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夢現聖杯儀典:re 二周目
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ここは様々な作品のキャラクターをマスター及びサーヴァントとして聖杯戦争に参加させるリレー小説企画です。
本編には殺人、流血、暴力、性的表現といった過激な描写や鬱展開が含まれています。
閲覧の際は十分にご注意ください。
【ルール】
・版権キャラによる聖杯戦争を行うリレー小説です。
・参加者は【一週間】という期限の中で、【偽りの世界】で最後の一組になるまで殺し合います。
・期限が過ぎると、【偽りの世界】は参加者を巻き込んで滅びます。
・ある程度のモラトリアム期間(数日)が終わった後、各参加者に告げられる開催のアナウンスと同時に期限のカウントダウンは開始されます。
・上記の通り、その間に何をしてるかなどといった細々設定は本編で盛り込んでもオッケーです。
・記憶操作についてはまあ、個々人バラバラでいい設定です。
【設定】
・舞台は聖杯が【誰か】の願いを叶えた【偽りの冬木市】です。
・聖杯から毎日深夜の0時に【カウントダウン】が行われます。
・【令呪】が残っている限り、マスターは生存し続けます。【令呪】消失となりますと、この世界から【排除】されます。
・リタイアは基本的には出来ません。
・死体はNPC、マスター含めて消失しません。
・魂喰いはある程度は黙認されます。ですが、限度を過ぎたら何らかの処置が下されます。
【時刻設定】
・深夜(0〜6)
・午前(6〜12)
・午後(12〜18)
・夜(18〜0)
【簡素な質問と回答】
・予約期限は? 自己リレーとかは?
予約期限は10日+延長4日、自己リレーはどうぞどうぞという感じです。
細々とやってくことになると思うので、遠慮はいらないと思います。
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【その他】
まとめwiki
ttp://www63.atwiki.jp/letsrebirth/pages/1.html
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1423923566/
≪状態票テンプレ≫
【X-0/場所名/○日目 時間帯】
【名前@出典】
[状態]
[令呪]残り◯画
[装備]
[道具]
[金銭状況]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]
【クラス(真名)@出典】
[状態]
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]
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新スレ立て乙です。
質問なのですが、会場内の季節はいつごろになるでしょうか?
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>>3
6〜7月ですね。夏になる前といった感じで想定していただければ。
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回答ありがとうございます。
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恐縮ですが、一番手を頂きたく思います
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「0時を回ったネ」
扉を開け、キャスター――超鈴音が声をかける。
湯気が立ちこめるバスルーム。
その中で、彼女のマスター・神楽坂明日菜は何をするでもなく立ち尽くしていた。
「ゲーム開始ヨ、明日菜サン」
ざあざあと音を立て、シャワーが明日菜の頭を打つ。
もうたっぷり20分はこうして立ち尽くしていた。
未だにシャンプーすらしていない。
それをする気力すらなかった。
「覚悟は出来たかネ?」
死に損なったあの日から、もう何日も経過していた。
けれども未だに腹は決まらず、何も進展せずにいる。
殺したくない――その想いは、ずっと変わらなかった。
死にたくない――その願いは、ずっと変わらなかった。
その2つは、決して両立することが出来ない。
死にたくなければ、殺すしかない。
殺したくなければ、死ぬしかない。
その残酷な二者択一に答えを出すには、あまりに時間が足りなかった。
「……わかんない」
正直に、明日菜が答える。
気分転換にと薦められた入浴ですら、心を落ち着かせてくれなかった。
時間だけが、頭皮の表面を滑り、水と共に流れ出ていく。
奥に溜まったモノを掻き出すことすらせずに。
「ちょっとだけ……幸せだった」
けれども、そんな宙ぶらりんのままでは、この戦争は戦い抜けない。
それが分かっているから、まだ上手く言葉にならないのに、明日菜は口を開いた。
そして鈴音も、その言葉を黙って聞いている。
「あのガキンチョがからかわれながら先生をしてて、木乃香や刹那さんが笑顔で話しかけてくれて」
それは、極当たり前の日常だった。
ちょっと前――体感的には、ほんの数日前だ――までは、毎日のように体験していたそんな日常。
失う覚悟を決めて、それでもやっぱり未練があって、無理矢理奪われた日常。
「諦めたはずなのに、諦めきれてなかった世界がそこにはあって」
ネギが、いる。
木乃香が、刹那が、皆がいる。
「ちょっとだけ、この世界にずっと居たいなとも思って」
どんなに頑張っても、一週間しかこの世界は保たれない。
それは知っていた。
でも――だからこそ、この世界が少しずつ愛しくなっていた。
「戦いなんてなくっても、この世界に居られるならそれもいいかもってさ」
それは、後ろ向きで弱い考えだ。
そうは思うも、鈴音は明日菜の言葉を否定したりしない。
それどころか相槌一つ返さずに、開け放たれた扉の向こうで真剣な顔で見つめてくるだけだった。
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「でもさ……やっぱり、偽物の世界なんだよね……」
どれだけ想っても、この世界の“皆”は偽物であり、そこにあるのは偽りの日常だ。
そのことは、ずっと頭の中にあった。
だから居心地が悪かった。この世界の居心地が良ければ良いほど、それ以上に居心地が悪くなっていた。
「いいんちょとの喧嘩も、木乃香とのボケツッコミも、全部、さ……」
大切な人とのやりとりで、それをとても痛感した。
雪広あやかは、生前の時にしたやりとりと同じことをしてくれている。
だがしかし、彼女を取り巻く人間や、喧嘩するときの野次馬なんかには、見たことのない生徒ばかりだ。
中には見知った顔もいるが、そのほとんどと、スムーズにやりとりが出来ない。
「だからかな……どうしても、皆にちょっと、違和感があって」
ちょっとずつ、知っている皆と違う。
ネギも、何だか少し過剰に甘えている気がする。
千雨なんかとも今までより距離を感じるし、刹那に至っては過剰にコミカルになっている気がした。
あと、千雨に至っては、何か髪の色が違う。なんと緑色じゃない。
真面目ぶりながら小学生からずっと緑に染めているのが彼女の特徴だったというのに。
「違和感、ネ」
鈴音が、ようやくここで返事を返す。
この世界への違和感は、鈴音にだって勿論あった。
鈴音と明日菜で記憶している“麻帆良学園”が違うのだから、両者ともに違和感を抱かない世界なんてありえないのだが、
それにしても鈴音の知っている学園生活とは異なる点が多すぎた。
まるで、他の人間の思い出や記憶を混ぜこぜにしたかのように。
「参加者の特定を避けるためか、はたまたその逆か知らないガ、元いた世界の完全再現ではないらシイ」
単純に参加者全員の記憶と記録を再現したから歪になったのか、それとも他の理由があるのか。
そんなことは分からないし、まだ分からなくて問題無いと鈴音は思っている。
それを考えるとすれば、明日菜の腹が決まって、ある程度他の情報も得た後だ。
今の段階でソレを考えても、答え合わせのしようのない仮定を量産するだけである。
「私にとっては、あの美空サンが自然なのだけどネ」
明日菜の中の違和感を決定的なものにしたのは、春日美空の存在だった。
控えめに言って『アッパッパー』な性格をした美空の言動は、明日菜の知る美空のソレとは程遠い。
確かにイタズラ3人組ではあるものの、陸上と宗教に対しては真摯だった印象がある。
少なくとも、あんな全てマリアに宣戦布告のファックオフをぶちかますような感じの性格はしていなかった。
「やっぱり……ここじゃないんだって……」
細かな所が、全然違う。
そして、ふとしたことで、それを痛感させられてしまう。
ここを新たな居場所と思うには、あまりに違和感が強すぎた。
「ここは、私の願う場所じゃないんだ……って……」
ずっと、あの寮で暮らしてきた。
でもこの場所では、自分に不釣り合いな豪邸を割り振られている。
朝早く起きてバイトに行くこともないし、起きたら木乃香が料理をしていることもない。
やたらと広い風呂に入ってても、今こうして超が乱入したくらいで、誰も突撃してこない。
お風呂でドタバタも起きないし、あの騒がしい日常とは、遠くかけ離れていた。
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「それでいい。それでいいんだヨ」
例え殺し合いがなくとも、ずっとこの世界には居られなかっただろう。
愛していたあのクラスが、ここには無いのだ。
いや――無いだけなら、まだ耐えられたかもしれない。
鈴音が知っている人のいない麻帆良学園でなんとかやってこられたように、いっそ未知の世界ならば第二の人生を送れていたかもしれない。
けれどもここには、皆がる。
愛した人の紛い物が、ここには存在しているのだ。
そんな場所で何年も居続けるなんてこと、覚悟を決めた鈴音でも耐えられるかどうか。
「やっぱり、まだ、殺したくなんてないよ……でも……」
ゆっくりと、明日菜が振り返る。
シャワーの水が頬を伝った。
「帰りたい」
シャワーのせいで、泣いているのか分からない。
それでも、その言葉を胸の奥から出した明日菜の心情は、その表情で十分窺い知る事ができた。
「死にたくないだけじゃない……」
言葉に出せど、その感情は胸の内から言葉と共には出て行かない。
むしろ言葉に出すほどに、心と身体を埋め尽くしていくようだった。
「帰りたいよ……麻帆良に……皆のとこに……」
明日菜のよく知るネギや刹那、千雨や美空のいる世界に。
バイトバイトの極貧生活ながら、木乃香と共に朝食を取れるあの世界に。
歪でちゃちな作り物の世界なんかじゃなく、たくさんの日々と想いを重ねて作られた、愛してやまないあの世界に。
「でも……だから……」
帰りたかった。
あの世界に、というのもあるが、それ以上に――あの輪の中に。
「いいヨ、無理して言わなくて」
明日菜の言葉を、鈴音が打ち切る。
後に続く言葉は分かりきっていた。
皆の居た世界に帰ってあの輪に戻りたいからこそ、人は殺せないというような言葉だろう。
人を殺してしまったあと、あの日のように笑う自信も、皆の中に笑顔で戻れる自信もないから。
「明日菜サンの気持ちが知れただけで、良しとするネ」
鈴音にとって、明日菜が不殺の宣言をするのは好ましいことではない。
迷うだけなら、殺したくないという我儘の段階ならばどうにでもできるが、強く決意されてしまうと厄介だ。
ルール上黙って殺されてやるわけにはいかない以上、どこかしらで一人は殺さねば願いを叶えることなど出来ない。
言葉に出して、その意志を強められては困る。
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「大急ぎで誰かを仕留めなきゃいけないようなルールでもないし、まだまだ時間はタップリあるヨ」
早々に動くメリットもあるが、今はまだデメリットの方が大きい。
窮地に陥って反射的に相手を殺してしまうような精神状態の時ならともかく、
窮地に陥ってそれでもなお殺したくないで武器を捨てかねない状況での他マスターとの接触は避けたい。
「動くのは後半からでも遅くはないヨ」
鈴音は、とうの昔に受け入れている。
自分本位な願いのために、他者を犠牲にすることを。
自分の愛した世界が変わり、自分の愛した世界と違う別の何かになることを。
「今は英気を養うといいネ」
そしてそのうえで、鈴音は望むことにしたのだ。
多くの犠牲の果てに、自分の愛した者達が、自分の愛した世界とは違う歪んだ世界で幸せそうにする未来を。
「疲れていても、ちゃんとシャンプーとリンスはした方がいいヨ?」
だから、鈴音は無理に明日菜に言い聞かせることまではしない。
いずれ明日菜も、自分と同じように考える可能性がそこにはあるから。
だから、ウインクを軽くして、冗談めかしてバスルームを後にする。
「髪は女の命だからネ」
無理して屈服させたり、争ったりする必要はない。
必要に迫られてもいないのに、明日菜の気分を害してまで今すぐ腹を決めさせることはない。
幸いにも、マスターとサーヴァントの関係。
戦う必要なんてないのだ。
それに――
「それじゃ、ごゆっくり」
マスターとサーヴァントである以前に。
共に聖杯戦争で戦う仲間である以前に。
クラスメートであり、そして、あまり深く関わったわけじゃないけれど、でも。
二人は、友達だったから。
【B―6/神楽坂明日菜の家/1日目・深夜】
【神楽坂明日菜@魔法先生ネギま!(アニメ)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]すっぽんぽん
[道具]髪の毛以外は鈴や陰毛に至るまで無し
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1.皆がいる麻帆良学園に帰りたい
2.でもだからって、そのために人を殺しちゃうと……
[備考]
・大きめの住宅が居住地として割り当てられました
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]健康
[装備]自室だし、多少はラフだヨ
[道具]自室だし手にしているものはないけど、ある程度手の届く範囲には置いているネ
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える
1.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
2.それまでは防衛が中心になるが、出来ることは何でもしておく
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
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以上で投下終了です。
何か問題があればおっしゃってください。
それと、すみません。
登場話のパンタローネのステータスが誤っていました。
【属性】
混沌・悪
を
【属性】
秩序・悪
に訂正させて頂けないでしょうか。
よろしくお願いいたします。
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あと誤字があったので、wikiに収録されたらしれっと直させていただこうと思います
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投下乙です
明日菜は参戦の経緯が経緯とはいえ方針が定まっていませんね。今はまだ始まったばかりなので何とかなってますが、早くに覚悟を決めないとズルズル駄目なほうに行ってしまいそう
ですが方針の不一致があるとはいえ超がそれとなく気遣ってくれるあたりサーヴァントには恵まれたのかもしれませんね。これからの展開が楽しみな二人です。
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中村ゆり&セイバー(斎藤一)、
アリー・アル・サーシェス&アサシン(キルバーン&ピロロ)
予約します。
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おお、さっそくの投下が
乙です
明日菜の内面をいきなりがっつり描いてきたな…辛いよなあこれ…
この辺夢現聖杯のコンセプトを改めて感じさせられる雰囲気でした
結びの一文もまたいい
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予約分を投下します
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聖杯によって形作られた冬木にも季節はあり、日が沈んでからも夏の暑さが入り込んでくる時期だ。
現在時刻は深夜に差し掛かろうとしているが、夜の冬木は生暖かい空気に支配されていた。
しかし、そんなぬるい気温など気にせず、ミサカはタオルで自分の体を拭きながらリビングに入る。
床にある扇風機のスイッチを入れ、風力を最大まで強め、涼しい風に吹かれて気分をリフレッシュさせる。
リビングに備え付けてあるテレビは消されたまま。
扇風機の羽が回る音と、隣にいるエレクトロゾルダートがかけている掃除機の音がうるさく鳴っていた。
ミサカの傍らには、いつの間にかペットの黒猫が鳴き声を上げてミサカの隣に座っている。
扇風機の風を一緒に浴びようとしているようにも見える。
ここはミサカが聖杯から住居として与えられたマンション。ゾルダート達以外に同居者はおらず、戸籍上は一人暮らしである。
ここが学園都市ではないからか、それともミサカの通う学園の地位がそんなに高くないからか。
姉のように学外寮のような場所に住むわけにはいかなかったらしい。
ふと、身震いしてしまう。
猫が心配そうにミサカを見上げるが、ミサカは小さく口を緩めて猫の首筋を撫でてやる。
猫への「大丈夫だ」という意思表示だ。
この震えは特別な事情からくるものではない。
単にミサカは寒いから震えているだけだ。
ミサカは掃除機を回しているゾルダートを見やり、
「着替えを用意するのを忘れていました。ミサカの下着とパジャマをもってきてくれませんか?とミサカは掃除中であるのを申し訳なく思いながらお願いしてみます」
と要請した。
寒さの原因は、風呂上がりに一糸纏わぬ姿で扇風機の風を受けているからに他ならない。
要するにミサカは全裸であった。
年頃の女子ならば羞恥心で爆発してしまいそうな状況の中を平気でいられる。
ミサカには羞恥心というものを持っていなかった。
「了解しました」
ゾルダートはそんなミサカを見て、顔を赤くすることなく、かといって鼻の下をのばすことなく掃除機の電源を切り、着替えの入っている棚へと向かう。
ゾルダートにもどこか人としてなくてはならない感情が欠落していた。
「人数が多いと楽でいいですね、とミサカは少し殿様気分に浸ってみます」
猫の体を撫でながら、扇風機の風力を『弱』まで弱める。
ゾルダート達には数の多さを利用して家事を任せてある。
特に掃除、洗濯、ペットの世話は全て彼らに一任している。
洗濯物の中にはミサカの下着も含まれているが、ミサカは気にしていない。
「こちらでよろしいでしょうか?」
しばらくすると、ゾルダートが着替えを持ってくる。
その中には下着も入っており、所謂縞パンという縞模様の入ったパンツが着替えの束から覗いていた。
パジャマも今どきの中学生が着るには些か子供っぽいといえるデザインで、薄い黄緑色の生地に印刷されたカエルのシルエットが可愛らしい。
ミサカはゾルダートから着替え一式を受け取り、彼の目の前でパジャマへと着替える。
時計が日付の移り変わりを知らせるために鳴りだしたのは、ミサカが上着のボタンをつけ終わろうとしたときだった。
◆ ◆ ◆
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『第一の夜を盲目の生贄達が踊り狂う。遍く願いよ、輝くが良い。これこそが、聖杯戦争の始まりである』
突如頭の中に響いてきた謎の声を反芻する。
ミサカの目が険しいものに変わる。
「ついに始まるのですね、とミサカは聖杯戦争の渦中にいることを実感します」
モラトリアム期間はミサカにとって夢のようだった。
特に、友人の南条光との思い出はかけがえのないものであった。
叶うのなら、このまま楽しい日々が続けばいいと思ったこともあった。
しかし、数日のモラトリアム期間の末に頭の中で轟いた、戦争の始まりを告げる合図。
それは見たことのないものに溢れた新世界での生活を謳歌していたミサカを現実に引き戻した。
『今後の方針を整理を行うので全員、ミサカのいるマンションの駐車場へ集合してください、とミサカは念話を介し、ゾルダート全個体に呼びかけます』
『了解。しかしミサカ、ミサカと我々は念話でコンタクトを取れます。それは二度手間なのでは?』
『方針とは別に渡したい物があるのです、とミサカは付け加えます』
ミサカはすぐさま、見張りや家事を任せておいた全ゾルダート20体をマンション下の駐車場へ集める。
それを隣で聞いていて行動に移ったのか、ついさっきまで隣で掃除機をかけていたゾルダートはもういない。
恐らく、霊体化して下の階へと向かったのだろう。
ミサカの個室で済ましてしまってもよかったが、ゾルダート20体を一部屋に押し込むには少し窮屈すぎるのだ。
ミサカは駐車場へ向かう前に『渡したい物』を取るためにクローゼットへ寄る。
ミサカが前にしたクローゼットは奥行きが深く、見た目からしてかなりの収容スペースを誇っている。
木製の扉を開くと、目に飛び込んで来たのは学園の制服に、姉の趣味に沿った私服。
服を払いのけるとその奥には――真っ黒な銃器の数々と1などの数字を象ったペンダントが大量にあった。ミサカの『渡したい物』は後者にあたる。
銃器はというと、サブマシンガンのような学生鞄に隠し持つことができるような武器から、対戦車ライフル『バレットM82A1』を改造した『鋼鉄破り』まである。
聖杯戦争を生き残っていくにはサーヴァントに頼るだけでなく、マスターの自衛及び攻撃能力も重要になってくる。
いずれ使うことになるだろう。度重なる一方通行との戦闘経験から容易に察することができた。
とはいえ、今必要なのはミサカが両手で取り出したペンダントの束のみ。
ある目的のために大金をはたいて極秘に入手したアクセサリーだ。
ゾルダート達を待たせているせいで人の目につくのを避けるために急いで部屋を出た。
「パジャマ姿ですが、ゾルダートを駐車場に長居させるわけにはいきません、とミサカは駆け足でマンションを降ります」
パジャマは思いの外動きやすかった。
◆ ◆ ◆
「揃っていますか、とミサカはゾルダートが20体いることを確認します」
ミサカが駐車場に降りると、20体のゾルダートが横1列に並んで整列していた。
手を後ろで組んでいて、どこを見ているか分からない無機質な表情はどことなく威圧感を与える。
ミサカはゾルダートを一通り見回すと、手元にあるペンダントの内、『7』の形をしたペンダントを取り出して口を開く。
「まず渡したいものですが、コレになります、とミサカは数字のペンダントをゾルダートに見せます」
「それが我々に渡したい物…?」
「はい。これを各自一つずつ身に着けてください、とミサカはゾルダートにペンダントを渡します」
そう言ってミサカは近くにいたゾルダートに歩み寄り、『7』のペンダントを渡す。
「しかし、何故――」
「プレゼントです、とミサカはいいから受け取れと『ゾルダート7号』へペンダントを押し付けます」
「…7号?」
ペンダントを受け取ったゾルダートはミサカに7号と呼ばれたことを不思議に思う。
エレクトロゾルダートには個体差などほとんどない。
その個体はあくまで『エレクトロゾルダート』というクローン集団の中の一体であり、いくらでも代わりがいるのだ。
元々ゲセルシャフトでは、電光機関のリスクを数で補うために生み出された存在であるがゆえ、電光機関を使えて戦うことができればそれ以外はどうでもよく、
エレクトロゾルダートは『妹達』のように番号すら割り振られていなかった。
しかし、ミサカはそんなゾルダートに『妹達』のような検体番号を授けようとしていた。
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「全員、実体化するときは数字のペンダントを首にかけてください、とミサカはお願いします」
この判断の元となったのは、ミサカの想い人でありヒーローでもある上条当麻からのプレゼントだ。
ハート型のネックレスだった。上条が姉と見分けをつけるためにと買ってくれた。
本当は指輪が欲しかったのだが、それでも上条からのプレゼントは素直に嬉しかった。
だからミサカも、エレクトロゾルダートへペンダントをプレゼントして個体ごとの区別をつけようとしたのだ。
「ペンダントの数字が自分の番号です、とミサカは『ミサカ一〇〇三二號』と呼ばれていたことを例にゾルダートへ検体番号を与えます」
そう言ってミサカはペンダントをかけたゾルダート1人1人に「あなたは1号です、とミサカは――」「あなたは18号――」とペンダントの数字を指さして、ゾルダートに自分の号数を認識させる。
ゾルダートの属するクラスは「レプリカ」だが、いつまでも『総称』で呼んでいると個体の識別ができない。
誰が何号か分かるように号数を指定しておけば、真名を明かすことなく個体ごとに指示を送れる。
また、ミサカとしてもゾルダート達を生命を持つ『個』として見ていきたいという思いがあったので、ゾルダートの個体識別はその第1歩でもあった。
「これからは対応する号数を呼ばれたときは自分のことだと思ってください、とミサカはゾルダートに確認を取ります」
『Jawohl!』
どうやら、ゾルダート達はそれを受け入れてくれたらしい。
ミサカはこのことがうまくいったことに内心で小さく喜びながらも、いよいよ本題に入る。
今のミサカの中で重要なのは生きて帰ること。
恩人に救ってもらった命を簡単に失うのはまっぴらだ。
聖杯を勝ち取れば帰れるかもしれないが…それは即ち、他のマスターを皆殺しにすることになる。
その選択肢を選ぶことは絶対に避けたい。そんな血生臭い手段で生還なんてしたら、姉に怒られてしまう。
ならば残りの選択肢は、この空間から脱出するか、戦争自体を終わらせるかの2択に絞られる。
そのためには協力者が欲しいところだが、まだ他の組の情報が少ない。
まずは周辺に偵察隊を派遣し、サーヴァントがいるか確認すべきか。
「朝までですが、1号から12号はスリーマンセル(三人一組)で小隊を組んで、それぞれ別の方向へ霊体化して偵察に出向いてください、とミサカは指示します」
「了解」
「ですが、危険を感じたらすぐに逃げてください、とミサカは付け足します」
「あくまで目的は偵察ですね?」
「はい。サーヴァントの気配を感じたら帰還するぐらいでいいです、とミサカは指令の詳細を述べます」
今必要な情報は、この周辺のブロックにどれくらいの主従がいるかを把握することだけでいい。
サーヴァントは互いの発する魔力で気配を察知できるという。
偵察に出すと逆にこちら側が気づかれる可能性もなくはないが、エレクトロゾルダートは数十体召喚できる分、
1体あたりの魔力消費は非常に軽く、その分1体の秘める魔力もかなり薄いはずだ。
ならば、魔力が薄い分、アサシン程ではないが多少は気づかれにくいのではないか、とミサカは仮説を立てた。
「残った者は何をすれば?」
残りの8人の中で13号がミサカに問う。
「万が一のため13号から20号は私の元にいてください、とミサカは敵襲を警戒します」
聖杯戦争が始まって早々に暴れまわる者もいないとは限らないため、ミサカは最低限戦える人数を手元に置いておいた。
いざ戦闘になっても、魔力には余裕があるため少なくともあと30体は召喚できる。
個体識別用のアクセサリーを揃えるのが大変そうだが。
「ではミサカ、我々は偵察に行きます」
「いってらっしゃい、朝までには帰ってくるのよー、とミサカは家庭のお母さんみたくゾルダートを見送ってみます」
1号から12号のゾルダートは霊体化し、駐車場から姿を消した。
3体は東へ。
3体は西へ。
3体は南へ。
3体は北へ。
ミサカの指示通りスリーマンセルで偵察に向かった。
「…本当に帰ってきてほしいです、とミサカは遠い目をします」
ゾルダートはサーヴァントとはいえ、1人1人の能力は非常に弱い。
三騎士と真っ向勝負になれば、ひとたまりもないだろう。
固有のペンダントを持ち、号数を持つエレクトロゾルダートは『エレクトロゾルダート』の中でも彼らだけだ。
偵察くらいで大げさかもしれないが、ミサカは『世界にひとりしかいない』彼らの無事を願っていた。
-
【C-6/御坂妹のマンション・駐車場/1日目・深夜】
【御坂妹@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]パジャマ
[道具]特になし
[金銭状況]普通(マンションで一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ生還する
1.協力者を探します、とミサカは今後の方針を示します
2.そのために周辺の主従の情報を得る、とミサカはゾルダートを偵察に出します
3.偵察に行ったゾルダート達が無事に帰ってくるといいのですが、とミサカは心配になります
[備考]
・自宅にはゴーグルと、クローゼット内にサブマシンガンや鋼鉄破りなどの銃器があります
・衣服は御坂美琴の趣味に合ったものが割り当てられました
・ペンダントの購入に大金(少なくとも数万円)を使いました
・自宅で黒猫を飼っています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](13号〜20号)、健康、無我
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
[備考]
・ミサカの家の家事(特に掃除、洗濯、ペットの世話)を任されています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](1号〜12号)、健康、無我、スリーマンセル、単独行動
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.他のサーヴァントの偵察
3.危険を感じる、サーヴァントの気配を確認する、朝になるのいずれかがあれば、ミサカの元へ帰還する
[備考]
・三人一組になってB-6、C-5、C-7、D-6へそれぞれ向かいました。
・どのゾルダートがどの地域へ向かったかは後の書き手さんにお任せします
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以上で投下終了します。
ご指摘・ご質問があればお願いします。
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投下乙です!
ゾルダート達を思うミサカの心情が伝わってくる良い話でした
ペットの黒猫とかカエルのパジャマとか芸が細かいですねー
しかし、ペンダントもこの主従関係を表す良いアイテムですね
霊体化する鯖と相性悪いのが残念です
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投下乙です
いいなこの主従、背景が背景だけに重なる部分があるのが…
個として見てあげたいってのが胸に来る
お母さんのように見送るミサカを守れるか、ゾルダートたち
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投下します。
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もうすぐ一日が終わろうかという真夜中。とっくのとうに日は沈み、街は深い夜の闇に包まれている。
だがそんな時間でも人の営みは決して止まることはない。街中には明かりが溢れ、道には多くの人が行き交っている。
それは都市部に限ったことではなく、音無のいる寂れた住宅街も例外ではなかった。流石に新都ほどではないが、窓から外を見れば電灯の明かりがちらほらと。こんな夜中でも人が起きているのは珍しくない。
人の活気。それは偽りの都市であるここでも何ら変わることはないようだ。
そしてここにも、夜更かしをする若者が一人。
「……どうにも蒸し暑いな」
うちわを仰ぎながら億劫に呟く。音無結弦はこうして毎晩、モラトリアムの終了宣言を待っているのだ。
B-4に位置する安アパートの一室。そこが聖杯戦争に際して音無に与えられた仮の居住地だ。一見してボロボロだと分かるそこには、エアコンは勿論のこと扇風機すら存在しない。真夏ではないとはいえ夏場に差し掛かった冬木において、それは些か以上に不便だと音無は痛感していた。
何故ここまでボロいアパートが割り振られたのかと当初は疑問に思ったが、それもすぐさま解消した。この冬木における音無の立場は「両親と妹を亡くしながらも医大を目指し懸命に努力する苦学生」というものだ。
これを知った時は、正直腸が煮えくり返ったと音無は述懐する。立地が云々ではなく、その境遇に。両親も妹も本物じゃない虚構の存在だということは百も承知だが、それでもいい気分はしない。
だが少なくとも身分を保証されているのは僥倖である。せいぜい利用させてもらうさと嘯きつつも、今はそれよりこの蒸し暑さを何とかしたいところだ。
そういえば冷蔵庫に冷やしておいた麦茶があったなと思い立ち、音無は重い腰を上げる。あり合わせのコップに氷もなしに麦茶を注ぐと、テーブルで絵本を読んでいる少女に声をかけた。
「なあ、あやめ。お前も何か飲むか?」
あやめと呼ばれた少女は、呼びかけられた一瞬だけびくりと震えるも、すぐに落ち着いて音無のほうを見やった。
ちょっとだけ戸惑っているような、微妙な表情。その白磁の肌には一切の汗が浮かんでいない。
冬場みたいな厚着なのにな、と音無は思う。やはりというべきか、手弱女に見えてもそこはサーヴァント。彼女にとっては気温の影響など取るに足らないことのようだ。
「えと……それじゃあ、蜜柑のものをお願いします」
「OK、ちょっと待っててくれ」
おずおずと、控えめに答える。段々打ち解けては来たがこの押しの弱さは変わらないな、などと音無はミカンジュースをコップに注ぎながら苦笑した。
モラトリアム期間を通じて、音無はあやめと打ち解けられるよう心がけてきた。例えば食事を共にしたり、互いの身の上話をしてみたり、他愛のないものばかりではあったがそれなりに効果があったと思いたい。
今あやめが読んでいる絵本も、その一環だ。昔話に通じるあやめを見て、ならばと思い立ち外国の童話を読み聞かせてみたところ、思いのほか好評だったため奮発して(というか調子に乗って)何冊か買ってしまったのだ。
高校生にもなって絵本をレジに持っていくのは少々恥ずかしかったが、あやめがほんの少し見せてくれた笑顔を思えば気恥ずかしさも報われるというものだ。
……直後にあやめが字を読めないことに気付き、絵本を朗読しつつ簡単な字を教える羽目になったのは少々誤算ではあったが。
-
自分の分の麦茶と一緒にジュースを持っていくと、あやめは律儀に絵本を閉じて正座して待っていた。そう固くならなくていいから、と笑いながら声をかけて音無もテーブルの脇に座り、あやめにコップを渡してから自分のコップに口をつけた。
本来サーヴァントに食事の必要はないが、それでも音無はこの数日間あやめと飲食を共にしている。多少は魔力の足しにもなるし、前述した交流にも繋がるからだ。
ジュースを美味しそうに飲むあやめの姿は、やはりサーヴァントなどではなく普通の子供にしか見えない。微笑ましいと、素直にそう思う。頭にねじ込まれた聖杯戦争の知識がなければ、今でも彼女のことをサーヴァントなどとは思えなかっただろう。
―――生きていれば、初音もこんな風に育っていたのだろうか。
ふとそんなことが脳裏に浮かんで。しかしすぐさま打ち消した。
くだらない感傷だと自分でも分かっている。目の前の少女は決して自分の妹などではない。だがしかし、理性は違うと叫んでも感情を止めることはできなかった。
どうしようもなく、音無はあやめを妹の生き写しであると感じてしまっている。
(本当に、ムシのいい話だよな)
つくづく痛感する。当初は目的のための踏み台としかあやめを見ていなかったのに、今ではこの有様だ。非情になると決めておいて、願いのために他者を犠牲にすると誓っておいて、それでも安い情に流される。
だが不思議とそんな自分の感情に嫌悪はない。それはあやめの境遇に同じ死者としてシンパシーを抱いたからなのかもしれない。
自分達は同じ死者だ。だが最後には報われた自分と違って、この少女は何も幸せになっていない。
親の愛を受けず、人の温もりを知らず、生贄にされて死んだかと思えば今度は永遠の孤独を与えられた。
ふざけている。何よりも悲しいのは、それほどまでに報われない生涯を送ってきた彼女が、それでも誰かを恨んでいないということだ。
だからこそ、音無はあやめの願いを叶えたいと切に望んでいる。誰も彼女の味方にならなかったなら、せめて主である自分が彼女の味方にならねばと義憤を抱いている。
少なくとも、既に音無の心中からは彼女を見捨てるという選択肢は消え去っていた。
(だからこそ、俺たちは二人で……)
瞬間。
―――視界の端に。
―――踊る道化師の姿。
ありえないものが見えた気がした。ちらりと視界の端に映ったそれは、しかし驚愕と共に振り返った時には何処にもない。
幻でも見たのだろうか。不意の異常に高鳴る心臓の鼓動を抑え、姿勢を戻そうとした、まさにその時。
『第一の夜を盲目の生贄達が踊り狂う。遍く願いよ、輝くが良い。これこそが、聖杯戦争の始まりである』
全ての始まりを告げる声が響き渡った。
-
◇ ◇ ◇
……今度は幻覚でも幻聴でもないようだ。
頭の中にはっきりと、聖杯戦争の開始を告げる声が聞こえてくる。囁くような、不気味な声。
それは対面に座るあやめも同じようで、小さく可愛らしい顔に不安げな表情を浮かべている。
「……とうとう始まったか」
音無とあやめの願いを叶えるための戦いが、今始まったのだと実感する。
ふと、体が小刻みに震えているのが見えた。覚悟を決めたつもりだったのに、心のどこかに未だ恐怖があるということか。
「……ますたー」
「大丈夫、大丈夫だ」
心配そうに声をかけるあやめに応えながら、音無は思考を巡らせる。
戦争が始まったとはいえ、今すぐどうこうというわけではない。まず自分がやるべきは怪しまれないこと。そして他のマスターを探ることだと考える。
だとすれば自分は普段どおりに学校へ通い生徒会長の役割を果たしつつ、あやめに学校内や周辺を探らせるのがベストだ。本来ならサーヴァントは互いの気配を察知できるが、あやめの気配遮断スキルは別格だ。相手のサーヴァントの気配だけ察知して、こちらの気配は悟らせない。そうして首尾よく他のマスターを探り当てることができたならば。
(そのマスターを暗殺する、それが最善手だな)
自分達は、はっきり言って戦闘能力は皆無に近い。三騎士はおろかアサシンやキャスターといった比較的弱い部類のサーヴァントですら、こちらを殺すには十分だろう。
だからこそ狙うのはマスターだ。強大な力を持つサーヴァントとは違い、マスターは例え魔術を操ろうが武術を極めようが常人だ。殺す手段はいくらでもある。
幸いなことにあやめの宝具は暗殺にうってつけと言える。隠蔽無効化を持つサーヴァントには無力となるのがネックだが、そこは入念に下調べをすれば回避可能な範疇だろう。
つまるところ、全ては敵マスターを捕捉しなければ始まらないわけで。
「……寝るか」
今できることと言えば、学校に備えて眠ることくらいしかなかった。緊張で固まった体をなんとか動かして布団に横たわる。
もちろんあやめには「サーヴァントの気配がしたら起こしてくれ」と頼むのを忘れない。あやめは分かりましたとだけ呟くと、霊体化して部屋から消え去った。
明かりが消えた真っ暗闇の中で、過去の情景が頭に浮かんだ。
SSSとしての日々や、天使と呼ばれた彼女の記憶。それはとても輝いていて、その全てが自分の誇りであると確信できる。
今の自分からみれば、それはあまりにも眩しすぎた。
これでいいのかと思う時があった。かつての仲間に語った「卒業」の意思を裏切るのかと自問したこともあった。
けれど、けれど。
それでも、この身には何物にも代え難い願いがあって。
死者の願いを掬うのは、奇跡しか存在しないのだ。
【B-4/アパート・音無の部屋/一日目 深夜】
【音無結弦@Angel Beats!】
[状態]健康、睡眠中
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。自由な金はあまりない。
[思考・状況]
基本行動方針:あやめと二人で聖杯を手に入れる。
1:生徒会長としての役目を全うしつつ、学校内や周辺にマスターがいないか探る。平行して、あやめを『紹介』する人物も探す。
2:あやめと親交を深めたい。
[備考]
・高校では生徒会長の役職に就いています。
・B-4にあるアパートに一人暮らし。
・あやめの詳しい『紹介』状況は不明ですが、すぐに『紹介』しなければ危ないわけではないようです。詳細は後続の書き手に任せます。
【アサシン(あやめ)@missing】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]数冊の絵本。
[思考・状況]
基本行動方針:ますたー(音無)に従う。
1:ますたーに全てを捧げる。
[備考]
・音無に絵本を買ってもらいました。
・霊体化して音無の部屋にいます。サーヴァントの気配を感じたら音無を起こすつもりです。
-
投下を終了します。
何か問題がありましたらご指摘お願いします。
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投下乙です!
そうでした……あやめはきちんとした教育を受けてないから、文字すら読めないのですよね……
ともかく、戦争前夜にも関わらず、和やかな交流が微笑ましくて良かったです
そんな交流をしながらも静かに覚悟を決める音無は、果たしてあやめの性質を使いこなして戦い抜けるのでしょうか……?
-
これから投下します。
-
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
少女は裕福な家庭で生まれ育ち、近くの学園に通っていた。
両親がいて、妹が二人、弟が一人。仲睦まじい家族であった。
少女が高校に進学し、相変わらずツマラナイ日常を送る中でも。
家という場所は、少女にとって一番の居場所であり、安らげる場所であった。
だがしかし、それが用意された質の悪い“おままごと”である事を、突如として思い知らされた。
記憶を取り戻し真実を取り戻した少女は、その受け入れがたい状況に拒絶反応を起こした。
何故、生前住んでいた家を再現し、両親が笑顔でいられるのか。
何故、私の目の前で殺された筈の弟妹が成長した姿で一緒に生活しているのか。
何故、奪われた私の人生を綺麗に飾り、私が守れなかったものを見せつけるのか。
どうやら自分勝手な神様は、私に理不尽な人生を送らせるのみならず、私を飼いならそうとしているようだが。
絶対に許せない。私の想いを踏み躙られた。私の逆鱗に触れられた。
絶対に許せない。クソッタレな神様をぶち殺し、聖杯戦争をぶち壊してやる。
だから少女は憎悪を抱き、偽りの世界に反逆すため、家を出た。
優しい世界に馴染めなくなってしまったから、目を背け逃げ出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
-
猶予期間の間、仲村ゆりは深山町の街中を隈なく歩いた。
学園は大体知っているところだからいい。郊外まで見るのは大変なので後回し。だから商店街や住宅地、邸宅や洋館など様々な場所を見て回ったが。
いくつか気になったところを簡単に調査したものの、たいした成果も得られないままであった。
なにせあからさまに不審な行動を見せるわけにはいかないし、他人の家の中までは調べられない。
とりあえず人が集まりそうな場所―――他のマスターも寄りそうな所―――はいくつか頭の中には押さえておいたが。
当然いつ誰がイベントを起こすかも分からない。というより、空回りするかもしれない。
“ま、最初からそう簡単に手掛かりなんて掴めるとは思ってもいなかったがな”
「るっさいわね!そんなどうでもいいこと言わずに、次に行くわよ!」
姿を見せないまま棘を刺す英霊に対し、【卒業】し損なった少女が苛立ちながら言葉を返す。
分かっていた事とはいえ、やはり地道な作業には自分には似合わない、とゆりは思う。
しかし、今のゆりはSSSのリーダーではなく、ただの一学生に過ぎない。
以前の知り合いも学園にいるが、それはゆりの知る人物とは違うNPCであり、当然任務と称して行動させる事はできない。
だから、自分で出来る範囲で何かしらでも行動することに決めた。
七日間しかない期限の中で学校生活という無為な時間を過ごすよりは断然マシだ。
何より、どこの馬の骨とも知らない神を気取った奴が作った役割なんかに絶対に従うものか!
といった反骨精神を胸に、次は新都方面を探索するためにバスに乗り込んだ。
冬木大橋を抜ける途中、携帯電話が鳴り出した。
画面の表示を見ると「日向」の文字が写されている。
少しだけ出るか出ないか悩んだが、すぐに終了ボタンを押した
バスの中だからマナーを守る、ということもあるけど。
少し不安な事もあるため、いつもにもなく躊躇ってしまった。
こちらの、偽りの世界での学校にも死後の世界の仲間が何人かいた。
いつも通りバカばっかやっているSSSメンバーが数人。相変わらずバンド活動をしているガルデモ。
そして何故か生徒会長をやっている音無とか、細部においては異なる役割を振られている者もいた。
逆に学園にいない人も結構いた。特に、かなでちゃんがいないのは少し寂しい気がしたけど…
バスは大橋を超えて、駅前の停留所に到着した。
急いで降りて、駅の方に向かって進みながら、一つの心配事を考える。
私と同じように、知り合いの中にもマスターになった者がいるのではないか、っと。
その可能性はほとんど考えられない。私達はちゃんと【卒業】したはずだから。
生前に思い残した悔いを、音無とかなでちゃんが殆ど解消してくれたから。
だから、この偽りの世界に喚ばれる事は普通ならば考えられない。
それなら、何故私はここにいるのだろうか?
もしかして、心の奥底に未練でも残っていたから【卒業】できてなかったのか?
それともクソッタレな神様が仕掛けた理不尽な悪戯なのか?
どちらにしても、私がここにいるという事実だけで、他のメンバーがマスターでないという保証が得られない。
もちろん杞憂で終わる可能性も高い。
だけど、もし誰かが何かしら願いを持っていた場合、私は……
.
-
そしてゆりは同じ轍を踏んでしまった。
少し考え事をして、少し俯いたまま歩いていたため前方不注意になり。
雑踏の中でまたもや人とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさいっ!」
また同じ事をしてしまったを後悔しつつ、ゆりはぶつかってしまった相手に謝罪した。
しかしその相手は、正装で身を整えた赤毛の男は別段気にしていない様子だった。
「いえ、大丈夫です。それよりお怪我はないですか、お嬢さん」
「私も大丈夫です。本当にすみません、ちょっと考え事をしていて…」
「いいっていいって。それよりちょっと道を尋ねたいんだけど、いいかな?」
「あ、はい、いいですよ」
そう言って男は住所が記されたメモを取り出した。
ゆりはその住所を携帯電話の地図で調べ、大体の道順を教えた。
「たぶんこれで目的地に行けるとは思いますが、
もし分からなくなりましたら近くの交番などに尋ねてみてくださいね」
「了解。お嬢さんの分かりやすい説明のおかげで大丈夫そうだ、サンキュー」
「いえいえ。困った時はお互い様ですから」
短い邂逅を済ませ、ゆりは赤毛の男と別れる。
男が目的地に向かって雑踏に紛れ込んだ姿を確認してから、ゆりもまた駅に向かって歩き始めようとする。
しかしすぐさまセイバーの念話がそれを遮った。
“マスター”
「なに」
“さっきの男、どう思う”
「どう、って……ただの外人のビジネスマンにしか見えなかったけど」
“俺には、血に飢えた狼に見えたがな”
セイバー、斎藤一はすれ違った男の方に顔を向けて睨んでいた。
幕末の騒動を駆け巡り、新時代の公僕として悪を捌いてきた者だからこそ得られる直感が警鐘を告げる。
数多の戦場を潜り抜けた者にだけが漂わせる独特の雰囲気。
数多の血を見ても物ともしなさそうな鋭い眼つき。
まだ断定はできないが、あの男は純粋な悪意の塊でできている。
「さっきの人が怪しかった、って言うつもり?もしかして、サーヴァントの気配でも感じたの?」
“いや、感じられなかった。もしアサシンのマスターだったら《気配遮断》で察知できんし、
サーヴァントとは別行動をとっている場合も考えられる。当然、NPCの可能性も考えられるがな”
「つまり、あんたのタダの勘ってわけ」
“少なくとも奴は只者ではない。用心しとけ”
「…そう、なら次に出会った時は警戒しておくわ」
己が従者からの警告は受け取ったものの、しばらくはさっきの男とは会うことはないだろう。
だからゆりは思案するのを止めて、駅に向かいながら次に向かう場所を考え始めた。
【C-8/街中/1日目・午前】
【仲村ゆり@Angel Beats!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]私服姿、リボン付カチューシャ
[道具]お出掛けバック
[金銭状況]普通の学生よりは多い
[思考・状況]
基本行動方針:ふざけた神様をぶっ殺す、聖杯もぶっ壊す。
1.新都の各所を調査、その後も余裕があれば後回しにしていた場所も見て回る。
2.赤毛の男(サーシェス)を警戒する。
[備考]
・学園を大絶賛サポタージュ中。
・家出もしています。寝床に関しては後続の書き手にお任せします。
・赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
【セイバー(斎藤一)@出典】
[状態]健康、警戒
[装備]帯刀状態
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合ってやる。
1.マスターの探索・調査に同行。
2.赤毛の男(サーシェス)に警戒。
[備考]
・霊体化してゆりに同行しています。
・赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
-
見知らぬ少女にぶつかり適当にあしらった後。
サーシェスは別行動をとっているアサシンに念話を送った。
「なぁアサシン、さっき出会ったガキを尾行してくれねぇか。駅の方に向かった、黄緑のリボンを付けたカチューシャのガキだ」
“それは別に構わないけど、どうしてだい?”
「なぁに、ただの勘、さ」
戦場という戦場を転々と巡り、営業のため世界各所を駆け回ったサーシェスは、当然平和ボケした日本にもビジネスとして何度か訪れた事がある。
トップクラスの治安を維持する国は、血と硝煙の匂いを好むサーシェスには縁なき場所だが、それでもその地域の特徴はある程度は捉えていた。
だから、こんな時間から学校にも行かずに出歩いているガキが少し気になっていた。
そしてそれ以上に、身のこなしが他のNPCとは少し違うことに気付いていた。
殆どは年相応のガキの仕草だが、無意識のうちに何かを警戒し、すぐにでも戦闘が出来るように最低限の身構えを維持しているようだ。
どうやらそこそこの戦闘技術は持っている、かもしれない。
まッ、今はそれだけじゃ断定できないが。少なくとも、俺の遊び相手としては物足りない。
とはいえ、もしあれがマスターなら、狩らない訳にはいかねぇなぁ。
「なに、ちょっと探るだけでいい。収穫があろうとなかろうと、適当なところで切り上げればいいさ」
“了解。それじゃあピロロ、行ってきてくれるかい?”
「っておい、チビ助に任せて大丈夫かよ?」
“問題ないさ。いつもは飄々と道化を演じているけど、やることはちゃんとやる、ボクの頼もしい友達だからね”
“ボクも役に立ちたいからね!まかせて!”
「…まっ、別にいいぜ。ヘマだけはするなよ」
少々違ったものの、特段気にする必要はない。
願わくば、あの嬢ちゃんがマスターであってほしいだ。ドンパチかまして、その脳天をぶち抜きたいものだ。
もしハズレなら興味を失うだけだ。別の獲物を探せばいい。
まだ聖杯戦争は始まったばかりだ。今はじっくり見定めようじゃねぇか。
【C-8/街中/1日目・午前】
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]正装姿
[道具]カバン
[金銭状況]当面は困らない程の現金・クレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:戦争を楽しむ。
1.獲物を探す。
2.カチューシャのガキ(ゆり)の尾行をピロロに任せる。
[備考]
・サーシェスの次の目的地は次の書き手にお任せします。
・カチューシャの少女(ゆり)の名前は知りません。
・現在アサシン(キルバーン&ピロロ)とは別行動中。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
-
「それじゃ、索敵の方は任せたよ、キルバーン」
「了解。尾行の方も任せたよ、ピロロ」
サーシェスがいるエリアの隣、【B-8】のビル街にアサシンは紛れていた。
彼らはマスターとの協議の上で別行動をとっている。
目的は索敵。場合によっては暗殺してもいい、という許可を得ているが。
しかしこの広大で複雑な都市部で敵マスターやサーヴァントを探すのは至難であろう。
なので二手に分かれてできるだけ情報を集めてみようとしたが。
どうやらマスターがいち早く見つけてくれたらしいようだ。
そして尾行の依頼を受けたピロロとキルバーンは一計を案じた。
宝具『大魔王の死神(キルバーン)』はピロロがいなくても自動で動くことができる。
人形とはいえ一個体として数えられる。複雑な会話も可能とし、戦闘も難なくこなせる。
だからこそ、ピロロは『キルバーン』に戦闘を任せられ、自身は危険な目に合わずに済む。
そしてピロロは自身の演技力に絶対の自信を持っている。
自身の素性を隠す『正体秘匿』、宝具が無事な限り無事でいられる『自己保身』といったスキルによる補助もあるが。
もし万が一、敵サーヴァントに相対したとしても、ただの使い魔でしかない道化として騙し通せる自負がある。
必要であれば道化の仮面を外し、いくらかの情報を提供しつつ逆に情報を聞きだすことも可能だろう。
まっ、『気配遮断』と『正体秘匿』が機能していればそんな事する必要はないが。
だから適材適所、二手に分かれて動くことにした。
マスターの言う通り、ハズレの可能性もあるが、アタリの可能性もありそうだし。
ここはピロロが確認に行き、キルバーンには引き続き索敵してもらうことにしよう。
もし有事があった場合は“ルーラ”で移動すればひとっ跳び!すぐにどの現場にも急行できる。
だから今は、出来る限りの暗躍をしようじゃないか。
【B-8/ビル街/1日目・午前】
【アサシン(キルバーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]健康
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1.索敵、調査、情報収集。
[備考]
・サーシェスとは別行動中。
・ピロロも別行動するため、自動的に行動します。
・機械人形ですが、高性能AIのように自律的な行動・会話が可能です。
【アサシン(ピロロン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]健康
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1.マスターの指示に従い、尾行する。
2.索敵、調査、情報収集。
[備考]
・サーシェスとは別行動中。
・キルバーンとも別行動をとる。
・もしものときは“ルーラ”や“トベルーラ”で移動 or 逃走する。
-
以上で投下終了です。
最後の方は個人的な解釈も含んでありますので、何か問題がありましたらご指摘をよろしくお願い致します。
-
投下乙です
ゆりは色々とやる気だな
そしてサーシェスとの接触、斎藤の嗅覚が上手く働いたか
サーシェスの方も嗅ぎ付けてるからどのみち火蓋は切られそうだけど…そしてこの聖杯でも指折りにトリッキーなキルバーンも気になります
-
八神はやて、キャスター(ギー)、霧嶋董香、アーチャー(ヴェールヌイ)で予約します。
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>>1さんに少し提案です。
wikiについてですが、作品のNo.の振り方を帝都聖杯のようにオープニングはマイナス表記、本編をNo.1からスタートにしたいなと個人的に思っていますが
いかがでしょうか?
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拙作「探し物は見つかりましたか?」について、一部文章の修正と状態表の備考欄に追加を行った事を報告します
更新済みwikiのページで内容を確認できます。追加内容については以下のようになります。
・サーシェスの銃器類の所持は後続の書き手にお任せします、と追記。
・アサシン(ピロロ)が猶予期間中にストックした魔力について追記。
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>>6
同作品同士ではありますが、辿った世界が違う。
それでも友達だったと言える二人のものかなしさが切ないですね。
違和感があるクラスメイトに目を背けてしまったアスナ、
それを慰めながらも覚悟は変わらない超のほんの少しのズレが今後は心配ですね。
>>16
同じレプリカなコンビはどこかほのぼのとしますね。
たくさんいるゾル一人一人にペンダントを与えるミサカはひたむきですし、
今の所はそれに応えるゾルといった順風満帆さを見せてくれますね。
下手に個性が芽生えて私欲に塗れてしまったら、もうヤバイとしか言い様がないですね。
>>24
傍から見ると兄妹なこのコンビも現状は落ち着いていますね。
二人で一緒に願いを叶えるといった音無の決意も相まってか、
主従仲に心配はなさそうですし、このまま安定しそうですね、紹介がなければ。
あやめちゃんの「ますたー」呼びも可愛いですし、癒やされましたね。
>>30
絶賛家出中で家なき子になってしまったゆりの明日が見えない。
一応、斎藤がいるおかげで何とか保ってる印象はありますが、
戦争大好きなサーシェスに目をつけられてしまってピンチですね。
キルバーンも暗躍してますし、このままだと刈り取られてしまう可能性が高い。
>>39
オッケーですよ。そのように編集しちゃって構いません。
それでは予約分、投下します。
-
今日も一日、何もせずに終わってしまった。
あてがわれた自分の部屋で、本田未央は茫洋とした表情をそのままに口を引き締める。
未央は己がエゴを叶える為に、聖杯戦争に乗ることに決めたはずだった。
月の光が徐々に空の黒へと溶ける中、未央は呆けていた時間を終わらせ、予め、頭に記憶させられたルールを復唱する。
一週間。それが、この戦いに穿たれた期限だ。
タイムリミットへのカウントダウンは既に刻まれ始めた。
天上にいる何処かの神様は賽をとっくに投げている。
「は、ははっ。本当に、始まっちゃった」
未央は無造作に投げ捨てられていたエアガンをくるくると指に絡めた。
精巧に作られていても、所詮はエアガンだ。
殺傷力など無きに等しい。当然、聖杯戦争を生き抜く役に立つとは思えないし、これを持った所で覚悟が決まるはずもない。
腰に差し込み、いつでも撃てるように――なんてカッコつけてもただの気休めである。
引き抜いて、眼前にいるであろう敵に銃口を向ける。
そして、トリガーに指をかけ、軽く引く。
誰にでも理解できる簡単な動作だ。これが本物の拳銃ならば、それだけで人は死ぬ。
殺人者として、華々しくデビューできるのだ。
「ねえ、しぶりん、しまむー。私、もう笑えないかもしれない」
逃げている。そんな現実から目を背けている。
決断を先送りにして、こんな引き篭もり染みた生活は堕落の二文字で完結する。
結局、手を血で染めるのが早いか遅いかの違いに過ぎない。
生き残りたいなら――これから先、自分の両手は必ず血で汚れるだろう。
サーヴァントに手を下させるから自分は綺麗なまま? そんな理屈が通用するはずがない。
どれだけ逃げようとも、目を背けようとも、嫌でも理解してしまう。
生きるのは戦いであり、戦って殺し合うことこそがこの世界で肯定されたルール。
弱さと強さがごちゃ混ぜになった頭ではあるが、未央の頭は答えを導き出している。
戦うしかないのだと、結論がはっきりと固まっていた。
それでも、それでも。
聖杯戦争の始まりを以ってでも、殺人を許容できない自分の弱さに辟易する。
-
「戻った所で、今更じゃん……っ! 元通りになる訳、ない!」
何かを得るにはそれ相応の代償がいる。
なればこそ、生き残り、願いを叶える権利を得る代わりに、それ以外の全てを捨てなくてはならない。
倫理観、笑顔、他者、正義。
この聖杯戦争では、平常では後生大事に持っていたはずのものが勝利よりも軽い。
誰が死のうが、生きようが全てが偽りなのだから。
まるで、マンガやゲームの中に放り込まれた気分だ。
モブキャラはあっさりと死ぬことで屍の山を築き、メインキャラクターがその表側を駆け回る。
自分はどちら側? 自問自答しても、答えなど無い。
答えはこの先の自分次第なのだから。
「でも、でもでもっ!! このまま、終われないっ! 絶対、死ねない!」
けれど、一つだけ確かな想いはある。
想いを伝えられず、夢も遺せず、悔恨を消せずして終わりを迎えるのだけは絶対に嫌だ。
これは紛れも無く現実だ。
ゲラゲラ笑いながらプレイするゲームとは大きく違い、悲嘆の叫び声を上げる殺し合いなのだ。
……わかってる。私が抱いてる想いも、全部ワガママだってことも。ただ、逃げているだけだってことも。
思いを馳せるのは過去の思い出。置き去りにしてきた人達は、今どうしているのだろうか。
きっと、自分は皆から愛想を尽かされて既にいないものとして扱われているだろう。
ニュージェネレーションズのリーダーだったのに。一番頑張らなくちゃいけなったのに。
結局、リーダーらしい事を何一つできなかった。
それどころか、ラブライカの二人にまで迷惑をかけてしまう始末だ。
ファーストライブを台無しにした自分の居場所なんて何処にもない。
凛達からも、プロデューサーからも逃げた自分が再びアイドルに舞い戻るなどそれこそ奇跡に縋りでもしない限り――居場所は創れないだろう。
このまま膝を抱えて俯いたままでいいのか、と問いかける。
否、と。どんなに無様な思いをして這い蹲ろうとも、生きて元の日常へと帰りたい。
-
「帰りたいよぉ、もう一度皆に会って、謝りたいよ……っ」
そして、やり直したい。だからこそ、未央は奇跡を望む。
人の命の重さなんて、先程持ったエアガンの重みにも負けるかもしれない。
金額に換算すると、千円札にも満たないかもしれない。
この世界の生命は軽くて安い。
事実、此処でいくら人を殺そうとも世界は何も変わりはしないのだ。
人間とは、命とは、その程度の認識にすぎない。だから、人殺しぐらいは許されていい。
全ては聖杯をこの手に掴む為に。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも。
偽りで満ちたこの街で得られることなど、ない。
そんな街を抜け出す第一歩が、人殺しだ。
無論、未央は人を殺した経験などない。あくまでも殺人は未知の領域であり、空想の認識しか持っていない。
だから、実感が無い。在るのは漠然とした恐怖と禁忌だけ。
もしもの話だ。同じく聖杯戦争に参加している誰かを殺したら、自分の中で渦巻く恐怖は薄れるのだろうか。
「でも、許してくれるはず、ないよね」
何気なく呟いた言葉は、思っていたよりも諦観が多分に含まれていた。
いくら自問自答を繰り返しても、答えを得ることは出来ない。
それ以前に、戦うことに未だおそれを抱いている始末だ。
ここまで来ると、自分の至らなさに思わず苦笑いをしてしまう。
三日月に開かれた口元から息が漏れ出した。
奇跡でも起こさなければ、過去は変えられない。
覚悟を以って、成したいと願った明日に辿り着くには――聖杯が、必要だ。
思い出の彼らを蹴り棄てて、未央は聖杯を求める。
変えたいと願う過去を。犯してしまった大罪を変えることを。
「ん……電話?」
ふと気づくと、放り投げていた電話からメロディーが流れ出している。
今となっては聞くことすら苦痛であるデビュー曲がアレンジされた着メロだ。
聖杯の趣味なのか、その嫌がらせは未央に効果は覿面だった。
おかげで携帯をみるだけで渋い表情を作ってしまう。
-
「また、みくにゃん……?」
ディスプレイに映った名前は――――前川みく。
何度も何度もしつこい電話相手は今日の夜も健在のようだ。
無視してもよかったが、自宅にまた押しかけてくる可能性を考慮すると今ここでケリをつけておいた方がいい。
げんなりするが、これもまた元の世界に戻るまでの辛抱である。
一呼吸置いてから、未央はゆっくりと電話に出る。
「――もしもし、未央チャン?」
「やっほー、みくにゃん。どうしたの、こんな夜に? もしかして、寮の一人部屋が心細くて寂しくなっちゃったり?
いけない娘だなぁ、そういうことなら他の娘の部屋に行けばいいのに」
未央はいつも通り、元気で溌剌な本田未央の仮面を被り、明るい声を張り上げた。
下手に沈んだ声を出しては怪しまれる。これで根掘り葉掘り心配されてしまったら、言い訳も色々と考え無くてはならない。
もっとも、引き篭もりと化している時点でどうにもならない気もするが、明るく装っておいた方が楽だろう。
「はいはい、いつもの軽口は置いといて」
「つれないなぁ」
未央が仮初めの街で当てられた役割は学生兼アイドル候補生だ。
大体の環境が元の世界とは変わらなかった。無論、全く変化がないという訳ではない。
通う学校、クラスメート、住んでいる家。
色々と細部にまで視点を当てると、違和感は生まれてくる。
「……何だかんだで寂しくて電話してきたんでしょ?」
一番の変化と言えるのは前川みくがクラスメートだということだ。
前の生活では学校も違っていたはずなのに、これもまた偽りの街ならではのことだろうか。
「ち、違うにゃ!」
「ちょ、ちょっとみくにゃん猫キャラになってるよ! リアルでは生真面目委員長じゃなかったっけ!」
「今は電話越しだし、学校でもないしいいの! それに、未央チャンはみくが猫キャラのアイドルだって知ってるんだし!」
そして、アイドルとしてはこの世界で【たった一人】の仲間だ。
輝きに溢れたシンデレラプロジェクトも偽りの街では何の価値もないはずだった。
けれど、埃に塗れた無用の長物である肩書は御丁寧にも偽りであっても付いてくるようだ。
たった二人。本田未央と前川みくだけが対象となっているアイドルプロジェクト。
どうやら、聖杯は嫌がらせが大好きらしい。
この期に及んで、シンデレラの肩書を押し付けるとは。
-
「んー、やっぱみくにゃんはみくにゃんだねぇ」
「何を変なことを言ってるんだにゃ。みくは自分を曲げないにゃ」
「知ってる知ってる。仲間だもんね、私達」
「それと、クラスメートで親友、でしょ?」
「…………うん」
相手はシンデレラプロジェクトの中でも自分と同じくデビューが決まってない設定なのだから。
取り残されていた者同士、学校で同じクラスでもある二人が仲良くなるのは必然だった。
「それよりも未央チャン!! 今日もまた学校をサボってどういうことにゃ!」
「あー……」
訂正。仲良くなるというよりも、腐れ縁と言うべきか。
自堕落な生活を送っている未央を構い倒してくるのがみくだった。
もしかすると、前よりも仲良くなってしまったのかもしれないと思うぐらい、みくと未央はよく話すようになっている。
「だって、めんどいしぃ」
「そういう弛んだ態度が駄目なんだにゃ!! もう、真面目にやれば成績もいいんだからっ……」
「ふへへ、未央ちゃん天才ですからっ」
「…………」
「はい、すいません調子乗りすぎました」
電話の向こうにいる相手は偽りの人形だ。
本物に似せただけの紛い物。前川みくが今投げかけている言葉も所詮はプログラミングされているだけ。
特段に仲良くする必要なんてないのである。
「ねぇ、みくにゃん」
「何かにゃ? 今までの蛮行を悔い改めるなら、聞いてやらないことも」
けれど。けれど。
「……ありがと、ね」
彼女は、自分を見てくれている。
本田未央を真正面から目を据えて、視線を合わせて。
彼女の犯した罪を知らず、バツの悪そうな顔をせずしっかりと見てくれている。
それが、未央にとってどれだけ救われたことか。
これは、渋谷凛でも島村卯月でもプロデューサーでもできないこと。
彼女達では近すぎる。だからといって、赤の他人では遠すぎる。
何も知らない無知なみくだったからこそ、ちょうどよかった。
ただ、それだけの話だった。
-
「結局、用件は学校に来い〜ってこと? メールでさらーって言わないでちゃんと電話してくるみくにゃんは本当に律儀だねぇ」
「うにゃにゃ。直接口で伝えないと未央チャンははぐらかすからにゃ。ちゃんと、来ないとメーっだにゃ」
「……外ではぐちぐち口調でお説教なのに。いっそのこと外でも猫キャラにしたら?」
「だーめーだーにゃっ! 公私はきちんと分けるの!」
ぷんすこと怒るみくを未央が煙に巻く。
ああ、なんて楽しくてつまらないのだろうか。
偽りとわかっていながらも、口が綻ぶのは何故なのか。
「もうっ知らない!」
「ごめんごめん、今度ご飯奢るから許して頂戴! 魚定食じゃない、普通のお肉!」
「………………しかたないにゃあ、それとちゃんと学校にも来ないと駄目にゃ!」
このやりとりも一体何度目になるのだろう。
モラトリアム期間にもした他愛のない会話が日常を彩っている。
それらが未央を発狂させない一因となるまでに、比率を占めていた。
偽りの中でも変わらぬ世界、変わってしまった関係。
現実ならばありえなかった日々が、此処にある。
「わかったわかった。明日は学校行くから」
「ん、約束」
「この未央ちゃんが嘘をついたことがある?」
「しょっちゅうついてる気がするのは気のせい?」
「辛辣だなあ……」
きっと、このやりとりも逃避の一種だ。
聖杯戦争なんてのは嘘であり、のんべんだらりとした生活がずっと続く。
そう思えたらどれだけ楽なことか。
「ねぇ、みくにゃん」
しかし、未央は既に足を踏み入れている。
思い出さなくても良かった記憶を取り戻し、進まざるを得ない状況なのだ。
「あのさ――」
それでも、この胸にある迷いは晴れなかった。
今の自分がしていることも気の迷いであり、投げやりな八つ当たりじみたものである。
「笑顔って何だろう?」
そして、この問いはきっと――本田未央の弱さだ。
-
■
クエスチョン――今、貴方は笑っていますか?
■
-
紡がれた問いは、簡素だった。
笑顔とは、何か。
アイドルである自分達が重要としている要素の一つである。
それとも、普段何気なく浮かべている表情とでも言えばいいのか。
違う。みくはそんな陳腐な答えでは未央を納得させられないと何となくではあるが察していた。
「へへっ……ちょっち思い悩んじゃってることがあってね。いきなりごめんね、みくにゃん」
「別にいいにゃ。悩んでる同期を助け出すのもみくの役目だにゃ」
正直な所、みくは未央の悩みを聞いている余裕はない。
聖杯戦争に参加している身としてはマスターを一刻も早く探し出さなければならないのだから。
殺すか、殺さないか。
そんな単純明快な二択さえも選べない現状に、出遅れを感じている。
「それに、みくも悩んでることだし」
「というと?」
「みくもアイドルって何だろうって思ってる。何で、憧れちゃったんだろうって。
笑顔を張り続けるのってこんなにも辛いことだなんて、わかんなかった」
きっと、心の底ではわかっている。
人を殺して、誰かを貶めて、最後に生き残って願いを叶えても碌なことにならないことも――みくは知っていた。
球磨川に任せたから自分の両手は綺麗だなんてまやかしだ。
そんなことを本気にできる程、みくの頭は都合良くできていなかった。
「待つのって、辛いよ」
願いを叶える為に他者を押し退けようとする焦がれが、今もみくへと纏わり付いている。
穢れた身で輝きの向こう側へと行く浅ましさを、呪っている。
シンデレラの靴を履く夢は幻であって、現実ではない。
「みくは我慢できなかったよ、情けないにゃ」
理想と現実の齟齬に彼女は待ちきれなかった。
だからこそ、聖杯戦争に巻き込まれ、願いを乞うまでに至ったのだろう。
どこまでも、虚栄を通せたらどんなによかったことか。
そうやってずっと自分をごまかして待ち続けることが出来たら、こんな血生臭い戦いに巻き込まれることなく、みくはデビュー出来ていただろうか。
……無理だにゃ。
多分。みくの予感ではあるが、無理だったとみくは思う。
そもそも自分達の担当であるプロデューサーは何を考えているかわからない。
内心、使える奴と使えない奴で区別している可能性だってあるのだ。
何を言っても、検討中と一言で切り捨てるが本当は最初から何も考えていないのではないか。
-
「アイドルになれる条件って、こういう状況でも笑っていられることなのかも」
そして、自分よりも遅れて入った娘達が先にデビューをした時、みくの疑心は頂点に達していた。
膨らむ疑心に苛まれ、気づきたくなかった事実が浮き彫りになってくる。
やはり、自分は使い捨ての数合わせ要員なのだ。
その結果、強く想いを張り続け、こんな所まで来てしまった。
聖杯戦争だなんて、取り返しがつかない地点にまで――彼女は到達したのだから。
そんな自分が、アイドルに向いているかと考えると、向いていないと答えざるを得ない。
「にゃはははっ、やっぱり、みくってばアイドル向いて――」
これは、罰だろう。
仲間を押し退けてまで輝きたいと願った自分の醜さが具現化してしまったのだ。
戦わなければ生き残れない。死にたくなければ、他者を害するしかない。
浅ましくも、そのようなことをする少女がアイドルだなんて、言えなかった。
「そんなことないっ!」
言えないと言い切る前に、未央が否定してくれなければ、みくはどこまでも底へと堕ちていっただろう。
底へと堕ちようとする最中、聞こえた未央の声は何よりも輝き、そしてみくの内面へと響いた。
電話口から聴こえる声は少し震えていて、か細いものであったのに。
まるで、苦痛に灼かれるかのように、鈍く、消えるような弱さが混じっていたのに。
みくにとっては何よりも聞きたい言葉だったから。
自分を肯定して、認めてくれるだけでよかったんだ。
前川みくは、そんなちっぽけな一言で――救われるから。
「みくにゃんは強いよ、私と違って、強いんだよ。だから、みくにゃんはアイドルだよ。私と違って」
「未央チャン……」
「なんて、おかしいよね。あははっ……私達、まだデビューしていないのに」
きっと、その言葉を待っていた。
みくはただ――誰かに見て欲しかっただけであって、他者を排してアイドルになることが目的じゃないから。
「さってと、もう遅いし続きはまた今度っ。学校でも会うんだし」
「うん……」
だから、その輝きの分を未央に返さなくてはならない。
へにゃっとした笑い声の後、ほんの少しだけ声のトーンが下がったのをみくは聞き逃さなかった。
彼女も腹に闇を抱えていることに、気づいてしまう。
何か言わなければ。どんな一言でもいい。
例え偽りであっても、今の未央をそのままにしておくなどみくにはできなかった。
-
「あ、あの未央チャン!」
「じゃねっ、みくにゃん。…………ありがとね」
結局、みくは何も言うことができなかった。
半人前の自分が励ました所で、事態は好転するのか。
その一瞬の躊躇が、みくの言葉を最後まで紡がせなかった。
本田未央が何を悩んで、苦しんでいるかは自分がよくわかっているのに。
「……情けないにゃあ」
『本当に情けないね! そのまま猫キャラもやめろよ、似合ってないから!』
「うっさい!」
わざわざちょっかいをかける為だけに霊体化を解除する嫌らしさ。
聖杯戦争が始まっても、ルーザー――球磨川禊は負け犬上等、へらへらとしたクソッタレぶりが全開である。
『他人の心配をするぐらい、余裕があるんだ。みくにゃちゃんすっごーい、かーっこいいー!』
「だから、みくにゃじゃなくてみくだって……! あーもう! いいから黙ってて!!」
ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべる球磨川から視線を逸らすかのように、みくは夜空を窓から見上げる。
何処までも広く黒いこの空の下、みくは戦わなくてはならない。
元の世界に帰る為に、最後の一人を目指す。
それにはみくが戦う理由としては十分な欠片が詰まっている。
『黙らないよ? だって、うじうじと惨めったらしく悩んでる君の姿は滑稽で面白いからね』
だが、この世界はみくを優しくて綺麗なままではいさせない。
聖杯戦争。抱いた夢も、紡いだ絆も全部ぶち壊しにする悪夢が、現実を蝕んでいく。
それでも、前川みくは【最後の一人になるまで生き残る】という選択肢に踏み切れなかった。
できることなら、参加者の全員が納得できる結末が欲しいと、願う。
それは甘く蕩けた理想論だ。
誰もがギラついた目で聖杯を望んでいるのに、受け入れられるとは言い難い中途半端な妥協である。
尊ばれる王道のハッピーエンドは、この世界では叶わない。
客観的な視点からみても、みくの想いはきっと、ぐしゃぐしゃに潰されるだろう。
-
『選べないのかい、シンデレラの成り損ない。まさか、綺麗で真っ直ぐなまま――此処から抜け出せると思っちゃったり?』
それは、球磨川禊と出会って尚、変わらないはずだった。
生き残りたい、死にたくない、願いは叶えたい。されど、人を殺したくはない。
正と負の感情に囚われた彼女は、それらの内包する矛盾に気づかない程、正気を失っていた。
最初に抱いた決意を打ち砕くには十分過ぎるくらいに現実は苦く、恐怖感を煽っている。
『なぁに、死んじゃったらそれでお終いだ、迷うことなんて無いよね? 無慈悲に残虐にみっともなく殺し回ればいいんだよ!』
「黙ってって言ってるでしょ!!!」
やれやれと、肩をすくめて球磨川は霊体化していった。
今はまだ、いじるには美味しくないということなのか。意外にも彼は素直に、身を引いた。
頬に宿る熱は一向に冷めず高揚した恐怖心は今も火種としてみくの中にある。
どうやら、仲良く笑い合っていた少女の声は内面にまで浸透し、奥底にまで響いているらしい。
最後の一人になるまで。優勝者となって“願いを叶えるまで振り向かない。
そんなことをしても、みくが本当に望んでいたものは手に入らないとわかっているのに。
結局、みくは諦め切れる程大人ではなかった。どんなに成熟していても、根幹にはまだ甘さがこびりついている。
「どんな辛いことがあったとしても、みくはアイドルになりたかった! みくだって輝けるって、証明したかった!」
突き詰められた想いは飽和し、アイドルになりたいという願いは彼女の正気を蝕んでいく。
かけがえのない願いを前にして諦めるのか。
其処に至るまでに険しい障害物があろうとも、道は一つ。
簡単だ、全てを棄ててたった一つを手に入れればいい。
――視界の端で道化師が踊っている。
くつくつと、澱んだ感情が漏れ出した。
相も変わらず、こちらを嘲笑う道化師を無視し、みくはほんの少しだけブレーキが外れた気がした。
小さな綻びであったけれど、それは確かな一歩だ。叶えたい、と。
道を違え、他ならぬ誰かの手を踏み越えてでもみくは、戻りたい。
アイドルとして、輝きの向こう側へと立ちたい。
それが、最適な選択肢であり、一番の冴えたやり方だ。
「…………でも、手を汚してしまったら――みくは、笑えるの? 前みたいに、心の底から、笑えるの?」
けれど、理屈ではわかっている。
観客を輝きに魅せるには、聖杯なんてものに頼るのは卑怯だ。
それは前川みくが本当に欲しいと願った想いではない。
一人の少女として。アイドルを志すものとして。
どうしようもなく、前川みくは愚直に過ぎた。
「笑える、訳、ないよぅ……! 皆の顔、みくは見れないよ……!」
結局の所、みくに聖杯は不必要だった。
理不尽に攫われ、突然のチャンスが舞い込んできても変わらず、みくは真っ向勝負でアイドルになりたかった。
きっと、その答えは正解だ。
みくの願いはその果てで見つかるものだから。
誰かの手を切り捨てるよりも誰かの手を掴むことを良しとした方が気持ちいい。
そう、割り切るには難しく――前川みくは、子供だった。
感情を通すことも、理屈で割り切ることもできない半端者でしかなかった。
-
■
「私……っ、駄目だ」
ベッドに寝転がりながら、未央は天上を見上げて嗚咽を吐き出した。
自然と漏れ出た声は枯れており、元の甲高い明るい声の面影は全く見受けられなかった。
サーヴァントである鳴海は索敵に行ってくると言ったきり帰ってこない。
見捨てられたのかもしれない。そんな負の考えが浮かんだが、未央にできることは何もなかった。
ただ、待つだけ。戦えない自分が何を言った所で彼の心を留めるには至らないはずだ。
「弱くて、前に進むことも怖い」
自分の在り様は自分で決めなくてはならないのに、未央は選べない。
殺人を許容することを本能が拒否している。
もしも、サーヴァントが殺意に滾ったものならば、責任転嫁も出来たかもしれない。
あくまで自分は脅されてやっているだけだと言い訳を張れただろう。
しかし、未央のサーヴァントである鳴海は戦いを強制させない。
ただ、待っているだけでいい、と。
彼は未央に戦いを求めなかった。それでいて、笑顔を忘れるなと言ってくれた。
そんな彼の不器用な優しさが身に染みる。
結局、モラトリアム期間中に未央は率先して聖杯戦争へと望めなかった。
闘いも、索敵も全部サーヴァント任せ。これではサーヴァント側も苛立ちを見せるに決まっている。
だが、実際は溜息をつきながらも、彼はどこか穏やかで安心した様子だった。
思えば、鳴海は出会った当初から未央に対して怒りの表情はともかくとして、徹底して笑顔しか見せていない。
考えることを放棄した未央に苛立ちの一つも出さなかった。
「……馬鹿だよ、私なんて見捨てて。もっといいマスターにでも取り入れば、聖杯だって取れるかもしれないのに」
そんな現状を悪くない、と思ってしまうのは今の未央が弱っているからだろうか。
ガタガタになった心にするりと入り込んでくる彼の笑顔が、眩しかった。
あぁ、自分もこんな風に笑えたらと思ってしまう程に輝いている。
「きっと、笑える。生きてさえいれば、笑えるって言ってたけどさ、もう私笑えないよ」
彼はどうしようもなく、優しい。
自分のような小娘に配慮して、血生臭い裏の顔を決して見せない。
お人好しで、無頼漢な彼。加藤鳴海。豪快な笑顔をする人。
そんな彼がどうして英霊になったのだろう。
逃避するだけだった未央は、ちょっとではあるが前を向いてみたくなった。
彼が見ている世界はどう映っているのか、確かめようという気にさせてくれる。
そっぽを向いて照れくさそうにする彼の似合わぬ仕草は、サーヴァントであるのに人の暖かさを感じさせるものだった。
大きな男が一人の女の子を笑わせる為に、色々とおどけて見せる姿は、道化師を気取っているかのようだ。
その裏に、加藤鳴海の奥底には何が埋まっているんだろう。
未央は此処に来て、自分のサーヴァントのことについて全く知らないことに気づく。
そして、どんな生き様を送ってきたのだろうと初めて気にかける。
-
「笑顔の浮かべ方、忘れちゃったもん」
けれど、知った所で何もない。今は従ってくれる鳴海も、時間が経つに連れて自分を見捨てるかどうか考え始めるだろう。
そう考えると、彼でさえも信じることが出来ない。
いつか見捨てられるであろうサーヴァントに心を預けるなど――未央には無理だ。
夢を願うことにすら疲れ切った未央にとって、この世界は何もかもが地獄だった。
夢と現の境界線が曖昧になった今、迷い子である自分は何処に向かって歩けばいいのだろうか。
生命と笑顔の天秤
【B-2/本田未央の家/1日目 深夜】
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]イマドキの女子高校生が自由に使える程度。
[思考・状況]
基本行動方針:疲れた。もう笑えない。
1.何処に行けば、楽になれるんだろう?
2.加藤鳴海に対しては信頼と不信が織り交ぜになっていてわからない。
[備考]
・前川みくと同じクラスです。
・前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
【C-8/アイドル女子寮/1日目 深夜】
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]ネコミミ
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.人を殺すことに躊躇。
[備考]
・本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
・本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
・事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『僕の身体はいつだって健康さ』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『それはそうと、シリアスな内容だからみくにゃちゃんを裸エプロンにするのをすっかり忘れてたよ』
[備考]
-
投下終了です。
-
投下乙です!
二人のアイドルの揺れる心情描写が丁寧な回でした
夢現聖杯はマスターの平均年齢的にもこんな感じになりますよね…
みくにゃんは笑う球磨川とともに何を成せるか
ちゃんみおは鳴海の背中を追いながら自分の納得する笑顔を見つけられるのか
-
投下乙です
重い運命を背負ってしまってなお、お互いを素直に気遣える・敬える二人
でもこれはお互いを無害だと信じ切っているから成り立っているわけで
第三者視点ではいつか破綻する関係だと分かっているだけに、温かみのある描写が悲しい
-
予約分を投下します。
-
思えば、それは朝の何気ない会話が原因であった。
『きちんと食べないとお腹壊してまうからな』
『コーヒーだけじゃあかんよ、ギー』
この世界に来てから何度も繰り返されたやり取りだ。朝食を食べろというはやてと、それをやんわりと流すギーの、いつものやり取り。
だが今朝だけは違った。聖杯戦争の開始を告げられ、気が立っていたのかもしれない。今になって思えば随分と浅慮だったと言わざるを得ないが、後悔先に立たずだ。
―――別段困りはしない。
そう思ってしまった。
口には出さなかった。それでも、彼女は顔から察したらしい。
目は口ほどに物を言う、とははやての国の言葉だそうだ。おかげで随分とへそを曲げられた。はやても口には出さなかったが、顔で表現した。
……結局、ギーははやての作った朝食を口にした。いつもより気持ち多く食したつもりだが、それでもはやての機嫌は完全には直らなかったようで。
そして。
「やっぱり朝は気持ちええなー」
「……」
そして、二人は近くの公園にやって来ていた。
ギーははやての乗る車椅子を押しながら、小さな公園の中を歩いていた。静けさ充ちる緑と陽光だけがそこにはあった。池の水面には一切の波紋もなく、聞こえる音は鳥の声だけ。
誰もいない。公園には誰一人として。
ギーと、はやて以外には。
朝の失態の結果、散歩という名目ではやてを連れて行くことになってしまった。元々ギーは一人で周囲を偵察するつもりだったがはやてもそれに付いていきたいと言い出したのだ。
無論最初は拒否したが、連れて行かなければ勝手についていくと言って聞かず。一人で勝手に行動されるよりはマシと、ギーはしぶしぶはやての同行を許したのだった。
車椅子に乗るはやては、常の日常と変わらずニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
聖杯戦争のことなど知らぬ存ぜぬとでも言うかのように、そこには何の不安も高揚もありはしない。
いっそ不自然なほどに。はやては顔を曇らせることはない。
「……はやて」
「んー? どうしたんギー?」
「……いや、なんでもない」
声をかけようとして、やめる。
戦争は既に始まっているのだと、突きつけることができなかった。いい加減に目を覚ませと、叱咤することができなかった。
絶えられない現実から目を背けることへの非難など、ギーにする資格はない。
インガノックでは、誰もが《復活》の日に起きた全てから目を背け生きてきた。それと、何の違いがあるというのか。
「んー、まだ人はおらへんなぁ。スタン君と会えるかもって思ったんやけど」
見れば、はやてはきょろきょろと誰かを探しているようだった。だがあいにくと公園にはギーたちしかいない。
「スタン?」
「うん、とっても優しい人でなー」
嬉しそうに話す内容を聞けば、車椅子が溝に嵌ったところを助けてくれた青年らしい。近くに住んでいるかは分からないが、こうして出歩いていればまた会えるのでないかと。はやてはそう語った。
恐らくはNPCの誰かか。この街に多く存在する人形。それらは特定の思考パターンを植えつけられただけの存在だが、しかし一見しただけでは本物の人間と寸分違わないほどのものだ。
しかし、どこまで行っても個我のない影法師でしかなく。いくら真に迫ってもそれは偽者に過ぎない。彼女の紡いだ友誼も、同様に。
-
「うーん、やっぱり住所でも聞いとったほうが良かったんやろか」
「……」
はやての笑顔も、スタンという名の青年も、この都市さえも。全ては偽りだ。ここにはそれしかない。
だからこそギーははやての送還を望むけれど。しかし今は、それができる手段もなければ当てもない。
結局自分ひとりでは何もできないのかという無力感に苛まれるが、だからといってそれが諦める理由になりはしない。
しかし、ふと思うのだ。
虚構の都市、冬木。全てが嘘で塗り固められたようなこの都市で、果たしてはやてが救われるような、偽りではない真実はあるのだろうかと。
(……そんなものが無くとも、人は生きていける。溺れかけた魚が水面で息をするように)
この都市の多くをギーは知らない。だがそれでも構わないと思う。はやてが救われさえするのならば。
この少女を無事に外へ送り出せるのならば、自らがどうなっても構わないと。
「……はやて、そろそろ家に戻ろう」
「えー、まだ来たばっかやん! ほんませっかちやなぁ」
ぶうぶうと文句を言うはやてを尻目に、ギーは車椅子の進路を帰路へと向ける。
座る彼女はどうにもご立腹なようだが、既に聖杯戦争が始まっているのだから無闇な外出は控えたいところだ。
こうしている間にも何時サーヴァントに襲われるか分かったものではない。はやてが危険に抗う術を持たない以上、最大限の安全策を取るのは当たり前だ。
どこか可愛らしく暴れるはやてを抑えつつ、公園の出口に差し掛かった。
その瞬間。
《こわいものが、来るよ》
語りかける声が背後から聞こえて。
はっとした時には全てが遅かった。
正体不明の衝撃がギーを襲い。数瞬後、遅れて鳴り響いた炸裂音が、静かな公園を包み込んだ。
◇ ◇ ◇
(くっだらねー……)
照りつける朝日に目を細めながら、学校へと続く道を歩く少女が一人。霧嶋董香は肩からバックを提げ、気だるげな歩調で道を行く。
思うのは、戦いが始まったにも関わらず何も代わり映えのしない日常風景に対する悪態と、覚悟が決まらない自分への自嘲だ。
午前0時、聖杯戦争の開始を知らせる不気味な声を、トーカは確かに聞き届けた。モラトリアムは終わりを告げ、既にこの街に安全な場所など存在しなくなったと、頭では分かっているつもりなのに。
それでもなお、学校へ向かう自分は一体何なのだろうか、と。
-
無論、極力怪しまれずに潜伏するというのはマスターが取るべき基本にして最大の戦術だ。だからこそ「学生」という与えられた役割に従って通学するのも、無為に見えてある程度は理に適った選択だと言える。
しかしトーカが学校へと行く理由は、そんな合理的な考えから生み出されたものでは決してない。
(依子がいるから……だよな、多分)
小坂依子。元の世界でのトーカの親友だ。偽りのこの世界においても、彼女は何故かトーカのクラスメイトとして学校に在籍していた。
通う学校もクラスメイトの大半も見覚えがないほどに変わりきったこの世界で、唯一変わらない日常の象徴が彼女だった。モラトリアムの数日間、トーカの心が潰れなかったのはひとえに彼女の存在が大きい。
元気で明るい依子はここでも変わりなくて。全部作り物だし記憶の違いから話を合わせるのが面倒な部分もあったけど、それでも大分救われたのは事実だ。
(でも、それも今日で終わりだ)
聖杯戦争が始まった以上、状況は嫌でも動く。今はこうして悠長に潜伏という名の日常を選択できているが、場合によっては学校など行かずに戦わなければならない場面も多々あるだろう。
普通に学生でいられる時間は、長くとも今日までだ。覚悟が決まらずとも戦いは始まる。それに対する気構えだけはしておかなくてはいけないだろう。
"マスター、ちょっといいかな"
頭の中に直接声が響く。偵察に出ていたアーチャーの声だ。
アーチャーにはこの数日間、単独での索敵を任せている。結果は芳しくなかったが、それでもアーチャーの忠実な働きが見れただけでもトーカにとっては収穫だった。
アーチャー―――ヴェールヌイのことを、トーカは未だ信頼しきれていない。仲が悪いとか方針が食い違っているなんてことは決してないが、命を預ける以上それとこれとは話が別である。
それでも、アーチャーがマスターに忠実であることは理解できた。表情こそ乏しいが意外と感情は豊かだし、信頼というものをとても大事にしているということも、分かる。
だからこそ、トーカもアーチャーのことを心から信頼できるようになりたいと、そう思っていた。
だがそれは胸の片隅で燻る感情に過ぎない。今はそんなことは表には出さず、平静を装いながらアーチャーの念話に応える。
"アーチャー? 何かあったの?"
"ああ。サーヴァントを見つけたよ。それと多分、そのマスターも"
一瞬、心臓が跳ねたような感覚があった。とうとうサーヴァントを発見したのだという事実を前に嫌でも緊張していく。
逸る気持ちを抑え、努めて冷静にアーチャーへと返答する。
"それで、そのサーヴァントとマスターの特徴は?"
"サーヴァントは白衣のような外套を纏った若い男。こうして見る限りだと戦闘能力は高くないようだ。マスターは幼い少女だね。車椅子に乗っている"
思考が停止する。
―――子供が、マスター?
歩む動きがピタリと止まる。全く予想していなかったことがいきなり飛び込んできて、まるで不意打ちでも食らったかのような錯覚すら感じる。
ある意味で、最も恐れていた事態が真っ先に起きてしまった。もしもの話だと見てみぬ振りを続けてきた疑問。ヒナミのような子供がここに招かれていたらどうするのか、本当に殺せるのかという葛藤。
視界がぼやける。体から力が抜ける。ふらふらと、近くの塀に肩を寄りかからせ、トーカは嘆息する。傍を通りがかった中年の男性が何事かとトーカのほうを見るも、気だるい女子高生が気まぐれにふざけているとでも解釈したのかそのまま去っていった。
"マスター、大丈夫か?"
アーチャーの声が響く。抑揚こそ少ないが、こちらを慮っていることは伝わってくる。パスを通じて分かってしまうほどに動揺していたのか。
思うように動かない体を無理やり立たせ、念話に応じる。悩んでる暇も余裕も自分にはないのだと、心に言い聞かせて。
-
"心配なんか必要ねえよ。それより、アンタそこから狙えるか?"
"サーヴァントとマスターを、かい? 可能だよ。何なら今すぐにでも仕掛けることもできるけど、マスターはどうしたい?"
淡々と返ってくるアーチャーの言葉は、確かな自信に裏打ちされた力強いものだ。狙撃できるというのも嘘ではないだろう。
ならば指示すべきことはひとつだ。
"仕掛けるに決まってんだろ。ただ……"
"ただ?"
"……マスターの女の子は、できるだけ傷つけないようにしてくれ"
搾り出すように、そんなことをアーチャーに伝える。なんとも甘ったれた、偽善者のような言葉だ。言ってて自分でも吐き気がしてくる。
「できるだけ」、それが今のトーカにできる最大限の譲歩だ。勝ち残るという決意と、幼い子供を殺したくないという気持ち。板ばさみになる心が出した、どっちつかずの答え。
アーチャーは"了解"とだけ短く返すと、そのまま念話を打ち切った。狙撃の準備をするのだろう、念話をしたままなのは邪魔なはずだ。
緊張の糸が途切れ、再度体から力が抜ける。しかし今度は寄りかかることもなく、そのまま学校を目指して足を動かした。
自分が目指すべきは聖杯の獲得。ここで腑抜けるわけにはいかないのだと、気持ちを新たにして。
◇ ◇ ◇
"了解"
短く伝えて、念話を断ち切る。マスターからの指示が出た以上、ここからは戦争の時間だ。
今ヴェールヌイがいるのは山の中腹だ。そこに身を潜めつつ、眼下に存在する敵サーヴァントの姿を視界に収める。外見は外套を纏った痩身の男、公園内をマスターの少女が乗った車椅子を押しながら歩いている。これは勘でしかないが、男からは所謂戦いの気配というものが微塵も感じられない。恐らくクラスはキャスターかアサシンか、常道から離れた行動から少々信じがたいが、まず三騎士でないことは確かだろう。
あのサーヴァントを発見できたのは実のところ偶然に近い。マスターの生活圏にほど近いこのエリアは今まで何度も偵察していたが、今朝に限ってあのサーヴァントが無防備に出歩いていたのだ。
狙うべき敵を視界の中央に定めながら、ヴェールヌイは武装を展開する。
『兵装・砲雷撃戦』。ヴェールヌイが持つ宝具の、その一端。か細い右腕に付属する形で長大な艦載砲が出現する。
現れた兵装の名は12.7cm連装砲。50口径三年式12.7センチ砲を元にした、駆逐艦たるヴェールヌイの主砲だ。
「さて、やりますか」
軽い調子で言うと、サーヴァントの男へと照準を合わせる。本来狙撃には適さない砲塔であっても、弓兵のクラスたる彼女の手にかかれば必中の魔砲と化す。
彼我の相対距離は約800m。動く的ならともかく、この程度ならば狙いを外すことなどありえない。
だけど。マスターの頼みを果たせるかどうかは分からないな、とヴェールヌイは考える。ヴェールヌイは弓兵のクラスではあれど実態は駆逐艦、狙撃や暗殺よりも大火力による殲滅が主な戦法だ。展開される武装とて、本来は対人など想定されていないものばかりである。
端的に言ってしまえば、火力を絞った手加減など門外漢なのだ。ヴェールヌイの砲はサーヴァントのみを貫けど、その余波だけでも常人を傷つけるには十分すぎる。
そんなことはマスターのトーカとて百も承知だろう。その上でもなお、甘さを捨て切れていないということか。
(……まあ、マスターのそんなところは嫌いじゃないよ)
嫌いではない。その優しさは在りし日の姉妹の一人を思い出させる。故にこそ、殊更にあの無愛想なマスターのことを守り抜きたいと切に思うのだ。
そのためならば―――眼前の敵を打ち倒すことに否やはない。
「―――Ура!」
か細い体からは想像もつかないほどの大呼を上げ、同時に連装砲から砲弾を射出された。反動により腕が跳ね上がり、長い白髪が流れるようにたなびく。
弾丸は音速を遥か超越し、男の頭部に吸い込まれるように直進する。既に、これを回避できる道理など何処にも存在しなかった。
-
◇ ◇ ◇
乾いた音が響き渡る。
放たれた砲弾は真っ直ぐに男のサーヴァントへと突き進み、そこに破壊と空気の爆ぜる音を巻き起こした。
もたらされた衝撃により粉塵が舞い上がり、マスターの少女は車椅子から投げ出される。幸運にも、どうやら怪我はないようだ。
終わったと、そう思った。誰もが、男の頭部を砲弾が粉砕したのだと。
ヴェールヌイも、投げ出された少女でさえも。状況の把握に程度の差はあれど、誰もが男の身に致死の危険が到達したのだと理解した。
疑う者はいない。この場には誰一人として。
ギーと、鋼の"彼"以外には。
「……これは」
だが、しかし。
粉塵が晴れる、そこに、男は立っていた。
その顔は砕けることなく、血の一滴も流すことなく存在した。砲弾は、男の身に何一つ破壊をもたらしていない。
見れば砲弾は中空へと固定されていた。何もない空間に縛り付けられたように動きを静止させられている。
いいや違う、目をこらせばそこに何かがあると分かった。人ではない、サーヴァントでもない。それは、男の背後から伸ばされていた。
鋼の腕。半透明に出現したそれが、背後から伸びる腕が、砲弾を鷲掴みに捕まえていた。
「失敗、か。だけどあれは……」
突然現れた鋼の腕が何なのか、ヴェールヌイには判断がつかない。その一瞬の遅れが、男に次の行動をさせる余地を与えることになる。
いつの間にか男の右目には光り輝く幾何学模様が浮かんでいて。そのまま顔をこちらに向けた。
目が、合った。男は確かに、遠く離れたヴェールヌイを視認した。察するにあれは強化魔術か、視力を強化してこちらを見ている。位置は完全にばれたと見て間違いない。
(まずいな、これは)
あのサーヴァントの背後から現れた腕、未だ全貌は露わになっていないが、それでも規格外の力を内包していることがここからでも分かる。
召喚型の宝具か、それとも何かしらの魔術か。正体は掴めないが、自分が次に取るべき方法は分かりきっている。
(今すぐここから撤退を……!)
すなわち、即時離脱。相手がこちらの位置に気付いている以上、一箇所に留まるのは愚策でしかない。そもそもアーチャーの本分はアウトレンジからの一方的な射撃であり近接戦闘に不向きな以上、サーヴァントに接敵されることは死に直結する。
こちらは機動力に優れているわけではないが、幸いにしてここは山中。地の利を活かせばいくらでも逃げ道はあるはずだ。瞬時に思考を纏めたヴェールヌイは踵を返し、木々の死角に飛び込もうとした。
しかし。
「え……?」
思わず声がついて出る。ヴェールヌイの視線の先では、鋼の腕を現出させたサーヴァントがマスターの少女を抱きかかえ、そのまま反対方向へ跳躍していた。
反射的に再度砲口を向けるも、一息の間もなく、彼らの姿は建物の影へと消えていった。
完全に、姿を見失ってしまった。
"……アーチャー、どうなったんだ?"
呆と立ち呆けるヴェールヌイにトーカから念話が入る。
いかんいかんと頭を切り替えると、ヴェールヌイは簡潔に状況を伝える。
"すまないマスター、相手には逃げられたよ。敵の戦力を過小評価した私のミスだ"
"……そっか。まあ気にすんな"
ぶっきら棒に返されるその言葉からは、額面通りヴェールヌイを気遣っていることが伝わってくる。同時に、傍から聞いても分かるほどの安堵の念も。
年端も無い少女を傷つけることがなかったからという無意識がそうさせていると気付いていないのは、当のトーカだけだ。
(やっぱり、マスターは優しいな)
無自覚に胸を撫で下ろしているトーカの声を聞き、思う。
その優しさは誇るべき長所だ。偽善と言われようと温いと言われようと決して恥じるべきものではないし、そんなマスターだからこそヴェールヌイも力を貸そうと思えたのだから。
だが、しかし。
(それでも優しさは、甘さは、戦場では命取りになる。マスター、貴方は……)
情に流されて勝ち残れるほど戦場は甘くは無い。このままでは、この優しい少女はいつか必ず大切な何かを失う羽目になる。
だからこそ。剣を取るか、道を閉ざすか、遠くない未来において少女は決断を迫られるだろう。
願いと心のどちらも手に入れられるほど、この世界は優しくないのだから。
-
【C-4/通学路/一日目 午前】
【霧嶋董香@東京喰種】
[状態]健康、魔力消費(極小)
[令呪]残り三画
[装備]なし。
[道具]鞄(ノートや筆記用具など学校で必要なもの)
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り聖杯を手に入れる。しかし迷いもある。
1.学校に行く。
2.少女(八神はやて)を傷つけなかったことに対する無自覚の安堵。
[備考]
・詳しい食糧事情は不明ですが、少なくとも今すぐ倒れるということはありません。詳細は後続の書き手に任せます。
【D-4/山の中腹/1日目 午前】
【アーチャー(ヴェールヌイ)@艦隊これくしょん】
[状態]健康
[装備]12.7cm連装砲
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターと共に戦う。
1.ひとまずマスターの元まで戻る。
2.マスターの心情に対し若干の不安。
[備考]
・マスターの少女(八神はやて)とサーヴァントの男(キャスター・ギー)を確認しました。
◇ ◇ ◇
先の公園からそれなりに離れた、エリアにして【C-5】に当たる住宅街。
都市部の喧騒とは無縁なその場所の、更に奥まった人気の無い路地に、二つの人影が落ちてきた。
痩せた男と、それに抱きかかえられた少女。共に鋼の腕に掴まれて、常人の目には留まらないほどの速度で地面に降り立つ。
ギーと、その主たる八神はやてだ。一本だけ存在する鋼の腕は、ギーの宝具たる『赫炎切り裂く無垢なる声』の限定顕現。"彼"が警告してくれなければ間に合わなかった。
役目を終えた鋼の右腕が霧散する。右腕が消えると同時、その手に握られていたものが地面に落ち、硬質の重たい音が周囲に反響する。
人の掌にも余るほどのそれは、少し転がったかと思うと魔力を散らして宙へ溶けていった。かのサーヴァントが放った巨大な弾丸、いや砲弾か。単なる幻想生物が相手なら一度に10は屠れるだろう暴威を持つ致死の砲弾。まともに食らえば、サーヴァントたるこの身であっても生きていられたかどうか。
それほどの暴威を以てしてもなお、この砲弾が白髪の少女の本気であるとは到底思えなかった。恐らくは、これが牽制代わりの一発でしかないということは容易に想像がつく。
(武器から推測するに恐らく彼女はアーチャーか。単独行動と狙撃に優れた、アサシンに次いでマスターの暗殺に適したクラス……厄介だな)
腕の中で震えるはやてを宥めながら、ギーは考える。高い索敵能力を持つアーチャーのクラスのサーヴァントに捕捉された今、無闇に街に出るのは見つけてくれと言っているようなものだ。更に聖杯戦争においてはマスター殺しに特化したアサシンも複数存在することが予測される以上、尚更外出するのは悪手と言える。
やはり、はやてを外に出すべきではなかったのだ。
「大丈夫、もう心配は要らない」
そう声をかける。腕の中の少女は未だに恐怖に震えているが、今は悠長にここに留まるべきではないことは重々承知している。
はやてを抱きかかえると、そのまま路地へ走り出す。先の公園を背に、できるだけ遮蔽物に隠れるように。
(サーヴァントの襲撃……分かってはいたがもう聖杯戦争は始まっている。これ以上の甘えは許されないか)
そして当然のことながら、多くの主従は聖杯の獲得を目指して行動するのだろう。ギーのように、この世界からの脱出を望む主従など他にいるかどうか。
信じられないとまでは言わないが、それでも全てのマスターとサーヴァントは殺し殺され合う間柄なのは確かだ。問答無用でこちらを殺しにかかってくる者も当然いるだろう。
故に考える。世界からの脱出が叶わず、周りを敵に覆い囲まれたその時は。
-
(はやてを優勝させる……それも考えなければならないかもしれないな)
その選択肢も、頭の片隅に入れておく必要があるだろう。
そのためには、全てのマスターを……
(いいや、マスターは殺さない。僕と同じサーヴァントだけを排除する)
ギーは決して人を殺さない。法も人倫も意味をなさない異形都市インガノックにおいて、ギーはただそれだけは破るまいと誓っている。
だがサーヴァントは―――自分も含め、既に死んでいる者ばかりだ。死人は、正しく人ではない。
死者を殺したところで元の死体に戻るだけだ。何の矛盾も、問題もない。
何の、問題も、ない。
―――サーヴァントだけを排して。それで何になるのか。
―――違う、違うともギーよ。それは逃避というものだ。それでは何処にも辿り着けない。
―――勝ち残れるのは一組だけだ。生き残れるマスターは一人だけなのだ。
二人は気付かない。自分達がどれほどに危うい立場に在るのかを。
深い霧の中をもがくように。悪い夢の中で悶えるように。彼らは何も掴めない。
互いが互いに知らぬ振りをして、互いが互いに理想を押し付けて。都市の真実になど目をくれることはない。
結局のところ彼らは自分に都合のいいものしか見えていない。ただの哀れな、盲目の生贄でしかないのだ。
【C-5/人気の無い路地/1日目 午前】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]軽度の恐慌状態、魔力消費(小)、下半身不随(元から)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごす。
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
・戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.はやてを安全な場所まで連れて行く。
2.白髪の少女(ヴェールヌイ)を警戒。
3.脱出が不可能な場合ははやてを優勝させることも考える。
[備考]
・白髪の少女(ヴェールヌイ)を確認しました。
-
投下を終了します。問題や間違い等がありましたらご指摘をよろしくお願いします。
-
皆様投下お疲れ様です
感想はまた後程まとめて付けさせていただきます
千鳥チコ&今川ヨシモト
予約します
-
おお、投下乙です
ヴェールヌイによる早速の狙撃!トーカの動揺、それにサーヴァント狙いを決意するギーがよぎらせたその考えの矛盾と、静かなやり取りに小競り合いの接触の中で、この戦いの残酷さが垣間見えた感じですね
-
投下乙です。
やはり、完全に覚悟完了とはいかないのか。トーカは拙さを見せていますね。
それを嫌いじゃないというヴェールヌイとは信頼を築いていけるか。
比べて、ギー先生達は互いの思惑がズレていますね。
今はまだ、ですが、他者の犠牲を諦める時だと妥協してしまうのか。
スタン、瑞鶴を予約します。
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投下乙です!
砲撃の重みと、手探りで未知の敵に対応する緊迫感が伝わって来ました
まだ不安定ながらも互いを支え合おうとするトーカ組と、現実逃避しながらも戦闘に突入しようとするはやて組、どちらも今後が気になる良いコンビですね
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おお、予約も続々と…たのしみだ
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突然申し訳ありませんが、>>65の内容を以下のものと差し替えさせていただきます。
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(はやてを優勝させる……それも考えなければならないかもしれないな)
その選択肢も、頭の片隅に入れておく必要があるだろう。
そのためには、全てのマスターを……
(いいや、マスターは殺さない。僕と同じサーヴァントだけを排除する)
ギーは決して人を殺さない。法も人倫も意味をなさない異形都市インガノックにおいて、ギーはただそれだけは破るまいと誓っている。
だがサーヴァントは―――自分も含め、既に死んでいる者ばかりだ。死人は、正しく人ではない。
死者を殺したところで元の死体に戻るだけだ。何の矛盾も、問題もない。
何の、問題も、ない。
―――サーヴァントだけを排して。それで何になるのか。
―――違う、違うともギーよ。それは逃避というものだ。それでは何処にも辿り着けない。
―――勝ち残れるのは一組だけだ。生き残れるマスターは一人だけなのだ。
何かが囁くような声を聞いた気がした。道化師ではない。それは地の底から呻くような声。
例えて言えば。異形の鐘が空に鳴り響くような、声。
微かに耳に残る幻聴を振り払い、ギーは路地を駆ける。朝の人が混み合う時間帯だというのに、不思議とそこには誰の姿もなかった。
二人は気付かない。自分達がどれほどに危うい立場に在るのかを。
深い霧の中をもがくように。悪い夢の中で悶えるように。彼らは何も掴めない。
互いが互いに知らぬ振りをして、互いが互いに理想を押し付けて。都市の真実になど目をくれることはない。
結局のところ彼らは自分に都合のいいものしか見えていない。ただの哀れな、盲目の生贄でしかないのだ。
【C-5/人気の無い路地/1日目 午前】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]軽度の恐慌状態、魔力消費(小)、下半身不随(元から)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごす。
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
・戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.はやてを安全な場所まで連れて行く。
2.白髪の少女(ヴェールヌイ)を警戒。
3.脱出が不可能な場合ははやてを優勝させることも考える(今は保留の状態)。
[備考]
・白髪の少女(ヴェールヌイ)を確認しました。
-
修正を終了します。お騒がせして申し訳ありませんでした。
-
千鳥チコ&アーチャー(今川ヨシモト)
投下します
-
ぺた。
少考、ぺた。
長考………………ぺた。
間をおかずぺた。
沈黙。
「うう……」
唸り声がひとつ。
声を上げたのは烏帽子を被った妙齢の女性。
彼女が美しい眉根を潜めてじっと睨みつけるのはコンビニで手に入るようなマグネットタイプの将棋盤。
盤上は、ルールを知るものならば誰が見ても見事の一言で表すだろう。
駒はまだいくつも残っている。だが玉将に逃げ場はない。完全に詰みの状態だ。
「ありません……ああ、もう! 悔しい、悔しい、悔しいですわぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!
なんで勝てませんの!? イエヤスさんにも、ノブナガさんにもにも負けたことありませんのに!!」
ぷりぷりと可愛らしく怒りをぶつける女性・アーチャー(今川ヨシモト)。
いつも通りのババアヅラをした女性・千鳥チコ。
彼女らは酔い覚ましの頭の体操も含めて、二人で将棋を打っていた。
盤を挟んで三戦構え、結果は……言うまでもないだろう。
「こう見えても、元『女流名人』だからね。つまり、昔々は『世界で一番強い女』やってたんだ、今はこんなナリしててもさ」
チコがタバコに火をつけながら語る。
瞳には、少しだけノスタルジックさを感じさせる輝きを湛えながら。
-
「くぅ、なんなんですの! 何処からでも、どんな手からでも攻めてくるなんて! 待ってくださいと頼んだのに待ってくれませんし! 卑怯ですわ!!」
「そりゃそうさ。攻めなきゃ終わりでしょ。どんな時代だって、女は」
「だとしても、規格外過ぎますわ! ……貴女、本当に人間ですの? 中になにか別の生き物が入っているとか」
冗談とも本気とも取れない一言。
その一言にチコが微笑い、細めた目を少しだけ開く。
「さあね……ただ、私(あたし)はそういう風に作られた」
「攻めて、攻めて、攻め潰す。それが私の知ってる戦い。わかりやすいでしょ?」
チコの一言で雰囲気が変わる。
二人の間に流れていた空気が少しだけ鋭さを増し、冷える。
しん、と静まった部屋。
チコが息を吸うたびに、ちり、ちり、と音を立ててタバコが小さくなっていく。
思わず見とれてしまいそうになるほどの優雅な身のこなしでアーチャーが湯呑の中に注がれていた茶を飲む。
タバコが灰皿に押し付けられてもみ消され、湯呑が置かれる。
一段落が済んだ。お遊びは終わりだ。ここからは、『準備』だ。
切り出したのはアーチャーだった。
-
「攻めるんですのね。その言い方ですと」
「当然」
広げていたマグネット将棋盤から一枚一枚丁寧に駒を拾いながらチコが答える。
「なんたって七日間だ、様子見なんて言ってたらあっという間に時間切れでしょ」
パタンパタンとマグネット式の将棋盤を畳んで、代わりに地図を広げ、ついでに茶請けの和菓子を置く。
どちらもチコが、昨日の飲み屋歩きの帰りにコンビニに寄って買ったものだ。
チコは新しいタバコを吸いながら、アーチャーは和菓子を食みながら地図を眺める。
「ねぇ、アンタ……アーチャーさ。この街で、何処が一番『目立つ』と思う?」
「何処、と言うと」
「どこブッ壊してやったら、血の気の多い奴らが誘い出せると思う?」
急に飛び出す物騒な言葉。
アーチャーは顔色一つにこう答えた。
「やはり橋では? 地図の上でもよく目立ちますし、河を通ることの出来る唯一の場所。
ここを壊せば、きっと大々的に報じられるのではないでしょうか」
アーチャーが大福の粉が付いた指でさしたのは、新都と深山町を繋ぐ唯一の橋。
確かに目立つ。ここを壊せばまず間違いなく大半の参加者が『何かある』と近寄ってくるだろう。
しかし、チコはこの案を却下した。
「橋は確かに目立つけど、『逃げ』の要になる場所でもある。片方の町で起こる戦争に『巻き込まれたくない』なんて腐った考え方してる奴を撃つのにちょうどいい場所でしょ。
だから、あえて残しておく。あえて残しておいて、夜にこそこそ渡る奴が居たら遠くから鴨打ちにする。そのほうが、旨味がある」
チコも橋を破壊する作戦も考えていた。
新都と深山町を繋ぐ橋は地図の上でも目立つ、破壊すればすべての参加者に情報が知れ渡るだろう。
巨大な橋すら破壊する宝具が放たれたと聞けば、参加者をおびき寄せるいい餌になる。
だが、橋を破壊した場合、リスクが大きい。
まず分断して以降、対岸に渡れなくなるのが面倒だ。
もし対岸の方に参加者が残っていたらそれだけで膠着状態が生まれてしまう。
橋もなしに渡るとなれば確実に目立つし、逆に他の参加者からの攻撃のいい的になる。
壊すのは片方の街から完全に参加者が消えたあと、逃げ場なしの最終ラウンドを始める時に、だ。
-
「それもそうですわね。では、学園ではどうです? ここなら必ず人目に付きますし、人が多い分話が伝わるのも早いかと」
「へぇ」
いい案だ。チコは素直にそう思った。
C-2地区にある学園は小学校・中学校・高等学校が集まっている。
人目につく・話題になるという点でいうなら、街中でところかまわず撃つよりも効果が望めるかもしれない。
「いいじゃない、学園」
「的も大きくて狙いやすいですし、狙う際の遮蔽物も少ないですから、かなり遠距離からの狙撃が可能ですわ」
『海道一の弓取り』。
視力・射程距離・命中にAランクの補正を与えるアーチャー特有のスキル。
これを活用すれば、大きな的ならばかなり遠距離から撃ち抜けるだろう。
学園ほどの大きさならば、だいぶ大雑把に狙える距離からでも狙撃が可能になる。
それこそ、エリア一つを超えるような超ロングレンジからだろうと。
そこまでを見越しての『学園撃ち』。
ひとつ気になるのは、人が居る場所を狙撃して破壊した際のルールへの抵触であるが……
「校舎を狙わず、無人の校庭を狙えばいいだけですわ!
校庭なら破壊したところで誰にも危害は及びませんし、いざとなったら『弓の練習をしていて失敗してしまっただけですわ!!』で押し通せますもの!」
というアーチャーの一言で得心がいった。
勿論、このアーチャーの言葉が彼女の腕前同様的の芯を射抜いているかどうかは分からない。
もしかしたら校庭狙撃だけでもルールへの抵触とみなされてルーラーがチコたちに接触を図ってくるかもしれない。
そうなるとさすがにアーチャーが言うような稚拙な言い訳では誰も信じてくれないだろう。
だが、人も建物も傷つけず、地面を(かなり深々と)えぐり(結構デカデカと)割るだけ。明確なペナルティの対象にはなりえないはずだ。
-
「じゃあ、それで行こう。
今から、深山町まで行って、射撃に持って来いなビルを探して、そこから学園の校庭に向かってアンタの宝具の『烈風真空波』を撃つ。
それから参加者が釣れるのを待つ。出てこなかったら……別の良さそうな場所で同じことするしかないかな」
良さそうな場所、の候補は意外と少ない。
考えつくのは人の出入りの多い病院のような施設、もしくは都心の駅前だ。
どちらもNPCに被害が及ぶ可能性があるため、チコとしてはできるだけ避けたい所である。
博打を打ち続けることも危険を伴う。
どうにか一発で釣り上げられればいいのだが、そこは神様の采配次第だろう。
「心得ました。それで、マスターはその間なにを?」
「私? 私はその辺ぶらぶらしとくよ。
ビルの上で一緒にいる所を見られると都合が悪いし、襲われた時に逃げ場に困るからね」
「でも、別行動は別行動で少々危なっかしくありません?
狙撃を行って、偵察まで行うとなると結構な時間別行動しなければなりませんし、その間にマスターが襲われてしまう可能性もあるのでは?」
確かに可能性はないとは言い切れない。
学園に向けて宝具を放った際の魔力の反応で、チコの居場所に気づいて迫ってくる参加者が居るかもしれない。
チコは四十のババアだ。しかもヤニとアルコールにまみれた不健康尽くしの体の。
走れば五秒で息切れを起こすし、コケただけでぎっくり腰や骨折を起こして身動きがとれなくなってもおかしくない歳だ。
襲われれば確実にヤバい。だがチコは退かない。
「私を探して追っかけてくれるんならそれもまたあり、じゃない。私に近づいてくるってことは、アンタの射程距離に居るってことでしょ。
私が危なくなったらアンタが助けてくれればいい。信頼してるよ」
さらりと出された命の全てを預けるという旨の言葉。
急な無茶ぶりだが、アーチャーは少しもたじろがない。
-
「軽く言ってくれますわね」
わりと天真爛漫で図太くて子供っぽい雰囲気の抜けない彼女とて、戦国時代を駆け抜け天下泰平を成し遂げた武将だ。
戦いの呼吸を知っている。戦場の空気を知っている。戦争の流れを知っている。
知った上で、生き、勝ち、天下の頂点まで詰めた。
アーチャーは今までとは一切違った凛とした表情とよく通る声で、忠告をし。
そして、弓兵としての誇りを乗せて、一言加える。
「ならばひとつ約束を。なにがあろうと私の視界の死角には入らないでください」
「それを守っていただければ、どんな窮地にもこの矢を届けて差し上げましょう」
生前、天下の覇を争っていた大剣士を、鎚兵を、槍兵を、魔術師を、扇戦士を、双剣士を、暗殺者を、砲撃手を、爪術士を、斧兵を。
そして邪悪な意志を持つオウガイ、ムラサメ、ついでにコタロウの三人を射抜き平伏させた弓矢。
アーチャーはその矢の向かう先について、絶対の自信がある。
だからこそ女の身でありながら『弓兵』として英霊の頂まで上り詰め、『海道一の弓取り』という弓を操るものとして最高クラスとも言えるスキルを手に入れた。
その逸話とスキルは、アーチャー『今川ヨシモト』の誇りだ。
その『今川ヨシモト』の誇りにかけて、もう一言を付け加える。
「全幅の信頼、大いに結構ですわ! だからどうか、約束を違わぬよう、お気をつけくださいませ」
アーチャーの言葉に、チコはただ黙って頷く。
そこにもう、余計な言葉はいらなかった。
-
◆
「それにしても、マスター、少し生き急いでいません? 自棄の捨て鉢はみっともないですわよ」
あれから数分後。
出発前にテーブルを片付け、軽く部屋内の掃除をしながらアーチャーが言う。
さっきの凛とした雰囲気はどこへやら、少しだけ間の抜けた声。
喋る内容も、戦争の方針への提言というよりは女同士の他愛のない世間話のようなもの。完全にスイッチが切れてしまったらしい。
「これっぽっちもヤケじゃない。私はただ、勝負してるだけだよ」
「勝負っていっても、こんな自分から危ない橋を渡りに行く必要もないでしょうに」
「危ないなんて言ってたら、戦争なんてしてらんないわ」
「それに」
「ぶっ潰してやるって決めたんだ。真正面から行くのがスジってもんでしょ」
チコがにやりと笑う。
彼女の中に流れている、血よりも濃い『鬼』の系譜は、退かず攻めろと彼女に語り続けている。
ならば今は、それに従うまでだ。彼女はそう判断を下した。
アーチャーがくすくす笑う。どうも彼女の琴線に触れる何かがあったらしい。
「私、そういうわかりやすい答えは大好きですわ!」
「じゃ、そろそろ行くか」
「ええ、参りましょう!」
-
地図を畳んで、身支度を整える。
財布や時計といった最低限の荷物と、アーチャーが『絶対、絶対、忘れちゃ駄目ですわよ!』と言って聞かなかった和菓子を幾つか。
そして、戦争に向かう心構えをその胸に抱き。
部屋から出て、しっかり施錠をし。
さあここからは戦場だと息を呑み、再度気合を入れなおして進もうとして。
「あ、もし、マスター」
不意にアーチャーから声を欠けられた。
何事かと振り向くと、そこには。
「将棋、次は負けませんからね!」
胸を張り、いつも通り一切曇りのない自信満々の表情でびしと指をさして宣言するアーチャーの姿があった。
少しだけ沈黙が流れ、思わず吹き出したチコの笑い声で破られる。
「帰ってきたらもう一回コテンパンに叩きのめしてあげるわ」
「望むところですわ! 今度は私が華麗なる勝利を収めて差し上げますわよ!」
ただ単にアーチャーが空気が読めない負けず嫌いなだけなのかもしれない。
でも、もしかしたらアーチャーなりの気遣いなのかもしれない。
どちらにせよ、アーチャーのお陰で体中に不自然に篭っていた力が抜けた。
程よい緊張感だけが残り、最高のコンディションに近づいた。
チコ自身、出会ってから日が浅いのでアーチャーがどんな人物なのかはまだ掴みきれていない。
それでも今から死地に赴こうという状況でこの余裕。そして狙ってやったのだとすればその気配りも。
なんとも頼りになる相方じゃないか。
チコはまた少し笑うと、霊体化していく彼女に手を振りながらその場を離れた。
「さあ、戦争の始まりだ」
時計は朝八時少し前を指している。
過去への恩讐と未来への欲望が集まり渦巻くこの仮初の街に鬨の声が響き渡るまで、そう時間はかからない。
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【B-9/マンションの一室(チコの部屋)前/1日目 午前】
【千鳥チコ@ハチワンダイバー】
[状態]二日酔いによる軽い体調不良(午前中に完治)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]財布や腕時計など遠出に役たつ物が入ったバッグ、マグネット将棋セット、和菓子いくつか
[金銭状況]無駄遣いしても生活に苦がない程度。
[思考・状況]
基本行動方針:攻めて、攻めて、攻め続ける。攻めの手を切らない。
1.移動。ヨシモトから見える範囲でぶらつく。
2.校庭襲撃終了後、参加者が発見できたら彼らを襲撃。
発見できなかった場合、別の場所を襲撃。襲撃場所は深山町に限定。
3.夜間の戦闘に備えて仮眠を取るタイミングを図る。
[備考]
※マグネット将棋セットとは、原作中で澄野久摩が使っていたようなコンビニで売られている簡素な将棋セットです。
特に力はありません。そしてこの備考は次回以降消していただいて結構です。
※自宅から交通機関を利用して、狙撃場所まで移動します。
遅くとも正午には狙撃ポイントを見つけて狙撃を行います。
※校庭狙撃がルールに抵触する可能性も考えています。ただ、この一撃でペナルティを受けるほどではないとも考えています。
【今川ヨシモト@戦国乙女シリーズ】
[状態]霊体化
[装備]ヨシモトの弓矢
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従いますわ!
0.次は勝ちますわよ、マスター!
1.C-2を襲撃出来る場所(できるだけC-2から離れていることが条件)に行き、そこから宝具『烈風真空波』をC-2・学園の校庭めがけて放つ。
その後、チコと共に場所を移して校庭の様子を観察。
2.参加者を発見した場合チコに報告、襲撃準備を整える。
発見できなかった場合、別の場所を襲撃。襲撃場所は深山町に限定。
3.同時に、チコの周囲を警戒。サーヴァントらしき人物がいたらチコに報告して牽制を加える。
4.夜間、遠方からC-7の橋を監視。怪しい動きをしている人物が居れば襲撃。
[備考]
※本人の技量+スキル「海道一の弓取り」によって超ロングレンジの射撃が可能です。
ただし、エリアを跨ぐような超ロングレンジ射撃の場合は目標物が大きくないと命中精度は著しく下がります。
宝具『烈風真空波』であろうと人を撃ちぬくのは限りなく不可能に近いです。
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投下終了です
誤字、修正箇所等ありましたら指摘お願いします
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投下乙です
ババァとは良い主従なのになぜだろう
死亡フラグが漂っている……
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投下乙です!
アーチャーらしい戦術方針でこれまた見ごたえがあるな
この二人の関係性もなかなかいいものだ
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投下乙です。
チッチはやはり攻めの戦術が似合っていますね。
生命の危険を晒してでも貪欲に進むババァは肉体的にはともかく、精神的には強者ですねぇ。
ヨシモトともしっかりと主従関係を結んでいて、互いへの信頼が滲み出ていますし。
肩を並べて戦う理想形態だなァ、この二人は。
あ、wiki編集してくださった方、ありがとうございます。助かります。
投下します。
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「それで、索敵はしているのか」
「ええ。各地に分散させているけど……期待はしないでよ?」
陽の光が差し込む早朝。スタンと瑞鶴が真っ先に行ったのは情報収集だった。
瑞鶴の弓から放たれた矢が索敵機へと変化し、蒼空へと散っていく。
飛行機を操縦する妖精達は街で何か異変が起こっていないか入念に確かめているようだ。
「始まった瞬間から血気盛んに戦っているなんて、多分ありえないと思うし」
「そうか? 逆にアピールしているかもしれないぞ? 何処の世界でも、戦うのが好きで好きでたまらないって奴はいるだろ」
「…………そういう手合は無視する方向で。勝手に自滅でもしてくれることを願っているわ」
げっそりとした顔をしながら椅子の背もたれに手をかけている瑞鶴に、スタンは曖昧に笑う。
改めて瑞鶴の姿を見ると、どう考えても不機嫌気味な普通の女の子にしか見えない。
モラトリアム期間からそうだったが、彼女はサーヴァントと感じさせない気さくさでスタンに接してきた。
英霊と呼ばれるのだから常に厳かな態度を取り、愛嬌なんて何処かへ投げ捨てたものだと思っていた身としては拍子抜けだ。
もっとも、接しやすいことにはこしたことがないので、スタンはこれでいいと納得している。
七日間という限られた期間ではあるが、彼女とは一心同体で戦うのだ。
少しでも距離を縮めて、連携を取れるようにしておきたい。
「大体、私達は直接戦闘するってタイプじゃないの。遠距離から漁夫の利で掻っ攫うのが似合ってるよ」
「そうだな。ともかく、しばらくは家に籠城だな。幸い、設備は整っているから困らないし。
というか、俺が元いた所よりも居心地がいいぞ? 羨ましいったらありゃしないぜ」
スタンがいた世界とは違って、ここは一般的な家にも水道その他諸々が完備している。
富豪でも王族でもないのに快適な暮らしを送ることができるとは、偽りの世界とはいえ中々に侮れない。
「暮らしもちょっとした遊びに回れる程度。学校っていっても、聖杯戦争があって絶対に行かなくちゃって訳でもないからな」
今、スタン達が居を構えているのは小さなアパートのワンルームだ。
部屋も狭く、二人で暮らすには少しばかり広さが足りないけれど、瑞鶴はいざとなれば霊体化できるので特段に困ってはいない。
スタンに割り振られた役割は、【一人暮らしの学生】である為に裕福な暮らしとは言えないが、元いた世界の水準からすると標準を超えている。
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「マスターさんがいた世界と勝手が違うもんねー。私が手取り足取り教えてなきゃ、赤っ恥ね」
「うっせぇ。教えるって言っても、俺がオロオロしてるのを見て面白がってた癖に」
「そうだったかしらねぇ〜。私と遊び回っていた時に目をキラキラさせていたのは誰だったでしょう?」
見たこともない食べ物、娯楽施設が密集した繁華街、多くの人が通う学校など、目に映るもの全てが彼らにとって新鮮だった。
最初の頃は、サーヴァントとして呼ばれた瑞鶴が聖杯から与えられた知識を元にして色々と主導権を握っていた。
生活に慣れる、ある程度の地理を知っておくといった節もあるが、瑞鶴はスタンを全力で振り回していた。
再度繰り返すが、スタンにとって瑞鶴はサーヴァントとは思えない気さくさだ。
天真爛漫に笑う彼女の姿は、置き去りにした幼馴染を想起させ、少しだけ胸を痛ませる。
感傷だ。深く想うと、重りになる。
「ったく、悪趣味め」
「うっさい、マスターさんだってぶつくさ言いながらも楽しんでたじゃない」
元の世界と勝手が違う部分も、瑞鶴がフォローしてくれたことで今ではそこまでの違和感がない。
ただ、外出する時は必ず帽子をかぶらなければならないというのは少し窮屈ではあるが。
どうやらこの世界ではスタンのように耳が飛び出ている種族はいないらしい。
そうなると、耳を出したままだと明らかに目立つ。他のマスターからも目をつけられるだろう。
このことに気づいていなければ、スタンは開幕の合図を待たずに脱落していたかもしれない。
「そりゃあそうだろ。……俺とお前は、その、なんだ……パートナーだし」
「にへへっ、照れてやんの」
「わ、悪いかよ!」
「いーや、可愛いもんだっ。からかいがいがある」
何だかんだ言いながらも、瑞鶴はスタンが知らない現代知識を上手くカバーしてくれている。
もっとも、けらけらと笑う彼女の姿を見ていると考えすぎかとも思う。
彼女なりに暗くなりがちな雰囲気を払拭すべくわざと明るく振舞っている。
そうであるならば、彼女は大した役者ではあるけれど。
「ともかく! ……始まったんだよな」
「ええ。通達にあった通りよ。私達は何が何でも生き残らなくちゃいけない。
マスターさん、改めて聞くけどさ。他者を犠牲にしてでも生き抜く覚悟はある?」
「当たり前だ。願ったからには、戦うさ。それが、俺の役目だから」
ふふんと挑発的な笑みを見せる瑞鶴は、スタンを見定めている。
自分が導くに足るマスターか、と。
上等だ、スタンは間髪入れずに見返して言葉を投げつけた。
-
「ナメんなよ。ここに来た時点で覚悟はできている。誰が相手であっても戦うさ」
「よろしい。それでこそ、私のマスターさんだよっ」
やはり、彼女を引いて正解だった。
スタン一人では定まらない覚悟も、彼女と一緒なら狙いが正確になっていく。
些か負けず嫌いで子供っぽい所もあるが、それもまた愛嬌だ。
追想。彼女を見ていると、元の世界にいるであろうアリーザを思い出す。
負けず嫌いな性格に真っ直ぐな心。
思い込んだら一直線である幼馴染と瑞鶴には似通った所があるからか、接しもしやすい。
「やっぱすごいよ。アーチャーは。俺なんかと違ってしっかりしてるもんな」
故に、スタンは瑞鶴のことを素直に賞賛する。
口ではどれだけ大きなことを言おうが、自分はまだ半人前。
彼女のように確固たるものがないのだから。
「……私はマスターさんに褒められる程、できたサーヴァントじゃない」
しかし、彼女はバツが悪そうに顔を背けてしまう。
その表情には陰りが見られ、目の光も心なしか薄い。
「私は座に入る前からずーっと戦ってきたの。みっともなく足掻いて、泣き喚いて…………沈む間際まで」
瑞鶴の口から語られるのは彼女のルーツとも言える過去。
鉄屑になるまで勝ちを諦めなかった苦い、過去。
「そして、こんな身体になってもまた戦った。往生際悪すぎっていうかさ、何か……マスターさんにみっともないって思われてそうでさ。
でも、私はその選択が正しかったって信じてるんだよね。
どんな御託を言われても、何もせずに終わるのなんて認めたくない」
はにかむように笑う瑞鶴の姿は数秒前に見せた凛々しさの欠片もなく、等身大の少女だった。
否、幾ら膨大な過去があろうとも、彼女は少女の形をしたサーヴァントなのだ。
拙い。これはその部分を気遣えなかった自分の落ち度だ。
サーヴァントという超越した立場であっても、人並みに悩むし不安になる。
どうして、自分は気づけなかったのか。
これだからいつまでたっても半人前を抜け出せない。
-
「奇跡に縋ることで過去をやり直せるなら、私は迷わず縋るわ。
生きてさえいれば、やり直せさえすれば――チャンスは残るんだから」
自分を片手で撚る力を持っていようとも、瑞鶴だって内面は同じだ。
悔いに縛られ、藻掻いていることに、変わりはないのだから。
「ねぇ、マスターさん。幻滅した? こんな諦めの悪い女は嫌いかしら?」
「まさか。俺は瑞鶴のそういうとこ、結構好きだぞ」
だからこそ、ここは即答しなければならない。
これから先、瑞鶴と共に歩いて行く為にも。
そして、何よりも。スタン自身がそう在りたいから。
「俺が認めてやるよ。アーチャー……瑞鶴がすげぇ頑張って戦ったことが正しかったって。
他の奴等が負け犬だの往生際が悪いだのぶつくさ言った所で知った事かよ。
つーかさ、奇跡に縋っていいじゃんか。やり直してぇって思うのは悪くねぇんだ!」
迷い無く、信じたい。
彼女が望んだ願いが間違いでないことを。
「だからさ、俺のサーヴァントはかっこ悪くなんかねぇ」
きっと、何度繰り返してもこの言葉だけは間違いではない。
それだけは、この偽りの街の中であっても真実だと信じている。
「…………ありがと」
自分らしくもない。いつもならば、戸惑いながらだったり、ここまではっきりと言葉に出来ないものだが。
やはり、聖杯戦争という異常な空間にあてられたのか。
言葉に出さないと伝わらない。
サーヴァントとの相互理解が大切なこの戦いでは、主従の仲を深めるのも重要なピースだ。
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「さてと、どうすっか。とりあえず、索敵はしてるんだろ?」
「まぁね。それよりも、マスターさんは学校に行かないの?
せっかくだし、行ってみたら?」
「行けると思うか? この頭は目立つし、もし学園にマスターがいたらヤバイだろ」
少しずつでいい。
彼女と一緒に、自分自身がどう在りたいかも見つけていこう。
この戦いで勝ち残ることで、わかるなら。
その時は、きっと――スタン達は笑えるはずだから。
「そんなの幾らでも誤魔化しが効くとは思うけど、うーん……どうする?」
「それじゃあ……」
だから、今だけは互いの手を離さない。
固く握り締めた絆を、絶対に壊してなるものか。
【B-5/アパート・スタンの部屋/一日目 午前】
【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]剣
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.学校に行くか、それとも?
[備考]
【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.マスターさんと協調。
2.序盤は戦闘を避け、情報収集に徹する。戦うとしても、漁夫の利狙い。
[備考]
艦載機(索敵)を飛ばしています。
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投下終了です。
-
投下乙です!
こちらもアーチャー組、スタンの割り切った真っ直ぐさは清々しい
瑞鶴との関係性の掘り下げ、そして方針をきっちり明確にしてきましたね
漁夫の利狙いは成功するのか…
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これだけはっきりと聖杯狙いを宣言してて覚悟決めてるとやっぱ雰囲気もさっぱりしてるな
学園にまたフラグが
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聖杯狙い・対聖杯問わず学園には人が集まるだろうし、だからこそヨシモトの狙撃は大きな影響を与えるでしょうね
スタンは学校に行ったら前線に関わる羽目になる代わりに漁夫の利狙いもしやすくなるし、どちらも後の展開が非常に楽しみです
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今更どうでもいいことなのかもしれないが
ここのゾルダートは僕鯖にある奴を元に作ったのだろうか
何か見覚えがあると思ったらそれだった
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現在の各キャラの進行状況。今は予約がないので、じゃんじゃん書けるチャンスだよ!
【スタート前】
・ネギ、ランサー(金木研)
・南条光、ライダー(ニコラ・テスラ)
・長谷川千雨、ライダー(パンタローネ)
・ラカム、ライダー(ガン・フォール)
・竜ヶ峰帝人、アサシン(クレア・スタンフィールド)
・神条紫杏、アサシン(緋村剣心)
・ケイジ、アサシン(T-1000)
・ボッシュ=1/64、バーサーカー(ブレードトゥース)
・しろがね(加藤鳴海)
・北条加蓮、ヒーロー(鏑木・T・虎徹)
【深夜】
B-2:本田未央
B-4:音無結弦、アサシン(あやめ)
B-6:神楽坂明日菜、キャスター(超鈴音)
C-6:御坂妹、レプリカ(エレクトロゾルダート)
C-8:前川みく、ルーザー(球磨川禊)
【午前】
B-5:スタン&アーチャー(瑞鶴)
B-8:アサシン(キルバーン・ピロロ)
B-9:千鳥チコ&アーチャー(今川ヨシモト)
C-4:霧嶋董香
C-5:八神はやて、キャスター(ギー)
C-8:仲村ゆり、セイバー(斉藤一)、サーシェス
D-5:アーチャー(ヴェールヌイ)
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竜ヶ峰帝人、クレア、長谷川千雨、パンタローネを予約。
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予約を帝人、クレア、加蓮、虎徹に変更します。
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予約が来ている!楽しみだ
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投下します。
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「タイガー。私、明日は学校行かないから」
あてがわれた自宅の自部屋で、北条加蓮はかたかたとノートパソコンをタイプしながら何の気なしに言葉を投げつけた。
画面には彼女が常駐しているチャットが映っている。
イマドキの若者らしく、ネットにもそれなりに適応している加蓮だが、これがまたなかなかに楽しい。
この行為が聖杯戦争と全く関係ないにしても、心の安定にはなる。
「……学生は学校に行くべきだぜ?」
「行った所で意味なんかないと思うけど。どうせ、抜けだしたら出席も関係なくなるんだし」
数時間前。彼女の耳にも聖杯戦争の開始を告げる通達は届いていた。
これより七日間、この街は戦争の舞台となる。
だが、加蓮からすると傍迷惑以外の何物でもない。
現状の所は他者を害することなくこの世界から抜け出せればいい。
願いもなく闘いを望むバトルジャンキーでもないのだ。
「少なくとも、学校に必ず行く必要性はないよ」
今まではモラトリアム期間であったことに加え、サーヴァントであるタイガーの意向があったので学校に通っていた。
こんな時にまで通わなくていいのに。
そんな愚痴をタイガーは飄々と受け流していたが、彼女の目から感じられる静かな決意は今まで通り受け流せそうにない。
のらりくらりと彼女の提言を躱してきたが、もう現界のようだ。
「それならさ。街でも出歩いて他の参加者を捜す方がいいじゃん」
「もしかしたら、参加者だって学校にいるかもしれないだろ?」
「……仮にいたとしても。戦闘になったら巻き込んじゃうし、何よりも学校で戦闘って目立ち過ぎっていうかさ」
ただダルいからという理由付けではなく、しっかりとした理論まで付随させてくる。
正直、タイガーとしてはマスターである加蓮には大人しく学校に行ってもらいたい。
その間、自身は街を見回って未だ邂逅せぬ参加者達と交渉をするなり、戦闘をするなりしていくつもりだった。
全部、自分が成し遂げる。聖杯戦争なんて血生臭い闘いは、彼女には似合わない。
そう、思っていた。
-
「タイガーの言ってることは正しいけど。それとは別に、私のことを学校に追いやることで、戦いから遠ざけようとしてるんでしょ」
だが、事態はそう安々と進まないようだ。
まさか、ここまでバレているとは。どうやら、眼前の少女は想定よりも聡明だったらしい。
娘と同じように接してきたが、やはり年代が違うとこうも食い違ってしまうのか。
「あのさ、そういう気遣い……いらないから」
「けどよぉ。やっぱり、マスターは戦いに出るべきじゃねぇって。何かあったら俺も嫌だしよ。
そういう危ないことは俺が全部引き受けるからさ」
「そうやって、逃げてばかりじゃ何も始まらないじゃん。
第一、タイガー一人に任せるとか私としては不安なんだけど」
「信用、してくれねぇのか?」
「……出会って数日しか経ってないんだよ? 心の底から信じれると思う?
命の危機を助けたならともかく、私達はただ出会って話して意見を擦り合わせただけだし」
そっぽを向く加蓮の表情は猜疑的で、信頼の情が込められていない。
それは加蓮からしたら当然のことだった。
タイガーは護るだの助けるだの綺麗な言葉を並べ連ねているが、彼女からすると実際に護ってくれるかどうかすら定かではないのだ。
自分を置いて逃げるかもしれない、はたまた自分よりも適正のあるマスターがいたら裏切るかもしれない。
ヒーロー。彼のクラスからしてそんなことはありえない。
数日間、行動を共にして彼が不誠実なサーヴァントではないと加蓮もよく知っている。
けれど、そうであったとしても、確信は得られなかった。
所詮は他人だ。
他人の気持ちなど本当の所は、知ることなどできやしない。
そう、命の危機にでも晒されない限り、人間の本質は浮かび上がらないだろう。
――いっその事、死線に晒してしまおうか、この生命。
なんて、戯言。とてもじゃないが、タイガーには言えなかった。
死にたくはない。諦めたくはない。
自分の中で渦巻く葛藤の中で正しいのはどの選択肢だろうか。
きっと、それはタイガーにもわからない――北条加蓮が本当にしたいことだ。
もしもの話、聖杯を手に入れたら、諦めたはずの夢も取り戻せるのだろうか。
-
(その為には、タイガーを……)
末尾の言葉は、心中であっても言えなかった。
否、言えるものか。
それを想起してしまえば、もう戻れなくなる。
彼を切り捨てて、他のサーヴァントと契約するなんて世迷い事は、考えるな。
そもそも、優れたマスターとは言えない自分にサーヴァントが寄ってくるとは思えない。
現実的なプランじゃないのだ。
(馬鹿みたい。できもしないことを、考えるなんて)
可能性に蓋をしろ。その箱はパンドラの箱だ。
開けてしまえば、彼の夢を汚すことになる。
(タイガーは私を護ってくれている、それでいいじゃない。ヒーローは、正義の味方は……見捨てることができないから)
光り輝く彼の姿は、太陽のような存在で。
真っ直ぐに立ち、人々を救い続けた正義の味方は、どこまでも尊い。
きっと、その『夢』は皆が望んだものだから。
大団円のハッピーエンドの一端を担えるなら、それで満足だ。
生きて、帰るのだ。こんな偽りの街で死ぬことは、何の意味も成さない。
(うん、考えちゃ、駄目なんだ)
――――バッドエンドが待っている日常へと戻った所で、何の意味もないのに。
けれど、加蓮の頭は、やり直しという甘美なる願いをどうしても捨てきれない。
(…………また、諦めるの? あの時と同じように)
あの灰色に汚れた日常に帰って生きることに、加蓮は耐えられるのだろうか。
舞い込んできた希望を捨てて、陳腐な終わり方に、満足できるだろうか。
その問いに加蓮は答えられなかった。
夢もない、笑みもない、真っ直ぐに立てない。
そんな現実に戻ることの意味を考えてしまったら、北条加蓮は思考の海へと沈むしかなかった。
■
-
薄荷『今日は太郎さんだけしか来ませんね』
田中太郎『そうみたいですね、皆さん忙しいんでしょうか』
薄荷『あはは。まあ、気が向いた時に適当に駄弁る場所だし』
田中太郎『それもそうですね。けれど、二人で駄弁るというのも寂しいですね』
薄荷『まあ、これはこれでのんびり話ができていいんじゃない?』
田中太郎『のんびりと言っても、もう深夜ですけど』
薄荷『ちょっとの夜更かしぐらいは平気平気』
田中太郎『いやいや、寝た方がいいですって。自分、もう寝ますし』
薄荷『えー……』
田中太郎『えー……』
田中太郎『薄荷さんも寝た方がいいですって』
薄荷『まあもう少ししたら寝るし』
薄荷『健康第一』
田中太郎『こんな深夜にチャットをしてる時点で健康も何も』
薄荷『……まあ、今日ぐらいは早く寝てもいいかもだけど』
田中太郎『そうですよ。日々の生活をしっかりしないと』
薄荷『それよりも、今日は本当に誰もいないね』
薄荷『いつもいる【ちゃんみお】さんがいないのはちょっと寂しかったり?』
田中太郎『何かあったんでしょうかね』
薄荷『変な事件に巻き込まれていたりして』
田中太郎『まさか。こんな平和な街なのに』
田中太郎『では眠くなってきたんで、落ちます』
田中太郎さんが退室しました
■
-
とある安アパートの一室。
竜ヶ峰帝人はチャットを終え、そっとパソコンを閉じた。
本当の所はもっと続けても良かったが、これ以上続けると学校に支障をきたす。
偽りの街とはいえ、帝人は記憶を取り戻してからも学校に通うことをやめなかった。
それは染み付いた生活習慣も一因だが、もっと大事な理由がある。
「正臣、園原さん」
この偽りの街には二人がいた。
帝人が最も幸せだと感じていた時間が再現されていた。
高校二年だった現実世界とは違い、ここでは高校一年生として設定された帝人は最初は呆然としたものだ。
隣のクラスにいる彼らはまるで――現実世界の自分と杏里のようで。
そして、自分は一人消えていった正臣のようで。
これらも聖杯が指し示した理想の空間とでも言いたいのだろうか。
「…………っ」
ふざけるな、と叫び散らしたかった。
どれだけ似せても、どれだけ環境を整えても、此処では全てが偽りだ。
彼らと交わす言葉も、一緒に帰り道を共にすることも、自分に笑いかけるその笑顔も。
七日間だけ再生される虚像でしかないのだから。
故に、彼らに対して何を思おうが思わまいが関係ない。
ただ、今は生き残ることだけを考えればいい。
「割り切れる訳、ないだろ! 例え偽物でも、大切な友達なんだ」
此処にいる彼らが死んでも、現実の彼らには何も被害は及ばない。
聖杯戦争を繰り広げるにあたって、何の気遣いもいらないのだ。
それがわかっているはずなのに、帝人は彼らのことを人形とは思えなかった。
確かに生きて、笑って、自分を友人と見てくれる彼らは――紀田正臣であり、園原杏里だ。
「しかし、割り切らなければ死ぬのはマスターなんだがな」
そんな帝人を冷ややかな目で見るのは薄汚れた畳の上で寛ぐクレアだった。
彼のサーヴァントとして呼ばれ、勝利を約束した男は、今はのんきにお茶を飲んでいる。
その様はサーヴァントとは思えないぐらいに気楽な姿であり、正直不安だ。
-
「此処にいる人間は本物ではない。贋作に情を抱くぐらいなら、先行きをしっかりと整備しておくべきだ。
仮に死んでも、マスターが住まう場所の本物は消えはしないのだから」
「けれど!」
「七日間だけの生命とこれから先も続く生命。同じ生命ではあるが、天秤の重さは偏っている。
愚者は選べないまま死ぬが、賢者はしっかりと選んで生き残る。さぁ、マスターはどっちだ?」
ペラペラと喋るクレアにとって、人を殺すことなど造作にもない些末事なのだろう。
ごく当たり前の感性である帝人からすると考えもしないことを、彼は平然とやってのける。
マスターとサーヴァント。隔絶した感性を持っているとは思っていたが、ここまで違っているとは。
「僕は戦わなくちゃいけないんですか」
「言ったはずだ。選ばなければ死ぬだけだと。無論のこと、俺はマスターを護り抜く自信がある。
だが、不測の事態はある。それこそ、マスターが戦うとかな。そのような事態を想定しないのは、さすがに楽観が過ぎるだろ?
少なくとも、覚悟を決めているだけで三下よりは好ましい」
きっと、覚悟を決める時が来る。
竜ヶ峰帝人の曖昧になった境界線がはっきりと引かれる分岐点は、すぐそこに。
殺したくないと言っておきながら、心の奥底で沸き立つ歓喜の声は――聞こえないふりをした。
【C-5/北条加蓮の家・加蓮の部屋/一日目 深夜】
【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:偽りの街からの脱出。
1.学校に行かない。街をぶらついてマスターを捜す。
2.タイガーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.また、諦めるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
【ヒーロー(鏑木・T・虎徹)@劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-】
[状態]健康
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの安全が第一。
1.加蓮を護る。
2.何とか信頼を勝ち取りたいが……。
[備考]
【B-8/竜ヶ峰帝人のアパート/一日目 深夜】
【竜ヶ峰帝人@デュラララ!!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]割と貧困
[思考・状況]
基本行動方針:不透明。聖杯は欲しいが、人を殺す覚悟はない。
1.わからない。今はただ日常を過ごす他ない。
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『田中太郎』。
【アサシン(クレア・スタンフィールド)@バッカーノ!】
[状態]健康
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は俺が奪う。
1.とりあえず、マスターは護る。
2.他参加者、サーヴァントは殺せる隙があるなら、遠慮なく殺す。
[備考]
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投下終了です。
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おお、投下来てたー!乙です!
タイガーと加蓮、やはりそう簡単には行かないよなあ
テレビの向こうの憧れのヒーローとはいえ生身として目の前に現れたら一人の個人だし、何より一般人がいよいよ戦いを前にしたら…
虎徹も色々経てきてるとはいえマスターが少女なのが余計に俺がなんとかの悪癖を出してる気がする
帝人はまだメンタル的にはましだけどどうだろうなぁ、とりあえずデュラララ的なチャット要素が出てきたのが面白いですね
しかしここでもちゃんみお…
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投下乙です
おじさんの優しさが裏目に出てるのが何ともつらい…
ライジング出展で無茶は減ってるものの相変わらず女の子とのコミュでは苦戦するなぁ
そしてデュラララのチャットネタが出てきてニヤリとしました
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投下乙です
やはりというか、自身の内面に問題を抱えてるマスターが多いですな。
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投下乙です
若者の多い夢現聖杯ならではのマスター達の迷いっぷりがよく表れてるなあ
現状に納得している振りをしていても、ほんの少しのキッカケで瓦解しそうな危なさ
クレアはともかく虎徹の方はマスターの本質的な課題への対処が急務だけど、この調子では……
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南条光、ライダー(ニコラ・テスラ)を予約します
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おお、予約も来たか!楽しみです
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そう言や、おじさんとクレアが並ぶとちょっとしたタイバニ気分になれるな
バニーがちょっとどころじゃなくヴォーパルな感じだけど
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予約分を投下します。
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―――例題です。
―――いえ、是はおとぎ話です。
昔、昔のこと。あるところに……
ひとりの若者がいました。人々を愛し、世界を愛する若者でした。
そんな彼に、偉い碩学さまは言いました。
―――お前に力があるとすれば。
―――何を守る?
世界を守る。そう彼は言いました。尊いものを守るため、輝くものを守るため。
彼はかみさまに誓いました。いかずちの鳳に誓いました。
そして……
そして、彼は戦士となりました。それは比類なき雷の戦士。彼は、雷電そのものとなりました。
彼は戦います。彼の望んだように、雷電として、紫電の光として。まるで人ではないかのように。
でも、問題がひとつ。すなわち。
◇ ◇ ◇
Q.お前の守るべき世界とは?
◇ ◇ ◇
―――夢を。
夢を、見ていた。
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朝。これまでと変わらない、初夏の陽気に照らされた空気。
カーテンの隙間から差し込む陽射しは暖かくて、ともすれば二度目の眠りに落ちてしまいそうな魅力があった。
しかしそれを振り払い、南条光はけたたましく鳴る目覚ましを止め、上半身をベッドから起こす。
夢を見ていた。それは酷く幻想的で、しかし空想と断じることができないほどの現実感を秘めていた。
それは……
「ライダーの、記憶……?」
ライダー。ニコラ・テスラ。光が呼び出したサーヴァント。おぼろげに垣間見た夢の中の人物は彼に似ていて。
契約したサーヴァントの記憶が夢を通じて流れ込んでくることがあるというのは、聖杯戦争の知識として知っていた。だけど鮮烈に残るその夢が本当にライダーの記憶なのかは分からない。
真偽は分からない。けれど、夢に見たそれを、光は尊いものだと強く感じた。
「いけない、もう起きないと……」
ともかく起きなければと、揺れる視界に微睡みながら、光はベッドを抜け出る。時計の針は予想以上に進んでいて、考えにふけることを許してはくれない。
起き抜けで重い体を無理やり押し進め、洗面台へと足を運ぶ。洗顔、歯磨き、ブラッシング、全部OK。冷水を顔に浴びれば曇っていた視界が綺麗に晴れ、鈍った思考も鋭さを取り戻す。
「……よしっ、今日も頑張っていくぞ!」
ピシャリと頬を一叩き、それで気持ちは切り替わる。
寝ぼけた少女から正義の味方へと、姿は変わらずとも光は変身を遂げるのだ。
力強い足取りでそのままリビングへと向かう。聖杯戦争において光に与えられた家は一人暮らしをするには少々大きく、自分には少々不釣り合いなのではなどという思いがよぎったことが印象深い。
廊下を歩くこと少し。照明の明かりが漏れる扉を開く。
「おはようライダー! ごめん、ちょっと寝過ごしたみたいだ」
「構わん。子供は多く寝るものだ」
そこには、相変わらず不遜な表情をした彼がいて。
椅子に腰かけながら、呑気に新聞紙を広げていた。
-
◇ ◇ ◇
彼―――ニコラ・テスラには謎が多い。
自分のことを英国紳士とか、碩学(科学者のようなものらしい)とか、万民を救う者(黄金の女神に誓ったらしい)とか、まあそういう風に語ってはいたけれど。嘘とまでは言わないが、どうにもそれだけではないように感じるのだ。
以前、何か隠してるんじゃないか、と問うてみたことがある。
そうしたら、彼は何も言わずむすっとだんまりを決め込んで。むう、と顔を近づけてみたらそっぽを向かれた。
なおも詰め寄ろうとしたら、淑女がはしたない真似をするなと窘められてしまった。
―――絶対に何か隠してる。
そう確信した瞬間である。
また、モラトリアム期間を利用してネットで彼のことを調べてみたことがあった。意外なことにあっさりとヒットして、簡単に彼の半生を知ることができた。
ニコラ・テスラ、20世紀前後にその名を馳せた電気技師。ラジオや蛍光灯を発明したとか、無線システムを提唱したとか、あの有名なエジソンと仲が悪かったとか、功績は枚挙に暇がなくて。確かに彼は、人類史に名を残すに足る偉人なのだと分かる。
ただ、そこに書かれてあったのはあくまで”発明家”としてのニコラ・テスラであって。それは今ここにいる彼のような、雷を纏って戦う超人的な人物とは到底思えなかった。
と、そこまで考えて。
「なるほどな。”史実”の私はこのように伝えられているのか」
いつの間にか後ろから覗き込んでいた彼がそんなことを呟いていた。突然のことにびっくりして、そそくさと立ち去る彼に声をかけることはできなかった。
だけど一つだけ、何より気になることは。
大百科に乗せられていた古い顔写真が、今ここにいる彼とは似ても似つかないことだった。
◇ ◇ ◇
そして。
そして、今。謎多き彼は目の前のテーブルに座している。
光が眠りに入っていた間も、彼はずっとここで待機していた。彼が雷電感覚と呼ぶ広域索敵をかけながら、ずっと辺りを探っていたのだ。
結果として何の反応も掴むことはできなかったが、光がそれを疎んじることも、ライダーがその働きを苦に思うこともなかった。
-
「さて、遂に聖杯戦争が始まったわけだが」
広げた新聞を捲りながら、胡乱げな調子でライダーは呟く。
そう言う彼の前のテーブルには、大量の料理が並べられていた。寿司、蕎麦、お膳に色々。見事なまでに和食で統一されたそれらは、全て出前で注文した品である。
本来サーヴァントに食事は必要ない。しかし、ライダーに曰く「脳を働かせるのに栄養は必要不可欠」とのことで、毎朝大量の出前を取って口に運ぶ光景は最早日課と化していた。
無論、これほどの量の出前を賄うお金など光は持っていない。会計は全てライダーが支払っていた。方法は知らないが、ライダーはどこからか纏まった金額のお金を手に入れてくるのだ。
自分の前に置かれた料理に光もまた手を伸ばしながら、黙ってライダーの言葉を聞く。
「まず第一に。マスター、学び舎には変わらず通うつもりか?」
「ああ、当たり前だよライダー」
応じる声は素早く、問いかけるライダーに光は即答する。声は穏やかなものだったが、そこから発せられる気配には強いものがあった。
「あそこにはみんながいる。ミサカも、他の人たちも」
言葉に迷いはない。真っ直ぐに、光はライダーの目を見つめ、言う。
「アタシはみんなが大事だ。だから、アタシはみんなを守らなきゃいけないって、そう思う」
「あすこに在るのは人ではないぞ。人格を再現されたNPCに過ぎん。それでも、お前は守りたいと願うか」
「何度も言わせないでくれライダー。アタシはもう迷わないって言っただろ?」
せめてもの強がりにと口角を吊り上げる光に、ライダーもまた不遜な笑みを以て返す。
ともすれば狂気にも映りかねない無駄の極みとも言える方針。しかし、そんな彼女だからこそライダーは召喚に応じたのだ。
-
「それがお前の輝きならば、私が異論を挟む余地はないな。
……実のところ、な。学園に通うというのは一つの手でもある」
そんな光の決意に応えてか、ライダーはそんなことを言った。
え、と驚くのは光だ。断られるとは思っていなかったが、それでも余計なことをライダーに強いていると若干の罪悪感を持っていたのは確かなことで。故に、余計なそれが有効な行動方針だと言われるとは微塵も思っていなかったのだ。
「そうなのかライダー?」
「ああ。まず私たちはこの冬木の街において他のマスターとサーヴァントを探すことから始めなければならないわけだが、しかし手当り次第に探すというのも聊か非効率的だ。
故に、だ。目印となる地点において他の動きを待つというのも選択肢として浮かんでくる。問題はその場所だが……」
言いながら、ライダーは一枚の紙を取り出す。冬木の全体図が描かれた市販の地図。ライダーは既に食べ終わった容器を机から下ろし地図を広げる。そして、いくつかのポイントを指し示した。
「多くの人目につき、地図上においてもすぐに目星をつけられる場所となれば自ずと限られてくる。
まず初めに街の中央を繋ぐ大橋に、深都と深山町のビルディング群。駅や病院といった主要施設。
そして最後に」
「……アタシたちが通ってる学園、か」
その通りだ、とライダーは僅かに笑みを見せながら言う。
「日中多くの者が訪れ、施設として巨大な分外部からも目につきやすい。何よりマスターが赴いても何一つ不自然ではなく、マスター自身も守りたいと願う場所だ。私たちが待ちの姿勢を取るならば、これ以上の場所はないと考えるが」
どうだ? とライダーは目線を送る。
その問いに返すべき言葉など、最初から決まっている。
「それなら話は早い! やろうライダー!」
当然乗る。ここまでお膳立てをされたのだ、乗らねば正義の味方失格だろう。
-
「ふむ。ならば善は急げだ。そら、食事と準備を終えたら出立するぞ」
そう言うとライダーは手に持った碗を下げ、てきぱきと後片付けを始めた。
その姿からは、これから戦いに行こうというのに少しの気負いも感じられなかった。
「どうしたマスター、言いたいことがあるならはっきりするといい」
「いや、やっぱりライダーは凄いって思ってさ」
まじまじと見つめる視線にライダーは訝しげに答える。流石に無遠慮が過ぎたかと、光は慌てて目を逸らした。
視線の理由は単純だ。凄いと、素直にそう思っただけ。殺しあいに動じず、すぐに具体的な案を提示して、何より自分を信じて疑わない。
あの時もそうだった。かつて恐怖で震えていた時も、ライダーはずっと励ましてくれた。
だからこそ光は、ライダーと並んで立てるくらいに立派であろうとして、でも。
「アタシはさ、ライダー。ライダーが何かを隠してるんじゃないかってずっと疑ってた」
顔が俯く。視線が下に下がる。そんな光を、ライダーはただ黙って見つめていた。
「なんで話してくれないんだろうって思ってさ。アタシってそんなに頼りにならないのかなとか、信頼されてないのかなって思って、悔しくって。でも、そうじゃないんだよな」
眩い英雄と肩を並べられるほど自分は凄い人間ではない。そんなことは百も承知で、それでも悔しい思いは抑えきれなかった。
だけどそうじゃない。悔しくても、並び立てなくても、何もできなくても。自分がやれることは確かにあるのだから。
夢で見たかつてのライダーのように、只人の身であろうとも成せることはあるはずだから。
光は俯いていた顔を上げ、毅然とした表情で前を向く。
「アタシはライダーを信じる。何もできないアタシだけど、それでも自分のサーヴァントのことを信じることだけはできるから」
「だから、これから”一緒に”頑張ろう、ライダー!」
一息で言い切って、光は笑顔でライダーに手を差し伸べる。
対するライダーは、やはり常と変らない表情で光を見つめて。
「突然何を言うかと思えば、お前にできることなどないと誰が言った。現にな」
立ち上がり、ライダーは光の頭に手のひらを置く。
ぽんぽん、と。老人が孫を可愛がるように、優しげな手つきで頭を叩いて。
「……充電完了だ。こうして傍にいるだけで、マスターは何より私の役に立っているとも」
見下ろす視線も同様に。誰かを慈しむように双眸が細められていて。
「一緒に頑張る、か。その提案はこちらこそ言うべきものだ。これから”共に戦う”ぞ、マスター」
「―――ああ!」
二人は互いの手を取り、おそらくは初めてになる握手を交わした。
迷いはない。どちらも、己の中にある正義を信じて戦うことを誓ったのだ。
-
◇ ◇ ◇
少しばかり時が経ち。大通りに面したバス停の前に光の姿はあった。
その後ろ姿を、ライダーは霊体化したまま見つめる。
(感づかれるか。敏い子だ)
隠し事をしているのではないかという光の懸念は事実だ。確かにライダーは、マスターたる彼女に告げていないことがある。
黙っていたのは彼女を信用していなかったわけでも、役に立たないからでもない。ただ単に、話すほどのことではないと判断した故のことだ。
(マスターの住む世界と私の生きた世界が違う、か。何の意味もない事実だ)
意味を持たない。ライダーはそう断じる。
それは例えば世界の辿ってきた歴史が違うだとか、自身を始めとした偉人たちの来歴が違うだとか、何よりライダー自身の伝承が違うものになっているだとか。
それらは全て彼にとっては何の意味も成さない。まして、わざわざ人に話して回るようなことではなかった。
ライダーは生前、ある誓いを立てている。それは、碩学としての彼を育てた恩師への返答でもあった。
すなわち―――”この手が届く全て、それが私の守るべき世界である”。
それはここでも変わらない。蒼天の広がる異界の街であろうとも。遥か遠き三世の果てであろうとも。
(変わりはしない。私は、ただ人々を救うのみ)
例え万象が立ち塞がろうと、この手が届く限り。
彼は、遍く輝きを守護するのだから。
【C-9/大通り・バス停の前/一日目 午前】
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]鞄(中身は勉強道具一式)
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
1.聖杯戦争を止めるために動く。
2.学校に向かい、そこで他のマスターの動きを待つ。
[備考]
・C-9にある邸宅に一人暮らし。
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]霊体化、索敵による魔力消費(ほぼ回復)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
1.マスターを守護する。
2.学園に向かい、そこで他のマスターの動きを待つ。道中は時折実体化しエリアを索敵する。サーヴァントが引っ掛かった場合は状況に応じて対処。
[備考]
・一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
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投下を終了します
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投下乙乙
おじいちゃんがらしいなぁ
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投下乙です
なんて清々しい主従だ
性能だけでなく主従仲も安定してるなあ
光ちゃんのまっすぐさとそれを見守るテスラの安心感よ
この聖杯戦争においてもかなりの重要地点になるであろう学園に重点を置くとなると自然、他の組と関わっていきそうで楽しみです
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投下乙です。
天真爛漫な光とそれを見守るテスラの安定感は盤石ですね。
伝えてないことがあろうとも、信頼は揺るぎない。
共に戦うと決意した彼女達の真っ直ぐさは眩しく、目が眩みそうですね。
一緒に頑張る、共に戦おう。二人で一つといった主従よりも相棒という言葉が似合う二人。
闇があろうとも光で祓う頼もしさがにじみ出ていますね。
神条紫杏、アサシン(緋村剣心)、アリー・アル・サーシェスを予約します。
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南条ちゃん当たり鯖引いたな…w
ヒーローおじさんやデモン兄ちゃんは苦戦してるというのに
そしてシアン抜刀斎、サーシェス予約か!
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投下乙です!
ニコラも光もまさにヒーローですね。
この主従には是非とも頑張ってほしいものです!
レプリカ(エレクトロゾルダート)、キャスター(超鈴音)で予約します。
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音無結弦、アサシン(あやめ)、ネギ・スプリングフィールド、ランサー(金木研)、しろがね(加藤鳴海)を予約します
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おお、ゾル鈴音に続いてまたもや予約が!
しかもこの面子、気になりすぎる…
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予約が来てニッコリです。
投下します。
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記憶を取り戻して数日間、神条紫杏の行動パターンに変化はなかった。
狂いはない、計算通りだ。
記憶も、立場も、サーヴァントも。
何もかも、現状は問題なく回っている。
そう、この街が偽りだろうと真実だろうと、紫杏のやることは変わらない。
聖杯を奪取し、来たるべく計画の保険として利用させてもらう。
世界が平和であるように。ただそれだけの為に、この身体はある。
迷いはとっくに消え失せ、この身体は恒久の平和に沈んでいる。
犠牲を払ってでも、世界は救われなくてはならない。
当然、他に呼ばれた主従には譲れない願いを持っているだろうが、此方もそれは同じだ。
他の願いを踏み越えてでも、叶えたい悲願がある。
故に、騙そう、誑かそう、欺こう、偽ろう。
謀略を以って最後まで生き残るのは――紫杏達だ。
「戦が始まったというのに、変わらぬな。ますたあよ」
「そうか? これでも、私は来たる戦いに柄でもなく手が震えているよ」
「戯言だな」
「しかし、傑作だろ?」
温かみのない言葉に乾いた関係。
このぐらいが丁度いいし、気楽だ。
互いの利害が一致しているから手を組んでいるだけとはいえ、今は同じ方向を向いている。
紫杏と剣心が夢見る世界に関係が断絶する程の差異はない。
「軽口はここまでにしよう。今は、俺達はどう動くべきか。それを検討したい」
「どうするも何も、情報収集もなしに動けまい。幸い、私達の立場は恵まれている。
存分に活用して、戦いに役立てよう。全てはそこからだ」
幸か不幸か。紫杏に割り振られた立場は、元の世界と変わらず社長だ。
拘束される時間は長いが、それ相応にリターンもある。
豊富な資金に人脈、人員を動かせるのは短期間なれど、大きなアドバンテージだ。
-
「大人しく引き篭もっていても自然と情報は入ってくるよ。戦いは戦意が盛んな主従が勝手に巻き起こしてくれるだろうさ」
「正面切って戦えない以上、こうするしかない、か」
「屈辱か?」
「まさか。このクラスで呼ばれた時より、覚悟は決めているさ」
非力な女社長とアサシンのサーヴァント。
力押しで勝てる組み合わせでは断じてない。
「ひとまずは、待ちの姿勢を崩さん。この戦いは強い者が勝者ではない。
最後まで生き残った者が勝者だ」
「それよりも――」
「ああ、今は割り振られた役割に従じようか」
奇襲、暗殺、裏切り、協調。
取れる手段があるなら、なんだってしよう。
「了承した。ところで、ますたあよ」
「どうした?」
それが彼女達ができる戦い方だから。
「……この『すーつ』というものは窮屈だな。やはり元の服装が」
「駄目だ、アレは目立つ。それに、私の役職を補佐し雑踏に紛れるにはスーツは最適な服装だ。この戦争中は我慢してもらおうか」
まずは、服装から始めよう。
紫杏達の戦いの始まりは、互いの文化の齟齬を埋めることからだった。
■
-
アリー・アル・サーシェスの向かった先はとある取引先だった。
割り振られた役割は元の世界と同じく民間軍事会社に所属する傭兵である。
そんな物騒な経歴を持つ自分が、何故こんな平和な街にいるのか。
聖杯戦争以前。
記憶を取り戻す以前のことをざっと振り返ると、どうやらいつも通りビジネスらしい。
自分らしいとくつくつと喉を鳴らしながら嗤う。
「初めまして、アリー・アル・サーシェスです。この度は有意義な時間を過ごせることを切に願います、紫杏社長」
「神条紫杏だ。同じく、お互いの利益を尊重し合える関係であることを同じく願おう」
神条紫杏。冬木市の中でも上昇傾向にある会社の女社長。
軽く調べると、若手の美女社長として市内では有名らしい。
確かにサーシェスから見ても、紫杏の容姿は抜群に優れている。
下衆な考えを起こす人物がいてもおかしくはない美しさだ。
これなら世の男はハイエナのように彼女に迫るだろう。
男を選び放題の立場はさぞ気分がいいに違いない。
「では早速ビジネスの話に移ろうか」
「ええ。何でも、俺の力が欲しい、と」
加えて、話す言葉も単純明快、理路整然としていて好ましい。
ぐだぐだとつまらないお世辞だの世間話だの、サーシェスからするとどうでもいい。
焦点として当てられるのは、彼に興味を抱かせるのは其処に愉悦があるかどうかだけだ。
聖杯戦争をするにあたって、大会社の社長の後ろ盾は後先を考えずに戦えるので心強い。
だから、申し出で言えば即答してもいい話ではある。
「正確には、我が社との提携をお願いしたい。まあ、企業としてのし上がっていく過程で、色々と物騒なこともあるのでね。
懐刀がないと落ち着かない性分でね」
「おっかない話ですねぇ。そのような手段に手を染めずとも、貴方ならば真正面から戦えるのでは?」
「ご冗談を。私にはそこまでの器量はありませんよ」
だが、引っかかるのは何故この聡明な女社長がわざわざ傭兵風情と繋がりを持とうとするかだ。
神条紫杏は自分がこれまで出会ってきた女性の中でもトップクラスに切れ者だ。
こんな肉人形で埋まった街で、これ程にキレる人物がいるのだろうか。
もっとも、多種多様な人種が集うであろう聖杯戦争でこの疑問点はナンセンスかもしれない。
しかし、それを抜きにしても、サーシェスから見て彼女の底が全く見えないのだ。
自分の放つ牽制の言葉もさらりと受け流し、にこやかに笑うこの女社長はどうやら相当の曲者らしい。
百戦錬磨、ありとあらゆる戦場を渡り歩いてきたサーシェスの眼光にも全く怯みはしない。
常人ならば震えて冷や汗を流すまでに昇華させたものだが、相手が鈍いのか、それとも自分が鈍ったのか。
どちらにせよ、眼前の女社長は自分が相手取るに相応しいレベルに到達している。
神条紫杏は、女社長としてあまりにもできすぎているのだ。
全く不備が見られないその仕草に、サーシェスの頭はどうも引っかかっている。
-
「そう嘆く人に限って牙を隠しているものですよ」
「経験談ですか?」
「そう取って貰って構いません」
「では、私はその例えに当てはまりませんね。凡才たるこの身では些か物足りないとは思いますが」
皮肉げに笑う彼女の姿に、一瞬でも気圧されたのは――きっと、気のせいだ。
いつまでも、錯覚に囚われていては聖杯戦争に支障をきたす。
戦場はころころと流れが変わっていくのが常だ、切り替えることができない愚図は死んでいくだけだ。
自分は、愚図じゃない。
「ははっ、与太話はここまでにして契約の方はどういたしますか、サーシェスさん?」
「お受けいたしましょう。この卑しい傭兵風情ですが、貴方様の懐刀として十分に活用してもらって構いません」
「では、契約は成立しました」
「貴方の麗しき姿に誓って」
ならば、今は順応していくことだけを念頭に入れておこう。
正直、神条紫杏は肉人形にしては些か切れ者過ぎる。
聖杯戦争のマスターとして、関わっている可能性を否定出来ない。
だが、このように出会う輩全てを疑っていてはキリがない。
あくまで怪しい、と思った程度だ。
先程の少女と同じく、心の片隅で気にかけておけばいいと再度肝に銘じておく。
今はまだ、神経質にならなくても大丈夫だ。
確信が深まった時に動けばいい。。
そんな余裕が、サーシェスにはまだ残されていた。
■
-
「黒だな。アリー・アル・サーシェスは聖杯戦争のマスターだ」
「早計な判断だな。理由を聞いてもいいか」
「勘だな。それに、双眸が濁り切っている。反吐の出る肥溜めの中で嗤うクソッタレだって、一目見てわかった。
生前から来る経験談としても、奴は下衆だよ」
サーシェスが去った後、霊体化から解除した剣心は紫杏のきっぱりとした言葉に珍しく呆気にとられていた。
自分のマスターである紫杏は決断力があり、迷わない。
そんな彼女がきっぱりと断言するのだから、彼は紫杏から見てよっぽどのドス黒い内面を持った人物なのだろう。
「だが、まだ手を出さない。アリー・アル・サーシェスは泳がせておく」
「すぐ暗殺するのではなかったのか? ますたあの口ぶりからしてすぐさまにでも殺せと命じられると思っていたんだが」
「そんなもったいないことはしないさ。ああいう奴は最大限に利用してから殺すに限る。
加えて、サーヴァントが控えていたら返り討ちにあうだけだ。如何せん、私達は正面から戦える主従じゃないからな」
肩をすくめる彼女に対して、剣心は何も言わず溜息をつく。
わかっていたことながら、耳が痛い。
自分達にもっと力があれば、こんな遠回しな戦略など取らずに済んだ。
それはこの貧弱な身体が何よりも証明している。
「彼には暫くの間、他のマスター達を潰し回ってもらおう。アサシン、あいつの後を付けて情報を得ろ。
危なくなったら直ぐに撤退してくれて構わないし、私も危険を感じたらすぐに令呪を使う。いいな?」
「心得た」
故に、紫杏達が重点に置いていることは情報だ。
聖杯戦争を戦うにあたって、彼女達は暗殺をメインに行動する予定である。
その為には、誰がマスターであるかしっかりと目星をつけておかなくてはならない。
だから、戦場の中心点となる彼の後ろで観察させてもらう。
アサシンという諜報に向いたサーヴァントだからこそできるギリギリの綱渡りだ。
ひとまずの行動方針を決め、紫杏は少しの休憩を取ろうと椅子に深々と座る。
剣心が霊体化し、彼の後を追ってからも頭の中からはサーシェスの姿が依然として離れなかった。
サーシェスを見ていると、脳裏に浮かぶ。
最愛の肉親を奪った悪の存在が大手を振って歩いている現実は、今も続いている。
戦の悦楽で血飛沫に狂う。
彼の奥底に秘める漆黒は、自分の父親を奪ったあのテロ組織と通じるものがあるのだろうか。
もし紫杏の予想があたっているとするならば、聖杯というものはよほど神条紫杏の想いを嘲笑いたいらしい。
「苦しみのたうちながら死んでしまえ、なんて言わないさ。私達の目的は勝つことだからな」
世界平和。理想を掲げ、夢を謳う魔王の顔は、未だ解けない。
否、解けてはならないのだ。
【C-8/神条紫杏の会社/1日目・午前】
【神条紫杏@パワプロクンポケット11】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]スーツ姿。
[道具]
[金銭状況]豊富。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る為に、最後まで生き残る。
1.情報収集。
2.サーシェスは泳がせておく。火の粉が此方に振りかかる時は即座に暗殺する。
[備考]
【アサシン(緋村剣心)@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]健康
[装備]スーツ姿
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針: 平和な時代を築く為にも聖杯を取る。
1.サーシェスの追跡。危機が迫ったら迷わず撤退する。
[備考]
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]正装姿
[道具]カバン
[金銭状況]当面は困らない程の現金・クレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:戦争を楽しむ。
1.獲物を探す。
2.カチューシャのガキ(ゆり)の尾行をピロロに任せる。
[備考]
カチューシャの少女(ゆり)の名前は知りません。
現在アサシン(キルバーン&ピロロ)とは別行動中。
銃器など凶器の所持に関しては後続の書き手にお任せします。
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投下終了です。
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投下乙です!
剣心とシアン、いいコンビだ
暗殺を軸に戦術を組み立てないといけない、ここにいるのがるろうにじゃなく抜刀斎なのを再認識させられます
そしてシアン・サーシェスが接触か。奇しくもるろ剣勢の組と立て続けに絡むことになりましたねサーシェスは
少しずつ関係性が組み上がっていくのも実に面白い!
改めて、投下乙でした
-
投下乙です
スーツ姿の頬に十字傷の男…ヤクザだこれ
それはともかくアサシンらしい立ち回り
傭兵を泳がせる辺りも先を見てますね
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投下乙です。
ゆりの尾行をピロロに任せたら、サーシェス自身が抜刀斎に尾行されたでござるの巻。
しかも即決黒認定するなんて……まぁ紫杏の経験的にわかっちゃうからしょうがないですね。
もしかしたら剣心が斎藤一に辿り着く可能性もあって今後が楽しみな繋がりでした。
さて、私も少し興に乗りましたので、【ラカム&ライダー(ガン・フォール)】で予約します。
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予約を延長させていただきます
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すみませんが予約を延長します
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延長までさせていただいた身で非常に恐縮なのですが、日付が変わる内に書き上げることが難しくなっています
一応目処は立っていますので、もしよろしければあと1日待っていただくことはできますか?
もしそれが無理で、他に鈴音とB-6へ向かったゾルを予約したい方がいましたら予約を破棄します
-
私はそれで構いませんよ
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楽しみだ
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諸事情により筆が進まなくなりましたので、予約を破棄します。
申し訳ないです。
-
>>147
許可してくださりありがとうございます
今後はこのようなことがないよう努めさせていただきます
それでは予約分を投下します
-
「すっかり眠り込んでしまたようネ」
鈴音は寝室で眠りについている明日菜を見た。
風呂から上がった明日菜は、今後をどうするか決めることもなくそのまま寝間着に着替えて床に入ってしまった。
明日も学校だ。明日菜は学生だから早寝早起きも重要だろう。
これ以上考えたくないという逃げとも取れ得るが。
「明日菜サンが迷てても私はやれることはやておくヨ」
そう言って鈴音は軍用強化服に包まれた身体で、己の拳を開閉しながら動作チェックを済ませる。
ただ、世界樹による魔力のバックアップを受けられない今、鈴音の宝具である『航空時機』の使用はできず、
長瀬楓や桜咲刹那といった強者を手玉に取った戦法は利用できない。
そのため、現在鈴音が身につけているものはモラトリアム期間中に鈴音が開発した『航空時機』を搭載していない簡易強化服だ。
「ウム、問題ない」
拳を突き出して電撃を放てることを明日菜を起こさぬように確かめてから、
鈴音は宝具『ステルス迷彩付きコート』を羽織って部屋を出た。
そのまま玄関へ向かい、ドアを開く。
これから見回りのために外出するところだった。
強化服とコートを装備したのも敵サーヴァントに遭遇した時のための防護手段である。
「さて、行くとするカ」
彼女がフード越しに見た夜空は少し明るみを取り戻していた。
聖杯戦争の幕が開けてから初めての朝が来る兆しだ。
日付は夏至からそう遠くないからか、夜更かしが日常となっている住人は眠る前に朝を迎える。
見回りと言ってもそれほど遠方へ行くわけではない。
あくまで近くに敵がいないか確かめるだけのことだ。
鈴音はアーチャーでもなければ単独行動もできないため、あまり明日菜から離れられないことは鈴音自身も承知の上だ。
本日0時に行われたルーラーによる通達により、これからは動きをより活発にさせてくる者が多くなるだろう。
ある者は冬木を探索して地理を把握し、ある者は自身のサーヴァントや使い魔に偵察させるかもしれない。
この見回りの目的は、そういった敵を発見し、マスターやそのサーヴァントの正体を知ることにあった。
1人でも多くの敵を知っておけば初見よりも断然対応しやすくなる。
さらに、鈴音には気配遮断機能を備えたコートがある。
敵に察知されて先手を取られることはまずないだろう。
鈴音はたとえ己のマスターが覚悟できていなくとも、勝つための下準備は決して怠らなかった。
出発する前に、鈴音は片手に抱えていた彼女の発明品を起動させて飛ばした。
少しでも広範囲を調べるために鈴音が製作した無人偵察機である。
これでせいぜいB-6内でしか動けない鈴音に代わって別区画を調べることができる。
偵察機が淡い青の空の彼方へ飛び立ったことを確認して、鈴音は地を蹴った。
並々ならぬ身体能力により向かいの民家の屋根へ跳んだ鈴音は、
そのままステルス迷彩をかけて霊体化し、辺りにサーヴァントの気配がないか神経を尖らせた。
◆
-
未明、B-6区画に位置する公園内の路上。
この公園は比較的規模の大きいもので、この道を朝のジョギングの走路に使う者も少なくない。
流石に現時刻では早すぎるので、この道路を使う者はまだ誰もいない。
(…今のところ捕捉できたサーヴァントはいない)
しばらくの間、鈴音はB-6内を回ってみたが、サーヴァントと思しき気配、及び魔力は感じられなかった。
鈴音はほんの少しだけ落胆しながらも、仕方ないネ、と思い直す。
そもそも今回は単に近場を見回るくらいしかしていないし、この狭いエリアに敵がやってくる可能性はむしろ低い。
鈴音が誰とも遭遇しないことは可能性として十分あり得たのだ。
また、長期間離れては消滅にもつながるし、聖杯戦争もまだ序盤だ。成果を得るまで粘る必要性は全くない。
今回は収穫なしと判断し、偵察機はちゃんとサーヴァントの姿を捉えているかを思いながら、鈴音は明日菜の家へ帰ろうと踵を返した。
が―――
「……!?」
突如、まだ薄暗い道の奥から、魔力―――サーヴァントの気配が鈴音の肌をなぞった。
それも近い。本来、鈴音はそれなりに遠くにいても相手の気配を感じることはできるのだが、ここまで寄らなければ察知できないのは予想外だ。
気配遮断を持つアサシンが来たのかと考えを巡らせながら、鈴音はステルス迷彩を維持しながら実体化し、道路の脇から相手を窺う。
幸い、向こうはこちらに気づいていないようだ。
「敵は今のところいないな」
黒い軍服を着た男が実体化し、独り言ちた。
その首には『10』の形をしたペンダントがかけられている。
「ここ一帯は全て回ったが気配はなかった」
「この区画で俺たちの他にサーヴァントはいないのかもしれん」
それに続いてさらに2人、同じ装備に同じ顔をしたサーヴァントが霊体を実体に変える。
異なっている点といえば、それぞれが『11』『12』を象ったペンダントをつけていることくらいか。
(……3人!?)
同時に3体のサーヴァントを目にした鈴音は大層驚いた。
1体いるかいないかと踏んでいたサーヴァントがまさか3体同時に現れるとは、願ってもないことだ。
だが、彼らは同じ顔であり尚且つ同じ服装をしていることが引っかかる。
基本は1人のマスターには1体のサーヴァントしかいない。
3組の主従が同盟を組んでいる可能性もあるが、この数日のモラトリアム期間だけで互いの正体を看破して協力し合うなどできるとは到底思えない。
ならば、ある程度はこのサーヴァントの正体を推測できる。
-
(……なるほどネ)
科学技術に精通している鈴音はすぐに合点がいった。
(これらは、所謂クローンみたいな量産型ネ)
同じ外見的特徴を持ち、複数召喚できていることから、元々は量産されていた存在だったのだろう。
首にぶら下げているペンダントも、同じ顔であることを面倒に思った彼らのマスターが個体識別のために与えたとしたら辻褄が合う。
彼らが本当に生物学的なクローンなのか、それとも絡繰茶々丸のようなロボットを量産したものなのかは鈴音の知るところではない。
だが、宝具か何かで量産されていることは確かだ。
(こんなときに明日菜サンがいればもっと詳しいこともわかるんだが…)
サーヴァントはマスターとは違い、敵のステータスを見ることができない。
いずれ戦うことになる相手に出会った以上、得ることができる情報はできるだけ集めておきたいのだが、ないものをねだっても仕方がない。
一応、彼らから感じとれる魔力は通常のサーヴァントよりもかなり小さいことと、量産型という特性上、並のサーヴァントよりは弱いことはわかる。
魔力が薄いことである程度接近しないと気配を感知できないのは厄介だが。
(さて、どうしたものか…)
このまま帰るか敢えて前に出て小手調べをするか。
最低限の武装をした鈴音1人に対し、弱いとはいえ詳しいステータス・スキル・宝具がわからない量産型サーヴァント3人。
後者の択を選ぶことは些か無謀――――
「アーイ!」
鈴音が考えを巡らしていると、突如量産型のサーヴァント――エレクトロゾルダートの1人が声を上げた。
「ムッ……!」
鈴音はそれに反応して咄嗟に飛び退く。
すると先ほどまで鈴音がいた場所に高圧の電撃が紫に輝く弾となって飛来した。
それが着弾した地点には黒く焼け焦げた跡が残っていた。
「敵か!?」
「ああ……電光機関から流れた電流が1点に向かっていた。まさかとは思ったが」
電光機関。無尽蔵に電気を生み出すアガルタの超科学技術の遺産。
実体化した際に、エレクトロゾルダート10号は万が一のことを考慮して電光機関の出力を上げたことが鈴音の発見につながった。
当初はステルス迷彩による気配遮断のせいで察知することはできなかったが、
電光機関の出力を上げた際、バチリと体表面を流れるはずの電流があらぬ方向へ一直線へと流れていったのだ。
何か電流を引き寄せやすいもの…あるいは敵が潜んでいるのではないか。
そんな思考が元で、その方向へ電光弾――ブリッツクーゲルを放ったのである。
10号の予測は実際に当たっており、鈴音は電光被服と同じ電撃を放てる軍用強化服を身に着けていたため、電光機関から流れる電気を図らずも引き寄せてしまったのだ。
「考え事していたとはいえステルス迷彩を破るとは…少し侮ていたヨ」
……これは後者の択を選ばざるを得ナイ。
そう思いながら鈴音は己の頭を覆っていたフードを外し、ゾルダート達と対峙する。
◆
-
「貴様…何者だ」
体勢を立て直して自分達の前に立つ東洋人のサーヴァントを3人の電光兵士は睨みつける。
「どうも、初めまして。キャスターデス」
平然とした様子で鈴音は両手の平を合わせ、お辞儀をした。
中国のそれとは違う、日本の様式に合わせた挨拶だ。
その顔は笑みを浮かべており、どこか相手を小馬鹿にしている印象を拭えない。
「次はそっちの番ネ。挨拶を返さないのはスゴイシツレイヨ?」
「ふざけるな!」
おちゃらけた様子を崩さない鈴音に対し、11号は怒鳴った。
自らの主君には忠実なゾルダートだが、敵や部外者に対しては高圧で攻撃的な態度を取る。
鈴音は彼らの敵意に満ちた視線に臆することはなく、飄々とした様子だ。
「郷に入ては郷に従えと言う。聖杯からそれなりの知識を与えられてるんだからお前達も従てみてはどうカ?」
「死にたいのか、野蛮な劣等種め……!」
12号が沸々と湧き上がる怒りを電光機関の出力に変え、臨戦態勢を取る。
彼らの電光機関がいつでも戦闘できることを示すように、周囲に電流が流れた。
「その野蛮な劣等種より礼儀がなってない優良種なんて冗談でも笑えないヨ?あと、これでもイギリス人の血を引いてるネ」
「フン……俺達は『レプリカ』だ」
鈴音の挑発に乗り、12号は簡単な自己紹介を済ませる。
するとその直後、3人のゾルダートが一斉に動き出した。
これ以上鈴音の茶番に付き合っていられないのだろう。
「情ケ無用ということカ」
だが、茶番としか思えない挨拶で相手のクラス名を聞けたのは自らがキャスターだと知られたことを差し引いてもなお大きい。
この同じ顔をした3人のサーヴァントの属するクラスは、レプリカ。
その名から、彼らの正体はオリジナルを複製したクローンであることがわかる。
(それにしても、『劣等種』カ…)
クローンが鈴音に向かって吐いた台詞。
このクローン達は顔立ちからして西洋の白人がオリジナルだろう。
白人の使う「野蛮な劣等種」という言葉は、人種差別がまかり通っていた、第二次世界大戦終戦前の帝国主義時代を彷彿とさせる。
まるで自分達は文明の中に生きる者で優れていると根拠もなく信じているかのようだ。
戦争やそれによる憎悪の連鎖を嫌う鈴音はそれを不愉快に感じていた。
(レプリカサンにはちょっと痛い目に遭ってもらおうかネ)
鈴音も簡易強化服からいつでも電撃が出せるようにして応戦の構えを取った。
「フン!」
鈴音に肉薄した10号から、電光被服によって強化された肉体によるローリングソバットが繰り出される。
それを鈴音はバク転しながら大きく跳び退き、これを避ける。
そこに先ほど発射された電光弾が鈴音に迫っていた。10号が仕掛けると同時に11号がブリッツクーゲルを牽制射撃として発射していたのである。
-
「ムムッ!」
咄嗟に右へ大きくジャンプしこれを回避すると、着地点になるであろう場所に12号が待ち構えていた。
「イィーヤッ!」
12号はしてやったりと笑みを浮かべながら体をくねらせて大きく飛び上がり、側転の要領で蹴り上げて迎撃せんとする。
一般的なものとは異なる、横に回るサマーソルト――フラクトリットだ。
「何の!イヤーッ!」
「ナインッ!」
12号の表情が驚愕に変わる。
鈴音を見事撃墜するかと思われた12号の蹴りは、円弧を描くようにして振り下ろされた鈴音の脚に撃墜された。
遠心力の助力を得て繰り出された蹴りは12号の想像以上に高威力で、逆に撃墜されてそのまま地面に叩きつけられる。
本来、鈴音と電光被服で強化されたゾルダートは筋力と耐久が同等で、身体能力に関してはほぼ互角なのだが、
鈴音は簡易強化服による強化と持ち前の敏捷、そして中国拳法の技量でゾルダートに差をつけていた。
「まだ終わらぬヨ!」
鈴音が上空へ拳を突き出して電撃を打ち、下方への推進力を得てジャンプの軌道を変え、12号へ追撃を加えんと、勢いに任せて脚を振り下ろす。
「12号!」
12号の前へ10号が割り込み、鈴音の蹴りに備える。
鈴音の蹴りは引っ込むことなく10号の身体へ向かった。
しかし、12号を庇った10号に炸裂するでろう蹴りに手ごたえは感じられなかった。
それどころか10号はまったくダメージを受けていない。
鈴音の目には、10号の前に電気でできたシールドのようなものが張られているように見えた。
(…魔法障壁?)
鈴音の世界における魔法使いは魔法障壁による防御魔法を用いていたが、それをこのサーヴァントは使えるのだろうか。
ところが、ソルダート10号の張ったシールドは防御するだけのものではなかった。
「イィーヤッ!」
「くっ…!?」
蹴りをシールドで受け止めたゾルダートは鈴音の蹴りの勢いを押し返すように膝蹴りを鈴音へ喰らわせた。
膝蹴りの衝撃で少し浮いた鈴音の腹に10号の蹴りが追撃として入り、間合いを取られた。
鈴音はすぐさま受け身をとり、体勢を立て直す。
「…やるネ、レプリカサン」
攻性防禦。鈴音の知らない、ゾルダートの生きていた世界に存在した攻守一体の構え。
使い手によって細部は異なるが、敵の攻撃を受け止め、その力を逆に利用して反撃するというものだ。
ゾルダートの場合は、電光機関により電気のシールドを張り、それで攻撃を受け止めた際に発生した電気を肉体の瞬発力強化に回して反撃するという手法を取っていた。
-
「我等の攻性防禦の前では貴様の攻撃は効かん」
「その攻性防禦というものはなかなか使えそうだヨ。私の強化服にもその機構を取り入れてみようかネ。…次はこっちの番だヨ」
鈴音が言い終わった瞬間、10号の前に目にもとまらぬスピードで鈴音が肉薄する。
敏捷でゾルダートに数段勝っている鈴音に10号の目が追いつかず、焦りの色を顔に浮かべながら咄嗟に攻性防禦の構えをとる。
鈴音の拳が10号の目前に迫るが、シールドによってそれは受け止められた。
「効かないと言っている!」
無事、鈴音の攻撃を止めた10号はすぐに反撃を鈴音の身体に入れようとする。
それは再び鈴音の体を捉えると、10号は信じて疑わなかった。
「…それはどうかナ?」
「イィ……!?」
鈴音の拳を受け止めた10号の顔に再び焦りが出る。
しかし、その焦りを浮かべた顔は、すぐに鈴音の視界からなくなった。
鈴音の強化服による電撃を纏った、もう片方の拳が10号の身体に入り、数十メートル先に吹き飛ばされていたからだ。
この一撃は、魔法拳士として十分な技量を得たネギ・スプリングフィールドを一撃で戦闘不能にする威力を持つ。
「攻性防禦はスデに見切た。反撃される前に攻撃を加えれば全て無意味ヨ」
最初の一撃はフェイクだ。鈴音は10号に反撃を受けた際、反撃が出る前にに小さな隙が生じることを見抜いていた。
敢えて攻性防禦で受け止めさせることにより、その隙に本命の攻撃を入れることができる。
「貴様…!」
傍らで体勢を立て直した12号が憎悪の籠った目で鈴音を睨んでいた。
「フム…素早さ以外の身体能力はキャスターである生身の私と同じくらいみたいだネ。そこは量産型故の脆弱性があるといったところカ」
「アーイ!」
12号が鈴音へ出せるだけのスピードを出して突進し、膝を突きだす。
当たれば鈴音とて先ほどの10号と大差ないくらいに弾き飛ばされるほど力の籠った一撃であったが、あまりに力任せであったために避けるのが容易だ。
「これに耐えられるカ!」
鈴音はがら空きになった12号の背中に手を当て、直接電撃を流しこんだ。
一度に大量の電気が流れたからかそこから熱が上がって小さな爆発が起こり、12号は感電してビクビクと体を震わせた後、爆発に吹き飛ばされてうつ伏せに倒れた。
-
「これで二人…」
「アーイ!」
「あと一人いたネ」
鈴音の背後から打ち出されたブリッツクーゲルを電撃で相殺し、11号と向かい合う。
両者は互いへ同時に走り出し、11号は鈴音の顔面に向かってアッパーを、鈴音も11号の顔面へ蹴りを放ったが、手首と足首が交差して打ち合い、どちらの攻撃も相殺された。
続いて、鈴音は牽制として裏拳を11号に繰り出すが、難なくガードされ、
それのお返しとばかりに11号の右手が鈴音の鳩尾に向かうが、鈴音は素早くバックステップで回避し、間合いを取った。
しかし、11号は素早い動きで鈴音に距離を詰め、コートの襟首部分を掴まんとした。
それを鈴音はすぐに察知し、片手で払いのけ、低い姿勢から11号を蹴りで貫こうとする。
11号は咄嗟に攻性防禦により蹴りを受けとめ、反撃を食らわそうとした。
――ここが勝負の分かれ目となった。
「言たハズヨ。見切たト」
反撃を入れようと脚を突きだした11号の胸に蹴りが入る。
1発、2発、3発、4発――――
鈍い痛みの中、何発受けたかわからなくなった頃に鈴音の拳をモロに食らい、11号は膝を突いた。
「き、貴様…!」
中国拳法には、古菲の形意拳やネギの八極拳、魏の心意六合拳、マリリン・スーの劈掛拳などがあるが、
鈴音の使う拳法は北派少林拳。移動や跳躍や蹴りの多い中国武術の一つだ。
先ほどの攻性防禦で対応のできなかった連続蹴りは、鈴音の得意分野の一つであった。
このまま押し切れそうだったが、鈴音にはそうもいっていられない事情がある。
(魔力の消耗が早い…明日菜サンの近くにいないからカ)
ゾルダート達と交戦してから、しばらく経つ。
現状は鈴音が有利だが、長期戦になると魔力の関係で不利になるであろう。
「…まだだ!」
「ぐ……!」
「殺すつもりはなかたとはいえ、まだ戦えるカ」
11号の背後へと駆けてくる10号と12号の姿が見える。
やはり、ここは退くべきであろう。
二度目になるが、成果を得るまで粘る必要性は全くないのだ。
優位性を保っている内に戦線から離脱しよう。
「残念だけど、今日はここまでネ。…また会おう、旧世界の人類…旧人類ヨ」
鈴音はフードを再び被り、ゾルダート達の肩が揺れている間に霊体化してこの場を去った。
「待て!」
「いや、ここは俺たちも引くべきだ!魔力が持たん」
追おうとする10号に対し、12号が制する。
単独行動をしており、電光機関は魔力を電力に変換するという性質上、鈴音との交戦でゾルダートが消費した魔力は決して少なくない。
さらに鈴音はステルス迷彩をかけたのか、先ほどまで感じていた気配が消えている。
「ミサカの所へ戻るぞ。ここであったことを報告せねば」
11号が言ったことに2人は頷き、ゾルダート達も己のマスターの元へ引き返すのであった。
【B―6/大きな公園/1日目・深夜】
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]霊体、ダメージ(小)、魔力消費(大)
[装備]簡易軍用強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]今は外出中だから特にないヨ
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える
1.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
2.それまでは防衛が中心になるが、出来ることは何でもしておく
3.明日菜の元へ戻る
4.強化服にレプリカの使う攻性防禦と同じ機能を搭載してみるのもいいかもしれない
5.帝国主義は不愉快
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](10号〜12号)、ダメージ(中)、魔力消費(大)、無我、スリーマンセル、単独行動
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元へ帰還する
3.キャスター(超鈴音)のことをミサカに報告する
[備考]
キャスター(超鈴音)と交戦しました
-
以上で投下を終了します
期限超過から1日待ってくださり、本当にありがとうございました
また、攻性防禦の描写はPerfect World Battle Royaleでの記述を参考にさせていただきました
この場を以て感謝申し上げます
-
投下乙です!
おおー、鈴音の視点からの実に面白い偵察と交戦!
方針や狙いをはっきりさせながら、最初の接触と戦いの流れを非常に説得力のある感じに描いてると感じました!
エクストラクラスであるゾルダートの特徴的な戦いもしっかり描写してて面白い。キャスターの身体能力を基準にしたり魔力運用を絡めることで上手く拮抗してるなぁ
あと、何気に鈴音がアカツキっぽい台詞を入れながら戦ってるのにもニヤリとさせられました!
-
投下乙です。
初の本格的な戦闘回、楽しませていただきました。ゾルの能力や中国拳法の特徴をよく捉えていて、上手いこと描写してるなぁとしみじみ
そして互いの思想の違いが浮き彫りになりましたね。確かに大国による世界の一極支配を嫌う超と帝国主義は相性が悪いw
戦力と思想の双方を巧く対比させた話でした。
そして予約していた分を投下させていただきます。
-
「ウチの妹がすみません!」
そんな声がコンビニに響いた。ちょうど6時を回った頃の、早朝の出来事だった。
通勤前に立ち寄ったコンビニ、その店内。気になって見遣れば中学生くらいの女の子が棚から商品を落としたようで、高校生くらいの少年―――言葉からすると少女の兄か―――が店員に謝っているようだった。
そんなことで大袈裟だなと思うもそれは店員も同じようで、バイトで入っているらしき若い店員の顔に浮かんでいるのは怒りではなく困惑の苦笑いだ。
「あの……失礼しました!」
「いや、別に構いませんよ。次からは気を付けてくださいね」
これまた大袈裟に頭を下げる少女に、同じく謝り倒す兄の姿。そんなことをすれば【不必要に目立つ】だろうに、不器用というか世渡りが下手というか、そんな感想を男は抱いた。
客は自分と彼ら二人を除いて四人ほどか、程度の差はあれ全員が二人のことを注目していた。自分のことではないにも関わらず、どうにも居心地の悪さを感じてしまう。
「……まあいいか」
ひとまずの興味を失くし、男は雑誌コーナーに並べられた週刊誌を手に取る。誌名は見ていない、どの雑誌を取ろうがどうせ内容は似たようななのだから。
パラパラと適当にページを捲っていると、目の前を件の兄妹が通り過ぎて行った。鞄と制服から察するにもう登校するのだろうか。学生も大変だなと他人事に思いながら、再び視線を雑誌へと移す。
開かれたページには、ここ数日の連続失踪事件が大きく報道されていた。
「どうにも物騒だね、最近は」
思わず声に出てしまうのも仕方がないだろう。ここ数日だけで既に数十人以上の人間が原因不明の失踪を遂げている。性別、年齢、職業、一切関連性なし。あまりにもバラバラすぎて警察でも捜査が行き詰っているとか。
他にも首をナイフで刺された男の死体が挙がってみたり、何かが爆発したような破壊痕が見つかったり、平和な冬木とは思えないほどに物騒な事件が連続している。
「世も末ってことなのかね」
似合わない厭世を気取りながら、なおも男は気だるげにページを捲るのだった。
◇ ◇ ◇
-
「さっきはごめんな、あやめ」
「いえ……」
コンビニから歩いて少し、音無とあやめはそんな会話を交わしていた。
言葉尻から感じる謝意は本物であるが、その原因となった出来事に対してはどこまでも無機質な感情しか抱いてないような印象を受ける。少なくとも、彼らには先ほどまでの動転した様子など微塵も感じられない。
「だけど、これでいくらか【紹介】することはできた。暫くは安心だな」
【紹介】―――それはすなわち、音無がこの世界に留まるための最低限の工程だ。だがその最低限でさえ、いざやってみれば中々に苦労するものだった。
あやめを紹介するにあたって最も適した人材(生贄)は音無自身の知り合いだ。コンタクトを取るのは容易く、あやめを妹なり従妹なりと紹介するにしても不自然にはならない。だが知り合いにばかり【紹介】し続けてはすぐに人材は枯渇するし、疑いの目はすぐさま音無自身へと向けられてしまう。
だからこそ音無が選んだのは不特定多数の見知らぬNPCへの紹介だった。幸いなことに面と向かって自己紹介しなくともあやめの存在を周囲に示すだけで紹介は成立するらしく、先ほどのような失態なりを演じて注目を集めれば周囲にあやめを紹介したことになるのだ。
無論、これが他のマスターに捕捉される危険性に富んだ行為であることは自覚しているが、しかし。
(まさか生徒会の面子にいきなり【紹介】するわけにもいかないしな。当面は騙し騙しで行くしかないか)
そういった理由もあって、まだ学校関係者には一切手を出していない。序盤は少しでも音無に嫌疑の目が向くようなことは避けて、最低限のラインを綱渡りのように歩いていくのが最善策だと理解している。
……タイムリミットである七日目が近づけばその限りではないのだが。
通行人の少ない通りを音無は歩く。徐々に日が昇り、しかし多くの人々は未だ眠っているような、そんな時間。生徒会長としての責務を果たすため、普通の学生ならば起きてもいないような現在、音無は学校を目指していた。
面倒な役職であるが、しかし音無は聖杯戦争におけるメリットを度外視しても、この生徒会長という立場を好いていた。SSSの訓練のおかげで体力だけは有り余っているし、何より周りには偽物とはいえ死後の世界を共に過ごした友人たちがいる。少々情けなくはあるかもしれないが、この日常も悪くはないと、音無はそう思っていた。
(と、もうすぐ学校だな)
思考に没頭していた頭に、遠目から見える学校の姿が飛び込んでくる。
音無にとって学校とは特別な場所だ。友人たちがいて、こなすべき仕事があって、当然思い入れもある。しかしそれ以上に、学校は音無にとって最大の戦場でもあった。
刃も銃弾も飛び交わない、体を張って誰かと戦うこともない。けれど、人を使い、人を探り、他者を殺すための砦。それが音無にとっての学校だ。
戦場に向かうと思えば自然と身が引き締まる。背後にあやめがいることを気配だけで確認し、歩みの速度を上げようとした、その時。
「―――音無さん、おはようございます!」
自分を呼ぶ声が、背後から聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
-
そこには何もなかった。
暗く空虚な部屋、まず第一に物がなかった。家具も、食器も、小物の類もそこにはない。精々が部屋の中心にぽつんと置かれた小さな机と、その上に乗っている学校関係の書類程度だ。
生活感というものがごっそりと削げ落ちていた。彼にとってその部屋はただ眠るだけの場所であり、そこで人間らしい生活を行う気など更々ないとでも言うかのように。
―――自分のあるべき場所はここではない。
冗談ではなく本気の思いだ。故に、そこには墓場のような静寂だけが満ちていた。
ベッドの上で何かが動く。布団もシーツも敷かれていないベッドに横たわっていたのは、小さな少年だった。
10歳程度の利発そうな少年。その印象を裏切らず彼は弱冠10歳にして中学校の教師を任せられるほどの秀才だ。そしてそれだけでなく、彼は魔術師でもあった。
少年が動く。ぱっちりと目を開け、緩慢な動きで洗面台へと向かう。まるで幽鬼の如き様相で、その顔からは一切の表情が抜け落ちていた。
顔を洗う。視界にかかる靄が晴れ、ぼやけていた景色が鮮明に瞳に飛び込んでくる。映るのは、相変わらずの暗い部屋だけだったが。
少年―――ネギ・スプリングフィールドの心は、正しくこの場所にはなかった。
あるのはただの憧憬。既に過ぎ去った過去と、今ここにある幻のみ。かつて掴めなかったものを幻視して、叶うはずだった光景を夢想するのみ。
端的に言うならば―――ネギは学校生活というものに完全に依存していた。
彼の願いは死者の復活だ。彼の受け持つクラスの生徒であり、最も頼れるパートナーであり、そして恐らくは、最も大事だった人との再会。
彼女のいない景色は色褪せ、元の日常は決して戻らない。だからこそ彼は奇跡を求め、聖杯に縋るまでに追い詰められて、この偽りが支配する虚構の街にまでやってきた。
そこで目の当りにしたのは、かつてと同じ日常であった。
誰も死なず、誰も失わず、誰も彼もが笑い合う情景。それは、ネギが心底に願い焦がれたもので―――
「……行ってきます」
買い置きのパンを乱雑に口に押し込み、最低限の身支度を整え、スーツに袖を通せばあとは用済みとでも言うように外へ出る。
事実、もうここに用はない。自分のいるべきはかつての3-Aだけ。あとのことは、知ったことではない。
"おはようマスター。昨日はちゃんと眠れたかな"
ランサーから念話が入る。彼には周辺の警護を任せてあったのだが、穏やかな口調から察するにどうやら杞憂だったようだ。
"大丈夫ですよランサーさん。倒れてしまわないくらいに休むことはできましたから"
"それは良かった……けど、食事はきちんと摂ったほうがいい。また雑に終わらせたでしょ"
ここ数日繰り返されてきた問答。食事の重要性など言われるまでもなく承知しているが、仕方ないだろうと思う。なにせ、どれほど頑張っても少量しか喉を通らないのだから。
"それも倒れないくらいには摂ってますよ。それよりランサーさん、引き続き索敵をお願いします"
"……分かったよ。何かあったら連絡するから、道中は気を付けてね"
"ええ。ランサーさんもお気を付けて"
それだけで念話は終わった。何もランサーのことを疎んじているわけではない。ここ数日の間に様々なことを話し合い、それなりに信頼関係は築き上げたと自負している。しかしそれだけだ。あくまで関係はビジネスライクに、余計な情を挟まないようにしている。
……情を抱けば、ランサーのことまで抱え込んでしまいそうだから。
「……あ、そうでした」
そこでネギは、はたと止まった。そういえば気持ちを入れ替えていなかった。陰鬱な表情は3-Aには似合わない。ネギは無理やりに顔をこね回し、固まっていた表情筋を解きほぐす。
離された掌から現れたのは、先ほどまでの濁りきった表情ではなく、快活な笑顔を浮かべる少年だった。別に無理をしているわけではない。学校生活のことを思えばいくらでも笑顔は湧いてくる。
それが例え、偽りのものだったとしても。
-
「……あれ?」
取りとめのない思考に浸っていると、前方に人影が見えた。ネギの勤務する学校の制服を着こんだそれは、ネギはおろか彼のクラスの生徒よりもなお大きい。
背丈からして高等部の生徒だ。そして、ネギはその人物に見覚えがあった。
「―――音無さん、おはようございます!」
だから、その背中に向かって大声であいさつをした。あいさつは朝の基本だ。教師として、ネギは朝のあいさつを決して怠らない。
驚いたように振り返る彼は、しかし一瞬の後に破顔する。そして歩き来るネギを待つと、彼もまたあいさつを返した。
「おはようございますネギ先生。俺のことをご存じなんですね」
「はい、高等部とはいえ生徒会長さんですから。そういう音無さんも僕のことを知ってるんですね」
彼の名前は音無結弦。ネギの通う学校の高等部で生徒会長の役職に着いている生徒だ。ネギは中等部の教師だが、流石に顔と名前は知っている。
そういうわけで自分は彼のことを知っているが、彼のほうも自分のことを知っているとは思わなかった。ネギの質問を受けた音無は、少しだけ困ったような笑みを見せると控えめに答えを返す。
「いえ、子供先生の噂は有名ですからね。嫌でも知ってるというか……」
「あー! 子供扱いしないでくださいよ、これでも僕は先生なんですから」
ぶんぶんと大袈裟なくらいに腕を振り回しながら抗議するネギに、すいませんと笑う音無。朗らかな、他愛もない雑談。二人はこの時が初対面であったが、どうにも馬が合うようで話は大いに弾んだ。
ネギはクラスの、音無は生徒会の苦労をぼやき合い、二人揃って笑いあう。それはどこにでもあるような、ありふれた朝の風景だった。
「そういえばネギ先生、身近で困ったことや変わったことってありませんか?」
ふと、そんな質問が飛んできた。
ネギはそれについて特に疑問を持たず、うーんと首を捻り答える。
「僕の周りだと特にないですね。でもなんでそんなことを?」
「あー、えっと、これでも生徒会長ですからね、俺は。一応みんなの悩みとかは聞かなくちゃいけない立場ですし。
それに、最近嫌な事件が多いですから」
その答えに、ネギは真面目な人なんだなーという感想を抱いた。いいんちょさんのように勤勉で、それでいてアスナさんのような親しみやすさも感じる。生徒会長という役職を任されるだけのことはあると、ネギは思って。
「確かに最近は危ないことがよく起きますね。なんだか心配です」
「俺も同感です。なので生徒会でも注意を呼びかけたほうがいいって、風紀委員長に提案されまして」
暫く会話を続けていると、遠目に見えていた学校にも大分近づいていた。
到着ですね、という音無の声を聴いた、その時。
"―――マスター、敵襲を受けた!"
念話から、切羽詰ったようなランサーの声が届けられた。
◇ ◇ ◇
-
―――下手な道化は朝靄に踊り狂う。
しろがね―――加藤鳴海はサーヴァントを求め彷徨う。
戦争の開始を告げる声が響くよりも前から、彼は偽りの街を駆けていた。
願いに泣く少女のために彼は己の拳を振るう。マスターは傷つけず、死人であるサーヴァントのみを打ち倒し、少女の手に失われた願いを握らせるために。
だからこそ、休んでいる暇など彼にありはしない。敵を探し、見つけ、殺す。七日という限られた時間の中で行うには酷く過酷な道程であるが故に。安息を望むことは決して許されない。
しかし。
「……」
しかし、彼は今、何をするでもなく一か所を見つめていた。朝の静けさに満ちたその場所は、学校。
小中高一貫のマンモス高、そこは彼のマスターたる本田未央が本来通うべき場所だ。
倒すべきサーヴァントを探していた最中、ふと目についたのがここだ。きっかけとしては本当にそれだけで、すぐに探索を再開するつもりだったのだが。それでも思うところがあってここにいる。
「どうすりゃいいんだろうな、俺は」
本田未央がここに来ることはない。
彼女はモラトリアムを含め、既に何日も無断欠席を繰り返している。殻に閉じこもり、笑顔は曇り、心は荒み、友人の来訪さえ遮って。現実を、聖杯戦争を無視するかのように。
そんな彼女にしてやれたことが、果たして鳴海にはあっただろうか。道化のように笑い、心配ないと励まし、全ての泥は自分が被ると胸を叩いて。
そんなものが、一体何になるというのか。
嫌なことにワケなど必要ない。クソッタレで悪趣味な殺し合いになぞ、血も見たことのない彼女が進んで関わるほうがおかしい。けれど、それでも彼女には笑顔でいてほしいと切に願っている。
しかし、自分にできたことは、何もない。
『こんにちは。ナルミ』
……視界の端で道化師が踊っている。
普段は努めて無視するようにしている。この幻は、無様な道化(お前)には何もできないと囁いてくるから。
「……黙れ」
意味のない返答を口にする。道化師の幻は嘲笑を浮かべたままだ。
うるさい黙れ。今度は口には出さず心の中で吐き捨てる。嘲笑うだけで何もしてこない幻など、構うだけ無駄だと理解している。
「……日が出てきたな。もう戻らねえといけねえか」
強さを増す日の光を浴び、呟く。既に日は昇り、朝の静けさは起き出した人々の喧騒にかき消される頃合いだ。NPCたちの姿もちらほらと見え始め、本格的に一日が始まろうとしている。
闘争の時間ではない。仮に今ここで戦うとなれば、少なからぬ人々を巻き込むことになるだろう。
鳴海は霊体化したまま民家の屋根に飛び移り、一直線にマスターの住む家へと向かう。一晩かけた索敵が無駄になったのは痛いが、ここからはマスターの警護を目的に変えるべきだろう。
まだ聖杯戦争は始まったばかりだ。焦っても結果は出ないことを、鳴海はよく知っている。
『こんにちは。ナルミ』
今日二度目の呼びかけ。それを聞くのと同時、鳴海の足が止まる。
道化師の幻にではない。鳴海の感覚が、近くにサーヴァントがいると告げている。
気配探知。サーヴァントは、互いの気配を感じ取ることができる故に。
(どこだ、どこにいる……!?)
一瞬だけ霊体化を解き、勢いよく地面を蹴り上げる。
徐々に強まる気配を頼りに、屋根から屋根へと飛び移りながら周囲を血眼になり探す。民家から民家へ、群衆から群衆へ。次々と視線を移し、気配の出所を探る。
『こんにちは。ナルミ』
『繁みの中をよく見てご覧』
―――自然と、その囁きに従って視線を動かしていた。
視線の先、そこは住宅地から離れた雑木林。
そこに、超常の気配を放つ誰かが、いた。
「―――見つけた!」
急速に近づいていく視界の中央、そこに白髪のサーヴァントの姿を収める。獲物を狙う肉食獣さながらの動きで鳴海は身を屈め、地を這うように走り抜ける。
向こうも接近するサーヴァントの気配に気づいたようだが、遅い。既にこちらの攻撃準備は終わっている。
振り上げた拳は白髪のサーヴァントの身を捉え、その体を遥か後方へと吹き飛ばした。
◇ ◇ ◇
-
走り去っていくネギを、音無は何もできずただ見つめるしかなかった。
突然のことだった。もうすぐ校門に着こうかという頃、ネギが「すいませんが先に登校しててください!」と大慌てで言い放ち、そのまま子供とは思えない猛スピードで路地を駆けて行ったのだ。
声をかける暇もないとはこのことで、ある意味不意打ちを食らったようなものだ。音無は半ば呆然と見送るも、いつまでもこうしちゃいられないなと校門を潜ろうとして。
"……あの、ちょっといいですか?"
その声に足を止める。しかし焦ることなく歩みを再開し、あやめの言葉の続きを待つ。
"魔力の反応がありました。多分、サーヴァント同士で戦ってるんだと思います"
"分かった、ありがとうな。それで、場所は分かるか?"
その問いに、あやめは指さすことで応えた。その指が示す先は、先ほどネギが走り去っていった方向と一致する。
そうか、とだけ呟き、音無は少しだけ考え込んだ。数秒かその程度の時間が過ぎ音無が口を開く。
"……あやめ、今から俺の言うことをよく聞いてくれないか"
あやめの指さす方向を見つめながら、音無は戦争に勝つための一手を打ち出した。
◇ ◇ ◇
「ぐっ……!」
突如として出現した銀髪のサーヴァントの殴打により、ランサーの体は重力を振り切り雑木林の奥へと飛ばされる。
その尋常ではない威力に、ランサーは生前に戦った鯱の名を冠する喰種を想起する。しかしこの一撃はかつてのそれとは比較にならないほどに強大だ。ガードした両手が軋むように悲鳴を上げている。
無数の枝をへし折りつつも何とか空中で体勢を整え、危なげなく着地する。首を擡げた視線の先、距離にして20m向こうにその姿はあった。銀と黒の長髪をたなびかせ、筋肉で膨れ上がった威容を誇るサーヴァント。
「……随分と、手荒な挨拶ですね」
返答はない。偉丈夫は黙して構えるのみ、清廉な構えとは裏腹にその口元は凄絶に歪んでいる。
背中を刺すようなどす黒い殺気がはっきりと感じられる。悪鬼羅刹が如き形相は、この場が交渉や妥協で終わるものではないことを如実に示していた。
戦いは避けられない。誰ともなしにそう確信すると、ランサーは主の少年に念話を送る。
雑事を行いながらも意識は決して相手から離しはしない。こちらもまた戦闘の構えを取り、告げる。
「邪魔をするなら容赦はしない。いずれ通るべき道だ、貴方には今ここで」
倒れて貰う。その言葉が放たれるより先に、ランサーとしろがねは同時に踏み込んだ。
地を蹴る脚に力を込め、20mの相対距離が急激に削り取られていく。
徒手空拳を得手とするしろがねに、しかしランサーは迷うことなく正面から突っ込む。相手の能力は不明だが、動きを見るに速度はこちらのほうが上であるのは確かだ。それなら、このまま相手の懐へ潜り込んで先手を取るのがベストの選択。上手くすれば、向こうが行動を起こすより早く勝負がつく。
二歩の跳躍でしろがねへ近接。踏み込んだ左足を軸に身を捻り、握りこんだ右拳を真っ直ぐに突き出す。
果たしてランサーの狙い通りしろがねの鳩尾に拳がめり込む。カハッ、と空気が漏れる声にもならない音が聞こえた。
いかなサーヴァントとて人の形をとる以上、肉体的な弱点も人と似通ってくるのは必然だ。これが致命の一撃になるとは思わないが、それでも動きを鈍らせることはできるだろう。
「……それがどうした」
―――そんなことを、一瞬でも思ってしまった。
「軽すぎるぜ英雄様よ、てめえの力はそんなもんか?」
「―――!?」
右腕に激痛が走る。上から落とされたしろがねの左肘が殴り抜いたままの右腕をへし折り、渇いた木切れが砕けるような音を反響させた。
-
(折れたか、これだから僕の体はッ……!)
常人ならばそれだけで戦闘不能になる負傷、しかしランサーにとってはかすり傷にも等しい。傷口から肉の線のようなものが走り、負傷箇所を即座に修復する。
だが修復にかかる一瞬、それがしろがねに行動する猶予を与えていた。懐に潜り込んでいたはずのランサーの体は引き離され、両者の間には50センチほどの間合いが開く。
言うまでもなく、徒手空拳を扱うしろがねが最も得意とする距離である。
「ヒュッ―――!」
裂帛の気合と共に大砲もかくやという威力の拳が唸りを上げる。
大気を裂きながら迫りくるそれは、逸らされたランサーの頭部のすぐ脇を通り抜けた。文字通りの間一髪。ランサーの髪が一房千切れ飛び、視界の後ろへと消えていった。
空しく宙を穿つ拳はしかし瞬時に戻され次の一撃へと繋がれる。二撃、三撃、四撃。流れるように繰り出される連撃は一分の隙も無駄もなく、ランサーはただ紙一重の回避を繰り返すのみ。
そう、紙一重。それは圧倒的力量差による余裕などでは断じてない。全神経と気力をフルに動員して、やっとのことで避けているに過ぎない。
(駄目だ、打ち込める隙がない……!)
これが生半可な威力であれば多少の負傷など度外視した攻めも可能だっただろう。けれどしろがねの打撃は全てが必殺。牽制・様子見など存在せず、あるのは敵皆滅ぶべしという漆黒の殺意だけ。
破壊に塗りつぶされた精神とは裏腹に、握る拳は殺意に曇ることなく機械じみた精密さでランサーを追い詰める。速度で上回るはずのランサーは、しかし着実に逃げ道を封じられ回避に徹することを強いられていた。
こと近接格闘においてしろがねはランサーを圧倒していた。膂力、技術、場数、経験、そのどれもが届かない。しろがねの生涯をかけて練り上げられた功夫はランサーに反撃の余地を与えることは決してない。
「集中すんのはいいけどよ―――足元がお留守だぜ?」
「げあ、ァが……ッ!?」
しろがねの右膝がランサーの鳩尾にめり込んでいた。辛うじて衝撃を後ろに逃がし、ランサーは転がるように後ろへ飛ばされる。
ここに至り、ランサーはいつの間にかしろがねの『拳の動き』のみを追っていたことに気付く。無造作に放たれた膝蹴りは、しかし下への注意を疎かにしていたランサーの死角より放たれ明確な膂力の差を以て打ち据えた。
体はくの字に捻じれ、穿たれた鳩尾は目に見えて分かるほどに陥没している。口からは血反吐をまき散らし、四肢は激痛に打ち震えまともに立つことさえ覚束ない。
「百戦錬磨とは世辞にも言えねえな。本当にこれが【英雄】なのかよ」
挑発の言葉に応えるだけの余裕はない。倒れそうになる体をなんとか足で支える。急速に再生を果たしつつある脇腹を抑えつつ、歩くように近づいてくるしろがねをランサーは睨め上げた。
両者の力量差は明白であった。力で劣り、硬さで劣り、技量でさえ劣るランサーには決して埋められない差がそこにはある。
勝ち目はない。そう、仮にランサーが一人きりであったなら。この状況を打破することは不可能に近かっただろう。
しかし。
「―――魔法の射手(サギタ・マギカ)・戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!」
中空から割り込む声は突然に、暴風を伴う十一の魔弾が殺到する。
放たれる魔力を察知してかしろがねは後ろに跳躍し、風切音と共に襲来する風矢を回避した。
声はランサーたちの真上から聞こえてきた。見上げずともそれが誰なのか、ランサーには分かった。
「遅くなってすみません、ランサーさん!」
「……ごめん、助かった」
自身の身長すら超える長杖に跨り掌を翳す少年の姿がそこにはあった。
ネギ・スプリングフィールド。ランサーの主たる小さな魔術師だ。
狙いが逸れた風矢は、しかし地面に当たる直前に軌道を変え尚もしろがねの動きに追随する。
しろがねへと迫る十一の風矢、それは一つ一つが大岩すら粉砕する威力を以て縦横無尽に襲い掛かる。
「ハアッ!」
けれど届かない。振り上げられたしろがねの蹴りが弧を描き、風の魔弾を迎撃する。それは軌道上にあった一矢を蹴り砕くのみならず、振り抜いた衝撃で残る十の矢すらも諸共に粉砕した。
これこそがサーヴァントか、余人の操る魔術など意にも介さずと言わんばかりの所業は矢の繰り手たるネギを少なからず驚嘆させた。ネギの放つ魔弾の全て、それらはしろがねに掠り傷一つ与えることも許されないまま霧散する。
だが。
-
「なっ、にぃ……!」
しろがねの脚と直接衝突した一矢、それは蹴り砕かれると同時に糸がばらけるように拡散し、しろがねの体を縛るように拘束した。
魔法の射手はごく基本的な攻撃魔術であるが、そのシンプルさ故に乗せる魔力の属性により多様な追加効果が発生する。
ネギが最も得意とする属性は風。その属性に付随する効果は、捕縛。
しろがねの驚愕の声にネギの口元がニヤリと歪む。戒めの風矢はその名の通り破壊ではなく拘束を目的とした魔術だ。対象の無力化と言えば比較的人道的な攻撃魔術であるが、この場においてネギは博愛精神に基づいて風矢を放ったわけでは断じてない。
「その隙、逃がしはしない」
ネギの目的、それはすなわち共闘者への支援。怒涛の攻め手から解放されたランサーが、その背から赤黒い触手を生やししろがねへと迫る。再生は既に完了している。掛ける言葉は静謐なれど、向けられる殺意は暴風のように行き場を求めて渦巻いていた。
跳ね上がったランサーから振り下ろされる長大な触手、それはランサーの腰部から生やされた彼の象徴たる宝具の具現だ。何ら特異な力を持たない代わり、純粋に強大な筋力を誇る破壊の赫子。今や四条にも分裂したそれは死の風となってしろがねへと落とされた。
「ぐっ……お、らぁッ―――!!」
しかししろがねとて負けてはいない。修羅場に身を置く戦いの英霊なれば、瞬時に気を滾らせ迎撃する。放たれた崩拳は風矢の縛鎖さえも引き千切って、微塵と砕けよとばかりに赫子の中心部を打ち貫く。
―――大気そのものが爆発したかのような轟音が辺りに鳴り響く。
衝撃で木々が揺れ、無数の葉が渦巻いて宙へと舞う。数瞬の無音と拮抗の後、両者の体は大きく動き、ひときわ巨大な轟音を響かせた。
果たして、正面衝突に競り勝ったのはランサーの側だった。
頭上の有利に加えて風矢の妨害による動作の遅れ、それが両者の勝敗を分けた。
赫子はしろがねを容赦なく地に叩き伏せ、彼の姿が見えなくなるほどの粉塵を巻き上げる。音もなく降り立ったランサーは、しかし決して無傷ではなく半数の赫子を半ばから砕かれていた。
「終わった……のでしょうか」
「ううん、まだ終わっちゃいない」
言うが早いかランサーは着弾地点へと残りの赫子を伸ばす。音速すら超過して砂煙の中心へと伸ばされる赫子は、しかし粉塵ごと両断する一閃により斬り飛ばされた。
「やってくれるじゃねえかよ、ランサーッ!」
吹き散らされた粉塵の中から血気に吼えるしろがねが現れる。左腕に処刑刀の如き巨大な刃を携えて、血に塗れた形相は些かの戦意の減衰も見られない。
聖・ジョージの剣。ランサーの赫子と同じく、しろがねたる彼が英霊として在る象徴。それは数多の自動人形を破壊してきた逸話を昇華し撃滅の宝具としてしろがねの手に降り立つ。
「……さあ、今度は僕らの番だ」
打ち砕かれた二本も、斬り崩された二本と同じく既に再生を終えている。ランサーの合図と共に四本の赫子はしろがねへと向き直り、次の瞬間に怒涛の勢いで突撃を開始した。
四条の黒錐が曲線的な幾何学模様を描き、避ける隙間を埋めるようにしろがねへと迫る。逃げ場を失ったしろがねは震脚の踏み込みと共に四のうち二本の赫子を弾き飛ばし、辛うじて胴体への直撃を避けた。
だがそれだけだ。残る二本の赫子はしろがねの脚と肩を裂き、弾かれた二本も瞬時に再生を終えて槍の如くしろがねを襲う。続けざまに二度の震脚の音が響き、再度赫子が弾かれるもその隙間から別の赫子が襲いくる。
先ほどと同じ一方的な展開。しかし、今度は攻守が反対に入れ替わっていた。当初ランサーを圧倒していたはずのしろがねが、しかし今はランサーの攻撃に対処できず防戦一方を強いられている。
そこにあるのは必死に追いすがるしろがねと付かず離れずの距離を保つランサーという構図。それはすなわち、リーチで勝る赫子による射程距離外からの攻撃。速度で劣り、手数で劣り、手の届く距離でさえも劣るしろがねには決して埋められない差がそこにはある。
嵐のような乱撃がしろがねを襲う。時に殴り飛ばし、時に蹴り砕き、時に剣で斬り飛ばしながらも、四条の赫子全てを捉えることは叶わない。砕かれようが切断されようが一瞬の間もなく再生する赫子とのイタチゴッコ、二本の腕と一つの脚でカバーできる範囲外からの攻撃に、徐々にしろがねの体が削られていく。
そして。
-
「がッ!?」
赫子による包囲網。その間隙を縫うように繰り出された一撃が遂にしろがねの足を捉え、その身を地面に縫い付ける。
右太腿、その中心を赫子の穂先が貫通している。常人ならば十分致命傷となるそれは、しかしそれでもしろがねを止めるには至らない。己が体を縛る赫子を砕かんと、しろがねは拳を打ちつけようとして―――
「―――闇夜切り裂く一条の光(ウーヌス・フルゴル・コンキデンス・ノクテム)、我が手に宿りて敵を食らえ(イン・メア・マヌー・エンス・イニミークム・エダット)」
近接するしろがねとランサーの遥か後方、そこから呪を唱えるネギの声が響く。
しまった、しろがねは咄嗟に思考するも、しかし回避は間に合わない。
意識が外に向いた一瞬の隙をついてランサーの赫子が駄目押しとばかりにしろがねの四肢を貫く。左の太腿と両の肩を貫かれ、大の字を描くように磔とされたしろがねに、雷の鉄槌が振り下ろされた。
「―――白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)!」
―――白い極光が迸り。
―――直線状の全てを焼き払う。
握られた右手から導き出された白雷は高熱をも伴ってしろがねの全身を包み込んだ。瞬時に破壊する。
ランサーですら目を細めるほどの光を放って、凄まじいまでの電流を爆砕するように残して。
木々で囲まれた辺り一帯を揺らして。
光が消えた後、残されたのは残響のみ。
◇ ◇ ◇
「今度こそ……」
「うん。今度こそお終いだ」
空気の焼ける音を聞きながら、ネギとランサーはようやく戦闘の構えを解いた。
光が晴れた後には何もなかった。あのサーヴァントを倒し消滅させたのかと一瞬思ったが、首を振るランサーに否定される。
「マスターの魔術が当たった瞬間、撤退していく彼の姿が見えたよ。
……ごめん、今回は取り逃がしたみたいだ」
「いえ、それよりランサーさんが無事で―――」
良かった。そう言おうとした瞬間、かくん、と糸が切れたように倒れこむ。べったりと尻餅をついて、しかし右手に握る杖は放さない。
震えていた、びくびくと。石にでもなったかのように体が固まり、時折痙攣するように震える。
無理もない、未だ幼い少年にとっては初めてにも等しい本気の殺し合いだったのだから。
「ほら、立てるかい?」
「あ、ありがとうございますランサーさん……」
ランサーが少年の手を掴み引き上げる。強張ってはいるものの、その表情に陰りはなかった。
「それでなんだけど。マスター、これからどうするつもりかな?」
「え?」
言われて、数瞬考えた後はっと気付く。辺りを見渡してみればそこにあるのは凄惨な破壊の痕だ。言うまでもなく、かなり目立っている。
「日が昇っている内からこんなに暴れたんだ。どこかの陣営に見られた可能性もある……というか、見られたって前提で考えたほうがいいだろうね。
正直このまま学校に行くのは悪手だ。けど、欠勤して誰かに目をつけられる可能性もなくはない。
だから、君が選ぶといい。学校に行くか、行かないか」
ランサーの言葉はどこまでも従僕のそれだ。自らの意見を口に出せど、決定権の全てをマスターに一任している。
「……分かりました。僕は―――」
それを受けて、ネギが出した方針は―――
-
【C-/学園北の雑木林/一日目 午前】
【ネギ・スプリングフィールド@魔法先生ネギま!(アニメ)】
[状態]戦闘による肉体・精神の疲労。戦闘・再生・魔術使用による魔力消費。若干膝が笑ってる。
[令呪]残り三画
[装備]杖(布でぐるぐる巻き)、スーツ姿(葉っぱや枝でちょっと汚れている)
[道具]鞄(授業用道具一式にその他諸々)
[金銭状況]中学教師相応の給料は貰っている。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ神楽坂明日菜を蘇らせる。
1.このまま学校に向かうか、それとも……
2.明日菜さん……
[備考]
・敵サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
・住居の位置等の設定は後続の書き手に任せます。
・学校に行くか行かないかの選択は後続の書き手に任せます。
【ランサー(金木研)@東京喰種】
[状態]右腕と腹部に強いダメージ(ほぼ回復済み)
[装備]黒い服
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる。
1.マスターと共に戦う。
[備考]
・敵サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
◇ ◇ ◇
「……チィッ」
戦いの場から少し離れて。学園北の田んぼ道に鳴海の姿はあった。
体中の至るところに大小多くの傷を穿ち、雷撃により全身を焼かれ、それでも彼は倒れない。
完敗だ、光に紛れて撤退しなければ確実にやられていた。戦いの内容において白髪のサーヴァントに負けていたとは思わないが、それでもこの一戦において自分が負けたのは事実であると自戒する。
心が曇る。敗北というのはいつになっても苦いものだ。だがそれ以上に、幼い子供を戦いに巻き込んでしまった負い目のほうが大きいと鳴海は自覚していた。
「……慣れるわけねえよな、やっぱりよ」
ぽつりと、そんな呟きが漏れた。
先の戦いにおいて、魔術を行使し勇敢に戦った少年のことを思い出す。年のほどは10歳くらいか、まだ小さいというのに立派なものだと素直に思う。
けれど、あんな子供まで戦いに駆り立てられることは、どう言い訳したって悲しいことで。
(だからこそ俺はサーヴァントだけを倒す。子供たちの未来を潰すことは誰だろうと許さねえ)
言葉もなく鳴海は霊体化し、その歩みを己がマスターの家へと向ける。完全に日が昇った今、サーヴァントと交戦するのは愚策でしかない。
昼は子供たちが健やかに育まれる時間だ。真っ当な人々が生を謳歌する時間だ。
自分のような悪魔が殺し合うのは、夜だけでいい。
鳴海は一人歩く。抱く決意に迷いはなく、その拳はただ少女のために。
―――ふと、枯草に少し鉄錆が混ざったような香りがした。
【B-2/田んぼ道/一日目 午前】
【しろがね(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]全身に強いダメージ(再生中)、霊体化
[装備]拳法着
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:本田未央の笑顔を取り戻す。
1.全てのサーヴァントを打倒する。しかしマスターは決して殺さない。
2.一旦未央のいる家へと戻る。日が沈んだら再び索敵を開始する。
[備考]
・ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギのことを初等部の生徒だと思っています。
◇ ◇ ◇
-
全身をボロボロにした大男が田んぼ道の真ん中に降り立ち、そのまま音もなく姿が掻き消えた。そんな一連の光景を目にした者は誰もいない。
ただ一人、臙脂色の服を纏った少女以外は、誰も。
少女―――あやめはくすんだ緋色の衣を纏い、濡れ羽のような黒髪を流し、静かにそこに立っていた。
その姿はあまりにも自然で完全に景色へと溶け込み、余りにも目を引く姿でありながら、それでもなお注視しなければ見逃してしまいそうになる。
いいや、実際に見えないのだ。少女はどこまでもこの景色の一部であり、普通の人間とは存在を異とする者なのだから。
誰にも見られない。認識されることを許されない。永遠の孤独を宿命づけられた少女。
彼女はそうして、逃げ帰る偉丈夫のサーヴァントを追跡してここまで来ていた。
「……行きます!」
よし、と気合をひとつ。サーヴァントの姿を確かに収め、目元と口元を引き締めると小走りで田んぼ道を駆ける。
校門前で音無がネギと別れた直後、あやめは3つの命令を音無から下された。
それは要約すれば、敵サーヴァントの戦闘を偵察し、できるならば拠点やマスターを把握し、遅くとも正午には戻ってこいというもの。
規格外の気配遮断を持つとはいえ、常人並みの戦力しか持たない彼女にとっては非常に危険な仕事なのは明白だ。明らかに乗り気ではなかった様子の音無に、しかし彼女は大丈夫ですと大手を振って応えた。
そして。
そして、今に至る。二騎のサーヴァントの戦闘を遠目で観察し、余波を食らわないよう立ち回り、離脱した単独のサーヴァントを追って彼女は今ここにいる。
気配を辿り静かに歩く。昔懐かしい静かな畦道、田畑には多くの緑が茂り、都会の喧騒とは無縁な空気がそこにはあった。現代の便利な暮らしをあやめは好いていたが、それでもこの空気が一番肌に合うと感じる。
ふと、一陣の風が吹いた。それはあやめの後ろから吹き付け、幾枚かの葉を巻き込みながら前方へと流れていった。
その風は、まだ夏場も過ぎてないというのに、どこか枯れた草の匂いがした。
【B-2/田んぼ道/一日目 午前】
【アサシン(あやめ)@missing】
[状態]霊体化
[装備]臙脂色の服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ますたー(音無)に従う。
1.ますたーに全てを捧げる。
2.音無の命令に従いサーヴァント(加藤鳴海)を尾行、拠点とマスターを特定する。しかし危険そうな場合は撤退も視野に入れる。
3.尾行の結果に関わらず、正午までには学園まで戻り音無に知り得たことを報告する。
[備考]
・音無に絵本を買ってもらいました。今は家に置いています。
・サーヴァント(加藤鳴海)を尾行中です。気配を辿りつつちょっと離れながらついて行ってます。
・ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギがマスターであると確信しています。
・サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
・彼女が音無から受けた命令の詳細は以下の通りです。
1:サーヴァント同士の戦闘を偵察、ただし目視できる程度以上は近づかない。
2:戦闘が終わってもマスターを捕捉できなかった場合、敵サーヴァントを追跡し拠点やマスターを特定する。ただし少しでも危険そうであれば即座に撤退する。
3:結果に関わらず、正午までには帰還すること。
◇ ◇ ◇
「子供先生はマスターの可能性あり、か」
朝の生徒会室には冷たく無機質な空気が充満している。その中央で、音無は独りごちた。
あの一瞬、子供先生が取った行動は怪しさに満ちていた。普通ならばちょっとおかしいと思う程度だろうが、それが同じマスターとなれば話は違う。サーヴァント同士の戦闘が勃発し、それと同時に突如として戦闘が行われている方向へと駆け出した彼。白か黒かで聞かれたら限りなく黒に近い。
だが。
(……ここはあやめの報告待ちだな。早合点は死に繋がる)
それでも現状は黒に近いグレーでしかない。殺害という手段を用いるには、まだ証拠不足と言えるだろう。魔術師でもない自分には遠距離の念話ができない以上、今できることはあやめが帰ってくるのを待つ他にない。
そもそもあやめの宝具なしでは自分は碌に戦えないのだ。ひとまず落ち着こうと、安っぽいパイプ椅子にどっかりと座る。
緊張に固まった体に朝の冷気が染み渡る。夜中はあれほど暑かったのに、今は涼しいを通り越して少し寒いくらいだ。
(マスター探しも一苦労だな。情報だけは入ってくるだけマシかも知れないけど……子供先生といい、【これ】といい)
鞄からメモ帳を取り出し、紐の付箋をなぞり目当てのページを開く。そこには、教師からの相談内容がそのまま書き写してあった。
-
「本田未央、一年生。生徒会長として気にかけておいてほしい、ねえ」
申し訳なさそうな顔で頼み込んできた年若い新任教師を思い出す。頼みごとと言えば気にかけておいてほしいの一言だけで、具体的に何をしろということもなかったが。
それでも、生徒会長とはいえ一生徒に頼むかと思えるような事情が、彼女にはあった。
元々、この生徒のことは既に音無も知っていた。何せ候補生とはいえ現役の高校生アイドルだ。その噂は嫌でも耳に入ってくる。
曰く、元気溌剌で親しみやすい好人物。当然友人はたくさんいて、誰にでも分け隔てなく接する人格者。
曰く、多忙なアイドル活動と学業をしっかりと両立させる努力の人。それでいて成績は悪くなく、クラスでも中心的な存在である。
曰く、曰く、曰く。音無から働きかけなくても彼女についての情報はいくらでも入ってくる。それは大半が彼女に好意的なものであったが、しかし中には悪意の混じったものも含まれていた。
「何日も続けて無断欠席。おまけに理由は病気や怪我じゃない、か」
確かに彼女はここ数日欠席しているが、公には風邪が欠席理由とされている。しかし人の口に戸は立てられないというべきか、既に学校中に上記の噂が蔓延していた。
理由は失恋だとか、アイドル業の不振だとか、引きこもりだとか、果ては自殺未遂や精神病という説まで流布している。実態はどうであれ、少なくとも彼女と同じクラスのクラス委員は躍起になって本田未央を通学させようとしていると、一年生の役員は語っていた。
様々な噂が流れているが、しかし的を射ていると感じるものは少ない。当然ながら尾鰭がついているのだろうし、誰も直接確かめた者はいないのだから。
常ならば、音無はそんな噂に興味を示すことはあまりない。精々が世間話の端っこに出てくる程度で、真実を確かめようとか、そんな風に入れ込むことはない。
しかし、今回は話が違う。あからさまに怪しいこれを見逃すほど、音無は鈍感なつもりはない。
(モラトリアムと聖杯戦争の開始に前後するタイミングで突然の無断欠席。真相がどうあれ確かめる必要はあるな)
NPCは固有のパーソナリティを持ち十人十色の個性を有するが、それでも本質は聖杯戦争のために用意されたものだ。それが突如として、仮初とはいえ己の本分である学校生活を放り出すとは考えにくい。
子供先生同様まだ確証は持てないが、マスターの可能性は十分以上に存在すると言える。
幸いこちらには教師のお墨付きがある。自宅を訪れるにも不自然にはならない理由もある。あやめを連れて本田未央の家へ赴き、そこにサーヴァントの気配があったならば―――
(殺す、殺すさ。俺にはそうするだけの覚悟がある)
机に置かれたメモ帳がぱさりと捲れ、次のページが露わになる。
そこには、本田未央と同様に【仲村ゆり】についての記載があった。
本田未央と同じく、彼女もまたここ数日学校に来ていない。
本田未央と同じく怪しさの極みとも言える情報。しかしゆりがマスターであると、音無はどうしても信じられなかった。
何故なら彼女は奇跡を望まない。神を憎み、奇跡を厭い、全ての未練を断って【卒業】したのが彼女である故に。
我欲のために犠牲を強いる催しに加担するなど。
奇跡の産物たる聖杯に彼女が何かを託すなど、どうして考えることができようか。
【C-2/学園・高等部の生徒会室/一日目 午前】
【音無結弦@Angel Beats!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]学生服
[道具]鞄(勉強道具一式及び生徒会用資料)、メモ帳(本田未央及び仲村ゆりについて記載)
[金銭状況]一人暮らしができる程度。自由な金はあまりない。
[思考・状況]
基本行動方針:あやめと二人で聖杯を手に入れる。
1.生徒会長としての役目を全うしつつ、学校内や周辺にマスターがいないか探る。平行してあやめを『紹介』する人間も探す。
2.あやめの報告を待ち、戦闘を行っていたサーヴァントのマスターを特定できたならば暗殺を検討する。
3.放課後になったら本田未央の自宅に赴く。
4.子供先生はマスター……なのか?
5.ゆり……まさかな
6.あやめと親交を深めたい。
[備考]
・高校では生徒会長の役職に就いています。
・B-4にあるアパートに一人暮らし。
・コンビニ店員等複数人にあやめを『紹介』しました。これで当座は凌げますが、具体的にどの程度保つかは後続の書き手に任せます。
・ネギ・スプリングフィールド及び本田未央の行動から彼らがマスターなのではないかと疑っています。しかし確証はありません。
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これで投下を終了します。
あとあんまり関係ないことですが、この企画だとマスターとサーヴァントって全部で41人いるんですね
インガノックのキャラを投下した身としては、偶然にしてもちょっと嬉しかったり
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二つも続けて投下が…乙です
>過去と未来の邂逅
鈴音対ゾルダート、面白い戦いでした!
電光機関の特性による潜伏の発見、そこからの、レプリカ対キャスターの攻防は攻勢防禦の活用とその攻略も相まって、見どころいっぱいでした
ゾルの所属とそこから来る両者の相容れなさもなるほど、と
鈴音はいいサーヴァントですね 明日菜が決められないことも勘定に入れた上で色々と作戦を立ててる
この戦いを受けての両者の動きが気になるところです
>白銀の凶鳥、飛翔せり
そしてこちらはしろがねVSランサー!
しかし、それに先駆けた音無&あやめちゃんの地道な戦法が面白かったです
極端な特化型ならではのやり方ですが、本気で組み込まれるとやっぱり厄介だなあ
鳴海はもうすでに色々痛々しいというか案の定サハラメンタルというか……それでも、クラスならではの耐久力と練り上げた功夫を駆使する豪快で重たい戦いは魅せられます
対する金木君も、技量の差をリーチとネギとの連携で補う戦いが見事。マスターとして攻撃も補助もこなせるネギは頼りになる
有利不利がめまぐるしく入れ替わる緊張感のある流れと、迫力に満ちた戦闘描写が素敵でした
音無はしかし着々と他マスター候補の情報を集めるなー、て言うかちゃんみおにさっそく黄信号が…
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>過去と未来の邂逅
ゾルのアーイに超のおちゃらけている部分もありながらもシリアスな戦闘。
アーイとイィーヤッ!もあって満足ですが、原作を知ってるとニヤリとさせるワードが節々にあっていいですね。
超の語る旧世界との関連といい小ネタが捗る捗る。
平和を語り、争いを根絶したい超、排他的に他者を排除するゾル。
主義主張が正反対のようにみえて、根底にある支配をするという願いはそこまで変わらないのがまた何とも。
>白銀の凶鳥、飛翔せり
道化師に誑かされながらも揺らがない鳴海はやはり強い。ちゃんみおとのコミュ不足を除けば超絶真っ当ですね。
カネキとネギの両者を相手に取りながらも食らいつく様はやはり重厚で歴戦のしろがね。
そして、音無は地道に情報を集めて行動し、ネギは戦闘の後衛。
マスターとして自分にできることを弁えているからか、自分の役割をこなしてますね。
あやめちゃんはいつも通り可愛くて安心しました、あやめちゃんの気合の入れる姿可愛い。
ネギ・スプリングフィールド、ランサー(金木研)、霧嶋董香、アーチャー(ヴェールヌイ)を予約します。
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投下乙です!
鳴海と金木君の戦いは丁寧な描写もですが真っ向からの正統派って感じですごくいいですね
そして音無とあやめが静かに牙を研ぐ!このリスクを覚悟で斬り込んでいく感じ、応援したいです
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すみません、ネギ&ランサーの現在地で抜けがあったので訂正します。
正しくは
【C-2/学園北の雑木林/一日目 午前】
です。
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投下します。
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「マスター、戻ったよ」
「ああ。悪い、変な命令出しちまって」
「いいや、私の技量が足りなかっただけのことだ。マスターが気に病むことじゃない」
「……次からは注意する。今度は頼むよ」
はやて達の狙撃を失敗し、帰ってきたヴェールヌイを待っていたのはトーカの苦笑と気遣いの言葉だ。
想定していたよりも表情に滾りがないのは、やはり相手が子供だったからか。
ヴェールヌイとしては、敵を仕留められなかった以上、ある程度の失望で返されるかと思っていたので意外であった。
「さてと。どうする? 今なら追いかけることも不可能ではないはずだ」
「……追いかけられるのか?」
「あの子供は足が不自由だ。必然……サーヴァントも実体化し、彼女を背負わなくてはならない」
「それじゃあ、追撃しなくちゃな。手に届く範囲の【敵】を捨て置くのはもったいない」
マスターであるトーカが深く追求しないのだ。
ならば、こちらもいつまでも引きずる訳にはいかないし、この失態は別の形で取り返そう。
故に、もう一度汚名を雪ぐ機会を今度こそ掴み取る。
「ただ、彼女達を追っている間はマスターを一人にさせてしまう。
もしもサーヴァントが襲ってきたら令呪を使ってすぐ呼んでくれて構わないが……」
「心配、か。あのなぁ、私はそこまでやわな身体じゃないんだ。というよりも、人間じゃないしな」
今のはやて達は逃走することで頭がいっぱいで戦闘がままならない状態だろう。
態勢を整えられる前に討つ。
セオリーとしてはそれが最善ではあるし、サーヴァントを侍らせるよりはよっぽど有効性のある活用だ。
「だから、多少の荒事は平気だ。お前はお前が正しいと思った判断を信じろ」
サーヴァントを最優のまま使うには、自分もある程度の綱渡りをしなければならない。
お互いに離れて行動するのもその一環だ。
「……わかった。しつこいようだが、危機が迫ったら」
「令呪で呼ぶよ。そこまで跳ねっ返りじゃないから安心してよ」
しぶしぶといった感じではあるが、了承したヴェールヌイはその小さな身体を使い、あっという間にはやて達が逃げた方角へと駆けて行く。
再び一人になったトーカは漸く一息つく。
「……学校、ダルいなぁ」
このままだと早めの登校になるがどうしようか。
親友である依子が来るまで、屋上で一人たそがれるのも悪くはない。
朝から屋上でたむろっている奇特な人もいないだろうし、落ち着く場所としても最適だ。
これから先にあたって、気持ちを整えるにも丁度いい。
「かったりい」
深く吐き出した溜息は朝の涼しい風に乗って飛んでいった。
■
-
懐かしいな。
そっと囁いた声が風に溶けていく。
金木研が今着用しているのは学園の制服だ。
サーヴァントになる前。
金木研が人間であり、高校生であった頃にはそれなりに馴染みがあるものだというのに、随分と久しぶりのようにさえ感じられる。
「ランサーさん、着心地はどうですか?」
「うん、丁度いい感じだね。それと、毎回言うのもどうかと思うけどさ。敬語じゃなくていいよ。僕はサーヴァントで君はマスターなんだから」
マスターであるネギ・スプリングフィールドは強張った表情を変えず、朝日の照らすグラウンドを見下ろして軽く溜息をつく。
現在、彼らがいる場所はネギが担任を受け持っている教室だ。
学園の教師として赴任し、中等部の担任を受け持っている設定であると脳内では記憶している。
ネギからすると、元の世界と同じ生徒が幾らか紛れ込んでいて、困惑したことだろう。
彼女達は偽者であるとはいえ、この世界では本物なのだ。
死体も残るし、喜怒哀楽もある。ここまで来ると、人間と遜色ないとさえ思えてくる。
「いえ、このままで。僕は年下ですので」
ネギも、金木も勝ち残ることを決意はしている。
だが、この街に住まう人々を躊躇なく斬り捨てられる程、割り切れてはいない。
彼らは戦いに臨むには優し過ぎる。
未だ、【形振りを構わないまでに】追い詰められてはいなかった。
「礼儀が良すぎるというのも考えものかな? ヒナミちゃんもそうだったけどさ」
「性分みたいなものですから。今更変えるというのも難しいですね」
鳴海との戦闘後、ネギは学校に行く事を選択した。
生徒以上に教師が休むということは目立つからという理由もあるが、やはりネギが学校生活に依存しているといったことも理由にあげられるだろう。
なるべく普段通りに過ごそう。そう、決めたはいいがいつまで保てることやら。
穏やかな会話を繰り広げていながらも、その内は黒く澱んだ願いで埋め尽くされている。
自分の身勝手な想いで、他者を傷つける。
そんな今までの自分の辿った道を覆す行為が許されていい訳がない。
けれど、その禁忌を踏み越えてでも叶えたい願いがある。
跡形もなく壊された過去に、戻りたい。
ただそれだけが、二人に残った道標であり最後の夢でもあるが故に――聖杯を求めるのだ。
-
「じゃあ、僕は職員会議があるので。ランサーさんは」
「わかってる。この学園全体を見回ってるよ。アナウンスが告げられてから最初の朝だ、せっかちな主従はもう動いてるかもしれない。
事実、さっきのアイツは積極的だったしね」
「戦闘の判断はランサーさんに任せます。ただ、無茶はしないでください。ある程度までは許容できますが……」
「わかってるって。マスターが用意してくれたこの服のお陰で怪しまれずに済むだろうし、フットワークは軽いよ」
だから、負けない。
互いの意思を再確認し、二人は役割を全うする為に、今は行動を分かつ。
金木は実体化しても大丈夫なように、ネギから受け取った学校の制服をしっかりと着用している。
元の年齢は大学生ではあるが、童顔である金木は特段の違和感を与えることなく学園の雰囲気に溶け込んでいた。
ネギと別れた後は着用している制服に合った高等学部の校舎へと歩を進める。
道中、辺りの散策をしてみたが、まだ登校時間が早いのか、生徒の数も数える程しかいない。
部活の掛け声を威勢良く出しているがっしりとした体格の青年、下らない雑談に花を咲かせている少女達。
それは、今の金木からすると遠い世界の物事にしか思えない。
彼らを切り捨てるとは思えなかったのは、まだ自分が境界線にいるからなのか。
サーヴァントになってもなお、捨てることのできない未練が『あんていく』には残っている。
それは見苦しくも肩を寄せ合って生きる喰種達の楽園だった。
少なくとも、金木にとっては何にも代えがたい大切な場所であり、実家のような安心感を与えてくれる。
穏やかな顔つきで日常を過ごしている彼らを見ると、どうしても躊躇いの念が生まれてしまう。
彼らの居場所を、自分達は戦場にするのだ。
その過程で彼らを利用し、時には排除することも視野に入れなくてはならない。
先行きなんて不確かだ、考えてもしかたがないことではある。
けれど、金木はその思慮深さからどうしても考えてしまう。
自らの行く末を。聖杯を軸とした物語の結末を。
-
校舎の静かな空気は金木の決意を鋭く尖らせた。
閑散とした廊下はかつての自分が通った母校を思い出し、階段を踏み鳴らす音は確かにある日常を噛み締めることができる。
そうして、彼の足は自然と屋上へと向かっていた。
何となくと言ってしまえばそれまでではあるが、一度でいいからこの学園を一望できる場所で日常の景色を目に焼き付けておきたかった。
ほんの気紛れに過ぎない些末事。その程度で済むことだった。
屋上への階段を一段、一段。ゆっくりと登り切り、金属特有の煌めきが多分に含まれているドアノブを軽く回す。
金属特有の嫌な音が軽く響いた。しかし、そのドアを開けると広々とした景色が独り占めできるはずだ。
けれど、そこには先客がいて。
呆気にとられたような表情を浮かべ、彼女は視線を此方へと向ける。
だが、表情はすぐに悲痛へと変わり、何故と問いかけるかのように口をわなわなと震わせた。
それは何時かの再会を再現しているかのようで。
優しい彼には似合わない表情だが、思わず口が釣り上がってしまった。
あんな別れ方をしたのだから、彼女がここに居るのも当然なのかもしれない。
なにせ、諦めが悪い愚直な女の子だ。
聖杯を求めるという願いもまた、一つの結末だったのだろう。
「久しぶり、トーカちゃん」
だって、眼前にいる少女――霧嶋董香は諦めることが嫌だって叫ぶ女の子だから。
そのことを、金木研はよく知っている。
【C-3/通学路/一日目 午前】
【アーチャー(ヴェールヌイ)@艦隊これくしょん】
[状態]健康
[装備]12.7cm連装砲
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターと共に戦う。
1.少女(八神はやて)を追撃する。ただし、無茶はしない。
2.マスターの心情に対し若干の不安。
[備考]
マスターの少女(八神はやて)とサーヴァントの男(キャスター・ギー)を確認しました。
【C-2/学園・中等部職員室/一日目 午前】
【ネギ・スプリングフィールド@魔法先生ネギま!(アニメ)】
[状態]戦闘による肉体・精神の疲労。戦闘・再生・魔術使用による魔力消費。
[令呪]残り三画
[装備]杖(布でぐるぐる巻き)、スーツ姿(葉っぱや枝でちょっと汚れている)
[道具]鞄(授業用道具一式にその他諸々)
[金銭状況]中学教師相応の給料は貰っている。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ神楽坂明日菜を蘇らせる。
1.このまま日常に溶け込む。
2.明日菜さん……
[備考]
敵サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
住居の位置等の設定は後続の書き手に任せます。
【C-2/学園・高等部屋上/一日目 午前】
【霧嶋董香@東京喰種】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし。
[道具]鞄(ノートや筆記用具など学校で必要なもの)
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り聖杯を手に入れる。しかし迷いもある。
1.……どうして。
2.少女(八神はやて)を傷つけなかったことに対する無自覚の安堵。
[備考]
詳しい食糧事情は不明ですが、少なくとも今すぐ倒れるということはありません。詳細は後続の書き手に任せます。
【ランサー(金木研)@東京喰種】
[状態]健康
[装備]高等部の制服
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる。
1.マスターと共に戦う。
[備考]
敵サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
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投下終了です。
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投下乙です
いやあ、出会っちゃいましたねこの二人。序盤も序盤の再会ですが、はてさてどうなることやら
何にせよ、ツンデレのトーカちゃんのことだから確実にひと悶着ありそう。ネギやヴェールヌイもそれぞれの動きに入ったことですし、状況が入り乱れてくるころですかね
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投下乙です!
トーカ組は切り替えの早さも強みか、アーチャーらしい立ち回り
ネギ先生、そしてカネキ君の掘り下げが入ってしんみりしてたところへここで出会っちゃうかー!
口ぶりからして何もなしには終われそうもないこの二人、果たしてどうなってしまうんだ
-
ネギ先生も金木君も複雑なもんがありますね…
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敵として再会してしまったからには戦うのか、それとも同盟でも組むのか
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投下乙です。
はやて以上に討ちたくない相手だろうかつての仲間との、敵対者としての再会。
残された良心をより苦しめるこの状況を、董香はこのまま振り切ってしまうのか、または別の結果か。
ただ、どう転んでも喜ばしい結果にはならなそうと予想できるのが何よりも辛い。
最後に、北条加蓮と鏑木・T・虎徹で予約します。
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おじさん来たー
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申し訳ありませんが、諸事情により完成が難しくなりそうなので予約を破棄します。
他に予約したい方がいらっしゃるなら遠慮なく予約なさって大丈夫です。
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レプリカ(エレクトロゾルダート)の1〜3、長谷川千雨、ライダー(パンタローネ)を予約します
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うお、パンタローネか…
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予約分を投下します
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明かりの一つもつけられていない暗い部屋の中、唯一の光源であるノートPCを延々と操作する者がひとり。
長谷川千雨はカタカタと慣れた手つきでキーボードを叩き、液晶画面にはどこぞの掲示板が映し出されている。
内容はここ数日の冬木で起こった諸事件や事故に関するものだ。大抵は信憑性のない憶測や全く関係ない雑談が大半を占めていたが、それでも役に立つであろう情報だけをピックアップして保存する。
嘘を嘘と見分けられなければネット掲示板を使うのは難しいとは誰の言葉だったろうか。ともかくとして、情報をサルベージしながらも千雨はこちらからもそれとなく情報を流し何か手がかりを知る者がいないかを探っている。
とはいえ現状分かったことと言えば冬木市内における殺人や行方不明者の数が急増していることくらいなものだ。基本的には現代と日本と同じく表面的には平和そのものだった冬木が、ある日を境に急速にその闇の濃度を高めていっている。そしてそれは、千雨がこの街にやってきた日付とほぼ一致するのだ。
これが聖杯戦争の影響だということは、事情を知る者ならば子供だとて分かるだろう。無論一般にはほとんど伝播せず精々が登下校の際に注意される程度にしか騒がれていないが……これより先は更に加速していくだろうことは容易に想像できる。
この情報収集は冬木に来た初日以降、ずっと続けている作業だ。現状あまり有力な情報が入ってきているとは言い難いが、それでも千雨自ら外に出るよりはずっと効率的だと自覚している。
人には向き不向きがある。ならばこれも千雨なりの戦いと言えるのだろう。
「……はっ、くだらねえ」
相も変わらず煽りあいを続ける掲示板に毒を吐き、今はもうこれ以上の収穫は望めまいと切って捨て体を伸ばす。
そういえばずっと部屋に籠りっぱなしだったな、と自嘲する。それはこの街に来る前からそうで、何故か与えられた中学生という肩書すら初日以外は放棄していた。
だが仕方ないだろう。どうして今さら自分があの中に混ざれるというのか。
所詮この世は紙風船だ。
比喩でも誇張でもなんでもなく、長谷川千雨はそう断じる。
この偽りの街に着いて、とうに過ぎ去ったはずの学生という与えられた役割に沿って通学して。そうして初めに目に入った光景を見てから、彼女はずっとそう思っていた。
そこには明るい日常があった。誰も傷つかず、誰も失われていない暖かな陽だまりが。
朝倉和美がいた。相川さよがいた。椎名桜子がいた。神楽坂明日菜がいた。
そこでは誰もが笑い合っていて、あれほどウザいと感じていたはずなのに、何故だか涙が溢れて。
―――だから、早……ッ!?
―――ごめんさよちゃん、今行く
―――あーあ……私、ラッキーガールだったのになあ
-
だけど、それは全部偽物だ。
人も、街も、誰も彼も。ここには本物なんて一つとして存在しない。
あらゆる全ては泡沫の夢で、千雨にとって都合のいい幻想でしかなくて。
故にこの世界は紙風船。千雨が目にするもの全部、嘘っぱちに過ぎない。
『こんにちは。チサメ』
『都市に、嘘などひとつもないのさ』
『嘘をついているのは、人間だけだ』
耳障りな声が木霊する。
視界の端で踊る道化師。こいつもこの街同様薄っぺらな幻想か。聖杯に導かれて以来、千雨の視界にずっと存在する幻覚。
ピエロってのはこんなムカつくもんだったのか。黒く沈殿する心がささくれる。ここ最近、ピエロという存在にはいい思い出がまるでない。
そう、特に。
「どうした我がマスターよ、今の貴様は笑顔には程遠いな」
視界の中央で道化師が踊っている。そうだ、こいつは特に碌でもない。
ライダーのサーヴァント。今までずっと霊体化していたはずの奴が、突如として千雨の前に姿を現した。
口ではこちらを心配している風を装っているが、その実千雨のことなど道端に落ちた塵屑程度にも思っていないことは嫌でも理解している。ライダーのマスターたる存在はフランシーヌ人形とやらただ一人のみ。仮のマスターとして千雨のことは守護するも、聖杯獲得に必要な雑事としか捉えていないだろう。
「……なんでもねぇよ。つかいきなり出てくんな」
ボソボソとライダーに苦言を呈する。召喚当初は恐怖と驚愕と憎悪で碌に口もきけなかったが、今ではこうして悪態をつけるくらいには慣れてきている。
滑稽な仕草を続けていたライダーは、千雨の沈んだ声に反応すると一気に破顔して答えた。
「なぁに、仮にも貴様は我が主君。ならば最低限その調子を労わってやるのもワシの務めと思ってな」
ニヤニヤと、ライダーは底意地の悪い嘲笑を浮かべながら千雨を睥睨する。
ライダーは千雨に対し、敬意や忠誠といった感情はまるで持ち合わせていない。口では労わるだなんだと言っているが、精々がこちらを観察しているか面白がっているだけ。
こいつは人間じゃなく自動人形、相容れることは決してない。今は聖杯獲得のために組んでいるが、最後には必ず報いを受けさせると誓っている。
-
「……別になんともねえ。用がそれだけなら早く霊体化しろ」
「そう邪険にすることもあるまいて。しかし、いやそうだな。確かに用はそれだけではない。
外でサーヴァントらしき気配を感知した」
ぴくり、と千雨の体が動く。
サーヴァント、目の前の下劣畜生と同じく超常の存在。そして千雨が倒すべき敵。
それが今、外にいるのか。
「とはいえ反応は非常に希薄でな、正直ここまで近くに来られなければ気付けぬとは不覚の極みよ。ゆえもしかするとサーヴァントではなく魔術師ということもあるやもしれぬし、何かの罠かもしれぬ。
無論貴様の命とあらばすぐにでも現場に向かうが……どうする?」
「決まってんだろ。さっさと行って殺してこい」
その返答に、パンタローネの嘲笑は一気に深みを増した。
眼は細まり口元が吊り上る。とうとう言ったぞこいつ、などと下卑た祝福を千雨に与えているのだ。
その言葉の意味は千雨とて理解している。今彼女は自ら殺せと命令した。それはつまり、彼女は二度と自分のサーヴァントに責任を押し付けることができないことを意味する。
引いたサーヴァントが極悪だったから。脅されたから。殺されると思ったから。だからサーヴァントが何をしようと自分は知ったことではないし何も悪くないのだと、詭弁にも等しい言い訳を行使する機会を、千雨は永遠に失ったのだ。
「そうかそうか、ならば仕方ないな。主の命令とあらばすぐにでも殺しに行かなければなるまい。
ではここで待っているがよい主よ。必ずや敵の首級をあげることを確約しよう」
白々しい言葉だけを残して、パンタローネはすぅと部屋から掻き消えた。残された千雨はしばしパンタローネのいた中空を見据えると、しかしふっと視線を切りPCのディスプレイへと目を戻す。
「……ああそうだ、精々殺してきやがれ」
言葉は抑えようのない震えを帯びていた。我ながら意気地のないことだと自嘲する。
もう彼女は引き返せない。偽りの日常から目を背け、既にその身は死地へと投げ入れられた。
彼女の願いを掬うのは聖杯の恩寵のみ。ならば全てのマスターを縊り殺すまで、その心に平穏が戻ることは二度とないのだ。
視界の端で道化師が踊っている。
その幻は、パンタローネと全く同じ嗤いを浮かべていた。
-
【D-6/長谷川千雨の家/一日目 深夜】
【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]健康、引きこもり
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ノートPC
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
1.戦闘や索敵はライダーに任せ自分は家で情報収集を続ける。
2.ライダーに対する極度の憎悪と不信感。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
▼ ▼ ▼
「散開せよ!」
言葉と同時、三人のゾルダートは弾かれたように三者三様の方向へと飛び退る。
理由は単純。三人のすぐ近くより突如としてサーヴァントの気配が発生したからである。
彼らがいるのはD-6の田園地帯。主たるミサカの命に従いサーヴァントの捜索へとやってきた彼らは、まさにこの瞬間敵サーヴァントを捕捉したのだ。
突然の発生は恐らくは霊体化を解除したのか、肌に感じられるほどの魔力の高まりを感知した瞬間に、彼らは脱兎の如く離脱を開始した。
「これより我らは別行動を取る! 合流はポイントAにて行う!」
「Jawohl!(了解した!)」
それぞれが全く別の方向へと向かいひた走る。数の利点がある以上は各個撃破を狙われようと相手を撒くために別行動を取るのは定石と言える。
そう、本来ならば。この時点で敵サーヴァントが彼らの全てを捕捉することは不可能だっただろう。雑多な家々やビルディング群に阻まれ、路地裏を介してバラバラの方向へ逃走する三人を捕えることはできなかったはずだ。
だが、しかし。
-
「フハハハハハハァ―――!」
視界の彼方より迫りくる影。哄笑をあげながら人間大の物体が高速で飛来する。それは道化の衣装を身に着けた老爺の人形。
ライダーのサーヴァント、パンタローネの姿だった。
そう、ここが都市部や市街地だったならば。ゾルダートの逃避は確約されていただろう。
しかしここで彼らの不運が露呈する。この場所は冬木の南端、都市部でも市街地でもない。民家はまばらで障害物となるものは存在せず、ただっぴろい田園風景が広がるのみ。
だからこそ、猛然と迫りくる自動人形の追撃を振り切ることは叶わない。こと単純な直線の疾走において、パンタローネはゾルダートを遥かに上回っていた。
「ヌゥ!」
「チィッ!」
そしてここに第二の不運が現れる。
疾走するゾルダートたちの前方の地面が、可視化された衝撃波すら伴い突如として一斉に抉り取られる。これ以上の逃避は許さないと言うかのように、その破壊現象はゾルダート全員を囲むように走り抜けた。
仮に、ゾルダートを追撃するサーヴァントが剣や槍による白兵戦に長けたセイバーやランサーであったならば、誰かひとりを犠牲に他の二人は悠々と逃げ帰ることができただろう。
しかしこの場でそれは許されない。何故ならばパンタローネの持つ宝具『深緑の手』は圧縮空気の弾丸を飛ばすのみならず、広範囲を薙ぎ払うことも可能である故。
「こそこそと這い回る鼠がいると思い来てみれば、これは不可思議なこともあるものだ。全く同一のサーヴァントが3体もいるとはな。
いや、貴様ら本当にサーヴァントか? それにしては妙に気配が薄いが」
ニヤニヤと、ヘラヘラと、顎を手で摩りながらパンタローネが侮蔑混じりの問いを投げかける。それを前に三人のゾルダートは互いに陣形を組み、ただ無言で敵手を目で射抜く。
滑稽な服装のサーヴァントだ。色とりどりの装飾がついた服は紛れもないコミックパフォ―マーのものだが、その容貌は観客を沸かせるクラウンというよりは只管に荒唐無稽なピエロに近しい。
闘志を高めるゾルダートを前に、それでも老爺の道化は余裕の態度を崩さない。それは己が最強無敵と自負するからか、ゾルダートの刃など届くはずもなしと完全に舐めてかかっている。
これには自我が希薄なゾルダートですら何も思わないはずもなく、能面のような表情が嫌悪に歪む。
「我らも随分と舐められたものだな。死にたいか貴様!」
烈火の如く怒号をあげるゾルダートに、しかしパンタローネはニヤケ面のままだ。その笑みはどこか相手を小馬鹿にするような印象を拭えないし、実際パンタローネはゾルダートをこの上なく見下している。
そしてそれは、ゾルダートとて同じことだ。
「数を揃えねば碌に戦えぬ半端者が吠えたものよ。貴様ら自分の立場というものを理解していないのかね?」
「黙れ木偶人形め、その口力づくで閉じさせてくれる!」
-
だからこそ、両者の間に和解とか示談とか、そういう選択は最初から存在しない。眼前の敵を叩き潰してこそ、彼らは主の下へと帰還することが許されるのだ。
「是非もなしか。いいだろう、ならばワシが一手指南をつけてやるとしようか」
黙して構えるゾルダートに、パンタローネは一歩前へと出る。
「行くぞ」
同時に、凄まじい破裂音が周囲に響き渡った。
「グッ、アアアッ!」
それが音の壁を突き破ったものだと理解するより速く、強烈な貫手を受けた1号は成す術もなく吹き飛ばされる。
「1号(アインス)!」
「余所見をするな! さもなくば1号の二の舞となるぞ!」
認識外の攻撃に軽く瞑目する3号に、しかし2号が瞬時に警告を発する。
例え戦力差があろうと、同胞がやられようと、この現状に対応しなければ呑み込まれる。
そう悟ってすぐに3号も追随して体勢を立て直す。そんな二人の前に―――
「鈍い鈍い、駄目じゃあないか貴様ら」
間合いそのものを無視したかのような錯覚を覚える速度でパンタローネが眼前に立つ。掲げられた腕は死神の刃のようにも見えて、二人に避ける道理などないように見えたが……
「アーイ!」
後方より届いたのは吹き飛ばされたはずの1号の声だった。うつ伏せの姿勢から右腕だけを真っ直ぐに伸ばし、ブリッツクーゲルなる電光弾を射出する。
風を巻いて金光が奔る。黒の闇に映える電影の弾丸は一直線にパンタローネへと殺到し……
「ホウ、少しは骨があるじゃないか」
しかし払った手に事なげもなく弾き飛ばされる。牽制とはいえ渾身で放った攻撃だ、易々と無力化される道理などないという自負をも打ち砕かれるが、しかしブリッツクーゲルの叩き落としに生じた隙を見逃すゾルダートではない。
「イィーヤッ!」
真円を描く2号のサマーソルトが音速を遥か振り切り下方よりパンタローネを狙い撃つ。その動きは合理の極み。一連の動作は舞うようになどという装飾すら入らぬまでにどこまでも緻密、かつ武骨。寒々しいまでに正確無比な精密機械の如く、一分の無駄も淀みもない。最短最速の軌跡は徹頭徹尾眼前の敵を滅殺するというただ一つの目的だけで完結している。
故にこれは一撃必殺。所詮はレプリカ、紛い物と侮るなかれ。電光機関より発生した致死の雷電を纏う蹴撃はいかな超常の存在であろうとも瞬時に焼きつくし打ち砕く威力を備えている。
「イヤーッ!」
そして彼らは群体であり、故にこれだけで攻撃が終わるはずもない。そもそも彼らは元を辿れば同一個体である以上、ゾルダート同士の連携は阿吽の呼吸という言葉すら生ぬるい領域に存在する。
弧月蹴を放つ2号の背後より3号が飛び出し、更に後方からは体を跳ね上げた1号が上空より弾丸の如く拳を突き出す。それは何の変哲もない正拳突きだが、シンプル故に繰り出される速度は2号の蹴りをも超越する。
後手が先手に追い付く三撃は最上のフェイントとして機能する。着弾は全て同時、一つの漏れもなくパンタローネへと吸い込まれたが……
-
「フム、惜しいな。その連携は認めてやるが地力が足りん」
しかしその全てはパンタローネの巻かれた腕により遮られる。伸縮自在の道化の腕は、広範囲に深緑の手をまき散らすのみならずこうした使い方も可能としていた。
無論ガードしたとはいえパンタローネが無傷であるとか、そういうことは断じてない。現に正拳は腕に亀裂を刻み込み、雷電は確かに着弾点を焼き焦がしている。
だがそれだけだ。この程度はパンタローネにとっては痛打とならず、戦闘不能に追い込むことはおろか戦闘能力の低下すらも一切引き起こしていない。
これはつまり、パンタローネ自身が言ったことが全てと言えるだろう。曰く地力の低さ。例え身体能力を極限まで上昇させる電光機関と電光被服の恩恵を授かろうと、両者の間には絶望的なまでの格差が広がっている。
「そして貴様らのことも大凡は見当がついたぞ。恐らくは我らと同じ被造物。確か……クローンとか言ったっけかなァ?
貴様らはワシを木偶人形と言ったが、何のことはない貴様らこそがその木偶じゃあないか! これは全くお笑い草だ!」
「ふざけるな! 我らを愚弄するか木切れ!」
突き出す拳に力を入れ、2号が憤激に声を荒げる。しかしそれが無意味かつ空しいものであることは、他ならぬ彼ら自身が自覚していた。
敵に怖気て屈服するのは腰抜けだが、勝てもしない相手に意味もなく吼えるのは間抜けだ。現状、彼らにパンタローネを打倒する方法は皆無にも等しい。
故に取るべきは逃走の一択。しかし状況がそれを許さず、最早万事休すと言うほかにない。
「イィーヤッ!」
けれどもそれが攻撃の手を止める理由になるかと言えばそうではない。ゾルダートにあるのは主君への忠誠のみなれば、己の命すら駒として使い捨てることにも躊躇はしない。
裂帛の気勢と共に、最後の―――そして結果の見えた闘争が再開された。
「アーイ!」
「イヤー!」
大気の裂ける鋭い音が連続して発生する。徒手の空拳が宙を斬り空間を断割する。
都合三者の乱舞が閃き合い、たったひとつの対象に向けて殺到する。空拳の閃きが空間を彩る光景はさながら歯車が噛み合いながらひとつの巨大な機械を動かすかの如き様相を呈している。
それはある種の機能美すら見出して、鑑賞する者が者ならば感嘆さえ漏らすだろうが、しかし当人たちにとってはそんな思いを抱く余裕など皆無であった。
少なくとも、片方にとってはまさにそう。
ここは死地。自らの存在意義が達成できるかどうかの分水嶺である故に。
-
「クク―――」
既にその拳打は百にも及び、しかし決定打を与えた回数は未だ零。
何度繰り返したとて同じこと、眼前のパンタローネに彼らの手は届かない。
かわされ、いなされ、軌道を逸らされる。決して気概や技量で劣っているわけではない。これは単純な性能の問題。
仮にゾルダートたちの相手が凡百の自動人形であったならば最初の一合で既に勝負は終結していたはずだ。それはつまりゾルダートたちの持つ戦闘技術がそれだけ優れているということの証左であるが、しかしパンタローネにその道理は通用しない。
曰く最古の四人《レキャトルピオネール》。ただひとりの造物主によって作られた原初の自動人形である彼は通常の自動人形とは比較にならないほどの高度な性能を保有する。その力量は凡庸な英霊の及ぶところでは決してない。
現に三人のゾルダートが必死の形相で攻め立てているにも関わらず、それを軽くいなすパンタローネの表情は涼しいものだ。いかに数で勝ろうともそれだけで攻略できるほど最古の四人は甘くない。
「―――ああ、もういいぞ貴様ら。いい加減飽いたわ」
そして決着の時が訪れる。
無造作に翳したパンタローネの掌、そこに空いた空虚な穴が無慈悲に風切音を奏でる。
それは深緑の手の攻撃動作、かつて一度目にしたそれに、ひとりのゾルダートが警告の絶叫をあげたが……
「遅い、一秒で死ぬがよい」
「イィ……!?」
声と共に、水気を帯びた何かを削り取る不快な音が響いて。
「2号(ツヴァイ)―――!」
同胞の声すら届かず、2号と呼ばれた男の全身から赤い血飛沫が噴出する。
狂い咲く花のように、真っ向砕かれた男の体が夜に木っ端と散華した。
「貴様よくも―――!?」
激昂と共に3号が飛び出すも、しかし掲げられた深緑の手の餌食にかかり、遥か後方まで吹き飛ばされる。
全身を抉り取られた2号とは違い被弾箇所は腹部のみであったが、いかんせん傷が深すぎる。即死こそ免れるだろうが長くはあるまい。
瞬時にそう判断して、パンタローネは最後の一人に向き直る。
「さて、残ったのは貴様一人だが、まだやるかね?」
「当然だ!」
そして最後に残った1号が神風にも等しい突撃を敢行するも、しかし突き出した拳は空しく宙を穿ち、返す刃で首を鷲掴みにされる。
握りしめられた頚からはミシミシと鈍い音が響き渡り、1号の顔が苦悶に歪む。精神では決して負けていない、それは単なる生理的な反応であった。
-
「さて、貴様らの正体がクローンであったかは定かならぬことであったが、それも今はどうでもいいことだな。
最早言い残す言葉もなかろう。疾く消え去るがいい」
口を弦月に歪め、パンタローネは嗤う。
そんなものかと見下して、弱い弱いと己の強さを誇り、あらゆる全てに頓着せず。
ただ嗤う。己の勝利を確信し、この手にある敵は何もできないのだと高を括って。
そんな中、1号の口元が動く。
「―――」
「ン? 何を言っているのかさっぱりワカランなぁ?」
パンタローネは侮蔑の嘲笑を変えることなく、鷲掴みにした1号を見下し笑う。
彼の声は届かない。その手は敵手に痛手を負わせることもなく、ただ無意味に消費されるのみ。
そう、そのはずだった。少なくとも単体の彼に勝ち目など一切ない。窮鼠が猫を噛んだとて、軽く振り払われるかそもそも当たらないのが世の道理だ。
しかし、それでも彼は確かに英雄と呼ばれるだけの存在であって。
「――――――Sterben(くたばりやがれ)」
―――そして、ここに極大の稲光が発現する。
1号の肉体より迸った紫電は彼自身の体すら突き破り、およそ彼の力量からは考えられないほどの威力を伴ってパンタローネを包み込んだ。
それは漆黒の闇夜すら切り裂いて、ただ一色しかなかった空に紫電の瞬きを放射した。
凄まじいまでの轟音と爆裂する熱量が深々と地面を抉り取り周囲の全てを破壊する。それは地を削るのみならず田畑の水を根こそぎ蒸発させ、小規模の水蒸気爆発すらも連鎖させて。
電光機関最大出力。レプリカの命すら消費して放たれた雷撃は、確かにパンタローネの装甲を貫いた。
周囲を埋め尽くす破壊音が轟いた後、一転してあらゆる音が消え去り世界は静寂を取り戻した。
立ち込める水蒸気の中、爆発の中心より小さな何かが飛び出し、土の上へと転がり出る。
わずかに光を反射するそれは、表面にひび割れた1の数字が掘りこまれていた。
【レプリカ1号(エレクトロゾルダート)@消滅】
【レプリカ2号(エレクトロゾルダート)@消滅】
▼ ▼ ▼
-
二人の同胞の犠牲の果てに、逃避行を成功させた男が一人。
肉体の修復に充てる魔力すら移動に費やして、C-6の町中にその姿はあった。
「……早く、戻ら、な、ければ……ッ!」
抉り取られた腹部を抑え、それでも不屈の気概を胸に三人のゾルダート最後の生き残りは主の下へと馳せ参じる。
単独の逃避は裏切りでもなければ恐れをなしたのでもない。それは彼らによって事前に決められた通りの内容だ。
すなわち―――「勝てない相手に遭遇した場合は二人で一人を逃がす」というもの。
そもそも彼らに与えられた任務は偵察だ。サーヴァントの撃破など命じられていない以上、直接の命令をこそ最優先に行動するのが当然である。
そして彼はここにいる。道を往く彼の肉体は末端から宙に溶け始め、もう動いていられる時間は幾ばくも無い。けれど、それでもやるべきことはまだ残っている。
「伝えなければ……この情報を、ミサカに……」
足取りは重く歩みは遅々として進まない。しかし発する声に陰りはなく、あるのは只管に主へと捧ぐ忠誠のみ。
既に目の前にはミサカの住まうマンションが見えている。この分ならば自分が消えてしまう前に仔細を報告することも叶うだろうと推測する。
『こんにちは。エレクトロゾルダート』
『諦めるときだ』
『さようなら』
視界の端に映る道化師など意にも介さず、3の記号を冠するレプリカは最後の行軍を続ける。
その瞳に、諦観の影は微塵も存在しなかった。
【C-6/ミサカのマンションへと続く道/一日目・深夜(朝になりかけ)】
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態]3号、腹部に極めて強いダメージ、魔力消費(極大)、消滅寸前、無我、単独行動
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント(3)
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.早急にミサカの下へ戻り起きたことを報告する。
[備考]
南の方角に向かったのは1号〜3号です。
▼ ▼ ▼
-
「―――――」
そこには静寂だけが満ちていた。
立ち上る煙と大きく抉られた大地のみが先の戦闘の激しさを物語り、しかし今この時は動くものなど何もない。
全ては消え去ったのだ。迸る雷光があらゆる全てを焼き尽くして、その宿主の命すら燃やし尽くして。
「――――れ」
しかし。しかしそれでも残ったものがある。
動くものは何もない。けれど、何かを呟くものはそこにあった。
それは老人。それは人形。ライダーのサーヴァントとして顕現したオートマータ。
陽気な道化師の姿は見る影もなく焦がされて、けれど霊核を砕くまでには至らない。
だがそれだけだ。全霊の電撃を浴びた彼は動けない。彼の両手は、蠢くだけで。
「―――おのれ、おのれおのれおのれェ―――ッ!」
静寂が支配する空間に爆発する怒号が響き渡る。嘲笑のみを浮かべていた顔には今や憤怒の面しかなく、体は動かずとも必ず怨敵を縊り殺すという極大の憎悪が放出される。
「下賤な造り物風情がこのパンタローネに傷をつけ、あまつさえフランシーヌ様より賜った服を焼きおって……ッ!
許さぬ! 許さぬぞォォッ!」
動かぬ体を無理やりに振り回し、パンタローネは虚空へと吼え続ける。
主君への狂信と敵への憤怒を胸に、その精神を嚇怒の赤に染め上げる。
ダメージを受けた体が回復するまでの幾ばくか、その短い時間においてパンタローネは延々と怨嗟の声を上げ続けるのだった。
【D-6/畦道/一日目 深夜】
【ライダー(パンタローネ)@からくりサーカス】
[状態]全身にダメージ、激昂
[装備]深緑の手
[道具]フランシーヌ様より賜った服(襤褸屑状態)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得しフランシーヌ様に笑顔を
1.千雨のことは当面の主として守ってやる
2.他の主従を見つけたら即刻殺害
3.群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)に対する激しい怒り
[備考]
D-6の畦道に結構甚大な破壊痕が刻まれました。激しい発光もあったので同エリアに誰かいたなら普通に視認されたかもしれません。
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投下を終了します。
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乙です!
千雨、ついに覚悟を決めたか…どこか悲壮で削られていくようだ
パンタローネ、実に凶悪だなあ
そう言えばサハラまでの彼はこんな感じだった、嘲笑し蹂躙し不可解で不気味な怪物として人の前に現れるオートマータ
そしてそのパンタローネに絶望的な闘いを挑むゾルダートたちがかっけえ
レプリカならではの戦闘描写にしっかり筆が割かれ、それでもなお届かぬ絶望的な彼我の差よ
それでも最期に笑って言葉を遺し一杯食わせた彼、彼らは立派だった
二人の犠牲のもとに走る3号、ミカサ妹は悲しむだろうなあ…
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千雨は自棄が入っていながらも、聖杯狙いにしっかりシフトしていて戻れない感が強いですね。
ただ、アスナやネギが偽物だと判断したからこそなので、彼女達が本物だと気づいた時には何が起こるのか。
紙風船の中身が実はぎっしりと詰まっていたとなると容易く割ることはできないことになりますがはたして。
そして、パンタローネさんが楽しそうで何よりです。最後までエンタテイナーでいてくれる道化の鑑ですね。
ただ調子を乗り続けられる程、甘い戦場ではないのでどこかで落ち着くのか、それとも。
ゾルは各個の協力が阿吽の呼吸でチームで戦っている感バリバリですね。
惜しむべくは能力の低さから打倒には至らない所ですが、意地を見せれたようで何よりです。
本田未央、しろがね(加藤鳴海)、アサシン(あやめ)を予約します。
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×ミカサ
○ミサカ
進撃の彼女になってましたすみません
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投下乙です!
パンタローネVSゾルダート連合軍の戦いは圧巻でしたね
歯が立たないながらも果敢に挑んだゾルダートには敬意を表したい
特に最後のブリッツボンベはかっこよかったです
そして瀕死の重傷を負いながらも帰還しようとする3号
3号の持つ情報や2人のカメラードの死がミサカや他のゾルダートにどう影響するのかが楽しみです
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投下乙です!
(読者に)絶望感を与えるパンタローネ、地力が低くても果敢にも挑むゾルダートの戦い
両者の特徴や強弱が良く出ており、パンタローネに分があったものの最後に一矢報いたゾルダート達は恰好良かったです。
千雨は聖杯戦争に向けて意識を動かしているものの、動的なアクションを取らない事が今後どのように響くのか……
キリヤ・ケイジ、アサシン(T-1000)を予約します。
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ケイジ組もキター!
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これから投下します。
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「おおおおおッ!!」
全力の咆哮。精一杯の疾走。
自分に向かって雨霰のように降り注ぐ弾幕の中を、当たらないように緩急をつけながら駆け巡る。
とはいえ、流石にいくらかは行動を読まれてしまう。
相手からの集中砲火により多少は被弾するが、問題ない。
装着している戦闘ジャケットが全てを弾き、射撃の意味を無くしてくれる。
これが模擬弾ではなく、たとえ小火器程度の実弾であったとしても。
(本当の戦場に比べたら、こんなものは生温いな)
こちらからも銃で反撃しながら、キリヤ・ケイジはふとそのような事を思い返していた。
彼が数々と経験してきた『被弾』とは、『致死』を意味する。
9mm弾ぐらいなら容易く防弾する複合装甲も、ギタイが放つ棘槍の前では紙も同然。
奴らのスピア弾は人体を簡単に引き千切り、掠っただけでも抉られてしまう。
対物クラスの破壊力・貫通力を何度も、何度も体験したケイジにしてみれば。
あの生と死を繰り返す地獄に比べたら、今やっている事などごっこ遊びにしか感じられなかった。
とはいえこれも仕事の一貫であり、そして自分のためにもなるので手を抜かないでいる。
――元々の所属はとある軍関係の機関で、今は出向先の企業が研究しているパワードスーツの開発に携わっている。
故に研究施設がある冬木市で暫く生活している、という役割がキリヤ・ケイジに与えられていた。
元の世界では入隊したての少年兵なのに、なぜこの様な待遇になっているのかは怪訝に思ってはいたが。
ある意味適材適所の配役であったため、聖杯の気紛れに気にも留めず。
そして自分がマスターである事を隠すためにも、不審な行動せずにこうやって職務を全うしていた。
不意に弾丸の雨が止む。
索敵。標的をロスト。こちらも物陰に隠れながら次の動作に備える。
そして相手の行動を思考する。それは数日の経験ですぐに帰結する。
たぶん、彼女なら、この次は……
「はぁぁぁぁっ!」
気付くのが一足遅かった。
真上から、同じように機動ジャケットを纏った人影が飛び降りてくる。
特別に用意された模造の武器をその手に握り、勢いを乗せて振り抜いてくる。
こちらも咄嗟に白兵用の武器で受け止めようとするが、間に合わない。
万全ではない態勢のまま、辛うじて剣筋をずらす事はできた。
しかし、いなしきれず、逸れた攻撃がそのまま腕に直撃を受けてしまった。
『す、ストーップ!中断してください!!』
そこで終了のアナウンスが入り、両者共に戦意を喪失させる。
確認すると攻撃を受けた腕部にエラーが表示されている。
――やはり、この偽りの世界における戦闘ジャケットの完成度は彼が知るモノには一歩及ばない。
現状は試作段階に過ぎず、モーションキャプチャーの最中にエラーや誤作動も度々発生する。
元の世界にはなかった技術などが盛り込まれて光る部分もあるが、まだ常時安定した動作は期待できない。
ともあれ今は、滾る鼓動を抑えるためにヘルメットを脱ぎ取る。
汗ばむ顔に爽やかな外気が触れる。吸い込む空気が、心にゆとりを呼び戻す。
「ふぅ…少々やり過ぎたな。大丈夫か、ケイジ?」
同じく素顔を晒した少女――リタ・ヴラタスキ――が、言う程には悪びれずに気遣いの言葉を出した。
〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜
-
数人の研究員と整備員があれこれ言葉を交わしながら戦闘ジャケットを調整している。
その光景を少し離れた位置からケイジとリタは眺めている。
着替えて研究施設の一室に集まり軽くブリーフィングを行った後、彼らは次の指示が入るまで待機していた。
「……やっぱり、少し腕が痛む」
「なんせ全力で殴ったからな」
「少しは手を抜けよ」
「データを取るには全力でやるのが一番だろう」
だからって限度があるだろう、っとケイジは心の中で思いつつリタの横顔を眺めた。
リタ・ヴラタスキ。
US特殊部隊に所属する、人類最強のジャケット兵。
世界各所でギタイ達を屠ってきた精鋭中の精鋭。兵士達の間では渾名で「戦場の牝犬(せんじょうのビッチ)」と呼ばれている。
味方にも恐れられるような女傑ではあるが、時折22歳という年齢に不釣合いな幼さを見せる不思議な人物。
それがループ世界でのキリヤ・ケイジが知る彼女の肩書・人柄であった。
しかしそれがどういうわけか、同僚として研究開発に協力しているNPCとして設定されている。
ここでも優秀な人材である事には変わりないが、何故かプロフィールは19歳になっていた。
加えて戦乙女のような鋭さは幾らか薄まり、少しだけ少女らしくなっているように感じた。
最も、ループ世界では彼女との関わりなんて殆ど無かったから、何が彼女らしいなんて分からないが。
「ところでケイジ、今日はどうした?」
「ん、なにが」
「いつもより動きに切れがなかったぞ。もしかして、何か悩み事でもあるのか」
「…いや、ちょっと私的に困った事があってね」
「そうか。私でよければ何か手助けしようか?」
「ありがとう。でも、これは俺一人でなんとかなるから、大丈夫だ」
突然見透かされたような発言を受けて内心動揺したが、取り敢えずこれ以上心配掛けないように誤魔化しといた。
というより、この問題に彼女は巻き込めない。
自分自身で解決しなければならない問題なのだから。
-
昨晩、聖杯戦争が本番に入った事を告げられた以上、より気を引き締めなければならない。
自身のサーヴァントに期待できない以上、勝ち残るには首尾よく鞍替えを成功させなければならない。
それはとても難しい事だろう。なにせ大きな障害が幾重にも立ちふさがる。
狙うべきは他のマスターだが、当然サーヴァントが傍にいるはずだ。武力でどうにかできる可能性はとても低い。
交渉しようにもこちらのカードは少なすぎて不利である。
万が一、他のマスターから奪い取ったとしても、従えるサーヴァントからの心象は最悪なものになるだろう。
逆に、もしかしたら性格が最悪なサーヴァントを掴まされる可能性もある。
あまりにも未知数が多すぎる茨の道。普通なら無謀と諦めるだろう。
それでもキリヤ・ケイジは現状よりはマシだと思っていた。信じるしか他はなかった。
なにより、ギタイを地球上から一匹残らず駆逐するためにはどんな試練をも乗り越え、絶対に聖杯を手に入れる、と覚悟を決めていた。
だが昨晩、早速問題が発生した。
裁定者からメッセージが送られてきた直後、アサシンが姿を消してしまった。
令呪を一画使ってからは幾らかは大人しく命令を聞いていたから大丈夫だろう、と少しだけ気を緩めてしまった矢先に逃げられてしまった。
自らの命綱であるはずのマスターを殺害しようとするほどに凶暴な獣が、野に放たれてしまった。
何を仕出かすかわからない、最悪大惨事を起こしかねないアサシンを探すために、ケイジは夜の街を走り回った。
しかし、街に溶け込んだ彼を見つけることは叶わなかった。
結局、朝になったため研究施設に赴くことにした。
これ以上不審な行動を取ると自分がマスターとバレてしまうかもしれない。
だから他のNPCと同じように行動して素性を隠すしか他なかった。
一応、仕事が始まる合間に情報を集めようとテレビやネットから手掛かりはないかと調べてみた。
結果は大して得られなかった。ここ最近騒がれている事件の数々について報道されるだけだった。
逆に言えば、今のところは何も起こしていないという事だが、増々不安が募るばかりだ。
-
「あの、すみません」
しばらくして、一人の整備員が声を掛けてきた。
「キリヤさんのジャケットは、どうやら先程の攻撃で不調になってしまったようです。
そのメンテナンスするのに時間が掛かってしまうので、キリヤさんは仕事を上がってください」
「えっ、いいんですか?」
「はい。ジャケットがないとキリヤさんにやってもらう事もありませんし。
あとはヴラタスキさんの動くジャケットで他の項目について試してみたいと思います」
「…わかりました。ありがとうございます」
思わぬ事態に驚きつつ、この僥倖にケイジは内心歓喜した。
まさか、風が吹けば桶屋が儲かる、のように突然の休暇が転がってくるとは。
やはり、ループに囚われない一回限りの時間とは、不安だが安心であり、怖いようでおもしろい。
「良かったな、ケイジ。怪我の功名とやらだな」
「それはちょっと違うけと…まあいいか」
「…そうだ、ケイジ。もしこの後時間が空いているなら、昼食を一緒に行かないか」
「あぁ…悪い、ちょっと片付けたい用事があるから。また今度、な」
「む、そうか…」
「それじゃ」
少し不機嫌そうなリタの声を気にも留めず、ケイジは部屋から出る。
ふと、通路のガラス越しから自分のジャケットに目を向ける。
先程の彼らの会話を遠耳で聞き取った限りだと、多分今日中には修復は完了するだろう。
とりあえず今日は運良く非番になった。この時間を有効に使わない訳にはいかない。
もう一度街に出て探しに行こう。とにかく、アサシンや他のマスターを見つけねば。
そんな事を考えながら、しかしケイジは研究施設をすぐには出ていかなかった。
少し寄り道をして、再度この研究施設のセキュリティーを確認する。
もし緊急事態が発生した場合に備えて、いつでもジャケットを拝借できるように。
あの戦闘ジャケットは対人戦闘において優位に立てる優れモノだ。
流石にサーヴァントと戦うには及ばないが、それでも生存率を高めるのには役立ってくれるはずだ。
当然、研究施設の機密の一つだからセキュリティーは厳重に張られている。
もしジャケットを持っていくことが出来ても、その後は自分が追われる身になるに違いない。
だから本当はそんな事態が起こらないのが一番だが、それは望めないだろう。
何が起こるか分からない戦争に備え、万が一の非常時には有効に使わせてもらうしかない。
(さて、どこから探しに行くか……まずは新都の中心に向かってみるか)
繰り返しが望めない世界で、この先どのような未来がやってくるか分からない。
何が起きても自分が生き残れるように、ここ数日間で出来る限りの備えは整えといた。
今はただ、絶対に勝ち抜く意思を胸に、不穏な空気が立ち込める外に向かって一歩踏み出すのみ。
【B-8(左上)/とある研究施設/一日目 午前】
【キリヤ・ケイジ@All you need is kill】
[状態]少々の徹夜疲れ、若干腕に痛み
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]
[金銭状況]同年代よりは多めに持っている。
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残る。
1.アサシン(T-1000)と他のマスターを探す。
2.サーヴァントの鞍替えを検討中。ただし、無茶はしない。というより出来ない。
3.非常時には戦闘ジャケットを拝借する。
[備考]
1.ケイジのループは157回目を終了した時点なので、元の世界でのリタ・ヴラタスキがループ体験者である事を知りません。
2.研究施設を調べ尽したため、セキュリティーを無効化&潜り抜けて戦闘ジャケットを持ち去る事ができる算段は立っています。
3.ケイジの戦闘ジャケットは一日目の夕方位まで使用できない見込みです。早まる場合もあれば遅くなる場合もあります。
〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜
-
T-1000の使命。
それはスカイネットを攻撃する人間を抹殺することである。
T-1000に与えられた指令。
それは人類抵抗軍の指導者であるジョン・コナーを歴史上から消去することである。
彼に与えられた至上の命令(コマンド)は、たとえ聖杯の枠組みに組み込まれても変わらない。
たとえマスターであれど、人間ならば構わず殺す。
それが自分の現界を維持するための電池であろうとも、神を殺しかねない者(ウィルス)は排除しなければならない。
だから、自身の脱落も厭わずにマスターを抹殺しようとした。
――この思考は、この夢幻の聖杯戦争とは違う平行世界の偽りの聖杯戦争に召喚されたアサシンと共通するものがある。
――自らの信仰を汚す異教の聖杯戦争を憎み、それを利用しようと歴代の「山の翁」を使い潰した異端者達を許せなかった。
――だから彼女も、聖杯戦争のルールなど度外視して、自らを召喚したマスターを即座に殺害した。
――という類似例もあるように思想や成立ちは全く違うが、T-1000も同じ理屈で衝動的に召喚者を殺害しようと牙を向けたのだった。
だがその身を切り刻む前に令呪を使われてしまい、“キリヤ・ケイジを抹殺してはならない”と指令をプログラムされてしまった。
今でも人類抹殺の命令は機能しており、自分のマスターも抹殺対象だと認識している。
しかし別の絶対命令により自分のマスターを殺せないという事態に、T-1000は異常を感知していた。
人間に例えるならば、もどかしさを感じていた。
とりあえずは仕方なく、T-1000は違和感を感じながらもマスターの指示に幾らかは従う事にした。
とはいえT-1000が唯一従うのはスカイネットだけであり、例えマスターであろうともキリヤ・ケイジの指示を第一に従うつもりはない。
例えマスターが交流を計ろうとも、やはり相容れない存在同士なので応じようとは思わなかった。
当然、マスターから警戒されていることは承知していた。
だからマスターも一時も気を許さないように、アサシンの事をなるべく目を離さないようにしていたようだった。
基本は霊体化して同行するように命じられた。よくて少しの間の自宅待機しか離れることはなかった。
T-1000も、表向きは云う事を聞く。しかしそれもフリであり、黙って従うだけの事はしなかった。
同行中は街や施設にいる人間モドキ・NPCを観察したり、隙あらば施設のセキュリティに潜入し探りを入れてみた。
自宅待機など絶好の機会。マスターがいない間は周囲の把握に努めていた。
ちなみにT-1000の液体金属の一部をマスターの私物に忍ばせているため、発信機能によりほぼ何処にいるかは分かっている。
-
こうして暫くの調査を行い思考を重ねる中で、T-1000は聖杯戦争における幾らか行動指針を決めるに至った。
人類を抹殺する使命は変わりないが、流石に自らの手で虐殺を行うつもりはない。
流石に自分一体だけで大量の人間を殺すのは効率が悪すぎる。
可能ならば原爆・水爆などもっと効率良く殺す手段を取るのが一番だろうが、この偽りの世界ではそれも望めないだろう。
もしくはサーヴァントの宝具ならば人類を一網打尽にできるかもしれないが、そんな都合良い話はないだろう。
どの道、この偽りの世界で人間共を殺しても、スカイネットが存在する世界の人類軍を壊滅させられないのでは意味がない。
それに騒ぎを起こせば他のサーヴァントに捕捉されかねない。
普通なら人間如きに及ばない程のパワーを有するT-1000だが、ここには異界の英雄たちが集っている。
その中には自分を破壊しかねない未知なる能力を持っているかもしれない。
故に警戒しなければならない。変に素性がバレれば、人間の抹殺どころではなくなってしまう。
故に慎重にいくしかない。様々な記録の中には、人間の知恵と機転によって倒されたT-1000もいるのだから。
それにアサシンとして召喚された以上、サーヴァント同士の正面きっての戦闘をしなくてもよい。
自分は【ターミネーター】だ。【人類の歴史を終わらせる者】だ。【重要人物の抹殺する者】だ。
人間達に擬態して紛れ込み、標的を暗殺するのが与えらえた役割である。
だから必要な時以外に騒ぎ立てる必要はない。
誰も気付かない内に任務をこなせばいいだけだ。
以上をもって、何をするのが一番だろうか。
簡単だ。
聖杯戦争に関わるマスター全員を殺し、聖杯に願えばいい。
『スカイネットに仇名す人間共を抹殺しろ』、っと。
では、どうやって他のマスターを探せばいいか。
それも簡単だ。
「がぁはっ!………」
今しがた、一人の警察官が脳天を貫かれて崩れ落ちる。
その傍らには、全く同じ容姿をした警察官が無表情に立っている。
手際良く殺し擬態したT-1000は、警察官の所持物を漁り、そのままパトカーのトランクルームに放り投げた。
聖杯戦争が始まれば、今まで以上に行動する主従が増えて騒動も大きくなるだろう。
そうすれば様々な情報が警察署に集まる、それにT-1000は目を付けた。
今まで集まった情報を解析しつつ、新たな騒動が起これば現場に急行し聖杯戦争の関係者を見つけていく。
暫くは後手に回ってしまうが、今はじっくりゆっくりとマスターを探せばいい。
当然、チャンスが目の前にやってくれば即行動するが、情報が集まってから行動する方が確実であろう。
とにかく隙を窺い、暗殺する。
他にもやる事はあるが、とりあえずの行動はこれでいいだろう。
これがT-1000が行きついた考えであった。
流れるように運転席に乗り込み、内部に置いてあった資料を読む。
一つ気になる記事を見つけたT-1000は、目的地に向かって街の中を移動し始めた。
〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜
-
男が一人、日差しが差し込む公園に佇んでいた。
しかしそこは公園と呼ぶには無残な姿に変わっていた。
広場には数々の破壊の跡が残されている。特に大きい物はクレーターのようになっている。
少し離れた壁にも何かで一直線に薙ぎ払ったような後が遺されていた。
明らかに人間を超越した者による仕業であり、常人には理解できないだろう。
それを常識として捉えているアサシンは、何か他に痕跡がないかと現場に赴いたところであった。
「ちょっと、そこのあなた!ここで何しているの!」
背後から唐突に声を掛けられ、アサシンは振り向く。
そこには両脇の髪をゴムで纏め上げた小柄な婦警がいた。
可愛げある童顔に見事なトランジスタグラマーという、所謂魅力的な外見である女性が近づいてきていたが。
そのような人間的特徴を単なる記号としか捉えていないアサシンはただ動かずに見るだけだった。
「って、あなたも警察官だったのね。失礼しました」
てへぺろ、っと舌を出しながら愛嬌ある顔を見せる。
なぜそんな事をするのか理解できず、アサシンは無表情を崩さない。
しかし何も反応しないのは不自然なので口で応じる事にした。
「ああ、丁度この近くまで来ていたから、ちょっと気になって寄ってみた」
「へぇ、そうなの。しかし凄いよねー、これ。一体どうしたらこんな事になるのかしら」
「さぁ、わからないな」
「むぅ、つれないわねぇ。まっ、担当の刑事も全く検討が付いていないぐらいだし、仕方がないわね」
「検討が付かないと言えば、謎の失踪事件もそうだな」
「そうね。失踪者達に関連性は全くないし、ホントに神隠しにあったかのように突然姿を消えちゃうし」
事前に車内にあった資料を読んでいたため概要は知っていたが、この会話で幾らか現実味が帯びてきた。
当然、アサシンこれらの事件をサーヴァントによる仕業だと推測している。
目の前にある光景は明らかに人外同士による戦闘跡であるのは明らかだ。
失踪事件に関してはまだ断定出来ないが、おそらく聖杯戦争に関わっているのは間違いない。
どうやら警察はこれらの事態に対応しきれていないようだが、流石に手をこまねいているだけではないだろう。
当時の殺人事件の現場写真や物品保管など調査資料は残っているだろうし、失踪者の生活圏や失踪箇所から事件の範囲などは特定しているはずだ。
あとはこの目で検分すれば、他の主従に近づけるに違いない。
ならばここにはもう用がない。そろそろ警察署に向かう事を考えてた、その矢先。
「あ、それとちょっといい?もしこの子を見つけたら保護しといてくんない」
婦警が懐から一枚の写真を取り出してアサシンに渡した。
そこには愉しげに笑う少女の姿が映っていた。
「この『仲村ゆり』さんも数日前から失踪しているの。
といっても家出みたいなもので、たまに目撃情報も入っているから事件に巻き込まれているわけでもなさそうけど。
両親がとても心配して捜索願を出しているから、見つけたら報告して頂戴ね」
「…了解した」
もしかしたらこの少女も聖杯戦争に関わっているのでは、っと考えつつ適当なポケットにしまっておく。
今は判断材料が少ない。とりあえず見かけたら様子を見てみるのが最適だろう、と保留しておいた。
「さて、いつまでもサボる訳にはいかないからそろそろ戻りましょうか」
婦警の言葉に、アサシンは素直に従う。
この女を口封じのために暗殺することも考えたが、今はやめておく事にした。
NPCをむやみやたらに殺しても意味はないし、事件に発展して誰かに探られては動きづらくなってしまう。
それに有益、かどうかはまだわからないが情報も得られた。今はそれで良しとしよう。
アサシンと婦警の来た道はそれぞれ別の為、そのまま公園で別れる事になった。
アサシンはすぐに自動車に乗り込み、再び街に向かって動き出した。
【A-9/林道/一日目 午前】
【アサシン(T-1000)@ターミネーター2】
[状態]正常、日本人男性の警察官に擬態
[装備]警棒、拳銃
[道具]パトカー、車内にあった資料、手錠、警察手帳、その他警察官の装備一式
[思考・状況]
基本行動方針:スカイネットを護るため、聖杯を獲得し人類を抹殺する。
1.警察署に潜入し情報を収集・分析する。
2.マスターらしき人物を見つけたら様子見、確定次第暗殺を試みる。
ただし、未知数のサーヴァントが傍にいる場合は慎重に行動する。
3.「仲村ゆり」を見かけたらマスターかどうか見極める。
[備考]
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以上で投下終了です。お目汚し失礼しました。
閑話休題。あとがきついでに今更ながらの答え合わせ。
拙作「戦争屋と死神」、サーシェス&キルバーンの登場話にいたモブサーヴァントにはモチーフになったキャラがいます。
それは誰でしょうという出題、その答えは、RAVEの“ゲイル・グローリー”と“ゲイル・レアグローブ”です。
あくまでモチーフなので作中に出てきたサーヴァントは“そっくりさん”ですよ。たぶん。
あと、モブバーサーカーのマスター(モブ男)はオリジナルです。思考・口調は自分なりに作ってみました。逆に近似キャラはいるかな?
そしてモブセイバーのマスター(モブ少女)は容姿や口調などの特徴も全くない、キング・オブ・モブ。
いや、クイーン・オブ・モブ?むしろそのモブさ故にあるキャラを思い出しますが、まぁモブだしどうでもいいですね。
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投下お疲れさまです
改めて状況を整理されるとケイジは本当にいばらの道ですね…彼なりに気力と意欲を保って算段を立ててることに感服するくらいには
しかし読む側からしてみれば非常に面白い!
T-1000との剣呑すぎる関係性も、この危険なアサシンの思考の流れ、そして彼が警察署に潜んで独自に行動を始めていることも、ゆりを捕捉してしまったことも、今後の不穏さを思わせてわくわくします
この主従の動きがどう転がっていくか楽しみです
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申し訳ございませんが、>>213->>219のSSのタイトルを「鉄心と水銀 交わらない宿命」に変更させていただきます。
また、作品がwikiに収録後に本文の修正や状態表の追記などを行います。
不適切な文の修正や本文中の内容を備考欄などに記載するつもりなので変更点などはございません。
度々ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
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投下乙です!
扱いにくそうなキリヤ組が上手く捌かれて、本当に良かったです。
兵器研究施設も、色々な主従が接触しやすそうで、地味に便利で良い感じです。
それにしても、T―1000の能力はやはり凶悪です
何より、一度能力がバレても「成り代わりの恐怖」で持久戦を挑めるのが恐ろしいです
あ、警官成り代わりもGJでした!
やはりT―1000といえば、警官ですよね!
モブ婦警さんも、その明るさと天然さがT―1000の異質さを際立たせていて良い起用だったと思います
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早苗さんかな
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乙、T-1000が面白いな
こいつあくまで鯖であっても思考はターミネーターか、パンタローネと似たタイプと見た
ゆりちゃんは危険人物ばっかりに目を付けられるね
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投下乙です。
やはり、戦場慣れしているからか、ケイジはサーヴァントがアレでも落ち着きがありますね。
自分に何ができるか、リスクとリターンを把握できていて余裕がありますね。
T-1000さんの機械っぷりは相変わらずで、小柄な婦警さんの安全が心配でしたが無事でよかったですね。
ただ、必要とあらば何でも行う姿勢から全くこの先の安全が保証できないですが。
ギリギリですが投下します。
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じりじりと喧しい目覚まし時計を聞きながら迎えた朝は最悪の一言だった。
カーテン越しだろうとお構いなしに差し込んでくる光に鬱陶しさを感じながらも、本田未央はのっそりと起き上がる。
しかし、起き上がるには朧気な意識では足りなかったのか、すぐさま横に倒れてしまう。
寝ぼけ眼を擦りながら、這いずり回って目覚まし時計のスイッチを乱暴に押し、そのまま電池を抜き取った。
この目覚ましがあるおかげでせっかくの怠惰な時間が台無しである。
大方、あのお節介なサーヴァントが気を利かせたのだろうが、余計なお世話だ。
だが、決定的に嫌いと言えないのは彼が紛いなりにも自分に対して歩み寄ろうとしているからだろうか。
マスターとサーヴァント。
その関係である以上、加藤鳴海は表立って自分に対して危害を加えない。
あの大きな腕の矛先に、自分は加えられないと、まだ安心していられるのだ。
しかし、薄氷の上で踊るかのように、未央達の関係は歪で脆い。
サーヴァントとして呼ばれた以上、鳴海にだって願いはある。
何があっても、何をしてでも叶えたい願い。
それを達する為には未央はお荷物でしかない。
理解しているからこそ、本田未央は加藤鳴海を完全に信用しきれない。
彼は絶対に裏切らないと誓っているが、そんな口約束を信じれる程、自分達の関係は深くなかった。
令呪を使って裏切らないように強制するべきなのか。
もっとも、偽りの忠誠などいつかは崩れるものだし、命令から逃れる抜け道は幾らでも存在する。
絶対は絶対にありえない。
だから、未央は掌に刻まれた紋様を行使しなかった。
そもそも行使する前に鳴海が自分を襲ってしまえばそれまでの話である。
「シャワー、浴びよ……」
しかし、あくまで仮定の話だ。
未央の拙い頭が出した結論は性格ではない。
それに、ただでさえ雁字搦めに絡まったしこうをこれ以上ややこしくする必要はない。
未だ夢見心地の頭を冷やす為に、未央はのっそりと起き上がり、大きく伸びをする。
そして、立ち上がり緩慢ながらも汗ばんだ身体をさっぱりさせようと風呂場へと行こうと歩を進める。
今、この家で未央は一人だ。
家族は全員各々の役割に準じる為に外出しており、ここには役割すらも放棄して引きこもっている未央しかいない。
-
口から漏れ出した溜息はこれで何度目だろう。
数えてこそいないが、結構な回数を重ねていると予想する。
夢からはまだ醒めない。延々と続く悪夢は今も聖杯戦争という形に変えて、続いている。
それは初めてステージに立った時の夢であって、初めてステージで失敗した夢でもあった。
夢の中、未央の表情は重く澱み、ステージは自らを拒絶する場所だった。
思い出して微かに嗤う。それは夢でも何でもない、現実だ。
通り過ぎ、目を背けた過去を消す為に自分はここにいる。
だからといって、躊躇なく人を殺せるはずもなく、未央は家に引き篭もることで中途半端に今も生きている。
この冬木市から抜け出すには最後の一組になるまで勝ち残るしかない。
人を殺す。たったそれだけの行為に、自分は尻込みして前へ進むことも後ろへ逃げ帰ることもできなかった。
もっとも、未央が殺人に躊躇を感じるのは当然のことだ。
一般人の範疇を出ない彼女にとって、殺人とは最大級の禁忌であり侵されざるべき領域なのだから。
どうして、ここまで来てしまったのだろう。
問いかけても返ってこないとわかっていながらも、未央は問いかけられずにはいられなかった。
考えても仕方がない。しかし、考えずにいられない。
矛盾していることは百も承知している。けれど、そう思っていることは事実だ。
そんな自問自答を夏の茹だるような暑さと一緒に振り切って、未央はシャワーを浴びるべく服をするすると脱いでいく。
そして、シャワールームへと入り、備え付けの鏡に写るのは未だ血に汚れていない綺麗な身体だった。
加藤鳴海のおかげで未だ争いを知らぬ純白の右手。
『こんにちは、ミオ』
――そして、視界の端で踊る道化師。
この道化師を見ているだけで自分の胸元を掻き毟りたい衝動が迸る。
何度も、何度も。道化師は嘲笑うかのように、未央に語りかけてきた。
諦める時だ、と。
そんな情けない言葉、あの時まで考えたこともなかった。
せっかくの舞台、自分達の為に用意された新曲。
できたてEvo! Revo! Generation!
そのメロディーは今も脳裏に刻まれ、歌うことができる。
明るいはずの旋律が、凶暴に歪んで不協和音として頭にこびりついていた。
-
「…………こんなはずじゃ、なかった」
未央を引き裂き、煉獄の炎となってその身を炙る熱は何処までも離さなかった。
逃避で耳は塞げない。遮ることができても、過去は消えやしない。
毎晩見る夢は夜を越えるごとに己を苛んで果てが見えなかった。
「私が、何も見えてなかったから」
これも罰だというなら、歓喜と共に受け入れよう。
それを成すことで胸の凝りが取り除かれるなら何度だって罰を飲み込もう。
しかし、何度振り返っても、胸に残る重苦しい感触は歓喜と呼ぶには程遠い。
シャワーから吐き出される冷水を浴びて尚、未央の身体に残る熱は今も精神を蝕んでいる。
チャンスは来たが、すっきりとした爽快感は来なかった。
自分が何を求めて、何を成せるのか。
冷水は悪夢の残滓を洗い流すが、それだけだ。
汗と同じく悪夢は夜になるたびに湧いて尽きることがない。
お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで。
なにせ、未央が此処に呼ばれた大元の原因だ。
自分の失敗のせいで他の人達に迷惑をかけ、大切な初ライブを台無しにしてしまった。
ラブライカの二人も、ニュージェネレーションズの二人も置き去りにして、自分は何がしたいのだろう。
アイドルを――――。
その先の言葉は口が裂けても言えなかった。
願うことさえ罪であるとわかっていながらも、願わずにいられない。
穢れきった奇跡だ、積み上がった屍を乗り越えることでしか叶えられない歪んだものに縋ったのは、正しかったのか。
「わかんない、もう、何もわかんないよ」
自然と溢れだした涙が、タイルの床へと零れ落ちる。
救いの不在を日々証明するかのような現実の中にあって、それでもなおと呟ける程未央は強くない。
神はいない。偽りの街で信じられるのは、自分だけだ。
この刻まれた令呪はその証。
令呪の輝きは未央に現実の何たるかを示してみせた。
-
聖杯への道標。その過程で喪われていく生命。
膨大な屍の前に、多寡の知れた贖罪などどれほどの意味があろう。
背負わなくてはならない重みを考えるだけでも胸の痛みは強くなっていく。
思わずへたり込み、頭を抱える現状に未央は乾いた笑みを浮かべる他なかった。
「…………私は、どうしたら」
「未央! 無事か!!!」
そして、ぼそりとつぶやいた弱音は乱雑に開け放たれたドアの開閉音と喧しい大声にかき消された。
「――――――なっ」
「…………」
突然の来襲にきょとんとした顔で固まる未央。
深刻な表情を貼り付けて激しく息を吐いている鳴海。
時間が、凍りついたかのように止まる。
「その、なんだ。部屋にいなかったから誰かにさらわれたんじゃないかって。そうだ、だから」
「言いたいことは色々あるけどさ……とりあえず、出てけーーーーーーっ!!!!」
未央の悲鳴と共に、鳴海が慌てて入浴場から飛び出すといったなんとも間抜けな結末に陥った。
■
「…………」
「…………」
そして、数十分後。
シャワーから出てきた未央と渋い顔をした鳴海がリビングで沈黙を貫いている。
図らずしも、乙女の柔肌を見たこともあってか、鳴海の表情にもいつものような力強さが見受けられない。
女心に疎い鳴海ではあるが、これは明らかに自分の非であると自覚している。
「……未央、悪かったな」
「別にいいよ、見られて減るものじゃないし」
ぷいっとそっぽを向く彼女の顔はこんな時でなければ可愛いの一言で済ませられるが、今は聖杯戦争の真っ只中だ。
できることならば、言葉を交わす程度の仲になっておきたい。
膝を抱えて蹲っているこの少女を護る為に、自分は拳を振るうと決めたのだから。
「話はそれだけ?」
「あ、ああ」
「じゃあ、私部屋に戻るから」
しかし、彼女の態度はサーヴァントとして呼ばれた当初と変わらなかった。
表情は依然として固く、信頼を掴み取れていない。
澱んだ瞳は何も映さず。
未だ笑顔を見せない彼女に、これ以上何を強いろというのか。
-
(仕方ねぇよな、これから先も俺が一人で――)
加藤鳴海にとって、本田未央は可哀想な少女で護るべき存在だ。
とてもじゃないが戦場に連れていける強さを持っていない。
だから、鳴海は一人で戦うことを決意した。
この少女に血の一滴も付着させぬように。
余計な心配をかけて、彼女をこれ以上追い詰めないように。
ただ、それが正しいのか。頭に疑問が過った。
少し前相対した名前も知らぬ主従は、相互理解を怠っていなかった。
一人で戦う選択を取った自分とは違い、彼らは対等であろうとしていた。
だが、それはネギが戦う手段を持っていたからであり未央を護ろうとすることに間違いはないはずだ。
自分達と彼らは違う。けれど、彼らの有り様から見直すこともある。
今のままで、この先やっていけるのか。
お互いに背を向けあって、正面を見ないままで本当にいいのか。
未央にとって辛い事になっても、いつまでも目を背けさせていいはずがない。
(――――あぁ。そうだ)
どうやら自分は思いの外、背負い込みすぎていたようだ。
力が入りすぎて、肝心なことを忘れていた自分を強く戒める。
「なぁ、未央。ちょっと待てよ」
「…………何?」
呼び止め、振り返った彼女の顔は酷く憔悴し、虚ろだった。
その姿を見ているだけで護らなくてはならないと決意を駆り立てられる。
【肉体的】だけではなく、【精神的】にも。
どちらも欠けてはならないものだと知っていたはずなのに。
「思えばさ。俺ら、今までちゃんと向き合ってなかったな。
お互いのこと、何も話してないもんな、そんな奴に護るって言われても、信用できねぇのも仕方ないって改めて思ってよ」
いくらこの拳に貫く力が宿ろうとも。
泣いている少女の涙を拭えぬ掌では、鳴海にとっては意味が無い。
「だから、まずは腹を割って話そうぜ。なァに、気負うことはねぇよ。
遠慮無くお互いが思っていることをぶつけ合おうぜ。そんで、朝飯でも食おうや」
加藤鳴海は不器用だ。
同じしろがねであったギイ・クリストフ・レッシュのように女性の扱いが長けている訳ではない。
女性の口説き方など、彼と比べたら拙いにも程がある。
「な、何で……? そこまでする理由なんて」
「俺がそうしたいから。訳なんてそれだけで十分だろ」
それでも、この両手を伸ばすことが間に合うならば。
-
「俺はその、さ。口がうまくねぇから、未央が望んでる言葉に応えられないと思う。
そんな俺には、未央が落ち着くまでずっと一緒にいてやることしかできねぇけど」
加藤鳴海は迷わず本田未央へと手を伸ばすだろう。
今までも、そしてこれからもそうしていく。
「もう一度、誓うぜ。俺が絶対、お前を護る。未央が忘れた笑顔も全部、取り戻してやる」
改めて、未央と対話する。
敵を倒すよりも先に、自らが助けたいと願った少女との対話を考えた。
「だから、ほんの少しでも信じられるって思ってくれたら……俺の手を、取ってくれないか?」
それが今取れる選択肢の中で最善であると信じて、鳴海は未央の答えを待ち続ける。
「…………バカじゃないの」
「自覚してる」
「バカ。自覚してるならもっとバカ、バカ、バカッ、バーカッ」
返ってきた言葉はたどたどしく、癇癪のようなもので会話にすらなっていない。
けれど、こんな悪態でも、今までの未央からすると格段に明るさが伴ったものだった。
「ねぇ、聞いてくれる?」
「おう。どんと来い」
「…………………私さ、プロデューサーにアイドルやめるって言ったんだ」
「そっか」
「一生懸命、私達の為に頑張ってくれた人に、酷いこと言っちゃった」
「なら、謝らねぇとな。なぁに、未央ならしっかりとけじめをつけられる」
「ちゃんと、伝えたい。ごめんなさいって。私の事、いつも見ていてくれてありがとうって……」
「おうよ。俺も応援する。しっかりと真っ直ぐに立って向かっていけ、そうすりゃあきっと、道も見えてくる」
まだ完全には元通りとはいかないけれど。
少しずつ、本田未央の笑顔を取り戻していこう。
「それと、それとね? 私が本当に望んでいたのは、アイドルをやめることじゃなくて。
あの失敗したステージをなかったことにしたいってことで……っ。だから、だから……っ」
絶対、絶対だ。
「アイドル、やめたくないよぉ……っ! しぶりんや、しまむーと一緒に、アイドル、やりたい……っ!」
この少女の願いは誰にも穢させない。
そうするだけの価値が、彼女の願いには秘められているから。
一人ではなく二人で、足を進めよう。
――その光景を第三者に見られているとも知らずに、彼らは夢を追うだろう。
【B-2/本田未央の家/1日目 午前】
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]イマドキの女子高校生が自由に使える程度。
[思考・状況]
基本行動方針:疲れたし、もう笑えない。けれど、アイドルはやめたくない。
1.いつか、心の底から笑えるようになりたい。
2.加藤鳴海に対して僅かながらの信頼。
[備考]
前川みくと同じクラスです。
前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
【しろがね(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]全身に強いダメージ(再生中)
[装備]拳法着
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:本田未央の笑顔を取り戻す。
1.全てのサーヴァントを打倒する。しかしマスターは決して殺さない。
2.今は本田未央の傍にいる。
[備考]
ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギのことを初等部の生徒だと思っています。
【アサシン(あやめ)@missing】
[状態]霊体化
[装備]臙脂色の服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ますたー(音無)に従う。
1.ますたーに全てを捧げる。
2.正午までには学園まで戻り音無に知り得たことを報告する。
[備考]
音無に絵本を買ってもらいました。今は家に置いています。
サーヴァント(加藤鳴海)を尾行中です。気配を辿りつつちょっと離れながらついて行ってます。
ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギがマスターであると確信しています。
本田未央及びサーヴァント(加藤鳴海)、拠点を確認しました。
彼女が音無から受けた命令の詳細は以下の通りです。
1:サーヴァント同士の戦闘を偵察、ただし目視できる程度以上は近づかない。
2:戦闘が終わってもマスターを捕捉できなかった場合、敵サーヴァントを追跡し拠点やマスターを特定する。ただし少しでも危険そうであれば即座に撤退する。
3:結果に関わらず、正午までには帰還すること。
-
投下終了です。
-
投下乙です
おお、ついにちゃんみおと鳴海が歩み寄りを…カネキ君とネギ先生の姿を見てそれに気づいたと言うのがらしいですね
そして本文からも気配遮断して様子を伺うあやめちゃん…二人の不器用な主従を見て何を思うのか…
-
投下乙でした
この組はようやくスタート地点に立ったという感じ。金木組の連携と確かな信頼関係を見て鳴海が思うのはやっぱこんなことだよなあ。元々曇り顔の子をほっとけるようなタイプじゃないんだし。ちゃんみおの心情描写はまだまだ混乱と迷いに満ちてますが、この歩み寄りがきっと彼女本来の明るさや強さに生きてくるはず。
にしても不穏なのはやっぱりあやめちゃんだよなあ…規格外の気配遮断は怖い。
-
この主従、先は険しそうだが頑張ってほしいな
-
アーチャー(ヴェールヌイ)、アーチャー(瑞鶴)、八神はやて、キャスター(ギー)
御坂妹、レプリカ(エレクトロゾルダート)を予約します。
-
未予約ですが、北条加蓮と鏑木・T・虎徹で投下します。
-
特訓とか努力とか、そういうキャラじゃない。面倒くさい。
そんな不真面目な台詞を、あの頃の加蓮はしばしば口にしていた。
と言っても、この事実は何も加蓮の性根がずぶずぶに腐っていたということを意味するのではない。
自分に出来るだけの努力をしたつもりでも、身体がすぐに根を上げる。その繰り返し。いつしか、「頑張る」という行為それ自体に嫌気が差し始めてしまっていた。
どれだけ頑張っても結果はちっとも出てくれないのに、何の意味があるのだろうか。
苦労を嫌がる声は単なる怠惰ではなく、心が軋みを上げていく音だ。
それでも不貞腐れることなくアイドル候補生の活動を続けられたのは、周囲の人間に支えられていたからなのだろう。
例えば、加蓮をアイドル業界に引き込んだ張本人のプロデューサー。
そして例えば、仲間達の中でも気付けば話す機会が最も多くなっていた、何だかんだで面倒見の良い性格だった【奈緒】という少女。
あれほど生意気な態度を取られたら誰であっても悪印象を持つのが当然で、事実【奈緒】は加蓮の態度にしばしば呆れ、時折咎める口調で語りかけた。それでも、絶対に突き放すようなことだけはしなかった。
本心に気付いてくれる人間に出会えた時点で、加蓮は幸運だったと言うべきだ。対人関係の点においては、間違いなく恵まれていたのだ。
恵まれていたのに、結局逃げ出した。
自分の限界を目の当たりにし、加蓮はそのまま引き返してしまった。
しかし、再び前に向き直れるしれないチャンスなら確かに存在していたのだ。
事務所を立ち去ってから、加蓮の携帯電話に一通のメールが届いた。差出人は、【奈緒】だ。どうしても戻りたくないのか、そんなことを訪ねてくる文面には顔文字も絵文字も無く、なのに【奈緒】の表情は容易に想像できた。
うん、だけの素気ない返事。指がするりと動いて、そういうのもういいよ、と余計な悪態を付け足して、送信。
次の返信は、無かった。これが加蓮と【奈緒】の関係の終焉であり、折角巡ってきた最後のチャンスを無為にした一夜の話。
もしも、もしも何処かで別の選択肢を取れば、また別の結末も有り得たのだろうか。
「うわっ!?」
「あ、すみません!」
その日の朝、ぼんやりと考え事をしながら足を進めていた加蓮は周囲への意識を些か散漫とさせてしまい、当然のように誰かと身体を接触させてしまった。
すぐさま口から反射的に謝罪が飛び出す。厄介な性分の相手でなければ、これで加蓮の犯した失態は何事も無く解決するはずだった。
この些細なハプニングは、何てことのない話で終わるはずだったのだ。加蓮の両目が、相手の容貌を捉えさえしなければ。
-
「……っ、ぉ」
相手は、加蓮と同じく学園の女子生徒だった。
同じくらいの高さの目線の先にある、丸い形の瞳。今時の少女にしては少し珍しい、太めの眉。
その容貌に、加蓮の時は停止する。
相手の愛らしい外見に心を奪われた、というわけではない。むしろ、加蓮の心中を支配していた感情の大部分を説明するなら、それは怯えだ。
今、加蓮が継ぐべき二の句は何だというのか。分からない。
きっと何かの意志を示さなければならないというのは分かっているのに、思考が硬直してしまう。
今、加蓮は彼女に何を言われてしまうというのか。非難か、怒りか、それとも。
「えっと……」
「ん、そっちも大丈夫? ……あのさ、別に上級生だからってそんなに怯えなくていいって。あたし別に怒ってないから」
「あっ、……はい」
「うん。良し良し。それじゃあな」
何のことは無い話だった。
けろりとした表情でこちらを幾らか気遣って、それきり手をひらと振って加蓮の前から去っていく。加蓮が口を開こうとした頃には、一緒に登校していた別の友人との会話に興じていた。話しかけるタイミングなど、もう無い。
初対面の上級生と下級生が起こしたやり取りは、取り立てて語るほどでもない結末を迎えた。
そこには、加蓮の耽っていた思考と関わりのある要素など一切存在していなかった。
上級生は、加蓮にとって単なる赤の他人だ。一年違いで足並み揃えず歩んだ時間は、間違いなく学生としてだけのもの。『アイドル』、そんなフレーズは一度として姿を見せることが無い。
そういう設定なのだと、即座に理解したから。
何処かで別の選択肢を取れば、また別の結末も有り得たのだろうか。
もう時が流れ過ぎ去った今、確かめるための機会は綺麗に消えてしまった。もう、喧嘩さえ許されない。
その事実を嫌というほど実感しながら、加蓮は遠ざかっていく【神谷先輩】の背中を見送った。
これは、冬木の地で北条加蓮が送る日常の一ページ。
『正義の味方』にとっての遍く守られるべき尊い時間の、ほんの一側面。
◇
-
◇
本田未央という女子生徒が、この何日か無断欠席を繰り返しているらしい。同級生達の間で俄かに囁かれる噂は、加蓮の耳にも届いていた。
渦中の人物と直接話したことなど無いが、それでも加蓮は本田未央の顔と名を知っていた。『同じ冬木の学び舎から輩出された栄えある新人アイドル』という肩書きの持ち主ともなれば、学園で知らぬ者の方が稀だろう。
奇しくも、加蓮にとっては冬木を訪れる前の時点で『どこかの高校から輩出された新人アイドル』であったわけだが、今はこれ以上追想しない。
本田未央がなぜそのような奇行に及んでいるのか、個人的な接点の無い加蓮には知る由も無い。ただ、正当な理由なく学校をサボると良くない意味で注目の的になるのだな、という認識を加蓮に与えていた。
ごく当たり前のことであるが、現役芸能人と平凡な女子高生とでは周囲からの注目の度合いに天と地の差があり、自分が本田未央のように好奇の的にされるのではというのは自意識過剰も甚だしい。あくまで、万が一にも不審に思われたことで聖杯戦争のマスターと不用意に露見しないための保身の話だ。
聖杯戦争への対処のためにまず通学を中止すると決定した加蓮は、朝日の挿し込む自室のベッドの上で布団を被っていた。
いわゆる仮病である。
世の子供達の何割かが一度は実行し、家族に敢え無く看破されるのが落ちの稚拙な作戦でありながら、加蓮の場合は話をある程度有利に進められる事情があった。
北条加蓮は、同年代の少女と比較して身体があまり丈夫でない。
これは紛れも無い事実であり、現に入院生活を終えて以降も体調不良を理由としてしばしば学校を欠席した経験がある。その喜ばしくない背景は、どうやら冬木市においても引き継がれているようだった。
倦怠感と不快感に苦しむか弱い少女のように振る舞ってみたところ、出勤直前であった母親は不安げな表情で病院での診療をさせなければと言い始めた。
加蓮の演技が功を奏したためか、一応は昨日まで健気に通学していた加蓮の実績が不真面目な発想に思い至らせなかったためか、はたまたこの態度も合わせてNPCの役割に過ぎないのか。ともかく、仮病作戦は一先ず成功したようだ。
が、本当に病院に担ぎ込まれてしまうのは色々な意味で拙い。お母さんにも仕事があるでしょとか、前みたいに薬を飲んで午前中だけ寝込んで調子が良くなれば連絡するからとか、母親を家から送り出すための説得にまた苦心することとなった。
仮想世界に再現された模倣品とは言え実の親を欺くことに良心が痛まなかったと言えば、嘘になる。それでも自らの置かれた立場を第一に考えればやむを得ない措置だと反芻して自己を納得させる。
同時に、明日以降はまた別の手段を取った方がいいのかもしれないと頭の片隅で考えていた。
母親が自宅を発っても待ち侘びたとばかりに外出に踏み切らかったのも、演技の徹底という理由だけでは無いのかもしれない。
――仮病って……そういう嘘を吐くのはあんまり良くねえだろ。
……実際には、昨晩の時点で加蓮以上にワイルドタイガーがこの作戦に難色を示していた。
加蓮を戦場に連れ込む状況を許すのに加え、子が親に嘘をつくという状況に少なからず思う所があったのだろう。
加蓮の作戦を却下しようとするタイガーに、他に代案はあるのかと尋ねれば、いや今は思い付かないけどよと返される。それでも一丁前に食い下がるタイガーに、煮え切らないものを感じた加蓮はやむを得ず代案を一つ示した。
ワイルドタイガーの宝具の利用だ。彼の宝具を使用すれば、多種多様なヒーローをこの場に召喚することが出来る。
そして今のタイガーが召喚可能なヒーロー達の中には、変身能力を持つ折紙サイクロンという人物がいるとも既に聞き及んでいた。
彼に加蓮の姿を擬態させ、加蓮に代わって学校へと行かせればいいとの計画だ。
-
しかしタイガーはこちらの案にも、仮病作戦と同じくらいに反発した。その理由は、タイガーの宝具が抱える弱点にあった。
最大で十人を超えるヒーローを同時に使役する宝具は、純粋な戦力としては確かに目を見張るものがある。しかし、そこには当然のように魔力消費という名のリスクが付き物だ。
ヒーローの頭数が増えれば増えるほど、加蓮の身体は重大な負担を強いられる羽目になる。各人が得意の超能力を以て戦闘行為に及べば尚更だ。
折角の宝具の長所を十全に引き出せない程度には、北条加蓮はマスターとしての才覚に優れていない。マスターの抱える欠点、それがそのままタイガーの宝具の弱点だった。
そんな加蓮に無用な負担を強いることが、何よりタイガーに眉を顰めさせる要因であった。
尤も、宝具解放によるヒーローの召喚自体は既に何度か行っている。
ただし呼び出していたのは、タイガーに能力の総合地で劣る分だけ魔力消費量も抑えられている二部ヒーローが一名。街の探索に向かうタイガーに代わってその者が取った行動も、加蓮の登校から下校に至るまでの学校生活に大きな異変が生じていないかの偵察のみ。実戦とは無縁を貫いていたため、魔力消費量の増加は比較的少量に留められていた。
しかし、折紙サイクロンの召喚となると話は変わってくる。一部リーグのヒーローである彼に、擬態能力を常に発動した状態で活動させるのだ。魔力消費量の増加は流石に無視し切れないだろう。
加えて、タイガー達は今後いつ戦闘に突入するか分からない。その時に有限の召喚可能人数の一枠が折紙サイクロンに埋められていたとなれば、本当に必要な局面に至って戦力不足を陥ってしまうかもしれない。
どの側面から見ても、加蓮への危害を懸念せずにはいられない。
――魔力の負担とか、タイガーじゃなくて私の身体の話でしょ。私が良いっていうから良いじゃんって思うけど。
――いやいやいや、ついさっき自分の身体が丈夫でないって言ったばかりだろ。俺だってマスターに無駄な負担なんか掛けさせたくねえよ!
――じゃあタイガーが別の方法考えてよ。仮病が駄目だって言うなら、私がちょっと我慢するしかないってしか思えない。
――……あーもう分かったよ。明日は仮病で休んでいい。仕方ない。でも忘れるなよ、こうやって周りに心配かけさせるのは良くねえぞ。
結局、タイガーの方が折れたことで仮病作戦が採用された。
自分自身の身体を人質にするも同然の論調で勝ち取った結論には、生憎と達成感は無かった。
「……お母さんもう行っちまったぞ。マスター出るんだろ?」
「当然でしょ。あ、服着替えるからもう一回部屋の外出て」
「はいはい……」
渋々といった態度が抜け切らないまま、タイガーは加蓮に簡単な報告を済ませる。
そんな彼を素っ気ない言葉と共に再び部屋の外に追いやり、加蓮は箪笥の引き出しを開ける。
ハンガーに掛けた学園の制服には用は無い。日中の街中を歩くには、そこら辺の十代の少女が着るような、中でも特に印象に残りづらいコーディネートの私服で十分だ。
手早く着替えを済ませ、ドアノブに手を掛けようとしたところで、
「……一応ね」
壁のフックに掛けていた帽子を掴み、頭に被せる。適当に選んだのは白黒ツートンカラー、目立つデザインでもないから良しとする。
繰り返し述べるが、加蓮の頭にあるのは自分の正体に気付かれず、人混みの中に埋没するための措置だ。
まるでお忍びで街に繰り出そうとする人気アイドルを彷彿とさせ、なんか馬鹿馬鹿しいなと思ったとしても、加蓮は止めるわけにもいかなかった。
◆
-
流石にタイガーと言えど、薄々と感じていたある事柄をいよいよ確信していた。
どうやら、自分と加蓮との仲はあまり上手くいっていない。
二、三日前までは、絶好とはいかずとも決して悪い関係ではなかったように思う。それが、今ではしばしば刺々しい態度を取られ、その度に距離感のようなものを感じてしまう。
貴方の事を信用していない。遠い昔、バーナビー・ブルックスJr.から浴びせられた手痛い拒絶と同じフレーズが、今また繰り返されてしまった。
果たして、今回は何が問題なのだろうか。
聖杯戦争がいよいよ本格的に開始すると告げられ、流石に加蓮も気が立っているのか。
それとも知らない人間とコンビを組めと言われたら、誰であってもこのような反応になるのは必然ということか。
もしくは、加蓮はタイガーの持つ何らかの側面を受け入れられないのか。何か癇に障るような言動があっただろうか。
(思い当たるとしたら……どれだ?)
数日前、学校帰りに加蓮の付き添いでジャンクフードの買い食いに勤しんでいた時のこと。タイガーの不用意な発言が原因で加蓮を怒らせたことがあった。
昨日まで、毎朝タイガーが加蓮に学校に行くように提案して、その度に小さな反発を招いていた。
昨晩、学校を休むための選択肢を考える際に明確な対立があった。
……悲しいことだが、もしかしたら記憶を掘り起こせばもっと原因となりそうな出来事はあるのかもしれない。
一生をかけて愛娘を育て上げた自負のあるタイガーだが、それでも年若い少女を無駄に怒らせてしまう癖は英霊となっても変わらず。
しかし、これでもタイガーとしては自分なりに加蓮からの信頼を得られるように振る舞っていたつもりである。
お互いの性格や癖、長所や欠点を把握していれば状況毎に選択出来る対応のパターンも増やせる。シュテルンビルトのヒーローの一人として、またコンビヒーローの片割れとして得られた確かな実感だ。
そのためにもまず誠意を示そうと、信条である正義を掲げた。加蓮の安全が最優先だと伝えた。ヒーローとしての自己を、確かに訴えた。
それでも、加蓮の方からは積極的に歩み寄ってくれない。確かに協力者ではあるが、それだけだ。そして取りつく島も無いとでも言うべき状態では、その詳細すら考える材料に乏しいのが現実だった。
だからと言って、挫けるわけにはいかない。
結果的には一緒に過ごす時間が長くなったのだから、この際貴重な機会を有意義に使わせてもらおう。
『じゃ、早速行くとするか!』
「うん。で、どうやって探すの? アテは?」
『心配いらねえよ。サーヴァントには魔力探知の能力があるんだ。この能力を使えば……』
「タイガーにもそんな器用なこと出来るんだ。じゃあ他のサーヴァントってどの辺りにいるの?」
『えっ。そりゃあ、今から大体どっち方面かなーって感じにだな……』
「…………大雑把。もしかして、そんなに得意ってわけじゃないの?」
加蓮の訝しげな視線が、霊体化したタイガーの身体にちくりと突き刺さる。
全く困った話だ。活躍しようと意気込んだ矢先、いきなり株が下がっている。
思い返せば、加蓮と一緒に街の探索をするのは今日が初めてだ。そのスタートが、今まで大した成果を挙げていないことの種明かしになるとは思わなかった。
しかし、それも致し方ない話ではある。
「もうさ、ヒーロースーツ着てきたんだし実体化すれば? そうすれば嫌でも目を引くでしょ」
『いや、それは駄目だ。ヒーローの姿は、今はそう見せびらかすもんでもない』
いつでも戦闘を行えるよう、今のタイガーはヒーロースーツに身を包んでいる。
しかし、人々の目に触れぬよう霊体化は維持したままだ。
「まだ何も起きていないから」という理由だった。
-
現状は、ある意味においてはタイガーにとって望ましい状況ではある。
ヒーローとして有事の際の平和維持活動をライフワークとしているタイガーであるが、だからと言って有事を渇望する気持ちなど微塵も無い。
人が危機に脅かされない、人が普段通りの日常を歩んでいき、ヒーローが早急に駆り出される必要の無い環境こそ本当にヒーローとして望むべき物だ。
タイガーが加蓮に学校へ行くよう何度も言っていたのも、勿論安全確保という側面もあるが、加蓮には何より「普段通りの」日常を過ごしてほしかったからである。
聖杯戦争から目を背けろと言う気は無いが、それでも可能な限り戦争に怯えることなく、出来るだけ非日常的な要素から遠い「普段通りの」日常の中のままにいてほしかったのだ。
そしてその願いは、加蓮も含めた多くの者達に対して共通する。それ故に、タイガーは街の探索において効率的とは言い難い方法を選んでいた。
姿を衆目に晒しながら街をひたすらに駆け回れば、確かに多くの者達の気を引けるだろう。しかしそれは、「穏やかな地方都市に突如現れた正体不明の鎧男」などという風説も生みかねない。
ヒーロースーツは、『ワイルドタイガー』の名に並んで自らがヒーローであろうとする意思表明。しかし皮肉なことに、町がヒーローを必要とする局面に至ったとの危険信号でもある。
そしてシュテルンビルトと異なりヒーローを支える土壌が全く確立していない冬木では、口惜しいことにヒーロースーツはただ異常性しか訴えない。これではタイガー自身の姿が平和を壊しかねない。
ひいては、加蓮が身を置く平和な環境も、だ。
だから、今はまだ大っぴらな行動をしないでいようと決めた。
敵対すべき強敵に直面したならば、外見も含めて『ワイルドタイガー』として参上しよう。場合によっては改めて冬木の人々に自らの存在を知らしても良い。
でも、今はまだその時でない。タイガーの望んだ平和な時間が続くなら、今はまだ大人しくしていよう。
慎重に行動せよ。
正義のために突っ走る性分のタイガーがバーナビーに、そしてブルーローズやベンに、加えてアニエスやロイズや楓にだって何度も言われた大事なことだ。
この教えに従い、周りの印象など気にするかと前面に出ようとする自分をこうして抑えているのだ。
「悠長じゃない? 七日しか期限が無いのに」
『いいんだよ。今は地道で』
「それで、こうして呑気に歩くんだ」
『別にいいだろ? 変に焦って空回るよりはさ。それより今はゆっくりトークでもしとこうぜ』
非難するような色の混じった声だが、それでもタイガーは構わないと受け流す。
先程の話に付け加えれば、何も起こらない間なら人探しと並行して加蓮とのコミュニケーションにも時間を割けるというものだ。
思えば聖杯戦争における戦法の話、つまり事務的な会話は何度も重ねたが、それとは全く関係の無い個人の嗜好の話は殆どしていないような気がする。正確に言えば、タイガーの方から喋るばかりで加蓮の方はあまり自分のことを話さない。
さて、何の話をしようか。部活、友情恋愛、ファッション、それともまたワイルドタイガーの身の上話か。
何でもいい、平和であると実感さえ出来るなら。
「誰も求めなきゃ、ヒーローって退屈なんだね」
ふと、ぽつりと加蓮が零した。
-
『ん?』
「……だって、何も起こらないってことは、誰も助けを求めてないってことじゃん。平和な時って、もしかしてヒーローは要らないのかなって」
『……』
「私達って、今何やってるんだろうなあって思っただけ」
何を思って、加蓮がこんな話をしたのかは分からない。
しかし、これは早急に訂正しなければならないことだと判断した。
どうやら、話題は結局タイガーの方からのお喋りになってしまうようだ。
「なあマスター、勘違いしてるみたいだが」
「あれ?」
心機一転と気合を入れ直したタイガーの周囲が、何やら俄かに慌ただしくなっていくのに気付いた。
NPCとして設定された街の住人達が、揃って同じ方向へと歩いていくのだ。ぶつぶつと何かを言い合う姿は、まさに野次馬のそれだ。
何事かと人々の流れに付き従い走った先では、小さな人だかりが出来ていた。其処は何の変哲も無い小さな公園で、大勢で集まるような珍しい場所でもあるまい。
ただ、砂地の一点が奇妙に抉られているという事実を除けば、であるが。
「あの、何かあったんですか?」
「ああ……なんかさっき爆発するみたいな音が聞こえたって。俺もよく知らねえけどさ」
小さなクレーターを携帯電話のカメラで撮影していた男の話を聞く限り、この現場を一目見た時に過った通りの事態が起こったのだとタイガーは察する。
破壊力を秘めた何かが爆ぜた痕跡。その中で乱暴に転がされている、一台の車椅子。この異常な状況の中、当事者と思しき人物が見当たらないという異常性を重ねて訴えかける状況。
高い確率で、たった今サーヴァントによる荒事が引き起こされたのだ。
「……何か、起きちゃったみたいだね」
『結局こうなるのかよ……』
それが意味するものは即ちヒーローの出番――変わらぬ穏やかな日常が、当然とばかりに終焉を告げてしまった事実である。
◇
-
方針を転換し、二手に分かれての捜索活動を開始することとなった。
タイガーは単身で、加蓮はタイガーの宝具によって召喚したヒーロー一名との二人一組。捜索対象は他の参加者、特に「足が不自由と思われる人間」に注意。
こうしてタイガーが加蓮と別行動を取っているのは、他でもない加蓮の提案だ。
宝具の持ち主であるタイガーが危機に陥れば追加でヒーローを召喚すればいいし、マスターである加蓮達が危機に陥れば撤退しつつタイガーを令呪で呼び戻せば済む、という理由である。
本音を言えば、加蓮にも負担を強いる宝具の使用方法には難色を示したいところではあったが。
――こんな時まで私に気を遣うのは優先順位間違ってるよ。ヒーローなら、まずは目の前の平和を守んなきゃいけないんじゃないの?
――でもよ……
――私は別に大丈夫だから。ていうか、私だけ何も出来ないってのが一番嫌。宝具使うためのエネルギー源ってのが、今の私に出来る一番のことだし。
加蓮に押し切られる形で、タイガーは宝具の本格的な発動に踏み切ったのだ。
有難い話であると同時に、情けない話だとも思う。
危険から遠ざけようと願った少女に負担を強いているのだ。こうでもしなければならないほど状況は確実に切迫し始めていて、既にタイガー一人では対応し切れない。サーヴァントという器に嵌め込まれたタイガーの弱みが、ここで露呈した。
『となると、さっさと終わらせないとな』
ならばこそ、解決はより一層の急務だ。
当面の間、加蓮の身の安全は召喚した仲間のヒーローに任せるとして、こちらも出来ることから始めよう。
遅くとも正午には一旦合流する約束となっている。出来るならば、それまでにこちらの方で何らかの成果を挙げられるのが望ましいところだ。
加蓮の前で頼りがいのあるところを見せるため……という発想は、この際後回しだ。いい恰好をするための戦いでは無く、今は何より平和のための戦いを。信頼という結果など、どうせ後から勝手についてくる。
ヒーローとしての使命に意気込むタイガー。しかし、それとは別に自らの振る舞いにも見直すべき部分があったのだろうとも考え始めていた。
『エネルギー源か。そこまで言わなくてもいいんだけどな』
加蓮は、自らを指してそんな卑屈な表現を使った。
いつの間にか、彼女は自分自身を役立たずと卑下してしまっていたのかもしれない。
そうだとしたら、もしかしたらタイガー一人ですべて解決しようという意識を押し出しすぎたのは失策だったか。
当然であるが、タイガーは加蓮を危険に晒す気など無い。しかしそれとは別に、加蓮の人格を蔑ろにしようというつもりもない。
故に、加蓮にあんな台詞を吐かせてしまったのはこちらの配慮が行き届かなかったためということになるのだろう。
『……こういうのも、ちゃんと気に掛けないとな』
別れ際、加蓮の勘違いの訂正も兼ねて一応のフォローはしたつもりだ。それでも、少ない言葉だけで人の印象は変わるものでもあるまい。
やはり改めてきちんと言葉を交わしてみるべきなのかもしれないな、とタイガーは自然と思うようになっていた。勿論、全ては目の前の仕事を片付けてからなのだが。
そんな小さな決心を固めながらタイガーは街を駆ける。
ヒーローの為すべき二つの責務を、果たすために。
◆
-
――別に戦う力があるかどうかってのは重要じゃねえぞ。俺に魔力を供給するってのもそりゃ大事だが、他にもマスターには出来ることがあるんじゃないか?
――何? 説得だったら私もしてみるって前も言ったけど。
――そりゃあ、例えば……ただこれは間違ってるって言うんじゃなくて、他のマスターが何かに悩んでるんだってのが分かった時、じっくり話を聞くとかだよ。そういう行動だって、最後は街の平和に繋がるんだ。
――へ?
――第一、ただ犯罪者と戦うだけがヒーローの仕事じゃねえよ。人が道を踏み外さないように自分が手本になって、でもって助けを求めてるんじゃないかって人がいないか目を配らせて、何かあったら側にいてやるのも立派なヒーローの仕事だぞ。
――……。
――こういうのなら、マスターにだって出来るだろ。つーか、むしろ女の子相手なら俺よりマスターの方が話しやすそうだろ?
――……そんな、別に誰でも出来ることしたって。ヒーローってそんなんで良いの?
――良いんだよ。まあ言っちまえば、他の誰かのために行動出来るなら、誰だって『ヒーロー』なんだよ。俺はそう思ってるぞ。
タイガーは加蓮にそう言い残して去って行った。
彼の言葉を借りるなら、加蓮もまた『ヒーロー』、表現を変えれば誰かの『夢』になれるというのだ。
誰かにとっての『夢』。また別の言葉を使えば、かつて加蓮が諦めた、あの精一杯に輝く少女達のようなもの。
(そんなの買い被りでしょ。意味無いに決まってるじゃん)
そもそも加蓮が何も伝えていないのが大元の原因なのだが、彼は加蓮が何故こんなところにいるのかを失念している。
加蓮は、タイガーとは違う。タイガーに代わって隣で加蓮を護ってくれているヒーローとも違う。加蓮は、ただの『夢』から逃げた敗北者だ。だから自覚しないまま聖杯に縋り、エゴに足掻くマスターの一人となったのだ。
こんな人間の口から出る言葉が、果たして誰の心に響くというのだろうか。
事前の協議では、加蓮は他のマスターと遭遇した場合に説得を試みる役割を担うとは言った。
でも加蓮の口から出せるのは、タイガーを真似た薄っぺらいだけの「正論」だ。
それ以上の踏み込んだ話になれば、後はタイガーの仕事である。ただの小娘とヒーローでは、言葉の厚みが段違いだ。
悪く言えば、加蓮はただそこにいるだけ。
(本当、何やってるんだろう)
なんて馬鹿らしい話だろうか。
どうして今日になって街に繰り出そう、マスターとして積極的に動こうと思ったのか。自分の下した判断の理由が、今ならきちんと説明出来る。
何も出来ない自分自身の姿を直視するのが、嫌だったんだ。
学校に行かなければ、積極的に何か違った行動をすれば別のものが見えてくるんじゃないかと思った。
そうして沸々と溜まるストレスをぶつけるように我儘な言動を取った挙句、いざ彼からの期待を受ければやっぱり無理でしょと腑抜けた考えに囚われる。
ああ、とんだ道化だ。
お前は魔力の供給源であれば十分だと言ってくれればと言ってくれれば、また分相応に働けばいいんだと納得出来ただろうに。
なのに、生意気な態度に関わらずタイガーは加蓮を嫌うことなく、お前も何かが出来るはずだと口にする。こちらの事情なんて、よく知りもしない癖に。
これではどの道、彼から本当に失望されるのも時間の問題なんじゃないのだろうか。
……むしろ、その方がいっそ全部ぶち壊せるだけ気楽なのかもしれないけれども。
勿論、こんな気持ちは誰にも言えやしない。
(……私って、何がしたいの?)
真っ直ぐなタイガーの姿が、眩しい。
彼によって照らされる世界が、眩い。
その光に、北条加蓮は未だ真っ直ぐ向き合えない。
-
【C-5/住宅街/1日目 午前】
【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、私服姿
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:偽りの街からの脱出。
1.街をぶらついてマスターを捜す。「脚が不自由と思われる人物」に注意。
2.タイガーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.また、諦めるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
捜索の成果に関わらず、遅くとも正午までに虎徹と合流する約束をしました。集合場所は後続の書き手さんにお任せします。
【C-5/住宅街/1日目 午前】
【ヒーロー(鏑木・T・虎徹)@劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-】
[状態]健康、霊体化、宝具『LOH』発動中
[装備]ヒーロースーツ
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの安全が第一。
1.加蓮を護る。
2.何とか信頼を勝ち取りたいが……。
3.他の参加者を探す。「脚が不自由と思われる人物」に注意。
[備考]
現在、宝具によってヒーロー一名を召喚し、加蓮の護衛をさせています。誰を召喚したのかは後続の書き手さんにお任せします。
捜索の成果に関わらず、遅くとも正午までに加蓮と合流する約束をしました。集合場所は後続の書き手さんにお任せします。
-
投下を終了します。名前欄に入り切りませんでしたが、今回のタイトルは
One man's fault is another's lesson.(人の振り見て我が振り直せ)
でお願いします。
-
投下お疲れさまです!
加蓮と虎徹、二人の心情が丁寧に描かれた回でしたね
ワイルドタイガーならではの等身大の正義の有り様がすごく彼らしいですが、ここへ来てすれ違いが大きくなってるのが何とも切ない
加蓮の心もジレンマに軋んでるけど、いつか彼女なりの正義を納得して示せるようになるだろうか…
-
投下乙です
女の子との接し方に悩むおじさん。しかし事態が事態だけにあまりうかうかもしてられないですね。この二人なりに何とか目の前のことに対応して行こうとはしてますが、やはり噛み合っていない部分も……
加蓮の独白が辛いというか痛々しい。
そして目下の彼女の護衛についたのは誰なのか、1部リーグの彼らでしょうか……
-
投下乙です。
歩み寄ろうとするタイガー、真っ直ぐ向き合えない加蓮。
タイガーの優しさが逆に加蓮を追い詰めているのが物哀しい。
理想と現実の剥離にこのまま押し潰されてしまうのか。
割りきってしまえば楽だとはいえ、タイガーがそれを良しとするはずもなく。
どこかで転換点が来て、互いに向き合えるといいんですがね。
予約分、投下します。
-
「おはようございます、とミサカは悲しみを露わに言葉を紡ぎます」
朝の光が照らす部屋の中、戻ってきたゾルダート達を前にミサカは深くため息を吐いた。
欠員は三。しかし、持ち寄られた情報は二人のサーヴァントの情報である。
補充可能な欠員と比べて、得られた情報は十分お釣りが来るレベルだ。
「では、先程報告にあったキャスター、ライダーですが……現状は放置しましょうとミサカは冷静に判断します」
ただし、ミサカはそうは思わない。
彼らは一人一人が意志を持ったサーヴァントであり、誰が欠けたとしても悲しい。
その感傷は決して間違いではないはずだ。
レプリカがレプリカに情をかけるなんて。
滑稽だと嘲笑うか。それとも、素晴らしいと拍手が舞い散るか。
一々悲しむなんて非効率だし、こうなることぐらい覚悟はしていたはずだった。
自分達が行うのは戦争だ。ただ一組しか生き残れない過酷な戦いである。
それを理解していながらも、ミサカは欲張りにもゾルダートを一人の人間として扱うと決めていた。
かつて、自分を助けてくれたあの人のように。
「いえ、ミサカ。ここは打って出るべきです。我らに雪辱の機会をお与え下さい」
「是非とも、仲間達の仇を!」
けれど、結局は取り零してしまった。
息絶え絶えに帰ってきたゾルダートは情報を全て伝えた後、怨み言一つ言わずに消えていった。
「今なら、総力を上げて討ち取れるはずです!」
「ミサカの勝利の為にも、そして我々の誇りの為にも!」
そうだ、仲間を殺した悲しみは仇を取ることでしか拭えないのだ。
道化師の翁を討つ。
主へと弓を引いた敵は――総てゾルダートが排除する。
「…………っ」
だが、ミサカは即座に討伐の命令を下さなかった。
ここで感情のままに動くのは簡単だ。
たった一言、ゾルダート達に命じればいい。
死力を尽くして戦い、敵を討て。
危険性の強いサーヴァントに対して、容赦など必要ない。
そこまでわかっていながらも、ミサカは打って出ることを許可しなかった。
-
「いいえ、ダメです……ここは冷静になる場面です、とミサカは歯を食いしばりながら貴方達に伝えます」
リベンジに燃え、思いのままに決断をする。
その行為は今も残っているゾルダート達を無闇に犠牲にすることに等しい。
無策で挑んでは、また同じ結果が待ち受けているだけだ。
「今はまだ一日目です、焦ってはいけませんとミサカは感情を抑えながら発言します」
これが終盤ならともかく、序盤から大きく動いては他の主従から目をつけられる。
単騎ならともかく、複数から狙われるのは望ましくない。
「……了解、いたしました」
「人数は減りましたが、4号から12号までは同じく偵察……接触が可能ならば情報を収集、残りはミサカの登校について来て下さい、とミサカは命令を下します」
ゾルダート達もこれ以上食い下がっても効果はないと判断したのか、大人しく引き下がった。
自分達の目的は仇討ちではなく聖杯を主へと捧げることだ。
怒りに気を取られ過ぎて足元をすくわれるなどあってはならない。
サーヴァントとはマスターに従うもの。
そう、今はまだ。
――いつか、この報いは受けてもらいます、とミサカは決意します。
しかし、ミサカとて死んだ三人のゾルダートを殺ったサーヴァントをこのままにはしておけない。
機が熟せば、ゾルダートを率いて討伐することだろう。
表面上は冷静ではいるが、ミサカも内心は憤怒で満ち溢れている。
好き好んで戦いこそしないが、立ち塞がるなら容赦するつもりはない。
それはきっと、幻想殺しの少年が取らないであろう道だ。
剣呑な思考だとわかっていても、ミサカは抑えずに熱へと変えていく。
学校という日常に埋没しても尚、忘れない。
自分が置かれている場所は戦場で、必要とあらば殺す覚悟を指に込めろ。
鞄には念の為に小型の拳銃を仕込んでいる。
これ以上、奪われないように。いつでも、殺せるように。
「では行きましょう、各員行動開始です、とミサカは宣言します」
心の何処かでは気づいていたし、諦めていた。
きっと自分は、幻想殺しの少年みたいに上手くはいかない、と。
-
■
走る、走る、走る。
華奢な両腕に少女を抱き、ギーは足を動かした。
今の自分は何処にいる。自宅に向かうにはどの道を走ればいい。
幾ら呼びかけても震えてばかりのはやてが答えを返すことはなかった。
(参ったな。いつもの行動範囲とは違う方面へと逃げたからか、現在位置がいまいち掴めない)
ぎゅっと握られた服の裾からは震えが伝わり、今も彼女の中に恐怖が渦巻いていることが見て取れる。
見通しが甘かった。
聖杯戦争が始まり、各マスターが動き出したというのにこの油断。
ちょっとした朝の散歩であっても、命を狙われる危機に発展する可能性は予想出来ていたはずだ。
――視界の端で道化師が嘲笑っている。
それはまるで、彼らの行く末に希望はないと言わんばかりに。
八神はやては聖杯戦争を理解していない。
この偽りの街が永遠に続くと無邪気に願っている。
永遠なんて、何処にもないのに。
明日には、自分達がこの世界から消え去っているかもしれないのに。
(それでも、僕はこの娘がいつの日か本当の意味で家族を手に入れることを願う)
はやてはギーのことを家族だと言ってるが、勘違いも甚だしい。
所詮自分はサーヴァント。
いつかは別れが待っている存在にあまり重みをかけてはいけない。
この出会いは必然ではなく偶然だ。
戦いへの参加証代わりに充てがわれたモノに過ぎない自分。
-
……人ではない僕は聖杯戦争を終えたら消える。未来がない僕が彼女にできることは、ない。
絶対の別れが定められているのに、家族になどなれるはずもなく。
なればこそ、深入りは避けるべきだった。
彼女とはあくまでマスターとサーヴァントの範疇に信頼をとどめておくべきだとわかっていたはずだ。
(過ぎたことは仕方がない。今はこの状況を迅速に解決しなければならない)
幾らでも浮かび上がる自己嫌悪を切り替える。このまま黙って狩られる訳にはいかない。
一刻も早く、彼女を安全な場所へと連れて行く。
それが今のギーができる最善の献身であり、不器用な優しさだった。
『こんにちは、ギー』
そんな優しさを、道化師は肯定するでもなく否定するでもなく、ただ見続けている。
『目覚める時間だ』
見続けている。
『目をそらしてはいけないよ』
見続けている。
ギーが背を向けた戦争の象徴たる敵が彼の背中へと迫っている。
常在戦場、この街に安息はもはや存在しない。
戦わなければ生き残れないと理解していながらも、ギーは苦悩を深めた。
はやてを助けてくれる主従は本当に存在するのか。
サーヴァントだけを都合よく倒せる程、自分は強いのか。
どんな数式を唱えても導き出せない計算に、顔の表情も自然と鈍くなる。
(やれるのか、じゃない。やらなくちゃいけないんだ)
救う。強くなくても、例え拒まれたとしても。
ギーは困っているモノ全てを救い続けなければならない。
それが自分の存在意義であり、ギーの根源なのだから。
「止まれ!」
「貴様、サーヴァントだな?」
「抵抗するのはやめてもらおうか」
――さぁ、試練の時だ。
同じ体格、同じ顔、同じ服。
まるで分身したかのような三人のサーヴァント。
急ぎ、家へと戻ろうとするはやて達を邪魔するように、彼らは立ち塞がる。
-
■
面倒なことになった。
はやて達から離れた立ち位置。
民家の屋根の影に隠れながら、ヴェールヌイは改めて考える。
(誰を先に狙うか。悩む所ではあるね)
詰まるところ、狙う的が増えてしまい面倒だ。
最初は逃げているギーを狙撃しようと砲口を向けていたが、新手が複数やってきた。
同じ顔のサーヴァントが三人。魔術による幻影か、それとも宝具の効能かは不明。
全てが未知数故に狙撃を中止し、様子見を試みる。
(一目見ただけではわからないか。あの男を当て馬にして対処法を考えるのが最善)
人はヴェールヌイのことを臆病者と呼ぶかもしれないが、聖杯戦争では一つのミスが大事に繋がることだってある。
アーチャーの利点である遠距離攻撃を活かすなら慎重過ぎるぐらいが丁度いい。
砲口はそのままに。ヴェールヌイは戦況を見つめ続けることにした。
弓を引くタイミングを見誤るな。
ヴェールヌイは強く自分に言い聞かせ、ぎゅっと口元を噛み締めた。
そして、もう片方。先程狙撃した痩身の男は砲撃を防ぐ力はあれど、反撃はしてこなかった。
あの鋼の腕を攻撃に転換すると脅威になると考えていたが、彼は逃げを選択した。
マスターの安全重視なのだろう、積極的に戦う主従ではないことは確かだ。
(非力なマスターを庇うのは好感が持てるが……愚かでもある)
足の不自由な少女など、足手まとい以外の何物でもないというのに。
それでもなお、見捨てないということは、彼は善良なサーヴァントなのだろう。
-
(もっとも、私も人のことは言えないか)
このような戦場で邂逅しなければ、良き友になれたかもしれないと考えると少し気が重いが、仕方がない。
砲口の先には膠着状態であるサーヴァント達。
タイミングが悪ければ、狙われるのは自分だ。
第三者として、利を得ることをしっかりと考え、ヴェールヌイは息を殺し潜む。
(彼女達なら……電達ならどうするだろうな)
もし此処に呼ばれたのが姉妹達ならば、誰かと協力して聖杯戦争を打ち破ろうとしたのか。
特に、争いを忌避していた電なら、自分とは違い、他マスターとの共存を選ぶだろう。
手を取り合い、争うのはやめようと主従を説得して回ったかもしれない。
(だが、私は私だ。私の願いはともかく、マスターの願いは尊いものだ。
サーヴァントである以上、それを叶える為に十全を尽くすのが道理だ)
もっとも、そんなイフの話をしても、状況は変わらないし、何よりも、今ここにいるのは自分だ。
ヴェールヌイ自身が納得できる判断を下さなくてはならない。
(許しは乞わない。討つまではいかなくても、少々の手痛い目にはあってもらうよ)
真っ白な自分の身体が赤に染まるまで。
ヴェールヌイの歩みは止まれないし、止まるつもりもない。
■
「見ぃ〜つけたっ」
そして、彼らの姿を確認してにぃと口元を歪めて笑う少女が一人。
少女、瑞鶴はヴェールヌイ達から更に離れた場所で艦載機からの連絡に頭を回している。
(マスターさんは学校に行かせたから動きやすい。仕掛けるなら今だね)
同じ顔の軍人が三人、痩せた風貌の青年と幼い少女のマスター、そして同郷のヴェールヌイ。
狙うべき獲物は選り取りみどりで悩んでしまう。
チャンスが有れば全員を此処で落としたい所だが、そこまで美味しい状況にはならないだろう。
英霊を舐めてはいけない。そもそも、戦場で油断など愚の骨頂だ。
調子に乗りやすい性格をしている瑞鶴だが、締める所はきちんと締める。
過小評価も過大評価もせず、自分にできることを今はこなすだけ。
-
(でも、早計は駄目。ちょっかいをかけるにしても、場がもっと混乱してからの方がいいよね。
あの娘が動いてからが本番かな? それに、これだけ集まっているんだから……戦闘が始まるともっと寄ってきちゃうかもだし)
まだ彼らは出会ったばかり。ヴェールヌイも機を伺っており、チャンスが有れば動くはずだ。
狙い目はそこだ。全員が目先の相手にとらわれた瞬間に弓を引けばいい。
辺りには索敵機を飛ばしているので、奇襲にも対応できる。
(とりあえず、無理は禁物だね。全く、前衛がいないとやりにくいったらありゃしないわ。
これで全員から狙われたら即刻大破よ?)
加えて、敵は彼らだけではなく無数に存在する。
目立つ戦闘をすれば当然、他の主従も自分と同じような態勢に入るだろう。
そうすれば、ますます動くのにも慎重を要さなければならなくなる。
無論のこと、負けるつもりはないが、絶対の保証はない。
(それに、マスターさんを残して死ぬ訳にはいかないっての)
今の自分はマスターの刃であり盾である。
自分が此処で倒れてしまってはスタンは一人になってしまう。
サーヴァントを失ったマスターがどうなるかなんて想像も容易い。
肝心な所以外はどうも及び腰な少年だ、暫くは自分が面倒を見てやらなければならない。
これでは、手のかかる弟を持った気分だ。
(マスターさんってばヘタレだし、ヘタレだし、ヘタレだし……私がいないと駄目なんだから)
けれど、そんな少年に自分の命運を預けたいと思ったのはきっと間違いではない。
みっともなく足掻く自分を間違っていないと言ってくれた彼の期待を裏切るのは、嫌だ。
サーヴァントとして、そして一人の艦娘として。
何としても成果を上げて、彼の元へと戦果を持ち帰ってみせる。
その過程で、優先的に始末しなくてはならないのはやはりヴェールヌイだろう。
同郷の戦友。こんな戦場で敵として再会するとは思っていなかったが、それもまた運命なのかもしれない。
(でも、一人で戦うには限界があるしなぁ。まずはあの娘以外を狙撃する。
そして、警戒を解いて協力を結ぶ、なーんて甘過ぎるか)
お互いのことを知り尽くしているからこそ、敵に回ると厄介である。
艦娘になる以前に経験した戦争で自分よりも長く生きた少女を、瑞鶴は甘く見ていない。
一見するだけだと華奢な少女だが、本質は自分と同じく戦う為に作られたモノだ。
(ねぇ、【響】。例え貴方が相手でも、マスターさんと私の願いは譲れないわ)
だが、その本質を象る中身には瑞鶴とヴェールヌイでは大きく違いがある。
終えたものと終えてないもの。戦の最後を見たものと見てないもの。
まだ瑞鶴は、ヴェールヌイのことを同じく最後まで戦って果てた【響】だと考えている。
瑞鶴はまだ、【響】の辿った結末を知らない。戦争は終わり、護るべき国が変革を遂げていったことを――知らない。
-
【C-6/御坂妹のマンション・駐車場/1日目・午前】
【御坂妹@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]パジャマ
[道具]特になし
[金銭状況]普通(マンションで一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ生還する
1.協力者を探します、とミサカは今後の方針を示します
2.そのために周辺の主従の情報を得る、とミサカはゾルダートを偵察に出します
3.偵察に行ったゾルダート達が無事に帰ってくるといいのですが、とミサカは心配になります
[備考]
自宅にはゴーグルと、クローゼット内にサブマシンガンや鋼鉄破りなどの銃器があります
衣服は御坂美琴の趣味に合ったものが割り当てられました
ペンダントの購入に大金(少なくとも数万円)を使いました
自宅で黒猫を飼っています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](13号〜20号)、健康、無我
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
[備考]
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](7号〜12号)、健康、無我、スリーマンセル、単独行動
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.他のサーヴァントの偵察
3.ミサカが学校から帰宅するのにあわせて帰還する。
[備考]
【C-5/住宅街の外れ/1日目 午前】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]軽度の恐慌状態、魔力消費(小)、下半身不随(元から)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごす。
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.はやてを安全な場所まで連れて行く。
2.白髪の少女(ヴェールヌイ)を警戒。
3.脱出が不可能な場合ははやてを優勝させることも考える(今は保留の状態)。
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)を確認しました。
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](4号〜6号)、健康、無我、スリーマンセル、単独行動
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.眼前のサーヴァントに対して――。
[備考]
【アーチャー(ヴェールヌイ)@艦隊これくしょん】
[状態]健康
[装備]12.7cm連装砲
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターと共に戦う。
1.狙撃する。幾らかの手傷は負わせたい。
2.マスターの心情に対し若干の不安。
[備考]
マスターの少女(八神はやて)とサーヴァントの男(キャスター・ギー)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)を確認しました。
【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.できればここで全員落としたいが、深入りはしない。
[備考]
艦載機(索敵)を飛ばしています(周囲には特に念入りに)
キャスター(ギー)、マスターの少女(八神はやて)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)、アーチャー(ヴェールヌイ)を確認しました。
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投下終了です。
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投下乙です
ここに来てそれぞれのキャラたちが絡み合いだしましたね。ギーたちを付け狙うヴェールヌイと、その後ろから場の全員を狙う瑞鶴。幸運Aに違わず漁夫の利のチャンス到来ですが、果たして全部が上手くいくのかどうか
そしてミサカは苦渋の決断を強いられましたか。パンタローネに対する敵愾心はあれど冷静に判断できる力があるのは安心ですが、やはり感情としては納得してない様子。このまま潰れて欲しくはありませんが、果たして……
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おお、投下乙です
かのゾルダートは散ったか…御坂妹の悲しみは見てて辛いものがある
とはいえここで足踏みしててもいたずらに時が過ぎるだけだしなあ
そして三人のゾルダートが出くわしたのがギー先生か
はやてを抱えながらの逃避行、艦娘たちによる狙撃のことも考えると危ういな
方針的に御坂妹と協力できるかは微妙だし…ともあれ、一つの渦ができましたね
-
投下乙です
ゾルダート、情報だけは、ちゃんと伝えることが出来たのですね…………
今回は、複数の陣営が互いに隙を伺いあう、混沌とした状況が良く描かれていた話だったと思います
この場の鍵を握るのは、包囲網の真ん中に居るギー先生とはやてか、あるいは全く新規の乱入者なのか…………?
とにかく緊張感が漂う、良い話でした
-
感想ありがとうございます。
ちょこちょこwiki編集もしてくれたりと励みになっています。
サーシェス、アサシン(キルバーン・ピロロ)、アサシン(緋村剣心)を予約します。
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スタン、前川みく、ルーザー(球磨川禊)を予約します
-
予約分を投下します
-
ふと考える。自分は一体何なのかと。
それは自分探しだとか、そういうものではない。
単なる存在意義(アイデンティティ)の確認、この聖杯戦争に臨むにあたる願いの確認だ。
聖杯にかける願い……そんなものは決まっている。アリーザお嬢様の無事と幸せ、そして彼女を守れるだけの強い誰かが傍にいること。
強い誰か。
それは断じて自分ではない。星晶獣を前に戦うことすらできず縮こまっていた自分に強者を名乗る資格などなく、当然の帰結としてそんな情けない男がアリーザお嬢様を守るなどと大言壮語を口にすることなど許されない。
故に彼女の傍に在るべきは自分ではない誰か。
瑞鶴はそんな逃げは許さないと言ってくれたけど、でも現実問題として彼女の傍に侍り敵を屠る自分というものが、どうしても想像できないのだ。
だからこうして自分は戦っている。
自分がアリーザお嬢様を救出することを諦め、自分がこれからもアリーザお嬢様を守り続けていくことを諦め、あらゆる全てから逃げるために戦っている。
それは、もしかしたら賞賛されてしまうことなのかもしれない。
本心に根差す理由はともかくとして、命をかけて大切な誰かの幸せを願い戦うことは、決して侮蔑されるべきことではないと言ってくれる人もいるかもしれない。
けれど、自分が戦う理由を並べて思い浮かぶのは―――やはり自分はどうしようもなく負け犬なのだという、拭いがたい自嘲の念だけだった。
▼ ▼ ▼
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「ここに来るのも結構久しぶりだな……」
スタンは目の前に聳える学園を前に、少々感慨深げに呟いた。
言葉の通り、スタンがここに来たのはモラトリアム期間の最初だけで、久しぶりと表現しても過言ではなかった。
記憶を取り戻して以降は聖杯を掴むためだけに尽力していたため、来る余裕自体がなかったとも言える。
頭にはニットの帽子を被り、左手には学生鞄を、右手には中身入りの竹刀袋を引っ提げるスタンの姿はどこからどう見てもスポーツ真っ盛りの高校生……というわけにもいかなかった。それは模範的な学生にあるまじき茶髪であるとか、日本人離れした容姿であるとか、今は帽子に隠れているが人間のものではありえない耳であるとか。標準的な日本の高校であったならばいくらでも目立つ要素となるだろうこれらは、しかしこの冬木においてはぎりぎり言い訳できないこともない事情として機能していた。
元々この街は外国人が多く移住する街であったためか外国人の生徒も多く、スタンのみが特別目立つということはなかった。
茶の髪も人種が違えば仕方がないと看過され、帽子に関しては外見に差し障るちょっとした病気だと偽っている。
更に付け加えて言うならば、スタンは剣道部の有望株として認知されている。
表立っての校則違反ならばともかく、事情ありということならば服装の一つくらいは黙認されているのだ。
「ったく、アーチャーの奴……そんなに俺が邪魔かよ」
不満げな呟きは誰に聞かれるでもなく宙へと消える。その言葉の通り、彼が登校してきたのは彼のサーヴァントであるアーチャーの進言……もとい強制があったためだ。
学校に行くか行かないかで延々と迷っていたスタンに、ああもうまどろっこしいと瑞鶴がぐいぐいと背中を押してきたのだ。
あんまり休みすぎると怪しまれるかもしれないでしょ、などともっともらしいことを言いながら、着慣れない学生服に身を包むスタンを笑顔で送ってくれた。
その情景を思い浮かべると、不覚にも頬が若干緩んでしまう。
実際のところ、スタンは口で言うほど瑞鶴の提案を嫌がってなどいないのだ。
少しでもこちらの負担を減らそうとしてくれる心遣いは素直に嬉しいし、学校自体も別に嫌いなわけではない。
「……」
そう、確かに学校へ来ること自体は悪くないと思うが……しかしそれとはまったく別の問題として、スタンには通学することに対する引け目のようなものがあった。
それは何も学校に行くことのみならず、平穏な日常を過ごすこと全般に言えることだった。
戦いから離れ時間に余裕ができてしまうと、自然とある考えが頭をよぎるのだ。
つまり―――自分の願いについて。
アリーザお嬢様を助けたい、そこだけは間違いない。
自分は彼女の幸せのためにこそ戦い、聖杯を手に入れると誓っている。
だが、その手段は? 星晶獣の手から救い出し、その後の生涯を守護するのは誰になる?
自分では駄目だとスタンは思った。半人前で臆病な自分では到底不可能だと諦めた。しかし瑞鶴はそんな自分をこそ幸せにするべきだと……スタンがアリーザを守ってもいいのだと言ってくれた。
分からない、どちらを選ぶべきなのか。
瑞鶴の言葉は嬉しい、そんな彼女だからこそスタンは瑞鶴というサーヴァントを心から尊敬している。
けれど、果たして自分にアリーザを守るだけの資格があるのか。いくら悩んでも答えは出ない。
だから今は目の前の戦いに集中しようと、スタンは答えを出すことからずっと目を背けてきたが……しかしこうして日常に埋没してしまえば、途端に苦悩がスタンを襲う。
答えの出ない問いから再び目を背けるように、スタンは眼前の校舎を見つめる。
戦いに参加できないというならば、偽りの日常にこそ集中しようと考えて。
-
「えっと、確か教室はこっちだったよな。この階段を昇って……あれ、違ったっけ?」
昇降口で靴を履き替え、日の差し込む朝の廊下を恐る恐ると進んでいく。
それは敵の攻撃に備えているとかそういうのではなく、単に教室への道が曖昧なだけだ。
モラトリアム期間の短期間のみ通い、瑞鶴を召喚して以降は自主休学という名のサボりを敢行していたスタンにとって内部の地理は非常に怪しいものがあった。
とはいえ、人に聞くわけにもいくまい。スタンは設定上はもう何か月もこの学校に通っていることになっているわけで、そんな彼が今更教室までの道を尋ねるなど不審の極みだろう。
無論、こうしてうろうろしているのだって怪しくないわけではないが……背に腹は代えられないと、朧気な記憶を頼りに階段を昇る。
静かな校舎は閑散とした空気を放ち、ぴりつくような感覚を肌に与える。
時折聞こえる運動部の掛け声は遠く、メトロノームのように一定のリズムを刻んでいた。
目に映る光景は、やはり元いた世界とは似ても似つかないものばかりだ。それらは物珍しい故に、目に入るだけでも気を紛らわせることができる。
そうして足を進めて、ああそういや課題とか溜まってるんだろうなと憂鬱な気分に浸りながら二階への階段を昇り切ったところで。
「あ、おはようスタン君。風邪はもういいの?」
そこでばったりと出くわした。
綺麗に切りそろえられた髪に、知的そうな眼鏡。落ち着いた、静謐ながらも快活な印象を受ける口調。
凛として委員長然とした雰囲気は、確か……
「や、おはよう。前川……さん」
前川みく。そう、確かそんな名前だったはずだ。
正直言ってクラスメイトの顔と名前も一致しているか怪しいスタンであったが、前川みくはある意味で印象深かったため咄嗟に名前が出てくる程度には覚えている。
理由を簡潔に言ってしまえば、彼女はクラスの代表的な存在なのだ。
委員長というのもそうであるし、まず存在感からして周囲とは一線を画している。
聞けば同年代ながらアイドルという大衆に姿を見せる職業に就いているとか。ならばこの華やかな存在感にも納得というものだ。
恐らくは彼女もNPCなのだろうが……本物の人間と比べても遜色ないほど、いいや本物よりもずっと「凄い」のがちらほらいるあたり良くできたものだと舌を巻く。
挨拶を返されて、みくはニッコリと微笑む。
それはクラスメイトに対する親愛の情も含まれているが、それ以上に肩の荷が下りたとでもいいたげな安堵の念が感じられた。
-
「その様子だともう元気みたいだね。はぁ、ほんとに心配したんだよ? 最近風邪が流行ってるみたいだったし、それに未央ちゃんのこともあったから。大変なことになってたらどうしようって」
溜息混じりの雑談に、しかしスタンは「おお、ありがと」と曖昧な答えしか返せなかった。
襤褸を出さないように内心は結構必死だし、ついでに言えば設定上はともかくとして目の前の少女は知りあって間もないわけで。このシチュエーションは色んな意味で心拍数を上げる結果となっている。
だが同時に、先ほどの安堵の念の正体に得心する。
未央、本田未央。みくの心配の原因はそれだったのかと。
本田未央、その名前には聞き覚えがある。
スタンのクラスメイトで、前川みくの相棒的存在で、みくと同じようにアイドルをやっているらしい。
スタンが引きこもり……もとい籠城をしていた時に読んだ情報収集用の雑誌にも掲載されていたことから、この街ではそれなりに有名な存在なのだろう。
とはいえ、スタン自身は未央とは一度も会ったことがない。
彼女は数日前からずっと家に籠りっぱなしで、それはスタンがまだ記憶を取り戻していない頃からそうだったためだ。
理由はよくわからないが、まあアイドルにはアイドルの事情があるんだろうなと他人事のように思っている。
「……そういや何やってんだ前川さん。なんかすごい大荷物みたいだけど」
「うん、これ? ちょっと先生に頼まれて教室まで教材運んでるの。結構量が多くって……」
「なんだ、そんなことだったのか。じゃあそれ俺に任せてくれよ。心配してくれたお礼に、さ」
言うが早いか、スタンはみくが持っていた大量の教材をそっくりそのまま下から持ち上げた。
確かにそれは女の子が持つには少々辛そうなもので、不肖な男ながら見て見ぬふりはできなかったのだ。
「え、いいよスタンくん。これって一応私が頼まれたものだし……」
「いいっていいって。困った時はお互い様だ。別に気にするこたねえよ」
困ったように謙遜するみくに、しかしスタンは快活な笑顔で荷物を引き受ける。
その様子に観念したのか、みくも「それじゃあお願いしよっかな」と引き下がった。
「じゃ、俺先に行くわ。前川さんはゆっくりでいいぜ」
言うが早いか早足で先を行く。後ろからは驚きと遠慮が混じったような声が聞こえたが、構わず前だけを見て歩く。悪いなとは思うけど、今はどうにもそんな気分なのだ。
前川みくの荷物持ちを手伝ったのはささやかな善意も勿論あるが、それ以上に何かして気を紛らわせたいという気持ちが大半を占めるだろう。
いくらでも湧いてくる願いへの疑念を見ないようにするための、代理行為。
前川みくの荷物持ちを請け負ったのは、つまるところそれ以上の理由はない。
だからこそ、スタンは廊下を歩きつつも意識はこの場に存在しないのだ。
自嘲の念は拭いきれない。それはいつでも思考の隅に在り続け、これでいいのかと自問してやまない。
自分はどちらを選ぶべきなのか。自分はどちらかを選ぶことができるのか。この拙い頭では、どうしても答えは出なくて。
けれど。
-
「……だけど、もう引き返すことなんてできねえよな」
少なくとも、聖杯を獲ることだけは確実にしなければならない。
その時になってアリーザの最上の幸福を願うか、自らの理想を叶えるかを決めればいい。
まず聖杯を手にしなければ、そんな贅沢な悩みなど意味を為さないのだから。
少しずつでいい。瑞鶴と共に歩み、彼女と共に在れるような男になり、そして共に願いを叶える。
自分がしなければならないのは徹頭徹尾それだけで、現状抱える苦悩など取らぬ狸の皮算用だ。
スタンは静かに息を吐き、ついで前を見据えると一直線に教室を目指し歩みを進める。
校舎の中を進むたび、忘れかけていた記憶が蘇り教室への道筋を明らかにする。
今自分がやるべきはこの日常を謳歌すること。まずはそれをやり遂げ、改めて瑞鶴と共に戦おう。
――――――――。
『こんにちは、スタン』
『人は、ふたつの重みを共に背負うことなどできない』
『目を背けてはいけないよ』
……視界の端で道化師が踊っている。
分かっている。自分の戦いはただの逃げだと。答えを先延ばししているだけなのだと。
けれど、それでも自分にできる精一杯は譲れない。聖杯を手に入れる。それこそがアリーザお嬢様を助ける唯一の方法だと信じているから。
だから決して迷わない。たった一つだけ残された願いだけは、絶対に諦めないとここに誓う。
―――意味などないと囁く声が聞こえる。
自分を此処に招いたモノと、寸分違わぬ声が届く。あらゆる願いを諦めてしまえと、甘く囁く声が響く。
黙れ、黙れ、俺は絶対に諦めない。二度と、これだけは譲れない。
視界の端に踊る幻を無視し、スタンは教室への歩みを進めた。
【C-2/学園・高等部/一日目 午前】
【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]竹刀
[道具]教材一式
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.ひとまず今日は学校で過ごす。
[備考]
・装備の剣はアパートに置いてきています。
▼ ▼ ▼
-
「あ、行っちゃった……」
足早に姿を消すクラスメイトに声をかける暇もなく、伸ばしかけた手を所在なく宙に浮かせながらみくは呆然と呟いた。
まさに口を挟む隙もなしだ。重く嵩張る教材を引き受けてくれたことには感謝の念しかないが、しかしどうにも置いてきぼりにされた感が拭えない。
「どうしたんだろスタン君。あんないきなり」
『どうしたって、逃げたんでしょ』
すぐ隣から声が届く。
あまりに唐突だったからみくは変な声をあげて、しかし慌てた様子で周囲に誰もいないことを確認するとその声の主に食って掛かるように向き合った。
「る、ルーザー! いきなり出てくるなって……!」
『言ってない。少なくとも君の口からそんなセリフが飛び出してきたことは一度もないよ。
だから僕は悪くない』
へらへらと卑屈な笑みを零しながら、その少年は自己の正当化を訴える。
相変わらず気持ちの悪い奴だ、みくはそう改めて思った。
階段の手すりに不遜に腰かけながら、何やらかっこつけたポーズでこちらを睥睨する様は不快の一言。
彼が特に何をしたというわけではないが、ただそこにいるだけで普通というものを根こそぎ侵されるような。そんな言いようのない不安感が少年からは放たれている。
ルーザー(敗者)の名を冠する過負荷のサーヴァント、前川みくに宛がわれた従僕。
そんな少年は、今はただその口元を三日月のように歪めながらみくを見下ろしていた。
「う、うっさい! 何かにつけて屁理屈ばっかり、ちょっとはみくの言うことも聞いてよ!」
心なしか顔を赤くしてまくしたてるみくに、しかしルーザーは何も堪えていない。
ああ、やっぱりこいつは分からない。
みくはささくれ立った思考を無理やり冷やし、先ほどのルーザーの言葉に反論する。
「……それより逃げたって、まさかスタンくんのこと? まさかスタンくんまで負け犬だなんて言うんじゃ……」
まさかとは思う。何故ならみくの知るスタンとは負け犬などという言葉とは最も縁遠い故に。
学業こそ下位だが、剣道では負けなしの優等生。友人も多く、本人だって実績に基づいた自信を兼ね備えた好漢なのだ。
そりゃ普通の人間である以上は欠点もそれなりにあるだろうが……それでも彼と目の前のサーヴァントが同類かと問われれば答えは否だ。
当然と言えば当然の疑問に、しかしルーザーは首を振って否定した。
『いいや違うね。アイツは確かに僕らに似てるけど、でも負け犬じゃない。それですらない。
だってアイツは負ける以前に戦ってすらいないだろうからね。それじゃ負けることだってできないよ』
-
それは単なる推測なのだろうが、しかし他ならぬルーザーが言う限りにおいては不変の真理と化す。
何故なら彼は永遠の負け犬だから。誰よりも弱く、誰よりも負け続けてきた彼は、それ故に他者の弱点を理解する。それは物理的なもののみならず、精神面においても例外はない。
人のトラウマを、後悔を、罪悪感を何よりも精密に嗅ぎ分ける。負け犬特有の同調意識、傷の舐め合いに特化した嗅覚は決して瑕疵を見逃さない。
『どうしようもないね。勝ち負けってのはまず戦うからこそ生まれるものだけど、アイツはそんな大前提そのものから逃げ続けている。だからアイツは負け犬じゃないよ。
良かったねみくにゃちゃん、君よりずっと底辺な奴がいてさ!』
客観的な事実として、それは間違いなく正しい。ルーザーは弱さに関して世界最高……いや最低の理解者だ。
だからこそルーザーの言葉は過剰に悪意的な言い回しを取っていても、本質から的外れということは決してない。
人は誰しも弱さを持つ以上、彼の目から逃れることはできない。しかし、それを正直に受け止められるかは全くの別問題で。
「―――もういい加減にしてよ! みくもスタンくんもアンタなんかと一緒にしないで!」
故に、遠からずこうなってしまうのは避けられない運命にあったのだろう。
今まで沸々と底に溜まっていた負の感情。現状への恐怖とか、やりきれなさとか、ルーザーに対するイラつきがここに来て一旦決壊を迎える。
みくはルーザーの言葉から耳を塞ぐように、肩を怒らせてその場を去る。
それは激情に身を任せているようで、しかし何もかもから逃げ出しているようにも見えた。
彼女は未だ現実に抗えない。願いと感情の狭間に揺れ、そのどちらをも選べず、己が従僕を解することもない半端者に過ぎない。
だが近い未来において、彼女は自らの進むべき道を選択しなければならない局面に出くわすだろう。
その場面において、彼女が重みに潰れるか、非情を貫くか、甘きに流されるかは、まだ誰も知らないことだ。
【C-2/学園・高等部/一日目 午前】
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]健康、イライラ、前川さん
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.人を殺すことに躊躇。
[備考]
・本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
・本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
・事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
▼ ▼ ▼
-
『あーあ、怒らせちゃった』
足早に立ち去っていくみくの背を見つめながら、ルーザーはわざとらしい溜息を漏らす。
その顔は相変わらずにやついた笑みがこびりついて、とてもじゃないが反省しているようには見えない。
『僕ってやつはどうにもこういうのが苦手みたいだ。
まあみくにゃちゃんは負け猫だけど過負荷(ぼくら)じゃないし、そこは仕方ないのかな』
この時間帯にしては不自然なほど誰もいない廊下で、ルーザーは大仰なほどの手振りで呆れを表現する。
やれやれと、分かってねえなぁと。己が主を嘲笑いながら、しかし過負荷らしい好意で以て祝福する。
それはあまりにも歪な好意の在り方だ。普通(ノーマル)に過ぎないみくにとって、ルーザーの好意はまさしく悪意にしか映らないだろう。
ルーザーとてそんなことは自覚しているが、しかしその程度で改められるものならば、そもそも過負荷になど生まれついていない。
だからこれは単純なすれ違い。好意が必ずしも善意と受け止められるとは限らないように、ルーザーの友情はみくには届かない。
『でも、僕と一緒にするな、か。別に僕はアイツが過負荷(ぼくら)なんて言ってないんだけどね。
あれはただの普通(ノーマル)だよ。みくにゃちゃんと同じさ。
だってまだ負けてもいないんだから。そうだろ、道化師?』
――――――――。
『こんにちは、ミソギ』
『勝者も、敗者も、この都市の何処にもいない』
『皆等しく、盲目の生贄だ』
―――視界の端で道化師が踊っている。
踊る道化師。黒色の。それはずっと視界に在って、あらゆる全てを嘲笑う。
姿だけで人に不快感を与える様は過負荷のようで、全てを等しく嘲笑する様は悪平等のようで。
しかしそのどちらでもない。道化師はただ踊るだけだ。
『勝ちも負けもないだって? それは聞き捨てならないな。
少なくとも僕とみくにゃちゃんは負け犬と負け猫だぜ? その事実だけは絶対に覆らない』
球磨川は笑う。へらへらと道化師を睥睨して、己がマスターすらをも無様な敗者だと言い切って。
-
それが過負荷の条件だ。
思い通りにならなくても。
負けても。勝てなくても。馬鹿でも。
踏まれても。蹴られても。
悲しくても。苦しくても。貧しくても。
痛くても。辛くても。弱くても。
正しくなくても、卑しくても。
それでも、へらへら笑うのが過負荷である。
『まあずっと負け続けてる僕と違って、みくにゃちゃんはたった一回の負けでこんなところまで来ちゃったみたいだけどね。
ほんっとに情けないよね。そんな小さいこと引きずって馬鹿みたい☆
そりゃみくにゃちゃんがずっとイライラしてるのは僕が傍にいるからなのかもしれないけどさ』
『僕は悪くない』
『みくにゃちゃんが挫折したのも、みくにゃちゃんが諦めたのも、みくにゃちゃんが追い詰められたのも。
全部、それはみくにゃちゃんのせいだ』
『みくにゃちゃんの弱さだ』
『みくにゃちゃんのマイナスだ』
『だから僕は悪くない』
『……だから、僕はみくちゃんのサーヴァントになったんだ』
ルーザーのサーヴァント、球磨川禊。彼は負け犬の名のままに、弱い者の、愚か者の、負けた者の味方だ。
良いも悪いも。善でも悪でも。
形はどうであれ、中身はどうであれ、表現の仕方はどうであれ。
彼は【仲間】というものを何より大事に思っている。
好きな相手と一緒に駄目になる。
愛する人と一緒に堕落する。
気に入った者と一緒に破滅を選ぶ。
強固(ぬる)すぎる仲間意識の持ち主。
それが球磨川禊。マイナス13組のリーダー。
『現実に打ちのめされ、幻想に甘ったれ、夢に逃げ込んだ情けない負け猫。それがみくにゃちゃんだ。
けど、その負はみんなみくにゃちゃんのものだ。それを横からどうかしようってんなら、僕としては見過ごせないな』
ぬるい友情。それはマイナス13組のモットーのひとつ。それを違えるつもりはルーザーには存在しない。
その友情が侵されるというならば、彼は戦いへと赴くだろう。決して勝てない戦いに。しかしルーザーは負けるために挑むわけでは決してない。
むしろ勝ちをこそ望んでいる。嫌われ者でも、やられ役でも、主役を張れるのだと証明することこそがルーザーの矜持である故に。
だからこそ、これは敗北宣言では決してない。
負け続けの人生だったけど。
失敗ばかりの人生だったけど。
『きみはちょくちょくちょっかい出してるみたいだけど、いつまでも続くとは思わないほうがいい。
待ってなよ道化師。きみのことは、僕に負けた恥っずかしいピエロとして永遠に座に刻み込んであげるから』
今回は、勝つ。
-
――――――――。
『―――それは、どうかな』
道化師は視界の端で踊り続ける。それは決して変わることはない。
ルーザーは隅っこのそれから目を離し、誰に見られるでもないまま静かにその姿を消失させた。
そして誰もいなくなった―――ということはなく、ほどなくすると辺りは登校してきたNPCの学生たちが幾人か行き来するようになる。
廊下はにわかに騒がしくなり、先ほどまでの静けさなど影も形も無くなった。ルーザーのいた痕跡など跡形もなく掻き消すかのように、そこには変わらない日常が出来上がった。
つまるところ、これは何てことない挨拶代わりのようなものなのだろう。敗北宣言では決してない、宣戦布告でも殺害予告でもない、単なるくだらない世間話。
そこに意味など何もなく、そこに意義など何もなく。括弧付けの、取るに足らない格好付け。
だが意味も意義もなかろうと、そこに嘘は一切含まれない。あらゆる敗北を前提としても、しかしルーザーはいつだって勝ちを狙って突き進む。負け猫(なかま)のことは見捨てない。
何故なら彼はどうしようもなく、仲間想いで、人間好きで、そして惚れっぽい男なのだから。
【C-2/学園・高等部/一日目 午前】
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『僕の身体はいつだって健康さ』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『それはそうと、僕はいつになったらみくにゃちゃんを裸エプロンにできるんだい?』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
[備考]
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投下を終了します
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投下乙です!
おお、スタンを掘り下げながら、その有り様を過負荷視点でも表すとは…
みくにゃんを煽りまくる球磨川にうわっ気持ち悪いと感じたのにその後の負け犬の理屈と矜持でぐっと来てしまった
そうだよなー、こういう奴だったよこいつ…
嗤う道化の厭らしさも実にいい
スタンも、みくにゃんルーザー組も応援したくなるなあ
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投下乙です
スタンの葛藤いいですね、夢現聖杯はこういう、やり直しと願いにかかるもどかしい葛藤や苦悩がすごく似合う
覚悟を決めつつも悩みもがくスタンのこれからの戦いが気になります
そして今回はやはりルーザーの面目躍如ですね…!
性能も性格もどうしようもないのに最悪の道化を前にしてなお揺らがぬルーザーならではの強さ…というより弱さ、か
性質の悪さと奇妙な熱さを併せ持った球磨川らしい口上でした
前川はこの不可思議な負け犬とどう折り合いをつけていくのだろうか
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球磨川は気持ち悪いなあ(誉め言葉)
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投下乙です。
鬱屈しながらも前に進もうとするスタン。
アリーザの幸福にはスタンが幸せになることも含まれていると至らないのは自己評価の低さがあるからか。
それでも、聖杯を願うことは間違いではないと言える所に彼の強さの片鱗が見えますね。
そして球磨川の道化への勝利宣言、かっこいいですね。
気持ち悪いながらも、筋が通った彼なりの想いが実に過負荷らしくて。
それと、球磨川にいじられてぷんすこ怒っている前川さんはとても可愛いです。
予約延長します。
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投下します。
-
「――お前らの話を統括すると、その嬢ちゃんはもう黒に近い灰色だな」
とあるホテルの一室。サーシェスが泊まっているこのホテルは簡素な作りではあるが、居心地がいいと評判らしい。
もっとも、彼にとってそんな評判などどうでもよく、単に都心にあるから便利だという理由で此処を拠点としているだけだ。
「探るような動き、それも入念に。間違いねぇな?」
急ぐこと無く、じっくりと見定める。
偵察から戻った彼らに対して、サーシェスは深くため息を吐く。
彼らの報告を聞き、サーシェスは即座に判断を下す。
「ただの一般人がそんな動きをするとは思えねぇ。仮にマスターでないとしたら、キャスターに操られている……って所か?」
「そうだねぇ。まあ、一人殺した所でこの街は動かない。彼女が死んでも――戦争は続くしね」
マスターであろうとなかろうと。どうせ、此処は偽りの街。
一人の少女が行方不明になった所で何も問題はない。
そもそも、サーシェス達には倫理観など存在しなかった。
好きなように奪い、騙し、殺し、悦楽を得る。
これまでもそうしてきたし、これからもそうするだけだ。
「決まりだね。それで、提案なんだけど、此処はまずボク一人だけを先に行かせてくれないかなあ?」
「ほう、何か考えでもあんのか? テメエのことだ、ちょっかいだけで済ますなんてことはねぇよな」
面白くならないなら、切り捨てる。
言外に彼がそう言っていることをキルバーンは肌で感じ取った。
サーシェスは快楽で動く人間だが馬鹿ではない。
確固とした理性で自分が最大限に楽しめるように場を整えることができる人間だ。
意にそぐわなかったら信頼もなくなっちゃうなあ、なんて口が裂けても言えない。
サーヴァントとマスター。その間に隔絶した力量の差があろうとも、令呪を使われたらそれでお終いなのだから。
-
「ま、適当に掻き回してくるよ。その間はピロロをつけとくから安心安全だね」
そうして、霊体化したキルバーンに対して、何を言うでもなくサーシェスはグラスを取り出して、買ってきたワインをたっぷりと注ぐ。
「あれれ〜、何か激励の言葉はあげないの?」
「まさか。あの野郎がそんなもんを求めてる訳ねぇだろうが。何を言おうと、自分のやりたいようにやるだけだろ?」
元より、お互いに利用価値がなくなったら即座に切り捨てる関係だ。
激励など気色が悪い。
腹に後ろめたいことを幾つも抱え込んでいる暗殺者とそんな優良な間柄になった覚えはない。
(さてと、勝手に動く暗殺者サマはいいとして、俺はどうすっかねぇ)
本来なら、サーシェスも一緒に行動を共にするつもりだったが、キルバーン一人に殺られる雑魚であれば、相手にする価値はない。
もしも、カチューシャの少女がマスターであり、連れているサーヴァントが強力であれば、その時こそサーシェスの出番だ。
(必死こいて敵を探し始めた所をズドン、ってね。くははっ、今は精々情報集めに勤しみますかねぇ)
今はのんびりと機を伺うのが最良と判断し、ワインを体内へと流し込む。
アルコールの酔いに心も体も委ねてしまえ。
こうしてゆったりとしていられるのも今だけだ。
日が経つにつれてタイムリミットのことを考え、焦り出す主従も出始める。
その時こそ、彼が求めていた一心不乱の闘争が幕を開けるはずだ。
飽くなき愉悦が味わえる闘争がどうか――永遠に続きますように。
この偽りの街でも変わらぬ傭兵は、口元を歪めてからからと笑った。
▲
(ひとまず、泊まるホテルを探り当てただけでも収穫か)
サーシェスを追跡していた剣心はホテルのロビーで手続きを済まし、一息ついていた。
一応ではあるが、同じホテルに一室を取ったのでいつでも張れるようにはしてある。
確かに、この世界で生きるには召喚時の服装では大層目立つだろう。
周りに和装をしている人はほぼいない。全員が洋風の衣服を身に纏い、外国のようだ。
現在着ている服装はどうやら、この時代の大人がよく着る衣服らしいので、剣心も街並みに上手く溶け込めている。
-
(隠密の勘は鈍ってはいない。此処にいるのは【拙者】ではなく、【俺】なのだから当然ではあるが)
霊体化を解いて色々と活動するのにアサシンは便利なクラスだ。
気配遮断のおかげで、魔力を振りまくこともなく、隠密に徹することができる。
気配を消し、一般人に紛れて暗殺の機を伺う。
殺れるか、殺れないか。
人斬り抜刀斎として名を馳せた緋村剣心の見せ所だ。
(ますたあが俺という武器をどこまで使いこなせるのか。最後までその願いは曲がらずに進めるのか)
それにしても、こんな形で昔の自分に立ち戻るとは剣心は露ほども思っていなかった。
願いは昔も今も変わらず泰平の世の中だというのに。
ままならないものだと自嘲するが、呼ばれたからには仕方がない。
勝ちに行く。泰平の為に、無辜の民であろうとも斬り捨てる。
加えて、願いを叶えるだけではなく、此度のマスターの行く末を見てみたいという思惑もある。
神条紫杏。
世界の為に他の全てを捨てた――魔王。
自分と同じ、『過去』も『今』も『未来』も許せなかった同類。
まるで彼女も自分と同じく、過去や在り方をねじ曲げられたかのように。
(もっとも、俺が気にする領分ではないか。あの女は……もう諦めている。何を言おうとも、届くはずがない)
だからこそ、自分のようなサーヴァントを召喚できたのか。
真実、誰かのことを想い続けた【緋村剣心】ではなく、歪で、歴史に曲げられた【人斬り抜刀斎】が呼ばれた理由である。
悪を為して世界を救う。
確かな結果を求め、紫杏はこの街にいるマスター全てを躊躇なく殺すだろう。
そして、自分がその刃である。
どれほど崇高な願いを持っていようが、どれほどいじらしい願いであろうが、構わず刀を抜き放つ。
できるはずだと言い聞かせ、剣心は脳裏に浮かんだ幸せだった頃の情景を投げ捨てる。
「きゃっ!」
「……っ! 済まない、怪我はないか?」
そうして考え事に耽っていると、ぽすんとした音が視界の下から聞こえてきた。
敵のことに気を取られ、注意力が散漫だったらしい。
いくら殺気を感じられなかったとはいえ、自省すべきだ。
「……大丈夫よ。こっちこそ、悪かったわね」
むっすりとした表情とは裏腹に、しっかりと謝った小さな少女に対して、剣心は薄く笑う。
見た所、聖杯戦争とは関わりない子供だが、何があるかわからない以上、迂闊な態度は取れない。
何かで操られている、斥候である可能性は完全に否定はできないのだから。
-
「気にしなくていい。お互い、考え事をしていて気が散っていた。むしろ、謝るのは俺の方だ」
表面上は穏やかに。【拙者】としての緋村剣心の顔をなるべく創り出す。
きっと、その顔は歪で子供にとってはあまりウケが良くないものだろう。
現に、少女は顔に怯えを見せている。子供故か、本能が自分の異質さを察してしまったのか。
「そ、そうっ。考え事をする時は気をつけた方がいいわ」
「あぁ……そうだな」
そう言って、小走りで立ち去っていた少女を誰が咎められようか。
血生臭さを知らぬ無垢なその在り方は剣心からすると眩しくて仕方がない。
(けれど、人々があの娘のように自由に生きれる、笑える。それが俺の求めた新時代だった)
少女とは違い、剣心は幼い頃から安寧とは程遠い環境で生きてきた。
青臭い理念を掲げて、沢山の人を斬ってきた。
たった一人の女性を愛し、喪った。
結局、緋村剣心の辿った道は苦渋に溢れたものだ。
(今の時代は、俺が尽力した政府ではないけれど。戦も多くあったけれど)
新時代、そして現在。
人々は闘争をやめず、尊い生命は数え切れない程に喪われた。
人斬り抜刀斎が斬った生命に意味があったのか。
その理想の果てで、【拙者】が報われたのか。
緋村剣心が願った明日は、願っていいものだったのか。
(…………あの娘のように、幼子が笑える世界はあったんだ)
けれど。けれど。
確かな答えとして、平和な新時代は在ったのだ。
幼子が夢を追いかけられる未来は、決して世迷い言じゃなかった。
自分達が必死に駆けずり回って見たかった明日が、此処にはある。
彼らの願った夢の果てが偽りの街とはいえあることに、たまらなく嬉しくなった。
「――――あぁ、安心した」
正しいとか、正しくないではなく。
人々の笑顔が見たくて戦った緋村剣心は、それだけで満足だった。
【C-9/ホテル/1日目・午前】
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]正装姿
[道具]カバン
[金銭状況]当面は困らない程の現金・クレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:戦争を楽しむ。
1.獲物を探す。
2.カチューシャのガキ(ゆり)を品定め。楽しめそうなら、遊ぶ。
[備考]
カチューシャの少女(ゆり)の名前は知りません。
現在アサシン(キルバーン&ピロロ)とは別行動中。
銃器など凶器の所持に関しては後続の書き手にお任せします。
【アサシン(キルバーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]健康
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1. カチューシャの少女(ゆり)で遊ぶ。
[備考]
サーシェスとは別行動中。
【アサシン(ピロロン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]健康、宝具の復活一回分の魔力をストック
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1.マスターの警護。
[備考]
【アサシン(緋村剣心)@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]健康
[装備]スーツ姿
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針: 平和な時代を築く為にも聖杯を取る。
1. 次はどうするか。
[備考]
サーシェスが根城にしているホテルを把握しました。
-
投下終了です。
-
投下乙です!
サーシェスとキルバーンの関係は割りきってるなあ
そしてサーシェスの心情がイイ!
その後の、剣心ならぬ抜刀斎の思いが胸を打つだけに、対比的に際立って見えます
さて、斎藤とゆりちゃんはどうなるのやら…
-
投下来てた、乙です。
剣心の独白が重いですね…かりそめの街でも、剣心にとっては彼の願った平和な新時代の一つの姿とも見えるのか…
そして剣心の知らぬ間に斎藤たちへ迫る戦闘狂と死神の鎌。いったいどうなるやら…
-
ラカム、ライダー(ガン・フォール)、ライダー(ニコラ・テスラ)を予約します
-
予約分を投下します
-
人は誰しも空に憧れる。
程度の差はあれ、それは万人に共通する感情と言っても過言ではないだろう。
未知への憧れとは至って普通の思考であり、故に古来より人は空を目指し探求を続けてきた。
今日において人は航空機という叡智の結晶により空へ至ることはできたが……しかし多くの人が夢見るだろう「生身による空への到達」を成せた者は未だいない。
人には翼がない以上、単独での飛行など夢のまた夢だ。そも常人では高高度の気圧等に耐えることは難しく、あらゆる意味で人がそのまま空に辿りつくことは不可能だと断じていい。
そう、普通なら。蒼天の只中に人の影が浮かぶことなど考えられない。
航空機内にいるでもなく、重力に従って落下するでもなく、悠然と飛行する姿はただしく常人のそれではない。
しかしそこには人影が存在した。物理の縛りを感じさせない優雅さで、風を切り空を駆ける。
それは翼持つ有翼人種でなければ、超常の力により飛行するでもない、人の背丈ほどもある鳥に騎乗する姿であったが、それが不可思議を意味しないのかと問われれば答えは否だ。
それは男。それは老人。奇怪な紋様の浮かぶ巨鳥にして彼の宝具たる『蒼空の騎士鳥』ことサー・ピエールに跨り、どこまでも突き抜ける青空を滑空する。
彼は確かに老人であったが、しかし老いの衰えは微塵も見えず、瞳は老練なる強固な意志に燃えていた。
白銀の鎧を纏う姿はまさしく、中世の勇壮なる騎士に酷似して。
名付けるとするならば。「空の騎士」という呼び名こそが彼に相応しいだろう。
「壮観なり。これが異界の大地(ヴァ―ス)か」
白雲の混じる風を受け、老齢の鎧騎士は静かに呟いた。
彼―――ガン・フォールは眼下に映る街並みに、率直な感嘆の言葉を口にする。
乱立する建築物は大地を覆って憚らないが、それとて大地に根差す人々の繁栄の証と見るならば、やはり先ほど口にした「壮観なり」という感想こそが先に口を突いて出る。
ここは彼や彼のマスターたるラカムが住んでいた世界とはまるで違う異界ではあるが、しかし果て無き大地(ヴァ―ス)であることに違いはなかった。
「景色に見惚れてばかりではいられぬが……しかし戦争など嘘のように静かであるな」
視界に映る街並みは、彼の言う通り聖杯戦争とは無縁なほどに平和な様相を呈していた。
彼はそれを一望できる。聖杯戦争となる会場の全て、余すことなく見通せる。
高度およそ2000m。そこが今彼らの存在する場所であった。
周囲には白雲がまばらに浮かび、眼下には冬木の街並みが広がっていた。無論のこと、通常のサーヴァントでは気配察知はおろか肉眼での目視も叶わない場所だ。
それは空飛ぶガン・フォールも街に存在するサーヴァントを捕捉できないことを意味するが、しかし個人ではなく区画ごとに見れば、今のガン・フォールは冬木という会場全体を把握できる立場にある。
そう、例えば。周囲を巻き込むレベルの戦闘が発生したなら、当然の帰結として今この高所にいるガン・フォールの目に入る。地上では見えないことでも、空の上であるなら話は別だ。
彼が今行っているのは、つまりそういうことだ。騒ぎを起こすサーヴァントの捜索。危険であるなら先んじて警戒できるし、万が一善良なる者であったならば交渉するのもいいだろう。
捜索の手段としては待ちの姿勢であることは否めないし、効率的かと問われれば微妙なところではあるが、しかしガン・フォールの持つ能力を遺憾なく発揮する方法であることに違いなかった。
「願わくば争いのない平穏な世こそが理想であるが、しかし既に闘争の幕は開かれておる。
我輩無意味な闘争など望むところではない。できることならば無益な犠牲など払わず争いに幕引きたいと願っておるが、現実にそう上手く行くとも限らん」
ガン・フォールは誰ともなしに言葉を紡ぐ。
それは自分に言い聞かせる類のものではなく、この場に明確に存在する誰かに問いかけるようなもので。
「ゆえ、おぬしに問おう。
この非情なる戦場にて、おぬしは何のために戦う」
「―――無論、遍く輝きを守護するために」
そこにはいつの間にか、もう一つの影があって。
空を往くガン・フォールを、不遜に見下ろしていた。
▼ ▼ ▼
-
突き抜けるような蒼だけが在る大空にて、二騎の英霊が対峙していた。
一人は騎士。鎧を纏い、相棒たる巨鳥に跨る空の騎士ガン・フォール
一人は白い男。学生服にも似た意匠の服を纏い、中空へと屹立する若い男。
どちらも敵意は一切なく。
しかし欠片も油断はしない。
「存外鋭いものだ。隠すつもりなど毛頭なかったが、こうも容易く位置を悟られるとはな」
「悟るも何もなかろう。いきなり人の後ろに陣取りおって、全く肝が冷えおるわ」
ふむ、とわざとらしいまでに顎を撫でる若者に対し、ガン・フォールはどこまでも巌の姿勢を崩さない。
それは積み重ねた人生という年月が成せる業か。空の騎士は突然の闖入者にも心は揺るがず、射抜くような視線で以て相対する。
相手は明らかに奇妙な手合いである。この高高度まで飛行し、気配探知にすら引っ掛からず、それでいて背後を取るだけ取っておいて何をするわけでもない。
端的に言って意図が全く読めない。相手の正体も目的も分からない以上、警戒するなというほうが難しいだろう。
「それで、おぬしは如何様な用件でここまで来た。
ここに戦の火を灯すというならば我輩が相手になるが……どうにもそのような気配ではないようだな」
「まあ待て。そう結論を焦るな。
見たところ、この私と同じくライダーのクラスで参じたサーヴァントと見て取れる。ならばそれもまた縁、言葉を交わすのも一興だろう」
ライダーを名乗る白い男は不遜な物言いを変えることはない。それは外見から来る両者の印象を鑑みれば奇妙な光景で、ともすれば失敬な若造にも捉えられるだろう。
しかし白い男からはそんな幼稚さを感じさせない、奇妙な貫禄のようなものが滲み出ている。少なくともこの場において、彼はガン・フォールとも肩を並べられる老練さを兼ね備えていた。
「とはいえ、根を詰めて語り合うにはこの場は適さんか。惜しいが、ここは手短に済ませるとしよう。
まずは自己紹介といこう。私はライダーのサーヴァント。聖杯戦争のセオリーとして真名は明かせんが、クラス名が被るというなら《ペルクナス》とでも呼んでもらって構わん」
「ならば返礼しよう。我輩は《空の騎士》、そして相棒のピエール。
察しの通りライダーのサーヴァントよ。そちらと同じく真名は明かせんがな」
互いに呼び名を交わし合う両者は、しかしその表情を対照的なものとしている。
ペルクナスは不遜に笑い。
空の騎士は威風を持った巌の顔だ。
-
「さて、では本題に入るとしようか。
貴君は用件はなんだと言ったが、はっきり言ってしまえばサーヴァントとの対面そのものが目的だな。戦うにしろ、そうでないにしろ、まず直に会って話さねば何も分からん」
白い男の言葉に、ガン・フォールはピクリと眉を動かす。
未だ警戒こそ解いていないが、何かを感じるように言葉を待つ。
「ほう……ならばおぬしは、この老骨を前にどう致す?」
「話し合いの場を設けたい。無論、我らだけでなく各々のマスターを交えたものを、な。
この聖杯戦争における私の行動方針は先に言った通りだ。そして、貴君の取らんとする行動もまた聞き届けた。
ならば我らには交渉の余地がある。悪い話ではないと考えるが」
どうだ? と尋ねる男に、ガン・フォールは暫しの沈黙の後、告げた。
「……それは願ってもない話であるな。しかし我がマスターに告げず、我輩の一存で決められる話でもない」
「当然だな。ならばこそ、貴君にはこれを渡しておこう」
言葉も終わらないうちに、ペルクナスを名乗る男は懐からメモ帳を取り出すと、何やら書き込みその紙片をガン・フォールへと差し出した。
「私直通の連絡先だ。受け取るがいい」
白い男はこれまた懐から取り出した携帯端末―――スマートフォンというものだったか―――を軽く振りながら言う。
渡された紙片を見れば、いくらかの数字の羅列に加え異国の文字列が書き記されている。
「仮にこの提案を受けるのであれば、場所の指定はそちらに任せよう。
時間は今日の18時頃を想定しているが、これもある程度ならそちらの都合に合わせるとしよう」
「……随分と譲歩するのだな」
「こちらから頼み込んでいるのだ。当然だろう」
それは不遜な物言いとは裏腹の謙虚さだった。
「おぬしの提言、しかと受け取った。
確約はできんが、改めて連絡させていただこう」
目を伏せるガン・フォールに、白い男は同じように目だけで返事をして。
「……ふむ。手短に済ませるつもりだったが、少々長くなったか。まあいい。
ではさらばだ空の騎士。良い返事を期待しているぞ」
相も変らぬ笑みで男はそう言って―――次の瞬間には影すらも残さずその場から消え去った。
瞬きする間もないとはこのことだろう。その一瞬で、既にガン・フォールがサーヴァントの気配を探知できる領域からすら離脱していた。
取り残されたガン・フォールはしばし僅かな緊張を以て姿勢を正し―――数瞬の後、一気に脱力した。
「……全く因果なことよ。雷人間など、エネルだけで十分だというのに」
騎士とその相棒の巨鳥は、共に大きく嘆息する。こちらに敵意を持たない相手だったとはいえ、一瞬の油断もできない問答だった。
何故ならガン・フォールとピエールは、かつてそれと酷似した者を知っていたから。仇敵というにはあまりにも強大で、自分ひとりでは到底敵わない神の如き存在を目の当りにしていたから。
ペルクナスが去る一瞬、ガン・フォールは確かに目撃した。姿が掻き消える瞬間に走った雷光を。
それは確かにあのエネルと違わぬもので、しかしだからこそ。
「主の下へ戻るとしよう、ピエール。
これが吉報となるかどうか、それは分からんがな」
だからこそ、この戦場で再び雷電の魔人と相対するなど。
それは本当に因果な話であると、ただそう思ったのだ。
-
▼ ▼ ▼
新都と深山町を結ぶ大橋、その主塔の真上にその男は現れた。
宙に走る電流のように、気付いた時には既にその姿はあった。
―――彼は。
背の高い男だった。
白い服の男だった。
正義を成すと心に決めた男だった。
少女の代わりに捜索を行う男だった。
聖杯戦争もまだ序盤、無駄な労力は使うまいと決めていた。
だが。
「なるほど、これは幸先がいい」
だが、ここまで見事に気持ちのいいサーヴァントに巡り会えたとあらば。
魔力の無駄だからと、遭遇を避けるわけにもいくまい。
「空の騎士。推察するにどこぞの統治者か、歴戦の勇士か、それとも両方か。
いずれにせよあれは相当の傑物だ。マスターは未だ未知数だが、この早期に出会えたことを幸運に思うべきか」
呟く言葉は心からの賛辞だ。
彼は虚偽を述べない。
言葉を誤魔化すことはあっても、決して、嘘を吐くことができない。
それはこの身にある呪いの一つだ。かつて老齢に差し掛かろうと老いを見せなかった肉体と同じ、雷の鳳に与えられた祝福。呪詛。
そして故に、彼には全てが分かる。
彼は、あらゆる嘘を捨てたが故に。
彼は、あらゆる虚偽が目に見える。
「……さて、この場において為すべきことは終えたか。
早々にマスターの下へ戻らねばな」
そうして彼は再びその身を雷電へと変換しようとして……ふと気づく。
纏う雷電が心なしか微弱なものとなっていた。
目に見えるほどの弱体でも、未だ戦闘に障りが出るレベルでもないが。
それは空の騎士と出会う直前に比べ、明らかに目減りしている。
(予想より魔力の減りが早い……やはり万事が上手くいくとは限らんか)
-
右手に滾る雷電を確認し、テスラは内心で独り呟く。
既に理解していたことだが、サーヴァントとして括られる今、テスラの力は大幅な制限を受けている。
この体たらく。全盛期はおろか、常に電力不足に悩まされていた学園都市時代にさえ遥かに及ばないだろう。
雷を生み出す源は人の輝きである故に、その傍にいなければ彼は存在を保つことができない。
かつてと違い、今はマスターの存在が基底現実へと存在を繋ぎとめる楔となっているため人の記憶に留まることはできるが。
それでも、この身に課された呪いを完全に無くすことはできない。
客観的な事実として、南条光が魔術師の類であったならば……いや、そうでなくとも多少の魔力を有していたならば、ここまでの弱体化はなかっただろう。
彼女は普通の人間とは違う職業に就き、紛うことなき輝きではあったが、しかし決して魔術に身を置く者ではない。それはこの聖杯戦争では極大の枷となり、侍従たるテスラの身を縛る。
そう、それは事実であったが。
「……この程度、何の支障もない。元より私が望んだこと、不満などあるものか」
しかし彼は決してそれを「煩わしい束縛」だなどと考えない。
何故なら、そんな何処にでもいる「普通」の、健やかなる在り方こそが、彼にとっては眩い光となるから。
かの少女には多くを貰った。輝きを、楔を、信頼を。彼が何より尊ぶものを。
故に、これ以上は甘えてもいられない。
言葉もなく、白い服の彼は霊体と化し宙へと消える。
闘争は始まったばかり。一瞬の油断さえ許されないこの状況で、彼は早急に主の下へと帰還する。
白い男。ニコラ・テスラ。この現界においてペルクナスとなることを選んだただ一人。
彼の戦いは、未だ終わらない。
【C-7/大橋/一日目 午前】
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]霊体化。単独行動及びそれに伴うステータス・雷電魔人スキルのランク低下。雷電魔人スキルの使用による魔力消費。
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
0.マスターの下へと帰還する。
1.マスターを守護する。
2.学園に向かい、そこで他のマスターの動きを待つ。
3.空の騎士のマスターの連絡を待つ。
[備考]
・一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
・主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
・個人でスマホを持ってます。
-
▼ ▼ ▼
「で、これがそのメモってわけかい」
"ウム、確かに渡したぞマスターよ"
街の中心地から少し外れた場所にある町工場、その外にある人気のない一画。
ツナギを着た格好のラカムは、己がサーヴァントから事のあらましを聞き、「どうすっかなぁ」などとぼやきながら頭を掻いていた。
始業前の僅かな時間。ガン・フォールからの念話を受けたラカムは、人一倍早く準備を済ませた後に野暮用があると言ってここまで抜け出していた。
幸いなことに、職場の町工場でのラカムの立場は「下っ端ながら確かな技術と経験を持った頼りになる奴」である。
そのおかげである種の人望めいたものも持ち合わせており、多少の勝手は苦笑いと共に受け入れられている。
今回も、早いとこ戻ってこいよと言われたくらいで、特にお咎めというものはなかった。
「で、その、ペルクナスだったか?
実際そいつは信用できそうなのか?」
尋ねる声は真剣そのものだ。目下、彼が最も注意すべきはその事項であるために。
ラカムとしても、情報収集のために他の主従と接触を図ることは視野に入れていた。単独で戦うことが難しいなら、共闘すらしようとも思っていた。
故にこれは絶好の好機なのかもしれないが、しかし罠や策謀の可能性だって十分にある。いや、まずそちらを重点的に疑ってかからなければ馬鹿を見るのは自分たちになるだろう。
だからこそ、信用というのは最優先で確認しなければならないし、そこを見誤ってはいけないのだ。
"……あくまで我輩から見た意見であるが、彼奴は悪人ではないと、そう思う"
「そうか、なら多少は安心ってとこかね」
ふっと表情を和らげ、ラカムが呟く。
こと他人の審美眼について、ラカムはこの騎士を全面的に信頼していた。
取った年の功と言うべきか、統治者として長年携わってきた実績からか、ガン・フォールという騎士は人を見る目は確かなものだった。
少なくとも自分のような若造が及ぶべきものじゃない。そうラカムは評価している。
"悪人ではないというだけで、小生意気な小僧ではあったがな"
「ま、そんくらい偉ぶってなけりゃ英雄にはなれないってことなのかもな。聞いた感じ、爺さんとはまるで違うタイプっぽいが」
英雄にも色んな奴がいるんだな、と。そこで一旦言葉を切って。
「しっかしとんでもねえのがいたもんだね。舐めてたつもりはねえが、まさかこんな早いうちに向こうから接触してくるなんてな」
当初、ラカムは高所におけるガン・フォールの監視を提案した時には、そうそう他のサーヴァントと出くわすことなどないと考えていた。
キロ単位の距離を越えて人間大の存在を視認できるサーヴァントは限られているし、よしんば目撃されたとして高所を飛行するガン・フォールを狙撃できるか、ガン・フォールの元まで追い縋れる者など更に数が限られる。
ましてそうした前提条件を満たした上で、更に高速機動に一日の長があるガン・フォールを捕捉できるサーヴァントなど、それこそあり得ない存在だとさえ考えて。
今思えば、それは慢心としか形容できない思考だ。
-
ガン・フォールの話を統合すると、ペルクナスが持つ能力はまさに破格の代物だろう。
2000m先のサーヴァントを知覚し、更にその距離を一瞬で踏破する移動能力。しかもそれは、ライダーのクラスにとって最大の切り札である最速の機動力となる宝具を使用した形跡が一切ないままでのことだ。
正直言えば荒唐無稽としか思えない。しかし、サーヴァントとは時としてそんな不条理を現実にする超存在なのだということを自分は知っている。
「下手打って敵対でもされたら敵わねえな。ここはひとつ、ご機嫌取りでもしとくべきか?」
冗談めかした口調でラカムは言うが、実際のところ、ここでの決断は今後を左右する重要な選択だ。
仮にペルクナスが敵に回ったら、それは最大級の危機となるだろう。無論こちらとてただでやられるつもりはないし、いつだとて勝ちに行く腹積もりではあるが、厳しい戦いになることは明白だ。
だからこそ今は様子見で、事を荒立てないために会いに行くのが定石だと。
そこまで考えて。
「……いや、違ぇな」
それまでの思考を自ら否定する。
いいや、これは違うのだと。
要するに、自分は確かめたいのだ。ガン・フォールが悪人ではないと言った奴のことを。
そいつを通して、自分もまたガン・フォールのことを信じてみたかったから。
「よし、決めたぜ爺さん。俺ァそいつらに会ってみる。後のことは野となれ山となれだ」
"ウム。おぬしが決めたとあらば文句は言うまい"
ひとまずの方針は定まった。ならばあとは、それを実行に移すのみ。
善は急げとばかりに、ラカムは懐から薄い携帯機器を取り出した。
それはスマートフォンと呼ばれるもので、奇しくもペルクナスが持っていたものと寸分違わない代物だった。ラカムは異世界の出身であるが、この地で役割を宛がわれたように冬木の地に即した持ち物を多数与えられている。
これはそのひとつ。今まで連絡する相手もいなかったから使う機会を与えられなかった代物だが、ついに使用を解禁する時が来たのだと手に取って。
「……ところでよ、これどう操作すんだ?」
"……我輩、青海の道具は門外漢である"
「だよなぁ……」
……結局、始業のベルが鳴るまでに、ペルクナスに連絡することは叶わなかった。
【C-9/街中の工場/一日目 午前】
【ラカム@グランブルー・ファンタジー】
[状態]健康、宝具『蒼空の騎士鳥』使用による軽度の魔力消費
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]工場勤務に必要な道具一式、スマートフォン、ライダー(ニコラ・テスラ)の連絡先が書かれたメモ
[金銭状況]工場勤務で纏まった金はある。
[思考・状況]
基本行動方針:この街を出て空を目指す。
1.脱出のための情報を集める。他の主従との接触も視野に入れる。
2.襲ってくるなら容赦はしない。
3.『ペルクナス』の主従と会ってみたい。とりあえず落ち着いた時間になったら連絡してみる。
[備考]
・装備のマスケット銃は拠点に置いてきています。
【ライダー(ガン・フォール)@ONE PIECE】
[状態]健康、霊体化
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
1.マスターのために戦うのみ。
[備考]
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投下を終了します
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投下乙です!!
ガン・フォールいいなあ、この口調と物腰ほんと渋い
ライダー、空の騎士らしいアドバンテージと戦術をさっそく見せてくれてるし
蒼穹の対峙は実にかっこいいです。テスラとガン・フォールの二人はどちらもすがすがしい感じがします。
屈指の優良鯖のテスラだけど、南条君が鱒ですしスペック的な制限は免れないんですよね。
組としてはラカムとは気が合うんじゃないかなと思いますが、無事に会合はなるのか。
しかしスマホを前にしたラカムとガン・フォールのやり取りにはくすっときてしまいましたw
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投下乙です
ガン・フォールかっけえ
二人のメンタルの安定感といい、ラカムとはホントいいコンビですね
つーか普通は空の騎士の領域にまでやってくるやついないよなぁ…
テスラだし別に危険な相手ではなかったわけですが
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八神はやて、キャスター(ギー)、レプリカ(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、ヒーロー(鏑木・T・虎徹)、アーチャー(ヴェールヌイ)、アーチャー(瑞鶴)
予約します
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投下乙です。
殺伐とした聖杯戦争の中でも落ち着いた雰囲気を醸し出しているラカム主従。
脱出狙いの方針から他参加者との共闘を目指している中で、テスラと会えたのは僥倖か。
それにしても、ガン・フォールもテスラも冷静で真っ直ぐな所が好漢として映えますね。
どちらも探りあいではありましたが、簡単には隙を見せない芯の通った強さを感じさせます。
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予約分を投下します。
それと、今回前篇後編に分けてみました
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「私は、この街に来て良かったです」
「ひとりぼっちだった時となんて、比べものにならないくらい楽しくて」
「ギーに出会うこともできた」
「私は、神さまに感謝しとります」
「ずっとずっと、こんな毎日が続きますように」
「……」
「……うん、嘘」
「ホンマは、私だって分かっとる」
「この街はずっと在るわけやない、全部全部偽物やって」
「……私は、どないすればええんやろ」
「考えると不安になる。目を向けたら怖くてたまらない」
「そんなら、いっそ目を背けてしまえばええと思って」
「でも、私は」
「いったい、何を―――」
▼ ▼ ▼
「止まれ!」
「貴様、サーヴァントだな?」
「抵抗するのはやめてもらおうか」
現実とはかくも難解な試練を容易に叩きつけてくる。
それは例えば、「なんでこのタイミングで」と思うようなことが起きたり、急いでいる時に限って足止めを喰らったり。
総じて間が悪いの一言で済まされるような出来事。しかしそれは、迫る危機が大きければ大きいほど致命的な隙として襲ってくるのだ。
少なくとも、今このタイミングでサーヴァントに出会うなど、ギーにとっては最悪に近い間の悪さだ。
ギーの眼前に立つ三人のサーヴァント。全員が同じ顔で、同じ服装をしている。
恐らくは分身か。こちらを威圧するような硬く大きな声で、静止するように迫ってくる。
-
厄介なことになった、そうギーは内心呟く。
実体化しての行動故に他のサーヴァントから捕捉される危険性は確かに存在した。先はそのせいで奇襲を受ける羽目になったわけだが、まさかこんな近くに更に別のサーヴァントが潜んでいるとは。
この冬木の地に招かれたマスターがどれほどの数になるかは分からないが、これだけの遭遇率を考えるに相当数に及ぶのではないかと推論できる。
だが今はそんなくだらないことを考えている暇はない。可及的速やかに、この場を離脱する必要がある。
「……済まないが、僕たちは今アーチャーのサーヴァントに付け狙われている。早急にそこを通してもらいたい」
だからこそ、放つ言葉に虚偽は一切混ぜない。
このサーヴァントたちが何を目的に行動しているかは分からない。しかし問答無用で襲い掛かってくることがなかった以上、ある程度は交渉の余地があることの証左になろう。
彼らと共闘してアーチャーを迎え撃つ、などと都合のいい夢想は持たない。だが彼らがこの状況を危険と判断してくれさえすれば、こちらとていくらでもやりようはあるのだ。
「なに、アーチャーのサーヴァントだと?」
「だが貴様の言をそのまま受け取るわけにもいかないな。まずは貴様の素性と行動目的を明かし、その後にアーチャーの特徴を我らに提示しろ」
……ああ、こう来たか。
ギーは表情を変えず嘆息する。外見からしてそのような印象を持ってはいたが、やはりこうなってしまうのかと。
彼ら……複製品じみた特徴を持つため、便宜上レプリカと呼称する……はとても機械的な存在なのだと、そう思う。
感情を解さないわけではないだろうが、その思考は非常にシンプル、かつ単一的。その上完成された軍属気質まで持ち合わせているようにも見えるのだから厄介極まりない。
端的に言えば、彼らは一切の妥協を認めないのだ。不確定の危険が迫っているからと言って眼前に存在するサーヴァントを見逃すことはしないし、まず取れるだけの情報を得ようとする。
三人のうち一人は周囲を見回すように索敵しているが……アーチャーにクラスを相手に、そんな片手間の索敵など気休めにもなるまい。彼らは通常のサーヴァントが近くし得る限界以上の距離から容易に魔弾を放ってくるのだ。
「……僕はキャスターのサーヴァント。目的は聖杯戦争からの脱出だ。アーチャーの特徴は白い長髪の少女。見たことのない意匠の軍服を着用していた」
しかし、かといって力づくで押し通るわけにもいかない。この近距離で戦闘行為に入ったら、腕の中のマスターがどうなるか分かったものではないのだから。
できるだけ簡潔に、問われた事項を説明する。レプリカたちはそれを聞き届けると、互いに頷き合ってからこちらを睥睨した。
「貴様の言い分は理解した。アーチャーのサーヴァントに狙われているということも信用してやっていいだろう」
「そして貴様の目的はこちらにとって都合がいい。我々と一緒に来てもらおうか」
相も変らぬ鉄面皮で、レプリカはそんなことを言ってきた。
どこまでも大上段から、こちらが上の立場なのだと言外に言ってくるような傲慢さで、反論は許さないと威圧しながら。
二人のレプリカがこちらの腕を拘束しようと迫る。腕の中のはやては恐怖の色を一層濃くして、声にならない悲鳴を漏らした。
……どうするべきか。
彼らに大人しく従うべきか、それとも宝具を発動してでもこの場を逃れるべきなのか。
彼らは自分の目的に対して都合がいいと言った。ならば彼らのマスターは自分と同じく聖杯戦争からの脱出を目指している可能性がある。
しかしそれは所詮推測、絶対ではない。大人しく連行されたところで、良くて隷属、悪ければ殺される危険性は十分に存在する。
かといって宝具を起動して逃れたならば、仮にレプリカたちが脱出を目指していた場合にも敵対は不可避となる。
しかも、それはあくまで彼らに勝つことが前提条件。もしかしたら、レプリカたちは宝具を使ってなおこちらを圧倒する力量があるかもしれない。
目に見えて分かる八方塞がり、それがギーたちの現状だ。取りとめのない思考に埋没する暇もなく、彼らの腕がこちらへ伸びる。
自分は一体どうするべきなのか。未だ答えは出ず、ただいたずらに時は過ぎて。
「……ねえ、ちょっといい?」
路地の向こうから、そんな声がギーたちに届いた。
年若い、まだ少女のものと思われる声だった。
-
▼ ▼ ▼
「ふと思い出すことがある。それは、まだ私がアイドルだった頃」
「多分、ううん、きっと私は、その時輝いていたんだと思う」
「誰かを笑顔にして、誰かの夢になって、誰をも幸せにする、そんなアイドルを目指して」
「……結局、全部駄目だったけど」
「でも、そんな『夢』に一番救われていたのは、きっと私だったんだ」
「……私は、私が分からない」
「何もできない自分が嫌で、そんな自分を見たくなくて」
「でも、何かを期待されたって何もできない。したくない」
「私には無理だなんて、都合よく諦めて」
「彼と真っ直ぐ向き合うことすらできない」
「私は、何がしたいの?」
「―――私は、また、諦めるの?」
▼ ▼ ▼
サーヴァントの気配を感じた、と傍らのヒーローが言ったのは、つい数分前のことだ。
彼が言うにはとても濃い魔力の反応があって、恐らく複数のサーヴァントが一か所に集まっているのではないか、とのことだった。
爆発的な魔力の高まりがないから戦闘は起きていないだろうと続ける彼を前に、加蓮はちょっと考えて。
「……なら、私が交渉してみる。あなたはタイガーを呼んできてくれない?」
口を突いて出たのはそんな言葉だった。
当然、ヒーローの彼は猛反対した。あまりにも当たり前のことだ。
そも、タイガーとの事前協議では、加蓮が先に目標を発見したなら令呪を使ってタイガーを呼び出す約束だ。加蓮とて、そんな約束を抜きにしても、マスターが何の備えもなくサーヴァントの前に身を晒すなど愚の骨頂だということは分かりきっている。
けれど。
「でもさ、こんな早くに、しかも大したことない理由で令呪を使うわけにもいかないでしょ」
口から出るのはそんな屁理屈。私は反抗期の子供かと自嘲して、ああそういえば子供だったなと心の中で苦笑する。
加蓮の言葉は、ある意味では間違っていない。
令呪とはサーヴァントを縛る究極の枷であると同時に、サーヴァントを限界以上に強化することもできる切り札にも等しい。考えるまでもなく、その存在は貴重だ。
そして令呪の喪失がマスターの消滅という結果を引き起こすこの冬木において、加蓮が使える令呪は実質二画のみ。考えなしに乱用していい代物ではない。
そう、それは確かな事実であり、故に加蓮が令呪を出し渋るのも一応の道理は通る。複数のサーヴァントが集ってなお戦闘が起きていないという状況も、その考えを後押しする結果となっている。
しかし、加蓮がそうした理由は、そんなセオリーに則った理屈など度外視したもので。
-
「どうしてもっていうなら、この令呪であなたに命令してもいいけど、それでいいの?」
その言葉に一気に顔を曇らせるヒーローを前に、加蓮の心は何度目かの自己嫌悪に黒く染まる。
無論のこと、加蓮にはそんな自分勝手なことで令呪を使うような度胸など存在しない。
これは単なる子供じみた脅し。この茶番めいた脅迫が通じなければ、その時は素直に諦めて令呪でタイガーを呼び出すつもりだったけど。
「……うん、ありがと。それじゃあよろしくね」
幸か不幸か、結果的に加蓮の要求は通った。
自分たちが戻るまでここを動かないでくださいね、という言葉を残し、ヒーローは慌てた様子で視界の向こうに消えていく。
加蓮は能面のような顔でそれを見送り、その姿が視界から消え去ってからようやく気を抜いた。
「なにがしたいんだろうね、私……」
加蓮がこんな暴挙に出た理由、それは彼女自身にもよくわかっていなかった。
自分ひとりでも何かできると証明したかったのか、マスターの説得という自身に与えられた仕事を見事に果たしたかったのか、それともこの身を死線に晒してタイガーの真意を確かめたかったのか。
分からない。自分が何をしたいのか。
分からない。けれど、既に道は定まって。
「……よし、頑張れ私」
そんな、意味などないと自分が一番良くわかっている薄っぺらな励ましをかけて。
彼女は彼女の戦場へと足を踏み入れたのだった。
そうして。
そうして、加蓮は今ここにいた。四人の男と一人の少女がいる、この場所へ。
全員に緊張が走る。少なくとも、ギーはある種の緊張を覚えた。
「なんだ貴様は。名を名乗れ!」
「私は北条加蓮。聖杯戦争に参加してるマスターだよ。ほら、これが証拠の令呪ね」
突然現れた少女は、己が手を掲げ、自らを聖杯戦争のマスターだと告げた。
場が困惑に包まれる。
何を考えているんだ。それはギーとゾルダートの双方に共通する思考だった。
少女はマスターを自称するが、しかし周囲にサーヴァントの気配はない。
もしかするとアサシンのマスターなのかもしれないが、それにしたってサーヴァントではなくマスターたる彼女が矢面に立つ理由がまるで分からない。
故の硬直状態。未知に対する最適解は、まずそれが何なのかを判別することなのだから、この場の誰もが少女を見極めんと静観を保った。
-
だからこそ、ギーにとってこの状況はあまり好ましいものではなかった。
いつ背後から白髪の少女のサーヴァントが襲撃してくるか分からない以上、長時間この場に拘束されるのは絶対に避けたい。
しかしこの意図が読めない闖入者の出現により、話はまた混迷を極めるだろう。少なくとも、眼前のレプリカたちが全てに納得するまで解放されることはあるまい。
それ故に、打開の道を探るべく、ギーは少女に問いかけた。
「……それで、君は何故こうして姿を現した。僕にはその理由が分からない」
「待て、我々は貴様に問いを投げることを許した覚えはないぞ」
「……いいでしょ、別に。
私が出てきた理由はね、戦いなんてやめようって、そのために協力しましょうって、そうお願いしに来たの」
ギーとゾルダートの表情が、にわかに変化を帯びる。はやては僅かに顔を綻ばせた。
自らに戦意はなく、だから協力しようという言葉は、実のところギーやゾルダートたちが望んでいた台詞でもある。
しかし、それを素直に信じるかと言われたら話は別で。
「……言葉だけでは信じられんな。証拠を提示するがいい」
「証拠なんて言われても……戦う気がなかったからサーヴァントを連れてこなかったってだけじゃ駄目?」
「駄目だな。アサシンが潜伏している可能性もある」
「……あー、うん。そっか、そういうこともあるか。
でもそこは大丈夫。あと何分もしないうちに、私のサーヴァントがこっちに来るだろうから、それで判断してくれると嬉しいかな」
矢継ぎ早に質問を重ねるゾルダートと、素人とは思えないほどに淀みなく答える北条加蓮。
確かに彼女の言う通り、その姿から敵意といった悪感情は一切感じられない。嘘を言っているとも考えづらく、だとするなら本当に協力の要請のために単身赴いたというのか。
それは疑いようもなく勇気ある行動だ。人は彼女を愚かだと笑うかもしれないが、その行動に含まれる尊さを否定することなどできはしまい。
だが、何故だろうか。
敵意も害意も感じず、嘘の気配も存在しないというのに。
言葉の端から漂うこの空虚感は。
一体、何だというのか。
「……なあ、ギー」
「ああ、分かってる」
腕の中で小さく呟くはやてに、ただ静かに答える。
賭けてみる価値も、信じてみる価値も、この少女には存在する。
けれどまず、この場所に危急の脅威が迫っていることを伝えねばなるまい。
「北条加蓮。横から済まないが、今から話すことを……」
良く聞いてほしい、と。そう言おうとしたところで。
「あっ」
「―――え?」
「ヌゥ!?」
その場にいた誰もが、声を上げた。
大気を切り裂いて飛来する弾丸が、周囲一帯を抉る。
それは先ほどのように単一のものではなく、広範囲にばら撒かれる散弾のように、視界に映る全てを屠る。
巻き上がる粉塵に、何もかもが見えなくなって。
既視感を感じるほどに再び繰り返される光景が、そこに出来上がった。
-
▼ ▼ ▼
「私の名はヴェールヌイ。ロシアの言葉で【信頼できる】という意味を持つ名前だ」
「元々は響という名前だったけど、色々あって今に落ち着いた」
「……この名前は、私の悔恨の象徴でもある」
「後悔は、今でも胸に燻ってる」
「戦争に負けたことよりも、私だけ戦うことすらできなかったという事実が、とても悔しい」
「あの時私も一緒に死んでいれば良かった、なんて。そんなことを言うつもりはないけど」
「それでも、もっと他にできることはあったんじゃないか、そういうふうに考えることは少なくない」
「……私は、マスターにその気持ちを味わってほしくないんだ」
「自分だけが生き延びて、何もかもを失って」
「それでもなお歩き続けなければならないというのは、とても悲しいことだから」
「私は、Верныйの名の下に、マスターを助けようと」
「そう、誓ったんだ」
▼ ▼ ▼
暗闇は一瞬だった。
凄まじい衝撃が全身を貫き、視界がぶれたと思ったらすぐに暗転して。それでも、気付けばすぐに目を開けることができた。
「……うぅ、ん……」
まるで起き抜けの子供のような声を上げて、加蓮は意識に光を灯した。
頭が覚醒してくると共に、一時的に感覚が麻痺していた体の節々に、徐々に痛みが伴ってくる。
背中の硬い感触から、多分仰向けに倒れたんだろうなということが分かる。何が起きたのかは分からないが、突き飛ばされでもしたのだろうか。
というか、重い。自分の体に何かが覆いかぶさっている。それは硬いような柔らかいような感触があって、それにしてはやたら重量のあるものだ。
迷惑だなぁ、とか。早くどけてくれないかな、とか。そんなことを思考の端に浮かべながら、加蓮はこの時になってようやく、視界にかかった靄を払うことができて。
「……え?」
それは奇しくも、衝撃が襲ってくる前に発したのと同じ声だった。
何もかもが崩壊していた。道路のコンクリートも、民家を隔てる塀も、近くの庭に植えてあっただろうまばらな木々も。
全てが、崩れなぎ倒されていた。半ばからへし折られた標識が無造作に転がっていて、まるで映画に出てくるゴーストタウンみたいだなとか突拍子もないことを考えて。
けれど、そこで見てしまった。
自分に覆いかぶさっていたものが、何なのか。
身じろぎすると滑った水のような音がして、そういえばさっきから服に水を吸ったような重い感触があって。
そう、それは。
「う、あ、あァ……」
最初の一瞬は、現実感がなかった。
状況を正確に理解した次の一瞬には、吐き気が襲ってきた。
仮病のために朝ごはんを碌に食べてなくて正解だったと、そう思う。そうでなければ今頃盛大に戻していたから。
全身の至るところを削られた人型が、加蓮のすぐ目の前に存在した。
見渡す限り、視界は赤に染まっていた。
-
加蓮の視界が暗転するより少し前。
破壊の下手人であったヴェールヌイは、一人冷めた目で状況を分析していた。
身を隠しての狙撃体勢を維持し数分、決定的な動きを待っていた彼女の視線の先に現れたのは、一人の少女だった。
恐らくは騒ぎを聞きつけたNPCか、分身型のサーヴァントのマスターかと当たりをつけたが、令呪を掲げる姿を見た瞬間に認識を確定させた。
そして理由は知らないが、都合六名を取り巻く状況に緊張と困惑が走ったのを確認して。
「……好機、だね」
そして、彼らを殺し得るだけの火力を解き放った。
50口径12.7cm連装砲 2基4門、25mm三連装機銃、etc.etc。本来なら地対地に適さない装備であろうとも、アーチャークラスの特権と言わんばかりに構わず熱量を注いだ。
前回の狙撃とは違う、正真正銘の大火力殲滅。弾けるような鋭い音が断続的に木霊し、衝撃で足元は削れ純白の長髪が風にたなびく。
対人規模を完全に逸脱した圧倒的な弾幕が、着弾点に集った六名を残らず襲った。
けれど。
「しくじったな」
それでも、長距離狙撃には適さないという装備の欠点が露呈することとなる。
ヴェールヌイの弾幕は確かに彼らを襲いはしたが、それでも全員を即死させることは叶わなかった。
まず目下最大の標的……キャスターの男は全身の複数個所を抉られ倒れている。狙撃の瞬間、二人の少女を庇うように動き、その身を砲火に晒した結果がこれだ。
あくまで他者を守ろうとするその姿勢は好感を持てるものだが、傷の深さを見るに長くはないだろう。
庇われた二人の少女は、キャスターに覆いかぶられる形で倒れている。死んでいるのか、気絶しているのかまでは判別できないが、無力化できたという意味ではどちらであろうと同じことだ。
そして分身型サーヴァントの内一体は既に消滅している。ヴェールヌイの砲弾を躱すことは叶わず、末期の言葉すら残せずに消え去ったのだ。
「やってくれたな、貴様!」
つまり【分身型のサーヴァント二騎は五体満足で活動している】。
しくじったとはまさにそれだ。一方的な狙撃・殲滅を行ってなお一撃で決められなかったというのは失敗にも等しい。
複数人を同時に仕留め損なったのは痛手という他ない。生き残った彼ら二人は、一人は即座に撤退を開始しもう一人がこちらに怒涛の勢いで迫っている。
こうなることを予期していたからこそ、ヴェールヌイとしては初撃で全てを決したかったのだが。
「……逃がしはしない。ここで倒れて貰うよ」
しかし焦ることはない。
憤怒に燃えるサーヴァントがこちらに迫ってはいるものの、その速度は呆れるほどに遅い。無論常人とは比較にならない俊脚ではあるが、サーヴァントとしては近接戦闘に不慣れなヴェールヌイと比較してもなお遅い。
少なくとも、数百mにも及ぶ彼我の相対距離を一瞬で埋めるほどではない。十分、迎撃の余地はある。
「き、貴様……!」
一発、二発、三発と。
ヴェールヌイの砲が轟音を立てるごとに、向かってくる男の体が削り取られる。
嚇怒と憎悪の表情で、彼はこちらを睨むけれど。しかしそれが何になるわけでもない。
感情の高まり如きで戦況を変えることなど、例えサーヴァントでも不可能なのだ。
「無駄だね」
敢えての冷酷さを前面に出し、ヴェールヌイの砲が四度目の唸りを上げる。
視界の先の男の頭が爆散し、血の華が咲いた。
-
「……許してもらおうとは思わない。これは戦争だからね」
勢いを失い崩れ落ちる男の姿を確認し、ヴェールヌイは目を伏せる。
どだい、これは戦争なのだ。当然のように人は死ぬし、そのこと自体を避けることはできない。
これで残るはあと一人。それなりの距離を逃げてはいるだろうが、先の男の疾走速度を見るにそれほど遠くには行っていないはずだ。
しかし、傷ついたマスターを置いて逃げるとは流石に予想外だ。いや、そもそも先の少女は分身型サーヴァントのマスターではないのかもしれない。
「……まあいいさ」
どちらにせよ同じだ。ここで全員を潰すことに変わりはない。
今からでも十分追いつける。そう判断し、ヴェールヌイは足に力を入れようとして。
「―――ちょっと見ない間に、なんだか練度が落ちたんじゃない?」
聞き覚えのある声が、耳に届く。
遠くのほうで、逃げ去る男の後頭部に、一本の矢が突き刺さり。
マスターの少女たちが倒れていた場所が、一帯ごと爆炎に包まれて。
「随分と久しぶりね、【響】。なんだか雰囲気変わった?」
吹きすさぶ爆風に髪をたなびかせて。
やけに親しげに、彼女―――瑞鶴は、笑みを浮かべながら話しかけてきたのだ。
▼ ▼ ▼
「我等に語るべき言葉はない」
「我等に願うべき個我はない」
「そうだ、我等こそエレクトロゾルダート」
「レプリカとして生れ落ち、今やサーヴァントとしてミサカのために戦う存在」
「それこそが我等の存在理由」
「それだけが我等の存在価値」
「Sieg Heil!」
「ミサカに一万年の栄光を!」
▼ ▼ ▼
-
耳を劈くような爆轟が辺りに響き、膨張するように弾ける火の赤色が視界を焼き、黒色の煙が大きく立ち上る。
思わず目を瞑りたくなるほどの爆風が容赦なく身を打ち付ける中、二人は向かい合うようにして並び立つ。
一人はヴェールヌイ。一つ所に集った敵手を一網打尽に葬らんとしていた、白髪のアーチャー。
そしてもう一人は……
「……確かに、こうしてまた顔を合わせることになるとは思ってなかったよ、【瑞鶴】。
再会の場所がこんなところじゃなかったら、素直に喜んでいたんだけどね」
「あら、私は嬉しいわよ? 死んだ後でまた戦友に巡り会えるなんて、戦死した兵の誉れみたいなものじゃない」
瑞鶴と呼ばれたそのサーヴァントは、弓道着にも似た意匠の服を纏い、小さな艦載機が付属した弓矢を手に取り、艶やかな黒髪をツインテールに纏めた少女だった。
表情が硬いままのヴェールヌイとは違い、彼女は朗らかな笑みをその顔に浮かべている。
それは、久しく会っていなかった旧友と再会したような気軽さで。
その実、死に別れた戦友との再会を、半ば本気で歓迎している笑みだった。
無論、もう半分はよく見知っているが故の油断ならない警戒心であるが。
「それで、一体何のために私の前に出てきたんだい?」
「大体分かってるくせに、ちょっと意地悪よね貴方。
交渉よ、交渉。ねえ響、私と協力関係に結ばない?」
瑞鶴が提案してきたのは、そんなありふれた同盟の誘いだった。
一方的に爆撃できる立場にあってなお、無防備にヴェールヌイの前に姿を現した時から、その予想はついていたが。
「今更貴方に言うことでもないとは思うけど、戦争って基本的に数なのよね。少なくとも、私達が単騎で戦うのだってそのうち限界が来るわ。
勿論、私達にはそれぞれ譲れない願いや想いがあるのは承知の上よ。だから、これはあくまで期間限定のお誘い」
何の気なしにそう言って、しかしその目は微塵も遊びを含んでいない。
これは正真正銘、本気の提案。
仲間内での気軽な誘いではなく、戦争に勝つための交渉なのだ。
「いずれ裏切り裏切られることを前提とした同盟、かい?」
「……ええ、そうよ。この際綺麗ごとなんて言ってられないわ。今の私は、私だけじゃなくマスターさんのことも背負ってる。四の五の言ってる場合じゃないの。
ねえ、どうなの響。私の手、取ってくれる?」
そう言って瑞鶴はヴェールヌイに手を伸ばす。そこに敵意は何もなく、純粋に彼女の協力を待ち望んでいることが如実に感じられた。
その手を前に、しかしヴェールヌイは尚も表情を変えることはなく。
「……残念だけど、その提案には乗れないな」
「……ふうん、それはなんで?」
「瑞鶴は知らないかもしれないが、今の私はマスターのことの他に、【信頼】の重みも共に背負っているんだ。
少なくとも、他ならない戦友だった貴方を裏切るなんて、私にはできそうにない」
それは瑞鶴の知る響ではなく、その後に改装されたヴェールヌイとしての在り方。
いいや、実のところ、それは名前に由来するものではなく元来の彼女が持ち合わせたものなのかもしれないが……どちらにせよ同じことだ。
これが見も知らぬ誰かからの提案だったなら、これも戦争であると割り切って腹の探り合いを前提とした同盟も組んだだろう。
しかし瑞鶴は違う。彼女はかつて同じ戦場で背中を預け、共に戦乱を駆け抜けた戦友なのだ。いずれ戦う定めではあるが、かといって彼女との信頼を壊すような真似はしたくない。
「そっか。なら仕方ないわね。
ねぇ、響。例え貴方が相手でも、私達の願いは譲れないの。だから」
「ああ、分かってる。私だって同じだ。だから」
腕に現出した砲を突きつけ。
手にした弓弦に矢を番えて。
「「貴方には、ここで果てて貰う」」
互いが互いをよく見知っていた以上、この顛末に陥ることは不可避だったのかもしれない。
両者は己が兵装を展開し、今まさに必殺の砲撃を放とうとしていた。
-
前編の投下を終了します。これから後編を投下します
-
「ギー」
「きみは、どうするの」
「きみは、また、奪われてしまった」
「記憶を」
「想いを」
「かつて得たものを」
「……どうするの」
「とらわれてしまった、この偽物の世界で」
「きみは、どうするの」
「―――どうするの」
▼ ▼ ▼
強い痛みに脳髄が攪乱される。
目で確認するまでもない。全身が、抉られていた。
即死だ。常人はおろか、例えサーヴァントであっても生きることなど叶わない。これはそんな致命の傷に他ならない。
そう、ギーがただの人間ならば。しかし、そうではない。
損傷した部位は最大速度で治癒していく。生前ならば筋肉組織や血液を変換していたが、今は魔力の消費で賄える。
故に死なない。ギーはまだ生きている。
けれど、動けるかどうかは別問題で。
「う、ぐぅ……ぁ」
すぐ傍で少女が呻いている。見たところ大きな怪我はしていないようだ。この身は彼女を守ることに成功したらしい。
そしてギーの腕の中には、はやての姿があった。こちらも大した傷はなく、しかし衝撃で気を失っていた。
つまるところ、この場の全員は無事ではあった。だが、それだけだ。
ギーは動けない。はやては気絶している。そして北条加蓮もまた、動けない。
レプリカたちはどうなったのだろう。あのアーチャーは? 体を動かせないギーにとって、それを確かめる術はなかった。
-
『こんにちは。ギー』
ああ。
視界の端で道化師が踊っている。
仮面には嘲笑を張り付けて。けれど道化師は見つめるだけだ。
彼の瞳は。
見つめるだけで―――
(……駄目だ、ここにいては……すぐ、離れなければ)
視界の端に映る狂気を無視し、ギーは無理やりに体を起こす。
いいや、その体は起き上がらない。体はただ、崩れるのみで。
体勢が変わった。何とか仰向けになることに成功する。
そこで、ギーは見た。
白髪のアーチャーと、そこに降り立とうとする黒髪の誰か。
こちらに向かって迫りくる、極小の飛行艦艇。
現象数式を通さなくても分かる。あれは、自分たちを殺すものだと。
艦載機に搭載された爆装が見える。ああ、あれは敵手を爆殺するものか。走馬灯のように引き伸ばされた視界の中で、不可思議なほどに落ち着いた思考をギーはした。
(……僕は、死ぬのか。何もできないまま)
僕は―――
歪む視界の中で、把握する。
全身の状態。
損傷する体。
全身の神経を寸断する痛みの中にあって。それでも意識が保たれている理由がわかる。はやてだ。
彼女がいる。腕の中で、今にも殺されようとする状況の中で。それでもまだ生きている。
まだ終わらない。
何も、できてはいないのだから。
―――だから、僕はこの手を伸ばそう。
―――そうしなくてはならないと誰かが叫ぶ。
死のうとしているのであれば、助けなければ。
傷ついたのなら、すぐに治そう。
そう決めたのだ。
―――いつ決めた?
―――ずっと前。
―――10年前の、あの日、あの時に。
-
「……僕は」
諦めない。絶対に。
彼女を守ろうと決意する。はやてを、そして苦しみに呻く北条加蓮を。
―――――――――。
「ギー。きみは」
「それで、いいんだね」
―――――――――。
―――右手を伸ばす。前へ。
―――破壊をもたらさんとするサーヴァントへと向けて。ギーは手を伸ばす。
弓兵の少女へ。
迫る爆雷の艦載機へ。
あるいは倒れ伏す少女へと。
やめろ、と叫ぶ。声は出ているかどうか。
わからない。だが叫ぶ。ギーは、叫んだ。
右手を差し伸べて。
いいや、手は、動かない。
ギーは動けない。全身を抉られて。
伸ばした手は、動かない。
―――代わりに―――
―――別の右手が伸びて―――
▼ ▼ ▼
-
「……最後に涙を流した記憶」
「それは、果たしていつのことだっただろう」
「あの10年で、僕は、他の人々と同じく無限の涙に溺れながら生きてきた」
「既に失ったはずだった。流せるものなど」
「失ったものは多すぎた。人は、あの日、無限の悲鳴に包まれて」
「僕が失ったのは、体の熱と、睡眠と食に関する諸々と」
「そして、そう。涙だった」
「けれど」
「けれど、僕は涙を溢れさせて」
「そして、鋼の彼を得た。今は、この手に、鋼の右手が在るのを感じる」
「これで何ができるか、分からない」
「それでも」
「この手の届く人々へ。僕は、手を差し伸べることを止めはしない」
「矛盾に塗れていようと、偽善に満ちていようとも」
「絶対に」
「絶対にだ」
▼ ▼ ▼
―――右手を伸ばす。
―――前へ。
ギーの右手は動かない。致死の傷に侵されて。
けれど右手は伸ばされた。
―――鋼で出来た手。
―――それは、ギーの想いに応えるように。
蠢くように伸ばされていく。
自由に。その手は、赫炎が満ちる空間を切り裂いて。
虚空へと伸びていく。
鋼色が、五本の指を蠢かして現出する。
指関節が、擦れて、音を、鳴らしている。
それはリュートの弦をかき鳴らすように、金属音を生み出す。
これは―――
なんだ―――
何かがいる、誰かがいる。
それはギーの手ではなく、その背後から。
誰かが―――
ギーの背後から、鋼の手を―――!
-
「――――ッ!」
異変に気付いたのはヴェールヌイであった。
互いに必殺の砲を向け合う最中、瑞鶴によって爆撃された一帯を、しかし何かが蠢いていることに気付く。
得体の知れない恐慌に駆られる。
それは戦場で培った直感として機能し、その気配の出所を即座に掴んだ。
そこは、キャスターの男がいた場所。
二人のマスターを庇い、倒れていた場所。
一瞬遅れて瑞鶴もまた同じく。
気づき、跳ねるように顔を上げる。
二人は差し合わせたように、無意識に後ろへと下がっていた。
視界に赫炎を捉えたまま。
―――鋼の軋む音が聞こえる。
―――何かが、炎の中に、いた。
誰だ。何だ。
鋼を纏った何かが、炎の中に在る。
彼女らには、それが影にも見えた。
男の背後より手を伸ばす、鋼の何かがいるのだと。
正体はわからない。何者か。
人間。いいや、これは違う。
わからない。誰が。何が、そこにいるのか。
鋼の体躯を持つ者、まさか、そんなことはあり得ない。
鋼の影が"かたち"を得ていく。
鋼の手が動く。言葉に応えるように。
鋼の”手”を、ただ、ただ前へと―――伸ばす―――!
「お前たちが何を望むのか。僕は知らない」
揺らめき燃える、炎の中から。
「けれど」
鋼と、人の右手が伸ばされる。
「お前たちが、この子たちを殺すというのなら」
それは確かに男のものであったが。
同時に、男の背後から伸ばされた異形の右手でもあった。
「……何度でも、何度でも!」
「この手で排除するまでだ。サーヴァント、アーチャー!」
-
既に、立ち上がっていた。
繋ぎとめる炎熱の縛鎖は"彼"が砕いている。
ギーと少女たちを焼き殺すはずだった熱量の全て、鋼の"彼"が振りほどく。
静かに右手を前に伸ばす。
なぞるように、鋼の右手も前へと伸びた。
数式を起動せずともギーには視えている。
脳神経を蝕む痛みを振りほどき、ギーと"彼"は少女の形をした神秘を睨む。
―――右手を向ける。
―――己の手であるかのような、鋼の右手を。
―――現象数式ではない。
―――けれど、ある種の実感があるのだ。
背後の"彼"にできることは、なにか。
ギーと"彼"がすべきことは、なにか。
―――この手でなにを為すべきか。
―――わかる。これまでと同じように。
「……予定変更だ、今は共闘してアレを叩くよ、瑞鶴」
「言われなくても!」
流麗な動作で砲撃体勢へと移行する二人が向けるは砲塔と鏃。
対人装備にしか見えないそれは、しかし外見と反して大規模の破壊をもたらす。
ギーの右目は既に捉えている。
少女の姿をしたアーチャーの全て。
それは人の形をしていながら、しかし一個の艦船にも匹敵する膨大な質量を有する等身大の戦闘兵器。
それは一つの軍隊すら呑み込み、破滅させる。到底一個人では抗えない圧倒的な物量。
あれこそが死だ。死の集合体。
敵対した者を鏖殺する戦争の具現。
人は絶望と諦観の中に落とされる。何者も、そこから逃れることはできない。
向けられた砲から剣呑な威力の射弾が放たれる。その標的はギーと"彼"。
―――視界を全てを埋め尽くす無数の弾丸と爆装が迫る。
―――速い。目では追えない。
生身の体では避けられまい。
優れた反射神経を持つ猫虎の兵士や、神経改造を施された重機関兵士であっても。
もしも弾幕を避けたとしても、拡散する致死の熱量に殺される。
しかし生きている。
ギーはまだ。
傷一つなく、立っている。
鋼の右手が全てを掴み、威力すら殺して刈り取っている。
虚空すら、彼女らの砲撃は貫けない。
背後の少女を守るために、その身は躱すことは許されない。
誰一人、死なせてなるものか。
-
「これは……!?」
「……遅い」
そして、既に姿は目の前にあった。
数百mは存在した相対距離を、彼は一瞬で0にした。
それはサーヴァントの知覚領域すら振り切って、移動の痕跡すら残さず少女の前に降り立つ。
最初に見せた限定顕現とは違う、それは紛れもない真実の鋼の"彼"。
膨大な魔力と引き換えに、比類なき力を振るうことを許された、"都市に残された最後の御伽噺"。
「そんな、嘘でしょ……!」
「喚くな」
叫び声を上げた少女を右目で睨む。
それは小柄な体躯に似合わない喝破。
クリッター・ボイスではない。それは単なる少女の叫び。何ら魔性を含んでおらず、その声は人の精神を破壊することはない。
故に生きている。ギーはまだ死んでいない。
確かにギーだけなら死んでいただろうと思う。
しかし、今なら、鋼の"彼"がギーを守る。
死にはしない。まだ。
睨む右目に意識を向ける。全てを見通す数式の光が右目からあふれ出る。
アーチャーと呼ばれる少女たちの全てを右目が見る。
―――サーヴァントは霊的存在―――
―――物理破壊は不可能―――
―――アーチャーの場合―――
―――有効な破壊方法は―――
「……なるほど、確かに。人は君に何もできないだろう」
艦船の具現、それを擬人化したサーヴァント。
全ての物理を弾く神秘と加護された肉体。
故に、確かに人間はこれを殺せない。
刃も銃弾も、これを破壊することは叶わないから。
けれど、けれど。
―――けれど。
「けれど、どうやら。鋼の"彼"は人ではない」
―――右目が視ている。
―――右手と連動するかのように。
「鋼のきみ。我が《奇械》ポルシオン。僕は、君にこう言おう」
胸門が開かれ、中から何かが現れる。
それは膨大な炎熱を纏って。ただ眼前の敵を討ち滅ぼすために。
「"刃の如く、切り裂け"」
――――――――――!
「―――づ、あああァァッ!!」
―――切り裂き、融かして消し飛ばす。
―――炎を纏う刃の右手。
―――それは、触れる全てを焼き尽くす炎の右手。
押し開いた鋼の胸から導き出された刃の右手は超々高熱の火炎を伴って、撤退途中であったヴェールヌイを包みこんだ。瞬時に融解させる。
虚空へと吹き上がる焔炎の中で、高熱刃に包まれたヴェールヌイは崩壊した。
全身のあらゆる部位を、ばらばらに、粉々に、切り裂かれて。
凄まじい炎の滓を、爆砕するように残して。
空間の軋む音と共に、辺り一帯を揺らして―――
――――――――――。
-
▼ ▼ ▼
「俺の名前はワイルドタイガー! シュテルンビルトでヒーローをやっている」
「ま、本当は鏑木・T・虎徹って名前があるんだが、そこはヒーローネームで呼んでくれると嬉しい」
「今は訳あって聖杯戦争なんつー糞悪趣味な催しに巻き込まれてるわけだが」
「勿論俺は乗るわけねえし、裏でこそこそ何か企んでる奴をしょっぴいて、本当のヒーローを見せてやるぜ!」
「って、思ってるんだがな」
「なんか、最近マスターと上手くいってねえんだ」
「正直、思い当たる節が多すぎてどれがどれだかわかんねえし、どうにかしたいとは思っちゃいるんだが」
「……どうも、俺ってこういうのは向いてねえんだよな」
「ああ、分かってる。こういう時はちゃんと向き合わなきゃならねえってことくらいはな」
「向かないからって目を背けちゃ駄目だ。これは俺のやるべきことだってしっかり理解してる」
「だからよ、マスター」
「俺も、きっちり筋通すから」
「マスターも自分のこと、エネルギー源だとか、そういうふうに卑下しちゃいけねえぜ」
▼ ▼ ▼
「どういうことだよ、こりゃ……」
遅れること暫し、ワイルドタイガーが到着した時には、そこには赤しかなかった。
崩れる民家、燃え盛る炎。辺りは人々の声で埋め尽くされて。
悲鳴と怒号が響き渡る。誰も、ヒーロースーツを纏ったタイガーに奇異の目を向ける者はいない。
二部ヒーローの後輩から事の次第を聞いたタイガーは、当然の如く憤って全速力で現場まで急行した。
勿論、その憤りは加蓮個人に対する悪意などではなく、こうなることを予期できなかった自分に対するものが大半を占めていたが。
タイガーの到着がここまで遅れてしまった理由に、位置というものがある。不運なことに、タイガーが捜索していた場所は戦闘が起こった区画とは対極の位置に存在していた。
当然、サーヴァントの探知範囲からは完全に外れている。このせいで、タイガーの下に戻った二部ヒーローが彼を見つけるまで、ほんの少しとはいえ時間のロスが発生してしまったのだ。
話を聞いたタイガーはNEXT能力さえも惜しげもなく使って、それこそ全力でここまで来た。それは、まるで空爆でもするかのような爆音や、空に向かって突き上げる巨大な火柱を目撃したこともあって常以上に急いできた。
それでも、物理的な距離は何にも勝る壁として、タイガーの前に立ちはだかったのだ。
-
「クソッ! こんなことになるなら、もっとちゃんと言い聞かせとくべきだったか……!」
後悔の念が籠る悪態を吐くが、今はそんなことをしている暇だって惜しい。
自分が今もこうして活動できてる以上、マスターが死んだなどという最悪の結果はないはずだが。それでも大きな傷を負った可能性は十分以上に存在するのだ。
市民の救助だってしたいが、今は何よりもマスターの無事を確かめることが先決だ。タイガーは断腸の思いでNPCたちに背を向けると、騒ぎの中心と思われる場所に飛び込んだ。
先の爆音と火柱の巨大さと比較すると、実際に破壊された範囲は驚くほどに狭かった。まだそれほど時間が経っていないせいかNPCの市民は遠巻きに現場を見るだけで、爆発の中心には近づいてこようとしない。
故に、目当ての少女はすぐに見つかった。
「……マスター! 良かった、無事だったか!」
爆破により更地となり、いやに開けた場所に少女の姿はあった。
ぺたんと放心したかのように座り、体から力が抜けきっている。すぐ傍には、気を失い倒れ伏す幼い少女の姿もあって。
血塗れの姿に、何かあったのではと焦燥感に駆られつつも近寄った。
「……あ、タイガー……」
「タイガー、じゃねえよ!
大丈夫か、怪我とかしてないか?」
物凄い剣幕でこちらを心配してくるタイガーに、加蓮は「……うん」とだけ頷く。
それを聞いたタイガーは、いっそ大袈裟なほどに安堵の溜息を吐いた。見れば血に濡れた服もほとんど……いや、ほぼ全てが返り血のようだと気付いたから、不謹慎ながらも本当に良かったと一息つく。
「それでよ、何があったんだマスター。
……こっちの子も、多分マスターなんだろ?」
「え、あ……」
タイガーは加蓮のすぐ傍に倒れていた少女を抱き上げ、命に別状がないことを確認しながら問う。
しかし当の加蓮はしどろもどろだ。無理もない、たった今命すら奪われかねない騒乱に遭って、平静でいられるほうがおかしいのだ。
しかも加蓮の中では、未だに何がどうなって現在の状況になったのか整理がついていない。
タイガーとてヒーローとして事件直後の現場に赴いたことは数知れないために、被害者がそういった状態に陥ることは熟知していた。
故に加蓮が落ち着くのを待って、改めて何があったのかを聞こうと思った。
その時。
「―――!」
「あ……」
サーヴァントの気配と共に、何かの影が落ちてきた。
それは人間より一回りも二回りも大きく、まるで鋼のような気配を帯びて。
痩身の男と、その背後に立つ鋼の影が、二人の前に降り立った。
▼ ▼ ▼
-
それはワイルドタイガーが目的地へと到着した頃。
ヴェールヌイが焔の中に消えた頃。
「―――!」
再度炎熱の右手を振るわんとしたギーの感覚に、それが投影される。
サーヴァントの気配。それははやてたちのいた場所に近づいてきて。
「くっ……!」
ギーは反射的に身を翻すと、元来た場所へと戻るように全力で跳躍する。
黒髪のアーチャーの姿は、既にどこにもなかった。現象数式を使わずに視認できる範囲から離脱している。それは白髪のアーチャーよりも一瞬だけ撤退の決断が早かった故のことだが、今のギーにそんなことを考えていられる余裕はない。
(しまった……早く戻らなければ、はやての下へ……!)
自身が離れ、レプリカも全滅し、今の彼女たちには守るべきサーヴァントが誰ひとりとして存在しない。そしてこの大騒動だ、目をつける主従が他にいないなどと、考えるほうがどうかしている。
そしてその手の連中が、果たして生身のマスターである彼女たちに目をつけないと、断言できる者など居はしない。
ああ、北条加蓮のサーヴァントが遅れて登場したという可能性もあるが……しかし万が一ということもある。
逃げる敵手の深追いにかまけて、己がマスターを死なせる危険を放置するなどありえない。
戦闘時に移動した距離を再度一瞬で踏破、はやてと北条加蓮がいるであろう場所まで、ギーは瞬時に戻って。
「……君は、誰だ」
重機関兵士の如き鋼の鎧を纏ったサーヴァントに、そう尋ねたのだ。
「ちょっと待て落ち着け! 俺は別に何かしようってつもりは」
「……タイガー、それ答えになってない」
「っと、悪い。俺はワイルドタイガー、この子のサーヴァントをしている。もっかい言うけど、ホントに何もするつもりはないからな?」
鋼の威容に似合わない取り乱し方をするサーヴァントに、呆れたように相槌を打つ加蓮。
なるほど確かに、彼は北条加蓮のサーヴァントと見て間違いないようだ。
ギーは鋼の"彼"の顕現を止め、男に向き合う。
-
「……すまない。襲撃の直後だったからこちらも気が立っていたようだ」
「別にいいって。話せば分かったんだしな。
そんで、その語り口を聞く限り、そちらさんにも戦意はないってことでいいんだよな?」
ワイルドタイガー……基本七種に該当しないエクストラクラスだろうか。彼の言葉に、ギーは短く肯定する。
ワイルドタイガーはフルフェイスのヘルメットをかぽりと開け、中から素顔を出しつつ続ける。
「そうか。なら悪いが、ここで何があったのか聞かせてくれねえか」
「……ああ。だけど、その前に」
その言葉に応えつつ、ギーは倒れたはやてのことを見遣る。
ワイルドタイガーも、その視線に気付き、気遣うような口調で返した。
「……そうだな。この子をこのままにしちゃおけねえか。ひとまず落ち着ける場所まで移動するとしようぜ。
それとなマスター、悪いんだが宝具の発動を許可してくれねえか」
「……別に、断りなんていれなくてもいいのに。
うん、いいよ。"宝具の使用を認める"」
次の瞬間、加蓮とワイルドタイガーの傍に四人の男女が出現した。
男女……で、いいんだと思う。傍目から見れば非常に奇矯な格好をした四人だが、その目はどれも真剣そのものだ。
ワイルドタイガーはその四人を目の前にして、大声でこう言い放った。
「よし、いいか良く聞けお前ら。
お前らには今からこの場所での救助活動に当たってもらう! 一人でも多くの市民を助け、守ることがお前らの使命だ。分かったか!」
先輩風を吹かすワイルドタイガーに、その四人はやはり元気よく答え、方々へと散って行った。彼の言葉の通りであるなら、NPCの救助活動に向かったということか。
「……おし、これなら当面は大丈夫だろ。本音を言えば俺も行きたいところだが……悪いが、まだお前さんを全面的に信用するわけにはいかねえんだ」
バツが悪そうに言うワイルドタイガーに、しかしギーは悪印象を抱くことはなかった。
たった今顔を合わせたばかりのサーヴァントを相手に、自分のマスターをそのまま付き添わせるサーヴァントなど存在しない。彼はこちらを信用できないと言ったが、それはとても当たり前のことだ。
いいやむしろ、それでも信じようとしてくれているという事実にこそ、ギーは驚く。かの異形都市においてそのような人の輝きは失われていたが故に、見も知らぬ他者の信用など久しく感じたことがなかったから。
「ああ、構わない。僕だって、それは同じ……」
言葉を続けようとして、しかしそこで途切れる。
ギーは、操り糸が切られたかのように体から力を失くし、そのまま前のめりに倒れた。
タイガーが慌ててそれを抱き留めるも、次の瞬間には絶句したような声が漏れた。
「……おいおいなんだよこれ。こんな傷で今まで動いてたってのか」
抱き留めたギーの体には、大小様々な傷が至るところについていた。よく見ればギーの纏う外套も血に濡れていて、とてもじゃないが動いてまわれるような状態には思えない。
「くそッ、おいマスター! ひとまずこいつらを安全な場所まで連れてくぞ!」
タイガーは再度慌てた様子で、足元に倒れていた少女のことも担ぎ上げ言う。
加蓮は、ただ頷くだけだ。
「……うん、分かった。それじゃ行こう、タイガー」
そこに込められた想いは、戦闘や重症人を見たことによる放心だけでは決してない。
ワイルドタイガーが加蓮の抱える闇を理解できる時は、未だに定まっていない。
-
【レプリカ(エレクトロゾルダート)4〜6号@消滅】
【C-5/住宅街/一日目 午前】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]気絶、軽度の擦過傷、軽度の恐慌状態、宝具使用による魔力消費、下半身不随(元から)、虎徹に背負われている。
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごす。
0.……
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
北条加蓮、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)を確認しました。
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]気絶、全身に抉傷(現象数式により再生中)、虎徹に担がれている。
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
0.……
1.はやてを安全な場所まで連れて行く。
2.脱出が不可能な場合ははやてを優勝させることも考える(今は保留の状態)。
3.北条加蓮は……
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、黒髪の少女(瑞鶴)、ワイルドタイガー(虎徹)を確認しました。
ヴェールヌイ、瑞鶴を解析の現象数式で見通しました。どの程度の情報を取得したかは後続の書き手に任せます。
【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]体の節々に痛み、私服姿、やや放心状態
[令呪]残り三画
[装備]私服(血まみれ)
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:偽りの街からの脱出。
1.ひとまずタイガーたちと一緒に避難。
2.タイガーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.また、諦めるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
ヴェールヌイ及び瑞鶴は遠すぎて見えてません。
【ヒーロー(鏑木・T・虎徹)@劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-】
[状態]健康、宝具『LOH』発動中、NEXT能力使用済み(再発動可能まで残り1時間)
[装備]ヒーロースーツ
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの安全が第一。
0.マスターの少女とサーヴァントの男に対処。とりあえず安全な場所まで連れて行く。
1.加蓮を護る。
2.何とか信頼を勝ち取りたいが……。
3.他の参加者を探す。「脚が不自由と思われる人物」ってのは、多分この子だよな……
[備考]
現在、宝具により二部ヒーロー四名を召喚し、戦闘があった場所で救助活動に当たらせています。
・C-5の住宅街の一角が爆撃され破壊されています。所々小規模の火災が発生しています。死傷したNPCの人数やそれに対するペナルティなどは後続の書き手に任せます。
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▼ ▼ ▼
「自慢じゃないけど、私は幸運の空母なんて呼ばれてる」
「マリアナ沖海戦まで一度も被弾したことのない幸運艦」
「幸運を意味する漢字【瑞】に長寿の象徴【鶴】。名は体を表す、なんて。そんなふうに言われてたっけ」
「……本当に、自慢にもならない」
「本当に幸運なら、翔鶴姉や先輩たちが沈むところなんて、見ずに済んだはずでしょうに」
「私はその後もずっと戦い続けたけど。うん、負けちゃった」
「でも、私は諦めないわ」
「往生際が悪くても、みっともなく足掻いても」
「その選択が間違ってるなんて思わないし認めない」
「だからね、私はマスターさんにも諦めてほしくないんだけど」
「マスターさんってばちょっと……ううん、大分ヘタレだから」
「自分が幸せになっちゃいけないんだー、なんて。ふざけんじゃないわよって感じ」
「諦めるな、投げ出すな。貴方には私がついてるんだからって。色々励ましてきたおかげかな」
「最近はちょっと立ち直ってきたみたい」
「でも、やっぱりマスターさんってどこまでいってもヘタレだし」
「……うん、私がついててあげなくちゃね」
▼ ▼ ▼
「なんとか逃げ切れた……のかな」
いくつもの民家を乗り越えて、地面に着地した瑞鶴は一人呟く。
あの後、攻撃から一転して離れて行ったキャスターに背を向け、彼女はひたすらに逃亡していた。
既にサーヴァントの気配知覚圏内を離脱しているし、建物の影にいる以上、目視で発見されることもないはずだ。
それはつまり、こちらとて再度相手を発見することは困難になったということの裏返しであるが、今はあの脅威から逃げることができれば御の字だろう。
「まさかあんな隠し玉を持ってたなんてね……侮ってたつもりはないけど、うん。やっぱりサーヴァントっていうのは油断ならない相手だわ。
勿論、それには貴方も含まれるわよ、響」
「……いつから気付いてたんだい」
-
虚空へと話しかけるように言葉を発する瑞鶴に、物陰から答える声があった。
それは次の瞬間には霊体化を解除し、何もなかった空間から粒子が集合するように少女の姿を形作る。
紛れもなく、ヴェールヌイと呼ばれた少女であった。
「確信はなかったけど、なんとなく……かな。
ほら、貴方いつも言ってたじゃない? 『不死鳥の名は伊達じゃない』って」
「そんなことでバレてたなんて、ちょっと迂闊だったかな」
冗談めかして瑞鶴は言うが、これは思いつきの戯言というわけでは決してない。
サーヴァントとは、元から保有していた能力の他にも、生前為し得た逸話が昇華した能力を保持する場合がある。
そして響は常日頃から不死鳥の名を口にしていた通り、幾度もの致命的損傷から生還したというこれ以上もない逸話を持っている。
ならば、あの危機的状況からも、もしかしたら生還できているかもしれない。瑞鶴とて半信半疑ではあったが、どうやら予想は的中したようだ。
「でもまあ、貴方が生きてて良かったわ。最終的には相容れない以上歓迎すべき事態ではないのかもしれないけど、今はその無事を喜ぶとしましょう。
それでね、響。もう一度聞くけど、私と組む気はある?」
歓迎すべきではないが喜ばしい。それは、両者に共通する思いだ。
なにせ生前は肩を並べて戦った戦友なのだから、そこに友誼を感じないほうがおかしいというもの。そして二人は共に仲間を大切に思い、だからこそこの戦場に招かれたという経緯があるのだから尚更だ。
だからこそ、もう一度仲間にならないかという提案を、一度断られた程度で諦めるわけにもいくまい。
無論のこと、組む上でのメリットその他をきちんと考えての行動ではあるが、そこに私的な感情が一切含まれないと言えば嘘になるだろう。
結局のところ、理屈ではないのだ。譲れない想いはあれど、仲間を思う気持ちに道理は関係ない。
「……それは、あのキャスターを相手にするための同盟かい」
「それもあるわ。でも、あのキャスターだけじゃなく、ここには私達の想像もつかないようなサーヴァントが他にもいるかもしれない。
あんな化け物相手に単騎で戦って勝てると思えるほど、私も貴方も夢見がちじゃないでしょ」
そんな思いはあるけれど、しかし口にするのは理屈一辺倒。それもまた当然の話、何故なら彼女たちは軍属なのだから、感情よりも効率で動くのは当たり前だ。
今回の件は、その二つがたまたま合わさったからこその強い押しがあったればこその再度の提案なのだ。
「だからこそ、私は貴方に同盟を申し出るわ。
信頼を背負うというならそれでいいし、例えここで断っても、一度くらいなら見逃してあげる。だから気兼ねなく答えてちょうだい」
「……私は」
そんな瑞鶴の気持ちは露知らず、ヴェールヌイが出した答えは―――
【C-4/建物の影/一日目 午前】
【アーチャー(ヴェールヌイ)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、『不死鳥の名は我にあり(Финикс)』残り2回
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターと共に戦う。
1.瑞鶴に対処。同盟の手を取るか否か。
2.追撃したいところではあるが、現状では厳しいか……
3.マスターの心情に対し若干の不安。
[備考]
マスターの少女(八神はやて)とサーヴァントの男(キャスター・ギー)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)、北条加蓮、アーチャー(瑞鶴)を確認しました。
北条加蓮をレプリカのマスターではないかと疑っていますが、半信半疑です。
【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、戦闘による魔力消費
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.響をこちらに引き入れたい。
2.あのキャスターはいずれ何とかしないと……
[備考]
キャスター(ギー)、マスターの少女(八神はやて)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)、アーチャー(ヴェールヌイ)、北条加蓮を確認しました。
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▼ ▼ ▼
「……ぼくは、きみだと決めた」
「ギー」
「ぼくは決めたよ」
「かつてと同じように」
「ひとつだけの目で、ぼくは」
「きみを見ていよう」
「きみと同じものを見よう」
「きみの手と同じように」
「ぼくは、この手を、前へと伸ばそう」
「いつか、また」
「きみが想いの果てへと至る、その時まで」
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投下を終了します
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投下乙です!
うおお、すごい状況が動いた!
アーチャー恐るべし、イレギュラーたる加蓮の登場があったとはいえ瞬時にゾルダートたちを葬るとは…ミサカがまた悲しむぞ、アーイ!さんたちは仕方ないとはいえもちっと自己保存を考えようぜ…
無慈悲な射手、艦娘二人の邂逅は硝煙の中の殺伐としたもの、サーヴァントの戦場の地獄を経験して、同盟の申し出に対して出される答えは如何に
そしてそして、今回はギーの見せ場でしたね
はやて共々、矛盾から目を背け迷っていた彼も否応なしに戦火に巻き込まれ、しかしその中で守るために手を伸ばす姿は熱い
お約束の戦闘もこの炎の中だといっそうカッコよく見えます
弓兵二人を退け、ワイルドタイガーとひとまずの信頼関係を築けそうなことは幸い
ただ、当の虎徹の方は加蓮との溝をまだ理解できてないんだよなぁ…虎徹が悪いと言うより追い詰められた加蓮が屈折しすぎてる感じですが
それぞれのキャラクターの独白を挟みながら、状況を動かし魅せていく大変に読みごたえのある話でした!
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投下乙です
前後篇の一挙投下、すごく読み応えがありました!
キャスターながらに宝具で一気に戦局を逆転するギーがロマン溢れる
エレクトロゾルダートはさすがにアーチャー二人が来ては撤退すらかなわないか…辛い
そして加蓮と虎徹がギーはやてに接触。方針的には問題ないはずなんだけど加蓮のメンタルがやっぱり不安だ…
加蓮を護衛してたのも2部ヒーローの一人かな?男だとすると、水場が得意の彼ではないだろうし、とすると塩出すマンか手がでっかくなる彼かな
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投下乙です
次々と変わりゆく戦況が読んでて全然飽きない
艦娘の火力にギーの圧倒的な破壊力と、有力鯖の強さがこれでもかと描かれてて凄いです
今回は御坂妹への報告も出来ないゾルは残念。相手が悪かったからしょうがない
一方で加蓮組ははやて組と合流。手負いのはやて組にとっては願っても無い救いだけど、加蓮がね…
悩みの種がどんどん増えてるけど踏ん張れヒーロー
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投下乙です。
各陣営様々な思惑が入り乱れての戦闘はワクワクしますね。
信頼に応えるべく動くヴェールヌイ、優位に立つべく積極的に狙っていく瑞鶴の両者の奇妙な連帯感。
そして、ギー先生のポルシオン顕現からの共闘にも見て取れるように、戦友の信頼が醸し出されて、最高でした。
一方のギー先生側も右手を伸ばし諦めない意志を示すかっこよさを存分に見せて付けてくれて。
合流したタイガーと同じく、誰かを救うことを至上とした二人が肩を並べる姿は聖杯戦争の中でも輝くでしょうね。
加蓮はどんどん退廃的な投げやりムーブが染み付いてちょっとずつ壊れていく中身が先行きを不安にさせますね。
新たな絆と火種が生まれて消えていったこの戦闘ですが、再び彼らが出会うとき何が起こるのか、それとも起こらぬまま退場していくのか。
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ネギ・スプリングフィールド、ランサー(金木研)、霧嶋董香、ライダー(パンタローネ)、キャスター(超鈴音)を予約します。
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御坂妹、レプリカ(エレクトロゾルダート13〜20号)、南条光、神楽坂明日菜を予約します。
もしかしたら一部キャラを追加予約したり予約から外したりするかもしれません。
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延長します。
そして、予約から超鈴音を外します。
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投下します。
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空の下、殺風景な屋上で二人の怪物が対峙する。
金木研と霧嶋董香。
お互い、出会うはずがなかった二人が聖杯戦争という縁がきっかけに出会う。
それは、幸か不幸か。
出会わないまま、死別してしまえばよかったのか。
それとも、どんな形であっても出会えたことが幸せなのか。
「……トーカちゃん」
「知らない、知らないっ! 勝手に一人で戦って、傷ついて!
また、私を除け者扱いして! そんな奴と、話したいことなんて、何も……何もっ、ない!」
彼らが対峙していた時間は換算するとほんの数分だった。
お互いに何も言えず、何も許せず。
ようやく、トーカが振り絞った言葉も八つ当たりじみた逃げだった。
その言葉に、自分は何を返せたのだろうか。
彼女を置き去りにしたことは事実であり、自分の想いも一方通行であることも理解している。
今にも泣きそうな表情で自分の横をすり抜けて行く彼女の手を、掴む資格は果たしてあったのだろうか。
かつて、金木研は霧嶋董香を蚊帳の外に置いて、戦いに臨んだ。
彼女の思いなんて全く考えず、自分のしたいことを重点に成し遂げようとした。
帰るべき場所を護ると誓い、これまでの過去を投げ打ってでも強くなると決めた。
決めた、はずだった。
だから、これもまた当然の結末。
何かを得るには代償がいる。これが、その代償なのか。
右手を、伸ばす。弱々しく震えた右手を、彼女の背へと。
だが、届かない。彼女の背を掠りもせずに右手は宙を切る。
結局、身勝手な願い事なのだ。
また、『あんていく』に戻り、寄り添いながら生きていきたいなど、過ぎたものだった。
自分達は駆逐されるべき存在であり、世界を歪めているのは――――。
それ以上、考えたくはなかった。
生きたいと願うことに、嘘も真もない。
例え、人を喰らわなければ生きれなくとも、願うぐらいはタダなのだから。
-
くるりと、空を見上げる。
一面の青が今のカネキにとっては眩しくて目を閉じたくなる。
こんなにも綺麗な空の下で、自分達は今から戦争をする。
何かを願うことですら、無償じゃない現実は塩っ辛い。
結論から言うと、簡単なことだ。
黄金の杯を手に、夢を現にするには――最後の一組になるまで生き残るには、【霧嶋董香】は切り捨てなくてはならない。
トーカを例外として外すことは不可能であり、分かり合う以前の問題だった。
これはそういうルールだ。ご丁寧に、いつまでも先延ばしにできないようにタイムリミットまで設定されている。
どれだけ親しい仲であっても、運命は彼らを奪い合いの枠へと押し込めるし、避けようにも避けられない。
ネギ・スプリングフィールドを見捨てて、霧嶋董香と契約を結ぶという例外の選択肢以外は、彼女と手を取り合えない。
今のマスターであるネギを裏切り、喰らえばその時点でカネキは自由の身となる。
そして、僅かな猶予で再契約したら――トーカを襲わずに済む。
絆の大小で比べたら、はっきりとわかるはずだ。
どちらを大切にすべきか。何を諦めて、何を諦めないか。
考えうる限り、両者を救い切るというのは不可能に近い。
照らされた道筋は二者択一。誰かを護るということは誰かを殺すということだ。
ネギとトーカ。大切だというベクトルは同じだが、その強さで言うと――。
最後まで思考を巡らずとも、わかっている。
自分が本当に護りたい、選びたいのは誰なのか。
選択肢など、始めからなかった。答えはわかりきっていた。
気づいてしまえば、もう戻れない。
身体は怪物であっても、心までそうなってはいけない。
そんな言い訳を並べても、頭の片隅に鎮座したその答えは徐々に色を帯び、強くなっていく。
身体をばくばくと叩く心臓が、手の震えを感じ取った。
今なら不意打ちで殺せる。相手が此方側に不信を抱いていない時こそがチャンスだ。
殺して、喰い散らかせ。彼の中に内包する冷酷が、そっと微笑んだ。
「僕は、何を考えているんだ」
――その微笑みを、ぐしゃりと握り潰す。
潰して開いてバラバラに破いてもう見えないように。
やはり、まだ甘い。
幼いながらも戦う決意をした少年を安々と切り捨てられる程、カネキは冷酷にはなれなかった。
ネギというマスターのサーヴァント、ランサー、カネキケン。
思考をシャットアウト、『あんていく』にいた半端者の喰種、金木研ではない。
-
「…………どっちも、切り捨てるなんて、無理だ」
そう、考えてしまえば楽であったのに。
この先、運良くネギが敵に襲われ死ぬことに加え、トーカが自分と契約する条件を満たさない限りは、彼と彼女は敵同士だ。
だから、今の状況が続くと、何れはトーカとも争わなくてはならなくなる。
仮初の同盟なんて意味を成さない。どうせ、殺すのだから。
一時の夢を見ては、期待してしまうではないか。
「トーカちゃんを、殺すなんて――考えられない」
敵であっても、殺さなければいけなくても。
トーカはカネキにとって大切な人だ。
迷いなく、この手にかけることはきっとできないだろう。
そして、彼の願いである『あんていく』にはトーカの存在も欠かせない。
最後の一組以外は死ぬことが定められた聖杯戦争で、両者の手を取るなんて不可能だと断じたはずなのに。
ふと自分の手を見ると、小刻みに震えているのがわかった。
弱々しく力が抜けた右手。どうしようもなく、等身大の金木研を表す喰種の手。
「ネギ君も、切り捨てることもできない」
もはや、自分の身体は彼女と同じ枠組みではない。
サーヴァントとはそういうものだ。どんなに言い連ねても、彼女とは立っている世界が違う。
しかし、戦うのをやめてしまえばいいかとは思わない。
トーカ以外に対してならば、躊躇もなく叩き潰すことができるはずだ。
この優しさを捨て去る為に、迅速に誰かを殺め、戻れない一歩を踏み出さねば。
「貴方もそう思いませんか」
お誂え向きの相手はもう、いる。
視線の先には道化師の翁が、にたりと笑っていた。
■
-
走った。走って、走って、走って。転びかけながらも足は勝手に動いている。
霧嶋董香の視界から彼がいなくなっても、なお。
【思いを消化し切るまで、彼女の足は止まることがなかった。
自分は、何をしている。浮かんだ疑問は弾け、残るのは恐怖のみ。
取り戻す為に、護る為に投じた戦いなのに。
どうしてこうなってしまったのだろう。
口から吐き出された溜息に深い絶望を乗せて、トーカはよろよろと教室へと入り、机へと向かった。
幸いなことに、心配してくるお節介焼きはまだ登校していないようだ。
椅子を乱暴に引いて、ぐったりとした態勢で座る。
金木研が、大切なものが敵だった。
全く笑えない悪夢だ。偽りの街に来ても尚、悲劇は追い縋るというのか。
たった一組だけしか生き残れない。そんな簡単な理をトーカは理解することを放棄した。
……お互いにマスターとサーヴァントを失わない限りずっと、敵同士。
アーチャーを切り捨てられるのか。投げかけた自問にトーカは即座に答えられなかった。
ヴェールヌイはトーカに対して、出来る限りの気遣いと信頼を与えてくれた。
そんな彼女を自分の勝手な都合で裏切ることを、果たしてできるのだろうか。
してみせる。否、しなくてはならない。
そもそも、ヴェールヌイと紡いだ絆なんて些細なものだ。
願いはないと言い切った彼女は本当の彼女なのか。
裏で、策謀を重ねて聖杯を取る手段を整えているのではないか。
聖杯に願いを託さない彼女の在り方は、正直不信を覚える。
だから、自分は悪くない。そう、思わなくては心が壊れそうだ。
考えたら、今更の話だった。
何を願い、何を犠牲にし、何を残すか。
トーカは全てを無くして全てを取り戻す為に、聖杯戦争に飛び込んだ。
ならば、迷うことなんてないはずだ。
ヴェールヌイとの契約を破棄し、カネキと再契約をしたら――殺し合わずに済む。
「ンなこと、しちまって……いいのかよ」
けれど、トーカにはどうしても最後の一線を踏み越える勇気が湧かない。
出会ってすぐの自分を信じてくれたヴェールヌイを裏切ることに後ろめたい気持ちがあるのか。
刻まれた令呪に、『ヴェールヌイとの契約を破棄する』と願えばいいだけのはずが、手の指先一本に至るまで動かない。
思えば、最初からそうだった。
車椅子の少女を狙おうとした時も自分は手心を加えている。
確かに願ったはずなのに。自分以外の全ての参加者を殺せる程、トーカは割り切れていない。
これで、他の参加者が月山習のような喰種ばかりであったら迷うことなんて何もなかった。
結局の所、霧嶋董香という喰種は精神まで化物になりきれない半端者だった。
ただ、それだけの話だ。
■
-
道化師と喰種の疾走は森の中まで止まらなかった。
圧縮された空気の弾丸を赫子で弾きながら互いは人気のない所まで直走る。
学校内での戦闘など論外。無粋な横槍で勝てるモノも勝てなくなってしまう。
もっとも、トーカを戦闘に巻き込みたくないという思いがあるのは否定しないけれど。
(やっぱり、僕はどう在っても金木研でしかない)
幾ら言葉を並べても、カネキにとって、トーカは大切な存在だった。
少なくとも、安易に諦めるなんてできない『日常』なのだ。
(なら、僕はこのまま貫くしかない。ギリギリの崖っぷちで、踏ん張って戦うだけだ)
今は悩む時ではない、戦う時だ。
不躾にぶつけられた殺気に風の弾丸。殺気で濁った瞳に這い出した赫子。
両者共に、話し合う気など最初からなかった。
戦意に満ちたサーヴァント同士、出逢えば戦うのは必然である、
次々と放たれる風弾を躱しつつ、カネキは何とか近接戦に持ち込もうと動いているが、中々に近付けない。
力量は現状、拮抗している。互いに敏捷をウリにするということも似通っており、遮蔽物の多い森でも縦横無尽に駆け回れる。
ならば、後は余剰の戦力。マスターのサポート次第で勝敗は決するだろう。
(ひとまず、マスターが来るまでは保たせるとしよう)
既に、ネギには念話で戦闘の知らせを伝えている。
特段に学校からも離れていない、自分を援護する為にすっ飛んで来るだろう。
結局、自分は一人では何もできない弱いサーヴァントだ。
勝つにはマスターの力を頼ることを強いられる。屈辱とは思わないが、自分の力量の無さには情けなくなる。
「くはは、いいのかね? 逃げてばかりでは到底私を打倒などできまい?」
「身なりに違わず、口は達者ですね。挑発しようが、僕は揺らぎませんよ」
道化師――パンタローネは笑みを崩さず自分に追従してくる。
どうやら、ここで自分を落とすつもりでいるらしい。
翁と言っても、動きは俊敏であり油断などしたら即座に蜂の巣だ。
両の掌から放たれる圧縮空気の弾丸は退路を塞いでいるし、逃げるよりは向かう方がよっぽどいい。
故に、どちらかが死ぬまで、この戦いは終わらないと判断。
カネキとしても、望む所である。まだ始まったばかりだが、一騎此処で落とすのは勢いに弾みをつけられる。
今は眼前の敵を打倒する。とことんまで戦い抜いて、返り討ちにしてやろうじゃないか。
-
「――――敵を射てッ! 魔法の射手……光の11矢」
小競り合いが始まって数十分後。
漸く、援護が来たようだ。
背後から穿たれた魔弾の雨がパンタローネに着弾し、微小ながらダメージを与えていく。
「……敵、ですね」
「ああ。どうやら、僕達を此処で討つつもりらしい」
「なら、返り討ちにしましょうか。あのサーヴァントを、討ちます」
交わす言葉は少しでいい。
杖を携えて、ネギがゆっくりとカネキの横へと並ぶ。
これでこちらの態勢は万全となる。
それに比べて、相手のマスターは非戦闘員なのかまだ出てこない。
ネギのように戦闘に参加できない者がマスターならいいが、暗殺者であれば質が悪い。
息を潜めて、機を伺っている事も考え、神経を尖らせる。
このまま押し込めれるなら押していきたいが、先程のサーヴァントのように地力が強ければその差もすぐに埋まってしまう。
サーヴァントはステータスだけではなく、経験からくる戦闘技術、判断力といった見えないものも強さの根幹にかかっている。
どんな相手であろうとも、油断などできるはずもなく。
「了解。援護、頼むよ」
パンタローネが動く前に、カネキは赫子を蠢かせながら強く地面を踏みしめた。
一息で間合いを詰め、パンタローネへと赫子を全力で叩きつける。
パンタローネは即座に反応し、突き出された赫子を深緑の手で薙ぎ払い、空いた左拳を、カネキの腹へと撃ち込んだ。
当然、このままだと直撃コースなので攻撃を中断し回避に移行する。
カネキはパンタローネの腕を支点に身体を宙へひねらせ、それを回避。
二つの影が空中で交差する。
「ふむ、ここからが本番という訳だな。まァ、いい。どちらにせよ、貴様達は私の手にかかって、死ぬ」
次元の違う戦いだった。
カネキは赫子を駆使し、パンタローネは両腕を巧みに操り受け流す。
まさしく、怪物同士の超次元な戦闘だ。
どんな映画でも見られないような現実が、目の前で展開される。
カネキの赫子が空を裂き、パンタローネの深緑の手が木々を穿つ。
-
「いい加減、その両腕……っ! 邪魔ですね――ッ!」
「それは此方の物言いよ。即座に再生する触手、鬱陶しい事この上ない!」
迸る赫子をカネキごと深緑の手で吹き飛ばし、怒りを露わにパンタローネは吠える。
魔法の射手によるダメージは直撃こそしたが、戦闘に支障を与えるレベルには至らなかったらしい。
赫子を即座に再生し、深く攻め立ててはいるが、淀みの無い動きによって躱される。
繰り出す赫子の刺突はパンタローネの両手より先に届かない。
真空の防壁は異常なまでの再生力を持つ赫子でさえ、貫くことを許さなかった。
曲げる、破砕。薙ぐ、粉砕。削ぐ、玉砕。
全ての赫子を吹き飛ばしながら、パンタローネはからからと嘲笑う。
「脆い、脆い! この程度の触手など、恐れるに足らず! どうした、小僧? それが貴様の全力か?」
厭味ったらしい声で、此方を煽ってくる道化師の言葉に耳など貸す必要はない。
自分の力が歴戦のものではないと、最初から知っているはずだ。
圧倒できる切り札もなく、豊富な戦闘経験もない。
先程の戦闘でも加藤鳴海に指摘され、それを痛感している。
自分の武器は柔軟な動きと無尽蔵のタフネスさだ。
相手の土壌で戦う必要なんてない。嘆く暇があるなら、勝てる戦いにするべく、土壌を変えるべきだ。
「諦める時だ、小僧。戦局は徐々にワシに傾いている。無駄な足掻きはやめて、このまま、私に屠られろ」
「……なるほど、確かに。貴方は戦闘の巧者だ。僕みたいな半端者は、まともに戦えば貴方に何もできないでしょう」
カネキは滴り落ちる汗も拭わずにパンタローネによる両腕の抱擁から回避し続ける。
幸いなことに、マスターであるネギから供給される魔力は潤沢だ。
動きが鈍くなるといったことがない為、躱すだけならいつまでだってできる。
赫子を瞬時に再生し、繰り返す。相手が疲れるまで、魔力がなくなるまで。
持久戦ならば、喰種である自分に利がある。
-
「けれど。僕は、貴方より強いサーヴァントと出会っている」
加え、先程の戦闘で刃を交えたしろがね――加藤鳴海より、パンタローネは弱い。
速度こそ、彼より速いが、力強さは鳴海の方がもっと強く、彼の身体はいくら打撃を打ち込んでも倒れない気迫があった。
その姿はカネキが憧れた『護る強さ』であり、こうなりたいと願うには十分な姿だった。
未熟な自分は寄り添い、手を取り合わなければ戦えない。
カネキはたった一人で戦況を変えれる強さを持ち合わせていないのだから。
「だから、楽勝だ……と、述べるつもりか。舐められたものよ」
楽勝、なんて――言えるはずがない。
その言葉を紡ぐ前、眼前の道化師は見るのも悍ましいぐらいに、にたりと嗤っている。
笑顔、笑顔、笑顔、笑顔。
一度見たら二度と忘れないであろう鮮烈な笑みを見せ、かたかたと顎を揺らす。
これは――恐怖だ。
例えるならば、ヤモリと相対した時のような、粘ついた狂気。
気を抜くと、植え付けられたトラウマがまた蘇りそうだ。
「そこまで傲りはありませんよ。まあ、気が楽だというのを伝えたかったんです。それと、もう一つ」
けれど、今度は一人じゃない。
後ろにはマスターであるネギがいる。
あの時のように一人で全てを背負い込まなくてもいいのだ。
それだけで、幾分か身体が軽く感じる。
「似合いませんね、その服」
屈託なく、笑う。
唇の端を不器用に釣り上げて小さく声を震わせた。
相手の冷静さを少しでも奪う為の安い挑発だ。
だが、そんな慣れないモノでも相手の地雷を起爆させるには十分過ぎるものだったらしい。
「…………貴様ァ」
烈火の如き怒りを顔に塗りたくったかの表情から冷静さを根こそぎ奪い去ったことを確信し、疾走する。
タイミング、踏み込み、速度、角度、呼吸。
動作を構成する諸要素が、一連の動作へと統合されていく。
ある程度の間から放たれた真空を躱しつつ限界まで引きつけ、赫子を地面へと突き刺した。
怪訝な顔をするパンタローネを無視し、勢い良く上空へと飛び上がる。
-
「――雷の暴風ッ!!!」
そして、間髪入れずに背後で呪文詠唱を終えたネギの右手から放たれた電熱の奔流がパンタローネへと突き刺さる。
全てはこの為の布石だった。
ネギが会得している最強の呪文を此処で叩き込む。
強力な稲妻に旋風を纏わせた最強たる金色の一閃が、一切の例外なく鏖殺する。
雷。それは、この世に存在するありとあらゆる熱を凌駕する永遠にして絶対なる金色の一撃だ。
触れた大地は尽く融解し、矮小な木々など、語るまでもなく灰燼と化す。
真っ直ぐにに突き進む雷閃を見て、パンタローネは心底戦慄を覚えた。
アレをまともに受けては不味い。対魔力という防備に慢心することなど、できるものか。
その一撃は先程の牽制とは違い、体の隅々を蹂躙する極光だ。
断じて無視できるものではなく、パンタローネも前方に深緑の手を全力で翳す。
「ぬ、おおおおおぉぉぉ!!!」
風と雷が破裂し、拡散する。
全身に熱が伝わり、身体が爆散でもするかのようだ。
それでも、意地がある。
最古の四人たる自分が、パンタローネたるモノが、このような所で死ねるはずがない。
後先など怒りなど戦略など今は一切考えない。
認めよう。眼前の敵は紛れも無い強者だ。レプリカ風情とは質が違う。
手を取り合って、何としても勝つ気概が伝わってくる。
ならば、その気概ごと――自分が撃ち破るだけだ。
「死ねるか、死ねるものかよ!」
宝具の全力開放で辺りの物量ごと、雷光を弾き飛ばす。
一陣の強い風が吹き荒れ、大地が抉り飛ぶ。
この勢いのままに、二人を討つ。
パンタローネは空中から迫るカネキに対して、掌を向ける。
伸びてきた赫子は全力で吹き飛ばし、赫子の刺突など触れさせない。
だが、カネキ自身は全く止まることなく、パンタローネへと突っ込んでくる。
愚直に、ひたすらに。身体に穴が空くのなど恐れずに。
深緑の手がカネキを吹き飛ばすのが先か。それとも、カネキがパンタローネへと辿り着くのが先か。
-
「吹き、飛べぇぇぇぇぇっっ!!!!」
先に相手へと攻撃とぶち込んだのは、カネキの方だった。
瞬間、パンタローネは腹部への強い衝撃を感じるのと同時に身体が宙を舞う。
ずしりとくる痛みは顔を歪ませるには十分だ。
木を薙ぎ倒しながら転がっていく道化師の姿は傍から見るとさぞや滑稽だろう。
だが、それだけでは終わらせない。
赫子を再生し、身を持ち上げ、吹き飛ばしたパンタローネへと追撃。
跳んで、駆けて、討つ。
後一歩で、勝利に届く。
目前に控えた高揚感を胸に、カネキは木を背にして荒い息を吐くパンタローネへと赫子の四連撃を突き刺した。
「これで、終わりにする!!!」
「――――笑止!」
それでも尚、トドメを刺すには数手足りない。
即座に態勢を立て直したパンタローネは両手で赫子を打ち払う。
そして、このままでは終わらない。
突如、両腕が伸び、捻じ曲がりながらカネキの横をすり抜けようとする。
今まで見せていなかった奇策。隠し技としてここぞと言う時に切る切り札。
無論、そんなことを知る由もなかったカネキは驚き、動きを止めた。
「切り札というのは、ここぞという時に切るものよ」
止めなくては。例え、この身体が突き刺さろうとも。自分の命が尽き果てようとも。
けれど。ほんのコンマ一秒にも満たない刹那。
――――霧嶋董香の顔を頭に過ぎらせてしまった。
これは、駄目だ。金木研は迷ってしまった。
霧嶋董香を残して、死にたくない。
あんていくの日常を取り戻す為に、もう一度トーカと話す為に。
どんな形であっても、彼女の笑顔を曇らせることは、したくない。
-
「が、はっ……」
左腕は再生した赫子で受け止めた。掌からは真空が吐き出され、脇腹が削られた。
しかし、ただでは終わらない。
空いた掌を拳に変えて振り下ろす。雷の暴風によって脆くなっていた左腕をへし折ることには成功した。
これで相手の戦力は半減されるが、自分の傷は治癒が可能だ。
喰種の身体である以上、致命傷でない限りは再生できる意地汚さがある。
挽回できる。まだ、勝負は決まっていない。
「まずは、マスターを殺すのが先決よのう」
もっとも、その挽回のチャンスがあればの話だが。
パンタローネの狙いがカネキではなくネギであることに気づくにはもう遅かった。
無理矢理に身体を拗じらせて右腕を止めようとしたが、致死の風はネギを捉えている。
ぼしゅんと、乾いた音が鳴った。
そして、恐る恐る背後を見れば――――左腕を何処かへと無くしたネギが呆然としている。
次いで、絶叫。ネギはそのまま倒れこみ、右腕で抑えこむも、血は止めどなく流れ出す。
「あ、あっ、あ」
先程の戦闘で相対した鳴海が全くマスターを狙わないことから油断していたのか。
それとも、トーカの顔が過ぎったによる躊躇からか。
理由は幾らでも並べ立てることができる。
ただ、今はそんな言い訳をする時ではない。
一刻も早く、ネギを安全な場所へと運び込む。
「よく、も……ッ!!」
これ以上の戦闘続行は不可能。
そう、判断してからの行動は迅速だった。
カネキは即座に反転し、倒れたネギを抱え、一目散に足を動かした。
今なら、一気に屠れる。
パンタローネは絶好のチャンスと考えたが、追撃を行うことはしなかった。
よくよく見ると自分の体は思っている以上にぼろぼろである。
魔力も体力も大幅に消費してしまった。
加えて、左腕を失い、深緑の手も効果は半減だ。
「……だが、マスターを仕留めただけでも上出来としよう」
今は大人しく退く。この深い傷では、暫くは治療に専念することになる。
家に帰れば、長谷川千雨のうるさい小言が待っていることを考えると、顔が渋くなっていく。
だが、戦果を欲している少女だ、結果を出せば自由に行動できる。
一人始末したと言えば、両手を叩いて笑ってくれるはずだ。
「その証として、これでも持っていけばよいか」
そして、パンタローネは地面に落ちていた血塗れの杖を拾い上げ、急いでその場を離れた。
轟音を鳴らしたのだ、周囲にマスターとサーヴァントがいたら寄ってくる。
今の手負いの自分では、太刀打ちは難しい。
何としても生き残る為には、時に逃げることもやむを得ないものだろう。
■
-
「マスターッ! 気をしっかり持ってくれ!安全な所までひとまず運ぶから!」
疾走る。
サーヴァントの気配がしない所まで、カネキはひたすらに駆けて行く。
治療なんてできるかも定かではないのに。
自分の一瞬の迷いが命取りになったのに。
湧き出る悔恨を無理矢理に握り潰し、カネキは走り続けた。
景色もいつのまにかに学校からも離れ、田園地帯になっている。
「もう、いいです」
「駄目だ! 諦めちゃ、駄目だ!」
「……無理ですよ。血、流し過ぎて、意識も、薄っすらで。だから、最後に……」
切れ切れな声を必死に手繰り寄せ、ネギは伝えようとしている。
それは遺言か、恨み言か。
どちらにせよ、カネキは聞き届けなくてはならない。
こうなった責は自分にある。
ならば、最後は甘んじて受け入れる。
それが、ネギのサーヴァントとして自分ができる最後の仕事だ。
「令呪を以って命じる、ランサーさんが暫く現界できる魔力を」
だが、出てきた言葉は想定外のもので、カネキの表情を揺らがすには十分だった。
消耗した魔力が、サーヴァントの現界に欠かせない魔力が令呪によって補充されていく。
「重ねて、命じる。魔力を、彼に。願いを紡げるよう、生き抜けるように」
「……………………どうして」
「僕を、ずっと支えて、くれた人だから。それだけじゃ、駄目、ですか?」
「駄目だなんて、言えるはずがない! 君を護れなかった僕が、何を言えるんだ!」
「でも、悔しいなぁ。アスナさんと、もう、会えないや。頑張ったのに、必死に、願ったのに」
力無く笑う表情が、カネキの心を串刺しにする。
自分は、死に様でさえも他人のことを考えられるマスターを裏切ろうとしたのだ。
綺麗で暖かな彼の思いを一瞬でも踏み躙ろうとした自分を憎んでも憎み足りない。
「……大丈夫。大丈夫だから。約束する、必ず勝ち残って、聖杯を取って、君とアスナさんを蘇らせる」
「嬉しい、です。じゃあ、僕、待ってますね。ランサーさん……カネキさんが聖杯を取ってくるのを、ずっと」
「わかった。僕に任せて、ネギ君は安心して眠っていてくれ。なぁに、すぐに迎えに行くさ」
微かに頬を釣り上げ、小さく待ってますと呟くネギの手をぎゅっと握り締めた。
これは誓いだ。金木研が絶対に成し遂げると決意した制約でもある。
「カネキさんが、少しでも長く、戦える、ように。僕、最後に、頑張ります」
このまま消えていく運命だったカネキの命脈を続けようと、なけなしの力を振り絞っている。
応えなくてはならなかった。此処で応えられない奴が、のうのうと生きるなんてそれこそ、耐えられない。
例え、トーカが立ち塞がったとしても、聖杯を譲るつもりはないし、戦うというなら自分も本気で争う覚悟を決めなくてはならない。
できることならば、彼女ともう一度仲直りがしたい。
サーヴァントとして再契約するマスターがトーカであれば嬉しいことはない。
けれど、そんなにもうまくいくことはないだろう。
彼女は自分とは別にサーヴァントを従えている。これ以上、余計な重みを増やすつもりはないかもしれない。
今の自分はネギのサーヴァントだ。
彼の願いを叶える為に、トーカが邪魔ならば、今度はもう、迷えない。
避けられぬ争いが、彼女との間に起きたら、自分は――――。
-
「最後の、令呪を以って命じる……ランサー、僕を喰べて、生きて、少しでも、魔力の、足し、に」
塗り替えられる、全てが。
――――悲劇では、終わりませんように。
-
その疑問を自分の中で消化する前に、身体は勝手に動いていた。
カネキの口はネギの腹部をガッチリと挟み込み、歯を深々と埋めていく。
口に広がる豊満な香りは食欲をそそらせる。
喰種の食欲に加え、令呪の強制力が合わさったのだ、我慢などできるはずもなかった。
咀嚼が始まる。背筋を凍らせるような血肉の水音を辺りに響かせ、一心不乱に噛み砕く。
ばつん、という破断の音は、筋肉が骨ごと削ぎ斬られた証だろう。
ネギの呻き声など無視し、食事は続く。
勿論、食すのは腹部だけではない。頭部、腕、足、あらゆる箇所をカネキの口がずたずたに食い散らかす。
皮膚が千切れ、肉が削げた。骨が砕け、血が噴出した。
左足が踝の辺りからもげた。
咀嚼による蹂躙が皮膚を貫き、血肉をかき回す。
ネギはそれだけの痛みを負いながら、まだ生きていた。
悲鳴はできるだけ上げず小さな呻き声に収めて、堪えている。
ああ、美味なるかな。
子供の柔らかい肉に潤沢な魔力というソースが合わさって、最高のメインディッシュだ。
他の何にも目をくれず、カネキは眼前に在る御馳走にむしゃぶりついた。
この時、この瞬間だけ、金木研は紛れも無く喰種だった。
浅ましく、みっともなく、怪物じみた表情で食事にありつく彼を見て、誰がまともだと言おうか。
護ると誓ったネギは、もう何処にもいない。
其処に在るのは、ただの肉であり、あの輝かしい日々へと戻る餌だ。
「あ、あ?」
無様を晒して死に至る。
どれだけ尊い思いを抱こうと、死体になれば等しく餌である。
それが子供であっても、綺麗な願いであっても、手を取り合った相棒であっても。
喰種にとっては、それ以上でもそれ以下でもない。
「ネギ、君?」
令呪の支配を抜け、正気を取り戻したカネキの視界には食事の残骸だけが残っていた。
細かくちぎれた肉片とぶちまけれた血の海はネギの面影すら残さない。
誰がやったかなんて一目瞭然だし、カネキ自身わかってはいる。
だが、気づきたくない。
いくら令呪による強制があったとはいえそんなことをしたとなれば、自分自身を到底許すなんてできない。
「ちが、ちがう、ぼくは、ちが、やって、喰って」
けれど、口元に残る血痕と満腹感が逃げ道を封鎖する。
金木研は喰種だ。護るべきものを自分の手で壊した、救いようがない化物だ。
口から漏れ出す慟哭も、眼から滴り落ちる水滴も、今は何の慰めにもならない。
いつのまにかに顔を覆っていた一つ目の仮面が彼の表情を隠す。
その裏には、何が在るか。悲嘆、憤怒、絶望。
浮かんだモノはいずれにせよ、カネキの心を食い破り、奈落の底へと落としていくだろう。
言ってしまえば――ふざけた、悲劇だ。
【ネギ・スプリングフィールド@魔法先生ネギま!(アニメ) 死亡】
-
【C-2/学園・高等部・教室/一日目 午前】
【霧嶋董香@東京喰種】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし。
[道具]鞄(ノートや筆記用具など学校で必要なもの)
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り聖杯を手に入れる。しかし迷いもある。
1.葛藤。ヴェールヌイは、カネキは……?
2.少女(八神はやて)を傷つけなかったことに対する無自覚の安堵。
[備考]
詳しい食糧事情は不明ですが、少なくとも今すぐ倒れるということはありません。詳細は後続の書き手に任せます。
【C-3/田園地帯/一日目 午前】
【ランサー(金木研)@東京喰種】
[状態]全身ダメージ(回復中)、脇腹重傷(回復中)『喰種』
[装備]高等部の制服
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:誰が相手でも。どんなことをしてでも。聖杯を手に入れる。
1.――――。
[備考]
令呪による恩恵、ネギを喰べたことにより、マスター不在でも暫くは消滅しません。
【D-2/森/一日目 午前】
【ライダー(パンタローネ)@からくりサーカス】
[状態]左腕喪失、全身ダメージ(大)、魔力消費(大)
[装備]深緑の手
[道具]フランシーヌ様より賜った服(再度襤褸屑状態) 、ネギの杖(血まみれ)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得しフランシーヌ様に笑顔を
1.千雨のことは当面の主として守ってやる
2.ひとまず回復に務める。
3.群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)に対する激しい怒り
[備考]
D-6の畦道に結構甚大な破壊痕が刻まれました。激しい発光もあったので同エリアに誰かいたなら普通に視認されたかもしれません。
C-2の森で轟音が響きました。朝早く登校している生徒は間違いなく気づきます。
敵サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
-
投下終了です。
-
投下乙です!
とうとう初の本格的な死者が出てしまいましたね。まさか最初の脱落者がネギだとは思いもしませんでしたが、最後に希望を遺せたようでなにより……
と思いきや最後の最期で命じたのが、よりにもよって食人とは、これまた。金木にとっては二重の意味で辛い展開になりましたね
濃密なバトル描写からの流れるような死亡話、お見事でした。
それと報告なのですが、拙作「白銀の凶鳥、飛翔せり」の記述を一部修正しました。修正箇所は「3-A」→「2-A」です。
-
投下乙です!
おお、まさか、カネキ君とトーカの邂逅の行方がまさかこんなことに…!
この出会いがあったから、カネキ君の中に揺らぎが生まれてしまったんだなあ…
そして互いにマスターとサーヴァントという二人の向かい合い、離れた様が…
その視界へ現れたのは、ルーラーでないもう一人の道化師。真夜中のサーカスの曲芸師か
自動人形としてのパンタローネの挙動のいちいちがすごくボス敵としての「最古の四人」らしいです
赫子VS深緑の手のバトルは本当に見応えがありました
主従の連携が産む黄金の一撃も、確かにパンタローネの目算を超え大ダメージを与えるのにふさわしい秘策でした
しかし、自動人形の継戦能力と切り札の差し合い、そして何よりトーカとの邂逅の想いが判断を鈍らせたというのが
そればかりでなく、しろがね加藤鳴海との交戦もその一要因になっている辺りが因果だ…
ネギ先生…死に際まで一生懸命で、必死で、優しいのが悲しい
掴めなかった夢とカネキ君を思う最後の三つの願いは胸を打つけれど、結果として彼を完全に喰種として覚醒させることになってしまいましたね…
これが「夢」現聖杯なんだなぁと痛感する一話でした。
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おおう、ネギ先生が…イベントの重なりがこんな結果を生んでしまうとは…深緑の手で全力防衛してなおパンタローネ様をボロ屑状態にする雷の防風やべえ
しかしカネキ君が修羅になってしまったなぁ…
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投下乙です
冒頭のカネキ君とトーカの再会でお互いが救いたい者のために相方を捨てるかどうか迷うところが切ない
そしてネギ君がまさか死んでしまうとは…カネキ君は残された時間をどう立ち回るのだろうか
これを持って帰ったパンタローネに千雨がどんな反応をするのか、麻帆良にいた2-Aの担任教師はもういないと知った明日菜がどう思うのか、今後が楽しみですね
予約を延長させていただきます
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申し訳ありません、期限に間に合いそうにありませんので予約を一旦破棄させていただきます
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うおおう、ネギ……。
おおう、食っちまった。
しかもやったのがパンタでマスターは千雨で、うわー。
トーカはトーカで今回の話だけでなく、その前の話のぬいぬいパートの独白もあっただけに絆が辛い
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ボッシュ=1/64、バーサーカー(ブレードトゥース)を予約します。
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御坂妹、レプリカ(エレクトロゾルダート13〜20号)、南条光、神楽坂明日菜、キャスター(超鈴音)を再予約させていただきます
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すみません予約を延長します
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今から投下を始めます
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強くなりたかった。
ただ願う事はそれだけで。
立ち止まる事など許されず。
先の無い闇の中でもがき続け。
負けて、死んだ。
負けて全てを失った。
誇りは地に落ち、帰る場所ももはや無い。
誰も敗者を省みず、ただ過去に埋もれていくだけ。
それでも、救いはあった。
しかし、ボッシュ=1/64はその救いも奪われた。
目覚めた魂は止まる事を許容せず、みっともなく悪足掻く。
偽りの冬木市において与えられた役回りもそれ相応。
未来を嘱望されたエリートのボッシュ=1/64は。
未来の無い、何も持たないただのボッシュになった。
そして、聖杯戦争は始まった。
■
「ん……始まったのか」
ボッシュ=1/64は一言、そう呟いた。そこに高揚も無ければ、怯えも無い。
ただあるがままその通達を受け止めた。あと七日か、そう思う程度だった。
なんとはなしに、頭上を見上げる。空は、見えない。
ただ、照明が小さく光を灯すだけ。その先は、闇だ。
ボッシュは現在、深山町のアーケード付きの商店街にて身体を休めていた。
シャッターは全て閉じられ、人の通りは無い。立ち並ぶ店はどれも薄汚れていた。
店と店の隙間に身を置いて、ボッシュは片膝を立てて座り込んでいる。
身体の脇に置かれた、釣りで使うようなロッドケースが目をひく。
深夜にこんな所にいるのは、ボッシュに帰るべき場所が無かったから。
ボッシュが与えられた役割はホームレス。金無し家無し親も無し。天涯孤独の身の上だった。
記憶を辿れば色々と紆余曲折あったようではあるが、ボッシュは全く気にしていない。
全ては偽り。紛い物と知っていれば屈辱は感じ無い。
ただ、空虚だった。この世界は未知の刺激に満ちているが、心は全く波打たない。
ここ数日、様々な場所に行った。海に山に森に、行ける範囲はできる限り巡った。
-
何も感じはしなかった。一切の興味が湧かなかった。
ここは自分の居るべき世界ではないと強く認識しているが為に。
だから、心が干上がった訳では無い。
その虚ろな胸の中に、確かに火は灯っている。暗い闘志が漲っている。
ボッシュの眼はこの世界に来てからずっと、前だけを見据えている。
ボッシュの耳に足音が届いた。
憶測ない不規則な、タイルを叩く足音。そして足音は一つだけ。
周囲に人の気配はそれ以外に無い。
「……丁度いいな」
伸びを一つしてからロッドケースを手に取り、そこから一振りの剣を取り出した。
飾り気の無い、ヒルトだけがついた細身の剣。
獣剣。元の世界からのボッシュの愛剣。手元に残った最後の財産。
他の全てはこの世界で奪ったものだ。奪う事でしか生きる糧は得られない。
しかし、今この時は別だった。奪うという事は同じではあるが。
立ち上がり、剣を腰に下げ、ケースを担いで、通りに出る。
微かな明かりの中で浮かび上がる人影が、こちらにむかって歩いてくる。
よれた背広、おぼつかない千鳥足。他には誰もいない。
ボッシュはこの世界に何も感じていないし、求めてもいない。
しかし心と思考に問題が無くとも、身体がそうであるとは限らない。
この世界には太陽があり月があり、昼があり夜がある。ボッシュの知らない世界だった。
身体に変調を感じていないが、実際に身を動かした時に、思う通りであるとは限らない。
だから、確かめてみる必要があった。これから戦いに臨むのであれば。
標的は生きているほうがいい。よく動くならなおよい。
そして、世界と同じくNPCたちにもボッシュは何の感情も持っていなかった。
ふらついた足取り、男はボッシュに気を向けない。暢気に歌を口ずさむ。
二人の距離は詰まって行き、すれ違う刹那、銀光がひとすじ閃いた。
二人は歩き続ける。ボッシュは同じ歩調を保ち、剣を収めた。
そのまま止まる事無く歩き続ける。振り返る必要は無かった。
手に残る感触が全てだった。ボッシュはポツリと呟いた。
「悪くない」
-
背後でくずおれる音、そして跳ねるような残響。身体は何の問題も無く仕上がっていた。
獣剣はレイピアに準じた武器で、ボッシュが修めた獣剣技は刺突を主とした剣技である。
しかしボッシュの技量は非凡だった。人体の一部を斬り飛ばす程度わけは無い。
ボッシュは地下世界の六人の統治者の一人、剣聖と称されたヴェクサシオンを父に持つ。
偉大な男の血を継ぎ、幼少よりの過酷な鍛錬、そして死を超えてきたボッシュの剣は一流の域にあった。
(俺に問題はない、それでも……)
それでも、ボッシュは人間だった。
獣剣技の奥義を使うことは未だ叶わないが、剣の冴えは人を辞めた時のそれに迫っている。
だがオールドディープと接続した時に手に入れた人外の力は失われていた。
他を圧倒する肉体も、絶対障壁も、膨大な魔力も、魔法も、全てだ。
魔力だけはどういう訳か幾らか体内に残っており、ただの人間だった頃と比べて何倍にも増している。
おおよそ強化手術を受けた時と同程度の魔力量になるが、それだけではどうにもならない。
人を超えた存在の相手は単身では不可能だと、ボッシュは改めて認識した。
同時に自身のサーヴァント、バーサーカーの力が不可欠であるとも。
しかし、ボッシュはバーサーカーの事を何も知らなかった。知る術も持たなかった。
真名も宝具も、何ができるのかも、能力も、そもそも制御が利くのかも分からない。
なにせ、バーサーカーはボッシュに殺意を向けているのだから。
そもそもバーサーカーと顔を合わせたのは今までただの一度だけだった。
(……仕方ないな)
なので以前からやろうと思っていた事を実行に移す事にした。
やる事はごく単純、バーサーカーを実体化させるだけ。
意志の疎通が図れない以上は、マスターであるボッシュが色々と試すしかない。
何故その程度今までやってこなかったかと言えば、バーサーカーは目立つからである。
バーサーカーはとにかく目立つ。見た目は異形で咆哮も周囲によく響く。
更に暴走の可能性も考慮に入れていた。ボッシュはバーサーカーを、人ならざる存在を信用していない。
敵の目を考えれば場所を選ぶのは当然であり、そしてボッシュはこの世界を知らなかった。
冬木市を、という意味ではなく、世界そのもの、環境そのものをという意味だ。
事前に知識を与えられているとはいえ、その裏付けはできない。
そもそもボッシュは自分に与えられた知識をあまり信用していない。裁定者が公平であると誰が保障するのか。
だからボッシュは世界を歩いて回った。興味は無くとも、勝つ為に。
しかしたった数日では世界は見渡せず、早々判断は下しにくい。だから今日まで延びてしまった。
-
魔力消費の問題もあった。バーサーカーが魔力喰いである事は既に把握している。
何時何があるとも知れず、無駄に魔力を消耗しても仕方が無い。
魂喰いをするにも、実体化しての魔力消費や各種デメリットを考えればそう簡単には実行できない。
それとどういう訳か、バーサーカーはボッシュに明確な殺意を向けていた。
霊体化した今は薄れているが、初顔合わせの時、確かにはっきりとした殺気を感じたのである。
その理由はやはりボッシュには分からず、故に近づくなと命令をひとまずは達してある。
令呪の使用も検討したが、令呪は文字通りの生命線。効果もどれだけ持続するかも分からない。
明確な危険と断じれない以上、乱用はできなかった。バーサーカーを信用できない理由の一つだった。
何にしても、無闇に実体化させる理由は全く無かったのである。
それに、ボッシュがバーサーカーを警戒するのは理由がある。
ボッシュが身を滅ぼしたのは、分を越えたオールドディープの、竜の力に取り殺された為である。
そもそもボッシュの没落の発端も化け物が絡んでくる。
人外の力を必要以上に警戒するのは当然で、あまりバーサーカーに頼りたくはないというのがボッシュの本音である。
同じ轍を二度踏むわけにはいかなかった。
そして諸々を考えた上で、ボッシュはマップの端、A-1の海岸を調査地点に選択した。
敵の襲撃などを考慮すれば、なるべく人目につかない方がいい。マップの端ならそうは探索に来ないと予断した。
バーサーカーの暴走を考慮すれば見晴らしのいい一本道はボッシュにとって都合がよいのもある。
それに例えば山地などは身を隠すに丁度いいが、ボッシュは山道に不慣れで何かあった場合に難がある。
更に土地勘が無いボッシュである。山に足を踏み入れれば確実に迷う。実際に迷いかけたのだから間違いは無い。
海岸を選んだのはわかりやすさも理由の一つだった。
人目を考えればなるべく早くに済ませた方がよく、ボッシュは足を速め先を急ぐ。
「問題は無いと思うけど……さて、どうかな」
ボッシュは商店街を抜け、闇を行く。
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「戦いが始まったんだってよ……バーサーカー」
赤い鬣のバーサーカー……ブレードトゥースは正しく大悪党である。
荒廃した世界の中で懸命に生きる人々の命を数知れず奪った悪鬼である。
組織の大幹部として首領に命じられるままに殺戮を繰り返した怪物である。
大陸中を荒らしまわった冷血党のナンバー3、それがブレードトゥースである。
それは覆しようの無い事実であり、稀に見る高額の賞金首として歴史にその名は刻まれた。
この点では、今現在の怪人としての姿は正当な評価であり、真っ当なものであると言えるかも知れない。
「まあ、先は長いんだ……お互い、気楽にいこうぜ」
しかし、それは決して彼が望んで行ったものではない。囚われ、改造され、洗脳されたが為である。
薬によって意識は混濁し、理性を奪われた彼は服従を強いられ望まぬ罪を犯した。
だが、とある事件によって彼は記憶を代償に自由と人間としての姿を取り戻し、賞金稼ぎとして人生をやり直した。
獣人としての顔しか知られていなかった彼は種々様々な依頼を解決し、人々に称えられ、感謝され、たまに集られた。
悪逆非道の賞金首たちを討ち取って、果ては自身を改造した冷血党を壊滅させ、大陸にひとまずの平穏を取り戻した。
しかしこの経緯を知る者は殆どおらず。知っていてもそれは点の集まりだった。
大破壊によりネットワークはほぼ断絶しており、彼という存在の全貌を知る者は殆どいない。
賞金稼ぎと賞金首。彼は二つの顔を持っている。その二つを繋げられる者は、極少数。
もしも呼び出されたクラスが違っていれば、彼は獣ではなく戦車乗りとして現界した事だろう。
「よし……右手を上げてみろ」
しかし不幸なことに彼はバーサーカーとして呼び出され、怪物として顕現した。
Aランクの狂化によって理性は完全に消失し、過去に侵食された彼は絶対の服従を強要される。
それは組織の幹部であり、殺し屋であり、首輪を繋がれた獣と認知されていたがために。
それが彼の宝具『100,000Gの賞金首』だった。バーサーカーは忌まわしき過去に立ち戻る。
冷酷非道の狂った獣の姿と、悪党であり、悪鬼であり、怪物としての精神を押し付けられる。
明日を掴んだ英雄ではなく、過去に囚われた亡霊の姿に彼は成り果てた。
「回って……次は跳んで見ろ……いいぞ」
現在のバーサーカーは実体化していて、眼前にはマスターがいる。
薄笑いを貼り付けた顔も、首をかしげる仕草も、こちらにむける視線も。
全てが癇に障り全身から殺意が吹き出る。
それは洗練されることの無い剥き出しで、狂おしいほどの獣の意思。
バーサーカーの全身には激情が荒れ狂っている。
人々に恐れられる怪物として、残虐無道な精神が今の彼には宿っている。
それは本能というべきもので。
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「あーあ……」
バーサーカーは純粋に狂化の恩恵を受け生前より更に強大になっている。
元より理性など無い獣は、ただ引き裂き砕くことしか出来ない。
今ならば目の前の少年一人、寸毫の暇も無く縊り殺せる。
しかし、出来ないのだ。彼には過去という極大の首輪がついている。
自らの意志で主に手を出す事は決してできない。獣であるが故に。
だが獣であるからこそ、主の命を狙い続ける。
理性の無い獣はそれを隠すことはできなかった。
「なかなか……やるじゃないか」
彼は冷血党を抜けた後、制限付きながら自由意志による獣人への変身能力を手に入れた。
その力を有効に利用し、組織は経緯はどうあれ彼の手によって、その私怨と共に完全に粉砕された。
彼は憎んでいたのだ。自分を改造した組織を。組織の首領である科学者を。憎悪していた。
その一部始終は目撃され。故にそれは風評となって彼の歴史の一部となった。
どんな背景があったとしても、ブレードトゥースは冷血党の身内であり、仲間だった。そう見られていた。
仲間殺しのスキルはそういった過去と獣の狂気の現われ。歴史が習合した結果。
彼に近づく者は誰であろうと例外無く引き裂かれる事になる。例え主であろうとも。
「お前にも、願いはあるんだろ……?」
彼とて願いを持って聖杯戦争に参加している。契約も結び、それを遵守せざるをえない。
だが、それらは完全に獣の狂気に侵食された。
油断し、近づいたマスターを抵抗させる間もなく一殺する。それが今の彼の唯一の望み。
目の前のマスターが、では無く自分を縛り付ける全てを獣は等しく嫌悪し、憎悪している。
本来の彼、ドラムカンもしくは――――は過去に決着をつけ、全てに割り切りをつけている。
本来の理性が残っていたならば、余程の事が無い限り態度の差はあるだろうが協力してくれた事だろう。
しかし今の彼はブレードトゥース。仲間殺しで主殺しの狂獣だ。
「もう消えていいよ、バーサーカー……頼むぜ、俺がどんなに憎くてもさ」
バーサーカーはその命令に従い、姿を隠した。
憎悪と憤怒は満身を駆け巡りその発露の時を待つ。
ただ機会を待つ。いつかのように、解放される瞬間を。
今は、まだ。
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バーサーカーが消えたのを確認して、ボッシュは剣を収めた。
顔を伝う汗をぬぐって腰を下ろす。俯いて、息をついた。
既に夜は明けて、太陽は顔を出していた。
「ふう……ま、想像通りか」
特に何が起こるでもなく、バーサーカーは姿を消した。実体化させた時間は約三十分。
それで限界という訳ではなかったが、今後を考えて早めに切り上げた。
魔力を絞られ、殺意に当てられ消耗はしたが、それは予想の範囲内。
とりあえず、一応の成果はあった。
「ひとまずは……大丈夫か?」
顔を上げて目の前を、バーサーカーが立っていた付近を見る。
砂浜には幾多のクレーターが生まれ、右手にある防波堤は一部だけだが完膚なきまでに破壊されていた。
ボッシュが命令した結果だった。他にもどの程度の細かい作業ができるかを試してみた。
繊細な作業はその見た目通りに困難であるが、大体はマスターに従う事は確認できた。
その間もバーサーカーはボッシュに殺意を向けていた。が、命令に反する事無く、近づく事無く。
分かっていた事ではあるが、とりあえず命令に忠実であると再確認できた。
近づかず、近づけさせなければ問題ないと、ボッシュは判断した。当然油断は全くできないが。
魔力消費に関しても、予想通りではあった。
ボッシュの魔力は大幅に強化されてはいるが、失った魔力は軽くない。
バーサーカーが全力で活動した場合、ボッシュは動けるかどうか。少なくとも楽観は決してできなかった。
しかし、それはまだいい。事前に予想していた通りである。
今おこなった実体化の最大の目的は、魔力消費以外の悪影響が齎されないか、という所にある。
それも今の所は問題はなさそうではあった。魔力以外に奪われたものは感じられない。
かつて契約したオールドディープ……チェトレは膨大な力を契約者にもたらす。
しかし、その代償として、命を削り、身体を侵食される事になる。
ボッシュは全身を侵され、力を制御しきれず、肉体と精神を喰われ尽くした。
あの時手に入れた力と、今ある力。どうしてもだぶってしまうのだ。
だから念を入れて、慎重に接する。しかし、それでもわからない事が多すぎた。
(わかる……あいつが化け物だってのは……それでも)
バーサーカーの力は、肌で感じる殺気や姿形だけを見てもわかる。ボッシュも修羅場を潜った戦士である。
バーサーカーに匹敵、あるいはそれ以上の存在と対峙し、自身もその領域まで登った事もある。
だからこそ、解り、思う事がある。ただの力押しだけでは勝てないと。
ボッシュはバーサーカーの暴威を疑ってはいない。
圧倒的な力の前には、全ては無意味となる。生前にそれは思い知っていた。
しかし、敵もまたバーサーカーと同じく超常の存在であるサーヴァント。
同質の力を持つ者同士のぶつかり合いはより力を制したものが勝つ。それもまた骨身に染みて思い知っている。
断言する事はできないが、単なる力押しだけで勝ち残るのは難しいだろう。そうボッシュは考えている。
つまり、バーサーカーが使い物になるかどうか、今の段階ではさっぱり分からないという事だ。
ただ、チェトレに比べればずっとマシではある、それが分かっただけでも収穫はあった。
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(あんな無様は……二度と)
カウントダウンは始まったが、現状は全てが闇の中。これからの予定など立てようが無い。
サーヴァントは聖杯戦争の要である。その要の力が詳細不明、では話にならない。
魔力消費の都合上、無策ではその内に過去と同じ結末を辿る事になるだろう事は生々しく想像できるのだ。
「……やるしかないか」
だから、余力のあるうちにバーサーカーがどれだけのものか試す。初戦、それに全てを賭ける腹積もりだった。
これから、どんな相手であれサーヴァント同士の戦闘を発見すれば全力で介入し、バーサーカーの実力を見極める。
その結果次第で、今後の戦略を練ればいい。何を決めるにしろ、全てはそれからだった。
「こんなところで……つまずづいてられるか」
しかし、そのために街を闇雲に歩き回る訳にもいかない。
ただでさえバーサーカーは消耗が大きいのだから無駄な体力は使えない。なので、目標を絞って捜索しなければならない。
だがそう簡単に決められるものでは無く、とりあえず移動しながら考える事にした。
ボッシュは立ち上がって、足元に注意しながら歩き始めた。
「焦る事はない、な」
こんな場所に来た理由の通り、バーサーカーは非常に目立つ、
街中で実体化するだけで、敵はすぐに察知しやってくるだろう。
ただ、できる限りは有利な状況で戦った方が良く、漁夫の利を狙った方が当然いい。
最悪、継戦能力に欠けるボッシュは最終日に全てを賭けるのも手ではある。
(……一度、顔を出してみるか?)
生きていれば縁もできる。ボッシュにも記憶を取り戻す以前の付き合いがあり、顔見知りも多少は存在する。
殆ど当てにはできないが、尋ねてみるのも悪くは無いかもしれない。ボッシュも元は組織人、顔の使い分け程度はできる。
ボッシュは血に餓えた殺人鬼では無い。利用できるものは利用するだけだ。
NPCに一片の価値も認めていないだけで無闇に殺して回る気は決してない。体力の無駄だった。
こういった考え方は、多分に育った環境の影響が強かった。
ボッシュは足を止めて、くつくつと笑い出す。
「くく……この俺が……ボッシュ1/64が……
ローディと馴れ合いか……くくく……」
ボッシュは含み笑う。それは自嘲の笑み。
この世界に興味は無い。しかし、自分の姿はまた別だ。
過去からは考えられない、浮浪者たちにへりくだる自分の姿を想像して。
ただ思う、無様だと。そして、自分の口に出した言葉にはたと気づく。
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「1/64……それに、ローディ……」
先ほど口走った言葉を反芻する。
1/64。それがボッシュのD値。優性である証明。
D値とは地下世界での絶対の指標。この高低が人生を左右する。
世界を統べる統治者たちは全て一桁のD値を持つ者で構成される。
D値の低い者は、ボッシュのようなエリートからローディと蔑まれる。
ローディはそれこそ場合によっては簡単に命が奪われる。
D値は誕生から死を迎えるまで変動する事はない。
持つ者と持たざる者は決して逆転する事はないのだ。
だから、もう意味の無いものだった。
劣等者であるローディが、優位者である統治者を打ち破り、そして――――
ボッシュは頭上を見上げた。
「……空、か」
青い空が広がっている。ボッシュの世界の空も青かったと言い伝えられていた。
しかし、それが今もそうであるかは分からない。
大災厄により地上は滅び、ボッシュの先祖は地下に逃れた。
地上への道は封じられ、統治者たちが世界を律した。
それから千年の時を経て、空への道は開かれた。
ローディで、反逆者であり、ボッシュの相棒だったリュウ=1/8192が拓いたのだ。
ボッシュ/チェトレを殺してリュウ/アジーンが空への道を。
だから、あいつが開いた、空を見に行く。
それが、ボッシュの願いだ。
ボッシュは終わった人間で、帰ったところで居場所は無い。
リュウと三度戦った。三度負けて二度死んだ。
空への階段の下で既に決着は着いている。
今、ボッシュが生き足掻くのは蛇足もいいところだった。
しかし。
「俺は、まだ終わってないぜ……リュウ」
ボッシュはまだ、二本の足で立っている。
ならば諦める理由など、どこにも無い。
負けっ放しで終わる、そんな事は、我慢がならない。
だから、ボッシュには聖杯が必要だった。
死んだ人間が、何の代償も無く蘇るなんてボッシュは信じていない。
ボッシュは肉の一片すら残さず死んだ、しかし今ボッシュはこうして戦える肉体を持っている。
そんな奇跡が無償であるとは信じない。聖杯が、勝利こそが必要なのだと直感している。
だから、なんとしても勝たなくてはならない。勝って聖杯を手に入れ、帰還を果たす。
その後の事はどうなるかなんてわからない。
またリュウと再び見えて何を為すのか。
また、剣を交える事になるのか、それとも……。
「何があっても……後悔だけはしないさ」
そもそも、リュウが生きているかも分からない。
リュウも命を削って力を行使した。ボッシュよりもずっと長く。
ボッシュと対峙した段階で、リュウは既に限界を迎えていた。
ボッシュと対決し、そして……殺された後の事はボッシュは知り得ない。
しかし竜が、チェトレがボッシュを媒体に顕現したのは間違いない。
だからリュウが生きている可能性は限りなく低く。
もしチェトレを打倒したとしてもその命は限界を迎え……生きている道理はどこにも無い。
しかし、ボッシュは確信していた。
あいつは生きていると。
そこに理由も根拠も道理も無い。
しかし、ボッシュは確信していた。
だから、ボッシュも不可能を越えて往くのだ。
あいつの居る場所へ。
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「待ってろ――必ずそこへ行く」
空に向かって手を伸ばす。
その手は今は何も掴むことはできず、届くことも無く。
それでも、手を伸ばす事を諦めない。絶対に。
【A-1/海岸/1日目 午前】
【ボッシュ=1/64@ブレス オブ ファイア V ドラゴンクォーター】
[状態]精神的疲労 魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]獣剣 ロッドケース
[金銭状況]奪った分だけ。今は余裕がある。
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、空を見に行く。
1.戦場を探して情報収集。
2.敵を発見次第、バーサーカーを突撃させ実力を見極める。
3.戦闘の結果を見て、今後どうするかを考える。
[備考]
NPCを何人か殺害しています。
バーサーカーを警戒しています。
【バーサーカー(ブレードトゥース)@メタルマックス3】
[状態]健康
[装備]無し
[道具]無し
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを殺す。
1.マスターを殺したい。
[備考]
どんな命令でも絶対服従。近づかない限り暴走はしません。
マスターに殺意を抱いています。
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以上で投下を終わります。
問題があればご指摘をお願いします。
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投下乙です、ボッシュの背景とこの世界に対するスタンスがよくわかる
迷い悩むマスターの多いこの聖杯の中ではかなり冷静で理知的な思考で挑んでますね…
そして、バーサーカーブレードトゥースの過去と今との有り様。サーヴァントとしてのスキルや宝具と擦り合わせての説明が面白い。殺意と憎悪が狂気を課された今の彼を特徴づけるものなんですね…
方針としてはかなり積極的ですし、これからどう他の組と接触するのか楽しみです
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投下乙です。
捻じ曲がってはいるものの、彼の空への憧れは真っ直ぐなんですよね。
相棒であったリュウに対して、追いつくべくひたすらに前だけを向く彼らしさ。
ある意味誰よりも信じている男に少しでも並びたい彼らしさが出ていますね。
タイトルにもある通り、地を舐めても、空を仰ぐことをやめないボッシュという人間。
そして、憎しみに支配され、生き様も曲がってしまったブレードトゥース。
両者共に、ただでは終わらない、諦めないという意志を随所に感じられました。
八神はやて、キャスター(ギー)、北条加蓮、ヒーロー(鏑木・T・虎徹)を予約します。
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遅れて本当にすいません、明日には投下できると思います
延長しておきます
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おお、楽しみ
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>>379で明日投下するとかいっておいて結局期限一杯まで使ってしまいました
お待たせして申し訳ありません、土下座してお詫びしたいくらいです
では投下します
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『南条光』
(行っちゃった…)
通学バスに揺られながら、光はライダーの気配が薄れていく感覚を感じていた。
バスに乗車して間もなく、ライダーはサーヴァントの気配をいち早く感じ取り、それとコンタクトを取りたいと願い出てきた。
いろいろあってそのサーヴァントと戦闘にもつれ込む可能性もなくはないものの、光はライダーの強さを信じていたので特に不安もなく送り出すことができた。
今はそのサーヴァントのマスターと協力し合うことができればいいなとでも考えながら、ライダーの帰還を待つ。
ふと後部座席から、通学バスの内部を見渡してみる。
まだ生徒数は少なく、光よりも身長と年齢の大きい者と小さい者が半々の割合で数人いるくらいだ。
学園は小中高一貫という日本でもかなり珍しい制度を持っている。
そのため、学年に比例して生徒数が多いので通学バスも一つではなく、複数のバスが時刻表に従ってB-10から学園への順路を走行するという形をとっている。
現在光の乗るバスはB-10の順路を走り始めてからそれほどの距離を進んでおらず、乗ってくる生徒はまだ少ない。
(ミサカやみんなの家はまだ先かな)
話し相手に恵まれないことを若干呪いつつ、光はバスに揺られながら窓に写る景色を見る。
次のバス停が見えてきた。
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* * *
『エレクトロゾルダート』
ミサカ10032号のサーヴァント、「レプリカ」。
彼らの真名は等しく「エレクトロゾルダート」。現在はミサカにより4号5号…と番号をつけられてそれぞれ区別されている。
自我の薄い無我な彼らはマスターこそ絶対と信じ、聖杯を主の手に収めるためにその命令に従い、命を捧げる。
しかし、そんな彼らの中にも自我に目覚めて主の制御から離れた個体も確かに存在した。
ある個体は自身の上に立つ者がドイツ人でないことを不服として組織を乗っ取るため、
ある個体は電光機関により寿命を縮められた同胞達を救う技術を奪取するため。
『彼』は主に反旗を翻した。
その物語の通り、彼らの中にも『彼』が現れるかもしれない。
ミサカの思いに応えて『個』を自覚する者が現れるかもしれない。
が、エレクトロゾルダートの中にまだそれは存在しない。
なぜなら、エレクトロゾルダートは「レプリカ」だから。
明確な自我を持つに至った「個」ではなく、自我に目覚めぬ「群体」の一面が現界しているのだから。
彼らに群体の一面が強く現れたことにより、ゾルダート達が共通して保持していた記憶は残っているものの、自我に目覚めた個体の記憶をはじめ大半の生前の記憶が欠落している。
彼らがミサカに忠実である精神性も、ただ自身を生み出した組織に従うという無我を聖杯に再現された結果なのだ。
いずれは逸話のとおり『彼』は現れるであろう。
だが、それは決してよい結果を生み出すとは限らない。
ミサカは気付いているのであろうか、自身のオリギナールが東洋人であることに。
ミサカはいつになれば夢に見るのであろうか、かつてのゲゼルシャフトで個に目覚めたゾルダートとその結末を。
ゾルダート達の内、何人が気付くのであろうか、自分達の上に立つマスターが東洋人である矛盾を。
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『エレクトロゾルダート14号』
ゾルダート14号は、ミサカのマンションの外から敵襲がないかを見張るために、外へ出ていた。
ミサカは登校の準備、14号以外のゾルダートは家事に従事するために偵察隊が先行して出発した形だ。
14号は、9個の魔力の反応がある方角を見やる。
(行ったか…)
4号から12号…マンションを去っていく8人の仲間を見送った。
ほんの6時間強ほど前にも見たことのある場面だ。
その結果、1号から3号…3人の同胞が、死んだ。
特に3号が消える前の顔は忘れられない。
腹に大きな穴が開き、血まみれになって命からがら逃げおおせてきた3号を最初に発見し、介抱したのは14号であった。
肉体の回復に充てる魔力すら犠牲にしてミサカの元へ戻り、南に本拠地を構えるであろう忌まわしきライダーのサーヴァントの情報を伝え、そのまま3号は力尽きた。
恐らくは3人では太刀打ちできない強大な敵を前にして2人が犠牲となり、その隙に3号は逃げることができたのだろう。
正しい選択だ、と14号は思う。
スリーマンセルで行動する関係上、その場で全員が死んでは無駄死もいいところだ。
偵察とはいえ、戦場では敵とばったり遭遇することもあれば敵の追撃から逃れられないことも当然ある。
人を超えた能力を持つサーヴァントがあちこちにいる聖杯戦争ならば尚更だ。
そんな場合、3人いて全員が敵を殲滅する選択肢を選ぶことなどあってはならない。
必ず全員が、なんとか戦線離脱して偵察の役目を果たすことを視野に入れておかねばならない。
たとえそれが誰かの命を犠牲にする結果になっても、だ。
ましてや自分を含むエレクトロゾルダートは『レプリカ』。いくらでも代えが利く。
最後の1人が死ぬまで、こちら側の敗北は決して有り得ない。
我等が主に勝利を捧げるために、我等は主に心臓を捧げるのだ。
それでも。それでも、だ。
3号が消えていく様を見ていた時、胸に穴が開いたような気持ちになった。
それを代弁するかのようにミサカの表情がいつもよりわずかに曇っていたのを覚えている。
14号の脳裏に浮かんだのは、断片的ながらもかすかに残っている英霊になる前のゾルダートの記憶。欠落した記憶の中で残っている数少ないそれだ。
傷ついてもはや戦えなくなった仲間。分解されていく肉体。金属のボディに組み込まれていく人間の面影を残した残骸。
…それは、負傷したエレクトロゾルダートが電光戦車へと作り替えられた際の記憶だった。
「カメラード(戦友)よ…」
14号は、静かに独り言ちた。
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* * *
『御坂妹』
「ミサカ、朝食ができました」
「いつもご苦労様です、とミサカは差し出されたトーストを片手に18号を労います」
白地のエプロンをしたゾルダート18号がミサカに朝食の乗った皿を差し出す。
家事を任されているゾルダートではあるが、料理の担当についてはミサカ自身とゾルダートの内の一人で半々といったところだ。
ゾルダートが料理をする際には、ミサカの知らぬ内にエプロンをしてレシピ本とにらめっこしながら調理するという風習がゾルダート達の中で共通認識となっていた。
朝食の時もエプロンを着用しているが、今日の朝食は食パンをオーブントースターに入れてジャムを塗るだけのトーストだけで、エプロンをつけるほどのものではない。
「いただきます」をしてからミサカはいちごジャムが一面に塗られたトーストを頬張り、間もなくぺろりと平らげてしまった。
「みゃあ」
「だめだ。これ以上与えることはできん」
「みゃあ」
「だめだと言ってるのがまだわからないか!!」
「みゃあ」
「本当に物分かりが悪いな貴様は。これ以上餌を食べては肥満の元になる。ミサカの指示に背くわけにはいかん!」
声のした方へ向くと、15号が空の餌皿を前に鳴く黒猫に向かって話していた。今日の猫の世話の当番は15号だ。
片手にはキャットフードの入った袋があり、餌を食べ終えた黒猫からもっと餌をとねだられているのだろう。
「食べさせてあげてください、とミサカは寛容にペットのおねだりを認めます」
「しかし、ミサカ――」
「確かにミサカは食べすぎないように注意しろとは言いましたが15号は些か気にしすぎです、とミサカは15号の堅さをたしなめます」
「…自分の独断でよろしいのですか?」
「はい、15号の裁量でOKです、とミサカは餌の量はアバウトでいいことを暗に示します」
それを聞いた15号は渋々キャットフードの袋を餌皿に傾け、黒猫の様子を伺いながら餌を追加する。
黒猫は15号の足元で頬擦りしながら「みゃあ♪」と嬉しそうに鳴いている。
餌を入れ終わった15号は困惑しつつ「あまり引っ付くな!」と声を上げていた。
「黒猫か…」
「18号も猫は好きですか?とミサカは好奇心で聞いてみます」
「好き…という言葉の意味はわかりませんが、ミサカの家にいる以上は敵ではないと認識しています」
「…では、ミサカの猫を見ていてどう感じますか?とミサカは敵とかそういう問題ではないだろと内心でツッコミながら言葉を変えます」
「少なくとも、敵意は湧きません。かの戦艦ビスマルクに乗っていた猫も黒猫ですから」
「ほうほう、それは勉強になります、とミサカは18号いきなりの豆知識披露に驚嘆します」
18号と話していると、ベランダから空の籠を持って部屋に戻ってきた19号の姿が見えた。
洗濯物を干し終えて戻ってきたところだろう。
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(…あのままミサカのサーヴァントが欠けていけば、ここもいずれは人手不足になるのでしょうか、とミサカは1号から3号の死を見て危惧します)
家事に勤しんでいるサーヴァントのおかげで幾分か賑やかになっているマンションの一室。
彼らはミサカに召喚されたサーヴァント。戦場に立てば主のために電光機関の紫電と共に敵へ向かっていくのだろう。
しかし、明日の朝になれば残り17人のゾルダートの内何人が残っているのであろうか?
ミサカに追加召喚されて同時に現界できるゾルダートは50人…ミサカは勝利を手にするその時まで、何人のゾルダートを召喚するのであろうか?
決して、忘れない。D-6にいるであろうライダーのサーヴァントの犠牲になった3人のゾルダートを。
ほんの小一時間前のことだった。
早朝、14号に就寝中を起こされ、何事かわからぬままパジャマ姿のままマンションの駐車場へと赴いた。
そこには変わり果てた姿の3号が息も絶え絶えに跪いていて。
D-6にいるサーヴァントの情報を全てミサカに伝えた後、3号は糸が切れたかのように倒れ伏し、消滅した。
失意の中、部屋に戻り、他方面から帰ってきたゾルダート達に再度指示を出したのがつい先ほどのことだ。
1人1人を人間として扱い、使い捨てるようなことはしない、と決めていた。
犠牲なき勝利を得ることができるとしたらそれはどれだけ楽なことであろうか。
しかし、ここは戦場。サーヴァントとマスターが一体となって血を血で争う戦争の中に、ミサカはいる。
そしてミサカには、この戦争で負けられない理由がある。
負けないためには己のサーヴァントを使わざるを得ないのだ。
『誰も使い捨てたくない』が『負けないためには使い捨てざるを得ない』ジレンマが、ミサカの肩に重くのしかかっていた。
ふと、時計を見る。もうすぐ出発の時間だった。ゆっくりしている時間はあまりない。
既に制服に着替えているミサカは授業の用意と小型の拳銃の入った学校鞄に肩を通した。
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* * *
『超鈴音』
超鈴音は未来からやってきた時空航行者である。
来るべき戦争が勃発する未来を変えるために世界に「魔法」を認識させ、世界の理屈を覆そうとした。
彼女は麻帆良学園中等部1年に入学してから、その願いのために綿密な準備を進めてきた。
伊達に周囲から完璧超人と見られておらず、無数のロボット軍団に地下アジトの所有、超包子の経営、その収益から格闘大会のM&Aをもできるようになるなど、
3年に進級して世界樹の魔力が増幅するまでの僅か2年間でそれらを成し遂げたといえば彼女がいかに優秀か窺い知れよう。
再現された冬木。神楽坂明日菜の家があるB-6区画の地下水道を進むと、広々とした開けた空間に出る。
そこには、モラトリアム期間で鈴音が作成した工房があった。
コンクリート製だった壁と床は合金製のそれに置き換えられ、いかにも遥か未来の進んだ技術を思わせるもはや異空間であった。
たった数日でここまでの工房を作り上げることは、高ランクの陣地作成を持つ鈴音にとってはなんの造作もない。
鈴音がここに陣地を構える決定打となったのは、この地下水道の広場の立地条件である。
この広場は、明日菜の家の真下に存在するのだ。
そのため、マスターと距離を離さず、尚且つ魔力消費を気にせずここに籠ることができるのである。
マスターの明日菜に会いに行くにも真上の家への直通通路は既に開通済みで手間もかからないし、家から発明品を取りに来るにしても十分手の届く範囲だ。
工房の隅には既に完成したロボット・T-ANK-α3改(愛称・田中さん)が数体待機している。
先の麻帆良祭で使用したT-ANK-α3の改良版で、武装に殺傷能力が付加されて正真正銘の兵器となった田中さんだ。
いずれ他のサーヴァントと戦うことになった際は田中さんに働いてもらうことになるであろう。
鈴音はというと、ちょうど改良し終わった強化服を身に纏いながら、その性能テストを行っていた。
「アーイ!」
鈴音の高い声が工房全体に木霊する。
すると、鈴音の拳から電気の光球が発射され、一直線に飛んでいったかと思えば壁にぶつかり微かな振動を起こして大量の火花を散らしながら消えていった。
「――なんて変な掛け声出さないけどネ。電撃で殴るだけでなく飛ばす機能があっても損はない」
鈴音は改良した強化服から飛ばした電撃弾の着弾点を見る。
合金製の壁には円状に黒く焦げた跡が残っていた。これが元のコンクリート製の壁であればその焦げ跡はより広大になり、電気の熱で抉れていただろう。
電撃弾の威力は飛び道具としては合格点と見るべきか。
「温故知新とは言ったものだネ」
次に、鈴音は掌を前に向ける。すると、駆動音と共に鈴音の前に薄い膜のようなシールドが張られた。
これで鈴音の反射能力が追いつく限りは大抵の攻撃を受け止められるだろう。
鈴音が試しているのは、いずれも大きな公園で交戦したレプリカの使っていた技を参考にして強化服に追加した機能だ。
前者はブリッツクーゲルを、後者は攻性防禦を見様見真似で取り入れている。
「おっと…もうこんな時間カ」
鈴音が何やら操作を加えると、強化服の手首の部分からスクリーンが投影され、デジタル時計が表示される。
時刻は既に朝、そろそろ明日菜の登校する時間だ。
数時間前に飛ばした無人偵察機の行方が気になるが、帰ってこないものをいつまでも待っていては時間がもったいない。
己のマスターに付き添うために、鈴音は真上に位置する明日菜の家へ戻ることにした。
-
* * *
『神楽坂明日菜』
明日菜は、夢を見た。
夢の中に降り立った明日菜が見たのは、ドイツのある街を襲う魔族の大群。そして、自分の目の前にいる、幼い自分自身。
幼い明日菜はこちらに気付いてはいないようだ。昔の自分を見ていると奇妙な感覚に襲われると共に、脳裏にトラウマが蘇る。
明日菜の持つ特別な力。忌まわしき魔を呼び寄せる体質。
遠方から迫りくる魔族達も、幼い自分に引きつけられてこの街を襲っているのだろう。
―――何をしているの。逃げて。早く逃げて!
傍らから見ている明日菜はそう叫びたかったが、何故か声を出せなかった。
すぐそこまで迫った魔族が、幼い明日菜に襲い掛かる。
傍で見ているはずなのに、何もできない。
自分自身が死ぬ光景を見たくない一心で、明日菜は目を覆った。
――…?
目を瞑ってから数瞬経った。
なにも聞こえない。グシャリというグロテスクな音も、何かを刺すような音も。
命が奪われる時に鳴る不快な音が一向に出てくる気配はない。
おそるおそる目を開けてみる。
明日菜は己の目を疑った。
ネギ。木乃香。いいんちょ。刹那さん。それだけではない、2-Aの皆が、幼い明日菜を守るために魔族の前に立ちはだかっていた。
『こんにちは、アスナ』
『これは夢だ』
『もう現実になることはない』
「ん…」
朝。ベッドの上で目を覚まし、明日菜は上体を起こす。
両手を上にあげ、体を伸ばしてみる。二の腕に溜まっていた疲労感がなくなっていく感覚が心地よい。
「なんで、あの時言えなかったんだろ…『助けて』って」
見ていた夢のことはまだ記憶に残っている。
明日菜もこれは胸を張って「いい夢だ」といえる内容だ。
すべてが丸く収まり、ハッピーエンドへ導かれるような…。
だが、何故だろう。とてもいい夢のはずなのに。皆が助けに来てくれてとても嬉しかったのに。
決して正夢――それが現実になるとは考えられなかったのだ。
あれは所詮夢。生きるには聖杯戦争を勝ち抜いて――。
「…っ!」
明日菜は首をぶんぶんと横に振ってそれ以降考えるのをやめた。
傍らにあるベッドサイドテーブルに置いてある目覚まし時計を見ると、登校の時間が迫っている。
そろそろ支度しないと通学バスに遅れてしまう。
ベッドから降りて時計の隣にあるパクティオーカードを手に取り……。
「…あれ?このカード、昨日見た時に比べて随分とデザインが貧相に…」
あのオコジョの力を借りて担任のネギと仮契約した時に渡されたパクティオーカード。
本来、カードにはやたらでかい剣を持つ明日菜の絵とよくわからない文字がたくさん描かれているのだが、
今明日菜が手に取っているパクティオーカードには真ん中に描かれている以外の文字列が全て消えてしまい、イラストが寂しくなっていた。
-
「おはよう、明日菜サン。よく眠れたカ?」
「…超さん」
明日菜へ声をかけた人物の方へ目をやると、寝室のドアの前に鈴音が立っていた。
笑顔で手を振りながら近づいてくる。気楽な人だ、と明日菜は思った。
鈴音を見ると浮き出てくるステータスが明日菜のサーヴァントであることを示している。
「元気がないヨ?いつもの明日菜サンらしくないネ。例えこの世界の全てが偽物でも『いつもどおり』を演じなければいずれは狙われる」
「……」
そうだ。いつもどおりに朝起きて、いつもどおりに通学バスに乗って登校して、いつもどおり2-Aの皆に会って。
自分がいつもどおりでないと。
「学園は冬木中の学生が集まってくる。それはつまりマスターが紛れ込んでいる可能性もそれだけ高くなるということ」
たとえ明日菜に覚悟ができていなくとも、聖杯戦争に乗り気な敵は平気でその命を狙ってくるのだ。
鈴音の言っていたように、殺したくないという想いも一つのエゴだ。
敵にとって、明日菜がどう思っていようと死にゆく者の想いなどどうでもよいのだから。
「…わかってる。いつもどおり、ね」
何とか快活に振る舞ってみようと、本心とは裏腹に笑顔を作って見せる。
が、どうやら作り笑いであることがバレバレらしく、鈴音はやれやれといった顔で溜め息をついていた。
「ネギ坊主がいないと、寂しいカ?」
「な、なんでネギがそこで出てくるのよ」
「麻帆良での明日菜サンの朝にはいつも木乃香サンとネギ坊主がいただろう?」
「……」
明日菜にそれを否定することはできなかった。
戻りたいと望んでいる麻帆良での日々。朝起きて、バイトに行く前には必ず同室のネギと木乃香と顔を合わせていた。
だが、今はどうだ。明日菜に与えられた役割は、両親のいない1人暮らしの学生。
いつも傍にいたはずのネギは、木乃香は、学園に行かないと会うことができない。
「いざとなたら、私が守るヨ。マスターに死なれては聖杯を獲るどころではないからネ。だが、明日菜サンも死なない努力くらいはして欲しい」
それに明日菜はゆっくりと首を縦に振り肯定の意を表した。
明日菜自身も死にたくないと強く望んでいるのでそれを断る理由はない。
「確か明日菜サンはネギ坊主と仮契約していたネ?カードがあるはずだが」
「それって、これのことよね?」
「そうそう!もし1人の時にアサシンのようなサーヴァントに襲われたらアーティファクトで応戦して時間を――」
――稼いでほしイ。
鈴音がそう言おうとしていたことは分かった。
だが、明日菜の持つパクティオーカードを見て、鈴音は目を見開いた。
「…………」
「……超さん?」
しばらくの静寂。そして先ほどまで笑顔であったはずの鈴音の顔が驚愕の色に変わり、そこから微動だにしない。
明日菜もクラスメートの鈴音を1年以上見てきたが、彼女のここまで驚いた顔を見るのは初めてだ。
あまりのことに明日菜も戸惑ってしまい、鈴音に何があったのか聞くことも憚られた。
「…明日菜サン、すまナイ。ネギ坊主はいつ頃学園に来る?」
「…へ?えっと…この世界のネギのことよね?ここでも2-Aの担任で職員会議もあるから私よりは早く来てる、と思うけど――」
「もし危険なことになたら明日菜さんのスマートフォンで連絡を入れて欲しい。本当に急を要するなら令呪を使てもいいヨ」
「え!?あの――」
「大丈夫。私もスマートフォンは持てるし連絡先も入れてあるネ。すまないが急用を思い出した。学園で落ち合おう」
「ちょっと超さん――」
鈴音は突如マシンガンのように明日菜へ必要なことを伝えてすぐに霊体化してどこかに行ってしまった。
明日菜はただ1人、呆然として寝室に立ち尽くしていた。
「私、まだスマートフォン使い方わからないんだけど…」
明日菜のいた年代は、西暦2003年。
まだスマートフォンがこの世に出回ってすらいなかった世代の明日菜には、スマートフォンも未来人の発明品に見えた。
-
* * *
『超鈴音』
鈴音は『ステルス迷彩付きコート』に念のための『時空跳躍弾』を数発備え、鈴音はサーヴァントとして出し切れるだけの速度を出して学園へ向かっていた。
(まさか、ネギ坊主は……)
鈴音が見た明日菜のパクティオーカードは、『死んでいた』。
カード内の枠線と文字情報のほとんどが消去されたカードが意味するものは、『契約を結んだ魔法使いの死』。
鈴音の中で一つのあり得た可能性が浮上してくる。
もし、ネギがマスターで明日菜と同じ世界の人間だったならば――。
(早急に事実関係を把握する必要があるネ)
「いざとなったら私が守る」といっておきながら、明日菜の傍につくことを放棄してでも確かめなければならないことが
あった。
ネギが死ぬということは、明日菜の戻るべき世界が死ぬということ。
仮に明日菜が麻帆良に戻ることができても、もうそこにネギが帰ってくることはない。
今の明日菜がそれを知ったら、どうなるだろうか。
聖杯を狙う覚悟をしてくれるならばありがたいが、絶望して何もかもを投げ出してしまうことも十分あり得る。
マスターが後者のようになってしまうのは、サーヴァントの身としては何としてでも避けたい未来だ。
もしネギの死が本当だとすれば、明日菜のメンタルケアを行うことも考えなければならない。
(ネギ坊主…)
だが、それ以上に。
平行世界の人間とはいえ、自らの全てを賭した計画を止めるに至ったあのネギが、戦争が開幕して半日も経たない内にあっさり死ぬなど。
鈴音には到底納得のできるものではなく、この目で確かめないと信じられなかった。
【B-6/神楽坂明日菜の家付近/1日目・午前】
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]霊体、魔力消費(若干)
[装備]改良強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]時空跳躍弾(数発)
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える
1.ネギ坊主…
2.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
3.それまでは防衛が中心になるが、出来ることは何でもしておく
4.学園へ行き、ネギの死を確かめる
[備考]
・ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
・無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
・レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
・強化服を改良して電撃を飛び道具として飛ばす機能とシールドを張って敵の攻撃を受け止める機能を追加しました
・B-6/神楽坂明日菜の家の真下の地下水道の広場に工房を構えています
・工房にT-ANK-α3改が数体待機しています
-
* * *
『南条光』
黄金のコスチュームを身に纏ったヒーローが、巨大なカギ爪を取り付けた屈強な悪漢と単身で対峙している。
――ディフレクトランス。
ヒーローが一度飛び退いた後に壁を蹴り、その反動を利用して強力なキックを悪漢に浴びせた。
――回転攻撃。
悪漢が自分の身体を軸に高速回転し、巨大なカギ爪でヒーローを切り刻む。
しかし、ヒーローは止まらない。
――アル・ブラスター。
光り輝く無数の光球がヒーローから発射され、悪漢を集中して射抜いた。
――クロービット。
悪漢の両腕がカギ爪ごと分離し、その両腕がヒーローに迫り、身体を抉られ血が噴出する。
尚もヒーローは止まらない。
「オレ様の頭には、小此木の脳が埋め込まれてあるんだ!」
「やれるか、アルカイザー!オレ様をやれるか!!」
劣勢に陥った悪漢が小此木博士(ヒーローの実の父)を盾にする。
されど、ヒーローは止まらない。
確かに、彼は当初は復讐のために仇敵と戦っていたかもしれない。
だが、この戦いは復讐のためではなく正義のための復讐なのだ。
ゆえに、ヒーローは止まるわけにはいかない。
――アル・フェニックス。
ヒーローが炎を纏って悪漢へと突き進み、その巨体を貫いた。
今の年代にしてはレトロな部類のグラフィックをしたヒーローが勝利のポーズを取り、
戦闘画面から切り替わると同時に何も言わずに去っていく。ただの歩くモーションの筈なのに、その姿はどこか悲しそうだった。
「やった!勝ったよ、紗南!!」
「光ちゃん、声でかいって!」
通学バスが冬木大橋を超えようかという頃、光は数が多くなってきた生徒に紛れながら隣にいる少女の持つ携帯ゲーム機の画面を見て、
そのゲームの展開に熱くなってしまいつい声を出しすぎてしまった。
光の隣に立つ、携帯ゲームで一昔前のRPGをプレイしていた少女は三好紗南といった。
濃紺色の髪を三つ編みにしている少女で、ゲーム好きで有名な光のクラスメートだ。
彼女はミサカ以外の生徒の中では割とよくしゃべる間柄だ。
長らく話し相手に恵まれなかった光だが、紗南が偶然一緒のバスに乗ってきたことで現在に至る。
「まあでも、声が大きくなるのも仕方ないかな。サガフロのレッド編って光ちゃん好きそうだもんね」
「なんだかヒーローになりきれてる感じがしてよかったなー」
「そりゃRPGだもん。キャラに感情移入してなりきるのが楽しみの一つだしね!」
『サガフロンティア』というRPGゲームの中に登場するヒーロー、小此木烈人こと『アルカイザー』。
光がよく見る特撮やヒーローショーとは違い、全面がイベントパートというわけではなくプレイヤーが操作する場面が多いが、
台詞が少なめな分、操作しているキャラになりきれるのはドラマやアニメとはまた違う楽しみがある。
そして特撮ヒーローを題材にしたシナリオと演出だけあって、光にもそれを十分に理解できた。
(でも…アタシは「なりきる」だけじゃダメなんだ)
南条光は、現実でも正義の味方であろうとしている。
聖杯戦争が開幕して初日。ひとまずは他のマスターの動きを見るつもりだが、学園に通う者は皆、光にとって大切で守らねばならぬ存在。
仮に彼らを傷つける者が現れたならば、正義の味方として動くことを光は心に決めていた。
そうこうしているうちにバスが速度を落とし、紗南も一緒に慣性に引っ張られて体が少し前のめりになる。
生徒の間から見えるバス停を除くと、そこには光の一番守りたい親友が待っていた。
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* * *
『御坂妹』
マンションを出て、そこそこ高層な住宅が立ち並ぶ住宅街を抜けると、大通りに出る。
新都への通勤のため車のラッシュが絶えない車線の反対側、歩道に備え付けられたバス停を見据えて向かう。
既にそこそこの数の生徒がたむろしていた。
ミサカはその集団の中に入り、通学バスを待つ。
聖杯戦争開幕の初夜にしてサーヴァントに欠員が出てしまったこと以外は、モラトリアム期間と同じような朝だ。
女の子がつけるにしては物騒なゴーグルを身に着けて南条光と通学バスで挨拶を交わす。
バスの中で光のおしゃべりを聞いているといつの間にか学園に着いており、学生らしい1日が始まる。
それは聖杯戦争が始まっても変わらない。マスターであるミサカも他の学生と同じく、登校の路についていた。
マスターと気付かれぬよう日常を送るためでもあるが、例えば学園のような大多数の人が集まる施設へ赴くことも重要だ。
人が多ければ多いほど、そこにマスターがいる可能性は大きくなる。
無論人殺しに積極的な者に出くわす可能性も否めないが、協力者を求める以上その程度のリスクは承知の上だ。
バスを待つ中で、ミサカは思案する。
学園に着いたらひとまずは誰がマスターかを探っていきたいが、
1人1人に「あなたはマスターですか?」などと聞き回っていては『妹達』が100人いても足りないし、自殺行為であろう。
まだ確実な方法は見つけてはいないが、案はある。体育及び水泳の着替えの時間を利用するのだ。
今日の授業に体育があるかはわからないが、マスターである証拠の一つとして、身体のどこかに刻まれている令呪がある。
着替えの時間中に、霊体のゾルダート達に生徒1人1人の肌身を見てもらい令呪の有無を確認する、というのがミサカの考案した案だ。
実際のところそれはセクハラ以外の何物でもないのだが、羞恥心に欠けるミサカは特に気にしていない。
『バスが来ました。くれぐれも実体化しないよう心がけてください、とミサカは注意を促します』
『『『『『『『『了解しました』』』』』』』』
ミサカは後ろを霊体となってついて回る13号から20号へ念話を送る。
護衛といっても、勝手に実体化されて姿をNPCに視認されては今後の作戦行動に支障が出かねない。
通学バスがミサカの前へ停車すると、バスの中でこちらに向かってゆらゆらと揺れる手の平が見えた。
それは何もオカルトなそれではなく、後部座席の方から小柄な人物がミサカへ向かって手を振っていることがわかる。
十中八九その手の持ち主は南条光だろう。
ミサカはバスに搭乗すると、生徒を押しのけて後部座席の方へ向かった。
「ミサカ、おはよー!」
「おはようございます、とミサカは元気いっぱいに挨拶を交わします」
「元気いっぱいには見えないけど、そのしゃべり方とFPSをガチにやってそうなゴーグルは相変わらずだね」
感情の籠らない声色で「元気いっぱい」と言ってのけたミサカに紗南が苦笑いしながら挨拶する。
「この人混みでよくミサカがわかりましたね、とミサカは光の視力のよさに驚きを示します」
「そのゴーグルを見ればどこにいてもミサカだってわかるよ!」
「実際オプティックブラストとか平気で出し――ん?」
停車したバスが出発し速度が他の乗用車と同等になりかけた時、紗南が言い終わる前に車窓の外である異変に気付いた。
「どうかしたのか?」
「あれ……」
紗南が指さした方向をミサカと光はつられて見る。
激しく揺れ動きながら、車道を走るバスに追いついてくるもの。
いや、ものではなく人だ。
甘橙色のツインテールの髪を持つ少女が生身でバスに追いつく速度で走っていた。
何やら大慌ての様子でバスに向かって何かを叫んでいる。
「アスナさん!?」
光が信じられないというような表情を浮かべて車窓の外を見た。
「『お願いだから待ってー』と言っています、とミサカは唇の動きを読んで冷静に分析します」
その少女はミサカのクラスメートの一人でもある、神楽坂明日菜であった。
「‥‥すごい女だ。」
紗南の絞り出した言葉には畏敬の念が含まれていた。
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* * *
『神楽坂明日菜』
走り続けた疲労のせいで、明日菜は肩で息をしている。
バスを無理矢理止めたのが恥ずかしかったからか、後部座席の方へ進んだ。
そして目の前に現れたのは、運悪く生前で面識のないクラスメートだった。
いずれも生前の2-Aにはいない、けれどもキワモノ揃いの2-Aに在籍していてもおかしくない3人だ。
「な、なんとか乗れた…」
危うく通学バスを1本逃すところだった。
スマートフォンの操作に悪戦苦闘していたら時間を多く食ってしまい、バスを追いかけていらぬ体力を消耗する羽目になってしまった。
結局あれから鈴音は戻ってくることなく、彼女が言っていた通り学校で落ち合うことにした。
一応電話のかけ方はマスターできたので学校に着いたら電話するべきだろう。
目の前にいるのは、いずれも生前の2-Aにはいない、けれどもキワモノ揃いの2-Aに在籍していてもおかしくない3人だった。
バス内を見回してみるが、いいんちょや本屋ちゃんは愚か、木乃香や刹那さんもこのバスには乗っていないようだ。
「あなたの脳内には常時アドレナリンが分泌されているのですか、とミサカはその超人的な身体能力にドン引きします」
いつになく毒舌を吐くミサカに明日菜は「うっさい!」と返す。
もちろん「いつもどおり」を意識して、だ。
「でもアスナさんみたいな力出せたら本当にライダーキックみたいな必殺技出せそうだよな!」
「あんたら私を何だと思ってんのよ!」
いつもどおり…だと思いたい。
この2人はネギの持つクラス名簿を見た記憶によれば、確か御坂美琴に南条光という名だったか。
身長も性格も正反対のようで意外と意気投合しており、2人でつるんでいるところをよく見かける。所謂デコボココンビというやつだ。
「最近物騒っていうけどアスナさんなら何とかしちゃいそうな気がするよね」
「いい加減に…!…まぁ、ネギ――じゃない方の子供先生も気をつけてって言ってたわね」
三好紗南。学園に来るときは教科書を忘れても携帯ゲーム機は忘れない筋金入りのゲーマーだ。
ここでいう「ネギじゃない方の子供先生」とは高等部の先生をしている月詠小萌先生のことだ。
容姿・実年齢が共に子供のネギに対して、小萌は実年齢の方は割とすごいことになっているため、一部では子供先生(仮)と言われているとかいないとか。
それはさておき、紗南の言った通り、最近は冬木での殺人や行方不明者の数が急増している。
学園側もそれを見越してか、毎回の朝礼の最後には教師陣を代表して月詠小萌先生が注意喚起をしている。
鈴音の言っていたことを考慮すれば、殺しに積極的な主従が原因であろうことは容易に推測できた。
そいつらを前にしてマスターであることがばれれば、それは死に繋がる。
(今は、今は「いつもどおり」を……!)
たとえこの世界が偽物でも、違和感があっても、居心地が悪くても、決断を先延ばしにして生きるには『演じる』しかない。
明日菜は知らない。
学園の中等部2-Aは担任のネギとここにはいない長谷川千雨を含めると計5人ものマスターが在籍する魔境であることを。
ネギはもう既に死亡しており、明日菜の帰るべき世界は聖杯の奇跡をもってしない限り永遠に元に戻らないことを。
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* * *
『南条光』
「最近物騒っていうけどアスナさんなら何とかしちゃいそうな気がするよね」
「いい加減に…!…まぁ、ネギ――じゃない方の子供先生も気をつけてって言ってたわね」
それを聞いて、光の顔がほんの少しだけ神妙さを帯びる。
巷では、殺人や行方不明になる者が続出しているという。
特に行方不明の件に至っては数十人規模となっており、被害者の社会的地位もかなりバラつきがある。
今の光ならばわかる。ここ最近の事件は全てサーヴァントの仕業に違いない。ライダーに意見を聞いても同じ答えが返ってくるであろう。
そして今日、モラトリアム期間は終わり、聖杯戦争が開幕した。
他のマスターも動き始めるはずだが、それはつまりサーヴァント同士の戦闘も起こりやすくなるということ。
これについて、光の心の中にはある不安があった。
サーヴァント同士の戦闘は、例えば地震には震源があるように、そこにサーヴァントがいればいつ起きてもおかしくない。
つまり、サーヴァントを従えているマスターもその戦闘の引き金になりかねないのだ。
仮に今、ライダーが帰ってきて敵サーヴァントが襲ってきたとしたら、ミサカはどうなる?紗南はどうなる?アスナさんはどうなる?バスに乗っている人達はどうなる?
守りたい人達を戦闘に巻き込んで傷つけては、本末転倒もいいところではないか。
無関係な人を、巻き込むわけにはいかない。
「―――」
『…なあミサカ、もしミサカが悪いヤツに襲われたら、アタシが絶対に守るから』
喉から出かかったミサカへの言葉をなんとか飲み込む。
そんなことを言わなくても、守ることになるのは同じだ。
それを言ってミサカに近づきすぎてしまうと、奇襲を受けた時にミサカが傷つくかもしれない。
ともすればミサカは自分を囮にして光を助けるかもしれない。自分を軽んじるような人ではないけれど、ミサカは優しいから。
たとえこの世界にしか存在しない親友であっても、モラトリアム期間だけでの付き合いであっても。
大切な親友を巻き込みたくはなかった。
光はミサカがマスターだとは夢にも思わない。いや、思うことを心のどこかで拒んでいるのかもしれない。
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* * *
『御坂妹』
「最近物騒っていうけどアスナさんなら何とかしちゃいそうな気がするよね」
「いい加減に…!…まぁ、ネギ――じゃない方の子供先生も気をつけてって言ってたわね」
それを聞いて、ミサカはここ最近で起こる殺人や行方不明事件について頭を巡らせる。
明らかに件数が増加しており、大方行動を開始したサーヴァントの所業であろうと見て取れる。
開戰が告げられて1日目の午前だ。NPCの見ている所で堂々と戦闘するなんてことを考える主従は少ないだろうが、用心するに越したことはないだろう。
だが、それ以上に気を付けなければならないのが、親友の光を始めとする周囲の人達の安全の確保だ。
ミサカには自分の命やゾルダート達1人1人を大切にしていきたいという想いがあるが、それと同じくらいに周囲の人達に死んでほしくないと願っている。
自分、サーヴァント、NPC。全てに生きていて欲しいと願うとはなんと欲張りなことであろうか。
ここは戦場なのに。英霊達が血みどろの戦いを繰り広げる中でNPCは魔力の糧程度に見られて然るべきなのに。
それでも、ミサカを救ったあの人ならば、迷わずその道を選ぶであろうことはわかっていた。
何よりも消耗品として扱われ、救われた後も病院暮らしを余儀なくされていたミサカに学生としての生活を彩ってくれた彼らが、道具のように扱われて死んでいくのは我慢ならない。
ミサカを取り巻くNPCはミサカの味わったことのない『日常』の象徴なのだ。
特に何にも代えがたい存在が、親友の南条光。
ミサカにおしゃべりの過程で様々なことを、そして喜びを教えてくれた彼女だけは、絶対に死なせたくない。
彼女がたとえ偽物だとしても、だ。
だからこそ、サーヴァントが絡んでいると思われる事件に遭遇した場合は、
光から距離を取ってできるだけ巻き込まないようにする必要がある、とミサカは敢えて冷徹な思考をする。
敵サーヴァントと戦闘に入った場合、ゾルダート達に気を配りながら光を守ることはミサカといえども難しい。
ならば、敢えてNPCである光から自分が囮になることで敵サーヴァントを引きつければいいという結論に達した。
ミサカは光がマスターだとは夢にも思わない。いや、思うことを心のどこかで拒んでいるのかもしれない。
-
【C-4/通学バスの順路・通学バス車内/1日目・午前】
【神楽坂明日菜@魔法先生ネギま!(アニメ)】
[状態]疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服
[道具]学校鞄(授業の用意が入っている)、死んだパクティオーカード、スマートフォン
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1.皆がいる麻帆良学園に帰りたい
2.でもだからって、そのために人を殺しちゃうと……
3.とりあえず、キャスター(超鈴音)と学園で落ち合う
4.キャスターは何しにいったんだろう?
[備考]
・大きめの住宅が居住地として割り当てられました
・そこで1人暮らしをしています
・鈴音の工房を認識しているかどうかは後続の書き手にお任せします
・スマートフォンの扱いに慣れていません(電話がなんとかできる程度)
【御坂妹@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服、専用のゴーグル
[道具]学校鞄(授業の用意と小型の拳銃が入っている)
[金銭状況]普通(マンションで一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ生還する
1.協力者を探します、とミサカは今後の方針を示します
2.そのために周辺の主従の情報を得る、とミサカはゾルダートを偵察に出します
3.偵察に行ったゾルダート達が無事に帰ってくるといいのですが、とミサカは心配になります
4.学園で体育の着替えを利用してマスターを探ろうか?とミサカは思案します
5.光を巻き込みたくない、とミサカは親友を想います
[備考]
・自宅にはゴーグルと、クローゼット内にサブマシンガンや鋼鉄破りなどの銃器があります
・衣服は御坂美琴の趣味に合ったものが割り当てられました
・ペンダントの購入に大金(少なくとも数万円)を使いました
・自宅で黒猫を飼っています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](13号〜20号)、健康、無我
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
[備考]
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学校鞄(中身は勉強道具一式)
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
1.聖杯戦争を止めるために動く。
2.学校に向かい、そこで他のマスターの動きを待つ。
3.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ
[備考]
・C-9にある邸宅に一人暮らし。
-
以上で投下終了します
タイトルは、『夢現ガランドウ』です。
何か矛盾点等ありましたら指摘をお願いします
-
投下乙です!
やはりゾルの犠牲に心痛めてたか、ミサカ
血生臭い世界を知ってるだけに理想を通すことの難しさを理解してるのが辛い
しかしゾルとの日常、猫に接する15号が可愛いw
レプリカとしての彼らの前に開かれた可能性といい、やはり気になる組ですね
それからアスナ組、交戦したゾルダートの技を組み込んでるのとか、技術系キャスターは面白いなぁ
ただほんと、鈴音が危惧してる通りネギ先生のことがなぁ…マジでヤバい
光は本当に正しくまっすぐで明るくて見てて清々しい
(アルカイザーは懐かしい…)
ヒーローの本質を備えてるよなぁ
ミサカもだけどこの世界での周りの人たちも大切にしたいってのが実に良い
三人の少女マスターたちの絡みや思いの交錯が眩しいだけに、見え隠れする不穏な影が恐ろしくなります
-
感想ありがとうございます
少し投下する前に修正し忘れていた部分がありましたのでwiki収録の際に修正させていただきます
>>391
だが、この戦いは復讐のためではなく正義のための復讐なのだ。
↓
だが、この戦いは復讐のためではなく正義のための戦いなのだ。
>>393
そして目の前に現れたのは、運悪く生前で面識のないクラスメートだった。
いずれも生前の2-Aにはいない、けれどもキワモノ揃いの2-Aに在籍していてもおかしくない3人だ。
↓
そして目の前に現れたのは、運悪く生前で面識のないクラスメートだった。
-
どう?
ttp://wb2.biz/g4m
-
ttp://xxx-ch.com/
小学生をナンパする人妻
-
延長します。
-
投下乙です。
各々、女子中学生それぞれの思う所があり、交錯していますね。
いつも通りでありながらも、非日常が徐々に侵食されていくのを今はまだ見て見ぬふりができますが、はたして。
タイトルにもありますが、どこかガランドウなものがある彼女達がしっかりと中身を埋められるかが鍵ですね。
ほとんどがまだ可能性を残している中、アスナ達だけはもう崖っぷちなんですよねぇ。
そういえば、紗南ちゃんは今回のイベントで上位であり、可愛らしい姿が見れるので参加できる方は参加しましょう。
投下します。
-
知らない天井だ。
あれからどれだけ時間が経ったのだろう。
複数のサーヴァントが入り混じった戦いの後、ギーは気絶した。
身体の傷は現象数式で修復したとはいえ、短時間で魔力を使い過ぎた。
倦怠感は今も少し残っており、万全とはいい難い。
再びポルシオンを呼ぶには幾分かのインターバルを必要とするだろう。
「ここは、どこだ?」
意識を取り戻したギーは、横たわっていたベッドからゆっくりと体を起こし、自分の体がまだ霧散していないことに安堵する。
そして、現状把握として、部屋をぐるりと見回しては見るものの、何の変哲もないワンルームでしかない。
もっとも、自分がいたインガノックと比べると、このような部屋でもさぞや豪勢と言われるのだろう。
食べる物すら満足になく、弱き者に権利がない異形都市。
それが、インガノックだ。
この冬木の都市とにいると、真逆である彼処が地獄に感じてしまう。
特に、劣悪な環境である下層に住まう人々にとって、此処は楽園のようなものだ。
淀んだ眼で底を這いずり回らなくても、生きていける。
愛する者達が、純粋に他者のことを想える。
ただそれだけのことが、ギーにとっては何よりの幸せを感じた。
無為に子供達が涙せず、夢を見ること無く一生を終える世界ではない。
それが、どれだけ貴重で、ありがたいことか。
「僕は――」
「目が覚めたようだな。調子はどうだ?」
「君は、確か……ワイルドタイガーだったか」
「おう、覚えてくれて何よりだぜ」
過去へと思いを馳せていると、いつの間にかにそれなりに時間が経っていたらしい。
接近する気配に気づかぬ程、疲労は溜まっているようだ。
視線を横に向けると、ドアを開け、ひらひらと手を振りながら駆け寄ってくる男の姿が見える。
ワイルドタイガー、ヒーローのサーヴァント――鏑木・T・虎徹が其処にいた。
ギーは一瞬だけ顔を強張らせるもすぐに軟化させ、態勢も楽にする。
-
「改めて、助けてもらって感謝するよ。僕一人では切り抜けられなかった」
「んなことはねぇさ。こっちこそ、うちのマスターを助けてくれてありがとな。
そもそも、嬢ちゃん達を助けたのはお前だぜ? 俺の方が感謝したいくらいだ」
「なら、気絶した僕達を助けてくれたのは君達だ。その謝礼を一方的に受け取るつもりはないよ」
「そっか。ま、お互い積もる話もあるし、下でゆっくり話そうや。
俺のマスターもアンタとは話したがってるしな」
危害を加えるつもりならとっくに行っている。
自分達も人のことは言えないが、加蓮達主従は相当にお人好しらしい。
ここまで、丁重にもてなしてくれたことに感謝を覚えつつ、ギーは立ち上がる。
丁寧な礼に、からからと笑いながら翻す虎徹に、ギーはおっかなびっくりではあるが付いて行く。
出会って間もない自分に背後をあっさりと取らせる辺り、このサーヴァントのお人好しは筋金入りだ。
「ところで、僕のマスターは」
「まだ寝ているぜ。会いに行くか?」
「いや、無事ならいい。あんな戦闘に巻き込んでしまったんだ、今はゆっくりさせておきたい」
「了解。起きたら、事情をちゃんと説明しねぇとなぁ」
廊下に出て、階段を降りる。
大体は察していたことだが、この家は虎徹のマスターである北条加蓮の自宅らしい。
虎徹が気を楽にしているのが良い証拠だ。
そして、居間に出ると、ソファにだらりと座っているマスターである北条加蓮が此方に顔を向けてくる。
その表情はどこか儚げで、危うい。
一見だけではわからないが、彼女もまた内面に深い懊悩を抱えているのだろう。
聖杯戦争に参加する、ということは願いを持っていることだ。
誰だって叶えたい願いがあるから、此処にいる。
「さっきぶり、だね。キャスターさん」
北条加蓮。気怠げで、何処かインガノックにいた人々を想起させる少女。
彼女は言った。戦いなんてやめて協力しよう、と。
だが、その言葉に反して態度からはどうも熱が見られない。
まるで、流されるがままに。本当の自分を隠して斜に構えているようだ、とギーは感じる。
それは、あの都市で見たどうしようもない現実を前に諦めてしまった人々にもあった感情だ。
右手を伸ばすことを諦めていった。視界の端で踊る道化師から目を逸らしていった。記憶に蓋をして、忘却していった。
人は弱い。弱いからこそ、願いに目をくらませる。
-
「へぇ、あんなに大怪我だったのにすぐ治っちゃうんだ」
「そういうことができる身体でね。まあ、僕のことはいいだろう。
君達が求めていることは大体わかる。
情報の共有、あの時、あの場所で何があったか。だから、僕をここに連れてきた」
誰もが生きたがっている。この閉塞した箱庭の中でも、無様にみっともなく。
だから、手を取り合って不安を抑えこもうとする。
それは自分達にも当てはまることだった。
「話が早い。一応、マスターからも聞いてはいるが、改めてって感じさ。
どうしても話したくないってことは別に話さなくてもいいが、どうだ?」
お決まりの言葉。歩み寄りの一歩。
寄り添い、手を伸ばし合う。
このように、言葉を交わすことで、相互理解を図る。
「いや、話すよ。君達には随分と助けられたからね」
とはいっても、先程の戦闘については加蓮が殆ど話したはずだ、後は少々の補足を付け加えてしまえばいい。
そして、重点的に話すことと言えば、マスターについてということになってしまう。
ギーのマスター、八神はやてが抱えている事情。
足が不自由ながらも健気に生きる少女。
未だ、聖杯戦争という事実を受け入れられず殻に閉じこもる彼女に、ギーは家族の偽物として振る舞うことしかできない。
「そっか……苦労、してんだな」
家族。
その二文字にどれだけの意味が込められていて、はやてがどれだけ執着しているのか。
同じく家庭を持っていた虎徹にはよく伝わったのか、しきりにうなずきを見せてくる。
「ま、俺達にできることがあれば言ってくれや。マスター、どうだ?」
「……私にわざわざ聞かなくても、どうせ救けちゃう癖に。
正義のヒーローは泣いてる子供を見捨てられるか、涙を拭わず立ち去ることができるか。
そんな問いを投げられても、私に返せる言葉は一つしかないよ」
ギーは知る由もないが、鏑木・T・虎徹はヒーローだ。夢を司る子供達の憧れである。
だから、子供に対しては人一倍優しいし、子供達の笑顔を奪う要因には容赦をしない。
ギーと彼は何かを救う為に奔走するという点ではすごく似ている。
-
「どうぞご勝手に。そもそも、タイガーが子供を見捨てるなんて無理でしょ?
そんな器用なことができる人なら、私はとっくに……」
――見捨てられている。
故に、真っ直ぐな強さを持っている彼らは少女の異変に気づかない。
「シャワー、浴びてくる。着替えたはいいけど、血の匂いが身体に染み付いちゃってるし」
加蓮は立ち上がり、そのまま歩こうとするがふらりと態勢が崩れ、倒れてしまう。
虎徹が血相を変えて駆け寄ってくるが、振り向きもせずに立ち上がる。
当然、ギーは見逃さなかった。
よくよく見ると、彼女の顔色はあまりよくなく、巡回医の立場からして見ても、見過ごせないものだ。
「別に、大したことじゃないよ」
「何言ってんだ! あぁ、畜生……ッ! 俺の見通しが甘過ぎた!」
「……焦らなくていいよ。いつものことだから。私の身体は元々丈夫じゃないって知ってるでしょ?」
「知ってるからこそ、労らなきゃいけねぇんだよ! 畜生、医者に連れてくべきか……!?」
「争い中の所申し訳ないんだけど、いいかな?」
だから、ギーが加蓮を見ていられなかったのはきっと、あの都市を想起させるからだろう。
怪訝な目で見返してくる彼女にギーは穏やかな微笑みを浮かべ、問いかける。
「どうやら、君の悩みは、僕の領分らしい。簡潔に言うと、君の身体を治療することが僕にはできると思う。
僕は医者だ。名医という訳ではないから、強くは言えないけど」
「へぇ、そんなボロ布を纏った医者なんて、胡散臭いったらありゃしないっていう感じかな」
「確かに。会ってすぐのサーヴァントなんて信用に値しないのは道理だ。
けれど、君の身体はサーヴァントの維持、宝具の開放で体調を崩すといった貧弱さが弱点だ。
今はいいけれど、この先を生き残るには憂いは断っておいた方がいい」
加蓮の拒絶を前にしても、やはり、ギーは右手を伸ばす。
それはいずれは敵になるかもしれないマスターであっても、だ。
医者としての使命か、それともインガノックの残滓か。
-
「これでも生前は医者――巡回医だったからね」
自分は本当は何を救いたかったのか。
何故かは知らないが、靄がかかったかのように、彼の頭には欠落が見られるのだ。
精神汚染というバッドスキルの影響か、ギーの視界には――道化師の姿が映っている。
きっと、その道化師が自分の総てを握っているのだろう。
「それに、僕達を助けてもらったお礼をしたいからね」
わかるのは、救うことが自分の意義であると身体が覚えているだけだ。
道化師など、聖杯戦争など、関係なく、彼は右手を伸ばす。
北条加蓮に対しても、そのスタンスは変わらない。
「………………ごめん、いじわるが過ぎたね。
まぁ、アンタはさっきの戦いで私を助けてくれたんだし、信じるよ」
数秒の沈黙の後に加蓮の表情は少しだけ和らぎ、伸ばされた右手をぎゅっと握り返す。
いつだって、どんな場所であっても――ギーの本領は戦う者ではなく救う者だ。
だから、だから。
――――こんにちは、ギー。
視界の端で踊る『■■■=■■■』には屈しない。
――――忘れてしまった誰かを重ねるのはやめた方がいいよ?
彼の奥底で眠る記憶を呼び覚ますには、未だ長い時間が必要だろう。
■
-
熱い。頭上から降り注ぐシャワー以上に、今の自分は火照っている。
ギーによる治療から数分後、北条加蓮は戦闘で浴びた血の匂いを洗いさるべく、シャワー室に篭っていた。
本来なら帰って直ぐといきたかったが、はやて達がいつ目覚めるかもわからないのに呑々と入る訳にはいかないと配慮した結果だ。
現在も、居間ではギーと虎徹が侃々諤々と互いの情報を交換しているだろう。
何故だか、その輪に混じりたくなかったのは自分だけ劣っていることが明確になるからなのか。
それとも、余分な重りがなくなった身体の自由を味わいたいからなのか。
「……情けな」
どうせ、この身体は治らない。
幼い時から付き合ってきたもの故に、同世代の人達より脆いことなどとっくに自覚している。
そもそも、もしもの話、北条加蓮の身体が健康体ならば、こんな聖杯戦争に参加することなどまずありえなかった。
真っ当に前に進み、夢を追いかける未来だってあったかもしれない。
いっそのこと、最初から無理だとわかるぐらいに病弱であればわかりやすかったのに。
夢を諦めるのも、俯瞰的になれたのに。
湧き出る諦観と絶望はいつもと同じく、加蓮の中で蟠りを見せている。
「なんで、こんなに簡単に、治っちゃうのよ」
小さな頃から何度も懊悩し、一生このままだと諦めていた身体が治った。
あっけない。言葉にしてみると、それしか浮かばない。
キャスターの医術は確かなものだった。
彼の操る現象数式という光は長年の悩みを数秒で消し去ってしまった。
身体に纏わりついていた倦怠感はもう何処にも残っていないし、運動をしてもすぐに動悸と目眩が起こらない。
あれだけ憎み、夢を諦めるまでに自分の人生に影響を与えたものがものの数分で無くなってしまった。
それは、加蓮にとって喜ばしいことだ。聖杯に頼らず、願いが叶う。
-
けれど、心の奥底に眠る炎はまだ――消えていない。
文句なしのハッピーエンドを迎えたはずが、自分の中にある焦燥感はますます膨れ上がる一方だ。
このままでいいのか。もっと、高みへ。もっと、広く。
自分の中にある欲望はこれで全て消化されきったのか。
湧き出る疑問はいつしか、加蓮の頭の中で充満し、今にも暴発しそうだ。
――こんにちは、カレン。
「……ッ!」
視界の端で道化師が踊っている。
見ているだけで気が狂いそうなその姿は加蓮の表情を曇らせるには十分だった。
――また、諦めるのかい?
「……だまって」
――きみは、いつだって、諦めている。
「ええ、その通りよ! 私は、諦めた! その為に逃げて、逃げて! こんな所にまで来ちゃった!」
この道化師と相対しているだけで、自分の中にある淀みが浮き上がってくる。
彼は全てを見ている。自分が歩んだ結末を、知っている。
嘲笑い、褒め称え、問いかけるのだ。
それが、その願いが、叶えるに足るものなのか。
道化師はいつだって、舞台の端で見守っている。
「やめてよ、もうこれ以上――ッ! 希望を見せないで! 私、信じたくなっちゃう……! 諦めたくなくなっちゃう!」
加蓮の抱く願いが本当に欲しがっている世界なのか。
彼女の奥底にある夢は、誰かを蹴落としてでも叶えるべきものではないのか。
正義なんて倫理観、捨ててしまおう。嗚呼、此処は戦場であり自分以外は総て切り捨てて進むのが最適解である。
内なる悪意が加蓮を徐々に蝕み、何度も、何度も、囁いてくる。
-
――アイドルをやり直したいと、願わないのかい?
そう、このように。
彼女は道化師の言葉に安々と惑わされる。
――夢をやり直したいと、思わないのかい?
今の北条加蓮を表すなら、中途半端だ。今の自分は何者にもなれず、ただぼんやりと生きているだけである。
故に、一度転がり落ちてしまえば後は容易い。
願いの底まで、彼女は身を委ねるだろう。
どんな手を使ってでも、どんな信頼を受けようとも。
夢の為に、総てをやり直す。
「やり直したいに決まってるじゃない、戻りたいに決まってるじゃない」
結局、加蓮にとって聖杯戦争は逃げでしかなかった。
聖杯で願いを叶えるなんて自分からは程遠く、縁が浅い。
彼らのように強く在れず、子供のように無邪気にもなれない自分の居場所など、何処にもない。
逃げ道に選んだ聖杯戦争も行き止まりで、加蓮は戻る他なかった。
この病弱な身体のまま、夢破れた現実へと。
「でも、それは……タイガー達を裏切ることになる! できない、できる訳がない!」
けれど、皮肉にもこの病弱な身体は治り、夢を追えるスタートラインへと立つことができた。
後は、彼らを裏切り、聖杯戦争を勝ち抜けるサーヴァントと契約したら――。
「そんなことをしたら、もう戻れない! 人殺しのアイドルなんて、誰も魅了できない!」
虎徹も、ギーも、自分とは釣り合わない。
加蓮には、彼らの在り方が酷く眩しくて見ていられなかった。
輝く英雄の証。不屈の意志をその胸に。困っている人達に救いの手を伸ばすヒーロー達。
何がヒーローだ、下らないと言えたらどんなに良かったことか。
たったそれだけで、加蓮の心にのしかかる重りは全て砕け散るというのに。
「けれど、やり直したいよ、帰りたいよ……っ! ねぇ、私はどうしたらいいのよ、答えてよ!!!」
道化師は嗤うだけで、何も答えてくれない。
こんな時、奈緒がいてくれたらいいのに。
人に頼りっぱなしの自分が、嫌になった。
-
【C-5/北条加蓮の家/一日目 午後】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]気絶、軽度の擦過傷、軽度の恐慌状態、宝具使用による魔力消費、下半身不随(元から)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごす。
0.……
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
北条加蓮、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)を確認しました。
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.虎徹と今後について話し合う。
2.脱出が不可能な場合ははやてを優勝させることも考える(今は保留の状態)。
3.例え、敵になるとしても――医師としての本分は全うする。
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、黒髪の少女(瑞鶴)、ワイルドタイガー(虎徹)を確認しました。
ヴェールヌイ、瑞鶴を解析の現象数式で見通しました。どの程度の情報を取得したかは後続の書き手に任せます。
【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]すっぽんぽん
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:――やり直したい。
1.自分の願いは人を殺してまで叶えるべきものなのか。
2.タイガー、ギーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.聖杯を取れば、やり直せるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
ヴェールヌイ及び瑞鶴は遠すぎて見えてません。
ギーの現象数式によって身体は健康体そのものになりました。
血塗れの私服は自室に隠しています。
【ヒーロー(鏑木・T・虎徹)@劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-】
[状態]健康
[装備]私服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの安全が第一。
0.ギーと話し合う。
1.加蓮を護る。
2.何とか信頼を勝ち取りたいが……。
3.他の参加者を探す。「脚が不自由と思われる人物」ってのは、この子だったか。
[備考]
C-5の住宅街の一角が爆撃され破壊されています。所々小規模の火災が発生しています。死傷したNPCの人数やそれに対するペナルティなどは後続の書き手に任せます。
-
投下終了です。
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>夢現ガランドウ
ネギ先生の死がさっそく影を落としてる…鈴音とアスナのこれからが気がかりだ。
レプリカというサーヴァントの在り様、『彼』の出現の示唆、14号の独白がなんとも切ない。
ゾルダートと共に暮らす御坂妹の意思は通せるのだろうか。
光ちゃんを交えた三人の日常風景が平和だからこそ、聖杯戦争の不穏さが浮きたちます。
>設問/誰かの記憶
うーむ、加蓮はどんどん自分で自分を追いつめてますね…
状況としてはひと段落、ギー先生とおじさんの交流も行われて小休止回のはずなのに、泥に嵌り込んで行くような加蓮のモノローグのせいでぜんぜん安心できないぞ。
ワイルドタイガーが誰かを見捨てられるようならとっくに自分が捨てられている、ってのは……
-
皆様投下乙です
>夢現ガランドウ
それぞれのキャラクターを個別に掘り下げつつ交錯させていく、お見事です。
まだ聖杯戦争も序盤で(見かけ上は)平和が続いているからこその日常の情景ですが、彼女たちが本格的に戦いに参戦すればいったいどうなっていくのか……いずれ出すであろう彼女たちの答えに期待です
そしてゾルダートたちも抱える矛盾を描写した上で若干の変化が現れつつあり、期待半分不安半分といったところでしょうか。
超も即座に起きた事態に気付くところは流石の一言。キャスターであり天才でもある彼女は洞察力が高く、明日菜のフォローにも期待ができそうです。
>設問/誰かの記憶
大乱闘から一転、ひとまず落ち着いた彼らですが、やはり加蓮の心境が暗い。
ギーと虎徹はおっさん特有の落ち着きで安心できますが、マスターのほうはそうもいかない。
現象数式で体を治すことはできても、出会ったばかりの夢を諦めた思春期少女のメンタルケアまではできないのが歯痒い
相変わらず煽っていく道化師の幻の厭らしさも健在で、不安感が掻き立てられる小休止回でした。
長谷川千雨、ライダー(パンタローネ)を予約します。
-
いいね!
goo.gl/C3Arda
↑
めっちゃいいよ
-
予約分を投下します
-
けれど、少なくとも千雨が記憶している限りでは。
心の底から笑っている人間など、そこには誰一人として存在しなかった。
涙を流す者、涙が枯れ果てた者、悲壮な顔をしている者、何かを決意し覚悟を決めた者、特に動じていないように見える者。
浮かべる表情は様々あったが、しかし共通点が一つだけ。
そこにいる誰もが、たった一人の喪失に何かを思い、しかし懸命に前を向こうとしていた。
……そして。
果たして自分―――長谷川千雨は、その時どんな顔をしていたのだったか。
分からない。分からない。
記憶は最早忘却の彼方にあり、再度激した想いを抱くには今の自分は歳を重ねすぎた。
それはもう戻らない過去の亡霊でしかなくて、どんなに悔みやり直したいと願っても手が届くことはない。
全ては―――神楽坂明日菜が人柱として消えた瞬間に終わってしまったのだ。
これは過去の記憶。失ってしまった、守ることのできなかった想いの断片。
過去を失い、大切なはずだった"現在"すらも奪われた、長谷川千雨の後悔の証。
ふと、目の前に何かが浮かぶ。
それは、バカなあいつと、3-Aのこれまたバカな連中の顔。
―――ああ、それは。
―――もう見ることの叶わない、綺麗な笑顔をしていて。
▼ ▼ ▼
『こんにちは、チサメ』
『おやすみ。そして』
『目覚める時間だ』
▼ ▼ ▼
-
「……今、何時だ?」
泥の中から這い出るような感触と共に、千雨は眠りから目を覚ました。
乱雑にシートの敷かれたベッドはお世辞にも寝心地がいいとは言えず、全身に倦怠感が圧し掛かる。
凝り固まった関節を鳴らしながら時計を確認すれば、既に朝とは呼べず、しかし昼でもない微妙な時間帯に突入していた。
常ならば遅刻どころの話ではないが、今の千雨は仮病の真っ最中だ。特に気にするようなものではない。
「少し寝過ごしちまったか」
ぼそり、千雨はそう呟いて、ノートPCの置かれてある机に向かってのそりと立ち上がった。
千雨はこの街に来て以来、ずっとこうした生活を続けている。
起きて、パソコンに向かい、適当に飯を食べて、風呂には碌に入らず、寝る。その繰り返し。
この冬木における生活サイクルが昼夜逆転するのに、そう大して時間はかからなかったと思う。人は不精すると容易く生活のリズムが崩れてしまうのだと、千雨は身を以て理解していた。
「……くそっ、碌な情報が入ってこねえ」
電源のついたディスプレイとにらめっこして暫し、不意にそう吐き捨てると、千雨は椅子の背に身を預け、ぐいっと伸びる。
モラトリアム期間から続けている情報収集は相も変わらず進展を見せない。いや、それらしい情報はあるのだが、どうにも要領を得ないのだ。
深山町で頻発する原因不明の行方不明事件、新都北部で発生した謎の殺人事件、某大手企業や研究所が軍事関連できな臭い動きをしている等々。集まる情報は数あれど、確信に至る最後の一歩が足りていない。
ここにアーティファクトがあったならばと思いもするが、無い物ねだりをしても仕方がないだろうと早々に見切りをつけている。
もしもの話、かの電子妖精たちがいれば、千雨はその気になれば衛星兵器すら容易く手中に収めることもできる電子の怪物となるが、それは今手元になく、自身も既に一線から退いて数年が経っているため、今の千雨は限りなく一般人に近い存在と成り果てている。
だからこその遅々とした進展なのだろうが、と。そう自嘲しかけた時、ふと千雨の目に一つの記事が映りこんだ。
「……深山町で爆発事故?」
すぐさまカーソルを題字に合わせクリックし、詳細の書かれているページを開く。
『本日午前、深山町住宅街で原因不明の爆発事故が発生』
『民家十数棟と火が飛び移った数十棟に被害』
『重軽傷者多数。死者・行方不明者の具体的な数は未だ不明』
『同時刻、現場から数百m離れた地点でも同様の爆発が発生したが、こちらは死者・怪我人は出なかったとのこと』
『近隣住民に避難警告発令』
「随分とまあ、思い切った連中もいるもんだな」
出てきた感想は、まずそれだった。
普通に考えて、これは額面通りの事故などでは決してないだろう。ほぼ間違いなく聖杯戦争参加者の仕業だし、そこに疑う余地はない。
早々に大規模な戦闘を行う者がいたのかと若干呆れてしまうが、しかしそんな不条理がまかり通ってしまうのが聖杯戦争なのだと理解している。
そもそもからして、あの魔法世界でも唐突な理不尽に遭うことは珍しくなかったのだから何の不思議もない。
こうして安穏としている自分だとて、いつ戦いに巻き込まれるか分かったものではないのだ。
ひとまず爆発事故に狙いをつけ、関連したスレを検索してみると、そこに「変な仮装をした集団が救助活動を行っていた」という書き込みをいくつか見つけた。
スレ内ではネタ扱いを受けていたが、一概に与太話と切って捨てることを千雨はしなかった。
-
「変な仮装、ね」
断定こそできないが、恐らくこの書き込みは真実なのだろうと思う。なにせ、サーヴァントが絡んでいると考えると辻褄が合うのだから。
サーヴァントとは過去の英霊を現代に召喚した存在だ。そしてそういった存在は、現代の価値観に照らし合わせると奇矯な格好をしていることが多い。
英雄と聞いて真っ先に思い浮かべる剣と魔法の勇者だって、そのまま街に出れば単なる不審者だ。鎧の騎士、ローブを羽織った魔術師、顔の見えない暗殺者、大きな動物に乗った騎乗兵、それらは現代社会にはそぐわない異物でしかなく、故に衆目に姿を晒せば奇異の目で見られることは明白だ。
自分の召喚したサーヴァントだって滑稽なピエロの恰好なのだ。当たり前の話である。
だからこそ、仮装で救助活動など「そう」としか考えられない。勿論書き込み自体が嘘の可能性だって確かにあるが、疑わしきは全てを疑っていかなければこの先生き残ることはできないだろう。
……あの糞ピエロがここにいれば、すぐにでも深山町まで送り出してやったんだがな。
一人、そう述懐する。ピエロ―――ライダーは自分の貴重な戦力であると同時に、憎むべき怨敵でもある。機会があれば戦わせ、自分の願いのために使い捨て、最後にはどんな手段を使ってでもぶち殺す相手だ。
疑わしき場所には率先して送り込み、せいぜい派手に戦って傷ついてくれればいいと、そんな黒い気持ちが沸々と湧き上がってくる。
ああ、全く。
「どこをほっつき歩いてんだよ、ライダーの野郎」
「呼んだかね、我が主よ」
けたたましい音を立てて、千雨は椅子から転げ落ちた。
いっそ滑稽なほどに体を硬直させ、しかし過剰なまでに痙攣した結果がこれだ。無意識の隙をつかれたことを差し引いてもこれほどの動揺を浮かべてしまうのは、やはり相手が恐怖の対象だからだろう。声を上げなかっただけでも僥倖だったと感じる。
そう、恐怖。たった今千雨に声をかけてきた相手は、千雨の恐怖の対象にして憎悪を向ける畜生でもある。
老爺のピエロ……彼女がライダーと呼ぶ、彼女のサーヴァントだ。
「……何をしているのだ、人間」
呆れと侮蔑の視線をよこすライダーに、千雨は慌てて立ち上がった。
せめてこいつの前では、自分の弱みは見せたくない。それが虚勢であることは重々自覚しているが、それでも譲れないものがあるのだ。
「うっせえよ、放っとけ。
で、帰ってきたってことは何かしら成果は挙げたんだろうな」
姿勢を正し、ライダーを睨みながら千雨は問いかける。
見れば、ライダーの体はところどころが傷だらけで損傷が激しく、そもそも左腕が喪失した状態だった。
さぞかし激しい戦いを繰り広げてきたのだろう。全身を襲う倦怠感も、寝起きなことだけでなくライダーの戦闘による魔力消費が関係しているのだと当たりをつける。
「嫌にせっかちだな。貴様らは常々鈍い生き物だというのに、他者には速度を要求するから性質が悪い」
「与太話はいいからさっさと何があったか言いやがれ」
「融通の利かぬ人間だ」
そしてライダーはつらつらと、明け方から今までに起こったことを羅列していった。
群体型のサーヴァントとの戦闘、その後学園まで行き触手を操るサーヴァントと戦闘。ランサーと思しきそのサーヴァントのマスターを殺害し、戦利品を奪ってきた。
要約するとその程度の内容だったが、ライダーは事あるごとに大仰な装飾を施した言葉で語るため、全部聞き出すまでに若干の時間を要した。
せっかちだなんだと言う前に、その語り部の成り損ないのような口調を止めて欲しいものだと思うが、流石にそれは口には出さない。
そうして、千雨はライダーに次のようなことを問うた。
「戦利品ね。まあどうせ碌なもんじゃねえとは思うが、一応見せてみろよ」
-
「よかろう。この木切れよ、受け取るがいい」
ぽい、と。ライダーはゴミでも投げ捨てるかのような気軽さで、"それ"を千雨の前に放った。
木切れというライダーの言葉は正しく、血に濡れたそれは木製の細長い棒で、何に使うかもよくわからない奇妙な形をしていた。
だが、だがしかし。
それは、千雨の記憶が正しいのならば―――
「――――――え?」
知らず声が漏れる。すぅ、と視界が黒く染まり、思考が瞬時に鈍麻する。
頭蓋の中点に意識が吸い込まれていくようだ。そんなどうでもいいことでも思考しないと、目の前の現実にどうにかなってしまいそうになる。
いやおかしいだろ、なんでこれがここにあるんだ。ふざけてんのか。
だって、だってこれは。
これは―――
「ネギ……先生、の……」
いつも背に抱えていた杖。魔法を使う触媒で、彼の父親が使っていたという杖。
それは、ネギ・スプリングフィールドの杖。
どうしようもなく子供で。
どこまでも真っ直ぐで。
勝手に使命を背負ってどこかに行ってしまった。
これは、そんな人が持っていたものに違いなくて。
ああつまり。
ライダーが殺したマスターとは、すなわちネギ・スプリングフィールドなのだろうと。
どうしようもなく、千雨は理性でそれを理解した。
「…………っ!?」
力が抜け、膝から崩れ落ちた。
ライダーの前だとか、そんなことはどうでもよかった。
ただただ信じられなくて。
目の前のそれを、ぎゅっと握りしめた。
……暖かみなど、どこにもなかった。
血に汚れた杖は、どこまでも冷たかった。
「……分からぬな。今の貴様が抱いている感情は笑いとは程遠い。
やはり、人間のやることは理解できぬ」
顰めた顔で吐き捨てるように、ライダーはそれだけを言うとさっさと霊体化して消え失せた。
けれど千雨はそんなことには目も向けず、呆けたように座り込んだまま動かない。
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―――また、私は間違えたのか。
甘く見ていたと痛感したはずだった。
人の命を奪うことの重さを。
聖杯戦争というものの過酷さを。
非日常に巻き込まれようと、今まで友人の死など見たことがなかったから。
だから、それを目の当りにして、甘さは捨てようと考えた。
じゃあ、これは?
あいつらは、私のせいで死んだ。私の間抜けが殺した。
二度と繰り返さないと誓ったはずだ。なのに、なのに。
―――私のせいで、また大切な人が死んだ……?
やり直したい人々を失って、やり直しを望んで。
その結果が、この繰り返し。
自分の知っている誰かが死ぬと、こんな気持ちになるなんて。
もう二度と、思い知りたくはなかったはずなのに。
「は、はは……なんだよこれ……」
涙は出てこなかった。代わりに、渇いた笑いが漏れ出る。
何もかもがどうでもよかった。今すぐ全部放り投げて眠ってしまいたかった。
板張りの床に崩れるように寝そべって、虚ろに天井を見つめる。体に力が入らない。何もできない、する気もない。
……結局のところ、今までライダーを相手に虚勢を張れていたのは、ある種の心の拠り処があったからなのだと思う。
ライダーは強い。自分はおろか、高畑先生という化け物でも敵わなかった正真正銘の怪物。けれど、サーヴァントという存在に比肩する連中を、千雨は知っていた。
それはエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルや、フェイト・アーウェルンクスや、ジャック・ラカンといった面々。
そして他ならぬ、ネギ・スプリングフィールド。
きっと、心のどこかで思っていたのだろう。ライダーは強い。ライダーは怖い。けれどあの人たちほどじゃない。実際に両者が戦えば、エヴァが、フェイトが、ラカンが、ネギが勝ってくれるのだと、そう信じたかったのだ。
……現実は、こうだったけど。
無意識に頼っていた幻想まで、早々に失くしてしまったけど。
(そういや……なんか神楽坂のヤツにべったりだったしな、先生)
-
思い返してみれば、この街におけるネギはどこか明日菜に依存している節があった。
魔法先生じゃなく単なる子供先生として再現されたNPCならそんなこともあるだろうと、特に気にも留めていなかったけど。
ちょっと考えてみれば、それは失った誰かに執着する落伍者のようにも見える。
そもそも、少し考えてみれば分かることではないか。明日菜がいなくなって一番悲しんだのは誰だ? 一番悔やんでいたのは? 自分に力が足りなかったからと、爪が肉に食い込むほど拳を握りしめて慟哭したのは一体誰だった?
どうしようもなく弾けて溢れそうな想いを、それでも歯を食いしばって抑え込み、気丈に振舞っていたのは誰であったか。
そんなもの、近くで見てきた自分がよく知っている。
所詮この世は紙風船―――何を寝ぼけたことを言う。
自分以外に目を向けず、他者を勝手に偽物扱いしていただけではないか。
都合のいい幻想など見はしないと嘯いて、その実自分で作り出した幻想に逃げ込んでいた愚か者。
それが長谷川千雨という、どうしようもない現実であった。
「馬鹿だよ先生……やり直しを願ったって、それで死んだらお終いじゃねえか」
けど、バカみたく同じことを繰り返す自分よりはマシなのかもしれないな、などと。掠れた声でそう言った。
ああきっと、ネギは明日菜が人身御供になる結末をやり直したかったのだろう。本当に、思い込んだらどこまでも真っ直ぐで、先生らしいと、そう思う。
不思議と悲しみはなかった。怒りも、憎しみも、激しい感情は全く湧いてこない。
代わりにあるのは虚無感だった。やる気が根こそぎ吸い取られるような、頭が重くて鈍くて現実感がない、そんな状態。
この先のことなんて何も考えたくなかった。直視すれば、どうにかなってしまいそうだったから。
そのまま1時間、2時間と身動き一つ取らぬまま無為に時間を過ごし……ぴくり、と。千雨の体が動いた。
生気の失われた目は焦点が合わず、しかしある種の意思を強く感じられた。
「……そう、だな」
のっそりと立ち上がり、随分と長い間着替えてなかった部屋着から外出用の服に着替え、杖を片手にドアを開ける。
真上に昇った太陽の光が目に突き刺さる。熱気が容赦なく肌に染み渡り、引きこもりの身にはつらいものがあったけど。
それでも、確かめねばならないだろう。他ならぬ自分の目で。
「おい、ライダー」
「なんだね」
呼べば、すぐ傍からパントマイムをするライダーが姿を現す。
相も変らぬ滑稽さに笑いすら出てこない。千雨は、酷く淡々とした口調で告げた。
「お前が殺したマスターと戦った場所まで案内しろ。自分の目で見なきゃ信用できねえ」
「……ふむ、そうかね。
まあよかろう。ワシも身を休める間は存外に暇なのでな」
嘲笑うピエロを無視し、千雨はただ前のみを見据えて歩き出す。
何もやりたくないし、考えたくもないけれど。それでも、何かをしなきゃ胸に空いた喪失感に吸い込まれそうになるから。
ひとまず自分にできる現実逃避をやってみよう。目的地までは遠ければ遠いほどいい。その分、目的のために思考を消費できる。
だからどうか、神さまお願いします。圧し掛かる空虚な想い諸共に、見たくない現実を全部全部消してください。
千雨は歩き出す。自分でもとうに結果の見えている逃避のために、歩みは遅々としたまま。
心に浮かぶものなど、何もない。
-
――――――――――――――――。
『こんにちは、チサメ』
『きみは、既に諦めているはずだ』
『それ故に』
『それ故に、きみは奇跡へ手を伸ばす』
――――――――――――――――。
視界の端で道化師が踊っている。
左右どちらにも存在する。それは、どこまでも千雨の感情を揺り動かして止まらない。
黙れ、と心の中で一言。それだけで、片側の道化師は嘲笑を残して消え去った。
どうしようもなく、何の意味もないやり取りでしかなかった。
陽の光が輝く田んぼ道を、千雨はゆっくり下って行く。
ゆっくり、ゆっくり、下って行く。
【D-6/田んぼ道/一日目 午前(正午直前)】
【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]精神的ショック、軽度の忘我状態、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ネギの杖(血まみれ)
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
0.何も考えない。考えたくない。
1.ライダーが戦闘した場所まで行き、真偽を確かめる。仮に、そう万が一、ライダーがネギを殺したならば……
2.ライダーに対する極度の憎悪と不信感。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
C-5の爆発についてある程度の情報を入手しました。「仮装して救助活動を行った存在」をサーヴァントかそれに類する存在であると認識しています。他にも得た情報があるかもしれません。そこらへんの詳細は後続の書き手に任せます。
【ライダー(パンタローネ)@からくりサーカス】
[状態]左腕喪失、全身ダメージ(中)、魔力消費(大)、霊体化
[装備]深緑の手
[道具]フランシーヌ様より賜った服(最優先で直したのでそれなりに綺麗)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得しフランシーヌ様に笑顔を
1.千雨のことは当面の主として守ってやる。しかしこの有り様はなんだね?
2.ひとまず回復に務める。
3.群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)に対する激しい怒り
[備考]
D-6の畦道に結構甚大な破壊痕が刻まれました。激しい発光もあったので同エリアに誰かいたなら普通に視認されたかもしれません。
C-2の森で轟音が響きました。朝早く登校している生徒は間違いなく気づきます。
敵サーヴァント(加藤鳴海)を確認しました。
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投下を終了します
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投下乙です
うわあ、知ってしまったか千雨…語りかけるだけのグリム・グリムがすごい邪悪だ…
あの人たちならって思いが砕かれる辛さ、そしてまず底知れない虚無感という辺りが生々しい
英霊の格好についての言及なども面白かったです
なんとか最後の可能性にすがろうとしてるけど、自らの目で確認して向き合わざるを得なくなった時どうするのか…
パンタローネ様は何というかブレなさすぎて逆に安心してきた
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グリム・グリム、今のところ語りかけてるだけなのにどんどん参加者たちの闇が濃くなって行ってるのがこの聖杯らしい。
千雨が同じ参加者であるネギ先生の死に触れてしまうのは、わかってはいたけど、辛いなあ…。心の中の大切な一つの偶像を破壊されたようなもんじゃないか。それをもたらしたのが自分のサーヴァントってのが悲劇だ。とうの役者は彼の偶像から賜った服の事とかの方が大事なんでしょうけど…パンタさんは真夜中のサーカスの自動人形としての相容れなさ、恐ろしさを保ってるのが素晴らしいですね。このままいい意味でのハズレ鯖っぷりを貫いてほしいものです。ぜひぜひ(ゾナハ並感)
投下乙でした!
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投下乙です。
知ってしまったからには、動いてしまったからにはもう戻れませんね。
千雨の願いにも関わっているネギが死ぬのも彼女にとっては大きなことであり。
諦めて斜に構えながらも何だかんだで見過ごせない性質もあってか、ダメージはでかいですね。
グリムグリムによる諦めているからこそ、奇跡に手を伸ばすという表現がぴったりとしか。
パンタローネは本当にブレないなあ。清々しいまでに相容れられないなあ。
霧嶋董香&アーチャー(ヴェールヌイ)
スタン&アーチャー(瑞鶴)
千鳥チコ&アーチャー(今川ヨシモト)
南条光&ライダー(ニコラ・テスラ)
長谷川千雨&ライダー(パンタローネ)
神楽坂明日菜&キャスター(超鈴音)
竜ヶ峰帝人&アサシン(クレア・スタンフィールド)
音無結弦&アサシン(あやめ)
本田未央&しろがね(加藤鳴海)
前川みく&ルーザー(球磨川禊)
御坂妹&レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)
を予約します。
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期限内に書き終わりそうにないので延長します。
そういえば、本日ロワ語りがあるというのに
延長だけの書き込みというのも何なので
キリの良い所まで一旦投下します。
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――――これは、罰なのだろう。
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『あらら、早くも戦闘を始めちゃった主従がいるみたいだねぇ』
(……どうして)
『そりゃあ僕達は聖杯を取る為に戦争をしているんだ、当たり前じゃないか』
スタンと別れ、廊下を歩いていたみく達の耳には確かに耳をつんざくような轟音が聞こえてきた。
何も知らない者でも違和感を感じさせる音だ、聖杯戦争を知っている者が聞いたら一発でわかる。
みく達の預かり知らぬ所で誰かが暴れている。
それも、こんな目立つ所では誰も襲ってこないだろうと高をくくっていた学校の近くでだ。
いきなりの戦闘。安全地帯への侵食。
未だ覚悟が定まっていないみくにとって、恐怖以外の何物でもない。
何故、そうも簡単に人を傷つけることができるのか。
願いを叶える為とはいえ、こんなのは間違っている。
『いいかい? 此処にいる主従は誰もが願いを叶えなくちゃって躍起になってる人達ばかりだ。
言い換えると、皆追い詰められているんだよ。聖杯っていう奇跡に縋りたくなるぐらいに』
(だから、人を殺してもいいっていうの?)
『そうしないと、死ぬからねぇ。殺すか、死ぬか。二択しかこの世界には残っていない。
そもそもの話、この世界は一週間しか保たないんだぜ? 迷う時間すら惜しいってのに、みくにゃちゃんはうだうだと。
前にも言ったよね? 手を汚せもしない奴がこの世界では真っ先に堕ちていくんだ。
今更、君に失うものなんてない。負け猫のまま死ぬなんて本意じゃないって顔に書いてあるよ。
それでも、悩んで決断できないんだったら仕方がないさ。不服だけど、僕の過負荷でその罪悪感を――』
(やめてよ! みくはそんなの、望んでない!)
『――冗談さ。僕の大切なマスターに酷いことはしないよ。何て言ったって僕達は仲良しだからね。
そもそも、数分しか効かない代物を使っても、ねぇ……?』
(役立たず!)
『おいおいそんな冷たい言葉で迫られちゃあ、困っちゃうな。僕は泣き虫なんだ、ぴーぴーとみっともなく泣いちゃうよ』
だって、人殺しはいけないことだから。
聖杯を手に入れ、生きて帰る過程で必要なことだとしても。
それは決して犯してはならない行為だ。
-
『ねぇ、みくにゃちゃん。君はそんなにも無関係に生まれて、無意味に生きて、無価値に死にたいのかい?
倫理観というちっぽけなものと共倒れ。それこそ、君の望む結末ではないと僕は思うな。
いつまでもそうやって“前川さん”を気取ってるなよ、戯れている時間はもうとっくに終わっているんだ。
それとも、君の願いは見ず知らずの他人に譲ってやる程、軽いものだったのかい?』
(違う! みくの願いをバカにするなら――!)
『馬鹿にしていないさ。むしろ、僕は夢を追う女の子っていうやつは大好きだよ。ほら、王道ヒロインはいつだって輝いてるからね!
僕もそういう女の子とへらへらと日常を送りたかったんだけど、縁がなくてねぇ。
おっと、話が逸れちゃった。僕が言いたいのはたった一言。そう、殺すも死ぬも、全部君が決めることだ』
果たして最後の一人になった時、前川みくは“前川みく”のままでいられるのか。
見えぬ恐怖が、何よりも怖く、みくは一歩も前へと進めない。
だから、球磨川は当然その【普通】を嘲笑うのだろう。
自分とは違い、破綻している彼とみくは水と油であり、仲良く混ざり合う事は決してない。
『――――僕は君のサーヴァントだ。どんな決断を下そうとも、笑って受け入れるよ。
それだけさ。これは君だけの戦争じゃない、僕“達”の戦争なんだから』
しかし、彼の口から出た言葉も、声色も、思いの外、真剣で。
へらへらと惨めったらしい彼のカッコつけが自分の胸を打ったのが腹立たしい。
無力なみくは、離れようにも離れられず、球磨川を信じる他ないのだ。
『さぁてと。言いたいことも言ったし、僕は屋上で日光浴をしてくるよ』
半端者で、情けない自分を裏切らない。
その言葉を信じたい。けれど、彼の持つ気持ち悪さがどうしても素直に受け入れられない。
普通は何処まで言っても普通であり、過負荷とは交わらないのだから。
■
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竜ヶ峰帝人の日常は、偽りだ。
彼の考える中でも最も幸せだった時間が再現されていようとも、違和感は拭えない。
通う学校もクラスメイトも違う。
けれど、正臣と杏里は変わらず存在する。
否、存在してくれる。
だからこそ、帝人は現実と変わらず自分を演じることができた。
彼らがいなかったら、今頃自分はボロを出して他の主従に襲われていたかもしれない。
それ程に、二人の存在は自分にとって安寧をもたらすものだった。
例え、偽りであっても、二人は友達だ。
彼らがマスターである可能性に蓋をして、帝人は今日も学校へと行く。
(こうして見ていると、やっぱり池袋とは違うや)
通う学校が遠距離である為に、バスを使っているがこれもまた中々にいい。
狭苦しい車内には自分と同じく新都に住む学生達が押し詰められ、朝の通勤ラッシュ時の電車を思い出させてくれる。
とはいえ、人と物で溢れている池袋とは違い、冬木はゆったりとした景色が多く、栄えた街ではない。
改て、自分のいた世界とは違うのだと再認識する。
キレた奴らが集う雑多な故郷に思いを馳せると、少しだけセンチメンタルな気持ちが浮かんでくる。
(違う所と同じ所が混ざってて、なんだか落ち着かないや)
しかし、いつまでも郷愁に浸っている余裕はない。
此処はある意味、キレた奴らなんか問題にならないぐらい、ヤバイ奴らが跋扈しているのだから。
マスターとサーヴァント。
言葉にするだけでも平凡とは程遠く、彼が望んだ異常を体現している。
異常を当然とする彼らに帝人はたまらなく――。
(此処にもダラーズがあるし、僕が愛用していたチャットもそのまんま。創始者もご丁寧に僕になっている)
――思考を元に戻す。
その隙間を埋めるように、今の自分が置かれている状況を整理する。
竜ヶ峰帝人の立場は元の世界とほぼ変わらない。
ダラーズの創始者。ごく一般的な男子高校生。
それだけ。ほんの、それだけ。
増えた武器はサーヴァントであるクレア・スタンフィールド。
異常に対抗できる唯一の異能。
だが、唯一の名に恥じない力を持っている。
-
(慎重にいかないと。一週間とはいえ、最初から全力疾走なんて馬鹿がやることだ)
(だが、攻める時は容赦なくいかせてもらう。その辺りの判断は俺任せでいいだろう?)
(はい。僕は戦闘に関してはからっきしなので、アサシンさんに頼るしかありません)
(心得た。何、俺は絶対に死なん。何故なら――)
(その先は言わなくても知ってます)
(…………そうか)
我が強く、自分の要求に対しても気に入らなければ突っぱねると思っていたが、彼は意外と人の話を聞く。
最初の出会いでも口にしていたが、クレアは自分のことを雇い主と評している。
だからなのか、自分の命令に対してもむやみやたらと異論を挟まない。
もっとも、あまりにも理に適っていないと反論が返ってくるので、それなりの理論武装が必要ではあるけれど。
自分さえ暴走しなければ、彼は最高の切り札として機能してくれるはずだ。
(ともかく、学校に着いたら俺は辺りを回ってくる。危難があったら令呪で呼べ)
(は、はぁ)
(心配しなくても、一度請け負った仕事は完遂するさ。だから、お前は俺を信じろ)
(わかりました。アサシンさんのこと、僕は信じています)
(それでいい。物分りがいい奴は嫌いじゃない)
考え事をしていたらいつの間にかに学校が近づいてきたようだ。
もしかすると、この学校が戦場になるかもしれない。
平凡を異常が侵食していく。
夢にまで見たゲームの世界が、此処には現実として存在する。
そんなふざけた妄想を考えるだけでも――――ワクワクしてくるのだ。
否応にも、帝人の心を高ぶらせる聖杯戦争という非日常。
それはずっと待ち望んでいたスリルある世界。
けれど、正臣達を巻き込むことを考えると、吹き上がるテンションを下降を見せた。
まだ、自分の中には平穏が残っている。
彼らを捨て去ることは、やはり――できない。
■
-
結論から言うと、超鈴音はネギ・スプリングフィールドの死体を発見できなかった。
血の跡、薙ぎ倒された木々、幾つも穿たれた大穴。
見つけられたのはここで戦闘があったという証拠だけ。
直にNPCも騒動の調査に駆けつけてくるかもしれない。
故に、くまなく探す余裕など無く、鈴音は失意のまま立ち去る他なかった。
(できれば、生きていてほしいなんて。感傷が過ぎる)
結局、ホームルームにもネギは現れなかった。
副担任の教諭は適当にはぐらかすだけで、真実はわからない。
もっとも、原因不明の轟音など、関係ない人間達からするとどう対応していいかわかったものではない。
(授業も一応は続けているが、裏ではネギ坊主への連絡だったり、警察へと連絡したり対応に追われているようだがネ)
轟音も殆どの生徒が登校する前であったので、あまり広まっていなかった。
そもそも、突然轟音が響いてびっくりしましたなんて、ネタにしては面白くない。
生徒達の関心は移ろいやすい。直に、何事もなかったように日常が戻ってくるだろう。
(元凶のサーヴァントがこの学校にいるとしたら――危険はまだ続く)
学校自体が戦闘にでも巻き込まれない限りは平和だが、そんな平和など存在しない。
今回の一件でよくわかった。
他者を排斥することに全く躊躇のない主従なら、場所など関係なく仕掛けてくる。
形振り構わず攻めてくるのなら、学校内とはいえ、油断はできない。
問題は、明日菜だ。いつも通り過ごすようにとは言ってるが、お人好しの彼女のことだ。
ひ弱なマスターから助けを乞われたら、ついつい手を貸してしまうだろう。
鈴音としては彼女には自分のことだけを考えてほしいがそうもいくまい。
神楽坂明日菜の本質はお人好しだ。
この根源は、自分達とは違った世界線を歩もうが変わらなかったらしい。
それは、鈴音にとっては好ましいことであり、クラスメイトだった彼女の琴線に触れるものだった。
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(それに、アーティファクトがない明日菜サンは戦力としては数えられない。
おとなしくしておいてくれるとありがたいんだが、そうはいかないだろうネ)
登校時に合流した南条光達と談笑している明日菜は一見するといつも通りだ。
馬鹿をやって、ぷんすかと怒って、それらを宥められて。
鈴音の知る神楽坂明日菜を今の所は演じていた。
しかし、綻びはすぐそこにまで迫っている。
鈴音も認めるしかない。
ネギは、死んでしまったのだ、と。
仮契約が解けた時点で、生存は絶望視だ。
跡地で戦っていたのは紛れも無く、ネギであり、その結果は敗北である、と。
無理にでも決めつけないと、鈴音は先へと進めない。
それは、明日菜にも当てはまることだ。
もしも、彼女がネギの死を知ってしまったら――そのハリボテは剥がれるだろう。
望んだ日常は永遠に還ってこない。もしかすると、心が壊れ、自ら生命を絶つかもしれない。
一見強そうに見えて、彼女の有り様はひどく脆い。
ちょっとの躓きがきっかけでどこまでも堕ちていく様が予想できる。
(まあ、マスターのケアも私の領分ヨ。何とか、切り抜けていくしかない。
その為にも、学校で戦うサーヴァントには時空跳躍弾でご退場願わないといけないネ)
だから、鈴音が護らなくてはならない、騙し続けなければならない。
自分の願いを叶える為。
そして、友達だった少女が再びあのひだまりへと帰れるように。
ネギが欠けてしまっても変わらずいるだろう友達がなんとかしてくれると信じて。
超鈴音は今できる最善をこなし続けるしかないのだ。
■
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正義の味方に必要なものは何か。
それは、力であり、意志であり、仲間であり。
力はサーヴァントであるライダー――ニコラ・テスラ。
意志は、自分の胸で燃え滾る熱い心。
そして、最後の一つである仲間も、テスラの報告で得ることができる。
空の騎士と名乗ったライダーとの接触は既に、光の耳にも入っている。
交渉の場は設けており、夕方にでも会う約束が取り付けられるかもしれない。
(いける、いけるんだ! 誠心誠意で向き合えば、わかってくれる人もいる)
思いを信じて貫けば、結果は付いてくる。
殺し合わなくてはならない人とだって、わかりあえるのだ。
それが、光にとってたまらなく嬉しくて、救いだった。
聖杯戦争の中にも、正義は在る。
間違っていることを間違っていると言えるのは、素晴らしいことだ。
その真っ直ぐさが、この聖杯戦争を変えていけると光は愚直に信じている。
「いやにご機嫌ですね、とミサカは怪訝な顔をして見つめます」
「そうか? アタシはいつもこんな調子だけど」
もしかすると、聖杯戦争に真っ向から反抗するのが自分だけかもしれない。
南条光以外は、ヒーローを否定するのかもしれない。
そんな不安がずっと心の中で蟠っていた。
絶対に諦めない。暗闇には逃げない。
強い言葉で自分を奮い立たせてはいるが、光はまだ子供なのだ。
現実と願いに阻まれ、いつかは折れるかもしれないと不安がる、子供だ。
テスラの前でこそ気丈に振る舞っているが、悪い可能性だって考えてしまう。
「ヒーローを目指すんだ、これぐらい元気でなくちゃさ。
アタシらしく輝けるように、真っ直ぐ頑張って夢を叶えるんだ!」
けれど。それでは、ヒーローにはなれない。
恐怖を押し殺し、歯を食いしばって前を向く。
きっと、その果てで報われると思うから。
(マスターは強いな。その輝きは尊ばれるべきものだ)
(ライダーにそう言われると……て、照れるなぁ)
テスラが言う輝きは今も、自分の中にあるのか。
常に自問自答しながら投げかけてはいるものの、やはり不安は残る。
身体と意識に輝きを注ぎ、南条光という存在を見失わない。
機械に油をさすように、注意をする。
そんな些細なチェックで、光の心身は落ち着きを見せるし、たったの数分で十分だ。
心の掛金が外れる事のないように強く。
(ならば、その輝きに応えるのが――私の役目だ。遍くモノを護る。
それはマスターも例外ではない)
(うん、頼りにしてるからな!)
この右手が伸びる限り。
明日菜も、紗南も、ミサカも、全部護ってみせる。
例え、偽りであっても、彼女達は自分にとって大切なクラスメイトだから。
その彼女達に危難が迫ったら――――きっと、自分は酷く動揺するだろう。
■
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丁度、時間的に言うと三時間目だろう。
自分以外、誰もいない剣道場。
スタンは授業の休み時間、此処で竹刀を握っていた。
やはり、剣を握ると気分も落ち着いてくる。自分が自分で在り続ける想いを、再確認できる。
下した決意を忘れない為に。日常に埋没して、日和らない為に。剣は人を傷つける武器だという認識を、見失わない為に。
その習慣は記憶を取り戻す前からもあったらしく、手元には剣道場の鍵もしっかりと確保されていた。
剣を振りに行く途中、委員長である前川みくには無駄に心配されてしまったが、何とか誤魔化すこともできた。
(やっほー、マスターさん。戻ってきたよー)
(アーチャーか。ったく、無理矢理に学校に行かせやがって。文句はいっぱいあるんだからな、覚悟しとけよ)
(まあまあ。戦果はぶんどってきたんだから固いこと言わないの。
それと、念話の中ぐらい、アーチャーじゃなくて瑞鶴って呼んで欲しいんだけどな。
ほらほらー、はーやーくーっ、呼んでってばー)
戻ってきて早々、からかってくる瑞鶴に対して、小言をぶつくさと言いつつも、許してしまうのは、スタンが甘いからだろう。
アリーザといい、瑞鶴といい、ぐいぐいと引っ張る女性には、どうも流されてしまう。
だが、そうも言ってはいられない。彼女にも言われた通り、自分だけの幸せを見つけるには、まずはっきりとした態度を取らなくては。
いいからさっさと戦果を報告しろと急かし、スタンは竹刀を一振り。
それを見て、瑞鶴もぶつくさ言いながらも報告をつらつらと喋り始めた。
(同盟、か。確かに、俺達の力だけで最後まで勝ち抜くってのは辛いよな)
(そうそう。情けないことだけどさ、私一人で戦い抜くのは厳しいね。一瞬で間合いを詰めてくる機械人形、それを平然と操るサーヴァント……あ〜怖かった。
アレは間違いなく、今の私じゃ倒せなさそうだね。本体は貧弱っぽいから一気に決めれば勝算はない訳じゃないけどね)
瑞鶴による報告を一通り聞き終えても尚、決意は揺らがない。
絶対に勝ち抜く。聖杯でお嬢様の幸せをやり直す。
その為なら何だってする。
一時であれど、背中だって預ける。
後ろから剣を突き立てて裏切りだってしてみせる。
願いの成就に不要なものは、全部切り捨てる。
-
(ごめんね。私がもっと強ければこんな策に頼ることなんてなかったのに)
(気にしちゃいねぇよ。そんなこと言われたら、こっちが申し訳ねぇ。頼りにしてるんだからな、瑞鶴)
その対象が、誰であっても。
恐怖に震える女の子であっても。
(それにしても、小さな女の子か。見境なしだな、聖杯戦争)
(資質があれば誰でも参加できるからね。人種性別年齢区別なし)
(…………そっか)
(怖いなら、マスターさんができないなら私がしてあげるよ? そーいうのも私の役目だし)
(――いいや、俺がやる。俺がやらなくちゃいけない。
それと、その子さ…………車椅子に乗っていなかったか?)
(いいや。普通にお姫様抱っこされてたけど?)
(……ちょっと、気になってさ)
殺すのはこの手だ。血で汚し、後戻りを絶つのは自分の剣だ。
人殺しの咎は、瑞鶴ではなく、スタンが背負う重みである。
それを忘れて、アリーザの幸せなど願えるものか。
自分のエゴを貫く過程で、他の人にとって大切な誰かを殺す重みは、拭わない。
わかっていたはずだ、覚悟していたはずだ。
自分が為すことは正義とは程遠いことを。
(へぇ、可愛い子だったの? マスターさんも男の子だもんねぇ)
(うっせぇ、そういうことじゃないっ! それよりも、学校周辺の索敵、頼むぞ)
(了解了解っと。介入できそうならしてもいいんでしょ?)
(ああ、その辺りはアーチャーに任せる。有益そうなら俺も考えるさ。
さっきの同盟も含めて、一緒にな)
けれど、それが諦める道理にはならないということも、わかっている。
青い理想で踏み出す若造だということも承知の上で、スタンは選んだ。
前途の不確かさに怯えても、願いの正誤には怯えないことを。
■
-
本田未央、ネギ・スプリングフィールドは黒だった。
あやめが持ち帰ってきた情報からして、この学校には複数のマスターが潜んでいる事は間違いないだろう。
音無結弦はすぐ近くにあった危難に気づけたことに感謝しつつ、溜息を付いた。
休み時間で騒がしい教室の中で、音無は一人、憂鬱な表情を浮かべこめかみを抑える。
正直、拙い。自分達は隠れるだけが取り柄の弱小主従である。
そんな主従のすぐ近くにマスターが複数いたなんて肝が冷える話だ。
(ひやひやするな。ちょっとの失態で俺達の正体がバレたら、即お陀仏だ。
生かしておいて害はあっても、利は全く無い)
幸いなことに、音無達の正体は全くバレていない。
真面目ではあるが、気さくな生徒会長という皮を被り、何とかやり過ごしている。
今はまだ焦る時ではない。故に、落ち着いた対応を取ることができる。
(時間が経つにつれて、リスクも膨れ上がる。俺達が生き残れる確率も下がっていく)
自分達には武器がない。
社会的立場を糧に、策を練ることでしか戦えない。
だから、今を生き残れたとしても、先行きは全くないのだ。
音無達の目的は聖杯である。
その奪取には最後の一組になる必要があり、自分達だけでその目的を達成するには些か厳しすぎる。
(だから、戦える武器を増やしたい。お人好しの庇護に入るというのは……さすがに楽観が過ぎるか。
そもそも、この聖杯戦争で善意ある参加者がいるかどうかすらわからないからな)
周りは全て敵で、自分達に牙をむく。
信じることなんて到底出来やしない。
そもそも、対等の強さでもない限り、どちらかが搾取されるのはある種当然のことだ。
茫洋に生きてきた過去の経験から、それは痛い程にわかっている。
-
(ゆり、以外は)
故に、そんな打算抜きに付き合えるのは、死後の世界で共に青春を過ごした友達だけである。
たった一人。
この世界にいる仲間達の中で、唯一違和感を感じさせる行動を取る少女が、仲村ゆりだった。
今日も学校には来ていないみたいだが、今頃どこを彷徨い歩いているやら。
携帯に連絡を入れても全く手に取らないし、メールの返事さえ返してくれないと日向が嘆いていた。
(これで全くの無関係なら、リスクだけを背負い込むことになるが……)
もしもの話、キャスターなどに脅されているだけで情報を収集して回らせてるだけなら。
自分の立場がバレる可能性が高まり、無駄に危険な橋を渡ることになる。
(そうも言ってられないよなあ)
けれど、このまま隠れ続けている訳にはいかない。
今の自分達に必要なのは情報と武器だ。
他の主従と同盟を組みたくとも、メリットがあまりなく受け入れてもらえるかわからないけれど。
ゆりなら、話が通じる可能性が高い。
あの傍若無人なゴーイングマイウェイな少女でも何だかんだで優しいことを、音無は知っている。
そんな彼女を利用する自分の汚さに嫌気がさすが、四の五の言っていられる場合ではない。
勝たなければならないのだ。死を覆し、もう一度彼女に会う為にも。
自分勝手な願いと馬鹿にされようが、最後まで貫いてみせる。
惚れた女の笑顔で、人はこうも簡単に動いてしまうのだ。
若さの原動力もバカにはできないと、音無は思った。
-
■
「それじゃあ、頼むよ。アーチャー。どでかい狼煙を打ち上げようじゃないか」
「畏まりました。では、私達の戦争を始めましょう」
■
-
「畜生、が!」
霧嶋董香はブチ切れていた。それはもう、額に青筋ができるぐらいに。
二時間目までは受けたものの、どうにも気が乗らず屋上でサボタージュしていたらあの狙撃である。
別に授業をフケたのをチクられたとか、ヴェールヌイの報告が頭を抱えるやつだったとかではない。
挑発されている。つまるところ、意地があるならここまで来てみろとおちょくられているのだ。
(マスター、落ち着くんだ。これはどう考えても罠だ)
(わかってる。けど、アレは放っておいたらヤバイだろ! 少なくとも、一方的に狙われているんだぞ!)
わざわざグラウンドに牽制の一撃を撃ち込んで、舐めているのか。
それとも、自分に狙いを定めたのを外したのか。
どちらにせよ、このままでは危険だ。
(とりあえず、離れよう。此処にいたら狙われる)
急いで校内へと戻ろうと、立ち上がった時。
『あれあれ〜、何処に行くんだい? そんな焦った顔をしてさ』
「…………っ!」
振り返ると、そこには気持ち悪い笑みを浮かべた少年がいつの間にかに立っていた。
それは、相対しているだけでも怖気が走り、とてもじゃないが直視できない。
球磨川禊という少年は、そういう生き物だ。
居るだけで人を不快にさせ、堕落へと導く過負荷なのだから。
-
『ちょっと、僕と小粋なトークでもしようぜ? 大丈夫、これでも話題には事欠かさない自信はあるんだ。
さぁ、手始めに君のバストサイズとパンツの色を教えてもらってもいいかな?』
「アーチャーッ!」
「了解」
ぞくり、と脊髄が氷で刺し貫かれた気分だった。
我慢などできるはずがない。
それは、横に控えていたヴェールヌイも同じだ。
即座に現界に、艤装を展開。
砲口は震えているが、問題ない。そのまま撃ち抜けば彼を殺せる。
あの忌々しい顔を穴だらけにすることができる。
弾の反動に逆らわず、流れるように制御し、ヴェールヌイは引き金を引いた。
『危ないなあ。最近の美少女は武器持ちが増えたけど、僕として女の子には後ろに下がって応援してもらいたいんだよね』
しかし、空を叩く火薬の咆哮は一向に聞こえなかった。
何故と考える前に、自分の手元に展開していた艤装が消えていることに気づき、ヴェールヌイは顔を青ざめる。
再び、念じても艤装は消えたまま。
冷静沈着なヴェールヌイがここまで動揺するのは、トーカは初めて見る。
『だから、君の【艤装】を【なかったこと】にした。そういうのは危ないし』
「ふざけるな……! 返せ、私の艤装を、何処へやった!!」
『おいおい、砲口を向けてきた奴がそんなことを言うなよ。僕は危うく殺されそうになった被害者だぜ?
責められるのは君達だろう? 正当防衛って知らないのかい』
べらべらと言葉を並び立てる球磨川に対して、トーカ達は何も言葉を返せなかった。
何もかもが異質過ぎる。サーヴァントとしても、その人格も到底理解が及ばない。
『だから、僕は悪くない』
にたりと笑い、両の掌に螺子を持った時、トーカはこの場の敗北を悟った。
これ以上、球磨川と戦っても得るものはない。
それどころか、自分達の大切なモノさえも【なかったこと】にされるかもしれない。
-
「逃げるぞ、アーチャー!」
トーカ達の判断は迅速だった。
この戦場に留まる理由はなく、下す決断は退却しか残っていない。
未だに呆然としているヴェールヌイを無理やり抱え込み、屋上の柵をひとっ飛びする。
喰種としての身体能力をフルに活かせば、この程度のことは造作も無い。
二人で宙を滑空し、そのまま着地。
後ろを振り向かず、勢い良く跳躍しその場を離れていく。
あの空気が蔓延する学校など一秒たりともいたくない。
その気持ちで、隠れるに適した裏の森に辿り着くのに時間はかからなかった。
「私の、艤装が……どうして、どこへ、この艤装がなければ、私は」
「…………っ」
ただ相対していただけなのに、ガクガクと震えてしまった。
爪先から頭部に至るまで、全てが気持ち悪い。
碌な人生を送っていなかったトーカでさえも、アレは別格だと感じてしまう。
あの粘ついた笑みに、軽い声。
できることなら二度と見たくないし、聞きたくない。
そして、心が折れかかっている自分達はこれからどうしたらいいのだろう。
「そうだな、丁度いい所に来てくれたよ、お前達は」
瞬間、ヴェールヌイの身体がゴム鞠のように吹き飛んだ。
細々とした木々を薙ぎ倒しながら、何処までも。
突如現れてヴェールヌイを蹴り飛ばした男は一言で言うと“赤”だった。
俗世間の喧騒と汚濁からまるで乖離してるかのように、クレア・スタンフィールドは悠然と、そこにいた。
「よぉ、早速で悪いが――――ちょっと寝てろ」
クレアの繰り出した掌底はトーカの目には全く映らなかった。
衝撃が背中に走った時には、トーカはもう地面へと屈服している。
幾らサーヴァントが相手だとはいえ、喰種としてある一定の強さを誇る自分が押し倒されることに全く抵抗できないなんて。
-
「マスター……っ!」
「おっと、動くな。それと、俺が必要だと感じたこと以外は喋るな。別にお前程度はどうにでもなるんだが、いざ抵抗されると面倒だ。
ついつい殺してしまっては、な。そもそも、お前の雇い主はこちらの手の内にあるんだ。
死なせたら困るのはお前の方だ。なぁに、できることなら、此方も穏便に済ませたい。ラブアンドピースってやつだ」
復活してきたヴェールヌイが近寄ってこない事を見て、トーカは自分達が詰んでいることを自覚する。
背中に当てられた足はいつでも自分の心臓を踏み潰せるように
彼の意志一つで、自分達はゴミのように殺されてしまう。
だから、機を伺ってこの状況を脱しなければならない。
「さてと。とりあえず、持ってる情報全てを吐け」
「誰が……吐くか!」
「おいおい、状況がわかってないのか?」
「バッカじゃねぇの……っ! 脅されるぐらいで全部ぶちまけるなんてするかよ。
んな弱い覚悟で、私は此処に来てねぇんだ!」
「……そうか」
ここで弱々しく吐いてしまえば、とことん喰らい尽くされる。
この世は弱肉強食で、意地を張れなかった奴等から振るい落とされるのだから。
強く、意志を持て。力では負けても、やり直したいという想いだけは誰にも負けてはいけない。
「残念だ」
そんなもの、痛みの前では無意味だと気づかずに。
ぐしゃりと、右の掌が潰れた。一秒足らずの出来事だった。
踏み潰され、折れ曲がった指先。粉々に割れた爪。手の甲は肉がはみ出しており、微細な骨が顔を見せている。
痛いと感じた時には全てが遅かった。唸り声のような醜い音が口からは漏れだした。
悲鳴を上げたくても、口元は地面へと縫い付けられており、声を出すことすら敵わない。
-
「もう一度聞く。お前の持っている情報、全てを吐け」
「ふざけ、ん、な」
今度は、左の掌がミンチになった。
丹念に踏み潰された掌はもはや原型を留めていない。
地面へと押し付けられ、肉と骨、筋に神経がクレアの足によって混ざり、土へと還っていく。
自分の掌が擂り潰される経験は初めてだった。
血管が歪み、筋が弾け、骨が砕け、神経が折れていく。
吹き出した血は土を赤へと染めるには十分な量だ。
圧迫感がなくなる頃には、もう何も残っていなかった。
「お前の持っている情報を、全て吐け」
「は、く……かよ」
頭が、割れた。
優しく嫋やかに壊れない程度に足で軽く蹴り叩かれる。
それだけでは足りなかったのか、無理やり顔を挙げさせられて一発ストレート。
鼻が曲がり、骨と血が飛び出してきた。綺麗な顔立ちが今では血塗れで台無しだ。
口の中に指を入れられて歯も砕かれる。
塗りたくられた自分の血は、酷くマズかった。
噛み付こうにも歯がないのなら意味が無い。
「吐け。俺に手間を掛けさせるな」
左足首に指先を突っ込まれた。
鋭い痛みが頭の中に蔓延する。
この程度なら、喰種として戦った時、何度も経験した。
まだ、平気だ。抵抗の意思を露わにできる。
けれど。彼はその先へと踏み出した。
そこで、終わりであるならどれだけ楽だったことか。
ぐちゅぐちゅとかき混ぜられる。
ビーフシチューを作るように優しくねっとりと。
その音は耳に入れるだけでも奇怪さが感じ取られ、気持ちが悪い。
-
「――――――――――――――――――――ぁ」
穴から吹き出した血が制服を汚し、身体を赤へと染めていく。
まるで噴水のようだ。ぶしゅりと汚らしい音を立てて身体の内側から大切なモノが消えてしまった。
それとは裏腹に、無理やり這い出された骨と血管をぽきぽきと砕かれた時は面白い。
気持ちのいい音だな、とどこか他人行儀な気持ちだった。
「動くなと言っただろ」
「あー、ちゃー」
「違うだろ? 今、お前が吐くべき言葉はもっとあるはずだ」
見てられないと駆けたヴェールヌイを再び蹴り飛ばし、クレアは問いかける。
何度でも何度でも、満足する答えが得られるまで彼はこの拷問を続けるだろう。
それが一番てっとり早いやり方だ。
どれだけ意志が強かろうが慢性的に痛みを与えれば直ぐに吐く。
吐かないなら、吐くまで痛めるまでだ。
「吐け」
今度は左足首がかき混ぜられた。
耐え難い灼熱感は身体を包み込み、トーカの想いを何処かへと置き去りにしていく。
音が遠く、視界は紅く、感触は薄い。
自分を模っていた四肢という繋がりが絶たれたことには、もう何の感慨も浮かばなかった。
何を、願ったんだっけ。誰を、護りたかったんだっけ。
つい数時間前までは鮮明に浮かんだ人達のことを思い出せない。
あれだけ取り戻したいと叫んだ居場所は血で真っ赤だ。
諦めないことを、やり直すことを選んで足掻いた結果が、これだった。
かくんかくんと操り人形のように痙攣させながら、トーカは虚無を見つめて笑う。
-
「は、はは、ははっ、はぁっ、はっ、はは」
「壊れる前に吐け」
今度は右の肩が抉られた。痛みは慣れ過ぎてわからない。
なんて無様。なんて、世界。
これが戦いだ。願いを懸けて、生命を奪い合う聖杯戦争だ。
口から漏れた血液を舐め取り、にへらと嗤う。
全てが残酷に色褪せていく。
尊かったものが、価値あるものが、美しかったものが、全て辱められてしまう。
愛も、絆も、誇りも、願いも、全てが。
魂が悲鳴を上げ、諦めを訴えた。
――諦める時だ、トーカ。
視界の端で道化師が無様な自分を嘲笑う。
もう、どうにでもなればいい。
地獄のような過去を乗り越えたと思ったら、また地獄が待っていたなんて悪い冗談だ。
けれど、生きる為とはいえ、人を喰うことを肯定した自分には、お似合いの結末だと思った。
トーカが全ての情報をクレアへと明け渡すのは必然だった。
喰種の情報、願いは何か。サーヴァントの真名は、宝具は、できることは。
全てを打ち明けて楽になりたかった。
何も考えたくなかった。
「よし。次は令呪だ。サーヴァントに命令しろ」
告げられた内容は二つ。
【クレア達主従には危害を加えるな】
【それ以外の主従に対して見つけ次第殺せ】
言うなれば、鉄砲玉だ。死ぬ間際まで、使い捨てられる立場にされてしまった。
トーカ達の生命はクレアの掌の中で転がされている。
いつ握り潰されてもおかしくはなく、この場を乗り切った所で未来はない。
誰かと手を取り合うこと無く、孤独に戦い朽ちていく。
いっそのこと、死んでしまおうか。生きていても、もうどうしようもない。
-
「悪いが、そんな目をしても俺には全く響かないな」
それでも、何故だか知らないけれど。
死ぬという選択肢だけは選べなかった。
まだ、痛みと絶望の片隅に、彼の顔が残っているから。
金木研とちゃんと話をしたいという願いが果たされていないから。
心が折れて、ボロボロになって、諦めがあっても。
死ぬという逃げだけはしたくなかった。
本当に、中途半端だ。
だから、こうなった。今の状況は自業自得だ。
蹴り飛ばされ、ヴェールヌイの元へと転がっていく。
今にも泣きそうな顔で、ありありと絶望の二文字が浮かべている彼女に、申し訳がたたなかった。
護れなかった後悔か、それとも、無様な有様である自分を憐れんでいるのか。
どちらにせよ、自分達は完膚なきまでに負けてしまった。
それだけが、全てだった。
「これで――!」
視界が歪み、堕ちていく。
ぼしゅん、と鈍い音を立てて世界が変わる。
それは深い闇の底で、もう二度と這い上がれないかと錯覚するかのようで。
もしも次があるなら、今度こそ覚悟を決めて戦いたい。
そう、思った。
■
-
時空跳躍弾。それは一定の範囲に存在する人間を数時間先の未来へと飛ばす銃弾だ。
できるかぎり戦いを避けたい時、相手の強さに底が見えない時。
鈴音がベストな状態でないなど、色々な状況で使われる。
そして、それは今であった。
鈴音が彼らを見つけた時には既に、トーカはズタボロの屑同然と成り果てていた。
見るも耐えない拷問を何の感慨も浮かべずにやるあのサーヴァントは即座に危険だと判断できた。
もしかすると、彼がネギを殺したかもしれない。
いっそ、魔法で殲滅してしまおうか。
(何を、バカなことを)
どうやら、自分で思っているよりもネギが死んだという事実を割り切れてないらしい。
こんな状態で命を張った戦いなどできるはずがない。
もっとも、鈴音はサーヴァントの気配を察知し、偵察に来ただけだ。
このまま直ぐ立ち去れば彼らにはばれないかもしれない。
しかし、幾らステルス迷彩のコートを身に着けているとはいえ、油断など出来るはずもなく。
やはり、時空跳躍弾で一旦場を仕切り直す。
(冷静にならないと、ネ)
彼の次の標的が明日菜になる可能性だってあるのだ。
此処で数時間先の未来へと跳ばして対策を練るなり、罠を張っておくなりしておくべきである。
だから、ここで決める。
受けても弾いても躱しても、障壁ごと一定の空間を削り取れる時空跳躍弾を、初見で防ぐのはほぼ無理だ。
弾丸を指先で強く弾き、鋭く穿つ。
それで、この奇襲は終わるはずだった。
-
(躱した!? まさか、時空跳躍弾がバレていた!?)
「……そこか」
あろうことか、あの男は背後からの奇襲にも関わらず、完全に読み切ったのだ。
それも効果範囲外へときっちりと。
拷問を受け憔悴していたトーカ達は未来へと送り込めたが、肝心のクレアは見事に躱してしまった。
弾丸が飛んできた方向からこちらの位置はもうバレてしまっただろう。
急いで撤退の準備をすべく、即座に踵を返す。
地面を強く踏みしめて跳躍。
木々の隙間を縫うように、森の中を全速力で駆けて行く。
(自身に時空跳躍弾を撃つのは最終手段。ここで、私が消えたら明日菜サンが無防備になってしまう)
後方から這い寄る気配は依然として消えず、逆に距離は少しずつ縮まっている。
このままでは追いつかれる。直接戦闘ができない訳ではないが、自分の本領は魔術を繰り、頭で策を練ることだ。
後方でこそ輝くが故に、前衛で戦うのはご遠慮願いたい。
『やっほー、揃いも揃って馬鹿騒ぎをしてるね! 仲間外れは寂しいからさ、僕も混ぜてよ!』
そんな思惑を邪魔するかのように、行く手を遮る螺子の群れが木々ごと鈴音へと突き刺さった。
飛び退る余裕なんてない。致命傷は避けたものの、コートはボロボロになっている。
まるで友達に対して、気軽に挨拶をするかのように。
鈴音の前へと現れた少年はにっこりと笑みを浮かべて現れた。
-
『おいおい、そんなに怖がらなくてもいいんだぜ? 僕はこれでも優しい優しいサーヴァントとして座でも通っているんだ』
嘘をつけ。鈴音は心中で悪態をつきながら、眼前の少年――球磨川禊を注意深く観察する。
見れば見る程に気持ち悪さが滲み出し、高揚していた気分もたちまちに不快なものとなってしまう。
口の中いっぱいに血の味が広がる。熱を帯びた肺が、ぎりぎりと痛む。
弾かれるように身構え、とたんに鈍い痛みが肺の奥を走り、鈴音は眼前の少年が最大級の厄ネタだと認識する。
胸元を抑えて何度も細い呼吸を繰り返しても、拭えない気持ち悪さは最強の武器だろう。
『そういえば、そっちに女の子二人組が来なかった? 突然顔色を悪くして逃げちゃったんだけど心配だなー。
ねぇ、君もそう思うだろ? 返事ははいかYESでお願いね!』
「……っ!」
『――――おいおい。人と話す時は目を合わしてちゃんと答えなきゃ駄目じゃないか。
ところで、その服なかなかになかなかだね。科学的な意匠も悪くはないけれど、僕はやっぱり裸エプロンかな?』
そして、何を話したいのかが、さっぱりわからない。
鈴音の天才的な頭脳をもってしても、球磨川禊という過負荷を理解することができない。
理解できないというのは、それだけで多大な恐怖を感じる。
少なくとも、友好的な関係を築けないという意味では満点だ。
やはり、彼は危険である。
先程の赤い男よりも、とてつもなく厄介なことをしでかしそうで気が気でならない。
「新手か。面倒なことになってはきたが、やることは変わらん」
追いついてきたクレアを相手取りながら、球磨川を退ける。
鈴音からすると奇跡でも怒らない限りできはしないことで、それこそ、時空跳躍弾による逃走を真剣に企てなければならないものだ。
それは、どうしようもない絶望だった。それは、抗いようがない絶対だった。
腕の一本はなくなる覚悟で戦わなければ、生き残れない。
歯を食いしばり、鈴音は臨戦態勢を整えた時。
『いやぁ、やる気満々のとこ悪いんだけどさ、ちょっと待ってくれない?
ああ、それと――【三騎全員】逃げたら容赦なく螺子伏せるよ』
拍子抜けするような球磨川の声で場の空気が幾らか和らいだ。
待ったのポーズを取り、突如、球磨川は宙から取り出した螺子を木々へと突き刺し、消していく。
螺子が突き刺さった木が次々と何処かへといき、視界が露わになる。
-
『彼女を隠す木々を【なかったことにした】。
横槍なんてカッコ悪いぜ? 正々堂々、出て来いよ』
「……何よ、気持ち悪い面構えしちゃってさ」
消された木々によって、道ができ、その先には如何にも機嫌が悪そうな少女が弓を構えていた。
武器からしてアーチャーだと確信。全員が集まった瞬間を狙って討ち取ろうという算段であろう。
本当に油断ならない戦場だ。目先の敵だけではなく、広範囲に視野を持たなければいけないなんて。
『隙あらば、一網打尽ってのは嫌いじゃないよ、貧乳美少女ちゃん』
「誰が貧乳よ! 気持ち悪い上に碌なことをしないわね、アンタ!」
球磨川の顔を見てますます顔の表情が渋くなる少女――瑞鶴は油断なく、辺りを見回している。
今、ここには四騎ものサーヴァントが集結している。
迂闊に動くと袋叩きになるのが関の山だ。
全員、それがわかっているからこそ動けない。
否、動けないのだろう。
『さてと、総勢四騎もサーヴァントが集まるなんて結構に珍しいこともあるんだ。
ここは一つ――――腹を割って仲良くしようぜ?』
しかし、そんなセオリーなど球磨川禊は知ったことではない。
鈴音は手に転がした弾丸をいつでも放つ準備をし、クレアは悠々と佇み、瑞鶴は弓を握る力を強める。
「信用出来ないわね。アンタの面を見て、はいそうですかって頷く人はいないと思うわ」
『おいおい、僕は戦いに来たんじゃないんだ。そもそも、僕は君達に明確な危害を加えていないだろう?』
全員が敵。だというのに、球磨川は気にもとめずにへらへらとした態度をとり続ける。
両手を広げ、螺子を投げ捨てて人懐っこい笑みで、如何にも心の底からそう望んでいると言わんばかりに。
汚泥を呑み込むかのような不快感を抑え、鈴音は次の言葉を待った。
『ただ戦うだけじゃつまらない、だから親睦を深めたくてね。お誂え向きに、此処にはサーヴァントしかいない。
サーヴァント同士、仲良く友情でも、深めようよ。君達も、消耗するならもっと先がいいだろう?』
ぬるい友情と、無駄な努力と、むなしい勝利。
灰色の世界で、球磨川だけが鮮やかな色彩で不吉に輝いていた。
-
とりあえず、キリの良い所なのでここまでにして
後日、改めて後編を投下します。
-
投下乙です
ネギの死がまた少しずつ毒を…
そしてトーカ組がひどいことに。クレアマジで容赦ないな…手としては尤もなんだけども
球磨川の過負荷面が超働いてますね。まずみくにゃんに刺さってるけども。数分しか効かないとはいえオールフィクションはやはり強い。そしてそれを駆使して色んな組をかき回してる。トーカとヴェールヌイは完全に巻き込まれちゃいましたね。
鈴音も、さらに瑞鶴も絡んできて、不穏すぎるタイトルのこの話の後編が楽しみでなりません。
-
報告します。この度、執筆の時間が取れず、完成には至りませんでした。
徒に締め切りを超過してキャラを拘束するのはよろしくはないので、キリの良い部分までの投下となります。
その過程で、未央組、千雨組を抜いています。
中途半端な形ではありますが、他の書き手の皆様がこのパートを予約したい場合は、遠慮せずに予約して構いませんので。
以後、このようなことがないようスケジュールをきちんと整えてから予約することにします。
最後に、私の至らなさにより長期のキャラ拘束をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
-
■
『ちょっと急ぎ過ぎちゃったかなあ』
四騎による邂逅から数分後、森に残っていたのは球磨川一人だけだった。
結局、彼の呼びかけに応える者はあの場では誰一人としていなかった。
当然、自分の願いなんて球磨川のような得体のしれないサーヴァントに打ち明けるなどありえない。
漂ったのは何とも言えない微妙な空気だけだった。
球磨川を利用し、三者はそれぞれ一時撤退すべきと考え、霊体化しようとしたが、何の螺子も埋め込まずに撤退などさせてしまうのはどうも気に入らない。
やるなら、徹底的に。場を廻して掻き乱すのは過負荷のお得意である。
『まあ、別の形で埋め込めたから良しとしよっか』
故に、彼は次の一手を切った。マスターも含めて、全員をごちゃ混ぜにすることで、ぬるい友情を更に深める場を用意した。
それが、電子上でのチャットである。
マスターであるみくがよく利用している場所だが、匿名性も高い。
これならば、マスター共々交流を深めることができるだろう。
全員にアドレスの書いたメモを押し渡したが、果たして何人来ることか。
『誰も来なかったら寂しいなあ。来なかったら――悲しみのあまり、みくにゃちゃんの大切なものを壊しちゃうかも』
裏切り前提、背後を常に気にしなければならないとはいえ、数を揃えるという利点はこの聖杯戦争では強い。
そんな中に自分のような最弱が入るのは分が悪い賭けでしかない。
けれど、分の悪い賭けなんていつものことだし、そういう勝負の世界で生きていた。
『今回ばっかりは勝ちに行かなきゃね。あのだっさーい道化師に敗北を刻んでやる為にも』
彼処にいたサーヴァントは全員同盟を組むことの利を弁えている。
全員が聖杯を望んでいる。そして、なるべくスマートに勝ち残りたいということも。
ならば、一時の友情もまた、策の一つとして受け入れられるはずだ。
『――――勝つのは、僕だ』
もっとも、興味が惹かれることに遭遇したら全力でちょっかいをかけるし、裏切りもするけれど。
『しかし、狙撃手の人は待ちぼうけを食らっているだろうね。あんなに目立つことをしたのに誰も来ないって。
大体のサーヴァントはさっきので打ち切りだし』
思考を変えて、狙撃手のことに思いを馳せる。
正直、今となってはどうでもいい。わざわざ探しに学校を出るのは面倒くさいし、マスターであるみくから離れ過ぎるのも適切な判断ではない。
地団駄を踏む狙撃手のことを考えると、それはもうおかしくて笑ってしまうし煽りたいが、ここは我慢だ。
次に会う機会があれば、全身全霊を以って、弄くり廻してやろう。
『けれど、打ち切りの後には新連載がやってくるのが漫画ではセオリーだよね』
これが美少女狙撃手なら断然ヤル気が出るか、もしも冴えないおっさん狙撃手なら球磨川のヤル気も半減だ。
ならば、近場の美少女でも漁りに行こうと、ふと中等部の校舎へと目を向けると。
粘ついた笑みを再び、浮かべ――。
■
-
今川ヨシモトによる狙撃音は、当然中等部の校舎にも届いた。
授業中だった為、誰一人飛び出す者はいなかったものの、やはりざわめきは大きい。
その中でも、光の動揺は傍から見てもわかる程だった。
まさか、学校が戦場になるなんて。想定はしていたが、こんなにも早くサーヴァントが攻めてくるなんて。
どうしたらいい、と自問自答を繰り返す。
最善の選択肢は何か。
迎え撃つべく、相手サーヴァントへとテスラを向かわせるべきか。
それとも、隙を突かれることのないように、この教室から戦況を多面的に見るべきか。
決めるのは自分自身だ。テスラの判断に任せるという形に逃げるのは好ましくない。
何を救うか、何を切り捨てるか。何を尊ぶべきか。
戦闘はテスラに任せっきりなのだ。どのような選択を取るかぐらい、光が決めなくてはマスターとしては恥ずかしい。
(アタシはどうしたらいい? どうすれば、皆を護り切れる?)
(マスター。もし、選べぬなら)
(大丈夫、ライダー。これはアタシが選ばなくちゃならないことだ。
”一緒に”頑張るって決めたから)
(そうか……)
テスラが頼れるサーヴァントだからこそ、甘えたくない。
だからこそ、光は悩む。選ぶ時が来ている。
自分の決断が、誰かの生命を握っていることを理解する時が迫っているのだ。
そう考えると、手が震えてくる。
もしも、判断を間違えた結果、誰かが死ぬことになったら。
そんな予想をしてしまい、怖くて怖くてたまらない。
「先生! ちょっとトイレに行ってきます!!!!」
そして、悩み抜いた末に出た結論が、とりあえず動こうだった。
教諭の返事も友人の制止も待たずに光は教室を抜け、廊下を直走る。
階段を駆け下りながら、狙撃を行った方向をきっと睨む。
(わからない。何が正しいかなんてアタシにはわからない!)
光は選べない。どの選択肢が正しいか、見分けることができず一歩を踏み出せない。
どれだけ輝きを持とうと、アイドルとして活躍しようと、彼女はごく普通の女子中学生だ。
戦場の経験などない故に、いざ危難が迫ってきても、素早く動けるかわからない。
それでも、動かなくては何も護れない。このまま迷うぐらいなら、真っ直ぐに突き進む。
-
(けれど、黙ってるのはもっと嫌だ! 動かないで後悔するのは、絶対嫌だ!)
(それが、お前の答えか。マスター)
(ああ! だから、ライダー!)
『やあ、随分と慌ててるじゃないか。それじゃあ、聖杯戦争関係者だって丸わかりだよ?』
漸く、玄関へと辿り着いた時。その動きは途中で静止された。
眼前に現れたサーヴァントが、光の足を踏みとどませる。
テスラも実体化し、光を護るように前へと立ち、警戒を怠らない。
『ひとますさ。君のパンツの色を教えてくれないかな?』
【C-2/学園/一日目 午後】
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]健康、イライラ増幅中、前川さん
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.人を殺すことに躊躇。
[備考]
本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『僕の身体はいつだって健康さ』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『それはそうと、僕はいつになったらみくにゃちゃんを裸エプロンにできるんだい?』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレアへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
【竜ヶ峰帝人@デュラララ!!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]割と貧困
[思考・状況]
基本行動方針:不透明。聖杯は欲しいが、人を殺す覚悟はない。
1.わからない。今はただ日常を過ごす他ない。
[備考]
とあるサイトのチャットルームで北条加蓮と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『田中太郎』。
【アサシン(クレア・スタンフィールド)@バッカーノ!】
[状態]健康
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は俺が奪う。
1.とりあえず、マスターは護る。
2.他参加者、サーヴァントは殺せる隙があるなら、遠慮なく殺す。利用できるものは利用し尽くしてから始末する。
[備考]
チャットルームへと誘われました。
-
【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]竹刀
[道具]教材一式
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.ひとまず今日は学校で過ごす。
[備考]
装備の剣はアパートに置いてきています。
【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、球磨川と相対したことによる精神疲弊
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.響をこちらに引き入れたい。
2.あのキャスターはいずれ何とかしないと……。球磨川の提案は渡りに船だが……?
[備考]
キャスター(ギー)、マスターの少女(八神はやて)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)、アーチャー(ヴェールヌイ)、北条加蓮を確認しました。
チャットルームへと誘われましたが、球磨川の気持ち悪さから乗り気ではありません。
【神楽坂明日菜@魔法先生ネギま!(アニメ)】
[状態]疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服
[道具]学校鞄(授業の用意が入っている)、死んだパクティオーカード、スマートフォン
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1.皆がいる麻帆良学園に帰りたい
2.でもだからって、そのために人を殺しちゃうと……
3.とりあえず、キャスター(超鈴音)と学園で落ち合う
4.キャスターは何しにいったんだろう?
[備考]
大きめの住宅が居住地として割り当てられました
そこで1人暮らしをしています
鈴音の工房を認識しているかどうかは後続の書き手にお任せします
スマートフォンの扱いに慣れていません(電話がなんとかできる程度)
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]霊体、魔力消費(それなり) 、球磨川と相対したことによる精神疲弊
[装備]改良強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]時空跳躍弾(数発)
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える
1. ネギが死んだことを認めるしかない。それによる若干の鬱屈。
2.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
3.それまでは防衛が中心になるが、出来ることは何でもしておく
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
強化服を改良して電撃を飛び道具として飛ばす機能とシールドを張って敵の攻撃を受け止める機能を追加しました
B-6/神楽坂明日菜の家の真下の地下水道の広場に工房を構えています
工房にT-ANK-α3改が数体待機しています
チャットルームへと誘われましたが、球磨川の気持ち悪さから乗り気ではありません。
-
【御坂妹@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服、専用のゴーグル
[道具]学校鞄(授業の用意と小型の拳銃が入っている)
[金銭状況]普通(マンションで一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ生還する
1.協力者を探します、とミサカは今後の方針を示します
2.そのために周辺の主従の情報を得る、とミサカはゾルダートを偵察に出します
3.偵察に行ったゾルダート達が無事に帰ってくるといいのですが、とミサカは心配になります
4.学園で体育の着替えを利用してマスターを探ろうか?とミサカは思案します
5.光を巻き込みたくない、けれど――とミサカは親友に複雑な思いを抱いています
[備考]
自宅にはゴーグルと、クローゼット内にサブマシンガンや鋼鉄破りなどの銃器があります
衣服は御坂美琴の趣味に合ったものが割り当てられました
ペンダントの購入に大金(少なくとも数万円)を使いました
自宅で黒猫を飼っています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](13号〜20号)、健康、無我
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
[備考]
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、焦り
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学校鞄(中身は勉強道具一式)
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
1.聖杯戦争を止めるために動く。しかし、その為に動いた結果、何かを失うことへの恐れ。
2.眼前のサーヴァント……何かが変だ。
3.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ。
[備考]
C-9にある邸宅に一人暮らし。
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
0.サーヴァント(球磨川)へと対処。
1.マスターを守護する。
2.空の騎士のマスターの連絡を待つ。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
個人でスマホを持ってます。
-
【C-2/学園の裏山/一日目 午後】
【霧嶋董香@東京喰種】
[状態] 両掌がミンチ、左右の指が欠損&骨折、鼻骨骨折、歯欠損、額から出血、両足首抉り傷(骨が剥き出し)、
右肩刺突痕、痛覚神経不能、内蔵にダメージ、肋骨に罅、全身重度の打撲、出血多量
(喰種の恩恵によって回復中)
[令呪]残り一画
[装備]なし。
[道具]鞄(ノートや筆記用具など学校で必要なもの)
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:つらい。
1.つかれた。
2.たすけて。
[備考]
詳しい食糧事情は不明ですが、少なくとも今すぐ倒れるということはありません。詳細は後続の書き手に任せます。
時空跳躍弾によって、数時間先の未来へと飛ばされました。
【アーチャー(ヴェールヌイ)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、『不死鳥の名は我にあり(Финикс)』残り2回
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターと共に戦う。
1.瑞鶴に対処。同盟の手を取るか否か。
2.追撃したいところではあるが、現状では厳しいか……
3.マスターの心情に対し若干の不安。
[備考]
マスターの少女(八神はやて)とサーヴァントの男(キャスター・ギー)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)、北条加蓮、アーチャー(瑞鶴)を確認しました。
北条加蓮をレプリカのマスターではないかと疑っていますが、半信半疑です。
【クレア達主従には危害を加えるな】
【それ以外の主従に対して見つけ次第殺せ】
上記二つの令呪をかけられています。
時空跳躍弾によって、数時間先の未来へと飛ばされました。
【C-3/マンション付近/1日目 午後】
【千鳥チコ@ハチワンダイバー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]財布や腕時計など遠出に役たつ物が入ったバッグ、マグネット将棋セット、和菓子いくつか
[金銭状況]無駄遣いしても生活に苦がない程度。
[思考・状況]
基本行動方針:攻めて、攻めて、攻め続ける。攻めの手を切らない。
1.待ち。
2.校庭襲撃終了後、参加者が発見できたら彼らを襲撃。
発見できなかった場合、別の場所を襲撃。襲撃場所は深山町に限定。
3.夜間の戦闘に備えて仮眠を取るタイミングを図る。
[備考]
※マグネット将棋セットとは、原作中で澄野久摩が使っていたようなコンビニで売られている簡素な将棋セットです。
特に力はありません。そしてこの備考は次回以降消していただいて結構です。
※自宅から交通機関を利用して、狙撃場所まで移動します。
遅くとも正午には狙撃ポイントを見つけて狙撃を行います。
※校庭狙撃がルールに抵触する可能性も考えています。ただ、この一撃でペナルティを受けるほどではないとも考えています。
【C-3/マンション屋上/1日目 午後】
【今川ヨシモト@戦国乙女シリーズ】
[状態]健康
[装備]ヨシモトの弓矢
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従いますわ!
0.何で、誰も来ませんの!?
1.その後、チコと共に場所を移して校庭の様子を観察。
2.参加者を発見した場合チコに報告、襲撃準備を整える。
発見できなかった場合、別の場所を襲撃。襲撃場所は深山町に限定。
3.同時に、チコの周囲を警戒。サーヴァントらしき人物がいたらチコに報告して牽制を加える。
4.夜間、遠方からC-7の橋を監視。怪しい動きをしている人物が居れば襲撃。
[備考]
※本人の技量+スキル「海道一の弓取り」によって超ロングレンジの射撃が可能です。
ただし、エリアを跨ぐような超ロングレンジ射撃の場合は目標物が大きくないと命中精度は著しく下がります。
宝具『烈風真空波』であろうと人を撃ちぬくのは限りなく不可能に近いです。
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以上で投下終了となります。
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投下乙です
うむ、球磨川さんはやはり気持ち悪いな!(褒め言葉)
南条の必死さは好もしいですね、テスラともども応援したい主従ですが、そこへ来てこの接触かあ…
複数組が因縁を持ったわけですし、ここからどう転がるか気になるところ。
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ゆりっぺ、セイバー(斎藤)、ライダー(ガン・フォール)、
アサシン(キルバーン)、ボッシュ、バーサーカー(ブレードトゥース)を予約します。
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おお、新たな予約が…楽しみです
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ランサー(金木研)、霧嶋董香、アーチャー(ヴェールヌイ)、長谷川千雨、ライダー(パンタローネ)を予約します
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予約分を投下します
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▼ ▼ ▼
この世界は、間違っている。
僕たちは、喰べるしかない。
喰べる(奪う)しか、喰べる(守る)しか、喰べる(失う)しか、喰べる(間違う)しか。
ない。
僕の救いは、微睡み揺蕩う夢。僕の救いは、ただ誰か(自分)を守ること。
僕の、救いは―――……
▼ ▼ ▼
-
気が付けば、誰も周りにはいなかった。
僕一人だけが、そこに立っていた。
燦々と照りつける初夏の陽射しが、草木や土を豊穣の色へと染め上げる。
緑、小麦色、茶。生命の息吹に溢れるそれは、全て命の色だ。
けれど、風がたなびく中で、僕の目に映るのは、赤。
一面にぶち撒けられた赤一色。既に失われてしまった命の色。
僕が喰らい奪った、ネギ・スプリングフィールドという少年の血。
「――――――」
何かが砕け散るような音が聞こえた。そんな気が、した。
そこからは何も覚えていない。
あれほど酷かった傷はいつの間にか治っていて、口の中は甘い血の味がした。
目的も曖昧に歩き続けた。胸に去来する悲哀を掻きだすように。
ただ歩いて、歩いて。どれだけの時間が経っただろう。
いつしか僕は、元の場所まで戻っていた。
学校、雑木林、裏山。逞しい銀の拳士と、嘲笑する風の道化師と戦ったあの場所へ。
僕がネギくんを守れなかった、あの場所へ。
「僕は……」
何をしているのだろう。
守れなかった、救えなかった。敵の攻撃を易々と通し、あまつさえ自分の口で彼を貪り喰らった。
少し考えれば分かることだろう、如何に魔術師とはいえサーヴァントと比するまでもなく脆弱なマスターを前線に晒せばどうなるかくらい、簡単に。
一度成功したから味を占めたか? あの白銀のサーヴァントを、子供を傷つけず守り抜く強さを持つ彼を、ネギと協力して撃退したことで慢心していたのか。
何を馬鹿な。彼は自分たちより弱かったのではない、単にネギを傷つけないよう慮ってくれていただけだというのに。
よりにもよって敵の優しさに甘えて慢心したのか、なんて無様。
-
(弱った状態で表は危険だ……早く、どこかへ……)
自責に歪む感情とは裏腹に、理性はひたすらに生存へ向けた行動を取り続ける。
この状態で交戦など以ての外、まずは傷を回復することに専念すべし。そのためにもまずは安全に隠れる場所を探す。それから、それから……
それから、僕はどうすればいいのだろう。
こうしている間にも、蓄えられた魔力はどんどん嵩を減らしていく。魔力運用など門外漢である故に、零れていく力を抑える術を何も持たない。そしてそれは傷を癒していく毎に加速度的に消費量を増やしていくのだ。
マスターを失うということは、当然だがサーヴァントにとっては致命的な事態である。
サーヴァントの実体とは、霊核と呼ばれる存在の周囲を魔力で覆って疑似的な肉体とすることで形作っている。有体に言ってしまえば、サーヴァントの肉体とは魔力で構成された仮初のものなのだ。
物質として在る肉ではないから、当然魔力が消費されればその分霊核が消耗する。サーヴァントは現界だけで魔力を要する以上、魔力の供給源たるマスターがいなければ存在を保つことができない。
アーチャーのクラススキルである「単独行動」や、キャスターが扱うような魔力発生源さえあれば話は別だが……生憎、ランサーはそのようなものを持ち合わせてはいない。
現状の彼は、聖杯獲得のための長期的行動はおろか数戦すら危うい状況にある。令呪の補助、食人による魔力回復が合わさることで今は何とか体裁を保ててはいるが、体から抜け落ちていく活力が最早一刻の猶予もないのだということを如実に知らしめていた。
ならば早急に新たなマスターを探さねばならないことになるが、それまではどうやって急場を凌げばいいのか。
簡単な話だ。そこらじゅうにあるではないか、手軽で美味そうな食料(魔力源)が―――
「……ッ、駄目だ! 駄目だ! 僕は、僕はもう……」
一瞬でも浮かんでしまった考えを、頭を振って強く否定する。
ネギくんを食い殺して、その上で更に人を喰らうというのか。なんて愚想、吐き気がする。僕はそこまで堕ちたくない。
僕は人間だ。僕は人間だ。そうだ、僕は―――
「僕は……」
ただひたすらに歩き続けて、身を隠すように木々の中へと分け入って。つま先が木々の根っこに引っ掛かった。
踏みとどまろうとした膝が呆気なく崩れ、彼の体は地面の上に投げ出された。
どさり、という重い音。とっさに手をつくこともできず、顔から地面に突っ込む。土煙が口と鼻に入り込み、身を起こして荒く咳き込む。強かに打ち付けた体に痛みは無かった。
今までに何回転んだのかさえ、もう覚えてはいない。のろのろと立ち上がり、俯いたまま、足を引きずるようにして歩き出す。
四肢のどこにも、入れるべき力は残ってなどいなかった。放り出されてぶらりと揺れる両の腕が、酷く無力に思えた。
歩いて、歩いて、歩いて。どこまで来たのかも分からぬまま、彼は力尽きるように倒れ伏した。糸の切れた人形のように、体が地面に投げ出される。
そこは開けた場所だった。木々がなぎ倒されたような痕があり、しかし動乱の音は消え去り静寂だけが満ちている。
-
(ここなら……少しは時間が稼げるかもしれない)
思考する気力さえ、ほとんど残されてはいなかった。どうしようもなく、疲労感と無力感が全てを支配していた。
目の前の現実から逃げるように、意識を闇に手放そうとした、その時。
突如として、臓腑を突き刺されるような気配が辺りに充満して。
そして。
そして、それは現れた。
最初、それは中空に現れた黒い小さな球体であった。異様な気配に頭だけを引きずるように前へと向けて、金木はそれを目撃した。
影が渦巻くように模様の動作するそれは、数瞬の後に一気に人間大まで巨大化し周囲に暴風を発生させる。
木々が揺れる。葉が舞い踊る。吹きすさぶ音と共に、逆巻く空気が圧倒的な風圧を伴って体に叩きつけられ、霞む視界は無意識に暗闇に閉じられた。
瞑られた瞼を遅々として開けば、信じられないことに、そこには二つの人影があった。
一人は少女だ。小学生か中学生か、白いセーラー服を纏った銀髪の少女。見覚えはない。泣きそうな顔を隠すことなく、ただ絶望に打ちひしがれるように地に伏せている。
そして、もう一人は―――
「……トーカ、ちゃん?」
見覚えのある姿だった。見覚えのある顔だった。
それは何よりも守りたかった人だった。帰るべき場所で、平穏に過ごしていて欲しかった人だった。
いいや、人ではない、人を食い殺す喰種だった。
―――なんで、そんなんなっちゃったのよ……
かつての記憶にある姿、彼女の問いかける声が聞こえる。
答えられない。
答えられない。
答えは出ず、話す機会は当の昔に失ったはずだった。
自分でもよく分からない何かが、胸に去来した。
-
▼ ▼ ▼
あらゆる尊厳をマイナスにされ、それでも私たちはこうして生きている。
戦い、勝ち取り、願いを叶えるために。例え絶望の淵に落とされようとも未だ終わりは訪れない。
ああ、なんて滑稽な道化芝居だろう。
奪われた後でいくら力だけが戻っても、何の意味もないだろうに。
▼ ▼ ▼
-
「ガァ、ァッ!?」
剣呑に覗く砲塔から放たれる規格外の砲弾が、金木の肉体ごと空間を抉りながら背後の地面を爆散させる。
地に穿たれた爆痕は蜂の巣と形容することすら躊躇われるほどに巨大かつ凄惨で、それを成した魔弾の砲撃が見た目通りの華奢な豆鉄砲などではないのだということをこれ以上なく示していた。
体の末端をいくつも削られながら、しかし錐揉み回転を余儀なくされる金木は中空にて身を捻ると音もなく着地、瞬間予備動作もなく地を蹴り跳躍。魔弾の主たる少女の顔に照準を合わせ、一息に拳を叩き込もうとするも。
「――――!!」
最早言葉にならない叫びを悲壮な形相に木霊させながら、弓兵の少女は疾走上へと左手とその表面に具現させた単装機銃を差し向ける。次々と火を噴く銃口、放たれる弾丸は大気の壁を容易く破壊し金木の体を撃ち貫く。
7.7mm機銃。威力は最小ながら、故に連射性を確保した銃撃は金木を窮鼠の如く追い詰める。のみならず、それら弾丸はガードした金木の手足に深く食い込み、それ以上の前進を阻むと同時に少なくない傷を秒間ごとに与えていく。
しかしそれでも彼は動きを止めることはない。四足獣に近い前斜体勢を維持したまま側方へと跳躍、そのまま少女の周りを回るように円形上に疾走する。一筋の颶風となって駆ける金木の足跡をなぞるように一瞬遅れて少女の銃弾が地を抉り、僅かではあるが照準を標的たる金木に追い縋ることができなくなる。
そして、その隙を逃す金木ではない。自身の背後から瞬時に四本の赫子を顕現、螺旋を描いて跳ね上がった漆黒の一閃が、少女の喉元めがけて突きこまれた。
けれど討ち取るには至らない。少女は地に足を固定された木偶の坊では断じてなく、故に後方へ跳躍すると赫子の射程外へと瞬時に退避。一歩の跳躍で十mの距離を稼ぎ、体勢を立て直した瞬間には既に右手の砲塔が金木に狙いをつけている。
三連装の長大な砲口が漆黒の内部を晒して死の重圧を叩き付ける。25mm三連装機銃、対戦車砲をルーツとするこの機銃は最早対人に向ける域を遥か超越し、未だ中空にある少女を狙い撃とうと近接する金木を真正面から迎え撃つ。
鼓膜が劈けるような轟音が空間自体を震撼させる。金木が移動する先を、障害物たる木々を重ねて五本紙屑同然に引き裂いて、彼方よりの砲撃は確かに届いた。
「ぐ、ぅあッ!」
致死の銃火に晒された金木に取れる選択肢は回避の一択。大きく身を仰け反らせると同時に上体と紙一重の位置を砲弾が通り過ぎていく。それを後ろ目に確認する暇もなく赫子を前方に突きだしつつ後方へ跳躍、苦し紛れの一撃は少女に届くはずもなく、間髪入れずに放たれる機銃の掃射を木々を利用した多角移動でなんとかやり過ごす。
一進一退の攻防劇、息を吐かせぬ死の舞踏。何故こんなことになったのかと問われれば、少なくとも金木の側は一切説明することができなかった。
突如として目の前に浮かび上がった黒球と、その中から現れた二人の少女。その片割れはよく見知った知己のもので、故に金木には一切の敵意はなく戦闘行為を仕掛けることは無かった。
だがそれは相手側の譲歩を引き出すものとイコールではない。金木の存在を確認した少女―――恐らくはアーチャーか―――は間髪入れることなく砲撃、その後一切の手心なく金木を殺さんと攻撃を仕掛けている。
掛ける言葉もないとはこのことだ。元より説得など選択肢に入れていないとはいえ、襲いくる少女は最早言葉も通じぬと言わんばかりの狂乱ぶりを露呈している。それは純粋な殺意というよりも、何か別の意思によって突き動かされているような違和感すら感じられて、それ故に攻撃の一つ一つには一切の躊躇が見られない。
-
これはまずい状況だと、金木は一人そう思考する。現状、彼らが互角の戦いを演じていられるのは複数の要因が存在するからだが、故に無駄な時間を浪費することだけは避けねばならないということを金木は誰よりも身を以て知っている。
彼らが拮抗状態にある理由の一つは、言うまでもなくアーチャーの狂乱だ。バーサーカーの如く狂化でも付与されたのかと疑いたくなるような猛攻は、しかし一切加減がない代わりに著しく精彩さを欠いていた。
常ならば決してこのようなことはないであろう、積み上げられた修練は一挙一刀足から如実に感じられる。しかし流麗なその技量を、今の彼女は完全に失っているのだ。それは糸で無理やりに動かされるマリオネットのような有様が原因であることは、一目で理解できる。
そして二つ目に、今の金木の状態が挙げられる。
本来、マスターを失った彼は即座に消滅するか、そうでなくとも著しい弱体化は免れない状態であるはずだ。拮抗どころか、本当ならば戦闘行為それ自体が不可能であるはずの彼が、一体どうしてこの激烈な闘争を演じることができているのか。
それは二画に相当する令呪と、マスターたるネギを喰らったことによる喰種スキルの最大活性化が挙げられる。
令呪とは、仮に一画であろうとも命じる内容如何によれば時空間すら捻じ曲げる規格外の魔力塊である。それを二画に加え、人肉を食したことによる全身の活性化が合わさることにより、彼は単独行動スキルを持ち合わせない身でありながらも一時的に十全にも等しい戦闘能力を発揮しているのだ。
だが、それはあくまで短時間に限定されたことである。疾走する脚部、展開する赫子、修復される損傷。それらが戦闘に際し最大出力で稼働される毎に、身に秘めた魔力は栓が抜かれたように急速に失われていくのだ。
現界に必要な魔力を削り、戦闘に充てることで何とか見せかけの拮抗状態を作っているに過ぎない。ネギが繋いでくれた命の時間、文字通り魂を削って、今の金木は戦っているのだ。
だからこそ、今は一分一秒でも時間が惜しい。早急にこの戦いを終わらせる必要があるし、しかし同時に彼はこの場を離脱することを一切考えていなかった。
単純な理屈だ。仮にこの場を切り抜けたとて、果たしてその後はどうする?
新たなマスターを探す―――都合よくサーヴァントだけを失ったマスター候補が運よく現れることを祈って?
他のサーヴァントを倒し契約を強制する―――たかが一戦闘にこれだけ消耗してしまう自分にそんなことが果たして可能か?
否、否だ。そんなのは可能性が低すぎる。自分は何としても聖杯を獲らなければならないのだから、取るべき道は何時だって現実的に考えなければならない。
そして彼が考えたのは―――今この場でアーチャーを打倒し、他ならぬ霧嶋董香と契約を結ぶことだった。
自分と彼女ならば有する願いは同じであろう、故に同調し主従契約を結ぶこともまた可能であると考えて。
―――ああ全く、僕って奴は。
命を懸けた修羅場であるというのに、何故だか自嘲の念が浮かび上がった。
トーカが自分を見捨てないだろうという醜い打算、そのために彼女のサーヴァントを消し去ろうという欺瞞。そんなどうしようもない選択しかできないか弱い自分への不信。
全く反吐が出る。結局のところ、自分はとっくの昔に汚れきってしまったのだろう。
ああ、それでも。聖杯を獲得し失ってしまった彼らを取り戻すために、終ぞ守れなかった主とその知己を助けるために。自分は負けることが許されない。
-
「だから」
お前は。
「ここで、倒れろ」
瞬間、金木は四の赫子を限界まで伸ばし前方で交差、放たれる機銃掃射の全てを赫子で弾きながら一気に跳躍する。
暴風のように吹き荒れる弾丸の嵐を無理やりに突っ切って秒とかからぬ間に接近。少女の懐まで入り込むと、編まれた赫子の隙を縫って握った拳を一心に突き上げる。
その標的は少女の心臓部。遠距離射撃を主とする少女に迎撃の手段はなく、仮に機銃の掃射を受けようが頑強なるこの身は数瞬は耐えてくれるはずだ。
故に勝算は十分。この一撃が決まれば勝負は自分の勝ちで決まる―――
「……甘いよ」
はずだった。
拳が少女に突き入れられるより早く、背後に隠されていた少女の右手が舞うように持ち上げられる。
そこにあったのは、今までの機銃とは全く別の砲塔。無機の大筒が吐き出すは爆撃の一矢。
これまで以上に巨大な口径が撃ち出すのは単なる銃弾に非ず、それはまさしく主力火砲。
12.7cm連装砲B型改二。今までの対空機銃などとは文字通り桁が違う、駆逐艦ヴェールヌイが誇る最大の火力がここに顕現する。
「―――――ッ!!」
轟音。爆発。炎上。湧き上がる爆炎に呑まれ、金木の体は弾かれるように遥か後方へと吹き飛ばされた。
二度、三度、地面にバウンドしながら転がり、木にぶつかることでようやく動きが静止する。その体は、見るも無残なものと化していた。
全身が黒く焼け焦げていた。特に着弾点である腹部は完全に崩壊しており、内腑までもが焼け付いている有り様だ。当然周囲は見事なまでに炭化しており、蒸発したのか一滴の流血さえ起きていない。
瀕死であった。例えサーヴァントであれ、例え喰種であれ、例え双方の性質を備える彼であろうとも、これ以上は戦闘どころか存命すら危うい状態である。
けれど彼の肉体は依然として生存への最適解を求め駆動する。穿たれた穴から肉の芽のようなものが次々と生え、損傷を埋めるように嵩を増していく。
それは目に見えるほどの驚異的なスピードで為される再生活動ではあったが……しかし、今この場においてはどうしようもなく遅かった。既に金木の傍にはヴェールヌイが立ち、手に携える砲塔を彼の頭蓋に押し当てている。
詰みである。マスターを失い、仲間もおらず、令呪の補助すら望めない彼に、この状況を打開する方策は何一つとして存在しない。
-
「許しは乞わないよ。ただ、そちらと同じように私も負けるわけにはいかないんだ。
そう、これ以上は、二度と負けてたまるもんか」
掠れる視界に、少女の話す姿が見える。ああ、自分は敗れてしまったのかと、ここに至りようやく彼は実感することができた。
何故、負けてしまったのか。負けられないと強く願った自分は。
単純な話だ。敗北が許されないのは、何も彼に限った話ではないというだけのこと。
いいや、そもそも負けを認められる者などこの街のどこにもいないのだ。誰もが己が命を懸け、誰もが願いを胸に聖杯へと手を伸ばす。理由は様々あろうが、そこに託す祈りの重さは誰もが変わらないというのに。
何を驕っていたのだろう。無意識に自分を特別とでも考えていたのか。主を死なせてしまった自分の不幸に酔っていたのか。次々と湧き上がる負の想念は、しかし現実の脅威を取り除くことはない。
向けられた砲塔に、魔力が収束していくのが感じられる。これで死ぬのか、僕は。こんなところで、何を為すこともできないまま。
嫌だ、嫌だ、僕は戦わなければ。
もっと、もっと、もっと。
ネギくんの願いを叶えてあんていくのみんなを助けてトーカちゃんが傷つくことのないような。
そんな未来を手にするために、僕は。
「僕は―――!」
戦わなくては、ならない。
――――――――――――。
-
▼ ▼ ▼
彼は独りで戦おうとした者。彼女は平穏な孤独を強いられた者。
泥の中で懸命に足掻き、光り輝く明日を求めて手を伸ばし続けた者。
そのどちらもが誰かの不幸など微塵も願わず、しかし互いの道は分かたれた。
現実と幻想、相容れぬ双極に立たされた彼らの再会は、けれど何をも生み出すことはない。
地獄へと続く道は善意という名の敷石で舗装されている。
彼らはただ、悪戯に失っていくだけだ。
▼ ▼ ▼
-
まず最初に感じたのは痛みだった。
高熱はあまりにも隙なく全身を包み込んで、当初それが痛みだということにさえ気付けなかった。
沈んだ意識が暗闇から引き上げられる感触と共に、視界の中に眩しいくらいの空白が広がる。
一部の隙もない白が、酸欠で鈍っていた脳髄が回復していくのと合わせるように色を取り戻していき、同時に耐えがたいほどの苦痛が全身を襲う。
痛い、痛い、痛い。浮かんでくるのはそればかり。自分が一体何者で、直前まで何をしていて、その先に何を望んでいたのかさえ、今の彼女には遠い彼岸の記憶でしかなかった。
辛さから逃れようと手を伸ばして、けれど自分に手がついてないことを思いだした。
全身の痛みに駆け出そうとして、けれど足は骨がむき出しになっていることを思いだした。
他の人に助けを求めようとして、けれど自分が人間でないということを、そこでようやく思い出した。
「ぅ……ぁ……」
視界がぼやける。酷い耳鳴りがする。血が足りないせいで頭は靄がかかったみたいだ。
体がものすごく熱くなって、冷たくなって、震えが止まらなくなって、動かせなくなって、感覚が無くなって。ぽろぽろ、ぽろぽろ、崩れるように流れて行った。
私の体はどうなっているんだろう。怖くなって、碌に見えてもいないくせに目を逸らす。眼球を動かす。ただそれだけのことが億劫で、ひどく吐き気がする。
ここはどこなんだろう。私は何をしていたんだっけ。アーチャー……アーチャー? それって誰、どこにいるの?
蘇る記憶、白色の。そうだ、確か白い髪をしていた。いつも無理やりに笑っていて、必要もないのにボロボロになって、誰かを助けようとするくせに自分のことはほったらかしで……
あれ、違う。それはアーチャーじゃない。アーチャーでは、ない。
今はもう懐かしい記憶。そこに映ってるのは、忘れようもない―――
「カネ……キ?」
そして。
そして、私は見た。
視界の向こう側、腫れ上がって碌に開かない瞼の隙間から垣間見える光の中、白髪の彼の姿があるのを。
私は、確かに見たのだ。
-
心臓が止まるような、そんな思いをした。
彼がそこにいた。木の根元に背を預けて、その白と黒の瞳でこちらを見ていた。そんな気が、した。
とても傷ついたような、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
やっぱりここでも、前と変わらないんだな、と。なんだか寂しいような、悲しいような、そんな感情を抱いた。
彼は、私に負けず劣らず酷い格好をしていた。辛うじて残っている手足はどれもボロボロで、ところどころ白い骨が覗いていた。鳩尾を中心にお腹が大きく抉れて、周りはみんな真っ黒焦げ。顔なんて飛び散った血や肉で汚れていて、これじゃお店に立てないじゃないなんて、そんな場違いなことを考えた。
ああでも、お店に戻るんだったら怪我もそうだけど、まず髪の色をどうにかしなきゃね。
そんなんで店に立たれても、目立ってしょうがないし。
だから、ね。
「一緒に……」
そう、口にしようとして。
飛び込んできたのは、彼に砲塔を向ける少女の姿。
「―――え?」
何が起こっているのか、一瞬分からなかった。
何故そんなことをしているのか、何故そんなことになっているのか。
一瞬だが、まるで見当がつかなくて。
「あ……」
思い出した。
蹂躙の記憶。脳裏にこびり付いた"赤"。為す術もなく、ただ奪われていくだけだった一幕のこと。
そうだ、私はあの時、二つの令呪を使っていた。
それは"赤"を傷つけないこと、そして……
そして、彼ら以外の全員を殺すということ。
それは、あのどうしようもないバカだって、例外なんかじゃなくて。
「駄目……」
駄目、駄目だ。
そんなことは、認められない。
「駄目……やめろ、アーチャー……やめて……」
私は、失いたくなかったからここまで来た。
二度と、独りにはなりたくなかった。
もう勝手にいなくなられるのは、嫌だった。
だから。
-
「やめろ……」
にわかに、右腕の一箇所から赤い光が湧き出てくる。
それは、彼女に残された最後の令呪。
彼女を此処に繋ぎとめる、最後の楔、だった。
「やめろ……」
喉が掠れる。上手く、声が出せない。
だが、手を伸ばす。潰され形を失った、けれどまだ動く手を、前に。
前に、伸ばす。
「やめろ、アーチャー!」
そして。
令呪が最後の輝きを、放って。
誰もが、動きを止めた。
金木研も、霧嶋董香も、ヴェールヌイでさえも、例外ではなかった。
動く者は、誰一人としていなかった。
意図せぬ大声を出して肩で息をするトーカは、驚いた様子でこちらを見遣る二人の視線に、ここに至ってようやく気付いた。
カネキもヴェールヌイも、揃ってこちらを見ていた。一瞬後に鳴り響くはずだった砲の轟声は起こらない。
自分が何をしたのか、トーカは正しく理解していなかった。やめろと叫んだのも、止めて欲しいと願ったのも、単なる必死の懇願だ。
けれど、聖杯の恩寵はそれを聞き届けた。
聞き届けて、しまった。
ヴェールヌイが何かを叫んでこちらへと駆け寄ってくる。必死の顔で、泣きそうな顔で、懸命に口と足を動かしているけれど。
何故だか声は聞こえず、その動きも酷くゆっくりに感じられた。
ふと、カネキのほうを見た。
一人にしないと誓ってくれた彼は、けれど驚くばかりで動くことはなかった。
ヴェールヌイが、駆け寄りながら手を伸ばした。
何かを必死に掴むように、何かを失わせないように。
座り込むトーカのほうへ、ただ懸命に手を伸ばして。
未だ中途半端に伸ばしたままの、トーカの右手を掴もうとして。
「―――――――――」
―――そこで、姿は掻き消えた。
―――最初から何も存在していなかったように、少女の姿はどこにもなかった。
ぶわりと風が包み込むように、大きな鳥が羽ばたいたように、吹き上がる風が木々の葉をざあざあと揺らした。
人がいた痕跡など何処にもなかった。そこにはただ、自然の生み出す静寂だけが満ちていた。
ヴェールヌイの指は、ただ空を切るばかりで。
その手は何も、掴むことはなかった。
-
▼ ▼ ▼
「どういうことだ、これはッ!」
その声に、意識はようやく現実へと帰還した。
見遣ればそこには、胸倉を掴んで血を吐きながら何かを叫ぶ青年の姿。
どういうこと、とは。彼は何を言っている?
いや、そもそも彼は敵だ。敵は、討たなくては。
そうしなければならないと叫ぶ。意味は、分からない。けれどやらなくては。
敵は全て倒して、マスターを、守らなければ。
……マスター?
「トーカちゃんはどうして消えた! 僕も、お前も、何もしてないはずなのに!」
消えた?
彼は何を言っているんだろう。言葉の意味が分からない。
必死の形相で叫ぶ彼は何やら大声でまくしたてて、だけどその言葉は私の耳に入ってこない。何故彼が董香の名前を知っているのか、何故ここまで取り乱しているのか、そんなことさえ疑問となって浮かぶことはなかった。
けれど、彼の言った一つだけは、すんなりと頭の中に入ってきた。
消えた。
マスターが、消えた。
「―――あ」
失われていた現実感が、頼んでもいないのに自分の中に戻っていく。そして無意識に目を逸らしていた事実も、また。
霧嶋董香が消えた。自分の目の前で、たった今。
―――自分のこの手は、届かなかった。
-
「……令呪だ」
「令呪って、それは……」
「マスターは既に二つの令呪を使っていた。あれは、最後に残っていた一つだ」
淡々と告げる言葉は青年に向けたものというよりも、未だ現実味のない自分へと言い聞かせるものだった。
鈍っていた思考がだんだんとクリアになっていき、ようやく周囲を見渡す余裕ができた。
眼前の青年は、全てが抜け落ちたような風体でこちらを見ていた。その姿は本当に小さくて、痛々しかった。
胸倉を掴むその手にさえ、空しいほどに何の力も入ってなかった。
「――――――……」
呟いた声が何だったのか、聞き取ることはできなかった。
よく見れば青年の体は酷くボロボロだった。手足は千切れ掛け、顔も胴体も傷ついていない場所なんてない。擦り切れ使い古された布きれのように、ちょっとでも触れれば途端に崩れ去ってしまいそうな、そんな印象を抱いた。
けれど、そんなことは彼女にとってはどうでもよかった。
認めたくなかった事実を自分で言葉にしたことで、どうしようもなく過ぎてしまった真実として、脳裏に刻み込まれてしまったのだから。
心が、止まった。
今度こそ、駄目だった。
頭の中が空っぽで、まともなことは何も考えられない。体は震え、目の奥がじわりと熱くなる。視界に映る全てが曖昧で、何もかもが夢の中の出来事のようだ。
霧嶋董香は死んだ。
守れたものは何もなかった。
なのにこうして、自分だけは生きている。
ああ―――なんて出来の悪い冗談なんだろう。
何故、あの時、トーカが「やめろ」と口にしたのか。それは分からない。
けれど、自分が致命的な過ちを犯してしまったということだけは否応なく理解できてしまう。
結局、自分は最後の最後まで、正しい道を選ぶことができなかったのか。
なんで……
「また、私だけ生き残ってしまった……のか」
そう、口にして。
「己が生を悲観するか、小娘。ならばこのワシが引導を渡してやろう」
しわがれた老獪な声が、耳に届いた。
横合いから殴りつける衝撃が、視界を黒一色に染め上げた。
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守るということ、それは失わせないということ。
守り堰き止め押し留める。ならば、そうする理由とは一体何なのか。
彼が守りたかったもの。彼が恐れていたもの。
それは結局のところ、他ならぬ彼自身であったのだろう。
再び失うのを恐れた。二度と失いたくなかったから守りたいと願った。
これはつまり、ただそれだけのお話。
誰も彼をも救おうとして、けれど自分を掬い上げることのできなかった、ひとりぼっちの男の子の物語。
守るために殺すという唯我の宿業が、英雄譚を塗り潰して喪失譚へと貶める。
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「―――え?」
素っ頓狂な声が、喉の奥から漏れ出た。
酷く不快な風の音と共に、目の前の少女が忽然と姿を消した。
一瞬の出来事だった。耳を劈く空気の振動が聞こえたと思ったら、その瞬間には掻き消えたように少女はどこにもいなかった。風と共に去って行ったかのように、つい先ほどのトーカのように。
ふと、両の手首の辺りに熱を感じた。
見下ろしてみれば、手首から先が消失していた。
少女の胸倉を掴んでいたはずの手のひらはどこかへと消え去り、ぐじゅぐじゅの断面から勢いよく鮮血が飛び出している。
そして、消えた手のひらの向こう。先ほどまで少女が立っていたはずの地面には、棒状のものが二つ、転がっていた。
醜い断面を晒すそれは、左右で残された長さが違っていた。赤黒い部分からは絶えず血が吹きだし、辺りの地面を真っ赤に染め上げて止まらない。
それは、腰より上を失った少女の足だった。
手首に感じる熱が、激痛に変わった。
「……ッ!」
瞬時に思考を戦闘用に切り替え、後方へ一足飛びに跳躍。優に十mの距離を移動し、感覚を最大限稼働させて周囲を警戒する。それはまだ見ぬ敵への警戒は勿論あるが、それ以上にある種の忌避と嫌悪の感情も含まれていた。
何故ならこの攻撃には見覚えがある。あの時と違い視認することさえ叶わない高速ではあったが、忘れたくても忘れられない敗北の苦渋が記憶に色濃く残っている。
そうだ、このあまりにも大雑把で、触れるもの全てを抉り取っていく邪風は―――
「フム、見た顔だと思えば貴様か。主を失ってなお見苦しく生き足掻くかよ小僧」
―――サーカスに舞うクラウンのように、その人影は優雅に姿を現した。
見覚えのある姿だった。聞き覚えのある声だった。そして何より、強く脳裏に刻み込まれた感情がそこにはあった。
それは道化師、それは老爺。遍く全てを嘲笑して刈り取っていく悪意の源泉。
「その醜さにはほとほとあきれ返るが―――まあ、よい。ワシがその下らぬ生に幕を下ろしてやろう」
最古の四人が一体、パンタローネが舞台へと降り立った。
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結論を言えば、ネギ・スプリングフィールドの死体はその場所にはなかった。
正午を大きく過ぎた午後の陽射しの中、軽装で木々と土に挟まれた獣道を歩きとおした千雨は、慣れない悪路に疲弊しつつも戦闘痕に辿りつき、その現場を目撃した。
拍子抜けでなかったと言えば嘘になるだろう。無意識にとはいえそれなりに覚悟はしていたし、鼓動を早める心臓は今にもはちきれんばかりであったが、結果だけ見ればこの通りである。
薙ぎ倒された木々の傍ら、ちょうどいい木陰に座り込み、千雨は深く嘆息する。
「……何してるんだろうな、私は」
ぽつりと、そう呟いた。
意図してのものではない。心も体も疲れ果てて、その末に飛び出た戯言でしかなかった。
だが真実でもある。わざわざ自分のサーヴァントの言葉を無視して、倒した敵の死体を確認しに遠出するなど、端的に言って気が触れている。
しかも結果は骨折り損のくたびれもうけだ。何かもが馬鹿らし過ぎて、一周回ってなんだか笑えてくる。
「……もう、行くか」
一言、そして千雨は重い腰を持ち上げて、億劫に立ち上がる。
ライダーは既にこの場を離れていた。曰く「サーヴァントの気配を感じた」とのことらしいが……流石にこの場所で暴れすぎて他のサーヴァントを呼び寄せてしまったのか、ともあれ道化のライダーは嬉々としながら千雨のことなど放ってさっさと行ってしまった。
ま、殺し合いなんざあの野郎に任せておけばいい、などと考えながら。千雨はぶらりと先を行く。
葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日が容赦なく肌に突き刺さり、今いる場所が夢ではなく現実なのだということをこれでもかというほど主張している。見上げた空はどこまでも透き通るようで、何故だか無性に腹立たしくなってくる。
ザッザッ、と地面に落ちた葉と靴が擦れる音だけが辺りに響き、いつの間にか雑木林から抜け出た千雨は、ふと遠目に何かが映るのを見た。
平坦な地面の向こう、霞むほど遠くに見える、学校の裏山。そこが、何やらやけに騒がしいような気がして。
「ああ、あそこで戦ってるのか」
気負いなく、感慨もなく、自分でも底冷えするような声音でそう呟く。また性懲りもなく、他のサーヴァントと戦っているのか、ライダーは。
だがそれでいい。戦って、戦って、その果てに自分に聖杯を献上すればいいのだと考える。そして傷ついたあいつを、自分は絶対に殺してみせるのだ。
とはいえ、思い返してみればあのクソピエロが戦っている場面を、そういえば自分は見たことがなかったと思い至る。
この際だから一見しておくのもいいだろうと、そう思って。千雨は動乱の中心であろう山中へと足を向けた。
夢遊の様相でとぼとぼと道を往く彼女は、その先に慮外の希求物を見つけることとなるのだが。
それを知る者は、少なくとも現時点では存在しなかった。
▼ ▼ ▼
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「ハハハハハハハハ!!
なんだねその様は、まるで見る影がないじゃないか!」
風が疾る。空が裂ける。
道化の腕が通り過ぎる全て、進行上にあるものは何もかもが削られ抉られ塵ひとつ残らない。
二本の腕は戯画的なまでに伸縮し互いを補う複雑な軌道を描き、音速を遥かに上回るスピードで青年に襲い掛かった。
青年を構成する肉体が、爆ぜる。
「ァア……ッ」
最早悲鳴を上げる力さえ、体に残ってなどいなかった。
溢れ出た無数の血飛沫が草木を汚す。疲労と損傷から飛びそうになる意識を無理やりに現実に繋ぎ留め、両手で頭部と頸部とを庇う。何の戦術も何の計算もない、苦し紛れの防御。反応する間もなく襲いくる風切の腕はそんな児戯など容易く打ち砕き、穴あきチーズのような有り様の青年の体を更に蝕んで削り取っていく。
戦闘開始から1分、青年―――金木研はただの一度も反撃していない。いいや、できないのだ。余力、スペック差、そのどれもが絶望的なまでの開きを見せている。事ここに至り、金木はただ嬲られるだけのサンドバックと化していた。
それでも未だに生きているのは、最低限致命傷を避けようとする必死の抵抗が功を奏していることと、何より喰種としての生命力あってのものだろう。骨が折れ曲がり肉が削げ落ちようと、極少量の魔力のみで高速修復されていく肉体はサーヴァントとしても破格の代物だ。
だがそれだけだ。残された魔力は回復に宛がうのみで手一杯で、反撃に移れるだけの力など微塵も存在しない。道化師の言う通り、かつて彼と戦った時とはまるで違う、まさしく見る影もないというやつだ。
今の金木は、パンタローネが気まぐれに放つ散発的な攻撃から逃げるだけで精一杯。このままでは一方的に命と魔力を削られるだけであり、彼が力尽きてしまうのも時間の問題だろう。
……どうしたら。
迷いは一瞬。金木はここで初めての反撃に打って出た。地を蹴り、赫子を現出させ、滑るようにパンタローネの背後に回り込む。絶対に無視できない軌道で赫子を三本抜き放ち、迎撃のために打ち出された深緑の手の死角に飛び込む。囮の赫子と、煽りを喰らった左腕が微塵に刻まれ、飛び散った血が地面に落下する間もなく粒子と消える。金木はそれらを対価に、二つの深緑の手を掻い潜り、パンタローネの胴体に肉薄する。
残された一本の赫子の姿が、霞む。
パンタローネの口元が、歪に歪んだ。
胴体を軸に周回して再度襲いくる深緑の腕が、金木の知覚限界ぎりぎりの速度で空間を流れ、頭部に襲い掛かる。避け様に放った赫子の一撃は狙いを大きく逸れ、敵手の表面を浅く削るにとどまった。
やられた、と思考するよりも早く金木の眼前一㎝に迫る脚部。大気の壁を突き破った衝撃波と共に襲いくるパンタローネの蹴撃は狙い違わず金木の顔面を直撃。前斜体勢だった金木の上体を後方に大きく仰け反らせ、のみならず金木の全身を木々の五、六本ごと盛大に吹き飛ばした。
木々の崩れる音に紛れ、襤褸屑のように弾き飛ばされた金木の体が転がり出る。脱力しきった体はピクリとも動かず、空気を求める荒い呼吸だけが空しく宙に溶けていった。
限界であった。元より枯渇寸前だった魔力はとうとう底を尽き、既に再生能力すら碌に働いていない。傷口から流れ出た血液や肉片は次々と魔力の粒子となって消えていき、彼が消滅するまで数分と保たないと言って憚らない。
-
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
言葉すらまともに発せないほどに疲弊した金木のもとへ、パンタローネが酷くゆっくりと近づいてくる。
顔面には嘲笑の歪みを張り付けて、いっそわざとらしいまでに遅々とした歩みで死を運んでくる。
―――駄目だ、勝てない。今の自分ではどうにもできない。
脳を支配する敗北感よりも心を満たす屈辱よりも先に、直感として金木はそう悟った。
「さて、極東ではこれを年貢の納め時とでも言うのだったか。
まあよい。ともあれ貴様は、これにて終幕よ」
声が聞こえる。
それは、幼い主を殺した、嗤う道化師の声。
目は霞んでよく見えない。感触もほとんどない。それでも、何故か声だけは鮮明に聞こえてくる。
微かに、正面に風を感じた。
どちらに避ければいいのか、分からない。いや、そもそも回避行動すら取ることはできないか。
体が、思うように動かない。
不思議と恐怖はなかった。
ただ、何も為すことなく死んでいく自分が、とても情けなくて。
「いや、だ……」
知らず声が漏れる。
死の風を運ぶ道化の足取りが、ピタリと止まったような気がした。
このまま死んでいくなんて嫌だ。僕にはまだ、やるべきことが残っているのだから。
助けなくては。戦わなくては。この手から零れ落ちていってしまった彼らを、どんな手段を使ってでも救わなければ。
そうしなければならない、しなければならないのだ。
-
「ネギくん、ネギくん、ネギく……ゲアァ!」
ボタボタと血が零れる。息が詰まる。言葉が上手く出てこない。
「トーカちゃんッ……あ、あぁ……!」
心だけが先行して体が動かない。手は、地面をガリガリと削るだけ。
「くそ、なんで……まだ、早く行かないと……
僕が助ける、僕が助けるんだ……!」
何も見えない、何も聞こえない。浮かぶのはただ、一つの意思。
―――ああ、視界の端で。
―――仮面をつけた、黒い道化師が嗤っている。
「だずげッ……!」
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
「たずッ……!」
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
「僕がっ、僕がっ、僕がっ!」
僕が。
「僕があああああああああああああああああああっ!!」
助ける。
-
「やかましい」
ぶぢゅり、と。
道化の足が胴体を穿つ。それだけで青年の最期の足掻きは停止した。
今度こそ、あらゆる戦いは幕を下ろしたのだ。
「意味もなく吠えおって、最期まで煩わしい羽虫であったわ。だが」
「これで終わり、ってか。
……ったく、どんだけ遊んでんだよ、てめーは」
ふと、パンタローネの背後から聞こえる声。
見なくても分かる。そこにいるのは長谷川千雨、他ならぬパンタローネの主である。
彼女は現場とそこに転がっているランサーの肢体を見るなり顔を顰め、心底不愉快そうに吐き捨てた。
「なに、こやつは以前、身の丈に合わぬ生意気を言ったことがあるのでな。
それに所詮は主を失ったはぐれよ。このパンタローネが遅れを取るはずもあるまい?」
「慢心も程々にしとけよ。そんで、だ」
千雨は嫌そうな顔を隠そうともせず、両者の近くへと歩いてくる。
パンタローネに踏み抜かれた金木を見下ろし、静かに問うた。
「こいつ、確かてめーが殺したっていうマスターが従えてたサーヴァントだよな。特徴、大体合ってるみてえだし」
「フム、まあその通りだな。あの時は主を殺した故、消滅も時間の問題だと思うておったのだが、何やら見苦しく悪あがきでもしておったのだろう。今は見ての通り、」
それも結局は無駄な足掻きだったようだがな、とくつくつ笑うパンタローネを無視し、千雨はただ、眼下のサーヴァントに問いかけた。
「なあ、アンタ。アンタはネギ先生に従ってたわけだ。
そんで聞きたいんだけどよ、アンタは今こうして生き延びてまで、何のために戦ってたんだ?」
-
意外な問いかけだった。少なくとも、今にも死のうとしている敵に問うべきものではない。
当然の如くパンタローネも嘲笑から怪訝な顔に表情を変える。その問いかけの意味がパンタローネにも、問われた当人である金木にも、推し量ることはできなかった。
いや、金木には一つだけ分かったことがある。
彼女は今、ネギ先生と言った。この少女にはおろか、彼女が従える道化のサーヴァントにも明かしていない少年の名を。
つまり、これは―――
「……マスターよ、その問いに一体何の意味があるという」
「別にいいだろ。どうせすぐ死ぬんだ、聞いたところで何の問題もねーよ」
それもそうか、とパンタローネは押し黙る。金木は、振り絞るように声を出した。
「聖杯を……ネギくんの願いを、果たすためだ……」
「……てめーの願いの間違いじゃねえのか?」
「それもある。けど……ネギくんを見捨てるなんて、僕には、できない……」
そこで言葉は切れた。金木の息は荒く、最早これ以上言葉を紡ぐことすら難しい様子だ。
パンタローネはぐじゅり、と踵を踏みしだく。ビクリと金木の体が痙攣した。
「さて、これで用は済んだであろうマスター。これ以上の問答は時間の無駄よ、さっさと死なすがよかろう」
「ああ、そうだな」
そして、全ての猶予は過ぎ去った。
嗤う道化師と、表情のない少女。彼らは共に躊躇なく、敵の命を刈り取る希求者だ。
目的のためなら手段を択ばない。甘さなど不要、殺すべきは即座に殺す。
故に、命運は既に定まった。
「けどまあ」
そう、既に。
この時、【彼】が死ぬのは決定事項だったのだ。
「死ぬのはお前だけどな、ライダー」
掲げられた右手の甲が、赤い光を放って。
「令呪を以て命じる。パンタローネ、てめえが最も忌避する手段で自害しろ」
天下に響き渡る号令の如く、絶対遵守の命が下された。
▼ ▼ ▼
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自動人形(オートマータ)と呼ばれる存在がある。
それは文字通り自動で動く人形であり、外見こそ簡易的な絡繰り人形でありながらも高度な知性と自我を有し圧倒的な戦闘能力を誇る、錬金術からこぼれた欠片の一である。
人形に意思と動力を与える疑似体液を循環させ、人の血を啜ることで機能を維持する。「武器を持たない人間を相手に視認不可な速度で動いてはならない」という黄金律を持ち、それ故に近代兵装では到底太刀打ちできない等身大の死の恐怖。
数百年前の産物でありながら最先端科学ですら到底追いつけない未知のテクノロジーの集大成。彼らは一体何故、何のために作られたのか。
その存在理由。原初の制作目的とは至って単純。「フランシーヌ人形を笑わせる」ことである。
すなわち全ての自動人形はフランシーヌ人形だけのためにあり、その存在そのものが自動人形の機構を動かす意味なのだ。
故に、彼らはフランシーヌ人形を否定してはならない。
それを為してしまえば―――彼らがこの世にある理由など、塵一つ分すらも残されないのだから。
▼ ▼ ▼
-
「あ……」
一帯を、静寂が包んだ。
パンタローネの最初の呻き以外、誰も口を開かなかった。なぎ倒された木々の残骸と、葉が擦れる音しか聞こえない。。
金木は倒れ、千雨は口を閉ざし。
そして、パンタローネは。
「う、うぐ、ぅあ、あああああああああああああああああああああああああああ!!?」
絶叫が迸る。
今やパンタローネは半狂乱となって身悶えしていた。常の尊大さも被造物の優越も、そこにはなかった。
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。腕はもがくように振り回され、顔面は用途も知れぬ液体が大量に垂れ流され、醜悪に歪んだ形相は人間では真似できない領域の歪みに達しつつある。
だが、しかし―――
「き、さま……貴様貴様貴様ァッ!
よくも、このパンタローネを、謀って、くれ、たな……!」
しかしそれだけだ。パンタローネの体は何一つ傷ついていない。
憤怒の凶顔は抑えきれぬ憎悪を湛えて千雨を睨みつけ、嚇怒の念は空間さえ軋ませてただ一人に向けられていた。
恐ろしいほどの凶念を叩きつけられる千雨は、尚無表情のままである。
わき目も振らず取り乱し、隠しもしない殺意の奔流を渦巻かせるパンタローネと、それと正反対に能面のような静謐さを湛える千雨。
今やパンタローネは憤死さえしかねないのではと思わんばかりに乱れ狂い。
だが、命令たる自害をする様子は微塵もなかった。
何故なら、それは。
-
「このパンタローネに……あまつさえ、【フランシーヌ様を否定しろ】と言うか……!
我等の存在意義、我等の在るべき根源を、貴様は……ワシ自ら凌辱しろと言うのかァ……!」
ライダーのサーヴァント、パンタローネが保有するスキルに、「最古の四人」というものがある。
文字通り自動人形(オートマータ)の中でも最古に作られた原初の四人であるパンタローネは、他の自動人形の例に漏れずある一つの存在意義の元に作られた。
それがフランシーヌ人形。かの者を笑わせることだけが、彼らの存在する意味なのだ。
それ故に、彼はことフランシーヌ人形に関する事象においてのみ、マスターの命令すら背いて行動することができる。
それは例えば、令呪の強制であったとしても。
彼が彼としてある根源理由のために、例外的に抵抗が可能となっているのだ。
仮に、そう仮に。千雨が命じたのがただの自害であったならば、一瞬の思考の余地も与えられぬままに深緑の手は自らの喉笛を抉り取っていただろうが。
彼の思う最悪の自死手段がフランシーヌの否定である以上、そうは問屋が卸さない。
「……ああ、やっぱてめえにとっての最悪ってそれだったんだな」
だが笑う。千雨は、嗤った。
ここで初めて、千雨に表情が出た。それはどこまでも寒々しい、酷薄な笑みだった。
「それに言ったよな、慢心は程々にしとけって。
私がどれだけてめえのことを殺したいと思ってたか、まさか分からないなんて言わないよな?」
嗤う、ニタニタと。
「それともまさか―――自分は貴重な戦力だから切り捨てられないって、んなことでも考えてたのか?」
嗤う、ケタケタと。
「ンなわけねぇだろうが糞ピエロ! 代わりさえ見つかりゃあ、てめえなんざ即刻ぶっ殺すに決まってンだろうが!」
「長谷川、チサメェエエエエエエッ!!」
「悔しいか? 悔しいかよッ! 人の感情も碌に分からねえガラクタの癖に、一丁前に吠えんじゃねえ!」
「ヌ、グ、オオオオオォォォオオォォオオオオッ!!」
-
雄叫びと共に重圧を無理やり引き千切るように持ち上げられたパンタローネの腕から、不可視の真空弾が狂ったように吐き出される。
周囲の地面や木々を無秩序に破壊する真空弾は、しかし千雨を殺すことはない。所詮は令呪の強制に抗った末の苦し紛れだ、碌に狙いもつけられていない。
不可視の穿閃が、千雨のすぐ右側を貫いて通り過ぎていく。
ばしゃり、と。右腕が抉れて血が飛び散った。致命傷ではない。痛みすら、今は何も感じない。
「……重ねて令呪を以て命じる」
そう、パンタローネを……大切だった者たちを悉く殺したこいつを絶望させるためならば。
痛みだろうが令呪だろうが、惜しいものなど何一つ無かった。
忌まわしい赤の輝きが、再度右手から発せられる。
「パンタローネ、フランシーヌを否定しろ」
ピタリ、と。
狂声を上げて怒り狂っていたパンタローネの動きが、止まった。
ガタガタと音を鳴らし、何かを強く嫌がるように振動して。
「ワシ、は……」
「……言え」
「ワ、ワシは……フランシーヌを……」
「さっさと言いやがれ! これは命令だ!
言え、言うんだよ!」
嫌だ嫌だと頭を振って。
ついには、言った。
「ワシは―――フランシーヌなど関係ない!」
静寂。
「う、あ……」
静寂。
-
「ワ、ワシは何を言った……?
ワシは一体、何を……」
ざあ、と。土砂降りのような水音が辺りに響く。
「ワシは、ワシはああああぁぁぁぁ……!」
瞬間、堰をきったように。
パンタローネの全身から、白銀の液体が噴出した。
「……とうとう言ったな、パンタローネ」
それを見て、千雨はただ静かに呟いた。
「てめえだけは許さない。
潰れろ。砕けろ。粉々に、砕け散って死ね」
長谷川千雨は、パンタローネというサーヴァントのことを逐一把握していた。自分のサーヴァントなのだ、その由来程度は朧気ながらも記憶に流れ込んでいる。
自動人形が在る意味、フランシーヌという存在。その関係性。
いまいち確証がなかったから最初の令呪では曖昧な命令しか与えられなかったが、こうまで上手く嵌ってくれた今なら確信が持てる。
自らが生きる理由を手放して、自動人形が存在できるはずもない。
自分の復讐は。
とうとう形を成したのだと。
「あああァ……フランシーヌ様ぁ、お許しください……パンタローネの、このワシの本心ではないのです……!
フランシーヌ、様ァァァ……!」
その肢体のどこにそれだけの量が入っていたのだと言わんばかりの白液が、止め処なく溢れ出ては大地を銀に汚していく。
自分の言葉を信じられないという様子でうろたえるその姿は、捨てられることを恐れる哀れな子供のようにも思えて。
-
けれど、そんな下手くそな道化芝居を顧みる者は、どこにもいなかった。
千雨は視界の向こうで崩れ落ちる道化師を無視し、足元に倒れる青年に手を差し向ける。
哀れみではない。情でもない。それはどこまでも打算に満ちた、けれどそれ故に真摯な願いを籠めた、救いの手。
「私は、聖杯を手に入れる」
語りかけるように、千雨は言葉を紡いでいく。
金木は、ただ彼女を見上げるだけだ。
「何をしても、どれだけ失っても、私は奇跡を諦めない」
紡ぐ彼女の眦が、その時微かに揺らめいた。
「だから手を貸せ。お前も、それだけの理由があるんだろ」
「……君は」
有無を言わせぬ千雨の声に。
表情の抜け落ちた顔で、一つだけ問い返した。
「君は、誰だ?」
白痴のような青年の問いかけに。
千雨は大きく、大きく笑った。
「ネギ先生の生徒だよ、ランサー」
そして二人の手が重なって。
荒れ果てた新緑の空間に、一際大きな光が瞬いた。
-
▼ ▼ ▼
祈り、願い、誓い、信じる。
最早、彼らにそれを説く意味はない。
彼らはただ聖杯を目指し駆け抜けるのみ。
それしか、残された道は、ない。
▼ ▼ ▼
-
そうして。
残ったのは、二人だけだった。
右腕から流れる血を一顧だにしない、眼鏡をかけた少女と。
崩れかけの肉体をそれでも繋ぎ支えて立つ、白髪の青年。
共に何かを喪失した、自分の救われる明日さえも見失った、そんな二人だった。
互いに会話はなかった。話す必要を感じなかったから。
互いに繋がることもなかった。所詮は聖杯を手に入れるための仮初の主従関係なのだから、情が入らないほうがいいと思ったから。
戦場跡を離れようと踵を返した今も、言葉と視線は交わさなかった。
どちらもまるで白昼夢のように存在感が不確かさだが、しかしどちらも確かにここに在り、明確な目的意識を持って活動している。
何より目が違った。体は傷つき、今にも倒れてしまいそうな危うさこそあれど、しかし意思に燃える瞳があればこそ、その肉体は不撓不屈の歩みを以て進み続けるのだと言外に示している。
彼らは戦う者だ。戦い勝ち取る者だ。後退の許されない各々の矜持を持ち合わせ、どれほど奪われ失おうとも手を伸ばし続ける落伍者だ。
失い、傷つき、打ちのめされてボロボロになって、それでも歩みを止めない敗残者だ。だからこそ、その足取りは重く、決意の音を響かせる。
今や彼らを止めることができるのは、その首を切り裂く刃のみ。
言葉や信念で足を止めるほど、彼らは光に身を浸してはいない。
だからだろうか。
彼らに届けられたのは、言葉でも、心でもなく。
暖かみの欠片も存在しない、一発の銃声と鉛玉だった。
不意に逸らした金木の首の横を、風切音が通り過ぎる。
先の見えない遠くのほうで、何かが爆発する音が聞こえた。
-
「ッ、てめえ……!」
「……」
驚愕と怒気を露わに振り返る千雨と、生気のない動作で緩慢に視線を向ける金木。対照的な二人の視線の先にあったのは、一人の少女の姿。
小柄な体躯に似合わぬ大口径の砲口を向け、ただ立ち尽くす弓兵の姿。
水兵服に白銀の長髪、見間違えるはずもない。
董香が使役していたサーヴァント、アーチャーであった。
「君は……」
金木はただヴェールヌイを睥睨し、小さく静かに声を投げかけた。胡乱げな視線をよこす彼の姿からは、何の抑揚も感じ取ることはできなかった。
砲口を向けるヴェールヌイは、今や直立が難しいほどに激しい痙攣に襲われていた。腕は愚か全身がガクガクと揺れ、射線は杳として定まらない。先ほど放たれた砲撃は呆れるほどゆっくりで、肉体から離れた砲弾にすら影響が及んでいるのだと容易に察することができた。
そう、影響。一体どのような手段で黄泉路から蘇ったかは知らないが、彼女には未だに令呪の強制が残っている。すなわち『やめろ』、この場での戦闘行為を禁じる命令が、ヴェールヌイの体を縛って離さない。
令呪の強制力を考えれば、一撃を放てたことさえ信じられない奇跡だ。例え敵手に一切の痛打を与えられず、ただ無様に生き足掻くだけの結果に終わろうと、彼女の抱く意志力は賞賛されて余りあるものであると言える。
「私、は……」
震えるような声が、彼女の口から漏れ出る。
「私は、【響】。暁の水平線に勝利を刻む、誉れ高き第六駆逐隊が一隻……」
震える右手が、徐々に照準を一点に定める。
「私は、今度こそ……最期まで、マスターのために戦い抜く」
……最初とは、まるで正反対の構図となっていた。
アーチャーのクラスである彼女は、単独行動のスキルによりマスター不在でも行動が可能である。しかし、それは十全の戦闘行為が可能であるというわけでは断じてない。
マスターからの魔力供給が途絶している以上、その性能は極限まで低下しているはずだ。少なくとも、令呪の命令により生き永らえていた先ほどまでの金木と同程度には。
だからこそ、これは役者を入れ替えた上での焼き直し。眼前の敵に決して勝てないことを理解していながらも、彼女は戦うことを止めはしない。
全てを失って尚、弱さをひた隠し毅然と立ち向かうその姿は。
弁解の余地なく哀れで、無様で、滑稽で。
それでも、どうしようもなく美しかった。
「……ランサー、さっさと殺せ」
ヴェールヌイから目を逸らすように、千雨の命令が金木に届く。
腰部から赫黒の繊手が四条、体組織を急激に変化させながら何物をも貫く剛槍として現出した。陽の光を背にするその姿は、さながら巨大な蜘蛛のようにも見えた。
「……さようなら」
槍の穂先と共に、そう言葉をかけて。
「最期までトーカちゃんのために戦おうとしてくれて、ありがとう」
筋肉の爆発的な収縮によって、四条の赫子は違わず白銀の少女へと殺到した。
咲き誇る花の如く、空間を彩る赤と白が大輪となって飛び散った。
――――――――
-
最初に会った時は、なんだか迷子みたいな子だな、と思った。
光の当たらない夜の暗闇が満ちる、どこかの部屋の中。
あの子は、何かを覚悟した顔つきで、けれど隠しようもない寂しさを湛えて、こちらを見ていた。
あの頃はまだ、今と比べてあまり会話の数が多くない間柄だったと記憶している。ヴェールヌイという名前を告げたら、ヴぇ……なに? と、きょとんとした顔で返された。一瞬だけだが、そこに年相応の幼さを見たと、そう思う。
それから暫くもしないうちに分かった。この子は自分と同じなのだと。
共に置いて行かれてしまった子供。戦う力を持ちながら、けれど守りたいものを守る戦いの場に立つことすらできなかった、失っていくだけのかつての私。
この偽りの世界でただ一人、想いを共有することのできた人。
だから、ずっと思っていた。自分は必ずこの少女に、彼女の望んだ明日を取り戻してみせるのだと。ただ失っていくだけの未来など御免だから、せめて彼女にだけはそんな道を歩ませないのだと、そう誓った。
聖杯戦争の本戦が始まると告げられた時。私はただ、告げられた事実だけを淡々と伝えた。彼女はいつもと変わらないぶっすりとした表情で、ただ「そっか」、とだけ呟いた。
けれど、確かに私は覚えている。
いつも通りのやり取りを終えて索敵に戻ろうとした私に、彼女は「改めてよろしく」、と、微かに微笑んでくれたことを。
私は、決して忘れない。
きっと、それは彼女自身さえも意識しない本当に小さなものだったけど。
それだけで、私はどこか救われたような気さえしたのだ。
彼女がいたから、私は今日まで戦ってこれた。
想いは最期まで交わらず、知らず与えられた暖かさに返せたものなど何一つなかったけれど。
私は、本当に、霧嶋董香というマスターのことが好きだった。
【霧嶋董香@東京喰種 消滅】
【ライダー(パンタローネ) 消滅】
【アーチャー(ヴェールヌイ) 消滅】
-
▼ ▼ ▼
彼女たちの軌跡はここで終わる。何を為すこともなく、ただ無為に命を華と散らし、無明へと溶け消えゆく幻想の一幕。
彼女たちが共に何を思い、何を願って戦いに臨んだのか。それを確りと知る者は、今や何処にも存在しない。
けれど。
けれど仮に、彼女たちの紡いできた軌跡を形にするならば。
独りになることを恐れた少女と、独りで歩み続けてしまった少女の終着を。
独りが嫌だから立ち上がった少女と、それを支えようとした少女の帰結を。
全て纏めて繋ぎ合わせ、仮に一つの物語としたならば。
それは、やはり"悲劇"でしかないのだろう。
【C-2/学園の裏山/一日目 午後】
【ランサー(金木研)@東京喰種】
[状態]全身に甚大なダメージ(回復中)、疲労(極大)、魔力消費(極大)、『喰種』
[装備]高等部の制服
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:誰が相手でも。どんなことをしてでも。聖杯を手に入れる。
1.――――。
[備考]
長谷川千雨とマスター契約を交わしました。
【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]魔力消費(中)、精神疲労(大)、右腕上腕部に抉傷。
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]ネギの杖(血まみれ)
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
C-5の爆発についてある程度の情報を入手しました。「仮装して救助活動を行った存在」をサーヴァントかそれに類する存在であると認識しています。他にも得た情報があるかもしれません。そこらへんの詳細は後続の書き手に任せます。
ランサー(金木研)を使役しています。
-
投下を終了します
最初のほうで盛大にタイトルを誤字ったり酉を間違ったりしましたが私は元気です。どうもすみませんでした。
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投下乙です
おおう、こうなったか
パンタローネはもう、ですよねー、というかなるべくしてなったというか、こうなる未来しか想像できなかったけど。
トーカ組はなあ。ヴェールヌイがあの状態だったから老い先短いとは思っていたが。
最後の最後まで令呪に振り回された組だった……。いやこの話自体令呪の恐ろしさを思い知らされる話だったけど。
最期の語りが切なくて、悲劇であれども誰かのために今度こそ戦い抜けた響にお疲れ様を
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投下乙でした
この三組にあったものを見事に帰結させた回だったと思います
カネキ君と千雨とは巡りめぐってこうなるか、でもネギ先生のことを考えれば因果な話だ
響とトーカの絆、最後の戦いにならぬ戦いにも胸打たれました
パンタローネも、この上なく皮肉な末路でしたがお疲れ様
サハラ時点くらいの最古では、人の心も意地も理解できないよなぁ
ある意味では最期まで皮肉と恐怖と理不尽の具現のごとき初期オートマータを貫いたとも言えるかもしれない
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>サハラ時点くらいの最古では、人の心も意地も理解できないよなぁ
もしサハラ後の時点から呼び出されていたら、もっと別の結末があったのかな?と思ったり
死亡後というか仲町サーカスの面々と交流した後での召還で
彼らとの会話や鳴海との戦いの思い出話を基にして千雨を諭したり
フェイスレスにおまえらが仕えてたフランシーヌ人形は影武者だったと
嘲笑された直後での召還で千雨を煽る気力もなく二人揃って溜息、とか
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まぁいわゆるロワなどと違って、サーヴァントの場合参戦時期という概念ではないわけだけれども、サーヴァントとしてのパンタローネを形作る地点が違えばまた違った経緯を辿っただろうなあ
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原作でもジルドレみたいに、クラスが変われば年齢も変わるサーヴァントはいるらしいけどね
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延長します
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投下乙です。
なるべくしてなった結末でしたが、誰も彼もが必死に生きた。
トーカちゃんもヴェールヌイもパンタローネも奪われ尽くされて。
けれど、残したものは確かにあって。
やはり、悲劇ではあるんだけど、それでも僅かながらの希望があった。
嘘の世界でも本当はあったんですよね。
各々が抱いた願いといい、貫けた分マシなのでしょうねぇ。
投下します。
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収穫ゼロ。
そう簡単に得れるとは思っていなかったが、ここまで何も手に入らないと失笑モノだ。
午前の全てを使って街を探索してみたはいいが、何の事態も巻き起こらない。
やはり、初日だからなのか、どの主従も様子を窺っているのだろう。
仲村ゆりは、思っているよりも向こう見ずな主従はいないのだな、と軽くため息をついた。
『たかが半日動いた程度で何かがわかる訳がないだろう、阿呆が』
(うっさいわね。血気盛んで目があったら即座に殴りかかってきそうなマスターがいるかもしれないでしょ)
現在、ゆり達は新都のデパートの屋上で少し遅めの昼食をとっている。
腹が減っては戦はできぬ。その言葉通り、サーヴァントを従えている以上、自分の健康は疎かにはできない。
コンビニで買った弁当をかっ食らい、がぼがぼとジュースを口へと運ぶその姿は男のようだ。
容貌はお嬢様といった感じなのに、中身は反比例である。
『そのような奴等が相手なら、俺も容赦なく斬れるんだがな』
相棒であるセイバー――斎藤一は鉄面皮を依然として貫いている。
聖杯戦争が始まって以降、自分達の仲は悪化してはいないが、よくもなっていない。
もっとも、両者共に、この程度の距離感が丁度いいとは思っている故に、二人は特には不平を呟かない。
べたべたと甘ったるい共存関係など御免だ。
目的の達成の為に一時的ではあるが手を取り合う。
それが、ゆりと斎藤の境界線だ。
(ねぇ、セイバー。さっき言った奴等とは真逆で、この聖杯戦争で私達のような聖杯なんてクソ食らえって奴等、いると思う?)
『いない、と仮定した方がいい。下手に楽観視して死んでしまっては話にならん』
(はいはい、わかってますー。それにしても、本当に貴方って態度がセメントねぇ。もっと柔らかくできないのかしら)
『俺がそういった物言いができないのは知っているだろう』
このように、不穏であるのか、不穏でないのか。
境界線こそはっきり線引しているけれど、それ以外は曖昧だった。
微妙な空気のまま、彼らの戦争は始まっている。
どんどん前へと進むゆりの後を斎藤がゆっくりと付いて行く。
まだ、一日目なのだ。長いようで短い一週間のが漸く幕を上げたに過ぎない。
急いては事を仕損じる。
わかってはいても、中々落ち着けない。
-
(さぁてと、学校をサボってまで街を出回っているんだから、何かしらの手がかりは欲しいわ。
これからどう立ち回るか、私達以外は全員敵なのか。さっさとはっきりさせちゃいましょう)
ゆりは溜息をつきながらも、今は待ちの態勢を続けることこそが一番の近道だとわかっている。
人気の少ないデパートの屋上。ふらふらと動き回る素人っぽい動き。学校をサボっている若々しい美少女(自称)。
自分で言うことではないとわかってはいるが、結構怪しいものではないか。
聖杯戦争という枠組みの内側にいる参加者ならば、気づく可能性が高い。
大体の条件は揃っている。もしも、殺意に塗れたサーヴァントが襲いかかってくるならそろそろのはずだ。
(安全圏でのうのうと生きるなんて、真っ平御免よ。吉と出るか、凶と出るか。賭けようじゃないの)
覚悟は、もうできている。
刹那、急激な寒気を身体が感じ取る。
サーヴァントでない自分でもわかる濃密な悪意。
故に、当然斎藤が気づかないはずもなく、即座に霊体化を解除する。
「……っ!」
腰に携えた日本刀を抜き放ち、『見えない刃』を叩き落とす。
金属同士が擦れ合った嫌な音だ。ご丁寧に急所を狙ったいやらしい一撃だった。
正面から向かってこない手口といい、アサシンだろう。
もしも、戦闘に長けぬ間抜けであったならば一瞬で退場となっていたことに、ゆりは少し肝を冷やした。
そこは、新選組三番隊組長である斎藤一を信じた次第である故に、動揺とまではいかないけれど。
「やあ、絶好の殺戮日和だね」
上等だ、襲い掛かってくる敵に情けをかけるつもりはない。
視線を向けると、そこには全身黒ずくめの道化師が心底愉快そうな面持ちで立っていた。
アサシンのサーヴァント、キルバーンは手に持った鎌をくるくると回しながらゆっくりと此方へと近づいてくる。
話し合う必要なんてない。そもそも、生命を刈り取ろうと迫る死神相手に交渉などできるものか。
彼は敵だ。自分達へと明確な害意を持つ障害物である。
ならば、ゆり達が取る行動なんてただ一つ。
「セイバー」
「言われなくても」
――邪魔な奴等はぶちのめす。
-
「やる気みたいだね、結構。そうでなくちゃ面白くはない」
「御託はいい、かかってきな」
「ああ、存分に楽しもうじゃないか。けれど、その前にやることがある」
相も変わらずくるくると鎌を片手で回しながら、キルバーンは指を鳴らす。
瞬間、悲鳴が木霊する。
鈍い音が数度、そして呻き声。
「勝手に舞台へと上がっている邪魔者はちょーっとご退場願わないと、ねぇ」
視界を横に向けると、刃が刺さった憐れな犠牲者達が血溜まりに沈んでいた。
目を見開き、何が起こったかすら理解できない顔で、彼らはゴミのように死んでいる。
所詮は換えの効く一般人だ。この聖杯戦争で、何の意味もなさない不純物である彼らをぞんざいに扱って何が悪い。
そう言わんばかりに死体を蹴り飛ばしながら、キルバーンはけたけたと笑う。
此処にある生命は全て、死神である彼の手が握っているとでも言いたげに。
「――殺す」
NPCとはいえ、彼らは何の罪もない市井の人間だった。
それを、キルバーンの下衆な快楽によって悪戯に殺されていいはずがない。
気に入らない。自分の信念とは真っ向から違うキルバーンの思惑に、反吐が出る。
彼の掲げる悪・即・斬に当てはまる外道に対して、斎藤は刃を向ける。
疾走。そして、一突き。
斎藤は、一撃で終わらせるつもりだった。
「おっと、血の気が多いねぇ」
だが、キルバーンは軽やかな足取りで後退し、斎藤の突きを躱す。
まるで、それがわかっているかのように。
斎藤の刃には精細さがないと言わんばかりに。
手を抜いているつもりはない。
けれど、その鋒は彼へと届かなかった。
(……何か、あるな)
確かに、先程の突きにはいつもより鋭さが欠けている。
本来の自分ならもっと強く穿てるはずなのに、どうして。
頭に湧いた疑問を噛み砕きながら、斎藤は再び刀を構え特攻。
刀と鎌が打ち合い、ギチギチと鈍い金属音をがなりたてる。
-
「君にとって、この世界の住人なんて何の縁もないだろう?
それなのに、どうしてそこまで怒りを露わにするのか、僕には理解できないな」
「英霊であっても、この街が偽りであっても。理由など、明確だ。
俺が気に入らん。貴様の振る舞いが、俺の正義と相反している」
払う、突く、薙ぐ。
互いの武器が空を駆け、何度も叩きつけられる。
旋回する鎌を弾き、突くも躱され一旦の小休止。
「戦う理由など、それで十分だ」
届かずとも、折れず。
斎藤一の刃は悪を前に倒れることなどあってはならないのだから。
渋くなった表情で刀を握り締め、再度構えを取るも、どうも様子がおかしい。
眼前のキルバーンは全く狼狽えていない。
まるで、自分の勝利が見えているかのように陽気な態度でこちらを嘲笑い続けている。
「さてと、そろそろじゃない?」
「……お前の死ぬ時か?」
「違う違う。君の死へのカウントダウンが、さ」
だから、理解するまでに時間がかかった。
その言葉と同時に、がくりと膝が落ちる。
刀を持つ手に重みが増し、自分の手ではないかのようだ。
「――――っ!」
思うように動かない自分の身体に、斎藤は舌打ちをしながら横っ飛びに動き、キルバーンの振るう鎌を回避する。
何か小細工を弄されたのか、刀を振るう力も入らず拙さを感じる。
足は立つことを拒絶し、刀を握る指は今にも解けそうだ。
しかし、早急に身体の異変を感じ取れたのは幸いである。
このまま気づかぬまま戦っていたら自分はあの鎌の錆となっていただろう。
-
「阿呆、が!」
そして、この影響は自分だけではなく背後にいるマスターにも作用していたらしい。
つい数分前まで快調だった彼女はふるると震え、真っ青な表情で立ち尽くしている。
動くことすらままならない状態である彼女はもうあてにはならない。
この様子では的確な指示など出せるはずもなく、この戦闘は斎藤の判断次第で転ぶだろう。
さてと、どうする。
選択肢は幾つもあるが、正しい答えは一つだけだ。
逃走は論外。キルバーンが逃がしてくれるとは思わないし、自分の士道にも背く。
救援が来るなんて甘い考えも当然無く、必然取る選択肢は決まっている。
「絡繰の仕組みはわからんが、その前に斬り捨てればいい」
眼前には確かな悪がいる。
それを無視して背中を見せるなど、斎藤の胸に灯る誇りが許すものか。
身体の自由が完全に無くなる前に、キルバーンを殺す。
悪・即・斬。
生前から貫き続けた正義を、愚直に実行したらいい。
「往くぞ」
「できるものなら、どうぞ」
この一突きに総てを懸ける。
飄々としたその面に風穴を開けてやろうではないか。
決着をつけるべく、斎藤とキルバーンが同時に駆け、ぶつかろうとしたその時。
「すまぬが、介入させてもらうぞ」
一陣の風が吹くと共に、白金の騎士が舞い降りた。
手に持った槍をくるりと回し、斎藤の眼前に張られた見えない刃を叩き落としながら彼は悠然と現れる。
騎士は眉を顰めながらも、両者の中間で鋭く目を尖らせる。
-
「無粋な横槍だねぇ。年を食っているのに空気が読めないなんて、酷いと思うなぁ」
「そう言われると些か傷つくが……今回ばかりは見過ごせぬものでな」
騎士――ガン・フォールはキルバーンへと槍の鋒を向け、いつでも突けるよう警戒を怠らない。
間合いは離れているが、ピエールにしてみたらあってないようなものだ。
罠を張っている可能性を考慮して飛び込まないが、不審なことをしたら即座に斬り捨てる。
「お主の非業――しかと見させてもらった。無意味なる虐殺、到底放置しておけぬ。
此方の御仁は見た所、マスターを護ろうとしていたのでな、助太刀に入らせてもらった」
「……余計なことを」
「何、年寄りのお節介だ。遠慮せずに受け取っておけ。
あのまま斬りかかっていたら、地へと伏せていたのはお主の方であるからな」
先程も打ち捨てた見えない刃を設置していたキルバーンは非常に狡猾だ。
容易に攻めては返り討ちに合うのが関の山である。
「さてと。形勢はどうやら僕の方が不利みたいだ。流石に二騎相手だと、ちょ〜っと辛いね。
そういう訳だから、ここは大人しく撤退するよ」
「逃すと思うか?」
「追うならご自由に。後ろの女の子を放ったらかしにできるなら、ね。
それに、今此処で決着を付けずともまた会えるさ。君達は僕達にとって、面白い遊び相手になりそうだしね」
この場で五体の自由が効くのはガン・フォールだけだ。
斎藤は不調を押し殺しており、ゆりに至っては膝をついて倒れる寸前である。
今の彼らを放置していくというのは見捨てるのと同意義だ。
幾ら、戦闘に秀でたサーヴァントであるとしても、コンディションが最悪であれば安々と討ち取られる。
手を組める味方を集めたいガン・フォールからして、その判断は愚策であった。
「……次は殺す」
今にもはち切れそうな怒りを抑え、斎藤はぼそりと呟いた。
斎藤一という男は逃げることを良しとせず、死するその時まで刀を握るが、阿呆ではない。
自分の現状をしっかりと認識し、勝率を図れる侍だ。
だから、キルバーンを相手に今は退く方がいいと頭ではわかっている。
それでも、不甲斐なさに怒りが吹き出すのはしかたがないことだ。
-
「この屈辱は必ず晴らす。貴様の仮面を叩き斬ることでな」
「できるものなら、どうぞどうぞ」
「見つけたぜ、獲物共」
お互い、戦況を弁え、引くことを選ぶ。
第三者の介入さえなければ、このまま戦いは続かなかっただろう。
開け放たれた屋上のドアから、ゆっくりと。
こつこつと足音を立て、金髪の少年が口を釣り上げて嗤う姿が露わになる。
そして、その隣で蠢く巨体は、居るだけで圧力を感じさせる化物だ。
「やれ、バーサーカー」
瞬間、キルバーンへと放たれた巨腕が彼の身体を塵屑のように吹き飛ばす。
折れた鎌が地面を転がり、キルバーンはそのままバランスを崩しながら地面へと堕ちていく。
死んでこそいないが、あれではしばらく戦闘はできないだろう。
「獲物はまだ残っているな」
ブレードトゥース。
人であった獣。獣であった人。
狂戦士の座に付く彼は主以外を、抗うものの総てを、鏖殺し尽くす化外のサーヴァントが咆哮を上げる。
叫声を上げ、誰一人として、生かして返すつもりはない。
そう告げる彼らはまさしく、狂戦士。
蹂躙して奪い尽くす。それこそが、戦いの縮図なのだから。
-
【C-8/デパート屋上/1日目・午後】
【仲村ゆり@Angel Beats!】
[状態]五感に異常 (重度)
[令呪]残り三画
[装備]私服姿、リボン付カチューシャ
[道具]お出掛けバック
[金銭状況]普通の学生よりは多い
[思考・状況]
基本行動方針:ふざけた神様をぶっ殺す、聖杯もぶっ壊す。
0.――――!
1.新都の各所を調査、その後も余裕があれば後回しにしていた場所も見て回る。
2.赤毛の男(サーシェス)を警戒する。
[備考]
学園を大絶賛サポタージュ中。
家出もしています。寝床に関しては後続の書き手にお任せします。
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
【セイバー(斎藤一)@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]五感に異常(軽微)
[装備]日本刀
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合ってやる。
1.敵に対処。
2.赤毛の男(サーシェス)に警戒。
[備考]
霊体化してゆりに同行しています。
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
【ライダー(ガン・フォール)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
1. 敵に対処。
2.マスターのために戦うのみ。
[備考]
【ボッシュ=1/64@ブレス オブ ファイア V ドラゴンクォーター】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]獣剣 ロッドケース
[金銭状況]奪った分だけ。今は余裕がある。
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、空を見に行く。
1.蹂躙する。
2.敵を発見次第、バーサーカーを突撃させ実力を見極める。
3.戦闘の結果を見て、今後どうするかを考える。
[備考]
NPCを何人か殺害しています。
バーサーカーを警戒しています。
【バーサーカー(ブレードトゥース)@メタルマックス3】
[状態]健康
[装備]無し
[道具]無し
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを殺す。
1.マスターを殺したい。
[備考]
どんな命令でも絶対服従。近づかない限り暴走はしません。
マスターに殺意を抱いています。
【アサシン(キルバーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]全身ダメージ(大)、死神の笛破損
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1. ――――!?
[備考]
サーシェスとは別行動中。
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投下終了です。
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投下乙です
ゆりちゃんの方針は間違ってはない…が、一徹で冷静とはいえ能力面での対応力には些か欠けるところのある斎藤にとって、状況は不利なとこから戦いを受けてしまいましたね
キルバーンの雰囲気はやはり不気味、当然ながら真正面から戦うわけではないか
ガン・フォールの助太刀はかっこよかった、武人二人という雰囲気
しかし何事もなく終わりはしないかぁ、ボッシュたちが来てしまっては…
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投下乙です。
悪を真正面から切り捨てること第一の斎藤さんかっこいい。
今回は絡め手に屈することになったとはいえ、最後の最後まで戦意を捨てないのは流石。
そして戦況は空の騎士のおかげで収束、と思いきやブレードトゥース介入で第二ラウンド…
中級レベル×2でいきなり最強格の相手ですが、どうにか切り抜けてほしいところ
アリー・アル・サーシェス、ピロロで予約します。
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予約分にキリヤ・ケイジを追加します。
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投下します。
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アリー・アル・サーシェスは西暦の二十四世紀を生きた人間である。
彼が招かれた今回の聖杯戦争の舞台は、二十一世紀初頭の日本の地方都市。此度、サーシェスは実に約三百年もの時間を遡ることになったと言える。
さて、この時代の世界はと言えば、十分に平和である。
勿論世界各地では政権やら宗教やらを理由とした紛争が絶えないし、兵器開発を巡る大国同士の腹の探り合いも日夜繰り広げられているようだ。
それでも、肝心要の世界規模の大戦争は起きていないし、大規模な暴徒鎮圧の必要性も生じていない。最後に世界大戦を繰り広げたのはかれこれ七十年ほど前の話になるそうだ。生き証人達もそろそろ寿命で息絶える頃合いか。
そして日本の小市民レベルの視点から周囲を見渡せば、平和極まる光景しか広がっていない。撃って撃たれて殺って殺られて、なんて血生臭いエピソードは全て海の向こうの物語。三百年後の一般市民も似たようなものではあるだろうが、危機感の薄さではこちらに軍配を上げたい。
感染者数が億単位に至った、平和呆けという名の病。ここまで規模が広がれば、アイラブ戦争のサーシェスがむしろ異常者だ。と言ってみたものの、自分が正常な人間であると主張する気など最初からさらさら無いのだが。
革命と戦争を経て辿り着いた平和の時代。数多の戦場を駆けた兵士達が、更に遡れば日の本の変革期を生きた武士達が願ったであろう、笑顔の時代。
(はいはい。無駄な努力、御苦労様)
心にもない労いの言葉を、心中から投げ掛けた。
両の瞳を希望に輝かせていただろう彼等は、果たして理解していたのだろうか。歴史とは戦争、平和、革命の三拍子がいつまでも続く、終わらない円舞曲のようなもの。一度築いた平和など、どうせすぐにぶち壊される程度の価値しか無いと。
例えば二十一世紀に平和そのものであった世界が、二十四世紀にはエネルギー革命を経て再び大戦争時代を迎えるように。
そして戦争とは、後の時代のものであるほど質が向上する。幕末には刀と鉄砲、二十世紀には戦車と戦闘機に精々核爆弾が関の山だった戦争も、数百年後も経てば巨大ロボットと衛星兵器が火を噴く一大パレードだ。
先の時代を生きた兵達の忌み嫌う戦争は、座して待つだけでも再びやって来る運命である。
(くっだらねえ。こちとら戦争だけで満足だっての)
しかし、その暇すらサーシェスは惜しい。
生温いだけの平和など全く不要。人類の発展を促す革命も悪くないが、それは戦争が齎す特需でも十分に代替可能。やはり不要。
戦争、戦争、戦争。
サーシェスは心の底から望むのは、糞ったれた生温いループの変革。拍子も何も無しに、戦争だけが永遠に繰り返される世界。
武力による紛争の根絶? タコが。武力とは紛争を盛り上げるために使うものだ。
純粋種による人類の支配? 図に乗るなよ。飼い慣らされた狗として一生を終える気なんか微塵も無い。
そんな妄想に囚われた連中を、纏めて焼き尽くせるだけの大火を。母なる星を焼き潰して尚有り余るほどの、一心不乱の大戦争を。
その時を迎えるまでは、暫しの我慢。聖杯を得るための過程、聖杯戦争という名の娯楽に打ち込むだけだ。
そして、その中に芽吹く戦争の可能性を楽しむのも忘れまい。
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(呑気な日本で物騒な兵器開発。あの女社長さんも好き者だねえ)
『こういう所は人間も抜け目ないよね』
分かり切っていることだが、戦争に関わる欲望というものは決して無くならない。
例えば、サーシェスの肩書きである傭兵稼業。一時的な雇い主サマである神条紫杏。そして彼女の率いる『TSUNAMIグループ』が着手していると噂のとある事業だ。
ピロロと共に、一棟のビルディングを見上げる。
医療分野での活用を想定したロボット工学の研究を主な事業としている、とある企業が冬木に設けた研究所併設の支社である。この企業に資金提供をしているのが『TSUNAMIグループ』であると知る者は、決して少なくない。
そして、知る者が極めて少ない事実も一つ。この企業の真の実態は軍需産業であり、近頃は戦闘行為を目的とした新型の強化スーツの開発を行っている、らしい。
そんな情報をサーシェスが握っているのは、偏にサーシェスの与えられた役割によるものだ。
命を預ける相手先である以上、来日前に『TSUNAMIグループ』に関してある程度は調査済みである……という設定が付与された。そのおかげで、特にアクションを起こした覚えも無いのに既に情報収集の成果が脳味噌に詰め込まれている。
サーシェスがわざわざこんな所まで足を運んだのも、フリータイムを活用した情報収集の一環である。酔い覚めを兼ねた運動としても好都合だ。
尤も、公安機関の機能強化、日本国の軍国化への布石、諸外国との取引材料、いずれの目的での開発であるか定かではない。それ以前に、そもそも強化スーツの開発自体が真偽不明である。情報の秘匿を全く抜かっているというわけでもないようだ。
されど、真実味がある話だと感じている。
(やりかねないな、あの鉄みたいな女なら)
理由は単純。神条紫杏が、そういう女だとしてもおかしくないからだ。
人殺しのプロフェッショナルであるサーシェスを招き入れ、そして只人でありながら全く臆せず言葉を交わす肝の座りよう。
あの食えない女ならば、兵器開発に執心していても不自然には思わない。そんな物騒極まる役割をそつなく熟すようなマスターだとしても、お似合いだという感想をサーシェスは抱くだろう。
故に、新型スーツ云々が真実である可能性をサーシェスは少なからず有力視していた。そして、その逸品を是非とも手に入れたいとも。
とは言え、現時点ではこれ以上の探りを入れるわけにもいかない。確証も無いお宝目当てに、内部構造も理解していない建物に乗り込む無茶をするわけにはいかない。今此処に居るのは、単なる下見だ。
もしも本気で獲得を狙うとしたら、そう。
(俺が行かなくても、他の奴がやってくれるのを待つだけってな)
『その時はボク達の出番ってわけ?』
(分かってるな。相方さんのエスコートもパーティーの嗜みの一つってね)
『相手がお姫様ならボクも喜んでやるけどね』
(ははっ、違えねえ)
兵器が実用化され、表に出た時。その時こそ、捕捉と急襲と強奪のチャンス。今はまだ、その瞬間を待つのみ。
但し、仮に実現させれば最悪の場合は紫杏との関係も破綻する可能性もある。まあ、その時はその時だ。
(あぁあ、うずうずしてしょうがねえよ)
思い起こすのは、先程スマートフォンを使って閲覧したネットニュースの記事の一つ。
何でも、朝方に冬木市の深山町方面で大規模な火災が発生したらしい。怪我人多数、原因も不明ときた。
大方、聖杯戦争絡みの事案だろう。サーシェスも先日少しばかり新聞の紙面を彩るような真似をしたが、それがいっそ可愛らしく思えるような大事故だ。
ストレスの赴くままにモビルスーツのライフルでもぶっ放したのかよ、などという冗談はさておき。早く戦争になれと望むまでも、無く皆さんも戦争を満喫中のようだ。
装備の確保、情報の収集、いずれも戦争の敗者にならないためには必要なことだ。だからこそ、湧き上がる衝動を抑えるのも一苦労というものだ。
一参加者として名乗りを上げるためにも、とっとと収穫といきたいところである。
-
(じゃ、場所を移しますか)
『ん、キルバーンを待たないのかい?』
(そりゃあな。大口叩いたからにはもう少し様子見ってことで)
そろそろキルバーンが何か有益な情報の一つでも得る頃合いだろうか。むしろそうでないと困るのだが。
下見も終えたことだ、こちらも次の仕事をさせてもらうのが今のところは無難だろうと結論付け、サーシェスは踵を返した。
パートナーのキルバーンと、そしていつか「武器」を提供してくれるだろう誰かへの期待感なんてものを抱きながら。
【B-8/とある研究施設の前/1日目・午後】
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]正装姿
[道具]カバン
[金銭状況]当面は困らない程の現金・クレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:戦争を楽しむ。
1.獲物を探す。
2.カチューシャのガキ(ゆり)を品定め。楽しめそうなら、遊ぶ。
3.B-8の研究施設に興味。“誰か”が“何か”を持ち出すのを待ってみる。
[備考]
カチューシャの少女(ゆり)の名前は知りません。
現在アサシン(キルバーン)とは別行動中。
銃器など凶器の所持に関しては後続の書き手にお任せします。
【アサシン(ピロロ)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]健康、宝具の復活一回分の魔力をストック
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1.マスターの警護。
[備考]
◆
-
死体の山を生み出した黒い死神は、一頭の獣に消し飛ばされた。奴の次の獲物は、剣士と騎士と少女が一人ずつ。
接触の相手だけではなくタイミングも間違えてはならない戦況を、ケイジは一人見据え続ける。
次に迎える死は、正真正銘一度きりの死。ミスは許されない。
(わかってはいたけど、能力はギタイよりも上か)
高所から街を概観出来ないかと考えて、目についたデパートに入ったのが切欠だった。
昼食のステーキ串を齧りながら過ごす、平穏すぎて調子が狂いそうだとすら思える時間。それは、突然のサーヴァント同士の接触によって終了した。
咄嗟の判断で露店の陰に即座に身を潜めたことで振り払われる鎌の回避に成功。そのまま戦況の観察を開始。
仇敵であるあの畜生共の動きを少しずつ「鈍い」と思えるようになり始めたケイジにとって、歴戦の勇士と名高い彼等が繰り広げる殺人的な勢いでの衝突は、確かに目を見張るものがあったのは事実だ。
二十一世紀よりも進んだ近未来の時代で確立された科学技術、幾重にも折り重なった時間の中で培った自らの戦闘技術、これらを以てしても果たして彼等に付いていけるだろうか。
ましてや、今のケイジは丸腰同然。加えて、今はどういうわけか身体が奇妙に重く感じる。この状態で敵意を向けられたら最後、この命を容易に摘み取られるのが落ちだ。
まるで、無限に思える生死の周回を始める前、「一周目」に逆戻りしたかのような錯覚を覚える。
あの黒のサーヴァントに限らない全ての外敵が、その姿を見ただけで生命の終わりを連想させる死神に等しい。
紛れも無く、ケイジはこの場における弱者に成り下がっている。
(……ただの弱者で、終わってたまるか)
身体の運動性能は彼等に及ばないだろう。技量においても、一歩も二歩も劣るだろう。ああそうだ、彼等に勝てそうだなどと安易に自惚れはするまい。
しかし、己へと課した使命への執念の深さは、たとえ英霊にも負けやしない。
あと何度死ねば良いのか。あと何度殺せば良いのか。途方も無く反芻し続けた自問の中でも、決して褪せない願望。
地球全土を食い潰す勢いで人類を殲滅しようとする人外の連中を、一匹残らず叩き潰す。戦争、戦争、戦争の糞ったれた無限ループに必ずや終止符を打つ。
そのために、恋と平穏を謳歌するためのまともな思春期も捨て去った。殺された自分の血と殺した相手の返り血で染めた人生の成果を、最早ゼロで終わらせることは許されない。
(僕が弱者だとしても、それだって生きるための手段だ)
視線の先の、一触即発の緊張感を撒き散らす二勢力。その片方である獣のサーヴァントは、少なくとも交渉相手として論外なのは一目瞭然。剣士と騎士の方がまだ話は通じそうだ。
ならば、今は彼等に取り入るのが最善の道。
今のケイジが戦況に介入したところで、あの獣のサーヴァントを打倒する決定打とはなり得ないことは承知している。しかし、状況を多少なりとも好転させるくらいのことはしてみせる。
獣のサーヴァントと対峙する者達が撤退する際の援護、或いは獣のサーヴァントのマスターだろう金髪の少年へと行う牽制。どの選択肢であれ、この身体でも彼等への支援くらいはしてやれる。いや、やる。
そして、彼等の味方として合流する。
目下の目標は、自らの安全の確保。後の目標は、然るべき時と場所でのアサシンの抹殺。最終目標は、生還。そのために必要となるのは味方……なんて聞き心地の良いフレーズを、あらゆる感情を独りで抱え込み続けた今になって使う気は無い。
必要なのは協力者、即ち人員という武器。仮にその関係が後に砕けて散ってしまうのだとしても、その時までの付き合いが出来る相手をケイジは求めている。
人智を越えた化物共が爪と刃で切り結ぶ最前線、目線を変えれば暗殺者共が息衝く殺意の渦中。その中で、ケイジはその神経を一心に研ぎ澄まし続ける。
全ては、たった一度のこの瞬間を生き抜くため。
-
(人間を、舐めるなよ)
人に仇なす怪物共に向けて、その一言を叫ぶために。
【C-8/デパート屋上/1日目・午後】
【キリヤ・ケイジ@All you need is kill】
[状態]少々の徹夜疲れ、若干腕に痛み、五感に異常(軽度)、身を潜めている
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]
[金銭状況]同年代よりは多めに持っている。
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残る。
1.戦況の観察。剣士(斎藤一)と騎士(ガン・フォール)への支援と合流のタイミングを図る。
2.アサシン(T-1000)と他のマスターを探す。
3.サーヴァントの鞍替えを検討中。ただし、無茶はしない。というより出来ない。
4.非常時には戦闘ジャケットを拝借する。
[備考]
1.ケイジのループは157回目を終了した時点なので、元の世界でのリタ・ヴラタスキがループ体験者である事を知りません。
2.研究施設を調べ尽したため、セキュリティーを無効化&潜り抜けて戦闘ジャケットを持ち去る事ができる算段は立っています。
3.ケイジの戦闘ジャケットは一日目の夕方位まで使用できない見込みです。早まる場合もあれば遅くなる場合もあります。
◆
-
ところで。
キリヤ・ケイジは三騎のサーヴァントの観察に徹することを第一としているが、その戦場の片隅の少女に注意を向けることも忘れていない。
顔面蒼白となって身動き一つ取れないその少女は、到底サーヴァントに並び立つに値する勇者には見えない。
どちらかと言えば、庇護されるべき存在であると言うべき人間だ。
そんな彼女は、このままでは獣のサーヴァントに命を奪われる可能性も決して低くない。
彼女がこの場に至るまでの背景がいかなるものであるかは知る由も無い者からすれば、無法者に殺されるか弱い少女との印象を抱くことになるだろう。
ケイジもまた、そんな印象を抱いた人物の一人であった。
風前の灯火となった、「ケイジ以外の誰か」に殺されるかもしれない少女の命。それを目の当たりにして、ケイジはまた思考する。
彼女は恐らく剣士のサーヴァントのマスターであるから、彼女の死に連れられる形でセイバーが消えると不都合だ、とか。
見たところ体力面での余裕もなさそうだが、逃走となった際にどうやって補助するのが良いだろうか、とか。
仮に合流したとして彼女のスタンスが不明瞭である以上、説得の仕方も考えておくべきだろうか、とか。
それだけ。
何かを頭で冷静に考えるということはしても、何かを胸の内で燃やすということはしない。そして、その自覚も今のケイジには無い。
一兵士としてのスイッチが入った思考の中では、少女は戦場に偏在するファクターの一つに格下げだ。既に、平穏の象徴などではない。
彼の瞳に、光は宿っていない。
ケイジの死と、ケイジ以外の誰かの死に慣れ過ぎて、尊い輝きも消えてしまった。
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投下終了します。
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投下乙です
不器用ながらも眼光と刃鋭く敵を穿たんとする斎藤の戦い、通り名のままに鎌を振るい斎藤を翻弄し不気味に立ち回るキルバーン、そして騎士たるにふさわしい登場を果たしたガン・フォール
三者三様の相対と離散、となるかと思いきや、ブレードトゥースの介入で一気に混沌を増していく戦局にわくわくします
そして片や、戦乱へ心湧き立たせるサーシェス。いやあこいつ本当に厄介だな!シアンとの関係も楽しみ方の一環に過ぎないと
ある意味でこの聖杯中最もメンタルが安定してると言っても過言ではない
「弱者」としてのケイジの、サーヴァントたちの戦いの観察と介入の思考も面白かったです
空の騎士と斎藤に助太刀することを考えているようだけども、どう転がるか
独白パートはそれぞれの生きてきた世界の違いも浮き彫りにしてるのがいいですね
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投下乙です。
戦乱を経験しているサーシェス、ケイジは精神的に安定していますね。
もっとも、かたや騒乱、かたや平穏を望むといった差異が浮き彫りになっていて。
現状は慎重でいながらも、どちらも機会があれば大きく動く大胆さを持っているだけに恐ろしい。
乾いた価値観を共有しているのに、何処か遠い二人。
同じ戦場で生きているのにつながらないもどかしさがいいですね。
ゆりっぺ、セイバー(斎藤)、ラカム、ライダー(ガン・フォール)、
キリヤ・ケイジ、ボッシュ、バーサーカー(ブレードトゥース)を予約します。
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>>1氏へご報告
氏の投下策「願い潰しの銀幕」において、音無結弦とアサシン(あやめ)の状態表が抜けている事を確認いたしました。
もしよろしければ手が空いた時に追記していただければ幸いです。
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サーシェス、アサシン(キルバーン)、アサシン(ピロロ)、アサシン(T-1000)で予約します。
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>>534
ご報告ありがとうございます。
後に手が空いている時に追記しておきます。
気づいたことがあれば、今後も伝えてくれたら幸いです。
では投下します。
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(ったく、街の中央に買い出しとはなぁ。工場でのんきに機械いじりの方が楽なんだが)
元いた世界とは大きくかけ離れた近代的な街並みに溜息を付きながらも、ラカムは充てがわれた『仕事』に従事していた。
ラカムは見慣れぬ品々に四苦八苦している身なのだ、買い出しなんて素早く終えられるとは到底思えない。
それでも、自分を指名してきたのは、最近溜息ばかりで疲れていることを見越した工場長の気遣いなのか。
たまには気晴らしに外でも回って来いということなのだろう。気遣い自体はありがたいが、あいにくとラカムにとっては苦痛でしかない。
この近代的な生活をこなすだけでも手一杯だというのに、これ以上心労を増やして溜息をつきたくはない。
吐く溜息にも深みが増し、今日はしばらく帰れなさそうだとぐったりと身体を窄める。
(愚痴ってもしゃあねぇか。偽りのモンとはいえ、仕事は仕事だ)
喧騒の中をすり抜けるように粛々と頼まれた仕事を終わらせるようと歩を進めるも、足取りは重い。
日常と非日常が重なったこの世界で戦わなければならない、生き残らなければならない。
それが、どれだけ過酷な道か。わかってはいても、気疲れしてしまう。
「…………早速かよ」
そして、非日常は前触れもなくやってくる。
見上げた視線の先にはとあるデパートが映っている。
そして、そこへと飛翔していくガン・フォールの姿も、彼の視界にはバッチリと見えた。
道行く人は目の錯覚だと無視しているが、アレは断じて本物だ。
彼が実体化し、ピエールに跨っているということは――きっと。
「行くしか、ねぇよな」
躊躇は一瞬だった。
相棒であるガン・フォールを援護するべく戦場へと飛び込むことを、ラカムは迷わず選択する。
愛用の銃は置いてきて武器はない。どこか手頃な所から拝借して臨むしかない。
ステゴロで戦うと言っても、無茶が過ぎる。本来なら大人しくしておくべきだと理性は囁いているけれど。
(黙って指を咥えてるなんざ、ゴメンだ)
けれど、何かができるかもしれない。
自分の存在が場を打開する一歩となる可能性がほんの少しでも秘められているならば。
ラカムは恐怖なんて投げ捨てて走っていられるのだから。
-
■
ガン・フォールから見ても、それはまさしく化物だった。
巨体を狂気で包み込み、今にも総てを喰らい尽くそうとするその姿は対峙するだけでも身震いがする。
此方の数はニ。数というアドヴァンテージを取っておきながら、全く余裕が生まれない。
狂戦士――ブレードトゥースはその程度の開きなどあっという間に縮めてしまう。
「吹き飛ばした奴はどうやら逃げたみたいだな」
「……次は我輩達か? 老骨故に、痛みに喘ぐのは中々に辛いのではあるがな」
「いいや、その心配はいらない。すぐに死ぬんだ、痛みなんて感じる暇はないだろう。
サーヴァントが二体、マスターが一人。初戦にしてはまずますの戦果だと思わないか?」
金髪の少年――ボッシュは口元を釣り上げ、一歩前へと踏み出した。
燃費の悪い狂戦士を操って尚、余裕を見せるマスターを相手に、自分達は今から戦わなければならない。
斎藤は鈍った力を必死に手繰り寄せ、ガン・フォールは槍をくるりと回して、鋒をブレードトゥースへと突きつける。
「行け、バーサーカー」
瞬間、狂風が吹き荒れる。
狙われたのは当然、動くことすらままならないゆりだった。
ブレードトゥースが一撫でするだけで四散する脆いマスターである彼女を、放置などできるはずもなく。
舌打ちしながら、近くにいた斎藤が彼女を抱き寄せ、横へと跳躍。
間一髪、振るわれた巨腕を躱す。土塊が顔に飛び散り煩わしいが、そんなものは無視である。
今はこの状況を生命を携えて切り抜けることが第一だ。
「征くぞ、ピエール!」
説得は不可能。彼らに最初から話し合う気なんてなかった。
相手の目的は此処にいる全てのサーヴァントを鏖殺。自分達が生き残るには、相手の主従を倒すしかない。
ガン・フォールはピエールへと跨がり、一瞬でブレードトゥースへと迫る。
空を自由に駆けれるスピードは生半可なものではない。
しかし、そのスピードが力にまで及ぼすには至らなかった。
槍を突き立てようとしても、相手の巨腕に阻まれ一向に通らない。
自分達には決め手がない。ガン・フォールも、斎藤も技量で相手を打倒するサーヴァントだ。
真っ向から戦う現状は望ましくない。
-
(逃げようにも、あの御仁達を連れて行かせてはくれぬよな)
ピエールに乗って、高速戦を仕掛けても、かの狂戦士はピッタリと付いてくるだろう。
底上げされた身体能力に研ぎ澄まされた本能。
ブレードトゥースの打倒には、斎藤と二人がかりでも苦戦は免れなかった。
故に、必然と自分達の取る手段は狭められていく。
狙うべきはマスターだ。後ろで余裕を見せているマスターを叩く。
まだ、自分達を甘く見ている今こそが、唯一の好機である。
「バーサーカー、あいつらを近づかせるな」
無論のこと、相手もそれを承知で此方へと勝負をふっかけてきている。
斎藤は身体の不調に加えてゆりを護らねばならず、実質前線で戦えるのはガン・フォールだけだ。
空を縦横無尽に駆け、ボッシュへと近寄ろうとはしているが、ブレードトゥースが邪魔である。
薙いだ槍は爪に弾かれ、貫くことすら敵わない。
「セイバーッ!」
「わかってる!」
そして、ブレードトゥースはガン・フォールを無視して斎藤へと攻撃を繰り返す。
ゆりを抱きかかえてることに加え、死神の笛の影響が残る斎藤の身体は自由が効かず、回避に専念することで精一杯だ。
戦闘経験と類稀なる心眼によって今はまだ、耐えれる。数ではニ対一と優勢だから、自分達は生き残れている。
しかし、それも時間が経つにつれて押し込まれていくだろう。
勝たなければならない。されど、勝ちに行けない。
解決策がない現状、バーサーカー相手にはマスターの魔力切れを狙いたいが、その前に斎藤達が殺されてしまうことは間違いない。
斎藤を庇うべく大振りな斬撃を槍でいなしつつ、ガン・フォールは勝機を見出すべく前進する。
機会は一瞬だ。相手が様子見を含んで攻めあぐねている今こそが好機
生か、死か。自分の選択に全てがかかっている。
どれだけ歳を重ねても、サーヴァントとなっても。
戦場で槍を持つ重みは、変わりやしない。
ガン・フォールは自分にできることを、ただやるだけだ。
駆ける、懸ける。生命を燃やし、眼前の狂戦士を撃ち貫く為にも、空の騎士は正面から敵を撃ち貫く。
ブレードトゥースも相手が下手な小細工がないと見たのか、そのまま大きく腕を振りかぶり、必殺の一撃をガン・フォールへと放つ。
-
「貰ったぞ、その衝撃」
巨腕はそのままガン・フォールを貫き、吹き飛ばす。
少なくともマスターであるボッシュは思っていたし、後方にいる斎藤達もそう思っていた。
けれど、彼の身体は一ミリも動かず、代わりに突き出された篭手が其処に。
何が起こったのか。それに気づくにはブレードトゥースの時間は遅すぎて。
「衝撃貝!!!」
気づく頃には、腹部へと放たれた掌底がブレードトゥースの巨体を吹き飛ばしていた。
衝撃貝。宝具でこそないが、ガン・フォールの武器である篭手に取り付けられた武器である。
ブレードトゥースの一撃を吸収させ、そっくりと相手へと返すカウンターは見事に直撃し、全身へと響く衝撃は、敵の動きを阻害するには十分過ぎるものだった。
「後は、頼むぞッ! セイバー!!」
ただし、その分の反動は大きく、ガン・フォールの身体にもダメージが跳ね返っている。
本来なら即座に追撃したい所だが、痛む身体がそれを許さなかった。
故に、彼一人で相対していたならば取るに足らないカウンターの一つとして処理されただろう。
しかし、此処にはもう一人、サーヴァントが存在する。
斎藤一が与えられた絶好の機会を逃すはずもなく、剣を構え一直線に疾走していた。
「――――ッ!」
彼の身体が万全でないことも、剣を振るうことですら満足にできないことも、ガン・フォールは知っている。
それでも、今は彼に頼るしかないのだ。
ガン・フォールの影に隠れるように、斎藤は遠ざかっていた間合いを縮め、ブレードトゥースへと肉薄する。
唯一無二の構えから放たれる神速の一突き――牙突。
満足に剣を握ることすらできないが、やるしかない。
一撃必殺による逆転でしか、自分達の勝利は成り得なかった。
勝負は一瞬だった。
斎藤の刃は、ブレードトゥースの心臓を穿つには至らなかった。
もしも、キルバーンとの戦闘がなければ。そんなイフを考えさせる程に斎藤の一撃は不調でありながら研ぎ澄まされていたものだった。
刀の鋒は脇腹を切り裂くだけで、致命傷とは程遠い。
そして、剣を繰り出した後の隙をブレードトゥースが逃す訳がなかった。
巨腕による一振りは斎藤へと容赦なく払われ、彼の身体は塵屑のように吹き飛ばされていく。
それでも、当たる直前に少しでも衝撃を緩和させようとわざと後ろへと飛んだからか。
致命傷には至らなかったのが唯一の救いである。
-
そして、その考えをすぐに破り捨てた。
斎藤が倒され、ガン・フォールはブレードトゥースへと対処しなければならなくなる。
そのことがどういった事態を招くのか。聡い者でなくても、すぐに気づく。
仲村ゆりを護る者が誰もいない。動けない人間など、戦場では致命的である。
そんな隙をボッシュが見逃すはずがない。
既にボッシュはロッドケースから剣を取り出し、ゆりへと近づきつつある。
狂戦士という強力な手札に驕らず、淡々と良手を打ち出す彼を慢心した主と見誤っていたか。
ゆりを護るべく、転進したいがブレードトゥースによる妨害もあってか中々に向かえない。
斎藤は立ち上がれず、ゆりも身体の硬直は未だ強く、逃れることはできない。
もう間に合わないだろう。
ボッシュの剣がゆりを引き裂く所を黙って見ていることしかできないというのか。
「介入するなら今だって思ってたよ」
物陰から姿を現し、ゆりを護るべく立ち塞がる青年がいなければ。
一人の少女の命は確かに奪われていただろう。
青年は手元にあった串を投擲し、ボッシュの動きを止め、その合間を縫ってゆりを抱きかかえて距離を取る。
「へぇ、そのまま隠れていたらよかったのに。足手まといなんて助けても、意味はないと思うけどな?」
「確かに、君からするとそう思うかもしれない。けれど、意味があるかはぼくが決める」
青年――キリヤ・ケイジは顔色一つ変えずに淡々と言葉を紡いだ。
剣というわかりやすい凶器を目の前にしても尚、その立ち振舞には余裕さえ見受けられる。
予定外の形ではあるが、援護もやってきた。もしかすると、勝てるかもしれない。
そう、楽観視してしまいたくなるけれど。
-
(これ以上の戦闘は不可能……ッ!)
ガン・フォールの頭は冷静に状況を見極めていた。
自分一人でブレードトゥースを倒せる程、慢心はしていない。
剣を握り締め、鬼の形相を浮かべていようが、斎藤が負った傷は重く、身体の自由はまだ効かないだろう。
立ち上がり、戦える。しかし、勝てるとは感じない。
対するブレードトゥースはほぼ傷を負っておらず、マスターの魔力供給も枯渇にはまだ時間がかかる。
持久戦は不可能。かといって、短期決戦による決着も自分達の手札では持ち込めない。
一方のマスター達は未知数であるが、ケイジが幾ら熟練した戦士であっても、武器持ちのボッシュ相手に苦戦は免れないことだろう。
何かを護りながらの戦いは、それだけで状況を不利にさせる。
改めて、楽観は捨てるべきだ。全滅という可能性をなるべく削り取るにはどうすればよいのか。
ガン・フォールがこの場で取れる最適な行動とは何か。
考えて、悩んで、辿り着く。
空の騎士の名に恥じぬ行動。
浮かんだのは戦争のセオリーとはかけ離れたものだ。
サーヴァントはマスターの勝利だけを考え行動すべきである。
心は冷静に、判断には正確さを。
感情で動くな、誇りを胸に抱くな。
ただ、この場は自分が生き残ることだけを考えろ。
そうして、ピエールに跨がり、今すぐにでも逃げてしまえばいい。
斎藤達など捨て置いて、自分だけ逃走に動けばきっと成功する。
(決まっている。我輩が取るべき行動は、最初から決まっていた)
けれど。けれど、だ。
「ピエール…………頼む!」
そんな理屈は『クソくらえ』だった。
空の世界を救ったあの海賊達は理屈に縛られずにやりたいことをとことんやり通していた。
自由な世界で自由に生きる。護りたいから護り、助けたいから助ける。
彼らが貫いた眩いまでの奔放さが空の明るさを取り戻した。
やりたいことをやる。サーヴァントになっても、それはきっと――忘れ得ぬ意志だった。
故に、決断は速かった。
欲に忠実で真っ直ぐな彼らのように、自分もまた貪欲に行こう。
-
「阿呆、が……! 逃げるべきは、貴様だろうが! これは、俺の戦だ!」
「しかし、我輩の戦でもある。セイバー……お主はこの老骨とは違い、願いもあろう」
ピエールへと命じた内容は斎藤を怒りに滾らせるには十分過ぎるものだった。
ガン・フォールがブレードトゥースを足止めしている間、斎藤達は安全な場所へと運ばれる。
護る側である斎藤が護られる。そして、戦線に背を向けて離脱する。
その行為が彼の誇りを踏み躙るものであり、到底許容できるものではない。
それは彼の憤怒を見て、はっきりとわかる。
「征け。それに、舐めるなよ若造。理性無き戦士相手に、我輩は負けるつもりなど毛頭ない!
此奴を倒して、すぐに追いついてみせよう!」
ガン・フォールは知る由もなかったか、斎藤一という男はそういうものだ。
退くということは士道不覚悟。敵に背を向けるなど、もってのほか。
ましてや、庇われ逃されるなど屈辱以外の何物でもない。
ピエールの背へとゆり達共々乗せられ、離脱する最中も声を張り上げて、怒りを叫び続ける。
(それでいい。その怒りを強さの糧にして、再び立ち上がるのを、我輩は強く願おう)
槍を薙ぎ払い、ブレードトゥースと剣劇を繰り広げながら、そっと思う。
彼らの行く末に幸があらんことを。
「ククッ、追いつく? できもしないことをよくほざいたものだ」
振るわれる爪を受け流しながらも、徐々に捌き切れずに鎧は傷だらけになる。
どうやら、相手のマスターはやはり優秀らしい。
無理に斎藤達を追わず、ガン・フォールを確実に仕留めにかかっている。
-
「一人で残って、勝てるとでも思ったか? 一緒に逃げてしまえば良かったのにな」
ボッシュの言うとおりだ。
自らの行く末がこれで本当によかったのか。
飛び去っていく最後の命綱。空の騎士として誇り高い行動を優先したが、間違ってはいないか。
再度、問いかける。
やはり、間違えだったのか。マスターの意向も考えず、誇りと情を優先してしまった自らの行いは正しいのか。
「もっとも、そうしていたら全員が死んでいたか。成程、素晴らしい自己犠牲精神だよ。
ふらふらの女共を助けて、自分は死ぬ。そんなにも騎士を気取りたかったか? 間抜け」
惑い、迷い、悩む。
その選択に後悔はなかったのか。
「おう、間抜けで上等じゃねぇかよ」
その後悔を打ち砕いてくれるのはいつだって、若者だった。
ドアを蹴破り、どこからか調達した鉄パイプを振りかぶり、ボッシュへと相対するラカムの姿を見て、胸の淀みは瞬く間に掻き消された。
何故、此処に。
ガン・フォールの疑問などどこ吹く風で無視し、軽く笑うラカムは言葉を並べ立てていく。
「女を見捨てて逃げるとかそのまま死んどけや。んなサーヴァント、こっちからお断りだっつーの。
その点、俺のサーヴァントはわかっていやがる。もしその場面に俺がいても、同じように頼んだと思うぜ」
にやりと笑いながら、口笛を吹かすラカムに在りし日の世界を想起する。
空の下、一人の雷電魔神に支配された時。
一つの海賊団が来航したことを。
あの騒がしくも、心地良い時間を。
-
「確かに、お前の言うことは正しいさ。聖杯戦争を勝ち抜くって点じゃあ、うちのサーヴァントの取った行動なんて間違いだ。
んなこと、重々承知だがよ。正しいセオリーなんざ、やりてぇことの前だとクソ食らえだろうが」
嗚呼、その口車は嘗て邂逅した海賊の男にそっくりで。
容姿は違えど、住む世界は異なれど。
ガン・フォールの心に沸き立つ不安など瞬時に掻き消された。
「証明してやるよ。俺のサーヴァントは、騎士の名前に相応しいイカした爺だってことをなァ!」
この輝きがあれば、怖いもんなんて何もない。
何処までも真っ直ぐに空を愛するマスターと一緒なら。
自分の選択を迷いなく肯定してくれた彼を勝たせる為なら。
「令呪を以って命じるぜ――――――勝つぞ!!!」
「心得た、我がマスターよ――っ!」
年甲斐もなく燃えてくるではないか。
応えよう、彼の想いに自分の槍を預けよう。
だから、先程までの弱気はもう置き去りにしてしまえ。
この槍で勝利を切り開く。例え、格上の狂戦士相手でも絶対に。
「そういうことだ。命尽きるまで、付き合ってもらうぞ! 狂戦士よ!」
咆哮に負けず、ガン・フォールも吠える。
夜を駆ける流星の如く。あるいは、草原を馳せる風の如く。
ほとんど足を使い潰す勢いで、ガン・フォールが大地を踏みしめて、疾走する。
分の悪い戦いだというのに、その心の内はとても晴れやかであった。
-
■
ガン・フォールとブレードトゥースが戦闘を始めたのを合図に、残った二人の戦闘も始まっていた。
当然、互いの繰り出す一撃には手加減なんてものはない。
敵意を持って接してくる奴には相応の対応である。
「後ろでふんぞり返ってやがるガキだと思ってたんだがなァ……!」
自慢することではないが、ラカムは荒事に慣れている。
そんじゃそこらの傭兵などと比べても、自分の方が強いと豪語できるぐらいには腕が立つはずだ。
扱っているのが慣れていない武器ということを差し引いても、この聖杯戦争で際立つ強さだというのに。
眼前の少年を打倒するヴィジョンが全く見えないのだ。
ラカムの見立てでは、少年はかなり強い。
それこそ、気を抜けば即座に死んでしまうと感じる程に。
本来ならば、手慣れたマスケット銃を武器に戦うのがベストなのだが、生憎と家へと置いてきてしまい、鉄パイプを使うしかないのだ。
ぎちぎちと金属音をがなりたてながら鍔迫り合い、返す刃をぶつけて後退。
手加減はしていないつもりだが、有効な一撃を与えられない。
殺す覚悟はとうにできている。
容赦なく致死確実の一振りをくれてやっているのに、ボッシュの生命を刈り取るには至らない。
態度だけがでかい小物であると断じ、彼の技量を見誤っていたか。
幾度の交錯を経て理解する。
彼の剣技の冴えは鋭く、放たれる一撃全てが必殺である。
認めたくはなかったが、ボッシュという少年は一流だ。
迷いもなく、肝もすわっている。中途半端に管を巻いていた自分とは大違いである。
-
「ハッ、こんないい空の下で殺り合うなんざ、ごめんなんだがな!」
「バカかよ。あの空は偽りだ。どれだけ姿を似せようとも、本物には足り得ない」
蔑みの表情を浮かべながら、剣で切り込んでくるボッシュの目には憎悪が孕んでいる。
深く淀み、揺るぎない漆黒の意志が言葉の節々に潜んでいた。
それはラカムの愛する空へと投げかけているのか。それとも、まだ知らぬ因縁からなのか。
そして、彼の口から吐き出された言葉が意外にもラカムへと通じるものであり。
「俺が、俺達が目指した空は……偽物で満たされるものじゃない」
奇しくも、ラカムとボッシュは空で繋がっていた。
誰もが夢を見て、憧れる自由の世界。
例え、生きた場所が違えども、彼らは同じく空を求め、地へと落ちた敗北者達だ。
ラカムは夢に、ボッシュは運命に敗れた。
膝を屈し、どうにもならない現実を味わった彼らは空という言葉で繋がっている。
「リュウが、俺が――到達すべき空は……模造された世界程度で満たせるものか」
けれど、ラカムとボッシュの間にはどうしようもなく隔たりがあった。
ラカムにとって、空とは自由であるべきものだった。
ボッシュにとって、空とはあくまで目的の付随物だった。
彼らは同じ空に焦がれているが、同時に――違っている。
「選んでやった、くれてやった、晒してやった、俺という存在を全て懸けて――!
俺が俺でなくなるまで、ひたすらに走ってきた!」
ボッシュという少年が願ったのは、ただ一つ。
相棒であるリュウに追いつくことだ。
同じ景色を見て、同じ強さを得て、そして――踏み越えたかった。
地を這いつくばり、惨めな思いをしてでも。
最後まで手を伸ばし続けた彼を憎むことになってでも。
-
「リュウが空を目指すというなら、俺も目指す。
置き去りになんてさせるものか、栄光などくれてやるものか。
俺を無視など万死に当たる。この俺がリュウの視界から消えることなんて、あってはならないんだ」
狂気で煮詰めた妄執を糧に、ボッシュは剣を振るってきた。
一度は底辺に落ちながらも、諦めずやり直すことを繰り返す。
その身に異物を埋め込み、立ち塞がる障害物は尽く斬り捨てた。
剣に誓い、自分に誓い、相棒に誓った。
空の頂きに追いつく、と。
「お前程度が足止めなんて笑わせるなよ。俺の前に立っていいのは、リュウだけだ。
この俺が、ローディに舐められるなんてあっちゃいけないんだよ」
だから、お前は邪魔だ。
ラカムが振るう一撃など、取るに足らない。
相棒からもらった最後の一撃に比べたら、軽すぎる。
袈裟に落とされた鉄パイプを弾き返し、逆に切り込んでくる。
首筋狙いの横薙ぎ、心臓の貫く一突き。
必殺の鋭さを携えた斬撃はラカムの身体に傷をつけていく。
「一応聞いておく。お前に、俺を止めるだけの理由があるのか?」
「――大有りだっつーの」
それでも、ラカムはボッシュに対して、一歩も引かずに相対する。
誰にだって、負けられない理由はある。
この聖杯戦争に呼ばれている全員が何らかの想いを秘めているし、それはラカムにだって言えることだ。
「目につくモノ全部に噛み付く狂犬野郎を放置できる訳ねぇだろうが。
こっちにまで被害が来たらたまったもんじゃねぇ。精神衛生上、ぶっ倒すしかねーならよ……やるだけだ」
もう一度、空を飛ぶ。
あの自由な青で、グランサイファーを泳がす夢は譲るつもりはない。
-
「お互い、空には縁深いし、こんな形じゃなければもっと違っていたんだろうが――戦争だしな。
どっちかが死ぬまで、終わらねぇなら――!」
「邪魔なんだよ、お前。こんなどうでもいい所で、俺の道を塞ぐなよ。
そこまでして、俺の歩みを止めるなら――!」
これ以上、話すことなんて何もなかった。
反目し合い、互いに敵を見逃すつもりはない。
ならば、選択は既に絞られた。
聖杯戦争に則り、眼前の敵を殺して決着をつけよう。
「お前を殺して、俺はリュウに追いつく!」 「お前をぶっ倒して、俺は空に追いつく!」
サーヴァントの勝敗を待つ時間すら惜しい。
頭上の空ではない、本物の空へと征く為には――剣を取れ!
「どでかい風穴開けてやらぁ!」
鉄パイプを握った手とは逆手をくるりと回し、ラカムは懐から取り出したスパナをボッシュめがけて思い切り投げつける。
自棄っぱちか、それとも何か策を編み出したのかとボッシュは疑うも、考えても詮なきことだ。
ひとまずは、真っ向から弾けばいい。
そう思って、何の気なしにボッシュは横薙ぎに剣を振るう。
しかし、その投擲は彼の振るう一撃よりも数段重く、弾くのにも少しのタイムログが生まれてしまう。
硬直する身体、生まれる隙。
ラカムが繰り出したブルスナイプという技は二倍のダメージにするものだが、ボッシュにも作用したらしい。
いつもの拳銃とは違う為、上手く発動できるかが不安だったが、杞憂だったようだ。
そして、その数秒間の余裕があれば、ラカムには十分だった。
(此処で、決める――! 爺さんが殺られる前に、俺が勝つ!)
鉄パイプを手に持ち、間合いを縮めるべく疾走する。
剣が上へと浮き、胴ががら空きになっている今こそ、好機。
一振りだ。ボッシュがまだラカムを侮っている内に、完全に殺す。
距離は後少し。一足一刀の間合いに入り、電光石火で勝負を決める。
研ぎ澄まされた神経には過剰なまでにアドレナリンが充満し、今にも暴発しそうだ。
いつだって、どんな勝負であっても、勝ちが見える寸前というのは酷く興奮してしまう。
それはラカムも例外ではなく、操舵する時とは違った想いが生まれていた。
勝つのは自分だ。空へと征く夢を終わらせてなるものか。
集中力、充填。振りかぶった鉄パイプが緩慢しているかのような刹那の刻を味わいつつ、疾風の一太刀を――――!
-
「――憐れだな、ローディ」
されど最短でボッシュの意識を刈り取るであろう銀光は途中で止まった。
止められるとは思っていなかったのか、ラカムは防御姿勢を取ること無く呆けてしまう。
一瞬。秒で表すとコンマの単位による隙間。
それが、致命的な油断だった。
鉄パイプをすり抜けるかのように、ボッシュの剣がラカムの胸元を貫き進む。
皮膚が破れ、肉が裂かれ、骨が絶たれ、臓物が千切れ飛ぶ。
ごぼりとラカムの口から血が漏れ出した頃には、白金の刃は背中を貫通していた。
「やはり、技のキレが悪い。無理矢理に出したのがいけなかったか。
バーサーカーに魔力が吸い取られているにしろ、いずれは慣れないといけないな」
本来なら、更なる上位の技で確実に仕留めたかった、と溜息混じりにボッシュは呟いた。
ラカムは知る由もないが、ボッシュが修めた獣剣技の中でも、初歩の範疇であろう一撃。
それが、獣剣技・蛇噛である。
無理矢理に、絞り出すかのように撃ち放った奥義は当然、十全ではなかった。
されど、人を屠るには十全過ぎる一撃であった。
「それでも、ローディには十分過ぎる一撃だったか」
「最初から、力、隠してたって訳かよ。俺はまんまと、誘われたってか?」
「察しがいいな、ローディの癖に。お前のことだ、直に攻めてくると予測していた」
ラカムは一つ勘違いをしていた。
彼の尊大な発言から、自分を舐めてかかっていると判断したこと。
見下してはいるが、ボッシュはラカムのことを舐めてはかかっていなかった。
障害物として、力の程を測って、貪欲に彼が勝負を決めに来るのを待っていた。
それを真っ向から打ち破れる力を持っているからこそできる余裕。
ボッシュという少年が培った強さを見極められなかったラカムに、勝てる要素なんて何一つなかったのだ。
-
「まあ、どちらにせよお前はここで終わりだったがな」
剣が引き抜かれ、蹴り飛ばされ、ラカムの身体は地面を転がっていく。
撒き散った血は致死量に至り、数分もしない内に永遠の暗闇へと自分は堕ちていくだろう。
立ち上がろうにも、力が入らない。
たったの一撃。それだけで言うことを聞かない自分の体に嫌気がさす。
「面を上げろ。お前に残った僅かな希望も砕いてやる」
視線の先。咆哮がぶつかり、槍と爪がけたたましく音を響かせていた戦場跡。
今はもう何も聞こえない終わってしまった夢の跡。
そこには、なるべくしてなった結末が残っていた。
五体満足に立っていたのはブレードトゥースだ。
槍で突き刺された跡は無数にあれど、致命傷ではないだろう。
「俺の勝ちだ、ローディ。逃げた奴等もいずれは送ってやるから地獄で待っているといい」
そして、その足元でガン・フォールが、打ち捨てられていた。
無事な箇所なんて何一つない。白金の鎧は真っ赤に染まり、持っていた槍はひしゃげている。
文字通り、塵芥のように翁のサーヴァントは生命を終えようとしていた。
ガン・フォールの顔がこちらへとゆっくりと向く。
何かを必死に伝えようと、力を振り絞り声にもならない叫びをラカムへと。
(チクショウ、もうちっと、割り切れたら、なァ)
すまない、と。
僅かに動いた口元が最後に伝える言葉が謝罪であったことに、ラカムは申し訳なく思った。
ガン・フォールがいたから、自分はもう一度空へと飛ぶ踏ん切りが付いた。
彼のおかげで、この淀んだ世界でも自分を見失わずに済んだのだ。
礼を言うのは此方の方である。
こんな誇り高い騎士が自分と一緒に戦ってくれるなんて、文句が付けられるはずがないじゃないか。
ガン・フォールはラカムにとって最高のサーヴァントであった。
それだけは、誰にも否定させやしない。
-
「つっても、自分を貫けねぇよりは、マシだ」
流した血の量は多く、サーヴァントであるガン・フォールも消えかかっている。
誰かが助けが来ようとも既に手遅れだ。
自分達はどうしようもなく、詰んでいる。
これ以上の抵抗は無意味であり、空に戻るという夢は破られる。
同じく空を願う少年によってラカムの世界は終わりを告げた。
それもまた、一つの結末だろう。ままならぬ人生ではあったが、悪くはない。
「俺は、俺のやりたいように、生きたぞ」
もしもの話だ。もしも、こんな世界へと迷わなければ、自分はどうしていただろう。
夢に怯え、ぐだぐだと惨めったらしい人生を送っていたか。
それとも、何かを契機にして今の自分と同じく、再起を図っていたのか。
ありもしない未来に思いを寄せて、命を惜しむなんて柄ではないのに。
後悔はある。こんな所で死にたくはないと強く思っている。
けれど、もうどうしようもないことなのだ。
自分達は負け、死ぬことを定められた敗残者である。
それでも、ずっと憧れた自由の空はこの掌にある。
夢を追いかけ、挫折し、それでもと恋い焦がれた人生の縮図。
青空。夢が謳われる自由の空。ラカムだけの、空。
(わりぃな、グランサイファー。お前を残して逝く俺を、許せとは言わねぇ。
けれど、俺は最後に――お前と向きあおうって思えたからよぉ)
最後に見る景色が、青空で良かった。
右手を伸ばす。ぎゅっと力を込め、握り締める。
震え、覚束ない意識を必死にかき集め、自分がいた証を突きつけるように。
その手は何にも届かないのに、強く。
ラカムという男が此処にいたと証明する為に、強く。
「それでいいじゃねぇか……なァ?」
最後に、祈る。
このクソッタレな聖杯戦争がこれ以上の犠牲なく終わることを、空へと願う。
空の下で、誰かが泣き、怒り、狂うのは悲しいことだから。
綺麗な空にはやはり、笑顔が一番だ。
少なくとも、ラカムとガン・フォールはそう感じている。
自分のお人好し加減に辟易しながらも、どこか満足気に綻んだ表情は――諦めた男の顔ではなかった。
夢から逃げずに戦い、呆れるほどに直向きな少年のような笑みだった。
【ラカム@グランブルーファンタジー 死亡】
【ライダー(ガン・フォール)@ONE PIECE 消滅】
-
【C-8/デパート屋上付近/1日目・午後】
【キリヤ・ケイジ@All you need is kill】
[状態]少々の徹夜疲れ、若干腕に痛み、五感に異常(軽度)
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]
[金銭状況]同年代よりは多めに持っている。
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残る。
1.ひとまず、ゆりの回復を待つ。
2.アサシン(T-1000)と他のマスターを探す。
3.サーヴァントの鞍替えを検討中。ただし、無茶はしない。というより出来ない。
4.非常時には戦闘ジャケットを拝借する。
[備考]
1.ケイジのループは157回目を終了した時点なので、元の世界でのリタ・ヴラタスキがループ体験者である事を知りません。
2.研究施設を調べ尽したため、セキュリティーを無効化&潜り抜けて戦闘ジャケットを持ち去る事ができる算段は立っています。
3.ケイジの戦闘ジャケットは一日目の夕方位まで使用できない見込みです。早まる場合もあれば遅くなる場合もあります。
【仲村ゆり@Angel Beats!】
[状態]五感に異常 (重度)
[令呪]残り三画
[装備]私服姿、リボン付カチューシャ
[道具]お出掛けバック
[金銭状況]普通の学生よりは多い
[思考・状況]
基本行動方針:ふざけた神様をぶっ殺す、聖杯もぶっ壊す。
0.――――!
1.新都の各所を調査、その後も余裕があれば後回しにしていた場所も見て回る。
2.赤毛の男(サーシェス)を警戒する。
[備考]
学園を大絶賛サポタージュ中。
家出もしています。寝床に関しては後続の書き手にお任せします。
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
【セイバー(斎藤一)@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]五感に異常(軽微) 、全身ダメージ(大)、憤怒
[装備]日本刀
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合ってやる。
0.――――阿呆は、俺だ。
1.赤毛の男(サーシェス)に警戒。
[備考]
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
【ボッシュ=1/64@ブレス オブ ファイア V ドラゴンクォーター】
[状態]魔力消費(大)
[令呪]残り3画
[装備] 獣剣
[道具]ロッドケース
[金銭状況]奪った分だけ。今は余裕がある。
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、空を見に行く。
1.最低限の戦果を良しとする。
2.戦闘の結果を見て、今後どうするかを考える。
[備考]
NPCを何人か殺害しています。
バーサーカーを警戒しています。
【バーサーカー(ブレードトゥース)@メタルマックス3】
[状態]全身ダメージ(小)、脇腹負傷
[装備]無し
[道具]無し
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを殺す。
1.マスターを殺したい。
[備考]
どんな命令でも絶対服従。近づかない限り暴走はしません。
マスターに殺意を抱いています。
-
投下終了です。
-
南条光&ライダー(ニコラ・テスラ)、ルーザー(球磨川禊)を予約します
-
投下乙です
ラカム…ガン・フォール…
衝撃貝を利用した奇策、一瞬の判断で斎藤たちを逃がし闘う事を選んだ侠気、そしてそんな空の騎士を助けに現れ、奮戦したラカム
二人の戦いと散り様は見事でした。
真正面から粉砕するブレードトゥースもやばい
-
>空へと至る夢
一時退場したキルバーン、それとかち合って傷を残されたゆりと斉藤さん、乱入を図るケイジ、加勢に訪れたラカムとガン・フォール、そしてその全てを蹂躙したボッシュとブレードトゥース
それらが交錯し合い、ラカムとガン・フォールの脱落という結果に結びついたのは、やはり聖杯戦争という現実において何よりも重い帰結なのでしょうね
二人とも「らしい」からこそ、その格好良さと戦場に散った事実がとても悲しい。とはいえ最後に見せた笑みがあるからこそ、彼らにとっては不幸なだけではなかったと思いたい
投下乙でした。
自分も投下させていただきます
-
我らの最大の名誉は、一度も失敗しないことではなく倒れる毎に起きることにある。
―――オリバー・ゴールドスミス
▼ ▼ ▼
『開口一番悪いんだけど、ひとまず死んでくれないかな』
とぼけたような表情に冗談のような口調で、けれど飛来するのは紛れもない死の鉄槌だった。
一体どこにそんなものを隠していたのか。そんな疑問すら湧くほどに大量かつ巨大な螺子が大気の壁を爆砕しながら殺到する。
頑健なはずのコンクリ床は轟音と共に次々と穿たれ、砕かれた破片と舞い上がる粉塵が一瞬にして周囲を覆い尽くした。
開口一番―――その言葉を裏切ることのない、まさしく電光石火の所業。言葉や疑念を挟む余地すらない唐突な暴力はいとも容易く破壊としてここに具現した。
『いやー乱世乱世。ドラゴンボール集めにかこつけてエリート連中もキッチリぶっ潰しておかないと、-13組の面目が立たないもんね。
あっれー? ねーねー大丈夫聞こえてる? もしかしてホントに死んじゃった?』
だが、凄惨な修羅場を構築したはずのその男は、しかしどこまでもふざけ半分の態だ。
気安い友人と冗談を交わすようなおどけた表情は微塵も崩れず、およそ戦場や剣呑さとは無縁の風体である。
まるでこの程度の悪意は挨拶でしかないとでも言うように、この程度の踏み躙りなど暴力のうちに入らないとでも言うように。
ルーザーのサーヴァント「球磨川禊」は、両手に巨大螺子を掲げながら弦月の形に口元を歪めた。
『困ったなー、僕としちゃあもっとカワイコちゃんとお話ししたかったんだけど、もう聞こえないってんなら仕方ないよね。
だけど安心して! 君らの遺志を引き継いで、僕があのふざけた道化師をやっつけるからさ!』
「……いや、聞こえているとも」
一メートル先も碌に見えない視界不良の只中、蔓延する粉塵を切り裂くように鋭い声が辺りに響く。
へえ、と呟くルーザーの視線の先には、白い男と幼い少女が一切の傷を負わないままに健在であった。
平和な昇降口が一転、戯画的な針山となったその場所に、しかし男と少女が立っている一角のみが螺子の破壊を受けず、モーゼの十戒が如き空白地帯を生み出していた。
男の手が纏っているのは金属の籠手。コイルを彷彿とさせる線輪状の外殻と、時計のようにも変圧器のようにも見える円盤が組み込まれたそれは、放たれた螺子の刺突を掴みとり一切の破壊を無力化する。
-
「色魔の類と思って見れば。その不遜、その物言い、貴様はまさに負の格率そのものだ。ならば我が雷電が貴様を迎え撃つと知れ」
『え、何物騒なこと言ってんの? やだなー、これはちょっと試しただけだって。流石は僕が見込んだだけのことはあるね!』
「……」
へらへら笑いおどけるルーザーとは対照的に、掴んだ螺子を脇へと放り凶眼を向けるテスラは既に臨戦態勢へと移行している。
そんな彼の後ろに庇われる形で立ち尽くす光は、けれどそんな緊張感の高まりに頓着していなかった。
いや、できなかったと言ったほうが正しいか。
彼女が見つめる先にあるのは、当然の如く球磨川禊。黒い学生服の少年の姿。
彼がここに現れて以来、光は一瞬たりとて彼から視線を外すことができていなかった。それは殺意と共に螺子を放たれた時も、それを己がサーヴァントに庇われた時も例外ではない。
それは戦場へと足を踏み入れた緊張でも、高揚する意識の成せる技でも、まして眼前の彼に見惚れたからでもない。
(なんだ、これ……凄く気持ち悪い……)
そのあまりの気持ち悪さに、眼球を動かすという所作すら封じられていたという、ただそれだけの話だった。
見れば見るほどに景色が黒ずんでいく錯覚が生じ、眼球の奥から粘性の液体が滲み出てくるような不快感が湧き出てくる。
口の中はカラカラで、舌が喉に張り付いて息苦しい。
胸の鼓動は今や張り裂けんばかりに木霊して、その鼓動音すらも粘ついた腐肉の感触にしか思えない。
気持ち悪い、気持ち悪い、怖い、気持ち悪い、痛い、怖い、気持ち悪い。
なんで自分がこんなものが、嫌だ嫌だ早く目の前からいなくなって。混乱する思考は取りとめなく、意味を為さない文の羅列が頭の中を飛び交って止まらない。
混濁する自我が、光の意識を闇に手放そうとして―――
「見るな」
と。
そこで、意識の崩壊がピタリと止んだ。
-
目の前にはライダーの後ろ姿。後ろ手に庇われつつ、視線を外せなかった男を強制的に視界の中から退場させる。
「随分とふざけた絡繰りを仕掛けたものだな。私のサプレスさえも貫くか。
無辜の幼子までをも恐慌に陥れるのが貴様の趣味か、小僧」
『心外だなぁ、僕はカワイコちゃんの味方だぜ? 僕がその子に望むのはパンツの色の情報だけさ』
「それを信じるとでも?」
『おいおい、この人畜無害な僕が嘘なんか吐くとでも思ってるのかい?
言ったろ。僕はカワイコちゃんの味方だし、ここには話をしに来ただけ。彼女が僕を怖がる理由なんてこれっぽっちも存在しないはずさ。だから』
『僕は悪くない』
……いけしゃあしゃあと、何をほざくのかこの男は。
光は心底、この男が何なのか理解できなかった。言動に一貫性がなく、行動も矛盾の塊。そして存在は負そのもの。
カワイコちゃんの味方と言った口で明らかに殺すつもりで攻撃し、かと思えばあれは冗談で試すつもりだったと嘯く。
試すとは一体何を? 味方するとは何に対して? 今さら何を話す必要が?
怖がる理由がないなどと、彼は本気で口にしているのか?
分からない。彼が一体何者で、何を目的に何をしたいのか、光にはまるで理解できない。
お前を攻撃すると言われてもなお平気で笑うその姿は、一言"不気味"。
どこにでもいるような特徴のない普通の人間のように見えて、しかし大事な一部分が決定的にズレている。なまじ普遍性を持ち合わせるために不気味さに拍車がかかっているのだ。
そして、彼の存在そのものが条理を逸脱しているとしたら。
次に彼が取った行動もまた、理解の範疇を越えていた。
『でも、そんなに僕のことが信用できなくて、そんなに僕のことを邪見にするなら。
ほら、これならどうかな?』
残念そうな、けれど相も変らぬ軽さの声と共に、ルーザーはあろうことか両手に持った二つの螺子を後ろにポイと投げ捨てたのだ。
未練も執着も何もなく、今のルーザーは真実無手の丸腰状態。
両手は「お手上げ」とでも言うかのように顔の横まで上げられ、やれやれといった風情で向かい合う。
-
『これで僕の武器は無くなった。今ならお互い気を衒うこともなく、気安く馬鹿話ができるぜ?』
そこで彼は。すっと、拳を握りしめて。
『それでも僕と戦おうってんなら……
僕も立派な男だ。決着は自慢の"拳"でつけようか』
「……」
ライダーは黙して答えず、ただ双眸を細めるのみ。
彼は、視線を叩き付ける。目の前の男へ、球磨川禊へ。
話し合いに応じようと言うのか。
彼の言うとおりに殴りかかるのか。
それとも、別の方策を取ろうと言うのか。
不安げにライダーの後ろ姿を見上げる光の前で、彼は。
『ほら来なよ英雄。君の強さなんか、鼻で笑ってやる』
「……ならば答えよう」
一瞬だけ、目を閉じて。
「―――貴様の提案は全て却下だ」
―――その言葉と同時。
―――耳を劈く雷鳴が響く。
「ぅあ……!」
告知なしの爆音とフラッシュに、光は思わず目を瞑り手で顔を覆う。
だから、同時に周囲で鳴り響いた数多の金属音の正体に、その時だけは気付くことができなかった。
▼ ▼ ▼
-
視界の靄が晴れた時には、既に全てが終わっていた。
ライダーの格好は白い服のままで、けれど少し意匠が違っていて。その周囲には5本の光の剣が滞空していた。
恐る恐るライダーの背後から顔を出して見遣れば、そこにはプスプスと音を立てて倒れ伏す焦げた男の姿。
死んだのだと、一瞬光はそう思った。少なくとも彼女の目には、そうとしか映らなかった。
「どこからともなく無数の螺子を取り出す奇技、まさか投げ捨てた分で無くなったわけではあるまいと考えてはいたが……
やはり、思った通りだったようだな」
光は知らない。
雷電が煌めいたその一瞬、虚空から現れたと錯覚するほどに脈絡なく、これまで以上に大量の螺子が再び光たちを襲ったのだということを。
その瀑布を、ライダーの周囲に滞空する電界の剣が打ち払ったのだということを。
ルーザーがその背に隠した、異常なまでに長大で歪な形の螺子の存在を。
南条光は、認識することができなかった。
「近づけば相討ち覚悟で串刺し、近づかなければ螺子の包囲網。その異様な存在圧で精神をすり減らせば正常な判断は取れず、動きに精彩さが欠けると踏んだか。
だが」
彼の双眸が、鋭さを増して。
「貴様が仕掛けた3つの罠。気付かんとでも、思ったか」
『……はは』
……信じられないことが、目の前で起こった。
倒れたはずの学生服の男が、身じろぎしながら微かに笑ったのだ。
少なくとも光にとっては、十分衝撃に値する出来事だった。何故なら男の姿は凄惨そのもの。ライダーの雷を受けた彼は、見るも無残に焼け焦げて。音と煙が辺りに充満するほどであるというのに。
死んでしまったのではないのかと、そう錯覚させるには十分すぎる有り様だというのに。
その顔はまるで痛みを感じていないようにも見えて、最初の邂逅時と全く同じ軽薄な笑いを顔に張り付けていた。
-
「だからこそ、腑に落ちんことが一つ。
―――貴様、結局戦う気はあったのか」
え、と疑問に思う暇もなく。
ライダーは続けざまに問いを発した。
「螺子の波状攻撃、放たれる存在圧。そして背後に隠した得物。その全てに殺意こそあれど、しかし貴様は真に我々を見てはいなかった。
ここではない、どこか遠い場所をこそ貴様は幻視して戦っていたように見える」
『……』
「貴様は、何を見ている」
ライダーの問いは、眼前の男以上に、光にとって不意打ちだった。
光にとってこの男は敵以上におぞましいナニカだった。自分たちを攻撃し、異常な不快感を押し付けてきて、それが当たり前だと嘯くような害悪だった。
ならばこそ、ライダーの言うことが、光には理解できなくて。
だからこそ、男が返した言葉に、光は驚愕の念を覚えるのだ。
「……そんなの、決まってる」
男の声音が、にわかに変わる。
表情からは嘲弄の気配が消え失せ、瞳に真剣さを宿し。
放たれる不快感が、ほんの少し嵩を減らしたようにも感じた。
「僕が狙うのはいつだって"勝ち"だ。負け犬だろうが負け猫だろうが、主役を張れるんだって証明したい。
勝つことだけを追い求めたから、誰にもそれだけは譲らない」
自己をも含めた全てを嘲笑する響きは鳴りを潜め。
一途に"勝利"を追い求める少年の声が、そこにはあった。
そこで初めて。
光は、ライダーは、眼前の男の本音を聞いたのだと。
理屈ではなく直感で、そう悟った。
-
「……なるほど。お前が見据えていたのは真実、この聖杯戦争を越えた先に在るものか。かの囁きかける道化すら傍役にすると、お前はそう言うのだな」
『そうだよ。英雄なんて名乗っちゃう薄ら寒い厨二病患者共をぶちのめして、あのダッサイ道化師もコテンパンにして。僕は絶対に勝ってみせる』
気付けば先ほどまでの薄ら笑いに戻り、男はヘラヘラと睥睨して嘲笑する。
だけど、そこに含まれているのは侮蔑でも諧謔でもなく、愚直なまでに真摯な勝利への渇望で。
『だからこんなところで、まして君なんかにやられてなんかあげない』
『―――縁が合ったら、また会おうぜ』
―――その台詞を発した瞬間に、男の姿がこの世から消失した。
―――最初からどこにもいなかったかのように。何の痕跡も残さず存在ごと消えてなくなった。
視覚的な姿も、サーヴァントとしての気配も、雷電感覚による感知からも、一切合財消え失せて。
ルーザーのサーヴァント球磨川禊は。
この上なく完璧に。
この下なく無様に。
誰が見ても明白に。
ただ、一心不乱に敗走した。
▼ ▼ ▼
-
「……なあライダー、さっきのアイツのことなんだけど」
「何故一撃の下に手を下さず、あまつさえ放置したのか、ということか?」
「うん、それだよそれ!」
それから暫しの時間が経過し、校舎脇。
警戒のために実体化したまま歩くライダーと、それに追い縋るべく小走りで往く光は、そんな問答を繰り広げていた。
聞きたいことは山ほどある。分からなかったことも、腑に落ちないことも、少なからず存在する。
何故わざわざあのサーヴァントを生かすようなことをしたのか、放っておくことにしたのか、とか。
殺害に踏み切らずに済んだことに関して心情面や感情論で安堵する部分こそあれど、しかしそれと同じくらいに不吉で嫌な予感もあるのだ。
それは例えば、あの常軌を逸した気配であったり。
あるいは、理屈も不明な消失劇であったりとか。
「そりゃアタシだって、誰も傷つかないで済むんならそれが一番いいって思うけど……
でもアイツは何かおかしかった。見てるだけで凄く気持ち悪くて、ライダーに言われるまでアタシ、ずっとワケわかんなくなってた」
だからそのような者を放置して本当に良かったのかと、少女の目はそう問いかけてくる。
対する侍従は、静かに言葉を投げ返した。
「確かに、な」
返されたのは肯定だった。ならば尚更何故、と訴えかける視線に、ライダーは言葉を続ける。
「お前の言うことは正しい。確かに彼奴は並み居るサーヴァントの中にあって尚、尋常なる者ではないだろう。
彼奴の存在は言ってしまえば害悪そのものだ。ただそこに在るだけで周囲を破綻させるマイナスなど、放っておいても百害あって一利なしと言える。
しかし、だ」
「……しかし?」
「彼奴は【負】ではあれど、【悪】ではない。私はそう考える。
無論、完全な悪道に堕ちるというならば我が雷が彼奴を打ち据えるが、今はまだその時ではない」
-
そこで、ライダーの口元が微かに吊り上ったのを、光は目撃した。
嬉しそう、というよりは。
何かに期待している、そんな表情だと感じた。
「それにな。あれはふざけた口ぶりではあったが、その実なかなか熱い男だったと私は思うぞ。
かの幻を現実と受け入れるのみならず、それを手ずから討ち果たそうとまで考えるか。些か澱んではいるが、あれもまた輝きと成り得る意気と言えよう」
――――――――…………
……うん?
今、ライダーが何かを言ったような。
でも、あれ? なんだかよく聞こえない。
「この世界には《結社》の心理迷彩とも類似する暗示が存在する。もしくはあの道化師の存在そのものに誘導暗示が付随しているのか。詳細は未だ分からんがともかくだ。
人々は己の視界に幻が映るのを、自身から零れ落ちた狂気としか認識できない。少なくとも、ああも明朗に口にするなど普通はできんことだ」
ライダーの語る言葉が、何故か今は耳に入ってこない。
ノイズに塗れた耳障りな雑音のように。
どこか遠くで話される朧気な会話のように。
何を言ってるのか。
まるで、頭に、入ってこない。
「マスター、お前はどうだ。視界の端で踊る道化師をどう思う」
「え、視界……なに?」
「そう、それが普通の反応だ。それをあの男、己が意志力のみで壁を打ち破るとは。つくづく大したものだ」
「……ごめん、ライダー。風が強くてよく聞こえないんだけど」
-
今日はやたら風が強いと、光はそう心の中でぼやく。そこに木々の枝葉が擦れる音が加われば、それはもう天然自然の大合唱だ。
傍らの彼の言葉もよく聞こえない。熱い男だ、というところまでは何とか聞き取れたけど。
表情から、なんだか機嫌が良さそうだと推測することはできる。これは、つまり……?
「えーっと……よく分からないんだけど、つまりアイツは実はいい奴だったってことか?」
「別段善人というわけではあるまい。だがここで散らすには惜しい男ではあると、まあそういうことだ」
言いつつ、ライダーは手元の紙片へと知らず目配せする。そこに書かれてあったのは英数字と記号の羅列。散見される単語を見るに、恐らくはチャットのURLであろうか。
大量の螺子が飛来する中、そのうちの一本に張り付けられていたのがこれだ。光の目には入らぬよう無駄に丁寧な小細工の為されたそれは、なるほど確かに執拗で変質的な厭らしさというものが感じられる。
「縁が合ったら」。奴は確かにそう言った。そしてこれを悪意混じりの攻撃と共にとはいえ渡したということは、奴との関係性は未だに断ち切れていないということ。
ならばここで敵手としてその存在を根絶するのではなく。
対話を手段として接触するのも吝かではないと。そう考えるのだ。
「それはともかくとしてだ、マスター。少しばかり良い……いや、あるいは悪い情報がある。
たった今、この学園内に複数のサーヴァントの気配を探知した。あまりに密集している故に判別が困難ではあるが、数は恐らく10前後だ」
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。学校にサーヴァント?それも10?
「ちょ、ちょっと待ってライダー! いくらなんでもそれは……」
「とはいえ、それが正確な数値であるとは自信を持って言えんのだがな。気配の半数以上が希薄なのだ。これでは詳細な情報を掴むこともできん」
ライダーの持つ雷電感覚が捉えたのは、まさしく薄靄が如き気配である。
無論それだけではなく確固たるサーヴァントとしての気配も複数捕捉してはいるのだが、そのせいで正確な騎数を判別できていないというのが現状だ。
そして、気配の異常性を度外視しても、これだけ近くに多数のサーヴァントが存在するという事実に変わりはない。
「目下の接触対象は校庭を爆撃した何者か。しかし内患の脅威を放置すれば、要らぬ不意打ちを食らうこともあり得る。
故に、お前が決めるといい」
「アタシが……」
「そうだ。無論決められんというなら私が導こう。しかし、私を動かすのはいつだとて人の意思。
私は、お前の意思をこそ尊重しよう」
「アタシが、決める……」
動かずにはいられないという衝動のまま、学校を襲撃した誰かの元に行くのか。
内に潜むサーヴァントに相対するのか。
自らの身を案じて何もしないままやり過ごすのか。
選択権を放棄してライダーに任せるのか。
選び取るのは誰でもない、南条光という少女だけだ。
-
▼ ▼ ▼
『いやー、手酷くやられちゃったな』
その声は突然だった。
フィルムが突然途切れたように一瞬のうちに消失した彼は、当然のように脈絡なく一瞬のうちに現実世界へと姿を帰還した。
体は相変わらず焼け焦げたアスファルトの上にあって、全ては消失前と変わらない。
放つ声はどこまでも呑気なもので、およそ悔恨や恐怖とは無縁のものであるように聞こえて。
胸の奥に燻るどうしようもない敗北感を一切感じさせない、凪のように平穏な声音であった。
投げ出されたその手には、他の巨大螺子と比べても尚、尋常ではないほどに長い螺子が握られていた。
人の半身ほどもあるそれは「却本作り」と呼ばれる彼の宝具だ。貫いた者をルーザーと同等まで弱体化させる始まりの過負荷、彼が生まれ持ったマイナスの具現。
不用意に近づいてきたならば容赦なくこれを叩き込むつもりでいたが、結果はご覧の通り。小手先奇策を弄する輩ならばいくらでもその隙に付けこめる自信はあったが、真正面から馬鹿正直に相対して来る正統派の強者には成す術がない。
それは奇しくも、生前の知己であった彼女のようでもあって。
『また勝てなかった。めだかちゃんともまた違うけど、アイツもなかなか弱点(すき)がないや。
やっぱりこういうタイプに弱いよなぁ、僕は』
ケラケラと嗤うルーザーは今や大の字に寝転がって、起き上がるどころか指の一本さえ碌に動かせない状態であった。
瀕死の重傷というわけではない。纏う制服はズタズタに焼け焦げてはいるものの、その肉体に残るダメージは異様なほどに小さかった。
迸る電流と高熱はルーザーを傷つけはしなかったが、しかし筋繊維を硬直させる痺れこそが、今は厄介であった。一切の傷を負わさず、しかし当分は行動不能になるほどの麻痺を意図的に与えたとするならば、あの一瞬の交錯においてライダーはどれほど精密な計算と動きを成したのか。ルーザーには見当もつかない絶技である。
無論、その程度の天才など、かの箱庭学園で嫌というほど見てきたのだが……だからこそ、彼の胸中に飛来するのはある種の憧憬にも似た感情、だったのかもしれない。
-
『けどあんな奴の良いようにされっぱなしってのも何だか気に食わないし……体の痺れを【無かった】ことにした。うん、これなら問題なく動けるね』
だがそんなつまらない感傷など過負荷の前では吹けば飛ぶ薄紙の如し。
どこまでも軽薄なノリで飛び起きると、先ほどまでの喧騒も嘘だったかのように平然とした顔で歩き出す。
安心大嘘吐き―――3分間限定で全てを無かったことにする宝具が、今は彼自身の損傷を一時的に消失させている。
元々、今の彼に確固たる目的など存在しないのだ。中学校に来たのも気まぐれ、先ほどの彼らにちょっかいをかけたのも気まぐれ。一事が万事行き当たりばったりの考えなし。故にこそ、生まれてこの方計算なんてしたことがないと嘯くルーザーにとって、たかが一回叩きのめされた程度のことが計算違いになるわけもない。
そして結果だけを見るなら、むしろルーザーにとってはそこそこ都合のいいように動いてきている。学校周辺に集まった五騎のサーヴァントを目撃し、その全てに僅かとはいえ楔を螺子込めたのだ。
面識さえ持つことができたなら、次からは面白可笑しく弄り倒してやることもできる。何度負けようと、何度地を舐め泥を啜ろうとも、最後の最後で勝ちを掴むことさえできたのならば、それはルーザーにとって紛れもない勝利であるが故に。
彼はただ、その極点のみを目指し歩み続けるのだ。
ルーザーは足を止め、ふと後ろを振り返る。その視線の先にあるのは、ルーザーに勝ち、乗り越えていった二人が歩んでいった場所だ。
ルーザーの目が、何か眩しいものでも見たかのように細められる。
『突如学び舎を襲う未曽有の暴力、もたらされる恐怖、内側に潜む数多の脅威。そしてそれに立ち向かう勇敢な主人公。
いやあ憧れちゃうね、誰もが一度は考える夢のシチュエーションだ。学校にテロリストだなんてそんな妄想、ありきたり過ぎてあくびが出ちゃいそうだよ。
そんな王道(プラス)は僕(マイナス)には眩しすぎるし、ここは君らに任せることにしようかな』
既にここにはいない少女と雷電の男を脳裏に浮かべながら、ルーザーは彼らに背を向けるように逆方向へと歩みを再開した。
王道を進む光とは正反対の、奇道を衒う負のように。
『それじゃ、精々頑張ってくれよヒーロー(幸せもの)。
僕もそれなりに応援してるから、さ』
笑みを深めるその顔は。
書割じみた黒の能面にも似ていた。
-
【C-2/学園/一日目 午後】
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『ちょっと痺れたけど大したことはないよ。今は安心大嘘吐きで【無かった】ことにしてるしね』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
0.『それじゃ痺れが無くなってるうちにさっさとここを離れるとしよう。次は何をしよっかな?』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『いい加減みくにゃちゃんを裸エプロンにしてもいい頃合いだと思うんだけど、そこんところどうなってるのかな』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、焦り
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学校鞄(中身は勉強道具一式)
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
0.どこに向かうか、アタシが決めないと……?
1.聖杯戦争を止めるために動く。しかし、その為に動いた結果、何かを失うことへの恐れ。
2.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ。
[備考]
C-9にある邸宅に一人暮らし。
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン 、ルーザーから渡されたチャットのアドレス
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
1.マスターを守護する。
2.空の騎士のマスターの連絡を待つ。
3.負のサーヴァント(球磨川禊)に微かな期待と程々の警戒。
4.負のサーヴァント(球磨川禊)のチャットルームに顔を出してみる。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
個人でスマホを持ってます。機関技術のスキルにより礼装化してあります。
-
投下を終了します
-
申し訳ございませんが、予約を破棄させていただきます。
-
投下乙です
うーむ球磨川、やはり気持ち悪い
SAN値を削る挙動と言動、ステが当てにならない変態螺子攻撃も厄介だ
しかしここにきてようやく『』付けずに本音をぶつけてきたか
テスラの頼れっぷりは凄いけど、マイナスを目の当たりにしてしまった光が心配でもある
同盟を約束したガン・フォールたちも散ってしまったし、どうなるかなぁ
-
重ねて申し訳ございませんが、訳あって書ききれないと思い予約破棄していた作品が書きあがりましたので、
サーシェス、アサシン(キルバーン)、アサシン(ピロロ)、アサシン(T-1000)を予約し、投下します。
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▼
地方都市の安全と治安を担うはずの冬木警察署は、酷く騒然としていた。
普段ならそこまでの緊迫感もなく物静かな署内も、今ではヒリヒリとした混乱が渦巻いている。
なにせ連日続く事件が進展しない上に、今日に入ってからも不可解な事件が急増しているがゆえに。
不安や憤怒、悪戯心を持った通報が続き、警察官達は解明できない事件に苛立ちつつも早く真相を暴くために躍起になっていた。
そんな喧噪の中、警察官の姿に扮したT-1000は平然とした顔で署内を歩いていた。
今の雰囲気には似つかわしくない、ある意味異彩を放つ行動をと取っているにもかかわらず、しかし誰もが別の事に集中しており、目に留めることはない。
だから気配遮断も相まって、T-1000は容易く潜入を果たせていた。
そのまま警察署の奥へと進み、誰もいない適当な部屋に入る。
稼働している端末機を見つけ、針状に変化した指先から情報の海へとダイブする。
警察の動向、市内の重要施設、得られる限りの個人情報、etc、etc...
そして膨大な捜査資料の中から聖杯戦争に関わってそうな案件を検索し始めた。
〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜
『連続失踪事件』
【概要】
*月*日頃から深山町で頻発している原因不明の失踪事件。
〜(中略)〜行方不明者は数十人にも及ぶが、未だ当事者達の関連性は見つからない。
〜(中略)〜誰もが何の兆しもなしに、気付けばいなくなっていた、という証言だけが唯一共通している。
〜(中略)〜何らかのテロ行為、もしくは大規模拉致事件の可能性も視野に入れ、捜査を強化する方針である。
※詳細な捜査資料については別資料参照。
『新都北部殺人事件』
【概要】
*月*日未明、都心北部の林中にて、首を切り裂かれた男性の遺体と多数の破壊痕が見つかった。
〜(中略)〜男性の身体に争った形跡はなかったものの、殺害の手際の良さから見て殺しのプロが関わっている可能性が高い。
〜(中略)〜現場には別人が居た痕跡や血痕が見つかったが、その正体は掴めていない。
〜(中略)〜破壊痕についても、どの様な器物を使用したのか、未だ解明できていないままである。
※詳細な捜査資料については別資料参照。
『連続通り魔殺人事件』
【概要】
*月*日以降、深山町を中心に刺殺による殺害が相次いでいる。
〜(中略)〜同じ手口であり、その手際の良さから、同一人物による犯行である可能性が高い。
〜(中略)〜なお少数ながらも、各事件の前後にはロッドケースを背負った少年が目撃されている。
〜(中略)〜以上の特徴の少年を本事件の重要参考人として扱い捜索する。
※詳細な捜査資料については別資料参照。
〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜
-
聖杯戦争の予選期間中から発生していた数々の事件の中で、他の主従が関与している可能性が高い事件は以上の三つに絞れた。
どれも捜査が行き詰っているようだが、T-1000自身が調査するのに役立つ情報が十分に集積されていた。
また、今日に入ってからの報告も中々興味深いものだった。
深夜と午前に発生した数度の爆発事故。
学園では爆音が響き、校庭にクレーターができた。
等々。
これらの事件も、本戦開幕に伴い複数の主従が活発に行動し始め、そして衝突した結果だと確信する。
流石に直近の出来事であるため情報は少ないく、各々の全容は掴めていないが。
とりあえず時刻や場所、その他の情報もT-1000は記録しておいた。
これで必要な情報は揃い、警察署に用はなくなった。
今のところ解った事は、深山町に聖杯戦争の参加者達が集まっている、といったところか。
その足取りはまだ分からないが、後はこれらの情報を分析して居場所を突き止めるのみ。
だから後は移動して思考しながら探せばいい事だ。
T-1000は脇目も振らずに部屋を出ようとして。
その前に、通信機器から告げられた新たな情報を耳にした。
○
「あぁクソ、ホント今日はついてねぇ」
デパートの裏側。
従業員の駐車場や物資の搬入が主体となる場所。
当然表側のような人通りや明るさはなく、ただ薄暗いもの寂しさが佇む。
そんな人気のない場所を作業服姿の男が一人、事務所に向かって駆けていた。
その男は午後からの勤務予定だったが、訳あって遅刻しており焦っていた。
なにせ近所で発生した爆発事故によって自宅にも損害を被り、その事で警察に掛け合ったりと忙しくなっていたからだ。
今日のルーチンワークが狂ってしまい、己の不運を嘆きつつ遅れを取り戻そう動いていた。
ゆえに、男は知らなかった。
デパートの屋上にて惨劇が起きている事を。
被害に合った人々の悲鳴を聞くことなく、デパート内の混乱も今の彼には関係なかった。
そして、男に新たな悲劇が迫っている事も。
ドンッ!!!
突如、後方で大きな音が轟く。
驚いて後ろを振り返ると、駐車してある自動車の上に誰かが倒れていた。
「な、なんだ!?もしかして、上から落ちてきたのか!?」
男は踵を返して現場に駆け寄る。
相当の衝撃だったのか、自動車は酷くひしゃげていた。
落下してきた人物も酷い有様であったが、それ以上に衣装の異彩さが気になった。
全身黒尽くめの奇抜な衣装を纏っており、さらに不気味に笑っているような仮面を被っている。
何かの催し物の仮装だろうかと疑問に思いつつ、男は突然の出来事でどうすればいいのか分からず慌てふためいていた。
何かないかと辺りを見回すと、丁度いいタイミングでパトカーがこちらに近づいて来るのを発見した。
すぐさま男は大きく手を振って誘導し、停車して降りてきた警察官に駆け寄った。
「お巡りさん!丁度良かった、こっち来てください!」
「どうかしたのか?」
「あっちに負傷者が!突然上から落ちて来たんだ!」
警察官は男が指差した方向を一瞥し、男の方に向き直して。
「そうか、わかった」
返事と共に警察官は男に向かって腕を振った。
予兆なき動作に応じられず、何が起こったかも分からず。
ただ、男の首が地面に転がり落ちた。
-
▼
デパートの屋上で死傷者多数の事件発生、という知らせを受けて現場に急行してみれば、丁度いい場面に出くわす事ができた。
まずは邪魔な目撃者を葬り終え、T-1000は再度黒尽くめの人物を見据えた。
まるで“死神”のような人物がサーヴァントである事は一目瞭然だった。
恐らく、上で戦闘中に強烈な攻撃を受けて落ちて来たのだろう。
“死神”の損傷は激しく、気絶しているのか全く動く気配を感じられない。
さらにじっくり観察すると、もう一つこの英霊の正体について分かった事があった。
(あれは“機械のサーヴァント”、それも未知の技術で出来た自律型機械人形、か)
ある意味同族であるT-1000だからこそ判り得る事実。
ターミネーターとしての知覚能力を駆使すれば、“死神”の身体的特徴や傷口からその正体を割り出す事など訳なかった。
とはいえ判ったのは“死神”の身体が機械で出来ているということのみ。
自分達とは違う技術体系で構成されている事だけが明らかであり、この英霊の全容までは掴めていない。
しかし、その事は今のT-1000にとっては問題ではなかった。
T-1000が近づく。“死神”は全く動かない。
どうやら強烈な衝撃を受けて機能が停止しているのかもしれない。
念のためいつ動き出しても即座に対応できるように警戒しつつ、その身体に触れようと、ゆっくりと手を伸ばして。
「ヒャダルコ!!」
突如、別の方向から無数の氷礫が襲い掛かってきた。
T-1000はすかさずその場から飛び退き、すぐ攻撃源を睨み付ける。
「ああっ、ヒドイ!!一体誰がこんなことを!!!」
姿を現したのは、これまたT-1000にとって未知なる存在だった。
赤い帽子と服を纏った小人のようで、しかしその顔には大きな一つ目しかない、人間とはかけ離れた異形の魔物。
その小人は一目散に“死神”の元に駆け寄り、損傷の具合を診て嘆いていた。
T-1000にとってみればあれが何であるかは分からない。
聖杯からの知識により“使い魔”ではないかと当たりを付けていたが、その正体までは“UNKOWN”のままだった。
何であれ、T-1000は邪魔な小人を排除するために速攻で斬撃を仕掛ける。
「&ruby(トベルーラ){飛翔呪文}ッ!!!」
だが小人の方が一足早く、虚しく空を斬るだけだった。
◆
-
数刻前。
≪わぁっ!!た、大変だぁっ!!≫
≪っておい、いきなり大声出すなよ≫
≪キルバーンが危ない!!≫
≪はぁ?なんだそれ≫
≪すぐに助けに行かなくちゃ!≫
そんなやり取りをした後、ピロロはサーシェスを置いて飛び出していった。
(終始順調だったのに、最後に何があったんだ!?)
ピロロは酷く焦っていた。
己が分身が危機に陥っている。
キルバーンとの情報共有ができるピロロは、デパート屋上での戦闘状況の顛末を把握していた。
あと一歩でセイバー組の首を取れるところまでいったのに、途中からライダーに横やりを入れられてしまい。
それでもキルバーン自体にさしたる損害もなく撤退しようとした、その矢先。
最後に乱入した何者かの攻撃により、たった一発で『大魔王の死神(キルバーン)』 は再起不能になってしまった。
なお、その一撃はただの強烈な殴打にあらず。
狂戦士の馬鹿力に加え、宝具による筋力の上昇、様々な機械・兵器を破壊したという逸話の再現により。
機械人形たる『大魔王の死神(キルバーン)』は想定以上のダメージを受けてしまっていたのだ。
だがそんな事情など露知らず、ピロロはキルバーンを復活させるべく現場に急行した。
キルバーンの元に辿り着くと、そこには一人の警察官が立っていた。
警察官は動かないキルバーンを睨みながら、ゆっくりとしながら触れようとしている。
即座に、ピロロの中で警鐘が鳴り響く。
アイツに触れさせてはならない、と。
「ヒャダルコ!!」
咄嗟に呪文を唱え放つ。
流石にこれだけの氷礫だけでは、あのサーヴァントは倒せないだろう。
だがそれでいい。これはただの牽制。キルバーンから引き離せれば十分だった。
「ああっ、ヒドイ!!一体誰がこんなことを!!!」
演技も忘れずキルバーンに近づく。
少し確認しただけでも酷い損傷具合であることがわかる。
これはすぐにでも『大魔王の死神(キルバーン)』を修復しないと都合が悪い。
じゃないと、目の前のサーヴァントが攻撃してくるように、ボクにも危険が及ぶから。
「&ruby(トベルーラ){飛翔呪文}ッ!!!」
最上の警戒で構えていたピロロは、斬撃を受ける前に逃げ切る事に成功した。
とりあえず今はあの場から離れて、適当な場所でキルバーンを復活させるべくビル街に向けて飛び去って行った。
-
▼
小人と“死神”が消え去った方向を見据えながら、T-1000はその場に佇んでいた。
すぐに追いかけることも出来たが、一旦置いといて次に取るべき行動について考え始めた。
まず空を見上げると、デパートの屋上から飛び立っていった飛行体を目撃した。
たぶん、上の戦闘も佳境に入ったのだろう。
飛び立った者達は勝者なのか、撤退する者なのか、はたまた別の目的を持つ者なのかは分からないが。
あの去っていく飛行体にキリヤ・ケイジもいる事だけは察知していた。
仮初のマスターに付着させといた発信機がある限り、あの飛行体の行方を追う事など訳ない話だ。
同様の理由で、“死神”の位置も把握していた。
“死神”の身体に触れた時、僅かながら液体金属の一部を付着させる事に成功している。
本当ならばそのまま液体金属を流し込んで機械人形を隅々まで調査し、あわよくばハッキングで支配下に置く事も視野に入れていたが。
詳しく調べる間もなく邪魔が入ってしまったため、発信機を取り付けるところまでしかできなかった。
しかし、これで二組以上の主従の動向を容易に図れるというアドバンテージを得ることができた。
さらに、T-1000はデパートの屋上に向かう事も考える。
もしかしたら、まだ屋上に残っている主従がいるのかもしれない、あるいは他の主従の足取りが掴めるかもしれない、っと。
何も得られない可能性もあるが、他の主従は後で追跡できる事や屋上の状況を逸早く得られるという利点もある。
どこに向かうか、ほんの数秒の熟考の末、T-1000は決定する。
狙うべきは―――
【C-8/デパート・裏側/1日目・午後】
【アサシン(T-1000)@ターミネーター2】
[状態]正常、日本人男性の警察官に擬態
[装備]警棒、拳銃
[道具]『仲村ゆり』の写真、パトカー、車内にあった資料、その他警察官の装備一式
[思考・状況]
基本行動方針:スカイネットを護るため、聖杯を獲得し人類を抹殺する。
1.【飛行体】、【死神】、【屋上】のいずれかに向かう。
2.マスターらしき人物を見つけたら様子見、確定次第暗殺を試みる。
ただし、未知数のサーヴァントが傍にいる場合は慎重に行動する。
3.「仲村ゆり」を見かけたらマスターかどうか見極める。
[備考]
キリヤ・ケイジの私物に液体金属の一部を忍ばせてあるので、どこにいるかは大体把握しています。
アサシン(キルバーン)の身体に液体金属の一部を忍ばせてあるので、どこにいるかは大体把握しています。
なお、魔力探知などにより忍ばせた液体金属が気付かれてしまう可能性があります。
◆
-
サーシェスは運転席で退屈そうにしながら、車を停車させてラジオに耳を傾けていた。
読み上げられるニュースは物騒なものばかりであり、今日になってから発生した原因不明の事件について多く取り上げられていた。
そこへ速報が入り、デパートでの騒動について読み上げられる。
なんともタイムリーな話題で、詳しい情報はまだないが死傷者も多数いるかもしれないと告げられていた。
その情報を聞いて、生粋の戦争狂は内心悲しみに暮れるあまり、大きなため息を吐き出してしまった。
「あぁいいなぁ。俺も混ざりたかったぜ」
当然、そこには犠牲者に対する哀悼の意など全くない。
彼が悔やむ事はただ一つ。
生命が潰える瞬間という至上の光景を見れなかった、という事だけ。
生死を賭けた闘いが行われたというのに、自分が参加できず除け者にされてしまったという事実が、とても残念でならなかった。
あの場に俺の胸を躍らせる最高の舞台があったのかもしれない、と思うと切なく感じてしまう。
そんな風に考えてしまうほどに、サーシェスという男は常人とはかけ離れた歪みを抱いていた。
「んで、一体どうしたんだ、アサシンよ?まさか、一発逝ってきたか?」
サーシェスは前を見たまま、後部座席に向かって皮肉を込めて言い放つ。
「まさか。死神が殺されちゃあ、シャレにならないだろ」
そんな苦言をものともせず、いつの間にか帰還していた死神の顔がミラーに映っていた。
【B-8/ビル街/1日目・午後】
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]正装姿
[道具]カバン、車
[金銭状況]当面は困らない程の現金・クレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:戦争を楽しむ。
1.獲物を探す。
2.カチューシャのガキ(ゆり)を品定め。楽しめそうなら、遊ぶ。
3.B-8の研究施設に興味。“誰か”が“何か”を持ち出すのを待ってみる。
[備考]
カチューシャの少女(ゆり)の名前は知りません。
銃器など凶器の所持に関しては後続の書き手にお任せします。
【アサシン(キルバーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]蘇生によりほぼ回復、死神の笛破損
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1. 今は休憩してマスターと話し合う。
[備考]
身体の何処かにT-1000の液体金属が付着しています。
【アサシン(ピロロ)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]健康
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1.今は休憩してマスターと話し合う。
[備考]
ストックしていた魔力を消費してキルバーンを復活させました。
緊急事態であったため、まだT-1000の液体金属には気付いていません。
しかしじっくり観察すれば気付く事ができます。
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以上で投下終了です。
予約に関して二転三転させてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
また、拙い文章によるお目汚し失礼いたしました。
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投下乙です
>ワイルドルーザー/ブレイブウィナー
球磨川の戦法はやはり、ステータスが当てにならない感じですね…変態挙動や何やも相まって、対峙したくないサーヴァントになってる。負けが込んでも相手に負の何かを蓄積させていくのはさすがの過負荷か。とは言え、『』つけずに本音を見せた辺りもまた球磨川らしい。
テスラと南条ちゃんは学園の混沌に気付いたか。守るだけでなく選択をさせるテスラは優しくも厳しい師という感じ。正義を志す少女はどう出るか、今後を大きく左右しそうです
>新たな予感
アサシン同士の接触となったか! 油断ならない二騎に戦争狂という事で、悩み惑う少年少女とは違った面白さがあるなあ。
T-1000はとかく剣呑ですが、独自のスタンスだけあって見ていて面白いですね。
キルバーンとはそう言えば、機械的なサーヴァントという繋がりがあるのか。変身に加え、液体金属付着による新たなフラグが立ったし、サーシェスたちがターミネーターとどう絡んで行くかも見物だ
しかしサーシェスは本当にこの状況を楽しんでるんだな…
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投下乙です。期間が空いてしまい申し訳ありません。
>ワイルドルーザー/ブレイブウィナー
光が当たる道を進む者と裏側を進む者。
目指すものは裏側に潜む道化師の打倒と似通っていながらも、過程は大きく違う。
両者の対比がこれでもかというぐらいに色濃く映りましたね。
『』つけずに勝利を望むと断言した球磨川、それを不敵に良しとするテスラ。
南条ちゃんが曇り始めてはいますが、どこかすっきりした戦闘がこれから先の希望を示唆しているようですね。
>新たな予感
機械特攻でグダグダになりながらも、マスターの前ではなんとか取り繕ったキルバーン。
ピロロも焦っている通り、弱みを簡単には見せれないという思惑が枷となっているのか。
そして、T-1000も着々と情報網を広げて冷静に敵を見定めている最中で。
ケイジが知らぬ間に色々と進めて、認識の齟齬が生まれるとなっても平然としていそうですね。
戦闘ジャンキーのサーシェスが手ぐすねを引いて待ってはいますが、はたして。
スタン&アーチャー(瑞鶴)
南条光&ライダー(ニコラ・テスラ)
神楽坂明日菜&キャスター(超鈴音)
御坂妹&レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)
を予約します。
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投下します。
-
結局、南条光が選んだ選択肢は学園で平常通り過ごし、危難が巻き起こったら解決すべく飛んでいくといったものだった。
もしも、自分達が狙撃を行ったサーヴァントへと対処している間に学校に何かあったとしたら。
助ける機会があったのに、護れない。目の前で級友達が死んでいく。
それは光からすると耐えられないことだった。
外の危難よりも内の危難の方がよっぽど重要である。
「ただいまー」
「おかえりなさい、とミサカは暖かく出迎えの言葉を紡ぎます」
昼休みに入った教室は既に喧騒を取り戻しており、各々食堂に行くなり弁当を広げるなりしてランチタイムを楽しんでいる。
大体、半分の生徒は食堂に行ったのだろうか。
もっとも、光が仲良くしている紗南やミサカは教室でのんべんだらりとしているので一人で寂しく昼食を取ることにはならないのだが。
最近は、明日菜もこの輪に加わることもあり、中々に賑やかなメンツとなっている。
「いっやー、突然お腹が痛くなるなんて災難だよねー。
バッドステータスは現実じゃあ速攻回復なーんてならないから不便不便〜。
これで、回復魔法が使えるんなら苦労はないんだけど」
「…………魔法なんてあるわけないでしょ」
「ダメダメ、アスナさん。ロマンを追い求めてこそのJCだよ?」
護るんだ。
正義の味方として、南条光が護りたいと願った人達を聖杯戦争へと近づけてはならない。
例え、彼女達が偽物であろうとも、光にとってはたった一人、大切な人間なのだ。
クールに言葉を返すミサカも、カラカラと笑う紗南も。呆れたように溜息をつく明日菜も。
彼女達がいたからこそ、自分はまだ正義の味方を貫ける。
護りたいと願うだけで輝きは増し、自分を見失うことなく戦える。
それが、南条光という少女だ。
聖杯戦争という枠組みを打ち砕かんとする――世界の敵。
「そういえば、さっき地震……っていうか地鳴り? 校庭から聞こえてきた爆音も一体何があったのよ」
「おお、アスナさんが難しい言葉を使ってる」
「私だってこのぐらいの言葉は知ってるわよ! ともかく、なーんかずどどどーんって音が聞こえたんだけど」
聖杯戦争は日常の裏側で手ぐすねを引いている。
今も、この中学校の廊下で光達はサーヴァントと相対してきた。
あの気持ち悪い青年の話術に飲み込まれそうになりながらも、必死に食らいつきながら。
しかし、そんな戦いも彼女達からするとちょっと不思議な出来事に過ぎないのだ。
先程の轟音は階数を隔てても尚、この教室へと届いていたようだが、あくまでも地震であると考えた少女達は恐怖を滲み出させない。
-
「そういえば、光ちゃん大丈夫だった? トイレにこもってる時にびっくりでしょ?」
「そ、そうだな! 危うく色々と」
「ご飯を食べている時にする話ではありませんね、とミサカはJCなのにデリカシーがないことへの悲しみを露わにします」
きゃいきゃいと話を進めながらも、光はどこか上の空であり、淀んだ不安が掻き消えなかった。
自分はこの聖杯戦争について、何も知らなすぎる。
光のサーヴァントであるテスラも、先程出会った青年のサーヴァントも、自分が知らぬ何かを知っていた。
やはり、この冬木という偽りの都市には秘密がある。
極一部しか気づいていない聖杯戦争の根幹が隠されているのだろう。
「……どうかしましたか、明日菜さん、何やら顔色が悪いようですが、とミサカは心配してみます」
「いや、さ。思うんだけど、最近この街っておかしなこと多くない?」
それでも、隠し切れない胡散臭さはある。
明日菜の顔に浮かぶ陰りはこの街の裏側が徐々に表へと侵食している証だ。
「人がいなくなったり、殺されちゃったり」
預かり知らぬ所で誰かが犠牲になっている。
無辜の民間人が何のいわれもなく死に絶えていく。
聖杯戦争を知らぬNPCは超常たるサーヴァントには敵わない。
搾取される餌であり、日常を彩る人形に過ぎない。
けれど、その認識は割り切っているマスター達に限る。
彼女達は生きている。プログラムされたものではなく、確固とした自我を持っている。
こうして不安を口に出す明日菜が良い証拠だ。
彼女が怯えを表すのが嘘偽りなどとは到底思えない。
「……怖いのよ、色々と」
ならば、それはもう人間なのではないか。正義の味方として護るべきものではないか。
少なくとも、南条光はそう思っている。
明日菜の言葉に全員が口を塞ぎ、沈黙が数秒続く。
「まー、アスナさんの言う通り、最近の街はちょっとおかしいよね」
その沈黙を最初に破ったのは紗南だった。
あっけらかんと、何の気にもせずに彼女はこの街の異常を肯定した。
-
「まるでゲームの世界みたい――ってね。ジャンル的には何だろ? 伝奇活劇ビジュアルノベル?
あたし達の知らない所で人知れず誰かが戦っているのかもね」
けらけらと笑い、紗南は言葉を続ける。
日常の平穏しか知らない彼女からすると、幾ら恐怖を煽っても真実には足り得ない。
いざその恐怖に相当する実感を味わない限りは、少々のスパイスにしかならないのだから。
「怖がった所でどうしようもないよ。考えて、ものすっごーく考えてその原因を解決できるんだったら話は別だけどね。
ゲーム好きのあたしは大人しく逃げるしかないよ、うん」
もっとも、紗南が深く考える性質ではないというのも加えられるけれど。
彼女が言っていることもまた、一つの結論である。
思い詰めてもどうにもならないことだ。
力なき者がどれだけ高潔な意思を持とうが、世界は揺らがない。
続くであろう蹂躙も、喪失も、零れ落ちていくだけである。
「でもさ。もしもの話、アスナさんがその事態を解決できる立場……んー、あたし的に言うと『勇者』だったらって感じかな。
どうしたい?」
「……それは、やめさせたいに決まってるじゃない」
「そういうこと。きっと、いるんじゃないかな。この街にも勇者とその仲間達がさ。
あたし達みたいなか弱い女の子を護ってくれる正義の味方がねっ」
「正義の味方か!? じゃあ、アタシに」
「うん、食いついてくると思ったよ。けど、危ないことはやめときなよ?
無茶と無謀は違うんだからね? レベル上げないでボスと戦うなんて普通はやらないでしょ?」
「ア、アタシは大丈夫だぞ?」
「説得力がまるでな〜い。光ちゃんはただでさえ、突っ走りたがりだから友達としては心配だなぁ」
彼女達は知らない。
聖杯戦争は決して遊びではないことを。
人と人が殺し合い、最後の一組しか勝ち残れないことを。
願いの為に、欺き合うものであることを。
無知だからこそ、興味があるという簡単な言葉を口に出せるのだ。
-
「まあ、さ。アスナさんが言ってる異変にあたしも興味が湧かない訳ではないよ。
でも、今はいいんだっ。ゲームがあって、光ちゃん達がいて。
のんべんだらりと過ごせたら、そんな日常が続いてくれたら文句なし!」
「紗南ちゃん……」
故に、そんな理不尽を防ぎたい。
正義の味方として、『勇者』として、その原因に関わる者として。
聖杯戦争による悪行は自分達が淘汰する。
かけがえのない日常を護る為にも、絶対に。
「という訳で、今日は帰りに新都のゲーセンで遊ぼうよ!
そういう難しいことなんて投げ捨ててさ!」
「単純に新作のゲームが入ったから遊びたいだけなのでは、とミサカは疑問を抱きます」
「…………てへっ」
かけがえのない日常。
それには、ふんだんに嘘が混じったものだと誰しもが目を背けていても。
きっと、今は、きっと。
■
(たっだいまー……)
偵察もといあわよくば暗殺を目的に出て行ったサーヴァントの第一声は酷く疲れ切っていた。
かといって、魔力を消費してはいないしラインも正常だ。
不思議に思ったスタンも、何があったんだよと問いかけこそするも、瑞鶴の返事は煮え切らない。
わざわざトイレに行くと言ってまで友人達との昼食を抜け、念話に集中しているというのに。
(要は、複数のサーヴァントと遭遇して、その中にすっごい気持ち悪い奴がいた。それで、気持ち悪さに辟易して疲れた)
(それだけか?)
(ん、疲れた理由に関してはそれだけ。アレは悪とか正義とかそういう次元で生きていないだろうし、会話が成り立つ気がしなかった)
深い溜息をつきながら、瑞鶴はその気持ち悪いサーヴァントについてはあまり語りたがらなかった。
快活な性格である彼女にここまで嫌われるというのは一体そのサーヴァントは何をしたのだろうか。
(……誰が貧乳よ)
すごく、くだらない理由も含んでいそうだが。
(それじゃ、ここからは真面目な話ね。そんな気持ち悪いサーヴァントからお近づきの印に交流を深めましょうって誘われたのよ。
ほら、家にパソコンがあったじゃない? それを通してマスターさん共々、ね)
(成程な。ということは、瑞鶴の同郷だった響ってやつに提案した同盟、みたいなものか?)
(まさか。あの底意地の悪そうな奴がそんな殊勝なことを考えるかしら。下手に油断していると後ろから刺されそうで敵わないわ。
間違いなく、アレは背中を預けるには足らない。
断言するわ。マスターさん、どんな言葉を投げかけられても、絶対にあいつの言葉だけは信じちゃ駄目)
(お、おう。瑞鶴がそこまで言うなら)
(約束よ? 破ったら怒るからね)
いやに真剣な瑞鶴の忠言にスタンも黙って頷くしかなかった。
サラッと聞こえた貧乳について云々は流しておこう。
女性にデリカシーのない発言は禁句である。
ざっくばらんなアリーザとは違い、世間一般の女性はそういうことをよく気にするのだ。
-
(話を戻すわ。かといって、そいつを敵に回すのは避けたい。午前中のキャスターもだけど、とっておきを隠している。
できることなら、そのとっておきを他の人達に使わせて把握したいわ。もっとも、対処できないものならどうしようもないんだけどね)
それを抜きにしても、瑞鶴はそのサーヴァントを必要なまでに警戒していた。
歴戦の戦艦たる彼女にここまで言わしめる、その気持ち悪いサーヴァントとは一体何者なのだろうか。
ほんの少し、興味を惹かれるものではあったが、彼女でさえここまで疲弊してしまうのだ。
自分なんかが出会ってしまえば、それはもう酷い有様になってしまうだろう。
(そういえば、校庭の方はどう? 大騒ぎになっていたり?)
(いいや。先生達が様子を確認したけど、原因不明でお手上げだと。
そりゃ、そうだよな。まさか『サーヴァント』の挑発だなんて想像の範疇外だろ)
日常を一瞬にして異常へと染め上げる彼らの所業など、一般人の枠外である。
校庭の件にしろ、瑞鶴達の交錯にしろ、知らぬ者は永遠に知らぬままだ。
この舞台は所詮、聖杯戦争を円滑に進める為の舞台に過ぎない。
設定された友人も、家も、全てが仮初。現実ではないのだ、この世界は。
やはり、聖杯戦争という殺し合いを差し引いても、違和感だらけだった。
常に隣り合わせである魔物もいない平和な世界。
それは戦うことなんて本当はゴメンであるスタンからすると望ましいものではあったが、現実ではないのだ。
青い空。鈍色の大地が浮かぶ島。立場違いの幼馴染。
どうしようもない事実が蔓延するあの空こそが、彼にとっての現実なのだから。
(この分じゃ、誰か学校内で人が死にでもしない限りは平穏かしらね)
(そんな目立つやり方をする奴等がいるのか?)
(刹那主義――戦いこそが最上の幸福だとか抜かすイカれた主従がいないとは限らないでしょ?
いつ如何なる場所でも気を抜くな、とまでは言わないけれど、私が傍から離れている時はちゃんとしててよね)
(わかってるって。ともかく、まずは響って奴が同盟に乗ってくるかだったな?)
それが、今は平穏な世界で学生生活を送りながら戦争の手はずを相方と相談している。
悪い冗談と笑い飛ばせればどんなによかったことか。
自分達は勝つ為にここにいる。他の主従がどれだけ切に願おうが、負けられない理由があるのだ。
一時的に組むにしろ、いずれは裏切り、殺さなければならない。
(一応、同盟に乗ってくれるなら放課後、待ち合わせ場所に来てねって言っておいたけど)
(おいおい大丈夫なのかよ。もし、相手が騙し打ちでもしてきたら……)
(あー、大丈夫大丈夫。私の艦載機を飛ばして様子を見てから出迎えるつもりだから。
幾ら私でも、馬鹿正直に行かないわよ。
それに、どこからか情報が漏れて合流した所を一網打尽ってされる可能性も考慮しているし)
その相手が旧知であることに瑞鶴も何のためらいもある訳ではないだろう。
無論のこと、今の彼女が一番に優先順位を置いてるのはマスターではあるけれど。
――――考えさせて欲しい。マスターと相談して、必ず返答する。
【響】と呼ぶサーヴァントによる返答は大変堅苦しいものだったらしい。
それでも、瑞鶴が全く気にしていないのは、スタンにはわからない絆が彼女達にはあるのだろう。
ならば、自分はその信頼を信じるだけだ。
戦争は始まったばかりだ、慌てる必要はない。
(ひとまずは放課後まで普段通りって感じか)
(そういうこと。ま、気楽にやっていきましょう?)
今は、まだ。
――いつまで、自分から目を背けているんだい?
道化師の囁きも、聞こえない。
そう、聞こえないふりをした。
-
【C-2/学園/一日目 午後】
【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]竹刀
[道具]教材一式
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.ひとまず今日は学校で過ごす。
[備考]
装備の剣はアパートに置いてきています。
【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、球磨川と相対したことによる精神疲弊
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.響をこちらに引き入れたい。待ち合わせ場所に来なければ敵とみなす。
2.気分は乗らないが、球磨川を敵に回したくない為、不干渉程度の同盟を締結しておきたい。
[備考]
キャスター(ギー)、マスターの少女(八神はやて)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)、アーチャー(ヴェールヌイ)、北条加蓮を確認しました。
チャットルームへと誘われましたが、球磨川の気持ち悪さから乗り気ではありません。
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、焦り
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学校鞄(中身は勉強道具一式)
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
0.――――日常を護る。
1.聖杯戦争を止めるために動く。しかし、その為に動いた結果、何かを失うことへの恐れ。
2.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ。
[備考]
C-9にある邸宅に一人暮らし。
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン 、ルーザーから渡されたチャットのアドレス
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
1.マスターを守護する。
2.空の騎士のマスターの連絡を待つ。
3.負のサーヴァント(球磨川禊)に微かな期待と程々の警戒。
4.負のサーヴァント(球磨川禊)のチャットルームに顔を出してみる。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
個人でスマホを持ってます。機関技術のスキルにより礼装化してあります。
-
【神楽坂明日菜@魔法先生ネギま!(アニメ)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服
[道具]学校鞄(授業の用意が入っている)、死んだパクティオーカード、スマートフォン
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1.皆がいる麻帆良学園に帰りたい
2.でもだからって、そのために人を殺しちゃうと……
3.とりあえず、キャスター(超鈴音)と学園で落ち合う
4.キャスターは何しにいったんだろう?
[備考]
大きめの住宅が居住地として割り当てられました
そこで1人暮らしをしています
鈴音の工房を認識しているかどうかは後続の書き手にお任せします
スマートフォンの扱いに慣れていません(電話がなんとかできる程度)
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]霊体、魔力消費(それなり) 、球磨川と相対したことによる精神疲弊
[装備]改良強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]時空跳躍弾(数発)
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える
1. ネギが死んだことを認めるしかない。それによる若干の鬱屈。
2.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
3.それまでは防衛が中心になるが、出来ることは何でもしておく
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
強化服を改良して電撃を飛び道具として飛ばす機能とシールドを張って敵の攻撃を受け止める機能を追加しました
B-6/神楽坂明日菜の家の真下の地下水道の広場に工房を構えています
工房にT-ANK-α3改が数体待機しています
チャットルームへと誘われましたが、球磨川の気持ち悪さから乗り気ではありません。
【御坂妹@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服、専用のゴーグル
[道具]学校鞄(授業の用意と小型の拳銃が入っている)
[金銭状況]普通(マンションで一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ生還する
1.協力者を探します、とミサカは今後の方針を示します
2.そのために周辺の主従の情報を得る、とミサカはゾルダートを偵察に出します
3.偵察に行ったゾルダート達が無事に帰ってくるといいのですが、とミサカは心配になります
4.学園で体育の着替えを利用してマスターを探ろうか?とミサカは思案します
5.光を巻き込みたくない、けれど――とミサカは親友に複雑な思いを抱いています
[備考]
自宅にはゴーグルと、クローゼット内にサブマシンガンや鋼鉄破りなどの銃器があります
衣服は御坂美琴の趣味に合ったものが割り当てられました
ペンダントの購入に大金(少なくとも数万円)を使いました
自宅で黒猫を飼っています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](13号〜20号)、健康、無我
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
[備考]
-
投下終了です。
未央、なるみん、音無、あやめ、前川さん、クマーを予約。
-
投下乙です
それぞれ何かを守ろうとして抗う少女マスターたちの日常は眩しいけど儚い…。聖杯戦争がどんどん加速している現状だとなおさら
光ちゃんはなんとか踏みとどまってるしミサカも闘うだろうけど…。
スタン&瑞鶴は比較的冷静に戦局を見てますね。球磨川の印象は大体どこでも同じだなw
-
予約期限すっかり忘れていました、延長します。
-
ライダー(ニコラ・テスラ)を予約します
-
短いですが投下します
-
―――例題です。
ここに、ひとりの少女がいました。
自分の正義を胸に、ただそれを成さんとする少女です。
少女の抱く祈りは、誰にも傷ついて欲しくないというただそれだけ。
戦いを知らず、喪失を知らず、死を知らず。
恐れを知って進もうとする少女です。
不安を知って歩もうとする少女です。
少女は、何も分からないままに、世界と戦おうとしていました。
そこに。
そこに、ひとつの転機が訪れました。
予兆なく襲いくる災厄。耳を覆わんばかりの破壊が、彼女の前に刻まれました。
下手人は明らかでした。それは、彼女が戦おうと決意した誰かです。
―――どうするべきですか?
少女は、脇目も振らずに戦いに赴くべき?
少女は、何も見なかったと目を塞ぐべき?
少女は、決断を傍らの誰かに投げるべき?
少女は―――
▼ ▼ ▼
-
屋上から垣間見える校庭は、見るも無残な状態と成り果てていた。
一言、凄惨。平らに整地されていたはずの赤茶けた大地は端から掘り返されたように隆起し、深い爪痕をこれでもかと見せつけている。今でこそ静寂さを取り戻してはいるが、一時は舞い上がった粉塵が視界を遮るほどに充満し、爆撃跡のような有り様と化していたものだ。
爆撃された、という比喩があながち間違いでもないというところが、何とも頭の痛くなる話であった。
「これはまた厄介な」
呟きが自然と漏れる。眼前の所業は恐らくアーチャーの仕業か、雷電感覚の及ばぬ遠距離からの一方的な狙撃・爆撃となると弓兵の専売特許だろうことに疑いはない。
とはいえ、これほどの規模と精度となると、およそ凡百のアーチャーでは為し得まい。被害の及んだ地点は校庭の端から端まで。抉られていない箇所は寄り集めても人一人すら収まらないほどに少なく、その範囲からして威力のほどが知れるだろう。
しかし隙なく校庭が抉り返されたということは、逆に言えばこの攻撃による破壊は校庭以外には一切広がっていないということの裏返しでもあった。規模と精度が度外れているというのはまさしくそれのことで、どちらか一方だけならば、成してみせる英霊などそれこそ山のようにいるだろう。
だがそうではない。極大の破壊と極限の技量、その双方を極めて高いレベルで両立させているのがこのアーチャーなのだ。型としては恐らく標準的なアーチャーのそれを外れてはいないだろうが、純粋に弓の腕が凄まじい。
つまりは"単純に強いアーチャー"。これがただステータスに物を言わせた猪武者や、奇を衒った多芸さを鼻にかける曲芸師の類であったならばこうまで警戒などしない。しかし一芸を己が限界まで鍛え上げた武人というのは、カタログスペック以上に恐ろしく、そして強いのだ。
それは例えば、かの剣聖男谷のように―――
「……ふむ」
思案に暮れていた男―――ライダー、ニコラ・テスラはそこで一旦思考を中断し、周囲に張り巡らせた雷電感覚を更に鋭敏化させた。
この中学校舎を中心に半径1㎞に展開していた警戒網を三割程度にまで縮める。するとそれまで感知していた"反応"が二つ消え去り、残ったのは二つと靄の如く不確かな反応が複数。
サーヴァントが二騎、準サーヴァント級の存在が複数。それが、この中学校校舎に蔓延る己以外の魔的存在だ。
モラトリアム期間において街中にサーヴァントの気配がなかったことを不可思議に思っていたが、灯台下暗しとはこのことだろう。
こうも校舎に気配が集中しているのは、恐らくは本戦が始まった故のマスターの護衛のためか。他ならぬテスラとて、本戦に際してこの場を拠点とするために学校へと赴いたのだから、今までここでサーヴァント同士が遭遇することは確かになかったのだろうなと一人述懐する。
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「とはいえこれ以上あちらから仕掛けてくる様子もなし。急場となれば、やはり私が直接赴くしかあるまい。
……と、もう動いたか。随分と早いものだ」
独りごちて、雷電感覚が昇降口付近の反応を捉える。それまで一つ場所に留まっていた気配が突如として動作、そのまま索敵網の範囲外へと退避していくのを確認し、テスラは薄っすらと笑みを浮かべた。
学生服の男、負のサーヴァント。本来なら如何なサーヴァントとて数時間は動けない程度の痛手を与えたつもりであったが、なんともう動けるまでに回復したらしい。どのような手段を用いたかは知らないが、なるほどこれは頼もしいとテスラは一人得心したかのように頷いている。
これで残ったのは一+α。それが、彼のマスターたる南条光が対処すべき標的の数であった。
テスラのマスター、南条光が取った「平常通りに時を過ごす」という選択は、実のところそう的を外したものではない。
騒ぎを起こしたアーチャーは一見無軌道かつ、勝ちを焦り突出した見境のない相手にも見える。しかしNPCに紛れマスターが通っている可能性の高い校舎そのものを爆撃するのではなく、あくまで誘いとして校庭を狙い撃ったあたり、今回の騒動は全てが考えつくされて行われたものであるということは容易に察することができた。
ルーラーからの警告を恐れ、そのデメリットを十分に理解し、その上で苛烈な攻め手を取った好戦派。それがテスラの描くアーチャー陣営図だ。ならば用意した手管はこれだけに留まることはありえず、仮にテスラたちが迎撃のため突出した場合には相応の苦難が待ち構えていたことだろう。
無論、それでも負けることはないとテスラは不遜に考えているが、それとマスターたる光が無事に生還できるかとはまた別問題である。全てのサーヴァントはマスターという枷を背負っている以上、どこかに必ず隙というものが生まれるのだ。
それに加えて、学校内に感知した幾多ものサーヴァント。これを放置しては足元が崩されるということが十分にあり得るし、何よりこの学校そのものが魂喰いに代表される悪行の手にかかるということも予想できる。
幸いにもアーチャー陣営は先に言った通り「頭の回る主従」である。ならば校舎の破壊や学内のNPCの無差別な殺害といった行為はペナルティを恐れ実行には移さないだろうし、可及的速やかに対処すべき問題とは言い難い。
要するに、害があるかも分からない外敵より、まずは内に潜む不確定要素の特定をと。つまりはそういうことだ。
ならばこそ、今目を向けるべきはこの校舎に残った一+αの不確定存在なのだが……
「かのアーチャーにしろ、潜む何者かにしろ、今ここで仕掛けてくるほど短慮ではないということか。
ならばこれ以上、この場で私の存在を誇示し続ける意味もない」
言うが早いかテスラは霊体と化し、その場から姿を消失させた。一人としてNPCのいない、立ち入ることもない"小競り合いにはうってつけの"屋上から忽然と。
戦うならば時と場所を選ぶのだという、両者に共通した暗黙の了解のみを携えて。
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回答です。
少女は、目の前の危難に立ち向かうということをしませんでした。
ただ守りたいと願った少女です。厄災の芽があればそれを摘むと誓った彼女です。
目を逸らしてしまったと、我が身可愛さに臆病風に吹かれたのだと心を軋ませる彼女に。
彼は、言いました。
「それでいい。少なくとも、今はまだ」
「よく聞け。そしてお前は理解する。恐れを知らぬことと、恐れを御することは何もかもが違うのだということを」
「戦場は高揚を生み、高揚は蛮勇を生む。その境を見極め、流されず、すべきことを正しく選択するのがお前の為すべきことならば」
「お前は、ただお前のままで在れ。かつて仰いだ"光"のように」
【C-2/学園/一日目 午後】
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]健康、霊体化
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン 、ルーザーから渡されたチャットのアドレス
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
1.マスターを守護する。
2.空の騎士のマスターの連絡を待つ。
3.負のサーヴァント(球磨川禊)に微かな期待と程々の警戒。
4.負のサーヴァント(球磨川禊)のチャットルームに顔を出してみる。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
個人でスマホを持ってます。機関技術のスキルにより礼装化してあります。
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投下を終了します
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投下乙です。
このような補完はありがたい限りです。
テスラの目的である光の安全第一。
アーチャーへの的確な評価と警戒といい、冷静さを失わない彼は頼りになりますね。
小競り合いですらない探り合いはまだ続きますが、均衡が崩れたらどうなることやら。
投下します。
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肥大した後悔を糧に踏み込んだ世界は、誰かを犠牲にする摂理で溢れていた。
わかっている、本当はわかっている。
綺麗なままでは生きていけないことを。
戻りたいと願っても、元のままではいられないことを。
どれだけ強く望もうが、絶対に叶わない。
「……うし、最初と比べたら大分見れる顔になってきたな。
無理に笑えとは言わねぇけど、ずっと泣き顔よかはいい」
「うっさい! 仕方ないじゃん、こんなことに巻き込まれて笑顔でなんていれないよ!」
それでも、と。
諦めずに立ち向かう勇気は、果たして蛮勇なのか。
彼らは未だ、世界の真実を知らない。
無知なる生贄達は、何も知らない。
「それに、今更どんな顔をしたらいいか……わからないし」
幾分、立ち直りはしたものの、未央の顔に含まれる陰りは払拭できていない。
現状は全く変わっていない。
未来へのヴィジョンは依然として不透明なままだ。
アイドルを辞めたくない。
その想いだけは確かだが、その為にはどうしたらいいのか。
「今までどおりでいたらいいさ。気負うことなんてねぇ。
戦争とかそういうのは俺に全部背負わせとけ」
「……でも」
「でも、じゃねえ。俺からすると、マスターが危険な目にあう方が辛いしよ」
今はまだ、明確に定まった方針は見当たらない。
ただ、生き残るのに精一杯。
一歩先である戦うという選択肢には、未央は至っていなかった。
もっとも、元の世界ではそういった血生臭い争いとは無縁だった身からすると、無理もない。
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「心配すんな。今のマスターに必要なのは時間だ。一週間あるし、一日や二日どうってことねぇ」
その部分をカバーするのがサーヴァントの役目である。
加藤鳴海の全身全霊を以って、未央を護り抜く。
「ただ、できたらでいい。いつかでいいんだ、心の底から――――笑ってくれ。こんな状況で無理かもしれねぇけどよ。
お代はそれだけで十分ってな。なんて、かっこつけすぎたか?」
その果てで彼女が本来の笑顔を浮かべて、ありがとうなんて言ってくれたら。
鳴海はそれだけで満足だった。
特別な恩賞なんて望むべくものではないし、彼は自分の願いを奇跡へと頼らない。
自分の力で叶えてこその願い事だ。
何も。そう、しろがねになっても、彼の本質は何も変わってはいない。
「……善処、する」
「おう」
会話が途切れ、沈黙が続く。
しかし、その沈黙は前とは違い、どこか暖かな空気でもあった。
チクタクと時計の針が進む音だけが耳へと響いてくる。
「なぁ。話は変わるんだけどよ」
数秒、数分。
幾らかの時間がたった後、ふと鳴海が疑問を口にした。
「何か、違和感がないか? お前の家族とかこの世界――何でもいい。どんな些細な事でも笑わねぇからさ」
「違和感って言われても、私には全くわからないんだけど。
強いて言うなら、しまむーやしぶりんがいないことかな?」
「そうか。いや、気のせいならいいんだ。気に留める程度でいい、深い意味はねぇ。
ただ、何となく……この世界はふわふわしててどうも違和感が拭えなくてな。
まるで夢の中にいるみたいだぜ」
この世界には秘密がある。されど、確固たる証拠はない。
鳴海が言い出したことはいわゆる妄言の類から出ないものだ。
「それって明晰夢かな? 私にとってはこの状況自体がもう夢みたいなことだけどね」
「マスターからするとそうなるわな。ま、何にしても情報が足りねぇんだ。
違和感を感じるだけじゃあ、どうもならん」
けれど。どうにも、鳴海には自信があった。
視界の端で踊る道化師。お誂え向きに用意された冬木市。
聖杯戦争をするにあたって、全てが整いすぎている。
この偽りの世界は、何もかもが予定調和の上で動いているようにしか見えないのだ。
ならば、聖杯も同じく――底のある奇跡であるかもしれない。
これでまた、鳴海この聖杯戦争がますます信用できなくなった。
サーヴァントを全て打倒するだけでは足りない。
この聖杯戦争の裏側にあるだろう真実をこちらへと引きずり落とさなければ、自分達はずっと踊らされたままだ。
彼女が精一杯振り絞った願い事を、護り切る。例え、悪魔に成り果ててでも、と。
絶対の意思を再度固める鳴海を、未央はまだ捉えきれていない。
本田未央はまだ、何も知らない。
無知で矮小な盲目の生贄の範疇を超えられない。
-
■
めんどくさいことになった。
音無結弦は吐きかけたため息を無理矢理に飲み込んで、現在の自分が置かれている状況を整理する。
午後の授業を受け、放課後になってからの行動は迅速だった。
校庭の爆撃により、部活も生徒会もなくなり下校を推奨され、音無もそれに習い校門を出る。
授業を中断して、下校を促す案もあったようだが、下手に生徒達を動かすよりもひとまずは平常通りを貫くことを優先させたらしい。
校庭が突然爆発しましたなんて超常現象、どうにもしがたいという教師の立場からしてもわからないこともない。
現状維持。この世界は動かない。
まるで、かつて音無がいた死後の世界の《NPC》のようだ。
彼らは思考があれど、意志は通っていない。
淡々とした日常、裏に潜む非日常。
それらに疑問を抱けど、真理の到達には至らない。
もっとも、考察した所で答え合わせがされないのだから、意味なんてないのだけれど。
(明日の休校連絡はなかったし、これは学校が壊れでもしないと駄目かな。ったく、生徒会長の役柄はもうしばらくは続きそうだ。
その役柄を活かせる内はとことん演じ切ってやるつもりではあるけどさ)
今はそんなことはどうだっていい。
考えても仕方がないことを考えてしまうのは自分の悪い癖だ。
今の自分は聖杯戦争のマスターである。
死後の世界で共に戦った野田のように一つの願いにとことん殉じればいいだけだ。
(ゆりからは返信がないし、ネギ先生は体調不良で早退……とは伝えられたが。
全く、せっかく集めた情報もパーだし、勇んで踏み出した結果は何も得られちゃいねぇ)
ゆりに送ったメールは返信がなく、何か厄介事にでも巻き込まれているのだろうかと懸想するが、考えても仕方がない。
なので、今はもとよりの目的である本田未央の暗殺にでも向かうとしよう。
武器こそないが、あやめの能力で自分の気配は完全に掻き消せる。
サーヴァントに気づかれることなく、未央を殺すことができるのだ。
(ならんば、手元にある情報で戦うしかない。さっさと本田未央を策敵して殺してしまえばよかった。
下手に動き回っていないから場所を特定する必要もない。
それに、立ち直ってアクティブになってからだと、行動が読めないからな)
それも、家に引きこもっているなら人目につかず楽に殺せる。
お誂え向きに、教師からも未央の住所を教えてもらい、決行するには絶好の機会であった。
-
「音無さん、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。前川の方こそ、そんなに畏まらなくていい。
年上といえど、同じ学生だからさ」
ところが、何事にも例外というものが存在する。
イレギュラー。NPCといえども、彼らは人間であり、思考能力は持っている。
今は、暗殺を行うにあたっては目の前にいる少女をどうにかしなければならない。
前川みく。アイドル候補生でもある彼女は同期である未央のことを心配して、毎日彼女の自宅へと立ち寄るらしい。
加えて、同じクラスの委員長なのだから尚更気にかかっているらしい。
今日もその例に漏れずに訪問しているのだから、真面目な少女なのだろう。
それは普段ならば褒めるべき行いではあるが、今からすることを考えると、とてもじゃないが邪魔でしかない。
どうするべきか。毎日来ているぐらいだから彼女を帰そうとしてもそれは無理なことだろう。
いっそのこと、みく諸共殺してしまえばいいかとも策謀するも、即座にその案を破棄する。
(もしも、前川がマスターだったら返り討ちにあう可能性だってある。
本田とは違って、前川については何も知らないんだ。一つでも間違えたら、死ぬのは俺の方だ)
(ますたー……)
(大丈夫だ、あやめ。無茶はしても無謀はしない)
戦いは何が起こるかわからない。
不確定要素を楽観で押し潰せる程、音無には力も余裕もない。
自分達は最後の生き残りを目指すと言っておきながら無力だ。
なればこそ、此度は引くべきだ。
あくまでも、教師の要請で様子を見に来た生徒会長、音無結弦で通すのが賢い選択だろう。
(――楔を打ち込めるなら、それでいい)
もっとも、好機があればその限りではないけれど。
そう、思いながら、音無はインターホンをゆっくりと押した。
-
【B-2/本田未央の家/1日目 午後】
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]イマドキの女子高校生が自由に使える程度。
[思考・状況]
基本行動方針:疲れたし、もう笑えない。けれど、アイドルはやめたくない。
1.いつか、心の底から笑えるようになりたい。
2.加藤鳴海に対して僅かながらの信頼。
[備考]
前川みくと同じクラスです。
前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
【しろがね(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]健康
[装備]拳法着
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:本田未央の笑顔を取り戻す。
1.全てのサーヴァントを打倒する。しかしマスターは決して殺さない。この聖杯戦争の裏側を突き止める。
2.本田未央の傍にいる。
[備考]
ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギのことを初等部の生徒だと思っています。
【音無結弦@Angel Beats!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]学生服
[道具]鞄(勉強道具一式及び生徒会用資料)、メモ帳(本田未央及び仲村ゆりについて記載)
[金銭状況]一人暮らしができる程度。自由な金はあまりない。
[思考・状況]
基本行動方針:あやめと二人で聖杯を手に入れる。
1.生徒会長としての役目を全うしつつ、学校内や周辺にマスターがいないか探る。平行してあやめを『紹介』する人間も探す。
2.戦闘を行っていたサーヴァントのマスターを特定できたならば暗殺を検討する。
3.本田未央の自宅に来たはいいものの、前川みくが邪魔だ。
4.ゆりと接触したい。
5.あやめと親交を深めたい。
[備考]
高校では生徒会長の役職に就いています。
B-4にあるアパートに一人暮らし。
コンビニ店員等複数人にあやめを『紹介』しました。これで当座は凌げますが、具体的にどの程度保つかは後続の書き手に任せます。
ネギ・スプリングフィールド、本田未央を聖杯戦争関係者だと確信しました。サーヴァントの情報も聞いています。
【アサシン(あやめ)@missing】
[状態]霊体化
[装備]臙脂色の服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ますたー(音無)に従う。
1.ますたーに全てを捧げる。
[備考]
音無に絵本を買ってもらいました。今は家に置いています。
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]健康、イライラちょっと減少、前川さん
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.人を殺すことに躊躇。
[備考]
本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『まあ、特筆することはないかな』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
0.『たまには僕だって空気を読んで何もしゃべらない時があるさ』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『いい加減みくにゃちゃんを裸エプロンにしてもいい頃合いだと思うんだけど、そこんところどうなってるのかな』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
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投下終了です。
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投下乙です
>反転フラグメント
刻一刻と変容していく戦場を冷静に見つめて思考するテスラの独白が格好いい
マスターが弱くても、迷っていても、彼ならばしっかりと対応して動いてくれるというのがわかる
とは言えそれも光が彼女なりの勇気で先に進もうとしているからでしょうね
何気に球磨川を興味深く捉えている辺りも面白い
>考察フラグメント
ちゃんみおと鳴海の会話いいな
まだまだ気安くというわけにはいかなくても、確かな絆が芽生えているのがわかる
鳴海は彼ならではの直感というか、かすかにですが夢の聖杯の違和感を嗅ぎ取ってるんですね
考えを進めれば進めるほど、立ちふさがる苦難は増えていきそうだけど…
そしてさっそく、厄な連中が接近してきてる
音無としてはそろそろ仕掛けなければならないというのも道理
改めて、あやめちゃんは厄介な存在だな…しかも音無たちも参加者とは知らないとは言え同道するのがよりによって負け猫コンビ
三組の接触によって何がどうなるのかさっぱり予想がつきません
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音無&アサシン(あやめ)、みく&ルーザー(球磨川禊)、未央&しろがね(加藤鳴海)
予約します
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投下します
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自分の、自分たちの生きてきた人生は嘘なんかじゃなかった。
永遠のような一瞬を駆け抜け、ただ消え行く刹那に、それでも本物の人生を生きることができたのだと。
欺瞞でも慰めでもなく、自分はそう信じている。
ある人には、過去に立ち向かう勇気が必要だった。
ある人には、夢を叶える努力が必要だった。
ある人には、永い時間と仲間が必要だった。
それは、彼らが願いを果たすためのモノ。必要だったのは、真実たったのそれだけで。
どこにでもあるような、どこにでもいるような。言葉にしてみればすごく"当たり前"なことを携え、やり遂げて、みんなはあの世界を卒業していった。
それで良かったのだ。
かつての生で成し得なかったことを、彼らは確かにやり遂げたのだから。あり得なかった青春を、一瞬でも過ごし楽しむことができたのだから。
……最後に想いを聞くことができて。
あの人が信じてきたことを、自分も信じることができたのだから。
―――それで良かった、はずなのだ。
▼ ▼ ▼
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『こんにちは―――』
『きみは、わたしを夢見たきみ達は』
『ここで終わるかな』
『ここで朽ちるかな』
『―――それとも?』
▼ ▼ ▼
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音無結弦という学生について尋ねられたら、恐らく大抵の人は好漢と答えるのだろう。
そんなことを、他ならぬ彼を横目にしながら前川みくはふと思った。
音無結弦。みくの通う高校の最上級生にして生徒会長。成績優秀でスポーツ万能、行動的で模範的。他人の頼みを断らないし見捨てない。利発そうな外見を裏切らない秀才かつ、人間的にも自分と同年代とは思えないほどによく出来ている。
それが、前川みくが彼に抱く印象の全てだった。無論彼と会話したことなんて今日が初めてだが、直接顔を合わせずとも噂は嫌というほどに飛び込んでくるものだ。そうでなくとも彼が僅かな時間を惜しんで風紀の見回りをしたり、誰かの相談に乗っている姿を幾度も見かけているのだからその印象も当然だろう。
長いことつらつらと人物評を行ったが、つまり何が言いたいのかというと、音無結弦は前川みくにとっては遠いどこかの世界の住人だったということだ。
控えめに言って完璧超人。常に自分を律してなければ簡単に折れてしまう自分とは何もかもが違う人気者。およそ欠点など見当たらない、そんなのはどこかのフィクション作品でしかお目にかかったことがなくて、だからこそみくにとっては異世界の住人に思えるのだ。
現に今だって、本当なら関係ないはずなのに自分と一緒に「引きこもりの生徒」の様子を見るためにわざわざ出向いているのだから、善人これ極まれりというものだろう。ルーザーに言わせれば、これこそ彼にとって唾棄すべきエリートの象徴なのではないかとさえ、みくは思うのだ。
(ほんと、色々と迷惑かけちゃったな……)
そんな彼の横顔をちらりと見遣り、誰ともなく心の中で呟いた。恐らく、いや間違いなく、彼の労わりは無駄骨となるだろう。なんせ自分たちが訪ねようとしているのはここ数日の熱心な説得でも姿すら見せない筋金入りなのだから、生徒会長が来たというだけで何かが変わるわけでもない。
だから、最初から駄目と分かっていることに付き合せてしまって申し訳ないという、ちょっとした罪悪感をみくは抱いていた。しかし表情にはおくびも出さず、音無がインターホンを鳴らすところを、ただ黙って静観していた。
「……出てこないな」
「ですね」
お決まりの高い音の後に、耳鳴りがするほどの静寂がその場を包む。所在なさげに呟く音無に、みくもまた短く返した。
はっきり言ってしまえば、非常に気まずい状況だった。初対面にも近い先輩と二人、言葉もなく立っているだけというのはどうにも落ち着かない。
これが同業者やスタッフの人たちならばいくらでも割り切れるのだけど、と思いつつ1分2分と時間が過ぎて。
「……あ」
ガチャリ、と金属製の音が小さく響いた。
開いた扉の向こうには、こちら以上に気まずそうな表情を浮かべた未央が、ドアノブに手を掛けた姿勢で立っていた。
▼ ▼ ▼
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通されたのは二階のとある一室、未央の部屋だった。
少し前まえで年相応に女の子らしかったはずの部屋は、しかし今は乱雑に散らかった生活品に満ち溢れ足の踏み場もない。机には埃の被った電気スタンドだけが放置され、プリントもノートも教科書もどこかへポイだ。閉じられたカーテンは薄暗がりだけを演出して、初夏の陽射しの暑さを酷く陰鬱なものに変えていた。
有体に言ってしまえば、年頃の女子高生が過ごすような場所ではなかった。一人暮らしのダメOLじゃあるまいに、と呆れたように口にしたみくに対して、未央は反論せずただ曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
「それで」
でん、と構えたみくが腕組みして座っている。部屋は申し訳程度に片され、余計なものは全部部屋の隅っこに押しやられていた。背筋を伸ばして腕を組み、如何にも「私怒ってます」と言いたげな表情だ。
対する未央は正座で、ちょっと引き攣った顔をしている。押し掛け女房の如く部屋を掃除するみくの剣幕に、少し気圧されていた。
「未央チャン、何か言い訳はある?」
「……えぇっと、みくにゃんもしかして怒ってる?」
「自分の胸に手を当ててよーく考えるにゃ! 今まで散々ズル休みして、本当に心配したんだからね!」
「ハイ、あなたの言う通りです。面目ありません」
全面降伏ですと言わんばかりに平伏する未央に、みくはそれこそ深々とため息をついた。そこには額面通りの呆れ以上に、心配事が解消された安堵の気持ちが多分に含まれていた。
ちなみに、玄関までまでみくと一緒にいた音無は既に席を外している。彼に曰く「素直に出てきたなら俺の出番は終わりだ」とのことで、後は友人のみくに任せると、つまりはそういうことらしい。気さくで付き合いやすい上にきちんと空気も読んでくれたようで、こちらとしては頭が下がる思いであった。明日学校で会ったら、改めてお礼を言うべきだろうと考える。
「けど、なんだかんだ元気みたいで安心したにゃ。休み始めた頃なんて、それこそこの世の終わりみたいな調子だったし」
「……うん、心配かけて本当にゴメンね」
「いいのいいの。だって私達は友達なんだし」
「……だね。ありがとう、みくちゃん」
告げる感謝の言葉は本心だ。自分たちは仲間で、クラスメイトで、親友であると。それを改めて聞けたというだけでも、少し救われた気分になる。
ほんの少しだけ、前を向いていこうという気持ちにも、なる。
「でも、未央チャン今日に限って凄く素直だにゃ。何かあったの? それとも今までの行いを悔い改めたり?」
「いやいや、別にそんなことは……いえ嘘です反省してますごめんなさい」
-
とはいえそんなことは自分の中で思うだけで、わざわざ言葉にしてみくに伝えることはない。そも自分が"こう"なった原因のことを、NPCである彼女が知るはずもないのだから、口にしたところで不審がられるだけだろう。
冗談めかした言葉を受けて瞬時に変化するみくの表情を前に、未央は即座に白旗を振って降参した。基本、人に怒られるというのは勘弁したいのだ。
「……えっとね。なんというか、私もそろそろ少しは前向きにならなきゃな、って。
まだ大丈夫ってわけじゃないけど……でも、いつまでも甘えたままじゃ駄目だもんね」
だから、伝えられるのはこんなありふれた曖昧なことだけで。
それでも、みくは嬉しそうに頷いてくれた。
「そっか。うん、なんだか肩の荷が下りた気分。あんなダメダメだった未央チャンがきちんと更生してくれてみくは嬉しいにゃ」
「えぇー、みくにゃんなんか酷くない?」
「自業自得だにゃ」
気安く軽口なんか叩いて、そこで指し合わせたように二人は笑顔になった。心の底からの笑いではなかったが、それでも虚構ではない笑みが、二人に浮かんでいた。
それは確かに、未央の従僕たる武骨な男の望んだ情景でもあって。
―――マスター、悪ぃが今からちょっと出てくる。
―――だから少し待っててくれないか? すぐ戻ってくるから、それまでは誰も家に入れないでおいてくれ。
ふと、彼と交わした会話が想起された。
それはみくをこの部屋に招く直前のこと。和気藹々とした雰囲気から突然、張りつめた顔つきで出て行った彼の姿が思い出される。
近くに敵でもいたのだろうか。誰も家に入れるなという彼の言葉は、鈍い未央でもその意味を察することができて。
(……でも、こうして来たの、みくにゃんだったし)
もしも彼女以外の誰かだったならば。訪ねてきたのが、今まで何日も未央のことを心配して見舞いに来てくれた彼女でなかったならば。
未央は門戸を開けることはなかっただろう。けれど、現実にそうはならなかった。
玄関の前に立つみくの姿を見た瞬間に、思ったのだ。
-
今まで自分が目を背けてきたことに向き合うことこそが。
振り払ってしまった手を、叶うのならばもう一度掴むことこそが。
"やり直したい"という未央のすべき、第一歩なのではないかと。
(そう……だね。あんまり心配かけちゃいけないよね)
未央は心の中で思う。自分は未だに迷ったままだ。ここで何をすべきで、何を目指せばいいのかもわからない。自分のサーヴァントにもしっかり向き合えず、本物の笑顔を取り戻すこともできていないけれど。
それでも、自分にやれることはあるはずなのだ。だからそのために、勇気を持って踏み出そう。
そのことを、彼は自分に教えてくれたのだから。
「ね、みくにゃん。私、明日から……」
だから、一抹の決意を込めて、今までの自分と決別するように。
目の前の彼女に何かを言おうとして。
「――――未央チャン……?」
みくの表情が、ポカンとしたものに変わった。
一体何を驚いているんだろうと不思議に思って、ふと自分の声が途絶えていることに、そこでようやく未央は気付いた。
口は動いて、声も出しているつもりだけど。それでも意味を持った言葉を紡ぐことができていない。
ひゅーひゅーと、空気が漏れるような音が聞こえてきた。それは不思議と声を出そうとする動きと連動していて、どうなってるんだろこれ、などと場違いなことまで思って。
一瞬の静寂の後、液体の噴出する凄まじい音が、部屋中に響いた。
それは未央の右首から溢れて、赤い何かが天井にまで届く勢いで飛び散った。
ぱたぱたと、生温い飛沫がみくの顔に当たった。生臭いそれが重力に引かれて頬を伝う感覚が、どうしようもないくらい気持ち悪かった。
網膜に映る全てが夢のようで、それでも拭えない血液の暖かさが嫌でも意識を引き戻し、分からせた。
これは紛れもない現実で。
決して夢なんかじゃなく。
目に映る全てが真実なのだと。
充満する血錆の濃密な臭いの中に、ふと枯草のような匂いが混じっていたことに、二人が気付くことはなかった。
▼ ▼ ▼
-
『へえ、きみが彼女のサーヴァントなんだ』
「…………」
時を少し巻き戻して。
本田未央宅から少しばかり離れた、路地を挟んだ小さな空地にて、二騎の英霊が静かに相対していた。
二人は学生服の少年と拳法着の偉丈夫だった。意図の読めない喜色を顔面に張り付けた少年とは裏腹に、偉丈夫はただ凶眼で以て向かい合う。
だが、偉丈夫の向けるそれは刃のように冷徹な殺意ではなく。
正体不明の何者かに向ける、疑念と警戒の視線であった。
「てめえは……」
『やあ』
『初めましてカンフーくん』
『僕の名前はルーザーだよ』
学生服の男―――ルーザーは気取ったような語り口に、偉丈夫こと加藤鳴海は油断なく相手を見据えることで応える。
ルーザーはどこまでも奇妙な相手だった。纏う覇気はおよそ英霊のそれではなく、反英雄どころか屍人や悪霊と言われたほうがまだ納得ができるというほど。
しかしその醜悪さは、絶対値として低劣というわけではない。むしろ発する圧は異常な濃度を保っており、だからこそ尚のこと気持ちが悪い。
思わず、無意識に鳴海は後ずさった。言葉が詰まる。
後退したのは恐怖ではなく嫌悪感から。ルーザー(敗北者)などという、その名自体が示す異常性を前に吐き気が止まらない。
まるで悪夢そのものだ。夢の中で垣間見た醜悪さを切り抜き、現実の空間へ糊付けしたような違和感。
存在そのものが、存在してはいけないマイナスなのだと感覚で理解できる。
「……彼女、とか言いやがったな。さっきオレのマスターを訪ねてきたのが二人いた。てめえ、そいつらのサーヴァントか」
『せっかちだなぁ、何をそんなに焦ってるんだいカンフーくん。生き急いだって死ぬのが早くなるだけだぜ?
とはいえ、今回ばかりは僕も同じか』
張り付けたような笑みのルーザーが、しかしその口元を一瞬だけ不快げに歪めたのを、鳴海は見逃さなかった。
すっ、と右手を上げて、ルーザーは軽口のように言葉を続ける。
-
『こっちとしても、ここできみなんかとばったり遭遇なんて想定外だったんだ』
『ようやく痺れが治って急いで駆け付けたら、君みたいな筋肉ダルマがいるんだもん。僕みたいなインドア派にはきつい展開だよねぇ』
『ま、そんなことになったのはあの目つきの悪いピカチュウもどきのせいだし』
『僕は悪くない』
みしり、と。
砕けた関節を無理やり折り曲げるような笑みを浮かべて。
『というわけで僕のこと見逃してくんない?
代わりに僕もきみのこと見逃してやるから(笑)』
―――お断りだ。そう告げる代わりに、鳴海は躊躇せずその剣を抜いた。
戦意の有無に関係なく、こいつに先手を取らせてはいけないと確信した。第六感にも酷似した直感によりそう判断し、表皮を引き裂いて人形破壊の剣を抜き放つ。
地を踏みしめる震脚は音の壁すら置き去りにして、斬首を狙った剣閃が何ら減衰することなく一直線に走り―――
『―――っと、あっぶないなぁ』
空転する手ごたえだけを残し、鳴海の腕は盛大に空振った。空を斬る感触すら、そこにはなかった。
何故なら、その腕にあったはずの「斬るためのもの」が、根こそぎ消失していたのだから。
『他人に暴力振るっちゃいけませんってお母さんに習わなかった?』
『母親のいない僕が言うことじゃないけど、人並みに幸せな生まれを持つ奴は人並みに常識を弁えるべきだぜ?』
『そういうわけで、きみの【剣】を【なかったこと】にしました。話は最後まで聞けよカンフーくん』
「ッ、てめえの話なんざ―――!」
不快なにやけ面を隠そうともしないルーザーを前に、それでも鳴海の戦意は一切減じていない。剣を無かったことにしたという正体不明の現象すら頓着せず、再び撃滅のための拳を振るう。
原理など知らない。こいつの正体など知りたくもない。ただ倒し、この世界を脱するための一歩とするため、破城鎚をも幻視させる威力の剛拳がルーザーの顔面に吸い込まれるように―――
-
『うわおっ、猛烈ゥ―――でもないか』
放った拳は当然のように力を失った。いや、腕だけでなく足も支えを失ったように萎え、握りしめた拳はルーザーに届くことなく地に落ちる。
痛みは無かった。感覚が消されたというわけでもなかった。ただ両の手足がそこだけ霊体化したかのように存在感を失い、物質的な干渉力を喪失していた。
何をされたか分からないが何かをされた。直感に頼るまでもなく、鳴海は悟った。
「ぐ……くそ、何しやがったッ!?」
『なにって、きみの【両手足】を【なかった】ことにしただけだよ。きみもさ、もうちょっと人の話ちゃんと聞けるようになろうぜ』
事もなげに言ってのけるルーザーを前に、鳴海は今度こそ言葉を失った。比喩か何かだと思っていたそれは、まさか本当に文字通りの物であるなどと。
そして同時に、これまでに倍する拭いがたい忌避感を、この男に抱いた。嫌うという形ですら関わりたいとは思えない。こいつを不快に感じているというその事実すらも不愉快極まりない。
こいつは駄目だ。成り立ちからして自分たちとはまるで違うのだと、これ以上なく実感と共に思い知った。全てを無かったことにするという異能さえも、これが存在することに比べれば些事でしかない。
『さて、これできみは僕に対して何の抵抗もできなくなったわけだけど』
ぞくり、と背筋を走る冷たいものがひとつ。
のっぺりとした黒色に、歪んだ三日月が張り付いたかのようなルーザーの面が、深いクレパスを見下ろすかのような仕草でこちらを睥睨する。
その視線に、鳴海は一瞬だが忘我の感触を味わって。
闇そのものに覗きこまれたような、そんな錯覚を―――
『親切心を仇で返すってことは、つまりやり返されても文句は言えないってことだよな?』
『そういうわけで、覚悟はいいかい半端者』
『君みたいに視界の端(げんじつ)から目を逸らして偉ぶってる強者なんか、僕が螺子伏せてやるよ』
―――諸手に巨大螺子を携えたルーザーが、書割めいた影を揺らして近づく。
今ここに全ての希望は息絶えたのだと、そこでようやく鳴海は気付いた。
▼ ▼ ▼
-
澱んだ空気の家を出て、傾きつつある太陽が照らす通りを歩く。
足取りは重い。何時の間に自分の足は鉛になったのだろうか。絶好の機会を逃した焦燥の念で胸を掻き毟りたくなるのを抑え、無理やりに歩を進める。
絶好の機会……だったはずだ。事前にアリバイ工作は終え、人の体が残す痕跡を極力減らす準備も整えた。対象の情報はそのサーヴァント含め丸裸。今朝方の戦闘であやめの存在に気付かなかった以上は気付かれる危険性もほぼ0で、失敗する要因など皆無である。
たとえ家に閉じこもろうが、SSSの作戦で住居侵入だの施錠解除だのはやり飽きている。そして、それらの行為が生み出す物的証拠の隠滅も、また。
だから、本来であるならばそれこそ容易く、自分は本田未央を殺めることができたはずなのだ。しかし。
「はあ……」
歩きながら、無意識に漏らすのは落胆の溜息だ。
結果を言おう。自分は今回の暗殺を一旦諦めた。その最たる原因と言えば、先ほどまで自分と一緒にいた不確定要素の存在にあった。
(前川みく……本田未央のクラスメイトで同期。毎日見舞いに通い詰める真面目で心優しい女の子、か。面倒だな)
音無が彼女と遭遇したのは全くの偶然だった。全ての準備を整えて、いざ本田未央の住居を目の前にしたとき、その正面でばったりと出くわしたという、ただそれだけ。
互いに一瞬驚いて、どちらからともなくここに来た理由を告げあった。見舞いという訪問理由を困ったような顔と口調で語るみくを前にして、音無は表面上感心した風を装いながら、しかし心の中で短く毒を吐いた。
(あやめが言うには、サーヴァントの気配は本田の家から一つだけらしいけど……それでも油断なんかできたもんじゃない。こっちと同じアサシンが潜んでる可能性だってあるんだ)
音無の危惧するところは、前川みくもマスターなのではないかという可能性についてだった。勿論根拠なんてないし、冬木の人口を鑑みればその可能性は限りなく低くはある。けれど自分たちはひとつのミスで容易くその立場を危うくする弱小主従、常に綱渡りじみた行軍を強制された寡兵故に、慎重になりすぎるということはない。
仮に前川みくがマスターで、従えるサーヴァントがアサシンだったならば、当然だがこちらにそれを感知する手段は皆無だ。あやめは自身の存在感を失くされているというだけで、消された気配を見つける力を持つわけではない。
前川みくがここに来た理由が襲撃ならば、そのサーヴァントはやはり自分たちと同じく機を伺って身を潜めているだろう。早まって自分たちが暗殺を仕掛ければ、そこに生じた隙を突かれる可能性とて存在する。
同盟関係にあるなら尚のこと手出しできない。防衛に徹するサーヴァントが、異常を感知して無差別に攻撃でもしたら逃走手段のない自分たちは呆気なく巻き込まれて一巻の終わりなのだから。
撤退の理由はそんなものだった。無理に今仕掛けなくとも、居場所が分かっているのだからいつだって暗殺は可能なのだ。焦る必要はどこにもない。
-
そう必死に言い聞かせ、音無は帰路についていた。無論その心中は穏やかではなく、思う事柄は言い聞かせる内容とはまるで逆。早く終わらせろ、逃がしていいのか。自分の覚悟は、決意はそんなものかと自問するばかり。
それはある種の迷いなのだろうか。ただひとつの願いのためにこの手を赤に染めようと決意したあの瞬間、その決意はただ願いの大きさに錯覚しただけで、実は自分には誰かを殺す度胸などないのではという。それは疑念であった。
そして同時に、焦りの感情も存在した。この世界は七日しか保たない。時間が無限にあるならば、隠蔽に特化した自分たちはいつまでも隠れ潜み、最後の一組を背中から一突きにしただろう。けれどそうではない。一週間という刻限が定められている以上は何もしなければ残った主従と共倒れするしかなく、故に自分たちも積極的に動かねばならない。
だからこその焦燥。目に見える形で何かを成し遂げなければ安心することすらできない、小市民な心の表れ。ひとつでも多くの主従を一秒でも早く落としてしまいたいという浅はかな欲求だった。
(ああ、分かってるさ。何も全部、俺たちが殺す必要なんてないんだ。他の連中同士で戦わせて、俺たちはその間を上手く立ち回ればいい。なんせ俺たちは絶対に"気付かれない"んだから)
戦わずして目的を果たす。やらなくていいことはしない、保身優先で物陰から他人のバトルを実況して隙を突くのが賢いやり方。
常識的に考えればそうなのだろう。それでも、目の前に転がった好機を逃すということは、少なからず音無を落胆させていた。
自分がやらなければならないという歪んだ使命感、時間がないという秒刻みの焦心。それは徐々にではあったが、音無の精神を削り取っていたのかもしれない。
だから、先走る気持ちを必死で抑えていた理性の殻は。
(―――ますたー)
たったひとつの事態の好転で、呆気なく砕け散ることになった。
▼ ▼ ▼
アサシンが持つクラススキルに「気配遮断」がある。
その効果は文字通り「自分の気配を消す」というものだ。ここで言う気配とは、万物が持ち得る漠然とした存在感の他に、サーヴァントとしての気配も含まれる。
サーヴァントは、一部の例外を除けばただ存在するだけで、自らの存在を周囲に喧伝しているとも称せるほどに強い存在感をまき散らす。それは極めて高い魔力反応でもあり、サーヴァント同士であるならば数百m単位で互いの気配を察知することが可能となる。
広大なエリアを戦場とする聖杯戦争において、誰も見つけず見つからないまま千日手で終わらないのはこのためだ。両者が一定距離まで近づけばそれだけで互いに相手の存在が分かってしまうために、サーヴァントは半ば強制的に戦闘を開始しなくてはならなくなる。
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ここで例外となるのが、気配遮断を持つアサシンの存在だ。彼らは暗殺者であるために平均して戦闘能力には恵まれないものの、「サーヴァントは互いの存在を感知できる」という不文律から自分だけ逃れることができ、故にクラス名通りの隠密行動と暗殺を得意とする。
勿論、気配遮断スキルにも欠点は存在する。それは攻撃時にランクが大きく下がってしまう、つまり攻撃体勢に移行した瞬間このスキルはほとんどの効力を失ってしまうというものだ。
考えるまでもなく、この欠点は致命的だろう。当然だが攻撃しなければ敵を殺害することはできず、にも関わらず攻撃体勢に以降した瞬間スキルが意味を為さなくなるのだからやってられない。
例え至近距離からの攻撃に移ろうとも、平均したアサシンではセイバーを初めとする三騎士などが相手では初撃を放つ隙もなく一刀の下に斬り伏せられてしまう。そのためアサシンの常道は敵サーヴァントがマスターの元を離れた瞬間を狙うというものだが、当然それは他のマスターも重々承知であるために中々好機は訪れない。
結論として、アサシンは最終的な勝利を得ることが極めて難しいクラスであると言えるだろう。一点特化の能力と言えば聞こえはいいが、それは地力の不足を意味するために一度逆境に陥ってしまえば立て直すことができず、対策を立てられてしまえばそこまでという出来損ない。
かつて行われていたという七騎のサーヴァントによる聖杯戦争において、アサシンはキャスターに並ぶ"外れ"として知られていたという。暗殺しかできないという柔軟性の無さこそが、彼らに共通する陥穽なのだろう。
ならば、そうしたアサシンの特徴である隠密というカテゴリにおいて、最も優れた能力とは一体何であるのか。
攻撃体勢に移ろうとランクが下がらない、見つかろうが関係ないほど純粋に強い、遠隔であろうと暗殺が可能な攻撃手段を持つ。
確かにそれらは強力だろう。どれもがアサシンとしては破格の能力であることに疑いはない。しかし、それはあくまでサーヴァントとしての強さであり、アサシンひいては気配遮断というカテゴリにおいて最上のものではない。
隠れ潜むのに最も優れた能力。
それは、"何をしようが気付かれない"という、認識阻害に他ならないのだ。
自分は今、透明な世界にいる。
そんな、子供の空想じみた感慨を、しかし夢想ではなく現実の感覚として音無は認識していた。
本田宅を離れて数分、霊体化したあやめの言により"本田宅へ向かうサーヴァントと、それに合わせるように飛び出ていったサーヴァント"の気配を確認した音無は、即座に考えを巡らせて行動に移った。
すなわち―――襲撃。現在本田宅にサーヴァントが存在せず、また正体不明のサーヴァントが近くに存在する以上は、仮に更なるサーヴァントがいようともそちらに注意を向けざるを得なくなる。ならばこれは紛れもない好機であり、無防備となったマスターを殺害するチャンスであると考えたのだ。
-
(……疑ってたわけじゃないけど、ここまでなんてな)
そして現在。階上から聞こえる微かな雑談の声を横目に、音無は薄暗い廊下に立ち密かに舌を巻いた。
音無はここに来るまでずっと周囲を警戒してきたが、結局何者かの尾行や襲撃はおろか、道行く人々の視線すら向けられることはなかった。
宝具の力を解放し、魔力を爆発的に高めたことさえも、近辺に存在するはずのサーヴァントは気付かなかったようだ。すれ違う通行人からも透明人間の如く無視された。印象的だったのは民家の窓にいた飼い猫が、じっ、とこちらを目で追っていたことだ。それ以外には誰も、音無たちに目を向ける者はいなかった。
異様な経験だった。
まるで、幽霊にでもなった気分だった。
その"理由"である少女は、今は音無の後ろ脇で所在無げにしていた。こちらと階段向こうを交互に見比べ、時折不安そうな視線を音無によこす。
―――"隠し神"の権能。
とうとう音無は、ここに来てその真価の一端の発揮を決断した。
そして音無が命じ、あやめが一編の詩編を口にした瞬間、音無の姿は事実上この世界から消え失せたのだ。姿だけが一瞬にして『異界』に取り込まれ、現界からは知覚できなくなった。
とんでもないと、そう思う。改めてこの儚げな少女が人外の存在であると思い知った。けれど今はそんなことを考えている場合ではない。今の自分には、やることがある。
尚も不安そうな視線を向けるあやめをなだめ、音無は一直線に声の出所である二階の一室へと向かった。ガチャリ、とドアを開ければ、二人の少女が和やかな雰囲気で歓談していた。先ほど別れた時と何も変わらない、等身大の少女たちの姿がそこにはあった。
ドアを開ける金属質の音は、確実に聞こえているはずだ。突如として開かれたドアの姿も然り。しかし二人はまるで気付かないまま話を続ける。隠し神の力は単なる不可視に留まらないと、そういうことなのだろうか。
懐から、あらかじめ忍ばせておいた出刃包丁を取り出す。自前で用意したものではない、これは階下のキッチンにあった本田宅の所有物だ。指紋が残らないようしっかりと手袋をして、ゆっくりと刃を未央の首へと当てる。
……そこで、動きが止まった。震える手を意志力で押さえつけ、一旦深呼吸。浮き出る脂汗をそのままに、握る柄に力を込める。
殺人行為自体は慣れたものだった。元々いた死後の世界では"それ以上死なない"ために、単なる妨害行為にすら殺傷を用いることが多々あった。銃で撃ち、ナイフで斬り、大仰なトラップで惨死する仲間の姿もそれほど何回も目にしてきた。
だから今だって躊躇する理由はないはずなのに。それでも手の震えは止まってくれず、切っ先はようとして狙いを定めることができない。
ガチガチという音がして、何かと疑問に思えば自分の歯が鳴っていたのだと気付く。やろう、やろうと心に決めて、しかし刃は首に触れる直前で固まったように動かない。
すぐ傍で寄り添うように手を添えるあやめに何かを言う余裕さえ無かった。最後に残された願いのためならなんだってやってやると意気込んでいた自分が嘘のように、怯えが漏れ出て止まらない。
-
何故、何故だと考えて、そこでようやく思い至る。
思えば、自分は今までに一度だって、取り返しのつかない何かを"無かったこと"にしたことがないのだと。
かつて生きる意味を知って、死後の世界で生の喜びを知って。自分たちのように、人生に悔いを残す者がいなくなればいいと願って。
その果てがこんな有り様なのかという、腐れ切った矛盾を。
その時ようやく、ようやく音無は自覚した。
「……はは、とんだ臆病者だな、俺は」
自覚さえしてしまえば、あとの話は簡単だった。
自分は今から取り返しのつかないことをする。死んでも生き返る命じゃなく、失えば二度と取り戻せない命を奪うのだと、改めて心に決める。
決断は一瞬、脳裏に浮かぶのは彼女の姿。
遠い残照に想いを馳せる。たったそれだけで、体の震えは嘘のように停止した。
必要なのはただ一つ。恐れぬ心、鋼の意思。
エゴだろうと、愚想だろうと、この選択こそがたった一つの美しいものだと信じ駆け抜けるのだという希求。
自分勝手な開き直りにも近しい我執こそが今の自分には必要なのだと、そう強く思ったがために。
「……悪いな、本田」
申し訳なく思う気持ちはある。偽善と自覚してはいるが、それでも失われる命に何も思わないほど自分が冷血だとは思っていない。できるならば殺したくないという気持ちは本物だ。
けれど、互いに譲れない想いがあって、そのために選べる手段がこれしかなくて、それで互いの道がぶつかるならば後は単純な椅子取りゲームだ。
勝つか、負けるか。敗北の代償が命だろうと、そもそも聖杯戦争へ参加するという道を選んだのはこいつ自身なのだから、今更文句を言えるような立場ではないだろう。
ああつまり。
これは、この戦いは、俺たちのどちらがより強いエゴを持ってるかの勝負なわけで。
だったら。
「俺の願いのために、死んでくれ」
俺たちが抱くこの願いを、偽物だなんて言わせない。
-
添えていた刃を、更に深く抉りこむように配置して。
迷わず、一気に引き抜いた。
がりっ、と鈍い金属の刃が押し込まれ、薄い肉と硬い骨を押し切る一瞬の感覚。同時にぷつぷつと細い線を連続して断ち切る細かな振動が指先を伝った。
単一の肉を裂くのではなく、中に色々な線や管が詰まったものを裂く奇妙な手ごたえ。
骨を削られ、薄い肉と組織と神経を切り潰された断面から、一瞬遅れて大量の血が溢れだす。ホースから飛んだ水のように、血は壁を深紅に染める。
咽返るほどの臭気が、一瞬にして部屋中に充満した。空気に質量を感じるほどの濃密な血の臭いに、もっと重く腥い脂と体液の臭いを感じ取っても、しかし今度こそ音無は表情を変えることはなかった。
対照的に未央とみくは、そのどちらもがポカンとした表情だった。今起こった事実を認められない、いや、認識できないまま、何も知らずに死んでいく。そんな顔。
音無は目を逸らさなかった。自分がしたことを確りと焼き付けるために。これから先、二度と迷わないために。
あやめも、怯えた表情ではあれど、目を逸らし覆い隠すことはしなかった。
―――終わったんだ、これで。
達成の喜びもないままに音無は思う。くたりと血の海に倒れ込み、力なく腕を投げ出した未央を見下ろしながら、ああこれは確実に死んだな、などと場違いなほど冷静に思考する。
終わった。これ以上なく確実に、本田未央は死ぬ。自分たちの行動はとうとう実を成したのだと、感慨もなく実感する。
本田未央は倒れ。
前川みくは自失し。
音無結弦は確信し。
あやめはただ傍に寄り添って。
ここに、一人の男の願いをかけた、一世一代の略奪劇が幕を開けたのだ―――
-
『おっほん』
『それではみなさんご唱和ください』
『It's All Fiction!!』
正は負へ。
悲劇は喜劇へ。
現実は虚構へ。
万物は無へ。
あらゆる属性が反転し、想いは破滅へと向けて転がり始める。
愛した女を求める略奪劇は、確かに一旦幕を上げて。
しかしここに、そんな願望の全てをお笑い劇(だいなし)にする悪意仕掛けのマイナスが現出したのだった。
▼ ▼ ▼
-
そこには誰もいなかった。無謬の空間だけが広がり、物も、人も、生活の音すらも、そこには微塵も存在しない。
ただ風の音だけがあった。風は世の事情など素知らぬ顔で吹きすさび、感傷だけを運んで消える。
そこには誰もいなかった。音を出す者は、誰も。
ただ一人、地に伏せ言葉もなく怒り猛る男を除けば、誰一人として。
「…………ッ!」
音は無かった。言葉も無かった。そこにはただ、憤激と悔恨だけが存在した。
凶念の発生源は手足のもがれた人影だ。芋虫のように這いつくばり、何をすることもできない無力に自分で自分を殺したくなるほど激する男だった。
何もできなかった。ルーザーを名乗るサーヴァントを、止めることも倒すことも自分はできなかった。
何もされなかった。ルーザーは自分を殺すことはなく、ただこの世の虚無を煮詰めたような黒曜の瞳でこちらを見るだけで、何ら手出しすることなく姿を消した。
何もできていない。たかが手足を失っただけだというのに、今の自分は地を舐めることしかできない。その不甲斐なさこそが最も許せない。
―――本当ならここで却本作りの一つでも螺子込んでやってもいいんだけどさ。僕ときみのマスターはどうやら友人同士らしいし、そのよしみで見逃してやるよ。
―――良かったね下手くそピエロくん。か弱い女の子のおかげで助かることができてさ。
ルーザーの言葉が思い出される。それだけを最後に、心底どうでも良さそうな顔で、かの男はこちらを顧みることなく姿を消したのだ。ひたすらに無意味で、どこまでも無慈悲で、それ故に無感動な捨て台詞だけを残して。
屈辱だった。哀れな道化には何もできないと、そう告げられたようだった。
いや、事実その通りなのだろう。実際鳴海は何もできていない。空回って取りこぼすだけの道化でしかなく、守ろうとした少女のおかげで自分が助かったなどと、これ以上ない恥辱である。
結局、後にあったのは、ただ歯噛みするしかない鳴海の姿だけ。それだけが、此度の邂逅で生み出された残骸だった。
「駄目だ、早く行かねえと……畜生……!」
猛る思いが肉体を動かし、しかし精神だけが先行して肉体が地を蹴ることは許されない。
如何に木石の腕で気を放つことができようとも、手足そのものが無ければそれを動かすことはできない。気合や根性ではなく、それは物質としての当たり前の結果だった。
-
立ち去ったルーザーがどこに行ったのか、それが分からないほど鳴海も愚かではない。自分たちのマスターは友人同士だと奴は言った。ならばその行先など火を見るより明らかだろう。
動けない自分を見逃した真意がどこにあるのか、それは分からない。けれどあれは駄目だ。あんな負完全なモノと遭遇すれば、自分のマスターは耐えることができない。
殺される。いいや、もしかすればそれより酷い末路を歩むかもしれない。
理屈ではなく直感としてその結末が想起されるほどに、あの男は異様だった。燻る戦意とは裏腹に、奴を不快と感じる胸の灼熱は収まりが尽きそうにない。
それでも、いいやだからこそ。
彼女を守ると誓ったこの身は、一刻も早く彼女の元へ赴かなければならないのに。
「動け、動けよオレの体……!
こんなところで、オレは……ッ!」
早く、早く、早く。
ただそれだけを祈って、願って、ありもしない腕と足に力を込めて。
一歩でも、前に進もうと―――
「―――って、うおッ!?」
瞬間、伏せていた地が爆発したように爆ぜた。
ひたすらに重く体の芯に染み込む重低音が轟き、直下の大地が貫かれたように砕け散る。噴き上がるマグマのように砂塵が舞い、閑静な住宅街に一瞬の戦音を響かせた。
一体何が起こったのか、事の中心にいた鳴海さえも数瞬分からなかった。自分はただ無い腕を振り回していただけ。それで破壊が起こる道理などないのにと。
ふと、右手があったはずの箇所に、何かを殴り抜いたような重い触覚が感じられた。目を向ければそこには確かな自分の腕を見てとれて、地面を掘り殴ったような土の質感と痕跡が、握られた拳に残っている。
もしやと思い足だった箇所を動かせば、つられて本物の足も思い通りに動かせた。幻ではない実体が、確かに存在して鳴海の制御下に動作していた。
爆発の原因は、自分の腕。
いつの間にか元に戻っていた腕が、滅茶苦茶に振り回されて地面を殴ったという、それだけの話だったのだ。
「……おし」
グーパーと実存を確かめていた手を強く握りしめ、鳴海は言葉少なく頷いた。理屈は知らないが手足が戻ったというなら話は早い。かつて晒してしまった無様を、今こそ返上しようと足掻く。
取り戻した足は渾身の力で地を穿ち、空を切る感触と共に最速かつ一直線に目的の場所に向けて疾走する。
目指すべきはただひとつ。マスターの待つ家路の一室。
▼ ▼ ▼
-
―――降り注ぐ螺子の音と共に。
―――その声は、不吉を届けるかのように響き渡った。
『大嘘吐き(オールフィクション)』
『すべての"虚飾"を【なかったこと】にした』
その瞬間、世界が"ひっくり返った"。
急に全身に現実感が戻った。ぐるりと景色が回転し、今まで見えていた風景がそっくり同じまま、しかし致命的に違う風景に入れ替わった。心臓は早鐘のように鳴り響き、体は抑えのきかない震えに包まれている。
夢のような惨劇は、しかし悪夢のような現実へと姿を変えた。異様な感覚、異様な金属音、悲鳴と怒号が耳に届く。
その中心に佇むのは、酷く見慣れてしまった"彼"。
ルーザー、球磨川禊。
『やあ、みくにゃちゃん久しぶり』
『僕だよ』
白々しい嗤いを浮かべる彼に、しかしみくは何の言葉を返すこともできない。
状況の変化に頭がついてこなかった。目まぐるしく入れ替わる現実に、平時の彼女の思考能力が追い付けていない。
けれども、今の彼女が抱える最も大きな懸念を挙げるとするならば。
力なく倒れたままの親友の姿と。
"壁に縫いとめられた一組の男女"の影。
「え、これなに……未央チャンが、でも血は……それに音無さ、ん……?」
視線の先にあるのは、四肢と胴体に楔を螺子込まれた二人の男女の姿。
今や奇怪なオブジェとなったそれは、しかしみくの知るままの顔と声で何かを叫んでいて、見間違いでも何でもなく、彼が音無結弦だと如実に示していた。
けれど、その隣で同じように縫いとめられている小さな女の子は。
怯えと混乱が同居してフリーズしたような顔をしている少女は、今まで見たこともなくて。
―――何故かは分からないけれど。
―――儚げなその姿に、ルーザーに感じるものと同じ違和感を覚えた。
-
『なんだいみくにゃちゃん、猫がマタタビでぶん殴られたみたいな顔しちゃってさ』
『僕はきみが危ないところを助けてやったんだぜ?』
『笑えよ』
『いつも何度でもへらへら笑ってろよ。それがシンデレラガールの条件なんだろ?』
相も変わらず滲み出る嫌悪感に、そこでようやくみくは手足の動かし方を思い出した。分からないことは多いけれど、今の自分がすべきことは理解できる。「未央チャン!」と叫んで弾けるように飛び出し、倒れる彼女へと駆け寄った。慌てて肩を掴み呼びかける。返事はなく、けれど何故か、その首に一切の傷は存在しなかった。
抱き起した未央は、さながら昼光に午睡する少女のように、穏やかな顔で眠っていた。
突然血を噴き出した彼女は、けれど死んではいなかった。
「ぁ……良かった、未央チャン生きてるよぉ……」
安堵の感情と共に体から力が抜ける。へなへなと崩れるように、ぽすん、と尻餅をついた。
『……うん、感動のご対面ってところかな。いつもの猫語はどうしたのさ、どうでもいいけど』
『さて、女の子同士の麗しい友情はあっちに任せるとしてだ』
そんなみくの普遍的な感情の揺れを理解してかしないでか。
球磨川はただそれを睥睨して、にやけ面の影を更に強く濃く浮かび上がらせた。
『そろそろ僕たち男同士の殺し殺されな友情も深めようぜ。なあ、色男』
ぐるり、と擬音がつきそうな動作で、球磨川は背後の壁を振り返る。
向けられた視線の先にいるのは、磔にされた音無結弦。
(どういうことだ、何が起きた? こいつ一体何者なんだ……!?)
彼は未だ、冷静な思考を取り戻せてはいなかった。
答えの出ない問いがぐるぐると頭の中を駆け巡る。眼前の男が一体何者なのか、音無の視点ではまるで理解することができない。
―――この男は、意味の分からない言葉と共に現れた。
本田未央の首を包丁で掻っ捌いた瞬間に声が聞こえて、物凄い勢いで視界が後退した。何事かと見遣れば自分の全身はあやめ諸共巨大な螺子で壁に縫い付けられ、目の前には一瞬前までいなかったはずの男の姿。
意味が分からない。何故、こちらの存在に気付けたのか。何故、攻撃される寸前まであちらの存在に気付けなかったのか。
考え得る最悪の想像―――透視能力を持ったアサシンかとも思ったが、違う。そもそもこいつがサーヴァントなのかすらも、音無には判別がつかなかった。
何故なら男からは、サーヴァントならば見えるはずのステータスが一切視認できないのだから。
-
『なんでって顔してるけどさ、逆に聞くけど気付かれないとでも思ったのかい?
あんな分かりやすい顔(よわさ)を曝け出してりゃ嫌でも気付くってもんさ。それが過負荷(ぼく)なら尚のこと』
球磨川が音無の凶行に気付けた理由は、言葉にすれば酷く簡単なものだ。それは、単に「みくと一緒にここに入る音無の顔を見たから」という、ただそれだけ。
みくと音無が出くわしたのと、球磨川と鳴海が出くわしたのは、実際かなりぎりぎりのタイミングだった。
だから分かったのだ。例え視認できたのが遠目からの小さな影であったとしても、あらゆる弱さは球磨川禊から逃れることはできない。
音無結弦がその身に抱えた弱さ、渇望、身勝手なまでの醜悪な我執。その全てを、言われるまでもなく球磨川禊は理解したから。
だから、音無がここで何かやらかすだろうと、球磨川は最初から察することができていたのだ。わざわざ事前に「サーヴァントとしての気配」を【無かったこと】にしてまで、彼はそれを防ごうと努めていた。
向かう途中に拳法使いのサーヴァントに邪魔された結果遅刻して、結局は見るも無残なことになったという過負荷お馴染みの結末(はいぼく)を辿りはしたけれど。
球磨川があやめの気配遮断能力を突破できた理由はもっと単純だ。彼らが何かをするのは分かっていたが、何をするかまでは分からない。ならば話は簡単である、文字通り全てを無くしてしまえばいい。
"この部屋におけるあらゆる虚像、隠蔽、虚飾。すなわち虚構"。それら一切合財を纏めて零にした。策もへったくれもない力押し、なるほど白痴を自称する球磨川に似合いの手段である。
種を明かせばこんなものだが、ともかくとして状況は明らかだった。今この場で自由に動けるのは球磨川禊ただ一人。本田未央は血に倒れ、前川みくは自律行動できるほど我を取り戻さず、音無とあやめは言うまでもなく壁へと螺子込まれた。
この空間の主導権は、球磨川禊に握られていた。
『ああそれと―――令呪なんて使わせるつもりはないから、そこんとこよろしく』
「が、ぐぅあッ!?」
命令を口に出そうとした瞬間、張り付けられた音無の右手に衝撃が走り、次いで焼けるような熱が体の芯を貫いた。
突き刺された。螺子を、気味が悪いほど気配もなく距離を詰めた球磨川の手で。文字通りの磔の如く、僅かな挙動も見逃さないと言うかのように。
球磨川禊は、ただ嗤う。
『これからきみは、サーヴァントに何を命令することもできません』
『逃げることも』
『戦うことも』
『殺すことも』
『死なせることも』
『きみがすること全部、徹底的に否定してやる』
『残念だったね色男くん。これは弱さを鎧じゃなく武器にしたきみ達の失策だ』
『弱点を纏うのは僕たちに最も有効な暴力だけど、きみ達は手にした手段だけに弱さを纏わせた。だからほら、こんな簡単にやられちゃう』
嗤いが、深まる。
『それとも、まさか自分の身だけは綺麗なままで勝ちたいとか、そんなことでも考えてたのかな?』
深まる。ただ、嗤う。
『甘えよ』
『その甘さ、正直好きになれないな』
-
―――掲げられた螺子の先が、こちらの顔面を照準する。
万策尽きた、音無はそう悟った。令呪を使おうにも、そんな「逃れたいという弱さ」をこいつが見逃すとは思えない。
自分は魔術師ではない。格闘家でも、怪物でも、英雄でも神でも悪魔でもない。だから抗する術は無く、順当にここで終わりを迎える。
そして、あやめもまた。
「……いや……私、は……」
―――ふと、自分の隣で慟哭する少女の嘆きが聞こえてきて。
―――悲哀の表情が何故か、初音の笑顔とダブって見えて。
相反する二つの光景が、どうしても許せなくて。
「……あ、あぁ、あ」
諦観と窮境の極致。招いたのは抱いた慢心のツケか。胸に去来する慟哭の過去は無限に溢れ出て、拙い心を締め上げるように圧迫する。
……駄目だ、まだ死ねない。俺たちはこんなところで、終わるわけにはいかないのに―――!
「ちッ、くしょぉお――――――ッ!」
動かない腕を、それでも無理やりに動かそうとして。
祈りは届かない。手は届かない。声は届かない。
愚かな自分は、弱い自分は、何を為すこともできなくて。
―――けれど。
少女の嘆きに、音無の絶叫に。
気を取られたのか、はたまた気まぐれか、球磨川の視線があやめへと移り変わって。
『…………うげ、マジかよ』
呟かれた、瞬間。
「よお、借りを返させてもらうぜ」
―――部屋の壁が轟音と共に砕け散り、飛び込んでくる男の影がひとつ。
それは、壁ごと球磨川の顔面を打ち貫き、極大の破壊を打ち込む。丸太のように屈強な脚で。
「令呪を以って命じる―――ッ!」
だから、生じた間隙を逃すことなど、絶対にできるはずもなく。
音無結弦は絶叫を迸らせ、一心不乱の遁走を選択したのだ。
▼ ▼ ▼
-
蹴り飛ばされた球磨川の体が、錐揉みしながら反対側の壁に激突する。制服がかけられている衣装立てや吊るし掛けの写真がけたたましい音を立てて巻き込まれ、敗れたポスターがひらひらと宙を舞った。
どしゃり、という間の抜けた擬音が耳に届く。肌に当たる風圧も、飛び込んでくる光景も、突然の闖入者も、何もかもが冗談みたいな出来事だった。自分に理解できないことばかりが、この部屋で起こり続けている。
そして。
「―――――……」
―――悪鬼羅刹がそこには立っていた。
立ち塞がる偉丈夫に、崩壊した壁面を泰然とした歩調で踏みしめ跨ぐ巨躯に、激し猛ったその気勢に。比喩でもなく、みくは鬼神の姿をそこに見た。
歪んでいた。熱していた。激烈なまでの熱情に、武骨な形相が憤怒の色に染まっていた。見た目こそ普通の人間だが、放たれる存在圧が桁違いだ。覇気が、敵意が、凄味が違う。是なる者は正しく超常、サーヴァントなる異形の超越者であると、どんな言葉よりも雄弁に、その威容は語ってみせた。
自分の身が震えていることに、しかし空白となった思考すら満足に働かすことのできないみくが気付くことはなかった。端的に言えば、"中てられて"いた。15年という短い人生ではただの一度も経験したことがない、そしてこれからの人生でも終生味わうことのなかったであろう鬼気を、間近で一身に浴びていたのだ。
彼女自身は言葉を借りれば、心を軋ませる存在感などルーザーで十分に味わっている、と言うのだろうが。けれどこれは、絶対値としての強さはともかく、内包する性質はまるで違う代物だ。ルーザーのそれが心身を蝕む毒沼と例えるならば、眼前の男が放つのはひたすらに熱量を増大させたマグマの如き気配放出。
だからこそ動けない。生まれて初めて感じる純粋なまでの「命の危機」に生存本能すらも圧倒されて、悲鳴を上げ逃げ惑うことすら彼女は為すことが許されない。抱きかかえた未央の体を取り落とさなかったことが或いは、彼女に残された理性が為した最後の抵抗だったのかもしれない。
……男の手が、伸ばされた。
吹っ飛んだルーザーにではない。それはこちらに、そして抱える本田未央に向けて。攻撃の意がそこにあったのか、みくには分からなかった。けれど、ただ手を向けられたというそれだけで、彼女の心は最大級の軋みをあげた。
漂白されかかった意識が、粉みじんになりそうだった。
言ってしまえば、みくの精神は限界だった。この部屋で起こったこと全て、どれ一つ取っても平時ならば泣くか数日は引きずる類のものばかりで、彼女自身にも分からないほど高速に、その心は容易く限界値を迎えていた。
そしてトドメにこれだ。常人ならばチビるどころか即座に昏倒しかねない覇気を、しかしなまじ異常に慣れてしまっていたせいで気絶することもできず正面から晒されることになった彼女は、まさしく"負"運だったとしか言いようがない。
―――あ、もうだめだ、これ。
そして当然、こうなる。強風に煽られた細木が折れ倒れるように、大波に晒された砂城が容易く崩れるように。あまりに呆気なく、かつ順当に、その精神は限界を超えて―――
-
『おい』
『ちょっと待てよ下手くそ道化』
『僕はまだここにいるぜ?』
―――恐慌に倒れ掛かる精神を、それ以上のマイナスが無理やりに立て起こした。
瞬間、みくたちに差し伸べられようとしていた腕はその脇を素通りし、背後に立っていたであろう"彼"を違うことなく打ち据えた。
くぐもった呻きが聞こえ、次いで人間大の重さを持つ何かが崩れ倒れる音が一つ。碌に反応できなかったのはみくも彼も同じことで、勝負にもならない勝負はあっさりと決着がついた。
『だからさぁ』
『ちょっと待てって言ってるんだよ、僕は』
『人の話はちゃんと聞けっての』
……いや。
終わってなど、いなかった。
ゆらりと、幽鬼じみた動きで立ち上がる彼を、そこでようやく反応できたみくの瞳が捉えた。
満身創痍だった。傍目から見ても戦闘どころか何故動けるのかすら分からないほどに、彼の肉体はボロボロだった。たったの二撃、ただそれだけでルーザーの戦闘能力は根こそぎ奪われていた。
それでも、立っていた。
どこにそんな余力があるのか。
どこにそんな気力があるのか。
皆目見当はつかないけれど、それでも彼は倒れない。
幾ら殴られようが、貶されようが、死にかけようが。
それでもヘラヘラ笑いながら、彼は立ち上がるのだ。
「……オレはな」
しかし、それでも。
「てめえの言葉なんざ、もう聞く気はねえよ」
―――マイナスではプラスを止められない。
そんな当たり前の道理を拳に叩き込んで、鳴海の剛拳がかぶりを振り―――
『……僕が、きみのマスターの命の恩人でも、かい?』
-
ピタリ、と。
当たる直前に、絶死の拳は唸りを止めた。
付随する風圧だけが、球磨川の頭を撫でていった。舞い上がる前髪がふわりと戻り、一息ついて言葉を続ける。
『僕の過負荷(スキル)は、きみも既に知っているはずだ。
【3分間だけ全てを無かったことにする】。きみの剣も、両手足も、3分経ったら元に戻っただろう?』
「……それが、一体どうしたってんだよ」
『きみのマスターが負った傷を、そのスキルで一時的に癒したってことだよ。
魔法が解けたら当然元に戻る。十二時のシンデレラみたくね』
「……………………え?」
その言葉に、最も衝撃を受けたのは蚊帳の外にあったはずのみくだった。
思いがけぬ言葉に一瞬だけ面食らって、直後に不安と恐怖が加速度的に上昇した。
そうだ、冷静になって考えれば当たり前のことだった。あの時見た未央は、確かに致死量に近しい血液をその首から噴出していた。それは見間違いなどでは断じてなく、こうして全てが【無かったこと】になっている現在こそが異常なのだ。
ならば、そうだとすれば。
こうして穏やかな顔で眠っている本田未央は。
もう1分足らずの命しかないと、そう言うのか。
「それを……!」
『信じるか信じないかはそりゃ自由さ。でも、きみにそれを否定できる材料はあるかい?
この部屋の惨状と、大量にぶち撒けられた血痕を見てもさ』
大仰に芝居がかった身振りで辺りを指し示す球磨川の言葉は、尤もだった。部屋の壁には一面に新鮮な血痕がへばり付き、未だ乾いてもいない有り様だ。
この部屋で、誰かが傷を負ったのは確かだ。そして付着具合とばら撒かれ方を見るに、血液の出所は血の海の中心で倒れる本田未央で―――
-
「これは、てめえがやったんじゃねえのか」
『違う違う、やったのは別の奴さ。確か……音無結弦とか言ったっけ? 生徒会長なんか勤めてる奴だから不思議と名前覚えちゃってさ。まあとにかくそいつの仕業だよ。全く酷い奴だよね、女の子の首をいきなり掻っ捌いちゃったりしてさ。
そういうわけで、僕らはただここに居合わせただけ』
『だから僕は悪くない』
『今回ばかりは、本当にね』
一拍置いて、気を取り直すように。
『そしてさ』
『僕なんかが言うことじゃないかもしれないけど、きみがすべきなのは戦うことよりも自分のマスターを助けることなんじゃないかな?』
『ああ、別にいいんだぜ? きみが子供を見捨てるような薄情者なら、その時は僕だって腹括ってやる』
『で、きみの決断は?』
……一瞬の沈黙が、場を満たした。
鳴海は、拳を下ろしていた、数瞬前まで場を支配していた闘争の空気も、最早欠片も残ってはいなかった。
―――球磨川の口元が、弦月に歪んだ。
『OK、それじゃあ僕らはここいらでお暇させてもらうってことで。
ほら何してんのみくにゃちゃん、こんな物騒な場所とはさっさとオサラバだぜ』
「え……ちょ、ま……!」
呆然としていたみくを小脇に抱えた球磨川が、先ほどまでの満身創痍など嘘だったかのように駆け出し、窓枠を蹴って豪快に宙へと身を躍らせた。事態についていけない様子のみくは、その行為にただただ目を丸くして奇声じみた悲鳴を上げるのみ。
血錆に煙った空気に似合わぬ喧騒じみた声は、港から離れ行く汽笛のように徐々に音量を低くしていき、数秒とかからずに元の静寂を取り戻した。
後には、影となって表情も見えない鳴海と、ただ安息に眠る未央の二人だけが、取り残されていた。
▼ ▼ ▼
-
かつて、自分の生きる意味は妹だった。
その日暮らしの惰性を過ごし、餓死しない程度の日銭を稼いで、死んだように生きていたあの頃。
他人に興味が持てない。生き甲斐がない。生きる意味が知らない。何故それで死んでないのか自分でも分からないほどに色褪せた世界の中で、それでも俺は生き続けた。
後になって思い返せば、理由なんて単純だった。生きる意味はすぐ傍にあったんだ。
俺はただ、"あいつ"に"ありがとう"と言われるだけで生きていられた。感謝される、それだけで生きた気がしていたのだ。
ただ気付かなかっただけで、世界は色褪せてなんかいなかった。俺は、幸せだったのだ。
あいつは俺の全てだった。その笑顔を、感謝の言葉を、暖かな仕草を。感じるだけで満たされていた。何もない自分でも、生きてていいのだと言われているようだった。
ならばこそ、思うのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
―――目の前でひたすらに"ごめんなさい"と謝り続けるこの子を見て。
―――妹と重ねてしまった少女の、目に涙をためて顔を伏せる姿を見せられて。
俺は、一体何をすべきなのだろうかと。
「……ッ!」
あまりの不甲斐なさに思わず歯噛みする。先の一件、その失敗、全ての責任は自分にあった。
功を焦った、機を測り間違えた。あやめはただ隠し神の力を持つだけの少女でしかなくて、だからこそ彼女の命を預かった自分が失敗するわけにはいかなかったのに。
そして、失敗よりも何よりも、この子を泣かせてしまったという、それこそが一番許せなかった。
「……大丈夫さ、心配するな。ここからだってきちんと巻き返せる」
痛みで歪む意識を無理やり立て直し、努めて明るい声で諭す。
今自分たちがいるのは新都と深山町を隔てる未遠川の真ん前、整備された河川敷だ。遠目に見える冬木大橋は平日の昼間でも関係なく多くの車を走らせており、人の行き交いが絶えない様子である。
……随分と長く跳んだな、と。そんな益体の無いことを考えた。直線距離にして数キロか、令呪の魔力と強制は、およそ常人程度の身体能力しか有さないあやめにすらここまでの移動能力を与えるのだ。
令呪。サーヴァントへの強制命令執行権にして切り札、そしてマスターがこの世界に留まるための最後の縁。その一画を、音無はこうして使ってしまった。
腕を貫かれ、何も得ることはなく、令呪だけを悪戯に失った。
-
「ちくしょうっ……」
自分に縋りつくあやめに聞こえないように、小さな小さな声で吐き捨てた。無論、それは彼女にではなく、自分に対するもの。
だがどれほど罵倒し悔やんでも、既に起きてしまったことは変えられない。失敗した、正体がバレた。浅くない傷を負い、勝利への道が限りなく先細ってしまった。それは事実だが、それで今から諦めてちゃ世話ない。
だから考える。今から自分たちが生き残るための術を。
(学校には……もう行けないだろうな。本田だけならともかく、あそこには前川もいた。だったら確実に通報されてる。
くそッ、そうすると俺は、マスターやサーヴァントだけじゃなく警察まで相手にしなくちゃならないってことかよ)
少し考えただけでも分かる。今の自分たちは八方塞がりだ。ただでさえ他のサーヴァント陣営に抗しえないほど弱小の自分たちに、加えてNPCの追手までかかるというのだ。思わず天を仰ぎたくなる。
NPCが構築する疑似的な社会的立場は、身元の保護となる反面過ちが露呈した者には縛りとなって機能する。ならば最早自分に帰るべき役割(ロール)などなく、これ以降は路頭に迷い出たまま戦わなくてはならない。
明らかに、自分たちだけでは不可能な道のりだ。協力者は必要不可欠である。となれば……
(ゆり……ゆりの協力があれば、まだチャンスはあるかもしれない)
今の自分たちの味方と成り得る存在。それは仲村ゆりを除いて他になかった。
彼女はかつての世界で自分の仲間だった。そのことに嘘は無く、互いが互いを信頼し合う仲だった。そして彼女は今、突如失踪して数日もの間姿を眩ませている。
信頼関係は十分。そしてここ数日の奇妙な行動を鑑みれば、彼女がマスターだという可能性は高い。もしかすると警察の追手から逃れるための拠点も用意しているかもしれない。これを利用しない手は、最早手札の尽きた音無にとっては存在しなかった。
……唯一にして最大の懸念である、自分の連絡に一切応じないという問題が立ち塞がってはいるが。
(それでもやるしかない……今の俺たちには、それしか手は残ってないんだ)
如何にか細い希望であろうと、それしかないのであれば手を伸ばす。奇跡に、聖杯を掴むために。
例えかつての同胞を騙そうとも、伸ばすべき手を多くの汚泥で汚そうとも。
この手に圧し掛かっているものは、自分一人の願いだけじゃないのだから。
(俺たちは絶対に勝ち残る。ああ、諦めてたまるかよ)
縋るあやめの手を引いて歩き出す。その道程に、最早微塵の迷いもなかった。
惰性で生きて、無気力だった俺は、かつて妹に生きる意味を教えてもらった。
その果てが悲劇であったとしても、俺は本物の人生を生き抜くことができた。
けれど、この子(あやめ)は俺とはちがう。
生きることの希望も、生きる意味も、そもそも生きたことさえなかったこの少女を、自分は救い出したいと願ったから。
俺たち"二人"の願いを叶えるために、ここで立ち止まることなどできはしないのだ。
-
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
『こんにちは、ユヅル』
『きみの心で鼓動を奏でた"彼女"の、抱いた願いを穢し続ける限り』
『きみが、きみたちが、《美しいもの》を見ることはない』
『―――諦めるときだ』
……ああ。
今日も見える。視界の端に、踊る道化師の姿が。
いつもは見ないようにしている。こいつは多分、俺の"諦め"の象徴のようなものだから。
諦めろ、無駄だ、できるはずがない。努力し目指すことから目を背けて、ただ無気力に日々を過ごすだけだった過去へ戻れと嘯くこいつは、正しく俺から生まれ出でた幻覚なのだろう。
俺以外に知ることのない俺の過去を穿ち返し、全ての願いを諦めてしまえと囁く道化師。白い仮面に嘲笑だけを張り付けて。
―――黙れ。
目を閉じ、耳を塞ぎ、手は伸ばすことなく繋ぎながら、視界の端の狂気から目を逸らす。
どうしたの、と不安げな視線をよこすあやめに、なんでもないとだけ告げて歩みを再開する。澱みは、そこには存在しない。
―――ただ、一抹の不穏だけが。
―――彼らを覆う、囲いとなっていた。
【B-7/河川敷/1日目 午後】
【音無結弦@Angel Beats!】
[状態]疲労(中)、精神疲労(大)、魔力消費(小)、右手に貫傷。
[令呪]残り二画
[装備]学生服(ところどころに傷)
[道具]鞄(勉強道具一式及び生徒会用資料)、メモ帳(本田未央及び仲村ゆりについて記載)
[金銭状況]一人暮らしができる程度。自由な金はあまりない。
[思考・状況]
基本行動方針:あやめと二人で聖杯を手に入れる。
0.今は逃げる。
1.何とかしてこの状況を打破したい。ゆりとの合流を最優先にしたいが……
2.学校にはもう近づけない、か。
3.あやめと親交を深めたい。しかしもうそんな悠長なことを言っていられる余裕は……
4.学生服のサーヴァントに恐怖。
[備考]
高校では生徒会長の役職に就いています。
B-4にあるアパートに一人暮らし。
コンビニ店員等複数人にあやめを『紹介』しました。これで当座は凌げますが、具体的にどの程度保つかは後続の書き手に任せます。
ネギ・スプリングフィールド、本田未央、前川みくを聖杯戦争関係者だと確信しました。サーヴァントの情報も聞いています。
【アサシン(あやめ)@missing】
[状態]負傷(小)、精神疲労(大)
[装備]臙脂色の服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ますたー(音無)に従う。
1.ますたーに全てを捧げる。
2.あのサーヴァント(球磨川禊)は……
[備考]
音無に絵本を買ってもらいました。今は家に置いています。
▼ ▼ ▼
-
『いや参ったね、見事にボロ屑だよ僕らは』
ニタついた笑みを浮かべて、ルーザーは自分たちを取り巻く現状をそう称する。
陽が沈みつつある道の傍ら、夕暗がりに沈むように彼は立っていた。太陽を背にした影は不気味なほどに長く伸び、蹲った少女を頭からつま先まで覆い隠している。
『本当に参った参った。まさかとは思ったけど、あいつのサーヴァント、あれ明らかに過負荷(ぼくら)の領分じゃん。僕だけならともかく、みくにゃちゃんがいるところで暴発なんてさせられないよねぇ……
あれ、どうしたのさみくにゃちゃん。落ちてたお魚拾い食いでもしたの?』
「……うるさい、ほっといてよもう……」
矢継ぎ早に繰り出される軽口に、碌に答えられないほどに、今のみくは憔悴しきっていた。当然のことだろう。なにせ、本田未央はあのまま死ぬのだと、そう言われたも同然なのだから。
みくは人死にというものを見たことがない。精々が祖父母が冗談めかして死期が近いなんて言ってるのを聞き流していた程度で、見るのはおろか聞くことさえ、経験はなかった。
無意識ではあったのだろう。けれど、みくは信じていたのだ。言葉には出さず、実際聞けばそんなことはないだろうと否定したであろうことを、それでもみくは信じていた。
自分だけは死なない。
自分の大切な人も死なない。
なんだかんだ世の中は上手く回って、努力すればいつか絶対報われる日が来て。
最後にはハッピーエンドを迎えるのだと。
そんなサンタさんじみた絵空事を、心のどこかで信じていたのだ。
だから、折れる。
直視したくなかった現実を前に、あっさりと。
本田未央がマスターで、NPCなどという偽物じゃなくて。
自分の目の前で命を散らしたという事実は、呆気なくみくの心をへし折った。
『ふーん。ま、別に僕としちゃきみが腐ろうが関係ないんだけどさ』
本当に心底どうでもいいといった風情で、ルーザーは手元へと視線を落とした。
そこには携帯端末が握られていて、指で押すような、叩くような動作を連続して行っている。
-
『その本田未央って子は、仇討するほどの価値もきみの中に無かったのかな』
「ッ! なに適当なこと―――!」
『違うってんなら、はいこれ』
激昂しかけたところに、気勢を削ぐ形で端末を投げ渡される。
落としかけたところを咄嗟に掴みとってしまって、なんだか怒るタイミングを消されたような気分になった。
「……なに、これ」
『警察署にかけといたよ。そろそろコールが終わって繋がるだろうからあとはよろしくねみくにゃちゃん』
「ちょ、なに勝手なことして……!」
『先に進みたいなら自分から動けよ、半端者。普通(きみ)が過負荷(ぼく)と違うって言い張るんなら尚更さ』
その言葉に、反論の言葉が出なかったのは何故だったのか。
みくは、茫洋とした瞳に、しかし欠片ほどの光を宿して。
『さあみくにゃちゃん、ここからは泣き言なんか言ってられない。きみにとっての聖杯戦争はここから始まるんだ』
『普通(ノーマル)じゃいられない、過負荷(マイナス)にもなりたくない。なら足踏みしてる暇なんかないはずだぜ?』
『自分の足で歩くんだよみくちゃん。自分にとっての現実は、自分が頑張らなくちゃ胸を張ることだってできないんだからね』
【B-3/路地/1日目 午後】
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]軽度の混乱、魔力消費(中)、精神疲労(大)、『感染』
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
0.警察に通報する……?
1.人を殺すことに躊躇。
2.未央ちゃんがマスターで、もう助からなくて、なら私はどうすれば……
3.先輩がマスターで、未央ちゃんを殺そうとしてて、だったら戦わなきゃいけない……?
[備考]
本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。本田未央をもう助からないものと思い込んでいます。
アサシン(あやめ)を認識しました。物語に感染しています
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『物語に感染? 大ダメージ? それがどうしたってのさ』『不利じゃなきゃ、過負荷(ぼく)が勝ったことにならない』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『裸エプロンとか言ってられる状況でも無くなってきたみたいだ。でも僕は自分を曲げないよ!』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
5.『本田未央ってのがマスターだったわけだけど、みくにゃちゃんの反応が気になるかな』
6.『音無? 生徒会長? 気に入らないなぁ、だから徹底的に追い詰めてやろうぜ(笑)』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。物語に感染しています
※前川みく、ルーザー(球磨川禊)がアサシン(あやめ)を認識、物語に感染しました。残された猶予の具体的な時間については後続の書き手に任せます。あと今回の暴露劇だとルーザーが他二人に『紹介』した形になるので、彼だけ受けている影響が小さいです。
▼ ▼ ▼
-
少しだけ覚えている記憶の断片。
崩れ落ちる瓦礫。あの水の中に消えていった、小さな小さな子供の姿。
オレの目の前で無明に呑まれたひとりの少年が、必死に助けを求め足掻く姿。それが、目を瞑れば今も脳裏にはっきりと思い浮かぶ。
だからだろうか。オレは子供の悲鳴だけは我慢がならなくて。
けれど。
「……」
抱き起こしたマスターは、悲鳴を上げることすらなかった。
綺麗な寝顔だった。けれどそれは安らかな抱擁に包まれたものではなく、何かに魘されるように、顔をしかめたもので。
忘れていた。人とは、命とは、こんなにも軽いものだったのだと。
奪おうと思えば容易く奪われ、一瞬でその生を終えてしまう儚いものなのだと。
この腕の中にある、小さな命。
それがあと幾ばくもなく死に至るなどと。
「そんなこと、よぉ……」
―――許せるはずが、ないだろう。
ルーザーは言った。奴が使うスキルで、3分間だけ猶予を与えたと。
それが解除されたら、切り裂かれた首が元に戻ってすぐにでも死ぬのだと。虚言ばかり吐いていたクソ野郎ではあったけど、その言葉が嘘だとは、到底思えなくて。
部屋に飛び散った血の量からして、次に傷が開けばそれだけで致命傷になるのは明らかだった。たった3分では治療施設に運び込むこともできないし、そもそもあと三十秒も猶予は残されていまい。
だから、助けられる方法はひとつだけ。
-
歯噛み、鳴海は躊躇することなくその指を噛み切った。指先からは血が迸り、ぽたぽたと雫が垂れる。
それを、薄口を開ける未央に、そっと含ませた。
赤い雫が、口の中へと落ちる。
「――――」
十秒、二十秒と静かに時が過ぎた。カチ、カチ、と床に落ちた時計が秒針を鳴らしている。
カチ、カチ。カチ、カチ。秒針が更に十ほど時を刻んだ。
その時。
「ぅあッ……!」
ばくり、と。
未央の首にうっすらと赤い線が走り、そこが勢いよく開閉し、戯画的なまでに巨大な切断面を露わにした。
生理現象として発せられた声は、今やただの風となって気管から漏れ出している。そしてそんなもの以上に、大量の血液が溢れ出て。
それは、どう見ても手遅れな傷でしかなく。
「……死ぬもんか」
けれど、慌てるでも嘆くでもなく、鳴海は静かに見つめていた。
そして思う。なんで子供の悲鳴に自分の心は軋むのか。マスターであることを差し引いても、本田未央という少女を助けたいと願うのか。
サーヴァント"しろがね"である前に、ひとりの人間"加藤鳴海"として。
どうして、彼女に笑っていてほしいと願うのかと。
「当たり前だよな、そんなこと」
理由なんて簡単だった。
子供たちの、未央の悲鳴は、オレ自身の悲鳴だったのだ。
かつて虐められ無力だったオレの。
生まれることなく死んでしまった小さな命に何もしてやれなかったオレの。
力を得たと思ったのに誰も守ることのできなかったオレの。
割れた心から湧きあがる、弱弱しい慟哭の声。
-
「だからよ、なあマスター」
そうだ、オレは誰をも守れなかった。
共に戦った仲間たちを。こんなオレを笑顔で庇ってくれたしろがねの女を。生きろと言ってくれた恩人を。
名前も思い出せない彼女に誓ったあの子さえ、助けられなかった。
助けることは、できなかった。
「頼むぜ、一生のお願いだ」
駄目だったんだ、オレは。
だから、だから今度こそ!
「今度こそ、助かってくれ……!」
―――――――。
「……う、うぅん?」
そして。
そして、声は聞き届けられた。
傷が塞がっていく。時間を巻き戻すように、見る見るうちに傷口が癒着し、醜い断面を覆い隠し、元の肌色を取り戻していく。
青ざめて血の通わぬ死人の肌が、暖かな桜色に変化していく。
気管の損傷で酸欠となり苦しみ喘いでいた呼気が、穏やかなそれに変わっていく。
本田未央は回復していた。死に体だった時など見る影もなく、安らかに。
死ぬしかなかった運命から、しかし確かに救い上げられたのだ。
「やっと……」
鳴海の目尻が、歪む。
「やっと、オレ……誰かを助けられた……」
眼窩の奥が疼き、瞳を覆った水の膜。視界がぼやけ呼吸が乱れる。
頬を伝い落ちる雫が涙だと気付いた時には、嗚咽を殺すこともできないまま声を霞ませていた。
「ありがとう……助かってくれて、ありがとう……!」
透明な感情の雫が、未央の頬へと落ちて弾ける。朱に染まる陽の光が、反射して小さく煌めいた。
-
彼女の傷が快癒した理由、それは鳴海の血液にこそあった。
鳴海の体に流れるそれは、万能の霊薬たる生命の水(アクア・ウィタエ)であり、彼がしろがねとしてある根源でもある。
不死とまで称されるしろがねを構成するそれは、たとえ元の肉体から離れた一滴であろうとも強い効力を発揮する。
まして、今の鳴海は"しろがね"のクラス。
拳技で敵を討つアサシンでも、聖人の剣で敵を切り裂くセイバーでも、人形破壊者たるデストロイヤーでもなく。
白銀の血潮と不死を持つ、比類なき"しろがね"なれば。
その体を形作る血肉は、まさしく生命の水となりて取り込んだ者を癒す聖滴となる。
ならばそれを口にした者が、快癒しない理由はない。
この日、この瞬間、彼ら二人は綱渡りながらも一つの危難を乗り越えた。
無論これは終わりではなく、彼らに降りかかる不幸は絶え間なく途切れることもないだろう。
しかし、今はただ、その安息を享受するがいいだろう。
与えられた幸運も、掴みとった未来も、決して嘘ではないのだから。
―――その情景を、白き仮面の道化師は、ただただ嗤って見下ろしていた。
ただ、嗤って見つめていた。
【B-2/本田未央の家/1日目 午後】
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]失血(大)、気絶、魔力消費(小)、アクア・ウィタエによる治癒力の促進。
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]イマドキの女子高校生が自由に使える程度。
[思考・状況]
基本行動方針:疲れたし、もう笑えない。けれど、アイドルはやめたくない。
0.…………
1.いつか、心の底から笑えるようになりたい。
2.加藤鳴海に対して僅かながらの信頼。
[備考]
前川みくと同じクラスです。
前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
気絶していたのでアサシン(あやめ)を認識してません。なので『感染』もしていません。
自室が割と酷いことになってます。
【しろがね(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]精神疲労(中)
[装備]拳法着
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:本田未央の笑顔を取り戻す。
0.良かった……本当に……
1.全てのサーヴァントを打倒する。しかしマスターは決して殺さない。この聖杯戦争の裏側を突き止める。
2.本田未央の傍にいる。
3.学生服のサーヴァントは絶対に倒す。
[備考]
ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギのことを初等部の生徒だと思っています。
前川みくをマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)をぎりぎり見てません。
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投下を終了します
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投下乙です。
弱者たる音無が好機を逃さず覚悟完了してやっと殺害に成功した!
っという達成感を得たところで最凶の弱者ことクマーがやってくれやがった!!
んでもってちゃんみおも鳴海のおかげで復活してしまうなんて、
音無&あやめちゃんは踏んだり蹴ったりだったけど、これからどこまで足掻き頑張れるか。
各々が劇的に躍動して、さらに物語が加速するターニングポイントであり、読んでいて凄く楽しかったです。
あとすみません、音無の令呪使用に関して確認したいことがあります。
本来令呪はサーヴァントに作用するものでマスターには作用しないものだと思っていましたが、
今回は音無とあやめちゃんが手を繋いだりしていて、令呪であやめちゃんが跳躍する時に一緒に音無も引っ張られたのでしょうか。
もしかしたら私の思い違いや無知なだけかもしれませんが、ちょっと気になりましたのでお尋ねします。
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感想ありがとうございます
ご指摘の方ですが、本編ではカットしたのですが令呪の命令内容が「俺を連れて逃げろ」といったものでして、そんな感じで一緒に逃げることができたとかそういう解釈で納得いただけたら幸いです。
なおこの説明で駄目な場合は企画主様の判断を仰いで修正もしくは破棄の措置を取らせていただきたいと思います。
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返事ありがとうございます。
細かい所が気になる性分で、色々とお手を煩わせてしまい申し訳ないです。
ほぼそういう解釈で納得していましたので、特に問題はないかと思います。
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乙
ちゃんみおの首切る描写がもう読むだけで体が痛くなってくるw
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投下乙です。
三主従、それぞれの立ち回りが成した結果は更なる混沌に。
弱さを見せた音無は一度の失敗をしっかり後悔して次に活かそうとする気概はやはり強い。
ごめんなさいを言わせない、というのがまた妹を重ねているのか。
それとも、その奥底に天使ちゃんを見ているのか。
みくと未央はサーヴァントが引っ張ってる現状が変わるのか。
どちらも現状、分岐点に立たされているので決断次第でどうとでもなりますし。
そして、鳴海の助かってくれてありがとう、が前述の音無との対比で、映えますね。
未央だけは何も知らぬまま、眠っていますが起きた時、果たしてどうなるのか。
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ゲリラ投下します。そして舞台設定にちょっと踏み込んだ内容がありますので、不都合があった場合は修正もしくは破棄で対応します
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―――気が付けば、私は見知らぬ場所に立っていた。
歩く。歩く。私はずっと歩いている。遠い、遠い、果てしなく遠い彼方を目指して。
ここは何処で、どうして目指しているのか。それは最早忘却の彼方で、
それでも、私は。
こうして自分の足で歩けるという事実に、これが夢であるのだということを、嫌になるほど自覚できた。
―――そこは、セピア色の空間だった。
薄暗い、長い長いトンネルの中。或いは天蓋付きのアーケード。写真で見た工場みたいな雰囲気で、なんだか鉄と煙がとても似合いそうな、そんな景色。
そして、そんな長い道の彼方に揺れるものがひとつ。
いつからだろうか。多分、ずっと。目指して歩いている。あの、遠くに揺らめく『光』を。
届かないものを思う。例えば、水面に煌めく合わせ鏡の満月であるとか、蒼穹に輝く灼熱の太陽であるとか。
きっと、あの『光』はそういうものなのだ。根拠はないけれど、不思議と確かな実感となって胸に去来する。
―――ふと、足元を見た。
歩くことにちょっと疲れて、立ち止まって。ふと何気なく、足元を覗いてみた。
そこには『命』があった。天井から漏れる僅かばかりの『光』を湛えた石畳と、そこに確かに芽吹いた小さな命たち。
緑。それは、新緑の色だった。石畳から苔生し生えた、雑草と称される名も知らない草。小さな草むら。矮小で、ありふれていて、けれど確かな命の輝き。
微笑ましくも、物悲しかった。何故そう思うのかは分からない。けれど、何故だかそれが愛おしく、同時にとても悲しかった。相反する二つの想いは、胸の中でぐるぐると回転する。
そして、悲しいけれど、暖かかった。
私はそれに、触れてみたいと思った。風はなく揺らめくこともない彼らを、それでも愛しいと感じたから―――
『―――オブジェクト記録を参照:碩学機関■■■が記す』
-
……声が。
声が、聞こえてきた。
音として耳を震わせるものでは、それはなかった。頭の中に直接響いてくる。これは、想い?
心を震わせる『知識』が、流れ込んでくる。
『■■都市冬木とは』
『西亨北部、極東に位置する民主主義国家日本の一地方都市、その複製。
冬木という地名は冬が長いことから来ているとされるが、実際には温暖な気候でそう厳しい寒さに襲われることは無い。異国からの居住者が多く目立ち、街は中央の未遠川を境界線に昔ながらの景色を残す深山町と近代発展を遂げる新都に分断されている。
魔術的な側面から見れば、国内でも有数の霊地を有し、根源への到達をあと僅かとする歪みを抱えた異形都市。
本来であるならば、アインツベルン、遠坂、間桐という何れも劣らぬ魔術師の血筋がその土地を支配・管理するはずだった。けれどもそうではない。此処は偽りの■■都市。かの御三家が魔道を為すことはない。
故に、招かれた者たちは知らない。■■なるものが何を呼び寄せたかを。彼らを■る■■の■■■■■■■望■■れる■■■黄金■■旋■■■41の■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
何も、何も。
彼らが知ることは、ない』
声は絶えず頭の中を駆け巡る。
辺りを見回しても、何もない。周りにはセピア色の空間が広がるだけで、自分の他には、何も。
けれど、それは見つかった。
何ともなしに見上げた天井。昏く霞んだそこから吊り下げられた、ひとつの仮面。
嗤いを張り付けた道化師の仮面。セピア色の中にあってなお白いそれは、知識を口走ったそれは、全てを囁いて幻のように消え去った。
-
『―――サーヴァントとは』
再び、声が、知識が、聞こえてきた。
仮面ではない。今度は、同じように吊り下げられた左腕から。鋼鉄の、機関義肢。
『それは彼らに与えられた"剣"。それは彼らに与えられた"盾"。それは彼らに与えられた"鍵"。
魔性の殻に宿りて形を成し、英雄譚に語られる逸話を具現した超越存在。
この地に招かれた20の彼らの背後に佇む幻想。かの果てへと至った者に《■■■■■■■》をもたらすための、最も新しい■■■。
そして―――』
そして、消えていく。
仮面と同じように。元から、そこには無かったかのように。
残ったのは、セピア色の空間と、木漏れ日と、芽生えた草々と。
そして、そう。少女だけだった。
「私は……」
想いを聞いて、呟かれたのは少女の言葉。
淡い栗色の髪の、桜色の肌をした、未だ幼い少女の。
小さく儚い、夢のような呟き。
「もう、行かなきゃ……」
それは、自分でも正体の掴めない使命感からか。
さんざめく光のように、そう口にして。止めていた足を、動かして。
代わりに。
-
「そうだね」
代わりに語り出したのは、子供の声。
「きみは、行かなきゃならない。きちんと、前を見据えて」
声が聞こえる。
きれいな声。聞き覚えのない声。誰だろう、あなたは誰?
振り返った先にいたのは、見知らぬ誰か。
綺麗な黒髪の子。暗がりの中に立って、こちらに呼びかける。
男の子か女の子か。誰だろう、分からない。
けれど。
けれど、その声を、私はどこかで聞いたことがあった。
「こんにちは、はやて」
―――そこで、ようやく。
―――彼/彼女が誰か、"はやて"は理解して。
「きみは、自覚しているね」
―――私は。
自覚、自覚。その言葉が何を指し示しているか、言われずとも理解することができた。
それは歪み。聖杯戦争という檻の中にあって、そこから目を逸らしていたという、弱さから来る逃げ。
そんなことは、もう、分かりたくないほど分かりきっていて。
「そんなきみは、なにを願うの。
あの偽りの都市で。きみは、なにを望むの」
―――何、を。
―――私は、何を、願うのか。
何かを答える、その寸前に。
"視界"が、急速に反転した。
意識が引っ張られるような、言いようのない浮遊感。体の芯が空白になるかのような違和感に、思考が一瞬空白となる。
動いてなどいないはずなのに、彼/彼女の姿が急速に離れていく。いや、自分の意識が、凄まじい速度で後退を開始したのだ。セピア色一色だった世界は絵具をぶちまけたように色を取り戻していき、ふわふわしていた体には染み込むように現実感が戻っていく。それと同時に、ここで得た記憶が拭われるように薄れていくのが分かる。
はやてはその感覚を知っていた。その現実離れした異常な感覚は、はやてにとって酷く遠く、そしてとても馴染んだ感覚であった。
ほう、と息をつく。その感覚を味わった者が、常としてそうするように。
そう、それは―――
それは、夢の目覚め。
-
▼ ▼ ▼
腰を落ち着けての話し合いというのはやはり得意じゃないな、と。ギーは誰ともなしにそう思う。
北条加蓮の自宅、その一室。中流家庭によく見られる内装と調度品に囲まれた場所で、ギーはヒーローのサーヴァントと一対一で向かい合っていた。理由は前述した通り、話し合い。それも交渉や武力背景を前提としたものではなく、真実互いに歩み寄ったものという、かの異形都市を生きてきたギーにとっては非常に珍しい体験だと言える。
ギーも、虎徹も、その大凡の目的を同一のものとしていた。マスターの無事な脱出と聖杯戦争の破壊、最後に行き着くところこそ差異はあれど、その過程において他者の脱落を望まないという一点において彼らの指針は共通している。そして、そのマスターたちの思惑も然り。
呉越同舟という言葉があるが、今の彼らはそんな利害の一致による一時的な協力どころか、単なる心情的な理由で情報交換の場についていた。虎徹はヒーローとしての正義と矜持から、ギーはそんな虎徹への謝意と礼から。命をかけた生存競争の地にあって不思議なほどに、そこに敵意や害意といった類の感情は含まれていなかった。
主に話し合ったのは、今後の展望について。両者の方針が一致した以上はこれから先を協力して事に当たることに否を言うつもりはなく、故に彼らは腹を割って話し合いの席についた。
ギーも、虎徹も、持っていた情報は酷く少ない。それらは欠けたピースのようなもので、一つ一つではそれが何を意味するのか、それが何を構成する情報なのかすらようとして知れない。
けれど、今は分からなくとも。
重ね合せていけば、割れた鏡面の向こうに見える真実も、存外にあるものなのだ。
そう、例えば。
「あれは"艦船"だった」
「艦船? まさか、その女の子がか?」
「ああ。酷く歪んだ、存在を玩弄されたが如き有り様だったけれど。
あれは間違いなく艦船だった。それも戦闘用……軍艦と呼ばれるものの成れの果て」
先ほどの戦闘で垣間見た、敵性サーヴァントの情報であるとか。
そこまでのマトリクスを取得して、仮にも英霊たる存在が二騎も顔を突き合せているのであれば、おのずと答えは出るというもの。
「艦娘、それが彼女たちの正体だろう。西亨において分岐した未来に出現する人類海域の守護者。そう考えれば、あの装備にも納得がいく」
「大戦で活躍した軍艦に宿った御霊ってことか。それなら英霊として座に登録されてもおかしくはねえが……よりにもよって女の子なのかよ。なんというか、遣り切れないぜ、色々とよ」
「古くから西亨には、船艇に女性の名を付ける風習があったらしい。名は力、ひいては存在の方向性を指し示す。多分、それに引っ張られたんだろう。
少なくとも、あなたが気にするようなことではないと、僕は思うよ」
-
そして、自分が気にすることでもない。
ギーは先の一戦にて、敵性サーヴァント……艦娘の一騎をその手で仕留めるに至った。躊躇も、後悔もそこにはない。目の前のヒーローのように憐れむ気持ちはあるけれど、しかし彼女らが生者を殺めようとするならば話は別だ。
サーヴァントとは、既に死した者だ。より厳密に言うならば死人のコピー、魔力で作られた疑似生命。
固有のパーソナリティこそ持つものの、その本質は至って単純。すなわち死人。人間ではない。まして彼女らは元より人間外の存在で、未だ生きているはやてや北条加蓮をその砲で射殺そうとまでした。
ならば、躊躇う理由など何処にもない。
死人が生者を殺すことなど。
人外が人間を殺すことなど。
決してあってはならないのだから。
化け物と人間を分けるもの、その境界とは何か。ギーは、それを自覚の有無だと考えている。
彼女らは既に自覚していた。人外である自分を、ただ敵を殺す戦争の道具である自らを。戦闘兵装こそが自分であって、人間ではないのだと。
だから、ギーは鋼の右手を彼女らに向けた。
これは、ただそれだけの話なのだ。
「そしてあなたもマスターから聞いているだろうけど、交戦に至る直前にも、僕たちは艦娘以外のサーヴァントに遭遇している」
「ああ、ちょっとは聞いてるぜ。全く同じ顔が三人だってな。変身か増殖か召喚か、種は分かんねえけど厄介な話だなおい」
ガシガシと頭を掻いてぼやく虎徹の言葉に、ギーは表情と言葉にこそ出さなかったが同意の意思を示した。
総体の知れない相手というのは、それだけで厄介なものだ。消耗戦に持ち込まれた場合は言うに及ばず、そもそもからして一、二騎倒した程度では果たしてそのサーヴァントそのものを脱落させることができたのか、それ自体が分からないのだから。
情報の誤りは死を招く。それは、言われずともこの場の全員が把握していることだった。
「残念だけど、僕がそのサーヴァントから読み取れた情報はない。そうする前に襲撃を受けたからね。あとで詳しい外見を伝えるけど、それだけで真名の特定は難しいだろう」
そこで一旦、ギーは言葉を切って。
-
「そして、これが一番重要なことになるわけだけど」
「……ああ、そうだな。こりゃ俺たちが目指す最終目標みたいなもんだしな。正直皆目見当がつかねえが、避けて通るわけにはいかねえわな」
大きなため息だった。疲れた、というよりはお手上げだという感情を込めた所作。それでも悲観の感情が微塵も含まれてないあたり、そのクラス名は伊達ではないのだなとギーは一人感心した。
諦めという言葉から最も程遠いとさえ感じられるこの男でさえ、ここまでの諦念を余儀なくさせる話題とは一体何であるのか。
それは……
「俺もモラトリアム期間に何回か試してみたことはあったんだけどよ、どうにも方向感覚まで狂っちまうみたいで突っ切ることすら無理だった。
ずっと続いてるみてえな《霧》だったぜありゃ。悔しいが、俺じゃどうしようもねえな」
それは、帰還を願う少女たちを阻む最大の障害、その正体についての話。
彼ら主従を取り囲む、得体の知れない何かのことで。
肩を落とし話す虎徹を、ギーは真剣なまなざしで見つめるのだった。
▼ ▼ ▼
結局。
結論だけを言うなら、この聖杯戦争に対する決定的な情報というものを、自分たちが掴むことはなかった。
全てが始まってからの期間、遭遇した主従の数、他ならぬ自分たちのマスターが完全な巻き込まれであるということ。それらを鑑みれば、この結果はある種当たり前のことで、だからギーも虎徹も、そのこと自体に必要以上に落胆することはなかった。
話し合いの席について幾ばくもせず、やむに已まれぬ事情により、両者は一旦解散の形を取ることとなった。
理由は単純だ。自室に戻っていた加蓮の携帯端末に、出勤していた母親から連絡があったのだ。
この街、というよりはここら一帯の区画には、現在避難命令が下っている。正午頃に発生した突然の爆発と火災は、そうなるに足る緊急性があったし、ある種当然の話ではあった。
加蓮の家も、避難区域に入っていた。実のところギーたちがこの家に上がりこんでいた時間も結構ぎりぎりのもので、本来ならば早急に出払う必要があったのだが、当時の彼らはそんなことよりも優先すべき事項が大量にあったため、後回しにしていたのだ。
そして、加蓮に母親から連絡が来た。というよりは、来ていたと言ったほうが正しいか。メールや電話欄はニュース直後からひっきりなしに舞い込んでいたと履歴が伝えていて、加蓮は単に今までそれに気付いていなかったのだ。
ようやくその存在に気付いた加蓮が恐る恐る繋げてみたら、慌てた母親が烈火の如く言葉をまくしたてた。無事だったのか、何故連絡しなかったのかと大きな声で言われ、しかし最後には安心したような口ぶりで無事を喜ばれた。
曰く、加蓮の母はもうとっくに会社を早退していて、もうじきこの家に着くのだそうだ。つまるところ、ここにギーやはやてがいられたら色々と都合が悪い。そういうわけで、彼らはひとまず別行動を取ることを選んだのだ。
-
「じゃあな。何かあったらいつでも俺を頼ってくれよ」
「ああ。恩に着る」
玄関前にて、快活に手を振る虎徹に、ギーも言葉少なげながら色好い返事をした。
その背には未だ眠ったままの女の子―――八神はやてをおぶっていた。持っていたはずの車椅子は虎徹たちと出会う前に艦娘のアーチャーの手で紛失したらしく、ひとまずは自宅までこのまま戻るのだそうだ。
それじゃ危険なのではないかと危惧し二部ヒーローの誰かをつけようと提案した虎徹に、しかしギーはやんわりとその申し出を断った。魔力に余裕のない加蓮に余計な負担をかけるのはギーとしても本意ではなく、また元より潤沢な魔力を保有するはやての魔力残量も経過と共に回復しており、仮に何者かの襲撃を受けたとしても十分迎撃の余地はあるという判断があってのものだ。
もう心配されるようなことはないのに、とは当の加蓮の言葉だった。そのぶっきらぼうな声に、自嘲のような響きが含まれていたことが、妙に印象に残った。
「きみは、確かこれから避難所に向かうんだったね。僕が言うことじゃないかもしれないけど、十分に気をつけて」
「……うん、分かってる」
ギーは俯いたままの加蓮にそれだけを伝えて、沈みかけた陽の差す街路の向こうに消えていった。
一分、二分と経って、しかし二人きりとなった空間は沈黙に支配されていた。気配感知範囲からギーの反応が離れていってもなお、加蓮は無言のままだった。
「なあ、マスター。準備も終わってることだし、そろそろ行ったほうがいいんじゃねえか?」
「……うん、そうだね。荷物取ってくる」
虎徹に視線を向けることなく、加蓮は逃げるように家の中へと駆け行った。
後に続けようと思っていた言葉を、虎徹は言うタイミングを失ってしまった。
「なんつーか……難しいよな、色々と」
伸ばしかけた腕を戻し、虎徹は遣り切れないような口調で、そう漏らした。
▼ ▼ ▼
夕暮れの道を、ただ無言で歩いていた。
街は静かだった。遠くから聞こえてくる自動車の音と、電線にとまった烏の鳴き声がときたま木霊する程度で、人が発する音というものは、何も聞こえてくることはなかった。
避難指示により皆が出払っているのか、道行くNPCとすれ違うこともなかった。小さな少女をおぶった成人男性というのは嫌に目立つだろうから、そこだけは嬉しい誤算ではあった。
-
「……ん」
ふと。
背中のあたりでもぞもぞと動く気配があった。
可愛らしくあげられた声は、確かに聞き覚えのあるもので。
間違いなかった。はやてが、目を覚ましたのだ。
「んぅ……あれ、ここ……」
「おはよう、と言うにはもう遅いかな、はやて。大丈夫、もう危険はどこにもないよ」
「……ギー?」
きょとんとした声。長く目覚めなかったからもしや、と現象数式の目すらも疑いかけてはいたけれど。こうして起き上がったところを見て、改めて彼女が生きているのだと実感する。
良かったと、素直にそう思う。サーヴァントやマスターという垣根を越えて、ギーははやてに死んでほしくないと、強く思っていた。
「えっと……加蓮さんはどこ? それにあの人たちは……」
きょろきょろと、はやては不安そうな表情を隠すことなく辺りを見回す。途中で気絶した彼女にとって、認識は狙撃される直前で止まっているのだ。
恐怖と混乱の感情が、背中越しでも痛いほどに伝わってきて。
―――ああ。
―――はやてが笑顔を浮かべていない。
こんな顔をさせてしまう。当たり前だ、あんなことがあったのだから。
短時間に二度も命の危機に晒されて、平気なはずがない。市井に生きる彼女は、まだ9歳なのだから。
埋め合わせをしよう。そうギーは思う。
けれど、全てを話すべきではないだろう。ギーが対峙したあれは、没した兵器の残骸がまき散らした狂気と戦争の残滓だ。
悪戯に話すことではない。だから、ギーは、努めて穏やかにはやてへと語りかける。
-
「北条加蓮は無事だよ。あとのことは……今度、話そう。
……怖い思いをさせてしまったね」
「ううん、大丈夫。それは平気、やと思う。多分。
……それより、ギー」
ぎゅっ、と。
肩口を掴む力が増したことを、ギーは後ろ手に感じた。
「私、私な……」
無理やりに引き絞った言葉は、小さく掠れて。
言いたくないという弱さを、これでもかというほど感じて。
それでも。
「……私、間違ってた。本当は、ずっと分かっとったのに」
……それは。
言いたくないという気持ちを抑えて放ったその言葉は、果たしてどんな思いで吐き出されたものだったのだろうか。
他者の思考を外から覗くことのできないギーは、ただ想像するしかなかった。
「色んなことから目を背けて、考えないようにしてた。何も考えなきゃ全部続くんやって、そんなこと思ってた。
でも、そんなことないんやね。世の中こんなはずじゃなかったことばっかりで、思い通りになんかならなくて……」
泣き漏らすかのように。いいや、それは正しく嗚咽だったのだろう。
震える声音は涙に濡れて、それでもはやては言葉を止めない。
「そんなだから、私はギーにいっぱい迷惑かけて……」
「違うさ」
背後の"彼"が何かを囁いた気がする。それは、自分と同じ言葉だったろうか。
「僕は、きみのサーヴァントだ。僕は、ただきみを生かして返すためだけに、ここにいる」
事実だ。今の自分は真実たったそれだけの存在で、そのことについて最早議論の余地はない。
自分はただ、守るだけだ。どのように成り果てようと。この小さな主の命を、たとえ何に代えようとも。
「きみが罪悪感を抱く必要はないさ。きみが生きていてくれただけで、僕はとっくに救われてる」
「ギー……」
「だから」
-
そこでギーは、肩越しに顔を向けて。
「今は帰ろう。そろそろ日暮れだ、夜は冷える」
歩む足を止めることなく、ギーは、表情を形作ってみせる。
―――それは。
―――果たして、笑顔になっただろうか。
【C-5/住宅街/一日目 午後】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]宝具使用による魔力消費(回復中)、下半身不随(元から)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごしたかった。けれど、もう目を背けることはできない。
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
北条加蓮、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)を確認しました。
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.虎徹と今後について話し合う。
2.脱出が不可能な場合は聖杯を目指すことも考える(今は保留の状態)。
3.例え、敵になるとしても――数式医としての本分は全うする。
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、黒髪の少女(瑞鶴)、ワイルドタイガー(虎徹)を確認しました。
ヴェールヌイ、瑞鶴を解析の現象数式で見通しました。どの程度の情報を取得したかは後続の書き手に任せます。
北条加蓮の主従と連絡先を交換しました。
【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:――やり直したい。
0.避難所に行く。
1.自分の願いは人を殺してまで叶えるべきものなのか。
2.タイガー、ギーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.聖杯を取れば、やり直せるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
ヴェールヌイ及び瑞鶴は遠すぎて見えてません。
ギーの現象数式によって身体は健康体そのものになりました。
血塗れの私服は自室に隠しています。
八神はやての主従と連絡先を交換しました。
【ヒーロー(鏑木・T・虎徹)@劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-】
[状態]健康
[装備]私服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの安全が第一。
1.加蓮を護る。
2.何とか信頼を勝ち取りたいが……。
3.他の参加者を探す。「脚が不自由と思われる人物」ってのは、この子だったか。
4.八神はやてとキャスターの陣営とは上手く付き合っていきたい。
[備考]
C-5の住宅街の一角が爆撃され破壊されています。所々小規模の火災が発生しています。死傷したNPCの人数やそれに対するペナルティなどは後続の書き手に任せます。
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投下を終了します
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力作の投下乙です!
>感染拡大
いずれ来るべきとは思っていましたが、ここがその時だったか。やはり規格外の気配遮断による奇襲は恐ろしいですね…色々な意味で規格外のサーヴァントである球磨川の存在が無かったら、ここであっさりと未央の物語は終わっていたわけで…。
作中でも雰囲気のベクトルの違いとして触れられてましたが、鳴海と球磨川の相性は最悪の様子。しかし今回ばかりはかの過負荷に感謝せねばならないでしょうね。
鳴海のクラスが竜殺しの剣を振るう者でもなく、破壊の権化でもなく、病を滅する生命の水の使徒「しろがね」である意味がここでクローズアップされ、生かされたのに唸りました。
そして退けられたとはいえ、感染という形で爆弾を仕掛けた音無組。彼らには彼らの覚悟と絆がある。
感染に加え、みくが未央を死ぬものと思い込んでしまった事がまたのちの火種になりそうな…
>果ての夢
道化の仮面の語る、この夢聖杯の内幕の一端を覗かせる幻想世界の描写は美しい。グリム・グリムの存在感は、他企画のルーラーと比べても改めて独特です。
はやて組と加蓮組の情報整理、ギーと虎徹の交流には、ほっとさせられるものがあります。二人ともブレない芯があるからなあ。
マスターの少女二人はまだ揺れるところがありますが、はやての方は少し吹っ切れたかな。ギーの作る表情がいいなあ。
一方で加蓮の心になかなか触れられない不器用なおじさんが心配です。
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御坂妹&レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)で予約します
多少ネタバレになりますが『日常フラグメント』までの補完話の予定です
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遅れなからも投下乙です。
色々と小休止ではありますが、二組とも落ち着きを大分取り戻しましたね。
ようやく、前を見ることを決意できたはやてとまだ見ることのできない加蓮。
両者の対比が浮き彫りになってきましたね。
そして、舞台裏が出てきたことによる問題提示。
何を望み、願うのか。偽りの中でそれは弾けるのか。
未だ全容の見えぬ世界で答えを出せるのか注目ですね。
音無、あやめちゃん、ゆり、斎藤、ケイジを予約します。
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予約期限から随分経ってしまい、延長申請もせずに申し訳ありません
かけた日数にしてはかなり短いですが、投下します
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「先生! ちょっとトイレに行ってきます!!!!」
中等部にあるミサカのいる教室。
突如校庭の方から爆撃音が上がってしばらく経ったが、未だに生徒はもちろん教師も穏やかでなく、ざわめきは収まっていなかった。
そんな中、光が手を上げてトイレに行くと声を上げて、席を立った。
教室にいる人数の半分ほどが光に注意を向けたが、それを意に介することなく光はずんずんと教室の扉へ向けて歩いていく。
「ひか――」
当然、ミサカも今は危ないと警告しようとしたが、間に合わずに光は教室の外へ消えていった。
『ミサカ、あの爆撃音はおそらくサーヴァントのものかと思われます』
ホームルームに現れなかったネギのこともあり、中等部校舎に絞って見回りをさせていたゾルダートが霊体の状態で全員戻ってくる。
魔力供給のパスが全員に行き渡っているためか、霊体でも何人いるかがミサカにはすぐわかった。
『確かにそのようです、とミサカは心中穏やかではないことをひた隠しながら肯定します』
『襲撃者は――』
『学園にはいないでしょう、とミサカは校庭の惨状を見て推測します』
ミサカは教室の窓際に立って、見るも無残な姿となり果てた校庭を見やる。
それは校庭というよりは、もはやクレーターに近かった。
今までスポーツができるよう細かいクリーム色の砂で覆われていた地面はことごとく抉られ、赤みがかった土を空に晒している。
しかし、その赤い土の形状をよく見れば校舎に向かって凸な放物線状に赤い土が押しのけられているのがわかる。
おそらく、先ほどの爆撃は放物線の向いている方向の逆からこちらに向かって着弾したものであろう。
爆撃がどれほど凄まじいものでも、爆発の痕跡はその軌道によって如何様にも姿を変える。
痕跡の様子から弾丸の軌道を逆算し、それがどこから放たれたものかを推し測るなど戦闘経験が豊富なミサカには赤子の手を捻るよりも簡単なことだ。
そのため、下手人は校舎外から狙撃し、それもここから全く視認できないような超遠距離から攻撃できるアーチャーだろうと推測することができた。
『敵はここから東に約1キロから2キロ離れた場所から狙撃しているアーチャーです。気をつけてください、とミサカは注意を促します』
『しかしミサカ、そこまで離れた敵にどう対処を?』
『場合によっては我々が校庭に出て敵のいる方角へ電光弾を――』
『それでは敵の恰好の的になってしまって非常に危険です、とミサカはゾルダートの提案を即時却下します』
『ですが、いつ敵の第二波爆撃が来るかわかりません。ミサカの身の安全の方が優先です!』
『下手に姿を見せては敵の思う壷です、とミサカはこれは罠であることを見抜きつつ判断します』
あの爆撃は言わば敵の牽制射撃だ。
敢えて敵のいない校庭を攻撃することで学校に潜む主従に揺さぶりをかけておびき出そうとしているのだろう。
超遠距離から学校の校庭を正確に撃ち抜くことのできるアーチャーの視力の前に姿を現しては、一方的に狙われるという不味い状況になる。
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『では、何故敵はあのような周りくどい真似を?あの威力の狙撃ができるのであれば人員が密集している校舎を狙うはずです』
『敵は過度にNPCを虐殺する気はないのでしょう、とミサカは見ています』
その敵が具体的に何を考えているかはわからないが、最低限の分別はわきまえているらしい。
だが、未だに予断を許さない状況なのは確かだ。
突然トイレに行ってしまった光――強張った顔からして怖かったのだろうか?――のことも心配だし、襲撃者をなんとかしたいゾルダートの気持ちもわかる。
『一先ず、こちらからも校庭に牽制射撃を打ち込んで敵の出方を伺いましょう、とミサカは方針を固めます。
その過程で校内にサーヴァントがいないか索敵しつつ、校庭に電光弾を打ち込んだ後は速やかに戻ってきてください、とミサカはゾルダートに命じます』
『仮にサーヴァントを発見すれば、我々はどう動けば?』
『サーヴァントがいた旨を報告するだけで大丈夫です、とミサカは命を無駄にするなと暗に示します』
『『『『『『『『はっ!』』』』』』』』
こちらからの返答代わりの牽制射撃…それを見て敵がどう動くかに警戒しておかなければならない。
また、いつ射程外から狙撃されてもおかしくないことから、これからしばらくの間はゾルダートを実体化させて行動させるタイミングを見極めなければならないと、ミサカは思った。
◇
ミサカから命じられた校庭への射撃。
それは各員は霊体の状態で予めミサカから伝えられたポイントに行き、一瞬のみ霊体を解除し、校庭に向かって電光弾を発射するものであった。
敵に視認されない学園の校舎内から射撃することで安全を確保しつつ行動でき、比較的周囲に放つ魔力の少ないゾルダートを別々の地点に別れさせることで、
仮にサーヴァントが学園内にいたとしても感知されづらく、騒ぎが起こる可能性を低くすることができる。
だが、ミサカはここで一つの可能性を見落としていた。
「どうする14号、まさか玄関にサーヴァントが二体もいようとは…」
「……」
射撃ポイント付近にサーヴァントがいる可能性である。
13号と14号は校舎の玄関からある程度距離の開いた廊下で急遽実体化し、互いに連絡を取り合う。
二人はミサカに示された場所に移動するべく中等部校舎の玄関に近づく途中で、サーヴァントの気配を察知したのだ。
それも二体。それなりに近づいた上で判明したため多少の声と戦闘の余波とも取れる轟音が聞こえたが、その姿は確認できていない。
「若い男の方が先に攻勢をかけたらしいな。かなり好戦的ととれる。このまま戻ろうにも奴が次にミサカを狙わないとは限らん――聞いているのか14号?」
「あ……ああ。聞いているとも」
13号は、あの二人をこのまま放っておいてはミサカの身が危ないかもしれないと語る。
それを14号はどこか不快そうな表情で、汗を流しつつ聞いていた。
「ここは割って入ってでも、あの若い方のサーヴァントを止めるべきだ」
「いや…やめておいた方がいいだろう」
13号は僅かに動揺して14号を見る。
この状況で、まさか同胞である14号が自身とは反対の意向を示すとは思っていなかったのだ。
「何故だ?確かにミサカの命令には反するが、もう一方と同盟を結べばミサカの助けにもなるはずだ」
「あの場に俺達が割り込んでもとてもではないが太刀打ちはできんだろう。むしろ、乱入すれば俺達の顔が知られて他の者にも手が及ぶやもしれん」
14号はあくまで慎重策を採った。
ここでどちらかのサーヴァントに挑んでも、二人だけでは到底手の届かない相手であることはあの場を支配していた雰囲気だけでわかる。
この場に多人数の同胞がいるならまだしも、少人数で特攻してはこちら側が想定以上の害を被るだろう。
-
「なら、どちらかが犠牲になれば!」
「一人が生き残っても追跡されれば、それこそミサカが危ない。それに…俺は仲間が無駄死をするところを見たくない」
とにかく、あの場は勝手に事態が収束してくれることを祈りつつ、ミサカにサーヴァントがいたことを伝える方が先決である事を13号に伝える。
14号は若い方のサーヴァントの声を聞いたことで不快な心持ちになり、一刻も早くあの場から離れたかったこともある。
だが、それ以上に仲間が何もできずに消滅していくところはあまり見たくない、というのが本音だった。
蹂躙され、惨めな姿で散っていく3号を見た時の言葉にできぬ感情は、今でも忘れられない。
あれと同じ感情をミサカも感じていたのかと思うと、『命を無駄にするな』と言われた理由もわかる気がした。
「わかった…今はお前の言うことに従おう、14号」
「なら、霊体化してミサカの元に戻るぞ。奴等がいつこちらの気配に気付くかわからん」
そして二人は霊体化し、上階にあるミサカの教室へ戻っていく。
『こんにちは、エレクトロゾルダート』
『死は全てを無に還す』
『君達は存在しなかった』
視界の端で踊る道化師のせいか、14号の不快な気持ちは数倍に膨れ上がっていた。
【C-2/学園/一日目 午後】
【御坂妹@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服、専用のゴーグル
[道具]学校鞄(授業の用意と小型の拳銃が入っている)
[金銭状況]普通(マンションで一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ生還する
0.光には無事でいていほしい、とミサカはトイレにいった光が心配になります
1.協力者を探します、とミサカは今後の方針を示します
2.そのために周辺の主従の情報を得る、とミサカはゾルダートを偵察に出します
3.偵察に行ったゾルダート達が無事に帰ってくるといいのですが、とミサカは心配になります
4.学園で体育の着替えを利用してマスターを探ろうか?とミサカは思案します
5.光を巻き込みたくない、けれど――とミサカは親友に複雑な思いを抱いています
6.こちらからの牽制射撃により襲撃者はどう出るでしょうか、とミサカはアーチャーを警戒します
[備考]
自宅にはゴーグルと、クローゼット内にサブマシンガンや鋼鉄破りなどの銃器があります
衣服は御坂美琴の趣味に合ったものが割り当てられました
ペンダントの購入に大金(少なくとも数万円)を使いました
自宅で黒猫を飼っています
襲撃者のアーチャー(今川ヨシモト)がここから東(C-3)にいるとあたりをつけています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](13号、15号〜20号)、健康、無我
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
[備考]
15〜20号により、校庭へ向かって牽制射撃の電光弾(ブリッツクーゲル)が発射されました。
13号と14号は玄関口にサーヴァント(ニコラ・テスラ及び球磨川禊)がいたことから、これを行っておりません。
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](14号)、不快な感情、無我…?
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
3.仲間が何もできずに消滅していくところはあまり見たくない
[備考]
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以上で投下を終了します
長期間のキャラ拘束失礼しました
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投下乙です。
目覚めた自我は僅かなれど、大きな一歩ですね。
もっとも、彼らは弱く、すぐにでも駆逐されそうですが。
それを踏まえた上で仲間を失いたくないと願う14号は何を成そうとするのか。
そして、親友二人はすれ違いがまだ続きますね。
このまま死に至る直前まで知ることなく退場するのか、それとも。
投下します。
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この戦いは紛れも無い敗北だった。
仲村ゆりがようやく、平常を取り戻した時、何もかもが終わっていた。
そこは戦場とはとても呼べない穏やかな海浜公園。
陽が落ちかけ、夕暮れがやがて夜へと変わりつつある頃。
意識が明瞭になった際に瞳に映ったのは、苦悶と怒りの表情を浮かべた斎藤と、顔色を無色に染めたケイジ。
そのことから、自分達を助けたあの騎士はいなくなったのだと直感が告げる。
「大丈夫かい? なんて陳腐な言葉は……必要ないみたいだね」
「……お陰さまでね。一応、お礼は言っておくわ。助けてくれて、ありがとう。
ここは……河川敷? あの化物からよく逃げ切れたものよね」
「深山町側の、ね。新都にいたら追撃があるだろうし。
もっとも、礼なら、ぼくたちの代わりに残って、散っていったあの人達が受け取るべきだ。
宝具であるあの鳥も最後まで力を振り絞ってくれたしね」
改めて言葉に出されると、重くのしかかる。
先程の戦いで、自分は何の役にも立たない足手まといだった。
死んだ世界戦線でリーダーを務め上げた実績など、何の価値もない。
慰めを受けようが、認めよう。仲村ゆりは無力だった、と。
「……本当ならすぐにでもリベンジに行きたいのだけれど。
負けっぱなしは癪に障るし。あたしの相方も随分とご立腹だし」
「だけど。それは建設的な考えではないね」
「ええ、わかってる。今は受け入れるしかない。
私もこいつも、本調子じゃないから、仕方なく、ね」
「今は、ね」
「そうよ。必ず、あいつらには……あの黒い死神と巨体の化物にはやり返す。
舐められたまま終わるなんて冗談じゃないわ」
それを認めた上で、ゆりは戦うと決めた。
弱いなら策を講ずればいい。弱いなら武器を持てばいい。
戦う為に、勝つ為に、やりようは幾らでもある。
-
「そうだね。きみの考えはよくわかった。だからこそ、準備は入念にしなければならない。
質はともかく、ぼく達に足りないのは数だ。戦場では一騎当千の兵だろうと数でかかれば容易に討ち取られる」
「……つまり、共闘したいってこと?」
「話が速くて助かるよ」
「別に、薄々気づいていたわ。あたしを助けたってことはそういう意味合いも兼ねているんでしょ。
そうでなければ、わざわざ危険な戦場に飛び込まなくてもよかったんだし」
だから、利用できるものは何だって利用してやろう。
「とりあえずは、互いに不戦協定を結ぶ。今はそれだけでいいかしら」
とはいえ、安易に信用することをゆりはしなかった。
眼前の彼のように善意を見せて、後ろからずぶりなんてされたら目も当てられない。
戦線メンバーならともかくとして、出会って数分即信用だなんておめでたい頭、唾棄すべきゲロカス妄想である。
それが、命の危機を助けてもらったにしろ、だ。
仲を深めた所で短い付き合いになるだけだ、どうだっていい。
無論、協力関係を結ぶ以上は自分から攻めに行くことは《今》はしないけれど。
もしも、聖杯を破壊する手段が、神様を殺す手段が、優勝以外にないならば。
ゆりは迷わず、ケイジに刃を向けるだろう。
それまではビジネスライクでいこうじゃないか。
「構わない。今は、それで」
「そう。とりあえず、連絡先は渡しておくから。何かあったらこの番号にかけてちょうだい」
「番号を登録するにも、名前ぐらいは教えてほしいんだけど」
「……ゆりよ。あんたは?」
「ケイジだ。今後ともよろしく」
その後、簡素な情報交換を済ませ、二人は別れることになった。
互いに背を向け、別々の道を進んでいく。
数分だけ、身体に残る倦怠感を誤魔化すようにじっと夕焼けを見つめる。
体の調子はひとまずは動けるまで戻った。万全とは言えないが、絶不調でもない。
戦うにしても、ある程度は、粘ることもできる。
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「セイバー。絶対にやり返すわよ」
「当然だ」
敗北で終わった初戦だが、戦意は高揚している。
戦線で天使と戦っていた時を思い出す、この臨場感。
今回は和解なんてはなっからできないクソッタレ共が敵だ。
そして、あの金髪と化物と死神は絶対にぶち殺す。
自分達に敵意を向けたことを後悔し尽くしても足りない程に後悔させてやる。
「それよりも貴様、伝えなくてよかったのか? お前が死後の世界の住人だということを」
「はぁ? そんなの当たり前でしょ。あいつだって、死後から来てるんじゃないの?
あいつがどんな理由で死んだかなんて興味もないし、わざわざいうこと、それ?」
「…………貴様がそう考えるならそれで構わん。だが、いつの時代も例外はあるものだ。
そのことを肝に銘じておくことだな」
ゆりが沸々と殺意を研ぐ傍ら、斎藤はぼそりと引っかかることをつぶやいた。
この聖杯戦争に参加している者は皆死者のはずだ。
そもそも自分が死者である以上、生者と交わるなんてありえない。
サーヴァントも死者、参加者も死者。死者である以上、勝ち残る以外は選択肢はない。
この聖杯戦争は、この世に未練を残した死者達による《やり直し》もとい《敗者復活戦》。ゆりはそう、思っている。
(例外、ねぇ。あたしみたいに《やり直し》に興味が無い人とかかしらね?
まあ、聖杯壊して神様ぶっ殺す、神様に頭を垂れるなんて気持ち悪っなーんて、言っても変な目で見られそうだし)
その《やり直し》を否定した自分は常に気を張っていなければならない。
周りは全員敵ばかりで、自分のサーヴァント以外、本音を吐き捨てることなんて論外だ。
(ケイジの手前、聖杯ぶっ壊すーってはっきりと言えなかったのがもやもやするわ。
そりゃあ、言ったら最悪戦闘になるし? めんどくさいことになるから正解なんだけど?
これで戦線の誰かがいてくれたら話を通すのも速くて助かるのに)
けれど。もしも、自分の腹の内を出せる誰かがいてくれたら。
死んだ世界戦線。
アホでバカで思慮がまるで足りない脳天気っぷりが特徴的な奴等だが、背中を預けるには十分だし、自分の精神安定上、いてくれたらすごく助かるのに。
何の気なしに手に取った携帯には戦線メンバーのアドレスと番号が登録されている。
けれど、その中には本物はきっといない。
無論、中身は本物とは遜色なしの奴等だが、神様へと一緒にファックサインをした彼らではないのだ。
-
(感傷ね。全く……あたしは、いつからこんなにも女々しくなったのかしら)
送られてくるメールも全部、心配ばかり。
不快ではないが、やはり何処か物足りない。
着信履歴と共に大雑把に中身を確認してゴミ箱行きだ。
幾ら画面を眺めても、本物みたいに拳銃ナイフ片手にやってくる訳でもない。
そんなことはわかっている、わかっているけれど。
(――――えっ?)
どうせ、無理だと諦めが満ちた時。
ただ一通。彼女の心を掻き乱す文面があった。
それはある意味、一番変わっていたはずの人間からのメールであり。
「あは、はははっ、あははははっ!!!」
タイトルは、卒業し損ないの落第生。
普通ならブチ切れて、ドロップキックものだが、そのメールタイトルが今はすごく心地よい。
口からは勝手に笑い声が漏れ出して、霊体化していた斎藤も実体に戻って怪訝な顔を向けてくる。
文面はわずか数文字。けれど、その文面だけでも十分だった。
――卒業式をやらないか?
もうこらえきれなかった。抱腹絶倒でたまらない。
今この瞬間を以って、ゆりはこの偽りの街に来て、初めて心の底から笑い転げることができた。
ああ、やはり。やはりだ。
こんなクソッタレな戦いに、自分一人だけが巻き込まれているはずがないと思っていた。
「……相変わらずみたいだな、ゆり」
そら、お誂え向きに向こうからやってくる。
苦笑混じりの優等生様――音無結弦は軽く手を上げてゆりへと言葉を投げかける。
「あら、ボロボロみたいだけど……厄介事に巻き込まれちゃった訳?
なっさけないわね。ほんと、あんた達はあたしがいないとダメダメなんだから」
本来は再会なんてするつもりはなかったのに。
来世と言っても、記憶が保持されるはずもないし、あの別れでお終いだった自分達。
それが、こうしてもう一度巡りあうなんて最高で、最悪だ。
「そういうお前こそ、顔色が随分と悪いぞ? 手酷くやられたのはそっちなんじゃないか」
けれど、これもまた――一つの運命なのだろう。
くだらない、されど、喜ぶべきモノはまだ残っていたのだ、と。
■
-
彼らは知らない。否、知覚できない。
再会を喜ぶ彼らのちょっと離れた場所。彼らを見通せる小高い道の上。
銀髪の少女が一人、悲しそうに佇んでいたことを、知らない。
そこにあるのは夢と現実であり、精緻と研鑽だ。少女は、石像のように佇み、夕暮れを浴びている。
去っていったケイジも。通り掛かる人も。誰一人として彼女のことを認識しない。
まるで、透明人間であるかのように、世界の総てから少女は見放されていた。
顔に浮かぶ表情は悲嘆。
どうしようもない運命に希望を《奪われた》かのようだ。
夕暮れの赤い空とは正反対に青白い肌は、生気を感じ取れない。
右手を伸ばす。ゆっくりと、ゆっくりと。二人へと。
けれど、その右手は《絶対に》届かない。
ゆずる。
そっと口ずさむひらがな三つ。
こうして何度も呟くことで、必死に自分を繋ぎ止める。
自分に心臓をくれた生命の恩人。
死後の世界で巡り逢い、一度は対立した人。
少女が心から好きになった人。
そして。そして。
自分との再会の為に、止まることを捨ててしまった人。
彼のことを考えるだけで胸が熱くなり――――悲しくなる。
わたしのために、かれはあきらめてしまった。
明日を、夢を、世界を、正しさを。
既に終わってしまった自分達が現実を覆す道理なんてないのに。
胸に手を当てる。かつては鼓動を響かせた心臓は今はない。
当然だ、心臓を《奪われた者》に奏でられる音なんてないのだから。
どうせみんないなくなる。
本来ならば、存在することすら許されない少女は、彼らに言葉を告げず立ち去った。
此処ではない何処かへ。夢が夢のままで在ることを許さない何処かへ。
現実へと、《本来の世界》へと。
元より、昨日への道も明日への道もこの偽りの都市には存在しない。
総ては最終局面になるまで、舞台は変わらず廻り続けるだろう。
幾多の絶望と屍が重なる時、世界は初めて真実を見せる。
-
さよなら、ゆずる。
それまでは、ただ見てるだけ。少女ははまだ、それ以外の行動を許されない。
いつか、本当の意味で死ねる時まで、彼女の運命は奪われたままだ。
ありがとう、とはもう言えない。
彼の魂が込められた心臓を無くした自分には、その言葉は重すぎた。
一度は希望を抱き、満足したはずの彼女。
何故、このようなことになったのか。真実はまだ、語るには早すぎる。
ただ一つ言えるのは、彼女が《奪われた者》であるという事実だけ。
それは、人のかたちを持ちながら、人ではない者。
それは、人ではなく、人であったかも知れない者。
それは、この偽りの都市では生贄でもなく、舞台装置でもない者。
それは、来たるべく《その時》までは傍観者で在り続ける者。
「ゆずる」
喝采なき戦場の裏側。まだ暴かれぬ真実が眠る場所。
その袂で、少女はピアノを弾き続ける。
「――――■■けて」
その姿は、まるで《天使》のようで。
【主催陣営《記録追加》】
【天使《奪われた者》@Angel Beats!】
-
【C-7/河川敷/1日目 夜】
【音無結弦@Angel Beats!】
[状態]疲労(中)、精神疲労(大)、魔力消費(小)、右手に貫傷。
[令呪]残り二画
[装備]学生服(ところどころに傷)
[道具]鞄(勉強道具一式及び生徒会用資料)、メモ帳(本田未央及び仲村ゆりについて記載)
[金銭状況]一人暮らしができる程度。自由な金はあまりない。
[思考・状況]
基本行動方針:あやめと二人で聖杯を手に入れる。
1.ゆりと行動。
2.学校にはもう近づけない、か。
3.あやめと親交を深めたい。しかしもうそんな悠長なことを言っていられる余裕は……
4.学生服のサーヴァントに恐怖。
[備考]
高校では生徒会長の役職に就いています。
B-4にあるアパートに一人暮らし。
コンビニ店員等複数人にあやめを『紹介』しました。これで当座は凌げますが、具体的にどの程度保つかは後続の書き手に任せます。
ネギ・スプリングフィールド、本田未央、前川みくを聖杯戦争関係者だと確信しました。サーヴァントの情報も聞いています。
【アサシン(あやめ)@missing】
[状態]負傷(小)、精神疲労(大)
[装備]臙脂色の服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ますたー(音無)に従う。
1.ますたーに全てを捧げる。
2.あのサーヴァント(球磨川禊)は……
[備考]
音無に絵本を買ってもらいました。今は家に置いています。
【仲村ゆり@Angel Beats!】
[状態]不調
[令呪]残り三画
[装備]私服姿、リボン付カチューシャ
[道具]お出掛けバック
[金銭状況]普通の学生よりは多い
[思考・状況]
基本行動方針:ふざけた神様をぶっ殺す、聖杯もぶっ壊す。
1.とりあえず、音無と行動。
2.赤毛の男(サーシェス)を警戒する。 死神(キルバーン)、金髪(ボッシュ)、化物(ブレードトゥース)は必ず殺す。
[備考]
学園を大絶賛サポタージュ中。
家出もしています。寝床に関しては後続の書き手にお任せします。
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
ケイジと共闘戦線を結びました。
【セイバー(斎藤一)@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]全身ダメージ(大)、憤怒
[装備]日本刀
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合ってやる。
1.赤毛の男(サーシェス)に警戒。 死神(キルバーン)、金髪(ボッシュ)、化物(ブレードトゥース)は必ず殺す。
[備考]
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
【C-7/1日目・夜】
【キリヤ・ケイジ@All you need is kill】
[状態]少々の徹夜疲れ、若干腕に痛み
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]
[金銭状況]同年代よりは多めに持っている。
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残る。
1.さてと、どうするか。
2.アサシン(T-1000)と他のマスターを探す。
3.サーヴァントの鞍替えを検討中。ただし、無茶はしない。というより出来ない。
4.非常時には戦闘ジャケットを拝借する。
[備考]
1.ケイジのループは157回目を終了した時点なので、元の世界でのリタ・ヴラタスキがループ体験者である事を知りません。
2.研究施設を調べ尽したため、セキュリティーを無効化&潜り抜けて戦闘ジャケットを持ち去る事ができる算段は立っています。
3.ケイジの戦闘ジャケットは一日目の夕方位まで使用できない見込みです。早まる場合もあれば遅くなる場合もあります。
【C-7/河川敷/1日目 夜】
【天使@Angel Beats!】
[状態]《奪われた者》
[装備]■■
[道具] ■■
[金銭状況]■■
[思考・状況]
基本行動方針:■■
1.■■
[備考]
※誰からも、世界からでさえも。彼女を認識することはできない。その権利すらも、彼女は《奪われた》。
-
投下終了です。
-
お二方投下乙です
>Send E-mail
アーチャーの狙撃に対する考察や対処が盛り込まれてて面白い
ゾルダートさんたちレプリカの戦法はこうして考えるとやっぱり犠牲前提の方がいいんだろうけど、それをよしとしないからこそのミサカだからなあ
すでに示されていた通り、ここでも彼らの中の自我の芽生えが少しずつ首をもたげてますね
仲間の死を恐怖し忌避する心性を得た14号の行く末や如何に
>生贄の逆さ磔
苦い敗北と無力感を知ったゆり。実際、ガン・フォールとラカムの助太刀がなければ死んでいたのは彼女たちだったろうし
ピエールは空の騎士の最期の命を果たしたか…
斉藤も悔しいだろうな…この人のことだし何より自分自身に「憤怒」してると見た
ケイジを信用しすぎないゆりちゃんはいいですね。それは裏返せば、どこか危うい信念と諦観をもととしたものでもあるんでしょうが
そして音無との接触、そしてそしてまさかの天使ちゃんである
「奪われた」というキーワード、夢聖杯も舞台裏が少しずつ…!
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投下乙
ゾルダート14号、この心の芽生えは彼にとって吉と出るか凶と出るか…光を心配しながら戦闘経験者ならではの思考を巡らせる御坂妹は学生鱒の中ではやはり精神面で一日の長があるかな
そしてAB組は邂逅に加えてここで天使ちゃんか。二人をこんな形で見つめることになってるのが辛いね。サブタイの「生贄の逆さ磔」が不穏だ…
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ヨシモト、みくにゃん、球磨川、スタン、瑞鶴を予約。
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投下します。
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その出会いは偶然だった。
(――――――どうして)
学校からの帰り道、瑞鶴は【響】との待ち合わせ場所に一人で直行した。
自分も同行しようかと提案はしたが、罠だった時の為に、彼女一人で向かわせることに渋々ではあるが同意するしかなかった。
スタンがいると、動きも阻害され、逃げられる場面でも逃げられなくなってしまう。
戦場慣れしている彼女の意見を否定する要素もなく、スタンは一人で帰宅路を歩く。
(――――――どうして、だよ)
剣道部の友人と他愛ない雑談をして少々遅くなってはしまったが、暗くなる前に帰ってしまえば問題はないだろう。
別行動をしている間に何かがあったら令呪で呼び出せばいい。
聖杯戦争が始まったとはいえ、こんな他愛のない帰宅途中で修羅場など起こるはずがない。
そう思っていた数時間前の自分を殴りたくなる。
もしも、彼女に無理を言って付いて行けばこんな想いをしなくても済んだのだろうか。
考えた所でどうしようもないのに。口からは弱気な言葉が漏れ出してしまう。
(はやてちゃんが、マスター?)
それは道行く人の中に見た奇妙な人影だった。
この街に住む人間にしては違和感を抱かせる服装。例えるなら、異世界。浮世離れという言葉では言い表せない違和感。
目を凝らしてみた時には、総てを察していた。
そして、もう一つ。
サーヴァントらしき男に抱えられた少女ははどこからどう見ても、八神はやてであった。
いつの日か、困っている彼女を助けた記憶はまだ新鮮なままで残っている。
あの時見せた笑顔も、言葉も。サーヴァントと一緒にいるという事実が塗り変えていく。
無理やり拉致されたという可能性も、サーヴァントの男と親しげに話してる様子から掻き消されてしまう。
彼女もまた、自分と同じく願いを求めてこの聖杯戦争にやってきた【敵】だった。
八神はやてはマスターである。その事実がスタンを奈落の底へと引きずり込む。
(じゃあ、殺さなきゃ……いけないよな?)
ぎゅっと掌を握り締め、背負っている竹刀へと手をかける。
これを頭部へ目掛けて一振り。竹刀といえど、立派な凶器だ。
幼い女子などスタンからすると、命を奪うなど容易である。
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(……ッ! 何、考えてんだよ、落ち着け、俺ッ! あっちはサーヴァントがいるってのに勝てるかよ!?)
サーヴァント。自分のような矮小な存在が到底敵うはずがないとわかっているはずだ。
駄目だ、全然駄目である。冷静の一欠片も今の自分に含まれていない。
サーヴァントとマスター、どちらが強いかなんてわかりきった事実ではないか。
(瑞鶴を呼ぶか? いや、それは短慮が過ぎるか? 勝てるとは限らない勝負を挑む為だけに戦いを挑むのはどうなんだ。
あのサーヴァントがどんな力を持っているか、俺は何も知らないっていうのに。
ああ、くそっ! どうしたらいいんだよ! 俺は、俺は――――!)
結局、スタンにできたのは、はやて達を横目で見ることだけだった。
何もできない。いや、何もしようとしない。
所詮、アリーザに対しての思いなんてその程度だったのか。
鬱屈した自己嫌悪は強まり、畜生と小さくつぶやきが漏れ出した。
(そんな簡単に殺せるはず、ねぇだろ! 魔物や星晶獣、どうしようもねぇ悪人じゃねぇんだぞ!?
ほんの少ししか話してないけど、はやてちゃんが悪い娘に見えたか!? 見えねえだろうが!)
果たして、スタンは本当に覚悟をしていたのか。
この聖杯戦争を望んだ参加者が悪人ばかりではないことに。
そして、彼女のように接点を持った人間がその中にいる可能性に。
(きっと、あの娘が願ったのは――あの動かない足を治すことだ。
それとも、別の理由か。何にせよ、俺は……殺せるのか?
あの娘のこれからを奪う覚悟を本当にしていたのか?)
それでも、もうスタートは切ってしまった。
この手を汚してでも、願いたい想いがあると自覚したはずだ。
(……迷うな。一人の為に他の全部を犠牲にするって決めただろ。
それに、今の俺が背負っているのは俺の願いだけじゃない。
瑞鶴のやり直したいって願いも背負っているんだ)
もうこの身は自分一人のものだけではない。
相棒の、瑞鶴のこれからもかかっている大切な身体である。
いくら、はやてが優しい女の子であろうとも、例外はない。
【おい、瑞鶴……聞こえるか?】
やるしかない、やらなくちゃけない。
そうしなくてはならない状況だし、しなくては進めない。
【おいったら】
【――ッ!!】
しかし、聞こえたのは切迫した彼女の声であり、彼女が置かれた状況が芳しくないと悟らせるには十分なものであった。
■
(来ないわねぇ、【響】)
スタンによる念話がかかる数分前。瑞鶴は手に持った弓をくるくると回しながら待ち人のこない現状に嘆いていた。
夕日が落ちかけた赤い空。人っ子一人いない小さな公園。
そこからちょっと離れたマンションの屋上で、瑞鶴は目を一瞬だけ閉じた。
瑞鶴は一向にこない待ち合わせ相手の行く末を、思案する。
待ち合わせ場所に艦載機を飛ばしてみても、彼女の姿も魔力も感じられない。
真面目な彼女のことだ、遅刻などありえまい。
それとも、襲われていて予定が狂ったのか。
いつ如何なる時に不確定な出来事が起こってもおかしくないのが聖杯戦争だ、その可能性は十分に有り得る。
-
(……もう死んじゃったのかもね。あの子は律義で愚直に過ぎるのよ。何か、厄介事にでも巻き込まれたのか。
最初の提案時に受け入れてくれたらよかったのに。出会えただけで運が良かったって思うしかないわね)
はぁ、と溜息をつき、瑞鶴はこれ以上待った所で時間の無駄だと悟った。
勘ではあるが、もう彼女とは会えない気がする。
寡黙ながらも、その内には熱い魂を秘めた白髪の少女はこの世界で敗れ去った。
そもそもの話、自分達は既に死者であり、死を恐れぬサーヴァントである。
加えて、自分は願いの為に、マスターの為に、彼女を本気で殺そうとしたのだ。
(さようなら、【響】。貴方は私の戦友だった。こんな場所でも、会えて嬉しかったわ)
それでも、彼女とは戦友だった。
あの地獄のような戦場で藻掻いたあの勇姿を、この世界でも貫いたのだ。
振り返らない。けれど、忘れない。
彼女がいたことを、戦ったことを、瑞鶴は心に刻もう。
(……それよりも、今は目の前の獲物に集中するべきよね)
瑞鶴の視線の先では、少年と少女が何やら言い争いをしている。
その片割れは先程も遭遇した例の気持ち悪いサーヴァントであったから驚きだ。
もう片方の少女は名前までは思い出せないが、確かスタンのクラスメイトであったはずだ。
(轟音に釣られて様子見をしにきたけど、まさか途中で遭遇するなんてね。
察するに、戦闘から逃げてきたのかしら? 幸いなことに、まだ、相手は気づいていない。
ここから狙撃しても倒せる可能性は高いはず)
さてと、どうする。
まだ、喝采の巻き起こる戦場は創り出せる。
ぱちりと指を鳴らすだけで、旋回している艦載機は彼らに容赦無い爆撃を繰り出すだろう。
たったそれだけ。たった一動作で彼らの命運は爆炎の中へと放り込まれるのだ。
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(できれば、狙いたい。あんなにも無防備だもの、絶好の機会だっていうのはわかる。
けれど、時間帯が最悪ね。まだ陽の光が残っているけれど、直に夜になる。
もしも一撃で仕留められなかったら、拙い。追撃を躱し切れるなんてうぬぼれはない。
時間が経つにつれて不利になるのは私。そこんところを理解して、選ばないとね)
正直、不安要素は大きい。
あの気持ち悪いサーヴァントは得体が知れず、できれば自分以外の手で仕留められてほしい。
下手に手を出すと、こちらが痛い目に合う可能性が高過ぎる。
故に、不干渉であろうと決めてはいた。しかし、屠るチャンスがあるなら話は別だ。
生命は一つきり。焦って、仕損じたら手痛い反撃が来ることはわかっている。
そんな理屈を抜きにしても、ぶら下がったチャンスには食いつきたくなるのだ。
とはいっても、下手に手を出すと、こちらが痛い目に合う可能性だってある。
そう。こんな風に。ひゅいん、と風切り音が鳴り、矢が手首へと。突き刺さる一筋の閃光に、瑞鶴は痛みと共に気づいた。
(っ!? 第三者っ!? 私以外の射手が此処にいたっていうの!?)
姿を隠しながら、この正確無比な射撃、推測するに極上の射手に相違ない。
追撃の矢を躱しながら、瑞鶴は艦載機を繰り、見えぬ射手に対して足止めに向かわせる。
片腕が負傷した今、この戦場に留まる理由はない。
同じ射手として、格の違いを見せつけられ、悔しいし、やり返したい気持ちは強い。
けれど、今は自分の命が第一であるし、感情に身を任せて熱くなっては、相手の思う壺だ。
敗北の血潮を流し、苦渋の唾を飲み込みながら、瑞鶴は一心不乱に駆け抜ける。
それは、誉れ高き艦娘としては屈辱であり、認めなくてはいけない油断だった。
■
「そんなの……お断りっ!」
それは、球磨川からすると予想外の事だった。
携帯電話に映し出された通話ボタンを閉じ、前川みくは真っ直ぐと自分の濁った瞳を見返した。
当然、その様子は見ていられず、ガタガタと震え、目の焦点も定まっていない。
所詮は、普通(ノーマル)。
普段の彼にはそれなりに慣れても、正真正銘の本気であるマイナスには到底及ばない。
けれど。彼女ははっきりと球磨川に対して、否定の言葉を投げつけた。
『……ふーん?』
「何か、文句でもあるの!」
『別にぃ? 僕は君のサーヴァントな訳だし、黙って従うさ。
せっかくの善意を無碍にされて涙が止まらないのはともかく、どうしてだい?
君にとって、得すれど損はないと思ったんだけど』
事実、球磨川が出した案はみくには全く不利益がかぶらないものだ。
敵対した音無を窮地に立たせることに、何の躊躇いがあろうか。
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「嫌なの。何も知らないまま、乗せられるままに乗せられて。
みくは音無センパイのことを何も知らない。
どんな願いを持って此処にいるのか。それは人を殺さなきゃ叶えられない願いなのか」
しかし、前川みくはまだ知らない。
音無結弦という人間を全く知らない。
彼が生徒会長で品行方正だというのはあくまでも、この世界での話だ。
彼の端正な表情が悲痛に歪み、それでもと聖杯に手を伸ばす理由。
未央を殺してでも、叶えたいと言い切れる願いの源。
みくは、この世界で何も成せていない。
逃げてばかりで、誰かに委ねてばかりで、真正面から物事を見たことなんてあっただろうか。
「何よりも嫌なのはっ――! ルーザーに言われるがままにしか動いていないみくの情けなさ!」
ここで、球磨川の言う通りに動けば簡単だ。
彼の思うがままに委ねていたら、考える必要だってない。
楽で安心な選択肢を選べれば、どれだけよかったことか。
「だから、みくは自分で考えて、確かめる! 音無センパイにもう一度会って、決着をつける!
未央チャンにしたことは許せないけど、理由も聞かないで、何も知らないまま傷つけ合うのは、嫌にゃ!」
『その想いは、聖杯を取ることよりも大事なのかい?
このまま陰湿にねっとりと追い詰めて、僕らの預かり知らぬ所でご退場してもらった方が楽だと思うんだけどね』
「言ったでしょ、ルーザーの思い通りに動くなんてお断りだにゃ。自分を曲げて、やるべきこともやらないまま進むよりはよっぽどましっ」
けれど、もう迷わないし揺らがない。
やるべきことは定まった。
「みくは知らなくちゃいけない。聖杯戦争だけじゃなく、この街にいる人達のことを。
聖杯なんていらない、なんて思えないけど。奇跡に踊らされるまま、戦うなんて間違っている!」
知ろう、総てを。この不揃いな物語を、解きほぐしていこう。
そして、それから前川みくの聖杯戦争を始めよう。
『――あぁ、全く。また、勝てなかった』
過負荷を押し退けるように、視線を強く向ける彼女の姿に、球磨川は思わず見惚れてしまった。
どうしてこうも、自分が知り合う女の子は面白いのか。
簡単に自分へとなびかず、ひたすらに貪欲に。
これだから、ますます弄り倒したくなってしまう。
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「ルーザー、わかってるよね? みくに隠れて変なことでもしたら」
『はいはい、今はしないよ。今は、ね』
球磨川はくるりと取り出した螺子を回し、指で弾く。
刹那、甲高い金属音が数度。そして、痛々しい球磨川の呻き声。
『それよりも、ますは切り抜けなくちゃいけない事態があるみたいだ。
カッコつけられる余裕がある内に、逃げなくちゃね』
飛んでくる弓矢を螺子で相殺しながら、みくを抱き抱え、球磨川は後方へと飛び退る。
柄にもなく、切迫した表情で球磨川は額から汗を一滴垂らし、にやりと笑う。
腕に突き刺さった矢を抜きながら、思考する。
さあ、どうする。
あいも変わらず不利な戦闘。勝ち筋は見えず、このまま封殺される可能性だってある。
『ま、いつものことさ』
もっとも、そんな戦いをいつだって繰り広げてきたのが、自分だ。
今回も。そして、これからも。
球磨川禊は絶対なる敗北者故に。
『――――はっ、楽勝だね』
諦めることを、決してしない。
貪欲に、可能性を拾い上げていこうじゃないか。
■
(和装の射手は退却。あの気持ちの悪い青年も打って出ることをせずに逃走。
どちらも、感情を高ぶらせて特攻などせずに、即座に逃げの一手を打ち出す冷静さを持っている。
はぁ、やはり、数多の英霊が集う戦なだけはありますわね。楽観視など、以ての外ですわ)
今川ヨシモトは撃ち放った矢への対応からして、彼らが容易に打ち崩せる存在ではないと認識を改めた。
やはり、強い。聖杯戦争に呼ばれるだけあって、どの英霊も鎧袖一触とはいかない。
無論、自分が彼らよりも弱く、負けてしまうとは露程にも思っていないけれど。
(もっとも、どのような窮地であっても、万物、尽く撃ち貫くのが、私の流儀。
狙いを定めたからには逃しはしません)
脇目もふらず逃走する二つの点の内、ヨシモトは球磨川達を見定めた。
判断材料はどちらが討ち取りやすいか。
一瞬だけ目を閉じて、思考する。
そして、ヨシモトが下した結論は足手まといであろうマスターを連れている球磨川達だった。
あの独特の精神汚染系統の気持ち悪さには少し不安を覚えるが、近づかずに遠くから矢を放ち続けば問題はないだろう。
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(アーチャー故、先程の校庭での挑発には乗れなかったのは業腹でしたが、まあいいでしょう)
校庭への狙撃は成功したが、参加者を炙りだすといった目的はほぼ失敗した。
牽制目的の電撃こそあったが、サーヴァントの姿は現れず、刃を交えることは成されていない。
あまりにもぷんすこぷんぷんで昼食を多めに頂いたのはうら若き乙女として恥ずかしい記憶の一端だ。
(マスターの考えに則って、攻めの姿勢は崩さない。マスターも彼らを討ち取ることに異論はないと合意した。
後は私だけ。私が、矢を放つだけ。存分に、戦の酔いを肴に踊り狂うことができる)
思考を切り替える。
彼らがどんな想いで聖杯戦争に望もうが、自分達にとってはただの敵だ。
願いの理由が尊かろうが、醜かろうが、関係ない。
天下泰平を成し遂げた英雄の弓術を前に、果たしてどれだけ抵抗を続けていられるか。
ヨシモトの矢を貫くに値する足掻きを見せてみるがいい。
これは傲慢ではなく、自負だ。一つの国を平らげた結果から基づく、強さだ。
(全く。私もマスターと同じく、生き急いでいると言われても反論できませんわね)
身体は戦場に興奮している。
腕は未だ、武の頂きを辿っている。
指は、矢へと番われている。
腕は、弓からの離反を待っている。
(ですが、これもまた私ですわね。武将として、抑えきれぬ性はどうにもなりませんわ)
心臓は、撃つ間だけ、静になる。
集中し、加速。確定された一瞬の死を乗せて、矢を解き放つ。
加速の限界で、刹那の息を戻し、止まっていた呼吸を蘇らせる。
射手として、武将として。瞬くくらい短く撃ち放て。
「――楽しみましょう。骨の髄まで熱く、蕩けるまで」
いつだって、どんな時だって。
それを実行してきたのが、今川ヨシモトなのだから。
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【B-4/1日目 夜】
【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]竹刀
[道具]教材一式
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.――――畜生。
[備考]
装備の剣はアパートに置いてきています。
【B-3/1日目 夜】
【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、右手に刺突痕
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1. 逃げる。
2.気分は乗らないが、球磨川を敵に回したくない為、不干渉程度の同盟を締結しておきたい。
[備考]
※はやて主従、みく主従、超、クレア、ゾル、加蓮を把握。
※チャットルームへと誘われましたが、球磨川の気持ち悪さから乗り気ではありません。
【今川ヨシモト@戦国乙女シリーズ】
[状態]健康
[装備]ヨシモトの弓矢
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従いますわ!
1. みく主従を討ち取る。
2.同時に、チコの周囲を警戒。サーヴァントらしき人物がいたらチコに報告して牽制を加える。
3.夜間、遠方からC-7の橋を監視。怪しい動きをしている人物が居れば襲撃。
[備考]
※本人の技量+スキル「海道一の弓取り」によって超ロングレンジの射撃が可能です。
ただし、エリアを跨ぐような超ロングレンジ射撃の場合は目標物が大きくないと命中精度は著しく下がります。
宝具『烈風真空波』であろうと人を撃ちぬくのは限りなく不可能に近いです。
※瑞鶴、みく主従を把握。
※チコはヨシモトの視界内にいます。
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]魔力消費(中)、決意、『感染』
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。けれど、何も知らないままその方針に則って動くのはもうやめる。
1.人を殺すからには、ちゃんと相手のことを知らなくちゃいけない。無知のままではいない。
2.音無結弦に会う。未央を殺した理由、願い含めて問い詰める。許す許さないはそれから。
[備考]
本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。本田未央をもう助からないものと思い込んでいます。
アサシン(あやめ)を認識しました。物語に感染しています
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『物語に感染? 矢を腕に受けてしまった? そういう負傷的なやつはもう慣れたよ』『この不利な状況を覆してこそ、僕が輝くってものさ』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんに惚れちまったぜ、いやぁ見事にやられちゃったよ』
2.『裸エプロンとか言ってられる状況でも無くなってきたみたいだ。でも僕は自分を曲げないよ!』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
5.『色々とあるけど、今回はマスターに従ってあげようかな』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。物語に感染しています
※音無主従、南条主従、未央主従、超、クレア、瑞鶴を把握。
※前川みく、ルーザー(球磨川禊)がアサシン(あやめ)を認識、物語に感染しました。
残された猶予の具体的な時間については後続の書き手に任せます。
あと今回の暴露劇だとルーザーが他二人に『紹介』した形になるので、彼だけ受けている影響が小さいです。
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投下終了です。
長谷川千雨、金木研を予約。
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神条紫杏で予約します。
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おお、投下乙です!
スタン揺れ動く。はやてのことを知ってるがゆえに悩むのも無理はないなあ。本当に根っからの冷血漢でもない限り、完全に感情を殺すことはできないし。
瑞鶴の響への思い切りの良さもある意味で彼女たちらしい。
そしてみくがここで己の意思を見せるか! 正直、ちゃんみおのことがあってもう自暴自棄になってもおかしくはないと思ってたけど、強い。そして過負荷を動かすのは結局のところそういう意思だったりするんだよね。
アーチャーとしては今聖杯屈指のヨシモトの狙撃、負け猫組は切り抜けられるか否か…
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投下します。
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未だ、赤々と燃える冬木の空。
橙色で、七回という使用期限付きのインスタントの空。
幻のような雲はやがて霧散し、何も残らないだろう。
坂道を駆け上がると、煌々と照らされる新都が向こう側に見えた。
それを見て、何故かは知らないけれど。長谷川千雨はひどく叫びだしたい気分だった。
もう後戻りはできない。千雨は、改めてその言葉の意味を噛み締めた。
この唾は自分の力で勝ち取った勝利の美酒だ。ぐっと飲み込み、掌をじっと見つめる。
残り一つになった令呪。奇跡への切符に、後戻りという行き先は存在しない。
取り戻そうとして、失うなんて、馬鹿げた話。
そして、取り戻したいと同じく願った少年はもういない。
他ならぬ自分の足で、戻れるはずだった最後のラインを踏み越えてしまった。
殺したのはパンタローネ。だが、引き金を引いたのは自分だ。
総ては泡沫、あの輝かしい日々も、自堕落に孤独を貫く日々も永遠に返ってこない。
長谷川千雨の臨んだ明日は手の届かぬ場所へと掻き消えた。
だから、やり直す。
手が届かぬなら、届くように調節したらいい。
歪めることができない因果なら、無理矢理に元通りにする奇跡で凌駕したらいい。
何をしても、どれだけ失っても、長谷川千雨は奇跡を諦めない。
やるしかない。否、やらなくちゃいけない。
その為には外道になると決めた。
死んだ彼らが望まずとも、自分が望んでいる。
こう在りたいと焦がれる日常を、強く。
「四の五の言ってられる程、余裕はねぇ。それはわかるな、ランサー」
「それぐらい、わかっているさ」
手段を選んで、勝てるならそれでいい。
だが、自分達はそうではない。
どうにか崖っぷちで踏みとどまり、運良く生きながらえているだけだ。
それぐらい、自分達は細い糸のような道をうまく渡り歩いてきた。
-
「はっ、上出来だ。今の私達は正直言って、いいカモだ。
お前はボロボロの死に体、私は令呪一個でブーストはできねぇし、魔力を補給するのがやっとな肉人形。
勝率? んなもんはどこにもねぇ。このまま黙ってたら間違いなく、負けちまう」
今からやることは人の道では到底許されることのない外道な行為である。
クラスメイトやネギが見たら即座に止めるであろうこともよく承知だ。
「だから、少しでも勝率を上げなくちゃいけないし、お前の負傷も治していつでも戦えるようにしねーと、次がねぇ。
のんきに自然回復だの抜かしてられる余裕は捨てなくちゃな」
「…………つまり、君は――」
それでも、奇跡をこの掌へと引き寄せる為ならば。
「ああ。魂喰いでもして、魔力補給だ。人を喰え、ランサー」
無辜の人間を犠牲にすることですら、迷わない。
■
その家族は幸せだったと言えるだろう。
経済的にも、精神的にも。何の不自由もなく、仲睦まじく日々を過ごしていた。
母親に、父親。少女が一人に少年が二人。
騒がしくもどこか温かみのある毎日。ずっとこんな日常が続いていく。いつかは離れる時が来るだろうが、今はまだその時は遠い。
そう、信じてきた。
けれど、最近はその日々にも陰りが見え始めた。
最近、少女の様子がおかしいのだ。学校へと行かず、部屋へと引きこもる。
様子を見ても、曖昧な態度でごまかし、無理に笑顔を作って煙に巻かれてしまう。
どうしたらいい。
家族の誰もが少女を心配し、思案する。
少女が抱えている悩みすらわからない以上、やれることなんてほとんどなかった。
だが、黙って見ているだけなんてできない。
どうにかして、少女には立ち直って、元の明るい姿へと戻って欲しい。
なので、少女には内緒で、仕事終わり、学校の帰宅時、少女を除く家族はこっそりと集まって、彼女の好きなフライドチキンを買って帰ることにした。
ケーキやポテトといったものも添えて、家族皆で軽いパーティーでも開いて。
-
【未央】が喜んでくれるといいな、と笑い合いながら。
太陽が落ちそうな帰り道。
彼らは、どうやって盛り上げようかと侃々諤々と喋っている。
そして、その声には陰りなんてなく、彼らの真摯な思いがこもっていた。
けれど。彼らは何も気づかぬ者。生贄ですらないただの舞台装置。
日常の裏側に潜んでいる悪意に気が付かぬまま。
この世界が偽りであること、少女が本当の家族ではないことを知らぬまま。
――白髪の化物が彼らを狙っていることを知らぬまま。
一瞬だった。何の訓練も受けていない一般人など、白髪の彼からすると赤子のようなものだ。
這い出る触手による刺突は彼らの生命を寸分の狂いなく刈り取った。
無残にも潰れてしまったケーキに、血と混ざり合ったぐちゃぐちゃのフライドチキン。
そんな残骸に目をくれず、白髪の彼は無表情で新鮮な彼らの肉を食い散らかした。
これで、もう戻れない。
正真正銘、越えてはいけないと考えていた境界線を踏み越えてしまった。
偽りの人間であろうが、これもまた立派な人殺しだ。
本物ではないとしても、彼らはこの世界で確かに生きていた。
聖杯戦争とは関係がない日常で、幸せを享受していた。
そんな彼らを、自らの目的の為に犠牲にした。
これは何の言い訳もできない、外道の行いだ。
報いを受ける覚悟はある。されど、黙って受けるつもりなどない。
思い描く理想の結末が手に入るまでは、彼らの覚悟はもう止まることはないだろう。
「食い終わったなら、行くぞ」
「…………っ」
今日この日、聖杯戦争は、一つの家族を奪った。
一つの主従は、目的の為に何かを犠牲にする覚悟を手に入れた。
誰も望んでいないとわかっていながらも、彼らは奇跡への欲求を抑えきれない。
禁忌と呼ばれるモノであっても、大切な人達が還ってくる可能性が僅かでもあるならば。
迷えない、否――迷わない。
【C-4/一日目 夜】
【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]魔力消費(中)、覚悟、右腕上腕部に抉傷。
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]ネギの杖(血まみれ)
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
C-5の爆発についてある程度の情報を入手しました。「仮装して救助活動を行った存在」をサーヴァントかそれに類する存在であると認識しています。
他にも得た情報があるかもしれません。そこらへんの詳細は後続の書き手に任せます。
ランサー(金木研)を使役しています。
【ランサー(金木研)@東京喰種】
[状態]全身にダメージ(回復中)、疲労(大)、魔力消費(大)、『喰種』
[装備]高等部の制服
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:誰が相手でも。どんなこと(食人)をしてでも。聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
[備考]
長谷川千雨とマスター契約を交わしました。
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投下終了です。
サーシェス、キルバーン、ピロロ、T-1000を予約。
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南条光、ライダー(ニコラ・テスラ)を予約します
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投下します
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その喫茶店は新都の駅前、繁華街を大きく外れたビル街の路地裏にあった。
古ぼけたビルが立ち並び、裏口ばかりが軒を連ねる路地の一角。そんな雑多で無機質な空間に、店は一つの異物のように瀟洒な姿を埋没させていた。
およそ薄暗い場所であった。街は沈みつつある陽の影によって灰色に塗り込められている。
昼日中から影のようなその場所は、だから、この時間帯になればより一層暗くなる。だが不思議なことに、そのような場所に足を運ぶのは、一部の例外を除いて明るい表情の人間が多い。大なり小なり笑顔を浮かべ、声もどこか弾んでいる。その軽やかな立ち振る舞いは、もっとも幸福な時間を過ごしているかのようだった。
カウンター席に座り、静かにコーヒーを嗜む青年―――ルイ・シャルルも、そんな客の一人だった。
髪を伸ばし優男のようにも見えて、しかし頼りなさとはまるで縁のない風貌の男だった。端麗な顔は何処か喜びに満ちて、およそ憂いとは無縁の明るいものだった。
貴族然とした立ち振る舞いは現代日本においては周囲から浮き上がるものがあったが、しかしそんな王侯貴族めいた所作が自然と似合っている。有体に言ってしまえば、彼は浮世離れした雰囲気を醸し出し、それが不思議な魅力となって映る伊達男だった。
店の中に、客はまばらだった。飛び交う言葉は少なく、しかし気まずさの含まれない沈黙が場に降りていた。古いレコードから流れる掠れた曲だけが、静かに空間へ満ちていた。
そんな夕陽の静寂の中、かろん、とベルの鳴る音が小さく響いた。
「いらっしゃい」
マスターの低音が新たな客を出迎えた。
「コーヒーをひとつ貰おうか」
注文したのは若い声だった。マスターは無言で頷き、用意をし始める。
こつ、こつ、と硬質の靴音。歩みを進める気配の主は、閑散とした店内で、しかし何故かシャルルの隣の席へとついた。
シャルルはそれを、不躾とも意外だとも思わなかった。時にはこうして、誰かと語らいたくなることもある。
隣り合ったその人物は、シャルルとそう変わらない年頃の男だった。白い学生服のようなものを身に付けてはいるが、およそ学生とは程遠い貫禄のある男だ。
鋭い目つきの男だった。見るからに苛烈な印象を受ける。シャルルはそれを、稲妻のような、という形容を以て心の中で評していた。
シャルルは何ら臆することなく、その男へ雑談がてらに語りかけた。
「やあミスター。ムッシュ。見ない顔だが、こんな辺鄙なところまで迷いこんでくるとは。
何事かあったのかな。君の白い姿はここではよく目立つ」
「情報が欲しい」
ほんの少しだけ、シャルルの眦が動いた。
驚くべき、というほどでもなかったが。意外ではないと言えば、それは嘘になるだろう。
-
「何処から知ったのか、とは聞かない。それは単に無粋というものだからね。
しかし僕の情報は高く、そして信憑性も薄い。およそ真っ当なものじゃないが……」
そこで一旦、言葉を切って。
「それでも買うかい?」
「そのために来た」
即答であった。迷いのない、毅然とした言葉だった。
なるほど、とシャルルは得心したように続ける。
「そうだったか。それは」
静かに頷いて見せる。
余裕がある、と見せかけているのか。
確かに余裕はあるのだろう。
対して、実のところ余裕がないのは白い男のほうだった。
情報が欲しいとはそういうことだ。余裕がないから、情報という外堀で周囲を埋める。
白い彼は、それでも不遜な態度を改めようとはしないけれど。
「さて、それじゃあ何を聞こうか。
お誂え向きにここは新都の吹き溜まり、その更に奥底だ。決して悪いものじゃあないが、まともな人間の来るところじゃない。つまり、ちょっとした噂話ならいくらでも転がっている。
後ろ暗いものも含めてね」
「これについて聞きたい」
テーブルの上に出されたのは一枚の紙片だった。
灰色のそれは、夕刊の切れ端。記された日付は今日のもの。
手に取ってしげしげと見つめたシャルルは、何とも言えない表情を浮かべた。
「これはまた。確かに色々騒がれているものではあるが。
しかし大々的に報道されているものなら、既に大凡の情報は公開されているはずだろう。僕なんかに聞くよりも、テレビやネットを眺めたほうが余程有意義というものじゃないかな」
「無論、お前に官憲共が知らん情報を出せとは言わん。聞きたいのは事件の概要ではなく、それを取り巻く状況と人物だ」
「なるほど」
一つ頷いて視線を戻す。
テーブルの上で軽く腕を組み、手に持つのは夕刊の切れ端。
-
「とりあえず今分かっていることを伝えようか。
被害者の名はラカム。年齢は29歳で新都のTSUNAMIグループ管轄の工場に勤務する工員。外国籍だったが数年前に帰化しているようだね。そしてこっちが鶴喰梟、現場デパートに勤務する作業員だったそうだ。
何の因果かは知らないが、こうして事件に巻き込まれてしまった被害者になるわけだが」
休題。シャルルはカップを持ち上げて唇に当てた。味を楽しむためではなく喉を潤すためにコーヒーを嚥下する。
するとタイミングよく白い彼の注文品のコーヒーがテーブルへと置かれた。シャルルに倣うように白い彼も口をつける。こちらは純粋に味を楽しむためだ。
「不思議なことに、現場には何らかの破壊痕がいくつも残されていたそうだ。まるで獣の鉤爪で削ったかのような、あまりにも状況に不釣り合いな代物が。
勿論そのような猛獣が街中にいたらそこらじゅう大慌てだが、今のところそんな事態にはなっていない。
警察は何らかの凶器を使ったんじゃないかと疑っているそうだが、彼らの死因となっている大振りの刃物類であっても、人の力じゃあの破壊は為せないだろう」
「目撃情報は?」
「目下警察が捜索中……と、それだけじゃ答えにならないか。実際のところ不思議なほど何も情報が入ってないんだ。あれだけの大騒ぎにも関わらず」
「確たる証言で無くとも構わん。例えばそう、お前の得意な噂話であるとか」
「言われてみればその通りだ。僕は警察でも記者でもなく、噂屋だった」
シャルルはほんの少し苦笑して、軽く持ち上げたままだったカップをテーブルへと戻した。カチャリ、と小さく硬質の音が鳴る。
「眉唾すぎて噂にもならないようなものでよければ、こんな話がある。
破砕音と同刻、獣の雄叫びのようなものを聞いたとか。道化師のような黒い影を見たとか。あるいは巨大な鳥が空を飛んでいたとか」
「……ラカム何某の死体が発見されたのはデパートの屋上だったな」
「ああ、その通りだが」
「礼を言う。必要な情報は揃った。
私の目に狂いはなかったようだな。お前は使える男だ」
「それはどうも。情報料はこれで」
表情一つ変えず携帯端末を指で叩き、表示される数字列。
それを見た白い男は、どこか呆れたような顔をした。
-
「随分と足元を見てくれたものだ。
……まあ、いい」
言いながらポケットから指定されただけの紙幣を取り出して―――
同じポケットの中にあった1枚の紙片を取り出し、ふむ、と見つめる。
「それは?」
「件の男が勤めていた企業だ」
ラカムが勤務していた工場、ひいてはTSUNAMIグループに関することか。
「そうか。……そうだな、ならサービスにもう一つ情報を教えようか」
「意外だな。お前はそういった無駄はしない主義だと思っていたが」
「噂にしてもお粗末な眉唾物の情報で金を取ったとなれば、噂屋の名折れなものでね」
シャルルは小さく笑い、続ける。
「件の企業、TSUNAMIグループが軍事開発に携わっているという噂があるのは知っているかな?」
「小耳に挟んだことはある」
「なら話が早い。最近この冬木支社で海外からの客員研究員を一人招いたんだそうだ。医療分野での活用を想定したロボット工学、その研究に携わる技術者というのが対外的な紹介なのだけど……
どうもその男、冬木に来るまでの足取りや経歴が出鱈目らしい。話によっては中東の紛争地帯から来たのだとか」
「ほう」
「そして不思議なことに、その男がこの街に来た前後から例の連続不審事件が多発している。
偶然と言ってしまえばそれまでだし、真偽のほうも分からない。ただ、こうして見ると色々面白いものが見えてくるんじゃないかと思ってね」
どうかな、と嘯くシャルルに、白い彼は曖昧な頷きを返すだけだった。
そして取り出していた紙幣を、黙ってシャルルへと渡す。
「どうも、これからもご贔屓に」
「お前に頼らねばならん事態にはそうそう陥りたくはないのだがな……と、そういえば」
そこで口元、喜悦に歪めて。
「先日とうとうエミリーと婚姻を為したそうだな。めでたいぞ、祝福しよう」
-
ガタリ、と椅子の鳴る音が響いた。
完全に無意識下での行動だった。余裕のあった表情が崩れている。今やその顔は、驚愕と焦燥に染まっていた。
「……何故、と聞いてもいいかな」
「そう睨むな。知った経緯を聞くのは無粋なのではなかったか。
とはいえ話は単純だ。私がお前を見つけ出すのに何を調べたと思っている? 簡単な近況程度は自然と耳に入ってくるものだろう。
そして、私としては言葉通りの意図しか含んではおらんぞ。祝福すると、私は言ったはずだが」
嘘ではなかった。彼は嘘を吐くことができない。けれど、それをシャルルが知っているかどうかは話が別で。
「中々良い味だったぞマスター。機会があればまた来よう」
注文の代金を支払うと、白い彼はさっさと店を後にした。
ベルの鳴る小さな音と、店内に流れる掠れたレコードの音楽。そして固まったままのシャルルと、怪訝な顔をするマスター。
それだけが、この場に残された全てだった。
「……どうも、調子が狂ってしまうな」
白い男が言ったことは図星であった。シャルルは現在幼なじみであるエミリー・デュ・シャトレという女性と婚約関係にある。
彼がいつにもなく浮かれていたのはそういう事情があった。この店に来る者は大抵が喜びを謳歌する人間だ。その例に、シャルルもまた漏れてはいなかった。
「けれど、まあ。祝福してくれるというなら素直に受け取っておくとしようか」
ふっ、と脱力したかのように、シャルルは椅子へと背をもたれかけた。
軽く頬をはたく。未だぎこちない表情も、多少はほぐれたような気がした。
▼ ▼ ▼
-
白い彼、ニコラ・テスラは言葉なくその喫茶店を後にした。
無名庵と書かれた看板を後目に向かうのは中心街だ。必要な情報は手に入った以上、いつまでも一つ場所に留まるつもりはない。
多少の収穫と驚きはあった。まさか、サーヴァントなった自分の知己までNPCとして再現されているとは思わなかったが。
生前を模したその有り様は、確かに情報を得るには適したロールではあったし、何より幻とはいえかつての同輩の幸福を垣間見れたことには価値があった。
けれど、それとはまた別に、憂慮すべき事柄が増えたことも事実ではあった。
歩みを進めながら、テスラは懐から携帯端末を手に取る。いくつか操作をして画面を確認したかと思えば、何をするでもなく元の場所へと戻し、口を開いた。
「……逝ったか、空の騎士」
ふと立ち止まる。いつの間にかそこは路地の行き止まりとなっており、誰もいない伽藍とした空間だけが広がっていた。
三方を灰色のコンクリートで覆われていた。そこは、空気が沈殿し停滞した様相を呈している。そんな場所だった。
テスラの持つ電信通信端末には、既にいくらかの連絡が寄越されていた。しかしその出所は誰かの端末などではなく、警察組織によるもの。
相手の選別も探知阻害も、礼装化してある現在においては容易であるからそのこと自体はどうでも良かった。問題なのは、何故この端末の番号が警察に知られているかということ。
少し考えれば分かることだ。今現在までに彼が番号を漏らしたのは一人しかいないのだから、それらの帰結するところを考えれば。
すぐに、答えは出てくる。
悼む心は、短く。
伏せっていた顔をテスラは上げた。
「戦闘が激化しつつあるということか。空を駆ける彼奴にも届き得る牙が振るわれたか。
なんとも、頭の痛くなる話だ」
此度の聖杯戦争に際し与えられた猶予は僅か七日。現実的に考えて、この日数はあまりにも短すぎる。
だからこそ、紛争の濃度は常より遥かに上回るものになると半ば予想はしていたが、しかし。
「遺志を継ぐ、などとは到底言えはせんがな。所詮私は彼奴の何を知っているわけでもない。
だが、しかし」
しかし。
その誇りが、尊さが、これほどの早期に失われたというのなら。
「貴君との邂逅、その記憶をこそ受け継ごう。貴君が確かにここにいたのだということの証明を、私が成す」
-
伽藍の行き詰まりに声が響く。
それは誰に届くこともない。しかし誰あろうテスラがその言葉を知っていた。
故にこれは決意であり、決意は宣誓となり、宣誓は遥か高みへと届くのだ。
そう、例えば。
「ならばこそ、私は貴様に問おう。
空の騎士の犠牲を得て、そのマスターの死を以て。
それで貴様は何を成す。何が成せる」
例えば。
黄金の螺旋階段に坐す裁定者であるとか。
―――――――――――――――――――。
『こんにちは。ニコラ』
『彼は、哀れな生贄』
『ラカムも、そう』
『そして、きみもまた』
―――視界の端で道化師が踊っている。
踊る道化師。黒色の。それはテスラ以外に誰もいなかったはずの伽藍に浮かび出て、まだかまだかと呼びかける。
生者も死者も嘲笑って、耳元で何かを囁く道化の幻。
彼は囁く。諦めてしまえと。
彼は嘯く。願いを手放してしまえと。
全て、全て、盲目の生贄に過ぎないのだと。
歪む視界の端で、彼はまた囁きかけるのだ。
『願いの果てに辿りつくことのできなかった、哀れな―――』
「下らん」
ピシャリと。
決意の籠った声が囁きを遮る。
-
視界の端に映る幻を無視することなく、己が狂気と認識することなく。
雷電の男は迷いなき言葉のみを発した。
「代償を得て一つの願いを叶える器か。
時に偽なるものを与え、時に若人より全てを奪う根源を、願いの果てと貴様は呼ぶのか。
笑わせる。世界を変える秘と成ろうが、所詮はただの数式に過ぎまい」
今や、周囲には幾条もの雷電が帯電していた。
その輝きに呼応する感情は決意か、それとも怒りか。
男の怒りに追随するが如く、それは光放つ剣となって彼の周囲に突き立つ。
「不遜なりし《根源》よ。チクタクマンの悪なる残滓、ア・バオ・ア・クーを僭する者よ。
世界の果てのフルートを気取るか。だが―――」
白い男の纏う長襟巻が、風にたなびき、激しく帯電する。
それは、遠き空の果てに奔る―――
「貴様は何をも成せはしまい。何故なら私が貴様を斃す。
例え今は貴様を害することができずとも、この場の邂逅を宣戦布告とし、いずれ必ず我が雷電が貴様を打ち据えよう。
故に」
伽藍の空間に雷が迸る。
男に最も近い場所、すなわち足元の石畳は、既に泡立ち始めていた。
地上における万物一切を砕く雷の剣。
雷の光が―――
白い男の右手に、集まって―――
「今は消え去るがいい、白き仮面の道化師よ。
世界は断じて、貴様如きの遊び場ではないのだ」
―――右手を、前へ。
-
▼ ▼ ▼
新都駅前、その東口。
常の帰宅ラッシュとは少しずれた時間帯故かあまり人は多くなく、しかし空いているとも言い難い混雑具合の中、一人の少女がどこかへ向けて早足で歩いていた。
少女は、小柄な体躯であった。不安と焦燥を瞳に懐いて、しかし譲れぬ何かを秘めた幼子だった。
人の途切れぬホームを抜け、段数の多い階段を昇り、一人改札を通りこし。
誰も入らぬ裏路地へと入った。ここならば誰も、彼女らを見ることはない。
「……ふぅ」
軽く一息。若干の運動と緊張で上がった息を吐く。友人たちにほんの少しだけ無理を言って、自分だけ一足早く駅を抜け出た彼女は、気まぐれや酔狂ではなく確固たる目的を持ってその行動に出ていた。
ちょっと不自然だったかなぁ、などと一人ごちる。突然の念話を受けた彼女は、連れ立った友人らに「ちょっとトイレ行ってくる!」などと言って有無を言わさず走ってきたのだ。正午頃のことといい、なんとも自分の言い訳の下手さが際立つようだ。
「ここならいい……よね、多分」
「ああ、構わんぞ。無理を言ってしまったな、マスター」
少女の独り言に、しかし返す声があった。
誰もいないはずの虚空、そこより一人の男が姿を現す。
白い異装の男、変わらぬ不遜な顔つきをした彼は、ニコラ・テスラ。
彼は己がマスターたる少女、南条光へと声をかける。
それに、光はううんと言うように首を振った。
「別にいいってライダー。これくらいならどうってことないさ」
「そうか」
所用の終了を知らせたテスラに、ここで落ち合おうと言ったのは他ならぬ光のほうであった。曰く、タイミングよく駅についたところだから自分が出迎えるよ、と。そういうことらしい。
テスラには雷電感覚という非常に優れた索敵能力が備わっているために人が多かろうが光を探り当てるのは難しい話ではないのだが、その心遣いはありがたく受け取ることにした。そういったささやかな気遣いは、テスラにとっても心休まるものだった。
「さて、私のほうは用件が済んだわけだが、マスターのほうはこれから友人たちと遊びに繰り出すのだったか」
「うん。
……やっぱり、駄目だったかな?」
「構わん。子供はよく学び、そしてよく遊ぶものだ。いずれ訪れる終わりを晴れやかに迎えるためにも、そうした行いは否定されるべきものではない」
そんな、諭しているのか元気づけているのかよく分からない言葉を残し、テスラは霊体化して光の視界から消え去った。
なんだか小難しいことを言ってくる、でも嫌な感じがしない先生みたいだな、などと。光は声には出さず思った。
「よし、それじゃミサカたちのところに戻ろっか、ライダー」
【良しとは言ったが、あまり羽目を外し過ぎることはないようにな、マスター。
そして歓楽街のほうは駄目だ。あれは教育に悪い、行ってはならんぞ】
―――やっぱり先生みたいだ、小うるさいところも含めて。
再度、心の中だけで光はそんなことを思った。
-
【C-8/新都駅前/一日目 午後】
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、焦り
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学校鞄(中身は勉強道具一式)
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
0.――――日常を護る。
1.聖杯戦争を止めるために動く。しかし、その為に動いた結果、何かを失うことへの恐れ。
2.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ。
[備考]
C-9にある邸宅に一人暮らし。
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]健康、霊体化
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン 、ルーザーから渡されたチャットのアドレス
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
1.マスターを守護する。
2.負のサーヴァント(球磨川禊)に微かな期待と程々の警戒。
3.負のサーヴァント(球磨川禊)のチャットルームに顔を出してみる。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
個人でスマホを持ってます。機関技術のスキルにより礼装化してあります。
C-8デパートで発生した戦闘、及びそこで発生した犠牲者(ラカム等)に関する情報を得ました。
TSUNAMIグループに関するいくつかの情報を得ています。詳細は後続の書き手に任せます。
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投下を終了します
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延長します。
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投下乙です
>禍津血染花
赤く燃える偽りの空、呑みこむ唾=勝利の味といった描写が印象的
紆余曲折を経て、双方大切な者を失いながら主従となった千雨&金木の決意が牙を剥く。夢現聖杯らしいどんどんと狂ったまま加速していく歯車の回転を思わせる話でした
犠牲になったのがよりによってちゃんみおの…
ただでさえ鳴海と二人、ボロボロになりながら支え合おうとしてるところへこれは辛い
色々な意味でもう後戻りできない展開になってきた
>去りゆく者への称え歌
こちらは知己のNPCとの再会か。依って立つ世界の違う対面とはいえ、テスラの「祝福」が胸に残る
同盟相手の脱落を知っての反応も彼らしいですね。遺志を継ぐというよりも、邂逅の記憶を受け継ぎ、彼らがいた証しを立ててみせると。
ラカムとガン・フォールの戦いは無駄じゃなかったと、テスラの言葉だけでも何となく思う事が出来ました
そして、踊る道化との相対。その姿を誰よりも認識しながらも揺らがず打倒を告げる頼もしさよ。
光は本当鯖に恵まれたなあ
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お待たせしました、これから投下します。
その前に告知、実はパワポケ11未プレイな状態で執筆しました。
もし描写不足などがございましたらご指摘お願いします。
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『さて、数時間前に発生した無差別殺傷事件についてですが、
現場となったデパート前からの中継が入りましたので色々と伺ってみましょう。
川島アナウンサー、そちらはどうなっていますか』
『はい、こちら事件があったデパートの前です。
いつもなら賑わいを見せているこの場所が、今では騒然とした物々しい雰囲気に包まれています。
現在デパート周辺は広範囲にわたって規制線が張られており、警察官の往来が頻繁に行われています。
事件発生現場となった屋上以外のデパートの中にいた利用客や従業員はすでに避難しており、
ここから近い場所に集められていますが、未だ不安や動揺で混乱している様子でした。
そして屋上での被害状況ですが、未だ死傷者多数という情報しか伝わっておらず詳細は分かっておりません。
またこのような凶行が行われた場面やその犯人の目撃情報も集まっておらず、捜査が難航している模様です。
ただ老若男女問わず屋上にいた誰もが刃物で刺された跡が残っていたということは判っているため、
状況からして無差別に凶行が行われたものだと考えられます』
『ちょっとよろしいですか。
今、目撃情報が集まっていないとおっしゃりましたが、
事件現場から逃げ延びた人や屋上に確認しにいった人とかはいらっしゃらなかったのでしょうか?』
『それについてですが警察に確認したところ、まず屋上から逃げ延びた人は避難者の中には誰もいない、とのことです。
もしかしたら犯行は複数による可能性も推測できますが、現状では未だ不明のままです。
また事件発生前後に火災報知器が鳴り響いていたという証言があり、
その影響でデパート内にいた大多数の人が早急に避難したとのことです。
中には屋上に確認しに行った従業員もいたようですが、その方も何者かによって殺害されていたようです。
防犯カメラも屋上や周辺に設置されていたものは破壊されていたため事件前後の状況も掴めず、
そして警察が屋上に踏み込んだ時には犯人らしき人物の影も形もなかったそうです。
いずれにせよ不可解かつ謎ばかり多く、事件の真相解明にはまだ時間が掛かりそうです』
『なるほど、わかりました。
それと川島さん、屋上以外でも何か動きがあったという情報もありましたが、
それについては何か分かった事とかはありましたか?』
『はい、実はこの場所から見てデパートの裏側にて、頭部を切断された従業員の遺体が発見されたそうです。
現場は従業員専用の駐車場で、普段は人気がない場所になり、屋上での事件と前後して殺害された模様です。
また何かしらの落下の衝撃により潰れた自動車が一台現場にあったそうです。
発見された遺体には落下による損傷などは見受けられないという警察の見解もあり、
被害者と損害車両の間には直接の因果関係はないものと思われますが、
間接的には何かしら事件に関わっていたのでは、と推測されています』
『わかりました。
また何か新しい情報が入りましたら、引き続きよろしくお願いします。』
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ここ数日の怪事件の中でも最もショッキングな惨劇が発生してから数時間。
ニュースの生中継ではその後の経過が告げられ、まるで動乱がまだまだ続くことを刷り込ませているかのようであった。
しかしながら、凄惨なニュースにも関わらず目に留める者はいなかった。
何故なら広い部屋にはただ一人、TUNAMIグループの社長たる神条紫杏がいるだけで。
ほぼ同じ内容の報道が続いていたため、彼女は興味を示さずに窓際から眼下に映る光景を眺めていたからだ。
彼女の会社は今話題のデパートの近くに立地している。
視線の先には警察や報道陣や野次馬やらが小さな虫のように群がっているのが見えていた。
だから気紛れに人々の流れを観察し、その中に不審な動きをする異物がいないかと期待してみたが。
やはりというか得る物は何もなく、しかし紫杏に落胆する様子はなかった。
程なくして社長室にノック音が響き渡る。
そのまま紫杏が「入れ」と許可を出せば、「失礼します」の声掛けの後に一人の女性が入室してきた。
「神条社長、調整が終わりました」
「そうか、ではさっそく頼む」
「わかりました」
早速女性が端末を操作すると、ディスプレイの画面が別の映像へと切り替わった。
それは紫杏がいるビルからデパートの屋上を映したもの。
しかし、それは血に塗られ現場を映したものではなく、人々が普通に利用する憩いの場としての光景が流れていた。
いま映し出された映像は惨劇が始まる少し前のものであり、紫杏が部下に命じて作成させたものであった。
先の通り、彼女の会社とデパートは近いため、通常通り執務をこなしていた紫杏のところにもすぐに事件発生の知らせが入ってきた。
すぐさま聖杯戦争に関係ある事案だと直感し、紫杏は情報という漁夫の利を狙うための画策を講じた。
まず、目視では様子を窺いづらい距離であるため、屋上の仔細を撮影するよう秘書に手配させた。
さらに警備室にも連絡を入れて、デパート屋上を映している防犯カメラがないか確認させた。
幸いな事にほぼ屋上全体を捉えた防犯カメラがあったため、その動画も視聴できるように命じていた。
-
「ご指示通り、デパート屋上の戦闘前後の状況を撮影したものを見易いように編集を施しました。
ただ、最初の数分は我が社に設置されている防犯カメラで録画された映像になるため、
いささか不鮮明な部分が残ってしまいました。ご了承ください」
「構わない。むしろ突然のオーダーに対して、よくこの短時間で仕上げてくれた。感謝している」
「お褒めに預かり、恐縮でございます。
途中からは我が社の高性能カメラで撮影した映像に切り替わります。
鮮明な映像で尚且つ細部まで確認することができますので、気になる箇所がありましたら教えてください」
「ああ、その時は頼む」
こうして、彼女は凶悪事件の真相を一部始終動画に収めることができた。
しかも、その内容は偽りの世界での世間一般には知られていない聖杯戦争の一端を記録したものである。
それを大した労を執る事も危険に晒される事もないまま情報として得ることに成功したのだ。
あとはじっくりと、被写体を分析し、素性を洗い出し、的確な対処を考えればいい。
(さて、開幕早々から暴れ始める猛者達がどんな顔ぶれなのか、御手並み拝見といこう)
録画再生が始まってから暫くの後、画面の中は瞬く間に血の海に変わってしまった。
賑わっていた利用客たちが全員倒れ伏し、舞台に残ったのは三人だけ。
すぐさま華奢な男が熾烈な刺突を繰り出し、それを黒尽くめの道化師は難なく躱わす。
そのまま数度の打ち合いが繰り広げられ、少し離れた所で一人の少女がその戦闘をじっと見つめていた。
(この少女がマスターの一人、刀を持ったセイバーらしき男がそのサーヴァントといったところか。
そして黒い道化師もサーヴァント、虐殺はこいつの仕業かもしれないな。
この手際の良さと得体のしれなさ……クラスはアサシン、といったところか)
やがて戦局に変化が訪れる。
攻勢に出ていた剣士が突如膝を落とし、明らかに動きが鈍くなっていた。
その後ろにいた少女もいまや身体の自由が効かない状態になっている。
一方、余裕の態度を崩さない道化師は軽快な動きで剣士を翻弄し続けていた。
(あの道化師が何か仕掛けたようだ。
原理は解らないが、相手を不調にさせる能力や手段を持っているのか)
将来的に対峙するかもしれない相手に警戒感を抱きながら、紫杏は続く動画に見入る。
起死回生を狙ってか、不利に立つ剣士が構えをとる。
道化師もまた受けて立つように駆け出し、両者がぶつかろうとした、その時。
西洋鎧を纏った騎士が突如として上空から舞い降りて両者の間に割って入った。
そのまま三騎がしばしのやり取りをした後、互いに戦闘をやめて手を引く流れになっていた。
(天馬に跨る騎士、言うまでもなくライダーだろう。
どうやらセイバーに加勢するようだが、しかし何故不利な方に加勢する?
前々に同盟でも組んでいたのか、それともあのアサシンが脅威なのか)
-
数瞬の内に考察を重ねるが、その思考をすぐに吹き飛ばす事態が発生する。
屋上の出入り口から金髪の少年と、その傍らには巨大で猛獣のような怪物が現れて。
瞬く間に道化師を吹き飛ばし、残された役者たちにその圧倒的な凶暴性を知らしめた。
(画面越しでも感じるこの威圧、理性なき獣のような風貌、そして身体能力の高さ。
あれは間違いなくバーサーカーだが、あれほどまでの強い難敵がいるとはな。
今後の対策を講じるためにも、あの二騎には精一杯頑張ってもらいたいところだが。
さてこの戦い、どのように転ぶやら)
屋上の出入り口を抑えられた以上、隙を見せずに天空へと飛び立たない限りは逃げ場などなく、否応なく第二ラウンドを始めるしかない状況であった。
しかし例えセイバーとライダーの二騎で挑んだとしても、勝ち筋が見えない程に相手は強大であり脅威であった。
ゆえに紫杏は先にいた二騎には全く期待を寄せず、後から来た狂戦士に興味を移していた。
緊迫した戦場の中で、二騎は狂戦士相手に何とか上手く立ち回っていた。
しかし、どうしても決定打が欠けているため、二騎で戦っても徐々に押されてるのが目に見えた。
やがてついに狂戦士の凶腕が空の騎士を捉えて強烈な一撃を決めた、はずだった。
けれども何故か巨獣の怪物が吹き飛ばされ、空の騎士は痺れたかのように硬直している。
そして怪物が動き出すまでの一瞬の隙を突いて、セイバーがトドメを刺すための渾身の一撃を放った。
結果は、失敗。
傷が浅いのか、不調が響いたのか、刀身は相手を殺すに至らなかった。
直後にバーサーカーの反撃をもろに受け、剣士は薙ぎ払われてしまった。
こうして皮一枚繋いでいた均衡も崩れ去り、金髪の少年も剣を携え動き出す。
空の騎士も狂戦士に阻まれ、このままでは無防備な少女を守り切れない。
万事休すか、と思われた状況で、また新たな登場人物が現れた。
物陰から姿を現した一人の青年。紫杏にも少し見覚えがある顔だった。
(あれは確か、研究施設にいた青年だったな。確か名前は、キリヤ・ケイジ。
このタイミングでの登場、彼もまた聖杯戦争に関わっている人物なのか)
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以前、紫杏が【B-8】エリアの研究施設に視察訪問し、極秘開発している戦闘ジャケットの進捗状況を確認している時に。
そこでテストオペレーターとして従事していた紹介されたのが、キリヤ・ケイジであった。
暗く淀んだ鋭い眼つき、どこかしら達観したような雰囲気、それらが印象的で強く記憶に残っていた。
その時は大して気に留めることはなかったが、確かにただのNPCとは違っていたと紫杏は思い返していた。
キリヤ・ケイジは金髪の少年を牽制しつつ、動けないでいる少女を抱きかかえて距離を取った。
これを最後の好機とみたのか、騎士が愛馬を手放し、天馬は剣士と少女を抱えた青年を乗せて飛び立ってしまった。
普通なら有り得ない選択だ。一人だけなら簡単に逃げられただろうに、あまつさえ自己を犠牲にして他者を助けるだなんて。
それだけ、誇り高い精神を備えた英霊なのだろうか。
それとも、ただの大馬鹿者なのだろうか。
目標が一つに定まり、狂戦士の攻撃がどんどん熾烈さを増している。
空の騎士が捌ききれずに少しずつ傷を増やす中、また紫杏の見知った人物が屋上に現れた。
この間視察した下請けの工場、そこで従事していた優秀な青年、ラカム。
彼は扉から勢いよく飛び出し、手にした鉄パイプを振りかぶって金髪の少年と対峙しする。
続けてラカムは啖呵を切ると彼の周りから不思議な気が奔流し、それに呼応するようにライダーの元へ奔流が流れ、幾らか力が増したかのようにも見えた。
(これでラカムとライダーが主従関係であることが分かった。
あとは令呪使用による増強でどこまでやれるか、見物だな)
戦闘はサーヴァント同士、マスター同士で鬩ぎ合いが再開される。
いまだ獰猛な狂戦士の方が勢いがあるが、空の騎士も鋭さが増し暫くは膠着しそうであった。
一方、ラカムも鉄パイプを手に善戦しているが、金髪の少年の方が剣技が冴えており少しずつラカムの身体を傷付けていた。
やがてラカムは構えを変えて、懐からスパナを取り出し少年へと投げつける。
金髪の少年はわけなく弾くが、その僅かな隙を狙ってラカムが突撃し一気に勝負を決めようとした。
しかし、少年は攻撃を受け止め、ラカムが放心している間に即座の反撃を決める。
一閃が走りて、ラカムの身体から銀燭が輝き、大量の真紅が滴り落ちる。
そのまま無雑作に打ち捨てられ、ラカムは抜け殻のように動かなくなった。
同じように、咆哮する巨獣の怪物の足元では空の騎士が朽ち果てていた。
誰が見ても明らかな敗北の中、ラカムは空を望むように手を伸ばし、しかし何も掴めないまま崩れ落ちた。
そして数々の深い破壊痕と血生臭さを残したまま、勝者は静かに姿をくらました。
(惜しかったな。ラカムも場数を踏んでいるようだったが、更なる強者相手には一歩及ばなかったか。
彼ほど優秀な人材をこんなところで失うとは、少し残念だ。)
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これにて一連の騒動は幕を閉じ、濃厚な内容を見終えた紫杏はまず一息ついた。
ラカムに対して多少の哀悼の意を抱いたものの、聖杯を狙う競合相手が一人減ったという事実として受け流した。
そして彼女の思考は過去より未来へ切り替わる。
(さて、今回の戦闘で複数の主従を知る事ができたことが一番の収穫か。
特にバーサーカーとそれを従える少年。現状では一番の脅威として注意しなければな。
あと道化師のアサシン。マスターの正体は判らないが、こいつにも危険だ。
あの死神のような英霊とは、できれば対面したくないところだが……
そして少女とセイバー、今回はその実力は測れなかったが……ただの弱者というわけではあるまい)
今回の映像で相手の容姿や特徴、能力の一部を知る事ができた。
彼らの行方や素性まではまだわからないが、TUNAMIグループの情報網を駆使すればその内捉えられるだろう。
あとは利用するなり暗殺するなり何でもいい、とにかく策謀を巡らせ使い捨てる。
しかしいつ何が起こるかわからないのが聖杯戦争、故に慎重に行動しなければと肝に銘じて置く。
とにかく出来る限りの範囲内で、こちらのカードを見せないまま彼らのカードを使わせるために努力するのみ。
(そして、キリヤ・ケイジ。
彼もまた間違いなくマスターだろう。しかしサーヴァントの姿は現さなかった。
現状最も接触しやすい相手だが、それが吉と出るか凶と出るか……)
TUNAMIグループに属する者である以上、その個人情報などすぐに呼び出せる。
あとは自らの正体がばれないように何者かに彼を監視させ、時に接触して利用すればよい。
しかし、問題は彼の後ろに控えているかもしれない未知数のサーヴァントがいた場合。
常識外の行動を起こし、こちらにまで迷惑が降りかかる事だけは勘弁願いたい。
(アサシンにも意見を求めたいところだな。
一度戻ってきたら、彼にも色々と確認してもらおう)
紫杏は懐から携帯電話をおもむろに取り出した。
その中にある連絡先はただ一つ、自らの従者に持たせた携帯電話にのみ繋がっている。
アサシンをいつでも呼び戻せるように用意した使い捨て端末であり、いつでも替えが効くようにしてある。
念のため、無音に設定した携帯電話の振動だけで戻ってくるようアサシンには指示しておいた。
本当なら彼に操作方法を会得させたかったが、生憎彼にはその適正がなかったのでこの方法で妥協する他はなかった。
とにかく、アサシンが離れてから結構な時間も経っている。
そろそろサーシェスの拠点や行動、その他の情報も得られた頃合いだろう。
あの狡猾な戦争屋から目を離すのは気掛かりだが、しばらくは野放しにしておいてもいい。
奴が勝手に他者を喰い潰してくれることを期待し、或いは逆に討たれ死ぬのを望みながら。
紫杏は迷いなく、コールボタンを押した。
【C-8/神条紫杏の会社/1日目・午後】
【神条紫杏@パワプロクンポケット11】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]スーツ姿。
[道具]
[金銭状況]豊富。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る為に、最後まで生き残る。
1.アサシン(緋村剣心)を呼び戻す。
2.デパート屋上の戦闘の録画をアサシン(緋村剣心)にも確認させる。
3.キリヤ・ケイジに接触するか、否か。
4.デパート屋上にいたマスター&サーヴァントの情報収集・警戒。
5.情報収集。
6.サーシェスは泳がせておく。火の粉が此方に振りかかる時は即座に暗殺する。
[備考]
デパート屋上での戦闘を録画した映像を所持しています。
ボッシュ&バーサーカー(ブルートゥース)、アサシン(キルバーン)、仲村ゆり&セイバー(斎藤一)の容姿、特徴、一部能力などの情報を得ました。
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以上で投下終了です。稚拙な文章によるお目汚し失礼いたしました。
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先に申し上げておきます。今回の投下である「秘かに蠢く影」は通せません。
企画主の立場から考えた結果、未プレイと公言されたSSを通す許容はできないと判断致しました。
ですので、今回は破棄という形で進めさせてもらいます、ご了承下さい。
予約分、投下いたします。
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正直な所、拙い。
キルバーン達は自分達が置かれた現状を冷静に考え、溜息をつかざるをえなかった。
ストックしていた魔力を早々に使ってしまった事実。余裕を持って相手を煽れる立場から落ちてしまったのは痛い。
自分達のような絡め手を多用して殺すサーヴァントからすると、余裕が無いというのはそれだけ状況がよろしくないということだ。
マスターであるサーシェスはそんなピロロ達の内情をまだ知らないが、あくまで『まだ』である。
勘の良い彼のことだ、ちょっとのボロでも出したらグイグイと引き込まれていく。
【早いところ、魔力の補給をしないとねぇ】
敵は外だけではなく内側でも身を潜めている。もしも、彼の意にそぐわぬことでもしたら、自分達は令呪によって即座に自害させられるだろう。
アリー・アル・サーシェスとはそういう男だ。使えない武器など何の躊躇もなく捨ててしまう。
それは此方側も同じことではあるが、その段階に至るにはまだ早い。加えて、サーシェス以上に使えるマスターがこの聖杯戦争にいるかどうかすら定かではないのだ。
現状維持。自分達が取る選択肢はそれしかなかった。
【ところで、その銀糸は切った方が良くないかい?】
【そうだね。大方、あの警察官を装ったサーヴァントがつけたものだろう。ピロロが気づいてくれなかったら追撃されていたかな?】
【おっと、キルバーン。今は態勢を立て直すことが先決で、遊んでる余裕なんてないからね】
本来なら追跡してくるだろう警察官のサーヴァントと戦う所だが、今のキルバーン達には余裕が無い。
真正面から戦えても、彼らの本分はあくまで暗殺者である。
罠を張り巡らせ、安全な立ち位置から相手を嘲笑いながら甚振り殺すことこそを得意とする。
策もなし、生命のストックもなしで戦うなんてごめんだ。
【けれど、マスターに知られるのはまずいね】
【まあ、黙っていたら気づかれないさ。いざという時は上手く言いくるめればいい】
だが、そんなことはサーシェスからしたら知ったことではない。
各地で起こっている戦火を見て、彼の昂ぶりは既に収まりを効かない程に膨れ上がっている、
ここで、近づいてくるサーヴァントがいるとなれば、間違いなく戦闘へと入るだろう。
【遊ぶには余裕が必要だ。ボク達みたいなのは、特に】
【余裕を作るのには時間をかけないといけない。悲しいことにね】
今はまだ。サーシェスにはおとなしくしてもらう。
けれど、時期が来たらこれまでのフラストレーションを全て消化するかの如く。
-
「ったく。戦火は広がっていても、いいタイミングでかち合わねえな」
彼の呟きに混じったいらつきも、やがては解消される。
なにせ、一週間という制限時間があるのだ。
焦らずとも、玩具で遊ぶ時間は必ず生まれるに違いない。
【――その時が来るまで、はね】
その為には、万全を期して臨みたい。
先程の痛手も踏まえて、死神達は再び舞台へと上がるだろう。
■
T-1000は自分の感知範囲から逃れていった死神達をこれ以上追跡しても無駄だと悟った。
辿るべき敵を死神に絞ったまではよかった。
だが、その先がよろしくない。彼らは自分のつけた目印に気づき、早々に行方をくらました。
もとよりあの銀糸が狡猾そうな死神相手に役立つとは想っていなかった為、それは別に構わない。
最後まで生き残れば、この閉塞された世界で再び相見えることだろう。
目的達成の過程で、排除すべき敵。人類抹殺という大義を果たすが故に、彼らは死すべきである。
しかし、このやり口にもいい加減限界があると自ずと悟ってしまった。
T-1000の姿は現在、男の警官をとっている。
各地の情報を探るのには便利で、街を自由に行き来する足もある。
これはこれで、有意義ではあるが、やはり限界も存在した。
警官相手だと聞きこみを幾らしても、人間は当り障りのないことしか喋らない。
中には、早く開放されたいのか適当な言葉で煙に巻く人間もいたぐらいだ。
――――手段を変えてみる必要がある。
ならば、今の姿とは別の姿も取っておくのもありなのかもしれない。
なるべくなら、性別も違う方がいい。両者の視点から見る世界はきっと違うだろうし、入ってくるものも異なるはずだ。
「すいません」
そら、ちょうどよく獲物が来てくれた。
運命は自分の使命を達成させようと恩恵を与えてくれる。
「道を聞きたいのですけれど」
この他愛のないやり取りから数分後。
T-1000の姿は妙齢の女性へと変わっていた。
口調も性格もしぐさも。全ては元の女性そのものだ。
情報も全て聴きだした。その過程で手荒な真似をしてしまったが、別にいいだろう。
だって、本物の女性はもうこの世にはいないのだから。足がつかないように念入りに隠蔽もしておいた。
にぃ、と頬を釣り上げて笑う。とりあえずは、この女が本来果たすべきだった役目に従事するとしよう。
その過程で情報を得られたら言うことはない。
母親。『北条加蓮』という少女の母親のロールを始めよう。
-
【B-9/1日目・夜】
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]正装姿
[道具]カバン、車
[金銭状況]当面は困らない程の現金・クレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:戦争を楽しむ。
1.獲物を探す。
2.カチューシャのガキ(ゆり)を品定め。楽しめそうなら、遊ぶ。
3.B-8の研究施設に興味。“誰か”が“何か”を持ち出すのを待ってみる。
[備考]
カチューシャの少女(ゆり)の名前は知りません。
銃器など凶器の所持に関しては後続の書き手にお任せします。
【アサシン(キルバーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]蘇生によりほぼ回復、死神の笛破損
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1. ストックが貯まるぐらいには魔力を補充したい。
[備考]
身体の何処かにT-1000の液体金属が付着しています。
【アサシン(ピロロ)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]健康
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1.ストックが貯まるぐらいには魔力を補充したい。
[備考]
ストックしていた魔力を消費してキルバーンを復活させました。
緊急事態であったため、まだT-1000の液体金属には気付いていません。
しかしじっくり観察すれば気付く事ができます。
【B-8/1日目・夜】
【アサシン(T-1000)@ターミネーター2】
[状態]正常、『北条加蓮の母親』の姿に擬態
[装備]警棒、拳銃
[道具]『仲村ゆり』の写真
[思考・状況]
基本行動方針:スカイネットを護るため、聖杯を獲得し人類を抹殺する。
1.多種多様な姿を取って、情報を得る。
2.マスターらしき人物を見つけたら様子見、確定次第暗殺を試みる
ただし、未知数のサーヴァントが傍にいる場合は慎重に行動する。
3.「仲村ゆり」を見かけたらマスターかどうか見極める。
[備考]
キリヤ・ケイジの私物に液体金属の一部を忍ばせてあるので、どこにいるかは大体把握しています。
アサシン(キルバーン)の身体に液体金属の一部を忍ばせてあるので、どこにいるかは大体把握しています。
なお、魔力探知などにより忍ばせた液体金属が気付かれてしまう可能性があります。
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投下終了です。
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>>726、了解しました。
企画主の裁定をいただきましたので、私も「秘かに蠢く影」の破棄を宣言します。
この度は不快な発言をしてしまい、そして皆様に多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
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投下乙です。
>這い寄る悪夢
キルバーン、確かにけっこうピンチですね。何よりその懸念の核がマスターのサーシェスってのがサーシェスらしいっちゃらしいけど。
この主従も色々と他主従との因縁抱え始めてるわけか
そしてT-1000、何の感慨もなくNPCを手にかけすり替わり動き回る怖さよ。そして毒牙にかかったの加蓮の母ちゃんかよ…タイガー、大丈夫なのか…?
読み手の側で言う事かはわかりませんが、69lrpT6dfY氏もどうか気を落とされず、次話を楽しみにしています
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アーチャー(今川ヨシモト)、前川みく、ルーザー(球磨川禊)を予約します。そして投下します。
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剣、槍、騎乗、暗殺、魔術、狂気、あるいは異種なるもの―――サーヴァントとして現界するにあたり与えられるクラスには種々様々存在し、それぞれに得手と不得手、そして専売特許とも言うべき固有のスキルが割り振られる。
それらは主にクラススキルという形で具現するが、しかし弓兵のサーヴァントに限っては密かに隠し持つ更なる力が存在した。
とはいえそれは「弓を扱う」というクラスの都合上、絶対に獲得していなければならない技術だった。クラス別スキルに計上するまでもなく、当然の如く所有している権利である。
それは、「弓を引き絞れば引き絞るほどに力が増す」という、実に単純なものだ。
しかし単純であるからこそ、それは時として入り組まれた複雑怪奇な千矢よりも強力な一矢として成立することもある。
特にこのアーチャー、今まさに弦へと矢筈をかけて次なる一矢を放たんとしている彼女は別格とも言うべき存在だった。正史においては戦国の世に消えていった数多の武将の一人でしかないが、しかし彼女は本来あり得ざる歴史において天下統一を成し遂げた紛うことなき大英雄である。
本来の歴史において天下人となった豊臣秀吉や、幕府を開き一つの時代を作り上げた徳川家康が、その死後に豊国大明神や東照大権現として日光東照宮に祀られる神格と押し上げられたように、その称号はこの日本国における英雄を指し示す号としては、最上級と言っても過言ではない。
あり得ざる外史といえど、その影響力は計り知れない。遍く天下をその手に掴み、弓神の加護までをも受けた彼女は、仮に彼女を従えるマスターが真っ当な魔術師であったならば、間違いなく最も聖杯に近い英霊であったことは疑いない。
その真名は今川ヨシモト。比類なき栄光と武勲を一身に背負った、誉れ高き戦国武将である。
初手の二撃において、ヨシモトはほとんど弓を引き絞ることなくその矢を放っていた。何故ならその時、狙うべき対象は二手に別れていたから。先に一方を狙撃すれば、残る一方には即刻気付かれて体勢を整える時間を与えてしまうかもしれないという可能性が存在していた。それだけならともかく、両者に合流を許すばかりか共同戦線を張られては流石のヨシモトと言えども分が悪いと言わざるを得ない。
だからこそ、優先すべきは連射速度にあった。弓に矢を番えて放つ、その一連の動作をどれだけ早く行えるかが重要であった。
そして現在、戦場はヨシモトの理想通りに事が進んでいた。同じ弓兵である和装の少女は戦線離脱、残る学生服の青年との相対距離は広がるばかりで、恐らく両者は互いの存在さえ感知できていないだろう。
一対一という条件ならば、そこは既に弓兵の独壇場である。アウトレンジからの一方的な精密狙撃の嵐はそれだけでほとんどの選択肢を封殺し、成す術なく敵手を死に追いやる理想の戦闘スタイルなのだから。
単純が故に破られ難い。それはアーチャーというクラスが持つ最大の強さなのだ。
故に当然、現在ヨシモトが展開している必殺の盤面から抜け出るには、それ相応の"強さ"というものが必要になる。
それは例えば頑強さであったり、早さであったり、あるいは高度な隠蔽能力であったり……いずれにせよ何かに特化するか全方位に優れた力を持たなければ、遠間より放たれる矢の物量にやがて押し潰されるのが道理である。
ならば、ヨシモトが狙い撃つ学生服の男―――球磨川禊はどうなのかと言えば。
-
『―――うぐ』
「ッ、ルーザー!」
当然、こうなる。みくの体を抱え屋根から屋根へ飛び移ろうと跳躍した瞬間、球磨川の右大腿部を鏃が貫通、着弾の衝撃のままに地面へと不格好に墜落する。
それでもみくを庇って彼女の肉体に傷をつけさせまいとするのは最後に残った矜持故か。あまりにさりげなさすぎておよそ本人には気付かれていないだろう気遣いをするだけの余裕は未だにあったが、それとていつまで保つかは分からない。
球磨川は抱えたみくごと土煙をあげる勢いでごろごろと転がり物陰へと退避。続く第二第三の狙撃をなんとかいなし、狙いを逸れた矢が地面を抉り粉塵を巻き上げる様を後目に再度の逃走を開始する。
最初の接敵から僅かに二分、迷わず敵前逃亡を選択した球磨川は一心不乱に狙撃位置とは逆方向へと駆けていたが、まるで功を奏し得ていないというのが現状であった。
全力で駆けようとすれば逃げ道を塞ぐように先手で射られ、避けようと思えばその回避先は逃走先とはまるで見当違いの箇所にせざるを得なく、逃れようともがけばもがくほどに徐々に深みへと嵌っていくのだ。
この二分間で稼げた距離は、おそらく百メートルもあるまい。例え最底辺の敏捷値しか持たないとはいえ腐ってもサーヴァントである球磨川の脚力を以てすれば、そんな距離は二秒とかからずに走破できるにも関わらず。
そしてその間に刻まれた傷は、大小合わせてどれほどの数になるだろうか。既に痛覚など消え失せて、尽きかけた気力だけを頼りに球磨川は離脱しようと必死に足掻く。
「何なのこれ、いきなり攻撃ってどうかして―――!?
『はいはい舌噛むからお口は閉じてようねみくにゃちゃん……っと』
未だ混乱から抜け切れていないみくとは対照的に、球磨川はどこまでも平素の表情だ。四肢に刻まれた貫傷も、全身を襲う激痛も、彼は何ら頓着していない。いつもと変わらないにやけ面で、もう何度その手から吹き飛ばされたか分からない螺子を取り出し構える。
『飽きないもんだねぇ。僕も君も、さ!』
球磨川の腕が振るわれると同時、金属同士が高速で衝突する特有の甲高い音が響き渡り、辺りに火花と衝撃が拡散した。
螺子と鏃、双方がぶつかり合う瞬間のインパクトで大気が震え、力負けした球磨川の腕が勢いよく弾かれると共に手にした螺子が粉々に罅割れ砕ける。ばかりかその肉体ごと浮き上がり後退を余儀なくされた。
砕かれた螺子の破片が後ろに流れていく。衝撃に吹き飛ばされる形となった球磨川が再度螺子を取り出そうと腕を動かして、しかしその瞬間には既に二桁を越える数の矢が球磨川の眼前にまで迫り来ていた。
『づ、いったぁ』
「うぁ!?」
-
それを球磨川は、己が肉体の末端を削り取らせることで紙一重の回避に成功させた。左肩、右脇腹、両脹脛に頬の一閃。血肉を抉り飛ばされながら、致命の傷のみを避けることで束の間の寿命を延長させる。
僅かに損傷を与えたことで射線にズレの生じた矢が、悉く球磨川たちのすぐ脇を通り過ぎ背後に着弾、火器砲撃もかくやという爆発を引き起こす。断続的に巻き起こる爆風に煽られ、二人は成す術もなく更に後方へと弾き飛ばされた。
『ほんっと容赦ねえなお前。こちとら蟻にも劣る最底辺なんだから少しは加減してくれたっていいんじゃないの!』
言うが早いか球磨川は頭上より都合十数本の巨大螺子を現出、垂直に地面に突き刺すことで即席の防護壁とする。次々と突き立っていく螺子の群れはさながら剣樹、覗き見る隙間さえ埋め尽くした巨大螺子群は球磨川たちの前方五mに文字通りの鉄壁となって屹立した。
如何に強力な射撃と言えど、その矢は宝具ではない単なる標準武装。ならば同じ魔力武装たる螺子群であるなら多少は拮抗するのではないかという考えだった。
例えそれを持つ球磨川は劣等そのものであろうとも、宝具に至らない武装同士に隔絶した差はないというサーヴァント化における不文律は崩せまいと、そんな意図を込めての防御策であったが……
『……うっわぁ』
次の瞬間には、聳え立った幾本もの巨大螺子が一斉に爆散した。そうとしか形容できないほどに、それらは完膚無きまでに木っ端微塵と砕け散った。
体勢を立て直す暇も、逃げ出す隙を作る暇もなかった。踏み出そうと一歩を動かした足は硬直し、視線の先のみくはただ茫然と事の流れを傍観することしかできていない。
前提としての見立てがまずかったのだ。球磨川もみくも知らないとはいえ、相手は弓神の加護を授かったほどの大英雄。「射る」ということにかけては他の追随を許さず、故に単なる一矢であろうとも時には宝具級の威力に化けることだってあり得る。そもそも身体だけでなく頭脳やヤマ勘、時の運にまで見放されている球磨川があてずっぽうの予測などを根拠に立ち回ればこうなることくらい当然の話である。
だから、これは全てが自業自得の末路。
大量の破片が宙を舞うその中で、砕けた螺子の間から直線的な軌道の矢が、そして螺子を飛び越えた遥か頭上から弧を描いた軌道の矢が、それぞれ数を数えることが馬鹿らしくなるほどの波濤となって視界を埋め尽くした。
それを前に、球磨川はどこまでも軽薄な笑みを浮かべたまま突っ立って。
『あー……』
対処不能、そう悟ったのかあるいは自棄か、球磨川は困ったように頭を掻く。
死への恐怖も困惑も、あるいは諦観や絶望とも違うそれは、日常のそれと何も変わらない。
どこまでも軽薄に、球磨川は面倒臭そうに呟いた。
『ごめんみくにゃちゃん。ちょっと嫌かもしれないけど我慢してね』
-
そう言った、瞬間。
―――最早豪雨と形容すべき大量の矢が、球磨川たちが存在する空間を貫いた。
―――次々と殺到する鏃の嵐、間断なく鳴り響く轟音は大地と空間を震わせて、大規模なクレーターが如く砕かれた地面から発生した土煙が射抜かれた二人を覆い隠す。
直撃であった。最早疑うまでもなく、無数の矢は球磨川たちを貫いていた。
そのはずである。向こう側が見えないほどに多く舞った砂塵から、彼らが脱する場面など一切見えていなかったのだから。
残されたのは、舞い散る粒子と静寂のみ。あらゆる抵抗の痕跡が、その場から消え失せた。
▼ ▼ ▼
「腑に落ちませんわ」
弓を構え、番えた矢を右の手に握り、ヨシモトは全てが終わったはずの戦場を見つめ、呟いた。
終わったはずだと、理屈の上ではそう思う。狙いはとうに定まり、その一矢が彼らを貫く場面を、ヨシモトは確かに目撃した。
けれど、そうした常識や理屈を超えた直感とも言うべき何かが「否」と告げているのだ。千の戦場を潜り抜け、万の死を垣間見てきた将としての経験が、獲物を逃がしたと言って憚らない。
そして何より、敵を貫いたのだという手応えを、今のヨシモトはまるで感じることができていなかった。弓は手先ではなく感覚で扱うもの。故に彼女は頭よりも磨き上げた直感をこそ信頼する。
「逃げられた、ということになるでしょうか」
射抜くような視線に文字通り力を込める。彼女の両眼は地平の彼方までをも見通す千里眼、如何なる手段を以てしても彼女を欺くことなどできはしない。
この眼にかかれば半里の距離や、ましてや巻き上がった粉塵程度、邪魔にさえなるものか。故に彼女は視界の先を千里を見透かす眼力で貫いて―――
「……やはりそのようですわね。ああもう、この私が不覚を取ってしまうとは」
情けないですわ、と。ヨシモトは構えていた弓を下ろし脱力する。
最後の攻撃が着弾したその箇所、そこには誰もいなかった。隠行が施されたという可能性は考えづらい、ヨシモトの千里眼は透明物はおろか霊的・空間的な隠蔽さえも看破するのだから、よほどの術者でもなければ存在を欺くことなどできないし、何より単に身を隠しただけではあの弾幕を回避するなど不可能だろう。
ならば、考えられる可能性は。
-
「空間的な転移能力、といったところでしょうか。兆候が見られなかったことを考えるに、令呪ありきのものではなさそうですけど」
真っ先に思いつくのはそれだった。一切の兆候なしに消え失せたとなれば実現可能な手段は極めて限られてくる。空間転移など神代の魔術師にも等しい難行ではあったが、絶対的に不可能な行為というわけではなかった。
高ランクの宝具であればあるいは、という程度の可能性でしかないけれど。
「先の学び舎の一件といい、中々流れと運気が巡ってこないようですわ。これではイエヤスさんに顔向けができませんわね」
ふぅ、と落胆の溜息を吐く。追撃というのも一瞬考えたが、下手な深追いは怪我の元でしかないし、何より視界内にマスターであるチコを捉えたままでの追い立てというのも楽ではない。相手の手の内が分からない以上は素直に退くのが賢明だろう。
それに何より、学生服のサーヴァントが漂わせていたあの気配。
直接相対することもなく遠目から見ただけでも如実に伝わってくるあの禍々しさ、この世の深淵という深淵を煮詰めたかのようなあの有り様は、明らかに尋常ならざるものだった。
正直言ってあんなものとは二度と遭遇などしたくなかった。敵としても味方としても、あるいはふとした拍子に視界に入れてしまうという形でさえも。
「初日の"攻め"は失敗……ですが、それもまた一興でしょう。
何より逆境であればあるほど、それを覆した時の喜びもひとしおですわ」
そうでしょう、マスター。
と、ヨシモトは口には出さず、そのまま霊体化してその場を離脱した。
一度目こそは失敗に終わったがなに、まだまだ打つべき手は残っているのだ。聖杯を巡る七曜の戦は、未だ一巡目の途中でしかない故に。
奇跡を否定する一矢が全てを砕く時を待ち望んで。
天下を一つに治めた少女は、次の戦場へと身を翻した。
【B-4/1日目 夜】
【今川ヨシモト@戦国乙女シリーズ】
[状態]健康
[装備]ヨシモトの弓矢
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従いますわ!
1. みく主従を討ち取る。
2.同時に、チコの周囲を警戒。サーヴァントらしき人物がいたらチコに報告して牽制を加える。
3.夜間、遠方からC-7の橋を監視。怪しい動きをしている人物が居れば襲撃。
[備考]
※本人の技量+スキル「海道一の弓取り」によって超ロングレンジの射撃が可能です。
ただし、エリアを跨ぐような超ロングレンジ射撃の場合は目標物が大きくないと命中精度は著しく下がります。
宝具『烈風真空波』であろうと人を撃ちぬくのは限りなく不可能に近いです。
※瑞鶴、みく主従を把握。
※チコはヨシモトの視界内にいます。
▼ ▼ ▼
-
爆風が収まって幾ばくか、巻き上げられた粉塵も落ち着き破壊の痕がはっきりと認識できるようになった頃。
『……負けちゃったなぁ、今回も』
全てが終わったはずの場所で、しかしあらゆる定型を打ち崩す負の言葉が大気を伝わった。
数瞬前までは、そこは確かに何もない空間だったはずだ。砕かれた地面、損壊した道路、へし折れた標識。午後の爆発事故ですっかり気が立っている住人達は危険を避けようとこの場から既に避難し、そうでなくともわざわざ見に来ようなどという愚かしい者は一人としていなかった。故にこそ、この場には破壊の静寂しか残っておらず、人は一人として存在しなかったはずなのに。
今は、いた。二人の人影が。
一人は、厭らしい薄ら笑いを顔面に張り付けた少年。
もう一人は、困惑に表情を染める少女。
『大嘘吐き(オールフィクション)』
『僕とみくにゃちゃんを【なかったこと】にした』
『分かっていたこととはいえ、やっぱ嫌になるもんだね。こんな正(えいゆう)しかいない戦争なんてさ』
言葉とは裏腹の軽薄な顔つきで言ってのける球磨川は、しかしやはりというべきかその身に多大な損傷を負っていた。それは至極当然のことで、自身が負けるなどということは彼にしてみれば最初から分かりきった結末だったのだろう。
何故なら、ルーザーのサーヴァント球磨川禊にあの状況を脱することが可能なほどの抜きんでた強さなど何一つとしてありはしないのだから。その身は弱さと脆さの集合体で、あらゆる英霊の中で最も劣った弱点と欠点ばかりが存在を構築している欠陥品。人間として最も劣悪で英霊として最も醜悪な最底辺こそが球磨川禊である故に。
飛来する矢を叩き落せるだけの膂力もなく、耐えきれるだけの頑健さもなく、逃げ切れるだけの駿足もない。遠距離を攻撃する手段もマスターを守護するスキルも起死回生の宝具もない。
常識的に考えれば、瞬殺されずにある程度戦闘を成り立たせていたということそれ自体が賞賛されるべき戦力差だと言えるだろう。およそ考え得る限りにおいて逆転の可能性は0に等しく、ならばこそ彼はとうの昔に死んでいなければならない弱者であるというのに。
『けれど、まあ―――生きているなら何だってしてやるよ、僕は』
しかし、それでも。
それでも、彼はこうして地に足つけて立っていた。
全身を痙攣させ、朦朧とした意識に瞳を混濁させ、その姿はあまりにも無様に過ぎたけれど。
死んで然るべき境地に立たされておきながら、しかしみっともないほどに生き汚く這い上がった。
寄る辺とする強さなど何一つとして持たないままに。
ならばこれは超絶の技量が成せる業か―――違う、彼の生涯には技術も研鑚も存在しない。
ならばこれは慮外の幸運が成せる今か―――違う、幸運の女神は決して彼に微笑まない。
故に、これは断じて正しい強さの発露などではなく。
故に、これはどこまでも失ってしまった弱さでしかないのだ。
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『まあそういうことでさみくにゃちゃん、逃げるんなら今のうちだと思うぜ』
「……そ、そんなの、ルーザーに言われなくても分かってる!」
説かれたみくは、震えの止まらない足を無理やりに立たせて答える。体の節々は激痛を訴え、完全に腰が抜けてはいたけれど、それでも目線だけは決して下げることなく、彼女は懸命に立ち上がろうとしていた。
『あーらら、生まれたての小鹿みたく震えちゃってまあ。大丈夫? 手でも貸すかい?』
「いらない、ほっといてよ」
差し出された腕はぱしりと弾かれ、よろよろと歩きだすみくは球磨川を見ることもなくその脇を通り過ぎる。
目指す先は変わらない。音無結弦が消えた方向―――新都。
『あ、そ。まあ別に僕はどうでもいいさ』
それを横目に、球磨川は目を細ませて。
『どちらにしても、何にしても。逆境じゃなきゃ嘘さ』
その笑みは、仮面の如く。
何も変わることは、ない。
【B-4/1日目 夜】
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]魔力消費(中)、決意、『感染』
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。けれど、何も知らないままその方針に則って動くのはもうやめる。
0.新都に向かう。多分、そこに音無結弦がいるから。
1.人を殺すからには、ちゃんと相手のことを知らなくちゃいけない。無知のままではいない。
2.音無結弦に会う。未央を殺した理由、願い含めて問い詰める。許す許さないはそれから。
[備考]
本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。本田未央をもう助からないものと思い込んでいます。
アサシン(あやめ)を認識しました。物語に感染しています
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『物語に感染? 全身がボロボロ? そういう負傷的なやつはもう慣れたよ』『この不利な状況を覆してこそ、僕が輝くってものさ』
[装備]『僕の一張羅もそろそろ取り替え時かな。まあ魔力さえあれば直せるから気にしなくていいんじゃない?』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんに惚れちまったぜ、いやぁ見事にやられちゃったよ』
2.『裸エプロンとか言ってられる状況でも無くなってきたみたいだ。でも僕は自分を曲げないよ!』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
5.『色々とあるけど、今回はみくにゃちゃんに従ってあげようかな』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。物語に感染しています
※音無主従、南条主従、未央主従、超、クレア、瑞鶴を把握。
※前川みく、ルーザー(球磨川禊)がアサシン(あやめ)を認識、物語に感染しました。
残された猶予の具体的な時間については後続の書き手に任せます。
あと今回の暴露劇だとルーザーが他二人に『紹介』した形になるので、彼だけ受けている影響が小さいです。
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投下を終了します
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投下乙です。
球磨川さん、本当に生き汚いですね。
振り返ると、一貫してみくにゃんの助けになってる優良サーヴァントなのに、気持ち悪いばっかりに……。
相変わらず、仲は深まらないですし、最後までこのまま微妙な空気なのか。
アスナ、超、光、テスラ、ミサカ、ゾル、紗南を予約。
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ヨシモト強いな
球磨川は気持ち悪さ前回だけどスペックはやっぱ押し負ける程度な辺り実に原作再現である
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延長します。
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長谷川千雨、ランサー(金木研)を予約します
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投下します
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子供一人が生活するには、少々大仰な部屋。
ホームセンターで一番安かったからと買ってきた、質素なテーブル。
フローリングの上に雑多に脱ぎ捨てられた、だらしなさを象徴するような衣服類。
液晶テレビがどうたらと言っていた世相に真っ向から反発するかのような、ブラウン管の分厚いテレビ。
明かりの一つも点けられていない部屋の中にあって、唯一の光源となっているノートPCのディスプレイ。
ごちゃごちゃとした配線に紛れて、これまた大量に設置された周辺機器の数々。
趣味の漫画や小説が収められた無駄に立派な本棚、シーツが荒らされたベッド、カーテンが閉じっぱなしの窓。
それが、今の長谷川千雨にとっての全てだった。
まるでこの世の底辺のような光景だった。
つまりは、今までと何も変わらない。
これまで通り、自分はずっと底辺のままだった。
「……だりぃ」
心底怠そうに吐き捨てる。
右腕に刻まれたパンタローネ最期の悪あがきは、既に適当な治療が施されている。
病院に行くつもりはなかった。明らかに不自然で人為的な傷の原因を説明するというのも面倒だったし、どこから自分の情報が漏れるか分かったものじゃない。
かつて無駄に荒事に巻き込まれた経験から多少は応急処置の心得はある。化膿と壊死の防止に止血、道具は部屋にあった有り合わせで事足りた。残る懸念は痛みだけだったが、そんなものは今さら気にするようなことではない。
つまるところ問題なし。少なくとも自分は、これで準備万端と言えた。
けれど、最も大きな問題は自分とは別のところにある。
ランサーのサーヴァント、金木研は未だ万全とは言い難い状態にあった。
あれから幾度かの魂喰いを敢行したが、取り戻せた力の総量は失われたそれを上回ることはなかった。彼の全身には癒えぬ傷がいくつも刻まれ、魔力の嵩は戻らず疲労は蓄積されていくばかりだ。
魔力が足りていないのだ、それも決定的に。
千雨とてある程度の魔力を有してはいるものの、金木のかつてのマスターであるネギ・スプリングフィールドとは比するまでもなく、その魔力量は微弱に過ぎた。
当然の話だ。なにせネギは魔力量だけ鑑みても世界トップクラスの魔法使いなのだ。積み上げた修練、魔力制御の妙、その全てが千雨など遥か後方に置き去りにしている。
千雨がマスターとして不適というわけではない。ただ、敗退寸前の窮地から即座に復権できるほどの図抜けた「何か」がないという、ただそれだけの話だった。
そして、そんなことは誰あろう千雨自身が、誰よりも理解していた。
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「ちッ……」
疎ましげな舌打ちを一つ、千雨は懐の携帯端末を手に取った。
自分たちは窮状に立たされている、そしてそれを脱する有効打を持ち合わせていない。それを誰より理解しているからこそ、彼女はあらゆる手段を行使せざるを得ない。
それは例えば、今まで無意識に目を逸らしていたこととか。
それは例えば、元の世界での負い目から選択することのできなかった手段であるとか。
「……」
登録されていた番号から発信して暫し、無機質なコール音が切り替わって人間の肉声がスピーカーから発せられた。
「……もしもし」
『もしもーし、ちうちゃん? うっわあ久しぶり、元気してた? 病気だって聞いたけど』
「私のことはいい。それより朝倉、ちょっと頼みがある」
電話口から聞こえてくる間の抜けた声。今となっては懐かしくもあり、同時に悔恨の滲む相手でもあった。
朝倉和美。かつて自分の不手際で死なせてしまった"知り合い"であり、今は千雨が聖杯に"復活"を願う"友人"だ。
厳密には、その複製品と言うべきなのだろうが。
『えー、なんかすっごい唐突だね。というか私もこれで忙しいんだけどなー』
「無理を言ってるのは分かる。けど、頼む」
『……あーもー、病み上がりかと思えば珍しく殊勝になっちゃって!
分かったよ、とりあえず話してみ? 力になれるかどうかは分かんないけどさ』
朝倉は突然の無茶振りにも不機嫌を露わにすることなく、こちらの話を聞いてくれる。
表面上はおどけていても根は面倒見のいいあいつのことだ、クラスメイトの頼みを無碍にはしないと踏んだがその通りだった。
……そんなことを計算に入れて行動する自分に、吐き気がした。
………
……
…
-
『街で起こってる不審事件について、ねー……』
用件を聞き終わった朝倉の声は、怪訝なものだった。
朝倉にとっては当然の疑念だろう。たかが一介の中学生がそんなことを聞いて、一体どうするのかと。
魔法だの妖怪だの不思議剣術だのを知らないこの世界の彼女にとっては、思い当たる節などあるはずもない。
『ねえちうちゃん、それを聞いてどうするの……なんて、聞いちゃ駄目かな』
「わりぃ」
即答した。この一線を譲るつもりはなかった。
朝倉に頼ったのは、偏に彼女が極めて高い情報収集能力を持つが故のことだった。例え魔法が存在せずとも、あの明らかに中学生離れしたプロフェッショナルなとんでも集団は健在だった。
無論、朝倉の報道関係のようにあくまで常識的な分野に限った話ではあるが。
だからこそ、情報は求めても深入りさせるつもりはなかった。ここにいる朝倉和美は、かつてとは違う正真正銘の一般人なのだから。
『……まあ、いいよ。ちうちゃんならわざわざ危ない橋渡るようなこともしないでしょ。
でもちょーっと漠然としすぎだからねー、情報纏めるのに時間かかるけどいい?』
「どれくらいかかる?」
『そだねー、まあ明日の朝くらいには何とかいけるかなって感じ?
ま、気長に待っててちょうだいな』
「……悪いな、本当に」
『いいっていいって、どうせ会報の準備で徹夜の予定だったし、私としても知らないことじゃないからね。ちょっと手間が増えるくらいどうってことないさ』
けらけらと明るく笑う朝倉に、どうしても声の調子が下がってしまう。
ここにいるのは偽物なのだと理屈で分かってはいるつもりだった。けれど、実際に声を聞いてしまえばそんな張りぼての認識は簡単に流されてしまう。
心が、意味の分からない軋みに襲われる。
-
『けどさ、良かったと思うよ私は』
「……? なんだよいきなり」
『だってちうちゃん、最後に学校に来た時なんてこの世の終わりみたいな顔してたじゃん。なんか悩みでもあんのかなーとか、結構みんな心配してたんだよ。
それが割と元気そうで安心したっていうか、これでまた学校で会えるよねっていうか』
「なんだそりゃ」
本心から出た言葉だった。中学時代の自分はクラスから浮いた存在だったし、クラスメイトとも距離を取っていたと自覚している。そしてそれは、この世界でもまた。
そんな自分をクラスの連中は心配してくれていたとか言うのが滑稽で、けれどあいつらならそんなもんだろうと理屈抜きで確信できてしまうのがやはり滑稽だった。
『でもさ、私らみんな心配してたってのは本当だよ。だからさ、体がもう大丈夫なら、できれば学校で顔見せて欲しいなって』
「……」
『ああもちろん、ちうちゃんの体調が最優先だけどね。あと別に恩着せてるとかそういうのでも』
「……わぁってるよ、そんなの」
不器用な優しさが突き刺さる。それは、かつて自分が払いのけたのと同じものだったから。
ひしひしと実感する。失ってから気付く、なんてこと。あまりにも馬鹿らし過ぎて、自嘲の笑いすら出てこない。
けれど、だからこそ。
「じゃ、また"明日"な」
『! うん、また明日』
ポツリ、と。通話を打ち切る小さな音。
脱力するように携帯端末を持つ手を放りだし、背もたれに体を預ける。
天井を向いた口から、重い溜息がついて出た。
「……今更、どうしようもねえよ」
誰に向けての言葉でもなかった。
あるいは、自分に向けてのものですらなかったのかもしれない。
そんなことは、今さら言うまでもなく瞭然だった。
最早引き返せないところまで自分たちは足を進めている。元より止まるつもりもなく、今更取り戻せるものでもない。
ならばこれは無意識に漏れ出た弱音の類か。何とも脆弱な精神だと笑いたい気分だった。
-
――――――――。
『こんにちは、チサメ』
『偶像に縋るのは、これが最初』
『きみは、また繰り返すかな?』
――――――――。
……視界の端の道化師が嗤う。
今日見るのは四度目だった。珍しい、普段は日に二度も見ることはなかったのに。
視線をそらして軽く息を吐く。目を向けたディスプレイには、何の気なしに表示したかつての自分の「城」。
もうずっと更新していない、郷愁すら湧かないネットアイドル「ちう」のHPは、最後に見た時のままずっと変わっていなかった。
「……戻れるわけねえんだ、今さら」
失われた友人は戻ることなく。
奪われた日常は帰ることなく。
盲目的に奇跡へ手を伸ばすことしかできない自分が、嫌になった。
【D-6/長谷川千雨の家/一日目 夜】
【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]魔力消費(中)、覚悟、右腕上腕部に抉傷(応急処置済み)。
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]ネギの杖(血まみれ)
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
2.今日は休息に充てる。
3.また明日、か。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
C-5の爆発についてある程度の情報を入手しました。「仮装して救助活動を行った存在」をサーヴァントかそれに類する存在であると認識しています。
他にも得た情報があるかもしれません。そこらへんの詳細は後続の書き手に任せます。
ランサー(金木研)を使役しています。
朝倉和美(NPC)に情報収集の依頼をしています。彼女に曰く二日目早朝にはある程度の情報が纏まるものと予測しています。どの事件のどの程度の情報が集められるかに関しては後続の書き手に任せます。
▼ ▼ ▼
言葉なく、ただ空を見上げていた。
空は夕焼けの赤から既に黒へと変遷し、今はまばらに星が見えるくらいに暗くなっていた。
夜の帳に包まれつつある、空。
聖杯戦争が起こっているなどと到底思えないほどに、辺りは厳かな静寂に満ちていた。
「僕は……」
-
青年―――金木研の表情は仮面のように動かない。ただ空を見上げるだけだ。
失ってしまった魔力の充填、傷ついた肉体の修復、それらは一朝一夕で為されるものではなく、故に今の彼は暫しの休息を余儀なくされていた。
こうしてマスターのいる部屋の外に出ているのは、プライバシーの保護と、気休め程度の索敵のためだった。後者の理由は、言い訳のようなものだったけど。
マスターやサーヴァントの多くは都市部に集中し、街の外れであるここのような場所には余程の理由がない限りは訪れることはないだろう。それは今日一日で結構な距離を往復してもなお他のサーヴァントの気配を探知しなかったことからも察せられる。
結局のところ、気まずいのだ。顔を合わせたところで何を言うこともない。事務的な連絡事項は既に終えているのだから、あとはそれぞれ勝手にしようと、そういうことだ。
そのことについて、金木は特に不満はなかった。自分としても気は楽だった。そこに思うことは、ないわけではなかったけれど。
「僕は、勝てるのか……?」
口をついて出たのは、そんな言葉だった。
聖杯戦争に際する彼らの勝機は、はっきり言ってしまえば非常に薄いと言わざるを得なかった。サーヴァントたる自分はこれこの通り満身創痍、マスターたる長谷川千雨に残された令呪は一つきり。魂食いによる魔力の回復も、やり過ぎればルーラーの裁定に引っ掛かる。八方ふさがりもいいところだ。
一寸先は闇、というように、自分たちの未来は明るくない。ともすれば次の日を迎えることなく死する可能性だって低くはなかった。
けれど。
「いや、勝たなくちゃいけない」
脳裏に刻むのは、その一点。
勝たなくてはならないのだという責務だ。
自分の肩にかかっているのは、最早自分たち主従の二人だけでは断じてない。
ネギ・スプリングフィールド、あんていくの人々、そしてあるいはまだ見ぬ誰か。
多くの人たちの運命を、未来を、命を、自分たちは背負っている。背負わざるを得なくなっている。
救わなくてはならないのだ。例え何を犠牲にしようとも。
そう思う心に否やはない。
そのはずだ。少なくとも、この瞬間は。
-
だが。
だが、本当にそれだけなのだろうか。
強迫観念にも似た自己犠牲、救うべき他者の存在。自分の戦う意味とは、果たしてそれだけなのだろうか。
そんな些末な疑問にもならない疑問を、金木研という人格は思考の片隅に想起した。
救う―――『本当に?』
救う―――『この世のすべての不利益は本人の能力不足』
救う―――『貴方は誰かを助けたいんじゃなく、単に自分が救われたいだけ』
「違う!」
頭に木霊する男と女の声を振り払う。否定する、それだけで嘲笑う男女の幻は姿を消した。
疑問は最早氷解し、既に迷いなど存在しない。躊躇も、諦観も、逡巡も、己の中からは消え去っている。
脳裏に男女の姿はない。
視界の端に道化師はいない。
幻など、何処にも存在しない。
『ねえ』
『僕は救ってくれないの?』
―――ならば。
―――自分の背後に映る幼い少年は、一体何であるというのか。
【D-6/長谷川千雨の家/一日目 夜】
【ランサー(金木研)@東京喰種】
[状態]???、全身にダメージ(回復中)、疲労(大)、魔力消費(大)、『喰種』
[装備]
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:誰が相手でも。どんなこと(食人)をしてでも。聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
2.今日は休息に充てる。
[備考]
長谷川千雨とマスター契約を交わしました。
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投下を終了します
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投下乙です。
どちらもアンニュイな調子は全く変わらず。
むしろ、更に下降して底辺でしょうか。
そして、カネキの背後に現れた少年は:reで出たあの子でしょうね。
まだ完全には気づけてませんが、自覚してしまったらどうなるのか。
遅れましたが投下します。
-
女子中学生の日常とは、こういうものなのだろう。
ミサカは今の自分が置かれている現状について、冷静に分析する。
放課後、寄り道をして遊んで帰るなんて、元いた世界では考えられなかった。
こうやってわいわいと騒ぐのは未経験であり、血生臭い実験だけが生きる理由であった彼女は、何も知らない。
無味乾燥。無色透明。日常とは何か。普通の女の子とは何か。
学園都市の裏側にしか居場所がなかった彼女にとって、今の世界は未知で溢れている。
「ゲームセンターって女子力の塊だと思うんだよね」
「ついに頭がおかしくなりましたか、とミサカは苦言を呈します」
先頭を歩く三好紗南はあいもかわらずゲームキチで、それを見るミサカの目は冷ややかだ。
その後ろを歩く南条光は辺りをきょろきょろとしながら歩き、最後尾の神楽坂明日菜は苦笑を表情に貼り付けている。
この四人、性格も趣味も違うカルテットだが、意外と気が合うのだ。
「あーっ、ゲーセンを馬鹿にしたなーっ!」
「馬鹿にしているのは紗南の頭です、とミサカは辛辣に吐き捨てます」
ミサカの瞳に映る彼女達は輝きに溢れ、自分が場違いのように思えてしまう。
やはり、自分は異物である。
ミサカの両手は銃火器のトリガーを引くものだ。雷を生み出し、外敵を討ち滅ぼすものだ。
彼女達がよくしてくれるのはありがたいが、その優しさに甘えてはいけない。
甘えを見せてしまったら駄目になる。ちょっとの油断が決定的な致命傷を生む可能性がある。
それでも、完全に壁を作れないのはミサカの弱さではあるけれど。
改めて、最初の決意を思い出す。偽りであろうと、彼女達の日常を自分が護るのだ。
これは聖杯戦争に関わっている自分にしかできないことである。
手を汚す覚悟なら、とっくにできていた。
「悲しい、あたしは悲しいよ! ゲーセンの良さをわからないなんて!
いい? そもそもゲームっていうのは進化し続けるエンターテイメントなんだよ。
常に改良を遂げ、あたし達に夢を与えてくれる娯楽……それらを詰めた場所が素晴らしくない訳がない!
その中でもやっぱり最高なのは」
「長いです、短く要点を纏めて下さい、とミサカは結論を望みます」
「つまり、ゲームセンター最高」
「最初からそう言って下さい、とミサカは呆れを示します」
「だって、それだけだと軽くあしらうでしょ?」
「はい、とミサカは即座に肯定します」
それじゃあ駄目なんだよ〜、と半ベソになりながら紗南はぽかぽかとミサカの肩を叩く。
彼女はゲームの事になると途端に熱くなり、しつこく抗議をしてくる。
何度も何度も、彼女の気が済むまでは自分から離れないだろう。
きっと、ゲームセンターまではずっとこの調子だ。
それまでは潔く、ミサカは彼女の小言を受け止めることに決めた。
-
「…………じーっ」
そう、思っていたが、今回はどうやら違うパターンであるらしい。
「どうしたのですか、いつもなら脇目もふらず走っていくというのに、とミサカは疑問を口にします」
目的地であるゲームセンターに着いても、紗南は走り去っていかずにミサカの横へと付いていた。
三度の飯よりゲームが好きだという三好紗南らしからぬ行動だ。
常ならば、解散と銘打ってさっさと格ゲーの椅子に座ってしまうというのに。
「ゲーム布教、ゲーム布教だよ! このままあしらわれたままだと、あたしのゲーム魂が黙っちゃいない!」
「二度も言わなくてもわかります、とミサカはジト目で見つめ返します」
「ぐむ〜〜〜〜〜〜〜!!! クール過ぎるよぉ! 今日は何としても、ミサカにゲームの楽しさをわかってもらうから!」
「はぁ、そもそもの話、ゲームセンターとやらに行ったことはないので……、とミサカは困惑の意志を露わにします」
「――――えっ、そんな、嘘だ、そんなことがあっていいはずが、これはますます洗脳……いや、布教しなきゃいけないね!」
ぎらりと目を輝かせ、紗南はミサカの手をぐいぐい引っ張り、ゲームの園へと意気揚々と進んでいく。
それはまるで、囚人が牢へと連れて行かれるかの如く。
この時の紗南は例えるなら炎か。どうやら、彼女に火を付けてしまったのは自分らしい、とミサカはされるがままで諦めることにした。
下手に止めても後々面倒くさいし、ゲームセンターに全くの興味がない訳ではない。
ならば、ここは流れに身を任せて乗ってしまおう。
「ミサカをゲーム脳に洗脳してくる! 後は頼んだよっ!」
「それはちょっと困ります、できれば二割程度が理想かと、とミサカは提言をします」
「えっ、二百割!? 意識が高いねぇ〜」
「………………」
「やめてやめて、その冷たい視線」
侃々諤々と騒ぎながら、光達を置いてけぼりに、ミサカ達は進んでいく。
せっかく布教してくれるのだ。
きょろきょろとミサカは辺りを見回すも、いまいちピンと来ない。
きらびやかな画面が映る格ゲーに、車の操縦席を型どったレーシングゲーム、太鼓でリズムを刻むゲーム。
どれを見ても、ミサカからすると初体験故に目移りしてしまうが、心の琴線に触れるものではない。
-
「んー、どれにしよっか。あたしとしては格ゲーがいいんだけど、初心者相手だしなぁ。
合わない人にはとことん駄目だし、ミサカにオススメは……んーーーー!」
「悩みますね、別に何でも構いませんよ、とミサカはやんわりと助言を投げつけます」
「それじゃあ駄目だよ! 最初の印象は大事なんだよ!? もし、最初にやるゲームがクソゲーだったら人生真っ暗闇じゃん!!
あたしにとっては同士を一人増やせるかどうかだし、真剣にもなるよ! 絶対、確実性、ぐむむゥ!」
正直、怖い。ゲームでここまで真剣になれるとは、三好紗南恐るべし。
けれど、自分の為に考えてくれるというのは悪い気はしない。
こういうのが普通の女子中学生らしさなのだろうか。
また一つ、勉強になった気がする。元の世界に帰ったら、ゲームセンターに入り浸るのもいいのかもしれない。
「…………?」
がしがしと頭を掻き毟りながら悩み抜いてる紗南を尻目に、ミサカは一つの筐体に目が惹きつけられた。
それはミサカがこの世に生まれ落ちた時からよく見ているもので、到底日常とはかけ離れたものだ。
銃火器――――のレプリカ。おもむろに手に取ってぺたぺたと触ってみるが、やはり本物とは違う。
持ち上げても軽いし、弾丸は出ないし、皮だけが本物にそっくりな不良品。
こんなもので何をするのやら、と疑問に思っていると、正気に戻った紗南が駆け寄って来る。
「おっ、ガンシューに興味が湧いたの? まあ、これなら初心者でもある程度はできるかもね」
彼女の説明を聞いてみると、ガンシューティングとは、画面に拳銃を向けて的を撃つといったゲームらしい。
的については色々とあるとのことだが、まあ的当てだろう。
これはいざという時の訓練用なのかと聞いたが、きょとんとされたのは納得いかないが。
ともかく、このゲームならミサカでもできるだろう。
何しろ、本物を使い慣れているのだ、偽物の拳銃ぐらい片手間に扱えなくてはおかしい。
「よぅし。ミサカも興味津々だし、これにしよっか! 大丈夫、もし死にそうになったらあたしがフォローするからさ!」
まあ、こういった趣向の訓練だと思えば問題はない。
思えば、友達と一緒に楽しく訓練なんて初めてだな、なんて思いながら。
-
■
南条光は困っていた。それはもう、眉を顰めるぐらいに。
目の前のガラスにかぶりつくかのように。じっと、じっと見つめて。
「取れない、とーれーなーいー!」
項垂れ、べそをかいていた。
隣で見ている神楽坂明日菜は少し引いている。
「もう諦めなさいよ……」
「嫌だ! 正義の味方はこんなことじゃ諦めないんだ!」
「いや、UFOキャッチャーに正義の味方全く関係ないから」
「だってぇ」
「取れないものは取れない。それ以上使うのは無駄遣いが過ぎると思うけど?」
どうやら、お目当ての景品が取れないことに光はご不満らしい。
ちらっと見てみると、そこには戦隊ヒーローのフィギュアが陳列されている。
目を鋭く尖らせ、勇猛果敢にアームを動かしているが、取れる気配は全くない。
このままだと、積まれた硬貨は何の益も生まず、機械へと吸い取られていくだろう。
数秒、目を閉じて考える。別に助ける義理なんてない、無関係だ。
けれど。そう、けれど。
はぁ、と溜息をついて明日菜はそっと光をどかす。
「あ、明日菜さん?」
「貸してみなさい。ま、私でも取れるかどうかわからないけど」
結局の所、神楽坂明日菜はお人好しだった。
目の前で顰めっ面のクラスメイトを前にして、黙っていられる程、情がない訳でもなく。
例え、それが偽りのクラスメイトだとしても。
-
「あーもうっ! そんなキラキラとした目で見られても困る!」
正直、明日菜は今のクラスメイトと仲良くする気は全くなかった。
皮だけは同じで中身はほとんど別物である人達を見るのは心苦しかったし、何より自分は生命を懸けた戦争に参加しているのだ。
もしも、何らかの形で仲良くなったクラスメイトを巻き込むといったことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。
だから、できるだけ一人でいよう。
そう、思っていたのに。
「それでも、ありがとうっ、明日菜さん!」
そんな目で見ないで欲しい。
偽りの日常が愛おしく思うなんて、あってはいけないのだ。
この世界は、元の日常に戻る為の踏み台であらなければならないのだ。
(だから、きまぐれ。これはきまぐれ。そうでなきゃいけない)
がしゃん、と音を立てるアームを動かしながら、顔の表情を苦渋に染めて。
「ねぇ、南条さん」
「ん?」
何かを口走ろうとして、そっと口をつぐんだ。
「ううん、何でもない」
助けて、とは言えなかった。
こんな聖杯戦争とは無縁な少女に手を伸ばした所で、何の意味もないというのに。
無理矢理に顔の表情を笑顔に変えて、明日菜は再びUFOキャッチャーへと集中を高める。
誰にも助けを求めない。否、求めることができない自分の弱さから逃避するように。
-
■
「――――それで、三好さんは何をそんなにムキになっているの?」
数十分後。明日菜達はUFOキャッチャーを切り上げて、他のゲームのに熱中しているだろう紗南達を探すべく店内を回っていた。
そして、ようやく見つけた二人は何故か知らないが、疲弊しきった顔でガンシューティングに取り組んでいる。
ミサカの方はげんなりとした表情でリズムよくトリガーを引いている。
それとは対照的に、紗南の方は顔を赤くして、一心不乱にトリガーをカチカチしている。
正直、ドン引きだった。
「勝つ……勝つ……ゲーマーとして、初心者に負けるのは、NG……勝つ、勝つ……」
どうやら、ガンシューティングの点数を競い合っているらしいが、紗南が劣勢だという。
ゲーマーと称する彼女のことだ、意地があるのだろう。
それは明日菜達からすると全くわからないものだが、まあ気にしていたら負けだ。
日常、非日常に関わらず、誰にだって絶対に譲れないものを持っている。
例えば、神楽坂明日菜であれば、日常であったり。
例えば、南条光であれば、正義の味方であったり。
「あ〜〜〜〜〜っ!!! また負けたぁ〜〜〜〜〜〜!!!」
「正直、もう遠慮したいのですが、とミサカはげっそりとした顔で銃を置きます」
聖杯戦争はそんな譲れないものを懸けて殺し合う。殺し合わなければならない。
もしも、彼女達がマスターであったら、どれだけ仲良くなろうとも最終的には争うのだ。
「…………次は絶対に勝つから」
「その時はまたよろしくお願いします、とミサカは頭を深々と下げて返答します」
「今度は負けないからね、初心者だからといって手加減はなしっ! んじゃ、アスナさん達も来たことだし、今日はお開きってことで。
時間も遅いしねー。最後にプリでも取って帰ろうかー」
こんな思い出を作っても、いつかは置いていく。
その事実は薄く降り積もり、動けなくなるまでに払わなくてはならない。
どれだけ素晴らしい日常であろうと、一週間で消えてしまうものだから。
-
【C-9/ゲームセンター/一日目 夜】
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学校鞄(中身は勉強道具一式)、思い出のプリクラ
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
0.――――日常を護る。
1.聖杯戦争を止めるために動く。しかし、その為に動いた結果、何かを失うことへの恐れ。
2.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ。
[備考]
C-9にある邸宅に一人暮らし。
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン 、ルーザーから渡されたチャットのアドレス
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
1.マスターを守護する。
2.負のサーヴァント(球磨川禊)に微かな期待と程々の警戒。
3.負のサーヴァント(球磨川禊)のチャットルームに顔を出してみる。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
個人でスマホを持ってます。機関技術のスキルにより礼装化してあります。
【神楽坂明日菜@魔法先生ネギま!(アニメ)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服
[道具]学校鞄(授業の用意が入っている)、死んだパクティオーカード、スマートフォン 、思い出のプリクラ
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1.皆がいる麻帆良学園に帰りたい。
2.でもだからって、そのために人を殺しちゃうと……
3.――助けて。
[備考]
大きめの住宅が居住地として割り当てられました
そこで1人暮らしをしています
鈴音の工房を認識しているかどうかは後続の書き手にお任せします
スマートフォンの扱いに慣れていません(電話がなんとかできる程度)
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]霊体
[装備]改良強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]時空跳躍弾(数発)
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える
1. ネギが死んだことを認めるしかない。それによる若干の鬱屈。
2.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
3.それまでは防衛が中心になるが、出来ることは何でもしておく
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
強化服を改良して電撃を飛び道具として飛ばす機能とシールドを張って敵の攻撃を受け止める機能を追加しました
B-6/神楽坂明日菜の家の真下の地下水道の広場に工房を構えています
工房にT-ANK-α3改が数体待機しています
チャットルームへと誘われましたが、球磨川の気持ち悪さから乗り気ではありません。
【御坂妹@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服、専用のゴーグル
[道具]学校鞄(授業の用意と小型の拳銃が入っている) 、思い出のプリクラ
[金銭状況]普通(マンションで一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ生還する
1.協力者を探します、とミサカは今後の方針を示します
2.そのために周辺の主従の情報を得る、とミサカはゾルダートを偵察に出します
3.偵察に行ったゾルダート達が無事に帰ってくるといいのですが、とミサカは心配になります
4.学園で体育の着替えを利用してマスターを探ろうか?とミサカは思案します
5.光を巻き込みたくない、けれど――とミサカは親友に複雑な思いを抱いています
[備考]
自宅にはゴーグルと、クローゼット内にサブマシンガンや鋼鉄破りなどの銃器があります
衣服は御坂美琴の趣味に合ったものが割り当てられました
ペンダントの購入に大金(少なくとも数万円)を使いました
自宅で黒猫を飼っています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](13号〜20号)、健康、無我
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
[備考]
-
投下終了です。
そろそろ第一放送に突入させようかと思っています。
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お二人とも投下乙です
金木と千雨のメンタルぎりぎりの状況がひしひしと伝わってきます
もうすでに色々やってしまっている千雨、和美との電話が読者視点では痛々しい
そして元々背負っていた金木君、今やそこへさらにこの世界での諸々をしょい込んでしまっては…踊る道化もいないのに背後に立っているあの子、というのがまた…
そして一方で、少女たちの変哲のない日常…であるようで、こちらも色々渦巻いているなあ
光や明日菜、ミサカのやり取り、会話が明るければ明るいほどその内側から不穏がのぞく感じ。
放送も近いとのこと、これからも楽しみです
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放送の前に一つだけ……
仲村ゆり&斉藤一、音無結弦&あやめ、神条紫杏&緋村剣心、本田未央&加藤鳴海を予約します
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投下します
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人斬り抜刀斎とは稀代の暗殺者の忌み名であると同時に、最強の剣豪を表す名でもあった。
歴史の闇に真実を葬られ、今や抜刀斎の正体を知る者は一人残らず死に絶えてしまった故に、両者が等号で結ばれることはほとんど無くなってしまったが。人斬り抜刀斎とは血塗れた暗殺者という事実以上に、一つの時代において最強を冠された剣客の呼び名であるのだ。
それも「殺害数」などという曖昧な指標に基づいた暫定的な評価などではない、圧倒的な技量と実績に基づいた「強さ」による絶対的なものだった。
飛天御剣流と呼ばれる戦国時代に端を発する古流剣術を操り、如何な剣豪であろうと如何な軍勢であろうとも諸共に粉砕する姿はまさしく鬼神。マスターとなる者の気質次第ではセイバークラスでの召喚さえも果たせてしまうほどに、彼の剣は天下に冴えわたっている。
人斬り抜刀斎とは、そんな天下無双の剣客が一つ場所において暗殺者に身を窶していた頃の、言ってしまえば一時の姿に過ぎない。彼の本質はあくまで剣士であって、暗殺者は本来の生業ではないのだ。
であるからして、彼はアサシンの十八番である「諜報・索敵」の類を不得手としていた。
それも当然だろう。アサシンとして呼び出されているとはいえ、彼はあくまで剣士。人斬り抜刀斎として活動していた時でさえ、暗殺対象の監視・追跡や舞台の構築は長州藩の面々が行い、彼は肝心要の「殺害」のみを執り行っていたのだから。
彼はアサシンとしてはある意味破格の英霊であったが、ある意味においては落第の英霊でもあった。彼の生前の知己であった御庭番衆の頭領であったならば話も違っていただろうが、抜刀斎にそういった諸般の技術を求めるのは酷な話である。
つまるところ、抜刀斎をアサシンとして運用するに当たっては、彼を従える者の器量こそが試されるということであり。
【アサシン、早速だが君に仕事を頼みたい】
―――その意味において、神条紫杏という人間は人斬り抜刀斎にとって最適のマスターと言えた。
▼ ▼ ▼
-
【なるほど、金髪の少年と獣人のサーヴァントか】
剣心の報告を受けて、電話口の紫杏は答えた。
【噂……というよりは情報か。その中に心当たりがあるよ。巷で噂の通り魔的な連続殺人、その犯人と思しき少年だな。目下警察が追っているが全く捕まらないというアレさ】
【……獣人のサーヴァントは明らかにバーサーカーのクラスだった。足りぬ魔力を補うために魂喰いを行っていたのか】
【そう考えれば諸々の説明はつく】
サーシェスの本拠地を突き止め、その位置を割り出した剣心が次に行ったのは、新都を中心にした索敵であった。
隠密としては落第の彼にとって、隠れ潜む何者かを暴き出すのは不得手な代物ではあったが、しかしサーヴァントに備わった気配察知の技能を活かしたならば、おおまかにではあるが他のサーヴァントの気配を割り出すことも可能であった。
ならば必然、大衆の目を気にすることなく暴れまわっていた狂戦士とその戦場を見つけるのは然程難しいことではなく。
結果として、彼は獣が如きバーサーカーとそれに相対する騎士の戦いを目撃するに至っていた。
【しかし、ラカムくんがマスターだったとはね。彼は中々優秀だったから目をかけていたんだが】
【感傷か?】
【まさか】
冗談とは思えないほど無機的な問いかけに、紫杏は笑って答えた。
件の大規模戦闘痕で発見された男の遺体については、既に公の報道機関でも大々的に取り上げられている。その男が紫杏の経営する会社の下請けの工場で働くラカムという人間であることも、また。
【まあ、何にせよその情報は有用だ。何しろ件のデパートの監視網は、備え付けの定点カメラどころか周辺のライブカメラの類すら全滅だったのだからな。一体誰が何をしたのかも碌に分からない状態だったのだ、人相が判明しただけでもありがたい】
【敵も相当に周到ということか】
【白昼堂々戦闘を仕掛ける連中が慎重とは思えんがね】
既に終わってしまった戦場を垣間見ただけの剣心では、そこで具体的にどんな戦いが行われていたのかは分からない。ラカムか通り魔の少年か、あるいは別の第三者か。自らの姿を見られることを忌避し監視カメラ群を事前に破壊する手管は、実際には言葉で言うほど簡単なものではない。それを容易にやってのけたというのだから、尚更気を引き締める必要があった。
【さて、一仕事終えたところで恐縮なのだがな。
アサシン、早速だが君に仕事を頼みたい】
【……その口ぶりからすると、アサシン(俺)の本分か】
【その通りだ。君には抜刀斎としての手管を期待する】
-
言葉の端から感じられる真剣さの変質を前に、剣心は知らず口元を真一文字に結んだ。
早速と紫杏は言ったが、剣心としてむしろ「ようやく」だとさえ思った。モラトリアムも含め既に数日、その間彼らは情報の収集に徹し直接的な手段に打って出ることはなかった。
無論、それはアサシンとしての常道であることに間違いはない。しかしそれでも、いつかは自分たちの手を汚さなければならない時が来る。
その「時」が、今ついに訪れたのだ。
【まず結論から言うと、標的は本田未央という名の少女だ。現在は新都総合病院に搬送されている】
【彼女がマスターだという根拠は?】
【今日の夕刻、本田未央の自宅で原因不明の破壊事故が発生した。下手人は不明、当時周辺にいた人間も不明。現場には失血で気絶した本田未央だけが残されていた。
しかし現場にはもう一つ残されていたものがあってな、それが不可解なんだ】
【それは?】
【本田未央の血液だよ。それも致死量を優に超えた、な】
微かに瞠目する。
【しかし不思議なことに、搬送された本田未央の体には一切の傷がついていなかったらしい。首も手首も大腿部も、それ以外のあらゆる箇所も傷一つない真っさらな状態だったそうだ。
傷とも言えない奇妙な痣以外は】
【なるほど、疑うには十分な内容だな】
【これはまだ公には公開されていない内容だ。この情報を掴んでいる陣営は、私達を除けばまず存在しないだろう。そして、本田未央のサーヴァントも同じように考えているだろうさ】
【油断している今が好機、というわけだな】
【無論、本田未央が本当にマスターだったらの話だがね】
電話口から微かに笑いの気配が漏れた。それは嘲笑の類ではなく、一大事の前の緊張を解す笑みだった。
【そういうことで、君の端末に病院の地図を送信するとしよう。あと今日までに私が掴んだ有益と思われる情報も一緒に載せておく。時間があれば一通り目を通しておいてくれ】
【了解した、ますたあよ】
-
対話は短く、それだけを残して通話を打ち切った。暫くしないうちに剣心が持つ端末からデータの送信を告げる音が鳴った。
事前に教えられた通りの操作で簡単に目を通す。深山町での火災、学園で発生した爆発事故、行方不明者の続報、下手人不明の首切り死体、どれもこれもが血生臭いものばかりで、聖杯戦争は既に本格的な喧騒に突入したのだと告げていた。
いつの世も戦が絶えることはなく、消費される血流は止め処なく溢れて終わらない。
理不尽は世の常で、人の不幸は歴史の業だ。善も悪も関係なく、そこには貴賤すら存在しない。
そんなこと、緋村剣心は誰よりも分かってはいるけれど。
「……しかし、それでも成さねばならぬことがある」
それでも。
それでも、無辜の幼子が夢を追い、笑顔で日々を暮らせる未来を創るために。
この偽りの街で垣間見た、人々の平穏を本物とするために。
偽善と分かっていながらも、人斬り抜刀斎として生を受けた緋村剣心は、止まることが許されないのだ。
▼ ▼ ▼
「手っ取り早く結論から言うわ。あたしはこの聖杯戦争をぶち壊すつもりよ」
先の邂逅より幾ばくか。
既に陽は落ち、夜の暗がりが広まった河川敷。対岸に街の明かりを湛える場所にて自分と彼は向かい合っていた。
二人共、笑えるくらいボロボロだった。単なる不調で青ざめているだけであろう自分はまだしも、眼前の彼など全身を擦切らせて、ところどころに血の痕があるほどだ。
言い訳のしようがないほどに情けない。けれど、今はそれよりも喜ぶべきことがあった。
「聖杯も奇跡も神さまも、何もかもクソッタレよ。前の世界も大概ふざけてたけど、今度のは輪をかけて最っ低ね。どこかの誰かが慈悲っぽく仕掛けてくれた殺し合い、有難過ぎて反吐が出るわ。あたしたちは実験用のネズミか何かって話よ」
つらつらと語るのは自分が掲げる唯一の指針だ。すなわち聖杯の破壊、その意思。先ほどケイジと話し合った時はうやむやにしてしまったが、話す相手が音無ならば遠慮はいらない。
セイバーは警戒との色を滲ませた怪訝な顔をしたが、片手で制した。念話で簡単に事情を説明したら一応は納得したのか、霊体化して消えてしまった。任せる、ということなのだと解釈する。
-
「で。ないとは思うけど、あんたは聖杯欲しいですなんて言わないわよね、音無くん」
「まさか。俺としてはお前が相変わらずなようで安心したよ、ゆり」
さもありなんと手を振って音無が言う。
その顔はこちらの言うことなど最初から分かっていました、なんて言いたげなしたり顔で。流石私のSSSのメンバーだわ、なんてことを思ったりもした。
聖杯を破壊するというのは、今さら言うまでもなく正気の沙汰じゃない目標だ。何でも願いの叶う願望器があって、ここに集ったのはそんな聖杯が欲しくてたまらない未練たらたらな連中ばかり。
どうしても叶えたい願いなんて度外視しても、万能の願望器を何に使うでもなくただ破壊するだけなどと、余人が聞けば悪い冗談としか思えない愚行だろう。
けれど、それでも音無は否定することがなかった。
お前らしいと嘯いて、いつものように軽く笑っている。そんなの当然だ、と思うSSSリーダーとしての自分がいて、同時に自分の考えに同調してくれる彼の存在を有難いと思っている自分もいた。
そしてだからこそ、そんな彼だから心から信頼できる。
「ふふん、まあ当然よね。なんたってあたし達はSSSなんだもの。理不尽な神様や奇跡なんて認めてたまるもんですか」
「そういうことだな。たった二人しかいないが、死んだ世界戦線の再結成だ」
いや、サーヴァント合わせると四人か? なんて呟く音無の言葉に、ああやはりと思う気持ちがあった。
「……やっぱり、SSSのみんなは来てないのね」
「まあな。いきなり失踪かましたお前の代わりに調べといたけど、俺とお前以外は全員NPCだったよ。日向も直井もガルデモメンバーも、それこそみんな」
語る音無の口調には、苦笑したような響きがあった。
そういえば音無は何故か生徒会長なんて役職についていたんだっけ、と思い出す。それならば生徒たちの把握も楽にできたのだろう。
ふぅん、と呟く自分に、音無は慮るような表情で尋ねた。
「残念、だったか?」
「……いいえ。むしろ安心したわ。だって、それってみんなきちんと【卒業】できたってことじゃない。
心残りも未練も失くして、穏やかに学校を出ていけた。そういうことでしょ?」
-
嘘でも、まして強がりでもなかった。そう思う気持ちは本心だ。
かつての世界において、誰もが過去に縛られた死者だった。未練、悔恨、あるいは罪悪感。既に死んでしまったのに、生きてた頃の何かに縋って縛られて、だからみんなあの世界に閉じ込められたままだった。
あたしだってそうだった。理不尽な運命を強いた神を引き摺り下ろすという、悔恨ですらない八つ当たりのためにあの世界に留まった。それが間違いだとは今でも思ってはいないけど、そんな自分たちを形容するなら、さながら悪霊か何かだったのだということは理解できる。
だから、素直に嬉しいのだ。みんなが気持ちよく【卒業】できたのだという事実が。
けれど、そこで浮かぶ疑問が一つ。
「でもそうすると、なんであたしと音無くんだけここに来ちゃったのかしらね。
ねえ、あんた何か心残りでもあった?」
「特に思い当たることはないな。けど、お前がここに来た理由なら大体分かるぞ」
音無はあくまで冗談めかして笑いながら言った。それを聞いて、ゆりも無性に笑いたい気分になった。
「神さまをぶん殴りたかったとか、そんなとこだろ」
「……ふふ、いいわねそれ。言われてみれば確かにその通りだわ」
ああ、全くもってその通りだと、ゆりは思い切り破顔した。
考えてみれば簡単なことだ。自分がかつての世界で唯一できなかったことはなんだ?
未練を断ち切り、SSSメンバーを見送り、天使の少女と仲直りし―――だったら、残っているのはただ一つ。
神を殺すこと。それだけが、仲村ゆりに残された「できなかったこと」に他ならない。
「よし! 音無くんにそう言われたら俄然やる気が湧いてきたわ!
そういうわけで、これからはあんたにもバリバリ働いてもらうわよ」
「望むところさ。俺としてもそのために来たんだしな」
笑顔を浮かべて心機一転、体に纏わりつく不調を振り払うようにゆりは手を差し伸べた。
音無もそれに応えるように、静かに手を差し伸べる。
そして、今一度神への反逆を為すために、二人は手と手を取り合って―――
-
「……って、ちょっとあんた怪我してるじゃない!
手のひら、なんか穴空いてるんだけど!」
「ああ、これか。実は他の連中にやられちまってさ」
はは、と力なく笑う音無に、ゆりは対照的な力強い、しかし困ったような言葉で応対した。
「ああもう! これだから男連中は頼りにならないんだから!
色々聞きたいことも話したいこともあったけど、とりあえず全部後回し!
こんな大怪我放っておけないわ、できるだけ早く治療しないと!」
「治療って、アテでもあるのか?」
「そんなの決まってるじゃない!」
ゆりは呆れと焦燥と不安と心配をごちゃまぜにした、けれどその全てを頼りがいのある笑顔で覆った表情で宣言した。
「―――病院行って、かっぱらってくるのよ!」
▼ ▼ ▼
静寂だけが、その空間を支配していた。
清潔さを象徴した白亜の一室。あらゆるものが殺菌された漂白の空間。
その片隅で、少女は静かに呼吸の音だけを響かせていた。
彼女は知らない。自分の身に起きたことも、これから自分に降りかかることも、何もかも。
彼女は何も変わらない。彼女は何をも変えることはできない。
彼女はただ眠るだけだ。その目は何を映すこともなく、その手は伸ばされることもない。
仮に彼女が救われることがあるとすれば、それはただ一つ。
たった一つの要因だけが、彼女を死の運命から救うことができる。
加藤鳴海。
物言わぬ少女の傍に侍る彼。
本田未央の命運は、その男の拳に委ねられている。
-
【C-8/神条紫杏の会社/1日目・夜】
【神条紫杏@パワプロクンポケット11】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]スーツ姿。
[道具]
[金銭状況]豊富。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る為に、最後まで生き残る。
1.情報収集。
2.サーシェスは泳がせておく。火の粉が此方に振りかかる時は即座に暗殺する。
[備考]
ラカムの素性を大凡把握しました。
C-8で発生した戦闘に「巷で噂の通り魔」とそのサーヴァント(バーサーカーと推測)が関わっていると推測しています。
本田未央の自宅で発生した原因不明の破壊、及び本田未央の搬送先についての情報を得ました。本田未央をマスターではないかと疑っています。
一日目までに得た情報を剣心と共有しました。情報の内訳についての詳細は後続の書き手に任せます。
【C-8/ホテルの一室/一日目・夜】
【アサシン(緋村剣心)@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]健康
[装備]スーツ姿
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針: 平和な時代を築く為にも聖杯を取る。
1. 総合病院へと向かい、本田未央を暗殺する。
[備考]
サーシェスが根城にしているホテルを把握しました。
C-8で発生した戦闘を一部目撃しました。ボッシュ及びブレードトゥースとガン・フォールの戦闘を垣間見ました。仲村ゆり、斉藤一、キリヤ・ケイジ、キルバーンの姿は見ていません。
マスターである神条紫杏と情報を共有しました。
【C-7/河川敷/1日目 夜】
【音無結弦@Angel Beats!】
[状態]疲労(中)、精神疲労(大)、魔力消費(小)、右手に貫傷。
[令呪]残り二画
[装備]学生服(ところどころに傷)
[道具]鞄(勉強道具一式及び生徒会用資料)、メモ帳(本田未央及び仲村ゆりについて記載)
[金銭状況]一人暮らしができる程度。自由な金はあまりない。
[思考・状況]
基本行動方針:あやめと二人で聖杯を手に入れる。
0.病院へ向かう。情報交換はその後で。
1.ゆりと行動。
2.学校にはもう近づけない、か。
3.あやめと親交を深めたい。しかしもうそんな悠長なことを言っていられる余裕は……
4.学生服のサーヴァントに恐怖。
[備考]
高校では生徒会長の役職に就いています。
B-4にあるアパートに一人暮らし。
コンビニ店員等複数人にあやめを『紹介』しました。これで当座は凌げますが、具体的にどの程度保つかは後続の書き手に任せます。
ネギ・スプリングフィールド、本田未央、前川みくを聖杯戦争関係者だと確信しました。サーヴァントの情報も聞いています。
仲村ゆりと同盟を結びました。
【アサシン(あやめ)@missing】
[状態]負傷(小)、精神疲労(大)
[装備]臙脂色の服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ますたー(音無)に従う。
1.ますたーに全てを捧げる。
2.あのサーヴァント(球磨川禊)は……
[備考]
音無に絵本を買ってもらいました。今は家に置いています。
-
【仲村ゆり@Angel Beats!】
[状態]不調
[令呪]残り三画
[装備]私服姿、リボン付カチューシャ
[道具]お出掛けバック
[金銭状況]普通の学生よりは多い
[思考・状況]
基本行動方針:ふざけた神様をぶっ殺す、聖杯もぶっ壊す。
0.病院へ向かい、音無を治療する。話はそれから。
1.とりあえず、音無と行動。
2.赤毛の男(サーシェス)を警戒する。 死神(キルバーン)、金髪(ボッシュ)、化物(ブレードトゥース)は必ず殺す。
[備考]
学園を大絶賛サポタージュ中。
家出もしています。寝床に関しては後続の書き手にお任せします。
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
ケイジと共闘戦線を結びました。
音無結弦と同盟を結びました。
音無が対聖杯方針であると誤認しています。
【セイバー(斎藤一)@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]全身ダメージ(大)、憤怒、霊体化
[装備]日本刀
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合ってやる。
0.この男……
1.赤毛の男(サーシェス)に警戒。 死神(キルバーン)、金髪(ボッシュ)、化物(ブレードトゥース)は必ず殺す。
[備考]
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
【C-8/総合病院/1日目 夜】
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]失血(大)、気絶、魔力消費(小)、アクア・ウィタエによる治癒力の促進。
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]イマドキの女子高校生が自由に使える程度。
[思考・状況]
基本行動方針:疲れたし、もう笑えない。けれど、アイドルはやめたくない。
0.…………
1.いつか、心の底から笑えるようになりたい。
2.加藤鳴海に対して僅かながらの信頼。
[備考]
前川みくと同じクラスです。
前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
気絶していたのでアサシン(あやめ)を認識してません。なので『感染』もしていません。
自室が割と酷いことになってます。
C-8に存在する総合病院に担ぎ込まれています。
【しろがね(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]精神疲労(中)
[装備]拳法着
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:本田未央の笑顔を取り戻す。
1.全てのサーヴァントを打倒する。しかしマスターは決して殺さない。この聖杯戦争の裏側を突き止める。
2.本田未央の傍にいる。
3.学生服のサーヴァントは絶対に倒す。
[備考]
ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギのことを初等部の生徒だと思っています。
前川みくをマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)をぎりぎり見てません。
-
投下を終了します。放送を楽しみにしています
-
投下乙です。
各々抱えた思惑が一点へと集中していく有り様はこれからの激戦を嫌でも予測させますね。
成さねばならない目的があるものだったり、ムカつくから動くといったものであったり。
穏やかな会話の中に潜む決意が染みてきますね。
終わってしまうのは誰か、それとも誰も終わらずに物語は続くのか。
放送、投下します。
-
『盲目なる生贄達は、既知に塗れた牢獄にて夢を追う』
道化師【グリム=グリム】は総てを見下ろせる高みにて、ただ笑う。
悔恨、喰種、海色、道化、空、守護。
生贄達の散り様を、彼は俯瞰するだけ。
行く末を楽しむ舞台装置にできることは、今は、ない。
『第二の夜を盲目の生贄達が踊り狂う。遍く願いよ、輝くが良い。
これこそが、聖杯戦争の根源である』
生き残った参加者達に届くメッセージ。
聖杯戦争は続いている。
やり直しの過去は予定調和の域をまだ出ない。
『現在時刻を記録しよう。午前0時――カウント・ダウンは今も続いている』
時計の針が動く。
カチカチ、カチカチ、カチカチ。
煩いぐらいに耳に入る針の音など関係なしに、道化師の声は依然として続いている。
『世界が望んだ【願い】だ、【想い】よ、震えるがよい』
願いが潰え、明日への道は粉々になって砕け散った。
強いられる世界、箱庭に閉じ込められた生贄達は受け入れる他ない。
未来に焦がれた英雄が黄金螺旋階段を登り切るまで、聖杯戦争は終わらない。
『聴こえるはずだ、生贄達よ。聖杯戦争は止められない、遍く総てを【諦める】まで、終わらない』
盲目で浅ましい英雄達は、夢を捨てられない愚者達は、目指す他ないのだ。
螺旋の果てにある願いを求めて。
『さて。今宵の恐怖劇の幕開けだ。黄金螺旋階段の果てに、きみたちの願いはある』
喝采無き戦場で、今日もまた、聖杯戦争が繰り返される。
■
これはいつかの記録である。
《過去》か、《今》か。それとも、《未来》か。
物語には何の影響もない些末な話だ。
黄金螺旋階段が織りなす聖杯への道。
その、途中。黄金で出来た受け皿のようなもの。
そこには彼/彼女がいた。
どこか物悲しい表情を浮かべ、彼/彼女は天高き所から下界を見下ろした。
眼下の雲は、薄くふんわりと膨らんでいて、軟らかそうだ。
甘そうに、そして優しそうに動かない。
数秒間、じっと雲を見つめる。
すると、雲の端がちぎれ落ち、黒の空へと溶け出していく。
やはり、つまらない。風景を茫洋と見つめて何が楽しいのか。
胸に沸き立つ苛立ちをなくそうと、上を見上げるも、気分はますます悪くなる一方だ。
星空が煩い。宇宙みたいに真っ暗な空に星々が散りばめられている。
天空にいながら見える空というのは、不思議なものだ。
けれど、彼/彼女の意にはそぐわなかったようで、顔の歪みはますます酷さを強めていく。
「――何度だって、やり直し続ける」
吐き捨てるように。彼/彼女は憎々しげに言葉を紡ぐ。
ありとあらゆる絶望を見ても、諦めない。その思考は捩じ曲がり、不屈に浸っている。
奏でる声には夢と希望しかない。
届いたはずの栄光だって、いつかは取り戻せる。
彼/彼女は、進み続ける。
「何度だって、何度だって、何度だって」
彼/彼女は諦めないことを固く決意する。
迷わない、と。
黄金の奇跡こそが幸せへの道標だということを、疑わない。
――待て、しかして希望せよ。
さあ、聖杯戦争を繰り返そう。
そのひたむきな気持ちと不屈の精神こそが、きっと世界を救うと信じて。
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投下終了です。
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投下乙です
アサシンクラスとしての「抜刀斎」の解釈と考察が面白い、キャラをサーヴァントという枠であれこれ見る視点が聖杯系の面白さ
シアンとの会話、そして標的の名を知った剣心の独白もいいな
そして斎藤がキナ臭さに眉を顰める音無とゆり同盟もなかんか不穏ですね
原作のこと考えればようやくの再会とも言えるけど、両社の方針的には…
ちゃんみおはつくづく狙われるなー、鳴海兄ちゃんマジ苦労人
グリムグリムさんも放送お疲れ様です、脱落者とかを教えてくれるわけではないのね、この人本当に独特のルーラーだわ
ちらりとまた明かされた舞台裏の一片も気になります
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放送投下お疲れ様です。徐々に明かされていく舞台裏、そして前回の聖杯戦争における最後に残った者の描写、それらは未だに謎に満ちていますが、いずれ完全に明かされる日が楽しみでもありますね
仲村ゆり&斉藤一、音無結弦&あやめ、本田未央&加藤鳴海、前川みく&球磨川禊、南条光&ニコラ・テスラ、緋村剣心、キルバーン&ピロロ
以上のキャラを予約させていただきます。
また執筆する量から言って通常の期限内での投下は難しいと思われますので、あらかじめ延長させていただきます
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長くなりそうだったので前編だけ投下します
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世界に遍く在る不幸とは、善意であれ悪意であれ、人を想うことから生じる。
―――マノエル・ド・オリヴェイラ
▼ ▼ ▼
「話を纏めると、あたしたちが把握してる主従は7組ってことね」
人気のない夜の路地を、二人の影が連れ立って歩いていた。何かを話し思案しながら、しかし確固たる目的の下足早に歩く影。
一人は少女だった。先頭に立って歩きながら、たった今何かを話し終わった少女だ。
もう一人は少年だった。片手を庇い歩きながら、たまに頷きつつ少女の話を聞いていた。
少女は仲村ゆりという名で、少年は音無結弦といった。
「不戦協定を結んだケイジ、あたしたちを助けてくれたライダー、金髪とそのバーサーカー、死神のアサシン、本田未央と前川みく、そして子供先生」
「ついでに俺達を入れて全部で9組、か。とりあえずそのケイジって奴とは協力関係になったんだよな? これからそいつと色々話したほうがいいんじゃないか?」
「勿論あたしだってそれくらい考えてるわよ。でも、あいつも聖杯獲得を目的にしてるだろうし、最終的な決裂は不可避ね。そもそも……」
そこで、ゆりは大上段から諭すように。
「今はあんたの治療が先よ。あっちの世界と違って、ここじゃ怪我しても簡単には治らないし殺されれば死んじゃうんだから。自分の体くらい大事にしなさいよね」
「……分かってるよ。ありがとな、ゆり」
「礼を言われる筋合いなんてないわ。なんたってあたしはリーダーなんだから、メンバーの不具合を管理する責任があるんですもの」
言って指差すのは、いつの間にかすぐ近くまで来ていた冬木総合病院の病棟だった。既に受付時間をとうに過ぎているはずの真夜中だが、それでもスタッフルームに明かりがついていることが伺える。
病院とはそういうものだ。例え真夜中であったとしても、病気や怪我は待ってくれない。故にこそ病院側は常に万全に備え、その機能を維持しなくてはならないのだ。
ゆりは「面倒ね」と呟いていたが、しかし、かつて救えなかった妹を契機として医療の道を志した音無にとっては当たり前のことであり、むしろ喜ばしいことでもあった。むしろここで全ての明かりが消えているような怠惰な病院だったなら、内心憤ってさえいただろう。それほどに、音無の中の医療への情熱と幻想の質量は大きかった。
とはいえ、そんなことは所詮は詮無きことである。正面を避け、相変わらず人気のない病院裏手に二人して回り込んだ。
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「……なあ、今さらなんだが、わざわざこんな大きなとこから盗む必要もないんじゃないか?
どうせ外傷の応急処置なんて野外じゃ大したことできないんだから、俺としちゃ生理食塩水でもあればそれで……」
「洗浄と消毒はそれでいいかもしれないけど、外傷用の強力な鎮痛剤なんてこんなところでもなきゃないでしょうが。
それに、大事にしたくないって言ったのはあんたでしょ。あたしとしても家に戻されかねないから馬鹿正直に外来になんて行きたくないし、いいからあんたはここで待ってなさい」
「いや、痛みなんてそれこそ二の次だろ。そんなことより、今はやるべきことが」
「……あんた、自覚ないの?」
気付けば、ゆりは沈痛な顔でこちらを見ていた。自覚がないとは、何のことだろうか。
「いや、自覚って何の……」
「あんた、さっきから凄い脂汗よ。息も切らしてるし、歯だって強く噛みしめてる。ずいぶんと強がってるなって思ってたけど、まさか自覚症状なしなんてね」
そう言われて、音無は初めて「はっ」と気付くように、自分の顔に左手を当てた。
ゆりの言葉通り、今の音無は見るも無残な有り様だった。顔は青ざめ、額どころか体全体に脂汗がびっしりと張り付いている。よく聞けばカタカタと歯が鳴っているし、そもそも体力的にも既にフラフラな状態だ。
ここまで音無に自覚症状がなかった理由は二つある。一つは、言うまでもなく戦闘と殺害の興奮による脳内麻薬の分泌だ。痛覚はおろか疲労すらも感じさせなくなる脳内物質は、しかし損傷の根源的な解決をすることはなく感覚だけを麻痺させていた。
二つ目に、音無がそれまで在籍していた環境が挙げられる。それまで、とはこの冬木ではなく、かつて彼らが偽りの青春を過ごしていた「死後の世界」のことだ。聖杯戦争の舞台である冬木と同じように、その世界では音無たちとは別に固有のパーソナリティを宿したNPCたちが生活しており、その点では酷似していると言えなくもない両者であったが、しかし冬木とは明確に趣を異としている点がたった一つだけ存在していた。
それは、「どんな傷を負おうとも決して死ぬことはなく、あらゆる外的損傷は時間経過で治癒する」というものだ。死後の世界という通称通り、そこに在籍していたのは文字通りの死者のみである故に、彼らはそれ以上死ぬことはなくどのような傷でもすぐさま元に戻ってしまう。
だからこそ、生徒同士の抗争が起きれば互いに殺し殺され合うことに一切の躊躇がなく、時には拷問じみたえげつない殺され方というのもまかり通っていた。当然音無もSSSの任務で死んだ回数など二度や三度ではきかず、死にも痛みにもとっくの昔に慣れきってしまっていた。
だから、冬木という新しい環境に連れてこられてなお、その感覚を引きずっていたのだ。理屈では分かっているつもりでも、ついついそれまでの経験則を優先してしまう。それは時として命の危険さえも誤認させてしまうほどに、SSSでの日々はあまりにも濃密で大切な時間であったのだ。
思わず言葉を失くしてしまう音無に、ゆりは朗らかに笑いかけた。
「安心しなさい。あんたは一人じゃないし、あたしがついてる。だから落ち着いてここで待ってなさい。すぐ戻ってくるわ」
安心するようにと諭すゆりの、なんと頼もしい姿であることか。
自信に満ち溢れた様子で軽く手を振り、彼女は自らのサーヴァントを実体化させた。紫色の装束を着た、セイバーのサーヴァントだ。彼は若干呆れたような口調でゆりに言った。
「……まさかとは思うが、貴様は俺に盗人の真似事をしろと言うつもりじゃないだろうな」
「違うわよ。そもそも、あんたじゃ何が必要なのかも分からないでしょ。あんたはここで音無くんのお守り、いいわね」
てきぱきと指示し、自分はさっさと歩き出して人のいない部屋を探し伺っている。即断即決で行動も早い、何度見ても一集団のリーダーらしい少女だと思う。
-
やがてゆりの姿が建物の向こう側に消えていくのを見ると、そこでようやく、音無は壁に寄り掛かるように脱力した。
ずっと張っていた気が、ここに来てやっと緩んだようにも思う。今更ながらに体の各所が震えだしたし、鈍っていたはずの恐怖までもが徐々に鎌首をもたげはじめた。
そして、右手に刻まれた傷の痛みさえも。
(はは……確かにこりゃ痛いな。ゆりにも言われるわけだよ)
改めて自分の体を検分して見れば、なるほど確かに苦言を呈されるほどにボロボロのそれであった。今まで感じていなかった分を取り立てるように増しているこの痛みも、平時であったならば転げまわって悶絶するほどに強烈だ。
なんとも情けない話だ。たった一日でこの有り様、果たしてこんなザマで、自分たちは聖杯戦争の頂点に立つことなどできるのだろうかとさえ、心の隅で思わず思考してしまう。
それこそ愚問だった。既に賽は投げられた、あとはただ突き進むのみと、そう誓ったかつての自分を思い出す。最早話はやるやらないの線などとうに過ぎ去って、自分たちは止まることも許されていないのだから。
【なあ、あやめ。いるか?】
【……はい】
ふと、音無は"ずっと傍にいた"あやめに念話で話しかけた。
ゆりと同じくあやめもまた相変わらずで、ずっとおどおどと自分たちの後についてきていた。もう少し自信を持てばいいのにと、そう思う。
【ごめんな、こんな出来損ないのマスターで。夕方のあれだって、俺がもう少しまともなら、きっと上手くやれてたのにな】
【……いいえ、あれは私が悪かった、んだと思います……】
【違う、それだけは絶対ない。あやめはきちんと自分のできることを全部完璧にしてたさ。しくじったのは、俺のほうだ】
慰めでも謙遜でもなく、これは事実だ。何故ならあやめの能力とは規格外の気配遮断。それしかできないしそれだけのサーヴァントだ。
だから、それを過不足なく運用するのはマスターたる音無の責任だった。確かに彼女の気配遮断はあの学生服のサーヴァントに破られたが、それとて自分の見通しの甘さが招いた出来事だ。言い訳などできるわけもない。
そんなことをあやめに言っても、悪戯に彼女を困らせるだけで何の贖罪になるわけでもないことは分かっている。
この白々しい謝罪が、単なる自己満足であるということも理解している。
けれど。
【だから、さ】
それでも、あるいは決意としてか。
音無は言った。贖罪でも自己満足でもなく、ただ重い決意の響きとして、言ったのだ。
【次こそは、なんて言い訳がましくなるけど。でも、俺も自分にできることは全部やるからさ。
諦めないで、頑張ろうぜ】
その言葉に。
あやめは何の表情を浮かべるでもなく、ただあるがままに受け止め、答えた。
【……はい!】
きっと、これは単に、それだけの話なのだろう。
これからの苦労を考えてしんどい気分になりながら、それでも希望はあるのだと、音無は内心で思ったのだった。
-
「おい、小僧」
不意に、自分に向かって鋭い声がかけられた。
弛緩していた空気が一瞬で無くなったのを、音無は感じた。
▼ ▼ ▼
しんと静まり返った夜の帳の中、地を蹴る乾いた音が暗闇に反響した。
たん、たんと規則正しく鳴る音は、しかしその主の姿は愚か影さえ見えない。それもそのはず、何故ならその音を鳴らす者は、人ではないのだから。
心眼、あるいは千里眼を持つ者ならば、姿さえ見えぬ何者かが、地を蹴る瞬間のみ足を実体化させ、一度の跳躍で十間の距離を移動している様を幻視することができただろう。
それはやがて新都にある総合病院の敷地内に入ると、勢いを失くし、夜闇に溶けるようにその気配を消失させた。
(さて、件の少女は何処か……)
姿見えぬ影の正体は、緋村剣心その人であった。臙脂の着流しを身に纏い、軽装に刀だけを差している。
紫杏から預けられたスーツと携帯端末は置いてきている。霊体化に伴う質量の消失に現代の物品は巻き込めない以上、多少不便ではあったがそうせざるを得なかった。
剣心がこの病院を訪れたのは、言わずもがなアサシンの本分たる暗殺のためである。紫杏からもたらされた情報、及び命令に従い、病院に搬送され眠ったままのマスターと思しき少女を闇討ちするのが狙いだ。
地図は既に頭に叩き込んでいたから、こうして迷わず病院までたどり着くことができた。しかし案内はそこまで、少女が搬送された病室までは特定できず、ここからは剣心自身が探し当てねばならない。
(……なるほど、そこか)
しかし、そんな索敵作業も何ら支障はなかった。
瞼を閉じて意識を集中、すると巨大な病棟の中に一つだけ、魔力の気配が濃い座標が存在することが分かる。
サーヴァント同士に共通する気配の察知である。標的である本田未央が本当にマスターだったならば傍にはサーヴァントが侍っているはずであり、ならばその気配を辿れば自ずと本田未央のいる地点が分かるという読みは的中した。
場所は掴めた。標的は三階の南端の病室に安置されている。しかし、ここで焦って三階まで跳躍するなどという愚行を彼はとらない。ここから先は、更なる隠密行動が要求されると知っているからだ。
剣心は霊体化を維持したまま、するりと壁をすり抜け病棟へと入り込んだ。既に消灯時間が過ぎているのか、病棟内は非常口の案内などの必要最低限のもの以外の一切の明かりが消されており、場を満たす静寂と相まって静謐な雰囲気を醸し出していた。
不思議なものだ、と剣心は思う。サーヴァントとして現界した現代の街並みにおいて、彼は夜も眠らぬビルディングと歓楽街ばかりを目にしてきた。しかし、所変わればここまで様子が一変するのだと、妙な感心を抱いてしまう。
下らん感傷だ、と心中で一蹴する。仕事の前にそんな考えは不要だった。剣心は三階へ通じる階段を見つけ、そこに一歩を踏み出し。
「……よっ、と。まあこんなもんね」
視界の端に、素人とは思えないくらい鮮やかな手並みで窓から侵入してくる少女の姿を捉えた。
-
(予定外だが、さて……)
霊体化し気配を遮断している自分に気付かず、危うげない体勢で夜間の不法侵入を果たす少女を前に、剣心は思案した。
窓をよじ登り、音もなく着地する少女は、見たところ17かそこらか。青年期の姿で召喚された自分と同じか、少し下といったところだ。
戦乱が無くなり武術の類も衰退した現代の子女とは思えないほどに、その動きは堂に入ったものだった。専門の訓練でも受けたか、あるいはこの手のことに手慣れているのだろう。およそ平和の世には似合わない、奇妙な少女だった。
しかし、剣心が思案に暮れる理由は、そのような現代離れした少女の技能にではない。まして不法侵入の罪を咎めることでもない。
与えられた暗殺の任務を前に足を止め、少女の処遇を考えるその理由。
それは、眼前の少女からマスターに特有の魔力の気配が感じ取られたからであった。
(二つに一つだな。殺すか、殺さないか)
サーヴァントを連れ立たぬマスターという絶好の機会を前に、しかし剣心が即座に刀を抜かなかったことにも理由があった。一つだけ懸念が存在した。
自らの斬撃を少女に避けられる可能性ではない。今ここで実体化して刃を振るったとして、そんな自分の気配が本田未央のサーヴァントに感づかれる可能性を危惧したのだ。
気配遮断のスキルはアサシンに共通する「サーヴァントとしての気配と魔力反応を消失させる」スキルであるが、同じく共通して「攻撃の際にスキルランクが大幅に低下する」というものがある。
剣心の気配遮断のランクはA+。これは同じアサシンと比較しても非常に高く、探知能力に優れたサーヴァントであっても発見は極めて困難という、まさしく破格の数値ではあった。
しかしそれも完全に気配を絶っていればの話である。一度攻撃体勢に移行すれば、自明の理として気配の遮断を維持できなくなる。殺気、剣気、あるいは鬼気。殺人を行うには確固たる意志が必要であり、そのための動作にはどうしてもそれら「気」が混じってしまう。一切の思考なく人を殺せる者など、それこそ機械人形でしかありえないのだ。
つまるところ、ここでこの少女を殺してしまえば本田未央のサーヴァントに自分の存在が気取られてしまう。今回の暗殺が「未だ自分たちの存在に気付かれていない」という標的の勘違いと油断を前提としたものである以上、不確定要素を混ぜ込むわけにはいかず、故にとるべき選択肢は無視の一択であるのだが……
(だが……いや、病棟外にもう一つサーヴァントの気配がある)
しかし、その前提も既に崩れてしまっている。
いつの間にか病棟外に、本田未央のサーヴァントのものとは別の魔力反応が検知されていた。それは間違いなくサーヴァントのものであり、眼前の少女が従えるものであると容易に想像できた。
そして、自分が感知できている以上、本田未央のサーヴァントもまた気付かないはずもなく。
つまり、標的は既に臨戦態勢に入ってしまっている可能性が高い。
(ならば)
そう、ならば。
必勝の前提が崩れた以上、選択すべきは次善の手段であり、臨機応変な対応だ。
戦場において事前の策通りにシナリオが進行することはまずありえない。思考に思考を重ねて叩きだした予想図を、しかし現実は容易に覆し最悪の斜め上へと突き進むの。だから、前線に立つ者にはそれでも作戦を遂行し結果を出す能力が求められた。
例えば今のように。
「……」
音もなく実体化、そして最小の動きで腰に差した脇差に手をかける。
"確実に殺せるところから殺す"、それが剣心の選択した次なる行動だった。
まずは眼前の少女を殺し、即座に気配を遮断。自分か外のサーヴァントか、どちらかに気を取られた本田未央のサーヴァントに対し隙を伺い、可能ならば本田未央の暗殺を敢行する。
突貫作業ではあったが、現状においては次善の選択だった。既に状況が動いている以上、過ぎ去ってしまった最善に固執する意味などない。
未だ自分に気付かぬ少女を睥睨しながら、剣心は刀の柄へとその手をかけた。
▼ ▼ ▼
-
「な、なんですか……?」
思わず声が上ずってしまった。しかし、それも無理のない話だろう。
何せ話しかけてきた相手は抜身の刀を思わせる眼光鋭い侍であるのだ。無論音無の人生にそんな人間と会話した経験などなく、言葉どころかそれだけで人を殺せるのではないかとさえ思えるほど鋭い視線だけでも精神がすくみ上りそうなほどである。
正直なところ、彼と二人きりというのは非常に気まずいし、一対一での会話などしたくもなかったのだが……
「貴様、確か音無結弦とか言ったか。学び舎では生徒会長、とやらに就いているんだったか」
「え、ええ、まあ」
しかし、投げかけられた会話の内容は思いがけず軽いものだった。
剣呑な雰囲気とは裏腹の内容に若干拍子抜けしてしまう。この男、こう見えて雑談が好きなのだろうか。それとも気を遣ってくれたのか?
分からない。しかし、雰囲気が和らいだのは確かだった。
「なるほど、ガキの中じゃそれなりに優秀な男ということだな。怪我のことで大事にしたくない、というのはこちらのマスターの現状を慮ってのことか」
「そ、そうですね。それもあります」
「感謝する。掲げている目的の都合上、不必要な拘束や騒ぎは避けたいところだったからな」
感謝されてしまった。
この男、見た目よりずっといい人なのかもしれない。
「いえ、とんでもないです。ゆりには前から世話になってましたし、何よりあいつに協力したいって気持ちもありますから。当然のことです」
「……そういえば、貴様たちは同じ世界の仲間なのだったな。聖杯、というよりは神か。それを否定するというのもそこで掲げていた指標と聞いたが」
「そうですね。SSS……死んだ世界戦線っていって、自分たちに理不尽な運命を強いた神を殺してやろうって、みんな意気込んでました」
他愛のない雑談だった。すわ何事かと、強張っていた体も自然と緩む。
「みんな、か。貴様もまたそうだったのか」
「まあ、俺の場合は訳も分からぬうちに流されて、って感じでしたけどね。でも、みんないい奴でした。勿論ゆりの奴だって」
「再会して早々に打ち解けていたのを見るに、随分と結束の固い集団だったようだな」
「ええ。俺もゆりも、他の連中も、みんな大事な仲間です」
かつてを思い出してか、いつの間にか音無の顔には、うっすらとした笑みが浮かんでいた。
SSS。死んだ世界戦線。そこで培った思い出と仲間たちは、紛うことなく大事なものであり、宝物だ。
それを思い返すと不思議と心が温まる。思い出とは、つまるところそういうものなのかもしれない。
だから、気付けなかった。
-
「何とも心強いことだ。同盟の話はこちらとしても有難かった」
「そんな、こっちこそ心強いですし、有難いです。正直俺達だけじゃどうにもならないとばかり思ってたもので……」
あるいは、油断していたのかもしれない。
あるいは、失血で頭が朦朧としていたのかもしれない。
けれど、そんなことは言い訳にもならない。
「謙遜はよせ、この短時間で複数の主従を見つけ出した結果は誇るべきだろう。それで、これからは貴様も行動を共にするのだったな」
「ええ、せっかく仲間に出会えたんです。だったら一緒に行動したほうがいいですし、放っておけませんから」
音無は気付けなかった。
一見柔和な表情で雑談に興じるセイバーの顔が。
「だから、セイバーさんもこれから」
どうぞよろしく、と続けようと、ここで初めて、音無はセイバーの横顔に振り返って。
そこで、ようやく気付いた。
「―――嘘だな」
―――雰囲気が一変していた。
呟かれる声は底冷えするかのように、地の底から響くような重低音を覗かせていた。
柔和な気配など一片もなかった。一瞬にして、音無の体は凍りついたかのように硬直した。
ようやく気付いた。セイバーの顔。
振り返った先に映っていたセイバーの目は。
雑談に興じていた間ずっと、全く笑っていなかったということに。
音無は今さらに、気付かされた。
「……う、嘘って、何が」
「貴様が吐いた戯言に決まっているだろう、阿呆が」
断ずるような口調でセイバーは続けた。
-
「まず一つ、貴様はその怪我を医者に診せないのは仲村ゆりのことを慮ってと言ったが……逆に聞こう、貴様が医者に掛かることと仲村ゆりの事情との間に一体何の関係がある」
「それは……あいつは家出してて、それで捕まりたくなくて」
「貴様一人で行けばいいだけの話だろう。そもそも、貴様が大事にしたくないという事情とは一体なんだ?
一週間もせず消えて無くなる世界で金の心配か? それとも生徒会長の風聞に傷がつくのを恐れたか? "着の身着のままで逃亡生活を続けている小娘についてくる"と言ったにも関わらず」
音無の説明にはおかしな点があった。彼は「仲村ゆりと行動を共にする」と言ったが、彼が本当にそう考えているのだとしたら、それはおかしい。
何故なら、それだと彼が頑なに医者に掛からない理由がないのだ。貧しい身分を与えられての治療費の不足、風聞の悪化による生徒会長としての情報収集能力の低下、警察に拿捕されての行動の制限。考えられるのはこのくらいだが、これらは仲村ゆりと行動を共にした場合にはそもそも意味を為さなくなるのだ。
彼も知っての通り、仲村ゆりは家出同然の体で街へ飛び出し索敵を続けている。学校には行かず、警察からの追手もかかっているのが現状だ。日々の暮らしを維持するために多少は後ろ暗い手段に訴えることもあるし、そもそも彼女と行動を共にするということはそれまでのロールを捨てるということでもある。
更に言うなら、音無がゆりと行動を共にする理由それ自体が存在しないのだ。むしろそれぞれで別行動を取り、戦闘力に優れるゆり陣営が前線を、戦闘力がない代わりに情報収集能力がある音無陣営が裏方に徹したほうが遥かに効率的だ。それは先程の情報交換の場でも証明されている。
矛盾だけではなく疑問も残る。音無は一日目の終わり、夜間になってようやくゆりへと「自分が聖杯戦争関係者であるということが分かる文言」のメールを寄越し、合流を図った。それができたならば、何故最初からそうしなかった?
当初は合流するつもりがなかったが、しかし一日目にして合流せざるを得ない理由ができたのか。ならばその理由とは? 当初合流するつもりがなかったのは何故?
これらを総合的に纏めると、一つの筋道が浮かんでくる。
公の場に身を晒すことを忌避し、公的な立場を捨ててまで逃亡生活を望み、当初は合流する予定のなかった陣営に接触してまで戦力を欲する理由。それは。
「貴様は聖杯を望んでいる。そして失敗したな、音無結弦」
滔々と自身が疑う理由を述べ、敵手を睨む瞳で、セイバーはそう断言した。
「大方本田未央の自宅に襲撃に向かい、そこで手痛く返り討ちにでも遭ったんだろうよ。公的機関を恐れるのは警察にでも情報を渡されたからか?」
「ち、違う! ゆりと合流したいと考えたのは、敵襲に遭っても俺達だけじゃ対処が難しいからで……!」
「ならば何故最初から小娘に打ち明けなかった。大事な仲間なのだろう? 志を共にしているのだろう? ならば躊躇う理由など何もないはずだがな。
それとも、何もかも考え付かずその場の勢いで言ったとでも? 仮にもガキの分際でそれなりに頭の回る貴様が?」
考えづらかった。これが単に同年代の他のガキだったならば、現代の平和ボケした阿呆と捨て置くこともできたが、しかし仮にも一定の成果を挙げたと吹聴し、ゆりもそれを受け入れる程度の頭がある以上はそうもいかない。
セイバーはゆりのことを小娘と呼んではいたが、その器量はある程度認めてはいた。そんな奴が、まさかメンバー一人の器も見抜けないような愚物ではないのだとある意味において信頼さえしているのだ。
それに何より。
-
「何より臭うんだよ、貴様からは。
我欲のために他者を手に掛けた、隠し切れない血臭がな」
新撰組三番隊組長として、血風と白刃の魔都と化した京都を駆けまわった経験が。
警部補として奉職し、密偵として暗躍した体験が。
斎藤一として数多の戦場を駆け抜けた人生が。
音無結弦は殺人者であるのだということを、本能的に嗅ぎ分けていた。
「言い訳があるなら聞いてやる。三秒だけ待ってやろう。だが、無いというのなら……」
カチャリ、と金属音。
いつの間にか抜き放たれた刀の白刃が掲げられ、その切っ先が向けられる。
「悪・即・斬、その矜持に則り貴様を殺す」
混じり気なしの純粋な殺気が、音無に向かって放たれた。
▼ ▼ ▼
それは、全く同一のタイミングだった。
斎藤一が剣を抜き、緋村剣心も剣を抜き。
それぞれが死者の少年少女へと切っ先を向け、その命を華と散らそうとした瞬間。
"それは"唐突に頭上からやってきた。
「―――おおおおおおォォォォッ!!」
雄叫びと共に、それは来た。
必殺の構えを取った斎藤が、その向きを突如上方へと変更、爆縮した筋肉を解き放つかの如くに引き絞られた切っ先を撃ち放った。
爆轟、そして衝撃。技を放つ余波だけで吹き飛ばされそうになる"突き"が落下する"何か"に向けて殺到し、激突の波濤が周囲一帯に伝播した。
-
「な、なにが……」
呆然と声を出す。見開かれた視界の先に映るのは、対空に弓なりに突きを放った斎藤と、切っ先を相手に拳を突き合せた一人の巨大な男だった。音無の視界に男が内包する力の詳細が映し出される。間違いない、サーヴァントだ。
しかし未知の相手ではない。それは、確かに自分が殺したはずの本田未央が従えていた拳法家のサーヴァントに他ならず、故に音無の思考は一時の混乱に陥った。
「な、くそッ!」
瞬時に体を反転させ離脱を図る。思考は体に付いてこれていないが、構わない。状況を理解しようとする理性よりも、命の危険を悟った本能が上回った。
男の襲撃はある意味で最高のタイミングだったが、ある意味では最悪だ。敵意を持つサーヴァントが、味方のいない状況で二騎もいるのだから。
脱兎の如くに逃げ出す。勿論、傍らのあやめの手を引くことは忘れない。
恐怖と焦燥に我を忘れて、しかし次の瞬間、音無は想像にもしなかった光景を見る。
「……は?」
恐怖に振り返った先にあった光景、それは自分を無視して病院内へ突撃するセイバーと、それに追随する白銀の男の姿だった。
ゆりがその凶刃から逃れられたのは、全くの偶然にして最大の幸運だと言っていいだろう。
剣心の刃が抜き放たれようとした瞬間、剣心の第六感は三階病室から急速移動するサーヴァントの気配を捉えた。そして次の瞬間、その気配がもう一つの気配に衝突し、同時に地を揺るがす大震動がゆりと剣心を襲ったのだ。
殺害目標の急激な移動に伴う一瞬の躊躇、並びに地を揺るがす大激震。それら要因が重なり、一瞬後に抜き放たれるはずだった剣心の刃は納刀された状態のままとなり、結果としてゆりはその命を繋ぐことと相成った。
そして、不発に終わったとはいえ攻撃体勢に移ったことにより、当然の帰結として気配遮断のランクは大幅な劣化を受け。
「―――抜刀斎ィィィッ!!」
突き抜けた廊下の先、一直線に視線が交差するその場所にて。
コンクリートの壁を砂城が如く粉砕しながら、斎藤一という名の一人の剣鬼が颶風となって殺到した。
▼ ▼ ▼
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気配の移動と襲撃に気付いた瞬間、斎藤は躊躇いなく牙突の方向を頭上へと変更した。
そして攻撃同士の衝突を確認し、次の瞬間に起こったことに対し、斎藤はほんの一瞬だが忘我の境地へと至り、次いで抑えきれない高まりと共にその口元を凄絶に歪ませたのだ。
襲撃してきたのは白銀のサーヴァントだった―――ああ、別にどうでもいい。
視界の隅で小物(音無)が逃げようとしている―――放っておけそんなもの。
新たに生じた気配の脇で、マスターが襲われかけている―――流石にこれは看過できんな、手助けくらいはしてやろう。
ああだが、だがそんなことよりも。
何もなかった空白の座標にて突如として発生したサーヴァントの気配、それを辿って見遣れば、そこには求め焦がれたあの男がいるではないか。
そう、かつて共有した悪・即・斬の正義の下に、言葉ではなく刃を交わした仇敵が!
かつての姿、かつての凶眼、今も懐かしく脳裏に刻まれた人斬りの鬼としての奴が!
年の頃に背格好、余人が見れば後の奴と見分けなどつくはずもない。しかし俺は、俺達だけは一目で分かる。
そいつの名は不殺の流浪人・緋村剣心などではなく、京の都ではこう呼ばれていた。
「抜刀斎ィィィッ!!」
「ッ、斎藤か……!」
瞬間、牙突にて両者を遮る壁を破壊しながら、斎藤はその男に対して猛突進を開始した。対する男―――緋村剣心は手中に収めた仲村ゆりの処遇を放棄。彼女を殺すに一太刀使えば牙突を防げないと判断して強引に突き飛ばす。
二人が交錯した刹那、鳴り響くは金属の破砕音。それは両者が持つ刀の絶叫に他ならず、類稀なる彼らの技をまともに受けてしまえば諸共に砕け散ってしまうと如実に伝えている。
これら一連の行動は、全て斎藤の独断であり、かつ彼が独自に持つ矜持に由来するものだった。
だから、音無は何故斎藤はこのような行動に出たのかまるで理解できていないし。
それは、追随する白銀の男―――加藤鳴海も同じだった。
「てめえら―――!」
鳴海がこの場に打って出た理由。それは偏に、今も眠り続けるマスターを護るため、彼女に近づくサーヴァントを駆逐するためである。
そして元より、彼は他のマスターを狙うということをしない。サーヴァントだけを斃すと誓っているし、それを破るつもりなど毛頭ないのだ。
故に彼は追い縋る。駆けていく斎藤、その先にいる抜刀斎に向かって。逃げ行く音無と解放されたゆりには目もくれずに、むしろ彼らから庇うそぶりすら見せながら。
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結果、発生するのは三つ巴の睨みあいだった。剣圧に押され弾かれた斎藤と剣心、その間に割り込むように躍り出た鳴海により、三者は等間隔の間合いで以て相対する。
攻めるに難し、逃げるのは尚難し。敏捷性に優れる剣心ですら、戦略として一時撤退を選びたいと思考しているにも関わらず、それを実行できずにいた。対峙する斎藤と鳴海が、自分と同等かそれ以上の手練れであるためだ。
数瞬の間、彼らに流れたのは沈黙だった。邂逅時の激しさなど何処かへ置いてしまったように、相反した静けさがあった。
そこに含まれるのは郷愁か、悔恨か、あるいは歓喜か。それらいずれか、ないし全てが混ざり合った複雑な感情から来る不可思議な沈黙が場を満たす。
そして、斎藤が口火を切った。
「……待ちわびていた、というのもおかしな話だがな。まさか貴様と相見えることになるとは思っていなかったぞ、抜刀斎」
「それはこちらの台詞だ斎藤。どうも俺達は、切っても切れぬ縁で繋がれているらしい」
「はっ、嬉しくない腐れ縁だ」
「勝手に付け狙うお前が、よく言う」
「おい、待てよ」
二人の会話を遮るように鳴海。
「俺はてめえら二人の因縁なんざ知ったこっちゃねえ。だがここで殺り合うってんなら話は別だ」
「……本田未央のサーヴァントか」
「なるほどな、そういうことかよ。つくづく休まる暇がねえ」
心底憎々しげに口元を歪め、鳴海は言った。
「なんで知ってる、なんてこたぁ聞かねえさ。だが、やり合う前に場所を変えるぞ。
ここを巻き込むのは忍びねえし、てめえらにだって不都合だろうが」
「ほう、考えなしの達磨かと思えば、少しは気が回る男のようだな」
「いちいち茶々入れてんじゃねえ」
鳴海の言う通り、病院内は既に警報が鳴り響き、病棟は起き出した患者たちの声でざわついている。警備員が駆け付けるのも時間の問題だろう。
場所を変えることに、全員が異存はなかった。
だがその前に、斎藤には一つ、言っておかねばならないことがあった。
-
「おい、音無結弦」
ビクリ、と体が震える音が聞こえてきそうなくらい、声をかけられた彼は動転していた。
「貴様にどのような魂胆があるかは問わん。最早それはどうでもいい。だがな。
貴様がその手に抱く小娘、そいつはきっちりと責任持って守り抜け。さもなくば、"俺が消えた途端にこいつらは貴様を殺しに行く"ぞ」
音無はとうの昔に逃げ出す準備を整えていたが、しかしすぐさま実行するのではなく、剣心より解放されたゆりをその手に庇っていた。連れ立って逃げる気だったのだ。
そして、斎藤が音無にかけた言葉は激励ではなく警告である。仮に音無が何らかの魂胆でゆりを殺したとして、連動して自分が消えたら残る二騎のサーヴァントはお前を殺しに行くのだと。
一見意味が通らぬ文言に、しかし音無だけはその意味を理解してか顔を引き攣らせながらゆりを連れ立ち路地の向こうへと消えていった。それでいい、足手纏いはいないに限る。
「……俺は異存ない。どうせいずれは斬る相手だ、ここで相手をするのも変わらんだろう」
そして最後の一人、抜刀斎が肯定の頷きを返し、にわかに騒がしい深夜の病棟より抜け出ようとして。
「……マスターッ!」
その瞬間、"三階病室に向かう新たなサーヴァントの気配"を感知し。
白銀のサーヴァント、加藤鳴海は焦燥の色と共にその姿を掻き消したのだった。
▼ ▼ ▼
「死んだ、って……」
夜も更けた帳の中、呆然とした少女の声がか細く呟かれた。
「事実だ。夕刻の報道で取沙汰されていた新都デパートにおける大量殺人。その犠牲者の一人であるラカム某、奴が空の騎士のマスターだ」
「そんな……」
少女――南条光は、信じられないといった面持ちで、ただ茫然と呟いた。
仕方のないことだろう、なにせ半日前までは確実に生きていた人間が、今はもう生きてないというのだ。死に慣れていない子供であるならば、当惑するのも当然である。
それに何より、そのラカムという男は。
この、先も分からず味方がいるかも不明な聖杯戦争でようやく見つけた、仲間になれるかもしれなかった人間なのだから。
-
「本戦が始まったことによる戦闘の激化が、こちらの想定を超えるものだったということだ。
それを察知できなかった私の責任になるな」
「……ううん、ライダーは別に悪くないって。結局アタシ達、その人達に会えないままだったんだし」
言うまでもないが、光はラカムと空の騎士に直接会ったことはない。
どころか、ライダーでさえも直接話したのは空の騎士だけであり、そのマスターであるラカムがどういった人物だったのかは、最早永遠の闇の中だ。
だから、残念ということはあっても、悲しいという感情は起きなかった。
代わりにあったのは、喪失感だ。
見も知らぬ誰かであっても、人の死とは痛ましいものだ。それがもたらすのが悲しみであれ何であれ、光の心に喪失感を植え付けるには十分だった。
「でも、そうすると、アタシ達これからどうすればいいんだろう。結局、昨日は何もできなかったし」
「私から言えることがあるとすれば、心の準備をしておくことが肝要だな」
「それだけで、いいのかな……?」
「なに、マスターはただ心折れず在ればいい。荒事は私が引き受けよう」
ライダーの言葉は諭すように、けれど力強く。光の中へと染み渡った。
未だ不安は取れないけれど、でも自分も頑張ってみようと、そう思えた。
「……早速だが、近場で魔力の反応がある。恐らくはサーヴァントだろう。
行くか?」
「……当然、行くに決まってる!
頼りにしてるよ、ライダー!」
だから威勢よく、心だけは強く保ちながら行こうと思う。
もう真夜中だし明日も学校だけど、レッスンで鍛えているから多少の無理も利く。今から出たって多分問題はないはず。
最低限の用意だけして、光は自宅を飛び出した。
―――街中を走る光は気付かない。
駆ける彼女の横合いを、誰にも見えぬ小さな少女がすれ違っていったことを。
風に乗って、枯草に鉄錆の混じったような香りがしたことも。
▼ ▼ ▼
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「ああもう! 何がどうなってるっていうのよ!」
怒りと当惑に任せた声を聞き流し、音無はゆりを連れ立っての逃避行を敢行していた。
横に並ぶゆりも、ただ癇癪を起こすではなくしっかりと自分で足を動かしている。SSSのリーダーは口だけではない、状況に際した行動は誰よりも早く正確に実行できる胆力もあるのだ。
「騒いでも仕方ないだろ……! それよりあいつら、お前のセイバーが足止めしてるうちに早く距離を稼がないと……!」
「分かってるわ、できるだけ早く、遠くに行かなきゃ……!」
息を切らして逃走する二人が考えた今後の展望はこうだ。まずセイバーが二騎のサーヴァントの足止めをしている間に音無とゆりがサーヴァントの気配感知圏外まで逃走、そこで令呪を使ってセイバーを呼び戻し完全に雲隠れするというもの。
三者の睨みあいになったあの場所で令呪を使う、というのは躊躇われた。何せあそこにいるはサーヴァント、常人を遥かに超える速度を持つ化け物である。令呪による命令を下すまでに、ゆりの腕が斬り飛ばされていた可能性だって決して低いわけじゃない。
だからこそ、まずは安全圏まで退避してから令呪を使用するという結論に至ったのだ。
「というかね、音無くんっ……!」
「はぁ、っく、なんだよゆり」
「あんたのサーヴァント、アサシンだっけ。そいつはどうしたのよ!」
「さっきも言ったろ、あいつは戦いがてんで駄目なんだって! あんなところに放り込んだらすぐ死ぬっての!」
「つっかえないわねホントに!」
ぎゃーぎゃーと喚きながら、夜の街を二人の少年少女が駆ける。言葉面ではいがみ合いながらも足並みが揃っているあたりが、二人の関係性を表しているようだった。
音無の言は、実際に正しい。あやめはサーヴァントでありながら常人程度の身体能力しか持ち合わせず、戦闘など論外だ。あの場に放り込んだとしても、やれることなど何もないだろう。
それは事実である。しかし、音無にはゆりに話していない事柄も存在していた。
現在、音無は念話にてあやめを総合病院内の捜索に当たらせていた。
無論のこと三つ巴の戦闘に参加させるためではない。恐らくはあの病棟に搬送されているはずの"本田未央"を探り当て、もう一度殺すためだ。
当初、セイバー目掛けて白銀のサーヴァントが襲来してきた時、音無の胸中を占めていたのは困惑だった。何故なら音無は、そのサーヴァントに見覚えがあったから。
本田宅にて令呪を使うまでの一瞬、たったそれだけの時間ではあったが、音無は確かに目撃していた。家の壁をぶち破り、猛進して来るかのサーヴァントを。
それは、紛れもなく本田未央のサーヴァントだった。
明らかにおかしかった。何故なら本田未央は既に死んでいなければならないのだから。
首筋を切断した感触は今でも手のひらに残っている。部屋中にぶちまけられた血液だって本物だ。実は本田未央は吸血鬼か化け物の部類で、首を切っただけでは死にません? 馬鹿な、あれはただの人間だった。
ならばアーチャーのように、あのサーヴァントに単独行動のスキルでもついているのか。それも考えづらかった。先ほど見てとれたステータスは何ら減衰することなく高水準を保っていた。単独行動のスキルはあくまでサーヴァントを生存させるためのスキルであって、魔力供給の途絶による弱体化は避けられない。故に、この状況を構築しているのは単独行動のスキルではあり得ない。
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そうすると、考えられるのは一つだけ。本田未央は、何故か一命を取り留めた。そしてあの病院に搬送されたのだ。
そう考えると全ての辻褄があう。あのサーヴァントが病院内にいたことも説明がつく。
ならば、音無が取るべき行動は一つだった。再度の本田未央暗殺、これを置いて他にない。
それは何も、仕留め損なった標的は絶対に殺さねばという思いから来ているものではない。音無が懸念しているのは、ある種の信用問題だ。
現状、音無はゆりの従えるセイバーに疑念を持たれている。ならば、万が一あの白銀のサーヴァントから自分にとって不利な情報がもたらされた場合、最早自分に未来はない。
だから殺す。何かを喋る前に、そのマスターを殺して白銀のサーヴァントには退場してもらう。
「な、なあゆり、そろそろいいんじゃないのか?」
「いいえ、まだ足りないわ。そもそも気配を感知できる距離って曖昧すぎて指標にならないから、万全を期すならもっと先まで行く必要があるのよ」
夜の街を二人の少年少女が駆ける。周りはひたすらに青い闇。
あたりに目を凝らしてみても、通行人など人っ子一人いやしない無人の街。
いつの間にか、二人は大通りを外れ内路地へと入り込んでいたらしい。ただ街灯の灯りだけが、ぽつ、ぽつと前にも後ろにも続いている。闇の中でそれだけが浮かび、遥か遠くへと無限に続いているようにも錯覚してしまいかねない光景だった。
民家さえもまばらだった。近代化の著しい新都とは思えないほどに、無機的に閑散とした場所だった。街灯は暖かみのない光だけをぼんやりと宙へ投げかけている。
孤独感。
不安感。
「お、おい、ゆり……」
言い知れぬ不安感が、音無を襲った。
セイバーはおろか、あやめでさえも自分の傍にいないという現状。そして敵襲から遁走した直後という状況が、音無を臆病にしていた。
思わずゆりの手を引こうとして、すんでのところで思いとどまる。しかしそれすらも、酷く空々しく、他人事のように感じられた。
「何よ、まさか追手が来てるとか言わないでしょうね」
「いや、そうじゃないんだけどさ……なんというか、嫌な予感がするというか」
「はあ? 予感もなにも、現在進行形で嫌な事態になってるでしょうが」
「そりゃそうだけど……」
自分もゆりも焦燥にかられて、冷静さを失っているのだろうか。ならば一旦頭を冷やさねばならないだろう。
窮状では冷静さを失った人間から脱落していく。これは戦術云々の話ではなく、最早常識だ。
いかんいかんと頭を振って、なんとか気持ちを落ち着けようと―――
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「いいや、そこのお坊ちゃんの言う通りだよ、カワイイお嬢さん」
「え―――あぐっ!?」
「ゆり!?」
軽薄な声が耳に届いた瞬間、目の前に立っていたはずのゆりの体が、急速に横へとブレた。
まるでダンプカーにでも突き飛ばされたかのように、ゆりの華奢な痩躯が派手に吹っ飛んで塀へと激突する。
ずるり、と力なく地面へ横たわる。音無はただ驚愕の声を上げるのみだ。
「やあ、久方ぶりだねお嬢さん。そしてこっちは新顔のお坊ちゃんか。満員御礼痛み入るよ」
―――黒色の道化師が、そこにいた。
星飾りの装飾をつけ、奇抜な衣装に身を包んだ道化師。その全身を覆う色は、夜闇よりも尚深い漆黒。
長身痩躯で腕には巨大な鎌を持ち、その威容は例えて死神。
間違いない。こいつは……
「デパート、の……アサ、シン……」
「大・正・解。そんなキミには今からとびっきりの恐怖と苦痛と絶望をプレゼントしてあげよう」
アサシンのサーヴァント―――キルバーン。
キルバーンとピロロがその二人を見つけたのは、実のところ全くの偶然と言ってよかった。
思わぬ痛手を負ったバーサーカーとの戦闘から既に半日。足りぬ魔力を裁定者に見咎められぬ程度の魂喰いで補給し、事前の罠と策を練りつつキルバーンたちは夜の街を見下ろしていた。偵察と様子見のためだ。
本来、キルバーンは直接的な戦闘というものを好まない。自分は安全圏から睥睨しつつ、罠と策で相手を弱らせ、確実に獲れる首だけを取るのが基本戦法だ。
簡潔に言ってしまえば、キルバーンは慎重極まりない人物と言える。万が一の敗北や一部の隙も認めず、100%勝てる戦いだけをする。それはおよそ誇りや矜持とは縁遠いものではあったが、同時に極めて合理的な戦闘論理でもあった。
現状、キルバーンの戦力は全快の8割程度にまで回復していた。
バーサーカーとの戦闘から既に半日。裁定者から見咎められぬ程度の魂喰いを行いつつ、地道に魔力を集めることで破損していた宝具『死神の笛』を修復できるまでに力を蓄えることに成功していた。未だ生命のストックを補充できるほどではなかったが、それ以外の戦闘力に関しては十全の域にまで至っている。
無論、それで満足するキルバーンではない。彼が求めるのは絶対の勝利の保障である以上、生命のストックがない状態でのサーヴァント戦など言語道断だ。あと2割、それが回復するまでは様子見に徹するつもりであるし、今はそのために夜の街を徘徊していた。
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そう、そのはずだったのだが。
「あ〜〜〜、見てよキルバーン! あんなところにマスターの女の子がいるよぉ!」
「おや、本当だねピロロ。昼ごろに見たセイバーのマスターだ。あんなに必死に逃げて、クックククク、可愛いねぇ」
「隣にいるのは誰だろう、やっぱりあいつもマスターかな?」
「さぁて、どうだろう。でもピロロ、おかしいと思わないかい? あの子がこんな近くにいるのに、サーヴァントの気配がまるでしないってことが」
「あっ、言われてみればそうだね。ねえキルバーン、もしかして……」
「うん、もしかして……」
趣の異なる二体の道化が、全くの同時に黙り込んだ。月の明かりに照らされて、顔の半ば以上が深い影。しかしその口ははっきりと笑みの形に引き攣れていた。
下卑た笑み。弦月に歪んだ口元が愉悦の哄笑を漏れ出させる。
「サーヴァントを失ったか、あるいは足止めに置いてきてるってところだね」
「きっとそうだよ! だって全然気配がしないし、あんなに死にもの狂いで逃げてるんだもん。今のあいつらにサーヴァントはいないんだ!」
「逃避行、あるいは決死行かな? プッククククク、ならボクたちのやるべきことは一つだねピロロ」
「うん、ちょっと早いけどお楽しみの時間だねキルバーン!」
ところで、キルバーンというサーヴァントは非常に狡猾で、慎重で、安全な戦いの思考を好む人物である。
しかし、そんなある種の合理性を持った主義とは裏腹に、それとはまるで似つかない、対極とさえ言ってしまえる性質を彼は内に秘めていた。
「愉しい兎狩りの始まりだ……!」
それすなわち―――弱者を甚振り殺すことに喜びを感じるという、普遍的かつ強烈な嗜虐性である。
▼ ▼ ▼
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安らかに少女が眠っている。
それは安心しているかのように、穏やかな銀の水に抱かれるように。
見覚えのある顔で、静かに。本田未央という名の少女は眠りについていた。
「……」
言葉なく、その寝顔を見つめる視線が一つ。
誰にも気付かれることなく。
誰にも悟られることもなく。
たった一人でこの病室まで赴いた者の視線だ。サーヴァント溢るる戦場と化した階下を上がり、決死の覚悟と共にやって来た者だ。
アサシンのサーヴァント。その名を、あやめと言った。
するり、と音もなく。あやめは未央をも下回る小柄な体躯を持ち上げ、ベッドで眠る彼女に跨った。
丈の長い臙脂の服がぶわりと広がり、重力に従ってシーツの縁から下に流れる。その光景は、見ようによってはベッドの上が鮮血で染められているようにも見えた。
あやめはその細く白い繊手を、そっと未央の首へとかけた。
微かに未央が顰めた声をあげる。それに思わずたじろいでしまうけど、気を取り直して再度首に指をかけた。
小さく一つ息を吐く。どうしても震える腕を、無理やりに抑え込む。
そして。
「……ッ!」
一気に、力を、入れた。
「ぅぐ!?」
未央の表情は急激に苦悶の様相へと変貌し、口からは声にならない呻きが漏れた。
少女の首筋、その中点たる細長い気管の感触を肌の上から指先に感じながら、あやめはぎゅっと目を瞑り、更なる力を指に込めた。
うぇげ、という嘔吐にも近しい汚音が吐き出される。しかし漏れるのは胃の内容物ではなく肺に残った空気だけだ。首という人体の急所に強い力を入れられる特有の嫌悪感と、酸素の供給が成されない急性ショックからか、未央の顔は煽動するかのように蠢き、歪んでいる。
酸欠になった魚のように、パクパクと空気を求めて口が開かれる。抵抗を示す手足が、藁を掴むかのように弱弱しく動かされた。その手は既に幾度もあやめの体や、首を絞める腕にぶつかっていたが、未央はそれに触れたことを認識できていない。
だから困惑する。何故自分がこんな状態になっているのか。さながら地上で溺死するという矛盾めいた惨状だった。半覚醒の意識が瞼を押し開かせ、足りない酸素で懸命に思考を回転させる。
対して未央を縊るあやめといえば、目を瞑り顔を俯かせ、腕だけを前に出して必死に力を入れ続けていた。まるで何かに耐えるように、未央の腕が体に当たる度に悲痛な声を漏れ出させて。未央を扼することで自分までもが扼されているかの如く。
そのザマは、あたかも「早く死んでくれ」と懇願しているようにも見えた。あるいは、見る者によっては縊る未央を心底哀れんでいるようにも見えたかもしれない。どちらも正解で、しかしどちらも間違いであった。
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あやめは、最弱のサーヴァントである。
戦う力がない。何かを造り出すことができない。逃げることも、交渉も、他者を引きつけるカリスマ性だってない。その身に宿る気配遮断はあやめ自身のものではなく、あくまで眷属としての認識阻害だ。
およそ何故サーヴァントになれたのか、自分でも分からない有り様だった。誰かの役に立つことはできず、マスターにも迷惑をかけるばかりの存在だった。
昨日もそうだった。マスターである音無結弦は、本田未央の暗殺に際し自ら殺す役目を買って出た。それは自分に殺人の咎を背負わせないようにという彼の優しさであると分かっていた。何もできない自分を、彼は笑って「別にいい」と言ってくれた。
無能を謗られることさえ、自分はできないのだ。
サーヴァントとして当たり前のことができないばかりか、当たり前のことができないことを失望されるという、そんな本当に当たり前のことさえ、自分にはできないのだ。
あやめの生涯はそんな絶望と、悲しみと、自己嫌悪に満ち溢れていた。
当たり前のことができない自己嫌悪、それを当然だと無意識に思われてしまう自己嫌悪。何も期待されないという自己嫌悪。それはサーヴァントとなった現在でもついて回った。
だから、あやめは自分の手で何かを成し遂げたかった。せめて自分を喚んでくれた人に報いたかった。人を殺すということは何より悲しく、嫌なことであったけど、それがサーヴァントとしての役目だというのなら、自分はそれを成したいと願う。
あやめは指に力を入れる。強い強い感情を伴って。
あやめは指に力を入れる。激発する、恐らくは生まれて初めて抱く感情と共に。
未央の抵抗が徐々にその頻度を減らし、暴れる力も蝋が溶けるように消えていった。肺は既に荒い呼気を伴うことなく、涙に塗れた眼球は上を向いて白目を晒した。
使命感、義憤、報いる心。そういったものも確かにあったけど、しかし今のあやめの中にある最も強い感情とは、彼女自身でさえも判別できない極めて攻撃的なものだった。
使命感で人は人を殺すのか―――否。
義憤で人は人を殺すのか―――否。
報いる心で人は人を殺すのか―――否。
そのような後付で脚色されたものではなく、人が人を殺す時に抱く、最も原始的かつ根源的な感情を、あやめは無自覚的に有していた。
人が人を殺す際に用いる、赤裸々な感情。
それを、たった一言で表すならば―――
『こんばんは』
『そんな必死こいて、何かいいことでもあったかい?』
声が、聞こえた。
びくつき怯えた表情で、あやめは彼女にしては珍しいほどの反応で、瞬時に声の出所を振り向く。
その視線の先は、窓際。
―――月を映す夜空が除く窓に、渾沌よりもなお深い黒色の人型が、歪な嗤いを浮かべて座っていた。
-
前編の投下を終了します
-
後編を投下します
-
▼ ▼ ▼
「何十年ぶりになるんだろうな。なあ、抜刀斎」
「知らんよ、そのような些末事など」
漆黒の闇の中。煌々と輝きを湛える月が見下ろすビルディングの屋上にて、二人は向かい合った。
全てが凪いでいた。両者は構えを取ることもせず、ただ在るがまま、静謐な面持ちで互いを見つめていた。
時を超えた邂逅か、それとも因縁がもたらした悪戯か。
この再会にどのような意図が絡んでいるのか、あるいは単なる偶然か。
どちらでも良かった。ただ、この場に人斬り抜刀斎・緋村抜刀斎と、元新撰組三番隊組長・斎藤一が存在する。二人にとっては、その事実だけで十分であった。
既に加藤鳴海の姿はない。新たに発生したサーヴァントの気配、それに対処するため二人の下を離れている。
それでもいいと、二人は思った。
何故なら分かるからだ。剣客として培った洞察力、そして生前における記憶によって。
あれはある意味で"流浪人緋村剣心"と同類の男であると。
最初の会敵時、あの男はマスターである音無結弦や仲村ゆりを狙えた立場にあってなお、それを実行することはなかった。実力が足りない、あるいは迂遠な策、そのどちらもでもない。奴は"そういう"人間なのだ。
だから放置する。人を殺せない敵など、今の二人にとって何ら害にならないのだから。
「緋村抜刀斎、稀代の人斬りにして伝説の剣客。貴様の強さは特に多く戦った新撰組(おれたち)が最も深く知っている。
そして貴様は、よりにもよって"その姿"で現界した」
「ならばどうする、ここで殺すか」
「愚問だ」
ただ一言を以て返す。それ以上のやり取りなど、この二人には不要だった。
何故この男が流浪人・緋村剣心ではなく人斬り抜刀斎として現界したのか、その理由については最早問うまい。
戦士とは、如何なる不条理な現実をも疑わぬもの。ただ認識し、対処するのみ。
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「あの日の続きだ、抜刀斎。貴様の抱く人斬りとしての性も、築き上げた不敗の伝説も、一切を抱えたまま地獄へ落ちることは許さん」
思い出すは血風渦巻く京の都か、武士が生きそして死んだ最後の戦場たる鳥羽・伏見の戦いか。
戦乱の幕末にて幾度も出会い、斬り合い、そして決着は付かず十年の時が無情に流れた。
その果てに彼らは再び出会い、しかしその時には既に「人斬り抜刀斎」は死に絶えていた。
腰の刀に手をかける。抑え込まれた闘気は臨界点寸前であり、最早収まることもない。
「現世(ここ)へ置いてゆけ。せめてもの手向けだ、俺の渾身を以て太刀打ち仕ろう」
「見上げた大言壮語だ、斎藤。ならばその首級を貰い受ける」
斎藤と呼ばれた剣鬼と、抜刀斎と呼ばれた剣鬼。
旧縁持つ二人はそれで対話を切り、斎藤は刃を抜き放ち、抜刀斎は柄へと手をかけた。
最早二度と共有できまいと悟っていた、悪・即・斬の正義を共に抱いて。
あの日つけられなかった決着を、ここに結実させるのだ。
斎藤一は腰を深く落とし、切っ先を前方へ向けて構えた。一撃必殺、敵を突き殺す両手平突の構えである。
対する抜刀斎は納刀したまま中段に手をかける居合の構えだ。一刀両断、敵を斬り伏せる抜刀術の構えである。
そうして相対し。
両者は凝固した。
時が徒に流れ過ぎゆく。
手に汗握るとはこのことか、唖然と見守るとはこのことか。
しかしこの場に一切の立会人はおらず、故にただ時間だけが過ぎてゆく。
両者が静止する意味、それは武芸に傾倒した者ならば容易に洞察することが可能であり、故に勝負の行方はこの時点では分からない。
両者いずれも、意図するところは明らかである。
中段に構えた斎藤は、刺突にて敵手の喉元を狙う。
この構えより斬撃せんとすれば、剣を振りかぶる余計な動作が入用となり、敵に遅れを取るため、まず突く以外の選択肢はないと言っていい。
そして脆弱な人間と違い、魔力を形として現界したサーヴァントにはかつての常道……すなわち、一寸の切れ込みさえ入れれば即死するという常識は時に通じなくなっている。
ならば狙うは破壊が死に繋がる急所のみ。すなわち脳髄、心の臓、あるいは首か。腕で庇える胴体部、そして狙いの付けにくい頭部と違い、その最も致命的たる弱点が喉周りの隙。これを突くに如かず。
対する抜刀斎は、居合中段にて相手の首元を狙う。
そこもまた構造的に守りきれぬ隙であり、放つ角度をやや上向きに寝かせ斬り込めば、頭と胴体を繋ぐ細い首筋へ刃先を打ち入れることが叶う。
他の箇所を狙おうとすれば、肉体に備わる諸々の器官が邪魔となり余計な動作が必要となる。それは敵に対しての遅れとなって現れるだろう。
-
斯様に両者共、攻め手は決している。
しかし両者共、不動にて時を送る。
それは両者共、攻め手に併せて受け手を用意しており、対敵にその備えがあることを疑っていなかったからである。
斎藤が牙突にて打ち込めば―――
抜刀斎は僅かに身を捻るのみでその鋭鋒を躱し、反転しつつ遠心力を利用してその後頭部へと抜刀し、勝負は決するであろう。
抜刀斎が先に斬り込めば―――
斎藤は一歩退いて剣撃を外し、すぐさま跳ね戻って宿敵を刺し殺すであろう。
攻め手が必殺ならば受け手もまた必殺。
互いに対敵の手の内を知りつくし、読みつくし、故に動けず、戦況は膠着する。
かかる情勢、勝負はすなわち、体力気力の削り合い。
斎藤と抜刀斎、対峙する二者は今、敵を一足一刀にて仕留め得る体勢と敵の微細な変化をも見逃さぬ集中力、その二つを維持しながら向かい合っている。
ならばこその膠着。
これが両者の心身に多大な負荷をかけることは論ずるまでもない。
渓谷を綱渡りするにも等しい過酷さである。
やがては一方が力尽き、構えを崩す。
その時もう一方が余力を残していたならば、即座にその崩れを狙って攻めかかり、勝利者となるだろう。
元新撰組隊士、斎藤一。
人斬り抜刀斎、緋村剣心。
いずれがいずれの役を背負うか。
時がまた流れ、戦いは静粛なまま、閉幕へと向かい―――
「―――ッ!」
あるいは、それは同時だったか。
斎藤と抜刀斎は共に勝負に出た。強い息吹を吐き出しつつ、己の体を前方へと撃ち出す!
互いに必殺の構え。さてこそと一瞬の遅れなく、互いは互いの攻撃へと反応した。
けれど、いいや必然か。
機は未だ熟してはおらず、互いの必殺はしかし必勝とは成り得ない。
状況は定まっていない。不確定のまま繰り出した二つの必殺は、虚しく宙を空振り、あるいは儚く宙を空撃ちするのみ。
勝負は振出へと戻る。
そうであると、思われたが……
-
「ッ!」
前方へと渾身の力で突きいれられた斎藤の突きは抜刀斎を捉えることなく空を穿ち、しかし中空にて軌道を変え眼下の抜刀斎へと斬りかかる。
これぞ斎藤が必殺、牙突の神髄。刺突を外されても間髪入れずに薙ぎの攻撃へと転換できる。戦術の鬼才土方歳三が考案した平刺突に死角はない。
対する抜刀斎の剣閃は斎藤を捉えることなく流れゆき、しかしそれを追随する後追いの一閃が遅れて襲来した。
これぞ飛天御剣流が誇る二段抜刀術、双龍閃。抜刀が躱された無防備を補うために考案された鞘による疑似抜刀。
白刃の幻で敵を退かせ、その隙を追い、本命の一刀を繰り出す。
"呼吸外し"の術である。
初めの必殺は共に外れた。しかし必殺が一つきりなどとは誰も言っていない。
第二撃の剣閃は、果たして互いの首元を狙い―――
「やはり、強いな。抜刀斎」
「……」
結果は相討ち掠りもせず……勝敗は未だ定まらない。
斬り下ろされた斬撃は鞘で防がれ、斬り上げた鞘が打ち据えるは刃のみ。そのどちらも、敵手の体を貫くには至っていない。
共に伯仲、互角の勝負。幾度も戦い、戦い、戦い続けてその度に生き残り続けた両者は、互いの手の内を知り尽くしているが故にその刃を身に受けることがない。
「分かってはいたが、簡単には死ねんようだ。俺も、貴様も」
「それこそ分かりきったことだろう。何度戦い、何度殺し合ったと思っている」
「違いない」
この程度でどちらかが倒れる程度ならば、そもそも彼らは宿敵になどなってはいない。
呼吸の読み合い、技の妙。その粋を尽くしての決闘すらも彼らには不足というのか。
「ならば、行儀のいい行いはここで終わりにするとしよう」
「……そうか、お前はそのつもりか」
「ああ、そうだとも。俺と貴様の決着に、これほど相応しいものはあるまい」
故にこそ、彼らが死地を決するには最早人の業では到底足りない。
人を超え、剣客となりて、果てにサーヴァント(英雄)として現界し、それでも足りぬと吼え猛る。
ああ、そのザマは、まるで。
「ここからは死合いではなく、喰らい合いだ」
―――まるで、鬼畜生のようではないか。
▼ ▼ ▼
-
『大嘘吐き(オールフィクション)』
『きみの"殺意"を【なかった】ことにした』
この世のあらゆる"負"が凝縮したかのような存在が、窓辺に腰かけ嗤っていた。その影は人の姿をしていたが、けれどあやめには、それが人であるとは到底思えなかった。
見るだけで、聞くだけで、存在感を感じ取るだけで脊椎を掴まれたかのようにおぞましい。発する圧が明らかに異常だった。
荒唐無稽な悪夢を現実に映しだし、臓物と糞尿を混ぜて煮詰めればこのようなものが出来上がるかもしれない。人型をとっていることさえ、人間に対する冒涜だった。
不幸にもそれを直視してしまったあやめは、当然の如く精神ごと肉体が硬直した。あまりにも強烈な嫌悪感から、逆に彼から目を逸らすことができない。
それは、かつて彼女が慣れ親しんだ異界の風景とも似て。
しかし、どこかが決定的に違う負の存在であった。
『似合わないことはするもんじゃないぜカワイコちゃん。そういうのは過負荷(ぼくら)の領分だ』
その言葉を境に我を取り戻し、しかし次の瞬間には再びの忘我があやめを襲った。
「な、なんで……」
気付けば、本田未央の首にかけていた手が、その力を失っていた。
指一本動かすことができなかった。いや、正確には「動かす気になれなかった」と言うべきか。
それも当然である。何故なら、先ほどまでの彼女を突き動かしていたのは"殺意"であるのだから。
殺さねばという使命感はあった。殺して彼に報いなければという気持ちもあった。けれど、肝心要の「殺そうとする意志」は、何故か根こそぎ失われてしまっていた。
あやめは極めて善良な少女である。義憤であれ、使命感であれ、報いたいと思う心であれ、そんなもので人を殺せるほど、彼女は人道から外れた存在ではない。
この聖杯戦争に参加したサーヴァントにあって、彼女はある意味では最も人に似つかず、しかしある意味では最も人に近しい存在であったのだ。
「ッ! 未央チャン!」
この場にいない新たな第三の声が、病室内に響いた。
悠然と窓に腰かける男を押しのけるようにして現れたそれは、眼鏡をかけた利発そうな少女だった。年の頃は恐らく本田未央と同じほどか。いっそ哀れなほどにやつれ憔悴した様子で、しかし万感の思いが籠った声を上げ、彼女は病室内に転がり込んだ。
この時既に、本田未央は意識を取り戻していた。肺に大量の空気を取り込むためか激しく咳き込み、酸欠により白濁としていた思考も徐々に纏まりつつある。そんな彼女は、悲壮な様子で転がり込む少女をぽかんとした様子で見つめ、次いで自分の状況すらも呑みこめない様子で首を傾げていた。
「未央チャン、生きて……生きてた……私、もう駄目だとばっかり……」
「……えぇっと、みくちゃん? なんでそんな泣いて……
ていうか、ここ病院? 何があって……」
訳も分からないといった風体で、未央は周囲を見渡し。
-
「……」
『……』
「……」
『やあ』
やっほーと手を振る男を見た瞬間、未央は再びその意識を手放した。白目を剥いてベッドの上に倒れ込む。
過負荷を目撃したことによる精神の許容量の限界、お手本のような失神であった。
『あっれーおかしいなぁ、僕は一応彼女を二度も助けた恩人のはずなのになー。
怖がられる要素なんてどこにもないよ、ねえみくにゃちゃん?』
「…………。
……もういいよ。ルーザーはそういうのだって十分過ぎるくらいに分かったから」
涙を拭い、微かに嗚咽を漏らしながらも、けんもほろろなみくの態度に、男―――ルーザーは芝居がかった態度で嘆息していた。
しかしそんなみくの態度も、どこか柔らかい。それも当然の話というべきか、今まで死んだと思われた本田未央が、みくの友人たる彼女がなんと生きていたというのだから。
理由は分からない。推測するならあの白銀のサーヴァントの力か。ともかく望外の奇跡にみくは涙ぐみ、それを見つめる球磨川は何とも形容のし難い表情をしていた。
『まあ、そっちはハッピーエンドめでたしめでたしってことでいいとしてさ。
それじゃあこいつどうしよっか。あんま時間かけてもしょうがないしねぇ』
「あう……!」
言うが早いか、球磨川は未だ呆然と座り込んでいたあやめの小柄な体躯を片手で掴みあげた。苦悶の声をあげる少女を嗤いながら睥睨する様は、何の慈悲もないように見える。
彼ら主従がこの場を訪れたのは、決して偶然の産物ではない。無論多くのサーヴァントの気配……斎藤一や緋村抜刀斎、加藤鳴海など……を感じ取ったということもあるが、それ以上に彼らは「あやめ」個人の気配を追跡してここまで来たのだ。
無論、ルーザーたる球磨川禊に気配察知系統のスキルなどなく、そもそも過負荷の王たる彼がそんな有用な手段を持つことも用いることもあり得ない。ならば何故彼女の気配が分かったかと言えば、それはあやめの持つ怪異としての気配が"限りなく過負荷に近く、そして限りなく遠い"異質なものであるからだ。
あやめというサーヴァントは、元は単なる村娘の一人でしかない。
何ら超常的な力を持たず、武芸にも魔術にも思想にも通じず、まして世間一般での知名度や信仰などあるはずもなく。本来であるならば英霊の座に押し上げられるなどありえない普通(ノーマル)こそがあやめという少女だ。
ならば彼女の一体何がサーヴァントたるに相応しい超常と成り得るのかと言えば、それは"怪異"の性質に他ならない。
あやめは忘れられた村娘である。より正確に言うならば、"異界への供儀として捧げられた娘"である。
異界に堕ちた彼女は、『彼等』によって"そう"成り果ててしまった存在なのだ。人間の心を保ちながら、しかし永遠に異形として在り続ける、『彼等』と同じモノに。
いわば後天的な形質変容である。普通(ノーマル)でしかなかったあやめは、しかし普通(ノーマル)の心を持ちながら、過負荷(マイナス)とも悪平等(ノットイコール)とも似て非なる怪異(モンスター)へと変貌した。
-
過去の邂逅において、球磨川が彼女を一瞬でも過負荷と見間違えてしまったのはそれが理由である。そして、当然ながら怪異である彼女は通常のサーヴァントとは異なる過負荷に近しい気配を放ち、それを隠蔽するための気配遮断スキルは最早球磨川には一切機能していない。
遠隔ならばともかく、一度気配の感知圏内に捉えてしまえば追跡は容易であった。冬木に並み居るサーヴァントの中で、唯一球磨川だけが成し得る捕獲劇だったのだ。
……本田未央が生きてそこにいるとは、流石に球磨川も想定してはいなかったけど。
『僕としては、みくにゃちゃんの言う"音無結弦の真意"を聞きだすまでは、まあ穏便に済ませてやろうって考えてたんだけどね。
でも本田ちゃんが生きてた以上、もうそんなまだるっこしい真似はナシだ。許すも許さないもないよ、【またあんなことになる】前に不穏な芽は潰しておくべきだよね』
「ルーザー、それ……」
『ああでも困ったな、今ここで殺したら色々と"良くない"ことになりそうだ。
あー、人手が足りないなぁ。どっかに都合よく動かせる駒でも落ちてないかなぁ』
躊躇いがちなみくの言葉を余所に、球磨川は勝手気ままにあやめを掴みあげながらあーでもないこーでもないと一人で盛り上がっている。あやめは愚か、彼のマスターであるみくですら、彼が一体何を考え何を望んでいるのか理解できなかった。
すると、中空を向いて思案するそぶりを見せていた球磨川の目が、突如として細められた。瞳に宿る底の無い空洞じみた虚構の闇は、ぐるぐると渦巻いて何か恐ろしいものでも映し出すかのように揺れていた。
『……そうだね、そういやあいつがいるんだっけ。ちょうどいいや』
「ちょっとルーザー、さっきから何を……」
『気をつけなみくにゃちゃん、さっきぶりに"あいつ"が来るよ』
忠告するかのような球磨川の言葉と同時、病室と廊下を隔てるスライド式の扉が思い切り押し開かれた。
バン、という大きな音と共に飛び込んできたのは、みくや球磨川よりも一回りも二回りも巨大な、鍛え上げられた偉丈夫の姿。
しろがねのサーヴァント、加藤鳴海であった。
「てめえは……!」
焦燥した表情で病室へと駆けこんだ鳴海は、球磨川の姿を認めるや、即座にその表情を警戒と困惑の色に染めた。覚えのある相手であったが、敵かも味方かも分からないからだ。いいや、そもそも鳴海は球磨川のことを敵としても味方としても関わり合いになりたくないとさえ考えていた。
困惑はすぐさま敵意となり、鳴海はその拳を迎撃に固めた。球磨川はただ嗤うだけだ。
『やあカンフーくん、お互い生きてたようで何よりだよ!
ところでなんでそんなカッカしてんの? カルシウム足りてる?』
「てめえ何しに来やがった……!
いやそれはどうでもいい、てめえは俺のマスターから離れやがれ……!」
激昂するその様に、球磨川の背後で事の推移を見守っていたみくが思わず恐慌の声を上げた。鳴海はそれを見て一瞬だけたじろぐも、すぐさま元の狂相を取り戻して球磨川へと詰め寄る。
鳴海の丸太のように太い腕が、軽々と球磨川を掴みあげた。そして威嚇するように顔を突き合わせる。敵意に相貌を歪ませる鳴海とは対照的に球磨川はどこまでも涼しい顔だ。
-
『ふーん、きみはマスターの恩人に対してそんなことするんだ。わー幻滅ぅー、カッコ悪いなぁカンフーくん』
「黙りやがれ、それとこれとは話が別だ。どうにもてめえは信用ならねえんだよ……!」
それ以上の問答は無用とばかりに、鳴海はもう片方の腕を振り上げる。そのまま、球磨川の顔面を打ち据えようと―――
『ところでカンフーくん、これを見てくれ。こいつをどう思う?』
「な――――ッ!?」
その拳を直進上、すなわち球磨川自身の顔の高さに、彼は"それ"を持ち上げ"紹介"した。
「何の前触れもなく」「突如として出現した少女」を目の前に、鳴海は混乱と驚愕の極みに陥り、思わずその手を止めてしまい。
『だから甘えってんだよ、きみは』
致命的な隙を晒し、がら空きとなった鳴海の胴体に、一本の長大な螺子が突き刺さった。
鳴海の体は一瞬大きく痙攣し、しかしすぐに静止して崩れ落ちるように動かなくなった。鳴海の剛腕より解放された球磨川は、やだなぁと白々しく嘯きながら軽く埃を払うように学生服をはたいた。
『こうまでみくにゃちゃんを狙わなかったことからも分かってたことだけど、改めて言っておこうか。
きみの甘さ、きみの弱さは子供を殺せないということ。いや、それどころか傷つけられないってところかな?
サーヴァントとしちゃ、つくづく甘い』
『でもその甘さ、嫌いじゃないぜ』
鋭く指を突きつけて、如何にも格好つけたポーズで球磨川は言い放った。残念なことに、それを真面目に見聞きした者は誰一人として存在しなかった。
「る、ルーザー……それ、どうしたの。
……殺しちゃったの?」
『まっさかぁ、人畜無害かつ善良な一般市民の僕がそんな物騒なことするわけないじゃん』
みくのほうへと振り返り、大仰な手振りで力説した。まるで説得力がない。
『ただ、ねえ』
『今のままじゃ碌に話も聞いてくれないだろうからさ』
『ちょこっとだけ、大人しくしてもらおうかなって』
『本当にそれだけさ』
「……それだけ?」
『それだけ。この螺子は特注品でね、殺すどころか掠り傷一つ付けることもできない、武器としちゃ【負】出来な代物なんだ』
そう言うと、球磨川は項垂れて蹲る鳴海の髪を掴むと、無理やりにその顔を上げた。
現れたのは、生気というものがこそげ落ちたような、鳴海の顔。
-
『でもその代わり、こういう時には役立ってくれるよ。何せどんな奴だって【僕】の位置まで引きずり下ろしてやれるんだからね』
そう語る球磨川の目の前で。
呆けたような面をした鳴海が、初めて口を開いた。
『なんだよお前、面倒臭えなぁ』
「……は?」
『ほら、見なよみくにゃちゃん。まるで僕みたいに露骨に最低に陰気溌剌になってるでしょ!』
「なにこれ、気持ち悪……」
鳴海が口にした、まるで球磨川のような負愉快な口調と、一目で分かる異常事態に、みくはあからさまにドン引きしていた。
『却本作り(ブックメーカー)。
安心大嘘吐きに続く、僕のもう一つの宝具さ』
『この螺子で貫かれた者は、何もかもが僕と同じになる。
強さ、知性、感情、思想、あらゆるものが僕まで堕ちる。何とも使い勝手の悪い、僕にお似合いの欠陥能力さ』
『ま、今回のは一時的なものに留めておくつもりだけどね』
言うや否や、球磨川は鳴海に顔を近づけ、言った。
『さて、大人しくなったところで講義の時間だ。今から言うことをよーく聞けよ?』
その顔は、まるで面白い悪戯を思いついた子供のように、なんとも愉快気な笑みに彩られていた。
▼ ▼ ▼
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仲村ゆりと音無結弦は、既に満身創痍だった。
サーヴァントに襲撃されながら未だ存命しているという事実は、何も彼らが優秀であるとか、あるいは幸運であるということを意味していない。
むしろ、彼らはこの上なく不運だったと言えるだろう。
生かさず、殺さず。
彼らを襲ったサーヴァントとは、そういった拷問めいた生殺しを愛する、生粋の加虐趣味者なのだから。
「ぎ、ぃ……あ……!」
それは絶叫だった。
か細く、今にも途切れてしまいそうにか弱く、けれどそれは絶叫であった。辛うじて襲撃者にのみ聞こえる程度の絶叫。
ゆりの腹から絞り出される、最早大声を出す気力すら尽きた苦悶の声。
先刻まであった闊達な少女の面影は、もう何処にも残されていなかった。
「プッククククク、もう終わりかいお嬢さん。駄目だね、張り合いってものがまるでないよ」
「ほら、もっと抵抗しなよ! このっ、このっ!」
せせら笑う長身の影はキルバーンのものだ。彼は悠然と、余裕の表情でゆりを見下ろしている。ピロロは獲物の抵抗が無くなったことに不満なのか、倒れたゆりの頭を何度も蹴り上げていた。
ゆり達の抵抗は、キルバーンたちにしてみれば文字通りの兎狩りにしかならなかった。窮鼠は猫を噛むことはなく、そもそも彼我の戦力差を考えればキルバーンは猫どころか大型の肉食獣にも等しい。この顛末は順当どころか必然と言えるだろう。
「セイ、バー、あたしたちを……」
「おっと、そうはさせないよ」
ごりっ、という鈍い音がして、声にもならないゆりの悲鳴。鎌の柄の先端で"軽く"ゆりの腕を突いたのだ。無論、絶妙なまでの手加減によりダメージと痛みだけを与えている。ちぎったり砕いたりなんて論外だ。だって"そんなもので死なれてもつまらないのだから"。
(くそ、こいつら……)
死神とその従者が悪趣味な遊びに興じる背後、音無は頭から血を流して蹲っていた。彼らは音無のことも遊びの対象にしていたが、もっぱら傷つけるのはゆりが中心であった。音無は知る由もなかったが、ゆりと彼らの間にある会敵の因縁が、ゆりに対する加虐を加速させていたのだ。
つまり音無は最低限痛めつけられただけで半ば無視されているようなものだったが、それが何らかの救いになるかと言えば、それは否だ。逃げるどころか、令呪を使う隙さえない。一度どころか二度三度と試して、その全てが失敗に終わっているのだから間違いなかった。こいつらは、自分たちを逃がす気など毛頭ないのだと。
「あ〜あ、つまんないの。ねえキルバーン、もういいからこいつら殺しちゃおうよ」
「ボクとしちゃもう少し弄びたかったんだけどねぇ。でもピロロが言うなら仕方ないかな。あんまり遊び過ぎるとサーヴァントが戻ってくるかもしれないしね」
「うんうん。遊ぶのは大事だけど、余裕を持つのはもっと大事だよ」
二人揃ってクスクスと嘲笑。キルバーンの爪先がゆりの体を蹴り上げ、無理やりに仰向けにする。
手に持つ鎌がくるりと回り、その刃先がゆりの首元へと突きつけられた。
-
「それじゃあ名残惜しいけどさよならだ。バイバイ、可愛いお嬢さん」
そのまま、死神の鎌は円を描くように高く振り上げられて―――
「ま、待ってくれ……」
「うん?」
そこに待ったをかけたのは、他ならぬ音無であった。
傷む腹部を抑えながら、音無は立ち上がる。今そうしなければ自分たちはすぐさま殺されてしまうのだと分かったから、立ち上がらざるを得ない。
「交渉を、させてくれ。俺達が知ってる情報を教える、だから……」
「見逃せ、と。いいねぇ、そうこなくちゃ」
キルバーンは鎌持つ手を止め、話を聞く段となった。
首の皮一枚で、彼らは命の綱を繋いだ。
そうして音無は、促されるままに訥々と今までのことを語った。
本田未央、前川みく、ネギ・スプリングフィールド。今までに自分が遭遇したマスターのこと。彼らが使役しているサーヴァントの情報。
それらを入念に、できるだけ長く、音無は説明した。
ゆりが出会ったマスターたちのことも語った。しかしこちらは、ほとんどが遭遇の場にキルバーンも関わっていたため、彼にとって有益な情報はほとんどなかった。唯一、キリヤ・ケイジというマスターのことだけは興味深そうに聞いていたが。
「なるほどねぇ……意外や意外、きみたちは中々に優秀なマスターだったみたいだ」
全てを聞き終えたキルバーンは、心底から愉快気な様子で頷いていた。
「学校、学校か。所詮は子供ばかりの環境と思ってたけど、結構な数のマスターが紛れ込んでいたみたいだね。これは今日の予定を入れ替える必要があるかな?」
「お人形がいっぱいの遊び場だね、キルバーン!」
「ああ、そうだねピロロ。準備が整ったら盛大に遊んでやろうか……ククククク……」
「そして―――」
「きみもそろそろお終いだ」
「……く、そっ」
キルバーンは嘲笑の相を浮かべ、ゆりと音無のほうへと振り返る。
空を裂く鎌が、不可思議な音色を立てて旋回した。
「きみの魂胆なんて分かっていたよ……情報を引き換えに見逃されるなんて最初から期待していない、きみが狙っていたのは時間稼ぎだ。
セイバーか、それともきみのサーヴァントか。令呪も使えないきみたちは、だからサーヴァントが自発的に戻ってくるのを待っていたわけだ。
けど、アテが外れたみたいだねぇ……!」
「ッ、くそ!」
跳ね飛ぶように駆け出そうとして、しかしあっさりと足を掬われ転倒する。
無様に顔から地面に突っ込み、音無は奇しくも倒れるゆりの隣へと投げ出された。
「最期くらいは潔くしたまえよ、坊や。
なに安心したまえ、隣のお嬢さんもすぐきみのところへ連れて行ってあげるからね」
そうして、彼らの命を刈り取る鎌は振るわれた。
音無の目に映ったのは、見ることも叶わない速度の白刃と、その向こうに浮かぶ煌々とした月だった。
視界が真っ黒に染まる。
掴む感触が無くなる。
その最中。
「―――たすけて」
スローモーションになった世界の中で。
失われゆく聴覚が、か細く囁かれた声を聞いたような。
そんな気がした。
▼ ▼ ▼
-
静寂の空間に刃が激突する反響音が間断なく響き渡る。道ならぬ道を、ビルディングで構築された石造りの森を、影も捉えきれぬ何者かが駆け抜け、跳ね合い、颶風となりて相交わる。
影が交錯する度に散らすは刃鳴、舞うは剣弧。煌めき光るは刀刃に映る月光か。
三次元空間を縦横無尽に渡り歩き、そこかしこで激突する様は天狗かはたまたその化身か。
地に足つける人とは思えず、中空にて舞うは縮地の業なり。塔や壁すら彼らにとっては主戦場、今は懐かしき戦場にて踏みしめる土の感触である。
―――彗星となりて散る火花。閃光となった刃撃の逢瀬が、再び対となって両雄の間で灼光する。
苛烈さは嘗ての比に非ず。互いの機を読み一刀のみを繰り出す剣客同士の構図は崩れ、今は共に二体の修羅。繰り出すは幾重に重なる剣刃乱舞、これぞ悪鬼羅刹の喰らい合いなり。
剣閃、乱れ飛びて剣戟と化し―――
剣戟、狂い踊りて剣嵐と成る―――
よって双極、乱れ狂いて仕手と化し、血煙渦巻く死合とならん。
寄越せ、寄越せ、その首寄越せと刃が血肉を求め打ち震える。
剣に宿るは純なる殺意。修羅道を彩る絢爛の血道。ひとたび鞘走れば散華なしに戻りはしない。
一刀一撃、必殺の領域に突入している。音速を遥か超越した斬撃の応酬は、まるでよくできた殺陣のようでもあった。
「おおおおおおおォォォッ!」
「ぬぅううううああああッ!」
一呼吸の間もなく跳躍、反転して狙い穿つは敵手の眉間。逆手に構えた切っ先は垂直に天下る神の杖として飛来し、下方より迎え撃つは天に突き上げる神速の対空平刺突。
飛天御剣流龍槌閃・惨、牙突・参式。両者の激突は大気を切り裂く波濤となって反響し、仕切り直しとばかりに地に足つけて再度の剣戟を開始する。
鏡合わせであるかの如く、鉄刃と鉄刃が交差する。袈裟に逆袈裟、八相に正眼、技とも言えぬそれらはしかし極大の剣気を伴い、無双の一閃となりて空間を断割する。
どれ一つをとっても並み居る剣士ならば百度は命を散らす魔剣の応酬に、しかしそのような攻撃など見るに値しないと言わんばかりに共に意識の外へと追いやる。眺めるのは、滾る互いの眼のみ。
そこには最早、人の目など映ってはいなかった。ここには既に人などいない。疑うべくもない戦鬼の業、修羅道へ堕ちた二人の悪鬼がそこには在った。
「いざ、ここに倒れろ抜刀斎ッ!!」
「抜かせ、散るのはどちらか知るがいいッ!!」
-
束の間の会話と同時、対の剣戟を放ち合う。
力を上回る技術をぶつければ、技術を上回る力をぶつけてくる。
術理を上回る直感を見せつければ、直感を押しつぶす術理で以て相殺する。
永劫に続くと錯覚させる剣乱舞踏の中、二人は吼えた。自らの気概を振り絞るために、これが俺だと叫ぶように。
その叫びに身を任せる斎藤に対し、しかし抜刀斎は心中にてその趣を異としていた。
(猛っているのか、俺は……)
そこにあるのは疑念、そして抑えきれない高揚か。待ち遠しいとでも言うかのように、その心臓は鼓動を早めて止まらない。
それは斎藤とて同じだった。猛る、昂ぶる、待ち遠しいと叫んで止まない。されど、その心を是とする斎藤とは違い、抜刀斎の思考は真逆のものだった。
すなわち―――"やめろ、そんなものは必要ない"
抜刀斎はあくまで暗殺の任を負ってこの場に立っていた。斎藤との決着を望む心は本物であるし、それに応えたのも事実ではあった。しかし因縁を全てに優先するつもりは毛頭ない。
当然の話だろう。緋村抜刀斎は個人的な妄執を実現するためではなく、万人の未来のためにこそ戦っているのだから。
交差の瞬間を狙い己が刃で地を穿つ。外したわけではない、その剣閃は衝撃となって地面を伝い、抉り貫いて斎藤へと殺到した。
飛天御剣流が一、土竜閃。例え石であろうがアスファルトであろうが、舗装された地面であっても刃は容易く地を切り裂き技の一部と為す。
「はああああァァァッ!!」
広範囲に広がった衝撃波を、しかし斎藤は薄布を切り裂くかのように牙突で以て貫いた。
地を抉る衝撃の嵐を己が身一つで踏破する様はまさしく修羅戦鬼の現人か。抜刀斎は身を捻ると同時に回転、半身を滑り込ませ逆向きの抜刀を繰り出す。
飛天御剣流・龍巻閃。最上の返し技は、しかしそれを熟知した斎藤相手には通じず一刀の下に防がれる。
炸光する火花、弾け飛ぶ対の刀剣。
戦闘の余波によって飛び散る瓦礫の中で、大義と信義が牙を打つ。
斬る、斬る、斬る、斬る―――斬って貫き穿って捌く。
苛烈に、熾烈に、猛然と。超至近距離で放たれる剣戟の嵐は閃光とも形容できる火花によって彩られた。
振るわれる剣閃は拮抗している。その嵩を増すことなく、まして減らすこともなく。一手をしくじれば即座に首が飛ぶ死の領空域。
刃がぶつかる毎に発生する轟音は大気を貫いて、怒涛の奔流となって止まらない。
修羅同士の交錯、醜きは人の成れの果てと言うかのように、それは刃と刃、信念と矜持の衝突に他ならなかった。
決闘などと呼べはしない。これは精神の支柱ごと砕き、相手の道を粉砕する喰らい合いだ。
戦闘開始より既に幾ばくか、正確な時間などどちらにも判別できていない。
休む暇もなく剣を振るい、ただ一度の停止もなく連撃を放ち続けた彼らに、時間の概念など意味を為さない。
だが故にか、互いの呼吸、疲労の密度。それらが合わさり、神域のタイミングによって、両者は同時にその足を止めた。
-
「……」
「……」
ここが限界だった。あと一度技を放てば、それで全ての力を使い切る。
そう悟っていた。斎藤も、抜刀斎も。自分と相手が共に"その状態"であると理解した。
皮肉にも、それが当初と同じにらみ合いの構図へと互いを誘導していた。
互いに言葉はなかった。この期に及び、この二人にそんなものは不要だった。
言葉なく、各々の必殺へと構えを移行する。
斎藤は先と同じ、両手平刺突の構え。彼の十八番である牙突を放つための構えだ。
そして抜刀斎もまた、同じく納刀しての中段居合の構えだ。そこから何が飛び出すのかは、抜刀術を生業とする飛天御剣流故に判別がつかない。
修羅へと堕ちたはずの二人は、最期の一幕においてただ一時、その身を人へと戻したのだ。
「これで最期だ」
「是非もない」
……ただ一言だけ。
一言だけ交わし、二人は最後の突撃を敢行した。
「――――ッ!」
声にもならない雄叫びと共に突進するは斎藤一、放つは必殺の牙突・弐式。
弾丸が如くその身を撃ち出し、後手を取るは未だ納刀したままの抜刀斎。
唸りを上げる斎藤の剣が空を切り裂き疾走する。その切っ先が目前まで迫り、ここでようやく、抜刀斎がその刃を抜き放った。
狙うは後の先か、それとも返しか。そのどちらをも叩き潰さんと斎藤が吼え猛り―――
-
「……!」
しかし、前方へ抜き放たれるはずだった刀は、その軌道を変じ目にも止まらぬ速度で再び納刀された。小気味良い金属音が辺りに反響する。
同時、突撃を仕掛けていた斎藤の動きに乱れが生じた。
「ぐッ……!?」
―――飛天御剣流・龍鳴閃。抜刀と対を成す、神速の納刀術。
その奥秘とは、「納刀の衝撃波による聴覚の破壊」。
抜刀の欺瞞、騙し討ち。
フェイントと呼ばれるそれは、相手が集中していればしているほど、本命であれば本命であるほど効力を増す。
例えば、このように"命を懸けた最後の交差"であるとか。
言うまでもなく、効力は覿面である。
納刀された居合で狙い撃つは無防備となった敵手の胴体、あるいは首。横薙ぎに両断できる箇所。
対手が失敗を悟って跳ね戻るよりも先に、その死命を斬り伏せ得るだろう。
意表を突かれた者と、想定通りの者。
どちらが速く動けるかは自明の理である。
かくして、先手を取ったはずの斎藤は動きを封じられ。
後手を取った抜刀斎こそが後の先を得る。
状況は刹那の間に激変を遂げた。
今度こそ本当に、抜刀斎の剣が抜き放たれる。
前方へと攻め入り、未だ身動きの叶わぬ斎藤に横薙ぎの居合を繰り出す。
勝敗が、決する。
………。
……。
…。
▼ ▼ ▼
-
「何……?」
驚嘆の声は一体誰のものであるのか。
キルバーンか、ピロロか、あるいは音無かゆりであるのか。
瞠目し、空けた声を上げるような、荒唐無稽な光景が彼らの眼前にて展開されていた。
―――光の剣が、死神の鎌を防いでいた。
青白く光る光条の剣、大気を灼く甲高い音を響かせて。命を切り裂く鎌と一人でに鍔競り合いを行っていた。
瞬間、キルバーンはそれまでの遊び感覚ではなく戦闘用の思考へと切り替え、瞬時に刃を引き戻し渾身の斬撃を繰り出した。およそ人では捉えられない超速、しかしそれすらも光の剣は捌き、容易に弾き返す。
「う、うわ、あああ!!?」
その光景を前に、音無はただ悲鳴を上げると、そのまま走り去った。必死に、死にもの狂いで、キルバーンとは反対の方向に。
けれど、それに構っている余裕など、今のキルバーンにはなかった。
「剣、セイバーかッ……!
いいや違う、前にみたあいつはこんなもの使っちゃいなかった。だったら……!」
後方へと飛びのき周囲を振り返る。見間違いではない、そこには"誰もいなかった"。
自分の感覚が狂ったわけではないと、キルバーンは確信した。あまりにもあり得なさすぎて、自らの耄碌不覚すら、彼は一瞬疑ったのだ。
だが違う、彼は今も正常だ。
ならば、だというのなら。
サーヴァントの気配知覚範囲、半径およそ数百m。
攻撃を防がれるまで、その警戒網のどこにも気配が引っ掛からなかったのは。
一体、どういうことであるというのか―――!
「―――待たせたな」
声が―――
涼やかな声が届く。
それは、キルバーンの背後から。
振り返る死神から、倒れ伏す少女を守るように。
声の主を、死神は見た。白い男だった。
何時の間に現れたのか。彼は、仲村ゆりを庇うように立って。
「機械帯、起動―――」
告げる言葉だけが、伽藍の空間に澄み渡った。
▼ ▼ ▼
-
―――男の。
―――姿が。
―――変わって。
―――黒の襟巻、たなびいて。
閃光が奔る。
雷鳴が轟く。
眩い光が奔る。
それは蒼白色をした輝きだった。
それは遥かな果ての輝きだった。
空の彼方に見えるもの。
漆黒に染まった空に輝くもの。
雷の―――
輝き―――
「輝きを持つ者よ。尊さを失わぬ若人よ」
「お前の声を聞いた。ならば呼べ、私は来よう」
揺れる道化の視線を受け止めながら。
腕を組み、輝きの中で彼は言った。
その腰部には機械帯(マシンベルト)が。
その腕部には機械籠手(マシンアーム)が。
たなびく黒い襟巻は僅かに雷電を帯びて。
白い詰襟服には見たこともない意匠。
遠い異国の服を纏い、
空の果ての雷を纏い、
刹那に、彼はその姿を変えていた。
漆黒領域の中心。
そこで、弱者を守るが如く佇む。
―――そして。
―――彼の瞳、輝いて。
―――周囲に浮かぶ光の剣、4つ。
-
「……ひか、り……?」
「お前の輝きだ。少々、遅くなってしまったがな」
僅かに身を起こすゆりが呟く。その双眸は周囲に瞬く紫電の光を映していた。
眩い輝きはゆりにある光景を幻視させる。それは、遠く記憶の彼方に埋もれた、幼い日の情景。
雨降りしきる山景に映える、一条の稲妻―――
「メインディッシュを邪魔してくれちゃって……!
ボクと同じアサシンか、奇襲を成功させたからって調子に乗られちゃ困るんだよねぇ……!」
「否、我がクラスはアサシンに非ず。
隠れ潜み闇討つは、貴様が如き影の専売特許と知れ」
黒を纏った道化師を前に、彼は堂々と言った。
慌てるそぶりなんて少しもなくて、目元を少し歪ませる程度。
飛び退いたキルバーンと、腕を組み仁王立ちする白い男。両雄が睨みあう。
「ライダー、大丈夫!?」
路地の向こうから駆け寄り、大声で呼びかける少女が一人。小柄な、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした少女だ。
少女―――南条光は辿りついた現場を一目見るや、「はっ」と息を呑み、倒れ伏すゆりを相手に行われていたであろう惨状を朧気ながらに理解した。
「マスターか。そこな少女を連れて後ろへ下がっているといい。ここは今から戦場となる」
「わ、分かった! お姉さんこっち!」
小柄な体躯に見合わぬ膂力で、光は力なく倒れるゆりの肩を組み後退する。
それを見たキルバーンは、吐き捨てるように叫んだ。
「戦場になるだって―――そんなの願い下げさ!」
そしてそのまま反転し、脱兎の如くに逃走した。一歩の跳躍で10mの距離を稼ぎ、息を吐く間もなく疾走。その体は瞬間的に亜音速にも到達し、最早人の追い縋れる速度ではありえない。
そもそもの話、キルバーンにはサーヴァントを相手に戦うつもりなど微塵もないのだ。ゆりと音無を襲撃したのは、あくまで彼らがサーヴァントを連れない格好のカモだったからで、仮にゆりが使役するセイバーなりの気配が感知圏内に入ってきたならその時点で遊びを打ち切って、ゆりと音無の命を手土産にさっさと逃げ去るつもりだったのだ。
例え死んでも蘇生できる「命のストック」という保険がないというのに、誰が命がけの戦いなどするものか。そんなものは頭の足りない猪サーヴァントだけがやっていればいい。自分はその隙を突き存分に漁夫の利を得させてもらうだけだ。
故に選択するのは逃走の一択。無駄に遊んだだけに終わってしまうのはもったいないが、命の危険に比べれば遥かにマシである。
魔力回復のアテも、遊びのアテもまだまだたくさんあるのだ。こんなところとはさっさとおさらばして―――
-
「残念だが、遅い」
声が聞こえた瞬間、疾駆するキルバーンに追いつくように、四条の光閃が踊りかかった。
今まさに獲物を呑みこまんとする猛獣の咢の如く。迫りくる衝撃の余波で地面のアスファルトを砕き捲れ上がらせながら、光剣は握る者もなく自在に襲い掛かる。
「ぬぅ……ッ!?」
受けきれない、そう判断したキルバーンは疾走の勢いのままに跳躍。戯画的なまでに身を捻ることで無理やりに電刃を回避する。
回転する雷刃はキルバーンの衣服を浅く切り裂くに留まり、しかしキルバーンは逃走の足を止めることを余儀なくされる。
危うげなく着地し、振り返った先にいたのは、いつの間にかキルバーンの直近へと移動を完了していたライダーの姿だった。瞬間移動でも行ったのかと、瞠目する。
「中々どうして、やってくれるじゃないか……!
そこのガキは見逃してやるってんだから、潔くお別れしようっていうボクの心遣いを理解できないのかい……!?」
「貴様のような道化を見逃すものか。その不遜、その傲慢。
世界には貴様以外の知性もあると、どうせ認識もしない輩だ。端的に、醜い」
ピクリ、と死神の眉が動いたような気配があった。その素顔は仮面に覆われて、けれど変質する感情の影が如実にそれを伝えてくる。
「醜い……醜いと言ったか。侮辱したな、ボクを……!」
「ならば何だと言う。その鎌で我が喉笛を掻き切ってみせるとでも言うか。生まれてこの方他者を貶める真似しかできていない貴様が」
「……いいだろう。ボクをその気にさせたこと、後悔するなよ……!」
声と同時、キルバーンはその痩躯を漆黒の旋風と化して疾走した。
振るうは手に持つ死神の鎌。一振りごとに人の命を刈り取る魔刃が、独特の風切り音と共にライダーへと殺到する!
舞い踊る光の剣、その一本が躍り出て死神の鎌を受け止める。鋼鉄の刃が彼の雷電を反射し、眩んだ光を一筋、瞬かせる。
「フフ、驚いたかい?」
喜悦を滲ませるキルバーンの言葉通り、ライダーの眉は微かな驚きに顰められていた。
その剣閃、その速度。暗殺者などと生温い、キルバーンの剣技は一流の領域に手をかけている!
「舐めてもらっちゃ困る。暗殺だけがボクの得意技じゃないんだ。
武器を使っても、まあこれくらいのものさ……!」
お喋りの間も振るわれる鎌は留まることを知らず、縦横無尽に空間を薙ぐ。
様々な方向から、時に呼吸をずらして。空を裂き奏でられる笛の音はさながら死の舞踏でもあるかのように。
的確にライダーを追い詰める。一人でに舞う光剣、その動きが徐々に追いつけなくなる。
-
「口ほどにもない……これでトドメだ!」
踊りかかる光剣を弾き飛ばして、振り返り様の一撃だった。横薙ぎに振るわれた鎌が、一直線にライダーの胴を狙う。
獲った―――!
と、確かにそう思わせる見事なタイミングであったが。
「小癪」
漆黒の空に重い音が響き渡る。
鮮血の代わりに、音が。
堅い感触が死神の腕に伝わったであろう。肩関節がみしりと音立てる。
刃は止まっていた。
機械籠手に覆われた、左の掌で―――!
「何……!?」
「暗殺だけが能ではないと貴様は言ったが。私も言わせてもらおう。
我が力は剣のみに非ず。そう、私にはバリツがある」
掴む鎌を受け流し、返す刃で眼前の胸に紫電の掌底。
打ち込まれる電流を震と散らしながら、死神は叩き込まれるがままに後方へと吹き飛ばされた。
「無刀術か……嫌だねぇ、奴のことを思い出す」
与えられたダメージに蹲りながら、しかしキルバーンは不適に笑みを絶やさない。
何故なら、そう。ここまで打ち合ったというのなら、そろそろ兆候が出始めるからだ。
死神の鎌、振るうごとに掻き鳴らされる特有の音色。
敵手を自覚なき間に貶め、そして幻惑の淵へと誘う死神の吹く笛が、確かにライダーを侵食している!
「けど、それも終わりだ。そろそろ黄泉路へ堕ちてもらおうか……!」
乾坤一擲、これまでに倍する文字通り全力の一撃をキルバーンは放つ。
止められない―――死の音色を聞いた者は皆須らく五感を奪われるべし。正常な認識を失ったライダーはこの一刀にて打ち倒されるのだ!
そう、そのはずであったが。
-
「黙れ。
たかが、揺らめく影ひとつ―――!」
言葉を残して、ライダーの姿が掻き消える。
否、実際に消えているわけではない。驚異的な速度で移動する様が、まるで消えているかのように錯覚させるだけなのだ。
それは、最初にキルバーンの鎌を止めた時のように。
気配察知圏外から、一瞬で間合いを詰めた時のように。
何処へ行ったと、死神は当惑して振り返る。左右、どちらにも彼はいない。
ならばまさかと見上げれば、そこには月光を背に跳躍する男の姿。
中空にて猛々しく、その足を振り上げて―――
「バリツ式―――」
空間が裂ける!
高々と振り上げられた白い彼の踵が、落下しながら死神の鎌を縦に断つ!
紫電を纏った彼の靴。
光剣を伴った彼の体。
それが、鋼を切り裂いていた。
暗い空を一条の雷が落ちゆくように。
砂鉄の絨毯に磁石を滑らせるように。
熱したナイフでバターを切るように。
石畳ごと地面を砕いて、彼はすくと立ち上がる。
勢いのままに地面に突き刺さった光の剣も、ひとりでに。くるりと彼の周囲に集う。
「……バリツ式、雷電踵落とし」
「馬鹿な……」
呆然と呟く声が、漆黒の闇に消えて行った。
-
「接触したはず、確かに耳にしたはずだ!
精神に、五感に影響を受けるはずでは……」
「我が電磁力を以てすれば、無形の音を斬ることも容易い。
そして」
その言葉に繋げるかのように、ライダーの背後に幾本もの稲妻が地に落ちる!
雷雲、発生源もなしに、しかし蒼白の電光が瞬き、衝撃に地を抉った。
同時、ガラスのような何かが砕ける音が、いくつも。
「貴様が仕掛けた見えざる刃、我が雷電にて打ち砕かせてもらったぞ。
最早打つ手はあるまい」
「こ、こいつ……!」
雷電纏わせる機械掌。己に向けられるそれを前に。
追い詰められたキルバーンは、しかし素顔見せぬ仮面の下で、ニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべたのだった。
「ライダー……」
視界の先で行われる戦闘を垣間見て、南条光は心配そうな声をあげた。
ライダーと死神のアサシンとの間でどのような戦闘が行われているのか、分からない。あまりにも速すぎて。
人間である光の目では、その影すら捉えられない。辛うじて、そこで戦闘が起こっているということだけが、激突する大気の振動で理解できたけど。
「……つ、うぅ……」
「あ、お姉さん、気が付いた!?」
その腕の中、抱きかかえられるように瞼閉じるゆりが、苦痛に喘ぐようにうめき声をあげた。
光の声に反応するように、ゆりはその瞼を開けた。憔悴した瞳が、街灯の灯りを反射して鈍く煌めいた。
-
「あなた……あたしたちを、助け……」
「あ、ああ! アタシたちはお姉さんを助けに来たんだ!
アタシ……は、何もできないけど、でもライダーがいるからもう大丈夫!」
朦朧としたゆりを励ますように、光はできるだけ頼もしく映るようにと声をかけた。大丈夫、と断言できるだけの根拠なんてないし、光とて心配なのは同じだけど、でも傷つけられ憔悴した誰かを元気づけられないのに何がアイドルか。
だから光は断言する。自分はあなたを助けに来た、来たからにはもう大丈夫なのだと。
「そう……ありがとう、ね……」
「ううん、礼なんていらないよ。それよりお姉さん、もう喋らないほうが……」
「いえ……あたしにも、まだやれることが、あるから……」
そう言うと、ゆりはだらりと下げられた右手を無理やりに持ち上げる。苦痛に顔が歪むけど、そんなの振り払って宿る令呪を掲げる。
「令呪を以て、命令するわ……セイバー、あたしたちの……」
それは起死回生の一手、この場に己が侍従たるサーヴァントを呼び出す虎の子の最終手段。あの死神を確実に打倒するための切り札。
今それを使う。あの対敵を潰すために、ゆりは魔力込めた命令をここに下そうと―――
「そんなもの使わせるわけないだろバァ〜〜〜カッ!」
「ッ!?」
場違いなまでに響く軽薄な口調に、光とゆりは驚愕と共に振り返る。
そこには、杖の先端をこちらに向け、嘲笑を浮かべた一つ目の使い魔の姿―――!
嗤っていた、ピロロは。キルバーンは。こうなることを予測して、あらかじめ布石を打って。サーヴァントではなくマスターを殺すこの時のために!
キルバーンは暗殺者である。武器を使わせても一流の腕を持つ彼は、しかしそのクラスが示すように生粋の暗殺者。詭弁詭道に闇討ち詐術、暗殺こそが生業なのだ。
そも、最初に言った通り、彼はハナからサーヴァント相手にまともにやり合う気など毛頭ないのだ。如何に強いサーヴァントであれ、マスターなしでは生き残ること叶わぬならば、急所たるそいつだけを狙えばいい話である。
ピロロは嗤った。高らかに。己の勝利を確信して、不覚をとったライダーを嘲笑って。
その瞬間、光とゆりは自分たちに打てる手が何もないということを、走馬灯のようにスローとなった視界の中で悟った。
令呪を使ってセイバーを呼び戻す―――間に合わない。
ライダーに命じてこの場に急行してもらう―――間に合わない。
ならば、自分たちが攻撃を躱す―――間に合わない。
間に合わない、間に合わない、間に合わない……何もかもが手遅れで、挽回の機会は永遠に失われた。
死んでしまう、ここで。使い魔の放つ魔術で、自分たちは。
そう確信してしまい、二人はぎゅっと目を閉じた。耐えるように、忍ぶかのように。来たる衝撃に身を備えて。
そして、ピロロの「ヒャダルコ」という詠唱が、二人に向かって放たれた。
………。
……。
…。
――――――――――――――――――。
-
「が、はぁ!?」
鮮血が舞った。一閃の斬撃音と共に。
空を斬る、次いで何かが倒れる音が一つ。それだけが鳴り響き、辺りは再び静寂を取り戻した。
「……え?」
目を開ける。それは、二人にも予想できていなかった展開故に。
瞼を開いた視界の先、そこにあったのは胸を裂かれて血を流し倒れるピロロの姿と。
一人でに浮かぶ、一本の光剣だった。
「馬鹿な!?」
確信した勝利を外されて、キルバーンは驚愕の色でそう叫ぶ。
それを見て、ライダーはただ睥睨したまま言った。
「……貴様が如き影の性根、見破れんとでも思っていたか。
どのような戦況に陥ろうとも、貴様がまともにやり合わんというのは目に見えていた。故に、備えた」
ライダーはこの場へ急行する直前、お守りだと言って光にあるものを手渡していた。光の目には、それが小さなチェスの駒に見えただろう。
黒磁の素材で構築された小さなチェスの駒。
それこそは深淵の鍵。ニコラ・テスラが有する電界の剣を成す柄にして、神々の残骸。五本あるうちの最後の一つ―――ペルクナスである。
「さて、もう一度言おう。貴様に最早打つ手はない。潔く往生際を知るがいい」
「ふ、ふざけるな!
恐怖の死神と呼ばれたボクを、こけにしやがって……!」
-
声に混ざる焦燥。
呆然。状況、多分理解できていない。
死神の表情が変わっていた。他者を害する愉悦、見下して止まない自尊、敵へと向ける殺意、それらを塗りつぶすのは混乱と。未知への戸惑いと。
きっと恐怖も。そんな顔をしている。
「恐怖に怯える者が、恐怖を僭するなど」
その瞬間。
「言語道断!」
彼の全身が輝く!
翠色の雷を激しく纏う!
「……また侮辱したな、ボクを!」
憤怒の気色が、キルバーンを覆う。
「侮辱することは許さない……!
ボクは、あらゆる恐怖を我が物とし、全ての人間の生を統括する死の神!
キミら如きが及ぶ存在じゃないんだよォ!」
地を蹴り全力で後退すると同時、キルバーンは手刀にて己が左腕を斬り落とした。
それは自暴自棄の表れであるとか、窮状にて狂ったとか、そういうわけではない。それは、彼が有する最大最強の攻撃、そのための準備なのだ。
切り離して左腕を、キルバーンは天高く放り上げる。頭上にて固定された腕は急速に回転を速め、いつしかその総身を巨大な火球へと変じていた。
キルバーンの体に流れる血液は魔界のマグマと同じ成分でできている。オリハルコンをも腐食させる強酸、常軌を逸した超高温。
それに点火すればこのように、万象焼き尽くす神火となって具現するのだ。
仮に、これを名づけるとするならば。
「決めたよ、キミらはここで完全に殺す……!
バーニング・クリメイション……魔界の業火に灼かれて消えろォ―――!」
掲げられた右腕を振りおろし、連動して大火球もテスラの元へと投げうたれた。
超スピードで躱されることは考えない。何故ならその背後にはマスターの少女たちがいる。テスラはこれを受け止めるしかないのだ。
それを悟ってか、テスラもまた自分から火球へと突貫した。燃え盛る炎が唸りを上げ、テスラの体の全てを呑みこむ。
-
「ら、ライダー!」
「馬鹿め、自分から死にに行ったか!」
炎に呑まれた自分のサーヴァントを見て、南条光は絶叫した。それを遠目に見て、キルバーンは思わず愉悦にほくそ笑む。
これだ、この表情だ。
いつもそうだ、人間というものは。死に瀕すれば絶望に堕ち、仲間だ絆だと言う奴ほどそれを失うことを恐れる。寿命が短いから魔族などよりも深刻に考える、人間だけの特徴だ。
キルバーンはそういった人間の表情が大好きだった。
目の前で仲間が、頼れる誰かが燃え尽きていくのに手も足も出せない……!
そんな時に彼らが浮かべる、絶望と! 苦悩と! 悲しみに満ちた表情が!
「火葬か。なるほど、皮肉な名だ」
けれど。
炎の中から。声、響いて。
「しかし生憎だが、私の死に場所は既に決まっている」
にわかに、雷が迸って。
「な、何故……」
内側から掻き消すように炎を散らして、テスラが静謐の面持ちで歩む。
全身からは膨大な雷電の放出、その全てが炎を砕いて止まらない。
「如何なる熱量も、
如何なる質量も、
我が雷電を打ち砕くこと能ず」
輝く双眸が、キルバーンを見据えた。
「こんなバカなァッ!?」
絶叫して、キルバーンを腰の剣を抜き放った。
何処からともかく現れた雷がそれを砕いた。
-
「くそ、くそッ!」
縦に裂かれながらも蠢いて、怒涛の勢いで吹き付ける炎熱の風を、テスラは砕く。
前に歩みながら体でぶつかるだけで砕く。
苦し紛れに再配置されたファントムレイザーを機械籠手が砕く。
再び、槍と化す炎を全身が砕く。
悉く、砕いて。砕いて。
砕きつくしてしまって。
それから―――
「―――!」
瞬間、彼の姿が消えていた。
どこへ消えた、と。相対していたキルバーンも、マスターたる光さえも視線を彷徨わせる間。既に。
「もういい、十分だ」
既に彼は死神の背後へと立っていた。
その両手、輝かせて―――!
「電刃―――」
Vajra Needle
「《電位雷帝の剣先》」
細い細い、閃光が―――
誰しもの瞳を、白く白く染め上げて―――
轟音が、響き渡った。
▼ ▼ ▼
-
「……相討ちだろうと、俺は構わなかった」
静かな、静かな声があった。
無音の静寂の中、ただその声だけが、漆黒の中に澄み渡った。
「それでも良かった。相討ち(それ)が俺達の、果たせなかった決着の形だというなら。
この命くれてやろうと、俺は腹を据えていた」
睥睨して語る声は、どこまでも静かだった。
「だから貴様が何をしようと構わなかった。
貴様が動いた時、喉笛を射抜いてやることだけを考えていた」
睥睨して放たれる声は、しかし実のところ相手に語りかける類のものではなかった。
それは己に言い聞かせるように、独り言のように、滔々と呟かれた。
「だが貴様は違った。この世に未練を残し、過ぎ去った過去に悔いを残し、故に最期に"勝ち"を狙った。
無用の欲をかき、小細工を弄し、そうまでして死地(ここ)を生き抜きたいと願った」
口元の煙草を摘み取り、深く息を吐く。紫煙が一筋の糸のように流れた。
「故に、斯様な無様を晒すことになった。
―――なあ、抜刀斎」
「づ、あ……」
そこにあったのは、全てが終わった戦場跡だった。
縦横無尽に切り裂かれたアスファルト、大小様々な無数の斬痕を残すコンクリ壁、まき散らされた鮮血。そして、勝者と敗者。
―――倒れ伏す緋村抜刀斎と、それを見下ろす斎藤一の姿だった。
-
最期の一瞬、龍鳴閃が放たれたあの瞬間において、抜刀斎の予想とは裏腹に斎藤は一切の動きを止めることがなかった。
一瞬止まったかのように見えたのは、あくまで技を繰り出すための予備動作だったのだ。それを、抜刀斎は見抜くことができなかった。
牙突・零式。
それは間合いのない密着状態より、上体の発条のみで放たれる最強最後の牙突。
いずれ抜刀斎との決着のためにと考案し、しかし終ぞ使われることのなかった斎藤の奥の手だ。
あの一瞬、斎藤はただこの技を放つことのみを考え、しかし抜刀斎は龍鳴閃と次なる一手という"二手"を要した。
ならば先手を取れるのがどちらかなど論ずるに値せず。
順当に、ここに結果をもたらしたのだ。
「そうまでして聖杯が欲しいか。貴様が信じる新時代とやらが、それほどまでに愛おしいか」
「何、を……言って……」
しかしそれでも、抜刀斎は死んでいなかった。
牙突が放たれたその瞬間、死地にて開眼せし剣士の閃きか、積み上げた修練による結果か。いずれによせ彼は神懸かり的な反応を示し、その直撃を避けていた。
無論、それが無傷という結果に繋がるわけではないのは一目瞭然だ。
常人であった生前ですら、ティンベーと呼ばれる堅固な盾ごと人体を真っ二つにする威力を誇る零式だ。サーヴァントとなり、宝具として昇華された現在において、それは対人宝具として遜色ない比類なき威力を誇る。
事実、抜刀斎は虫の息だ。口からは赤色の濁流が止め処なく垂れ流され、周囲は血の海に沈んでいる。未だ人の形を保っているというそれ自体は奇跡的な事態ではあったが、それだけである。
勝敗は決した。
人斬り抜刀斎と呼ばれた剣客は、ここに敗北を喫したのだ。
「だがな、よく見ろ。この世界を。この街並みを。
戦もなく、疫病もなく、飢餓もない世の在り方を」
哀れむでもなく、斎藤はただ言った。
倒れる抜刀斎の頭を掴み、高く掲げて。
-
「無論世に悲劇の種は尽きんだろうがな。しかし、貴様が目指した新時代とやらは、既に実現してるんだよ。
貴様や俺達のような過去を生きた人間、そして今を生きる人間によってな」
「あ……」
見せつける。目を逸らせないよう、徹底的に。
かつて維新の志士たちが、幕府を守ろうとした剣士たちが。共に夢見、築き上げようとした未来の形を。
「時代は変えるものじゃない、変わっていくものだ。
そして時代を作り上げるのは、その世を生きる全ての人間だ。死者(おれたち)じゃない」
それは、あるいは手向けであったのかもしれない。
その身を貫く剣の一撃ではなく、あえて言葉によって、斎藤はこの"歪められてしまった"宿敵に最後の慈悲を与えた。
ひとりの人間として新時代を生きた、心優しき不殺の剣士を知る者として。
「まだ、だ……俺は、生きて……」
顔を掴まれ、その半ば以上を影に落とす抜刀斎が虚ろに言葉を漏らす。それは生きるという渇望か、願いを諦めきれないという悔恨か。
しかし、斎藤はそれを聞き届けることはなかった。龍鳴閃によって破壊された聴覚は未だ治癒していないのだ。
斎藤が手を離す。支えを失った抜刀斎の体が崩れ落ち、血の雫が飛び散った。
倒れ伏した抜刀斎を見下ろし、斎藤は今一度、腰の刀を抜き放つ。
一切の欠けがない白刃が、月光を反射して妖しく煌めいた。
振り上げられた切っ先が天頂を向く。物打ちが狙い定めるのは、首級。
風切る音と共に、刃が今、振り下ろされた。
▼ ▼ ▼
-
「ちぃ、どこまで行きゃいいんだよ」
夜の街に聳えるビルを、風のように飛び交う影がひとつ。
月の光を反射して、きらりと光る長い髪は、白銀。
恵まれた体躯をした、男の影だ。夜街を駆ける、加藤鳴海だ。
「あ、あの……」
「? おう」
「なんか、すみません。うちのルーザーが色々と失礼なことをして……」
「……いや、いいさ。アンタは多分悪くないだろ」
男の背から、ひょっこりと顔を出すみく。それに、鳴海は多少無愛想に対応した。
別に嫌いであるとか、敵意があるわけではない。ただ単に、距離感が分からないだけだ。
「っと、こんなところでいいか」
手近なビルの屋上へと着地し、鳴海は言う。背負ったみくを降ろし、腕に抱いていた未央―――未だ失神している―――を優しげな手つきでみくに渡した。
「……未央ちゃん、生きてる。本当に、生きてた……」
「ああ……そういやアンタ、俺のマスターの友達なんだってな」
眠る未央を掻き抱き、みくはここに来てようやく、彼女が生きていたのだという実感が湧いたのか、言葉を震わせて涙ぐんでいた。
それを見下ろす鳴海は、何とも言えない、けれどその奥に優しさを秘めたような目つきをしていた。
「……ありがとな。俺のマスターを気遣ってくれて」
「ううん、私なんて何も……あなたこそ、今まで未央ちゃんのこと助けようとしてくださって、ありがとうございます」
何ともぎこちない、不器用な会話であった。
それもそうだろう。何せ二人は、つい先ほどまで敵と言っていい関係だったのだから。
その垣根を壊したのは、みくのサーヴァントたるルーザーだった。
―――単刀直入に言おう。僕は今からこいつを殺す。とはいえだ、実はちょーっと厄介な問題があってね。
―――まあ具体的には僕にも分かってないんだけどさ。でも一つ言えるのは、こいつを殺す現場に僕やきみのマスターを近づけちゃ駄目ってことだ。
―――そういうわけで、きみには今から二人を連れて遠くまで逃げてもらうよ。なに、きみのマスターを助けたことを思えば軽いもんだろ?
―――まさかとは思うけど、本田ちゃんの親友なうちのマスターを殺したりはしねえよな?
思い出すのは、病院にて交わされたルーザーとの会話だ。いや、会話というよりは一方的な講義であったが。
それが終わった瞬間、鳴海に打ち込まれた螺子は綺麗さっぱり消えて無くなり、鳴海は正気を取り戻した。そして彼の言うままに、二人を連れて逃避行と相成っていた。
鳴海としては、最初からみくを殺すつもりなどなかった。未央の親友云々もそうだが、マスターの、それも子供を殺すなんて真似を、彼がするはずもない。
けれど。
-
(……今からどうすりゃいいんだ、これ)
鳴海はサーヴァントを打倒することによる聖杯の獲得を狙っていた。サーヴァントを失ったマスターはこの世界の消失と共に消えてなくなることを、それが問題を先延ばしにするだけの逃避であることを承知の上で。
けれど、こうして未央の親友である前川みくがマスターとして現れた。現れてしまった。
死なせるわけにはいかなかった。本田未央の笑顔を取り戻すという、かつて誓った想いに懸けて。
ならば、自分はどうすべきなのだろうか。
泣きじゃくるみくを見下ろす鳴海は、未だ纏まらない思考で呟いた。
自分はどうするべきなのか、と。
『C-9/ビル屋上/二日目・深夜』
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]失血(中)、魔力消費(小)、失神
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]着の身着のままで病院に搬送されたので0
[思考・状況]
基本行動方針:疲れたし、もう笑えない。けれど、アイドルはやめたくない。
1.いつか、心の底から笑えるようになりたい。
2.加藤鳴海に対して僅かながらの信頼。
[備考]
前川みくと同じクラスです。
前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
気絶していたのでアサシン(あやめ)を認識してません。なので『感染』もしていません。
自室が割と酷いことになってます。
C-8に存在する総合病院に担ぎ込まれました。現在は脱走中の身です。
家族が全滅したことをまだ知りません。
【しろがね(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]精神疲労(中)
[装備]拳法着
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:本田未央の笑顔を取り戻す。
0.これからどうするべきか。
1.全てのサーヴァントを打倒する。しかしマスターは決して殺さない。
2.この聖杯戦争の裏側を突き止める。
3.本田未央の傍にいる。
4.学生服のサーヴァントは絶対に倒す……?
[備考]
ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギのことを初等部の生徒だと思っています。
前川みくをマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)をぎりぎり見てません。
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]魔力消費(中)、決意
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取るのかどうか、分からない。けれど、何も知らないまま動くのはもうやめる。
1.人を殺すからには、ちゃんと相手のことを知らなくちゃいけない。無知のままではいない。
2.音無結弦に会う。未央は生きていたが、それとこれとは話が別。
[備考]
本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。
▼ ▼ ▼
-
それは、全ての因縁が終末へと差し掛かった時のこと。
歪められた人斬りの鬼へと、人を嘲笑う道化人形へと、その刃が振り下ろされようとした時のこと。
『さて』
『ここが終だよ、カワイコちゃん』
周囲に誰もいない、街の中。
ただ一人立つ球磨川は、常と全く変わらない面持ちでそう言った。
『僕は今からきみを殺す。いや、サーヴァントどころか怪異でしかないきみに、この形容は不適切かな』
『ともあれだ、僕はきみをここで終わらせる。僕だけならともかく、みくにゃちゃんまで巻き込むのは本意じゃないからね』
『仕方ない、ああ仕方ないとも。そういうわけでだ』
語る球磨川の腕には、一人の少女が掴まれていた。
透き通るかのような長い黒髪、臙脂の服。奇妙なまでに古風な、それでいて神秘的な。そんな少女が、掲げられていた。
『ベタな台詞だけどね、一応言っておかなきゃいけない。
最期に言い残すことはあるかい?』
「わた、しは……」
微かに唇開く。鼻先より上は影になって、球磨川からはよく見えない。
「……ますたーに」
『うん?』
「わたしのますたーに会うことがあれば、一つだけ」
『……いいよ、聞こう』
彼にしては、珍しく。
心持ち穏やかな声で。
ただ、その言葉を聞いた。
「……たった数日でしたけど、わたしはとても楽しかったです、とだけ。お願いします」
語る少女の頬には。
つぅと一筋、伝って落ちるものがあった。
『……OK、会うことがあれば伝えよう』
そのまま、逆の腕に持つ螺子を構え。
少女の胸に、突き刺した。
――――――世界がはじけ飛んだ。
▼ ▼ ▼
-
例えるなら、風船がぱちんと割れるように。
空間が弾けた。世界が弾けた。あまりにも呆気なく、簡単に。普通の世界は【なかった】ことになった。
より正確に形容するなら、あやめとは風船に描かれた人物画だったのだ。世界は風景画であり、風船に描かれた背景。あやめはその一部。そこに螺子を突き刺して、割れた。
世界と異世界を隔てる壁は、かくして脆くも崩れ去った。
風船が弾けるように空間がめくれて、その向こうにある"本物"の風景が露出した。
一瞬で世界は塗り潰された。
……………。
影絵のビルが、摩天楼のように突き立っていた。
無機的な光を放つ街灯が、等間隔で真っ直ぐ並んでいた。まるで葬列のように、ずらりと、遠くまで。
街の中心。
誰もが、空を見上げていた。
夜空は、真っ赤だった。
絵具をぶちまけたように、そこは一色の赤だった。赤い空に、月が、まるで巨大な眼球のように"ぬらり"とした光沢で浮かんでいた。ぽっかりと浮かぶグロテスクな月が、ビルや街灯の影を地に落としていた。
影は、赤い。
赤く、長く、それを映す街路樹は、元の青々とした色を失っているのだった。
葉も、幹も、枝も。白く色褪せ、瑞々しいまでの枯草色と化していた。
赤い闇に、失われた命の色。それが、この世界を構築する全てだった。
耳鳴りが酷い。
気圧が違うのだろうか。だが、大気そのものが違うのだろう。この異界に堕とされた者は、誰もがそれを感覚的に捉えていた。
空気の香りが違うのだ。
やけに乾燥した、その"猛烈な枯草の匂いに微かに鉄錆を混ぜたような"奇妙な香りのする空気は、今まで誰もが呼吸したことのない種類のものだった。
弾けるように世界が切り替わった瞬間、濃密に周囲の空間に満ちた空気だった。
狂った世界の空気だった。
そこにいた全員が、異なる世界に呑まれていた。
下手人たる球磨川禊も。
いざ決着を付けんとする二人の剣客も。
外敵を退け歓喜する少女たちも。
敗れ去った道化師も。
ただ逃避する少年も。
全てが、ここでは平等だった。
その日、世界は本物の"異界"となった。
………。
……。
…。
―――――――――――――――――。
▼ ▼ ▼
-
『大嘘吐き(オールフィクション)』
『僕への干渉を【なかった】ことにした』
こつん、と。
道路に降り立つ者がいた。それは、夜よりも尚暗い学生服を着て。
けれども常に浮かべている薄気味悪い笑みは、鳴りを潜め。
混沌よりも這い寄る過負荷、球磨川禊は現実世界への帰還を果たしていた。
余人には分かるまい、直前まで彼が一体どこにいたのかを。
何も変わらぬように見える街並み。彼が踏みしめる地点より、あと一歩でも後ろに下がればどうなるか。
何もないように見えるその境界を踏み越えれば、途端に世界が様変わりするのだということに。
気付く者は、いない。
『薄々感づいちゃいたけど、こりゃ正直予想以上だ。斜め上というか、急降下爆撃というか。
まあ僕の予想が当たったことなんてまるで覚えがないんだけどさ』
してやられた、というよりは。
幾度も味わい、けれど決して慣れることのないある感覚に襲われて。
球磨川は、その表情を渋いものとしていた。
『やられたよ。まんまとしてやられた。こんな状況に追い込まれた時点で、僕は負けたも同然だったんだ』
例えみくを守るためだとしても。
例え惚れた相手を助けるためだとしても。
無抵抗な女の子を一方的に傷つけてしまうなんて。
『また、勝てなかった』
そんなもの、徹頭徹尾どうしようもなく【敗北】でしかないだろう。
『C-8/街中/二日目・深夜』
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『……僕だってセンチな気分になることはあるよ』
[装備]『いつもの学生服だよ、新品だからピカピカさ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
0.『また、勝てなかった』
1.『みくにゃちゃんに惚れちまったぜ、いやぁ見事にやられちゃったよ』
2.『裸エプロンとか言ってられる状況でも無くなってきたみたいだ。でも僕は自分を曲げないよ!』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
5.『本田ちゃん、生きてたねえ』『みくにゃちゃんはこれからどうするのかな?』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。彼女の消滅により感染は解除されました。
※音無主従、南条主従、未央主従、超、クレア、瑞鶴を把握。
▼ ▼ ▼
-
「また、面倒なことを」
中空に、迸る一条の閃光。
瞬いた瞬間には、既に人の形を取っていた。
「現象数式領域か、あるいは《結社》の心理強制空間か。
どちらでもないのだろうな。酷似こそしてはいるが、あれは異界法則そのものだ」
両の手には、それぞれ気絶した少女を一人ずつ抱えている。必要だったから、咄嗟に彼がそうした。
あれは人の認識に訴えるものだ。経験上それが分かっていたから、即座に気を失わさせた。見ないものは無いも同然、その理屈である。
「あれを見ては、私の《恐怖麻痺》も通じまい。願わくば、あれに巻き込まれた者が少ないことを祈るしかないが……」
そう言って、テスラは傍らの少女に目線をやる。
「まずはこの少女の治療が先だな。早急な対応が必要になる」
そうして、彼はどこか遠い場所を見つめるように。
瞼を細めた。あるいは、何かを考えているのか。
「……道化人形は逃がしてしまったか。しかし、あれも長くはあるまい。
影潜む者は同じく影潜む者に討たれる。それが関の山であろうよ」
それだけを残すと、テスラは夜の中へと消えて行った。
雷電魔人、未だ倒れることはなく。
【C-8/無人の街中/二日目・深夜】
【仲村ゆり@Angel Beats!】
[状態]不調、全身にダメージ、気絶
[令呪]残り三画
[装備]私服姿、リボン付カチューシャ
[道具]お出掛けバック
[金銭状況]普通の学生よりは多い
[思考・状況]
基本行動方針:ふざけた神様をぶっ殺す、聖杯もぶっ壊す。
0.……
1.とりあえず、音無と行動。
2.赤毛の男(サーシェス)を警戒する。 死神(キルバーン)、金髪(ボッシュ)、化物(ブレードトゥース)は必ず殺す。
[備考]
学園を大絶賛サポタージュ中。
家出もしています。寝床に関しては後続の書き手にお任せします。
赤毛の男(サーシェス)の名前は知りません。
ケイジと共闘戦線を結びました。
音無結弦と同盟を結びました。
音無が対聖杯方針であると誤認しています。
異界を認識しなかったことにより、その精神にも影響は出ていません。
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、気絶
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
0.……
1.聖杯戦争を止めるために動く。しかし、その為に動いた結果、何かを失うことへの恐れ。
2.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ。
[備考]
C-9にある邸宅に一人暮らし。
異界を認識しなかったことにより、その精神にも影響は出ていません。
学校鞄(中身は勉強道具一式)、思い出のプリクラは家に置いてます。
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]魔力消費(小・急速回復中)、南条光と仲村ゆりを抱えている。
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン 、ルーザーから渡されたチャットのアドレス
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
0.さて……
1.マスターを守護する。
2.負のサーヴァント(球磨川禊)に微かな期待と程々の警戒。
3.負のサーヴァント(球磨川禊)のチャットルームに顔を出してみる。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
主従同士で会う約束をライダー(ガン・フォール)と交わしました。連絡先を渡しました。
個人でスマホを持ってます。機関技術のスキルにより礼装化してあります。
キルバーンに付着していた金属片に気付きました。
▼ ▼ ▼
-
それは、発生した異界が収縮するように消え去った後のこと。
「くそ……ボクを馬鹿にしやがって……」
這いずるように遠ざかっていく。
それは人型をしながら、しかし人よりも遥かに小さい影。子供よりも尚小さい。
負った傷を自前で癒しながら、けれども完治には程遠く。痛みをおして遠ざかり行く。
現状、彼を蝕んでいるのは肉体的な損傷の他に、精神的なそれも含まれていた。
かの赤い空を見た瞬間、ピロロはあらゆる思考と感情が消し飛んで脳内が漂白される感触を経験した。それは画布に塗られた少量の絵具が、大津波で諸共に押し流されるように。彼の感性は一時的な喪失状態となっていた。
元が魔界の存在である彼は、それでも辛うじて異界の消滅まで耐えきることができたが。
精神に刻まれた傷は、癒されることなく彼の心象に深く根付いた。
「いや……いや、まだだ……まだ誰もボクをサーヴァントだとは気付いてない。ならまだチャンスはある……!」
ピロロの持つスキルに、正体秘匿というものがある。
生前においてその正体を誰にも知られることなく、最終目的を完遂する直前まで行ったという逸話が昇華したこのスキルは、文字通りピロロの正体を絶対的に隠匿するというものだ。
契約を結んだマスターであろうとも、ピロロをサーヴァントとして認識することは誰にもできない。ピロロは単なる使い魔としてしか表示されず、アサシンのサーヴァントとして認識されるのはあくまでキルバーン。彼を身代わりに、ピロロは如何なる危難であろうとも逃れ得る。
例えばつい先ほどのように。
「魔力なんてそこらの連中を殺せばどうとでもなる……キルバーンさえあればボクがやられることなんてないんだ……!
そうさ、誰もボクの正体を知ることなんてないんだから……!」
故に、ピロロは下卑た笑みを絶やすことなく、次なる行動へと移るのだ。
どんな状況に追い込まれても、自分には再起の芽が存在する。
何故なら誰も、例え裁定者であろうとも、自身の正体を知ることはありえないのだから!
――――――――――――――――――。
『こんにちは、ピロロ』
――――――――――――――――――。
正体を知られることは、ありえない。
その、はずだ。
【C-8/無人の街中/二日目・深夜】
【アサシン(キルバーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]全壊、死神の笛全壊、ファントムレイザー喪失
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1. ……
[備考]
身体の何処かにT-1000の液体金属が付着しています。
【アサシン(ピロロ)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]魔力消費(中)、ダメージ(大・ホイミにより回復中)、精神疲労(極大)、ストック0
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
0.今は逃げる。
1.とにかくキルバーンを復活させられるだけの魔力を補充する。手段は問わない。
[備考]
緊急事態であったため、まだT-1000の液体金属には気付いていません。
しかしじっくり観察すれば気付く事ができます。
異界を認識したことにより一時的発狂状態に陥りました。もう回復しました。
▼ ▼ ▼
-
「俺は……生き残ったのか」
壁に寄り掛かるようにして辛うじて立つ人影が一つ。
夥しい量の血液を流し、無残に切り裂かれた装いで、しかし手に持つ剣だけは決して手放すことなく、緋村抜刀斎は這いずるように歩を進めていた。
「どうなったんだ……俺は、あの時……斎藤は……」
斎藤に敗れ倒れた後、次に目を開いた時には全てが終わっていた。枯草と、僅かな鉄錆が混じったような香りが鼻腔に広がったかと思えば。
凪いでいた。半刻前のように、元治元年の冬のように。
あらゆる物が、消え失せていた。
宿敵たる、斎藤一でさえも。
「どこだ……」
……流血は既に止まっている。損傷は全快には程遠いが、致命傷に成り得ないだけの浅さまで無理やりに補填が完了している。
身に宿す魔力を用いれば、この程度は魔術の素養のない抜刀斎であろうとも、サーヴァントに備わった治癒能力として再生が可能であった。無論、元々の貯蔵量の少なさと魔力ステータスの低さ、そして負った傷の深さからか、瀕死の重傷であることに変わりはないが。
失血により思考が鈍麻していた。視界が白み、朦朧として考えが纏まらない。しかし、抜刀斎はただ"生きる"のだという根源的な指針に基づいて、生存へと向けて体を動かしていた。
そこが、彼と斎藤の命運を分けた差であった。
斎藤一は一切の未練も願いも持ち合わせてはいなかった。この聖杯戦争に喚ばれたのはあくまで座の気まぐれと語り、当初より悪辣な輩の討伐のみを方針に掲げ、聖杯を破壊するというマスターの意向に否を示さなかった。
それは人生を全うした者としての潔さの表れであったが、同時に死者の生に縋らないという、生の欲求の薄さの裏返しでもあった。
だからこそ斎藤は、土壇場で相討ち必至の剣戟を演じることができたし、その果てに一時の勝利を得ることもできた。
だが、それだけだ。
彼は決して捨て鉢ではなかったのだろう。命ある限り剣を振るい、できるだけ長く生存し悪・即・斬の志を貫こうともしたのだろう。だがそれは、決して生きたいと願っていたわけではないのだ。
抜刀斎は違った。
彼はあの瞬間、誰よりも切実に"生きたい"と願った。生きて聖杯を掴み、焦がれてやまない願いを叶えるのだと、そのために生きるのだと願った。
例えそれが後世の逸話により捻じ曲げられたものであったとしても、それは彼の真であり、生への欲求であった。
生きたいと願った者。偽りの生を唾棄すべきと否定した者。
どちらが生き残るかなど、論ずるまでもないことであった。
異界の残り香は消え果てた。
枯草と鉄錆の匂いはもうしない。
芳るは、ほのかに―――
-
【C-8/無人の街中/2日目・深夜】
【アサシン(緋村剣心)@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]ダメージ(大)、疲労(大)、失血、魔力消費(大)
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針: 平和な時代を築く為にも聖杯を取る。
1. どこへ行った、斎藤……
[備考]
サーシェスが根城にしているホテルを把握しました。
C-8で発生した戦闘を一部目撃しました。ボッシュ及びブレードトゥースとガン・フォールの戦闘を垣間見ました。仲村ゆり、斉藤一、キリヤ・ケイジ、キルバーンの姿は見ていません。
マスターである神条紫杏と情報を共有しました。
仲村ゆり、音無結弦、加藤鳴海を認識しました。
斎藤一が死んだことに気付いていません。
▼ ▼ ▼
この物語は、ここでお終いである。
主を守護せんとするしろがねは、二人の少女と共に舞台に関わることはなく。
雷電王はただ己が主命を果たすだけで。
南条光と仲村ゆりは、ただ一時その身を安寧に委ね。
緋村剣心と斎藤一はかつての決着をつけ。
死神はただ逃避し。
負の王たる球磨川禊は全てを台無しにして。
ならば、最後の一人。
死神と雷電王の対峙から逃げ出し、そのまま消え去った少年は一体どうしたというのか。
それは―――
………。
……。
…。
―――――――――――――。
-
赤色の空で。
月が、ひとりでに嗤っていた。
異界の夜。
空には"ぬらり"と光沢を放つ月が瞬いて。
空には月があった。
空には星があった。
しかし、どちらも寓話的に歪んで。
惑星、恒星、衛星の輝きではない。
もっともっと禍々しいものだ。
異界にて孤高なる月。
異界にて異形なる月。
それはまるで眼球のように。
それはまるで相貌のように。
まるで、地上の人々を嘲笑うかのような。
たったひとりで空に浮かび、孤独もなく。寂寥もなく。
あらゆるものを嗤うのか。
あらゆるものに慈悲の瞳を投げかけて。
あらゆるものに侮蔑の瞳を見せつけて。
月が嗤う。
月が嗤う。
虚空に浮かびて嘲笑う、黄金の月が―――
-
「あやめ……あやめッ!」
その中を、音無結弦はただ懸命に駆けていた。
失ったものを取り戻すように、これ以上失わせないように。
「あやめ、どこだ……くそっ」
―――異界が発生した瞬間、音無には何故か"それがあやめに起因するもの"であるということが分かった。
状況は分からない。しかし、彼女の身に何かがあったことだけは、分かった。
だから駆けていた。彼女を失うわけにはいかないから、失いたくなかったから。
音無は駆け出し、赤い影に覆われた細い路地を曲がる。更に細い路地の向こうで、誰かの影が見えた。小柄な影、臙脂の色が見えたようにも思う。
病院は近い。音無は更に細い路地へと入る。大通りは駄目だった。直感ではあるが、あそこに行ってはいけないような気がするのだ。"大勢の誰かの気配がある"大通りには。
「待て、待ってくれ……俺は……!」
影は路地の向こうで角へと消える。音無は追い、更に奥へと分け入る。影は更にその向こうの角へ、音無は追い縋り、更に昏い路地へ―――
「!?」
急な暗転に、音無は動転した。
闇が、辺りを包んでいた。今までのような夜の闇ではない。向こう側まで見通せるような、日毎現れるそれではない。
音無を包んでいるのは、一片の光もない、闇。
それでいて地平線の彼方までをも見渡せる、矛盾した闇だった。
闇。
静寂。
ただ、自分の荒い呼吸の音だけが、むなしく宙へと拡散した。
沈黙。
静寂。
…………。
……………………。
-
ふと、気付いた。
人の姿に、音無は気付いた。
見ると、遠い向こうに、白い人型が立っている。
音無は、思わず声をあげた。
「あやめ……」
果たして、本当にそうなのか。遠すぎてよく見えない。
白い人型は背を向け、歩み去っていた。
遠くへ、遠くへ。
闇から、闇へ。
徐々に離れていくその姿は、何故だか今にも消えていってしまいそうなほどに希薄だった。
今にも溶けて、消えてしまいそうだった。
酷く、胸騒ぎがした。
「……あやめ!」
呼ぼうとしたが、声が掠れて言葉にならなかった。異常に喉が渇き、喉の奥が張り付いて言葉が出ない。喉は、ただ空気を嚥下して喘ぐことしかできない。
そうするうち、白い誰かは闇に呑まれ、消えてしまった。
その姿に酷い不安を感じ、一歩を踏み出した。
その時だった。
『こんにちは、ユヅル』
闇が、嗤った。
「ッ!?」
囁く声に音無は振り返る。
声はすぐ近くから聞こえた。まるで自分の背中から、耳元で囁かれたように。
音無は、驚愕と共に振り返って。
その向こうにあるものを、見て。
-
―――あやめが、いた。
―――瞼閉じる彼女は、もう二度と動くことはなく。
―――黒い道化師に、その体を抱かれていた。
音無は見た。瞼の先にあるもの。
一寸の先をも見通せぬ闇の中にあって、しかし地平の彼方まで見通せる矛盾を孕んだ視界の先を。
決して幻ではない。それは、確かに崩壊の中の現実だった。
―――ああ。
―――視界の中央で道化師が踊っている。
音無は現実の何たるかを知っていた。そして、視覚がもたらす情報を正確に認識していたはずだった。
しかし、それを音無は疑う。
それはありえない。
闇の中で踊る影。
それはサーヴァントでも、まして人でもなかった。
黒色の道化師。囁きかける何者か。
それは、この街において音無の視界の端にいた。
それは、決して現実ではない幻影のはずだった。
諦めの証。
偽りの街にあって自分が諦めかけているのだと、音無自身に自覚させていた、狂った道化師。
それが、こうして視界の真ん中にいて。
あやめを掴んで離さない。
「お、まえ……は……」
彼は踊っていた。
片腕の中に、瞼閉じるあやめの体を抱いて。
ひときわ高い高い場所にある尖塔の先に立って、道化師は少女を捕え、小さな顎を掴み、滑らかに体を踊らせる。
―――異界による世界の崩壊と侵食で満たされた中で。
―――道化師だけが、その影響を受けずに。
-
「お前は……なんだ……?」
知らず、声が漏れ出た。
無意識の声だった。それは、音無自身も自覚しないままに。
「馬鹿な……そんなことあってたまるか。お前は、俺の……」
呆然と呟く。震える声で、今や消えゆく彼は、静かに呟いた。
「俺の、幻……幻のはずだ……」
『そうだね。でも、そうじゃない』
それは言葉。
耳へと届く声ではない。
崩壊と侵食がもたらす無音の世界に在って、道化師の言葉は確かに音無の耳に届いた。
嘲笑する声。"お前も諦めたのか"という声。
『こんにちは、ユヅル』
『既に天使は失われた』
『だから、共に眠るといい』
『―――諦めるときだ』
瞬間。
視界が再び暗転した。
世界が切り替わった。道化踊る赤色の闇から、元の書割じみた街の情景へ。
踊る道化師の姿は消え失せていた。
代わりに目の前にいたのは、白い人型。
ああ、その姿は、まるで。
「かな、で……?」
それは、音無が求めてやまない姿だった。
もう一度見たいと思った顔だった。
もう一度聞きたいと思った声だった。
もう一度会いたいと思った人だった。
けれど、今はこうして異界の中で。
何か得体の知れない別のものとしか、認識できなくて仕方がない。
-
『どうして』
問いかける声が、音無に届く。
表情は見えない。俯いたその顔は、暗くて表情が伺えない。
『どうして』
声が届く。
答えられない。彼女は、何を、言っているのか。
音無は答えない。答えられず、ただ、その手を伸ばして―――
ばしゃり。
と、水音だけを残して、天使の姿は溶けてなくなった。
水が弾けて崩れるように、白い人型はその姿を散らせていた。
「あ、あ……」
音無は、ただそれを見つめていた。
今まで天使がいた空間を、見つめていた。
口から漏れ出るのは悲鳴だ。それは喪失から来る悲嘆か。
いいや違う、音無は歪んだ表情をして、そこに込められた感情は、恐怖。
「あ、ああ、あ――――ああああああああああああああああぁぁぁぁああああぁぁぁああぁぁああぁぁッ!?」
音無は空間の一点を見つめ、ただただ悲鳴を上げていた。
今まで天使がいた空間。今は誰もいない。水音と共に、弾けて消えた。
しかし何が見えるのか。音無はそこに視点を固定したまま、叫んだ。
音無の顔は、歪んでいた。
今まで天使がいた、今は何もない空間の地面から、まるで今そこに天使が立っているかのように人の形をした影が伸びていた。
赤い、赤い影。
そこに何がいるのか。
音無は何を観たのか。
次の瞬間、吹き抜ける風と共に空間が鳴動し、赤に染まった異界の風景は一瞬にして"元の世界"へと戻っていた。
月が、空が、影が、草木が、瞬く間に元の色を取り戻した。風に持ち去られるように、異界の空気が失われた。
元の姿へ戻った世界は、何もなかったかのように、ただ無機質な静けさのみを湛えていた。
異界があったという痕跡は。音無結弦という少年がいたという証は。
最早どこにも残されていなかった。
【あやめ@missing 消滅】
【斎藤一@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 消滅】
【音無結弦@Angel Beats! 消滅】
※C-8の特定箇所を中心に同エリア内の一定範囲に異界が発生し、範囲内のNPCが全滅しました。現在は終息しています。
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投下を終了します
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投下乙です。
これは凄い…夢現聖杯における因縁のいくつかを見事にまとめ上げ、それぞれ魅せに魅せて回収した回だったと思います。
斎藤超かっけえ。わずかな違和感や齟齬から音無の喉笛に食らいつく狼の洞察、腐れ縁で結ばれた宿命の敵と斬り結ぶ一幕まで。人斬り抜刀斎VS斎藤一は見事の一言に尽きるというか、剣心が抜刀斎で呼ばれたことをフルに活用してるのがグッとくる。零式をそこで持ってくるか、と唸りました。これは確かに聖杯戦争方式で、サーヴァント人斬り抜刀斎が相手だから出来た演出だよなあ…
>剣に宿るは純なる殺意。修羅道を彩る絢爛の血道。ひとたび鞘走れば散華なしに戻りはしない。
この辺りを初め、凄まじい筆致で描かれる心・剣混じり合った激突にも息を呑んだんですが、やはり「勝負」の行方と、「聖杯戦争」としての結果のそれぞれが、抜刀斎と斎藤の二人の在り様を鮮烈に表してて……言葉もない。斎藤は最期まで斎藤らしかった、一人遺された抜刀斎はこれからどうするのか…
キルバーン&ピロロの奸計と邪智、光を伴って顕現したテスラの、それらを真っ向から悉くブチ破る守護神そのものの奮戦。渦中に奔る鳴海と二人の少女、そして「怪異(モンスター)」としてのあやめちゃんを認識した「過負荷」球磨川のセリフと立ち回り。
ハイライトとしての主役は個人的にるろ剣組だったと思いますが、舞台・物語としての主役は音無組だったと思います。あやめの在り様がどこまでも切ない。神隠しの物語は末期までこの世界を蝕むというか、異界の描写、音無が最後に見た、見てしまったモノに背筋がぞっとしました…。あれってやっぱりなりそこない…。
状況も一気に動いて、とにかく心掴まれる一話でした。
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投下乙です。各主従の果てるまで、もしくはその続き。
斉藤と剣心の因縁の終着は壮絶ながらもどこか物哀しげでした。
過去に重みを置くか、それとも未来に重みを置くか。
その結果、完全に打ちのめされながらも生き延びたのが過去をとった剣心だったというのが、また辛い。
ノリノリで音無達をいたぶるキルバーンの小物っぷりがまた、面白い。
徹頭徹尾小物ムーブでテスラが来た後も、やってることが明らかに中ボスレベルのことで……。
テスラの真正面から立ち向かう輝きに灼かれて撤退する様も相まって、なんと情けないことか。
そして、過負荷と怪異の終わり。何も残さないというより何も残せないというべきでしょうか。
無力な女の子を倒して、堂々たる勝ちとは到底呼べないですが、そういうキャラですからね、球磨川は。
絶対に勝てないからこそ、絶対に諦めないという。
けれど、そのノリでいつまで生きていけるのか。いつかは、彼も同じく諦める時が来るのでしょうかね。
最後の音無はとことん奪われて、同じく奪われた天使と一緒に根こそぎ消えてしまって。
観てしまったもの、取り戻せなかったもの、大切なもの。
全部ひっくるめて無くしたのは、選択肢を誤ったまま進んでしまったからか。
非情になりきれなかった結果が、幻想へと沈むとは。
聖杯戦争の残酷さを受け入れるには足りないものが多すぎましたね。
生きるということに嘘か、それとも真か。
その意識の差もあって、消えるべくして消えた者達。
あなたの果てるまで、運命が果てた後の結末は物悲しいものですね。
帝人、クレア、スタン、瑞鶴、アスナ、超を予約します。
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期限はまだですが、延長しておきます。
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八神はやて、ギー、天使を予約します
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投下します
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―――揺蕩う光の中で、わたしは思う。
都市のあらゆる場所に遍在する意識、都市のあらゆる場所を俯瞰できる高次の麓にわたしはいて。
けれども、わたしは、どこにもいない。
わたしの手はどこ。足は。
わたしの胸は、腹は、顔はどこにあるの。
全て、全てを《奪われて》しまった。
今はただ、偽物の翼だけが与えられて。
―――揺蕩う光の中で、わたしは思う。
―――誰かがわたしを呼ぶ声を。
―――あるはずのない、わたしへの呼びかけを。
▼ ▼ ▼
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【解析深度2】
【高密度情報制御を確認】
【情報構造体へのアクセスを開始】
【検索実行
検索終了
検索結果】
【…………】
【情報マトリクスを取得】
【オブジェクト記録を参照:碩学機関■■トが記す】
………。
……。
…。
――――――――――――――――――。
『クリッターとは』
『都市インガノックに現出した、凶暴な大型の異形41体。
かつての《復活》の日から1か月の間に、クリッターたちは50万もの人々を虐殺したという。
人々はクリッターを"災害"として扱った。生物として捉える者はいない。
物理的手段で打ち倒すことができない以上、そうする他にないからだ。
銃弾も毒も、クリッターには通用しない。
御伽噺の幻想生物を模したクリッターたちは、人間を害するようにと何者かによって定められているという。
通常の幻想生物と違うのは、体のどこかにあるゼンマイ螺子。
クリッターの体には必ずそれがある。
体長3m〜30mの大型であり、特定の弱点以外の物理的な破壊力は決してクリッターを傷つけない。
恐慌の声という、生物の精神を硬直させる音を放つ。別名を"クリッター・ボイス"。
…………。
何かを一つ歪めただけで。
41の■■は荒ぶるクリッターとなった。
クリッターの生み出す恐怖は、41の生■れ■■った■の感じた恐怖は、人々を苦しめ続けた。
そして人々は完全に記憶を失う。恐怖に上書きされて。
そう、それは―――
それは、かの地に集った20の命と、20のサーヴァントのように―――』
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『………………』
『《奇械》とは』
『都市インガノックで語られる、最期に残った御伽噺。
人々の背後に佇む影の如き異形41体。
あらゆる御伽噺を捨て去ったインガノックで唯一残る、人々に《美しいもの》を見せるとされる御伽噺。
クリッターと同じくあらゆる物理的破壊力を受け付けず、あらゆる干渉によって破壊されない。
彼らは人々と緒で繋がり、単眼を持ち、安らぐ歌を好むとされている。成長すれば口を形成し慟哭するとも。
クリッターと違いあまりに目撃情報が少ないため、確定的な情報は存在しない。
しかし、人々はまことしやかに語る。彼らは何かを思っているのだと。
限りなく無垢である彼らは、人々を見つめ、思うのだと。
それはまるで、心を学んでいるかのように―――』
………。
……。
…。
――――――――――――――――――。
▼ ▼ ▼
「……眠った、か」
夜の帳が下りた民家の一室にて。ギーの声が微かに反響した。
目の前にはベッドの上で眠りにつく少女の姿。静かな寝息を立てて、何かを夢見るように。
帰宅した後、ギーとはやてはいくらか言葉を交わした。
はやてが気を失った後、一体何が起こったのか。北条加蓮との関係性、そのサーヴァントについてなど。
それを、はやては黙って聞いてくれた。今までは聖杯戦争という現実から目を背け、そのようなもの一顧だにしなかったけれど。今は、きちんと見据えるように、こちらの話を聞いてくれた。
「なあ、ギー」
「なんだい、はやて」
「もしかして、もしかしてなんやけどな。
北条さんみたくみんなで一緒に逃げ出してしまおう、そう考える人がもっとたくさんおったらな」
「……」
「もしそうだったら、きっと何とかなるって。そう思うんや」
それは難しいだろう。
脳裏に浮かんだその言葉を、ギーは口には出さず呑みこんだ。
現実の何たるかをギーは知っていた。世界はそんな簡単に行かないのだと、かの異形都市において彼は嫌というほど思い知らされている。
上手く行くことなど一つとしてなかった。救いたかった命は容易くその両手をすり抜け零れ落ちていく。
例え現象数式などという御伽噺めいた力を会得しても。その不文律だけは変わることがなかった。
幾ばくかの後、はやては早めに床に就いた。疲労が限界に来ていたのだろう。
今日一日の半分近くを気絶という形で過ごしたはやてであったが、そもそも気絶と睡眠とは全く異なるメカニズムでもたらされるものだ。積み重なった疲労は失神では癒されるどころかその嵩を増して、故にギーの現象数式で損傷を修復したとしても、多くの睡眠を彼女は必要とした
零落した精神状態からスムーズな睡眠状態への移行が心配されたが、それはどうやら杞憂だったらしい。今はこうして、無垢な寝顔を晒している。
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「……さて」
主の就寝を確認すると、ギーはおもむろに立ち上がり、音を立てることなくその部屋より退出した。
近くで寄り添っておきたいのは事実であったが、今やそうも言ってられないだろう。何故なら行われているのは聖杯戦争、文字通りの殺し合いであるために。
ギーはサーヴァントとしての本分を果たそうと行動していた。すなわち、はやてを生きて元の場所へと帰すための手段の模索である。
(今日一日でもたらされた情報は、はっきり言ってしまえば量に乏しい。しかし……)
それでも考えることはできるはずだ。欠けたピースを埋め合わせ、その先の何かを見通すこともまた。
(まずは情報を整理しよう。今日遭遇したサーヴァントは都合四騎。西享の艦娘が二騎、異邦のヒーロー、そして精巧に作られたレプリカのサーヴァント)
思考を巡らせる。自身の拙い脳を使って、有り合わせの情報から何かを探る。
たかが四騎、されど四騎のサーヴァントの情報。全てを確定させるサンプルとしては少なすぎるが、しかしある種の違和感を感じ取ることはできた。
それは―――
(不可解な内訳だ。あまりにも被造物が多すぎる)
それは、出会ったサーヴァントたちの多くに共通する事柄であった。
サーヴァントとは人類史にその名を残し、人々の信仰を勝ち取ることで英霊に昇華された人間霊のことだ。
人類の歴史に数多存在する戦、あるいは伝説に綴られる魔性退治。それら史実や英雄譚に語られる英雄たちが、死後に精霊種となって英霊の座へと押し上げられたのが英霊であり、その英霊を劣化現界させたのがサーヴァントである。
つまるところ、人理に刻み込まれた英雄であるところの彼らは、当然ながら「人」であることが大半だ。
無論、半神や半魔、半妖といった混血の英雄も数多いるが、それとて主体は人間である。純粋な魔であっても、あくまでそれは「生物」としての在り方だ。
ならば、例えば武器や消耗品といった「物」が英霊となることはあり得るのか?
正否だけを言うならば、それは確実にあるだろう。人の信仰は対象を選ばぬものだし、そうした考えを論ずるまでもなくギーの前には器物英霊が姿を現している。
そう、それ自体は何もおかしなことではない。この場合問題なのは数だ。
器物英霊は確かに存在するが、前述した通り英霊とはあくまで「人」が多くを占める。まして魔どころか、そもそも生物ですらない被造物のサーヴァントなど、数はたかが知れていよう。
恐らく百の英霊を集め、その中に一騎いたなら僥倖。そのレベルでしかあるまい。確率としては一度の聖杯戦争で邂逅すること自体が珍しい存在。しかし―――
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(ワイルドタイガー以外、僕が出会ったサーヴァントは全て"それ"だ。偶然と考えるには符号が過ぎる、そこに一体何の意図がある?)
被造物、創られた存在、すなわち製造主が別個に存在するサーヴァント。
それらが多く呼び寄せられたのは一体何故か?
聖杯の裏側にいる何者かの手引きか、あるいはこの冬木という複製都市の性質に惹かれたか。しかしならば、何故聖杯戦争の舞台そのものを一から作り上げる必要があった?
偽りの都市、偽りの民衆。NPCと呼ばれる模造された人間たち。現象数式の目で見てもなお、影としか映らなかった彼ら。
考えるまでもなく、この聖杯戦争はその成り立ち自体が奇妙に過ぎるのだ。複製された都市、人形ばかりの街、異世界からの招致、七日経てば崩壊する世界。何もかもが荒唐無稽で常識も良識も逸脱し過ぎている。
複製。作製。人工物。それらが指し示すものは一体何であるのか。
必ず理由があるはずである。存在理由もなしに被造物は存在しない。
そう、例えばインガノックにて発現した、41の■■■■もそうであったように―――
「―――ッ!?」
脳裏にその単語が奔った瞬間、耐えがたい頭痛がギーを襲った。
思わず顔を顰め、揺れる体を支えるために荒く壁に手をつく。ずり落ちるように、膝から崩れた。
「……今のは」
幾ばくかの後、ギーは荒い呼吸で何とか立ち上がった。痛みは既に消えている。しかし、今の痛みは何であったというのか。
いや、そもそもの話。
「クリッター……?」
自分は何故、今の場面でそんなものを思い浮かべたのかと。
微かな疑問が、ギーの中で鎌首をもたげた。
(クリッター、41の大型異形。僕は何故、今それを想起した?
馬鹿な、あんなものは関係ない。あれは単なる災害だ)
クリッター、都市インガノックにて暴威を振るい、人々を10年に渡って苦しめた「災害」の総称だ。
彼らは異形の生物の姿をして、しかし人々は生物ではなく災害や現象として彼らを扱った。決して死なず滅びない以上、生物ではあり得ないからだ。
だが被造物ではない。人は災害や現象を造り出すことはできない。
故に、今のギーが思い浮かべるには不適な代物であるはずだったが。
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「……記憶に、欠落があるのか?」
あり得ない話ではなかった。サーヴァントとは想念を基に形作られる存在であるため、召喚者の意向次第ではその性質を異とすることもある。
代表的な例ではバーサーカー化させての狂化の付与であるとか、クラス違いによる性質の変化であるとか。極めて微小ではあるが、そうした変化をもたらすことは可能である。
ならば、考えられることは一つ。
複製都市という舞台、創られたサーヴァントたち、記憶の欠落。
それらは全て、何者かの手が加えられた結果であるとするならば―――
(……いや)
結論を出すにはまだ早いだろう。そうギーは思考を打ち切った。
推測に推測を重ねても、出てくるのは更なる不確定な推測だけである。一日目が終わった段階で、考えることではなかったのかもしれない。
(ともかく情報が必要だ。マスターにサーヴァント、どんなに小さなものでもいい。手がかりを掴まなければ先には進めない)
霊体化して外へ出る。はやての自室には簡易ではあるが工房化の術式を布いているから、少なくとも魔力反応によって他者に感知される心配もない。
鉄火場に彼女を巻き込む必要はない。全ての苦難は自分が背負う。
「今からだと、新都の捜索が妥当か」
そうして、冬木東側の新都へと足を向けて。
「だめだよ」
「あそこは」
「きみを、のみこんでしまう」
ふと、背後より声がかかり。
ギーはその歩みを停止させた。
「……呑みこむ?」
不可解な言葉だった。しかしその意味を問うても、背後の彼は何かを言うことはなかった。
けれど彼が嘘を言うとは考えづらく、ならば今新都に向かうのは下策であるということは理解できる。
(そうすると、今回の索敵は深山町を重点的にするしかないことになるが、だったら一度ワイルドタイガーと合流するのが得策か)
ギーは午後に出会った一人の精悍な男を想起する。彼は現状唯一の友好的な陣営であり、深山町を拠点に活動をしているサーヴァントだ。
そして彼の宝具は疑似サーヴァント召喚という人海戦術にも秀でた代物であり、ギーの当面の目的である情報収集にも役立つであろうことは想像に難くない。
彼らがいるはずである避難場所については既に聞いている。今から向かえば大した時間もかかるまい。
東へと向けていた足を反対側へ回し、ギーは音もなくその場を後にした。
【D-5/住宅街/二日目 深夜】
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.ワイルドタイガーによる人海戦術を頼りたい。避難場所へと向かう。
2.脱出が不可能な場合は聖杯を目指すことも考える(今は保留の状態)。
3.例え、敵になるとしても――数式医としての本分は全うする。
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、黒髪の少女(瑞鶴)、ワイルドタイガー(虎徹)を確認しました。
ヴェールヌイ、瑞鶴を解析の現象数式で見通しました。どの程度の情報を取得したかは後続の書き手に任せます。
北条加蓮の主従と連絡先を交換しました。
自身の記憶に何らかの違和感を感じとりました。
新都で"何か"が起こったことを知りました。
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その時、ギーはふたつのことに気付かなかった。
ひとつは、はやての自室に安置されたとある本。
彼の"右目"でも辛うじて見通すことが精一杯であったとある書物が、沈殿した漆黒が如き昏い色を明滅させていたということ。
そして、もうひとつは。
「――――――――――」
全てを俯瞰する高みにて。
ギーの行動をも見下ろす白い何者かがいたということに。
少なくとも、この時点で。彼が気付くことはなかった。
【D-5/住宅街/二日目 深夜】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]下半身不随(元から)、睡眠
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごしたかった。けれど、もう目を背けることはできない。
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
北条加蓮、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)を確認しました。
自室に安置された闇の書に僅かな変化が生じました。これについての度合いや詳細は後続の書き手に任せます。
自室一帯が低ランクの工房となっています。魔力反応を遮断できますが、サーヴァントの気配までは消せません。
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それは白色の詩編。天使のように輝いた、一人の少女の物語。
そこはにせもののお城でした。命がない街、そのまんなかに建つ大きな大きな学び舎に、少女はいました。
城壁もないのに、番兵もいないのに、ふしぎと外に出ることができない。でんと構えた、そこは学び舎のお城です。
少女には大好きな男の子がいました。とてもかしこい男の子です。少女には理解できないくらいに、あたまの良い子です。いつもだれかに振り回されて、けれど心からの笑顔をうかべる、だいすきな男の子。
男の子は三つ、少女におしえてくれました。「ありがとうの意味」。「愛してるという意味」。そして「生きることはすばらしい」ということ。
三つの大切なおもいを、男の子は少女におしえてくれました。
少女は、それをうれしく思いました。男の子がいったことばを、少女もまた信じました。信じて、きえました。だって少女はもう死んでいたから。
信じました。信じて、だからきえました。けむりのように、まぼろしのように。跡形もなくなって、きえてしまって。もう動きません。ふれることもできません。
きえてしまった少女をみて、男の子は嘆きました。だれもいなくなってしまった虚空を掻き抱いて、必死に少女のなまえをさけびます。
だけど、そのおわりを変えることはできません。もう少女は死んでしまっているから。
死んでしまったひとは生き返らない。失ってしまったものは戻らない。それはどこまでも、当たり前のことでした。
でも、少女はこんげんと約束しました。だから、道化師がやってきます。
ほら、道化師がきました。灰色の空にふわふわ浮いて。白いひかり。天使のわっか。白いつばさ、ふわふわ引き連れて。嘲り、嗤いながら、ゆらゆら。
道化師は少女にいいました。
『時間だよ。チク・タク』
『諦める時間だよ、チク・タク』
すると少女は、ぽろぽろ、ぽろぽろ。くずれて、こわれて。
ぱしゃりとはじけてきえました。水のようにくずれました。水のようにこわれました。
少女は嘆きます。こわれるのは別にいい。ただ、あの人に伝えたかったと。言葉にしたいことがあったと、嘆きます。
道化師は嗤うだけです。だれも助けてはくれません。なぜなら少女は《奪われて》しまったから。
大好きだった男の子も、赤いやみの中にきえてしまいました。
だれも、少女をみつけることができません。
でも―――
もしも―――
あなたが―――
………。
……。
…。
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そこはただ、セピアの色で満ちていた。
不思議な空間だった。
例えるなら、広くて長いトンネルのようで。
例えるなら、打ち捨てられたアーケード街のようで。
セピア色に満ちた、薄暗い回廊。遠くに何か光のようなものが見える。
無機質なまでに機械的に組み上げられた、しかし有機的なまでに人の情念が籠ったような場所。
それはまるで誰かの心の中であるかのように、現実離れした浮遊感と幻視的な揺らぎが存在していた。
「きみは、だれ?」
人影がふたつあった。
ひとりは子供。漆黒という概念から不純物を根こそぎ精錬し、それを糸にしたかのような黒髪と、陶器のように滑らかな年若さを体現する肌を持った、男か女かも分からない中性的な子供。
ひとりは少女。その総身は頭の先から足先までもが白く、万年雪を人の形に押し込めたかのような純白を誇る少女だ。その背には、これまた輝くような白の翼を持ち、けれど決して羽ばたくことはなく。その姿はまるで天使のようで。
道化師の白い仮面と鋼鉄の義肢が吊り下げられ、天井の隙間から光が零れ、石畳に新緑の生命が芽吹くその中で。
"人"ならざるふたりは静かに邂逅を果たしていた。
「……わたしは」
口を開く。それは、白い少女が。
表情は変わらず諧謔も含まれず、怜悧な能面が如き面持ちで。
「わたしは、誰でもないわ。誰なのか、もう忘れてしまったもの」
それは悲嘆でもなく、諦観でもなく。ただ事実として少女は言った。
周囲に満ちる静寂が如く、その声には否応ない死の気配が滲んでいた。いや、厳密に言うならば止まっているのだ。生も死もない狭間の停滞に、天使の少女は沈殿している。
だからこその死の気配か。限りなく酷似し、しかし限りなく遠いその感触。この世ならざる天の御使いの有り様か。
「そう。きみは、《奪われた》んだね。キーアのように、レムルのように」
黒髪の子は言った。哀れみではない。少女と同じく、ただ事実として淡々と。
しかし纏う気配は生に満ちて、天使の少女とは対極に合った。いや、厳密に言うならば彼は自由なのだ。世界からも、時間からも、因果からも解き放たれて。黒いものの束縛すらも失って。
彼らふたり、互いに生きてはおらず死んでもおらず。その大部分を同じものとして。
けれど決定的に違うのは、奪われたのか与えられたのか。その一点のみであった。
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「だからきみは何もできない。見ていることしか、見つめることしかできない。そのはずだった」
「わたしの声は誰にも届かない。わたしには誰の声も届かない。そのはずだった、あなたと違って」
今こうして、ふたりは確かに向かい合って言葉を交わしている。
それは本来許されないことだった。全ての権利を《奪われた》少女には、できないことだった。
けれど、何故か不可思議な確信がそこにはあって。
現実ならぬ虚構にて、彼らは一時の邂逅を果たすのだ。
「きみは《奪われた者》。未来を、可能性を、そして命を」
「あなたは《可能性そのもの》。だから未来も命も持たない」
故にふたり、それを無意味と理解しながら。
「きみはもう死んでしまった」
「あなたはまだ生きていない」
ただ、言葉のみを交わす。
「きみはまるで天使みたいだ」
「あなたはまるで影のよう」
それきり、言葉はなくなった。セピアの空間に再びの静寂が満ちた。
天使の少女はくるりと、黒髪の子に背を向けた。向かう先は、通路の果ての眩い光。
「もう行くんだね」
「ええ」
「何のために?」
「待つために」
こつこつと、空間に響く靴の音。硬質の音を反響させる。
遠ざかっていく背中が見えた。それは舞い散る羽根のように、儚く、淡く。
「わたしは待ち続ける。全てが終わるまで、誰かが果てへと行き着くまで。死ぬことも生きることもなく。
チク・タクと、音を響かせながら」
元より、少女の居場所など世界の何処にも存在しない。
偽物で形作られた異形都市。夢が夢であるはずの数式領域。現実の何たるかを体現する西享。異邦たる惑星カダス。その何処にも彼女は在ることはない。
世界に在らざる外側、黄金螺旋階段の麓を除くならば。
故に彼女は待ち続ける。未だ暴かれぬ真実の眠る場所、根源が降り立った世界の果てにて。
王も支配者も失って、なおも未練に縋りつく誰かの妄執が根付く場所にて。
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「喝采なんていらない。喝采なんていらない。わたしはただ待ち続けるだけ。
そしてそれこそが、この都市の真実である」
茫洋と歩むその右手には、少女には似つかわぬ白銀の懐中時計。
どれほど古いものなのか。既に朽ち果て、表面には幾多の罅が刻まれている。
チクタク、チクタク、時計の音が聞こえる。それは壊れた懐中時計から、ただ何かを待ち望むように。
「黄金螺旋階段の名の下に、現在時刻を記録した。
……さようなら、優しいあなた。全てに意味などないけれど、わたしはあなたに会えて良かった」
「ぼくは」
さよならを告げる天使の少女に。
黒髪の子は、無垢な声をかけた。
「ぼくは、見ているよ。彼も、彼女も。そしてきみも。
ぼくにはもう、からだがないから。見ていることしかできないけれど」
黒髪の子は語る。まるで心に触れるように。
心の声が響くこの空間にて。人々を想い、見つめてきたかのように。
「ぼくは見ている。きみも、あの男の人も。例え異界に消えてしまっても、魂の輪廻は存在するから」
―――だから、諦めないで。
その声に。
天使の少女は、ふわりと柔らかな笑みを浮かべて。
「……ありがとう」
一言。
たった一言だけ、お礼を言った。
「ありがとう、名前も知らないあなた。わたしはもう、その権利すら奪われてしまったけれど。
螺旋の頂上に至るのが、あなたのような人であることを願っているわ」
それきり、振りかえることもなく。
眩い光が乱舞して、一瞬の後に天使の少女は光の向こうへと消えて行った。
残響する声だけが、天使の少女を今に遺す。あとには黒髪の子がひとりきり、取り残されるだけだった。
-
「……ぼくも」
呟かれる言葉は誰のために。
新緑が芽吹く石畳。それを照らす一筋のか細い光の中に、黒髪の子は立っていた。
「ぼくも願うよ。どうか、きみたちが」
黒髪の子はひとつを願う。
ただ、手を伸ばすことなく、光差す空を見上げて。
ただ、眩さに細めた視線を、光差す空へと向けて。
どうか、全ての彼らが。
全ての子が、大人が、男が、女が。友人たちが、恋人たちが。
―――どうか。
―――諦めることのないように。
彼は空へと願う。
ただ雫を落とす鈍色の雲の向こうへと。天に坐して輝く太陽へと。
強く、願う―――
『???/???/???』
【《天使》@Angel Beats!】
[状態]その姿は天使のようで、しかし根源存在によりすべてを《奪われた者》。
可能性を奪われた人の《できそこない》にして、偽なる翼を与えられた白き《御使い》
[装備]■■
[道具]白銀の壊れた懐中時計
[金銭状況]■■
[思考・状況]
基本行動方針:待ち続ける。
1.■■
[備考]
※誰からも、世界からでさえも。彼女を認識することはできない。その権利すらも、彼女は《奪われた》。
※少女はただ待ち続ける。黄金螺旋階段の麓にて、チクタクと音を響かせながら。
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投下を終了します
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投下乙です
〈奇械〉と〈クリッター〉が解読のカギになるとしたら、ギーがいち早く扉に手をかけたのも必定か
「被造物」という観点にはあっと思わされました、ギーの思い浮かべた他にも自動人形やターミネーターもいるもんなあ
こういう形で聖杯戦争の深部に迫っていく話はワクワクする
とうとう内面が描かれた天使、それまでは謎めいた絵に過ぎなかった少年少女の幻景が少しずつ具体的な形を持っていくようで、いよいよ佳境なのかと思わされます
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投下乙です。
被造物という共通点からなされる考察、見事でした.
他にも共通するサーヴァントがいることを知ったギーは何を思うか。
そして、時計持ちの役目である天使ちゃん。
いつか誰かが来るまで現在時刻を記録し続ける彼女は、救われるのか。
本来ならその役目を担うはずであったろう音無が消えた今、何を待てばいいのか。
では、予約分を投下します。
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へぇ、と竜ヶ峰帝人は今日一日に起こった事件を見て素直に驚嘆した。
昨日の通達通り、聖杯戦争は確かに始まった。各地で小規模な戦火の炎が上がり、誰かがいなくなっている。
このダラーズを模したサイトだけでも様々な情報が舞い込んできている。
それは大きなものから小さなものまで。
非日常という世界が自分の傍で展開されたことを肌で感じている。
(僕が望んだのはもう一度、正臣や園原さんと仲良く過ごすことなのか。
それとも、非日常が蔓延る世界で生きることなのか)
聖杯戦争という世界の裏側を知って数日経っても、帝人の胸中は晴れることがなかった。
むしろ、日が経つごとに曇りがかり、何が正しいのか、正しくないのかがわからなくなってきている。
戦わなくては生き残れないとわかっていながら、帝人は動くことができていない。
幸いなことに、サーヴァントであるクレアは特に気にした様子ではないからいいものの。
このままではいけない。期限である一週間が終わる前に、自分は決めなくてはならないのだ。
(動くか、動かないか)
自分が平常通りの日常を過ごしている間、クレアは既に一組を潰してきた、と報告してくれた。
加えて、他のマスター、サーヴァントとの会合のチャンスまで持ってきてくれたのだ。
凡庸な自分にあてがわれたサーヴァントとしては出来過ぎた成果だ。
彼が放つ自信は確かな実力に裏付けされている。
(いつだって、僕は蚊帳の外だった。街に置き去りにされたのは僕だけだった)
さぁどうすると投げつけられた非日常。
これより先待っているのは非日常の塊である人間達との会合であり、自分は場違いなのかもしれない。
(……もう、何もしないままは嫌だ)
口元に自然と浮かぶ笑みは何を意味しているのか。
凡庸な自分が本当に望んでいたことは何であるのか。
内なる欲望の矛先は未だ知らず。
流れるままに今を生きる自分の行く末を、どう変えていくのか。
立たされた岐路。提示された選択肢。
今日、この瞬間――選び取る。
-
「ところで、アサシンさん」
「何だ?」
「その、言い難いことなんですけど」
だが、帝人は、その前に背後で鼻歌交じりにカチャカチャと音を立ててるアサシン――クレアへと物申さなければならない。
最初は気にするまいと目をそらしていた。次に意識せぬよう、視界に入れぬようにしていた。
最後に、聞きたくないと言わんばかりに耳栓をして完全シャットアウト。
しかし、どうしても気になってしまうのだ。否、あそこまで《広げられてしまっては》もうどうにもなりやしない。
「――――床に広げている拳銃とか、手榴弾的な何か、どうしたんですか?」
「ああ、そういうことか。要するに、バレるようなヘマは打ってないか、そうだろう、マスター。
だが、その心配は無用だ、安心しろ。これらの品々は極めて友好的に《譲って》もらった」
「……絶対、友好的じゃないですよね」
拳銃、手榴弾、ナイフ。見るからに物騒な代物のオンパレードだ。
これからどこかへとカチコミにでも行くのだろうか。
人生で一度も持つことはないであろうと考えていた武器の数々が所狭しと並べられている。
「こういうものは、備えておいて損はない。サーヴァント相手ならともかく、マスターなら十分に有用だ。
これは戦争だからな。どんな手を使ってでも勝ち上がってやるんだから、まああって損はないよな。
ああ、俺はこんな武器なんてなくても最強だから心配はいらない。何せ俺は――――」
「――――世界の中心にいるから」
「理解が早くて嬉しいね」
それらの物品は、平和的な世界で生きてきた帝人とは縁遠き血生臭さを漂わせる。
自分達は今、《戦争》をしているのだ。
朧げな日常に微睡んでいる暇なんて、どこにもない。
いつ、いかなる時、今の日常が崩れてしまうかわからない以上、決断は早い方がいい。
――非日常は目と鼻の先にある。
その貪欲な黒き欲望は、言葉にはまだ出なかった。
されど、彼の内面は既に、非日常に芯まで溶け込んでいる。
日常と非日常。矛盾を抱えたまま、彼は均衡を保っているが、この先、彼を劇的に変える出来事次第では容易く崩れてしまう。
彼の中に生まれた焦燥感は、この聖杯戦争に呼ばれる前ですら、臨界点を迎えていたのだから。
そうして、生まれた《怪物》はきっと、戦争を更に混沌とさせていく。
平凡なまま、表面上は何も変わらず。竜ヶ峰帝人は、焦燥と渇望を糧に馬鹿騒ぎの彩りを鮮やかにしていくだろう。
-
■
重い溜息をつき、瑞鶴は項垂れていた。
着ているキャミソールは紐が垂れ下がっているし、ショートパンツは半分ずり下がり、パンツが見えている有様だ。
洗い物をしているスタンが時より「服装はちゃんとしとけよ……」、と呆れたように声をかけるが、上の空である瑞鶴の耳には全く届いていない。
時よりぐわんぐわんと頭を揺らし、パソコンの画面をじっと見ることの繰り返し。
それはもう見ている側がぎょっとするぐらいに今の彼女はねっとりとした空気で包まれている。
実際、スタンはもう見てられないと言わんばかりに洗い物へと集中していた。
(情けないなあ、私。アウトレンジで完敗するなんて、どうしようもないじゃん)
このような表情では近くにいるマスターにも今の彼女は呆れられてもしかたがない。
それは絶対の勝利と信頼を掲げる瑞鶴にとって、よろしくないことである。
しかし、そんな簡単なことにも気づかないぐらい、今の自分は追い詰められていた。
あの流星が如き一撃は今後の不安を表すのには十分過ぎるものである。
敗走した。即座に撤退を打ち出していなければ、自分はきっと討ち取られていたはずだ。
「くーやーしーいーっっっ!!!」
「お前が負けて逃げ帰ってきたことは全然気にしてねえって言ってるだろ。ったく、いつまで引きずるんだよ」
「マスターさんが気にしなくても、私は気にするのっ! 私はマスターさんにとって最優のサーヴァントでいたいのっ!」
マスターである彼は、敗走した自分を咎めはしなかった。
今も何にも気にしていない風を装っているが、内心は落胆でいっぱいかもしれない。
もちろん、マスターがそんな人間ではないことも、自分のことを頼りにしていることもわかっている。
彼は信頼の言葉をしっかりと口に出してくれている。
特段に、引きずることではないと理屈でも言葉でも証明されているのに。
-
(……一つでも選択肢を間違えていたら、絶対死んでた。それがわかるから、ムカつく。ほんっっとうに、ムカつく!)
余計な欲を見せずに偵察に徹していたからこそ、自分はまだ生き残れている。
もしも、果敢に攻めの姿勢を崩していなければ、と。
後々振り返っても、寒気がする。
慢心はなかった。ただ、力が足りなかっただけ。
幾多もの戦を乗り越えた経験など、他のサーヴァントも持っている。
単純に、自分には力が足りないのだ。聖杯戦争を決定的に勝ち抜ける力が、ない。
だからこそ、取れる手段を選ぶ余裕は全くもって存在しない。
あの気持ち悪いサーヴァントの誘いにだって乗らざるを得なかった。
戦力も、情報も。得なくてはならないものはたくさんある。
今もパソコン前で待機してるのだって、勝ちたいが故である。
黄金の奇跡を掴む為なら、このような細々としたことも進んでやってやる。
(もうこんな思いをするのは嫌。マスターさんに心配させないように、戦う)
改めて、自分とマスターに誓う。
勝利という幸運を必ずや引き寄せてみせる。
決意を新たに、瑞鶴はギュッと手を握り締めた。
「おい、瑞鶴。落ち着いたんなら、さっさと着替えを洗濯カゴに入れておけよ。
と言うか、なんで俺がお前の衣服まで洗ってるんだよ……」
「いいじゃんいいじゃん、別に減るもんじゃなし〜。私が洗うより家事万能のマスターさんがするべきよねぇ〜。
ほら、適材適所ってやつよ。うんうん、私ってばちゃんと考えてるんだからね」
「女性モノの服や下着を洗うハメになってる俺の羞恥心とかその他色々含めて考えてくれよ……まあ、いいけどさぁ」
そして、彼。マスター、スタン。
帰り道、合流してから。前川みくがマスターであったと伝えた頃から。
彼の表情には陰りが見えていた。
願いの為に殺さなくてはならない敵が近くにいた。
会話を交わしたことのあるクラスメイトを、彼はどうするのか。
殺せるのか、それとも見逃すのか。
どっちの決断に傾こうと、瑞鶴は彼を見捨てるつもりはない。
一度幸せを運ぶと決めた以上、彼には何が何でも幸せになってもらう。
-
(はぁ、全くもう……思っていたよりも、マスターさんに入れ込んでいるのかもね。
うじうじしてて、ヘタレなのに。そもそも女子力が私より高いとか、生意気なのよ)
彼の願いはやり直し。そして、自分の願いはやり直し。
共通しているから彼に同情している? 譲れない願い、無くしてしまったモノ。
過去を変えたいと願うのは、よっぽどのことだ。
強く焦がれ、それでもと手を伸ばして、なお。
(それでも、君は戦うって言った。大切な人の幸せを願い、誰かの幸せを奪うことを選んだ)
自分の願いの為に誰かを殺すなんて、できない。
最初に呼び出した時にそう呟いた彼の横顔は苦悩で塗れていた。
譲れない願いを持っているものの、他者の生命を奪う覚悟を安易に決めれる程、彼は非情に在れなかった。
短い付き合いではあるが、彼のことはそれなりには詳しいつもりだ。
彼が物事を一人で背負いがちなことも、お嬢様と称する彼女のことをとても大切にしていることも。
本来ならば、こんな我欲の戦場に出てくる人間ではないのだ、彼は。
(生命の奪い合いなんて怖くてたまらないって嘆く癖に、肝心な所はきっちり締めるんだから。
そういう重いものなんて、私に背負わせておけばいい。
後は何も知らないふりをして、日常を謳歌していたらいいのに)
瑞鶴は、臆病さというのは一つの感度であると考える。
それは痛みであったり、恐怖であったり、悲しみであったり。
様々な事柄について感度が良好である程、弱いのだろう。
けれど、その弱さはある種、優しさに通じるものでもある。
弱いからこそわかることだってあるし、彼のそういった善良さは瑞鶴としては好ましい。
もっとも、サーヴァントとしては素直に肯定を示せないけれど。
勇敢なる武者であれば、このように悩むことはなかったし、残忍なる魔術師であれば勝利も容易であったかもしれない。
聖杯を以ってして、奇跡を成す。軌跡を消してやり直さなければならない彼女からしてみれば、認められるものではない。
-
(けれど、ね。今となっては、君が私のマスターで本当に良かった。恥ずかしいから言わないけど、心底嬉しいんだよ)
見知らぬ誰か、もしくは絆を深めた誰か。
背中合わせで戦う事ができたらいいのにな、と彼は言った。
確かに、そうできたらどんなに良かったことか。
仲間を作れたとしても、いつかは切り捨てなくてはならない仮初のものだ。
信じられるのはマスターだけ。これはたった二人で挑む戦争である。
(君のそのスタンスは好ましいと思うよ。影に隠れてコソコソとしてる男よりは全然いい。
涙目で震えながらも、自分も戦場に立つってさぁ、そんな有様じゃあ心配しすぎて私の胃が痛くなるっての)
自分はきっと運が良かったのだろう。
願いにも理解を示し、自分のことをわかってくれようとしてくれる。
どんな有様になっても、チャンスが残っているならやり直したい。
奇跡に縋るみっともない女だと卑下した時、かっこ悪くなんかないと言ってくれた彼がマスターで本当に良かったと再確認したものだ。
やっぱり優しすぎるよ、と。瑞鶴は彼の後ろ姿を見て思う。
(彼女の幸せを願うと言った。その想いは素晴らしいけど、そこに自分の居場所はいらないなんて、落第点もいいとこよ。
勝手に諦めて、誰かを代わりにすげ替えるなんて、許さない。君が、君自身が救われなきゃ、そのお嬢様も喜ばない。
頑張って、頑張って、怯えながらも勇気を見せた君は、幸せになるべきなんだ)
だから、そんな彼が幸せを掴めないまま、やり直しに消えることを瑞鶴は良しとしない。
切に、願う。この聖杯戦争の果てで、彼が自分の幸せを見つけてくれることを。
代替品なんかで、君の価値を下げないで、と。
(勇気ある行動の結末が悲劇であっていいはずがない。黄金の奇跡で、君は――お嬢様をちゃんと正しい形で救うべきなんだよ。
どうにもならない不条理も覆して、君には笑っていて欲しいよ)
きっと、瑞鶴の心情は、今の彼に伝えてもわからないことだろう。
瑞鶴以上に自分を卑下して、大切な人にとって、必要ない存在だと認識している彼がいつか気づいてくれるならば。
そして、自分自身のことに価値を見出さない限り、彼と瑞鶴は平行線のままだ。
(その為には、私が気張らなくちゃね)
けれど、いつか伝わるなら。彼が自分の幸せを見つけてくれるなら。
瑞鶴は笑って、彼と別れることができるから。
そんな、幸せな夢を望んでしまった。
自分達の終わりが、どうか幸福であることを。
-
■
加賀岬『それで、張本人が来ないっていうのはどういったことでしょうか?』
田中太郎『その、言いにくいことなんですけど、すっぽかしたのでは?』
田中太郎『閲覧者にもいませんし、完全に自分達しかいませんよ?』
加賀岬『あの場にいる全員をわざわざ呼び出しておいて、気に食わないですね』
ロマンチスト『まあ、かれこれ数時間待ってますしね』
田中太郎『どうしましょうか、このまま解散にします?』
加賀岬『それこそ無駄な時間になります、何か時間を潰す案はありませんか』
ロマンチスト『ふむ、そう言われても困りますね』
内緒モード ロマンチスト『なら、こうするのはどうでしょう』
内緒モード ロマンチスト『場所を移して親睦でも深めるというのは』
内緒モード ロマンチスト『情報の共有。特に、あの純黒のサーヴァントについて』
ロマンチスト『各々、少し時間を置いて考えてみましょうか』
■
攻めるならここしかないと思った。
あのサーヴァントは危険だ。醸し出す雰囲気は最悪、手品のように場の総てを平らにしてしまう宝具。
木々を消し、宝具を消し、そして敵意すら霧散させてしまう異質な何か。
鈴音からすると、百害あって一利なしの最悪の存在である。
このチャットだって、どうにかしてそのカラクリを解きたいから参加しただけであり、できることなら彼とは一秒も関わり合いたくなかった。
チャンスが有れば、即座に武器を向けて殺したいぐらいには嫌悪感を覚える存在だ。
そもそも、鈴音が掲げる世界平和とは遠く離れた悪質さを持つであろう彼を、長々と生かすつもりはない。
-
内緒モード ロマンチスト『どうかな。良い提案だと思うんだけど』
もっとも、あのサーヴァントのことだ、名前を偽ってこのメンツの中に紛れ込んでいるかもしれない。
そして、何食わぬ顔で此方側へと擦り寄って、嘘八百な情報で踊らされることも考慮はしている。
そうなった場合、剣呑な敵意がバレてしまい、これからの行動にも乱れが生じるかもしれないが、もちろん、鈴音も承知の上でいる。
あのサーヴァントが、牽制により動きが鈍くなることを願ってはいるけれど、確率としてはそこまで高くはないだろう。
それでも、鈴音には動かなくてはならない理由があった。
(どうにかして、アレは早期に落としたい所ネ。戦場が混沌としている序盤にこそ、どさくさ紛れに消したい。
終盤にまで生き残られると、厄介この上ないヨ)
彼女の経験からして、ああいったトリックスターは場を掻き乱す前に消すに限る。
今、出した提案はかなり強引ではあったが、このままズルズルと流されていてはあちらの思うツボだ。
特定される可能性に関しても、全員が口調を変えて、チャットをしている以上、即座に正体を看破するには至るまい。
それよりも、今は場を掌握して、少しでもあのサーヴァントに向ける刃を増やしたい。何なら、殺せずとも、敵意を向けることができるなら御の字だ。
(長谷川サン辺りがパートナーであったら、危ないかもネ。電脳に関しては彼女に軍配が上がるし、私の特定だってしてみせるだろう。
もっとも、それはありえないカ。彼女はこういった荒事を忌避しているし、私の知る限りでは一番日常に焦がれている。
このような戦争に奮って参加をするような人間ではない)
この世界でも長谷川千雨はクラスからは距離をおいている。
ダルそうに授業を受け、最近は学校に通うのがめんどくさくなったのか不登校気味だ。
これが通常であるなら、マスターであるか疑った。
しかし、対象は、魔法や非日常を、ノーセンキューの一言で済ます厭世的な思考を持つ長谷川千雨である。
聖杯戦争というとびっきりの非日常に加え、生命の奪い合いに願いを携えて参加してくるとは到底思えない。
-
(まあ、そんな低い確率を危ぶむよりは、少しでも包囲網を狭めるのが安定ヨ)
限りなく低い確率に怯えるよりは、あのサーヴァントの不利益になることをした方がいい。
相対した時、思考、五感、感情――その全てを、鮮明に覚えている。
こいつは殺さなくてはならない。相容れることなど、絶対にありえないと超鈴音の総てが理解した。
内緒モード 加賀岬『わかりました、その提案に乗りましょう』
内緒モード 田中太郎『話を聞くぐらいなら……』
そら、釣れた。厄介この上ない難敵をどうにかする機会だ、彼らからすると乗ってこない理由がない。
慎重に、かつ迅速に。表ではとりとめのない解散の意を伝え、裏では新しいチャットURLを貼り付ける。
彼に悟られないよう、ログも全部消して、まっさらにして痕跡もなくしておこう。
かたかたとキーボードを打ち鳴らし、鈴音は場の環境を自分が望む方向へと引き寄せていく。
パソコンの画面を新しいチャットに移し、改めて、決意を確認する。
何とかして、あのサーヴァントを排除しなければならない。
清濁の境界線すらも塗り潰す、純黒のサーヴァント。
けらけらと何の中身もない笑みで『なかったことにする』所業をこれ以上、見過ごしてなるものか。
ロマンチスト『諸君らの賢明なる決断に感謝を』
問題はここからだ。
何とかしてあの場にいた二人のサーヴァントを此方側へと引きずり込む。
その為なら、幾らかの譲歩も構わない。
あの厄介なサーヴァントを潰せるなら、十分にお釣りが来る。
ロマンチスト『では、早速、私から提案がある。何、簡単な話だ』
ロマンチスト『あの純黒のサーヴァントを、殺す為の同盟を組まないだろうか』
この局面を乗り切り、必ずや願いを叶えてみせる。
それが神楽坂明日菜の為でもあり、自分の為にもなるはずだ。
-
■
「同盟……!?」
「成程。俺は全く気にも留めなかったが、あの黒いサーヴァント、よっぽどの不評を買ったな」
提示された言葉は簡素ながらも、思惑がはっきりと分かるものだった。
帝人もクレアも、表情は対象的であるが、思考に浸る。
さて、どうする。この提案を受けるか、受けないか。どちらをとっても、メリットデメリットは存在する。
「……どうするべきでしょうか」
「どうもしない。俺の仕事は初めから最後まで変わらない。お前の聖杯までの道を切り開くこと、それが与えられた依頼だからな。
この提案を受けようが受けまいが、勝つのは俺だと決まっている。その過程で一時的に同じ標的を狙うのだってそれなりにはあることだろう。
まあ、つまりだ。どっちでもいいさ、こんな些末なことで選択を間違えても、辿り着く道は途切れない」
クレアは帝人の困惑を打ち消すかのように、淡々と言葉を返す。
彼からすると、心底どうでもいいことだ。
この世界は偽りであろうが正しくあろうが、自分が中心である。
どう動いても、世界を回すのはクレア・スタンフィールドだ。
サーヴァントになっても、その過剰なまでの自己中心的な考え方は揺らぎはしない。
「決めるのはマスターだ。どちらに傾こうが、俺という存在が味方であることに変わりはない」
マスターである帝人はこれでいて賢い。
非日常という単語に異常なまで焦がれ、どこまでも突き進む根源の思いを除けば、冷静に物事を考える事ができるだろう。
やがて、結論を出す意を決したのか帝人はキーボードを打ち始めた。
田中太郎『即決はできません』
田中太郎『ですが、情報の共有についてなら、賛成します』
当然、同盟を組むことで何事もなく、と済むはずがない。
背後から攻撃なんて、この聖杯戦争ではよくあることだろう。
表面上ははっきりしているが、内面の思惑はもっと混濁しているかもしれない。
ここで、何の考えもなしに答えを返すことは愚の骨頂だ。
とはいえ、クレア自身、ここで帝人が選択肢を間違えようとも、護れる自負がある。
-
田中太郎『ひとまずはその純黒のサーヴァントについて、知っている情報をまとめて見ませんか』
純黒のサーヴァントが何であろうと、情報さえあれば、対処だって容易である。
クレア自身、経験上から殺し方、終わらせ方なんて幾らでも知っている。
ロマンチスト『そうですね。まずあの場にいた私達が知っていることについて』
ロマンチスト『何処からともなく、螺子を呼び寄せること』
ロマンチスト『そして、木々や宝具をなかったことにする力。まあ、時間が経てば元に戻るだけ、優しいものですね』
加賀岬『この能力の範囲がどれだけ通用するのか。もし、自分の手傷すらもなかったことにするなら』
田中太郎『倒すのは難しいのでは?』
ロマンチスト『不死身で攻撃すらもなかったことにする。これもまた、冗談のようですね』
話をまとめて、改めて感じるのは、純黒のサーヴァントはまるで、不死者である。
身体がバラバラになろうとも、平然と生き返る《怪物》。
もしも、純黒のサーヴァントが本物の不死者であるならば、殺すには骨が折れるであろう。
ロマンチスト『そうなってくると、話は必然とこの考えになる。サーヴァントが殺せないなら、マスターを殺せばいい』
ロマンチスト『あの厄介さを相手取るより、マスターを狙った方が確実に殺せるはずだ』
だが、サーヴァントである以上、穴は存在するはずだ。
そもそも、厄介で倒せない敵とは、真正面からぶつかる必要なんてない。
クレアからするとそんな考えなど蹴飛ばして、その純黒のサーヴァントを殺し切る自信はあるが、楽なやり方があるならそちらを選ぶ方がずっといい。
余計な手間をかけず、サクッと殺せるならそれに越したことはないのだから。
どれだけ厄介であろうと、マスターさえ殺してしまえば、あのサーヴァントも目立った動きは取れないはずだ。
-
加賀岬『それなら、私は有力な情報を持っています』
加賀岬『あのサーヴァントのマスターは名前も容姿も把握しているので、お二方にも伝えておきましょう』
そして、お誂え向きにその情報を持っている奴がいる。
画面上でマスターと見受けられる少女の名前、特徴が並び連ねられていく。
前川みく。それが、あのサーヴァントのマスターであるらしい。
隣にいる帝人は呆然とした顔でキーボードを打っていた指を止めている。
知り合いか、と問いかけると、同じクラスメイトだと小さな声で返ってきた。
どうやら、それなりに喋る仲であるらしい。見知った人を平然と殺すには、帝人はまだ狂いきれていない。
もっと鮮烈で、犠牲をねじ伏せてでも進ませる熱意を。
――案外、それはすぐに来るのかもな。
双眸は炯々とした光を放ちながら、視線の行方は判然としない。
いつしか。それとも、このままか。
確証こそ無いが、クレアは更なる淘汰がやってくることを肌で感じた。
■
わかっていたはずだった。
スタンという少年は気づかざるを得なかった。日常の内側にあるものが偽りばかりだということを。
前川みくはクラスメイトだった。一見して何の異質さもない少女。アイドルを目指し、夢を追う一般人。誰が見たって彼女は普通であった。
それが、たった数秒で塗り変わっていった。此処は、非日常の世界だ。異質なる世界で、戦争をしているのだと改めて気づかされる。
この世界にはタイムリミットがある。戦わなければ生き残れない理由もある。
どれだけ抗おうとも、殺し合うに足るもの。願いという根源がある限り、自分達は殺し合うしかない。
八神はやても。前川みくも。そして、自分も。
-
「……終わったよ、チャット」
「知ってる。途中から見てたからわかるっての」
譲れないのは誰だって一緒だ。奇跡に縋るしかない、もうどうしようもない。
そんな不条理を覆したいと願って此処にいる。聖杯戦争とは、そういうものだ。
願いがあるからこそ、戦えるんだ。マスターも、サーヴァントも。
戦う理由が其処に待っているから。
「平気だよ。知り合いが敵でも、大丈夫。そうでなくちゃ、な」
スタンは声のトーンを変えず、静かな口調のまま答える。
雨音のように平坦な声が出たことに自分でも驚いた。
眼球が小刻みに揺れて、顔もそれにつられて微動する。少し、心の中にある澱みが表に出たような気がした。
たった一人。その幸せを願うことで、他の総てを犠牲にすると決めた。その中には、自分自身も含まれている。
「悪い、みっともないとこを見せちまったな、忘れてくれ。
心配しなくてもわかってるさ、もう後戻りはできないってことも」
パソコンの画面上では前川みくを殺す手筈、その意を示した文面が書き連ねられていた。
無力な女子高校生。剣を振り下ろせば、安々と殺せるであろう女の子。
けれど、そんな女の子であっても、蹴落とすべき敵なのだ。
彼女を護ろうという書き込みなど当然あるはずもない。
彼女を助けることに何の利益が生まれる?
この閉塞された世界――タイムリミットも設けられているのに、見逃すなんて選択肢はありえない。
「マスターの素性が割れた。いいことじゃないかよ、なぁ。
明確な弱点を狙わないなんて、ありえないだろ? 瑞鶴も、そうだって言ってくれよ」
聖杯を取ると決めた以上、他の参加者は殺さなくてはならない。
一時的な協力も難しいであろうサーヴァントのマスター。
取れる手段など、限られていた。早期に殺して、勢いをつける。
-
――あの時交わした言葉を、思い出す。
風邪を引いたと嘘をついた自分を心配してくれた彼女。
あの時かけてくれた言葉は、まだ自分の中に残っている。
彼女の態度は全部、嘘だった。朝のやり取りは、聖杯戦争を勝ち抜く為の狡猾な内面を隠しただけ。
そんなこと、思えるはずがないだろう。
例え、学園生活での前川みくが嘘であったとしても。
彼女の笑みは、彼女の前向きな意志は、彼女の声は――――本物だったはずだ!
『スタンっ』
やめろ、と漏れた声は恐怖で彩られている。
彼女は似ている。前川みくは、アリーザと似ている。
ひたむきにまっすぐと夢へと邁進する所も、楽しそうにクラスメイトと話す声も。
全部、全部、救いたい少女を想起させる。
そんな彼女を、自分は殺さなくてはならない。
殺して、救うのだ。この過酷な淘汰を乗り越えて、必ず君を笑顔にする。
だから、笑って欲しい。振り向きもせず、こんな情けない自分のことなんて忘れてしまってくれ。
「…………大切なものが、たった一つあれば、それでいいんだ。いいはずなんだ。
だから、俺はこれでいい。いや、これしかないんだ」
彼はやり直す。色々なものを、積み上げてきた絆ごとやり直してみせる。
やり直して、新たな未来が不幸である可能性よりも、それ以上に幸福な未来があると信じて。
自分勝手に。ただ少女に謝る為に、あるいは言い訳をする為に。
アリーザを救うのだ、スタンは。
「アリーザを救う。それだけは、間違いなんかじゃない」
けれど。そう、けれどだ。
どう考えても、どれだけ君の笑顔を想っても、『君』が心から笑ってくれないのは、どうしてだろう。
想像の中でさえ、大切な少女は悲しそうに目を逸らすだけだった。
-
【B-8/竜ヶ峰帝人のアパート/二日目 深夜】
【竜ヶ峰帝人@デュラララ!!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]割と貧困
[思考・状況]
基本行動方針:不透明。聖杯は欲しいが、人を殺す覚悟はない。
1.――――。
[備考]
※とあるサイトのチャットルームで北条加蓮と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
※他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
※チャットのHNは『田中太郎』。
※冬木市で起きた事件のおおよそを知っています。
※部屋には銃火器、手榴弾があります。
【アサシン(クレア・スタンフィールド)@バッカーノ!】
[状態]健康
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は俺が奪う。
1.とりあえず、マスターは護る。
2.他参加者、サーヴァントは殺せる隙があるなら、遠慮なく殺す。利用できるものは利用し尽くしてから始末する。
2.純黒のサーヴァントはどうでもいいが、殺せるなら殺す。前川みくは殺せそうなら、さくっと殺す。
[備考]
【B-5/アパート・スタンの部屋/二日目 深夜】
【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]竹刀
[道具]教材一式
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.知り合った人達が敵であっても、戦わなくちゃいけない。
[備考]
装備の剣はアパートに置いてきています。
【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1. 球磨川は敵に回したくない。かといって、放置していても困る。前川みくは余裕があれば殺す。
[備考]
※はやて主従、みく主従、超、クレア、ゾル、加蓮を把握。
チャットのHNは『加賀岬』。
【B-6/神楽坂明日菜の家/二日目・深夜】
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]健康
[装備]改良強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]時空跳躍弾(数発)
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える。
1. 純黒のサーヴァント(球磨川禊)を何とかして排除する。前川みくを殺すことで退場させたい。
2.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
3.それまでは防衛が中心になるが、出来ることは何でもしておく
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
強化服を改良して電撃を飛び道具として飛ばす機能とシールドを張って敵の攻撃を受け止める機能を追加しました
B-6/神楽坂明日菜の家の真下の地下水道の広場に工房を構えています
工房にT-ANK-α3改が数体待機しています
チャットのHNは『ロマンチスト』。
-
投下終了です。明日菜の出番は書いてみたらなかったので、予約からは外しました。
-
投下乙です
帝人の混沌がじわじわと滲みだしていく
クレアの言葉もあって、この聖杯戦争での彼なりの馬鹿騒ぎはいよいよこれからか
瑞鶴のスタンへの丁寧な心情描写もいいな スタンの苦悩がわかるだけに
そして発動するみくにゃん包囲網
過負荷の果敢にしておぞましい立ち回りがいずれ招くこととは思ってたけど、さあどうなる
-
みくにゃちゃん、クマー、鳴海、ちゃんみおを予約します。
-
投下します。
-
夏の夜は蒸し暑い。空気が全体的に、じんわりとした湿り気を帯びている。
加藤鳴海はひとまず、腰を落ち着けそうなビルの屋上に二人を降ろし、ルーザーが帰ってくるのを待つことにした。
それにしても、今夜の熱は夏という一文字がよく主張している。
サーヴァントであるこの身は、本来の肉体ではないが、暑いものは暑い。
小さくため息をつき、なかなか乾いてくれない汗を、服の袖で拭う。
「あー、その、アンタ、名前は」
「……前川みくです。あなたは、あっ、サーヴァントの真名は安易に教えられないんでしたね」
「お、おう。すまねぇな、前川。本来なら教えてやりてえ所なんだが」
二人の口調はたどたどしく、漏れ出す声も音量が小さい。
全ての感情が凪いでいるように。だがその内側に、様々な感情が溶け合っている。
両者共に、相手へとどう接していいかわからないのだ。
鳴海の気性からみくへと危害を加えるつもりはさらさらなかったが、それでも二人は敵であった。
今もまだ、二人は味方ではない。敵同士である。
加藤鳴海が信念を曲げて、本田未央を裏切らない限り、二人の手が本当の意味で繋がることはない。
(……親友なんだよな。二人は、マスターと前川は同じ世界から来た、親友で。
生き残れるのは一人だけ。どうにか二人一緒に帰してやりてぇけど、俺の椅子を明け渡すなんて裏技、通用しねぇよなぁ)
彼女達は親友だった。そして、これからも親友であれるはずだ。
聖杯戦争という概念さえなければ、何も問題なんてなかった。
『――生き残るの一組だけ。困っちゃうよね〜』
「……お前か」
『やあ。無事にうちのマスターちゃん共々運んでくれてありがとう。感謝のあまり、僕愛用の螺子をプレゼント』
「いらねぇよ。それよりもあの娘は……」
『当然、始末をつけてきたよ。もう見えない刺客に悩まされることはないはずさ』
敵であっても、殺さなくてはならない。
そんな当たり前のことが、今の鳴海にはとてつもなく重い。
あのサーヴァントは子供だった。加藤鳴海が忌避する子供殺しの対象であった。
どうしようもない。この聖杯戦争は徹底的に自分の信念を折りに来ている。
-
『不服かな? あの娘はどうあっても生き残ってはいけなかった。いるだけで災禍を齎すとびっきりの過負荷さ』
「……っ、それでも」
『救えないよ。君がどれだけ強かろうと、救えないものは救えない。
例え、選択肢を全て正しく掴み取ろうが無理だよ。まあ、気に病むと面倒くさいから言うけど、あの娘が死んだのは断じて君のせいじゃないよ。
ああ、慰めてる訳じゃないからね、勘違いしないで欲しいな。僕は純然たる事実をただ述べているだけなんだから』
こんなはずじゃなかった。そんなことを言うつもりはない。
自分も、このサーヴァントもできる限りは尽くした。最善とは言えずとも、その場で取れる最良は選び取ってきた。
それでも、救えないものは救えない。誰一人失うことのない結末はありえない。
「わかってる。ああ、わかってる」
全部、理解していたはずだ。
この世界は奪うことでしか生きていけないことも。
当人の意志に関わらず、それがルールであり、覆せない運命なのだから。
『まあ、そんな終わってしまった話はどうだっていいんだ。幾ら繰り返そうとも、戯言だ。
生き残った僕らには、まだ戦争を続ける権利がある』
「殺る気か? そのつもりならこっちだって」
『まっさかぁ! いやー、これだから脳みそまで筋肉詰まってるサーヴァントは困っちゃうなあ。
君はこんな有様のマスター達を差し置いて戦うなんてできるかい?』
自分達にはもう、後戻りをする資格なんてない。
されど、ほんの少しの間だけでも安らかなる時を過ごしてもらいたいというぐらい、願ってもいいはずだ。
手を震わせるみくに、未だ目を覚まさない未央。
笑顔はなく、疲弊したその表情は灰色にくすんでいた。
-
『――――それに、僕が、僕達が戦うべき相手は…………』
「はぁ?」
『こっちの事情さ。まあ、君は泥臭く足掻いていたらいい』
結局、ルーザーは戦闘態勢すら取らなかった。
鳴海がどれだけ戦意を高揚させようが、相手にその気がないのでは意味がない。
彼の目は自分の後ろ――その先にある何かを見ているようだ。
『僕から言えるのは、諦めたらそこで試合終了だぜ? タイムリミットまで相互理解をせずに殺し合う思考放棄は諦めさ』
理解ができなかった。
この聖杯戦争には何が隠されているのか。
鳴海の拙い頭で考えるには、どうしようもなさすぎた。
『なーんて、連載誌が違うキャラに言っても無駄か』
けれど。けれど、と鳴海は口ずさむ。
「んなこと……言われずとも、だ。足掻いてやるさ。最後までな」
難しく考える必要なんてなかった。
今まで通り、鳴海は未央を護るだけだ。
その方針が変わることはこれからもない。
「約束しちまったからな、マスターの笑顔を取り戻すって。
だから、死なせる訳にはいかねぇんだ。例え、マスター以外が死んじまうとしても、俺は最後までマスターの味方だ。
その邪魔になるっていうなら、お前でも容赦はしねぇ」
『泣かせる言葉だねぇ。僕が言ったら絶対、気持ち悪っの一言で片付けられるのに』
「ルーザー気持ち悪い」
『おっと、横槍はやめてほしいな。僕の心は硝子のように脆いんだから』
彼女の笑顔を取り戻す。
鳴海はまだ、未央が綺麗に笑う姿を一度も見ていない。
笑いたくないのに、無理矢理に笑って。心配をされたくないのか、笑顔を取り繕って。
自分が見たい笑顔は、そんなものではないというのに。
-
「ただ、てめえには借りがある。うちのマスターを助けてもらった借りを返すまでは襲いやしねぇよ」
『大助かりだね。僕みたいなか弱いサーヴァントからすると、君は天敵だからさ。
まあ、大抵のサーヴァントは天敵みたいなものなんだけど』
認めたくはなかったが、眼前の彼らはその笑顔を取り戻す為に、必要だ。
未央の友人にそのサーヴァント。彼らをここで蹴落とすことはできない。
加えて、借りを返さずに刃を向けるのはどうにも気が引ける。
『それに、未央ちゃんだっけ? その娘が起きるまではうちのみくにゃちゃんが絶対離れそうにないし』
「と、なると」
『そういうことになる。今夜ばかりは行動を共にしないといけないね。いやぁ、カンフー君が美少女だったら僕も大喜びだったのになー』
しかし、この気持ちが悪いサーヴァントとの付き合いを継続するのは正直御免である。
本来ならば、病院、もしくは未央の自宅へと帰る所だが、みくの存在が邪魔をする。
未央程ではないにしても、彼女もまた精神に疲弊を見せ、いつ均衡が崩れてもおかしくはない状態だ。
「…………ままならねぇな」
目に映る景色すら偽りであるこの世界で、均衡などあってないものではないか。
何もかもが不確かで、生き残った先に待っているのは――本当に光指すものであるか。
けれど、一つだけ、確かなこととして胸に刻もう。
これ以上、少女に辛い思いを強いる世界を止める。その過程で幾つもの悲しみが生まれるとしても、未央の表情を曇らせない。
そんな簡単なことでさえ、確約できない自分が嫌になった。
-
【C-9/ビル屋上/二日目・深夜】
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]失血(中)、魔力消費(小)、失神
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]着の身着のままで病院に搬送されたので0
[思考・状況]
基本行動方針:疲れたし、もう笑えない。けれど、アイドルはやめたくない。
1.いつか、心の底から笑えるようになりたい。
2.加藤鳴海に対して僅かながらの信頼。
[備考]
前川みくと同じクラスです。
前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
気絶していたのでアサシン(あやめ)を認識してません。なので『感染』もしていません。
自室が割と酷いことになってます。
C-8に存在する総合病院に担ぎ込まれました。現在は脱走中の身です。
家族が全滅したことをまだ知りません。
【しろがね(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]精神疲労(中)
[装備]拳法着
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:本田未央の笑顔を取り戻す。
1.全てのサーヴァントを打倒する。しかしマスターは決して殺さない。
2.この聖杯戦争の裏側を突き止める。
3.本田未央の傍にいる。
[備考]
ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギのことを初等部の生徒だと思っています。
前川みくをマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)をぎりぎり見てません。
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『とりあえず、休憩するよ』
[装備]『いつもの学生服だよ、新品だからピカピカさ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんに惚れちまったぜ、いやぁ見事にやられちゃったよ』
2.『裸エプロンとか言ってられる状況でも無くなってきたみたいだ。でも僕は自分を曲げないよ!』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
5.『そういえばチャットの約束、すっかり忘れてたよ。でも、別にいっかぁ』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。彼女の消滅により感染は解除されました。
※音無主従、南条主従、未央主従、超、クレア、瑞鶴を把握。
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]魔力消費(中)、決意
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取るのかどうか、分からない。けれど、何も知らないまま動くのはもうやめる。
1.人を殺すからには、ちゃんと相手のことを知らなくちゃいけない。無知のままではいない。
2.音無結弦に会う。未央は生きていたが、それとこれとは話が別。
[備考]
本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。
-
投下終了です。
-
北条加蓮、タイガー、ギー、T-1000を予約。
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投下します。
-
世界はきっと、こんなはずじゃないということばかりなのだろう。
少なくとも自分の辿る人生というものはこんな波乱万丈ではなかったはずだ。
聖杯なんて訳のわからないものを巡る戦いに巻き込まれ、現れたサーヴァントはまるで自分を馬鹿にしているかのように正しすぎるヒーロー。
諦めず前を見て、その果に夢を掴んだ成功者。仲間に恵まれ、最後は大団円を迎えた物語の主人公。
それは、諦めなかった自分の未来を見ているようで。
北条加蓮が逃げ出さなければ見ることのできた光景だ、と言われているようで。
彼と自分が違うのは、諦めたか、諦めていないか。
北条加蓮は選択肢を間違えている。彼がサーヴァントとしてあてがわれたのはその証明である、と。
(私は間違っていない。今の私は正しくて、諦めたのは当然なんだ)
されど、加蓮は悪くない。
悪いのは全て、運命という不確定な要素で満ちたこの世界だった。
そう、思う。否、そう、思わなければならない。
(そうでなきゃ、私は――聖杯に縋ってしまう)
黄金の奇跡を手にすることで、過去にだって戻れる。
選択肢のやり直し、もしくは、またアイドルをやれるように願ってもいい。
けれど、それは自分が間違っていたという証明にも成り得ることである。
(やり直したいなんて、思ったら駄目)
どれだけ心を強く持っても、胸の奥底から溢れ出る願いは収まらない。
北条加蓮にとって、アイドルはキラキラと輝いた夢である。
それは加蓮のちっぽけな心が執着するには十分すぎるものであり、短い人生ではあったが、総てを懸けてもいいとさえ思ったものなのだから。
(だって、その願いを肯定することは――)
口ではどれだけ否定しようが、夢の残骸は加蓮を蝕み続けるだろう。
終ぞ、死ぬ時まで。もしくは、諦めない、と右手を伸ばす時まで。
-
(――タイガーを、切り捨てなきゃいけない)
その選択を取った自分は、本当に笑えているのか。
輝きの向こう側へと、辿り着けているのか。
「……ばっかみたい。そもそも聖杯なんてあるかどうかもわからないのに」
これ以上は考えても仕方がないことだ。
そもそもの話、自分達が勝ちのこれるかどうかすら定かではないというのに。
避難所で過ごす夜は、色々と考えたくもないことを考えさせる。
いつもとは違う部屋で多くの他人と過ごすというのはストレスも溜まっているのだろう。
今もこうして避難所の外に出て夜風にあたって、一人でたそがれることぐらい許して欲しいものだ。
幸いなことにタイガーも空気を読んで霊体化してくれているし、NPCの大人達ももう少し聞き分けがよくなってくれないものか。
「加蓮!」
もっとも、他の人間はそんなことお構いなしにかまってくるけれど。
我が母親ながらこんな深夜近くになるまで来ないとは。
会社を早退していたはずなのに何かあったのか、全く持って苦労人である。
加蓮はため息混じりに振り返り、気だるそうに笑おうと口を釣り上げようとした所で。
「――――――――えっ」
浮かべていた表情が全て抜け落ちた。
口から漏れ出す言葉はまともに綴りを見せず、ひゅうひゅうと息が吐かれるだけである。
あの“母親”は何だ? 何故、“パラメーター”なんてものが見えるのか?
朝に姿を見た時は何の異常もなかったはずだ。どうしてという疑問が頭の中を埋め尽くし、足許がおぼつかない。
そんな動揺が伝わったのか、タイガーは即座に霊体化を解除。
加蓮を抱き寄せ、全速力でその場を離脱した。
-
「おい、マスター! マスター!!!」
「うそ、なんで、どう、して、おか、おかし、おかしい、だって、あれ、あれ」
ガタガタと震えて、見てはいけないものを見てしまった絶望を浮かべて。
加蓮は、ようやくしっかりとした言葉で呟いた。
「なんで、サーヴァントが母さん、なの?」
その意味が、その事実が、何を意味しているのか。
感情論で信じたくないと喚こうが、そこにある事実は変わらない。
北条加蓮の母親は聖杯戦争に巻き込まれていなくなった。
運の悪いことにその対象だっただけ。
「……ッ! とりあえず、今は目をつぶってじっとしてろ!」
虎徹に言える慰めなんてなかった。
これは聖杯戦争だから、の一言で片付けたくはないし、そんな余裕はない。
加蓮達がしているのは戦争だ。無関係な人も多く巻き込んだ無差別の争いなのだ。
「今は、マスターッ! お前を護ることに全力を注ぐ!」
この街に住む全ての人を護るなんてできないとわかっていても、歯痒いものがある。
元の世界とは違い、ヒーローは自分しかいない。
誰彼構わず助けるお人好しが都合よくいない世界で、戦わなくてはならない覚悟。
そんなものは背負いたくなかったが、やるしかない。
鏑木・T・虎徹がヒーローとして戦うことだけが、唯一残された選択肢なのだから。
「追っては来てるだろうが、能力で引き離す!」
素早さで言うと向こうのサーヴァント方が数段上である以上、このままだと追いつかれる。
出し惜しみをするつもりはなかった。NEXT能力の開放と共に、加速が増していく。
そして、夜の街を一心不乱に駆け抜ける。
-
「とりあえず、キャスターに助力でも頼むしかねーな、これは!」
飛んで走って潜って。街中を縦横無尽に駆け、距離を稼ぐべく。
幸いなことに加蓮の母親に擬態したサーヴァントはそこまで追いかける気はなかったのか、もう後ろに姿は見えなかった。
もっとも、それで安心できるはずもなく、タイガーは能力が消えてなお、走ることをやめなかった。
その間、頭の中にはカウントダウンの声が流れてきたが、加蓮もタイガーも聞く余裕などなく、ただただ逃げ続けた。
そうして、数分が経過して。
「夜分遅くにそんな形相で訪ねてくるなんて、何かあったんだね」
キャスターのマスターであるはやての家近くで一呼吸を置いている時。
霊体化を解いたギーが音もなくタイガーの横についた。
索敵でもしていたのか、外にいるとは思わなかった加蓮達は小さく驚きの声をあげた。
「詳しい話は後だ、とりあえずマスターをアンタの陣地に避難させちゃあくれねぇか。
俺にできることだったら礼もしっかりとする。だから――」
「……わかった。僕も貴方に会いに行こうと思っていたからちょうどいい。
まさか、そちらの方から来るとは思っていなかったけれどね」
数秒も経たぬ内に二人は行動に移して、移動を再開した。
歴戦のサーヴァントである以上、彼らの行動に澱みはなく、加蓮が落ち着きを取り戻した時には、既にはやての家の中へと到着していた。
(私は、何をあんなに取り乱していたんだろう。あの母親は偽物で、悲しむ必要なんてなかったのに)
そうして、思い返す。先程の出来事をゆっくりと消化するように。
北条加蓮は外面こそキツイが、内面は優しい少女だ。
他人のことを思いやり、向けられた信頼にしっかりと応えられる、そんな少女であった。
もしも聖杯戦争なんてものに参加しなければ、喪ってしまった信頼も取り戻していたのかもしれない。
けれど、それはあくまで例えばという話であり、加蓮が置かれている状況はそんな過去の話をしている程、余裕はなかった。
(別に、どうだっていい。死んだって構わない、偽物だもの。元の世界に帰ったら、私のことを待っているはずだ)
母親が、死んだ。否、母親役だった他人である。
本当の母親はこんな世界にいなくて、今も元の世界で自分がいなくなったことを心配していて。
だから、彼女の死に対して、何の責任も悲しみも抱かなくてもいい。
此処にいる全ての人間は自分とは関わりもない、赤の他人だ。
赤の他人が不幸な事に聖杯戦争に巻き込まれて死んだ。それで、話は終わりだ。
-
(だから、考えるな)
しかし、それでいいのだろうか。
これもまた、例えばの話だ。
もしも、あの母親が本物だとしたら、自分はどうする。
その可能性がないと、確実に言えるのか。誰がマスターかもわからない聖杯戦争で、絶対なんて言葉はない。
その僅かな確率が当たったとしたら、自分は、泣いて、喚いて、苦しんで、後悔するのではないか。
(可能性を信じるな)
あの母親が本物だったかなんて、今となっては永遠にわからない。
元の世界に帰るまで、自分はずっと真実を知らぬまま戦わなくてはならない。
“やり直しの理由を探そう”なんて、考えるな。
――――だからこそ、少女は奇跡へと縋るだろう。
弱く、痛みに耐えきれないモノ故に。
-
■
無理に追う必要はない。ある程度の追跡こそしたが、本気にはならなかった。
T-1000はキルバーンの時と同じく、深入りすることはしない。
彼はあくまでアサシンであり、得意とする分野は暗殺である。
真正面から戦うこともできなくはないが、本分は違う。
あのまま追いかけて戦ったとしても、相手のサーヴァントの力量がわからない以上、返り討ちにあっていた可能性だってある。
幸い、未知のサーヴァントは逃げの一手を打ってくれたことによって、手傷は全く負わなくて済んだ。
だから、彼はあくまでマスターを狙うことに終始集中する。
まさか、化けた母親の娘がマスターであった偶然が舞い込んでくるとは流石に思わなかったけれど。
「今後は計画を修正する必要がある」
今回は突然のケースであったが、今後はこのような事態を想定して動かなければならない。
ひとまず、マスターである少女の顔は覚えた。この母親の娘ということで名前も把握している。
仲村ゆりと違い、この少女はマスターであると確定した以上、やれることは色々とある。
元来、自分はこのように手段を選ばずに標的を殺すモノであろう。
表情一つ変えず、T-1000は北条加蓮を殺す手段を構築し、それを実行に移せるか思考を張り巡らせる。
他の敵対する主従に情報を流すなり、撹乱の意味も込めて、極悪非道というレッテルを貼るなど、やりようは幾らでもある。
無力な少女一人陥れるなど、人類抹殺と比べたら楽な仕事だ。
【B-4/八神はやての家/二日目 深夜】
【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的動揺極大(本人は落ち着いていると思っています)
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:――やり直したい。
0.悲しむ必要なんてない、誰が死のうが関係ないはずだ。
1.自分の願いは人を殺してまで叶えるべきものなのか。
2.タイガー、ギーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.聖杯を取れば、夢も、喪った人も、全部がやり直せるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
ギーの現象数式によって身体は健康体そのものになりました。
八神はやての主従と連絡先を交換しました。
【ヒーロー(鏑木・T・虎徹)@劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-】
[状態]NEXT能力使用済み(再発動可能まで残り1時間)
[装備]私服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの安全が第一。
1.加蓮を護る。 その為にもギーに協力を要請する。
2.何とか信頼を勝ち取りたいが……。
3.八神はやてとキャスターの陣営とは上手く付き合っていきたい。
[備考]
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.ワイルドタイガーによる人海戦術を頼りたい。避難場所へと向かう。
2.脱出が不可能な場合は聖杯を目指すことも考える(今は保留の状態)。
3.例え、敵になるとしても――数式医としての本分は全うする。
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、黒髪の少女(瑞鶴)、ワイルドタイガー(虎徹)を確認しました。
ヴェールヌイ、瑞鶴を解析の現象数式で見通しました。どの程度の情報を取得したかは後続の書き手に任せます。
北条加蓮の主従と連絡先を交換しました。
自身の記憶に何らかの違和感を感じとりました。
新都で"何か"が起こったことを知りました。
【C-3/二日目 深夜】
【アサシン(T-1000)@ターミネーター2】
[状態]正常、『北条加蓮の母親』の姿に擬態
[装備]警棒、拳銃
[道具]『仲村ゆり』の写真
[思考・状況]
基本行動方針:スカイネットを護るため、聖杯を獲得し人類を抹殺する。
1.多種多様な姿を取って、情報を得る。
2.マスターらしき人物を見つけたら様子見、確定次第暗殺を試みる。ただし、未知数のサーヴァントが傍にいる場合は慎重に行動する。
3.「仲村ゆり」を見かけたらマスターかどうか見極める。 北条加蓮はあらゆる手段を使って殺す。
[備考]
キリヤ・ケイジの私物に液体金属の一部を忍ばせてあるので、どこにいるかは大体把握しています。
-
投下終了です。
本田未央&しろがね(加藤鳴海)、前川みく&ルーザー(球磨川禊)
竜ヶ峰帝人&アサシン(クレア・スタンフィールド)、スタン&アーチャー(瑞鶴)
神楽坂明日菜&キャスター(超鈴音)、御坂妹&レプリカ(エレクトロゾルダート)
八神はやて、キャスター(ギー)、北条加蓮、ヒーロー(鏑木・T・虎徹)
千鳥チコ&アーチャー(今川ヨシモト)、サーシェス&アサシン(キルバーン)&アサシン(ピロロ)
ボッシュ=1/64&バーサーカー(ブレードトゥース)
を予約します。
-
投下します。
-
「今日は昨日のように索敵へと人員を裂きません、と、ミサカは宣言します」
二日目の朝を迎えて、ゾルダート達へ告げた言葉は弱気なものであった。
一日目を終えて、街へと散開したゾルダートの一部は戻ってこなかった。
大方、戦闘に巻き込まれ、そのまま果ててしまったのだろう。
彼らの強さはサーヴァントとして見ると最弱である。
スリーマンセルであろうとも、関係ない。数という武器はある程度の強さがないと、通用しない。
否、数を揃えても勝てない相手というのは必ず存在する。
【一方通行】という実例を見て、知って、戦って、十分に知っていたはずなのに。
聖杯戦争を甘く見ていた、と言わざるをえない。一度の敗戦を経て、学習したと驕ったか。
どれだけ研究しようが、油断をなくそうが、勝てないものは勝てない。
昨日の戦果を考え、ミサカは考えを慎重にせざるを得ないと悟った。
「守りを固めましょう、とミサカは方針を決定づけます」
「お待ち下さい、ミサカ。我々のことなど取るに足らない駒と考えてもよいのです。
勝利の為に、聖杯を。栄光を掴む踏み台と思っていただいて結構。
足りない人員は足せばよろしいのです」
「だから昨日と同じ方針を取るべきであると言いたいんですね、と、ミサカは問いかけます」
無言で首肯するゾルダート達に対して、ミサカは乏しい表情を珍しく歪め、言葉を紡ぐ。
「却下です、これ以上貴方達を失うことになるのは非効率であり、ミサカとしても不本意です、とミサカは断言します」
「…………それが命令とあらば、従いましょう。しかし、それでは勝利への一歩が遠くなるのでは?」
「狙うのは勝利ではなく生存です、人員を使うべき時が来たら――しっかり動きます、とミサカは思考しています」
今の言葉には嘘がある。
この決断に私情が入ってないとは断言できない。
彼らが何の価値もなく消えていくのを見たくないというミサカの思いが含まれていないとは、言えない。
戦略的にも彼らを使い捨ての駒のように扱えば、もっと有用な策が取れる。
しかし、ミサカにはそうすることができなかった。
彼らを駒のように扱っては、かつて自分達を扱っていた研究者達と同じになる。
それこそ、自分を救ってくれた幻想殺しの少年に顔向けができなくなる。
-
――救う理由は人の猿真似で恥ずかしくないのか。
ほんの少し前。幻想殺しの少年が実験に介入する前は、自我があるかどうかすら怪しかったというのに。
仄かに生まれたこの思いはただの模倣だ。
ヒーローのように救い出してくれた彼のようになりたい、自分の為に涙を流してくれた姉のようになりたい。
憧れから原点の紛い物。まるで、これでは人間になろうとしているロボットではないか。
顔にはくすんだ笑みが自然と浮かび、どうしようもないなと自嘲する。
やはり、違う。どうあっても、生まれというものは変えられないし、変わらない。
何をしようが、自分が御坂美琴のクローンである事実は浮き彫りになったままだ。
幻想殺しの少年が一人の人間として扱ってくれようとも、他はそうだとは限らない。
クローンという模造品。そして、たった一つのオリジナル。
ミサカと彼らとの間には、明確な隔たりを感じていた。
そんな錯覚さえ生まれる程に考える。
されど。されど、だ。
例え、模倣であったとしても、貫けばいつかは本物になるはずだ。
あの時伸ばしてくれた手の暖かさは未だ、この掌に残っている。
自分もそんな風に誰かへと伸ばせたら。
彼や姉のように、胸を張って歩いていきたいから。
粗末にしていい生命なんてない。
種ではなく、個として。
彼らではなく、貴方として。
エレクトロ・ゾルダートを、見たい。
彼らがいつか、自分という存在を大切にしてくれるまで、きっと。
自分の戦いは続くのだろう。
-
■
できることならば、この世界全てから目を背け続けたかった。
これは、本田未央の偽りなき本心である。
どうして、自分達は戦わなくてはいけないのだろう。
湧き出た疑問はいつだって途切れることなく、自分へと降り掛かった。
常に命を狙われ続ける危険性、じわじわと滲み出す悪意の塊。
ここは、地獄だ。気を抜けば、一瞬で正気を失う戦場だ。
それでも、自分を無くしていないのはきっと――。
ぼんやりとした意識が現実へと浮上する最中、本田未央の頭に浮かんだのは自分を守ってくれるしろがねの姿だった。
いつか、心の底から笑って欲しい、と交わした約束。
あの時見せた彼の笑顔。そして、絶望に浸りきっていた自分の顔。
その光景がいつか変わりますように、と。
「…………ふぁ」
そうして、眠気が完全に弾け飛び、浮かんだ鳴海の笑顔も消えた。
未央はゆっくりと起き上がり、周りをぼやけた頭で見回して、正気に戻るまで数秒。
此処が見知らぬ部屋だと気づき、あれぇと驚きの声を漏らして、更に数秒。
「ようやく目を覚ましたね、未央チャン」
ふと、視線を声の方に向けると、呆れた顔をした前川みくがじっとりした目で此方を見ているではないか。
どうして彼女がここにいるのだろう、ときょとんとした目で見つめ返す。
「ここ、みくの部屋。ほら、猫チャンコレクションあるでしょ?」
「いや、そんなこと知らないけど。というか、みくにゃんの部屋に入ったことないし」
「うにゃっ、みくが猫好きだって知ってるでしょ!」
「やっぱりキャラ作りじゃないんだ、みくにゃん……魚嫌いなのに」
死線を潜り抜けた後にしては、いやに素っ頓狂な会話だった。
もっとも、殺伐とした話をするには二人の険がなさ過ぎるし、そんなものはサーヴァントに任せておけばいい。
それよりも、未央は自分の体の何とも言えない不調が気にかかる。
昨日の午後からほとんど寝てばっかりだというのに、身体に纏わりつく倦怠感はやけに重い。
-
「もう、今はそういうことはいいのっ。それよりも、身体は平気?」
「身体……? ああ、うん。絶好調っていう訳ではないし、疲れてる、かな。
今からライブをぶっ通しでやれって言われたらちょっちキツイ」
「今はそれどころじゃないでしょ。だって、みく達は今……」
「聖杯戦争、してるんだもんね」
「未央チャン……みくも聖杯戦争の参加者だってこと、知ってたの?」
「んー、知ってるというよりも、ほとんど推測みたいなものだけどね。
午後のあの一件と昨晩の病院の一件、それと今の状況を考えると、ね。たぶん、私を助けてくれたんでしょ?」
それでも、命があるだけ自分は運がいいのだろう。
今、自分がこうして生きていられるのはみく達のおかげであろう。
となれば、気絶前に見たおぞげのするサーヴァントも助けてくれたのか。
それなら、お礼を言いたい所だが、病み上がりの今、彼を見てしまうとまた気絶してしまうかもしれない。
されども、命の恩人に対してお礼を言わないのは不義理ではないのか。
「いいよ、別に。ひとまず、未央チャンが死なないでいてくれた。
みくはそれだけで満足。その、なんていうか、友達が……仲間がいなくなるのは、嫌だし」
そんな未央の葛藤を知ってか知らずか、みくは笑って流してくれた。
躊躇なく、仲間と言ってくれた彼女の優しさを考えると、こみ上げてくるものがある。
自分達は生命を奪い合う敵同士だ。聖杯戦争から抜け出せるのはたった一人。
二人が一緒に生き残れる未来は、現状存在しないのだから。
「……そっか。まだ、私のことを仲間って呼んでくれるんだ」
「当たり前にゃ! 未央チャン達は先にデビューしちゃったけど、みくだっていつかは……!
絶対、絶対並び立つんだからね!」
その言葉に含まれた『いつか』はもう来ないかもしれない。
そして、自分はその『いつか』を放り投げて逃げた者だ。
みくが未央に対して糾弾しないということは、どうやら、プロデューサーは元の世界では自分のやらかしを上手くごまかしているらしい。
いつでも戻ってこれるように。いつでもやり直せるように。
彼は自分が家に引きこもってからも、毎日家の前まで来る優しい人だ。
全幅の信頼を寄せてもいいぐらい、良い人なのだ。
-
「…………うん、そうだね」
言えなかった。
自分はそんな優しい人に背を向けて逃げ出した、と。
アイドルなんて辞めると言い放ったろくでなしだ、と。
それでいて、アイドルをまだ続けたいと未練を残すどうしようもない奴なんだ、と。
「みくにゃんは強いね」
「そんなことないよ? みくだってボコボコにへこたれてる時だってあるし」
「ううん、強いよ。かっこよくて、輝いてて」
彼女の表情は前を向いていて。百点満点の笑顔が作れていて。
アイドルにふさわしいのは自分ではなく、彼女の方なんだと嫌でも思わされる。
――どうして、自分はこんなにも不格好なんだろう。
声に出ない鬱屈は胸の中に沈んでいった。
誰かと比べれば比べる程、自分という存在が如何に小さいか思い知らされていく。
逃げ道なんて、どこにもない。見せる笑顔に輝きはなく。
みくの笑顔に合わせるように、未央も嗤った。
■
「よう。俺が寝ている間にドンパチでもしてきたか? ったく、起き抜けの気怠さがいつもより重いじゃねぇか」
最悪な朝の目覚めだ。アリー・アル・サーシェスは顔を顰めながら、相対するピロロに対して悪態をついた。
どうやら、彼らはサーシェスが寝ている間に激闘を繰り広げていたらしい。
魔力の消費も相当だったようで、ぐっすり熟睡したと言うのにあまり回復はしていない。
前座の戦いで培っていた魔力の貯金も底をつき、戦うには少しばかり心もとない。
これは一体どういうことだ、とサーシェスは黙りこくったピロロに問いかけた。
-
「別に、俺は戦いをするなとはいってるんじゃねぇ。戦う機会をむざむざ逃すなんざバカのやることだ、殺せるって判断したなら大いに結構だ。
ただ、そんな楽しいパーティをやっておいて、俺を除け者にするたぁ、いいご身分だよなあ?
魔力だけ取っておいて、お楽しみは独り占めって、そりゃあちょっと虫が良すぎるとは思わねぇか――なァ、ピロロ?」
サーシェスもピロロ達が暗躍していることに対して、何も口に出さない程放任ではない。
しっかりとしたリターンが返ってくるならともかく、今の彼らは自分にとってリスクしか寄越してこない。
情報こそ集めてきているからいいものを、このままだと何も知らぬ内に蚊帳の外へと押し出されてしまう。
こんなにも大規模な戦争だというのに、自分は楽しめないなどサーシェスからすると到底認められなかった。
「まぁ、過ぎたことをいつまでもグチグチ言っててもどうにもならねぇ。
今回ははしゃぎすぎたってことで済ますが、次はねぇぞ」
「それはありがたいね。ボクも君みたいな色々とわかってくれるマスターを失うのは惜しいからさ」
「はっ、口がうまいこって。とりあえず、今日は俺のやり方に従ってもらうぜ。
こちとら、ずっとお預けを食らってていい加減はち切れそうでな。まさか、嫌とは言わねぇよなあ?」
もう限界だった。この平和ボケした街で雑踏に混ざって過ごすのも、人のいいビジネスマンを演じるのも。
目に映る人間の殆どが戦火を知らず、安寧と日々を浪費している。
嗚呼、それはもったいない。
こんなにも楽しい戦争が日常の裏側で繰り広げられているというのに、それを知らずにいるなんて。
「勿論さ。今日はマスターの一存に従うよ」
戦争を知らない新人がひしめき合うこの街を、自分が変えていく。
小さな子供が痛みに泣き、若い女が苦痛に犯され、男が激情に浸る。
そんな世界をこの偽りの冬木に打ち出すことの快楽を考えただけでも、笑いが止まらなかった。
「おうよ。それじゃあ、早速準備を始めるとしますか」
口を釣り上げ高笑いを上げろ。トリガーを引き、死体を作り出せ。
誰一人。誰一人として、逃してなるものか。
-
「それじゃあ、戦争屋のお手並み、見せてもらうよ。
マスターが用意している間、ボクも魔力を調達しておかないとね。
いざという時にガス切れはお互い不本意だし」
この言葉の裏に隠されているピロロの思惑など当然知る由もなく、サーシェスは機嫌良く鼻を鳴らす。
サーシェスが寝ている間、ピロロが街を駆けずり回って魔力を集めたこと。
そして、自分の治癒、魔力の回復を投げ打ってキルバーンの形成に力を注いだこと。
どれも意図的に隠された失態だが、サーシェス自身、追求することはないだろう。
大切なのは、これから戦争をするという事実のみ。
その意にそぐわなければ、令呪を以ってキルバーン達を切り捨てるだけだ。
「――ひひっ、やってやろうじゃねぇか」
どんなことをしてでも、戦争の場を作り出す。
粘ついた笑みが眼下の世界に狙いを定めた。
■
「さぁてと、どうしたものか」
千鳥チコ達の初日は可もなく不可もなく終わった。
ヨシモトは敵と小競り合いこそしたが、討ち取るには至らず。
かといって、此方の手傷は皆無。今すぐにでも戦える状態である。
複数のサーヴァントの情報を得れただけ、マシであろう。
「どいつもこいつも受けを選んで逃げること重視。奇跡を運ぶ戦争の割には消極的なことで」
深山町を一日回ってはみたものの、各主従生き残ることを重視して、攻めの姿勢を見せちゃいない。
此方がわざわざ正面から出向いてきているのに、興醒めである。
戦争も将棋も一人では何もできない。相手がいなくては始まらないのだ。
「そうは思わないかい? アーチャー」
「…………むむむ」
「はぁ、いつまで盤面を見ているのさ。帰ってから十局、そして朝にも五局。
アンタの気が済むまで打ってやったじゃないか」
「何故、何故ですの。何度やっても、この私が勝てないなんて!」
「だから、言っただろ。私は女の中で一番強いんだ。
サーヴァントだからといって、簡単に追い抜かれてたまるかよ」
ケラケラと楽しそうに笑うチコを尻目にヨシモトは眉をひそめ、本日数度目の溜息をついた。
これでいて、二人の関係はすこぶる良好であり、戦闘の息もあっている。
改めて感じるのは、チコ自身の強運が成したサーヴァントの引き運はとびっきりに良い。
さしたる不仲はなく、勝負事に関してもお互い冴え渡る判断を下せる。
自分で言うのも何だが、いい主従だとチコは感じている。
-
「不貞腐れてないで、さっさと行くよ。今日もガンガン攻めるんだから」
「方針は変えないんですのね」
「そりゃそうさ。言ったろ? 時間が限られてるって。一週間なんて短いもんだ、こそこそ隠れていたらあっという間に過ぎてしまうよ」
「全く、困ったマスターですこと。ですが、その考え、改めて是とさせていただきますわ。
昨日は遭遇しなかったものの、今日は私達と同じ考えの主従も打って出るかもしれませんね」
「そうなったら、やることは一つさ。正面から叩き潰してやればいい。
まあ、アンタ一人で勝てなさそうな相手だったら徒党を組んでボッコボコだね」
しかし、そんな自分達でも太刀打ちできない主従がこの戦争に紛れ込んでいるかもしれない。
勝負事というものは、約束された展開をなぞらない。
不確定要素――イレギュラーは常に転がっている。
例えばそれは、枠組みを外れた快楽主義の狂戦士であったり。
特に、感情の赴くままに動く人間などは予測がつかない。
そういった手合は死ぬ前に腐る程見てきたし、そもそも自分もそっち側の人間だ。
「あら、同盟なんてクソ食らえって方針と思っていましたが、違うんですのね」
「そりゃあ、状況による。私も此処に来る前はクソッタレな奴等と一緒につるんでいたからさ。
一人でやり合うにはちょいと手強いって感じでね。
アンタも一人で戦うには骨が折れそうだって判断したら、普通に協力して事にあたりなよ?
今の内に倒しておきたい敵だったりさ。そういうのは徒党を組んでボッコボコよ。バカ正直にサシでやらなくてもいいんだ」
「かしこまりました。その言葉、しかとこの胸に収めておきましょう」」
自分の目的はそのまま果てることだ。
やり直しなんてどうだっていい。最後に見た奇跡が――――別の結末へと塗り変わる。
そんなことは絶対にさせないし、許さない。
千鳥チコの終わりはあれでいい。誰に何を言われようと、あの結末がいいのだ。
だから。そう、だから。
「今日はアタシのことなんざほったらかしでいいから、新都を動き回ってきな。アタシを伴うとどうしても動きが遅くなるからね」
「ですが、マスターの危機の場合」
「その時はその時。令呪を使うなりするよ。何かあったらどうにか切り抜けるぐらい訳ないさね」
過去も未来も自分は今のままにする。
最後に愛しい人に抱きしめられたあの温もりを、台無しにされない為にも。
自分はクソッタレな願いを聖杯に込めて、ぶっ放すのだ。
-
■
たった一つ。ただ、大切なものだけがあったらよかった。そう言い切れる程、神楽坂明日菜は強くあれなかった。
失ったもの。最初から決まっていた終わり。最後に伸ばされた手。抱き締められた温もり。全部、そう、全部彼女は覚えている。
願いにかける想いは、きっと他の人達よりも薄いのだろう。何処か諦めていて。それでいて、完全には吹っ切れない中途半端さ。
情けないなぁ、と笑いながらも、明日菜は前に進んでいく。
今日もまた、日常を繰り返す。病める時も健やかなる時も、こうして学校へと向かうだろう。
タイムリミットのある日常という篝火に寄り添うように。それが、逃げであると知っていながらも繰り返す。
これが神楽坂明日菜の辿った終わり。自分の見た未来とは違う、別の世界線の終わり。
神楽坂明日菜はどう転がっても、不幸な結末しか待っていない。
理不尽に、不当に、本人の望む望まないに関わらず、幸せへの道が他者よりも険しい。
それは様々な不幸を見聞きした超鈴音でさえ、哀れみを感じる程であった。
(サーヴァントとして明日菜サンを勝たせてあげたいというよりも、友達として……ネ)
明日菜から話は聞いている。
自分のいた世界と微妙な差異が発生していることも事細かく把握した。
明日菜を蝕む契約について――十四歳までしか生きれない呪いを抱えていることも全部、だ。
(陣地でひたすらに篭もろうと思っていたガ、やはり動かなくてはいけないネ。
座して聖杯を取れる程、甘くはないカ。特に、あの純黒のサーヴァントを早く討ち取らないことには安心できないヨ)
どの世界であっても、神楽坂明日菜は幸せになれない。
何かを抱えたままでしか生きれないのか。
ままならない、と鈴音は吐き捨てた。生まれた世界が違えようが、彼女の行く末は同じだった。
失意に溺れ、孤独を味合わせる運命とやらはよっぽどだ。
-
(数体、T-ANK-α3改を伴って新都方面へと出撃しようか。ひとまず前川みくの所在地に殴り込みでもかける。
こいつらを使って、陣地から炙り出す。そこから出た所をズドンと殺すべきカ?
それとも、建物ごと吹き飛ばして殺すのは――流石に目立ち過ぎネ)
進む道は違えど、自分達は友達だったから。
クラスメイトとして過ごした時間は全部が本当ではなかったけれど。
あの時間には、確かな満足と絆はあったのだ。
(勿論……世界平和、も大事だけどネ。まあ、それと一緒に友達を救えるならば、迷いなんてない)
今もまだ、鈴音の中にはかけがえのない記憶として、麻帆良学園の思い出は大切に蓋をして取って置かれている。
戦いばかりで血生臭い人生であったが、アレは――あの日々は、僅かながらの充実した時を過ごせた。
(どうやら、私は自分で思っていたよりもあのクラスが好きだったらしい。
断ち切ったつもりだったんだがネ……情に絆されたカ? けど、それもいいって思えるなら、間違ってはいないだろう)
そんな日々へと彼女を還す。自分はもうその場にはいないけれど、明日菜はまだ戻れるはずだ。
彼女の死も、契約も、聖杯の奇跡ならば塗り替えられる。
感傷的な願い事だ、とんだロマンチストである。
(その為に、殺す。不特定多数の不幸を背負う覚悟はできている。それが、報いを受ける結末であろうとも、後悔はしない)
救うと決めた以上は、絶対に救ってみせる。
秩序の中にあって救えるのは、秩序に沿ったものだけだ。
自分が救いたい友達、戦火に焼かれた弱き者達、力及ばず散る魔法使い。
それらを救う為には、秩序の外に出なければならない。
-
(その代わり、救うヨ。世界も、友達も)
世界の秩序に従っていて、思いのままに何かを救えると傲慢はもう捨てた。
秩序の外に目を向けるのなら。手を差し伸べるのなら。
その時点で、秩序は鈴音の敵になる。
――上等。
超鈴音が世界を正す。
秩序の上に立ち、自分の悪(せいぎ)を押し通す。
いつだって、どこだって。世界はこんなはずじゃ、ということばかりだ。
その世界を、全て――変えてみせる。
■
二日目の登校もいつもどおりだ。
竜ヶ峰帝人を取り巻く日常に変わりはない。
それは聖杯戦争が日常を侵食する程に行われていないという証拠でもある。
まだ、正式にカウントダウンがされてから一日弱しか経っていない。
どの主従も積極的に動くにはまだ早いと判断したのか。
(とはいえ、動いた主従はある。昨日の校庭への一件も聖杯戦争絡み。
この学校も絶対に安全とはいえない)
そもそもこの冬木市にいて、安全と呼べる場所があるのだろうか。
誰がマスターなのかもわからぬ状況なのだ、ちょっとした刺激で溜まっていた戦意が爆発する可能性だってある。
自分のようにまだ本格的に動けずにいるマスターだっているはずだ。
そんなスタンスを取り続けることに対して、サーヴァントがどう思うか。
-
(前川みくはいないな。サクッと暗殺でもしとこうかと思ったが、残念だな)
幸いなことに、自分のサーヴァントはそういう類のことに関して、あまり気にしない。
クレア・スタンフィールドという男はマイペースにやるべき仕事を淡々とこなす。
諜報であったり、武器の調達であったり、人殺しであったり。
彼はマスターである自分の助けなくして、この聖杯戦争を十全に戦っていた。
(自分が狙われていることを理解して、引きこもっているのか。
それとも、聖杯を取るべく、動き始めたのか。まぁ、どちらであっても、俺に殺されるのは変わらないけどな)
(す、すごい自信ですね……)
(当然だ。殺すと決めた以上、俺の手で完遂しなきゃな)
こう言うと、彼は怒るが、天才――『異常』としかいいようがなかった。
自分のような凡庸さが際立つ人間からすると、クレアは住んでいる世界があまりにも違いすぎた。
(という訳だ、ちょっとさっくり殺してくる)
(え、ええっ)
(何かあったら令呪を使って呼べ。今日は新都を一日周るだろうから、忙しないな)
こうして切り替えも早く、やると決めたことを必ずやる。
やはり、違う。
自分も、あんな風になれたら。
『異常』そのものになれたら。
何もかもを塗り潰せる非日常の中心にいれたら。
それが、日常との決別であることに気づいていながらも、帝人はまだ動けない。
きっかけさえあれば、動ける。動くには始まりの合図が必要だ。
苛烈な日常の終わりを告げる非日常がやってきたら、竜ヶ峰帝人は進むことができるのに。
■
聖杯戦争に放り込まれたストレスは多大であったのだろう。
はやても、加蓮もいつもは起きる時間であったのに、目を覚まさなかった。
もっとも、幸か不幸か。彼女達に血生臭い話を聞かさなくて済む形になって、サーヴァント二人はホッとした。
「さてと、じゃあ要望通り索敵に行くとするわ。新都方面だろ、気になってるのは?」
「ああ、そうだね。昨日、妙な気配を感じ取ってね。できることなら、その詳細が知りたい」
昨晩に遭遇したサーヴァントも危険であったが、ギーが何よりも気がかりだったのが、新都方面で感じた違和感だった。
何かがおかしい。この世界の位相がずれたような、あるはずもない記憶に引っかかるモノ。
「お前の方こそ、注意しとけよ。姿を変えるサーヴァントがいるんだ、俺の姿を使って乗り込んでくるかもしれねぇぞ?」
「その点に関しては安心してほしいかな。僕なら、どんな姿を取ろうとも、見分ける事ができる」
「そいつは頼もしいね。それじゃあ、マスターのこと――頼む」
「ああ。僕にできる範囲でなら」
こうしてタイガーを送り出すことで何か手がかりを掴めるといいけれど。
ギーはいいようのない不安にかられて仕方がなかった。
何かがない、自分を構成する大切なモノが欠けている気がしてならないのだ。
-
『■■■。■■■■■■。■り■■を願■た■■■■。
代償に、■■■に成り果て、■■■の■■■■を継■だ。
そ■て、敗者の痛■と■きを■憶し、■■■は死■■。
最期に、皆の笑■を、明■の幸せを、■■■■■聖■に託■て。
■■■し■する■■で、今度■■幸せ■■■■■■■■■■信じて。
しかし、■■は既に■■■によって■■■■■■■。
■■■■、グリム=グリムが■■■、■■は捻れを■■■■■。
■■■は今■、待■■■■。■■■右手■伸ばす■■を。
■■■、■■■■■■人格■■■■■■願い■■■。
■■■■■■■■■■■誰も■■■』
それはまるで、奪われたかのような。
『■■■■■。助■■れな■った、■■■■。
■■■■■■死■■■■■■■、絶望。
その結果、■■■■暴走。
■■■と■■■■■■■により、聖■戦争■崩壊■■。
■■■を■■■■■■■■■世界の敵■■■■。
生き残り■■■■■■■■■、死亡。■■■、■■、■■■■を残して。
黄■螺■■段の袂で、■■■は世界■呪い■■■、死■■』
それは、まるで過去に経験したかのような。
『■■■■。黒■■■士。■■■の■■■■■■。
■■■■死■■、■■■蘇生■■■■■■■■■。
■■■、生者■■■■死者■■■■■■、■■■■■■敵■■■■■■。
右手■伸ばす■■■諦めた■■■、■■■■■■■■■殺■■。
■■■■■■■、絶望■■■■■■やり直し■■■■■■■■。
■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。
■■■■■■最期■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
■■■■、■■■待■■■■。
■■■■、■■■■■聖杯■■■終■■■■■■■■■■■■■■■』
ギーという存在を構築していた大切なモノ。
その一端を取り戻せるなら、と。
取り越し苦労ならそれでいい。
もしも、自分は忘れてはならぬことを忘れているとしたら。
ギーは必ず思い出さなければならない。
右手を伸ばして、救うことで、誰かの笑顔が見れるなら。
-
■
そうして、舞台は新都へと移る。
道化師は嘲笑いながら、定められた未来を予言する。
また、“誰か”が諦める時が来る、と。
■
-
前川みくはとある百貨店で買い物をしていた。
白の肩出しブラウスにフリルのミニスカートといった女子力満点の服装であり、さすがアイドルの卵といったところか。
いつもなら制服を着て、学校で授業を受けているはず彼女が何故、こんな所で呑気に買い物をしているのか。
時間を遡って数時間前。一通り話をした後、みくと未央は学校を休むことに決めた。
放課後の一件からほぼ半日。自分達には色々なことが起こり過ぎた。
そして、その疲れは無視できないまでに膨らんでいる。
精神的には勿論だが、肉体的にも溜まっているものがある。
みくはともかく、未央は体を動かすのも億劫と感じる程に疲弊していた。
(寝てたらよくなる、って言ってたけど。未央チャンは信用ならないにゃ)
心配いらないよ、と笑う彼女には隠し切れない陰りが見えていた。
無理して取り繕った、彼女が見せる本来の笑みとは程遠いもの。
みくはそんなものが見たくて彼女を助けたのではない。
疲弊し、自分に対して心配かけまいとする彼女の優しさは嬉しい。
けれど、本当に欲しかった言葉は――助けてという簡素なものだった。
仲間だから。デビューを先に越され、嫉妬心がないとは言わないけれど。
それでも、自分達はアイドルに焦がれた仲間だから。
(この戦いが終わったら……一緒にステージに立つ)
必ず、二人で帰るんだ。元の世界で心配しているであろうプロデューサー達に謝って。
そして、また――ステージに立つべく切磋琢磨の努力を重ねて。
いつの日か、輝きの向こう側に。その未来を掴む為にも、こんな所では死ねない。
みくも、未央も、訳もわからぬ戦いで死ぬなんてゴメンだ。
生きて夢を叶えたい、その思いで今を戦っているのだから。
-
(とりあえず、未央チャンの元気が出るものを買わないと。
健康は食から! みくの手料理で元気をつけるっ!)
こうして外に出ているのも、少しでも未央に元気になってもらいたいからだ。
美味しい料理を作って、落ち込みがちな彼女の気が紛れてくれたら。
わざわざ新都の街中にまで出て、奮発した材料を揃えようと意気込んでいるのもこの為である。
料理は腕も大事だが、材料だって重要だ。
みくはそれなりに料理ができるという自負はあるが、やはり良き食材を使った方が美味しいに決まっている。
『張り切っちゃってるねぇ、みくにゃちゃん。そういう時こそ、何か失敗をしちゃうものなんだけどね』
(しないし。ルーザーこそ、下手なちょっかいはかけないでよ。こっそり、タバスコをかけたりとかやめてね!)
唯一の懸念は相方のサーヴァントが余計なことをしないかに尽きる。
球磨川禊という男はこういう時、やられたら嫌なことをしてくる男だ。
今は霊体化をして大人しいが、十分に注意をしておかなければならない。
(今回ばっかりは失敗できないんだから。みくの料理には未央チャンがかかってるにゃ!)
近所のスーパーで済ませなかった以上、絶対に美味しい食材を選んでみせる。
ある意味、これは戦いだ。自分の培ってきたスキルを存分に発揮するクッキング戦争――!
みくの中に充填した気合を解放する時である。
「頑張ろう、うん……頑張る」
そうして、小声で自分を奮起させようと前を向いた瞬間。
視界が、崩れた。次いで、爆音。球磨川も霊体化を解き、みくと自分へと螺子を突き刺した。
一体、何が起こったというのだろう。その疑問を考える暇もなく、彼らは世界から消えて――そして、戻った。
ほんの五分間。それだけで世界は死んでいた。
「何、これ……?」
『サーヴァントの襲撃……ではないね。たぶん、好戦的なマスターがこのデパートに爆弾でも仕掛けたんじゃないかな?』
辺りは瓦礫と火の粉で埋め尽くされ、とてもじゃないが五分前まで人間が普通に生活を営んでいた場所とは考えられない。
幸運なことに、みくがいる階は一階であった為、避難はすぐにできるものの、あまりの惨状に二人は目を細め、顔を顰めた。
-
「ねぇ、ルーザー。みく以外は」
『……上の階にいた人達はもう駄目だろうね。僕の見立てでは全滅、運良く生き残っていても瓦礫に埋まってる。
この階にいた人達はもう逃げたか、それとも転がって死体になっているか』
「ルーザーっ!」
『事実だよ。その敵意を僕に向けられても困るな。それよりも――――』
みくに背を向け、球磨川の両手にはいつのまにかに螺子が握られている。
『――――逃げて。ここから、早く』
「えっ、それって」
『いいから早く。死にたくないんでしょ?』
それは普段の球磨川からは想像もつかない険の入った声だった。
いつも浮かべている気持ち悪い笑みは表情にはなく、渋い、どことなく苦痛をともなったものだ。
彼がこのような表情を浮かべているのは極めて珍しい。
何か不測の事態――彼にとって、不利益になるものがあったというのか。
「そう言うなよ、ゆっくりしていけばいいさ。抵抗をしなければ、すぐに済むことだ」
その原因は、炎の向こうから這い出るように現れた。
瓦礫を蹴り砕き、火の粉を鬱陶しいそうに払い、原因たる男は鮮烈に嗤った。
現れた人間――サーヴァントは一言で称するならば、『赤』だった。
炎が乗り移ったかのような赤の髪、傲岸不遜なまでに強気な顔のつくりは力量の表れなのか。
『やあ、昨日ぶり。こんな所で会うなんて奇遇だね』
「そうだな。もっとも、こんな派手な合図を出したんだ。
誘われたからには、馬鹿騒ぎには乗らないとな」
『そうそう、僕としては親交を深めたいんだけどなぁ。
こんな物騒な場所で話さずとも、近くに行きつけの喫茶店があるんだ。そこで、話さないかい?
パーティなんて抜け出して、ぬるい友情を深めようよ!』
「約定を違えたお前が言えたことではないな。
おっと、俺は全く気にしてないんだが、他の奴等が大層に文句を言ってるんだ。そこを誤解しないでほしいね」
『いやあ、君達には申し訳ないことをしたよ。そのお詫びも兼ねてさ』
「――それとこれとは別の話さ。美味しそうな料理が眼前にあるのに、狙わない理由はないだろう?」
『だから、爆弾でも仕掛けて僕達を追い詰めたって話かい? さっきはすっとぼけていたけど、これは君の仕業だろう』
「いいや、これは俺じゃあないさ、何なら賭けてもいい。炎が舞う舞台っていうのも、中々にかっこいいが、生憎と俺はテロリストじゃない。
無論、爆弾の扱いなんて俺からすると愛する人へ囁く言葉ぐらいにはできるがな」
掌に収まった拳銃をくるりと回し、赤の男はふてぶてしく笑った。
自分達への絶対的な害意、それを成し遂げられるだけの実力があると言わんばかりの自信。眼前の男から醸し出される余裕は、みくからでもわかる。
それでも、彼からはルーザーのように訳のわからぬ気持ち悪さはない。
今までも、球磨川禊は何だかんだ言いながらも陥った窮地を踏み越えてきた。
勝てないと感じる敵も撃退してきたのだから。
-
「ルーザーっ、あんな奴やっちゃうにゃ!」
今回もきっと。口にこそ出さないが、球磨川への信頼はそこそこの値まであるのだ。
人を嘲笑うような口ぶりも、今でこそ慣れたが相対しているだけで気絶しそうになる気持ち悪さも。
それらを含めて、みくは彼という存在を認めていた。
『そうだね。その信頼に応えたいのは山々だけど』
しかし、彼の口から吐き出されたのは根拠のない自信ではなく。
みくにさえ聞こえない小さな声で。彼には似つかわしくない弱気な言葉だった。
『………………今回は無理かもね』
球磨川は、指揮者のように両手を振って、大量の螺子を男目掛けて振り下ろす。
男は後ろへと下がり、螺子の範囲外へと避難する。
一つでも刺さったらまずいと思ったのだろう、その後退は慎重だった。
『もう一度言うよ。早く、逃げて。君を護りながら戦える程、僕は強くないって知ってるでしょ?
全くさぁ、僕は負け戦しかできないサーヴァントだぜ? その根拠のない信頼が重いんだけど』
「う、うん。でも、ルーザーなら」
『はいはい、そういうのはいいから。早く逃げて本田ちゃんと合流しな』
元々当てるつもりで出したものではないのだろう。
牽制の螺子は全て地面へと突き刺さり、男には傷一つ無い。
それでも、距離は稼げた。此方への接近を妨げる螺子も大量にある。
みくは何も言わず、背を向けて行動を開始した。ひとまずは未央との合流をしなければならない。
加えて、未央のサーヴァントである寡黙な男ならば、自分達の助けになってくれる。
(今は逃げなくちゃ。絶対、絶対……! 生き残るんだ!)
何としても、この二日目を乗り切るんだ。
改めて、生きる意志を固め、みくは火の粉と瓦礫が散りばめられた世界から脱出した。
■
-
空は快晴、気分はそれなり。どうやら、天気と気分は繋がりを見せないらしい。
軽く溜息をつき、スタン達はバス停にて腕を伸ばし、首をぐるぐると回す。
スタンと瑞鶴は新都にて索敵ついでのリフレッシュに来ていた。
朝からバスに乗り、揺られ、今し方新都へと二人は降り立った所である。
「ちょっと、何シケた顔をしてるのよ。せっかくの休日だっていうのに」
「……本当は休日じゃないんだけどな。お前が強引に休日にしたんだろ」
「いいのいいの、スタンの気分を良くする為には必要なことなんだから」
今回のリフレッシュがてらの外出は瑞鶴のほぼ独断であり、表情が優れないスタンを見かねた瑞鶴が無理矢理連れ出したようなものだ。
学校に行けと行ったり、行かなくていいと言ったり。ころころと言動が変わる奴だ、とスタンは悪態をついた。
もっとも、気分が優れないというのは本当のことなので、強く言い返すことはできない。
上手く隠しているつもりはあったが、彼女にバレバレなぐらい、自分の表情には陰りがあったらしい。
今度から、ポーカーフェイスの練習でもしておいた方がよさそうだ。
鍛えなくてはいけないのは剣の腕だけではない現状に、再び溜息。
自分がやるべきことの多さにうんざりである。
「別に俺はいつも通りだっての。心配される程、落ち込んでなんかいない」
「あのねぇ、そういう強がりは私の前でしなくてもいいの。私達、相棒なんだから。
二人で一つ、一心同体なのよ? そういう何の利益にも繋がらない隠し事はなしっ」
こうして会話している分にはどうにも、瑞鶴には敵わない。
年の功なのか、してやられてばかりだ。
ちなみにこのことを瑞鶴に言うと、すごく怒るのでスタンはあまり年齢については言及しないようにしている。
そういえば、アリーザの母であるアリシアも同じことを気にしていたことを思い出す。
やはり女性は年齢に対して、過敏に反応するのだな、とまた一つ学んだ次第である。
-
「それよりも、お昼は何処にする? スタンのご飯が普通の店よりも美味しいから、厳選しないとゲンナリしちゃうわよ」
「俺のせいかよ。つーか、ず……瑞ちゃんが……ってやっぱこの呼び名やめねえか!?
もっとほら、何かまともな呼び名があるだろ! つうか、絶対わざとその呼び名にしたよなあ!」
「私は困ってないしぃ〜? そうやって恥ずかしがっているのを見て楽しいしぃ〜?」
そして、いつもと違うのは呼び方だ。
流石に外でアーチャーと呼ぶのは怪しまれるかもということで、瑞鶴に対してはあだ名を介しているが、どうにも気恥ずかしい。
服装については、お互いどこにでもいるような現代風の格好で、とてもじゃないが戦いをしている人間とは思われないだろう。
スタンは、薄手の半袖パーカーにジーンズ。背には万が一の時を考え、剣を隠したギターケースを背負っている。
頭の耳は、外に出る時に隠す用のニット帽をかぶってバッチリだ。
瑞鶴はキャミソールにデニムのホットパンツと言った如何にも夏という服装である。
傍目から見るとカップルのようだが、当人達は欠片もそんなつもりはない。
精々、できの悪い弟と構いたがりの姉といったところか。
「……お前、今日の晩飯覚えてろよ」
「ちょ、待ってよ! そういう攻めは卑怯じゃない!?」
「だって、俺は困ってないしぃ〜? 空腹のお前を見ながら美味しくごはんを食べるのは楽しいしぃ〜?」
この冬木市も夏の空気が色濃く、二人だけではなく道行く人も薄着だ。
会話も軽快で、とてもじゃないが聖杯戦争が行われているとは思えない。
誰しもが夏の到来を受け、日常を過ごしている。
「よーし、決めた。今日の晩飯は七面鳥な、七面鳥」
「あーっ! そういう嫌がらせする!? もう怒った、怒ったわよ!」
そう、一筋の炎と爆発が空に響くまでは。それは、戦争の始まりを予期させるには十分な合図であった。
-
「なんだよ、あれ……!?」
「……こんな昼間からお盛んね。大方、痺れを切らした主従が仕掛けたんでしょう」
遠くに見える炎の塊を見て、スタンは唖然とする他なかった。
まさか、こんな街中で戦争を始めようとする奴等がいるなんて。
どれだけ平穏を享受しようが、この街は戦争の舞台だ。
その証拠に戦火の火種は自分達の近くでも燃え上がろうとしている。
「これじゃあリフレッシュもクソもないな。ともかく、巻き込まれないように」
「――ハッ、腰抜けのローディが。この聖杯戦争に参加してる奴等はどいつもこいつも劣等ばかりなのか?」
「お前……ッ」
「どうやら、俺は運がいい。このだだっ広い街で獲物を見つけられるなんてな」
そうして、自分達も燃え広がった炎に巻き込まれていくのだろう。
気怠そうにロッドケースをくるりと回して。相対する金髪の少年は口元を歪めて、一歩踏み出した。
自分が負けるとは欠片も考えていない、そんな自信。スタンからすると、その病的なまでの意志の力が怖い。
手に持つロッドケースの中には恐らくは剣が入っているのだろう。
お互い、剣を使う担い手であり、地力の差で勝敗は決せられる。
「それじゃあ場所でも変えようぜ。お互い、こんな人通りがある所でいきなり戦うっていうのは不本意だろ?」
「……随分とお行儀がいいんだな。もっと見境なく襲ってくるかと思ったよ」
「俺をそんな能無しの奴等と一緒にしてくれるな。出来る限り、群衆に見られたら困るとか、そういうことは考えている。
そこいらにいるローディを全部、一掃するのも手間だ。ゴミに時間を取られるなんて腹立たしいことこの上ない」
もう戦いからは逃げられない。
背負った剣の重みを力に変えて、自分はこれから殺し合いをするのだ。
願いの為に、他者の命を奪う。その覚悟を、胸に携えて。
■
走る、疾走する、全速力で。
後ろなど振り返らず、一心不乱に直走る。
家屋の立ち並ぶ風景もいつしか田園が混じる長閑な地域が見えてきた。
始まった戦は正直、負け戦だ。生前の戦を彷彿とさせる絶望的な戦力差。
わかっているっての、と苛立ち混じりに吐き捨てて、耳に入るバーサーカーの咆哮が耳障りで、舌打ち。
昼時の街外れを二体のサーヴァントが高速で駆け抜ける。
-
(いやいやいや、あれは無理でしょ。単騎で倒せる奴じゃないって)
徹頭徹尾、瑞鶴は攻撃を回避することに集中し、攻撃を繰り出そうとは思わなかった。
一目見ただけなので、詳しくはわからないが、自分の繰り出す艦載機の爆撃で致命傷を与えられそうにないと予測。
もしかすると倒せるかもしれないといった楽観などさらさらない。こんな序盤で確率の低い賭けをする程、瑞鶴は馬鹿ではなかった。
今の優先事項はこの窮地を脱して生き残ることだ。そして、できることならば、マスターを救出して撤退したい。
振るわれた豪腕を回避しつつ、瑞鶴はひたすらに人気の少ない場所へと移動する。
こんな化物を街中に放ったら阿鼻叫喚の地獄が形成されてしまう。
(街中に誘導して注目を集めちゃうってのは愚策よね。そんなことをしても、生き残れる訳ないし。
徒に犠牲を増やすのは本意じゃない。というか、逃げるって言っても、あの化物を振り切れるなんてできない。
マスターさんが上手くやってくれるのは……無理かな。あの男の子の力量で言うと厳しいか)
相手のマスターが人気のいる場所で戦う無法者でなくて助かった。
街中――人の往来が激しい場所で戦うなんて大惨事であるし、もしかするとペナルティが課せられるかもしれない。
能力値の高いサーヴァントならいざしらず、自分は生憎とそうではない。
創意工夫、応用力の高さで食らいつく身としては、これ以上の戦力低下は致命的だった。
(だったら、私がなんとかするしかない。あのデカブツをどうにかして倒す……はぁ、無茶にも程があるかぁ)
展望は八方塞がりで、打開策は見当つかず。
全く持って、どうしようもない。家屋を利用しながらの回避も、田園地帯に入ってしまったら直にできなくなる。
(そういう状況であっても、諦める道理にはならないよね。マスターさんが戦っているのに、私が弱気になっちゃあ駄目ね)
されど、諦めない、と。
生前の戦、そして今生の戦。それらを通して自分が諦めたことはただの一度もない。
それは、誓い続けた不屈の精神であり、瑞鶴のレーゾンデートル。
だって、この右手は、この願いは――比類なき尊きモノであるから。
-
(驕るな、強請るな、揺らぐな! 理性無き狂戦士にくれてやる程、私の願いは脆くない!)
気を引き締めていこう。
相手は格上だが、戦意は此方の方が上だ。
だから、勝てるとまでは言わないが、僅かな勝率さえあれば、何にだって立ち向かえる。
なんて言ったって、自分には天壌無窮の『幸運』が付いている。
劣勢であろうが、この幸運があれば、追い風は吹くはずだ。
夏の光は鋭利に尖り、自分の行く先を照らしている。空は青く、雲は白い。
絶好調の天気に付随して、この窮地を吹き飛ばす一手を。
それは、風切り音と共にバーサーカーへと降り注ぐ矢を見て、確信に至った。
やはり、自分の幸運はとびっきりだ。口を三日月にして、瑞鶴は軽く笑う。
「我が矢――――流星の如し」
それにしても、助け舟を出してくれたサーヴァントがまさか昨日に軽い小競り合いをした射手とは予想もしていなかったけれど。
視界の端。あの容貌には見覚えがある。驟雨とさえ感じる量の矢を放つ女性のアーチャー。
改めて見ると、洗練された弓矢の扱いである。悔しいが、弓矢を操るといった分野では自分より完全に格上である。
「…………まさか、助けてくれるサーヴァントがアンタとはね」
「言っておきますが、貴方を助ける利益があると判断したまでです。
アレを後々まで放置しておくより、頭数がいる今の内に仕留めたい、それだけですよ。
というよりも、私が隠れていた方向に正確に逃げてきたのは、私に対して嫌がらせですか?
それで、穏便にやり過ごすって選択肢、消えましたからね?」
「やだなー、偶然だってば。そんな、ジト目で見ないでよ」
それにしても、と瑞鶴は改めて援護をしてくれたアーチャーの全体像をまじまじと見る。
フリルがふんだんにあしらわれた白のブラウス、黒のコルセットスカート。
前に見た時は軽装の鎧を身に纏っていたというのにどういった心境なのだろうか。
下手に突っ込むと色々とどうでもいいことを力説されそうだと瑞鶴は察し、あざとさ満点の服装については深く突っ込まず。
自分があんな服装をしたらマスターに笑われるなとどうでもいいことを考えながら、彼女と軽口をかわす。
アーチャーによる援護は的確であり、瑞鶴の逃げる余裕をある程度生み出してくれた。
合流し、横並びに逃げる二人をバーサーカーは濁った目で睨みつけ、咆哮を上げる。
-
「相手は狂戦士が一人、此方は射手が二人。どうにか、前衛が欲しい所ですけど」
「ああ、それなら心配はいらないわ」
アーチャーの矢は、あくまで足止め程度にしかならず、咆哮を上げ、此方へと一直線ににじり寄ってくる。
このままではジリ貧だというのに、瑞鶴の表情には余裕があった。
「もう一体、来るから」
瑞鶴はにやりと笑顔を見せ、アーチャーに前を見ろと促す。
その視界には一人の男が映り、此方へと手を振りながら近寄ってくる。
「おいおい。小さな飛行機が誘導する先にサーヴァントの反応があると思いきや、女の子二人に……アレは…………説得できっかなぁ。
つうか、お前キャスターが言ってた奴……ッ!」
「へぇ、あのキャスターと知り合いなんだ。まあ、色々と因縁とかあるけど、今はそれどころじゃないのよね」
「そうみてぇだな。ったく、化物退治は専門外なんだがよ」
テレビの中に出てくるようなヒーローの出で立ちのサーヴァントは溜息をつきながら、眼前のバーサーカー相手に前へ出る。
三対一。数では圧倒的優位を誇るのに、どうしてか必ず勝てると言った余裕は中々生まれない。
それだけ、バーサーカーが強大であり、自分達の必殺とも言える宝具が通用するかどうかわからないということだ。
「成り行きでこうなっちまったが、今は協力できるな?」
「当然。アレとサシなんて嫌よ」
「まあ、そうなりますわね」
全てがどうしようもなく厄介で、呼吸一つ、鼓動一つを、重々しい儀式のように感じてしまう。
それだけ、これから起こる戦いは“重い”のだ、と。
全員があの化物は間違いなくこの聖杯戦争の中では、一二を争う強敵だと理解していた。
だから、ここで倒さなくてはならない。厄介事は早めに片付けるに限る。
相対するバーサーカーから感じられる背筋がぞっとするような、気持ちの悪さ。
世界全てに反逆を。バーサーカーの瞳の中に見えた狂気が、足許から広がっていて。
ふっと口元から息が漏れて、身体の中から湧き上がってきた仄かな暖かさが、喉と鼻を通り吐き出される。
もう後戻りはできない。敵は、倒す。それが聖杯戦争のルールだから。
三者三様、溜息なり気合の声なり出して。
そうして、サーヴァントによる戦争が始まった。
■
「さってとぉ、各地で戦争をおっ始めやがってる奴等がいて嬉しいねえ」
アリー・アル・サーシェスの戦争に懸ける想いは狂気だ。
略奪も、陵辱も、虐殺も、全てをひっくるめてこその戦争であって、自分はそれを巻き起こすクソッタレ。
百貨店に爆弾を仕掛けたのは勿論、彼である。
日常を謳歌している者に恐怖を刻む為、戦乱を望む者を呼び覚ます為。
彼の行動の全ては戦争につながっている。
何もかも、一切合切を戦火で炙って笑おう。
それが、戦争屋というものだ。
-
「しかし、お前がちょっかいをかけねぇってのは中々だな。そんなにヤバイのか、あの化物」
「そうだね。アレはボク達の天敵だよ。一度やりあったけど、勝つのは入念な準備が必要かな。
今回みたいに楽しむ目的で手を出したら死んじゃうよ」
彼らは勝てない勝負を決してしない。
キルバーンが自分達には手に余ると評したバーサーカーに対してはあくまで、姿を遠巻きに見ることに留めた。
追いかけられているサーヴァントにはご愁傷様であるが、出来る限り時間を稼いで死んで欲しい。
「それで、ボク達が遊ぶ場所は結局何処なのさ?
あのデパート近くでもないし、今向かっている場所ぐらい教えてくれてもいいんじゃない?
というより、爆弾なんて仕掛ける必要あったのかい?」
「大アリさ。浮足立った奴等があっちに気を取られている内に本命を取るんだよ。
大規模な爆発だ、どいつもこいつもあっち方面に向かうだろうさ」
デパートの爆発に慌てふためく雑踏を尻目にサーシェスが案内した場所は昨日に下見をした研究施設であった。
「っと、着いたぜ。今日の遊び場はここだ」
「あれぇ、昨日は内部構造がわからないから攻め込まないって言ったじゃないか」
「そうだな、昨日の時点ではな。テメエらが遊び歩いてる間、情報屋を使って色々と調べたんだよ。
まあ、値は張ったが、情報はしっかりと手に入れたぜ。目的の機械もプロトタイプではあるが、配置されているらしい。
持ち出してくれる親切な誰かさんを待とうかと思ったが、待ちきれなくてな」
くははと声を上げて笑うサーシェスの顔はいつにもなく上機嫌であり、鼻歌混じりなぐらいだ。
「あの女社長さんにはわりぃが、利用させてもらうぜ。この施設をよぉ」
その悪徳の欲望は戦争に関連するものであったならば、何にでも伸ばされる。
それは、平和の為に使われるであろう兵器であっても。
その理念がサーシェスと似ても似つかない尊き願いであっても。
全部ひっくるめて、彼は笑ってこう言うのだ。
人殺しの武器に、是非もクソもあるか、と。
【C-6/御坂妹のマンション/二日目・午前】
【御坂妹@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服、専用のゴーグル
[道具]学校鞄(授業の用意と小型の拳銃が入っている) 、思い出のプリクラ
[金銭状況]普通(マンションで一人暮らしができる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界へ生還する
1.協力者を探します、とミサカは今後の方針を示します
2.これ以上人員の欠員はさせない、とミサカは意気込みます
3.学園で体育の着替えを利用してマスターを探ろうか?とミサカは思案します
4.光を巻き込みたくない、けれど――とミサカは親友に複雑な思いを抱いています
[備考]
自宅にはゴーグルと、クローゼット内にサブマシンガンや鋼鉄破りなどの銃器があります
衣服は御坂美琴の趣味に合ったものが割り当てられました
ペンダントの購入に大金(少なくとも数万円)を使いました
自宅で黒猫を飼っています
【レプリカ(エレクトロゾルダート)@アカツキ電光戦記】
[状態](7号〜20号)、健康、無我
[装備]電光被服
[道具]電光機関、数字のペンダント
[思考・状況]
基本行動方針:ミサカに一万年の栄光を!
1.ミサカに従う
2.ミサカの元に残り、護衛する
[備考]
14号に関しては――。
-
【C-8/アイドル女子寮/二日目・午前】
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]失血(中)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]着の身着のままで病院に搬送されたので0
[思考・状況]
基本行動方針:疲れたし、もう笑えない。けれど、アイドルはやめたくない。
1.いつか、心の底から笑えるようになりたい。
2.加藤鳴海に対して僅かながらの信頼。
[備考]
前川みくと同じクラスです。
前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
気絶していたのでアサシン(あやめ)を認識してません。なので『感染』もしていません。
自室が割と酷いことになってます。
C-8に存在する総合病院に担ぎ込まれました。現在は脱走中の身です。
家族が全滅したことをまだ知りません。
【しろがね(加藤鳴海)@からくりサーカス】
[状態]健康
[装備]拳法着
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:本田未央の笑顔を取り戻す。
1.全てのサーヴァントを打倒する。しかしマスターは決して殺さない。
2.この聖杯戦争の裏側を突き止める。
3.本田未央の傍にいる。
[備考]
ネギ・スプリングフィールド及びそのサーヴァント(金木研)を確認しました。ネギのことを初等部の生徒だと思っています。
前川みくをマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)をぎりぎり見てません。
【B-9/マンションの一室(チコの部屋)/二日目 午前】
【千鳥チコ@ハチワンダイバー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]財布や腕時計など遠出に役たつ物が入ったバッグ、マグネット将棋セット、和菓子いくつか
[金銭状況]無駄遣いしても生活に苦がない程度。
[思考・状況]
基本行動方針:攻めて、攻めて、攻め続ける。攻めの手を切らない。
1.移動。ヨシモトから見える範囲でぶらつく。
2.今日は新都で騒ぎを起こしてみるか。
[備考]
-
【B-6/神楽坂明日菜の家/二日目・午前】
【神楽坂明日菜@魔法先生ネギま!(アニメ)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]学園の制服
[道具]学校鞄(授業の用意が入っている)、死んだパクティオーカード、スマートフォン 、思い出のプリクラ
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1.皆がいる麻帆良学園に帰りたい。
2.でもだからって、そのために人を殺しちゃうと……
3.――助けて。
[備考]
大きめの住宅が居住地として割り当てられました
そこで1人暮らしをしています
鈴音の工房を認識しているかどうかは後続の書き手にお任せします
スマートフォンの扱いに慣れていません(電話がなんとかできる程度)
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]健康
[装備]改良強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]時空跳躍弾(数発)
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える。
1. 純黒のサーヴァント(球磨川禊)を何とかして排除する。前川みくを殺すことで退場させたい。
2.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
3.打って出る。新都へと赴き、みくを暗殺する。
4.T-ANK-α3改を放って、マスターを暗殺する。
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
強化服を改良して電撃を飛び道具として飛ばす機能とシールドを張って敵の攻撃を受け止める機能を追加しました
B-6/神楽坂明日菜の家の真下の地下水道の広場に工房を構えています
工房にT-ANK-α3改が数体待機しています
チャットのHNは『ロマンチスト』。
【C-2/学園/二日目・午前】
【竜ヶ峰帝人@デュラララ!!】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]割と貧困
[思考・状況]
基本行動方針:不透明。聖杯は欲しいが、人を殺す覚悟はない。
1.――――。
[備考]
※とあるサイトのチャットルームで北条加蓮と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
※他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
※チャットのHNは『田中太郎』。
※冬木市で起きた事件のおおよそを知っています。
※部屋には銃火器、手榴弾があります。
-
【B-4/八神はやての家/二日目 午前】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]下半身不随(元から)、睡眠
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごしたかった。けれど、もう目を背けることはできない。
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
北条加蓮、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)を確認しました。
自室に安置された闇の書に僅かな変化が生じました。これについての度合いや詳細は後続の書き手に任せます。
自室一帯が低ランクの工房となっています。魔力反応を遮断できますが、サーヴァントの気配までは消せません。
【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.ワイルドタイガーによる人海戦術を頼る。
2.脱出が不可能な場合は聖杯を目指すことも考える(今は保留の状態)。
3.例え、敵になるとしても――数式医としての本分は全うする。
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、黒髪の少女(瑞鶴)、ワイルドタイガー(虎徹)を確認しました。
ヴェールヌイ、瑞鶴を解析の現象数式で見通しました。どの程度の情報を取得したかは後続の書き手に任せます。
北条加蓮の主従と連絡先を交換しました。
自身の記憶に何らかの違和感を感じとりました。
新都で"何か"が起こったことを知りました。
【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]睡眠
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:――やり直したい。
1.自分の願いは人を殺してまで叶えるべきものなのか。
2.タイガー、ギーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.聖杯を取れば、やり直せるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
ヴェールヌイ及び瑞鶴は遠すぎて見えてません。
ギーの現象数式によって身体は健康体そのものになりました。
血塗れの私服は自室に隠しています。
八神はやての主従と連絡先を交換しました。
-
【C-8/デパート/二日目・午前】
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]魔力消費(中)、決意
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取るのかどうか、分からない。けれど、何も知らないまま動くのはもうやめる。
1.人を殺すからには、ちゃんと相手のことを知らなくちゃいけない。無知のままではいない。
2.音無結弦に会う。未央は生きていたが、それとこれとは話が別。
3.未央を護る。
[備考]
本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。
【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『女の子の語らいを邪魔するのはよくないよね、霊体化しとこっと』
[装備]『いつもの学生服だよ、新品だからピカピカさ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんに惚れちまったぜ、いやぁ見事にやられちゃったよ』
2.『裸エプロンとか言ってられる状況でも無くなってきたみたいだ。でも僕は自分を曲げないよ!』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
4.『ぬるい友情を深めようぜ、サーヴァントもマスターも関係なくさ。その為にも色々とちょっかいをかけないとね』
5.『そういえばチャットの約束、すっかり忘れてたよ。でも、別にいっかぁ』
[備考]
瑞鶴、鈴音、クレア、テスラへとチャットルームの誘いをかけました。
帝人と加蓮が使っていた場所です。
本田未央、音無結弦をマスターと認識しました。
アサシン(あやめ)を認識しました。彼女の消滅により感染は解除されました。
※音無主従、南条主従、未央主従、超、クレア、瑞鶴を把握。
【アサシン(クレア・スタンフィールド)@バッカーノ!】
[状態]健康
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は俺が奪う。
1.とりあえず、マスターは護る。
2.他参加者、サーヴァントは殺せる隙があるなら、遠慮なく殺す。利用できるものは利用し尽くしてから始末する。
2.純黒のサーヴァントはどうでもいいが、殺せるなら殺す。前川みくは殺せそうなら、さくっと殺す。
[備考]
【C-7/二日目 午前】
【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]剣、ギターケース
[道具]教材一式
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.知り合った人達が敵であっても、戦わなくちゃいけない。
[備考]
【ボッシュ=1/64@ブレス オブ ファイア V ドラゴンクォーター】
[状態]魔力消費(大)
[令呪]残り3画
[装備] 獣剣
[道具]ロッドケース
[金銭状況]奪った分だけ。今は余裕がある。
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、空を見に行く。
1.最低限の戦果を良しとする。
2.戦闘の結果を見て、今後どうするかを考える。
[備考]
NPCを何人か殺害しています。
バーサーカーを警戒しています。
-
【B-7/二日目 午前】
【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康
[装備]弓矢、キャミソールにデニムのホットパンツ
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1. 協力してバーサーカーに対処する。
[備考]
※はやて主従、みく主従、超、クレア、ゾル、加蓮を把握。
チャットのHNは『加賀岬』。
【今川ヨシモト@戦国乙女シリーズ】
[状態]健康
[装備]ヨシモトの弓矢 、白のブラウス、黒のコルセットスカート
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従いますわ!
1.協力してバーサーカーに対処する。
2.同時に、チコの周囲を警戒。サーヴァントらしき人物がいたらチコに報告して牽制を加える。
3.夜間、遠方からC-7の橋を監視。怪しい動きをしている人物が居れば襲撃。
[備考]
※本人の技量+スキル「海道一の弓取り」によって超ロングレンジの射撃が可能です。
ただし、エリアを跨ぐような超ロングレンジ射撃の場合は目標物が大きくないと命中精度は著しく下がります。
宝具『烈風真空波』であろうと人を撃ちぬくのは限りなく不可能に近いです。
※瑞鶴、みく主従を把握。
※チッチは新都の何処か安全な場所でまったりしています。もしかすると、知人の漫画家辺りと将棋でも打ってるかもしれません。
【ヒーロー(鏑木・T・虎徹)@劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-】
[状態]健康
[装備]ヒーロースーツ
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの安全が第一。
1.協力してバーサーカーに対処する。
2.何とか信頼を勝ち取りたいが……。
3.他の参加者を探す。「脚が不自由と思われる人物」ってのは、この子だったか。
4.八神はやてとキャスターの陣営とは上手く付き合っていきたい。
[備考]
【バーサーカー(ブレードトゥース)@メタルマックス3】
[状態]全身ダメージ(小)、脇腹負傷
[装備]無し
[道具]無し
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを殺す。
1.マスターを殺したい。
[備考]
どんな命令でも絶対服従。近づかない限り暴走はしません。
マスターに殺意を抱いています。
【B-8/とある研究施設 /二日目 午前】
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[装備]正装姿
[道具]銃火器、ナイフなどといった凶器
[金銭状況]当面は困らない程の現金・クレジットカード
[思考・状況]
基本行動方針:戦争を楽しむ。
1.我慢ができなかったので、テロを起こしたりするし、研究施設にドンパチしにいったりもする。
2.カチューシャのガキ(ゆり)が生きていたら遊ぶ。
[備考]
カチューシャの少女(ゆり)の名前は知りません。
銃器など凶器の所持に関しては後続の書き手にお任せします。
【アサシン(キルバーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 】
[状態]霊体化
[装備]なし(死神の笛、ファントムレイザーはまだ復活していない)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1. 復帰はしたけれど、まだ戦うまでには至らない。
[備考]
【アサシン(ピロロ)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]魔力消費(極大)精神疲労(極大)
[装備]いつも通り
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに付き合い、聖杯戦争を楽しむ。
1.サーシェスに気づかれる前にキルバーンの状態を戻す……事はできなさそうだけど、どうするべきか。
[備考]
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投下終了です。
続いて、本田未央、加藤鳴海、超鈴音を予約します。
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リアルタイムで読ませていただきました、投下乙です。
読み始めは二日目の各陣営の情勢整理かと思っていましたが、さらに進んで複数の戦端に発破を掛けるとは。
それでいて最初の仕掛け人が戦争を始めるのではなく別の目的でデパート爆破を起こすなんて、予想外でした。
シンプルに強くて勝者の確信を揺るがせないクレア相手に、果たしてルーザーはどの様に負け戦を動くのか
圧倒的暴虐のバーサーカーに対し、即席で手を結んだ三騎は如何にして闘うのか
その他の参加者達もどうなるのか、続きが気になる!
大作の執筆、本当にお疲れ様でした。次の予約分も楽しみにします。
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投下します。
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その襲撃は突如やってきた。
前川みくがお昼御飯の材料を買いに外に出て数時間。
ベッドの上で大人しく横になっていると、何だか下の階から大きな物音が聞こえてきた。
それまで静かだった女子寮がにわかに騒がしくなる。
未央も思わず飛び起き、鳴海も霊体化を解いて警戒する。
数分間、じっと体を動かさず、耳を澄ませると、複数の足音が此方へと近づいてくる。
規則的ではあるが、どこか不安を感じさせる無機質な音は、未央を不安にさせるには十分なものだった。
やはり、きな臭い。幾多の戦いを経て養った直感がそう告げている。
足音の主達を待つ必要なんてなかった。
この場に留まることを危険と判断した鳴海は未央を抱き寄せ、窓から脱出を図った。
次いで、轟音。ドアを蹴破って幾人もの金髪の男が入り込んでくる。
「……ッ!」
「ここから逃げるぞ、マスター! とりあえず、街まで駆け抜け……っ!」
窓を開け放ち、外へと脱出すべく、窓枠を足場にして即座に跳躍。
ひとまずは屋上に出て、そこから建物を乗り移りして逃げてしまおう。
数秒前まで鳴海達がいた場所には、トスンと小気味いい音が鳴り響く。
容赦無用、躊躇なく襲ってくるということはこの聖杯戦争を積極的に動く主従なのだろう。
(チッ、拳銃まで用意して、周到だな!)
跳躍後、女子寮の屋上に降り立ち、その勢いのままこの区域を脱出すべく足に力を込める。
「おっとそうはいかないネ」
「ちぃ……ッ!」
その離脱を阻むかのように、銃弾の雨が抱き抱えた未央を狙うべく飛んでくる。
鳴海は大きく横に飛び、銃弾を躱すものの、完全に退路を敵に取られてしまった。
背中を見せたら殺られる。マスター共々、姿を見られた以上は追跡もされるだろう。
戦うしかない。眼前の敵を倒して、未央を護りきる。
それ以外、鳴海の取る行動は残されていなかった。
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「お目当ての主従ではなかったけれど、見つけてしまったからには始末するヨ。
おっと、そんな恨みがましい目で見ないで欲しいネ。
これは聖杯戦争、争って願いを叶える戦いに対して、真摯に取り組んでいるだけなのだから」
敵である少女――超鈴音は人を食ったような笑みを浮かべ、掌の拳銃を鳴海へと向けた。
「どいつもこいつも……ッ」
「それは貴方も同じネ。此処に呼ばれたからには皆聖杯を願っている。
大なり小なり、譲れないものの為に戦っている。
マスターを想うその忠誠心は素晴らしいが、私も願いを持っている。
故に、貴方達を看過はできない」
「ああ、よーく知ってるよ。これまで、あんたらみたいな奴等は既に経験済みだ」
「なら、話は早い」
「そうだな、やることなんて一つだ」
諦めたかのように。鳴海は抱き抱えた未央をゆっくりと下ろし、鈴音の方へと目を向ける。
容姿は自分、もしくは未央よりも年下だろう。幼さがまだ残る顔つきは正直言ってやりにくい。
昨晩の病院の一件といい、この聖杯戦争には幼き少女がサーヴァントとして呼ばれているケースが多々あるらしい。
「もう細かいことはどうでもいい。今は、あんたを倒す。それだけだ――!」
それでも、自分がやることは決まっている。
未央を護る。あの夜、出会った瞬間から、その誓いは定まっている。
「いくぞ……ッ! さしたる恨みもねぇが、此処で倒す!」
発射された銃弾を回避しつつ、鳴海は一足で鈴音の間合いへと入る。
鈴音と視線を切った瞬間、鳴海の体は獣と化した。まるで黒豹のように、数秒もかからずに距離を詰める。
姿勢を低くしたまま、烈風とも紛う疾走で地面を蹴り砕き、遥か離れた鈴音へと疾駆したのだ。
十分に離れた距離は、さしもの鳴海にもいったんの停止を強要するはずだった。
-
――そんな限界、打ち砕け。
その速度はもはや人のものではない。それでも、一挙動とはいかない。
到達し、拳を振るうまでは数秒かかる。
鈴音は真っ直ぐに突き出された鳴海の拳を後退することで躱し、予想よりも早い速度に自己の頭を軌道修正する。
銃弾は全て撃ち落とされる。未央を狙おうが、全て、だ。
一応、サーヴァントにも通用するように作成したが、これでは何の役にも立ちやしない。
「やけにマスターに拘るネ、貴方は。その女の子は生前――昔からの友人だったのカ?」
「いいや、聖杯戦争で初めて出会った女の子だよ」
「それにしては、大切に扱うじゃないカ。まるで、お姫様を護る騎士のように」
言葉でこそ嘲りを見せているが、鳴海を見る鈴音の表情には欠片も嘲りはない。
何せ、鳴海の表情には迷いがない。絶対に未央を護るという固い決意が感じられる。
加藤鳴海という男はそういう人間だ。
見ず知らずだろうが、助けを求めている手を握ってしまう、そんな男だ。
それが、涙を見せ俯いている少女なら尚更である。
一目見た鈴音からしても、彼が相当にお人好しであり、聖杯戦争には向かないと確信していた。
「生憎と、騎士って柄じゃあねぇけどな。そんな大層な肩書――オレには似合わねぇ」
長生きできる賢い生き方ができればよかった。
鳴海は自分の変えられぬ生き方――否、変えなかった生き方を思い返す。
いつだって、どんな時だって、自分はこうして誰かを護る選択を取ってきた。
そして、それを後悔したことは一度もない。
これで、いい。加藤鳴海はサーヴァントとなった今も、全く変わらず此処にいる。
「女の子の笑顔を取り戻す。オレの願いなんざ、それだけだ。
聖杯なんざいらねぇんだよ、んなもんがなくたって、オレのマスターは、必ず笑顔を取り戻すんだからよ」
「そうカ、そうカ! サーヴァントの身でありながら、聖杯を望まぬというのカ!」
刹那、後退していた鈴音の身体が掻き消え、鳴海へと一気に迫る。
直後放たれた掌底は寸分の違いなく、鳴海の霊核を貫くものだった。
迷いがない、一気に勝負を決める一撃である。
当然、鳴海も黙って受けるはずもなく、掌底を捌きつつ、返しの一撃を放つ。
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「あんた、その流派……!」
「中国武術――流派こそ違えど、同じ道を歩んだ後輩……いや、先輩かナ?
ここは一つ、手合わせ願おうカ!!!!!!」
捌く、穿つ、揺らぐ、放つ。
互いの拳が、掌が流麗な曲線、もしくは直線を描き、空で交差する。
それはまるで、リボンのように絡まって。綺麗に絡み合い、解けていく。
鈴音の軌跡が軌跡が柔とするならば、鳴海の軌跡は剛か。
幾本もの線が迸る光景を、後ろにいる未央は呆然と見ることしかできなかった。
「いやはや、私とは違って功夫をよく積んでいるようで、怖い怖い。鬼神の如き拳ヨ、一発でも当たったらお終いネ。
自らの拳を省みると、脆さと未熟を実感するヨ」
「けっ。油断させようったってそうはいかねぇよ。あんたの拳はよく練られている。
オレと遜色ねぇぐらい、戦いを潜り抜けてきた拳だ」
「お褒めに預かりまして恐悦至極。けれど、そんなに褒められても困るヨ。
私は非才の身……一流のその先、貴方のいる場所にまでは到達できぬ故に、そのお世辞は不要ネ」
拳に交えて振るう聖・ジョージの剣も鈴音は的確に押し返し、時には受け流す。
力強い、そして真っ直ぐな鳴海の拳をぎりぎりの所で躱している。
口でこそ非才と言うが、とんでもない。
この少女は一流とでさえ渡り合えるぐらい、鍛えている。
「まあ、そういう訳ダ、色々と武器を使わないと到底貴方を倒すことなんてできない」
鈴音は後退して、掌に拳銃を握り締め、瞬時に発砲。
乾いた音と共に発射される弾丸を鳴海は軽業師のように躱す。
「とはいえ、強い強い貴方を倒すのは容易ではない。
さてと、距離も空いたことで仕切り直しだヨ、ミスター形意拳」
「……なんだよ、その呼び名」
「貴方の流派に基づき、あだ名を付けたのだガ、不評のようだネ。
うむ、どうもネーミングセンスというものは他人と合う気がしない」
戦闘が中断されたことにより、空気が緩んだようにも思えるが、鳴海は一切の油断を見せず、拳を再度握り締めた。
眼前のサーヴァントは決して甘く見ていい敵ではない。
未央から送られてきた念話によると、彼女のクラスはキャスターである。
魔法を得意とする後方支援に特化したクラスのはずだ。
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(あいつはまだ本気を出しちゃいねぇ。本領である魔法を、何一つ使っちゃいねぇんだ)
繰り出してくるのは中国武術と拳銃による牽制。
そして、屋上にいたのに全く気配を感じさせなかったことから、気配遮断のスキル、もしくは宝具を持っていると予想。
まだ、彼女は自分の手の内を、切り札とも言える存在をほんの一欠片も出していない。
現状、自分の拳で相手を押し切れるとはいっても、魔法を使われたらどうなるか。
勝勢が決まるにはまだ早い、と鳴海は気を引き締める。
相手が魔法を出さない内に勝負を決めたい。
できることなら、マスターである未央をこの状況から遠ざけたいが、それをするには眼前の敵を屠る必要があるだろう。
「おっと、そんなに殺気を込められても困る。私がこうして後ろに下がったのは仕切り直しの前に一つ提案があるからヨ」
しかし、彼女の口から出た言葉は戦いを促すものではなく、むしろその逆をいくものであった。
「私と、手を組まないカ?」
「……今更だな。さっきまでの競り合いはどうしたよ?」
「あれはほんのお遊びヨ。あの程度で死ぬようなら、互いにとって利益になりはしないだろう?」
「よく言うぜ、隙あらばマスターを殺すスタンスを崩さなかった癖に」
「貴方を正面から相手取るか、マスターを殺すか。どちらが楽かはわかりきっているからネ。
とはいえ、ミスター形意拳。貴方の目がある内はマスターを殺すことはどうにも難しい」
ああ言えばこう言う。鳴海は、このような交渉事では鈴音に勝てる気がしなかった。
権謀術数といった類は鳴海の得手ではない。
目の前にいる敵をただ、打ち砕く。それが加藤鳴海の得意とするもの故に。
だから、こうも論戦では振り回される。詭弁に対しての反論も滑らかに行えない。
「当然組むからには情報の共有は勿論、この場だってなかったことにする。
貴方達を見逃すヨ、安全安心でマスターを護れてお得ネ」
「はっ、何言ってやがる。このままやりあったら勝つのはオレだろうが。
それに、どうもあんたは信用ならねえ」
背後にマスターがいながら戦うことのどれだけ重いことか。
鳴海一人であったなら、心置きなく戦える。鈴音の思惑なんて蹴り飛ばしてしまえるのに。
「けれど、今の貴方にはマスターを護らなくちゃいけないという重みがある。
未知の相手と対峙して、余計な荷物を背負って勝てると断言できる程、愚鈍ではないと思うガ?」
全部、彼女には察せられている。
未央という弱点を目の前に曝け出している今、鳴海が強気に出れる要素は一つもない。
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「何、組むと言っても重い条件はないヨ。ただ一つ、協力して欲しいことがあるだけネ」
口で何を言おうが、彼女の視点からすると鳴海達は崖っぷちなのだ。
ここでマスターを殺せば、後々楽になる。それは鈴音も承知であるはずである。
「前川みく、そしてそのサーヴァント。二人の抹殺を見逃して欲しい、それだけネ」
「――!」
「理由は……どうやら思い当たる節があるみたいネ。話が早くて助かるヨ」
「サーヴァントはともかく、マスターまで殺す必要はねえだろっ」
「大アリネ、そもそも生き残れるのは一組だけだというのに、見逃すメリットがない。
貴方達のように専守防衛な主従ならいい。一時的にでも見逃して大問題にはならないヨ。
しかし、彼らは場を引っ掻き回す主従ダ。それも、とびっきりに嫌な形に、ネ。
そんな奴等を放置していてメリットがあるカ?
あの純黒のサーヴァントが何をやらかすかわからない以上、禍根は徹底して断つ。
マスター共々、此処でご退場していただくのが一番ネ」
そんな状況を見逃してくれるというのなら、一時的なものであっても、この提案には乗るべきだ。
球磨川達に恩はある。されど、一番優先すべきはマスターである。
マスターである未央の安全以上に大切なものなんて無い。
鈴音の提案を蹴って、勝つ。それができるならどれだけよかったことか。
相手の手の内がわからない以上、無茶な選択肢は選べない。
いたずらに、未央の安全を侵す決断を、鳴海は取れなかった。
(マスターの“身の安全”だけを考えると、受けるべきだ)
重ねて、彼女は嘘はつかない、と言った。
選ぶのは此方側。拳の矛先を向ける猶予を与えてくれたのだ。
ルーザーのことを考えると、随分と良心的である。
もっとも、彼と比べると、大抵の人間は信用に値するけれど。
-
(だが、前川みくはマスターの親友で、あの娘は……殺されていいような娘じゃないんだぞ!?)
この提案を受けるということは、前川みくを、未央の友人を見殺しにするということだ。
それでいいのだろうか。沸き立つ疑念は鳴海の頭を苛み、顔を苦渋にさせる。
何の罪もない女の子を見捨てるなんて、そんなことはできない。
みくを見殺しにすることで未央がどんな思いをするか。
悲しみ、怒り、そして――心の底から笑うことができなくなるかもしれない。
(オレは、どうするべきだ。一時しのぎではあるが、この窮地を切り抜けられる。
あいつとまともにぶつかるとしたら、マスターにも危険が及ぶのはわかってるだろ?
だったら、オレは――キャスターの手を取るべきだ)
けれど。けれど、と。鳴海は小さな声で呟いた。
それでも、生きてさえいればいつか必ず笑える。
どんなに汚く足掻こうとも、心が傷つこうとも。
生きてさえいてくれたら、それだけで嬉しいと言ってくれる人がいるだろうから。
死んでしまえば、未来なんて訪れない。
だから、どんなことをしてでも、未央の生きる道を切り開くとあの夜に誓ったじゃないか。
――諦める時だ。
今この瞬間こそ。右手を伸ばすことを、やめる時なのだろう。
今度こそ、本当に。たった一人の為だけに、他の総てを切り捨てる。
本当に、悪魔と成り果ててしまう決断が、鳴海の右手に垂れ落ちた。
鳴海一人がその決断を取ることで、マスターの安全が確立されるなら。
この絶体絶命の状況を抜け出せるなら。
自分の信念なんて、彼女の生命に比べたら軽いものだ。
「オレは……」
諦めてしまえ、と。
視界の端で踊る道化師が囁いた。
-
「その提案に」
「そんなの、受ける必要、ないっ――――!」
そして。諦める必要なんてない、と。
後ろで蹲っていた未央が叫んだ。
「マス、ター?」
「わかんないよ、もう何がなんだか、わかんない! さっきからずっと蚊帳の外だし、二人の戦いなんて殆ど見えてないっ!
でも、今、しろがねが取ろうとしてる選択肢が間違ってることだけはわかるよ!
そんな顔をして、戦って、私を護るって言われても、説得力ない!」
振り返ると、彼女は蒼白な顔で、体の震えを必死に抑えながら、叫んでいる。
目に溜まった涙は頬に流れ落ち、今にも消えそうだと錯覚してしまうぐらいに、脆い。
それでも、彼女の口から吐き出される言葉は、とても色濃く世界へと残っている。
「私のことを想ってくれて、すごく嬉しい! ずっと、ずっと、しろがねが護ってくれたから、私は生きてこれた!
だから、今もしろがねがやろうとしてることは、私のこと優先で、私がこれ以上傷つかないようにって! そうでしょ!?」
その通りだ。総ては彼女の為に。
もうこれ以上、彼女の笑顔が曇る事のないように。
出会った時のような涙で濡れた表情をさせないように。
いつか、自分がいなくなる時、生きていけるように。
「しろがねがしたいようにやってよ。それで、いいじゃん?
納得出来ないことを無理してやる必要、ないよ。そもそも、みくにゃんを見殺しにして生きて、私が喜ぶと思う?
仲間を踏み台にして、私は生きていける程、強くないって知ってるでしょ」
「でもよ、それじゃあ、お前は……!
オレが不甲斐ないばっかりに、今に至るまで、ずっとお前のことを護りきれなかった!
今もそうだ! これ以上、お前が傷つくのは……!」
その結果、自分の信念を曲げようが、望まぬ戦いをしようが構わない。
マスターが心の底から笑顔ができるまで、日陰で戦い続けようと思っていた。
-
「いいよ、しろがねが正しいと思えるやり方で、やろうよ。
私が認めるから。一緒に、探そうよ。皆が納得できる結末を」
けれど。そんなことをしなくてもいい、と。
震えを必死に抑えて、背中を押してくれる少女がいる。
「大丈夫だから。どんな結末が待っていようと、後悔しないから。
納得できるやり方で、私のことを護れるぐらい、しろがねが強いの……知ってるから」
そして。そして。今まで見れなかったもの。ずっと、ずっと、取り戻したいと願っていたもの。
「かっこいいとこ、見せてよ……しろがね」
不格好。アイドル候補生としては落第点。されど、彼女が自然と浮かべられる笑顔を見て。
――――見たかった笑顔が、其処にある。
その言葉で、その想いで、加藤鳴海の枷となっていたものが全て外れ落ちた。
悪魔ではなく、加藤鳴海という存在を認められて。自分の思うがままに戦っていいのだ、と気づいて。
「は、ははっ、はっ、はははっ、ふっ、はははははっ!!!」
ここまでお膳立てをされて、戦意が高揚しないなんて、ありえないだろう?
この聖杯戦争で、初めて――鳴海は心の底から声を上げて笑った。
聖杯戦争。抗うことなどできない閉塞的空間で繰り広げられる殺戮の宴。
生き残るのはただ一組。
マスターが生きてくれるなら。夢を掴んで、元の日常に戻ってくれるなら。
それで、よかった。
「そうだよな。オレは、最初から、諦めていたんだ。ルールに縛られて、抵抗なんて無意味なんだって勝手に決めつけて」
けれど、たった一組しか幸せになれないルールなんか願い下げだって蹴り飛ばせばいい。
自分達がこの聖杯戦争なんかで曲がる弱い奴等だと思うな。
最後の瞬間まで抗って、戦って、笑って終われるように、前を向く。
そうして、かっこよく、強く、生きていこう。
-
「でも、諦める必要なんてない。全部、全部だ。護りたいものは余さず護って、皆で笑顔のまま日常に帰る。
それで、いや、それがいいんだろ……未央?」
「うん! 私はそうじゃなきゃ、嫌だ!」
「ったく、わがままなお姫様だ。でも――オレのマスターを務めるんだ、それぐらいでなきゃなァ!!!!」
悪魔はもう必要ない。加藤鳴海が本当に信ずるモノに従って、戦えばいい。
必要なのは拳を握る力。彼女の願いを貫く、この身体。
そして、何よりも。加藤鳴海を認めてくれる未央が後ろにいる。
なら、その期待に応えなくてはならない。
「という訳だ、覚悟は決まった。オレはオレ自身の為に、そして――――マスターの為に、戦う。
あんたとも、他の奴等とも、この聖杯戦争を仕組んだクソッタレとも!」
「そうだネ。空気を読んで静聴していたけれど、素晴らしい主従愛だったヨ。…………本当にそれでいいのカ?」
「くどい。マスターがオレを信じるって言ってくれたんだ、なら、もう迷う必要なんて無い!」
だから、もう迷わない。
自分が正しいと思ったやり方で未央を護るし、救いたいと思った人間も残さず救い切る。
「成程ネ。その愚直なまでの護るという意志の強さ。そして、極限まで鍛えられた功夫。
幾つもの死闘を潜り抜けた人形の破壊者――加藤鳴海。貴方のような者であったら、この聖杯戦争は毒の沼地だろう」
「アンタ……!」
「中国武術。しろがね。そして、その真っ直ぐな物言い。さすがに気づくヨ。
なればこそ、貴方の意志を覆すことはもうできないだろうネ」
鈴音の甘言に揺さぶられることもない。
思うがままに、貫く。それが、なんと気持ちのいいことか。
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「残念だヨ、本当に。君達の決意も――此処でなければ、きっと輝いたはずネ」
「――――あっ」
ただし、貫けたらの話だけれど。
-
初動すら見えず、鈴音に背後を取られた。
それだけでも驚きであったが、よくわからない球状の檻に囚われ、動けない。
一瞬にて生み出された黒い壁。それが、自分とそれ以外を隔てている。
どういうことだ。困惑を解決すべく、鈴音へと顔を向ける。
「卑怯な決着ではあるが、これもまた一つの結末ネ」
鳴海は知る由もないが、鈴音の持つ宝具は三つある。
一つは気配遮断を付与するステルス迷彩付きコート。
最初の遭遇時に身に着けていたものである。
「代償はそれなりに払ったけれど、貴方を此処で落とせるなら相応ヨ」
更にもう一つ。昨日、霧嶋董香達へと使った時空跳躍弾。
弾丸を受けたものは如何なるサーヴァントであっても、別時空へと飛ばされる鈴音の切り札だ。
ここぞという時まで取っておいた鈴音は、この状況において迷いなく使った。
加藤鳴海をこの戦場から取り除く為には、宝具なくしてはできない。
「敵である以上、容赦はしない。数時間後の未来で、貴方は絶望するといい」
そして、最後の一つである航空時機。
本来の使用法である過去と未来の行き来は膨大な魔力を消費する為、使用はできない。
気に入らない、受け入れがたい結末をやり直すといった形で使うものだ。
しかし、ほんのちょっとした使い方もこの宝具はできるのだ。
自前の魔力を糧に、疑似時間停止であったり、回避行動であったり。
鳴海へと予備動作もなく接近できたのはこの恩恵である。
無論、時空跳躍弾との併用は魔力の消費が激しい為、鈴音はこの手法をすることには躊躇いがあったけれど。
固い鳴海の意志を受け、このやり方でしか倒せないと判断してしまった。
「思いを通すはいつも力ある者のみ。貴方の思いは確かに強かった」
全部、知らないままの鳴海は時空の檻を必死に殴り飛ばすが、何も状況は変わらない。
どうしようもなく、無力だ。幾多の自動人形を屠ってきた拳であろうが、世界をぶち破ることはできやしない。
困惑を解決する前に、世界は移り変わる。やり直しが聞かない未来へと、鳴海は一人で旅立った。
「けれど、その思いは報われないヨ」
“数時間後”。総てが終わってしまった世界へと、彼は一人で旅立った。
そして、旅路の果てに、鳴海は見た。見てしまった。
青空が夕焼けへと変わる頃。あの戦いから数時間が経過した未来で一人、鳴海は立ち尽くす。
-
「あ、ァ」
視界に入った絶望は、当然の結末であった。
胸元を赤く染め、悲しげに笑う少女の死体。目は閉じられ、肌の色はもう艶がない。
手と足は地面に投げ出され、二度と動くことはない。
傷だらけでもないのに、彼女の身体に宿る生命はとっくに霧散していた。
「あァ」
その光景を見て、鳴海は自分の口がうまく動かないことに気づいた。
体内の魔力は徐々に霧散し、消えるまで後数分もない。
あんなに力で満たされていた指先が気怠い。魔力のなさだけではない、心身的な理由も含めて、視界が薄ぼんやりとしている。
「あ、あァ」
心臓が音を立てて血を送り出す度に、胸に居座っている鈍痛がその痛みを増した。
この痛みの正体がわからぬまま、鳴海は一歩後ろへと踏み出した。
少女が倒れた結末へと、手を伸ばす。もう覆らない結果へと、右手を伸ばす。
「なァ、最期まで、笑顔、見せなくても……いいじゃねぇか」
出会った最初に言った、笑顔を忘れてるという自分の言葉を思い出す。
あれは、呪いだったのだろうか。死の間際まで笑顔を必死に見せられても、鳴海は嬉しくない。
こんな形で、望んでもいなかった形で、彼女の笑顔を見たくなかった。
「オレは、見たく、なかった。もっと違う形で、見たかった」
少女の笑顔を見たからか、動悸が早くなっている。
痛みは依然として止まないし、魔力は止めどもなく溢れ、消えていく。
涙で歪んだ視界が、誰もいない世界を映す。
誰もいない、何の音もしない、どんな色も霞んでしまう、救いの一つもありはしない世界。
-
「また、アイドル、やるんだろ? いつか最高の笑顔、見せてくれるんだろ?」
“本田未央”は、もう死んでいる。
その事実が今の鳴海には何よりも重かった。
「寝てるんじゃ、ねぇよ。なァ、起きてくれよ!」
鳴海は両手を未央の頭に回し、抱き寄せる。
冷たい身体は、抱き心地が悪い。それでも、鳴海は強く、ぎゅっと、強く抱き締める。
どれだけ抱き締めようが、返ってくる力はない。
彼女の着ていたパジャマは薄く、つるりとしていて、すぐ下には柔らかな肌があった。
されど、温度のない身体は嫌でも理解させられる。
掌の冷たさ、皮膚の内側にある骨の硬さが心に響く。
「オレのせいで、オレが間違えて、オレが、オレが――――!」
抵抗もなく、未央の頭が、鳴海の胸に収まったのは生命がない証拠だ。
二人の体温はもう交じり合うことはない。二人が言葉を交わすことも、二人が一緒に歩くことも、永遠にない。
消える最後の瞬間まで、この聖杯戦争は加藤鳴海が報われることなく、終わる。
「あ、ああぁ、あ、あぁああああっ、ああ、あああぁあぁあぁぁああああぁあああ!!!!!!」
夢は虚構であった。そして、過去の幻想であった。彼女達の願いに、奇跡は微笑まない。
アイドルから逃げた少女も、理不尽な運命に立ち向かおうとした男も、絶望の前では無力だ。
何よりも美しく、何よりも価値があると信じた願いに殉じた彼らに待っていたものは、無味無臭の終わりだった。
彼らが成し得たかった明日は、何処にもありやしない。
朽ちて、歪んで、消える以外、彼らには残されていなかった。
-
■
此処が自分の死に場所なのだろう。
未央は、目の前で起こった結末を見て、薄っすらと自分の行く末を理解した。
もう、元の日常には戻れない。自分は、アイドルになれないまま死ぬ。
逃げた仲間達に謝ることすらできず、どことも知れない場所でいなくなる。
それが、あの舞台から逃げた自分への罰なのかもしれない。
この胸に燻った想いを抱えたまま、死ななくてはならない現実を受け入れることこそが、罰と呼べるのだろう。
本田未央の人生は最後まで報われぬまま終わっていく。みくや鳴海を置いて、死んでいく。
「重ねて言うヨ。考え、改める気はあるカ?」
「ない。私はみくにゃんも、あのサーヴァントも殺さない」
それは予想外に、柔らかな声だった。未央からすると敵であるマスターにかけるべき声色ではないと感じられる。
優しくて、人間味があって、されど諦めの混じった声に、彼女の本来の姿を見た気がした。
睨むような目だったが、悪意は感じない。どこか寂しげに観察するその眼に、未央は少し安心してしまった。
「仲間から逃げて、この聖杯戦争でもしろがねから逃げて、それでまた、仲間から逃げて……!
私はもう、逃げたくない! 目を背けたくない!」
逃げたい。諦めたい。仲間なんて知ったことか。
そうして、生き永らえる選択肢を手に取れたら、どれだけよかったことか。
けれど、未央はそこまで非情になれなかった。自分のことだけを考えて生きていける程、冷たく在れなかった。
「逃げて、逃げて、逃げた先で、私は――笑えないよ。今度こそ、本当に笑顔を忘れちゃうよ」
最後の一秒まで、本田未央は自分らしく生きていく。
ずっと、夢を見て、願いを信じて。
忘れてしまった笑顔をいつか取り戻せることを胸に秘めて。歩くような速さで一歩ずつ進んでいく。
その足跡が此処で途切れようとも。本田未央の存在は確かに此処に在ったのだ、と。
「……それに、私と違ってみくにゃんならきっと――アイドルになれるから。
私の代わりに夢を叶えるよ、絶対にね。
皆に慕われて、ファンからも声援を受けて、キラキラと光る一番星になるって信じてるから」
悔しい、嗚呼悔しい。
何故、こんな所で死ななくちゃいけないのか。
夢半ば。否、夢の始まりにようやく立っただけの自分が無念を言い表しても、軽いだろう。
がむしゃらに夢へと手を伸ばして、アイドルになりたいと恋い焦がれたみくと比べたら、自分は――どうしようもなく、薄っぺらい。
-
「だから、だから――――っ!!!!!」
それでも、輝きの向こう側へと行きたかった。
皆と一緒に過ごしたかった。一緒に頑張ってくれる仲間もできて、ようやく向き合えたのに。
「私は、間違っていない! 仲間を殺さないこの選択肢を、正しいって信じる!!!!
何度やり直しても、私はこの選択肢を選び続けるっっ!!!!!」
「…………残念ネ。本田未央、君を切り捨てて、私は進むヨ」
その言葉とは裏腹に、躊躇なく撃ち込まれた銃弾は未央の心臓を一直線に食い破った。
走馬灯なんてものはなく、一瞬で意識は闇の彼方へと消えていく。
ただし、表情だけは。こんな死の間際にすることではないけれど。
口を少し緩めて、アイドルがファンの前でするように。
(さよなら)
どうせ死ぬなら、笑顔で逝きたい。
死に様としては、苦痛で歪んだ表情よりも、ちょっと不格好な笑顔の方がいくらかましな気がする。
造り物。無理矢理にしたくもないのに作った笑顔。
やっぱり、笑顔は心の底からしないと不格好になるなぁ、と自嘲する。
(……………………ごめんね)
こうして、加藤鳴海の与り知らぬ所で未央は命を散らした。
それが、二人の信じた選択肢の終わりであり、彼らの物語に続きはない。
もう二人の約束は、果たされない。
笑顔を取り戻したいと願った主従の最期に、心からの笑顔はなかった。
【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ 死亡】
【加藤鳴海@からくりサーカス 消滅】
【C-8/アイドル女子寮/二日目・午後】
【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]魔力消費(極大)
[装備]改良強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]時空跳躍弾(数発)
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える。
1. 純黒のサーヴァント(球磨川禊)を何とかして排除する。前川みくを殺すことで退場させたい。
2.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
3.打って出る。新都へと赴き、みくを暗殺する……ことは無理なので、退却。
4.T-ANK-α3改を放って、マスターを暗殺する。
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
強化服を改良して電撃を飛び道具として飛ばす機能とシールドを張って敵の攻撃を受け止める機能を追加しました
B-6/神楽坂明日菜の家の真下の地下水道の広場に工房を構えています
工房にT-ANK-α3改が数体待機しています
チャットのHNは『ロマンチスト』。
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投下終了です。
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スタン、ボッシュを予約します。
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延長します。
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投下乙です
鳴海と未央の結末、どうしようもなく辛いけどどうしようもなく彼ららしい。
未央の言葉で迷いを払うしろがねの拳の先にあったのがその未来だったのが切ない。
未央の浮かべた顔と鳴海の最期の慟哭は夢現聖杯に導かれた主従の一つの極に思えます。
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投下します。
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少年達が願いに懸ける想いは狂気であるのか。
片や、空。片や、少女。
どちらの少年の譲れぬモノを糧に剣を振るう。
銀色の閃光が二つ、交差する。
昼間の明るい時でも、誰も通りかからない森の中、木々の合間を縫って動き続ける彼らは、もう止まれない。
少年達は剣に己の願いを込める。この先への道を掴み取るべく、命を懸ける。
「お前がローディである限り、結果は変わらない」
振るわれる剣を軽々といなして、金髪の少年――ボッシュは不敵に笑みを浮かべる。
自分が負けるとは思っていない、未来はとっくに決まっていると言わんばかりの表情だ。
対する少年、スタンの顔は険しく、これから起こるであろう剣劇に顔を顰めている。
「ローディ? 何が何だか知らねえけど……ッ! やってみなくちゃ、わからねぇだろ!」
「いいや、わかるさ。ローディである以前の問題だ」
互いに上段から剣を振るい、接触。
じりじりと鍔迫り合いを繰り広げ、再度離脱。
互角、とは言えない。事実、彼の振るう剣には余裕がある。
切羽が詰まったスタンの剣では、届かないであろう。
「お前、本気で戦う気がないだろ」
「そんなことねぇ!」
「はっ……口では何とでも言える。全く、どいつもこいつも、腑抜けた奴等しかいないらしい。これだと、アイツに追い付くのは楽勝か」
加えて、スタンは眼前の少年が途方もない力を持っていることを肌で感じていた。
それはまるで、彼の世界にいる化物――星晶獣のようで。
彼の内側にある“何か”が気になって仕方がない。
その“何か”が呼び声を上げているとさえ錯覚してしまうぐらいに、スタンは眼前の死合に集中できていなかった。
「冥土の土産に嘲りをくれてやる。お前の剣には決定的に、殺意が足りていない」
そして、告げられた言葉にスタンは微かに身震いをする。
その通りだ。内包するものがとてつもない力であったら。
もしも、星晶獣と同じ力であったら。
幾つもの仮定が頭の中でぐるぐると回り、思い切り良く戦えない。
-
「腰抜けに程があるな。願いの有無なんて関係なしに、戦わなければ生き残れない」
スタンには殺意が足りない。
この世界で出会った人達――八神はやてに前川みく。
彼女達は普通の女の子で、殺される理由なんて何もなくて。
だけど、争わなくてはならない。たった一つの椅子を巡って、自分達は殺し合わなくてはならない。
「この世界では戦いこそが肯定される」
「……っ!」
「事実だろう。お前は何を勘違いしているんだ?
俺達がしているのは戦争だろ? 勝つ事以外に価値なんてある訳がない」
その思いは昨晩のチャットにてますます強まっていた。
人を傷つけることを是とするこの世界は、スタンにとっては厳しすぎた。
臆病で、根性なし。
されど、大切な人のことをちゃんと想える彼にとって、何かを切り捨てて生きていくには足りないものがある。
他者への害意が、彼には足りなさすぎた。
「絆なんて陳腐なものを育む為に、こんな所に来たのか?
なら、さっさと死ねよ。そんなどうでもいいものを振りかざして、俺を阻むな」
まだ、捨てられない。過去の否定を胸に秘めて戦うと誓っても、拭えない優しさはある。
そんな簡単に忘れられるなら、捨て去れるなら苦労はしない。悩んで、悔やんで、諦めて、その果てにこの戦争へと辿り着いたのだから。
その苦悩は簡単にはいなくなってはくれないのだ。
「だんまりか。そんな様だと、願いを叶えることも、這い上がることもできるはずのないか。
劣等だと思っていたが、ここまでとはな」
願いの為に、人を殺す。そして、聖杯を手にした果てに、やり直す。
大切な人の笑顔を見たいから、聖杯を望む。
-
「敵にも成り得ない屑なんだ……戦えないなら、不相応に聖杯を望むな。
蓋を開けてみたら、何も入っていない空っぽのゴミ箱だなんて、笑えてくるよ」
得られる結果には自分の幸せがなくとも。
それで、満足だ。満足でなければならない。
願いの成就。全てが終わる時、スタンの居場所はない。
「きっと、お前の願いも、大したものじゃないんだろうな」
剣の切っ先が迫る。それは躱さなければ致死の一撃であり、このまま何も抵抗しなければ自分は死ぬ。
これ以上抗った所で何をなせる。この苦しみを抱え続けて何を示せる。
――諦める時だ。
最後は好きな女の子のことを考えて、死ぬ。臆病者にしては上等な結末ではないか。
「死ね」
それでも、右手を、伸ばして。最後に浮かんだものは、やはり
アリーザがいて、アリシアがいて。誰も欠けることがなかった陽だまりが、脳裏に浮かぶ。
捨て去ると決めたはずだ、その場所にふさわしい人間はもっと他にあると諦めたはずだ。
(それでも、俺は――――俺はっ!)
改めて、強く念じる。その願いの為に死ぬなら、本望ではないか。
戦って、負けて、死ぬ。この戦争でスタンという少年は、大切な女の子のことを想って散る。
報われなくとも、自分は最初の思いを貫き通したのだ。
-
……これで、いいよな。
(しにたく、ない)
――――いい訳、ないだろうが!
「あ、ァあ、あァ!」
突き出された刺突を弾き、本能的行動で地面を蹴り、後退する。
吐き出される息は断続的で、平常とは言い難い。
剣を握り締める力は掌に血が滲む程強く、滴り落ちる汗は数滴にも及ぶ。
死にたくない。ただそれだけで、今の自分は此処にいる。
最後の瞬間、考えたのは――自分のことだった。
誰かのことを想って死ぬなんて、夢想譚は所詮空想である。
ヒーローのような死に方なんて、自分にはできない。
-
(どうして、死ななくちゃいけない)
英雄でもなく、勇者でもない。
血統も家柄もごく普通の一般人が、できるものではなかった。
(どうして、諦めなくちゃいけない)
こんな思いでは願いを紡げない。今の自分は間違っている。
彼らを捨て去ろうとしている自分を否定する為の思考に、引き寄せられている。
(どうして、譲らなくちゃいけない)
もし本当に彼らを捨て去るのであれば、その行動の残酷さを、きちんと理解しなければならない。
自分がいない世界、彼女達がそれを是とするのか。
そして、スタン自身がそれを許せるのか。
(ああ――――そうか。そういうことか)
いくら強くても、自分では護れない。傍にいる資格がない。
そんな理屈なんてどうでもよかった。
口では犠牲になると言いながら、結局自分はどうしても捨てきれなかったのだ。
あの場所、あの日常、大切であった人達。全部、スタンにとって拭えないものだった。
大切で、失いたくないもの。自分の命を引き換えにしてでも、奪われたくなくて。
(俺は、自分の大切な居場所を誰かに譲れる程、大人じゃなかったんだ)
それらを他者に譲って満足できる訳がなかった。
自分が紡いだものを捨てることの重さ、そして代償を正しく理解できていなかった。
その代償を払える程、スタンは我欲を捨てきれなかった。
-
(俺が……他でもない、俺自身が、アリーザを護りたかった)
ちっぽけで俯いてばかりの自分。
そんな自分を変えたくて、変わりたいと願って。
強くて、かっこよくなりたかった。
誰かの特別になりたかった。
揺らぎなんてものはない、そんなお伽噺の中にいるようなヒーローになりたかった。
「奪われて、たまるかよ」
ぼそりと口から吐き出された言葉に込められた想いこそが、きっと本当の願い。
大切な少女を救える、強さ。
誰かが代わりに護る? ふざけるな、全部、自分が護る。
誰よりも、どんな英雄よりも、勇者よりも――強くなって、彼女を背に追いやれるような強者へと!
星晶獣なんて軽く蹴散らせる狂気にも通じる強さがスタンは欲しい。
「俺の居場所は、俺だけのものだ。譲ってなんか、やれない……!」
その為に、聖杯が必要なら、スタンは戦おう。
戦いの果てで、黄金の奇跡を掴むことで、世界すらも凌駕しよう。
剣も振るおう、血が滲んでも、気合で振ろう。
痛みなど知った事か、強くなる為ならもう迷いはない。
覚悟は定まった。負けられない、戦わなくてはいけない理由はこの胸に刻み込んだ。
この魂を焦がす焔は既に自分の中で燃え広がっている。
先程までは震えて、揺らぎがあった切っ先は既に真っ直ぐと敵へと向いている。
人を斬るという重みも理解した。殺すことで喪うものもきっとあるだろう。
されど、スタンにとって願いを捨てることはもっと重かった。
これから自分は明確な敵意を以って、人を殺す。
自分の手を血で汚すことを心から、受け入れる。
「まだ、俺の道を阻むのか」
「阻むさ……っ、何度でも!」
その強さが、褒められる形で得た強さではないのはわかっている。
汚れきった手で掴む奇跡が、上等な結末を与えてくれる保証なんてない。
アリーザ達が望む強さでないことも重々承知の上で、スタンは強くなりたい。
それでも、強くなりたい、と。誰にも負けない、鬼神の如き強さを欲しいと焦がれるのだ。
-
――だから、最強を手に入れにいこう。
スタンという臆病で弱い少年が、納得できる形で彼女達の傍にいるには、強くなくてはならない。
自分がそうしたいから。アリーザの為ではなく、自分がそうでなくては許せないから。
誰にも負けないぐらい強くなって、彼女の横にいる。
それは空に謳う十天衆のように。強くなくては護れない世界があるから。
「怖いとか、辛いとか、どうだっていい。
俺は誰よりも、強くなる。聖杯を使ってでも、強くなる。そうならなきゃ、俺は……俺の世界を護れない」
数分前まで全身に残留していた迷いは、とっくに消えていた。
この身体は剣を振るい、強さを目指す者として適応している。
「この聖杯戦争を勝ち抜いて……俺は、アリーザに追いつくよ」
「…………追い付く、ね」
どんな手を使ってでも、強くなる。
奇跡を司る聖杯を手に入れたら、きっとありとあらゆる脅威から彼女を護ることだってできるし、悩むことなんて何もなくなる。
前を征く彼女がもう不当な危難に巻き込まれることのないようにだってできる。
「何にせよ、邪魔だよ、お前。勝つのは、俺だ」
「そうだな。俺もお前が邪魔だ。それと、勝つのはお前じゃねぇ、俺だよ」
その為に、眼前の敵を屠る必要があるなら、そうするだけだ。
そして、此処が聖杯戦争である以上、戦闘は止まらない。
元より、二人には止まるつもりはなかった。
余力がある内に、敵を斬る。
黄金の奇跡を掴み取るべく、彼らは直走るしかないのだから。
――だから、殺す。
彼らは同時に地面を蹴り、剣を上段より振り下ろす。
そして、接触と同時に離脱。次いで、再度の接触。
その繰り返しが数秒にて、数度行われる。けたたましく、二つの閃光が空を切り砕く。
両者共に、狙いは致命の一撃を与えられる心臓である。
通常の人間であれば、心臓をぶち破れば死ぬ。この剣を突き立てれば、殺せるのだ。
-
「ローディ風情が、俺をてこずらせてくれるな!」
しかし、ボッシュの剣から振るわれる刺突、薙ぎを慎重に捌くだけでもギリギリである。
相対しているからこそわかる。眼前の彼は決して口先だけではない。
幼少の頃より、積み重ねた経験、技量があるのだろう。
誰かを踏み躙ってでも願いの為に突き進む覚悟。
自分だけではなく、彼もまた、願いを持ち、聖杯を必要とする者である。
誰だって何かを背負っている。
戦わなくては生き残れない、戦わなくては願いを叶えられない。
(そうだ、誰だって死にたくない。俺だって、こいつだって。
他にも、高尚な願いを持ってこの戦争に臨んでいる奴だっているかもしれない。
やむを得ずこの戦争に臨んでいる奴だっているかもしれない。
…………はやてちゃんのように、前川さんのように)
この戦争の参加者が、心から戦いを肯定する人間ばかりではないこともスタンは知っている。
八神はやてのように家族を慈しむ者であったり。
前川みくのように友人を案じる優しき者であったり。
武器を振るい、戦うことを選べない彼女らを、護る選択肢こそが勇者であり、英雄なのだろう。
アリーザがいたら、きっとそういった皆が幸せになれる可能性を信じるに違いない。
(そんな人達を――俺は殺すと決めた)
けれど、スタンはその可能性よりも自分の欲望を手に取った。
最後の一人となって聖杯を取ろうと決めた。
誰かの為ではなく、自分の為に。
何もできない自分を払拭し、前へと進むべく、スタンは剣を握る。
強くなければ、傍にいることすら敵わない。
あの居場所を護れず、膝を屈するなんて、認められるものか。
だから、戦うことを胸に刻んだ。
振り向かず、全速力で走り切って、奇跡を掴み取る。
前へと、一心不乱に突き進む。
恐怖を願いの強さで踏み越えられた今なら、刃が届くはず。
-
「苛立たしいんだよ、ローディが願いを持つなんて烏滸がましい!」
その為には、今繰り広げられている剣閃の雨を潜り抜けなければならない。
このまま剣撃を凌ぐだけではジリ貧である。
一刻も早くこのマスターを殺して、瑞鶴を援護しなければならないのだ。
彼女達が離れてから結構な時間が経ったのだ。残された時間はもう少ないであろう。
一旦、距離を置き一息。地力で劣る自分が勝つには運が必要だ。
相手がまだ自分のことを侮っている、この瞬間こそが勝機。
長引いてしまうと、此方が競り負ける。
「俺の全力を、想いを込める!」
疾走開始。スタンは持ち前の素早さを活かし、一足にて、間合いに入る。
対するボッシュもスタンが大技を繰り出してくるだろうことはわかっていた。
しかし、その構えは不動。全部受けきってみせるという意志の表れであろう。
互いの剣には魔力が宿り、今か今かと開放を待ち望んでいる。
スタンは疾走の勢いのまま空中に飛翔。そして、くるりと回転しつつ全力の振り下ろしを放つ。
「ベリテェッ!」
「獣剣技――――!」
対するボッシュも一点集中とばかりに、剣を構え、貫き通す。
二つの力が衝突し、破裂する。空気が巻き上げられ、地面が震える瞬間こそが――!
「クラージュァッ!!!!」
「弐獣葬ッッ!!!」
――世界が一変するその時である。
互いの攻撃は相殺され、二人は勢いのまま吹き飛ばされる。
殺すと誓った一撃だった。されど、その切っ先は相手へと届かない。
両者もどかしさを感じつつも、再び空いた距離をどう埋めるべく思考する。
コンマ一秒、奇しくもスタンとボッシュの思考は一致した。
-
「っらァ!!!」
「ふっ!!!」
接近して、叩き斬ればいいだけだ、と。
上段、下段、左右と閃光が入り乱れ、衝撃音と金属音の多重奏が奏でられる。
是非もなし。傷を付けて無理矢理にでも隙を作る。
突きのフェイントからの横薙ぎをバックステップで回避しつつ、スタンは次なる一手を剣に込めた。
何の変哲もない風塊の一撃――ライオットソード。
もっとも、これは牽制のようなものだ、相手を倒せるとは欠片も思っちゃあいない。
(少しでも、相手の余力を削れたら……!)
ライオットソードで相手のガードがぐらついている内に、もう一度斬り込む。
先手必勝。今度こそ勝負を決めるべく、スタンは剣に力を込める。
「…………っ!?」
そう思っていた矢先のことだった。
ボッシュは近くの木々を切り倒し、後ろへと撤退していくではないか。
分が悪いと思ったのか、それとも何か危難を感じたのか。
ともかく、相手はこの戦場を離脱しようとしている。
追いかけるべきか。それとも、留まるべきか。
高揚した戦意は追撃を主張しているが、頭の片隅にある冷静さはその選択肢を押し留めていた。
(いや、これ以上の戦闘はキツいか。無理をする必要はない)
思考を重ねるにつれ、冷静さを取り戻したスタンは、そのまま自分も撤退することに決めた。
ひとまずは引き分けた。一対一で死なずに戦えたという戦果を今は良しとしよう。
目の前の勝負に勝つことではない、最後まで生き残ることこそが聖杯戦争では重要なのだ。
強くなろうという熱い心だけではない、戦局を見極める冷静な判断力。
それもまた、強くなる過程では不可欠である。
「次は、殺してみせる」
口から出た言葉は自然と剣呑なものであり、瑞鶴辺りが聞いたら血相を変えて心配する程に殺意が満ちていた。
何かを得るには、何かを捨てなければならない。
仕方ないと割り切って剣を振るうのは本来の彼を知る者からすると、考えつかないものであり。
殺す。そう言ったスタンの横顔は、アリーザ達が望む姿ではないと、今のままでは理解できないだろう。
否、それを理解する機会はもう永久に来ないのかもしれない。
強くなることへの欲望を知り、受け入れた彼が元に戻ることはきっと、ない。
強さを求めて、大切なものを少しずつ捨てて。その果てで、全てを失くして、死ぬだろう。
-
■
(油断が過ぎたか。魔力を喰われて、本来の戦いをこなせないなんてな)
舌打ちをしながら、ボッシュはある程度の距離を稼いで、一息をついていた。
本来の状態であるなら、撤退など選ばないが、今のボッシュはサーヴァントを使役するマスターだ。
心置きなく、相手を殺すまで戦闘は到底できたものではない。
無論、殺せる者は殺すが、先程の相手は少し手間がかかる。
そして、分かれて動いているブレードトゥースが激戦を繰り広げているのか、些か、魔力を消費しすぎた。
このままでは万が一の場合もある。負けるつもりこそないが、不測の事態に陥って討ち取られるなど、笑い話にもならない。
業腹ではあるが、念には念を入れて、だ。
(また、俺は逃げた。戦略上仕方がないとは言え、逃げたことに変わりはない。
あいつは、絶対に殺す。俺の道を阻むだけではなく、汚点に成り得るなら尚更、殺さないと……)
生きていたら、何れまた相対することもあるだろう。
いいや、生きていて貰わなくては困る。
前日に逃げた主従含めて、邪魔な人間は全て蹂躙しなければならない。
それぐらい、できなければ、リュウには追いつけない。
未開の空を開いたであろう彼に及ぶだけではない、追い抜くぐらいのことをしなければ、ボッシュはの真の意味で勝者足りえない。
「次は、殺す」
ボッシュが目指すのはただ一つ。
リュウの背中を追い越し、今度こそ自分が勝つこと。
聖杯戦争など、あくまで過程だ。自分が到達すべき世界は、願いは、別にある。
空が開けた世界で、もう一度決着を。
今度こそ、自分が勝つ。何度だって、勝つまで。
――それが、“俺”だ。
瞬間、胸の奥底で、“何か”が脈動した気がした。
今はまだ眠っている、それでいて、雌伏の時でいる“何か”。
まだ、機は熟していない、と。
運命にたしなめれたかのように、その脈動は一瞬にて終わった。
【C-7/二日目 午後】
【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]魔力消費(大)
[令呪]残り三画
[装備]剣、ギターケース
[道具]教材一式
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取り、強くなる。
1.誰が相手でも、殺す。そうするだけの願いがある。
[備考]
【ボッシュ=1/64@ブレス オブ ファイア V ドラゴンクォーター】
[状態]魔力消費(極大)
[令呪]残り3画
[装備] 獣剣
[道具]ロッドケース
[金銭状況]奪った分だけ。今は余裕がある。
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、空を見に行く。
1.撤退。次にスタンと相対した時は殺す。
[備考]
NPCを何人か殺害しています。
バーサーカーを警戒しています。
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投下終了です。
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南条光、テスラ、ミサカ妹、ゾルさん、明日菜、千雨、カネキ君を予約します。
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投下乙です。スタンとボッシュ、今企画でも屈指の強マスター同士による激突は、しかし戦力云々よりも彼らが持つ願いや矜持こそが主題となった戦いであり、だからこその見ごたえがありました
アリーザを守れる誰かを欲するというスタンの願いが欺瞞であり、故に剣には殺意もやる気もこもらない。それを嘲笑うボッシュに、しかし自分が誰かを想って死ぬなんて許されないというヒーローになりきれない泥臭さがために再起し剣を振るうという展開。中々煮え切らなかったスタンがついに自分の願いを自覚し、ようやく彼の聖杯戦争がスタートしたといったところですね
互いに譲れない願いを懸けた少年たちの戦い、お見事でした。次の投下も期待しております
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投下します。
当初のプロットが変わり、光、テスラ、千雨、カネキ君以外を予約から外します。
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(大丈夫かなぁ……)
朝の光が窓から差し込み、机の上を明るく照らす。
学ぶならじめじめとした天気よりもカラッと晴れている方がいい。
そう考えると、今日は天気絶好の授業日よりである。
しかし、南条光の表情は優れず、机に項垂れている。
それは朝の登校から、昼休みの今に至るまで変わらずにいた。
彼女の頭の中にある懸念は昨夜会った少女のことだ。
這いずり回りながらも、逃げようと藻掻き、生き抜いた少女。
光が気絶から目を覚ました後も、彼女は一向に目覚めなかった。
(負った傷もそうだが、あの少女――今に至るまで碌に寝ていなかったのだろう。
上手く化粧で隠していたが、色濃い隈がある。
眠れず街を駆け回って、戦って、そして精神的にも肉体的にも限界を迎えたのだから、無理はない。
今日一日近くは目を覚まさないとみていいだろう)
連れ帰った少女は、光が朝登校する時も、未だベッドの上で寝息をたてており、しばらくは起きない様子であった。
できることなら、自分達が遭遇した主従以外のことなど、聖杯戦争について色々と聞きたかったのだが、仕方がない。
(そっか……。帰ったら目を覚ましてるといいな。今晩は三人で美味しいご飯を食べよう!
元気の源は食事から、だし!)
(ああ。蓄えは潤沢にある。出し惜しみは無用だ)
まだ自己紹介も情報の交換も願いの有無もしていない、知らない少女を勝手に家に上げても良かったのか。
そういった不安は微塵も光は感じなかった。少なくとも、彼女はあの死神のように汚い真似は絶対にしないはずだ。
少なくとも、朦朧とした意識で『ありがとう』と声を振り絞った少女の真摯な想いに嘘はない。
だから、光は彼女のことを信じるに足ると判断し、家へと連れ込み、念入りに手当をすることにも何の異存もなかった。
-
(それよりも、マスターは平気か? 体調面を顧みて、学校も休んでよかったはずだ)
(いいや、ちゃんと出とかないと。此処にはミサカ達がいる。
もしも、アタシのいない時、学校が襲われて、皆が死んだら……アタシは一生後悔する。
それだけは嫌だ、後悔が残る生き方は絶対にしたくないから)
(そうか。そう言うなら、従おう。されど、無茶はすれど無理は禁物だ。
お前は一人ではない、私がいる。そのことを努々忘れるな)
もしもの話を考え出すときりがないが、この学校は聖杯戦争の参加者からすると襲うのにうってつけだ。
現に、前日も校庭への狙撃をはじめとした戦闘の兆候を示すものが何件もあった。
もうその侵食は光の身近にまで迫っているのだ。
(ネギ先生……あの人は、マスターだったのか?)
(今となってはわからずじまいだが、その可能性はある。
考えても詮無きことではあるがな、生きていたら再び相見えるだろう)
そして、ネギ・スプリングフィールドの行方不明がそれを物語っている。
何も怒らないまま、日常が過ぎていくならどれだけよかったことか。
誰も知らぬまま、戦争はこれからも続いてく。
その度に人は死に、誰かの願いは潰えて果てるのだ。
止めなくては。当初に抱いた決意を再度固めて、光はごしごしと目を擦り、立ち上がる。
隣の席でいそいそとお弁当の準備をしているミサカの怪訝な死線も無視して、教室の外へと歩を進める。
「お昼は取らないのですか、とミサカは問いかけます」
「いんや。ちょっとリフレッシュに屋上で太陽を浴びてくる。
とはいっても、すぐ戻るから!」
「相変わらず元気だねぇ。うんうん、その元気を分けてもらいたいよ」
「紗南は徹夜でゲームをしているからであり、やめたら元気になりますよ、とミサカは改善策を打ち出します」
「いやいやいやそんなことはできないし、やらないよぉっ!」
肩をこきこきと鳴らしながら、光は廊下に出て屋上へと続く階段を登っていく。
こういう時こそ、日光を浴びて思考を切り替えるべきだ。
自分は物事を難しく考えることが得意ではない。
頭で考えるよりも、先に行動してしまうタイプだということも自覚している。
だから、とりあえず動く。内に秘めたもやもやも発散して、次に活かす。
アイドルとして活動していた時から、自分はずっとそうだった。
ヒーローになりたい。誰かの笑顔を護れる強さを誇りたい。
そんな想いを燃料にして走り続けてきた。
この聖杯戦争内でも、その誓いは変わらない。
-
(まだ、頑張れる! まだ、大丈夫!)
聖杯戦争の参加者である自分達はサーヴァントがいるから護りはある。
突然の危険に対して、対処することができるが、他の人達は違う。
予兆もなく襲い掛かってくる危難から逃れる術は、一般人にはない。
自分達の巻き起こす戦争の余波は何も知らない一般人が全て被るのだ。
だから、自分だけではなく、彼らも含めて護ろうと光は決意した。
(例え、一週間で消える人達であっても、今を生きているんだ)
ヒーローを目指しているからこそ。
人として、絶対に越えてはいけない境界線だからこそ。
南条光は聖杯戦争を認めない。
血を流し、涙を落とすのは、もうたくさんだ。
犠牲を強いるこの戦いを、正義の味方は真っ向から否定しなくてはならない。
(偽者であっても、最終的には死ぬ命であっても、尊ばれるべきなんだ)
どうか、この世界が幸福のまま終わりますように。
必ず来る別れであっても、その結末が変わらないとしても。
生まれた絆は絶対に裏切らない。
交わした言葉はきっと、この胸の中にいつまでも残っている。
建て付けの悪い扉を潜り抜け、屋上から見上げる空は現実と何一つ齟齬がない。
青色と白が混ざり合ったあの空は偽物であれど、本物だ。
そして、肌で感じるじっとりとした暑さも、そうだ。
屋上には、もう真夏と変わらないくらいの熱があった。
今日は湿度が少し高い。梅雨が完全に抜け落ちていないのもあるのだろう、大気が水分を蓄えているのかもしれない。
夏はゆっくりと、確実に進行している。後、数日もたてば、屋上の世界は、完全な夏に組み込まれるだろう。
しかし、それはタイムリミットのない世界での話だ。
一週間という機嫌を過ぎると、この夏も終わってしまう。
肌に感じるそよ風の心地よさも、照りつける太陽光も、全部がなかったことになるのだ。
偽物として、たったの一組以外は処理される。
-
――ミサカ達が偽者だとしても、友達だから。
この世界でできた大切な友達。
この聖杯戦争に巻き込まれなければ、きっと出会うこともなかった少女達と友達になれたことを、光は嬉しく思う。
何もかもが偽りで無駄だった、なんて言わせるものか。
(アタシだけは絶対に、否定しない)
正義の味方としてではなく、南条光として。
この世界に住まう人々を肯定しようと決めたのだから。
「よしっ、やってやるぞぉぉぉぉ!!」
その為に、自分は此処にいる。
力を貸してくれるサーヴァント――ニコラ・テスラも手を伸ばしてくれている。
光は一人ではない。だから、まだ走れるし頑張れる。
内に灯る輝きは色褪せることなく、今も煌々としている。
ひとまずは、自分の目的を再確認できた。最初から変わっちゃいない。
正義の味方として、行動する。誰かの犠牲を強いる聖杯なんて破壊する。
「っせーな、暑苦しい声出してんじゃねーよ。寝ていたのに、目が冴えちまった」
心にある靄も振り払った所で、さて戻るかといった時。
後ろから甲高い声が聞こえ、思わず後ろを向くと、苛立たしげな少女が此方を覗いていた。
ちょうど光の視界に入らない所――影がかかっている場所で昼寝でもしていたのだろうか、その表情は優れたものではなかった。
目を細め、顔を顰めつつも、少女はゆっくりと立ち上がり、じろりと視線を向ける。
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「はっ、誰かと思ったら南条か。いきなり屋上で選手宣誓たぁ、今日も元気に正義の味方ってやつか?」
「えーと……」
「長谷川千雨だよ。お前のクラスメイトだ…………って言っても、話したこともねぇ奴なんざすぐ出てくる訳ねーか」
長谷川千雨。
和気藹々、どいつもこいつもヒャッハーな精神を持っている中で、唯一といっていいぐらい特徴のない生徒だ。
個性的なクラスメイトが多い中、彼女はただその光景をいつも腹立たしく見ている。
いつも仏頂面でこの世の中全てが下らないと言わんばかりに、表情を顰めているのが印象に残る。
そもそも、ここ最近は学校にも登校していなかったので、あくまで薄っすらとしたものだけど。
「ご、ごめん」
「謝る必要はねーよ。被害者、私だけだし。まあ忠告しておくと、叫びたいなら周りを見てからにしな。そうじゃねーとキチガイに見えるぞ?」
苦々しげに溜息をつきながら、千雨はポケットから眼鏡を取り出し、めんどくさげにかける。
もう夏にもなるというのに長袖のシャツを着ているのは日焼けが嫌なのだろうか。
そして、その様子から彼女は此処で本当に寝ていたのだろう。
如何にも気怠そうに。そして、面倒くさそうに。
これ以上話すことはないと言わんばかりに、千雨は先程まで寝ていた場所へと戻っていく。
「あ、あの長谷川は、ずっとここで寝ていたのか?」
「あ? んだよ、悪いか」
「いや、授業はちゃんと出た方がいいかなって」
「あんなもん、出席日数がギリ足りてたらいいんだよ。偶に来てみたらいつも通り、ふざけた光景で時間の無駄だったな。
気色わりぃったらありゃしねぇ。必要なプロセスとはいえ、くだらない」
心底吐き気がすると言わんばかりに、千雨の表情は暗く濁っていた。
両の瞳には憎しみさえこもっていて、有無も言わせぬ空気があった。
彼女達に何の価値もない。言外にそう言ってるのだ。
-
「そこまで言うこと無いだろ! 皆いい奴等なんだ、長谷川がそこまで言う奴等じゃない!」
そして、光はその言葉を見逃すことができなかった。
クラスメイトは自分にとって大切な日常の一つであり、護らなくてはいけないものだ。
彼女達がいるからこそ、戦える。護るべきものがあるから正義の味方は生きていけるのだ。
――何もない、必要とされない、そんなことはない。
自分がやらなくてはならない、成し遂げねばならない。
世界の全てがその選択を否定しようが、南条光だけは肯定しようと決めた。
正義の味方として行動することが正しい、と。
「はいはい、悪かった悪かった」
加えて、南条光として、眼前の少女が吐き捨てた言葉を許せなかったこともあるのだろう。
自分が大事にしている宝物をバカにされたかのように、ムキになってしまったのだ。
背を向ける千雨に光は追い縋り、彼女の右腕へと手を伸ばす。
ぎゅっと握り締め、彼女を振り向かせる。まだ話は終わっていない、と。
しかし、彼女からの反応は意外なものであった。
「いっつ……っ!」
顔を苦痛に歪め、千雨は伸ばされた手を強引に振り払う。
そう、思わず『右手』で振り払ってしまった。
「長谷川、お前は……っ」
当然、その甲――令呪の紋様を、光は見逃さなかった。
自分にも同じく刻まれた証。聖杯戦争に関わっているという絶対的な証拠。
それが、眼前の彼女にあるという事実。
-
「その反応――ったく、巡り合わせっていうのは随分とクソッタレらしいな」
口元を歪ませ、肩を竦める少女を前に、光はぎゅっと手を握りしめる。
相対してまったからには、もはや衝突は避けられない。
護らなくては。この学校を戦場にさせないように、場所の移動を提案しなくては。
「おっと、サーヴァントはなしだ。お互い此処で戦いとなっちゃあ面倒になる。
それぐらいは正義の味方志望の子供でもわかるだろ?」
そんな思惑を浮かべていたが、千雨から発せられた言葉は意外にも穏健なものであった。
どうやら、所構わず戦うといった悪鬼羅刹の類ではないらしい。
「まあ、そういうこった。何、この世界は狭いんだ。
いつか“戦う時”は来る。焦って戦う必要なんてねーだろ?」
これ以上話すことはないと言わんばかりに、千雨は光に一瞥もせず屋上を去ろうとする。
「ちょっと待て! まってくれ! まだ、話は終わっていない!
お互い、話すべきことがあるだろう!?」
しかし、光からすると話すことは山程ある。
聖杯戦争を通じて、ようやく他のマスターと会話ができるのだ。
未だ目を覚まさぬゆりはともかくとして、やっと、だ。
きちんと言葉を介して自分の思いを伝えたら、協力してくれるかもしれない。
「はっ、お前の戯言なんて聞く価値があるとは思えねぇな。正義の味方を自称してる奴が言いそうなことなんて、猿でもわかる。
大方、聖杯戦争なんて許せない、皆で協力しよう、って所か? 救えねえアホだな、耳が腐るっつーの」
「それの、何がおかしいんだよ……っ! お前は、人を殺してなんとも思わないのかよ!!」
「おかしいに決まってるだろうが。どいつもこいつも譲れねえ願い背負って走ってんだ。
その邪魔をする奴に対して、いい顔をすると思うか? 人殺しの是非なんざとっくに考えてる暇はねぇよ」
伸ばした手を拒否されようが、南条光はそれでも、と。
その対象は味方だけではなく、敵にも伸ばすつもりであった。
誰かの犠牲を強いる聖杯なんて不幸を生むだけだ、と。
-
「見知らぬ誰かさんの命と大切な願い、どっちが重いかなんてはっきりしてるだろうが。
その過程で、いちいち振り向いていたらキリがない。
倫理観なんざ何の役に立つ? 正義の味方さん――――てめぇが必要とされる道理はないな」
「ふざ、けるな! それでも、人には越えたら駄目な境界線があるだろ!
個人の勝手で他の人を不幸にするなんて許されるはずがない!」
「――許されるさ。此処はそういう世界だ。
争って、奪って、願いを叶えることが正しいんだからな。
つーか、そうしないと“先”がない、未来がない。
生憎と、自分の命を捨ててもいいぐらい好きな奴は此処には“いない”んだよ」
そんな綺麗事を、千雨は丁寧に切って捨てる。
正義なんていう陳腐な妄念は、聖杯の前では塵芥に等しい、と。
ぐらりと揺らぐ光の根幹を、千雨は容赦なく糾弾する。
「間違ったやり方で願いを叶えるなんて……!」
「大事なのは過程じゃなく結果だ。手段を選んでられる程、余裕がない奴等に説教してこいよ。
返されるのはきっと、敵意だけだぜ?
正しいことはいつだって気持ちのいいものだ。
人から感謝され、笑顔を生む輝きだ。
諦めなんて努力で払拭できる。何れは来る淘汰も、絆の力で抗える。
「押し付けるなよ、てめぇの理想論を。
少なくとも、私からすると南条……てめぇの想いを理解することなんて到底できねーな」
このままではいけない。これ以上、言葉を紡ぐと――飲み込まれる。
光は何か、明るくて柔らかな会話を探した。
理想と優しい願いで塗り固めた、御伽話のような話をしたい。
自分の願いが間違っていない事を証明する為にも。
しかし、口から漏れ出すのは微かな呻き声だけであり、千雨の言葉を明確に否定するものは生まれなかった。
だって、それは心の奥底で、光も仕方がないと認めていた事実だから。
自分が一番大事だという保身は間違っているのか。
聖杯へと縋る程に疲れ果てた人間に対して、諦めるなとはっきりと言えるのか。
正しさは、正義は、理想は、時として人を傷つける刃となる。
-
「傲慢だよ、てめぇの正義は」
このような形でなければ、光の正義は輝きとして、周りを強く照らしていただろう。
正しさ、尊さ、優しさには、無条件で肯定されるだけの価値がある。
諦めずに前へと進む不屈の決意は戦うにあたっての糧に成り得ただろう。
しかし、この世界は紙風船のように脆く、ちょっとの衝撃を与えたらすぐに崩壊してしまう泡沫の舞台である。
光の願いは、きっと受け入れられない。その輝きの強さに耐えれる程、人は強くない。
その正義は、深いものでも、強固なものでもない。
どこにだって簡単に転がっているような正義だ。いずれはぐしゃぐしゃとまるめて、ゴミ箱に捨てられてしまうような。
されど、そんなか細い正義ですら、この偽りの世界では“強すぎる”のだ。
「じゃあな、正義の味方。そうやって、否定をし続けたらいい。
最後まで、貫いて、その両手を血で濡らしても尚、同じことがほざけるなら――本物だろうよ」
南条光という人間は強い。
不測の事態に巻き込まれようとも、芯にある真を忘れ得ぬ強さを持っている。
そして、その真を広げ、前へと走れる少女である。
「ああ、でも」
長谷川千雨の放つ言葉はきっと、この世界に蔓延する正しさだ。
誰も彼もが肯定するしかない、正義だ。
自分の持つ正義とは違った“正しさ”である。
「そうなっちまったら、お前――――もう、正義の味方じゃねぇか。
私と同じ、“殺人者”だよなぁ」
その“正義”の果てに何が待っていようとも。
正義を呪う無尽蔵の奇跡が充満していようとも。
彼女の総てが反転し、輝きを無くすまで。
穢れ切った正義の味方として、堕ちていく。
世界の敵として、背負う覚悟なくしては結果は生まれない。
立ち去っていく千雨を前にして、光ができたことといえば、ただ――倒れない。
それだけしかできない、ちっぽけな正義の味方であった。
-
【C-2/学園(中等部校舎屋上)/二日目 午後】
【長谷川千雨@魔法先生ネギま!】
[状態]覚悟、右腕上腕部に抉傷(応急処置済み)
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]ネギの杖(家に放置)
[金銭状況]それなり
[思考・状況]
基本行動方針:絶対に生き残り聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
2.南条光は気に入らない。
[備考]
この街に来た初日以外ずっと学校を欠席しています。欠席の連絡はしています。
C-5の爆発についてある程度の情報を入手しました。「仮装して救助活動を行った存在」をサーヴァントかそれに類する存在であると認識しています。
他にも得た情報があるかもしれません。そこらへんの詳細は後続の書き手に任せます。
ランサー(金木研)を使役しています。
朝倉和美(NPC)に情報収集の依頼をしています。彼女に曰く二日目早朝にはある程度の情報が纏まるものと予測しています。どの事件のどの程度の情報が集められるかに関しては後続の書き手に任せます。
【ランサー(金木研)@東京喰種】
[状態]???、全身にダメージ(回復中)、疲労(小)、魔力消費(中)、『喰種』
[装備]
[道具]なし。
[思考・状況]
基本行動方針:誰が相手でも。どんなこと(食人)をしてでも。聖杯を手に入れる。
1.もう迷わない。何も振り返らない。
2.今日は休息に充てる。
[備考]
長谷川千雨とマスター契約を交わしました。
【南条光@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]それなり(光が所持していた金銭に加え、ライダーが稼いできた日銭が含まれている)
[思考・状況]
基本行動方針:打倒聖杯!
1.聖杯戦争を止めるために動く。しかし、その為に動いた結果、何かを失うことへの恐れ。
2.無関係な人を巻き込みたくない、特にミサカ。
[備考]
C-9にある邸宅に一人暮らし。 仲村ゆりを保護しています。
異界を認識しなかったことにより、その精神にも影響は出ていません。
【ライダー(ニコラ・テスラ)@黄雷のガクトゥーン 〜What a shining braves〜】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]メモ帳、ペン、スマートフォン 、ルーザーから渡されたチャットのアドレス
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊し、マスター(南条光)を元いた世界に帰す。
1.マスターを守護する。
2.負のサーヴァント(球磨川禊)に微かな期待と程々の警戒。
3.負のサーヴァント(球磨川禊)のチャットルームに顔を出してみる。
[備考]
一日目深夜にC-9全域を索敵していました。少なくとも一日目深夜の間にC-9にサーヴァントの気配を持った者はいませんでした。
個人でスマホを持ってます。機関技術のスキルにより礼装化してあります。
キルバーンに付着していた金属片に気付きました。
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投下終了です。
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ケイジ、紫杏、剣心を予約。
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間に合いそうにないので一旦、破棄します。
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