしまった。
いや……それどころか、そもそも鎮守府にもう一度戻ることが出来るかすら疑わしい始末だ。
「全然笑えないよ……」
何度目かも分からない、深い深い溜息が自然と口からこぼれ落ちる。
吹雪は本来多少の失敗にはへこたれず、前向きに活路を模索できる性格の持ち主であったが、こればかりは話が別だ。
――未だ任務にも遠征にも出たことのない彼女にとっては、これが最初の作戦参加である。にも関わらず、敵対しているのは深海棲艦ではない。今回の敵は提督であり、良くしてくれた工作艦であり、まだ見ぬ謎の男性達であり。
そして、場合によってはこれから共に戦う筈だった艦娘達もまた、敵となり得るのだ。
こんな状況に置かれれば、誰だって溜息の二つ、三つは吐きたくなるだろう。
それに。事実上顔見知りのいない状況下での殺し合いを命ぜられ、正気を保っていられるだけでも、彼女は優秀な精神構造をしているといえた。だがあくまでそれは、現実感の欠如という"弱さ"に裏打ちされたものであったが。
不安がない? そんなわけがない。
こうしている今も、少し気を抜けば押し潰されそうな程の恐怖に苛まれている。
酩酊した現実感は確かに付け入る隙となる致命的な要素かもしれない。
だが――それがなければ、落ち着いた行動など、到底取ることなど出来ないだろう。
物言わぬ黒鉄の駆逐艦、"吹雪"ならばまだしも。ここにいる"吹雪"は、年並みの心を持った少女に過ぎないのだ。
「どうしよう」
弱音を、こぼす。
しかしながら、彼女はこの殺し合いにおける自身の在り方は既に定めていた。
言わずもがな、殺し合いへの反逆だ。
たとえ面識のない相手とはいえ、遠い過去には同じ目的の為に戦った仲間。同志。
そんな人達を我が身可愛さで手に掛けるなど――言語道断だろう。そう思った故の判断だった。
でも、どうやって?
当然ながら、吹雪には精密機械の塊である首輪を解除できる技術などない。
殺し合いに乗ってしまった者の鎮圧すら、実戦経験のない彼女では荷が重いだろう。
かと言って、皆を安堵させ、惹き付けるような人望があるわけでもないのだ。
「どんなに頑張ったって、私じゃあね……」
何故なら――その言葉には、重みがない。
建造されて数日かそこらしか経過しておらず、挙句実際に海へ出たことすらないと来た。
そんな小娘の声に、誰が耳を傾けるだろうか? ……少なくとも吹雪には、そんな物好きはいないだろうと思えた。
もっとも、そんなに気張らなくたって殺し合いへ抗うこと自体は可能だ。
自身の立場を明らかにした上で、同じ志を持つ参加者へ同行を志願するなりすればいい。
そうすれば、とりあえず作戦打倒派として戦うことはできるようになる。
けれど――所詮、それまでだ。無力な小娘一人、足手まとい以外の何だというのか。
-
何か。何か、自分にもできることはないだろうか。
武勲を欲するわけではない。そんなもの、もっと貰うに相応しい人がいくらでもいる。
いる、けれど。このままではあまりにもやり切れないではないか。
そう思い、吹雪は――自身にあてがわれた12.7cm連装砲へ視線を落とす。
これは、艦娘の武装としては比較的オーソドックスな代物だ。
彼女は知る由もないことだが、現にこの砲を支給品扱いとして与えられた艦娘も少なくはない。
「こんなところで使いたくなんて、なかったなあ」
たはは。そんな苦笑が、厭に情けなく思えた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
その答えを求めることに、きっとさしたる意味はないのだろう。
それを知るのは、どこかで自分達を見下ろしているはずの――"司令官(ていとく)"だけなのだから。
――、身体が震えるのは、悔しさのせいか。
不甲斐なさとやるせなさに震える身体を、冬の日にそうするように優しく抱きしめる。
……ここに来てからというもの、マイナス思考ばかりだ。
少しでも気分を切り替えておかないと、いつか本当に押し潰されてしまいそうだと感じた。
病は気からと言うが、存外この論は馬鹿にできない。駄目だ駄目だと思っていると本当に事態は悪化の一途を辿っていくし、逆に空元気でも前向きに考えることを心がけていると予期せぬ光明が見えることがある。
吹雪は大きく息を吸い、そして吐いた。深呼吸だ。……気休めかもしれないが、ほんの少し楽になったような。
でも、まだ震えは止まらない。もう一度、今度は更に深く息を吸い込んで――
「……あれ……?」
――ふと、自分の身に付けているデイパックへ目をやった。
……気のせいだろうか?
なんだか、今このデイパック、動いたような――……?
「って、いやいや、そんなまさか……」
そんなことあるわけがない。大体、自分はさっき支給品を一通り確認しているのだ。
入っていたのは今装備している連装砲と、ちゃんと買えばそれなりに値の張りそうなジッポライター。
それから、よく用途の分からない折り畳まれた白い紙。この三つが吹雪に与えられた支給品であった。
それなりに当たりの部類だとは思う。火が必要になる局面はいくつか考えられるし、簡単に着火できて持ち運びも容易なライターを所持しているというのは、いつかアドバンテージになるやもしれない。
しかし最後の一つは意味不明だ。紙の表面に何か気味の悪い文様が書かれていたが、それ以外は説明も何もなしだ。
――正直、縁起が悪そうでげんなりしたのを覚えている。
確認のためにデイパックを下ろしてみて、そこで吹雪ははっとなった。
震えが消えている。さっきまでのものがまるで嘘のようにだ。
……そして地面に置かれたデイパックをよく見れば、やはり左右に少しずつだが動いていた。
成程。これが身体にぶつかり、重心を揺らしていたのが震えの原因だったんですね……って、冷静に分析してる場合じゃありません。おっかなびっくりといった様子でそれを覗き込むが、やはり外側からでは何がなんだかさっぱりだ。
-
ごく。
生唾を飲み込んで、ゆっくりファスナーに手をかけた。
意を決し、一気にそれを開ける。
すると、中から件の折り畳まれた紙が転がり落ちてきた。――いや、それだけではない。
「な、何これぇ……!?」
『も、申し訳ありませーん! どなたか存じ上げませんが、引っ張りだしては頂けませんでしょうか!?』
紙の中から、狐の身体が半分ほど覗いていた。
勿論、最初はこんなことになっていなかったと誓って言える。
あまりの事態に不安も忘れ、おろおろとしてしまう吹雪。
喧しく騒ぎ立てる狐の勢いに押されるがまま、その尻尾を両手で握り締め……思い切り、引っ張った!
どーん!
勢い余って尻餅をつく。
鈍痛が臀部に走り、いてて、と声が漏れた。
そんな彼女の前に、駆け寄り、ちょこんと座っている愛らしい姿がある。
『いやはや、助かりました! お怪我はありませんか、艦娘様!!』
「え……いや、へ……!?」
困惑を隠すこともなく露わにする吹雪の身を、平身低頭といった様子で子狐の姿をしたソレは案じた。
――え、なんで狐?
――そもそも、なんでこの子喋ってるの?
――さっきの紙、一体なに!?
疑問符しか浮かばない彼女の様子を察したのか、もう一度深々と礼をすると、ソレは自らの名を名乗る。
『申し遅れました。私、"こんのすけ"と申します。私の存在を知らない貴方様にとっては色々と疑問もあるでしょうが、どうか"こういうもの"として納得していただけると幸いです』
それから、"こんのすけ"はその双眸を申し訳なさそうに細めて、言った。
『私は――――"審神者"様にお仕えする、式神にございます』
-
■
審神者。
その呼び名には覚えがあった。
それは確か、最初のホールで明石が語った"主催者"の一人の筈だ。
「審神者……それって確か、この殺し合いを主催する側の方、ですよね?」
『はい』
「……じゃあ、あなたも?」
『……いいえ』
こんのすけの声色は、どこか消沈しているように感じられた。
意地悪な質問をしてしまったな、と罪悪感すら覚えさせる。
念の為に聞いたことだったが、実のところ吹雪は、この彼が主催と内通しているとは最初から思えなかった。
思えば最初から。どこか、彼は焦っているように見えたのだ。
そして自分を見た時、ほんの一瞬ではあったが申し訳なさそうな顔をした。
――感情の機微をそこまで敏感に察せるわけではないが、あれは多分、心からすまないと感じている顔だったと思う。少なくとも、これから自分を陥れようとしている顔ではなかった。
……狐の表情でその心中を察そうとするのは、よくよく考えるとおかしいが。
『私は確かに審神者様の式神です。
――しかし、今は完全に繋がりを断たれている状態でして。
式神としての権能や機能も、何一つ使えない有様なのです。早い話が、単なる一匹の野狐と変わりません』
「機能……」
『詳しく話すと長くなるのですが……、例えば、この島の外側へ救援を求めるようなものもあります』
こんのすけとは、本来審神者とその本丸へ配備される式神だ。
その為形式上こそ審神者の従者という扱いになるが、政府へのパイプ役という役割も持つ。
例えば、本丸の運営が覚束なくなった場合。また、何らかの重大な問題が生じた場合等など。
事実、こんのすけが政府へ連絡することで審神者を解任された例も数こそ少ないが存在する。
そういう仕組みの存在もあり、本来こういった審神者による暴挙が発生する可能性は限りなく零に等しいのだが……
『迂闊でした。よもや、審神者様があのような術を習得していようとは……
言い訳をするつもりはありませんが、私も私で、あの方のことを信用しきってしまっていたのです。
普段の彼女は――皆を慮り、それでいて時に厳しく導く女傑でございましたから』
その言い方からするに、彼が本当に自身の主たる審神者へ信を置いていたのだとわかった。
そして、それだけに当の彼自身が誰よりも、その凶行を止められなかったことに――そして、事を起こそうとする兆候を見つけることすら出来なかったことに、強い悔恨の情を抱いていることも。
「……そんな人が、どうして……」
『わかりません。
ですが、これだけは言えます。この殺し合いは、なんとしても止めなくてはなりません』
しかし、情けないことに今の私には力がありません。
そこで、貴女様の力をお借りしたいのです。
こんのすけの瞳は、真摯に吹雪を見上げていた。
ああ。やはり彼は、主催の内通者などではないのだと理解する。
腹に一物抱える者には、こんな目は出来ない。
そして。――その懇願は、吹雪にとってもっとも求めていたもので、同時にもっとも辛いものであった。
吹雪には、力がない。
艦娘としての強さに直結する練度は、この会場に存在する艦娘の中でも最低のものだ。
実戦経験は皆無、砲すら艦娘の身体で放ったことはない。
そんな自分に殺し合いをどうにかする力があるかどうかと問われたなら、誰もがこう答えるはずだ。
否――、と。そのような役立たずに出しゃばられるくらいなら、精々戦場の隅で無力に震えていればいいと。
当の吹雪自身でさえもそう思っている。自分では余りに役者が足りない。端的に言って、弱すぎる。
-
「……お断り、します」
『な……そんな! どうしてですか、艦娘様!?』
悲痛な声をあげるこんのすけ。
それに心は傷んだが、吹雪は発言を撤回しない。
「私では、ダメです。私じゃ、殺し合いを止めることは出来ませんから」
今のこんのすけはただの狐と同じ程度の力しか持っていないという。
なら、戦いに巻き込まれて傷を負ってしまえばそれで終わりだ。
そういうことを加味しても、彼と共に戦う人物はより強く、勇ましい艦娘の方がいいに決まっている。
『それでは、貴女は……』
「私は……えへへ、どうしましょうね。とりあえず殺し合いをするつもりはありませんから、安心してください」
こんのすけはそれを聞くと、すっかり黙り込んでしまった。
無理もない。必死に事態の収束を図ろうとして協力を要請したのが、無碍に切り捨てられてしまったのだから。
けれど、これが互いにとって最善なのだと吹雪は信じていた。
勿論、ここで見捨てるほど薄情者ではない。
一先ず彼と共に戦ってくれる、他の参加者を探し当てるまでは同行するつもりだった。
――が、そんな彼女の心中を余所に。こんのすけは、吹雪の顔をまっすぐ見上げて問いかける。
『一つだけ、聞かせてください。
―――どうして、泣いているのですか』
「……?」
――――言われて初めて、吹雪は自分が涙を流していることに気が付いた。
「あ、あれ……? 私、なんで……」
それを聞きたいのはこんのすけの方だった。
殺し合いの打破へ協力してほしい旨を伝えると、彼女は断った。
しかしその大きな瞳は涙に潤み、言葉を重ねる度、それはしずくとなって滴り落ちた。
吹雪は未だ知らないことだが、艦娘と刀剣男士の在り方は似通っている。
それは練度という概念についても同じ。
艦娘に対しての知識は深くないこんのすけだったが、故に彼女の言葉の意味を理解することはできた。
つまり、彼女はこう言っているのだ。
自分は練度が足りない。
そして恐らく、鍛刀……もとい、建造されて間もない。
だから横の繋がりもほぼ皆無に等しく、この殺し合いという状況では何の役にも立ちはしないのだ、と。
『心配ご無用ですよ、艦娘様。
私は何も、力のみを求めているわけじゃありません。――力だけじゃどうにもならないことだって、あります』
人の心を真の意味で動かせるのは、同じ人の心だけだという。
それは艦娘も、刀剣男士だって同じだ。
単に練度が高い、経験が豊富というだけでは……解決の出来ない問題だって必ずある。
が、それでもなお、吹雪の顔色が晴れることはなかった。
-
「私、駄目な子なんです。
こんなに弱くて、おまけに知り合いもいない。
こんのすけさんはそう言いますけど、別に気の利いたことが言えるわけでもない。
――そんななのに、私、こんなことを考えてしまうんですよ。……"誰かの役に立ちたい"……って」
自分は弱い。
他人の役に立とうと思うなら、それこそ隅でじっとしている方が余程役に立つほどに。
そんなことは百も承知だ。承知した上で尚、分を弁えない願いを抱いてしまう自分が嫌だった。
「でも、仕方がないじゃないですか。
私だって……私だって、二度目の生に何も感じてないわけじゃない」
第二次大戦――海上を馳せ、物言わぬ身体で戦った日々のことを、吹雪は断片的にではあるが記憶していた。
記憶があったからこそ、目覚めた時の感慨は凄まじいものだった。
何もかもが変わった世界と、新たな敵。
今度こそ、自分を建造してくれた司令官の為に頑張って戦おうと決意していた。
その矢先に殺し合いが起こったことで、その決意が報われることは遂になかったわけだが。
「悲しすぎるじゃないですか。
……無念すぎるじゃないですか。
折角生まれ直して、人の体を手に入れて。
それなのに一度も戦わないまま、誰にも必要とされずに生きて……また沈められるなんて。
そんなの――悔しすぎるじゃないですか」
それは弱い彼女が抱いた、弱いなりの意地だった。
誰にも、自分の存在を無意味だったと言わせたくない。
せめて一度でもいいから活躍して、誰かの役に立って……艦娘として生まれ直した意味はあったのだと満足したい。
けれどその願いは、他人の足を引っ張ってしまうものだと、利口な彼女は自覚してしまっていた。
だから閉ざした。自分を無価値と断じ、心の瞳を閉ざすことで、敢えて無力に甘んじようとした。
その気持ちは、こんのすけには理解できない類のものだ。
されど、その悲痛さは余すところなく伝わってきた。
そして。だからこそ、彼はこう思う。
『ええ。その通りです、艦娘様。
――そして今、確信しました。このこんのすけが貴女様の支給品として配給されたこと。それは紛れもなく、私めにとって最大の幸運であったのだと』
彼女は確かに弱いのだろう。
しかしながら、その想いはどこまでも一途だ。
殺し合いを止めたい。仮に自分が生き延びられなくとも、何らかの希望を残したい。
見返りを求めない姿勢はあまりに真摯で、いじらしいほどである。
だが――そんな彼女だからこそ、常識を覆す切り札になり得る。
その足取りは決して綺麗ではないかもしれないが、彼女はきっと、立派な希望になるはずだ。
こんのすけはそう理解し……その上で、彼女との出会いを幸運と評したのだった。
『こんのすけ、一生の頼みにございます。
煮るなり焼くなり好きにして頂いても構いません。
――どうか、お願いします。私と共に、審神者様達と……戦ってください』
彼にも人の身体があったなら、土下座でもしていそうな勢いだった。
それを吹雪は、茫然と見つめている。
彼女にとって、彼の発言と行動は到底信じられないものであったのだ。
-
とくん。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
それは彼女が最も望んでいたこと。
弱いなりに活躍し、殺し合いを破壊し、皆でハッピーエンドを掴み取るという王道。
「でも、そんな……」
こんのすけはもう何も言わなかった。
後は彼女が決めることだ。彼女が嫌なら無理強いは出来ないし、言えるだけのことは全て言ったと思っている。
己を偽らずに、不器用であれども希望の道を進むのか。
それとも己を偽り固め、世界を閉ざして諦めてしまうのか。
正しく二者択一。吹雪は、目の前に二又の分かれ道が広がっている錯覚をすら覚えた。
手を握り締める。
これが最後のチャンスだ。
自分の在り方を定める、最初で最後のチャンスだ。
「……私に、そんな大層なことが出来るかはわかりませんけど……」
やがて彼女はこくり小さく頷けば、姿勢を落とす。
「やれるだけ……やってみます。――吹雪は、がんばります」
そして――こんのすけの頭を、優しく撫でた。
その意味はこんのすけへもしっかりと伝わり。
ここに、一つの"希望"が誕生するに至った。
■
「ええっと……それで、これからどうすればいいと思いますか、こんのすけさん」
一悶着を終えた一人と一匹は、ひとまずこれからの行動方針について話し合っていた。
更には前置きとして、こんのすけの口から刀剣男士についての知識も語って聞かせた。
歴史修正主義者と日々戦い続ける刀剣の付喪神達。
こんのすけ曰く、進んで仲間を討とうとする刀など思いつかないとのことだったが……状況が状況だ。余計な先入観は捨て去り、いっそ初対面の相手に接するくらいの気持ちでいた方がいいだろうということで合意した。
『やはり、まずは勢力を広げていかないと始まらないでしょうね。
艦娘様でも刀剣男士様でも、現状の我々が抱える最大の問題……即ち戦力不足を解決するためにも、志を同じくする仲間を得ておきたいところです』
「……仲間、ですか……」
吹雪はやや不安そうに顔を曇らせた。
やはり強気ではいられない。
自分などの話をちゃんと聞いてくれるのか、果たして信用してくれるだろうかという不安。
考えれば考えるだけ不毛だと分かっていても、どうしても悪い方にばかり考えてしまうのは悪癖だった。
が、そこは吹雪も一念発起した身。
ぶんぶんとかぶりを振って弱気を振り払い、うん、と力強く一つ頷いてみせた。
(大丈夫。――やれるだけ、頑張ってみよう。私が、皆を助けるんだから……!)
一人と一匹。
その戦力は、間違いなく現状最弱のもの。
彼女達の行く末にあるのは、敢えなく現実の前に蹴散らされるという絶望だろうか。
それとも――胸に描いた通りの、ハッピーエンドという希望か。答えは、未だ誰にも分からない。
【H-4 林/一日目/深夜】
【吹雪@艦隊これくしょん】
[状態:健康、強い決意]
[装備:12.7cm連装砲@艦隊これくしょん、こんのすけ@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ジッポライター]
[思考・行動]
基本:――吹雪、がんばります。
1:こんのすけさんと一緒に、とりあえず仲間になってくれる人を探す。
2:くよくよしても仕方ないですよね。
[備考]
※『刀剣乱舞』の世界観についての知識を得ました。
-
投下終了です。
-
秋月、蛍丸、愛染国俊を予約します。
-
投下します。
-
……今、銃声がした。
少し離れた方角からだし、此方へはまず来ないだろうが、殺し合いはどうやら刻一刻と進行しているようだった。
今一度それを再確認しながら、大太刀・蛍丸は頭の後ろで両手を組む。
「ちぇっ。面倒なことになったなー」
間延びした声で呟く少年の姿に、緊張感というものは存在しなかった。
とはいえ今何が起こっているのか、そして自分達が何を望まれているかも理解できないほど、彼は阿呆ではない。
――明石とか呼ばれていた女曰く、どうやら俺達はこれから殺し合いをしなければならないらしい。
しかもそんなふざけたことを考えた連中の中心には、俺達の本丸の審神者もいるときた。
「殺し合いなんてする気はないけど。ほんと、面倒としか言い様がないや」
しかし審神者のねーちゃんも、どうして急にそんなこと考えたんだろう。
もしかして俺達に日頃から不満を抱えていて、一向に改善されないから遂に怒っちゃったとか?
……いやいやいや。あの人に限って、そういう女々しいことはあり得ないでしょ。
蛍丸は、苦笑しながらかぶりを振った。
それにしても、本当になんだってこんな真似をしたのだろうか。
驚かすつもりの悪戯にしちゃ手が込みすぎているし、新手の演練なら最初からそう説明すればいい。
刀剣だって心を持っている。もし鵜呑みにしてしまえば、本当に殺し合いを勝ち抜こうと考えてしまう輩だっているかもしれない。幸い、自分にそういう重たい事情はなかったが。
ともかく、これは少しばかりまずい状況だった。
どうにかして殺し合いを止めないと、最悪本当に犠牲者が出てしまいかねない。
見たところだと、あの場には部外者も居たようだし。――刀剣男士の力を何の力も持たない一般人、それも女子供に振るおうものならどうなるかは言うまでもない。間違いなく、大惨事になる。
「この趣味悪い首輪外すのには難儀しそうだけど、それ以外はどうとでもなりそうだしね。
――ぱぱっと面倒事片付けて、審神者のねーちゃんとっちめちゃいますか」
とんでもないことをしてくれたものだとは思うが、元凶の一人である自らの審神者を討とうという気は蛍丸にはなかった。彼は彼女が意味もなくこんなことをする人物ではないと知っているし、信用もしている。
人を喰ったような性格で、時には苛ついたこともあった。
……しかし、それでも。自分達の本丸を率いることが出来るのは、きっと彼女だけなのだ。
他の皆もきっと同じ考えに違いない。全部終わらせたら、貸し一つ、ということで許してやろう。
使い慣れた、自分の写身である大太刀の柄に手を添える。
いつも通りの感覚だ。今日も蛍丸の刃に曇りはない。
けれど、この刃は仲間に向けるものじゃなく、歴史の修正を目論む馬鹿共に向けるものだ。
こういうのはどうも慣れないが――やるしかないだろう。
「……さてと。――ところで、いつまで隠れてんのさ。それとも、俺が殺し合いに乗ってるとでも思った?」
呆れたような声色でそう言うと、蛍丸は背後へ振り返った。
視線の先にあるのは茂みだ。背丈の高い雑草のせいでそこに誰かがいるのかどうかは到底判別できないが、それでも蛍丸の目は誤魔化せない。いや、普通ならば兎も角、この人物に対してだけは例外だった。
「かくれんぼでも、鬼ごっこでも。ああ、国行に追いかけられてる時もそうだったっけ。
隠れてる時、何秒かおきに小さく鼻を鳴らすクセ。まだ治ってなかったんだね――国俊!」
-
「……へへっ、バレちまったか。そういうとこはホント流石だぜ――蛍!」
茂みの中から姿を現したのは、蛍丸と同じく幼い風貌をした少年だった。
鼻に貼り付けた絆創膏はやんちゃ坊主の証だが、衣服にでかでかと描かれた愛染明王は圧巻の一言に尽きよう。
彼の名は愛染国俊。元が蛍丸と同じ来派の短刀であったこともあり、昔はよく二人で野山を駆け回ったものだった。
尤も、最近でも時偶一緒に外で遊んだりはするのだが。――とにかく、蛍丸と浅からぬ間柄にある相手だ。
「おおっと! 一応言っとくけどよ、ビビってたわけじゃねえんだぜ。俺なりの戦略ってやつよ」
「ま、何を考えてたかは大体分かるけどね。
相手が俺じゃなくても、殺し合いに乗るようなら飛び出てきて喧嘩吹っかけようって魂胆だったんでしょ?」
先手を打って殺しにかかるのではなく、あくまでも国俊が挑むのは喧嘩だ。
わざわざ聞くまでもない。
彼が仲間殺しを良しとするなんて、それこそ天地がひっくり返りでもしない限りは有り得ないと言っていい。
「あんなの、ちょっと練度の高い刀なら誰でも気付けるよ。それこそ、俺じゃなくたって」
「う! ……ま、まあ確かに。三日月のじーさんや国行なんかにはバレバレだろうけど」
「もし殺し合いに乗ってないやつでも、あんな隠れ方してたら普通疑われるでしょ」
「ぐうう……」
「先手必勝! とか考えなかったところは評価するけど、少し考えが足りなかったね」
くすっと笑ってからかう蛍丸。その心には、確かな充足感があった。
殺し合いに動揺してはいないつもりだったが、こうして見ると成程、存外に気心の知れた相手が傍にいるというのは安堵を覚えさせてくれる。日頃の戦場ならまだしも、個人個人で生き抜かねばならない状況だから尚更だ。
こんな悪い夢みたいな一日は、とにかくとっとと終わらせるに限る。
背中を預けられる仲間も得た。後の問題はそれこそ本当に、首輪をどう外すか程度のものだろう。歴史修正主義者はおろか検非違使との交戦経験すら豊富で練度の高い自分と、遠征が主とはいえ小回りがきき、何より時折誰も予想できないようなことを考え出す愛染国俊。今なら、どんな敵が現れても遅れを取らない自信がある。
「あ。そういや蛍、お前はどう考えてるんだ?」
「ん、何を?」
「ねーちゃん……審神者のことだよ」
複雑そうな顔で言う国俊。
蛍丸達の審神者である女は、彼と波長の合う人物だった。
今思うと、あれはあれでバカだったのかもしれない。
スパルタで変なところが頑固。しかし意外と向こう見ずで負けず嫌い。
そんな性格の持ち主だったからか、必然的にいたずら者の国俊とはよく戯れていたのを思い出す。
「俺、こんな状況だけどさ……やっぱり、俺達の審神者はねーちゃん以外にはいねえと思うんだよな」
「そうだね。俺も同感。――だから、殺したり追放したりするつもりはないよ、俺も」
あの人には、あの人なりの考えがあるんだろうし。
そう続ける蛍丸に、「俺もそう思う」と国俊が静かに頷いた。
「そりゃ怒るし、一発ぶっ飛ばしてやりたい気持ちもあるけど。
けど、なんつーかな……なんか、理由があるはずなんだよ。分かるだろ、お前も」
「うん」
「バカなのか頭いいのか分からないような奴だったけど、でも」
「ああ。無意味に俺達を殺し合わせて喜んだり、誰が一番優れているか決めたりするような人じゃない」
「そう! そうなんだよ!」
平常運転かと思われた国俊だったが、彼もまた、内心では複雑な感情を抱えていたようだ。
吐き出せてすっきりしたのか、大きく溜息をついて彼は適当な木へ凭れかかった。
「勿論一番悪いのはねーちゃんだけど、俺はやっぱり理由を知りてえ。
何も分からないまま終わらせちゃならねえことだと思うんだよ。
……俺達、今はあいつの刀なんだから」
-
「…………国俊」
蛍丸も、真面目な顔で彼を見つめる。
数秒の時間が空いた。
なんだよ、と国俊が急かす。
……やがて、蛍丸は厳かに口を開いた。
「お前……あのねーちゃんに惚れてたの?」
「…………は?」
沈黙。
「――――って、いやいやいやいや! なんで今の話からそうなるんだ、お前ぇ!?」
「らしくないこと言うもんだから、つい」
「俺が真面目な話しちゃ駄目だってのか!?」
「駄目じゃないけど、正直背中が痒くなるものがあるな」
「お前ちょっとひどくないか?!」
すっかり真面目ムードを壊されてしまい、コミカルな反応を返し続ける国俊と、それを受け流し続ける蛍丸。
実に二人の性格が垣間見えるやり取りであった。
ひとしきりそんな漫才めいた掛け合いを交わした後、蛍丸はくすっと笑う。
「でも、やっぱりお前はそういう顔してる方が合ってるよ。うん、しっくりくる」
「褒めてんのかバカにしてんのか分かんねえ奴だな……」
それに、いい具合に緊張も解れただろう?
その言葉は口には出さなかったが、答えは聞くまでもないようだった。
国俊との付き合いは長い。
何かと蛍丸を贔屓し世話を焼いている明石国行という刀が彼を庇って重傷で帰城した日も、こんなだった。
だから、さっきみたいな時の愛染国俊を相手にどうすればいいかはある程度承知している。
そういう意味で。蛍丸は、愛染国俊にとって友人であり、頭の上がらない相手でもあるのだ。
「ま、あんまり心配しないでも大丈夫でしょ。どうにかなるって」
「……前々から思ってたけど、お前ってお気楽なやつだよなあ」
「俺と国俊が揃ってるのに、何を心配しろっていうのさ?」
「――ま、そりゃそうだけどよ!」
そうと決まれば、そろそろ動き出そう。
こんな森の中に長居したって仕方がない。
アテがなくたって、歩き回っていればその内他の参加者と出会う筈だ。
そう合意し、いざ行かんと進み出そうとした、丁度その時だった。
「……ん……? おい蛍、あれ見ろ」
国俊が、不意に北西の方向を指差したのだ。
彼に示された方向へ目を向けた蛍丸も、すぐに彼の言いたいことを理解する。
「? どうし――、
おっと。こりゃ珍しい。ねーちゃん以外の女は暫く見てなかったなあ」
木々の向こうから、歩いてくる人影がある。
その人物は、蛍丸達の審神者とはまた違った雰囲気を持った女性だった。
年齢的にはまだ少女と呼ぶのが正しいであろうそれ。
切り揃えた黒髪の美しさはまさに見事と呼ぶしかなく、思わず一瞬見惚れてしまう。
-
そうしていると、少女の方も蛍丸たちへ気付いたようだった。
「……お、こっち来るぜ。しっかし、すげえべっぴんさんだなあ」
たたた、と小走りで寄ってくる少女。
その姿が近付いてくるにつれ、彼女がなんとも仰々しい装備をしていることに気付く。
蛍丸の知るものとは随分違った装いだったが、銃らしき装備を装着しているのだ。
仰々しさと少女の清楚な外見が上手く折衷しており、不思議な魅力を醸し出してもいる。
少女は蛍丸のそんな視線に気付いたのか、慌てて両手を掲げ、交戦する気はないという意思表示を行った。
「あの……いきなりで申し訳ありません。お二人も、"参加者"ってことで合っていますか?」
「おう、合ってるぜ」
「ついでに言うなら、殺し合いに乗ってもないよ」
補足する蛍丸に、少女は安堵した様子を見せた。
大人びた雰囲気をどことなく感じる娘だが、やはり自分以外の全てを疑ってかからねばならない極限状況の中では落ち着く暇などなかったのだろう。胸を撫で下ろす姿に、自然と口元が緩む。
「申し遅れました。私、防空駆逐艦の秋月と申します」
「ぼう――くう……? なんだって?」
疑問符を浮かべる国俊。
そしてそれは、蛍丸も同じであった。
防空駆逐艦。その単語は、言わずもがな彼ら刀剣の時代には存在しなかったものである。
「……俺は蛍丸。こっちは愛染国俊。
んーと、秋月。俺達はその"防空ナントカ"ってのをよく知らないんだけどさ。
――もしかして、秋月も……何か"敵"と戦ってたりした?」
「――はい……そう、なりますね」
やっぱりか。
顎に手を添え、一人納得する。
最初から疑問に思ってはいたのだ。
刀剣男士と単なる女子供では戦いになどならない、それはさっきも述べた。
だが……こんな質の悪いゲームに、そんな重大すぎる欠陥を果たして残しておくだろうか?
「この機銃を装備できる、というのを見てもらえば分かると思いますが、私は"艦娘"です。
海域を深海棲艦から奪い返す為に日夜――、って、あれ? ……もしかして、ご存知ありませんでした……?」
「ああ、さっぱりだぜ」
「同じく。……んー、こりゃ予想以上にめんどくさいことになってるのかも」
刀剣男士は基本、出撃以外で本丸からは出ない。
故に、所謂人間社会で何が起こっているかなどは審神者の気紛れで聞かされる程度でしか知る術はないのだが。
彼女の言い方から察するに、その"艦娘"とやらは知っていて当然、というくらいには一般的な存在らしい。
「秋月は、"刀剣男士"って知ってる? 一応俺らの主からは有名なものだって聞いてたけど」
「……いえ、存じ上げませんね……」
「ふうむ」
まだはっきりとは分からないが、彼女と自分達は違う場所から連れて来られたのかもしれない。
――そして、そういう概念を、特に自分達はよく知っている。
「国俊、どう思う?」
「……どうって、そりゃあな。やっぱり考えちまう」
「だよね。……時代を超えてる……のかな」
-
時代を超える。
秋月はあからさまに不思議そうな顔をしていたが、無理もないだろう。
審神者によれば、刀剣男士もそれなりの知名度はあるという。
時々ではあるが本丸にも政府の人間とやらが訪れるし、全くの認知度零ではないはずだ。
ここまで互いの認識に――特に秋月の認識がこちらの常識と外れている以上、考えられるのはそれしかない。
「そうなると、いよいよ訳が分からなくなってくるけどね。
――俺らは歴史修正を止める側だってのに、違う時代の住人と俺らを引き合わせるなんてした日には、とんでもないことになるはずだよ。……あの人、本当に何考えてるんだろうなあ」
「ええと……」
「あ、いや、こっちの話。秋月にもいずれ関係してくる話かもしんないけど、とりあえず今はいいや」
これ以上彼女を混乱させてもどうにもならない。
今はとにかく、目の前の問題に対処しなくては。
殺し合いの打破という、目下最大の難関に。
「わかりました。それで、……蛍丸さん、でしたよね?」
「うん。どうしたの?」
「実は私、此処に来る前に一度襲われているんです」
言う彼女の身体を見ると、暗がりで分かりにくかったが、確かに所々泥で汚れている。
目立った傷こそないようだが、この様子ではそれなりに逃げ切るのに難儀したようだ。
「怪我はないのですが、相手は私の持っているような機銃と……もう一つ、連装砲で武装していました。
暗い中での不意打ちだったこともあり、応戦もろくに出来ず……」
「……無理もねえな。もしかすると今も近くにいるかもしれないってワケか」
「はい」
「秋月の持ってるみたいな銃に、砲で武装してる……ってことは、つまり」
「――はい。恐らく、相手は艦娘でした。顔を隠していたので人相までは判別が付きませんでしたが、長い髪も見えたのでまず間違いなく女性で合っていると思います」
ここで蛍丸は、国俊と出会うよりも前に自分が銃声を耳にしたことを思い出す。
考え込む様子を見せている所を見るに、彼もまたあれを聞いていたのだろう。
夜陰の中で、自分達が知るものより遥かに技術の進んだ銃器を用いてくる相手。
――厄介どころでは済まされない。もし隙を少しでも見せようものならそれで終わりだ。
「銃兵みたいな遠戦要員の刀装を持ってれば、こっちも少しは応戦できるんだけどね」
ぼやく蛍丸に、国俊は事も無げに言う。
「ん? 弓兵の刀装なら、俺持ってるぜ」
「…………、本当?」
ちょっと待ってろよ。
そう言って彼がデイパックから取り出したのは、黄金の玉だ。
間違いない。これは弓兵の刀装――しかも特上の品である。
「ええと、それは……?」
「あ、秋月は知らないんだったね。
俺達刀剣男士は、"刀装"っていう防御手段をそれぞれ持ってるのさ。
もっとも、公正な殺し合いでもさせたいのか知らないけど、今は外されてる。
だから期待してなかったんだけども――そっか。これがあるなら、ちょっとだけ話が違ってくるな」
「お、そういうことか! 遠戦さえ出来るなら、卑怯な銃使いにも応戦できるな!」
一概に卑怯と決めつけてしまうのはどうかと思ったが、殺し合いに乗っている相手なら遠慮もいらないだろう。
生憎と此処は森の中。視界は悪く、抜け出すまでにもまだ距離がある。
その道中で秋月を襲った相手と遭遇しない保証はどこにもないのだ。
「……なるほど。
艦娘の武装を刀剣男士さん達は装備できない代わりに、そちらはその刀装を装備できるんですね」
「ま、こんなくそったれた催しのことだぜ。
どうせ真っ当な硬さ重視の"軽歩兵"とか"軽騎兵"の刀装なんかは支給されちゃいないだろ。
あくまで殺すことに応用の利く銃兵、弓兵……後は投石兵くらいってとこか? 正直ありがてえけど、複雑だな」
なるほど。
初めて見る刀剣男士の刀装に興味津々な様子の秋月。
真面目そうだが、意外と好奇心は強い方なのかもしれない。
と、そんなやり取りを交わしている最中のことだった。
-
――――がさっ。何かが動いたような、そんな音が結構な音量で響いたのである。
「……今の、聞こえたか?」
「うん。……結構近かったね」
声を潜めて、言葉を交わし合う。
音の感じからして、何かが草木にぶつかった音だろう。
自然に鳴った音と片付けることもできるが、それにしては随分と大きめな音だった。
おまけに。
音の聞こえた方向は、秋月がやって来た方向と同じだ。
つまり、彼女を追ってきた他の参加者――殺し合いに乗った艦娘である可能性も十分に考えられる。
「……一応、ちょっと見てくる」
「蛍! 一人じゃ危ねえって!!」
「大きい声を出すなよ。……深追いはしないし、敵だったらすぐに戻ってくる。
ここで国俊までついて来たら秋月が一人になっちゃうし、全員で行ったら本末転倒。
多分俺、この中でなら一番練度が高いだろうからね。偵察役には打ってつけってわけ」
ぐう。
何か言いたげにしていたが、結局国俊に反論はないようだった。
「んー……ホントは行かせたくねえけど、多分止めても無駄だろうな」
呆れたように言う。
長い付き合いの相手だ。
この蛍丸というやつは楽観的だが、ここぞという時には結構頑固者なことを国俊は知っていた。
「あの、蛍丸さん。本当に気をつけてくださいね、私は駆逐艦ですが、戦艦娘ともなれば力はとても高くなります」
「そうだぞ! お前……無茶だけはすんなよな! 国行に何言われるか分かったもんじゃねえっ」
「分かったっての。すぐ戻ってくるから、心配いらないよ」
大太刀は弓兵の刀装を装備できない。
つまり丸腰状態だ、二人の心配も頷ける。
不意討ちの一発など貰えばそれだけで中傷、重傷……最悪、一撃で刀剣破壊もあり得る。
十分に気を引き締めなくては。
こんなところで死んでやるつもりなんて、自分には毛頭ないのだから。
万全の注意を周囲へ及ばせながら、蛍丸は一人、夜闇の中を進んでいった。
-
■
歩くこと、三十秒程だろうか。
結論から言えば、蛍丸の偵察は途方に終わっていた。
「……もう遠くに行っちゃったのかな」
気配はない。
誰かが襲ってくる様子もない。
未だ見ぬ殺人者に殺められた、不憫な犠牲者の姿もなしだ。
ただ夜の静寂と虫の声、風の音だけが響いている。
自分の離脱を見計らって国俊達の所へ向かった可能性もあるが、彼らとて無力ではない。
国俊は所謂遠征組だが、しかしあれは規則無用の喧嘩ならばかなり厄介な相手だ。
それに、秋月もいる。彼女は機銃で武装しており、一撃で仕留められでもしない限りは応戦の音が聞こえるはず。
やはり、諦めて別な方向へ進んでいったのか?
……それとも気を張りすぎていただけで、本当はあの音も自然の営みの中で偶然生じただけに過ぎないのか。
蛍丸の胸中を、次第にそんな想いが占めるようになっていった。
「戻るか」
これ以上進んでも、正直成果は得られなそうだ。
元々目的は偵察なのだし、深入りしては本末転倒だろう。
二人の元へ戻り、後は早急に森を抜け出してしまえば、当分の間の脅威は退けたことになる。
踵を返して、元来た道を辿り直す。
歩き始めてすぐ、彼の目に一本の木が止まった。
クヌギの木だ。夏になると樹液にカブトムシやクワガタが群がることは子供でも知っている。
なかなか見事に育ったそれだが、彼が見ているのは樹液の有無や、ましてその育ちっぷりでもない。
「……?」
蔓が、木の枝から不気味に垂れ下がっていた。
やがてそれは蛍丸の目の前で、夜風に吹かれて茂みに落ちる。
……何の気なしに落ちた蔓を拾い上げてみると、どうも奇妙だ。
「これ、この木に生えてたやつじゃないよな。
……折れ目がついてる。何か結びつけでもして――――、」
そこで。
ふと、嫌な予感がした。
しゃがみ込み、茂みの中に手を入れる。
森の中でそんな行動に出れば、毒虫や蛇に噛まれてしまうかもしれない。
だが、今はそのようなことは眼中になかった。
もしも。もしも自分の予測が正しければ……。
そして、彼の予測通りに、茂みの中からはあるものが出てきた。
中身をいっぱいに満たした透明な水筒――彼の知らない単語だが、"ペットボトル"というやつである。
名前は知らなかったが、この見た目には覚えがあった。
「これ、支給品の……」
そこまで思い至って、蛍丸は全てを理解した。
――脱兎の如く、走る。
まずい。
まずい、まずいまずいまずいまずい……!!
「裏目だったって、わけかッ……!!」
幸い、蛍丸は大太刀の中でも機動力の高い方だ。
忍ぶことを放棄すれば、それなりの速さは出せる。
こうまでして彼が帰途を急ぐ理由など、最早一つしかない。
頼む。
頼むから、どうか無事で居てくれ。
まだ望みはある。
"あいつ"が悠長に事を構えてくれていれば、間に合う可能性は十分にあるはず。
だから走る。らしくもなく息を切らし、全力で駆ける。
彼の奮闘の甲斐あって、行きよりも遥かに早く、国俊達を残してきた場所へと舞い戻ることが出来た。
「国俊ッ――」
そして。
彼の想いを裏切るように、――帰り着いた先で、愛染国俊が死んでいた。
-
■
蛍丸さえ引き離せば、愛染国俊を殺すのは簡単だった。
去る彼を見送り、その姿が木々に隠れて見えなくなった頃だ。
彼は、"元々は仲間だった殺人者に襲われ、気が動揺している"秋月を元気付けようと笑顔で振り返った。
その時、視界に写っていたものを、果たして一秒にも満たない僅かな時間で、彼は理解できたのだろうか。
それは、鈍く輝く鋼の軍刀を無表情で構えている秋月の姿。
愛染国俊は、驚きの声すらあげることはなかった。
その前に刃は振るわれ、国俊の首筋へ吸い込まれ――やがて、彼の胴体と頭とを泣き別れにした。
地面に、少年の頭がどさりと落ちる。真っ赤な血溜まりがどくどくと広がっては土に吸い込まれていく。
自分を最期まで信用したまま、友の帰りを待ち続けたままで死んでいった彼。
事を理解する間もなく、冷たい刃によって首を断たれた彼。
彼は最期まで、秋月が敵……殺し合いに乗った者であったことさえ理解できなかったろう。
ましてや、彼女の口にした襲撃者の存在がでっち上げであるということなど、気付ける訳もない。
まず、最初の過程からして嘘八百だ。
蛍丸が聞いたという銃声は、彼女が他の参加者に襲われた時のものなんかじゃない。
全ては自作自演。自分の機銃で銃声を鳴らし、這々の体で逃げ切ったように泥を付着させ演出する。
後は参加者を探して森の中を歩き回るだけ。
――幸い、蛍丸と国俊の話し声を察知出来たから、小細工を弄する暇もあった。
支給品のペットボトルと、適当な木の蔓を用意する。
後はそれを、程々に高さがある枝へ結びつけるのだ。なるべくキツ目に。
次に水を適度に、しかし少なくなり過ぎないように捨てたペットボトルを蔓で結ぶ。
後は手を離して宙吊り状態にするだけ。当然ある程度の時間が経てば結び目は解け、ペットボトルは落下してしまう。水が入って重みのある物体がそれなりの高さから落下すれば、当然音が鳴る。
蛍丸が提案しなければ、自分が偵察を志願していた。
そうすれば二人の内どちらかは自分が行くと進言するか、同行を求めてくるだろう。後は適宜行動を変えるだけ。誰かが代わりに請け負ってくれたなら残った方を殺し、同行を求められたなら進んだ先で殺してしまえばいい。
――もちろん上手く行かない可能性もあったが、その時はその時だった。
すっかり信じ切っている二人を殺す機会など、黙っていれば幾らでも巡って来るのだから。
「…………」
秋月は表情を宿さずに彼のデイパックの中身を地面へ出すと。
一本使ってしまった水入りペットボトルを補充し、残りは使えないと見て放置する。
それから、金色に輝く弓兵の刀装に向けて刃を振り上げ……刀身を落とした。
小気味の良い音と共に弾ける刀装。――貴重なものだろうが、自分に装備できないなら意味は無い。持っておくことでいずれ敵の刀剣男士の手に回ろうものならば、それこそ自分の首を絞める結果になる。
当初の予定にはなかった流れだが、刀装という概念について知れたのは幸運だった。
――尤も。刀剣男士という存在についての知識は、人並み程度には持っていたのだったが。
防空駆逐艦・秋月は、正規の参加者ではない。
彼女がこの殺し合い――バトル・ロワイアル作戦について知ったのは、今から一ヶ月ほど前になる。
ある日の出撃の事だった。
その頃の舞鶴鎮守府は、第十一号作戦の攻略に追われていた。
とはいえ、最早海域制覇は目前。
ステビア海に跋扈する深海棲艦の討伐さえ果たせば、晴れて第十一号作戦は終結する。そういう状況であった。
決して慢心していたわけではない。
秋月はいつだって任務に真摯に向き合っていたし、練度も鎮守府内で五本の指には入るほどに高かった。
が。進撃の命に従い進行しようとした時、不意に彼女の足下で爆発が起こったのである。
全く予想だにしない不意の一撃。いや……そもそもそれが攻撃であったのかすら、秋月には分からなかった。
仲間たちの悲鳴を聞きながら、ゆっくりと水底へ沈んでいく。
沈んだ後は、どうなるのだろうか。
轟沈した艦娘が深海棲艦になるという噂が他の鎮守府では誠しやかに囁かれているらしいが、そうだったら嫌だな。
そんなことを思いつつ意識を手放した、秋月。
次に彼女が目を覚ましたのは、見慣れない無機質な空間だった。
-
そこにいたのは、四人。
金髪の、どうやら外国人らしい翠の目をした女性。
秋月もよくお世話になった工作艦娘・明石。
秋月の寝かされているベッドの隣で未だ目を覚まさない、黒髪の少女。
――そして、提督。秋月が目を覚ましたのを確認すると、提督は今までに聞いたこともないような声色で、言った。
おまえには、仲間を殺してもらう。
舞鶴の艦娘では、おまえにしか出来ないんだ。
おまえに、二枚目のジョーカーになってほしい。
当然、拒否した。
そんなことは出来ませんと言い、考え直すようにも求めた。
明石さんも何とか言ってください。彼女にも同意を求めたが、明石は何も答えなかった。
動揺する彼女に、されど提督は落ち着くよう促す。
彼曰く。――これは、理由なき殺戮ではない。
今は話すことは出来ないが、この殺し合いには明確な意義がある。
しなければならない、理由がある。
然り。提督の台詞に頷いたのは、異人の女だった。
おまえが断るならば、当然おまえを生きて帰すわけにはいかなくなる。
しかしそうなったなら、また別な艦娘を代替として雇うことになるだろう。
女の台詞は、つまり遅かれ早かれ、殺し合いは必ず起こると断じていた。
ここで自分が断れば、防空駆逐艦・秋月はこのまま轟沈した扱いとなり、闇へ葬り去られる。
が、それは決して名誉の犠牲などではない。
単に一人候補が減っただけ。また別の艦娘を立てようとし、その娘が断ったならまた消しての繰り返しだ。
――そして、殺し合いは必ず起こる。答えがどうあれ、いずれ舞鶴鎮守府は狂気の世界に放り込まれるのだ。
けれど。
けれど、それでも納得なんて出来るわけがない。
考え直してくださいと、提督に懇願した。
すると提督は、初めて表情を変える。
その表情も、今までに見たこともないものだった。
どこか哀しげで、しかし絶対に揺らぐことのない意志の篭った顔。
怒りではない。泣き顔でもない。なのに、もう秋月は何も言うことが出来なくなってしまった。
そんな顔は――そんな顔は、見たくなかった。
そんな顔をされてしまったら、断ることなんて自分には出来ないのに。
秋月は、提督を慕っていた。
上司部下の関係としてだけではない。
彼のことを、一人の男性としてさえ見ていた。
でも彼は、艦娘に追加改造――所謂"ケッコンカッコカリ"を施そうとはしなかった。
理由は誰にも分からない。ただそんな彼だから、一人の女として接することに意味はないのだと秋月は早々に諦めていたのだが。……結局、彼女は決断することになる。
殺し合いの歯車となることを。
共に歩み育ち、笑い合ってきた仲間を手にかけてでも、彼の望んだ結果を持ち帰ることを。
帰りには、そのままの足で海域へ向かった。
そして、深海棲艦と戦った。さして難度の高くない海域だ、援護など必要ない。
殺して。
殺して。
殺して。
殺して。
また殺して。
最後の一体が水底に消えた頃、血のように真っ赤な夕日が海を染め上げていた。
その日、鎮守府へ帰った自分を仲間は泣きながら迎えてくれたが。
そんな彼女達に自分がうまく笑えているか――秋月には分からなかった。
-
そうして、今に至る。
人を殺したのはこれが初めてだが、別段深い感慨はない。
自分は、これほどまでに冷たい娘であったのかと驚きすら覚えていた。
支給品の確認を終えた秋月は、最後に一度だけ国俊の死体を一瞥すると、蛍丸の帰りを待たずに歩き出した。
蛍丸との激突は避けたかった。
彼が練度の高い刀剣であることは、事前情報として知っている。
……そこまで教えておきながら、刀装のことは教えないあの審神者なる女も相当性格が悪いと思えたが。
ジョーカーという特異な役割であれど、やることは変わらない。
命ぜられたまま殺し、生き残ればいいのだ。――そのためには頭も使う。練度の高い艦娘・刀剣はなるだけ無視し、油断しているところか消耗している所を見て討つ。蛍丸はその典型例だ。
自分に求められたのは殺し合いを加速化させること。つまり、長々猫は被れない。
国俊の死体を敢えて見させて釈明し、それで信じるようなお人好しならそこへ付け込むのも吝かではなかったが……さすがにそんな手の通じる相手ではないと、僅かな時間のやり取りでも理解できた。
後は退散するだけ。
そう思って、また別な参加者を探しに向かう秋月であったが。
「どこへ行くつもりだよ、秋月」
「…………」
背後からの一閃。
それを、振り返りざまに軍刀で受け止め後退する。
そこに居たのは蛍丸だった。
顔に憚ることなく怒りの形相を浮かべ、無力化などではない、確固とした殺意を持って秋月を睨み付けている。
……予定より戻ってくるのが速かったのか。面倒だが、こうなっては仕方ない。
「……一つだけ答えてよ」
「…………」
「何で、国俊を殺したのさ」
一触即発。
恐らくこれに対する答えを返したその瞬間が、火蓋の落ちる時だろう。
ふう。そんな溜息をついて、秋月は答えた。
「そういうルールだからです」
返す言葉の代わりに飛ぶ剣戟。
それを受け止め、機銃の掃射で反撃する。
「……俺は、お前を許さない……! 国俊の仇、ここで取らせてもらうッ」
大太刀と駆逐艦。
時代すらも超えた殺陣が、此処に幕を開けた。
【愛染国俊@刀剣乱舞 刀剣破壊】
【E-8 森/一日目/深夜】
【蛍丸@刀剣乱舞】
[状態:健康、激しい怒り]
[装備:大太刀『蛍丸』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:?????
1:秋月を殺す。
2:国俊、俺は……――
[備考]
※艦娘という存在について知りました。
【秋月@艦隊これくしょん】
[状態:健康、返り血(小)]
[装備:軍刀、25mm連装機銃@艦隊これくしょん]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3]
[思考・行動]
基本:「ジョーカー」としての使命を果たす。
1:蛍丸を殺す。
[備考]
※バトル・ロワイアル作戦にあたって主催が用意した「ジョーカー」です。
彼女は予め参加者各位の練度についての知識を持っており、支給品の内容にも優遇措置を受けています。
※刀剣男士の「刀装」についての知識を得ました。
※愛染国俊の死体、デイパック、砕かれた刀装が放置されています。
※秋月がトラップに使用したペットボトルは水の入ったままでE-8のどこかに放置されています。
-
投下終了です。
-
電、一期一振、小狐丸を予約します。
-
投下します。
-
姉が死んだ。
それはある、とてもよく晴れた夏の日の事でした。
辛く厳しいMI作戦を終え、すっかり小休止の感が出てきた舞鶴鎮守府。
深海棲艦の暴虐が止んだわけでは決してなかったけれど、気が緩んでいたことには間違いありませんでした。
砲と銃の音色が潮騒の中に絶え間なく響くいつも通りの光景ながら、皆の心にはどこか余裕があったのです。
……いや、それはそんな救いのあるものなんかじゃなくて。。
ひとえに、慢心していたのです。
絶望的な難易度を誇ったAL/MI作戦をも制覇した私達が、今更そこいらの海域で不覚を取るはずがないと。
そんな風に思っていたからこそ、――突然やってきた"その時"に誰も対応することが出来なかった。
大破進軍。
安全第一が鉄則の舞鶴で、そんな命令が下るなど考えられないことでした。
それはたった一度の過ち。しかし、一度坂を下り始めた滑車は最早止まりません。
渇いた音を聞いた気がしました。
それが、最後でした。
振り返った時には、あの子の小さな身体を、炸裂する砲弾が撃ち抜いていたのです。
悲鳴を上げて手を伸ばした。
――伸ばした、けど。その時には、もう誰もが悟っていました。
…………それはきっと当の本人である、彼女も同じだったと思います。
これは、助からない。
万全の状態ですら大破域に追い込まれるような痛打を、その大破域で何の準備もなしに受けたのですから。
奇跡は微笑みませんでした。
そして、この世に神様なんてものは存在しないのだと知ることになるのです。
戦場というものが、非情な現実を運否天賦に裏打ちされた理不尽極まる場であることは、百年前も、そして今も変わらないのだと。仲間が怒声をあげて仇の深海棲艦に突貫していくのを茫然と眺めながら、電は――
■
一期一振の思考は極めて現実的だった。
都合のいい夢や希望を描いて行動できるほど幼い心を持っていなかったこと、それが彼にとって最大の不運であると言えたろう。よしんば聡明過ぎたから、彼は道を過つことになった。
三十本の刀剣と、同数の少女たちによる規範無用の殺し合い。
皆が仲良しこよしで手と手を取り合えたならそれに越したことはないと思うが、そんな出来過ぎた展開はまず有り得ないだろうと彼は早々に諦めた。
殺し合いは必ず起こる。
勝手の知らない少女達だけに限らず、恐らく同胞である刀達の中からも殺人者は出るだろうと彼は踏んでいた。
彼らには、皆それぞれ未練があり、一見明るく振舞っていても心に癒えぬ傷を抱えていることすら珍しくない。
そんな脆弱さを容易に刺激してしまうこの趣向で、まず平和的に事が済むわけがない。
当然、そうなれば「乗らない」刀達も無関係ではいられなくなる。
殺し合いの打破を狙うなら、勝手にすればいい。
私はそれを否定しないし、寧ろ応援さえしよう。
――だが、私は私の目的を果たすために、この剣を振るわせていただく。
-
一期一振という刀は、多数の弟を持つ。
藤四郎の名を持つ刀達が、彼の弟に該当する。
彼のいた本丸にも、弟達は数多く鍛刀されていた。
その中から誰一人としてこの任務へ参加させられていないなどと、そんな都合のいい話はないだろう。
それこそが、彼を凶道へ駆り立てさせた恐ろしい現実だった。
殺し合いが必ず進む以上、弟達がそれに巻き込まれていくのは避けられない。
彼らの中には短刀さえいるのだ。
少女達は兎も角として……大太刀や太刀の刀剣男士に本気で襲われでもすれば、ひとたまりもない。
死なせられるか。
否、死なせられない。
彼らが誰かの踏み台として砕け散るなんてこと、たとえ主の命であれども承諾しかねる。
彼らを守るためならば、この身は鬼にも羅刹にもなろう。
共に出陣し、時には内番の一環で鎬を削りあった仲間達も。
顔を合わせたことすらない、提督なる人物に従えられている少女達も。
藤四郎の名を持つ以外の参加者は全てこの手で排除するのだと、一期一振は誓った。
自身の写身である太刀の柄を力強く握り締め、忍すら思わせる静けさで、彼は闇夜に溶ける。
――――最初の獲物を見つけたのは、それから半刻ほど経った頃だった。
「……童女、ですか」
息を潜めてその人影を見定めた一期一振は、顔を顰めて呟いた。
一瞬だけ、彼の瞳が慙愧の念に曇ったのを視ていた者は誰もいない。
月明かりに照らし出されたのは、小さな背丈をした茶髪の少女。
武装こそしているようだが、実戦経験が豊富とはとても思えない。頼りなさが伝わってくる。
……あれなら、確実に獲れる。
少しは抵抗されるだろうが、そう時間はかかるまい。
しかし。
本当にそれでいいのか、と思う自分がいるのもまた事実だった。
その理由など分かりきっている。
要は、彼女の小柄な背丈と自らの弟達を一瞬とはいえ重ねてしまったのだ。
彼女は恐らく、短刀の藤四郎達と同じ程度の齢であろう。
羅刹を止めるにはちっぽけすぎる。それでも一期一振を止めるには十分すぎる事実。
それが、完了しきったつもりだった覚悟に楔を捩じ込んでくる。
「なにを、莫迦な」
一瞬芽生えた迷いを、彼は失笑と共に切って捨てた。
虚けにでも成り下がったか、一期一振。
元より私は人斬りの道具。
付喪神として人の形を成してからも、敵であるとはいえ何十と斬り殺してきただろう。
何を戸惑うことがある。そのような雑念は、犬にでも喰わせてしまえ。
「羅刹になると、誓ったのだろうが……!」
その決意を証明するがごとく。
隠密の体を解き、一期一振は少女目掛け踏み出した。
少女もこちらへ気付いたようで、何かしらを口にしたようだが、そんな言葉に耳など貸さない。
-
殺られる。
そう感じたのか、彼女も自分の武装を構える。
そこから放たれたものを見て――思わず目を見開いた。
それは砲だ。自分達の戦で用いる銃兵とは異なる、嘗てでは考えられないほど小型化された砲台。
少女の身体でそんなものを振るってくるのかと少々気圧されたが、されど尻込みする彼ではない。
放たれた砲弾を躱し、間合いへ踏み入る。
狙うのは逆方向の袈裟、即ち斬り上げだ。
刀装を装備していないのはお互い様だが、近接戦においてはやはり刀に分がある。
終わりだ。そのまま柄を上へ斬り上げにかかる彼であったが――しかし、そうは問屋が卸さない。
「な」
それは瞠目に値する行動だった。
なんと少女は、自身の装備した砲を斬撃へ横から当てることで僅かに衝撃をずらし、大きく身を後退させることで命中を免れたのである。そして砲弾が火を噴く。それは彼の足下に着弾し、視界を僅かに奪ったものの……致命には足りない。
煙の向こうから現れる一期一振の姿は、少女の目にはどのように写っていたのだろうか。
彼が成ることを望んだ羅刹のような恐ろしい存在か――否。そうでないことは、彼女の瞳が物語っていた。
「…………何故です」
その声は震えていた。
一期一振が怒りを示しているのは、言わずもがな砲持ちの少女へだ。
彼の表情は、まるで屈辱に打ち震えるかのようで。
「今、貴女は加減をした。
私は貴女が今の一閃を避けるなどとは微塵も思っていなかったのだから、……貴女がその気になれば、私を折るとまでは行かずとも傷を負わせることは出来たはずです」
「……」
「答えなさい、名も知らぬ娘よ。
……貴女は何故、今情けをかけた。憐憫のつもりですか」
誰だって舐められるのは好きじゃない。
ましてそれが、誇りを抱いて戦う男であれば尚更のこと。
一期一振はあの瞬間、やられた、と思った。
喰らうのは避けられない。次の瞬間には砲が炸裂する熱風がやって来る、それを如何にして流すかを考えていた。
しかし、結果はどうだ。彼女が狙ったのは一期一振の足下。着弾しない、ギリギリのところ。
それがただの偶然でないということは、彼の一閃を初見で回避してのけた芸当が証明している。
「はい」
少女は首肯した。
ぴくりと一期一振の眉が動く。
「あなたは、とてもかわいそうな人だと思うのです」
「……可哀想?
見ず知らずの人間に、ましてや戦の何たるかも知らない子女に情けを掛けられるとは心外ですね」
哀れみなど要らない。
共感されることなど望んじゃいない。
大体、"貴女に何がわかるというのだ"。
静かながら、泣く子ですら黙るような怒気を滲ませる彼に、しかし動じず少女は答えた。
「だったら、あなたはどうしてそんな目をして戦うのですか」
「……なに……?」
「あなたの目。悲しそうなのです。とっても」
その時、一期一振は少女の異質さに気付いた。
――剣を構えた殺人者を前にしていながら、彼女はあまりにも落ち着いている。
いや、落ち着いているだけではない。伽藍洞とすら言えるほどに、彼女のすべては静まり返っていた。
「そういう目をして戦う人を、電は知っています。
……だから、あなたは可哀想なのです。
だから。――電は、あなたと戦いたくありません」
-
■
響ちゃんが轟沈した日から、司令官さんは変わりました。
もっとも、彼はそれを隠し通せているつもりのようでしたが。
舞鶴鎮守府で建造されて長い電や、一部の艦娘さんにはお見通しです。
でも、誰もそれを言い出せませんでした。慰めたり、励ますことも出来ませんでした。
本当に癒えることのない心の傷を負ってしまった人を、見たことがあるでしょうか。
――彼が、そうでした。
普段の明るい人柄を仮面のように演じ続ける姿を見れば、誰も彼に何か言うことなんて出来ません。
彼はその後、一度とて艦娘を沈めませんでした。
慎重なのは今まで通りでしたが、前までのとは明らかに意味合いが違っていたのです。
彼は病的なほどに、艦娘が傷つくのを嫌いました。
大破して帰ってきた艦娘を見る度に、司令官さんの仮面が一瞬だけ剥がれるのを電は知っています。
ほんの一瞬ですが、あの目になるのです。
言葉にし難い、いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った悲しそうな目。
あの人の時間はきっと、あの日で止まってしまったのでしょう。
響ちゃんを――彼が提督を始めてすぐに建造し、長年連れ添った大事な仲間を失った日から。
変わってしまったのは彼だけではありません。
暁型四姉妹の長女である暁ちゃんは、頑なに妹の電達を出撃させたがらなくなりました。
雷ちゃんは、駆逐艦の仲間をよく庇って負傷するようになりました。まるで、誰かと重ねているかのように。
あの日から、何もかもがおかしくなった。
電もきっと、どこか外れてしまったのかもしれません。
自分ではよく分かりませんが、たまに電のことを寂しげな目で見ている人がいるのを知っています。
けれど、いいのです。電は、もう二度とあんな想いをしたくないのです。
壊すのも壊されるのも、もう嫌です。だから、電は決めました。
-
■
「黙りなさい」
一期一振は、電の首筋へ刃を突きつけていた。
彼女に抵抗する様子はない。首を切り落とすには、もう一度振り被る必要があるのを電は知っていた。
それが、彼の苛立ちを更に増長させる。
火に油を注ぐという諺よろしく怒りを激しくさせ――同時に、ある感覚を覚えさせるのだ。
「誰と重ねているのか知りませんが、私には止まれない理由がある。
理解不能な言葉を並べて煙に巻こうと、私はここで貴女を殺す。それは変わりません」
「……殺されるのは、困るのです」
悲しむ人がいますから。
言って刀身へ手を掛けようとする姿に、ぞっとするものを覚えた。
反射的に刃を引き戻し、そのまま突き出す。
脇腹を掠めた刃には、彼女の血糊が付着していた。
「電はもう、誰かが泣く姿を見たくありません。
誰かが悲しむ姿も――それで壊れてしまった人の姿も、絶対に見たくないのです」
蹌踉めきながら、彼女は連装砲を構えた。
再び砲弾が吐き出される。またもそれは一期一振を捉えることなく、その傍らの地面を吹き飛ばした。
吹き付ける風圧と砂煙は熾烈なものだが、決め手には程遠い。
そのようなことは、最早どうでもよかった。
そう思えてしまうほどの問題が、目の前にあったのだ。
電は、砲弾の炸裂が生む風圧の中を前進し、一期一振へと歩み寄って来ている。
一歩、また一歩。その歩みはごく小さいが、しかし後退していない。
――この少女……!
太刀の青年は、初めて自分の覚えている感覚の正体に勘付いた。
これは……恐怖だ。自分より一回り以上は小さい背丈の少女に、そんな感情を抱かされている。
彼女自身に恐ろしい所はない。精々が少々の出血程度である。
現に一期一振が殺し合いに乗っていない刀剣であったならば、恐れなど抱くことはなかったろう。
彼は今、殺し合いに乗っているからこそ……彼女が恐ろしく見える。絶対に出会ってはいけなかったと確信する。
「あなたも、誰かの為に戦っていると思うのです。
その道は間違っているけれど、――だからと言って、電にはあなたを殺せません」
-
電は、壊れてなどいなかった。いや、壊れられなかった。
彼女が姉の死をきっかけに至った境地は、ある一つの悟りである。
喪失の痛みを知った。その痛みに呻く人達の悲痛さを誰よりも見てきた。だから――
「電は――もう二度と、電の前で誰かが死ぬのを、見たくないのです……!!」
自分は、何も殺さない。
それは駆逐艦という在り方からまったく乖離した主張である。
しかし、彼女らしいとも言えるだろう。
駆逐艦・電はかのスラバヤ沖海戦にて、376名もの敵乗務員を救助している。
所詮戦いの道具でありながら、それに相応しくない優しさを持つ者。
そんな彼女が艦娘として生まれ変わり、人の体と声を手に入れた以上、いつかこうなるのは必然だったのかもしれない。
「……愚かな!」
声を荒げ斬りかかる一期一振。
彼だとて、本当は彼女のように在ることこそが正しいのだと心の内では信じている。
が、それはあまりにも都合の良すぎる話。
目の前で誰も死なせたくない。その主張は、武器として生まれたことと明らかに矛盾している。
そんなことは――そんなことは、叶うはずがない理想論。
だからもう喋らないでくれ。
その希望は、自分には眩すぎる。
足を引く想いを振り払う勢いで振り上げた刀。
電にも、今度のは回避できない。
間違いなく致命傷は確実の一撃――では、ここで彼女は終わってしまうのか。
普通ならば、そうなるところだが。
少女の鳴らした砲音は、彼女にとっての好転を引き寄せていた。
「愚かなのは貴様の方だ。少し頭を冷やすがいい、馬鹿者」
「……がっ……!?」
一期一振の背へ打ち込まれた手刀。
それは的確に彼の意識を刈り取り、呆気なくその意識を奪い去った。
――電を救援した一撃の主は、麗しい白髪の持ち主であった。
人の形をとっていながら、伝説の狐を思わせる艶やかな毛並みを持った偉丈夫。
冷静さを欠いていたとはいえ、一期一振を一発で昏倒させる腕前は伊達ではない。
彼はきょとんとした様子の電にフッと笑みを浮かべると、気絶した一期一振を肩に担ぎながら話しかけた。
「短刀もかくやという小ささ。童女でありながらそれだけの肝を持つとは面白い娘よ。
しかし、一人では何を成すにも辛かろう。私に付いて来い。近くに良さげな小屋を見繕ってある」
「……あなたは……?」
-
「私か? ――小狐丸。決して図体が小という訳ではない。そこの所をよろしく頼むぞ」
斯くして、救いを掲げた幼い駆逐艦は窮地を脱することに成功する。
しかし彼女の進む道は、言わずもがなの茨道だ。
果たして電は殺し合いを生きて脱し、"司令官"のもとへと辿り着くことが出来るのか。
そして、誰も死なせたくないという願いはどこへ至るのか。
それを知る者は誰一人いないが。
この月夜に邂逅した二本の刀が鍵を握るのは、確かなことであった。
【E-4 廃墟群/一日目/深夜】
【電@艦隊これくしょん】
[状態:疲労(小)、脇腹に刀傷(未処置、小程度の出血)、強い決意]
[装備:12.7cm連装砲@艦隊これくしょん]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:誰も死なせたくない。皆を助けて、司令官さんに話を聞きたい。
1:とりあえず、小狐丸さんについていってみるのです
2:この人(一期一振)とも後で、もう一度話をしてみなきゃ。
3:暁ちゃんや雷ちゃんがいるのなら、なるべく早く合流したいのです
【小狐丸@刀剣乱舞】
[状態:健康]
[装備:太刀『小狐丸』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:殺しを働くつもりはない。
1:屋内で電に話を聞き、一期一振が目覚めるのを待つ。
2:電、といったか。なかなかに面白い少女よ。
【一期一振@刀剣乱舞】
[状態:健康]
[装備:太刀『一期一振』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:弟達を守る。その為ならば、仲間殺しも厭わない。
1:???
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投下終了です。
なかなかwikiを用意できなくてすみません。
遅くとも次の日曜までには作ってしまおうと思っておりますので、しばしお待ちを。
響、山姥切国広を予約します。
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投下乙です
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まさかの休日出勤にて作業が遅れる事案が発生……
というわけで少し早いですが予約の延長をしておきます。wikiももう少しお待ちくださいm(__)m
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遅れましたが、投下します。
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「半刻、か」
C-4。
暗闇の中に幽けく佇む赤屋根の神社。その傍らで時計を眺めながら、山姥切国広はそう零した。
時刻は零時三十分を指している。
殺し合いが始まってから、漸く三十分が経過したのだ。
思っていたより長く感じるものだな――あくまで冷静にそんなことを思いながら、彼は再び感覚を研ぎ澄ます。
この三十分間、彼はずっとこうしていた。
動くでもなく、何かを思案するでもなく、ただ全ての感覚を鋭利にし、じっと持ち場を動かない。
その手に握り締めるのは、己の分身である打刀だ。
扱い慣れた無骨な握り心地だけが、確たる真実として彼を支えてくれる。
山姥切国広は、殺し合いに乗っていない。
しかし、現状を打破するために何か行動を起こす気があるのかと言われれば、それもまた否だった。
彼が求めるのは、あくまで生還することだ。
最終的に生き残って殺し合いの終幕を見届けること。
――その顛末が如何なるものであれ、生きてこの会場を出ること。
ただそれだけが、山姥切国広のバトル・ロワイアルにおけるスタンスである。
山姥切国広という刀は、所謂"写し"だ。
本料を忠実に再現することで鍛刀された刀。
そしてその生い立ちこそが、彼の根幹に深く絡み付く茨の蔦なのだ。
俺は、偽物なんかじゃない。
殺し合いの中ですらも、その想いが途切れることは一瞬としてなかった。
そしてそれこそが――彼にこの戦場を生き延びる、という目的を与えた最大のきっかけでもあった。
審神者の主催した殺し合いは、文字通りに理不尽以外の何物でもない。
よもや、参加者の誰もが殺し合うことに異議を唱え、義憤を燃やして行動するということもあるまい。
現に目を覚ましてから今に至るまでの間にも、砲音とも銃声ともつかない低く鈍重な音を何度か聞いている。
最初の定時放送までの六時間の間で、いったい何人の参加者がその生涯を終えるのか分かったものではない。
死神の鎌は、万人の首筋へ平等に突き立てられている。
それは、この彼とて例外ではない。
少なくとも此処には、命の貴賎という概念は存在しない。
生まれの良し悪しも、経歴の華やかさも、見た目の麗しさも、その全てが意味を成さない。
総じて、生きるという大義の前には何の役にも立ちはしないのだ。
皮肉にも彼にとって、それは初めて訪れる機会だった。
この戦いを生き抜いたその時こそ、初めて自分は偽物などではないのだと証明することができる。
凡百の紛い物とも、ましてや"山姥切"とも違う。
正真正銘、"山姥切国広"という名の刀であると知らしめ、そして己自身もそれに納得できる筈なのだ。
だから彼は生きると決めた。
たとえどんな形であろうとも、勝敗の決する瞬間まで生き抜いてやると決意した。
それこそが自分のやるべきことであると信じ疑わず、故にこうしてただ黙し気を張っている。
襲い来るならば、それが仲間であろうと斬ることに迷いはない。
その時は……俺が俺であるというかけがえのない真実を、この刃で守り通すだけだ。
「――、」
彼はやがて、ゆっくりと閉ざした瞼を持ち上げた。
冷たい瞳で虚空を見据え、三秒。
ただ一言、ごく淡々とした声色でもって呟いた。
「誰か来たな」
-
鋭敏になった感覚が感じ取った、気配の方角へと視線を向ける。
すると確かに、何者かがこの境内へと歩んできているようだった。
しかし、どこかその足取りは不自然である。
蹌踉めくような――地に足がついていないような。
手負いかとも思われたが、その全体像がはっきりとしてくるにつれ、そういう訳ではないとわかった。
――それは、幼い容姿をした銀髪の少女だった。
錨の文様が刺繍された帽子を被り、それとなくダウナー系の雰囲気を感じさせる。
「……止まれ」
日頃、自分の審神者と本丸監査に訪れる政府の人間以外に女性を目にしない環境にある刀剣男士だったが、今更彼ほどの刀が童女一人ごときに動じる訳もない。
刀の柄にそっと手を添え、臨戦態勢を整える。
仮に事を構えようというのなら受けて立つし、情報交換を申し出てくるならば応じてやるつもりだった。
足を止めた少女は、じっと碧色の瞳で彼を見つめる。
輪郭を確かめるように。或いは、見定めるように。
思わず怪訝な顔になる山姥切であったが、彼が再び口を開くより先に、少女がその声を聞かせてくれた。
「……暁、雷、電。私と同じくらいの女の子なんだけど、見ていないかな」
「……生憎と、俺が出会った他の参加者はおまえが初めてだ」
その返答に、そっか、と彼女は僅かに落胆した様子を見せる。
とはいえ、それは露骨なものではない。
見ず知らずの相手に余計な罪悪感を与えないようにと、可能な限り感情を抑えようとする思慮が垣間見えた。
それから彼女は一歩を進める。反射的に柄へ触れる手に籠る力が増す。すると、少女はばつが悪そうに足を止めた。
「ごめんなさい。まずは名乗るのが先だったね……
私は響。殺し合いには乗ってないよ。姉妹が此処にいるかもしれないから、探してるんだ」
「…………」
「……信用してくれたかな?」
「……好きにしろ」
少なくとも、敵意や腹に一物抱えている様子は見受けられない。
添えた手を離し、臨戦状態を解除した。
それを見て、少女……響は少しだけ頬を緩め、小さな歩幅で彼の隣まで近寄ってくる。
「貴方の名前は?」
「山姥切国広。――別に呼び方は何だっていい。そんなものを気にする質でもないしな」
「じゃあ、国広だね」
言って、響はちょこんとその場にしゃがむ。
こんな状況であるにも関わらず落ち着いた娘だと思うが、やけに無警戒が過ぎる気がしないでもなかった。
何しろ、山姥切はまだ自分が乗っていないことを自称すらしていない。
例えば、こうして誰かが訪れるのを待って各個撃破していく算段の殺人者かもしれないわけだ。
にも関わらず。彼女はまるでそんなこと、気にも留めていないらしかった。
「……疑わないのか?」
「? 何をだい?」
「俺が殺し合いに乗っている可能性をだ。
侮っているつもりはないが、もし抜刀すれば今のおまえを斬り伏せるくらいは容易い。
そんな状況なのに、おまえには俺を疑っている様子が見られないからな」
憮然と問う山姥切へ、響は苦笑で応じた。
なんだ、そんなことか――とでも言いたげな、どこか軽薄ですらある微笑み。
-
「言われるまで気付かなかったよ。
……うん、私も国広が初めて出会った参加者だから、思わず安心していたのかもしれない。
それで、実際のところはどうなんだい?」
「…………"どちらでもない"」
その返答を聞くと、さすがに響も疑問符を浮かべる。
そう、"どちらでもない"のだ。
彼女のように誰かを探しているわけでもない。
正確に言えば、本来探すべきである相手は居るのだが――……彼には少なくとも、そうする気はなかった。
「俺の目的は生き抜くことだ。
生きてこの会場を出る。
……それがどんな形であろうと、生き延びられればそれで構わない。
だからおまえのように殺し合いに乗っていないわけでもないし、逆に乗っているわけでもないということだ。尤も――必要となれば、この刀を振るう覚悟は出来ている」
そして、俺という刀の存在を証明する。
その時初めて、俺は俺を認められる気がするんだ。
そこは口にしなかったが、心の中では今一度繰り返した。
どの道、もう取り返しはつかない。
どんな幕切れになろうとも、あの本丸にあった日常は戻ってこないのだ。
審神者が殺し合いを主催し、その道具である刀剣達は盤上の駒と化している。
――ならば、今更後ろを振り返ることに意味などありはしないだろう。
戻らないものに未練を感じることほど不毛なものはなく、その不毛さこそが足を絡め取る麻縄となる。
「……そう。私はやっぱり、皆で帰りたいな」
淋しげに響は呟く。
彼女が"皆"と口にした瞬間、一瞬だけその表情に影が差したのを、山姥切は見逃さなかった。
敢えて追及することもしなかったが。彼女にも、何かしらの事情があるのだとそれで理解する。
「"たとえ、そこに私の居場所がなくても"」
…………耳に痛い、静寂。どういう意味だ、と返す山姥切へ、彼女は半ば独り言のように語り始めた。
「さっき妹がいると言ったよね。
けど、私は彼女達に一度も会ってないんだ。
……というより、最悪のタイミングで知ってしまったんだよ。――どうやら、私は彼女達の中では死んでいるらしい」
苦笑交じりに嘆息し、鳥居へ凭れる響。
彼女が建造された――舞鶴鎮守府が抱える、ひとつの小さな、それでいてあまりにも深い傷。
響は勿論、そのことについて深くは知らない。
誰かに聞こうとも思っていないし……姉妹を喪った悲しみから抜け出せずにいるあの子達に、部外者にも等しい自分が会うのは良いことじゃないと、誰に言われるでもなく理解していた。
山姥切国広は答えない。
答えないし、彼女の期待に応えられる大層な言葉を持ってもいなかった。
-
「……暫く、此処にいてもいいかな」
「好きにしろ」
ただ。
それを断るほど、彼という刀は人間味に欠けているわけでもなかった。
難しい話ではない。要するに、重ねてしまったのだ。
――山姥切という刀の写しとして……偽物の誹りを受けてきた自分の境遇と。
まだ殺し合いは始まったばかりだ。
もし必要となれば、彼女を斬ることにも迷いはない。
……静寂の夜に、意図せずして偽物の汚名を帯びてしまった二人だけが、存在していた。
【C-4/一日目/深夜】
【山姥切国広@刀剣乱舞】
[状態:健康]
[装備:打刀『山姥切国広』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:生き残る。生き残り、俺という存在を証明する。
1:……偽物、か。
【響@艦隊これくしょん】
[状態:健康]
[装備:12.7cm連装砲@艦隊これくしょん]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:殺し合いをするつもりはない。
1:……どうすればいいんだろうね、本当。
2:姉妹たちには会いたくない。
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投下終了です。
6月下旬くらいからまた頻繁に投下していきたいのでしばしお待ちを
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とうかおつです
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投下乙です
今日このロワを見つけて最新話まで追いついたけど面白い。
三日月宗近と朝潮のどことなくほんわかする二人とか、ビターな雰囲気漂う暁型とか、すごい好きだなあ……
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久々に時間が出来たので
大和、小夜左文字を予約します。
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すいません、一度破棄します
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投下乙です!
まさかこんなロワがあるとは。いいですよねこのコラボ!
これからも楽しみです
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続きか無いかなあ・・・
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本スレッドは作品投下が長期間途絶えているため、一時削除対象とさせていただきます。
尚、この措置は企画再開に伴う新スレッドの設立を妨げるものではありません。
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