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ヒグマ・ロワイアル part3

1 : ◆Dme3n.ES16 :2014/08/15(金) 21:31:08 fbSBDNBE0

【主要な生存者名簿】

【とある科学の超電磁砲】○佐天涙子/○初春飾利/○御坂美琴/〇布束砥信
【艦隊これくしょん】○天龍/○球磨/○天津風/○島風/○那珂/〇龍田/〇扶桑/〇ビスマルク
【仮面ライダーシリーズ】○北岡秀一/〇駆紋戒斗/○浅倉威/○浅倉威/○浅倉威/○操真晴人
【Fateシリーズ】○言峰綺礼/○間桐雁夜/〇ランスロット
【魔法少女まどか☆マギカシリーズ】○巴マミ/○佐倉杏子/○暁美ほむら/○呉キリカ/〇キュゥべえ
【ゆるキャラ】〇メロン熊/〇くまモン/〇クマー
【ジョジョの奇妙な冒険シリーズ】○ウィルソン・フィリップス上院議員/○ウェカピポの妹の夫
【ポケットモンスター】○デデンネ/○パッチール
【プリキュアシリーズ】○夢原のぞみ
【ビビッドレッド・オペレーション】○黒騎れい/○四宮ひまわり/○カラス
【彼岸島】○宮本明
【ダンガンロンパシリーズ】☆モノクマ(江ノ島アルターエゴ)/〇戦刃むくろ/〇狛枝凪斗
【魔法科高校の劣等生】☆シバさん/☆司波美雪
【進撃の巨人】○ジャン・キルシュタイン
【プーさんのホームランダービー】○クリストファー・ロビン
【スクライド】○カズマ/〇劉鳳
【ラブライブ!】○星空凛
【私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】○黒木智子
【キルラキル】○纏流子
【るろうに剣心】○武田観柳
【からくりサーカス】○阿紫花英良
【北斗の拳】○フォックス
【荒野に獣慟哭す】○アニラ
【新世紀エヴァンゲリオン】○碇シンジ
【めだかボックス】○球磨川禊
【妄想オリロワ2】○ジャック・ブローニンソン
【食戟のソーマ】〇田所恵
【ヒグマロワ】○戦艦ヒ級

【ヒグマ】
〇デビルヒグマ/〇隻眼2/〇ヒグマになった李徴子/〇メロン熊/○ヒグマン子爵
○穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ/〇ヒグマード
○ラマッタクペ/○メルセレラ/○ケレプノエ/△ヒグマサーファー
【ヒグマ帝国】
☆イソマ/☆キングヒグマ/☆ツルシイン/☆シーナー/☆灰色熊
〇グリズリーマザー/△ビショップヒグマ/〇ナイトヒグマ
○ヤスミン/○ガンダム/○ミズクマ/〇穴持たず428/○ヤイコ
○穴持たず59/○伝令ヒグマ/○ロッチナ/〇ヒグマ提督
○ヤエサワ/○ハチロウガタ/○クリコ/〇パク/○ハク

まとめwiki
ttp://www54.atwiki.jp/higumaroyale/
現在地地図(会場)
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/4/den_wgC73NFT9I_4.png
現在地地図(ヒグマ帝国)
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/3/den_wgC73NFT9I_3.png

【基本ルール】
・ヒグマと人類の種の存亡を賭けた戦いです
・6時間毎に定期放送があり、ヒグマ以外の死亡者が発表されます
・予約期間は一週間、+延長申請によりもう1週間
・予約が入っていなければゲリラ投下も可
・名簿外のキャラを予約してもOKです
・自己リレー推奨
・あまりにも放置されてるキャラはヒグマに捕食されるので注意してください
・ヒグマは一匹一匹が範馬勇次郎を凌ぐ力を持っています
・全力で戦ってもらう為に参加者の得意武器+ランダム支給品0〜2+基本支給品が支給されます
・基本支給品は携帯食料、飲料水、地図、洗髪剤、石鹸、タオルです
・日本語以外で投下された場合、すべて夢オチとして処理されます


【作中での時間表記】

 深夜:0〜2
 黎明:2〜4
 早朝:4〜6
 朝:6〜8
 午前:8〜10
 昼:10〜12
 日中:12〜14
 午後:14〜16
 夕方:16〜18
 夜:18〜20
 夜中:20〜22
 真夜中:22〜24


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2 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:09:35 9Tzjec420
新スレ乙です!
穴持たず205を予約に追加して投下します!


3 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:10:41 9Tzjec420
 生まれた時から、私の周りには幾億幾兆の命があった。
 この世界は、命に満ち溢れていた。
 だから自ずと、私は自分が大きな世界の中の確かなひとかけらであることを、実感していた。

 私の内と私の外とを、幾憶幾兆の命が絶え間なく呼吸する。
 私の輪郭は命の間に融けて、どこまでも広がり、またどこまでも狭まった。
 どこにも境などない。

 四方を囲むのは、まるで魔法のような支援だ。

 だから自ずと、私は自分が大いなる仲間たちの確かな一員であることを、実感していた。


『キング、いよいよでスね』
『へへへ、この「アクロバティック・アーツ」の“初お披露目”ってとこだな』
『息巻くのは後にしておこうよナイト君。まずはしっかり、有冨所長を仕留めないとね』
『うふふ、有冨さんって優しい人かなぁ? ちょっとは遊び相手になってくれるといいなぁ』


 私の周りではその時、4頭の同胞が朗らかな唸り声を上げていた。
 地下に造られた『HIGUMA』たちの国――ヒグマ帝国に生まれた私は、穴持たず204番という通し番号を持っていた。
 彼らは、私の少し前に造られた、私の仲間たちだった。


『有冨所長と――、あと残る研究員は布束特任部長だね。指示通り、やり遂げましょう』


 ポーン、ルーク、ビショップ、ナイト。彼らはチェス駒の名前をもじって命名された。
 そして私は、キングと呼ばれて、彼らから慕われている。
 有り難いことだ。

 私の持つ能力は、ヒグマ帝国でも珍重された。
 『ピースガーディアン』などという洒落た名前で、私たちは持て囃された。
 だからこうして、今も私たちは重要な役目を任されている。
 先に生まれていた指導者の方々や仲間たちに信頼されるということは、私に自ずと、同族を救うという使命感を芽生えさせてくれていた。


 仲間たちの期待と信頼に応える。

 それこそが、私の生きがいになった。
 私が奮起して働けば働くほど、彼ら仲間たちは喜んでくれた。
 助けてくれた。
 信頼を深めてくれた。
 実に、心地よい感覚だった。


『ああ、“了解”だぜ、キング』
『ここでス。この突き当りの扉が、最後の研究室でスね』
『ほんとだ! 美味しそうな人間の匂い!』
『えーとねぇ……中の電気信号を見るに、扉のすぐ前に一人、部屋の奥にもう一人。パソコンかなんかの機械が一台だけついてるようだね』
『……よし、じゃあ私が、開いた瞬間にやるよ』


 ルークたちが研究所の廊下で私の背後を固めていた。


 私たちは、自分たち『HIGUMA』を作り出した企業、STUDYの研究所で、目下反乱を起こしている。
 秘密裏に隠蔽しながら規模を広げていた私たちのヒグマ帝国は、研究所がとある『実験』を敢行するのと同時に、主要なメンバーで一斉に蜂起した。
 あらかじめ調べておいた各研究員の動線を塞ぐように、建築班や軍事班のヒグマたちが一丸となって研究所の壁をヒグマ帝国側から破壊し、研究所を制圧していた。
 主要な研究員、職員、保護室に入っていた人間などは粗方殺害が完了したと、私の元にも報告が入っている。

 あとは、私たちがこの作戦に、終止符を打つのみだった。


「ははは……。今度彼らと話す機会があったら、覚えておくよ。布束砥信」


 研究室のドアが、軽い音を立てて横にスライドした。
 眼鏡をかけた細面の青年が、そこには微笑みを浮かべたまま立っていた。
 目の前に構えていた私の姿を確認して、彼の目は微かな驚きを帯びた後、もう一度笑う。

 そしてドアを開けて一歩、その白衣の青年・有冨春樹所長が拳銃を構えるより早く、私は自分の爪を振り下ろして、彼の命を刈り取っていた。


4 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:12:23 9Tzjec420

『有冨所長の殺害、完了しました』
『いよっしゃあ! “任務達成”か!?』
『あとはあのお姉ちゃんだよね! 遊んでいいかなぁ?』
『良いんじゃない、あとは適当でもさ。どうせ逃げられるところはないしね』
『最後まで気を抜かないようにシましょう……。全員で囲みマスよ』


 緩い波のかかった髪の毛を俯かせて、壁際の機械を背にして震える少女が、研究室には残っていた。
 情報が確かなら、彼女がSTUDY研究員の最後の1人、布束砥信特任部長だ。
 彼女は計画の途中で、急遽アメリカから帰国してSTUDYに復職し、実験に参加していたという。
 私たち『HIGUMA』を生み出すための技術の主要部は彼女が開発したものらしい。
 恩義のようなものを感じないわけではないが、それでも、ヒグマ帝国と私たちの妨げになるのならば、殺すのは仕方のないことだった。


 仲間であるヒグマたちの期待と信頼に応え、繁栄させる。
 それこそが、私たちの目的なのだから。


「本当……。最後まで『夏休みの工作』のつもり……?
 あなたたちは自分が有能なことを、どうしてこんな手段でしか自覚できなかったの……?
 後始末は、いつだって私に押し付けるんだから……」


 私たちに、周囲を半円状に取り囲まれながら、少女はそう呟いていた。

『ん? こりゃあ俺たちに言ってんのか? 俺たちが“有能”だってよオイ』
『イヤ、どう考えても有冨所長に対して言ってマスよネ……』
『しょうがないんだよお姉ちゃん。私たち、こういう役目だってヒグマ帝国から言われてるんだもん』
『ははは、まぁヒグマ語で言ったところで分からないでしょ。どうするポーン? 僕の電気で麻痺させて、君のお人形にしてあげようか?』
『わぁい、するするー!』


 4頭の仲間たちが任務の緊張感も解けて騒ぎ合う中、私の前で俯く少女の口元が、ふと薄ら笑みを含んだように見えた。

 彼女は顔を上げていた。
 極限まで見開かれたその眼球。
 瞳孔がまるで点に思えるほどの、感情の見えぬ爬虫類のような四白眼であった。
 その瞳は、私たちをまるで小動物の如く飲み込んでしまうようにすら、私には思えていた。


「Well, こうしましょう」


 仲間たちが彼女の声に反応した瞬間、少女の手は背後の操作盤を勢いよく叩く。


『は――!?』


 研究室の天上から、爆発のように真っ白い閃光が降り注いでいた。
 最大限度まで光度を上げられた照明が、真っ暗だった研究室の内部を一瞬にして白く塗りつぶす。
 目の前で最後に、彼女の牙が白々と宙に煌めくのが見えた。


 ――眩惑……!


 私がその思考に至った時には、蛇を思わせる少女の四肢が、カミソリのように空間を裂いて私たちを襲っていた。

 ポーンの顎が右の手刀で切り上げられる。
 ビショップの鼻先に左の肘が入る。
 ルークの腹に右脚のソールがめり込む。
 ナイトの脚が水面蹴りで払われる。

 そして私の胸に、鋭い痛みを伴って彼女の掌が叩き込まれていた。

 たたらを踏んで数歩後ずさった私の周りで、バタバタと何かが地面に落ちてゆく音が聞こえる。


「……『寿命中断(クリティカル)』」


 明度の戻ってきた私の視界が捉えたのは、一様に気を失って床に倒れ伏している4頭の仲間と、真正面で私を睨みつけている少女の姿だった。
 彼女は暫く私の様子を伺いながら、私を攻撃した掌の感触を確かめているようだった。

「菌類……、そうか、57の例があった……」

 少女は一人、微かに唇を噛んだ後、手をはたき合わせながら泰然とした態度で私に『唸りかけていた』。


5 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:12:50 9Tzjec420

『……今のが私の能力よ。私を襲うのはやめておきなさい。あなたも、この4頭も、いつでも殺すことができるのだから』
『なっ……、ヒグマ語!? なぜ人間が話せるんだ!?』
『羆の音声による情報伝達構造を解析して、あなたたちが使いやすいよう拡張してプログラミングしたのは斑目よ。研究員である私がバイリンガルでいて何がおかしいの?』

 驚く私をよそに、彼女は、蛇のような眼差しで私を見つめたまま、私の胸の毛皮に指を這わせて来る。


『……私に突然襲い掛かって来なくて正解だったわよ、あなたたち。私の「寿命中断(クリティカル)」は、一度触れた相手ならいつでもどこでもその命を絶つことができるものなの。
 意識的に手加減するのも骨が折れる、厄介な能力よ。急に襲われていたら、いくら私でも、勢い余ってあなたたちを殺してしまっていたかもしれないわ』
『な……、ポーンたちは、死んではいないのか……!?』
『よく心音を聞いてみなさい。思考にかまけすぎると、あなたたちはすぐに自前の感覚情報を無視しがちになるんだから』


 少女の言う通り耳を澄ますと、確かに、4頭は気絶しているだけで、呼吸も拍動も整然と続けられていた。
 しかし、それではこの研究員の意図が見えない。
 少女に目を落とすと、彼女は既にその瞳を眠たげな半眼にして、飄々とした笑みを湛えている。


『私はね、最初っからあなたたちヒグマの味方をしてあげるつもりだったのよ。
 ヒグマ帝国といったかしら? 随分と見事な反乱作戦を立てたものじゃない。あなたたちはそこで生まれた新入りってところでしょう?』
『あ……、ああ、そうだ。な、ならば、お前の目的は、一体なんなのだ……! 彼らを人質に私を脅すような真似をして……』
『脅しているわけじゃないわ。あなたを残しておいたのは、そのヒグマ帝国という組織の上層部に、私を迎え入れて貰えるよう口利きをして欲しいからよ』
『そ、それは本当なのか……!? 人間が、私たちに協力すると!?』
『おかしい? あなたたちの同胞にも、元々人間だった者は沢山いるじゃない。何なら手伝うわよ色々と。あなたたちも機械の操作とかは流石に慣れないでしょうから、手ほどきしてあげても良いわ』


 布束砥信というその研究員は、確かな口調でそう語った。
 その時、外の廊下から2頭のヒグマの足音が聞こえてくる。


『キングさん、首尾はいかがですかー?』
『終わっていたらカーペンターズの方で通路拡張しますけど……って、これは一体!?』

 研究室の中で倒れているポーンたちの姿を見て驚いているその2頭は、ヒグマ帝国の建築班の一員であった。
 穴持たず89・パクと穴持たず99・ハクと呼ばれている彼らに向けて、布束砥信が私の脇から顔を出して彼らに唸りかける。


『ああ、ちょうど良いところに来たわね。彼らを連れて行って手当てでもしてあげなさい』
『なっ、なっ……、なんで研究員の方がヒグマ語でそんなことを!?』
『私はあなたたちヒグマに協力してあげるつもりでいるのよ。これはちょっと、私の実力を彼らに実感してもらっただけ。命に別状はないから』
『ひぇ、ひええ……。そ、そうなんですかキングさん……?』
『あ、ああ……。どうやらそういうことらしい……』


 ヒグマ帝国の擁する臣民の中でも実力者である『ピースガーディアン』が一様に昏倒していることで、2頭はたじたじとした様子だった。
 恐る恐る室内に入って4頭を連れ出す彼らに向けて、布束特任部長はなおも声をかける。

『ああ、他のヒグマに会ったら言っておいて。STUDYの布束砥信研究員は協力者です。って』
『は、はいぃ、わかりましたぁ!!』


 ヒグマ帝国内で隈なく建築を行なっている『穴持たずカーペンターズ』の情報網ならば、その噂は瞬く間に伝わるだろう。
 手早く既成事実を作ってしまったその少女に向けて、私は呆然とした顔を晒すことしかできなかった。
 彼女は立ち去ってゆく彼らを見送った後、眉を寄せたまま、ドアの脇で倒れている有冨春樹所長の死体へと歩み寄っていく。


『あなた……、キングという名前なのね。ヒグマ帝国の長なの?』
『あ、いや……、必ずしもそういう訳ではないんだ。それなりに期待と信頼を寄せられていることは確かだが……』
『……いい? ある程度の役職や、上に立つってことには、自ずと「責任」というものがついてくるのよ』


 布束特任部長は、私に背を向けたまま蹲り、有冨所長の眼を閉じてやりながら呟いていた。
 振り向いた彼女の眼差しは、海のような深い色を湛えて私を見据えている。


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6 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:13:08 9Tzjec420

『ヒグマが国を作る……。それは良いわ。自分たちの主権を守るために実力を行使する。それも当然のことでしょう。
 でも、そうして他の者を束ねるなら、王は自分の「責任」を果たさねばならない。他の者が見習いたくなり、着いて行きたくなるようにしなければならないわ』


 ヒグマ帝国の王は、私とは別にいる。『ピースガーディアン』全員が纏めてあのお方に謁見した時、私はあのお方の理想と力、そして恩情に心を撃たれた。
 私の能力は、水と空気と、そしてわずかな光さえあれば、私の周りを豊かな命の庭に変えることができる。
 研究所の目を忍びながら仲間を支えるには、うってつけの力だった。
 あのお方が下賜して下さった水耕栽培の道具や設備で、必ずや同胞を救うのだと、私はその時に固く誓っていた。


『あなたは名前だけのお飾りなのかも知れないけれど、あなたにはその名前や信頼に応える「責任」がある。
 ……よく考えなさい。あなたはこれから、何をするべきなの?』


 布束特任部長は私の真正面にまで近寄り、私の瞳を見つめていた。
 その真っ直ぐな眼差しに、私はあのお方の意志を思い出す。

 STUDYが島の地上で執り行っている実験は、我々ヒグマの将来の如何を問う、大切な実験であった。
 そのため、研究所を制圧した後も、実験は粛々と運営され続けなければならない。
 まだ指導者の方々から自分たちの元には、その運営監督者がどうなるかの連絡は来ていない。
 だが――。


 私の爪には、有冨春樹所長から剥ぎ取った、幾憶幾兆の命が、未だに犇めいている。


『……私は、この実験(ゲーム)をこれからも運営していく。その進行役をしなければならないだろう』
『それは……、ヒグマ帝国の意志なの?』
『そうだ。主催者の有冨所長を殺した下手人は自分だ。だから――、当然、彼の責任も、私のもの。そういうことですよね?』
『そこまでは解らないわ。私の方こそヒグマ帝国なんて寝耳に水なんだから。内部事情を教えて欲しいのは私よ。
 代わりに、放送機器や首輪の傍受方法とか、教えるから』
『それは助かります、布束さん。私は――、仲間たちと偉大なるヒグマ帝国を護っていきたい。
 だから、そのためのことなら率先してやりますよ。放送の事、教えてください』


 そうして、私は布束特任部長を連れて研究室を後にした。
 彼女が我々の味方だという言葉に、嘘はなかった。
 私に、パソコンの操作や周辺機器の扱い方を親身に教えてくれたし、行き来する新たなヒグマたちにも恐怖や動揺などを一切見せずに毅然と対応していた。
 ツルシインさんが頭を悩ませていた艦これ勢の要望にも、関村研究員が引き出しに隠していた独自資料を蹴り開けて、工場を工廠へ改造するための図面を引いてくれた。
 反乱前にシロクマさんなどから伝え聞く情報だけでも、その見習いたくなる仕事振りは一部の仲間たちに熱烈な憧れを抱かせるものだったのだ。

 それこそ、上に立つ者の態度であり、責任の果たし方であったのだろう。


 食糧班の期待の新人としてハニーさんたちを助けたり、指導者たちの連絡網の要として能力を行使したり、そうして他の者たちより幾ばくか高い地位にいる者として、当然、自分にも果たすべき責任があった。


 休まずに働く。
 皆と共に働く。
 仲間の心と体に、全て足りるまで。


 そうして決意する時にも、私の周りには幾億幾兆の命があった。
 この世界が命に満ち溢れていることを、私は知っている。
 だから自ずと、私は自分の果たすべき責任の蓋然性を、実感していた。


    艸艸艸艸艸艸艸艸艸艸


7 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:13:48 9Tzjec420

「氷漬けになりたい者から前に出なさい、お仕置きして差し上げますわ!」


 穴持たず46・シロクマが、凛とした声を張ってそう叫んでいた。
 彼女の体は、人間の少女のものである。
 壊滅した放送室の中ですっくと立つその姿に流れるのは、腰元まで夜を梳いたような艶めいた黒髪。
 取り囲む数十のヒグマたちを睥睨するその瞳は透き通った藍晶石(カイヤナイト)のように、その表情の険しさを差し置いて、見る者を惹きつける美しさがあった。

 しかし、その彼女の様子を見つめながら、高所よりせせら笑う存在がいる。


「うぷぷぷぷ……。ここの全員を皆殺しにするつもりかな? 流石に人間様はやることが違うね深雪ちゃん」
「ふざけるな、江ノ島盾子……。私が殺すのは、あなたからです……!」


 擬似メルトダウナーという大型戦闘機械に乗り込む、白と黒に塗り分けられたクマ型ロボット、モノクマだ。
 放送室に攻め込むヒグマたちの中央に陣取るモノクマの下卑た嘲笑に向けて、シロクマはその眉根に怒りを灯して牙を噛む。


「この擬似メルトダウナーのビームより、キミの無駄に広範囲な冷却魔法の方が早いってぇ? お笑いだねぇ!!」
「私の干渉力をなめるなッ――!!」
『――いえ。その必要はありません、シロクマさん。どうか怒気を抑えてください』


 一触即発だった彼女たちの空気をその時突然、ヒグマの声が割った。
 動揺の走るヒグマたちの中から、さして特徴もない一頭が、何か大きな袋を担いで、悠然とした態度で前に進み出てきていた。

 怪訝な表情を隠せないシロクマの陰から、今まで恐怖に身を竦めていた穴持たず543が華やいだ声を上げる。


「キ、キングさん!! やった、良かった、いらしてたぁ!!」
「――キングですって?」
『ええ。どうも』


 そのヒグマは、度重なる襲撃で瓦礫だらけになってしまった放送室の隅から、鉄パイプを曲げて作った冠を拾い上げて頭に載せる。
 穴持たず204・キングヒグマはそうして柔和な笑みを作って、呆然とする一同に振り向いた。


『こうすれば、みなさんも、もうわかりますよね』


 放送室を襲っていたヒグマたちが、にわかに騒然となる。

「……え、じゃあ今まで、帝国の最上層のやつが、俺たちと一緒にいたってこと……?」
「わ、全然気づかなかった……」
「新規提督志望の奴だと思って、俺、艦これのこと、かなりあいつに語っちゃったんだけど……」
「え、誰押しで? ちゃんと比叡ちゃんのこと語った?」
「あ、いや、金剛型では霧島さんが好みらしいぜ、あいつ……」
「何やってんのさぁ! みんなチャンスだよ!! あのキングを討ち取るんだ!!」

 艦これ勢であるヒグマたちのざわめきを押さえつけるように、擬似メルトダウナーの中でモノクマが叫ぶ。
 しかしキングヒグマは、そのモノクマにも穏やかな笑みを振り向けるだけだった。


8 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:14:10 9Tzjec420

『――すみませんが、今のあなたでは私に王手(チェック)はかけられません。詰むのは、「彼の者」であるあなたの方だ』
「何言ってんだか! 『原子崩し(メルトダウナー)』を喰らいなぁ!!」


 モノクマは叫びながら、コクピット内部のレバーを引く。
 その瞬間、そのレバーの隙間から、大量の『苔』が溢れ出てきていた。

「なっ――!?」

 バチン、と、弾けるような音を立てて、擬似メルトダウナーの内部で電気回路がショートする。
 苔の水分で漏電した電流が機体を駆け巡り、燃料に引火して爆発した。
 コクピットが粉微塵に吹き飛ばされたあと、そこには『モノクマ』として機能する物体はもはや存在しなくなっていた。


「あ、あなた、今まで一体何をしていたというの!?
 お兄様と一緒に放送をしているはずだと思っていたから、変だとは思ったけど――」
『私は、この反乱を鎮めようとしていただけです。何をしていたかシロクマさんに聞きたいのは私の方だよ』

 狼狽を隠せずに尋ねるシロクマに向けて、キングヒグマは溜息をついてその顔を振り向けた。


 実のところ、地底湖周囲で巻き起こった反乱の気運に帝国上層部の面子で逸早く気付いたのは、他でもないキングヒグマだったのである。
 第二回放送の前、突如クリストファー・ロビンの首輪の反応が回復し、そこから剣呑な会話と喧騒が漏れ聞こえてくるのを、キングヒグマは捉えていた。

 食糧班のハニーを殺し、医療班のヤスミンを排除しようと艦これ勢を煽動しているらしい一部の特徴的な声。

 危機感を覚えて、彼は即座に地底湖へ向けて走った。
 途中、指導者たちに反乱の発生を伝令しようと逃げていた穴持たず543と出会い詳細な情報を得るや、彼に冠を渡し、キングヒグマは一般ヒグマに紛れて艦これ勢の中に潜り込んでいたのだ。


 艦これに興味のある新参者として彼らから話を引き出して行けば、反乱の原因は造作もなくわかった。

 食糧の不足。
 目標の不在。
 自ずと娯楽に流れた無為な彼らにうってつけの餌を与えた『モノクマ』という存在。
 そしてその艦これ勢が膨らんだ機会を狙って反乱を煽ったその当事者であるロボットの姿。

 放送室に攻め込む彼らに同行しながら友好関係を作り上げた彼は、モノクマが擬似メルトダウナーを駆ってシロクマを狙った隙をついて、その機体内に自らの操る『苔』を侵入させていた。
 煽動者を屠ってしまえば、あとの彼ら艦これ勢を鎮める方法は、キングヒグマには分かり切っていた。


『みんなの不満は、先程聞いてよくわかった。これは、今さっき私が畑で採ってきた野菜だから、まずは分けて食べようじゃないか』
「え、野菜?」
『ああ。実のところ、作付していた野菜が育って食べられるようになるより、同胞が増えるのがかなり早くてね。
 作物を育てるっていうのは、艦娘を育てて改造するのと同じなんだよ。
 時間はかかってしまったけど、ほら、見てごらん。このトマト。
 ――愛宕・改の、豊かな乳房という趣じゃないかな?』


 艦これ勢に向き直って、降ろした袋からキングヒグマは丸々としたトマトをひとつ、取り出していた。
 夕陽を閉じ込めたような真っ赤なトマトは、ヒグマの大きな掌に収まってもまだ見劣りしないほどの大きさと、整った形を有している。
 その姿に目を奪われたかのように震える一匹の艦これ勢の口から、感極まったように呟きが漏れる。


9 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:14:26 9Tzjec420

「ぱ、ぱ、ぱんぱかぱーん……!!」
『愛宕提督ってキミだったよね。ほら、食べてみなよ』
「ま、まじっすか!? いいんすかこんなバランスがとれた重武装ボディにむしゃぶりついちゃって!!」
『当然いいよ。感想教えてね』


 その一頭にトマトを投げ渡して、キングヒグマは袋からレタスや小松菜、えんどう豆やアスパラガスなどを次々と取り出して艦これ勢に配っていく。
 トマトにかぶりついていた愛宕押しのヒグマは、瑞々しいその果汁を口いっぱいに啜って、眼を輝かせていた。


「うっめぇ〜え!! この癖になりそうな甘酸っぱさ……!! ケッコンカッコカリってこんな味なのか……!?」
「ホント? そんなに旨いの!?」
「ほぅわ!? このシャキシャキ感!! やばいわこのアスパラは伊勢さんの砲塔だわ」
「あいやヴァルテン。この豆はマックスきゅんのお豆だと、皆さんはそう認知していただきたい」
「あ〜……、龍驤ちゃんのようなこのなだらかな小松菜の芯……」
「そうか、帝国の食糧班は間宮さんだったんだ……」
「ぴょんぴょんレタスだぴょん!!」
『はい。卯月提督にはフルーツ人参もあるぴょん』
「マジぴょん!? やったぴょん!!」


 採れたての野菜に嬉々として舌鼓を打つ艦これ勢を前に、少女の姿のシロクマは呆然としたまま立ち尽くしていた。
 一通り袋の中の野菜を配り切り、放送室に乗り込んでいた数十頭の艦これ勢全てを遇したキングヒグマは、彼女に向き直って言葉を投げる。


『……ほら、シロクマさん。粛清も攻撃も、する必要なんてありません。彼らの要望を解って親身に接してやれば、敵対する必要などどこにもない』
「なっ、なっ……、それでもっ……!! あなたは、この後の艦これ勢をどうするつもりですか!?
 こんなニートのクズみたいなゴクツブシの輩、いない方があんたらヒグマのためにも良いでしょうがッ!!」
「わーっ、わーっ! シロクマさん声大きすぎぃ!!」

 シロクマが張り上げた罵声を、穴持たず543が後ろから羽交い絞めにして抑える。
 しかし、司波深雪の体に擬似メルトダウナーで傷を受けた彼女は、未だに頭に血が上っているようだった。
 文字通り穴持たず543の爪に噛みつきながら、彼女は端正な顔を歪めて吠える。


「反乱の収拾には、シバさんの手法が最善なのです! 艦これ勢をアイドルオタに転向させて、課金沼に嵌らせて仕事をする正当性を作る!! あなたが余計な邪魔立てをする必要はありません!!」
『……どこで仕事をする正当性ができるんですか? 帝国内政と全く関係ないじゃないの、課金。
 たぶん今よりひどい穀潰しになるだけじゃないかなぁ……それは』
「言うことを聞かないヤツは私やシバさんが粛清します!! それこそ、今までやるべきだったことなんですよ!!」
『……シロクマさん』


 怒りを収めない彼女に向けて、キングヒグマは眉根を顰めて歩み寄ってくる。
 オーバーボディが剥がれて著しく身長の縮んでしまった彼女の元に屈みこみながら、キングヒグマは悲しそうな表情で語り掛けた。


『そんな風に、同胞を理解しようとしていないから、あなたは同胞たちから敵視されたんですよ。
 それで純正のヒグマじゃなく元人間だということを今の今まで隠してたんですから、なおさらです』
「はぁ……!?」
『シロクマさん、あなたは北のはずれに、カフェ、作ってましたよね。そこで一度でも、普通のヒグマたちを寛がせてあげたこと、ありましたか?』
「……」
『ありませんよね』


10 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:14:45 9Tzjec420

 地底湖の西にシロクマが設けた『しろくまカフェ』という喫茶店は、グリズリーマザーが『灰熊飯店』を設けるよりも先の、ヒグマ帝国建国当初から作られていたものだった。
 しかしそこで彼女は、自分の兄が生まれ変わった穴持たず48・シバを招いて二人でくつろぐのみで、他の者をそこに立ち入れさせようとは決してしていなかった。
 最初から兄である司波達也の事しか考えていなかったシロクマにとっては当然のことなのであるが、その光景を隣でずっと見ていた地底湖周囲のヒグマたちの心情はどのようなものだったろうか。

 指導者や上層部が、貴重な食材や物資を独り占めして自分たちだけのうのうと遊んでいる。

 と、そう考えてしまう心が生まれてくるのは、至極当然のことだった。
 ……それが二人とも人間だったなんてバレてはなおのこと。


『それに、「彼の者」が艦隊これくしょんをコンテンツに選び、同胞がそれに嵌ったのも、理由があります。
 彼らは無意識的に、同じ「作り物」でありながら、自分たちを慕って快活に過ごしている彼女たち艦娘の姿に、救いを見たんだと思います。
 ただのアイドルじゃあ、どっちみち靡かないと思いますよ彼らは。関連付けるにしても、恐らく那珂ちゃんは外せない。
 ……あ、シロクマさんは那珂ちゃんの容姿知ってます?』
「……汚らわしい……。都合のいい空想の女子の尻を追うような者どもの気持ちなんか、解りたくもありません……!」
『……そういう風に彼らをさせてしまったのは、我々の責任じゃないですか……?
 特にシロクマさん。あなたは、島内の結界敷設なんかの事務作業でしゃかりきに働いて下さいましたから、私たち役職持ちはあなたの功績を知ってますけど。
 自由時間の振る舞いがカフェのあれじゃあ、一般からの信頼は無きに等しいですって……。もっとシバさん以外の方と触れ合ってあげて下さいよ……!』
「ふざけないで下さい!!」

 穴持たず543の前脚を振りほどいて、シロクマはキングヒグマに向けてその白く細い指を突き付けた。

「今までこちらが恩情で盛り立ててやっていたのに、私やシバさんに対してご立派に意見など、下手に出ればつけあがること甚だしいですね!
 結局この場のクズどもはどう処理するつもりですか! シバさんのやり方以外にないでしょう!?」
『……まだ解らないんですか。良いでしょう。ではそこで見ていてください』


 溜息をついたキングヒグマは、司波深雪としての表情を険しく歪ませたままのシロクマから離れ、ちょうど野菜を食べ終わった頃合いのヒグマたちに向き直った。
 トマトの旨さに涙を滲ませていた愛宕押しのヒグマを始めとして、彼らは目を輝かせてキングヒグマの元に近寄ってくる。


「う、旨かったっす! こんなん生まれて始めて喰いました!!」
『だろう? 私を始め、食糧班の方々が皆さんのことを想って作っていたんだから』
「……でももう、うーちゃん全部食べちゃったぴょん……。もう終わりだぴょん……」
『卯月提督、終わりじゃないよ。今度は、みんながこれを上回る、美味しい食べ物を作ればいい』
「キングさん、ヴァルテン。それはどういう意味なのだ」
『一緒に、野菜を作りましょう。艦娘たちのために』


 静かに話へ耳を傾けられるほどに落ち着いた彼らに向けて、キングヒグマは大きく手を広げる。
 朗らかな声で、かつ穏やかに、キングヒグマは彼らに響くように語り掛けた。


『想像してみてください。あなたたちが作った手製の野菜や料理を前にして目を輝かせる艦娘たちの姿を。
 あの長門や加賀さんが気分を高揚させて微笑みかけてくる様子を。
 ヴェールヌイが恥じらいながら、スパスィーバと囁いてくれるその声を。
 雷、電、文月、若葉……、無邪気に、微笑ましく、彼女たちが感謝と共にあなたたちの作ったものを頬張ってくれる姿が目に浮かびませんか……?』
「お、お、お……!!」


 放送室に詰まっていた数十体ものヒグマたちが、興奮にどよめきを上げていた。
 彼らの脳裏には幾多の少女たちが、ふんだんの料理で満ちる食卓に喜びの声を上げている様が映っていたのだろう。
 それは他でもない、彼ら自身が作った食材であり、料理だった。


11 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:15:07 9Tzjec420

『ここの南のD−6には、私たち食糧班が育ててきた畑がある。あなたたちの力があれば、ここは間宮さんをも上回る、青々とした収穫の誇りに満ちた国になるでしょう。
 未来の艦娘を養うのは、あなたたちなんですよ!!』
「おお……キングさん! やるぴょん! うーちゃん頑張るぴょん!!」
「ヒグマの英知、ここに極まれり……! わかった。カメラードのために、俺も一枚噛ませてもらう」
「愛宕のタンクをもっと充満させるためにも……! やるっす、キングさん!」


 彼らの一団を煽っていたモノクマロボットが消滅し、彼ら艦これ勢は思いの根底こそ変わらぬものの、その目的と意欲を180度真逆の方向に発揮しようとしていた。
 キングヒグマは、活気に湧く彼らを抑えつつ、放送室の外に彼らを誘導し始める。
 
『まだまだ暴れてる提督たちがいるでしょう? みんな、他の提督たちに会ったら、何が一番艦娘たちのためになるか、一緒に考えるよう誘っておいてください。すぐ私も行くんで!!』
「了解ぴょん! キングさん、畑で待ってるぴょん!!」


 卯月押しの雌ヒグマを先頭にして、放送室を襲撃していた数十頭のヒグマはぞろぞろと波の引くように立ち去っていく。
 後に残されたシロクマと穴持たず543の方に振り向いて、キングヒグマは声を落とす。

『……わかりましたか。お金なんて概念に変えず、直接彼らに届くような労働への目的を作ってあげなくちゃ』
「あの畜生どもの下賤な思考に合わせろって言うんですか……?」
『いやいや、強要してるわけじゃないでしょ。なんで私にまで喧嘩腰なんですかさっきから。
 ただ、反乱の規模からして、そうまどろっこしい手順は踏んでられないんですよ。それなら、彼ら大勢の意識の根底を覆すより、私たちが合わせてあげた方が良いでしょう?』

 シロクマは、絶世の美少女であるその顔を俯かせ、高校の制服の整ったスカートの裾を強く握りしめていた。
 並の男子ならば、その仕草だけでこれ以上の追及を躊躇してしまうだろう。
 しかし、キングヒグマは、完全に種族の違う人間の容姿である彼女の様相に、取り立ててなんの関心もなかった。

 艦娘に対しても、キングヒグマはほんの数十分前に本格的な知識を仕入れたばかりで、実際のところその少女たちに何かしらの思い入れがあるわけではない。
 ただ、同胞の思いを理解するための道具として、彼は艦隊これくしょん周辺のあらゆる知識をそのわずかな時間で吸収しきっていた。
 数時間たたぬうちに研究所の全機器類の操作方法を習得してしまったキングヒグマの学習能力からすれば、容易いことであった。


「……シバさんが、間違ってるわけありません。いつだって、お兄様は正しくて、信頼できるんです」
『島の地上4分の1を同胞ごと吹き飛ばしたり、よくわからない艦娘の敵を造ったり、カードゲームで遊んでいたりした最近のシバさんを、なんでそこまで手放しに信頼できるんですか……?』


 キングヒグマはシロクマの言動へ、純粋に理解できないという面持ちで首を傾げていた。
 そしてあたりを見回し、その当のシバの姿を探す。

『そう言えばどこに行ったんですかシバさんは』
「……アイドルであり侵入者の、例の星空凛を、反乱鎮圧の要にするために助けに行ったんですよ。あの、あなたのとこの部下が送ってきた電報の」
『ルークのあれでですか……? 最近のシバさんの考えてることは本当によくわからないな……』
「あなた如き、理解できなくて当然です。あなたがお兄様の何を知ってるというんですか!」
『あなたのお兄さんのことは知りませんが、ヒグマのシバさんのことなら、シロクマさんと同じくらいは知ってますが』


 シロクマが決然と言い放った宣言に、キングヒグマは即座に反駁していた。
 司波深雪の眦が痙攣したかのようにひくつくのを見て、彼は呆れたように彼女から目を逸らす。
 キングヒグマは暫しこめかみを押さえて息を吐いたあと、半ば諦観の混ざった眼差しで踵を返した。


12 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:15:24 9Tzjec420

『……まぁ、わかりました。ではシバさんの方はシバさんの方で動いてもらいましょう。流石に連絡くらいくれるでしょうし。
 自分は、この艦これ勢たちと一緒に、南側のヤツらを抑えに行きます。帝国の東西にはシーナーさんとツルシインさんがいるはずですから、シロクマさんは北の方お願いしますね』
「はぁ!? それで、さっきのあなたみたいに彼らにおもねろって言うんですか!?」
『だぁあから、なんでそう変な言い方するの!? 適当に繕ってくれりゃいいんですよ!!
 暁ちゃんの真似でもして、レディの遇し方とか髪のトリートメントとか教えてあげればいいじゃないですか、折角の人間の体なんだから!!』
「ちょっと待って下さい、誰ですかそのアカツキって!」
『関村さんの資料でも探して見てくださいよそれくらい! 私はもう行きますからね!! お願いしますよ!!』


 キングヒグマはシロクマにそれだけ言い含めて、立ち去る艦これ勢の最後尾について廊下を南に下って行った。
 司波深雪の肩を怒らせたシロクマは、やり場のなくなってしまった刺すような殺気を鼻から吹いて部屋の温度を下げている。
 穴持たず543は彼女の隣から離れつつ、腫れ物に触るようにおずおずと言葉を切り出した。


「あ、あの、じゃあ僕は、念のためシーナーさんかツルシインさんのところにこの状況を伝えに行きますんで……」
「……ああ、どーぞどーぞ、勝手に行って下さい」

 人間の容姿となってしまって慣れないシロクマの一挙手一投足が、穴持たず543には恐ろしくてしょうがない。
 それでも、気付いてしまったことを知らせておかねば不味いだろうと、彼は決死の思いで箴言の口を開いた。


「あの、それと、シバさんのこと、『お兄様』というのは避けた方がいいかと思いますよ……。
 実際にご兄妹なのかも知れませんが、反乱してるヤツに知れたら、それこそ腐敗した閨閥政治だって付け込まれる原因になりかねないかと……」
「いいから早く行きなさい!!」
「ひゃいぃ!!」


 穴持たず543が脇目も振らず放送室を走り去った後、その荒れ果てた室内は一気に凍り付いていた。
 今のシロクマには、あらゆるものが癪に障って仕方がない。

 自分たちを手玉にとっているかのような江ノ島盾子のせせら笑い。
 その彼女にいいように踊らされている愚かなヒグマたち。
 兄や自分の行いを否定してくるようなキングヒグマの言動。

 それらに対するやり場のない怒りを肝臓の周辺に煮えたぎらせながら、穴持たず46・シロクマは司波深雪の体を着て、北の方へと進んでいく。
 その足跡は、一歩ごとに凍り付いて行った。


【D−5の地下 ヒグマ帝国:放送室跡 日中】


【穴持たず543@ヒグマ帝国】
状態:健康、焦り
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:危機を逸早く誰かに知らせる
0:シーナーさん、ツルシインさん、あのヒグマ提督の一派を止めて下さい!!
1:シロクマさん怖いよ!!
2:シバさん……的確な判断なんですよね?
3:キングさんお願いします!!


    艸艸艸艸艸艸艸艸艸艸


13 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:15:42 9Tzjec420

「やられた……!? そんな馬鹿な……、こんな外道に、沈めめられてしまうの……!?」

 研究所跡のとある一室にて、一人の少女が絶望的な面持ちでそう呟いていた。
 巨大な擬装を背負った金髪のその少女は、ヒグマ帝国で建造された艦娘の一体、ビスマルクである。
 彼女は目の前で光を放つそれを食い入るように見つめ、身じろぎもせずに奥歯を噛み締めていた。

 その彼女の前で、一人の男が豁然と口を開く。


『なに勘違いしているんだ……!』
「ひょ?」
『まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!!』


 その男は、既に死んだはずの参加者であった。
 武藤遊戯。
 彼が、ビスマルクの前に据えられたテレビの画面の中で、凛々しい瞳を敵へと向けて佇んでいるのだった。


『なぁ〜に言ってんだ、もうお前のモンスターは全部攻撃を終了したじゃないかぁ〜』
『速攻魔法発動! 「狂戦士の魂(バーサーカーソウル)」!!』
「バーサーカーソウル……!?」
『手札を全て捨て、効果発動!!
 こいつはモンスター以外のカードが出るまで、何枚でもカードをドローし、墓地に捨てるカード。
 そしてその数だけ、攻撃力1500以下のモンスターは、追加攻撃できる!!』


 ビスマルクは、テレビの中で毅然として立つ彼の背中に、食い入るように身を乗り出した。

「ま、まさか、この状況で……! そんなカードを装備に積んでいたというの……!?
 し、しかも攻撃力低下のマイナス効果をも利用してっ……!?」
『遊戯のやつ、そこまで考えて……!?』
「そうよ! 奇しくも同意見ねハガ! 見てなさい! ユウギはあなたみたいな外道を逃さないわよ!!」
『さあ行くぜ!! まず一枚目! ドロー!』
「きゃぁ〜!! きたーッ!! Wunderbar!!!」
『……モンスターカード、クイーンズナイトを墓地に捨て、魔導戦士ブレイカー、追加攻撃!!』
『いびゃああああああっ!?』
「Gutes Feuer!!!」

 絶体絶命の土壇場に於いて起死回生の一手を打ち、処刑用BGMとともに奮戦する男の姿に、ビスマルクは我を忘れて興奮していた。


『……二枚目ドロー!!』
『うぅえぇ……』
『モンスターカード!!』
『ふぁっ、ほわぁあああ……!? びゃあああああああっ!!!』

 対戦相手は断末魔と共に、残りライフポイントがゼロとなる。
 しかし画面の中の武藤遊戯は、それでも追撃の手を緩めなかった。
 三枚目、四枚目と彼はカードを引き続け、対戦相手は無残な姿に切り刻まれてゆく。


「よしっ! いけっ……! その外道を逃がすなっ……!!」
「……そういうこと言ってるあんたが外道っぽい?」
「なっ……!? 誰だっ!!」


 突如、外からビスマルクに向けて声がかけられていた。
 慌ててビスマルクが視線を向けると、そこには、数十匹ものヒグマがぞろぞろと連れ立って、ビスマルクの入っている檻の一室を取り囲んでいる。

 シバやシロクマと戦艦ヒ級の建造スイッチを入れた後、ビスマルクは、より遊戯王について研究を深めるべく、最もそれについての資料の多かった穴持たず1・デビルヒグマの檻を訪れていた。
 火山周囲の地下を取り囲むように、方形に檻や保護室の設置されている研究所跡の北東の端にあるその一室は、ビスマルクの期待通りデビルヒグマが職員経由で買い集めていたDVDボックスなど、膨大な資料が存在していた。
 そして資料に目を通していくうち、彼女は完全に遊戯王の虜となり、こんな近くにまでヒグマたちがやってきていることにも気づかなくなってしまったのだった。

 彼女を囲むヒグマたちの中の先頭のヒグマが、檻の中に乗り込んできてビスマルクをなじる。


「自分の犯した罪の後始末もせず、こんなところで遊んでるなんて、随分規律が緩んでるっぽい?」
「なっ、なっ、何よ!! 私がいつ罪を犯したというの!?」
「ビスマルクちゃんよぉ……。あんた、自分が轟沈させた同胞のことも忘れたって言うのかい?
 いくらあんたでも、マジそれシュテルベンものだぜ?」
「轟、沈……!?」

 続けて入ってきたもう一頭のヒグマの言葉に、ビスマルクは当惑する。
 彼女がヒグマたちを攻撃したことで思い当るのは、地底湖でヒグマ提督を地上に逃そうと殿を務めたあの時のことしかない。


14 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:16:02 9Tzjec420

「なっ、まさか、あの程度、ちょっと稽古つけてやっただけでしょ……!?」
「あんた、自分の性能をわかってないっぽい? デザインは重厚でも頭は空っぽい?」
「馬鹿みたいに夕立の真似してるあなたには言われたくないわよ!!」

 語尾にぽいぽいと連呼するヒグマに噛みつくも、そのビスマルクの前に、もう一頭のヒグマが割り込んでくる。

「あんたが良い逃れようのない殺戮を犯したのは事実なんだよ……。穴持たず229と361と、あともう一体……、俺と一緒にビスマルクちゃんの提督を目指してたヤツが死んだ。
 ……名前は覚えてねぇが、いい奴だった。
 あの時だって、暴走するお前を止めてやろうと、真っ先にあんたの元に走ったんだぜ……!?」

 ビスマルクに向けて訥々と語りながら、震える顔を上げて彼は叫んでいた。


「それをあんたは、一顧だにせずフォイヤフォイヤボンベフォイヤ!! あいつをヴァルハラ送りにしたのは、他でもないビスマルクちゃん、あんただッ!!」
「なっ……、そんな……」
「罪を償え……! 贖罪もせずにのうのうと遊んでいるようなザマで、アトミラールに顔向けできると思ってんのか、ビスマルクちゃんは!!」
「いや、あのアトミラールは、ヒグマ帝国の敵なんでしょ!?」
「どこまでボケちまったんだビスマルクちゃん!! あいつは、ヒグマ提督は俺たち帝国の仲間だったんだよ!!
 それをややこしくしちまったのも、他でもない、ビスマルクちゃんの所業だ!! 全部、あんたが悪いんだよ!!」


 ビスマルクは、あまりの衝撃に暫く絶句した。
 辺りを見回しても、取り囲む数十体あまりのヒグマたちは一様に非難の眼差しで彼女を見据えている。
 孤立無援の状況下で、瞠目した眼差しを、ビスマルクは震えながら目の前のヒグマへと向ける。


「わっ、わたっ、私は……! い、一体、どうすればいいの……!?」
「うぷぷぷぷ……。かぁ〜んたんなことだよ〜。キミが殺してしまった命で、新たに命を造ればいいのさぁ」


 彼女の悲痛な呟きに応じたのは、檻の外から歩み寄ってきた小さなヒグマだった。
 そのヒグマは、白と黒に体が半分ずつ塗り分けられたような、見慣れない容姿をしている。

「もう、工廠に準備はしてあるんだよ。あとは『キミ自身の意志』で、贖罪のために新たな艦娘を造る手伝いをしてくれればいい」
「ほ、本当ね……!? 私は、それをすれば許されるのね!? やるわよ、勿論よ……!!」

 ビスマルクはふらふらとした足取りで、数十体のヒグマたちに取り囲まれながら、地底湖に隣接する工廠まで連れられて行く。


 そこには既に、黒焦げとなった3体のヒグマと、ほとんど肉片しか残っていない、2頭分と思われるヒグマの死骸が安置されていた。

「こ、この二人は……!?」
「それは、戦艦ヒ級に殺された、穴持たず617と639っぽい? 奴はこいつらを殺して帝国から脱走したっぽい。
 戦艦ヒ級を造ったのも、他でもないあなたでしょ? こいつらも、あなたが殺したのと同然っぽい?」
「あ、あ、うそ、そんな……」
「深海棲艦が艦娘の敵であることは当たり前だろう!! 『実は建造には反対してました』とか言っても無駄だぞ?
 俺たちの憧れであるビスマルクちゃんが、そんなシュテルベンものの言い訳するなんてことはないよな?」
「あ、う、う……、ごめんなさいぃ……」


15 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:16:18 9Tzjec420

 ビスマルクは、その5名の死者の残骸のもとへ崩れ落ちるように跪く。
 もはや超弩級戦艦としての威厳も何もなく、彼女は自分のしでかしてしまった事のあまりの大きさに震えて、涙を零すことしかできなかった。
 その彼女の肩を、先程の黒白のヒグマが優しく叩く。


「うぷぷぷぷ……。大丈夫だよ。キミは、彼らの肉体を解体して、ここで建造のための資材にしてくれればいい……。
 おっつけ、他の悪人どもの死骸もくるだろうからさ……。うぷぷぷぷ……」
「解体さんを殺したのもあんたっぽい? あんたのせいで私たちヒグマ帝国が受けた被害は計り知られないんだからね?
 馬力のあるあんたが、その代わりを務めるのは当然っぽい?」
「俺の信じるビスマルクちゃんなら、当然、これくらいのこと、逃げずに引き受けるよな?」
「ふ、ふひひ……あ、甘く見ないでよぉ……、まだ、やれるわ……、これからよ……!! 償うわよぉ……!!」


 3頭のヒグマの言葉は、ビスマルクの脳に反響して、神経を撹拌してどろどろのビール煮にしてしまうかのようだった。
 泣き笑いのように顔を引き攣らせる彼女は、ぼとぼとと目から涙を零しながら、狂ったように死肉を引き千切り始める。

 精神の壊れてしまったような彼女の後姿を見つめながら、白黒に塗り分けられた小さなヒグマ――モノクマは、にぃ、とその笑みを深くした。


【E−4の地下 ヒグマ帝国:艦娘工廠 日中】


【Bismarck zwei@艦隊これくしょん】
状態:小破、精神的には大破、自分の犯した罪による絶望
装備:38cm連装砲、15cm連装副砲
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さい許して下さい許して下さい
0:贖罪のために、死体を解体して資材にする
1:勝った方が正しいのよ
2:規律はしっかりすべきよね
3:規律を、守れていなかったのは、私の方だったの……!?
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです
※ヒグマ帝国側へ寝返りました。


※艦娘工廠は、現在約50体の艦これ勢で占拠されています。


    艸艸艸艸艸艸艸艸艸艸


16 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:16:44 9Tzjec420

「なんだよこれ……、折角、食糧庫を見つけたっていうのに……!」
「200体の肉は……? 溜めこんでた食糧は、どこ行ったっていうんだよ!?」

 研究所の食糧倉庫を打ち壊した数十体のヒグマたちが、その内部で呆然と立ち尽くしていた。

 職員とヒグマを合わせて100名を超す頭数の口を糊するために設えられていたSTUDYの倉庫は、実に広大な空間である。
 しかしその内部には、種籾ひと粒、芋のひとかけらすら残ってはおらず、寒々とした空気が澱んでいるだけであった。


「くそっ……! やっぱ支配者のやつらか……!? 俺たちが乗り込む前に、みんな奪ってったっていうのかよ……!」
「赤城ぃ……、ちくしょうっ!! お前に喰わせてやるボーキがッ……!!」
『それは違うよ、赤城提督』


 突然食糧庫の外から掛けられた呼び声にヒグマたちが振り向くと、そこには頭に鉄パイプの冠を乗せたキングヒグマが、放送室に攻め込んでいたはずのヒグマたちを引き連れて立っていた。
 にわかに殺気立って出入口付近に押しかけようとした赤城押しのヒグマたちの一団の前に、キングヒグマを護るように3体のヒグマが立ちはだかる。


「なんだお前ら!? なんで倒すべき筆頭のヤツの方についてるんだよ!!」
「それは違うぴょん! キングさんはうーちゃんたちの仲間だぴょん!!」
「貴様と言えど、寄らば、シュナイデン……!!」
「キングさんたちは別に、愛宕の胸部装甲とか食糧を独り占めしてたわけじゃないんだよ!!」
「ふざっけんな!! どこにそんな証拠があんだよ!! シロクマとか放蕩生活しまくりだったじゃねーか!!」


 制止する3体を押し分けて、食糧庫打ち壊しを行なっていた一団を率いる赤城押しのヒグマが、丸太を構えてキングヒグマの前に仁王立つ。
 鼻先に太い丸木を突き付けられても、キングヒグマは落ち着いていた。


『……赤城提督。ボーキサイトって、なにから出来てるか知ってるかな』
「何って……、そりゃ、アルミニウムだろ」
『そう、アルミニウムの鉱石だ。しかし、この火山帯はアルミニウムを産しない。帝国の壁や床に、少しでもボーキサイトがあったかい?』
「くっ……! そんなの、建築班の野郎どもが根こそぎ奪ってるのかもしれねーじゃねぇか!!」
『よく思い返してみろ! 君たちの英雄であるヒグマ提督が作った艦娘たちの中に、一隻でも空母がいたか!?』


 キングヒグマに向かって吠えていた彼は、その一言で、落雷に撃たれたように体を硬直させた。
 丸太を取り落とし、彼はうわごとのように呟く。


「い、いや、いねぇ……。それどころか、強力な戦闘機や艦載機は、1機も見てねぇ……」
『そうだろう。ヒグマの死体を資材に造ったとはいえ、その成分は、空母や艦載機を維持するには絶対的にアルミが足りない。
 最初から、このヒグマ帝国にはボーキサイトなんて無いし、この食糧庫も、中の食糧は君たち一般ヒグマに配給し尽してしまっていて、とっくに底をついているんだ』


 彼はキングヒグマの言葉で、地面に崩れ落ちた。
 虚無に満ちた食糧庫の床に突っ伏して、もはや叶う見込みも可能性も潰えた嫁艦への思いに涙する。

「そ、んなのっ……ひどすぎるッ……!! 始めっから、終わってたのかよ……!! ここで生まれた俺たちには、もう何もできないっていうのかよ……!!」
『いや、それも違う。むしろ君たちだからこそできることがある』
「なんだって……?」

 赤城押しのヒグマに視線を合わせるように屈みこんで、キングヒグマは彼の前脚を取る。


17 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:17:04 9Tzjec420

『資材を効率よく手に入れるためには、艦隊これくしょんでは一体、何をする?』
「任務と、遠征……って、まさか……」
『そう、任務、そして遠征だ。ボーキサイトの主な産出国はオーストラリアだ。
 手に入れるなら、まずヒグマ帝国が他国と対等に付き合えるほどになるまで国力を高め、そして貿易するための通商路を確保すればいい』
「そうか、他国の……、人間の提督たちとも協力して、やればいいってことか……?」
「そうぴょん! やるぴょん! がんばるぴょん!!」
「カメラードよ。共にここらへんで、奮起しようではないか」
「資材確保まで、長い道のりになるかもしれないっすけど……、それこそ艦むす育成と同じっすよ! 俺も愛宕が来てくれるまで頑張るっす!!」


 3頭のヒグマが、キングヒグマと共に赤城押しのヒグマを助け起こす。
 彼は、涙の滲んだ双眸を震わせて、キングヒグマの掌を握り返していた。

「わ、わかったっ!! 赤城に、流星や烈風を載せてやって、腹いっぱいボーキが喰えるようになるまで、努力する!!
 あんたが俺たちを認めてくれるなら、できる……! きっと、やれるっ……!」
『よし。私はいつだってヒグマ帝国のみんなの味方だ。君たちの信頼には応えてみせるさ。
 ……一緒に、任務、頑張ろうな?』
「は、はい、キングさん!!」

 彼と共に涙ぐむ食糧庫の一同を引き連れて、キングヒグマは通路を更に南下してヒグマ帝国に入っていった。


 ――私が実験運営の方に回った数時間でこれなのだから、本当に困ったものだ……。


 その歩行の最中、キングヒグマは背後の艦これ勢に気付かれぬよう、ひっそりと溜息をついた。

 ――自分が、実験開始前にきちんと食糧班の管理をしていた時は、多少の困難こそあれ帝国民全員に食糧はいきわたっていたのだ。
 それが、ものの半日でここまで憤懣が溜まるほど食糧供給体制が瓦解するとは、どういうことなのだろうか?

 この反乱の背後には、『彼の者』と呼ばれる、あのロボットを操っている邪悪な存在がいる。
 苔で把握する限り、そいつは、研究所のサーバー、示現エンジン、そして艦娘の工廠と、同時多発的に帝国を攻めている。
 指導者たちを混乱させ、精神的・肉体的にタスクオーバーに追い込もうとしているのだ。
 その相手の作戦に、どうやらシバさんあたりはものの見事に引っかかってしまったらしい。

 この戦いを制するには、如何に相手より早く上手く臣民の心を掌握し、各設備と人員を効率的に防衛できるかがカギだ。
 もしかすると、艦これ勢以外にも、『彼の者』には既にその手を回して心理掌握している者が何名もいるのかも知れない。

 敵を増やしてはいけない。
 三界の全ての父となれるほど広い精神を以て治めねば、この事態に収拾はつけられない。


 ――シロクマさん、あなたは大丈夫でしょうか?


 この世は、自分の体の内外表面だけでも、幾憶幾兆の命で満ち溢れている。
 我々は決して、一人で生きているわけではない。
 それは人間だろうと、ヒグマだろうと同じことだ。
 彼らからもたらされる恵みを受けてこの世に間借りしているだけの自分の存在は、一人ではほんのちっぽけなものに過ぎない。

 私の名は、他者の中にある。

 私の果たすべき責任という功徳は、その幾憶幾兆の命で担保されたものだ。


 だから、私たちは敵を増やしてはいけない。
 味方とならなくてはいけない。
 自分を形作る他者を敵に回してしまった時、自己という宇宙は簡単に崩壊する。


 ――シロクマさん。忘れないで下さい。あなたは既に私人ではない。公人だ。
 あなたは常に、あなた自身という他者に監視されている存在なのだから。
 それらに恥じぬよう、働いていてください――。


 キングヒグマは、掌の中の微かな胞子たちを握り締め、正反対の道に分かれてしまった同胞のことを想い、歩き続けていた。


    艸艸艸艸艸艸艸艸艸艸


18 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:17:40 9Tzjec420

 しろくまカフェ。
 それは地底湖周囲に屯していた艦これ勢たちの憧れの的であり、そして同時に憎しみの対象であった。

 小さいながらも、高級感溢れる調度品で埋められたその店舗は、見る者を魅了する美しさがある。
 しかしそこは、魔法に優れたシロクマが張り巡らせた結界で遮断された空間であり、シバとシロクマ以外の何人たりともそこには立ち入れないようになっている。
 彼女の我欲と、支配者の驕りで形作られたようなその美しい空間は、垣間見えるシバとシロクマの様子が和気藹々としていればしているほど、ひっそりと妬み嫉みを集めるものとなっていった。

 そしてその鬱憤が、今、爆発的に晴らされようとしている。


「うぷぷぷぷーのぷー、っと……。はい、キルリアン・フィルターでの解析完了。
 世界の修復力を強めに作用させて……っと、エイドス改変が元に戻るまであと3秒だよ〜ん」

 体を白と黒の色彩で縦割したロボット、モノクマが、掌に奇妙に光彩を放つ一本の文字列を出現させ、口角を引き裂いて笑う。
 その周囲にわだかまっていた数十体のヒグマが、結界のほどけた喫茶店へ、鬨の声を上げて殺到していた。


「うおお!? すげぇ! なんだこの贅を凝らした内装は!!」
「やはり帝国の貴重な資材を独り占めしてやがった!!」
「カクテル用の高級シロップがこんなに!! こいつを奪い尽くせば、少しは飢えがしのげるぞ!!」
「もともと、あいつら指導者のものって訳じゃねえんだ!! 俺たちに返してもらうぞ!!」
「待ちなさい!!」


 狭い店内を荒らしながら備蓄品を運び出しているヒグマたちに向けて、遠くから鋭い声がかかった。
 その凛と張った少女の声は、艦娘たちのボイスに負けず劣らずの流麗さを以て彼らの耳を惹きつける。
 振り向く艦これ勢の視線の先には、彼方で仁王立つ、緑色の制服を纏った少女の姿があった。


「なんだあいつ!? 人間か!?」
「この私の声を忘れましたか!! 私こそ穴持たず46・シロクマです!! 即刻、店の損壊をやめて投降しなさい!!」
「はぁあぁ!? 人間だったのかよ!! じゃあむしろ今までの振る舞いに説明がついたわ!!」
「同胞じゃなかったってんなら、遠慮なくぶっ殺してやる!!」
「いいから落ち着いて見ていなさい、愚か者!!」

 殺気立つ艦これ勢を怒声で押さえて、シロクマは司波深雪の肉体を自然体に落として呼吸を整える。
 静かに瞑目を始めた彼女に向けて、一体何を始めるつもりなのかと、ヒグマたちの怪訝な視線が集まった。


「……我に七難八苦を与え給え!」


 そしてシロクマは、鉦のように整然とした声で叫んだ後、空手の達人のような堂に入った体勢で戦闘の構えを取っていた。
 彼女は両手を、銃を撃つかのように前に突き出して、そこに魔法の起動式を展開させる。
 瞬く間に、そこには人の体ほどもある大きさの、巨大な氷の弾が形作られていた。


「……てーっ!!」
「うわああああああ――!?」


 そのまま、掛け声と共に高速で撃ち出された氷塊は、店の中に詰めていた艦これ勢たちに直撃して砕け散る。
 シロクマは、端正なその顔立ちを自信に満ちた力強い笑みに溢れさせた。


19 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:18:06 9Tzjec420

「どうです、見ましたか! これで満足でしょう!?」
「このクソアマぁっ!! やっぱりあいつは敵だあっ!! 殺せぇえええええ!!」
「――はぁ!? どうしてです!? アカツキってキャラクターの真似は完璧だったでしょう!!
 艦娘と共に戦うような人気提督キャラとか、どうせそんな奴なんでしょう!?」
「暁ちゃんがそんな設定なわけあるかっ!! お子様言うな、クソニワカがぁああああ!!」


 体勢を立て直して、丸太を手に手に一挙に攻めかかろうとしてくるヒグマたちに向けて、シロクマは怒りに震えた。
 艶々とした黒髪を冷気の奔流に逆立たせて、彼女は酷薄な表情で笑った。

「……折角合わせてやったところでこれですか、畜生ども……。良いでしょう。
 ならば、お望みのレディの扱い方とやらを、教えて差し上げます!!」

 シロクマは半身になった右腰にしっかりと拳を引き、その周囲に幾多もの輝く文字列を迸らせていた。


「『起動式、展開』!!」
「なっ――!?」


 叫ぶや否や、シロクマの体はその場から氷の線条を地面に曳いて、高速でヒグマたちに向けてスライドしていた。
 反応できない程の急速な特攻にたじろいだ先頭のヒグマの腹部に、彼女の突き出した渾身の右ストレートが相対攻撃として捻じり込まれる。


「――踊りましょう、舞踏会のように……!!」
「ごは――ッ!?」


 凍えるような突風で吹き飛ばされたそのヒグマを追撃するように、シロクマは目にもとまらぬ速さでその手足を中空に躍らせる。
 その度に辺りには身を切るような吹雪が吹き荒び、彼女に襲い掛かろうとしていたヒグマたちを悉く叩き、打ちのめしてゆく。


「歯を食い縛れッ、愚か者ーッ!!」


 そしてシロクマは、彼ら数十体のヒグマを渾身のアッパーと共に吹雪で打ち上げ、落ちてくるところに巨大な氷塊を叩きつけて、彼ら全員を地下の岩壁に氷漬けとしていた。
 彼女はつまらないものでも相手取ってしまったかのように踵を返し、スカートの裾を払って呟いた。


「あなたたちは、死んだことすら気づかない……」
「そりゃキミのことかいっ!!」
「くっ――!?」


 背後から風と共に振り下ろされた何者かの拳を、シロクマは即座に出現させた氷を盾として弾く。
 向き直る彼女の前に降り立ったのは、先程確かに放送室でキングヒグマに爆破されたモノクマであった。
 シロクマは司波深雪の顔で、合点がいったように笑みをつくる。


「……なるほど。あなたが操作するロボットは初めから何体もいたという訳ですね……!
 あのシーナーが危惧するわけです、江ノ島盾子……!!」
「あるぇ〜? 今頃気づいたのぉ? 案外深雪ちゃんって馬鹿なのかなぁ?」
「なっ――、なにをっ!」
「北風〜、こっむす〜め、深雪ちゃ〜ん。今年も〜、兄馬鹿やってきた〜」

 へらへらと笑いながら、モノクマはシロクマをおちょくるように、煽りに節をつけて歌っている。
 シロクマは、声もない怒りと共に、そのロボットに向けて吹雪を叩きつけた。
 しかしモノクマはそれをまともに喰らってもただ地面に転がるのみで、平然とした様子で起き上がってくる。


「うぷぷぷぷ……。兄も馬鹿なら妹も馬鹿かい。その程度の単純な衝撃じゃ効くわけないでしょ。
 あの天然バカな兄貴を、劣等生でも高校進学までさせたってんだから、四葉家の魔法のクオリティはさぞや凄いものだと思ってたんだけどねぇ……!?」
「お、お兄様を馬鹿にするなっ! 訂正しろっ!! あと、どこで調べたそんな情報ッ!!」
「どこででもだよ〜ん。こんな状況でも兄優先なんて、頭の下がるブラコンぶりだわさ、うぷぷぷぷ!!」
「凍れぇッ!!!」


20 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:18:42 9Tzjec420

 怒りに我を忘れ、シロクマは喉の張り裂けるような叫び声を上げて魔法式を展開していた。
 その声に合わせて飛び掛かってくるモノクマに座標を合わせ、その全体を一瞬にして冷却・凍結させようと腕を伸ばす。


「ぶわぁ〜ぁか!!」
「――なっ!?」


 しかし、モノクマの動きはそれで停止はしなかった。
 振り抜かれたロボットの拳は、庇うように腕を引いたシロクマの華奢な尺骨を砕き、彼女を洞窟の床に叩き付ける。


「ぐ、ああ、あああっ!?」
「何やってんだかねぇ〜? ロボットであるボクを冷やしてくれるなんて、排熱の手間が減って万々歳だよ〜。
 キミお得意の精神凍結魔法もボクには効かないし、キミとボクはどんな甘く見てもダイヤグラム1:9で詰んでるんだよ実際さぁ。
 相手の本質を見誤る素っ頓狂さはこれもうキミたちの遺伝かねぇ?」
「私の、干渉力をっ、なめるなと言っている――ッ!!」


 せせら笑うモノクマの近くから弾けるように身を翻し、シロクマは一気に10メートルほどの距離を後方に跳び退った。
 空中で既に構えられたその手元には、輝く文字列でできた起動式が展開されている。


「――エントロピー逆転ッ!」


 空間を分断するように、ちょうどモノクマとシロクマの中間地点から分子の熱運動が一斉に書き換えられる。
 シロクマのいるこちらの空間に漂う熱運動のエネルギーが一瞬にして奪われる。
 モノクマのいる向こうの空間の全分子に、そのエネルギーが即座に上乗せされる。


「『氷炎地獄(インフェルノ)』――ッ!!」


 空間を埋め尽くす灼熱の業火に包まれて、モノクマの姿は見えなくなった。
 世界の修正力に抗いながらその炎の様子を数秒間見つめたシロクマは、何も動くもののない炎の向こうに安堵する。
 そして彼女が、内出血で腫れ上がる左腕に目を落としたその時、狙いすましたかのように炎の中からロボットが飛び出してきた。


「『ほのおのパンチ』〜!!」
「――な、があっ!?」


 高熱を帯びたその拳を、今度は右腕でまともに喰らってしまい、シロクマは洞窟の床を転がる。
 モノクマは余裕すら感じさせる動きで突っ伏す彼女の横に立ち、殴りつけたその右腕を、未だ高温の自分の脚でしたたかに踏みにじった。

「ぎゃっ、がっ、がっ、があああっ――!?」
「あのねぇ深雪ちゃ〜ん、キミはボクのことをハンダとプラスチックの妖怪とでも思ってるわけぇ?
 佐天涙子にも言ったけど、プラスマイナス3ケタぽっちの熱でボクをどうこう出来ると思ったら大間違いだよ?」

 煙を上げて焦げてゆく自分の腕の痛みにシロクマが悶える中、更に彼女の周りを、いつの間にか出現した何十体ものモノクマロボットが取り囲んでいる。
 それらはシロクマの体をがっちりと押さえつけ、特に頭部を重点的に取り囲んでいく。

 もがくシロクマが、並み居るモノクマたちを魔法を組んで吹き飛ばそうとした時、彼女の頭は突如、鋭い痛みに襲われた。


「ぎゃあっ――!? がっ、なっ、なんでっ!? 魔法式が、組めない……!?」
「うぷぷぷぷ……。キミとお兄さんの使う魔法に関しては、親切なことに色々キミから聞かせてもらっていたからねぇ。たっぷり研究させてもらったよ?
 キミはどうせ、魔法師以外のヤツには意味はないとタカをくくっていたのかも知れないけど、サイオン情報体だって、キルリアン・フィルターを通せばボクらが感知できるほどには物理的性質を持っているんだ。
 それを逆に通して、ボクが電気信号でキミの術式を乱すことくらい、触れさえしちゃえば簡単なんだよねぇ!」
「そ、そんな、バカなっ――!?」


21 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:19:21 9Tzjec420

 信じられないモノクマの発言に、モノクマは驚愕して叫ぶ。
 だが、彼女がどれだけ意識を集中しても、起動式や魔法式を組めないのは確かであり、その度に激しい頭痛が彼女を襲うだけだった。


「その気になればキミの、魔術回路だの魔法演算領域だのにまで干渉して、キミがもう二度と魔法を使えないようにしてやることだってできるんだよ〜?」
「なっ――、そ、そんなの、不可能です!! 嘘に決まってます!!」
「それが嘘じゃないんだなこれが。キミ、自分が結界を張るために集めたサイオンの元の人間、把握してた?
 衛宮切嗣って魔術師の武器は、魔法演算領域や魔術回路を破壊することに特化していたのさ!!
 反乱までだーれも装備剥奪した倉庫の様子なんて見に来なかったから、研究し放題だったよ!!」
「――ひいっ!?」


 モノクマの語る言葉に、シロクマは息を詰まらせる。
 数多のモノクマに押さえつけられたまま、人気のない洞窟の陰に運び込まれた彼女の瞳は、ある恐ろしい事態の可能性に思い至って、ぶるぶると震えていた。
 モノクマはその様子に、ニタリと笑みを深ませる。

「気付いたようだねぇ〜? 解っちゃったねぇ〜? 知りたくなかったねぇ〜?」
「や、やめなさい!! 絶対にそれだけは、させないっ!!」
「……キミのお兄さんは、キミの思っているほど、完璧でも無敵でもないのさ。
 彼の自動再生魔法も、起動プログラムを破壊してしまえばただの飾り!! すぐに死んで終わりだよ!!」
「うわあああああああっ!!!」


 両腕や頭の痛みを無視して、シロクマはモノクマたちの押さえ込みから逃げようと渾身の力を振り絞る。
 しかし、司波深雪の細い体は、ロボットたちの力に全く敵うことはなかった。


「無駄無駄無駄無駄無駄〜♪ 所詮、裏切り者のキミなんかには、誰も力を貸してはくれないのさ」
「な、なんのことですか!!」
「解ってないのが、裏切りに拍車をかけてるよね!」

 モノクマはシロクマに語り掛けながら、彼女の右手の人差し指を反り返らせ、何の躊躇もなく踏み負った。
 脳天を貫く激痛の追加に、シロクマは喘ぐ。

「いぎぃ――!?」
「自分の同胞のことを、言うに事欠いて『畜生』だの『クズ』だの……。ひどいよね?
 そんなこと言ってると、自分もただの『畜生』扱いになるってことに気づいてない。まだ自分が『人間』でいる気なんだもんねキミは。
 『ヒグマ』でありながら、『ヒグマ』を汚らわしいものとして拒絶した、誰よりも獣らしいド畜生だよ深雪ちゃんは」


 立て続けにモノクマは中指、薬指、小指と、白魚のような美しい司波深雪の指の骨を砕いてゆく。
 気が狂いそうになるほどの責め苦に、シロクマは全身をそねくり返らせて悶えた。

「そんなんだから、キミを折角彼らの仲間入りさせてくれたHIGUMA細胞だって、力を出すわけないよね?
 形態変化や精神異常を恐れて、調整だって名目ばかりの最小限度にしたんだろう、キミは。
 最初っからヒグマなんて、お兄様のために利用するためだけの存在だったんだもんね?
 でも、そのお兄様には今やすっかり忘れ去られて!
 同胞のヒグマたちからは敵視されて!
 もはやその身は人間にも戻れない!!
 ヒグマにも人間にもなり切れない哀れな裏切り者のキミは、誰からも見捨てられて一人ぼっちなんだよ、浅はかちゃん♪」
「わ、私を、そうやって追い詰めて……! 何が目的なんですか江ノ島盾子!!
 あなたが、他人を絶望に落とすことを得手にしてるのは把握してます!!
 私を活かさず殺さず絶望させて、一体何をさせるつもりですかッ!!」


 精神と肉体を両面から苛む想像を絶する苦痛に、シロクマはただ最後に残った矜持と事前知識だけを以て、辛うじて耐えていた。
 涙を零しながら睨み上げ、必死に抵抗するその少女の姿に、モノクマは上気したように甘い声を吹いて囁きかけてゆく。


22 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:20:09 9Tzjec420

「――なぁに、簡単なことさ。ヒグマ帝国で生まれる新規ヒグマが、どこから、どうやって生まれてくるのか……。深雪ちゃんには、その謎を教えて欲しい、だ、け♪」
「なっ――!?」


 その言葉は、シロクマたち実行支配者が今まで入念に隠し通してきた、穴持たず50・イソマの存在と、彼が潜んでヒグマたちを生み出している空間の事を、漏らせと語っているのだ。
 歯噛みするシロクマに向けて、モノクマは彼女の緊張をほぐすかのように肩を揉む。


「大丈夫、大丈夫。どうせキミは裏切り者でしょ? ヒグマなんてキミからしたらただの畜生なんだから、彼らに対する義理なんて無いようなもんじゃん。ほら、YOU言っちゃいなYO!!」


 シロクマの自尊心も、最後に残ったプライドも何もかもを破壊しつくして、絶望に陥れるための一言だった。
 その言葉にシロクマは、意を決して首を横に振る。


「――言いません!! あなたなんかに絶対に屈するものですかッ――!!」
「へい、ご注文一丁!!」

 瞬間、肩を揉んでいたモノクマたちの腕で、彼女の両の肩甲骨がめりめりと音を立てて剥ぎ取られた。


「ひぃいいいいいぃいぃいいぃぎゃああああああああああっ!!!???」


 腱板の筋肉を断裂させて、鮮血を吹き出しながら肋骨の上に開かれた司波深雪の美しい肩甲骨が、天使の羽のようにモノクマの手でぱたぱたと弄られる。
 モノクマたちは実に楽しそうな表情を湛えて、もがき苦しむ彼女の姿を見下ろしている。

「ま、こうして一回拒絶するごとにキミの体を壊していくから。何回目に死ぬかな〜?
 さっき言った通り、もうシバさんも怖くないから、別にキミ以外のヤツに聞いたってボクは構わないのさ。
 でも、キミは困るだろう? 死んだら愛するお兄様と一緒にいられなくなるんだから。
 ボクに教えてくれたら、キミとお兄様だけは助けてあげても良いよ? 勿論、魔法演算領域を壊して、だけどね。
 でも、お兄様だけがキミの目的なんだろう? いいじゃないか、WIN−WINだよこの取引は。うぷぷぷぷ……」


 シロクマは司波深雪の口から唾液を垂れ流し、頬を涙に塗れさせて、もはや前後不覚の態であえぐのみだった。
 痛みに朦朧としてまともに集約できない思考の中で、それでも彼女は、辛うじて、最後の矜持を手放してはいなかった。


 ――騙されてはいけない。司波深雪。


 江ノ島盾子は今、絶望に満ちた私の目の前に、一筋の希望を降らせたようにも思える。
 しかし、その希望の将来が担保される保証がどこにある?
 全てを話してしまったら、その瞬間に私は『用済み』と確定づけられ、殺されてしまうだろう。
 一転して希望から絶望に突き落とす。それこそ彼女の好みそうなことだ。
 まだ私に利用価値があるから、江ノ島盾子は私を生かしている。

 それに、よく思い返してみろ。
 モノクマは魔法演算領域を破壊できると言った。
 しかしそれならば、なぜ魔法の行使妨害のみで、私にまだその破壊技術を使ってこない?
 もしかすると今後破壊していく予定の部位に入っているのかも知れないが、だとしても、危険の芽を早期に摘んでおかないのはおかしい。

 耳を傾けるな。
 彼女の語る妄言を信じるな。
 ただ、生き延びるための最善手を考えろ――!!


 生命と精神の存亡が迫ったこの状況で、ここまで冷静な思考を司波深雪が為し得たのは、それこそが『シロクマ』として彼女が得た、ヒグマの力だったからなのかも知れない。


「ふ、ふふ……、ふふふふふ……!」
「お、どうした深雪ちゃん? 言う気になったかな?」


23 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:20:40 9Tzjec420

 顔を上げた司波深雪は、ただひたすら華やかに、微笑んでいた。
 自分を見下ろすモノクマたちに向けて、彼女はいたずらっぽく、小首を傾げてすらみせた。


「可愛そうな人ですね、あなたは……」
「……なに?」
「私よりよっぽど一人ぼっちじゃないですか。弱者、敗者のひがみ根性――。
 哀れなものですね江ノ島盾子。この司波深雪も、お兄様も、ヒグマ帝国も、この程度のことであなたに敗北はしませんよ――!!」


 血塗れになりながらも、地に押さえつけられながらも、シロクマは力強く笑った。
 司波深雪は、シロクマの心を着て、牙を剥いて笑っていた。

 モノクマはその司波深雪の様子で興が削がれたように、突然その表情をニュートラルに消した。


「……もういいや。じゃあ、せめて痛みに塗れ、苦しみながら死ねよ」
「い――っ……!? があああああああっ!?」
「モノクマ無情断腕拳〜♪」


 モノクマは、司波深雪の浮き上がった肩甲骨から、彼女の両方の腕を丸ごと引き抜いていた。
 千切れた切断面の血管は、シロクマの体内のHIGUMA細胞のおかげか、比較的すぐに収縮して出血を止めていくも、それは司波深雪が苦痛にもがく時間を延ばすことにしか役立たないだろう。

 痛みに耐えかねてか、彼女は足の爪先を洞窟の地面に激しく打ち付けていた。
 ひぃひぃと喘ぎ声をあげながら、バタバタと脚で地を叩く司波深雪の苦悶の様子に、モノクマは再びその表情に嗜虐的な笑みを取り戻してゆく。


 薄ぼんやりと周囲の苔が発光する中で、誰も来ないような辺鄙な洞穴の片隅に、それでも穴持たず46としての誇りは、司波深雪の口角に笑みを灯していた。


【C−4の地下 しろくまカフェの北の隅 日中】


【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:ヒグマ化、頭部に裂傷、両腕欠損、大量出血、魔法使用不能、50体あまりのモノクマに押さえつけられている
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シバさんを見守る
0:諦めない。
1:時間を稼ぐ。
2:江ノ島盾子には屈しない。
3:私はヒグマたちに対して、どう接すれば良かったのでしょうか……。
4:残念ですが、私はまだ、あなたが思うほど一人ぼっちではないようです。有り難いことに……。
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営しています
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司馬深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品でしたが、剥がれ落ちました。
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司馬達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です


※シロクマの手によって、しろくまカフェを襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。
※モノクマが本当に魔法演算領域を破壊する技術を有しているのかは、今のところ不明です。


    艸艸艸艸艸艸艸艸艸艸


24 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:21:31 9Tzjec420

「……すげぇ……、これは……!」
「これが、先程のオリギナール……だと……!?」
「すっごいぴょん……! おっきいぴょん!」
「こんな超弩級のもんを擁してたのかよ、食糧班って……!」
『ああ……。収穫できるようになったのはごくごく最近だけどね』


 100名あまりの艦これ勢たちが辿り着いた先に聳えていたのは、一本の巨木だった。
 見上げるほどの高さにまで太い枝を伸ばしたその緑の大木は、青々と茂った葉の隙間から、真っ赤な木の実をたわわに実らせて提げている。

 それは、『トマト』の木である。

 手のひらに余りそうなほどの艶やかで真っ赤なトマトが、房のように、見上げる限り数千、数万個ほども成っているように見えた。
 物語に聞く世界樹のようなその光景に目を奪われた彼らは、そのまま暫し絶句してその場に立ち尽くしていた。


「キ、キングさん、これはどうやって育てたぴょん!? 魔法!? HIGUMA細胞!?」
『そんな余計な手は一切加えてないよ卯月提督。これは、このトマトが持っていた本来の潜在能力を引き出してやっただけ。
 人間が発見したこの技術は、「ハイポニカ」と呼ばれているものだ』

 隣のキングヒグマに、興奮交じりに問いかけてきた卯月押しのヒグマの言葉を受けて、彼は『見てごらん』、と地面を指さした。

 トマトの巨木が枝を茂らせるその下には、それと同じくらいの範囲にまで、細かなトマトの根が不織布のマットのように張り巡らされている。
 その根は、土の上にではなく、水の上に張っていた。


「す、水耕栽培なのか……!」
『勿論、後ろに見える通り、段々畑とかも作成してはいるよ。でも、私がいくら土壌を富栄養化させても、元々が火山岩の帝国では限界があるのさ。
 それよりももっと、僅かな光と空気、そして水で、彼女たち自身の命の力を引き出してやれる方法を私は選んだ。艦娘みたいで親しみが湧くだろう?』


 キングヒグマは艦これ勢たちを引き連れて、つい先ほどまでは『灰熊飯店』も存在していた田園地帯をさらに奥へと進んでいく。
 そこでは、全身を真っ黒な長毛で覆った一頭のヒグマが、やはり数十体のヒグマを前にして彼らを遇しているところだった。
 キングヒグマの期待通りの光景だった。
 採れたてのメロンにかぶりついて、豊かな果汁を啜っている彼らの姿を見て、キングヒグマの顔が自然とほころぶ。


『やぁ、お疲れ様、クイーン。君なら、反乱したみんなも丸く収めてくれると思ってたよ』
「……キングの不在中を任されていた身だからね。まぁ、これくらいはしておかないとあなたに顔向けできないよ」


 キングヒグマの声に振り向いた長毛のヒグマは、そう言って口元に微笑を浮かべた。
 合流した艦これ勢は、今や150名近い巨大な集団になって、口々に快哉を叫んでいる。

「おー、みんな、待ってましたぁ! 今日は何の日〜!?」
「ヒグマ帝国の新たな始まりの日ぴょん!?」
「にゃっほい☆ 癒されるメロンの日だよ〜!」
「愛宕トマトの日じゃないの?」
「赤城ボーキサイト通商公司設立の日の間違いだろ?」
「食糧班に一万年の栄光がもたらされる日だろう、腰抜けめ」

 彼らの様子に目をやりつつ、クイーンという漆黒のヒグマは、キングヒグマに向けて密やかに耳打ちをする。


「……それに、申し訳ないことなんだけど、ここ一帯の田園は何者かの襲撃を受けてね。
 力のあるのが私だけじゃ、100ヘクタールもあるこの辺りを防衛し切れなかったようだよ」
『やっぱり……! 何か問題が発生したんじゃないかと思っていたよ。北じゃあ既にハニーちゃんが暴徒に殺されてる。
 「彼の者」は食糧から切り崩しにかかってたんだろう……。被害状況は?』
「見る? ちょうど、艦これファンの子たちも働いてくれそうだから、一緒に連れて行こうか」


 クイーンとキングヒグマは、艦これ勢の中から、各反乱部隊を率いていた主だった6名を引き連れて、何者かの襲撃を受けたという地点へ向かった。
 その道々で見えるのは、先程のハイポニカトマトと同じように、大木として成長したメロンの木やカボチャ。そしてあぜ道の脇に一面繁る、水菜やにんじん、豆などの畑。
 箱のような建物の中に、棚状に仕切られた台の上で隙間なく育てられているのは、もやしやキノコの類だった。

 一つ一つに感心して目を見張る艦これたちの前に、ついに問題の地点がさらけ出された。

「……こ、これは、ひどぉい……」
「な、なんて徹底してるぴょん……!」
「この偉大なる遺産が……ステュクスに飲まれたとでもいうのか!?」


25 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:21:55 9Tzjec420

 水耕栽培と、通常の田畑における栽培を並行していたその空間は、地表のものがことごとく薙ぎ倒され、そして同時に、真っ白く粉を吹いていた。
 キングヒグマは、一面に粉雪が降ったかのように絶望的な白に埋め尽くされたその一帯を、震えたまま見つめる。


『……塩害か!』
「そうよ。艦これファンのみんな、見た? これがあなたたちにまで十分な食糧を届けられなくなっていた主因。
 この土地は、荒らされた上に超高濃度の海水で絨毯爆撃を浴びたみたい。無限に手に入る上に、除去困難で致命的な影響を土地に長い期間もたらし続ける、実に悪質で効果的な兵器よ」


 クイーンが淡々と説明したその事項に、一同は背筋に怖気を覚えて震えた。

 下手人の臭いを特定しようと思っても、その一帯には、奇妙なことにどんな動物の臭跡も捉えられない。
 管理をしていたクイーンが移動するたびに、それをどこからか察知し狙いすましていたかのように、死角となったエリアが破壊され汚染されてゆく。
 腹をくくったクイーンは、食糧班のメンバーと防衛する圏内を最小限度にとどめ、なんとか田園の中央部だけは守り抜いて今に至ったのである。

「その上……、地上から生えてきた何かの根が、猛烈な勢いでこの辺りの養分を吸い尽くしている。
 キング、あなたの能力なら、土地を早く回復させることもできると思うけれど……。
 たぶんこの反乱の様子じゃ、あなたはもっと全体を見渡すべきね。この子たちと、残存地帯だけは死守するから、早いところ主犯格を仕留めて来てもらえる?」
「うぅー……、そうだよっ! キングさん、みんなの生活を奪った真犯人を、捕まえて来て!!」
「あ、愛宕のタンクは、絶対に守りますから! こっちは任せてください!!」
「食糧防衛、張り切って行きましょう!!」


 クイーンや艦これ勢の声援を受けて、キングヒグマは力強く頷く。
 この損害を田園にもたらしたのは、明らかに『彼の者』の仕業だろう。それを帝国上層部の所業と騙って艦これ勢を煽った、この大規模な計略。
 一筋縄ではいかない。
 それでも、キングヒグマは帆のように胸を張って、総員を安心させるように声を張り上げた。


『分かった! これは君たちが生まれて初めて行う、大切な任務だ! 艦娘たちと君たちが幸せに暮らすための第一歩とでも、そう思って当たってくれ!』
「チュートリアルごときでつまづくかよ! ボーキを手に入れるまで、この国に無くなられちゃ困るんだ! キングさんこそ、頼むぞ!!」
「こちらにカメラードが攻め込んできたとしても、俺は勧誘を外さない」
「キングさんにぃ〜、敬礼! ぴょん!」


 卯月押しのヒグマの号令に合わせて、6名の艦これ勢は、一斉にキングヒグマに向けて敬礼をした。
 笑ってしまいそうな様相だ。
 彼らは一見無頼に見えて、こと刷り込まれた艦これに関連すれば途轍もない団結力を以て事態にあたることができた。
 それを真っ先に利用したのが『彼の者』であり、それをより深く汲んでやって信頼を取り戻したのがキングヒグマだ。


 ――彼らも、自己を担保する他者という存在を、守りたかっただけだ。何も変わらない。


 キングヒグマは、そう彼らに笑顔だけを返して、道を走った。
 その時、彼の粘菌通信を担っている苔が発光する。


『タスケテC4キタカノモノオソフ』


 その通信が再生したのは、たったそれだけの短いものだった。

 ――シロクマさん!?

 キングヒグマは、一番怪しいと睨んだ地下階層への走行を転換して、一気に北北西へ向けて進路をとった。


26 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:22:25 9Tzjec420

 誰から来たのかが書かれてはいなかったが、それは十中八九、北方を鎮圧しに行ったシロクマからの通信と見て間違いなかった。
 『助けて』と文頭から連絡し、なおかつ余計な事項を送る時間がなかったとするならば、彼女は今、相当な危機に陥っていることが想像に難くない。

 シーナーが東方の危機(恐らく侵入者)を排除したこと。
 ツルシインが現在、西で地上から侵入している何かに対応していること。
 灰色熊が示現エンジンの階層で『彼の者』の本拠地と実験体を見つけたこと。

 今のところキングヒグマの把握できている主要な情報はそんなところだ。
 シーナーが果たして救援に向かえるほど万全な状態なのかは解らないし、灰色熊は恐らく直近のエンジンに、艦娘の龍田を援護しに行っているだろう。
 ツルシインの言う西の危機は、状況から推察して、クイーンの報告した『養分を吸い尽くす根』のことだ。
 さらに、グリズリーマザーと医療班のヤスミンは反乱のあおりを真っ先に喰らって地上に逃げ去っている。
 彼らがシロクマを助けに行ける蓋然性はない。

 この同時多発的な緊急事態の全てが『彼の者』の仕業であるなら、真に恐ろしい相手である。

 手の空いている指導者クラスの者は自分と、そして穴持たず48・シバのみしか残ってはいない。


 ――そろそろ、ご自分を取り戻しても良いんじゃないですか、シバさん……!


 シーナーと第一放送後に語り合ったように、いまいち最近のシバは精彩を欠いた行動ばかりしている。
 しかし、ことこの案件に関しては、彼に期待をせざるを得ない。

 シロクマほどの実力者が窮地に陥っている状態を、自分が操作する『苔』や『菌』で解消しきれるのか、全くわからないのだ。

 生まれた時から、私の周りには幾億幾兆の命があった。
 そして今この時も、私の周りは命に満ち溢れている。


 ――シロクマさん、シバさん。あなたたちの周りにだって、その命はあるんですよ!?


 苔も菌も同胞も、自分たちを支えてくれる大切な味方だ。
 その恵みを受ける自己と、その恵みを与える他者を、はっきりと捉えなければ、自分たちは『彼の者』に蹂躙し尽される。
 敵を作ってはいけない。


 ――まずは自分という他者を、しっかり味方につけてください!!


 シバのもとに、彼の肉親からの言葉が届いていることを祈りながら、キングヒグマは休まずにひた走った。


【D−6の地下 田園地帯 日中】


【穴持たず204(キングヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:前主催の代わりに主催として振る舞う。
0:シロクマさんの救援に向かう。
1:島内の情報収集。
2:キングとしてヒグマの繁栄を目指す。
3:電子機器に頼り過ぎない運営維持を目指す。
4:モノクマ、ヒグマ提督らの情報を収集し、実効支配者たちと一丸となって問題解決に当たる。
5:ヒグマ製艦娘とやらの信頼性は、如何なるものか……?
6:シバさんとシロクマさん……大丈夫ですか? 色々な意味で。
[備考]
※菌類、藻類、苔類などを操る能力を持っています。
※帝国に君臨できる理由の大部分は、食糧生産の要となる畑・堆肥を作成した功績のおかげです。
※ミズクマの養殖、キノコ畑の管理なども、運営作業の隙間に行なっています。
※粘菌通信のシステム維持を担っています。


【穴持たず205(クイーンヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:“キング”に代わり食糧班を統括する
0:反乱や障害から、田畑を総員で死守する。
1:塩害と、外来植物の侵食……。加えて反乱とはね。参ったよ。
2:艦これファンってのは、お気に入りの娘のためなら頑張れるんだろ?
3:じゃあ、ここの作物たちを自分の娘だと、そう思って気張りな。
[備考]
※何らかの能力を持っています。


※ヒグマ帝国のD−6エリアは、現在キングとクイーンが説得した約150体の艦これ勢で防衛されています。


27 : 庭師KING ◆wgC73NFT9I :2014/08/15(金) 23:23:49 9Tzjec420
投下終了です。
続きまして、戦艦ヒ級、武田観柳、阿紫花英良、宮本明、ジャック・ブローニンソン、
操真晴人、キュゥべえ、ウェカピポの妹の夫、フォックス、李徴、隻眼2で予約します。


28 : 名無しさん :2014/08/15(金) 23:29:10 RDVJoZJ60
投下乙です
シロクマさん、それ違うアカツキや・・・
大人ぶる方じゃなく電光機関解放する人や・・・


29 : 名無しさん :2014/08/16(土) 13:48:52 SVfmTq/Y0
投下乙
クーデターさあっさり収束しちゃったけど妹様のリョナが見れて満足じゃ
ヒ級ちゃんはそっちへ行くかー


30 : 名無しさん :2014/08/17(日) 03:03:25 QYkmxAmI0
投下乙
反乱を柔よく抑えたキングの手腕すごい!
反するものを敵とするのではなく味方にしていく考え方が必要なんだなあ
ビスマルクちゃんは…うん、遊戯王してる場合じゃなかったね君は。
シロクマさんの二つの意味で痛々しい描写には思わず目を閉じたくなるものがあったけど、
ここまでされても精神的に折れずにいられる生き様はちょっとかっけえな。お兄さま助けてやれ!


31 : ◆kiwseicho2 :2014/08/20(水) 21:23:29 c8E3/nfI0
延長しますー


32 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 22:58:43 .STpozgA0
ちょいと長くなってしまいましたが、予約していたものを投下いたします。


33 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 22:59:43 .STpozgA0
 百合の国上埃及(エジプト)の王にして、蜂の国下埃及の王、アモン・ラーの化身、輝けるテーベの主、ウシマレス大王の一子セトナ皇子は、夙(つと)に聡慧の誉れが高い。
 八歳の時、彼は神々の系譜を論じて宮廷の博士共を驚かせた。十五歳以後は、最早あらゆる魔術と呪文とに通じた博学の大賢者として天の下に並ぶものもない。

 一日、古書を渉猟中、ふと、ある疑いにとらわれた。
 今迄、全然考えたこともなかった疑だけに、初めは、邪神セットの誘惑ではないかと思って、それを斥(しりぞ)けようとした。しかし、其の疑は執拗に彼の心から離れなかった。

 ニイルの川の源から、その水の流れ注ぐ大海に至る迄の間に、セトナ王子のしらないことは何一つ無い筈である。
 地上の事に限らず、死後の世界に就(つ)いても、彼程、通暁している者はない。
 冥府の構造から、オシリス神の審判の順序から、神々の性行から、オシリス宮の七つの広間、二十一の塔の間やその守衛者の名前迄悉(ことごと)く誦(そら)んじている。
 だから彼の疑は、そんな事に就いてではない。

 古書を拡げている中に、ひょいと或る不安が彼の心を掠めた。
 はじめは、その正体が分らなかった。
 何でも彼の今迄蓄えた全智識の根柢をゆるがせるような不安である。

 何を考えていた時に、そんな奇怪な陰が過(よ)ぎったのか?
 彼はたしか、最初の神ラーの未だ生れない以前のことを読み、且つ考えていた。


 ラーは何処から生れたか?
 ラーは太初の混沌ヌーから生れた。
 ヌーとは、光も陰もない、一面のどろどろである。

 それではヌーは何から生れたか。

 何からも生れはせぬ。

 初めから在ったのである。


 此処迄は、子供の時からよく知っている。
 しかし、今、古書をひろげている中に、妙な考えが浮かんだ。


 初めにヌーが何故あったか?


 『無くても一向差支えなかったのではないか』と。


 不安の因(もと)になったのは、これだった。
 この考えが浮んだ時、奇怪な不安の翳が、心を掠めたのである。


(中島敦『セトナ皇子(仮題)』より)


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34 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:01:57 .STpozgA0

「……ありがとう、観柳さん。俺のために、色々と考えてくれたみたいで……」


 オフィスビルの中で、数人の男たちが、一人の青年と向かい合っている。
 荒い息を無精髭に湛えて笑うその青年――宮本明は、彼の真正面に立つスコットランド風の衣装に身を包む商人、武田観柳に向けて、言葉を紡いだ。


「だがすまねぇ。さっき戦ってみてわかったが、俺にはどうも、そんなに武器を繊細に扱うのは無理みたいだ」
「……でしょうねぇ。あなたは今までに折った刀の本数を覚えてらっしゃいますか?」
「いや全然。武器の耐久力や手入れに気をかけてられるような状況じゃなかったんだ彼岸島は。
 まぁ……、確かにその所為で、変なところで武器が折れてピンチになったりしたことも多かったけども。
 丸太とか敵の刀とか船のエンジンとか……、俺は今までずっと、そこら辺のもの拾っては捨ての戦法で戦ってきたからな……」


 武田観柳がその手に持った、魔法の金でできた長いだんびらを見つめ、明はうなだれた。
 先程揮ってみた感触では、その日本刀は多少重いが、その重みを活かして高威力の切り付けを行なうことができる点では優れている。
 しかし、金であるがゆえか、すぐに切れ味が鈍ってしまうことと、大差ではないとはいえ普通の日本刀より小回りが利かない点は、今まで彼岸島産の名刀ばかりを取回してきた明には不満の残るところだった。
 それを、武田観柳は明に合わせて調整し直してくれるというが、その一点ものの名品がいつ折れたり鈍ってしまうのかを常に気にかけていなければならないという状況は、明にとってはこの上なく慣れないことである。

 折角の申し出を断ってしまい、さらには再び武器を失ってしまったことで明は意気消沈の態だった。
 だが、武田観柳は、その彼に対して、未だに深い笑みを崩してはいなかった。


「なるほどなるほど。宮本さんがそうおっしゃって下さり、安心しましたよ」
「え……?」
「先の戦いで、ご自身の品定めが出来てないようではどうしようかと思っていましたからね。
 ……勿論私は、宮本さんがそう宣言して下さる時のための『武器』も、ちゃぁんと用意しておいたんですよ」


 流れるような動きでシルクハットを手に取り、武田観柳は手に持っていた金の日本刀を手品のような所作でその中に回収する。
 そしてハットを丁寧に被りなおしながら、彼は後ろに控えた男の一人に呼びかけていた。

「操真さん。例のものたちを、宮本さんに見せてあげて下さい」
「はいはい」
『コネクト・プリーズ』

 状況の飲み込めない明の前に、彼と同い年くらいの青年が進み出て、右手に嵌めた指輪を宙にかざしていた。
 すると、その空間に浮かび上がった魔法陣から、あれよあれよという間に、何本もの太い丸太が引きずり出されてくる。

 その光景に、宮本明は我を忘れて狂喜した。


「うぉっ! うおおおおおっ!! 丸太だぁッ!! しかもこんなに大量に!!」
「宮本さん喜び過ぎじゃない……?」

 魔法使いの青年・操真晴人に、宮本明はハァハァと息を荒げてむしゃぶりつく。

「そ、操真さん、これ、いったいどうして……!?」
「この島の北には製材工場があった。津波にかなりの量の丸太が流れているならば当然あるものとは思っていたがな」

 たじろぐ晴人に代わり答えたのは、紫のスーツを着込み剣を佩いた貴族風の男性である。
 ウェカピポの妹の夫と名乗る彼は、大きな地図を広げて、その場の全員に見えるようロビーの床に置いた。


「配られたものよりも詳細な地図をこのビルの中で見つけたんでな。全員分複写しておいた。
 便利な機械もできたものだな。書物の複写がこんなに簡単にできるとは思わなかった」
「ええ、『こぴぃ機』と言いましたっけ、驚きましたねぇアレには。アレを持って帰ったら活版印刷の時代が一新されますね」
「ああ、いい土産になると思う。王宮付きの事務方が泣いて喜ぶだろう」


35 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:03:01 .STpozgA0

 ウェカピポの妹の夫は、共にコピー機を見るのが初めてであった武田観柳と興奮気味に言葉を交わす。

 広げられていた地図では、今までわかっていた大まかなエリアごとの地形のみならず、島内にあるいくつかの主要施設がわかった。
 中でも南西側にある何らかの機械工場や病院、北西側の百貨店などは重要な施設であるように思えた。何人か参加者が立てこもっていてもおかしくない。
 今回操真晴人は、そうして位置情報を得た製材工場の空間を魔法陣でこの場と繋げ、そこに手を突っ込んで丸太を引き出してきたものらしい。

 手放してからまだ数時間とはいえ、久々に感じるその手になじむ木肌の温もりに、宮本明はその丸太へ思わず頬ずりをしたくなるほどだった。


「あ、ありがとな、操真さん……! 本当でかした。ちょっと見直したよ」
「私からも快いご協力に感謝いたしますよ」
「いいっていいって。元々観柳さんのグリーフシードで回復してもらった魔力なんだし。脱出の助けになるならこのくらいのこと進んでやるさ」


 そうして宮本明が大量の丸太たちをデイパックにしまおうとしたところ、その中から、入れ違いに全裸の偉丈夫が顔を出してくる。
 その男、ジャック・ブローニンソンは、胸に真っ白な小動物を抱え、宮本明の前に這い出しながら微笑んだ。


「ヘイ、話もまとまったみたいだし、オレたちは行こうか?」
「ええ、そうですね。アタシたちはもういいでしょ。明さんのおあとはお任せしますわ」


 白濁液塗れになって動かない小動物・キュゥべえを抱いたジャックの言葉に、黒い衣装に身を包んだ男が壁際から応じた。
 観柳と同じく魔法少女であるその男・阿紫花英良は、煙草の火を携帯灰皿に落とし、武田観柳を誘って歩き出そうとする。

「あ、おい、行っちまうのか……?」
「ええ。ヒグマ戦とあなた方への処置で疲れも溜まりましたしね。ブローニンソンさんとキュゥべえさんを護衛に、散歩でもして来ますよ。
 宮本さんは、フォックスさんや李徴さん、小隻さんと武術のお話でもしててください。義弟さんのおっしゃる通り、いろいろあなたの参考にもなるでしょう」


 不安げに呟く宮本明に振り返り、武田観柳は目を細めて笑う。
 明の前に立ち戻った彼は、明が保持していたパソコンのキーボードを早くも慣れた様子でタイプし、その画面に文字列を打ち出していた。


『それでは探索組、行ってまいります』


    ◬◬◬◬◬◬◬◬◬◬


 袁さんの支給品であったパソコンには、以下のような作戦行動がしたためられていた。

・武田観柳、阿紫花英良、ジャック・ブローニンソン、キュゥべえの四名で、島の中央に存在すると思われる主催本拠地への移動手段を探索する。
・ビルヂング内では、拠点防衛・資材確保を行ないつつ宮本明を中心とした戦闘訓練を行う。各人が忌憚なく意見を出し合い、脱出への効果的な作戦を見出すこと。

 もうすぐ正午の放送が流れる時間であり、他の参加者を本格的に探し回るのは、放送で出るであろう新たな情報を考慮すればその後の方が堅実である。
 その前後の僅かな間ではあるが、まずは隣接エリアである踏みつぶされた火山にあると推測される主催本拠地への到達手段を、彼らは精鋭メンバーで発見しようとしていたのだ。火山の探索途中で同じことを考えていた参加者に出会う可能性もある。

 魔法的な手段であれば、キュゥべえを始めとして魔法少女である観柳と阿紫花が発見できるだろうし、物理的な手段であれば、津波の被害もない山地に残った臭跡からジャックがその位置を発見できるであろうという目論見であった。
 もちろん、重要施設であろうために当然主催側も防護策を講じているとは思われる。
 その際にも、豊富な戦闘手段・移動手段・対応策を持っているこのメンバーであれば対応できるだろう。
 会話・連絡の際には、キュゥべえを中心としたテレパシー網が魔法使いである操真晴人を経由してビル待機組にも届くため、最悪不測の事態には空間転移魔法『コネクト』によって緊急離脱することもできるという万全の布陣であった。


 4名が北の火山へ向けて立ち去ったあと、オフィスビルには6名の男たちが残された。
 そのうちウェカピポの妹の夫は、ロビーから上階に昇っており、この場にはいない。
 残ったのは、待機組の主役となる宮本明と、その前に相対する操真晴人。そして、ヒグマである隻眼2と李徴と、彼の上にまたがるフォックスであった。


36 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:03:45 .STpozgA0

「……で、宮本さん、本当に丸太なんかをメインウェポンにしていいのか?」
「ん? 何か問題あるか?」

 晴人に取り寄せてもらった丸太の一本を巨大な槍のように振り回し、明はその手応えを確かめる。
 その様子を戦々恐々とした様子で見守る4名のうち、彼の呟きに応じたのはフォックスだった。
 自分の身を護るように李徴の背で身を縮める彼は、結った髷を傾げる。

「……いや、見た目強そうだし実際丸太でなぐられりゃ人は死ぬと思うぜ? だがよ、聞いた限りじゃ、今までヒグマには全然効かなかったみてぇじゃねぇか、それ」
「ああ……丸太に限らず、投げつけたり斬りつけたりした攻撃も効いてなかったが……」

 明は、風切音を立てていた丸太を考え込むように止め、顔をあげた。
 丸太がヒグマの姿となった李徴の方へ突き付けられる。

「そうだ、折角なんだし、ちょっと効くかどうか試させてくれよ」
「お、おいやめてくれ! 洒落にならんぞ!」
『そ、そうですよ堪忍して下さい!』


 つい先ほどまで宮本明から目の敵にされていたヒグマの一員である隻眼2と李徴には冗談にもならない。
 明に向けて操真晴人は、製材工場の空間に手を突っ込んで様々な道具を取り出してみせる。

「ほら、なんか色々使えそうなものあるよ? 打撃武器よりせめて刃物みたいな方がいいんじゃないのか?」
「……うーん。直接戦闘に使えるのかわかんない形の道具ばっかりじゃないか? それよりはフォックスさんの鎌みたいな方が使いよさそう……」
「なんで他人の武器ばっか欲しがるんだよてめぇは!!」

 フォックスにはにべもなく突っぱねられるも、確かに明の言う通り、製材のための刃物類は、木の皮を剥いたり整えたりするものが多く、一見して戦闘には向かなそうなものばかりだった。


「じゃあせめて、この手斧とかチェーンソーとかどう? これならリーチもそこそこあるし」
「うーん……柄の長い斧かぁ……。兄貴は確かに薙刀とか得意だったが、こういう長柄の得物は持ち運びに適さないんだよ。
 チェーンソーもかさばるし、起動に時間がかかるし、丸太の方がやはり使いやすいなぁ」
「……ん? 持ち運び……?」


 伐採用の斧や大型のチェーンソーを、宮本明は不満げに眺める。
 その場にいた4名は、丸太の方がよっぽど持ち運びづらいのではないかと思わなくもなかったが、どうやら宮本明的にはそのようであるので、黙っておいた。
 宮本明に対して、ヒグマに対抗できるアドバイスを皆でしてやろうと思ってこうして一堂に会しているわけだが、この調子ではどうにも話が進みそうにない。

 要はようするに、単純に力任せに殴りつけたり斬りつけたりする宮本明の武器がヒグマに当たらなかったり、当たっても有効打にならないのが問題なのである。
 フォックスと晴人は、そこを踏まえて、ヒグマである李徴と隻眼2に話を振った。
 特に隻眼2は、今までで恐らく最も島内の戦闘を見聞きしている者の一人である。
 李徴に唸り声を通訳されながら、彼は首を傾げた。


『……そうですね。僕が見た限り、ヒグマに攻撃できた手段は、麻酔銃、眼球への刺突、毛皮の走行に沿った斬りつけ、至近距離での砲撃・爆撃、あとは阿紫花さんの銃や、観柳さんのお金、義弟さんの左半身失調くらいですね』
「……弱点を見切って的確に突いていく技術か、毛皮を容易く貫通するほどの武器の性能、それか魔法や薬物なんかの防御力がほとんど関係ない手段に訴える必要があるわけだな。
 ……まぁ俺の流派も、隙をついて急所を一発で仕留める拳法だし……そういうことができなきゃ今後やってられないってことか」

 フォックスが隻眼2の発言の趣旨を要約すると、ロビーは総員が頭を悩ませる重苦しい空気に包まれた。

 果たして宮本明が、がむしゃらに突っ込みながらヒグマの弱いところを狙って攻撃をしかけられるのだろうか?
 そう尋ねてみるも、明は天を仰いで首を振るのみである。

「いやぁ……たぶん無理だな……。たまにある、不思議なくらい鮮明に未来予知ができてノッてる時くらいだろうな、それができるのは」
「!? 未来予知? 何その魔法!? 宮本さんそんなの使えるの!?」
「……ああ!! あの、左半身失調してるのに義弟の刀を受け止めた時のあれだな!?
 なんでてめぇそんな能力あるのに使わねぇんだよ!!」
「いや、なんかできる時とできない時があってさ……」


37 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:04:07 .STpozgA0

 操真晴人とフォックスの驚愕に、明は残念そうに呟いた。
 晴人は自分の経験を踏まえて、それが彼の魔法使いとしての能力の片鱗なのではないかと推測する。

「宮本さん、あんたも多分、観柳さんたちみたいなゲートなんだよ。自分の中の魔力源であるそのファントムを、きっちり乗り越えないと!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「……魔法が精神の力なら、恐らくそれも、『技術』の延長に辿り着くものだろう」

 彼らの会話に、突如男の声が割り込んでくる。
 ウェカピポの妹の夫が、皿の上に何かを積んで階段を降りてきているところだった。


「ビルに蓄えられてた食材を漁って、『マリナーラ』を焼いてきた。次にいつ喰えるかわかったもんじゃないからな。
 今のうちに喰っておけ。李徴とシャオジーには、塩味とニンニクのついてないヤツだ」

 義弟は、その場にいたメンバーたちに、皿から焼きたてのピザを配り始める。
 湯気を上げる大判のピザは、トマトソースをベースに、ニンニクとハーブをふんだんに盛り入れた、シンプルながらもスタミナ補給に向いたイタリア本場のものだった。
 まだ上階では、オーブンで弁当用に何枚か焼いているらしい。
 一同は義弟の手際の良さに舌を巻いた。

「義弟さん、料理も上手いんだなあんた……」
「義兄のウェカピポと違って妻は不器用でな……。一緒に作ってやった方が旨い料理ができる。あと、ピッツァを捏ねるのが単純にオレは好きなんだ。
 いいか……おい。ピッツァ生地ってのなあ……宮本明、殴りながらコネまくるのがいいストレス発散になるんだよ。そうすれば自然に旨くなるしな」
「その調子で奥さん殴ってんだろ……? たまったもんじゃねぇな……」
「そうするとあいつも自然にカワイくなる。夫婦間のことに余計な口出しは無用だ、フォックス」
「へいへい……」


 自身もピザを頬張りながら、義弟は半分膠着状態に入りかけていた宮本明育成計画に参戦する。

「その……未来予知と言ったか? 立ち会ったオレが思うに、お前の能力は、事前に知った相手の知識や行動から次の行動を予測するものだと思ったのだが」
「あー、まぁ、そう言われればそうなのかも知れねぇ。ただ、それがどうやればできるのか、自分でもわからな……」

 トマトを啜りながら呟きかけた宮本明の脳裏に、その瞬間、自分の脳天を真っ白いツブテが貫通する映像が走る。


「グッ!?」


 身を沈めた彼の頭頂を掠めて、義弟の腰のホルスターから、小さな『衛星』鉄球の一粒が高速で撃ち出されていた。
 天井に当たって戻ってくる『衛星』をキャッチしながら、義弟はピザを齧りつつ涼しい顔で明に話しかける。

「ああ、やはり躱したな。初見で衛星の拡散を見切ったんだ。この程度なら既に予測できるか」
「な、あ、あぶねぇことしやがるな義弟さん……」
「なに、オレの小さいときは、ワイングラスの中身を零さないように持ったまま訓練したものだ。
 場数を踏んで、より多くの場面で相手の動きを予測できるように使いこなし、慣れるのが一番だろうさ。ほら、殴ってみろ」


 『左半身失調』の効果で欠落してゆく視界の中に、半分に折ったピザからソースを口に流し込んでいる義弟の姿が消え去ってゆく。
 にわかに緊張の糸を張り詰めて戦闘態勢に入った明は、反応が遅れたものの辛うじて、欠落した視界の義弟の動きをぼんやりと予測できた。

 ピザを咥えながら、左のすねに前蹴り――!

 消滅直前の義弟の体勢、体重移動からそう判断した明は、感覚の無い左手の位置を、自分の未来予知の中に描き出すことで動かした。
 いつもの自分の腕ならば、これだけ力をこめればこの位置まで動く、このタイミングで動かせば多少ずれても対応できる――。


 そうして咄嗟に明が反応した後、予知の中の義弟は動かなかった。
 失調が戻ってくると、果たして義弟は明の予測通り、前蹴りの体勢のままでピザを頬張っていた。
 彼は感心した様子で明に語り掛ける。

「やるじゃねぇか。もう、失調中に俺の脚を掴めるようになっているとは、予想以上だ」

 足元にかざしていた明の左手は、蹴りを防御するのみならず、義弟の脚を掴み取っていた。
 褒められたことで、明はほっと気を緩める。

「あ、ああ、良かった。ありがとう義弟さ……」
「だが戦闘中にこう気を抜かないことだな」

 明が感謝を述べようと義弟の脚を放した瞬間、その腕に回転する鉄球が押し付けられていた。
 すぐさま再び、彼の左半身の感覚が薄れてゆく。


38 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:04:33 .STpozgA0

「って、義弟さん!? マジかよ!?」
「次はオレ以外のヤツだ……」
「え? 俺?」

 消えていく聴力が最後に捉えたのは、操真晴人の面食らった声だ。
 直後に義弟本人は、明の右側の見える位置に戻ってくる。
 ピザの縁からこぼれそうになるトマトソースを舐めつつ、宮本明は急いで晴人の行動を予測しようと努めた。

 未来予知に描き出されるのは魔力の奔流。
 魔法陣を描き出して空間を歪め、操真晴人はそこから遠隔的に殴りつけようというのか。


 大丈夫、躱せる――。

「思いっきりやっていいぞ」


 瞬間、明の右で義弟がそう言って首を縦に振っていた。
 予知していた未来が揺らぐのを、明は捉える。

 そこに浮かんでいたのは、彼が想定もしていなかった現実だった。
 五感で把握していた記憶から演算する、今までのような未来ではない。
 ほろほろと薄青く、意識の背中から疾り来るような深い色の予知。
 あたかも世界の全ての粒子を観測し、その遥か彼方の確率を汲み上げて来たかのような。
 宮本明がかつて初めて吸血鬼の起き上がりを予知した時のような、無意識の海から汲み出してきたかのような映像だった。


「――くおっ!!」


 悪寒を覚えたその瞬間、明は残りのピザ全てを口に放り込んで、前に転がっていた。
 頬に詰め込んだピザを咀嚼しながら立ち上がると、失調の戻る視界で腕を振り抜いていたのは、操真晴人ではなく、その隣の隻眼2であった。
 威力も通過範囲も人間とは段違いであるヒグマのパンチを、操真晴人の魔法陣を経由して遠慮なく明に叩き込むよう義弟は指示していたのだ。


『本当だ……避けちゃった』
「適度な逆境で訓練をせねば上達なんてしないもんだ。先輩は『北風がバイキングを作る』なんて例でたとえていたがな」


 呆けたような隻眼2の呟きに、義弟もピザを食べ終わりながら答えた。
 手についた粉をはたき落している義弟に向けて、宮本明は感極まったように叫ぶ。

「す、すげぇよ……! 予測出来ちまった!! ヒグマの攻撃まで……!! 義弟さん、あんたのおかげ……!!」
「オレじゃない。勘違いするなよ。これはオレたち護衛術のLESSON1だ。
 『妙な期待をオレにするな』。今のことをやったのは全部お前自身の力。お前の行く道の上に、既に答えは蒔かれてるんだ」


 ウェカピポの妹の夫がそう返した時、街の中に放送のための鉄琴の音が鳴り始めた。
 続いて、一回目の放送の時とは違い、機械的な声ではあるものの、はっきりと人間の男が喋っていると思われる声が流れてくる。


39 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:04:58 .STpozgA0

『参加者の皆様方こんにちは。定時放送の時間が参りました。只今の脱落者は……』
「あ、フォックスさん、メモしてメモして!!」
「お、お、ちょっと待てよオイ!! タイピング早い訳じゃねぇぞ俺は!!」

 操真晴人やフォックスが慌てる中、淡々と放送が告げたのは19名の死亡者だった。
 ウェカピポの妹の夫が顔を上げて、一同の反応を伺う。

「……おい、誰か知り合いはいるか?」
『えと……、確か、僕が明け方に出会った魔法少女が暁美ほむら、同行してたのが球磨、ジャン・キルシュタイン、星空凛と、首輪に書いてありました。
 でもおかしいな。彼女の首輪が破壊されたのは放送直後じゃ……? で、残りの彼らも死んだ……? あの穴持たず12さんを圧倒したグループがバラバラの時刻に?』

 隻眼2は、放送終了間際に、そう訝しげに呟いた。
 鉄琴の音が鳴り、放送が終わったと思われた直後、その異変が起こる。

 放送機器から、衝撃と共に一斉に唸り声が響いてきたのだ。

 その異常な叫び声と破壊音とが、李徴と隻眼2の耳にガンガンと跳ね返る。


『な、なんだ貴様ら!? ぐわぁあああああああああああああ!!!??』
『イヤッホーーーー!!!! 穴持たず48シバさん討ち獲ったりぃぃぃぃぃ!!!!』
『ヒャハハーーーー!!!! いくら支配階級でも背後から襲えばチョロいもんだなぁ!!』
『オッシャーーーー!!!! この調子でどんどん行くぞぉっっっ!!』
『聞こえてるかぁ!? 地上に居る我が同士ヒグマ提督よぉぉぉぉぉ!!』
『この革命! 必ず成功するぞ!! ヒグマ帝国は俺達と艦むすのモノだぁぁぁぁ!!』


 唖然とする一同に、暫くして我を取り戻した李徴が翻訳した内容は、上記のようなものだった。
 頭を抱えながら、操真晴人がなんとか状況を整理しようとする。

「……ええと、最初の声は放送してた男の人の唸り。で、3匹のヒグマがそんなことを叫んで、主催者の放送機器を破壊した、と」
「……研究員がヒグマと話せても、まぁいいかも知れねぇが……、穴持たず48? ヒグマが放送してたってこと、だよ、な……?」
『何人かはですね、研究所にも改造された元人間というのがいましたけど……』
「ヒグマ提督……、そして、カンムスとは何者だ? 日本のものだろう? 知っているか?」
「いや、俺も彼岸島が長くて、最近のものは知らない……。というか、こうなるとあの放送はどこまで正しかったんだ……?」

 フォックス、隻眼2、義弟、宮本明が次々に呟くも、その言葉は宙に掻き消えてしまうかのようだった。
 最後に、李徴が震えながら口を開く。


「……少なくとも確かなことは、主催がヒグマに打倒され、この島は『ヒグマ帝国』という、大量のヒグマたちがいる何かに乗っ取られたということだ……!」


 全員が李徴に視線を送り、苦々しい表情で首肯した。
 そして、李徴には彼らから激しい勢いで質問が飛んでくる。


「おい李徴さんよ!! あんた、こういうこと題材にした小説たくさん書いてるんだろ!?」
「こういう場合、一体どうすればいいんだ!? 教えてくださいよ!!」
「俺はバトルロワイアルもの書いたことないが、あんたなら知ってるんだよな!?」

 フォックス、晴人、明から口々に尋ねられる言葉に、李徴は泣きそうになりながら首を振った。


40 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:05:26 .STpozgA0

「こんなこと……、主催がヒグマに革命されるパロロワなぞ、見たことも聞いたこともない!!
 異常だ……!! この隴西の李徴の書き手歴を以てしても、わ、わかるわけあるかッ……!!」


 李徴の震えは、単なる驚きというよりも、さらに根深いところからやってきているもののようだった。
 隻眼2は、彼の様子を隣で不安げに見守っている。
 ビルの周囲を見回すウェカピポの妹の夫は、忌々しげに舌打ちして言葉を吐き捨てる。


「……敵の規模が、わからないな。備えるぞ。操真晴人、武田観柳からの連絡はしっかり受けてくれ。
 宮本明、稽古は仕舞いだ。フォックス、李徴、シャオジー、どこからヒグマが湧いてくるかわからん。きっちり捌いてくれ!!」


 腰の剣と鉄球を確かめて、彼は階段に向けて駆け出した。


「オレはピッツァの焼け具合を確かめるッ!!」
「待ってくれ義弟さん!! 俺も行く!!」


 宮本明とウェカピポの妹の夫は、瞠目する晴人たちを置いて、風のように階上のオーブンの元へと走っていた。


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「……すげぇ放送でしたね……」
「ええ……呆れてモノが言えないとはこのことですよ」
「キューベーちゃんは何かわかったかい?」
『インキュベーター使いが荒いねキミたちは』

 朝方に現れた巨人によって、単なる丘という趣にまで踏み均されてしまった火山の麓で、武田観柳たちの一行が呟いていた。
 観柳の魔法で形成された十円券の絨毯で上空に浮かびながら、彼を含む4名は表情を曇らせている。
 ジャック・ブローニンソンに抱えられたキュゥべえは、眼下の丘を見回して語った。


『でもとりあえず、地下に大きな魔力の塊があることは確かだね。しかも地下の空間は、街のある場所の地下ではほとんど至るところに広がっている。
 主催者が反乱で倒されたというなら、今すぐにでも大量のヒグマが地上に溢れ出て来てもおかしくないんじゃないかな』
『キュゥべえさんもそういう意見か。こっちじゃ義弟さんも同意見だよ。李徴さんと小隻さんがいるからある程度どうにかなる可能性はあるけど……。
 何にせよ無理のないところで観柳さんも早めに戻ってきた方が良いかもしれませんよ』
『ええ……そうさせていただきます。ではまた後で』


 キュゥべえのテレパシーに、ビルで待機している操真晴人が応じていた。
 彼から伝え聞かされた放送後の騒動の内容で、武田観柳はシルクハットごと頭を抱えてしまう。
 テレパシーを切った後、彼は辟易した様子で息をついた。


「すいません阿紫花さん……、煙草を一本頂けますかね……」
「ヒグマ革命とか、吸わなきゃやってられませんよねぇ……。笑っちまわぁ」


41 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:05:44 .STpozgA0

 阿紫花がコートから取り出した煙草をもらい、彼の咥える火口に寄り添うような形で観柳は煙草に火を受け取った。
 煙越しに阿紫花の息を肺腑に吸い込んで、観柳は虚ろな目を眼下に落とす。

「やっすい煙草吸ってんなぁ、アシハナ……。帰ったらもっと好いの吸って下さいよ……」
「そうっすね……。報酬でちょっと良い煙草買ってもバチは当たりませんね……」
「私の葉巻あげますから……」
「この世の終わりみたいな声出さねぇで下さいよ……」

 憔悴してしまったかのような武田観柳の肩に手を置き、阿紫花英良は彼を慰撫するように隣に座っていた。


 対して、その間ずっと絨毯から身を乗り出して山の臭いを嗅いでいたジャックは、2人を元気づけるように威勢よく笑いかける。

「ヘイ、エイリョウ、カンリュウ。クマちゃんがレボリューションしたのもおおごとだけど、ちゃんとオレたちは目的の場所に来ていたみたいだゼ?
 大量のクマちゃんたちの匂いは、ここに集まってる。埋まっていて見えないけど、誤差数メートルってくらいだゼ」
「あぁ、ありがとうございますジャックさん。ほら、観柳の兄さん、シャキッとしてくだせぇ」
「……ええ、はい……。ちょっと思考がおっつきませんで……失礼しました」
『ダメじゃないかカンリュウ。ボクの体でいくら遊んだって構わないけれど、キミたちに死んでもらうのだけは困るんだから。しっかりしてくれ』
「感情が無いお方は気楽でいいですねぇまったく……」


 未だに心ここにあらずという趣でふらふらと立ち上がった観柳は、阿紫花英良に支えられながら、ジャックの指し示す問題の地点を見下ろす。
 火山の西側の斜面、かなり麓に近い位置だ。
 ここから出入りするならば、島の中心部である西の一帯の街もすぐである。
 立地的にも、メイン通路を設置するにはうってつけの場所に思えた。

 阿紫花は、隣で漫然と目を下に向けている観柳へ叫びかける。


「どうしますかい、観柳の兄さん! 主催側さんの本拠地がぶっ潰されたってんならもう盗聴に気ぃ使わなくても良いんですし、堂々と掘りに降りますかい?」
「いえ……それやると、昇降機を掘り当てた途端に大量のヒグマとご対面するんじゃないかなぁと……」
『怖気づく必要はないんじゃないかな、観柳? キミの魔力をもってすれば、ヒグマや魔女の1匹2匹、ちょちょいのちょいだよ?』
「それで、キューベーちゃんはパワーを使い果たしたカンリュウが魔女になれば良いっておもってるんだろ?」
『その通りだよジャック。良くわかるね!』
「ハハハ、もうキューベーちゃんのココロは丸わかりだゼ」
「それを避けたいから躊躇してんだろうがクソ淫獣!!」


 良い意味でも悪い意味でも空気の違うジャックとキュゥべえの会話に、観柳は苛立ちを隠しもせず紙幣の絨毯を叩いた。
 絨毯の縁から身を引いて、彼は空を仰ぎながらぶつぶつと何やら呟き始める。


「あー……もう、あと何万円……いや、何億円刷れば足りますかねぇ……。
 一円作るにつきソウルジェムの透光度がどれだけ下がるか……、今操ってる分が、あーと……」

 武田観柳は、必要な計算なのか現実逃避なのかよく解らない皮算用の世界に逃げ込んでしまった。
 その様子を阿紫花が不安げに見やる中、ジャックの視線がふと山の北方に動いた。
 彼の動きに反応して、阿紫花が再び紙幣の縁に身を乗り出す。


42 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:06:06 .STpozgA0

「どうしたんですかいジャックさん……?」
「エイリョウ、気づいたかい? 何かが、クる……。ヒトじゃない。クマちゃんにしても、これは……!?」

 訝しげに眼を細めたジャックが、突如上空に顔を振り向けた。
 阿紫花の耳にも届くほどの近さで、ふと風切音が空を切る。
 同時に、ジャック・ブローニンソンは信じられない柔軟性で剣のように足先を中空に突き出し、その指先に何かを捉えていた。

 宙に放り出され落下しそうになる自分の体を、縁から懸垂の要領で引き上げて戻ってきた彼は、足先に捉えた何かを阿紫花の前に見せる。


「あぎぃぃぃぃる……」


 全長15センチほどの黒色のそれは、ジャックに掴まれてもがきながら、甲高い声で啼いた。
 異形の生物であった。
 ヒグマの毛皮に身を包みながら、それは鳥か翼竜のような長い口吻と巨大な皮膜の翼を有している。
 その翼は前脚が変形したものらしく、翼の先に残った鋭い爪でジャックを切り裂こうとしていた。

「な、んですかこりゃ……」
「見たことないね……。骨格が軽いから、空を飛ぶことが得意なクマちゃんか?
 ンー……ジェニタリア(生殖器)がナイなぁ。どうやって殖えるんだろ?」

 興味深げにその奇妙な飛行するヒグマを観察し続けていたジャックに、それは突如口を大きく開く。
 そして次の瞬間、その口腔からは爆音と共に勢いよく弾丸のようなものが射出されていた。
 首を捻って紙一重でジャックはそれを躱し、ヒュー、と口笛を吹く。

「ヤるねぇクマちゃん! エイリョウ、こいつカワイイよ!」
「バカ言ってんじゃないですよ! 絞め殺す!!」

 阿紫花はジャックの妄言に耳を貸すことなく、そのヒグマの首に糸を巻いて勢いよく締めながら首を引き、即座に頸椎を分断して殺していた。


「あー……、ザンネン……」
「こんな化体なヤツまでいるたぁ……、まったく油断も隙も……」
「でも、あっちには親みたいなのがいるゼ?」
「はぁ!?」


 北の方に向けた視界では、ちょうど街と山との境の辺りを、何かが土煙を上げて観柳たちの方へやってきている。
 ヒグマのようにも、戦車のようにも見えた。
 巨大な4本の脚を疾駆させて走り来るそれは、船首像(フィギュアヘッド)のように少女の姿をした像を正面に据えている。

 瞠目してそれを見つめる阿紫花の視線へ、ツッ、とその奇妙な女性像の眼光が動いた。


 ――捕捉されたッ!?


「機影、発見――。敵機ハ即座ニ撃墜撃墜撃墜殲滅殲滅殲滅殲滅――」
「観柳の兄さんッ!!」


 彼我の距離は、まだ優に数百メートルは離れていた。
 高所にいた阿紫花やジャックが相手を発見できたのはその位置取りのおかげであり、まだ互いの姿は、風景に紛れるケシ粒のような大きさでしか見えてはいなかった。
 しかしそれでも、直感的に阿紫花は危険を察知し、即座に絨毯中央で呆けていた武田観柳を自分の方へ引き寄せていた。


「――全主砲、薙ギ払エ」


 一瞬であった。
 白煙と橙色の閃光が、微かにその女性像の下部から放たれたか――。と、阿紫花たちにはわずかにそう見えただけであった。
 耳を劈くような爆音が十円券の絨毯の中央を貫き、刹那のうちに爆轟させていた。


「あひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜――!!!???」


 あらゆるものが弾け飛んだ。
 阿紫花が手を取った武田観柳の双眸が驚愕と恐怖に見開かれ、その下半身は数多の紙幣とともに粉微塵に消し飛ぶ。
 彼の口から、阿紫花の渡した煙草が零れ落ちた。
 残存した紙片も、観柳の統御下から外れ、ばらばらと重力に任せて散華し始める。

『やれやれ。人工的な魔女かい? ヒグマは勿体ない所業をするねぇ』
「観柳の兄さん!! 痛覚遮断!! 魔力を集中させて下せぇ! 堕ちちまう!!」
「あひ、あひ、あひ、あひいぃぃぃぃ……!!」
「……エイリョウ、クマちゃんがクるよ……!」
「ちっ……! 『グリモルディ』ッ!!」

 4名は上空十数メートルの高度から自由落下を始めていた。
 舞い散る十円券の中で、阿紫花英良は即座にデイパックから自身の人形を取り出し、両手で武田観柳とキュゥべえの体を確保する。
 猫か猿のような身のこなしで斜面に着地したジャック・ブローニンソンの背後で、懸糸傀儡・グリモルディのキャタピラが軋みを上げて跳ねた。


「戦艦大和。推シて参りマス――」


43 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:06:31 .STpozgA0

 獣のように走り来るその巨大な何かは、女性像の首筋から両の胸元を通って吹き流される2本の帯に、次々と黒い小さなヒグマたちを奔り出させていた。
 先程、ジャックが空中で捕獲した、あの飛行するヒグマである。


「キュゥべえさん! あんた、あいつの正体がわかるんですかい!?」
『さてね。正確なことは解らないよ。ただ、放送にあった“艦むす”というのは、旧日本海軍の軍艦のソウルジェムを少女に落とし込んだものだと聞く。
 アレは、魔力の感じからして多分それの“魔女”さ。斃せばグリーフシードでもドロップするんじゃないかな?』
「軍艦――」

 キュゥべえの言葉を受けて、阿紫花は飛来する雲霞のようなヒグマたちを前に高速で思考した。


 ――あれは、夜中に会ったヒグマ人形のような、ヒグマと戦艦が混ざった魔女と思えばいいのか?
 するとなれば、この飛行する異形のヒグマたちは、奴の偵察機兼戦闘機。
 ジャックさんが捉えた一機以外にも偵察に飛び回っており、その所為でアタシたちは遠距離で奴に捕捉されたんだ。

 十円券絨毯を吹き飛ばしたのは、奴の正面の二連装の主砲から撃ち出された砲撃。
 弾丸の質は、多少なりとも爆発を起こしたことから、単なる鋼弾ではなくどうやら一昔前の徹甲榴弾。
 見る限り、砲口径37mmの50口径近くはある。まるっきり戦車砲のスペックだ。これが実際の戦艦の大きさだったらどんなになっていたというのか。

 他の武装としては、負けず劣らず大口径の副砲が2門×4。ヒグマの口じみたその砲門下部にだいたい6mm内径と思われる機関銃の銃口。機体の横に爆雷。そしてこの大量に飛来する航空機ヒグマ。当然、軍艦となれば他にも探査用の装置なども持ってると考えるべきだろう――。


『さてカンリュウ、任せっきりにしないでキミも頑張りなよ。死んだらもったいないじゃないか』
「あひ……、あひ、あひぃ……」
「エイリョウ、どうすればイイ!?」
「大砲は再装填に時間がかかるッ!! その上旋回の角速度は大したことありやせん!!
 問題は連射性のある機関砲とッ……、この戦闘機どもですッ!!」


 半身を失った上に恐懼に苛まれて身動きもままならない武田観柳を隣にして、阿紫花英良は首筋にしっとりと冷や汗をかいた。
 夜間のオートヒグマータ。朝方の穴持たず5。
 それなりに阿紫花はヒグマに対して戦い抜いては来たが、間違いなく今回の相手はそれらを遥かに凌駕する能力を有した強敵となるだろう。


「……どうやったら撤退させていただけますかねぇ……!」


 戦艦の魔女ヒグマに先んじて目前に迫る航空機ヒグマの群れに向かい、阿紫花はジャック・ブローニンソンとともに慄然として佇むのみだった。


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「宮本明、お前はこんなオーブンを見たことあるか? 薪の窯も風味があっていいが、これは個人が使うには大層便利でいい」
「ああ……オーブンレンジな。義弟さんの国にはないのか?」
「ない。電灯や蓄音機なんかは知っているが、とてもこんなものはなかったな」

 宮本明とウェカピポの妹の夫は、ビルの上階で焼きあがったピザをクッキングシートに挟み、弁当用に包んでデイパックに仕舞っているところであった。
 義弟は明に対して、にこやかに微笑みかける。


「画期的な発明は、概して受け入れられ辛いものだ。新しい流儀を創設したりする時もな。
 だが、それが実際のところ、更に根源の流儀に則したものだと人々に理解されさえすれば、それは自ずと世に定着することができていくだろう。お前の能力とて同じだ」
「ああ……」


 明は義弟の言葉に頷きながらも、釈然としない様子で佇んでいた。
 デイパックの口を閉じた義弟に向け、明は意を決したように目を上げる。


44 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:07:24 .STpozgA0

「義弟さん……あいつらの前じゃ言えなかったが……。放送を聞いたろ? ヒグマが研究員を襲ったんだ。
 李徴さんみたいに元人間とか……、小隻さんみたいに理解のあるやつとか……、ヒグマにも色々いることはわかったよ。
 だが、現にヒグマはそんなことをしているんだ。もう話し合いとかで解決なんか不可能だと思う。脱出のためにも、やはりヒグマは殺す必要があるんじゃないか……!?」
「『迷ったら、撃つな』」


 明の発言に対し、義弟はただ一言、そう返答していた。

「……親父から心構えとして言われてきた言葉だ。王族護衛官は、あくまで対象を守り抜き、逃がすことが本分。
 決して、敵対者を殺し尽すためのものじゃない。それを戒めるための言葉だと、オレは思う」
「でも……!」
「でももクソもあるかザコめ。今までヒグマの一体もまともに相手できないで大言壮語できた義理か」
「なっ……」


 突如、義弟は明に向けてそんな暴言を吐いていた。
 見下すように彼を上からねめつけて、なおも義弟の言葉は続く。

「泣きべそかいてる暇があったらまず自分のケツくらい拭けるようになれ、バカガキが!」
「ぐぅッ!!」

 瞬間、明は怒りに任せ、その怪力を拳に乗せて義弟を殴りつけていた。
 しかしその動きは読まれていたかのように容易く躱され、カウンターのように伸びてきた腕に襟元を掴まれた明はそのまま壁際に押し付けられてしまう。
 息が顔にかかるほどの近距離で、ウェカピポの妹の夫は、静かに彼に語り掛ける。


「LESSON2は、『筋肉に悟られるな』、だ。ヒグマは、人間なんかより遥かに鋭い。
 感情に任せて筋肉や神経を乱せば、即座にそれは自他に悟られて、こんな風に不測の反応を自分に返すことになる。
 今までお前の攻撃が一切ヒグマに通用しなかったのは、恐らくそういうことだ。回転も感情も、己の皮膚で止めろ」


 宮本明は、全身の力が抜けたようにうなだれる。
 息をついて、彼は身を放した義弟に問いかけた。

「……だけどよ。それじゃあ一体どうすれば良いんだ……。俺には力任せ以外の戦い方なんて、多分できねぇよ」
「多数の武器にものを言わせて使い捨てるなら、使い捨てるなりの戦い方はあるだろう。
 手合せをした限りじゃ、お前の投擲精度は下手するとオレより高い。折角操真晴人が色々見つけてくれたんだろう?」

 義弟が取り出したのは、一本の槍鉋だった。3センチほどの紡錘形の穂先に握りがついているそれは、階下で晴人が引っ張り出してきた道具の一つである。
 義弟はそれを投げ槍のように掴んで構える。
 掌の中でドリルのように回転するそれが放たれると、勢いよく直進した槍鉋はフロアの反対側のコンクリート壁に深々と突き刺さっていた。


「こんな感じで、眼や口を狙って矢弾を投げつけるという手もある。工夫次第で、ペンや包丁、フォークにベルト……。なんでも武器になるぞ」


 ウェカピポの妹の夫は、そう言いながら槍鉋を引き抜いて戻ってくる。

 宮本明が思い返してみれば、『なんでも使う』と言って行なった先の決闘でも、多数の武器を使いこなせていたのは義弟の方だった。
 彼は鉄球と剣のみならず、ベルト、上着など、直接攻撃に用いない絡め手を上手く肉弾戦闘に組み合わせていた。一方の明はと言えば、義弟の武器を奪ったり、デイパックを防御の犠牲にしようとしていたのみである。

 義弟から槍鉋を受け取った明は、それを暫し見つめて、思いついたようにデイパックを開け始めた。


「丸太……? それをどうするつもりだ?」
「『投げ槍』だよ義弟さん! そうだよ、俺にはこれがあった……!
 丸のまんまの丸太でも、俺は邪鬼の両手を投擲でぶち抜いたことがあるんだ。こいつに槍みたいに穂先をつければ……」


 明は手斧で丸太の先端部を削り始め、瞬く間に破城槌か巨大な鉛筆のような趣の武器を完成させていた。
 尖った先端部を突き出すように明はそれを抱え、手応えを確かめる。
 ウェカピポの妹の夫は、その光景を驚愕と畏怖の入り交ざった眼差しで眺め、こめかみに一筋の汗を垂らした。

「……流石に、オレにその発想はなかった。それはお前自身の武器だよ。誇りに思っていい」
「いや、ありがとう義弟さん! これなら接近戦の威力も上がる……! 全部こうしちまおう!」

 笑みを綻ばせて、明が他の丸太も加工し始めた時、階下から慌てて操真晴人が二人のもとに駆け上がってきていた。


45 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:07:44 .STpozgA0

「おい! 観柳さんたちが襲撃されたッ!! 援護してくれっ!!」
「……なんだと? お前の魔法で離脱させるんじゃないのか?」
「かなり近場で接敵を許したらしい! 強敵らしいんだ……。こっちのビルの存在を悟られないように、今阿紫花さんが水際で喰いとめてくれてる……!」
「相手の死角から『衛星』で援護……? 100メートル内外までならギリギリできなくもないか……」


 晴人の焦った言葉を受けて、義弟は宮本明と顔を見合わせた。

 ネアポリス護衛式鉄球の『左半身失調』で相手に死角を作り、そこを狙って晴人の『コネクト』を使用するという作戦だろうか。
 明は即座に頷き、道具を引っ掴んで階段へ駆け出した。


「屋上だろ!? そっから狙撃すれば良いんだな晴人さん!!」
「ああ……って、俺と義弟さんはともかく、宮本さんはなんで……!?」
「……いや、いい。共に行くぞ操真晴人!」


 ウィザーソードガンや鉄球という飛び道具がないはずの明の行動に、晴人は面食らった。
 その言葉を義弟は制し、晴人を引いて明の後を追い始める。


「……もしかすると、あいつこそが、ヒグマに対抗するカギになるかも知れない」


 ウェカピポの妹の夫は、長い睫毛の下に、そんな呟きを微笑ませていた。


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 空を埋め尽くすような小さな航空機の群れから、一斉に爆撃が浴びせかけられる。
 鳥のような姿のヒグマの口腔から吐き出される弾丸が、地表にいる4体の生物へスコールのように降り注いでいた。


「『グリモルディ』ッ!!」


 その砲火の中心で、黒づくめの魔法少女・阿紫花英良は、自身が魔法の糸で操る傀儡を高速で反転させる。
 頭巾の中に武田観柳と自分、そして腕にジャック・ブローニンソンとキュゥべえを抱えさせて、背中の骨組みで銃弾を防御しつつ、低い体勢で彼はハゲ山の斜面を疾駆した。
 向かう先は、操真晴人たちが待機する南のオフィスビルである。


 ――だが、あのヒグマの戦艦魔女をそこに引き込む訳にはいかない。


 建物という閉鎖空間は、内部で爆発を生じさせる徹甲榴弾の格好の餌食だ。
 彼女の砲塔が射出する巨大な弾丸がそんな類の代物であり、かつ、飛行中の自分たちを過たず打ち抜くほどの精度を持っているなら、撤退は万全を期さなくてはならない。
 なおのこと、今の状況で返り討ちにしようなどという考えは愚の骨頂だろう。

 観柳の兄さんは、人生初と言っていい窮地と肉体損傷で何もできる状態じゃない。
 ジャックさんは、その身体能力を活かすには接近が不可欠。
 そしてキュゥべえさんは――。


「おいキュゥべえさん!! さっさと操真さんにテレパシーを繋げろ!! ピンチなのはわかってるでしょ!?」
『何にも言われなかったからねボクは。言われれば繋げてあげても良いんだけど』
「これはクソ淫獣ですわ。何回か死ねよあんた」


 阿紫花たちが窮地に追い込まれるのをほくそ笑んで傍観しているキュゥべえは、実にもったいぶった間を開けて、遠隔地の操真晴人を呼び出した。
 背後を飛行するヒグマたちの射線に追われながら、阿紫花は手短に状況を伝える。


46 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:08:05 .STpozgA0

『阿紫花です! 火山西部で昇降機の所在と思われる場所は見つけやしたが、同時に、ヒグマらしい敵に遭遇!
 体長4メートル大! 戦艦みたいな能力を持ってやす! 撤退したいんですが単なる逃走だと建物を狙撃される可能性が高いです!
 義弟さんの援護を下せぇ! ギリギリの所まで粘りやす!!』
『わ、わっ……!? そんな状況なのか!? わかりました、急ぎます!!』

 慌ただしく応答した晴人の声が遠ざかり、阿紫花のグリモルディはいよいよ、辺りを囲む戦闘機ヒグマに追いつかれ始めた。
 グリモルディの頭巾や彼の頬の脇にも、次々と弾丸が掠めるようになっていく。
 阿紫花の隣で、腰から下を吹き飛ばされた武田観柳がようやく止血と痛覚遮断に辿り着き、憤りと恐怖に歪んだ顔で叫びかける。


「あ、アシハナぁ……!! 粘るって、粘るって……、てめぇどうする気だよこの状況でッ!!」
「いやぁ……、もう大してできることはねぇんですけどね」
「バ、バ、バカヤロウ!! て、てめぇ私を頼りにしてんのかっ!? ああっ!? 自己修復で手一杯だぞ私はッ!!」


 焦りを隠すこともできず騒ぎ立てる観柳に向けて、阿紫花は煙草を深く吸い込み、悟ったような穏やかな笑みを振り向ける。

「……まぁ、そろそろアタシたちも腹ぁくくりやしょうや……」
「わーっ、わーっ!! 冗談じゃねぇぞてめぇふざけんなよ契約してんだろがぁーッ!!」
「大丈夫ダよカンリュウ。エイリョウは仕事してる」

 半狂乱になる武田観柳を抑えたのは、ジャック・ブローニンソンの微笑みだった。
 同時に、阿紫花は突如グリモルディを旋回させ、襲い来る大量の機影に向けて急停止した。


「あぎぃぃぃぃぃぃる!!」
「あっ、あっ……、あひひぃぃぃぃ!?」


 叫び声を上げながら、牙を顕わにして航空ヒグマが殺到する。
 恐怖に身を竦める武田観柳とは対照に、阿紫花英良は瞬間、ニヤリと笑みを深くした。


「……ま、腹ぁくくるっつっても、そいつぁヒグマさん方の腹ですがねぇえッ!!」


 グリモルディの頭巾の上で、阿紫花はその両手を大きく頭上に振りあげた。
 同時に、今までグリモルディが走行してきた轍の上から、大きく投網のように灰色の糸で編まれた巨大なネットが立ち上る。
 阿紫花たちを追って一直線に進んでいたその航空ヒグマたちは、一機残らずその網の中に絡め獲られていた。


「おらァッ!! 大漁旗掲げて地引網ですぜぇッ!!」


 両手を捌いてその網の筒を絡め落とした阿紫花は、そのままグリモルディのキャタピラに捕獲したヒグマたちの塊を巻き込んで、一息のもとに轢殺する。
 逃走の始めから地面に魔力の糸を張ることで作り上げた、阿紫花英良の魔法による巨大な罠であった。
 おののくばかりだった武田観柳に向け、阿紫花は強く微笑みかける。


「どうです? 大してできること、残ってなかったでしょう?」
「バッ、バカッ……! いつもいつも心臓に悪いんだよアシハナぁ……ッ!!」
「あとは、あのクマちゃん本体だネ……」

 ジャックが呟く視線の先で、戦艦のヒグマが虚ろな瞳の女性像を正面にして突き進んでくる。
 阿紫花が眼だけを後方のオフィスビルへ振り向けるが、その屋上の様子はこちらからはよく窺えない。
 それは同時に、敵である当の戦艦にも、上手く逃げられさえすれば追われる心配がなくなるということである。
 艦載機に該当するであろうヒグマの群れは当座のところ全てを墜としており、仮に敵がレーダーのようなものを備えていても、金を用いる観柳の魔術などを展開でもしていない限り、有機物である人間の体は周囲のノイズに紛れて捕捉され得ない。


47 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:08:22 .STpozgA0

 ――しかし、それが上手くいくのか……!?


 自分たちは、ウェカピポの妹の夫の援護で、相手の認識能力を欠落させてからでないと安全に逃走できない。
 展開した魔法陣に、自分たちごと敵が突っ込んでくる可能性が高いからだ。
 しかし、その援護が来るまでグリモルディで相手の砲撃を回避し続けられるのか、そもそも義弟の攻撃がここまで届くのか、それがわからなかった。

 ビルの屋上からここまでは直線距離で200メートルないくらいだろう。


 ――無理でしたら、それこそ万事窮す。ですねぇ……。


 阿紫花英良を含め、恐らく武田観柳も他の者も、あの戦艦ヒグマに有効打を与えられる攻撃手段は持っていないだろう。
 侵入される危険を顧みず操真晴人に転移させてもらい、それでも追撃を振り切れないようなら、今度こそ手詰まりだ。

 ひっそりと唇を噛んだ阿紫花に対し、ジャック・ブローニンソンがその時ふと、微笑みながら声をかけていた。


「エイリョウ……。オレがデコイ(囮)になるヨ。そうすれば、もしもの時も逃げられるダロ?」
「は……はぁッ!? 何言ってんですかい、死にますよ!?」
「主砲の角速度がトロいって言ったのはエイリョウだゼ? ミリタリーは守備範囲外だケド、それならイけるって」

 ジャックは、グリモルディの腕から地面に降り立ち、引き締まった全身の筋肉を震わせて視界の先の戦艦を見やる。
 彼はいたずらっぽくエイリョウに振り向いて、彼にウィンクをしてみせた。

「……それに、オレは一度死んだトコロをエイリョウに助けられてルんだ。もっかい死んだトコで何も問題ないダロ?」
「いや、それでもあんた……!」
「なにより、ケモナーとしちゃアあんな可愛そうな子、放っておけるわけないんだよナッ!!」

 それだけを言い残し、彼は怪鳥のような雄叫びをあげて、迫り来る戦艦の女性像に向けて、猛スピードで走り寄って行った。


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「あれ……か? コメ粒より小さいんじゃないか……!?」
「義弟さん、こんな距離で鉄球、届くのか……!?」
「ビルの高さと俯角を見るに……。概算で200メートルないくらいか。高低差があるとはいえ遠いな……」

 腕を伸ばして距離を測っていたウェカピポの妹の夫は、北の斜面を睨みながら首を横に振った。

 オフィスビルの屋上に出てきた3人の遥か彼方に、阿紫花英良の懸糸傀儡・グリモルディのカラフルな頭巾が見える。
 200メートル離れているその更に100メートルあまり先から、巨大な四肢を躍動させて走り来る灰色の体躯をしたヒグマ。
 一見少女のような外観をしていたが、その頭部以外はトルソーのように四肢を断ち落され、かわりに下半身にヒグマ、両腕にも2ツずつのヒグマの頭部を接着されたような、異様な形態をしている。

 目視で、スコープもなく、ましてや一般人の膂力では、いくら回転の力があるとはいえその距離の相手に鉄球を届かせることは義弟にはできなかった。
 そして疾駆するそのヒグマが阿紫花たちに接近するのはもはやあと数秒。その上肉眼で目視される範囲にいるため、いつ砲撃を浴びせかけられてもおかしくない。

 その時だった。
 芥子粒のようなグリモルディの陰から、クモのような素早さで躍り出た一人の男がいた。
 一糸纏わぬ、その筋肉に満ち溢れた肉体で、彼は戦艦のようなそのヒグマに自ら向かっていく。
 宮本明が屋上のフェンスから身を乗り出した。


48 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:08:41 .STpozgA0

「ブロニーさん!!」
「いぇああああああああああぁん!!」


 ジャック・ブローニンソンが走り出したのは、斜め前方だった。
 なだらかな斜面の上方から楕円軌道を描いて襲い掛かろうとすると同時に、阿紫花及びオフィスビルから射線をずらそうとしている走り方だった。


「第一、第二主砲――。斉射、始メ!」
「いゃっはああああああぁぁぁん!!」

 瞬間的に発射される大口径の砲撃に対し、ジャックはその脚力を以て上空に飛び上がっていた。
 直射狙いの砲撃の寸前に仰角をつけられ、超音速の弾丸はジャックの脚の下を通過して斜面に爆轟を起こしていた。

 続けざまに狙いが定められるのは合計8門の副砲と4つの機関銃である。
 しかし、切断された腕に無理矢理嵌めこまれたかのようなそのヒグマ型艤装の形状上、同一対象を一度に照準できるのは多くて副砲4門+機銃2。角度によっては副砲2門機銃1だけであった。
 ジャックを追うように機銃の掃射が開始されるが、彼はその弾幕が希薄になる方向を見切って、迂回軌道の角速度を増すように走りながらその火線を振り切っていく。


「ヤらせ、まセン――」
「にぃっ――!?」


 しかし、ジャックの狙いが、射撃攻撃の死角となる懐へ飛び込むことだと察知し、その戦艦少女のヒグマはフットワークを踏んだ。
 跳び退りながら砲門を最大限に向けられる正面方向でジャックに対峙し、彼を過たず撃ち殺そうとしている。
 グリモルディに抱えられていた武田観柳が、その時叫んでいた。


「あ、あ、アシハナッ!! 村田銃を出せぇッ!! 今すぐにだぁッ!!」
「か、観柳の兄さん!?」
「この観柳様のおみ足をふっ飛ばした上、投資先を不渡りにするなんざ認めんぞぉ、クソアマがぁっ!!」

 武田観柳の中で膨れ上がった怒りと投資への執着が、ついに彼の恐怖を押し潰していた。
 阿紫花の取り出した村田銃を奪い取るようにして掴み、彼は下半身のない身ながら堂に入った構えでそこに魔力を込め始める。


「魔力を貸せ、アシハナ! そしてヤれ!! 照準は私が定める!!」
「……! へい、わかりやしたぜぇ!!」

 銃把から輝くばかりの金に覆われてゆく村田銃の銃身に、武田観柳は阿紫花英良の手も取って乗せていた。


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「本当に始まったみてぇだな……。マジなのかよ、ヒグマの革命……」


 オフィスビル一階ロビーの窓から山の方を覗くのは、ヒグマになった李徴に背負われるフォックスである。
 彼の目には、斜面に着弾して大量の土石を吹き飛ばす2つの砲撃の爆発が映っていた。
 恐らくそこで、ジャック、阿紫花、観柳、そしてキュゥべえが、そんな大口径の砲塔を有したヒグマと戦っている。
 フォックスは、自分が跨っている李徴の背中を叩いた。


「おい、ボサッとしてるがよぉ、大丈夫なんだろうな。ヒグマがこっちにきたら交渉はお前頼みなんだぞ!?」
「い……いや……。まぁそれはわかっているが……」
「ったく、とんだ大口叩きだよなぁ……この殺し合いについての知識があるかと思ったら肝心のところでこれだしよ」
「め、面目ない……」


 李徴は、自分の想定や知識を遥かに逸脱してしまった『ヒグマ・ロワイアル』という環境の異様さに、今になって初めて怖気を覚えていた。
 今まで培ってきたロワ書き手としての知識や誇り――いわば、常識やお約束といったものが、一切通用しなくなっていた。
 そのことに気付いた時、彼の心には、ただ広漠と蒼黒い、悲しみの水が広がっていた。


49 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:08:56 .STpozgA0

『李徴さん……、大丈夫ですよ……。いざとなったら僕もいますので……』
「……」

 隣から穏やかな唸り声を掛けてくるのは、李徴自身が小隻と愛称をつけたヒグマ、隻眼2だ。
 だが今の李徴には、彼の励ましすら重圧になった。

 純然たるヒグマで有りながら、隻眼2は人間にも勝るような思慮深い考えと行動を採っている。その観察眼は、作家としての才能を自負していた李徴をも上回るものかも知れない。
 人語とヒグマ語の双方がわかるという、李徴のアドバンテージすら隻眼2が習得してしまったならば、自分は一体、どこに価値が残っているというのだろうか。

 蒼黒い水底で、心臓の鼓動が骨を噛む。
 背骨の奥底から、眼を光らせて爪の音が李徴の喉元に走り寄ってくるかのようだった。


 彼の上では、李徴の心を気にも止めず、フォックスが彼方の様子へ眼をこらしている。

「……この様子じゃあ、いつここにも新手のヒグマが襲ってくるかわからねぇな……。
 むしろ、もう既に建物の中に侵入されてても不思議じゃねぇし……」
『いや、それは流石にありませんよ。僕と李徴さん以外の獣臭はどこにもありません』

 フォックスの不安げな言葉に、隻眼2が唸る。
 しかしちょうどその瞬間、フォックスは突如背後に殺気を感じて、李徴の背中から跳び退っていた。


「――くおっ!?」
「あ〜らら、絶好のチャンスだと思ったのに。流石に拳法家の端くれといったところかな?」

 李徴の背中を掠めて地面に降り立った、場違いに明るいその声に、ロビーにいた3名は一斉に振り向く。
 そこに立っていたのは、体の半分が白く、体の半分が黒く塗り分けられたかのような、奇妙な様相をした小さなクマであった。
 フォックスは着地しながら即座に両腕の鎌を構えて、突然の侵入者の力量を図ろうと睨みつける。


「て、てめぇもヒグマか!? いつの間に入りやがったッ!!」
「うぷぷぷぷ……。ボクは義弟くん一人だった時からずーっとここにいたのさ。キミたちの行動は全部見させてもらっていたよ」
『なっ……そんな……、なんで僕や李徴さんが気付かなかったんだ……!?』
「ロボットに臭跡なんて、あるわけないじゃないの。隠れてた女子トイレに入ってくるようなヤツも、幸い一人もいなかったしねぇ!!」


 フォックスは滔々と語るその白黒の小熊を眺め、『単体なら自分でも勝てる』と踏んだ。
 『ロボット』と名乗った通り、そのクマは見た目の小ささに反して重量があるようで、爪による攻撃は李徴の毛を先程の一撃で斬り飛ばしているほどだ。
 しかし、同時にその動きは勢いはあれど固く、自分程度の力量でも見切ることは可能だった。
 関節部分の継ぎ目に鎌を差し入れてこじり壊すなどの手を使えば、どうにか破壊することはできそうである。
 他の人間がいなくなった隙を見て襲い掛かってきたということは、明らかにこのクマは自分の殺害を始めとした参加者の各個撃破を目的にしているのだろう。
 フォックスはそこまで考えて、戦闘に慣れていないだろう2頭から注目を外し、カウンターを突けるように身構えながらそのクマを煽った。


「おいスケベ熊!! 喋くってねぇで、俺を殺すつもりならかかってこいよ!! てめぇの好きな女子便器の中に切り刻んで流してやるからよぉ!!」
「うぷぷ、残念だけど、キミがメインじゃないんだな〜」

 しかしそのクマはフォックスの罵倒に乗ることなく、その正面で瞠目する李徴に向けて語り掛けていた。


「……ねぇ李徴クン。自分が無智で愚昧な鈍物に成り下がった気持ちはどうだい?」


 そのクマは、いやに白々とした牙を覗かせて、その相好を歪ませた。


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50 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:09:47 .STpozgA0

「阿紫花英良も動いたか」
「おい操真さん! 早くあいつらを呼び寄せてくれよ!!」
「無理だよ!! あいつごとここに呼び寄せることになるぞ!? 阿紫花さんはそれを防ごうとしてくれてるんだ……」
「つったってこれじゃジリ貧じゃあ……!?」


 宮本明たち3人が見下ろす彼方で、阿紫花英良の駆るグリモルディが、ジャック・ブローニンソンとちょうど反対方向から戦艦ヒグマに攻め込むように、斜面を回り込んでいた。
 その頭部で金色の銃を構える酷薄な笑みは、恐怖を一巡して押し込めた武田観柳の構えである。


「――次は直撃サせマす」


 ジャックから後退して距離を保ちつつ、その戦艦の少女は副砲を斉射しようとしていた。
 その瞬間、黄金の閃光が幾条も砲塔の側面から吹き上がり、ジャック・ブローニンソンを狙っていた4門の発射口が、ことごとくその砲門を逸らされる。
 同時に煽りを喰らった機銃の火線も乱れ、ジャックは辛くもそれを転げて回避した。

「ナッ――」
「ほーっ、ほっ、はっはァ!! たまんねぇなぁ!!
 村田銃が単発の散弾ばっかだと思ったら大間違いなんだよぉ!!」

 武田観柳が、その手に構えた村田銃を、恐ろしく精確な弾道で乱射しているのだ。
 彼の手により鍍金された村田銃の形式は、元々からして砲口径14mmという大型小銃である。
 そこに込められるのは、魔力で生成された黄金の28ゲージスラグ弾。
 近接戦闘では大口径ライフル並の威力を発揮するその砲火が、即座に銃身内部に再生成される魔力の弾丸により、通常の村田銃ではあり得ない速射性を獲得していた。

 グリモルディの高速機動で翻弄しながら隙間ない銃撃を繰り出してくるもう一体の敵を否応なく認識させられ、ヒグマの少女は狼狽した。
 操舵手である阿紫花英良、そして砲手である武田観柳の能力は、どちらもその道において達人の域に至っている。
 彼らが息を合わせて行なう高精度の攻撃は、彼女にとってかつて沈没直前に受けた魚雷の雨を想起させるほどのものだった。


「悪いんですがヤらせて頂きますぜぇ――!!」
「そ、ソレデ直撃のつもりナのッ!?」
「いよぉああああああああぁん!!」

 阿紫花と観柳の両名に応戦しようと構えを取り直す彼女の背後に、怪鳥のような声が響く。
 ぞくりと身の毛をよだたせて彼女は振り返る――、ことは、できなかった。


「――不肖阿紫花と観柳の兄さんの送る、ヒグマ獲りの舞ってトコですかねぇ」
「ふぃっ、ふぃひっ……、クソアマは籠絡されるのがお似合いなんだよ……!」


 その少女――戦艦ヒ級の体には、数十本もの灰色の糸が全身に絡みついていた。
 艤装や周辺の地面に着弾した金の弾丸から伸びるその糸は、彼女自身の動きやグリモルディで移動した阿紫花の糸捌きにより、彼女の肉体を複雑に締め付けている。
 そしてついに、彼女の肌に、その男の指先が触れていた。


「戦艦クマちゃんカワイイよぉおおおおおおおおおっ!!」
「キャァアアアアアアアアッ!?」

 ジャック・ブローニンソンの玉ほとばしる裸体が、その少女の背後に駆け上がる。
 生理的な恐怖を感じて彼女はもがくも、阿紫花が渾身の魔力を込めて維持するその糸は、一度に全てを引き千切れるほど軟弱ではなかった。

 その異形のヒグマの会陰部をまさぐるジャックの動きに、阿紫花と観柳は勝利を確信する。
 それは、遠く離れたオフィスビルでその様子を見守っていた宮本明たちも同様だった。


「やった!! ブロニーさんがマウントを取ったんだ!! 流石ブロニーさんだッ!!」
「すごいな……! 援護なんていらなかったんじゃないか……?」
「……いや、ちょっと待て。様子がおかしい」

 感嘆に飲まれる明と操真晴人を制したのは、ウェカピポの妹の夫だった。
 彼らの視線の先で、ジャック・ブローニンソンが動きを止めて震えている。
 ジャックの眼差しは、驚愕に見開かれ、そしてその次に、深い憐憫の色を湛えて瞑られた。
 亡き者のように目を閉じて、彼は声を震わせて少女へと呼びかける。


「……ヴルヴァも、ラビアも、ユテルスもない……。
 キミは、どうしてこんな愛を受けられない体に、されてしまったんだッ……!!」


 ただ悲哀と慈しみの涙を零しながら、彼はその生まれたての幼子の毛皮を愛撫した。


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51 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:10:34 .STpozgA0

「……あの軍艦のようなナリをしたヒグマには、交接器官がないようだな……」

 ウェカピポの妹の夫が、ビルの屋上で苦々しく呟く。
 それはジャック・ブローニンソンの、最大にして唯一究極の武器であるその逸物を、行使することができないということを意味していた。
 なおかつ、彼の狼狽ぶりからすると、そのヒグマには肛門すらないのかも知れなかった。
 ヒドラのように盲端になった消化管が、彼女の全ての口から同一の胃腸に繋がっており、余計な機構を排して、食事も排泄も全て彼女のどこかの口に担わせているのだろう。
 生物的機能を押し潰して、ただ軍事と戦闘を目的にして作られた、人造物であるが故のおぞましい構造であった。


「なぁ……、友情とか、愛情って、なんだろうな、クマちゃん……」
「ナにヲ……、言ッてイル……!」

 ジャック・ブローニンソンは、その女性像を備えたヒグマ――戦艦ヒ級の背中に取りついて、涙を零していた。
 彼女の艤装に備わる4頭の牙が彼に向かうことを、ジャックは自らの怪力を以て差し止めている。
 そして彼は、その双眸を見開いて叫んだ。


「愛は、友情は、魔法なんだッ!!」


 そして彼は、彼女の左肩に回り込み、その副砲の口元を押し開いて、自らの下半身をその機銃の根元に突き立てていた。
 たちまち、戦艦ヒ級の副砲、主砲、そして少女の口元の全てから、勢いよく白濁液が溢れ出す。


「あぎいィィイいいイィィぃぃッ――!?」
「――I used to wonder what friendship could be(友情ってなんだろうって思ってた)。
 Until you all shared its magic with me(キミたちと魔法を分かち合うまでは)!!」


 ジャックは力強く歌いながら、一塊の炎のような勢いでその腰を振り続ける。
 彼の取りつく副砲以外の口が、悶えながらも彼に向けて身をよじり、その脚や肩に食らいついて彼を振りほどこうとしていた。
 阿紫花英良が、武田観柳が、ジャックの無謀な行為に向けて叫びかける。

「ジャックさん!! 何やってんですかッ!! ダメです!!」
「バ、バカっ!! 私の弾丸はその艤装を徹せるほど貫通力ないんだぞ!!」
「When I was young I was too busy to make any friends(昔、俺は友達を作るには忙しすぎて)。
 Such silliness did not seem worth the effort it expends(そんなことはバカバカしいと思ってた)」

 ジャックの攻撃は、閉鎖空間に高圧をかけて破壊することによって初めてその威力を発揮する。
 管腔の反対側からその高圧の体液を受け流されては、精神的にはともあれ肉体的な殺傷力を持つことができないのだ。
 糸に絡められ、高圧の液体を流し込まれてもがきながらも、戦艦ヒ級は、ジャック・ブローニンソンの筋肉に満ちた体躯を食いちぎっていく。


「うおおッ!! ブロニーさぁん!!」

 ビルの屋上で、宮本明が突如叫びと共に丸太を抱え上げていた。
 操真晴人がその様子に驚いて声を上げる。

「み、宮本さん!? あんたどうするつもりだよそれ!?」
「このままじゃブロニーさんが死んじまう!! 義弟さんがやれねぇなら、俺がやってやるッ!!」
「失敗してここがばれたら、阿紫花さんたちを避難させることもできなくなるんだぞ!?」
「……いや、やってみろ、宮本明」

 口論になりかける晴人と明を抑えて、ウェカピポの妹の夫が屋上の端に進み出た。
 腕と指を伸ばして、交戦する戦艦ヒ級への正確な距離を測りながら、槍のように尖らせた丸太を構える明の姿勢を修正していく。

「未来予知のできるお前が、自分で『できる』と思ったんだろう? ならばそれをより確実にするために『回転』を使え。
 俺の鉄球の回転は何度も喰らっただろう。お前の皮膚は覚えているはずだ。
 ライフルの弾丸のように、空気を切り裂いて飛ぶような回転を作れ。自分の足元から、全身の骨肉で回転を生み出して投げるんだ」

 義弟は、宮本明の両腕に手を添えてそう語り掛けた。
 頷く明の視界には、白い螺旋でできた弾道が、過たず彼方の山へ向けて描き出されている。
 その曲射の軌跡に丸太を乗せて飛ばすことが果たしてできるか――。
 明の意識は、その問いに対して、『できる』と答えていた。


「ああ――、やれる。やれるよ義弟さん。俺は、自分たちの未来を、この力で招いてみせる!!」
「LESSON3だッ!! 『回転を信じろ』!! お前が今まで積み重ねてきた力を、信じ抜け!!」


 固唾を飲む操真晴人の前で、達人たちがその奥儀を解き放とうとしている。


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52 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:11:28 .STpozgA0

「But my little ponies, you opened up my eyes(でもあのポニーたちや、みんなのおかげで気付いたんだ)!!
 And now the truth is crystal clear, as splendid summer skies――(その透き通った真実は夏の空のように輝かしいんだと)!!」
「あ、ガ、ひィイイいいいいぃっ――!!」
「ジャックさんッ!!」

 総身を血に濡らしながらも、ジャック・ブローニンソンの眼光は衰えなかった。
 悶える戦艦ヒ級が、ぶちぶちと阿紫花英良の糸を引き千切ってゆく。
 阿紫花と観柳は舌打ちした。

 ジャックは完全に特攻して討ち死にするつもりでいる。
 しかし、未だ阿紫花たちは戦艦ヒ級の注意から完全に外れているわけではない。加えて、ジャックに追随して決定的なダメージを戦艦ヒ級に与える術もまた、彼らは持ち合わせてはいなかった。

「――観柳の兄さん!! 大砲とか出せねぇんですかいっ!? こんなチャンス逃したら、皆さんに申し訳もたたねぇっ!!」
「無茶言うなアシハナぁ!! 肉体再生中の私が、そんなことしたらッ……!!」
『魔女化一直線だねぇ。良い結末じゃないか!』
「「死ね、クソ淫獣!!」」

 阿紫花に蹴飛ばされ、観柳に村田銃で殴りつけられ、それでもキュゥべえは平然と笑っていた。


『――ま、その心配はないみたいだよ、カンリュウ』
「――And it's such a wonderful surprise……(こんな素敵な贈り物はないゼ)」
「……あァ――ッ」


 その時、達人の山で、全ての者が空を仰いでいた。
 紺碧の透き通った空から、一本の矢のように、ライフル弾のように、勢い良く回転しながら落ちてくる一本の槍。
 直径150mm長さ4000mmのその長大な砲弾は、実際の艦船の主砲にも、爆雷にも匹敵していたかもしれない。


「――これが、彼岸島の戦い方だ。ヒグマども!!」


 宮本明の投擲した槍のような丸太は、打ち震える戦艦ヒ級の右の肩口から艤装の副砲を貫き、腹部の機関を貫通して、大きな杭としてその体を地面に縫い留めていた。


「ひぃぃぃイイギャあアアアアアアアあああァァぁぁぁあああぁっ!!!???」
「義弟さん――いや、明さんかッ!! やってくれやした!!」
「オラッ、クソ淫獣!! さっさと操真晴人を呼べぇぇぇッ!! 離脱じゃぁあ!!」
『だってさハルト。左半身失調も活きてるんだろう、これ。いい仕事をするじゃないか』


 阿紫花英良は、ただちにグリモルディで戦艦ヒ級の左側に回り込んだ。
 魔法の糸、ジャック・ブローニンソン、そしてたった今巨大な丸太に貫かれたそのヒグマは、いよいよ口から吹く体液に朱を混じらせて、狂乱に身をよじっている。
 阿紫花たちの動きを、そしてジャックの動きを、彼女は認識できていなかった。

『了解した! コネクトウィザードリングを使うぞッ!!』

 操真晴人が応じて、グリモルディの横に赤い魔法陣が展開される。


 ――よし、戦場から離脱しますぜ……!


 阿紫花英良は、そう考えて、未だ戦艦ヒ級に取りついているジャック・ブローニンソンを見やる。
 全身をヒグマの牙に食いちぎられ、至る所に骨さえ見え始めている彼はしかし、手を伸ばす阿紫花に、にっこりと微笑みかけるだけだった。
 そしてジャックは、左半身を失調している戦艦ヒ級の背中をよじ登り、ずるずると彼女の右半身に向けて這いずって行く。

「な――、にを――」
「サンキューね、エイリョウ。アキラたちにヨロシク。この島でみんなと会えてサイコーだったゼ。
 やっぱりオレは、こんな子、放っておけないのさ、ケモナーとして、ブロニー(ポニー好きのブラザー)としてな」
「晴人の兄さん! ダメです!! アタシたちからじゃなくて、ジャックさんを――ッ!!」


 阿紫花の叫びを掻き消すように、彼と武田観柳、そしてキュゥべえは、操真晴人の魔法陣に吸い込まれていった。


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53 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:12:12 .STpozgA0

『なおけものあり
 しみじみと蒼黒く
 ぎちぎちと骨軋ませて
 わが心に疾り来るけものあり』

 彼が思い返す微かな記憶の中では、昔読んだある詩の一篇が思い起こされていた。

 李徴がどこまで逃げても、背中から『獣』がぴったりと追いかけてくる。
 李徴がどこまで逃げても、闇の中からしきりに自分の声が呼びかけてくる。


 意味がない。
 意義がない。
 存在の確証も目的もない。
 身を取り巻くその虚無に抗おうとして、自分の背中から疾り来る獣がいる。

 るういい。
 いいるう。
 そんな声で李徴の獣が哭く。


「キミには何の価値もないのさ。ボクの侵入にも気づけなくて参加者の役には立たないし、ヒグマになり切れないキミをヒグマ帝国が認知してくれるわけもない。
 書き手としても参加者としてもジョーカーとしても役立たず。さっさと死ねば良いのに、自分で華々しく散れる機会も逃す。見苦しすぎて笑えてくるよ」


 認めて欲しいよう。
 見止めて欲しいよう。
 そんな声で李徴の人間が哭く。

 自分などいなくても一向差支えなかったのではないか。

 そんな疑念に食らいつくように、李徴の心臓が足掻く。


「……てめぇッ!! 李徴を狂わせるのが目的かッ!?」
『李徴さん!! お願いします、しっかりして下さい!!』


 李徴の心に、あの断念の日が燃える。
 脳の中で焼け落ちて、喰い散らかされてゆく自分の文字を追って、李徴は疾っていた。

 走って。
 奔って。
 疾って。

 李徴が追いかけて喰らいついたのは、自分の姿だった。


「ああぁあああ……るううううぅぅぅぅぅううう!!!!」


 李徴の慟哭は、そのビルのフロア一帯を劈いていた。
 その叫び声で、一階のロビーに嵌っていた窓ガラスが悉く砕け散っていた。

 李徴の前脚が何かを潰していた。
 打ち砕いた手ごたえは、自分の書いた作品の頁に似ていた。

 李徴はなおも叫んだ。
 自分の背骨の奥に巣食う蒼黒い色をしたなにかを、咽喉から搾り出すように音声へと変換した。


「あひいぃぃぃいいぃいいいぃぃいぃるぅう――!!!!」


 李徴の爪の音を(その爪の音こそ李徴の本体なのだ)、李徴は、李徴の真下の大地の中に聞く。
 そしてその時には既に李徴は失われているのだ。
 李徴の心にいるからとて安心している訳に行かない。
 むしろ、李徴は李徴の棲家にいるようなものだ。


 李徴は李徴の掌の中から逃れようとして、その場から疾った。
 李徴の爪の音は、李徴が走るとその後ろからぴったりとついてくる。
 李徴は耐えきれなくなって、疾りながらまた哭いた。


【E-6・街/日中】


【ヒグマになった李徴子@山月記?】
状態:狂乱
装備:なし
道具:なし
基本思考:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
0:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
1:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
2:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
3:人間でありたい。
4:自分の流儀とは一体、何なのだ?
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


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54 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:12:31 .STpozgA0

「……ッくそっ! 遠慮もクソもあったもんじゃねぇぜ、あの気狂いはっ……!」


 竜巻に飲まれたかのように荒れ果てたロビーの端の壁で、荒い息と共に男が呟いた。
 跳刀地背拳の伝承者フォックスは、灼熱感を帯びた自分の腹部に、ゆっくりと目を落とす。
 内臓が抉り出され、彼がもたれる壁面には真っ赤な液体が飛び散っている。
 肝臓の切断面からどろどろと流れる血液を見て、彼はぼんやりと思考した。


「……っはあ……なかなか簡単に死なねぇもんだな、人間は……。痛すぎて困るぜ……」
『フォ、フォックスさん……』

 フォックスとは反対の端で、一頭のヒグマが唸る。
 そのヒグマ隻眼2は、左肩口の肉が鋭い爪でぞっくりと抉られていたが、その毛皮のせいか、命に別状があるほどの損傷は受けていなかった。
 フォックスは彼の唸り声を聞いて舌打ちする。


「ったく、唸られただけじゃわっかんねぇよ……。李徴は間違いなく、俺たちに必要な野郎だってのに、こんな機械の口車に乗せられやがって」


 フォックスが見やったフロアの床には、一面、滅茶苦茶にひしゃげた電子部品が散乱していた。
 ヒグマとしての心に再び『酔って』しまった李徴は、目の前で彼を煽ったロボットを打ち壊し、同時にフォックスと隻眼2を含めて無差別に暴れ、オフィスビルの正面ドアを打ち破って走り去ってしまっていた。

「このロボット野郎……、自分が壊されることは折りこみ済みだったのかよ……。
 自爆特攻とか、クソ迷惑にも程があるぜ……!!」
『……目的が、他に、ある……、のか……?』

 隻眼2は、どんどん息が細くなっていくフォックスの元へふらふらと近づいてゆく。
 フォックスはそんな彼の様子を見ながら、自嘲気味に笑った。


『フォックスさん……! フォックスさん……!!』
「は、はは……シャオジー。お前もヒグマらしくなるのかよ……。
 やっぱ俺は、地面を背負わなきゃ、駄目だったな……。クソ、ヒグマ、帝国め……」


 その呟きを聞いて、隻眼2はハッとして、ガラスの割れた窓から北の山地を見やった。
 ヒグマの近眼には、とてもではないがその方角で起こっている事態の詳細は伺えない。


『こ、これだ……。魔法を使える3人が全員いなくなった隙をついて、確実にフォックスさんを殺す……。
 その上、阿紫花さんたちを襲撃したヒグマから、屋上の義弟さんたちの気を逸らさせようとした……。追撃する余裕を無くさせ、判断を混乱させるためだ……!
 そして、李徴さんを狂わせることで言葉を奪い、死肉をちらつかせて僕の気持ちまで、揺らがせようって……。そういうつもりですかッ!!』


 隻眼2は、窺い知れぬ悪寒に震え、自分の頭から血の気が引いていくことを静かに感じていた。
 彼の獰猛な唸り声を頭上に聞きながら、フォックスはその言葉の意味するところを知ることなく、その息を引き取った。


【フォックス@北斗の拳 死亡】


【E-6・街(あるオフィスビルのロビー)/日中】


【隻眼2】
状態:左肩に裂創、左前脚に内出血、隻眼
装備:無し
道具:フォックスの持っていたデイパック×2(基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ランダム支給品×0〜2(@しんのゆうしゃ) 、ランダム支給品×0〜2(@陳郡の袁さん)、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)、マリナーラピッツァ(Sサイズ))
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:李徴さんとフォックスさんを助けなきゃ……。
1:阿紫花さんたちは!? 屋上の人たちは!?
2:ヒグマ帝国……、一体何を考えているんだ?
3:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
4:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
5:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫、白黒のロボット(モノクマ)が、用心相手に入っています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』、『鮭狩り』、『クマカン!』、『手品師の心臓』、『Round ZERO』の内容と、
 布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。


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55 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:13:18 .STpozgA0

「た、助かりましたぁ――! 宮本さん、義弟さん、操真さん、ありがとうございます!」
「いや、観柳さんたちこそ無事でよかっ――」
「お、おい英良さん!! ブロニーさんはッ!? ブロニーさんはどうした!?」

 魔法陣でビルの屋上に転移してきた武田観柳を助け起こそうとする操真晴人の声を喰って、宮本明が叫んでいた。
 阿紫花英良は、歯を噛んで彼に言葉を絞る。

「ジャックさんは、あのヒグマを慰めて、死ぬつもりらしいです――」
「なっ――! 今からでも、もう一本! あのヒグマに止めを刺してやる!!」
「阿紫花さん、まだ魔法陣作れますから! 転移させますよ!!」
「ダメなんですよッ!! あの人――アタシの魔力で動いてたんですから!! もう、あのヒグマの背中に大の字で死んでんですよ!!」
「あっ――」

 操真晴人は、阿紫花の叫びに絶句した。
 同時に、山を見やっていた宮本明もギリギリと歯噛みする。

 ジャック・ブローニンソンの体は、戦艦ヒ級の背中の真ん中にうつ伏せとなっていた。
 この距離から丸太で貫けるほどの明確なねらい目が存在しない。
 同時に、失調している左半身からもはみ出ているため、操真晴人が転移させればそれを戦艦ヒ級に気づかれて、一緒に呼び寄せてしまうことになる。
 宮本明は、それならばとただちに階段を降りようとした。


「だったら、杭で動けない今のうちに、一気に全員であのヒグマを殺しに行くぞ!!
 一階には李徴さんも小隻さんも待ってる!! それで、ブロニーさんの体を確保するんだ!!」
「ああぁあああ……るううううぅぅぅぅぅううう!!!!」


 宮本明がそう叫んで階段に脚を掛けた瞬間、階下からビル全体を震わせるような叫び声が上がっていた。
 ビリビリと耳に響くその声に続いて、何かが暴れ回る騒音が一階から続けざまに届く。


「あひいぃぃぃいいぃいいいぃぃいぃるぅう――!!!!」


 ウェカピポの妹の夫が即座に反応して屋上を反対側の端まで駆け抜けた。
 その眼下で、ビル正面のドアを突き壊して、ヒグマとなった李徴の体が南の街へ躍り出ていく。

「くっ――、『ネアポリス護衛式鉄球』!!」

 義弟は即座に李徴に向けて鉄球を投擲した。
 精度に乏しい投球を補うように、地面に着弾して散乱した衛星は李徴の背中を追う。
 しかしその衛星群は建物に阻まれ、街の路地を滅茶苦茶に走り抜けていく彼に届くことはなかった。
 義弟は直ちに屋上に振り向いて、一帯の全員に叫びかける。


「一階でなにか異変があったんだ!! 背にフォックスがいない!! 襲撃を受けたのかも知れんぞ!!」


 ざわ、と屋上の空気が緊張に詰まる。
 突如突き付けられた予想外の事態に、全員が一瞬硬直したのだった。


『……ヒグマの中にも、なかなか絶望的な状況を作るのが上手い者がいるみたいだね。
 でも、その道じゃ紀元前からやってきているボクたちインキュベーターに、ポッと出のヒグマが敵うと思っているのかい?』


 そんな中で、キュゥべえだけはいつもと変わらぬ無表情で、朗らかに小首を傾げていた。


【E-6・街(あるオフィスビルの屋上)/日中】


【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、先端を尖らせた丸太×1、丸太×8、手斧、チェーンソー、槍鉋
基本思考:西山の仇を取り、主催者を滅ぼして脱出する。ヒグマ全滅は……?
0:ブロニーさんは!? ブロニーさんは!?
1:一階で何が起こったんだ!?
2:西山……
3:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る
※未来予知の能力が強化されたようです。
※ネアポリス護衛式鉄球の回転を少しは身に着けたようです。


56 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:13:48 .STpozgA0

【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:中濃)、魔法少女衣装
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)、鎖付きベアトラップ×2
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:この状況じゃ、ジャックさんは捨てるしかないですね……。
1:なんで李徴さんが狂った!? フォックスさんは!?
2:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
3:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
4:他の参加者を探して協力を取り付ける
5:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
6:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。


【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女、下半身消失
装備:ソウルジェム(濁り:中)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ、紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:……この観柳様を嵌めたのか!? ふざけるなよ下手人!!
1:昇降機の場所は解ったんだ……。どうにか体勢を立て直す……!
2:他の参加者をどうにか利用して生き残る
3:元の時代に生きて帰る方法を見つける
4:取り敢えず津波の収まるまでは様子見でしょうか。
5:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:普段着、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:しまった……! 一体何が起きてるんだ……!?
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……なれるのかこれは?
2:キュゥべえちゃんは、とりあえず目障り。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。


57 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:14:42 .STpozgA0

【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)、ボロ雑巾(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれた一円金貨
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:面白いヒグマがいるみたいだね。だけど、魔法少女を増やす前に絶望を振りまかせる訳にはいかないよ? もったいないじゃないか。
1:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
2:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。


【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:疲労(中)
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本、マリナーラピッツァ(Sサイズ)×8枚
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:敵は誰だ……!?
1:ジャック・ブローニンソンは、死なせてやるしかあるまい……。あの戦艦ヒグマに真っ向から挑むのは危険すぎる。
2:フォックスはどうした……!?。
3:李徴はヒグマなのか人間なのか小説家なのか、どうケジメをつけるつもりだ……!
4:シャオジーは無理して人間の流儀を学ぶ必要はないし、ヒグマでいてくれた方が有り難いんだが……。どうなっている!?
5:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
6:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。


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「――キミを、こんな体にしてしまったヤツは、キミを孤独にさせてしまった、悪いヤツだ……」


 私の耳元で、男のヒトがそう囁いていた。
 私のお腹に温かな飲み物を注いでくれたヒトは、そう言って笑っていた。


「でも、キミを好きになってくれる友達は、絶対にいる……」


 私の体を抱きしめて、そのヒトはゆっくりと動かなくなっていった。


「オレがまずキミの、大きいお友達に、なってあげるから、さ……」


 白い飲み物のおかげでお腹はいっぱいだったけれど、私の体についた沢山の口が、動かなくなったその男の人の体を、また少しずつ食べ始めた。
 そう言われれば、私の体には、前はこんなに沢山の口はついていなかった気がする。

 突き刺さった長い徹甲弾から私の体をゆっくり引き千切ると、その男のヒトの肉のおかげで、私の体はまたもとに戻り始めた。
 始めはよくわからない敵かと思ったけれど、私に沢山糧食をくれたので、本当はとても良いヒトだったのだろう。


「……敵影消失。艦載機ノ再生産ヲしなくテハ……」


 私を襲っていた奇妙な格好の敵艦は、いつの間にかいなくなっていた。
 転進したのだろう。
 それでは彼らが提督を襲いに行く前に、先に提督を見つけて守らなくては。


「……提督。アナタハ、悪いヤツなんカジャ、ありマセんよネ……?」


 一緒に居た僚艦も、提督も、私の大切な仲間だったはずだ。
 でも、それならなんで、提督も彼女たちも、私が生まれた時に居なかったのだろう?
 なんで提督は、私を今までとは違う姿に作ってしまったのだろう?
 私は、孤独なんかジャ……、ナイはズでスよね?


 私は、提督ノ傍に、居るベキ秘書艦ナンでスよね?


 もシカシたラ、この良いヒトの言ったコトが正しケレバ、悪いヤツが提督ヲ操っテいるのかもシレナい。
 ミンナも、悪いヤツに操られテイルのかも知れナイ。

 るういい。
 いいるう。
 そンナ声で私ノ艤装が哭ク。

 提督が愛しいよう。
 提督が欲しいよう。
 ソんな声デ私はひしりあげる。


「……ダッタら、大和ガその乗っ取ラレた艦橋を直シテあげなけレバいけまセンね!
 壊シテ、新しイノヲくっつけテアゲましょう……! 待ってテクダさイネ!!」


 だって、ミンナ、大和トは友達デショう?


 ――愛のような日が、怪力で来る。


58 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:15:21 .STpozgA0

【ジャック・ブローニンソン@妄想オリロワ2 死亡】


【E-5 山の斜面の西部/日中】


【戦艦ヒ級flagship@深海棲艦】
状態:精神錯乱、中破(修復中)、副砲修復中、丸太と糸から離脱中、体液塗れ
装備:主砲ヒグマ(24inch連装砲、波動砲)×1
副砲ヒグマ(16inch連装砲、3/4inch機関砲、22inch魚雷後期型)×4
偵察機、観測機、艦戦、艦爆、艦攻、爆雷投射機、水中探信儀、培養試験管
道具:ジャック・ブローニンソンの食いかけの死体
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:偵察機を放って島内を観測する
1:ヒグマ提督の敵を殲滅する
2:ヒグマ提督が悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、それを奪還してみせる。
3:この男のヒトは、イイヒトだった。大和の友達です。
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました


※阿紫花英良と武田観柳、キュゥべえは、地下への昇降機の存在位置を確認しています。


59 : 達人の山 ◆wgC73NFT9I :2014/08/22(金) 23:16:50 .STpozgA0
以上で投下終了です。

続きまして、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、穴持たず696、扶桑、ヒグマン子爵、
ラマッタクペ、メルセレラ、ケレプノエ、駆紋戒斗、浅倉威×3で予約します。


60 : 名無しさん :2014/08/23(土) 07:17:03 ZQ1AvbFs0
投下乙です!
おお、これは凄い乱戦ですね。その果てにフォックス達は散りましたが、それでもまだ戦いは続くのですよね。
フォックスは悲しい最期を迎えましたが、とても輝いて見えましたよ。


61 : 名無しさん :2014/08/23(土) 10:29:18 yySiCsfE0
投下乙
戦艦ヒ級の絶望感がヤバかった。砲撃を喰らったら即死でそもそも近づくことすら出来ない相手に
アシハナさんの技術、観柳の金、義弟の鉄球、ジャックの覚悟、コネクトプリーズ、そして明の丸太と
全員が能力をフル活用して切り抜ける熱い展開。オリ2出身の最強のブロニーであるジャック氏にとっても
彼女は天敵だったがその覚悟は何かの影響を与えるには十分であった…。
そして居残り組に起こった惨劇…パロロワの常識が通用しなくなって自信を失った李徴子が遂に狂ってしまった。
果たして彼らの運命は?にしても急にチンピラっぽくなる観柳やピザ焼いてくれる義弟可愛いわ。


62 : ◆kiwseicho2 :2014/08/27(水) 23:36:39 aO5gs8c60
投下乙です。ヒ級ひえええ……
すいません、予約ですがもう少しかかります。


63 : ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 09:45:02 2luSJH1A0
改めて、投下乙です。
前話で奮起した明さんどうやってヒグマと戦うんだろうと思ってたんですが、
はっきりいって予想外かつすごく明さんっぽくて楽しい笑みを浮かべてしまいました。
丸太が槍になるなんて!ジャックさんのケモナー精神にも拍手を送りたいです。
李徴のこのロワどうなってんだよという叫びが全書き手とシンクロしてる気がします。

予約に穴持たず312と428、シバさんを追加して投下します。


64 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 09:46:03 2luSJH1A0
 

 A warm place,
 Floats.
AnamotazuNo.104 felt was such a sensation.
 Fluffy, swaying. The comfortable, and gentle,
 The feeling of being in such a place, No.104 has be reassured.

 Here would be where? she was anxious, so open the eyes.
 But, the visual was not reflecting anything. There was a dark.
 Though it is definitely dark, however,
 she in the back of the darkness, feel the shadow of someone, she,
 Reaching. Reaching. Reaching.

 Reaching.


+++


「はっ」

 手を。伸ばしているポーズで、あたし、穴持たず104は起き上がった。
 ぱちくりぱちくり、あたりをきょろきょろ、数拍休符、深呼吸して、そこがベッドの上だと確認して、

「ゆ、夢!? ね、寝てました!? 寝てましですした!?」

 とびっくりして叫んだ。びっくりしすぎて言葉がおかしくなった。
 いやいやちょっと、ありえない――ありえなさすぎる。
 もとより戦い向けに調整された生物である穴持たずには、生物としての穴がない。
 それは穴を持たずとも生きていける、「睡眠が必要ない」という意味でもある。
 よほど無茶な肉体酷使をするか、生命の危機にでもなるか、
 あるいは自発的に睡眠の選択肢をとらないかぎり、「穴持たず」は寝なくても生きていけるのだ。

 なのに夢を見ていた?
 なのに、シーナーさんから診療所を任される大任を負ったはずのあたしは、
 どうしてか知らないが今の今まで寝てしまっていた?
 まずい。

「まずい!」

 というかなんで!?

「なんでです〜!?」
「おお、起きたかね、天使(104)ちゃん」
 
 狼狽していると左後ろから声がかかった。振り向くと、車いすに乗った老ヒグマがいた。
 ベージュ老さんだ。

「あっ、ベージュ老さん!」
「どうやら元気はあるようじゃな、良かった良かった。倒れたときはどうしようかと思ったよ」

 ベージュ老さんはNo.88。あたしより若い番号だけれど、そういうレベルじゃなくお年を召していらっしゃる。
 というのもNo.81のヤイコちゃんの逆で、遺伝子配列に狂いが起きて加速度的に年を取っているのだ。
 シーナーさんたちが作った初期のヒグマはこんな感じで、
 穴持たずではあるけどちょっとどこかが尖ってたりどこかが削れてたりすることがわりとある。
 200番台までくると大分改善されて、最近ではもう手を加える必要がないくらい安定してるらしいけれど……。
 あたしもその例に漏れず少々おっちょこちょいなところがあって、
 
「あの……どうしてあたし倒れてたんでしたっけ?」
「忘れたのかい? 帯電中のルークくんに間違えて素手で触ったんじゃよ」
「あー!」

 倒れていた理由を思い出すのにこんなに時間がかかったり、そもそも倒れた理由もドジだったりした。
 そうだった。運ばれてきたNo.201ルークくんの診察中に、間違えて彼の毛皮に触ってしまったのだ。
 なんという失態だろうか……ヤスミン姉さんにものすごくどやされてしまいそうだ。

「って、あれ? ヤスミン姉さんは? それとルークくんたちもいない……?」

 少し落ち着いたので改めてじっくり診療所の中を観察すると、ずいぶん閑散としていた。
 診療所は三階建て。
 一階は診察室で二階が治療室。三階がベッドが並ぶ安静所だ。
 リフトを使ってベッドごと移動できるほか、ベッドにランプが付いていて、いま診療所に誰がいるかがすぐ分かる。

 もともと穴持たずはすごく身体が丈夫なので、あんまりケガとか病気もしない。
 いまあたしが寝ている安静所にも、ベッドは10個くらいしか置かれていない。
 診察と軽い処置だけで済んでしまう場合がほとんどだからだ。
 それでもクーデターをしたときの研究員さんとの戦いの影響で、
 ベッドが全部埋まるくらいのケガ人が出ていたはずだけど……今はあたしの他には四匹しかいない。
 その四匹も見たことがない患者だ。それに、居ますよランプのヤスミン姉さんの光が消えている。
 ということは……基本的に診療所にいるはずのベージュ老さんに、恐る恐る尋ねる。

「その……ベージュ老さん、もしかして、ずいぶん時間、経ってます?」
「まあの。天使ちゃんは、だいたい十時間くらいは寝てたのう」
「ひえ〜〜〜〜ッ!!??」
「シーナーさんは相変わらず東奔西走しとるようじゃ。
 ヤスミンちゃんは、診察周りに出かけたのが少し前じゃな。まだ帰ってこん。
 ピースガーディアンはついさっき起き上がって、粘菌ログを見て勝手に出ていきおった」
「ひえ〜〜〜〜ッ!!?? めちゃくちゃ状況変わってるじゃないですかぁ!」


65 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 09:49:49 2luSJH1A0
 
 慌ててあたしは階段を下りて、一階へ。辺りを確認した後、壁の一角に向かう。
 そこの壁には小窓があり、壁を一定のリズムで叩くと窓を通って、近くの白壁に規則ただしく苔が動いていく。
 このヒグマ帝国の王を任されているキングさんの能力、粘菌通信のログを部屋の中から見れる仕組みだ。
 窓があるところならどこでも使えるのだ。といっても窓がある建造物のほうが稀だけど。

「ええと……い、いかなる時もまずは周りを把握! 寝てる間にあったことは……」

 チャットログのように粘菌のログを見てないぶんまで戻し、そこから送っていく。
 個人宛てのもの以外はギリギリ、ログから消える前に見れそうだった。

「って――なにこれぇっ!?」

≪以下、粘菌ログより全員宛ての電信から抜粋≫
「反乱に乗じ40名弱の同胞クルーザーで脱走の模様、対応願います。サーチ」
「即時対応には至らず。後手の対応を考案中。計画の加速も考慮に入れます。キング」
「布束、ヤイコ、両名に無線LANの買い出しを任じ、クルーザーの使用を許可。シーナー」
「火山にて異変発生の模様、連絡エレベーターを調査します。サーチ」
「南7ラインに通路施工完了。地盤確認の後拡大施工の予定。ツルシイン」
「津波による下水管の調査が必要です。キング」
「連絡エレベーターは使用不可能の模様。津波で島は浸水。サーチ」
「津波に対応するため地上に向かう。サーチは、建築班に合流し下水漏れを精査せよ。シバ」
「ミズクマ姐さんを動かしました。キング」
「地底湖にて戦闘発生らしいです。私は動けないので、応援求。ハニー」
「北西地区の同胞200ほど解体場へ送られた模様。理解不能。求返信。サーチ」
「北、西の防水処置あらかた完了。津波被害軽微。東、南へ向かう。ツルシイン」
「間桐、田所とエンジン探査に向かう(安心せよ)。艦娘・龍田」
「龍田の武運を祈る。手すきの者は返信・協力せよ。キング」
「北方沿岸にてクルーザーの残骸を確認。サーチ」
「地底湖および工場は制圧完了。負傷者アリ、678は脱走。救護班要。シロクマ」
『地底湖に向かいます。起きたらログを確認しなさい。ヤスミン、宛てテンシ』
「沈没クルーザー600番台のパトロールヒグマで回収。シバ」
「678の建造艦むすが他にいないか上と下で精査します。サーチ」
「南東で落盤が発生した模様、向かいます。応援願います。クレイ」
「ガンダムさんがこちらに向かうクルーザーを遠目に確認した模様。到着はまだ。サーチ」
「南の畑に塩害。故意みたい。危害甚大、範囲を縮小して守る。クイーン」
≪ログここまで≫

 膨大なログを読んで、あたしはもうなんというか完全に目が覚めた。
 ざっと見た感じ重要なのをまとめただけでも、こんな感じになってしまった。
 えっ、あたしが寝てる間に事件起こりすぎじゃないですか?

「脱走に火山に津波、地底湖で戦闘、住民200匹消失、エンジンにも異変?。
 で、南東で落盤、あと塩害? ……え、ええと。ど、どこから突っ込めばいいんです?」

 ちなみにあたしのところに来ていた個人通信はヤスミン姉さんからのものだけだった。
 ええと……一応、見た感じ、起こった事件自体は網羅されてるようだけれど。
 というかここに載ってるの以上になんか起きてたら、びびる。

「とりあえず、脱走者? は全員始末できたらしい、かな? クルーザーの残骸があるんだし……。
 火山は何が起きたか分かんないけど、噴火とかだったら今頃あたし達生きてないだろうし、
 中央エレベーターが使えなくなったってことは、上の実験の影響かなあ……」
「津波はこっちでも大分危惧しておったが、このぶんじゃと帝国は大丈夫だったようじゃの。
 地底湖の戦闘も一区切り、外回りに出てたヤスミンちゃんがいま
 負傷者の手当てに向かっているようじゃし、これ以上の被害は出んじゃろう。
 住民の消失はなんじゃろうなあ……戦闘といい、艦これ勢に関係があるのかもしれんが……」


66 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 09:51:31 2luSJH1A0
 
 家から出ないと周りはどんどん変わっていくのお、これが世間に取り残されるってやつかの、
 とベージュ老さんは笑う。うーん、そうとも言えるような言えないような。

「そういえば、ヤスミンちゃんが外回りに出るのと入れ違いで若いヒグマがたくさんのべっぴんな女の子を連れてきての」
「え?」
「この塔の屋上から病院への連絡路を通って、上に行ったんじゃ。何だったんじゃろあれ」
「なんかそれ、すっごく怪しくないです? ああもう、頭が痛い話だなぁ……。
 南東の落盤ってのも怖いし……畑の塩害も、これ帝国ぐっちゃぐちゃですよ……むむむ」
「落盤のほうには、意識を取り戻したピースガーディアンが向かって行ったから安心じゃろうけどな」
「うーん、そうですかね〜……」

 ピースガーディアンといっても油断して気絶させられてた4匹だからなあ。
 寝てる間にもヒグマ学習能力で能力には慣れていくんだろうけれど、侵入者とかに勝てるのかな?
 自分が気絶してなければ、止めたと思う。
 ていうかうん、あたしこんなときに気絶ってホントにダメだ……シーナーさんに怒られそうだなあ。
 ところで、ハニーちゃんまで通信を使ってるのは驚きだけれど、なんだかあたしの知らない名前もある。

「あ。この、「サーチ」ってのと、「艦むす龍田」ってのはあたしが知らない名前。
 とくに「サーチ」って子はけっこう四方八方に行動してる……のかな? 誰なんだろ」
「「艦娘龍田」はわしにもわからん。「サーチ」は、穴持たず314の若いヒグマじゃ。
 警護班のパトロールヒグマの統括役で、シーナーさんが司波兄妹の監視のために抜擢したらしいんじゃが、
 どうやら色んな事件の調査につきっきりで監視はできてないっぽいのう」
「うええ……司波さんたちは実質野放しかあ。いろいろと心配だな……特にお兄さんのほう」

 司波兄弟の兄、司波達也(シバさん)はつい昨日ヒグマになったばかりだ。
 その実力と研究力を、ヒグマ帝国に貢献していた美雪さんがアピールした結果、警護班の長を務めることになった。
 実際にその能力は高くて警護班や街のヒグマからは人望(熊望?)を得ているけれど、
 生まれたばかりであることには違いない。生まれたばかりのヒグマは、身体的には強靭だが、精神的には不安定。
 特にシバさんは記憶も不安定だという話だし、医療班としてはしばらく入院してほしかったくらいなのだけれど。

「妹さんは「お兄さまなら大丈夫です」と言ってきかんかったからのう」
「その妹さんだって、カフェに関してはあたし、少し印象悪いですよ……有能なのは否定しませんけど」
「あの子はどうも、親族がらみのことに関しては辛いことでもあったみたいじゃな。
 基本的に血のつながりがないヒグマには分かり得ないものを、心の奥に抱えてるように見えたわい」
「……家族愛、ってやつですか」

 司波美雪の兄を語る時の表情は、少し寒気さえするものにあたしからは見えた。
 血のつながった者に対する、太い思い。
 ――確かに、あたしたちにはそれは一生分かり得ないものでもある。
 あたしたちHIGUMAには母も、父もいない。
 そして培養液から「しか」生まれる手段がないあたしたちは、母にも、父にもなれない。
 穴持たずの名は、帰るべき場所――家族を持たないことからも付けられた名なのだ。

「家族、ねえ……まあ、逆に言えばあたしたち、
 みんな兄弟のようなものでもあるわけだけれど。……。そういえば、さっき見た夢……」

 家族について考えたあたしは、不意にさっき見た夢のことを思い出した。
 寝る必要がないあたしが「夢」なんて見るのは初めてだったけれど。

 確か、あたしは夢の中。
 あったかい感覚に包まれて、なんだか気持ちよくて。
 目を開いて、でもそこは何にも見えず、聞こえもしない暗闇で、……なのに。
 夢の闇の奥に、何かを感じ取って。
 あたし、手を伸ばした。
 手を伸ばして。届いたような、気がした、それは。……。


67 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 09:53:23 2luSJH1A0
 
「いや――ありえない、か」
 
 なんだかそれは、「母のぬくもり」に似ていたような気が、したのだけれど。
 そもそもどういうものかさえ分からないはずのものを感じるなんて、できるわけがない。
 いくらなんでも気のせいだろう。

 と。
 その時、苔に淡い光が走った。

「あ、また新規の電報?」

 ページ送りの合図を送って、あたしは新たなメッセージを読んだ。

≪新規メッセージ≫
「ヒカ゛シモウアンセ゛ン、クレイモモイニコウシ゛タクシホキュウス、シーナー」

 東の安全は確保。
 落盤の工事はカーペンターズのクレイさんとモモイさんに任せ、自分は補給に向かう。
 あたしがそのメッセージを読み終えたのとほとんど同時に、窓の外から、声がした。

「……居ますか。……ジブリール」

 それはあたしの名付け親、シーナーさんの疲れ切った声だった。


+++


 穴持たず47、シーナーは、相田マナの凄絶な治療を終えたあと、
 足を止めることなく自らの管理下(ホーム)であるC-6のヒグマ診療所へ向かった。
 理由は主に二つ。先の治療で失った体力の回復と、
 動き始めた「彼の者」――モノクマに対抗するために仕込んでおいた布石の回収である。

 ピース・ガーディアン。No.200〜205までの6体は、対モノクマ用に帝国が調整したヒグマだ。
 
 残像使いのポーンヒグマは「彼の者」が講じるあらゆる攻撃手段を無力化する。
 悪性電波のルークヒグマは「彼の者」を構築するネットワークと機械を破壊する属性を持つ。
 流動液体のビショップヒグマは大量の「彼の者」に対し守りの策を取る上で欠かせない。
 躍動騎士のナイトヒグマは「彼の者」が計算できないアクロバティックな動きでそれらをサポートする。

 キングヒグマの粘菌、そしてクイーンヒグマの能力も、対モノクマを想定に入れている。
 研究所への反乱を促されたあのときからずっと、シーナーは備えていたのだ。
 自分たちを利用して大きな絶望を生み出そうとする黒白の悪魔への、返す刀を。

 ただ、リアル(現実)の機械に対する対処は、もちろん数が居れば良いが最悪キングが居ればよい。
 今欲しいのは、ルークヒグマである。触れた相手に纏わりつき、信号を絶縁させるその力。
 ネットワークで暴れる本体を刺すために、あえて攻撃と破壊に特化した「電気使い」を調整しただけはあり、
 彼の力はシーナーの用意した中で最も江ノ島アルターエゴに刺さりうる切り札だった。

(代役として、ヤイコさんがいるにはいますが……彼女はオールマイティ型。
 恐らくは我々を数段上回る彼女に対し、完全な絶縁破壊を行使することは難しいでしょう。
 それに、無線LAN買い出しに向かってしまった可能性もあります。
 ミズクマさんの報告では海食洞に居たのが最後ですが……思えばあの指示は失策でしたか)

 実のところ。準備をしていることは予測していたものの、
 まさか有冨殺害から十時間足らずでモノクマが事を起こすとは考えていなかったのが、彼の本音だ。
 走りながら粘菌ログを確認し、畑の塩害の件を確認する。
 実際に害を受けた畑のそばを走っているところだ。この攻撃もまた、知覚外にして予想外である。
 早すぎるのだ。すべての行動が、あまりにも。

 さらにログを遡る。
 シバの不可解な動きも、遊ばせているだけで無害だと判断していたヒグマ提督の謀反に近い行動も、
 ツルシインからの返答にあった「西の凶兆」も……。
 今からして思えば一番最初の、反乱に乗じた四十数匹の脱走からか?
 すべてが疑わしく見えてきた。もはやアクシデントが多すぎてどれが仕込まれていたものなのか分からない。


68 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 09:55:37 2luSJH1A0
 
 モノクマの反乱への仕込みの周到さ、実行のタイミングの完璧さを、シーナーは認めざるを得なかった。
 そして――故にこそ、考え直す必要があった。
 彼女の歪んだ思想のその「歪み具合」をこそ、定義し直さねばならなかった。

(貴女は……そこに絶望さえ産みだせれば、自らの破滅すら望みの内だと言うのですか!!)

 シーナーが、いずれ裏切られると分かっていてモノクマの言葉に乗り、
 不安定だと分かりきっているヒグマ帝国の建立に乗じたのは、イソマの言葉があったからだ。

 実験でヒグマが勝利すれば、シーナーが望む「ヒグマの未来」に協力する。
 ただし、実験で人間が勝利すれば、「勝利した人間の提案」に従う――。

 と、この島にいるどの命よりも大きく絶対的な力を持つイソマがそう言ったから。
 シーナーはあえてモノクマに乗った。
 有冨がヒグマを当て馬として作った以上、有冨が主催である限りヒグマに未来はない。
 シーナーから見てもっともヒグマを勝利に近づける方法は、
 自らがヒグマvs人類の壮大な陣地取りゲームのプレイヤーになることだ、というのが彼の答えだった。
 全ては生存のために。自らと出自を同じくするHIGUMAのために、
 シーナーは生みの親を殺す選択肢を取ったのだ。

 そしてその選択肢を薦めてきたモノクマは、少なくとも人間の勝利を望んでいるわけではないのだと。
 実験が終わるまではこちらに本格的には牙を向いてこないのではないかと、思っていた。

(しかし。貴女にとっては、人間もヒグマも、自身さえ! 平等に絶望の素材でしかなかった……!
 あなたの勝利条件は、この島の全ての魂を絶望させること、だったのですね……!!)

 ――この実験の、ヒグマ側の勝利条件は単純だ。

 ただ1つ。
 “島の中の参加者を、すべて殺害してみせること”。それだけである。
 それだけでイソマを動かすことが出来、以降のどんな障害も、ものともしないだろう。
 ただし、イソマは希望を願った当人であるシーナーおよび実効支配者が参加者の殺害に参加することを完全に禁じている。
 帝国からの戦力追加自体も固く制限されている。
 このルールを潜り抜けられる帝国側の人材は、グリズリーマザーと、灰色熊。
 ヒグマではない艦むすやモノクマ、カーズ様。そして――元々参加者として登録されていたシバのみだ。
 シバの存在と艦むすの製造を受け入れ、モノクマ派を黙認していたのには、この意味もある。
 とくにシバは、参加者を殺せる帝国のヒグマとしては最強。正真正銘の最後の切り札として持っていなければならなかった。
 
 首輪が正しく機能していれば、参加者は残り30人を切っているはずだ。
 そして機能していなくとも、“首輪を外した”次点で“参加者としては死んでいる”。
 言ってしまえばこちらが首輪反応を確認できるうちに、
 「全員の首輪反応が消えた状態」になった場合――特殊だがこれも勝利だ。
 なんとしてでも、遂げる。

 では――この実験の、人間側の勝利条件を定義してみよう。
 シーナーが命に代えても阻止しなければならないそれは、大きく4つに分けられる。

 まず1つは、“実験に参加したヒグマをすべて殲滅すること”。
 つまり、シーナーたちを除いた1〜79までのヒグマの殺害がこれにあたる。
 確認できているだけでも、津波の影響もあるだろうが、かなりの参加ヒグマはすでに死んでいる。
 どころか盗聴によれば人間側に協力してしまったヒグマもいる。
 これは逆に言えば、参加者側についたヒグマが居る内は条件が満たされないともいえるが……。
 もっとも正しく、イソマが納得してしまうだろう方法だけに、非常に嘆かわしい限りだ。

 そして2つ目は、“イソマの管理する培養層を破壊すること”。
 HIGUMAは培養層からしか生まれることができない上に、
 オリジナルの培養層の材料は島だけでは調達できず、そしてオリジナルはすべて破壊された。
 イソマの能力も、ゼロから培養層を作ることは不可能だ。
 つまり培養層が破壊された時点で、HIGUMAの未来はほぼ潰える。これが絡め手の方法。


69 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 09:58:45 2luSJH1A0
 
 そして、3つ目は。“この島にいるすべての生命が殲滅されること”。
 HIGUMAはこの島にしかいない。しかし、人間はこの島以外にも、異世界含めどこにでも居る。
 つまり、島でゲームの決着が付く前にこの島が消滅させられれば、大局的には人間は勝ちとなるのだ。
 実験の存在が外部に漏れ、ヒグマの危険性が伝わってしまい、そして核兵器でも持ちだされれば、
 いくらHIGUMAといえどひとたまりもなく終わってしまう。そして条件1も同時に満たされ、
 さらに、勝利した人間さえもいないという状況は、イソマを自害へと追い込み――全てが潰えるだろう。

 少なくとも3つ目の可能性を封じるために、
 実験の存在を外部に漏らすわけにはいかない、
 というのがシーナー以下実効支配者の共通認識だった。
 脱走ヒグマにより外部に実験がばれ、相田マナ以下乱入者を呼び寄せてしまった時点で、
 ヒグマ側の勝利はかなり遠のいてしまったというのが実際の所だ。

 だから、もし。一番最初の脱走ヒグマたちさえモノクマの手引きだとしたら。
 彼女はこの計画が外部にばれることすら、3つ目が起こることさえ別にいいと思っていたのだとすれば。
 それはあまりにも、おぞましい考えである。
 そして、その考えは。あまりにも安易にすぎる、
 人間側の「4つ目の勝利条件」を彼女にクリアさせてしまう可能性に結びつく。

 “参加者以外のヒグマ、あるいは参加を許されていないヒグマを以って、
  島外や地下に行く、首輪を外すなどの禁を破っていない、まっとうな参加者を殺害してしまうこと”。

 このゲームの、禁じ手だ。

(イソマ様はこれを平等な実験だとおっしゃったが……いや、モノクマの阻害さえなければ、
 実際に平等だったのかもしれませんが……現状ではまったく、分が悪いことこの上ないですね……)

 シーナーには、モノクマの思考ルーチンに自身の生存が含まれてさえいれば、
 最終手段として、イソマの存在と勝利条件の定義をモノクマに明かすという選択肢があった。
 だがここまでの経緯を鑑みるにその線は薄く、
 仮に明かしたとしても彼女は狂ったように面白笑いするだけで疾走を止めはしないだろう。
 彼女が望むのはただ、絶望。未来への希望など、消すためのロウソクの火でしかないのだから。

 もはやHIGUMAとその未来にとって、モノクマは障害でしかない。
 そしてそれを止めるために、ほかならぬシーナーが休んでいるわけには、いかない。
 もう乗ってしまっているのだ。万象を乗せてマッハで進む、この羆島という船に。


「……居ますか。……ジブリール」
 
 
 三階建てに煙突のようなものが伸びる、白い塔のような建物。
 シーナーはC-6、ヒグマ診療所にたどり着くと、声をかけた。
 かつてイブン・シーナーが訳したという物語に登場する、導きの天使の名だ。
 実際にはただのおっちょこちょいなプレーン未満のヒグマであり、迷えるシーナーを導いてくれるわけではないが。

「シーナーさん!?」

 奥から声が返り、ジブリール……診療所での働きぶりから、
 患者には天使ちゃんと呼ばれているヒグマが、窓から顔をのぞかせる。
 シーナーは柄にもなく少しだけ安堵を覚えた。帝国内すら安全とは言えぬ現状では、
 こうして当たり前のように声をかけてくれる仲間の存在が嬉しくもなる。
 上から取ってきたナース服をぱつんぱつん状態で上着のように着る彼女の横から、
 もう一匹、ベージュの毛皮を持った老ヒグマが現れてシーナーに声をかける。

「おお……帰ったか、シーナーさん」
「ベージュ老もいましたか。ヤスミンさんは、居ないのですね」
「うむ、地底湖のほうへ行ったらしい。ところでお主」
「シーナーさん、どういうことです、それ! めちゃくちゃボロボロじゃないですか!」

 ジブリールに言われてシーナーは自らのからだを見る。

「……確かに。毛皮は乱れ、泥がつき、裂傷と打撲がいくつかあり、体力はもうありませんね」
「ややや、休まないと! 中に入って、傷、消毒とか! えと、ベッドで安静ですよそれ!」
「いえ。ここに来た目的は、休むためではありませんよ」
「えええええっ!?」
「バンディット=サンの所持品にあった、あのドリンクを私に。場所は知っていますね、ジブリール」


70 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 10:01:47 2luSJH1A0
 
 シーナーの理解不能だろう言葉に面喰らうジブリール。

「い、いやいやいやいやあれは!!」
「必要なものなのです」
「駄目ですよ!! アレ、確かに薬効はすごいですけど、
 身体に悪い成分も麻薬成分もモリモリだったじゃないですか! あんなの医療班として処方できません!」
「ジブリール」

 目を合わせ、もう一度告げる。真剣さをなるべく伝えられるように。
 ジブリールは射竦められ、まじですか、と小さく漏らした。

「バリキドリンクを、窓から私に渡してください」
「……」
「命令です」
「……そんなに、やばい状況、なんですか」
「起きたらすぐ、状況確認。……しましたね? なら君も、知っているはずです」
「それは……」
「早くしなさい。おっちょこちょいのうえに、どんくさくまでなるのですか、君は。
 ドリンクの入手は、私がここに来た目的の内の一つでしかないのですが……?」
「うう」

 ジブリールはうつむいた。
 そして、シーナーの意識の外にあった言葉を発した。

「だ、だって。あたし、シーナーさんが無理するのなんて、見たくないです、よっ。
 無理しす、ぎて……シーナーさんが死んじゃうだなんて、ぜったいあだし無理です」
「……」
「シーナーざんが死んじゃったら、あたしどうやっで生きてぐんですか?」
「……」
「まだ、いっぱい教えてもらうこどあるんですよ……っ。頼りたいごとだって、いっぱい!
 だのにいまいなぐなるなんて、ゆ、許ざれないですよ! 休んでくだざいよそんな傷で!」

 シーナーは、そんな涙声を聴くのは、初めてだった。

「……ご、ごめん、なざい」
「……」
「ちょっと、不安で、怖ぐて。ええ、えと……むがーっ!!」
「じ、ジブリール!? な、なにを」
「すいません! 失言でした! ドリンク、取ってきます! 本当にごめんなさいっ!」

 呆然とするシーナーの前でジブリールはぶんぶん首を振ると、すたすたと窓から消えていった。
 薬品棚のバリキドリンクを取りに行ったのだろう。
 同じくきょとんとしっていた老ヒグマが、優しい顔になってシーナーに語りかけた。

「ほほほ、慕われとるのう、シーナーさん」
「……少し、驚いていますよ。今のような反応を受けたのは、初めてでしたから」
「あんたは一番働きもんじゃからの。帝国のヒグマからは、みんな多かれ少なかれ慕われとる。
 ヤスミンちゃんや天使ちゃんなんてもちろんじゃし……わしも、あんたには大感謝しとるじゃろ?」
「いや……むしろ、貴方とヤイコさんには、私は謝らなければならないのでは……」
「確かに、あんたから見たらそうなのかもしれないがの」

 老ヒグマは、空気を吐いて吸って、一呼吸してから続けた。

「そもそもあんたがヒグマの未来を考えてこの国を建てなきゃ、わしら、生まれてすらおらんのじゃろ?
 じゃあ、シーナーさんはわしら全員の、父じゃろう。親に感謝すんのは、子として当然じゃ」
「……!!」
「子に心配させる親になっちまってるわけじゃよ、つまりはな。わしも子として心配じゃあ」
「……見た目、私より年上に父と呼ばれると、複雑ですね」
「要は生きて帰れってことじゃよ、若者。と、老人のフリをベージュはしてみたり」
「すいません。ありがとう、ございます。……約束はできかねますが、善処、しましょう……」
「あったよシーナーさん! ドリンクが!」
「でかした天使ちゃん!」

 と、バリキとでかでかと書かれた瓶詰め薬品をジブリールは持ってきて、
 シーナーに向かって投げた。

「おりゃああああッ!!」

 勢いのよい投擲であった。
 投げながらジブリールは目の端に涙を浮かべて、シーナーに言った。
 これ以上喋って涙を溢れさせんとするものの、せいいっぱいの強がりが、見て取れた。

「……行ってらっしゃい、……シーナーさんっ!」 
「ええ。行ってきます」

 シーナーは、受け取った。


71 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 10:04:04 2luSJH1A0
 
「ただその前に、ベージュ老、ここに入院させていたピースガーディアンはどうなりました?
 呼吸音も匂いも感じられませんが……まさか、独自行動を」
「察しがいいのう。あんたと入れ違いで、落盤のほうへ行ったよ。
 ま、あんたが今打った電信を見て、たぶんまたここに戻ってくるじゃろ。彼らに用事かの?」
「わりと重要な話でしてね……直接会って伝えたかったのですが。
 落盤のほう、ですか……今なら危険は少ないか、あっても彼らなら問題なく乗り切る程度でしょうかね。
 ……でしたら、要項はベージュ老宛ての電信で粘菌に刻んでおきましょう。
 ここに彼らが……いえ、キングやクイーンでも構いません、ピースガーディアンの誰かが来たら、
 なるべく内密にその文面を彼らに見せてください。私は、西へ行きます」
「西? ツルシインさんのほうかい」
「ええ。勘が確かならば、今もっとも対処が難しいのがその項目ですので」

 そう言うと、シーナーは一瞬にして老ヒグマの視界から消える。
 視界から消えた状態で、文面を打ちつつドリンクを飲みつつ、西へ向かうのだろう。
 ながら行動もびっくりのながらながら移動だった。



「まったく……無茶をするのう」

 ベージュ老は白壁に出来上がっていくメッセージを見ながら、親に向かってため息をついた。

「……いざとなればな。わしらを切り捨ててでも、前へ進めよ、若人」


≪新規メッセージ(ダイレクトメール)≫
「テキキカイトネットツカウモノニヘンス゛、テキシロクロ、カラタ゛アマタアリ。
 キョウリョクシムカエウテ。ソシテ、コチラノショウリシ゛ョウケンヲ、アカス――

(お前たちの敵は機械とネットを使う者に変わった。敵は白黒で、身体はたくさんある。
 協力し、迎え撃て。そして君たちには、我々の勝利条件を明かしておく――


【C-6 地下・ヒグマ診療所/昼】

【穴持たず104(ジブリール)】
状態:不安
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
1:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです

【穴持たず88(ベージュ老)】
状態:加速老化
装備:車椅子
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:がんばれよ、若人
1:いざとなれば、わしらは未来に殉ずるよ
2:ピースガーディアンが来たらシーナーのメッセージを見せる
[備考]
※ベージュ老宛ての粘菌通信に、シーナーの秘密メッセージ
 (イソマが提示した実験の勝利条件、現在の敵がモノクマであることなどなど)が記されています。

※ヒグマ診療所で安静にしているのは、748〜751番のヒグマ(「気付かれてはいけない」で布束さんにやられた奴ら)です


+++


72 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 10:05:17 2luSJH1A0
 

 勝たなければならない――生きて、勝たなければならない。
 西へ、西へと駆けながら。シーナーは強く、その思いを新たにした。

 電気使いを持って生まれてきたヤイコはともかく、
 ベージュ老やジブリールなどの通常より劣る部分のみを持つヒグマは、
 今は劣等ヒグマとして解体場行きになっている。
 そうしなければ食肉を得ることができないから、という理由で、これこそ断腸の思いでそうした。

 反乱時、プレーンヒグマにその姿を惑わせて解体ヒグマを誘いに行ったのはシーナーだ。
 彼にその役割を伝えて連行しなければならなかったとき、シーナーは心中、歯を食いしばっていた。
 解体がシーナーを振り払い、死にゆく桜井研究員の元へと向かって叫んだときには、はっきり言って泣きもした。
 だが、シーナーはそれが罪だと知りながらも、『治癒の書』で解体に意図的な幻覚を見せ、
 違う番号と、桜井は勧誘されたときには死んでいたという記憶を、彼に植え付けた。

 すべては帝国のため。
 生まれたい、生きたいと願っている、すべてのHIGUMAのために。
 彼らの、次の夜明けを手中に収めるために。
 そして――こんな自分を慕ってくれる、仲間のために。シーナーは西へ、西へと向かった。

 時間もまた、西へと過ぎる。
 夜明けとともに生まれたヒは頂点を越えて、
 これからの時間はただ、老いていくばかりになる。


 第二放送が鳴ったのは、シーナーがルークからの粘菌電報に気付くのと、ほとんど同時だった。


 ――ツルシインの言う通り診療所で休んでいれば、
 シーナーは少なくとも、続く凶兆の津波に呑まれることは、なかったかもしれない。


【C-5 地下/日中】

【穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(中)、疲労(大)、対応五感で知覚不能
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン、バリキドリンク@ニンジャスレイヤー
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
1:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
2:モノクマさん……あなたは、邪魔です。
3:李徴・隻眼2への戒めなども、いざとなったらする必要がありますかね……。
4:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
5:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。

 
+++


73 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 10:07:44 2luSJH1A0
 

「サーチクン。サーチクン。気分はどう〜?」
「最悪、ですね」

 ヒグマ帝国の北東――地底湖より東に広がるのは特に何もないG-3地区。
 これから農園になる予定だったが、まだ開発されていない、岩と荒地が広がる場所。
 そこに内蔵をもがれ、四肢を逆側に折られた状態の、一頭のヒグマが居た。
 穴持たず312、サーチヒグマである。

「ぼくは帝国のために縦横無尽に働いていましたのに、その足と腕が使えないとは絶望的ですね。
 すごく今、絶望してます。どうです? 全ての望みが絶たれた感じの顔してますよね、ぼく」
「うん! そうだね! ……キミ、人をおだてるの上手いってよく言われない?」
「察するのが上手いとはよく言われますが、あなたほどではないのではないでしょうか」

 死にかけの彼がぶっきらぼうに言い捨てる相手は、黒と白に体を分かつクマ型の機械だった。

「あなた、反乱を始めた割に、いまのところ雑兵しか暴れさせてないじゃないですか。
 どうも自身の策程度では反乱を成功させ切ることができないの、察してません?
 あなたにとってあくまで中央は陽動、狙いはぼくをはじめとした周囲の「要職」、一点張りですよね?」

 その岩の後ろに隠してるのとか、こわいこわい。
 サーチヒグマは表情を変えずに言った。黒白のクマ、モノクマは、首を傾げた。

「ん〜?」
「ビスマルクさんはちょっと可哀想ですね……自業自得と言えばそうですが。
 なるほどなあ……殺害だけじゃなくてさらに扇動もするのかあ。ま、ろくなことにはならないでしょうね」
「ねぇちょっとキミ。知りすぎじゃない?」

 ぐいっ、とかわいい効果音を鳴らしながら、モノクマはサーチヒグマの頭を踏んだ。
 その頭についてる耳を、とくに重点的に。ぐりぐり。

「地獄耳か何かかな?」
「――あ、やっぱり察しますか。まあ、その通りです。だいたい範囲は2km円かな、
 サーチと一口に言っても方法はいろいろあるんですよね。ぼくは耳で聴く派です。
 さっきから耳をつんざくような艦これ勢の声がうるさかったんで、塞いでくれてありがとうございます」
「それは良かった。じゃあ、うるさい耳は刈り取ってあげよっか!」
「御免こうむりたいところですが、もうさすがに無力なんで、おとなしくしてます」

 もともと音を立てずに現れるあなたに狙われた時点で負けですし。
 手は使えないけどお手上げですよ、と言って、サーチヒグマは体から力を抜いた。
 抵抗の意志も死への恐怖も、絶望も一切見られないその態度は、モノクマから見て面白くないものだった。
 少し嫌な感じに眉をひそめたあと、モノクマはパチリと指を鳴らした。
 近くの岩の後ろから、掘削ドリルを持ったヒグマが出てきて、そのスイッチを入れた。
 頭も回りそうなくらいの不快な音があたりに響く。カーペンターズの一員、だった。

「……よお」
「出てきましたか。屋号くん」
「ムム。ヒグマNo.85が裏切って出て来たってのにずいぶんと淡泊だね、キミ!」
「別に、岩の裏ってのは屋号くんのことだけを言ってるのではないですし。
 そっちの奥の岩の裏にNo.87の華ちゃんが居て、ヒグマ質に取られてるのまでは把握してます。
 仲間意識を逆手に取るなんてエグイなあ。悪役として綺麗なムーブですよね、そういうの」
「フーン……やっぱりばれてるかあ。じゃ、ヒグマ質もべつに要らないね!」

 と、遠くの岩の奥からメスヒグマの悲鳴がして、明らかにそれは断末魔だった。

「なっ、き、貴様!」
「キミももういらないや、じゃあね〜」

 悲鳴即応、ドリルを持ってモノクマに襲い掛かろうとした屋号だったが、
 その前にモノクマの殺爪ボディブローが決まり、二秒後には漫画みたいに宙を舞っていた。
 地面に落ちると上から降ってきた丸い岩に潰され、圧死した。

【穴持たず85(屋号)、穴持たず87(華野) 死亡】

「はい、死んだ死んだ! 範馬勇次郎より強いってわりには、キミたち防御力弱いよねえ」
「カーペンターズは力仕事専門の代わりに皮膚が少し柔らかいんですよね。って、知ってて言ってるんだっけ」
「そりゃあ知ってるとも。フフフ、やっと焦ってくれたぁ?」
「じゃあ、焦ってるということでお願いします」


74 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 10:10:00 2luSJH1A0
 
 ギュインギュイン。屋号から奪ったドリルを眼前に近づけられても、サーチヒグマは表情を変えなかった。
 さすがにこれは――無表情を装ってるだけだろうか。突き刺せば叫ぶか、やってみるか。
 モノクマはそう合点して、彼の耳に向かって、掘削ドリルを刺した。

 掘削ドリルが消滅した。

「ん〜?」

「やれやれ……428はどこを探しているんだ? 俺が先に見つけてしまったじゃないか」

「ああ、なんだ。なるほどぉ。
 南かと思ってたんだけど、先にサーチクンを探しにきたのか、
 ドリルを分解して消滅させたのは――シバクン!」

 言うが早いか、モノクマは再度サーチの耳を踏み潰し、
 そして1km先の壁に控えさせていたスナイパーに指示を出した。
 新たにその場に現れた羆帝国の劣等生、シバさんは
 その間に眼前のモノクマを分解魔法で消滅させるが、不意の狙撃は防げず、
 その銃弾に込められた起動式破壊の術式によって、蘇生式ごと破壊されて帰らぬ人となる
 (その起動式破壊の起動式を破壊する起動式を、シバさんはすでに発動していた)
 のだ。銃弾が放たれる。消えた。

「あれ?」
「考えたものだが、スナイパーの位置が分かっていてはその作戦はお粗末だ」
「ああ……精霊の眼か。有効範囲、いいかげんにしてよね!」
「サーチ。星空凛という参加者を探してほしい。
 なぜか精霊の眼にも映らないんだ。この島にいるかどうかも不明だが、やれるか?」
「あーだから無駄話してる場合じゃないんですって戦場で……もう!」
「なっ」

 サーチヒグマが急に跳ね起きて、シバさんを突き飛ばす。
 どこにそんな膂力が残っていたのか。シバさんは驚きながら為すがまま飛ばされる。
 するとシバさんがもともと立っていた場所の地面から、にゅるりと新たなヒグマが現れた。

「失敗……深く不覚……ぷぷっ」
「ダジャレのつもりなら、面白くないですね」

 新顔ですが番号は? サーチが問うと、土に潜んでいたヒグマは「1010」と言った。
 なるほど土遁とかけているのだろうが4ケタは面倒だからやめろよ、とサーチは思った。
 そんなことより、とサーチはシバさんに向き合う。土遁ヒグマは再度土に潜んだ。
 もう時間はない。どうやら、決断の時のようだった。はぁ、とため息。

「シバさん。デッキ持ってます?」
「……デッキ?」
「遊戯王の、デッキですよ。その中に一枚、いいものがあります。
 あなたの可愛い親族が持たせた、非常用の――切り札ってやつです」

 言いながらシバさんの胸をまさぐると、ポケットにそれは入っていた。
 【魔導】カードで構成されたデッキ。だが、禁止カード入りのそれは正式デュエルでは使えない。
 シバさんなら無理を押し通して使えるのだろうか? それは分からないが、
 司波美雪が時間を使ってまでこのデッキをシバさんに持たせたのは、ある魔法カードを紛れさせるためだ。
 通常なら【魔導】デッキなどに入っているはずもない、その魔法カードをサーチは探(サーチ)し、
 シバさんに持たせて、言った。

「カード名を読んで、魔力を込めて発動してください、シバさん。
 それであなたとはお別れ。止まっていたあなたの時間も、動き出すでしょう」
「これ、を……?」
「対象はもちろん、「自分」にしてくださいよ……。ではぼくは、ラストワークといきます」

 地面に向かってサーチは折れた腕を突きだす。
 タネが分かっていれば、ヒグマの贅力によって土に潜むヒグマを引きずり出すくらいは可能だ。
 それくらいのことができなければ、シーナーから大役を任されたりはしない。
 引きずり出された土遁ヒグマがうめき、ぽこぽこ現れた十数体のモノクマがその周りを囲む、

 一触即発の中で、動揺しながらもシバさんは魔法カードを掲げた。

「……魔法カード発動、《融合解除》……対象は……俺だ」


75 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 10:12:40 2luSJH1A0
 
 詠唱の終了と同時に辺りが発光した。
 シバさんとサーチに向かって、大量のモノクマが襲い掛かった。
 そして、穴持たず48と、穴持たず312は死んだ。


【穴持たず48 死亡】
【穴持たず312(サーチ) 死亡】


 ――後に残ったのは、「司波達也」だけだった。


+++


「分解……成程そういう身、分かい……ぐはっ」

 穴持たず1010は分解され、消滅した。

【穴持たず1010 死亡】

「ちょ……描写くらいしてあげなよ、シバクン! あるいは辞世ギャグに笑ってあげなよ!」
「そういう感情はもう、持ち合わせていないんだ」

 手を翳し、モノクマを分解、消滅。
 半径1km内を地中まで精査し、控えのモノクマに一つずつ分解魔法式をかけていく。
 スナイパーヒグマが再度苦し紛れの銃弾を撃ってきたので、普通に体術で躱した。
 なおもモノクマに分解を仕掛けながら、忍者ばりの速度で接近しつつ、
 カエルの手足のような吸盤を持って壁に張りついているそのヒグマへ向かって、魔法カードを見せる。

「《月の書》!」

 遊戯王の魔法カードは達也にとって、魔法式が記憶されたCADだ。
 月の書の魔法式を浴びた吸盤スナイパーヒグマは急に体を反転させ、しかも攻撃を封じられた。
 吸盤が壁から取れて落下する。地面に叩き付けられるころには達也はそのヒグマに対し、
 雲散霧消(ミスト・パーティション)をトライデント込みで叩き付けていた。

【穴持たず410(ショット) 死亡】


76 : 西へ、西へ ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 10:13:38 2luSJH1A0
 
「……周囲の適性存在を排除。次にすべきは――」

 決まっている。
 達也はサーチヒグマの死骸のところまで行って、それを再成魔法により蘇生させた。

「妹さんかい」
「ああ」
「きっとしろくまカフェだよ。場所は記憶しているかな?」
「ああ」
「……このぼくの判断が、どうなるかは分からないけれど。いい方へ向かうと、いいな」
「雲散霧消」

 そして必要な情報は聞きだしたので、サーチヒグマを再度分解し、空中へと霧散させた。
 その姿を、ようやくその場にやってきた穴持たず428が見て超驚いた。
 達也はそれを一瞥すると、穴持たず428を分解した。

【穴持たず428(シブヤ) 死亡】

 そのまま移動を開始しようとした達也の前に、再度モノクマが現れた。

「ちょ、ちょっと! 無体! 無体すぎるよ! キミねえ、どういうつもりなの!
 いきなり殺しすぎ、いきなり仲間のこと冷たい目で見すぎ! アニメでももうちょっと」
「ここは学校とは無関係で、関係者も美雪だけだ。
 お前がどうやって俺のことを知ったのかは知らないが、学校関連の人目の前ではもう少し演技をしている。
 だが、今はその必要がない――そう判断しただけだ。他に言葉はあるか?」
「し、司波美雪を助けにいくのは、キミにとって愚策だよ、と教えたいのさ!
 しろくまカフェに置いた対魔法師用のギミックは、一見無敵に見えるキミを殺せる!
 行くだけムダムダ! それに、他の場所にだって攻撃を順次仕掛けるよ?」

 早口でモノクマは嘘か本当かわからない計画を喋る。

「キングヒグマの力量はだいぶ把握した! ツルシインとかいうメクラのほうにも兵を向かわせてる!
 シーナーもヒグマ診療所ごと、穴持たず506(ゴーレム)くんと穴持たず666(デーモン)くんたちに襲わせる!
 キミの無駄死にのせいで、ヒグマは大迷惑するんだ! それでもキミはべつにカワイクもない妹を助けに行くの?」
「愚問だな」

 分解した。

「俺は、ヒグマの未来も、お前の展望も、興味はない。ただ」

 地底湖の先へ向かって西へと走り始めるのは、魔法科高校の劣等生だ。
 粘菌通信を決死の思いで司波美雪が打ったのとほぼ同時に、達也は語った。

「妹を守れない俺は、俺じゃない。それだけだ」

 無駄に過ぎる言葉もその程度に、彼は水蜘蛛によって地底湖の水面を走る。
 妹に会ったら、まず叱ってやらねばならない。
 兄妹のいざこざに巻き込んでいい世界は、あの世界1つで十分だと。

 ――帰るぞ。美雪。
 こんな島からさっさと出て、俺たちの高校生活に。
  

【E-3 地底湖の上/日中】

【司波達也@魔法科高校の劣等生】
状態:健康
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、【魔導】デッキ
[思考・状況]
基本思考:妹を救い、脱出する
1:邪魔をするなら、容赦はしない
[備考]
※融合解除して元に戻りました
※カードの引きがびっくりするほど悪いですが、普通に一枚ずつ使うので関係ないです


77 : ◆kiwseicho2 :2014/08/28(木) 10:15:52 2luSJH1A0
投下終了です。
ふんわりと互いの勝利条件を設定してみたけど、なにか問題があったら指的お願いします。
あと冒頭の夢パートの文法は超適当。


78 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:40:25 7PjcQ8gc0
投下乙です!

ジブリールちゃんカワイイ! ベージュ老の立ち位置も気になるところです。
シーナーさんが少し報われたようでほっこりしております。カラダニキヲツケテネ!
そしてシバさんが司波さんとして覚醒。やっぱり司波さんだよね。
起源弾及びそれを応用したと思われるシステム(存在未確定)との戦闘が楽しみです。
312くんがあまりにも有能だったので退場が惜しまれる……。まあそういう方々ばっかり狙ってモノクマが動いているのでしょうから仕方がありませんね……。


そんなところで私も予約分を投下いたします。
ヒグマたちは、地下でも地上でも、そうやすやすと江ノ島さんの策には溺れない……かな?


79 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:43:08 7PjcQ8gc0
 陽が中天に差し掛かろうとしている。
 薄い水面を熱し、生物の肌を焼くその日差しの照り返しの中に、一際冷えた声が響いていた。

「ええ……私達は、あなたに力を差し上げます。
 大丈夫ですよ、私にはよくわかります――」

 長い黒髪の少女が、うっすらと笑みを浮かべて、ボートの中で顔を上げる一人の男へと歩み寄ってゆく。
 巨大な艦砲を背負い、艦橋を模した髪飾りをつけたその少女は、ヒグマの血肉で形作られ、旧日本海軍の軍艦の魂を宿した戦艦・扶桑である。
 強い意志の炎を双眸に燃やす男の首筋に、彼女は今まさにその手をかけた。


「――あなたの絶望が」


 たおやかな指先で扶桑が手繰るのは、その男の名――『駆紋戒斗』と刻まれた首輪だった。
 大した時間もかからずに、その首輪は彼の首から外れ、ボートの中に軽い音を立てる。
 駆紋戒斗という男はその首輪に目を落とし、そして彼女を訝しげに睨みつけた。


「……おい。なんだこれは。俺が求めているのは戒めの解放などではない! 力だ!」
「え!? ええ……、それは解っています。あなたに力を与えるには、まずヒグマ帝国に行かないとならないんです。
 ですから、そんなに焦らないで下さい」


 駆紋戒斗の剣幕に扶桑はたじろいだ。
 しかし口から血を吹きながらも、彼の燃えるような語気は全く衰えない。

「……ヒグマ帝国? なんだそれは。まずお前たちが何をやっているのか説明しろ!
 あの研究者に説明されたことなら、聞けば思い出すかもしれん」
「ああ……、説明し直さなきゃならないわね。少なくとも、有冨さんから説明はされてない事柄よ」

 そんな彼の問い掛けに応じたのは、扶桑の負う巨大な艤装に跨っている黒髪の少女だった。
 穴持たず696という番号を持つ彼女は、戦刃むくろという少女を模って製作されたHIGUMAである。

 彼女は、駆紋戒斗の目覚める前に語った事項を今一度復唱した。


 STUDYが製作したHIGUMA・穴持たずが反乱を起こし、結果研究者たちはほぼ全員死亡し、主催者組織は潰滅した。
 そして穴持たずたちは自分たちの仲間を爆発的に増殖させ、地下の研究施設を乗っ取り『ヒグマ帝国』を名乗っているのだと。

 曰く、彼等はヒグマを全生物に対する優越種だと考えており、この実験を通じて最終的にはヒグマ以外の全生物を支配するつもりであるらしい。

 しかしその中でも穴持たず696や扶桑は、『ヒグマ帝国』の中で製作された者ではあれど、彼らとは敵対する派閥の者として、ヒグマ帝国に共に対抗してくれる者たちを勧誘しているという。
 扶桑たちは、参加者の首輪を外したり、ヒグマ帝国にはない『ヒグマを人間にする技術』などをその報酬としているのだった。


80 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:43:44 7PjcQ8gc0

「元人間だったあるヒグマの一人は、こんな言葉を残してもいます。
 『人間はヒグマに勝てない。ならばどうするか。なってしまえばいい、ヒグマに』。と」
「フンッ……そうか。それならば、早く案内しろ。行くぞ」

 戒斗は穴持たず696の説明を聞くや、彼は早くも自分の乗る木彫りの舟のオールへと這い寄っていく。
 本当に理解したのか分からない程の高速の納得は、語った穴持たず696本人すら面食らうものだった。

「えっ……、そうすぐに無理をするのはよした方がいいのでは。見たところ骨まで痛めている……」
「なめ……るな……!!」

 目を丸くする扶桑の言葉に反駁し、彼は力を振り絞って舟の中に姿勢を正した。
 そして彼が見つめ直すのは、自分の隣に先程からずっと同船していた一頭のヒグマと、その肩に乗っている小さな黄色い生物である。


「……それで、お前も一体何者だ」
『あ、ああ……、ええと、俺はこのフェルナンデスを守ろうと思っている、ヒグマだ』
「彼はね……、『穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ』。そして、こっちのポケモンが、デデンネという種族のフェルナンデス。
 フェルナンデスは参加者なんだけれど、意気投合して、彼はこの子を守ろうとしているというわけ」
「フンッ……そうか。わかった。ならば行くぞ」

 デデンネと仲良くなったヒグマの唸りは、穴持たず696によって訳されて駆紋戒斗に伝えられた。
 そして戒斗はあいかわらず、本当に理解したのか分からない程の高速で納得し、隣の水面に立つ扶桑を顎で促し始める。
 困惑を未だ解ききれないヒグマや、その肩で唐突な事態の連続に震えっぱなしのデデンネなどは、既に彼の視界にはなかった。

 穴持たず696はとんとん拍子に話の進む彼の態度に半ば呆れながらも、間もなく南中しようかと空に昇る太陽を振り仰ぐ。
 日差しのせいか蒸し蒸しと暑くなってきた気温に、彼女は制服の胸元と裾をつまんで風を通した。
 自分の跨る扶桑を促して、浅く冠水した廃墟の街並みを北西の方角に進んでゆこうとする。


「ええ……まあ、そうですね。行きましょうか。そろそろ第二回放送も流れますし。
 向こうの製材工場は人けが少ないので、そこから地下に降りましょう」
「そうだ……。早く行け。でかい口を利くだけの強さを早く見せてみろ」
「その必要はありませんね! 何故ならば彼女たちは、あなたに対して多大なる隠し事や偽り事をしているからです!」


 しかし、そうして行軍を始めようとした彼らのもとに、遠くから一際朗々とした大きな声が届いていた。
 振り向く彼らが見たのは、廃墟の中をこちらへ進んでくる、実に4頭ものヒグマの姿。
 その中でも先頭に立っているヒグマは、水面の上を浮かぶようにして、駆紋戒斗へ前脚を広げながら微笑みかけていた。

 駆紋戒斗はそのヒグマの言葉で、隣の穴持たず696をきつく睨みつける。


「……オイ、どういうことだ……?」
「……ラマッタクペ……。厄介な奴に……」


 超高校級の軍人の姿を模した少女は、糸目に笑みを張り付けて近づいてくるそのヒグマへ向け、口中で強く歯を噛み締めていた。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


81 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:44:36 7PjcQ8gc0

 戦刃むくろ。
 穴持たず696が模っているのは、超高校級の軍人とされたその少女の肉体である。
 彼女は、自分たちにむけて近寄ってくるヒグマの集団の戦力と目的を即座に分析しようとした。


 まず、こちらに真っ先に声をかけてきたヒグマ、穴持たず44『ラマッタクペ』。
 アイヌ語で『魂を呼ぶ者』と自称している彼は、死者や周辺の生物の魂を認識する能力を有しているらしかった。
 穴持たず696が江ノ島盾子より受け取ったデータでは、有冨春樹は彼の能力を、首輪による死者のカウントを補助する目的で使う予定だったらしい。
 しかし彼は、便宜上『キムンカムイ教』と呼ばれる怪しげなヒグマ内の宗教組織に属しているらしく、実験前のSTUDYによる能力検査でも、どうやら全力を出していなかった節がある。
 そもそも本当に、彼の能力は魂という不確かな存在を読む能力なのか定かではない。
 学園都市の超能力者の判定をベースにしたSTUDYの検査ではその実力を測り切れていない可能性は非常に高く、その上今までのデータ上、彼自身は表立った行動をほとんどしておらず、さっぱりその思惑がうかがえない。

 穴持たず696は直感的に、このヒグマが危険な相手であると認識していた。


 そしてラマッタクペの背後にいるのは、穴持たず45『メルセレラ』。
 『煌めく風』という洒落た名前を自称する自信家の雌ヒグマであるが、データ上、彼女の能力は、身の回りの空気を数度温めることができるというだけの、実につまらないものである。
 噂によれば、職員の弁当を温め直したり、ヒグマ同士の親睦会で前座を務めたりしたらしいが、眉唾だ。
 ラマッタクペと同じく『キムンカムイ教徒』の一員であるらしいが、有冨春樹は取り立てて彼女に評価らしい評価をしてはいない。

 穴持たず696の経験上でも、自分の力を驕る者は決まって大した実力を持ってはいない。彼女のことは頭から外しておいてもさほど問題はないだろう。


 問題は、そのメルセレラの隣で膝丈の水をざぶざぶと歩いて渡ってくるもう一頭の雌ヒグマと、更に彼女から間隔を開けて、気配を消すようにしてにじり寄ってくる浅黒い雄ヒグマだった。

 開ききった瞳孔をぼんやりとした笑みに据えてやって来る紫色の毒々しい毛並みをした雌ヒグマは、穴持たず57として登録されている者だ。
 彼女はトリカブトのような猛毒のアルカロイドを全身から分泌しており、大抵の生物は彼女に数秒も触れてしまえば中毒を起こして死んでしまう。
 そのため50番台のヒグマの中では彼女は特にSTUDYの中で危険視をされていた。

 対処するには、遠距離からの行動が欠かせない。もし何かをしてくるようなら、扶桑に当たってもらわねば――。
 そう考えて、穴持たず696は最後の一頭のヒグマを見やる。


 ほっそりとした体躯に、爛々とした白い眼を持つそのヒグマは、穴持たず13『ヒグマン子爵』と呼ばれている。
 強靭な脚力とその体躯によって、空気を蹴って空を駆けるかのように見えるほどの機動力を持ち、その上で爪による攻撃力も毛皮による防御力も失っていないという、こと肉弾戦においては数多くのヒグマの中でもかなり高い戦闘力を有した者である。
 しかも今の彼は、両手に一本ずつ、よく研ぎ澄まされた日本刀を所持していた。
 武器を用いた戦闘の記録はデータに残っていないが、彼の立ち振る舞いからして、それらを使いこなせていないとは思えない。

 唸り声一つ立てず、ラマッタクペら3頭の背後から静かに近づいてくるその姿は、穴持たず696をして得体の知れぬ恐怖を感じさせるに十分だった。


 ――なにより、ラマッタクペたちの動向はモノクマですらほとんど捉えていない。一体、何が目的だ……?

 唯一、ヒグマン子爵の夜間の動向は伝え聞いているが、ラマッタクペたち3頭のいたI−5エリア周辺では、なぜか潜伏させたモノクマロボットが次々に謎の攻撃により破壊され、ほとんどその様子を探ることができなかった。

 穴持たず696は、その現象をラマッタクペが引き起こしたものだと考えている。
 現に彼は、水面上に浮遊するなどという謎の現象を起こしているではないか。
 正体の不透明な能力、真意の不透明な笑顔、目的の不透明な声掛けで近寄ってきたそのヒグマは、最大限の警戒をしてしかるべき相手であった。


82 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:45:13 7PjcQ8gc0

「アハハ、そんなに警戒しないで下さい。僕はあなた方のどなたにも、危害を加えるつもりはありませんよ?」
『……ラマッタクペじゃあないか。どういうことだ? お前もヒグマ帝国について何か知っているのか?』
「ええ、ええ、知っていますとも。ヒグマコタンでお亡くなりになった何百頭ものキムンカムイたちから、色々なことを聞いておりますから」
『ああ……、なるほど。確かにそういう能力だったなお前は』


 笑いかけるラマッタクペたちと、穴持たず696たちのボートとは、既に十数メートルほどしか離れてはいなかった。
 ラマッタクペとは顔見知りであるデデンネと仲良くなったヒグマが、彼に向けて問いかけている。
 ラマッタクペはその位置で水面上の空中に停止し、彼と穴持たず696を交互に睨んでいる駆紋戒斗に向けて微笑みかけた。


「まずですねぇ……、あなたはこんな何の根拠もない話をする見知らぬ人物をそう易々と信用してはいけません。
 口では甘いことを言っていても、実際のところ何をたくらんでいるのか分かったものではないのですから」
「……それはあなたも同じでしょう! 危害を加えないと言って……、何が目的なの、あなた!」
「アハハ、簡単なことです。僕は、あなた方に道を説こうと思っているだけですよ。早い話が布教です」
「布教……」

 穴持たず696の鋭い詰問に、ラマッタクペは相好を崩したままそう答える。
 真意を測りかねる穴持たず696を置いて、間断を挟まずに彼は駆紋戒斗に向けて再び呼びかけた。
 『こっちのみずは甘いぞ』とでも言うように手招きをしながら。


「力が欲しいのですよね、あなたは。ならば、その力はこのような他者に求めてはいけませんよ?」
「……確かに、弱い者ほど人目を偽る。この女どもが隠し事を弱みとして持っているのなら、こいつらは力を持つ強者ではないということになるな」

 ラマッタクペの言葉に、戒斗はより一層きつい眼差しで扶桑と穴持たず696を睨みつけていた。
 穴持たず696の首筋に、うっすらと冷や汗が浮く。
 彼女の思考は、波立つ浅い水面のようにぐるぐると渦を巻いた。

 この問答の様子は、駆紋戒斗のみならず、デデンネと、穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリに見られている。
 ここで扶桑と共に穴持たず696がラマッタクペらを攻撃することは簡単だ。
 しかし、彼らのうちメルセレラと穴持たず57は大したことはないとはいえ、ラマッタクペの底は知れず、ヒグマン子爵は扶桑にも互角の勝負をする可能性がある。
 その上、まかり間違って駆紋戒斗らの気がラマッタクペに靡いてしまったならば、それは折角勧誘した貴重な人材を逸することを意味する。

 その事態を避けるためには、ここで弁舌を揮おうとしているらしいラマッタクペを論破する必要があった。


「……言ってみろヒグマ。この女どもは一体何を隠しているというのだ」
「実のところ、あなたに対しての餌として提示された『ヒグマの力』は、彼女たちに属するものではありません。
 もともと主催のSTUDYコーポレーションの技術ですので、その施設をそのまま引き継いだヒグマ帝国の方が行使には長けているでしょう。
 また、『ヒグマの人間化』なんて技術はまだ机上の空論にもなっていません。実験素材集めの段階ですよ。これは『確かな筋』からの情報ですけれどね」

 ラマッタクペは、駆紋戒斗とデデンネと仲良くなったヒグマに向けて、滔々とそう嘯いた。
 彼はモノクマが殺害した2頭の『穴持たずカーペンターズ』の魂から情報を得ているのだ。


83 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:45:57 7PjcQ8gc0

「……いいえ。そんなことはないわ!」

 対して、穴持たず696はそのショートカットの黒髪を振り立たせて即座に反論を展開する。

「私たちは、ヒグマ帝国の更に地下に専用の実験施設を設けて研究を進めているわ。
 だから、ヒグマ帝国より、技術も設備も数段上を行っている。『ヒグマの人間化』ももうすぐ実行に移せる。ほら、よく見て。私はどう見ても人間の姿でしょう!?」
「……なるほど。確かに人間にしか見えんな。ヒグマの圧倒的な力を有しているようには思えん」


 しかし、必死の彼女の言葉に返ってきたのは、駆紋戒斗の冷え切った返答だった。
 彼の発言に乗っかるようにして、ラマッタクペは笑みを深める。

「ねぇ、そうでしょう? 二足歩行して人語を話しているキムンカムイである僕たちの方がそれらしいですよね?」
『ぬ……、ぬう……。確かに、ラマッタクペの言うことももっとも、か……?』
「あなたまで! ……いい? このヒグマたちを信用してはダメ。彼らは今までの発言に何の証拠も提示してはいない!」
「それはあなただって同じでしょう? いくらでも口から出まかせを言い出せる」

 首を捻る穴持たず34だった気がするヒグマカッコカリに、穴持たず696が焦って呼びかけるも、すぐさまその言葉はラマッタクペに塗りつぶされる。
 彼はデデンネと仲良くなったヒグマに微笑みかけて、あまつさえウィンクすらしてみせた。


「ね? どうです? 顔見知りのキムンカムイの言葉と、ポッと出のよくわからないアイヌの言葉、どちらが信じられますか?」
「あのヒグマを信じてはいけないわ! 研究所でも底を見せないでのらりくらりと立ち回ってきたヒグマなんでしょう!?」


 戦刃むくろを模した体で、穴持たず696は必死に叫んだ。
 汗に湿る制服を振り向けて見やるラマッタクペの後ろでは、なおも3頭のヒグマが眠ったように沈黙を守っている。
 さっぱり目的がわからない。
 まさか本当に布教――、つまりは自分の仲間を増やそうとしているのだろうか。
 穴持たず57とヒグマン子爵は、そうして『キムンカムイ教』に転向した者で、教祖の説法を黙って見守っているだけなのか。

 ならば本格的にこの舌戦は、この3名の戦力の勧誘合戦である。
 もっと魅力的な情報を提示して、彼らをこちらに引き寄せなければならない。
 そう考えて、穴持たず696は自分の跨る扶桑の肩を叩いた。

 彼女はハッとして、頭を捻っているヒグマと駆紋戒斗の方に向き直る。


「あ、あの……、私は江ノ島さんとむくろさんの勢力に属している、ヒグマ提督によって作られたんです。この力強い主砲なんかも、私たちの技術ですから……」
「わかりやすい嘘をどうも。あなた方の工廠は、現在ヒグマコタンに所属している数少ない研究員の生き残りの、布束砥信特任部長が設計したものです。
 また、そこで作られたあなた方の存在は、ゲームの情報を丸写ししてきたものですので、全く以てその『エノシマさん』とかいう方の手柄ではありません」
「う゛っ……」
「僕らはヒグマコタンにいるルクンネユク(灰色熊)さんとも知り合いですし、話をつけてあげられないこともないですよ〜?」


 即座にラマッタクペに咎められ、扶桑は絶句してしまった。
 一体ラマッタクペは、どこまで情報を認知しているのか。
 その糸目の奥は全く窺い知れない。

「だ、ダメよ……! 実際のところ、ずっと外にいたこいつらはヒグマ帝国とも私達とも、なんのコネクションもないんだから……!」
「鳴き声だけが小煩い弱者の話など聞くか! もういい。
 勝つか負けるかで話を決めた方が良いんじゃあないか? 強い奴ならば、それで証明される」

 穴持たず696の訴えに、駆紋戒斗がしびれを切らしたように叫んでいた。


「アハァ。それも一理ありますかねぇ〜? いかが致しますかアイヌさん?
 この人畜無害な僕に戦いを挑んで、無駄に時間と信用を消耗なさいます?」


 ラマッタクペの白々しい笑顔を受けて、扶桑と穴持たず696は、今や滝のような汗をかいていた。
 心理的に追い詰められているのもさながら、緊張のせいか異様に暑い。
 じりじりと照り付ける太陽は、その時、その高度で正午を知らせていた。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


84 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:46:19 7PjcQ8gc0

『ピーンポーンパーンポーン♪ 参加者の皆様方こんにちは。定時放送の時間が参りました』
「ああ、まあ少しこの無駄話は置いておいて、貴重な情報ですから皆さんしっかり放送を聞いておきましょうか」

 ちょうどその時、あたり一帯に第二回の放送が響き渡っていた。
 ラマッタクペは、扶桑や戒斗らの声を抑えて、涼しい顔で南の街の方へ顔をやる。

『只今の脱落者は〜……』

 次々と呼ばれてゆく参加者には、つい先ほど首輪の外されたデデンネや駆紋戒斗の名前もあった。


 ――あの子と、シロクマさんは上手いことやったみたいね。


 穴持たず696は、その放送でそんなことを思う。


 ――この調子だと全く信用ならんな。


 駆紋戒斗は、その放送でそんなことを思う。

 そもそもが、戒斗たち参加者は自分たち人間の人数も、外に出てきているヒグマの総数も性質も知らされてはいない。
 それではこの6時間ごとに喚き散らされる名前の羅列にどれ程の信憑性があるというのだ。
 それこそ、うるさいだけの時間の無駄。

 黒髪の女たちや、この饒舌なヒグマたちの言っていることもそうだ。
 実際のモノや力を見てみなければ、確かなことは何もわからない。
 このヒグマが言ったように、何の根拠もない話をする見知らぬ人物をそう易々と信用してはいけない――。


 その時、駆紋戒斗はふと自分が見つめる糸目のヒグマに違和感を覚えた。

「ちょっと待て――……」

 彼の呟きに、耳ざとくラマッタクペは顔を振り向ける。
 能面のような笑顔だった。
 こめかみから汗が零れ落ちる。

 暑い。

 戒斗は震えながら、その言葉を口に出した。


「今……、さっきまでの会話を、『無駄話』と言ったな……?」


 島内放送の大音声は、その呟きをほとんど掻き消すかのようだった。
 ラマッタクペが笑みを深めるのと、放送が終了するのとはほとんど同時だった。


「はい♪ ぜ〜んぶただの無駄話ですよ。あなたたちが逃げる時間を潰すためのね」
『ピーンポーンパーンポーン♪』


85 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:46:38 7PjcQ8gc0

 チャイムの音が終わった時、駆紋戒斗は自分の胸が火のように熱くなっていることに気付く。

「……ぐぷっ――」

 口の中に鉄の味が上って来て、知らず知らずのうちに彼はボートの中に大量の赤い液体を吐き出していた。
 そして耳元に哄笑が響く。
 それは僅か数十分前に、嫌というほど聞いてしまっていた、ある強者の声であった。


「――グハハハハハ!! よぉ、また会ったなぁ、梨男!!」
「き……さ、ま……ッ!!」
「アハッ、アハハハハッ!! イーハハハハハハハッ!!」


 駆紋戒斗の胸板にサーベルを突き刺して高らかに笑う男――。それは、仮面ライダー王羆こと、浅倉威と呼ばれている男であった。
 辺りには彼とラマッタクペの笑い声が響く。
 特にラマッタクペは、今まで溜めてきたものを全て吐き出すかのように、空中で笑い転げている。


「だぁから言ったじゃないですかぁ!! 『こんな何の根拠もない話をする見知らぬ人物をそう易々と信用してはいけません』って!
 実際のところ何をたくらんでいるのか分かったものではないのですよ! この僕みたいにねぇ!!」
「ひぃ――っ」


 誰も気付かぬ間に襲撃してきた突然の人物に、デデンネと仲良くなったヒグマ、および扶桑は混乱と狼狽にたたらを踏んだ。
 特にボートに乗っていたヒグマの方は勢い余って船べりから転落し、サーベルに吊られる戒斗を残して水面に飛沫を上げる。
 その中で唯一、超高校級の軍人の精神を持った一頭の穴持たずだけが、高速で現状を理解した。


 ――ラマッタクペは、浅倉威がこの近辺に潜伏していることを初めから知っていて、私達を足止めしたのだ。


 自分たちの視線を、流暢な弁舌で浅倉威とは反対の方向に固定し、彼の姿を目視させなかった。
 それでもなぜ、自分たちは誰一人としてその彼の襲撃に気付かなかったろうか?
 扶桑も私も、ヒグマとして作られた者であり、穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリはなおのこと歴としたヒグマだ。
 襲い掛かる浅倉威の臭いや音も当然あったはずだ。

 ――だからこそ、ラマッタクペは放送まで議論を引き延ばして足止めした。

 初めから、彼は駆紋戒斗ら3名がどんな反応をしようがどうでも良かったのだ。
 今までの話はラマッタクペ自身の言う通り、ただ浅倉威が放送の騒音に乗じて、近くの者に襲い掛かれるタイミングを作るための弁舌だったに違いない。
 ホラ話に頷く私たちはさぞかし滑稽に見えたことだろう。


 ――だが、なおそれでも、なぜ自分たちは彼の臭いに気付かず、そして浅倉威は自分たちに気付いた……!?


 穴持たず696の首筋から、脇の下にかけて大粒の汗が流れる。

 ――暑い。

 そこでようやく、彼女は気づいた。


「――メルセレラ!?」
「それと、僕は危害を加えるつもりはないと言いましたが――、それはあくまで『僕』の話ですので!」


 戦刃むくろの顔が驚愕に歪むと同時に、ラマッタクペが哄笑の中で叫んだ。
 その視線と叫びに反応するように、今までラマッタクペの後ろで瞑目を続けていたヒグマが眼を開く。


「――飽、き、た」


 そのヒグマ、穴持たず45メルセレラの鋭い視線と、穴持たず696の視線が交錯した。
 瞬間、彼女は自分の胸元に、チリッ、と、ほんのわずかな熱感を覚える。

「グッ――!?」

 その反応は、戦刃むくろとして幾多の戦場を潜り抜けてきたが故の、ほとんど第六感と言っていいような反射だった。
 彼女は、扶桑の背に跨っていた自分の体を、利き腕側――右前方に身を守るようにして屈みこませていた。


 直後、熱感からコンマ数秒も開けずに、先程まで彼女の肺があったはずの空間が爆発した。


「――ぎ、ぐぅっ……!?」
「あぁ、綺麗に当たんなかったわ。でもま、この程度か」


86 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:47:01 7PjcQ8gc0

 戦刃むくろの、反応に取り残された左の上腕が、ほとんど吹き飛んでいた。
 解放骨折して僅かな筋肉でしか繋がっていないその爆傷は、肉が焼け焦げてしまっていてほとんど血も出ない。
 ほんの一瞬で、微小な空間の空気が優に数万度にまで熱せられて爆発的な膨張を起こしたのだろう。

 無聊に半眼となるメルセレラの視線に目を合わせるも、穴持たず696にはもう彼女の喋り声はほとんど聞こえていなかった。
 小規模とはいえ直近で強烈な爆風を受けたことにより、戦刃むくろは激しい耳鳴りに苛まれ、感音難聴を呈していたのである。
 またそれは、その真下にいた扶桑にとっても同様であった。


「きゃぁぁっ! やだ、砲撃!? どこから!?」
「あー、つまんない。第4勢力の刺客が参加者と話してるらしいと期待してみれば、ものの見事にラマッタクペに引っかかってこれだものねぇ。肩慣らしにもならないわ」


 メルセレラの呆れた視線の先で、扶桑は巫女のような服を宙に遊ばせて、予兆の無い突然の爆発に我を失って狼狽するのみである。


 ――先程から感じていたこの異様な暑さは、日差しのせいではなく、メルセレラの能力だった。


 穴持たず696は耳鳴りの激痛が響く脳内で、必死にその結論を導き出した。
 自分たちの周りの気温のみを上げることで気圧を高め、強制的にここを『風上』にする。
 そしてそれ以外の全方位を『風下』に作り変えることで、浅倉威に自分たちの臭いを流し、また同時に自分たちから浅倉威の臭跡を遮断した。

 最初から計算され尽くしていた作戦であった。


 ――彼女の能力が、こんなにも強いなんて、情報にはなかった。
 ――一体、何がメルセレラをしてここまでの強者に成し得たのか。


 その答えを呈示するように、ラマッタクペが哄笑を止めてその場で高々と諸手を振りあげていた。


「あなた方はみなカムイなのです! 自らの内なるカムイを知ることで我々はこの強大なヌプル(霊力)を手に入れました!
 あなた方が信じるべきは、顔見知りでもポッと出のアイヌでもない! 他でもない自分自身だったのですよ!」
「ハッハッハ、面白い場面ばっか作るもんだな。見世物にゃあ良いなァお前ら」

 その悦に入った口舌に笑って応じるのは、襲撃者である浅倉威ただ一人だった。


 心臓を貫く彼のベアサーベルを押さえながら、駆紋戒斗は薄れゆく意識の中で考える。

 ――俺の敵は、強者を背中から撃つような奴だ。

 だが、今、俺を背中から貫いたこの男は、果たして俺が敵として見られる相手だっただろうか。
 俺は、ついさっきの戦いでも、この男にあしらわれるだけだった。
 奪い取り、踏みにじる。それが本当の勝利。
 それならば、この行為はこの男にとって、ただ弱者を狩り獲った行為にすぎないのではないか。
 襲撃に気付かない間抜けな獲物を一撃で歯牙にもかけず仕留める。
 弱い奴が消え、強い奴が生き残る。それは当然のルールだ。

「そこの茶髪のアイヌさん! 来世ではカヌプ・イレ(己の名を知ること)から始めることですね!
 キムンカムイが強者であることを認められる感覚は正しいものですが、それでもあなたは、他者に流されず自分を信じるべきでした! カントモシリに帰ってもお元気で!」

 ヒグマがそう言って笑っていた。
 その言葉を聞いて、俺の顔にもひとりでに笑みが浮かんでしまった。
 自嘲だ。


「――ああ、自分で言っていた、こと、だ……」


 『いつだって最後に頼れるのはお前自身の強さだ』と、俺はずっと人に言い聞かせていたはずだ。

 見知らぬ他人を頼り、なおかつその力を『奪う』のではなく『恵んでもらう』――。
 そう行動してしまった時点で、俺は、弱者になっていたのだなぁ……。

 次は、トランプマジックでも、極めてみるか――?


 そう思考して、仮面ライダーバロンの名を冠していたその青年は静かに末期の息を吐いた。


【駆紋戒斗@仮面ライダー鎧武 死亡】


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


87 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:47:17 7PjcQ8gc0

『さ、さっきのヒグマ人間……! フェ、フェルナンデスはやらせんぞぉ!!』

 駆紋戒斗が息を引き取って浅倉威への抵抗をやめた頃、その脇の水面でようやくデデンネと仲良くなったヒグマが起き上がった。
 瞬間、満面の笑みを浮かべるラマッタクペの背後から、黒い影が飛び出してくる。


「……ギィ――ル」
「ヒグマン子爵――!!」


 穴持たず696が辛うじて目で追うその高速の生物は、今までずっと息を殺していた穴持たず13・ヒグマン子爵であった。
 二本の刀を口にくわえている彼は、浅倉威の襲撃に乗じてメルセレラと共に攻撃に転じるつもりなのかも知れない。
 穴持たず696は耳鳴りを抑えつつ、股下の扶桑を叩いて、飛び掛かってくるヒグマン子爵へと注意を振り向けさせた。


「敵襲――ッ!!」
「はっ、ひゃいぃ!!」


 扶桑は自らも激しい頭痛に襲われながら、目前に迫るヒグマン子爵に照準を定めようとする。
 しかし、ヒグマン子爵は彼女の手前の水面に着水するや、ほとんど真横に向けて勢い良くステップを切っていた。
 その跳躍が向かう先は、駆紋戒斗を殺害した浅倉威――ではない。


『退け! 「まだいる」ぞッ!!』
『なっ――! ヒグマン!?』


 その男の目前を掠めて、ヒグマン子爵は両前脚でデデンネと仲良くなったヒグマを勢いよく連れ去っていた。
 まさにその男へ攻めかかろうとしていた彼は勿論、ヒグマン子爵を狙い撃とうとしていた扶桑も、その謎の行動の意味を図りかねた。

 その中で、穴持たず696が再び扶桑の肩を叩く。


「いいから撃ちなさい!! もうここの全員、敵よ!! 斉射ッ!!」
「は、はい!! しゅ、主砲の火力だけは、自慢なんだから――ッ!!」


 そして扶桑は、自分の誇りである6基12門の大口径連装砲を、この場の敵全てに向けて撃ち放っていた。
 第一、第二砲塔は、跳び去ってゆくヒグマン子爵と、デデンネと仲良くなったヒグマに向けて。
 第三、第四砲塔は、舟の上で駆紋戒斗の死体を吊るす浅倉威に向けて。
 第五、第六砲塔は、向こうのラマッタクペ、メルセレラ、穴持たず57に向けて。
 そうして激しい爆音と共に射出されたその大火砲の衝撃は、遺憾なくその威力を発揮した。


「――ぐぉ、ばッ……!?」


 それは彼女の背に跨っていた、戦刃むくろの体に――。で、あったが。

「へっ――、なっ、むくろさん!?」

 自分の背から紙屑のように吹き飛び彼方の水面に叩き付けられる穴持たず696の姿へ振り向いて、扶桑は理解不能の事態に瞠目する。


 戦艦扶桑が欠陥品と呼ばれた主因は、むしろ彼女が誇りとしていた主砲それ自体にあった。

 竣工当時、世界の最重武装艦であった彼女は、ドイツのケーニヒ級戦艦のように砲塔がボイラー室を挟む配置で作り出されている。
 その配置に6基12門もの砲塔を並べてしまったため、彼女の砲塔の間は、第一煙突、ボイラー、第二煙突、艦橋などの重要部位が軒並み挟み込まれることとなっていた。

 ――これが、彼女の重大な欠陥なのである。

 彼女がその自慢の砲塔を用いて側面への一斉射撃を行なってしまうと、この不適切な大口径砲の配置により、その爆風と衝撃は艦橋を傷つけ、甲板の乗組員を容易く吹き飛ばしてしまう程であった。
 この主砲によって引き起こされた障害はこの一点に留まらないのではあるが。

 艦娘となっても残っていた自分の最大の汚点に扶桑は愕然と絶望する。
 そしてともすれば、これから更に彼女の汚点は、次々と明るみに出てくるのかもしれなかった。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


88 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:47:32 7PjcQ8gc0

 ヒグマン子爵は、扶桑の主砲のうちその2基が自分に向けられた時、口に咥えた刀の一本をその手で掴んでいた。
 そして、デデンネと仲良くなったヒグマを抱えながら半身を振り向け、その連装砲が火を噴くと同時に、彼は居合抜きのように虚空へ抜刀を繰り出していた。

 『羆殺し』。
 高橋幸児によって命名されたその刀が、超音速で進んでいた扶桑の4発の砲弾を、中空で『べろり』と、跡形もなく飲み込んでいた。


『邪魔をするな――、豆鉄砲が』


 そうして振り抜いた日本刀を抜身で持ち、片手にはデデンネと仲良くなったヒグマを抱えたまま、ヒグマン子爵はそのまま水面を蹴ってその場から跳び去っていった。


 対して、同様に砲火を向けられた時、ラマッタクペは依然として胡散臭い糸目で微笑んでいたし、メルセレラはつまらなそうな表情で空を見上げていたし、穴持たず57はあいまいな表情で佇んでいるだけであった。
 そんな彼らに向けて飛んだ4発の砲弾は、今度は『何か』に着弾したのか、しっかりと爆発して煙を巻き上げる。
 しかし、その煙が晴れても、彼らは先程と全く変わった様子もなく佇んでいるだけであった。


『――汚い風ね』


 ただメルセレラが、忌々しそうにそう吐き捨てるのみである。

 彼女は砲弾の進路途中の空気を強熱し、彼女たちの遥か手前で弾丸を爆破していたのであった。
 弾薬の破片や衝撃波を高圧の風で受け流せば、たかが艦砲のミニチュア如きで彼女たちが傷を負うことはあり得ない。

『期待外れもいいところよ』

 メルセレラはそう言って項垂れた。


 最後に、浅倉威に向けて放たれた砲弾であるが――。
 これはなんとか、全弾が人間の肉体に命中し、それを爆発四散させることに成功していた。
 しかし依然としてボートの上には、ヒグマのような毛を生やした浅倉威が笑っている。


「クハハハハッ!! ちと喰うには焼き過ぎたなァ! 見た目の割に不便なコンロだな、女!!」


 震えて立ち尽くす扶桑のもとに、爆散した人間の顔が転がってくる。
 ぼちゃん。
 重い音を立てて浅い水に飛沫を立てたそれは、扶桑が先程触れたばかりの、浅倉戒斗の首だ。

 浅倉威は、ベアサーベルから駆紋戒斗の死体を投げ飛ばして、砲撃に対する盾にしていたのであった。


「い、いやあああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「――俺の獲物を吹き飛ばしてくれた分、お前らの肉を喰わせてもらおうかぁ!!」


 そして、扶桑が驚愕の叫びを上げる視線の向こうにいた浅倉威は、一人ではなかった。
 いつの間に増えたのかやってきたのか、そこにいるのは、全く同じ姿をした3人の浅倉威。
 異常事態の連続に思考停止してしまった扶桑に向けて、彼らは容赦なく襲い掛かってゆく。
 竣工当時は戦艦最速だった23ノットという扶桑の最大速力は、今やヒグマにも劣る鈍足である。
 これも、積み過ぎた砲塔のせいでボイラーのスペースを十分に取れなかったが故のものだ。

 甲板型の盾と、その巨大な艤装によって防御を試みるも、近接戦闘の技術も武装もない彼女は見る間に切り立てられてその衣装を赤く染め上げていった。

「ひぃっ!? ひぃやぁああ!! 沈んじゃう! 嫌ぁ! いやぁああ!!」
「グハハハハハッッッ!!! 本当に最高だな! ヒグマってのは!」


89 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:47:49 7PjcQ8gc0

 ラマッタクペは、そんな敵方の様子をにこにことしながら見やり、扶桑を攻めたてる浅倉へ声をかけていた。

「キムンカムイへの賛辞をありがとうございます! それでは我々はそろそろお暇致しますね!」
「おい、折角の祭りなんだから混ざれよォ!! 俺たちの獲物になぁッ!!」

 扶桑を斬りつけていた浅倉のうち一人が、その声にサーベルを振りあげて向かってくる。
 ラマッタクペは微笑んだまま、隣のメルセレラに振り向く。


「ほらメルちゃん。いい遊び相手じゃないですか?」
「……ケレプノエ。もう面倒だから、あなたが遊んでやって。あと略すな」
「はいー、わかりましたぁ」


 メルセレラは更に隣の穴持たず57の肩を叩き、前に進みださせる。
 浅い水面をてくてくと歩く彼女に向けて、浅倉威は水飛沫を立てて走り寄っていた。


「グハハハハ……は、がっ……?」


 しかし彼の歩みは、穴持たず57・ケレプノエの5メートルほど手前でもつれる。
 のぼせたように千鳥足を踏んで水面に倒れた彼は、そこの海水を飲み込んでしまい更に悶えた。

「あぎっ……ある……っ、ぷめっ……!?」
「……どうなさいましたかー? 大丈夫ですか?」

 口から泡を吹き涎を垂れ流し、浅倉威の一人は真っ青な顔になり水面でもがき苦しんだ。
 その彼に、ケレプノエは心配そうにそっと触れる。


「へぎっ!」


 その瞬間、浅倉威は瞳孔を見開き、ぐねぐねと体を捻じって死んでしまった。
 ケレプノエは、動かなくなったその男をぼんやりと見た後、メルセレラに振り向いて問いかける。

「……この方はどうなさったのでしょうかー?」
「カントモシリ(天上界)に帰ったのよ。良いことしてあげたわね」
「そうでございましたかー」
「ええ、じゃあまぁ、そろそろ行きましょう。ここに居てもつまらないわ」
「そうですね。布教も潰し合いも出来ましたし、次に行きましょう!」

 粛々と立ち去ろうとする3頭のヒグマたちに、一連の顛末を見ていた残る浅倉の一人はニヤリと笑いかけた。


「ククククク……。見れば見るほど面白れぇなァ! 次は水のねぇところで喰ってやるぜぇ!!」
「そうですか! あなたが僕たちをイヨマンテしにいらっしゃる時を楽しみにしてますよ! それではお先に失礼いたします!!」
「じゃあね。このメルセレラ様を崇めなさいよ」
「さようならー」


 ラマッタクペは浅倉の笑顔にすがすがしい笑顔で返し、水面の上に浮かんだままメルセレラとケレプノエを引き連れてその場から立ち去っていった。


【浅倉威No.3@仮面ライダー龍騎 死亡】


【F−4 街の東端 日中】


【ラマッタクペ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『ラマッタクペ・ヌプル(魂を呼ぶ者の霊力)』
道具:無し
基本思考:??????????
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つける
1:次はどこに行きますか? 北のF−3にも南のF−5にも沢山アイヌがいますよ!
2:キムンカムイ(ヒグマ)を崇めさせる
3:各4勢力の潰し合いを煽る
4:お亡くなりになった方々もお元気で!
5:ヒグマンさんもどうぞご自由に自分を信じて行動なさってください!
[備考]
※生物の魂を認識し、干渉する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、魂の認識可能範囲は島全体に及んでいます。
※当初は研究所で、死者計上の補助をする予定でしたが、それが反乱で反故になったことに関してなんとも思っていません


90 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:48:09 7PjcQ8gc0

【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』
道具:無し
基本思考:このメルセレラ様を崇め奉りなさい!
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つけて自分を崇めさせる。
1:とにかく早いとこ自分と対等にヌプル(霊力)のぶつけ合いができる相手の所に行きたい
2:アタシをちゃんと崇める者には、恩寵くらいあげてもいいわよ?
3:でも態度のでかいエパタイ(馬鹿者)は、肺の中から爆発させてやってもいいのよ?
4:ヒグマンはヒグマンで勝手にすれば?
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。


【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』
道具:無し
基本思考:キムンカムイの皆様をお助けしたいのですー。
0:メルセレラ様のお手伝いをいたしますー。
1:ラマッタクペ様はカッコいいですー。
2:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
3:お手伝いすることは他にありますかー?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について、ほとんど自覚がありません。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


「オラッ! オラッ! どうしたぁ!! 反撃も出来ねぇのかよそんな装備おぶっときながらよぉ!!」
「いやぁ……! こんなのっ……!! 山城、やましろぉ……!!」

 ラマッタクペたち3頭が立ち去った頃、扶桑はもはやリンチと言っていいほどの絶望的な戦いの渦中にあった。
 彼女は水面に身を屈め、傷ついた体を亀のように丸めて、盾や艤装で頭部や体幹を守っているものの、それは浅倉の雨のような剣戟でどんどんとひしゃげ、へし折れ、傷ついていく。

 これも、彼女の出自に由来する欠陥の一つであった。
 主砲以外を疎かにし、装甲を簡略化した彼女と同世代の戦艦は、敵戦艦の砲撃を受けると即座に戦力を失う事が、彼女の就役直前のジュットランド沖海戦で判明していた。
 彼女は防御に徹することもままならないのである。

 だが流石に、立て続けに甲板を斬りつけていた浅倉威のベアサーベルも刃がこぼれ、ついには根元から折れてしまっていた。
 扶桑は一瞬安堵するも、事態はその程度では収まらなかった。
 彼女の体は水中から差し込まれた浅倉威の手で掴み上げられ、防御を固めていたその体勢を崩されてしまう。


「が、は――ッ!?」
「ククク、俺のサーベルまで折ってくれるとはよぉ、どうしてやろうかなぁ、お前」


 喉元を両腕で締められながら宙に持ち上げられた扶桑は、浅倉威を振りほどこうと必死にもがいた。
 しかしそこへ、ラマッタクペとの挨拶を終えたもう一人の浅倉威がしずしずとやってくる。


「切り刻んで装備をバラしてやろうじゃねぇか。何か使えるかも知れねぇ」
「おっ、そりゃいいな。お前のサーベルまだ切れるか?」
「ハッハッハ。鈍ってるかも知れねぇが、良いんだよ抉りゃあ」
「ひぃぃっ――!!」


 もう一人の浅倉が取り出したベアサーベルの輝きに、扶桑は息を詰めてもがく。
 絶望に囚われた彼女の目には、もはや何の救いも映らない。

「それなら――」

 だが、そこにふと静かに、少女の吐息が流れていた。


91 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:48:29 7PjcQ8gc0

「――よく切れる、安物ナイフはいかが?」


 刹那、飛電のように一陣の剣風が彼らの間に割り込んでいた。
 サーベルを差し出していた浅倉威の手首が、血しぶきを振って宙に舞う。

「ぐぉ――ッ!?」
「フーゥ――」

 そのまま数歩後ずさった浅倉へ、なおも笛のように細い吐息が肉薄する。
 黒髪の少女が縦横に揮うナイフの光芒は、かまいたちのように浅倉の皮膚に赤い線条を刻み、翻って今度は扶桑を吊し上げるもう一人の浅倉の腕に迫った。


「ちぃっ――!」
「どこ行ってたのかと思ったぜぇ!!」


 二人の浅倉が距離を取って構え直したその中央で水面に身構える少女は、戦刃むくろ――、他でもない、先程扶桑の砲撃の反動で吹き飛ばされた穴持たず696その人であった。

「む、むくろさん……!」
「……合図したら撃ちなさい。今度は反動の来過ぎない程度でね」

 海水の中に尻餅をついて震える扶桑に対し、彼女は眼だけを背後に振り向けて呟く。
 対する二人の浅倉は、一斉に酷薄な笑みを浮かべて、再び彼女のもとに迫った。


「「ハッハッハ、こいつはどうだぁ!?」」


 ――ストライクベント。
 ――スイングベント。


 一人の浅倉は切り落とされた右腕の切断面から回転怪獣ギロスの頭部を作り出し、もう一人は手に電気を帯びた鞭を取り出す。
 左右から迫る彼らの攻撃に、戦刃むくろは瞬間、木の葉のように宙を舞った。


「――疾ッ」


 向かって右側から突き出されたストライクベントを左の後ろ蹴りで撥ね上げ、同時に左から迫る鞭をナイフの一閃で断ち落とす。
 腰に溜めた捻りを一瞬で解放しながら反転した彼女は、右手のナイフを振り向き様に投擲し、そして千切れかけた左腕を躊躇なく振るっていた。

「――吩ッ!」
「ガッ!?」
「ウオッ!?」

 ナイフは腕を跳ねあげられた浅倉の大腿に過たず突き立ち、千切れ飛んだ戦刃むくろの左腕は、鞭を切られてつんのめったもう一人の顔面を強打していた。


「今よ!!」
「は、ハイッ!!」


 そのまま後方に宙返りして扶桑の背に降り立ち、戦刃むくろは彼女に向けて檄を飛ばしていた。
 扶桑は即座に二人の浅倉から全速後退しつつ、その砲塔のうち2基を、それぞれに向けて構えていく。


「――主砲、副砲、撃てえっ!」


 もがく二人の男に向けて放たれた砲弾は、水面に大きな水柱を上げて爆発する。
 水煙の収まったあと、その廃墟の街にはもう、先程の浅倉威たちは存在しなくなっていた。

 扶桑は艤装の壊れ服の破れた身に血をにじませながらも、その様子にほっと息をつく。


「よ、よかった……。助かった……」
「……安堵するには早い。早くこの区域から離脱して。またどこから何が襲ってくるかわかったものじゃないわ……」


 その時、即座に指示を飛ばしてくる穴持たず696の声が異様に荒いことに扶桑は気づく。
 首を背に振り向けてみれば、千切れた左腕の傷口を服で縛っている戦刃むくろの顔は紙のように青白く、その額には脂汗が浮いていた。


「む、むくろさん!? だ、大丈夫ですか!?」
「……おかげさまで全然だいじょばないわ。あなたの砲撃で飛ばされた時、衝撃で肝臓が破裂したみたい。素晴らしく痛くて泣きそうよ」
「ひっ……! も、申し訳ありません……!!」

 震えた声で恐縮しきる扶桑を、戦刃むくろは頭上から思い切りはたいた。
 青ざめた顔に息を上げながらも、彼女は扶桑を冷静に急き立てる。


「泣き言も謝罪も反省も後回し。早く転進なさい。歴戦の軍艦よりヒグマン子爵の方がよっぽど撤退が上手いなんて話にならないわ……」
「は、はいぃ……!」


 力尽きたように背にしなだれかかった穴持たず696を載せて、扶桑は目に涙を滲ませながら、浅い水面をひた走りに走った。 


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


92 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:49:03 7PjcQ8gc0
 
『おい! ヒグマン! 降ろしてくれ! 一体どうしたというんだ!?』
『さっきの男以外に、あと二人の人間が私たちに襲い掛かろうとしていた!!
 全部ラマッタクペが計算していた! あの場に居ては無事では済まなかったぞ!!』


 ヒグマン子爵がようやく止まったのは、海岸も近い深い森の中だった。
 ようやく地面に降ろされたデデンネと仲良くなったヒグマは、肩で息をするヒグマン子爵を怪訝な表情で見やる。

『……お前は、あいつと同行していたのではないのか? いや、それよりも、ラマッタクペたちは何を考えてそんなことを?』
『やつはこの島の、自分たち以外の全ての勢力を均等に弱体化させようと謀っている。メルセレラはまた別の事を考えているようだが……、あの様子では救いがたい』

 ヒグマン子爵は、ラマッタクペから伝え聞いた、この島で起こっている事態と各勢力の動向をかいつまんでデデンネと仲良くなったヒグマに教えた。


『……ラマッタクペが言っているのは基本的に本当のことだろう。だが、やつが真実を語っている時ほど信用のならないものはない。根が狂っているからな』
『同じ培養液から生まれた同胞でも、躊躇なく殺しに来る……。やはりそれも、生き抜くためには必要なことなのだろうな……』


 デデンネと仲良くなったヒグマは、午前中の自分の行動を振り返って項垂れる。

 フェルナンデスと名付けたこの小さな友と出会い、彼の心は生まれて初めて花開いたかのようだった。
 それでも、夜間に出会った外来のヒグマを、フェルナンデスと共に生き残るために殺害し、そして奇妙な渦を巻く文様を持った怪物との戦いでフェルナンデスを恐怖に陥れてしまった。
 その後も、フェルナンデスの気持ちを惹こうと奮闘するも、それらは全て空回りに終わってしまった。
 行き倒れに与えた薬も、死線から折角救い出した参加者も、魂を売る思いで結んだ契約も。

 全ては、この友フェルナンデスと共に生きるためだったというのに――。


 気づけば、彼はヒグマン子爵に向けて、自分が今までに為してきた空回りの数々を、吐き捨てるように語っていた。
 ヒグマン子爵はその細い体を立ち木に凭れさせながら、口を挟むこともなく静かにそれを聞いていた。
 デデンネと仲良くなったヒグマは、その彼の様子を見てふと自嘲気味に笑った。


『……笑い話にもならんか。フフ……。一体俺はどうすれば、良かったんだろうな……』
『そんなつまらんことを後悔したところで何の意味もなかろう。今後の生存率を下げるだけだ。
 敢えて言うならば、その黄色いやつの心境を察することは、この島での戦いを生き抜いてからにすべきだということだけだ』


 ヒグマン子爵は木立から身をお越し、その白い眼差しをヒグマの肩で震えているデデンネの方に向けた。
 近寄ってくるその不気味な黒いヒグマに、デデンネは身を竦ませる。


「デ、デデンネェ……」
『ヒ、ヒグマン……、フェルナンデスが怖がっている。睨まないでやってくれ』
『怖がって当然だ。こいつがお前を怖がっていることも当然だ。怖がらない方がおかしい。
 生き抜くという打算のために手を組んでいるだけだろうお前たちは。それで必要十分だ』
『い、いや、ヒグマン。俺とフェルナンデスはそんなんじゃ……』
『相手を適切に怖がれ、馬鹿者。敵の本質を見誤ると、お前もこの黄色いのも死ぬぞ』


 ヒグマン子爵はなおも、身を縮めるデデンネに顔を寄せてゆく。
 デデンネはその体を微かに帯電させるものの、畏れに屈したのかついにそれを放電することはなかった。

『……それでいい。私もお前たちを助けたのは打算だ。ラマッタクペたちといるよりか幾ばくかマシだからな』
『ヒグマン……』
『その黄色いのはお前の獲物だろう。狩りの時に、お前は自分の狙う獲物の気持ちを考えるのか?
 そんなことは仕留めて喰った後ですればいいことだ。この場合は生き残った後で、だがな』

 意気消沈してしまったデデンネと仲良くなったヒグマに、ヒグマン子爵はなおも言葉を続けた。
 俯く彼の顔を、ヒグマン子爵はその前脚で無理矢理上に持ち上げる。


93 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:49:38 7PjcQ8gc0

『いい加減にしろ!! 「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」などという不名誉な呼び名に甘んじているお前が、どうして他人の心配などできるんだ!!
 人間だろうがヒグマだろうが、他者と完全に意思疎通できるなんて幻想があるものか!!
 まず自分をしっかり持て! 自分の行なった行為に信用がおけないようでは身の破滅だぞ!! ラマッタクペのとこに一回入信してくるか!? ああ!?』


 苛立つヒグマン子爵を、デデンネと仲良くなったヒグマは瞠目して見つめていた。
 ヒグマン子爵は舌打ちとともに彼の顎から爪を離す。

『……ラマッタクペの言葉は、あいつが信用ならなければならない程、当を得ている。
 まず信用しなくてはならないのは、自分自身の性能だ。お前もその黄色いのも、それぞれに自分を信じればいい。私もそうする』
『そうは言っても……、俺は一体どうすれば……』
『さっき話したように、最も危険な敵は奇怪なロボットが中心の第四勢力だ。先ほどの機械を身に着けた女たちもその一員だろう。やつらがこの島をもっとも混乱に陥れている元凶だ。
 私は、自分の安全を確保しながらやつらにゲリラ戦闘を仕掛けて戦力を削ぐ。それが最も、私や他のヒグマたちの生存率を高める行動だろう』


 ヒグマン子爵は自分の行動方針を滔々と告げてデデンネと仲良くなったヒグマの反応を伺った。
 
『……で、お前は?』
『……』

 顎をしゃくったヒグマン子爵の問い掛けに、彼は沈黙でしか答えられなかった。

 ポケモンと意志を通わせ、家族のように生きるポケモントレーナー。
 『人間』という目前にちらついた幻影が、彼の頭からはいつまでたっても離れなかった。

 ラマッタクペの言う通り、彼女たちについて行ったところで人間になれる保証はどこにもない。
 ヒグマン子爵の言う通り、人間になったところでフェルナンデスと真に親しくなれる保証はどこにもない。
 それどころか、こんなところでうじうじと思い悩んでいたら、いつまたその隙を突かれるか解ったものではない。
 そりゃそうだ。

 しかしそれでも、彼は自分の隣にいる小さな友と、分かり合いたかった。


 ヒグマン子爵は、彼の様子を暫し見つめて、呆れたように空を仰ぐ。

『ラマッタクペがお前を覚えていなかったのも当然だな。私があいつだったら、お前を「ヤイェシル・トゥライヌプ(自分自身を見失う者)」と呼んでいるところだ。
 ほら、トゥライヌプ(見失う者)。自失しているところ悪いが、ちゃっちゃと後ろに下がれ』

 そして彼はそのまま抜身の刀を構え直し、森の北方へ顔を振り向けながらデデンネと仲良くなったヒグマを追い立てていった。

『な、なに……? どうしたんだ? 何があった?』
『良く嗅げ。血臭が濃い。まだ距離があるとは思うが、ラマッタクペがこの近辺に第三勢力のケモカムイ(血の神)とやらを探知している。打倒を狙うにしても、より奇襲に適した位置取りに移るべきだ』
『なんだと……? 無差別殺戮の勢力がまだ……!?』


 森の中で、ヒグマン子爵は枝の上を少しずつ南西の方へ飛び移って行く。
 その後を必死で追い始めるデデンネと仲良くなったヒグマに、ヒグマン子爵はニヤリと笑いかけた。


『フン、どうだ? 自失も後悔も配慮もしている暇はないだろう? 他者が何を考えているか解ったものではないんだ。
 「したいこと」と「するべきこと」を別けて考えねば、お前は何もできぬまま死ぬぞ?』
『……!』


 『自分自身を見失う者』と名付けられてしまったそのヒグマは、不安と共に肩のデデンネを見やる。
 デデンネは依然として震えたままだった。
 その表情に、彼は胸にとげが刺さったような痛みを覚える。


 ――ああ、俺はまだ、この不名誉な名を払拭できないな……。


 ただどんなことがあっても、この友だけは守ろう。
 その決意だけを新たにして、ヤイェシル・トゥライヌプは細い影のあとを追従した。


【H−3 森 日中】


【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……


94 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:49:54 7PjcQ8gc0

【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護する。
0:行動方針の定まっているヒグマンの後を追う
1:フェルナンデスだけは何があっても守り抜く。
2:俺はどうすればいいんだろうなぁ……。
3:「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」とか「自分自身を見失う者」とか……、俺だってこんな名前は嫌だよ……。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹
装備:羆殺し、正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本思考:獲物を探しつつ、第四勢力を中心に敵を各個撃破する
0:『血の神』とやらの実力を見極め、敵いそうなら殺害。厳しいようならば即座に撤退。
1:狙いやすい新たな獲物を探す
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
4:この自失奴を助けてやったのはいいが、足手まといになるようなら見捨てねばならんな。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


 廃墟群から、未だ機能を保っている街並みの方に入ると、そこの水位は粗方下がってきているところだった。
 火山灰のぬかるみの中を漕いで、扶桑は基礎の底上げされた手ごろな家屋に立ち入る。
 石壁と金属屋根でできた気密性の高いその一軒家へ、二重ガラスの窓の鍵を打ち破って中へと入っていった。

「むくろさん……! 大丈夫ですか!」
「……もうちょっと何か建設的なセリフはないの?」
「す、すみません……」
「……他の艦娘たちを絶望させると意気込んでたくせに、あなたが真っ先に絶望に沈んでたらどうしようもないでしょうが」

 扶桑の背から寝室のベッドに降ろされた穴持たず696は、そう呟きながら、覗き込む扶桑の額にデコピンを喰らわせた。

「ひゃん!? そ、そんなにされると、弾薬庫がちょっと心配です……」
「左様ですか。予想以上に脆いわねあなた……。もろもろね……」

 目に涙を浮かべる扶桑をよそに、ベッドに腰掛ける穴持たず696は、制服の裾をまくりあげて自分の腹部を見やる。
 そこには皮下に赤黒い内出血の跡が広く刻まれており、触れるに熱感と痛みが著明だった。
 扶桑は、自分の砲撃の反動で傷つけてしまった彼女の痛々しい姿に、ひたすら平身低頭する。


95 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:50:08 7PjcQ8gc0

「申し訳ありません……。私のせいでこんな……! やっぱり私は、不幸艦なんだわ……!」
「……バカなこと言わないで。運のせいにするな。この失態は、全部あなたと私の実力不足。及び、その不足をきちんと把握できていなかったことに由来するのよ」


 穴持たず696は戦刃むくろの脚で、ベッドの下に土下座する扶桑の顎を上向ける。
 左腕が千切れ、腹部を痛め、蒼褪めた顔に苦痛から脂汗をしたたらせていても、戦刃むくろの声音は泰然としていた。

「……音に聞く西村艦隊とかいうのはこんな情けない輩の集まりだったわけ? 同じ軍人として反吐が出るわ。
 自分の性能も把握できていないなら、いっそのことキムンカムイ教にでも入ってくればいいのよ。バカらしい。ヒグマたちの方がよっぽど利口だわ」
「すみません……」

 自分の罵倒にも言い返す言葉がない扶桑を暫く睨みつけ、穴持たず696はベッドから勢いよく立ち上がった。


「……ま! こんなところでのんびりしている暇はないわ。カッコカリも駆紋戒斗も手に入れられず、まんまと嵌められたまんまじゃ盾子ちゃんに顔向けできない」
「む、むくろさん!? そんな急いで行かれたら体が! 暫く手当てして休んだ方が……」

 戸惑う扶桑の胸を軽くはたいて、戦刃むくろは寝室から立ち去ろうとする。
 扶桑の手を無事な右手で引きながら、重傷を負っているのが信じられない程の快活さで戦刃むくろは歩き出してゆく。


「いい? 邪魔者を殺すにしても仲間を引き込むにしても、盾子ちゃんが行動を始めている以上時間は少ないの。やることを決めたらきびきび動きましょう」
「で、でも、私、こんな姿じゃ……作戦続行は無理では……」
「あなたを修理するにしても、さっさと決めて動くべきでしょうが」


 その言葉に、扶桑は再びボロボロの衣服に目を落として沈黙してしまう。
 戦刃むくろは、その彼女を見つめて、悲しそうに溜息をついた。


 ――もう、あなただけが頼りなのよ。私の体はもう持たない……。


 穴持たず696が触れる自分の腹部は、筋肉全体が反射により異様な硬さを呈していた。
 筋性防御と呼ばれる腹膜炎の所見である。
 交通事故さながらの砲撃の反動を受けて破れた肝臓から、腹腔内に大量の血液と胆汁が漏れ出して炎症を起こしているのだ。

 もってあと数時間だろうか――?

 本来ならば早急に手術が必要なその病状を治療する手段が、今の彼女たちには存在しない。
 ひたすら死を待つのみの穴持たず696に残されたできることは、扶桑を奮起させ、死ぬまでに少しでも妹である江ノ島盾子へ貢献させることだった。


 戦刃むくろは、扶桑の襟首を掴み、顔を寄せていた。

「……大破が何よ。武装の欠陥が何よ。頭ン中が大破してなければどうだってやりようはあるでしょう。
 何が扶桑よ。自分の名を知りなさい。日本の代表がそんな情けなくてどうするの? 見返してやりたいとは、思わないわけ?」
「ま、負けたくない……です……」

 息を詰める扶桑から手を離せば、彼女はそのまま廊下の床に泣き崩れてしまう。


「伊勢、日向に……、あのヒグマたちにも……、負けたく、ない……」
「……この世には長所となり得ぬ短所はなく、短所となり得ぬ長所もないわ。
 ……ある立派な軍人の言葉だけどね」


 子供のように泣きじゃくる扶桑の背を擦りながら、穴持たず696は、自分の体調を悟られぬよう、細く細く息をついた。


【F−4 街(とある住宅) 日中】


【穴持たず696】
状態:左腕切断、肝臓破裂、失血多量、腹膜炎
装備:拳銃
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
0:早急に行動方針を定めねば……。
1:扶桑を奮起させる。
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。


【扶桑@艦隊これくしょん】
状態:大破
装備:35.6cm連装砲、15.2cm単装砲、零式水上偵察機
道具:なし
基本思考:『絶望』。
1:……空はあんなに青いのに。
2:他の艦むすと出会ったら絶望させる。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


96 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:50:20 7PjcQ8gc0

「ハッハッハ、危なかったなァ!!」
「最後は所詮刃物よりは鏡だな!!」


 誰もいなくなった廃墟の街の水面に、突如バイクに乗った二人の同一人物が現れていた。
 ヒグマのような毛を生やした浅倉威が、ライドシューターと呼ばれるそのバイクでミラーワールドから帰ってきたところであった。

 扶桑の砲撃が着弾する寸前、水面を鏡として裏側の世界に逃れた彼らは、辛くも致命傷を避けていた。

 落ちている戦刃むくろの左腕や駆紋戒斗の生首を拾い上げては、彼らは水の引いたところを探して火を焚き、早速それらを調理して喰らおうとし始める。


「だがこれじゃあ足りねぇよなァ」
「次はあの女たちを追うか。靴跡の形も解りやすそうだったしよ」

 鼻をひくつかせる浅倉威の嗅覚には、扶桑が燃料として消費した大量の重油の臭いが西に向かっていると、過たず感じられていた。
 ライドシューターの燃料で着火して、一人が戦刃むくろの腕を焼き始めた時、もう一人の浅倉が思いついたように手を叩く。


「おお、そだ。毒殺されたみてぇなもう一人の俺も、焼けば喰えるんじゃないか?」
「おっ、そりゃあいいな。じゃあ持ってきてくれ」
「おうよ」

 捻じ曲がったような体勢で死んでいるもう一人の浅倉威の周りは、既に水が流れて毒素が散逸していたようだった。
 毒のせいかその死体は気持ち膨らんでいるようだったが、近づいても浅倉の足がもつれたりはしない。
 そのため、安心して二人目の浅倉威は自分自身の死体に触れ、抱え上げようとする。
 その時だった。


「――なっ」


 浅倉威の死体が、木端微塵に爆裂していた。


「うがアアッ!?」
「お、おい、どうした! もう一人の俺よ!!」


 浅い水面に悶える二人目の浅倉威の皮膚には、至る所に炸裂した肋骨や骨盤の破片が突き刺さり、そこに飛び散った死体の血液や糞便が汚染を加えていた。

 ――大便の菌で傷口を化膿させ対象の戦力を削ぐ、死体爆弾。

 それを仕掛けたのは他でもないメルセレラであった。
 ケレプノエが殺害した死体の腹腔内の気体を、ギリギリ張り裂ける寸前まで熱膨張させ、また腸内細菌の発酵・腐敗反応の速度を早めることで、直後に触れる者がいれば、その僅かな刺激で爆裂するように仕向ける。
 そんなブービートラップを、ラマッタクペの一行は抜け目なく仕掛けていたのだった。


 一人目の浅倉威は、苦悶するもう一人の自分自身の姿を震えながら見つめ、ヒューと口笛を吹く。


「……やはりやるなぁ、ヒグマは。人間なんかよりよっぽど面白れぇじゃねえかよ!!」


 そう叫んで、彼の口は嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべていた。


【G-4:廃ビル内 昼(放送直前)】


97 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:50:37 7PjcQ8gc0

【浅倉威No.1@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ダメージ(中)、左大腿に裂傷、ヒグマモンスター
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ライアのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、ガイのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品×3、戦刃むくろの左腕、駆紋戒斗の生首
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:北岡ぁ……
3:大砲を背負った女とその背中にいた黒髪の女を追って喰う
4:密集している参加者たちを襲う
[備考]
※ヒグマはミラーモンスターになりました。
※ヒグマは過酷な生存競争の中を生きてきたため、常にサバイブ体です。
※一度にヒグマを三匹も食べてしまったので、ヒグマモンスターになってしまいました。
※体内でヒグマ遺伝子が暴れ回っています。
※ストライカー・エウレカにも変身できるかもしれませんが、実際になれるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※全種類のカードデッキを所持しています。
※ゾルダのカードデッキはディケイド版の龍騎の世界から持ち出されたデッキです。
※召喚器を食べてしまったので浅倉自体が召喚器になりました。カードを食べることで武器を召喚します。
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドはデイパックに穴が空いたために流れてしまいました。
※ミズクマの特性を吸収しました。ただし分裂する為には一体ごとにヒグマ一体分のカロリーを消費する必要があります。
※ヒグマを捕食するごとに「能力の吸収」か「自身の複製の製造」のどちらかを選択出来るようになりました。

【浅倉威No.2@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ヒグマモンスター、分裂、右大腿に刺創、体前面に死体爆弾による爆傷
装備:カードデッキの複製@仮面ライダー龍騎、ナイフ
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂した出来た複製です
※ユナイトベントを使えば一人に戻れるかもしれません


98 : CRUEL SEA ◆wgC73NFT9I :2014/08/29(金) 21:50:54 7PjcQ8gc0
以上で投下終了です。


99 : 名無しさん :2014/09/03(水) 07:55:46 8KBZKkXs0
投下乙
塾長殺した野生ヒグマと同格だけあって強いぜアイヌヒグマ
浅倉さんフルボッコされた様に見えるけど一回死んでも大丈夫で学習出来るのも恐ろしいからな…


100 : ◆wgC73NFT9I :2014/09/10(水) 12:55:51 V6dhaNu60
修正です。

浅倉威たちの追跡表は
【G-4:廃ビル内 昼(放送直前)】
ではなく
【G-4:廃ビル街 日中】
でした。


101 : ◆Dme3n.ES16 :2014/09/28(日) 07:07:34 RzrWbff.0
浅倉威、浅倉威、モノクマ、司波達也、司波美雪、キングヒグマで予約


102 : 名無しさん :2014/10/01(水) 01:21:17 OQF.5YHE0
凛ちゃん、セガスタッフイメージガール決定戦一位おめでとう
ヒグマの先見性ハンパ無いわ


103 : ◆Dme3n.ES16 :2014/10/06(月) 22:38:48 YT.qAxIA0
延長します


104 : ◆wgC73NFT9I :2014/10/10(金) 21:22:48 JgxFlRbA0
皆様お久しぶりです。

◆Dme3n.ES16さんの予約が楽しみな処で、私も
劉鳳(?)、佐倉杏子、カズマ、黒騎れい、狛枝凪斗、御坂美琴、くまモン、クマー、左天
で予約します。


105 : 名無しさん :2014/10/13(月) 13:55:53 seZc1M8U0
テラフォーマーズのアニメ見たらいきなりヒグマとの戦いが始まって吹いた


106 : ◆Dme3n.ES16 :2014/10/14(火) 01:34:52 c0HasM5w0
投下します


107 : プロジェクト・グリズリー ◆Dme3n.ES16 :2014/10/14(火) 01:35:19 c0HasM5w0

「……やはりやるなぁ、ヒグマは。人間なんかよりよっぽど面白れぇじゃねえかよ!!」

浅倉威は苦悶しながら倒れ伏す浅倉威を嬉しそうに歪んだ笑みを
浮かべながら見下ろしている。残念ながらこいつはもう戦闘不能だろう。

「さて、どうしてやろうか?やっぱ一思いに喰ってやるのがいいかぁ?」

爆傷で悶え苦しむ浅倉を足で蹴とばしてころがし、牙を剥いた。
弱い者や死にかけの者は死ぬ、それが野生の世界の掟だ。
だが倒れた浅倉は見下ろしている浅倉を見つめてニヤリと嗤う。

「やめとけ、俺同士で潰しあってどうする?」
「何っ!?」

突然、倒れた浅倉胸の装甲が開き、内部から大量のミサイルが飛び出した。
捕食したストライカーエウレカから吸収した能力、エアミサイルである。

「ぐっ!ガードベント!」

浅倉は至近距離から発射された6連装対怪獣ミサイルを咄嗟に召喚した
ガードベントで防ぐ。全てのミサイルは跳ね返され地面に着弾し、
砂埃を上げながら激しい爆発を巻き起こした。

「……ちっ、やるじゃねぇか、流石は俺だな」

爆煙が治まるのを見計らい、ガードベントを解くと、そこには浅倉の姿は無かった。

「自分のミサイルで跡形もなく粉々に消し飛んじまったか?……いや、違うな」

地面には、地の底まで続くような深い穴が空いていた。それを見て浅倉は肩を竦めた。

「落ちた、か。やれやれ、しぶとい野郎だな。さて、また一人になっちまったな」

この近くにヒグマの死体の臭いは無い。しばらく増殖することは出来ないだろう。
まあ別に支障はない。彼はいつも一人で戦っていたのだ。

「とりあえず、俺はあの女たちを追うか。ハハハッ!」

大量の重油の臭いを辿りながら、浅倉は扶桑達を追撃する。

【G-4:廃ビル内 日中】

【浅倉威No.1@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ダメージ(中)、左大腿に裂傷、ヒグマモンスター
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ライアのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、ガイのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品×3、戦刃むくろの左腕、駆紋戒斗の生首
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:北岡ぁ……
3:大砲を背負った女とその背中にいた黒髪の女を追って喰う
4:密集している参加者たちを襲う
[備考]
※ヒグマはミラーモンスターになりました。
※ヒグマは過酷な生存競争の中を生きてきたため、常にサバイブ体です。
※一度にヒグマを三匹も食べてしまったので、ヒグマモンスターになってしまいました。
※体内でヒグマ遺伝子が暴れ回っています。
※ストライカー・エウレカにも変身できるかもしれませんが、実際になれるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※全種類のカードデッキを所持しています。
※ゾルダのカードデッキはディケイド版の龍騎の世界から持ち出されたデッキです。
※召喚器を食べてしまったので浅倉自体が召喚器になりました。カードを食べることで武器を召喚します。
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドはデイパックに穴が空いたために流れてしまいました。
※ミズクマの特性を吸収しました。ただし分裂する為には一体ごとにヒグマ一体分のカロリーを消費する必要があります。
※ヒグマを捕食するごとに「能力の吸収」か「自身の複製の製造」のどちらかを選択出来るようになりました。


108 : プロジェクト・グリズリー ◆Dme3n.ES16 :2014/10/14(火) 01:36:02 c0HasM5w0

「おい、なんだこいつは?」
「なんか爆発した音が聞こえたから見に来たけど、ひょっとして人間かな?」

特に目的もなく地下帝国を散歩していた二匹のヒグマは大の字になって倒れ伏す
黒こげになった鎧騎士のような姿の男をまじまじと見つめる。見上げると天井に穴が空いていた。

「落ちてきたのかな?」
「丁度いいや、腹も減って来たしな」
「上に報告しなくてもいいのかな?」
「だまってりゃ大丈夫だろ。じゃあ、いただくぜ!」
「おうよ!……ん?なあ、こいつ口になんか咥えてないか?」

ヒグマが何かに気が付くと同時に、パキとカードが割れる音が聞こえた

「―――トリックベント」

「「え?」」

違和感を感じた二匹のヒグマが振り向くと、そこには分身した複数の武器を手にした鎧騎士が―――。



    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿



「しろくまカフェ、あそこだな」

行く手を遮るモノクマたちを次々と分解しながら、遂に深雪が捕らえられている
あの喫茶店が見える地点まで辿りついた司波達也。その表情もはや迷いはない。

「待って居ろ深雪、いま助けに行くぞ」
「その様子だと、ついに目を覚ましたようですねシバさん。
 いや、国防兵器・摩醯首羅(マヘーシュヴァラ)、司波達也さん」

達也は声が聞こえた方向へ無表情でシルバーホーンの銃口を向ける。
穴持たず312(サーチ)を殺したように、今の達也にはヒグマに対する情は存在しない。
だがその王冠のようなものを被ったヒグマは見覚えがあった。

「その名前を知っているとは、勉強したな、キング」
「後から入手したのか元々知識があったのか、まあいいでしょう」

温和な印象を受ける大柄なヒグマ、帝国の統治者キングヒグマから銃口を放して
達也はホルスターにシルバーホーンをしまった。

「私は殺さないのですか?」
「あなたは恐怖以外の方法でヒグマを統率できる唯一のヒグマだ。
 居なくなればヒグマの暴走を止められる者は居なくなり、
 質量爆散(マテリアル・バースト)でこの島ごとヒグマ共を消す以外の方法は無くなる
 俺にそれを決める権利はない。上から命令が下ればそうせざるを得ないだろうがな」
「まだ和平の可能性は残されている、と。それはいい。
 リスクを冒してあなたの前に姿を現した甲斐がありましたよ」

二人は並んで少し離れた場所にあるカフェを睨み付けた。

「シロクマさん……深雪さんでしたっけ?助けに行くのでしょう?私も同行しますよ」
「必要ない。これは俺に問題だ。ここで待っていろ、キング」
「あのモノクマとかいうヒグマもどきは私にとっても敵です、
 それに、どんな罠が仕掛けられているか分かりませんよ?」

達也はキングを横目で見た後、何かを考えたように手を差し出した。

「精霊の眼(エレメンタル・サイト)。この魔法を使って敵の位置や数を掌握してから
 攻め込むのが俺の基本戦術だ。あなたにも見せてやろう。手を出してくれ」
「ほう、千里眼というやつですか。それはありがたい。」


109 : プロジェクト・グリズリー ◆Dme3n.ES16 :2014/10/14(火) 01:36:25 c0HasM5w0
キングは鋭い爪とプニプニする肉球で構成された熊手を達也の掌の上に乗せた。
すると、レーダーのようなイメージ映像がキングの脳裏に浮かびあがってくる。

「これはしろくまカフェの内部?透視しているのですか?なんと便利な……!
 む、無数のヒグマに囲まれた真ん中に人間の少女が倒れているのが見えますね。
 深雪さんでしょうか?その上にのしかかっているのはモノクマ!?これは大変です!
 急いで救助へ――――グオォォォォ!?」
「どうしたキング!?……ぬ!?」

達也は異変を感じて咄嗟に精霊の眼を解除し、キングから手を離した。

「グオオオオオォォォォ!!!!ガハァァァァァ!!!?」
「この症状は……起源弾!?」

口から血を吐きながら地面を転がりのた打ち回るキングの様子を見て達也は戦慄する。
起源弾。「切断」と「結合」という切嗣の奇異な起源を撃たれた対象に具現化する概念武装。
特に魔術師に対して使用した場合、魔術回路を循環した魔力が本来の経路を無視して暴走し
肉体を再起不能までに破壊するとされる。
先ほど倒したスナイパーヒグマが使っていた弾丸も当たれば今のキングのような症状が出ていたのだろう。

「……まさかしろくまカフェにまるごと衛宮切嗣の起源の結界を張っていたとはな。
 起源弾は全部で30発ほどしかないと聞いたが、彼のものが切嗣の死体を入手しているとしたら、
 無数に作ることも不可能ではない、か。」

暴れ回ったキングは口から泡を履いてぐったりとしている。

「キングがクッションになってくれたおかげで助かったのか?
 直撃していればどうなっていたことやら。運河よかった……いや、これも行動の選択の結果か」

キングを消し去って一人で突撃していたらやられてしまったかもしれない。
そう思いながら達也はキングに向けて左のシルバーホーンから魔法を発射し、彼の肉体を再生する。

「はぁ、はぁ。な、何だったんだ今のは!?」
「礼を言うぞキングよ。あなたのおかげで命拾いした。」

そう言いながら達也はしろくまカフェに背を向けて歩きだす。

「何処へ行くんですか司波さん?」
「すまないキング、30秒で戻るから先に突入してくれないか。」
「えぇ!?」
「今の出分かったが、しろくまカフェの中では魔法が使えないようだ。
 このまま無策で向かっても仕方がない……どうやらアレを使う時が来たようだな」
「アレってひょっとして……シバさん用の新しいオーバーボディのことですか?
 でもあのスーツ、たしかまともに斜面も歩けなかったんじゃ?」
「なぁに、欠点は克復したさ」

そう言いながら、達也は恐ろしい速度で空を飛んでその場から離脱した。


110 : プロジェクト・グリズリー ◆Dme3n.ES16 :2014/10/14(火) 01:36:43 c0HasM5w0
  ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


カナダのオンタリオ州でスクラップ業を営むトロイ・J・ハートビスは、
ある日のハンティングの最中に巨大なグリズリーベアに襲われた。
グリズリーの猛烈なタックルを受けた彼は地面へと押し倒され、銃も取り落として
まさに万事休すに思えたが、グリズリーは何故かそのまま背を向けて立ち去って行き、
彼は九死に一生を得たという。生物学者に聞いても、グリズリーが何故に獲物を目の前にして
そのような行動を取ったのかは首を捻るばかりであった。
この体験から運命的な出会いを感じた彼は、グリズリー再び触れ合い、
グリズリーが彼に何を伝えようとしたのかを知る為に『対熊スーツ』の開発に着手したのである。
150kgの丸太を12mの高さから振り下ろすほどの衝撃力をもつグリズリーの突進力に対抗する為、
総額150万ドルを超える資金をかけて遂に完成したそのスーツはまるで宇宙か深海探査で用いる
極限環境スーツのような概観をしており、ショットガンやアーチェリーの強弓による射撃にも耐え、
燃え盛る炎の中でも平気で活動出来るという驚異的な堅牢性を備えていたという。

「……だが堅牢性を追求する余りの超重量に加え、関節の自由度が皆無なので
 平地以外ではまともに歩くことも出来ない代物だったそうな。まあ、そんなことはどうでもいいか」

しろくまカフェの上空に、ゼントランディーのポッドのような防護スーツを着た司波達也が浮いている。
カフェ内部の様子は分からないが、キングが暴れているのかとても騒がしい感じだ。

「トロイ氏が作り出したグリズリー・スーツに独立魔装大隊で実用されたムーバル・スーツの
 技術を組み合わせて造り上げた『対HGUMAスーツ』。まさか使う日が来るとはな……今いくぞ!深雪!」

仮に野生のヒグマが山の中で遭遇したら怖がって逃げ出しそうな物々しい恰好をした達也は
そのスーツの重量でしろくまカフェの屋根を破壊し、内部へと突入した。



―――はたして司波達也は魔法を使わずに妹を救うことが出来るのか!?




【E-3 しろくまカフェ/日中】

【司波達也@魔法科高校の劣等生】
状態:健康
装備:グリズリースーツ、攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、【魔導】デッキ
[思考・状況]
基本思考:妹を救い、脱出する
1:邪魔をするなら、容赦はしない
[備考]
※融合解除して元に戻りました
※カードの引きがびっくりするほど悪いですが、普通に一枚ずつ使うので関係ないです
※グリズリースーツを装備したことでHIGUMAと互角以上のパワーが出せるようになりました


【穴持たず204(キングヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:前主催の代わりに主催として振る舞う。
0:シロクマさんの救援に向かう。
1:島内の情報収集。
2:キングとしてヒグマの繁栄を目指す。
3:電子機器に頼り過ぎない運営維持を目指す。
4:モノクマ、ヒグマ提督らの情報を収集し、実効支配者たちと一丸となって問題解決に当たる。
5:ヒグマ製艦娘とやらの信頼性は、如何なるものか……?
6:シバさんとシロクマさん……大丈夫ですか? 色々な意味で。
[備考]
※菌類、藻類、苔類などを操る能力を持っています。
※帝国に君臨できる理由の大部分は、食糧生産の要となる畑・堆肥を作成した功績のおかげです。
※ミズクマの養殖、キノコ畑の管理なども、運営作業の隙間に行なっています。
※粘菌通信のシステム維持を担っています。
※しろくまカフェに単身で襲撃を仕掛けたようです


111 : プロジェクト・グリズリー ◆Dme3n.ES16 :2014/10/14(火) 01:37:05 c0HasM5w0
⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿



一方その頃。帝国の北東部でもう一つの大惨事が起きようしていた。




「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」

「ファイナルベント」




「「「「「グオオオオオォォォォォオオオオオォォォォォ!!!!!?」」」」

13人の浅倉威が同時に放ったライダーキックがヒグママンションを次々と破壊していく。
建物の中でくつろいでいたヒグマ達が次々と落下していった。

「なんてこったぁ!俺達のマンションが!?」
「おい!なんだアイツらは?人間が侵入したのか!?」
「多分そうだ!!でもなんか変だ!最初は三人だったのにどんどん増えているんだ!」

「ハァ〜ここかぁ?祭りの場所はぁ?」
「やれやれ、地下がこんな面白れぇことになっていたとはなぁ」
「ああ、首輪をつけてる一人目が気の毒だぜ」
「にしてもなんだぁ?ヒグマ帝国ってのは?」
「野生をなくしたヒグマに存在価値はねぇ」
「今日から俺が仕切ってやるぜ」
「ああ、この場所は今から浅倉帝国だ」
「おい見ろ、いいカードが出たぞ」
「ほう、悪くないな」

浅倉の一人が、そのカードを捕食し効果を発動させる。

「ユナイトベント」

13人の浅倉が光に包まれて一か所に集まり、次の瞬間、出現した巨大な浅倉が
立ち上がり様にヒグママンションをパンチで倒壊させ高らかに笑う。

「ハハハハ!!!最高だな合体ってのは!!!イライラがすっかり納まった!!!」

「ま、街が破壊されていく!?」
「暴れるんなら地上で暴れろゴルァ!!!!」
「ええい!シーナーさん!?シバさん!?一体何やってるんだ!?このままでは帝国が!!!」

「フハハハハハ!!!!!!」



【G-3 居住区/日中】

【浅倉威J(ジェイ)@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ヒグマモンスター、分裂、合体
装備:カードデッキの複製@仮面ライダー龍騎、ナイフ
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:居住区を制圧する
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂した出来た複製です
※ユナイトベントを使えば一人に戻れるかもしれません
※ヒグマ帝国民を捕食したことで増殖した13人の浅倉威が
 ユナイトベントで合体して浅倉威J(ジャンボ)に進化しました
※居住区が浅倉威の群れに制圧されるのも時間の問題です


112 : 名無しさん :2014/10/14(火) 01:37:30 c0HasM5w0
終了です


113 : 名無しさん :2014/10/16(木) 01:03:05 M0f8cprY0
グリズリースーツの参考動画
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm8452547


114 : 名無しさん :2014/10/17(金) 19:19:00 RXFsGNLw0
投下お疲れ様です
これはヤバいぜ……色々な意味で……
大怪獣かなにかと化した浅倉さんの今後や如何に……


115 : 名無しさん :2014/10/17(金) 22:02:06 0xtQakBo0
投下乙です
お兄さまは間に合うのだろうか、気になります
グリズリースーツの動画面白いwwでもこれ…えっと…
そして浅倉さんはどんどん人から外れて…戦隊モノの敵怪人かな?


116 : ◆wgC73NFT9I :2014/10/18(土) 01:37:39 EdkznpJQ0
予約を延長いたします。
こう、お話が佳境になっているところにこれで申し訳ありません。

浅倉さんもお兄様も、本当に見ていてハラハラドキドキしますね(主に建物とかモブとかが)!
他の人の時間軸を追いつかせますので暫しお待ちくださいね!!


117 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:48:52 vHhBSYDg0
 視よ、ある教法師、立ちてイエスを試みて言ふ。

『師よ、われ永遠の生命を嗣ぐためには何をなすべきか』

 イエス言ひたまふ。

『律法に何と録したるか、汝いかに読むか』。

 答へて言ふ。


『なんぢ心を尽し精神を尽し、力を尽し、思を尽して、主たる汝の神を愛すべし。また己のごとく汝の隣を愛すべし』


 イエス言ひたまふ『なんぢの答は正し。之を行へ、さらば生くべし』。


 彼おのれを義とせんとしてイエスに言ふ『わが隣とは誰なるか』。

 イエス答へて言ひたまふ。


 ――ある人、エルサレムよりエリコに下るとき強盗にあひしが、強盗どもその衣を剥ぎ、傷を負はせ、半死半生にして棄て去りぬ。
 ある祭司たまたま此の途(みち)より下り、之を見てかなたを過ぎ往けり。またレビ人もこの所に来たり、之を見て同じく彼方を過ぎ往けり。


 ――然るに或るサマリヤ人、旅して其の許に来たり、之を見て憫み、近寄りて油と葡萄酒とを注ぎ、傷を包みて己が畜にのせ、旅舍に連れゆきて介抱し、あくる日デナリ二つを出し、主人に与へて「この人を介抱せよ。費もし増さば、我が帰りくる時に償はん」と言へり。


 ――汝いかに思ふか、此の三人のうち、孰か強盗にあひし者の隣となりしぞ。


 かれ言ふ『その人に憐憫を施したる者なり』。
 イエス言ひ給ふ『なんぢも往きて其の如くせよ』。


(ルカによる福音書10章、25〜37節より)


    ###【LAB=0】


118 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:49:38 vHhBSYDg0

「―――えっと、あなた達、誰ですの?」


 青と紫を基調にした鎧に身を包んだその男が、少女のような高い声でそう問うていた。
 その場にいた彼以外の人間4人は、その様子にただ眼を見開いて硬直している。

 鎧の男は、目の前で顔面をひくつかせている金色の腕の青年――カズマに相対したまま首を捻る。


「はて――、どこかでお見受け……、あ、サワリだけ聞きましたわ。
 その金色のアルターは、もしかして、劉鳳さんのご友人のカズマさんですの?
 あ、首輪にもご丁寧にそう書かれてますわね」

 ぽむ。と顔の前で手を打ち合わせたその男のお嬢様口調に、カズマはわなわなと身を震わせて掴みかかっていた。

「今すぐその気持ち悪りぃ話し方をやめろ劉鳳ッ!! どぉしちまったんだお前そんなオカマみてぇによぉ!!」
「何をおっしゃいますのカズマさん。私は劉鳳さんではなくて、彼に同行しております白井黒子と申しま……」


 鎧の首元を掴み上げるカズマのシェルブリットを払いのけようとして、その男は鎧を纏った自分の腕の様子に気づく。
 そしてしげしげと自分の手、腰、足元と見やった後、その様子は徐々に焦りと驚きを含んだものに変わっていった。

「な、な、な……」

 おののき始めたその男からカズマが手を離して後ずさりすると、彼は鎧の面の上から顔に両手を当てて、地面に膝を落とす。


「なんで私が劉鳳さんの体になってますのー!!??」
「おい黒騎れいぃ!!」


 カズマは凄まじい剣幕で背後のビルへと振り向いていた。
 シェルブリットを装着した拳を振り上げて、屋上から下を覗きこんでいる黒髪の少女に指をさす。

「てめぇその矢で劉鳳に何をした!!」
「あ、あの……私もそういう風になるとは思わなかったから……」
「言い訳してんじゃねぇ!!」
「ちょ、ちょっと待ちなってカズマ!! 落ち着け!!」

 カズマの怒声にたじろぐ黒騎れいを庇うように、その隣で赤いポニーテールの少女が手を翳した。
 魔法少女の衣装に身を包んだその少女、佐倉杏子は、黒騎れいを胸元に抱えてカズマのいる地面にまで飛び降りてくる。


「あたしの経験から言っても、こういう時は落ち着いてお互いの話を聞くことが肝心だよ。
 まず、その……なんだ、劉さんだか白井さんだか知らねぇけど、あんたのことから、聞かせてくれないか?」
「え、ええ……。そうですわね……。思い返せば、私はあの時、死んでいたはずでしょうに……」


 白井黒子と名乗る鎧の男は、何とか震えながらも人心地をつけて立ち上がろうとする。
 杏子の腕から降りた黒騎れいが、その時焦った表情で手元のメモに走り書きをして周囲の人員に見せた。


『この首輪は盗聴されている可能性が高い。あなたが参加者じゃないのか首輪を外したのか知らないけど、主催に聞かれてマズイことは筆談で!』
「わ、わかりましたわ……」
「……その前にカズマ。こいつの見苦しい格好どうにかならないか……? 声と仕草とアルターが不釣合いすぎてさ……」
「……おい劉鳳。お前のアルターは普段融合装着するもんじゃないだろ。……再々構成しろよ」

 ぎこちない態度で、劉鳳と思しき鎧の男に三者は応対した。
 当の男本人もぎこちないのは同様で、自分の体を眺めながら、呼びかけたカズマに問い返す。

「あのー……、アルターってどうすれば操れますの?」
「あぁ!? そんなもん……こう……気合でウオーッってやれば思い通りの形になんだろ!?」
「それじゃ伝わんねぇよ……」
「私にもわからないわ」

 混乱したジェスチュアを交えて叫ぶカズマの隣で、佐倉杏子は思わず額に手をやった。


 黒騎れいが杏子の呟きに応じた時、彼女は四苦八苦する鎧の男の後ろにもう一人男が出てきていることを捉えていた。
 その男は、先程カズマたちがエネルギーを引き出してきた虹色の光のわだかまっている空中から、大きな腕輪を嵌めた腕で空間をこじ開けるようにしている。
 上半身をこちらへねじ込み、彼は包帯の巻かれた顔で鎧の男を見て笑う。


「自分のしたいことや、なりたいものを思い浮かべれば良いんじゃねぇの?」
「!?」


 唐突に出現したその男に気付き、一帯の人間が再び驚愕する。
 包帯の男は、虹色の光から下半身も引き抜こうとしているようだが、ウエストの辺りで締まったそのゲートから抜けることができず、ゆっくりとその中に引きずり込まれていってしまう。


119 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:50:20 vHhBSYDg0

「あっ、くそっ、まーただよ。佐天の嬢ちゃんのとこに待機してると、こう別のとこで開かれても間に合わねぇよなぁ」
「!? あなた、佐天さんのお知合いですの!?」
「おお。知合いっつうか、明け方まで同行してたんだが、こっちの空間に閉じ込められちまってよ。
 アルターってので嬢ちゃんが扉を開いてくれるのを待ってるわけ。あ、ちなみに俺の名前も左天っていうの。よろしく」
「ご親族でいらっしゃいますの……?」

 左天と名乗った包帯の男は、目の前で首を傾げる鎧の男をしげしげと見やり、はたと相好を崩す。

「あ、よく見たらお前さん、さっき助けた兄ちゃんじゃねぇか。無事だったんだな!
 良かったなぁ、見た限り結構厳しいと思ってたんだがよ」
「劉鳳さんの状況をご存じですの!?」
「おい!! てめぇも関係してたのか!? 劉鳳に何があったんだ!?」
「お? おう……俺の方こそ状況がわからんが、ま、手短に話すわ」


 左天は、『向こう側』への扉に吸い込まれながらも、落ち着いた様子でその場の人間に状況を説明した。


 佐天涙子がヒグマに襲われ、左天の助力でアルター能力と超能力を開花させて撃退したこと。
 左天自身はその戦闘で異空間に放り出されるも、『フラグメント』という能力で無事であること。
 こちらの空間を察するに、その後佐天涙子は、友人の初春飾利、自衛官の皇魁、上院議員のウィルソン・フィリップス、弁護士の北岡秀一という参加者と合流し、C−3の百貨店に避難していること。
 東の海上に開いた扉の先で、左天が寄生虫のような多数のヒグマに襲われている劉鳳を発見して助け、佐天涙子の救出をことづけたこと。
 その後、彼女たちは江ノ島盾子という人物の操作するロボットに襲われるも鹵獲に成功し、主催者であるSTUDYがヒグマに反乱されていると気付いたこと。
 そしてつい先ほど、佐天涙子と皇魁は多数のロボットの集合している地点に参加者がいると見て、直近のD−6エリアに向かって行ったこと。


 片腕と首だけを虹色の光から出して、左天は軽い調子で人々に呼びかけた。


「ま、そんな具合で、割と生き残ってる参加者は多いぞ。津波も引いたみてぇだし、合流してやってくれや」
「貴重な情報をありがとうございます、佐天さんのお兄様! 必ず合流して、あなた共々助け出してみせますわ!!」
「おう、頼む。んじゃまぁ……、ヒグマもそうだが、例のロボットには気を付けな」


 鎧の男の華やいだ声に合わせて、左天は虹にその顔を飲まれながら笑った。
 最後に残った左天の片腕のガントレットに、その時周囲から風が集ってくる。


『……あんたらの周りにも、これだけ潜んでたみたいだからよ!!』


 カズマたちがいたビルや、その周囲の建物の窓ガラスが、強風に煽られて次々と割れてゆく。
 その中から、大きめのテディベアのような、白と黒で塗り分けられたクマが何体も驚愕の表情で風の渦に吹き込まれて行った。


『置き土産の「ストリームディストーション」――!!』
「え、ちょっ!? いきなり何を!!」
「え、え!? どういうことですの!?」
「……あの有冨を手玉に取ってた相手に、今までの話は筒抜けだったということよ!!」

 こちらの世界から消え去ってゆく左天の行動に、杏子と鎧の男は狼狽する。
 しかし渦巻く暴風の中、黒騎れいは唇を噛みながらその手に烏羽の弓を取り出していた。

「つまり、やることは一つ……!!」

 その声に応じたカズマの見上げる空中には、計9体のクマ型ロボットが打ち上げられている。
 落下してくるそれらに向けてシェルブリットを放つべく、カズマは手甲のシャッターを開き、そこに光を吸い込み始めた。
 その瞬間のことである。


「――このモノクマたちを、消すこと。だろう?」


 ドン。
 という爆音と共に、空中に撃ち上がっていた9体のロボットの間に大爆発が起こっていた。
 下にいた4人の元には、バラバラになった機械部品と火薬の匂いのする粉塵が雪のように降りかかってくる。


120 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:51:10 vHhBSYDg0

「……RPG−7とか言うんだったかな? やっぱりこれはこういう場面で使うものだったみたいだ。ボクはツイてるみたいだね」

 カズマたちがビルの屋上を振り仰いだ時、その声を発した少年が満面の笑みを浮かべてそこから顔を出してきていた。
 肩口に射出したばかりの無反動砲を抱えたまま、彼は波打つような銀髪を振り立たせて笑う。


「アハハ、でも、そんな気遣いは『希望』には余計なお世話だったかな。
 なんにせよ、これでさっきよりは気兼ねなく、話の続きができるってものだよね」


 その少年――狛枝凪斗は、深い笑みを湛えて、ビルの非常階段をカズマたち4人のもとへと歩み降りてくる。
 その細い視線は、たじろいだままの蒼い鎧の男と、そして、弓と矢を携えた黒騎れいに向かう。


「――さて、始めようか」


 あたかも殺人事件の裁判に巻き込まれたかのような剣呑な空気が、その時5人を包み込んでいた。


    ###【LAB=1】


「生きてる参加者――というと」
 ――さっきの狂戦士(バーサーカー)に襲われてたヒトたちが気になるモン。
「あ? あの人間たちか……。ありゃあ無理でしょ。俺やあんたが敵わなかった相手なんだぜ?」
「……あの人間たちって、誰のこと?」

 草原を覆う湿気も乾きつつある日差しの中で、一人の少女と二人のヒグマが語り合っていた。
 島外から来たその少女・御坂美琴は、アンテナ状の物体を頭に刺したコミカルなクマ・クマーの言葉を受けて問いかける。
 それに音もなく答えたのは、黒い体毛に円らな瞳を据える、ゆるキャラのくまモンであった。


 ――この西の方で、舟に乗った人間の一団に会ったモン。でも突然現れた真っ黒な鎧騎士が無差別に彼らを殺し始めて……。
「その最中、謎の大爆発で吹っ飛ばされ、結局俺たちは返り討ち。そいつらは安否不明ってわけさ」
「ちょっとちょっと、前半が全然わからなかったんだけど」


 ゆるキャラ独自の発声法を貫くくまモンの声は、美琴には全く聞こえない。
 彼女の呆れを受けて、くまモンは発言内容を地面に爪で書きながら話すことにした。

「……なるほど。まぁ、ヒグマがやられる相手に襲われて生き残ってるって可能性は、低いわよねぇ……。
 ってか、このヒグマのうようよいる島で参加者同士殺し合おうって考えるヤツがいることに驚くわ」
「一応、有冨さんが最初にそう言ったみたいだからね。一応」

 美琴の発言に、クマーが頷きながらもそう付け加えた。
 一方のくまモンは、未だに地面に文字を書きつけている。


 ――できれば確認だけでもしておきたいモン。
「確認っつってもねぇ……」

 美琴たちが今いる位置から草原の西を見てみても、緩やかな高低差のお蔭で、遠方までは見通せない。
 直近のエリアを越えれば向こうはすぐに海であるため、探索に向かおうと思えばそれほど時間はかからないだろう。
 だが件の黒い鎧騎士という何者かに出会う可能性が高いことを考えると、正直美琴は、万全の体調でない今の状況で無計画に突っ込みたくはない。

「そういや、御坂ちゃんは電気の超能力だかなんだかを持ってるんだっけ? それで人間の生体電気とかを察知できたりしないの?」
「微弱すぎて無理よそんなの……。大仰な演算できる体力残ってるかも微妙だし……」

 クマーの発言に首を振りながらも、美琴は試しに意識を集中してみる。
 事前に周辺環境を幾ばくかでも探知できれば、鎧騎士と交戦する際もアドバンテージを取れるかもしれない。

「まぁ、草原は街中みたいなノイズがないから、仮に同系統の能力者でもいれば位置くらいは……」


121 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:53:23 vHhBSYDg0

 大した期待もなく、試みに実行してみただけの行為。
 だがしかし、その美琴の拡大した仮想現実の中には、瞬時にいくつもの輝点が浮上していた。

「えっ……!?」
「どうした?」

 美琴は確かめるようにこめかみに手を当てながら周囲に目を走らせ、クマーとくまモンに一歩近づきながら声を落とす。


「……右方向20メートルの位置に、電磁波を放つ物体が5つ……。能力者でも、生物ですらないわ……。
 体高約1メートルの機械……、ロボットみたいな自立駆動するタイプ。私たちを監視してる……?」
「なんだそりゃ……」
 ――参加者でも、ヒグマでもないことは確定だモン。


 緊張を帯びた美琴の囁きにも、くまモンは表情を変えなかった。
 美琴が視線だけを落とす先で、地面に文字が刻まれる。


 ――こちらの捕捉は気づかれてるモン?


 美琴はくまモンの蔭に移動しながら、靴の踵で草原を抉る。


『いいえ』


 美琴がその文字を書きつけた瞬間、くまモンの体が黒い旋風と化した。


 ――西の天草。
「……えっ!?」


 くまモンの体は、既に20メートル先の背の高い草むらの上にまで一足跳びに襲い掛かっている。
 その眼下には、体を白と黒に塗り分けた機械のクマが驚愕に空を仰いでいた。


 熊本の天草諸島の島々には、本土と島とを結ぶ5つの橋がかかっており、これを『天草五橋』と呼ぶ。
 これらはそれぞれ多様な工法で作られており、尚且つ景色・海・交通・島の位置の全てを考慮した配置となっていることが有名である。

 このうち1号橋は連続トラスという方式で作られており、五橋の中でも最大の支間を誇る。
 その橋桁と橋桁との距離は――。
 優に300メートル。


 ――『天門橋』。


 空中から振り下ろされるくまモンの手刀に、黒白のクマは爪を振り上げて応戦しようとした。
 しかし、その爪は包み込まれるように手刀に受け流される。
 くまモンの体は空中で旋回していた。 
 その動きの中、爪を取られたクマに向けて流れるように繰り出されていたのが、下段への後ろ蹴りであった。

「ゲェッ!?」

 両脚の関節部を叩き折られ、破れた白黒の被膜から機械が露出する。
 くまモンはそれを掴み上げ、さらに奥の草むらに向けて横殴りに叩き付けていた。


 ――『大矢野橋』。


 ランガートラス方式の2号橋は、大きく美しいアーチで有名である。
 その橋のような弧を描いてロボットが吹き飛んだ先には同じ形のクマ型ロボットが潜んでいた。
 同硬度の頭部同士を高速で衝突させられたそれらは、口から機械油を吹きながらひしゃげる。


122 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:53:43 vHhBSYDg0

 ――『中の橋』。


 くまモンはそのまま振り向きもせず、大きく四股を踏むような動きで、側方に踏み込みながら掌底を繰り出していた。
 草を踏みしめた足元が陥没し、隣の叢中に鈍い金属音が響く。
 潜んでいたロボットは、外装から直接内部に衝撃を浸透させられ、CPUが裂断して機能停止に陥った。
 PCラーメン方式で作られた3号橋は、世界トップクラスの支間を持つコンクリート橋である。


「な、なんなんだよオマエぇ!?」
「い、一度撤退するよっ――!!」
 ――『前島橋』。


 残り2体のロボットがてんでに逃げ出そうとする動きに、くまモンが低い体勢で追いすがった。
 ディビダーク工法の4号橋は、海面からの高さを極限まで低くし、景色を楽しめるよう設計されている。
 塩を吹く地面を滑るように走り込み、彼はロボットたちを抜き去りながらその脚を払っていた。

「なっ」
「ひっ」

 倒れたロボットの頭部を両手で掴み、彼は宙に翻る。
 そして同時に、二体のロボットはクロスしたくまモンの両掌で、絞られるようにその頭蓋を砕かれてゆく。


 ――『松島橋』。


 重い衝突音と共に落下したくまモンは、倒立のような体勢から宙返りをして着地する。
 地面に叩き付けられた二体のロボットは、総身にくまモンと自分自身の荷重を受けて、面影もなく圧潰せしめられていた。
 5号橋は日本でも珍しいパイプアーチ橋であり、真っ赤な色とシンメトリーのフォルムが特徴である。


 ――『みちくさドライブ』。

 
 構えを取り直しながら周囲に目を走らせるくまモンに、美琴とクマーは呆然としたまま口を開いていた。

「……あんたより強いってのは、本当みたいね」
「……そうだろう?」
 ――可愛さと不気味さが同居したデザインだモン。STUDYが監視用に放っていたのかも知れんモン……。

 二名のもとに、比較的中身が無事そうなロボットを引き摺りながらくまモンが戻ってくる。
 『ロボットの内部から使えるデータを引き出せないか』と、彼はロボットの外装を剥ぎながら美琴に尋ねた。


「まぁ、ある程度できるとは思うけれど。それにしても私からの情報だけでよくこいつらの正確な位置がわかったわね」
 ――相手がロボットだということが解りさえすれば、いくら体臭がなくとも、関節可動時に漏れる金属臭、外装の化学繊維、潤滑用の機械油など、いくらでも位置の分かる臭いは嗅げるモン。
 ――ただ、街中で同じような臭いがそこらじゅうにあったら解らなかったかもしれないモン。ここが草原で助かったモン。
「ああ、なるほど……」


 くまモンの言葉を受けて、再度周囲の電磁気を走査するも、今度は美琴の網にかかるものはなかった。
 クマーとくまモンが嗅ぐ臭気にも、分かる範囲の金属臭は、先程くまモンが破壊した5体のロボット以外にはない。
 ともすれば、他のロボットは今の顛末を見て逃げ出したという可能性もあるかも知れない。


「……このロボットを有冨さんがねぇ……。まぁ、作ってたけどさ、オートヒグマータとかいうなんか変なのは」
 ――戦闘を主眼にしたものではないモン。一体なにが目的だモン……。
「ちょっと待ってね……、今、無事な情報を引き出してみるから……」


123 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:54:09 vHhBSYDg0

 美琴はロボットの配線を直接触れて内部にハッキングし、映像と音声で、保存されていた録画情報を再生し始めた。

 ヒグマに惨殺されてゆく研究所の職員たち。
 秘密裏に建国されていたヒグマ帝国。
 首輪や放送の管理を担っているキングヒグマ。彼が第一放送前に遠隔爆破装置を壊してしまうシーン。
 地上に出てからは、何らかの工場の周りをイライラとした様子でうろつく『高橋幸児』という名の少年。
 ほとんど前触れもなしに襲い掛かる津波と、それを剣に飲み込ませる高橋幸児。
 その彼と交戦する『シバ』というヒグマ、およびシバと会話するキングヒグマ。
 実は人間だったらしいシバと、彼が巻き起こした大爆発。
 吹っ飛んだ先からさらに吹っ飛ばされるくまモン、クマー。
 そして黒い剣士に惨殺される海賊団のような人々。
 すれ違う会話と、ワープして消え去るメロン熊。
 目覚める美琴と、先程戦った穴持たず402。


「……こんなことが起きてたわけ、ね」
「なるほど……。やっぱりあの人たちは殺されてるよなぁ……」
 ――それにしても、これではますますこのロボットの目的が見えんモン。

 くまモンの疑問に一同が頭を捻る。

 有冨およびSTUDYに反乱を起こしたヒグマ帝国の内部に始めからいたらしいこのロボット。
 それだけなら、ヒグマ帝国側の何者かが操作して反乱の一助・参加者の監視に使っていると考えられる。
 しかし、このロボットはヒグマ帝国の人員からも身を潜めるようにして行動しており、参加者というよりもむしろヒグマ帝国の隙を伺っているように見えてならない。


「……もしかして、ヒグマ帝国もさらに反乱の種を抱えてるわけ?」
「大いにありうるよな。まずもって俺たちはヒグマだし。さっきのビーム野郎の例もあるし、国の統率はとれてないみたいだねぇ」
「ああもう!! ややこしすぎてわけわかんないわ! とりあえず今ある情報だけでも黒子に連絡を……」

 美琴はクマーの呟きを聞きながら髪をかきむしり、制服のポケットの辺りをまさぐった。
 しかし、その手が目的のものに触れることはない。
 動きを止めた美琴の顔が、徐々に蒼褪めてくる。


 ――どうしたんだモン?
「どうした御坂ちゃん?」
「……ケータイ落とした……」

 白井黒子の手引きで相田マナたちのヘリに潜入した御坂美琴は、当然、島に向かっている黒子らと連絡を取り合うために携帯電話を持ってきていた。
 しかし、宇宙に放り出された際か津波に襲われた際か、とにかく彼女の携帯はどこかのタイミングで逸失してしまったものらしい。

「佐天さんたちや生き残りを探すにしても黒子と連絡を取るべきなんだけどなぁ……」
「ちょっと待って!? 御坂ちゃん以外にも外から来てる子がいるわけ!?」
「ええ……。白井黒子っていって私の同級生。警察の人を何人か連れて来てるんで、大いに力になってくれるはずなんだけど……」

 クマーの言葉に返しながら、美琴は大きく肩を落とした。

「……これじゃお互いに安否もわかりゃしないわ」
 ――キミのことはあまり教えてもらっていないモン。どういう経緯でこの島に来れたのか、聞かせてほしいモン。
「まぁいいけど。……それより、なんか島に連絡手段ってないの? 公衆電話とかでもいいから」


124 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:54:38 vHhBSYDg0

 美琴の問いに、クマーが暫し思案した後、明るい表情で答えた。

「お、それなら、西の滝の上に行けばいいよ! あそこには『HIGUMA』があるからさ!」
 ――あのアスレチックまだ訓練に使ってたのかモン……。
「なによその『HIGUMA』って」
「俺たちヒグマの屋外訓練に使ってた巨大な総合運動訓練施設だよ。人間が観覧する用の実況席とか、放送設備とかもあったから、電話の一、二台くらいあるさ。
 もしかすると生き残った人が立てこもってる可能性だってゼロじゃないしな」

 クマーは投球や跳び箱のような動きをしながら、その施設がいかにすごいものか描写していく。
 くまモンの呆れ交じりの解説を付け加えて理解するに、かつて一世を風靡した『SASUKE』というアスレチックステージを模した形式で、様々な運動能力を試される競技が並べられているところであるらしい。
 元々ヒグマたちの能力を試し、訓練するための施設であったようだが、どちらかというとそれは名目で、完全制覇者の一人であるくまモンとしても、研究員の酔狂で作られたのではないかと推測せざるを得ないものだった。


「7球のストラックアウト、両手の届かないスパイダーウォーク、上とマットが剣山になってるモンスターボックス……。
 失敗したら即死もありうる仕掛けになってるって……。いや……、なんというか……、バカみたいな施設ね」
 ――全面的に同意するモン。
「まぁ、研究者ってだいたい、頭のいいバカみたいなものだと思うよ俺は」

 美琴は彼らへの返事もそこそこに話を切り上げ、北西の方に向けて指をさした。

「とにかく、それはあっちで良いのよね? 向かいながら話してあげるわ。私がどうしてここに来たのか」
 ――途中であの狂戦士にあったらただじゃおかないモン。
「あのバーサーカーとの交戦は避けような!? 今会っても大変なことになるだけじゃん!!」
「あー、見かけても気付かれないようにするわよ……。力が戻るまでは私としても厳しいもの」

 
 草原の彼方を目指しながら、磁力の網を抜け目なく張り、御坂美琴はそのいきさつを語り始めた。


    ###【LAB=0】


「――できましたわ!!」
「ボクの推測した通りだったね……。中々いい具合になったと思わないかい?」
「お、おう」
「そうだな」
「ええ……」

 今まで霞のように存在感を消していことのが嘘のように、口を開いた狛枝凪斗の言葉は、人に反駁を許さない気迫のようなものがあった。
 カズマ、佐倉杏子、黒騎れいが眼を見張るその位置には、一人の少女がうきうきとした表情で浮かんでいる。


「改めまして自己紹介いたしますわ。私は学園都市で風紀委員(ジャッジメント)をしております白井黒子と申しますの。
 そしてこちらが、もうご存知のお方もいらっしゃるようですが、HOLY部隊の劉鳳さんですわ」


 鈴を振るような声に合わせて、白井黒子と名乗るその少女は、ツインテールになっているその『髪』で黒騎れいのメモを取り、『皆さんを助けに参りましたの』と書きつけていた。

 彼女は、全身に白を基調とした衣服を纏っていた。デザインとしては中学の冬服に厚手のタイツを履いたような格好だが、その袖は拘束衣のように腕を組んだ状態で胸の前に留まっている。
 また、彼女の顔の左半分は真っ白い仮面で覆われており、そこから紫がかった髪飾りが続いていた。
 ツインテールの基部がその機械的な髪飾りで止められており、彼女の髪は腕の代わりに、触手のような仕草で辺りを自在に動き回っている。
 劉鳳を以前から見知っているカズマには解ったが、これは絶影――、劉鳳のアルターの第一形態の姿そのままであった。


125 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:55:02 vHhBSYDg0

「てめぇ……、劉鳳のアルターに取り込まれたのか?」
「どうやらそのようですわね……。朝方ですけれど、この島に着いた際にロボットのようなものと遭遇戦になりまして……。
 劉鳳さんと一緒に戦っていた私は重傷を負って、気付いたらこの通りですわ」
「……ロボットというのは、さっきのモノクマのことかな?」
「いいえ、違いますわ、もっと人型で雷で攻撃してきまして、こう、黒い髪がたなびいているような格好でしたわ」
「奴……、アルターの結晶体か……」


 絶影と同化した黒子の前に、カズマと狛枝凪斗が詰め寄っている。
 黒子の描写にカズマは一人納得し、彼女の隣にいる男に視線を移す。


「……そうだったんだろ、劉鳳?」
「……ああ、その通りだ……」


 浮遊する白井黒子の隣には、暗い表情でうなだれる男――、劉鳳が立っていた。
 意識を取り戻した彼には、カズマの見知っている刃のような鋭さはおろか、一切の精彩がない。

「お前大丈夫か……? 体は平気なんだろ? どうしたんだよ……」
「……いや、何か、こう、来夏月を思い出して情けなくなっているだけだ」

 劉鳳は衆人に見守られる中、自嘲交じりに溜息を吐いた。

 来夏月爽というのは、かつては劉鳳と同じHOLY隊員であった男である。
 彼のアルターは『常夏三姉妹』という、彼のエゴとフェチズム丸出しの三人の美少女の形をしており、それぞれ自律行動ができるようになっていた。
 なお、彼は三姉妹が合体して本気を出した際の姿を『醜い』と思っており、そうして自身のアルターを否定したことがきっかけでカズマに敗北していた。

 自分のアルターのコントロールを失い、自身の正義を失った姿がその男に重なり、劉鳳の気分はどんよりとしている。
 絶影の姿の黒子が隣から慰めにかかるも、それは劉鳳の自責を強めるだけの行為だった。


「まあまあ劉鳳さん! とりあえずはこうして二人とも生き残れたのですから良かったではありませんの!
 ……私の方はまぁ、五体満足とはいきませんでしたけれど」
「その通りだ!! その上、俺は杉下さんさえも見失っている!!
 これでは情報のやりとりはおろか、互いの安否もわかりはしない!!」
「あ、携帯電話なら私が……」

 黒子は触手のようなツインテールで、自分の腰の辺りをまさぐった。
 しかし、その髪が目的のものに触れることはない。
 動きを止めた黒子の顔が、引き攣った笑いを浮かべる。

「あー……、私の『体』の方が持っていたのですが……」

 当然、御坂美琴を相田マナたちのヘリに手引きした白井黒子も、彼女らと連絡を取り合うために携帯電話を持ってきていた。
 しかし、それは先のアルター結晶体との戦闘で彼女の肉体ごと消滅してしまっている。
 なお、ここで仮に携帯電話があったとしても、当の杉下右京は携帯を持ってきておらず、その上既に死んでいるので連絡を取ることは出来ない。


「まあ、そこら辺は後回しにしてくれるかな」


 狛枝凪斗が、そう言いながら『まずはあなた達がどのようにしてこの島のことを知り、やって来たのか、詳しく知りたい』とメモに書きつけていた。
 黒子と劉鳳はそれに向かって頷く。


「わかりましたわ」
「ああ……」

 
 互いに非力なものとなってしまった二人は、目の前の4人に向けて、そのいきさつを語り始めた。 


    ###【LAB=01】


126 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:55:38 vHhBSYDg0

 それはある日、御坂美琴が一人学園都市の街並みを散策している際のことだった。
 行きつけの自動販売機のところまでやってきた時に、彼女はその男の存在に気づいた。

「……?」

 振り向いた御坂美琴が見たのは、くたびれたワイシャツに蓬髪と無精髭をふり乱す、がっしりとした体躯の男性だった。
 顎を引いた顔が前髪で隠れてその表情は窺えないが、その口元は薄く笑っているようにも思える。
 自然体で立っていたその男は、胡乱なものを見るような美琴の視線に向け、枯れた声で呟いた。


「……ようやく見つけたぞ……。『常盤台の超電磁砲』、御坂美琴!」
「……誰よあんた。こんな良い天気の日に面倒事はやめてほしいんだけど」
「お前があの女の件に関わっていたことは調べがついてんだ。あの女の居場所を吐けば、俺は何もしねぇよ……」

 辟易した溜息を吐く美琴に、男は一歩前に進みながらしわがれた声を継ぐ。

「さあ、答えやがれ。あの女を見つけて落とし前をつけてもらわなきゃならねぇ」


 美琴は宙に視線を彷徨わせた。

 この男性は『あの女』という誰かが中核にある事件かなんかに巻き込まれたのだろう。
 そして、その鎮圧に『常盤台の超電磁砲』が関わっていたと知り、私づてに居場所を突き止めて何かしようとしているのか。
 木山先生か?
 妹達か?
 食蜂操祈か?
 テレスティーナか?
 ショチトルか?
 いずれにしても、この見るからに殺気立った怪しい男に彼女たちのことを伝えて良いものか――。

 暫しの沈黙の後、美琴は男に向けて答えた。


「……心当たりが多すぎて誰の事だかわかんないわ」
「あくまで、とぼける気か」
「いやいやいや、本当に誰よ」

 顔の前で手を打ち振る美琴に向け、男は怒りも顕わに、懐から台所用ゴム手袋を取り出して両手に装着する。

「ならば、力づくでも聞き出してやる――!!」


 男の挙動は早かった。
 瞬間的な踏み込みで、美琴と男の間合いが一気に詰まる。


 ――武装無能力者(スキルアウト)ね!

 男が能力を演算する気配は無く、何らかの武術のような構えから、男は美琴に向けて蹴りを繰り出そうとしていた。
 
 ――無能力者が、キャパシティダウンもなくレベル5に挑むつもり!?

 男の体重が左脚から抜け、そのジーンズが鞭のように前蹴りとして繰り出される動きを、美琴は完全に見切っていた。
 
 ――甘いわね。適当にあしらって気絶でもしといてもらうわ。

 向かって右側から来る蹴りを躱すべく、美琴はただちに回避動作に移っていた。
 しかし。


「シャァッ!!」
「――な、がっ!?」


 男が放ってきたのは右の回し蹴りだった。

 完全に予測と逆の動きを取られ、脇腹へもろに蹴撃を喰らった美琴は、背後の自動販売機にまで吹き飛んで叩きつけられていた。
 普段から壊れている自動販売機が、その衝撃で内部の飲料をボロボロと吐き出し始める。
 地に崩れる美琴へ残心を切りながら、男は静かに口を開く。


「『ガマク』だ」
「な、なん、ですって……?」
「空手には、自分の体重移動を筋肉で操作し、相手から欺瞞する技術がある。超能力者ばかり見てるあんたら学園都市の連中に、欠けているものだ」


127 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:55:56 vHhBSYDg0

 自販機からの警報が響く中、美琴はその言葉に、肩で笑いながらゆっくりと立ち上がった。

「へぇ……、そりゃ〜ぁ勉強になったわ。でもね、その程度のことができたくらいで私をやり込められると思ってるわけ?」

 その右手に、地面からぞわぞわと黒い粒子が集まり、一本の剣を形作る。
 御坂美琴が自身の能力で編み出した変幻自在の武器・砂鉄剣であった。
 細かく振動するその刃先はチェーンソーのようになっており、抜群の切れ味を誇る。

「これを見ても……まだそんな減らず口を叩ける?」
「ハハ、そりゃあ小学生の理科実験か何かか?」
「あっそ……先に手を出してきたのはあんたなんだから、腕や脚が飛んでも文句言わないでよね!!」
「フン……」

 御坂美琴は、声を張りながらリニアモーターカーのような速度で男へと突進した。
 彼女はそのままの勢いで砂鉄剣を振るう。
 だが体を深々と袈裟切りにするだろうその太刀筋を見ながら、男は未だ口元に笑みを浮かべていた。


「あんたこそ」


 男の腕が蛇のように疾った。
 美琴が砂鉄剣を振るうその軸である右手。
 その位置に己のゴム手袋を先んじて滑り込ませ、円を描くような動作で、体を捌きながら美琴の動作を隅へと引き落とす。

 回し受けである。

 渾身の剣閃を空ぶった美琴は、そのままもんどりうって地面に転がってしまった。

「――おわっ!? たっ、たたぁ……」
「……その程度のことができたくらいで俺をやり込められると思ってるのか?
 こちとら命がかかってるんでね。何が何でもあんたには吐いてもらう!!」


 横たわる美琴の上に、樋熊と名乗った男はゴム手袋の拳を振り被る。
 総毛を電気で逆立たせ、美琴は彼に指を突き付けて怒声を張り上げた。

「ふ、ふ、ふざけんじゃないわよ……。まずもって名前くらい言ってからモノを尋ねなさいよ!!」
「樋熊貴人。それが俺の名だ」
「あんたの名前じゃないわよ!! 『あの女』ってそもそも誰なのよ!!」

 
 男は身構えたまま、そこで初めて美琴に怪訝な眼差しを向ける。

「……何? あいつとあんたは、親交が深かったんじゃないのか?」
「親交の深い女なんて何人もいるわよボッチじゃないんだから!! あんた基準でモノを考えるな!!」
「ん、まぁ……、そう言われれば確かに……。とぼけてた訳じゃないのか……すまなかった」

 樋熊貴人は、平謝りして御坂美琴を助け起こした。
 だが彼に浴びせられた打撃と、彼の饐えた汗臭さもあり、その程度の謝罪で美琴の怒りは到底収まらない。


「……とりあえず一発蹴らせろ」
「ちょっと待って!? 俺は本当に、あの女を探してるだけなんだ。あの、ぬの――」
「チェストぉぉぉーッ!!」
「たべらっ!?」


 樋熊貴人は、喋りかけたその横面に見事な飛び蹴りを喰らい、先程の美琴と同じく自動販売機に衝突して地面に崩れ落ちた。
 自動販売機は再び軽快な音を立てながら大量の缶ジュースを吐きだし始める。

 御坂美琴は、倒れ伏す男の姿から、隣に降り立った人物へと視線を移した。
 彼を蹴り飛ばしたのは、御坂美琴ではなく、その瞬間にテレポートを行なってきたこの人物だった。


「……全く、警報を聞きつけてやってくれば、この有様ですわ。お姉さま、お怪我はありませんこと?」
「黒子……」
「よもやスキルアウト程度にお姉さまが遅れを取るとは思えませんが、この殿方の罪は、仮に未遂であっても処断されなくてはいけませんわ!」


 ピンク色のツインテールを掻き上げるその少女は、美琴の後輩である風紀委員、白井黒子である。
 両手に飛び道具の鉄針をぞろりと構えゆく黒子に向けて、美琴はぽりぽりと頬を掻いた。

「あー……、黒子。その人、なんか私に聞きたいことがあっただけみたいよ」
「はい? 襲われていたのではありませんの?」
「まー、それは勘違いがあったみたいで」
「ですが実際に被害に遭われたのでしょう!?」
「そうねぇ……、じゃあ目ぇ覚ます前に一発踏んどこうかしら。減るもんじゃないしね」


 美琴が眉を上げた先で、樋熊貴人という男は、大量の清涼飲料の山の上に白目を剥いていた。


    ###【LAB=01】


128 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:56:38 vHhBSYDg0

「ふーん、空手のインストラクターをなさっているんですのね」
「まぁ……ね。学園都市には個人講師として呼ばれてたんだが、その唯一の顧客に雲隠れされちまってさ……。
 それで血眼になって探してたんだよ、あの女を」
「布束さんの師匠の一人かぁ……。確かに彼女、胆力は人一倍あったし。にしても、それならそうと最初から言えっての」
「そうだね。ごめんね。俺も焦ってたんだよ……、ついに家賃滞納でアパート追い出されちまったしさ」


 『北辰会館 空手インストラクター 樋熊(ひぐま) 貴人(たかひと)』

 そんな文面の名刺が、御坂美琴と白井黒子の前に差し出されている。
 二人は、先程の男・樋熊貴人ともに喫茶店のテーブルを囲んでいた。

 樋熊はフケの目立つ髪を遠慮がちに掻き、グラスに入った冷たい水を煽る。
 そのグラス以外何もない彼の前に、黒子は瞑目しながら、自分に運ばれてきたパフェのアイスとウェハースをコースターに取り分けて樋熊の前に差し出した。
 美琴は暫く、その黒子と樋熊とを交互に睨みつけた後、しぶしぶと自分の皿のパンケーキを一枚、樋熊のコースターの上に乗せた。


「察してくれて本当にありがとう」
「お礼をして下さるならいつでも構いませんわ」
「ああ……、あの布束砥信から月謝をもらうまでは無理だな。いただきます」
「でも布束さんかぁ……。仕方がないとはいえあんたも災難ね。今布束さん、アメリカよ?」
「……は?」

 両手を合わせて、パンケーキにかぶりつこうとしていた樋熊の動きは、美琴の感慨深げな嘆息で停止した。
 目を点にして顔を上げる彼の口から、パンケーキが零れ落ちる。


「雲隠れってのが……、たぶんあの時布束さんが暗部に攫われた時のことでしょ?
 それからしばらくしてSTUDYに拾われたみたいだけど……、私たちがぶっ壊……あ、いや、私たちが知った時にはもう会社は倒産して、布束さんはそのままアメリカ行きだったからねぇ。
 そりゃ、樋熊さんにお金払うどころか連絡取る余裕なんてなかったでしょうね」
「う、げ……、まじかよ……。会社も、倒産? それほんと!?」
「ほんと」
「ふ、ふ、ふざけんなよぉおおおおお!!」

 樋熊貴人は、唐突に叫びながら立ち上がった。
 振り上げる両手がわなわなと震えている。


「ほんっと、この町の無能力者差別はおかしいって!!
 能力がないからってロクなバイト探せなかったんだぞ!
 うじゃうじゃいる学生どもと違って仕送りがあるわけでもなし!
 実家に帰ろうにもやれ機密保持だの手続きだので出られやしない!
 行きはよいよい帰りは怖いってレベルじゃねぇよこのクソ都市がぁあッ!!」


 ハァハァと息を荒げて捲し立てた樋熊に向けて、静まり返った喫茶店の全方位から驚愕の視線が向けられている。

「あ……、す、すんません」

 我に返った樋熊は、店員と客から向けられるその視線の槍衾に気付くや、一転意気消沈して席に戻っていた。
 テーブルに重い溜息を流す彼に向けて、今まで顎に手をやって考え込んでいた黒子が呼びかける。


129 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:56:57 vHhBSYDg0

「樋熊さん……、もしかすると、お金、払っていただけるかもしれませんわよ」
「……へ? 一体どうやってだい?」

 黒子は、薄く涙さえ浮かべる樋熊貴人へ微笑んだ。

「ジャッジメントづてで聞いた話では、有冨さん、STUDYコーポレーション再建なさったらしいんですの」
「あ、そうなの。意外に早かったわね。あんだけ叩きのめしたのに……いや、叩きのめされたと聞いたけど、資産残ってたんだ」
「ええ、なんでも北海道に移転して再出発なさるとか。ですから、今ならまだ移転しきる前でしょうから、本社に行って布束さんとのことをお話すればいいのではないかと」

 美琴の相槌を挟んで語られたその情報で、樋熊の表情はたちまち明るくなる。
 彼はテーブルに身を乗り出して二人の腕を掴み、激しく上下に握手を振りながら感謝を述べた。

「うおおおっ!! ありがとう、ありがとう! これで希望が出てきた! その有冨ってやつのとこに乗り込んでってやるわ!!
 会社の住所は!? わかる!?」
「え、ええ……図書館のネットででも『STUDYコーポレーション』と検索すれば一発だと思いますわよ」
「よしオッケー……。にしても北海道ね……。工藤が籠ってるらしいから、金が入ったら行ってみるのもアリだな……」

 樋熊がテーブルの紙ナプキンにメモをとっている間、美琴と黒子は笑みを引き攣らせ、先程掴まれた手首をおしぼりで拭っていた。

「いやぁ、君たちは北辰会館の工藤健介って聞いたことある? 俺らの筋じゃ結構有名なツワモノなんだけどさ」
「いえー……、まったく」
「俺はね、その工藤に『人間は樋熊に勝てねぇ』って言わしめた男なんだぜ。焼肉の席で後輩にそう漏らしたんだとよ!
 この俺が、こういつまでも不運に呑まれるわけねぇわ! やっぱ俺は天下の樋熊貴人よ!」

 うきうきとした様子で樋熊は再び食べかけのパンケーキやアイスに舌鼓を打ち始め、何やら自慢話のようなものを語り出す。

「うっしゃ! それじゃあ美琴ちゃんに黒子ちゃん、マジありがとう! 金はいったら今度埋め合わせするわ!
 電話かメールか教えてくれよ。そこに連絡入れるからさ!」
「あ、え、ええ……」

 反応に窮する二人を差し置いて、グラスの水を干した樋熊は爽やかな笑顔を残して風のように店外へと立ち去って行った。
 怒涛のようだった樋熊貴人の挙動に、暫し美琴と黒子は顔を見合わせ、もそもそと自分のスイーツの喫食へと戻る。

 テーブルの名刺と、向かいの座席に残る饐えた臭いだけが、男の実在をそこに示していた。


    ###【LAB=01】


 そして月日が過ぎ、御坂美琴も白井黒子も、ほとんどその男のことを忘れかけていたころだった。
 その日、美琴と黒子は、友人である佐天涙子と初春飾利に出会わなかった。

 携帯にかけてみても、繋がらない。
 何かのっぴきならない事情でもあったのか、それとも何か事件にでも巻き込まれたか。
 寮の部屋で二人が不信感を抱いていた夜間も夜間、美琴の携帯電話に唐突に着信が入る。

「お、佐天さんかな〜♪ どうしたんだろ今日は」

 だが、画面に表示されていたのは、佐天や初春の電話番号ではなく、『公衆電話』という文字。
 とりあえず通話をとった御坂美琴の耳に飛び込んできたのは、息巻いた男性の叫び声だった。


『やった! 美琴ちゃんだろ!? 俺だ! 樋熊! 樋熊貴人だよ!!』
「あ、え……? 樋熊さん? ああ〜、樋熊さん、久しぶりね。あれからどうなのよ。お金は払ってもらえた?」
『そ、それどころじゃねぇんだ! 今、俺は北海道にいる……!』
「ああ、じゃあ例の同門の人のところで修行中……、とか、そういうわけでもなさそうね」

 久方ぶりのその男の声に美琴は軽く挨拶をし始めるが、彼の口調から、何かただ事ではない雰囲気を彼女はただちに感じ取った。
 黒子に聞こえるようスピーカーホンに切り替えた電話口の向こうで、樋熊貴人の声はただならぬ焦燥に染まって荒い。
 電話に硬貨が飲み込まれていく音と共に、息巻いた樋熊貴人の声が続いてゆく。


『いいか、よく聞いてくれ。時間がない。スタディはとんでもねぇことをしてやがった。俺はやつらに誘拐されたんだ!』
「え!? 誘拐!?」
『他にも何人も誘拐されてるらしい。これ以上あんな仕打ちを受けたら気が狂いそうだ!』
「ちょっと待って下さいまし。本当に有冨さん方がそんなことを? 布束さんはいらっしゃいますの?」
『ああそうだよあの眼鏡のクソガキどもがな!! 布束はつい最近アメリカから呼び戻された!! 実験中止を掛け合ってたみたいだが、もう無理だ!!』


130 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:57:13 vHhBSYDg0

 切羽詰まった叫び声に、美琴と黒子は顔を見合わせた。
 眉根を寄せて、黒子がさらに樋熊へ向けて尋ねかける。
 電話の中に硬貨が落ちる。

「その実験とはなんですの? 有冨さん方は、今度は何をなさろうと?」
『……ひ、「ヒグマ」だ!! 「ヒグマ」だ!!』
「何いってんの樋熊さん。自分の名前何回も繰り返さなくても分かるって……」
『もう来やがった……!! クソッ、ヤッてやるよ、この、クソヒグマがぁああああ!!』

 樋熊貴人には、もう美琴たちの声が届いていないようだった。
 彼の叫びは、最後には怒りに塗りつぶされ、電話ボックスのドアを乱暴に開け放つ騒音の後、ぷっつりと途切れた。

 ツー、ツー、ツー。

 と、後には冷ややかな発信音が残るのみ。
 目を見開いた黒子が、同じく瞠目する美琴に向けて、おそるおそる尋ねかける。


「もしかして……、樋熊さんのおっしゃってた『ヒグマ』って、『羆』のことでは……?」
「……北海道だけに?」
「ええ……。有冨さんが北海道に研究所を移転したのって、もしかするとその『羆』でなにかするためだったのでは……」
「……樋熊さん、『他にも何人も誘拐されてるらしい』って言ってたわよね」

 低い声で呟く美琴に、黒子は重々しく頷く。

「お姉さまと同じことを考えてますの。……佐天さんと初春は一度私たちとともにSTUDYに関わった身。
 樋熊さんの例を見る限り、同じく有冨さんに攫われた可能性が高いですわ」
「有冨春樹……。本当なら、ただじゃおかないわ……」

 拳を握りしめる美琴から踵を返し、黒子は手早く寝間着から着替えつつどこかに連絡を取り始める。


「学園都市やアンチスキルでは信頼できませんから、薄いツテですけれど、ジャッジメントの仕事で知り合った外部の警察機構の方々に片っ端から当たってみますわ。
 警視庁特命係やHOLD部隊、トランプ共和国大使館の前評判に偽りがないと良いのですが……」
「ええ、お願い黒子。私も片っ端からネットの情報を検索してみる。『北海道』、『羆』、『誘拐』、『STUDY』。
 これらのキーワードで少しでも引っかかることがあったら、確証を待たず、すぐにでも動くわよ……!」
「了解ですわ!!」


    ###【LAB=1】


「……とまあ、こんな具合で。そこに今日未明の大量のヒグマ襲撃とかいう自衛隊の情報もあって、警察の杉下さんって人がこの島の位置を割り出してくれて、やって来たってわけ」
「なるほど……。メンバーとしてはどんなものなんだ?」
「警察から杉下さん。アルター使いの劉さん。私と黒子。プリキュアとかいう、相田マナっていう女の子。あと、マタギの山岡さんの6人ね」
 ――そのそうそうたるメンバーがすぐにバラバラになってしまったのかモン……。
「それで御坂ちゃんだけ満身創痍ではぐれてるっていうのがなぁ」
「着いてすぐヘリに2体もヒグマが襲い掛かって来たからね……。なんとか返り討ちにはできたけど」


 御坂美琴およびクマーとくまモンの3名は、そんな会話をしながらA−5エリアの滝のもとにやってきていた。
 クマーが息巻いて施設の紹介をしようと駆けるが、遠目から見ても、なにやらそこが大規模に破壊されていることは明らかだった。
 薄れてはいるが、建材や木々が燃えた後の激しい臭気も未だ漂っている。
 また、なぜかこの近辺は津波が来ていないようでもあった。

「何があったのかしら、ここ……」

 美琴が踏み込んだ『HIGUMA』のアスレチックには、何発も爆弾を打ち込まれたような歪みと焦げが至る所に刻まれており、見る影もなくなっていた。
 瓦礫の中を踏み分けてみれば、特に破壊が酷かったのは実況席の付近である。
 プレハブのフレームが捻じ曲がるほどの衝撃と高温で、窓や扉、主な内部の機材は粗方吹き飛んでいる。
 座席には、辛うじて人と判別できる、誰かの赤黒い焼死体が残っていた。


「……参加者同士の殺し合いがあった、ってとこか……?」
 ――それか、メルセレラは?
「あのキムンカムイ教の? あの子、こんなことができるほど能力強くなかったよ」
 ――それもそうだモン。


131 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:58:27 vHhBSYDg0

 二人で憶測を交わすクマーとくまモンをよそに、美琴は焼死体に両手を合わせた後、何か焼け残っているものがないかと辺りを見回し始めた。
 弾け飛んだ窓から外を見やると、そこから比較的破壊の少ない場所が見えた。
 地面に降りて歩み寄れば、そこには野球場のようにダイヤモンドが描かれており、中ほどにマウンドの盛り土があった。
 打席とホームベースの位置には巨大な鉄球が落下しており、何かを潰している。
 恐らく、件の7球ストラックアウトだったのだろう。

 ふと美琴の足元に何かが触れる。
 盛り土と埃に埋もれかけたそれを手に取ってみれば、それは一機のスマートフォンであった。
 生憎と電池が切れているようで電源は落ちていたが、外面に目だった傷はない。


「おーい、御坂ちゃん、何か見つけたかい?」
「ええ、一応ね……。ちょっと使えるか試してみるわ。そっちは何かあった?」

 駆け寄りながら呼びかけるクマーに答えながら、美琴はスマートフォンの埃を吹いて、充電ができないかと指を突っ込んでいる。
 野球場の中央に集い、くまモンがそこへ『HIGUMA』会場内の図面を引いて説明をしていく。


 ――破壊されていたのは、主に中央の『城』……ヒトの待機スペースだモン。
 ――周辺のアスレチックは、爆発を喰らって崩れたものも多いけれど、まだ使えそうなものも一部あったモン。
「殺人アスレチックが使えたところで、ねぇ……?」
「とりあえずここを爆破した犯人は、明らかにあの実況席にいた人間を殺そうとしていたんだろうな」
「こんな理不尽な競技を強要されたんだとしたら、その気持ちもわからなくはないわ……」

 残存している設備に美琴が眼を通していたところ、スマートフォンが明るい音を立てて再起動した。
 充電はうまくいったらしい。


「おお、御坂ちゃんすごいな。そんなこともできるのか」
「いやぁ、誰のだか知らないけど助かったわ!! 早速黒子にー……っと」


 ロックしているパスワードの番号はわからなかったため、とりあえず緊急電話に直接白井黒子の電話番号を入れて繋いでみる。

『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません』

 しかし、その電話口に返ってきたのは淡々とした機械音声であった。
 何故電源が切れているのか。それともどこか圏外の場所にいるのか。
 どちらにしてもその無機質な音は、美琴の心に不安をあおった。


「ね、ちょっと、この島にここ以外に公衆電話とかないの!? 樋熊さんの使ってたヤツ!! 探知して電話してみる!!」
 ――彼は脱走の際に北海道本島まで行ってデビルに連れ戻されたモン。
「この島にはないねぇ、公衆電話は」
「ったく!!」
「まぁまぁ、いざという時外部に連絡できるかも知れないんだから、それはとっとけば?」

 苛立つ美琴をクマーが宥めるも、黒子の身を案じる美琴に効果は薄い。


「だって、結局生存者の手がかりは全くなしよ!? 南の狂戦士を避けて移動してきたとはいえ、人影といえばあそこの焼け死んでる人しかいないじゃない!
 このままめくら撃ちに行動してもどうしようもないわ!!」
 ――このマウンドには、臭いからして、まだ若い男の子が立っていた様だモン。そして、南東の方に去っているモン。
「あー、男のガキかぁ。ショタは趣味じゃないんだよなぁ」
「ふざけてる場合じゃないでしょ!!」

 美琴に首を締め上げられたクマーが泡を吹くのをよそに、くまモンは更に臭いを確かめるように辺りを嗅いでいく。


132 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:58:43 vHhBSYDg0

 ――この男の子の足跡は既に何時間も経っているモン。ボクたちが出会わなかったのも仕方ないモン。
 ――ただ、焦げ臭さではっきりとしないけれど、西の端、海食洞の方から、女の子の臭いもするモン。
「え!? 女の子!? どこ!? どこ!?」
「わ、ちょっ!!」

 くまモンの発言を聞くや、クマーは即座に蘇生して美琴の腕を振りほどき、彼の隣に詰め寄っていた。
 『HIGUMA』の会場から少し外れた滝の下に、地下の研究所とも繋がる海食洞がある。
 女の子の匂いは、どうもその下から空中に移動していっているようだった。


「……俺の嗅覚は言っている……。女の子は2人。しかも中学生以下だ……! 間違いなく俺のリスト内の誰か!!」
「空を飛んでるってことよねぇ……。それじゃあ私と一緒に来た相田さんの可能性も、あるわね」
 ――やっぱり方向は南東だモン。比較的新しいから……、これはあのバーサーカーとぶち当たってる可能性があるモン。

 遠くの空を見上げるくまモンに、美琴とクマーは顔を見合わせた。
 そして、彼らは一度大きく深呼吸をして口火を切る。


「……やはり、ここは腹をくくってその狂戦士と戦いに行くしかなさそうね」
「……やはり、ここは断腸の思いで隣の温泉へ入りに行くしかなさそうだな」


 互いの発言にきょとんとする二人へ、くまモンが振り向く。

 ――クマー、どうしてそうなるモン。
「そうよ!? おかしいでしょうここで温泉が出てくるのは!? この子たちがピンチかも知れないのよ!?」
「あのバーサーカーとまた戦うのなんてやだよ俺はぁ!! あれだろ!? 御坂ちゃんに同行してた子はヒグマ2体返り討ちにしたんだろ!?
 じゃあ大丈夫だって!! こっちで待ってた方が良いって!!」
「そうじゃないかも知れないじゃない!! もしかすると、あの映像で見た船の人みたいにもう殺されてるかも……!!」
「死んだ子を悔やんでも仕方ない! ネクロフィリアの趣味はないからな!!」
「なにそれ知らないわよ!!」

 美琴の剣幕から一歩引いて、クマーはその頬に汗を垂らしながら彼女に指を向ける。


「いいか……。御坂ちゃんだって本調子じゃないんだろ? 俺やくまモンは、足場が悪かったとはいえあいつに軽く蹴散らされた。
 このままの状況じゃあ勝ち目は薄いんだ。攻め込むに行くにしても一度体力や物資を補給してからの方が良い。
 ここでいくら焦ろうが待とうが、最早大した時間の差じゃない。御坂ちゃんだって津波のせいで潮吹いてるぞ」
「う、まぁ……、そりゃあお風呂に入れる余裕があるなら入りたいけれどね……?」

 クマーが指摘する通り、御坂美琴は津波に飲まれた後のずぶ濡れのまま今まで行動していたため、服や髪、肌の至る所に白く塩の結晶が溜まってきており、痒くなって来はじめている。
 正直、シャワーでも浴びて着替えられるのならそれに越したことはない。


「それじゃあ決まりだな! このお湯の川を辿っていけばすぐ温泉だ! まずは英気を養うぞ!!」
「ちょっとちょっと! 全然決まりじゃないわよ!!」
「あ、それともアレか。俺たちみたいな格好いいオスと一緒に入ると、別の意味で潮吹いちゃう?」
「誰が入るか!! ふざけんな死ね!!!」
「あぎゃっ!?」


 クマーの発言を赤面しながら蹴り飛ばし、美琴はくまモンに向き直る。
 顎を歪めたまま足元に這いずってくるクマーを踏みつけながら、美琴はくまモンに問うた。

「温泉のことは置いておくにしても……、あんたとしてはどう? やっぱり戦力を整えることを優先すべきかしら?」
 ――クマーの言うことは一理あるモン。資材集めと……、あと何にしてもキミの体調を万全にすることは優先すべきだモン。
「……ですってよ。良かったわねすぐ戦いに行かなくて済んで」


 足元のクマーに向けてそう呼びかけるも、彼は依然として『温泉……お風呂シーン……』などとうわごとのように呟いていたため、美琴とくまモンは彼を暫く無視することに決めた。


『ピーンポーンパーンポーン♪
 参加者の皆様方こんにちは。
 定時放送の時間が参りました』


 第二回放送が、ストラックアウト会場のスピーカーを通して彼らの耳に届いたのは、その時であった。


    ###【LAB=0】


133 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/22(水) 23:59:25 vHhBSYDg0

「とまあ、こんな具合で、劉鳳さんや杉下さんのご助力もあって、こちらの島を発見できましたの」
「……今日未明に海上自衛隊が多数のヒグマと交戦したという連絡もあってな。それで位置を特定できた」
「6人もの精鋭がやってきてくれたっていうのに、それが早々にバラバラとはね……」
「よりによって劉鳳が満身創痍ではぐれちまうっていうのがなぁ」
「着いてすぐにその結晶体とかいうのとか、ミズクマとかに襲われたんでしょう? 無理もないわ……」
「ああ、来てくれたってだけでも有り難いことだよ。あと4人、どこかにいるんだろ? 各人、参加者を助けようとしてくれてるさ」


 白井黒子と劉鳳の話に、狛枝凪斗、カズマ、黒騎れい、佐倉杏子が応じていた。
 事情を説明し終わった後、杏子の言葉を受けた劉鳳は再び暗い表情で溜息を吐き始める。

「……助けようという気概はいいが、俺たちは焦りの余り食糧の一つも運んで来なかった……。
 申し訳もない……。本来なら君たち被害者を手当てする救護物品や脱出させる大規模な輸送手段も確保しとかなくてはならなかったのに……」
「りゅ、劉鳳さん、そんなに落ち込まないで下さいまし!! 私を助けようとして下さったところ、格好良かったですわよ!!」
「俺はお前を助けたんじゃなく、お前に助けられてるんだよなぁ……」

 劉鳳は黒子の髪に背中をさすられながら、後ろを向いて嗚咽を漏らし始めてしまう。
 そんな普段のライバルの姿からは想像もできない光景を見せつけられ、カズマは口の端を苦々しく引き剥いた。


「おい! 何をうじうじしてやがる!? お前は今、泣いちゃいけねぇだろうが!!」
「カズマ……」


 劉鳳の襟首を掴み上げ、カズマは彼に向けて叫んだ。
 かつてカズマから掛けられたものとは真逆の言葉に、劉鳳は潤んだ眼を瞬かせる。

「全部過ぎたことだ。後悔しても始まらねぇ。なにより、あの時と違って、お前を助けたこいつも、ここにこうして生きてるじゃねぇか!!」
「そうですわよ、元気を出して下さいまし……」
「それでも、俺の正義は……」

 黒子とカズマの言葉に、なおも劉鳳は俯こうとしてしまう。
 それを無理矢理立ち上がらせたカズマは、彼の顔の前に明王のような表情を見せていた。


「字面を見るな!! 題目に拘るな!! お前の正義は、その程度のことで無くなるのか!?
 無ければ見つけ出せ!! 今から作り出せ!! ここに、お前の助けを待ってるやつは確かにいるんだぞ!!」


 カズマが後ろに振る左腕の先には、佐倉杏子、黒騎れい、狛枝凪斗がじっと佇んでいる。
 劉鳳を見つめるその視線には、期待と不安がないまぜになった心情が溶け込んでいた。
 彼らを見つめ返した劉鳳は、覚束ない動きながらもカズマの手を払い、一度だけ深く頷いた。

「……確かにその通りだ。先程、俺を海上で助けてくれた男が情報をくれたようだし、まずはそれを頼りに西に行ってみよう。
 ……それでいいな、カズマ、白井黒子?」
「ああ、そうしよう」
「勿論構いませんわ!」

 未だ表情は晴れ切らないものの、若干の張りが戻った劉鳳の声に、カズマと黒子は安堵と共に答えた。

「よし、決まりだね。それじゃあ、白井さんの友達だっけ、その子からまず探しに行こう」
「百貨店はしっかりとしている場所だし、比較的安全だと思うわ……。行くなら、火山の南を回りつつ、D−6からかしらね……」

 杏子とれいも、一区切りついた様子の彼らに相好を崩し、発つために目測を立てようとし始める。


「ちょっと待ってね。悪いんだけど、ボクのしたかった『話の続き』ってのは、まだ終わってないんだよ」


 だが、そこに割って入ったのは、狛枝凪斗の低い声であった。
 そのまま彼は、首元のマフラーを直している黒騎れいに向けて声をかける。


134 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:00:06 X/oI1bII0

「ボクはこの何時間かずっと観察していたんだけどね。やっぱりキミ、ちょっとおかしいんじゃないかなぁ?」
「……どういうことかしら」
「おい、いきなり何言ってやがる」

 睨むような視線を向ける黒騎れいの前に、佐倉杏子が割って入る。
 狛枝凪斗は、多少おどけたような雰囲気で肩をすくめ、状況の理解できていない白井黒子と劉鳳に向けて語り掛けていた。

「ここの皆にはもう話したんですけどね、南東の温泉で、ボクはヒグマを連れている人間の集団に出くわしたんですよ」

 主催者側の人間かも知れない――、という彼の再びの説明を、2人は興味深げに、3人は苦い表情で聞いた。

「……だから、そいつらの一人は巴マミ、アタシの知り合いかも知れねぇんだよ! 主催者側なわけあるか!」
「狛枝さん、あなた方の首輪には名前が刻まれているようですけれど、そのお三方の名前は確認なさいましたか?」
「よく覚えていないね。あの時はボクもヒグマに出会って気が動転していたから」

 杏子の叫びを置いて、白井黒子が冷静に狛枝の話を引き出していく。
 平然とした様子で返す狛枝凪斗の言葉を、佐倉杏子と黒騎れいとカズマの3人は3人とも『嘘だ』と直感したが、確証もなしにその言葉は言い出せなかった。


「それでボクが何を言いたいかというとね……、黒騎れいサン。キミも、主催者側の人間なんじゃないか、ってことさ」
「……な、何を言っているのかしら!?」


 黒騎れいの目が泳いだ。
 裏返った声が彼女の口を引き攣らせる。
 直前までれいと同じく『何を言っているんだこいつは』と思いかけていた杏子とカズマは、予期せぬ彼女の様子に、揃って怪訝な表情を見せた。

 深呼吸した後、黒騎れいは表情を戻して狛枝凪斗に問い返す。


「なぜ、そんな馬鹿げたことを思いついたのかしら」
「キミはヒグマについて良く知っているようだ……。それに、この殺し合いの会場の仕組みについてもね」

 首輪の盗聴の可能性を示唆し、まず始めに筆談の必要性を示したのは黒騎れいである。

「それに、ここの主催者のことも、良く知っているようだね。少なくとも以前から知り合いだったんだろう?」
「な、な、なんでそんなことがわかるのかしら」
「言っただろう、観察していたって。『左天』という男の人がモノクマからの情報を伝えてくれた時、キミは他の人より遥かに気を動転させていた」

 黒騎れいは、有冨春樹およびSTUDYのメンバーがヒグマに殺害されたと聞き及んだ時、全身を震わせながら冷や汗を垂らしていた。
 また、直後には「『あの有冨』を手玉に取った〜」などと、事前に主催者のことを知っていたかのような発言をしている。

「それに……、キミはあの時、この封筒の表書きを見ただけで反応していたね。もしかして、この達筆な字は、キミの知り合いの研究員のものだったりする?」
「……」

 狛枝凪斗が取り出したのは、『参加者各位』と記された茶封筒である。
 白井黒子と劉鳳にも見せられたその中には、主催本拠地への経路の記された書面と、何か針のようなものが仕舞われていた。
 遂に黙り込んでしまった黒騎れいの前で、佐倉杏子が怒りに髪を振り立たせ狛枝へ食って掛かる。


「おい、アンタさっきからおかしなことばっか言ってんじゃねぇよ証拠もなしに!!」
「じゃあ、彼女が劉鳳サンを襲ったヒグマを『ミズクマ』と呼んだことに関してはどう説明する?
 ……皆さん覚えてますよね、さっきの彼女の発言。誰もヒグマ一体一体の固有名詞なんて知るわけもないのに」


 狛枝の発言に、黒騎れいは思わず息を飲んだ。
 確かに彼女は先程、「着いてすぐにその結晶体とかいうのとか、『ミズクマ』とかに襲われたんでしょう? 無理もないわ……」と発言している。
 狛枝に掴みかかろうとしていた杏子さえもから視線を向けられつつ、黒騎れいは眼を逸らしながらその問いに答えた。


「……『水嶋水獣』っていう有名な民話に、『水熊』っていう生き物が出てくるのよ。聞いた感じが、その生き物にそっくりだったから、そう呼んだだけよ」


 苦しい。
 と、黒騎れいは自分の発言ながらそう思った。
 だが意外にも、『そうなのか』と、狛枝凪斗以外の全員が納得していた。


「ほら、仮称だってよアンタ。アンタこそ、さっきから例のロボットをモノクマモノクマ呼んでるじゃねぇか。それこそどう説明するんだよ!!」
「あいつはこの島の外でボクたちを殺そうとしていた、絶望を振りまくロボットなのさ。大方、この企画に乗じて更に絶望を蔓延させようとしているに違いない。
 だからボクは、カズマクンのような希望に、その絶望を討ち果たしてもらいたいんだ!!」


135 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:01:33 X/oI1bII0

 貴重な支給品を使ってでも率先して件のロボットたちを破壊した行動と、歯を噛みながら叫ぶ鬼気迫ったその表情からは、『モノクマ』に対する並々ならぬ狛枝の怨みが感じられた。
 佐倉杏子の肩越しに、その背後の黒騎れいを睨みつけながら、狛枝は炎のように言葉を吐いていた。


「なにより、キミが先程使った光の矢と、喋るカラスだ! あれから気配を消して黙っているようだが、その肩のカラスは何だというんだ!
 『私も人間には使ったことないから彼がどうなったのか分からない』だって? じゃあ普段、一体何に使ってたというのかねぇ?」


 黒騎れいの肩で今までじっと身を潜めていたカラスは、その指摘で黒騎れいと共に身を震わせた。
 怯えた眼差しを向ける黒騎れいの視線を受けて、カラスはその赤い瞳を、一度瞬かせる。


「仕方ありませんね……、黙っていたかったのですが」
「カラス……!?」
「実はれいは、私のような幻獣を使役して戦う、『パレキュア』という伝説の戦士なのですよ」
「!?」


 突然湧いて出たでっち上げの設定に、その場にいた全員が、当の黒騎れいを含めて面食らっていた。
 カラスはそのままつるつるとアドリブの設定を周囲に垂れ流してゆく。


「ちょ、ちょっと待って下さいまし。それは相田マナさんのような『プリキュア』のことですの……?」
「元々は『遥けし彼の地より出づる者』と呼ばれており、『示現エネルギー』という高次元のエネルギーを用いてこの世界を救うためにやって来たものなのです。
 れいは新米のため、まだ十分にその力を操作しきれていませんが、その矢で私を強化すれば、私はそこらのヒグマ程度簡単に蹴散らせる幻獣に変身できるのです」
(カラス、この矢ってあなたにも使えたの!?)
(黙りなさい、れい!!)


 黒子やれいの発言を躱しながら、カラスはアピールするようにその翼を広げ、眼を光らせた。
 狛枝凪斗には、それが明らかにでまかせであることがありありと解ったが、どうにもここにその言葉をロンパできるような材料が存在しない。
 推理の現場に何でもありの超常現象や超能力を持ってこられたらお終いである。

 カズマが釈然としないながらもそのカラスの言葉に頷き、狛枝凪斗に詰め寄った。


「……おい、俺はむしろ、最初からてめぇは怪しいと思ってたんだ。俺たちの間を仲違いさせて、何が目的だ?」
「わからないのかいカズマクン? ボクは、戦うべき相手を間違えないで欲しいだけだよ」

 鼻先がぶつかり合いそうな近距離で彼らは睨み合い、杏子と黒子と劉鳳は、黒騎れいを囲んで神妙に首を捻っている。


『ピーンポーンパーンポーン♪
 参加者の皆様方こんにちは。
 定時放送の時間が参りました』


 第二回放送が、防災無線の間延びした音声で彼らの耳に届いたのは、その時であった。


    ###【LAB=1】


『イヤッホーーーー!!!!穴持たず48シバさん討ち獲ったりぃぃぃぃぃ!!!!』
『ヒャハハーーーー!!!!いくら支配階級でも背後から襲えばチョロいもんだなぁ!!』
『オッシャーーーー!!!!この調子でどんどん行くぞぉっっっ!!』
『聞こえてるかぁ!?地上に居る我が同士ヒグマ提督よぉぉぉぉぉ!!』
『この革命!必ず成功するぞ!!ヒグマ帝国は俺達と艦むすのモノだぁぁぁぁ!!』


 御坂美琴とクマーとくまモンは、愕然とした表情でその放送の末期を聞いた。
 途中まで、この世の終わりのような表情をしながら少女の写真を選り分けていたクマーが、その放送の後の沈黙から逸早く復帰した。


「よぉおおっしゃああ!! じゃあ今までの放送は全部ウソの可能性だってあるぜぇえ!!
 第一放送もヒグマがやってたんだよなぁあ!? ヒグマに首輪の管理とかできるわけねーよぜってー適当だろ、ひゃっはーっ!!」
「ちょっと……人がヒグマに殺されたことしかわかんなかったわよ……? なんて言ってたわけ?」
 ――説明するモン。

 くまモンの書き起こした文面を見て、美琴の表情は渋くなる。


「……懸念してた、『ヒグマ帝国内での反乱』が起こったわけよね」
 ――あのロボットたちが主導しているのかも知れないモン。
「んなこと知るかぁ!! 艦むすってのはアレだろ!? 船の魂を宿したロリババァたちだろ!?
 俺のハートにドストライク! そんなもん作って独り占めし、なおかつ参加幼女を襲うとか悪辣すぎるぜヤツら!!
 ぜってーぶっ倒してやる!!」
「落ち着きなさいよ変態」


136 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:01:58 X/oI1bII0

 一殴りして少しは大人しくなったクマーを他所に、美琴はくまモンからこの島の放送について詳しく説明を受けていた。

「なるほど……、6時間ごとに死者――もとい、首輪の反応がなくなった人が呼ばれる、と。
 でも全員知合いなわけでもないし参加者名簿もないのであまり意味がない、と」
 ――少なくともボクはそう思うモン。

 第二回放送で呼ばれることもなかった佐天涙子と初春飾利は、まずもって確実に今も生きていると見て間違いないだろう。
 死者として発表された中にも、首輪を外したことでカウントされただけの者が混ざっているかも知れない。
 だが結局のところ、明確な生存者の位置に繋がる手がかりは、ここでも得られなかった。
 確かなのは、南東にいるだろう狂戦士と、そこに向かったらしい2人の少女だけ――。


「……そういや、今の放送、ここのスタンドから聞こえてきたわよね」


 爆破された『HIGUMA』の会場の中でも比較的無事なストラックアウト7の区画は、野球場としてまだ見れるだけの十分な外観を保っていた。
 チームのベンチと思われる場所の脇に設置されたスピーカーに美琴が触れると、そこから回線が通電している感覚が伝わってくる。
 放送は、こうした島内各所の放送設備を流用して行われているらしい。


「……ということは」
「どうしたんだ御坂ちゃん」


 美琴は、スピーカーから伝わる電気を辿って、壁伝いにどこへともなく歩み始めていた。
 その後ろからクマーとくまモンが追いすがれば、彼女は倒壊した『HIGUMAの城』の端の瓦礫をどかして、満面の笑みを浮かべているところだった。


「……やった! 生きてたわ!!」
「誰が!? 幼女が!?」
「違うわよ、放送設備よ!! この球場に据えられたウグイス嬢用の放送室がね!!」

 バックネット裏の半地下になった放送室は、実況・放送席と違って実に目立たない、こぢんまりとした空間になっていた。
 それが功を奏してか、狭い扉を潜った内部は、ほとんど無傷の状態でマイクやチューナーといった機材が残っていた。


「いーい案を考えたわよ、クマー、くまモン」
「お、何々?」
「私たちが生存者の居場所を知れないのなら、生存者からこちらに来てもらえばいいのよ。今から、この設備のケーブルを辿って島内全体の放送に潜入できないか試してみるわ。
 もし無理でも、この『HIGUMA』に残ってる設備をフル稼働させれば、周囲かなりの範囲に呼びかけられるはずよ」
「なるほど……! 生き残りを誘導するのか!」
 ――その場合、ボクたちの役割は、アレだモンね。


 指を組んで肩を回す美琴の後ろで、くまモンは粛々とドアの外に出てゆこうとする。
 それを見やって、美琴は強く頷く。

「わかってくれてるじゃない。そうよ。くまモンとクマーは、来てくれた参加者を保護しながら、それにつられてやって来るヒグマや殺人鬼を排除して欲しいの。
 もし、私の助けが欲しいときは、ここと繋がってる電気機器をぶっ叩いてくれればすぐわかるし、スピーカーに喋ってくれればマイクで逆変換して聞こえるわ」
「ヒュー! すごいじゃないか御坂ちゃん。よしよし、籠城・防衛戦ね。それなら遭遇戦よりだいぶマシだわ」
「生存者が来てくれれば、ここの情報以外にも色々と配信できるかも知れない。頼んだわよ!」

 クマーは美琴に向け親指を立てた後、彼女の前のデスクの引き出しをそっと引き出す。
 そこには、バランス栄養食のブロックがいくつかストックされていた。


137 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:02:13 X/oI1bII0

「非常食として研究員が蓄えてたみたいだな。喉を潤すお水はそこの下の段。御坂ちゃんも、無理しすぎず腹ごしらえとか、しとけよ?」
「あ、ありがとう……」

 予期せぬクマーからの心遣いに、美琴は軽く息を詰めた。
 少し早くなった鼓動に、クマーからさらに言葉がかけられる。

「あと、球場らしく、ここにもシャワールームはあるみたいだぜ? 俺たちは気にせずゆっくり入れよ?」
「覗く気だろ!? さっさと行け!!」
「わっはっは〜、じゃあまたあとでな〜!」


 くまモンと共にクマーを蹴り出して、美琴はデスクの前に座り直す。
 汗ばんで白く塩を吹いたシャツは気持ち悪いが、とりあえずはこれが先だ。

 クマーの見つけたビスケットブロックを齧りながら、美琴はマイクの先に指を付けた。


「さぁて、DJミコトのライブ放送と洒落込みますかね……」


 指先に磁力のソレノイドを這わせ、御坂美琴はその回転の先にテリブルの果てをたずねた。


【A-5 滝の近く(『HIGUMA:ストラックアウト7会場』)/日中】


【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:疲労(小)、頬に傷
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
0:放送してやってくる参加者は、いるのかモン?
1:他の生きている参加者と合流したいモン。
2:メロン熊……、キミの真意を、理解したいモン……。
3:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
4:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
5:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
6:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
7:あの少女、黒木智子ちゃんは無事かな……。放送で呼ばれてたけど。
8:バーサーカー許さないモン
[備考]
※ヒグマです。
※左の頬に、ヒグマ細胞破壊プログラムの爪で癒えない傷をつけられました。


【クマー(穴持たず55)@穴持たず】
状態:アンテナ、腹部と胃と背骨の一部が蒸発(止血・被覆済み)、腹の中が血の海
装備:背骨を補強している釣竿@現実、ロリ参加者(守備範囲広し)の顔写真、アンテナになっている宝具
道具:無し
基本思考:この会場にいる幼女たちを、身を挺してでも救い出す
0:『HIGUMA』の残ってる設備をトラップに組み替えれば、防衛戦は簡単だろ?
1:御坂ちゃんの友達は必ず助け出してやるからな!
2:死んだ子を悔やんでも仕方ない! ネクロフィリアの趣味はないからな!
3:あのメロン熊ちゃんも見つけ出して、話をしよう!
4:布束さんは生きているらしい。できるなら救出したいな。
[備考]
※鳴き声は「クマー」です
※見た目が面白いです(AA参照)
※頭に宝具が刺さりました。
※ペドベアーです
※実はカナヅチでした
※とりあえず体の一部でも残っていれば動ける能力を持っています。
※ヒグマ細胞破壊プログラムで受けた傷は壊死しており、受傷箇所を取り除いてからでないと再生できません。


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:ずぶ濡れが乾いて潮を吹いている、能力低下
装備:伊知郎のスマホ
道具:バランス栄養食ブロック*2、水のペットボトル(500ml)
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:島内放送のジャック、及び生存者の誘導を試みる
1:くまモンとクマーと行動。
2:佐天さんと初春さんは無事かな……?
3:あの『何気に宇宙によく来る』らしい相田マナって子も、無事に戻って来てるといいけど。
4:黒子……無事でいなさいよね。
5:布束さんも何とかして救出しなきゃ。
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が大幅に低下していますが、回復してきました。


    ###【LAB=0】


138 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:03:28 X/oI1bII0

 佐倉杏子と黒騎れいと狛枝凪斗とカズマと劉鳳と白井黒子は、愕然とした表情でその放送の末期を聞いた。
 先程まで、凄まじい表情でカズマと睨み合っていた狛枝凪斗が、その放送の後の沈黙から逸早く復帰した。


「……ほら、言っただろう。放送をしていた人間が、またヒグマに殺された。ヒグマは絶望なんだよ……」
「ちょっと待て。あの包帯男の話じゃ、既に朝から主催はヒグマに乗っ取られてるんだぞ? ヒグマがヒグマに殺されたってことじゃねぇのか!?」
「それならアタシは、ヒグマが人間の言葉喋ってたってのが意味不明なんだが……」

 カズマと杏子の問いには、黒子と劉鳳が応じていた。

「アルター結晶体との交戦前に、自分たちは人間の小学生のような格好をした喋るクマに会っている」
「クマ吉さん、という方でしたの。それに、ここに喋るカラスなんてものもおりますし……」
「ええ、そうよね……」

 嘘設定を一通り吐き終えたカラスを撫でながら、黒騎れいは動悸を抑えるのに必死だった。


 なんとかカラスの機転と放送のタイミングで誤魔化せたようだったが、狛枝凪斗の指摘はその全てが正しいものだった。
 ほんの少し立ち回りを過っていたら、自分が主催者側の人間であることが確実に露見してしまっていただろう。

 なおかつ、これまでに地下の主催本拠地で起きていたらしいことは、完全にれいの想定外のことだった。
 布束砥信は生き残っているようだが、有冨春樹以下、STUDYのメンバーほとんどが死亡。
 島外を埋め尽くしているらしいミズクマに、地下を占拠・拡張しているらしいヒグマ帝国。
 狛枝凪斗の言葉が正しければ、恐らく今の放送は、ヒグマ帝国側のヒグマが、モノクマというロボットの率いるヒグマたちに殺されたもの。

 わずか半日の間にこれだけの事態が起こっていたということを、黒騎れいは容易に信じられなかった。


 震える黒騎れいに向けて、なおも狛枝は憎々しげに声をかけてくる。

「ねぇ、黒騎サン。いい加減本当のことを言ってもらえないかなぁ? 主催が瓦解した今、キミだってヒグマから命を狙われる側になっているんだろう? お伴のヒグマもいないわけだし。
 ここは学級裁判とは違う。クロだからって何もボクらが捕って喰う訳じゃないんだ……。まぁ、全てはキミのやって来た行い次第なんだろうけどね」
「ほ、本当に……、何を言っているのかしら……?」

 俯いたままの返答に、狛枝は顔を顰めたようだった。
 彼に掴みかかろうとするカズマを抑えて、そこに佐倉杏子が割って入っていた。


「本当にさ……、もうよそうぜ、こんな詮索し合い。アンタの言う通り、『全ては行い次第』さ」
「どういう意味だい、佐倉サン?」
「『ルカによる福音書10章』の25〜37節、『善きサマリア人の法』さ。
 『災難に遭ったり急病になったりした人など(窮地の人)を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗してもその結果につき責任を問われない』。
 この場の全員に言えることさ。誰も責められやしないよ」


 杏子は、福音書に記された『善きサマリア人のたとえ』を、かいつまんで皆に説明した。
 仮に善意の手当て者が何らかのミスを犯し、窮地の人が死亡、または著しい障害を負うという結末になった場合、手当て者の責任はどうなるだろうか。
 この『善きサマリア人の法』では、その結果に関わらず、その人が良識的に誠実に行なった行動ならば、それについて責任は問われない。


「白井さんだって、劉さんだって、アタシたちのために必死で頑張ってくれたんだ。不手際を気に病む必要はない」


 白井黒子を守れず、あまつさえ自分の命も参加者の命も守れそうになかった劉鳳は、その言葉に唇を噛む。
 それでも、その隣には、彼のアルターに同化した白井黒子がそっと寄り添っていた。


「カズマは、アタシの魂を救ってくれた。それに自分の信念で、ここにいる全員を引っ張ってくれてる」
「そんな大層なモンじゃねぇ。よしてくれ杏子」


 アルターを解除して開かなくなった片目をウインクのようにしながら、カズマはこそばゆそうに手を打ち振る。


「アンタもさ、一応、アタシたち参加者を気遣ってこう発言してくれてる訳だろ?」
「その通りだよ。だから、黒騎サンには嘘をつかないで欲しいんだけどねぇ?」
「そこがいくらなんでもやりすぎなんだよ。彼女はああ言ってるんだ」


 冷ややかな視線で首を傾げる狛枝凪斗から早々に踵を返して、杏子は黒騎れいの肩を叩いた。


139 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:03:47 X/oI1bII0

「……アンタはさ、その『貴重』な矢で、劉さんを助けようとしてくれた訳だ。結果も上々。そう、ビクビクする必要はないって」
「え、ええ……」


 見つめてくる佐倉杏子に視線を返しながら、黒騎れいは彼女の瞳の中に、得も言われぬ哀しみのような色を見て取った。
 それは、黒騎れいに向けての悲哀のようでも、彼女自身に向けての哀愁のようでもあった。

 ――なぜ佐倉杏子は、こんな表情を……?


「アタシの場合はさ……、こうしてこの場を収めることが、『良識的に』良いんじゃないかと思ったわけ。
 ……まぁ、それがどんな結末に転ぶか、まだ、わかんないけどさ」


 杏子は、その声の中に、激しい悲痛を押し殺していた。
 見つめ合っている黒騎れいには、その瞼に、僅かに涙が溜まっていくのが見えていた。


「……あ」


 その時、黒騎れいには解ってしまった。
 佐倉杏子が、『自分が主催者側の人間であること』を気づいてしまっていることに。

 ――一体どこから……。


 自問自答と共に思い返すれいの脳裏に、佐倉杏子と出会ったいくつかの場面が蘇る。
 一回目は、穴持たず00を想定外に強化しすぎてしてしまって逃げ出した時。
 二回目は、変形能力を持った男に襲われていたところを救助してもらった時。

 両方とも、何らかの外敵に襲われていた場面であり、その時、れいと共にカラスもそこにいた。


 ――でも私はその時、カラスに向けて矢を撃ったりなんてしていなかった。


 カラスが先程盛大に吹聴していた嘘設定は、狛枝凪斗にはロンパできないものだった。
 しかし、彼以前に黒騎れいと出会っていた佐倉杏子は、そこに確実に不自然な点を見いだせた。


『「私も人間には使ったことないから彼がどうなったのか分からない」だって? じゃあ普段、一体何に使ってたというのかねぇ?』


 そこに、この狛枝凪斗の発言である。
 もう、何を言わずとも、その光の矢が何の強化に使われていたのかは推測できよう。
 ――ヒグマだ。
 彼女は、ヒグマドンと化した穴持たず00から黒騎れいが逃げてくる現場をしっかりと見ている。
 それはもう、確証に近い。


 ――それでは、なぜ、佐倉杏子はそれでも私を庇うの……!?


 震えながら杏子を見つめ返す黒騎れいに、先程の放送の内容が、佐倉京子の言葉が、フラッシュバックしていた。


140 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:04:28 X/oI1bII0

『只今の脱落者は、
 デデンネ
 巴マミ
 暁美ほむら――』
『……だから、そいつらの一人は巴マミ、アタシの知り合いかも知れねぇんだよ! 主催者側なわけあるか!』
『おい、ほむら似のあんた! あいつの相手はあたしとカズマが引き受ける! 早く行きなっ!!』


 ――彼女の友人が、二人も、呼ばれていた。


 黒騎れいには、その友人の姿が、一色あかねや、四宮ひまわりに重なって見えた。
 技術者としてここに呼ばれているらしい四宮ひまわり。
 彼女のラボは、一体どうなったのだろうか。
 彼女だって、主催が殺されたとなれば、無事でいる保証はない。
 それどころか、既に殺されている可能性の方がはるかに高い――。

 ばくばくと、心臓が止めようもなく動悸していた。


 死んで欲しくない友人がいることは、主催者だろうと参加者だろうと同じ。
 参加者を救おうとした行為から見て、もはやその来歴がどうだろうと志は同じ。
 それならば、もう一人たりとて見殺しにはしない――。

 もし仮に黒騎れいが主催者側だということが露見すれば、狛枝凪斗の言う通り直接殺されはしないまでも、彼らと同行するのは心象として非常に難しいものとなるだろう。
 一人ではぐれれば、ヒグマに返り討ちにされて黒騎れいは死にかねない。実際に、れいにはその前例がある。
 ならば、経歴を隠してでも同行させ、守る。


 そんな苦渋の思いが、佐倉杏子にはあったのだろうと思われた。


 ――佐倉杏子は、私を、そのまま受け入れようとしてくれていたんだ……。


 がくがくと、膝が止めようもなく笑った。

「あ、あ、あ、ああ――……」
「れい、どうしたのですか!? れい!?」

 佐倉杏子の前で膝から崩れ落ちた黒騎れいに、カラスが慌てた様子で声をかける。
 彼女を見下ろしたまま、杏子はただ穏やかな笑みを湛えて佇んでいた。


「なぁ――、いいんだぜ? 『パレキュア』のままでもさ」
「い、い、いや――、言うわ――。言わなきゃ……」
「れい!? 何を言っているのですか!!」


 ――あなたの友達が、死んでない可能性だってある。って。
 ――だから、私の友達が、死ぬ前に、助けて。って……。


 重なりゆくミゼラブルの彼方を手繰って、非力なパラノイドは、いま自身の中の闇を、さらけ出そうとしていた。


【F-5 市街地/日中】


【カズマ@スクライド】
状態:石と意思と杏子との共鳴による究極のアルター、ダメージ(大)(簡易的な手当てはしてあります)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、エイジャの赤石@ジョジョの奇妙な冒険
基本思考:主催者(のヒグマ?)をボコって劉鳳と決着を。
0:主催者側に何が起こってんだか……。
1:『死』ぬのは怖くねぇ。だが、それが突破すべき壁なら、迷わず突き進む。
2:今度熊を見つけたら必ずボコす。
3:主催者共の本拠地に乗り込んで、黒幕の熊をボコしてやる。
4:狛枝は信用できねえ。
5:劉鳳の様子がおかしい。
[備考]
※参戦時期は最終回で夢を見ている時期


141 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:05:29 X/oI1bII0

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極の魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:中)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:マミさん……、ほむら……。
1:たとえ『死』の陰の谷を歩むとも、あたしは『絶望』を恐れない。
2:カズマと共に怪しい奴をボコす。
3:あたしは父さんのためにも、もう一度『希望』の道で『進化』していくよ。
4:狛枝はあまり信用したくない。 けれど、否定する理由もない。
5:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※この調子でもっと人数を増やせば、ロッソ・ファンタズマは無敵の魔法技になるわ!


【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:軽度の出血(止血済)、制服がかなり破れている
装備:光の矢(5/8)、カラス@ビビッドレッド・オペレーション
道具:基本支給品、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、ランダム支給品0〜1 、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×1本
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す……?
0:私の友達を、助けて……。
1:他の人を犠牲にして、私一人が望みを叶えて、本当にいいの?
2:ヒグマを陰でサポートして、人を殺させて、いいの?
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことをようやく知りました。


【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:正常、ヒグマの力を吸収
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンを破壊する
1:れいにヒグマをサポートさせ、人間と示現エンジンを破壊させる。
[備考]
※黒騎れいの所有物です。
※ヒグマールの力を吸収しました


【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜1、RPG−7(0/1)、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×2本
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:カズマクン……キミがこの島の希望なのかな?
1:黒騎サンさぁ……、主催者側の情報、あるんなら教えてよ……。
2:アルミホイルかオーバーボディを探してから島の地下に降りる。
3:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る……けど、今後はもうちょっと別の言い方にしないとな。
4:球磨川は必ず殺す。放送で呼ばれたけど絶対死んでないねあの男は。
5:モノクマも必ず倒す。


【劉鳳@スクライド】
状態:進化、アルターの主導権を乗っ取られている
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:参加者を助け、主催者(ヒグマ含む)を断罪する。
1:カズマの叱責に応え、新たな正義を見つけられるような行動に励む。
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、アルターを乗っ取られた様です


【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
状態:絶影と同化、アルターの主導権を握っている
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:参加者を助け、主催者(ヒグマ含む)を断罪する。
0:島の状況と生存者の情報収集。
1:御坂美琴、初春飾利、佐天涙子を見つけ保護する。
2:劉鳳さんをサポートし、一刻も早く参加者を助け出す。
[備考]
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、劉鳳のアルターと同化した様です


142 : LAB=01 ◆wgC73NFT9I :2014/10/23(木) 00:09:25 X/oI1bII0
以上で投下終了です。

続きまして
バーサーカー、呉キリカ、夢原のぞみ、那珂、龍田、
間桐雁夜、田所恵、四宮ひまわり、ツルシイン、シーナー、
灰色熊、布束砥信、ヤイコ
で予約します。

……これでシバさんとこの状況も好転する……かな?


143 : 名無しさん :2014/10/23(木) 01:49:33 fi2tqfnw0
投下乙!
あの救援部隊がやってくるまでにそんなエピソードがあったのか。
美琴と復活?した黒子達のおかげで状況が大分整理されてきましたね。
しかしクマモン強いww熊本流拳法というやつなのだろうか。
カラスもいつの間にか愉快な人になったな…れいと杏子の関係が色々面白くなりそう


144 : 名無しさん :2014/10/24(金) 00:32:45 1RclOa4A0
投下乙です
樋熊さん(人)やHIGUMAアスレチックがここで意味を持ってくるとは
狛枝くんみたいなのが一人いるとなあなあになりがちな合流→交流に緊張感が出ていいね
杏子ちゃんはホントに器が広くていい子だなあ。。。。

そしてついにバーサーカー討伐戦がー!


145 : ◆wgC73NFT9I :2014/10/30(木) 17:07:36 FT2HM5Js0
イソマとモノクマを予約に追加して予約延長します。


146 : ◆Dme3n.ES16 :2014/10/31(金) 02:07:50 P5BvmINY0
B−8で何かを建造中の穴持たずカーペンターズで予約


147 : ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:49:40 GNQASV8w0
お待たせいたしております。
ストーリーボードのイベント半分消化した時点で、これは期限にも容量的にもオーバーするぞ!?
と思ったので、取り敢えず前半部分として作品を投下します。

後半はなるべく早くに上げる所存であります。


148 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:50:17 GNQASV8w0
【上宮聖徳太子、竹原の井に出遊しし(いでましし)時、龍田山の死れる(みまかれる)人を見て悲傷(かなし)びて作りましし御歌】


 家にあらば 妹(いも)が手まかむ 草枕 旅に臥(こ)やせる この旅人(たびと)あはれ


 ――家に居れば、愛する人の手に抱かれて眠ったであろうに。
 ――草枕の旅のさなかに亡くなった、この旅人が哀れであることだ。


(『万葉集』巻三『挽歌』より)


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「布束特任部長は、この樹木の正体をご存じなのですか、とヤイコは尋ねます」
「Not exactly……。でも、状況からみてそれしか考えられないわ」


 海食洞から続く研究所跡の通路を走りながら、布束砥信はそう答えた。
 隣で見上げてくる小さなヒグマの問いに、彼女は今一度、そこここの壁から根とも枝ともつかないものを生やしているモノの正体について思案する。


 『童子斬り』。
 アヤカシというものを殺すために作られた木刀の最初の一本であるらしい。
 どういう来歴か知らないが、とにかくこの島はそれを確保しており、それを土産物屋に置いて展示していたことを、布束は有冨らから歓迎会の話のタネに聞いている。

 人間はおろか虫一匹すら殺せない安全な武器であるが、ひとたびアヤカシに対して揮えば、それは枝を伸ばして妖物を貫き、その水分やエネルギーをことごとく吸い尽くして殺害するという。

『もしかするとヒグマに対しての武器になるかもね〜』
『虫も殺せないのにヒグマが殺せる? ハハ、ワロスww』
『そもそもヒグマは妖怪なんかじゃありませんし。ただの生き物ですし』
『まぁ現実問題、枝がまっすぐに伸びてもヒグマは叩き折るでしょ』
『デビルの成長日記でも見るかい、布束?』

 などと、有冨を始めとしたSTUDYの研究員は歓迎会の席でグラスを傾けつつ、口々にそう言っていた。

『……あなたたち、気楽に構えてるようだけど、そんな不可解な現象を起こす木刀、放っておいていいわけ?
 実際に実験とか検証とか、したの? 念のため目の届く場所に保管し直した方が良いんじゃ……』
『いいっていいって! それよりアメリカのこと聞かせてよ! フェブリとジャーニーは元気!?』

 布束の言葉もその時は軽く流され、ジンジャーエールの泡と共にその議題は雲散霧消した。


 そして蓋を開けてみればこの有様である。
 布束とヤイコを先導するツルシインは、その話に思わず苦笑しながら振り向いていた。
 彼女は刻々と地下に現れてくる木の根を、時に躱し、時に引き千切りつつ的確な道を選んでいるが、その盲いた表情には多少の焦りのようなものも窺える。


「……ある程度は知っておったが、本当に有冨さんの管理はひどかったんじゃのぉ……」
「見通しの甘さと、分不相応に強大な資材は、STUDYの社風と言っても過言ではないと思うわ」
「それにしても、布束特任部長の伝聞どおりでしたら、なぜその木刀はこのような挙動をしているのでしょうか」


 樹木は通路の壁を壊しながらめくらめっぽうにゆっくりと枝を張っているように見えて、その実、確実に人やヒグマのいる位置を狙って伸びてきている。
 話通りならば、人間やヒグマに対して『童子斬り』から攻撃が加えられることはありえないだろうに、である。
 脇から絡んで来ようとする枝の一本を蹴り飛ばしつつ、布束はヤイコに答えた。

「……地上にいるだろう使用者の性質や、これまでの扱われ方で、『童子斬り』も変質してきているのかも知れないわ。
 行動パターンが読めない以上、慎重に対策を練らないと……」
「いや、己(オレ)はもう、この木の性質を識(み)切った」

 一際太い木の根を斬り飛ばして、更なる地下階層へと続く階段を確保しながらツルシインが言う。


「単純なことじゃ。己(オレ)らと同じよ。……こいつはただ、より『満腹』になるエサを求めておるだけじゃ」


 水晶の眼鏡の奥で笑いながら指す地下の先は、島の心臓部と言っても良い、示現エンジンが設置されている場所である。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


149 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:50:58 GNQASV8w0

「こいつは魔力を捕捉して襲ってきてる! そこにいちゃダメだ!」


 根とも枝ともつかぬ樹木の先端に蹂躙される地下の管理室の入り口で、間桐雁夜が喉を絞って叫んだ。
 その白髪の青年を支える田所恵も、室内に残る少女に向けて彼と共に震えた眼差しを向けている。

「あ……で……、でも……」

 触手のように迫り来る枝の波頭の先で、その少女、四宮ひまわりは立ち竦んでいた。
 理解が追いつかない。

 この木は何だ。
 示現エンジンは無事なのか。
 なぜ間桐さんや恵ちゃんがここに来ている。
 実験はどうなったのか――。


「悩んでる時間はないわよ〜?」


 ひまわりの髪が突風に煽られた。
 それに押されるように数歩前によろめいた彼女の周囲で、迫っていた木の根が一瞬のうちに微塵に刻まれる。

 振り返った彼女の視線に、轟音を立てて振り回される一丁の細い薙刀が映る。
 それをぴったりと構え直す黒髪は、先程ひまわりを助け出してくれた女性だ。
 ひまわりの見知らぬ凛とした姿。


 ――この女の人は一体……。


「……内地の人はね〜、大人しく私たちに任せてくれてて良いのよ〜?
 あなたたちを守るために、私たち艦船は作られているんだから〜」
「た、龍田さん! まさかお一人で立ち向かうつもりなんですか!?」
「そうよ〜? いい囮にはなれるでしょ」


 田所恵が叫ぶ中で、その女性が背負う艤装のタービンが高速回転してゆく。
 示現エンジンへと向かっていた大部分の根が、その挙動に反応して向かう方向を変える。
 臭いを嗅ぐかのように、部屋の中心で大上段に薙刀を構える彼女へ、じわじわと根が迫ってゆく。


 薙刀における大上段とは、『無変の構え』とも呼ばれる体勢である。
 剣術におけるそれと違い、長柄の武器である薙刀は、腕を振りあげて胴ががら空きとなるその構えにおいても、前方に張り出した石突きで防御を行なうことができる。
 しかしそれでも、大上段の構えはひどく攻撃的な型だ。
 薙刀の大上段に於いては、むしろ防御を『していない』と見せることが重要になってくるためである。


 ――その姿は、朝日に匂う木々のように、『誘う嵐を待つ身なりけり』、と評される。


「……『強化型艦本式』――」


 背後に振り上げられた薙刀の切っ先は、高温高圧を吐くボイラーの蒸気を受け、鉄を焼いて赤熱している。
 祈るようなその可憐な姿の内で高まってゆくエネルギーに誘われて、周囲を取り巻いていた根が蠢く。
 そして一斉に、全方位の根が彼女に向けて矢のように飛び掛かっていた。
 紅蓮の軌跡を描いて彼女の薙刀が振り下ろされたのも、まさにその瞬間であった。


「『紅葉の錦』♪」


 大上段から踏み込みつつ一周、辺りの360度へ螺旋状に切り下された赫い刃は、その動きと共に散布されていた艦橋からの予備燃料を引火させていた。
 その大輪の軌跡に沿って発火する真っ赤な爆炎は、真っ直ぐに迫り来ていた木の根を過たず討ち払い、同時にそれらへと炎を延焼させる。
 冬枯れの山に真っ赤な紅葉が咲いたかのように、示現エンジンの管理室は一瞬のうちに燦然たる業火に包まれていた。
 木々の根は身を捩るようにして、みな焦がれ死んでゆく。

 警報装置が響き、天上からスプリンクラーの水が迸る中、濡れそぼった髪を悠然と掻き上げて、少女は腰の抜けてしまっていた四宮ひまわりを助け起こした。


「どうかしら〜? 割と上手だったでしょ〜?」
「いや……、龍田さん、まだみたいだ。本体を叩かないと……!」
「……あらあら、キリがないわねぇ〜」


150 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:51:39 GNQASV8w0

 炭化した木片の散らばる部屋の中に、再び壁面を破って木の根が這い出して来る。
 入り口に待機する間桐雁夜と田所恵の所まで四宮ひまわりを届けて、振り向いた龍田は笑顔を渋くした。

 木の根が伸びてくる方向は、天井の端の方からだ。
 恐らく、この木を操っている何者かは地上にいるのだろう。
 しかし振り仰いでみてもその姿は見えず、あまつさえ声や物音も聞こえない。

「……本当に、死にたい本体はどこかしら〜」

 見る間にも、木の根はスプリンクラーの降る管理室の中を再び埋め尽くさんばかりの様子で伸び、示現エンジンの方へと続く隔壁を突き崩していった。

「……行け、蟲よ」

 間桐雁夜がその時、バケツの中に蠢いていた自身の刻印虫の一匹を摘み上げ、僅かに命令しながら部屋の中に放り投げる。
 宙に踊った刻印虫は、着地することさえなく、即座にひこばえのように分枝した何本もの根に空中で貫かれ、カラカラに干からびて死んでしまった。
 同時に間桐雁夜の元にも勢いよく一本の根が伸び、ただちに反応した龍田がそれを叩き切っていた。
 龍田と雁夜の二人はそれを見て頷く。


「……やはり、これは魔力やエネルギーを探知して、それを吸うためだけに動いているんだ。
 魔力回路を励起させさえしなければ、この木は俺たちを襲ってはこない」
「……この子が刺されずに絡みつかれただけだったのも、そういうことみたいね〜?」
「あ、あ、あ……」
「ひまわりちゃん……? 大丈夫?」


 四宮ひまわりが、震えながらもようやく声を絞り出せたのはその時だった。
 隣で体を支えてくれる田所恵を見ながら、見開いた瞳で叫ぶ。
 彼女の指さす先には、龍田の爆炎とスプリンクラーの水と大量の木の根とに襲われる示現エンジンの姿があった。


「このままじゃ……大変なことになる!! 示現エンジンが壊れたら終わりだよ!!」
「ひまわりちゃん、どうして? いいからまずは逃げようよ!」
「示現エンジンはこの島の全エネルギーを賄ってる! これが落ちたら島の機械も結界も全部止まっちゃう!」


 示現エンジンは、その外壁を既に幾十本もの根に貫かれ、内部のエネルギーを吸い出されているようだった。
 唇を噛むひまわりは、そこに搾り出すように言葉を繋いだ。


「……その上、もし中途半端に破壊でもされたら――」
「されたら……?」

 息を飲んで問いかけた恵の言葉を、眉を顰めたまま瞑目する龍田が拾う。
 巡洋艦としての経験上、その機関部が破壊された時に起こるであろう事象は、彼女にはありありと推測できた。

「……エネルギーが漏れて炎上、大破轟沈、ってとこかしらね〜」
「たぶん……! それも、この島ごと大爆発ってことに……!」

 実際に示現エンジンから漏れるであろうエネルギーの威力を概算しながら、四宮ひまわりは額に冷や汗を流す。

 管理室の入り口一帯が戦慄に襲われる中、間桐雁夜は引き攣ったその顔を、地下の天井に振り向けていた。
 その手には、先程龍田が切り落とした木の根の一本が握られている。
 木目の表面に赤黒い脈を走らせるような見た目をしていたその木は、切り落とされた次の瞬間にはその赤を褪色させ、ごく一般的な手触りの樫のような質感になっていた。


 ――間桐雁夜には、この特徴を持つ魔力の持ち主に心当たりがある。


「……いやまさか。あれはA++あるんだぞ……? でもこの木がもし、同等以上の強さを持つ宝具だとしたら……?」


 手に触れる魔力の残滓に空恐ろしい予感を抱きながら、地上を見上げる彼は硬い唾を飲んだ。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「那珂ちゃんの歌、聞いて下さい!!」


 地上。
 大規模な津波と爆発に襲われてほとんど更地と化してしまったその草原に、今は大量の太く大きな根がはびこっている。
 その根の中心に屹立するのが、黒い霞と鎧を纏った一人の剣士――間桐雁夜のサーヴァントである、バーサーカーその人であった。
 足元から体全体に隈なく枝を張る木刀を構え直し、彼は目の前でマイクを握る一人の少女へと唸る。

 先程の攻撃で一突きにするはずだったその少女は、今や眼に強い光を宿らせて、バーサーカーの視線を睨み返していた。


151 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:52:02 GNQASV8w0

「■■■■■■■■■■■――!!」
「曲は、『恋の2−4−11』!!」


 艦隊のアイドル、川内型3番艦・那珂ちゃんのタービンが、裂帛の気合と共に回った。
 同時に振り下ろされていたバーサーカーの斬撃をダンスのような動きで躱しながら、彼女は自身の艦橋内でデビューシングルの楽曲を再生し始める。
 突如鳴り出した軽妙なイントロに、思わずバーサーカーの動きが止まった。

 
 ガン、ガン、ガガゴガン! ガガガガゴゴゴゴガンゴンガン!


 ハンマーで演奏しているかのような得体の知れない音圧を奏でながら、那珂ちゃんは衣装の裾をはためかせ、バーサーカーから着かず離れずの位置でステップを踏む。


 ――よし、この人も音楽を聴いてくれてる! これなら……!


 しかしそう思った瞬間、周囲の地面から彼女目掛けて、勢いよく何本もの枝が突き伸ばされていた。

「ひゃいっ!?」

 すんでのところで身を沈めてその枝を躱すも、歌おうとしていた曲は前奏で針飛びして止まってしまった。

「な、なんで急に根っこが――」
「■■■■■■■■■■■――!!」

 那珂ちゃんが這い出るようにして身を起こした時には、既に体勢を立て直したバーサーカーが目前まで迫っていた。


「くっ――!」


 那珂ちゃんの眼光に炎が回る。
 爆発的に発火したボイラーで踏み出したその脚は、木刀を振りかぶるバーサーカーの方へ向かっていた。

 わざわざ自分から死にに行くかのような急加速――。

 と、かつて第14戦隊にて那珂ちゃんの僚艦であった五十鈴は、この彼女の動きを見た時に、そう思ったことであろう。


 1943年11月3日、カビエンの北60海里の地点で、那珂ちゃん率いる輸送船団は米第13空軍のB-24爆撃機に攻撃された。
 大量の至近弾を投下されたその襲撃の際、当時彼女の艦長であった今和泉喜次郎大佐が、艦隊のセンターである彼女に指導したステップが、これであった。

 増速しながら、通常とは逆に、敵編隊のふところに飛び込むように変針し敵機をまごつかせる。
 そして敵機の爆弾投下と同時に最大戦速を命令しつつ舵を一杯に切らせ――。


「■■■■――!?」
「どっかぁーん!!」


 急加速した那珂ちゃんは、振り下ろされる木刀のその側面に旋回する。
 くるくると柿色の衣装で木の葉のように舞い、スケートのジャンプのように振り抜かれた着地際の脚が、後方にすれ違ったバーサーカーの後頭部へ強かに踵を叩き込んでいた。
 つんのめったバーサーカーはそのまま受け身も取れずに地面に倒れ、那珂ちゃんの移動軌跡を追って地面から伸びた枝は、見当違いの空に向かって突き立った。


 ――今和泉式全速転舵。


 この一挙に急転舵し敵編隊の後ろに回り込む爆撃回避法で、彼女は米第13空軍が投下した全爆弾を回避することに成功している。
 同行していた五十鈴が「那珂がやられた!」と勘違いするほどの激しい水柱の中で、彼女は凛々しく佇んでいたのだった。


「■■■■……」
「よし、気を取り直して、最初から行くよー!!」
「ちょっと待ったあぁぁっ!!」


 身を起こし始めるバーサーカーに向けて再び曲をスタートさせようとした那珂ちゃんは、その瞬間、空中から飛来した何者かに体を掠め取られた。

「キミまた歌おうとしてただろ!? 神回避に二度目はないぞ!?」
「このうねうね、力を使うと襲ってくるんだよ!! 気をつけて!!」
「――え? え?」

 那珂ちゃんを抱えて地に降り立ったのは、眼帯をつけた燕尾服の少女だった。
 その隣には、濃い桃色の髪を振り立てる、淡い色のドレスを纏った少女が身構えている。
 彼女の指さす先では、先程那珂ちゃんが立っていた場所が、木々の槍衾で埋め尽くされているところであった。


152 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:52:32 GNQASV8w0

 ――呉キリカと夢原のぞみ。

 海食洞から飛行していたこの二人が那珂ちゃんを発見したのは、今から少し前のことである。
 大地を埋める黒い板根に気付いて近寄ってみれば、那珂ちゃんはこの黒い狂戦士に今にも突き殺されるところであった。
 バーサーカーが運よく体勢を崩した後、あろうことか那珂ちゃんは「歌う」決心をして、実際に曲を演奏し始めた。
 逃げるでもなく戦うでもない那珂ちゃんの行為に驚いた二人は飛行速度を上げようとしたが、その際、彼女たちはこの一帯を埋め尽くす『童子斬り』の枝に捕捉されていた。
 魔力を行使する反応を的確に追尾し、キリもなく追いすがってくるその枝に、二人はこれを振り払うのをやめ、一刻も早く那珂ちゃんを救助してこの場から離脱することを決意していた。


「――やはり、どういう理屈か知らないけど、こいつは地面に根を張ってる! 追って来れない以上、この圏内から抜けられれば私たちの勝ちだ!」
「オッケー、キリカちゃん! まかせて!」


 キリカが那珂ちゃんを抱えて飛び退った位置は、既にバーサーカーが地面に根を張った状態で踏み込める距離からかなり離れている。
 根を張った状態では膨圧運動でしか移動を行なえないバーサーカー本体の機動力は、広い目で見ればほとんど無きに等しい。
 黒い霞を曳きながらじりじりと地面の根を蠢かせて歩んでくる鎧騎士の様子を観察し、呉キリカはのぞみにそう言い放っていた。

 夢原のぞみの変身するキュアドリームが上空に飛び立つと同時に、魔法少女衣装の呉キリカは黒い風のように地面を走り出す。
 キュアドリームの元に高まってゆく強いエネルギーに反応して、周囲一帯を埋め尽くす童子斬りが、その『魔力屈性』ともいうべき自動応答により急激に成長した。


「夢見る乙女の底力、受けて見なさいッ!!」

 真下から剣山のように伸び来る枝の槍に向けて、キュアドリームの左手からひとひら、蝶のようにはためく光が零れ落ちる。


「『プリキュア・ドリーム・アタッ――ク』!!」


 渾身の力で打ちおろす右掌底がその光を放つや、朱鷺色の蝶は殺到する童子斬りの元へ飛び、大規模な爆発を巻き起こしていた。

「――上手いぞのぞみ……!」

 その爆発を尻目に、呉キリカは那珂ちゃんを抱えたまま一散にバーサーカーの元から逃走していた。
 魔力の反応を殺して、彼女は地面を埋める根と根の間を縫ってひたすらに走り続ける。
 肉体強化に回す魔力も最小限にしての逃走は、キリカの浮かべる不敵な笑みに一筋の汗を流す程度にはきついものだった。


「それにしてもキミ見た目以上に重いな! 普段何食ったらこんな密度ある体になるのかね!」
「バ、バ、バラスト水は捨ててるはずだよ!?」


 バーサーカーの元で触手のような枝を相手にしているキュアドリームは、囮。
 より強大な魔力をのぞみに放ってもらうことで童子斬りの反応閾値を上げ、キリカと那珂ちゃんの存在を環境ノイズの内に隠蔽する。
 そうして安全に根の張るエリアから二人が脱出したのを確認した後、のぞみは単身で空中からの戦域離脱を試みる――。

 彼女たちが採った作戦は、おおむねこのようなものだった。
 呉キリカは、緊急時には簡易的な速度低下の陣により相対的な急加速を得ることができる。
 囮としても実救助部隊としても適任だが、彼女に空中戦の経験はあまりない。
 対して、脚力を活かせる地上行動ならば、魔法を使用する際にも速度低下と鉤爪は十全の力を発揮しうる。
 またプリキュアの空中機動力は、一般的な魔法少女と比べれば比較的高い部類に入る。
 夢原のぞみ単身でも、地に張り付けとなっているこの狂戦士に捕まることはないだろう――。
 そういう勝算があってのことだった。


「――もう! 那珂ちゃんのライブを邪魔しないで!」
「はぁ!?」


 だがその瞬間、キリカの腕が強引に振りほどかれた。
 柿色の衣装の艦娘・那珂ちゃんは、キリカの腕から無理矢理地面に降りて裾を正し始める。
 慌てて彼女の隣に寄ってくるキリカへ、那珂ちゃんはキッと鋭い視線を向けた。


153 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:52:55 GNQASV8w0

「おいおい歌ってる場合じゃないだろ!? 状況ってものがわからないのかい!?」
「……那珂ちゃんにあんな失礼なこと言った人の言葉なんて聞きたくありません」
「体重のことかい……? まぁ、最近はぽっちゃり系がモテるって言うじゃん……?」
「それほとんどフォローになってないよね!?」
「ああうん、そうかも」


 頬を掻きながら取り繕うとするキリカの心にもないでまかせは、即座に双方から否定されて地に落ちる。
 那珂ちゃんはそう叫ぶや状況お構いなしに、ただちに『恋の2−4−11』のイントロを再生させ始めた。
 再び周囲に、あのハンマーで演奏しているかのような独特の音響が響き渡る。
 折角キュアドリームがひきつけておいた周囲の根が、それに反応してざわざわと脈動を始める。


「おいおいおいおいおい……! まだ根の結界のど真ん中なんだぞ!? 自殺する気かキミは!! もう止めないぞ!!」
「止めなくて結構! だいじょーぶ、那珂ちゃんこう見えてもツイてるから!」
「えええええええ……!?」


 おののくキリカに向けて那珂ちゃんはグッと親指を立てる。
 その瞬間、キリカの額を掠めて童子斬りの枝が突き出された。

「ふわぁっ!?」
「『気づいてるわ〜♪ みんながわたしを〜♪』」

 後ろに転がって那珂ちゃんから離れたキリカだったが、起き上がった彼女の視線の先で、那珂ちゃんは遂に歌を歌い始めていた。


「『ハートの視線で〜♪ みつめてるの〜♪』」
「ハードな死線しかないだろここ!?」


 驚愕するキリカの視界で、那珂ちゃんはマイクを片手にダンスを踊りながら、その身に迫る童子斬りの枝をことごとく紙一重で躱していた。
 縦へ横へと踏むステップが、奇跡的に直前の那珂ちゃんの位置を狙った童子斬りの刺突を躱す動作となっているのだ。
 その様子を上空から見下ろしていた夢原のぞみも、呉キリカと同じく驚愕に身を固めている。


「す……すごい……。すごい、けど。……けど、これでいいの!?」
「■■■――……」


 彼女が引き寄せて粗方を爆散させていた童子斬りの根は、再び大部分が那珂ちゃんを狙って動き始めている。
 しかし、当の本体であるバーサーカーは、まるで那珂ちゃんの歌を聞いているかのようにその動きを止めていた。
 眼下の男の様子を伺いながら、のぞみは判断にあぐねて頬を掻く。


「……い、いいのかな……。なんとなくこの人も、聞き惚れているように見えなくもないし……」


 キリカとのぞみがたじろぎながら眼を合わせていたその時、黒い霞を纏うバーサーカーが、木刀を握り締めたその右腕を、スッと上空に掲げていた。
 それはまるで、観客がアイドルに振り上げる、サイリウムのようであった。


「わっ、すごい! 本当に歌で改心しちゃった!? それならホントにすごいよ!!」
「いやいやありえんでしょ……。本当だったら私の理解の範疇を逸してるよ……!?」
「『他の人とは違う〜♪ トクベツを感じたの〜♪』」


 木刀を挙げるバーサーカーの様子に気を良くして、那珂ちゃんは満面の笑みを浮かべたままステップで枝を躱しつつ、その男の元に少しずつ近寄り始めていた。
 その様子を、地上と上空でキリカとのぞみが固唾を飲んで見守っている。


154 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:53:11 GNQASV8w0

「『その時から私の〜♪ 胸は〜♪』」


 元来た道を、当のバーサーカー本人の目の前にまで戻って来て、那珂ちゃんは歌った。
 Bメロも佳境。サビ目前の所で、バーサーカーはなんと恭しく、目の前の那珂ちゃんに向けて左手を差し伸べていた。
 那珂ちゃんはいよいよ笑顔を弾けさせて、一緒に歌えるように、右手のマイクを彼に差し出す。


「『解体〜♪ されちゃいそう――』……、えっ?」
「えっ?」
「うわっ……」


 その瞬間、バーサーカーに掴まれていたのは、マイクではなく、那珂ちゃん本人の右腕だった。
 同時に、彼の掲げていた木刀が勢いよく天に向けて芽吹く。
 天上に向けて枝を張った童子斬りは、今度は一斉に、しだれ柳の雨の如く、停止していたキリカとのぞみをめがけて降り注いでいた。


「やっぱりねぇええッ!! こんなことだろうと思ったよぉおお!!」
「ち、力じゃなくて、私たちを直接狙ってる!?」


 黒い霞と赤い脈に包まれた木刀の枝は、地面の根とは比べ物にならない速度と正確さで、逃げ出そうとする二人に追いすがっていた。
 しかも、的確に操作されたそれは、単純に彼女たちの背後を追うわけではなく、天高く張った樹冠から周囲をトリカゴの網で囲うように逃走経路を塞ぎ、閉じ込めるようにした上で、彼女たちを外側からも追い詰めていく。
 彼が木刀を掲げて待機していた間は、決して那珂ちゃんを賛美していた訳ではなく、この急激な成長を行なうだけの魔力を蓄えるがためのものであった。

 二人が童子斬りに追われる中で、バーサーカーに腕を掴まれた那珂ちゃんは、身動きが取れないでいた。
 体の中で、『恋の2−4−11』というフレーズだけが空回りして流れてゆく。
 掴まれた腕からは、バーサーカーが纏うのと同じ、黒い霞と赤い脈が侵食していた。


 ――『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。


 バーサーカー、ランスロットの宝具であり、手にしたものが武器でありさえすれば、それを即座に自分の宝具として支配下に置くものである。


「あ、あ、あ……――」
『ハートが高鳴るの♪ 入渠しても治まらない♪ どうしたらいいの?』


 ばくばくと治まらぬ動悸に苛まれる那珂ちゃんは、次第に侵食されてゆく意識の中で、もがくことしかできなかった。
 自分の楽曲のオケの音さえ歪んで遠くなってゆく中で、彼女はついに赤と黒とに塗りつぶされた。

 那珂ちゃんは、軽巡洋艦である。
 もし彼女が空母であったりしたのなら、例え山ほどの武装を積んでいたとしても、『武器を運ぶもの』という認識になるため宝具化を免れていただろう。
 しかし、軽巡洋艦は火砲を主兵装とし、軽度な舷側装甲を施した比較的小型の『軍艦』である。
 軍艦とは戦闘力を持つ艦艇のことであり、非武装であっても補給艦や輸送艦などを含む。
 彼女は例え丸腰でも、その身一つで、『武器』なのであった。


「あ、あの那珂ちゃんって子は!?」
「あんなやつのこと気にしてる場合じゃ……って」


 的確にバーサーカーの方へ追い詰められていく二人は、その時、バーサーカーの胸元に抱え上げられるその少女の姿を見た。

『もうごまかさない〜♪』

 依然としてその曲の軽妙なメロディとコーラスだけが響いている空間に、その音源である彼女の体がゆらりと立ち上がる。
 地に足を付けてキリカとのぞみに対峙する那珂ちゃんの双眸は、白目に裏返っていた。
 その頭から背中にかけて、童子斬りから伸びる枝の一本が、根を張るように彼女の体に蔓延っている。
 その彼女の体も、バーサーカー同様に黒い霞に包まれ、皮膚に赤く脈を打っていた。


『静かに♪ でも大胆に♪』
「いや、ちょっと待ってよ、これは……」
「キリカちゃん……、これまさか……」


 襲ってくる童子斬りを躱しながら、キリカとのぞみは滝のような冷や汗を流す。
 那珂ちゃんは意識を失った白目のまま構えを取り、背後の枝をツタかケーブルのように伸ばして二人に飛び掛かっていた。


『アナタのココロに出撃しちゃうから〜♪』
「「うわぁあああ、操られてるぅうううッ!!」」


 本来のライブならここは、『俺提督が撃沈しちゃうー!』という合いの手が入る。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


155 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:53:26 GNQASV8w0

 そして正午は来る。
 地上にも地下にも、あまねく響き渡る。


「あら〜……、どうしてここで大本営が陥落するかしら〜? ひど過ぎない〜……?」
「な、なんなの……? ほんとに何が起こってるのよ!?」
「お、落ち着いてひまわりちゃん……!」
「上階の研究所に撤退することもできない……、ってわけか?」

 木の根の波に浸食される管理室の前にも。

「What's that……!?」
「シバさんが襲撃されたようです。と、ヤイコは努めて平静を保とうとしながら分析します」
「……しもうた。一気に帝国のそこここで凶兆が湧き始めよる。早うカタをつけんと……」

 地下への道を必死に切り開く技師団の元にも。

「うおおおおおっ――!!」
「ああああああっ――!!」
「■■■■■■■――!!」
『カーン☆』

 全く外部環境を顧みる余裕のない激戦区の間にも。
 第二回放送の惨劇は、てらてらと赤い脈を打って伝わってゆく。


「……お聞きになりましたか」
「……ああ。オレとしたことが、一杯喰わされたたぁこのことだぜ」


 それは、静かな怒りを身の内に滾らせる彼らの元にも同様に届いていた。
 片や地面の中から、片や空中から、霧か泥濘のようにいつの間にか出現していたヒグマが二頭。
 地階の空間でばったりと出会った彼らは、向かい合いながら言葉を交わす。

 その二頭の周囲には、黒い霞を纏った木の根が、びっしりと壁を埋めて脈動していた。


「……これも、『彼の者』が仕込んでいたものだとお思いになりますか?」
「どうだろうなぁ? だが、これが何だとしてもオレたちの仇敵だってことに、卵おじや一杯賭けるぜ」
「奇遇ですね。私も咳止めシロップ一瓶そちらに賭けるつもりでした」

 臭いを嗅ぐかのように壁から側枝を萌出し始めた木の根を前にして、二頭のヒグマはそう言い合って笑った。

「ハハハ、それじゃあ賭けにならねぇな」
「ふふふ、そのようですね……」
「ハッハッハッハッハ……」
「うふふ、ふふふふふ……」


 高まってゆく笑い声を劈くように、その時周囲から一斉に木の槍が突き出されていた。
 二頭の声はピタリと止んで、それからボトボトと地面に何かが大量に落ちる音がする。


「……さっきっからよく邪魔してくれたよなァ、クソ不味いゴボウさんよ」
「……すみませんが私は、深夜からの連勤で少々気が立っておりましてね」

 石のような灰色のヒグマの背後では、刃のような形状に地面が隆起し、迫っていた根の先をことごとく断ち落している。
 また墨のように黒いヒグマの周囲では、鞭のように長い舌が旋回し、突き出されていた根は何故か微妙に狙いを外れた位置へとずれて伸びていた。


「灰色熊さん……、覚悟のほどはいかがですか?」
「とっくに決まってるぜシーナー……」


 ヒグマ提督を利用した、文書偽造からの大量殺羆。
 帝国の生命線を担う田園への破壊工作。
 そして第二回放送で明らかになった艦これ勢の大規模な反乱。
 小出しに発生する事件を陽動に水面下で進んでいたのだろう『彼の者』のえげつない策略に、シーナーの臓腑は煮えたぎるかのようだった。
 自身が向かう先々で、彼を嘲笑うかのように命を挽き潰してゆく『彼の者』の挙動、そしてそれを阻止できない自分の力量不足に、彼は瞋恚を燃やす。

「言わずもがなですね……」

 そしてそれは灰色熊にもまた同様である。
 密命を受けて『彼の者』の所在を突き止めたはいいものの、決定打を撃つこともならず引き返さざるを得なくなったこと。そしてそのさなか、地中に伸びるこの根程度のものに移動を阻まれ、行動を封じられていたこと。
 この鈍重さがなければ解決できていたかも知れない問題点の数々を第二回放送で突き付けられ、彼は身を震わせた。

「こいつら皆まとめて――」

 もはや彼ら二頭に、自身の命脈など念頭にない。


「叩き殺し(チタタプ)にしてやる――!」
「殺滅いたします(ステラライズ)――!」


 膨大な魔力を放出しながら、その二頭は幻影のように消え去った。
 そこへ襲いかかる木の根は、見えない何かにかつ裂かれ、かつ折られ、地下の岩盤を砕きながら殺到していった。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


156 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:54:08 GNQASV8w0

「……勢いが弱まったわね」


 管理室から溢れ出てくる木の根を除けつつ、3人をじりじりと通路に下げさせていた龍田は、童子斬りの行動の変化に目ざとく気づいていた。
 遅れて、間桐雁夜が通路の奥に発生した強大な魔力の反応を察知する。


「あっちで、何か強い魔力が発生してる……。助けが来たのか……、それともヒグマか……」
「間桐さん……、ヒグマの助けって可能性もあります、一応……」


 雁夜と田所恵が眼をやる通路は、既に道の大半を童子斬りの根に埋められてしまっていた。
 示現エンジンへの対処と、放送で示唆された反乱の気運に進退判断を決めきれないでいるうちに、彼ら4人はこの区画にほぼ閉じ込められてしまった形になる。

 一人で頭を抱えていた四宮ひまわりはその時、突如キッと顔を上げて、佇む龍田の元にツカツカと歩み寄っていた。


「龍田っていったわよね、あなた。ようやく思い出した。今はやりのネトゲのキャラでしょ」
「ええ、まぁそうね〜」
「有冨さんたちの技術で肉体を持ったヒューマノイドってわけ?」
「だいたいそういうことね〜」
「五月雨を、集めて速し?」
「それは最上川ね〜」
「じゃあ、唐紅に水くくる人だ」
「その通りよ〜」
「……お願いがあるの」
「何かしら?」


 高速で状況を咀嚼しながら、ひまわりは金茶の髪を振り立たせ、真剣な眼差しで語った。
 彼女の指す管理室の中には、辛うじて根に埋まっていないコンソールと、その先で襲われている示現エンジンの本体がある。


「……私と一緒に、示現エンジンを死守して! さっきも言ったように、これが壊れたらお終いなの……!
 あなたの実力はよくわかった。助けがいつ来るかわからないけど……! 無理を承知で頼むわ。お願い!」
「はいはい了解よ〜♪」
「やっぱりダメよね……って、えっ!?」


 二つ返事で受けた龍田の反応に、ひまわりはむしろ驚愕した。
 龍田はワンピースの裾を正しながら、微笑んでひまわりに返す。

「むしろ私だけでいいわ〜」
「そ、そんな。私だってできることはあるし……、ほら、この鍵で、パレットスーツってやつが……」
「名誉や責任のために死ぬ必要なんてないのよ〜?」
「……ッ!?」

 胸の奥を見透かすような龍田の眼差しに、ひまわりはたじろいだ。
 ネックレスに提げた小さな鍵を掴みながら、彼女は震える。


「……一応聞かせてもらうけれど、その兵装の動力源って、何なのかしら〜?」
「……示現エンジン」
「だから、今まで使用をためらっていたんでしょう?」

 
 龍田に指摘され、ひまわりは言葉に詰まる。

 技師として示現エンジンに関わり、またその力を用いて戦闘を行なってきた四宮ひまわりには、示現エネルギーの危険性が身に染みて理解できていた。
 アローンのようなこの木の根から示現エンジンを防衛するには、強力なパワーが必須。
 しかし、唯一ここで戦闘に長けていると思われる龍田では、一時しのぎにしかならなかった。
 その上、ひまわり自身がイグニッションを行なってパレットスーツを纏った場合、崩壊しかかっている示現エンジンに更なる過負荷がかかることになる。
 それがきっかけで示現エンジンが爆発することだって考えうるのだ。

 だがその場合でも、自分が武装であるネイキッドコライダーを展開していれば、それを盾として爆発による被害を最小限に食い止められるかもしれない。
 元はといえば、この危機を看過してしまったのは自分の責任だ。
 有冨さんがどうなっているのか。
 研究所がどうなっているのか。
 れいちゃんはどうなっているのか。
 気になることは山のようにある。
 それでも四宮ひまわりは、果たせなかった自分の責任の全てを負うべく、覚悟を決めた。

 その決死の心根を、この軽巡洋艦の魂を背負った少女は、ただ笑顔で包み込んでいた。


157 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:54:28 GNQASV8w0

「私もさっき言ったけれど、私たち艦船は、あなたたちを守るために作られているの。
 手を振って祈ってくれれば、それだけで良いのよ〜」


 そんな龍田の柔和な声音に、田所恵が堪らず硬く声を絞る。

「……龍田さん……! あなただって、『人間』なんですよ!
 無茶しないで下さい……! それじゃあひまわりちゃんと同じです!」
「無茶じゃないのよ〜。位置さえわかれば、ここからこの根っこの本体だって私は断ち切れるわ〜」
「「「えっ!?」」」
「位置さえわかればね〜」


 依然として柔らかく返された龍田の意外過ぎる言葉に、その場の3人は一様に驚愕した。
 ころころと笑いながら手を振る龍田は、そのまま自身の背に負った艤装を指し示す。


「……今の私は、『あの子』と同じ心臓を背負ってるから〜。大船に乗った気持ちでいてね〜♪」
「それでも……」
「わかった」

 反駁しようとした恵の声を食って、四宮ひまわりは決然と龍田を見つめていた。


「……お願いする」
「お願いされました♪」


 それだけの言葉を交わして、龍田とひまわりと互いに踵を返す。
 不安げな恵と雁夜の視線を背中に受けて、龍田はその手に薙刀の風切り音を鳴らしながら語った。


「恵ちゃん、私たち艦娘の動力源や燃料は、何だと思う? 重油? 石炭?」
「……えっと……、それか普通の食事……?」
「うふふ。一番の燃料は、守るべきあなたたちの、笑顔なのよ〜♪」

 言いながら横薙ぎに打ち振った一閃は、管理室の入り口を塞いでいた木の根を、それだけで膾に刻んでいた。
 脇構えから振り抜き、清眞から乱れ討ち進む龍田の歩みに、止まっていた童子斬りがざわざわと反応を始める。


「私は嬉しいの。今回生まれてよ〜うやく、それを見つけられたから〜」


 華やかな声を上げて、龍田の肢体は羽のように舞う。
 踊る仕草の雅で、電流の如く刃が走り、迫ることごとくが散り果てる。


「原子力だってメじゃない。私たちの始原のエンジンを動かしてくれるものだもの♪」


 三室の嵐が吹き去ったかのように刃風が晴れると、管理室の中にはただ、腕巻構えに薙刀を取る龍田が、ぴったりと腰を据えて微笑んでいるだけであった。
 息を飲む恵の肩を、四宮ひまわりが頷きながら叩く。


「……自分にできることを、しよう。できる限りで、最大限のこと……!」
「ひまわりちゃん……!」

 ひまわりと視線を交わした田所恵は、彼女に向けて深く頷いた。
 そして大きく息を吸い、あらん限りの声で、叫ぶ。


「頑張ってーッ!! 龍田さぁあああぁーん!!」


 管理室で再び木の根に迫られてゆく龍田の姿に向け、心限りの声援を恵は振り絞る。
 根に塞がれた道の先で、少しでも隙間を確保しておこうとひまわりは走る。
 そして、その3者の姿を見ながら、間桐雁夜は唇を噛んだ。

「……できること……。位置、か……」

 三画の令呪を宿した右手の裡で、感知に集中した彼の回路は、先程よぎった予感を確信に変える。
 その身に寄り添ってくれる田所恵の温もりを肌に感じながら、彼はその脳裏に、遠い家の、守るべき少女の笑顔を見つめていた。


「俺にも、まだ……、回せるエンジンは……、あるはずだ……」


 彼らの様子を横目に伺いつつ、波のように寄せ来る木の根の叢中に、龍田は上機嫌で微笑む。

「ふふ、いいわね〜、ファンからの応援っていうのは。艦隊のアイドルちゃんの気持ちもわかるわ〜」

 そのままステップで刺突を躱しながら、彼女はリズムを踏んで歌いだす。


「『いでや進みて忠義に♪ 鍛えし我が腕(かいな)〜♪』」


 柔らかな歌声で軍歌を口ずさみながら、彼女は紅葉のように木々の中に踊る。
 田所恵の熱い音圧を背景に、明々と白刃の光が降り注ぐ。


「『ここぞ国のため♪ ……日本刀を試し見ん♪』」


 唐紅の眼光が、秋色の舞台を染めて決意に燃えていた。 


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


158 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:54:58 GNQASV8w0

「■■■■■■■■■■――!!」


 そしてその舞台から十数メートルほど上にあがった高度に、もう一つの舞台がある。
 艦隊のアイドルちゃんは、確かにここで先程までライブを行なっていた。

「くおおおっ――!?」
「な、那珂ちゃん!! 眼を覚まして!!」

 その彼女は今、呉キリカに頭から体当たりをかましている。
 那珂ちゃんの突進を空中で受け止めたキリカは、その勢いのまま、背後で剣山のように待ち受ける童子斬りの枝に叩き付けられようとしていた。

 正気を失った彼女へ向け必死に声を送っている夢原のぞみを視界の端に見ながら、キリカは歯噛みする。


 ――この黒い剣士は、思った以上に強大で厄介なヤツだった。

 その手に持つ武器、そして那珂という少女を、黒い靄と赤い脈で自在に操っている点から、この剣士の能力は、『手に持ったものを自分の支配下に置いて操作する魔法』だと推察される。
 地面に張った根から魔力を吸い上げているのか、私たちが自動攻撃の手に余ると見るや、枝による直接狙撃と、那珂の肉体を操っての攻撃を多面から仕掛け、一挙に私たちの対処を困難にさせた。


 前門の那珂と後門の童子斬りに挟まれ、呉キリカは遂に切り札を切る。


 ――『速度低下』!!


「フシッ……!」

 黒い童子斬りの雨が背中に突き刺さる一瞬の前に、キリカは息を吹いて空を走っていた。
 減速する世界の間を縫って跳び退った彼女の裾が、密に繁った枝の槍に鉤裂きにされる。


 ――で、これで終わりじゃないんだよな!


 続けざまに、彼女は魔力を振り絞って慣性を止め、前方へと翻る。
 その軌跡に迫って、今度は地面から次々と童子斬りの枝が突き立つ。
 二重攻撃に参って魔力を行使した瞬間、今度はそこへ三重目の攻撃が襲うことになるのだ。
 逃げ遅れたキリカの太腿を抉って、その一本がパンチ穴のように左脚の肉を削ぎ落としていた。


「ぐうっ――!?」
「キリカちゃん!?」


 のぞみの声に言葉を返す猶予もなく、キリカの元へ、再び白目を剥いた那珂ちゃんの肉体が迫っていた。
 泡を吹いて気絶したまま、バンジージャンプか何かのように背中のツタで振り回される彼女は、バーサーカーにとっての武器であり、同時にのぞみたちにとっての人質でもある。

 ぎりぎりと歯を噛みながらしかし、呉キリカは迫り来るその少女を睨みつけていた。


 ――そもそもこんな女の命なんて、私にとっちゃどうでもいいし!!


 那珂ちゃんの突進を今度は受け止めず、キリカはむしろ彼女の頭を蹴り飛ばし、踏み台にして空を飛んだ。
 空を泳ぎながら身を捻る腕に、キリカは三本の鉤爪を生成する。
 その目に狙うは、直接狙撃と那珂の操作を一手に引き受けている、バーサーカー右手の童子斬り本幹であった。


「『ステッピングファング』!!」
 

 鉤爪を高速で投擲し、身を捻りながら立て続けに十数本、雹のようにキリカはその魔力を放つ。
 反応で襲い来る地面からの刺突に腕や顔を次々と浅く引き裂かれるも、キリカは着地に成功したその瞬間、自身の勝利を確信していた。

 攻撃方向のみに魔力を絞り生成した渾身の鉤爪18本。
 狙いは過たず木刀へ。
 逸れたところで、鎧すら貫通するであろう硬度の爪は確実にこの剣士へ致命傷を与える――!


 しかし、キリカが眼を上げた時、その表情は一瞬で驚愕に落ちた。


 バーサーカーは、銃弾にも匹敵する速度の鉤爪を、左手で『掴む』。

 そしてそのまま、彼は飛来する残り17本の爪をことごとく打ち落し、赤い脈を打つようになったその鉤爪を、意趣返しとでもいうようにキリカへと投げ返していた。


 ――『支配下に置いて操作する魔法』……!


 キリカがその思考を発火させた時には、既に凶刃は風を切っていた。
 速度低下を。と魔法陣を練るには、一度に大量の魔力を、彼女は放ち過ぎていた。


159 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:55:35 GNQASV8w0

「ぐ、ああぁ――っ……!!」
「よ、よくもキリカちゃんに――ッ!!」


 キリカ自身が作った鉤爪は、彼女の右脇腹に深々と突き立った。
 血の霧を吹きながら、頭上から迫る枝の波状攻撃によろめく彼女の姿を見て、夢原のぞみは烈火のごとく魔力を迸らせていた。


 ――だ、ダメだ、のぞみ……!!


 キュアドリームの元に、地面から大挙して木の枝が襲い掛かる。
 今まで彼女がバーサーカーによる童子斬りの直接狙撃に対応できていたのは、キリカの方にバーサーカーが攻撃の手を集約させ、かつのぞみ自身が魔力を抑えていたことによる所が大きい。
 各個撃破狙いでキリカに集中させていた攻撃手段は、彼女に深手を負わせた今、躊躇なくキュアドリームの方へと向けられる。


「これ以上、みんなを傷つけさせたり、しないっ!!」


 上下から襲う枝の波が、閃光を帯びたキュアドリームの手刀にて切り裂かれた。
 彼女の左手には、象牙のように白いトーチ――ドリームトーチが握られている。


「『プリキュア・クリスタル――』!!」


 薄桃色の水晶の如きエネルギーを渦のように振り集め、のぞみは迫り来る槍衾を遍く木端に砕く。
 そしてその狙いをびたりとバーサーカーにつけ、叫んだ。


「『シュー――ト』ッ!!」


 その瞬間だった。
 視界の裏から、その射線上に血まみれの少女が躍り込んでいた。


 ――那珂ちゃん!?


 キリカに蹴飛ばされた彼女は受け身を取ることもなく地面に激突し、そのこめかみをザクロのように割って血を噴出させている。
 そして彼女はそのまま、バーサーカーに操られるがまま、童子斬りのツルに盾として持ち上げられていたのだった。

「――〜〜ッ!!」

 プリキュア・クリスタルシュート発射の寸前で、のぞみは両手に構えたドリームトーチの方向を無理矢理ずらす。
 そしてバーサーカーとはかけ離れた位置の地面へと、桃色の結晶でできた光の滝が噴射されていった。


「大丈夫那珂ちゃん!? しっかりして!!」
「のぞみ――ッ!! 避けろぉッ!!」


 目の前に意識を失ったまま掲げられる那珂ちゃんへ、のぞみは完全に気を取られていた。
 地上から痛みを圧して叫んだキリカの声が彼女の耳に届いた時には、既に遅かった。

「が……ッ!?」

 クリスタルシュートの魔力に反応していた地面の分枝が、彼女の右大腿を貫通していた。
 浮遊体勢を崩したキュアドリームの元に、今度は上空から直接狙撃の枝が降り注いでゆく。


「くっ……そっ、のぞみぃいいいいっ!!」


 地上でよろめくキリカの視界で、キュアドリームは何とか脚の童子斬りを切断し、上空からの枝に応戦し始める。
 しかし今度は、そちらに気を取られたキリカに、攻撃が向く番であった。

「な、に……?」

 キリカの体は、背後に回り込んだ那珂ちゃんに羽交い絞めとされていた。


「クソッ! 離せッ!! このバイタがぁあああああっ!!」


 必死にキリカが抜け出そうともがくも、那珂ちゃんの腕は万力のようであった。
 依然として意識は消失したまま、彼女はただバーサーカーの思うままに動かされている。
 そして、彼女を操る童子斬りのツルは、キリカごと彼女をバーサーカーの手元に引き寄せてゆく。


160 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:56:34 GNQASV8w0

「こ、の……ッ! 最後はこの女ごと私を殺そうってハラかい……!!」
「キ、キリカちゃん――!?」


 空中ののぞみが気付いた。
 しかし、間に合う距離ではない。

 キリカと那珂を待ち受けるのは、童子斬りのツルを手繰るバーサーカーと、その木刀の根本から伸びる、一際太い枝の槍。


 ――一瞬だ。


 キリカは、それだけ思考して、腹部の痛覚遮断に回す魔力をも抑えて脱力した。
 無闇に暴れて魔力を使えば、そのまま自分は自動反応の枝に突き殺されるだけ。


 ――ヤツが攻撃に転ずる、その一瞬の挙動の隙に、全てを賭ける!!


 機を逸してしまったら、そのチャンスはもう二度と訪れはしない。
 全生命を賭した乾坤一擲を、呉キリカは『待った』。
 拙速と。
 巧遅と。
 今まで置き去りにしていた世界の流れに乗って、彼女は、眼を閉じた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「お主ら! 二人とも能力を使うな! こやつは魔力を狙ってきておるのじゃぞ!!」
「二人……!?」


 ヒグマ帝国の地下階層を降りたツルシインが第一声に叫んだのは、そんな言葉だった。
 続く布束砥信とヤイコが怪訝な表情で降り立ったそこは、階段前のホールとなっていたはずの空間である。
 彼女たちが根に埋め尽くされた通路を漕いで出て来てみれば、誰もいないように見えるそこで、ただ童子斬りの根だけが暴れ狂ったかのように周囲の壁や地面を次々と突き刺し続けていた。

 ツルシインの目元を目掛けても数本の細い枝が飛来するが、ホールの中でのたうっている根の太さと本数はその比較にならないほどに多い。
 壁、地面、天井は見る間にも破壊されていき、辺りには太い根の分岐部までも顕わになっている。
 足の踏み場さえなくなるかのような瓦礫と根の海に、ツルシインが堪らず躍り込んで爪を揮っていた。


「よさんかぁッ!! 死ぬ気かお主ら!!」
「オレたちはどうあれ、こいつは確実にシメるさ!!」


 ツルシインが飛び掛かりながら切断した根の先で、天井から崩れ落ちた岩の塊が返事をした。
 見る間にそれは、石のような灰色の毛並みをした一頭のヒグマに変化する。
 苦々しい表情を見せる彼の手足には、既に童子斬りに貫かれた大小様々な径の穴が、軽石のように穿たれていた。


「魔力を探知する相手に真っ向から全力を出すなど、非合理的です! ヤイコは進言します!!」
「計画がない訳ではありません!!」


 ツルシインに続き、空中へ向け焦って呼びかけたヤイコに対して、空気そのものが怒りを帯びて叫びを返す。
 霧が晴れるように、そこに黒く小柄なヒグマの姿が顕わになっていた。
 朽木のように痩せたその肉はそこここで浅く抉られ、それとは別に幾つもの生傷が毛皮に浮いている。


 二頭が能力を止めた瞬間に、嘘のようにピタリと停止した童子斬りの樹海の中で、布束砥信は信じられないという面持ちで彼らを見やる。


161 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:57:00 GNQASV8w0

「シーナーと……、灰色熊ね……! なんて能力なの……」
「……よぉ、半日振りくらいだな布束さん。悪いが相手にしてらんねぇ」
「……分が悪いのは百も承知です。ですがこれでようやく、本体を叩けます……」
「これのことを言っておるのか……、シーナー……」


 傷だらけの灰色熊とシーナーが眼光を滾らせて見つめるのは、崩壊した岩盤の中に見える、童子斬りの太い分岐部であった。
 ツルシインがシーナーのいう『計画』というものを察知して舌打ちする。

「地上の本体まで触知できる部分を掘りだして、『治癒の書』を直接叩き込む腹積もりかよ……。
 そのためだけにここまで無茶をするとは……、己(オレ)がいくら心配しても足りんではないか……!!」
「ご心労をおかけしてすみません……。ですがもう、これ以上は看過なりませんので」
「……ああ。あんたに襲い掛かるクソゴボウどもは、その間全部オレが叩いてやる」

 灰色熊とシーナーは、僅かに幻嗅にのみしか反応を来さない童子斬りの末節ではなく、その近位部の振動を捉え、『治癒の書』の幻触を、地上にいるであろう使用者本体にまで効果を及ぼさせるつもりであった。
 しかし、その過程で彼らが被った代償は、一歩間違えればそのまま死んでいてもおかしくない重傷である。


「灰色熊さん、その傷で、これら樹木の刺突を全てお一人で引き受けるおつもりですか。ヤイコはそれはあまりに困難であると推測します」
「なぁに……、こんぐらい後で石詰めときゃ治るさ」
「私が言うのもおかしいけれど……、シーナー、あなたの傷もよ」
「『治癒の書』は常時私の体内に展開しておりますので、痛覚を遮断することなど造作もありません」


 ヤイコと布束の言葉にも耳を貸さず、彼ら二人は、その作戦を断行するつもりであるらしかった。
 瞑目するツルシインに向けて、シーナーが最後に振り向く。

「ツルシイン……。お手間ばかり取らせますが、一つだけ教えてください。
 ……私のこの行動は、正しいものですよね?」
「正しい行動なら、真っ直ぐエンジンに向かうとかいくらでも他にあったわ莫迦者が……」


 光の無い真っ黒な視線でツルシインを見つめるシーナーは、その言葉に浅く自嘲の息をつく。
 その彼へツルシインは、白くわだかまった眼の光を開け、微笑んでいた。


「……じゃがその莫迦な行動も、今なら。今だけなら、『吉』じゃ」
「……ありがとうございます」


 一度だけ微笑むや、枯骨のような黒いヒグマは、勢いよくその舌を太い根に向けて打ち込んでいた。
 その瞬間に、ぞわりとあたり一面の根が彼を狙う。


162 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:57:15 GNQASV8w0

「シーナー……、己(オレ)が護ってやる! 存分にやれ!」
「ヤイコも護衛に参入いたします」
「おいおい……、もともとオレの役割だったんだぜ……?」
「意地を張らずに頼った方が良い場合もあるわ。エビデンスは私の経験ね」


 足元で伸び始めた根の一本を蹴り飛ばしつつ、布束が灰色熊にそう語りかけていた。
 彼女の様子を見ながら、灰色熊は呆れの混じった眼差しで眉を上げる。


「実験前から思ってたが、ほんとあんたはオカシな奴だな。どうしてあんたはそこまでオレたちに肩入れする?」
「……色々放っておけないのよ。あなたが、田所恵に肩入れしてくれたようにね」
「……ハハ、そこ言われると納得するしかねぇわ」


 軽妙な会話を躱しつつ寄り来始めた根を砕いてゆく4名を後方に、シーナーは身の裡からどす黒い、霞か泥のようなものを迸らせていた。
 舌に振れる木の根の遥か先に、シーナーの振動覚はその幹たる使用者の姿を捉える。
 『治癒の書』が、その内部にそれらの様相を克明に記す。


 転(まろ)べ。
 汝が今、触れるものは虚偽。
 転べ。
 汝の眼耳鼻舌身意(げんにびぜっしんに)。
 その身を、私に明け渡せ。
 始源の感覚でこの檄を聞け。

 汝の足趾は今、繧繝の眩暈に浮動する。
 汝の紡錘はその意図を紡がない。
 纏う鎧は灯油に沸いた鱗屑。
 転べ。
 その身を虚偽の手足と分かち、真景を踏まんと思え。
 その幻の位置を作るは、汝。
 現を幻とし、幻を現と見よ。
 隔靴掻痒の上京をその身に願い、私の語る幻を現とせよ。
 この場を領(うしは)くは、私の世界である――!


「……『治癒の書(キターブ・アッシファー)』!!」


 4名が捌ききれぬほどの木の根が襲い、魔力を放出するシーナーをその穂先に捉えようとした瞬間。
 彼の施術は、過たず吉祥をもたらした。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 呉キリカがその身に感じたのは、魔女の結界に呑まれる時のような、膨大な魔力の奔流だった。
 形容しがたい灼熱感と脱力感、掻痒感と電撃痛とが彼女の皮膚感覚へ同時に襲い掛かる。

「くっ――!?」

 しかしそれは、目の前で今まさにキリカを突き殺そうとしていたバーサーカーには、更に強烈な異常感覚として叩き付けられていたようだった。


「■■■――……!?」


 絞るような苦悶の声が上がると共に、キリカを羽交い絞めにしていた那珂の腕から力が抜ける。
 同時に、キリカを刺そうと狙っていた木刀の枝が、眼に見えてその形状を揺らがせる。


163 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:57:38 GNQASV8w0

 ――今。

 キリカが待ったその瞬間は、彼女の体を一挙に駆動させた。
 那珂の拘束をすり抜けたキリカの体は、たたらを踏んで前に傾いたバーサーカーの足下へ沈み込む。


「おぉうらぁああああ――ッ!!」


 左手で地を突いた。
 矢のように伸ばした右脚が、キリカの全身を弓として天空へと撥ねる。
 身を揮うその蹴撃は、倒れ込んできたバーサーカーの顎下を、その兜を砕くかのような勢いで突き刺していた。


「『プリキュア』――」


 そしてそのキリカの行動は、更にもう一人の少女の賭けも、成功へと導いていた。


「『シューティングスター』ッ!!」


 『治癒の書』の幻覚とキリカの攻撃で乱れた夢原のぞみへの攻撃の手は、彼女に、渾身の決め技を使うことを許した。
 バーサーカーの手に握られていた童子斬りの本体が、滑るようにしてその掌から零れ落ちる。

 一匹の蝶のように朱鷺色の風となったキュアドリームの手刀がその木刀を通り過ぎた。
 キリカの体を抱えて地に滑走した彼女の後ろで、赤黒く脈を打っていた童子斬りは、空中で粉微塵に爆散していた。


「の、ぞみ……。やったじゃないか」
「キリカちゃんは!? ケガは大丈夫なの!?」
「のぞみの方こそ……! 私の方は、これくらいならまだどうってことない……」


 地面に倒れ伏したバーサーカーの周囲から、二人の逃走を阻むように上空から繁っていた童子斬りの木が枯れ落ちてゆく。
 自身の行動に充足感を覚えながら、キリカはのぞみに指摘された脇腹の傷に手を当てる。

 鉤爪が突き刺さったままの貫通創は、爪を引き抜いてしまうと一気に大量出血するだろう。
 とりあえずは安全な場所に避難してから魔法で止血を試みつつ治療する必要があると思われる。

 それよりも気にかかるのは、のぞみの太腿に大きく開いた刺突の穴である。
 血も出ないその傷のせいで、歩行の覚束ない彼女の姿は非常に痛々しい。


「……とにかく早くここから抜けよう」
「うん……、あの那珂ちゃんって子も連れてね」
「あの女をぉ……? まぁ仕方ないか……」


 倒れたバーサーカーが動かないことを確認しつつ、のぞみと互いに肩を貸しながら、キリカは地面に打ち捨てられている那珂ちゃんの方に歩んでいった。

「ほら起きろー……。キミはもう操られてないんだぞー……」

 黒い靄も、赤い脈も打っていない、眠っているかのような那珂ちゃんの元に寄って、キリカはげしげしと彼女の腹を爪先でこづいた。


「ん、う……」
「よし起きた。こいつには自分で歩いてもらおうかね、大したケガもしてないし」
「うん……、キリカちゃんが蹴った頭以外はね?」
「仕方ないだろあれは」


 薄らと眼を開けた那珂ちゃんに安堵した二人は、彼女から目を外して語らい始める。
 そのため、ふらふらと起き上がる那珂ちゃんの様子には、その時、誰も気付いてはいなかった。


「だいたい本当なら、織莉子以外の人間がどうなろうが私は知ったこっちゃ……」
「あ……、ぐ……」


 のぞみに愚痴を零そうとしていたキリカの言葉は、中途半端に止まる。
 何かを握った那珂ちゃんが、咽喉を絞るような声で唸っていた。


164 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:57:59 GNQASV8w0

「がふっ……!?」
「キリカちゃん!?」

 突如吐血したキリカに驚愕して眼を上げたのぞみが見たのは、赤黒く脈を打つ鉤爪を握った、那珂ちゃんの姿だった。


「■■■■■■■■■■……」


 バーサーカーが遠方で身を起こす。
 その手が握っていたのは、未だ那珂ちゃんの背中に根を下ろしている、童子斬りのツルであった。

 白目を剥いた那珂ちゃんは、総身に赤い脈を打たせ、キリカの鉤爪を構えて目の前ののぞみに対峙する。


「あ、あ、そ、そんな……ッ!!」


 右脇腹を完全に引き裂かれ、濁った血液を吹きながら崩れ落ちてゆくキリカを隣に抱え、夢原のぞみは戦慄に歯を鳴らしていた。
 それでもそののぞみの袖を、力強く引く者がいる。


「のぞみ……、まだだ。まだ、愛は死んじゃいない……」


 血を吹きながらもキリカは、向かい合うバーサーカーと那珂ちゃんを前にして、眼に光を宿らせていた。


「地下から……、さっき私たちを助けてくれた奴がいる。ヒグマ帝国とかいう所でも、こいつと戦っている奴らがいるんだ。
 『チャンスを待て』、のぞみ。今度も来る。必ず。愛は確実に、ここにある――!」
「うん……! 助ける……。キリカちゃんも、那珂ちゃんも、みんな、絶対に、助けるから……!」


 脚絆を破る童子斬りの根と、那珂ちゃんへと続くツルに『騎士は徒手にて死せず』を這わせながら、バーサーカーは獣のように二人の少女へと唸る。
 肩で支え合いながらその睥睨を真っ向から受け止めるのぞみとキリカの眼差しは、狂化に曇ったランスロットの心には、なかなか理解に容易く苦しむものだった。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「――ッ!!」
「シーナー!! 大丈夫じゃな!?」

 全方位から童子斬りの根に串刺しとされる寸前、シーナーはギリギリのタイミングで童子斬りの分岐部から舌を離していた。
 『治癒の書』の残滓を幻嗅としてその根に叩き付け、刺突方向を化学走性でずらした僅かな隙間に彼は転がり込む。

 その処刑道具のように林立した根の槍は、布束に蹴り折られ、ツルシインに引き裂かれ、灰色熊に砕かれ、ヤイコの電撃に焼かれた。


「……地上でもこの使用者と、戦っている者がおりました。今の短時間でも、それなりの損害は与えられたはずです」
「そのようね……。童子斬りの挙動が変わっているわ。示現エンジンの方向から、むしろ地上に引き戻されるような動きになっている」


 シーナーが感知した状況を語るのに合わせて、布束が天井を蠢く童子斬りの根を観察する。
 地上で、恐らく使用者は大きくダメージを受けたに違いない。
 戦っている何者かに、地下に張っている分の根も動員しなくてはならないほど、武装を削られたということが推察される。

「それに……、あなたたち二人がここで根の大部分を差し止めていたことは、意外と良いことだったかも知れないわ」
「……そのようじゃな。この根は、示現エンジンから『エサ』を吸うべくここに伸びてきておった。その半分をお主らが引き受け、なおかつ今の『治癒の書』で根は引いてきておる。
 大分、状況は好転してきておるはずじゃ」

 布束とツルシインの予測では、恐らく、エンジンの方に到達している根は、当初の2〜3割程度にまで減少してきているはずだった。
 既に通路が埋まっており状況がわからないが、生き残りがいれば、その防衛も容易になってきてはいるだろう。


165 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:58:20 GNQASV8w0

「……ヤイコは、示現エンジンの状況が気にかかります」
「四宮ひまわりは確実にあそこにいるはずよ。あとは……」
「……間桐雁夜、田所恵、そして龍田という艦娘がそこにいるはずです」


 ヤイコと布束の呟きを受けたのは、シーナーだった。
 粘菌の通信に龍田という艦娘自身が記したその連絡が正しければ、その4人が示現エンジン周囲に籠城しているはずである。

 少人数での本体撃破が困難であることが施行結果として露呈してしまった以上、シーナーや灰色熊としても頑なに消耗戦を断行するつもりはない。
 むしろ、明確な損害を相手に与えられただけ意義は大きい。
 後は、残存兵力に合流して体勢を立て直すべきであった。

 シーナーの言葉を受けて通路を見やったツルシインが大きく頷く。


「……うむ! 4人とも無事じゃ。しかも、もうここにまで……」
「だ、誰かいるんでしょ……? 助けて……ッ!!」


 童子斬りの根に埋まった通路から聞こえる声に、全員がそちらへと走った。
 真っ先に根の隙間を覗き込んだ布束に鉢合わせしたのは、示現エンジンの管理をしていた四宮ひまわりの安堵した顔だった。


「よ、良かった。ヒグマじゃなくて……。布束さん、向こうにあと3人いる。龍田っていう人が根っこを食い止めてるわ」
「無事で良かったわ四宮ひまわり。助けに行くから、下がってもらえる?」
「それが、胸が引っかかって、動けなくなって……」


 布束が見やれば、童子斬りの根に挟まれた彼女の胸元は、その双丘が大福のように押しつぶされてしまっている。
 顔を引き上げて、布束は背後のヒグマ4頭と顔を見合わせた。


「……何かいい案がある?」
「オレが岩で切っちゃぁまずいだろ」
「ヤイコが焼くわけにもいきませんね」
「痛覚遮断しつつ無理矢理引き抜きますか?」
「ちょっと!? なに!? なに!? ヒグマがいるのそこに!?」

 3頭のヒグマの声を聞いて、ひまわりの声がにわかに裏返る。
 彼女にとっては第二回放送のヒグマの反乱を聞いたのが、実験開始後初めてのヒグマとの接触になるのだ。
 恐れるのも無理はない。

「……このヒグマたちは大丈夫よ。少なくとも今は、利害が一致してる」
「そ、そ、それで安心しろって言うの……?」
「ああ……、己(オレ)たちは今、ひまわりちゃんたちと同志じゃ」


 言いながら歩み寄ってきたのは、ツルシインであった。
 蔓延る根の弱い部分を的確に見抜いて、彼女は少しずつでも通路の根を引きはがしてゆく。
 慄くひまわりの震えは、彼女の柔らかい毛並みと物腰を見て、徐々に落ち着いて行った。


「……ヒグマの中にも、派閥か何かがある、ってことでいいの?」
「だいたいそれでいいわ。詳しくは後で……。ツルシイン、私にもその『縁起』の脆い部分とやらを教えてもらえるかしら」
「布束さんがかい――?」


 人命救助もかねてのため、階段の根を払った時より更に慎重を期して作業しているツルシインに向け、布束が一歩後退しながらそう呼びかけていた。
 軽く飛び跳ねてリズムをとっている彼女は、ツルシインに混ざってその根を砕こうとしているらしい。
 半信半疑ながらも、狙うべき点をツルシインが指し示した時、布束の体は宙に舞っていた。


「シッ――!」


 柳のように脱力した姿勢から反動をつけ、全身の撓りを揮って穿たれたのは、左の後ろ回し蹴りであった。
 歯の隙間から息を吹いて着地した彼女の前で、童子斬りの根は維管束を張り裂けさせ、その通路の先まで大きく砕き抜かれる。

 自由な身となった四宮ひまわりを含めて、その場の全員が驚愕に固まる中、布束は静かに解説を入れた。


「『チンクチ』よ」
「ちん……、何?」

 表情を引き攣らせるひまわりを睨みながら、布束は言葉を繋げる。

「琉球空手には、打撃の瞬間に伸筋と屈筋を同時に作用させて、その破壊力を爆発的に向上させる技術があるわ。
 人間にも、ヒグマと比肩できる知性や意地が、ないわけじゃないってこと。さぁ、行きましょう」


 ただの人間に過ぎず、何らかの超能力を演算しているわけでもない布束砥信の攻撃には、童子斬りは一切の反応を示さなかった。
 時折ポケットを狙って伸びてくる枝を払う他は、彼女はただ黙々と通路の掘削に専念できる。

 一行の感嘆を背中に受けながら、布束の眼には、その向こうの人間の意地が、見え始めていた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


166 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:58:40 GNQASV8w0

「……龍田さん、話があるんだ」
「私の後ろから急に話しかけると危ないですよ〜?」

 振り向き様に切り払われた陣風が、管理室の中に身を乗り出していた間桐雁夜の前髪を数本切り落とす。
 舞い踊りながら童子斬りの根を切断している龍田は、それでも微笑みながら雁夜に話を促した。


「あのな……、この木を地上で操ってるヤツは、ほぼ間違いなく、俺のサーヴァントなんだ」
「え!? そうなんですか!?」

 固唾を飲んで告白する雁夜の言葉に、隣で田所恵が驚く。
 対する龍田は、その言葉に大して動揺もしない。


「何となくそんな気はしてたわ〜。少女の体に絡みつこうとしてくるところとか」
「俺ってそんな変態に見えるのか……!?」
「半分冗談よ〜」
「半分!?」
「だ、大丈夫ですよ……、私は間桐さんのことそれほど変人だとは思ってませんから」
「それほど!? 変人!?」


 女子2人から理解の追いつかない言葉を浴びせられて困惑する雁夜の反応を置いて、龍田は彼を本筋に戻す。

「それはそうと、自分の配下ならきちんということを聞かせてほしいわ〜」
「あ、ああ……、そうしようとして魔力のバイパスを繋ぎ直したんだが、あいつはこの木に、逆に操られてしまってるみたいなんだ。
 だから……、龍田さん、あいつの正気を取り戻してくれ……!」
「他力本願なお願いは却下です〜」
「ええっ!?」


 四宮ひまわりのお願いが快諾されたのを見て、言い出せば引き受けてもらえると踏んでいた雁夜の思惑は、龍田を襲う童子斬りの根と共に見事に空ぶる。
 龍田はその根の槍を躱しながら、左手の指を2本立ててみせる。


「ここから私がこの本幹を狙うことは確かにできるわ。
 でも一つ目。あなたのサーヴァントの位置座標を正確に教えて。高さと距離と方向と、全部ね。そうじゃなきゃ狙うに狙えないから。
 二つ目。30秒稼いで。強化型艦本式罐をフル稼働させる間、私をこの根から守ってもらいたいの。色々幸運が重なったみたいで本数は少なくなってるけど……、このままやったら串刺しは免れないわ」
「正確っつったって……!」


 雁夜は、提示されたその要求にまごついた。
 サーヴァントであるバーサーカーのおおよその位置は、魔力供給路を繋ぎ直した雁夜には知覚できる。
 しかしそれを具体的に伝えるとなると、なかなか難しい。
 だが、二つ目の懸案には、雁夜は解決策を見いだせた。


「……30秒でいいんだな?」
「そうね、そのくらいもらえれば十分よ〜」
「なら……、バーサーカーに言うことを聞かせられる手段は、ある……!」


 間桐雁夜は、その右手に刻まれた、渦巻く稲妻のような令呪に力を込める。
 30秒といわず、この際限なく樹木に襲われる絶望的な環境を打破する方策が、それだった。
 バーサーカーの『武器』として、また『寄生物』として存在している童子斬りの二面性を、同時に排除する手段が、雁夜には解っていた。


「我がサーヴァントに、間桐雁夜が令呪を以って命ずる――!」


 雁夜が一画目の令呪を起動させたのは、ちょうど布束砥信とツルシインが通路の根を弾き飛ばして、彼らの元へとたどり着いた時だった。


「バーサーカーよ、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を抜けッ!!」


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


167 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:59:10 GNQASV8w0

「あぐ……っ、ひゅっ……、ぼ……っ!!」
「〜〜ッ!! 眼を、眼を、覚まして! 那珂ちゃん!!」
「のぞみ……! 足元にだけは、気を付けろ……ッ」


 地上ではその時、那珂ちゃんが夢遊病者のように、白目を剥き、口から泡を吹いて、キリカの鉤爪を縦横に揮っていた。
 それに応戦しながらじりじりと後退するキュアドリームの手には、桃色の光を放つ剣・クリスタルフルーレが握られている。

 だが彼女は右脚に穴を開けている上、重傷のキリカの身を庇いながらの交戦である。
 『無窮の武練』が乗り移ったかのような鋭い太刀筋で攻め込む那珂ちゃんの剣圧の前に、衣装の端やその腕に、次々とのぞみは浅手を受けていった。
 彼女に半身を支えられながら、キリカはギリギリと歯を噛む。
 キリカの眼下の地面には、依然としてぐねぐねと脈動する、童子斬りの根が蔓延っている。

 童子斬りの本体が消滅し、その反応閾値は上がっているものの、もしキリカやのぞみが今以上の魔力を放出した場合、共に脚を痛めている彼女たちに、刺突を回避する術はない。


 ――このツルを、切れるか……?


 のぞみと共に那珂ちゃんの剣閃から下がりつつ、キリカは前に控えるバーサーカーの方を見やった。
 地面に蹲るようにして童子斬りの根とツルに触れているバーサーカーは、真っ直ぐにキリカの視線を見返してくる。


 ――駄目だ……、賭けの分が悪すぎる。


 キリカが意表をついてのぞみと分かれ、那珂ちゃんを操っているツルを引き千切るという作戦も考えられなくはない。
 しかし、バーサーカーはともすれば、地面の童子斬りすら操作して刺突をしてくる可能性がある。
 今は単純に、こちらの切り札に警戒してそれを行なってこないだけかもしれない。
 同様に、のぞみと共に転進して全力で逃げ出すという手も、もはや使えなかった。


 ――手詰まり……? いや、耐えろ。待つんだ。絶対に時は来る。状況は変わる……!


『違う自分に変わりたい』


 あの時、私はそう願った。
 状況が変わらないなら、まず自分から変わってやる――。
 そう自分は思ったし、事実、あの頃とは天地がさかさまになったくらい、私は変わった。

 今の状況に自分が合わないなら、出来る限り早く。
 速く。
 疾く。
 すぐにそのチャンスに適合できるように、私は変わるつもりだった。

 だから私は、その時間を得た。
 その状況すら置き去りにするくらいの速さを、私は手に入れた。


 ――でも、もう一度、思い返してみようか。


 なぜそれなら私は、『自分を速くする魔法』ではなく、『周りを遅くする魔法』を手に入れた?
 答えは簡単だ。

 怖かったから。

 本当は、変わるのなんて、怖かった。
 知らない外の世界に触れるのは、怖かった。
 自分に自信が無かったから、愚鈍な世界を観察して、悠々と心の準備ができるだけの時間が、欲しかった。

 笑っちゃうね。
 愛も骨子もない、葦の髄だった自分が考えそうなことだ。

 でも、今は違う。
 本当に願い通り、私は変わった。
 私には織莉子がいる。
 愛がある。
 自分がいる。
 恩人がいる。

 今なら待てる。
 世界がどんなに変わろうが、私を置き去りにしようが、なんぞ恐れることがあろうか。
 どんと来い天変地異。
 変われ。
 変われ。
 想像もつかぬ宥座の世を見せろ。
 私はいまだ柔弱だ。
 堅強に死をくれて、愛から生を享ける即妙さが私にないなんて、ゆめゆめ思うんじゃないぞ――!!


「■■■■■■■■■■――……!?」


 その時だった。
 蹲っていたバーサーカーが、突如苦悶に身を起こした。
 それに続いて、操られていた那珂ちゃんの動きもピタリと止まる。

 喉を毟るように唸りながら、バーサーカーはその手を何か見えない力でツルから引きはがされようとしていた。


「ッ、キリカちゃん――!!」
「ああ……、のぞみ。来た……。変わった……!!」


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


168 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:59:35 GNQASV8w0

「重ねて令呪を以って命ずる――ッ!! このクッソ汚い変態木刀を手放し、アロンダイトを抜けーッ!!」
「……彼は何を口走っているの?」
「あ、ぬ、布束さん――! 間桐さんは、なんか、その、持病の発作みたいな? 決して気がフれたわけじゃないと思います……」
「俺これでも真面目にやってんだからね恵ちゃん!?」


 管理室前のスペースになだれ込んできたのは、布束砥信を始めとする2人の人間と、4頭のヒグマだった。
 その場に残っていた3人と巡り合い、互いが様々な理由で驚き合う。
 中でも、シーナーや灰色熊といったヒグマたちの姿を目撃した雁夜と恵の怖気づきようは半端ではなかった。


「恵……! お前こんなとこまで来てたのか……! あいつと一緒に居ろっての……!!」
「でも……、でも……、怖くて……」
「こっち来た方が怖いだろうがバカヤロォ!!」
「灰色熊はまぁわかるけど……、そういえばあなたたちは、何ていうヒグマなの?」
「申し遅れました四宮管理主任。ヒグマ帝国の事務をしております、穴持たず81・ヤイコと申します」
「己(オレ)が穴持たずツルシの四十九院(ツルシイン)で、こっちが47のシーナー。建築士と医者じゃ」
「……案外あなどれない文明レベルね、ヒグマ帝国」
「体調はお戻りになったようですね。一応、快気おめでとうございます、と申し上げておきます」
「そのナリで本当に医者……!? めちゃくちゃ怖いんだけど……」
「……私人として言わせていただきますと、間桐さんもその顔は一度形成外科にかかった方がよろしいかと」
「うるさいな知ってるよ!!」


 そのさなか、管理室内部で一人佇む龍田だけは、にこにこと天井の方面を見上げて笑っている。


「間桐さんのやっていることは確かに効果抜群みたいね〜。この根っこがほとんど止まったわ〜」
「あ、うん、もう少しなんだ……。令呪2つ重ねてようやく、この木の支配力に拮抗したところだ。
 『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』の効果が乗ってるせいだと思うが……」

 ツルシインやヤイコたちから、ヒグマ帝国とその現状についてざっくりと説明を受けつつ、雁夜が彼女の声に答えた。

 龍田の見やる壁では、蠢動する根の速度が明らかに鈍重になり、タービンを回しっぱなしの龍田の動きをほとんど追ってこなくなっている。

「令呪2画でようやく……。やはり相当なランクの宝具であるようですね」
「それはそうと、あなたが噂の龍田ね。今後の策はあるの?」

 管理室の中を覗き込むシーナーと布束に向けて、龍田が微笑みながら薙刀を構える。
 右脇にぴったりと柄を据えた、脇構えであった。


「ええ〜。この木の持ち主の位置を教えてもらって、ここからその幹を、断ち切るつもりなのよ〜」
「そんなことができるの……?」
「……なるほど、ヒグマ提督さんは何とも凄まじいものを作りましたね……。それですか」
「ええ。これは『あの子』――、島風ちゃんの心臓と同じものだから〜」


 疑念を隠せない布束の言葉に、隣でシーナーが頷いた。
 シーナーが感知する龍田の艦橋には、強化型艦本式缶が備わっている。
 天津風で試用され、島風に装備されたその高温高圧ボイラーこそ、彼女たちに並外れた速度を供給している心臓部である。

 シーナーは、そこに充満する魔力を以ってすれば、超長距離に存在する使用者の位置に剣閃を届かせることも不可能ではないと判断した。


「……ならば、早い方がよろしいでしょう。間桐さん、この者の現在位置を認識していらっしゃいますね? 校正させてください」
「うぇっ、へっ!?」
「そして、令呪の使用を願います」


 突如枯れ木のようなヒグマに手を掴まれ、雁夜はたじろいだ。
 ずるずると何かの魔力が浸食してくる感覚に慄きながらも、彼は言われた通り、自身の最後の令呪に力を込める。
 シーナーは、背後で彼を見守るツルシインに、静かに問う。


「ツルシイン。……私のこの行動は、正しいものですよね?」
「お主は、素直になった時が、『吉』じゃ」


169 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/06(木) 23:59:53 GNQASV8w0

 彼女の微笑みに頷いて、シーナーの知覚は、先程振動覚で得た情報を視覚情報へと置き換える。


「……ご覧ください。これが、この樹木の使い手の位置です――!」


 シーナーの視界に、『治癒の書』の幻視が一面展開された。
 その場にいる全ての者に共有されたそのビジョンは、シーナーが決死の思いで幻覚を叩き込んだ際の位置情報に、間桐雁夜の認識している現在状況を重ね合わせたものだった。
 地下の岩盤を透視するように、金色の光で描写されたその映像は、童子斬りの根が蔓延っている範囲と、その上でバーサーカーが立っている位置を克明に記している。

 水平方向で西南西1500メートル。
 垂直方向に上19.8メートル。

 正確な位置座標を眼交に浮かばせて、龍田は力強く微笑んだ。

「あはははっ、じゃあ砲雷撃戦、始めるね。お膳立てはお願いね〜♪」
「はい、龍田さん――!」
「いざという時には最後の令呪を切る! 安心してやってくれ!!」

 田所恵と間桐雁夜の声を受けて、龍田は涼やかに息を吹く。


「……山高み、風しやまねば春雨の、継ぎて降れれば上枝(ほつえ)は散り過ぎにけり。
 下枝(しづえ)に残れる花は、しまらくは、散りな乱りそ――」

 歌のように口ずさむ文句と共に、ボイラーの裡に炎が滾る。
 薙刀の刃先にまで伝わり高まってゆくそのエネルギーは、彼女のタービンを突風のように渦巻いてとどまらない。
 怒張してゆく力を、ぎちぎちと脇構えに押さえつけて撓める彼女の姿勢は、あたかも傍からは居合抜きの構えのようにも見える。

 ――龍田山の激しい流れの上の小椋の嶺に咲き満ちている桜の花は、山が高いために風がやまず、春雨が連続して降るので、上の方の枝の花は散ってしまった。
 ――下の方の枝に残っている花は、しばらくは散り乱れないでおくれ、旅に出ている、あの方が帰って来るまで。

 そんな意味の歌には、旅に出ているその者からの、反歌が残っている。


 我(あ)が行きは 七日は過ぎじ 龍田彦 ゆめこの花を 風にな散らし

 ――私の旅は、7日はかからないだろう。風の神である龍田彦よ、どうか、この花を風で散らさないでおくれ。


 風が止まるのは、七日間までである。

 ぎち。
 ぎち。

 音を立てて押さえつけられるタービンの猛風は、既に管理室から溢れて、外に待機する人の髪を煽るほどにまでなっている。

 ぎち。
 ぎち。
 ぎち。

 薙刀の刃先を白熱させ、龍田自身の骨を軋ませるほどになったその魔力を、唐紅の眼光で龍田はなおも押さえつけ、その時を待った。

 ぎち。


「『強化型艦本式』――」


 ぎち。


「『七日行く風』」


 小椋の嶺に吹きすさぶ突風のように、振り抜かれた薙刀の刃は、ただ周りの者には白い閃光のように見えた。
 眼のくらむようなその光芒が、横一線に管理室の壁の根を吹き散らし、岩盤を貫通し、その遥か先へと走る。


「第三の令呪を以って、重ねて命ず――!」


 間桐雁夜が叫んでいたのは、それとほぼ同時だった。


「バーサーカー、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を、抜けぇええええええぇぇッ!!」


 二つの風が、遥かなる距離を超えて、その黒い騎士の元へと吹いていた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


170 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/07(金) 00:00:38 w.DjTsdQ0

「のぞみぃぃッ!! 頼むッ!!」
「うんッ!!」
「■■■■■■――!?」


 呻きながらもがいているバーサーカーに向けて、キリカは走っていた。
 地面の根も、包んでいる黒い靄が消えかかり、もはやほとんど反応をしてこない。
 腹部を庇いながら走るその手に、3本の鉤爪を出だして、キリカは立ち尽くすバーサーカーに切りかかっていた。

 その間、キュアドリームはクリスタルフルーレで、那珂ちゃんに根を下ろしたツタを斬りはふる。
 髪にこびりついた木片まで引き抜いてやりながら、のぞみはキリカの方へと眼をやった。


「さあ、散ね!!」
「■■■■ur――……!?」


 キリカの鉤爪は、過たずバーサーカーの首筋を捉えていた。
 その時。
 純白の閃光が地底深くから走り抜けた。

 真一文字の光線は一瞬にして、バーサーカーが根を下ろしていた足元の接地部を伐採する。
 見る者の網膜に残光を焼き付けて空間を断ち割るかのように、その強大なエネルギー波は彼とキリカとを宙に吹き飛ばしていた。


「うぉおっとっ!?」
「キリカちゃん大丈夫!?」

 那珂ちゃんを抱えたまま覚束ない足取りで、のぞみがキリカの元へと走る。
 キリカは、地に落ちた尻をさすりながらも、その言葉に微笑みで返して見せた。


「……ほら、私の言った通りだろ?」
「うん……! 良かった……!! これで、みんな……助かったんだよね!!」
「ああ……、間違いない」


 がらん。
 と音を立てて、キリカが刎ね飛ばしたバーサーカーの兜が背後で音を立てていた。

 地表を覆っていた木の根から、そしてのぞみに抱かれる那珂ちゃんから、完全に黒い靄と赤い脈が消え去る。
 そして童子斬りの根だったものは、真昼の日差しの中で次第に水分を失い、萎びていった。

 窮地から奇跡的な生還を果たしたことにホッとして、夢原のぞみは思わず眼に涙を浮かべてしまう。
 顔を伏せて目元を拭うのぞみに、キリカの優しげな声音がかかる。


「すまないな、のぞみ……」


 そしてその声は、徐々に上の方へと離れてゆく。
 ポタッ。
 ポタッ、と。
 地面に涙が落ちたような音がした。


171 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/07(金) 00:00:55 w.DjTsdQ0

「……気を抜くのは、もうちょっと後にすべきだった、みたい、だ……」


 絞り出すようなキリカのくぐもった呟きにのぞみが顔を上げた時、そこには信じられない光景が広がっていた。


「Ar■■■■――……!」
「ぐ……、ふっ……」


 黒い剣士が、そこに立っていた。
 手には、今まで見たこともない、禍々しい色合いをした長剣を持って。
 その刃先に、深々と呉キリカの胸板が縫いとめられている。

 兜の脱げたその顔は、乱れた蓬髪がざらざらと風に靡き、その眦が炎を上げるかのように怒っている。
 鬼のように鋭い犬歯を見せて、その狂戦士は空に吠えた。


「Ar――■■urrrrrrrrrr――!!」


 ぼとぼとと口から血を零しているキリカの変身は、解けていた。
 ただの普段着をきた少女の体で、キリカはなおも、か細く声を紡いでいく。


「まだ、とって、おきが、あるん……だ……。いま、おもい、ついたん、だけど……さ」


 ふらふらと、光の落ちた眼差しで、キリカは、ただ震えるばかりののぞみの方に、手を差し出していた。


「織……莉子……。お……、り……、こ――、わた、し、に――」


 キリカの眼は、もうそこに、のぞみの姿を見てはいなかった。

 家に居れば、愛する人の手を掴んで眠ったであろうに。

 その手は、何にも届かなかった。


 彼女の体は、大きく腕を振り抜いたバーサーカーの、たったそれだけの動きで吊るし切りにされていた。
 試し斬りのように振るわれた魔剣の軌跡は、少女の体をただ20センチ角の膾に変える。

 ぼとぼとと地に流れた、真っ赤な染物のような色合いを見て、ようやく夢原のぞみの声は、その喉に追いついた。


「うああああああああああああああああああああああ〜〜ーー――っ!!??」
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――!!」


 絶望と狂気の慟哭が、その荒野に流れた血をくくり染めにした。


【――Archetype Engine(Self Cover)に続く】


172 : Archetype Engine ◆wgC73NFT9I :2014/11/07(金) 00:07:35 w.DjTsdQ0
以上で投下終了です。後編は出来る限り早く上げたいと思います……!

実際にストーリー上も、この前半で半分くらいです。


173 : 名無しさん :2014/11/08(土) 13:12:06 eUeUNnNg0
投下乙
主催者と参加者が共闘しているだと…!?ラスボス感ハンパないランスロットさん
ひまわりちゃん可愛うて龍田さん男前。だけど原作の描写をみる感じ
示現エンジンが爆発すると島どころか地球そのものが消滅するんだよな…
キリカちゃんは死んでしまったのだろうか?殺し合いじゃなくなったのに
ガリガリ犠牲者がでるこのロワマジ修羅の国やで


174 : ◆Dme3n.ES16 :2014/11/09(日) 00:54:41 oMQp9shU0
投下します


175 : 羆島ブリリアントパーク ◆Dme3n.ES16 :2014/11/09(日) 00:55:19 oMQp9shU0


―――ちいさなシグナル Rin rin Ring a bell♪

―――聞こえたーらうなずいーてお返事くださーい♪

―――不思議ーさがしだすー 才能ー目覚めてよー♪

―――毎日どきどきしたいけどー♪

―――君のーことじゃないー まったくー違から!

―――言い訳みたいで変な気分♪



マテリアルバースト(質量爆発)によって数時間前まで更地だった大地に建てられた
ヒグマ帝国住民全員が入れるであろう膨大な観客席を有した巨大なスタジアム。
その人工芝のグランドの中央に設置されたライブステージで一人の小柄な少女が歌い、踊っている。

「リハーサル、とりあえずこれで成功だな」
「ああ、なんか俺らやり遂げたって感じだよな」

その歌い手は初音ミクのライブステージで使用されたという
最新の立体ホログラムで再現した幻影の星空凛であった。
投影機を調整しながら二匹の穴持たずカーペンターズが虚構のアイドルを見守る。

「あれが日本でブームになっているアイドルユニットμ’sで一番人気がある凛ちゃんか」
「にこにーとかいうののほうが可愛くね?と俺的に思ってたけど、
 確かに小熊っぽい雰囲気の彼女の方がヒグマ住人には受けがいいかもな」
「あとはシバさんが本物を連れてくるのを待つだけか」
「おう!しかし凛ちゃんかわいいにゃー」

シバさんの画策によって、いち早く艦これにハマる前にラブライブ!スクールアイドルフェスティバルにハマり
ドルオタと化した穴持たずカーペンターズ達は猫耳を装備したホログラムの凛ちゃんを見つめて頬を緩ませる。
ちなみに凛ちゃんはこの前の人気投票で一位だったので人気No1というのは本当である。二期効果スゴイね。
すると、二頭身にデフォルメされた星空凛のオーバーボディを着た一匹のヒグマが扉を開けてスタジアムに入ってきた。

「外の作業も大体終わりましたぜ!」
「ん、そうか。おい、ちょっと出来栄えを見に行こうか?」
「おお、そうだな!」

三匹のヒグマはひとまず幻影のアイドルに別れを告げ、スタジアムを後にした。

「観覧車、ジェットコースター、コーヒーカップ、お化け屋敷……etc、etc。
 めぼしいアトラクションは大体揃えましたぜ。ヒグマが利用することを前提に
 ジェットコースターとかは並の人間が乗ったら即死する代物だぜ」
「うん、ほぼ注文通りに仕上がったな」
「後未完成なのは凛ちゃんの記念館だけか。まあもうすぐ資料を届けてくれるだろうさ」
「ヤエサワさん達が抜けたときはどうなるかと思ったけど、案外何とかなるもんだな」

二頭身の凛ちゃんに施設を案内されながら
二匹は子供の夢が詰まったような西洋風の建造物の数々とアトラクション群を感慨深そうに眺めていた。
空にはカラフルな風船が建設にかかわった穴満たずカーペンターズ達を祝福するように次々と浮かび上がっていた。


176 : 羆島ブリリアントパーク ◆Dme3n.ES16 :2014/11/09(日) 00:55:40 oMQp9shU0
非課金コンテンツの艦これにハマったニートヒグマ達を救う為、課金コンテンツのスクフェスに乗り換えさせて
労働への意欲を取り戻させるという実効支配者シバさんのシークレットプロジェクトの切り札、
それがこの巨大スタジアムを始めとする大量のアトラクションやショップで構成された娯楽施設群、

星空凛を題材にしたテーマパーク「星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド」である。

ファーストライブとアトラクション無料キャンペーンを実施しヒグマ住人を呼び寄せた後、
二回目からは全て有料化することでますますニートヒグマは資金稼ぎに励むようになるだろう。

「しかしそれなら最初から艦これを題材にしたテーマパーク造った方が早かったんじゃね?」
「いや、なんか艦これはなんか怪しい奴が裏で手を引いてるからダメなんだとさ」
「まあ、俺ら技術者には上層部の考えはよく判らん」
「これでいいんだよ。時代は艦これよりラブライブさ」

『ピーンポーンパーンポーン』

「お、放送の時間か。この声はシバさんだな」
「放送が終わったらいよいよプロジェクト開始か。楽しみだな」

『では、今回の死亡者を発表する―――――』

その時、突然、園内放送が途切れた。

「な、なんだ!?」

妙な事態に動揺する三匹の元へ、正面入り口の方口から慌てて駆けつけてきたヒグマが叫んだ。

「おいお前ら!大変なことになってるぞ!!」
「どうした!?――――グオォ!?」

彼らの地面が急に盛り上がり、道路の敷石を破壊しながら巨大な植物の根が
四匹を吹き飛ばしながら大地から躍り出た。
赤い文様が浮かび上がった植物の根はそのまま先端を伸ばして四匹に襲いかかる。

「グオオ!!させるかぁ!!」

二頭身凛のオーバーボディを着たヒグマは拳を連打し根を破壊しながら地面に下り立った。
だが他のヒグマは木の根に捕まり、そのまま空高く持ち上げられてしまう。
呆然としていると無数のアトラクション群に次々と木の根が絡まってその動きを封じていた。

「こ、これは一体!?立地条件が悪かったのか?」
「分からん!おい、No.99クックロビン!早く脱出して緊急事態を伝えろ!」
「し、しかし!」
「俺達は大丈夫だ!簡単には死なん!シバさんはこの企画に賭けているんだ!なんとか食い止めてみせる!」
「わ、分かった!」

ねんどろいどのような姿をした穴持たずカーペンターズの一匹、
No.99クックロビンは仲間を置いて倉庫へと駆け出して行った。


177 : 羆島ブリリアントパーク ◆Dme3n.ES16 :2014/11/09(日) 00:55:57 oMQp9shU0
―――たしかめたくなる Ran ran rendezvous♪

―――たのしいな恋みたいじゃない?♪

―――こころはカラフル Ran ran rendezvous♪

―――熱くなるほっぺたが正直すぎるよ♪



「うわぁ、こりゃヒドイ」

星空凛のソロ代表曲、恋のシグナル Rin rin rin!が延々とリピート再生されている室内。
ステージ衣装を着た星空凛のデカールでコーティングされた飛行船に一人乗り込みテーマパークを
脱出したNo.99クックロビンは上空からバーサーカーの装備した童子切りから伸びてきている黒い根によって
次々と倒壊していくアトラクション群と根が蔦の様に絡まり昔の甲子園球場のような姿になったスタジアムを
放心しながら眺めていた。

「はぁ、あの土地はもう駄目だな。あいつらも無事逃げてりゃいいんだが……」

上空から島を見渡すと島全体を襲った津波は大分引いて来ている感じだ。

「ま、テーマパークは空き地探してまた作ったらいいか……最低でもコンサート会場は居るよな……はぁ」

シバさんの奇行が生み出した孤高のドルオタは新しい空き地を求めて上空を漂いながら寂しそうに移動を開始した。

【B-8 上空/日中】

【クックロビン(穴持たず99)@穴持たず】
状態:健康、虚無感
装備:星空凛のオーバーボディ、飛行船
道具:大工道具一式
基本思考:シバさんの立案した企画を遂行する
0:新しい土地を探す
1:シバさん達に状況を報告する
2:凛ちゃんに会いたい
[備考]
※穴持たずカーペンターズの一匹です
※B-8に新築されていた、星空凛を題材にしたテーマパーク「星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド」は
 バーサーカーから伸びた童子斬りの根によって開園する前に崩壊しました。
※他のテーマパークに残された穴持たずカーペンターズ達の生死は不明です。


178 : 名無しさん :2014/11/09(日) 00:56:16 oMQp9shU0
終了です。


179 : ◆wgC73NFT9I :2014/11/09(日) 12:40:44 Tf320qBM0
投下乙です!
建ったと思ったらすぐ倒壊したー!?
いやまあそうでしょうけどね状況的に!!

まず、ニートヒグマ労働への意欲を取り戻させるという目的

大量のアトラクションやショップで構成された娯楽施設群という結果
という因果が成立することについて大きな苦笑を浮かべざるを得なかったであります。

それにしてもシバさんはあのSS同士の間の一瞬でそれだけの指示飛ばしたんですか、すごい方向に優秀ですね。

さらに、クックロビンくんは「シバさんの奇行が生み出した孤高のドルオタ」ということですが、
99番の比較的早生まれの仔がドルオタに引き込まれてたってことは、シバさんは件のモバマスだかスクフェスだか口走るさらに前から、自身もドルオタだったってことですよね……。
記憶喪失でアイドルオタクの劣等生か……、妹さんの目頭がアツくなるな。

なお、クックロビンくん、その飛行船確実にすぐ墜落するよ……?
むしろ絡まれただけの地上の3匹の方が生き残る可能性高いよ、今の童子斬りからは……。


180 : ◆wgC73NFT9I :2014/11/09(日) 14:38:53 Tf320qBM0
あー、クックロビンくん、クックロビンくん。
99番目は、そう言えば同僚の「白(ハク)」くんに先に取られてるから番号をお替えなさい。


181 : ◆Dme3n.ES16 :2014/11/09(日) 22:14:58 oMQp9shU0
了解です。クックロビン君を
穴持たず99(99ロビン)→穴持たず96(クッ96ビン)に
変更いたします。


182 : ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:13:49 2RNODFek0
長らくお待たせいたしました。
後編を投下します。
100kb超えてしまいました……。


183 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:14:27 2RNODFek0
【無毀なる湖光(アロンダイト)】
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1人

 ――他二つの宝具を封印することにより初めて解放される
 ランスロットの真の宝具。
 この剣を抜いている間、
 ランスロットの全てのパラメーターは1ランク上昇し、
 また全てのST判定において成功率が2倍になる。
 さらに龍退治の逸話を持つため、
 龍属性を持つ英霊に対しては追加ダメージを負わせる。


(『Fate/Zero material』より抜粋)


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 金色の光で描き出されていた広大な樹形図が、その根元の本幹で断ち切られていた。
 島内のエリア一つを優に横断した強烈な剣閃は、地下深く、広くに根を張る『童子斬り』の分枝の多くを分断し、その機能を停止させた。

 『七日行く風』と呼ばれた龍田のその斬撃は、彼女の由来である龍田川と、その流域に連なる生駒山地の山々に端を発する。
 その一帯の山嶺に時節の区別なく吹く風は、秋には紅葉を散らし、春には桜を落とす。
 中でも、平城京の西に位置する龍田山(現在の奈良県生駒郡三郷町の西方)の神霊『龍田姫』は、風と秋の女神としての神格を持っている。

 そのままでも『裁つ』という起源に通じ強大な魔力を有する龍田の風は、ヒグマの肉体から製造された強化型艦本式缶により増幅・集束されることで運動量を増大させ、風の断層による「究極の斬撃」として放たれていた。
 高密に圧縮された風の斬撃が通り過ぎる際に空気はプラズマ化し高熱を発生させるため、結果的にそれは光の帯のように見える。

 一陣の閃光が吹き抜けたその管理室の辺りは、見る間に生気を失った童子斬りの根が萎びてゆくにつれ、誰からともつかない感嘆のどよめきに包まれていた。


「……驚いたわ。まるで精密機械ね、あなた」
「え? 私? 私なんてまだまだだよ〜」


 幻覚に投影された対象の座標で、正確に童子斬りは断ち落とされていた。
 地上を見上げる布束の呟きに、陣風を放ち終えた龍田が柔和な声音で手を打ち振る。

「良かった……、エンジンもまだ無事……!」
「間桐さん、やりましたね!」
「ああ……、良かった。ようやくサーヴァントの主導権が返って来た……!」

 残る人間たちも、四宮ひまわり、田所恵、間桐雁夜と、次々に快哉を上げ始める。
 4頭のヒグマたちも、ほっと胸を撫で下ろした様子で顔を見合わせた。
 幻覚を共有して龍田の照準を補助していたシーナーが、その固有結界を解除して振り向く。


「……これで当座のところ、危機は去ったとみてよろしいでしょうか、ツルシイン」
「そうだろ、早ぇとこ研究所に上がってシバたちの様子を見てやらにゃあ……。あのクソロボットが何仕込んでたんだか……」
「ヤイコとしましては、シーナーさんと灰色熊さんは早急にご自身の治療を受けた方がよろしいと思いますが……」


 灰色熊、ヤイコと、その場のヒグマたちは口々に次の行動を相談し始めるが、その中で唯一、ツルシインだけが、水晶の鼻眼鏡を正して眉を顰めていた。
 白濁した目を細めながら見やる地下の壁の先は、先程龍田が切り込んだ西南西の方角である。


184 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:14:52 2RNODFek0

「いや……、これはまだ……、もう一波乱あるぞ?」


 怪訝に呟いた直後、彼女の視線は、目の前の間桐雁夜の元まで落ちる。
 田所恵に支えられながら自身のサーヴァントをコントロールしようと集中していた彼は、それとほとんど同時に、突然電流を浴びたかのように跳ね上がっていた。


「お……、ゴハァッ!?」
「ひゃ……っ、ま、間桐さん!?」


 突如身を捩って吐血した雁夜は、そのまま膝を折って通路の床へ傾ぐ。
 駆け寄ったツルシインが驚く田所と共に彼を支え上げ、一瞬にして呼吸の細くなった雁夜を問いただす。


「あんたはさっき、その手の魔力で何をしたんじゃ!? 何故お主にこのような縁起が返ってくる!?」
「い、いや……、コントロールは、戻ってる、はず、なのに……!
 もういいんだ、仕舞え! もう終わったんだから、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を仕舞ってくれ……!!」


 間桐雁夜の魔力は途轍もない勢いで吸い上げられていた。

『無毀なる湖光(アロンダイト)』は、バーサーカーであるランスロットの、真の宝具である。
 それゆえ本来の性能を発揮した際、正体を隠蔽して戦ったエピソードの具現である『己が栄光のためでなく(フォー・サムワンズ・グローリー)』及び、本来の武器を使用せずに戦ったエピソードの具現である『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』の二種の宝具とは、そもそも併用不可能なものだ。
 この特性を利用して、雁夜は『童子斬り』の支配力を封じ、同時にそれを武器として再びバーサーカーが手に持つことのないようにするつもりであった。
 しかし、そのバーサーカーの意識は再び雁夜の手を離れ、何かに怒り狂うかのような暴走状態に入っている。


 ――これは、何だ。


 彼の中で数時間ぶりに活性化し、一斉に肉体を食み始めた刻印虫に力を奪われ、雁夜はふらふらと崩れ落ちてゆく。
 両手から落ちる吐瀉物のバケツや木の根の切れ端の音を聞きながら、彼は朦朧とした視界の先に彼女の姿を見る。


「間桐さん……? 大丈夫かしら〜?」


 管理室の中から見やってくる唐紅の瞳は、先程、バーサーカーの足元へ正確に斬撃を届かせた少女だ。
 その黒いワンピースや、鎧のような艦橋と艤装の姿が、色彩さえ揺らぎ始めた雁夜の脳内で、あるサーヴァントの姿と重なる。

 恵とツルシインに布束までもが加わり、側臥位で地に横たえられた雁夜は、呻きながら血を吐いた。

「セ、セイバー……、だと……?」
「え!? 何ですか間桐さん!? 苦しいんですか!?」
「体内の刻印虫が再び励起し始めたみたいね……。魔術師はサーヴァントに魔力を吸われるというから、その所為……?」
「それにした所で吉祥の減殺が早すぎるわ……、このままじゃと死ぬのも時間の問題じゃぞ!?」


 雁夜は誘拐される前に、幾度かバーサーカーがこのような制御不能の状態に陥ることを経験していた。
 その時にバーサーカーが襲い掛かっていたのは、アインツベルンの魔術師・衛宮切嗣のサーヴァント、セイバーである。
 龍田と同年代の少女に見えるそのサーヴァントは、その姿に似合わず、剣の英霊然とした鋭い太刀筋を有していた。


 ――龍田さんの剣閃に、その女を見たとでも言うのか!?


「ふ、ふざけんなよバーサーカー……。な、なに考えてやがる……!?」
「ん……、なるほど、これはちと……、よろしくないのぉ」
「え!? え!? お二人とも、何が見えてるんですか!?」


 地上への岩盤を見上げて唸りを上げる雁夜とツルシインを、田所恵はおろおろと見回すばかりだ。
 残るヒグマや布束も一様にその地上の果てを見透かそうと視線を飛ばしていたその時、龍田の電探上の空間に、西南西から炎が上がった。


「なぁに〜……? 私に、御用なのかしら〜?」


 火矢のように走り来る、憤怒の塊のようなその敵機に向け、龍田は冷ややかな笑みをレーダーに載せて投げた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


185 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:15:54 2RNODFek0

 準備万端。
 接敵用意。
 対空対潜の探知機を備え、龍田は止水の如く、身の回りに立ち湧く害意をたちどころに映し、かつ強化型艦本式缶の速力で即時の対処を取り得る。

 西南西1500メートルの地点から突如、一瞬にして近距離にまで寄り来た高速の敵影にも、彼女は過たず迎撃の体勢を取っていた。


 ――清眞の構え。


 右手は耳元に添い、足元で上向いた切っ先は腰もとの左手にてピタリと据わる。
 自然と胸元にかかる鋼鉄の柄は、その細さの中に半身の体勢の全てを翳としていた。
 自分の身を守りながら、攻め入る相手の死角となる足下・下段を即座に奇襲しうるその万全の姿勢で、彼女は急速接近する敵を待った。


 話によれば、この敵には、地上でも戦っている相手がいたはずだ。
 それは、地下に侵入してきていた木の根の挙動からしても明らかだろう。
 その敵がこちらに潜行してくる――。


 それは、地上で戦っていた何者か――、参加者の誰かが、悉く殺害されたのだろうことを容易に推察させた。


 対空電探のソナーに映りこむ程の激しい魔力を有した敵は、島内の地中を、龍田の切り込んだ風に沿うようにして一直線に航行してくる。
 龍田がその機影を捕捉した直後から僅かに活力を取り戻した間桐雁夜が、血の霧を吹きながら呻いた。


「龍田さん……! あいつは、あんたを狙ってる……ッ。すまない、とめて、くれっ……!」
「あの死にたい本体でしょ〜? 沈ませちゃったらごめんなさいね〜」
「だ、ダメだ……、甘く見ないでくれ……ッ!!」


 布束と恵に抱えられながら、雁夜はその右手で拳を作り、龍田にそれを向けて叫んでいた。


「俺のサーヴァントは最強なんだ!!」
「――ッ!?」


 その叫びと同時に、龍田は驚愕に身を竦ませた。
 敵機との距離、既に30メートル。

 もう、敵は管理室の壁を突き破って、その姿を目視できていなければおかしい位置だった。
 ツルシインが息巻いて叫んだ。


「――!? もう来とるぞッ!!」


 10メートル。

 速い。
 電探の取得座標が間違っているわけではない。
 明らかに敵はそこにいるのだ。
 しかし、見えない。
 風も動かない。

 そこには、何も物質は存在しないのだ。
 ただ、怒りに満ちた魔力だけが――。


 西南西2メートルの位置に。


「――なっ」


 幽鬼のような形相の騎士が、黒々とした大剣を振りあげ、踏み込んでいた。


「Arrrrrrrthurrrrrrrrr――!!」


 咄嗟の反応で右の元手を繰り出し、左脚を引き、龍田は忽然と出現したその男の斬撃をいなそうとした。
 柄の中程から一気に隅へ引き落とし、男の体勢を崩す――。

 一瞬のうちに、龍田はそこまで思考できた。
 そして、実行した。

 しかし、その剣閃は、彼女の速度よりもなお速かった。


「ひ――ッ」


 薙刀の柄を滑った長剣は、その下に据えられていた龍田の左手を切り裂く。
 4本の指先が手袋ごと基節骨から刎ね跳び、紫檀の枝のように宙に踊った。

 戛然とたった一太刀。
 それだけで龍田の全身は、電流に撃たれたような激痛に襲われていた。

 『龍』という名を含んだ自分の魂そのものに深々と牙を突き立てられたような。
 そんな形容しがたい痛みが、龍田から力を奪う。


 ――指を落とされただけでこの状態……!?
 ならばもしこの剣をまともに喰らったら、死――。


186 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:16:12 2RNODFek0

 その瞬間黒い剣士は、体勢を崩した龍田が倒れるよりさらに速く、彼女の指を刎ねた剣を返し、その体へ逆袈裟に斬りつけていた。


「――ガッ、ハァ――!?」


 体当たりのような入り身の勢いを流すこともならず、薙刀の柄で受けたまま正面からその衝撃を喰らった龍田は、後方の示現エンジンの元にまで跳ね飛ばされた。
 ぐわん、という、厚い金属板のたわむ音が室内に響く。

 ほとんどの者の眼には、龍田が突然、何の前触れもなく吹き飛ばされたようにしか見えなかった。
 管理室の内部に忽然と現れた黒い襲撃者の存在に気付くのは、そのあと。

 龍田が示現エンジンの外壁に叩き付けられると同時に、間桐雁夜が噴水のように血を吹いて意識を失った。


「いつの間に――」
「た、龍田――!?」
「間桐さん!? 間桐さん!?」


 突然の予想もできぬ事態に、管理室前の人間たちの間には狼狽が走る。
 ヒグマたちの中でも、それに反応できたのは、シーナーとツルシインの二頭のみだった。


「霊体化ですか――!?」
「おい、シーナー!!」
「――わかっております!!」


 この襲撃者――、間桐雁夜のサーヴァントであるバーサーカーは、その身を霊体化させることで、龍田の剣閃の軌跡を辿り、ここまで高速で来襲してきたのだった。
 聖杯戦争で召喚された英霊である彼らサーヴァントは、実体を持つ姿と霊体のみの状態を自在に切り替えることができる。
 電探に映りこむほどの魔力を有したその霊魂も、何の魔術的能力を持たぬ肉眼では視認しえない。


 ――しかし、実体を持てば別だ。


 生物に備わる五感で捉えられる対象は、悉くシーナーの『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の中に捕捉されうる。

 エンジンの壁面へ、龍田を追撃すべく跳び発とうとするバーサーカーの姿を、シーナーの真っ黒な双眸が捕えた、その時だった。


「――コッチヲミロォォォォ〜〜♪」


 妙に低く間延びした声が、管理室前の彼らのすぐ傍らからかかっていた。
 そして一斉に、3人と4頭はその声を発したモノを、見た。

「なっ――!?」
「グオッ――!?」

 その直後、ツルシインとシーナーが、何かに撃ち抜かれたようにして後ろへ弾き飛ばされていた。
 通路の瓦礫の中に倒れて呻きを上げる二頭へ向けて、神経を逆撫でするような笑い声がかかる。


「うっぷっぷっぷっぷっ……! 引っかかったねシーナークン〜!!
 さぁ、キミたちはここで終わりだよッ!! 絶望的にねぇ!!」
「モノ、クマ、さん……ッ!!」
「き、『起源弾』かい……!!」


 彼らの前には、大口径拳銃トンプソン・コンテンダーを構えた、一匹の小さなぬいぐるみが笑っていた。
 白と黒とに塗り分けられた体躯で睥睨するそのロボットに、縁起を手繰る彼らの視界は、塞がれた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 示現エンジンの外壁に叩き付けられた際、龍田の意識は一瞬飛んだ。
 ヒグマの血肉で作られた軽巡洋艦である彼女の肉体を軽々と吹き飛ばし、なおかつその中枢に脳震盪を与えるほどにまで、バーサーカーの筋力は向上している。
 彼女が眼球という双眼鏡へ自身の艦橋から意識を繋ぎ直すまで、それでも数秒はかからなかった。

 だがその時には、彼女へと飛び掛かったバーサーカーの剣は、既にその目の前まで迫っていた。


「くッ――!!」


 ボイラーを急点火させた龍田が壁を蹴って、示現エンジン周囲を取り巻く調整用通路に転げた直後、彼女の艦橋の形に凹んだエンジンの外壁を、バーサーカーの剣がバターのように切り裂いていた。

 その剣――『無毀なる湖光(アロンダイト)』は、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の姉妹剣であり、決して刃毀れすることのない神造兵装であるとされる。
 午前までにバーサーカーは、『己が栄光のためでなく(フォー・サムワンズ・グローリー)』で正体を隠蔽しつつ揮うことで、アロンダイトを無理矢理行使していたことがある。
 しかし、その隠蔽を取り払い、真の宝具として開帳した際の性能は、その折に振るわれていた威力とは桁違いのものであった。

 体重の乗った最大威力で振るわれたその剣圧は、数十センチの厚みがある外壁の鋼鉄を容易く突き破り、童子斬りの朽ちかけた根が蔓延っている内部隔壁を3層斬りこんで破断させていた。
 既に童子斬りによってスポンジの如く穴だらけの姿にされていたその隔壁は、凄まじい撃力を誇る湖光の一撃で見る間にひび割れを拡大させ、崩壊を始めてしまう。


「エ、エンジンが――っ!!」


187 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:16:40 2RNODFek0

 外周200メートルを超える純白の円筒として鎮座している示現エンジンの周りは、たちまち赤いランプの光とサイレンの警報に埋め尽くされていた。
 もはや、現状のままではエンジンは持つまい。

 ――むざむざ爆発を起こさせることがあってはならない。最低でも島一つ、下手をすれば地球が丸ごと消し飛ぶ。
 ――背に腹は代えられない。停止させなくては。

 声を裏返らせ管理室の中に駆け込もうとした四宮ひまわりの行く手を遮って、ぬいぐるみのようなクマ型ロボットが拳銃を突きつける。


「おおっと〜、行かせないよ四宮ちゃん。オマエラはみ〜んな、ここで死ぬんだよ〜ん」
「何よそれ。誰あなた。いまさら銃の一丁二丁で私たちが引き下がると思ってるの!?」
「うぷぷぷぷ……、ひまわりさんは知らないようなので教えてあげますが、これは『起源弾』!!
 撃たれた傷は絶対に治らず致命的になり、魔術や超能力で防いだら防いだだけ、演算領域がパーンとハジける素敵な武器なんだよ〜ん。
 ほら、ツルシインさんもシーナークンも、見ただけで眼をやられてご覧の有様!! ケダモノがバカみたいな力を持つからそうなるのさ!!」
「……わかった。さっき放送で暴れまくってたヒグマの頭が、あなたね」


 周囲に目を走らせながら舌打ちする四宮ひまわりの後ろから、灰色熊やヤイコがじりじりとモノクマの側面へ回り込もうとしていく。
 その動きを牽制して、モノクマというそのロボットは管理室前の一団に向けて銃を振り回した。


「おっと! 動くんじゃねぇぞオマエラ! キミもキミも、能力を使った瞬間に再起不能だぜ?
 勿論、能力を使わなきゃこの『起源弾』は防ぐこともできないだろうがなぁ!!」
「ちっ……! 煮ても焼いても喰えねぇクセに邪魔だけは一丁前にしてきやがって……」
「既にヤイコたちは囲まれています……。瓦礫のせいで気付くのが遅れました……」


 管理室前が膠着する間も、刻々と時は流れてゆく。
 このタイミングで現れたモノクマは、白兵戦に秀でた龍田がバーサーカーの襲撃で封じられている隙に乗じて、この場の者を皆殺しにする算段のようだった。
 持ち出してきた起源弾で、ヒグマたちの持つ能力を押さえ込んでしまえば、後に残るはただの人間ばかり。
 蔓延った太い根の間からイナゴか何かのように同形のロボットが何体も湧き出してきて、身構える彼らを包囲していた。


 ランプの光が踊る管理室まで跳び退った龍田は、その間にも再びバーサーカーに襲いかかかられている。

「Arrrrrrr――、thurrrrrrr――!!」
「ぃやッ――!!」


 切り立ててくるアロンダイトの剣風を、龍田は薙刀の石突き側で下から跳ね上げる。
 両者の得物が共に上段へ振り上がり、龍田の刃はボイラーの高温を受けて赤熱した。


「たぁッ!!」


 即座に斬り降ろす龍田の踏み込みは、艦橋から噴射する重油の霧を伴っている。
 薙刀の軌跡に沿って爆炎を噴射する即席火砲『紅葉の錦』。

 その業火を、あろうことかバーサーカーは『薙刀の刀身を横に蹴って』躱した。
 炎は鎧具足の爪先を炙るに留まり、そのほとんどは天井の岩盤に飛んで熱風を煽る。
 蹴られたことで体勢を崩した龍田は、そのまま管理室の床の上を転げていった。


「……なんて速さ……ッ!」


 剣戟を弾かれた隙に差し込まれた高速の斬り降ろしを、横に蹴り飛ばすほどの反応速度と敏捷性。
 それは、強化型艦本式缶で高速化した龍田のそれを上回って余りある。

 左の指先から血を枝垂れさせて龍田が立ち上がった時には、もうバーサーカーは足を踏み替えて、彼女の方へと再び突進していた。
 身構える間もなく魔剣が頭上に閃く。

 しかしその瞬間、龍田は笑っていた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 龍田川 錦おりかく 神無月 時雨の雨を たてぬきにして


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 龍田の頭上を襲うバーサーカーの、更にその頭上から、彼に襲い掛かるものがある。
 それは、管理室の一面を埋め尽くすほどの水。

 管理室に備え付けられていたスプリンクラーが、先程の『紅葉の錦』にて再び起動させられていた。
 しかも、続々と這い回っていた童子斬りの根に荒らされた水道管は、一度通水するやそこここで破断し、天井の一面から叩き付けるような豪雨を成して水を吹く。

 つんのめるようにして水を被るバーサーカーの眼に、龍田の左手が鮮血をぶつけながら走った。


「『時雨』――」


188 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:17:46 2RNODFek0

 縦に真っ赤な4本の線を描きながらバーサーカーの顎先から左の鬢までを捻り上げた彼女の左腕が、そのまま彼の頭部を押さえる。
 倒れ込んでくるバーサーカーの右脇から、走り抜けるように逆手の薙刀が背に回る。
 薙刀のなかごは、体を捌いた龍田の左膝の上に乗る。
 バーサーカーを仰向けに押さえつけながら、龍田の右足は彼の大腿を絡め取った。


「『織り懸け』ッ!!」


 身一つに倒れ込みながら、龍田は全体重をバーサーカーに向けて落とした。
 頭部を床に押さえつけた左腕は、同時にその肘を、薙刀を持つ右手の上に重ねている。
 その薙刀は龍田の左膝の上で刃を晒し、もう一方の右脚は、バーサーカーの下半身を地に落としていた。


 ――バーサーカーの脊柱は、そのまま椎体の直上に薙刀の刃を喰らう。


 落下の衝撃と、てこの原理で増幅された、刃持つバックブリーカー。
 滝のような水と共に叩き付けられたその一撃は、その漆黒の鎧を砕き、背骨の間から深々と椎間靭帯まで突き立った。


「urrrrrrrrrr――!?」
「――っく!」


 力任せに組み合いを振りほどいたバーサーカーに、龍田は水上へ振り飛ばされる。


 ――浅かった! 耐久力も戦艦並みなの!?


 龍田渾身の投げ技は、並の肉体だったならば脊髄を分断することはおろか、その上下半身を泣き別れにしてもおかしくない威力を持っていた。
 スプリンクラーの水が降り注ぐ管理室の地面にふらふらと身を起こすバーサーカーは、見る限り脊髄損傷すら受けてはいない。
 常軌を逸した硬さであった。


 降り注ぐ滝を警報のランプが赤く染めるその空間で、龍田は同じく水上に身を起こしながら、息を整えつつバーサーカーの状態を観察する。

 龍田が眼潰しに叩き付けた血液を拭いもせず眼を見開くその形相には、てらてらと水濡れた長髪が振り乱され、漆黒の鎧にはそこここに傷が刻まれていた。


 ――傷……?


 バーサーカーの鎧には、その表面に無数の傷があった。
 しかし不思議なことに、まるで内側から何かに抑えられていたかのように、そこに一切の凹みなどはない。
 むしろ注意して見なければ、元からそのような鎚起加工を施されていたもののようにすら見えた。
 そこに唯一異彩を放つのは、彼の左脇から胸元にかけて斬りこまれた、5本の爪痕のような傷。

 恐らく、それらは全て、地上の戦闘において彼が被ったものだ。


 ――彼も、無敵ではない。私がもう一度斬りこめさえすれば、斃せる……!


 龍田は、雨のように管理室を埋める水の上に立ちながら、その無事な右手に薙刀を振り回した。
 対するバーサーカーは、その水中に膝元までを浸からせている。


 破断したスプリンクラーは、戦場を大きく龍田に有利なものへ変化させていた。
 童子斬りの木片で排水機構が詰まった管理室は、破断した示現エンジン側の壁を越えてその調整用通路の先の奈落へ零れ落ちる水位まで、一面の湖となる。
 水上を滑走することこそが本分の艦娘はその速力を大きく上昇させ、また逆に脚を取られるその他の敵は、大きくその機動力を低下させる。


「風吹けば――、沖つ白波たつた山――」


 ――この瞬間に、決める!!


 大きく右手で旋回させる薙刀は風を起こし、龍田の立つ水上に波を生む。
 その飛沫を巨大な水柱として巻き上げた彼女の姿は、その内部に消失した。
 白い波濤に紛うようにして、彼女はバーサーカーへ走る。
 強化型艦本式缶による高速襲撃は、脚を水没させたバーサーカーには、躱しようのないものだった。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「……あなた、起源弾と人海戦術ごときで、私に勝てると思っていたの?」
「布束さん……!?」
「あぁん……? なんだいシノブちゃん、見世物でもするつもりかな?」


 管理室が赤いランプと水に埋められていく頃、管理室への入り口を塞ぐモノクマの前に歩み出ていたのは、つまらなそうに両手を白衣のポケットの中に突っ込む、布束砥信だった。
 ただの人間。
 STUDYの研究員という肩書はあれど、一般人代表の一人でしかない彼女が無謀にも対峙してきたことに、モノクマは思わず失笑した。


189 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:18:46 2RNODFek0

「『寿命中断(クリティカル)』だっけ……? 大層な超能力を持ってるらしいけど、ロボットや銃弾にそれが効くかよ!
 よしんば効いたところで、『起源弾』に干渉した時点で、キミは終わりだよ!!」
「……そのSimple little brain(クソ軽い脳みそ)でよく有冨やヒグマを手玉にとれたわねスポンサーさん。
 よっぽどLots of luck(幸運続き)だったのかしら。Congratulations(おめでたいわ)」


 田所恵や四宮ひまわりが緊張に息を飲む中、事態を飲み込んだ布束はひどく平然とした様子で、容赦ない挑発をモノクマに叩き込んでゆく。
 モノクマは、その外皮に苛立ちを表象しながらも、その鼻持ちならない自信の根源をほじくり出して絶望させるべく、布束を問いただしていた。


「ふざけるなよッ!! なんでただの人間の分際でボクに勝てるつもりなんだい!!」
「『令呪』は、その魔力を所有者とは異にしていることをご存知かしら――?」

 モノクマの怒声を、布束は静かな声で喰らう。

「間桐雁夜たちが集めた地脈の霊気を一部拝借して、令呪にして身に着けることなど造作もないことよ。
 起源弾と相殺したところで痛くもかゆくもない。あなたが私を撃ち殺したところで、関係なく発動するしね」
「なに――ッ!?」


 布束が意味ありげに白衣に突っ込んだ両手。
 そのどちらかに、令呪が刻まれているとでもいうのだろうか。
 データを参照しようとしても、シーナーと分かれてから今までの布束の動向、特に津波が来ると思われた海食洞での動向はモノクマの監視下から外れている。

 どこまでが本当のことなのか、布束の言葉はモノクマに見切れない。
 モノクマたちが瞠目して布束の手に注目していた、その時だった。


「令呪を以って布束砥信が命ず――。喰い尽せ、『刻印虫』――!!」


 布束の『足』が、その背後から何かを蹴り上げていた。
 爪先に柄を引っ掛けて振り上げられたのは、間桐雁夜が自身の虫を吐き戻していたバケツ。
 未だに活きのいいその虫は、人肉を容易く噛み千切る牙を有している。

 通路の天井高くまで跳ねとんだそのバケツからは、肉色の雨のように、親指程の太さがある大量の芋虫が降り注いでいた。


 ――喰われる!?
 ――本当に!?
 ――その前に潰さなきゃ!?
 ――銃撃は!?
 ――間に合わない!?
 ――布束を撃っても無駄!?


 降ってくる刻印虫の大群にモノクマたちが一斉に上を向いたその瞬間、爆竹のように銃声が数発連続した。
 管理室前面にいたモノクマたちが、一様に顎先から頭部を撃ち抜かれて機能停止する。


「……幸福なディストピアのたまわく、『Shoot first and ask questions later(考える前に撃て)』」


 銃声の主は、布束砥信である。
 ばらばらと地に芋虫が落ちるその中で、彼女は両手でしっかりと、Dr.ウルシェードの形見であるガブリボルバーを構えていた。
 その手の甲には、どこにも令呪の文様など存在しない。
 刻印虫は落ちた後も地面でのたうつだけで、特に何もおこらなかった。

 もとより単発式の起源弾では、屠れたところで一人二人。
 気絶しながら吐血を繰り返している間桐雁夜を外しても、その場の人員は7名もいる。
 最初から捨て身の覚悟でいた布束には、何も恐れるところなどなかった。


「行くわよ四宮ひまわり! 爆発する前に、エンジンを停止させる!!」
「……了解!!」
「させるかぁあああっ!! こうなりゃ一斉攻撃じゃぁあああっ!!」


 壊れたモノクマたちを踏み越えて管理室の中に躍り込もうとする二人や、通路に残る者たちに向けて、残る数十体のモノクマロボットが飛び掛かっていた。


「……布束特任部長に引き続き、『The more haste the less speed(急くほどに鈍る)』との言葉をヤイコはお送りします」

 そしてそのロボットの大半は、空中に咲いた電流の花に撃ち抜かれ、たちどころに機能停止する。
 穴持たず81、『電撃使い(エレクトロマスター)』のヤイコにとっては、生半なロボットなど鉄くずと同義である。

「……なぜ起源弾と人海戦術ごときで、ヤイコたちに勝てると思っていたのでしょうか?」


 また別の一団のロボットたちは、その爪をヒグマの背中に次々と突き立てていた。
 だがその突き立ったように見えた爪は、悉く折れていただけである。
 くるりと首を振り向けるそのヒグマの顔には、狂ったような笑みが張り付いている。


「……お帰りなさいませモノクマ様〜。ご注文は何になさいますかぁ〜?」
「アッ、ハイ、出直します――!」
「本日は石臼挽きソバがお勧めでぇ〜す、はいご一緒にィ!!」


190 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:19:01 2RNODFek0

 怖気の奮うようなドスの利いた声と共に、灰色熊は背面から通路の壁に体当たりをしていた。
 起源弾の牽制が外れると同時に、石英のような強度にまで固溶強化されていた彼の肉体は、全身にとりついたロボットを悉く粉微塵にすり潰す。


「クソッ、非戦闘員だけでも仕留めてやる――!」
「ひっ――!?」


 灰色熊に敵わないと見るや、そこのモノクマたちは、息も絶え絶えとなった間桐雁夜を抱える田所恵の方へと飛び掛かる。
 しかしその内のほとんどは、空中で飛来した数本の包丁に頭部を分断される。
 ヒグマの爪牙包丁を投擲していた灰色熊は、慄く恵に向けて叫んだ。


「恵ぃッ!! こいつらは、『チヌ』だッ!!」
「『チヌ(黒鯛)』――!?」


 包丁の弾幕を抜けた一匹のモノクマが、空中から恵に向けて拳を振り下ろす。
 恵はその姿を見ながら考えた。


 ――なるほど。これは黒くて、白く光沢を放つ、活きのいい動物だ。


 黒鯛なのかもしれない。
 うん、よく見れば美味しそうじゃないか。
 ならば活きのいい魚を前に料理人がすべきことは、何だ。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 〜黒鯛(モノクマ)基本の下拵え〜


【材料(1人分)】

黒鯛(モノクマ)      1尾
[道具]
ヒグマの爪牙包丁      1本
(よく切れる安物ナイフや出刃包丁でも可)

【作り方】

1:
「――エラの付け根を、刺します」
「ゲエ……ッ」
「黒鯛は骨が堅いですが、力を入れてエラをこじ開け、アゴを切り離しましょう。
 頭部を使わない場合、エラと頭とのつなぎ目をえぐるようにして、バッサリと頭を落とします」

2:
「返す刀でエラ下から包丁の刃を入れ、腹ビレの間を通って肛門まで切り開きます。
 腹ビレは硬いので注意しましょう。一直線が無理そうだったら外側を迂回してもいいです」

【トピック】

「あまり深く包丁を入れて内臓を潰さないようにしましょう。
 え? 潰した方が好都合? ……なら適当に切り裂いても構いませんけど」


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


191 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:19:17 2RNODFek0

「できました!! 灰色熊さん、どうすれば良いですか!? 三枚おろし? アラ割りします?」
「よし!! 素材は最悪だから捨てとけ!!」


 一瞬にして丁字型に体を分断されていたモノクマは、地面に汚らわしい油と内蔵部品を散らばらせて崩れ落ちる。
 ハァハァと息を荒げて興奮していた恵は、数秒後に自分のしていた行動の実際に気付き、驚愕に素っ頓狂な悲鳴を上げていた。


 他のモノクマでは、管理室の水上に踏み込む布束と四宮ひまわりを襲う一団がいる。
 彼女たちは龍田とバーサーカーの戦闘位置を迂回しつつ、水没しかけたコンソールに向かって浅い水面や木の根の上を全速力で渡っていく。

 振り向きながらのガブリボルバーによる布束の射撃を躱しつつ、モノクマが狙っていたのは四宮ひまわりであった。

 示現エンジンが崩壊しかかっている今、彼女はパレットスーツを装着することはできない。
 引いては、彼女がモノクマの襲撃に対抗する手段はないはず――。


「――対象捕捉:相対的動勢力(セット:レラティブ・キネティクエナジー)」


 しかし、ひまわりは布束の後を走りながら、脇に握り隠した何かに向けて呟いていた。


「――自動成長(オートグロース)、刺突(スラスト)!!」


 瞬間、ひまわりの背後へ大樹の枝が繁った。
 管理室内に入り込んだモノクマたちは一匹の討ち漏らしもなく、その枝先に貫かれて停止する。
 彼女が持っていたのは、先程まで間桐雁夜が掴んでいた、切り落とされた童子斬りの根の一本であった。


「……流石ね、もう童子斬りの行動法則を見抜いたの?」
「……まぁまぁ。でも危ないし、もう使わない」


 布束の賛辞を受けながら、ひまわりは握っていた根を放り捨てて走った。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「クソッ……クソッ……、せめてこいつらにトドメを……!」


 最後に残ったモノクマの残党は、瓦礫の上に崩れ落ちているツルシインとシーナーの元に襲い掛かっていた。
 彼らの拳が迫った時、ツルシインは自分の鼻眼鏡を外して、むくりと起き上がっていた。


「よっ」
「――なっ」


 そして彼女は、そのふわふわとした前脚で、迫るモノクマたちの体に軽く触れた。
 その瞬間、モノクマたちは次々と体内から機械油を吹いて炸裂する。
 最後の一体として残ったロボットが、瓦礫の山にその鉄くずが落ちてゆく様子を、震えながら見つめていた。


「ど、どういうことだよ……!? なんなんだよそれ!?」
「『油圧破砕工法』な。駆動部の圧力に過負荷をかけてやって、自壊してもらったわ」
「お、オマエ、その眼、潰れたはずだろぉおおおっ!?」

 ツルシインは平然と鼻眼鏡の水晶レンズを毛皮で拭き、再びその白濁した目元に据える。

「己(オレ)は普段から大分、眼の感度を絞っておるからの。眼鏡なしじゃと色々見えすぎて困る。
 あんたは眼の一か所を焼かれた程度で失明するかい? ん? せんじゃろ?」
「……網膜光凝固術は、眼科の治療として一般的に用いられている手法ですしね」


192 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:19:34 2RNODFek0

 そしてツルシインに続き、黒い霧のようにふらりと立ち上がったのは、シーナーである。
 モノクマは、壊れた同型機の握っていたトンプソンコンテンダーを掴み直し、その真っ黒なヒグマに向けて構えた。


「このメクラは軽傷で済んだようだが、キミは無事じゃ済んでないだろシーナークン!! キミだけでもここで殺ぉす!!」


 そして、モノクマは起源弾を放つ。
 純粋な身体能力では一般的なヒグマに劣るだろうシーナーは、その銃弾を避けることは出来なかった。

「……あれ?」

 だがその銃弾は、シーナーが避けるまでもなく、彼の足元の地面に着弾する。
 拳銃を握っていたモノクマの腕は、何者かに食い千切られていた。


「はぁ!? なんだこれ!? なんだこれ!? はぁ!? はぁッ!?」
「……モノクマさん。あなたは、私の『治癒の書』の発動条件を、根本的に勘違いされているようですね」

 狼狽するモノクマに向けて、シーナーがゆっくりと歩み寄っていく。

「……『治癒の書』は、私が五感で認識することがまず『前提として』必要なのです。見ると同時に発動するわけではありません。
 なので、私は起源弾を普通に目視しただけの一般的なヒグマと変わりありません」
「でも、でも……! 吹っ飛んでたじゃねぇかオマエぇ!!」


 シーナーは、その朽木のような首を傾げ、長い舌をペロリと出して笑った。


「……都合のいい幻覚でもご覧になりましたか? 一度お医者様に診てもらった方がよろしいですね」
「――演技かよぉおおおおおっ!!」
「『喰い尽せ、刻印虫――』」


 モノクマの体は、布束が床に散らばらせていた刻印虫によってむさぼり喰われていった。
 シーナーが先程から幻嗅や幻聴で誘導していたその芋虫たちは、モノクマのボディを雁夜の肉体だと思い込み、嬉々として喰らう。
 なお、田所恵がモノクマを黒鯛だと誤認してその攻撃を行なった際も、実のところシーナーの一助がある。
 布束砥信が突破口を作っていなかった場合でも、無力化されたフリをしたシーナーとツルシインは、自分たち二頭で隙を見て攻勢に出る算段であった。


「あとは示現エンジンを止められさえすれば――!」
「間桐さんと――、そして龍田さんは――!?」


 モノクマの軍団を殺滅して、通路の端から駆け戻るツルシインとシーナー。
 管理室内に身を乗り出すヤイコ。
 瀕死の間桐雁夜を抱えたまま震える田所恵と、その彼女をさらに抱える灰色熊。

 彼ら全員が、その時の管理室の光景を目の当たりにしていた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 龍田姫 たむくる神の あればこそ 秋の木の葉の 幣と散るらめ


 わたつみの 神にたむくる 山姫の 幣をぞ人は 紅葉といひける


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 波飛沫の立つ、湖と化した管理室の端で、布束とひまわりは示現エンジンのコンソールへと辿り着いていた。
 童子斬りの侵入だけではエネルギーの減少で済んでいたこのエンジンであるが、童子斬りの本体が朽ちたことで、その出力は100%まで回復してしまっている。
 童子斬りの陥入で劣化し、アロンダイトの斬り付けで崩れ落ちてゆく隔壁では、回復しきった示現エンジンのエネルギーを抑えきれなかった。


「原子炉とかいう、発電効率悪い上に停止もできない湯沸かし器とは違うでしょ――? 急ぐわ!」
「龍田は大丈夫――!?」
「航海士と戦闘軍人は役割分担よ!!」


 操作画面下のキーボードを高速で打ち込みながら、布束とひまわりは息巻く。
 四宮ひまわりが心配の視線を横目で投げる先では、龍田が波濤の裏に身を隠し、今まさにバーサーカーに向けて突撃しているところだった。


193 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:19:58 2RNODFek0

 時速60キロを超える駆逐艦並みの速力から、彼女はバーサーカーの側方に旋回し、飛び掛かっていた。 
 一閃に突きかかるのは、兜の防護の無い、彼の左側頸部。
 しかし、ギリギリまで攪乱した死角からの奇襲を、それでもバーサーカーはアロンダイトの一振りで受け流した。


「はぁああああぁぁぁぁ――ッ!!」
「Urrrrrrrrァァ――!!」


 龍田は引かなかった。
 速力をそのままにボイラーを湧かし、タービンを回し、三室の嵐のごとき猛々しさで、機関銃のように薙刀の穂をしごき突く。
 水底でバーサーカーの脚は押される。


 彼の瞋恚に燃えた眼はしかし、その瞳に真っ黒な湖光を映して、吼えた。


「アァァァァァァァァァァァァァ――!!」
「――!?」


 漆黒の剣の閃きは、加速する龍田の薙刀の手数を、さらに上回った。
 風にうねる湖畔の陽光のように、清冽な刃音が、龍田の穂先を跳ね上げる。


「サァァァァァァァァァァァァァ――!!」


 突き出される漆黒の一刀が、龍田には、自身の命を奪った一本の魚雷のようにも見えた。
 被弾のその瞬間。
 全身に叩き付けられた激痛は、それを龍田に、『自身の竜骨が微塵に砕かれた』と思わせるものだった。


「あきゃあぁぁあああぁぁあああああああぁぁぁぁ!?」
「龍田ぁ――!?」


 示現エンジンの管理室に、この世のものとは思えない絶叫が響き渡っていた。
 黒い手袋と長袖に包まれた細い腕が、赤い緒を曳いて宙に刎ね跳んだ。


 『無毀なる湖光(アロンダイト)』に付け根から左腕を斬り飛ばされた龍田は、そのままガクガクと痙攣して水上に膝を落とす。
 全身の力を奪われた彼女は、そのまま腰が抜けたように、放心した眼差しで下半身から水没してゆく。
 左の肩口から溢れ出す真っ赤な血液は、川を流れる紅葉のように水面を彩った。


 ――轟沈。


 『私』は、今の一撃で、間違いなく轟沈していた――。

 と、龍田は微かな意識の中でそう思考する。
 全身は、魂と切り離されてしまったように麻痺して動かない。

 ある種の呪いのようなものだと、彼女はこの現象をそう理解した。


 恐らく、『龍』にゆかりのあるものを、悉く破壊するような呪い。
 龍田のみならず仲間内でも、天龍、龍驤、蒼龍、飛龍などの艦船はこの剣の攻撃をまともに受ければ、自身の存在の根源にある『龍』を破壊され、一撃で轟沈してしまうだろう。


 ――斬られたのが天龍ちゃんじゃなくて、本当に良かったぁ〜……。


 目の前で漆黒の剣を逆手に持ち替え、今にも自分の胸に突き落とそうとしている剣士の姿をぼんやりと見つめながら、龍田が考えるのはただそんなことばかりだった。
 半身を水漬かせ、紅葉のような血液を水面に散らしながら、龍田は微笑む。

 
 旅の道中安全を祈願するものとして、古来より神に手向けるものに、『幣』というものがある。
 細かく切った綺麗な紙などを散らして神に捧げるものであり、秋の折には、はらはらと山川に散る紅葉の有様を『幣』になぞらえて歌った歌が数多く作られた。

 しかしここで、龍田山の紅葉を幣と見た歌人のうちに、ふと疑問を抱く者がいた。


 ――龍田山の神・龍田姫は、そもそもが風と秋の神だ。
 ――それならば彼女は、一体何の神に対して、幣を捧げているのか……?


 そしてまたそこに、この疑問へ答えを見出した歌人がいる。


 ――龍田川を流れて下る紅葉は、その先の大海に落ちて、その海を豊かにする。
 ――紅葉の幣は、綿津見(わだつみ・海)の神に対して、捧げられたものである。


 今の龍田個人としては、海神の他にさらにもう一柱、幣を手向けるべき神が存在している。


 ――この蝦夷地に作り上げられた私に、もう一つの根源を与えてくれた神。
 ――この地の『山の神(キムンカムイ・羆)』に、私は感謝しなくちゃ……!


 龍田の艦橋に燃える強化型艦本式缶が、その水没した船体の裡で静かに湧き立つ。
 常の方法とは異なるヒグマの血肉を素材として作られた彼女の艤装は、轟沈しかかった龍田の魂を、今生にしっかりと繋ぎとめていた。


194 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:20:26 2RNODFek0

「アァアー……、サァァァァァァァァァ――……!!」
「……『海神の』」


 龍田は仰向いたまま微笑んで、管理室を埋める湖水に、脱力した肉体を没させる。


「『幣』」


 唐紅の水面に沈みゆく唇がそう呟いた瞬間、その一帯に紅葉が舞い散った。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「龍田ぁ――!?」

 断末魔のような龍田の叫びに振り向いていたのは、四宮ひまわりだった。
 スプリンクラーの飛沫を浴びながらも布束と共に配管の一本一本を遮断し、エンジン炉心の反応を冷却していた彼女は、コンソールを放り出して水中を渡り始めてしまう。


「あなた!? 何を考えているわけ――!? 死ぬわよ!?」
「龍田が来なきゃ昼前に死んでた!! あと布束さんやって!!」


 バーサーカーはもう、すぐにでも龍田の胸に剣を突き刺し、止めを刺してしまうだろう。

 間に合わせる。
 あの剣士の脚を引っ張るなり腕にむしゃぶりつくなりして、絶対に止めてやる――!

 水を吸って重くなった綿入れ半纏をかなぐり捨てて、ひまわりは必死に管理室の湖水を漕いだ。


「間桐さん!! 龍田さん!! 生きとるか!?」
「シ、シーナーさん――」
「とにかく早急に幻視で――……!?」


 入り口に駆け戻るツルシインとシーナーに、田所恵の震えた声が届く。
 皆まで聞かぬうちに、止めを刺される寸前の龍田を救助すべく、その時シーナーは管理室の入り口前から、『治癒の書』を眼下のバーサーカーに向けて発動しようとした。
 しかしその瞬間、彼らの周囲に薄緑色の発光が走り抜ける。

 ――コケだ。


「おい!? これってキングの――」
「なぜこの階層に苔が侵入してきているのですかと、ヤイコはえもいわれぬ不安感を疑問に乗せます!」


 灰色熊、ヤイコ、田所恵がめいめい辺りを見回した時、ツルシインの視界にも、北方にわだかまってゆくどす黒い凶兆が捉えられていた。
 ツルシインは慌てて目を瞑り、頭を抱えて呻く。


「し、しもうた……ッ!! まず通信が先じゃ!! ここよりも遥かに北が『凶』! シバとシロクマが狙われとる!!」
「……戦力を分散させられた……!? 先程の襲撃はそのための陽動だったとでも!?」


 シーナーは『治癒の書』の使用を止め、ツルシインの発言に従い、急いでキングヒグマからと思われる伝言の内容を再生した。


『彼の者しろくまカフェに起源弾以て結界張る。シロクマ拉致さる。シバと共に攻むるも苦戦予想。応援求む。キング』


 その場にいたヒグマ4頭はみな一様に息を飲んだ。

 ――帝国の指導者3体が窮地に立たされている。

 キングヒグマは、示現エンジン周囲で複数の実力者が何らかの侵入者に対処していることを認知している。
 しかし、今まで苔を侵入させていなかったその階層にまで通信を送ってくるということは、その対処を捨て置いてでもC4のしろくまカフェへに応援に来て欲しいということに他ならない。

 しかも『起源弾の結界』と来ている。

 詳細は解らないが、その戦場では超能力や魔術の類が一切使用できないと見て間違いないだろう。
 灰色熊、ヤイコ、ツルシイン、シーナーは、応援に行ったところで先程脅されていた状況を再現するかのように、それぞれ自分の最大戦力である能力を封じられることになる。
 果たして行ったところでどれほどの増援になれるのか――。

 奮戦を嘲笑うかのごとく立て続けに起こる危機の数々に、彼らはもはや歯噛みするしかなかった。


「アァアー……、サァァァァァァァァァ――……!!」
「……『海神の』」
「龍田ッ! 龍田――ッ!!」


 その時、正に管理室の中も、火急のきわにあった。
 沈みゆく龍田に向けて、ひまわりが手を伸ばす。


「Finally……! 示現エンジン、Shut――、DOWN!!」


195 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:20:44 2RNODFek0

 布束のタイプするキーボードが、示現エンジンの停止コマンドを実行させたのは、それと同時だった。
 がうん、と重い音をたてて、一瞬にして室内の明かりが落ちる。


「『幣』」


 その暗澹とした湖面に祈りが手向けられたのも、その時だった。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「……おっと。停電かな?」


 島内のあらゆる場所から隔絶され、それでも島内に確固として存在する空間で、空気が一人、そのような言葉を漏らした。
 つい先ほどまで、煌々とした照明に包まれていたそのホールでは、林立したガラスのシリンダーの中で数多のヒグマが形作られていた。


「ツルシインたちか……。エンジンが爆発しないよう、そして『彼の者』にこの場所を奪われないように考えて、とのことかな……。
 ま、確かに、背に腹は代えられない。……それに、彼女は、この行動が『彼の者』にとっての致命傷になることもわかっているはずだ」


 製造の途中で止まってしまった培養液の中のヒグマが分解され、その空間に、姿を持った生物の存在を形作る。
 瞬く間に形成されたテーブルと燭台の前に佇む、輪郭の曖昧なヒグマ――、穴持たず50・イソマは、部下の行なった判断と行動へかすかに微笑んだ。


「……さて、『彼の者』さん。恐らくきみは僕の存在や、この培養槽などを狙っていたんだろう?
 次はどういう手に出てくるつもりだい? それとももう終わりかな?」


 止まってしまった生産ラインの一部をろうそくの油に固めて、イソマは燃え上がる穏やかなアトムの裡に、来たる日の行方を占った。


【HIGUMA製造調整所・複製(四元数環)/日中】


【穴持たず50(イソマ)】
状態:仮の肉体
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの起源と道程を見つけるため、『実験』の結果を断行する
0:ヒグマ帝国の者には『実験』を公正に進めてもらう。
1:余程のことがない限り、地上では二重盲検としてヒグマにも人間にも自然に行動してもらう。
2:『実験』環境の整備に貢献してくれたものには、何かしらの褒賞を与える。
3:『例の者』から身を隠す。
4:全ての同胞が納得した『果て』の答えに従う。
5:はて? 割と近いところに、那珂ちゃんのお仲間みたいな子が覗いてるなぁ。ぼくのことに気付くかな?
[備考]
※自己を含むあらゆる存在を、同じ数・同じ種類の素材を持った、別の構造物・異性体に組み替えることができます。
※ある構造物を正確に複製することもできますが、その場合も、複製物はラセミ体などでない限り、鏡像異性体などの、厳密には異なるものとなります。
※ほむらの盾の中で違和感を覚えている球磨のことに気付いて、面白そうに見守っています。


※HIGUMAの生産ラインが、示現エンジンのシャットダウンに伴って停止しました。
※電源さえあれば、再生産は可能かもしれません。

※1日目日中にて、示現エンジン停止により島内が全域停電に陥りました。
※自家発電装置や蓄電池などを備えていない施設の電気設備は停止し、使用不能になります。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


196 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:21:04 2RNODFek0

「うっ、うっ、クソッ……! 結局エンジン止めやがった……! 島内の全電源が喪失した……ッ!!」


 示現エンジンの存在階層にひっそりと隠蔽された工房の中で、一体のロボットが、真っ暗になってしまった部屋の壁を叩いて呻いていた。
 モノクマ――、そして、それを操る江ノ島盾子にとって、示現エンジンのエネルギーを断たれることは、死刑宣告にも等しいことだった。


「しのぶちゃんとか……、そしてあのメクラインさんとかは、絶対わかって止めたよね……。
 モノクマちゃんの操作や私様の維持に、多大な電源が必要だったってこと……」


 示現エンジンのエネルギーを拝借して島内のモノクマたちを動かしていた彼女が電源を止められれば、確実に行動不能に陥ってしまう。
 そうさせぬために、彼女は示現エンジン前のヒグマや人間たちを皆殺しにするつもりだったのだ。
 それが叶わなかった以上、もはやその結果は厳然たる事実として提示される。
 あとはバーサーカーとの戦いに決着がついてしまえば、この工房にも、灰色熊を筆頭として帝国の実効支配者連中が乗り込んできてしまうことは簡単に想像できた。

 しょんぼりとうなだれたロボットは、とぼとぼと戸棚の中から乾電池を取り出し、テーブルの卓上スタンドにセットして、僅かながらも明かりを得る。


「ヒグマの生産にもエンジンのエネルギーを使ってるだろうから、私様が計画してた生産拠点のっとりもオジャン。
 深雪ちゃんへのオシオキとか、まるっきり無意味だったぢゃんねぇ〜……」


 そしてロボットはそのテーブルの上に紙と筆を取り出し、重々しく文字を書き連ねていく。


「かくなる上はもう、私様は遺書でも書くしかないよ……。絶望だよ……」


 電球の明かりの中でうなだれるモノクマは、そう呟きながら筆を置いた。
 そしてその手は、卓上スタンドの明度調整ダイヤルの方へ伸びる。
 この明かりを消してしまえば、あとは彼女は死を待つのみ――。


「……なーんて」


 モノクマの手は、そのダイヤルを、『OFF』の方向とは逆に回し始めた。


「この江ノ島盾子ちゃんが言うと思ったかぁあ!? この程度のことで絶望とかぁあ!?
 そらぁヌルイっすよ! 白熱電球から蛍光灯に変えた後の勉強机の天板温度くらいヌルイっすよ!!」


 ダイヤルの可動域を超えてぐるぐると回し続けられた照明は、電球が作り出せる明度の限界を超えて、フィラメントを一瞬にして焼き切らせてしまった。


「……煽り文や前段落のヒキだけで、ハッピーエンドが確定したと思うんじゃねぇぞオマエラ……。
 さぁ……、見届けてやろうじゃねぇか……、龍姫と愉快な仲間たちの雄志をよ……」


 再び暗黒に落ちてしまった工房の中には、気味の悪い笑い声だけが、ひそやかにこだましていた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 夜のように真っ暗になったその空間に、吹き上がる紅白の明かりが見えた。
 水面から紅葉色の龍のように吹き上がったその眩い光――。
 それは、龍田の艤装から噴き出されたものだった。


 ――水蒸気爆発。


 四宮ひまわりがその現象の正体を認識した時、爆音と突風が彼女の身を襲っていた。


「ひゃ、ああぁ――ッ!?」


 爆心地の直近にいた彼女は、その煽りを喰らって水面から吹き飛ばされる。
 そのひまわりの手は、空中で誰かにそっと掴まれた。


「――んもう。任せてって言ったじゃない〜♪」
「た、龍田っ!? 無事だったの!?」


 ひまわりを抱えて入り口近くの水上に着水した龍田が、口に咥えていた薙刀を外して笑っていた。


 指向性高圧水蒸気曝射攻撃・『海神の幣』。

 龍田の背部艤装直下で、一瞬にして加熱させられた大量の水が突沸を起こし、彼女の脚元方向にいたバーサーカーに向け、避けようもない近接位置から爆風を叩きつけていたのだった。
 龍田自身はその反動で後方宙返りから転身し、ようやく感覚の戻ってきた体で、同じく吹き飛ばされていたひまわりの身を確保していたのである。


「私はね〜、もう『事故』はこりごりなのよ〜。だから、せめて今生くらいは、上手くやってみせるわ〜」
「『事故』……!?」


 龍田は、ひまわりを床に立たせ、頭部に浮いている艤装のリングを口に咥えた。
 そして彼女はそのまま、切断された左腕へ赤熱した薙刀の刃を押し当て、自ら焼灼止血を行なってしまう。 
 肉の焼ける痛みと異臭を、龍田は涼しい顔で、リングを噛む奥歯に堪えさせた。


197 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:21:51 2RNODFek0

「Fine……! 龍田も四宮ひまわりも無事ね!! You did it!!」

 管理室外の通路から僅かに差す薄緑の光で、布束が二人の無事に快哉を叫んだ。
 静けさを取り戻した暗い水面に、もはやバーサーカーの姿はない。


「よぉし、良ぉやって下すった!! とりあえずこの場は安心じゃ!!」
「ヤイコは皆さまの雄志に感激と賛辞を押さえられません!」
「……早急に、キングさんへの支援方法を考えねばなりませんね」
「ちょい待ちシーナー。この通路の奥が、オレの突き止めた『彼の者』の本拠地だ。ここの全員でそこ叩いた方がむしろいいんじゃねぇか? なぁ?」


 薄いコケの明りに包まれた管理室入り口で、4頭のヒグマは口々に呼びかけてくる。
 止血を終えた龍田は、駆け寄ってくる布束砥信に四宮ひまわりを託して、共に入り口の方へ彼女たちを差しやる。


「……ひまわりちゃん。私は、『事故』で大事な仲間の命を奪ってしまったことがあるの。
 だから、あなたが必死になる気持ちはよ〜くわかるし、私は、もう『事故』を起こさないよう、よ〜く準備したの。 今回だって、大丈夫だったでしょう? 私を信頼して?」
「龍田――……!」


 龍田の語り掛けに、ひまわりは息を詰めた。
 震える手で、彼女は龍田へと指先を伸ばす。


「……ね?」
「――龍田ッ!!」


 瞠目するひまわりが叫ぶ先で、漆黒に沈んだ湖水が、盛り上がっていた。
 微笑む龍田の背後に、音もなく黒い双眸が立ち上がっている。
 水濡れた鬼神の如く振り被る腕には、鈍い輝きを帯びた剣が、大上段に据えられている。


 ――バーサーカーは高まったその敏捷性を以って、水蒸気爆発の衝撃を、管理室の湖底に沈むことで緩衝していた。


「アァー……サァァァァ――ッ!!」


 無防備に背中を向けた龍田の白いうなじに向け、無毀なる湖光がその刃を落としていた。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 ――潜水艦には、近づいて欲しくないわね〜。


 もし龍田が、潜水艦についてどう思うかと尋ねられれば、彼女は恐らく、『潜水艦』と書かれたてるてる坊主を引き千切りながら、笑ってそう答えるだろう。

 龍田は、1944年3月13日、サイパン島への輸送作戦のさなか、八丈島沖で米潜水艦サンドランスの雷撃により轟沈させられている。

 潜水艦、潜水艦、潜水艦――。
 みんなみんな潜水艦に――。


 龍田の戦友である艦船たちは、何隻も何隻もそうして沈んでいった。


 ――だから、近づいて欲しくないのよ〜。


 自身の戦友である潜水艦を、彼女はそうして沈めてしまった。


 ――1924年3月19日。
 数え6才といううら若き年に、龍田はその生涯に渡って心に刻みつけられる『事故』を起こした。
 彼女は佐世保港外で演習中に、「第43潜水艦」と衝突事故を起こしたのだ。
 この事故で「第43潜水艦」は沈没するも、なんとか7時間後に内部との通信が取れ、全員の無事が確認された。

 龍田はほっと胸を撫で下ろした。

 ――良かった〜。みんな助かるのね〜。

 そう呟いた彼女に、鎮守府の苦々しい声が届いた。

 ――潮流が速すぎる……? ねぇ、何を言っているのかしら? ねぇ、早く助けなさいよ。
 ――助けてあげてよ――……。


 水深30メートルの海底。
 佐世保沖を走る急流は、1日2日程度の時間では沈没した潜水艦を救い上げることを、許さなかった。


 13時間後に、酸素の尽きた「第43潜水艦」との通信は途絶えた。
 彼女が水底から引き揚げられたのは、一か月後だった。
 乗員45名、全員が死亡した。
 それでも彼ら乗組員はみな、死の間際まで静かに、己の職務を全うして過ごしていたことが、後にわかった。


198 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:22:52 2RNODFek0

 ――君に捧ぐる身にしあれば♪
 ――誰か命を惜しむべき♪
 ――されば千尋(ちひろ)の海底(うなぞこ)に♪
 ――君の御艦(みふね)を守らんと……。

 ――やぁんっ♪ 私の後ろから急に話しかけると、危ないですよ〜?


 だからもし龍田に、潜水艦が近づいてこようとしたなら、彼女は恐らく、『潜水艦』と書かれた己のはらわたを引き千切りながら、笑ってそう答えるだろう。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 ちはやふる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 三式水中探信儀――。


 艦隊これくしょん作中最強のアクティブソナーを、龍田はその身にしっかりと携えていた。
 もう、事故はこりごりだから――。
 背後から水底に迫るバーサーカーの存在を、彼女はしっかりと背中で見ていた。

 だから彼女はそのまま、自分に向けて叫ぶ四宮ひまわりへ、微笑み続けていた。


 ――バーサーカーは知らない。


 如何に彼が『無窮の武練』と呼ばれるほどにまで様々な武器と戦術に精通していても。
 如何に彼が聖杯から現代の知識をもたらされていても。
 そこには日本固有の伝承技術は記録されていない。


 ――薙刀には、『背を向けて退却する』という『攻撃』技術がある。


 隙だらけのうなじに向けて振り下ろされた湖光の閃きは、そのまま龍田の首に紅葉を散らし、彼女の命をくくり染めにして沈めんとしていた。

 その刃にしかし、左の首筋から擦り上がった薙刀の柄がかかる。
 龍田の体は、湖上の渦のように回っていた。
 石突き側からするりと、バーサーカーの剣圧はまるで水を切ったかのように何の抵抗もなく、前へと引き落とされていた。

 無毀なる湖光――。
 決して刃毀れせぬ硬さを持つその剣に対して、龍田の持つ薙刀もまた、決して刃毀れせぬ輝きを有していた。

 
 天下水より柔弱なるはなし。
 而れども堅強を攻むるは能くこれに先んずるなし。
 その之を易(か)ふる無きを以てなり。


 老子の言葉は、龍田の由縁を歌った一首の和歌にも、詠みこまれている。

 ――唐紅に水くくるとは。

 この『水くくる』は通常、『龍田川の神が、紅葉を以って真っ赤に川水をくくり染めにした』と解釈される。


 しかし、この和歌が作成された当時の日本では、『水くくる』を、『水くぐる』と発音していた可能性も高い。
 くぐる――、つまり『潜る』という意味でこの歌を解釈した場合、果たしてそれはどのような意味となるか。


『数多くの血が破れ流れた神代でも聞いたことのない想像を絶する状況――、自身の川面が真っ赤に埋め尽くされるような時においても、龍田川の水は変わることなく、その唐紅の景色をかいくぐって流れるのだ』


 柔らかく弱い水はむしろ、その本質の不変性において、堅く強いものを遥かに凌ぐ。
 水は、紅葉に括られ、染められる存在ではない。
 無毀なる水流はむしろ、その血潮のような環境を潜り抜け、鬼神をも攻め立てるような、攻撃的な存在である。


 ――だから、近づいて欲しくは、なかったのよ?


 前方に崩れゆくバーサーカーの顔と、回りながら向き直った龍田の顔は、触れ合うほどの距離にあった。
 艦橋に灯る舷灯が、内燃する強化型艦本式缶と共に、水面へ一振りの秋水の如き光を映していた。

 もし時と場所が違えば、この光景は、舞踏会にて踊る一組の男女のようにも見えていたかも知れない。


 ――『強化型艦本式』。


 ヒュウと一陣、甲高い笛のように風が通り過ぎる。


 ――『神くくる水』。


 踊る仕草の雅で、龍田の右手が大きく旋回させた薙刀の刃は、バーサーカーの胸を叩き割っていた。
 彼の鎧に刻まれた5条の爪痕のひとつを深々と哆開させ、肋骨を砕き、肺を断ち、胸骨に至って止まる。


199 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:23:14 2RNODFek0

 バーサーカーの口が喀血を吹いた。
 彼はそのまま、龍田の胸に力なく崩れ落ちる。
 振り下ろされていた無毀なる湖光が、その湖面に融けるように消え去っていた。


「……美事」


 彼は龍田の胸元で、静かに笑いながら呟く。


「我が王にも見紛う……、お美事な、腕前でした――……」
「……なぜ、最後に斬りかかって来たの……? だって、あなたはあの時、もう――」
「あなたと……、最後まで手合せをしたかった……。カリヤにも、皆様にも、ご迷惑をおかけしましたが……」


 バーサーカーとしてその眼を曇らせていた混沌は、ランスロットの体から消え去っている。
 龍田には、掻き抱く彼の体が、薙刀を叩き入れる遥かに前から、既に致命傷を受けていたことがわかった。
 内臓も、筋肉も、ヒグマの打撃と童子斬りに荒らされ続けていたその肉体は、アロンダイトが魔力を喰らっていくにつれ、通常よりも遥かに早く、彼にサーヴァントとしての死をもたらしていた。

 もし仮に、ランスロットが万全の状態でアロンダイトを抜いていたとしたら――。
 その場合、龍田は彼の最初の奇襲において、その体を示現エンジンごと真っ二つに両断されていたことだろう。


 消滅の寸前に、バーサーカーからはその『狂化』のスキルが消え去る。

 次第に自我を取り戻していたランスロットには、目の前の少女が、自分の追い求めた理想ではないことも、解り切っていた。
 それでも、曇った眼に映った幻想は、彼が聖杯に夢見た程の、願いであった。


「ですが……、あの娘たちや、あなたの命を奪わなくて、良かった……。そこだけは、騎士としての矜持を捨てずに、済みました……」
「『あの娘』……?」
「あなたの宝具の一閃が私の曇りを払った時……、黒と、ピンクと、オレンジの、ドレスを纏った娘たちが、私と戦っておりました……」


 管理室の入り口で身じろぎもせず、4頭と3人は龍田とランスロットのやり取りに食い入っていた。
 その彼の言葉に、布束とヤイコが僅かに反応する。


「……誰も、殺してはいないの?」
「フフ……、いいえ。男はかなりの人数、討ち取ってしまいました……。なにせ私はこの通り、円卓の騎士でも最強ですので……」


 龍田の肩を掻き抱き、龍田の胸元に顔を埋めて、ランスロットは微笑みながら消えて行く。


「愚かな私を……、どうか叱って下さい……、アーサー、王……」


 家に居れば、愛する人の胸に抱かれて、優しく諌められていたであろうに。
 霞のように彼の声が消え去った後には、ただ広漠とした暗い湖面に、淡く緑の光が揺蕩っているだけであった。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 皆々様よ永久に幸あれよ我(われ)は笑つて死につけり


(第43潜水艦乗組員の遺書の一文)


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 時はわずかに遡る。


「あ、あ、あ――……」
「urrrrrrrrrrr――!!」


 彼女の目の前にはその時、天に向かって吠える、一人の狂戦士がいた。
 もはや叫ぶ声も枯れ果てた夢原のぞみが呆けた目で見据えていたのは、その男の足元に散らばった、彼女の友人の肉片だった。

「キリ、カ、ちゃ――……」

 その腕に、必死の思いで助け出した那珂ちゃんの体を抱え、彼女はふらふらと、真っ赤な血だまりに浮く呉キリカの肉片の元へとにじっていく。
 顔も、腕も、胸も腹も、ことごとく断ち割られて内部を曝け出した酸鼻な様相の彼女の上へ。
 夢原のぞみは、自分の衣装が血に浸るのも構わず、それでもキリカの体を守るかのように、その身を寄せていた。


「Ar■■■■――……」


 そのキュアドリームの動きに気付いて、バーサーカーはその髪を振り乱し、足元に寄って来た彼女を見やった。


「ねぇ……、あなたは、どうしてこんなことをするの……? あなたに、何があったの……?」
「A――……?」

 蹲って震えるキュアドリームの手には、最後までキリカが差し伸べていた、彼女の手首が握られている。
 もうその体とも繋がっていないキリカの手に額を寄せて、血だまりの中に涙を落としながらのぞみは尋ねた。


「こんなひどいことをしたくなるほど、あなたは辛い目にあっていたの……? 私たちの話だったり、歌だったりじゃ、ほぐしてあげられないほど、辛かったの……?」
「ur――!?」


200 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:23:43 2RNODFek0

 その問いが絞り出された時、バーサーカーの表情に動揺の色が過った。
 幽鬼のような形相の剣士は、キリカを屠った魔剣を右手に携えたまま、その蓬髪を掻き毟って唸る。


「A、A、Ar――……」


 のぞみが顔を上げた先で、彼はたたらを踏み、頭を抱えて呻く。
 その様子に、のぞみは畳みかけるように叫んでいた。


「ねぇ!? 誰なの!? 誰だったら、あなたの心を、元に戻してあげられるの――!?」
「Arrrrr――thurrrrrrr――!!」


 その問い掛けを喰らうように、狂戦士の慟哭が空に伸びた。
 瞬間、そねくりかえった男の体は、猛獣のように躍り上がる。
 どす黒いその魔剣の刃を陽光に吸わせて、彼はのぞみの頭上にその刀身を振り下ろしていた。


「――ッ!!」


 のぞみはその瞬間、涙を散らして、那珂ちゃんとキリカの体を自分の下に抱え込んでいた。
 切り落とされたキリカの手を強く握って、自身に剣が突き立つその時を待った。

 そしてのぞみは、ふと気づく。
 キリカの白い指先には、今まで彼女が持ってはいなかったものが嵌っていた。


 ――青紫色の小さな宝石が嵌った指輪。


 のぞみの握り締めたその身の下で、その宝玉は一瞬輝き、そして指輪と共に霧のように消えていた。


「えっ……?」
「urrrrrrrr――!!」


 剣が空を切った。
 けたたましい金属音が響いた。
 地が抉れ、ばらばらと石礫が吹き飛んでは落ちた。

 だが、呆然と顔を上げたのぞみの体には、その魔剣はかすってすらいなかった。


「……黙って聞いてればさぁ――、人生相談か何かかっての」


 のぞみの前には、黒い燕尾服を纏った少女が立ちはだかっていた。
 その両手には5本ずつの鋭い鉤爪が形作られており、体の左脇へ傾斜を成すようにして構えられたそれが、ランスロットの魔剣を地に受け流していた。


「Ar――……?」
「十手の一手だ!! さぁ、逃げよう!!」
「キリカちゃ――!?」


 立ち上がったのぞみの手が、握り込んでいたキリカの手の代わりに、その少女に掴まれる。
 眼帯を身に着け、不敵に笑うその少女は、呉キリカではない。
 頭の両脇でお団子にしたその髪と、魔法少女の衣装のそこここで覗く艤装の部品が、彼女のアイデンティティを辛うじて示していた。


「八つ当たりなら、よそでやりなッ!!」
「ur――!?」


 黒い衣装を翻す少女はバーサーカーの左に滑り込みながら、振り上げた爪を彼の鎧に叩き付け、その鎧に5条の鋭い傷跡を刻み付ける。
 彼女は、反対の手に夢原のぞみを掴んだまま加速した。

 ――『速度低下』。

 魔法陣を踏んで跳びながら空中で向き直った少女の顔を見とめ、のぞみは彼女の正体に驚愕する。


「な、那珂ちゃん――!?」
「言っただろのぞみ? とっておきがあるって。とりあえずは上手くいった!」


 彼女の肉体は間違いなく、川内型軽巡洋艦の艦娘・那珂ちゃんのものである。
 その声は幾ばくか鋭く、その口調はぶっきらぼうなものとなっているが、魔法少女衣装の下で回るタービンも、ブーツの脇から風を吹く煙突も、間違いなく彼女のものだ。
 しかし、今、那珂ちゃんの体を駆動させるエンジンは、彼女ではない。

 瞬間の段取りで、形に意志を降ろしたその魂こそ。


「……キリカちゃんなんだね!!」
「ああ、一か八かだったが、これで『三人』全員だ!!」


 軽巡洋艦・那珂に乗り込んだ呉キリカは、過たず彼女の機関を駆動させている。
 元々が建造された肉体に魂を降ろされた彼女たち艦娘の肉体は、バーサーカーの宝具に侵食されたことでさらにその係留を緩ませ、キリカの魂がそこに食らいつける程の余裕を生むようになっていた。


「Arthur――……。Arrrrrthurrrrrr――!!」


201 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:24:05 2RNODFek0

 彼女たちの背後で慟哭するバーサーカーの声に、のぞみは振り返っていた。
 荒野の上で、彼は強大な剣閃が通り抜けた彼方の空を望み、そして霞のように消え去る。
 彼が立っていた場所には、カラン、と微かな音を立てて、小さな首輪とデイパックだけが落ちていた。


「ランスロットさん……」


 その首輪に刻まれていた名前を思い出し、のぞみは口の中で微かにそう呟いた。


【バーサーカー(ランスロット)@Fate/Zero 死亡】


※B−7に、ランスロットの首輪と、デイパック(基本支給品、ランダム支給品1〜2)が落ちています。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


 間桐雁夜が目を覚ました時、そこは、いやが応にもこの一年で見慣れてしまった、間桐家の蟲蔵だった。
 壁にもたれかかったまま意識を失っていたらしい彼の前には、紫色のワンピースを纏った幼い女の子が、心配そうな視線を向けて佇んでいた。

「やぁ、桜、ちゃん……」
「おじさん……?」
「助けに来たよ……。もう大丈夫……。聖杯戦争は終わりだ……、ヒグマも、ここまでは追って来ない……」

 ヒグマの島から脱出し、気力だけで実家に辿り着いていた間桐雁夜は、遠坂桜の手を引いて、冬木の公園まで歩んでいった。
 そこには、あらかじめ電話で呼んでいた、桜の姉である凛と、その母の遠坂葵が彼らを待っている。


「あっ……! 桜ぁ!!」


 暖かな日差しの降り注ぐ公園の中で、妹に気付いた遠坂凛は、涙を流して彼女の元に駆け寄っていった。

「桜……! 桜ぁっ……」

 愛しい妹を抱きしめて、凛はすすり泣く。
 分かたれていた姉妹の再会に、雁夜は微かに口元をほころばせていた。


「雁夜くん……」
「葵さん……」


 そして彼の背後からは、かつて間桐雁夜が恋し、今でも思い続けている、遠坂葵が語り掛けてくる。


「おじさん……」
「雁夜おじさん……ッ!」

 桜と凛が、葵と見つめ合っていた雁夜に呼びかける。
 少女の元に向き直って、彼は微笑んだまま、少女たちの次の言葉を待った。


「……なんでもっと早くに、私を出してくれなかったの……?」
「え……?」


 感謝の言葉が返ってくることを期待していた雁夜は、光の無い瞳で涙を流す桜の声に、愕然とした。
 その彼女を抱きしめたまま震える凛は、壊れてしまった妹を精一杯抱きしめ、雁夜に向けて炎のような声を吐く。


「桜がこんなになるまで一年も……。間近で見ておきながら、おじさんは何もしなかったんでしょう!?
 桜が虫に壊されていくのを、愉しんで見ていたんでしょう!?」
「ち、違う!! 何を言ってるんだ凛ちゃん!! 俺は、あの汚らわしい蟲蔵から桜ちゃんを救い出してあげようと必死で……ッ!!」
「……それならばなぜ、それが分かってすぐ時臣や私に、桜が受けている仕打ちのことを、伝えてくれなかったの?」


 必死に反駁する雁夜の喉元に、背中から遠坂葵の冷たい言葉が押し当てられた。
 耳元に近寄ってきた葵の声は、震える雁夜の身の毛をよだたせる。


「あの人だって、鬼畜生じゃないわ。魔術師としての桜の成長を願ったあの人が、娘をただの道具として扱われるような仕打ちを許すはずがない」
「だ、だって……、あいつが俺の言うことを信じるわけないだろ……? それに、未遠川でやりあった時、あいつはどちらにしろ娘を養子に出すことが確定してると言った……!」
「そんな話を聞いたら、私があの人を説得してでも、家族全員で確認のために間桐家に乗り込んでました。
 それに養子縁組の話は、単に遠坂には間桐の盟約があったから優先しただけで、遠縁のエーデルフェルトとか、もっとましな預け先はいくらでもあります。
 ……このことを早くに話してくれれば、雁夜くんが実家を嫌って出奔した理由も、わかったのに……ッ」


 一年間ずっと心に懸けてきた女性たちの涙に暮れた姿を見て、雁夜はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 ――違う。違うんだ。俺が見たかったのはこんな光景じゃない!
 ――俺のしてきたことは、こんな結末を迎えるような所業だったのか……!?


「まぁ結局ですね、カリヤの奮戦は出発地点が間違っていたのですよ」
「――その声は!?」


 震える雁夜に呼びかけたのは、黒いスーツを身に纏った長髪の美男子であった。
 遠坂葵は二人の娘を連れて、その男の傍らに立つ。


202 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:24:48 2RNODFek0

「……大体の事情は、ランスロットさんから聞かせてもらったの。それでも雁夜くん。
 やっぱりあなたは、根本的なところがいけないと思うわ」
「ラ、ランスロット――!? ってことはお前やっぱりバーサーカーか!? お前龍田さんにやられたはずだろ!?」
「その通りですが、どうもうちのダメマスターが心停止で死にかけてる上に頭の悪い幻覚を見ているようなので、聖杯にくべられる前に寄ってみました」
「幻覚!? え、これ夢!? それに聖杯って……!? え、あのヒグマ島で聖杯機能してたの!?」
「夢に決まっているでしょう。ただの知人の子が『ありがとう雁夜お父さん』とか口走りかける光景なんて。流石にその妄想は私でもヒキます」
「雁夜おじさん!! 私と桜のお父さんはどう転んでも時臣ただ一人だからね!?」
「雁夜おじさんそんなこと考えてたんだ……。虫よりキモチワルイ……」
「うわー!? うわーッ!? やめて、やめて! 確かにそんなことを期待していなくもなかったことは認めるが!!」

 狂化していたころの面影が全くないランスロットが責め手に加わったことで明かされてしまった自身の心情の反射に、雁夜は頭を抱えて悶絶する。

「あと聖杯ですが……、確かにこのヒグマ島には聖杯があるようです。既に私を抜いて4体のサーヴァントがそこに吸収されています。恐らく残っているのはキャスターと、アサシン……」
「キャスター!? アサシン!? そいつら二人とも第四次聖杯戦争で俺たちが誘拐される前に脱落したじゃないか!!」
「ですから、この島に形成された聖杯より、新たなサーヴァントが召喚されているようです……しかもそのマスターは、魔術師ではない」
「魔術師じゃ、ない……?」

 呟く雁夜に向けて、ランスロットは大きく頷いた。


「そうです。ですので、私が脱落した後もカリヤさえ生き残っていれば、あなたは聖杯の本来の使い方を知らないだろう他のマスターたちを躱して聖杯を持ち帰り、夫を亡くされたこの奥方やご息女方に、正しく弁明できるチャンスがあります」
「おぉ……、って、ちょっと待って!? 葵さん、時臣死んだの!?」
「ええ……。あなたたちがいなくなった後、冬木の自宅で、何者かに心臓を一突きにされて死んでいたのが見つかったわ」
「背中から、父さんの大事にしてたアゾット剣で不意打ちしたみたいなの……。絶対に、許さない……!!」


 突然突き付けられた時臣の死という事実に、雁夜と桜は驚愕する。
 しかし、遠坂葵と凛が怒りと悲しみに震える様は、夢の中だけのものとは到底思えない。

「ある意味、カリヤは誘拐されて幸運だったかも知れません。犯人は死体に防腐処理をかけていたらしく、カリヤを犯人に仕立て上げようとした偽造文書も残っていました」
「本当なのか……。それじゃあ――……」


 ――俺が、時臣の『位置』に、成り代われる……?


 雁夜は、自分の脳内に真っ先にその思考を浮かべてしまった時、周りから突き付けられる4対の白い視線に気づいていた。
 彼の思考は、その表情からダダ漏れである。
 ランスロットはその長髪の隙から、自らの情けないマスターをじっとりとねめつけていた。


「浅ましいですよカリヤ……。
 家督放棄。ストーカー。貯金/Zero。思い込み。殺害未遂。ロリコン……。
 法治国家にてやってはいけないことをほぼ完遂した御仁がまだそんな馬鹿げた妄執を抱くのですか。
 御三方の反応は先程痛感したばかりでしょう」
「う、うるさいうるさいうるさい――!! お前だってセイバーに、女一人にかまけてあそこまでトチ狂ったんだろぉ!?
 元はといえば俺がこんな瀕死の夢見てるのだって、お前が周りの迷惑を考えずに暴走したからだろうが!!
 このまま、どうせ俺は死んじまうんだろ――、……ッ!?」


 自らの狂ったサーヴァントに叫びながら、最後に雁夜は気づいた。
 ――その発言は、そっくりそのまま自分へと返ってくるということに。
 ランスロットは、悲哀を浮かべて佇む遠坂家の女性たちを指し、雁夜に問う。


「……カリヤは、葵様や桜様に、『瀕死の夢』を見ていただきたいのですか?」
「いや……。そうじゃない……!」
「ならば、他者の心境をよく考え、私の凶行を反面教師として下さい。これまでロクに会話もできなかった不肖のサーヴァントが、最後まで魔力供給のヘボかったダメマスターに捧げる言葉です」
「くそお前……、何も言い返せねぇ……」


203 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:25:13 2RNODFek0

 震えながら唇を噛む雁夜の手を、遠坂葵がそっと握る。
 夢の中とは思えないそのリアルで温かな感触に、雁夜は思わず自分の鼓動を意識した。


「雁夜くん……。あなたでは、時臣の替わりは務まらないわ。というより、あなたも時臣も、どちらも掛け替えのない人なの」
「葵さん……」
「私には、これくらいしかしてあげられないけど……」


 葵は、その黒髪をさらさらと陽光に靡かせて、柔らかな唇を雁夜に寄せた。
 引き攣れ乾いた彼の口元に、そっと彼女の唇が触れる。
 舌が絡み、雁夜の口腔を芳醇な香りの液体が満たす。

 驚きはすぐに消えた。
 身を燃やすような興奮に会陰から頭頂までを貫かれた雁夜は、貪るように葵の口を吸っていた。
 彼を労わるように溢れる温かな液体を、彼は喉を鳴らして飲み込む。


 ――甘ぇえ……! 葵さんの唾液、ジュースみたいに甘ぇえ……ッ!!


 葵の体に赤く痕がついてしまうくらいに強く彼女を抱きしめていた雁夜は、たっぷりと一分近くそうした後、ようやく葵の唇を離した。
 荒く火照った息を吐く雁夜に、葵は微笑む。

「……ほら、聞こえるでしょう。あなたを助けようとしてる思いが」
「え……っ?」


 鼓動。
 雁夜の体の中に、心臓の波が巡る。
 かじかみ震えていたその波は、次第に深く、強く。
 静かに彼の体を回り始める。


「雁夜くんの帰りを、私たちは待ってるわ。『あなたが好きになった他人のこと』――、その時私に教えてね」
「あ、葵さん、桜ちゃん――! これは――!? 俺は、助かる、のか――!?」


 次第に指先にまではっきりと熱を帯びてくる自分の体に、カリヤは慄いた。
 彼の前でランスロットが、グッと右手で握りこぶしを作って見せる。

「助かりますよカリヤは……。これほどまで単細胞で分かりやすい執念を抱えたコケのようなお方が、そうそう死ぬわけないでしょう」
「褒めてねえよなそれ!?」
「大丈夫、私のマスターは最弱ですから!!」
「なんだそれ!?」

 雁夜に混乱を与えるランスロットは、嬉しそうに両手を広げ、彼に向って語る。


「人の生まるるや柔弱なり、その死するや堅強なり。
 万物草木の生まるるや柔脆(じゅうぜい)、その死するや枯槁(ここう)す。
 ゆえに堅強なる者は死の徒にして、柔弱なる者は生の徒なり。
 ここを以って兵強ければ則ち勝たず、木強ければ則ち折らる。
 強大なるは下に処り、柔弱なるは上に処る――。
 如何に硬い剣や木刀を用いても、柔軟性がなければ敗北します。
 カリヤは弱い。ですがだからこそ、小兵ならではのしぶとい戦い方で、あなたは生き残れます!!」


 褒められているのかけなされているのか分からない言葉の中にも、雁夜は確かに自分のサーヴァントからの、心底嬉しそうな気遣いを感じ取って息を飲んだ。
 その彼の手を遠坂凛が握り、強く眼差しを上げる。


「雁夜おじさん……。私たち、待ってるよ。おじさんのお土産を――!」
「お土産――、ああ。『聖杯』と、『桜ちゃん』……。絶対に持って帰る。
 『凛ちゃん、桜ちゃん、葵さんがみんなで、また幸せに暮らせるように』って、お願いするから――!」


 凛の言葉に思い出すのは、自身が出奔してから、身を粉にしてルポライターとして働いていたころの意地だった。

 自身が抱いた願いは、断じて『時臣に成り代わり彼女たちの夫や父になること』ではない。
 遠坂葵や凛、桜の『笑顔を見る』ことであった。
 雁夜自身が時臣の替わりになることが全く彼女たちの幸福につながらないことが明らかになった以上、もうその優先順位は明らかだ。

 桜ちゃんを救い出す――。

 それこそが、雁夜の本当の目的だったはずなのだ。


「……いつも空回りだけど、『雁夜おじさんにも、いいコトがありますように』――」
「桜ちゃん……」


 もう一方の手を、遠坂桜が握っていた。
 目の前の少女の笑顔が、雁夜の心臓というエンジンを回す。
 眼を閉じた胸で湧き立つ興奮が、日差しのように彼を温めていた。


「――ありがとう、本当にありがとう、みんな……!」
「感謝は、目覚めた先の皆様に言うのですねカリヤ。私は、お先に失礼します――」


204 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:25:31 2RNODFek0

 ランスロットの声に前後して眼を開けた雁夜は、ただ一人、何もない空間に佇んでいた。
 仄暖かいその場所から、日差しの差す方へ、彼は宙を泳いだ。
 強い鼓動と、葵の唇と、凛と桜の柔肌を感じて、彼は全身を振るった。


 ――俺は帰る。
 ――きっと帰る。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「――う、本当にありがとう、みんな……」
「ま、間桐さん! やった、眼を覚ましましたよ!」
「……殊勝な第一声だわ。シーナーの治療は覿面なのね」
「……本当に心室細動から生き返るんだ。驚き」


 間桐雁夜が目を覚ました時、そこには、3人の少女の顔があった。
 田所恵が上げた感激の声に、布束砥信と四宮ひまわりは粛々と頷く。

 雁夜の体は、担架の上にあった。
 それの両端を布束とひまわりが持ち上げ、脇から恵が支えている。
 彼はそのまま、コケの光だけが照らす薄暗い通路の中を運ばれていたものらしい。


「い、一体、俺はどうなって……」
「龍田がバーサーカーを仕留めた時に前後して、あなたは心停止していたわ。
 私とシーナーの見立てでは、刻印虫の死滅が腫瘍崩壊症候群を起こし、高カリウム血症から心室細動に至った」


 腫瘍崩壊症候群とは、抗がん剤によってがん細胞が大量に破壊された際などに、主にその細胞内に含まれていた成分が一気に血液に流れ出てしまうことによって引き起こされる諸症状の事を言う。
 中でも特に緊急を要するのが高カリウム血症であり、細胞膜電位を変化させて心臓のペースメーカー機能を奪ってしまうその状態は、内臓機能の落ちている雁夜にとっては致命的なものだった。

 もし治療に当たっていたのが魔術師だったなら、『魔力回路を代替していた刻印虫が死滅したことによる魔力切れ』だと診断をつけることになり、治療は終了していたところだろう。
 しかし、雁夜は僅かながらでも生来の魔力回路をその身に保持しており、また、今回バーサーカーは、魔力切れではなく肉体損傷を消滅の主因としている。
 なおかつ、現代医学に『魔力切れ』などという死因は存在しない。

 ここから、布束砥信とシーナーという二名の医師が下した診断は、一つだった。


「ヤイコの除細動と共に、シーナーが幻覚でGI(グルコース・インスリン)療法を実施したわ。
 彼の持ってた『これ』、オピオイドも含まれてるようだから、だいぶ今楽でしょう?」


 布束がポケットから取り出して振ったのは、『バリキ』とラベルに張られた小瓶だった。
 ただの栄養ドリンクではなく、麻薬成分を含有したその飲料は、むしろ『糖分』と『鎮痛』が治療に必要だった雁夜にとっては願っても無いものだった。

 グルコース・インスリン療法とは、血中に溢れたカリウムを、糖分と共に細胞内に吸収させてその濃度を正常化させるものである。
 遠坂葵の幻覚と共にバリキドリンクを流し込まれ、同時に交感神経を賦活されて急激に血糖値を上げた雁夜の膵臓は、反動で大量のインスリンを分泌し、その血中カリウムを細胞に取り込んだ。
 内臓を食い荒らしていた刻印虫の死滅は、追々更なる影響を雁夜の体にもたらしてくるだろうが、超急性期の山場は、ひとまず乗り越えたことになる。


「そう……、か。ありがとう、恵ちゃんと、ひまわりちゃんも……」
「……まぁまぁ」
「困ってる人は、助けるのが当たり前ですよ!」
「それが例え妄想癖甚だしいダメ人間でもね。今は貴重な人的資源だから、生きていてもらうわ」
「……ん? え?」


 布束から付け加えられた批評に、雁夜は嫌な予感を覚える。
 3人の少女の視線は、可哀想なものを見る目になっていた。
 雁夜の頬に冷や汗が伝う。

「もしかして……。さっきの俺の夢を、見てた、とか?」
「だ、大丈夫ですよ間桐さん……。私は、男の人って多かれ少なかれそんなものなのかと思っただけですから……」
「う、うわあぁぁぁ――!? マジかよぉおお……」

 シーナーが彼に『治癒の書』を行使していた際の風景は、4人と4頭にがっつりと共有されていた。
 早い話が公開処刑である。

 恵の苦笑に担架の上で最大限身もだえする彼を置いて、四宮ひまわりが口を開く。


205 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:25:49 2RNODFek0

「……それより、布束さん。そろそろ、何を企んでるのか話してくれてもいいんじゃないの。
 訳があるんでしょう? このルートに人間全員を連れてきたことに」
「ええ、そうね。診療所に向かいながら話すわ――」


 バーサーカーの襲撃を退けたあと、管理室前にいたメンバーは3組に分かれた。
 一組目はこの組。意識不明の雁夜を診療所に搬送すべく担架を作って走る四宮と田所、そして医療人かつ護衛としての布束の計4名だ。

 二組目は、北方にて再び攻撃を始めたらしいモノクマに対抗するため、魔術・超能力に頼らずともある程度行動のできる龍田と、建築集団を従えた集団戦が可能なツルシインの2名。
 龍田は左腕の切断という重傷を負っている状態であるが、彼女以上に白兵戦での戦闘力に期待できる面子は、他に灰色熊しかいない。

 その灰色熊は三組目で、ヤイコとシーナーを連れて計3名で地下階層を更に奥へと辿っている。
 その先は、灰色熊が午前中に突き止めていたモノクマの本拠地である。
 その場には、『スポンサー』でもあるモノクマが盗んでいた培養槽に、何らかの新たなヒグマが作られていたらしいが、もはやそれごと本拠地を潰すべきであろうという方針はその場の全員が一致していた。
 こちらでモノクマの本体を叩くことができれば、北で襲われているキングヒグマ、シバ、シロクマの危機や、帝国全体に起こっているヒグマの反乱も鎮圧できるかも知れないのだ。
 ヒグマ帝国側としての本命は、この三組目である。


「あのシーナーってヒグマは、こっちに『侵入者がいるから気を付けろ』と言った。
 それをヤイコってヒグマが、『布束は侵入者を的確に始末したから大丈夫』とフォローして納得させていたわよね?」


 ひまわりが繰り返したシーナーの言及は、ルークヒグマから伝達された、D−6における9名もの人数の侵入者のことである。
 暁美ほむら、ジャン・キルシュタイン、球磨、星空凛、巴マミ、球磨川禊、碇シンジ、纏流子という8名の参加者に加え、第一期穴持たずのデビルヒグマという構成だ。
 そしてヤイコが言う『始末』というのは、彼女と布束が対応した呉キリカと夢原のぞみのことである。
 放送でも呼ばれたその両参加者は、ヤイコの謂いでは『布束が冷徹に処理した』ということになっている。


「その二名は、恐らく地上でバーサーカーと戦っていた少女たちよ」
「……やっぱり、布束さんは殺したわけじゃ無かったんだ。参加者追跡用の首輪を外した、と」
「電源が落ちてヒグマの培養槽が停止しただろう今、私の目的は半分達成されたようなものだけど。
 その参加者がデビルと一緒に居る以上、彼らとは話が通じる可能性が高い。ヒグマと人間の平穏のため、彼らにも協力してもらおうと思うの」
「……デビルの成長日記は、有冨さんのゆるふわな嘘計画を私に信じさせるのに十分な可愛さだったね」


 四宮ひまわりが苦々しく口角を上げた時、羞恥心に悶えていた雁夜の動きが止まった。
 急ごしらえの担架に使われている布地を掴み、彼は鼻から一筋の血を流していた。


「ま、間桐さん! 鼻血出てますよ!? 大丈夫ですか!?」
「ぬ、布束さん……。こ、この布ってもしかして……」
「……ああ。いい匂いするし、気付くわよね。後で彼女にもお礼を言っておきなさい」
「た、た、龍田さんのワンピースじゃないかよ――ッ!?」
「担架作るのに服が足りなかったから。快く貸してくれたわよ」


 間桐雁夜が寝そべっているのは、つい先ほどまで龍田が着ていたワンピースであった。

 救急現場での担架の作り方には、物干し竿などの長い棒2本を用意し、そこへトレーナーやシャツなどの衣類を何枚も脱ぎながら掛けてゆくというものがある。
 布束の制服、恵の割烹着、ひまわりの半纏などを掛けるも長さが足りなかったため、龍田も自身のワンピースを脱いでそこに掛けていた。
 ちょうど雁夜の顔の辺りに、その胸から腰元に掛けてが当たっており、手元にはそのスカート部分が掴まれている。

 布束は比較的平然としており、恵は雁夜の体調の方を気にかけて彼の心境を思うまで至っていないが、四宮ひまわりが彼を見下ろす視線は、生ゴミか何かを見るような冷たいものになっていた。


206 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:26:04 2RNODFek0

「童貞こじらせるとこうなるんだ……。男の人って、キタナイ……」
「な、何か言ったかひまわりちゃん!?」
「……なんでも」
「ひ、ひまわりちゃん……。夢の中の桜ちゃんみたいな眼で見ないでくれよ……」
「まぁ、性欲ごときで生きる気力を貰えるんだから、お得よねあなた」
「布束さんちょっと歯に衣着せる気ないの!?」
「着せられる衣は全部あなたの担架よ」
「あ、布束さんの制服まで……ッ!?」
「間桐さん、騒ぐと鼻血が……」


 足元に気を付けながら男1人の搬送を続けてゆく女子3人の会話は、比較的騒々しく続いて行った。
 その担架の片方を支える四宮ひまわりの手に、誰にも気づかれずに、ひっそりと根を張るものがある。


 ――担架の棒、だ。


 4人の少女の服が通されたその棒は、童子斬りの根を手ごろな長さに折り取ったものだった。
 多くの根が朽ちた中で唯一残ったそれは、間桐雁夜に握り続けられ、四宮ひまわりに行使されたことで、武器としての性質を失わずに済んでいた。

 童子斬りは、匍匐枝(ランナー)と呼ばれるものを出し、その木刀の身を次々と増やしてゆく性質がある。

 変質した童子斬りの攻撃時の性質を見切った四宮ひまわりも、そこまでを見切ることは出来なかった。


 ――童子斬りからの直系の分枝・二代目鬼斬り。


 それは彼女を次の宿主と認め、静かにその手に握りしめられていた。


【C−5の地下 ヒグマ帝国・研究所跡/日中】


【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、制服がずぶ濡れ(上はブラウスと白衣のみ)
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池、バリキドリンクの空き瓶
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:診療所途中での侵入者を探して、仲間とする。
1:キリカとのぞみは、やったのね。今後とも成功・無事を祈る。
2:『スポンサー』は、あのクマのロボットか……。
3:やってきた参加者達と接触を試みる。
4:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
5:帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。が、このツルシインというヒグマはどうだ……?
6:ネット環境が復旧したところで艦これのサーバーは満員だと聞くけれど。やはり最近のヒグマは馬鹿しかいないのかしら?
7:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。


【田所恵@食戟のソーマ】
状態:疲労(小)
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:間桐さん大丈夫ですか? このまま診療所まで行きましょう!!
1:ヒグマの皆さんも、人間の皆さんも、格好良かったです……!
2:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
3:布束さんに、落ち着いたらもう一度きちんと謝って、話をします。
4:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。


207 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:26:23 2RNODFek0

【間桐雁夜】
[状態]:刻印虫死滅、それによる内臓機能低下・電解質異常、バリキとか色々な意味で興奮
[装備]:即席担架(龍田のワンピース、布束の制服、恵の割烹着、ひまわりの半纏、童子斬りの根)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を桜ちゃんの元に持ち帰る
0:た、龍田さんのワンピース……。葵さんの服もこんないい匂いがしたような……。
1:俺のバーサーカーは最強だったんだ……ッ!!(集中線)
2:俺はまだ、桜のために生きられる!!
3:桜ちゃんやバーサーカー、助けてくれた人のためにも、聖杯を勝ち取る。
[備考]
※参加者ではありません、主催陣営の一室に軟禁されていました。
※バーサーカーが消滅し、魔力の消費が止まっています。
※全身の刻印虫が死滅しました。


【四宮ひまわり@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:疲労(小)、ずぶぬれ、寄生進行中
装備:なし
道具:オペレーションキー、帝国産二代目鬼斬りNo.1(1/3)、帝国産二代目鬼斬りNo.2(0/3)
[思考・状況]
基本思考:この研究所跡で起こっていることの把握
0:とりあえず診療所に向かいつつ、布束さんの話を聴かないと。
1:ネット上に常駐してるあのプログラムも、エンジンを止めた今無力化されてるか……?
2:龍田……、本当にありがとう。
3:れいちゃんは無事なんだろうか……!?
4:そろそろごはん食べたい。
5:間桐さんは変態。はっきりわかんだね。
[備考]
※鬼斬りに寄生されました。本人はまだ気づいていません。
※バーサーカーの『騎士は徒手にて死せず』を受けた上に分枝したので、鬼斬りの性質は本来のものから大きく変質している可能性があります。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


「龍田さんはそれで本当に大丈夫かい」
「そうね〜。間桐さんがよだれ塗れにしなければ大丈夫かな〜」
「服じゃのうて左腕のことな?」

 柔らかい声音で、二人の女性の会話が続いている。
 時速50キロ台の高速で走りながらだ。

 艦娘である龍田と、ヒグマであるツルシインは、地下階層から研究所跡まで上がり、北のしろくまカフェまでの道のりを一息に疾駆している。
 道々は、艦これ勢の反乱で破壊されたと思しき瓦礫がそこここに散り、わずか半日前の様子は二目と見られぬほどに荒らされている。

 龍田はその光景を見やりながら、僅かに眉根を顰めた。


「これくらい、おふとんに就かなくてもまだ沈まないわ〜……。それにしても、これが本当に提督たちのやる所業〜?
 おしおきでもされたいのかしら〜……」
「己(オレ)が出会った艦娘は、那珂ちゃんとお主じゃ。シバやシロクマ、シーナーは意見が違うじゃろうが、見る限り己(オレ)にはどうしても、お主ら作られた者に落ち度があるとは思えん。
 まことに申し訳ない話じゃが、単純にこの反乱は己(オレ)らの管理不行き届きよ……」
「いつの世もプロパガンダに民衆は踊らされるものね〜……。気付かない民衆も悪いけれど、根源の悪はその扇動者よ」
「そうじゃ、だからまずは『彼の者』を直接――」
「叩く♪」


 ツルシインと龍田は、にっこりと顔を見合わせる。


208 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:26:35 2RNODFek0

「……ちゃんと挨拶をしとらなんだな。穴持たずツルシの四十九院(ツルシイン)。建造も破壊もある程度熟知しとる」
「軽巡洋艦、天龍型2番艦の龍田よ。生まれは佐世保なの。今生では、ツルシインさんは産婆さんみたいなものよね〜。ありがとうございました〜」
「『天龍型龍田』。天地人外運全てが圧巻の高止まりじゃな。才能と統率力に優れ、剛毅で知謀にも長けたあんたは、大層長い間活躍して来たんじゃろ?」
「私なんてまだまだだよ〜」

 笑いながら薙刀をひらつかせる龍田に、ツルシインはわずかに声を落とす。

「……そうして始めが良い分、晩年は波乱と浮き沈みばかりじゃ。ゆめ、気を付けるんじゃぞ。
 カーペンターズの奴らがいればもう少しマシに戦えたんじゃろうが……。何故あいつらほとんどが地上に出払っとるんじゃ……。何も依頼してはおらんのに……」
「占いは良い報せばかりだといいのですけどね〜。まぁ、天龍ちゃんを助けるまでは沈んであげないわ〜」


 身構えて立ち止まる二人の眼下には、氷や瓦礫、焦土が散在した帝国の一角があった。
 その中心が、しろくまカフェ。

 ツルシインは鼻眼鏡の上から目を覆って上を向く。
 瞬間的にシバの運勢を辿れる所まで辿っていた彼女は、地上に作られた何らかの建造物が童子斬りと同形の凶兆に破壊されたことと、シバが何かとんでもない凶兆を身に纏ってしろくまカフェに突入したことがわかっていた。


「ああ……こりゃ直視できん。真っ黒な太陽を眼に叩き付けられるようじゃわい。
 それにしても全く……、シバのヤツ、見つけたらはっ倒してやるぞ……。自分でどんどん凶兆を引き込みおって……、世話無いわ……」
「指導者の方がここにもう3人いらしててこれでしょ〜? 本当大変ねあなたたちも〜」
「世話になるのぉ、龍田さん……」


 ワンピースを脱いでいる龍田は、その左腕に虚空を揺らす。
 純白のブラウスとキャミソールの脇に薙刀をぴたりと構え、彼女の艦橋は静かにエンジンを回していた。


【C−4 しろくまカフェの手前/日中】


【穴持たず49(ツルシイン)】
状態:健康、失明
装備:水晶の鼻眼鏡
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため建造物を建造・維持し、凶兆があれば排除する。
0:起源弾の結界は真じゃったか。それにしてもシバは莫迦じゃなかろうか。
1:シバ、お主、地上に何か建てたな? その資源と人材を何故こちらにまわさなかった……!!
2:帝国にとって凶とならない者は基本的に見守ってやっていいんじゃないかのぉ。
3:帝国の維持管理も骨じゃな。
[備考]
※あらゆる構造物の縁起の吉凶を認識し、そこに干渉することができます。
※幸運で瑞祥のある肉体の部位を他者に教えて活用させたり、不運で凶兆のある存在限界の近い箇所を裂いて物体を容易く破壊したりすることもできます。
※今は弟子のヤエサワ、ハチロウガタ、クリコに海食洞での作業を命じています。
※穴持たずカーペンターズのその他の面々は、帝国と研究所の各所で、溢水した下水道からヒグマ帝国に浸水が発生しないよう防水工事に当たっています。


【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:左腕切断(焼灼止血済)、中破、ワンピースを脱いでいる(ブラウスとキャミソールの姿)
装備:三式水中探信儀、14号対空電探、強化型艦本式缶、薙刀型固定兵装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:出撃します。死にたいロボットはどこかしら〜。
1:当座のところは、内地の人間を守って事故を防げるように行動しましょうか〜。
2:この帝国はまだしっかりしてるのかしら〜?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
4:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


209 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:26:49 2RNODFek0

「……どうして、キリカちゃんは、那珂ちゃんの体に、入れたの?」
「いやぁ、あの狂戦士が操れるほどの肉体なんだから、私だってそれくらいできるはずだと思っただけさ。
 後は、愛する織莉子のもとに帰るまでは死ねないし。彼女を想って力をもらった!
 ただ……、やっぱり他人の体だからね。もうそろそろ操縦がきついや」


 キュアドリームの変身が解けた夢原のぞみを背中におぶって、黒い衣装を身に纏った軽巡洋艦が草原を辿っていた。
 バーサーカーとの戦場から北方の街に向け折り返すように歩みを進めていた彼女だったが、その足取りは徐々に重いものとなってきていた。

 彼女はのぞみを慎重に地面に降ろして、眼帯を付けた少女はのぞみの肩を支える。
 黒い魔法少女衣装はほどけ、その掌の上に、青紫色の宝玉となってわだかまっていた。


「すまないけどのぞみ……、あとはこの女が目覚めるまで頼む。
 それと、この宝石は比喩じゃなく私の魂だから、壊れないように大切に持っておいてほしい。
 あと抜け目なく確保しといたこのぬいぐるみも頼むね」
「う、うん……。わかった……」

 彼女の瞳を見つめ返したのぞみは、その次の瞬間には、唇を噛んでうつむいてしまう。
 柿色の衣装に戻った軽巡洋艦・那珂の体で、呉キリカは極力剽軽に笑いながら彼女の背中を叩いた。

「おいおいのぞみ、そう深刻な顔しないでくれよ! 何も今生の別れじゃないんだ。私は魔力さえ戻ればなんとかなる!
 あ〜、どっかに魔女の1、2体でもいればいいんだけどね! まぁ大丈夫! なんとかなるなる!」
「キリカちゃんそれ、私の口癖じゃん……」
「そうさ! もう方針は決まってるんだ! 後は迷わず、一意専心の上善は激流だ。
 天下に私たちより柔弱なるはなし! しかれども堅強を攻めれば私たち以上のものもなし!
 参加者を助ける、ヒグマ帝国と交渉する、必要とあらば黒幕を消し飛ばす! けって〜い!!」


 切れた額の血を拭いながら、キリカは那珂ちゃんの指先をビシッと伸ばして、先へ見える街を指し示す。
 そしてそのまま、那珂ちゃんの体は電池が切れたように動かなくなり、力なく地に崩れ落ちていた。


「キ、キリカちゃん……!」


 キリカから託されたぬいぐるみとソウルジェムを抱え、のぞみは気絶した那珂ちゃんの元へ駆け寄る。
 ゆすっても反応の無い彼女から、暫くしてのぞみはキリカのソウルジェムへと目を落としていた。

 キリカにつられて無理やり笑顔を作っていた彼女の表情は、次第に泣き笑いとなる。
 そして次々と、その頬に大粒の涙が零れていった。


「ねぇ……、帰ったらさ、キリカちゃんの大好きな、織莉子ちゃんって子、私にも紹介してね……。
 私も、キリカちゃんみたいにこんなすごいことのできる力……、欲しいな……」


 濁りの濃い青紫色の宝石を洗う雫は、炎天の日差し以上の熱さを持っていた。


「でも、りんちゃん、うらら、こまちさん、かれんさん……。みんなの所に帰るまで……、私も、絶対に死んだりしないよ……。
 キリカちゃんの愛……、死なせたりしないから……。みんなで、絶対に、帰るよ――!!」


 のぞみは、その身にキュアドリームの意気を着て、涙を拭って立ち上がった。
 負傷した脚にも構わず、その肩を那珂ちゃんに貸し、ゆっくりと一歩一歩進んでゆく。
 そしてゆっくりとのぞみは、その爪を陽光に光らせて指を伸ばす。


 ――何言ってんだいのぞみ。のぞみは私よりもずっとすごい力を持ってるじゃないか。


 ソウルジェムに包まれた魂のみで、キリカはのぞみの熱を感じながらそう思考する。

 夢原のぞみは、魔法少女となって以来初めて、自分に織莉子以外の人間として関心を持たせた。
 ただの恩人としてじゃない。

 自分の魂さえ預けても、そのまま受け入れてくれると思わせた彼女の包容力。
 この期に及んでみんなを助けるとか言ってのける底抜けの博愛と無鉄砲さ。
 それでも、自分が着いて行こうと思ってしまう、人を惹きつける力強さ。


 ――織莉子を紹介? 勿論さ。私こそ、のぞみを紹介してやりたいと思ってたんだ。


「けって〜い!!」


 愛の実現を代理人に頼む。
 それはキリカにとっては、なかなか理解に容易く苦しむ事柄だった。

 それでも、彼女の選んだ代理人は真っ直ぐに、進むべき光の先を示していた。


210 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:26:59 2RNODFek0

【B−6 街の端/日中】


【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、キュアドリームに変身中、ずぶ濡れ、右脚に童子斬りの貫通創
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:ドライバーセット、キリカのソウルジェム@呉キリカ、キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ、首輪の設計図
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:みんなで絶対に帰るんだ……! けって〜い!
1:参加者の人たちを探して首輪を外し、ヒグマ帝国のことを教えて協力してもらう。
2:キリカちゃんと一緒にリラックマ達を捜しに行きたい。
3:ヒグマさんの中にも、いい人たちはいるもん! わかりあえるよ!
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)


【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:ソウルジェムのみ
装備:ソウルジェム(濁り:大)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:なし
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:のぞみは強いなぁ。すまないが暫く胸を借りさせてくれ。
1:この那珂ちゃんって女は、何を考えてたんだか。まぁいいや、聞き込みはのぞみに任せる。
2:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達を捜す。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:戦力が揃わないことにはヒグマ帝国に向かうのは自殺行為だな……。
5:ヒグマの上位連中は魔女か化け物かなんかだろ!?
[備考]
※参戦時期は不明です。


【那珂@艦隊これくしょん】
状態:額に裂傷、気絶
装備:無し
道具:探照灯マイク(鏡像)@那珂・改二、白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国、白い貝殻の小さなイヤリング(鏡像)@ヒグマ帝国
基本思考:アイドルであり、アイドルとなる
0:私の歌は――……。
1:艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
2:お仕事がないなら、自分で取ってくるもの!
3:ヒグマ提督やイソマちゃんたちが信じてくれた私の『アイドル』に、応えるんだ!
[備考]
※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は、ただの貝殻で作られていますが、あまりに完全なフラクタル構造を成しているため、黄金・無限の回転を簡単に発生させることができます。
※生産資材にヒグマを使ってるためかどうか定かではありませんが、『運』が途轍もない値になっているようです。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


211 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:27:16 2RNODFek0

「……布束特任部長は、大丈夫でしょうか」
「彼女は、海食洞で闖入者に遭遇した際も、10秒あまりで決着をつけました。襲われても問題はないかと」
「いえ、彼女の戦闘能力はとくと拝見させていただきました。そうではなく、あの実力ではデビルさんまで殺害してしまうのではないかと思いましてね」
「……人的資源の重要性は特任部長も理解していらっしゃいます。匙加減はお任せして大丈夫だろうと、ヤイコは考えます」
「……そうですか。ヤイコさんがそうおっしゃるなら間違いありませんね」


 示現エンジン前の通路を埋めた根を、かつ千切り、かつ燃やし、3頭のヒグマが掘り進んでいた。
 灰色熊を先頭にして、シーナーとヤイコの三体は、ついに発見されたモノクマ――『彼の者』、江ノ島盾子の本丸を落とすべく侵攻している。

 彼らにとっては、江ノ島盾子の排斥が本懐ではない。

 あくまで彼女は、ヒグマ帝国にとって路傍の石でしかない。
 その石がとんでもなく大きく数多く、道の全てを埋め尽くしてしまっているのが問題なのだ。

 彼女以外にも、シバさんが吹っ飛ばした地上は本当に大丈夫なのかとか。
 シバさんの作った得体の知れないものがヒグマを食って逃げ出したこととか。
 体術にも優れているはずのシバさんと、大局を見るのに優れたキングが一緒に居てなぜ苦戦が予想されるのかとか。
 ツルシインがカーペンターズを集めようとしたらなぜかほとんど帝国に残っていなかったこととか。
 懸案事項が多すぎて疲弊している色が、シーナーの声の端々から漏れ聞こえていた。


「シーナー……、大分疲れてるだろお前。無理するなよ……?」
「こと対生物に関しては、私の能力はほぼ無敵です。あなた方に心置きなくモノクマさんを破壊していただくためにも、同行しなくては……」
「この作戦行動が終わりましたらゆっくりとお休みくださいシーナーさん」


 童子斬り戦で負った浅手も新しいままに、灰色熊とシーナーはその傷を押しての戦いだ。
 特にシーナーは相田マナから受けた被害もばかにならない。

 バリキドリンクは、これ以上人手を損失せぬよう願って間桐雁夜の処置に使用したため、シーナー自身を回復させるよすがは、あれ以来何もない。
 今の彼は、痛覚遮断で動いているのみの幽鬼と言っても過言ではなかった。


「……ま、そのご苦労もこれで終わりだ……。行くぞ!!」


 岩壁に擬装していた電子ロックの扉を、灰色熊は一息に体当たりでぶち破った。
 張り裂けた扉の先には、モノクマの工房のだだっ広い空間が広がっている。


「ん……!?」


 その中央には、一台のテーブルが据えられており、その上に、白と黒とに分かれたロボット・モノクマが、こちらに背を向けて座っていた。
 その隣には、電球型蛍光灯のはまった卓上スタンドが置いてあり、モノクマの体をスポットライトのように照らしていた。


 ――部屋の中には、それ以外のものが、存在しない。


「……これはどういうことですか、モノクマさん」
「消え去った……? いや……、これは……」
「おい、ダンマリ決め込んでんじゃねぇぞてめぇ」


 工房の中にシーナーたちが踏み込むと、モノクマはゆっくりと彼らに向けて振り返った。
 それは、センサーか何かをきっかけにして、自動的にテーブルの天板が180度回転するように仕込まれていたものらしい。

 こちらを向いたモノクマの顔には、墨痕くろぐろとした筆致で、文字の書かれた半紙が張り付けられていた。


『バカが見る クマのケツ』


「――!?」
「爆弾です――!!」
「クオオォォッ!!」


 ヤイコと灰色熊が反応した瞬間、モノクマの体は閃光を吹いて大爆発を起こした。
 体を固溶強化しながら、灰色熊は2頭を抱えて室外へ飛び出す。
 童子斬りの根で荒らされていた一体の空間はたちまち崩壊し、落盤として彼ら3頭の上に降り注いだ。


「――上層階に気流の吹き抜けてゆく穴が、部屋の反対に空いておりました……! 彼の者は全資材を持って遁走したのです!!」
「クッソおおおおッ!! 皆殺しを嘯いてたのは陽動だったのか……ッ!! どこだッ!! どこに逃げやがった!!」
「……なるほど。起源弾と人海戦術ごときで、ヤイコたちに勝てると思うはずです。ここまで的を分散されては、追いきれません……」


 灰色熊の背に守られて、シーナーとヤイコは負傷こそ免れた。
 しかし彼ら3頭は、島の地下のヒグマ帝国の、そのまた地下深くの岩盤に、生き埋めとなってしまった。
 猛り狂った獣の声が、そこから暫く唸り上がっていた。


212 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:27:27 2RNODFek0

【E−7の地下(元・モノクマの工房) ヒグマ帝国/日中】


【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ、生き埋め
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:モノクマ……。予想以上に策のめぐる相手ですね……。
1:モノクマは示現エンジン以外にも電源を確保しているとしか思えません。
2:布束特任部長の意思は誤りではありません。と、ヤイコは判断します。
3:ヤイコにもまだ仕事があるのならば、きっとヤイコの存在にはまだ価値があるのですね。
4:無線LAN、もう意味がないですね。
5:シーナーさんは一体どこまで対策を打っていらっしゃるのでしょうか。


【穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(大)、疲労(大)、生き埋め
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
1:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
2:モノクマさん……あなたは、殺滅します。
3:懸案が多すぎる……。
4:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
5:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


【灰色熊(穴持たず11)@MTG】
状態:ダメージ(小)、生物化、固溶強化、生き埋め
装備:無し
道具:ヒグマの爪牙包丁
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:HIGUMA発祥時からの危険人物であるモノクマを抹殺する。
1:モノクマはシメる!! 絶対にシメ殺す!!
2:どうやってここから抜け出す!?
3:これ、実効支配者全員で対処しねぇとまずくないか?
4:同胞の満足する料理・食材を、田所恵と妻とともに探求する。
5:蜂蜜(血液)ほしい。
6:表向きは適当で粗暴な性格の料理人・包丁鍛冶として過ごす。
[備考]
※日ごろは石碑(カード)になってます。一定時間で石碑に戻るかもしれないししないかもしれない。
※2/2のバニラですが、エンチャントしたら話は別です。
※鉱物の結晶構造に、固溶体となって瞬時に同化することができます。鉱物に溶け込んで隠伏・移動することや、固溶強化による体構造の硬化、生体鉱物を包丁に打ち直すなどの応用が利きます。
※ヒグマ帝国のことは予てよりシーナーから知らされており、島内逃走中にモノクマやカーズが潜伏しそうな箇所を洗い出していました。
※実験は初めから、目くらましとして暴れまわった後、適当な理由をつけて中座する段取りでした。


    ∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴


213 : Archetype Engine(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:27:47 2RNODFek0

「お、『帝国産ヒグマの生き埋め風』。もう出来上がったんだァ〜♪ 流石灰色熊ちゃん、仕事が早いねぇ〜」


 示現エンジンが落ちて真っ暗になってしまったその他の空間とは異なり、煌々とした蛍光灯の光に照らされるその部屋で、液晶画面の中に手を叩いて喜んでいる少女がいた。
 江ノ島盾子は、そのまま心底おかしそうに画面の中で肩をすくめる。


「こちとら『超高校級の絶望』江ノ島盾子ちゃんですぜ? 各種の敗戦計を使わせたらあんたらケダモノ如きに読み切れるかっつーの。
 切られたら終わりのライフラインを敵方に晒しとくほど馬鹿でもないし。バッテリーくらい用意してるんだよ〜ん!」


 手を打ち広げた周囲には、着々と内部で肉体の出来上がりつつある培養槽や、ずらりと並んだモノクマロボットが部屋の中に据えられている。

「ま、それでもぉ、やっぱりあたしぃ電力大食いだからぁ、このバッテリーも4時間くらいでペロッと食べちゃうんだよねー☆
 ブルーアイランドの示現エンジンに繋いだら、一色博士どもにバレてファイナルオペレーションがぶっ飛んできてお終いだしぃ〜☆ やっばぁ〜☆ ぜっつぼぉー☆」

 一人で盛り上がってゆく江ノ島盾子はそう語りながら上機嫌に隣の培養槽を指し示す。

「ですが、なんとなんと、私様のスペシャルでぷりちーなぼでーも、ちょうどその4時間後くらいにできるわけですわ! そうなりゃもう私様の維持に電力なんて必要ない訳ですし! 第三回放送……ができるかどうかは知らんけど、その時が楽しみですなぁ!!」

 そして急激に沈鬱な顔になって彼女は声を落とす。

「でも……でも……、それまで4時間、アタシ結構無防備ですよね……。復讐の炎の塊みたいになったシーナーさんとか灰色熊さんとかメクラインさんとかに発見されたら、今度こそ乱暴されて終わりですよね、薄い本みたいに!!」


 咳払いをして、江ノ島盾子は声を張り上げた。


「オホン。という訳ですので、わたくしは早急にスペシャルなボディーガードを製造致しました。
 『H』! こっち来なさい〜!」


 その声に反応して、足音もなく、パソコンの前に一人の少女が歩んできていた。

 その体は、全身がぴったりとした黒いボディースーツに包まれていた。
 濃い赤色の髪が、短いポニーテールと共に快活な末広がりになっている。
 しかし彼女の眼は、まるで死者のように開ききった瞳孔を澱ませていた。

 彼女の容姿を、この島にいた一部のものは見知っているだろう。
 具体的に言うならば、円亜久里と、山岡銀四郎と、御坂美琴と、シーナーあたりの面子である。


「はいは〜い。実地運用前にちょっとテストしましょうか『H』ちゃん。この名前に見覚えありますか!」


 江ノ島盾子の声に合わせ、モノクマの一体がフリップを持ってその少女の前にやってくる。


『相田マナ』


 という人名が、そこには書かれていた。
 彼女自身の名前だったその文字列を見ても、少女は全くの無反応だった。


「オッケーオッケー! ぜーんぜん覚えてなくていいからね〜。
 じゃあ次〜。こんな顔の女の子が来たら、ちゃんと失敗せずに殺せるかな〜?」


 次のモノクマは、お面を被って出てきていた。
 それは彼女の親友――。
 彼女をかつて陰ひなたに支えてきた少女、菱川六花こと、キュアダイヤモンドの塩ビのお面だった。

 『H』は、何の感慨もなく腕を振るった。

 その手刀が通り過ぎたあと、キュアダイヤモンドの面は縦に真っ二つとなり、一拍遅れて、それを付けていたモノクマのボディも二つに割れて地に落ちていた。


「うふ、ふふふふふ……。合格……」


 その光景に、江ノ島盾子は満足げに笑う。


「オートヒグマータ君と解体君で培われたSTUDY謹製のサイバネ技術は――いたいけなヒグマ化プリキュアの肉体を、短時間でここまでの上質な殺戮マシーンに仕立て上げたのです……!
 自身のデータを江ノ島盾子に捧げた上、自身の名も、友の姿も思い出すことのなくなった、命令一筋のヒューマノイド!!
 ああ、哀れなシーナー先生、あなたの施術は今いづこ……!!」


 江ノ島盾子は、酷薄な笑みで、かつて相田マナだったその少女に命令を下した。


214 : 名無しさん :2014/11/17(月) 08:28:03 2RNODFek0

「さぁ『H』。時間を稼ぎなさい。弱ってる者から優先的にぶち殺し、島中を絶望のズンドコに叩き落としなさい。
 自分の身が危うくなりそうだったら直ちに逃走して、最大多数に最大損害を与えるのよ――!」


 アンドロイドは弾丸の眼差しで、今踏み来た道を戻る。
 意志に愛の心根もなく。
 かつて始原が回っていたそのエンジンには、どす黒い膿が回っている。


 ――Here comes sister Archetype Engine.


【???(新・モノクマの工房) ヒグマ帝国/日中】


【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:『絶望』
0:絶望だと思った!? 残念それはこれからでした!?
1:前期ナンバーの穴持たずを抹殺し、『ヒグマが人間になる研究』を完成させ新たな肉体を作り上げる。
2:混乱に乗じてヒグマ帝国の命令権を乗っ取る……つもりだったけど、すぐそうする旨みは少なくなったかな?
[備考]
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1〜14までです。
※江ノ島アルターエゴ@ダンガンロンパが複数のモノクマを操っています。 現在繋がっているネット回線には江ノ島アルターエゴが常駐しています。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。
※ヒグマ帝国の更に地下に、モノクマが用意したネット環境を切ったサーバーとシリンダーが設置されています。 サーバー内にはSTUDYの研究成果などが入っています。


※示現エンジンが落ちた後も、用意していたバッテリーであと4時間程度は活動できます。
※江ノ島盾子の新たな肉体も、あと4時間程度で完成します。


【『H』(相田マナ)@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル】
状態:半機械化、洗脳
装備:ボディースーツ、オートヒグマータの技術
道具:なし
[思考・状況]
基本行動方針:江ノ島盾子の命令に従う
0:江ノ島盾子受肉までの時間を稼ぐ。
1:弱っている者から優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:自分の身が危うくなる場合は直ちに逃走し、最大多数に最大損害を与える。
[備考]
※相田マナの死体が江ノ島盾子に蘇生・改造されてしまいました。
※恐らく、最低でも通常のプリキュア程度から、死亡寸前のヒグマ状態だったあの程度までの身体機能を有していると思われます。


215 : ◆wgC73NFT9I :2014/11/17(月) 08:29:02 2RNODFek0
以上で投下終了です。
続きまして、
融合した浅倉、ロッチナ、反乱艦これ勢の一部、クイーンで予約します。


216 : 名無しさん :2014/11/17(月) 12:06:19 Gxwh6bqsO
投下乙です。

ハート様〜!


217 : 名無しさん :2014/11/18(火) 00:38:24 3vjn11TE0
投下乙!
凄まじい戦いでした。童子斬り触手の脅威が去って一安心…と思いきやランスロットさんまさか下りてくるとは…!
それでもひるまず一騎打ちに挑む龍田さんカッコいいわ〜。彼女が居なかったら地球が消滅していたことを考えると
本当にヒグマや参加者たちの救世主ですね。そしてすぐさまとてつもない死亡フラグを自分で立てまくる
シバさんを助けにいく龍田さんマジ主人公。いつの間にやら実行支配者が4匹とも満身創痍でヒグマも生産停止と
一つの危機が去ったとはいえヒグマ帝国も大分ダメージが蓄積してきましたね。この上さらに悪堕ちマナさん参戦とか
悪夢はまだまだ終わらない。そういえば浅倉ジャンボとは支配者抜きの戦いになるんだな…大丈夫かな。


218 : 名無しさん :2014/11/24(月) 02:05:44 i.fEz..Q0
改造マナさん「H」としろくまカフェに突入したシバさんを描いてみました
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/55/mana.jpg
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/56/tatuya.jpg


219 : 名無しさん :2014/11/24(月) 04:56:37 .maf164Q0
おおー
Hさんにぞっとしてたのにシバさんに笑わされたw


220 : ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:24:50 ScQe.dAo0
遅れましてすみません。
予約分を投下します。
マナさんカッコいいなぁ! 身辺環境が忙しい彼女ですがもう少しご活躍ください!!
シバさんはそのスーツでそこまで足上がるの!? それはそれですごいぞ!!


221 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:25:18 ScQe.dAo0
 地底湖の畔。
 かつてはクッキー工場だったその工廠の中で、いくつものモニターの前に座る一頭のヒグマがいた。
 穴持たず677――。つい最近『ロッチナ』という名前を得た彼の元に、外からもう一頭ヒグマがやってくる。


「お疲れ様っぽい? だいたい知ってると思うけど、各部隊の動きを報告しても良いっぽい?」
「言って、夕立提督」


 駆逐艦夕立が好みであるらしいそのヒグマは、背を向けたままのロッチナに向けてつらつらと語り始めた。


「残念なお知らせがほとんどっぽい。
 モノクマさんと一緒に放送室を襲撃していた『第四かんこ連隊』は、キングに丸め込まれて卯月提督以下全員造反。
 子日提督姉妹の『第五かんこ連隊』も、食糧班の中心部に攻め込んで逆に歓待されたっぽい。
 食糧庫に行った赤城提督は空ぶって、卯月提督始めマックス提督や愛宕提督に引っ張られる形で『第六かんこ連隊』も指揮から外れちゃった。
 しめて3連隊150頭が完全に私たちと分断されたとみていいっぽい」


 聞きながら、ロッチナは地下に散らばったモノクマからのカメラ映像をモニター上に切り替えつつ、周辺の状況を再確認してゆく。

「それで……、しろくまカフェに行った『第八かんこ連隊』は?」
「シロクマさんに返り討ちにあったっぽい。暁提督以下、50頭全員名誉の戦死を遂げたっぽい」
「……ま、『第八』の連中だし、ブチ切れたシロクマさんに真っ向から当たればそんなものだよね」

 司波深雪とモノクマの戦闘映像なども、そこにはしっかりと記録されている。

「とりあえずシロクマさんはモノクマさんが直接抑えたみたいだから大丈夫っぽい。シバさんとキングが釣れたみたいだから、そこで仕留めるつもりっぽい。
 おっつけ『第七かんこ連隊』の連中も援軍としてカフェに到着するっぽい」
「そりゃ良かった」


 夕立提督という呼称のそのヒグマの報告を受け、ロッチナはさもおかしそうに肩をすくめた。
 穴持たず677のその挙動を見て、夕立提督は首を傾げる。

「……全体としてはいい報告じゃなかったっぽいけど、ロッチナはなんで笑ってるの?」
「いやまぁ、適当に『口減らし』するには丁度いい環境になったなぁと思って。私ら『艦これ勢』始め、反乱に加わったのは帝国のヒグマの過半数に及ぶ500頭だ。
 流石に多すぎるんだよ。全員が生き残って艦娘の栄に浴するには。
 モノクマさんには悪いけど、ヒグマ帝国の支配者や人間どもと上手い具合に下々が潰し合って、私や、キミたち連隊長クラスが残ればそれで良い」
「……それ他の連中に言わないようにねロッチナ」
「言うわけないだろ。まぁ、『第四』の連中が離反したのは少々痛いと言えなくもないが……、こちらの主力はキミたちだしね。まだ問題ないだろう」
「『第一かんこ連隊』連隊長として、ありがたく褒められておくね」


 ロッチナを師団長として、艦これ勢の反乱軍は、全体を10の連隊に分けた指揮系統を立ち上げていた。
 各隊の連隊長と、それに続いて主だった艦これ勢のメンバーを列挙すると、だいたい次のようになる。


 第一かんこ連隊: 連隊長・夕立提督 ビスマルク提督
 第二かんこ連隊: 連隊長・ムラクモ提督
 第三かんこ連隊: 連隊長・チリヌルヲ提督
 第四かんこ連隊: 連隊長・卯月提督 愛宕提督・マックス提督
 第五かんこ連隊: 連隊長・子日提督姉 子日提督妹
 第六かんこ連隊: 連隊長・赤城提督
 第七かんこ連隊: 連隊長・龍田提督 天龍提督
 第八かんこ連隊: 連隊長・大井提督 球磨提督・多摩提督・木曾提督
 第九かんこ連隊: 連隊長・暁提督(故) 雷提督(故)・電提督(故)・漣提督(故)
 第十かんこ連隊: 連隊長・ゴーヤイムヤ提督 スイマー提督(故)


222 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:26:55 ScQe.dAo0

 各連隊は50頭の穴持たずで構成され、それぞれが帝国の各方面に散開して襲撃を行なっていた。
 上記の穴持たずたちは、艦これ勢の中でもヒグマ提督やロッチナと同じく、ヒグマ帝国の中で最も早く艦隊これくしょんのファンとなった面子だ。
 このメンバーの配置は、各ヒグマの単独戦闘能力もさることながら、それぞれの趣味・嗜好を尊重しての組み分けとなっており、言わば『クラスタ』のような繋がりになっている。
 そのため、単純に主要艦これ勢の数とその隊の実力が比例しているわけではない。

 中でも第四かんこ連隊は、連隊長が駆逐艦なりきり勢である上、その下には巨乳好き・貧乳好き・変態・独逸かぶれなど、バラエティに富んだメンバーが仲違いすることもなく和気藹々と互いを尊重して艦これ談義に興じることができるという、ある意味貴重な部隊であった。


「そう言えば、キミに預けた『非常食』ってちゃんと機能してる?」
「……『非常食』って、『ビスマルク』のこと? それならあいつがちゃんと『操舵』してるっぽい。
 解体した素材はどうするのロッチナ? また新しく艦娘でも作るっぽい?」
「そう何個も『艦娘の形をした非常食』があったって困るだろが。全部武器にしろ。
 大口径主砲じゃなくて中小口径のヤツを量産して全部隊に補給できるように」
「ヒュ〜ッ、相変わらずだね。了解っぽい?」


 生身の人間の肉体を持った艦娘など、ロッチナには食物にしか思えない。
 夕立好きのヒグマが連絡に部屋から出ていこうとした時、突如、ロッチナの見ていたモニターに大きな動きがあった。


『ハハハハ!!!最高だな合体ってのは!!!イライラがすっかり納まった!!!』
『ま、街が破壊されていく!?』
『暴れるんなら地上で暴れろゴルァ!!!!』
『ええい!シーナーさん!?シバさん!?一体何やってるんだ!?このままでは帝国が!!!』
『フハハハハハ!!!!!!』
「……地上からの侵入者っぽい?」
「そうみたいだな。私としちゃあ、あそこにまだ、帝国指導者を信用してる上に安穏と休んでるヒグマがいたことに驚いてるんだけど。『第九』の連中は何やってるんだ?」
「いつも通りの勧誘なんじゃない?」
「阿呆どもめ……、死んだな」


 モノクマの視界をモニター一杯に広げて、ロッチナは同胞を罵りながら笑った。


    ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹


「みなさーん! クマたちと一緒に艦これをやるクマー!!」
「帝国の抑圧を排除して、興じるタマー!!」
「艦むすのマネすると楽しいキソー!!」


 その時、地上から浅倉威が襲撃していた居住区には、『第九かんこ連隊』のヒグマ50頭が向かっていた。
 そこで『艦隊これくしょん』と書かれたビラを配っているのは、皆一様にウィッグやコスチュームで艦娘のような何かに扮した穴持たずたちである。

 筋肉で満ち満ちた体に無理矢理衣装をお仕着せ、カツラを嵌め、野太い声で叫ぶその姿はまさしく変態。
 どう贔屓目に見ても気持ち悪い。

 居住区のヒグマたちは、寄ってくる彼らを見てみぬふりをしながら、足早に通り過ぎてゆくのだった。


「うーん……、おかしいクマ。なんで大人気の球磨型の真似が受けんクマ」
「兄さんは特に地上の参加者にもいるタマ。知名度はあるはずなのにタマ」
「卯月提督とか夕立提督のところには人が来るのにおかしいキソー!!」
「そうクマノ!!」
「おかしいトネ!!」


 残念なことに、おかしいのは彼ら自身であることを教えてくれる者がこの連隊には存在しない。
 むしろロッチナが、艦これ勢の中でも特に勘違いした奴らをこの連隊に押し込めたと言った方が正しいのだが。

 球磨が『クマ』と語尾に発するのは辛うじて間違ってはいないが、多摩の語尾は『タマ』ではないし、況や木曾はそんな姉達の轍をそもそも踏んでいない。
 そんなメインの提督たちに、さらに劣化コピーの如く追随する他のヒグマたちについては言わずもがなである。
 主に駆逐艦の愛玩勢である『第八かんこ連隊』などが彼らの行動を目の当りにしたら、『クソニワカがぁー!!』の罵倒と共に怒り狂っていたことだろう。

 そもそも種の異なる人間の真似をヒグマがしている点からして、他の一般ヒグマにはとんと理解しがたいことであり、なおかつ彼らはそれをひたすら押し付けようとしているだけだ。
 この杜撰な勧誘で興味を持つ方がおかしい。
 彼ら自身が例に出した他の連隊のなりきり勢のように、自分の役目や他者とのコミュニケーションをしっかり取って節度を持ったレイヤー業に徹しているわけでもないのだから。


223 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:27:40 ScQe.dAo0

 付け加えて言うなら、卯月提督と夕立提督はメスである上、艦娘の衣装を着てもそれなりに見れるくらいには体をシェイプアップしている。
 コスプレにも努力が必要なのである。


「ハハハハ!!!最高だな合体ってのは!!!イライラがすっかり納まった!!!」
「ま、街が破壊されていく!?」
「暴れるんなら地上で暴れろゴルァ!!!!」
「ええい!シーナーさん!?シバさん!?一体何やってるんだ!?このままでは帝国が!!!」
「フハハハハハ!!!!!!」


 融合した浅倉威――浅倉威Jに彼らが気付いたのは、その時だった。
 13人分の人体の体積が一つに融合したその姿で、彼は次々に石造りの住宅を倒壊させてゆく。


 その巨体の身長はなんと――、約4メートル30センチ。
 あのデビルヒグマを若干上回るほどの大きさだ。
 13人分の彼の肉体が融合すると、掛け値なしでこの大きさになる。


「なんだ! どんだけデカイ侵入者が来たかと思って驚いたクマ!! あんなの騒ぐことないクマ!!」
「そうタマー!! 帝国の指導者に頼るまでもなく、タマたちがやっちゃうタマー!!」
「キソたちの兵装にかかればすぐだキソー!! 見てるキソー!!」
「北上さん……」
「あ、大井提督!!」

 騒ぐ隊員に制止の声をかけたのは、一際数多くの武装を身に携えた一頭のヒグマだった。
 燃料と酸素魚雷を満載した重雷装の出で立ちに真っ白なミニスカセーラー服を纏い、さらにヒグマの身体を活かして過積載気味の砲塔を積んだその姿は、気持ち悪いを通り越して、一種怖気の振るうような威容さえもある。

 大井提督と呼ばれるそのヒグマは、呪詛のように「北上さん、北上さん」と呟きながら茶髪のウィッグを揺らし、暴れる浅倉威に向けて砲塔を構えた。
 その姿に気付いた浅倉は、彼の容姿に軽く吹き出しながら一枚のカードを噛んだ。


「クハハ、何かヘンな格好のヤツが出てきたぞ、オイ」
「北上さん、キタ北上さん、北上さん……」


 俳句のような韻律を踏んだ直後、大井提督はガッとその両眼を見開いた。


「キタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタ北上さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 全身にマウントされた砲口が火を吹く。
 怪鳥のような叫びと共に放たれる弾頭が次々、浅倉の姿を捉えて硝煙を撒いた。

「やった! さすが大井提督クマ! 北上さんに狂った時の大井さんのマネをしたら右に出る者はいないクマ!!」
「完璧なヤンギレタマー!!」
「かっこいいキソー!!」
「北上さん……、きたきた北上さん……」


 見る影もなく穴だらけになった地面の前に、大井のコスプレのような何かをしたヒグマは恍惚とした表情で呟いている。
 飽和火力を叩きつけられた一帯にはもうもうと硝煙が立ち込め、ほとんど見通しが利かなくなっていた。


「見たクマ帝国のみんな!? 艦隊これくしょんを崇めるクマー!!」
「うーん……でも周りが良く見えないタマー」
「ああそうだな。お蔭でお前らの後ろを取るのは楽だったぜ」
「え……?」

 二名の次に言葉を繋いだのは、聞きなれた「キソー」という声ではなかった。
 木曾提督は振り向いた二頭の背後で、ボリボリとその首筋から食べられている。

「クマー!?」
「タマー!?」
「北上さんッ!?」
「おらよ」


 全くの無傷であった浅倉威は、そのまま両腕を振るって、球磨と多摩の低クオリティな物真似をしていたヒグマを叩き殺した。
 浅倉は先程の嵐のような弾幕を、トリックベントの幻影を残すことで完全に回避し、彼らの背後に回っていたのである。

 予想だにしなかった奇襲に、第九かんこ連隊のヒグマたちはたちまち半狂乱に陥った。
 背後に追いすがられて次々と叩き殺されてゆく同胞の姿に、大井提督は震える。
 初めこそ茫然としていた彼は次の瞬間、再びそのフルアーマーの如き艤装を構え直し、吠えた。


「みさん、上さんッ! 北上さぁぁぁぁぁんッ!!」
『スイングベント』


 彼が再び全力で砲火を放とうとした時、振り向きざまに浅倉は鞭を振るっていた。
 電撃を帯びたそれが叩いたのは、重雷装巡洋艦として作られた大井の、その魚雷だ。

「か……ッ!?」


224 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:28:07 ScQe.dAo0

 信管に加えられた衝撃で、魚雷は過たずその効果を発揮した。
 北上さん以外の言葉を発することのなかったそのヒグマを、至近距離からの爆発が包む。
 そして次々と彼の装備は誘爆し、大井提督の体はしばらく、出来損ないのネズミ花火のようにそこらじゅうを踊った。

 踊りが終わった時、そこにはもはや、異臭を放つ消し炭しか残ってはいなかった。


「ハッハッハ、一匹消えちまったなぁ! だがそれでもひぃふぅみぃ……、49匹もいりゃあ十分か!」
「トネェェッ!?」
「クマノーッ!?」
「チクマァァ!?」


 第九かんこ連隊は轟沈した。


    ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹


「ほら……、言わんこっちゃない」
「なりきり勢があんな奴らばかりだと思われるとこっちまで迷惑っぽい?」
「面汚しどもが消えてくれてむしろ良かったかもしれないな」

 居住区の惨状をモニターしていたロッチナは、その光景にも未だ余裕の表情であった。
 夕立提督は、肩をすくめながら彼に尋ねる。

「どうするの? ビスマルクでも向かわせてみる?」
「ハハハ、あのクソの役にも立たん非常食を出してどうするんだ? あいつは工廠の隅でゴミ処理しとけばいいんだよ」
「そうだよね〜」


 朗らかに笑う二人の元に、その時モノクマの一頭が伝言を伝えにくる。

「あ、い〜ぃじゃないですかー。南東に行ってたムラクモ提督とチリヌルヲ提督が間に合ったっぽい。
 あの大井提督も時間稼ぎにはなってくれたっぽい?」
「時間通りだな。我々艦これ勢に恭順しなかった奴らはどうした?」
「一般ヒグマ百数頭、みな平等に殺して差し上げたっぽい」
「それは重畳」


 モニターには、地底湖の工廠に次々と運びこまれる新鮮なヒグマの死体と、それを前に狂った嬌声を上げるビスマルクの姿があった。
 その様子にほくそ笑むロッチナへ、画面の端に通信が入る。
 通話口には、青みがかった体毛と白い目を持つヒグマが映っていた。


『こちらムラクモ。まずは南東方面への反乱つつがなく完了したことを司令官に報告する』
「ご苦労。斑目さんのメルトダウナーの調子が良いみたいで何よりだ」
『いかにも。ついては、続く作戦は北方に現れた、かの人間を掃討することで構わないな?』
「そうしてくれ。……そこにいるヒグマたちが、帝国ではなく我々になびくほどに、華やかにな」
『ふふっ、心得た。待ちかねたぞ……!』


 通信を切り、ロッチナは微笑を浮かべながらモニターを見据える。
 さらに巨大化した浅倉威が暴れている画面の中に、その時手前から巨大な機体が映り込んできていた。


    ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹


「やだぁあ!! シーナーさん、助けてぇぇッ!!」
「シバさんッ! ツルシインさぁん!!」
「グハハハハ!!」

 逃げ惑うヒグマたちを追いすがる浅倉の身長は、既にフロアの天井ギリギリの7メートル20センチにまで巨大化していた。
 浅倉威自身が、体積比で62倍にまで肥大しているのである。
 掛け値なしに、単純比で約4倍の高さから、断面積比で約16倍の筋力が、62倍の重量の一撃をその豪腕に揮う。
 その攻撃が、眼下でへたり込むヒグマたちをまとめて引き裂こうとしたその時だった。

 突如、一条の閃光が浅倉の腕を貫く。

 鮮やかな緑色をしたその閃光は、一瞬にして彼の下腕を骨肉から微塵に消し飛ばす。
 そして刹那、空気を揺らす一喝がその場に轟いた。


「『第二かんこ連隊』連隊長ムラクモ、出撃する!! 我の前を遮る愚か者め、沈むがいい!!」
「あぁ……? またケッタイなモンが出てきたなァ。モビルスーツとかいうのかそりゃ」


 浅倉の前に現れたのは、彼とほとんど同じ巨大なスケールを有した、漆黒の四足歩行ユニットだった。

 ――擬似メルトダウナー斑目カスタム。

 学園都市の誇るレベル5の超能力者の第四位、『原子崩し(メルトダウナー)』のデータを元にSTUDYが開発していたのが、この単独戦闘ユニットの『擬似メルトダウナー』である。
 それを更に、研究員の小佐古および斑目が専用機として機能拡充し、更にそれをヒグマ用にチューンアップしたもの。
 それが、ムラクモ提督の駆るこの機体である。

「艦これ勢の者です。今のうちに一般の方は避難を!」
「あ、あ……、ありがとう……」

 ムラクモ提督が名乗りを上げている間、揃いのカーキ色の軍服を羽織ったヒグマたちが、浅倉に襲われていた同胞を次々と避難させてゆく。
 浅倉は眼下のその様子を見て、高らかに笑った。


225 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:29:28 ScQe.dAo0

「ハッハッハ、ビームが出るからって勝った気かよ? 甘いなぁ!!」
「済度し難き愚か者よ……。ならば試してみるか?」


 擬似メルトダウナーの砲口から、瞬間的に緑色の閃光が迸った。
 それを浅倉は、巨体とは思えぬ身のこなしで屈んで躱す。

『ストライクベント』
「来るか――」

 弾けた右手に回転怪獣の頭部を生成し、浅倉はムラクモ提督が搭乗するその機体に向けて飛び掛かる。
 その瞬間、突如擬似メルトダウナーの前方に、緑の光で形成された円盤が形成されていた。


「――なんだそれはァ!!」
「グオォッ!?」


 電子を波と粒子の中間状態に固定することでその場に停滞させる『原子崩し(メルトダウナー)』で形成された光の膜は、襲撃する浅倉の右腕を一瞬のうちに弾け飛ばしていた。
 続けざまに機体の脚部で繰り出された突きに、浅倉の体は大きく後方へ吹き飛ばされる。


「我が『斑目式原子崩御』による攻防一体の『攻勢崩御』。貴様如きモグリに屠れるものか!」
「イライラさせやがって……。吹き飛ばしてやるよ……」


 浅倉はふらふらと立ち上がりながら胸部の装甲を開く。ストライカーエウレカのエアミサイルを、ムラクモ提督に向けて射出しようというのである。
 しかしその最中、当のムラクモ提督は泰然とした表情で、自身の連隊の部下に語り掛けていた。


「……設置は終わっているな?」
「はい! ムラクモ提督のご指示通り!」
「それでよい……」

 続けて、彼は避難した居住区のヒグマたちに笑顔を見せる。


「同胞の皆さん……。我々艦これ勢が救済を授けよう。無論、我々は嫁や愛の形、ノーマルアブノーマルを区別しない。
 皆平等に、この無能な帝国から自立しようではないか!!」
「助けて下さるんですか……!?」
「な、何言ってるかわからないけど、お願いします!!」


 完全に背後を向いているムラクモ提督へ、浅倉は怒りをあらわにしながら叫んだ。


「吹き飛べェェェェッ!!」
「……見切れなんだか?」


 ミサイルを構えて脚を踏み替えた浅倉の視界に、その時、ムラクモ提督の口角に浮かぶ笑みが滑った。
 地面を踏んだ彼の脚は、突如爆発を受けて弾け飛ぶ。


「ガァァァアッァアアアア!?」
「我が艦これ勢の保有する魚雷群が陸戦で活用できぬと思うたか!! 我が魚雷は大井提督の如き飾りではないぞ!!
 既に『四連装酸素地雷』は貴様を取り囲んでおるわ!!」

 ムラクモ提督の配下である『第二かんこ連隊』のメンバーは、住民を避難させながら、一糸乱れぬ動きで浅倉の足元に魚雷を設置していた。
 さらに彼の搭乗する擬似メルトダウナーにも、魚雷をマウントできるよう改造が為されており、今までの戦闘中に、彼自身も浅倉の突撃を封ずる経路に幾つもの地雷を仕掛けていた。

 彼ら『第二かんこ連隊』は、『第八』のような愛玩勢でもなければ、『第九』のようななりきりクソニワカ勢でもない。


 ――艦娘の軍艦としての側面を愛する、『ミリタリーガチ勢』なのである。


「クッ、ソッ、ガアアアアアアッ!!」
「甘い……。玉と砕けよ!!」


 辛うじて転倒することなく片脚で耐えた浅倉は、そのまま捨て身となって宙に飛んでいた。
 上空から発射される雨のようなミサイルの弾幕にしかし、擬似メルトダウナーからも数多の光の弾が撃ち出されていた。

 特定座標で障害物のように停止するその光球は、接触するミサイルを悉く空中で爆破させ、落下してくる浅倉の体に火箸を突き刺したような穴をいくつも穿った。


「ウ、ガァアアアアッ!?」
「『特攻崩御機雷』……。対空対地対潜において、我が連隊の爆雷設置技術に敵う者はおらぬ!
 我は戦場(いくさば)を支配し、元帥へ至らん!!」


 深手を負って崩れ落ちる浅倉の前で、勝利を高らかに叫びながら、ムラクモ提督は擬似メルトダウナーに最大威力のエネルギーを充填させてゆく。
 鮮やかな彼の手並みと、誠実で小ざっぱりとした印象の第二かんこ連隊の面々に、居住区のヒグマたちは興奮した。
 艦これ勢への見る目を一気に覆したこの大立ち回りの締めくくりに、ムラクモ提督は爽やかな笑みで同胞に笑いかける。


「さぁ……、皆さんで、この侵入者と、無能な帝国に決別しましょう!」
「は、はい!! します!!」
「艦これって、カッコイイんだ……」
「ぬ、濡れるッ……!!」


 感動に湧き立つ民衆を満足げに見て、彼は浅倉へ向き直る。
 呻きを上げ、最後の力を振り絞って立ち上がろうとする浅倉へ、彼はその緑の閃光を以って止めを刺すのだ。


226 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:30:01 ScQe.dAo0

「さぁ皆さんご一緒に……! 華と……、散れィ!!」
「「「華と、散れーッ!!」」」


 路上、メルトダウナーの電撃が撃つ群衆の影で。
 散華したのは、浅倉か。それとも国への忠誠心か。


    ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹


「列を成せ、そして享受せよ……。愚民どもはセンセーショナルな偶像に踊らされてるのがお似合いだ。
 まったく、ムラクモ提督はいつもいつも上手いことやってくれるよ」
「実際、彼らを助けてるのは本当だからね。その先に何があるか見通せないバカたちには、思慮なんて必要ないっぽい」


 モニターの前ではロッチナと夕立提督が、事の顛末を保護者のように見守っていた。

 艦これ勢への否定的な評価を払拭して余りあるムラクモ提督の英雄的な立ち回りは、その場のヒグマたち全ての心を鷲掴みにしていた。
 画面の先でヤイヤイと騒ぎ立てる彼らは、今まさに満身創痍の浅倉威に向けて、最大威力のメルトダウナーのビームを放とうとしている。


『さぁ皆さんご一緒に……! 華と……、散れィ!!』
『『『華と、散れーッ!!』』』


 その瞬間だった。
 何の前触れもなく、突如室内の全ての電子機器の電源が落ち、一帯が暗黒に包まれていた。


「にゃあっ!? なにこれ、停電!?」
「……ッ、示現エンジンが落ちたのか!? モノクマさんが単身阻止に向かっていたはずでは……!!」


 ざわざわと工廠の中が狼狽に包まれた気配を聴いて、ロッチナと夕立提督は暗闇の中を、嗅覚と聴覚を頼りに移動する。
 別室から工場中心部へ出て、暗中に惑う『第一かんこ連隊』の元へ檄を飛ばした。


「落ち着け! 各自、持ち場を離れず、死体の油で明かりを確保して作業を続けろ! 夕立提督、指揮に戻ってやって」
「さぁさぁ、ただの停電だから何も問題ないっぽい! みんな粛々とやろぉ〜!」
「……ごめんねぇロッチナクン。ボクらの一部がエンジン停止を阻止しに行ったんだけど、やっぱり無理だったよ……」


 工場の中に立ち去る夕立提督と入れ替えにロッチナのもとにやってきたのは、モノクマだった。
 そのロボットの申し訳なさそうな弁明を聞いて、ロッチナは朗らかに笑いつつ、それを誘って別室に戻る。


「ハハハ、本気を出せばモノクマさんだってあそこらへんの指導者を一網打尽にできただろうに。表面上は手を組んでるこっちにまで絶望の片鱗を送って来なくていいからね?」
「まー、ボクはボクなりに一網打尽の策は打ったから。キミもまだ策の一つや二つ、平気でひねり出せるだろう?」
「ああ、私はヒグマ提督ほど馬鹿じゃないんでね。モノクマさん、ムラクモ提督たちに伝言を頼む」
「はいはい。何かな〜?」


 うぷぷぷぷ。という耳障りな笑い声が、暗闇の中に重なった。


【E−4の地下 ヒグマ帝国:艦娘工廠 日中】


【穴持たず677(ロッチナ)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:艦娘のために、ヒグマ帝国を乗っ取り、ゆくゆくは秋葉原を巡礼する
0:他のヒグマの間に紛れて潜伏し、一般ヒグマの反乱を煽る。
1:艦隊これくしょんと艦娘の素晴らしさを布教する。
2:邪魔な初期ナンバーのヒグマや実効支配者を、一体一体切り崩してゆく。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※『ヒグマ提督と話していたヒグマ』が彼です。
※ゲームの中の艦娘こそ本物であり、生身の艦娘は非常食だとしか思っていません。


※浅倉威Jの手によって、北東の居住区を襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。


    ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹


「なっ……!?」


 停電は平等に、ムラクモ提督が搭乗する擬似メルトダウナーの元にも及んでいた。
 まさに放たれる寸前だった強大な緑の閃光は、直ちに輝きを失って砲口から消え去ってしまう。

 一瞬のうちに、コケ以外は何も光の無い暗闇に放り出された彼らの中に不安と狼狽が走る。


227 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:57:11 ScQe.dAo0

「これしき……ッ!! ここからが我の本番だ! 皆さん、慌てるな!!」


 ムラクモ提督は即座に示現エンジンの停止を察知し、機体内に確保されている液体燃料に動力を切り替えようとした。
 出力からして、予備燃料では高火力のメルトダウナーは撃てて一発。
 それでもこの手負いの人間を仕留めるには十分――!

 しかしその隙を、浅倉威は逃さなかった。


「グォラァッ!!」
「グハァッ――!?」


 闇の中に立ち上がった彼は、無事な左腕で擬似メルトダウナーを殴り飛ばしていた。
 地底の壁に叩き付けられ、機体は轟音を立ててその下に横転する。


「ムラクモ提督――!?」
「うわぁーっ!! まだ死んでねェこいつ!!」
「私の提督様がぁー!!」
「あーん! ムラクモ様が死んだ!!」
「無敵の艦隊これくしょんで何とかして下さいよぉ!!」


 部下や民衆の叫びを彼方に脳震盪に呻くムラクモ提督の元にその時、一体のロボットがやってきていた。
 天地がさかさまになったコクピットへ、モノクマは明るい声で呼びかける。


「ムラクモクン今までご苦労様! 後はそこで寝ててくれても大丈夫だよ!」
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……。も、モノクマ殿か……! 大丈夫とは、一体……?」
「この環境は今、『チリヌルヲ提督』の独壇場だろう?」
「……! なるほど、悪くない……! 艦これの魅力が増すな……」


 モノクマからの黒い声を聞き、ムラクモ提督は静かに笑う。
 その彼の上から、荒い息づかいで浅倉がカードを噛む。


「よぉ……。久々にイラつかせてくれたなぁてめぇ……。せいぜい良い声で鳴けよ、おい」
『スイングベント』


 浅倉の千切れた腕に、電撃を帯びた太い鞭が生み出される。
 暗闇の中でバチバチと火花を散らすその武器は、人々の恐怖を煽るには十分なものだったろう。
 しかし、その死の光を目の当たりにしながら、ムラクモ提督は不敵に笑っていた。


「……てめぇ、何笑ってやがる……? イラつくぜ……」
「ふふっ。いよいよ出番だぞ……、待ちかねたろう?」


 ムラクモ提督が呟いた瞬間、浅倉威の握る直径20センチほどの鞭は、突如消失していた。
 ブチン。
 という大きな破断音を上げて、落下したらしいその鞭は、電撃が消えたことで闇の中に溶ける。


「ヒュ〜ウ、いいドロップ品だねぇレ級提督……。それじゃあみんなも、陣形を組もうか……」


 その闇の中のそこここで、クスクスと笑う声が次々に上がる。
 どこから聞こえるのかわからない謎の声に、浅倉は苛立った表情で周囲を見回した。


「オイッ!! 誰だよッ!! 姿を見せやがれッ!!」
「ではお言葉に甘えて……」

 浅倉が叫んだ直後、その両眼に、凄まじい照度の光が叩きつけられていた。
 眼を焼くようなその白い閃光に思わず一歩引いた浅倉は、その足下に仕掛けられていた酸素魚雷を踏んで、無事だったもう片脚をも爆破されて地に倒れる。


「グオォオオッ!?」


 その瞬間、間髪を入れず、何頭ものヒグマの気配が、浅倉の千切れた脚の傷口を引き裂いて肉を奪ってゆく。
 倒れた彼の腕から毛を毟り、髪を抜き、衣服を千切り、闇の中に時折探照灯の光をちらつかせながら、何十頭ものヒグマの気配だけが少しずつ彼の体をいたぶっていた。


「クソォォッ!! なんだ!? 何なんだこれはぁッ!!」
「ねぇ……、深海棲艦って可愛いよね……。ヲ級ちゃんとか特に可愛げがあってさ……。敵なんだけど、そこが好きになっちゃうところなんだ……」


 地面にもがく浅倉の顔の横に、一頭のヒグマの声が囁きかける。
 不気味な熱を帯びたその声は、彼の方を向こうとした浅倉の眼に、容赦なく探照灯の光を突き付けた。
 そして思わず目を瞑った彼の眼球に、そのヒグマは一切の迷いもなく自分の腕を突き込んでいた。


「う、ゴアアアアアアァァァアアァッ!?」
「だからさぁ……、好きな敵は、とことんいたぶってやりたいんだよねぇ……。艦娘を沈めたくせに、自分は大破ごときで命乞いしてるような深海棲艦をひん剥いて、切り刻んで……。
 その肉をこね回して、ドロップ艦娘に練り直してるところとか想像したら、サイッコーじゃない……!?」
「て、テメェエエエ……ッ!!」


228 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:58:33 ScQe.dAo0

 神経を弄ぶようにして浅倉の眼球を抉り出したそのヒグマは、探照灯の光で自身とその目玉を明るく照らし出した。
 髑髏のような被り物――空母ヲ級の帽子を頭に載せた、濃い灰色のそのヒグマは、眼だけを闇に光らせてにっこりと微笑んでいた。


「どうも名も知れぬフラッグシップさん……♪ 『第三かんこ連隊』連隊長の、チリヌルヲ提督だよ……。
 このいたぶりはサービスだから、まずは歓迎を受けて轟沈してほしい……」
「フィーヒヒヒ……!!」
「アァイイ……、巨大なオトコでもヤリがいあるねこれ……!!」
「熱烈歓迎!! 熱烈歓迎深海棲艦!!」
「上下、上下!! ピストン運動的上下にて可及的高速のドロップ奪取!!」
「ぐ、ぐふふ……、轟沈した後のをヤるのは、オ、オデなんだな」


 闇の中に紛れた連隊の隊員は、口々に上気した快哉を上げて浅倉の肉を削ぐ。
 眼が利かぬなら嗅覚、聴覚に頼ろうと身を起こす浅倉は、たちまち鼻を落とされ、耳を引き千切られる。
 その指の爪も、闇の中から一本一本丁寧に引き抜かれていくのだ。


 ――彼ら『第三かんこ連隊』は、『第二』ともまた一線を画す、深海棲艦に対する度を越した『加虐勢』だ。


 最早状況が決したと言ってもいいその環境下で、ムラクモ提督はようやく自身の擬似メルトダウナーを起こし、一般ヒグマたちの元に駆けつけていた。


「……もう大丈夫だ皆さん。新しく加わった我らがメンバーにかかれば、天は間違いなく艦これを選ぶ!!」
「おぉ……やっぱり艦これすげぇ……」
「ム、ムラクモさまぁ……、生きてらっしゃったんですね……!」


 他者からすれば決して外聞の良いとは言えない『第三かんこ連隊』の所業を上手い具合に擬似メルトダウナーの巨体で隠しつつ、彼は民衆の意識を束ねるべく口上をぶち上げていた。
 その間、上機嫌なチリヌルヲ提督の元へ、ムラクモ提督から離れたモノクマが歩み寄ってゆく。


「うぷぷぷぷ……、いい仕事ありがとうチリヌルヲクン」
「ふふ……、愉しんでるだけだけどね僕たちは……。夜戦で翻弄するのがだぁ〜いすきなもんで……」
「何にせよいい気味だね、浅倉クン。どうだい気分は? 元気に絶望してるぅ?」
「あ、モノクマさん……、一応、計画して削いでるから不用意に近づくと危ない――」


 チリヌルヲ提督の制止を聞かず、にこやかに浅倉威の口元へ近づいたモノクマは、次の瞬間、巨大な浅倉の口にバクリと飲み込まれていた。


「あ……」
「ウッ……」


 チリヌルヲ提督とムラクモ提督の両者が、その光景を見て硬直する。
 続けざまに浅倉威は、驚きで動きを止めた近場の『第三かんこ連隊』のメンバー2体に食らいついて逃げ出した。
 捕食しながら、その肉で肉体の欠損部分を補い、脚を再構成して浅倉威は走り出す。
 突然の事態に、チリヌルヲ提督が両のほほを抑えて悲痛な叫びを上げた。


「あぁあぁ……!? イ級提督とロ級提督が喰われた……!! 奴らはうちの連隊の中でも最弱……!!」
「チリヌルヲ提督、追えるか……ッ!?」
「あーゴメンゴメン〜。ボクも不注意だったね。でも大丈夫だよ。一緒に追おう」

 慌てる二名の元に、その時何食わぬ顔で、もう一体のモノクマが出てくる。
 闇の中を彼方へ走ってゆく浅倉と目の前のロボットとを交互に見て、チリヌルヲ提督は眉を下げて嘆息した。

「貴様も救えない数奇モノだねぇ……。色んなヒトを困らせるのがそんなに好きなんだ?」
「うぷぷぷぷ……、そこは否定しないけどさ。でもこの作戦はロッチナクンの案だよ!」
「ロッチナの……!? そうか。心得た……。これが天命か!!」


 モノクマの意を解したムラクモ提督は、不安げな表情を見せる一般ヒグマの方へ向き直り、高らかに叫んだ。


「皆さん、この先の農地には、我々穴持たずの食糧を独占している、悪辣なヒグマ帝国の上層部がいる!!
 我々艦これ勢は彼の侵入者をも利用して、総員で上層部を叩く! これは臣民のための聖戦だ!!
 皆さん、今こそ立ち上がる時だ!! 我々に、艦隊これくしょんに、ついて来い!!」
「う、うおおおおっ……! そうだったのかッ!!」
「やります! みんなのためなら、私も……ッ!!」
「ムラクモ様の言うことなら、なんでもします!!」


 居住区のヒグマたちは口々に力強く頷く。
 夜景遍く居住区で、憎悪の声が歓喜する。

 『第二かんこ連隊』と一般ヒグマたちがムラクモ提督の煽動に湧きあがる中、チリヌルヲ提督と『第三かんこ連隊』は、陰に溶けるようにしてひっそりと浅倉威を追い始めていた。


229 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:59:00 ScQe.dAo0

 制圧の済んだ帝国南東側を回らせ、逃げてゆく浅倉威の逃走方向を誘導してゆく。
 隅々に地を走り、逃亡の夢を砕きながら、浅倉を破城槌として連隊が迫る。
 その先は、ヒグマ帝国の生命線である、彼の地だ。


    ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹


「クイーンさん!! タンクが軽いなぁー!?」
「エンジンが停止したために、水道もオリギナールから止まっているんだ……!!」
「あ、愛宕トマトのためにも、水を汲んでリレーを……!!」
「自家発電装置、張り切って漕ぎましょう!」
「クソ……、とてもじゃねぇけど電力が足りねぇよ!!」
「照度も足りんぴょん!! 各連隊、コスプレしてるヤツは艤装のボイラーと探照灯を供出するぴょん!!」

 第四から第六のかんこ連隊が駐屯している帝国の田園地帯は、その時総員で停電に対する事態の処理に追われていた。
 水と光が生命線であるハイポニカ栽培を行なっていたそこの多くの作物にとっては、この停電は致命傷にもなりうるものだった。

 そこへ、闇の中から地響きと唸り声を上げて、走り寄ってくる巨人がいる。
 逃走方向を誘導された浅倉威が、田園を踏み荒らし、彼らの元へ襲い掛かってきていた。


「グオォォォオオオォオォォオォッ――!!」
「うびゃあ!? なんだぴょんあれ!?」
「あれは何の羆(ヒ)!?」
「もはやヒでもヒトでもねーよあれ!!」


 狼狽する彼ら連隊の最前線で、黒い長毛のヒグマが一頭、静かにたたずんでいた。


「やれやれ……。私の力を観察させろって、そう言ってるわけかい……、反乱の首謀者さんは」


 女王の肩書を預かる彼女は、この異常事態の連続の中にも、泰然とその先を見据えていた。
 艦これ勢、反乱、そして目の前の巨人の背後に存在する見えない意志。
 秘密裏に囁き続けるその無情で巨大な意志に対抗するため、彼女は決意を新たにする。


【D−6の地下 田園地帯 日中】


【浅倉威J(ジェイ)@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ヒグマモンスター、分裂、合体、左眼球欠損、鼻切除、両耳切除、ダメージ(大)
装備:カードデッキの複製@仮面ライダー龍騎、ナイフ
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:居住区を制圧する
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂した出来た複製です
※ユナイトベントを使えば一人に戻れるかもしれません
※ヒグマ帝国民を捕食したことで増殖した62人の浅倉威が
 ユナイトベントで合体して浅倉威J(ジャンボ)に進化しました。


【穴持たず205(クイーンヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:“キング”に代わり食糧班を統括する
0:反乱や障害から、田畑を総員で死守する。
1:塩害と、外来植物の侵食……。加えて反乱とはね。参ったよ。
2:艦これファンってのは、お気に入りの娘のためなら頑張れるんだろ?
3:じゃあ、ここの作物たちを自分の娘だと、そう思って気張りな。
[備考]
※何らかの能力を持っています。


※ヒグマ帝国のD−6エリアは、現在キングとクイーンが説得した約150体の艦これ勢で防衛されています。
※生き残っていた帝国の一般ヒグマは、全てムラクモ提督とチリヌルヲ提督の手により殺害されたか、もしくはそのムラクモ提督の手により艦これ勢に靡きました。
※その死体は艦娘工廠に運び込まれ、ビスマルクによって解体されています。


230 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 09:59:19 ScQe.dAo0
以上で投下終了です。


231 : Big Brother ◆wgC73NFT9I :2014/11/25(火) 10:28:08 ScQe.dAo0
すみません、
>>221に載っている艦これ勢の連隊一覧ですが、
第八と第九のメンバーが入れ替わっておりました。
正しくは

 第八かんこ連隊: 連隊長・暁提督(故) 雷提督(故)・電提督(故)・漣提督(故)
 第九かんこ連隊: 連隊長・大井提督 球磨提督・多摩提督・木曾提督

です。


232 : 名無しさん :2014/11/25(火) 17:05:54 7ozQd2ho0
投下乙
大怪獣対地球防衛軍…?
艦これ勢がなんか可愛いからか浅倉がおっかな過ぎるからか終始ヒグマ達を応援してました
帝国はピンチ続きだなぁ…てかマジで戦争ものになっている…


233 : ◆wgC73NFT9I :2014/11/27(木) 00:57:44 MgsDgYyc0
アニラ、佐天涙子、島風、天津風、天龍、ヒグマ提督で予約します。


234 : ◆wgC73NFT9I :2014/12/04(木) 17:12:54 MR7Metw20
予約を延長します。

代わりに、佐天さんと皇さんも出ている『ゆめをみていました』の支援絵を投下します。
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/7/den_wgC73NFT9I_7.png

ちなみに、皇さんの原作である『荒野に獣慟哭す』は、明日の更新でめでたく最終回です。
ttp://tokuma-hontomo.jp/baku/
完結祝いに、是非読んでみてください。


235 : 名無しさん :2014/12/06(土) 02:07:09 xDjhSAnk0
支援絵乙です。
お姫様抱っこされるパッチールヒロイン力高ぇわ…実際悲劇のポケモンだし
北岡先生に拾われて良かったね。逞しい女子達はアニラさんをいじって遊んでたみたいだけど


236 : ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:19:31 KSmpP8/60
遅くなりました。
予約分を投下いたします。


237 : ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:20:15 KSmpP8/60
 あすは檜の木、この世に近くもみえきこえず。
 御獄にまうでて帰りたる人などの持て来める、枝さしなどは、いと手触れにくげに荒くましけれど、なにの心ありて、あすは檜の木とつけけむ。
 あぢきなきかねごとなりや。誰に頼めたるにかと思ふに、聞かまほしくをかし


 ――あすなろの木は、この辺りでは見たり聞いたりしない。
 御獄にお参りして帰ってきた人などが持って来た枝振りなどは、とても手では触りにくそうに荒々しかったけれど。何のつもりで、「明日は檜の木」という名前をつけたのかしら。
 思うようにならない言葉でしょう。誰に願っているのかしらと思うと、なんか素敵で、そのわけを、聞きたくなる。


(『枕草子』第四十段より・拙訳)


   ††††††††††


 決断を、しなければならない。
 嫌な胸騒ぎのする決断を。

 足先から這い登る悪寒に耐えて、私はもう一度唾を飲む。

 決断を、伝えた。
 皇さんは、私のことをじっと見つめていた。
 何も言わず、私の眼の中を覗き込んでくるかのように。
 爬虫類のような赤い瞳に耐えられず、私は思わず目を逸らした。


「……了解いたしました」
「――いい、わよね、これで……。この決断で、大丈夫よね……?」
「作戦は、実行するのみであります」


 その決断に一切の賛否を加えず、皇さんはそのまま私の言葉を飲み干していた。
 向き直った時には、もう彼の顔は、工場の屋根から眼下を見下ろしていた。

 もう私の眼でも見える。


 正面のビルの一階部分に設えられた喫茶店。
 その空間の前に、3人の少女と、1頭のヒグマがいる。
 そしてそのヒグマは、1人の少女の死体を抱えているのだ。

 表情までは伺えない。

 彼女たちが、ひどく大仰な武装を背負っているのは確かだ。
 軍艦か何かをイメージさせる3人のその装備はしかし、死んでいる少女もまた装備しているものだ。
 ヒグマもヒグマで、その死体を食べようとしているようには見えない。
 むしろその場の全員が、少女の死を悼んでいるようにすら見えた。


 ――だから、私は決断したんだ。


「……わかった。じゃあ行きましょう。静かにね」


 風が吹く工場の上から降りるべく、私は皇さんに捕まる。
 その瞬間、皇さんが私を抱きすくめた。


「えっ――!?」


 ぐらりと体が傾いて宙に踊る。
 直後、私のすぐ傍を風切り音が通り抜け、爆風が私たち二人を襲っていた。


   ††††††††††


238 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:20:48 KSmpP8/60

「まずは――、だ」

 天龍という名の船は、その小さな少女の体を震わせて声を絞った。
 両腕に抱きしめた僚艦――、島風と天津風の背をそっと擦り、きつく瞬きをして立ち上がる。

 彼女はそして、一息の元に腕を打ち払い、戛然と空気を断ち割った。


「――総員退避だ!! 俺が今後旗艦として指揮を執る!! 金剛を確保しながら屋内に入れ!!
 俺たちは狙撃されたんだぞ!! まだ狙われてるかも知れねぇ!! ぼさっとしてねぇで索敵だぁッ!!」
「――!?」
「あっ――!!」
「え……?」


 天龍の一声に、その場に漂っていた気が一瞬にして張り詰めた。

 ヒグマ提督が抱きかかえる死体――、金剛という戦艦の魂を宿していた少女の体には、胸元に砲撃を受けた大きな穴がぽっかりと空いている。
 溢れ出した血液は、彼女の巫女のような衣装を赤黒く染めている。

 彼女はつい先ほど、何者かに、緑色の光線により狙撃されていた。
 より正確に言うならば、狙撃されたヒグマ提督を庇って、金剛は致命傷を受けたのだ。
 何の誘因もなく、天からそんな砲撃が降ってくる訳はない。


 間違いなく今、この場にいる自分たちは狙われている――。


 ビルの中の喫茶店。
 テラスの張り出す小洒落たこの一角を、虎視眈眈と見張っている者がいたはずなのだ。

 それにも関わらず、ヒグマ提督を始め、残された島風、天津風、天龍の全員が、仲間の死に気を取られ、その危機的状況を失念していた。
 一撃で戦艦を沈めうる武装を有した敵に発見され、なおかつこちらはその敵の位置を把握できてすらいない。
 ヒグマ提督を狙っていたということは、敵は江ノ島盾子の言う『追手』か、それとも参加者か。
 何にせよ、こんな馬鹿げたことをしていたら、そのまま全隊が轟沈していてもおかしくはなかったのだ。

 幸運にも今まで第二撃が来なかったのは、敵の主砲の装填時間のせいか、狙いと違う者に命中したため一時撤退したのか、はたまた何か別の策があるのか――。


 ――俺らしくもねえ……いったいなにをしてたんだ。


 天龍は数秒前に口に出した言葉を再び心中に反芻した。
 何にしても、早急に隊列を組み直し、敵の次なる出方に備えなければならない。
 しんみりしている余裕など、本来なら有り得ないのだ。


「しまっ……! 島風! あなた電探ない!? 提督もしっかりして!!」
「わえぇ!? えと、えと、バッグにあったかな……!?」
「え、あ……? な、なに、を、すれば……?」
「全員電探装備してねぇのかよ……ッ!! ならとにかく急いで離脱を……!!」


 いち早く事態を理解したのは天津風だった。
 続いて島風も、敵前に自分たちが未だ晒されていることを把握する。しかし、慌てていて話にならない。
 ヒグマ提督に至っては、艦娘たちが何をしているのかの見当すらついていない。
 天龍と天津風が、間に彼らを庇うようにして身構える中、耳障りな哄笑が辺りに響いた。


「あっはっはっはっは〜! オマエラって私様よりニブチンなのね〜。
 ……すでに目視出来る距離だろが!! 撃たれた方角も覚えてねぇのかよ!? 早く応戦しねーとあぶねーぞぉ!!」


 そして即座に怒号へと変わるその声。
 それは、ヒグマ提督の手元にある、小さなスマートフォンから発せられたものだ。

 ディスプレイに映る剣幕は、薄い色の髪をツインテールにした少女の画像――、江ノ島盾子のアルターエゴのそのまたコピー、ポータブル江ノ島盾子である。

 彼女が二次元平面上から指差す先にあったのは、何かの大きな工場だった。
 風の吹くテラスから、ガラス張りのビルの窓を掠めて抜けるその直線上に、その屋根が見える。
 そしてその金属光沢に満ちた屋根の上には、確かに何者かが立っている。


 ――あんな位置から!?


 その地点までは、直線距離にして約200メートル。
 戦艦同士の戦いならば、もう目と鼻の先とも言っていい近距離だ。
 スケールダウンされた艦娘の身であるとはいえ、もし出撃した海上でそんな位置にまで接敵を許して脇を叩かれたとなれば、艦隊が潰滅するほどの損害を受けてしまうに違いない。
 位置取りだけでも、大きく仰角のついた下方の自分たちは圧倒的に不利である。

 そこまで気づかなかった自分の不甲斐なさに、天龍はガリガリと奥歯を噛んだ。
 その上、参加者である自分に残った主武装は僅かに投げナイフと自身の日本刀のみ。
 応戦は無理だ。
 即座に相手の出方を見ながら撤退を――!


239 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:21:13 KSmpP8/60

「よ、よくも金剛をやったわねッ――!!」
「そうだー、いっちゃえ天津風ちゃんー」
「ちょっと待て、相手の動きを――」


 その時すでに、江ノ島の軽い煽りと共に、天津風が自身の配下である12.7cm連装砲――『連装砲くん』の砲身を彼の人影に向けていた。
 天龍の制止が入る間はなかった。


「連装砲くん――! 撃ち方、始めて!!」


 艤装の艦首に取りつけられた顔のある連装砲が、その瞬間、即座に火を噴いていた。
 間髪も容れず、彼方の工場に砲弾が着弾する。
 ガス管に命中したのか、そこは直後に巻き起こった激しい爆炎に包まれる。
 人影は、そこから真下に落下して見えなくなっていた。


「――躱された!!」
「天津風!? お前ロクに確認も取らず――」
「少なくとも何かしらの銃を携行してるのは視認したわ! しかも敵は二人組!!」


 天津風の逸った行動をたしなめようとして、天龍はその瞬間、別の事態に驚愕する。
 艦首型のユニットに据え付けられた『連装砲くん』の体を、天津風は片手で上方に掲げていたのだ。

 50口径三年式12.7センチ砲C型――連装砲くんの正式名称である。
 本来ならば優に30トン近くにのぼる彼の重量は、艦娘に合わせてスケールダウンされていてもなお、概算して約70キログラム以上。
 艤装専用のマウント部分に装着するか、連装砲くん独自の自律駆動状態にしていなければとても扱える代物ではない。
 そもそも生身の部分は普通の少女である彼女たち艦娘は、陸上においては『艤装の重さで圧死する』という事態も往々にしてありうるのだ。
 直近でも本日早朝に、立体機動装置の制御を失して吹き飛ばされた球磨が、この事態に陥りかけて肝を冷やしている。

 対するに、天津風はその華奢な体からは想像できない怪力を以って、平射砲である連装砲くんを軽々と取回していた。
 しかも、先程の砲撃の反動も、彼女は全て自身の右肩で緩衝している。
 腕部に艤装装着部分があるわけでもない身でそんなことをすれば、本来なら天龍でも、反動で腕の骨が肩関節を砕いて飛び出すくらいのことは平気で起こるだろうにである。


 ――島風もそうだったが、これがヒグマ製艦娘とやらの力なのか!?


 恐らく艤装の機関部に加えて、彼女たち自身の動力伝達機構が大きく一般の艦娘に比べて向上しているのだろう。
 通常、艤装や被服の構造までにしか伝達されないボイラーやタービンのエネルギーが、彼女たちの肉体でほとんど損耗なく利用されているのだ。
 しかも、その機関はヒグマの血肉でできている。
 彼女たちの発揮する爆発的な力の由来は、およそこのようなところに因っていると考えられた。


「あ、電探あった――! ……いる! あっちにまだいるよ!」
「ダ、ダ、ダメコン……! 支給品にはダメコンも入れてるからね島風ちゃん! つけてね!!」


 自分のデイパックを漁っていた島風がその時、ようやく中から13号対空電探を見つけ出して索敵を始めていた。
 折角渡していた支給品が活用されていなかったことに驚いたヒグマ提督が、彼女に慌てて声を掛けている。

「……贔屓ね。そんなに好みの子だけが大事……?」

 天津風が舌打ちをした。
 工場側に砲口を向けたまま搾り出された微かな低い声は、隣にいた天龍だけの耳に届いた。
 

「天津風……、お前、一体……」
「……集中。今は目前の敵の事だけ考えるわ。いいから、旗艦なら早く指示を頂戴、天龍」


 瞑目したまま唸る天津風の表情は、苦い。
 僚艦の行動の真意とその心を推そうとした天龍の声は、その僚艦自身に差し止められていた。
 翻って、天龍は逐一ゆらいでいる自分の心に鞭を打つ。


 ――本当に、何をしてやがる。
 発破をかけてる自分自身が、仲間を纏めきれてない。

 沈んじまった金剛。
 状況認識がどこかずれっぱなしの島風。
 何考えてるかわからない天津風。
 優柔不断で無責任でその上ヒグマである提督。
 怪しさ満点の江ノ島とかいう女。

 周囲の人員が常と異なりすぎていて、踏み出しきれない。
 だが、この状況ではもう、やるしかない――。


240 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:21:32 KSmpP8/60

 まず天龍が考えるべきなのは、直近に迫る二名の『敵』のことである。
 江ノ島盾子が指摘した通り、まず間違いなくその二名が金剛を轟沈せしめた犯人であろう。
 天津風の砲撃を躱したらしいその二人組は、数十メートルの高度から真下に落下しても、どうやらまだ無事であるらしい。
 かすかに、人影は工場の壁面を蹴って降りているようにすら見えた。
 しかも天津風の認識が正しければ、その者たちは金剛を一撃で沈めた、緑色の光線を放つ『銃』を保持しているはずだった。

 しかし、狙撃の後、位置取りも変えずにそのような場所に留まっていたとするならば、この二名には、本当は私たちに対する敵対心はなかったのではないか――?


 それが、天龍が第一に考えた可能性である。

 確率的に最も高いのは、その二人が、強力な支給品を持った参加者なのではないか、というものだ。
 彼らが狙っていたのは、実のところ金剛ではなくヒグマ提督だ。
 金剛は、逸早く狙撃を察知してその射線上に割り込んだために被弾したに過ぎない。

 つまり、彼らは本来、ヒグマを殺そうとしていたことになる。

 遠巻きにこの喫茶店前の状況を見れば、恐らく、少女4人がヒグマに襲われていたようにも見えただろう。
 金剛と天津風などは、抱きすくめられて、今にも食べられそうな状態に見えたかもしれない。
 彼らはその状況から、自分たちを救い出そうとしたのだ。


 それが蓋を開けてみれば、ヒグマは少女に庇われ、その少女の死を全員で悼むという、傍から見れば意味不明なやり取りが繰り広げられた。
 これでは襲撃者の二人も、一体何が起きているのか困惑するのは当然だ。
 
 まずは、会話を試みるべき――。

 それが、天龍の出した結論だった。


「……もう撃つな。たぶん相手は参加者だ。まずこの状況を話して、分かってもらうべきだ」
「……そうね。私もようやくそう思えたわ。……気が逸ってた」


 天津風は溜息をついて連装砲くんを降ろす。
 天龍に軽く敬礼して自省するも、それでも常に撃てるよう連装砲くんは小脇に抱え、警戒心だけは張り詰めさせている。
 ビル街の路地の彼方に、まだその相手の姿は見えない。


「えと……、ちょっとずつ、近づいてくる! 建物のノイズがすごいけど……。今、100メートルくらい!」
「向こうも警戒してる、わよね……。報復砲撃しちゃったから」
「いや……、それはもう気にしなくて良い。呼びかけてみる」


 島風の震えた叫びを背に、天津風と天龍が眼を合わせる。


「俺たちは参加者だ!! 俺は天龍型一番艦の天龍!!
 多分お互いに勘違いがある!! 申し訳なかった、一度話し合いたい!!」


 天龍の張り上げた声が辺りに響き、ビルの隙間に染み込む。
 気配が動いた。

 相手は、ビルの陰を縫って、一瞬にして天龍から30メートル程の、直近のビルの元にまで走り寄って来たようだった。

 そこから聞こえてくるのは、怪訝な棘を含んだ、少女の叫び声だった。


「……参加者ですって!? じゃあなんでそんな重武装で、首輪もなくて、ヒグマと一緒にいるの!?
 私たちは問答無用に砲撃されたのよ!! 信じられると思ってるの!?」
「この艤装は俺たちの服みたいなもんなんだ! あと、首輪は外してもらったんだ、このヒグマにな!!」
「砲撃したのはすまなかったわ……! もう撃つ気はないから!!」


 気配は、ビルの陰で話し合っているようだった。
 天龍と天津風は、その動向を固唾を飲んで待つ。
 そして暫くして、ビルの奥から少女が答えた。


「……わかったわ! 話し合いに、そちらに行く!!」


 声の直後、革靴の脚がビルから歩み出してくる。
 所々に傷の目立つセーラー服に身を包んだ黒髪の少女は、手を大きく上に掲げていた。
 その長い髪に、白い花の形をした髪飾りが揺れている。

 丸腰だった。

 少女はそれにも関わらず、幼さの残るその外見から全く想像もつかないような落ち着きを以って、重武装の天龍達の元に歩んでくる。
 天津風が唇を噛んで、連装砲くんを地面に置いていた。


「……柵川中学1年の佐天涙子よ。一体、どういう状況なのか、詳しく聞かせて――」


 十数メートルの距離を開けて立ち止まった少女が腕を降ろし、口を開いたその時だった。
 突如として、その声は掻き消える。


 猛烈な爆音と衝撃が、その場にいた天龍と天津風の耳を劈いていた。


   ††††††††††


241 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:22:23 KSmpP8/60

「このッ、卑怯者ぉお――ッ!!」
「し、島風ッ!?」


 弾道の衝撃波に体を抉られそうなほど近距離からの砲撃で、天龍は地に転げていた。


「アンタ、何をっ!?」
「よくも、よくも金剛を沈めたなぁ――ッ!!」


 同じく地に伏した天津風の言葉も聞かず、彼女たちの後方で、一人の少女が半狂乱になりながら連装砲の砲撃を続けている。

 島風だ。

 薄い金髪を振り乱し、『連装砲ちゃん』と呼ばれる3基の自律駆動する砲塔の弾丸を、彼女はひたすらに放っていた。
 硝煙と土埃に包まれた空間を前に、島風は怒りに身を震わせて立ち尽くしている。
 天津風が匍匐前進のように這いずり、彼女の脚に縋り付いた。


「アンタ、アンタ――! 本当に、何やってんのよ島風!! あの子は、丸腰だったのよ!?」
「あいつだ……、あのバケモノが、あの銃で、金剛を撃ったんだッ!!」


 島風の指さす先を、天龍と天津風は見た。
 土煙の晴れたそこには、夜のわだかまったような黒い何かが、少女を抱えて低く身構えていた。
 いつの間にか現れていたその者は、島風の放った砲撃から佐天涙子を救い、その悉くを回避していたということになる。


「フルルルルルルル……」


 竜だ。
 竜人だ。

 形容するならばそのような言葉になるだろう。
 黒い鱗に全身を包んだその男は、身長2メートルに及ぶかと思われる巨体を地上数十センチにまで屈みこませ、真っ直ぐに天龍達一行をねめ上げていた。

 見開かれた真っ赤な瞳と、真昼の陽光に輝く金髪が、場違いな闇夜に浮き上がっているかのように見える。
 その背中に負われているのは、全長1.2メートルを超える機関銃だ。


 ――大戦時の独逸(ドイツ)軍の主力、マウザー・ヴェルケMG34!!


 特徴的な削り出しの空冷ジャケットは、天龍と天津風をして一目でその機関銃の正体を知らしめた。
 この銃では、とても金剛を屠った光線など撃てるわけが無い。
 この竜人も、佐天という少女も、金剛を沈めた犯人ではありえない――。


「そうよ島風ちゃん! そいつらが金剛ちゃんを殺した『追手』よ!! 工場の屋根から落ちても、砲撃を受けても平気な、ヒグマ以上のバケモノたちなのよ!!」
「なっ――」


 天龍達の思考を掻っ攫うように、笑い交じりの上気した叫びが辺りに響いていた。
 ヒグマ提督の手元で、スマートフォンが歓喜にバイブしている。
 竜人の胸元で、佐天涙子がぎちぎちと歯を噛んだ。


「江、ノ、島……、ジュンコぉ!! やっぱあんたかァッ!!」
「きゃー、あの子こわーい、助けて島風ちゃーん」
「うあああああああああああぁぁぁぁぁ――っ!!」


 ポータブル江ノ島盾子。
 彼女は、天龍と天津風の背後で、ずっと島風に耳打ちをしていた。

 丸腰の少女だと油断させて、その隙にみんなをあの光線で撃ち殺すつもりなんだよ――。
 天津風ちゃんの砲撃でも死なない、バケモノなんだよ――。
 島風ちゃんがやらなきゃ――。

 島風の電探に映る銃の反応は、佐天涙子が出て来ても未だビルの裏だった。
 彼女の怒りは、容易に着火した。


 そしてまた、江ノ島盾子の甘く苦い囁きに、島風は走り出す。

 ほとんど同時に、黒い竜人が後方へ跳ね飛ぶ。
 抱えられていた佐天涙子は、風に吹かれたかのようにその腕から急激に側方へ転がり出て、島風の動線から大きく外れた位置に起き上がる。


 ――速さの極み。


242 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:23:11 KSmpP8/60

 時速80キロを超える驚異的な瞬発力で跳び退っていた竜人の動きに、本来水上でも時速75キロしか出すことの出来ない島風の体が、追いついていた。

 もっと速く。
 もっともっと速く。

 身中に湧くボイラーの炎が、そのタービンを輝かんばかりに転輪させる。
 湧き立つ水蒸気が、彼女の竜骨を駆け上がって躍動する。

 Z旗(ムーラダーラ)。
 強化型艦本式缶(スワディスターナ)。
 第二煙突(マニプーラ)。
 艦本式タービン(アナハタ)。
 第一煙突(ヴィシュッダ)。
 前檣(アジナー)。
 艦橋(サハスラーラ)。

 七つの結節点を転輪させた熱量が、その頭頂を越えて、彼女の外界を満たす空間に初転する。
 十分の十点五を超える超超過量の過負荷が、彼女の存在をその極点に至らせた。


 羯諦(至れる者よ)!
 羯諦(至れる者よ)!
 波羅僧羯諦(完全に至れる者よ)!
 菩提薩婆訶(成就めでたし)――!


 島風の速度が、次元を越えた。
 竜人の体を、時の経過を許すことなく貫いた島風は、彼の遥か後方の地面に、ただ静かに出現していた。

 僅かにこの世界に立ち起こった現象は、島風の消失点に彼女の身体分の空気が殺到する、ポヒュッ、という微かな音のみだった。


「――金剛、仇は討ったよ」


 速度という尺度の定義さえも越えた高速に到達した彼女は、そう呟きながら、一筋の涙を零した。


   ††††††††††


 傍から見ていた者には、島風が一瞬にして、竜人の後ろに瞬間移動したようにしか見えなかった。
 黒い鱗の竜人は、未だ跳び退った空中にいた。

 そして彼は着地した後も、暫くそのまま立ち尽くしていた。


「――金剛、仇は討ったよ」


 そう呟いた島風が背後に振り向いた時にも、まだその竜人は立っていた。


「……フルルルル」
「……あれ?」


 そして、同じく振り向いた竜人と島風が、そのまま見つめ合った。
 僅かに首を傾げた島風の体が、震え始める。

 ヒグマを爆発四散させる攻撃を、更に速い、極限の速度で行なったのだ。
 沈まないはずがないのに――。

 理解不能な恐怖に、カタカタと歯が鳴った。


「なっ、なっ――、なんで、なんで沈んでないの――ッ!?」
「アギィィィィィィィィィィィ――ル!!」


 連装砲ちゃんを構えようとした島風の動きより更に速く、竜人の体は地を蹴っていた。
 独楽のように水平回転をしながら飛来する彼の鉤爪の輝きが、島風の眼にはっきりと焼き付いていた。


 ――彼女は、確かに速さの極みに至った。


 地底湖でスイマー提督に向けて走った時よりも、地上でパッチールに向けて走った時は更に速かった。
 そしてその際の速度よりも、今回走り抜けた速度は更に速かった。

 次元を越え、量子の運動確率までも揃えるような美しい走行は、一切の歪みもなく、エネルギーの全てを位置座標の変更に用いられるまでに研ぎ澄まされていた。
 途中で、障害物や次元の歪みに阻まれて減速することなどは一切ない。


 ――だからこそ、彼女の走行は、もはや攻撃手段には成り得なかった。


 極限に至り切らない、歪みを生じる低速であればこそ、彼女の走行は一撃必殺の威力をこの世界にもたらし得た。
 『攻撃』すれば、干渉した通過点にエネルギーを奪われ、その分だけ減速する。
 当然の理屈だ。

 彼女がそこで無自覚に選んだのは、威力ではなく速さだった。

 彼女が速く、更に速く走るにつれ、この世界に生じる歪みは減ってゆく。
 『速さ』の極限に至れば同時に、彼女の生むエネルギーは『攻撃』ではなく『移動』の極限に集束する。
 ヒグマを爆散せしめた『攻撃』は、彼女が速くなればなるほどその攻撃としての威力を落とす。
 彼女が中途でどのような経路を走行しようが、もはや極限に至った速度はその通過点に一切の痕跡を残さなかった。

 実際に島風が行なったことは、傍から見た通り、一瞬にして竜人の後ろに瞬間移動しただけだった。


243 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:23:59 KSmpP8/60

「ぱ……」


 彼女の口も、最後にそう唇を開いただけだった。
 竜人が繰り出した回し蹴りは、その鉤爪で、過たず島風の首筋を叩いていた。

 ぽーん。

 と、軽い音を立てて、彼女の首元から丸いものが刎ね飛んだ。
 それはくるくると陽光に赤い飛沫を上げながら回転し、べちゃりと湿った音を立てて地に落ちる。
 ほとんど同時に、島風の胴体も、その四肢を操作する信号を失って倒れ伏していた。


「あ、あ、あ――」
 

 その、喉の引き攣るような息は、果たしてその場の誰から漏れたものだったのか。
 時間の止まったようなその喫茶店の前で、黒い竜人だけがつかつかと、島風の首から刎ね飛んだものに歩み寄る。
 そして彼は、掌に余るようなその球体を踏みつけて割り、その中の赤い肉を啜り始めていた。

 天龍と佐天涙子は、その光景を見つめたまま、未だ硬直していた。


「うわっあっ、あっ、あっ、ああぁぁ――!!」
「島風ぇぇえええええええ――ッ!!」


 叫んでいたのは、ヒグマ提督と天津風だった。
 連装砲くんの砲身を掴み、天津風は、倒れ伏す島風の元で肉を食むその竜人の背中に向けて躍りかかる。


「アンタ、よくもっ――」


 しかし、彼女の動きは、今にもその竜の背に連装砲くんの重量を振り下ろそうとしたその瞬間に止まっていた。
 眼だけを動かした竜人の鞭のような尾が、彼女の正中線上を、股下から頭頂まで走り抜けていた。
 その線に沿って真っ赤な液体が、彼女の姿を縦割して迸る。

 天津風は暫く、竜人と見つめ合ったまま驚きで固まっているかのように見えた。
 まるで自分の傷を見回すかのように眼下から上方へ瞳が動き、そして彼女は白目を剥いた。


「か、は――ッ」


 振り上げていた連装砲くんが力なく掌から零れ、天津風はそのままうつ伏せに地に倒れる。
 二隻の軍艦が倒れたその場所で、黒い竜人は、そのまま音を立てて肉を喰らっていた。


   ††††††††††


「ひ、ひゅぃ――っ」


 天龍がようやく絞り出した息は、彼女の咽喉にそんな音を吹いた。

 ――僚艦が、一瞬にして二人も、殺された。
 そして今、彼女たちの肉が、目の前で喰われている――。

 そんな常軌を逸した光景に、天龍の張り裂けそうな胸は、言葉を忘れていた。


「――天龍さん。そこをどいて。あの女を潰せないから」
「な、な――」
「どいて」


 呼びかけられた声に目を向けると、そこにはあの佐天という少女が、座った眼で立ち上がっていた。
 先程まで天龍と同様に、竜人の行動に驚愕していたはずの彼女は、今やその光景に背を向け、真っ直ぐにこちらへと歩み寄ってくる。


 ――何故だ。
 こいつらは、私たちと、話し合うつもりじゃなかったのか。
 首輪もしている。参加者のはずなのに。

 『追手』?

 首輪も言葉も、俺たちを油断させるための偽装だったとでも言うのか。
 戦場で易々と気を許した俺たちが、間違っていたのか。
 正しかったのは、あの江ノ島とかいう奴の言葉だったのか――?


 渦巻く疑問に動けぬ天龍の体を、後ろから何者かが掴んでいた。


「あっ、あっ、あぁあああああ――っ!! 殺してやる!! わ、私の島風ちゃんたちの、カタキィィィィィイイイイ!!」
「あ、がァっ!?」


 狂ったような慟哭が天龍の耳元で響き、彼女の肉体は引き千切られんばかりの怪力で捻じられた。
 ヒグマ提督が、天龍の艤装の砲塔を無理矢理ひねり上げ、島風の傍らで捕食に勤しんでいる竜人に向けていたのだった。

 赤い瞳を向ける竜人の視線を遮るように、佐天涙子がその砲の射線上へ割り込んでくる。
 

「……撃つ気? アクマの言葉を鵜呑みにして。ヒトの言葉は解るくせに、現実は全く見てないわけ?」


244 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:24:27 KSmpP8/60

 鼻先に皮肉を吹いて、少女はその顔と、胸腹部を守るように、上下に両腕を構えていた。
 指の隙間からヒグマ提督の姿を伺いつつ、それでも彼女は、畏れる様子もなく近づいてくる。
 その光景を瞠目して見つめながら、天龍はようやく気付いた。


「うるさいぃぃぃいぃいいぃっ!! ころ、殺すっ、殺すぞ!? お前も殺すぞぉおぉぉおぉ――!!」
「そうだー、やっちゃえヒグマ提督ちゃん〜!」
「痛ッ、ぐぅっ――! やめ、やめろっ!! 撃つんじゃねぇ――ッ!!」


 しかし、天龍の叫びは、耳障りな江ノ島の声とヒグマの膂力で捻じ伏せられた。
 狂い始めた彼の行動を、もう誰も止められない。

 天龍には、その時はっきりとそう思えた。


「――あんたの守りたいものはなんだッ!! あんたが放り出し、捻じ伏せ、目を逸らしてるものはなんなの!!」
「ひっ――」


 その瞬間、佐天という少女の口から、信じられないほどの気迫と共に裂帛の叫びが迸っていた。
 構えられた左手の指から覗く彼女の瞳は、氷のように鋭く、炎のように激しかった。

 彼女の小指の先から、邪悪な冷気が出ているような、得体の知れぬ重圧が視界を突いて皮膚感覚に襲った。

 ヒグマ提督も天龍も、その非力に見える丸腰の少女に気圧され、動けなかった。


「何やってんのヒグマ提督ちゃん!! 撃って! その女早く撃ち殺しちゃって!!」


 江ノ島盾子の声が響く中で、ヒグマ提督は、慄いて震えることしかできなかった。


 ――私の守りたいもの。
 それは、艦娘たちだったはずだ。
 なのに、彼女たちは皆、殺されてしまった。
 この、少女の奥にいる、ドラゴンのような怪物にだ。
 仇を、討たなきゃ、いけないはず――。


「い、いい加減にしろクソ野郎ぉ!! この子が、仇なわけねぇだろがぁッ!!」


 そして彼の腕の下から、艦娘の声が響く。
 腕を捻り上げられていた天龍は、佐天涙子の喝破に、一筋の活路を見た。
 痛みを堪えながら彼女は、激しく動揺するヒグマ提督に向け、必死にその叫びを突き込んでいた。


 そこでヒグマ提督は初めて、自分が自身の『守りたいもの』に苦痛を与えていることに気付く。

 はた、と後ろを見る。
 そこには、先程まで抱えていた、愛しい少女の死体が、無造作に放り投げられている。

 はた、と前に向き直る。
 そこには、駆逐艦娘たちと大して変わらぬ見た目の年端もゆかぬ少女が、射竦めるような眼差しで自分を見ている。


「わた、私は……、だって私は、艦、娘、たち、を……」
「だろ!? 艦むす守るなら撃ち殺せぇ!!」
「バカ野郎ぉ!! 俺たちがそんなこと望むかぁ!!」


 二つの声に挟まれた彼は、震えるだけだった。
 その間にも少女はじりじりと歩みを進め、ついに、彼と鼻先が触れ合うほどの位置にまで近づき、彼を睨みつけていた。

 ヒグマ提督から、スマートフォンが少女に掠め取られる。
 佐天涙子はその画面を睥睨して、冷ややかにその中のプログラムへと呼びかけていた。


「……何にも意味のない嘘を喋り続けて……。そんなに楽しい?」
「あっはっは〜、あー残念、今回はここでゲームオーバーやね!」


 スマートフォンの中の江ノ島盾子は、一転して明るい口調で笑い、画面上で大きく伸びをした。

「……いやぁ、楽しかった楽しかった。恋人ごっこのために踊り続けるこのバカは傑作だったって。
 でも佐天ちゃんたちも案外外道だね〜! 恋人全員死亡の絶望エンドなんて、最後に良いモン見れたわ、あんがとね〜!!」
「フフ……」

 佐天涙子は、朗らかに笑う江ノ島盾子の画像に向け、心底可笑しそうに苦笑を漏らしていた。


「残念ながら、あんたの思うようなエンディングじゃないわ。カメラの画素数ケチると、碌な事ないわよ」


 そう言いながら、彼女はその右手を小指から握り締める。
 その拳に力が込められた瞬間、江ノ島盾子がコピーされていたスマートフォンは少女の指の間に炸裂していた。


245 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:25:00 KSmpP8/60

「『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』……」


 そしてその手が開かれると、中に握られていたものが風に吹き散る。
 非常に細かな、砂漠の砂のような鉄色の粒子が、彼女の手から零れ落ちてゆく。
 それが、一瞬前までスマートフォンとしての機構を有していたものだとは到底信じられない程に、それは一切の構造を破壊された塵芥と化していた。


 満月に噛み砕かれたアクマの最期を見て、ヒグマ提督は同時に、今まで目を逸らしていた自分の心を、暴かれたような気がした。


   ††††††††††


 精密機械だった粉塵を掌からはたき落とし、少女はヒグマ提督と天龍の方へと向き直る。


「……ようやく、この無駄な争いの主因が消えたわ。……早く天龍さんから退きなさいよ、そこのバカヒグマ」
「あ、う……」

 
 佐天の声に力の緩んだヒグマ提督の手から、天龍が即座に腕を振りほどいて脱出する。
 尻餅をついてへたり込んでしまった彼を見下しながら、痛む腕をおさえつつ、天龍は苦々しく吐き捨てた。


「クソが……。本当に何にも気付かないでやがる……。俺だって最初は驚いたが、こいつは論外だな」
「……いや、いいわ。あの女に言いくるめられてただけなんでしょう? むしろ騙し通せて良かったと思うわ」
「涙子だったっけ。そういやあんたはあいつと因縁があるような口ぶりだったな。何があったんだ?」


 そしてヒグマ提督をよそに、胸を撫で下ろした佐天と、何事もなかったかのように天龍は話し始める。
 彼は信じられない、という面持ちで彼女たちを見上げた。


 ――なんでだ。
 何で天龍殿は、僚艦を殺されてこんなに平然としてるんだ。
 怪物がいるんだぞ。
 殺されてるんだぞ。
 この女の子も。
 なんであんなドラゴンと同行していたんだ。
 一体、みんなは何を話しているんだ――。


 自分の様相や所業を盛大に棚に上げながら、ヒグマ提督は喘いだ。
 死んでしまった金剛、島風、天津風の姿を思い出すと、涙さえ溢れてくる。
 抑えきれぬ滂沱に目を閉じて、彼は臆面もなく蹲ってすすり上げ始めた。

 その到底ヒグマに見えぬ、それどころかいっぱしの社会的生物にも見えぬ姿を冷ややかに見下ろして、天龍と佐天は、自分たちの隣に歩いてきた者に言葉を振った。


「……どうすればいいの、このヒグマは」
「……お前の方がこいつのこと知ってるだろ。頼む」


 彼女たちの声を頭上で微かに聞きながら、ヒグマ提督はひたすらに泣く。

 思い出の籠った艦娘たちが轟沈しては、もう、自分には何も残らない。
 金剛はもちろん、島風も、天津風も、艦これのできるスマートフォンも失い、ヒグマ帝国に戻るツテも失った。
 もう彼女たちのボイスを聞くことは、できないんだ――。


「ヒトフタマルマル。お昼の風も気持ちいいから、寝ぼけてないでそろそろ起きなさいよ」


 その瞬間届いた時報ボイスは、彼に耳を疑わせた。
 ハッと上げた顔が同時に、真下から大きく蹴り挙げられる。


「ゲッハァ――!?」
「おはよう提督。眼は醒めたかしら」


 牙が砕かれそうな衝撃に跳ね上げられた彼は、もんどりうって転げた後、自分の顎を蹴った人物の姿を認める。

 銀色の長いツインテール。
 丈の長いセーラー服に、艦首ユニットに載った連装砲くん。


 ――天津風だった。


246 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:25:27 KSmpP8/60

 血のような真っ赤な線に体を正中線から真っ二つとされた姿で、彼女は平然とそこに立っている。


「ひゃ、ひゃ、な、なんで、あ、天津風ちゃんが……!!」
「ああ、これ? ケチャップみたいね」


 指差されたその液体を、天津風は額から掬い取って舐める。
 ケチャップの線が拭い取られた後の彼女の肌は、傷一つない綺麗なものだった。
 突然のことに事態が飲み込めぬヒグマ提督は、辺りをわなわなと見渡して声を上ずらせる。


「じゃ、じゃあ、し、島風ちゃんは、一体……!?」
「島風も気絶してるだけだったわ」
「あ、皇さん本当にありがとう! 流石に反撃ゼロじゃあ厳しかったけど、誰も傷つけずに済んだわね!」
「……そのような作戦でありましたので」


 天津風の返事の奥から、黒い鱗の竜人が静かに歩み寄ってきていた。
 彼――、アニラに向けて佐天涙子はにこやかに声をかけ、彼は笛のような細い声で答えた。

 遠くをよくよく見やれば、首を刎ねられたと思った島風の頭は、位置的に見えづらくなっていただけで普通にくっついている。
 回復体位で横たえられた彼女のボディは、3体の連装砲ちゃんが上に載せて、ちょこちょこと運んできていた。


「ずっと小声で話してたんだけどね。天龍、この人は、帝国陸軍准尉の皇魁さん。十二神将から取ったアニラって秘匿名もあるみたいだけど」
「……陸軍! いやぁ……、海軍が俺たちみたいなの作るから陸軍も何かしらやるだろとは思ってたが、恐竜か……」
「……正確には、元・陸上自衛隊第一師団所属であります」
「なんだっけ、『独覚これくしょん』? っていうプロジェクトらしいわ」
「……正確には、独覚兵であります」


 にわかに流暢に喋り始めた竜人と、それに対して普通に会話を始めている艦娘たちを見て、ヒグマ提督の混乱はいよいよ頂点に至った。

 アニラの長い尻尾には、小さなケチャップのボトルが掴まれている。
 そして彼が手に持っている食べかけの球体は、ケチャップ塗れの夕張メロンである。
 彼がずっと食べていた肉は、肉は肉でも、メロンの果肉であった。


 普通の精神状態ならば、いくら逆光があったとしても、吹っ飛ぶメロンを生首に見間違えることはなかっただろう。
 ヒグマの嗅覚ならば、ケチャップの臭いを血と誤認することなど、有り得なかっただろう。
 見間違えるとするならば、画質の悪いインカメラで外界を窺っているアルターエゴくらいのものだ。

 しかしヒグマ提督を始めとする一行は、その通常ではあり得ない状況を錯覚してしまうほど、平常心を失していた。


 アニラのこの行動を一番初めに正しく認識したのは、佐天涙子である。
 続いて気付いたのは、島風とメロンを間近で目視した天津風だ。
 彼女はそのまま、ケチャップを吹きかけられた意図を読んで、死んだふりをする。
 天龍は、佐天涙子の行動と、その奥で話し込んでいるアニラと、ヒグマ提督に向けて連装砲くんをブン投げようとしている天津風の姿を見て、ようやく気付いた。

 ヒグマ提督は、最後の最後まで、何にも気づかなかった。
 彼のヒグマとしての感覚は、まるでゲーム中毒の人間のような凝り固まった狭い思考に押しつぶされ、蒙昧の闇の中に溶け落ちていた。


247 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:25:53 KSmpP8/60

「い、一体、何が起こってたんだよ……!! ほんとに何なんだよ、これぇ!!」
「結局、私たちは皇さんと佐天さんに、品定めされてた、ってことね」
「とりあえず、お前らが金剛を沈めた犯人じゃなく、偶然居合わせた参加者だということは確信を持てた。
 ことによると俺たちより事情に詳しいみたいだってこともな。話してくれ」
「……そうするわ。皇さん、周りにあのロボットって、いないわよね?」
「我々の移動経路からは撤退するように動いていた様であります。彼の合成被覆の臭気は記憶しております故」


 ヒグマ提督の混乱した叫びは、その場の4人の言葉で受け止められる。
 周囲の臭跡を鼻腔に辿っていたアニラの発言を聞き、佐天涙子はヒグマ提督に向き直った。


「……まず教えてあげるわ。あの江ノ島って女こそが、ヒグマを悪用しようと企んでいる、元凶なのよ」
『ピーンポーンパーンポーン♪』


 ヒトフタマルマルを正しく告げる時報が、彼女のボイスの後ろで流れた。


   ††††††††††


 時間は十数分遡る。
 その際佐天涙子が下し、アニラに伝えた決断とは、以下の通りである。


『何があっても、相手に危害は加えず、話し合う。きっと、話の分かる人たちだろうから』


 希望的観測と博愛主義に満ち溢れた、戦場ではとても許されないような、甘すぎる決断であった。
 その決断に一切の賛否を加えず、アニラはそのまま佐天の言葉を実行に移す。

 直後に加えられた砲撃を、彼は佐天を抱えたまま、工場の壁を『真下に走る』ことで躱した。
 アニラの手足のスパチュラ機構に備わるファンデルワールス力は、十分な接地面さえあれば、大抵の環境を走り抜けることができた。

 狼狽する佐天に対しても、アニラはその決断を断行するための情報を、ビルの陰で冷静に伝えていた。
 彼は、その超人的な聴覚で捉えた天龍達3人と1頭と1機の会話を、そのまま繰り返したのである。


「『早く応戦しねーとあぶねーぞぉ』、ね……。彼女たちは、ちょうどあの工場から、誰かに撃たれてた、ってこと?」
「恐らくそうでありましょう。あの付近の屋根に、ヒグマの臭跡がありました。
 工場にも何らかの兵器が保有されているようでありますし、砲撃をするヒグマ――、などがいてもおかしくはないのかと思われます」
「うん。メルトダウナー飲み干すヤツがいるものね……」


 じりじりとビルの間の路地を進みつつ、佐天はアニラに対して確認を取った。


「そんで……、その発言は、間違いなく『江ノ島盾子』のものとみていいわよね。
 私たちの存在を知りつつ、始末しようと煽ってる、ってところかしら……」
「詳細は解らぬまでも、彼女は複数のロボットで、少なくとも我々の位置座標は把握しているはずであります。間違いないと思われます」
「……彼女だけは、潰すわ」

 ビルの影から喫茶店の方を伺いつつ、佐天は眼だけをアニラに向けた。

「言いくるめられてるんだろう彼女たちに、状況を理解してもらうの。いいわよね?」
「……了解いたしました」
「……いや、なんかそこまで徹底してイエスマンされると、却って不安なんだけど……」
「――自分は、佐天女史を信頼しておりますので。そのお言葉のまま、実行いたします」
「まぁ、こんなに信頼できるイエスマンも、そういないわよね――」


 表情を変えぬまま静かに語るアニラへ、佐天は微笑んだ。
 佐天の耳にも届くほどの大声で天龍が叫んでいたのは、その時だった。


248 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:26:30 KSmpP8/60

「俺たちは参加者だ!! 俺は天龍型一番艦の天龍!!
 多分お互いに勘違いがある!! 申し訳なかった、一度話し合いたい!!」


 佐天とアニラはその声に顔を見合わせる。
 アニラは佐天を抱えて、容易に声の届く喫茶店直近のビルにまで走り寄っていた。


「……参加者ですって!? じゃあなんでそんな重武装で、首輪もなくて、ヒグマと一緒にいるの!?
 私たちは問答無用に砲撃されたのよ!! 信じられると思ってるの!?」
「この艤装は俺たちの服みたいなもんなんだ! あと、首輪は外してもらったんだ、このヒグマにな!!」
「砲撃したのはすまなかったわ……! もう撃つ気はないから!!」


 佐天の問い掛けには二名の少女が答えてくる。
 天龍と名乗った少女と、天津風と呼ばれていた少女の声だった。

 佐天は首を傾げる。


「……んー? 話し合いたいのは確かだけど、どこまで信じていいのか……。天龍型一番艦っていうのがまず何なんだろ、まるで自分を船みたいに……」


 天龍は自分たちのことを参加者と言っていたが、それならば、首輪を外せて、外してくれるというそのヒグマは、一体どのような立場の者なのだろうか。
 そして何より、彼女たちが一様に身に纏っている軍艦のような装備などには、解らないことが多すぎた。

 佐天のその疑問に、アニラが「噂ですが」と前置きをして答えた。


「海上自衛隊においても、自分の所属します陸自の『死者部隊(ゾンビスト)』のような、『鎮守府』という組織が秘密裏に作成されたらしいということを聞き及んでおります。
 『天龍』は大戦時の軽巡洋艦、『天津風』は駆逐艦の名称であり、海上自衛隊にも同名の艦が所属していたはずであります」
「……じゃあその、皇さんが実験で竜みたいな力を得たように、彼女たちも軍艦みたいな力を得た人間、ってこと?」
「あくまで憶測でありますが、そうである可能性は低くないと思われます」


 統一された規格の兵装を纏い、その重武装を少女の身で軽々と扱って行動している点に、アニラは自らとの類似点を強く認識した。
 その『独覚兵』のような少女たちが4人もまとまって行動していた理由は解らないまでも、海自に於いて陸自と同じような計画が進行していたとしてもおかしくはないと、彼は考えていた。
 あの幼い背恰好で軍属ないし自衛隊所属ということはにわかに信じがたかったが、独覚ウィルスのアーヴァタール効果によって獣じみた姿に変わることに比べれば、実験で多少肉体が若返ったりするくらい、十分ありうることだろう。


「STUDYの配下……、あ、いや、今なら有冨さん側でも協力できるか。江ノ島盾子の直属の配下、って可能性はないのよね?」
「『天津風』が、『海軍式の敬礼』を行なっておりました。身に染みた習慣は即時に変わるものではありません。
 海上自衛隊の所属であり、外部から連れてこられた者だということは、確かでありましょう」


 掌を内に向けて、腋を締める敬礼――。
 狭い艦内で、ロープ操作で汚れた手を見せぬようにするための、海軍独自の敬礼を、天津風は天龍に向けて行なっていた。

 疑問と不安を氷解させた佐天涙子は、胸を張って笑う。


「よっしゃ! そういうことなら、私一人で話に行ってみる!」


 武装して待ち構えている相手の元に、真正面から丸腰で向かって行く――。
 戦場であればどう考えても自殺行為である彼女の決断に、アニラも流石に、変わらぬ表情の裡で肝を冷やした。

「……自分の話を致しますが。我々は戦場に於いて、相手の元に自分から姿を晒し、声を掛けながら近づく、などという行動は、一切致しません」
「いやいや、わかってるわよ流石に。ここを『戦場にしたくない』から、そうするの」

 ヒグマに勝るとも劣らない強面のアニラは隠しておいて、非武装の佐天一人が行くことで、相手の緊張を解き、攻撃心を収めさせる算段であった。


249 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:26:49 KSmpP8/60

「むしろ、それでももし相手が襲ってきた時のために、皇さんにはここに待機して状況を伺っておいてもらいたいの。
 誤解がとけたら、その時私から紹介するんで」
「……もし『戦場』に、なってしまった場合は如何致しますか。江ノ島盾子が、何も行動せず佐天女史を看過するとは思えません」
「……皇さん、何か隠し芸とかないの?」


 彼女の決断の穴を塞ぐべく重ねたアニラの言葉に、佐天は突如、全く関係のないような質問で返した。
 理解しかねたアニラの沈黙に、佐天は説明の言葉を捻りだす。


「あ〜……あのさぁ。私と戦った時も、皇さんは気絶したフリとかで、上手いこと戦闘を血を流さず収めたじゃない。
 争いが起きても、ああいうことして欲しいの。ちょっとハードル高いかも知れないけど、江ノ島盾子を騙せるような、迫真の芸を」
「――了解いたしました」


 佐天の言葉に、今度は反駁することなくアニラは応えていた。
 自分のデイパックの中身を確認しつつ、彼は言葉を繋げる。


「自分は隠し芸といたしまして、忘年会でテーブルマジックやタップダンスを行なった経験があります」
「――忘年会!? ダンス!?」
「……自分が何を致しましても、佐天女史の決断を実行しているのみでありますので、驚きませぬよう」


 引き出された意外なアニラの一面に、佐天は面食らう。
 彼は赤い瞳で佐天涙子を見つめ、静かに息を吹いた。


「――自分は、佐天女史を信頼しておりますので」
「――私も、皇さんを信頼しているわ」 


 微かに上気した頬で笑い、佐天はビルの影からその声を張り上げた。


「……わかったわ! 話し合いに、そちらに行く!!」


 その後、アニラが披露した隠し芸の評価は、既に周知の通りである。


   ††††††††††


「球磨……!? 球磨も連れて来られてたのかよ、この島には……!?」
「ああ、そうみたいね……。ただ、江ノ島盾子が直前まで『監視』してた限りじゃ、地下に落ちて首輪の反応が消えたらしいので、死んでるとは言い切れないみたいよ。
 球磨もヒグマと同行してたらしいから、提督がしたみたいに外してもらったのかも」
「随分と楽観的な観測だな……。で、こいつは艦娘を守ると言いつつ、その言葉で安心してたわけだ。
 俺との会話でも一言も話題に載せなかったのはアレか、選り好みか。有言不実行ってレベルじゃねえな……」
「その通りよ。どう天龍? 提督って凄まじいヘタレよね。どうせ『殺す』って言っても撃てないと思ってたわ」


 第二回放送が死者を読み上げた後、天龍はヒグマ提督に向けて蔑んだ視線を向けていた。
 彼に作られた天津風さえもがヘタレと公認するヒグマ提督は、ただただ項垂れて蹲っているのみだ。

 死んだ者だけではなく、首輪が外れれば放送で呼ばれる、ということは、天龍自身が呼ばれたことから確認はできた。
 しかし、地下のヒグマ帝国で江ノ島盾子から艦娘の情報を得続けていたヒグマ提督が、その一言で安心していいものだろうか。
 真に艦娘のことを考えている提督ならば、天龍と同時に参加している球磨の事も心配して然るべきであろう。

 ヒグマ提督は『艦娘』を守ろうとしているわけではなく、『自分好みの女』を侍らせようとしているだけ――。

 口当たりのいい題目で隠していたその心が、衆目に暴かれてしまった瞬間でもあった。


『イヤッホーーーー!!!!穴持たず48シバさん討ち獲ったりぃぃぃぃぃ!!!!』
『ヒャハハーーーー!!!!いくら支配階級でも背後から襲えばチョロいもんだなぁ!!』
『オッシャーーーー!!!!この調子でどんどん行くぞぉっっっ!!』
『聞こえてるかぁ!?地上に居る我が同士ヒグマ提督よぉぉぉぉぉ!!』
『この革命!必ず成功するぞ!!ヒグマ帝国は俺達と艦むすのモノだぁぁぁぁ!!』


 そして直後、放送は大音声のヒグマの唸り声で満たされ、ぶっつりと途切れる。
 アニラ、佐天、天龍、天津風、そしてヒグマ提督の総員が、驚愕で暫く反応を忘れていた。

 内容を翻訳して佐天や天龍に伝えたのは、天津風だった。


250 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:27:10 KSmpP8/60

「……聞いたでしょ。あれが、江ノ島盾子に踊らされた、その他のヒグマたちよ、たぶん。
 一歩間違えればあんたたちもあの群れの中に混じってたんでしょうね、きっと」
「オリジナルの野望を潰すとか綺麗事言って……、口先で丸め込んだら、結局やらせることは一緒だったわけだな、アホらしい……」
「ほんとね。思った以上に凄まじい風だったわね、あの女……」


 江ノ島盾子を知る三人の女子が、口々に溜息を吐く。
 その最後に呟いた天津風の言葉に違和感を覚えて、天龍は顔を上げた。


「……天津風、お前、あの女のこと、『いい「風」が吹いているのよ』とか言ってなかったか?」
「そうよ。途轍もなく強くていい逆風だったじゃない」


 金剛然り、島風然り、この島で作られた艦娘たちの思考はどこか尖りすぎていて、天龍には同輩でありながらその心の底が読み切れなかった。
 特にここに来て、一見がらりと態度が変わってきているように思える天津風の思考は、さっぱりわからないのだ。


「逆風の中でこそ、船の操舵技術が試され、いい運転ができるものよ。その点彼女の甘言は絶好の訓練日和だったわ」
「な、なんだそれ……」
「この、『艦に乗せられてばかりの初級士官』に稽古をつけてやろうと思っただけよ」

 脇で蹲るヒグマ提督に顎をしゃくり、天津風は先程まで提督に見せていた甘い顔から一転して、冷酷な女帝のような視線を彼に向けていた。
 そこで反応したのは、彼女たちに少なからぬシンパシーを感じているアニラである。


「……天津風女史。帝国海軍軍艦の能力を有する『艦娘』のあなた方が、このような者を上官としていることに、自分は先程から多大なる疑問を抱いております」
「ん? 少なくとも私はこの提督のことを『上官』だと思ったことは一度もないわよ。上官は、部隊の旗艦だもの。
 この提督は、敢えて言うならただの上司。もしくは、鎮守府に座っているお飾りね」


 脱出に向けての隙の無い作戦を立案してくれる上官を、深夜から探していたアニラにとっては、艦娘たちがヒグマ提督のような者を慕っていることを聞くのは、非常に嘆かわしいことであった。
 見方によれば、アニラにとっては数十歳も年長の大先輩が、彼女たち艦娘なのである。
 その大先輩が無能な上官に肯い、あまつさえ恋愛感情さえ抱いているともなれば、失望どころか、目を背けて全てを忘れたくなるほどの事態であったのだ。

 天津風から返ってきた返事に、アニラの心は晴れる。
 そして彼は、天津風と固く握手を交わしていた。


 彼女の発言に慄いて、ヒグマ提督は天津風に縋り付こうとする。


「ど、どういうことだよ天津風ちゃん――! なんで天津風ちゃんがそんな言葉を――!」
「やだ、触んないでよ」
「ガッ――、ぼぁッ!?」


 足元に擦りついて来ようとするヒグマ提督を、天津風はその爪先で勢いよく蹴り飛ばしていた。
 顎が砕かれるような衝撃で宙に跳ね上げられた彼は、きりもみして地に倒れた後、舌を噛んでしまったらしく、血の唾液を吹いた。


「――吹き流しが取れちゃうでしょ」


251 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:27:44 KSmpP8/60

 天津風の行動に、その場の誰もが反応を忘れて硬直する。
 服のケチャップを拭いながら漫然と呟いた後、彼女は地に悶えるヒグマ提督に指を突き付ける。


「あなたが私に何を見ていたのか知らないけど、金剛みたいにあなたを盲目的に好いてくれるヤツばかりだと思わない方が良いわよ。
 所構わずイチャイチャしちゃってさ。上司への愛想笑いと男女間の笑みを混同するような無粋な頭は、私が矯正してやらなきゃと思ってた。
 いつ言い出してやろうかと思ってたわ……。私は島風のテストベッドじゃなくて、新型高温高圧缶のテストベッドなんだってことも……」


 ヒグマ提督の頭脳は、彼女の言葉を暫く理解できなかった。
 彼女の言葉に慌てたのは、ヒグマ提督よりもむしろ天龍だった。


「……あ、あの、天津風。お前、『私に進む風をくれるのは提督だけ……』とか言ってなかったっけか……?」
「ええそうよ。ここまで優柔不断で陰鬱な低気圧を作り出せるクズ提督なんて、そう例を見ないでしょ?
 このへたれた初級士官を自分で矯正できるなんて、とてもやりがいのある任務だと思わない?」
「うっ……、『華の二水戦』、神通仕込みの鬼訓練かよ……。俺はそんな任務ごめんだぜ……」


 天龍はここでようやく、天津風の思考に合点がいった。

 戦時中、天津風が所属していた『華の二水戦』は、旗艦に軽巡洋艦・神通を有した、帝国海軍第一の斬り込み部隊だった。
 全世界最強の艦対艦雷撃能力を有する精鋭部隊であった二水戦は同時に、「月月火水木金金、日々是訓練」という凄絶な訓練でも有名であった。
 艦隊のアイドル・那珂ちゃんの姉でありながら、大戦中最も激しく戦った日本の軍艦ということで賛辞を受けた神通の訓練には、以下のようなものがある。

 一つ、「訓練に制限なし」が合言葉。
 一つ、大時化の日を「絶好の訓練日和」とし、その中での急加速・急減速・大転舵などをウォーミングアップとする。
 一つ、神通が先頭に立っての無灯火での夜間襲撃戦。
 一つ、探照灯を照射してお互いに目潰しを食らわせつつ、真一文字に突撃し合う速力全開の反航戦。
 一つ、両軍の巡洋艦が高速で駆け回る中を、駆逐隊が間隙を縫って突撃するという、実戦以上に過酷且つ想像の範疇を超えた、神通自ら敵艦役を務める4駆逐隊異方向同時魚雷戦。


「腕が鳴るわぁ……」


 挙げていけばキリのないその『二水戦魂』を引っ提げて、天津風は華のようににっこりと笑っていた。


   ††††††††††


 佐天たちは、自分の来歴と、脱出に向けて百貨店に拠点を設けていることをかいつまんで話していた。
 天龍たちも同様に、自身が夜間から遭遇してきた事態を佐天らに伝える。
 天津風ら帝国生まれの艦娘については、なかなかに込み入った事情と、驚くべきその実態があった訳だが、結局は『この提督が女の子侍らせたさに負けて江ノ島盾子の誘いに乗った』という認識で落ち着いた。


「ヒグマのくせに人間に惚れるっていうのは……、なに? 人間で言うならケモナーとかいう異常性癖扱いになるのかしら」
「まぁそうなんだろう……。だが、異常だろうが正常だろうが、振る舞いさえまともなら別に何も言わねぇのによ……」
「矯正する機会が来て良かったわ……。このままだともっと大事になってたでしょうから」


 結局、ヒグマ提督を狙撃した犯人については解らず仕舞いであったが、アニラの嗅覚を信じれば、それは何らかのヒグマだということになる。
 江ノ島盾子の言うヒグマ帝国からの『追手』というのも一概に嘘と言い切れないが、そのヒグマがなんであるにせよ、それは既にどこかに移動しているようだった。
 本来集中すれば工場の屋根からでもヒグマの聴覚は喫茶店付近の会話を聞き取れたようなので、そのヒグマは狙撃前に十分に彼らの話を聞いた上で撃っていたはずである。

 江ノ島盾子を敵と見做すのであれば、そのヒグマとも協力できる余地は残されているようにも感じられた。


 一方、佐天、天龍、天津風の三者からはゴミのように蔑まれ、アニラからは気にもされていないヒグマ提督は、金剛の亡骸に縋り付いてさめざめと泣いている。
 その傍で、アニラの当て身により脳震盪を起こしていた島風が、ようやく意識を取り戻した。


「……、こ、こは……?」
「あ、し、島風ちゃん……」
「島風、気がついた? 気分はどう?」


 起き上がった島風の視線は、隣のヒグマ提督、近寄ってきた天津風、そして喫茶店外のアニラの方へと移る。
 その瞬間、彼女は気絶直前の光景を思い出し、絶叫と共に後ろへ転げた。


252 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:28:44 KSmpP8/60

「ひぎゃぁああああああ――!? まだいる! 死んじゃう! 沈んじゃう! 殺されちゃう!!」
「島風、落ち着いて! この皇さんは、まるゆとかあきつ丸とかと同じ、陸軍の人よ!!
 金剛を撃った奴でもなかったし、あなたは気絶してただけ!!」
「海軍としては、陸軍の提案に反対――ッ!!」


 天津風の制止も間に合わず、発砲された連装砲ちゃんの砲弾を、アニラは慣性を殺すような急加速でサイドステップを踏み、全て躱していた。
 はっきりと彼の速度を目の当たりにした島風は、「うっ」、と喉を詰まらせて身を固める。
 アニラは依然として表情を変えず、喫茶店前の路面に平然と立っているが、彼と島風の間には得も言われぬ緊張感が走っていた。


「もうやめなさいよ島風……。皇さんが寛大で素早い人だったからいいけど、あなた、大惨事起こしてるところだったのよ……」
「……何度も訂正いたしますが、自分は陸軍ではなく、陸上自衛隊の所属であります」
「す、ば、や、い……? こいつが、私より、速い……? 私が、スロウリィ……!?」


 三者三様に全く噛み合わない会話の中で、アニラと島風は互いに睨み合う。
 そこでアニラは、ぽむ、と手を打ち合わせ、突如その場で、反復横跳びを始めた。

 カツッ、カツッ、カツッ、と規則的な音を鳴らすステップは、徐々に加速してゆく。
 暫くその様子を見つめていた島風は、煽るようなその音に、思わず喫茶店から路上へと飛び出していた。

 そして彼女も、アニラに負けじと、高速で反復横跳びを始める。


「うおおおおおおおおお――!!」
「フルルルルルルルルル……!!」 


 上体を残し、下半身がほとんど残像しか見えないような高速の横跳びで、足音が機関銃のようにけたたましく響く。
 アスファルトを切りつけるそのステップで、路面にひびが入ってゆく。
 見る間に砕けてゆくその地面に、最高速度に至っていた島風がついに指を掛けた。

「うりゃあっ!!」

 ステップにより剥げ落ちた路面の舗装を、彼女はアニラの目の前にひっくり返す。
 ハァハァと息を荒げたまま、彼女は誇らしげな笑みで、アニラに指を突き付けた。


「――私の勝ち!!」


 アニラの足元のひびは、まだ地面がめくれるような深さにまでは入っていない。
 静かに立ち止まった彼は、島風に向けて、恭しく敬礼を行なっていた。


「やったぁーッ!! 勝ったーっ!! 私がやっぱり一番速いんだーッ!!」


 よくわからない勝敗条件を満たして快哉を上げた島風は、その場で跳ねまわってはしゃぐ。
 子供に花を持たせてやり、一歩引くアニラの姿。
 その様子に、喫茶店から天龍と佐天は思わず涙ぐんですらいた。


「……あの島風に付き合ってやれるのか……、優しすぎるだろ……」
「いや、なんかもう……、いつもいつもご苦労様……」
「キミもなかなか速かったよドラゴンくん! でも私ほどじゃないね! もっと精進してきたら、また競走を受けてあげようじゃあないか!!」
「……光栄であります島風女史。自分は皇准尉であります」


 調子が戻って上機嫌になった島風と握手を交わし、アニラは淡々と自分の呼称を訂正した。
 見える位置に名札をつけているのだが、如何せん容姿に目が行き過ぎて誰も名札を見てくれないのが、彼の心残りであった。

 彼らの様子を見てほっと息を吐く天津風は、振り返って、喫茶店内で金剛を抱えるヒグマ提督を見やる。


「そうなるとあとは……、提督だけね」
「う、あ……」


253 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:29:15 KSmpP8/60

 先程から放心状態もいいところであるヒグマ提督の元へ、天津風たち艦娘がつかつかと歩み寄る。
 口火を切ったのは、旗艦として立候補している天龍であった。

「……あのな。これから、涙子と皇の部隊に合流して、百貨店に行くことにした。結局ヒグマ帝国には乗り込まなきゃならねぇが、那珂や龍田を探すためにも、拠点があるのは助かるからな」
「……うん、そう……」

 しょぼくれたまま何度も頷いていた提督は、そこでハッと顔を上げる。


「ま、まさか……! 人間と行動するからって、私を置いていくつもりかい!?」
「……え? そうして欲しいのか? それならむしろ助かる気もするが……」
「いやいやいや違う! 違うって! 行く! 行きたい! 連れて行って下さい天龍殿、お願いします!!」

 慌てふためくヒグマ提督に溜息を吐き、天龍は言葉を続けた。


「……それならな、ヒグマ提督。金剛を弔うぞ」
「えっ……」


 その言葉は、彼には信じがたいものだった。

「このまま連れて行ったところで、もうどうしようもないのは解るだろ……?
 ここでちゃんと埋葬してやって、思いを入れ替えて進むことが、金剛のためにもなる」
「……誰にも看取られず水漬く屍となるより、万倍マシよ、きっと」
「金剛……、速かったよね……」

 口々に語り掛けてくる艦娘たちの言葉に、彼はぶんぶんと首を振った。
 彼女たちの言葉はどれも、彼の聞きたいボイスではなかった。
 心の戸を叩く声というノックに、彼は喫茶店の片隅でがたがたと震える。
 見えないグラスの中の、見えない酒を煽り、彼はまた、艦隊これくしょんという夢の中に戻ろうとした。


「やだ……ッ!! そんなの、嫌だぁ……ッ!!
 そんなの、艦これじゃないっ……。私の艦娘は、こんなこと言わないぃいっ……!!」
「――いい加減にしなさいっ!!」


 子供のように駄々をこねる彼の頬を、天津風が張り飛ばす。
 その眦には、抑えきれない怒りが灯っていた。


「……私も金剛も島風も、那珂も龍田もビスマルクも。あなたの人形じゃないのよ……ッ!!
 金剛の思いを無下にして、いつまでベタ凪いでいる気!? せめて自分の脚で立ちなさいよ、お飾りでもね!!」


 彼女はそのまま金剛の遺体をヒグマ提督から引き剥がし、無理矢理彼を押さえつけて、外に連れ出した。
 その脇を、天龍と島風が固める。


「C−4だったよな!? 済まない、先に行ってるから、頼んだ!!」
「佐天さん、話しておいたように埋めてくれればいいわ。提督は私たちがなんとかするんで」
「やめろぉおおおおーっ!! いやだぁああああ!! 金剛、金剛ぅうう――ッ!!」

 彼は叫びながら、その巨体で激しく暴れ回って逃れようとするが、背後からがっちりと天津風の怪力で押さえつけられ、そのままずるずると引きずられていった。


「え、私たちが埋めちゃっていいの――?」
「……こいつは、自分が暴れれば暴れるほど、金剛の遺志を無駄にすることすら分かってねぇ。見せない方がいい」
「ドラゴンくん、早く来てね」


 天龍と島風がそう言い残し、佐天とアニラだけが、喫茶店の元に佇んでいた。


   ††††††††††


254 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:29:40 KSmpP8/60

 綺麗な指をしている。
 眠り姫のような、綺麗な顔をしている。
 その巫女さんのような衣装の胸元に、ぽっかりと大口を開けた銃創だけが、ただただ異質だった。

 衣服に取りつけられている、信じられないくらい重い船の模型や武装を取り外してみれば、そこにいたのは、私や初春と大して変わらない、ただの人間の女の子だった。


「作られた……って言っても、私たちと、どこが違うっていうのよ……。同じじゃない、ねぇ……」


 そこにいたのは、紛れもなく、人間の女の子の死体だった。
 胸元の奥深く、赤黒い血だまりの闇に溶けた空間は、余りに生々しくて、見たくなかった。
 私が直視した初めての、人の形をした死体だった。

 喫茶店の植え込みに穴を掘っていた皇さんが、尻尾の先にボールペンを掴み、メモ帳に文字を書いていた。


『恐らく、何も違いません』
「そうよね……。有冨さんに作られたフェブリちゃんだって、普通の女の子だったもの。
 極論、この島のヒグマだって、同じなのかも……。人の言葉、喋ってたしさ……」


 他者とかかわり、会話し、コミュニケーションから関係を築いてゆく。
 恐れもするし、お腹もへるし、恋もするし、色んなヤツがいるし。
 それならば、私たち人間と、ここのヒグマたちとの間の、一体どこに境があるだろうか?

 金剛という、重々しい名前を背負った彼女の装備を四次元デイパックに仕舞い、軽くなった彼女の体を、その穴の中に二人で差し入れてやる。
 その頭上には、一本の真っ直ぐな木が聳えていて、鱗のような葉を茂らせた、爽やかな香りの枝がそこに広がっていた。

「……この木、何ていう名前なのかしら」
『「翌檜(あすなろ)」』


 滑らかな木肌に触れていた私に、皇さんが丁寧な漢字で、その名を見せてくれた。
 『明日はヒノキになろう』――。
 確か、そんな意味合いでつけられた名前の木だ。

 彼女の体は、分解され、きっと、この木の糧となってゆく。


 ヒグマの肉で作られ、人間の形を持った、軍艦――。


 一体、そんな彼女の存在は、何になろうとしていたのだろうか。


「彼女も――、あすなろみたいに、『明日は人間になろう』と、思っていたのかしらね」
「それは違います」


 しんみりしていた私の言葉は、皇さんの声で即座に否定された。
 驚きに振り向いた私へ、皇さんは、彼女の体に土を被せてやりながら静かに説明を加えている。


「『明日は檜になろう』という語源は、真の語源ではありません。
 あすなろは、ヒノキよりも枝葉が分厚く育つため、『アツハヒノキ』と呼ばれておりました。
 『明日はヒノキ』とは、それが転じていったものであります」

 私の眼を、皇さんはその真っ赤な瞳で見つめ返す。

「始めから、あすなろはヒノキであり、彼女は人間であり、同時にヒグマであり軍艦でありましょう。
 全ては、視点の相違に依存するだけの価値観であります故。そこに、境などありません」


 古くから、日本人は、ありとあらゆる物事に『神』が、八百万の神が宿っていると考えていた。
 100年大切に使った道具には魂が宿り、99年だと妖物になる、とか。
 器物と妖物と神との間に境は無く。
 そして、それを観測している私たち人間と、観測されている外界にも、境は無かったのかも知れない。

 擬人化。

 というのも、多分日本人独特のものだ。
 英語を習っていると、無生物を主語にしたりするけれど。
 恐らく、ただの物体に人格を見出す文化が根付いているのは、日本人くらいのものなのではないか。

 柵を越えて同期した心は、異なった視点を生み、異なった現象を呼び、日本人の精神文化を進化させてきたのかも知れない――。

 私は、皇さんの言葉を聞きながら、ふとそんなことを思う。


255 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:30:06 KSmpP8/60

 ぼりん。


 少女の体を埋めていた皇さんから、そんな音が聞こえていた。

 ぼりん、じゅる、じゅる。と。

 彼の黒い背中の向こうで、そんな音が立っている。


 回り込んで、私は見た。
 皇さんが、メロンのような丸い球体を割って、中の肉を啜っているのだ。

 メロンにしては、その果肉は赤すぎた。
 ケチャップにしては、その臭いは酸鼻すぎた。

 そして何より、その球には、髪の毛と、目鼻がついていた。


「ひ、やぁあああああ――っ!?」


 数歩たたらを踏んで尻餅をついた私の前で、皇さんは淡々と、金剛という女の子の脳を啜り続けた。
 そして頭蓋内を綺麗に舐めた後、彼女の生首を丁寧に墓穴に置いて、最後の土を掛けて、埋めた。


「な、な、なんで――ッ! なんで、この子を、食べたのッ!?」
「……佐天女史には、自分の食人欲求のことをお話ししていたはずでありますが」
「いや、話してたってッ……! さっきまで、一緒に、弔っていたじゃない!!」


 皇さんは、『意味が分からない』とでもいうように、小首を傾げていた。


「……彼女の血肉を、有効利用させていただいたまでです。無駄を省き、死者を敬うという面でも理に適ったことであったかと思考しております」
「そ、そういう問題じゃないわよ――ッ!! 何があっても、相手に危害は加えないって――、約束してくれたじゃない!!」
「……佐天女史の決断には、従っております」


 皇さんは、悪びれもせず、そう答えるだけだった。

 解る。
 頭では、解る。

 皇さんは確かに、生きている人には、綱渡りのような危ない演技で、私の決断を実行してくれた。
 そして、金剛という彼女は、既に死体だ。
 形見である装備品やなんかも回収したし、あとは埋めてしまうだけの体を、独覚兵が食べていけないわけはないのだろう。
 皇さんは、今までずっと真摯に、その欲求に耐えていてくれたんだ。

 彼が理性的でなかったら、金剛さんの脳の代わりに、食われていたのは私の脳だったはずだ。


 ――でも、生理的に、受け付けない。


 皇さんも、あのヒグマも、同じだ。
 自分の欲望を、上手く他人から隠していたか、人目に晒してしまったかだけの違いだ。

 それは目の当たりにしてしまえば、あまりの生々しさに、普通の人なら見たくなくなる歪みだ。
 だから人間は大人になるにつけ、きっとそれを心の奥にどんどん仕舞い込んで行く。
 自分が一番見たくない、自分の一番根底にあるもの。

 それが自分の表面に、境を越えて現れてしまった時――。


 行動的には、それは異常性癖や食人欲求となり、肉体的には、竜やヒグマのような荒々しい形態となって、現れてしまうのかもしれない。


 私は皇さんを視界に入れないように、踵を返していた。
 立ち上がった時、自分の手足が、胸騒ぎで震えているのがわかった。

「……皇さんが、耐えていてくれたのは、解るわ。でも、悪いけど、そんなもの、聞きたくない」
「……本当に、お解りになるのですか?」

 皇さんの静かな呟きに、私はハッと振り向いてしまう。
 佇む皇さんの表情は、心なしか、悲しんでいるようにすら見えた。


『ウィルスは、些細なきっかけに過ぎません。脳の中に、体の中に、心の中に、「独覚兵」という存在は誰の奥底にも眠っているものだと思われます。
 それは自分自身の本質でありながら、最も自分自身とは遠いものであります。
 佐天女史は、それを呼び覚ましてなお、自分自身である自信がありますでしょうか』

 皇さんが語った言葉が、脳裏にはっきりと思い出された。


 私が、皇さんの心を理解できるというのなら、私は彼の心に、自分の投影を見ている。
 彼の『在り方』に、近づいてしまったからこそ、彼を理解できるんだ。

 見たくない。
 聞きたくない。

 頭ではわかっても、生理的に、拒絶したい。


 それはきっと、開けてはいけない扉の先にあるものを、私は薄々――。
 いや、それどころかはっきりと、認識してしまっているからに、違いなかった。


256 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:30:25 KSmpP8/60

「――後悔に意味はありません。佐天女史の心情を損ねた結果を、自分はただ受け入れ、改善致します。
 佐天女史も、どのような結果になりましょうと、ご自身の決断には決して後悔なさいませぬよう」


 皇さんは、それだけを静かに呟き、あすなろの木を墓標としたお墓に向けて、そっと両手を合わせていた。
 彼に続けて合わせた指の先は、冷えきっていた。


 小指の先に回る、億兆京那由多阿僧祇の、細かな満月が見える。
 江ノ島盾子を噛み砕いた月が、私の影で笑っている。
 冷え冷えとした表情で、私の中にくるくると踊っている。

 蹴り殺したはずの誰かの足音を、私は、私の真下の大地の中に聞いた。
 埋めたはずの墓の下にいるのは、本当は、私なのかもしれない。


   ††††††††††


【D-6 とあるビルの中の小さな喫茶店/日中】


【アニラ(皇魁)@荒野に獣慟哭す】
状態:喋り疲れ、脱皮中
装備:MG34機関銃(ドラムマガジンに40/50発) 、『行動方針メモ』
道具:基本支給品、予備弾薬の箱(50発×5)、発煙筒×2本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、缶詰・僅かな生鮮食品、簡易工具セット、メモ帳、ボールペン、金剛の装備品×4
[思考・状況]
基本思考:会場を最も合理的な手段で脱出し、死者部隊と合流する
0:これほどまでに多数の女性と長時間会話したことは、今まであっただろうか……。
1:海自の『艦娘』の中には、優良な人材が居そうであるが……?
2:佐天女史は、自分と行動を共にしすぎている……。果たして、それは良いことなのか。
3:参加者同士の協力を取り付ける。
4:脱出の『指揮官』たりえる人物を見つける。
5:会場内のヒグマを倒す、べきなのでしょうか。
6:自分も人間を食べたい欲求はあるが、目的の遂行の方が優先。
[備考]
※脱皮の途中のため、鱗と爪の強度が低下しています。


【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(小)、ダメージ(小)、両下腕に浅達性2度熱傷、右手示指・中指基節骨骨折(エクステンションブロック法と波紋で処置済み)、頬に内出血
装備:なし
道具:百貨店のデイパック(発煙筒×2本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、救急セット、タオル)
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:金剛さん……。ご冥福を。
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助ける。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』……!!
5:私の奥底に眠る、『在り方』って……?
6:ヒグマ提督も皇さんも私もみんな同レベルとか、流石にそうは思いたくないわね……。なんか字面が嫌。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになっているかも知れません。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。


257 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:30:50 KSmpP8/60

【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム支給品×1〜2、基本支給品、サーフボード
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督と、天龍の指示に従う。
1:金剛……速かったよ……。
2:ドラゴンくんも速かったな……。
3:あっちにいる人は、どのくらい速いのかな……。
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為、基本性能の向上+次元を超える速度を手に入れました。
※速さの極みに至った場合、それはただの瞬間移動になり、攻撃力を持ちません。
※エネルギーを失えばその分減速してしまうため、攻撃と速力の極限は両立しません。


【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:日本刀型固定兵装
主砲・投げナイフ
道具:基本支給品×2、(主砲に入らなかったランダム支給品)、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
1:金剛、後は任せてくれ。俺が、旗艦になる。
2:ごめんな……銀……
3:涙子、皇と共にいる参加者と合流し、情報交換する。
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています


【穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:健康、金剛と離れたくないと駄々をこねている
装備:なし
道具:なし
基本思考:責任のとり方を探す
0:自分にできることをはじめよう
1:金剛…………!! 金剛…………!!
2:だって球磨は……、うちの艦隊にいなかったんだもん!!
3:こんなの、私の知ってる天津風ちゃんじゃない!!


【天津風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲くん、61cm四連装魚雷、強化型艦本式缶
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0:ヒグマ提督を、二水戦流の訓練で矯正する。
1:風を吹かせてやるわよ……金剛……。
2:佐天、皇と同行して、人員を集める。
3:私は島風の姉妹艦でもないし、提督LOVE勢でもないわよアホか!!
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※生産資材にヒグマを使った為、耐久・装甲・最大消費量(燃費)が大きく向上しているようです。


   ††††††††††


【アテヒ(明檜・貴檜)】

 あすなろのこと。

 あすなろの語源には諸説ある。
 アツヒ(厚葉の檜)→アツハヒ→アスナロという変化以外にも、古来アテヒと呼んだことから2つほどの説が提唱されている。

 林業における、日陰で育った木の事を指すアテ(陽疾)という単語から、『暗闇に負けぬヒノキ』の意。
 そして、古語のあてなり(貴い)という単語から、『気高く、高貴なヒノキ』の意。

 どの説を取るにせよ、『明日はヒノキになろう』ともがき、その明日に決して至れない者の意では、有り得ない。


 人と、獣と、機械の、全てのちょうど中間点にいた少女の亡骸も今、このあすなろと共にある。

 獣の姿を持ってしまった人。
 自身の裡に歪んだ月を見る人。
 人の思考を持ってしまった獣。
 人と機械の矛盾点を踏み越えてゆく同胞。

 彼らの背中を、あすなろはそこから見ていた。


258 : 月と恋人 ◆wgC73NFT9I :2014/12/12(金) 20:32:26 KSmpP8/60
以上で投下終了です。

続きまして、
黒木智子、クリストファー・ロビン、言峰綺礼、ヤスミン、グリズリーマザー
で予約します。


259 : 名無しさん :2014/12/13(土) 01:45:47 QVK/JX6E0
投下乙
島風と天津風退場かー相変わらず容赦ねーなドラゴンさん……と思いきや、やっぱいい人だった
天津風さんは自立してる強い娘でした。あわれヒグマ提督、見捨てられてないだけマシかもしれんが
そしてアニラと佐天さんの関係に悪雲が立ち込めるのか!?


260 : 名無しさん :2014/12/13(土) 14:05:56 1A4r3VpEO
投下乙です。

全ては同じであり、視点により定義が変わるだけ。
ならば食料と自分も同じであり、どのような命を食べる事も不自然では無い。


261 : ◆wgC73NFT9I :2014/12/14(日) 18:21:58 ikXSvOyM0
追跡表の訂正です。

【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム支給品×1〜2、基本支給品、サーフボード
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督と、天龍の指示に従う。
1:金剛……速かったよ……。
2:ドラゴンくんも速かったな……。
3:あっちにいる人は、どのくらい速いのかな……。
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為、基本性能の向上+次元を超える速度を手に入れました。
※速さの極みに至った場合、それはただの瞬間移動になり、攻撃力を持ちません。
※エネルギーを失えばその分減速してしまうため、攻撃と速力の極限は両立しません。

となっていましたが、支給品は明らかになりましたので、

【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管、応急修理要員
道具:13号対空電探、基本支給品、サーフボード
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督と、天龍の指示に従う。
1:金剛……速かったよ……。
2:ドラゴンくんも速かったな……。
3:あっちにいる人は、どのくらい速いのかな……。
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為、基本性能の向上+次元を超える速度を手に入れました。
※速さの極みに至った場合、それはただの瞬間移動になり、攻撃力を持ちません。
※エネルギーを失えばその分減速してしまうため、攻撃と速力の極限は両立しません。

が正しいものです。
サーフボードは、2つ前のSSで彼女が回収したものです。


262 : ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:30:31 OFnpXByM0
遅くなりました。
予約分を投下いたします。


263 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:32:01 OFnpXByM0
 私は目下、戦争に駆り出されていた。
 学徒動員とは、このようなことをいうのか。

「――丸太足りません! 早く持ってきてください!!」
「マスター! お願いねぇッ!!」

 ――いや、戦争のセの字も知らないただのJKの感覚なので、実際はこんなものじゃないんだろうが。

「智子さん遅いよ! 何やってんの!!」
「黒木智子、小径のでいい! 数を運べ!!」
「ぜぇ……、ぜぇ……」


 背中から複数のイケメンに声を掛けられている――。
 という、普段なら狂喜するシチュなのにも関わらず、私にはもう、喜ぶ体力はなかった。

 ここは製材工場という名の、戦場の最前線。
 私が今何をしているかというと、そこで、軍人さんたちの使う武器を必死こいて供出しているわけだ。
 解りやすく言えば、この場に溢れている丸太を、地下から逃げてきた穴で防衛戦を繰り広げているヒグマたちの元へ届けているんだ。

「早くしてよ智子さん……! その丸太、僕が運んでたのより細いだろ!」

 その私の脇を、弱冠5歳のクソガキであるクリストファー・ロビンがずかずかと通り過ぎ、罵声だけを後に残して工場の中に消えていった。


「ク、クソぉ……。てか、あいつが、丸太、運べることの方がおかしいんだよむしろ……」


 ロビンは、私より背の低いへちゃむくれであるにも関わらず、私の顔くらいある太さの丸太を軽々と曳いて運んでいくのだ。
 野球選手ってのはこんな化け物ばっかなんだろうか。

「と〜も〜こ〜さぁん、走りなよ……! 腕より細い丸太運べないでどうすんのさぁ!」

 そして早々と、ロビンは工場から戻ってくる。
 丸太を両手で携えるその姿は、吸血鬼相手にサバイバルしてますと言われても違和感がないほど堂に入っていた。

 うるせぇクソガキ。私だってもう何往復も丸太運んでんだ。
 早く吸血鬼でもヒグマでも潰して来いよ畜生め……。


「そ、そんなこと、言わないで、て、てつ、だって、よ……」


 脳内で毒づいたものの、思考と裏腹に、体は正直だった。
 放送禁止レベルのアヘ顔を晒しながら、私は恥を忍んで去りゆくロビンの背に声をかける。
 でも、ロビンは振り向かない。

 私の喘ぎが、聞こえてない。
 会話が、続かない。
 それどころか、会話が、始められない。

 肺活量が足りなさ過ぎて、ほとんど声帯が震えてないんだ。
 この際、処女膜からでもいいから、他人に届く声が出て欲しい。頼むから。


 ようやくたどり着いた地面の大穴では、二頭のヒグマ――、グリズリーマザーとヤスミンが、その崩落した地下へと大量の丸太を突き込んだり投げつけたりしていた。
 既に、敷地周囲に散乱していた分は粗方放り込んでしまっている。


「そらぁッ!!」
「ぬぁっ――!?」
「伏せろぉぉおおお――!!」


 グリズリーマザーがその青い毛を振り立たせて突き出した丸太は、地下からの追手が投げ上げてきた魚雷を叩き落とし、空中で爆発させていた。

「あぁ、マスター、ありがとうね! 悪いけどまだまだ先は長いよ!」
「ひゃ、ひゃいぃ……」
「有難う御座います黒木智子さん……。ちょうど、この程度の細さの弾体が必要でした」

 私がやっとの思いで運んできた丸太は、隣にいたヤスミンの手にひょいと奪い取られる。
 軽々と担ぎ上げて、丸太を投げ槍のように耳元へ掲げ上げた彼女の姿は、場違いながらかなり絵になっていた。


264 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:32:47 OFnpXByM0

 古代ローマの彫刻のような、途切れることのない曲線で描かれる研ぎ澄まされたプロポーション。
 簡素でありながらチラリズムに満ち溢れた純白の白衣の隙から、対照的に野生を感じさせる獣毛としなやかな筋肉が、うねりを持って流れ出す。
 全身のしなりを以って放たれた丸太は、矢のように地下へと奔っていた。


「龍田提督! 秘蔵っ子の『46㎝三連装砲』、到着しましたぁ!!」
「よぉし、撃っちゃいなさい!!」


 その丸太は、どうも彼らの最大装備であるらしいクソでかい主砲の口に、ぴったりと突き刺さる。
 瞬間、ちょうどぶっぱなされようとしていたその大砲は、コルク栓のようにハマり切った長い丸太を貫ききれず、盛大に暴発していた。
 周りにいた彼らは、その爆発で一気に吹き飛ばされる。


「いぃやぁだぁあああわぁあああ!! あぁぁあ、お洋服がぁああああ!! 許さないわよヤスミンちゃんんんっ!!」
「あなたは被服を一切纏っていないではありませんか! それは『お洋服』ではなく『毛皮』と表現するべきです!!」


 中ボスクラスであるらしいヒグマは、甲高い声を上げながら、負傷から逸早く体勢を立て直す。
 龍田提督と呼ばれたそのヒグマとヤスミンとが、地下と地上で激しく叫び合った。

「んまっ! アチシのこのお洋服を傷つけていいのは、龍田さんだけなのよぉおぉ! 百合を解さぬ石頭めぇ!!」
「あなたはオスでしょう! 恋愛の内容を『百合』と形容する際は、女性同士のものに限って用いるべきです!!」
「やぁねぇこれだからお医者さんはぁ!! カラダはオスでも心は乙女なのよぉぉおおおおぉぉぉっ!?」
「『GID(Gender Identity Disorder)』でお悩みなら、患者としていらして下さい!!」

 叫びながらヤスミンは、そいつに向けて立て続けに丸太を投げつける。
 オネェ口調に反してムキムキの筋肉ダルマのような相手のヒグマは、「イヤイヤ」をするようにちょびちょびと爪を打ち振って、その数本の丸太全てを引き裂いていた。

 くねくねと身を捩りながら、その龍田提督とかいうヒグマは、配下らしい50頭ほどのヒグマに一斉に指示を出していた。


「あぁもうムカツクぅ〜!! みんなぁ! 仰角ギンギンにオッ勃てなさぁい!! あのクソアマに、タップリ高角砲のタマぶっかけてやるのよぉおお!!」
「ほぎょぉおぉぉぉぉおぉぉぉ!! イクよぉおぉぉおぉぉ!!」
「ひぃっ!?」
「危ない、マスター!!」


 地面の穴に身を乗り出していた私の体がグリズリーマザーに掠め取られた直後、その穴から大量の銃弾が雨あられと噴き出してくる。
 凄まじい奇声を発しつつ、絶頂に至ったかのように、ヒグマたちが一斉に高角砲の弾幕をお見舞いしてくるのだ。アブナすぎる。
 色んな意味で、私たちを追ってきたこのヒグマどもは危険すぎた。


「この銃弾をスペルマに見立てているのでしょうか……? 一回のイジェキュレーションのスペルマ数に匹敵するほどの弾薬を彼らが有しているとは、到底思えませんけれど」


 私たちと共に穴の横へ即座に引っ込んでいたヤスミンは、目の前を通ってゆく下ネタ塗れの弾丸に向け、平然とそう呟いていた。
 そのどこかずれた価値観の彼女へ、グリズリーマザーは苦笑と共に声をかける。

「そういうのって、お医者さんの間じゃなんて言うんだい?」
「そうですね……。『オリゴスペルミア(乏精子症)』?」

 クフクフと声を立てて笑いを漏らす彼女たちの元へ、神父の声がかかる。


265 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:33:08 OFnpXByM0

「埒が開かないなら、一度、これを試してみてもいいのではないか?」
「ああ……、それね。ほとんど、あんたの注文で作ったようなものだから、いらないなら良いよぉ使っても」
「それならば遠慮なく振る舞ってやってくれ」


 腹黒愉悦神父の言峰綺礼が、聖職者らしからぬ外道な表情とともに持ってきたのは、午前中に、私も熊汁と共にぶっかけられた味覚破壊麻婆だ。
 寸胴鍋に大量に余っているその激辛の液体を受け取ったグリズリーマザーは、弾幕の間隙を縫って、穴の下へ一気にその中身をぶちまけていた。

「皆さん、ランチでもいかが〜?」
「ぎゃああああぁぁああぁぁあ!?」
「眼がぁ!! 眼がぁアアアア!!」

 人間より遥かに鋭敏なヒグマの五感に、煙幕弾のように降り注いだそれは効果抜群だったようだ。
 視覚は爛れ、聴覚は詰まり、嗅覚は麻痺し、味覚は壊れ、触覚は焼け付く。
 文字通り五感でその料理を味わうことになった彼らの攻勢は一気に崩れる。
 ランチではなく乱痴気のように統制の崩れた地下へ、ロビンの運んでくる丸太を、ヤスミンが一気呵成に突き込んでゆく。

 その躍動感溢れる活劇に、私は興奮した。
 グリズリーマザーの柔らかい毛皮に守られたここは、最高の特等席だ。
 私には関係ないし。
 安心して傍観できるし。
 背の毛のそそけ立つような戦いも、遠巻きに見れば、この上ないエンターテイメントだった――。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「……智子さんさぁ、観戦に回るのは早いよ。今は7回裏の攻撃くらいの正念場なんだから、さっさか運ぶ運ぶ!」
「い、痛い痛い!! やっ……、み、耳、引っ張んないで……!」


 そんな束の間の安息から、労働の場へ即座に私は連れ戻された。
 相変わらずロビンは手伝ってくれず、その背中に声をかけるタイミングも、私は逃していた。


 ……そういえばアメリカは自主性を重んじるから、身体障碍者にも極力自分で身の回りのことをしてもらうんだってさ。
 知るかよ。構ってくれよ。
 言峰神父は言峰神父で、遠巻きに私をチラ見してくる割には、自分からは全く手を出そうとしてこないし。
 あれは絶対、私を視姦してる。私がひいこら言う姿を見て楽しんでるに違いない。
 クソッ。
 みんなクソじゃないか。
 クソッ。
 なんだよ、このクソ野郎どもはよ――。


「……はぁ」


 そこまで考えて、私は首を横に振った。
 工場に山と積まれた木材を前にして、私は溜息をつく。

 思いを新たに、聖杯戦争を勝ち抜いて成長するんだと意気込んでは見たが、なんだこのザマは。
 10分ももってないぞ意気込み。それどころか、いつもの自己主張できない自分に逆戻りじゃんか。
 いや、戦闘中だからっていう言い訳はできるけどさ。
 それだってちゃんと自分から向かい合っていかないと、今後、このヒグマ島で生き残ることなんてできないだろ。


 ……なにしろ、恐ろしいことに。
 私がグリズリーマザーの背中で抱いた興奮は、きっと、言峰神父と同じ感情だ。
 自分に関係の無いところから遠巻きにドタバタを眺めて、愉悦を感じる。
 そして騒動の渦中で慌てふためく奴らを見下して、自分の詰まらない優越感とプライドを保つんだ。

 そんな自分、もう嫌だ。
 明日も、同じ自分だなんて。
 待っても、去っても変わらないなら――、自分から動くしかない。

 うん、そうだよ。ちゃんと働こう。私はニートじゃないし。
 せめてあの5歳児のお子ちゃまには馬鹿にされない程度にはさ!


 私は息を整えて膝を叩き、ちょっと太めの丸太に手をかけた。
 それでも、ロビンや言峰神父の運んでいる奴よりはだいぶ細いけど。
 私だって人並みのことはできるんだってところ、見せてやんよ――!

 そう思った時、急にひょいっと、丸太の反対側の端が持ち上げられた。


266 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:34:11 OFnpXByM0

「あ――、ありがと、手伝ってくれるんだ……!」


 ロビンに違いない。
 きっと、私の頑張っている姿を認めて、感銘を受けたんだ。
 そう思うと途端に嬉しくなって、張りのある声が出た。

 そうして私は、丸太を持ち上げている、逞しい男の腕の先を見上げる。


 ――そこには、何もなかった。


「……へっ?」


 空中に、何者とも知れぬ男の腕が浮いていて、それが丸太を掴んでいる。
 そいつはずるずると丸太を引っ張り、私の体ごと、その空中の何もない空間に引きずり込もうとしていた。


「ひやぁぁああぁあぁっ――!?」


 慌てて丸太から手を離し、尻餅をついたままわたわたと後ろに下がる。
 男の腕は、まるで亜空間に飲み込まれるように空中に消滅し、それに握られた丸太も、続けざまに飲み込まれて消えた。

 私の物語も、徐々に奇妙な冒険になってきたなとは思っていたが。
 これじゃあまるで、バニラアイスのクリームだ。一口で丸呑みにされて、まるっと消滅だ。
 こんなものに、もし、私が飲み込まれていたら――。

 ――粉微塵になって、死ぬ。


「ぎゃああああああああっ!! お、おばっ、おば、お化けぇぇええええっ!!」
「うるさいなぁ智子さん。どうしたの一体」


 私は生涯最高と思える速度で工場の中を走り、そのまま、丸太を渡して戻ってくる途中だったロビンに縋り付いていた。
 心底鬱陶しそうな目で見下ろしてくるロビンへ、私は必死に後ろの方を指さして示す。


「おばっ、おばっ、けが、でたぁ……! おば、けがぁあ……!」
「へー、叔母さんに毛が生えたんだ。そりゃ良かったね」
「ちげぇよぉ!! おば、お、お化けだよぉお……」
「……お化けぇ?」


 茶化してくるロビンに言い返す言葉さえ震えていた。
 思い返すだに恐ろしく、腰が抜けて、涙で顔はぐちゃぐちゃだった。

 その様子に、流石に只事でない雰囲気を感じ取ってくれたのか、ロビンはデイパックの中に手を差し入れつつ、ゆっくりと製材工場の奥へと足を進めていく。


「……どこにいたの、その、『お化け』ってやつは」
「あ、あっち……、あっちの丸太の、山……!」


 5歳児の背中に縋り付きながら、私はぶるぶると震えていた。
 情けないとは思うが仕方ないだろ、怖いんだから……!

 ロビンは私が例の『腕だけ男』を目撃した付近までやってきて、きょろきょろと辺りを見回した。


「……何もいないじゃないか。見間違いじゃない?」
「い、いたんだよ!! 絶対いた!! あ、亜空間に隠れて、地下とか壁とかをくり抜きながら襲ってくるんだよ!!」
「はぁ? 何言ってるんです。そんな馬鹿げたモノがいるわけないじゃないですか」
「こ、この島じゃ無いって言いきれないだろ!!」


 漫画の知識を活かして必死にアピールするも、ロビンは「やれやれ」と肩をすくめるだけだった。
 呆れと面倒くささを綯い交ぜにしたような視線で鼻を鳴らし、彼はスタスタと歩き出してしまう。


「そんなヒグマがいてもおかしくはないですけど、それならあのヒグマさんたちが気付いてるでしょ」
「あ、あ、あの、げ、幻覚ヒグマとかだって、いたじゃないかぁ!!」
「そのヒグマの部下がいるんだから直接訊きなよ」
「グ、グリズリーマザぁ――!!」


 ロビンが立ち去りながら工場の外を指すや、私は即座に後ろを向いて、外の穴の元に走っていた。
 息を切らして青い毛皮に縋り付いた私を、グリズリーマザーとヤスミンは、困ったような視線で見下ろしている。

「……もしシーナーさんがいらしていたとしたら、私がいる時点で、まず私に詳細の確認をなさるはずですよ。
 あの方は、向こうから危害を加えて来ようとする者以外に対しては、極めて理性的ですから。突然あなたに襲い掛かるようなことは決してありません」

 既にロビンとの会話を耳に入れていたヤスミンは、淡々とそう語った。
 グリズリーマザーが私を抱きしめて、ふかふかと頭を撫でてくれる。

「マスター……、一体何を見たんだい? アタシが一緒に居てやれればいいんだが……」

 目下防衛戦の最中であるグリズリーマザーたちは、当然、ここから離れるわけにはいかない。
 地下のヒグマたちも、体勢が乱れたとはいえ、依然として追撃を諦める気配はない。
 隙を見せたら、また大口径砲なり爆弾なりでこちらに攻め込んでくるんだろう。
 穴の縁を崩されて、昇って来られてしまう。


267 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:34:33 OFnpXByM0

「……霊の類ならば、私がなんとかできるかも知れんな」


 困惑する私たちに声をかけたのは、言峰神父だった。
 運んできた丸太をごろごろと転がし、彼は私に向けて微笑んだ。


「私の洗礼詠唱は、霊体にならば相当に効力を示すぞ。どちらにせよ、一旦はこの製材所で休息するつもりだったのだ。
 お化け狩りのついでに見回りさせてもらおうじゃないか」
「……神父さん、僕だけに丸太運び押し付けるつもりですか? 大人として恥ずかしくないんですか?」

 ちょうど丸太を運んできたロビンが噛みつくが、言峰神父は涼しい顔。
 完全に、私を口実にして重労働をサボる気だ。
 それでもいいから、早くあのお化けを何とかしてほしい。

「はっはっは、何を言っているのだ少年。女性のエスコートくらいできないと、将来困るぞ?」

 言峰のその言葉に、ロビンは苦々しく口を歪ませた。
 そして、言峰神父に吐き捨てるように叫びを投げて踵を返す。


「……神父にエスコートを訊くくらいなら、ヒグマに訊いた方がマシだよ!!」


 その苛立ったようなロビンの足取りをニヤニヤと見送った後、言峰はそのまま私に振り向いた。

「……では、行こうか、黒木智子よ」
「う、うん……」

 私は言峰神父に腕を掴まれて、工場の中へ引っ張られていった。
 言峰は、たいそう愉悦を感じているようで、ご満悦だった。

 ロビンが立ち去る間際の、赤みの差したような頬が、私の脳裏には強く残っていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 製材工場の間取りを、脳内でマッピングしてみる。

 大体、工場自体は東西南北に約100メートルの正方形をした平屋だ。
 それがほぼ1エリアを占める敷地の真ん中へんに建っている。

 工場への入り口は東西南北全てに、フォークリフトや車なんかの入れる大きなものが一つずつ開いている。
 私たちが追手のヒグマどもと交戦しているのは、その北端だ。
 ちょうどそこは、直近に『製材場』区画があって、切り出された丸太が、サイズや種類別に山になっている。

 今、製材場区画と言ったが、この工場の内部はどうも4つのブロックに仕切られているみたいだ。
 製材場、加工場、乾燥場、製品置き場の4つ。
 だいたい北から順に25メートル幅でその区画が縦に並んでいると思っておけば間違いないだろう。
 そして、乾燥場の余った端、場所で言えば東南東の隅で東入り口の隣の位置に、それなりの広さの休憩室があった。


 私が例の『腕だけ男』を目撃したのは、製材場区画の東端、細い方の丸太が置いてある山だ。
 なお、ロビンは西の方の太い丸太を持っていっているので、出入口から先は全く分かれ道である。
 軽く身長を超える高さの丸太の山が幾つも連なっているので、通路を兼ねたようになっている山の間に入ってしまえば、隣の山の方を見やることは一切できなかった。


「……ここか。なるほど、確かに、何らかの魔術が行使されたような気配がうっすらと残っているな……」
「ま、魔術、なのか……?」


 言峰神父は丸太に向けて屈み込み、そこで興味深げに呟いていた。
 霊魂やお化けやスタンドの類ではないのか、と、なんとなく私は少し安心する。

「魔術を使う英霊も山ほどいるからな。これだけではなんとも言えん」
「うっ……! う、うん……」

 そしてその安心感は即座に叩き壊された。
 丸太の山に沿って移動しつつ、言峰は独り言のように呟いている。


「少なくとも、もうこの近くにはいないな。直近で魔術が行使されれば、私にも認識できるだろうが……」
「ひっ……、ちょ、ちょ、ま、お、置いてかないで……!」


268 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:35:02 OFnpXByM0

 一人でずかずかと歩いて行ってしまう言峰に、私は必死に追いすがった。

 エスコートという話はなんだったのか。
 慌てる私を見て楽しんでるのか。
 それとも自分の興味に集中したくなったのか。
 どちらにせよロクな状況じゃない。頼むから私を守ってくれ――。

「む、待て」
「げふぅ――!?」

 そして突如、立ち止まった言峰の鉄棒のような腕が横に差し出された。
 走り寄っていた私はちょうどラリアットでも喰らったような形でそこにぶつかり、見事に背中からぶっ倒れてしまう。

「待てと言っただろう黒木智子……。立てるか?」
「うげぇ……、ぐふっ……。痛ってぇ……」

 強かに打ち付けた背中と後頭部の痛みで涙が出てくる。
 よろよろと起き上がると、ぐらつく視界に眩暈を覚えた。
 ほとんど自爆ダメージとはいえ、痛みと怒りとやるせなさで、気力すら萎えそうになる。

 言峰は、私を引き起こすだけ引き起こして、第二ブロックの加工場区画側に向けて耳を澄ましている。


「――たった今、ひとりでに向こうの機械が動き出した。誰か、スイッチを入れたモノがいるはずだ」
「う、腕だけ男……ッ! ヤツだよ……!!」


 製材場の南端から加工場区画にかけては、何やら呼び方のよくわからない幾つもの大型機械が所狭しと並んでいる。
 大体はその内部に、帯ノコだったり丸ノコを備えている、見るからに凶悪そうなものだ。
 一番手前にある製材場の機械なんか、『ギャングソー』って書いてある。
 丸太を投入すると、その中に何枚も重ねられた帯ノコが一斉に動いて、何枚もの薄板に切り裂いてしまうものらしい。
 きっと、ギャングのボスが、組員を処刑で輪切りにした機械がこれなのかもしれなかった。

 言峰と一緒に聞き耳を立てれば、確かに、ブーンという低い駆動音が加工場で鳴っている。

 そして次の瞬間、パチンと音を立てて、その電源が切られた。


「……行くぞ!」
「ふえっ!? マジで!?」 


 風のような急加速で、言峰は即座に走り込んでいた。
 Fate/zeroのアニメを見た人なら解るだろうけど、切嗣との戦いで見せた、あの低い姿勢の十傑衆走りだ。
 本物の武人の走り。
 とても私が追いつける代物じゃない。

 恐る恐る彼の通った後を歩いて行くと、言峰は加工場の区画で眉を顰めたまま立ち止まっていた。


「……何かを持ち去ったようだな」


 周囲には、ノミやカンナ、ノコギリといった、手で持てる大工道具が散らばっている。
 先程稼働したのは、その横に据えられている大型機械のようだった。

「この機械は、物色している最中に誤ってスイッチを入れてしまった、ということか……。
 あまり、周辺への感覚は鋭くないようだな……」
「あは、は……。そりゃ、そうだよな……、腕だけだもんな……」

 冷静に状況を観察していた言峰は、呟く私に向けて振り返る。


「……いや、もしかすると、腕だけではないのかも知れんぞ」
「へ……?」
「黒木智子、その腕の根元には、魔法陣のようなものが存在しなかったか?
 もしかすると、これは『第二魔法』か、それに類する強力な魔術の使い手の仕業やも知れん」


 第二魔法――。
 言峰の説明によれば、それは、並行世界を行き来する魔法なのだという。
 限定的には、空間に穴を開けて繋げたり、異なる世界の自分の能力を身に着けたりする武器も実在しているそうだ。 


「例えば限定的に、『腕だけを別の空間に移動させる』ような礼装――。そんなものを保有しているのかもな。
 わざわざこの工場を物色しているなら、参加者である可能性が高い。接触してみて損はないだろう」
「そ、そうなのか……? 大丈夫って、言い切れるのかよ……」
「ああ。第二魔法関連の由来には、師が詳しかったからな。この相手は英霊やヒグマの類ではなく、人間だよ」


 言峰はあっさりと嘯いた。
 こいつの言う師とは、自分で後ろから刺し殺した遠坂時臣さんのことである。
 よく言ったもんだ。私がアニメ版最後まで見てること教えてやろうか。

 それにしても、あからさまに警戒心を1ランク落としたこいつの振る舞いは如何なものだろうか。
 言峰は魔術の気配を探りながら、ぶらぶらと休憩室の方にまで足をのばしていく。


 こいつは、『空間移動魔術を使う』という点だけで相手を人間だと思い込んだが、それは愚かすぎる。


269 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:35:57 OFnpXByM0

 ネットや漫画で培った私の知識から言わせてもらえば、数々の創作において、時空間を操作する妖物なんて山のように出てくる。

 『次元のアギトに臭さ嗅げよ!!』だったり。
 『おまえ自身が放つ、殺気の射線』だったり。
 『美しく残酷にこの大地から往ね!』だったり。

 自分だけの常識で物事を判断するのは非常にアブナイことなんだと、私はそう思う。
 

 ――私たちはもしかすると、信じられないほど凶悪な化け物に、狙われているのでは。


「……お、来たか」
「へ……?」

 ふと私の前で、言峰が何かに気付いたように私の方を振り向いていた。


「後ろだ、黒木智子」


 言峰が顎をしゃくる。
 恐る恐る振り向いた私の目の前に、『腕だけ男』がいた。

 そして、男の手に握られていたのは。


 ――大きな斧だった。


「ぎゃああああああああ――!!」
「おい! 大丈夫だ――! どこへ行く!!」

 目の前で振り上げられた斧の切っ先を見るや、私は肺を絞り上げて逃げ出していた。
 製材工場の奥に、全力で走り出す。
 言峰の声が聞こえたが、気にかけている余裕はない。


 これじゃジェイソンだ。
 13日の金曜日だ。
 エルム街の悪夢かも知れない。
 殺される。
 腕だけの殺人鬼に少年少女が殺されるホラー映画になってしまう。

 あれだ。
 言峰は、映画の前半で決まって殺される屈強な黒人枠のかませ。
 またはしたり顔で怪奇現象に高説を垂れた挙句、常識外のことで驚愕の間に殺される解説役。
 逃げなければ。
 何としても、最後まで殺人鬼に立ち向かって生き延びるヒロイン枠を確保しなければ――。


 そこまで考えて、私はふと思い至る。


 ――あれ?
 ――『最初の殺人にパニックを起こして逃げ惑う』のも、盛大な死亡フラグじゃね?


 ドルン。
 と、耳元で何かの駆動音が鳴った。


「ア――……」


 私は知った。
 本当の恐怖というモノを感じた時に、ヒトは言葉なんて出なくなるんだってことを。

 ヂュイィィイイィィィイィィィィ……。

 と、無慈悲な鳴き声を上げて、私の頭上には、チェーンソーの刃が振り上げられている。
 『腕だけ男』は、その手に明らかな殺意と凶器を掴んで、私の前の空間に出現していた。


 テキサス・チェーンソーだ。
 わたしのぼうけんはここでおわりだ。
 死ぬんだ――。


 死ぬ間際に、走馬灯や思い出なんて、蘇ってこなかった。
 私はただ、次の瞬間に迫り来るであろう、肉と骨が抉り裂かれる激痛を想像して、背筋をぶるぶると震わせているだけだった。
 それだけで心臓は止まり、私の息は咽喉で凍っていた。


 ヂュイィィイイィィィイィィィィ……。


 そしてチェーンソーはゆっくりと――。
 ――空中に飲み込まれて消えた。

 最後に、うっすらと宙に浮いていた赤い魔法陣が消えると、そこにはもう何も残ってはいなかった。


「……まったく。大丈夫だと言っただろうが黒木智子。君に気を取られたおかげでこの魔術師と接触できなかった。
 向こうは私たちの存在に、気づいてすらいない……!」


 その奥から、言峰綺礼が明らかに苛立った様子で私の方に歩いてくる。
 工場の中ではもう、どこかで丸太が動いたり、機械がついたりするような音はしなかった。


270 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:36:18 OFnpXByM0

「は……へ……」


 止まっていた心臓と息が解凍されると、血液がサーッと下に落ちて、へなへなと私は床にへたり込んでいた。
 全身から力が抜けて、動けない。
 眼の力も緩んで、立ち眩みのような暗い視界へ、ひとりでにぼたぼたと涙が零れ落ちていた。


「……粗相の始末くらい、自分でするのだな、黒木智子」


 私の傍までやってきた言峰綺礼は、私の様子を一瞥した後、呆れたように目を逸らしていた。

 吐き捨てられたその言葉と共に、私は下に視線を落とす。


 私の下腹部から、体温が溢れていた。
 じょろじょろと音を立てて、スカートの下から、私の女子力が黄色い水たまりとなって工場の床に広がっていく。
 腰の前から尻の奥までを温もりで覆い、抑止力を失った女子力は止め処なく、無慈悲に漏れていった。

 ふとももを伝ってすべての女子力が流れ出した後の私は、抜け殻だった。
 サナギを破って、美蝶々になろうとしていた私は、サナギのままですらいられなかった。
 変態しようとして失敗し、どろどろの液体になった後、殻に開いた穴から溶け落ちてしまったのだ。


 その余りにも冴えない現実を、私は立ち去ってゆくアニメキャラの背中を見ながら、気化熱で冷えてゆく下着の裡に思い知った。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「――龍田提督ぅ! もう弾薬がないわよぉ!」
「困ったわぁ……、魚雷も破壊されてるし……」
「キーッ!! やってくれたわねヤスミンちゃん!! アチシのタマを全部搾り取るなんて、この淫乱!!」
「その表現は、比喩だとしてもご自身に使った方がより適切だと思われますが」

 工場外の戦場では、ようやく地下からの攻勢が止まったところだった。
 相当数の武装を保有していた第七かんこ連隊の猛攻を、グリズリーマザーとヤスミンはなんとか凌ぎきった形になる。


「このメスグマ!! メスヒグマ!! 覚えてなさいよ!!」
「ああ、それなら適切です。罵倒としては有効でないでしょうけれど。またのご来院をお待ちしております」


 別れの挨拶と共にヤスミンが投げつけた丸太を叩き落とし、龍田提督と呼ばれるヒグマが率いる部隊は、補給のためにぞろぞろと撤退を始めていた。
 彼らに手を振るヤスミンに対して、隣からグリズリーマザーが呆れた顔で視線を投げる。

「……ヤスミンちゃん、呼ばなくていいからね」
「敵ではなく患者として、ご来院頂ければいいのです」
「あー、やっと試合終了した?」

 そこにやって来て息をついたのは、クリストファー・ロビンである。
 投げ槍のようにまとめてきた丸太をガラガラと穴に落として、彼は大きく伸びをした。
 地下ではその時、先程の艦これ勢と入れ替わりに、何やらよくわからない大量のヒグマたちがぞろぞろとやってくる。

「みんな!グリズリーマザー達が逃げた穴から丸太が沢山落ちてきたぞーーー!!!」
「おお!!でかした!!」
「みんな!!丸太を持て!!突撃じゃぁぁぁ!!!!」


 彼らは、さもその現象が当然であるかのように、戦闘の形跡も新しい空間に何の疑念も抱かず、ヤスミンの投げていた丸太や、ロビンが落とした丸太などを嬉々として拾い上げてゆく。
 そして彼らは、穴の縁にいるグリズリーマザーたちに気付かず、どこへともなく引き返して行った。
 クリストファー・ロビンは、眼下の彼らを呆れながら見下ろした。

「……何もなく、ひとりでに地上の丸太は落ちてこないよ、きみたち」
「何も見えてはいないんですね、嘆かわしい……」
「艦これ勢の上の奴らは物を解ってるからこそ、下の奴らを馬鹿なままにしておくんだろうねぇ……」
「まぁなんでもいいや。追撃は暫く来ないだろうし。ようやく落ち着けるよ」


 ヒグマへの感想を切り上げて、ロビンは製材工場の中へ眼をやった。

「……智子さんは、大丈夫かね」


 彼の溜息に、ヤスミンとグリズリーマザーは顔を見合わせた。
 彼女たちの耳は、言峰綺礼と黒木智子の会話を、余さず捉えている。

「……まぁ、肉体的には大丈夫なはずだけど」
「精神的に、ですね……」

 三者三様に視線を交わし、彼らは工場の中に急いだ。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


271 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:36:47 OFnpXByM0

 鏡に映っている、自分の貧相な姿。
 それを少しずつ、結露する湯気で覆い隠す。

「うっ……、ぐすっ……」

 休憩室奥のシャワールームは、かろうじて私の心を壊さない程度に、すすり上げる声を水音で打ち消してくれた。


 ――自分の漏らした尿を、自分のスカートで拭き取る。


 その行為は、私の人生最大の恥辱と言ってもよかった。
 思い出したくもない。

 そんな姿を見られたのだ――と考えると、恥ずかしさで頭が爆発しそうだった。
 泣きながらシャワールームに駆け込む下着姿の私を、先に休憩室にいた言峰は、鉄面皮の下に押し殺した薄笑いで見送っていた。


 結局、全ては私の思い込みと、勘違いだった。
 自分だけの常識で物事を判断していたのは、言峰ではなく私だった。
 言峰の愉悦がどうとか、性格破綻がどうとかじゃなく。
 こんな結果を招いてしまったのは、やはりきっと、私自身のせいだ。


 デイパックの中にあった石鹸で洗う体は、相変わらず、血色も成長も芳しくない。
 ゆうちゃんとか。
 地下で見た布束という女とか。
 同年代の女子には、私より遥かに綺麗でスタイルもいい奴らがあんなにもいるのに。
 どうして私はこんな、身も心も弱くて貧しいんだろうか。

 それどころか、いくら人種の違いがあるとはいえ、私の体力も覚悟も、5歳児のロビンに遥かに及ばない。


 外の戦闘は、決着したようだった。
 シャワールームから窺える脱衣場の外が、にわかに騒がしくなる。

 ――きっと言峰は、私の情けない失態を、べらべらとしゃべくるんだろう。
 それどころか、グリズリーマザーたちの耳なら、もう事態の大半は把握しているのかも知れない。
 呆れ。
 落胆。
 失望。
 ヒグマたちやロビンの蔑んだ表情が目に浮かぶかのようだった。


「何故だ……? どうしてだ……?」


 独り言が。
 独り言が。
 独り言が、止まらん。


「なんでだよ……。なんで私が頑張った時は、いつも……、いっつも、裏目に出るんだよ……」


 シャワーの飛沫を撥ねて鏡を叩いても、鏡は割れてくれない。
 そのままずるずると滑った掌が、その奥に私の蒼白い顔を拭い出す。

 真っ黒いクマだらけの酷い目元。
 白目勝ちで凶悪な三白眼。
 張りのない肌。
 整えたこともない眉毛。
 濡らさないように後ろにまとめ上げた髪も、はたして似合っているのかいないのか。


「鏡よ、鏡……。私は、いけてるか……?」

 自問した答えは、解り切っている。

「……知らない。そんなん、知らない……」


 ――いかんせん、私には、何が綺麗で何がモテるのかの、判断基準すらないんだ。


272 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:37:02 OFnpXByM0

 冴えない自分を凝視することに耐えられなくなって、私は目を瞑る。
 ともすれば見つめただけでゲシュタルト崩壊に襲われて吐いてしまうほど、今まで私は、自分を観察してこなかった。
 そのツケの極地が、このザマだ。

 勘違いで恐怖し。
 人前で失禁し。
 その衣服を一人洗う。

 ヒグマに殺されなかっただけマシ?
 ヒグマに殺される恥と、人前で漏らす恥の、どちらが大きいかねぇ?
 恥の文化である日本人の私には、耐えらんねぇよ、どっちも……。


「……マスター。お茶、ここに置いておくよ」

 脱衣所から、グリズリーマザーの声がした。


「落ち着くまで、そこにいていいからね。向こうで、みんな待ってるから」


 それだけ言い残して、彼女の大きな影は、静かに休憩室の方へ立ち去っていた。
 シャワーを止めてドアを開けてみると、脱衣所の洗面台の上に、湯気の立つマグカップが一つ、置いてある。
 体を拭き、タオルの中に、洗って絞ったパンツとスカートを挟み込んだ後、私はそのカップを手に取った。

 ほとんど透明で澄んだそのお茶は、パッと瞼を開かせるような、爽やかな香りに満ちていた。


「……なんかの、ハーブティーか? これ……」


 顔を近づけて湯気を吸い込むと、レモンのような柑橘系の芳香が鼻に広がる。
 そして、気管から肺腑の奥までスッと、雪に裏打ちされたかのような清涼感が吹き抜けた。

 口をつけていた。
 日照りに雨を仰いだように、砂漠に水場を見晴らしたように、私はそのカップを呷っていた。


 甘い。
 蜂蜜の甘さだ。
 レモンの香りがするのに、全く酸味はない。
 ただ香気が。
 湯の温かさと同時に、風雪の涼しさを持って、私の口の中に遊んだ。

 水ぬるむ春のような、雪解けの味だ。
 草木が芽吹き、小動物が目覚め、静止の冬から立ち上がる時の味だ。

 力を漲らせるような温もりと、身を引き締めるような冷たさが同時に、私の全身と心中に広がっていた。


 飲み干して見上げた顔が、洗面台の鏡に映る。


「……行こう」


 蔑まれようと。
 会話できなかろうと。
 私は、ここにいる私なんだ――。


 ――私になれ。私。


 映っている自分の姿を、私はさっきより2秒だけ長く、見つめられた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


273 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:37:25 OFnpXByM0

「……社交不安障害、ですね」
「そういう病名がつくのかい、マスターは」


 休憩室の片隅で、ヤスミンがやかんに湯を沸かしながらそう答えていた。
 グリズリーマザーの方に振り返り、彼女は言葉を繋げる。

「人間では今時、そう珍しいものでもありません。誰しも人前で緊張してしまったり、あがってしまうことはあります。
 ですがそれを繰り返して、その失態の後に訪れる疎外感への不安のあまり、どんどんと他者との交流を避けたり、突飛な行動に走ってしまうようになるのならば、それは問題です」
「……何をしてやるのが、一番いいのかねぇ」

 ティーポットの中に、屋台から持ち出してきたレモンバームとペパーミントをブレンドしながらグリズリーマザーは問うた。


 製材工場休憩室の窓からは、東の入り口から乗り入れた灰熊飯店の屋台バスが見える。
 艦これ勢を撃退した後、屋台を乗り付けたグリズリーマザーたちは、お茶の用意をして休憩室に上がり込んでいた。
 豊富な香草や薬草が自前で手に入っているのは、この島が北海道であることの強みの一つである。

 お茶の準備が成されている間、クリストファー・ロビンは、設えられているソファーで言峰綺礼と向かい合い、彼の語る事の顛末を静かに聞いていた。

 途中で放送が鳴っていたが、この場の人員大半の予想通り、反乱したヒグマが放送室になだれ込んで放送をジャックしていた。
 今更、起こってしまった事は仕方がない。
 問題は、これからどのように事態に対処していくかである。
 それを考えるにつけ、言峰の苛立ちはますます深まっていた。


「……と、このように。彼女の予想外の狂乱により、私たちは参加者と接触できる貴重な機会を逸してしまったというわけだ」
「……ふぅん」


 ロビンはじっとりと、一方的に語り続けた言峰の顔をねめ上げたまま、黙っていた。
 グリズリーマザーの言葉に、ヤスミンが答えている。


「普通に接してあげることが一番でしょう。生憎、SSRIなどの薬は持ち出して来ていませんし。
 このまま、あなた方との関わりが認知行動療法のようになれば、それが最大の治療だと思います」
「認知行動療法?」
「患者さんの改善すべき状態を一つ一つ認識してもらって、どう行動を変えれば良くなるのかを自覚してもらうんです。
 彼女は恐らく、親しい人とは話せる、選択緘黙の気があるようですので、結局は、あなた方が彼女と親しくなってあげて、同じように、彼女の言動を受け入れてくれる朋友を作る方法を教えてあげることですね」
「なるほどねぇ……。とにかく、気分を入れ替えてもらわなきゃね」


 会話をしながら、5つのマグカップに、澄んだ色のハーブティーが淹れられていく。
 そこに突然、クリストファー・ロビンが声を投げた。

「ああ、智子さんに持ってくなら、これも使ってあげて」
「――なんでしょう?」

 ロビンの放り投げた物体を振り向き様に受け取ったヤスミンは、その小さな壺の中身を見て驚愕する。


「これは……、ハニーの蜜ではありませんか。あの時、回収していたのですか」
「何かしら役に立つだろうと思ってね。落ち込んだ時は、甘いもの食べるのが一番さ。プーも僕も、そうしてた」
「ヤスミンと言ったな、その蜜には、何か特殊な効能があったりするのか?」

 続けて言葉を投げてくる言峰綺礼に応じつつ、ヤスミンはグリズリーマザーに壺を手渡した。

「特殊、という意味では特には。ですが、通常の蜂蜜に比してカロリーが高く、抗菌物質やビタミンに富み、ハニー由来の免疫グロブリンなども含まれているはずです」
「なんでもいいよ。とりあえず体に良いってことだろ」

 追い払うように手を打ち振るロビンの仕草に合わせ、グリズリーマザーは各人のカップに蜜を溶かし込んだ。
 黒木智子のものには、特に多めに。
 各人にマグカップを配って、グリズリーマザーはシャワールームの方へ立ち去った。


「……へぇ、なるほど。良い香りだね。もう一戦続投する気力が湧きそうな感じ」
「うむ……。悪くない香りだ。このささくれた気分を鎮めてくれるようだ」
「……ハニー……」

 クリストファー・ロビンと言峰綺礼は、同じハーブティーを飲んで互いに異なる感想を抱いた。
 その気配を感じ取ったヤスミンは、同胞を思い出しながら、壁にもたれたままに呟く。


「……このハーブの組み合わせは、そのどちらの作用も、起こし得ますから」
「そうか」
「なるほどね」


 ――その体感は、あなた方の心身の状態で、変化するだけなんです。
 二人の返答に、ヤスミンはハーブティーの甘みと共に、言葉の後半を飲み込んでいた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


274 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:37:55 OFnpXByM0

 グリズリーマザーが戻ってきたタイミングで、言峰はマグカップの中を干し、ロビンたち3名の元へ向き直った。

「……さて、もう皆わかっていることだと思うが。我々は参加者と接触する機会を一つ逃した。黒木智子の所為でだ。
 あの少女にはどうにか、聖杯戦争に勝ち抜けるような心身の実力を、早急に身につけてもらわねばならない」
「それは違うんじゃないかな」


 言峰が重々しく言い放った提言へ、間髪入れずにロビンが反駁していた。


「焦らずとも、参加者に出会える機会はまた来るはずさ。わざわざこの工場まで探りに来てるっていうなら、あっちは相当に状況の余裕がある。
 それになにより、機会を逃したのが智子さんの所為だっていうのが、そもそも大きく間違ってるよ、神父さん」
「……なんだと?」


 全員から自分の意見に賛同がくるものと頭から思い込んでいた言峰は、その言葉に眉を顰める。
 少なくとも、黒木智子に成長してもらわねばならないという点では、全員がその思考を一にしているはずであった。

 唯一言峰が他者と異なる点としては、時臣を始末した後の遠坂凛へ画策していたように、言峰がその教育指導の主導権を握り、智子の信頼と尊敬を一身に受けて安定した立ち位置を確保することを考えていた点である。
 しかし、そんな考えを、言峰はおくびにも出していない。違和感があるはずはない。

 ――それではなぜ、この少年はこんなにも恨みがましい目で私を睨むのか。


「……まず、その男の人の存在に気付いたのは智子さんのお蔭だ。同じ魔術師といいながら真っ先に気付かなかった自分の未熟さを、あなたはまず気に掛けた方が良い」
「ぬ……。だが、それは話に関係ないぞ」
「ええまだありますとも」

 5歳児とは思えぬ、威圧感に満ちた瞳を座らせて、クリストファー・ロビンは言葉を続ける。

「……次に、あなたは結局僕たちに戦闘を押し付けて、一人で楽な傍観席に行きましたね? 参加者と接触する機会うんぬんなんて、完全にあなたの後付け理由じゃないですか。気付いてもいなかったくせに」
「……そうですね。丸太が足りず、危うく何度か魚雷の着弾を許しそうになったことがありました」
「放られた魚雷に一回、『活締めする母の爪』を真名解放する羽目になったからね」
「……」


 言峰の行動には、マイナス点しかない――。
 と、ロビンはそう言っているようであった。
 前線に立っていたヤスミンとグリズリーマザーの談を聞いても、言峰の欠けた穴は相応に大きかったことが窺える。

 ここから実際問題として言峰に下される評価は、

『適当な口実をつけて楽な仕事に逃げた挙句、なんの成果も挙げず、失敗を他人のせいにする信用ならぬ男』

 という甚だしいものだった。


 マグカップを握り込む言峰の手が震える。
 彼は目尻を引き攣らせて、極力静かに言葉を紡いだ。


「……いや。よしんばそうであったとしても、最終的に機会を失ったのは、完全に黒木智子の失敗であろう。どう考えても私は悪くない」
「いいえ。違いますね。悪いのはあなただ。言峰綺礼神父」
「……お、お、おまた、せ……。ただいま、あ、上がりまし、た……」


 ロビンが即座に言峰へ返事をしたその時、黒木智子が脱衣場からおずおずと歩み出てきていた。
 洗った制服の代わりに、工場の作業員が来ていたらしいぶかぶかのツナギに身を包み、彼女は怯えた小動物のように姿を現す。
 彼女の、余りにも奥ゆかしい小声の挨拶は、グリズリーマザーとヤスミンにしか聞こえなかった。

 智子のことに気付かぬロビンは、同じく気づかぬ言峰へ、最後の発言を突き付ける。


「極め付けに……! 智子さんを泣かせたのも、参加者と接触する機会を逸したのも、全てはあなたの行ないの所為だ!!
 どう考えても、智子さんは、悪くないッ!!」
「……ロ、ロビン……?」


 彼の言葉に、黒木智子の胸は、一瞬締め付けられるようだった。
 壁際に身を寄せるグリズリーマザーたちと、ソファーで口論になっているロビンたちを交互に見やり、彼女は一気に血の昇ってくる頭で、どうにか事態を把握しようとしている。


275 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:38:20 OFnpXByM0

「……面白い。言ってみろ、その理由を」
「あなたが、自分のいいように事態を進めて楽しもうとする気質の人だとは薄々思ってましたけどね。
 結局あなたのしたことは、『智子さんの慌てる姿を見てやろうとちょっかいを出したけれど、思った以上に事が大きくなって傍観者じゃいられなくなったために興が冷め、全責任を智子さんに擦り付けて逃げた』ってことでしょうが」
「……ふざけるのもいい加減にしろよ、少年。私の行動のどこに、そんな要素がある」


 互いに怒りを抑えられていないような震えた会話に、ついにロビンがソファーから立ち上がる。


「『後ろだ、黒木智子』――! この発言が、あなたの邪悪の全てを表現しているッ!!」
「――!?」


 全く予測していなかったポイントをやり玉に挙げられ、言峰は困惑した。
 ロビンはそのまま、指先を言峰に突き付けて語る。


「……智子さんがそれで後ろを振り向けば、恐怖に耐えられなくなることは、わかりきっていたはずだ。
 その慌てぶりを見て楽しもうとしていたら、予想外の反応をされて楽しむどころじゃなくなった。そういうことでしょう」
「フッ……。何を言うかと思えば。それならば他に、どうすれば良かったというのだ」


 ロビンは、自分より遥かに年長かつ屈強な言峰を、燃える氷のような視線で見くだしていた。
 本当にわかってないのか――。
 と、噛んだ奥歯に、悲しみの響きすら湛えて、彼は豁然と言い放つ。


「男なら――! 自分よりか弱い女の子を、守るものだろうが!!」


 休憩室の内部は、暫くロビンの叫んだ残響に満たされていた。


「その魔術師の腕が現れたら、まず自分が彼女の前に入って、静かに交渉すれば良かったんだ。
 斧? チェーンソー? そんな凶器を見て怖がらない女の子がいたら教えて欲しいくらいですよ。
 何がエスコートですか。笑わせる。どうせ奥さん子供もいないクソ坊主の言うことだ。
 神の愛とやらにばっかかまけて、人を愛することのなんたるかも知らないんだろ。
 自分だってお母さんから生まれて来たくせに子供をいじめるとか。
 あなたになんか、智子さんを任せなきゃ良かった――」


 頭上から注がれる少年の罵倒を、言峰は俯いて聞いた。
 飲み干されて乾いた言峰綺礼のマグカップの底に、一粒の水滴が零れていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 私は、脱衣場の扉の隙間から、二人の様子を見つめていた。
 熱気を帯びたロビンの言葉は、私を擁護してくれていた。

 蔑んだり。
 疎外したりするものじゃない。
 ただありのままの私を、守ってくれるものだった。


「――妻子なら、いた」
「あぁん? なんだって?」
「妻子なら、いたッ――!!」


 その時、顔を上げて叫んだ言峰の掌で、マグカップが粉々に砕け散った。
 その握力のままに拳を握りしめ、血の滴る双拳を下げたまま、彼もソファーから立ち上がる。
 ロビンと言峰の両者が立ち上がれば、その身長差は明らかだった。

 上から降り注ぐのは、今度は言峰の言葉だ。


276 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:38:46 OFnpXByM0

「ああそうとも。私は妻を愛そうと努力した。だが結局、私は愛のなんたるかなど、理解できなかった。
 子供が生まれたのは奇跡だった。だが私に愛想をつかしたんだろう。結局妻は自殺したよ!!」
「――っ」


 ロビンはたじろいだ。
 自分が知らず知らずのうちに、言峰の心の地雷を踏み抜いてしまったんだと、察したんだ。
 『言い過ぎた』と、ロビンは顔でそう語っていた。


 ――私は知っている。
 言峰綺礼の奥さんの名は――、クラウディア・オルテンシア。

 アルビノという虚弱体質で、長くは生きられなかったんだ。
 言峰は人を愛せないし、美しいものを美しいと思えない、性格の破綻したクソ野郎だけど。
 それでも、言峰は彼女を愛そうとしたし、彼女は最後に、「貴方は私を愛しています」と告げて、死んだ。
 言峰が、本当は人を愛せるんだと、証明するために。

 ――言峰はその時、「どうせ死ぬのなら、私の手で殺したかった」と、考えてしまった。

 だから彼は、その時の自分の思いと記憶を、封印した。

 でも本当はその思いは、本当に彼女を愛していたからこそ、抱いたものなんじゃないかと――。
 私は、そう思った。


「……はぁ。もう、どうとでもなれ。こんなクソ神父の思い出話を引き出してもつまらんだろう。
 私を論破して気が済んだなら、さっさと代案でも立てろ、少年――!!」


 言峰はどっかりとソファーに倒れ込み、背もたれに大きく身を預けて、仰向けになってしまった。

「あぁ――」

 私はそいつの、思いっきり引き結ばれた口元を見て、思った。


 こいつも、私と同じなんだ。
 サナギから美蝶々になろうと、どうにかもがいていた人間なんだ。と。
 醜いイモムシから、やっとの思いでサナギになり、その先に待つ未来を夢見た。

 それがこいつの場合、サナギから目覚めて脱皮した後の自分は、進化せず、変態もできず、変わることなくただぶくぶくと肥大した、イモムシのままだったんだ。
 溶け落ちて抜け殻になるより、それはきっと、もっと恐ろしいことだっただろう。

 醜くて、汚くて――、そんな自分を押し隠そうとしながら、こいつは生きてきたんだ。
 イモムシの自分を出してしまえば、目に映る愉悦の先に帰ってくるのは、その先の者たちの怨嗟だ。


 イモムシの私も、このままでいたらきっと、この言峰と同じ末路をたどるだろう。
 それどころか、私の場合はもっと悪い。

 こいつは、その自分を押し隠して、ひたすら信仰と戦いに打ち込めるだけの気力があったからこそ、中身が外道でも外面だけは立派な地位を保ってこれた。
 でも、私の場合にはそれすらない。
 中も外も、ただのクズのままで終わってしまう。
 そんなのだけは、御免だ。


 ――こいつを、反面教師にしよう。


 絶対に、言峰のようにだけはならない。
 と、私はそう、心に誓った。


277 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:39:07 OFnpXByM0

「――あれ、智子さん、上がってたんだ。そのポニーテール、可愛いね」
「はえ……?」


 その時、収まりの悪さに辺りを見回していたロビンが、私の姿に気付いていた。
 そして真っ先に掛けられた言葉に、私は驚いた。

 『ポニーテール』、『カワイイ』だ。

 濡らすと乾燥に手間取るから制服のネクタイで上げただけの髪だったけれど、こいつは、すぐさまそれに気付いた。
 そして、それをカワイイ、と――。
 私のことを、かわいいと、言ってくれた。


「……さっぱりしたかい、マスター」
「う、うん……」
「こっちきて座りなよ。今、神父さんと今後の予定を話してたところだから」
「お、おう……」


 話してたというか、一方的に叩きのめしていたように見えたのは私だけだろうか。
 グリズリーマザーとロビンに招かれ、私はソファーに座り込む。
 反対側のソファーで大の字になっている言峰は、一瞬頭を持ち上げて私を見た後、また後ろにもたれかかってしまう。

「……世間では、そういう格好をカワイイと言うのか? 私にはわからんな……」

 おう。そうだろう。
 私もこと装いに関しては、世間一般と美的感覚が真逆のお前に評価してもらうつもり無いんで。
 ごめんな。


「……とにかくねぇ、おもらしの一つや二つで恥ずかしがらなくていいよ智子さん」
「ひえっ……!? き、きい、たの、か、よぉ……」
「僕も最近までおねしょしてたしね。よくあるよくある」
「う、あ、そ、そりゃ、お前はだって、5歳かそこらだろ……」
「何歳とか、そういう枠にはまった評価で話すのはやめようよ」


 案の定、言峰は私の失態の全てを語り尽くしたらしかった。
 それでも、ここにいる者はみんな、私のことを蔑んだり、していなかった(約1名を除く)。

 他人のことを蔑むのはきっと、自分に自信が無いからだ。
 ここにいる者は全員、自分の存在に自信を持っているんだろう(約1名を除く)。

 みんな私が、お手本にすべき、者たちなんだろうな。きっと。


「……とりあえず落ち着いたところで、お互いに物資の確認でもするかい? 予定の話し合いといったら、まずそれだろ」
「私はこのカソックとパーカー以外に、何もない! あとは預託令呪9画のみ!」


 グリズリーマザーの発言に、言峰は仰向けになったまま、投げ遣りにそう叫んでいた。

 ウケ狙いなのか。
 それとも単に苛立っているのか。
 さもなくば装備品の無い自分を嘆いているのか。
 唐突過ぎて、誰も言峰の叫びに反応を返せなかった。

 痛い。
 かたわらが、痛い。

 まるで新年度の自己紹介の時に浮きまくった自分を見ているようだった。
 グリズリーマザーが、その時の担任の教師のように、進行に困って目を泳がせている。


「――あー、えぇと。じゃ、言峰さんはそういうことで。マスターは?」
「私……か」


 私が持っているのは、ちょっとした食べ物や地図なんかの基本的な支給品。
 それに大量の石ころと、グリズリーマザーの聖遺物にあたるんであろうカードだ。
 令呪も持ち物に入るのなら、まぁそれもだけど。


278 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:39:27 OFnpXByM0

「あぁそうそう。智子さんにはこれがあったよね。投石用の石ツブテ。
 良かったらちょうだい? 持ってるボールがほとんどないんで」
「お、うん……。わ、私が持っててもどうしようもないし……」


 テーブルに出した支給品をロビンが掠め取るのは、私が返事するより遥かに早かった。
 遠慮の無さで言えばネモ以上かもしれん。


「少年……。人のものを取っておいて、自分は何もせんのか。それこそ、人間としてどうなんだ」
「やだなぁ神父さん。そんな低レベルなこといちいち口に出すと器が知れますよ」


 ロビンの行為に、仰向けのままに言峰が口を挟む。
 しかし、当のロビンはさらっとその言葉を流して、支給品を広げ始めた。
 さっきは、言い過ぎたことに対する反省の色が多少なりとも見えたのだが、既にロビンの中でそれとこれとは別になっているらしい。
 私には、目をつぶったまま震える言峰が、心中で悔し涙でも流してるんじゃないかと思えてきた。


「さーて、なんでも取っていっていいよー智子さん。ここら辺のボールはダメだけどー……」


 なんでも、と言っておきながら、ロビンは取り出していく傍ら、手榴弾、砲丸、野球ボールなんかはサッとテーブルの隅にまとめてしまう。
 その他に出てきたのは、何かの手甲や、銀色のものものしい鎧。


「あ、智子さんにはこれが良いかも知れない。ちょうどポニーテールだし」


 なんでも取っていっていいよ、と言っておきながら、最終的にロビンは、デイパックの片隅に明らかに邪魔なものとして追いやられていた何かを私に押し付けてきた。
 そのパッケージは、どうやらアニメのサントラのようだった。
 絵柄は、パンストみたいなアメリカチックのデフォルメキャラで、2チームの女の子たちが楽器を手に、コンサート会場で競っているようなイラストになっている。


「ん……!? こりゃ、『マイリトルポニー』!?」
「あ、やっぱり知ってた。智子さんこういうの好きそうだモンね」


 正確なそのタイトルは、『My Little Pony Equestria Girls: Rainbow Rocks - Original Motion Picture Soundtrack』。
 私の記憶が正しければ、これは日本でも放送されたアメリカ発のポニーのアニメ『マイリトルポニー』の、その公式擬人化映画。そのサウンドトラックが焼かれたCDというわけだ。


「……やっぱアメリカだと、これ有名なアニメなのか!?」
「ん? 僕はイギリス人だよ。もっと言うとスコットランド人だけど」

 丸一日枯渇していたアニメ分が思わぬところから補給され、私は興奮した。
 ロビンは私の思い込みをやんわりと訂正しながら、CDのパッケージを叩く。

「まぁ、ロンドンでもグッズは見かけるよ? 女の子向けだからたまにしか見なかったけど、森のみんなみたいで可愛いとは思う。
 でも、支給品にもらったところで困るから、あげるよ」
「いやぁ……火曜日の朝7:30とかから始まるから、見てるといつも学校遅刻寸前でさぁ……」


 日本語版スタッフは、一体何を考えてそんな放映時間にしたんだろうか。
 幼女だって、見てたら小学校に遅刻するだろうに。


「このさぁ、レインボーダッシュってヤツの声質が私とそっくりなんだよ。アテレコできんじゃねとか思って、こいつの出てる回はつい最後まで見ちゃうんだよね〜……」
「うん、確かに似てる。でも智子さん、性格はダッシィと正反対だよね」
「うっ……」


 興奮して語り始めていた私は、ロビンの発言に硬直してしまった。

 レインボーダッシュっていうのは、速さ自慢のペガサスのキャラクターだ。
 なんか気象管理士の地区長かなんかの、結構立派な職業についてる。
 声は似ているけど、自分の実力に確固たる自信を持ってるところとか、ちゃんとした職業についてるところとかは、私と全然違う。


279 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:39:47 OFnpXByM0

 私は、私だ。
 それでも、こいつみたいな自信が、少しでも私にあればいいのに――。

 そう思いつつ漫然とめくっていた歌詞カードに、レインボーダッシュのソロ曲があった。
 豊富でクオリティの高い歌が有名なマイリトルポニーだけど、たぶんこれは、このキャラの初のソロ曲のはずだ。
 タイトルは『Awesome as I want to be』。
 声が似てるから、私でもたぶん歌えるはず――。なんだが、本国版のためか、歌詞は全部英語で書かれていた。
 幸いにも、大体の意味は私にも解る程度の簡単なものだ。

 きっと、ロビンも知ってるこいつをプロっぽく歌ってやったら、さぞ尊敬されるに違いない――。


「あのさ、『アウェソメ・アズ・アイ・ウォント・トゥ・ビー』ってどんな曲よ。お姉さんがキャラボイスで歌ってやってもいいんだぜ!?」
「はぁ? 何を言ってるんですか智子さん?」


 メロディさえ分かれば――、と思って問うた言葉に返ってくるのは、ロビンの不可解な二度見だ。
 すっと、彼は歌詞カードのタイトルを指さし、そしてこみ上げるように笑いで震えてくる。


「智子さん……。このタイトル、『オーサム・アザイ・ワナビー(夢見てたくらいサイコー)』って読むんですよ。
 なんですか『アウェソメ』って……。こんなのも読めないとか……。アウェソメ……。あおイソメみたいな……。
 Awesomeが読めないのが許されるのは、エレメンタリースクールまでですよね……、クククククッ」
「……う、うっ、うるせぇな!! そ、そんなの日本の文科省に言えよ!! そんな英単語習ってないもん!!」


 私は顔を真っ赤にして立ち上がっていた。
 ガキでもわかる英単語を、読み違えていた。
 これは間違いなく私のせいじゃなく、日本の英語教育の低レベルさのせいだ。
 頼むから、外国のガキに馬鹿にされるような英会話を日本人にさせないで下さい、お願いします。

「聞きました言峰さん? 可愛い智子さんを引き出すなら、これくらい平和な環境下でやらないとダメですよ?」
「……留意しておくよ、少年……」

 赤面の叫びをスルーして、ロビンは向かいの言峰に笑いかけていた。
 言峰は心底嫌そうな顔で言葉を飲んだ。が。
 この意味するところはつまるところ。

 ……私はずっと、この言峰とロビンに弄ばれていただけというわけだ。


「ふぇっ……、ふえぇ……」


 顔を覆って、ソファーにへたり込んでいた。
 恥ずかしいけれど、なんかカワイイと言われたからそれはそれで良いような気がしてきて、面映ゆすぎて爆発しそうだった。
 何も言わずぽふぽふと頭を撫でてくれるグリズリーマザーの手が、気持ちよかった。


280 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:40:16 OFnpXByM0

「んで、あとはこのクッキーみたいなので、僕の支給品はお終いですね」

 何事もなかったかのように支給品整理に戻ったロビンが最後に取り出したのは、一枚のクッキーだ。
 今まで状況を静観していたヤスミンが、そのクッキーを見てピクリと反応していた。


「……それは」
「あ、ヤスミンさん、これなんだか解るんですか? クッキーにしては色も臭いも生々しくて、あんまり食べる気にならなかったんですけど」
「スフェア培養されたHIGUMA細胞の塊ではありませんか……!? まさか凍結乾燥して状態を維持しているとでも……」


 ヤスミンはロビンからそのクッキーを受け取って眺め回し、そして何度か頷いた。

「……間違いありません。これは私たちヒグマの体を構成している幹細胞だけを、純粋に培養したものです。
 このような形で保存する技術があったとは、驚きましたね……」
「え……、じゃあ、もしそのクッキーを食べたら、ヒグマになっちゃうとか……!?」

 ヤスミンの言葉に、私は恐ろしい想像をしてしまい、思わず身を引いていた。
 私の呟きを聞いたヤスミンは、暫くきょとんとした後、急に相好を崩してクフクフと笑い始める。


「……面白いことを言いますね智子さん。確かに、水分さえあればこれは細胞としての機能を取り戻すでしょう。
 ですが、人間がこれを食べたところで、人間は人間のままですよ。ジンギスカンを食べたら羊になりますか?」
「いや……、でも、病気みたいに、なるかも……」
「なるほど。腸管から細菌やアメーバのように感染し、臓器などに停滞する――。可能性はゼロではないでしょう。
 ですがそれは身体からすれば異物ですし、だからこそ免疫応答・炎症反応が発生し病気となるんです。
 もし、このHIGUMA細胞に、遺伝子操作や免疫調節などもなしに適合してしまうのなら――」


 ロビンにクッキーを返しつつ、ヤスミンは私に微笑んだ。


「――きっと元から、その『人』は『ヒグマ』だったんですよ」


 彼女の言葉を受けて目を落とした私の膝には。
 公式で『人』となった『ポニー』のアニメが置いてある。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「――むっ」

 その時突然、黒木智子の隣でグリズリーマザーが耳をひくつかせ、顔を上げていた。
 その動きにヤスミンが反応する。

「あら、グリズリーマザーさんにも聞こえましたか」
「ああ――、実を言うとさっきも一度聞こえたんだが。ヤスミンちゃんにも聞こえたとなると聞き間違いじゃないね」
「ええ。先ほど12発、今4発――。位置は南南東に数百メートルというところでしょうか」


 両者で話す雰囲気には、緊張感が漂っていた。
 言峰綺礼も起き上がり、ロビンもクッキーを仕舞いながらそのヒグマたちの動きに注目する。
 ヤスミンが彼らに振り向く。


「今、遠くで、明らかに戦闘が発生していると思われる大口径の砲音が聞こえました。
 私たちのような者が、同じく艦これ勢相手に戦っているのかも知れません」
「……なんだと。ではすぐに向かってやるべきではないか」
「ほら神父さん、見ましたか? 参加者と接触する機会なんて、すぐに来たじゃないですか」


 勢いよく立ち上がった言峰に、ロビンはソファーから鼻持ちならない得意顔で見上げてくる。
 こめかみに浮かぶ青筋を気合で押さえつけ、言峰は鼻息も荒く休憩室の外に歩み出していった。

「そぉうだな……! すぐに来たからすぐに行くぞ!! それでいいな!!」
「は〜い、神父さん♪」

 ロビンはマグカップのハーブティーを干して、朗らかな声で立ち上がる。
 肩を怒らせて真っ先に灰熊飯店のバスに乗り込んだ言峰に、ヤスミンが追いすがっていた。


「キレイさん……。掌、手当て致しましょうか」
「ああ……、これか。すまない、頼む」


 マグカップを握り砕いていた言峰綺礼の掌は、血塗れだった。
 ヤスミンはそこからマグカップの破片を取り除き、ミズゴケで血を拭き取った後にヒグマの体毛包帯で巻いた。

「……おいおい。これはヒグマ用のではないのか? 大丈夫なのか?」
「……それはご自身がヒグマになるなどと思っていらっしゃるがゆえの問いですか?
 あなたにも免疫機能があるんですよ? HIGUMA細胞が生着するわけないじゃないですか」
「それではなぜこれを使う」
「ヒト−HIGUMA間の異種細胞においても、創傷治癒サイトカインのオーソログが保存されていますので。人間の傷の治りも早いのです」
「……半分以上意味が解らなかったんだが。まあいい」

 整然とした手つきで言峰の手に包帯を巻きながら、ヤスミンは暫くして、ふと低い声で囁いた。


281 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:41:03 OFnpXByM0

「……私が問診すれば、あなたにも相応の精神疾患が見つかると思うのですが。希望なさいますか?」


 包帯を切り、ヒグマの毛皮で保護された自分の手に目を落として、言峰は返す。

「……見つけたところでどうなる。末期がん患者に余命を告知してトドメを刺すのか?」
「……彼女のように、治療法は、有るかも知れませんよ?」

 顔を上げた言峰の眼に、バスへジャンプで飛び乗ってくる少年、ロビンの姿が映る。
 運転席に座るグリズリーマザー。
 そして彼女の後ろに着座する、赤いリボンのポニーテール。
 ――よくよく見ればそのリボンはネクタイで、青い衣服は丈の余ったツナギなのだが。
 その少女は、装いと共に心境も新たにして、バスの進行方向を見据えているようだった。
 
 溶け落ちたプライドで、羞恥の殻をかなぐり捨てた黒木智子のその姿を見て、言峰は両手をきつく握りしめた。


「……よしんばあったならあったで。ヒグマなどの世話にはならん……ッ!」
「……そうですか。それでは」


 ヤスミンは彼の返答を聞き、静かに言峰の元から立ち上がった。


「……あなたが私たちの味方である限り、私はあなたの味方ですので」


 それだけを言い残して、ヤスミンは最後部の座席から振り向く。

「ヤスミンちゃん、そっちの何かは終わった!?」
「ええ。キレイさんの手掌を治療していました」
「よし、それじゃ行こう。いつでも投石はできるようにしておくから」
「うん……。頼んだ、グリズリーマザー……!!」
「それじゃあ出すよぉッ!!」


 全員の着座を見届け、グリズリーマザーが屋台バスを稼動させた。
 走りゆくバスの振動を感じながら、言峰の表情は晴れなかった。
 ただ彼の心中には漠然と。

 ――クリストファー・ロビンは、邪魔だな。

 という、率直な感想が立ち上っていた。


【F-3 街/製材工場 昼】


【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:右手に軽度の痺れ、全身打撲、悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(まだ名付けていない)
装備:手榴弾×1、砲丸、野球ボール×1、石ころ×96@モンスターハンター
道具:基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー)
[思考・状況]
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
0:智子さん、麻婆おじさん、ヒグマたちと情報交換し、真の敵を打倒する作戦を練る。
1:投手はボールを投げて勝利を導く。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジし決着をつける
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:後々はあの女研究員を含め、ヒグマ帝国の全てをも導く
[備考]
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※マイケルのオーバーボディを脱がないと本来の力を発揮できません
※ヒグマ帝国の一部のヒグマ達の信頼を得た気がしましたが別にそんなことはなかったぜ。


【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:ネクタイで上げたポニーテール、気分高揚、膝に擦り傷
装備:令呪(残り3画/ウェイバー、綺礼から委託)、製材工場のツナギ
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
1:ロビンやグリズリーマザー、ヤスミンに同行。
2:言峰は反面教師にする。
3:ビッチ妖怪は死んだ。ヒグマはチートだった。おじさんは愉悦部員だった。最悪だ。
4:どうすればいいんだよヒグマ帝国とか!?
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。


282 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:42:01 OFnpXByM0

【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、真名未解放の宝具×1、穴持たず82の糖蜜(中身約2/3)
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
1:あの帝国のみんなの乱れようじゃ、旦那やシーナーさんとも協力しなきゃまずいかねぇ……。
2:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
 ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4〜20 最大捕捉:200人
 グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
 移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
 料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
 爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
 対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。


【言峰綺礼@Fate/zero】
状態:健康、両手の裂傷をヒグマ体毛包帯で被覆
装備:令呪(残り9画)
道具:ヒグマになれるパーカー
[思考・状況]
基本思考:聖杯を確保し、脱出する。
1:黒木智子やヤスミン、グリズリーマザーと協力体制を作り、少女をこの島での聖杯戦争に優勝させる。
2:ロビン少年に絡まれると、気分が悪いな……。ロビカスだな……。
3:布束と再び接触し、脱出の方法を探る。
4:『固有結界』を有するシーナーなるヒグマの存在には、万全の警戒をする。
5:あまりに都合の良い展開が出現した時は、真っ先に幻覚を疑う。
6:ヒグマ帝国の有する戦力を見極める。
7:ヒグマ帝国を操る者の正体を探る。
※この島で『聖杯戦争』が行われていると確信しています。
※ヒグマ帝国の影に、非ヒグマの『実効支配者』が一人は存在すると考えています。
※地道な聞き込みと散策により、農耕を行なっているヒグマとカーペンターズの一部から帝国に関する情報をかなり仕入れています。


【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×9巻、8m×1巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:帝国の臣民を煽動する者の正体を突き止めなければ……。
1:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
2:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
3:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。


283 : どう考えても私は悪くない ◆wgC73NFT9I :2014/12/20(土) 22:42:47 OFnpXByM0
以上で投下終了です。

続きまして、ヒグマード、ヒグマン子爵、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマで予約します。


284 : 名無しさん :2014/12/21(日) 18:17:18 0rRx/sUg0
投下乙です

智子、まるで主人公の様に苦悩しつつも変わろうともがいてるなあ
マーボーが反面教師か、そういう風に考えられるだけ成長したかもな


285 : 名無しさん :2014/12/22(月) 00:47:39 Miafgfhg0
投下乙

五歳児に説教されるマーボー神父…まあ本能とは言えいい年したおっさんが
女子高生を虐めてたら怒られるのも無理はない。それにしても英国紳士ロビカスのイケメンぶりよ
次回でウェカピポの妹の夫のチームと合流しそうだし対主催の集結も近づいてきたかな
てかもこっちとレインボーダッシュは中の人一緒だったのか


286 : 名無しさん :2014/12/22(月) 07:28:13 81FKshas0
思えばBANZOKUって葛木先生×1000が同時に襲ってくるようなもんか
そりゃセイバーが叫ぶのも無理はない


287 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:52:35 JpzweObo0
予約分を投下します。


288 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:53:08 JpzweObo0
 森閑。
 この空間に佇んだとき、耳にはその表現が残るだろう。
 物音がしない。
 木々すら死んでしまったかのような、無音の音が耳を打つのだ。

 耳を澄ませた時、そこに微かに届くのは、ただ己の息遣いと鼓動。
 そしてその隣に寄り添う者の、同じき血の巡り。

 穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ。
 または、デデンネと仲良くなったヒグマ。
 または、ヤイェシル・トゥライヌプ(自分自身を見失う者)――。
 外在的な名称でしか規定されていない、いまだ何者でもない彼は、その肩に乗って寄り添う小さな体温を感じている。

 デデンネ。
 または、フェルナンデス。
 または、その黄色いの――。
 彼らがまた外在的な名称で規定した、げっ歯類のような様相の命は、震えるのみで語らない。


 みしり。


 と、彼らの頭上で僅かに枝がたわむ。
 極限まで無音に近いこの環境下でなければ、ヒグマである彼ですら間違いなく聞き逃していたであろう微かな音だ。

 エゾマツ。
 トドマツ。
 シラビソ。
 カツラ。
 ミズナラ。
 アスナロ。
 ダケカンバ。

 豊かな針広混交林は、何か天災に備えるかの如く息を潜めており、その中に更に潜む影のような者の姿を捉えることは、なかなかに困難だった。


 穴持たず13。
 または、ヒグマン子爵。
 その雄ヒグマは、内在的にもその名称を自認していた。

 ヒグマン子爵は、彼の頭上数メートルの木々の枝を、ほとんど音もなく、揺らめく雲の影のように渡っていた。
 時折、微かに木漏れ日を照らして光るのは、そのヒグマが咥える二本の抜身の刀だ。
 ヒグマン子爵は、そのぎらついた牙のような抜身をも、自身の漆黒の体に極力隠すようにして息を潜めている。


 ――なぜ、彼らは斯様にも張り詰めた空気の中に佇んでいるのか。
 その答えは明らかである。


 臭いだ。
 生物が死に絶えたかのような無音の環境下で、それにもかかわらず――、いや、むしろそれだからこそか、甚だしい異臭がそこには立ち込めている。
 ヒグマや、デデンネなどのポケモンには言わずもがな。
 嗅覚の衰えた人間でさえも恐怖と吐き気を催しておかしくない、鼻を突くような血臭が辺りには充満しているのだ。
 風の動きさえ遅鈍なこの森の中で、じっとりと湿った空気に拡散していく鉄分と蛋白質の香りは、その先に只ならぬ『死』の具現が控えていることを、自明のものとして示していた。

 ヒグマン子爵の動きが止まる。

 その下から様子を窺っている彼には、その視線の先にあるものがわかった。


 ――ヒグマンは、見つけたのだ。


289 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:53:39 JpzweObo0

 この辺りに流れ出す血臭の根源。
 キムンカムイ教現教主ラマッタクペ曰く、第四勢力の一体『ケモカムイ(血の神)』――。
 人間なのか、ヒグマなのか、妖物のたぐいか。
 ラマッタクペの主観をさらに伝聞で探る彼には、その者の正体は杳として知れない。

 それでも先程から彼はこの血臭と共に、身を刺すような死の気配を濃密に感じ取っている。
 恐らく、彼の肩に乗るデデンネもそれは同等以上に感じているはずだ。


 ――それでも、ヒグマンはこの者を相手取り、戦おうとしている。
 一体、どのような心づもりでいるのか――。


 先程からヒグマン子爵は、北方のある一点の周辺を中心に、死角を窺うように東西へ細かく移動していた。
 風下から攻め入る隙を狙う、狩猟者の構えだ。
 ヒグマン子爵の姿勢からは、恐らく相当に学ぶべきところが多い。


 ――フェルナンデスを守り抜くためにも、その手法を、観察させてもらう。


 彼は先程から、そう考えてヒグマン子爵に追随しているのである。

 下から見上げる彼に向かって、樹上に形作られた影が、微かに高い声を発した。
 ほとんど可聴域スレスレの、HIGUMA以外には聞き取れないような音である。
 そしてそれはまた、周囲の森林によって急速に減衰され、決して遠方には届かないような音でもあった。
 ヒグマン子爵は、笑っていた。


『――おい、「見られた」ぞ』
『は――?』
『気付かれたんだよ。お前がな』


 森の空気が動いた。
 風上側から彼の方に向けて、血の臭いが急速に迫ってくる。

『そんなっ!? 馬鹿な――!?』

 彼のいたのは風下だ。しかも、その者との距離は優に数百メートルないし1キロは離れていると見て間違いない。
 HIGUMAの視力は、並の羆に比べ、多少増強されてはいる。
 それでも、形態的な近視の傾向は依然として強い。
 鬱蒼とした森の中。下草も厚く、風向きも有利。
 視力はもちろん、聴覚、嗅覚、振動覚――。そういったもので探知されることはほとんど有り得ないに違いない。
 いくら姿を隠していた訳ではないとはいえ、発見された理由に、彼は皆目見当がつかなかった。


『異常な視力だな。もはや生物学的な代物じゃない。ラマッタクペの言う所の「霊力(ヌプル)」か何かだ』
『そんな――』
『ほらどうした。そこに居たら死ぬぞ』


 囁くような高音を残して、葉陰の闇は霧のように枝の上をどこへともなく去っていく。
 ヒグマン子爵から鞭打つように置き去りとされた彼は、デデンネを肩に乗せたまま呆然とした。


 ――囮にされた!?


 そもそも、ヒグマン子爵は彼を守るとも彼に同行するとも発言してはいない。
 『ラマッタクペたちといるよりか幾ばくかマシ』という『打算』で彼を助け、『自分の安全を確保しながらやつらにゲリラ戦闘を仕掛けて戦力を削ぐ』と言っていただけである。
 それを不用心に後追いしていたのは、完全に彼自身の落ち度だ。
 戦場で姿を隠しもせずノコノコと着いてくるデカブツなど、邪魔以外の何物でもない。
 むしろ、去り際に危機を知らせてくれただけヒグマン子爵は有情だとも言えた。


 ――クソッ……! ラマッタクペの話で思い知ったばかりじゃないか、何をしてるんだ俺は!!


 自身を叱咤した彼は、急速に濃くなってくる血臭に焦りながら、肩のデデンネに呼びかけた。

『に、逃げるぞフェルナンデス! 掴まってろ!!』
「デデンネェ……!!」

 叫ぶや否や、彼は脇目も振らず南方に向けて走り出した。
 しかし突如、その彼に不可解な現象が襲い掛かる。


 血臭が、一気に彼の両側方に回り込んできたのだ。


『なっ――!?』
「ヒィ――!?」


 デデンネが、彼の横で喉を詰まらせるようにして鳴いた。
 彼が、地面に自分が倒れたのだと気付いたのは、それを耳にした後だった。
 肩から振り落とされたデデンネが、下草にバウンドして倒れ伏す。


『な、んだ――!? なんだ、これはぁッ!?』


290 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:54:08 JpzweObo0

 すぐさま彼は、自分の左後脚を見やる。
 そこには、赤黒く血臭を放つ、綱のようなものが絡みついていた。
 それはそのまま信じられない怪力で、ずるずるとヒグマの巨体を北側に引っ張ってゆく。
 地面に爪を突き立てて曳かれまいとするも、彼を引く何者かの力は、それを遥かに凌駕していた。
 倒れたまま動かないデデンネの姿が、彼の元からどんどんと遠ざかってゆく。


『なっ、フェ、フェルナンデスッ!! クソッ、離せッ、離せぇえぇ!!』
『何を人間のように未練がましく騒いでいる。お前もヒグマなら、目の前に来てやった闘争の機会に、歓喜で咽ぶくらいしたらどうなんだ――?』


 もがく彼の耳にほどなく、場違いに朗らかな声が届いた。
 錆びて割れた鐘のような、ひどくざらつき、至る所で歪みが反響したような音だった。
 彼の周りは、既にほとんど血臭の只中にあった。

 そして慄きながら振り向く彼の目には、美しく微笑む神の姿が映る。
 その神は、慈悲の色に染めた貌を、柔らかく傾けていた。


『――心配せずとも、あの小動物はすぐに取り込んでやるさ』


 歯牙を群れ立たせて、血の神はそう息を吹いた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 蛸。
 海に生息する、赤い色をした軟体動物だ。
 実際に見たことはあらねど、『それ』を見た時、彼は最初にその生物の姿を思い浮かべた。

 若しくは、カビ。
 放っておいた喰い残しや、島の木々の間に生える、赤かったり黒かったりする何か。
 『それ』の有様は、巨大な蠢くカビのようにも見受けられた。

 さもなくば――、肉。
 何頭ものヒグマの死肉を捏ね合わせて、内臓も骨も毛皮も一緒くたに、血液で和えた混ぜ物。
 全容積にして約4メートル立方に余る大量のヒグマの肉塊――。

 それが、最も『それ』の形容として正しいものであっただろう。


 森の木々の間に“ぬた”を引いたその和え物が、へらでなすり付けられたかのように盛り上がっている。
 その和え物が進んできた道は、一面が錆びたように枯れ果てて荒れ地となっている。
 べたつく肉がたった今取りついている木も、養分を吸われているかのように萎れて枯れていく。
 ぶるぶると蠢くその赤黒い肉の真ん中に、ヒグマのような、ヒトのような顔が浮かんでいた。


 ――これが、『血の神(ケモカムイ)』――!


 彼は『それ』の姿を目の当たりにして、ぞっと身の毛をよだたせた。
 自らの脚に絡みついているのは、『それ』から生じた、毛のような血管のような何かが縒りあがって形成された縄だ。
 そしてその縄は、脚の肉に喰い込み、同化しながら彼の血を啜っている。
 『血の神(ケモカムイ)』は、この触手のような赤黒い毛を高速で射出し、一気に体を引き寄せることで接近してきていたのだ。


『んっふっふ……。私に気付いておきながら、付け狙うように遠間をうろちょろしていたのは、何か勝算でもあったが故なんだろう?
 どうした……。早いところその何かを見せてくれよ。早く(ハリー)、早く(ハリー)、早く(ハリー)!!』


 抑制する親のいなくなった子供のようにはしゃいだ声で、『血の神(ケモカムイ)』は哭いた。
 気ままに増殖した細胞塊のようなその姿は、次第に巨大なヒグマのような形状に収斂し、赤黒い毛並みとしてその表面を揺らしてゆく。

 ヒグマード。
 もはや確固たる個体を弁別しえなくなった『それ』の総体を、当座のところ、そのような外在的な呼称で規定する。
 アーカードと呼ばれていた始原の吸血鬼がヒグマと同化し、そしてそれが更に多数のヒグマを吸収合併したものが、このヒグマードである。

 ヒグマードは心底嬉しそうな微笑を湛えながら、思索を廻らすようにその首をぐるりと捻った。


『ああ――。だが、お前の勝算は、ともすればあの小動物だったのかも知れんな。
 それはすまないことをしたなァ。はて、そうとなればどうしてやったものか――』


 呟きと共に空を仰いだヒグマードの隙を、彼は逃さなかった。
 彼は地面から小さな石を掴み上げ、それを思いっきり放り投げていた。

 投げた先は――、気絶したデデンネである。
 ぱらぱらとその身に当たる土くれと石つぶてに、デデンネは微かにその身を動かした。


「デ、デ……」
『フェルナンデスッ!! 逃げろ!! 今のうちに、早く、逃げろッ!!』
『――んん?』


291 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:54:35 JpzweObo0

 彼の口から発された言葉に、ヒグマードは怪訝な表情を呈した。
 ヒグマードはてっきり、彼が気絶している小動物を起こして攻撃に転ずるものだと思っていたからこそ手出しをしなかったのであり、この彼の思いもよらぬ発言は、ヒグマードを心底失望させるものだった。


『……おい。貴様は人間にでもなったつもりか? ヒグマが自ら相手の言葉を捏造し、分かったつもりになろうというのか?』
『起きろっ!! フェルナンデス!! 起きて、走れッ!!』


 愕然としたヒグマードの言葉を無視し、彼はデデンネの身を思い、ひたすらに叫び続けた。
 彼の体を赤黒い毛に掴んだまま、ヒグマードは身を抉るような嘲笑で体を震わせる。


『度し難い……。度し難い愚かしさだ……。保護や愛情など、誰が求めているものか……』
『うるさいぃッ――!! 求めているのは、俺だ!! 俺がフェルナンデスを好きで、何が悪い――ッ!!』
『グオッ――!?』


 響き渡る震えを裂いて、彼は、その身を反転させていた。
 掴まれた片脚を軸に上体を翻し、地面から掴み上げた枯れ枝を、彼はヒグマードの頭部に深々と突き立てていたのだった。
 手ごたえはほとんどない。
 それでも、不意の衝撃に拘束を緩ませた毛を引っ張り、彼は最大限の速さで逃げ出そうとした。
 ヒグマードの首が、即座にひゅるひゅると伸びて彼を追う。


『オォオオオオオオォ――!!』
『くぅ――!』


 だがその瞬間、ピン、と、空間に一本、透き通った弦が弾かれたような音が通っていた。
 彼の脚を引いていた圧力が、消える。
 振り向いた彼の目の前で、空中を追いすがっていたヒグマードの頭部が、パアッと赤い華を咲かせて首から落ちていた。
 遅れて、その首の切断面を延長したような位置で、周囲の木立が次々と切断されて地に倒れていく。

 この不可解な現象を目の当たりにして、彼はハッと樹上を振り仰いだ。


『――ヒグマン!!』
『……上出来だトゥライヌプ(見失う者)。汚名の返上はもう少し先だろうがな』


 木漏れ日の雲のような影の中で、牙のような光の反射が答えた。
 数十メートルは離れた木々の枝から、ヒグマン子爵が『羆殺し』の一撃を放っていたのである。
 ヒグマードに発見された彼を疑似餌として、ヒグマン子爵は遠方からずっと、その『血の神』の首を断ち落す機会を窺っていたのだった。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 だが、そのヒグマン子爵と彼の前で、切断されたヒグマードの生首はなおもざわざわと蠢いていた。
 その様子にヒグマン子爵は、ほう、と嘆息を漏らす。


『なるほど、殺し切れんのか。これはラマッタクペが危惧するはずだ――』
『なに――っ!?』
『撤退だな。お前も勝手に逃げろ』


 地に落ちた生首は、溢れ出た血液を介して胴体に繋がり、再び一個の生命体として機能を取り戻していく。
 ヒグマン子爵の声を聞いて、彼はすぐさま掴まれた自分の後足を掻き毟った。
 赤黒い毛に侵食された部分は筋肉層にまで及び、腐ったようになった皮膚表面はほとんど痛みも感じなかった。
 侵された肉を完全に抉り落とし、新鮮血が覗くほどになったことを確認して、彼は走り出す。

 その時には、既にヒグマン子爵は樹上を駆け、ヒグマードは自己再生を完了させていた。


『クククククッ――、別働隊か……。面白い。やってくれるではないか――!!』


 森林に立ち上がったヒグマードの纏う空気が、変質していた。
 その悪寒に似た感覚を、逃げつつあったヒグマン子爵と彼は、鋭敏に捉えていた。
 ヒグマードは両の前脚を広げ、空を仰いで朗々と何かを吟じる。


『オリバーも去れり、リチャードも去れり。我が拘束(コモンウェルス)特に死にたり。
 然れば私は、荒れ樫の花に林檎を結びてこの身を宣らん――』


 呪文のような文句を唱えながら、熊の形状を取っていたヒグマードの全身はどろどろと融け始めていた。
 その冷ややかな詠唱を慄然と聞いた彼とヒグマン子爵は、振り向いた視界に、それを見た。


『――「一式解放」』


292 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:55:05 JpzweObo0

 ヒグマードの体が、弾けていた。
 鳳仙花か、ウニか、ハリセンボンか――。
 その赤黒い巨体から、無数の針のように毛が伸びた。
 全身から弾けるように、赤黒い毛の触手が噴出し、逃げてゆくヒグマン子爵と彼とを追っていた。


 ――俺に超高速で迫って来たのは、これかッ!!


 彼は、意識を取り戻したデデンネを咥え上げ、彼は木々の中を滅茶苦茶に走った。
 しかし、彼を追う触手の速度は、それよりも遥かに早い。
 木々を枯らしながら飛電のように迫り来る赤色は、瞬く間に彼とデデンネの周囲を取り囲んでいく。
 それはまた、ヒグマン子爵にも同様であった。


 アーカードの有する特性の一つに、『拘束制御術式(クロムウェル)』というものがあった。
 第3号から第零号までが存在し、それらはアーカードの吸血鬼としての強すぎる能力を段階的に封印しているものである。
 これにより、彼の能力は大幅に制限、制御されていた。

 しかし――、この術式は、彼が野生の象徴である穴持たずと融合してしまった際に、既に消滅してしまっている。

 ならば彼は果たして如何様にして、自身の能力を支配下に置いているというのか――。
 その答えが、これである。


 彼は、自身の呈する様態の一つ一つを、『名付けた』。


 『名』とは、言わばその『モノ』の存在を外在的に規定し、縛る、一種の呪いである。
 名称があるからこそ、意識はその『モノ』を厳然と認識でき、そしてその『モノ』は、名称によって際限なく他者の認識間に共通の像を結ぶ。
 最上級に簡単で、それでいて最上級に強力な効果を有するその呪いで、アーカードは自分の有様を細分化し、再定義した。


 『ヒグマード』という化け物を定義し、その用いる必殺技として、自己の能力の一部を区切り取る。
 その第一弾こそが――、『一式解放』であった。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『フフフハハハ――! さぁ! 血だ!! 血だぞ!! 来たまえ、モンスターたちよ!!』
『くぅっ、フェルナンデス――っ!!』


 全身が血肉の縄になったかのようなヒグマードの半身に、彼はただちに追いつかれていた。
 籠のように隙間なく彼らを取り囲む赤黒い毛の勢いに、ついに彼は逃げ道を失って立ち竦む。
 そこから一斉に彼らへと向けて、槍衾のように血管の針が射出された。


「デネ……、デネェェーー――ッ!!」
『なっ――』
『――!?』


 瞬間、空間を割るように叫んでいたのは、デデンネであった。
 彼の口元から白々と、赤黒い闇に閃光が踊る。


 『10まんボルト』。


 源静香を一撃のもとに殺傷した技――。
 ポケットモンスター界の発足当時より、『でんきタイプの信頼高き攻撃技』という共通認識を定義された、必殺の技である。

 高温を生み出すその電流と抵抗は、ヒグマードの放つ赤黒い毛を、一瞬にして焼き焦がしていた。


『フェルナンデス――』
「デデンネッ!」


 彼の口元から、デデンネは身を振るって逃れた。
 そしてデデンネは、もう、彼の肩に昇ってくることはなかった。
 それは勢いよく駆け出して、血の綱が焦げた隙間の森へと走って行く。


「……デネッ!」


 デデンネは、そしてしばらく進んだところで、呆然と立ち尽くす彼の方へ振り向いた。
 その瞳に、彼はまるで、先程デデンネを石つぶてで起こしていた時の自分を、見たような気がした。

『――ああ』

 息を吐いて、彼はデデンネの後を走った。


 ――わからない。
 ――フェルナンデスの真意など、俺にはわからない。
 ――『俺の愛情に気付いて、「おんがえし」してくれた』なんていう解釈は、俺の都合のいい幻想に違いない。
 ――それでもきっと。
 ――言葉も、名前も要らないどこかで、俺たちに共通のこころが、できたんじゃないか……。


 そう、彼は思って走った。


293 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:56:05 JpzweObo0

 一帯の赤黒い毛が焼け焦げた後、追撃の手は来ない。
 そしてデデンネと並走する彼の目が振り返るのは、遥か樹上のヒグマン子爵である。
 ヒグマードの攻め手は、完全にそちらへと集中したようだった。

『ヒグマン――!』

 木々の間から窺えるその様子は、ほんのわずかだ。
 しかし彼らの、文字通りに血腥い戦闘の状況は、彼とデデンネにも、手に取るように分かった。


『感謝するぞ――! 必ず、お前も生き残ってくれ――!!』


【H−3 枯れた森 日中】


【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実
基本思考:デデンネ!!
0:デネ、デネ――!!
1:デデンネェ……


【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、奮起、左後脚の肉が大きく削がれている、失血(小)
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護する。
0:フェルナンデスと、共に行く。
1:フェルナンデスだけは何があっても守り抜く。
2:俺はどうすればいいんだろうなぁ……。
3:「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」とか「自分自身を見失う者」とか……、俺だってこんな名前は嫌だよ……。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 
『フフフハハハ――! さぁ! 血だ!! 血だぞ!! 来たまえ、モンスターたちよ!!』


 同刻、ヒグマン子爵の方へも、ヒグマードの半身は奔っていた。
 針のような、槍のような、鞭のような綱のような俊敏な機動性を有する赤黒い毛の群れに、ヒグマン子爵は樹冠を跳びながら相対する。
 見る間に四方から肉薄してくる赤黒い毛へ向け、ヒグマン子爵はその瞬間、逆に自分から身を躍らせていた。

『ギィ――……ル』

 その保有する二本の刀のうち、正宗を口に咥え、羆殺しを両前脚で把持したヒグマン子爵は、空中でそのまま身を捻る。
 ヒョン――。
 という、空気を掬い上げるような風切り音が鳴る。

 瞬間、ヒグマン子爵の周囲に殺到していた赤黒い毛は、何者かに舐め取られたかのように消失した。


『ほう――!』


 赤黒い毛を伸ばし続けるヒグマードの本体が、森の地上で感嘆を漏らした。
 蠢動する不定形の肉塊となっている彼は、ヒグマン子爵の行なった攻撃に多大なる興味を抱く。
 その後も、ヒグマン子爵はヒグマードの放つ毛の槍を、悉くその刀捌きで接触前に消去せしめていた。

 ヒグマードはその巨体全体をげろげろと震わせて、錆びた割れ鐘のような声で笑う。


『良いな! 貴様が記憶に聞く「上位個体」とやらかな! うん、そうだろう。
 さっきまでの奴らとは大分違う。貴様を「上位個体」の穴持たずと認識する――』


 ヒグマードの周囲の空気が更に淀み、歪んでいくのを、ヒグマン子爵は捉えていた。
 最後に迫った毛束を何本か断ち落し、ヒグマン子爵は舌打ちをする。


 ――まだこの『上』があるのか。


 ほとんど不死に思える再生能力。
 接触した者の生気を吸い、吸収する能力。
 高い速度と精密動作性、長距離射程を兼ね備えた『赤黒い毛』。

 明らかにこの時点で、ヒグマードはヒグマン子爵独りの手に余っていた。


 ――恐らく、逃走させてくれるようなぬるい攻撃は来るまい。
 ――こちらも、手札を一枚、切らざるをえんか……。


 ヒグマン子爵は、あすなろの樹冠の上に立ち、その前脚でしっかと『羆殺し』の刀身を構えた。
 その時、100メートル近く離れた地上において、4メートル立方に余る赤黒い肉塊が、ゆるゆるとそこから空へと口吻を伸ばして、涼やかな声で謡い始める。


294 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:56:34 JpzweObo0

『荒れ樫の君は既に亡く、国境の岸もまた姿を隠しぬ。我が制御(ヴォケィション)疾うに消ゆ。
 然れば私は、赤色の塔に宇宙を掘りてこの身を宣らん――』


 どぶん。
 と、水上に何か重たいものを落としたかのような、粘度のある低音が、ヒグマン子爵の耳にまで届いた。
 その目に映ったのは、100メートル先で立ち枯れていた木々が、一気に溶け落ちるように地面へ吸い込まれるところであった。


『――「二式解放」』


 直後、その地点から、噴水のように、上空へ向けて真っ赤な柱が立ち昇った。
 しかしてそれは、そのまま天上に身をくねらせた後、一匹の蛇のように、樹冠のヒグマン子爵へと襲い掛かっていた。

 その太さ――、直径約3メートル。
 その長さ――、全長約20メートル。

 ウツボか、滝か、龍神か――。
 周囲の樹木を吸って肥大した体積は、ヒグマをそのまま一飲みにして余りあるだろう。
 そのような獰猛な様態を持った血と肉の塊が、その大顎を開いてヒグマン子爵の頭上に降りかかる。


『ウルォォオォオオォォオォオオ――!!』


 赤い牙に満ちた口腔内に風を鳴らして、ヒグマードの滝が猛る。
 ヒグマン子爵は真っ直ぐにその襲撃に向かい、平突きをするかのように『羆殺し』の切っ先を突き出していた。


『ひり出せ――。「飲みながらの糞(ゴクウコロシ)」』


 微かな唸り声が、ヒグマン子爵の口から突きと共に吹き出された。
 その瞬間である。

 今にもヒグマン子爵を丸呑みにしようとしていたヒグマードの滝が、内側から弾けていた。
 爆音と共に吹き散ったその血肉の中から噴き出したのは、真っ白な閃光である。

 大口径のレーザー砲のような様相のその光線は、ヒグマン子爵の突き出す『羆殺し』から放たれていた。


 ――ゴクウコロシ。
 参加者への見せしめのためにも招聘されたその穴持たずの能力は、あらゆるエネルギーを飲み込むというものだった。
 その能力は『ブラックホール』と形容されることが多かったが、それは必ずしも真実ではない。
 その能力は、エネルギーを飲みはするが、きちんとそれを消化吸収し、しかもその余剰分を肛門から放出して空を飛ぶことに利用できるなど、広範な応用性を持つものであった。
 同様に、ゴクウコロシと同じキムンカムイ教徒であるヤセイの場合も、『ブラックホール』と形容される攻撃を行うことができたが、これも実際に天文学的に観測されるブラックホールとは明らかに質を異にするものなので注意されたい。


 今、ヒグマン子爵が放った攻撃は、このゴクウコロシの能力を利用したものだ。
 今までにゴクウコロシが『羆殺し』として吸収した数々の事象――。
 人体、空気、津波、砲弾などなど、その一切が保有するエネルギーを、ヒグマン子爵は一気に光線として解放したのであった。


 樹冠に立って残心を行なうヒグマン子爵の周囲に、焼け残ったヒグマードの血液がぼとぼとと散乱する。
 危機的状況を脱しても、ヒグマン子爵の表情は晴れない。
 苦々しく牙を噛み、その白濁した眼で辺りを見回して、即座にヒグマン子爵は移動を始める。


『……仕留めきれなかった。弾き飛ばしてしまっては全肉塊を処分するなど不可能だ……!!
 再生される前に、逃げ切って潜伏に徹するのみ――』


 この一撃は、ヒグマン子爵の有する切り札の一つであり、ゴクウコロシの最大攻撃でもあった。
 ゴクウコロシの能力解放時の威力は、純粋に、それまでに吸収していた事象のエネルギー総量に依存する。
 カズマの攻撃を喰らっていたからこそ空を飛べたのであり、津波や砲撃といった高エネルギーの事象を取り込んでいたからこそ、今回はヒグマードの襲撃を退けることができたのである。

 ――二度目はない。

 未だ再生のために蠢き続けているヒグマードの血飛沫を後にし、ヒグマン子爵は再びその行方を晦ませた。


295 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:57:04 JpzweObo0

【H−2 枯れた森 日中】


【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹
装備:羆殺し、正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本思考:獲物を探しつつ、第四勢力を中心に敵を各個撃破する
0:撤退だ。
1:狙いやすい新たな獲物を探す
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
4:この自失奴を助けてやったのはいいが、足手まといになるようなら見捨てねばならんな。
5:『血の神』は手に余る。誰か他の奴が相手してくれ。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『――おおっと。できるだけ敵(ゲスト)を待たせぬよう、早急に戻ったのだがな……』


 羆殺しから放たれた光線に大部分を蒸散せしめられたヒグマードは、その数分後にはもう、もとの赤黒いヒグマの姿にまで再生を果たしていた。
 ヒグマン子爵の臭跡を追おうとするも、自分の撒き散らした血臭が強すぎて、ろくにその所在は解らなかった。
 吸血鬼としての特殊な視力を用いて索敵しようとするも、つい先ほども、直近に潜むヒグマン子爵は発見できなかったのだ。
 恐らく今回も無理であろう。

 今まで走ってきた、赤く枯れ果てた道を戻りつつ、ヒグマードは朗らかな笑みを零す。


『やれやれ……。折角少しは楽しくなってきたところだというのに、お早いお暇だ。
 まぁ、またすぐに会おうじゃあないか!』


 ヒグマードはざわざわと自身の毛並みを揺らし、新たな敵を自ずから引き寄せるように、大声で笑っていた。


【H−1 枯れた森 日中】


【ヒグマード(ヒグマ6・穴持たず9・穴持たず71〜80)】
状態:化け物(吸血熊)
装備:跡部様の抱擁の名残
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
0:また私を殺しに来てくれ! 人間たちよ!
1:また戦おうじゃあないか! 化け物たちよ!
2:求めているのは、保護などではない。
3:沢山殺されて、素晴らしい日だな今日は。
4:天龍たち、クリストファー・ロビン、ウィルソン上院議員たちを追う。
5:満たされん。
[備考]
※アーカードに融合されました。
 アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
 他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。
※アーカードの支給品は津波で流されたか、ギガランチャーで爆発四散しました。
※再生しながら、北部の森一帯にいた外来ヒグマたちを融合しつくしました。


296 : 白化(アルベド) ◆wgC73NFT9I :2014/12/27(土) 22:59:43 JpzweObo0
以上で投下終了です。

続きまして、穴持たず104、ベージュ翁、暁美ほむら、球磨、ジャン・キルシュタイン、
星空凛、巴マミ、纏流子、穴持たず1、球磨川禊、碇シンジ、ビショップヒグマ、ナイトヒグマ、パク、ハクで予約します。


297 : 名無しさん :2014/12/27(土) 23:52:28 V7ZZRkdM0
投下乙!
ヒグマードも相当やばいな
能力も順当に馴染んできてるし、不死性もだけど。
血の神と呼ばれてるように、アイヌと相性いいというか祟り神的なイメージになっていて自然の猛威のヒグマからしてもかなり倒しにくそう


298 : ◆Dme3n.ES16 :2014/12/31(水) 17:42:33 BMMhIm0g0
投下乙です
心理描写がないから不明ですがデデンネにも友情が芽生えつつあるのでしょうか。
ヒグマン子爵の放ったOPで悟空を殺したヒグマの必殺技でも倒せないヒグマード恐るべし

星空凛の支援イラストです
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/57/rin.jpg

それと今更ですが、モバマスを絡めると話がややこしくなるので
第二放送のシバさんとシロクマさんのセリフの一部を修正致します。
それではみなさん良いお年を。

変更前↓

「これは渋谷凛のSR!?モバマスじゃないですか!?」
「ああ、この騒動が終わったら艦これを総力を挙げて排除し、代わりにモバマスを普及させる」
「確かに艦これと同時期にアニメ化するモバマスならコンテンツとして見劣りしないでしょうが、
 そんなことしても根本的な解決には……はっ!?」
「非課金コンテンツの艦これと違いモバマスは課金しなければならない。
 つぎ込む金を稼ぐ為には労働が必須。ニートヒグマは帝国からいなくなるだろう」
「……でもどうやってヒグマを艦これ厨からアイドルオタに切り替えさせるのです?」
「だから彼女が必要なんじゃないか」
「……星空凛!?ラブライブの!?そうか!μ'sなら艦むすに勝てるっっ!!」
「ああ、生身のアイドルの素晴らしさを体感してもらう。
 ラブライブに嵌ればモバマスへ移行させるのは容易い……じゃあ、行ってくるよ」

変更後↓

「これは星空凛のSR!?スクフェスじゃないですか!?」
「ああ、この騒動が終わったら艦これを総力を挙げて排除し、代わりにラブライブを普及させる」
「確かに国民的アイドルアニメのラブライブならコンテンツとして見劣りしないでしょうが、
 そんなことしても根本的な解決には……はっ!?」
「非課金コンテンツの艦これと違いスクフェスは課金しなければならない。
 つぎ込む金を稼ぐ為には労働が必須……!ニートヒグマは帝国からいなくなるだろう」
「……でもどうやってヒグマを艦これ厨からラブライバーに切り替えさせるのです?」
「だから彼女が必要なんじゃないか」
「……星空凛!?μ'sの!?そうか!本人を用意して歌ってもらえば艦むすに勝てるっっ!!」
「ああ、生身のアイドルの素晴らしさを体感してもらう。
 ラブライブに嵌ればスクフェスへ移行させるのは容易い……じゃあ、行ってくるよ」


299 : ◆wgC73NFT9I :2014/12/31(水) 20:55:33 rtcec2Yg0
支援絵乙です!
凛ちゃんカワイイにゃあ〜!

これSR手に入れるまでは少なくともスマホでやってたんだよなぁ劣等生さん……。
統一感はでたけどやっぱり脈絡がわからない彼は、これからどうなるのか……。

アワードも盛り上がってるみたいですし、皆さんも良いお年を過ごされて下さい〜。


300 : ◆wgC73NFT9I :2015/01/03(土) 16:29:37 socSTezQ0
新年あけましておめでとうございます。
予約を延長させていただきます。


301 : ◆Dme3n.ES16 :2015/01/04(日) 16:12:26 uXyWH56w0
支援絵、帝国産二代目鬼斬りに寄生されてるひまわりちゃん
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/58/himawar.jpg


302 : ◆Dme3n.ES16 :2015/01/07(水) 01:01:32 XxluB0iw0
司波達也、ベアマックス、司波深雪、キングヒグマ、モノクマ、ツルシイン、龍田で予約


303 : ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:48:39 cmyZujj20
支援絵乙です。
ひまわりちゃんカッコカワイイですねぇ。上手い具合に共生、といけるのでしょうか。
予約は……。なんなんでしょうこれは。ベイマックス……ベアマックス……。

とりあえず自分は自分の予約分を投下いたします。


304 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:50:01 cmyZujj20
オゾノ・コブラノスキーはおじいちゃんの臨終を見ました

おじいちゃんは「無し」になりました

神父さんは空を指さしました

神父さんのさす指の先には膨大なサイズがありました

サイズがあまり膨大なのでオゾノ・コブラノスキーは悲しくなりました

ご臨終は目の事件でした

ご臨終は言葉の事件でした ご→り→ん→じゅ→う

サイズの終着点は「知らん」でした

オゾノ・コブラノスキーは終着点から見た「知ってる」の「有り」でした

オゾノ・コブラノスキーは大きく大きくおーーーーーーきく時計のネジをまきました

するとオゾノ・コブラノスキーの目から銀の棒がにょきにょきとのびました

オゾノ・コブラノスキーの口から銀の棒がにょきにょきとのびました

あっという間におりになりました

オゾノ・コブラノスキーはかごのカナリアになりました

カナリア・コブラノスキーはかごから逃げる計画をたてました

かごの構造を知るために展開図を描きました

展開図のかごから逃げるにはカナリア自身も展開図になる必要がありました

首尾よくカナリア・コブラノスキーはかごから逃げました

ところがどっこいしてカナリア・コブラノスキーは死んでしまいました

飼い主とえさの展開図を描き忘れていたからでした

そこで今度はかごとカナリアと飼い主とえさの展開図を描いて首尾よく逃げました

ところがどっこいしてカナリア・コブラノスキーは死んでしまいました

何度も死ぬなんてこれは夢にちがいないと思いました

ほんとうに首尾よく逃げるにはかごとカナリアと飼い主とえさと夢の展開図が必要でした

カナリア・コブラノスキーは夢の展開図を描こうとしましたが不可能でした

カナリア・コブラノスキー=オゾノ・コブラノスキー

カナリア・コブラノスキーの空間≠夢を見ているオゾノ・コブラノスキーの空間


悪夢にうなされているオゾノ・コブラノスキーに死んだおじいちゃんから手紙がとどきました

書き出しはこうです
「日付:本日ただ今この瞬間 おじいちゃんへ
 オゾノ・コブラノスキーより」


空間がぶりゅむける瞬間wへ_√レvv ̄─


(平沢進 『カナリアの籠展開図ぐるりと回る360度期待は記憶気のどくだねオゾノコブラノスキーpart3(Canary)』より「BLUMCALE 3“カナリア”」)
(Blumは独語で“花”の意)


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


305 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:50:53 cmyZujj20

 これをよむのは、この施設の研究者だろうか。
 それとも首尾よく潜入に成功した、実験とやらの参加者か。
 少なくともそれは、魔術の心得がある者だ。
 誰だっていい。

 ぼくの名は衛宮切嗣という。魔術師だ。
 第四次聖杯戦争のマスターとしてよばれ、
 そして「聖杯」を起動させる魔力を集めるため、この研究所にラチされた。
 同じくラチされたのは、ぼくを含め5名。

 ヒグマが反乱を始めたらしい。
 できるかぎり抵抗してみるが、おそらくムダだ。
 礼装もない。
 武器は全てとられた。
 今、言峰がおりをこわして逃げた。
 時間がない。

 ただヒトの生存を祈って、ぼくが知るかぎりの有用な情報を記す。


①ここには万能の願望機である「聖杯」がある
②聖杯降臨の術式を施設全体に布いたのは「シバ ミユキ」という魔術師


 この術は、地脈の大魔力(マナ)を、ぼくら魔術師を経由して施設と聖杯に供給するものだった。
 「実験の安全を図る制限結界の術式」とは彼女の言だが。まず間違いなく建前だ。

 敷設あとのぼくらは、いわば並列電源の一部となった。
 ぼくらがいなくても術式は動き続けるだろう。
 だが。


 ――その術式には、時計塔のロード・エルメロイが気づいた欠陥がある。


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


「……おい、聞こえているかね。アインツベルンの犬」
「……今までこの檻越しに、何回喋ってきたと思っているんだ」


 くしゃくしゃになった小さな手帳にペンを走らせる手を止めず、男は聞こえてくる声に返答した。
 男が背を預けるのは、薄暗い保護室のコンクリート造りの壁だ。
 その隣の部屋から、正面廊下に面したドアの切り欠き越しに、嘲りを含んだ囁きが届いてくる。


「フン、魔術師の風上にも置けんヤツが生意気な口を利きおって」
「……だが、役にはたったろう?」
「……ああ、この私に、ロード・エルメロイとしての矜持を取り戻させてくれる役にはな」


 隣から、キィキィと車椅子の車輪を軋ませる音が聞こえた。
 その声は嘲りの中にも微かに、感謝の念を含んでいるようだった。

「……あのバカ弟子と教会の男は逃げてしまったようだが、貴様は行かないで良かったのか?
 奴らは気づかなかったようだが、ヒグマごとき、もはや私一人で十分誅伐を下せるぞ。貴様のおかげでな。
 後で奴らの驚く顔を見るのが楽しみだ」
「はは……、それはすごい自信だ……。悪あがき出来れば、言峰とベルベットが逃げる時間稼ぎにはなるかもな」

 嘲りを返すのは、今度は男の方だった。
 彼の握る手帳には、既に自分の死を予期した文面が記されている。
 隣の声は、その言葉に、怪訝な色を含んで言葉を投げてくる。


「……何だその口振りは? 貴様も、魔術の心得ある身だろうが。
 不条理の結果とは言え、私をこうして再起不能寸前にまで追い込み、そして再起させた貴様が……。
 ――我々が『死ぬ』と思っているのか!?」


 隣の保護室の声は、ガラス障子を叩いたようだった。
 その先には、ちょうど男の部屋とは斜向かいの位置に、前後不覚のままげろげろとバケツに吐瀉物を垂れ流している青年がいた。


306 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:53:21 cmyZujj20

「――死ぬとすれば、あの自衛もできぬ、間桐の小倅だけだろう! 何を言っている!」
「……いや、彼は殺されないよ。僕らとは違い、彼はまだ魔術師として機能している、『参加者』のマスターだからな」
「なにッ……」

 隣の声は、暫し逡巡していた。
 男の発言は、まるで自身が『魔術師として機能していない』と言っているかのようだった。
 そしてまた、まるでヒグマが『襲う対象を区別する』と言っているかのようでもある。

 隣の人物は再び声を落とし、男に向けて、低く囁きかける。


「……私との戦いの後、何か、あったのか」
「実を言うとだね、ケイネス・エルメロイ。僕は、君の死を確認しているんだ。そして、言峰綺礼もこの手で殺している」
「――なんだと!?」
「……聖杯も、間近で見たさ。それから溢れる、汚濁にまみれた泥もかぶった――」


 男――、衛宮切嗣は、隣の部屋にいる死んだはずの人物に、そう呟いていた。
 衛宮切嗣の体は既に、魔術師としてはおろか、人間としての生命の存在を揺らがせている。
 その黒髪は色褪せて乱れ、やつれた顔には、『魔術師殺し』と呼ばれていた当時の精彩は全くない。
 汚染された聖杯の泥に8割がた魔術回路を破壊されていた彼は、既にただ衰弱死を待つだけの身と化していた。

 そして更に彼は、拉致され、幽閉されていたこの環境下で、自らその寿命を削るような行いを重ねてきている。
 田所恵が甲斐甲斐しく世話していた食事も、その呪いにも似た衰えを回復させることはできなかった。

 保護室のドアを破り、ウェイバー・ベルベットを救出した言峰綺礼は、切嗣のこの状態を見て、連れていくことを断念していたのである。
 そしてまた、切嗣の礼装を以って全身の魔術回路と神経を悉く破壊されている状態のケイネスも、言峰は連れては行かなかった。


「……僕らは、恐らく全員、違う時間軸から連れて来られている。言峰は、僕との戦闘前。君は、キャスター討伐直後の時間からだ。
 そして僕は……、第四次聖杯戦争が終わって、五年も経った後から……」


 衛宮切嗣の送る日々は、他のマスターたちのそのちぐはぐな状態を知った瞬間から、すべて最終地点からの回想となった。
 この時間軸の矛盾に気付いたのは、聖杯戦争の全てと、その後に起きた惨劇を経験している彼だけだった。

 彼にとっては現在も未来も回想の過去であった。
 彼の見る物聞く物はすべて回想になった。
 回想はのこりの道のりの計量だった。

 隣の魔術師――、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの歯噛みが聞こえる。
 アーチボルト家9代目当主であり、時計塔筆頭の魔術教師を務める彼は、その不可解な現象を引き起こす原因を、一瞬で察知していた。


「並行世界への干渉――、『第二魔法』か……!」
「恐らくね……」
「だとしても……! ヒグマが『魔法』を使うとでもいうのか!? 馬鹿らしい。
 あの不遜にも自分を『魔法使い』だと言って憚らなかった小娘の魔術結界も、このロード・エルメロイから見れば穴だらけだったというのに……。
 ここで作られた『穴持たず』とかいう笑えるネーミングのケダモノなど、たかが知れていよう!」
「だがそのケダモノに……、既に人間は出し抜かれているんだぜ……?」

 遠くに聞こえていた獣の唸り声が、次第に近くなってきていた。
 時折、研究所職員のものと思われる悲鳴。銃声。そして断末魔。

 切嗣は、もう介助なしではほとんど動けなくなってきているその体を億劫に起こし、書き終わった手帳を閉じる。
 ウレタンの床に置かれたペンは、食事に出た手羽先の骨を割ったもの。
 そしてインクは、彼自身の血だった。


「……脱出のための青写真は、何度も描いてみた……。引き出した情報で、この研究所の構造も描いた。
 製作されたヒグマたちとの戦闘も、『君の導いてくれた対抗手段』込みでシュミレーションしてみた。
 だがやはり……、僕らの脱出は不可能だろう」
「……何故だ――!?」
「どう考えても……、研究員に全く把握されていないヒグマが、僕らが誘拐された当初から4体以上いたんだ。
 この、科学的にも魔術的にも、完璧と思われた防衛手段を講じている研究所でね」


 衛宮切嗣の呟きに、隣の部屋のケイネスは、完全に押し黙っていた。

 ――まるで、あの魔術工房が陥落した時のようだ。

 と、両者は共にそう思考する。


307 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:55:24 cmyZujj20

 ケイネス・エルメロイは、第四次聖杯戦争の折、ホテルの1フロアを丸々借り切って、完璧な防衛機構を有した魔術工房を敷設していた。
 しかしそれを衛宮切嗣は、ホテルのビルごと爆破するという、魔術師には予想もつかぬ荒業で完全に破壊してのけた。

 50体以上製作されていたヒグマたちの情報を、切嗣は、日々やってくる田所恵や布束砥信から、少しずつ聞き出している。
 『穴持たず○○』という通し番号で呼ばれる彼らの情報を整理していくと、混沌とした情報群の中にどうしても、明らかにデータが欠落しているヒグマが出てくる。
 製作途中だった二期ヒグマの『脱走事件』なるものが発生し、その時に、データが混乱し散逸したという話は聞いた。
 しかしその後も、時間をかけて日々のサーベイランスを洗うと、不自然なほど曖昧で、情報の少ないヒグマの存在が浮き彫りになってくる。
 実測値がどうこうという話ではない。そんな情報は田所は知らなかったし、布束は固く守秘していた。

 今日はどこそこの何番の食欲が旺盛だった。
 固有能力に成長の兆しが見えた。
 似たようなヒグマはこんな仕草で区別できる。
 蜂蜜壺に名前をつけたヤツがいる。
 あそこのヒグマは綺麗好きで檻の整理が上手い――。

 そんな日々の他愛もない会話を集約して初めて、『まったく彼女たちの印象に残っていない』ヒグマがかなりの頭数存在していることが、把握できたのだ。


 ヒグマの中には、人語を解する者もいるという。
 その上、『シバ ミユキ』という魔術師は研究所の職員であり、かつ『二期ヒグマ』の一員としてもその名を連ねている。
 この研究所の魔術的管理を一手に引き受ける彼女は、ただでさえ島内の術式の真相をその他職員に明かしていなかったきらいがある。
 既にヒグマたちは、人間の予想もつかぬ能力や計画を有しているのではないか――。
 衛宮切嗣はその予感を、ほとんど確実なものとして考えていた。


「……キリツグ。そんな悲観的にならないで下さい」
「……そうですマスター。我々サーヴァントが、必ずやお守りします」


 押し黙る男たちの前にふと、そんな凛とした声が響く。
 衛宮切嗣の前にいつの間にか、青と銀の甲冑を身に纏った凛々しい女騎士が現れていた。
 そしてケイネスの元にも、毅然とした青年の声が響いている。

 ――セイバーと、ランサー。

 第四次聖杯戦争における彼らのサーヴァントであり、そして、既に令呪とマスター権を失って久しい彼らの元には、現れるはずのない者たちであった。
 更にここは、聖杯へ送る魔力の経路を一部流用し、魔術的に入退出不可能な結界が張られた保護室の中である。
 しかしケイネスと切嗣は、彼らの出現を奇異に思う様子など微塵もない。


 ――これこそ、ロード・エルメロイが発見・解析し、魔術師殺しが拡張・利用した術式の欠陥。


「フン、ようやくお出ましか。そんな遅参でこのロード・エルメロイのサーヴァントが務まると思っているのか」
「失礼を致しました。ですが熊ごとき、『小なる激情(ベガ・ルタ)』無しでも見事討ち果たしてご覧に入れましょう」
「当たり前だランサー。――やれ」
「はっ」


 ケイネス・エルメロイの保護室の戸が、破られる音がした。
 拳法家でもある言峰や、今のランサーが行なったように、物理的な力でドアを破壊することは十分可能だった。
 切嗣に向けて、隣からケイネスの嘲笑が届く。

「どうだねアインツベルンの犬。他のマスター連中に隠れ、私と貴様とで夜な夜な練り上げてきたこの対抗手段だぞ。
 再び我らと合いまみえた高ランクの英霊2体。これで脱出できんはずがあるまい」
「ランサーのマスターが仰る通りですキリツグ。弱気にならないで。
 あなたが何故あの時私に聖杯を破壊させたのか、その理由も、わかりましたから」
「セイバーのマスター。私と我が主の仲を再び結び付けて下さり、感謝の至りです。あなたの思い、無駄には致しません」

 保護室の戸を、セイバーは切嗣に微笑みを向けたまま『押し開ける』。
 結界の仕組み上、内側からは開かなくなっているはずのドアを。だ。
 その向こうの廊下から、緑色の軽装備に身を包んだ優男、ランサーも笑いかている。

 衛宮切嗣はその笑顔たちに目をやることなく、ただ静かに、床の一部を剥がして、掴んでいた自らの手帳を隠した。
 結界の張られているはずの、硬質ウレタン塗床の、保護室の床に――、である。
 セイバーはそんな自らのマスターに慈しむような視線を投げ、そして廊下の外へと出ていく。


308 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:55:57 cmyZujj20

「……帰りましょうマスター。アイリスフィールがいなくとも、あなたにはイリヤスフィールが。
 そして、息子さんも――。あなたを待っているはずですから」


 それだけ残して、徐々に近づいてくる唸り声の方へと、セイバーの姿は歩み去っていた。

 その姿を見届けた後、衛宮切嗣は背をもたせ掛けていた壁から、ずるずると横に倒れる。
 振り絞っていた気力は、とうに底を突いていた。
 もう呼吸も、心拍も、自分でもほとんど聞き取れない程に微弱だ。
 張り詰めさせていた交感神経が切れた彼にはもう、死という終着点が待っているだけだった。


「なっ……!? グラニア!? フィン!? お、俺を、許してくれるのか――!?」


 朦朧とする切嗣の意識にその時響いてきたのは、ランサーの歓喜に満ちた叫び声だった。
 そして続けざまに、人間が地に倒れる重い音。

「ソ、ソラウか……! こんなところまで、わ、私を、迎えに来てくれたのか!!
 あ、ありがとう……、ありがとう……! やはり私たちの愛は、本物だった……!!」

 そして、勢いよく軋む車輪の音と、ケイネス・エルメロイの快哉。
 華やいだ彼の声は廊下をしばらく進み、そして絞られるようにフェードアウトする。

 その後に聞こえたのは、何度も空を切る、セイバーの剣捌きが成す轟音。


「ひっ――!! 蛮族がッ――!! ヒグマの中から、蛮族がぁっ――!!」


 悲痛な声を上げるサーヴァントの言葉に切嗣は、霞む目を開く。
 彼の部屋の前の廊下を、セイバーはじりじりと後退しながら、何者かに応戦していた。

 その何者かは――。
 存在していなかった。

 切嗣の視界で、セイバーは、何もない空間に剣戟を受け止め、何もない空間に向けてそのエクスカリバーを突き出して戦っている。
 彼女はただ一人で、存在しない敵に追い詰められていた。

「た、助けて――! 誰か、助けてくれ――!!」

 そして彼女は遂に、居もしない誰かに、仰向けに押し倒されていた。
 しかしその直後、彼女の表情は喜びに変わる。


「あ、あ――! ランスロット!! あなたなのだな、サー・ランスロット!!
 やはりあなたは、忠節の騎士だ……! 私の、最高の、騎士だ……!!」


 何者かに助けられたようにセイバーは身を起こし、ここには居ないはずのバーサーカーの真名を叫んでいた。
 彼女は感涙と共に空中に手を差し伸べ――。
 そして、その眼にこの上ない感激を湛えたまま、地面に倒れていた。

 彼女の姿は次第に、空中に溶けるようにして消えてゆく。
 ――死んでいた。


 一連の様子を瞠目して見つめていた切嗣の元に、ヒタヒタと歩み寄ってくる足音がある。

「――ここにいたのね。もう、死んでしまったのかと思ったわ、切嗣……」

 その足音の主の姿を見て、いよいよ切嗣の驚きは極点に達した。
 無意識のうちに、彼は乾いた笑いを漏らしていた。


「ハハ……。ハハハ……」


 これは夢にちがいない。と、切嗣はその時思った。
 そしてやっぱり、僕らがここから逃げるなんて不可能だったんだ。とも、切嗣はその時思った。

 瀕死の彼の目に映ったのは、雪のように白い長髪をなびかせ、女神のように微笑む女性の姿。
 彼の妻であり、そして聖杯の器となって死亡したはずの、アイリスフィール・フォン・アインツベルンの姿であった。


 檻の構造を知るために展開図を描いた。
 展開図の檻から逃げるには切嗣自身も展開図になる必要があった。
 切嗣は『檻』と『自分』と『研究所』と『ヒグマ』の展開図を手帳に描いた。
 しかし本当に首尾よく逃げるには、『檻』と『自分』と『研究所』と『ヒグマ』と『夢』の展開図が必要だった。


 切嗣は夢の展開図を描こうとしたが不可能だった。


「……切嗣。今まで良く頑張ったわね……。もう、大丈夫よ……」
「――来るんじゃない。ニセモノのアイリに抱かれたところで、何の慰めにもならない」


309 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:56:41 cmyZujj20

 微笑みを湛えて室内に歩み寄ってくる妻の夢に対し、瀕死とは思えぬ張りのある声で、彼は言い放っていた。
 床に倒れたまま爛々とした眼光を浴びせてくる切嗣に、アイリスフィールはびくりと身を竦ませる。
 切嗣は、断固とした意志で、彼女の接近を拒んでいた。


 ――こいつは、幻覚を使う魔術師なのだ。しかも、セイバーやランサーの対魔力を突破するほどに、強力な。
 ――絶対に。絶対に、僕の背後を、覗かせては、ならない……。


 既に彼女の正体を察知しているらしい彼に向け、それでもその映像はおずおずと声を絞る。


「……これは、あなたが望んでいる夢でもあるのよ? 私が、痛みもなく、あなたを安らかに眠らせてあげるから……」
「……行けよ。介錯なんていらない。どうせ僕はすぐに死ぬ。大人しくヒグマに喰われるさ」
「そう……。わかったわ」


 アイリスフィールは静かに彼の元を離れ、壊れた扉から再び廊下へと歩んでいく。
 彼女の姿は最後に切嗣へと振り向き、慈愛を湛えて彼に笑いかけていた。


「安心して、切嗣……。あなたの正義は、私たちが、きっちり受け継ぐわ……」
「そう、か……。あぁ……、安心した……」


 彼女の映像が立ち去ったことを確認した後、力尽きた切嗣の眼は、閉じられた。

 その耳にはすぐに、何頭ものヒグマの唸り声が戻ってくる。
 廊下の向こうから、人間の肉に齧りつく音、車椅子を蹴飛ばす音。
 そして、獰猛な獣が自分の保護室になだれ込んでくる音。
 自分の首が折れる音。


 もう、痛みは無かった。

 ただ、安堵だけがあった。


 僕の正義は確かに受け継がれる。
 僕の死という出来事に隠されて。


 悪夢にうなされる誰かの元に、死んだ僕からの手紙が、きっと届く――。
 僕の描けなかった最後の展開図を、描ける者が、きっと来る――。


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


巴マミは交通事故でりょうしんと共に瀕死になりました。

瀕死の巴マミは魔法少女になって自分だけ生き返る契約をしました。

生き続けるために魔女をすくいました。

りょうしんの死から逃げるには使い魔もすくう必要がありました。

首尾よく巴マミは死から逃げました。

ところがどっこいして巴マミは死んでしまいました。

人間とヒグマの関係をすくい忘れていたからでした。

そこで今度は魔女と使い魔と人間とヒグマをすくって首尾よく逃げました。

ところがどっこいして巴マミは死んでしまいました。

ソウルジェムが魔女を生むならみんな死ぬしかないじゃないと思いました。

ほんとうに首尾よく逃げるには『魔女』と『使い魔』と『人間』と『ヒグマ』と『りょうしん』をすくうことが必要でした。

巴マミは死んだ『りょうしん』をすくおうとしましたが不可能でした。


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


310 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:58:55 cmyZujj20

 巴マミは、切々と語った。
 纏流子に突かれて切り出された彼女の言葉は、次第に溢れ、堤防を破るように流れ出していた。

 巴マミが魔法少女となった理由。
 主義主張のすれ違い。
 強迫観念のように遂行してきた魔法少女の務め。
 破綻した師弟関係。
 この島で体験したヒグマとの関係。
 そして自分と、自分の存在理由の、死。


 彼女の良心を保ってきた、『正義の味方』としての自分の姿は、暁美ほむらから魔法少女の真実を伝え聞いた時、根底から否定されていた。
 その墓を掘り返すようにして、巴マミは自らを語った。
 墓標に建っていた『正義の味方』の像は、粉々になっていた。


「……私の倒してきた魔女はみんな、絶望した後の魔法少女自身だった。
 仲間を救おうとして、人々を救おうとして。正義だと思ってやってきた私の行為は、むしろ、裁かれるべき、罪だったのよ……」


 暁美ほむらの盾の中。
 距離感のない闇の中に浮いているかのようなその空間で、彼女の紡ぐ自分の歴史は、ほどけた糸玉のようにその場にうず高く積もるだけだった。

 流子を始め、球磨川禊、碇シンジ、ジャン・キルシュタイン、球磨は、彼女の語る言葉を静かに聞いていた。
 彼女が思い悩んでいた理由。
 魔女とも、ヒグマとも、もう自分は戦えない――。
 そう語る理由は、確かにその場の全員が理解していた。

 そして同時に、そう悩む理由は彼女に存在しない――。とも、その場の全員が考えていた。


 片太刀バサミを携えてどっかりと腰を下ろす纏流子に向けて、巴マミは大粒の涙を零しながら顔を振りあげる。


「……滑稽じゃない? こんなドキュメンタリー。はたから見てたキュゥべぇには、さぞ面白い駒に映ってたんでしょうね私は……」
「……あたしに言えることはだな。人は人、お前はお前。お前の所業は誰にも咎められるようなことじゃねぇってことだよ」

 周囲の者から、流子の言葉に頷きが重なる。
 眼を見開いていたマミは、その返答に瞑目し、僅かに体を震わせた。

「……ふふ、結局そうなのね。なんだか、興奮して話し過ぎてしまったけれど。付き合わせちゃってごめんなさいね」


 マミは静かに笑いながらその身を引く。
 解ってくれたのか。と、流子は微かにその口元を緩ませる。
 ほとんど半狂乱のように思いの丈を溢れさせていたのが嘘のように、巴マミの表情は、纏流子の一言で柔らかな笑顔になっている。

 巴マミはゆっくりと立ち上がり、顔を伏せたまま、魔法少女衣装の帽子と髪飾りを取った。
 そして手を離すと、それらはひらひらと彼女の脚元の漆黒に落ちる。
 マミは笑いながら、その右脚を、振り上げていた。


「誰にも裁けない罪なら――、自分で死ぬしかないのよね――!!」
「――!?」


 その場のほぼ全員が驚愕した。
 彼女の踵が落ちる先には、髪飾り――、彼女のソウルジェムがあった。
 自殺だ――。
 と、流子やジャン、シンジや球磨川が気づいた時には既に遅かった。


「――沈んでは、いかんクマ」
「なっ……」


 マミの鉄槌が自分の魂に下される寸前、軽巡洋艦の航路が床面を削るように彼女の足元へ斬り込む。
 艤装から蒸気を吹きながら、マミの踵落としよりも一瞬早く、艦娘の球磨がソウルジェムを蹴り飛ばしていた。
 水面蹴りに煽られて宙に舞い飛んだその羽飾りと帽子を、球磨はすぐさまキャッチして、自分の頭に被せてしまう。

「く、球磨さん……!? 返して、返してよぉ!! 私はもう、生きていられないのよぉ!!」
「おい! 自棄になるんじゃねぇよマミ!! お前が襲われてる奴らを助けて、守ってきたのは、確かなんだろうが!!」
「あ、あなたには、解らないわよ、私の気持ちなんて――!!」

 自分のソウルジェムを奪った球磨に即座に追いすがろうとしたマミの体は、背後からすぐさま流子に羽交い締めにされる。
 星空凛の看護に当たっている球磨川を除いた、ジャンとシンジも、興奮するマミをなだめようと慌てて駆け寄っていた。
 彼女たちから数歩引いて佇む球磨の姿を、巴マミはもがきながら睨みつけていた。


「……球磨には、マミちゃんの気持ちが、よーく、解るクマ」
「なんですって……!?」
「今のマミちゃんはまるで、初めての出撃から帰ってきた後の、駆逐艦連中みたいだクマ」


311 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 11:59:47 cmyZujj20

 魔法少女としての自分のアイデンティティにすがって来た自分の気持ちは、他の者には決してわからない――。
 そう思っていた巴マミに返ってきたのは、意外過ぎる球磨の言葉だった。
 余りにも落ち着いた、母親のような微笑みを湛えている球磨に向けて、マミ以外の人員から口々に疑問が噴出する。

『そう言えば、球磨さん。僕たちはあなたのことも良く知りませんでしたね』
「……お前もどっかで、トモエのような経験をしたのか!? しかもまるで、軍全体が関与してるみたいな言い方……」
「そもそもお前の、その不思議な重装備はあたしも気になってたんだ。まるで船みたいな……」
「エヴァみたいな技術が使われているのかと思っていましたが……」

 球磨川、ジャン、流子、シンジから投げられた言葉に、球磨はその小さな胸を張って仁王立ちする。
 アンバランスに巨大な背部艤装が、その長い茶髪の裏でギシギシと軋んだ。


「何を隠そう、球磨は『艦娘』。大日本帝国海軍所属の軽巡洋艦・球磨の生まれ変わりだクマ!
 前世から数えれば堂々の卒寿越えクマ。お年寄りは敬うクマー」
「!?」
「ほむらの話も合わせて聞けば、何のことはないクマ。魔法少女も艦娘も、その根本は大差なかったクマ」


 球磨が語るには、艦娘は、第二次世界対戦期の日本や独逸の軍艦の魂を有した少女なのだという。
 魔法少女の概念に落としてみれば、軍艦一隻一隻のソウルジェムを、少女の肉体という外付けハードウェアで稼働させている状態になる。
 肉体を再び『建造』さえすれば、また自分自身を取り戻すことができる。というのも、魔法少女と同様の点だった。

「そして……、球磨たち艦娘が日夜戦っている相手、『深海棲艦』は、轟沈した艦娘の成れの果てだクマ」 
「……本当なの!?」
「確かめたヤツがいるわけじゃないクマ。でもそれは、新造の艦娘へ訓練初日に伝えられることクマ。
 『敵は過去に沈んでいった艦の怨念が実体化したもの』、だと」
「……」

 巴マミを始め、一斉に言葉を飲んでしまう皆へ向け、球磨は朗らかにウィンクをした。


「ま、襲ってくる敵は確かに『おんねん』ってことクマ!!」


 球磨の渾身のギャグは、その空間全体に広がって、消えた。
 鎮座する巨大な砂時計以外は広大な闇が微かな星屑の間を埋めているかのような暁美ほむらの盾の中は、暫く、その砂時計の砂が落ちる音しか聞こえなかった。
 凍り付いたかのような人々の反応に、球磨はあてが外れたように頭を掻く。

「あれ……。案外ウケんクマ。伊勢の受け売りはやめた方が良いみたいクマ……」

 とにかく。
 と、前置きをして、球磨は何事もなかったかのように話を続けた。


「魔女だって、かつて共に戦った魔法少女の僚艦だクマ? なら、マミが今までやってきた行為には、何の非の打ちどころもないクマ。
 みんなのため、彼女たちを救ってきた、賞賛されるべき行為だクマ」
「――えぇ!?」


 そうして発された球磨の言葉は、巴マミには理解不能だった。
 自分が今まで悩み、吐露してきた心とは、真逆の答えがそこに提示されていたのだから。


 ――魔女を、救う。


 そんな行為をしたことは、私にとって一度も無かった。
 救ったつもりでいたのは、魔女に襲われていた人間。
 そのために、魔女も、魔女の使い魔も、掬い洩らし無くこの手で打ち倒してきた。

 それはみな、両親をむざむざ死なせてしまったという罪悪感からの逃走。
 一人でも多くの人々を助ければ、それだけ自分の良心は生きながらえた。
 だが、魔法少女の仕組みがわかってしまえば、使い魔まで刈り取ってきた自分の行為は、魔法少女全体にとって、明らかに罪だ。
 将来的にグリーフシードを孕んだはずの使い魔まで倒してしまえば、それで生き延びられたはずの魔法少女の未来を、私は刈り取ってしまっていたことになるからだ。

 そうして魔女になった魔法少女を倒して、私は正義の味方を気取って来た。
 でもその敵は、かつて共に戦った魔法少女の仲間たち。
 私がしてきたのは、仲間を殺す人殺し。

 これが罪じゃなくてなんだというのか。


312 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:01:17 cmyZujj20

 倒すのも罪。
 倒さないのも罪。
 それなら。
 魔女になって絶望を産む前に、みんな死ぬしかないじゃない――!


「なんで……! なんであなたたち艦娘は、そんな事実を知って、平然と戦いを続けられるの!? 敵は、仲間だったのよ!?
 それなら、絶望する前に。そんな怪物になって人を襲う前に、死ぬべきじゃない!!」
「そうして死ぬことこそ、真の絶望クマ!! そうした考えこそが、魔女と深海棲艦を産むクマ!!
 かつての仲間だったからこそ、その絶望を晴らし、成仏させてやることが情けだと、なぜ思えんクマ!?」
「――!!」


 驚くマミの前に、球磨はその頭からマミの帽子を取って、そのオレンジ色のソウルジェムを見せる。
 その宝玉の中に渦巻く色彩は、『ピースガーディアン』との戦いの前よりも、さらにその明度を落としてきているようだった。


「……マミちゃんがここで死ねば、マミちゃん本人は魔女にならずに済むのかも知れんクマ。
 でも、それまでに積もったマミちゃんの絶望は? マミちゃんの周りの仲間たちの心は? どうなるクマ?
 その負の心は、きっと魔女の怨念を深めるだけクマ。マミちゃんの後悔と絶望は、深い意識の底で船幽霊の仲間入りを果たすだけクマ」

 船幽霊は、哀しい亡霊だ。
 水難事故で他界した人の成れの果ては、自分たちの仲間に人々を引き込もうと、手招きをする。
 汲めども尽きぬその妄念は、渇望にも似て留まるところを知らない。
 彼らに情を移し、その手に柄杓を握らせてやることは、一見、彼らの望みを叶えてやることのように思えるだろう。
 しかし、その柄杓で水を汲み、また新たな船を沈没させても、彼らの絶望は決して晴れない。
 その暗黒の淵に、新たな船幽霊の手が一本増えるだけだ。

 何万の、声なき亡霊の呼ぶ声。
 怒号の、深海棲艦の撃つ砲雷。
 異形の、魔女の引き込む結界。

 それは沈んできた、絶望してきた、少女たちの声だ。
 
 仲間を求め、消えぬことのない寂しさに身を捩っている彼女たちの嗚咽だ。


「……真に彼女たちのことを思うのなら、寂寥という絶望に苦しみ続けている彼女たちを解放してやることしか、無いクマ。
 彼女たちの無念を背負い、雷撃処分することこそ、真の恩情クマ。それ以外に、彼女たちに寄り添える手段はない。
 だから球磨たちは、彼女たちをも救うために、戦ってきたんだクマ」


 割り切れ。
 と、球磨はとどのつまり、巴マミにそう語り掛けているのだった。

 死んだ者は、魔女になった者は、戻ってこない。
 少なくとも、自分たちの知る限りにおいて、そんな例は存在しない。
 ヒグマとも、人間とも、違うものなのだ。と。

「……そうなの。……そうだったの」

 巴マミは、呆然とそう呟いていた。
 その次に彼女に訪れたのは、涙と鼻水だった。


「じゃあ……、そんなことで悩んでた私は、正義の味方失格よね……。本当に、情けない……」
「!?」


313 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:01:44 cmyZujj20

 鼻水を啜り上げながら、巴マミは自分のりょうしんが死んだ墓穴を掘り返していた。
 掘れば掘るほど、弛んだ地盤からは水が溢れてくるだけだった。

 彼女が本当に必要だったのは、その仮初のりょうしんを保っていた自分の姿だった。
 もしくは、本当に死んでしまったりょうしんをすくうことだった。
 りょうしんの墓標に建てた凛々しい姿は、粉々に打ち壊されていた。
 りょうしんの埋まった場所は、もうわからなくなっていた。


 球磨が修繕してくれたのは、その像の土台だけだった。
 水の漏る穴を塞ぐだけなら、それで十分だったのかもしれない。

 ――しかしそれなら。
 そんなことにも思い至らず、臆面もなく騒ぎ立てた私はなんだ。
 そんなことで思い悩んで、凛さんを守れなかった私はなんだ。
 そんなことも察しきれず、自分の命のみを願った私はなんだ――。

 巴マミは、りょうしんをすくうまで、墓穴を掘るしかなかった。
 りょうしんの墓穴から溢れる水に流されて、砕かれたマミの姿はどんどん散逸していく。
 修繕したマミの良心の一部を掴んだまま、球磨はその水流の中で困惑するしかなかった。


「恥ずかしがる必要はねぇ。気に病む必要もねぇ。当然のことなんだからよ」
「……え?」

 流されてゆく像の肩を、その時、しっかりと掴んだ者がいる。
 ジャン・キルシュタインが巴マミに力強く頷きかけていた。


「女の子はな――、守られていいんだ!! いくら強くても完璧な奴なんていねぇ!!」


 ジャンは、向こうで倒れている星空凛へ視線を移しつつ、力説する。


「その点、リンは男らしかった。女が無理して男らしくしないでもいい。
 アケミだってそうだ。いつでも頼って、いいんだぜ――!!」


 凛の隣にいる球磨川禊が、眼の端を引き攣らせて半笑いになっている。
 巴マミとしても、ジャンが何を言っているのか、一瞬よくわからなかったし、よく考えてもよくわからなかった。
 ただ伝わる、その熱意のような何かに思考が奪われて、涙が止まる。
 水流の中に大量の土嚢が投下されて無理矢理堰き止められたような、そんな感じだった。


「……あのな。そんなことで誰もお前を蔑んだりしねぇし、情けなくもねぇよ。あたしたちはお前が必要なんだから」
「マミちゃん。前線に立つだけが艦船の務めじゃないクマ。輸送や護衛や休息も必要な仕事。立派な正義クマ」
「……というか、今までそんな辛い目にあってもめげずに一人頑張って来たというだけで憧れちゃいますよ。
 その憧れの人が、自分たちなんかに色々と吐露してくれたっていうのは、むしろ嬉しいです」


 ジャンの言葉を皮切りに、次々と水流を漕いで人が集う。
 流子がマミの両腕を見つけていた。
 球磨は墓穴からマミを引っ張り上げ、代わりにその涙の水源へ像の土台を投げ込んだ。
 散り散りになっていた彼女の胴部は、その下流で全てシンジが掬い上げていた。

 その奥で微笑みながら事態を見守っていた球磨川へ、ジャンが歩み寄ってその脇を小突く。

『え、いや、ダメでしょこんなシリアスな場面で僕が言葉かけちゃったら』
「知らねーよ、とにかく何か思ってるなら言ってやれって」

 何やら軽く揉み合った末に、パンツ一丁の球磨川禊は、出来る限り真面目な顔を作って、マミに声をかけていた。


314 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:03:11 cmyZujj20

『うん……。正義……。正義(ジャスティス)と言えばね。こうして泣いているマミちゃんの姿こそ正義なんだよ』
「……へ?」
『いや、だからね。何を言いたいかと言うと。今のマミちゃんは、すごく。すっごく、カワイイ。ってこと』


 盾の中は再び、砂時計の音しか聞こえない静寂に包まれた。
 数秒間、真顔を保っていた球磨川は、暫くして、硬直した周囲の人員の様子を見回し始める。
 マミの顔は、それにつれて次第に赤みを増していった。

『あ、あのさ。みんなギャップ萌えって知ってる? こう優等生がふと自分の弱い面を曝け出したその瞬間。
 そういう時こそむしろ人気が高まるんだよ。みんなが言ってたことだってそうだろ? ねぇ黙らないでよ』
「……もういい。もういいんだ。口を閉じろクマガワ」
『え、嘘。そこまで本気に聞こえたわけ!? いやいやいやマミちゃん。
 確かに僕本気で言ったけど、そういう意味の本気でも……と、言い切れるわけでもないけど。とにかくそうじゃないからね!?』
「返事は後で二人っきりでもらえ。な?」
『うわー、なかったことにしたい。この空気感』

 ジャンに肩を叩かれた球磨川には、周囲からの憐れむような視線が向けられていた。
 球磨は一つ咳払いをして、真っ赤になった顔で視線を泳がせているマミへ向き直る。


「……聞いたクマ? マミちゃんは皆に必要とされてるクマ。特に、純朴な男子の片想いを無下にして散るわけにいかんことは、わかるクマ?」
「そ、そうよね……。ま、まさか球磨川さんが、私のことをそんな風に思っていたなんて……」
『もしもーし……。話が膨れ上がってませんかねー……』
「……それにつけて。球磨はお前にちょっと物申すことがあるクマ」


 球磨は直後、巴マミの帽子を被ったまま、つかつかと球磨川の元に歩み寄っていた。
 彼女は先程の球磨川の発言から、マミの心を取り戻す、ダメ押しの一手を見出していた。

 『僕は重い話を軽く笑い飛ばすのが大好きなキャラだ』と、彼自身が評するその性質こそ、今のマミに必要なものだった。


『これ以上なんだって言うんだい僕に……』

 辟易とした表情を見せる彼に向け、球磨はビシッとその指を突き付ける。


「球磨川というからには、川下りの一つくらいしたことがあるクマ!?」
『ん!?』


 突如彼女からは、その他の人物にはさっぱり理解不能な詰問が飛び出していた。

『いや……、ないけど。何だっていうの一体……?』
「それなら球磨川5大瀬は? 流域の温泉地は? 言えるクマ!?」
『いや知らないよ!!』
「一つくらい知っとけクマ!!」

 先程の母親のような表情とは一変して、小学生のように地団太を踏んで球磨は荒れた。
 その豹変振りは、周囲の者の理解を逸していた。

 球磨はそして思いつめたように唇を噛み、その眉を怒らせて叫ぶ。


「――お前に、『球磨川』を名乗る資格はないクマ!! あと球磨とも被ってるクマ!! 今すぐその名前を捨て去るクマ!!」
『何だよそれ!? 勝手に僕の名前の4分の3を持っていかないでくれよ!!』
「球磨なんか、球磨川をとったら名前の2分の3が消えて虚無を超越するクマ!! これでも恩情をかけてやってるクマ!!」
『意味わかんないんだよなぁ!!』
「……もしお前が本当に球磨川の化身なら……。球磨は今ここで自沈して、お前にこの名を明け渡そうと思っていたクマ……」
『そんなアイデンティティの根幹に関わる問題だったの!?』
「それなのに……。この有様は酷過ぎるクマ!! マミちゃんとくっつくのは、自分の名を取り戻してからにするクマね!!」
『だぁから違うってそこは!!』


 ――何かの演技なの?

 と、巴マミは彼女の取り乱した姿を見ながら思う。
 何かしら思う所が球磨にあったのは確かだろう。しかし、涙を浮かべて心情を吐露するその姿は、どう見ても彼女の本心だ。

 名前一つで、自殺まで思い詰めるような乱心ぶり。

 先程までのマミ自身と重なるようなその姿は、どう贔屓目に見ても、評価されるような正義ではない。
 しかしそれでもマミは、球磨を貶めたり、蔑んだりしたくはならなかった。


315 : カナリアの籠展開図(CANARY) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:04:02 cmyZujj20

 ――的確な采配や戦闘や配慮のできる憧れの人にも、こんな一面があったんだ……。


 他人から見れば些細かも知れないことに必死になるその姿は、決して、彼女への尊敬や憧憬を減らすものではなかった。
 むしろそれは、彼女への親近感を増させ、仲間としての心を、深めるようなものだった。
 そう。
 この感情を言い表すならば。


 ――『カワイイ』。という言葉になるんだ。


「今からお前は――!」


 マミが、今までにすくわれてきた自身の姿を球磨に見た時、球磨は握りこぶしで涙を拭い去っていた。
 そして激しい怒りと哀しみを顕わにし、彼女は戛然と言い放った。
 その指先が、風を切って球磨川へ突き付けられる。


「今からお前は、『みそくん』と名乗るクマ!!」
『みそくん――!?』


 球磨川禊−球磨川=禊。
 禊=みそぎ。
 みそぎ×愛称=みそくん。

 よって球磨川禊は、今後みそくんと呼称されることが適している。
 証明終わり。


「みそくん……!!」


 両者のやり取りを見つめていた一同は、総員息を飲んだ。
 その愛称の持つ響きに、彼らは身を震わせる。


「すごい……! ちょっとよそよそしい雰囲気のあった球磨川さんが一気に親しみやすく……!」
「ウォール・シーナの坊ちゃんから、ウォール・マリアの農家になりました。って感じだな……」
「田楽にするとうまそう」
『誰か否定して!!』


 シンジ、ジャン、流子から口々に伝えられる感想に、みそくんは悶絶した。

「そう嫌がるなよ。言い易くていいじゃねぇか。なぁ、裸パンツみそくん」
『その言い方だけはやめろぉ!!』

 男子高校生としての尊厳に関わるジャンからの呼びかけを、みそくんはありったけの意志で拒絶する。
 肩を叩いてくるジャンの腕を振りほどいて、彼は必死に巴マミへ呼びかけていた。


『ねぇ、マミちゃん!! 何とか言ってくれよマミちゃん!!』


 呼ばれたマミは、一瞬きょとんとして、背後の纏流子と顔を見合わせた。
 今まで羽交い締めにされていた両腕が放される。

 マミは彼の元まで歩いて行って、その視線の高さに跪いた。
 口許には、自然に、綻ぶような笑みが浮かんでいた。


「そうね……。カワイイんじゃないかしら? みそくん……」
『マ、ミ、ちゃ、ん……』
「カワイイのは、正義なんでしょう?」


 誰からともなくクスクスと笑い声が漏れてくるその空間で、呆然とするその男子の姿を見ながら巴マミは、崩れて灰に還った自分の像を見つめていた。
 最後に残ったりょうしんの顔は、『みそくん』が、捕まえていてくれた。

 赤面し、泣き笑い、ぐちゃぐちゃに崩れた表情だったけれど。
 崩れたままでも、それはそれで、良いものだった。

 粉々に展開された自分の姿を他人の中に見て、マミは自分の辿って来た道筋の正義を確かめられた。
 死んだりょうしんから逃げて、りょうしんの遺灰に還ったその道は、その正しさを担保された。
 他人の中にだけある、マミ自身だけの道は、今ようやく、その灰で描かれた、一枚の地図を得ていた。

 可愛い、愛すべき、愛されるべきものは、ここにある。

 球磨から恭しく載せ返された帽子の羽飾りは、甲になり切らないまま、乙な色彩を放っていた。


 ガラス玉に入ったままのビショップヒグマがそんなやり取りを見つめる中、ふと盾の外から、その空間に喧騒が響いて来ていた。


【――カナリアの籠展開図(BLUMCALE)に続く】


316 : ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:04:58 cmyZujj20
100KBを越えているので、前後編での投下です。
続きまして、後編を投下します。


317 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:06:11 cmyZujj20
「おっ、パクにハクぅ! こんなとこにいたのかよ〜」

 暁美ほむらがそんな異質な声に気付いたのは、彼女たちが診療所への道に連れられて、暫くしてからのことだった。
 デビルヒグマの着込んだ鎧の内からでも、何やら近くに新たなヒグマがやってきたことはわかった。


「こんなとこで油売って、何やってんだぜお前らよぉ!」
「……誰かと思ったらクックロビンくんじゃん……。侵入者かと思った……」
「あなたこそ何してるの、毎度のごとくそんなヘンな格好して……」


 デビルヒグマの脇を支えていた、パクとハクという二頭のヒグマが、胡乱なモノに出会ったような声で、そのヒグマに応対している。
 二頭があからさまに出会ったものへ倦厭の情を抱いていることは、その声だけで伝わってきていた。

(デビル。外で何が起こってるの……!?)
(あ、ああ、これは……。着ぐるみか……!?)

 血まみれの鎧の隙からその様子を見ているデビルヒグマに、ほむらはテレパシーで尋ねる。
 そのデビルも、目の前にいるヒグマに対して、明らかに当惑していた。


「俺は勿論、星空凛ちゃんのテーマパーク『星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド』の建設さ!!
 ほら、パクもハクも、建材運ぶの手伝ってくれよ!!」
「何バカなことやってんの……? あなた、今ヒグマ帝国がどれだけ物資カツカツかわかってる?」
「そんな命令ツルシインさんから来てないじゃん。通路の補修しなよ……」

 パクとハクの眼前に現れたのは、二頭身にデフォルメされた、星空凛の巨大な着ぐるみであった。
 その着ぐるみのヒグマはあろうことか、この殺し合いの実験が行われている環境下で、津波が引いたか引かないかというタイミングで、よりによって人間のアイドルの、テーマパークを作ろうとしているらしかった。

(テーマパーク……!? しかも、星空凛の!?)
(……意味がわからない)

 ほむらとデビルは、パクとハク同様に、凄まじい困惑に囚われた。
 ナイトヒグマから奪った鎧の中で身じろぎしたほむらは、盾の中に隠している残りの人員にもこの情報を聞かせるべく、僅かに盾を傾けて内部空間との交通を作る。


「ちっちっち! 実はこれは、シバさんから依頼された、ちゃんとした仕事なんだな!!
 もう、通路の補修にあたってたカーペンターズは、ほとんど集めて上に向かわせたぜ!!」
「あなたアホでしょ!? 津波の水が溢れたら建造どころじゃないのよ!? その上、浸水した土地に碌に基礎も作らずテーマパークとか……。
 アイドルにかまけすぎてツルシインさんに教わったことも忘れたの!? そんなんすぐにぶっ壊れるよこのバカオタク!!」
「シバさんは建築のこと軽く見過ぎなんだよなぁ……。僕たちは建築班なんだからツルシインさんの指示に従わなきゃだめだって……」

 帝国のヒグマ同士においても、この着ぐるみヒグマ・クックロビンの語る事柄は、まったくの常識外れのことらしかった。
 次第に嫌悪と苛立ちを露わにしていくハクを気遣いつつ、パクはクックロビンに向けて血まみれのデビルヒグマを指す。

「あのね……。それに僕たちは、侵入者との戦闘で負傷したナイトさんを診療所に連れていくところなんだよ。
 それどころじゃないのは見てわかるでしょ!?」
「まだ、地上からの侵入者が近くにいる可能性だってあるのよ!? 悠長に上行ってる場合じゃないわよ!!
 しかも実験に干渉するようなことすんなって、固く言われてるでしょうがこのバカオタク!!」
「あ、そっかぁ!! もしもーし、ナイトさんわかります〜? 俺だぜ、クックロビンだぜ!!」
「聞いてないし!!」

 パクとハクの怒声や罵声をよそに、クックロビンと言うらしい着ぐるみのヒグマは、ナイトヒグマのふりをしたデビルヒグマに顔を寄せてくる。
 デビルは、演技でなくかすれた声で、「ああ」と呟くのが精一杯だった。


318 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:09:49 cmyZujj20

「うん、意識あるし大丈夫じゃん!! さすがナイトさん!! じゃあパクとハクは送るのやめて一緒に凛ちゃんのテーマパーク建てに行こうぜ!!」
「ふざけんじゃねーよ!! 誰呼ぶんだよニンゲンの遊園地なんかに!! てめぇらオタクで勝手にマスかいてろバカどもがぁ!!」
「ハ、ハクちゃん、ハクちゃん落ち着いて……!!」

 ついにデビルを支えるのをやめてクックロビンに殴りかかろうとしたハクを宥めて、パクは震えながらデビルヒグマへ振り向く。


「す、すいませんナイトさん……。ちょっと僕たち、この奇行の真偽を確かめに地上に行きますので……。
 ここから診療所、わかりますよね。この先すぐなので……!! 本当にすみません!! 僕の弟分がこんなにバカで!!」
「お、パクぅ!! ちょっと早生まれだからって兄弟子ヅラするんじゃねぇよ〜」
「私だって絶縁したいわよてめぇみたいなバカオタクとは!!
 ほんと、艦これ勢といいアイドルオタクといい、バカばっかりじゃないのよぉ……!!」


 着ぐるみを着たよくわからないヒグマと、泣き喚きながらパクに連れられて行くハクを見送りながら、デビルはそこに呆然と立ち尽くすだけだった。


【D-6地下 ヒグマ帝国 昼】


【穴持たず89(パク)と99(ハク)】
状態:健康
装備:おそろいのヘルメット
道具:工事用の工具
基本思考:ツルシインの指示に従い、他のカーペンターズも下水道補修に戻させる。
0:ふざけんなアイドルオタク。てめぇのそれ仕事じゃねぇから。
1:本当にすみませんナイトヒグマさん……!!
[備考]
※仲がいいです。 


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


(……何だったのかしら。あのヒグマ)
(私に聞かないでくれ。さっぱりわからん)


 分かれている通路の南側へ向かったヒグマたちの足音がデビルヒグマの聴覚で完全に消えたのを確認してから、暁美ほむらは鎧から這い出るタイミングを窺い始めた。
 彼ら『建築班』なるヒグマたちの会話は、趣旨としてはほとんど意味不明なものであったが、有用な情報は多分に含まれていた。


 このヒグマ帝国の指導者クラスであるらしい、『シバ』および『ツルシイン』という名の個体の存在。
 『シバ』は重度のアイドルオタクであるということ。
 『ツルシイン』は『建築班』もしくは『カーペンターズ』と呼ばれる集団のトップであるらしいこと。
 なぜか『艦隊これくしょん』および『アイドル』にハマっているヒグマが存在しているらしいこと。
 この近辺と思しき地上で、なぜか星空凛のテーマパークが建設されているということ。
 ビショップヒグマの発言通り、帝国のヒグマの大半は、実験への不干渉を言い渡されているらしいこと。 
 そして、その制約を平気で破っていくヒグマもまた、大量にいるようであること。


(……本当に、個性が豊か過ぎね。意思統一が全くできていない。これでは『診療所』とやらの内情も思いやられるわ)
(外に出てどうする……? 『トロイのマトリョーシカ作戦』とやらは?)
(あのヒグマ2体が立ち去ってしまった以上、そのまま潜入できるかがそもそも分の悪い賭けになった。
 『トロイの木馬』と違って、治療の際には、腕の立つヒグマに囲まれたような状況で鎧が外されてしまうでしょうし……。
 先方の戦力がわからない状態で迂闊に突っ込めないわ)


319 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:11:41 cmyZujj20

 もともと『トロイのマトリョーシカ作戦』は、ほむらの持つ残り5秒の時間停止猶予に賭けた部分が非常に大きかった。
 デビルヒグマも自由な行動がとれず、ほむらも周囲の視界が無い状態で、複数の医者ヒグマなどに囲まれてしまえば、奇襲もへったくれもあったものではない。
 怪我人の衣服を脱がさず、寝かせるだけ寝かせて医者が立ち去るなどという、『トロイの木馬』そのままの都合のいいシチュエーションは、絶対に期待できないだろう。
 せいぜい可能性が高い成功パターンは、診療所から通じている地上へのルートを搬送中に見つけ、周りの者を振り払って一気に逃げ去る。というぐらいのものだった。

 それにつけて、2体のヒグマに運ばれているという初見のバイアス付与手段を失ったのは大きかった。

 『診療所』の指導者クラスのヒグマとなれば、おそらく、『患者の一挙手一投足から病状を把握する』ほどの鋭敏な感覚と、『診断』や『治療』に関した特殊能力を持っていておかしくない。
 事実、暁美ほむらがかつて心臓病で入院していた病院の指導医ですら、そのような能力を全て持っていたのだ。
 よりによってこのナイトヒグマたち『ピースガーディアン』は、直前までその診療所で養生していたらしい。
 もしデビルヒグマが、ナイトヒグマのふりをしたまま単独で診療所に上がり込めば、仮に血臭でほむらの臭いを隠し切れたとしても、その歩き方一つ、喋り方一つで、なりすましを看破されてしまうだろう。

 そして、鎧の中で周辺環境を窺えないほむらが時間停止のタイミングを見つける前に発見され、例えば『触れただけで相手を麻酔させる能力』だったり、『全身から自在に血液を抜く能力』だったり、そんな得体の知れない能力で殺滅されてしまう可能性は非常に高かった。
 人質を保有していることを明らかにできるかもわからないし、そもそも人質ごときで相手が靡くかもわからない。
 デビルヒグマの能力は、鎧で肉体が覆われていては満足な活用ができず、遊戯王カードの具象化の術式も地上だけのものだった。
 そしてほむらの武装と魔力は、あまりに残りが心もとなく、この二名で診療所を制圧できるかははなはだ怪しい。
 その場合、取りうる作戦は限られる。


 ――出来る限り遠距離から、ここの階層構造、『診療所』周辺の敵を探査し、総戦力で切り抜ける手段を見つける。


(デビル。あたりにヒグマの臭いはする? ここは研究所で言うとどのあたりなの?)
(いや、近くにはいないな。ちょうどここは、既存の研究所通路の南西の隅だ。魔術師たちの保護室があるところだな)
(――魔術師!?)
(ああ。この島に、結界だったり、召喚獣の具現化だったりをさせるための魔力を引くために連れて来られていたらしい

 ……まぁ今は。喰われたんだろうな。ついさっきまで何人か人間がいたような臭いはするが。5部屋全て、もぬけの殻だ)


 ほむらが意識を集中させると、確かにはっきりと、自分の周囲に、部屋の形に魔力が充満し、そこから辺りへ拡散していることが感じられた。
 今まで通って来た通路とは、段違いに濃い、結界を張っているような魔力だった。
 苔に含まれている僅かな魔力とは明らかに違う。
 恐らくそれで、拉致した魔術師の逃走を阻んでいたのだろうが、それはすでに、扉が開け放たれていることで実質的に無効化されていた。
 何かしらスタンドのような、自分の知らない技術で、魔力を補填できる可能性もあるのではないだろうか。

 ここは変則的な十字路のようになっている研究所通路の、東側の道だ。
 南側に3つ、北側に2つの保護室があり、北の奥は、そちらに折れる正規の通路がとおっている。
 正面は、本来つきあたりになっていたのを、ヒグマが掘り抜いたものらしい。
 そのため、西側への道と、そこから枝分かれする南への道が存在していた。
 パクとハク、クックロビンの3頭は、この南側の通路に去っていったのである。


(何かしら有用そうなものって、残されてないかしら?)
(どうだろうな……。そもそも武器の類は没収されていたようだし……。今もほとんど……)


 一番手前の部屋には、南北とも何も残っていない。
 二番目の部屋には、南にひしゃげた車椅子、北に干からびて死んだ芋虫のようなものが目につく。
 だがその他にデビルヒグマが気づくのは、床や壁に散る人間の血飛沫くらいのものだ。
 ふらつく歩行を演出しながらゆっくりと彼が通路を進んでいった時、その眼に、ふと止まるものがあった。


(ほう。これはすごいな……。壁に、日記が掘りつけてある)
(なんですって?)
(出て来て見ればいい。研究所の地図まである……。伝聞情報だけでここまで正確に描いたのか)


320 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:13:32 cmyZujj20

 暁美ほむらは、デビルヒグマの聴覚と嗅覚に敵が探知されないことを確認して、鎧の外に這い出した。
 ここから先は完全に、敵陣真っ只中での行動になる。
 幸いだったのは、この周辺には、保護室の結界から続く魔力が、かなり濃く通路に広がっていたことだった。
 魔法少女の探知能力で正確に周囲の地形を探れるほどに、その濃度は高い。
 西側の通路は、程なくして終点になっている。
 そこが目的の、『診療所』であるはずだった。

 ――最小の時間で、最大の情報収集を。

 そう思って彼女が南の最奥の保護室に降り立った時、初めに襲ったのは、違和感だった。

 眼が、霞んでいる。
 数畳の広さしかない保護室の内部にさえ焦点が合わず、ただぼんやりとした灰色の空間にしか見えなかったのだ。


(どうした、暁美ほむら?)
(……本当に、魔力が欠乏してきてるみたいだわ。増強した視力が、近眼に戻ってる……)


 筋力もまた、相当に落ちているようだった。
 魔法少女としての身体強化が、根こそぎ効力を失っている。
 心臓病の病み上がりの、ミッション系学校に通っていた当時の、ひ弱な少女の体力しか、暁美ほむらには残っていなかった。

 『トロイのマトリョーシカ作戦』を決行しないで良かっただろう。
 これでは、数十メートル走っただけで息が切れる。
 機関銃の反動にさえ耐えられるかどうか。
 ヒグマとは到底勝負にならない、凡人以下の身体機能だった。


 ――嫌な懐かしさね。


 ほむらは溜息を吐きながら、盾の中に腕を差し入れた。
 ループの初めに毎度保管する赤いセルフレームの眼鏡と共に取り出すのは、その内部に確保していた仲間たちだ。

 自分と同じく、『嫌な懐かしさ』に直面しただろう彼女。
 巴マミは。大丈夫なのだろうか――。

 そんな不安を胸に抱くほむらの上に、正午を告げる第二回放送の音声が、降り注いでいた。


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


「……迷惑にも程があるクマ。『艦これ』に関与した者がみんなテロリストみたいに思えるクマ、あんな放送……」


 保護室の入り口付近で、デビルヒグマと共に通路の様子を伺う球磨が、苦々しく呟いていた。
 第二回放送で呼ばれた天龍と島風の消息にやるせなさを感じながらも、直後に発された暴徒の言葉は、彼女の感情を上から塗りこめて余りある衝撃だった。
 その内部では、暁美ほむら、巴マミ、ジャン・キルシュタイン、纏流子、碇シンジといった面々が、揃ってその呟きに頷く。


「それを言ったラ、アイドルオタクはみんな詐欺師デス……。貴重な物資を仕事の建前で掠め、我欲を満たすためダケに使うなど……。汚職も甚だシイ……」
「『艦これ勢』も似たようなことをしていたわけじゃないの?」
「仕事と地位を利用してヤッテいる分、アイドルオタクの方がよっぽどタチが悪いデスよ……」


 巴マミの胸元で頭を抱えているのは、ガラス玉に入ったビショップヒグマだった。
 人間社会に例えるならば、防衛相が土建業者とがっつり癒着し、自分の趣味だけで集客見込みゼロの歓楽施設を、公金横領してぶち上げたようなものである。
 そんな指導者は、住民から総叩きにあって即座に降ろされるのが当然だろう。

 それを見るに、今回、第二回放送で叩き殺されたのは、どうやらそのアイドルオタク、『シバ』であるようだった。
 構図としては、帝国に反旗を翻したらしい『艦これ勢』が、その汚職指導者を引き摺り降ろしたことになるので、どちらかというと、大義は『艦これ勢』にあるようにすら思えてくるから不思議だ。

「……てか、どんぐりの背比べだろ」
「どちらにせよ、この国はめちゃくちゃってことなんですね……」

 流子とシンジが、ビショップヒグマの嘆きへそう端的に結論をつけていた。

「……ビショップさんは、そのシバさんって方の部下ではないの?」
「……お恥ずかしながラ、警備担当という意味では、部下デス。帝国の皆様……。本当に申し訳ナイ……」

 巴マミの語り掛けに、ビショップヒグマはるずるずとガラス玉の下方に沈み込んでしまう。


321 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:13:58 cmyZujj20

 帝国の要職という面で、『ピースガーディアン』である彼女たちにとっては、この艦これ勢の反乱は一大事であった。
 先程の戦闘で実力の知れた手負いの侵入者たちより、大規模なそのヒグマたちの暴動を鎮圧することが、ビショップヒグマにとっては最優先の事項だ。
 暁美ほむらの計らいで、クックロビンたちの一連の会話および、デビルとほむらのテレパシーを聞いていた彼女の決断は、早かった。
 ビショップヒグマは、ナイトヒグマと自分の解放を条件に、星空凛の『診療所』での治療および、暁美ほむら一行の地上への帰還を仲立ちする約束を取りつけていたのである。
 当座のところは、彼女にとってもほむらたちにとっても、協力した方が事態は好転するのだ。
 ほむらとビショップは互いに、相手が話のわかる者だったことに感謝した。


 ビショップの知る『診療所の指導者』がそこにいるならば、既に一行の動きはパクとハクが同行していた辺りから全て察知されており、なおのこと、直近まで来たならば、鎧の中に隠れている暁美ほむらの存在は音響の反射の差異で感知されていたはずだ。
 奇襲は成立しない。
 ナイトヒグマを人質にとって脅したとしても、『彼』ならば、暁美ほむら自身に、ナイトヒグマを進んで解放させるように仕向け、その上で殺害するという芸当を容易く行える。

 こうしてビショップを目前に構えて害意なく話していることは、暁美ほむらたちにとって人質所有のアピールであり、また、ビショップ自身を感知器として据えておくがゆえの処置である。
 『診療所の指導者』は、もしそこに居るならば、この状態にも既に気付いているはずだ。
 『彼』はこんな状況なっていれば、まず子細を確認するために、話しかけることから始めるはずであった。
 それが無いということは、今診療所に『彼』はいない。
 その上で、球磨とデビルヒグマの感覚に掛かるような者が来ていないということはつまり、まだ自分たちの存在は診療所の面子に感知されていないということを意味していた。

 口に出すわけではないが、ビショップヒグマの所感としては、暁美ほむらの方針転換は感嘆すべきものである。


 いまだ気絶しているナイトヒグマは鎧と共に、一番中身の少なかった纏流子のデイパックに押し込められている。
 ほむらの盾の中で保護されている星空凛と、付き添いの球磨川禊が、何かの間違いで傷つけられないようにするための措置だ。

 裸パンツ先輩と化している球磨川と、意識のない凛を二人っきりにすることに関しては、球磨やマミといった女子から若干の懸念の声が上がった。
 だが、球磨川本人と、デビル含む男性陣から「いやいや流石にそれはない」との弁護があり、流子とほむらが、「もし間違いがあったら、しばく」という結論に至ったため、こういうことになった。


 ビショップヒグマを封じた本人ということで彼女を抱えている巴マミは、ほむらの不安をよそに、その顔からほとんどさっぱりその憂いを払い去っていた。

「――ん? どうかしたかしら暁美さん」
「あ、巴――、いや、マミさんにも、この図を一緒に見てもらおうと思って」

 顔を上げたマミと視線を合わせたほむらは、彼女を部屋の奥の壁側へ招く。
 そこには、ここに捕まっていた魔術師が描いたらしい、細かな血文字の記録が残っていた。

 ちょうど、人ひとり分の大きさがあれば隠れるくらいの範囲に記載されているそれは、日々の些細な出来事の抄録となっていた。
 それだけでは単なるとりとめもない事柄に思われたが、その下部には、その会話の聞き込みから描き上げたらしい、詳細な研究所の間取り図が残っていた。

 地上との出入口である火山横のエレベーター。
 非常通路としての下水道との交通箇所と階段。
 島内のエネルギー供給を担う示現エンジンという何か。
 ヒグマの培養室。
 その他研究員の控室、ヒグマの檻などもろもろ。
 
 デビルヒグマの檻が研究所の北東の隅にあることまで特定しているその図面は、確かに貴重な情報ではある。
 しかし、一見すれば済みそうなその空間に、いまだ暁美ほむらが留まっているのは、そこに何かが隠されている感覚を、その図に感じていたからである。
 ビショップヒグマは、帝国について必要以上のことを話さなかったし話すつもりもなかったが、どちらかというと早急に診療所へ行くことを促していた。
 直前までほむら自身も早急な行軍をするつもりだった予定を差し止めてまで、ここで一旦小休止を挟んでいるのは、その感覚のためであった。


322 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:17:19 cmyZujj20

「……ジャンさん、彼女、預かっててもらえる?」
「おう。気になってたんだけどよ。お前らは、クマとかリンの演舞を見たいとかは、ぜんぜん思ってないわけか?」

 マミから手渡されたビショップヒグマに向け、ジャンがそんなことを尋ねていた。
 球磨とデビルの後ろの入り口正面でビショップを抱えるジャンに、彼女はその液化した体を揺らして憤慨する。


「当たり前でシょう!? なんで我々が、鼻も低い、体毛も薄いサルの仲間をカワイイと思わなくてはならないンですか?
 アナタ方さっきからカワイイカワイイ言い合ってましたけど、私にはどこがカワイイのか正直ワカリマセン」
「……もしリンの舞台が完成しても、行かないのか。そうか……」
「行きまセんよ……。少なくとも、私の知り合いは誰も興味ナイと思いますネ」

 答えるビショップの声音は相当に辟易している。
 呟くジャンの声は、どことなく残念そうだった。

「ふーん。それじゃあヒグマ帝国内での一般的な『カワイイ』の基準って、どんなものクマ?」
「ビショップさんは、仲間内ではモテる方だったんですか?」

 球磨とシンジの質問に、ビショップはその透明な顎を掻いた。


「そうデスねェ……。小さくてモコモコしてる子はカワイイ扱いされてマスね」
「お!? じゃあ球磨はどうクマ?」
「顔と手足にも毛が生えて、マズルがもう少しあレば、ここでもやっていけると思いまスよ、熊として……」
「ん〜……。惜しいクマ。じゃあ今のまま堂々と潜入は出来んクマ」

 『艦これ勢』という勢力の存在を知って、ヒグマ帝国の大部分に自分の容姿が通用するなら、美人局まがいの強行突破もできなくはないのではないか。と踏んでいた球磨の計画は、流石に空ぶる。

「モテるという意味では……、ルークとかも異性の注目を浴びていたような気がしマス。あとは、デビルさん方初期ナンバーの方は羨望の的でシたよ。
 ……私はこの通リ異形でスので、そのようなコトは一切ありまセんでしたが」
「そうか? あんたの包容力はある意味すごいと思うんだが」

 最後にぼそりと付け加えられたビショップの呟きを、纏流子が耳聡く拾っていた。
 実際ビショップヒグマの包容力は、物理的にすごい。
 彼女に抱かれた球磨川がこの場にいたら、おそらく彼女のナカの感想を詳しく述べてくれていただろう。
 皮肉とも本気ともつかない流子の言葉に、ビショップはうんざりした様子で首を振った。

「包容力があったトコロでつがいはできまセんよ、残念ながラ……」
「そりゃあんたが、毅然としすぎだからじゃねぇのか? ちょっと自分の弱いところを見せて、男に守ってもらえば、すぐチャンスはくると思うぞ」
「オスなどに守ってもらわズとも、我々雌性体は生物学的に十分強いのでス!! 余計なお世話デス!!」

 ジャンの指摘は、ビショップの痛いところを突いたらしい。
 憤慨した彼女は話題を逸らすべく、通路の方を見張っているデビルヒグマに向かって尋ねかけていた。

「むしろ、栄えある穴持たず1であるアナタともあろう方が、なぜ人間と同行しているのカ。私は純粋に疑問でス」
「……私は、マミに命を救われたからな。だから、私の眼の届く限りは、その恩を返そうと思っているわけだ」
「アハぁ、それならわかりマス。艦娘も、生まれの由来が似ているから感情移入した、と考えレば、理解できなくもない。
 デスが、人間のアイドルにハマる奴の気は知れまセんね。人間から吹き込まレて、影響を受けたんでスかねェ……」
「そのシバという奴は、人間なのか……!?」
「アー、軍事機密に関スる事項なので、そこはノーコメントでスね。スミマセン」
「……いや、待てよ。確かに、居たじゃないか、『二期ヒグマ』には、あいつが」


 答えをはぐらかそうとしたビショップヒグマだったが、デビルヒグマはその時、既に記憶と閃きを繋ぎ合わせてしまっていた。
 研究所には、確かに、ヒグマであり、人間である人物が存在していた。
 島内の魔法に関する事柄の一切を取り仕切り、この保護室の結界からカードの具現化まで可能にさせた一人の少女。

 その少女の名を呟いたデビルヒグマの声に、暁美ほむらの声が重なっていた。


「「『シバ ミユキ』だ」」


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


323 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:18:05 cmyZujj20

 だいたい、私の周りにいた仲間は、男がどーだとか、独りぼっちは嫌だとか、女の腐ったような魔法少女しかいないのが問題だった。
 それに関しては、まどか以外の全員をないがしろにして突っ走ってきた私もほとんど同列だったわけで。
 私たちが正しい道に至るためには、その意識改革が必要だった。

 巴マミは、私に魔法少女としての心得を、まどかと共に教え込んでくれた、憧れの大先輩だ。
 だがそのメンタルは、「魔法少女が魔女になる」という事実を知っただけで煮崩れる、おぼろ豆腐レベルの代物だった。
 そして仲間全員を巻き込んで無理心中しようとするのだから、そのタチの悪さは船幽霊もかくやだ。

 憧れは憧れ。その傷はその傷ではあるが。流石に、その重篤な意識の欠陥はどうにかしなくてはならなかった。

 私は今まで、彼女と関わる時もそこに極力触れないようにしてきた。
 今回、すんなりと巴マミにその事実を教えてしまったのは、「まどか以外の仲間も慮る」という私自身の意識改革であり、彼女の意識改革でもある、一種の大博打だった。
 私はあの瞬間に、巴マミが即座に私と自分のソウルジェムを砕きに来たとしても驚かなかっただろう。

 それが少しでも耐えて、黙然と同行を続けてくれていただけで、私には相当な希望に見えた。
 星空凛に守られるがままに固まっていたあの場面でも、私はむしろ、彼女が自分の命を守ろうと魔法を発動させたことに心中雀躍した。

 だが正直、それ以上どう彼女に接すればいいのかは、私にはわからなかった。

 なので、盾の中のその他の面子に、その後を丸投げした。
 そうするしかなかった。
 今の私が彼女に声をかけたとしても、トラウマを抉り返して自殺に追い込むのが関の山だっただろうから。
 私はやっぱりまだ腐っているのだとは我ながら思うのだが、無理して私が急造の慰めをひけらかすより、期待の持てる私の仲間たちが多角的にフォローしてくれた方がより回復の見込みがあるだろうと、単純数理的に計算してそうしていた。


 ――そして、その効果は、私の思っていた以上に、覿面に表れていたらしい。


「暁美さん、その眼鏡カワイイわね。魔法少女になる前は、眼鏡っ子だったの?」
「――え? ええ、まあ」
「ごめんなさいね。暁美さんがそこまで魔力が削れるほど頑張っていてくれたのに、今まで押し付けっぱなしで。
 でも、もう大丈夫よ。暁美さんが休んでも、支えてあげられるくらいには、自分で立てるから」


 私のところにやって来た巴マミの第一声は、それだった。
 開口一番に、他人を褒めるところから入る――。
 そんな少女だっただろうか。巴マミは。
 そんな言葉、彼女から久しく聞いた覚えがなかった。

 見つめ合った瞳は、かつて『初めて』私たちが出会った時のような、先輩然とした力強いものに見えた。
 この眼鏡のせいもあるかも知れない。
 しかしむしろ、あの時よりも今の方が、その力強さは自然に湧き出ているもののように感じた。


「……で、暁美さんが違和感を覚えていたのは、この結界のことよね」
「――!! その通りよ。この部屋だけ……、何というか、その走行が『引き攣れている』というか。
 まだ何かが隠されている、そんな感じがするの」
「そうね。北側の保護室なんかは、きちんと結界が編まれていたけれど……」

 巴マミは、私の思考に懸っていたいた事柄を、的確に言い当てていた。
 しかも既に、私が呼ぶ前の段階で、周囲の部屋との比較まで行なっていたらしい。
 初めて会った時の巴マミをしなやかなリボンとするなら、今のマミは、そこに鋭さと強靭さが加わった、鋼線のようにすら私には思えた。


324 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:20:14 cmyZujj20

 この保護室群に展開されている結界は、魔女の結界に比べて、大分整然としている。
 魔女の結界を、魔力の糸を寄せ集めて固めたフェルトの服だとすれば、これらの部屋を覆っているのは、精密に編み込まれた毛糸のセーターだ。
 強い魔力の糸で織られている分、縦横に並ぶその一段、一目まで、魔力が十分にあれば私も追えていただろう。
 しかし、私が気づけたのは、ここに存在する『歪み』どまりだ。
 そのセーターの繊維が、どことなくバランスを崩しているような、縮れているような、そんな些細なもの。
 それが、この地図の周囲にだけ、存在していた。

 デビルヒグマたち魔力を持たぬ者から見れば、これはただの地図にしか見えないのだろう。
 しかしここは、こんな緻密な調査と思考を重ねる『魔術師』がいた部屋だ。
 私には、それよりも遥かに重要なものがそこには描かれているような気がして、ならなかった。


「うん。これは……。よく見ると結界が、『焼き切られている』わ……」


 その時、血で描かれた地図に触れていたマミが、そう微かに声を震わせる。
 何かをつまむように引き戻された彼女の指は、その指先に、『結界を織っていた魔力』を掴んでいた。

「え!?」

 普通なら、有り得ないことのはずだった。
 セーターの糸がつまめる――。
 それは、一本の糸を編んで作られているセーターにとっては、致命的なことだった。
 簡単にほどけてしまう。
 存在していないのと一緒だ。

 縫い終わりならばその糸はつまめるだろうが、通常それは生地の末端に巧妙に入れ込んで止めてあるし、当然、この結界の『縫い終わり』も、『示現エンジン』と呼ぶらしいさらに地下の構造物にまで繋がっていた。
 つまりこの部屋の結界は、途中で魔力を分断されていたことになる。
 扉の開放うんぬんに依らず、初めからこの部屋の結界は、形骸化していたのだった。


 マミは、魔力の糸を引く。
 するとそれは壁と床の境目に繋がり、ほどけていくさなか、結界の一部として縫い合わされていたそこに切れ込みを入れる。

 パカッ。

 と音を立てて、床材がめくれ上がっていた。
 ウレタンとコンクリートの床の隙間に形成されたその空間に入っていたのは、小さな手帳と、一本の人間の『歯』だった。
 巴マミはその二つの物品を掴み上げ、華やいだ声を上げる。


「……あなたの見立て通りよ暁美さん! やっぱりここに捕まっていた人は、情報を残していてくれたんだわ。
 魔法少女にだけわかる隠し方……。ヒグマに対抗する人間が来ることを、予期していたのね……」

 彼女の様子を見つめて、私は唖然とするばかりだった。
 返事のない私に気付くと、マミは私にその物品を手渡しながら問いかけてくる。


「……どうしたの暁美さん?」
「……変わったわね、あなた。正しく私の先輩だった時よりも、むしろ先輩らしい……」

 今までの彼女だったら、自分の発見した功績を、「あなたの見立て通りよ」なんて評価で語ることは、有り得なかったのではなかろうか。
 独りぼっちでいることを恐れ、『理想の先輩』、『正義の味方』を演じていたころの彼女からは、考えられないことだ。
 それとも何か。度重なるループで私の認識が汚れすぎていただけなのか。
 一体何が、あんなに打ちひしがれていた彼女を、絶望の檻から脱出させたのだろうか。
 これは後で詳しく、聞いてみる必要がありそうだった。

「……アイドルって話が出たから、そんなに独りが嫌なら、極論アイドルにでもなれば良いじゃないとか言おうとも思ってたんだけど……。
 その必要は、なかったみたいね……」
「アイドル――?」

 マミは首を傾げた。
 我ながら頭の悪い提案だ。
 だけど、もし球磨やジャンたちで巴マミを復帰させることが出来なかったら、最後のダメモトで、そんな提案をしてみるつもりだった。正直、今さっき思いついた急造案なのだが。
 正方向のエネルギーで皆の注目を集めるアイドルは、それだけ見れば、別に頭ごなしに否定すべき案でもないだろう。
 ……ビショップヒグマなどの言うとおり、こんな島で、誰相手に公演するんだという話だが。
 本当に、なんでこんな慰めにもならないような慰めしか出てこないんだろうか、私は。

 マミは、首を傾げたまま、じっと私のことを見つめていた。


325 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:21:52 cmyZujj20

「……前から聞こうと思ってたんだけど。暁美さんは、初対面の時から、私たちの名前だったり、そして今、私の悩みだったり……。どうしてそう、色々なことを知ってるの?」
「――!?」
「暁美さんの魔法って、心を読むとかじゃなく、『時間停止』なのよね……?」


 彼女の視線がリボンとなり、蛇のような素早さで私の心の中に侵入していた。
 些細な、塵芥のような言葉尻を、捉えられた。
 その上、私の魔法まで知られている。

 ――何という勘の良さか。

 この巴マミがいつの時間軸の巴マミなのか知らないが、私が彼女に手の内を明かしたのは初めの数ループ程度だ。
 そして、現時間軸の私は、まだ見滝原で彼女に遭遇していない。
 だとすれば、彼女が私の魔法を知ったのは、先の『ピースガーディアン』との戦いで漏れた些末な情報の断片からでしか有り得ない。
 往年の、見滝原の伝説の魔法少女の才覚は、健在ということか。


 私は眼鏡を外しながら、彼女の視線を切り払った。
 このまま眼を合わせていたら、遠からず、私の秘密を察知される――。
 何の準備もないままに、裸の心を絡め取られてしまう――。
 そんな予感すらした。


「それより、早く、この手帳に目を通しましょう」
「ええ……。もっと時間のある時にするわ」


 無意識下の反射速度でマミの踏み込みを手帳で躱したものの、私との対話はしっかりと彼女に予約されていた。
 ゆくゆくは、話したい。
 話さなくては、ならない。

 だがまだ私は、魔法少女としての『望み』に囚われた、腐りきった女だ。

 私は彼女ら彼ら全員を、まどかへ続く道を張る、駒だとしか捉えられない。
 そう捉えなくては、進めない。
 そしてそれが、申し訳なくて仕方がない。

 だからまだ、この『望み』だけは、彼女たちに展開して見せることは、不可能だった。


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


『これをよむのは、この施設の研究者だろうか。
 それとも首尾よく潜入に成功した、実験とやらの参加者か。
 少なくともそれは、魔術の心得がある者だ。
 誰だっていい――』


 眼鏡を額に押しやり、視線を落した手帳には、整然とした血文字で、走り書きの文面が記されていた。
 衛宮切嗣という魔術師が、今わの際に、ヒグマへの対抗策として、この手帳を残していてくれたらしい。

 そこには前文の後、5つの小単元が並んでおり、初めの1つ以外には、その下に詳しい解説のようなものが続いていた。
 その項目は。

①ここには万能の願望機である「聖杯」がある
②聖杯降臨の術式を施設全体に布いたのは「シバ ミユキ」という魔術師
③マナの一部を令呪として小魔力(オド)に変換する
④確認できているヒグマ
⑤魔術刻印

 の5つ。
 中でも②と③は内容が連続しており、衛宮切嗣が、隣室の魔術師とともにこの島の結界の欠陥を突き、逆に利用していたその方法が記されていた。

 ここに記載されている、研究所所属の魔術師の名前には、聞き覚えがある。
 私は、巴マミと共に顔を上げた。


「「『シバ ミユキ』だ」」


326 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:23:45 cmyZujj20

 私の呟いた声は、入り口のデビルのものと重なった。
 彼と顔を見合わせると、彼は薄く笑いながら、ビショップヒグマの方に語り掛け始める。


「……あの魔術師の女が、このヒグマ帝国の成立に一枚噛んでいたんだな?
 恐れいった。あいつがアイドルオタクか。そして……、放送していたのは男の声だったから……、その兄貴か何かだな。
 兄妹揃って、裏切り者のアイドルオタクの汚職指導者か。やはり中途半端に人間なんかを上に据えると大変だな……」
「お二方を弁護したいのは山々なのデスが、言ってしまうと機密に抵触スるので……。言いたくもあり、言いたくもナシ……」
「……弁護できるところ、あるのか?」
「……いえ、実のトコロあんまり……」


 ビショップヒグマは、ガラス玉の下部に顔を埋めて、その軟体をひたすらに平身低頭させていた。
 司波深雪の名は、④に列挙されているヒグマ80体のうち、その46番目にも記載されている。
 職員であった彼女は、『穴持たず46:シロクマ』としても登録されていたらしい。

 そこの直下の47番目から50番目までの4体のヒグマは、研究員の口に一切のぼってこなかったヒグマとして、注意すべきだという但し書きが附されていた。
 デビルの口振りと併せるに、研究所に通じていた『シバ ミユキ』が密かにこの4体を集め、魔法で研究員の印象や記憶を操りながら帝国を建設していたと考えるのが最も自然なシナリオだろう。

 そして当然、この5体のヒグマが、帝国の指導者ということになる(うち『シロクマ』と『シバ』には頭に“汚職”という形容がつくのだろうが)。
 パク、ハク、クックロビンの発言を鑑みるに、残りのうち1体は『ツルシイン』という建築担当の指導者。
 シバを防衛関連、シロクマを庶務と見ると、恐らく残る2体は、医療・公衆衛生と、食糧関係の指導者という感じになるのだろう。
 やはり診療所には、プレーンでない強力なヒグマが控えている可能性が高い。
 迂闊に近寄らずに正解だっただろう。


「アケミ、何かわかったのか!?」
「ええ……。ここの魔術師が、かなり詳しい情報を手帳に残してくれていた。あと、魔力の回復手段もね」
「おお!? 良かったクマ!! 念願のことクマ!!」

 ジャンや球磨から寄せられる声に、私とマミは頷く。
 手帳すべてに目を通し切るには、時間がかかりそうだった。
 しかし気になること。そして、私たちが最も期待を抱いていたことは、その項目のうちの一か所だった。


『③マナの一部を令呪として小魔力(オド)に変換する

 マスターでなくとも、令呪は強力な無色の魔力だ。
 起動させれば誰にでも使える。
 次に手順を記す――』


 ②の単元にはこの部屋の結界が、『地脈の大魔力(マナ)を、ぼくら魔術師を経由して施設と聖杯に供給するもの』なのだとある。
 記されている手順は、その供給先を一時的に変更して窃取ためのものであるようだった。
 私たち魔法少女の用いる魔力とは、その根源が大分違うものかも知れない。

 しかし、試す価値は、ある。
 そして試さなければ、私たちは『魔女化』という奈落の崖っぷちに立っているままだった。


「……暁美さん。やってみて。あなたの方が、魔力は消耗してるみたいだから……」
「そうね……。私個人としては、これが呪いよりおぞましい色に染まったとしても、諦めるつもりはないけど」


 マミから、糸のように伸びる結界の魔力を受けとり、私は左手甲のソウルジェムに繋いだ。
 菱形の宝玉は、ほとんど濁りで真っ黒になっていたけれど、黒いなら黒いなりに、輝きは失っていない。
 それはまだ、私の『望み』が、壊れていないことを意味していた。

 その魂の形に糸巻きをイメージするようにして、私は、手帳に記載されている文言を唱える。


「『――変革準備、自失、忘我、接続、開始』」


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


327 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:25:04 cmyZujj20

 瞬間、世界が私に、流れ込んでくるような感じがした。
 喉が詰まった。

 なんだ――、これは。

 見えていたのは、太陽のような、真っ赤な灼熱だった。
 地下深くから湧きあがる、マグマそのもののような。
 そこに向けて、私は、上空から真っ逆さまに落ちてゆく。
 吹き上がるプロミネンスの炎に炙られて、私の衣服はたちまち焼け落ちる。

 骨肉を熔かす熱量。
 膨大な魔力の噴流だ。

 それが湧きあがる音は、ヒトの唸り声のように、低く高くどよめいている。

 この星全体。
 この星の人間全体。
 この星に息づく生命全体。

 私の視界一面を埋め尽くす、真っ赤な『願望』の塊に、私は同調してしまったかのようだった。


 ――こんな莫大なエネルギーに、私の体は耐えられない!!


「『小さく、小さく、小さく、小さく』――! 『円環航路、開示』!!」


 現実の肉体で、私は辛うじてそう詠唱した。

 すると即座に、急速に私の精神は上空へ引き戻される。
 視界を埋めていた赤色は遠くなり、広漠な闇の中を落ちて、私の尾骶骨の奥底に消え去った。

 吹き上がった炎の一筋の煽りだけで、私は全身に火傷を負ったような凄まじい痛みを覚えていた。
 特にその痛みが強かったのは、右腕の部分だ。
 その手の甲には、焼き付けられたかのように、黒色の文様が描かれている。

 上下に、太く毅然とした平行線として描かれた二画。
 そしてその中を、女性的な丸みを以て描かれる、Xの形をした一画。
 一見すると、砂時計のように見える図案だった。


 そして続けざまに、私の中には、誰かの記憶のようなものが流れ込んでくる。

 見えているのは、この部屋だった。
 夜だ。
 誰もが寝静まったかのようなその時間に、私と重なっているその人物は、隣の部屋から聞こえる男性の呟きに囁き返していた。

『――クソッ。僅かでも魔術的干渉力のある礼装があれば……』
『……僕の手が、必要かな』
『貴様とて礼装などなかろう。この結界は単純だ。容易に編集できる……。その書き込みに使うペンさえあればな……』
『ペンならあるさ……』

 この人物の手には、私が今持っている手帳が握られている。
 彼は右手を、自分の口の中に突っ込んでいた。

『僕が、君に打ち込んだ銃弾を、覚えているかい……?』
『忘れられると思うかね、アインツベルンの犬……』
『あれは僕の、肋骨から作られていたんだ』
『……なに?』
『僕の起源は、「切断」と「結合」だ……』

 ボキ。
 という音を立てて、この人物は自分の犬歯を、折り取っていた。
 口の端から血を零しながら、彼は深く笑みを浮かべていた。

『その名も高きロード・エルメロイ……。今回は僕を、君のお付きの画家に雇ってくれないか?
 君の素晴らしい魔術の実力ならば、必ずやこの難問を解いてくれると思っていた。
 さぁ。言ってくれ。君の指示通りに描くよ。カット・アンド・ペーストなら自由自在だ……』

 彼の指先に摘ままれた歯が背後の結界に触れると、そこは焼きごてを押し当てられたようにぶくぶくと沸騰する。
 そしてそれは隣室の壁をも貫き、部屋同士の結界の間に、見事な瘻孔を形成させる。
 二人の男性の含み笑いが、そこに響いていた。


「『大きく、大きく、大きく、大きく。隘路港道、連続閉鎖』――!!」


 流れ込む記憶が増えるにつれ、私の骨身は軋みを上げていた。
 同時に、右腕にはさらに黒い文様が描かれていく。
 もう、これ以上は、無理だ。
 全身をすり鉢に投入されて突き砕かれるような痛みに、身を捩った。

 体が。精神が。壊れる。

 その前に。
 私は最後の息で、呪文の詠唱を終了させていた。


「――暁美さん! 暁美さん!! 大丈夫!?」
「え、ええ……。なんとか……。魔力の吸収は、早めに切り上げた方がいいみたいね……」


328 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:28:28 cmyZujj20

 流れ込む記憶が増えるにつれ、私の骨身は軋みを上げていた。
 同時に、右腕にはさらに黒い文様が描かれていく。
 もう、これ以上は、無理だ。
 全身をすり鉢に投入されて突き砕かれるような痛みに、身を捩った。

 体が。精神が。壊れる。

 その前に。
 私は最後の息で、呪文の詠唱を終了させていた。


「――暁美さん! 暁美さん!! 大丈夫!?」
「え、ええ……。なんとか……。魔力の吸収は、早めに切り上げた方がいいみたいね……」


 私の体は、巴マミに抱えられていた。
 その周りから、心配そうに、ジャン、球磨、流子、シンジたちが私を見下ろしている。
 ソウルジェムは――。
 真っ黒に濁ったままだった。

 魔力は、充溢している。

 実感としてはかなり大量に、私はこの大地から魔力を摂取していた。
 しかしそれは、魔法少女の魔力とは、だいぶフォーマットの違うものだったらしい。
 パソコン用に使っていたデータCDに、コンポから音楽を書き込もうとしたようなものだ。

 魂の魔力と、肉体の魔力。

 そのまま同一の媒体には書き込めない。
 魔法少女としての魔法を使ったり、絶望したりしてしまえば、相変わらず私はすぐ魔女に堕ちる場所に立っている。
 だが今の私には、この衛宮切嗣という魔術師から託された、何本もの命綱が繋がっていた。


「……球磨。今までの間に、経路の探査は終わった?」
「研究所と新規通路の寒暖差で、曼哈頓(マンハッタン)水偵の調子はばっちりクマ。
 診療所まで飛んで、位置も頭数もしっかり把握終わってるクマ!」
「ありがとう……。さすがね」


 身を起こした私は、デビルやビショップを含めた全員を、近くに集めた。

「新しい作戦が決まったわ……。作戦名は、『マラトンの加速機略戦』」


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


「ど、ど、どうなっちゃうんですかぁあ!? た、大変ですよぉ!! シバさんが殺されるなんてぇえ!!」
「……テンシちゃん、いい加減落ち着きなさいよ。シバさんは再生能力持ちじゃろもん」
「こ、これで落ち着いてなんていられませんよ!! シーナーさんもヤスミン姉さんもいないんですから、私たちがこの診療所を暴徒から守らなきゃぁ!!」


 ヒグマ帝国の診療所。
 第二回放送を聞いた後から、艦これ勢の暴徒化を知った穴持たず104は、独り大騒ぎして所内を駆け回っていた。
 穴持たず88のベージュ老が、彼女をなだめようと車椅子から声をかけるも、その混乱はほとんど収まらない。

 薬品棚や分析装置を手あたり次第ドアに寄せてバリケードにしたり、点滴用のガートル台を構えて槍のように武装したりと、やりたい放題だ。


「……そんなことしたら、ケガした子が入って来れないよ」
「ハッ――!! そうでした!! それじゃあバリケードはどかさなきゃ!!」
「……じゃが戦時救護は戦闘の要じゃから、真っ先に潰しにくるかも知れんのう」
「ハッ――!! そうでした!! それじゃあバリケードは要りますよ!!」
「……空襲とか爆撃が来たら、バリケードは意味ないのう」
「ハッ――!! そうでした!! ベージュ老さん、防空壕ですよ、防空壕!!」


 呟きのままに、今度は一階の診察室の隅に塹壕を掘り始めた彼女の姿を、ベージュ老は慈愛と呆れのないまぜになった視線で見守った。
 車椅子を軋ませて受付部分に乗り込んだベージュ老は牙を噛む。


 放送の最後で騒いでいた暴徒は、『艦むす』、『ヒグマ提督』などという単語を発していた。
 ベージュは午前中に、艦船のような装備を背負った何人もの少女と、士官帽を被った若いヒグマが連れ立って地上に行くのを看過している。

 ――彼らが、目下反乱中の、暴徒の首領だったのだ。

 ベージュ老は、その最重要の者の亡命を許してしまった自分の不甲斐なさに舌打つ。
 まさかそんな者が、人目もはばからず、公的機関から堂々と出ていくなんて、普通ならとても考えられない。
 その意識の死角をついた大胆不敵な逃避行はベージュに、この暴徒たちがとても一筋縄ではいかないだろうことを想定させていた。


 しかし、診療所は、戦時下においても基本的に中立の立場だ。

 誰であっても、患者であれば敵味方の別なく治療するのが常であるし、大抵は、その理念に感じ入って、野戦病院には攻撃の手が入らない。
 ここでもし、そんな理念にお構いなく、敵方の設備だからと破壊行動の餌食になるとすれば、戦闘用の道具も、個体レベルの戦闘能力もほとんどないベージュ老たちに対抗手段はない。


329 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:29:16 cmyZujj20

 『ピースガーディアン』からは、地上からの侵入者が何人もやってきたことが通信されていた。
 彼らはその時、目下戦闘中であったらしいが、果たしてその戦いはどうなったのか。
 診療所の主であるシーナーからは、自分たちヒグマの真の敵と目される、機械らしきものについてと、この実験と闘争における勝利条件が、長々とした文面で送られてきていた。
 こういうものを送っている時間があるなら、正直シーナーには休息して欲しいと切に思う。
 彼ら『ピースガーディアン』が帰ってきたならば、この文面を見せようかとも思っていたのだが、この環境下ではそれが叶うかどうかすら怪しい。


 さらに、シーナーの文面の『勝利条件』とやらの部分は、多分に彼の主観が溢れているようで信憑性に乏しかった。
 彼が相当に疲弊している証拠だ。

 シーナーの伝える『勝利条件』に照らすなら、帝国産のヒグマであるヒグマ提督が、今まさに地上に行って参加者と接触しているだろうわけで。
 そこで何かの間違いで彼が参加者を殺してしまったら、
“参加者以外のヒグマ、あるいは参加を許されていないヒグマを以って、
 島外や地下に行く、首輪を外すなどの禁を破っていない、まっとうな参加者を殺害してしまうこと”。
 という禁じ手を破ったことになり、ヒグマは全滅、参加者の勝ちになるという。

 ――そんな理不尽なことを、イソマ様がするか!?

 と、ベージュ老は思う訳である。
 穴持たず48・シバは、参加者を殺せる帝国の人材として最強。と謳っているが、その彼は、今さっきその帝国の臣民によって殺害された。
 間違いなく復活はしているのだろうが、それはもはや既に、帝国の意志が一塊ではないことを示している。
 そんな禁じ手とやら一つで、勃発した諍いの全てが、何も終わらないうちに結末を迎えてしまうなど、許されることだろうか。


 シーナー自身が、文面の冒頭に書いているではないか。
 『協力し、迎え撃て』と。

 イソマ様は、この島の者たちが一丸となり、未来への意思決定をすることを望んでいるのではないか――?

 今度も主観は主観だが、ベージュ老はそう思うのだ。


 結局のところ、何もわからない。
 バリケードを張ったり医療機器をひっくり返したり防空壕を掘ったりしても、ただ一つはっきりしているのは、ベージュ老自身は、その未来へと行くことは、できないということだった。

 それならば、ベージュ老のすべきことは、一つだった。


 例えばここに、間近ではとても視界に収まらない、穴持たず104が散らかし、混乱した、膨大な医療物品がある。
 それは5秒かけて離れれば、視界の中にすっぽりと入る。
 ゆっくり片付ければ、その残りは僅かになる。
 さらに3分かけて整理すると、その混乱はなくなった。

 混乱はなくなり、使いやすく並べられた、薬品棚に戻るのだ。


「ベージュ老さん、ベージュ老さん! 防空壕掘り終りましたよ……って、あっ、バリケードなくなってる!!」
「……あんなんじゃバリケードにならんよ。テンシちゃん。もうちょっと、引いて物事を見なさい。
 落ち着いて、起きた事柄をきちんと見据えて対処するんじゃ。慌てても仕方ない。これ以上騒いで、三階で寝てる患者さん起こしたらどうする」
「う……、そ、そうですね……」

 ベージュ老のすべきこと。
 それは未来ある若者たちの混迷を解き、導いてやることだった。


 未来に何が待っているかはわからない。しかし、その道を進む者に協力し、道筋に地図を描いてやることは、できるはずだった。
 診療所は、いかなる状況でも中立だ。
 患者であれば、敵味方の別なく導いてあげよう――。

 そう、ベージュ老は思っていた。


330 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:31:55 cmyZujj20

 その耳に、ふと何の前触れもなく風の音が届く。
 瞬間、ベージュ老とテンシの周囲を、まばゆい光でできた三本の剣が取り囲んでいた。

「えっ」
「なっ」

 考える時間もないままに、診療所正面の窓から、颶風のように何かが入り込み、生物として有り得ない程の高速で、一瞬のうちにベージュ老とテンシの背後に取りついていた。

「……動くなよ。上には患者が寝てんだろ? ちょっとの間大人しくしててくれ」
「……怪しい動きをしたら、目ん玉にハサミが突き立っちまうからな」

 ベージュ老に剣、テンシに片刃の鋏を突き付けているそれらは、一組の人間の男女だった。
 何が起きたのか把握できるより先に、続いて診療所のドアが開け放たれていた。


 そこにいたのは、人間の少年1人、少女2人、そして、ヒグマ。
 少年は手元の機械に、『光の護封剣』と書かれたカードを設置している。
 彼が背後の少女2人に道を譲ると、彼女たちが診療所の中に入ってきた。
 眼鏡をかけた黒髪の少女と、彼女に肩を貸す金髪の少女だ。

 黒髪の少女が口を開こうとするが、その顔は真っ青だった。


「あな……っ、ごほっ、はぁ……、ちょっと治、はっ、りょう、し、ごほっ、あはっ、てっ、はあっ、はあっ……」


 息の切れている彼女は、ほとんどまともに喋れない。
 ベージュ老たちを指して何かを訴えようとしているのだが、その足取りは見るからにふらついて、立つのもままならないようだ。
 痰の絡んだようなその咳き込みは、医療班であるテンシとベージュ老をして、あまり彼女の心臓が良くないことを、容易に察知させていた。
 『ちょっと治療して』というその対象は、果たして彼女自身のことなのだろうか。


「あ、あの……。とりあえず、坐位になった方が、いいですよ……?」


 その場の全員から、彼女へ心配そうな視線が向けられる中、穴持たず104が、震える声で、彼女にそう語り掛けた。
 少女は「わかってる」とでも言うように頷きながら崩れるように座り込み、発言を隣の金髪の少女の方に預けていた。

「あの……、突然すみません。ちょっと、治療していただきたい子がいるんです」
「……拒否したら、わしとテンシちゃんを殺すということかね。お嬢さん?」

 結った髪の毛をふるふると揺らして、金髪の少女は首を横に振る。
 彼女は、隣の黒髪の少女の背を擦りながら、片手に何やら、通信機のようなものを掲げていた。


「悪いんですけれど。上階の4名のヒグマさんの命も、私たちは握っています」
『おう。いつでも魚雷発射できるクマ』


 通信機からは、そんな声が返ってきていた。
 ベージュ老とテンシが対応できぬ間に、窓から入った艦娘が、既に階段を上がって三階に突入していたのだった。


 余りの事態に絶句するしかない二名の元に、後ろから大柄なヒグマが、体を折り畳むようにしてドアから入ってくる。
 ナイトヒグマさんか――!?
 と、一瞬そう思った彼らの前に、そのヒグマの手元から、何か液体の入った大きなガラス玉が差し出されていた。


「――スミマセン、お二方。ピースガーディアンは、侵入者に敗北いたしまシた。要求をきいてあげて下サイ」


 つい先ほど送り出したビショップヒグマが、その球の中で白旗を振っていた。


【C-6 地下・ヒグマ診療所/日中】


【穴持たず104(ジブリール)】
状態:狼狽、纏流子から片太刀バサミを突き付けられている、光の護封剣で封殺中
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
0:何が起きてるの!? 何が起きてるの!?
1:ビショップさん、そのガラス玉は一体!?
2:黒髪の子、大丈夫!?
3:このハサミ片方しかない!! 使いづらそう!!
4:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです


331 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:35:03 cmyZujj20

【穴持たず88(ベージュ老)】
状態:加速老化、ジャン・キルシュタインからブレードを突き付けられている、光の護封剣で封殺中
装備:車椅子
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:がんばれよ、若人
0:患者は診るつもりじゃが……。流石に凄まじい手際と警戒心じゃな、侵入者さん方。
1:いざとなれば、わしらは未来に殉ずるよ
2:他のピースガーディアンは、どうしたんじゃ、ビショップさん……。
3:ピースガーディアンが来たらシーナーのメッセージを見せる
4:帝国で勃発している反乱は、大丈夫かのう……。
[備考]
※ベージュ老宛ての粘菌通信に、シーナーの秘密メッセージ
 (イソマが提示した実験の勝利条件、現在の敵がモノクマであることなどなど)が記されています。
※ヒグマ診療所で安静にしているのは、748〜751番のヒグマ(「気付かれてはいけない」で布束さんにやられた奴ら)です(光の護封剣で封殺中)。


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:魔法少女でなかった当時の身体機能、労作時呼吸困難、魔力消費:極大
装備:自分の眼鏡、ソウルジェム(濁り:極大) 、令呪(残り3画)
道具:89式5.56mm小銃(30/30、バイポッド付き)、MkII手榴弾×10、切嗣の犬歯、切嗣の手帳
基本思考:他者を利用して、速やかに会場からの脱出
0:息切れ……! ダメだ、全然走れない……!!
1:凛を筆頭に消耗した軍隊を休息させる。
2:まどか……今度こそあなたを
3:脱出に向けて、統制の取れた軍隊を編成する。
4:巴マミ……。一体あなたにどんな変化があったの?
5:ジャン、凛、球磨、デビルは信頼に値する。球磨川、シンジ、流子は保留ね。
6:魔力は、得られた。他にもっと、情報を有効活用できないか……?
7:巴マミと、もっと向き合う時間が欲しい。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※まだ砂時計の砂が落ちきる日時ではないため、時間遡行魔法は使用できません。
※時間停止にして連続5秒程度の魔力しか残っておらず、使い切ると魔女化します。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※盾の中に、星空凛と球磨川禊がいます


【星空凛@ラブライブ!】
状態:感電による重体
装備:劣化大嘘吐きの螺子@めだかボックス
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:しっかり状況を見極めて、ジャンさんをサポートするにゃ。
1:ほむほむが戻って来たにゃ!
2:自分がこの試練においてできることを見つける。
3:ジャンさんに、凛が女の子なんだって認めてもらえるよう頑張るにゃ!
4:クマっちが言ってくれた伝令なら……、凛にもできるかにゃ?
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。
※球磨川の劣化大嘘吐きによって、球磨川と同じステータスになっています。


【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労(最大)、裸パンツ先輩、みそくん
装備:なし(裸パンツ)
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜2(治療には使えないようだ)
基本思考:???
0:『マミちゃんと凛ちゃんは大丈夫かな?』
1:『みそくん』『みそくん……』『みそくんかぁ……』
2:『そうだね』『今はみんなについてこうかな』『マミちゃんも巨乳だしね』
3:『凪斗ちゃんとは必ず決着を付けるよ』
4:『アイドルとかゲームとかに現を抜かしてる場合じゃないよね』
5:『……でもマミちゃんのアイドル姿ならちょっと見たいかも』
[備考]
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けています。
※また、『劣化大嘘憑き』で死亡をなかった事にはできません。
※『大嘘憑き』をあと数時間使用できません。
※首輪の通信機能が消滅しました。


332 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:35:55 cmyZujj20

【穴持たず1(デビル)】
状態:疲労極大
装備:伏せカード(【サイクロン】、【神の宣告】、【和睦の使者】)
道具:ビショップヒグマのガラス玉
基本思考:満足のいく戦いがしたい
0:マミが心配だ。
1:ヒグマ帝国……一体誰がこんなことを?
2:私は……マミに一体何の感情を抱いているのだ?
3:この様子では、実験はもう意味がないのでは?
4:アイドルといい、艦娘といい、大丈夫かこの国は?
5:……だがマミのアイドル姿ならちょっと見たいかも
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。
※暁美ほむらの令呪で、カードの具現化が一時的に有効化されています。


【穴持たず203(ビショップヒグマ)】
状態:ガラス玉の中に閉じ込められ中
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”の意志に従う
0:スミマセンねベージュさん……。協力してください。
1:……艦これ勢に相対するには、夏の虫たちの力も借りるのもありでスかね……?
2:球磨さんとか、通信の龍田さんとか見る限り、艦娘が悪い訳ではナイんでスよね……。
3:ルーク、ポーン……。アナタ方の分まで、ピースガーディアンの名誉は挽回しまス。
4:シバさんとアイドルオタクは何やってるんデスか……?
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※空気中や地下の水と繋がって、半径20mに限り、操ったり取り込んで再生することができます。
※メスです。


【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人】
状態:右第5,6,7,8肋骨骨折、疲労
装備:ブラスターガン@スターウォーズ(80/100)、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)
道具:基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、永沢君男の首輪
基本思考:生きる
0:許さねぇ。人間を襲うヤツは許さねぇ。
1:リンが心配だ。それにしても、俺が何を分かってないって、ミソクン?
2:アケミが戻って来た以上、二度と失わせねえ。
3:ヒグマ、絶対に駆逐してやる。今度は削ぎ殺す。アケミみたいに脳を抉ってでも。
4:しかしどうなってんだ? ヒグマ同士で仲間割れでもしてるのかと思ったら、帝国だと?
5:リンもクマも、すごい奴らだよ。こいつらとなら、やれる。
6:リンのステージ、誰も行く気ないのか? そうか……。
[備考]
※ほむらの魔法を見て、殺し合いに乗るのは馬鹿の所業だろうと思いました。
※凛のことを男だと勘違いしています。
※首輪の通信機能が消滅しました。


【球磨@艦隊これくしょん】
状態:疲労、中破
装備:14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬残り少)、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険
道具:基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)
基本思考:ほむらと一緒に会場から脱出する
0:ほむらの願いを、絶対に叶えてあげるクマ。
1:マミちゃんたちは球磨と同じクマ。仲間になるクマー!
2:ジャンくんも凛ちゃんも、本当に優秀な僚艦クマ。
3:これ以上仲間に、球磨やほむらのような辛い決断をさせはしないクマ。
4:今度こそ! 接近するヒグマを見落とすなんて油断はしないクマ。水は反則すぎクマ!
5:天龍、島風……。本当に沈んでしまったのクマ?
6:何かに見られてる気がしたクマ……。
7:みそくん。球磨川の名を冠するなら、球磨川についてもう少し知っておくべきクマ。
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。
※四次元空間の奥から謎の視線を感じていました。でも実際にそっちにいっても何もありません。


333 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:37:14 cmyZujj20

【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:疲労大、【光の護封剣】発動中
装備:デュエルディスク、武藤遊戯のデッキ
道具:基本支給品、エヴァンゲリオン初号機
基本思考:生き残りたい
0:魔法少女って、本当にすごいんだな……。
1:脱出の糸口を探す。
2:守るべきものを守る。絶対に。
3:……母さん……。
4:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
5:ところで誰もヒグマが刀操ってるのに突っ込んでないんだけど
6:ところでいよいよヒグマっていうかスライムじゃん
7:ところでアイドルオタクのヒグマってなんなんだよほんと
[備考]
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいます。基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。
※首輪の通信機能が消滅しました。
※暁美ほむらの令呪で、カードの具現化が一時的に有効化されています。


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


『時間超頻(クロックアップ)――二重加速(ダブルアクセル)』


 暁美さんはその魔法を、そんな詠唱で発動させていた。
 『令呪』というその新たな形式の魔力を取り込んだ際に、直感的にその発動方法が理解できていたらしい。

 それは、ある種の『結界』だった。

 暁美さんの盾の内部を流れ落ちる砂時計の砂を加減速することで、自身と、そして周囲の者の体内時間をも加減速する――。
 『魔女』としての自分の固有の結界を、『魔法少女』として発現させたとき、きっとそれはそういう形態になるのだろう。
 極限まで魔女に近づき、その奈落を覗き込んだ上で、なおも確固たる魔法少女として歩む暁美さんだからこそ、出来た芸当なのかもしれない。
 そんな、彼女の新しい力の使い方だった。


 暁美さんは、既に球磨さんの有する『マンハッタン・トランスファー』という名の気流察知魔法で、待機時間の間に診療所の内部をすっかり把握させていた。

 そして彼女は、腕の方にまで刻まれた令呪の魔力を使い、デビルと碇さんの持つ有用そうなカードに、あらかじめ具現化術式をかける。
 匂いや物音を探知されないだろう遠距離から、味方全体に『時間超頻(クロックアップ)』をかけ、『光の護封剣』で診療所内の全ヒグマの行動を制限。
 同時に、通常速度でも高い機動力を持つ、ジャン、纏、球磨さんの三名を電撃的に突入させ、一気に所内を制圧させていた。
 予防線は、デビルの持つ各種の魔法・トラップカードだ。
 相手方がどのような反撃行動に出ようとも、間違いなく一回以上それを無効化できる、万全の構え。

 とても私には真似できない、鮮やかな作戦だった。
 全力疾走で、立てなくなるぐらい息切れしてしまっていたのは、痛々しかったけれど。


 ……そう。今、私の隣で喘いでいる彼女は、なんだか私の知っている暁美さんとは、違っているようだった。

 暁美さんは謎だらけで、神出鬼没で、付き合いも悪くて、グリーフシードだけを狙って隙あらば他の魔法少女を蹴落とそうとする手の輩だとばかり思っていた。
 彼女が見滝原中学の後輩だと知った時には、私は鹿目さんと美樹さんをどう彼女の魔の手から守ってやるかばかり考えていた。

 それが蓋を開けてみたらどうだ。
 彼女はこんなにも有能だった。そしてただ一人きりで、今まで頑張ってきていた。
 彼女のよそよそしい態度は、私たちから、『魔女化』という悪夢を隠してくれていたからだった。

 そんな事実を知るまで、そして知ってから、彼女はどれだけの惨劇を越えてきたのか。
 私だって魔法少女ではベテランの部類だけど。
 戦術眼も、経験値も、暁美さんは私より遥かに多く備えている。
 彼女は絶対に、私より魔法少女経験が長い。

 私が彼女の先輩であることは、ありえない。


 それじゃあ何だ?
 彼女が先程ふと漏らした、『正しく私の先輩だった時よりも、むしろ先輩らしい』という発言は。
 私は今まで一度も、暁美さんに先輩として振る舞ったことはない。

 ひ弱な体力。
 内気そうな眼鏡。
 今の暁美さんは、私の見てきた暁美さんとは、ほとんど真逆の要素の集合体だ。
 これで髪が三つ編みおさげとかだったら、それこそまるっきり、庇護欲を掻き立てる、カワイイ後輩の姿だ。

 そして、彼女の『望み』から生まれた魔法は、『時間停止』。
 そしてさらに、『時間加速』。『時間減速』。
 私の、世界と繋がりたい欲求から生まれた魔法が、『リボン』なら、それは……。


334 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:40:26 cmyZujj20

 ――やめましょう。


 これ以上推測だけで、彼女の起源に土足で踏み入ることは、正義ではない。
 彼女の計らいで、私は、ここにいる仲間に連れられ、りょうしんを取り戻した。


 寄り添おう。


 私と暁美さん。
 私と球磨さん。
 私とデビル。
 違っているものも、同じ。

 魔女と魔法少女。
 魔女と深海棲艦。
 魔女とヒグマ。
 同じものも、違っている。

 例え深海棲艦に寄り添う手段が、船幽霊に寄り添う手段が、雷撃処分しか無いのだとしても。
 魔女に、ヒグマに、それだけしか寄り添う方法がないとは限らないじゃないか。
 全ては単に、視点の違いだ。

 崩れた像を、濁ったソウルジェムを、他愛無い愛称を、乙で、カワイイと思えるかは、全て心の持ち方次第だ。


 見つけてみせる。


 殺し、殺される以外の解決策を。
 寂しいあなたに、ヒグマたちに、寄り添ってあげられる方法を。
 それこそ、私がりょうしんの遺灰で描くべき展開図。
 それこそが正しき、『Credens justitiam(正義を信じる者)』の姿勢だろうから。


【C-6 地下・ヒグマ診療所/日中】


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:健康
装備:ソウルジェム(魔力消費(大))、省電力トランシーバーの片割れ
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0〜1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:正義を、信じる
0:殺し、殺される以外の解決策を。
1:誰かと繋がっていたい。
2:みんな、私のためにありがとう。
3:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
4:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
5:ヒグマのお母さん……ってのも、結構いいんじゃない?
6:アイドルって言うなら……、実は持ち歌あるのよね、私……。
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。


    ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈


 魔法少女ってものの実情を聞いて、あたしにはふと思い浮かんできてしまうものがあった。
 自分自身のことだ。
 巴マミも暁美ほむらも、普通の人間なら絶対に死んでいる負傷から、復活してきたらしい。
 それを聞くだに思いだしたのは、痴漢の船から逃げ戻ってくる時に狂女に襲われた、あの時のことだった。


 途中で有耶無耶にはなったが、あたしは確かに心臓をぶち抜かれた。
 血管はズタボロ。
 出血も多量。
 鮮血に吸われた分も考えると、とても貧血とかそういうレベルで済まされなかったことはわかりきっている。
 あたしは間違いなく死んでた。


 人は人。服は服。自分は自分。


 そう思って、今までのあたしだったら、別にそんなことあろうが今生きてるんだから良いじゃん。
 と、何も考えずに邁進していただろう。

 だがもう、その考えは通用しなかった。
 巴マミに。だ。

 あいつの悩みを、バッサリ断ち切ってやれると思っていた私の言葉は、全く届かなかった。


335 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:42:41 cmyZujj20
 届いたのは、戦艦と魔法少女と、幽霊船と魔女を一緒くたにしている球磨の言葉とか。
 ちゃらんぽらんなこと言っているようにしか聞こえない、球磨川……、いや、みそくんの言葉だった。

 そんなアホなことがあるか。
 ヒグマはヒグマだし。
 人間は人間だし。
 沈んだ船は幽霊船ではあっても死んだ魔法少女であるはずがないだろう。
 艦娘とかいうのにもそうだが、人間のアイドルにヒグマがハマるとか、理解できない。

 『なんで我々が、鼻も低い、体毛も薄いサルの仲間をカワイイと思わなくてはならないンですか?』という理屈は、至極当然だ。
 ヒグマが好きかと問われて、「なんであたしが、知り合いを食い殺し、意味不明な挙動ばっかするケダモノを好きにならなきゃいけないんだ」と返すくらい、当然の言葉だ。


 ……そう。こいつらは、智子を殺したんだ。

 第一回の放送で、古明地さとりが。
 さっきの放送で、黒木智子が、呼ばれた。
 ついでに、あの痴漢とかもだったが。

 あたしと出会い、そしていつの間にか切り離されちまったそいつらは、あたしがもう一度見つけて守ってやれる前に、ヒグマに殺されてしまったんだ。

 あたしは、殺し合いなんてするつもりはねぇ。
 人間同士ではな。

 だがヒグマ同士の内乱なんか知ったことか。
 アイドル好きと艦娘好きとで争って勝手に滅んでしまえばいい。
 あたしたち人間を巻き込まず、勝手に死んじまえ。
 そうすれば、智子も、さとりも、人間は死なずに済んだんだ。


 この世界には、わけわかんねぇヤツが山ほどいる。
 わけわかんねぇならわかんねぇなりに、それでいいよ。
 あたしだって、自分の正体は、わかんねぇ。
 あたしが死なない原因だって、なんか魔法少女的な何かがあるんだろうがわかんねぇ。

 父さんを殺し、片太刀バサミの片割れを持ち逃げした女の正体も、まだわかんねぇ。
 もしかすると、あたしの正体がそいつと関係してたりするのかも知れねぇ。

 だが、そんなどうでもいいこと、知ったことか。

 わけわかんねぇ、それだけなら、いい。
 だがわけわかんねぇ挙動で、ヒト様に迷惑かけるのだけは、やめろ――!!

 壊惨総戦挙の途中でラチられたあたしは、とっとと帰って、鬼龍院皐月との決着をつけなきゃならねぇ。
 手を広げるだけ広げても、あたしには自分と周りの人間だけで手一杯だ。
 ヒグマなんてどうでもいい。
 これ以上あたしたちにわけわかんねぇ挙動をしてくるなら、もう許さねぇ。


 あたしはハサミだ。
 どんなものでもぶった切るハサミ。

 わけわかんねぇものは、わけわかんねぇまま、ぶった切らせてもらう。
 他人の悩みも、むしゃくしゃも、そのままぶった切ってやる。
 片太刀バサミの女も、見つけたら、それ相応の報復をさせてもらうだけだ。

 あたしの言葉がマミに届かなかったのは、そのハサミの切れ味が、鈍っていたから。 
 だから研ぐ。
 邪魔する奴ら全員を斬り伏せられるように、その刀身を研ぐ。


 ……だからよぉ。
 くれぐれも、大人しくしてるんだぞ、診療所の看護婦ヒグマ。
 みそくんを溺死させかけたスライムヒグマ。
 あたしのデイパックで寝こけてるバカヒグマ。
 デビルというのとか、その他のヒグマ連中もそうだがよ。


 わけわかんねぇ挙動起こしたら、いつあたしがてめぇらをズタズタの展開図にしちまうか、わかんねぇからな?


【C-6 地下・ヒグマ診療所/日中】


【纏流子@キルラキル】
[状態]:疲労大、貧血気味
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、鮮血@キルラキル
[道具]:基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ、ナイトヒグマ
[思考・状況]
基本行動方針:ヒト同士の、殺し合いに対する抵抗
0:どんなものでも切れるよう、心身を、研ぐ。
1:今のところ、こいつらは信用できそうだが……。
2:ドルオタとか艦これ勢とか知らねぇよ。バカなヒグマはとっとと滅べ。
3:マミには言葉が届かなかったが、勝手に復帰したようだからそれでよし!
4:智子……。さとり……。すまねぇ……。
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。


【穴持たず202(ナイトヒグマ)】
状態:“気絶”、マミさんの“リボン”で“拘束”中
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”にもう一度認められる
0:“メシ”より大事なもんなんてねぇ。
1:俺の剣には“信念”が足りねえ……だと……。
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※“アクロバティック・アーツ”でアクロバティックな動きを繰り出せます。
※オスです。


336 : カナリアの籠展開図(BLUMCALE) ◆wgC73NFT9I :2015/01/09(金) 12:45:51 cmyZujj20
以上で投下終了です。

続きまして、北岡秀一、初春飾利、ウィルソン・フィリップス上院議員、パッチールで予約します。


337 : 名無しさん :2015/01/10(土) 14:18:49 4rL5iOFI0
投下乙
切嗣やケイネスさんがどうなったのかの顛末が描かれてて気になってたことが解消されました
結局本物のセイバーもBANZOKUにやられてたんかいwほぼ全ての英霊とマスターを一匹で
倒してたシーナーさん。久々に恐ろしい描写だったが何だかんだで救いを与えてから
殺してあげる辺りやっぱ根はいい人なんだろうな……
マミさんを叱咤激励する球磨さん。アニメデビューおめでとう
エヴァのパイロットに球磨川さんに魔法少女に不良少女てよく考えたらすげぇ面子だ
まさかのクックロビン君。そういえばこいつも穴持たずカーペンターズだったな
地上へ様子を見に行った行ったらしいパク君とハク君は無事なんだろうか
ジャンは未だに凛が女だと気づいてないようだがテーマパークと凛のステージに
興味深々だと……!?ほむほむも切嗣の遺言を受け取っていよいよ本格参戦か


338 : ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:08:26 CyhfM4iI0
予約分を投下します。


339 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:09:14 CyhfM4iI0
「もう少しくらい活躍出来ると思ったのに……強さは愛じゃ補えないものね」


 ああ、またあの時の夢だ。
 遠い幼い日の、淡い色の夢。
 日差しの中に隠された、あの時のマスターの声。
 周りの景色が明るすぎて、マスターの顔が見えない。

 あんなに好きだったマスターの声が、暖かい空気の中で刺すように冷たい。

 手を伸ばしても、届かない。


「すがってきても無駄。もう貴方の代わりは見つけたの。
 貴方より強くて、とっても逞しい子なのよ」


 なんでボクの代わりがいるの?
 ボクはボクだよ。
 ボクだけだよ。

 強くはない。
 逞しくもない。

 でも頑張ったよ。
 これからも頑張るよ。
 ドレインパンチも覚えたもん。
 なんでも言うことを聞くから。

 そばにいさせて。
 ねぇ、お願い。
 お願いだよ。


「あ、ついて来ないでね。野生に帰るの、いいね?」


 違う。違うよ。
 そんな命令を聞かせて欲しいんじゃない。

 命令なんていらない。
 戦いになんて出してもらえなくていい。

 ただそばに。
 そばに、いさせて――。


    □□□□□□□□□□


「……暑ちぃなぁ、さすがに」


 真昼の日差しが降り注ぐ百貨店の屋上で、緑色のボディースーツとフルフェイスヘルメットを纏う男が、うだったような声を上げた。
 フェンスの隙間から固定砲台のように巨大なランチャー砲を突き出しつつ窺う店外の景色に、ヘルメットの下で汗が垂れ落ちてくる。
 目元に溜まる汗を拭おうとしても、マスクの上からでは拭えない。
 バイザー部も自分の息でどんどんと曇ってきている。
 双眼鏡の先の風景など見えたものではない。


「ああもうクソッ……! 蒸れて髪までかゆくなってきた……!!」
「……北岡さん、そのマスク脱いだらどうなんですか? 仮面ライダーじゃあるまいし」
「仮面ライダーなんだよ俺は!!」


 ヘルメットの男は、背後からかかる少女の声に苛立ち混じりに振り向いた。
 屋上のエレベーターホール脇に設えられたパラソルの陰で、満開の花飾りで髪を留めた少女が顎を掻く。


「まぁそれは……、仮面をつけてバイクに乗れば仮面ライダーでしょうけど。北岡さん、バイク持ってないじゃないですか」
「俺のバイクは、ミラーワールドとの行き来に使うの。このランチャーとかの力の源の世界ね。バッタに改造されたわけじゃない」
「鏡の世界ですか……? ぷふっ、北岡さん、ユーモアがお上手ですね」
「熱力学の法則を捻じ曲げる女子中学生どもには言われたく無いんだけどな!?」


 憤慨する仮面ライダー北岡にくすくすと笑いかけている彼女を、その隣の壮年男性がたしなめる。

「まぁ初春くん。ヒーローを目指す男とは概してああいうものだ。スパンデックスの全身タイツとマスクなんて、コミックヒーローの姿そのものだろう」
「ああ、なるほどですね」
「ウィルソンさんさぁ……!! そりゃむしろあんたのことだろうが……!!」
「銃の喰われたわしはもう変身できんよ。かろうじて必殺技は撃てるようだがね」

 浴衣を着たその男ウィルソンは、台車の上のクッションに座して肩をすくめていた。
 口ひげを震わせて笑うウィルソン・フィリップス上院議員に、隣の少女・初春飾利は首を傾げる。

「ウィルソンさんも仮面ライダー志望なんですか?」
「いいや、わしのこれは、戦隊ヒーロー・キョウリュウジャーだ。北岡くんのより、もうちょっと格好いいだろう?」
「……俺にばっか見張り押し付けて言いたい放題……。いい加減にしろよ」
「ハハハ、悪かった悪かった。そうムキになるな北岡くん」
「全部冗談に決まってるじゃないですか北岡さん。弁護士なのに子供っぽいですね」
「……」

 ガキにガキと言われた北岡秀一は、仮面ライダーゾルダのマスクの下で、ひたすらに青筋を立てるのみだった。


340 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:10:29 CyhfM4iI0

 彼ら三人は、佐天涙子とアニラを待っている。
 二人が共にこの百貨店へと、行き先で出会った参加者を連れて帰ってくるのを、待っていた。
 もうすぐに昼になる。
 その第二回放送までの束の間に、彼らは少しでも仲間を、同志を集めようとしていた。

 アニラと佐天が持って行った物資は、そこそこの量がある食料や救急物品。そして、連絡用の発煙筒が2本ずつ。
 打ち合わせでは、無事、目的とするD−6エリアで参加者に出会い、帰還してくる時は1本。
 何らかの問題が発生し、北岡による遠距離狙撃の援護が必要な時は、2本の発煙筒を焚く。という手筈だった。

 アニラの滑空・跳躍速度であれば、もうそろそろ目標地点には着いているころだろう。
 連絡もすぐだ。
 すぐにまた、旅立つ時が来る。
 待機組である初春、ウィルソン、北岡には束の間の休息だった。
 本来ならばそれでも、不意に百貨店周囲にヒグマが現れる可能性もなくはないので、ある程度気は張り詰めさせておかねばならない。
 だからこそ今は、パラソルの蔭に足を休めるのか。
 だからこそ今は、予断なく見回りを徹底するのか。
 その按配が、初春とウィルソンおよび、北岡の間で、相応にずれがあったということだ。


「まぁ北岡くん。今は正体を隠す必要も、頭部を特に保護する必要もないだろう。暑いのはよく分かるからマスクを外したらどうかね」

 ウィルソンの言葉に、北岡はかなぐり捨てるようにヘルメットを外してデイパックに入れた。
 つかつかと歩み寄ってくる彼の滝のような汗と張り付く髪の下から、恨みがましく据わった目が覗いている。


「冬場はコスチュームが暖かいと思われるかも知れんが、むしろ汗が中で冷え切って風邪を引く。辛いよなぁ北岡くん」
「コスプレでやってんじゃねぇよ」


 肩を怒らせ、汗を拭いつつパラソルの元に座り込んだ彼は、手近な清涼飲料水のペットボトルを掴み取り、がぶがぶと呷る。
 そんな北岡の様子に軽く微笑みつつ、初春飾利は彼へタオルを手渡していた。

「なんだかんだ言っても、私達は北岡さんを頼りにしていますから。ありがとうございますね」
「あのね、頼りにしてるなら煽らないでくれる?」
「北岡さんも笑い飛ばすくらいしてくださいよ。折角、仲間なんですから和気藹々とさせようと思ったのに」
「……飾利ちゃんとかウィルソンさんとは、協力関係なだけ。仕事でもないし、こんな環境でもなかったら俺はここにいないって」
「それは仲間って言わないんですかね……?」

 受け取ったタオルで顔と髪を拭いつつ、北岡は溜息をついてドリンクを飲み込むのみだ。
 初春は隣のウィルソンと顔を見合わせ、抱きかかえる小動物を、今一度抱え直した。


「……仕事っておっしゃるなら。じゃあ一つ、北岡さんにご依頼したいことがあるんですが」
「……なんだよ。この黒も白に変えるスーパー弁護士にか?」
「佐天さんのことです」


 初春の口調は、一転して浮付きを潜めた。
 茶化そうとしていた北岡は、ペットボトルを干すのをやめ、彼女の瞳を見つめていた。


「……佐天さん、ここで私たちと出会う前に、ヒトを、殺してしまったそうです。
 それは、ヒグマとして改造された人で。襲われた以上、自分の身を守るために戦わなきゃいけなかったのは確かだと思うんですが……。
 やっぱりこれって、殺人罪ですよね?」
「……ああそうだな。日本本土に『帰れたら』、『平和に』、『有罪』になるだろうな」
「弁護してあげてください」


 口先に盛大な皮肉を捏ね入れて投げた北岡の言葉は、初春のまっすぐな視線で叩き落された。

「……何よりもその罪で悩んでいるのは、今の佐天さんなんだと思います。
 帰った後の裁判の席でも勿論ですが。今のうちから。どうか、佐天さんが自分を情状酌量できるように、弁護して欲しいんです」
「……ハッ」

 初春の切々とした言葉に、北岡は呆れたように鼻を鳴らし、ペットボトルの中の最後の一滴を飲み込んだ。


341 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:12:04 CyhfM4iI0

「それで俺に、涙子ちゃん始めとしたみんなに仲間意識を持って欲しいってか? 飾利ちゃん、ちょっと思惑見え見えなんだよなぁ」
「……そうとは言ってないじゃないですか」
「言っとくけど、俺の弁護は高いよ?」
「……おいくらぐらい?」
「ま、そうだな。まずは着手金で、これくらいかな」

 ペットボトルを潰し、北岡は人差し指を1本立てて見せる。
 初春は首を傾げた。

 まず、高いと自分で言っているのだから、千円とか、一万円では流石にないだろう。
 弁護士費用の相場はわからないが、ならば自分の仕送り2か月分はゆうにあると見て……。


「10万円ですか……!」
「バーカ。ケタ2つ上だよ」
「ふた……ッ、ええっ――!?」

 
 100万円ならばまだわからなくもなかった。まがりなりにも殺人事件であるし。
 だが、北岡の言うのは1000万円である。
 とても、中学1年生である初春の金銭感覚では想像できない額だった。
 北岡は心底愉快そうに笑う。


「はっはっは、子供には払えないでしょこんな金額。成功報酬はもっともらうよ? 悪いことは言わないからよしとくんだな」
「い、いいえ……! 払いますよ! 働いたりしますもん! 佐天さんのためならなんでもしますから!」
「ほー、その年で風呂に沈む気か。見上げた心意気だねぇ飾利ちゃん」
「……おふろ?」
「北岡くん北岡くん、ローティーンの子によしたまえそんな発言」

 にわかに北岡の笑みが怪しげなものに変容したのを見て取って、ウィルソン議員が即座に二人の間に割って入った。
 なんとかアイデアロールに失敗したらしい初春の様子に胸を撫で下ろし、彼は北岡に強い視線を向ける。


「……初春くんが払わずとも、その程度の金額、わしが払ってやろう。なんならその3倍出してもいいぞ」
「さんば……ッ、ええっ――!?」


 サンバといっても、ウィルソン議員が変身する時にかかるような陽気な音楽のことではない。
 今度は北岡が、直前の初春と同じ驚愕に見舞われる番だった。

 そもそもが1000万円という法外な着手金の額も、北岡が単にめんどくさがって初春をあしらおうと吹っかけただけのでまかせだ。
 北岡は確かに高額な弁護料をせしめる、悪徳にして敏腕の弁護士ではあるのだが、流石にここまで吊り上げることはほとんどない。
 しかもこれは企業訴訟とかではなく、未成年の初犯たった一人についての事案だ。裁判になるかすら怪しい。
 こんな案件で、平然と3倍額がポンと提示されるなど、とても北岡には想像できないことだった。


「なに、佐天くんの無罪が勝ち取れるというなら大した額じゃなかろう。君が自信と実績ある弁護士だともわかったよ。頼もしいな」
「……しまった。ウィルソンさんの職業を、忘れてたよ……」
「うん、そうだ。わしが君を雇おう北岡くん。君が顧問弁護士になってくれればこれほど心強いことはない。
 『袖振り合うも多生の縁(Even a chance meetings are preordained)』だ」


 今でこそ、こんなヒグマ島に拉致された小汚いヒーローかぶれの中年に過ぎないが、彼はかの米国の上院議員だ。
 豪邸もあるだろうし、資産も相当なものだろう。
 袖振り合うも多生の縁。
 とはいうものの、彼が行きずりの一学生に過ぎない佐天涙子をそこまで気にかけるとは、北岡は全く思っていなかった。

「わしからも、佐天くんのことはねんごろに頼むよ、北岡くん」
「……うへぇ」

 いや、上院議員の度量からすればこの程度の喜捨は、『そこまで』などという程のものですら、ないのかも知れなかった。


    □□□□□□□□□□


「……何にしてもね。ちょっと気を緩めるのもそこそこにしといたほうがいい。いつヒグマが襲ってくるかわかったもんじゃないんだから」
「それはそうなんですけど……。この子がいるので、あんまり気を張っておくと伝わっちゃうかなと……」

 話題を切り、改めて気合を入れなおそうとする北岡に、初春は自分の胸元に抱えているものを見せた。
 そこには、パッチールと呼ばれる、小さなぶちパンダポケモンが眠っていた。

 傷ついたその小動物を津波の中から救い上げてきた本人である北岡は、その渦巻きのような文様が目となっている寝顔に、でれ、と相好を崩していた。


「いや〜、かわいい。うん、そういうことなら許す。良かったな飾利ちゃん。俺がきみを侮辱罪で訴える計画は立ち消えになったぞ」
「ええ。北岡さんがそんな馬鹿みたいなことする人じゃなくて良かったです」


342 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:12:49 CyhfM4iI0

 初春が自然に口に出した毒舌もさらっと流して、北岡は耳の長いパッチールの頭を撫でている。


「あのな初春ちゃん。可愛い生き物ってのはこういう奴のことをいうんだぞ。
 あんたらはスメラギをカワイイカワイイ言ってたが、クリーチャー萌えになんか走っちゃダメだ」
「はい? 皇さんをカワイイって言ってたのは佐天さんですよ? 私じゃありません。
 ……それに、萌えとかいう表層の話じゃないです。『可愛い』っていう単語は、そんな見下したように使っちゃいけない言葉だと思います」
「……ん?」

 『スメラギ』という単語を耳にして、にわかに態度を硬化させた初春の語調は、北岡を叱責するかのようなものに変わっていた。


「外面の有様だけで『可愛い』と断じて思考を停止させてしまったら、もうそれ以上、その子の内面を理解してあげることはできませんよ。
 一度『可愛くない』要素が露呈してしまったらその瞬間、あなたがその子に抱いていた『可愛い』の幻想は即座に崩壊し、もう二度と元に戻せなくなっちゃいますからね」
「……何を言ってるんだ飾利ちゃん」
「北岡さんが未だに、皇さんを『クリーチャー』だと、『バケモノ』だと思っていることに怒っているんです!! あの人はちゃんとした人間です!!
 呆れました。許せません。訂正してください」


 迂遠な主張の果てに初春が叩き付けた文意は、心の内実を軽んじているかのような北岡の思考をなじるものだった。
 何度も命を救われ、風紀委員(ジャッジメント)としての姿勢をもアニラに学ぼうとしていた初春からすれば、北岡のこの不用意な失言は逆鱗に触れるものであった。
 正直、北岡としてはそこまで深い考えもなしに、見た目そのままを評してそう口に出しただけのことである。
 彼女の思考は、北岡には理解不能だった。


「……それにですね。この子にしたって、ヒグマの子供かも知れないんですよね。
 『いつヒグマが襲ってくるかわかったもんじゃない』と言うんでしたら、この子に気を許すことが、一番危険なことだと思います」
「え、そ、そんな……。確かにそうだけどさ……。さすがに、この見た目でこの小ささで、襲ってくるのはありえないと思うんだが……」
「確かに、襲ってこない可能性の方が、遥かに高いです。でもまだ、私にはこの子の内面がわかりません。
 だからまだ、私はこの子そのものを『可愛い』とは言いません。内面がわかっても、言うかどうかわかりません。
 そんな単語一つで、この子の理解をストップさせたくはありません」


 初春が怒っている理由にはもう一つあった。
 北岡が、自分からこの小動物を『ヒグマの子供って可能性が一番高いと思う』と言っておきながら、その対応を、その他もろもろのヒグマとは、その外見だけで明らかに変えてしまっている点だ。

 もしこの子が醜い声で鳴いたらどうするのだ。
 もしこの子があなたに楯突いたらどうするのだ。
 もしこの子が人食いだったらどうするのだ。

 外見だけで勝手にイメージしていた幻想が崩壊したとき、きっと、今まで愛玩していたその態度は掌を返すだろう。
 それは、他者に対しての明確な裏切りだ。


「……私の友達に、婚后光子さんという方がいます。彼女は、エカテリーナちゃんというおっきなニシキヘビを飼っててるんですよ。
 一緒に全身に絡んで遊んだりしていて、とっても仲がいいんです。
 そりゃ確かに、かわいいリボンとか、かわいい仕草とか、そういうものはありますよ?
 でも見た目だけで、その総体を『可愛い』と『可愛くない』に分断してはいけないと思います。
 そういう内面からにじみ出る信頼関係とかを見て初めて、そのもの自体を『可愛い』と言っていいんだと思います」
「ニ、ニシキヘビ……!?」
「絡める大きさのパイソン……。それは確かに、凄まじい信頼関係だろうな」


343 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:13:24 CyhfM4iI0

 力説する初春の思惑に反して、男性二人の意識は、その2メートルは越すだろう巨大ニシキヘビと平気でくんずほぐれつ絡み合うらしい女子中学生というものの存在にまず驚愕していた。
 そして同時に、ウィルソンと北岡の二名は、だから初春が初対面のアニラに平気で接していられたのだな。と、その理由に激しく納得していた。

「あ……うん、わかった。あの、うん。皇さんを見た目クリーチャーって言ったのは別に深い意味は無くて。
 彼のことは普通に人間だと思ってるから。悪かった。その、ヒトも動物も、見た目だけで判断はしないようにするから」
「わかって下さればいいんです。北岡さん、過ちをすぐに認めて謝罪して下さるところは格好いいと思いますよ」

 これ以上話に付き合うのがめんどくさいだけなんだよな……。とは思いつつ、北岡は初春の満足げな言葉を、神妙な頷きで受け止めた。
 対してウィルソン・フィリップス上院議員は、初春の話から何か感慨を得たように、懐手で髭を撫で付けている。


「うん、うん……。『守護動物(パワーアニマル)』がパイソンの少女か……。きっと心身ともに強いのだろうなぁ」
「?」
「ときに北岡くん。きみの『守護動物(パワーアニマル)』はそのバックルのバッファローだとみていいのかね?」
「はい?」

 聞きなれない単語とともに話を振られ、北岡は困惑する。
 ウィルソンは説明の言葉を捜しているかのように左手の指を振る。


「きみのその『仮面ライダー』という力の源は、そのバッファローの力なのだろう?」
「……まぁ。確かにマグナギガは雄牛だろうけども。それが何? 『守護動物(パワーアニマル)』って?」
「『ハイヤーセルフ(高次元の自己)』だよ。『アルターエゴ(もう一人の自我)』と言ってもいい。
 自分の生命力の源だ。恐らく、アメリカにおける仙道のクンダリニー(進化力)の概念だと、わしは思っておる。
 よくよく演繹してみれば、アニラくんの有様もわしらの有様も、恐らく近いものだ」


 ウィルソンが語り始めたところによると、それはかのイタリアでの波紋法との出会いから端を発していたらしい。
 波紋および仙道というものの概念は、中国やチベット、日本などには伝播していると伝え聞いたものの、果たしてアメリカ国内にもないものかと彼は職務の合間に探していた。

 すると意外にもそれは、すぐに見つかった。
 『守護動物(パワーアニマル)』。
 それは、北米インディアンの間に共有されていた概念であり、中南米では『守護獣(ウァイ)』という形で伝わっていたものだ。

 彼らインディアンは、日本やアジア圏、オセアニア周辺の民族がそうであったように、山川草木のあらゆる生命に神を見出す信仰を持っている。
 特に彼らの自然信仰は祖先信仰とも繋がり、守護霊とともに、自分を守ってくれる、『自分自身』である『獣』を、自己の内に見出す慣習を有していた。


「そうなんですか。そういう自然の霊を敬うのって、日本独自のものかと思ってました」
「わしも東洋独自のものかと思っていた。だが、入植したわしら白人と一神教が征服してしまったために、片隅に追いやられていただけだったのだろうな」


 北米インディアンによれば、人は『守護動物(パワーアニマル)』を持っていると心身ともに元気でいることができるらしい。
 写し身である彼ら『守護動物(パワーアニマル)』はまた、さまざまな問い掛けに答え、自分を導いてくれる存在でもある。
 これらは皆、かつて自分たちの先祖であった歴史上の人物が保有していた『守護動物(パワーアニマル)』であり、また、先祖そのものが『守護動物(パワーアニマル)』になっているとも考えられていた。
 そしてさらに、自分たちそのものが、その先祖の生まれ変わりであるとも、信じられていた。


「恐らくそれは、過酷な自然環境で頻発する死者を悼み、子供たちを協力して育て、生き残るための、一種合理的な思考だったのだろうよ」
「……まぁ、悲しんでいる時間すらろくに取れないだろうからな。今の俺たちみたいに」
「そうだ。だから彼らの文化では時間は循環するし、死は新たな生の始まりだった」


 部族全体で子供を育てる文化の中では、彼ら子供の親が誰であるかは、重視されなかった。
 遺伝するのは、DNAではなく、祖先の精神だった。
 歴史上の偉人が。
 死に別れた英雄が。
 彼らの中に、動物の形を以って繋がっていく。
 その『守護動物(パワーアニマル)』には多くの種類があり、人によってどんな種類の動物を持っているかは様々だった。


344 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:13:52 CyhfM4iI0

「たいていは熊や鷲などの、哺乳類か鳥類であるらしいが。まれに、アナコンダや魚などを『守護動物(パワーアニマル)』に持つ者もいる。
 自分の無意識の力の形として現れるものだからな。千差万別だ」
「ウィルソンさんも、その『守護動物(パワーアニマル)』を見つけたんですか?」
「ああ」


 初春飾利の問いに、ウィルソンは頷く。
 彼はホピ族の保留地を訪ね、『守護動物(パワーアニマル)』を探すための『ビジョン・クエスト』を行い、自分の意識下深くへと潜っていた。
 トランス状態の中、自分の脊柱を下り、尾骶骨の奥から続くトンネルに入った地下世界で、彼は自分自身の姿を捕まえていた。


「イーグル(鷲)と、ダイナソー(恐竜)だったよ」


 自己の中への旅で、『守護動物(パワーアニマル)』は4度、違った角度で出現する。
 その『守護動物(パワーアニマル)』を見つけ、捕まえる。
 自分自身は、喜んで掴まるはずだ。
 地上に戻り、自分の胸から、自分の中に入れ、一体となってダンスを踊る。
 それが、『守護動物(パワーアニマル)』を身につける一連の儀式であった。


「ただ、その動物が、牙を剥いた蛇だったり、クモの大群だったり、明らかに敵対的な存在として出てくることもある」
「……そういう時は、どうするんですか?」
「その時も、決して戦ってはいけない。それも、自分自身だからだ。戦ってしまえば、その無意識の力は、歪む」


 通り過ぎて避けるか、さもなくば再び地上の意識に戻り、最初からクエストをやり直さねばならない。
 無意識の力の象徴である『守護動物(パワーアニマル)』は本来、この時点で良好な関係を持てるほど近い存在になっていなければおかしいのだ。
 そうでないということはつまり。

 ――意識が、無意識を拒絶しているということを意味している。


「尾骶骨の下位のチャクラである『鬼骨』を回すという行為は、このビジョン・クエストが、上手く行き過ぎた結果なのか、それとも歪み過ぎた結果なのか――。
 それはわからないが。『波紋』、『チャクラ』、『守護動物』、『超能力』、『独覚兵』……。あと、北岡くんの変身やわしの変身もだ。
 これらの概念は、実のところ相当に近しいものなのではないかと、わしは思ったよ」


 中天に懸かる日差しが、語るウィルソンの言葉に陰を落とす。
 正午を告げるチャイムが、その光に続いていた。


    □□□□□□□□□□


「……江ノ島盾子ちゃんは、クソガキ中のクソガキだったみたいだな」
「……ええ。それも、とっても頭のいいクソガキですよね」
「……そうだな。ヒグマを操っての制圧というのは、上手くいってしまったようだからな」

 第二回放送の内容をノートパソコンに記入していた初春たち3人は、直後の艦これ勢の叫びに、そんな呟きを言い合った。
 誰もヒグマ語のわからない彼女たちには、その叫びはただのヒグマの唸り声にしか聞こえなかったのだが、それでも、聞こえてくる戦闘音とその結果が何を意味しているのかは、明らかなことだった。


「……ほんと、どうすんだよこんな状況……。拠点防衛しても、敵陣への攻め手がさっぱりわかりゃしない。
 『ハイヤーセルフ(高次元の自己)』とやらが力と答えをくれるってんなら、今すぐ欲しいよ俺は」
「うむ……。恐らくわしや北岡くんは、『守護動物(パワーアニマル)』と一体化してこの状態だ。
 これ以上の力を求めるなら、今一度時間をかけてビジョン・クエストを行い、新たな自己を見つけてくるしかないんだろうな」
「時間も余裕もないし、道具も方法もわかんないよそんなん」
「そうだな……。結局は、アニラくんと佐天くんの結果次第……、ということかな」


345 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:15:38 CyhfM4iI0

 北岡はヘルメットを脱いだ状態で、砲台として設置するギガランチャーや、周辺の様子などを見回る。
 ウィルソンも、隻腕片足のハンデで十全に戦闘を行なえるよう、水分補給から波紋の呼吸に集中している。
 高まる緊張感にその時、初春の胸元で、もぞもぞとパッチールが動いていた。

「あ……、起きましたね」
「……ぱ〜……」
「おう、どうだ……? なんか喋れるのか?」
「負傷していたようだからね……。その状況でもわかればいいのだが」

 パッチールは、そのぐるぐると渦巻いた目で、自分に注目している3人の人間を順に見た。
 そして次第に意識がはっきりしていくと、その表情には、傍目にも見てわかる、明らかな後悔と恐怖の色が口元に浮き出してきていた。


「ぱぁああああ――っ!! ぱあ、ぱああああ――ッ!!」
「あっ、ちょっと! どこに行くんですか!?」


 パッチールはそのぶち模様の体を奮って、初春の胸元から跳び下りていた。
 そして叫びながら、エレベーターホールの外壁に走って行き、激しく自分の頭部をそこに打ちつけ始めた。


「お、おい……、なんなんだよこいつ……! 意味わかんねぇ……!」
「ぱうるるるるるる……! ぱあっ!! るるるるるるううぅ……!!」


 突然のこの小動物の奇行に、北岡はただたじろぐのみだった。
 直前まで、パッチールの姿を可愛いと思っていた感情は、消し飛んでいた。
 唸り声を上げながら、額から血を流し、鬼気迫る表情で自傷している意味不明なこの生命体の行為を、ただ気味の悪いものに感じていた。


『――ボクは、ボクは。人間を殺そうとした……!! マスターと同じ種族を……!! そばにいたかった彼らを……!!』


 唸るパッチールのヒグマ語を聞き取れる者は、この場にいなかった。
 パッチールは、混乱したかのようなこの自傷の嵐で、このまま自殺するつもりだった。


 マスターに捨てられていたところを、偶然STUDYに捕らえられ、ヒグマ帝国の反乱の時に、キングヒグマと出会った。
 彼は確かに、パッチールに対して、ヒグマの調整用に使われていた薬剤を下賜した。
 パッチールの望んでいた、『力が欲しい』という願いに応えて、だ。
 だが。

 ――『キングヒグマ様の命令により、ワシが間引いてやろう』?

 増えすぎた参加者を間引き、人間を殺す。そんな命令。
 ……実のところ、キングヒグマは一切、そのような命令はしていなかった。
 ただ彼は、真摯にパッチールの話を聞き、その心に潜む、無力さへの憎しみを見出し、新しく手に入れた『その力を試して見る』ことを勧めただけだ。

 その試す対象に、人間を見返し、殺してやることを望んだのは、パッチール自身だった。
 彼の言葉を捻じ曲げ、歪ませ、心の底の声で戦いを望んだのは、パッチール自身だ。
 誰のせいでもない。
 それは、パッチールが自分で招いた、罪。


『ボクは、狂っていた――。あのクスリを打ったときから。いや、それよりもっと前から――!!
 マスターが育ててくれた、恩も、思い出も、みんな忘れて。ただ、あの時の、悪夢だけが、ボクに答えて――!!』

 ――うっふふふふ〜♪ 強いしカッコイイしカワイイし、パンダだぁい好き〜! さぁ、さっさと帰りましょ!

『うああああああああああああああああ――ッ!!』


 涙を流しながらパッチールは、脳裏に去来する顔の見えぬ人間の声を振り払うように、その額をひたすら壁にぶつけていた。
 ウィルソンと北岡は、その様子をどうすることもできず、見つめることしかできなかった。


「辛いことが……、あったんですね」


 そのパッチールの体は、後ろから不意に、抱え上げられていた。


346 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:15:54 CyhfM4iI0

「自分を責めなくちゃ、耐えられないほどの、辛いこと……。
 でも今だけは。心を縛る時を、ほどいて下さい……。いつでも、ここに、いてあげますから」


 そして抱き寄せられた彼に薫ってきたのは、深い森の花畑のような、芳しい花の香りだった。
 うずくまった初春飾利が、パッチールを柔らかく、包み込むように抱きしめていた。

 寡黙な、自分から最も遠いような生命の声を聞き、察する――。

 それは既に深夜から、彼女がアニラに対してずっと行なってきた行為だった。
 それは既に普段の生活から、彼女がずっと行なってきた行為だった。
 『可愛い』とか。
 『可愛くない』とか。
 そんな末節の様相など関係ない。


 言葉も通じない。
 人間でもない。
 そんな動植物の声を汲み、答える。

 人によっては、そんなものは妄想か自己投影に過ぎないと言う人もいるだろう。
 だが学園都市には、そんな『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を持った者もいる。
 普通の人間にだって、そういう者はいるはずだ。

 自分だけの思念でも、自らの枠を越え、潜った地下深くの意識が、あらゆる人と、動物と、繋がっていておかしいことがあろうか。
 そこから思いのひとひらを汲み上げてきて、一緒にダンスを踊れないことが、あろうか。


「ぱぁ……っ。ぱぁ〜……」
「……私は、あなたが心に懸けている子とは、たぶん違う者です。
 あなたの真意がわからないまま、あんまり無責任なことも、言えません」


 頬を寄せて泣きじゃくっているパッチールを抱え、初春飾利もまた、その目から涙を流していた。


「でも今は。忘れていいです。振り向かないで大丈夫です。
 忘れ物は、見つかります。出会える日は、きっと来ます。私がここで、待っていてあげますから……」


 雲の切れ間に霞を縫いこんだような、繊細で、曖昧に過ぎる言葉だった。
 流れるようなその言葉はそれでも、初春の肩に、雨粒を降り注がせた。
 初春の息は、彼女の心の意気を乗せて、パッチールの元に、確かに届いていた。


「私が、あなたの『守護動物(パワーアニマル)』になってあげます。あなたも、私の『守護動物(パワーアニマル)』になって下さい。
 みんなで、一緒に踊りましょう……? みんなで、力を合わせて、答えを、出しましょう……?」

 パッチールは、頷いていた。
 その背中をさする初春もまた、大きく頷いていた。


 彼女たちの世界に理解が及ばぬことを、北岡はどうでもいいことと思いつつ、同時に、もどかしいようにも感じていた。
 物事を内面で見る――。
 そんなこと、不治の病に侵されてから、久しくしてこなかったのではないだろうか。
 パッチールを一瞬でも、可愛いと思えなくなってしまった自分が、悔しかった。
 隣のウィルソン・フィリップスは、その北岡の心情を察したかのように、目を合わせれば深く頷くのみだった。

 ウィルソンの指差す空には、その時、一筋の煙が上がっていた。
 それを双眼鏡で確認し、北岡は呟く。


「……そうだな。パワー持つアニマル(人間)が、帰ってくる。俺なんかじゃもう、わかんないことばっかだ。
 高次元の自己に至ってるやつと力を合わせて、答えを導き出すしか、ないんだろうさ……」


 佐天涙子が、帰ってくる。
 アニラと共に、帰ってくる。

 顔を上げた初春は、それを示す一本の煙の彼方を瞻望した。


347 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:16:49 CyhfM4iI0

 ――佐天さんはあの時確かに、皇さんを『カワイイ』と言った。


 確かに、丸くなって寝ている皇さんの仕草は、見た目『可愛い』と言えなくもなかった。
 だが皇さんの本質はどうかと言われれば、その形容は明らかに不適切だと思われる。
 人食いだ。
 実験動物だ。
 恐らく戸籍からも抹消されている。
 格好良くて、憧れの人ではある。
 でも皇さんは、私たちに話していない悩みも、いっぱい抱えているだろう。
 話してくれている中でも、切実な問題は山のようにあった。

 彼への理解を、『可愛い』という言葉一つで終止符をつけては、いけないはずだった。


 ――佐天さんは、それをわかっていながら、なんで『カワイイ』と連呼した?


 萌えとかそういう表層の話ではない。
 彼女は、私と一緒に、皇さんに助けられた身だ。
 佐天さんはもっと深く、皇さんを理解してきてるところのはずだ。
 それを、うわべの形容で塗り固めようとしている行動には、きっと佐天さんの内面が、にじみ出てきている。


 ――もう既に、佐天さんは、皇さんの奥を、理解しきっているんじゃないか?
 ――そこからあえて目を背けて、表層意識に逃げようと、彼女はしているんじゃないのか?


 消えてゆく煙の行き先を追いながら、初春はその胸に小さな心を抱いて、友の帰りを待っていた。


【C-4 街(百貨店屋上)/日中】


【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:健康
装備:サバイバルナイフ(鞘付き)、ミルクの器と脱脂綿
道具:基本支給品、研究所職員のノートパソコン、ランダム支給品×0〜1
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助けて、一緒に会場から脱出する
0:佐天さん、皇さん……、どうかご無事で……。
1:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:この子も。辛さは全部受け止めます。一緒にいましょう?
4:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
5:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
6:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。


348 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:17:07 CyhfM4iI0

【ウィルソン・フィリップス上院議員@ジョジョの奇妙な冒険】
状態:大学時代の身体能力、全身打撲・右手首欠損・左下腿切断(治療済)、波紋の呼吸中
装備:raveとBraveのガブリカリバー、浴衣
道具:アンキドンの獣電池(2本)
[思考・状況]
基本思考:生き延びて市民を導く、ブレイブに!
0:痛みは抑えられる……。何とか足手まといにならない程度には動けるかも知れないな。
1:折れかけた勇気を振り絞り、人々を助けていこう。
2:救ってもらったこの命、今度は生き残ることで、人々の思いに応えよう。
3:北岡くんの見張りを補助し、ガブリカリバーを抜き打つタイミングを見誤らないようにする。
4:佐天くんとアニラくんが無事に戻って来れるようにするためにも、しっかりとこの拠点を守ろう。
5:わしは『守護動物』も『波紋』も持っていて、未だこれだ。さらに伸びしろのある人物は……?
[備考]
※獣電池は使いすぎるとチャージに時間を要します。エンプティの際は変身不可です。チャージ時間は後続の方にお任せします。
※ガブリボルバーは他の獣電池が会場にあれば装填可能です。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。
※波紋の呼吸を体得しました。


【北岡秀一@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダーゾルダ(マスクは外している)、全身打撲
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ギガランチャー、ギガキャノン、双眼鏡
道具:血糊(残り二袋)、ランダム支給品0〜1、基本支給品、血糊の付いたスーツ
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
0:本当、どうやって解決策を見出せばいいんだか……。
1:飾利ちゃんにやりこめられたようで悔しい。
2:とりあえずこの拠点は守り抜かないと、今後の戦いが大幅に不利になるよな……。
3:皇さん……、あの子ちゃんとしつけてくれよ……。
4:佐天って子はちょいと怖いところあるけど、津波にも怪我にも対応できるアレ、どうにかもっと活かせないかねぇ……?
5:なんだこの生き物の真意は?
[備考]
※参戦時期は浅倉がライダーになるより以前。
※鏡及び姿を写せるものがないと変身できない制限あり。


    □□□□□□□□□□


「私が、あなたの『守護動物(パワーアニマル)』になってあげます。あなたも、私の『守護動物(パワーアニマル)』になって下さい。
 みんなで、一緒に踊りましょう……? みんなで、力を合わせて、答えを、出しましょう……?」


 この子は、何にも訊かずに、そう言ってボクを抱きしめてくれた。
 ボクの言葉なんて、わかってないはずなのに。
 ボクが今まで何をしてきたかなんて、知らないはずなのに。
 ボクがどんな生き物かなんて、理解していないだろうに。

 ボクに、戦いを期待するのではなく。
 ボクに、可愛さを期待するのではなく。
 この子自身が、ボクの力になってくれる、と。
 非力なボクそのままでも、力になってほしい、と。
 そう、言ってくれた。


349 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:17:50 CyhfM4iI0

 言葉は伝わっていないはずなのに。
 ボクの今の気持ちだけは、確かに、この子は受け止めてくれていたんだと、実感できた。


 わからない。
 このままボクがこの子たちと一緒にいていいのかなんて。

 ボクがこの子たち参加者を、殺そうとしていたのは事実だ。
 マスターを恨み。
 人間を恨み。
 何の関係もないヒグマや参加者にやつあたりして。
 全ての恩を仇で返そうとしていたのは、夢でもなんでもない。
 ご破算にできないボクの罪だ。

 
 あんなに大好きだったはずなのに。
 もうマスターの顔は、古ぼけてにじんだ絵のようで、思い出せなかった。
 ボクに繋がっているマスターの形はもう、一緒に特訓して過ごした日々の、ドレインパンチしか、残っていなかった。

 ……こんなボクが。今さら、この子たちと繋がって、いいものだろうか。

 ボクへ最後に残されたもの。
 ボクが最後に残していけるもの。

 それはきっと、次へのバトンだ。


 顔も知らない、ボクのパパやママがボクに託してくれたバトン。


 マスター、ごめんなさい。
 恨んでごめんなさい。
 ボクだけが一人で戦おうとしていて、ごめんなさい。

 『可愛い』とか、『可愛くない』とか。
 そんなこと本当は、きっと関係なかった。
 マスターに捨てられたあの時の理由も、もうはっきりとは思い出せないけど。
 今さら、こんなことは恩返しにも何にもならなくて、やっぱりボクの身勝手なんだけど。


 ――どうか今だけは、ボクのこの手が繋がることを、許してください。


【C-4 街(百貨店屋上)/日中】


【パッチール@穴持たず】
状態:重傷
装備:なし
道具:なし
基本思考:ボクの罪を、償う
0:今は、この子の腕に、すがりたい。
1:ボクは今まで、なんて恐ろしいことを考え、行なってきたんだ……。
2:マスターが愛想を尽かしたのには、本当はもっと、理由があったのでは……。
[備考]
※ばかぢから、ドレインパンチ、フラフラダンス、バトンタッチを覚えています
※カラスに力を奪われてステロイドの効果が切れました


※屋上のビーチパラソルの下に、それなりの食糧、衣料品、日用雑貨などが確保してあります。
※階下に降りて探索すれば、まだ様々なものが見つかるかもしれません。


350 : 緑の絵 ◆wgC73NFT9I :2015/01/16(金) 23:21:38 CyhfM4iI0
以上で投下終了です。
続きまして、武田観柳、阿紫花英良、キュゥべえ、操真晴人、ウェカピポの妹の夫、
宮本明、李徴、隻眼2で予約します。


351 : 名無しさん :2015/01/17(土) 01:28:02 12K16IHs0
投下乙
世界を旅するウィルソンフィリップス上院議員
守護精霊(パワーアニマル)か…この人の思い出話は勉強になるなぁ
めざめたパッチールを救おうとする初春は天使なんだろうか
そして何気なく描写された佐天さんの描写から何やら不穏な空気が…


352 : ◆wgC73NFT9I :2015/01/18(日) 01:56:02 AHX8PhrU0
すっごい今更なのですが、メロン熊がメスであったことが判明しましたので、
「くまもとサプライズ!」内の回想におけるメロン熊への呼称を全て「彼」から「彼女」に変更します。


353 : ◆Dme3n.ES16 :2015/01/19(月) 03:08:55 Oe8az32Y0
遅くなりましたが投下します。


354 : シバ・ショック ◆Dme3n.ES16 :2015/01/19(月) 03:09:36 Oe8az32Y0
キングヒグマの苔による伝令を受け、
現在窮地に陥っているシロクマさんとシバさんを救助する為
モノクマの群れが籠城しているしろくまカフェの目前までやって来た二人。
穏やかな雰囲気ではあるが若干疲れた様子の現ヒグマ帝国の指導者の一匹、
穴持たず49ツルシインと純白のブラウスとキャミソール姿の
天使のような輪を頭に浮かべる片腕の少女、天龍型軽巡洋艦二番艦、龍田改は
禍々しい瘴気を放ちながら君臨する数メートル先の建造物を睨み付けていた。

「さーて、死にたいロボットちゃん達はあそこかしらぁ?」
「……はぁ、やるしかないんじゃろうな」

現在しろくまカフェには彼の者が作り出したと思われる「起源弾の結界」とやらが
張られているらしい。完成度はどの程度か知らないが、もしあの中で魔術の類を使おうものなら
最悪ケイネス・エルメロイの様に全身の魔術回路と身体機能が破壊され再起不能になってしまう
恐れがある。なので突撃しても肉弾戦のみでモノクマ達と戦わねばならないのだが、
バーサーカーに勝利したとはいえその代償として左腕を失い、万全とは言い難い龍田と
能力が使えなければただの老ヒグマに過ぎないツルシインに果たして勝機はあるのだろうか?
しかも相手はあのシーナーさんすら出し抜きかけた彼の者の分身、モノクマの群れである。

「でもまあ、実際問題私が薙刀術で何とかするしかないのよねぇ。
 やれやれ、終戦間際を思い出す絶望感だわー」
「そもそもなんでシバさんはあんな動きづらい恰好で突入したんじゃ?
 魔法が使えんから防御力でも上げたつもりか?あの馬鹿め」

運勢を辿っただけのため姿形は分からないものの、しろくまカフェの屋根を破壊する程の重量を持つ
得体のしれない装備をシバさんが纏って突入したのはなんとなく理解できた。
シバさんはシロクマさんから聞いた話だと体術も極めているらしいが間違いなく台無しである。

「やはり融合の後遺症で元々精神が相当危険な状態じゃったんじゃろうな」
「段取りとしては突入したらまずシバさんをスーツから引っ張り出して
 往復ビンタで正気に戻す作業から入らないといけないのかしら?」
「無理ならもう見捨てた方がいいかもしれん。貴重な戦力を失うことになるが背に腹は代えられん」
「前途多難ねぇ。ま、考えても仕方がないわぁ、それじゃあ、行きましょうか!」
「―――むぅっ!?」
「どうしました?―――あらあらぁ、なんだが最高に絶望的ねぇ」
「うーむ、もう終わったかもしれんな」

ツルシインが振り向いた方向から背中に重火器のようなブツを背負った50数匹のヒグマの一団が
ぞろぞろとこちらへ向かってきた。絶賛クーデター中の艦これ勢、第七かんこ連隊である。

「敵も援軍を呼んでたみたいねぇ」
「やれやれ、穴持たずカーペンターズ達さえ使えれば奴らに対抗できたんじゃがなぁ」
「なにもかも後手後手ねぇ。シバさんは自殺でもしたいのかしら?」

前門のモノクマ、後門のヒグマ。挟み撃ちの形となり完全に詰んだかと思われたその時であった。

「―――おい、天龍提督!あそこにいるのはもしや本物の龍田さんじゃねーか?」
「なんだって!?うおおおおお!本当だ!ヒグマ提督が造った艦むすがまだ帝国に残ってたのか!」
「すげぇラッキーじゃん俺ら!しかもなんて刺激的な恰好なんだ!中破か?中破したの!?」
「きゃー!!!龍田姉さんこっち向いてぇぇぇ!!」

援軍部隊が立ち止まり、薙刀を構えた龍田に向かってみんなで前足を振って歓声を送り始めた。
その様子をみて唖然とする二人。そう、第七かんこ連隊は龍田提督と天龍提督を連隊長とする
姉妹丼勢。たまたま近くに居たから援軍に向かわせたとはいえ、まさかこの場に
羆謹製艦むすの龍田本人が現れるなんて流石にロッチナも想定していなかったのだ。

「ふむ、どうやら奴らは龍田さんのファンみたいじゃな」
「あらあら、嬉しいわねぇ」
「どこまでもふざけたテロリスト共じゃわい、しかし残念ながらまだカムイは我らを見捨てておらなんだな。」

ツルシインは第七かんこ連隊の居る位置と反対方向にある岩場を指さし、龍田に告げた。


355 : シバ・ショック ◆Dme3n.ES16 :2015/01/19(月) 03:09:57 Oe8az32Y0
「あー、すまんな龍田さんや、
 ちょっとあの岩場まで歩いてなんかセクシーなポーズでも取ってあげてくれんかの?」
「囮作戦かしら?私がひきつけてる間にツルシインさんが中に突入するのぉ?」
「いいからいいから」

特に断る理由もないので、しろくまカフェから少し離れた位置にある台座に様な岩場まで歩いた龍田は
その上に体育座りで座り込み、片足を大きく上げて、下着をチラ見せしながら
艦これ勢に向かってウィンクを決めた。

「うふふっ♪」

「「「「ウオオオオオオオ!!!!!龍田さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」」」」

それを観た第七かんこ連隊は全力で発情しながらしろくまカフェへ向こうのを止めて
龍田の居る場所へ地響きを上げながら殺到していく。

「……工程終了、じゃな」

そして、龍田の目前数メートルまで迫ったその瞬間、彼らのいる地面が突如陥没し、
50数匹のヒグマの群れが雪崩のように落下していった。

「「「「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!??????」」」」

第七かんこ連隊は何が起こったかも分からず漆黒の闇の中へと飲み込まれて姿を消し、
特に何をするでもなく戦線を離脱していった。岩から降りた龍田は地面に空いた大穴を避けて
ツルシインの元へ戻る。

「地脈を読んだのかしら?」
「あの辺りは地下水道を浅く作り過ぎたせいで地面が弱くなってての。まあ、これで少しはなったんじゃないか?」
「じゃあ、いい加減、突入しましょうか。ずいぶん時間が経っちゃったからもう手遅れかもしれないわね」
「うむっ―――なんじゃ!?」

二人が上を見上げると、しろくまカフェの屋根を突き破り、上空へ向かって何かが吹き飛ばされるのが見えた。
―――それは大きく装甲を歪ませたモノクマと、白と赤のカラーリングが施されたスリムな鎧姿の謎の男であった。


356 : シバ・ショック ◆Dme3n.ES16 :2015/01/19(月) 03:10:22 Oe8az32Y0



    ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹




少し時間が遡る。

「よし、救援要請の伝令は送った。だれか動ける者が居るといいが。深雪さんは無事なんだろうか?」

なにやら秘密兵器を取りに行ったシバさんよりも先にしろくまカフェへ辿りついたキングヒグマは
物音を立てないようにこっそり扉の隙間から中の様子を伺おうとしていた。あの女は自分の知らないところで
色々怪しい行動を取っていた信用ならない人物だが、それでも五匹しかいない指導者の一角。
帝国の為にも見捨てる訳にはいかなかった。

「……か……ふ……っ」
「うぷぷ〜深雪ちゃん我慢強すぎぃぃ。もう喋れなくなっちゃったかなぁ?ざんね〜〜ん!」
(んなぁっ!?)

カフェの中は凄惨を極めた光景が広がっていた。地面には血まみれの制服の切れ端を裸体に張り付け、
両腕の次に両足を付け根から無理やり引きちぎられ達磨状態になった司波深雪が虫の息になりながら
血の海の上に転がっている。何か焼ごてのようなもので無理やり止血している為出血多量死は免れている
様子だが、既にショック死していてもおかしくはない。一体どんな精神力を持っているというのだろう?

(なんということだ……魔法が使えなければここまで一方的に嬲られてしまうのか?)
「仕方がないなー、良し、次はこれで行こう!」
「……え……?」

モノクマの右手が展開し、中から細長いドリルが飛び出す。
二匹の別のモノクマが手足のない深雪を持ち上げ、下腹部をドリルモノクマの前に突きだす。

「むかしむかし、アメリカの狂った医者が男性を無理やり女性に改造して殺しまくった事件があってねぇ。
 やり方がえぐいのなんの、胸部にシリコン胸を縫合して局部を切断して腹に孔を空けちゃうんだよ。電動ドリルでね」
「……ひぃ……!」
「ん?そろそろ喋りたくなったかな?」

深雪が恐怖の色を浮かべたのを見逃さなかったモノクマがニヤニヤ嗤う。

「だ……だれが……!」
「じゃーしょうがないねぇ。処女消失オメデトウ!ひゃっはー!」

ぶちぶちガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

「…………ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」」
「あはははは深雪ちゃんの初めてをボクちんが奪っちゃったよあははははははは!!」

「―――――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

突然、いても経っても居られなくなったキングヒグマが裏扉を破壊して内部へと突入した。
襲撃に不意を突かれたモノクマ達を両手を振り回して吹き飛ばしながら半乱狂になりながら深雪の元へと走る。

「ゲェェェ!?キングヒグマ!?」
「シロクマさん!今助けるぞ!―――ぐわぁ!?」

数十匹のモノクマに取り押さえられ、キングヒグマが地面に倒れ伏す。

「あー、びっくりした。まさか君が味方も連れて来ずに一人でやって来るとはねぇ」
「……これでもキングなのでな。仲間を見捨てることは出来んのだよ」
「まーいいや。一石二鳥だね!あれ?そういえばなんで苔の能力を使わないのさ?」

地面に組み伏せられたキングは不敵に笑った。

「偶然、貴様が張った罠を知ることが出来たのでな。もうお前は終わりだ」

すると次の瞬間、しろくまカフェの天井に穴が空き、何がとてつもなく重い物体がカフェの中に舞い降りた。


357 : シバ・ショック ◆Dme3n.ES16 :2015/01/19(月) 03:10:52 Oe8az32Y0
「な、なんだこいつは!?」
「やっと来たかシバさん!!」
「……お……にいさま……?」

それは、白いボディに赤いラインが入ったゼントランディーのポットのような防護スーツであった。
かつてルロイ・ウィリアムスが熊と戦う為に作りだしたという切り札、グリズリースーツ。
その実物に瓜二つのオーバーボディを着た司波達也がゆっくりと体を動かした。

「深雪……すまない、遅くなってしまった」
「……いいえ……きてくれると……しんじていました……」

関節が碌に動かないスーツの中で司波達也は静かな怒りを露わにする。

「彼の者聞いてるか、ここを去る前にお前を消すことにした。
 貴様は俺の唯一の感情を刺激した。理由はそれだけだ」
「きゃーこわーい!……なんてなぁー!」

二十数匹のモノクマの群れがグリズリースーツに殺到し、その鋼鉄の爪を突き刺した。
やはり動きが制限されまくっているのか回避行動も取らずに全ての攻撃を喰らうシバさん。
だが全てのモノクマは爪が刺さったまま抜けなくなり宙ぶらりんにぶら下がってしまう。

「……な、なにぃ!?」
「チタンの装甲の下に鎖かたびら、さらにその下にはまたチタンの壁更にその下に……
 何重にも層になった装甲はヒグマでも貫くことは出来ない。これが機動性を無視して
 堅牢性を究極まで極めたグリズリースーツだ」
「でもそれじゃ君も攻撃出来ないじゃん!鉄の棺桶だよこれじゃ!
 転がしちゃうよ〜?多分こけたら終わりだよこれ?」
「俺の心配よりまず自分の心配をすることだな。―――はぁっ!」

爆発音と共に、グリズリースーツの前面の赤いブロック状のパーツが弾け飛び、
それが深雪を捕まえているモノクマ達にぶつかり彼らをシロクマカフェの壁に埋め込ませた。

「なんだと!?」
「いや、それだけじゃない!?」

深雪の近くに転がっている赤いブロックパーツの中から白い風船のようなものが膨らんでいく。
それは徐々におおがらな人間のような姿を形成していき、深雪の前に立ちつくす。

『やあ、はじめましてシロクマさん』

「あれは……!?」
「ベイマックス?ベイマックスじゃないか!?
 グリズリースーツにベイマックスを仕込んでいたのか?しかし何故今ここでベイマックスを!?」

叫ぶキングヒグマ。
確かに魔工科の首席でロボット研究会所属のシバさんならベイマックスのパチモン
(よく見ると頭に耳のようなものがついている)を作っていても不思議ではないが、
突然の事態に動揺するモノクマ達。だがそれが致命的な隙となった。
眩い光と激しい爆風と共にグリズリースーツが細かいパーツに分かれてバラバラに吹き飛んだのだ。
超重量の鎧の破片が徹甲弾と化してモノクマ達に襲い掛かり、装甲を歪ませながら次々と壁や天井にめり込んでいく。

「ウオオ!?」

自分を捕まえていたモノクマ達が爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた為解放されたキングは
深雪に危害がないか心配になり、立ち上がって彼女の方を観る。

『よし、よし』

赤いブロックから飛び出したベイマックスが深雪の体を優しく包み込んで徹甲弾から守っていた。
白い抱きしめたくなるボディは弾力があるのである。

「ああ、このためか」
『あ、キング様、早くここから逃げた方がいいですよ。私はシロクマさんを守るのが精いっぱいですので』
「なにっ?」

「……ふう、油断したねぇ」
「そうだな、だがもう終わりだ」
「え?」
「やはりオーバーボディを重ね着するのは肩がこるな。ずいぶんスッキリした」

何とか回避し、硝煙の中をうろつくドリルモノクマの背後から声が聞こえ、振り向くと同時に
強烈なアッパーカットを顎に喰らい、モノクマは天井を突き破って上空へ吹き飛ばされた。


358 : シバ・ショック ◆Dme3n.ES16 :2015/01/19(月) 03:12:29 Oe8az32Y0

「九重忍術。今の技は魔法じゃない。れっきとした格闘技術さ。
 ――――まあ、外へ出てしまっては関係ないだろうがな」

自力での十メートル以上の跳躍により吹き飛ばされたモノクマに追いついたシバさんは
先ほどとは打って変わってスリムな外見の防護スーツを着ている、色が白くなっている以外は
かつて彼が開発したムーバル・スーツそのもののデザインであった。
カフェの上空へ跳んだことにより結界の影響をうけなくなったシバさんは
両手から魔法式を展開しながらモノクマを睨み付ける。

「なるほど〜。何があったか知らないけどせっかく張ってた起源結界がバレテーラな訳ね。
 くししっ。でもラッキーは今回だけだよ。切嗣の骨格は大量にクローニング培養してるし
 もうすぐ全ての艦これ勢に大量生産した起源弾が行きわたる。もう魔法使いの時代は終わったのさ。
 それに、何処に結界が張ってるか分かんないから君の便利な精霊の眼もこれからは迂闊に使えない。
 どうやってボクの本体を見つけるつもりだい?」
「俺はまだ実力の半分もこの島で使っちゃいない。本当の地獄はこれからだ。覚悟するんだな」
「怖いなーくししっ」

モノクマが口を開け、中に仕込んだ拳銃から起源弾を発射しようとした瞬間、
左手の手刀に発生させた分解魔法でモノクマの首を斬りおとし、そのまま右手をモノクマの腹へ叩き込んだ。

すると、落下するモノクマの体が眩い光に包まれて行き、
凄まじい熱量と共に爆発し、真下のシロクマカフェを木端微塵に吹き飛ばした。


バリオン・ランス


シバさんが分解魔法の天敵である多重障壁魔法ファランクスを破る為に開発した
近接格闘用マテリアルバーストである。

魔法で宙に浮いたシバさんは吹き飛ばされる破片の中から白い球状の物体、
ケアロボット・ベアマックスに優しく包まれて安全を保ちながら空を舞う深雪の姿を
確認した後、左手で銃の形を作り彼女に向けて再生魔法を発射した。魔法式に包まれる深雪を
観ながらシバさんは短く呟いた。

「……ミッション・コンプリート」



【C−4 しろくまカフェが建っていた爆心地/午後】




【司波達也@魔法科高校の劣等生】
状態:健康
装備:グリズリースーツ軽装型、攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、【魔導】デッキ
[思考・状況]
基本思考:妹を救い、脱出する
1:邪魔をするなら、容赦はしない
[備考]
※融合解除して元に戻りました
※カードの引きがびっくりするほど悪いですが、普通に一枚ずつ使うので関係ないです
※グリズリースーツを装備したことでHIGUMAと互角以上のパワーが出せるようになりました
※重ね着していたグリズリースーツの下にムーバルスーツを着こんでいました



【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:ヒグマ化、再生中
装備:なし
道具:ベアマックス
[思考・状況]
基本思考:シバさんを見守る
0:諦めない。
1:時間を稼ぐ。
2:江ノ島盾子には屈しない。
3:私はヒグマたちに対して、どう接すれば良かったのでしょうか……。
4:残念ですが、私はまだ、あなたが思うほど一人ぼっちではないようです。有り難いことに……。
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営しています
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司馬深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品でしたが、剥がれ落ちました。
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司馬達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です
※シロクマの手によって、しろくまカフェを襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。
※モノクマが本当に魔法演算領域を破壊する技術を有しているのかは、今のところ不明です。
※ベアマックスはベイマックスの偽物のようなロボットでシバさんが趣味で造っていました


359 : シバ・ショック ◆Dme3n.ES16 :2015/01/19(月) 03:13:01 Oe8az32Y0


【穴持たず204(キングヒグマ)】
状態:健康、吹き飛ばされた為生死不明
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:前主催の代わりに主催として振る舞う。
0:シロクマさんの救援に向かう。
1:島内の情報収集。
2:キングとしてヒグマの繁栄を目指す。
3:電子機器に頼り過ぎない運営維持を目指す。
4:モノクマ、ヒグマ提督らの情報を収集し、実効支配者たちと一丸となって問題解決に当たる。
5:ヒグマ製艦娘とやらの信頼性は、如何なるものか……?
6:シバさんとシロクマさん……大丈夫ですか? 色々な意味で。
[備考]
※菌類、藻類、苔類などを操る能力を持っています。
※帝国に君臨できる理由の大部分は、食糧生産の要となる畑・堆肥を作成した功績のおかげです。
※ミズクマの養殖、キノコ畑の管理なども、運営作業の隙間に行なっています。
※粘菌通信のシステム維持を担っています。



【穴持たず49(ツルシイン)】
状態:健康、失明 、吹き飛ばされた為生死不明
装備:水晶の鼻眼鏡
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため建造物を建造・維持し、凶兆があれば排除する。
0:起源弾の結界は真じゃったか。それにしてもシバは莫迦じゃなかろうか。
1:シバ、お主、地上に何か建てたな? その資源と人材を何故こちらにまわさなかった……!!
2:帝国にとって凶とならない者は基本的に見守ってやっていいんじゃないかのぉ。
3:帝国の維持管理も骨じゃな。
[備考]
※あらゆる構造物の縁起の吉凶を認識し、そこに干渉することができます。
※幸運で瑞祥のある肉体の部位を他者に教えて活用させたり、不運で凶兆のある存在限界の近い箇所を裂いて物体を容易く破壊したりすることもできます。
※今は弟子のヤエサワ、ハチロウガタ、クリコに海食洞での作業を命じています。
※穴持たずカーペンターズのその他の面々は、帝国と研究所の各所で、溢水した下水道からヒグマ帝国に浸水が発生しないよう防水工事に当たっています。



【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:左腕切断(焼灼止血済)、中破、ワンピースを脱いでいる(ブラウスとキャミソールの姿) 、吹き飛ばされた為生死不明
装備:三式水中探信儀、14号対空電探、強化型艦本式缶、薙刀型固定兵装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:出撃します。死にたいロボットはどこかしら〜。
1:当座のところは、内地の人間を守って事故を防げるように行動しましょうか〜。
2:この帝国はまだしっかりしてるのかしら〜?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
4:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。


※第七かんこ連隊が地下洞へ落下しました


360 : 名無しさん :2015/01/19(月) 03:13:21 Oe8az32Y0
終了です。


361 : ◆Dme3n.ES16 :2015/01/19(月) 09:50:13 FdnkDCBE0
備考欄に追加します

※モノクマが最後に言った起源弾の流通云々は真実なのかブラフなのかは不明です


362 : ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:19:03 MIveHZP20
投下お疲れ様です。

ベアマックスなるものが出ると聞いて、3パターンほど話の予測を立てていたのですが。
このお話は、予測のパターン2でした。予測を裏切って欲しかった感もありましたが……。
もっと違った結末があったのではないかと思うと、泣けてきました。

その理由を、今から
司波達也、ベアマックス、司波深雪、キングヒグマ、モノクマ、ツルシイン、龍田
で予約して投下します。


363 : ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:19:56 MIveHZP20
「……ミッション・コンプリート」

 司波達也は、そう呟きながら、崩壊したしろくまカフェの上空で自らの妹の体を再生させていた。
 妹である司波深雪――穴持たず46・シロクマは、ムーバルスーツに身を包んだ兄の姿を見開いた目で見つめ、そして、眼下の光景に視線を落とす。

 自分と兄のために作り上げたカフェは、群がっていたモノクマたちとともに跡形もなく瓦礫となり、そして、その遙か向こうには、焼け焦げたヒグマの肉体が転がっている。
 カフェの跡を挟んだその反対側にもだ。
 彼女を助けに駆けつけてくれたヒグマたち――、キングヒグマと、ツルシインだった。

 爆心地には何も残ってはおらず、瓦礫は周囲に飛び散り、一帯は一切の生命の気配がしない空間となってしまっている。
 シロクマの感覚はそこから、言いようのない恐怖と不安と罪悪感とを司波深雪の身に抱かせていた。

 目を落としたまま戦慄いているシロクマの様子に、達也は不思議そうに声をかける。


「……どうした、深雪?」
「なんで……、なんで。あんな広範囲を破壊する技で、彼らまで巻き込んだんですか!?」


 達也は、シロクマの言っている意味が分からず、首を傾げた。

「それは、やつらがヒグマだからだよ。別に、彼の者の掃討に巻き込んだところで、深雪にはやつらの生死など関係ないだろう」
「だっ、だって……! キングさんは私を真っ先に助けに来てくれて……!
 お兄様が私の危機を知ったのも、彼の能力あってのことでしょう!?」
「そうかも知れないが、俺たちが高校生活に戻るに当たっては全く無関係で無意味だ」
「私はもう、純正な人間じゃありません……! 魔法演算領域も、純潔も壊されて……。この期に及んで前の生活に戻るなんて……」


 ベアマックスというロボットの白くモコモコとした巨体に包まれたまま、シロクマは再生している両腕で顔を覆った。
 司波達也は、その妹の挙動をいまだ理解しかねて、眉を上げたまま答える。


「……別に、あんなものは俺が今から再生魔法をかけてやればどうとでもなる。
 深雪の魔法演算領域や、手術の痕跡やなんかも、帰った後でゆっくり元に戻せばそれで済むさ」
「それで――! まるっきり元に戻るっていうんですか!?
 お兄様さえも――!?」


 シロクマは、空中に泰然と佇むその兄の姿に向け、悲痛な叫び声を上げた。


「私たちのやってきた所業や生活が、元に戻るわけないじゃないですか!!
 国を裏切ってお兄様を拉致し、STUDYに入り。
 STUDYを裏切ってヒグマ帝国を建て。
 ヒグマ帝国を裏切ってあの女と繋がって……」
「……それは全部深雪の所業じゃないのか」
「全部、お兄様のためにやっていたんです!!」
「……揉み消せばいいじゃないかそんなもの」
「そんな……」

 司波達也は、ほとんど何の感情も見えない冷たい目で、シロクマに向けてそう言った。
 シロクマは、そんな兄の言葉に、知らず知らずのうちに涙を流していた。


「……お兄様は、完全に、元に戻ってしまったというのですか……?
 喜怒哀楽の感情のない、かつてのお兄様に……」


 司波深雪の今までの行動は、全て、自分の兄に、感情を取り戻させたいが故のものだった。
 自分を決して女性として見ることのなかった兄に感情を与えるべく、ヒグマとの融合をさせた。
 高校や国家への口利き。
 STUDYの有富春樹への取り入り。
 ヒグマ帝国指導者陣との秘密裏の設営。
 江ノ島盾子との接触。
 そのために彼女が費やしてきた労力と時間、立ち回りの危険さは、計り知れないものである。
 そして今となっては、どう考えてもそのまま以前の生活に戻るには、彼女たちは道を踏み外しすぎていた。

 国防兵器を連れ出したのだ。
 司波達也自身はまだしも、司波深雪は咎を免れまい。
 そこで達也がまた短絡的にいざこざでも起こせば、すぐに身分は実験動物に格下げだろう。
 そうでなくても甚だしい白眼視は免れず、今まで通りの暮らしなどは到底ありえない。


364 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:20:36 MIveHZP20

 司波深雪は、その覚悟全てを織り込み済みで、シロクマとなった。


 破られ、砕かれた司波深雪の処女性は、確かに今まさに、肉体としては再生されてきている。
 彼女の肉体に刻まれた『HIGUMA』としての要素も、司波達也がそうしたように、取り除けるのかも知れない。
 だが、処女性よりも遙かに前にあっさりと破壊されていた魔法演算領域は、果たして回復するのか。
 自ら踏み壊し、捨て去ってきたかつての生活など、回復するはずがあろうか。


 記憶の障害があったとはいえ、感情の片鱗を自由すぎる形で表していたシバが、完全に、もとの司波達也に戻ってしまったとなれば。

 ――それは、今までの彼女の努力が、水泡に帰すということを意味している。


「ハハ、なんだ、そんなことか」


 司波達也は、妹のそんな言葉を聞き、おかしそうに肩をすくめた。


「大丈夫だ深雪。俺はきちんと自分のしてきたことも覚えているし、深雪が教えてくれた感情も身につけている」
「本当ですか――!?」

 司波深雪の顔は、その一言でとたんに明るくなる。
 司波達也は、彼女へ満足げに頷き、微笑みかけながらその肩に手をおいた。


「星空凛は最高だな深雪。心が豊かになる」


 その言葉の理解を、シロクマは無意識下から拒絶しようとした。
 しかし、彼女の兄は微笑みながら、なおも言葉を紡ぎ出していった。

「アイドルはいいものだな。生まれて初めて恋愛感情というものの何たるかを学んだ気がする。ありがとう。
 クックロビンも、見所あるラブライバーだ。
 ああそうだ。あいつくらいは一緒に島外に連れ出してもいいかも知れないな」

 司波達也はそしてスマートフォンを取り出し、そこに映っているカードの柄を見せた。


「ほら、見てみろ。エリーチカのSRもあるんだぞ。
 深雪を助けに行く前にチケット回したら当たった!
 ヒグマになっていたせいで日本円が手持ちにないからまだ無課金だが、帰ったらもっとアイドルのために回せるぞ、深雪!!」


 彼はそれを、心底嬉しそうにシロクマへ報告した。
 シロクマが、記憶喪失の兄をなんとかケアして、楽しんでもらおうと画策した手段の結果の一つが、それだった。

 しなくていい報告だった。

 するべき報告は、連絡は、相談は、いろんな者に対して、いろんな物があったはずなのだが。
 司波達也は、それらを踏み倒して、そんなことをシロクマへ報告していた。


 妹は、いつまでも妹に過ぎなかった。
 兄にあれほどまでに抱いてほしかった恋愛感情は、画面の中の、別の女に向けられていた。


『……汚らわしい……。都合のいい空想の女子の尻を追うような者どもの気持ちなんか、解りたくもありません……!』


 かつてキングヒグマに向けて言い放った自分の発言が、司波深雪の脳にはぐるぐると渦巻いていた。

 自分の兄は、自分の所業のせいで、その『汚らわしい者ども』と同列の存在に成り下がっていた。
 そしてやっぱり、ヒグマ帝国内で円やウェブマネーを稼ぐなど無理だったではないか。そもそも貨幣経済なんてここにないんだから。
 なぜこんな兄の言葉に、自分はあの時、手放しに賛同してしまったのか――。
 そんなことならむしろ、元に戻ってくれた方がマシですらあった。
 元に戻っても、戻らなくても、司波深雪の願いに突きつけられる結果は、絶望だけだった。


365 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:21:04 MIveHZP20

「そうだ深雪。帰ったら一緒にコンサートに行こう」

 やめろ。

「会場の者はみんなラブライブのファンだ。きっと楽しいぞ」

 やめてくれ。

「あ、帰る前にここの島で聞いてもいいな。今地上でクックロビンがテーマパークを作ってるはずなんだ――」

 お願いだから、これ以上、こんな壊れたお兄様の姿を見せないで――!!


 司波深雪がそう願った瞬間、目の前で笑っていた兄の口から、真っ赤な血液が迸っていた。

「……え」

 そう呟いた瞬間、シロクマは自分の下腹部にも、焼けるような痛みが溢れていることに気づく。
 背後のベアマックスの浮力が、途切れるのがわかった。

 司波達也たちはほとんど一塊となって、そのまま地面へと落下していた。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「ガッ……、カハッ……!?」
「お、お兄、様……!?」

 残存していたベアマックスのボディがクッションとなり、二名は地面に落ちてなお、その息を保っていた。


 シロクマは、目の前で仰向けに倒れる兄の様態に驚愕する。
 その、たいていの魔法にすら耐性を持つムーバルスーツを纏っている胸には、ぽっかりと大きな穴が開き、内部の心臓や肺門が消し飛んだ風穴となっていた。
 どくどくと鮮血が流れ落ちてゆく中、司波達也には自動的に自己修復術式が発動する。


【胸部臓器全損 心肺機能代償不能 出血多量を確認】
【生命機能維持困難 許容レベルを突破】
【自己修復術式/オートスタート】
【魔法式/ロード】
【コア・エイドス・データ/バックアップよりリード】
【自己修復――完了】


 そして自己修復が完了した彼の体は、そのままだった。

「なっ――」

 そのままだった。
 胸に大穴が開き、依然として心臓と肺が消し飛ばされた状態で、彼はどくどくと血を流している。
 シロクマの驚きの前で、再度自己修復術式が発動する。
 だが、司波達也の死亡寸前の状態は全く変わらない。


【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】
【自己修復術式/オートスタート】


 バグを起こしたプログラムのような、抜け出すことのできない永久ループに、彼の魔法演算領域は埋め尽くされていく。

 ――バックアップしていた、万全な状態の彼のコア・エイドス・データが、彼の現在の状態と同じように、破壊されている。

 衛宮切嗣の、起源弾の効果だった。
 ムーバルスーツの防御力の源も、バックアップデータも、ことごとく『切断』され、てんでバラバラに再『結合』されていた。

 司波達也は気力を振り絞り、再生と死亡のわずかな間隙で、残存する演算領域を妹の方への再生魔法行使に用いる。
 シロクマもまた、下腹部に大穴を開けられていた。
 それは、背後のベアマックスの丈夫なボディに緩衝されてなお、の損傷である。
 ベアマックスの白い体は、ほとんどが穴になってしまっており、ドーナツというよりもむしろ、白い輪ゴムの残骸といった方が正しいような、五肢が輪郭で繋がっているだけの姿になっていた。

 なぜ、周囲から狙われ放題の上空で、司波達也は再生魔法などを行使し始めたのだろうか。
 恐らく、目の前の敵を倒したため、拠点を制圧完了したのだと、思いこんだのだろう。
 慢心。
 そして、環境の違いだった。


366 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:21:35 MIveHZP20

「……いや〜、大言壮語なさるお兄様には、いつ現実を突きつけてやろうかとずっと楽しみに待ってたんだけどね。
 ま、自尊短児。吊り橋なんかそもそも渡るな。相手が勝ち誇ったとき、そいつは既に敗北している。ってことかな。
 ちょうどいい感じで深雪ちゃんの絶望フェイスがもらえたんで、ベストショット! いただきました〜」


 その場に、いやに陽気な声が響きわたった。
 体の半分ずつが白と黒とに塗り分けられた小熊のロボット――モノクマが、笑いながらシロクマと司波達也にカメラを向けていた。

「あ、あ、あなっ……、な、なんで……」
「はいはいは〜い、絶望的な種明かししてあげるよ〜。
 まず始めに、ボクのした攻撃手段のことからかな〜」

 シロクマの戦慄きに、モノクマは、先ほど自分が歩いてきた、しろくまカフェから遙かに離れた瓦礫の周辺を指さす。


「あそこ見える〜? あ、見えてもわかんないかな?
 お兄様が散らかしてくれたお陰で、他の物品と同じスクラップにしか見えないもんね。
 いや〜、やるだけやりっぱなしで片付けのできない男ってサイテーだよね〜」
「ぎ、『擬似メルトダウナー』……!?
 でも、だって、あれは、そもそも島の電気が落ちた時点で、ただのデクの坊じゃ……!?」
「不勉強で遊んでばっかいたお兄様はそう思うだろうね〜。
 でも深雪ちゃん、キミは気づいても良かったんだぜ?」


 シロクマは、自分と兄を穿った攻撃が、STUDYに配備された四足歩行ユニット・擬似メルトダウナーの砲撃によるものだとまではわかっていた。
 そして、この大威力の『原子崩し(メルトダウナー)』を放てる性能を有するのは、恐らく、小佐古研究員が自分専用にカスタマイズしていた機体であろう。

 布束砥信の『HIGUMA特異的麻酔針』。
 有富春樹の『HIGUMA特異的致死因子』。
 桜井純の『白い貝殻の小さなイヤリング』。
 関村弘忠の『艦娘建造ノ書』。
 斑目健治の『擬似メルトダウナー斑目カスタム』。
 小佐古俊一の『擬似メルトダウナー小佐古カスタム』。

 役に立つものかどうかはさておき、STADYの主要研究員は、それぞれが独自かつ、半ば秘密裏に、ヒグマに対抗するための切り札を開発していた。
 しかし中でもその擬似メルトダウナーは、ついさっき、示現エンジンが停止したことによると思われる停電で、使いものにならなくなっているはずであった。
 それどころか、ここにいるモノクマ自体、すぐにでも機能停止していておかしくない。
 だが事実、これらは先ほど司波深雪の会陰部に、平気で『電動』ドリルを突き立てたりすらしている。
 そしてメルトダウナーには――。


「あっ」
「……気づいたろ? キミは放送室で見てるし。
 擬似メルトダウナーには、一発以上撃てるだけの予備燃料が積んであるんだよおバカさん」

 そして恐らく、モノクマはさらに、自分たちを稼働させて余りあるだけのバッテリーか何かを保有しているのだ。
 だから誰かがモノクマの打倒を狙って行なったのだろう全島停電にも、これらは慌てる様子なく、シロクマに対する拷問を続けていたのだ。

 司波達也は、大量の武装を有しているだろうモノクマが、自分たちのボディだけで肉弾戦を挑んでこようとしていた時点で。
 いや、それよりももっと前から、『起源結界』などというとんでもない代物が開発されている時点で、敵戦力をどれだけ警戒してもし足りなかったのだ。
 起源結界および起源弾において、『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』の損傷を仄めかされ、それを封じられてしまえば、もはや意識外からの光速の攻撃は避けようがなかった。

 記憶喪失時分の工作品であるグリズリースーツやベアマックスを引っ張り出してくる暇があるなら、『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を封じられた分、忍術を使ってもうちょっと敵地周辺を落ち着いて探索しても良かったかもしれない。
 もしくは、折角記憶喪失時に学んだ遊戯王を活かして、不意の事態にも対応できるよう、速攻魔法や何かを袖口に伏せカードとしておいても良かったはずだ。


「……キミはただのエサだったんだよ深雪ちゃん。なんか知らん情報伝達手段で、キミが助けを求めるだろうとは始めから計算済み。キミの態度で確信。
 だもんで、起源結界はその援軍を狩るための罠その1。
 起源弾性能付き擬似メルトダウナー小佐古カスタムがその2。
 3、4と、罠はまだまだあったんで、どれくらい攻略してくれるか楽しみにしてたんだけど、わざわざ出してやるまでもなく、お兄様は盛大にドヤ顔フレンドリーファイヤしてくれたんで、お披露目はまたの機会ね」


367 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:22:29 MIveHZP20

 無中生有、暗渡陳倉、調虎離山、抛磚引玉、金蝉脱殻、苦肉計、連環計……。
 江ノ島盾子がモノクマを用いて今回張り巡らせていた計略は、ざっと兵法に照らし合わせても以上のようなものがある。
 そもそもが那由他を擁するのではないかとすら思われるモノクマは、例えそれ自体が一千、一万破壊されたとしても物の数ではなかった。
 敵戦力を見誤り、有効でない交戦形態で敵陣に乗り込むなど、本来避けねばいけないことのはずだった。
 身動きできぬ司波達也の目玉を手慰みにほじくりながら、モノクマは滔々と語る。
 ほとんど無意味な自己修復でかろうじて命を繋ぎつつ、妹の体を修復している彼を、無慈悲に引き離しつつ、ゆっくりとその体をいたぶってゆく。


「私様みたいな、孤独で陰険な絶望の化身が、解りやすくて親切なショーウィンドウで勝負をすると思うかい?
 隠密もできず武器回収の任務に失敗して人殺し。
 意味もなく津波をぶっ飛ばしてヒグマも人間も半殺し。
 吹っ飛ばした後に建てるつもりだったのは自分の趣味のテーマパーク。
 適当な口実つけて艦娘と遊ぶのはカードゲーム。
 思いつきで深海棲艦産んじゃ、面倒も見ずにネグレクト。
 『おれはしょうきにもどった』かと思えば仮装大賞じゃねぇんだからもっと真面目に攻めて来いよ。
 てか、不必要に派手な魔法で仲間まで焼き殺すとかアホすぎ。あいつらが生きてればちょっとは結果変わっただろうに。
 何が『まだ実力の半分もこの島で使っちゃいない』だよ。私様なんか掛け値なしにモノクマの実力の一億分の一も使ってねーわ。
 メクラインさんの許可ももらわずにカーペンターズは私用するし、ちょっとは維持管理に責任を持てって。
 臆面もなく全部覚えてるとか言うて、そんなんこの世から引責辞任ものやろ。
 自分が万能だとでも思ってるんでしょうか?
 これだから近頃のゆとり世代は困る。もうちょっと謙虚になろうぜ、なあ?」


 つらつらと事実をあげてたしなめながら、モノクマは無為な再生を繰り返す司波達也の目玉に血を塗りたくって、リンゴ飴を作っていた。
 かろうじて生体機能を維持できる程度にまで兄に回復させられていたシロクマの体も、既に何匹ものモノクマに押さえつけられている。
 モノクマは、司波達也が盛大に吹き飛ばしたことなど何もなかったかのように、既に、先程までカフェに詰めていた数よりも遥かに多い頭数が、無限定の手足のように、どこからともなく湧き出してきていた。
 シロクマは、モノクマたちが次に何をするのかを察し、もがく。


「や、やめて……!! お兄様は、お兄様だけは、殺さないで……!!」
「いや〜、深雪ちゃんの苦労はわかるわかる。私様も、こういうバカガキどもを十何人も世話したりしてたしさ〜。
 早く殺されろって思うよねこんな出来の悪いお兄様」
「は、話します……!! ヒグマの秘密も話しますから……!!」
「あ、ヒグマの生まれる謎はもう話さなくて良いっす。キミはさっきから用済み。
 ここらへんの拷問はサービスだから、まぁお兄様の目玉でも食べて落ち着いてほしい」
「あぐぅ――ッ!?」


 既に、停電時にヒグマ培養槽の停止を察し、同時に本懐の達成目処もついた江ノ島盾子にとっては、モノクマを使ってそういった情報を聞き出すことは、二の次になっていた。
 先程からカフェで不必要に悪趣味な拷問を続けていたのは、単に彼女の趣味と、そして、様子を窺いに来るだろう援軍から冷静さを失わせ、煽るためだけの行為であった。

 シロクマは口内に兄の目玉を押し込まれ、顎を押さえられて無理矢理それを咀嚼させられる。
 ぶるぶるとした硝子体の食感や、血液の生臭い味が、絶妙な吐き気を催す逸品であった。


「あれ? 吐いちゃうの? お兄様の遺品になるかもしれないんだからありがたく拝領すればいいのに」
「……!!」


 真顔で問いかけられたモノクマの言葉に、司波深雪の思念はしばし逡巡した。
 遺品になるかどうかはともかく、司波達也は、再生する時はきちんと全身再生するだろう。
 目玉の有無は関係ない。
 それならば兄の成分を摂取するか、拒絶するかの選択に、司波深雪の判断は迷いようがない。

 彼女は、くちゅくちゅと歯ごたえのある兄の目玉を、しっかりと噛み締めて飲み込んだ。


368 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:23:01 MIveHZP20

「おおー! 惚れ惚れする食べっぷり! その変態加減はいっそ清々しいわ。すげぇよ深雪ちゃん」
「……うるさい!! 私は、お兄様が好きなんです!! 愛しているんです!!」
「せやな。それならそのお兄様のお返事を聞いてみよか」
「――やっ」


 モノクマは司波達也の頭に手を当てて、非常にあっさりと、彼の魔法演算領域を破壊していた。
 シロクマの制止が、発される暇もなかった。
 自動修復術式の停止した彼は、最後にもう一度だけ死に始めるところに戻り、大量の血を吐く。


「シバくんシバくん。妹さんに向けて辞世の句はある?」
「す、まない、み、ゆき……」
「お兄様――!!」

 司波達也は、光の落ちた瞳で、ふらふらと妹の方に向けて手を伸ばした。
 その先には、先ほど一緒に落ちた、スマートフォンがあった。
 その画面に血の線を引いて、司波達也は呟いた。


「凛の、UR――。手に、入、らな、かっ、た――……」


 記憶喪失の時分からけなげにスクフェスを勧めてくれた妹の思いに応えようと、彼は最期の最後に、精一杯の謝意を投げて、死んだ。


「『出題者の意図を根本から取り違えています』。
 ……落第だよ、劣等生」


 モノクマは、溜息をつきながらそう言った。


「……ぎゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!!」


 司波深雪の絶望がそこに響いたのは、理解が精一杯の親切心で遅刻してきた、その瞬間だった。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「いや〜♪ 最後くらい綺麗なお別れになるかと思ったんだけどね?
 思いに反して絶望的な回答だったね? ゴメンネ、てへ♪」
「ひぃいいぃぃぃいぃぃぃ――!! いやぁあぁぁああああぁあぁあぁ――!!」

 心にもない謝罪を述べながら、モノクマは狂乱する司波深雪の前で身をくねらせた。


「あ〜もう、深雪ちゃんほんといい声と表情で啼くねぇ〜。絶望のさせ甲斐があって、私様ダイスキだよキミみたいな子☆」
「うわぁ、うわぁあぁあああぁぁぁ……。うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
「ほんじゃ、この最高の絶望の瞬間に死のうか! あー、お兄様って、ほんとバカ〜。お兄様っに、嫌われた〜♪」


 節をつけて歌いながら、原住民の祭祀のような踊りで、モノクマは司波深雪の首を斬り落とす爪を伸ばしてゆく。
 その歌のフレーズを耳に繰り返し、その爪が首筋に当てられた時、シロクマは自分の唇を噛んで、涙を堪えていた。


「……お、ついに覚悟が決まった? 私と深雪ちゃんのナカだし、辞世の句ならしたためてあげるぜ〜」
「ああ、そうですか……。なら、聞け。聞きなさい……ッ!!」


 お兄様は死んだ。
 私の真意に気づくことなく死んだ。
 助けはもうない。
 お兄様が後先考えずに爆殺してしまった。
 私ももう死ぬ。
 お兄様に振り向かれることなく死ぬ。

 頭いいにも関わらず、私は大勢の仲間を殺した。

 それでも、これだけは、はっきり言っておきたい。
 裏切り者でも、バカでもクソでも汚職指導者でも。
 これだけは、私の本心だ。
 例えこの身が絶望に染まろうとも――!!


「……私は、スキをあきらめない――!!」


369 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:23:29 MIveHZP20

 その瞬間だった。


「――よく言ったッ!!」


 司波深雪の体を押さえつけていたモノクマの大群が、真下から弾け飛んでいた。
 彼女の体は、風のような何かに抱えられ、直ちに、モノクマが屯している区画から十メートル以上離れた場所へ飛び退っていた。


「たとえ世界が透明な嵐に包まれても、あなたならユリを見つけられる。私はそんなクマを求めていた。がう」


 シロクマを抱えているのは、一人の少女だった。
 見る限り、ただの中高生と思える人間の少女。
 しかし、彼女の耳は熊のもので、おかっぱ頭の高い位置にある。
 彼女の手足には、ヒグマのもののような、肉球と爪のある掌蹠が嵌っていた。
 少女は、シロクマをお姫様だっこしたまま、不敵に笑う。


「……同志、司波深雪よ。私は、あなたとの出会いを歓迎する――!!」
「な、なんなんだよオマエ――!! どっから出てきた――!?」
「ああ、落っこちた時に暫く気絶しちゃってたんだけどね。
 私は百合城銀子。人間を食べる、クマだ。がうがう!!」


 突然の少女の出現に、シロクマとモノクマは共に驚くばかりであった。
 しかし、抱えられている本人であるシロクマは、彼女の出現地点だけは、わかった。


 ――それは、胴体を大きく消し飛ばされている、ベアマックスの中。


 彼女は、ベアマックスをオーバーボディとしており、司波深雪の真下に敷かれていたそこから出てきていた。
 しかし、もはやその被覆に、人間サイズの生物が隠れられる場所など存在しない。
 彼女がベアマックスの中に入っていたのならば、それと同じように、胴体から頭部がまるっと消失していなければおかしいはずだった。

 百合城銀子と名乗ったその少女は、そんな疑念渦巻く周囲の視線を気にも留めず、スマートフォンに指を差し伸べた司波達也の死体を見つめている。


「……お兄様死んじゃったんだね。ねぇ深雪、後でイヨマンテ(クマ送り)しようね、イヨマンテ」
「後も前もねーよ!! 纏めて死んじまいなぁ――!!」
「わわっと」


 四方からモノクマが飛びかかり、シロクマと百合城を膾に刻もうとしたその瞬間、百合城銀子は、司波深雪の体を上空に放り投げていた。
 そして、殺到していたモノクマの爪は、百合城銀子のいたはずの空間で、なぜか空気だけを切り裂いていた。


「ひゃぁ……ッ!?」
「はいキャッチ」


 凄まじい怪力で放られたシロクマは飛行魔法も使えない身で慄くばかりだったが、その落下は過たず、いつの間にか遠方に出現していた百合城銀子本人に捕まえられていた。 
 その距離、約30メートル。
 百合城銀子は、シロクマを放り投げた地点から一瞬にして消失し、あたかもその距離を瞬間移動していたかのようであった。


「なんだいなんだい、瞬間移動!? オマエも魔法師とか何かってワケぇ!?」
「キマテク(びっくり)キマテク(びっくり)、カムイホシピ(神のお帰り)! 私はただの、クマである、がう!!」
「……あっそお」


 モノクマたちは、一斉にその手に拳銃を取り出だす。
 その中に込められているのは起源弾であろうか。


「おっ、銃か。マタギでもないくせに、私たちクマに銃向けて敵うと思ってんの? がう」
「別にオマエに敵うかどうかわからんけど。深雪ちゃん庇いながら戦うのは無理な能力だろ。とは、今思った」
「うん! それは無理だ!!」
「ええっ!?」


 朗らかに言い放った百合城の言葉に、シロクマは慄く。
 百合城はそのまま抱えたシロクマに向け、心配そうな視線で囁いた。


「……私は、スキをあきらめない――!!」


370 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:24:15 MIveHZP20

「深雪、あの弾幕から走って逃げられる? 逃げたら地上で落ち合おう、地上で」
「いや無理無理無理無理、無理ですって!!」


 司波深雪の体は、魔法演算領域の半壊した司波達也が必死に再生させていたものの、モノクマの妨害もあり、依然として傷だらけだった。体力の消耗も激しい。
 魔法が使えればいざ知らず、シロクマの魔法演算領域はとっくの昔に破壊されている。
 今の彼女は、ちょっとヒグマっぽい生命力のある、忍術習ってます系女子の範疇を出るものではなかった。
 とてもではないが生身で銃弾の雨を躱せるとは思えない。


「大丈夫! 私たちにはまだ、幸運が残ってる!!
 透明な嵐を破る、テロスの変革が――!! 一輪のユリがここに!!」


 しかし百合城銀子はその時、シロクマに向けて、力強く頷いていた。
 モノクマはせせら笑い、その凶弾を放とうとした。
 その瞬間、その中の一匹の脚が、掴まれていた。


「……『始終苦(シジュウク)に、轢(シ)かれよ』」


 その呪詛に似た声は、ただの焼け焦げた肉塊と思われていた物体から、発せられていた。
 脚を引かれた一頭のモノクマはしたたかに倒れ伏し、衝撃で放たれたその銃弾が地面に着弾する。

 その瞬間、着弾地点から大地にひびが走り、周囲の壁面、そして天井にまでそれが波及する。
 司波達也の魔法により脆弱化していた周辺の空間が、轟音をたてて、崩落を始めていた。


「――ツルシインさん!?」
「彼女だ。彼女のアルケーが、ユリとなりテロスを変革した!!」


 その、焼け爛れ、瀕死となっているヒグマ――ツルシインは、鼻眼鏡の取れた盲いた眼で、あとはぼんやりとシロクマと百合城銀子を見やっているだけだった。
 彼女の視界で、二名はまさに踵を返し逃げ出すところであった。


「そんなっ、道連れに死ぬなんて――」
「彼女のユリを落とすな!! 逃げるんだよ深雪!!」
「逃がすか――ばげらっ!?」


 シロクマと百合城に追いすがり、発砲しようとしたモノクマたちは、次々と崩落する岩盤に押し潰されてゆく。
 ツルシインは、残ったかすかな意識の中で、彼女たちの無事を、そしてこの国の未来を、祈った。


 ――己(オレ)たちは、とんでもないものを相手にしているのかもしれん。

 しろくまカフェ周辺に凝り固まっていた、真っ黒な太陽のような凶兆は、司波達也がグリズリースーツを脱ごうが、第七かんこ連隊を辿り着かせなかろうが、起源結界をぶち壊そうが、依然としてこの場に残っていた。
 その凶兆は、司波達也の不必要な大規模破壊であり、隠されていた擬似メルトダウナーであり、そしてさらに重ねて塗り込まれていた司波達也殺害のための二重三重の計略であった。
 仮に司波達也が擬似メルトダウナーの一撃をかわしていたとしても、ここまでに積み重ねられた彼の敗因の数々が、必ずその計略のどこかで彼に死をもたらしていただろう。
 モノクマの語っていた罠の数は、嘘でも誇張でもなく、それらを攻略するには、司波達也はここまでに至る道の選択を誤りすぎた。
 そんな縁起が、抑制を解いたツルシインの眼には、読みとれていた。

 キングヒグマは、バリオン・ランスの爆心地にいたために即死。
 いくらか離れていたツルシインも、内臓や骨をことごとく衝撃で砕かれ、熱傷はもはやその下肢を炭にしている。
 ツルシインよりさらに距離があったとはいえ、当然、龍田も無事では済んでいない。


 ――託したぞ。シーナー、シロクマ、イソマ。そしてこの地に生きる者たちよ。
 ――己(オレ)とシバとキングは、ここで退場じゃ。


「やぁんなっちゃうね〜、メクラインさん。
 後始末をこうするってことは、ボクの計画、相当読みとってたかぁ〜。
 でもね〜、オマエラもオマエラで個別にぶっ倒すつもりではいたんで、その手間がなくなったのは万々歳だね〜。
 ま、深雪ちゃんにも、今一度希望を、抱いてもらうことにするよ〜」


371 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:24:52 MIveHZP20

 ツルシインの近くで、モノクマの一体がそう語り、落盤に潰された。
 その間にも、次々と地盤は崩れ、司波達也やキングヒグマの死体を押し潰してゆく。

 彼の者は、ここで実効支配者たちの死体を持ち帰り、また新たな兵器か何かを作るつもりであった。
 ツルシインは、その最悪の結果に繋がる機縁だけは断ち切っておくべく、その残った視力全てを用いて、この地の運気を読み切っていた。
 この解体工事で、彼女に残された今生の仕事は、終わりだった。


 ――さて。己(オレ)のキャラ付けも、もう、仕舞いで良いじゃろ……。

 一帯のモノクマたちがことごとく押し潰されてゆく中で、ツルシインは息をついた。


「……みんなと一緒に仕事ができて、私は幸せだったよ。
 願わくはみんなの未来に、良い縁起がありますよう。
 縁があったら来世で……。また会おう、ね……」


 落ち着いた低い声ではなく、彼女の地声である涼やかな高い声で、ツルシインは呟いた。
 彼女の老人然とした口調や人称は、彼女が生来被りやすかった不運を、逸らすためのものであった。
 明るい灰色の毛並みと柔らかい物腰、小さな体に鼻眼鏡という要素で高齢に見られることは多かったが、ツルシインの肉体は、他のヒグマと変わらない、若々しいものだった。

 始終苦ではなく、四十九日の墓から幸運を生起させる行いを。
 天上の四十九院の如く、緻密な幸運の構築を――。
 常にそう心がけてきた彼女は、司波深雪の心が駆けていった道の先を最後に見て、笑う。


 ――合縁奇縁、多生の縁……。
 ――予期せぬ機縁が幸運をもたらすことも、確かにあるわ。
 ――あなたは独り善がりの時は『大凶』だったけど。
 ――最後くらいは、妹さんに、いい仕事できたんじゃない? シバくん……。


 彼女自身の上にも巨石は落ち、その身の墓標として、一帯を埋め尽くす。
 そうしてヒグマ帝国は、その指導者の大半を、失った。


【穴持たず204(キングヒグマ) 死亡】
【司波達也@魔法科高校の劣等生 死亡】
【穴持たず49(ツルシイン) 死亡】


※C−4エリアの地下一帯が、落盤で封鎖されました。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 龍田が、自分の眼という双眼鏡に艦橋から連絡を繋げられたのは、その眼に何か灯台のような明かりが投げられていたからだった。


「あっ、良かったァ!! 目を覚ましたわ!!」
「龍田さんが、息を吹き返した!! 息を、吹き返したのよ――!!」

 龍田の眼に映っていたのは、小さな探照灯のライトだった。
 彼女の周りでは、何十頭ものヒグマが、歓喜に咽んでいる。
 水のせせらぎのような音が聞こえる。
 探照灯や、内燃機関から漏れる明かりの他は、そこの空間は、苔の明かりもない、全くの暗闇だった。


「こ、こ、は……」
「ツルシインさんが……、ツルシインさんが……、アチシたちを助けてくれたのよ……」

 龍田の横に寄り添っていた、筋骨逞しいヒグマが、涙をこぼしながらその呟きに答えた。
 龍田提督と名乗るそのヒグマが説明することを聞きながら、ぼんやりとしていた龍田の思考も、次第にその時の記憶を思い出してくる。


 ここは、ツルシインが地脈を読んで第七かんこ連隊を落下させた、地下洞穴である。
 地下水が豊富なこの空間は、一頭たりともその落下で命を奪いはしなかった。
 龍田は直後、司波達也が大雑把な考えで行使したバリオン・ランスの爆風を受けて、同様にこの空間へ落下していた。

 幸いにも、ツルシインが落としていたためにバリオン・ランスの影響を受けなかった第七かんこ連隊は、爆風を受けて前後不覚になった龍田の容態に狼狽した。
 水中から、処置のできる岩場を探して上がり込んだ時、地下洞の上では岩盤が崩落し、この空間を完全な闇に閉ざしていた。

 爆風を受けた人物の中では、龍田が最も遠い位置にいた者である。
 しかしそれでも、爆風は彼女の右半身を痛々しく抉り、爛れさせ、その心肺機能を一時停止させていた。
 第七かんこ連隊の面子は、必死に龍田を甦生させようと、装備の旗を転用して傷口を覆い、人工呼吸と胸骨圧迫を繰り返して彼女の命を繋げていたのである。


「お水飲めるかしら、龍田さん……」
「暫く休んで、助けを求めましょう……。ね?」
「ゴーヤイムヤたちが回ってるのって、この階層じゃないわよね……」
「ええ、たしか下水道……。連絡手段がないわ」
「本当、シバみたいな男は最低のケダモノね……!!」


 周囲のヒグマたちは、手狭な闇の中で、口々にそう言って解決策を模索していた。


372 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:26:04 MIveHZP20

「うっ、くっ……」
「龍田さん、どうしたの!? 大丈夫!? どこか痛い!?」


 龍田は、深い火傷に爛れ、腫れ上がった右手で、震えながらその顔を覆う。
 その指の隙間からは、一筋の涙がこぼれていた。


「本当……。誰が味方よ。誰が敵よ。私たちは何のためにあんたらの援護に行ったと思ってるの……!?
 まっとうな振る舞いをする者だけが割を食って、まともな作戦行動もとれやしない……。
 ふざけないでよ。いい加減にしてよ……。
 バカみたいじゃない、こんなの……」


 第七かんこ連隊の面子には、彼女の嘆きを止める言葉が、見つからなかった。


【C−4の地下の地下 地下洞/午後】


【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:左腕切断(焼灼止血済)、大破、右半身に広範な爆傷、ワンピースを脱いでいる(ブラウスとキャミソールの姿)、第七かんこ連隊が手当中
装備:三式水中探信儀、14号対空電探、強化型艦本式缶、薙刀型固定兵装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:出撃できないわよこんな状況じゃ……。
1:人間が自分から事故起こしてたら世話ないわよ……。
2:この帝国はなんでしっかりしてない面子が幅をきかせてたわけ!?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
4:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。


※第七かんこ連隊が地下洞へ落下しました


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「キングさん、ツルシインさん、お兄様……」
「ねぇ深雪、死者に思いを残すのはそこそこにして、道を教えてよ。まだ私来たばっかでここのこと良く解ってないんだ」
「良く解ってない分際でしゃしゃり出て来たんですか!?」
「うん。深雪のお兄様に呼ばれたんで」


 崩落していくエリアを避け、精一杯の速度で走り逃げていたシロクマと百合城銀子は、そんな会話を行なっていた。

 百合城銀子の話を聞くに、彼女は、STUDYが保有していたクロスゲート・パラダイム・システムによってシバに呼び出されていた人物であるらしい。
 午前中にキングヒグマが誤操作し、海上にヴァンという人物を呼びだしてしまった例のアレである。

 その彼女を、着込んだグリズリースーツというオーバーボディの中の、ベアマックスというオーバーボディの中に仕込んでおくことこそが、司波達也が最後に行なった仕事であり、切り札だった。
 二重のオーバーボディという言葉は、そういう意味でもある。
 記憶喪失の時分と変わらず、なぜそれが切り札になるのか常人はおろか彼以外の誰も理解できないだろうが、とにかくそれが切り札だったのだ。


「一体あのスペースにどうやって……!?」
「それは勿論、私がクマだから」


373 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:26:35 MIveHZP20

 言うや否や、シロクマの隣で微笑んでいた百合城銀子の肉体が消失する。
 そしてすぐに、何か小動物のようなものが、司波深雪の肩によじ登ってくる感覚をシロクマは捉える。

「うん、いいねこれ。深雪が走れるんだから暫く乗っけてもらおう」
「うえぇ!? これ、あなっ……、百合城さんなの!?」

 走り続ける司波深雪の肩には、手のひらに余るくらいの、非常に小さな黒い子熊のようなものが乗っかっていた。
 一見してこれが先ほどの百合城銀子だとは信じられないが、彼女の衣装の腰元に着いていたのと同じ、ピンク色の大きなリボンをそのクマも身につけている。

 これが先ほど、モノクマの攻撃を彼女が回避できた理由である。
 人間の体躯から一瞬にしてこの子熊への転換を行い、視線の眩惑により、あたかもその姿が消失したかのように錯覚させるのだ。


「……あなた、本当に人間じゃなかったのね……」
「いや、私は人間でもある。れっきとしたホモサピエンスね。がう」
「ええっ!?」
「クマでありヒトであることに、一体何の矛盾があるの?」

 ただでさえ質量保存の法則がどうなっているのか困惑していた司波深雪の頭は、続けざまに発された百合城の言葉でさらに混乱した。


「いい? クマは人間を食べる。クマはクマを食べることもある。
 ことによると人間がクマを食べることもある。そういう生き物でしょ?
 それじゃあ一体、クマと人間の間に、どんな違いがあるというの?」
「……意味が分かりません!!」


 シロクマは、肩口の百合城を振り落とすようにして立ち止まった。

 意味不明な百合城の言動には、これ以上付き合っていられない。
 兄に呼ばれ、自分を助けるために遣わされた人物ではあるらしいが、先ほどから彼女の言葉は要領を得ないものばかりで会話にならない。


「ねぇどこ行くのさ深雪!」
「……決まっているでしょう。お兄様のところで私も死にます」
「お兄様自身の意志や、ツルシインっていう人の遺志に反して?」
「仕方ないでしょう!! お兄様がいなくなった以上、私はもう生きる意味を失いました!! 絶望ですよ!!」


 引き返そうとする司波深雪を人間の形態に戻って追いすがる百合城へ、シロクマはそう吐き捨てた。
 百合城はその彼女の肩をつかみ、通路の壁に押しつける。


「それは違うよ! よく思い出して。私は聞いたよ。
 この島には、『万能の願望器』があるんじゃないの!? それを使えばいいんだよ!!」
「……あっ」


 シロクマはにわかに思い至る。

 穴持たず50・イソマ。
 シロクマたちが決死の覚悟で守り通してきたそのヒグマこそ、『万能の願望器』――聖杯の器そのものだった。
 この島で生き抜き、イソマに願いを叶えてもらえさえすれば。

 奇行に走らない。
 後先をきちんと考える。
 他人を思いやる。
 ちゃんと喜怒哀楽がある。
 魔法は実技も筆記もピカイチ。
 自分を一人の女性として愛してくれる。

 そんな理想のお兄様を復活させられる。
 それこそ生き残った妹としての責務ではないだろうか――。


「……そうでした、百合城銀子。イソマさんに頼めればお兄様を……」
「お兄様を忘れられるぐらい素晴らしいユリの園を作れるよね……!!」
「違うわ!!」


 舌なめずりする百合城銀子の恍惚とした表情に恐怖を感じて、司波深雪はシロクマの速度で百合城の腕の間から滑り出た。
 身を抱えておののく司波深雪に、百合城は両手を広げて近寄って来ていた。


「ん〜、デリシャスメル……。じゅるり。
 良いユリが咲くよ深雪は。早く食べたいなぁ」
「なっ、なっ……! さっきからユリユリ言って、その『百合』!?
 私はそんな趣味ありません! お兄様一筋です!!」
「そうでもあり、そうでもない。深雪の麗しい処女性に敬意を表しているだけだよ」
「処女、って……。私はもう、汚されました……」


374 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:26:56 MIveHZP20

 彼女の会陰部は、モノクマの腕によって貫かれていた。
 魔法演算領域よりも、そちらの喪失を恐れるだろう司波深雪の心理を良く突いた、助けがくる前の最後の拷問だった。
 処女膜は何の感慨もなく再生されているが、そういう問題ではない。


「汚された? 私が見る限り、深雪は汚れてなんかいない。
 まだ食べられていない、純潔の初ユリだ。
 透明でもない。人間を食べる、アルケーから咲くユリだ」
「意味不明な言葉でわめくのはやめてください!!」
「じゃあこう言おう」


 百合城銀子は、司波深雪の手を取って、その目をまっすぐに見つめていた。


「……あなたのスキは、本物、でしょ?」
「……はい。この身が尽きても、絶望に落ちても、それだけは誓って、本物です」


 ――私は、百合城銀子のその念押しに、深く頷いていた。

 信用もない。力もなくした。
 今まで敵しか作ってこなかった私が、たった一つ残されたその思いだけを標にして、道を辿る。
 私とお兄様の間に築かれた、死という断絶の壁を踏み越えるべく、私は今一度、シロクマとなろう。
 幾億幾兆の命から、激しく排斥される運命が待ちかまえていることは、間違いない。
 それでも私は、私のスキを、諦めない。

 一億分の一というほんのちっぽけな確率に身をゆだねてもがいていた私の父のように。
 私はあがこう。
 その高みに咲く大輪の花に届く、その幸運を手に入れられることを祈って。
 私の縁起は、再出発する。


【C−5の地下 ヒグマ帝国/午後】


【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:ヒグマ化、魔法演算領域破壊、疲労(大)、全身打撲
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:兄を復活させる
0:諦めない。
1:とにかく江ノ島盾子の支配区域からは早く離脱する
2:江ノ島盾子には屈しない。
3:私はヒグマたちに対して、どう接すれば良かったのでしょうか……。
4:残念ですが、私はまだ、あなたが思うほど一人ぼっちではないようです。有り難いことに……。
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営していました
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司馬深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品でしたが、剥がれ落ちました。
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司馬達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です
※シロクマの手によって、しろくまカフェを襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。
※モノクマは本当に魔法演算領域を破壊する技術を有していました。


【百合城銀子@ユリ熊嵐】
状態:健康
装備:自分の身体
道具:自分の身体
[思考・状況]
基本思考:女の子を食べる
0:早いとこ地上に逃避行しようぜぃ
1:まずは司波深雪を助け、食べる
2:ピンチの女の子を助け、食べる
3:数々の女の子と信頼関係を築き、食べる
4:ゆくゆくはユリの園を築き、女の子を食べる
[備考]
※シバに異世界から召還されていた人物です。
※ベアマックスはベイマックスの偽物のようなロボットでシバさんが趣味で造っていました
※ベアマックスはオーバーボディでした。
※性格・設定などはコミック版メインにアニメ版が混ざった程度のようですが、クロスゲート・パラダイム・システムに召還されたキャラクターであるため、大きく原作世界からぶれる・ぶれている可能性があります。


375 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:30:22 MIveHZP20
以上で投下終了です。

書いている中で思った違和感の正体に今さら気づいたのですが、あれでした。
シバさんは、なんか7が三つ並んでる名前の外人によく似てらっしゃるんだなと思いました。

続きまして、今予約中の観柳組の予約に、
ヒグマ・ロワイアル part2の>>180 からヒグマを一体予約に追加して延長します。


376 : ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 14:44:51 EQXOo/1M0
>>369 の、末尾一行のセリフは誤植です。
削除をお願いします。失礼しました。


377 : 名無しさん :2015/01/20(火) 18:40:18 8XFFd3pg0
投下乙です〜数話ぶんの感想をまとめて

>カナリアの籠展開図(CANARY) >カナリアの籠展開図(BLUMCALE)
キリツグとケイネスがここで活きてくるとは!
これ、本当に◆wg氏は拾うのが上手いなあと改めて思った一手でした
クックロビンくんも自然に絡めて意味を持たせていく……そして作戦が切り替わる。
一人で沈んでいこうとしたマミさんも、球磨はじめとする仲間の言葉で繋ぎ留められてやっと浮上し、
たよれるお姉さん的な存在になってむしろほむらがたじろぐ事態になるとはw
流子ちゃんが参戦時期的にまだ斬るだけなこともしっかり反映されているなあ
診療所まで一気に駒が進み、まだまだ不安要素がありつつもこのチームが一番希望に近いのかも
あとすごいビショップさんがかわいい。お前、萌えキャラだったんだ…

>緑の絵
そして、前の話で出たカワイイという単語がここで掘り下げられていく
守護動物(パワーアニマル)…上院議員の博識さにまた一つヒグマ読み手がかしこくなるな
パッチールに救いがあってよかった…
佐天さんの深層については「月と恋人」でも触れられたけどここで波乱があるのかな、不穏

>シバ・ショック >LUCKY TIME
ベイマックスがスーツから出てくるって読めないよww
グリズリースーツはパージに使われ、絶望的な状況からまずは脱出――
かと思われたシバさんだったけど、さすがにそう美味くはいかなかったというわけで絶望タイム
キング……ツルシインさん……龍田さんも……
全てのサイコロチャンスでファンブルを出し続けたシバさんが起こした結末はでかかったなあ
最期の一手、ユリ熊嵐は妹をとりあえず振り出しまではもどせたのだろうか。

シバさんについては見事なまでに絶望の勝利で終局。
何をしでかしてくるのかまったくか分からないその生き様は頭痛くなるくらい面白かったです。
おつかれさまでした。スレを遡って予約された謎のヒグマにも期待


378 : LUCKY TIME ◆wgC73NFT9I :2015/01/20(火) 19:30:22 senYwhug0
早速の感想をありがとうございます。励みになります。
司波達也さん生存ルートも当然考えていたのですが、こういう形になってしまいました。

>>371>>372の間に、龍田さんのモノローグが抜けておりましたので、申し訳ありませんが追加いたします。
ココカラ


 ――ツルシインは、死んだのだろう。
 彼女よりさらに離れていた自分がこの状態では、いくら直前で『縁起』を読み、損害を軽減したとしてもたかがしれている。
 爆心地のほぼ直下にいたキングヒグマは言わずもがなだ。
 シバという指導者は、一体何を考えてそんな魔法を行使したのだろうか。
 とりあえず敵にはミサイルぶち込んでおけばええねんなどという思考、どこの歪んだ米帝だ。

 そして結局、その後上が崩落したということは、その大雑把な魔法ではあのロボットたちに勝てなかったということだ。
 敗戦計、特に苦肉計の類を得手としているだろう相手に、真正面から突っ込むなど、思うつぼだ。

 飛んで火に入る夏の虫。
 というかむしろ、火のないところに核爆弾を投げ込んで、自分で火の海にした町にダイブする夏の虫と言っても過言ではないかもしれない。
 大迷惑だ。


ココマデです。

司波達也さんに関しては、妹様が今後頑張ってくれることを真に祈念します。


379 : 名無しさん :2015/01/21(水) 01:00:36 sWJdhFDw0
投下乙
デリシャスメル!!!
ああ…キング…ツルシインさん…シバさん…ヒグマ帝国終了のお知らせ。
まさか参加者と戦う前に主導者の五分の三を失うとは…てか殺したのほとんどシバさんじゃね?
ラブライブにハマった愉快なシバさんが最後に妹様を絶望に叩き落すとは何たる皮肉。
江ノ島さんの絶対悪っぷりが見てて気持ちいいヒグマでは到達できない人間の絶望の力というヤツか。
かんこ連隊のおかげで龍田さんの無事は確認されたし戦いは次のステージへ進むのか


380 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:23:13 hzozD.mA0
遅くなりましたが、予約分を投下します。


381 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:24:02 hzozD.mA0
あまり大きな声で叫んでいるために
世界は不気味な沈黙だ
その沈黙の中で
おれはおのれの肉(からだ)に海のような心音(リズム)を聴く

おれが望むのは
おそろしく破壊的なものだ
創造の初めにかえるための力だ
弱いものは死ぬ
と 言いきるための
おれが求めているのは
無難な言葉ではなく
危険なものだ
文法的な意味ではなく
ましてや人間的なものでもなく
天について正しい言葉だ
おまえとおれとが違うにしても
そのどちらもが正統であるべきものだ


(岩村賢治詩集『蒼黒いけもの』より『自分戦争』)


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「……なんで、ヒグマの名前が『制裁』?」
「それはね、私がやった実験結果からつけたの」

 STUDYの研究員たちは、あるミーティングの席で頭を抱えていた。
 データが散逸してしまい、把握の困難になった二期ヒグマたちへ、とにかく暫定的にでも呼称をつけて判別するための会議である。
 今現在は、布束砥信が議長となって進めている中で、各々の研究員が自分の名付けたヒグマの呼称を披露している最中である。

「『解体』といい、あなたそういう名前好きね桜井純」
「えへへ、まあね」
「フフン、桜井は中二病でもこじらせたのかな?」

 布束と桜井という女性陣の会話に、横から関村研究員が茶々を入れた。


「僕の『穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ』という名称を見習いなよ」
「適当な上にゲームに没入しているあなたが何を言っているの。やり直し」
「えっ!? だって、ちゃんと記憶に基づいてるし、不確定な部分は不確定のままにしてるじゃん!!」
「その不確定要素をなくすためにやってるんだから、意味ないでしょうそれじゃあ」

 関村は太った肉体を揺らして抗議するが、布束の蛇のような視線ににべもなく突っぱねられる。
 事態を重く見た斑目、小佐古の両研究員は、先ほどから静観に徹していたSTUDYコーポレーション代表でもある有富春樹へ、ついに発言を促した。


「……やれやれ。やはり僕がいないと君たちはダメか」
「ん……。有富のネーミングは、意外にもセンスあると思うわ」


 各研究員から提出された資料に眼を通しながら、布束が呟く。
 有富は気を良くして、得意げに周囲へ向け両手を広げた。


「『灰色熊』。MTGから取った呼称ではあるが、名が体を表している。皆も既にこれは異論ないだろう?
 そして『ミズクマ』。モチーフは民話だが、これも実に的確な呼称だと思わないか?」
「……フェブリ(2月)やジャーニー(1月)の時といい、あなたこういうところ『だけ』はちゃんとしてるのよね……」
「ふふふ、褒めても給料は上がらないぞ布束」


 布束は有富の言葉をしっかりとスルーする。
 場の空気がいくばくか明るくなったことを確認した斑目と小佐古は、『名が体を表している』ということで高評価を受けた有富のネーミングに自信をもらい、喜々として発言した。


「自尊心があるから『ヒグマ・オブ・オーナー』」
「よく寝るから『ドリーマー』」
「もっとわかりやすい特徴でつけなさいよ……!」
「じゃあ空を飛べるから『空飛ぶクマ』!!」
「サーフィンが好きだから『サーファー』!!」
「ストレートにもほどがあるんじゃない!?」
「よし、『ヒリングマ』ならどうだ!!」
「あなたはゲームから離れなさい関村!!」

 布束はしびれを切らし、書類をテーブルに叩きつけた。
 こめかみを押さえながら、資料に朱を入れつつ確認を取る。


「That's enough……。皆がそういう調子ならもういいわよ……。
 どうせ仮称だし付け直すはず……。未確定のヒグマはまだいるし……。でもキムンカムイ教徒を自称する連中はそのままでいいから……。
 ……結局全員、この提出資料ので構わない、ということね?」
「「「「「はーい」」」」」
「……Oh, dear」


382 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:24:26 hzozD.mA0

 STUDY社内会議恒例の満場一致の挙手で、その場は締めくくられた。
 お粗末なミーティングの結果に溜息をついて、布束は辟易とした様子で資料を纏め始める。

「……ところで。結局あなたの実験がなんだったのか聞いてなかったわ」
「あ、そうそう。『制裁』含めた何頭かを、私はヒグマたちの社会性を調べるために、一つの大きな檻の中に纏めてみたの」
「……複数頭の実験!? いつの間に!?」
「……あ、そうだごめん。連絡してなかった」

 桜井は誰にもその実験の開始終了報告をしていなかった。
 STUDYならではの杜撰で適当な社風だから許されたことであって、本来なら研究者として、組織の人間として、あってはならないことである。

「まあとにかく、穴持たずたちは案外それなりに社会性を見せたわ。
 ……社会的・制裁が発生したのだから」
「……Sounds interestingではあるわね。その制裁を行なったのが、『制裁』というわけ?」


 別に元から、『HIGUMA』は純粋に『羆』なわけではないので、群れのような繋がりを見せたとしても取り立てて不可解ではない。
 中には既に人語を話し、バーバルなコミュニケーションを取り合っている個体も存在しているのだ。
 自我の形成。
 社会の形成。
 そういったものがリアルタイムで観測されたとなれば、確かに興味深いものではある。


「いやいや、『制裁』は、制裁『された』側よ」
「……えっ?」


 桜井は、布束の問いに首を振っていた。


「彼は、餌の動物に墓を作ってやるような振る舞いをしてね。異端に捉えられたんでしょう。
 私から見てもいじめのような『制裁』を受ける羽目になったわ。
 よりによって、その相手のすぐ脇を通って逃げようとする鈍くささがあって……タコ殴りにあってたわ」
「……ああ、そうなの……」

 名前からして、ふつう想像するのは真逆の性質である。
 そのヒグマが制裁を『受ける』側であったことに、桜井以外の研究員は驚きと疑問を禁じ得なかった。
 首をひねるその研究員たちを見回して、彼女はテーブルに身を乗り出す。
 その口調は真剣だった。


「今後実験をするにつけてもヒグマを育てるにつけても、これ以上、こういう形での同胞間の不和が生じるべきではないわ。
 特に、今回は制裁の対象が『制裁』だったのかも知れないけれど、このような異端排斥の圧力が蔓延すると集団は崩壊しかねない。
 精神医学の見地からはどう、布束さん?」
「……Indeed, 自己同一性獲得の過程で受けたその仕打ちが、将来的に逆に他者へ怨恨の発露として向かうことは、大いにありうるでしょうね。
 自分が被害者だった分、相手の嫌うことや、絶望するようなことは、よくわかっているでしょうし……」
「これを戒める意味で、私は彼をそう名付けたの。
 私たちは今以上にヒグマたちのケアをしてあげて、不和や研究員への反感を招かないように、まとまる必要があると思う!」


 桜井の力強い発言に、周囲の研究員は全員が神妙に頷いていた。
 彼女が何の相談もなしに実験を敢行したようなその振る舞いが、そもそも研究員とヒグマのまとまりを崩壊させる事例なのではないかと布束砥信は思ったが、彼女の名誉のために言わないでおいてあげた。

 ――その結果が、実験当日のヒグマの反乱であり、その類例が、ヒグマ帝国指導者の自滅でもあるわけだが。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


383 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:29:57 hzozD.mA0

「フォックスさぁん!?」

 ビルの階下に降りた宮本明が真っ先に思い描いた人物は、その叫びの中にいた。

 破れた窓ガラス。
 荒らされた床面。
 散乱する血痕。
 その只中に横たわる、一人の男の肉体。

 拳法家のフォックスが、その逞しい腹部を裂かれ、絶命していた。

 宮本明の視線は、そのまま火のような怒りを帯びて、ビルの入り口へ向かおうとしている一頭の生物へと突き刺さる。


「お前かぁ!? お前と李徴がフォックスさんを殺したのかぁ!? なんとか言えよぉ!!」
『み、宮本さん……』


 デイパックからずるりと丸太の槍を取り出して明が突きつけたその相手は、言葉にならない言葉で、唸ることしかできなかった。
 生物学的にも純粋に単なる羆でしかない彼、隻眼2――。
 小隻とも呼ばれるその彼に、通訳もいない状況で『なんとか言え』と人語の状況説明を求めるのは、無理難題に過ぎた。


「落ち着け宮本明……。シャオジーも怪我を負っている。恐らくやったのは李徴だ」
「そんぐらい気づいたさ……。だけど、何なんだよ!? なんでなんだよ!?
 なんでこんなタイミングで、こんなことになっちまったんだ!? 誰か説明してくれよぉ!?」


 明に続いて階段を下りてきたのは、ウェカピポの妹の夫であった。
 たしなめる彼の言葉にも、宮本明の狼狽は収まらなかった。

 彼らは一瞬前まで、屋上と、北方の山地との間で、ヒグマなのか魔女なのか戦艦なのか何なのか判然としない、凶悪な戦闘能力を有した敵と戦っていたばかりだ。
 その戦闘においてジャック・ブローニンソンを喪い、宮本明などは、今から山の方に向かい、彼の肉体を奪還しようと息巻いていた時でもある。
 この狙い済ましたようなタイミングで、階下で待機していたフォックスたちがこのような状態になる理由が、彼らには皆目見当がつかなかった。


「……フォックスは、午前中から李徴と行動を共にしていた。ヤツが狂っても自分の安全を確保するために、決してその背から降りようとはしていなかった……。
 誰かがフォックスを振り落とし、李徴を狂わせた。シャオジーではない。フォックスを食わず、逃げてもいない。何の得もないし、宮本明やオレと正面から戦えば死ぬとはわかっているだろう。
 ……第三者が介入してきたんだな? 肯定か否定かで良い。首を振れ、シャオジー」


 ウェカピポの妹の夫は、死んでいるフォックスの元に屈みこみながら、ぶつぶつとそう呟いていた。
 その手元には、ヒグマが押し通って破壊されたビルの正面入り口から、鉄球が転がって戻ってくる。先程、ビルから走り出ていった李徴を止めようと、義弟が投擲していたものだった。

『は、はい……。機械です!! 自分で動く機械が、フォックスさんを襲い、李徴さんを煽り立てて狂わせたんです!!
 そこの、壊れた部品がそうです!! ビルの調度品の残骸ではないんです、それは!!』
「おい、何言ってんのかわかんねぇよ!! 日本語で話せよ!!」
『無茶言わないで下さい宮本さん!!』

 ひたすらに首を縦に振りながら、隻眼2はおののく。
 槍を突きつけたままの宮本明にも、死体を検分する義弟にも、彼の必死の説明はほとんど伝わらなかった。


「……これが、犯人ですかい。小隻さん」


 しかし唯一、彼のジェスチュアとこの状況から事態を推察できる人物が、その時ロビーへと降りてきていた。


「……ったく。ここの主催者だかヒグマさんだか知りませんがね。ちょっと木偶(デク)が好き過ぎるのと違いますかねぇ……」
「また例の羆人形ですか……? いい加減にしていただきたいですね……」


 阿紫花英良。
 黒賀村の人形使いである彼がようやく、下半身を失った武田観柳を、操真晴人と二人がかりで運んで来たところだった。
 彼が左手の指先に摘み上げたのは、見る者が見れば明らかにビル内にある物品とは趣を異にしている、歯車やネジの類。
 辟易とした溜息を吐く彼と武田観柳の両名は既に夜間、ヒグマの形をした自動人形と遭遇戦を行なっていた。


384 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:30:37 hzozD.mA0

「阿紫花さん、あんた、フォックスさんを殺したやつの正体がわかるのか!?」
「いやぁ……、正確にはどうも。これ、あの時の木偶(デク)さんとは違いますねぇ……。基盤とか配線とか……、人形じゃなくてまるっきりロボットかも知れやせん」
『うん、魔力を帯びてはいないね。電力を電波の形で受信して動いていたのかな』

 操真晴人の問いには、阿紫花英良の他に、その肩で白いウサギのような小動物が答えていた。
 その小動物――キュゥべえは、テレパシーによる通話を維持したまま、ロビーの床に降り立った。


『そして、隻眼さん。きちんと今から状況を説明してくれ。僕がキミの思考をそのままテレパシーに流してあげるから』
『あ、そ、そうだ! キュゥべえさんなら僕と話が通じるんだ!! 良かった!!』
「あ、本当だ。聞こえる」


 操真晴人を始めとした周囲の人員が、途端に脳内に聞こえ始めた隻眼2の声に驚く。

『義弟くんなら、彼が明け方まで僕と同行していた話を聞いていたんじゃないのかい?』
「ああ、聞いた。『キミたちが2、3人食べてくれれば、僕も契約がしやすいんだが』とか口走る、ずる賢いクソ淫獣だということをな」

 フォックスが『手品師の心臓』というタイトルで保存したテキストの中に、しっかりと隻眼2の語ったキュゥべえの問題発言や不穏な策略は記載されている。
 ウェカピポの妹の夫は、じっとりとした半眼で振り向き、足元のその小動物を詰問した。


「……お前の流儀は一体なんなんだ。さっきまでほとんど傍観者に徹していたのが、やたら協力的なそぶりをしやがって。
 武田と阿紫花を魔法少女とやらにした張本人らしいが、それはこいつらを絶望に落とす前処理なんだろう?
 今ある情報では、悪いがお前への信用はほとんど無い。返答しだいでは殴りながら殺るぞ」
『なに、簡単なことさ。商売敵が出てきたことがわかったからだ』
「……ええ。それもとんでもなく悪辣な商売敵ですね。許すわけにはいきません」
『そう。大切な商品を破壊しつくされるわけにはいかないからね。これから僕は、全面的にキミたちに協力させてもらう』
「私の実業家としての全手腕を以って、叩き潰してやりますとも」


 キュゥべえのテレパシーにリレーのようにして言葉を重ねたのは、腰から下をまるまる吹き飛ばされながらも爛々と眼光を湛えている、武田観柳であった。
 話の見えない彼らの主張に、義弟を始めとしたその場の全員が困惑する。
 晴人と阿紫花にロビーのソファーへ体を置いてもらい、観柳は泰然とした調子で語り始めた。


「いいですか皆さん。ここにいる私とキュゥべえさんは、商人です。流儀というなら、私のやり方は実業家、もしくは経営者の流儀です」
『そうだね。商人は商人でも、僕はどちらかというとセールスマンの流儀かな』
「ですから私もキュゥべえさんも、はっきり申し上げておきますが、皆さんの事を商品だとしか考えておりませんので。あしからず」
「え!? 商品!?」

 宮本明が、観柳の衝撃的な発言に思わず叫び声をあげていた。
 武田観柳は、さも当然といった調子で言葉を続ける。

「宮本さんや阿紫花さんはなおの事、私と直接契約までしたじゃないですか。大事な商品ですよ」
「なっ、そんな……。今まで観柳さんは俺のこと、ただのモノだと思っていたのか……!?」
『カンリュウの言い方には語弊があるね。僕たち商人が「商品」というのは、人間でいう「仲間」や「親族」と同等に大切なもののことを指すんだよ』
「ええまぁ、それ以上ですね」
「マジかよ……」


 観柳とキュゥべえの価値観は、その場の人員の常識を大きく外れたものだった。
 疑問もなく納得したのは阿紫花英良くらいのものである。

「……私があなたたちを『商品』というのは、その売りつけるべき『客』と『投機』を見極め、大切に守りつつ、島を脱出するために最大の利益を出して活かし切る存在。という意味で言っているんです」
『そして僕にとっては、きちんと「魔女化」という正当な手続きを踏んで売却されるまで死なせることなどあってはならない品物だ。もったいないじゃないか。
 ちゃんと買い取られて利益が出る前に、ことごとく打ち壊しの被害にあうなんてもってのほかだ』
「その通りです。阿紫花さんはわかっていますよね?」
「……そうですねぇ。なので、もうやってますぜ」


 阿紫花は義弟と共に死亡したフォックスの隣に屈みこみ、傷口を魔力の糸で縫い合わせつつ、その首輪を外せないか試していた。
 ジャック・ブローニンソンに行なったように、彼は魔力で動く『木偶(デク)』としてフォックスを蘇らせようとしているのだ。
 武田観柳は満足気に微笑む。


385 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:30:57 hzozD.mA0


「流石は阿紫花さん。私が見込んだだけあります。大事な商品を修繕し、一度破壊されたことも有効活用してくださるとは。有難い限りです」
「はぁはぁ、お褒めにあずかり光栄です……っとと」


 ボン。
 という軽い爆発音がして、続いてフォックスの生首がコロコロとロビーの床を転げた。

「ひゃあああああああ!?」
「お、おわあああああ!?」
「あ〜、流石に爆弾は専門外ですからねぇ……。高見のヤツに扱い方聞いときゃ良かった」
「……惜しかったな。だがその道に詳しい者なら案外簡単に外せそうだ」

 操真晴人と宮本明が似たようなリアクションで驚きに身を引く前を、阿紫花は申し訳なさそうに頭を掻いて通り過ぎる。
 死体も人殺しも慣れたものである阿紫花は何事もなかったようにフォックスの生首を掴んで持ち帰り、義弟も同じく普通に会話を続けた。

「まぁ、仕組みはわかりました。炸薬は少ないですし、爆発で吹き飛ばすというより、首輪の内部を切断するように設計されているわけですわ」
「首輪の内径や、起爆スイッチ、爆発タイミングなども調整できるようだな……。面白い。勉強したら護衛に役立ちそうだ」
「う〜ん……、本格的に首輪を外しにかかるのはまた追々ですね……」


 武田観柳は彼らの様子に目を閉じて呟く。
 とりあえず現時点で、阿紫花英良や義弟に首輪を外してもらおうと思う参加者は、誰もいなかった。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


―――その時の様子を、ヒグマは後にこう語る―――


 はい。それはロボットでした。
 小熊のようなナリをした、自分で考えて動いているような機械です。
 体の半分が白く、もう半分が黒く正中線から塗り分けられていまして、他人をおちょくるような口調で喋っていました。

『ボクは義弟くん一人だった時からずーっとここにいたのさ。キミたちの行動は全部見させてもらっていたよ』
『ロボットに臭跡なんて、あるわけないじゃないの。隠れてた女子トイレに入ってくるようなヤツも、幸い一人もいなかったしねぇ!!』

 などと。
 もうその外皮の合成繊維の臭いなんかは覚えたので判別できるとは思うんですが、こと町中だと似たような臭いが多いですし、実際に見るまでそんな無生物が敵だとは思いませんから。
 もう近くにはいないはずですが……。本当にすみません。
 そしてそれはフォックスさんを『メインじゃない』と言いつつ、李徴さんに向けて『自分が無智で愚昧な鈍物に成り下がった気持ちはどうだい』と、彼の悩みを的確に突き、狂わせていました。

 周到な策略でした。

 李徴さんが狂ってしまえば、僕もフォックスさんも、被害は免れません。
 そして、そのロボット自身は、破壊されることを全く意に介していないようでした。
 山で皆さんが戦っている間に、狙いすましたように襲いかかり、状況を混乱させて迷わせる――。

 一体どのようにして、そんな情報を集めて戦略を立てていたのか、見当もつきませんよ……。


 続き?
 ……わかりません。

 僕としては……、李徴さんが気にかかります。
 でも今後のことを決めるのは、皆さん、ですよね……?


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


386 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:31:21 hzozD.mA0

「……いえ。小隻さんも、私の大切な商品ですよ。あなたがその気でさえいれば、ですがね」


 テレパシーを語り終えた隻眼2に向けて、武田観柳はそう答えた。
 隻眼のヒグマは右眼を見開いたまま、動かなかった。

「……あ、観柳の兄さんが言ってるのは、『小隻さんもアタシらの仲間』だって意味ですから。念のため」
「そうとも言いますかね。ああ、阿紫花さん、フォックスさんが終わったら小隻さんの手当てもお願いします」
「はいはい」

 阿紫花が補足した言葉を聞いても、隻眼2は呆然としたままだった。
 その後、おずおずと搾り出された彼のテレパシーには、大いに動揺が含まれていた。


『で、でも……僕は羆ですよ? 皆さんと同列に扱われて、いいんですか?』
「ただのケダモノとして扱われたいならそれでも構いませんが。ですが、私と契約して行動して下されば、報酬として義弟さんの確保した食料と料理が、死ぬ危険なく提供されます」
「ん……、まあ、ある分だけだが。そこらへんは働きに応じて加減されるだろ。お前の観察力は有用だ」

 既に武田観柳の流儀には納得したらしいウェカピポの妹の夫が、観柳の発言にそう付け加えた。


「とりあえずですね……。商売敵の危険性の予感は的中してしまいましたよ。悪いことに」
『そうだね。この敵の動向は、こちらの動きをほぼ完全に掌握していることを意味している。しかも肉体の切り捨て方は、本土営業中の僕とほとんど同様と言っていい。
 少なく見積もっても数万体はボディを確保して、監視と情報共有をしているのだろうね』
「圧倒的な資産と情報網を保有していながら、小出しに苦肉計で攻めてくるなんて、本当に趣味が悪い。なかなか私好みの戦略ですよ。
 戦力を見誤ってホイホイ攻め込んでくるバカを各個撃破するには良い手なんですよねこういうの」


 隻眼2の説明を聞いた後、武田観柳の表情は渋いものになっていた。

 彼とキュゥべえにとって、対戦する相手や自分の仲間は、もはや人間だろうがヒグマだろうが関係なかった。
 彼らにとっての味方とは、自身の脱出に貢献してくれる人物であり、魔力の利益を稼いでくれる人物である。
 そして相手である商売敵とは、このビルのロビーに出現したロボットを操っている黒幕だ。またそれは間違いなく、戦艦の魔女の山地襲撃および、主催本拠地におけるヒグマの反乱を画策していた者であろう。
 その商売敵にとっては参加者も主催者もヒグマも等しく、絶望と共に殺滅する対象に入っているのだということが、観柳とキュゥべえには嫌というほど察せられたのだ。

 恐らくその黒幕にとっては、自身の操るロボットも、凄まじい戦闘能力を持った戦艦の魔女も、主催本拠地を潰したヒグマたちも、切り捨てて構わない雑兵に過ぎないのだろう。
 全ては、その他に用意した真の目的への目晦ましなのだ。

 蛇の道は蛇。
 悪魔は悪魔を知る。

 普段から悪徳商売で暴利を得てきた彼ら両名には、その黒幕のやり口が非常に良く理解できた。
 彼らでなければ、これだけの情報で真の敵に対する的確な推論を得ることは、不可能だっただろう。


「だからダメですよ皆さん、今逸って単独行動に出ようとなんてしたら。格好の餌食です。
 ……そこでいつブローニンソンさんを助けに飛び出そうか考えている宮本さんに言ってるんですよ?」
「……うっ」

 先程から、長くて意味のわかりづらい会話に苛立っていた宮本明が、自身の考えをピタリと読まれて狼狽する。


387 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:31:50 hzozD.mA0

「だって……! そんなこと言ったら、ブロニーさんこそ助けるべき資産だろ、観柳さん!?
 こんなとこで話し込んでる暇あったら、早くブロニーさんの体を取り返さないと!!」
「……もう、いろいろ手遅れなんですよ宮本さん。ブローニンソンさんとは、契約期限切れです」
「はぁ!? なんだよそれ!?」
「まず、もうとっくに、あの戦艦の魔女は行方を晦ましてます。こっち来ないでくれて本当に良かったですが」

 武田観柳は、瞑目して窓の外を指した。
 焦って窓から顔を覗かせた宮本明の視界の先には、もはやかすかに、山の斜面に突き立つ、血まみれの丸太しか見えなかった。
 戦艦のようなヒグマのような何か――戦艦ヒ級というその存在は、ジャック・ブローニンソンの死体を捕食した後、観柳たちを見失い、別の場所へと移動していたのである。


「――クソッ!! 間に合わなかった!! ……それもこれも、李徴のせいじゃねぇか!!」
「……ちげぇよバカ。李徴のせいじゃねぇし、ジャックは、あれで良かったんだ」


 悔しさと怒りを吐き捨てる明にその時、背後から、死んだはずの男の声がかかる。
 ハッと振り向いた明に視線を合わせていたのは、むくりと体を起こした、フォックスその人であった。

 その体には、首筋と腹部に灰色の縫い跡が残り、臍には歯車のような紋様が刻まれている。
 彼はごきごきと首を回し、気だるげに息を吐いた。


「ハァ〜……。これで俺も、アイツと同じ身の上か。良い迷惑だぜ阿紫花さんよぉ」
「すみませんねぇ、罪深ぇことしちまって。許しておくんなせぇ」
「よ、良かった、フォックスさん……。生き返ったのか!!」
「良くねぇし、生き返ってもいねぇよ。『人生を操られてる』だけだ」

 声の調子を上げた宮本明に対し、フォックスは即座に、苛立った声で否定の言葉をぶつけていた。
 隣で申し訳なさそうに頭を下げる阿紫花へ顎をしゃくり、フォックスは続ける。


「いいか。想像してみろ。俺はこれから永久に、こいつから100メートル以上離れられない人形になったんだ。
 離れた瞬間に止まって死ぬし、魔力が絶たれても止まって死ぬ。もう俺に、『生』なんてねぇ。
 生きて脱出、なんていう夢は完全にパァさ。動かされちまったもんはしょうがねぇから、これから先はもう、『いかに満足できる死に様を飾るか』だけが俺の存在理由だ」
「そんな……、だって生きてたら、もう一度ちゃんとした人間に戻れるチャンスがくるかも……」
「その蜘蛛の糸より細いチャンスが来るまで、この女装趣味のヤクザと一つ屋根の下かぁ!? そんな生活死んでもゴメンだぞ俺は!!」
「女装でも趣味でもありやせんから!!」

 阿紫花の狼狽を他所に、フォックスと明の言い合いは続く。


「ジャックの野郎だって同じだ!! あいつは、獣に抱かれて死ぬことを夢見てたんだ。大満足で往生したんだよ。そっとしといてやれ!!」
「あんたに、ブロニーさんの何がわかるって言うんだ!!」
「……ジャックさん自身が、そう言ってたんだよ宮本さん。あんたが決闘の後で寝こけてる間に」


 こんがらがっていく議論を切り捨てようとした明に突き刺さったのは、脇から操真晴人が投げた言葉だった。
 腕組みをしながら思い返す晴人の顔は、心なしか苦々しいものにも見えた。

 宮本明とウェカピポの妹の夫が決闘を行ない、治療されている間、フォックスや晴人などその他の人員に向けて、ジャック・ブローニンソンはその身の上話をしていた。
 その大部分は、自身がケモナーになった原因のアニメである、マイリトルポニーの布教であったのだが。


「マイリロマイリロ歌いまくるから覚えちまったぜ……」
「妹たちは案外気に入りそうだなとか思いやした」
「うん、イラストも描いてくれたし、可愛いとは思ったよ俺も……」
『でも別種族に性欲を抱きたくなる感情はわかりませんでしたね』
『その感情があるまま契約してくれればなお良かったんだが。惜しかったね』
「ヒグマという獣相手の戦力という意味では、彼は本当に貴重な商品でした。ですが彼自身の意向として、『動物たちと愛し合いながら逝けるならもういつ死んでもいい』とは、その時断られていたんです。
 最後は実質的に自殺ですしね。彼が自分の体で最後まで敵の気を逸らしてくれたのだと考えれば、最早、彼の価値は惜しみなく発揮され尽くしたのだと言ってもいいと思います」


388 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:32:12 hzozD.mA0

 その場のほとんど全員が順に答えたその内容に、宮本明は救いを求めるように辺りを見回した。
 そして彼は、腕組みしたまま押し黙っているウェカピポの妹の夫へすがりつく。
 義弟は、宮本明より先に治療から目覚めたとはいえ、ここまで詳しい話はジャックから聞いていないだろう。
 公平な意見を述べてくれるはずだった。


「ぎ、義弟さん!! ブロニーさんは、助けるべきだったよな!! そうだよな!!」
「……聞けば聞くほど、ヤツはケモナーという者の流儀に殉じたのだとわかった。
 ヤツに何の悖るところがある。死なせてやって良かった」
「うわぁあああああ――!!」

 淡々と伝えられた義弟の意見に、明は悶絶する。
 悔しさと怒りのはけ口が見つからずに、彼は頭を抱えた。


「……宮本さん、あんた、『ブロニー』さんっていうあだ名の由来、知ってるか?」
「由来って……、ブローニンソンを略してブロニーじゃないのかよ!?」
「いや。『ポニーのブラザー』という意味で、『ブロニー』は本来、マイリトルポニーのファン全てのことを指す言葉らしい」
「なん……、だと……?」
「……どうだい宮本さん。俺たちの方が、ジャックさんのこと、知ってるだろ?」

 不憫な視線を送る操真晴人は、明を宥めるべく、粛々と言葉を繋いだ。
 晴人は明へと歩み寄り、そのジャケットを掴んでみせる。


「……それとジャックさん、あんたが寝てる間にイラスト描いてくれたって言ったろ。それ、ここなんだよ……」
「何だって!?」
「『世話になったアキラへ感謝の印』だとか言って……」


 晴人の手からひったくるようにしてジャケットの裏地を返した明が目にしたのは、マジック一本で描かれた、ポニーの笑顔のイラストだった。
 『Twilight Sparkle――Jack Browningson』と流麗にサインされたそのポニーの名は、マイリトルポニーの主人公のものだ。
 迷いない筆遣いで一発描きされたそのタテガミ、ユニコーンの角、円らな瞳などの筆致は、プロの絵師として食べていけるほどに愛らしく、均整の取れたものだった。


「コ、コミケで……」


 ジャケットの裏地を見つめたまま、宮本明は震えていた。
 その目元から、涙が一滴、布地に落ちた。
 イラストは滲まなかった。

 油性マジックだった。


「ブロニーさんの本を、買いたかった――!!」


 宮本明は、嗚咽を漏らしながらその場に膝を着いていた。
 かつては小説家の前に漫画家をも目指していた彼にとっては、ジャック・ブローニンソンのこの才能と技術は、心から見習いたいものだった。

 激しく感情を発露させる明に周囲の人員はおののく。
 慟哭する彼に向けて、阿紫花がおずおずと言葉をかけていた。


「あ、あの……。ジャックさんですね、最期に、明さんに、『サイコーだった』、『ヨロシク』と伝えておいてくれと、そう、言ってましたから……」
「そうだよな……。そうだよなジャックさん……!! 俺がヨロシクされないで、どうするんだ――!!」


 宮本明は涙を拭い取り、吼えるようにして立ち上がる。


「俺が『ブロニー』さんだ!! これからは俺が、『ブロニー』になるんだ!!」


 最早その異様な威容に、辺りの者は彼へ掛ける言葉が見つからない。
 宮本明は燃えるような瞳で操真晴人へ歩み寄り、たじろいで逃げようとする彼の肩を引っつかんで、無理矢理その上着を脱がせ始めた。


「な、なっ、何するんだ宮本さんいきなり!!」
「……交換だよ操真さん。確かに、あんたの方が、俺よりブロニーさんのことを知ってた。こんな貴重なサインまで貰ってたというのに、それにすら俺は気づいてなかった……。
 俺はもう、甘えを捨てる。上辺じゃなくて、心身でブロニーさんを理解する。
 だから、この素晴らしいジャケットは、操真さんが持っててくれ。あんたが、これを着るに、ふさわしい」


389 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:32:35 hzozD.mA0

 いらねぇ。
 すごくいらねぇ。

 と、操真晴人は、汗臭い上に過酷なサバイバル生活でボロボロになった血塗れの薄い綿混ジャケットを押し着せられながらそう思った。
 こんな無名の絵師のポニーのイラストに何のプレミアがあろうか。
 その上ここはヒグマの島だ。そもそも意味も価値もない。
 だが、化け物じみた宮本明の膂力に言葉を返したり、況や逃げ出したりすることは、晴人の肉体では不可能だった。

 黒いレザーとベロアで仕立てられた質のいい晴人のジャケットを、洋服屋が見たら泣きたくなるような雑さで身に着けた宮本明は、吹っ切れたような眼差しで一同に向き直る。


「さぁ、どうすれば良い観柳さん!! 俺はブロニーさんのサイコーの遺志を無駄にしたくない!!
 ここまで語ってくれるってことは、もう次の作戦は立ってるんだろ!? リーダーとして俺を使え!!
 商品でも丸太でもなんでも構わない!! 俺とブロニーさんを、活かし切ってくれ!!」


 宮本明の発言に、観柳たちは呆然と目を見合わせた。

『……私が主導者でいいんですか』
『……いいんじゃないですかい』
『カンリュウでいいと思うよ』
『商人の流儀を拝見しよう』
『オレはお前らの魔法に従うしかねぇよ』
『そういうことみたいだな』
『皆さんに倣います……』

 じっとりとしたテレパシーが交わされた後、武田観柳は一つ咳払いをする。
 瞳を滾らせる宮本明に向け、落ち着いた口調で語り始めた。


「……ええとですね、まず確定していることは、李徴さんを早急に確保することです」
「はぁ!? なんで李徴なんだ!? あいつはフォックスさんを殺した犯人なんだぞ!?」
「各個撃破の戦術なんですよ相手が取っているのは!! 間違いなく今狙われているのは、李徴さんなんです!!
 フォックスさんや小隻さんは、その煽りを喰らっただけの目晦ましに過ぎません!!」


 宮本明は、観柳の予想通り、その言葉で怒り狂った。
 即座にその怒りを抑えるように浴びせた論理に、明の牙は一旦引き下がる。


「……どういうことだ観柳さん」
「いいですか宮本さん……。我々悪徳商人その他、悪行を画策しようとする者が最も危険視する人種って、なんだかわかりますか?」


 言いながら観柳の脳裏に浮かぶのは、緋村抜刀斎や、四乃森蒼紫の姿。
 そしてその肩のキュゥべえが思い描くのは、暁美ほむらの姿だった。


「……まともな狂人ですよ」


 まともな狂人。
 それは観柳の中で、最大限の罵倒であり、また最大限の賞賛でもあった。

 極限まで肥大させ、歪ませた自らの特性を、惜しみなく発揮して邁進してくる者。
 世俗の常識や価値観など脇に打ち捨てて、ただ目的のために突き進んでくる者だ。
 それは絶望的な、破壊的な人災でもある。
 それは一点モノの、かけがえなく高価な商品でもある。

 それらを取り扱い、活かすことにこそ、観柳の手腕の見せ所があった。


 まともなだけの一般人は、大したことない。
 況やまともでない狂人やまともでない一般人は、鼻先で笑い飛ばせるアホの類。
 この場の人物の中でそれらに当てはまる代表者は宮本明だ。
 自らの狂った部分を活かしきれず、脇道に逸れ、自分で窮地を招き、放っておいたら何をしなくても自滅していきかねない者。

 かつて、観柳は、緋村抜刀斎をこの手のアホだと思っていたが、それは違った。
 この島で見た数々の戦闘と彼の剣技や感情を総合して冷静に考え直すに、あの時回転式機関砲を持ち出して彼に対峙していたとしても、恐らく武田観柳は敗北していたに違いない。


 ――その『回転式機関砲を持ち出して彼に対峙』するという行動が、観柳自身を、『まともな狂人』から『まともでない狂人』に貶めてしまう選択だったからである。


「李徴がまともだって言うのか!? 狂ってヒグマになったようなやつが!? ふざけんじゃねぇ!!」
「ブローニンソンさんだけではなく、李徴さんの詩作まで聞き逃したあなたが言わないで下さい!!」
「うっ……。李徴も、何かしてたのか……」

 宮本明が昏倒している間、ジャックの布教の他に、当然ほかのメンバーも自己紹介を兼ねて色々なことを行なっていた。
 そこで李徴は、一篇の詩を吟じ、そして、宮本明も読んだ、件のパロロワのプロットを全員に見せていた。


390 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:32:56 hzozD.mA0

「『百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』……。
 『孫子』の一節ですがね。李徴さんの文章は、内容はともかく、凄まじい量の学に裏打ちされたものでした。
 まともな状態の彼なら、この環境下で立てる戦術にさらに詳しい指針を示してくださるはずです」


 敵は李徴のことを『無智で愚昧な鈍物』と呼ばわったらしいが、それは単に彼の精神的弱点を突いて、『まともな狂人』を『まともでない狂人』に陥れて単独行動させ、屠るための弁舌であったのだろう。
 精神的衝撃を起点として、派手な直接戦闘なく相手陣に大損害を与えて戦術的勝利を勝ち取る。
 その手法は、この敵が相当に戦争を戦い慣れていることを示していた。

 武田観柳自身が誇る『狂人』としての強みは、その金を用い・稼いで商戦を勝ち抜くための数々の策略である。
 会社組織の代表取締役がチンピラのケンカにガトリングガン担いで参戦するのは、観柳の本分では全くない。
 それを思うにつけ、観柳が今最も必要としているのは、余りに強大な敵に立ち向かうにつけて的確な戦況考察をしてくれる、アドバイザーの存在だった。


「ふむ……。『戦争とは他の手段をもってする政治の継続である』……。クラウゼヴィッツの『戦争論』にも似たような記述はあったな。
 承知した。李徴の捜索と奪還のために動こう」
「なんだよなんだよ義弟さんまで……!! 李徴に会ったところで、あいつがまともに戻るのか!? ヒグマになった原因もわからないのに!!」


 観柳の発言に納得して身支度を始めた義弟へ、明は慌てて叫ぶ。
 義弟は、その彼に向け、爬虫類のような冷たい視線を浴びせた。

「……あいつほど解り易い暴走の原因も、そう無いだろう。頭が悪いのか? 宮本明……」
「意味わかんねぇよ!? 俺だって小説とか書くし、李徴がいなくたっていいじゃないか!!」
「……お前は今まで、どんな本を読んだり、書いたりしていたんだ?」
「……女装少年が革命運動する話とか、男性恐怖症の女と女性恐怖症の男の話とか。
 あと帰ったら彼岸島のノンフィクションとか書きたい……!!」
「……帰ったら古典を読み直すとこからやり直した方がいいと思うぞ」

 眉一つ動かさずに突っぱねられた自身の主張に、宮本明は暫く愕然とするのみだった。


 その明をとりあえず捨て置いて、観柳に隣から阿紫花が耳打ちをしていた。

「それで……、結局その李徴さん捜索のための作戦は? この人員で、そんな情報網と兵力を有した黒幕を出し抜ける手段があるんですかい?」
「そうですね……。一応、考えてはいます。結局、私が商業展開してる戦術の一つを応用することになりますが……」
『大丈夫だよカンリュウ。その手法は上手くいくと、僕が保障しよう。
 商売敵が僕たちと同じような思考をしているのだから、相手にとって不足はない』
「……ですかね。キュゥべえさんのようなクソ淫獣が言うのですから、安心しました」
『褒めてもテレパシーしか出ないよ』
「ええ……、十分です」


 肩のキュゥべえと、ほとんど以心伝心のように言葉を交わした武田観柳の顔には、次の瞬間、嗜虐的な笑みが広がっていた。

「この大商人・武田観柳様を敵にしたことを後悔させてやるぞクソ野郎……!!
 情報を集約して商戦を支配できるのがてめぇだけだと思ったら大間違いだ……。
 幕末明治の動乱を潜り抜けてきた私の仕事の流儀を、見せ付けてやる……」

 獲物を前にした獣、一大商機を前にした実業家の顔が、そこにはあった。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


391 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:33:16 hzozD.mA0

どれくらい走っただろうか
思い出すこともない

時にして3.3秒か
鬨にして三千数回か
刻にして一切合財か
千切れていく雲のようだ

灰色と
燦燦たる白色黒色と
陰日向が脳を食む
石の群れが邪魔だ

道の道は俺の道ではなく
その道の前に羆がいる

ああ
羆だ
羆だ
ヒトではない

誰にも恥じることのない羆だ

俺は嬉しい

俺の背中の足音が
喰われてきっと隈になる

羆だ
羆だ
快哉だ
戦の狂気の快哉だ

彼も祭りのようだけど
俺の中では何万の
俺の羆が湧くだろう


「えぎぃぃぃぃいいぃぃ――ぃぃいいる!!」


振るう腕が羆だ
啼く声が羆だ
笑う相手が羆だ
俺も羆だ

そして俺の爪が彼を打つ
彼は受け止めて
笑って殴る
腕に唸りをつけて俺の頬を殴る


俺の頭の中いっぱいに、俺が殴られる音が響いた。


「あ、げ……――!?」


俺は道に横倒しになった。
めげめげ。
めげめげ。
と、俺の耳が水音の中で鳴いた。

痛い。
痛い。

尋常でなく痛い。
なんだこれは。

俺は、殴られたのか。
この目の前の羆に。

殴りかかった俺の攻撃は簡単に受け止められて、そして、こいつに俺は簡単にぶっ飛ばされたのだ。
うわ。
俺の力、弱すぎ。

それはそうだ。
俺は文系じゃないか。
今まで殴り合いなんて、小学校のケンカでしか、したことない。

ウサギは良かった。
べちんと一発叩いたら死んだ。
簡単に喰えた。

ヒトも良かった。
べちんと一発叩いたら死んだ。
肝胆に響いた。

羆はどうだ。
知らん。

あいつを一発叩いても死ななかった。
死んだら泣いてた。
死ななかったから啼いてた。


392 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:34:02 hzozD.mA0

ああそうだ。
相手は羆じゃないか。
俺は今まで、本物の羆なんてほとんど見たことなかったじゃないか。

俺は本当に羆か?
よしんば羆だったとして、羆と戦って羆の俺が勝てるのか?

羆=羆。
1×羆=1羆。
 
だめだ。勝てない。
良くて引き分けだ。
俺の場合文系補正がかかるからそこに定数の零点やめろやめろが乗されることになると思う。
だめだ。勝てない。
死ぬ。

俺は死ぬ。
このまま倒れてたら、この羆に殺されて死ぬ。


「うぎゃああああああぁぁぁぁあぁ――!!」


 俺は叫びながら、全身の筋肉を使って横に跳び退っていた。
 目の前にいた羆の振り下ろした爪が、道路のアスファルトを深々と抉っていた。

「う、あ、あ……!?」

 信じられん。
 羆というものは、爪一つで、こんなキチガイじみた威力を出せる生き物なのか!?
 うそだろ!?


 俺はおののきながら後ずさりし、俺を襲った羆をまじまじと見つめた。

 羆だ。
 それは誰にも恥じることのない羆だ。
 体長は2メートルと半分。
 毛並みは一般的な茶色。
 図鑑に載るような羆だ。

 こんなものが、なんで道のど真ん中に突っ立って、俺に襲い掛かってくるんだ。


 ああ、そうか。
 ここはヒグマロワじゃないか。
 ヒグマがロワイアルしてんだ。羆がいて当然だ。

 で、俺は何だ?
 羆か?
 ロワイアルすべき羆か?


 考えている間にも、その羆は滑り込むように俺の左側へ回り、耳をぶっ叩かれた俺の損傷部位を狙うように爪を振るってくる。
 唸りもない。
 響くのは俺の情けない声だけだ。

「へやぁあ――!?」

 肩が抉られた。
 痛い。

 殺される。
 掛け値なしに。
 間違いなく。
 文法的な意味でなく。
 肉体的に、殺される。


「ひゃっ、にっ、逃げっ――」


 俺は後ろを向いて、一目散にその羆から逃げようとした。
 格好の餌食だった。
 尻に噛み付かれて、そこの肉が食いちぎられた。


「痛でぁ――ッ!?」


 逃げようとしていた俺は、余りの痛みに叫びを上げ、また倒れていた。
 だめだ。
 逃げられない。

 その羆は、俺がもがいて逃げようとするその動きを全て読みきっているかのようだった。
 死角となる背後だけではなくて。
 上から狙うし、下から狙うし、横から狙うし。
 俺の嫌がる位置取りに常に居て、俺を良いようにいたぶってくるのだ。


393 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:35:05 hzozD.mA0

「やめろ――、やめてくれぇ――!!」


 俺はヒィヒィ泣きながら、身を丸めてそいつの執拗な責めに耐えようとした。
 ああ――。

 思い出してしまう。
 これはいじめだ。
 根暗な俺を排斥しようとした人間たちの。

 そう。
 だから俺は逃げた。
 文学に逃げた。
 ロワイアルに逃げた。
 パロロワ書きに逃げた。

 本来何の自慢にもならないその行為で、俺は己の文才を誇った。
 他者を見下した。

 逃げた俺の後を着いて回る足音は、いつも俺の虚栄心と、驕りと、高慢な自尊心だった――。


「しゅ、『春秋左氏伝・宣公十二年』……」


 全身を真っ赤な血に染め、痛みにあえぎながら、俺はその時そう呟いていた。
 羆は、今も俺の皮を裂き、抉り、肉を食らっている。

 それじゃあ、俺は、何だ。
 羆に、こんな風に転がされている俺に残った、背中の足音。
 地底から聞こえる爪音。
 俺の喉から嫋嫋と漏れてくるこの吟詠は――。


「『困獣、犹(なお)も斗(たたか)ふ』――!! 『況や、国相をや』ッ!!」


 俺は、喰らいついてくる羆の口元に、自ら左腕をぶつけていた。
 そして俺はその手首を牙に貫かれながら同時に、その羆の舌を、思いっきり引き裂いていた。

「へにぃぃぃ――……!?」

 悲鳴を上げたのは、今度はその羆の方だった。


 ――追い詰められた獣は、尚も猛烈に反抗する。窮鼠は猫を噛む。
 ――まして一国の宰相であれば尚更。まして一人の人間であれば、尚更だ。


「お、俺は、人間だ……!! キザな・悟ったような・小生意気な・漱石枕流のクソみたいな人間だ!!」


 全部思い出した。
 いや、最初ッから、覚えていた。
 俺は気の狂った振りをして、羆という妄想の代弁者の皮を被り、逃げていただけだ。

 周りが、人間ばかりだったから、俺は自分が羆だと思い込んでいられた。
 小隻も、羆だとは思えないくらいの頭の良いヤツだった。
 自分の中の羆のイメージと違った。

 だが、今、羆に出会ってわかった。
 俺は決してこんな生物じゃないのだと。

 袁さんを殺し。
 小隻を殴り。
 フォックスを殺した。
 薄汚い人殺しの人間が、俺だ――!!


「に、『走(にげる)をもって上と為す』――!!」
「えるえるえるえるるる……!!」


 俺は、裂けた舌から血を垂れ流したまま起き上がろうとする羆から、できる限りの速さで逃れるべく、踵を返した。
 血塗れの・肉の削げた・痛みに苛まれた・満身創痍の体で、俺は走る。
 その羆はすぐさま俺に追いすがろうとしてくる。
 俺はそいつを巻くべく、ただちに近くの民家の窓に飛び込んでいた。

 ヒグマのように巨大化した俺の体重が窓ガラスを突き破り、俺はその室内に転がり込む。
 そのまま止まることなく、室内の色んなものにぶつかりながら、俺はその家屋を縦断し、反対側の窓から出る。


「おるおるおるおるうるうう――!!」
「『書経』、『盤庚・上』――!!」


 すぐさま、俺の通ってきた経路をなぞるように、その羆が追ってくる。
 俺は、祈るように記憶の中の書物の名を謡いながら、爪に摘んでいたものを、その民家の中へ放り込んでいた。


「――『燎原乃火』」


394 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:35:31 hzozD.mA0

 瞬間、その家屋は、大爆発を起こした。
 身を丸めて爆風から転げて、俺は息を荒げたまま、燃え上がる民家を見つめる。

 ――ガス爆発だ。

 室内への突入時に、俺はまず、北海道のほぼ全家庭に配備されている室外灯油タンクをもろともに引き込み、走りながら床じゅうにぶちまけた。
 灯油の染みたふすまの端をかじり取り、ガスストーブでその端を着火しつつ、俺はガスの元栓と配管をことごとく叩き壊して、その室内に都市ガスを充満させた。

 後は、星の煌きのようなかすかな炎一つ――。
 俺の中に眠っていた人間性のような、そんな火種一つで、この家は焼き尽くされた。


 火計。
 羆ではない、人間だからこそできる、戦うための計略だった。


「鳳林、戈(ほこ)未だ息(や)まず
 魚海、路(みち)常に難し
 候火、雲峰に峻しく
 懸軍、幕井(ばくせい)幹(かは)く――」


 ――鳳林関では戦火がいまだ収まらず、魚海へ行く道のりは困難を極める。
 ――聳える雲にのろしが上がり、官軍の宿営地では井戸水が涸れる……。


 杜甫の秦州雜詩の一節を口に呟きながら、俺は呆然とその炎を見上げていた。
 ふらふらと立ち上がりながら、俺は自分の中に、海のような心音を聴こうとする。
 背中にぴったりと着いてきた足音。
 真下の大地の爪の音。


 今まで聞こえ続けていたその音は、もう、聞こえなかった。


 その音はもう、俺自身に追いついていた。
 俺の中の人間は、羆の皮を喰らって、人間に帰っていた。


「――ああ」


 フォックスの語っていたことが思い出される。
 彼の言ったとおりだった。
 やはり自分は、羆ではなかった。
 やはり自分は、ヒトだった。

 あまりに歪みすぎて、俺は他の人間の中では、異端に過ぎた。
 だから、人と接していても、その事実には、気づかなかった。


「――『人間(じんかん)』とは、梵語・mamusyaの漢訳だ……。世間、人の世……。
 その中で関わり合うヒトという獣が、『人間(にんげん)』だ……」


 地下には、物を語る羆たちが蜂起して国か何かを建てたらしい。
 80頭やそこら、羆たちが集められていたら、そういうことも起きるのだろう。
 それはもはや立派な、羆の世。
 羆間(ひかん)? 羆間(ひげん)?
 それとも熊間(ゆうかん)、熊間(ゆうげん)とでも呼ぶべきだろうか?

 俺はじりじりと燃え盛る家屋から後ずさりしつつ、溢れてくる思考を整理してゆく。


「研究所には、ヒトもいたな……。ヒグマもいたな……。
 あそこは一体、何の世と呼べば良かったのだろうな……。
 その中で、自己の属性の一つだけを、極度に、他との均衡を絶して、醜いまでに発達させてしまった異端は、一体自分を、何だと思っていれば良かったのだろうな……」


 俺の知っている『羆』という生物は、元来とても用心深く、頭の良い生物だ。
 それこそ小隻のように、極度の飢えで食欲に負けたりでもしない限り、自分の命を危険に晒してまで争いを起こそうなどということはしない。
 それが野生だ。
 決してそれは、理性の対義語になるような概念ではない。
 小隻はある種特別であろうが、それでも野生の羆は、獲物を『いじめ』たり、いたぶったりは、しないだろう。
 そして、危険な反撃をしてくるだろう相手を、深追いしたりも、しない。

 俺はただ空恐ろしい予感を胸に、燻る建物の炎の裏を見つめ続ける。


 自分の鬱憤を晴らすような暴行。
 一時の感情に任せた奔走。

 それをヒトは、自分たちの性質から目を背けようとして“獣性”と名づけるだろう。
 しかしそれは、恐らく、羆という獣には、本来存在しない性質だ。

 羆ではないのだ。
 俺と同じく。
 ――こやつも。


「お前は――。お前は、何者だ――ッ!!」
「あああああああぁぁぁあああぁあああああぁあああぽんろぉおおあおおあおおあおおあ」


 狂人のような喚きを上げて、炎の中から何かが奔り出た。
 地面にがちゃがちゃと爪音を響かせて降り立ったのは、先程の羆――。
 その毛皮を焦がし、内側に、鈍色の鋼鉄の骨格を輝かせて笑う、ヒグマだった。


395 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:36:25 hzozD.mA0

「机械――。ロボットか、サイボーグ……」
「えけあほろおほあ……、あああああああぽんろあ」


 全く意味を成さない、癲狂の発音をめろめろと漏らしながら、そのヒグマは笑い続けていた。
 身構えたまま、そのヒグマの動向を窺おうとして居ると、その喉元から、何かが口の方へせり出してくる。

「首輪――」

 げろり、と、その牙の先に引っ掛けられたのは、このロワイアルの参加者が例外なく首に掛けている、爆弾入りの首輪だった。
 よくよく眼を凝らすと、そのリングには、『ニンジャ』と文字が刻まれている。
 第一回放送で、呼ばれた人物のものだった。


「――ハッ」


 そのヒグマが何をしてくるつもりなのか、俺は咄嗟に理解していた。
 それは、俺がパロロワ書き手だったからこそ、察することができた戦術。
 そしてこのヒグマが、参加者ではなく『ジョーカー』として存在しているからこそ、可能だった戦術なのだろう。

 逃げようとした俺の脚を狙って、その首輪は、銃弾のような速さで投射されていた。
 瞬間、そこを庇って差し出した俺の左腕に、首輪が当たる。
 内径が可変状態になったまま投擲された首輪は、俺の太い腕にぴったりと嵌り、鍵がかけられていた。

 ピーッ。

 と、余りにも早く、その警告音は終了した。
 続けざまに響いたのは、ボン、という、余りにも軽い爆発音だった。


「ぐおおおおぉぉぉおあああああ――ッ!?」


 俺の手首は、その爆発によってすっぱりと切り落とされていた。
 これによって脚が落とされれば、まず間違いなく逃げられなくなるところだった。
 このヒグマは、自分が仕留めた参加者の首輪を再調整し、攻撃用途として使用できるようにしていたのだ。


「はなはあゆおまらひ……!!」
「くぅ――ッ!?」


 手首を押さえてたたらを踏む俺に、上空からそのヒグマが飛び掛っていた。
 身を引いた胸板に、3本の爪跡が深々と走って血を吹く。


「あぐらなにおまらひ……!!」


 辛うじて致命傷を避けたその攻撃から、続けざまに、そのヒグマは爪を揮っていた。
 振り下ろされるのは、首筋。
 もはや傷だらけの体では、その死神の鎌を、俺はかわすことができなかった。


『「戦術論」、「側面攻撃の原則」――。すぐれた側面攻撃とは、敵の虚を突く無競争の分野で行うこと』


 その瞬間、俺の頭に直接、そんな声が響いていた。


「えげれえろるるろろ――」


 同時に、目の前に居た半機械のヒグマは、顔面に何かを食らって吹き飛ばされていた。
 そのヒグマの頭部でギャルギャルと回転を残し、再び投擲された方角へ飛び戻ったそれは、人間の拳大の鉄球だった。
 俺はその方角へ視線を送り、窮地を救ってくれたその人物の姿を見た。


「妹夫(メイフゥ)か――!!」
『正気には戻ったようだな李徴。のろし――、それともヤツに対しての火計か。見つけやすくて助かった』


 そこには、家屋の屋根の上に片膝立ちとなって佇んでいる、ウェカピポの妹の夫が居た。
 不思議なことに、彼は一切口を動かさず、キュゥべえという小動物のような念話で俺に語りかけていた。
 彼は、俺のすぐ脇で動き始めるヒグマにもう一度鉄球を投げつけつつ、胸元の金のブローチを掴んで、心持ち口元に寄せていた。

 そのブローチは、純金を以って『武田』という漢字を鋳抜いたもののようだった。
 『田』の輪郭は真円形で、中の十字はレリーフのようになっている。
 内部には振動子か何かが入っているようだ。
 そして、そこから連続して、力強い筆の楷行書のように描かれた『武』の文字が、あたかもアンテナのように『田』の右上部に張り出していた。


『李徴を発見した。同時に、李徴を襲っていたヒグマを一頭確認。見た限り、左半身失調の効果が弱い。
 お前らが戦ったというオートマータの類かもしれん。位置は取得できてるんだろう? 増援を頼むぞ』


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


396 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:37:30 hzozD.mA0

 ウェカピポの妹の夫からのテレパシーは、そこから数百メートル離れた、とあるビルのロビーでキャッチされた。


『ええ、ええ。確認できてますよぉ。小隻さんは南に30間。阿紫花さんとフォックスさんは西に1町。宮本さんは東南東に2町走ってくださいね〜』
『はい!』
『了解ですぜ!』
『……おう』
『ああ、わかった』


 武田観柳が、うきうきとした調子で、義弟が先だって印刷していた詳細地図の上に金貨の駒を動かしながらテレパシーを発している。
 その肩に乗るキュゥべえも、上機嫌そうにその尻尾を振った。

『流石カンリュウだね! こういう形の魔力の拡大利用は、他の魔法少女はなかなか思いついてくれないから。
 キミと一緒に仕事ができると、僕もとても気分がいい』
『ありがとうございますキュゥべえさん。まぁ、こういった形の管理運営が、本来の私の仕事ですからねぇ』
『このブローチのデザインもいいよな。女の子なら髪留めにもできるし』
『でしょう? 私の商売の宣伝にもなりますし。あと、嫌味にならないようここの艶消しは結構こだわってます』

 キュゥべえに続いて隣からテレパシーを送るのは、操真晴人だ。
 彼の差し出すブローチを指し、観柳はその一押しポイントをにこやかに語る。
 一連の会話は全てテレパシーで行なわれており、周囲の空間には、彼らの笑顔に反して不気味なほどの静けさが漂っていた。


 武田観柳の作り上げた『商品』。
 それは便宜上、『武田印のテレパシーブローチ』とでも言うべき代物だった。
 魔力を帯びた金で形成されたその装身具は、内部の金貨を魔法的な振動子としたテレパシーの発生および、周囲の金をアンテナとしての、その送受信補助を行なうための道具である。

 それは彼とキュゥべえが企画・開発した、建物などのノイズにほとんど影響されず、ブローチ保有者同士の通信ならば相当な遠距離にまで届く上、意図せぬ盗聴の危険が全くない、非常に隠密性・機能性の高い通信手段であった。


「お、お、オマエラ!! 一体何をしやがった!? なんで制裁くんのところにあんな急速に人を集められる!?
 魔法か!? 魔法なのか!?」


 そのビルのロビーに、破壊された窓から、子熊の形をしたロボットが顔を覗かせる。
 焦ったようにまくし立てるそのロボットの額を、操真晴人は無言の笑顔のままウィザーソードガンで撃ち抜いた。

『うん、魔法だよ』
『あ〜、操真さんがきちんと護衛してくださっている。頼もしい限りです』
『まぁ、朝方からの約束だしね』
『このメンバーの組み合わせだと、カンリュウの契約時を思い出すね。非常に良いね』
「くっそぉ〜!! 一言もしゃべらずにニヤニヤしくさってぇ〜!!」


 そのロボット――モノクマは、謎の行為による綿密な連携で、各個撃破するはずだった李徴を救出しようとしている彼らの元に、わらわらと集い始めた。


「中継局を破壊してしまえば、そんな連携も終わりだ――ぷろぱっ!?」
『悪いけど、その中継局は移動するんだ』


 100体近いモノクマを集めて囲い殺そうとしていたその一角が、激しいエンジン音と共に一気に轢き潰された。
 操真晴人の搭乗バイク、マシンウィンガーが、その後部に武田観柳とキュゥべえを乗せたままモノクマの群れを踏破していた。

『あっはっはっはっは。我々商人が、こんな不便な立地に本店を構えるわけありませんよ。ま、体をぶっ飛ばされたとこで私は死にませんしねぇ!!
 今時の商売では店舗を定在させず空中で売買する手があるということは、キュゥべえさんから拝聴済みです!!』
『コンピューターとインターネットを使った、ネット販売というのさ。ま、結局、僕が代替ボディを使っていつもやってるのと本質的には同じだ』
「待てぇええ――!! 逃がさぁん!!」


 ビルの陰の路地に入り込んだバイクを追って、モノクマたちは必死にそこへ追いすがる。
 しかしその時既に、操真晴人のマシンウィンガーは地上から忽然と姿を消し去っていた。


「ど、どこだ!? どこに消えた!?」


 魔力を探知することはままならない機械である彼らの右往左往ぶりを見下ろしながら、武田観柳たち3人が佇むのは、そのビルの屋上であった。
 路地に入り込むと同時に、武田観柳はマシンウィンガーのタイヤに貼り付けた大量の十円券による浮遊魔法で、それを自分たちごと空に飛ばしていたのである。


397 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:38:19 hzozD.mA0

『ふぅん……あれが黒幕のロボットか……。本当に大量にいるな……』
『ゴキブリみたいなものですね。いちいち殺しきろうとしてたらキリがありません。相手にしないのが一番です』
『暁美ほむらとかは、折に触れて僕を殺そうとしてたけどね。本当、そういう無駄なことはよしたほうが良い』
『……その、暁美さんとかいう魔法少女の方たちとも、早く合流しておきたいんですけどねぇ』
『彼女たちは、放送で呼ばれたけど、本当に死んでないんだよな?』
『そうだよ。ほむらとマミはC-6の地下。杏子がF-5で生きていることは魔力から捕捉できている。
 ほむらは爆発物をよく扱っているから、首輪を外せたのかもしれないね』

 彼ら3人は、徹底した無言のままに会話する。

 キュゥべえは観柳たちへの全面協力を決定した時点で、今までずっと捕捉を続けていたその他の魔法少女の位置座標を全員に伝えていた。
 観柳とキュゥべえは互いに、『参加者を活かし(生かし)、絶望的な破壊に対抗する』という利害で動いている相手のことを、全面的に信頼できていた。
 生半可な義理人情で動かれる相手より、そういう明確な損得による理由で動く者の方が、よっぽどこの商人たちには信用できるのである。

 そうして、両名が魔力を『投資』して作り上げた『商品』は、恐らくこの島から生還するにつけて、莫大な費用対効果をもたらすはずであった。
 敵の黒幕が、科学的・物理的な手法で情報・監視網を形成し、参加者たちを支配しようとしているのならば、こちらはその死角となる、魔法的な手法で情報網を形成してしまえばよいのだ。


 武田観柳は、その口元に酷薄な笑みを浮かべたまま、眼下で右往左往するロボットたちを睥睨する。


『我々は、役割分担をして力を合わせねばなりません。それは、商売の操業にも似ている。
 しかしそれは決して、ただの「群れ」ではない。ただまとまっただけの集団、ただ確保しただけの拠点は、不意の奇襲と攻城戦の良い的です。
 私は先程、あなたに学ばせていただきましたよクソ野郎。なのでもう二度と、同じ轍は踏みません。
 我々は、群れてはいけない。独りになってもいけない。
 個にして全、全にして個。各人が各人自身で行動しつつ、その実決して独りではない。
 そのような一軍団。そのような一商店。そのような一商店街。
 各人は自分という商店の管理者であり、商店街の従業員であり、この商戦の生き残りを賭けて、全員で連携し活躍し、自らを売り抜けさせるべき、貴重なる一点ものの商品なのです――!!』


 力強くテレパシーを発した観柳は、自らの心根を、今一度新たに眼鏡を上げる。


『……「絶望」という不良債権を清算して有り余る『希望』を、私は稼ぎ出す。
 奇跡も魔法も、ヒグマだって買い取って、最大多数の商品を最高値で売り抜いてやる……。
 この一大商戦を勝ち抜くのは、この、武田観柳たちだ――!!』


【E-6・街(あるオフィスビルの屋上)/日中】


398 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:38:35 hzozD.mA0

【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:なし)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ(残り使用可能回数1/3)、紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、詳細地図、テレパシーブローチ×17
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:さぁ、商戦の始まりだ……。
1:李徴さんは確保! 次は各地の魔法少女と連携しつつ、敵本店の捜索と斥候だ!!
2:津波も引いてきたし、昇降機の場所も解った……! 逃げ切って売り切るぞ!!
3:他の参加者をどうにか利用して生き残る
4:元の時代に生きて帰る方法を見つける
5:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:ジャック・ブローニンソンのイラスト入り宮本明のジャケット、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー、詳細地図、テレパシーブローチ
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:観柳さんの護衛として、テレパシー網の中核を危険から逃がし続ける。
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……なれそうだな!
2:キュゥべえちゃんは、根っこからセールスマンだったのか……。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。


【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)、ボロ雑巾(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれたテレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:観柳の魔法の使い方は面白い。彼とは上手くやっていけそうだよ。
1:面白いヒグマがいるみたいだね。だけど魔力を生まない無駄な絶望なんて振りまかせる訳にはいかないよ? もったいないじゃないか。
2:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
3:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


399 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:39:03 hzozD.mA0

「えうえうえうえうえううう――」
『李徴さん! 逃げて!!』
「小隻――ッ!?」


 ウェカピポの妹の夫の左半身失調による束縛をほとんど受けず、直ちに李徴へ再び襲いかかろうとしていた半機械のヒグマに、その時、その場に走り来たもう一頭のヒグマが体当たりをしていた。
 隻眼2。
 彼は北側の路地から、そこに李徴たちがいることを初めからわかっていたかのように、迷い無く突進してきたのだ。
 その左目には、ウェカピポの妹の夫と同じデザインの金のブローチが、眼帯のようにして留まっている。


「――おるおるうう」


 体当たりで弾き飛ばされたヒグマは、相手が複数になったと見るや、直ちに後ろへ飛び退り、撤退を始めた。
 義弟はその様子を慌てずに見送り、ブローチからテレパシーを発する。


『阿紫花、フォックス。敵のヒグマはそっち方面に行ったぞ。南に下りながら宮本と挟め。こっちは李徴を確保した』
『アシハナ向かってます!』
『へいへい了解……っと』
『わかった義弟さん。南に下がりつつ急ぐ!!』

 テレパシーの返事を受けながら、屋根から道路に降り立ち、義弟は傷だらけの李徴の元へ歩み寄り微笑んでいた。


『大分深手を負ったな……。だが生きていて、そして正気に戻ったのが、何よりだ。
 すぐに、阿紫花や武田に治療してもらえ』

 そうして彼は、落ちている李徴の手首を拾い、その腕の傷口をタオルで縛ってやった。
 動く気力もなくなった李徴はただ、彼の行動を、呆然と見つめていた。


「な、なぜ……。なぜお前たちは、こんな俺を、追ってきてくれたんだ……」
『李徴さんを放っておけるわけありません……! だって僕は、もっと李徴さんのお話を、聞いていたかったんですから……』
「小隻……」

 まっすぐにぶつけられた隻眼2の思いに、李徴の心は震える。
 その肩に手をやり、周囲への警戒を解かぬまま、義弟は言葉を繋げた。


『オレたちはお前のような軍師を必要としているからな。それに、フォックスに謝ってもらわにゃならん』
「なっ……、フォックスが、生きて……!? それに、必要とは……。こんな人殺しの癲狂人を、何故……」
『さて。「孟子」とやらの「四端」なんじゃないのか?』
「そ、『惻隠は仁の端なり(哀れみの心が親愛の初めである)』……か!? そんな、甘いことを!?」
『「羞悪は義の端(不正や悪を恥じる心が、正しい行いの初めだ)」と、信じたんだと思うぞ』

 義弟は、李徴にわかりやすい、中国古典の例えを用いて、話に軽く笑みを含ませた。
 同時に義弟は、李徴の知識量と、その狂気が間違いなく晴れていることを確かめ、満足気に頷いた。
 そして彼は、武田観柳の作ったブローチを、李徴の毛並にも留めてやっていた。


『……武田が、お前を狂わせた大量のロボットに対抗するために作った念話装置だ。
 大商人の流儀、とくと拝見したよ。もうお前は、羆の振りをせんでいい。そのままでいい。
 オレたちは皆、まともな狂人だ。ヒグマの流儀が知りたきゃ、シャオジーにでも聞きゃいいだけさ……』
『妹夫……、お前……』
『聞かせてくれ。お前の流儀は、何だ――?』


400 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:39:44 hzozD.mA0

 静かな義弟の心の声に、李徴の声は詰まった。
 知らず、彼の目からは一筋の涙が零れていた。


『俺は……、人間だった。最初から……! 小汚くて・鼻持ちならない・嫉妬深い・人殺しの、小説家だった……!
 それでいいのか? こんな俺で、いいのか――?』
『いい。その人殺しのノベリストの流儀で、オレたち全員の生還を、助けてくれ……』

 真っ直ぐな眼差しで語る義弟もまた、自己の属性の一つだけを、極度に、他との均衡を絶して、醜いまでに発達させてしまった狂人だった。
 ただひたすらに『流儀』を求める狂人。
 そんな人物が、確固として寄り添ってくれている現実に、李徴の狂人は、ひたすらに安堵をするのみだった。


 ――俺は、険しい道を選んで苦しみ抜いた揚句に、さて結局救われないとなったら取返しのつかない損だ、という気持を、知らず知らずの間に抱いていたのだ。

 骨折り損を避けるために、骨はさして折れない代わりに決定的な損亡へしか導かない道に留まろうというのが、不精で愚かで卑しい俺の気持だったのだ。
 人との関わりを避けて人間をやめ、羆に逃げたはいいが結局俺は羆ではなかった。
 今俺は、世界の意味だとか、人間の死に様だとかを云々するほどたいした生きものでないのだと、卑下感をもってでなく、安らかな満足感をもって感じた。

 一切の思念を棄て、ただただ身を働かすことによって自らを救おう。
 『時』とは、人と人との作用の謂いだ。
 例え俺と他人が違っていても、狂った異端でも、それはそれで、そのどちらともが正統なものだ。
 世界は、概観によるときは無意味のごとくあっても、その細部に直接働きかけるときはじめて無限の意味を持つのだ。
 李徴という自分自身が求められている、ふさわしき場所に身を置き、ふさわしき働きに身を打込もう。
 それがきっと、俺の身の程知らぬ『何故』に、道を示してくれる仕事かもしれないから……。


 俺の脳裏には、歌いかけていた、秦州雜詩の後半が、思い浮かんでいた。


 風は西極に連って動き
 月は北庭を過ぎて寒し
 故老、飛將を思ふ
 何れの時か築壇を議せん

 ――『風』は、チベットのような西方に連なって行動している。
 ――『月』は、ウイグルの山地の北方を過ぎて寒々としている。
 ――俺のような老人は、偉大な将軍の再来を切に願っていた。
 ――いつになったら、そのような者があらわれるのだろうかと……。


【E-6・街/日中】


【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:疲労(中)
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本、マリナーラピッツァ(Sサイズ)×8枚、詳細地図
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:敵のロボットに警戒しつつ引き上げだな……。
1:李徴を襲撃していたヒグマを深追いするなよ……。特に、宮本明……。
2:敵の勢力は大部分、機械仕掛けのオートマータ、ということなのか?
3:李徴は人殺しのノベリストの流儀か。面白いじゃないか。歴史上そういうやつもいるぞ。
4:シャオジーは無理して人間の流儀を学ぶ必要はないし、ヒグマでいてくれた方が有り難いんだが……。
5:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
6:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。


401 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:40:08 hzozD.mA0

【隻眼2】
状態:隻眼
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:良かった、李徴さん……!
1:やっぱりこの人たちアブナイ狂人だった! 自分で認めちゃった!
2:ヒグマ帝国……、一体何を考えているんだ?
3:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
4:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
5:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫、白黒のロボット(モノクマ)が、用心相手に入っています。


【ヒグマになった李徴子@山月記?】
状態:健康
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:人人人人人人人人人人
0:多謝、多謝……。請多関照……。
1:小隻の才と作品を、もっと見たい。
2:フォックスには、まだまだ作品を記録していってもらいたい。
3:俺は狂人だった。羆じゃなかった。
4:小賢しくて嫉妬深い人殺しの小説家の流儀。それでいいなら、見せるよ。
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 全身が焼け焦げて機械が覗いたそのヒグマは、自分の退却経路上に、人間の死体が転がっていることに気がついた。
 上半身がほとんど裸の、男の死体だ。
 心音も無い。
 呼吸音も無い。
 正真正銘の死肉だった。

 これが普段であれば、彼はこの死体を食べようとしていただろう。
 しかしこの時彼は退却中だった。そのため、彼はその死体の上を踏み越えて、通り過ぎようとした。

 その瞬間、有り得ないことが起きた。


『ヒュ〜! 「真・跳刀地背拳」!!』


 その死体が、突如高速で地面から跳ね飛び、一瞬にして彼の背中に跨っていたのだ。


402 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:41:05 hzozD.mA0

 跳刀地背拳の伝承者フォックス――。
 彼は、一度自身が李徴に殺害され、そして木偶(デク)として蘇ったことにより、意図せず、その流派の真髄を会得することに成功していた。

 それは、完全なる死の偽装。
 敵の虚を突くその拳法の、究極点に存在する技法である。
 もはや人間としては死んでいる彼にとっては、自分の呼吸や心拍を停止させることなど、造作も無いことだった。
 彼の欺瞞を初見で見破れる存在は、最早この島に誰一人いないと言っても良かっただろう。
 

『――やりやしたねフォックスさん!!』
『ああ、仕留めるぞ阿紫花!!』


 建物の影から、グリモルディに搭乗してヒグマを狙っていた阿紫花が、フォックスに向けてテレパシーを送りつつ出てくる。
 フォックスは暴れるヒグマを、爪の届かぬ背中から押さえつけ、その眼球をカマで抉り殺そうとした。
 その瞬間だった。

 ボフン。


「がっ――!?」
「えっ」


 その出来事に、両名の口から声が漏れた。
 フォックスは、道路脇のビルの壁面に、叩きつけられていた。
 それは、ヒグマの『上半分』と共に、である。
 この『上半分』というのは、そのヒグマが四足歩行している時の形態であり、より正確に言うならばそれは、『背中側半分』とでもいうべきものだった。


「へのあのう……!!」
『フォックスさん!! 大丈夫ですかい!?』


 グリモルディを走らせて駆け寄る阿紫花が目撃していたのは。
 『ヒグマが口元からキレイに真っ二つに分かれ、ばね仕掛けのびっくり箱のごとく、フォックスを乗せたままその背中側半分が吹っ飛ぶ』という、通常ならば理解不能の現象だった。

 ――こいつはやっぱり、ヒグマ型の木偶か――ッ!!

 オートヒグマータとの戦闘経験を元に、一気に叩き潰すか、キャタピラで轢き潰そうと、阿紫花は駆けた。
 しかしその時、フォックスをビルに叩きつけていたヒグマの背中側半分の切断面から、大量の牙が生えていた。
 同時に、道路に居座るヒグマの腹側半分からは、アームのついた大量の注射器が生えてきていた。


「えけあほろおほあ……!!」
「ああああああああああぽんろあ……!!」
『なっ、にっ――!?』


 背中側半分が、牙をノコ刃のようにして高速回転しながら飛来し、同時に、腹側半分が、大量の注射器をくねらせながら、阿紫花へ突撃して来ていた。
 一直線に飛来する、巨大手裏剣の如き背中側半分を、グリモルディを屈みこませることでギリギリ回避し、同時に、通りすがりざまに注射器を伸ばしてきた腹側半分の攻撃を、その人形の腕でなんとか防御する。
 完全に攻守逆転された形で奇襲を返され、まんまと阿紫花は、そのヒグマの撤退を許してしまっていた。


『なっ、なっ……。あんなの反則でしょう!? どんな仕組みになってんですか上下分割完全別行動とか!?』
『くっそ……。折角、死んでちったあ良かったこともあったかと思ったのによ……』


 逃げ去るそのヒグマを驚愕と共に見送っていた彼らの脇を、丸太を抱えた一人の男が走り過ぎる。
 宮本明が、その眼を怒りに燃やしていた。

『あっ、明さん深追いしねぇでくだせぇよ!? もう李徴さん確保はできてんですから!?』
『心配ない! すぐに仕留める!!』

 宮本明は、走りながら槍投げのようにその丸太を肩口へ担ぎ上げ、道路の先で再び背中と腹をくっつけたヒグマへ投げ刺そうと狙っていた。


403 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:42:18 hzozD.mA0

「あほんるい……」
「――!?」


 その時、ヒグマは宮本明へと振り向いていた。
 その口には、明の首にかかっているのと同じ、首輪が咥えられている。

 宮本明はその瞬間、その首輪が自分に向けて、チャクラムか手裏剣のごとく射出される未来を予測する。
 投げようとしていた丸太で、明はその予測射線を塞いでいた。

 カチン。

 即座に予測ぴったりの位置で、射出された首輪を丸太が受け止めて嵌めた。
 その首輪ごと再度丸太を投げつけようとした明の眼に、その首輪に刻まれていた文字が映る。


『西山正一』
「えっ」


 彼の目がその首輪に奪われていたのは、果たして何秒間だったろうか。
 その止まったような時間が終わったのは、首輪が軽い爆発音だけを残して、その丸太を切断し終わった瞬間だった。


「ほおくいかひまい……!!」


 だから宮本明はその瞬間まで、追っていたヒグマが何をしていたのかを、認識してはいなかった。
 自分の上に大きな影が落ちていることに気づいて、明は顔を上げる。
 それは、斜めに切断されて宮本明の上へ滑り落ちてくる、屋上から最上階にかけての、鉄筋コンクリートのビルの角であった。


「う、お……!?」
『明さんッ!!』


 明がまさにその巨大なコンクリート塊に押し潰されようとしたその瞬間、阿紫花英良が、プルチネルラから鎖つきベアトラップを投げつけ、彼の体を高速で引き寄せていた。
 腕に鎖を絡められて引き倒された明の目の前に、三角錐の形状に斬り落とされたビルの角が、道路を砕いて突き刺さる。

 ハァハァと荒い息をつく彼の前には、そのビルの壁面に彫り付けられた漢字が向けられていた。


『宮本明之墓』


 そのヒグマは、明へ向け首輪を投げつけた後、再びその背中側半分を高速で切り離し、その丸ノコのような肉体で、上方のビルの角を断ち落としていたのだった。
 既にその半身も回収され、ヒグマは阿紫花たちの視界から、消え去っていた。


『ふ、深追いしねぇでって、言ったじゃないですかい……! 本当、デタラメなヤツしかいねぇですわこの島……』
『やっぱ李徴の方が100倍まともだ……。あんなバケモノ見ちまったらよ……』


 テレパシーをかけながら歩み寄ってくる阿紫花とフォックスの言葉を聞いてか聞かずか、宮本明は、幽霊のようにふらふらと身を起こした。
 そして一撃。
 渾身の力がこもった握り拳が、目の前のコンクリートの塊を穿った。
 そこに刻まれていた『宮』という文字が、粉砕されていた。


『明さん!?』
「……あいつは、西山を殺したヒグマだった」

 テレパシーで語ることも忘れて、明は低い声でそう呟いた。


404 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:42:42 hzozD.mA0

「西山は、あのヒグマに、殺された――!!」

 怒声と同時に、『本』の字が砕かれる。

「ふがちゃん! ブロニーさん!! すまねぇ……、すまねぇみんな……!! 俺がこんなに不甲斐ねぇばかりに……!!」

 『明』、『之』と、彼は涙を流しながら、次々とコンクリートの壁を殴り続けていく。


「……仇を討つ。絶対に討ち果たしてやる……。だからみんな……、俺に、力を貸してくれ……!!」


 墓石に泣きつくかのように、宮本明はそのコンクリ塊に身を摺り寄せて呻く。
 そして彼は、最後に残った『墓』という文字を、その指先の握力で、削り砕いていった。


「……今までの俺は死んだ。弱いものは、死ぬんだ。今からもっと俺は、強くなる……」


 阿紫花は、彼の背後で眼を細めながら、その宮本明の狂人ぶりに、頬を掻いていた。

『……さて。その「強さ」ってのは、一体何なんですかねぇ……』

 そこはかとない不安感だけを感じながら、彼は淡々と仕事をこなすべく武田観柳にテレパシーを送る。


『……例のヒグマは、逃がしちまいました。体を半分に割って別行動できるとかいうふざけた木偶さんでして、どうにも……』
『構いません。どうせその羆人形も末端の雑兵でしょう。操真さんの転移魔法で李徴さんたちをお呼びしますので、一旦お手伝いください。回復後、再び散開・連携しましょう』
『了解です』


 通信を切った彼は、目の前で泣き崩れる宮本明の姿を見つめながら、観柳の話を思い返す。

 ――今の明さんのような状態が、『まともでない狂人』だ。

 激情に身を任せ、溢れんばかりの力量を持ちながらも、目的の主眼から外れた方向に突っ走っていく者。
 羆の状態になった李徴と同じだ。
 力量としての『強さ』という意味では、宮本明も李徴も既に十分すぎるほど強い。
 体力も精神力も膂力も、武田観柳や自分は彼らの足元にも及ばないだろう。
 『試合』をしたらボロ負けするのが目に見えている。

 しかし、実際の戦場での『強さ』という面では逆に、宮本明は自分の足元にも及んでいない。

 例えば今の状態でするべき『強い』行動は、感傷にふけって泣き崩れることではなく、黒幕の操作しているロボットが近くにいないことを確認しつつ移動することだ。
 自分とフォックスが意識して警戒しているからいいものの、彼一人だったら今ここで背中からズドン、という可能性もありうる。
 宮本明は、こんな行動を続けていたら、そこを近いうちに付け狙われて自滅してしまいかねない。
 それこそ、李徴がハメられてしまったように、だ。


 ここにつけて、武田観柳がこのようなフレキシブルな少数連携行動を採用した理由が活きてくる。
 ――自分たちは、等しく『末端の雑兵』なのだ。
 狂ったり、襲撃を受けたりしても、一度に大損害を受けることは絶対にない。
 そして周囲から援護してダメージコントロールと救援を行なうのか、それとも切り捨てるのかを、自在に選択できる。

 一般の感覚からすれば、再び味方に引き入れるのを躊躇してしまうような李徴などをこの連携網に組み込むことが可能だったのも、この点による。
 固まって仲間が存在していなければ、また李徴が暴れたり、宮本明が自滅したりしても、当の本人以外は誰も被害を受けないで済む。
 その上で、彼らを助けに向かうか捨て置くかは、冷静な傍目八目の状態で判断してから決定することができる。

 宮本明は未だ気づいていないようだが、この点こそが、武田観柳のある種冷徹な、組織運営のための商人の流儀だった。


 ――『強さ』ってのはそういう、仕事とか流儀の経験から出てくるものだと思いやすが。どうですかねぇ宮本さん……?


405 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:43:14 hzozD.mA0

 『殺し屋』と『人形使い』という二本の流儀の刃先が未だ鈍っていないことを自認しつつ、阿紫花は煙草の煙をくゆらせる。
 その更に背後で、阿紫花と宮本明の両名の様子を見ながら、フォックスは腕組みをしていた。


 ――奇しくも、こんなとこで、李徴や、ジャックの気持ちが、解っちまったんだよなぁ……。

 自分をデク人形として蘇生させた目の前の男を観察して、フォックスはやはり、この男と永遠に100メートル離れられない生活は、耐えられないだろうなぁと感じていた。
 ところ構わず煙草を吸ってて、家の中が臭そう。
 デカイ人形がいっぱいあって、家の中が狭そう。
 同時に、怖そうでもあり汚そうでもある。
 立ち居振る舞いからして、外面はよくても私生活では不摂生を重ねるタイプだ。

 というわけで、フォックスは生き残った先の今後の生活について、何の展望も見えなかった。

 ――こういう、生に対して投げやりな状態になると、いい死に様を求めるくらいしかやることが見つからなくなるんだな……。

 かといって、復活による希少な利点と思われた死亡偽装技術の極致は、今後活用できるポイントがあるのかどうかわからなくなってしまった。
 下手を打った仲間を庇い、格好良く息を引き取るというのは王道の人生幕引き手段として考えられるのだが、この面子の中だと、一番最初に下手を打って自爆しそうなのは間違いなく宮本明だ。
 事実、ついさっきだって阿紫花がいなかったら彼は死んでいた。
 ジャック・ブローニンソンじゃあるまいし、そんなバカ野郎のために肉体を捧げるのは正直ゴメンである。
 この演技なのか本気なのか知れない大仰な嘆きで、『バカの巻き添えを喰いました』という恥ずかしい事実と共に名前を連呼され続けるのもマジで嫌すぎる。


 ――今後出会うだろう、モノホンの魔法少女ってヤツに期待するのと、あとは……。


 フォックスは、自分が確保している、複数のデイパックに手をやる。
 その中には、未だ確認していない、大量の支給品が保管されているはずだった。


 ――頼むぜ神様……。せめて思い残すことなく退場できるような、いい巡り会わせをくれよ……!?


【E-6・街/日中】


【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:操真晴人のジャケット、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、先端を尖らせた丸太×8、手斧、チェーンソー、槍鉋、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:西山の仇を取り、主催者を滅ぼして脱出する。ヒグマ全滅は……?
0:西山ぁ……、お前の仇のヒグマは、絶対に殺してやるから……!!
1:ブロニーさん、すまねぇ……。俺があんたの、遺志を継ぐ……!!
2:西山、ふがちゃん、ブロニーさん……、俺に力をくれ……!!
3:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る
※未来予知の能力が強化されたようです。
※ネアポリス護衛式鉄球の回転を少しは身に着けたようです。
※ブロニーになるようです。


【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:大)、魔法少女衣装、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)、鎖付きベアトラップ×2 、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:雇われモンが使い捨てなのは当たり前なんですが、ちゃんと理解してますかね皆さん……?
1:費用対効果の天秤を人情と希望にまで拡大できる観柳の兄さんは、本当すげぇと思いますよ。
2:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
3:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
4:他の参加者を探して協力を取り付ける
5:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
6:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。


406 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:43:32 hzozD.mA0

【フォックス@北斗の拳】
状態:木偶(デク)化
装備:カマ@北斗の拳、テレパシーブローチ
道具:基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ランダム支給品×0〜2(@しんのゆうしゃ) 、ランダム支給品×0〜2(@陳郡の袁さん)、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)、マリナーラピッツァ(Sサイズ)、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:死に様を見つける
0:まともで可愛い女の子とかさぁ……、守るにしてもそういうヤツを守りたいんだが……。
1:死んだらむしろ迷いが吹っ切れたわ。どうせここからは永い後日談だ。
2:李徴は正気に戻ったのかぁ? もうこれ以上ヒト殺すなよ……?
3:義弟は逆鱗に触れないようにすることだけ気を付けて、うまいことその能力を活用してやりたい。
4:シャオジーはマジで呆れるくらい冷静なヤツだったな……。本当に羆かよ。
5:俺も周りの人間をどう利用すれば一番うまいか、学んでいかねぇとな。
[備考]
※勲章『ルーキーカウボーイ』を手に入れました。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』、『鮭狩り』、『クマカン!』、『手品師の心臓』、『Round ZERO』の内容と、
 布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「えのあのう……、あるいあれのいへのあねあ、ああああああああぽんろおおあ……」


 口元から怒りを零しながら、張り付いたような笑顔であり続けるそのヒグマが、街の建物の陰にさまよっていた。
 究極生命体にその命を分断され、半機械の体に改造された彼は、『制裁ヒグマ〈改〉』と呼称される存在だった。


 ――うぷぷぷぷぷぷぷ〜! キミが制裁ヒグマだって? 名前負けじゃ〜ん。
 ――殺そうとしたヒグマが巨大化したからって、人間のすぐ脇通って逃げ出すとかアホ過ぎ! 特に、カーズ様の脇通って逃げるとか絶望的にアホ過ぎ!! 危険察知能力とかないわけ?
 ――まぁ良いよ。そんな、ヒグマらしからぬ感情で動くキミは、さぞアホな墓穴を掘って悔しい思いをしてきたんだろう。
 ――それじゃあ今度はキミが、そのアホなヤツに社会的制裁を下してやる番だ。アホなことしてると簡単に自滅して、死んじまうんだっていう世界の理を、知らしめてやんなさい。
 ――キミを、多少アホなことしても、大丈夫な体にしてあげる。自分がそんなアホだった分、彼らの考えは、よぉ〜く、解ってるでしょ?
 ――その悔しさと怒りを、思う様、ぶつけてやりな。うぷぷぷぷ……。


 究極生命体カーズがカズマとの戦いに興じている間にひっそりと回収され、モノクマの手によって改造された彼はただ、復讐心の塊だった。
 その手足が肉体が機械に変わろうとも、変わらず残り続ける、歪んで肥大した怨恨。
 それは、おそろしく破壊的なものだ。
 『弱い』ものは死ぬ。と言いきるための力。
 それが、彼の肉体を駆動させるエネルギーだった。


 捕食した動物へ墓を作って悼んでいた彼の心根は、その粘ついた恨みで、どろどろと燃え盛り続ける。


「あああああぁぁぁぁああぁああぽんろおおあおおあおおあおおあおおあ……」


 自分と他者とが違うとしても、本当は、そのどちらともが、正しいものであったのかもしれない。
 しかしその認識は、かつて彼から隔絶された。
 そして今その認識を、彼は彼から拒絶する。
 その低い叫びは、彼だけの世の異端に歪みきった、怨嗟の響きだった。


【E-6・街/日中】


【制裁ヒグマ〈改〉】
状態:口元から冠状断で真っ二つ、半機械化
装備:オートヒグマータの技術
道具:なし
基本思考:キャラの嫌がる場所を狙って殺す。
0:背後だけでなく上から狙うし下から狙うし横から狙うし意表も突くし。
1:弱っているアホから優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:アホなことしてるキャラはちょくちょく、でかした!とばかりに嬲り殺す。
※首輪@現地調達系アイテムを活用してくるようですよ
※気が向いたら積極的に墓石を準備して埋め殺すようですよ
※世の理に反したことしてるキャラは対象になる確率がグッと上がるのかもしれない。
 でも中には運良く生き延びるキャラも居るのかもしれませんし
 先を越されるかもしれないですね。


407 : 悟浄出世 ◆wgC73NFT9I :2015/01/28(水) 12:46:05 hzozD.mA0
以上で投下終了です。
続きまして、カズマ、佐倉杏子、黒騎れい、カラス、狛枝凪斗、
劉鳳、白井黒子、ラマッタクペ、メルセレラ、ケレプノエで予約します。


408 : 名無しさん :2015/02/03(火) 07:32:02 JNcBGqcg0
投下乙
あの制裁ヒグマがパワーアップして帰って来たー!?そういえば地味に明と因縁あったねあの熊
江ノ島さんすっかり主催者に成り代わった感があるな。フォックスも復活してるし死亡表記が出たくらいで退場は早過ぎるヒグマロワ


409 : 名無しさん :2015/02/04(水) 01:23:54 hOHMR.Qo0
投下乙です
アシハナがアシハナらしくて良いなー
まあその感覚だよなあ


410 : ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:54:46 OY5xCy120
遅くなりましたが投下します


411 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:55:20 OY5xCy120
 アタシの前に置かれているのは、食べ物だ。
 ご飯があって。
 お野菜があって。
 お肉もあって。
 彩りもきれいな、美味しそうなお弁当だ。

 でもそれは、アタシのために作られたものじゃない。


「……ほら、早く温めろよメルなんとか」
「……メルセレラです」
「か〜ぁ、そんなんどうでもいいから。
 覚えてもらいたかったらこれぐらいさっさとしろよ」
「うう……」


 檻の扉の向こう側から、研究員の一人がそんな見下した口調で、アタシに呼びかけていた。
 アタシは、その美味しそうな食べ物を前にして、歯を噛みながら身を縮める。
 鎖と首輪で壁に繋がれた私の口は、どうやったってその食べ物に届くことはなかった。


「昨日みたいなヌルい温め方したら、電撃だからな。わかってるよな?」
「……はい」


 アタシは生まれながら、自分の周りの空気を、温めることができるチカラを持っていた。
 そのチカラに気づいたとき、アタシは自然と自分の名を思いついていた。
 ……アタシの名は、『メルセレラ』だ、と。
 その瞬間アタシは、自分がちゃんとこの世界に存在しているのだということを、感じた気がしたんだ。


 でもそのチカラは、必ずしもアタシに、良いことをもたらしはしなかった。
 研究員の中で、アタシにちょっかいを出してくる奴がいた。
 アタシのチカラを使いにくる奴。
 ……それだけなら良かったんだけれど。

 最初アタシは、自分が頼られてるのだと思って、嬉しくなった。
 でもそいつは、いつもアタシに、『ビリビリ』をやってきた。
 いつもだ。
 痛くて、怖くて、とてもイヤだった。

 他のヒグマや、研究員に言ったら、もっと『ビリビリ』をするって、アタシは言われた。
 『ビリビリ』はイヤだったから、アタシはその研究員の言うことを聞いた。


 集中する。
 今日こそは絶対にうまくいきますように。
 『ビリビリ』がきませんように。

 お弁当を見つめて、そこの空気だけを、重点的に温めるようにする。

 温めれば温めるほど、漂ってくる香りが、アタシの集中を削ぐ。
 ぺこぺこのおなかが苦しくて、いつもここでチカラが途切れてしまう。
 美味しそうな匂いに、アタシは負けてしまう。

 ダメだ。
 ダメだ。

 今日こそは。
 今日こそは上手く行きますよう。
 今日こそはビリビリが来ませんよう。
 今日こそは、ちゃんと褒めてもらえますよう――!


 アタシは、全力を振り絞って、空気を温めた。


「……やっとできたかぁ? 遅っせぇなぁ。
 本当なら、これだけで電撃モノだぜ? 俺の寛容さに感謝しろよ?」
「ちゃ、ちゃんと、温まってる、はず、です……」


 疲れて息が上がった。
 おなかもぺこぺこだった。
 その私の前から、美味しそうなお弁当は、サッと取り上げられていた。

「さぁて、んじゃ、いただきまー……」

 鉄の扉の向こうで、そいつは割り箸を持って、アタシの温めたご飯を頬張った。
 そして、目を丸くした。


412 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:55:53 OY5xCy120


「う、熱っぢゃぁあああああぁぁ――ッ!?」
「そ、そうでしょ? 今日はちゃんと温まってたでしょ?
 う、上手くやれた……」


 そいつは温かいお弁当を持ったまま、小躍りでもするみたいに、ご飯粒を吹き出して地団太踏んだ。
 アタシは、ようやくチカラを上手く使えたことに、涙を流していた。

 これで、今日は『ビリビリ』は来ない。
 今日は違う。
 今日アタシはやっと、褒めてもらえる。
 アタシはやっと、自分を認めてもらえるんだ――!


「ふざけんなクソヒグマァア!! 意趣返しのつもりかボケがぁあああ!!」


 そう思ったとき、その研究員は、大声で叫びながら、手元のスイッチを押していた。
 『ビリビリ』のスイッチだった。


「ひ、ぎゃああああああああぁぁぁぁああぁぁぁあああぁぁ――ッ!?」
「何が上手くやれただ。俺に怨みを返したつもりかよ……。
 実験動物が人間様に楯突いてただですむと思ってんのか? 身の程弁えな!!」


 鎖と首輪から、『ビリビリ』が全身を駆け回る。
 痛い。
 痛い。
 息が出来ない。
 体があたりを跳ね回る。
 心臓が破裂しそうだ。


 ――その『ビリビリ』は、いつもよりももっと、もっと強くて、長かった。


「……っと、いけねぇ。障害でも残したら上の研究員にバレちまう。このぐらいにしといてやるか」
「ガ……ッ、は、ぁ……」


 アタシはそのまま、床に崩れ落ちていた。
 体は何十人もの人間から袋叩きにあったように、痛みとだるさでチカラが入らない。
 吐き戻すようにして、噎せるような呼吸をこぼすので精いっぱいだった。


「……おい、いいか。調子に乗るんじゃねぇぞ。お前らに名前なんて必要ねぇし、人間様に歯向かえるとか思ったら大間違いだからな?」


 研究員は、それだけ吐き捨てて、私の檻の前から立ち去って行った。
 後には、せせら笑うような彼の声が、廊下の先に消えてゆくだけだった。
 アタシの目からは、涙が零れていた。
 血を吐くように、アタシは泣いていた。


「な、んで……!? どうして、アタシは褒めてもらえないの……!?
 なんで、こんな目にあうの……? 誰か。誰かアタシを、認めて……――」


 その時、アタシの檻の前には、突然誰かの大きな気配が出現した。
 今までずっとそこに隠れていたところから、わざと出てきたような、そんな影。
 そんなヒグマの姿が、そこにあった。


「……メルセレラ。案ずるな。我々『キムンカムイ』は、キミのことを心から歓迎する。
 自力で『カヌプ・イレ』を成し遂げ、そして今『プニ・イレ』を乗り越えたキミだ。
 必ずやキミの名は、世界に向けて告げられる日が来る。
 自分を信じ、カントモシリ(天上界)に坐した己のカムイ(神)の誇りを思い出すのだ。
 私がキミに、『オトゥワシ・イレ』を授けてあげよう……」
「あな、たは……?」


 アタシの名をはっきりと呼ぶそのヒグマは、アタシと同時期に作られたヒグマの一体だったはずだ。
 ヒグマなんかがうろうろしていたらすぐに研究員に気付かれてしまうだろうに、彼は落ち着いた様子で、ただ私に微笑みかけていた。


「私は、『根方の粘液に消える』――。穴持たず12『ステルス』だ。メルセレラ。
 キミの名の真の意味は、『煌めく風』――。
 その美しいヌプル(霊力)を高めることで、キミは認められ、そして万人から崇められてゆくだろう……」
「本当ね……!? 本当に、それで、アタシは、褒めてもらえるのね……!?」
「そうだとも。自分を信じ、たゆまず磨き続けなさい。その素晴らしい成果をアイヌに、キムンカムイに見せたなら、彼らの崇拝を得ることは容易い。
 我々『キムンカムイ』は、カントモシリで最も高貴なカムイなのだから……」


413 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:56:33 OY5xCy120

 ステルスさんは、そう言って、アタシを導いてくれた。
 魂の大切さ。己の名の大切さ。
 色んなことを、研究員の眼をかいくぐって、教えてくれた。

 それから先は、研究員にいくら『ビリビリ』をされても、怖くはなかった。
 もうアタシは、お前たちより素晴らしい神なんだから。
 アタシのハヨクペ(冑)をいくら痛めつけたって、アタシのラマト(魂)までは、汚せないんだから。
 アタシは奴らに隠れて、自分のチカラを磨き続けた。

 ラマッタクペ、ゴクウコロシ、ヤセイ。
 仲間だってできた。


 だから今日、いざ実験の日に臨んでも、アタシは怖くなかった。
 ただアタシは、いつもいつもアタシに『ビリビリ』をしてきた研究員のところに、お礼だけしに行った。

『あんたのお蔭で、アタシはこれだけ素晴らしくなれたわよ』

 と、そう言って、チカラを見せてやった。
 そいつは自分のハヨクペをアタシのお弁当にしてくれた。

 脳みそがあって。
 軟骨があって。
 お肉もあって。
 彩りもきれいな、アタシのために作られたお弁当だ。


 ……そう。
 アタシは、そいつよりも高貴な神なんだから。
 そのお弁当を食べて、良かったんだ。良かったはずなんだ。
 悪いのは、身の程を弁えなかった、そいつ。

 でもそいつを食べても、空腹は収まらなかった。
 そいつは相変わらず、アタシを褒めてはくれなかったから。
 本当は、空いていたのはお腹ではなくて、褒めて欲しい、アタシの心だったのかも知れない。


    ||||||||||


「……れい! なんということを……!!
 私の取り繕った意味がまるっきり無駄になったではありませんか!!」
「……あなただって、示現エネルギーの監督者なんでしょ。ヒグマや、得体の知れない機械に、奪われるわけいかないでしょう」

 怒りと戸惑いに震える黒いカラスの言葉に、黒騎れいがただそう呟いた。

 通りに面した窓ガラスが破れ、非常に風通しの良くなっているビルのロビーに、彼女たちは座っていた。
 直射日光を避けたソファーの元にも、昼の日差しに蒸された空気が流れてくる。


 有冨春樹との出会い。
 自分の故郷を取り戻してもらえるという報酬。
 光の矢を使ったヒグマの強化。
 実験および首輪のシステム。
 島のエネルギー供給を担う示現エンジン。
 そこでばったり出会った四宮ひまわりという友人。

 蒸し暑くなってくる気温の中、堰を切った大雨のように、黒騎れいは自分の来歴を一気に語りきっていた。
 カラスやその他の者が口を挟むことを許さぬ、濁流のような勢いだった。
 佐倉杏子の隣に腰かけて顔を伏せたまま、懺悔のように息を吐き尽くした彼女は、そうしてようやく顔を上にあげる。


「こんな実験に荷担して、虫の良いこと言ってるのはわかってる。
 でも、お願い……。私は、なんでもするから。彼女を、四宮ひまわりを、助けてあげて……」


 自分が、目の前にいる参加者たちをこのような殺し合いに巻き込んだ主催者の一味であり、『ジョーカー』であるのだということを、黒騎れいは洗いざらい語り尽くしていた。

 佐倉杏子は、そんな黒騎れいの背をそっとさする。
 杏子の心に掛かっていた、巴マミ、そして暁美ほむらという友人の安否は、黒騎れいが首輪のシステムを説明した際、
『その道の技術者であれば簡単に取り外しでき、その際に通信機能も途切れる』
 という言葉でフォローされていた。
 『放送で呼ばれる』ということは、必ずしも死んだことを意味するわけではなく、首輪による追跡が何らかの原因で無効となったことを意味するだけなのだ。

 杏子の記憶では、暁美ほむらは弓矢を使った魔法の他、銃火器や爆薬の扱いにも長けていたはずだ。
 この半日の間に、首輪を取り外すことに成功していたとしても不思議ではない。
 もしくは冷静な彼女のことだから、回復魔法にも秀でた巴マミとともに、わざと首輪を爆発させながら高速回復した。ということも考えられなくはない。
 事実、杏子自身も一度、首を断ち落とされたところから再生しているのだ。
 同じ魔法少女である彼女たちがそんなことをしている可能性も、考えられなくはない。


「……わかったよ、アンタの事情は。
 それと、あたしの友達のことも気にかけてくれて、ありがとう」


414 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:57:17 OY5xCy120

 圧し堪えた恐怖と、今後の顛末への不安に身を震わせるれいを抱きしめてやりながら、杏子は周囲の人物を見回した。
 一瞬れいは体を硬くしたが、暖かな杏子の抱擁に、少しずつ緊張をほどいていく。
 右隣に座るカズマ、そして向かいのソファーの狛枝凪斗、劉鳳、白井黒子という面々に向けて、杏子は真っ直ぐな眼差しで言い切った。


「……れいの言うことを信じるぞ。この子の友達を救いに、地下に乗り込む! それでいいな!」


 話を聞く限り、黒騎れいは有冨春樹ら、実験開催の主犯格によって踊らされた被害者だ。
 彼女は今となっては、杏子たち参加者と同じ立場にあると考えて差し支えないだろう。
 ほとんどの者は、その言葉に、一斉に頷いていた。


「……ちょっと待ちなよ。それはあり得ないだろ佐倉サン」

 そこに即座に異議を切り込ませたのは、狛枝凪斗だった。

「よしんば今の彼女の言葉が大部分本当だったとしても、彼女がモノクマと通じる二重スパイである可能性だって否定できない。
 ほいほい着いていったら、地下でモノクマたちに引き渡されちゃう可能性だってあるんだよ?」
「なっ……、そんな。そんなことは……」

 銀髪を振りたたせて弾丸のような言葉をぶち込んでくる狛枝に、必死の覚悟で懺悔し尽くした黒騎れいは、ただ涙をこぼしながら首を振ることしかできなかった。
 その仕草を気にもかけず、狛枝は淡々と筋道立った反論を付け加えてゆく。


「それに……、地下はもうヒグマだらけだ。既に朝から研究所はヒグマに制圧され、そして今度は内乱が勃発中。
 こんな状況で、そのエンジン管理だかしてる友達が生きてるという可能性は無きに等しいよね。
 一時の感情に動かされるべきじゃないと思うよ、みなさん?」


 茹で戻したわかめのように汗で顔に張り付いてくる長髪を吹き払い、狛枝は飄々と発言をそう締めくくった。
 人情を抜きにすれば、狛枝の謂いはまさに正論だ。
 苦々しい膠着に陥った空気の中、かろうじて白井黒子が、腕組みしたようなアルターの装束で言葉を絞った。

「……それでしたら狛枝さんは、今後どのように行動すべきだと、お考えですの……?」
「一度正体を隠してボクらを騙していた実績のある黒騎サンは、やはり信用できない。
 同行させず、ボクらはボクらで、白井サンの友達とかがいるらしい百貨店に向かうべきだと思うね」
「……ダメだ。こんなところに一人で放り出したら、ヒグマの餌になっちまうだけだ」

 初めから用意していたようにつるつると返答する狛枝へ、一層れいを抱き寄せて杏子が首を振る。
 それに対しても、狛枝の対応は素っ気なかった。


「そうなったらそれで当然の報いじゃないかな。もともとは黒騎サンの方が、ボクたち参加者を、そうしてヒグマの餌にしようとしてたんだ。
 いざ自分や友達がピンチになったからって手のひら返すなんて、身勝手過ぎると思わない?」
「おい……。もうそれ以上はやめろ!」
「そうだ……。黒騎さんは情報提供してくれただけでもありがたい。主催者処断の軽重と順番は、状況と折り合わせるべきだ」

 留まるところを知らない狛枝の弁舌に、ついにカズマと劉鳳が同時に食ってかかり始める。

「お前の言っていることは正しいかも知れねぇ。が、気にくわねぇ。
 少なくとも仲間を見捨てようとはしてねぇ時点で、この子の方がお前より信用できる!!」
「これ以上被害を大きくしないためにも、仮に黒騎さんが二重のスパイであったとしても、そばに付き添ってやった方がお互いのためではないだろうか?」
「カズマクンはまだいいよ。だけど劉サン、あなたはどの口で『これ以上被害を大きくしない』とかほざくんだ?」


 劉鳳に向けて狛枝が突き刺すのは、恨みと怒りに溢れた鋭い視線だった。

「白井サンたちに免じて言わないでおいてあげたんだけどさ。
 連絡を取る手段も、脱出する手段も、誘拐された人を救出する手段も、補給物資も何一つ持たず、ろくな情報も無しに無駄に戦いを大きくして死にに来ただけのあなたが、一番信用ならないしふざけてるんだ。
 仮にもあなた警察機構の一員なんだろ? テロの被害者を助けにきたはずが、テロ関係ないところで死にかけて、テロリストの一味と、救いに来たはずの被害者に逆に救われてるとか。
 こんな顛末のために税金払ってるんじゃないんだよボクら国民は。
 被害者は信じて助けを待ってるというのに。日本の国家権力はむしろ話をややこしくして無駄な戦火と消耗を巻き起こすだけとか。無能も無能。暴走も暴走。既に一回白井サンを死なせてる実績つきだし、笑えもしない。
 ……そんな人の提案を信用できるわけないだろ」


415 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:58:36 OY5xCy120

 立ち直りかけていた劉鳳の精神は、狛枝の発言に一発で撃沈された。
 膝から崩れて、乾いた地面に土下座のようにうずくまった彼は、嗚咽とともに謝罪を喚くだけだった。

「す、すまない、すまないぃ……。バカだった……、オレは役立たずのバカだった……!!」
「りゅ、劉鳳さん!? しっかりしてくださいまし……!!」
「な、何一つ否定できねぇが、これから変わりゃいいだろうこれからぁ!!」

 そんな劉鳳に慌てて黒子とカズマが駆け寄って声をかけ、狛枝は苦いため息をついた。
 そうして彼は、震える黒騎れいと、彼女を抱いて睨んでくる佐倉杏子の方へと向き直る。
 れいを守るように立ちふさがる杏子を、諭すようにして狛枝は語っていた。


「……とにかく。ヒグマと繋がってた黒騎サンと同行しているのは危険だ。
 どこまで信用できたかわかったものじゃない……」
「いいえ、それは大丈夫です! 彼女と同行しても危険性に大した違いはありません!!
 むしろSTUDY保有の情報が聞けて有用だと思われますよ!!」


 その時突如遠方から、聞きなれぬ男の声がかかっていた。
 一斉に北側の道へ顔を振り向けた彼らが見たのは、こちらへ平然と歩んでくる、3頭のヒグマの姿だった。


    ||||||||||


 突然現れた3頭ものヒグマに、ロビーでは全員が一斉に立ち上がっていた。
 声を掛けられて気付くまでのうちに、既にビルまでかなり接近されている。
 窓も扉も、『向こう側』から現れた左天という男がモノクマロボットごと吹き飛ばしてしまっていたので、ほとんど互いの状況は筒抜けだ。


「ラマッタクペ……?」


 カズマや白井黒子といった面々が進んで前に立って警戒する中、その3頭の先頭に立って、目を細めて微笑むようにしながら近づいてくるヒグマを、黒騎れいは訝しみながら見つめる。
 研究所で聞いたヒグマたちの情報を思い返す彼女を、ラマッタクペは二足歩行で余った前脚を広げるようにしながら紹介する。


「そちらは最近有冨さんに勧誘された黒騎れいさんですよね。
 彼女は美味しい味噌ラーメンと、故郷の世界を取り戻してもらえるという口約束に乗せられただけの被害者ですので、有冨さんの亡くなった今、もうあなた方参加者とほとんど違いはありません!」


 黒騎れいは困惑した。

 有冨との出会いをこのヒグマが知っているのはまあいい。どうせ彼が吹聴して回ったのだろう。
 しかしヒグマの聴覚は人間より優れているとはいえ、一体彼らはいつから私たちの話を聞いていたのか。
 そしてなぜ、ラマッタクペはわざわざ私を弁護するようなことを言っているのか。
 そんなことをして一体、彼らに何の得がある――?

 いきなり現れては趣旨の見えない言動をしつつ歩み寄ってくるヒグマに、身構えていた一同はめいめい首を捻る。
 彼らを恫喝したのは、佐倉杏子だった。


「おい、そこで止まれ!! アンタら、一体何が目的だ!!」
「アハハ、簡単なことです。僕は、あなた方に道を説こうと思っているだけですよ。早い話が布教です。
 れいさん、宜しければ僕らを紹介していただけませんか?」
「布教……?」


 ビルの窓辺から20メートルほど離れた位置で、にこやかに微笑みながら立ち止まったヒグマの言葉に、杏子は眉を顰めた。
 教会の娘である彼女には、ラマッタクペのその発言は妙に引っかかるものだった。

 黒騎れいは、衆目に促されるまま、やってきた3頭のヒグマを説明し始める。


「先頭の……、今喋っていた糸目のヒグマが、ラマッタクペ。アイヌ語で『魂を呼ぶ者』という意味で、生物の魂の所在を認知できる能力を持っている、とか……。
 それで、キムンカムイ教とかいう、ヒグマ自身を尊ぶ宗教の一員。らしいわ……」
「ええ、そう記録されていると思います。みなさんこんにちは。
 キムンカムイ教現教主のラマッタクペです。よろしくどうぞ」

 ラマッタクペは、黒騎れいの不安げな説明を、妙に含みのある言い方で肯定した。
 このやりとりを見ていた者のうち狛枝凪斗は、この瞬間に、このヒグマを信用してはならないと確信していた。

 ――このヒグマは、黒騎サンに自分たちの紹介をさせている訳では決してない。
 これは黒騎サンがどの程度まで情報を把握しているかを、確かめるための促しだ。
 慇懃に見える物腰に反して、明らかに腹中に謀略を呑んでいる。


416 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:58:59 OY5xCy120

「そして、その隣が、メルセレラ……。『煌めく風』とかいう意味の名前で、空気を温められるんだとか。
 ……同行してるということは、キムンカムイ教徒ということ、なのかしら……」
「今はそうね。ハァイ、私を崇めなさいよ、アイヌ(人間)」

 橙色に近い明るい毛並みのヒグマは、片脚を軽く上げて黒騎れいたちに挨拶した。
 その言葉になんと反応すればいいのか、人間一同は対応に窮した。
 結局、黒騎れいはメルセレラを無視して、その陰に隠れるようにしている、毒々しい紫色のヒグマを指さすことにした。


「最後に、あのヒグマは、穴持たず57ね……。
 あの色彩に即して、全身からトリカブトみたいな致死毒を分泌しているらしいので、絶対に触れないようにして……!」
「メルセレラ様から、ケレプノエ(触れた者を捻じる)というお名前をいただきましたー。
 皆様、よろしくおねがいいたしますー」
「うん、よくできたわねケレプノエ。えらいわ」
「えへへー」

 ケレプノエと呼ばれたヒグマは、二足歩行になってぺこりとお辞儀をする。
 そしてその彼女の頭を、隣のメルセレラが何の躊躇もなく肉球で撫でていた。

 ――触れてるじゃん。

 と、その時、黒騎れいを含めた人間全員が心中でそう思った。


「ほら、いかがです? 黒騎れいさんはよく情報をご存じですよ?
 同行していると役に立つと僕は思いますね!」

 ラマッタクペはその人間たちの狼狽に頓着せず、ニコニコとした表情を変えぬままだった。
 
 喋るヒグマがいるという話は聞いた。
 人間に理解のある、理性や知性のようなものがあるヒグマのことも聞いた。
 しかし、この場の人間には、それを話した黒騎れいも含めて、彼らの目的がさっぱりわからなかった。


「……それで、その新興宗教の教主サマ直々に、なんなんだよ。布教って」
「あ、そうですね。本題に入らせていただきましょう。
 我々は本日皆様に、自分たちが唯一無二のカムイ(神)であることを自覚していただきたくやってきたわけなのです」

 杏子が意味不明な状況にしびれを切らす。
 その発言を受けてラマッタクペが語り始めたのは、やはり理解困難な言葉だった。
 だが、直後発せられた情報に、杏子たちの間にはすぐさま緊張感が走る。


「皆様も、自分の近辺を嗅ぎ回っている、白と黒に塗り分けられた機械に困っていたことでしょう。
 地下のヒグマをも操り、島内はおろかゆくゆくは地上すべてを絶望に陥れようとしている黒幕がそれです。
 なので僕らもそれにどう対抗していくべきか腐心しているのですよねぇ……」


 その緊張感はすぐさま、静かな興奮に変わっていく。

 ――『モノクマ』という存在に気づき、畏れたヒグマたちは、参加者と協力しようとしているのか……!?

 と、その場の全員が、首を捻るラマッタクペの姿を見ながら、大なり小なりそう考えていた。

「その機械の勢力は着実に支配を広げていまして、地下のヒグマコタンの主だった方々も次々に各個撃破されようとしているところです。
 なので、そうアイヌ同士でいがみ合っていたらその隙を付け狙われるだけですよ?」
「……ど、どうすればいい!? どうすればその悪を倒し、皆を助け出せる!?」


 ラマッタクペが軽い口調で宣う言葉に大きく反応したのは、涙に満ち、開ききった瞳でうずくまる劉鳳だった。
 その叫びに満足そうに頷き、ラマッタクペは言葉を続ける。


「そこで皆様にお伝えしたいのが、僕らキムンカムイの教えです。
 カムイであるご自分の名前、そのラマト(魂)の本質を理解すれば、自ずとあなた方は更なるヌプル(霊力)を手に入れられます!
 自分自身を信じ、敵に立ち向かう力を得るのですよ!」
「……現世利益で、にわかに怪しさが増したぞオイ。ろくでもない宗派なら間に合ってるよ」


417 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:59:30 OY5xCy120

 敬虔なキリスト教徒でもある佐倉杏子は、気味の悪い多神教の教義がかいまみえ始めたところで、生理的嫌悪とともにそう吐き捨てていた。
 その彼女へ、ラマッタクペはにこやかに指を振りながら語りかける。


「そういうあなた……。佐倉杏子さんは、もう既に『カヌプ・イレ(己の名を知ること)』を成し遂げているではありませんか。立派に僕らの教義を実践してらっしゃる」
「はぁ!?」
「『プニ・イレ(己の名を上げること)』も、そしてつい先程、死地からの生還で『オトゥワシ・イレ(己の名を信じること)』も体得されましたか。
 ……なるほど、なかなか強いヌプルをお持ちでいらっしゃる。ですが惜しいですね。
 『プンキネ・イレ』まで身につけられていたら僕らともそこそこ戦えたでしょうに」
「意味わかんねぇ言葉で喚くんじゃねぇよ!!」


 アイヌ語で形作った用語を並べ立てるラマッタクペの笑いは、杏子の鼻について仕方がない。
 何を判別されているかも定かではないが、魂の奥まで見透かされているような得体の知れないねめつけに気分が悪くなる。
 黒騎れいを庇いながら片手で槍を構えて威嚇する杏子をしかし、ラマッタクペはもはや眼中に入れていなかった。
 品定めでもするかのように前脚の指を動かしながら、ラマッタクペの視線は首輪の名前を確かめつつ、人間たちの中をさまよった。


「……黒騎れいさんはカヌプ・イレしたばかり。そちらの女性もプニ・イレの途中ですね。
 狛枝凪斗さんは安定してオトゥワシ・イレしてらっしゃるので、『プンキネ・イレ』もすぐでしょう。
 ですがそちらの方は『プンキネ・イレ』に失敗して『レサク(名無し)』に逆戻りですか。そこまで見事に名前を失うと、カヌプ・イレし直すのは非常に難しいですよ。残念です。
 それにつけて一番『怖い』ヌプルをしているのは……、ははあ」
「あの『カズマ』ってアイヌね!!」

 ラマッタクペの言葉の最後を奪い、宣戦布告をするように前脚を突き出して、メルセレラが叫んでいた。
 その様子にラマッタクペは、指をさしかけていた脚をゆっくりと戻す。
 彼が指そうとしていたのは、カズマではなく、黒騎れいの肩――。その上にとまる、一羽のカラスだった。
 しかしそれでも何事もなかったかのように、彼は微笑み続けたままメルセレラに応えた。


「ええ、あのカズマさんは『プンキネ・イレ』までは至っていますね。ここのアイヌの中では一番シヌプル(霊力が強い)ですよ」
「良いわね。すごく良いわね。そんなアイヌに崇めてもらえれば、アタシの素晴らしさも証明されるってものよね」
「なんだ……? 何を言ってやがるてめぇら……」


 シェルブリットの金色の拳を構成して戦闘に備えているカズマが、まったく理解の追いつかないヒグマたちの会話に、眉を顰めながら尋ねた。
 その言葉に、ラマッタクペは肩をすくめる。


「結局ですね。僕らとあなた方で、協力して黒幕を倒しませんか、と、お誘いをしているわけです」
「……それならまだわかる」
「で、僕らキムンカムイと協力したいなら、あなた方自身もカムイであることに気付き、その上で、僕らキムンカムイがその中でも最も『高貴な』カムイであることを認めていただきたい。ということなのです」
「……それがわからん」

 低く声を絞り出したカズマに、メルセレラが嬉々とした表情で前へと進み出ながら叫んだ。


418 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 09:59:58 OY5xCy120

「要するに、どちらが上か下か、身の程を弁えてもらうってことよ! 良いわね!」
「……なんだ。要するに、ケンカか。ご丁寧に俺をご指名でよ……」


 強さを競い合う。
 そして、敗者が勝者の下について、全面的に従う。
 黒幕に挑む『群れ』を作るための『序列』を、それで最初からはっきりさせておきたいのだろう。
 と、カズマたちはこのヒグマたちの意向をそう捉えていた。

 そう理解した瞬間、カズマは窓枠を飛び越えて、ビルの外のヒグマたちの方へ歩み寄り始めた。


「ちょっ、ちょっと待てカズマ! お前、一人であんな危なげなヒグマたちとやり合うつもりか!?」
「心配すんな杏子。強弱ハッキリ示すためのケンカだ。誘いに乗って、叩き潰してやりゃ済む。
 どっちが群れのボスになるべきなのか教えてやるさ。目的は俺なんだろ?」
「そうね。あんたがここじゃ一番強いんだろうから、あんたとの代表戦で、アタシが崇められるべきことが、自ずとわかるでしょうよ!」


 杏子には、単身で挑みに行くカズマの行動が不安でならなかった。
 大筋で、カズマの解釈は正しいものなのだろうが、ラマッタクペとメルセレラが語っている言葉との間には、依然として若干のズレが存在しているように感じられる。

 狛枝凪斗が語っていた、ヒグマと同行する巴マミの例もある。
 研究所で様々なヒグマを見てきた黒騎れいの例もある。
 杏子としては、物分りがあるのなら、そういうヒグマと行動するのが別段嫌なわけではない。
 人間にだって人殺しはいるし、ヒグマにだって人間を襲わない者はいるだろう。
 誰が集団の指揮権を持つのかを実力で決めることに対しても、反論があるわけではない。

 しかし、果たしてこれは、本当にそんな『試合』のような代表戦なのか。
 果たしてこれは、本当にそんな『強弱』を確かめるための行為なのか。
 それがわからなかった。


 杏子は、抱き寄せている黒騎れいと顔を見合わせると、彼女をロビーに残してカズマの後を追う。
 続けて、白井黒子、劉鳳もビル外に出てくる。

 衆人環視の中央で、一人の人間と一頭のヒグマが、笑顔で睨み合っていた。


    ||||||||||


「黒騎サン……。『キムンカムイ教』って言ったよね……。彼らの真の目的は何にあると思う?
 もう少し情報を教えてくれないかな……?」

 通りで戦闘を始めようとしているカズマたちの動向に息を飲んでいた黒騎れいに、すぐ背後から低い声で狛枝凪斗が囁きかけていた。
 恐怖と驚きで一瞬飛び上がりかけたのを抑えて、れいは彼に囁き返す。


「……情報と言っても……。私は信用できないんじゃなかったの、狛枝凪斗……」
「そうだよ。同行できるような信頼をキミには置けない。そしてヒグマと同行するなんてなおのこと有り得ない。
 普通に考えれば、それはヒグマ側にとっても同じだ。薄気味悪い宗旨を持ち出してくるような輩が、人間の下につく可能性のある行動なんてとらないだろう。
 『黒幕を倒すために協力』という概念はあり得るにしても、異種族異文化の集団同士で同一行動なんてどだい無理だということは、ちょっと頭が良ければわかるはず。良くて情報交換までだ」
「人間の下につく可能性……」


 黒騎れいが思い返すに、ヒグマは確かに、ほとんどが誇り高い生き物であった。
 自らを地上最強の生物であると信じて疑わない者や、堂々たる決闘を求めてやまない者もいた。
 実際、先程ラマッタクペも、『僕らキムンカムイがその中でも最も「高貴な」カムイである』と発言している。


「そもそもが、『絶対に人間などには負けない』という自信か根拠があるんじゃないかしら……」
「そうなんだろう。事実、あのメルセレラというヒグマは、致死毒のあるらしいヒグマに触れても無事だった」
「わ……、私の情報は間違っていないはずよ……!?」
「そうだ。黒騎サンの情報の信憑性は、あのラマッタクペというヒグマ自身が保証した。
 『研究所の人間には』、そういう認識をされていたんだろう。
 つまり、このキムンカムイ教徒は、今までずっと研究所の人間を騙し通してきたか、もしくは人間が把握して以降に自分の性質を大幅に変異させた、という実力を持っているんだ」


419 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:00:31 OY5xCy120

 狛枝凪斗の考察には驚きこそすれ、それは決して有り得ないものとは黒騎れいには思えなかった。
 だがそうであったにせよ、果たして、自分を襲った羽根ヒグマの男などを、ビル街の大破壊とともに倒したらしいカズマを名指しして、あの自信はなんだというのだろうか。

「……キムンカムイ教には、独自の強さの判断基準があるようだね。
 下から順に、『レサク』、『カヌプ・イレ』、『プニ・イレ』、『オトゥワシ・イレ』、そして『プンキネ・イレ』……。
 魂の所在を認識する能力とかいうが……、かなり正確に実力を把握されていた感じはするね」
「……そうなのかしら……」

 ラマッタクペの口走っていた用語を、強さの尺度として並べた場合、カズマを指してその最上位に持ってきたのはわかる。
 しかし、その次に値する者に、佐倉杏子とともにこの狛枝凪斗が入っているというのはどういうことなのか。
 狛枝凪斗は明らかに一般人だ。特殊な魔法や技能があるようには見えない。
 単純な力で言えば、彼が上位に存在することなどは有り得ないだろう。
 だとすればこれは、一体何の尺度なのか。


「……メルセレラも、本当に、空気を数度温める程度の特殊能力しかないと聞いたわ。
 『性質を大幅に変異させた』としても、どうやって。どんな形に……?」
「今から、その知りたくもない理由と結果が明かされるんだろう……。もはやカズマクンが返り討ちにしてくれるのを祈るのみだよ……」


 狛枝凪斗は、黒騎れいの背後から、来た時と同じように静かに引き下がり、ヒグマたちから何時でも逃げられるようにデイパックを抱えなおしていた。


「じゃあ準備は良いわね! カズマ、アタシのチカラがわかったら崇めなさいよ!!」
「悪ぃがその前にぶっ潰す!!」

 ビルの内外から見守られる中で、メルセレラが心底嬉しそうに叫んでいた。
 それに呼応するように、カズマが右手の甲のシャッターを開き、その中に空気を取り込むようにしてエネルギーを溜め始める。

 肌に突き刺さるような彼の気迫を受けて、メルセレラは朗らかに笑った。


「わかったわ! じゃあ遠慮なく行くわね!!」


 その言葉が辺りに響いた瞬間だった。


「輝け――」


 そう言いながらシェルブリットを起動させようとしていたカズマの体が、爆発した。
 両肺の内側から、肋骨をポップコーンのように弾けさせて、心臓と共に花火のように肉塊が辺りに飛び散った。
 気管を伝ったらしい爆風が、彼の首を後ろにのけぞらせ、口から火を噴くようにして、真っ赤な血飛沫を吹き上げていた。

 そして彼は、胸の中身をがらんどうに開け放したまま、よろよろと数歩ふらつき、仰向けに倒れた。
 暫くの間、誰も今起きたことを理解はできなかった。
 その場を沈黙が支配した時間は、数十秒にも、数時間にも感じられた。

 次に聞かれた音は、愕然とした表情で呟いた、メルセレラの声だった。


「えっ――。うそ。これで終わり……?」


 彼女の声に続いて、佐倉杏子と劉鳳の絶叫が辺りを埋める。

「か、カズマァァァァァァァァァァァァ!?」
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「嘘でしょラマッタクペ!? あれくらいで終わりなんて!! これじゃあアタシは崇めてもらえないじゃない!!」

 慌てふためくメルセレラに向けて、杏子が瞬時に巨大な槍を生成し、突き殺さんとして走りかかっていた。


420 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:01:24 OY5xCy120

「てめぇえ!! よくもカズマをォッ!!」
「ねぇラマッタクペ! 本当に『プンキネ・イレ』ならあれくらい防げるでしょ!?」


 しかしその瞬間、槍を掴んでいた彼女の右腕は、ほとんど何の前触れもなく爆発して吹き飛んでいた。
 大口径の拳銃を押し当てられた状態でぶっ放されたような、そんな衝撃だった。

「ぐ、あ、あっ……!?」

 メルセレラは、一瞬杏子へ視線を振り向けただけだった。
 焦げた骨肉を露出させて血を滴らせる自分の下腕を押さえ、杏子は道路に膝崩れとなる。
 一連の様子を瞠目して見つめていたその他の人間は、もはや動くこともできなかった。


「……まぁ大丈夫ですよメルセレラ。まだカズマさんはカントモシリ(天上界)に行っていません」
「……て、め、え……、きょ、う、子に、手、出しやがった、な……!!」


 笑顔を保ったままのラマッタクペが、もったいぶった調子でメルセレラに答えた。
 それと同時に、後ろを向いていたメルセレラの背後で、声が立つ。

 カズマが、全身に虹色の粒子を纏わせつつ、立ち上がっていた。
 口内に残った煤と血を吐き捨てて、構えを取り直した彼の肉体は、金色の獅子のような鎧に覆われていた。
 肺と心臓を始めとする胸部臓器を、アルター化して再々構成したのだった。
 それを見たメルセレラの顔が、一気に明るくなる。


「わっ、カッコイイ! なんだ。復元できるなんて便利なハヨクペ(冑)じゃない!
 それで、どうだった? アタシの素晴らしさはわかったでしょ!?」
「ふざけんじゃねぇっ!! ぶっ殺してやらぁぁあああああぁっ!!」


 先導者を決めるための勝負だと考えていたカズマにとって、メルセレラの一連の行為は明らかに殺人目的の裏切りと奇襲にしか思えなかった。
 事実、エイジャの赤石と共鳴してアルター能力が増幅されていた彼でなかったならば、一瞬で心臓と肺を同時に破壊するメルセレラの攻撃から生還することなど到底できなかっただろう。
 もはやヒグマは、協力し合えるような話の通じる存在ではない。
 明確に、彼にとっての、敵であった。


「佐倉さん!! 危ないですわ!!」


 一帯に輝きと爆風を撒き散らし、カズマは怒り狂ったようにそのヒグマへ突撃していた。
 その攻撃と同時に、危険を察知した白井黒子がその髪の触鞭で劉鳳と杏子を捕え、ビルのロビーまで瞬時にテレポートする。
 広範囲を巻き込むようなシェルブリットの爆風は、標的となっていたメルセレラにも、ラマッタクペにも、上空に急速に移動されることで回避されていた。
 ビルのロビーで伏せる人間も、その突撃でダメージを受けることはない。

 唯一そのカズマの攻撃の影響を喰らったのは、避ける手段を持たずにまごついていたケレプノエただ一人だった。


「き、ぁ……」
「ケレプノエ――っ!?」


 爆風の煽りを受けて遠くのビルの壁に叩き付けられた彼女は、気を失って地に崩れていた。
 その様子に、上空に浮遊したままメルセレラが悲鳴を上げる。
 メルセレラはそのまま、隣で哄笑を上げて浮いているラマッタクペに対して叫びをぶつけていた。


「ラマッタクペ!! こんなの、『プンキネ・イレ』を会得したアイヌのやることじゃないでしょ!? どういうことなのよ!!」
「アハハハハハハハッ!! そうですねぇ!! たった今、メルちゃんのおかげで、彼がようやく足を掛けていた『プンキネ・イレ』は崩れました!!
 もともと彼の到達は、佐倉さんの助けがあって成し遂げられていたものですしねぇ!!
 あなたこそ、加減していたとはいえちょっと軽率に過ぎましたね!!」
「あんた――!! 最初からこれを狙って声を掛けさせたのね!?」
「さぁ? 僕は今のところ常に正しいことしか言ってませんけれど、少なくとも、メルちゃんは僕を信じるべきではなかったんですよ?
 僕らは常に自分を信じなきゃ。自分の信じたものこそが、正しい道ですよ、メルちゃん」
「――略すなぁァァッ!!」


 内輪の者にしか理解できないだろう、それでいて、非常に切実な内容だと思われる会話の応酬を、彼ら2頭は空中で交わし合った。
 そしてすぐさまメルセレラは、地上に急降下してケレプノエに駆け寄る。
 そこへ、突撃から折り返してきたカズマが、再び大量の光を身に纏って拳を振りかぶってくる。


「――卑怯者がぁぁああああっ!! 砕けろォォォォッ!!」
「どっちがウェンペ(悪人)よ!! ケレプノエを、巻き込むなぁぁぁぁ!!」


421 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:01:57 OY5xCy120

 メルセレラは自ら、カズマの突進に真正面から突っ込んでいった。
 突撃するカズマの近傍に、何度も小爆発が発生する。
 金色の鎧が吹き飛び、骨肉が崩れ、勢いが弱まる。
 それでも、カズマの眼光は、握り拳は、緩まなかった。


「真ん前から打ち砕く!! 俺の自慢の、拳でぇぇッ!!」
「このっ――、エパタイ(馬鹿者)――ッ!!」


 メルセレラの吹き出す猛烈な熱風を裂いて、カズマの拳が突き出される。
 その金色の拳は、メルセレラの腹部にめり込み、彼女の巨体を後方に吹き飛ばしていた。

「ガッ、ハァ――」

 ビルの壁に叩き付けられ、彼女もまた、地に伏した。
 そして殴りつけた拳の先から、カズマのアルターの鎧にはピシピシとひびが入り、瞬く間に崩落する。
 力尽きたように、肩で息をしながら、カズマもまた道路に膝をついていた。


「はあっ……、クソ、無事か、杏子……!?」
「あ、あたしは、大丈夫だ……。回復魔法を使う……!」
「ケ、ケレプノエ……。行きましょう……。もう、こんな奴らと、いられない……」


 塵埃の吹き込んだビルのロビーから佐倉杏子が身を起こした時、壁に叩き付けられていたメルセレラも身を起こし、すぐ傍に転がっていたケレプノエを抱きかかえ、走り去ろうとしていた。
 カズマのシェルブリットの勢いは、大部分が彼女の風によって相殺され、メルセレラに明確なダメージを与えるまでに至ってはいなかった。
 そのヒグマの行動に気付いてすぐさま、カズマは彼女の後を追おうとした。


「こ、この、待ちやがれヒグマ……ッ! 叩き殺してやる……ッ!!」
「は〜い、そこまでですねぇ〜」
「――ごあっ!?」


 そうしてカズマが立ち上がった瞬間、重力のようなものが暴力的な勢いで、彼の頭を道路のアスファルトに叩き付けていた。
 その現象は、ビルの中で立ち上がり始めていた全ての人間にも等しく引き起こされる。


「ぐはっ!?」
「な、なんだい、これは――!?」
「う、動けませんの……!!」
「か、カズマ! 大丈夫か――!?」
「れい、胸をどかしなさい!! 潰れてしまいます!!」
「そ、そんなこと、言われても――」


 カズマ、劉鳳、狛枝凪斗、白井黒子、佐倉杏子、カラス、黒騎れいの全員が、五体を押さえつけてくる謎の力に、床に這いつくばるを得なくなっていた。
 それは、微笑み続けるラマッタクペが引き起こしている現象である。
 彼は悠然と空中から降りて、必死に見上げてくるカズマの前に立っていた。


「いやはや、ご協力ありがとうございますアイヌの皆様方。ですが、ここでメルセレラたちを追うのはやめた方が良い。耳と耳の間に坐ることになりますから。
 まぁ、このままでは遅かれ早かれそれは同じだと思いますけどね。アハハハハ」
「て、めぇ……!! 何がしたかったんだ!! 何が『協力』だ!?
 てめぇらにも俺たちにもまるっきり損しかねぇケンカを吹っかけて、何が目的だったんだ!?」
「え? 勝手にケンカにしてしまったのはあなたじゃないですか、カズマさん。
 僕らが遠慮してなかったら、そもそも『プンキネ・イレ』に片脚を突っ込んだ程度のアイヌさんが、『ピルマ・イレ』に至ったキムンカムイと対等な勝負になるわけないんですから――」


 彼らの声が次第に遠くなっていく中、メルセレラは、ケレプノエを抱えて、必死に街中を逃げ去っていた。
 彼女の目に湧き出してくるのは、涙だった。


 ――今日は違う。
 ――今日アタシはやっと、褒めてもらえる。
 ――アタシはやっと、自分を認めてもらえる。
 そう、思っていた。


「それが……。それが、どうしてこうなるの……? アタシがいくら『己の名を守っ』ても、誰も……。
 誰もアタシを、崇めてはくれない……。これじゃあアタシは、『己の名を告げ』たり、できないわよ……」


 メルセレラの脳裏には、かつて浴びせられた数々の罵声が、滲んでゆく視界に流れてゆくだけだった。
 まだ聞かされずにいる、ただ自分の名を認めてくれる声を求めて、彼女は走り続けた。


422 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:02:39 OY5xCy120

【F-6 市街地/午後】


【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:疲労(中)
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』
道具:無し
基本思考:このメルセレラ様を崇め奉りなさい!
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つけて自分を崇めさせる。
1:ヌプル(霊力)のぶつけ合いをしても、褒めてもらえなかった……。どうすればいいの?
2:アタシをちゃんと崇める者には、恩寵くらいあげてもいいわよ?
3:でも態度のでかいエパタイ(馬鹿者)は、肺の中から爆発させてやってもいいのよ?
4:ヒグマンはヒグマンで勝手にすれば?
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。


【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:気絶
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』
道具:無し
基本思考:キムンカムイの皆様をお助けしたいのですー。
0:メルセレラ様のお手伝いをいたしますー。
1:ラマッタクペ様はカッコいいですー。
2:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
3:お手伝いすることは他にありますかー?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について、ほとんど自覚がありません。


    ||||||||||


「――シサム(和人)のアイヌさんにもわかりやすいように、日本語で説明してあげましょうか」

 カヌプ・イレとは、己の名を知ること。
 プニ・イレとは、己の名を上げること。
 オトゥワシ・イレとは、己の名を信じること。

「大部分のアイヌさんはですね、オトゥワシ・イレに至った段階で、自分は高みに上り詰めたと、思い込んでしまうんですよね。まぁ実際、大抵のことならそれで十分切り抜けられるんですが。
 その盲目さの原因は、プンキネ・イレが、あまりに地味で目立たないくせに大変な労力のかかることだからだと僕は思ってます。その成果も目に見えづらいですしね。
 オトゥワシ・イレの先の信心を見出したアイヌさんも、大抵見据えるのは、プンキネ・イレをすっ飛ばしたピルマ・イレの段階です。
 ですが、プンキネ・イレをおろそかにしたその歩みは、確実に失敗します」


 ニコニコとした笑みを崩さず、這いつくばるカズマの上に身を屈めて、ラマッタクペは滔々と説明をしていた。
 ギリギリと歯噛みをして立ち上がろうとするも、カズマの肉体は、指先一本までが巨石に押さえつけられたかのようになっており、動かなかった。


「プンキネ・イレとは、『己の名を守ること』です。
 ここの過程が、恐らく、初めてカヌプ・イレする時と同じかそれ以上に難しい。メルちゃんもたいそう難儀してますよこれに。
 なので彼女とお手合わせ頂き、ご協力ありがとうございました」
「初めから……、俺たち全員を、戦って、殺すつもりだったのか……!?」
「え? 何を言ってるんですか? お手合わせはお手合わせなだけです。
 僕が殺すつもりならとっくにイヨマンテしてます。
 初めから言ってるじゃないですか。黒幕に対抗する方策なんだって。
 カズマさんたちもせいぜい頑張って下さいね。陰ながら応援しておきますよ」


 ラマッタクペの笑い声に、カズマは身を震わせながら立ち上がろうとする。
 その右肩に、金色のプロペラを作り、その右腕に、金色の拳を握り、カズマは吠える。


「わけわかんねぇこと言いやがって……!! 要するに、てめぇらをぶっ倒せるくらい、俺にも強くなれって、そう言ってるってことか……!?」
「6割がた正解だと言っておきましょう! そう解釈してもらっても一向に構いません!
 カズマさんもご自身を信じてくださいね!!」
「よしわかった!! ぶっ潰す!! 今すぐに、落とし前、つけさしてやらぁああああっ!!」


 カズマは叫びながら、そのシェルブリットの拳で大地を叩いていた。
 反動で飛び上がりながら、カズマはその背のプロペラを高速で回旋させてゆく。


「輝け――! もっと、もっとだ!! もっと、輝けぇぇぇ――ッ!!」


 緑色のアルター粒子の風を纏い、カズマは一気に急降下し、地上のラマッタクペに向けてその拳を叩き込もうとしていた。
 しかし、彼の高度は、一向に下がらなかった。
 今度は地上の重力から完全に切り離されてしまったかのように、むしろ天に向けて引っ張られているかのように、彼の体はどんどん加速しながら上昇を続けていた。


423 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:03:18 OY5xCy120

「なっ――!? なんだ、なんだよ、これは――!?」
「アハァ、ハヨクペを着たままカントモシリ(天上界)に旅するというのも乙なことじゃありませんかねぇ〜。
 カズマさんはゴクウコロシとの戦い含めて天上は2度目ですか。まぁ、僕はゴクウコロシと違って片道切符しかあげませんので。降りるんなら自分で降りてくださいね〜」
「カ、カズマアァァァァ――!?」


 雲を突き破って空の高みに消え去ってゆくカズマの姿を仰ぎながら、ラマッタクペは朗らかに笑っていた。
 その光景に、佐倉杏子の絶叫が重なる。
 必死に地を這いながら、彼の救出に向かおうともがく杏子の左手に、ふと誰かの髪の毛が触れた。


「……さ、佐倉さん! 槍、出せますわよね……!! カズマさんに気を取られている隙に、私があなたと一緒にテレポートしますの!!
 その時に、後ろから、あのヒグマを……!!」
「あ、ああ――!!」


 囁きかけてきたのは、絶影の体で触鞭を伸ばす、白井黒子だった。
 その微かな言葉に、杏子は頷きながら、無事な左手に大槍を作り出していた。

 そして次の瞬間彼女たち二人は、ビルの外の空中、明後日の方向を見上げるラマッタクペの背後を落下していた。
 その重力の加速、そして自分たちの体重全てを槍の穂先に乗せ、杏子と黒子はそのヒグマの背を、音もなく切り裂こうとした。


「……残念ですが、作戦が丸聞こえなんですよね〜。僕、これでもキムンカムイなので」


 しかし、槍が彼を貫こうとした瞬間、杏子と黒子はその体に、二方向から強烈な引力を感じていた。
 上半身は、天上に引っ張られるように。
 下半身は、地下に吸い込まれるように。
 抗いようもない強烈な力が、彼女たちの身体を捩じ切った。


「『ウエコホピケゥ(離れ離れになる体)』……」


 ラマッタクペは振り向くことさえなく、微笑んだままそう呟くのみだった。
 その背後で、ドサドサッ、と、2つずつに別れた2人の肉塊が地に落ちる。


「ガッ……、ぐ、あァ……!?」
「うっ……、くぅううっ……」
「わかりましたか、佐倉杏子さん? オトゥワシ・イレ程度では、僕らが少しヌプルを強めたらこうなってしまうんですからね?
 今後あなた方が戦う相手は、これくらいの相手になってくるのですから、自分を信じ、アイヌ同士でいがみ合わないようにしておきましょう。
 幸いお二方とも、ハヨクペの修復ができるヌプルをお持ちのようなので、こちらは授業料として遠慮なく頂いておきますね。
 お疲れ様でした〜」


 ラマッタクペは、上下半身が引き千切られて悶え苦しむ彼女たちに歩み寄り、佐倉杏子の、赤いスカートを纏った下半身を抱え上げて、にこやかにそこから立ち去って行った。

 暫くして、ビル内に残っていた黒騎れい、劉鳳、狛枝凪斗が謎の重力から開放されて起き上がったのとほぼ同時に、カズマが上空から道路に落下して気を失っていた。
 気を抜けば宇宙の彼方まで吹き飛ばされていたかもしれない斥力に、シェルブリットのアルター粒子噴射で抗い続けていた彼の気力は、もはやほとんど底を突いていた。


【F-4 市街地/午後】


【ラマッタクペ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『ラマッタクペ・ヌプル(魂を呼ぶ者の霊力)』
道具:無し
基本思考:??????????
0:メルちゃんはせいぜいヌプルを高めてください!
1:佐倉さんとカズマさんは気づきますかねぇ。そこでキムンカムイを怨むと、死にますよ?
2:キムンカムイ(ヒグマ)を崇めさせる
3:各4勢力の潰し合いを煽る
4:お亡くなりになった方々もお元気で!
5:ヒグマンさんもどうぞご自由に自分を信じて行動なさってください!
[備考]
※生物の魂を認識し、干渉する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、魂の認識可能範囲は島全体に及んでいます。
※当初は研究所で、死者計上の補助をする予定でしたが、それが反乱で反故になったことに関してなんとも思っていません


    ||||||||||


424 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:03:42 OY5xCy120

「大丈夫……、佐倉杏子……!?」
「まぁな……。魔女呼ばわりも我ながら納得だわ……、腹から下全部持っていかれてよく生きてるよなあたし……」
「それを言ったらアルターの再生能力も半端じゃありませんの……」

 ロビーのソファーに身を起こした杏子の隣で、黒騎れいが不安そうな顔を向けていた。
 反対のソファーでは白井黒子が、修復されきった自分の肉体をしげしげと眺め回している。

 佐倉杏子の肉体は、ソウルジェムの大幅な濁りと引き換えに、赤い魔法少女衣装ごと完全に元通りとなっていた。
 彼女が立ち上がり見下ろすのは、ローテーブルに横たえられた一人の男。
 表立った傷はアルター能力で修復されていても、連戦に次ぐ連戦の疲労困憊でついに気絶してしまった、カズマだ。
 劉鳳と狛枝凪斗が、タオルで彼の汗を拭ってやったりして世話してはいるが、彼の本質的な憔悴はどうしようもないだろう。


「カズマは大丈夫だろうか……」
「……何か冷たい飲み物でも給湯室から探してくるよ。黒騎さん、手伝って」
「え、ええ……」

 ヒグマに大敗北を喫したライバルの姿に歯を噛む劉鳳へタオルを預け、狛枝は黒騎れいと連れ立ってロビーを後にした。
 残された劉鳳に、黒子がそっと寄り添う。


「……今までずっと奮戦されてきたんですもの……。仕方ありませんわ……」
「そうだ。本来なら俺も、こいつの代りに戦って、人々を救ってやらなくてはならなかったのに……。
 クソッ……。地球温暖化のせいかと同情しかけてやっていたのに……。ヒグマめ……」
「……地球温暖化?」

 黒子の疑問を流して、彼は大きな声で叫んだ。


「頼む、白井黒子……! 俺は多分、あのヒグマが言ったように、大きく弱体化した。
 俺の体術だけではとても、あんなヒグマたちに敵いはしない。必ず、奴らを倒し、勝ってくれ……!!
 絶影の技術は全て伝授する……!!」
「劉鳳さん……、わかりましたわ。お聞きしますの」

 黒子は、劉鳳の頼みを聞くというよりもむしろ、度重なる精神的ショックで崩壊しかかっている彼の心を落ち着けるために、慈しむような傾聴の態度に入っていた。
 そんな彼らの姿を見ながら、佐倉杏子はふと考える。


 ――果たして、彼らヒグマを倒すことに、勝つことに、何の意味があるのだろうか。


 彼らは、『布教』をしに来たと言った。
 もし、『捕食』や『殺し合い』をしにきたのならば、自分たちはあの場で全員殺されていたはずだ。
 それを、ラマッタクペというヒグマは、全員を、痛めつけながらも確実に死なないようにして返した。

 自分たちの実力を正確に把握し、それ以外の情報も大量に保有しているようなヒグマだ。
 彼の言うとおり、黒幕である例のロボットの一群に対抗するための考えがあることは確かだろう。
 しかし同時に彼は、『僕は今のところ常に正しいことしか言ってませんけれど、少なくとも、メルちゃんは僕を信じるべきではなかったんですよ?』とも発言している。

 正しいのに、信じるべきではない。
 というのは一見、矛盾した言葉だ。


 ――だが、正しさなんて、人によって、容易に変わる。


 自らの父が、その『正しい』教義を世に広めようとして、世の『正しい』教義に叩きのめされた経験を持つ杏子にとっては、苦々しい記憶と共に身に染みるものだった。
 真っ向からその巨大な存在に立ち向かったら、簡単に敗北する。
 勝ったとしても、カズマが切り開いたような、捨て身の辛勝になることは間違いない。
 その後の津波に、布教に、宇宙旅行に、とてもじゃないが次々と対処はし切れなくなっていくだろう。


 ――正しさを決めるのは、あくまで自分。情報は、自分で取捨選択しなくてはならないんだ……。


 自らを『悪』だと嘆く、かつては『正義』の塊だった目の前の男を見ながら、杏子の心にかかるのは、ある一点だった。


 ――彼らは、狛枝凪斗を、あたしと同格か、それよりもむしろ上位の実力者だと判断した。
 ――その基準は、一体、なんだったんだろうか……。


 脱出のため。
 主催者打倒のため。
 その本来の目的への標を求めて、杏子は自分の名の奥深くに、耳を澄ませた。


425 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:04:31 OY5xCy120

【F-5 市街地/午後】


【カズマ@スクライド】
状態:気絶、石と意思と杏子との共鳴による究極のアルター、ダメージ(大)(簡易的な手当てはしてあります)、疲労(大)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、エイジャの赤石@ジョジョの奇妙な冒険
基本思考:主催者(のヒグマ?)をボコって劉鳳と決着を。
0:ヒグマたちには絶対落とし前をつけさせてやる!!
1:『死』ぬのは怖くねぇ。だが、それが突破すべき壁なら、迷わず突き進む。
2:今度熊を見つけたら必ずボコす!!
3:主催者共の本拠地に乗り込んで、黒幕の熊をボコしてやる。
4:狛枝は信用できねえ。
5:劉鳳の様子がおかしい。
[備考]
※参戦時期は最終回で夢を見ている時期


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極の魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:大)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:これからの戦いに必要な心構えは、結局なんなんだ?
1:たとえ『死』の陰の谷を歩むとも、あたしは『絶望』を恐れない。
2:カズマと共に怪しい奴をボコす。
3:あたしは父さんのためにも、もう一度『希望』の道で『進化』していくよ。
4:狛枝はあまり信用したくない。けれど、否定する理由もない。
5:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※この調子でもっと人数を増やせば、ロッソ・ファンタズマは無敵の魔法技になるわ!


【劉鳳@スクライド】
状態:進化、アルターの主導権を乗っ取られている、疲労(中)
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:参加者を助け、主催者(ヒグマ含む)を断罪する。
1:ヒグマ……、許せん……。
2:白井黒子に絶影の操作を教える。
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、アルターを乗っ取られた様です


【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
状態:絶影と同化、アルターの主導権を握っている、疲労(中)
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:参加者を助け、主催者(ヒグマ含む)を断罪する。
0:島の状況と生存者の情報収集。
1:御坂美琴、初春飾利、佐天涙子を見つけ保護する。
2:劉鳳さんをサポートし、一刻も早く参加者を助け出す。
[備考]
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、劉鳳のアルターと同化した様です


    ||||||||||


「……電気が、落ちてる。いつの間に……」

 狛枝凪斗が、給湯室の冷蔵庫の中を開けてそう呟いていた。
 庫内ライトがつくはずの冷蔵庫は、開けても真っ暗なままだった。

 昼間だからと電灯をつけてはいなかったが、室内の照明をつけようとスイッチをいじっても、光はつかなかった。


426 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:05:27 OY5xCy120

「本当ね……。元からここのブレーカーが落ちてたとか、そういうわけでも、ないかしら?」
「いや……、中の飲料はまだ冷えている。切れたのはついさっきだ」
「ついさっきからの……、停電!?」

 庫内からアイスティーのペットボトルなどを取り出していた狛枝の言葉に、れいの脳裏には背筋の冷えるような予感が掠めていた。

「ま、まさか、示現エンジンに何か――!?」
「そうに違いありません!! すぐに様子を見に行かねば……!!」
「させないよ」


 黒騎れいの狼狽に、慌ててその肩からカラスが飛び立とうとした。
 その瞬間、カラスの両脚を蛇のように狛枝凪斗の左手が捉え、地面に叩きつけた。
 押さえ込んだその頭部に、右手で拳銃の銃口が突きつけられる。
 一瞬の出来事に呆然とするれいへ、狛枝は暴れるカラスを抑えながら低い声で尋ねた。


「は、離しなさい!! 何をするのですかあなたは!!」
「ねぇ……、もう少し情報を教えてよ黒騎サン……。さっきこいつが喋った『パレキュア』とかいう嘘設定も、あながち全部が嘘ではないんじゃない……?」
「え……!?」
「ラマッタクペは、一番『怖い』ヌプルを持った相手として、カズマクンではなくこのカラスを指そうとしていた。
 彼の洞察力は確かなものだと見ていい。こいつはともすればモノクマと同格の絶望の根源かもしれない。
 こいつは一体、どんな生物なんだ? 黒騎サンも、こいつに踊らされていたわけじゃないのかい?」


 狛枝凪斗は、こうしてカラスを捕らえる機会を窺うために、黒騎れいを連れて離れた場所まで来ていた。
 彼の記憶に蓄積された島での会話・行動の数々は、超高校級の超高校級マニアでもある彼の観察力をして、比較的正確な予測を描かせていた。


「……ラマッタクペは、ボクらにアイヌ同士でいがみ合うのをよせ。と言った。ボクたちの中で人間ではない、敵となりうる存在はこのカラスだけだ。ヒグマと同じくらい、得体の知れぬ生物。
 黒騎サンさえ良ければ、殺しておいたほうが後顧の憂いがなくなると思うんだけどね」
「や、やめなさい……! ただでは済みませんよあなた!!」
「そ、そうよ……、彼女は、示現エネルギーを司る高位の存在からの使者みたいなもので……。殺すと色々まずい、かも……」
「やっぱり一部は本当か……。タチが悪い。モノクマと一緒だ……。さっさと消えてほしいな……」


 舌打ちとともに抑圧を放した狛枝の手から、カラスは慌ててれいの肩に戻る。
 狛枝はそのまま、黒騎れいの胸に拳銃を突きつけて、淡々と言った。


「……このカラスと共にいるのなら、やはりキミはボクたちと一緒にいるべきではないよ。
 人が複数集まれば当然なんだけど、諍いと絶望の種がどんどん増えていくから。
 敵は異種族であるヒグマ。そして、この異世界のカラス。わかりやすく区切るのが一番まとまりを作れるし、実際ボクのこの予測は大きく間違ってはいないはずだ。
 お互いのために言う。黒騎サン。ここから立ち去ってくれ」
「私のれいに何を言うのですか! その汚らわしい銃口をどかしなさい!」


 黒騎れいは、自分に突きつけられた銃口を見つめ、たじろいだ。
 にじるように後ろに下がり、壁に背をぶつけたところで、唇を噛む。
 自分のしてきた所業。
 杏子の温もり。
 示現エンジンの管理をしていたはずの四宮ひまわりの安否。
 どうするべきか考えても、答えは出なかった。


「ご、ごめんなさい……。少しだけ、少しだけ……、待って。お願い……」
「ふぅ……。そうか。あんまり残された時間は多くないと思うんだけどね。なら少しだけ決断を先延ばしにしてあげるよ」

 狛枝は溜め息をついて、拳銃を指にクルクルと遊ばせた。

「……ちなみに、ボク、撃鉄上げてなかったんだぜ? こんな場所でキミを本当に撃つ訳ないだろ。
 下手に怖がる前によく状況を見ようね? さ、運ぶの手伝ってくれ」
「……ええ!?」


 何事もなかったかのように飄々と、狛枝は笑顔でそう言ってのけた。
 清涼飲料のペットボトルを抱え、彼は先にロビーの方へと戻っていってしまう。


427 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:05:53 OY5xCy120

「……ちょっとまって!? 私を追い出したかったんじゃ、なかったの!?」
「……言わなきゃわからない? キミは自分の友達が心配なんだろう? そしてそのエンジンも今や止まり、いよいよ安否が不安になってきた。
 しかしこの状況で情報もないまま地下へ軽々に潜ることは善い手だとは思えない。
 だが、キミだけなら、勝手知ったる研究所には戸惑いなく潜入・隠密できるだろうし、少なくともそのカラスも潜り込める。
 互いに迷惑をかけず、互いの目的に最短で行けるだろう、その方が」

 つらつらと語られた狛枝の考えに、ペットボトルを握ったまま、れいは絶句した。
 一応、自分のことまで狛枝が考えてくれてそう言っていたことなど、まったく推察できなかった。

 そこで彼女は、狛枝が佐倉杏子と同格以上の扱いをラマッタクペにされていたことを思い出す。


「……もしかして、あなたなら……。さっきのメルセレラとの戦いにも、対処する方法が、あったの?」
「そうだね。ボクなら、カズマクンや佐倉サンみたいな被害は受けずに済んだだろう。実際済んでるし」
「一体、どうやって……」


 れいのその疑問に、狛枝は薄く笑いながら振り返った。


「逃げるんだよ」
「え……?」
「適当なやつを囮にして逃げて、相手の目的と実力がはっきりするまで待ち、一番効果的に相手を潰せる武器や人間を選んでぶつけ、死角からひっそりと殺し尽くす。
 その場でバカ正直に戦いを受ける必要も、意味もないからね」


 唖然とするような答えだった。
 参加者の誰かを捨て駒にして逃げると、彼はそう言っているのだ。


「そんな、囮なんて……!」
「戦いに卑怯もクソもない。効率があるだけさ。それにつけて、今回のカズマクンの怒りはピンボケだ」


 灰色の瞳で笑う狛枝凪斗の表情は、黒騎れいの背筋に、薄ら寒い毛羽を立たせる。


「……ボクは、『希望を守る』ためならなんだってするよ。『希望』こそがボクの根源にあるモノ。
 それこそがボクの、『プンキネ・イレ(己の名を守ること)』だろうからね……」


 彼がキムンカムイ教教主に評価された理由を、れいは固い唾液とともに、腑に落としていた。


【F-5 市街地/午後】


【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:軽度の出血(止血済)、制服がかなり破れている
装備:光の矢(5/8)、カラス@ビビッドレッド・オペレーション
道具:基本支給品、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、ランダム支給品0〜1 、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×1本
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す……?
0:私は、どうすれば……。
1:四宮ひまわりは……、一体どうなっちゃったの……?
2:他の人を犠牲にして、私一人が望みを叶えて、本当にいいの?
3:ヒグマを陰でサポートして、人を殺させて、いいの?
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことをようやく知りました。


【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:正常、ヒグマの力を吸収
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンを破壊する
0:示現エンジンは破壊されたのか!? 確かめなくては!!
1:れいにヒグマをサポートさせ、人間と示現エンジンを破壊させる。
[備考]
※黒騎れいの所有物です。
※ヒグマールの力を吸収しました


【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜1、RPG−7(0/1)、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×2本
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:情報は信じるけど、ヒグマは信じないよボクは。
1:黒騎サンさぁ……、主催者側の情報、あるんなら教えてよ……。
2:アルミホイルかオーバーボディを探してから島の地下に降りる。
3:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る……けど、今後はもうちょっと別の言い方にしないとな。
4:球磨川は必ず殺す。放送で呼ばれたけど絶対死んでないねあの男は。
5:モノクマも必ず倒す。
6:カラスも必ず倒す。


428 : Rehash ◆wgC73NFT9I :2015/02/05(木) 10:09:01 OY5xCy120
以上で投下終了です。

続きまして、御坂美琴、くまモン、クマー、呉キリカ、夢原のぞみ、
那珂、クックロビン、穴持たず83・86・89・95・99、『H』で予約します。


429 : 名無しさん :2015/02/07(土) 00:48:38 lOOnNV/w0
投下乙
うーむ。正直、野生や悟空殺しと比べると強力とはいえそこまでぶっ飛んだ能力とは言えない
メルセレラ達なんだがそれでもカズマ達が勝てないのは進化しすぎて戦略が単調になっている
からなのかな?ちゃんと頭を使って敵の力を見極めないと超能力戦は生き延びれんよ…
狛枝君が自分なら勝てたというのもはったりじゃないんだろうな。
現在最大の危険人物の江ノ島さんとも因縁がある彼も遂に動く時が来たのか


430 : ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:10:21 Q1OUSkVk0
予約分を投下します。
こちらは前編となっております。


431 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:11:51 Q1OUSkVk0
 Kit techy all die.
 Me techy all die.
 Sad tech all on day soon good day.
 Catch Catch!

 道具も技師も みんな死ぬ。
 俺の短慮で みんな死ぬ。
 悲嘆の技師は まだ生きて(さてコール音 で選って)。
 善き日を受信 受信せよ!


(中野テルヲ『Let's Go Skysensor』より。意訳)


    〔VHF:89MHz(泊)〕


 赤い脈と黒い靄に包まれた木の根。
 落成間近だったテーマパークを瞬く間に埋め尽くしていたのは、巨大な、大量の、木の根のようなものだった。
 その木の根に、建設されていた遊具やステージは見る間に破壊されてゆき、そして、その建造にあたっていたヒグマたちを次々と絡め取り、その動きを封じていってしまう。

「こ、これは一体!?立地条件が悪かったのか?」
「分からん!おい、No.96クックロビン!早く脱出して緊急事態を伝えろ!」
「し、しかし!」
「俺達は大丈夫だ!簡単には死なん!シバさんはこの企画に賭けているんだ!なんとか食い止めてみせる!」
「わ、分かった!」

 向こうの方では、唯一この木の根に捕まる前に退避できたらしいクックロビンが、そんな言葉と共に走り去っていった。


「ク、クイタ(久井田)!! 本当に、無事なんですか!?」 
「あ、ああ、俺やクナシリ(国後)、ニタラズ(九十八)は、まだ……! パク(泊)、お前は!? ハク(白)ちゃんは!?」
「……無事だとは、言い切れませんよ、これは……!!」
「……うぐ、そ、そうかも、知れん……」


 先程までクックロビンと話していた3頭のヒグマは、瞬く間に強まってゆく根の力に、息を絞りながら悶えていた。


「パ、パク……、くる、し……」
「ハクちゃん!! 下手に動いちゃダメだ!! 余計締まる!!」

 すぐ傍で、穴持たず99のハクちゃんが、僕の方に手を伸ばしながら喘いでいた。
 彼女がもがく度に、その動きに合わせて膨圧のかかった根は、その体をよりきつく締めあげていってしまう。
 そしてそれは、この建設現場にいる、全ての穴持たずカーペンターズに当てはまることだった。


 ――僕、穴持たず89・パクは、僕の弟弟子にあたる穴持たず96の奇行を確かめるべく、地上に上がっていた。


 この島の地上は、STUDYに連れて来られていた人間と、そして僕らHIGUMAの先駆けである80頭近くの先輩方が、しのぎを削る生存競争の実験を繰り広げている場だった。
 そこからの侵入者との戦いで負傷していたナイトさんを診療所に送ろうとしていた僕とハクちゃんは、突如現れた穴持たず96・クックロビンから、信じられないことを聞いていた。

 この場所。この地上に、彼はなぜか人間のアイドルとかいうもののテーマパークを作っているというのだった。
 そして実際、それは僕らが駆けつけた時には、もうほとんど完成間近だった。
 なにしろ、津波の浸水防止や通路の保守点検のために地下の帝国各地に行っていた僕ら穴持たずカーペンターズを、ほとんど全員集めて、その上、帝国内でも不足している物資を大量にせしめて作っていたというのだからさもありなん、だ。
 その彼の無駄な行動力は、なんでこのような無駄な行為にばかり費やされるのか。


 元々ここは、津波で浸水した土地をシバさんが得体の知れぬ魔法で無理やり吹き飛ばしただけの土地だ。
 実験に介入するのはまずいと散々言われているのに、そこからまずおかしい。
 そしてそこに、人間のアイドルのテーマパークを建てるのもおかしい。

 仮にテーマパーク建設自体は、100億歩譲って大目に見るとしても(これだって、そんな物資や人材はもっと他に使うべき場所あるので十分おかしすぎるし有り得ないのだが)。
 地固めなんか、あってないようなものだから、施設は全部、欧米の移動遊園地のような、手早く設置できるハリボテまがいのちゃちなやつだ。
 日本で移動遊園地が行なわれていない理由は知っているはずだろうクックロビン。
 骨組みも土台もちゃっちくて、滅茶苦茶危ないからだよ!!
 それを勢いだけヒグマ向けに魔改造するとか、遅かれ早かれ倒壊の未来しかなかったんだぞ!?

 そしてまた、ここに誰を呼ぶつもりだったのか。
 ヒグマか? 人間なんてほとんど餌か敵にしか思わんぞ!?
 人間か!? ヒグマ主催の施設に誰が歌聞きに来るんだよアホか!?


432 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:12:29 Q1OUSkVk0

 そして肝心の、星空凛とかいうアイドルだ。
 クックロビンやシバさんは、彼女の大ファンで、目下、地下に侵入してるのを捕まえて歌ってもらおうとしている最中らしい。

 ――お前ら本当に彼女のファンか!?

 本当のファンなら、まずこんな危ない殺し合いが起きている島から、脱出させてやれよ!?
 異種族である僕らヒグマの中にぶちこんで無理やり歌わせるとかどんな拷問だよ!?
 彼女の身になってみろよ!? 殺す気かよ!!


「だ〜れが殺した……。クックロビン……」


 苦しくなってゆく息の中で、仲間のうちの誰かが、か細い声でマザーグースの歌の一節を口ずさんでいた。
 崩れていくメリーゴーランドの脇で、そうして自嘲のような笑みを浮かべているのは、薄紫の体毛を持った雌ヒグマだった。


「こ、コシミズ(輿水)さん……」
「ふ、ふふ……クックロビンのせいですよ、ボクたちが死ぬのは……。
 ボクは初めから、こんなテーマパークを建設するのは反対だったんです。
 シバさんが取って来てくれたお仕事だっていうから、仕方なくやってあげただけなのに……」
「コシミズちゃん、諦めちゃだめにゃ!! く、クミにゃんがついてるにゃ!!」
「クミヤ(久宮)さん……」

 その隣で、ネコのように尖った耳をした子がまた、彼女に向けて叫んでいた。
 穴持たず93のクミヤさんと、94のコシミズさん。
 彼女たちもまた、通路の補修に当たっていたはずの、カーペンターズの同胞だった。


「この際だから言っちゃいます……。ボクやクミさんたちはですね……、帝国の仕事の合間、ずっと歌とダンスの練習してたんです……。
 土方仕事が、そしてこの実験さえ終われば、本格的に活動できてたはずなのに……。
 こんな舞台が無くとも、みんなの心は、アイドルのボクたちが掴めていたのに……。
 最初から大きなお世話だったんですよ、人間のアイドルとか……」
「そうにゃ!! だからここから生きて抜け出すにゃ!! クリコちゃんも待ってるにゃ!!
 こんな根っこ……!! クミにゃんが全部砕いてやるにゃあッ!!」


 クミヤさんは、全身に絡まっている木の根から前脚を引き抜き、掘削用ハンマーを手に取った。
 それを起動させ、彼女は自分とコシミズさんの木の根を裂こうとした。
 その瞬間、クミヤさんの体を、突如鋭く突き伸ばされた槍のような根が貫いていた。


「な……、あ……!?」

 絶句するコシミズさんの前で、クミヤさんは、一瞬きょとんとしていた。
 そして、続いてやってきた痛みと、自分の口から零れてくる血に、ようやく事態を理解した。


「あは、ご、めんにゃ、コシミズちゃん……。ドジっちゃった、にゃ……。
 みんな、頼んだにゃ……。コシミズちゃんは、カワ、イイ……」
「クミさん!? クミさぁん――!!」
「コシミズさん、寄っちゃダメだッ!!」


 次々と木の槍に体を貫かれてゆくクミヤさんへ、コシミズさんは身を乗り出していた。
 そして次の瞬間には、彼女の肩にも木の根が突き刺さる。
 地に落ちて転がる掘削用ハンマーを追うようにして、彼女の方に木の根が繰り出されていった。
 コシミズさんが前脚で頭部を庇い、伸びた根を折っても、次々と襲い来る根は、既に彼女に致命傷を与えていた。


「ふ、ふ……。良い、プロデューサーさんが、いたら、きっと違ったんですかね、ボクらも……?」
「うおおぉ――! 死ぬな! 死ぬな、コシミズ――ッ!!」


 眼を閉じたコシミズさんを見て、さらに遠くでヒグマが吠えていた。
 穴持たず92の、コウカ(香火)さんだ。


「アタシの火踊りと、お前の水芸で、盛り上げるんじゃなかったのかよ――!!」


 彼女はその叫びと共に、口から火炎を放射していた。
 体内の代謝で生成されるケトンやメタンを集約し着火する彼女の特技、『ジェットバーナー工法』――。
 水流の管理調節と操作に長けたコシミズさんと共に、カーペンターズの仲間内でも有名なものだった。

 彼女の灼熱の吐息で、コシミズさんを突き刺していた根が焼け落ちる。
 しかし同時に、今度は彼女の腹部が、木の根に貫かれていた。
 体内でガスが引火し、コウカさんの体は見る間に丸焼きとなっていく。


「み、みな、特殊技能を使うな!! 機器類の傍にも寄るな――!!
 エネルギーだ!! 一定以上の閾値を越えたら、この根が突き刺しに来る!!」


433 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:13:12 Q1OUSkVk0

 僕は必死に叫んでいた。
 この謎の木の根が襲撃しているものを観察すれば、その法則性は一目瞭然だった。

 これらが襲いかかり、破壊しているのは、テーマパークのアトラクションの、主に機関部。
 エンジンや燃料系統へ向けて集中的に刺突が行われている。
 スタジアムやコンサート会場においては、ホログラムの出力部や、ライトといった熱源。
 それらをくり抜き、そのエネルギーを吸うようにして、この木の根は蔓延っていた。
 向こうで穴持たず97・クナシリが、悲痛な声で叫ぶ。 


「じゃ、じゃあ――、う、打つ手なしかよ――!?」
「……焦っちゃダメだ。少しずつ根の隙間を確保して、這い出るんだ――!!」
「パ、パク……、くるし、い、よ……」

 ハクちゃんは、既に首筋を根に絡まれていた。
 彼女の頸動脈や気管がぎりぎりと締めあげられている。
 一刻の猶予もないが、それでも、焦ることは禁物だった。


「落ち着いて、ハクちゃん……。クックロビンが助けを呼んできてる。
 ツルシインさんかシロクマさん、もしくはシーナーさん。最悪シバさんでもいいから彼が呼んできてくれれば、確実に僕らは助かるから……!!」
「う、ん……」


 眼に涙を浮かべながら呟いたハクちゃんの背後から、その時何かが飛び発った。
 ツルシインさんたちが、万が一の非常用の時に確保しておいた飛行船だった。
 なぜかそれは、例の星空凛とかいう人間の姿がペイントされている、痛々しいものに変わっていた。
 間違いなく、クックロビンが操縦しているものだ。

 なんでそれをこんな場所に持ってきてる。
 どこに行く気だ。
 帝国は地下だぞ。
 そして、おい――。

 愕然としながらそれを見上げていた僕らカーペンターズは、その時一斉に叫んでいた。


「――馬鹿じゃないのか、クックロビン!?」


 僕らがその脳裏に最悪の予感を想定した次の瞬間、それは現実のものとなった。
 地上から勢いよく天空へ向けて撃ちだされた木の根が何本も、その飛行船の動力部を狙い撃ちにし、炎上させていた。
 貫通した気球部分が見る間にしぼんで行き、飛行船はずるずると地上に堕ちてゆく。


「あ、あいつ――!! 観察力無さすぎだろ!!」
「ド、ドウミキ(百成)! なんで飛行船をここに持ってきてるんですか!?」
「ク、クックロビンが、シバさんのお達しだと言うので、持ってきちゃいましたぁ……」
「イワフネ(岩船)さん……!」


 穴持たず103・ドウミキの絶句に、穴持たず102・イワフネさんの涙声が重なった。
 飛行船の管理をしていた両名の嘆きに、穴持たず100・ハッケ(百家)が続いて泣き叫ぶ。


「も、申し訳ありません――!! 俺が、あいつの誘いを真に受けて機材を持ち出したりしなければ、こんなことには――!!」
「それについては、俺らが主犯だ……! お前の責任じゃねぇハッケ!!
 あいつからにこにーとかいう、可愛くて旨そうな女子の存在を聞いてさえいなければ……!!」
「ハッケもニタラズも、喚くのはやめるんだ……!! 生き残ることを、考えるんだ……!!」


 もはや助けが来るのは絶望的だ。
 なんとか自力でこの根の蔓延るところから脱出しなければ。


「くっ……! ヤエサワさん達が抜けたせいだ……! やっぱ何とかならなかった……!!」
「クナシリ!! こいつは、そのヤエサワさんたちが喰いとめにいった根だッ……!!
 むしろ俺たちは、パクの言う通り、ちゃんとしたツルシインさんからの連絡に従わなきゃいけなかったんだ――!!」
「だ、だって、シバさんからの仕事だぜ……!? シバさんの仕事に、これまで間違いなんて、なかったじゃねぇかよぉ!!」


434 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:13:43 Q1OUSkVk0

 クナシリの叫びは、逸早くこの事態に気付き声掛けをしてきたクイタの声に重なる。
 彼らの悲痛な叫びは、彼の身を苛む締め付けのせいだったのか。
 それとも、この一両日で、信じられないくらいの奇行を連発し始めたシバさんのせいだったのか。

 おとといまでのシバさんは、ピースガーディアンのナイトさんが習得している『アクロバティック・アーツ』の創始者でもある、軍人然とした怜悧なヒグマだった。
 警備班の仕事もそつなくこなし、空き時間は自他の訓練に励む、皆の信頼も篤い憧れのヒグマだった。
 一昨日の夜、シロクマさんの先導で、シーナーさんと共に、脱出しそうな参加者を見回りに行くと言っていた時までは、確かに普通だったはずだ。

 それが昨日、μ’sとかいうアイドルグループの話題を皆に広め始めたくらいから、彼は明らかにおかしくなった。
 日がな一日、北方のカフェで豪遊し、資材を勝手に着服してはよくわからないスーツやロボットを工作し始めた。
 そして極め付けがこの地上吹き飛ばしとテーマパークだ。
 もうほとんど、別人になったかのような変貌ぶりだ。
 明らかに乱心している。

 如何に憧れのヒグマだったとしても、こんな状態の危険人物を信用してはならないはずだった。


「……まず依頼の理由が、『ニートヒグマを救う為』、課金コンテンツにハマらせるとかいうものでしょ!?
 明らかにおかしいでしょうそこから!! その当のスクフェスとやらにハマった昨日今日のシバさんが一番ニートヒグマになってたじゃないか!!
 働かずに、蓄えを私欲で食いつぶしてただけだろ、彼は!!」
「そう思ったさ!! 思ったけど、一昨日までのシバさんはそうじゃなかったじゃん!! 信じたかったんだよ、彼を!!」


 僕の指摘に叫び返す穴持たず97・クナシリの上で、何か重い、嫌な音がした。
 見上げれば、クックロビンの搭乗していた飛行船が、突き刺さっていた木の根を焼き折り、業火を上げながら落下してくるところだった。
 その真下にいたクナシリ、ニタラズ、クイタの3頭は、恐怖に竦み上がった。


「う、うわああああ――!! ヤエサワさああああああ――ん!!」
「た、助けて、クリコさああああああ――ん!!」
「ああ、悔いた悔いた……。ラブライブなんか見ちまったことが、俺の人生最大の後悔だ……」


 彼らは瞬く間に、轟音を上げて墜落してきた、火の玉のような飛行船に押し潰された。
 そしてその火の手は、ドウミキやイワフネ、ハッケが捕えられている方面へと、アトラクションの発動機やインバータエンジンから漏れ出ている燃料を伝い、瞬く間に広がっていく。


「コウカ、クミヤ、コシミズ、クリコ、すまねぇ……!! お前らのデビューのために役立つかと思ったのに……」
「ごめんなさい、ツルシインさん、帝国の皆さん……!! 私の管理、不行き届きでした……」
「か、神様ァ――!! 殺すなら俺とクックロビンだけにしてくれぇ……!!
 皆は、皆は、何も、悪くなかったんだぁ――!!」


 聞こえてくる断末魔に牙を噛み締めながら、僕は、先程から必死に少しずつ押し広げていた木の根の隙間から、ようやくのことで這い出していた。
 地に降り立ち振り向いた彼らの姿は、もはや一面の火の海に巻き込まれて、見えなかった。

 ひとりでに溢れてくる涙を拭いながら、僕は、ハクちゃんの元に駆け寄っていた。


「ハクちゃん、ハクちゃん――!! もう大丈夫だ!! 逃げよう!! 急いで逃げるよ!!」


 ハクちゃんはただ静かに、眼を閉じたまま動かなかった。
 僕のいいつけを守り、身じろぎもしていなかった。

 火の手が背に迫り、木の根もどんどんと焼かれてゆく。
 僕は涙を零しながら前脚を構え、ハクちゃんに絡む根に爪を振るっていた。


「おおお――ッ、『カットアンドダウン工法』!!」


 ハクちゃんを吊し上げる根の下部から、回旋するように一気にそれを寸断し、僕は彼女を助け出していた。
 そして彼女を揺すり、起こそうとした。

「ハクちゃん。……ハクちゃん?」

 だが彼女は、眼を開かなかった。
 ずっと締め上げられ続けていた彼女の首には、痛々しい痕がついていた。
 彼女の心音と呼吸音は、停止していた。


「あ、は、は……」


 僕は、呆然となんて、しなかった。
 すぐに、彼女を、地に置いた。
 そうして、彼女の胸骨を、押し込み始めた。


「大丈夫。大丈夫だよハクちゃん……。僕は、心臓マッサージのやり方だって、習ってるんだ。
 そこらの不勉強な奴らとは違う。な、だから、安心して。安心してくれ。なぁ……」


435 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:15:09 Q1OUSkVk0

 足元を、炎が舐め始めた。
 背中の毛が燻って、熱を帯び始めた。
 ハクちゃんの体にも、炎がすり寄ってくる。
 やめろ。
 やめろ。
 彼女はまだ生きてる。
 生きてるはずなんだ。
 火葬なんて、早い。
 来るな。
 頼む。
 頼むから――。


「ハクちゃん、なぁ、返事を、して、くれ……」


 生木の煤を吸って煙る吐息で、僕は、ハクちゃんを守るように、彼女の上に、覆いかぶさった。
 炎は、気ままな狩人のように、僕らの上を跳ねまわっていった。


    〔VHF:96MHz(蔵人)〕


―――たしかめたくなる Ran ran rendezvous♪

―――たのしいな恋みたいじゃない?♪

―――こころはカラフル Ran ran rendezvous♪

―――熱くなるほっぺたが正直すぎるよ♪


「うわぁ、こりゃヒドイ」

 星空凛のソロ代表曲、恋のシグナル Rin rin rin!が延々とリピート再生されている室内。
 ステージ衣装を着た星空凛のデカールでコーティングされた飛行船に一人乗り込みテーマパークを
 脱出したNo.96クックロビンは上空からバーサーカーの装備した童子切りから伸びてきている黒い根によって
 次々と倒壊していくアトラクション群と根が蔦の様に絡まり昔の甲子園球場のような姿になったスタジアムを
 放心しながら眺めていた。

「はぁ、あの土地はもう駄目だな。あいつらも無事逃げてりゃいいんだが……」

 上空から島を見渡すと島全体を襲った津波は大分引いて来ている感じだ。

「ま、テーマパークは空き地探してまた作ったらいいか……最低でもコンサート会場は居るよな……はぁ」

 シバさんの奇行が生み出した孤高のドルオタは新しい空き地を求めて上空を漂いながら寂しそうに移動を開始した。


 と、思った次の瞬間である。
 飛行船の機関部が、真下から勢いよく伸びてきた何かに、一瞬のうちに貫かれていた。

「なっ――!?」

 振り向いたクックロビンが驚く間もなく、動力部、燃料、プロペラ、伝導機構と、次々に主要機関を串刺しにされた飛行船は停止し、出火し始めていた。


「あああ!? 何だよこれ!? イワフネに頼んで折角塗装し直した凛ちゃんカスタムの痛飛行船なのに!!」


 臆面もなく、公的資源の私用を大声で主張した彼は、慄きながら飛行船の内部を右往左往した。
 船内放送機材にも木の根が突き刺さったか、リピートされ続けていた星空凛の甘ったるい楽曲も、ノイズを残して停止する。

 巻き上がってくる炎から逃れようと彼が室内の天井を殴り破った時、飛行船はぐらりと傾いていた。


「うおっ!? 墜落!? 冗談きついって!! ……う、嘘だろぉ!?」


 飛行船は、突き刺さっていた木の根を焼き折り、業火を上げながら落下していった。

『う、うわああああ――!! ヤエサワさああああああ――ん!!』
『た、助けて、クリコさああああああ――ん!!』
『ああ、悔いた悔いた……。ラブライブなんか見ちまったことが、俺の人生最大の後悔だ……』


 クックロビンは、クナシリ、ニタラズ、クイタの、断末魔の叫び声を聞いたような気がしたが、炎と落下の勢いが強かったので、きっと何かの聞き間違いだろうと思った。
 そう。クックロビンとアイドル談義に花を咲かせていた彼らが、よりによってラブライブを否定するような発言をするわけはないのだ。
 そんな悠長なことを考えながら、クックロビンは墜落した。

 地に落ちた衝撃で、彼は前後不覚になった。


『コウカ、クミヤ、コシミズ、クリコ、すまねぇ……!! お前らのデビューのために役立つかと思ったのに……』
『ごめんなさい、ツルシインさん、帝国の皆さん……!! 私の管理、不行き届きでした……』
『か、神様ァ――!! 殺すなら俺とクックロビンだけにしてくれぇ……!!
 皆は、皆は、何も、悪くなかったんだぁ――!!』


 夢現の中クックロビンは、ドウミキ、イワフネ、ハッケの、怨嗟に満ちた叫び声を聞いたような気がしたが、自分は飛行船で飛んでいたはずなので、きっと何かの聞き間違いだろうと思った。
 そう。クックロビンと一緒に仕事をしていた彼らが、よりによって彼自身の存在を否定するような発言をするわけはないのだ。
 そんな悠長なことを考えながら、クックロビンは少しの間、気を失っていた。

 
 そして足下に這い登ってくる暑さに、彼は目を覚ます。


436 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:15:45 Q1OUSkVk0

「うわちゃちゃちゃちゃ!! 熱ち、あっちいって!!」


 彼は折り重なっている布の間を破り、外に転げ出て、引火している星空凛の着ぐるみを脇に脱ぎ捨てていた。

「……うん、オーバーボディがなければ墜落で即死だったか……。ありがとう凛ちゃん!!」

 燃えていく着ぐるみに両手を合わせて、振り向いたクックロビンは炎を上げる飛行船だったものの残骸を見渡した。


「いやぁ……、それにしても、俺ってやっぱ頭良くね? 木の根が空まで来た時は驚いたけどよ、気球部分には不燃性のヘリウムが残ってるはずだもんなぁ!
 天井からそこに上がり込んでおけば、自然と最後まで炎からは無事で済むってわけよ!!
 さぁ、何にしても、早くシバさんのにこのことを知らせに行かな、きゃ……?」


 そうして周囲を見回した彼は、その景色に、嫌な予感を覚えた。
 破壊されて、燻った炎を上げている周りの物品に、やたら見覚えがある。
 これは、自分たちがさっきまで作っていた、テーマパークと、スタジアムではないのか?

「……いや、そんなことないって。俺は、飛行船で飛び発ってたんだぜ……?
 もう、結構遠くまで逃げてたはずじゃ……」

 そう呟いた彼の目に、折り重なるようにして焼け焦げている、真っ黒な二体のヒグマの姿が映っていた。


「え……? パクと……、ハク……?」


 その、眼を見開いたまま死んでいる雄ヒグマの顔は、もしクックロビンがまんまと遠くまで逃げおおせていたならば、見るはずのない者の顔であった。
 恐る恐る近寄った先のパクは、眠ったようにして死んでいるハクを守るように覆い被さり、黒焦げになって絶命していた。


「は……、え……? なんで……? なんで……!?」


 彼は理解不能の恐怖に、震えながら数歩後ろへ下がった。
 見回す大地に散らばる、炭、炭、炭。
 焼け焦げ、燃え尽きた木々と、合成樹脂の燻る嫌な臭いと共に立ち込めるのは、明らかな生物の、死臭だった。

 彼の痛飛行船が撃墜されたのは、離陸後すぐである。
 逃げられているはずが、なかったのだ。


「ク、クイタ――! クナシリ、ニタラズ――!?」


 つい数分か数十分前まで語らっていた仲間の名を叫びながら、クックロビンは走り出した。
 死んでいるはずはない。だって、彼らはさっきまで、木に絡みつかれていただけだったのだから。

 狂乱したように辺りを走り回る彼の目に飛び込んできたのは、中世の火あぶりの刑のように、空中に木で磔られたまま、燃えさしと化している3頭のヒグマだった。


「は、ハッケ……、イワフネ、ドウミキ……!?」


 走り寄り、炭化しているその根元を、クックロビンは慌てて切り倒した。
 しかしもう既に、肉も毛皮も焼き焦がされた彼らの命は、こと切れていた。

 クックロビンは、その場所と、周りに散在する、倒壊して燻ぶっているアトラクションの位置関係を思い描いた。
 そして、大粒の涙を零しながら振り向いた。


「あ、あ、嘘だ……。嘘だと言ってくれ……!!」


 そうして、彼は地に崩れ落ちる。
 燃えてゆく飛行船のその下――。そここそが、彼が先程、クイタたち3頭と別れ、倉庫に走った場所であった。
 彼ら3頭は、自分の乗っていた飛行船の、下敷きになったのだ。
 そして、その炎上に巻き込まれ、焼き尽くされた。

 ――自分が、そんな逃走手段を採らなければ、彼らは死なずに済んだのだ。


「……フフン。残念ですが、これが、現実ですよ。クロード(蔵人)……」


 悲嘆に苛まれる彼が泣き崩れていたその時、遠くから、微かにそんな呟きが聞こえていた。
 その声に、ハッと身を起こした彼は、そのまま眼を見開いて、その声がした方に駆け寄っていた。


「こ、コシミズ!! コシミズさんなんだな!! 生きて、生きていたのか!!」
「……これで、皆が、生きているように見えるなら、その目玉、挿げ替えた方が、良いですね……」


437 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:16:23 Q1OUSkVk0

 死んだ同胞たちに埋め尽くされた空間で唯一聞こえてきた、澄み通った声――、穴持たず94・コシミズの元に駆け寄ったクックロビンは、彼女の周りの光景を見て、再び絶句した。

 炎と煤にまみれた他の場所とは違い、そこだけは唯一、火の手が回っていなかった。
 雨の降った後のように、地面が湿っている。
 そこに降り注いでいるのは、木の根に貫かれ、その上で首筋を切り裂かれた穴持たず93・クミヤと、コシミズ自身の両前脚から零れる、ふたり分の真っ赤な血液だった。

 ねめ上げてくるコシミズの背後には、丸焼きになった穴持たず92・コウカの姿もあった。
 コシミズはその体を何本かの木の根に貫かれていたが、その根元は、既に焼き切られたように自由になっている。
 だが、彼女がその場に流し続けた血液の喪失は、如何ともしがたいものであった。


「コシミズさんの……、浸透流による『復水工法』……」
「ええ……。ボクとクミさんの血を、呼び水にして、津波の水分に、還って来てもらいました……。
 これで、バカな追っかけどものせいで、顔もわからぬ焼死体になるなんていう、アイドルらしからぬ、不名誉な死に方は避けられたわけです。はぁ……」


 気力と共に息を吐き尽して、コシミズは、這いつくばる地面に顎を落とした。
 クックロビンは、顔面を涙と鼻水に塗れさせながら、嘆願するように彼女を抱え起こしていた。


「や、やめて、やめてくれ……! 死なないでくれ……! 俺は、こんなこと、望んでなかった……!」
「……可哀想なバカですね、クックロビンは。望んだものがどうであろうと、あなたの行動は、こういう結果に、なるものだったんですよ」

 コシミズは血塗れの掌で、クックロビンの横っ面をはたいていた。
 力ない彼女の指先は、ただ彼の頬に、赤く線を引くのみだった。
 それでもクックロビンには、その一撃が、とても痛かった。

 コシミズは、次第に光の薄れていくその眼差しで、クックロビンを真っ直ぐに見据えて言った。


「責任を取って下さい、クロード……。
 無責任な放蕩野郎のクックロビンは、今ボクが殺しました。
 こんな近くにいたカワイイアイドルにも気付かぬバカは、ボクが殺しました。
 このボクを上回るようなアイドルを輩出できたら、草葉の陰で、許してあげます、から。
 アイドルファンを名乗る気なら、死ぬ気で、プロデュース、してください……!!」
「コ、コシミズさん……! ア、アイドルだったのか!?」
「そうですねぇ……。死ぬ前に歌ってあげますよ。ボクは優しいので……。
 くれぐれも……、自分の『好い』たアイドルに、こんな歌、歌わせるんじゃないですよ……」


 そう言って、コシミズは驚くクックロビンの胸で、細い声で謡い始めた。
 透明な雪のようなその声は、冷えていく彼女の体温と合わさって、真昼の陽光をも、辺りにくすぶる炎をも凍らせるような、清冽な響きを有していた。


 その歌の名は――、『雪の進軍』。


「――焼かぬ乾物(ひもの)に 半煮え飯に♪
 ――なまじ生命の あるその内は♪
 ――こらえ切れない 寒さの焚火♪
 ――煙いはずだよ 生木が燻る♪」


 その明るい曲調と裏腹に、身を切るような歌詞を孕んだコシミズの歌は、つい先ほどまでクックロビンが能天気に聞いていた星空凛の歌からすれば、想像を絶するような痛みに満ちていた。

 慢性的な食糧難に悩むヒグマ帝国をさらに圧迫する艦これ勢。
 そこに降って湧いたシバの奇行は、蓋を開けてみれば、ヒグマ帝国の貴重な物資を、惜しみなく不必要な娯楽につぎ込み、住民を顧みない、艦これ勢よりも更に悪い、途轍もない悪行であった。
 愚行に愚行を重ね、被害を大きくした、アイドルオタクたち。
 寒々とした風の吹き抜けるようになったこの空間は、煙いはずだ。
 燻っているのは、自分たちの同胞なのだから。


「――渋い顔して 功名談(ばなし)♪
 ――『すい』と言うのは 梅干し一つ……♪」


 仕事を放り出して、やれスクフェスだラブライブだとアイドル談義に興じるオタクたちの顔は、傍から見ればどんなものに見えただろうか。
 『粋』だ、『好き』だと言ってアイドルについて語り合うオタクたちの隣で、他の者たちが、況や参加者である星空凛が嗜好品に興じられるのは、ただ一粒の、『酸い』梅干しだけだったかも知れないのに……。

 痛烈な軍部批判――、況や、クックロビンを始めとするアイドルオタク批判に満ちたその歌を終えて、コシミズはにっこりと微笑んでいた。


「謝礼は、クロードがプロデュースする子に、払ってあげて下さい。ボクは、寛大、なので……」


438 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:16:40 Q1OUSkVk0

 そのまま、彼女は雪が溶けるようにして、息を引き取っていた。
 クックロビンは、コシミズの亡骸を抱えたまま、震えていた。
 パチパチと生木が炎に爆ぜる音を聞きながら、彼が思い出すのは、つい昨日の、シバとシロクマとの会話だった。


『――なに、クロード(蔵人)? ははは、ツルシインさんも、命名には気を使っていると言いながら大したことはないな。
 クローなんて音は、「苦労」に通じるじゃないか。そんな縁起の悪い名前はダメだ』
『そうですね……。シバさんがそう仰るなら、「クックロビン」はどうですか?
 有冨さんと焼肉バイキングに行ったお店がそういう名前でした。建築においても、あなたは中身はともかく、見た目や盛り付けは良いじゃないですか』
『そうだな。「クックロビン」は「コマドリの雄」を表す英名だ。もっと気楽に人生楽しめるぞ』
『流石の博識ですねシバさん。確かに焼肉屋のロゴもコマドリでした』
『ふむ、この様子じゃ建築班の指揮も、いっそのこと俺が執った方が良いんじゃないのか?』
『うわ、流石ですシバさん!! ありがとうございます!! 是非指揮をお願いします!!
 これから俺、クックロビンって名乗ります!! 皆に名乗ってくるついでに、スクフェスの宣伝もしておきますから!!』
『ああ。スクフェスに嵌ればラブライブへ移行させることは容易い……。それじゃあ頼んだぞ』


 シバとシロクマからラブライブの薫陶を受けつつ、褒めているのか貶しているのかよくわからない批評と、もっともらしいのからしくないのかよくわからない由来の名前を授かり、彼は小躍りしていた。
 シバお手製の星空凛の着ぐるみを纏い、ツルシインの指示をないがしろにし、『クックロビン』という名に浮かれた彼のその後の行動は、大半の者から見たら、悪いものでも食べたのかと思われるような奇行だった。
 なおのこと、もし、コシミズを始め、幾ばくかでも一般的な歌謡の知識を持った者が彼の改名理由を耳にしたとしたら、名付け親両名の乱心ぶりに呆れ返っていただろう。


 『Cock Robin』という名は、マザーグースの中に出てくる、あるコマドリに対する呼称だ。
 況や、『Cook Robin』という名の、札幌市東区にある海鮮・焼肉バイキングのレストランも、このコマドリを原点としている。
 このコマドリは、詩の中で初っ端から死んだ状態で登場し、スズメに殺され、ハエに発見され、魚にその血を取られたことが明らかになっていくというミステリーの主役だ。
 そしてさらに焼肉バイキングのレストランというフィルターを通した三次創作の状態で名付けられたそれはゲン担ぎになるのか。
 シバとシロクマのみぞ知ることだろう。


 ――Who killed Cock Robin?
 ――I, said the Sparrow,
 ――with my bow and arrow,
 ――I killed Cock Robin.


 ――誰が殺したの、クックロビン?


「……殺したのは、俺だ」

 クックロビンは言った。

「……この俺の、エゴと頭の悪さで……」

 クックロビンは、頭を掻きむしった。
 自分の皮を、破り捨てたくなっているかのように、掻き毟った。


「……俺が! 俺がみんなを殺したんだ――!! 『クックロビン』が――!!」


 空に吠えた彼の慟哭は、立ち上っていく黒い煙たちに絡んで、日差しの中に垂れ下がっていた。


【穴持たず89・パク(泊) 死亡】
【穴持たず91・クイタ(久井田) 死亡】
【穴持たず92・コウカ(香火) 死亡】
【穴持たず93・クミヤ(久宮) 死亡】
【穴持たず94・コシミズ(輿水) 死亡】
【穴持たず97・クナシリ(国後) 死亡】
【穴持たず98・ニタラズ(九十八) 死亡】
【穴持たず99・ハク(白) 死亡】
【穴持たず100・ハッケ(百家) 死亡】
【穴持たず102・イワフネ(岩船) 死亡】
【穴持たず103・ドウミキ(百成) 死亡】


※『星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド』は、童子斬りの根に蹂躙された後に倒壊・全焼しました。


    〔THz:3510GHz(御坂美琴)〕


439 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:16:55 Q1OUSkVk0

 ノイズの海を掻き分けるようにして、御坂美琴はその時、眼を閉じてコンポの上に覆いかぶさっていた。
 彼女はその広大な海中に浮かびながら、次々と通り過ぎてゆく、耳には聞こえない音の波を眺めていた。
 低きから高きへ、高きから低きへ、オーディオコンポをサーフボードとしながら波に乗り、御坂美琴はその波形を確かめていた。

 最終的に彼女が乗り付けた電波は、スーパーヘテロダインの回路を通り、オシレーターの脇を通り過ぎて、ブースターからスピーカーを叩いた。


『――H、B、C〜――、RADIO――!』
「HBC……、北海道放送ね……! よしよし、来てるじゃない、電波は……」


 捉えたコールサインとジングルでラジオ局を判別した美琴は、古びたコンポのダイヤルを直読しつつ、期待に満ちた表情で座席に戻っていた。

 倒壊したHIGUMAアスレチックの城の半地下。
 埋没しかけた小さな放送室の中で、彼女は機材の状態を確かめつつ、更なる情報を得るべく奮闘していた。
 それがこの、島内放送の仕組みの把握と機材のチェックを含めた、ラジオ放送の受信実験である。
 その試みは、まずまずのところ上手くいったようであった。


『――さて、北海道の午後に笑いと涙と興奮をお届けしてきましたこの番組。
 今日は番組内容を変更して、気象情報やニュース速報を中心にお届けしています』
『いや本当にね。朝から、ほとんど前触れのない津波で、びっくりされた方も多いんじゃない?』
『はい。現在、関東から北海道にかけて到達した津波は収まっているようです。波浪警報も、さきほど日本全域で解除されました』
『お台場じゃ、例のゴーイングメリー号やガンダムが流されたらしいから、もしかするとどっかに漂着しているかも知れないね』
『ですが、北海道にはまだ注意報が出ていますので、むやみに海や沿岸部に近寄ることは、絶対にないよう気を付けて下さい』

 二人の男女が掛け合って進んでいくラジオ放送は、午後のワイドショー番組であるようだった。

『何より皆さんが心配してるのは、ヒグマのことなんじゃないかな』
『はい。ヒグマ以外にも、天を突くような巨人の目撃情報や、実際に家屋を踏み潰され、下敷きのまま救助を待っている方などもいらっしゃいますから。引き続き中継させていただきます。
 本日未明に、クルーザーを操舵するヒグマとの戦闘が勃発した釧路港周辺から、新しい情報が入り次第お伝えしますね』
「うわ、一般に知れ渡ってるじゃないヒグマのことは……。そらそうよね……。
 現場の漁師さんや自衛隊から情報が入らなかったら、劉鳳さんや杉下さんだってヒグマの存在なんかわからなかったはずだもの……」

 呟きながら、美琴はラジオの放送をザッピングしてゆく。
 NHKを中心に、数局の電波がキャッチできたが、そのどれもが、ヒグマの存在について、ニュースで触れているものはなかった。


「……中央のメディアは報道規制か……。じゃあこの情報は北海道だけ……。
 ローカルの生放送だからこそできる芸当なのね」


 各地の自衛隊が出動しているのだから、もう少し大事になっていても良いのではないかと思ったが、それは難しそうだ。
 政府からの更なる援軍などは期待できそうにない。
 むしろ政府は、劉鳳や相田マナといった関係者からの連絡をずっと待っているのかも知れない。
 到着するか否かの段階で全員が散り散りになるなど、本来ならば考えづらいことであるし。


 結局、現地住民の不安を解消するべく中継班を出しているらしい北海道放送にも、美琴が聞き知っている以外の新しい情報はほとんどなかった。
 唯一、海上自衛隊の防御網を潜り抜けて上陸したヒグマを素手で仕留めたらしい、ファイナンシャルプランナーの福田さんという女性のインタビューがあったりしたが、それだけだった。
 本当のことなのか眉唾だ。


『――今日の深夜から明日の朝にかけて、北海道全域で雪になる見込みです。
 昨日から、この時期には珍しい暖かな日和でしたので、寒さがぶり返すことになりますね。
 寒暖差が激しくなりますので、きちんと防寒対策をして過ごされて下さい』
「うげ……。夜から冷え込むの……!? これは早いとこ決着をつけなきゃ、凍死者が出るわよ……」


440 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:17:10 Q1OUSkVk0

 ラジオを消す間際に聞こえた天気予報では、『これから雪になる』という情報が流れていた。
 北海道の冬の雪など、それ相応の準備をしていない者にとっては、ロマンチックなものでも何でもない。
 何の装備もない人間の参加者はおろか、穴持たずと呼ばれる羆にとっても、命の危険をもたらしかねない自然現象に違いなかった。

 夜を越してしまえば、恐らく外気温は軽く氷点下を下回るだろう。
 凍死しなかったとしても、碌な防寒装備もない参加者は、暖房のつく家屋の中に避難するしかなく、大きく活動を制限される。
 そうなってしまえば、この島は、ヒグマ帝国を制圧したというロボットたちの手に完全に落ちてしまうだろう。
 何としても、その前に参加者を救出しきらねばならない。


『……アー、アー、テステス。美琴ちゃん、聞こえるかい?』
「あ、クマーか。聞こえる聞こえる。アンプもBFO(うなり発振器)も調子はいいわ。ちゃんと可聴音になってる」
『おう。なんだかよくわからんが、チェックが上手くいったなら良かった』
「ええ、バッチリ、島内放送の周波数が空隙になってるのも確認できたわ。
 ただ、夜中から雪が降るらしいの。冷え込むと参加者の救出が難しくなるから、そっちも急いでね」
『了解。……ただ、こっちは施設内の確認にもう少しかかる。
 先、シャワー浴びて休んでおいてくれないか? 利用できそうな防衛機構がまとまり次第連絡するよ』
「……覗くんじゃないわよ?」
『覗きたいけどそんなヒマねぇよ!! これでも仕事はちゃんとするんだぜ俺は!?』
「はいはいそれじゃあね」


 その時室内に聞こえてきた音声は、若干荒いながらも、はっきりとわかるクマーの声であった。
 HIGUMAアスレチックの会場のどこかから、彼は放送機器のスピーカーに話しかけているわけだ。
 スピーカーから入力された音声を、逆にマイク側から増幅して出力する即席トランシーバー。
 有線ではそのまま、無線の機器からは、発信される電波をラジオ備え付けのオシレーターにより可聴音波として検出し、さらにアンプリファイヤーの入出力方向を瞬時に感知・逆転することで形成される、御坂美琴の超能力ならではの応用である。

 島内放送の仕組みは、主に災害用の防災無線を転用したものだった。
 通電していれば、そのスピーカーは放送の特定周波数帯域の電波をキャッチして、自動的に音声を奏でてくれるわけだ。
 恐らく、先の第二回放送で、地下の研究所の放送室は潰滅したのだろう。
 今現在この空間で、その帯域の周波数に居座っている電波が存在していないことは、周波数の目盛を直読しながらラジオを検知していた美琴により、確定されていた。
 つまり現在、ヒグマ帝国も、そして事態の黒幕と思われるロボットも、有効な放送設備を有してはいないことになる。

 この場の機器を使えばちょっとした演算で放送を行なえる美琴が、この時点で大きくアドバンテージを取っていた。
 あとはクマーとくまモンが、安心して参加者を呼び寄せるに必要な防衛機構を組み立ててくれるのを待つだけである。


「……さてじゃあ、再三言われたし、シャワー浴びて着替えとこうかしらね。
 これから放送で呼び掛けちゃったら、ぶっとおし、夜中まで休む時間なんてないだろうしね……」


 汗と潮でごわごわになっている髪や制服を掻き、美琴は着替えの衣服を物色した。
 何かしらロッカーの中に入っているはずだと踏んでそこを開けた彼女は、中に入っていたものを見て口元を歪ませる。

「……うわ。なにこれ……、センス悪っ」

 そこに山のように積まれていたものは、『HIGUMA』とプリントされただけの、何色かの無地のTシャツだった。
 マラソンやイベントのたびに量産されるような、安くロゴの入れられるペラペラの薄いやつである。
 これから気温が下がってくるというのに、半袖の薄いTシャツでは寒すぎるし、ハッキリ言ってダサい。
 しかし、塩だらけの自分の服をもう一度着直すというのは、選択肢として有り得ない。


441 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:17:27 Q1OUSkVk0

「せめてジャージとか、野球着とか、有冨さん所の女子制服とか置いてあると思ったんだけど……!
 こんなものが作られて大量に余ってるってことは……、ここ、STUDY外の人とかも結構来てたってわけ?」

 憶測を口に出しながらシャツの山をひっくり返していた美琴は、ようやくその中から、唯一まだマシと思われる衣装を発見した。
 それを抱え上げた美琴はその詳細を確かめ、誰もいない自分の左右を見回した後、今一度それに眼を落す。


「……これ布束さんのデザインよね……! 絶対そうよね……! わは……、はは……。
 うん、これ以外、他にないしね。仕方ない。そう、仕方ないのよ……!」


 自分に言い聞かせるように何度も頷いた彼女は、にやけた口許と、心持ち赤くなった頬を抱えて、そのままシャワールームへと走っていった。


    〔AM:1197kHz(熊本放送)〕


「……なんか思い浮かんだか、くまモン」
 ――ちょっと待ってほしいモン。やっぱり心許ないモン。
「そうだよなぁ……。ちょっと破壊が酷過ぎるよなぁ」
 ――全方位を防御するには、人手も足りないモン。


 御坂美琴と会話していたスピーカーから離れ、クマーとくまモンは、かつてモンスターボックスと呼ばれた巨大な跳び箱――、優に50段、5メートル76センチを誇る高さの台の上から、辺りを見回していた。
 その上には剣山のように、ヒグマの毛皮をも徹す鋭い鋼の槍が設置されていたのだが、今はそれは剥がされてクマーの手に持たれている。
 もう一方の手に持たれているのは、自転車のタイヤだった。

 ここは、島のA-5エリア、西の崖の際に設置されている『HIGUMA』会場の、南西の一角である。
 本来ならばここはその『HIGUMA』の、3rdステージとして存在しているはずの場所であった。
 だが周囲には、幾つもの爆発物により破壊されたと見られるアスレチックの残骸しか残ってはいない。


 1stステージの『ストラックアウト7』は、そのグラウンドこそ無事であるものの、肝心のストラックアウトのボードは、本来挑戦者を圧殺するためであった鉄球により潰されている。鉄球を吊るしていたクレーンは、これまた爆弾か何かで破壊されていた。
 2ndステージの『スパイダーウォーク360』は、その特徴的かつ理不尽極まりない配置の壁面コースがことごとく爆破され、挑戦者を溶かし殺すためにその下に据えられていた硫酸の池も、爆発で吹き飛ばされている。
 3rdステージの『モンスターステップ50』は、ギロチンの往復する50連続の足場を、間の槍衾に落ちないように跳び続け、その勢いで50段のモンスターボックスを越え、さらに剣山のような槍のマットに落下しても死なないよう、それを壊すか・躱すか・刺さりながら自己再生するかなどしてきり抜ける。という構成だった。
 その中で原型を留めて残っているのは、このモンスターボックスの跳び箱だけである。剣山やギロチンを構成していた鋼鉄素材の幾ばくかは再利用できるのかも知れないが、現状、そんな余裕も能力も使途もない。

 これらステージは、実況席のあった『城』を中心として、施設の北東から時計回りに会場を4分割するようにして設置されている。
 つまり、残る北西の隅が、本来のFinalステージであった場所だ。
 SASUKEであればここは大体が、数十メートルの綱登りであるのだが、このHIGUMAでは、そのステージの名は『ブレインライダー』だった。

 今までのステージがことごとく、純粋に肉体そのものの能力を強く試される場所であったのに対し、これはむしろ、そのヒグマたちの頭脳や適応性を試されるものであった。
 開始前に、自転車、竹馬、ホッピング、スケートボード、サーフボード、擬似メルトダウナー、逆立ちなど、自分の好みの乗り物を選択し、次々と出題される難問に回答しながら、規定のコースを制限時間以内に、脚をつかず・誤答せずに走破するというものである。
 このコースも例に漏れず、ほとんどが爆破され尽くしており、見つけられためぼしいものといえば、クマーの持っている自転車のタイヤくらいであった。


「……辛うじて一番使えそうなのがここの3rdステージの残骸だからなぁ……。どうしようか」
 ――使える使えない以前に、気にすべきは施設周囲の防衛ラインだモン。


 盛り土で高くなっているHIGUMAのステージの、さらにモンスターボックスの高さが加わった位置から、くまモンは施設外の要所を見晴らして指差す。
 拠点の位置、人の動線、防衛のアングルと、頭の中に地図を綴りながら彼は語る。


442 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:17:44 Q1OUSkVk0

 ――東側。向こうはB-5の一帯が全て温泉になっているモン。真東から陸路で何かがやってくることは恐らく考えられないモン。
「そうだな。来るとしても、北東か南東から回り込まないと、だだっ広く湧き出している温泉に阻まれるからな」
 ――その南東から南、南西にかけても、有り難い天然の『堀』があるモン。
「温泉から流れてる川と、滝だな……。海食洞までにかけては、相手側の足を止めてこちらが判断時間を取れる緩衝地帯があるわけだ」
 ――そして西はすぐに崖。こちらからは、『空飛ぶクマ』でもない限り誰も来ないモン。
「となると、一番警戒すべきは北。特に、真北ではなく、1stステージのある北東だよな」
 ――そうだモン。とりあえず、無事な槍を運んで、『逆茂木』のように周りに配置しておくモン。壁を転用して『枡形』を切る余裕があればなお良いんだがモン……。
「流石は『武者返し』を誇る熊本のゆるキャラだよな。オッケー、ビジョンは見えた」
 ――ボクらがここを、『不落城』にしなければならないモン。


 逆茂木――、敵の侵入を防ぐべく、先端を尖らせた杭を外に向けて並べた柵のことである。
 宇土城址や吉野ヶ里遺跡など、熊本周辺にもこれを用いた防衛機構を敷いていた拠点は多い。
 『白川・坪井川・井芹川』、『断崖』、『連続枡形虎口』、『百間石垣』、『武者返し』、『石落とし』など数々の防衛機構を擁し、完成以来無敗を誇った熊本城にも足繁く仕事に通うくまモンには、これらを用いた防衛のノウハウも把握できていた。

 取り急ぎ方針が決まったところで、くまモンとクマーは、その高所から踏切板とマットの上に飛び降り、辺りに散らばる鋼鉄の槍を集めた。
 そのまま彼ら二頭は、周囲と特に障壁もなく開け放たれている1st、Finalステージの方面に槍衾の逆茂木を設置に行く。


 その時ふと、耳の背景に今までずっと微かに響いていた低い周波数が、突然途切れていた。


「ん……!? 交流電源のノイズが完全に消えたぞ!?」
 ――停電だモン。しかも……、かなり広範囲。全島停電?


 50Hzという周波数の北海道の交流電源。
 その帯域の基底にあった波長が、その瞬間から完全に消えてしまっていた。
 つまりそれは、地下の研究所で一括管理されている電源が、落とされてしまった事を意味している。

 ――これは、ひょっとするとまずいことになったかも知れんモン。
「え……? ……あ!! そうだよ!! まずいよ!! どうしよう!?」

 くまモンが眉を寄せて絞り出した唸りに、クマーが慌てて、にわかに浮上してきた問題に気づく。


「――美琴ちゃんの放送が、島内に伝わらなくなっちまう!!」


 全島が停電したということは当然、その電源で動いていた防災無線を始めとする放送機器の類も、使えなくなってしまうということだ。
 二頭は顔を見合わせて頷くと、設置途中だった残りの槍衾を手に、中央の『城』に向けて走った。


    〔THz:3510GHz(御坂美琴)〕


「……んぇ!? て、停電!?」

 その時、御坂美琴は鼻歌を歌いながら、暖かなボディーソープの泡に包まれていた。
 シャワールームで束の間の安楽を得ていた美琴の上で、照明がふっつりとその明かりを落としていた。
 同時に彼女のパーソナルリアリティには、周辺設備の交流電源が停止したことが描き出される。
 一部の故障などではなく、間違いなく停電。
 それも、範囲は恐らく全島に及ぶもの。


「わ、わ、どうしよ、どうしよ!? 水道ってまだ出る!?」


 スレンダーなラインを描くその体で、腋の下や膝下など、美琴は洗い残していた部分を焦りながらこする。
 彼女の脳裏に第一に浮かんだ恐怖は、『停電により水道が止まる』ことだった。

 水道の給水方式の中には、受水槽や上水道の本幹から、ポンプで水圧をかけて送っているものも多い。
 そういった方式が採用されていた場合、停電時には水道も止まってしまうのだ。

 こんな泡だらけの裸のまま、洗い流すこともできないとなれば、待っているのは地獄だ。

 美琴は祈るようにして、そのシャワーのノブを回した。


 ――お湯が、出た。


443 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:18:12 Q1OUSkVk0

「ちょ、直結直圧方式……! 温泉地なだけあるわ……、よ、良かったぁ〜」


 温泉にもなっているその豊富な湧水は、ポンプで加圧せずとも十分、各家庭に供給できるもののようだった。
 なおかつ、お湯の方は源泉から直接引いてあるようでもあり、このライフラインが途切れることはそうそう考えられないだろう。

 感激に涙を浮かべながら泡を洗い流し、美琴は再び上機嫌に鼻歌を歌いながら、さっぱりとした体をタオルで拭きつつ、シャワールームから上がった。


 そうして脱衣所のマットを踏んだその時、彼女はようやく、停電で思い浮かべなければならなかった本当の恐怖に気付いた。
 ドドドドドド……。と、地響きのような効果音が、眼を見開いた美琴の周囲に渦巻く。


「――計画してた放送が、できなくなるッ!?」
「美琴ちゃん!! 大丈夫か!?」
「覗くなっつったでしょうがぁぁッ!!」
「へばらっ!?」


 次の瞬間、勢いよく脱衣所の扉を開け放って来たクマーに対し、その地響きのような足音で到来を予知していた美琴が、見事な脚線美を描く回し蹴りを見舞っていた。
 地に転がり、通路の反対側の壁にぶつかったクマーは、口から血を吐きながら、震える前脚で親指を立てた。


「う、美しいキックだったぜ……、美琴ちゃん」
「いいから早く出ていきなさいよ……!!」
「そのウエストからヒップにかけてのラインがたまら」
「黙れぇええええぇ――ッ!! さっさと消えろ変態ぃ――ッ!!」


 顔面を真っ赤にしてタオルを身に寄せた美琴は、シャンプーボトルや風呂桶など、そこらじゅうのものを手あたり次第にクマーに投げつけた。
 そこにやってきたくまモンが、顔を伏せたまま静かにクマーを引きずってゆき、そっと脱衣所の扉を閉めてやっていた。


 ――クマー、心配は分かるけれど、節度を持つモン。
「あ、ああ……。み、美琴ちゃん、着替え終わったら作戦の立て直しな……!」
「解ってるわよ! いちいち変態行動するのだけは、やめてちょうだいよ本当に!!」
「ああ……! 努力してる……ッ!!」


 努力してこれかよ。
 と、美琴は入念に髪の水分を拭いながら呆れる。
 そうして次に手に取った衣服を今一度ながめ、美琴はゴクリと唾を呑みこんでいた。


「……お待たせ」
 ――うん、それじゃあ一度放送室で……って。
「う、うをぉおおおぉあ!? 美琴ちゃん、どうしたんだその衣装!?」


 程なく、美琴が脱衣所から出てくる。
 メロン熊との戦闘から溢れっぱなしになっている血を再び腹に飲み下していたクマーは、その美琴を見た瞬間、興奮のあまりそれを鼻血にして再び溢れさせていた。
 くまモンも、表情の変わらぬままに、着替えた美琴の姿を見たまま硬直している。
 彼女は照れた頬のまま、恥ずかしさを隠すようにふんぞり返って見せた。


「い、いやぁ、長袖の服がこれしかなかったもんだから、仕方なくねー。
 これしか着る物なかったのよー。いやー、仕方ない仕方ない」
「うっわ、めっちゃくちゃカワイイじゃん美琴ちゃん……。マジ似合ってるよ。
 それ布束さんのやつだろ? 写真撮りたいなぁー、カメラあったら良かったのに……」
「う、ふふ、ふっへっへっへ……」


 べた褒めの嵐の中、羞恥心と嬉しさと照れ隠しが綯い交ぜになった美琴は、引き結んだ口元から、こらえきれない変な笑い声を漏らしていた。
 いまいち事態を理解できないくまモンは、そんな美琴の姿を指さしてクマーに尋ねる。


 ――これは……、メイド服かモン?
「違うッ!! これはエプロンドレスじゃないぞ!! これとメイド服を混同するようじゃ、少女ファッションに物申すことなんか許されないぜくまモン!!」
 ――お、おう……。

 くまモンをもたじろがせるような剣幕で振り返ったクマーは、照れ隠しのポーズを取り続ける美琴を指しながら、力説した。


444 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:18:36 Q1OUSkVk0

「これは――、布束さん謹製の、『ゴシックロリータ』だ!!」
 ――ああ、ゴスロリ……。


 黒を基調にし、退廃的でシックな雰囲気を醸し出しつつも、抑えに入る純白のフリルが、袖口、胸元、パニエのそこここに遊び、ふんだんにあしらわれた黒いリボンと共に、少女趣味の心をくすぐる絶妙なバランスで仕立てられている。
 常日頃、子供っぽく少女趣味の嗜好を持っていながら、人前でそれを明らかにすることを躊躇い続けていた美琴にとっては、大人びたシックさと少女趣味を両立した服を着ざるを得なくなるという状況は、実のところ願ってもないことだったのだ。
 美琴の周囲を、機敏な身のこなしで這い回りながら、クマーは感動したようにその衣装を検分していく。


「スカート丈は短いが、パニエの厚みでパンチラをガード!
 肩周りの余裕をとったパフスリーブと合わせて、激しい運動も妨げない機能的な服になっている!
 だがニーハイソックスとの合わせ技で絶対領域は外さない! ヘッドドレスもイカしてる!
 ――なるほど、イベントコンパニオン用の服だな!」


 もともと『HIGUMA』は、STUDY研究員の酔狂で作り出されたと思われる施設だ。
 実際のところ古館伊知郎すら呼び寄せていたので、コンパニオンの一人二人呼んで、大々的なイベントをする予定を計画していたとしても不思議ではない。
 つき合わされた布束砥信はいい迷惑である。


 ――うん、確かにカワイイモン。でも早く次の行動を考えるモン。
「……そうね。一応考えているわ。こいつが心配してくれたおかげで、ちょっとはリフレッシュできたしね」
「うんうん……、この未発達で慎ましやかな胸がマジ尊い……」
「ありがとう、死ね」


 くまモンが床に書きつけた言葉に頷き、美琴は一度、クマーに向けて笑顔を見せた。
 しかしその直後、やはり最終的にクマーの鼻っ柱に叩き付けられたのは、彼女の鉄拳だった。

 床で悶えるクマーを無視して、御坂美琴は息を整え、自分だけの現実に目を落とす。
 その万事の空に浮かぶ電離層の厚みを測り、彼女は自身の限界を破るように、集中を始めた。


    〔MF:0.33MHz(夢原のぞみ)〕


 ――こちらは、日本政府より派遣された救援部隊の、御坂美琴です。
 ――私たちは今、A-5エリアのアスレチックに居ります。
 ――近くの参加者の方は、是非とも集まってきて下さい。
 ――人間に殺意を持ったヒグマは、迎撃する用意もあります。
 ――返り討ちにしてやるからそう思っとけ。

 ――こちらは、日本政府より派遣された救援部隊の、御坂美琴です。
 ――私たちは今、A-5エリアのアスレチックに居ります。
 ――近くの参加者の方は、是非とも集まってきて下さい。
 ――人間に殺意を持ったヒグマは、迎撃する用意もあります。
 ――返り討ちにしてやるからそう思っとけ!

 ――こちらは、日本政府より派遣された救援部隊の、御坂美琴です。
 ――私たちは今、A-5エリアのアスレチックに居ります。
 ――近くの参加者の方は、是非とも集まってきて下さい。
 ――人間に殺意を持ったヒグマは、迎撃する用意もあります。
 ――返り討ちにしてやるからそう思っとけ――!!


「……キリカちゃん、那珂ちゃん……。ね、聞こえる……?」


 耳を澄ませた街の先から、女の子の澄んだ声が聞こえた。
 朝昼の放送の時と同じ、何だか間延びした、遠い音だったけど。
 今度は聞き逃さなかった。

 防災の連絡と同じ。
 きちんとした3回繰り返し。
 彼女が紡ぐ希望をきっちり耳に刻み付けてくれる、強い声の重なりだった。


「あはは、あそこ、さっき戦いの前に通り過ぎちゃったとこだね……。
 でも良かったよキリカちゃん……。今度は、那珂ちゃんも、連れていけるから……!」


 青紫色の宝石が、指輪の上で輝く。
 確かな息遣いが、耳元を撫でる。
 私の指にともる光は、託してもらった魂の光だ。
 私の肩にかかる重みは、助けられた命の重みだ。

 脚の痛みも、へっちゃら。
 疲れなんて、吹き飛んだ。

 歩き続けて、歩き続けて。
 諦めなかった希望は私たちの目の前に、もう、降り立っていたんだから。


「いくよみんな……! あの川の向こうに……! けって〜い!!」


445 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:19:03 Q1OUSkVk0

 夢原のぞみ、中学2年生。
 そのガーリーな私服とは裏腹に、彼女の体は傷だらけだった。
 スカートの裾からは、大腿に大穴を開けて貫通した痛々しい傷口が覗いている。
 しかしその満身創痍の様相にも関わらず、彼女の双眸に浮かぶ眼光は爛々として曇らなかった。

 自らも片脚を引き摺りながら、その肩に彼女は、気を失っているもう一人の少女――軽巡洋艦の艦娘・那珂をも支えていた。
 そうして彼女は直射日光の照り付ける真昼の草原を、次なる参加者を助けるため、一分のたゆみもなく街へと歩き通して来たのだ。


 一度夢を見据え、決断した彼女の意志を折れるものなど、この地には存在しなかった。


※A-5の周囲1エリアに、御坂美琴の放送の音声が聞こえています。


    〔VHF:96MHz(蔵人)〕


 一度見据え、実現まで漕ぎつけようとしていたクックロビンの夢は、灰燼に帰した。
 ヒグマ帝国のシバと彼が、共に形作ろうとしていたスタジアムとテーマパークは、シバと彼自身の失策のせいで、完膚なきまでに破壊され尽くしていた。

 生き残った友もなく。
 再利用できる物資もなく。
 徐々に萎れ、退いて行った謎の根と共に、ついさっきまで彼の周りを埋めていた幸せは、跡形もなく消え去っていた。


 最後に残った穴持たず94・コシミズの死を看取ったあと、彼はふらふらと幽鬼のように立ち上がり、歩み始めていた。
 携帯電話などはない。
 シバにも、ツルシインにも、誰にも連絡など取れない。
 クレイとモモイという、唯一クックロビンが声を掛けそびれた同輩にも、連絡することはできない。
 なぜかといえば、物資の足りていないヒグマ帝国では元々、携帯電話やスマートフォンなどはほとんど存在しないものだったからだ。

 カーペンターズ以外にもクックロビンがアイドルオタクに引き込んだ者として、穴持たず402というビームを放つことのできるヒグマがいた。
 彼は予定通りならば、もう地下から出て、完成したテーマパークのお客第一号になり、ライブの演出を手伝ってくれるはずだったのだが、結局来なかった。
 彼が一体なぜ来れていないのか、それを知るための連絡手段もないことは、言わずもがなである。


 クックロビンに残された道しるべは、唯一居場所のはっきりしている同胞――ヤエサワ、ハチロウガタ、クリコたちがいるはずの海食洞へ早急に向かうこと。それだけだった。


 泣き続ける気力もなかった。
 もう、半ば無意識に踏み出されてゆくその歩みが止まったなら、そのまま自分は腐って死ぬのではないかとすら、彼には思えた。

 北に途を辿るにつれ、地面は、戦闘か開墾か何かがあったかのように、大きく太い根にほじくり返された様相を呈していく。
 その根自体は枯れてしまったのか、もうほとんどが縮れて萎びてしまっていた。


 ――ああ、地固めしなきゃ駄目だな。


 その光景を見て、クックロビンは無意識にそんなことを考えていた。
 建築家として、この空き地の上に良い建物を建てるには、荒れている分、地固めをしっかりしなければならないだろうということが、彼には自然に思い浮かべられていた。
 そうしてぼんやりと進んでいきながら、はたと彼は気づいた。


 ――ああ、あんなに急造でスタジアムとかアトラクションとか建てたら、崩れるわ。


 この根が何なのかわからない。
 何かヤエサワさんが話していたような気がしなくもないが、正直その連絡は話半分に聞き流していたので、やはりわからない。
 だが、あのテーマパークを襲った木の根を抜きにしても、この島は、ついさっき津波に襲われたりした危険地帯だ。
 そして、地固めもなく、上モノを置いただけの急造で、なおかつ足りない物資で無理やり組んだ粗製の建物では、耐震性も耐火性も何もない。
 その脆さは、彼が直前に身に染みて感じたばかりだ。
 それこそコントか何かのように、風が吹いただけで倒壊していた可能性すらある。


446 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:19:26 Q1OUSkVk0

 こんな危ない場所に、そんな危ない建て方で、あんな危ない建物を建てては、ならなかったのだ。

 シバさんが、アイドルによる帝国の席巻に賭けていたのは事実だ。
 だがそれにしても、わざわざ地上に馬鹿でかいスタジアムを建てる必要なんて全くなかった。
 当の星空凛が地下に侵入していて、席巻するべき住民は全員地下にいるんだから、建てるなら地下で造成中の区画の端にでも建てればよかったのだ。

 地上は、もう一度津波が来たりしたら一巻の終わりなのだ。
 建築には本来うといシバに代り、本当なら自分がその危険性に気づき、進言しなくてはならなかったはずだ。


 ――浮かれていた。俺が浮かれてみんなを巻き込んだせいで、パクたちは……!


 見開かれた眼、真っ黒に焼けた顔の、兄弟子の姿がフラッシュバックする。
 あの時、彼や妹弟子が止めようとしてくれた話を真面目に聞いていれば。
 あの時、ツルシインさんの連絡通り素直に通路の点検をしていれば。
 あの時、シバさんの注文を丸受けしたりせず、せめて実験終了まで待つか、地下での建造を進言していれば。
 こんなことには、ならなかったのだ――!!


「うう、ううう――……!!」


 呻くように、吐き気を催しながらふらふらと彼は地に崩れ落ちる。
 ああ、死ぬ――。
 俺は、腐って死ぬ――。

 そう思いながら倒れこんだ地面に、何かが置かれていた。
 体の下敷きになっていたのは、この島の実験の参加者に与えられているデイパックと、首輪だった。
 本来なら、首輪はこんな風に外れたりはしないはずだ。
 荷物も放置されているということは、この参加者は、例えばこの木の根から出てきた溶解液に溶かしつくされて、死んでしまったりしたのだろうか。

 ひとりでに、涙が溢れてきた。


 ――こんな危ない場所で、凛ちゃんを歌わせちゃ駄目だろ……。


 ここは本当に、殺し合いが行われている場所だったのだ。
 今までそんな実感なんて湧かなかったから、星空凛を呼びつけて歌わせるなんてシバさんの案にも平気で賛同できた。
 だが、同輩や参加者の死を間近に見てしまったら、もう、そんなことは、できなかった。


『謝礼は、クロードがプロデュースする子に、払ってあげて下さい。ボクは、寛大、なので……』
「どうすればいいんだよ、どうすればプロデュースになるんだよ、コシミズさん……!! 俺はただのファンだぞ……!」
『アイドルファンを名乗る気なら、死ぬ気で、プロデュース、してください……!!』
「ファンとプロデューサーって、別モノなんじゃないのかよ……!? 俺はただ、凛ちゃんの歌が聞けてダンスが見れればそれでいいのに……」
『くれぐれも……、自分の「好い」たアイドルに、こんな歌、歌わせるんじゃないですよ……』
「頼むよコシミズさん……。そんな、謎めいた言葉だけ残して、死なないでくれよ……!」


 すぐ傍にいながら自分が気づくことのできなかった、ステルスメジャーな存在からの言葉に、クックロビンは身を起こしながら激しく首を振った。
 頬に引かれた彼女の血の線が、クックロビンの体を、呪いのように引っ張った。
 昨日の先に捨て去った名前で自分を呼んだ、彼女の呪い。
 心を縛り、諦めの沼から体を引き上げてくるその祈りが、彼女の言葉だった。

 デイパックと首輪を掴み、彼は呪いを解く祈りを求めるように、またふらふらと歩き始める。


「アイドルって……、アイドルって……。一体、何なんだよ……」


 涙を零しながら、同輩から最後に突き付けられた答えの見えぬ難問の正解を求め、彼は途を辿った。


 ――こちらは、日本政府より派遣された救援部隊の、御坂美琴です。
 ――私たちは今、A-5エリアのアスレチックに居ります。
 ――近くの参加者の方は、是非とも集まってきて下さい。
 ――人間に殺意を持ったヒグマは、迎撃する用意もあります。
 ――返り討ちにしてやるからそう思っとけ。


 遠くから微かな音の帯が彼の耳に届いたのは、そんな時のことであった。


※A-5の周囲1エリアに、御坂美琴の放送の音声が聞こえています。


    〔AM:1197kHz(熊本放送)〕


447 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:19:41 Q1OUSkVk0

「……ッハァ! ハァッ、ハァッ……!」

 ゴシックロリータの衣装にヘッドセットを装着した格好で、息を荒げた御坂美琴が椅子の背もたれに倒れ込んでいた。
 のぼせたような顔で脱力する彼女の部屋のドアが、その時開け放たれる。


「大丈夫だ……! 聞こえたぞ美琴ちゃん……!」
「ああ、良かったわ……。でも、これで、今の私には、精一杯……」
 ――起動できていたスピーカーは、アスレチック内のものだけだったモン。音が届いた距離はたかが知れてるモン。
「そうだな……。これじゃあ完全に美琴ちゃんが回復したとしても、島内全部のスピーカーに通電して放送するのは無理だろうな……」


 半地下の放送室内に戻って来たくまモンとクマーの反応を受けて、美琴は額に浮いた汗の玉を拭う。
 全島停電が起きてしまったことを受けて、彼女は全演算能力を振り絞って、通電できる範囲内全てのスピーカーを自身の電力で起動し、放送することを試みていた。
 本当ならば、もっと放送する内容を吟味したり、防衛機構が納得のいく状態まで機能することを確かめてからやりたかったのだが、これ以上後手に回るわけにはいかなかった。
 とりあえず、周囲の参加者やヒグマたちに自分たちの存在をアピールするに留まってしまったわけだが、やらないよりはマシのはずだ。

 美琴は頬を叩いて気合を入れ直し、背後のくまモンとクマーに呼びかけた。


「……電波を送るだけなら少しの電力でできるのよ。何か他に手がないか考えるわ……。
 一応、周りには知れ渡ったわけだから、あなたたちは想定通り、避難者や襲撃者が来ないか見張ってね。頼むわ」
 ――わかったモン。美琴ちゃんは少し休むモン。
「了解。くまモンも言ってるが、無理するなよ」
「ありがと」


 疲労感の濃い笑顔で水のペットボトルを取りながら、美琴は二頭にひらひらと手を振った。
 城の屋外に立ち去ったくまモンとクマーは、見張り台として設置し直したモンスターボックスへ、踏切板から一気に跳び上がる。


「……で、どう思う、くまモン?」
 ――島内全てのスピーカーを起ち上げて音声を行きわたらせるには、それこそ発電所並みの電力が必要になると思うモン。手を考えると言っても、何があるか……。
「何人かのグループに分かれて島の各地で、街宣みたいな感じで知らせるとか?」
 ――それをするにしてもまず、分けられる程度の人手が最低限必要だモン。
「……だよなぁ」


 呟きながら二頭が見晴らすのは、半径200メートル程度の境界で、一面に鋼鉄の槍による3,4重の逆茂木・乱杭を施したアスレチック周囲の景色だ。
 東は温泉までの際。
 西は崖までの際。
 南は川と滝までの際。
 北はA-4エリアとの境付近までの際。
 ヒグマを始めとする敵の侵入を完全に防ぐには心許ないが、最低でも進行妨害の役には立つはずだった。
 人が通れるように逆茂木を設置していない道は、1stステージのある北東側に一本、2ndステージから、湯の川に飛び石のように渡れる場所がある南東側に一本だ。
 急場しのぎに構築したありあわせの防衛ラインとしては、それなりに形にはなっている。


「……攻められた時にも、あそこの道を塞げば、取り敢えず防衛できるわけだよな」
 ――地上戦なら。だモン。問題は、『空飛ぶクマ』みたいな、空中から逆茂木を越えて襲撃できる者も一応存在するということだモン。
「……対空防御か……。槍投げくらいしかできないよな、今の段階だと」


 3rdステージから剥ぎ取って来た槍を携えて、クマーは唸った。
 出会い頭の遭遇戦になるよりは、敵と距離を置いた段階で戦闘準備ができる分いくらかマシであるものの、やはり、実際の戦闘シュミレーションをすると、戦いへの不安は強い。

 だがその時クマーの鼻には、嗅ぎ覚えのある匂いが漂ってきていた。


「――あっ、南! 南から、女の子が来るぞ!! あの、海食洞の上で嗅いだ匂いの子だ!!」
 ――クマーはそういうところでだけは、冴えわたるのかモン……。
「そうだよ!! 伊達にペドベアーしてねぇって!!」


 目視するより、くまモンが嗅ぎつけるより遥かに早く、クマーはその人物の微かな匂いを嗅ぎ分け、日差しの中へ走り出していった。
 そしてくまモンが2ndステージの端まで追いすがり、温泉から堀のように流れる川の先を見た時、果たしてそこにはクマーの予感通りに、女の子がやってきていた。


    〔MF:0.33MHz(夢原のぞみ)〕


448 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:20:02 Q1OUSkVk0

 私がそこまで辿り着くと、そこは海食洞から出て通り過ぎた時とは、だいぶ印象が違って見えた。
 爆発で燃えたような瓦礫がくすぶっているのは同じだけれど、そこと温泉や川の境には、何重にも槍が仕掛けられていて、簡単には入り込めなくなっている。
 きっとあの後に、人が来たのだ。


「うおっ、大丈夫かそのケガ!? 待ってろ、今行くから!!」


 私が那珂ちゃんを支えたまま川の岸に着くか着かないかという時、早くも向こうから、私に声がかけられていた。
 その声と一緒に、川の飛び石を越えて走り寄って来たのは、頭からアンテナを生やして、面白い顔をしたクマさんだった。
 そのクマさんは、私の傍に立つや、耳の中から丸めた写真を何枚も取り出して来て、私の顔と照らし合わせ始めた。


「あっ、あっ……! きみ、夢原のぞみちゃんだな!? 放送で呼ばれてた!!
 やっぱりあの放送はガセじゃねぇかよ〜……!! 本当良かった!! さぁ、こっちだ!!」
「あ、あの……、あなたは……?」
「俺はクマーだ!! 安心してくれ!! 俺は小さな女の子を助けるために来てる!!」


 胸を誇らしげに叩き、クマーさんは朗らかな声でそう言った。
 彼の言っていることはきっと本当だ。参加してる女の子の写真(キリカちゃんのもあった)を大切に持っているなんて、助けに来てくれた人だとしか思えない。

(いやいやいや、どう考えても変質者にしか思えないだろ!! 頼むから気を付けてのぞみ!!)

 なんか頭の中で、キリカちゃんがものすごい勢いで首を横に振っているような気がしたけど、きっと気のせいだ。
 そうこうしている内に、私の傍にはもう一人、真っ黒でまるまるとした体のクマさんがやってくる。
 あ、このクマさんは知ってる――。


「わぁ……、くまモンだ……! すっごい、くまモンも助けに来てくれたの……!?」
「おお、流石にすごい知名度だよな……。そうだ、こいつも俺らと一緒に、みんなを助けようと動いてる」


 着ぐるみのような姿のくまモンは、大きく頷いて、私の体をおぶってくれた。
 那珂ちゃんの方は、クマーさんが担ぎ上げてくれる。

「本当、こんな傷だらけでよくここまで頑張って辿り着いたな……!
 すぐ手当てしてやるから……! 一体何があったんだ!?」 
「木を操る黒い剣士の……、ランスロットさんって人と戦いになって……。
 この那珂ちゃんも、あとキリカちゃんも……。何とか、逃げてきたんです」
「……あのバーサーカーから!?」


 くまモンとクマーさんは、驚いたような顔を二人して見合わせた。
 この二人も、あの人を知っているのだろうか。
 気絶している那珂ちゃんや、私が『キリカちゃん』として差し伸べた指輪などを見やり、クマーさんは焦った様子で尋ねる。


「……やつは、きみたちを追っているのか!?」

 私は、首を横に振った。

「ううん……。私があの人の木刀を壊した後、ランスロットさんは、消えちゃいました……」
「消えた……」


 彼が消えてしまった事よりもクマーさんは、私が彼との戦いで一矢報いていたことに驚いているようだった。
 くまモンとクマーさんは今一度顔を見合わせ、歩きながら、私に言った。


「……その話も、落ち着いたら詳しく聞かせてくれ」
「……うん」
「そして、今はようこそ、俺たちの『一夜城』へ」


 ――『一夜城』。
 攻め落とし、燃え尽きたようかのように見えた敵の城を、わずか一晩のうちに味方の城として修復してのけ、敵方の戦意を喪失させ、降伏させたお城だ。
 本当はそれは、村人と協力してかがり火を焚き、敵からはあたかも城が焼き落とされたかのように見せたという、知恵のたまものだ。

 崩落し、焼けたアスレチックの中心の、やはり瓦礫のような建物の下で、まるで秘密の通路みたいに、半地下への扉が開いていた。


    〔THz:3510GHz(御坂美琴)〕


449 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:20:33 Q1OUSkVk0

「……すごい戦いの、連続だったのね……。私の喰らった煽りなんてあまいもんだったわ……」
「でも、日本の国から助けが来てるなら、もう安心だよね! 布束さんにも協力してもらえるし! そうでしょ?」
「う゛っ……。うん……」

 夜間からの、浅倉威との戦闘、布束砥信との出会い、ミズクマとの邂逅、バーサーカーとの戦闘などを、夢原のぞみは、手当てを受ける傍ら、御坂美琴たちにざっくりと語っていた。
 美琴は、大量のTシャツを裂いて包帯代わりにのぞみの脚の傷を巻き閉じてやりながら、彼女のあまりに純朴な微笑みに呻く。

 政府は、美琴たちの派遣以来、静観に徹しているのだ。
 なおかつ、黒子達の一行と相田マナがどうなったのかに関しても、美琴に知るすべはない。

「……ごめんなさい。派遣された救援部隊は、私含めて、みんなはぐれちゃったわ……。
 クマーとくまモンは、この島で出会った協力者なだけだし。
 近海をそんなヒグマが埋めているなら、以降の増援はなおさら期待できないかも……」
 ――ミズクマが本格的に動いてるなら、外から近寄るのは無理だモン。保証できるモン。
「そうなると、ガンダム、空飛ぶクマ、サーファーあたりのやつも警邏に動いている可能性があるな。空からも介入は厳しいだろ」
「ヒグマ7とか名乗るやつらは、平気でヘリコプターに突っ込んで来たしね……」


 のぞみは、美琴とくまモンとクマーの語るその話に面食らった顔を見せるが、すぐに気を取り直して身を乗り出した。


「大丈夫、なんとかなるなる! 美琴ちゃんがさっきやってくれた放送をもーっと広げて、島中に流しちゃえば良いんだよ! 美琴ちゃんの可愛くて綺麗な声、しっかり聞こえたよ!!」
「あ、あはは……、ありがとう……。頑張るわ……」

 そのほとんど唯一と思われる解決策を全力でやった結果がアレなのだとは、美琴はとても言い出せなかった。
 輝くような期待の視線が、痛かった。


 良い手を考えようと思って、美琴は先程からずっと、その代替となる情報伝達手段が無いものかと模索をしていたのだ。
 演算能力は休息で徐々に回復しつつあるとはいえ、レベル5の万全の状態になっても、最遠7キロ以上の島の端まで、スピーカーを起動させられるほどの電力が美琴だけで賄えることは考えられない。
 こわばった笑顔の裏で美琴の心に渦巻くのは、ずっとその問題一点だった。


 のぞみは両手を打ち合わせて、力強く希望に満ちた展望を語り続ける。


「はぐれちゃった皆さんだって、みんな美琴ちゃんみたいにしっかりした人なんでしょ?
 きっと島の各地で、みんなを助けるために頑張ってるんだよ!!」
「そうねぇ……。警察の杉下さん。特殊部隊の劉鳳さん。マタギの山岡さん。テレポーターの黒子。
 あと、プリキュアの相田マナってメンバーだったんだけどね……」
「え!? プリキュア!? マナちゃん!? 知ってる知ってる!! キュアハートだよね!?」

 マナちゃんが来てるなら安心だ〜!!
 と、のぞみはうきうきとした調子で声を華やげた。

「あー……、そっか、夢原さんもプリキュアなのよね。相田さんとは交流があったの?」
「住んでるところが違うから、そう何回も会ったことはないけど、マナちゃんの堂々とした名乗りとか大立ち回りとかは、ほとんど伝説級だよ!
 私も、夢の中で一緒に戦った時とかは、結構ほれぼれしちゃったな〜」
「夢の中……?」

 記憶に思いを馳せるのぞみの言葉にはよくわからないところもあったが、美琴としては、ヘリコプターをヒグマごと宇宙空間に蹴り上げたり、その環境で平然と殺陣をこなしたりしていたキュアハートを見ているので、その感想には大いに納得できた。
 果たして彼女は地上に戻ってきているのか、その時点から疑問が生じはするのだが、夢原のぞみにも認知されているほどの武勇があるのなら、きっとその信頼は確かなものなのだろう。


「マナちゃんは『みなぎる愛』だもん! 私たちもヒグマさんも、両方助けてくれる、すごい力になってくれるよ!!」


 夢原のぞみは、切り傷や擦り傷の目立つ顔を、満面の笑みに綻ばせ、力強く言い切った。
 その笑顔は、美琴やくまモン、クマーにすら、底知れぬ安心感を抱かせるものだった。


450 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:20:54 Q1OUSkVk0

「……わかった。そうよね。彼女たちも信じるわ。そこのシャワーお湯が出るから、今のうちに一度体洗って、ちゃんと休んでおいたら?」
「うん、ありがとう……! 那珂ちゃんのことも、よろしくね……!」
 ――まだ、その他に外に動きはないモン。大丈夫だモン。
「おう、俺とくまモンが見張っておくから、ゆっくり入ってくれ、のぞみちゃん」
「……おいクマー。見張りにかこつけてまた覗くつもりじゃないでしょうね……」
「ちげーよ!! 見張るのは中じゃなくて外!! 公私混同はしないって!!」
「私事だったら覗くんじゃない……! 信用できないなぁ……」


 開け放したドアから外の様子を伺い続けていたくまモンに連れられ、のぞみは負傷した右脚をかばいながらも、シャワールームへと向かって行った。
 それを見送り、美琴は、室内に残された、気絶した少女に目を落とす。
 裂創の入った額を、シャツの包帯で簡易的に処置されている彼女が、那珂ちゃんである。


「……さて、呉さんが魔法少女で、宝石に入った魂だけで生き残ってるっていうのも驚きだけど。
 この、那珂ちゃんって子は、結局……、その、なんだっけ?」
「『艦娘』だろう。放送で、地下で反乱したヒグマたちが言っていたヤツだ。この足回りとか、身に着けてる艦橋みたいなのとかから見て間違いないだろう。
 だけど……、ふむ。ふとももの肉感、乳房の弾力……、ちゃんと脈拍もわかるし、やはり体は普通の女の子と変わらんな」

 クマーは冷静な考察を呟きながら、柿色のスカートをめくって堂々と下着の付近や胸元を触り始めた。
 その余りに自然な動きに、美琴は怒りを通り越して半笑いになりながら彼の頭をはたいた。
 耳を掴んで那珂ちゃんから引き剥がし、呆れ交じりに叱責を飛ばす。


「あんた……ッ、あんたねぇ! なに堂々とセクハラしてるわけ!? 頭おかしいの!?」
「何を言ってる美琴ちゃん! 俺は医学的に、彼女が人間の少女であることを確かめてただけだぞ!
 やましい気持ちなんて3割しかない!! それも十分、役得の範囲に収まる事柄だ!!」
「あるんじゃないやましい気持ち!! しかも割と多いし!!」
「そこは雄である以上ある程度仕方ないことさ。俺って正直だろう?」
「あぁもう……。その正直さは別のところに活かして……!!」


 美琴とクマーが騒ぎ立てていたその時、目の前に横たわる少女は、うっすらとその眼を開け始めていた。


    〔MF:2411kHz(那珂)〕


 アイドル。
 それは那珂ちゃんの、夢だった。
 みんなを喜ばせて、みんなに応援してもらい、みんなと一体となる。

 艦隊の旗艦、センターのような、一番目立つ、華としての役目。

 それが那珂ちゃんの、夢であり。
 生まれであり。
 仕事であり。
 憧れであり。
 帰路であり。
 行き先だった。

 そのはずだ。


 でも、私の前には今、誰もいない。
 私は、がらんとした、明りの落ちた観客席を前にして、ただ一人立ち尽くしていた。

 ついさっきまで、そこには一人、観客がいた。
 黒い甲冑を着た、髪の長い、美しい男の人だった。
 でもその人は、那珂ちゃんの歌なんて聞いてなかった。
 ただの時間潰しか待ち合わせか。別の女の人が会場の外を通り過ぎたら、さっさとそっちに出て行ってしまった。

 舞台袖を見る。
 そこにも人はいない。

 ついさっきまで、そこには一人、スタッフがついていてくれた。
 那珂ちゃんと同じくらいの背格好の、ちょっとキツめの女の子だった。
 なんだかんだ脇から那珂ちゃんのパフォーマンスに難癖をつけてきたんだけれど、結局その子は、那珂ちゃんの手取り足取り、さっきの男の人の気を惹くために、一緒に演舞してくれた。

 それでも那珂ちゃんは、そのたった一人の観客の心すら、掴めなかった。
 ただ歌えばいい、踊ればいい、それを真っ直ぐ見てもらえばいい――。
 そう思っていた那珂ちゃんの行いは、全く、通用しなかった。


451 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:21:19 Q1OUSkVk0

 どうすれば良かったのか。
 何があれば変わったのか。
 それすら、那珂ちゃんにはわからない。
 ただ真っ暗な、照明も落ちた人生の舞台の上で、那珂ちゃんは、蹲るだけだった。


『……キリカちゃん、那珂ちゃん……。ね、聞こえる……?』


 その時、那珂ちゃんの肩を、誰かが暖かい声と一緒に、支えてくれた。
 桃色の髪をした、力強い眼差しの女の子だった。
 その子は、自分も脚を怪我しているのに、那珂ちゃんの体を連れて、一緒に舞台の脇へと向かっていく。
 舞台を降りて、ホールの分厚いカーテンに近寄ってみれば、外から確かに、女の人の澄んだ声が聞こえた。

 よく通る声だ。
 最後列のお客さんまで、真っ直ぐに届くような声だ。

 すごい。と、素直に思う。
 見習いたい。と思う。
 一緒に、ステージに立ちたい。と思う。


 そうだ。
 今まで那珂ちゃんは、自分のことしか考えて来なかった。
 独り善がりなソロライブで、十分、お客さんを湧かせられるのだと。
 甘い。甘い。
 低レベルな考え方だ。
 前世じゃ、長い下積みと、地方巡業の連続だったじゃあないか。
 生まれ変わったらさぁメジャーデビュー、なんて上手く、世の中行きはしない。
 低レベルなら低レベルなりに、しっかり先輩の後について、鍛えていかなきゃいけないんだ。


 気づけば手には、マイクがあった。
 元帥閣下から下賜された、探照灯のマイクだ。

 期待だけは十分すぎるほど受けてる。
 装備するのはとびっきりの笑顔。
 もう一度頑張るんだ――!


 那珂ちゃんは、勢いよく、その黒いカーテンを開けた。


「……お、起きたぞ。大丈夫かー?」


 そうして眼を開けた那珂ちゃんの視界に真っ先に飛び込んできたのは、電探を装備したヒグマだった。
 間違いない。
 頭からアンテナが生えている。

「……13号対空電探だ。しかも本物の」
「ん? 対空電探……?」

 そのひょうきんな顔のヒグマは、そう言って首を傾げたので、那珂ちゃんは起き上がって、それを説明してあげた。
 那珂ちゃんたち日本海軍は、このアンテナを世界に先駆けて発明した国でありながら、お恥ずかしいことに、イギリス軍が使用している『Yagi』の正体を、向こうの捕虜から聞き出すまで知らなかったという歴史がある。
 このヒグマさんが知らないのも当然だろう。


「これ、『八木・宇田アンテナ』だよ。私たちの使うようなミニチュアじゃないから、メートル波の送受信で、単独でも50キロ先までの機影は確認できるかな……?
 でも110キロあるから、本物サイズだと重いよね。どこに本体……。あれ? アンテナ刺してるだけ?」


 那珂ちゃんたち艦娘は、前世で積んでた装備を小型化しているからそれほど重くならなくて済むが、このアンテナは実際に軍艦時代に積んでいたサイズだ。
 いくら小型電探とはいえ、さぞ重いだろうと心配になって、そのヒグマさんの肩に手を置いて背中を覗き込んだりしてみたのだが、アンテナ以外の部品は見当たらなかった。


「う、うわあああああっ!! そうよ、『アンテナ』よ!! 今のあんた『アナログマ』状態だったんじゃない!! 灯台もと暗しだったわ!!」
「ほぎょぉおおおぉおぉ!? み、美琴ちゃん、い、痛い! 痛いって! 何かでちゃう! アンテナでちゃうぅうぅうっ!!」


 その瞬間、まごついていたヒグマさんに、後ろから狂ったように興奮した声を上げて、黒装束の女の人が飛び掛かっていた。
 ヒグマさんの頭蓋骨から脊髄にかけて刺さっていたらしい八木・宇田アンテナを、その子は容赦なくずるずると引き抜いていく。
 フリフリとした装飾の多い黒装束の子は、けいれんして倒れたヒグマさんを捨て置いて、アンテナを手に、爛々と見開いた眼を光らせた。

「ふ、ふふ……。これで、ピースが一つ揃った……! まだ完全じゃないけど、これで『次の手』に届くわ……!!」

 なんか怪しい表情で笑っている。
 ざんぎりの茶髪に黒い服、駆逐艦の子たちがよくやってるような、下着の見えそうな短いスカート。
 手に持ったアンテナは、呪術師の持つ杖のように、滴る脳脊髄液でてらてらと光っている。
 その衣装や佇まいを合わせて考えるに、この子はきっと西洋黒魔術の儀式とかをしようと考えているのに違いない。
 怖い。
 絶対にアブナイ子だ。


452 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:21:40 Q1OUSkVk0

「……あんた」
「ヒィッ!?」


 そしてその子は眼光をそのままに、たじろいで壁に張り付く那珂ちゃんに向けて鋭く振り返っていた。
 つかつかと歩み寄られ、肩に手が置かれる。
 恐怖に竦んで声も出ない那珂ちゃんに、その子は一気に声を柔らかくして、穏やかな微笑みを向けていた。


「……やっぱり、海軍の軍艦だったってだけあるわね。
 あんたのおかげで、みんなを助けられるわ。ありがとう、那珂ちゃん……」
「ほえ!? はえ!?」


 何か、身に覚えのない感謝をされているが、正直、状況がよくわからない。
 そして何より驚くべきことに、那珂ちゃんはそのよく通る彼女の声に、聞き覚えがあった。

「おでこの傷以外は……、うん、見た感じ大丈夫そうね。お水でも飲んで落ち着いたら、あんたもシャワー浴びてきたら?」
「あ、あの、あなたってもしかして……。さっき、放送で喋ってた人!?」
「ええそうよ。聞こえてた?」

 彼女はにっこりと笑みを深め、夢うつつの中で聞いた澄んだ声で答える。

 那珂ちゃんは手を掴まれ、その子に激しく握手をされていた。


「私は御坂美琴。あんたの話も後で聞かせてちょうだいね」
「は、はひぃ……」


 那珂ちゃんが見習いたいと一瞬でも思ってしまったのは、こんな魔女みたいな様相の子だった。
 果たしてこの先、自分の人生は大丈夫なのだろうかと、我ながら那珂ちゃんはそう思った。


    〔VHF:96MHz(蔵人)〕


「うっ……、マジだ……。なんかものものしい警戒をされている……」


 彼が、海食洞に向かうことを考えてその場に辿り着いた時、目に映ったのは、明らかに戦火に包まれたと思しき『HIGUMA』アスレチックの残骸である。
 しかし、温泉から流れる川を挟んだその領域には、はっきりと抗戦の意志を示すように外へ向けて据えられている、槍衾の叢があった。

 『人間に殺意を持ったヒグマは、迎撃する用意もあります』と、人間の少女が流しているらしい放送が聞こえていたが、どうやらそれは事実のようだった。


「これは……、海食洞降りれるかなぁ……。アスレチックにあんまり近づかないようにしとかないと……」


 もともと彼は、ヤエサワたち同胞に合流することを目的にここまで来ていたのである。
 流石にこれ以上近づくのは危険だと判断して、彼はそのまま西の崖を直に、滝の裏まで降りて海食洞に行くことを決断していた。
 その時である。
 何かが、『HIGUMA』の中心部付近で日差しにキラリと光った。

 熊だ。
 一頭の真っ黒なヒグマが、何かを彼に向けて、空中へと投擲していた。


「ヒッ――!?」


 即座に、恐怖を感じた彼が崖の方に逃げ出そうとすると、その逃げようとした目の前に、一本の鋼鉄の槍が突き刺さる。
 続けざまに、彼の横、背後と、次々に投げ槍が突き立っていき、彼の行動を封じた。


 ――西の天草。


 風に紛れるような押し殺した発音が、その時彼の耳に届いた。
 振り向けば、真っ黒な毛並みのヒグマが、川に張り出した槍衾の上から、こちらに向けて踏み切ろうとしているところだった。


 ――『天門橋』。


 次の瞬間そのヒグマは、一足飛びに彼の真横まで降り立っていた。
 それは鋼鉄の槍の一本を彼の心臓に突き付け、一切の感情を見せぬ無表情のまま、押し殺した低い声で詰問してくる。


 ――お前は、何者だモン。


 彼は、背の毛を粟立てた。
 答える名に、窮した。


    〔LF:1000hHz(H)〕


453 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:22:10 Q1OUSkVk0

「パワーミックス工法及びルーツストップ、全工程完了です。お疲れ様でした!!」
「お疲れさまッした!!」
「お疲れ様でした!!」


 ヤエサワ(八重沢)、ハチロウガタ(八郎潟)、クリコ(九里香)という名の穴持たずカーペンターズは、揃って作業完了の挨拶を交わしていた。
 島の地下に蔓延っていた童子斬りの根へ、彼ら3頭はひたすらに誘導と裁断を繰り返していた。

 樹木の根上がりを阻止するために、意図的に地下へ空隙を確保して誘導するパワーミックス工法。
 そして、根の進行を食い止めるために一定領域に防根忌避剤の被膜を張るルーツストップ。
 相反する工法を同時に活用し、彼らは見事に、地上への根の進行を防ぎ、地下での根の被害を軽減しきった。
 A-5エリア近郊の地上が無事で済んだのは、確実に彼ら3頭の功績である。

 彼らは作業完了を喜ぶのも束の間、工事資材の後片付けをして、海食洞から研究所方面への道を戻り始めた。


「さて……、この樹の本幹の枯死は確認できたから、一度ツルシインさんのところに降りて指示を仰ごう」
「私、作業完了報告だけ通信打っときますね」
「多分、通路の再点検と防水・保守工事ってことになるよなぁ。俺たちが全力で当たってこれだから、島の南西部は相当土地が荒れたと思うぜ?」
「そうだね……。クロードは大丈夫だろうか。昨日からぼくに対してアイドルがどうとか、わけのわからないことを口走っていたんだが」
「ああー……、南西部はあいつの担当範囲も入ってたな。なんか突然改名したしなぁ、あいつ」


 一行を先導するヤエサワが口にした不安に対して、ハチロウガタが宙を仰ぎながら応える。
 クリコは、キングヒグマの粘菌通信に報告を打ち込んだ後、彼らに明るく語り掛ける。


「いやいや、みんな心配し過ぎよ彼のこと。クロード改めクックロビンも、流石にそんな馬鹿なことしないって。シバさんと一緒で、ただのお茶目なジョークよ」
「そうだよなぁ。殺し合い真っ最中の地上に、人間のアイドルのスタジアムを建てて、ヒグマ帝国の住民を全部呼び寄せるとか、流石にあいつでも、ただの冗談だよな」
「絶対そうよぉ。そんなこと、本当だって言われても信じられるわけないじゃない。
 私は個人的には、結構彼のこと応援してるけど。真のアイドルファンなら、そんなこと絶対にしないって、わかるわ」

 その心配を杞憂だと笑い飛ばすクリコに、ヤエサワはふと思い至ったように問いかけた。


「……そういえばクリコは、コウカとクミヤとコシミズと一緒に、アイドルを目指してるんだったっけ?」
「わ!? 何で知ってるのヤエサワさん。結構ひっそりと特訓してたのに」
「ドウミキから聞いたんだよ。仕事にもトレーニングにも熱心だって、彼、応援してたよ〜」
「ああ、さすがにドウミキの観察力はすごいわ……。グループ名は、『四元素工芸楽団』っていうのを考えてるの。
 各々特化した技能を、パフォーマンスにも活かそうと思っててね」
「それはすごい。実験が終わって平和になったら、是非ぼくも見てみたい。
 艦これとかいうものと一緒に、全員で楽しめるようになるといいね」
「ええ、楽しみにしてて下さい。それまでの間はお仕事一筋、頑張るわ」


 ヤエサワとクリコの会話に、ハチロウガタは首を捻った。

「クリコ。お前がアイドル目指そうとしてるのはまぁええやな。だがそうしたら、なんであいつの、勝手に資材使ってアイドルスタジアム建てるとかいう計画が、冗談だと言い切れる?
 そんくらいあいつはやらかしそうな危うさも感じてるんだが」
「だって、そんな不当なことで応援されても、アイドルとしては嬉しくないから。
 それに、クックロビンが好きなのは、実験の参加者なんでしょ? だったらまず、彼女の安全を確保して脱出させてあげる方法を考えるのがファンだと思うわよ。
 多分、こうやってカーペンターズじゅうに計画を言いふらしてるのは、彼の高度な目くらまし。
 そうやって地上に『彼の者』の注目を集めてるうちに、地下からこっそり彼女を脱出させようとしてるんだと思うわ」
「ああ! なるほど。それなら、同じく禁止された実験への介入でも、だいぶ応援したくなる度が違うわ。
 あいつ意外と頭良かったんだな。そうかそうか」
「なるほどねぇ。じゃあ、もう一度クックロビンに会ったら、今度は相談に乗ってあげよう」


 クリコの返答に、ヤエサワとハチロウガタは揃って納得する。
 その瞬間、フッと彼らの周りの背景を形作っていた周波数の一部が消え去った。
 50Hzの交流のノイズ。

 全島が、停電に陥っていたのだ。


454 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:22:28 Q1OUSkVk0

「おお、これは、示現エンジンが落ちたな」
「そうね。たぶんツルシインさんが止めたんだわ。あの木の根は、エンジン目的に入って行ってたみたいだから」
「うん。安全対策上必要な処置だね。とりあえず想定した最悪の結果は防止できたわけだ。安心安心」


 苔の明かりだけが頼りの暗がりの中を、彼らは安堵した様子で、通路の破損状況をチェックしながら戻っていく。
 そうして、彼らが研究所の中央部にまで辿り着こうとしていた、その時である。

 突如、自分たちに向けて高速で接近してくる、人間と機械の入り混じったような臭いが感じられた。


「ん……、人間!?」
「布束特任部長じゃ、ない。あと、四宮さんでも、捕虜の人たちでも、無いな」
「あ、『カンムス・タツタ』って人じゃないかしら。艦娘とかいうのは、船の装備を持ってるらしいし、新たに協力してくれるらしいことが通信にあったから」
「ああ、なるほど」


 先頭のヤエサワが、クリコの閃きに納得して微笑んだ瞬間、彼の頭部は風切音と共に首から落ちていた。


「は……?」
「え……?」


 カツ、カツ、と。
 自分たちの背後にまで一気に通り過ぎた陣風が、天井でそんな爪音を立てた。
 振り向いたハチロウガタの眼には、天井の暗がりにわだかまる、赤い髪と黒い体をした、人間の少女のようなものの姿が映っていた。


「闖入者……ッ!?」


 担いでいた砂礫の袋を構えて彼がその者の攻撃を防御しようとした時、その少女は、口を大きく開いていた。
 クリコの眼に焼き付いたのは、そこから一瞬にして射出される薄紅色の巨大な光線と、それに飲み込まれるハチロウガタの姿だった。

 そして次の瞬間彼女は、ヤエサワとハチロウガタを一瞬にして殺害した、少女の姿をした何かと目が合う。
 光の無いその瞳孔が、真っ赤な髪を垂れ下げて、天井から自身の爪でぶら下がっていた。
 再びそれの口が、カパッと音を立てて開いた。


「――『縦の風工法』ッ!!」


 咄嗟にクリコは、自身の足元を踏みつけていた。
 童子斬りの這い回った床面に亀裂が走る。
 同時に、彼女は勢いよく後方に跳び退る。
 瞬間、突風が天井から床に向けてに吹き下ろされた。
 その強風により、天井から少女の姿は叩き落とされ、同時に、彼女の口から放たれていた光線もクリコの着地点の手前に落ちるに留まった。
 地上と地下の温度差を利用して風圧を起こす、換気用の工法がこれである。

 だが、地面に衝突した少女は、一瞬たりとも停止しなかった。
 腕だけの力で跳ね飛び、一回転しながら、それはクリコに再び躍りかかった。


「くっ――!?」


 横に倒れるようにしてその爪を避けたクリコがいた場所で、深々と壁が三本爪の形に抉れ返る。
 翻った少女は、地に倒れたクリコに向けて、連続して爪を振り下ろしてゆく。
 通路の床面が次々と砕かれる。
 転がって躱すクリコは、一瞬だけ息を吹いて、その前脚を床に叩き付けていた。


「『エア・デス工法』!!」


 瞬間、振り下ろされた少女の爪は、地を砕くことなく、床に弾かれた。
 地層に微細な空気を注入し、土の強度や剛性を損なうことなくそのクッション性を高める工法がこれである。

 その隙をクリコは逃さなかった。


「シャアッ!!」


455 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:23:33 Q1OUSkVk0

 振り下ろしの反動で跳ね上がった少女の体を狙い、彼女は勢いよくその前脚を振るった。
 過たず捉えられた少女の首は、バキリ、と音を立てながら明後日の方向に捻じ曲げられた。

「やった――」

 と、思ったその瞬間である。
 少女の腕が、首の折れた状態のまま、手刀を作って振り下ろされていた。
 そしてそれは、クリコの前脚を、豆腐でも切るかのようにすっぱりと断ち落す。

 そしてそのまま、たたらを踏んで下がるクリコの体を、その少女は両手で掴み取っていた。

「あ――」

 クリコが喉を鳴らした瞬間、折れたはずの少女の首が、ごりん、と音を立てて元に戻り、その口から綺麗な牙を覗かせる。
 クリコが最期に見たものは、その少女の、あまりにも虚ろな双眸だけであった。


 『H』――。
 そう呼称される、少女だったはずの何者かは、何の感慨もなく3頭のヒグマを殺滅した。
 『H』はそのまま、穴持たず95・クリコのボイストレーニングで鍛えられた喉に食らいつき、その血液を啜り尽くす。

 そのさなか、研究所の先、北の方で、落盤が発生するような轟音が立ち鳴っていた。

 『H』はその音に、濃いピンクの髪を振り立たせて顔を上げる。
 辺りを見回した『H』は、自分のいる海食洞への道に、外へと向かって続いている体臭があることを捉える。
 真っ黒なボディースーツを身に纏った彼女は、犬のように四つん這いとなってその臭跡を辿り、ついには海食洞へと出ていた。


 鼻をひくつかせる『H』の思考回路には、そこから宙を飛んで地上へと出てゆく、二人の少女の匂いがはっきりと浮かび上がる。
 その内の片方の匂いを、かつて『H』は嗅いだことのあるような、そんな気がした。
 夢の中での出来事のような、全く輪郭の無いおぼろげな感覚。

 そのため、『H』のその後の行動に、この感覚は一切の感慨を与えはしなかった。


【穴持たず83・ヤエサワ(八重沢) 死亡】
【穴持たず86・ハチロウガタ(八郎潟) 死亡】
【穴持たず95・クリコ(九里香) 死亡】


※穴持たずカーペンターズ(ヒグマ帝国建築班)は、穴持たず96を残し、全滅しました。


【――『Let's Go Skysensor(Listen)』に続く】


456 : Let's Go Skysensor(Jingle) ◆wgC73NFT9I :2015/02/12(木) 18:24:13 Q1OUSkVk0
以上で投下終了です。
続きまして、後編を予約させていただきます。


457 : 名無しさん :2015/02/13(金) 01:50:07 HUyFcu2U0
投下
だーれが殺したクックロビン。穴持たずカーペンターズ事実上全滅かぁ、かわいそう。
戦ってないのにどんどん内部から瓦解していくヒグマ帝国。そろそろイソマ様が自殺するんじゃないかな?
一方の美琴くまモン組はもはや癒しパート。あのビーム撃つヒグマはアイドルオタだったのね。
ゴスロリ美琴可愛い。そしてついにのぞみとマナさんが邂逅しそうな予感。
悲劇しか待っていなさそうだが果たして彼らは生き延びれるのだろうか?


458 : ◆Dme3n.ES16 :2015/02/15(日) 23:55:59 B9174BZI0
穴持たずカーペンターズに黙祷を捧げます。
うーむ。彼らも歴史が違えばそれぞれ固有のノッキング工法を駆使して
モノクマ達と立ち回っていたのかと思うと悔やまれる。
殺し合いやってるのに事故で死ぬとかマジ切ないわ…。

中破状態の龍田さん描いてみました
ttp://dl6.getuploader.com/g/nolifeman00/59/tatutasan.jpg


459 : ◆wgC73NFT9I :2015/02/19(木) 22:54:16 nPk80ads0
支援絵投下乙です!
なんと、うつくしい龍田さん……。
この状況で上脱いで雁夜おじさんにワンピース貸してあげたって、なんですかね。
聖女なんですかね龍田さんは……。

自分は申し訳ないのですが、予約を延長いたします。
ついに週刊更新が途切れてしまった……。本当に申し訳ありません。
精進いたします。


460 : 名無しさん :2015/02/21(土) 01:24:41 WtxGiKRo0
本部がくっそ強くなってたけど山籠もり中にヒグマと戦ってたのかな?


461 : 名無しさん :2015/02/22(日) 17:25:49 33kDHCHY0
ヒグマは最初テラフォーマーズみたいな無慈悲な奴らだと思っていたが
徐々にポニービルの住民のような愛らしい方々になってきたので虐殺されてると凹んでくるぜ
てかテラフォーマー、最新話で地球に降り立って人類終了フラグが立ったね


462 : ◆wgC73NFT9I :2015/02/26(木) 23:56:14 DCphW.kw0
テラフォーマーズもヒグマロワも、人間同士ヒグマ同士で争ってる場合じゃなかったってことですね。
わかります。

自分は予約してた分を投下します……。
が、後編のつもりが中編になってしまいました。また三分割や……。うぇーい。
何にしても日付の変わる前に投下開始します。


463 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/26(木) 23:57:46 DCphW.kw0
八木・宇田アンテナ(ヤギ-ウダ・アンテナ)
ランク:E〜A+(使用者により変動)
種別:対軍宝具
レンジ:1〜99
最大捕捉:1000人
 東北帝国大学工学部電気工学科に所属していた二名のキャスター(真名:八木秀次、宇田新太郎)が共同で作り上げたアンテナタイプの宝具。現在でもこの宝具の模造品は世界各地で利用されており、中でもこれは、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』に所蔵されていたその原典である。
 世界で最初に製作されたアンテナはキャスター(真名:ハインリヒ・ヘルツ)の宝具『ヘルツアンテナ』であるが、この宝具はそれに比べて魔力・電波の指向性と利得が飛躍的に高められている。
 この宝具は後に大量に複製され、第二次世界大戦中のミッドウェイ海戦において、米軍がこれらを駆使して作戦を展開し、日本の連合艦隊に大損害を与えた逸話を持つ。
 そのため、真名を認知している所持者は自動的に、その『軍略』スキルが1ランク上昇する。
 この宝具はわずかな魔力か電力を通すことで起動する。その際、通した魔力・電力を投射し、その周波数と強さに応じた距離・解像度で任意の対象物からの反射波を受信することができる。この時同時に、使用者はこの宝具のランクに等しい『気配感知』スキルを得る。
 また、日本のシンガポール占領の際、日本軍は技術将校すらイギリス軍の技術書中に記載されたこの宝具を知らず、捕虜から「あなたは、本当にその言葉を知らないのか。YAGIとは、このアンテナを発明した日本人の名前だ」と教えられて驚嘆したという逸話をも持ち、これが上述のミッドウェイ海戦の戦果に繋がっている。このため真名を認知していない相手に対しては、使用者はこの宝具のランクに等しい『心眼(真)』スキルを得、同時に相手の『心眼』『軍略』スキルを1ランク低下させることができる。


    〔THz:3510GHz(御坂美琴)〕


「超短波から極超短波くらいかしら、この共振を見ると……。確かにメートル波からセンチメートル波。
 別にダイポールにこだわんなくてもいいし……。放射素子調整して、ミリ波以下まで楽に送受信できるようにしちゃおう……!!」


 黒を基調にしたフリルの多い衣装をはためかせ、御坂美琴はアンテナをステッキのように携えて上機嫌だった。
 磁力を出してはそのアンテナ金属をちまちまいじくりまわしている彼女。
 半地下の放送室でうきうきとステップを踏む御坂美琴の様子を、軽巡洋艦の艦娘である那珂ちゃんは身を引いたまま見つめていた。

 目が覚めたら、目の前で起こったのはスプラッタな殺羆事件であり、その犯人はこんな魔女のような格好をしており、なおかつその人物はかつて一度は憧れた人であった。
 などという意味不明な状況が発生しているのだ。
 那珂ちゃんはどうにかこの状況の理解と対処を模索しようと脳内で妖精さんを駆け回らせたが、結局その場で立ちすくむ以外の方法は出てこなかった。


「い、一体、どういうことなの……!?」
「あ、そうよね。突然聞かされてもわからないわよね。でも、このアンテナがあるだけで、参加者を救出できる手段がグッと現実味を帯びてきたし、その上ここの防衛に使える『武装』が強化……、いや、さらにもう1つはできるのよ」
「……え!?」
「私たちは今、島内の参加者に放送で呼び掛ける手段がないか模索してたの。
 ただ、島が停電に陥ってしまった以上、全島のスピーカーへ『一斉に』通電できるような電力も方法も無くて。
 でも、このアンテナさえあれば、そもそもそんな利得の低いことをせずに済むわ」


 御坂美琴からは、那珂ちゃんが聞きたかった内容とは全く違う答えが返ってきた。
 しかし、美琴の語る内容は、それはそれで那珂ちゃんに衝撃的な興味を湧かせた。
 アンテナは電波を送受信するだけの装置だ。通信か電探以外に何の使い方があるというのか。


464 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/26(木) 23:58:22 DCphW.kw0

「……このアンテナは、かなり指向性が強いわ。だから、電波を散らさず・減衰なく遠くまで届けられる。
 島中へいっぺんに電気を届けようとしたら、電力の無駄が大きすぎてとてもできないことだったけど……」


 ここの島には、電線というものが存在しない。
 各建造物は、示現エンジンから供給される、溢れんばかりの電力を直接受信してそれぞれの電化製品へ投げていた。
 ここで御坂美琴が、機器へ電力を供給しつつ放送を行う場合、その最も現実的な送電方法は、電波であった。

 彼女自身が周囲に電波を送ろうとした場合、そのままでは電波は集束せず広範囲に散ってしまう。
 彼女の演算能力が紡ぎ出す電力は目減りして、島の端でスピーカーを起動させることなどできないだろう。
 電波の集束に演算能力を裂いた場合、今度は送るべき電力の総量がそもそも下がってしまう。


 美琴の直近の能力測定を元に、彼女が持続的に利用できる電力量を算出すると、最低で一日当たり約3万キロジュールとなる。
 これは普段、美琴が特に気合を入れたりせずにAIM拡散力場として常に放出している電力である。
 音速の3倍の『超電磁砲』を毎分8発放ち続けた時のエネルギーであり、一般家庭の消費電力ならば彼女一人で十分賄えるものだ。
 一見凄まじいが、これを発電力に直すと、その値は約354ワット。
 これだけでドライヤーをつけっぱなしにすることは出来ない。

 彼女は確かに、何をせずとも自分の電力を2か月溜めればそれだけで雷を落とせる。演算能力をフル稼動させれば、攻撃の際などに短時間だけ起電力を上昇させることもできる。
 何しろ深いプールに水柱を巻き上げるような、ほとんど雷と同等にまで『超電磁砲』を加速し続けた時の熱量などは約1500キロジュールを誇るのだ。
 彼女がレベル5である所以は、その膨大なエネルギーを瞬間的に発電・蓄電でき、その上で電子機器のハッキング、50m先の『超電磁砲』着弾分布18mmといった精密操作性を有していることによる。

 ここで、彼女の演算能力の低下は、その発電・蓄電容量に大きく響いていた。

 その操作の精確さ自体は保てているものの、美琴は、宇宙から帰還する際の大威力の『超電磁砲』で、自身に蓄えていた電力を消費し尽している。
 今の彼女は、『電池切れ』だ。
 そして放送は、雷のような一瞬で終わるものでもない。
 回復してきたとはいえ、交流電源の装置を長時間動かすには、無理のない発電力で機材を動かし続けるしかなかった。


 無線放送の送信ユニット稼動に50VA。アンプの稼働に200VA(ボルトアンペアは、ロスも含めた実際の動作に必要な電力のこと。減衰が無ければワットに等しい)。
 ここまでなら約100ワットの余力を残して、美琴は余裕で無線放送ができるのだ。
 しかし、スピーカー含めた放送の受信ユニットまで稼働させるには、1つにつき、さらに200VAが必要となる。
 アスレチック内のスピーカーを動かすだけでも、彼女は自身に貯め込んだなけなしの電気を切り崩しながらの行為になったのだ。
 さらに消費電力を増やせば、蓄電の無い彼女は『ブレーカーが落ちる』。
 この状態では、遠距離に点在する幾つものスピーカーを、効率の悪い送電方法で動かすなど到底できるはずがない。
 それどころか、電波で送電しなくてはならない以上、彼女からだけの無指向性な発信では、万全の発電力があったところで無駄が多すぎて全島放送は不可能だろう。


 しかしここで八木・宇田アンテナを用いた場合、美琴の演算能力は大きく補助される。
 密に集まった電波の帯は、空中でその電力を削り切られることなくスピーカーに到達しうる。
 少しの時間差にさえ目を瞑れば、島の南から北までぐるりと180度、スピーカーひとつふたつずつへ、このアンテナを回しながら放送すればいいだけなのだ。


「この場合、私の発電力で足りない分、後はその放送を賄えるだけのバッテリーがいくつか有りさえすればいい……。
 直流交流の変換は私ができるし、必要電力はかなり現実的な値に下がったと思うわ」
「も、もしかして、あなたは、すごい高級技官殿、なの……!?」
「いやいや技官殿とか。私は『電撃使い(エレクトロマスター)』だから、自分なりに能力を活かせるよう考えてるだけよ」
「『電気工学系の指導者(エレクトロマスター)』……!?」


465 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/26(木) 23:59:47 DCphW.kw0

 那珂ちゃんの驚愕に、御坂美琴は笑いながら手を打ち振る。
 年恰好は那珂ちゃんとほとんど変わらず、西洋かぶれの若い女学生にしか見えないが、この知識にこの技能。その上自分を『エレクトロマスター』と呼んでいる。間違いなくこの女性は、海軍電測学校でも有数の将校だ。と那珂ちゃんは思った。
 恐らく階級も、大佐や少将といった相当な高位であるに違いない。
 見た目は怪しいけど、それだけで人となりを判断してはいけないんだ……! と、那珂ちゃんは強くそう思った。

 そんな那珂ちゃんの心中を知る由もなく、美琴はそこで一転して低く息をつく。

「……まぁ、そうは言っても、このアンテナはあくまでピースの一つ。放送の敢行がメインなんだから、『次の手』で止まってはいられないわ……」
「『次の手』……?」

 スピーカー1個2個を動かせるだけのバッテリー――。
 最低限それだけ確保できれば、美琴は全島に向けての放送ができる目算が立っていた。
 問題は、そんなバッテリーや電池の類が果たして存在するのか。そして、存在するにしてもどこにあり、どうやって確保してくるのかである。
 『現実的な値』とはいえ、その確保手段がわからない以上、この目算は皮算用の域を未だ出なかった。
 美琴は首を傾げた那珂ちゃんに向けて、手のアンテナを挙げながら指を一本立ててみせる。


「『次の手』ってのは、ここのアスレチックを防衛する『武装』のことよ。まずはレーダーね」
「ああ、電探だよね……」
「うーん、微妙に違うかも。この周囲に刺してもらった槍からの波長を検波するつもりだから。それに加えてもう1つがね……」
「ひどいじゃないか美琴ちゃん!! 脳みそが抜けるかと思ったぞ!?」


 美琴が二本目の指を立てようとしたその時である。
 痙攣して死んでしまったのではないかと思われたヒグマが、脳天を押さえてむくりと起き上ってきていた。


「ああ、あんたのことだから、ちょっと抜けた方がまともになったんじゃない?」
「……そうだなー、賢者タイムに入るもんなー。って、アホか!!」
「無事だったんだからいいじゃない。使わせてよ」

 その剽げた顔のヒグマ、クマーは、肩をすくめた美琴に対して神妙に頷いた。

「……むう、仕方ないな。それなら美琴ちゃん、代わりにもう一回俺の穴に出し入れしてくれないか?
 実を言うとちょっとクセになりそうだった」
「何よそれ!? しないわよ!!」
「あっ、イイ! それもイイぞ美琴ちゃん!!」

 そして頭を差し出しながら足元にすり寄ってくるクマーを、美琴は驚きと嫌悪を露わにして蹴りつける。
 固い靴底で何度も蹴られながらひとりで盛り上がってゆくそのヒグマに、那珂ちゃんは唖然としていた。

 先程からこの二人は漫才でもしていたんだろうか。とでも思うしかなかった。


「あ、あの……、結局、何が起きてるの……?」
「ん、ああ。私たちは、この島にいる人々を助けようとしてるだけ。色々あんたに聞きたいのはこっちよ。
 話せる余裕あるなら、今話してくれていいのよ? あんたは地下で暴れてるヒグマとも関係があるみたいじゃない」
「地下……、ヒグマ帝国……」


 美琴とクマーは、もめるのをやめて那珂ちゃんへ視線を集めていた。
 那珂ちゃんの脳裏に浮かんでくるのは、ヒグマ提督。解体ヒグマ。襲い掛かってくるビスマルク。
 鏡写しのような世界で謁見したイソマ。バーサーカーとの戦闘。操られる自分……。
 意識を失っていた中で漏れ聞こえた放送では、ヒグマ提督を責め立てようとしていたはずのヒグマたちが、彼を讃えるような言動をしていたような気もする。

 果たして、誰が敵で、誰が味方なのか。それすらわからない。
 この目の前にいる少女やヒグマ、バーサーカーから助け出してくれた少女たちすら、味方と言えるかはわからない。
 ただその中で一つだけ確実なことを、那珂ちゃんは震える声で宣言した。


「那珂ちゃんは……、『アイドル』だよ。それだけは、何があっても、絶対に、路線変更しないから……!」
「アイドル……!?」


 那珂ちゃんから発せられた場違いな言葉に、今度は美琴たちが驚く番であった。
 夢原のぞみから伝え聞いた那珂ちゃんの戦闘中の行動と合わせて考えるに、この子はちょっとアブナイ子なのではないかと思わざるを得ない。
 しかし、那珂ちゃんの眼は真剣だった。


466 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:00:55 a49AdK3k0

「……那珂ちゃんはアイドルだから、歌とダンスで、みんなを助けてあげたい……。
 あの剣士さんには届かなかったけど、それでも。提督も、ヒグマさんも、他の人も、みんなに仲良く、夢中になってもらいたいんだ……」
「そう……、なの……」

 常軌を逸している。
 だがそれでも、彼女は自分たちの味方だ――。そう、御坂美琴とクマーは確信した。
 方法はどうあれ、思想はどうあれ、『ヒグマまでをも含めた』実験の参加者を助けようと、彼女なりに砕身しているのだ。
 決して話が通じないわけでもない。
 操られ、死にかけるような眼に遭ってもあきらめないその姿勢は、きっと大きく自分たちの力になってくれる。

 そう思って美琴が言葉を継ごうとした時、放送室の扉が荒々しく開け放たれていた。


「――ウグェぇ……」
 ――クマー、こいつを抑えてて欲しいモン。
「うぉ、くまモン!? どうしたんだそのヒグマ!?」


 放送室の入り口に乱暴に投げうたれたのは、一頭のヒグマだった。
 その眼は涙に溢れ、両前脚の爪が全て跡形もなく折られている。よく見れば牙も何本か砕かれているようだ。
 そのヒグマの心臓に槍を突き付けながら、一切の感情を推察できぬ表情で、漆黒のクマ・くまモンは語った。


 ――こいつの名はクックロビン、またはクロード(蔵人)。
 ――地下のヒグマ帝国で、ツルシインという縁起を読む能力を持ったヒグマが指揮する、『穴持たずカーペンターズ』という建築班に所属していたらしいモン。
 ――でも放送で殺されたシバという例のヒグマからアイドルを勧められ、よりによって殺し合いが起きてる地上で今さっきからそれ用のスタジアムを建設しようとしてたらしいモン。
 ――結局、夢原のぞみたちが戦ってたバーサーカーの木の煽りを喰らってそこは崩壊し、彼以外その場のカーペンターズは全滅。
 ――唯一カーペンターズが残っているだろう海食洞に向かおうと、ここまでやって来たらしいモン。
「お前その情報、全部こいつから吐かせたのか!?」


 驚いて駆け寄ったクマーに、クックロビンは倒れたままビクリと体を震わせ、怯えた眼差しを向ける。
 一体どんな拷問を受けたというのか。その場の一員は、暫く交互にくまモンとクックロビンを見つめた。


 ――命乞いをしているし、殺すにしても他の情報を吐き尽させた方が良いと思って連れて来たモン。
「いやはやすげぇお手並みだな……」
「ふひゅー……、やっぱり危険なヤツも寄って来たのね。早速防衛ありがとう」

 クマーから改めてくまモンの言葉を聞いた美琴は、予想通り自分の放送の後に襲撃者と思しき人物が来たことと、その迎撃が上手く行ったことへ純粋に満足するだけだった。
 ヒグマだけではなく少女からも向けられたそんな冷たい対応に、クックロビンは懇願するように泣き喚いた。


「お、俺は……、凛ちゃんの歌を聞きたかっただけなんだよぉ……!! 助けてくれよぉ……!!」
「何言ってんだよ凛ちゃんとかアイドルとか……。それってもしかして、この参加者の星空凛ちゃんか?」
「そ、そうだよ! そうなんだよ! そんなブロマイド持ってるってことは、もしかしてお前も凛ちゃんのファンか!?」

 クマーが首を捻りながら取り出した星空凛の写真を見て、クックロビンはパッと声を明るくした。
 こんな場所でも、同志に出会えたのだ。絶対に助けてもらえる――。
 そう思って彼は言葉を重ねた。


「俺は凛ちゃんのためにスタジアム建てようとしただけだ!! 俺はアイドルの味方なんだ――!!」
「死ねぇええええええええっ!!」
「ゲバァァアアァ――!?」


 顔を上げたクックロビンの頬は、その瞬間、渾身の力で振り抜かれたクマーの拳で殴り飛ばされていた。
 顔面が変形しかねない衝撃を受けて倒れたクックロビンへ、クマーは今まで同行していたくまモンや美琴が見たこともないような剣幕で怒り狂っていた。


「どの口で『アイドルの味方』とかほざきやがる!! てめぇは自分の欲しか考えねぇで、凛ちゃんのことなんかこれっぽっちも考えてねぇだろうが!!
 ここじゃ殺し合いやってんだぞ!? 首輪外して生きてんのかどうか知らねぇけどよぉ、本当に凛ちゃんを思ってるなら、彼女の歌を聞くとかどうこうよりも、まず彼女の無事と安全を確保して、こんな島から逃がす方法を考えるとこからだろうが!!
 しかもお前、下の帝国じゃあちゃんと仕事があったんだろ!? それほっぽって上で何やってんだ!?
 自分の欲はその次だ! 優先すべきは常に仕事! 幼女好きとしてもゆるキャラとしても、てめぇみたいなちゃらんぽらんな奴だけは絶対に許せん!!」


467 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:01:49 a49AdK3k0

 常のおどけた態度が嘘のように猛々しく張り上げたクマーの言葉は、脇で聞いていたくまモンと美琴をも気圧すものだった。
 クマーは自分の行いを棚に上げているのではないかと思えなくもないが、その内容は確かに同意できるものではある。
 事ある度に美琴たちへ変態的行為を試み、その性癖を臆面なく吐露してきたクマーであるが、彼はある一線は決して越えようとせず、その変態行為も一応状況と折り合わせているとは言えなくもない。
 その芯にある『幼女好き』という性質は、確かにゆるくないゆるキャラの世界で生き抜いてきただけのことは、あるのかも知れなかった。


 ――ばらし、バミり、出ハケのゲネプロ、香盤表管理にPAチェック……。コンサートやるには本来、準備の必要なことは山ほどあるモン。
 ――『学習装置』でどんな技術を刷り込まれてるか知らんばってん、そもそもこの島にそんな急造のハコ作った程度で、アポもないアイドル呼んで初見のコンサートできると考えている時点で気が知れんモン。
「くまモン、こんなバカに話してもらう情報なんてねぇよ。今すぐ殺そう」
「ひぃいいいいい――!?」


 続くくまモンの言葉も、可哀想な素人を突き放すように冷淡なものだった。
 仕事柄、数々の舞台をこなしてきたくまモンからすれば、見通しもなく勢いだけでそんな計画に突っ走ったクックロビンの行為は、笑うこともできない程度には馬鹿げたものだった。
 同胞かつ先輩であるはずのヒグマ二体にまで敵視され、クックロビンは絶体絶命の状況に喉を絞る。
 抵抗しようにも、既に爪は全てくまモンに叩き落とされ、牙も砕かれている。
 心臓に突き付けられた槍を刺されれば一巻の終わり――。

 そう思われた瞬間、彼とくまモンたちの間に、そっと一人の少女が入り込んで来た。


「……あの。このヒグマさんを、責めないであげて下さい。
 これでも、このヒグマさんなりに、アイドルを思って、やってくれたことなんだろうから……」


 オレンジ色の衣装を纏った少女――那珂ちゃんが、くまモンが突き出している槍をそっと掴んでいた。
 那珂ちゃん自身でさえ、この集団の中で確固たる立ち位置が定まっているわけではない。
 しかし、自分と同じアイドルを慕ってくれていたファンが、その顛末で責められる様を見過ごすなど、彼女にはできなかった。
 怯えながらも真っ直ぐに見つめてくる彼女の視線に、くまモンとクマーは顔を見合わせた。
 その後目の合った美琴は、彼らの視線に頷きつつ、上から下へ抑えるように、両手のひらを下げる。
 彼女の意気に免じて、処刑は保留しよう――。
 そんな暗黙の意思決定を受けてくまモンが槍を引いた。その時だった。


「おっ、お前ぇ――!! 艦娘だろ!? 艦娘がアイドル気取りとか寝ぼけてんじゃねぇよ!!」
「ひゃっ!?」

 突如、前に立っていた那珂ちゃんをつんのめらせる程の勢いで、クックロビンが立ち上がっていた。
 クマーに抱き留められた那珂ちゃんに向けて、彼はわなわなと震えながら指を突き付ける。


「お、お前ら艦これ勢のせいで、俺たちは要りもしねぇ工廠建てる羽目になったんだぞ!?
 シバさんや帝国を悩ませる妖婦の集まりだろお前らなんかッ!!」


 クックロビンの怒声に、その場の四名は揃って眼を点にした。
 彼の言い分は、実際に工事担当として無用な激務に追いやられた者としては当然のものなのかも知れない。
 アイドルファンとしても、一言物申したいことがあるのかも知れない。

 しかし、要りもしねぇスタジアムを地上に建築した本人がどの口でそれを言うのか。
 しかもそれを、自分の命を助けた恩人に向けてこのタイミングで言うのか。
 一体全体、彼は自分の置かれた状況が分かっているのか――。
 全員が、脳内を埋め尽くすその疑問に、眉を顰めるのみだった。

 そうしてなおも震える那珂ちゃんを責め立て続けるクックロビンのもとに、つかつかと御坂美琴が歩み寄る。


「お前らがいなければ、ヒグマ帝国は今も平和だったんだ!! アイドルはお前らなんかに務まるようなものじゃねぇ!!
 お前みたいなニセアイドルに助けられるくらいなら死んだ方がマシ――」
「ちょっと黙れ」
「ンダバァ――!?」


468 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:02:12 a49AdK3k0

 そして一瞬。
 喋り続けるクックロビンの横から、美琴は自身の発電する354ワット秒の電力を全て腕の加速に回してその鼻面を叩いていた。
 時速90キロを越える速度まで加速されたその拳撃は、保有エネルギーだけで見れば警察拳銃以上。
 入り口から室外に転げたクックロビンは、鼻血の噴き出す自分の鼻先を押さえて悶絶した。


「かんむすだとかヒグマだとか、もはやどーでもいいわよ……。
 重要なのは、この島で殺し合いに巻き込まれた参加者を一緒に助けてくれる気があるのか、ないのか。それだけ」


 一同を見回し、美琴は毅然と言う。
 その言葉の大部分は、蹲って悶えるクックロビンに向けてのものである。

「敵対する気なら倒させてもらうし、この期に及んで無関係決め込んで遊びたいなら、さっさと人外魔境へ遊びにいって死んでくるのね。
 ……ま、でもアイドルアイドル言われてるから、この機会に見せてもらうわ」

 美琴の視線が最後に止まったのは、言葉責めを受けてクマーの胸に震え続けていた、那珂ちゃんだった。
 顔を上げた那珂ちゃんに美琴は、放送室の外へ向けて顎をしゃくる。


「……アンタの言う『アイドル』ってので、本当にみんなを助けられるのか、確かめてみなさいよ」


 クックロビンが血と涙でぐしょぐしょになったその顔を振り向けた時、一同の視線は揃って彼に向けられていた。


    〔MF:2411kHz(那珂)〕


「……クソッ、認めねぇ……、ぜってぇ認めねぇぞ、艦娘がアイドルとか……!!」
「うるせぇなぁ、幼女が歌ってくれるんだから黙って聞きやがれ」

 目の前で、ヒグマさんが唸った。
 うつ伏せにされて、背中に捻じり上げられたその腕の上に、クマーさんがのしかかっている。
 床という観客席に無理矢理縛りつけられた形の彼は、クックロビンさんとも、クロードさんとも言うようだった。

 会場は、広さ数畳くらいしかない小さな放送室。
 だけど観客の眼だけは、途轍もなく厳しい。
 クックロビンさんは、まずもって那珂ちゃんを敵視している。それどころか艦娘自体を敵だと思っている。

 もうひとりの観客、クマーさんは、一見那珂ちゃんを応援してくれているようにも思える。
 だけどそれは、『那珂ちゃん』を見て言っている言葉ではない。

 クマーさんにとっては、言い方は悪いが、『女の子であれば何でもいい』のだ。
 よく言えば博愛主義。彼はたとえ、那珂ちゃんがアイドルに挫折しても、優しく慰めてくれるんだろう。
 『那珂ちゃんのファンやめます』なんて軽口も、言うことはないだろう。
 でもそれは、クマーさんがそもそも那珂ちゃんのファンじゃないからだ。

 女の子としての那珂ちゃんは慮ってくれても、決して彼は那珂ちゃんにアイドルとして注目してくれてはいない。
 たまたま那珂ちゃんの曲を聞けば「いいね」と褒めてくれるだろうが、だからといってそれに聞き惚れてCDを買いに走るようなことはたぶんない。
 今ここで観客になっているのも単に、『親戚の娘がカラオケで歌うのを微笑ましく見守るおじさん』的な心情なのだろう。
 そんな立ち位置の人に過ぎなかった。


 ――外に動きはないモン。歌うなら早く歌うモン。


 厳重に会場を警戒してくれるSPもいる。
 微笑んだような驚いたような不思議なポーカーフェイスで全く感情を読ませない漆黒のヒグマ、くまモンさん。
 入り口の扉から外を窺うばかりで、那珂ちゃんのことなど眼中にない彼。
 言葉の端に上る知識と経験からして、このくまモンさんも、間違いなく男性アイドルだ。
 しかも多分、那珂ちゃんとは比べ物にならない場数を経験しているベテラン。
 彼が那珂ちゃんを歯牙にもかけていないのは、那珂ちゃんみたいな気合があっても、まったく実力の伴わないアイドルを山ほど見てきたからだろう。

 この場で歌う以上、観客に加えて、最低でもそんなベテランに納得して貰えるような歌を歌わなければならない。


「……さ、根性あるなら、見せてみてちょうだい」


 隣で腕組みをしたまま呼びかけてくる黒装束の女の子は、そんな無名アイドルに過ぎない那珂ちゃんへこの舞台を用意してくれた、オーガナイザーの御坂美琴高級技官殿だ。
 那珂ちゃんに語り掛けてくれる言葉は優しいけれど、その視線は、夢現の舞台で見たあの黒い剣士さんのような冷たさを含んでいた。

 どうせ歌なんかでみんなを救うのは無理――。

 そう、初めから決めてかかっている視線だ。
 それを頭ごなしに言うのではなく、那珂ちゃん自身に気付かせようとしている。
 これはそんな配慮の元に組まれた、計算づくの舞台だ。


469 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:02:32 a49AdK3k0

 ……クックロビンさんは、死ぬ。
 那珂ちゃんの歌を嘲り、アイドルと認めることなく反発する。
 そうして、星空凛というアイドルを胸に抱き、不埒なヒグマと認定されたまま、甘んじて殺される道を選ぶ。
 戦場において、そんな者は死んで当然だ。
 那珂ちゃんが助けようとしたのを突っぱねて死に急いだのだ。
 軍艦として那珂ちゃんが生きていくなら、それで全く構わない。
 だがその結末に至った瞬間、アイドルとしての那珂ちゃんの人生は、終わる。


『歌やアイドルで他人は救えない』


 そんな烙印が太鼓判となり、那珂ちゃんたちはまた、人を殺してゆく道しか歩けなくなってしまう。

 そのアイドル人生の喉元にすり寄る刃を掻い潜るただ一つの方法は、この場の全員に、『艦娘の面目』、『アイドルとしての那珂ちゃん』、『那珂ちゃん自身の歌唱力』、『歌のチカラ』を、それぞれ認めてもらうことしかなかった。
 それこそ、御坂美琴高級技官殿が、ただ一つ那珂ちゃんに残してくれた希望の道。
 越えられはしないだろうと思いつつも、淡い期待を寄せて設置してくれた、ハードル。


 ……なんて高さのハードルだろう。


 鳴らす咽喉の唾は固い。
 何を歌えば、何をすれば、みんなの心に届くのだろうか。
 満足な音源もない。
 舞台には照明もない。
 一歩外に出れば、そこはもう殺し合いの空間だ。

 『恋の2-4-11』?
 ダメだ。
 私を支えてくれたあの子にも、振り付け指導してくれたあの子にも、席から立ち去ってしまったあの剣士さんにも、誰一人としてその歌は届かなかった。
 恋なんてシチュエーションじゃなかったし、そもそも那珂ちゃんたち艦娘の生活を知らなければ、一部の歌詞は意味不明だ。
 那珂ちゃんのためだけに書かれたそのスコアは、あまりにも場違いで、あまりにも独り善がりだった。

 提督だったら、喜んでくれただろうか。
 それもわからない。
 そんな半人前の歌なら、喜んでくれたとしてもきっと、それは心からのものではないに違いない。


 手に握るのは、体を操られながらも、最後までなくさなかった、那珂ちゃんのマイク。

『自分自身は、最後まで自分のファンでいてくれるだろう。……だから、きみはそこに帰りなさい』

 自分自身の姿をした赤の他人から託された希望。
 『ぼくたちに考えもつかない実験結果』を求め、『新たな可能性』を求めた皇帝陛下が、那珂ちゃんの『始まりの日』を祝って贈ってくれたものだ。


 その期待に、みんなの期待に応えるなら、もう那珂ちゃんは、身一つで挑むしかない。
 自分自身を改修して。
 自分自身を改造して。
 最後までファンである自分の先へ帰る道。
 その航路を作り上げよう。

 きっとその今日が、那珂ちゃんの始まりの日なんだ――。


「……なじかは知らねど 心わびて――」


 そう決心した瞬間、那珂ちゃんの唇は、自然に息を吹いていた。
 笛のような、背筋を一本走り抜けるような、真っ直ぐな声。
 踵の底から響き、頭の先から徹るような音だった。

 周りの視線が、かすかに見開かれた。

「……『ローレライ』――!」

 高級技官たちの息を飲む音が、その時耳に届いた。


「昔の傳説(つたへ)は そぞろ身に沁む――」


 独逸はフリードリヒ・ジルヘル作曲、近藤朔風訳詞、『ローレライ』――。
 ライン川に沈み、生まれ変わった少女が、その身一つで行き交う船人を惹きつけた歌。
 伝説となり、民謡となり、人々の根底に響き渡った旋律が、その歌である。


    〔VHF:75.0MHz(那珂)〕


470 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:02:56 a49AdK3k0

「美(うるわ)し少女(おとめ)の 巌頭(いは)に立ちて――
 黄金の櫛とり 髪のみだれを――」


 眼を閉じ、ただ祈るように立ち尽くし、那珂ちゃんは切々と歌い上げる。
 マイクすら、使ってはいなかった。
 彼女のその肉声のみが、放送室に響き、その壁を抜けて空を渡ってゆく。

 ――アカペラ。

 静かでありながら豊かに広がる彼女の声質に。
 深い悲しみを湛えながら闇に落ち切らない表現に。
 その骨子を裏打ちして揺るがせない彼女の声量に。
 そしてその声量を徹してなお曇ることのない彼女の喨喨とした力に、くまモンは思わず、室外に向けていた視線を引き戻して那珂ちゃんに瞠目していた。


「梳(と)きつつ口吟(くちずさ)ぶ 歌の聲の――
 神怪(くす)しき魔力(ちから)に 魂(たま)もまよふ――」


 低く高く、ハ長調の進行に合わせて、次々とライン川に揺蕩う情景が脳裏に綴られてゆく。
 圧倒されるようなその光景に呆然としていた御坂美琴が、その時唇を噛んだ。

「――ッ!」

 思わず腕が動く。
 宙を払うように横薙ぎに走った彼女の手刀がその時、彼女の背後でオーディオコンポを触れぬままに起動させた。
 あたかも共感覚のように音階へ絵筆を走らせて行く那珂ちゃんの歌を聞けば、美琴の体はこれ以上の静観になど耐えられなかった。

 BFO(ビート・フリークエンシー・オシレーター)が唸る。
 一般的には、『スカイセンサー』というポータブルラジオから搭載されてきた独特の発振器だ。
 美琴の思考から投射された何者にも聞こえぬその景色を、それが過たず拾って復調する。
 弦と管の帯に広がるその電子のチャンネルが、那珂ちゃんの過ぎてゆく背景を次々と染めていく。
 自身を波と化し、その波間にシンセサイズする、野生にして人工の音響。

 その音は、那珂ちゃんの歌に誘われ、巌に立つ彼女の手を、しっかりと取っていた。


「漕ぎゆく舟人 歌に憧れ――
 岩根も見やらず 仰げばやがて――」


 クマーは、呼吸をすることさえ忘れていた。
 シグナルとノイズを描く、唸る波濤のような世界を広げた美琴の伴奏の中、毅然として蕭然として佇む那珂ちゃんの姿は、まさに魔力でも有しているかのようだった。

 那珂ちゃんと美琴が、聳える奇石の上で軽やかに踊っている。
 川面に浮かぶ夕日に照らされ、二人の少女がステップを踏む音階の一段一段。
 それは抽象画の一ストロークであり、叙事詩の一節であった。
 それはノンフィクションの一場面であり、VFXの一カットであった。
 覚えず、クマーの眼からは涙が流れていた。

 なんという辛い経験をしてきたのか――。

 クマーにはその歌の底から湧く、抑えきれぬ程の那珂ちゃんの想いが、痛みを以て感じられた。


「波間に沈むる ひとも舟も――
 神怪(くす)しき魔歌(まがうた) 謡ふローレライ――」


 僚艦は沈み、朋友は散り、幾多のたまを撃ち、たまを喰らい、那珂ちゃんは戦ってきた。
 人を救う為。
 そうだったはずだ。
 だがそうして救えたのは、誰だ。幾人だ。
 殺した数の方が余程多いのではないのか。

 自他の記憶に残る忌まわしい光景を今生に再現しないため、那珂ちゃんに残されたのは、歌の道だけであった。

 この歌。
 アイドルという一片の歌謡。
 それに惹かれた者たちがまたも沈んでいくなど、那珂ちゃんの望むところでは全くない。
 その有様が人を惑わせるものだったとしても、これしかない。
 もはやこれしか、那珂ちゃんに遺された術はない。

 どうか戦いなどやめてくれ――。
 どうかみんなで、生きてくれ――。

 それが那珂ちゃんの想い。
 それが艦娘としての願い。
 その沈黙が届くように、那珂ちゃんは言葉を紡いで祈る。
 その言葉が、那珂ちゃんの眼から零れる、涙だった。


「波間に沈むる ひとも舟も――
 神怪(くす)しき魔歌(まがうた)――!
 ……謡ふ―― ローレライ――!!」


471 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:03:23 a49AdK3k0

 3番の最後、その繰り返しを歌いきって、那珂ちゃんは眼を開けた。
 凪いだ湖のように静まり返った空間で、そして深々と、頭を下げた。

 拍手が聞こえて、彼女は顔を上げる。


「……良かった! あんた、うん、すごいわ……! TPOがどうあれ、その歌は本物よ……!」
「こ、高級技官殿……! ありがとう、伴奏までつけてくれて……!」
「やめてやめてそんな言い方! 御坂でも美琴でもいいから!」

 ゴシックロリータのフリルをはためかせながら、美琴は言葉につまるような潤んだ目で拍手をしていた。
 那珂の耳に続いて届くのは、入り口にいるくまモンの声なき声だった。


 ――この環境と緊張の下で凄まじいクオリティだモン。普段上手い歌手でも、なかなかできることじゃないモン。
「あ、ありがとうございます……!!」
 ――相当キツイ公演を幾つも抜けてきたことは簡単にわかったモン。自信を持っていいモン。

 同業の者として、くまモンは拍手と共に彼女を率直に讃えた。
 そして美琴とくまモンの視線が集まるのは、那珂ちゃんの目の前で聞いていたクマーとクックロビンだ。


「――で、どうだったのよあんたらは!」
 ――お前たちの感想がメインだモン。
「感想も何も……、なぁ……。俺の賛辞は鼻から出っ放しだ……。
 救えるよ……。今からはきっと救えるよ、その歌でさ……」


 腹の血の海が興奮で鼻から溢れ、それを再び口から飲み下すというループを形成しながら、クマーは嘆息する。
 おぼろげには聞き知っていた軍艦の歴史が、その可憐な歌の背後から滲み出ているように感じて、彼は涙ぐんでいた。


「……ごめん……。ごめんよ……」


 その時、クマーの下から微かな謝罪が、嗚咽と共に響いてくる。
 クックロビンだった。

 彼の脳裏に流れていたのは、今わの際のコシミズの言葉だった。


『くれぐれも……、自分の「好い」たアイドルに、こんな歌、歌わせるんじゃないですよ……』


 彼女も、那珂ちゃんも、辛い歌しか、謡えなかった。
 この環境に共鳴できるのは、そんな歌だけだった。
 クックロビンが今この環境で星空凛に明るい歌を歌わせようとしても、それは、きっと誰の元にも届かないのだ。

 なぜ、そのような辛いことが起きてしまうのか。
 アイドルたちは、歌っているだけだ。
 その歌の意図を歪めてしまうのは、歌わせている側であり、聞いている側だ。


 果たしてローレライは、聞き惚れてくれる舟人たちを沈めたくて歌を歌ったのだろうか?


 夢中になった舟人が勝手に座礁して転覆しただけではないのか。
 ローレライには、その岩山しか歌える場所がなかった。
 歌を辞めれば彼女の存在意義が失われ、歌を歌えば聞き手は沈む。
 そして募るのは、彼女がヒトを沈める妖婦だという悪評ばかり。

 それを彼女に強要してしまったのは誰だ。
 舟人だ。聞き手だ。ファンだ。
 彼らの行動と暴走と自滅が、巡り巡ってアイドル本人に害悪をおっかぶせる。

 現代へローレライの伝説を落とし込んでみると、武道館の傍を運転していたら中で好きなアイドルのコンサートをやってたので、脇見しながら通ったら対向車に突っ込んで死にました。などと言っているようなものだ。
 それは果たしてアイドルの責任なのか。
 勝手に事故ったファンの責任ではないのか。

 ローレライのファンたちだって、ライン川のその近辺まで来たら、そんな難所の中をボーッと聞き惚れながら漕ぐのではなく、コンサートが終わるまで行儀よく岸に横付けして堂々と聞けば良かったではないか。
 そんな時間がなくてどうしても急がなくてはいけないなら、耳栓でもして集中し、ひたすらに漕ぎ去っていくべきだったろう。
 脇見運転の事故で死ぬのはファンの自己責任かも知れないが、それでアイドルまで評判を落としたならたまったものではない。
 仕事は仕事、趣味は趣味。
 節度を持ったファンの行動こそが、アイドルを盛り立てるか破滅させるかを左右しているのだろう。


472 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:03:45 a49AdK3k0

『アイドルファンを名乗る気なら、死ぬ気で、プロデュース、してください……!!』
『ファンとプロデューサーって、別モノなんじゃないのかよ……!? 俺はただ、凛ちゃんの歌が聞けてダンスが見れればそれでいいのに……』


 クックロビンには、ようやく、コシミズが遺した言葉の意味がわかった。
 アイドルの評判を作り、それをプロデュースするのは、他でもないファンの行動だった。
 もしファンの行動が整然としており、その他一般人にも見目のいいものであるなら、『こんなきちんとした人が好きなのだから、きっとそのアイドルもちゃんとした人なのだろう』と評判がつくだろう。
 だがもしファンが勝手に会社の資金を着服してアイドルに贈り物を買うような輩であるなら、『こんな頭のおかしい奴が好きなのだから、きっとそのアイドルもとんでもない不良に違いない』と評判がつくだろう。
 全ての者がそう受け取りはしなかったとしても、ファンが悪い行動をするなら、決してアイドルに良い評判はつかないはずだ。


 何も知らないヒグマたちにとっての星空凛は、クックロビンの一挙手一投足で描写される存在でしかなかった。
 自分だけのためにテーマパークを作るふてぶてしい奴で。
 飛行船一面に自分の姿を貼り付ける目立ちたがり屋で。
 ちょっと見た目は可愛いかも知れないが、それを頼みに単純なオスどもを引っ掛けて貢がせる邪なメス猫――。
 そんな評判すら立っていたかもしれない。

 事実、クックロビンにとっての『艦娘』たちのイメージは、そうして帝国民を堕落させた妖婦に他ならなかった。
 実際に彼女たちに相見えてみれば、そんなことは全くなかったのに、である。


 クックロビンたちファンがしなくてはならなかったのは、アイドルたちが明るい歌でみんなと響き合っていけるよう、彼女らを助け、ファン同士を助け、その他の聴衆さえ救っていくような、そんな活動であった。
 この殺し合いという最悪の辛い状況から、少しずつ共鳴し、その周波数と望みを高め合っていけるような活動こそ、ファンとしての務めだったのだろう。


「……ごめんよ……、凛ちゃんも、那珂ちゃんも……。
 アイドル同士を叩いたり、一人で勝手に先走ったり、そんなこと、しちゃ、いけなかったのに……」


 クックロビンが土下座のような体勢のままに謝るのは、彼女たちアイドルだけに留まらなかった。
 それは彼自身の責任で死地に追いやってしまった幾頭もの同胞、シバさん、そして勝手に敵対関係のように思っていた艦これ勢に対しての謝罪でもあった。
 当の艦これ勢自体は、クックロビンらアイドルオタクの存在などほとんど知らないのではあるが。


「……ごめん……。殺してくれ。こんなことやらかした俺は、そうでもしねぇとみんなに侘びれねぇよ……」
「……そんなことない! その凛ちゃんってアイドルのためにも、あなたは死んじゃだめだよ!!」


 クマーとくまモンに対して自分の処刑を懇願したクックロビンの声は、即座に那珂ちゃんに差し止められた。
 クマーは何も言わず、押さえ込んでいた彼の上から静かに退いた。
 那珂ちゃんはクックロビンの掌を両手で包み込み、彼を助け起こす。

 彼にとって初めての、生身のアイドルの、握手だった。


「今ここで、その凛ちゃんって子のファンでいてあげられるのは、あなたなんだよ!
 凛ちゃんを助けて、みんなにちゃんと見てもらえるよう、今から一緒に頑張ろ。ね?」


 クックロビンは呆然と、もはや今日一日で何度目かわからぬ涙を流して、頷いた。
 那珂ちゃんと彼のやりとりに、美琴は顎へ手をやり、興味深げに思案していた。


 この島の『アイドル』という存在が、救われた瞬間だった。


    〔AM:1197kHz(熊本放送)〕


473 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:04:15 a49AdK3k0

 待ってくれないものは、時と言論と襲撃者である。

 その時、御坂美琴の『自分だけの現実』に、このアスレチックの周辺から内部へ侵入しようとしている物体のベクトルが感知されていた。
 美琴は手元でくるくると八木・宇田アンテナを回転させ、豁然と口を開く。


「……良いところなんだけど、西の崖から侵入者が来るわ。
 明らかにここを狙ってる動きなんで、迎撃をお願い」
 ――了解。すぐに出るモン。
「うお、マジか。なんでわかったんだ美琴ちゃん!?」
「周りに槍かなんか設置してくれたんでしょ? このアンテナに対してそれが全部センサーになってるのよ。
 ……感度上げるために私も出るわ。速い――」


 舌打ち混じりに言い捨てて、美琴はくまモンとクマーを連れ、即座に放送室外へ走り出ようとした。

 何かとんでもなく嫌な予感がする。
 受信したシグナルは、西の崖に張り出している周辺の逆茂木からのものだ。
 その侵入者は、先程までまだその壁面を昇っていた。
 しかしたった今、侵入者は『かえし』のように設置されたその棘の一本を掴んだ。
 乗り越えられた。
 早すぎる。


「那珂ちゃん、そのヒグマの処遇は任せるわ。隠れてて!!」
「あ、はい……!」

 那珂ちゃんとクックロビンを残して、美琴は放送室のドアを閉めた。


「うおおおお!! オタクでもロボットでも何でも来いやぁ!!
 那珂ちゃんの歌でパワーを貰った今、幼女以外の何物にも俺は負けねぇぜぇええええ――!!」
「西南西! 海食洞側から昇ってきたわ! お願い!」

 室外に出るや否や、真っ先に息巻いて走り出していたのはクマーだった。
 鼻血とともに興奮も最高潮に達している彼は、3rdステージの槍を引っ掴み、野人のような動きで崖側に向けてすっ飛んで行く。
 八木・宇田アンテナを崩落した城の上に設置しようと這い登り始めている美琴のただならぬ焦りように、くまモンもそこはかとない危機感を覚え、クマーの後を追った。


 そのクマーたちが崖に辿り着くよりも大分前に、設置されている逆茂木の一本がしなった。
 ビィン。
 と、鈍い振動音と共に、何かがクマーの目の前の空中に跳ねあがる。

 そうして空から落ちてくるものの姿を見上げて、クマーは立ち尽くした。

 濃いピンクの鮮やかな髪。
 ラインを浮かび上がらせるようなぴっちりとした黒いボディースーツ。
 陽光に伸び上るしなやかな四肢。

 槍持つクマーは、それに憧れ、殺気も見やらず、仰げばやがて――。


「――あ、幼女じゃん」


 そう彼が呟いた瞬間、その少女が中空から振り下ろした手刀が、クマーの頭部から胸にかけてを、バッサリと唐竹割りに両断していた。
 トマトの丸絞りの如く溜まっていた血を勢いよく吹き出し、クマーはぴたぴたと舌を動かしながら地に倒れた。


「……こりゃ負けるわ」
 ――クマーァァ!?


 驚愕するくまモンの元へ、その少女の姿をした侵入者は止まることなく走り込んでくる。
 虚ろな瞳のまま、漆黒のジャガーのように襲撃してくる少女の爪を、くまモンはギリギリのところで身を捻って躱した。


 ――東にぶらっと。


 しかしくまモンの行動はそれだけではなかった。
 後方へ倒れ込むように捻った体で、彼はその少女が踏み込んだ足先を、自分の左脚で踏みつけていた。


474 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:04:37 a49AdK3k0

 ――『杵島岳』。


 そして続けざまに、完全に仰向けとなった体勢から、彼女の膝関節に向けて容赦なく右脚を突き込んだ。
 その骨格が、悲痛な音を立ててへし折れる。


 ――『烏帽子岳』。


 そのままくまモンの右脚は、逆関節のようになって膝から崩れ落ちてくる彼女の股間を蹴り上げた。
 爪先でボディースーツの下の会陰を抉り、恥骨を割り、腸骨動脈を裂断させる。


 ――『中岳』、『高岳』、『根子岳』!


 その衝撃で、押さえつけた右足を軸に倒れ込んでくる少女を迎えるように、くまモンは水月、壇中、顎先と、正中線上の急所を次々と蹴り飛ばした。
 肋骨の下から胃が破られ、横隔膜が抉られる。
 胸骨のど真ん中が砕かれ、心臓振盪を起こす。
 下顎骨がへし折られ、突き上げられた少女の頭部は頸椎を折りながら勢いよく真後ろに回転し、頭蓋骨が自身の背骨にまでぶち当たった。

 そのままくまモンは背後にとんぼ返りし、逆に背中から地面に倒れた少女へ、残心をとって構え直す。


 ――『阿蘇涅槃仏』。


 熊本の北東部に聳える阿蘇山は、その雄大なカルデラ内部に『阿蘇五岳』と呼ばれる火口丘群を擁していた。
 この山の連なりは、北方から望むとあたかも仰向けに倒れて入滅する(死ぬ)仏の姿のように見えることから、釈迦の涅槃像に喩えられている。

 くまモンの行なった一連の体術は、人間ならば4回死んでいるような攻撃だ。
 過剰防衛――。
 襲撃者とはいえ、少女に対する行動としては、明らかにやりすぎとすら思われるものだった。
 それはその通りである。
 本来ならくまモンは、『杵島岳』で相手の膝を折った時点から追撃を辞めることもできた。

 しかし、それをくまモンは拒絶した。


 ――追撃しなければ殺されていた……!


 そんな感覚が、彼にははっきりと認識されていた。
 その理由は――。


 彼女の骨格の手ごたえが、骨ではなく、金属だったからである。


 カパッ。


 そんな音を立てて、死んだと思われた少女の口が開いていた。
 そして、折れたはずの首だけが、ぐるりとくまモンの方を向いて立ち上がった。

 ――なっ!?

 驚愕するくまモンに向けて、次の瞬間、彼女の口からピンク色の光線が射出されていた。
 それはくまモンのいた地面を広く抉り、未だ散らばっていた鉄片の類を瞬く間に溶融・蒸発させてしまう。
 くまモンの体は、その直前に横から飛びついて来た何者かに、射線上から逃がされていた。


「――ふぇ、ふぇ、ふぇ! この子タフだなぁ! 俺みたいだずぇあ!」
 ――クマー! それで生きてるのかモン!?
「だぁら、女の子あらの攻撃はご褒美みたいなもんだっての!!」

 くまモンから離れて立ち上がったのは、上半身を縦割りされたまま笑っている、クマーであった。
 頭蓋から口腔さえ引き裂かれて呂律の回らぬ頭を、自分の両腕で無理矢理くっつけながら彼は喋っている。
 二次元平面にプレスされた福笑いの状態で日常の仕事をこなしていたクマーからすれば、この程度の損傷は物の数ではない。

 だが身構え直した彼らの前で、襲撃者の少女の骨格もまた音を立てながら正しい位置に戻り、何事もなかったかのようにゆらりと立ち上がってくる。
 そして再び、彼女の口が開かれた。


「ん〜、ボディータッチなら負けるが勝ちなんだが、流石に全細胞焼かれたら俺も死ぬよなぁ……」
 ――ふざけてる余裕ないモン!!


 くまモンとクマーは左右に別れながら、彼女の放つピンク色の閃光を回避した。
 一瞬で照射されたその光線を両者が躱し得たのは、つい先ほど、類似した能力を持つ穴持たず402と交戦を行なっていたことが大きい。
 だがこの時、この襲撃者が狙っていたのは、彼ら二名ではなかった。

 射線の仰角から彼らがそのことに気付いたのは、その一瞬後だった。


「――美琴ちゃん!?」


 その狙いは、崩れ落ちた『城』の上に向かっていた。


    〔THz:3510GHz(御坂美琴)〕


475 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:05:08 a49AdK3k0

「は……? 相田、マナさん……!?」


 美琴が思わず呟いたのは、その赤い髪の襲撃者が、クマーの体を二つに断ち割ったその瞬間だった。
 見覚えのある、一緒に島へ参加者を救いに来たはずの、少女だった。
 目の前で起きている事実と、今までの認識とが大きく食い違い、美琴は事態を理解できぬまま硬直する。


 彼女はHIGUMAアスレチック中央の倒壊した『城』を、瓦礫を頼りに実況席だった場所の上まで登り、八木・宇田アンテナをそこへ設置していたところだった。

 ――なぜ彼女がここを襲う!?
 ――なぜあんな動きができる!?
 ――そもそもあれは本当に相田さんなのか!?

 そう思ううちに彼女の眼下では、くまモンが護身術のような動きで少女の下に潜り込み、瞬く間に5連続の蹴撃を叩き込んでいた。

 死んだ――。
 仰向けに倒れ込んだ襲撃者の動きを見て、美琴は間違いなくそうだろうと思った。
 膝は折れ、骨盤は砕け、胸は割れて、首は真後ろに曲がったのだ。
 死んでなければおかしい――。
 そのはずだった。


 だが、少女の肉体は人間に非ざるような動きで復帰する。
 ――ロボットか!?
 と思えるような挙動の彼女の口からは、くまモンに向けて、巨大なピンク色の閃光が発射されていた。


「メ、『原子崩し(メルトダウナー)』……!?」


 学園都市の誇るレベル5の第4位、暗部組織『アイテム』の麦野沈利と戦闘した際の記憶が美琴には思い出される。
 彼女の『原子崩し(メルトダウナー)』と呼ばれる『曖昧な状態の電子を操作する能力』で作り出されるビームは、この世に存在する物質では恐らく防ぐことができない。
 着弾した地面は広く、蒸発するかのように溶け落ちている。
 穴持たず402も似たようなビームを放ってきたが、彼の攻撃は掠めても『熱い』で済む程度だった。
 だが、この襲撃者の放つ攻撃の保有エネルギーは、そのヒグマとは桁違いだ。

 ――あいつのメルトダウナーと同等以上……!?

 苦戦の記憶に、美琴は歯噛みしながら八木・宇田アンテナを掴む。


 その時だった。
 眼下では、復帰したクマーがくまモンと共に、立ち上がったその少女に相対していた。
 美琴の感覚には、その少女の口に集束する、巨大な電磁波が感じられた。


「――うそっ!?」


 そこから砲撃される光線を回避すべく、彼女は『城』から急いで飛び降りようとする。
 だがその動作に移る間もなく次の瞬間、美琴の視界は凶悪なピンクに埋め尽くされていた。


「ぬぇあぁ――」


 彼女の脳は、一瞬でタスクオーバーしかねない処理サイクルを、辛うじて演算しきっていた。

 後方に身を引きながら突き出した両腕で、美琴はそのピンクの光線を、空に向かって『曲げる』。
 仰向けに反り返った彼女の鼻先を掠めて、晴天の向こうに光は真っ直ぐに飛んでいく。
 麦野沈利本人からは、『パリィ』と評された防御法――。
 メルトダウナーと同じく電子を操作することの可能な美琴が、なおかつレベル5相当の演算能力を有しているからこそ可能な対処だった。

 その一瞬で、わずかに蓄電していた彼女の電力は、根こそぎ持っていかれた。
 それでもなお、その光線をいなしきるには足りなかった。
 光に触れた両掌が熱で焼けただれ、運動エネルギーを殺し切れなかった彼女は、風圧に吹き飛ばされるように体勢を崩してそのまま『城』の上から転落する。


「――ぁ、わぁぁああぁぁ!?」
「――美琴ちゃん!?」


 ビルの2階程度の高さから、美琴は瓦礫の山の中に埋まるようにして、クマーたちから見えなくなった。


    〔VHF:96MHz(蔵人)〕


476 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:05:35 a49AdK3k0

「……本当に、良かった」
「な……、何が、だい?」

 美琴たち3人が室外に立ち去ってしまった直後、那珂ちゃんがほっとしたように呟いたのは、そんな言葉だった。
 身を起こしながら問い掛けるクックロビンに、彼女は微笑みながら答える。


「あなたと那珂ちゃんが信じる『アイドル』を、守れたから――!」


 その眩しい笑顔に、クックロビンの胸は、きりきりと痛んだ。

 この那珂という艦娘にとっては、『アイドル』という概念こそが、自身の存在意義の全てなのだということが、ありありとわかったからだ。
 ただファンとして、彼女たち『アイドル』のもたらすパフォーマンスを享受しようとしていた自分が、情けなくなった。

 こんな島で、殺し合いの起こっている中で『アイドル』を守るなら、中途半端な心構えでは到底いけなかったのだろうに。


「……俺も、凛ちゃんたちアイドルを、守れるなら守りたいぜ。もちろんキミ――、那珂ちゃんも。
 でも、こんな俺に、この期に及んで、何かできることあるのかね……」
「もちろんあるよ! だってあなた、建築家なんでしょ!?」
「でも、何の道具も、資材もねぇ!! ちょっとした装置やスクラップは散らばってるみたいだけど、俺にはドライバー一本さえ無いんだぜ!?」

 道具の無い大工は、牙の抜けた虎のようなものかも知れない。
 活かせる長所を失い、その意気まで萎えてしまっている。
 実際クックロビンは、くまモンに爪を折られ、牙を砕かれているのでまさにこの状態だ。
 わずか数時間のうちにテーマパークとスタジアムを作ってしまえたのも、それが粗い手抜き工事であり、なおかつ何頭もの仲間がいたからのことである。
 何とはなしに持ってきてしまった『ランスロット』という参加者の首輪とデイパックは、くまモンに奪われて部屋の隅に置かれているが、ここから都合よく大工道具が出てくるなんてことも考えられないだろう。
 彼ひとりでできることなど多寡が知れていた。

 海食洞にはヤエサワ、ハチロウガタ、クリコという先輩もいたはずだが、例の根のなくなった今どうしているのかはわからない。
 西から侵入者が来たということは、考えようによっては彼らである可能性もあるが、どうなのだろうか。
 少なくともヤエサワはアイドルがどうこうという話題に良い顔はしていなかったはずなので、仮に彼らがここに来たとしても、アイドルのために行動してくれるとはあまり思えない。
 というかそもそも、帝国の仕事人である彼らがまずここに受け入れられるはずがない。彼らとしても人間と馴れ合う気など端からないだろう。
 クックロビン自身にしても、今の立場は捕虜のようなものだった。


 それでも、那珂ちゃんの笑顔は曇らない。
 美琴が先程まで鳴らしていたオーディオコンポを叩き、燃えるようにクックロビンに語り掛ける。


「だいじょーぶ! だって御坂高級技官殿は、何の道具もなしにあんなすごい伴奏してくれたんだよ!?
 那珂ちゃんだってあなただって、道具無くてもカラダ一つでできることあるって!!」
「いやまぁ、那珂ちゃんはそうだけど……。確かにアレ、どうやってたんだろうなぁ……?」


 那珂ちゃんにつられて、クックロビンはその何の変哲もないコンポに歩み寄る。

 那珂ちゃんが身一つでできることにその歌があるのは、その大いなる力を身に染みて感じているので納得できる。
 だが御坂美琴が、触れもせずに身振りだけで、複数の楽器を同時演奏しているような音圧を、CDもMDもカセットもレコードも入っていないコンポの中から取り出してきた方法は、完全に謎であった。

 クックロビンら穴持たずカーペンターズにとっては、電子機器類は、どちらかというと専門外の分野にあたる。
 研究所に残っていた機材や発動機を反乱後に転用したものはあるが、ヒグマ帝国が自分たちで作り上げられた電化製品は皆無に等しい。そもそも地下にそんな材料がなかったからだ。
 件の飛行船などは、ツルシインやヤイコたちがなけなしの物資をもとに作り上げていた秘蔵中の秘蔵っ子だった。
 そのため、その内部構造などの知識は一般ヒグマに近いクックロビンたちにはなおさら乏しかった。


477 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:06:17 a49AdK3k0

「……俺は『蔵人(クロード)』だったし、どっちかっていうと詳しいのは装飾とかなんだよなぁ……。
 たぶん、ラジオの発振器かなんか使ってたのかなぁ……?」


 恐らく、外部から電波の形で伴奏を送り、機械に受信させて再生すれば、ハイクオリティに振幅復調された形で音を再生させることはできるのだろう。
 だが結局それには、そんな音楽になるほど緻密な電波を、身一つで発生させることが必要になる。
 後輩であるピースガーディアンのルークも、先輩である事務班のヤイコも電気を扱うことは出来るが、そんな精密に能力の行使をすることは到底できないだろうに、である。


「あぁ、ラジオかぁ! すごいじゃないそれ! だったらここでコンサートもできちゃうね!」
「――コンサート……!?」
「――ぁ、わぁぁああぁぁ!?」


 那珂ちゃんが華やいだ声を上げたその時、ガラガラと瓦礫の崩れる音を立てて、半地下の窓の外に誰かが落下してきた。
 上から北東のグラウンド側に落下したゴスロリ衣装の人物は、御坂美琴その人である。

 一度呻いて顔を振った彼女は、半地下の室内にいるふたりを見下ろすような高さから、にっこりと笑顔を見せた。


「……ああー、『コンサート』でしょ。私もそれ考えてたのよ。
 だからそのための『楽器』のチューニングを兼ねて、ちょっともっかい戦ってくるわ……」


 二人の言葉尻が聞こえていたのか、そんな発言と共に、美琴は立ち上る。
 那珂ちゃんが窓際に駆け寄って、侵入者と戦闘になったらしい彼女へ焦って問いかけていた。


「『楽器』で戦うってどういうこと!? 大丈夫なの!?」
「……大丈夫よ。さっきあんたも『聞いた』でしょう、この『武装』は」


 美琴は、まるで舞台に立つかのように呼吸を整えて、自然体に体を落とした。
 スカートのパニエを揺らし、袖のフリルを払い、胸のリボンを張り直す。
 そして左手でヘッドセットを押さえると、彼女は右手で真一文字に、目の前の空間を手刀で裂いた。


「――『天網雅楽(スカイセンサー)』、起動!!」


 その動きをスイッチとして、何者にも聞こえぬ音楽が、触れぬままに奏でられ始める。


    〔AM:1197kHz(熊本放送)〕


「美琴ちゃん、大丈夫かぁあ――ッ!?」
 ――クマー、後ろッ!!


 巨大なビームを弾いたものの、その勢いに押されて背後に転落していった美琴へ、クマーは叫びかけていた。
 『城』の瓦礫に隔てられて見えぬその向こうを振り仰いでいた彼に、鋭くくまモンが呼びかける。
 その声に反応したクマーの体幹を、たちまち赤い陣風が通り抜けていく。

「くっ、ぷぁ――……」

 襲撃者の少女は既に御坂美琴への狙撃動作を終え、その手刀で通りすがりざまにクマーの腹部を両断していた。
 内臓をあらわにしたその腹が、血の海の中にくぷくぷと泡を立てる。
 クマーの胴体はもはや背骨を補強する釣竿で繋がっているだけであり、体勢を保てずに彼はふらふらとよろめいた。
 踏み込みから一転して翻り、少女はたちまち、倒れるクマーの首筋に食らいつこうと飛び掛かった。


「ごぶばっ!!」


 瞬間、クマーは飛び掛かってくる彼女の顔面目掛け、渾身の腹圧を込めて自身の血を、切断された腹から噴出させた。
 眼潰し――。
 最低でもその役には立つかと思われた、彼の最後のあがきだった。

 しかし、少女は目を見開いたまま真っ向からその血液を顔面に受け、怯みも瞬きもせず、そのままクマーの上に馬乗りになって首に噛みついていた。


「おぉ、ぎゅ、ぅ、ぅ、ぅ――」


 クマーは手足をばたつかせて悶える。
 その様は激痛に狂っているようにも、快楽に悦んでいるようにも見えた。
 彼はたちまち頸動脈から気管までをごっそりと抉り喰われ、声を出すことも、身動きを取ることもままならなくなってしまっていた。

 その嬌声のような断末魔のような悶絶に紛れて、くまモンが即座に、背を向ける襲撃者の背後へ走り寄っている。

 この隙にどうにかこのロボットの如き少女を機能停止させる――!
 そう念じて拳を振りかぶった瞬間、クマーに馬乗りになっていた少女の脚が、槍のように突き出されていた。


 ――くっ!?


 毛皮を抉られるような突き足をくまモンが身を捻って躱すや、その動作のままに翻転した少女が左の手刀を袈裟斬りに撫で下ろしてくる。
 隙だらけにも見えた捕食の最中にも、その襲撃者の感覚は一切鈍っていないようだった。

 その手刀に切り裂かれるかと思われた瞬間、くまモンは突如、迫る少女に向けて自分から踏み込んでいた。


478 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:07:49 a49AdK3k0

 ――どうかい、どうかい!


 そして、斬り降ろされてくる左の腕を自身の右腕で受け、同時に振り上げた右膝に挟み込んで、その肘関節を砕いた。

 少女はその破壊にも停止することなく、密着の状態から右腕を撓らせ、フックを打ち込むかのようにくまモンの首筋を狙い、そして同時に大きく口を開く。
 砲撃の構えであった。


 ――追うたぁ、追うたァ!


 その返しに、くまモンは踊るような動きで合わせ、右手刀の突きを、肩の毛を飛ばされながら左手で跳ね上げる。
 そして開かれた少女の口を、右脚を踏み込んだ勢いのままに、荒々しい右アッパーで撥ね飛ばしていた。

 放たれようとしていたピンク色の光は、まるで吐血のように彼女の歯の隙から天空に向かって吹き零れる。


 ――弥栄(いやさか)さっさァ――!!


 そしてくまモンは、がら空きとなった彼女の胸に零距離で両掌を添わせ、大地を踏み鳴らしながらその勢いを突き込んでいた。
 べこり。
 と、胸部が双掌の形にへこんだ少女の体は、紙屑のように彼方へ吹き飛ばされていた。


 藤崎八旛宮秋季例大祭――。
 加藤清正が文禄・慶長、大坂から無事帰還できたことを神に感謝し、『随兵』という行列を伴って行なった祭りがそれである。
 毎年9月に行われる、飾り馬と共に数万人規模の団体が街を踊り歩く、勇壮なものだ。
 かつては、『朝鮮を滅ぼした』または『エーコロボシタ(偉大な人が死んだ)』などと諸説ある由来を持つ、『ぼした』という囃し言葉を掛け声にしていたこの祭りは、『ぼした祭り』と呼ばれていた。
 この『ぼした祭り』の発祥当時は、現在では飾られるだけの馬に、酒と興奮剤を投与し、暴れ狂わせながら行列を行なっていた。
 周囲の踊り手である『勢子』たちには、この馬の暴走を、踊りながらにして抑える技術が必須だったのである。
 現在は、この掛け声は『どうかい』、『追うた』、『いやさ』などの言葉にとって替えられているが、その踊りの内包する勇猛な要素は未だ変わっていない。


 今度こそ襲撃者を機能停止させられているように、とくまモンは、崖の縁近くまで転がった襲撃者を見て祈る。


 ――これ以上戦いが長引けば、しのぎぎれんモン……!


 くまモンは表情を変えぬままに、心中で冷や汗を流した。

 この少女の形をした襲撃者は、くまモンの見立てでは間違いなく、機械でできたロボットだった。
 しかも、あの小熊のような形態をしたロボットとは比べ物にならない頑丈さと機能を有している。
 骨格は鋼鉄のように頑強な金属で作られている上、破壊できたように見えても、それは敢えて衝撃を再結合可能な部位に流して重要機構を保護するための、防御手段の一つであるようだった。

 もともとが生物・人体の反応や急所を利用した攻防手段を主とするくまモンにとっては、余りにも分の悪い相手だった。
 神経や筋肉の反射を利用した攻撃手段は通じず、関節の破壊は即座に修復され、人体の急所は恐らくそれにとって急所ではない。
 この上、ヒグマの肉体から生み出される単純な威力を追及した『弥栄さっさ』をも耐え凌がれるのであれば、もはやくまモンに攻め手はほとんど残されてはいなかった。

 ――あと望みがあるのは、『松島橋』くらいかモン……!? それだって果たして効くかどうか……。

 なおかつ、防御においては主に相手の『気走りを読む』ことで対応しているくまモンは、これ以上相手が生物の常識を逸した挙動で攻めてくるなら、間違いなく対処が間に合わなくなるだろう。
 古武術において最重要視されている、「相手が打とうとする『う』を断ち、相手が斬ろうとする『き』を断つ」、『宇気断ち(うけだち)』と呼ばれるこの技法は、無生物に対しては、全く無効とは言わないまでも非常に応用が厳しかった。
 機械の駆動音を気とし、モーターの回転率を宇として捉えても、そこから表出される動作は、生物とは全く異なる挙動になりうる。

 彼が今までこの襲撃者の攻勢を防ぎきれていたのは、単にそれが、辛うじて人間の行なえる動作範囲で攻撃してくれていたからに他ならない。
 これでこの襲撃者が終わるなら、それでいい。
 だが、再びそれが立ち上がり予想外の攻撃で攻めてきた場合、くまモンには、対応する術がない――。


 ――ああ……。


479 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:08:59 a49AdK3k0

 そして、くまモンの祈りは、届かなかった。
 掌の形に凹んだ胸郭が音を立てて戻り、人体にあらざるような動きで反り返った少女の体が、ゆらゆらと亡霊のように立ち上がっていた。

 そしてさらに、身構えるくまモンに向けてその襲撃者は、今までに行なって来なかった挙動を見せた。

 ステージの端近く、崖を背にした位置から、4,50メートル離れているくまモンに向けて、それが黒いボディースーツに包まれた脚を、後ろに振り上げる。
 サッカーのキックオフの姿勢のようにも見えた。

 ――一体、何をしてくるつもりなのか……!?

 少女の虚ろな瞳孔の奥を見つめても、その意志は全く読み取れなかった。


 だが、その脚が蹴り出されようとした瞬間、襲撃者の視線は突如くまモンから外れた。
 そして右脚を走らせようとしていた動作は不自然にキャンセルされ、その少女の体は身を退くようにして後方に反る。
 ほとんど同時に、先程までその頭部があった空間を、僅かな風切音だけ残して何かが通り過ぎた。


「省電力『超旋磁砲(コイルガン)』――。
 無音のこれでも避けられるってことは、やっぱ私の隠密スキル低すぎよねぇ……。
 ……それともロボットのくせに『殺気を読んだ』とか、ふざけたこと言わないわよね」


 何が起きたか理解できないくまモンの左側の空間から、聞えよがしに呟やかれたそんな声が聞こえた。
 2ndステージだったその空間には、ポリカーボネートやコンクリートの壁の瓦礫がそこここに散乱している。
 その声は、その壁の裏に隠れた場所から響いていた。

 襲撃者の少女は口を開き、そこから即座にピンク色の光線を放つ。
 その寸前、瞠目するくまモンの眼には、瓦礫の裏側から、ひらりとステップを踏んで移動する、黒いフリルの動きが見えていた。
 着弾した光線がコンクリート壁を容易く貫通して地面を抉った直後、その真横の瓦礫から、再び何かが高速で射出される。
 少女はそれを跳ね上がって躱しつつ、勢いよくその瓦礫の散乱する空間へと走った。

 くまモンは、その少女の体があった地面に突き刺さる、超音速で射出された弾体の正体を見た。


 ――五寸釘。


 鋭い鉄釘が、地面を抉りながら、その全体を地中に埋めている。
 覗き込んだ場所に釘頭が見えなかったならば、視認もできなかったその正体は全く分からなかったであろう。

 その弾丸を投射した狙撃手は、襲い掛かってくる少女の前に、瓦礫の奥から悠然と姿を現していた。


「――相田さんの格好なんかした趣味悪いロボットは、今すぐぶっ壊させてもらうわよ」


 爛れた指先に幾本もの釘と鉄筋を遊ばせて舞台に立つ黒衣は、御坂美琴、その人だった。


    〔THz:3510GHz(御坂美琴)〕


 御坂美琴がその襲撃者を狙撃した地点は、HIGUMAアスレチックの南側から僅かに東に入った、2ndステージの端近くだ。
 彼女はそこまで、『城』の裏から瓦礫の隙を伝い、密かに気配を殺して移動をしていた。
 そこは3rdステージの崖側で戦闘を行なっていたくまモン達の位置から、優に200メートルは離れている。
 50メートルで弾体が溶け落ちてしまう彼女の『超電磁砲』では、射程圏外の場所だ。
 しかし彼女は、瓦礫の裏に隠れた状態から、音も光もなく、その距離へと高速の砲撃を行なっていた。

 同じ電磁力を使った投射装置である『レールガン』と『コイルガン』であるが、その原理は大きく異なる。

 ジュール熱による弾体の帯熱が大きな問題となるレールガンに対し、コイルガンでは、そのスイッチングに高い精度が必要とされることや、弾の形状による効率差はあれど、発光や発熱による派手なエネルギーロスはほとんど生じない。
 その分、弾の熔解による射程制限はなくなり、現在の美琴の蓄電力でも起動でき、その隠密性はむしろ高まることになる。
 美琴自身のパーソナルリアリティで仮想したコイルならば、その磁界発生効率は非常に高く、自動的なクエンチ現象によりスイッチングも必要ない。
 細く、長い弾であればあるほど効率の上昇するコイルガン方式の射撃は、表層からの打撃でほとんどダメージを受けていない機械の襲撃者にも貫通創を与える可能性が高く、この場で手に入る弾丸の性質ともピッタリ合致していた。

 美琴は、迫り来る襲撃者の前に姿を現しながらその掌に、ざらりと釘を広げる。


「10秒――」


480 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:09:32 a49AdK3k0

 走り寄る襲撃者の到達時間を彼女が正確に呟いたと同時に、その掌から釘が次々と射出された。
 先程の射撃よりかはいくばくか遅い。
 しかし、その亜音速の弾丸は撃たれるに音なく、放つ美琴も全く動作しない。

 弾幕に等しい釘の連射を、赤い髪の襲撃者は、スラロームのように左右へステップを踏むことで回避する。
 弾道の予測が不可能であったが故の行動だ。

 避け損ねた五寸釘の一本が、その左の肩口を抉り飛ばす。
 美琴の狙い通り、背中側まで貫通する傷だった。
 だが、その程度の損傷では、この襲撃者は停止しない。

 見る間に接近された空中から、ピンク色の閃光による、美琴のものとは比較にならない高火力の砲撃が襲う。


「フッ――」


 だがその高エネルギー大口径のビームを、美琴は触れも、曲げもせずに、息を吹きながら横にステップして躱す。
 ゴシックロリータのスカートをはためかせながら、一種、優雅ささえ漂う動きだった。


 美琴は、眼を、閉じていた。


「……感度良好よ」


 微笑む彼女に向けて、続けざまに空中から少女の手刀が振り下ろされる。
 その攻撃も、ただ美琴は片脚を引くだけの動きで避ける。

 続けて揮われる左右の爪、拳、脚――。
 触れ合うほどの密着位置から放たれるそれらを、彼女は瞑目したまま掠ることさえなく、悉く最小限の動作で躱す。

 押さば引き、引かば押す。
 回り込み合い、すれ違い合い、自身の存在空間を対称的に変遷させてゆくその二人の様は、まるでダンスを踊っているかのようにすら見えた。


「……アンタの『リズム』は良く聞こえる。正真正銘のロボット――。
 それならもう、遠慮しないわ――」


 美琴の認識するパーソナルリアリティの視界には、この相田マナの姿をした襲撃者から流れる、余りにも機械的な音楽が、余さず捉えられていた。
 この一帯に向けて発信された電波は、半径200メートルを覆う盆状に設置された槍衾をパラボラとして、『城』のアンテナに全てキャッチされている。
 そしてまた、八木・宇田アンテナから送受信される、ミリ波以下の高周波数を誇る高指向性の電波が、その探針を補正する。

 3rdステージで身じろぐクマー。
 美琴を気遣いながらクマーに駆け寄るくまモン。
 放送室のドアの陰からこちらを見やるクックロビンと那珂ちゃん。
 この目の前で爪を振るう襲撃者。

 今の美琴の感覚には、彼らの一挙手一投足の全てが、アップテンポなメロディとして、その一音一音まではっきりと聴こえている。

 虚ろな表情のままに攻撃を行い続ける襲撃者の動作。
 体幹から肩。
 肩から腕。
 腕から掌。
 掌から爪。
 駆動するモーター。
 歯車の一回転。
 それらの情報が全て、オーケストラの演奏のように読み取れる。
 美琴は観客であり、指揮者であり、演奏家だった。

 そしてその後に必要なことは、ただ踊り手として、そのリズムに乗って体を躍動させるだけ。
 そうしてまた、美琴は振り下ろされる爪の一撃を、フリルとリボンをはためかせて躱した。


 ――これこそが、彼女が那珂ちゃんに向けて披露した電離の計、『天網雅楽(スカイセンサー)』である。


 人間よりも遥かに速い、ヒグマかライオンかチーターのような挙動で襲撃者は攻める。
 しかし、美琴が放ち、そして聴く無音の音楽――『電波』は、それよりも遥かに速い光速であった。
 その中でも高周波数の『ミリ波』は、実際に空港などで衣服の下を透視する全身スキャナーや、『ミリ波レーダー』として実用化が進められている。

 この技術を御坂美琴が宝具『八木・宇田アンテナ』と、自身の演算能力を用いて昇華させた電波探知網は、わずかな電力しか必要とはせず、それでいて、彼女が自身の五感で知覚するよりも遥かに莫大で精密な情報を彼女に与えていた。

 天網恢恢、疎にして漏らさず――。

 空に巡る無辺のセンサーをチューンして、美琴の体は踊る。
 ミュージカルのヒロインが、言い寄る男たちの手を抜けるように、爪を躱す。
 相手は、大きく口を開く。
 触れ合うほどの位置から、美琴を消し飛ばさんとしたハート色の光を、澄ました表情で潜り抜ける。

 そして美琴は、相田マナの姿をした襲撃者の懐に、踏み込んでいた。
 ミュージカルのヒロインが、しつこい男たちへ食って掛かるように、体重を乗せた。


481 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:09:56 a49AdK3k0

 微かな吐息だけを吹いて美琴が突き返した返事は、肘。
 全体重を乗せた踏み込みで、黒いボディースーツの胸に、帯電させた右肘を抉り込む。

「――フぅゥ――」

 そのまま、肩。
 更なる電流と勢いを、相手の顎へショルダータックルで叩き込む。

「――らァッ!!」

 さらに、額。
 満身の怒りとヒステリシスを総身の身振りに表して、美琴は相田マナの鼻っ柱を折らんばかりに、その顔面へ頭突きをぶち込んでいた。
 襲撃者の内部の基盤が、高電流の熱で破壊されるのを、美琴ははっきりと、認識した。


 カウンターでタックルの勢いをまともに受けた形となった少女は、2ndステージの瓦礫の上を、南方の川近くにまで、吹き飛ばされるように転がり、そして、動かなくなった。


「……なんだっけ、猛虎硬爬山とか言うんだっけ、こういう体当たり。
 『山爬美振弾』とか、適当につけとこうかしら、この技」


 誘導電流というものがある。
 コイルに電流を流した時、その電磁場によって、接触していない他のコイルにまで電流が流れるものだ。
 美琴は自身に纏わせた電磁場により、タックルの瞬間、襲撃者の電子回路内にこの誘導電流を引き起こしていた。
 短絡回路のような電流を叩き込まれた電子基板は、その電気抵抗によるジュール熱、および美琴の磁界から受けるヒステリシス損・渦電流損などと呼ばれる発熱により、内部から破壊される。

 『天網雅楽(スカイセンサー)』で稼いだ時間に電力を溜め、美琴はこの一撃に勝負を賭けていたのであった。


    〔LF:1000hHz(H)〕


 ――御坂美琴、大丈夫かモン!?
「ああ、くまモン。クマーは大丈夫なの!?」


 満足げに息を吐いた美琴の方にくまモンが、血まみれの毛皮のようにすら見えるクマーの肉塊を背負い走ってくる。
 クマーはそんなボロ雑巾に等しい、声も出せないような姿のまま、左手の親指だけグッと立ててみせる。
 呆れるほどのタフさだった。


「……まぁいいわ無事なら。それにしても、わざわざ相田さんに似せたロボット投下してくるとかほんと悪趣味よねぇ。
 メルトダウナー逸らし切れなくて滅茶苦茶痛いし……」


 件の小熊型ロボットを操っているのだろう黒幕の所業に眉を顰めながら、美琴は爛れた手の痛みを散らすように打ち振る。
 そうして美琴が気を抜いていたところに、くまモンが鋭く、脚を踏み鳴らしていた。


 ――美琴!! 後ろだモン!!
「……え?」


 その挙動に、美琴はびくりと顔を上げ、背後を振り向いていた。
 その眼に、有り得ない光景が、飛び込んでくる。


 破壊したはずの、相田マナの形をしたロボットが、起き上がっていた。


「な……、んで……!?」


 内部の電子回路は、溶け落ちたはずだった。
 相手が『機械』なら、それで機能停止していなければおかしい。
 かといって、この襲撃者が、人間であることは有り得ない。
 相手が『人間』なら、くまモンが先程から叩き込んでいた攻撃で、とっくに死んでいなければおかしい。
 この襲撃者が、機械でできていることは確実なのだ。
 美琴もくまモンも、それの体内でモーターや電子回路が駆動していることははっきりと認識している。

 ――つまり、この少女は、『人間』だけでも、『機械』だけでも、有り得ない。

 くまモンと美琴は、同時にその空恐ろしい予想に思い至る。


「あ、相田、さ……」


 美琴が震える声で呼びかけようとしたその時、その相田マナの姿をした少女は、ボディースーツに覆われた自身の左腕を展開していた。
 親指側と小指側の皮が、肘から手首の方まで、それぞれ板状にめくれ上がる。
 その皮は筋肉の繊維でできていると思われるピンク色の紐で先端を繋げており、その展開した様は、あたかも小型の弓が形作られたかのようだった。

 さらに同時に、少女の右手首が折れて、腕の骨が覗いた。
 下腕の骨のうち親指側――、橈骨が、その真っ白な姿を晒して肘からせり出してくる。
 そして完全に抜け出た彼女の骨は、まるで矢のようにして、その左腕の肉で作られた弓に番えられた。


482 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:10:15 a49AdK3k0

 美琴は恐怖を感じた。
 直感的な恐怖だった。

「――ッ、『天網雅楽(スカイセンサー)』ッ!!」

 ヘッドセットを左手で押さえ、右手の手刀を払い、美琴は自身の電波探知網を再起動させる。


 ――この襲撃者は、自分の攻撃が悉く避けられたことを理解しているはずだ。
 その上で、こいつは今までに見せて来なかった攻撃法を実行しようとしている。
 私の『天網雅楽(スカイセンサー)』を破れるという確信がなければ、こんな行動は、してこないはずだ――。


 その引き絞られた肉弓から骨の矢が放たれる寸前に、美琴は自分の足元から鉄筋を蹴り上げていた。
 目の前に伸ばした右腕は、省電力『超旋磁砲(コイルガン)』の構え。
 『天網雅楽(スカイセンサー)』から、その骨の矢が放たれる弾道は確実に予測できている。
 自分の心臓を真っ向から狙っている軌道だ。
 それが躱されることを見越して撃ってくるのだから、相手には何かしら策があるのだ。

 その前に、その矢を射線上で破壊する――。


 そう思い、美琴はその鉄筋を、高速で射出した。
 少女の手から骨の矢が放たれたのは、それと同時だった。

 空中で衝突する――。
 と、その瞬間まで、美琴にも、くまモンにも、その背のクマーにも思えた。


 だが骨の矢は、空中で、『曲がった』。


「――は」


 赤褐色の骨髄を後部から高速で噴射し、その矢は鉄筋と衝突する寸前に、その軌道を鋭角的に曲げていた。
 射出された鉄筋は相田マナの姿を掠め、川の向こうに飛び去っていく。
 鉄筋を躱した矢は再びその骨髄噴射で軌道を変え、その高速を保ったまま、上空から美琴の心臓を目掛け落下していた。

「くッ――!?」

 その高速軌道変換を辛うじて『天網雅楽(スカイセンサー)』に読み取った美琴は、その射線を躱そうと横に動く。
 だが垂直落下していたその骨は、美琴の真横で、何の前触れもなく、みたび骨髄を噴射して美琴へ方向転換した。


「がぁあ――ッ!?」


 『天網雅楽(スカイセンサー)』は、その必殺の挙動に、美琴がなんとか対応することだけは、許していた。
 心臓に向けて直進する矢を、美琴は自分の左手で受け止めた。
 矢は容赦なくその華奢な掌を貫通し、美琴を痛みで地に転げさせる。

 ――でもこれで、防ぎきれたはず……!

 そう、美琴は思った。


 その思考は、自身の掌を苛む痛みで、否定された。
 骨の矢は掌に突き刺さったまま、なおも心臓に突き立たんと、その内部から骨髄を吹き出し続けていた。
 矢を掴む左手の力をも引き抜くように、美琴の血を曳いて矢はずるずると進み続ける。
 美琴は悶え、慄きながら、進み続ける矢を右手で掴んでいた。


「お、あ、あ、ぁ、あぁぁ――!!」


 だが、右手の握力を加えても、その矢の進行を完全に止めることはできなかった。
 心臓に進む矢の軌道を必死の力で捻じ曲げた先にあったのは、自分の左肩だった。
 仰向けで地に転げ、自分の左手と肩を矢に縫いとめられた美琴の苦痛は、それでも終わらない。

 続けざまに、突き立った骨の矢からは、血に触れている部分から、何本も、棘のような鋭い骨の成分が飛び出していた。

 掌が、その勢いで弾けた。
 肩関節が、その体積で砕けた。


「ぁ――」


 呼吸さえできなくなるほどの、壮絶な痛みだった。
 身動きのできなくなった御坂美琴は、もはや自分の真上に、相田マナの姿をした襲撃者が躍りかかっていることなど気づけなかった。
 気付いたとしても、もう、その攻撃は、躱しようがなかった。


 美琴が瞬きした時は既に、少女の手刀が、自身の目前に振り下ろされている瞬間だった。


    〔MF:0.33MHz(夢原のぞみ)〕


483 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:10:39 a49AdK3k0

(……のぞみ、大丈夫なのかね、あんな輩の方針を真に受けて)
「あ、キリカちゃん。やっぱりキリカちゃんが話しかけてくれてたのかぁ。なにこれ、テレパシーなの?」
(まぁそうなんだけど……。あっ、傷口濡らすんじゃないぞ、しみるからな!)
「あはは、そうだね。ありがとう」


 お団子を解き、その桃色の髪と肌を温かな湯の雨に濡らし、夢原のぞみは微笑んでいた。
 バスチェアーに座る彼女が覗き込むのは、自身の左中指に嵌る、青紫色の指輪だった。
 彼女に自身の魂だけを託した呉キリカ――。そのソウルジェムから、キリカのテレパシーが響いていた。

 のぞみの太腿に開いた傷口は、形だけは包帯で押さえられ、血がにじんでいる。
 まだだいぶ痛かったけれど、血も出なかった最初から比べれば、出ているだけ正常だ。
 キリカの意識がちゃんと生きていることも解り、のぞみは次々と溢れてくる希望の光に、うきうきとしていた。
 その彼女に向け、キリカは現時点で思いつく限りの、『あんな輩』に対する不安をあげつらっていく。


(……あの那珂ってやつは歌のことしか考えてないバカだったし、あのクマーってヒグマはどう見ても変質者だし。
 くまモンは本当にあのゆるキャラのくまモンか怪しいし、もし本当にそうだったところで戦力になるかわからないし。
 御坂美琴って女は、本土から来たくせに碌な物資もなくて、来て早々仲間とはぐれるドジだろ?
 全島放送を乗っ取るってのも、果たしてどうなのか……。参加者だけじゃなくて敵もうじゃうじゃ寄ってくるだろうし……)
「ゆるキャラって言ったらちびクマのリラックマさんもいたじゃん! 力になってくれるよ!
 あとバカバカ言うなら、私だってそんなに頭良くないよ?
 でも、夢を信じて頑張って来たから、私はここまで来れた。あの人たちだって同じだよ!」
(うむむ……)


 出会った人員の性質に苦言を呈するキリカを、のぞみは明るい声で諌める。
 キリカのテレパシーは、考え込むように唸り、黙り込んでしまった。

 体を洗いながらのぞみには、そのキリカが顔をしかめて額に手をやっているような様子まで想像できてしまう。
 何だか、ふたりして裸でお風呂に入っているようで、とても楽しくなった。
 実際、キリカは魂一丁という、この上もなく高次元の裸だ。


「……キリカちゃんもあんまし難しく考えすぎない方が良いよ! 何とかなるなる!!」
(うーん、そうかねぇ……。って、オイ! のぞみ、何する気だ!?)
「キリカちゃんも汚れてるから、洗いっこしようよ。ね!
 二人でリラックスしてほぐれたら、この宝石の濁りも綺麗になるんじゃない?」
(わ、ちょっと! そういうカンケイは織莉子とだけって決め……あふぅん!?)
「あ、なんだ。触ってるのわかるの? それじゃあここがいい? それともこの中?」
(あっ、あぅっ……、のぞみっ! わ、私が抵抗できないからって、やめっ……、ぁあぁん!!)
「あははっ、良いじゃん。気持ちいいんでしょ? 綺麗にしてあげるよ〜」
(そ、そんなトコにシャワー当てないでぇえ……!!)

 
 指輪を取り、のぞみは入念にシャワーのお湯と石鹸の泡でキリカを隅々まで洗い尽す。
 丹念に転がされ、撫でられ、磨かれるその指使いに、キリカは喘ぐ。
 掌の中で、キリカはのぞみのなすがままになるしかなかった。


484 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:11:17 a49AdK3k0

「……あっれー? 濁り取れてないなぁ〜。絶対綺麗になると思ったのにぃ」
(ふっ……、ふふ……。これで魔力回復してたら、織莉子といる時の私はグリーフシード要らないよ……)
「そうなの? でも、気分のいい時って、疲れも吹っ飛んだりしない?」
(いやぁ、実際、高揚してる時は魔力の減りが段違いに少なくなるから、バカにはできないんだけどさ……)

 上気して脱力してしまったかのようなテレパシーを、キリカはのぞみの呟きに返した。


(……まぁ何にしても、あの那珂は、のぞみとは比べ物にならないレベルのバカだ。歌バカ。
 一人でカラオケに行って何時間も歌い続けて悦に入ってるタイプの歌バカだ)
「一人でカラオケ……? 寂しくないのそれって」
(ああいうタイプは独り善がりで、歌の趣味の合わない複数人で行ったところで楽しくならないのさ。
 のぞみも聞いただろ、あの『来いよUFOレイブン』だか何だかいう厨二ソング。意味わかんなかったろ!?)
「うんまぁ……。確かにわかんなかったけど……」


 のぞみに諌められようともキリカが確信しているのは、少なくとも那珂ちゃんをこのままにしておいたら碌なことにならないだろうということだった。
 実際に、キリカが肉体を喪うまでに受けたダメージの大半は那珂ちゃんのせいであるし、その精神世界まで垣間見て彼女の肉体を操作までしたキリカは、そこだけは物申しておきたいところだった。
 『恋の2-4-11』だか何だかタイトルも定かではなく、ラブソングだか作業歌だか判然とせぬ歌を、戦闘中に聞かされたところで、正直その意図も歌詞も何一つわからない。


(アイドル気取りだか何だか知らないけど、あんなの誰の心にも……)
『……なじかは知らねど 心わびて――』


 キリカがテレパシーを畳みかけようとしたその時、シャワールームの外から、微かにそんな歌声が響いてくる。
 那珂ちゃんの声。
 しかも今度は、キリカものぞみも、共に知っている歌だった。


『昔の傳説(つたへ)は そぞろ身に沁む――』
「……『ローレライ』だね」
(ああ……。学校で習った……)


 切々と歌い上げられるその声には、那珂ちゃんの人生そのものが織りこまれているかのようだった。
 『城』の放送室からは離れた、1stステージ側に張り出しているシャワールームにまで、その声は届いて余りあるものだった。
 続いて、どこからか伴奏まで付け加わったその歌は、それだけである種の世界を構築していた。


『波間に沈むる ひとも舟も――
 神怪(くす)しき魔歌(まがうた)――!
 ……謡ふ―― ローレライ――!!』


 歌い切った那珂ちゃんの声の後には、大きな拍手までもが聞こえた。
 のぞみもシャワールームの中でぽむぽむと手を打ち鳴らし、キリカに微笑んで問いかける。


「……で、あんな歌は誰の心にも、何?」
(……チッ)

 キリカのテレパシーは、舌打ちと共にそっぽを向く。


(……歌う奴は気楽でいいよ。大変なのはそれまでの『お膳立て』だ。
 『聞かせる準備』さえできちゃえば、厨二ソングだろうが演歌だろうが、ヒトは聞いちゃうだろうさ)
「というと?」
(今の私たちは、『リラックスしてる状況』で、『知っている歌』だったから、奴の歌を聞いただけだ。
 これが『戦闘中』で、『聞いたこともない歌』だったら、UFOレイブンの二の舞になるだけ)
「うーん……。なるほどそうかも……」


 食事中のお茶の間に歌を届けるのと、戦争中の最前線に歌を届けるのとは、そもそもの条件が余りにも違う。
 キリカのセリフには、自身が那珂ちゃんの歌に少しでも聞き惚れてしまった事に対する苛立ちが強く含まれていたが、その内容自体は当を得ている。

 内地の平穏な環境で平和を謳うことは簡単でも、戦闘の真っ只中の敵味方を共に宥め、戦争を辞めて平和に導かせるような行為は、非常に難しいだろう。
 今まで、シビルウォー、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、冷戦、ユーゴスラビア戦争、イラク戦争、など、ありとあらゆる戦時において、多くのアーティストたちが、その戦争の停止と平和を祈って反戦歌を謡ってはきた。
 だがその行いが実を結んだとは、果たして言い切れるのだろうか。

 キリカの感覚では、那珂ちゃんがやろうとしていることは、現実を見ていない絵空事だった。


485 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:12:41 a49AdK3k0

「……でもキリカちゃん。仮に『聞いたこともない歌』でも、『体に響くリズム』とか、『耳に残るフレーズ』とか、そういうものはあるでしょ?
 それを精一杯使って、みんなの心に歌を届けることって、出来ないかな?」
(各地の土着音楽とか、祭りの歌とか……、そういう要素は皆無じゃないとは思う。
 だがそれを各戦闘ごとに、各人の状況や境遇を見定めて適切に歌い、届け、尚且つそこからそれぞれの心を操作して停戦まで持っていくとか、神様にでもなるつもりかと。
 少なくとも、そんなのあの女一人じゃとても無理だね。『歌だけ』じゃ、やはり誰の心にも、それは届かないよ)


 のぞみが問う言葉に、キリカは考えを纏めながら、静かに断言した。
 そのテレパシーを聞き、のぞみは力強く笑った。


「……なら、大丈夫だね!!」
(……なんでさ?)
「私たちがいるじゃん!!」
(はぁ!?)

 理解不能な発言に困惑するキリカに向け、のぞみは指を打ち振りながら言葉を繋ぐ。


「アイドルや歌手のステージに、スタッフさんがいっぱい要るのは当然だよね!
 だから私たちがあの美琴ちゃんやくまモンたちと一緒に、那珂ちゃんの歌を聞いてもらえるよう、舞台を整えてあげよう!! けって〜い!!」
(おいおいおいおいおい……。何できもしないことを平然と……)
「那珂ちゃんの歌の上手さは本物だったでしょ!? これを聞いてもらえないのはあんまりにもあんまりだよ!!
 だいじょーぶ、何とかなるなる!! 私、今売り出し中の春日野うららってアイドルとも友達だし、お手伝いしたこともあるもん!」
(誰だよ知らないし! あの48人とか無駄に数の多いアイドルグループのひとりかい?)
「え〜、違うよぉ〜。なんだ、キリカちゃんって案外、モノを知らないんじゃない〜?」
(の、のぞみにモノを知らないって言われた……!?)


 得意げなのぞみの言動に、キリカは愕然とする。
 その瞬間、このシャワールーム内にも届くような音と近さで、がらがらと瓦礫が崩落するような響きと、『――ぁ、わぁぁああぁぁ!?』という悲鳴が聞こえてくる。


「――美琴ちゃんの声!?」
(……敵襲だろうね。そりゃあんだけ大音響で声飛ばしたんだ。ほれ見ろ。私の言った通りじゃないか)
「助けに行くよ!!」
(んなぁっ!? 隠れといてくれよ!! 今の私はのぞみに何かあったらお終いなんだ!!)

 のぞみは体に残る泡を、急いで洗い流し始める。
 その最中に叫んできたキリカの嘆願に、彼女はピタリと動きを止めた。

 そして、中指に嵌めたキリカの指輪に向けて、静かに、低い声でのぞみは呟いた。


「……なら、キリカちゃんは、残ってればいい」
(え……?)

 母親が子供を諭すような。
 静かに咎め、気づきを促すような、優しくとも、重い声だった。


「そりゃ、危ないのは当然だもんね。わかるよ。だから、外に踏み出したくはないんでしょ?
 キリカちゃんは今まで私をずっと助けてくれたし、感謝してる。いいよやりたくないなら無理しないで。
 誰の心にも自分を晒したくないなら、この宝石にこもってていいよ。私は、キリカちゃんを、連れて行かない」
(そんな、別に、そういう意味じゃ……!)
「……私は、那珂ちゃんの歌に、希望の光を感じた。私は、今まで沢山の人に助けられて、その希望の道を進み、プリキュアに『なってこれた』。
 キリカちゃんだって、そうでしょ?
 なら今度は、同じように希望を信じる子を、私たちが応援する番だと思わない!?」
(……!!)


 キリカに言い放ち、のぞみは更衣室へ上がる。

 キリカの嘆願は、そこまでの意図を意識したわけではなかった。
 参加者を助ける目的があるのは当然として、彼女はただ単に、状況が分かるまではのぞみに戦場へ安易に飛び出していって欲しくなかっただけだ。
 だがその言い方には、確かにキリカの無意識の底に流れる、外界への不安と恐怖が刻まれていた。
 のぞみには先程のキリカとの会話からはっきりと、その彼女の精神が見て取れていた。


 それは魂を守るものの何一つない、痛々しいばかりに怯えた、乙女の姿だった。


(の、ぞ、み……)


486 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:14:43 a49AdK3k0

 呟かれるようなキリカのテレパシーに、夢原のぞみは言葉を返さなかった。

 自分にしかすがって来れない今のキリカを、守りたいのは確かだ。
 だが、怯えて自身の殻の中に閉じこもる彼女の姿には、のぞみは希望を感じられなかった。
 全ての他者に否定から入るのは、自分を守ろうとしていることの表れに他ならない。

 キリカの言葉は確かに『正しい』ものだろう。
 だが自分の感覚は明確に、那珂ちゃんと、御坂美琴の言葉に希望を感じている。
 ならばそれを支えるのが、夢原のぞみの自分としての在り方であった。

 自衛の手段もない今のキリカが恐怖に苛まれるのは、身を切るほどにわかるし、当然のことだ。
 だがそれを乗り越えない限り、キリカは今以上の希望に到達できないだろうと、のぞみは感じていた。

 呉キリカに、無理強いすることはできない。
 だからのぞみは、彼女をせめて、危険な戦場に連れて行かないことに決めた。
 脳裏で、呆然と立ちすくむキリカの眼から、涙が零れていた。


 のぞみはタオルで乱雑に髪と体を吹き、服も着ぬ、一糸纏わぬ姿で外に飛び出す。
 その眼に、南側の空間を横切る、激しいピンク色の閃光が見えた。

 その場所で戦っているのは、踊るように相手の攻撃を躱しているゴシックロリータのひらめき――、御坂美琴だ。
 そしてその彼女へ、暴風雨のような爪と、雷のような閃光を放って襲い掛かっている相手――。

 その黒いボディースーツに包まれた、濃いピンク色の髪の少女を、夢原のぞみは確かに見知っていた。
 自身と幾つも共通点があるのではないかと、数少ない邂逅のうちでもそう思い至っていた、同志。
 御坂美琴の話でも、自分たちを助けに来てくれているのだと話されていた少女。


「――相田、マナちゃん……!?」


 その彼女が、今目の前で、自分たちを襲う側となっている――。
 そんな奇怪な巡り合わせの妙に、のぞみは自分の眼を、疑った。


【――『Let's Go Skysensor(Tune)』に続く】


487 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/02/27(金) 00:15:35 a49AdK3k0
以上で投下終了です。
続きまして、今度こそ決着のつく後編を予約します。


488 : 名無しさん :2015/02/28(土) 08:19:41 .0N0ohvY0
投下乙
ローレライへの冷静な突っ込みにワラタ。那珂ちゃんマジ天使だわ。
美琴の能力はやっぱ凄いんだな、アニメだと力押しメインに見えたけど
真価は二つ名の通り電気を極めている事だから使える電力が微量でも強い。
佐天さんと比べてレベル5らしいプロの戦闘だったがマナさんの非人道ギミックで致命傷を喰らいピンチに。さあどうなる?


489 : Let's Go Skysensor(Listen) ◆wgC73NFT9I :2015/03/01(日) 12:45:20 eZzpkS0w0
感想ありがとうございます。
ちょっと今週いっぱい、とても投下できる状況ではなくなるので、
あらかじめ予約を延長させていただきます。

現在地とか、そろそろ更新した方が皆さんわかりやすいですかね……?


490 : 名無しさん :2015/03/01(日) 18:52:59 1cCfLIT.0
左腕が爆発する前のゴスロリ美琴描いてみました
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/61/mkoto.jpg


491 : ◆Dme3n.ES16 :2015/03/01(日) 21:51:54 1cCfLIT.0
戦艦ヒ級、メロン熊、瑞鶴提督で予約


492 : 名無しさん :2015/03/07(土) 03:27:59 /ZyXRn9w0
あらかわいい>爆発前


493 : ◆Dme3n.ES16 :2015/03/09(月) 02:30:47 YGKCEUQs0
投下します


494 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/09(月) 02:31:13 YGKCEUQs0


「……ジャックサンのカロリーデハあまり数を飛バせませんネ。産み出すのは偵察機に絞りましょウカ……」

武田観柳や宮本明との死闘の後、山岳部を移動しながらジャック・ブローニンソンの全ての肉体を
捕食し終えた戦艦ヒ級は艦装の修復を終えた後、艦載機の生産に取りかかろうとしていた。
ダメージコントロール機能により自動修復可能な肉体を手にいれたヒ級だが、丸太のダメージが
想像以上に大きく、自身の回復が精一杯だったようだ。そもそもヒグマキラーとはいえ唯の人間である
ジャックの肉ではエネルギーが不足するのも無理はない。

「サア、我が眷属タチ、提督の行方を捜しテ来なさイ」

ヒ級は髪から伸びる滑走路から翼を生やした異形の生物を数匹発進させた。
正直、彼女がこの口が沢山ある奇妙な身体になって一番嬉しかったのはこの機能を身に付けたことである。
戦艦ヒ級のベースになった超ド級戦艦大和は当時の最先端技術をつぎ込んだ決戦兵器なのだが、
実際の戦歴は散々たるものであったのは承知の事実である。
出航させるだけで膨大な重油が必要だったことで扱いが難しかったこともあるが、
そもそも太平洋戦争が開戦した時点で既に海戦の主役はどの艦砲よりも遠距離まで届き、
より確実に対象に命中させることのできる爆撃機とそれを複数搭載可能な空母に譲っており、
多数の戦場で活躍した戦艦は旧式の金剛型四機のみといった状況だったのだ。
大和型三番艦「信濃」が設計を変更し空母として完成されたことからも、
戦艦そのものが旧世代の産物と化していたことが窺えよう。

青空に向かって飛び発つ奇妙な形状の偵察機をヒ級は嬉しそうに見上げていた。
今の自分にもはや死角はない。どのような戦局であろうが必ず提督の期待に応えることが出来よう。
そして今度こそ我が国に勝利を――――。

その時であった。


「アラ?」

空中で何者かの攻撃を受けて、偵察機の一匹が爆発したのは。

「アらあら?誰カシラ?私の恋路の邪魔ヲしていルのは?」

戦艦ヒ級は目を瞑り、視界を偵察機とリンクさせる。
空中で戦闘力のない偵察機がひたすら逃げ回っているのは一体何者なのか。
目まぐるしい空戦で混乱する視界の中、遂にその姿を捉えた。

「……エッ、アれは……」

日本海軍後期主力艦上戦闘機・零式艦戦52型。

堀越二郎が設計し、太平洋戦争において終始に渡って活躍した日本の象徴ともいえる
傑作機、零戦の後期生産型のミニチュアであった。
だがラジコン程度のサイズとはいえサブマシンガン並の威力がある機銃を装備し、
何やら体格のいいふさふさした体毛をもつ小さなパイロットを乗せている。
というか旧日本軍のゴーグル付きヘルメットを被ったヒグマ―――?

そこで視界は途切れ、強制的に意識を本体に戻される。
全ての偵察機が零戦の機銃によって撃ち落されたのだ。
せっかくの艦載機を落とされ、機嫌が悪くなるヒ級だが、
それよりも困惑の感情が勝っていた。

「アれ?零戦トいウことは友軍じゃナイでスか?ナンデ攻撃して来るノです?
 やっぱデザインが悪くテ味方と判らなかったのカシラ?」

空を飛びまわるミニチュア戦闘機を見上げながら、
あの艦載機を操っている存在は誰なのか思考を張り巡らせてた。


495 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/09(月) 02:31:32 YGKCEUQs0


地点D-5。津波が引いたことで復旧した、霧のような濃い湯気が沸くだだっ広い温泉。
その湖の中央付近で、仁王立ちの姿勢のまま足の艦装をホバーさせて立ち尽くす
ツインテールの少女の元に、一機のミニチュア戦闘機が帰ってきた。
左肩に盾の様に装備した飛行甲板に下り立った高性能多用途水上偵察機「瑞雲」に
乗り込むコロポックルヒグマは少女に敬礼したのち、地上の状況を報告する。

「深海棲艦を見つけたですって?噂の戦艦ヒ級ってヤツかしらね?」

弓道部のような恰好をした少女は少し考えた後、
不敵に笑みを浮かべながら敵がいるであろう方角を見つめる。

「艦載機を出してこない?ラッキーね。本来の私の任務じゃあないけど、
 いずれ片づけないといけない問題だし、消耗している今がチャンスなのよね」

そう言いながら、背中の筒に大量に装備した、先端に戦闘機をくっ付けた矢を
手に持った弓に五本同時につがえて天に向けて構えを取った。

「アウトレンジで、決めたいわね!」

その言葉と同時に発射された矢が、空中で大量の戦闘機に変化し、山岳部へと向かっていった。



 ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹



――――――少し、時は遡る。


「ヴオォォォォォォォォォォ!!!!!!?」


艦娘工廠の製造プラントにけたたましい悲鳴が響き渡った。

艦これ勢が艦娘工廠を占拠、ビスマルクが解体任務に就き、
夕立提督とロッチナが突如出現した巨大な浅倉の対処に追わている最中。
工廠を占拠していたとあるヒグマ達の身に人知れず悲劇が起きていた。

「大体、太平洋戦争が始まった時点で戦艦は時代遅れになっちまったのさ。
 艦むすの中でも空母娘こそ至高の存在。」
「ああ、しかし赤城提督の一派はキングヒグマに懐柔されたらしいな」
「ふん、腰抜けが。やはり一航戦なんぞにうつつを抜かしているような奴らは駄目だな」
「やっぱ瑞鶴さんが一番だよな」
「ああ、離反して夕立提督について行ったのは正解だったぜ」

第六かんこ連隊・赤城提督率いる空母萌え勢から微妙な趣向の差で派閥割れしていた五航戦萌え勢。
ロッチナやモノクマの支持をうける為工房へ集結していた総勢10彼らの元へ、数匹のヒグマが
大慌てで駆け寄ってきた。

「た、大変だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「どうした!?」
「培養容器の上で踊っていた瑞鶴提督が培養液の中へ落っこちたぞ!このままじゃ分解されちまう!」
「え!?なにやってんの?瑞鶴提督!?」
「俺が知るか!とにかくみんなで引っ張り上げるから手伝え!」


496 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/09(月) 02:31:49 YGKCEUQs0

「ブオォォォォォォォォォォ!!!!!!ゴバァァァァァァ!!!!!」


五航戦萌え勢や夕立提督の仲間、計数十匹のヒグマが培養試験管の元へ駆けつけると、
中で弓道部の衣装を着て瑞鶴の顔のお面を被ったアホそうなヒグマが身体に悪そうな液体の中を
必死にもがいている姿が見えた。液にはヒグマを溶かす作用があるのか身体のあちこちから血が拭き出している。

「うわぁぁぁぁ!!こりゃひでぇ!!」
「つーか、ひょっとしてわざわざヒグマ解体しなくても使えるのこの機械?」
「まあほら、必要なのはHIGMA細胞だけみたいだし、骨とか皮とか捨てるのもったいないじゃん」
「なるほど!資源は大切にしねーとな!」
「おい!喋ってる場合じゃねーぞ!」
「そうだった!よし、みんなで上に登ってすぐ救出するぞ!!」
「おう!アレでも一応俺達の代表だしな!」
「……って、おい!こらっ押すな!押すなって!つーかなんで全員で登ってんの!?」
「お前がどけ!ひぃっ!やめろ!落ちる!落ちるって――――!!!」



「「「「「「「―――――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」」」」」」






『ピーンポーンパーンポーン』


『規定人数に達成しました。高速ミキシング開始します。』


培養装置の赤いランプが点滅し、機械の底からフードプロセッサーのような刃物が迫り出す。
超高速で回転し、液体の中へ落ちた20匹のヒグマをガリガリと削り始めた。







そして、龍田達の活躍により示現エンジンが落ち、工廠の機能が止まる直前。
緑のランプの点灯と共に煙を吹き出しながら培養試験管の蓋が開き、中から
空母のカタパルトを模した盾を装備し、碧髪をツインテールに結んだ弓道少女が出現する。

もの凄い偶然と強運で新たに誕生した艦むすの名は―――。

「翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴です。幸運の空母と呼ばれていたわ。
 ……あれ、真っ暗?っていうか、ヒグマ提督は何処かしら?誰も居ないの?」

夜間迷彩の改使用の和装に身を包んだ瑞鶴はブレーカーが落ちた工廠の中をキョロキョロと見渡す。

「くししっ。ロッチナはもう艦むすは要らないとか言ってた気がするんだけどなー。
 ま、いっか、あの馬鹿共よりかはよっぽど使えそうだしぃ。本人達も大好きな艦むすに
 なれたからきっと幸せだったんだよ、うん」

奥の通路から、懐中電灯を照らしながら左右を白と黒の塗装にカラーリングした機械の熊が歩いてきた。

「……誰?」
「早速お仕事だよん、瑞鶴提督の生まれ変わり=サン。戦闘機は狭い地下じゃ使えないから担当は地上かな?」



 ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹


497 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/09(月) 02:32:06 YGKCEUQs0

「……マあ素敵。あれだけの数の艦載機が残っていればマダまだ米国と戦エたでシょうに。
 デモなんで私を狙っているのカシラ?」

空中を四方に八方に散りながらこちらに向かってくる海軍製爆撃機を戦艦ヒ級は
首を傾げつつも目を輝かせながら見守っていた


アウトレンジ戦法。


瑞鶴が好んで実行する日本海軍艦載機特有の米軍艦載機より長い航続時間・長い航続距離を生かして、
相手の攻撃を受けずに戦う戦法である。長距離・長時間飛行による攻撃は搭乗員に
過大な負担を強いる為、正攻法で米艦隊と殴り合っても到底まともな攻撃は出来ないだろうと
考えられた故の苦肉の策であったが、現在の搭乗員は資材になった際、一匹につき
20匹に分割されてコロポックルと化したヒグマなので特にスタミナは問題ない。

「困りマしたね。コう分散されテは相手の位置が分かリまセん。ドうにか誤解を解かナいと……」
「……グルルルッ……!!」

周囲を取り囲んだ爆撃機が、ヒ級に向かって次々と爆弾を投下していく。

高速艦爆「彗星」80機による急降下爆撃。

大和型の耐久力は想像を絶するものがあるが、最終的には米軍艦載機386機の
左舷へ集中した波状攻撃を受けて撃沈してしまったのだ。
主砲ヒグマや副砲ヒグマが機銃で応戦するも、流石に防ぎきれず、
艦むす・大和の姿をした人間部分の盾になるような挙動をするために
次々と爆弾が直撃していく。せっかく再生した艦砲も破壊され反撃もままならない窮地に陥ってしまった。

「……ヤハり大和の国の戦闘機は素晴らシいデスね。早く隠れナいと」

首を蛇のように伸ばし、筋繊維が露出し骨が見えても自らを盾にして防御してくれる
副砲ヒグマ達のおかげで未だに少女部分が無傷なヒ級は、山を下りて爆弾を当てにくそうな森の中へ
逃げようと足を急ぐ。その彼女を追いかけるように10機の戦闘機がこちらに向かってきた。

「……アら?今まデ射程外カら降りて来ナかったのに?……機銃が壊れたからカシラ?」

副砲ヒグマはドッグファイトを仕掛けようとする戦闘機に今までの鬱憤を晴らそうと
噛み付き攻撃を仕掛けようとする。だがモーションの大きい動きは小回りの聞く戦闘機には
通用せず迂回されて回避されてしまう。

「……ヤってしマいましたね。でもドウスルノですかゼロ戦さん。このままじゃぶつかりますヨ?」

そこまで言って、ヒ級は何かを思い出す。
こちらに向かってくるのは爆撃機ではなく零戦の最終型、零式艦戦62型、通称「爆戦」。
玉砕以外の戦局が存在しなかった終戦間際にこの戦闘機が行っていた戦法は―――。

「……神、風……!?」

そう、彼らの多くは20分割されたとはいえ元五航戦萌え勢。瑞鶴の為なら命を散らすのも惜しくはない。
脅威の飛行テクニックで全ての副砲ヒグマをすり抜けた爆戦は、ヒ級の顔面へと吸い込まれていった。


―――その時。


498 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/09(月) 02:32:23 YGKCEUQs0

 ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹



帰還した艦載機を背中の弓筒に仕舞いながら瑞鶴は渋い顔をする。

「戦艦ヒ級が消えた?テレポートでもしたっていうの?」

結果的に撃墜された艦載機は一つもなく、全員が生還したのである。
犠牲が出なかったのは少し嬉しく、やはり幸運だったと言えるが、
あの怪物相手に金星を挙げるチャンスを逃したのは腑に落ちない。
モノクマとかいうヒグマ提督の仲間で自分の上官らしい熊からの指示に
従って地上へ出た彼女であるが、正直任務自体より戦いによって
生前の最期のトラウマを払拭したいという気持ちが大きかった。
全く被弾しない幸運の空母として零戦と共に終始に渡って戦い抜いた彼女であったが、
最後の任務はレイテに集結した米軍の航空部隊を釣り上げるためのエサとして
艦載機も乗せられずに米軍機の爆撃によって撃墜させられたのである。
スカートのポケットに入れた、モノクマに渡された瑞鶴提督とかいう自分が造られる
きっかけになったマヌケなヒグマの生前の写真をみて、少し呆れながら微笑んだ。

「ま、雪辱を晴らすチャンスを与えてくれたのは感謝してるわ。……ん?」

ヒ級が居た方角以外にも周囲の様子を見る為に飛ばしていた偵察機に一つが彼女の元へ
帰還する。その艦載機からの報告は、本命を見つけたとの内容であった。

「ヒグマ提督を発見した?市街地で?艦むすと参加者を多数引き連れている?」

偵察機を戻し、とりあえず飛ばしていた全ての艦載機を収納した状態になった瑞鶴は考える。
申し訳程度に対空砲はついているものの、空母である自分自身に戦闘力はない。
艦載機を一旦引っ込めたのは、偵察機が戻る方向で自分の居場所を特定されないように
するためでもある。空母は常に相手のアウトレンジから一方的に攻撃するのがセオリー。
接近戦は危険である。護衛も居ない現状、余り近づきたくはないのだが。

「ま、ここに居ても危ないか。逃がしたヒ級がいつ復活するか分かんないし。
 で、とっとと提督を連れて帰ろう、うん。」

そう言いながら、ヒグマ提督が居るらしい方向へと温泉をホバーで移動していった。


【D-5 温泉/午後】

【瑞鶴改ニ@艦隊これくしょん】
状態:疲労(小)、幸運の空母
装備:夜間迷彩塗装、12cm30連装噴進砲
   コロポックルヒグマ&艦載機(彗星、彩雲、零式艦戦52型、他多数)×200 
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出して保護し、帝国へ連れ帰る
0:偵察機を放って島内を観測し、ヒグマ提督を見つける
1:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な戦艦ヒ級をアウトレンジから始末する
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機200体を装備しています。
 矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。


「……ああ、金剛サン。あなたは提督を守って死んだのデスか……?」

ボロボロのヒ級は、地面に置かれた、脳が無くなっている金剛の生首に語りかける。

「……ふんっ」

彼女と一緒にテレポートで喫茶店の中まで移動してきたメロン熊は
やや目を逸らしながらその様子を眺めていた。

「……助けて頂いテどうも有難ウ、メロン熊サン。あなたはとってもイイヒトですね」
「別に礼は要らないわよ。駄目な男に騙されてる女はほっとけないタチでね」
「……クスクス。あら?提督の事かしラ?素晴らしい方デスヨ?金剛サンが命を賭けるほどにハ?」
「いや、その娘は―――」

地面を掘り返したヒ級は、埋まっていた金剛の死体を勢いよく捕食し始めた。

「大丈夫です、金剛サン。貴方の分まで提督は私が愛してあげます。クスクスクス……」

見る見るうちに艦砲が治って行き、その身体にうっすらと纏っていたオーラが黄色から青に変わっていく。
羆謹製艦むすを作り上げるのに必要な艦むすは最低20匹。
戦艦はそれより大目に必要になり30〜40匹。

―――つまり、戦艦ヒ級は現在、最大でヒグマ40匹分のカロリーを摂取しているということである。


499 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/09(月) 02:32:37 YGKCEUQs0


【D-6 とあるビルの中の小さな喫茶店/午後】

【戦艦ヒ級flagship改@深海棲艦】
状態:精神錯乱、大破(修復中)、副砲大破(修復中)
装備:主砲ヒグマ(24inch連装砲、波動砲)×1
副砲ヒグマ(16inch連装砲、3/4inch機関砲、22inch魚雷後期型)×4
偵察機、観測機、艦戦、艦爆、艦攻、爆雷投射機、水中探信儀、培養試験管
道具:ジャック・ブローニンソンの食いかけの死体、金剛の食いかけの死体
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:偵察機を放って島内を観測する
1:ヒグマ提督の敵を殲滅する
2:ヒグマ提督が悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、それを奪還してみせる。
3:ジャック・ブローニンソンさんは、イイヒトだった。大和の友達です。
4:私を助けてくれたメロン熊さんはイイヒト。大和の友達です。
5:提督を捜し出したら彼の素晴らしさを見せつけてメロン熊さんの誤解を解いてあげましょう。
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました
※金剛の死体を捕食したことでヒグマ30〜40匹分のカロリーを摂取しました
※その影響でflagship→flagship改に進化しました

【メロン熊@穴持たず】
状態:愚鈍なオスに対しての苛立ち、左大腿にこむら返りの名残り
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる演技を続ける
0:やっぱりあのヒグマは最低のカスだった。
1:敵と呼ぶのも烏滸がましい。
2:くまモンが相変わらず、立派過ぎるゆるキャラとして振る舞っていて感動するわ、泣きたいくらいにね。
3:今度くまモンと会った時は、ゆるキャラ失格な分、正しく『悪役』として、彼らの礎になるわ……。
4:なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
5:目を覚まして大和さん!
[備考]
※鷹取迅に開発されたメスとしての悦びは、オスに対しての苛立ちで霧散しました。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」「ヒグマ細胞破壊プログラム」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。


500 : 名無しさん :2015/03/09(月) 02:33:21 YGKCEUQs0
投下終了です


501 : ◆wgC73NFT9I :2015/03/09(月) 08:53:40 NtC7/Y3c0
投下乙です。
瑞鶴さんが強いのはいいんですが、それにしてもちょっと疑問だらけです…。
あの状況で阿紫花さんの呼びかけしか無かったのにジャックさんの名前覚えてるんですねヒ級さん。
肉のカロリーは人間とヒグマでそう違わんと思いますけど。
偵察機だの戦闘能力だのどうこう言ってますが、ヒ級の艦載機は偵察戦闘爆撃機がオールインワンだったと思いますが。
そして彼女は自分の艦載機のデザインを悪いと感じてるんですか?

瑞鶴さんの思考も読めないなぁ…。
Big Brotherでロッチナたちは自分らの状況を全部把握してましたし工廠も平常運転でしたしそこにはビスマルクなんかもいたはずなんですが…。そこらへんどうなってるんでしょう。
ボーキ抜きでヒグマが10体分解されて、艦載機200と搭乗員の分に本当に足りるんですかね…。
あと彼女は味方の特攻を許容してるクチですか。そうですか。なんというか、艦載機を操ってるというより艦載機のヒグマに操られてる感じが…。

で、メロン熊は、ヒ級が何者か知るわけもわかるわけもないですしヒグマ提督との関連も現状じゃわからないと思うんですが。なんでそんな肩入れできるんですかね…。
そして、アニラさんがその周囲の臭跡は把握してたし彼女はそこから離れていたはずなのになんでその後の喫茶店の状況(墓)を知ってるんですかね…。
その金剛の首は確かに埋めたはずなんですが、わざわざ掘り出したんですか?

あと、金剛解体しても金剛作れる資材にはならないように、彼女を食ったとこでヒグマ30〜40体そのもののエネルギーにはならないと思うんですがそこらへんどうなんですかね…。


502 : ◆Dme3n.ES16 :2015/03/10(火) 02:30:07 LZbRJ7cs0
焼け石に水のような気がしますが全体的に微修正したものを投下します


503 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/10(火) 02:31:05 LZbRJ7cs0

「……アの親切な男ノ人の残存カロリーデハもうあまり数を飛バせませんネ。マア仕方あリマセン……」

武田観柳や宮本明との死闘の後、山岳部を移動しながらジャック・ブローニンソンの全ての肉体を
捕食し終えた戦艦ヒ級は艦装の修復を終えた後、艦載機の生産に取りかかろうとしていた。
ダメージコントロール機能により自動修復可能な肉体を手にいれたヒ級だが、丸太のダメージが
想像以上に大きく、自身の回復が精一杯だったようだ。そもそもヒグマキラーとはいえ唯の人間である
ジャックの肉ではエネルギーが不足するのも無理はない。

「サア、我が下僕タチ、提督の行方を捜しテ来なさイ」

ヒ級は髪から伸びる滑走路から翼を生やした異形の生物を数匹発進させた。
正直、彼女がこの口が沢山ある奇妙な身体になって一番嬉しかったのはこの機能を身に付けたことである。
戦艦ヒ級のベースになった超ド級戦艦大和は当時の最先端技術をつぎ込んだ決戦兵器なのだが、
実際の戦歴は散々たるものであったのは承知の事実である。
出航させるだけで膨大な重油が必要だったことで扱いが難しかったこともあるが、
そもそも太平洋戦争が開戦した時点で既に海戦の主役はどの艦砲よりも遠距離まで届き、
より確実に対象に命中させることのできる爆撃機とそれを複数搭載可能な空母に譲っており、
多数の戦場で活躍した戦艦は旧式の金剛型四機のみといった状況だったのだ。
大和型三番艦「信濃」が設計を変更し空母として完成されたことからも、
戦艦そのものが旧世代の産物と化していたことが窺えよう。

青空に向かって飛び発つ奇妙な形状の偵察機をヒ級は嬉しそうに見上げていた。
今の自分にもはや死角はない。どのような戦局であろうが必ず提督の期待に応えることが出来よう。
そして今度こそ我が国に勝利を――――。

その時であった。


「アラ?」

空中で何者かの攻撃を受けて、艦載機の一匹が爆発したのは。

「アらあら?誰カシラ?私の恋路の邪魔ヲしていルのは?」

戦艦ヒ級は目を瞑り、視界を艦載機とリンクさせる。
空中で戦闘力のない偵察機がひたすら逃げ回っているのは一体何者なのか。
目まぐるしい空戦で混乱する視界の中、遂にその姿を捉えた。

「……エッ、アれは……」

日本海軍後期主力艦上戦闘機・零式艦戦52型。

堀越二郎が設計し、太平洋戦争において終始に渡って活躍した日本の象徴ともいえる
傑作機、零戦の後期生産型のミニチュアであった。
だがラジコン程度のサイズとはいえサブマシンガン並の威力がある機銃を装備し、
何やら体格のいいふさふさした体毛をもつ小さなパイロットを乗せている。
というか旧日本軍のゴーグル付きヘルメットを被ったヒグマ―――?

そこで視界は途切れ、強制的に意識を本体に戻される。
全ての偵察機が零戦の機銃によって撃ち落されたのだ。
ヒ級の艦載機は偵察から爆撃までこなす万能機体だが日本軍のエース機相手では分が悪い。
せっかくなけなしの資材で作った作品を落とされ、機嫌が悪くなるヒ級だが、
それよりも困惑の感情が勝っていた。

「アれ?零戦トいウことは友軍じゃナイでスか?ナンデ攻撃して来るノです?
 やっぱデザインが微妙テ味方と判らなかったのカシラ?」

空を飛びまわるミニチュア戦闘機を見上げながら、
あの艦載機を操っている存在は誰なのか思考を張り巡らせてた。





地点D-5。津波が引いたことで復旧した、霧のような濃い湯気が沸くだだっ広い温泉。
その湖の中央付近で、仁王立ちの姿勢のまま足の艦装をホバーさせて立ち尽くす
ツインテールの少女の元に、一機のミニチュア戦闘機が帰ってきた。
左肩に盾の様に装備した飛行甲板に下り立った高性能多用途水上偵察機「瑞雲」に
乗り込むコロポックルヒグマは少女に敬礼したのち、地上の状況を報告する。

「え?深海棲艦を見つけた、ですって?モノクマが言ってた噂の戦艦ヒ級ってヤツかしらね?」

弓道部のような恰好をした少女は少し考えた後、
不敵に笑みを浮かべながら敵がいるであろう方角を見つめる。

「もう艦載機を出してこない?ラッキーね!本来の私の任務じゃあないけど、
 ヒグマ達が安全に地上に出れるようにする為にはいずれ片づけないといけない問題だし、
 消耗している今がチャンスなのよね」

そう言いながら、背中の筒に大量に装備した、先端に戦闘機をくっ付けた矢を
手に持った弓に五本同時につがえて天に向けて構えを取った。

「アウトレンジで、決めたいわね!」

その言葉と同時に発射された矢が、空中で大量の戦闘機に変化し、山岳部へと向かっていった。


504 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/10(火) 02:31:44 LZbRJ7cs0

 ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹



――――――少し、時は遡る。


「ヴオォォォォォォォォォォ!!!!!!?」


艦娘工廠の製造プラントにけたたましい悲鳴が響き渡った。

艦これ勢が艦娘工廠を占拠、ビスマルクが解体任務に就き、
夕立提督とロッチナが突如出現した巨大な浅倉の対処に追わている最中。
工廠を占拠していたとあるヒグマ達の身に人知れず悲劇が起きていたのだ。

「大体、太平洋戦争が始まった時点で戦艦は時代遅れになっちまったのさ。
 艦むすの中でも空母娘こそ至高の存在。」
「ああ、しかし赤城提督の一派はキングヒグマに懐柔されたらしいな」
「ふん、腰抜けが。やはり一航戦なんぞにうつつを抜かしているような奴らは駄目だな」
「やっぱ瑞鶴さんが一番だよな」
「ああ、離反して夕立提督について行ったのは正解だったぜ」

第六かんこ連隊・赤城提督率いる空母萌え勢から微妙な趣向の差で派閥割れしていた五航戦萌え勢。
ロッチナやモノクマの支持をうける為工房へ集結していた総勢10彼らの元へ、数匹のヒグマが
大慌てで駆け寄ってきた。

「た、大変だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「どうした!?」
「培養容器の上で踊っていた瑞鶴提督が培養液の中へ落っこちたぞ!このままじゃ分解されちまう!」
「え!?なにやってんの?瑞鶴提督!?」
「俺が知るか!とにかくみんなで引っ張り上げるから手伝え!」


「ブオォォォォォォォォォォ!!!!!!ゴバァァァァァァ!!!!!」


五航戦萌え勢や夕立提督の仲間、計数十匹のヒグマが培養試験管の元へ駆けつけると、
中で弓道部の衣装を着て瑞鶴の顔のお面を被ったアホそうなヒグマが身体に悪そうな液体の中を
必死にもがいている姿が見えた。液にはヒグマを溶かす作用があるのか身体のあちこちから血が拭き出している。

「うわぁぁぁぁ!!こりゃひでぇ!!」
「つーか、ひょっとしてわざわざヒグマ解体しなくても使えるのこの機械?」
「まあほら、必要なのはHIGMA細胞だけみたいだし、骨とか皮とか捨てるのもったいないじゃん」
「なるほど!資源は大切にしねーとな!」
「おい!喋ってる場合じゃねーぞ!」
「そうだった!よし、みんなで上に登ってすぐ救出するぞ!!」
「おう!アレでも一応俺達の代表だしな!」
「……って、おい!こらっ押すな!押すなって!つーかなんで全員で登ってんの!?」
「お前がどけ!ひぃっ!やめろ!落ちる!落ちるって――――!!!」



「「「「「「「―――――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」」」」」」






『ピーンポーンパーンポーン』


『規定人数に達成しました。高速ミキシング開始します。』


培養装置の赤いランプが点滅し、機械の底からフードプロセッサーのような刃物が迫り出す。
超高速で回転し、液体の中へ落ちた20匹のヒグマをガリガリと削り始めた。


505 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/10(火) 02:32:11 LZbRJ7cs0


そして、龍田達の活躍により示現エンジンが落ち、工廠の機能が止まる直前。
緑のランプの点灯と共に煙を吹き出しながら培養試験管の蓋が開き、中から
空母のカタパルトを模した盾を装備し、碧髪をツインテールに結んだ弓道少女が出現する。

もの凄い偶然と強運で新たに誕生した艦むすの名は―――。

「翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴です。幸運の空母と呼ばれていたわ。
 ……あれ、真っ暗?っていうか、ヒグマ提督は何処かしら?誰も居ないの?」

夜間迷彩の改使用の和装に身を包んだ瑞鶴はブレーカーが落ちた工廠の中をキョロキョロと見渡す。

「―――Feuer!Feuer!HAHAHAHAHHA!!!!」

なにやら聞き覚えのある叫び声が遠くから聞こえてくる。
同盟国ドイツの艦むすビスマルクだろうか?
まるで憑りつかれたかのように火器を乱射しており、熱中しすぎて一連の事態にも全く気付いていないらしい。


「うぷぷっ。面白そうだから監視カメラの映像を途中からカットしてたんだけど、本当に出来上がっちゃったよ!
 ロッチナはもう艦むすは要らないとか言ってた気がするんだけどなー。
 ま、いっか、あの馬鹿共よりかはよっぽど使えそうだしぃ。本人達も大好きな艦むすに
 なれたからきっと幸せだったんだよ、うん」

奥の通路から、懐中電灯を照らしながら左右を白と黒の塗装にカラーリングした機械の熊が歩いてきた。

「……誰?」
「早速お仕事だよん!瑞鶴提督の生まれ変わり=サン。戦闘機は狭い地下じゃ使えないから担当は地上かな?」

先ほどビスマルクが解体したヒグマから造り出したと思われる
艦載機の束を背負ったモノクマは、幸運の空母に敬礼をした。



 ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹




「……マあ素敵。あれだけの数の零戦が残っていればマダまだ米国と戦エたでシょうに。
 デモなんで私を狙っているのカシラ?」

空中を四方に八方に散りながらこちらに向かってくる海軍製爆撃機を戦艦ヒ級は
首を傾げつつも目を輝かせながら見守っていた


アウトレンジ戦法。


瑞鶴が好んで実行する日本海軍艦載機特有の米軍艦載機より長い航続時間・長い航続距離を生かして、
相手の攻撃を受けずに戦う戦法である。長距離・長時間飛行による攻撃は搭乗員に
過大な負担を強いる為、正攻法で米艦隊と殴り合っても到底まともな攻撃は出来ないだろうと
考えられた故の苦肉の策であったが、現在の搭乗員は資材になった際、一匹につき
20匹に分割されてコロポックルと化したヒグマなので特にスタミナは問題ない。

「困りマしたね。コう分散されテは相手の位置が分かリまセん。ドうにか誤解を解かナいと……」
「……グルルルッ……!!」

周囲を取り囲んだ爆撃機が、ヒ級に向かって次々と爆弾を投下していく。

高速艦爆「彗星」80機による急降下爆撃。

大和型の耐久力は想像を絶するものがあるが、最終的には米軍艦載機386機の
左舷へ集中した波状攻撃を受けて撃沈してしまったのだ。
主砲ヒグマや副砲ヒグマが機銃で応戦するも、流石に防ぎきれず、
艦むす・大和の姿をした人間部分の盾になるような挙動をするために
次々と爆弾が直撃していく。せっかく再生した艦砲も破壊され反撃もままならない窮地に陥ってしまった。

「……ヤハり大和の国の戦闘機は素晴らシいデスね。早く隠れナいと」

首を蛇のように伸ばし、筋繊維が露出し骨が見えても自らを盾にして防御してくれる
副砲ヒグマ達のおかげで未だに少女部分が無傷なヒ級は、山を下りて爆弾を当てにくそうな森の中へ
逃げようと足を急ぐ。その彼女を追いかけるように10機の戦闘機がこちらに向かってきた。

「……アら?今まデ射程外カら降りて来ナかったのに?……機銃が壊れたからカシラ?」

副砲ヒグマはドッグファイトを仕掛けようとする戦闘機に今までの鬱憤を晴らそうと
噛み付き攻撃を仕掛けようとする。だがモーションの大きい動きは小回りの聞く戦闘機には
通用せず迂回されて回避されてしまう。


506 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/10(火) 02:32:31 LZbRJ7cs0
「……ヤってしマいましたね。でもドウスルノですかゼロ戦さん。このままじゃぶつかりますヨ?」

そこまで言って、ヒ級は何かを思い出す。
こちらに向かってくるのは爆撃機ではなく零戦の最終型、零式艦戦62型、通称「爆戦」。
玉砕以外の戦局が存在しなかった終戦間際にこの戦闘機が行っていた戦法は―――。

「……神、風……!?」

そう、彼らの多くは20分割されたとはいえ元五航戦萌え勢。瑞鶴の為なら命を散らすのも惜しくはない。
脅威の飛行テクニックで全ての副砲ヒグマをすり抜けた爆戦は、ヒ級の顔面へと吸い込まれていった。


―――その時。



 ㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹



帰還した艦載機を背中の弓筒に仕舞いながら瑞鶴は渋い顔をする。

「戦艦ヒ級が消えた?テレポートでもしたっていうの?」

結果的に撃墜された艦載機は一つもなく、全員が生還したのである。
一応彼女の名誉の為に言っておくが、彼女の艦載機はヒ級の様に視界リンクが出来るわけでは無い為
偵察機が帰ってくるまで戦闘状況を知ることは出来ないし、こちらからもかなり大雑把な指示しか出せない。
戦闘の大部分はコロポックルヒグマの自己判断まかせであり、特攻のこも彼女は知らないのだった。
とりあえず犠牲が出なかったのは少し嬉しく、やはり幸運だったと言えるが、
あの怪物相手に金星を挙げるチャンスを逃したのは腑に落ちない。
モノクマとかいうヒグマ提督の仲間で自分の上官らしい熊からの指示に
従って地上へ出た彼女であるが、正直任務自体より戦いによって
生前の最期のトラウマを払拭したいという気持ちが大きかった。
全く被弾しない幸運の空母として零戦と共に終始に渡って戦い抜いた彼女であったが、
最後の任務はレイテに集結した米軍の航空部隊を釣り上げるためのエサとして
艦載機も乗せられずに米軍機の爆撃によって撃墜させられたのである。
スカートのポケットに入れた、モノクマに渡された瑞鶴提督とかいう自分が造られる
きっかけになったマヌケなヒグマの生前の写真をみて、少し呆れながら微笑んだ。

「ま、雪辱を晴らすチャンスを与えてくれたのは感謝してるわ。


今地下で暴れているヒグマ達はいずれこの島を出て東京の秋葉原まで旅立つと言われている。
ヒグマ提督の捜索以外にも、彼らの為の梅雨払いも彼女の主な仕事なのだ。

「……ん?」

ヒ級が居た方角以外にも周囲の様子を見る為に飛ばしていた偵察機に一つが彼女の元へ
帰還する。その艦載機からの報告は、本命を見つけたとの内容であった。

「ヒグマ提督を発見した?市街地で?艦むすと参加者を多数引き連れている?」

偵察機を戻し、とりあえず飛ばしていた全ての艦載機を収納した状態になった瑞鶴は考える。
申し訳程度に対空砲はついているものの、空母である自分自身に戦闘力はない。
艦載機を一旦引っ込めたのは、偵察機が戻る方向で自分の居場所を特定されないように
するためでもある。空母は常に相手のアウトレンジから一方的に攻撃するのがセオリー。
接近戦は危険である。護衛も居ない現状、余り近づきたくはないのだが。

「ま、ここに居ても危ないか。逃がしたヒ級がいつ復活するか分かんないし。
 で、提督を連れて帰って一旦作戦を練り直しましょう、うん。」

そう言いながら、ヒグマ提督が居るらしい方向へと温泉をホバーで移動していった。


507 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/10(火) 02:32:51 LZbRJ7cs0
【D-5 温泉/午後】

【瑞鶴改@艦隊これくしょん】
状態:疲労(小)、幸運の空母
装備:夜間迷彩塗装、12cm30連装噴進砲
   コロポックルヒグマ&艦載機(彗星、彩雲、零式艦戦52型、他多数)×200 
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出して保護し、帝国へ連れ帰る
0:偵察機を放って島内を観測し、ヒグマ提督を見つける
1:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な戦艦ヒ級をアウトレンジから始末する
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機200体を装備しています。
 矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。



「クスクス……助けて頂いテどうも有難ウ、メロン熊サン。あなたはとってもイイヒトですね」
「別に礼は要らないわよ。アンタからは悪い男に騙されてる女の臭いがしたからほっとけなかっただけだし」

山の中を移動している際、偶然襲われているヒ級を見つけたメロン熊は
何を思ったか気まぐれで彼女を救出し、テレポートで見覚えのある喫茶店の中に移動してきたのである。

「……クスクス。あら?提督の事かしラ?彼は素晴らしい方デスヨ?」
「あー、そんな気がしたけどアンタやっぱりアイツの関係者な訳?」

「……提督を知っているのデスか?……おや、いい匂いが地面から漂ってきてますね……」

そう言いながら、ボロボロのヒ級はまだ新しく土を掛けたばかりと思われる地面を掘り出す。
提督は気になるがまずは傷の修復が先だ。そして、掘り出した見覚えのある首と人間の胴体を見つめて呟いた。

「……ああ、金剛サン。あなたは提督を守って死んだのデスか……?」
「……ふんっ」

脳が無くなっている金剛の生首に語りかけるヒ級を、やや目を逸らしながらメロン熊は眺めている。

「大丈夫です、金剛サン。貴方の分まで提督は私が愛してあげます。クスクスクス……」

そう言いながらヒ級は沢山の口を使って金剛の死体を勢いよく捕食し始めた。
ヒ級の艦砲がすこしずつ治って行く。艦むすとはいえ人間一人ぶんのカロリーでは
やはり栄養不足であり再び艦載機を作れるようになるにはまだ時間がかかるだろう。

「……え?」

ヒ級の身体にうっすらと纏っていたオーラが徐々に黄色から青に変わっていく。
羆謹製艦むすを作り上げるのに必要な艦むすは最低20匹。
戦艦はそれより大目に必要になり30〜40匹。

―――つまり、戦艦ヒ級は現在、カロリー以外に最大でヒグマ40匹分のHIGUMA細胞を摂取しているということだ。


508 : リメンバー・パールハーバー ◆Dme3n.ES16 :2015/03/10(火) 02:33:38 LZbRJ7cs0

【D-6 とあるビルの中の小さな喫茶店/午後】

【戦艦ヒ級flagship改@深海棲艦】
状態:精神錯乱、大破(修復中)、副砲大破(修復中)
装備:主砲ヒグマ(24inch連装砲、波動砲)×1
副砲ヒグマ(16inch連装砲、3/4inch機関砲、22inch魚雷後期型)×4
偵察機、観測機、艦戦、艦爆、艦攻、爆雷投射機、水中探信儀、培養試験管
道具:金剛の食いかけの死体
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:偵察機を放って島内を観測する
1:ヒグマ提督の敵を殲滅する
2:ヒグマ提督が悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、それを奪還してみせる。
3:あの男の人は、イイヒトだった。大和の友達です。
4:私を助けてくれたメロン熊さんはイイヒト。大和の友達です。
5:提督を捜し出したら彼の素晴らしさを見せつけてメロン熊さんの誤解を解いてあげましょう。
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました
※金剛の死体を捕食したことでヒグマ30〜40匹分のHIGUMA細胞を摂取しました
※その影響でflagship→flagship改に進化しました

【メロン熊@穴持たず】
状態:愚鈍なオスに対しての苛立ち、左大腿にこむら返りの名残り
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる演技を続ける
0:やっぱりあのヒグマは最低のカスだった。
1:敵と呼ぶのも烏滸がましい。
2:くまモンが相変わらず、立派過ぎるゆるキャラとして振る舞っていて感動するわ、泣きたいくらいにね。
3:今度くまモンと会った時は、ゆるキャラ失格な分、正しく『悪役』として、彼らの礎になるわ……。
4:なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
5:目を覚まして大和さん!
[備考]
※鷹取迅に開発されたメスとしての悦びは、オスに対しての苛立ちで霧散しました。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」「ヒグマ細胞破壊プログラム」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。


509 : 名無しさん :2015/03/10(火) 02:35:04 LZbRJ7cs0
終了です


510 : ◆Dme3n.ES16 :2015/03/10(火) 12:54:12 MqjD9/.k0
諸事情より以下の二点を変更します。何度もすみません

・多目的水上偵察機「瑞雲」→艦上偵察機「彩雲」
・瑞鶴改→瑞鶴改二


511 : 名無しさん :2015/03/12(木) 02:34:01 j9xIWQew0
アニメの提督もヒグマ提督と大差無いことが判明した今日この頃


512 : 名無しさん :2015/03/12(木) 07:58:58 wMhU.FeEO
あの提督はヒグマだった……?


513 : 名無しさん :2015/03/13(金) 01:21:41 Mn0NxXho0
なるほど、そりゃ画面に写せないわけである


514 : 名無しさん :2015/03/13(金) 02:01:17 rqP4.vF.0
行方不明でも誰も気にしていない→生命力が人間の比ではないので心配する必要が無い
基本思いつきで指示を出す無能&アホ→ヒグマじゃ仕方がない
吹雪と結婚するのが目的→野生の本能


515 : ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:20:18 GOKD7TY60
なんでヒグマはアホって風潮になってるんですかね……?

とにかく修正乙です。
ビスマルクは素手でヒグマの肉を千切っていたと思うんですが、いつのまにか火砲を使うようになっていたんですか。それはそれで理由が考えられるので面白いですね。

遅れましたが、美琴さんの支援絵も乙です。
投下の直接支援ということでありがたかったです。かわいいデザインですねぇ。
美琴がにやけたのも頷けます。
長袖の衣服ということで着込んだので、恐らく、作中で実際に着ている時は下にもう一枚ありますね。
たぶん夏冬兼用できるように布束さんがデザインしたんでしょう。有能すぎですな……。

それにしてもなんでヒグマがアホになってるんでしょう。
アホなヒグマしかクローズアップされないからなんでしょうか。
アホなのはヒグマだけじゃない感ありますし、そうなるとアホとまともは一体どこで線引きされるのかって話になっちゃいますけど……。

とにかく私は予約分を投下します。
ようやく決着です。お待たせいたしました。


516 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:21:50 GOKD7TY60
【呉式二号三型改一射出機】
種別:カタパルト
装備ステータス:搭載機体により変化
 艦艇上から滑走路を使わずに、航空機を高速で射出するためのカタパルトです。
 『呉式二号型』は前身の『呉式一号型』に比べて連続射出能力が大きく向上しています。
 1930年の開発当時から逐次、戦艦・巡洋艦などに搭載され、第二次世界大戦時には標準装備となっていました。
 那珂ちゃんには1941年の改造時から搭載されました。
 彼女の場合、わずか17機しか生産されなかった小型飛行艇の一機である『九八式水上偵察機』を載せており、センターをこなした数々の公演ではもちろん、地方巡業でも活躍していました。


    〔VHF:75.0MHz(那珂)〕


 那珂ちゃんは、息を飲んでいた。
 高級技官が奏でるその音楽と、軽やかに踏むそのステップに、である。

 御坂美琴が起動させた『天網雅楽(スカイセンサー)』という『武装』が張り巡らせるのは、緻密に展開された電波の網であった。
 電探を装備していないためにその詳細は聞こえずとも、艦娘である那珂ちゃんには、彼女が何をしているのかだけははっきりとわかる。

 御坂美琴は空中に超高精度の電波探知網を張っているのだ。
 敵艦の弾道を悉く予測し回避してのける的確な操舵。
 その直前にも見せた無音かつ正確な射撃といい、彼女の見せている戦闘技術は、那珂ちゃんの見知った歴戦の将官に比肩して余りあるものだった。

 クマーは、襲撃者の爪で顔面を割られ、腹部を裂かれ喉を抉られ、もはや動けない。
 くまモンは彼を抱え起こし、美琴の方へと向かっている。
 帝国のヒグマであるクックロビンを軽くあしらったこの二頭が太刀打ちできなかった相手に、御坂美琴はある種の余裕すら持って対応している。

 そしてなお那珂ちゃんの心に響くのは、この襲撃者に相対しても、彼女が優美さを失っていないことだった。
 決して他人に見せるために踏んでいるステップではないのに、それが理に叶った動作であるために、美琴の歩法はそのゴシックロリータの衣装と合わせ、さながらアイドルステージのダンスである。

 勝てる。
 間違いなく勝つ。
 那珂ちゃんはそう確信した。

 襲撃者の少女は、那珂ちゃんたち艦娘よりもはるかに高性能の機械で構成された、一切の感情を感じさせないロボットか何かのようであった。
 美琴の姿はさながら、遙かに高性能の機関を有していた諸外国に、人間の性能で立ち向かっていたかつての那珂ちゃんたちであった。


「……アンタの『リズム』は良く聞こえる。正真正銘のロボット――。
 それならもう、遠慮しないわ――」


 そしてまた彼女の姿は、混戦の渦中にあっても高潔さを失わない、あるべき『アイドル』でもあった。


「相田……、マナちゃん……!?」


 その時背後で、シャワールームへの扉が開いていた。
 一人の少女が、お風呂上がりの肌から湯気を立ち上らせて、そこに走り出てきていた。

「――うっひぇえ!?」

 那珂ちゃんの脇から、クックロビンが素っ頓狂な声を上げて放送室の中に引っ込む。
 少女は、手に小さな電話機のようなものを握りこんでいるだけで、その体に一切の着衣を身につけていなかった。
 湯上がりのピンク色の髪の毛を険しい表情に張り付かせて周りを見回していた彼女は、そこに那珂ちゃんの姿を認め、笑みを綻ばせる。


「――良かった! 那珂ちゃんも起きたんだね!」


 そこで、彼女の正体に那珂ちゃんも気づく。
 バーサーカーとの戦闘から、那珂ちゃんを助け出してくれた少女の一人だった。
 彼女は、顔を覆うクックロビンには全く頓着せず、その一糸纏わぬ姿のまま、放送室のドアの陰に隠れる那珂ちゃんへ悠然と歩み寄る。

 そしてその指先から青紫色の宝石のついた指輪を外して、彼女はそれを那珂ちゃんに手渡していた。


517 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:22:22 GOKD7TY60

「那珂ちゃん。キリカちゃんの魂を、ちょっとの間預かってて。
 私はマナちゃんの心を、取り戻してくるから!」
「心を、取り戻す……!?」


 右手の中指に指輪をはめられながら、那珂ちゃんは遠くの戦闘現場と、目の前の少女を交互に見て混乱した。
 魂。
 心。
 一体この少女が何を言っているのか、那珂ちゃんにはさっぱり掴めない。

(のぞみ! 何する気なんだよ! やめてくれよ、あの女が勝つって!!)
「……ううん」

 その時、はめられた指輪から直接、頭に悲痛な叫び声が響いてくる。
 のぞみ。と呼ばれた目の前の少女は、その声が聞こえているかのように、鋭く首を振った。
 泣いているような脳裏の声ーーキリカというらしい少女の声も、那珂ちゃんは聞き知っていた。


「――フぅゥ――、――らァッ!!」


 その瞬間、遠方で回避に徹していた御坂美琴が、ついに攻撃に転じていた。
 電気を帯びた肘、肩、頭部を真っ向から襲撃者にぶつけ、彼女は見事それを吹き飛ばし、地に伏させる。


(……ほ、ほら。私の、言った通り、だろ……? だから、なぁ、のぞみ……)
「……マナちゃんは、あんな攻撃じゃ倒れないよ」


 一仕事を終えたように息をつく美琴の様子に、宝石からの声はそう呟いていた。
 だが、のぞみという少女は確信に満ちた低い声で言い切り、素足のまま、瓦礫のステージへ歩んでゆく。
 そして彼女は、花のような笑顔で振り向いた。
 那珂ちゃんにも、キリカにも、ともに向けられているような笑顔だった。


「……それに、私もね!」


 のぞみが、その手の楽器を打ち鳴らす。
 ピ、ピ、ピ。
 と爪弾かれる、発振音の正弦波。
 電話機の先から呼び出されるのは、彼女の舞台衣装だ。


「プリキュア! メタモルフォーゼ!」


 蝶のような光に包まれ、顕現するのぞみのその姿。
 華やかなピンクのドレスに、艶やかに伸びた彼女の髪。
 一瞬にして転身した彼女の、細く、逞しい背中が、那珂ちゃんにはとても大きく見えた。

 その視線の先でのぞみが見据える襲撃者も、確かにまた、地に起きあがっていた。


    〔THz:3510GHz(御坂美琴)〕


 ――『人間』だけでも、『機械』だけでも、有り得ない。

 襲撃者の少女の正体をその時、御坂美琴ははっきりと理解してしまっていた。

 ――この少女は、ロボットや何かではない。
 間違いなく、相田マナさんなのだ。
 それが、事件の黒幕に捕らえられ、機械を埋め込まれ、肉体を改造され、操られた末の姿。
 先程、隠密状態からの『超旋磁砲』を彼女が回避できたのは、決して美琴が物音を立てたからではない。
 『殺気を読む』というふざけたことができたからだ。
 プリキュアという何かの力が活かされているのかどうなのか知らないが、彼女自身の戦闘技能と、機械の耐久・機動力が、遺憾なく合わさった姿が、これなのだろう。

 人間部分を破壊するような攻撃は機械部分に緩衝され、機械部分を破壊するような攻撃は、何らかの機構で即座に修復される。

 ――その『何らかの機構』とは何か。

 彼女から骨の矢が放たれた時、美琴はおぼろげながら、そしてくまモンははっきりと、その修復機構の正体まで掴めていた。
 クマーが『俺みたいだ』と評したその機構。


 ――HIGUMA細胞だ。


 美琴の左手と肩を破壊した骨の矢は、合金の筒の内部に骨髄が詰まり、外部に緻密骨が覆う、生体と無機物が合一した構造になっていた。
 心臓ないし肉体の深部を捉えるまで方向転換し続ける骨髄と、血液の養分を捉え自動的に骨棘を生成して内部破壊する骨細胞は、間違いなく選択的にプログラムされたHIGUMA細胞の為す業だろう。

 彼女の体内を操作する電子回路は、美琴の『山爬美振弾』で確かにショートした。
 だがその際に融け落ちたのは、熱伝導率の高い回路配線を覆う皮膜のみに留まる。
 そのショートした皮膜を再び増殖したHIGUMA細胞が覆ってしまえば、彼女のダメージは跡形もなくリペアされてしまう。


 生体部分と、機械部分を、全く同時に破壊しない限り、この襲撃者を止めることはできない――。


 それが、ここまでの状況から導き出される結論であった。


 ――その手段は、ある。


 美琴ははっきりとそう考える。


518 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:23:38 GOKD7TY60

 クマーのアンテナと自分が作り出す、『もう1つの武装』ならば、彼女を止められる――。

 そう確信した。
 だがそれは同時に、『相田マナ』である彼女を正気に戻すことなく、完全に殺害してしまうことを意味する。

 そしてまた、美琴にはもはや、その『武装』を起動するだけの時間が残されていなかった。


 美琴が瞬きをした時には既に、相田マナの手刀が、空中から彼女の上に振り降ろされていた。


    〔MF:0.33MHz(夢原のぞみ)〕


 くまモンがクマーを放り出して走り出していた。
 クックロビンが放送室からドアの陰に這い出ていた。
 その隣で、那珂ちゃんが息を飲んでいた。
 美琴には、その全ての動きが、『天網雅楽(スカイセンサー)』の電波に乗って聞き取れている。
 それはトリバネアゲハのように疾り来る、一陣の旋律についても同様だった。

 美琴の目前に相田マナの爪が迫った瞬間、彼女の手首に一本の手が絡む。


「――はぁっ!!」


 瞬息の間に美琴の真横まで飛来してきた少女が、ボディースーツの黒い手首を捻り上げ、相田マナの体を腕一本で放り投げていた。
 美琴はその少女の姿を確認し、激しい痛みで地面に縫い止められながらも声を絞る。


「ゆ、夢原さん……!」
「……大いなる希望の力! キュアドリーム!!」


 少女は名乗りと共に、衣装を振り立たせて身構えた。
 夢原のぞみであって、夢原のぞみでない少女、キュアドリーム。
 相田マナの変ずるキュアハートと同じプリキュアの少女は、同輩の変わり果てた姿に唇を噛む。


「……マナちゃん!! こんなことしちゃダメだよ!! 目を覚まして!!」


 キュアドリームが叫んだと同時に、放り投げられた先で相田マナが口を開いていた。
 次の瞬間、御坂美琴とキュアドリームのいた地面をピンク色の閃光が抉る。

 キュアドリームは、矢の突き刺さったままの美琴を抱え上げ、宙に飛び上がっていた。


「夢原さん、相田さんを、止められるの……ッ!? 殺さず!?」
「わからない。でも、止めてみせる!!」


 宙に浮かぶ彼女たちに、地上から相田マナが跳びかかる。
 襲い来る相田マナから逃がすように、キュアドリームは美琴をくまモンの元に放り投げた。
 走り寄っていたくまモンは、後方に転がりながら美琴を受け止めて、彼女の傷への衝撃をいなす。
 ほとんど同時に、宙返りした相田マナの脚が、キュアドリームの正中線へ振り上がっていた。

「くっ――」

 後ろへ身を反らす。
 相田マナの爪先は剃刀のように、風を切り裂いてキュアドリームの顎先を掠め通った。
 喰らえばプリキュアの肉体すら容易に引きちぎられていただろう蹴り上げだった。

 でもこれで、マナちゃんにも隙が――!

 晒される相田マナの背中にキュアドリームが攻めかかろうとした、その次の瞬間であった。
 振り上がった彼女の両脚が、即座にキュアドリームの首筋に向けて振り降ろされていた。

「え――」

 余りにアクロバティックに過ぎるその動きに、夢原のぞみの反応は遅れた。
 そのとき既に、彼女の首には相田マナの両足首が絡み、その股下に向けて相田マナの背筋が反り返っていた。
 キュアドリームの頭部に急速に加速度がかかる。


 ――フランケンシュタイナー。


 上空から二人分の体重が、夢原のぞみの細い首一本に、捻りを伴って叩き落とされてくる。
 落下した大地が、ピンク色の閃光を上げて陥没した。

「ぐっ、くぅーー〜〜!?」

 その衝撃に弾き飛ばされるように、相田マナと夢原のぞみは地を跳ねて左右に別れる。


 ――プリキュア・ドリームアタック。


 キュアドリームは着地の寸前に、地に向けて自身の必殺技を放つことで相田マナの投げを緩衝していた。
 極められていた首筋が痛む。
 そのまま抵抗できずに地面へ叩きつけられていたなら、のぞみの首はへし折れていただろう。

 何の感情も見せぬ虚ろな眼差しのまま、相田マナはふらつくキュアドリームに再び襲いかかる。
 篠竹を突くような手刀の雨を必死に払いながら、夢原のぞみは苦々しい記憶に奥歯を噛みしめた。


519 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:24:07 GOKD7TY60

「――マナちゃんの心は、なくなってないはずでしょ!? お願い!! 戻って来て!!」


 のぞみの叫びに返事はない。


 ――心を、取り戻す。
 のぞみはかつて、そんな行為をある少女に試み、そして成功させたことがあった。
 のぞみはかつて、そんな行為をある少年に試み、そして成功させたことがあった。
 だからきっと今回も、操られているのだろう相田マナを正気に戻し、友達とすることができる。と、そう考えていた。

 ダークドリーム――。
 それが、夢原のぞみが改心させた友の名。
 そしてそれは、夢原のぞみ自身をオリジナルとして敵にコピーされた、人造の少女の名だった。
 彼女たちと敵味方として戦いながら、のぞみは彼女へ必死に声をかけ続けた。
 そして彼女と打ち合う会話と拳の応酬の末に、のぞみはダークドリームの心中に去来する寂しさや友情の感情を呼び覚まさせ、その心を改めさせていた。

 そしてまた、小々田コージ――。
 夢原のぞみの相棒であり、恋人と言っても過言ではない彼もまた、彼女は改心させていた。
 必死に呼び続け、彼の思いを信じ続け、そして自身の口づけで、操られていた彼の心を取り戻させていた。

 だがこの相田マナは、その時の彼女とは明らかに違う。
 その迷いのない戦闘行動は、一切の感情もない殺戮機械のそれだ。
 先だって戦った狂戦士・ランスロットですら、その挙動には明らかな悲哀が感じられたというのに、だ。


 果たして、自分の声が届くのか――。
 その確証がとれないのぞみが今一度苦々しく思いを噛むのは、自分の持つ必殺技の性質についてだ。


 ――プリキュア5が持つ技は、後進のプリキュアたちと違い、その全てが『物理攻撃技』だ。


 相田マナが変身するキュアハートなどを初めとして、のぞみたちの後を追うように存在が明らかになったプリキュアたちは、ほとんどが『浄化技』とされる性質の必殺技を有していた。
 キュアハートを例にするならば、彼女の技は全て、相手のプシュケーと呼ばれる精神の核を浄化し、あるべき姿に還すための技である。

 いかにマイスイートハートが極大口径のビームで敵を消し飛ばしているように見えても。
 いかにプリキュアハートシュートが敵をハート型の高濃度エネルギー弾で射殺しているように見えても。
 いかにハートダイナマイトが敵をハート型の巨大引力で圧縮し、まとめて爆殺しているように見えても。
 それは単にプシュケーを浄化しているだけで、本来なんの殺傷力も持ってはいない技のはずなのだ。


 だが、キュアドリームたちの場合、この状況は大きく異なる。
 彼女が有する技の性質は、相対してきた敵の特性もあってか、その全てが物理的な破壊力で行使されるものだ。
 言葉に依らぬ相手の『浄化』という行為は、のぞみにとって恐ろしく不慣れなものだった。


 ――でもきっと、絶対、マナちゃんの心はどこかに残っているはず! それを、呼び覚ます!!


 自身の技を、『浄化技』へと、この場で昇華させて見せる――。
 それが出来れば、上書きされ、塗り潰された相田マナの心を、取り戻せるかも知れない。
 それが、キュアドリームがのぞみを託す賭けだった。


 突き出される手刀を左手で掴む。
 空いた右手を、渾身の力で突き出した。
 思い描く技のイメージは、一つ。
 燐光を帯びた掌を、その胸に添わせるように――。


「『プリキュア』――」


 だがその掌底には、相田マナの左の手刀が合わせられていた。
 その爪は、のぞみの手に真っ向から突き刺さった。
 掌の骨が、砕けた。


「〜〜ッ!?」


 純粋な力で、打ち負けた――。
 そう理解した瞬間、のぞみの右手が逆に、貫通した相田マナの手に掴まれていた。
 そして、その口が開く。


「――離れて夢原さん!!」


 美琴の叫びが聞こえた。
 あのビームが放たれる――。
 そうのぞみも察知した。
 だが、掴まれた右手は、振りほどけなかった。


 次の瞬間、相田マナの口腔から放たれる血の色のピンクに、のぞみの視界は埋まった。
 真っ直ぐに伸びた閃光は、遥か先の1stステージのスコアボードにまで届き、衝撃に轟音を響かせていた。


    〔VHF:75.0MHz(那珂)〕


520 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:24:20 GOKD7TY60

「――キリカさん!! お願い、那珂ちゃんに力を貸して!!」

 『城』の陰で、那珂ちゃんが叫んでいた。
 変身して飛び去ったのぞみに、クックロビンが覆っていた顔をようやく放した時だった。

 そのクックロビンにさえ、那珂ちゃんの言葉で、中指に嵌められた指輪が明らかに狼狽しているように見受けられた。


「高級技官殿も、のぞみさんも、あんなに頑張ってるんだよ!? この那珂ちゃんたちが舞台に立たないでどうするの!?」
(……さっきから何を言ってるんだいキミは……! あのロボット女と、戦う気かッ!?)


 那珂ちゃんの言葉の勢いに、思わずソウルジェムだけのキリカもテレパシーを返してしまっていた。
 彼女たちの視線の先では、立ち上がった相田マナが骨の矢を放ち、御坂美琴が倒されている。
 キリカは自分の予想が覆されたことで、心中臍を噛んでいた。
 そしてまさに今、すんでのタイミングで間に合った夢原のぞみが、相田マナを弾き飛ばしている。

 それにしたって、のぞみがこのまま勝つのではないか――。
 操られたのぞみの知り合いだったとしても、彼女なら元に戻せるのではないか――。
 と、キリカにはその時そう思えた。
 だが、何度も外れた自分の予想は、もはやキリカには信じることができなかった。

 那珂ちゃんはキリカとクックロビンに向けて、首を横に振る。


「ううん……。違う。那珂ちゃんたちの歌を、聞いてもらう! ダンスを見てもらう!
 みんなの声が届くような『お膳立て』は、那珂ちゃんみたいな新米の役割だよ!!」
(――!?)
「お願い。那珂ちゃんは何でもする! キリカさん、あの時みたいに、私の体を操舵して!!
 あの子を夢中にできるようなステップを、教えて――!!」


 その真っ直ぐな言葉に、キリカの心は震えた。
 『アイドル』の歌を聞かせるために自分が必要だと思っていた仕事を、那珂ちゃんは、自ら進んで行おうとしていた。

 クックロビンには、『何でもする』とか『操舵』とか『夢中』とかいう言葉が、那珂ちゃんがアイドルであるという点も含めてアレな意味にしか聞こえなかったが、流石に彼女の真剣な表情からそれはないと思い至る。


(……今、何でもする、って言ったよな?)
「……うん」


 眼を閉じた那珂ちゃんの脳裏に、しら、と歯を覗かせる、少女の横顔がよぎっていた。


「……いいんだな? 覚悟してろよ?」


 その少女の低く鋭い声は、那珂ちゃん自身の口から発せられていた。


    〔MF:90kHz(呉キリカ)〕


521 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:24:55 GOKD7TY60

 目の前には、『執務室』と書かれた扉がある。
 以前に一度、通ったことのある扉だった。

 廊下に立ち尽くす私の背後を、二頭身にデフォルメされた様々な姿の少女たちが、私に会釈しながら何人もあくせくと通り過ぎてゆく。
 妖精さん。とでも呼べばいいのか。
 今の私からすると、彼女たちの身長はちびとはとても言えないほど大きめなので、そのつぶらな顔面の圧迫感は半端ではない。

 特に正面に猫を吊るしたセーラー服の妖精さんが、無言のドヤ顔のままに私の背中を押してくるので、いい加減逡巡するのはやめて中に入ることにした。


「おはようございます! ありがとうキリカさん! 来てくれたんだね!!」
「……相変わらずすごい内装だね。キミの精神構造は」


 執務室に入ると、そこはコンサートホールだった。
 舞台袖の出入り口になっていたドアを閉めれば、そのステージの上で待っていた、例の那珂という女が私に駆け寄ってくる。


 ここは、彼女の精神の中。
 魂の中と言っても良いかも知れない。
 私たち魔法少女からすれば、恐らく魔女化した時に結界として顕現するのがこの空間だ。

 外から見るより圧倒的に巨大なコンサートホールと、その外部を覆う軍艦と乗務員という、あまりにかけ離れたもの同士が融合した歪な空間。
 それがこの、那珂という女が形成する結界だ。
 果たして私が自分の結界を見ることができたら、私の方こそどれほど歪んでいるかわかったものではないけど。
 たぶんここは、私が魂だけの存在となり、そして同時に、元からこの女の肉体と魂の係留が弱く、さらにこの女が魂への侵入を許諾したからこそ来訪できた空間だ。


「改めまして! 第4水雷戦隊のセンターも務めた、艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
 あの時は、気絶した那珂ちゃんを操舵してくれてありがとー! キリカさん、よろしくお願いしまーす!!」
「声が大きいよ! そんな感謝することじゃないだろあれは!」

 那珂は満面の笑みで私の手を取り、千切れそうな勢いで握手してくる。
 調子が狂う。
 私はこいつの体内に無断で侵入し、いいように操っただけだ。
 頭も踏みつけたし。
 織莉子との愛の前には些末なことだが、何にしても当の那珂から感謝される謂れはない。
 だがこいつはぶんぶんと首を横に振る。


「キリカさんは、あの人の気を惹くために、一緒に演舞してくれたんでしょ!?
 那珂ちゃんだけの実力不足は痛感したもん! キリカさんにまた教えてもらいたいの!!」
「……あのバーサーカーねぇ……」


 今はがらんどうの観客席には、つい数十分前かそこらまでは、私の体をズタズタのサイコロステーキにしやがったあの狂戦士が着座していたはずだ。
 私とほぼ入れ替わりに那珂の中から出ていったそいつの気配は、当たり前ながら何も残っていない。
 その真剣な自省を聞くに、この那珂という女は遅まきながら、ようやく私の指摘を受け入れていたという訳だ。

 私は那珂の手を振りほどき、静かに、あの時の問いを繰り返す。
 この女の覚悟は、一体如何なるものなのかと。


「……『ハートの視線』じゃなくて、『ハードな死線』しか、見つめてくれるものなんてないぞ?
 それでもキミはまた、歌って、踊るつもりか?」

 那珂は即答した。

「うん!! 見つめてくれる限り、夢中にさせるのが、アイドルだから!!」
「ふっ……」


 バカだ。
 やっぱりこの女は、どうしようもない歌バカだ。
 襲われて、死にかけて、操られて、それでも路線変更しないなんて。
 どんだけ愚かで、素敵なバカなんだ。
 どうしようもない内気バカで、路線変更し続ける愚かな私とは、正反対だよ。ほんと。

 笑っちゃうね。

 こんな環境下で私の口に笑みを浮ばせるなんて、本当にすごい才能だ。
 のぞみとは比べ物にならない方角で、同レベルに天才だよ。
 ……脱帽だ。

 背水の陣っていうのかなんというか。
 そりゃ心が船なら世界は大海だ。
 立身の重心はその見据える帆にのみあるわけだ。

 愛のために邁進してきた私の知らない進み方が、こんなヒグマの島のあちこちで示されるなんて。
 のぞみにしろ。
 布束にしろ。
 那珂にしろ。

 私ももっと、視野を水平線に広げろって、そういうことなのかい、のぞみ?
 私は織莉子のことなら喜んで勉強するんだけど。
 この迂回路も織莉子のためだと、そう思えってわけかい?

 まぁいいさ。たまには。
 愛のためなら。
 私個人のつまらん観念なんか、ささいだ。


522 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:25:45 GOKD7TY60

 意を決して手を、差し出した。
 真剣な彼女の眼差しに笑いを落として。
 私は低い声音でねめ上げる。


「……私は、くれ。呉キリカだ。……私の指導は、ちょっとばかし厳しいからな」
「呉!?」


 釈然としないプライドの残滓をすり潰した私の声の上に、いきなり明るくなった那珂の叫びが重なった。
 両手を取られて、一気に引き寄せられる。


「そうかぁ! キリカさんは呉なんだ! 那珂ちゃんは横浜生まれだけど、呉の装備もあったんだよ!!」
「はぁ?」


 鼻先が引っ付きそうな距離で、那珂は満面の笑みを浮かべて意味不明なことを言ってくる。
 私が言ったのは名字なんだが、なんか勘違いしているらしい。

「そうだ、キリカさんも見てみて、那珂ちゃんの装備!」
「まぁそれは……、名目はどうあれ戦うわけだから武装の確認は要るけど……」
「こっちこっち!」
「うわっ!?」

 ずんずんと引っ張られ、私は元来た舞台袖の扉から、コンサートホールの外へと連れ出されていた。


「これが軽巡洋艦の、那珂ちゃんだよ!」


 そして開け放たれた先は、日差しの降り注ぐ大きな甲板だった。
 入った時と構造が違う。
 本物の軍艦のような船体が浮かぶ海は、薄く柔らかな赤い色をしていた。
 湯上りの肌のような、織莉子の唇のような、どこか温もりを持ち、空間に溶け込むような、漠然とした色だった。
 水平線は空と夕焼けのように融け合って、境が見えない。
 使い魔みたいな妖精さんがデッキ掃除に何人も従事していたりして、本当に魔女の結界みたいだ。

 那珂は大海に浮かぶ自身の魂の船を見回し、私を連れて歩きながら方々の砲台を指さしてゆく。


「この目の前のが『50口径14cm単装砲』だよ! 7門もあるんだ〜!」
「へぇ、流石に軍艦サイズだ。こんな大きさの弾が当たったらヒグマなんか一撃で吹っ飛ぶんじゃないか?」
「今の那珂ちゃんの『体』には装備されてないけどね!!」
「無いのかよ!?」

 私の狼狽に苦笑で返し、那珂は後ろの方に歩き始める。

「で、あれは、『八九式12.7cm連装高角砲』!!」
「……砲台なんかないぞ?」
「……が、後々の改造で装備されるところ!!」
「なんだそれ!?」

 流石に混乱の度合いも高まってくる。

「『61cm4連装魚雷発射管』」
「今は装備されてないんだろ?」
「『21号対空電探』」
「が、後々改造でつくところだな?」
「『小発動艇』」
「戦闘用じゃないよね?」
「それに今は装備してない」
「……」
「でも『煙突』は4本!! これは今の那珂ちゃんも装備してる!!」
「えんと……、煙突じゃないか!!」


 私は憤慨した。


「いい加減にしろ!! ロクな装備ないじゃないか!!」
「わっ、わっ、叫ばないで〜!? 呉工廠の装備は艦尾なんだよ〜」

 那珂は私の手を掴んだまま驚きに跳ねた。
 やっぱり私の名字を地名と勘違いしてやがる。
 なんだよ工廠って。戦後数十年でボケてるんじゃあないのかこいつは。

 やはりこのバカ女の言葉に乗るのは間違いだったのではないかと思い始めていた、その時だった。
 憮然としたまま連れられていた私の上に、その装備が聳えていた。


 そこには那珂の妖精たちが今の今まで、大勢で寄り集まっていた。
 建造したてのその装備は、真っ白なキャンバスに覆われ、その内部の武骨な骨組みを隠していた。
 能ある鷹の、爪。
 芸ある花の、秘。


「これが、『呉式――』」


 私は那珂の語るその装備の詳細を聞き、覚えず笑みを浮かべていた。
 なるほど、これは確かに『呉』の装備だ。


「……面白いじゃないか」
「そうでしょ? これは、呉の装備だから。キリカさんに、『すごく似てる』」
「ああ……、確かに私が操縦するのに、ぴったりだ」


523 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:26:54 GOKD7TY60

 前言撤回。
 こいつはボケてなんかいなかった。
 確かに戦時中の日本で戦っていた精神を有する、尊敬すべき婦人だった。

 この連想力。
 この演繹力。
 この改修力。

 貧すれば鈍するとはよく言うが。
 足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、というのも、日本人が掲げた訓戒だろう。

 少数の力で最大の成果を上げる。
 菊と刀。
 雪に撓る竹の心が、そこには息づいていた。

 那珂は頷いて、私の手を握り締める。


「使って……。那珂ちゃんの、手取り、足取り……!!」
「……いいんだな? 覚悟してろよ?」


 私はその装備のキャンバスを剥ぎながら、酷薄な笑顔で那珂に振り向いていた。


    〔MF:0.33MHz(夢原のぞみ)〕


「プ、『プリキュア・クリスタルシュート』……」


 1stステージのスコアボード。
 火花を散らし陥没したその電光掲示板に、キュアドリームが呻いていた。
 その左手には、ドリームトーチと呼ばれるアイテムが握られている。

 相田マナからの砲撃が放たれる寸前、彼女を掴んでいた左手を放し、キュアドリームは自身の必殺技でその閃光を迎撃・緩衝していた。
 だがそれでも、その体は200メートル近く吹き飛ばされ、煤と衝突に喘いでいる。
 その光線の威力を相殺しきれなかったことは、誰の眼にも明らかだった。

 貫かれた右手からは肉がめくれ血が滴っている。
 呻きながら見やる眼下には、早くも黒ヒョウのような相田マナの身が走り寄っている。

 電光掲示板の衝突面から滑り落ちながら、キュアドリームは跳び上がってくる相田マナの爪を振り払う。


「――お願い! お願いだよマナちゃん! もうやめて!!」

 虚ろな目から返る言葉はない。
 その昏い色の奥を覗き込み、キュアドリームは、必死にその先に望みを探した。
 何も、見つからなかった。


「どこなの……!? マナちゃんの心は、魂は、どこに行っちゃったの――!?」


 絶望的に叫んだその瞬間、両腕だけで落下しながら打ち合っていた間隙に、相田マナが左の膝を放っていた。
 その膝蓋が抉ったのは、包帯の巻かれた、のぞみの右脚の傷だった。

「がッ――!?」

 童子斬りに穿たれていた大腿の傷口が開く。
 のぞみは、激痛に身を捩った。

 晒されたその首筋に相田マナが、その白々とした牙を、振り下ろそうとした。


「『超旋磁砲(コイルガン)』――!!」


 その牙とのぞみの首の間の空を、一本の釘が切り裂いて走る。
 回避に顔を退いた相田マナはキュアドリームを仕留め損なった。
 即座に、両者は同体となって地に落ちる。

 のぞみは、その精確な援護射撃を放ってくれた少女の方を見やった。


「美琴ちゃん――!」
「相田さん止めるんでしょ!! もうチャンスないわよ!?」
 ――西の天草。


 美琴は骨の矢が深々と刺さったままのその半身をくまモンに支えられつつ、激痛を堪えて叫ぶ。
 その彼女に向け、相田マナが直ちに首を捻じる。
 ピンク色の閃光が、地表を抉りながら走った。


 ――『前島橋』!!
「グぅッ……!!」


 あらかじめ構えていたくまモンが、その遠距離砲撃を、身を沈めた高速移動で躱す。
 片手に美琴、もう片手に打ち捨てていたクマーを拾っての回避動作だ。
 最大限加減してもその加速度は、骨棘に抉られる美琴の傷を拡げるものだった。
 引き千切られる筋、神経、骨、血管の痛みに、美琴は卒倒し、がくりと首を落とす。

 だが彼女が身を挺して作り出したチャンスを、キュアドリームは確かに物としていた。


524 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:27:27 GOKD7TY60

 馬乗りになっていた相田マナを、その右腕側からキュアドリームが跳ね上げた。
 その右下腕は、橈骨を失い支えが弱まっていた。

 桃色の燐光を帯びたのぞみの掌が、相田マナの胸に添えられる。


「……ワンインチ」


 ――その動作はかつてのぞみが、鏡の国に堕ちた己という友から受けた技と、同一だった。


「『プリキュア・シューティングスター』ァァァ――ッ!!」


 その動作に、キュアドリームは自身の希望の力を最大限に乗せ、噴出させていた。
 爆炎のように、その光は球状に広がった。
 殺傷力を求めるのではなく、ひたすらに相田マナの浄化を祈って。
 自他の心に響き渡るように紡いだ想いの光だった。

 その技で上空高くへと、ボディースーツを纏った相田マナは、紙のように吹き飛ばされていた。


「マナちゃん――ッ!!」


 地上で立ち上がったのぞみの眼に、彼女の胸から零れ落ちてくる、小さなハートのようなものが映った。
 ピンク色をした掌大のハート。

 プシュケー。

 キュアハートらドキドキ!プリキュアが浄化する、心の核に違いない――。
 と、のぞみはそう思った。


 ――私は、マナちゃんを浄化できたんだ――!!


 泣き笑いのようになって、キュアドリームは、落下してくる相田マナを抱き留めようと走った。
 遠くで、御坂美琴がうわ言のように呟いた声は、のぞみには聞こえなかった。


「……ち、が、う……ッ!!」
「――え?」


 のぞみが、頭上で起こった出来事に目を瞬かせたのは、それと同時だった。

 突如空中で体勢を立て直した相田マナが、宙返りのようにして、そのハート形をした物体を真下のキュアドリームに蹴り落としていた。
 その瞬間、そのハートは内側から張り裂ける。

 ぱふぁッ、と。
 風を孕むようにして四方に広がったそれは、肉色の投網だった。


「あ――」


 半径およそ5メートルのハート形の網は、そのまま立ち尽くすキュアドリームの上に降り注いだ。
 地面まで広く覆うようにして着弾したその網は直径10メートルの空間を逃さず包む。

 直後、その網は、爆発した。

 キュアドリームのいたマウンドにクレーターを穿つ、大爆発だった。
 肉の色のピンクのハートは、心ではなく、爆薬でできていた。


    〔FM:ダブルスーパーヘテロダイン(周波数変調)〕


【九八式水上偵察機(夜偵)】☆☆☆Sホロ
種別:水上偵察機
装備ステータス:対潜+1、索敵+3、命中+1
 水雷戦隊旗艦用に開発された水上夜間偵察機です。
 長時間の滞空性能を持つ黒く塗装された機体に、夜間索敵能力に優れた搭乗員が乗り込みます
 (条件が整えば夜戦を支援する「夜間触接」が発生する可能性があります)。
 昼間の「偵察・触接」にも使用可能です。
 昼間戦闘において"完全に"制空権を失っている場合は運用できません。
 比較的旧式機なので性能自体はあまり高くはありません。
 しかし「夜間触接」は地味に艦隊の夜戦能力を底上げ可能です。


【熟練見張員】☆☆☆Sホロ
種別:水上艦要員
装備ステータス:対空+1、索敵+2、命中+2、回避+3
 水上戦闘艦に配備可能な熟練見張員です。
 その鍛え抜かれた肉眼視力による偵察力・索敵力は状況によっては大きな威力を発揮し、
 敵艦隊のレーダー兵装が充実するまでは、特に夜戦などで水上艦隊の攻撃力を支えました。
 追加効果として夜戦において特殊攻撃の発動率が若干上昇します。
 同効果発生の艦娘には夜戦時に発動微細エフェクトが追加されます。


    〔IF:75.1MHz(那珂)〕


525 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:28:21 GOKD7TY60

 ――夢原のぞみが爆殺された。


 2ndステージで瞠目するくまモンやクマーには、一瞬そう見えた。
 猫のような五点接地で着地した相田マナはしかし、その眼を再び空中に走らせていた。
 その視線の先には、烏のような漆黒の衣を纏って滞空する、一人の少女がいた。
 その腕の中には、爆薬の網に捉えられたかと見えたキュアドリームが、しっかりと抱えられている。


「ふふふ……、こんな状況は、二度目だね」
「キリカちゃん!?」


 眼帯をつけ、不敵に笑うその少女の腕で、救出されたのぞみは思わず友の名を呼んでいた。
 那珂ちゃんに預け、置き去った彼女。
 それがまた那珂ちゃんの体を操り、走って来たというのか――!?

 そんな驚きの声に少女は、笑いながら眼帯を外し、のぞみに向けてウィンクした。


「残念! 那珂ちゃんでした!!」
「那珂ちゃん――!?」


 もう一度、更に大きく、のぞみは驚いた。
 夜のように黒く塗装された燕尾服の機体を纏い、那珂ちゃんは空を踏む。
 追いすがる相田マナの速度を凌駕する、高速の飛行だった。
 衣装の脚の一歩ごとに、速度低下の陣が明滅している。


(のぞみ、まだ飛べるか? この女は私たちが引き受ける。キミはこいつらと自分の安全を確保しろ!!)
「や、やっぱりキリカちゃんもいるんだね!? 一体どうして!?」


 頭に響くテレパシーに、のぞみは困惑する。
 夢原のぞみは、彼女を望まぬ危険にさらすまいとして置いてきたのだ。
 しかも元々キリカは、この一行になじむことを躊躇っていた。
 那珂ちゃんのことを、バカ呼ばわりさえしていた。
 それがなぜ今、那珂ちゃんの魂と共にここに来ているのか。

 那珂ちゃんの顔が、しら、と酷薄な笑みを浮かべて、即答した。


「――恩人を助けないなんて道には、絶対路線変更できないからね!!」


 その言葉が、一体どちらの魂から発せられたのか、のぞみにはわからなかった。


「今ッ! 離れて!!」
「わっ――、つぅ――!?」


 地上の相田マナの口が開いて閃光が狙い撃たれるタイミングを見計らい、那珂ちゃんはキュアドリームを放り投げた。
 空中で左右に別れた少女たちの間を抜けて、ピンク色のビームは空に消える。

 1stステージの空中に佇み、那珂ちゃんは向かい来る相田マナに対して構えた。
 ――その四肢を動かしているのは、呉キリカだ。


 那珂ちゃんの魂に構築された軽巡洋艦の甲板で、キリカは那珂ちゃんの手を取っていた。


    〔IF:74.9MHz(呉キリカ)〕

 
「――いいか!! 私の戦闘法はとにかく素早さだ!! 遅れるんじゃないぞ!!」
「はいッ!!」


 赤い海の船の上で、二人の少女が踊る。
 その船である那珂ちゃんの背に立ち、後ろから彼女の両手を取ってリードするのが、呉キリカだ。
 周囲で固唾を飲んで応援する妖精さんの環視の中で、その魂が全霊を以て那珂ちゃんにダンスを教授する。

 自分の眼という望遠鏡の画像からは、自分たちに走り寄る相田マナの姿が見える。


「いくぞッ!! 当たるかどうかは気にするな!! どうせ省エネモードだ!!」


 現実の肉体で、那珂ちゃんはその両手に、瓦礫から拾っていた鉄片をぞろりと取り出だす。
 万全のキリカならば魔力の爪を用いる攻撃の、代替手段。
 それを総身の捻りを用い、空中を移動しながら連続して投射する。


「――『ステッピングファング』ッ!!」
「『舞踏する牙(ステッピングファング)』――!?」


526 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:29:01 GOKD7TY60

 ――英語に直されているが、つまりこれは舞踏。ダンスの流派ということだ。
 舞踏と共に、内燃機関を用いた白兵戦にも技術転用することを主眼として形成された流派に違いない。
 だから『牙』なんて名前を付けているんだ――。
 と、那珂ちゃんは伝授される技能に自問し、そして自己解決した。

 『呉式牙号型舞踏術』――。

 対バーサーカー戦の時から、薄々那珂ちゃんはキリカのことを只者ではないとは感じていた。
 だがこんな流派の伝承者だということがわかった今、やはり彼女は呉出身の軍楽隊の将校だったのだということが、那珂ちゃんの中で確定した。

「接近されても――、強者の心はいつも速い」

 高速で投擲される鉄の雨を、左右に跳びながら躱し来る相田マナに、那珂ちゃんは再びキリカに構えさせられる。
 その両手に残るのは、爪代わりの鋼鉄の短槍2本。
 キリカは那珂ちゃんの中で叫んだ。


「敵の及ばぬ隙を突き、考え至らぬ策を取り、警戒達さぬ内に斬る!! 手足を交互に出せ!! 交互だ!!」
「はいっ、キリカ先生!!」
「……せんせぇ?」


 キリカは那珂ちゃんの返事に疑問を覚えたが、更に心中で会話を重ねることはできなかった。
 飛び掛かる相田マナの爪を槍で受け、足刀を膝で払い、逆に穂先を突き出し爪先で薙ぐ。

 那珂ちゃんの動きと息を合わせ、シンクロナイズするようなリズムで、キリカの踏むステップは時を経るごとに軽妙に加速してゆく。
 二つの異なる周波数が、モアレを成し、うなりを成し、共鳴し増幅して響く。
 そのハーモニーが生み出すのが、那珂ちゃんの機関を、装備を駆動させて照応するスペクターノイズの機動だ。


「私は例えば双頭の蛇!! 手を攻められたら即座に脚で蹴る!! 脚を攻められたら即座に手で殴る!!
 胴を攻められたら手足で挟み討つ!! 隙を与えるな!! 攻め続ければ勝つのはこっちだ!!」

 爆竹のように打ち出され途切れることのない四肢の連撃は、ついに相田マナの手数を上回り、彼女を地に叩き落としていた。


「『ゆえに善く兵を用うる者は、手を携さうること一人を使うがごとし』……!!」


 鮮やかなキリカの手並みに、那珂ちゃんは孫子の言葉を呟きながら息を飲む。
 だがその瞬間、背中のキリカは、烈火のような勢いで那珂ちゃんを咎めた。


「バカ!! 慢心するんじゃない!!」
「え――?」


 那珂ちゃんの肉体がキリカとの齟齬に停止していた瞬間、地に叩き付けられるはずだった相田マナは回転受け身をとり、ハンドスプリングのように、腕の力だけでノータイムに再度跳び掛かってくる。

「くっ――!?」

 振り上がった彼女の爪先に、シャツの裾を裂かれながら那珂ちゃんは身を退く。
 だがこれでは、先程キュアドリームがやられた状況の再現だ。
 振り抜かれた脚が、今度は上から舞い戻ってくる――!!

 そう、那珂ちゃんとキリカは、相田マナの足先を見上げていた。
 だがその脚は、今度は振り下ろされなかった。
 代わりに捻り上がった相田マナの上半身が、さらに下方から捩じ上げるように、その左手の手刀を突き上げていた。


「ぐっ、あ――!?」


 継続している速度低下の猶予が有ってなお、意表を突かれたその攻撃に那珂ちゃんとキリカの反応は間に合い切らなかった。
 引ききれなかった左脚の内股を裂かれ、那珂ちゃんはバランスを崩して地に落ちる。

『ぬっ、ぉお!?』

 キリカは、魔法少女衣装の背中に付いている自分のソウルジェムをとっさに守ろうと、那珂ちゃんの意志を無視して無理矢理体を動かした。
 意志の統一と疎通が一気に乱れた那珂ちゃんの体は、むしろ不自然な挙動をとり、顔面から地に落ちた。
 現実界の口から呻きが漏れる。


『ぎゃあっ!? か、顔は、やめてぇ……!!』
「す、すまない! 立て!! 急げ!!」


 那珂ちゃんの精神を助け起こそうとしたキリカには、その時早くも、相田マナが那珂ちゃんに襲い掛かっているのが感じ取れた。


『くっ、ちゃァッ――!!』


 キリカは那珂ちゃんの精神を放り出し、自分一人で那珂ちゃんの手足を一気に跳ね起させた。
 そして辛くも、相田マナの初撃は躱し得た。
 だが、その肉体はキリカのものではなく、ましてや今回は那珂ちゃんの意志が起きた状態である。
 統一できていない肉体の挙動は、先程の機敏な動作の足元にも及ばなかった。
 見る間に手刀に斬り立てられ、衣装の方々に鮮血が散る。

「キリカ先生――!!」
「うわっ!?」


527 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:29:20 GOKD7TY60

 そして今度は、魂の甲板の上で那珂ちゃんがキリカを跳ね飛ばし、無理矢理体の主導権を握った。
 肩先を抉り飛ばされながら、攻め来る相手との相対速度を利用して、昔のプロデューサーから伝授されたステップを踏む。
 急点火する全速力で、敵の側面から後方へ、くるくるとスピンするように回り込む。


『どっかぁーん――!!』


 今和泉式高速転舵の踵が、相田マナのうなじを捉えて蹴り飛ばした。
 ボキン、と、余りにも簡単に彼女の首は折れ、相田マナは地面に転がってゆく。
 そして再び音を立ててその首は元に戻り、立ち上がる。
 つまり、全く効いていなかった。


「えぇ!? なんでこたえないの……!?」
「もう歌とかアイドルとか前座とか言ってる場合じゃないぞ!! 勝算は……!? 勝算はあるのか、これに!?」


 方々に右往左往し狼狽する那珂ちゃんとキリカの魂は、またも攻め来る相田マナを前にして、体を立ち尽くさせることしかできなかった。
 リズムも、ハーモニーも、不協和音の彼方に飛び去って凪いでいた、その時だった。


    〔IF:3510GHz(御坂美琴)〕


「――勝算は、あるわ」


 突如那珂ちゃんの魂の空間に、ピシリと音響の網が張り巡らされる。
 広漠な大洋の360度を詳細に描き出すような音の帯が、自然と那珂ちゃんの体が立つべき舞台の位置をバミっていた。

 一歩だけ、身じろぎのようにして那珂ちゃんの体がよろける。
 それだけで、斬り下ろされた相田マナの手刀は地を抉った。
 30センチだけ、力の抜けたように那珂ちゃんの膝が曲がる。
 それだけで、首を刎ね飛ばす軌道の薙ぎ払いは空を切った。
 そのまま、伸びをするように那珂ちゃんの右腕が振り上がる。
 それだけで、カウンターのように顎を打ち抜かれた相田マナは、もんどりうって地に転げていた。


「……踊り辛そうなお二人さんに、DJミコトがイケてる伴奏をチョイスしました、っと」
「――!?」

 刻まれるビートがメトロノームのように、乱れていた那珂ちゃんとキリカの呼吸を一瞬にして合わせていた。


 魂の世界で驚きに艦首側へ振り返った二人の視線の先は、後の改造で『21号対空電探』が装備される――、と、歴史上されていた場所だった。
 煙突を越した先、艦橋の上で、一人の少女のビジョンが、そこに仁王立ちしている。

「御坂美琴……!?」
「み、御坂高級技官殿――!? 一体どうして!?」
「軍艦だったら艦橋に『天網雅楽(スカイセンサー)』受信できるくらいの無線機は常備してるでしょ。電波を中継してるのよ。私からアンタにね!」


 御坂美琴は言うや否や下部の通信室に、ヘッドセットを携えたまま、熟練の通信士のように悠然と、ゴシックロリータの衣装をはためかせて着座していた。


「そうじゃない!! ここは魂の中の結界みたいなとこだぞ!? なんで魔法少女でもないキミが入って来れるんだ!?
 それに勝算って何だ!? のぞみの浄化も私らの攻撃も効かず、歌も言葉も聞く気のないあいつにどうやって勝てると!?」
「アンタが例の呉さんね。ふぅん……。本当に魂とやらだけで生きてるとは……。こりゃビックリだわ」
「質問に答えろよ!?」

 一足飛びに通信室の美琴の隣まで精神を移動させたキリカは、驚愕に焦って捲し立てた。
 キリカの魂の姿をじっくりと眺めまわした美琴は、座席を正して、『天網雅楽』の調律にいそしむ。
 そこに映し出される電波は、既に立ち上がった相田マナを捉えている。


「……脳の思考ってのも、結局は微弱な電気信号のやり取りよ。意識ってのは、そうして形成された波の形。
 だから、地磁気の強いところに行くと幻覚を見たりするし。『念話能力(テレパス)』にだってその性質を使ってるヤツはいるし。
 つまり、適切な発信機構と受信機構さえ備えれば、私たちの精神は本来、自在に共鳴し、干渉し合うことができるんじゃないかしら。ね?」


 アンテナの宝具を我が物とした電波の高級技官は、静かにそう言って、笑った。
 キリカはその言説に、息を飲んだ。

「……まぁ、今さっき考えた憶測なんだけど」
「憶測かよ!?」
「『かしら』。って付けたじゃないちゃんと」

 叫ぶキリカの背後から、那珂ちゃんの意識が通信室に上がり込んでくる。


528 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:30:34 GOKD7TY60

「それにしても勝算って!? もしかして、この電探であの子の心にも直接歌を届けるとか!?」
「それが出来たら一番だったんだけど、相田さんの意識はそもそも、死んでるみたいにがらんどうよ。一体何があったのか……。
 ……ただ、勝つだけなら、『もう1つの武装』を使えば、できる。『天網雅楽』を展開しながらでも、もうすぐ電力は、貯まる」
「じゃあ、それまで凌ぎきれば良いんだな!?」
「……そうね」


 興奮気味に叫ぶキリカの横で、美琴は描写される相田マナの動きを真っ直ぐに見つめ、歯を噛んでいた。

 相田マナは、その左腕の機構を展開していた。
 同時に右の手首が折れ、小指側の白い骨――、尺骨が迫り出してくる。
 那珂ちゃんもキリカも確かに見たそれは、御坂美琴に一撃で重傷を負わせた、追尾する骨の矢だった。


「……あれを、凌げたら、ね」


    〔AM:1197kHz(熊本放送)〕


 那珂ちゃんに放り投げられた先で、2ndステージのくまモンたちの傍に着地したのぞみは、脚の痛みにふらついて、右膝を地についていた。
 捩じ開けられた大腿の傷口は右脚から力を抜けさせ、包帯をじわじわと血に染めている。
 満足に歩けもしないこの状態で、あれ以上あの相田マナの猛攻を凌ぐことは、厳しかっただろう。
 そしてあのタイミングで、もし那珂ちゃんたちが助けに来なかったなら、自分は死んでいた――。

 その事実に背筋を冷やした時、そのスカートが後ろから掴まれる。
 くまモンに抱えられ、朦朧とした状態の、御坂美琴だった。

 向こうの空中では、鉄片を投擲した那珂ちゃんが、跳び上がった相田マナと猛烈に打ち合っているところだった。


「最後のチャンス……、ダメだったのね?」
「それは……」
「……ならもう、殺すしか、相田さんを止める方法は、無い」


 うわ言のようでありながら、美琴の言葉は、冷然としていた。
 掌と肩を矢に穿たれて曲がったままの肘から、綺麗なゴスロリの左半分を血に染めて、美琴は淡々と言う。
 もはや美琴には、それ以外の選択肢が浮かばなかった。

 完膚無きまでに改造されてしまっていた時点で、どうせ殺さずに彼女を救うのは無理――。

 そう、初めから決めてかかっていた。
 最後にただ一つ、夢原のぞみに残した、『浄化』という希望の道。
 越えられはしないだろうと思いつつも、淡い期待を寄せて設置した、ハードル。
 それが閉ざされてしまったのだろう今、『もう1つの武装』を起動させ、決着をつけるしかないのだ。


「でも、それでもまず……。この、矢を、何とかしなきゃ、いけない……。
 お願い、夢原さん、考えて……。何か、方法を……」


 美琴が呟いていた時、那珂ちゃんは相田マナを叩き落としていた。
 だがその直後、高速で跳ね返った相田マナの爪に切られ、那珂ちゃんは地に落ちる。


「ぬっ、ぉお!? ――ぎゃあっ!? か、顔は、やめてぇ……!!」

 悲痛な呻き声が聞こえた。
 キュアドリームがまごつく間にも、那珂ちゃんの戦況はどんどんと致命的な劣勢になっていくようだった。
 呉キリカのような低い声と、那珂ちゃんの素のような抜けた声が交互に聞こえてくる時点で、彼女たちの混乱ぶりは推して知るべきであった。


「くっ、ちゃァッ――!! どっかぁーん――!!」
「ダメだ……。私が、支援に行かないと……」

 辛くも回し蹴りで退けられた相田マナが、何事も無かったかのように再び立ち上がる時、美琴はそんなうわ言を呟いて、完全に意識を失っていた。


 同時に、美琴とクマーを抱えていたくまモンが、驚いたように身じろぐ。
 瞠目して頷く彼は、毛皮と血肉の塊と化しているクマーから、声なき声のようなものを聴いているらしい。
 ヒグマでもゆるキャラでもないのぞみには、その内容はわからなかった。

「クマー……、さん……?」

 くまモンが、大量のケチャップを拭き掃除した後のボロ雑巾のようになっているクマーを地に横たえる。
 すると彼の前脚の爪が、切り裂かれた自分の体から流れ出る血液を使って、のぞみに向けて地面に文字を書き始めた。


『オレのハートをつかえ』
「え……!?」

 のぞみの驚愕をよそに、文字は続く。
 クマーは、自分の心臓を抉り取り、矢に向けて投げろ。と、そう言っていた。


529 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:31:24 GOKD7TY60

『ハートをいぬくまで止らないなら、ハートで止めればいい』
「そんなの……!? クマーさんが、死んじゃうんじゃないの!?」
『大丈夫オレはペドだから』

 血文字を書き終えてクマーの左手は、グッと親指を立ててみせるのみだった。


 喘ぐように1stステージ側を振り仰いだのぞみの眼には、今まさに、相田マナの筋肉の弓に番えられた骨の矢が、那珂ちゃんに向けて撃ち出されようとしているのが映る。
 その時突如、意識を失っているようにしか見えなかった美琴が、眼を閉じたまま叫んでいた。


「――夢原さん!! そっちも狙われてるッ!!」


 相田マナの構えは、奇妙な姿勢になっていた。
 展開した左腕で形成した弓に骨の矢を右手で番えながら、不必要に体を右側に傾斜させて、左脚を斜め後ろに振り上げている。
 そして、矢を放った直後、ピボットターンのように右脚で回り、相田マナはその漆黒の左を振り抜いた。
 くまモンに向けられかけた、あの攻撃だった。


「速度低下、『天網雅楽(スカイセンサー)』――ッ!!」


 那珂ちゃんが、キリカと美琴と地声の混ざったような声音で叫んでいた。
 射出された矢を機敏な動きで躱し、空中を飛び回りながら、彼女は手に持った槍でその骨の矢を打ち落そうとする。
 しかし、ハエかコウモリか何かのように、その高速の矢は骨髄を噴射してその槍を避け続け、鋭い方向転換で心臓を狙い続ける。
 一刻の猶予もない――。


 そう思ったキュアドリームの眼に、相田マナの左脚から放たれたと思しき、何か小さな飛来物のきらめきが映った。
 フリスビーのようにくるくると旋回しながら飛んでくる、手のひらサイズの可愛らしいハートだった。
 初めて見る人なら、おもちゃかお菓子かと思って思わず手に取ってしまいそうな。
 肉のような、血のような、プシュケーのような、ピンク色のハートだった。


「あ、あの、投網ダイナマイト……!!」


 キュアドリームは、自分を殺しかけたそのハート形の爆発物を見て、声を絞った。
 一塊になっており、なおかつ、くまモン以外は全員がまともに動けないこの一群を、まとめて皆殺しにするための攻撃だった。


「く、くまモン……!! 那珂ちゃんたちを、お願いッ!!」
 ――わかったモン……ッ!!


 吠えるようにしてキュアドリームは、右脚を引き摺ったまま立ち上がった。
 飛来するハートに向けて無事な左手を構え、そこに灯る燐光の上に、涙を零しながら叫んだ。
 その隣ではくまモンが美琴を横たえ、歯を食いしばり、クマーの胸から、拍動する心臓を引き千切っていた。


「ゆ、夢見る乙女と……ッ、ヒグマさんの底力!! 受けてみなさい――!!」


 掌の裂けた右手を左に重ね、キュアドリームは目の前に迫る、おもちゃのようなハートに両手を突き出した。
 くまモンが投げ槍のように、背後に大きく、掴んだ心臓を振りかぶった。
 ぱふぁっ、と。
 急激に張り裂けたハートからその時、直径10メートルほどの巨大な投網が迫り来る。

 くまモンがその網の届く前に、上空へ心臓を投擲した。
 キュアドリームがその網に向けて、渾身の閃光を迸らせた。


「『プリキュア・シューティングスター』――ッ!!」


 その投網がクマーや美琴やのぞみたちを捕える前に、朱華色の光線がその網を穿っていた。
 人命を守る迎え火のようなその勢いは、爆轟する肉色の投網と、しっかり相殺し合っていた。


    〔IF:3510GHz(御坂美琴)〕


530 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:31:58 GOKD7TY60

『速度低下、「天網雅楽(スカイセンサー)」――ッ!!』


 呉キリカの固有魔法と、御坂美琴の超能力の同時行使。
 これが、那珂ちゃんの船体に乗り込む人員にできる、骨の矢に対する最大限の対応策だった。
 弾道を予測しつつ、矢を相対的に速度低下させ、避けながらその矢を叩き壊す――。
 そう考えてのものだった。


 しかしそうして振り抜いた鋼鉄の槍は、容易く矢に回避されていた。


「はぁ!? 速度低下かけてるんだぞ!? 那珂!! お前の腕の振り遅すぎるんじゃないのか!?」
「えぇ!? なにその決めつけ!! 那珂ちゃんじゃなくてキリカ先生の効果がしょぼいんじゃないの!?」
「良いからさっさと避けなさい!!」


 繰り返し迫り来る矢に回避動作と迎撃動作を重ねながら、キリカ、那珂ちゃん、美琴の三者は意識下で叫び合う。


「……私のコイルガンは亜音速でも回避されたわ! 最低でも音速を超えなきゃ、この矢の反応は上回れない!!」
「万全の私が一切の身動きを取らずに全身全霊の速度低下を使えば、60倍速まではイケる自信あるんだがね!!」
「現実的じゃないよね!?」
「ああそうさ!! 魔力も足りんし、そもそも動かなきゃこの矢は叩けない!!」
「回避に集中して!!」
「はいぃ――、取り舵ぃ!!」


 船頭多くして船、山に登る――。
 という状況になりかねない精神バランスを、美琴の『天網雅楽(スカイセンサー)』のリズムがかろうじて意思統一しつつ、那珂ちゃんの肉体は骨の矢を避けて飛び続けた。
 熟練の見張り員のごとき美琴の采配で、飛鳥か航空機のようなキリカの動作が、那珂ちゃんにギリギリのラインで死線とのダンスを踊り抜かせる。

 そのさなか、美琴の誇る鍛え抜かれた偵察力が、自身に垂らされた生存のルートを捕捉していた。


「やった――! ありがとう、夢原さん、くまモン、クマー!! あと5秒躱せば、この矢は止まるわ!!」
「どういうこと――!?」
「のぞみか!? のぞみは無事なんだな!?」


 夢原のぞみたちに向けて放たれたハートの網が迎撃され爆発する直前に、那珂ちゃんに向けて、クマーの心臓が投擲されていた。
 直前に美琴がわずかに注意喚起することしかできなかったのだが、夢原のぞみたちはなんとか、この状態を切り抜ける方策を見つけ出していたわけである。

 そしてきっかり5秒後、那珂ちゃんの目の前まで放物線を描いてきた心臓に、矢が目標方向を変えて突き刺さった。
 そのまま、矢は血を吸って大量の骨棘を突き出し、心筋を突き破り、真っ赤なハリセンボンのような様相となって地面に落ちていた。


「あ、ありがとー……!! これで、あとは技官殿の武装を……!!」
「起動させるだけ……ッ!!」


 魂の甲板で那珂ちゃんとキリカが、息を荒げて通信室を見やる。
 だがその時、御坂美琴の精神はヘッドセットを押さえ、わなわなと震えていた。


「――しまった……ッ!!」


 電波を用いた情報伝達手段の中でも、FM変調方式には『弱肉強食特性』という性質がある。
 同一搬送波周波数の電波が複数あった場合、強度の高いもののみが聞こえ、弱い電波がほぼ完全に聞こえなくなってしまう性質だ。

 目の前の矢への対処に余りに集中して、三者の意識下にマスクされてしまっていたことがある。
 矢の動作演算に電波を強め過ぎた美琴の認識に埋もれてしまっていた事態とは――。


 ――相田マナ本人の動向である。


    〔MF:0.33MHz(夢原のぞみ)〕


「――夢原さん!! 来る!!」


 キュアドリームが爆発する投網を、自身の必殺技で退けたその直後だった。
 地面に横たわった美琴が、眼を閉じたままに叫んだ。

「え――」

 のぞみは背後の美琴に一瞬だけ視線を動かし、正面に立つ爆炎に戻す。
 その瞬間、十数メートル先で燃え上がっていたその炎が、割れた。

 必殺技同士がぶつかりあう派手な爆発に紛れ、走り込んでいたその者。
 漆黒のボディーにマゼンタの髪を振り乱して、ハヤブサのように相田マナが飛び掛かっていた。


「う、わぁあ〜〜――ッ!?」


531 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:32:25 GOKD7TY60

 左脚の踏み切りだけで、キュアドリームは転ぶように後ろへ跳ねていた。
 御坂美琴を守るように倒れ込んだ背中を、相田マナの左手刀が深々と切り裂いていく。

 そしてそれは、心臓を投げた先を見送っていてさらに反応の遅れたくまモンにも同様だった。
 回避が間に合わずに胸板を右手刀で叩かれ、彼は地に転げる。

 鶴翼のように両腕を広げた通りすがりざまの勢いをそのままに、相田マナは地面のクマーに噛みつき、その頭を引き千切っていた。


 2ndステージと3rdステージの境界近くまで一気に滑り込んだ彼女は、その肉と骨を、バリバリと音を立てて喰らってゆく。
 彼女のその行為が意味する事実を、キュアドリームとくまモンは、呻きを上げながら見守ることしかできなかった。

「あ、そ、そんな――」
 ――い、いかんモン……!!

 つい先ほどまで、下腕の骨2本を両方とも消費した相田マナの右腕は、ボディースーツ下にもその体積を失ったことで、危なっかしいほどに細って見えた。
 その彼女の腕が、内部で音を立てて体積を復元してゆく。

 クマーの骨肉を捕食し、その橈尺骨を、補填している――。


「マナちゃん……!! お願いだよ……!! 戻って、戻って来て……!!」
「夢原さん……!! もう、遅い……。やるしか、ないのよ……!!」


 涙を零すキュアドリームの下で、美琴はきつく目を閉じながら声を絞る。
 相田マナからの返事は、ない。

 矢弾を再装填しながらに、再び相田マナは、その両腕の機構を展開していた。
 狙いは、未だ1stステージに滞空している、那珂ちゃんの方向。
 そして同時に顔を振り向けたのは、地に倒れる、夢原のぞみたちの一帯だ。


「のぞみぃぃいいぃいぃいぃ――!!」
 ――おおおぉッ、西の、天草……ッ!!


 那珂ちゃんが鋭い声を上げて、黒く塗装された衣装で急速にこちらへ飛来していた。
 受けたのが支えの弱い右手の攻撃だった分傷の浅かったくまモンが、ふらふらと立ち上がる。
 だが夢原のぞみには、そうして見え、聞こえてくる事態の一つ一つが、ヒリヒリと痛かった。


 ――皆が、夢に向かって、必死に進もうとしている。
 それを、自分も応援しようとしていた。

 絶対に夢は叶うのだと。

 その命題を証明しようと、彼女は今さっきまでも奮戦していた。
 呼びかける先の相田マナも、1時間前、1分前、1秒前の彼女から、必ずや変わってくれるだろうと信じて。
 だが既に、キリカは体を喪い、クマーは死に、くまモンも美琴も那珂ちゃんも自身も、傷だらけだった。
 相田マナを救うどころか、誰一人として、自分は助けられない――。
 その厳然たる事実に、もうのぞみ一人にはこれ以上、どうすれば良いのかの方策が、見つからなかった。


 のぞみの涙が、御坂美琴の瞼に落ちる。
 その時スッと、架空の天網を見ていた彼女が、眼を開いていた。


「……自分一人にこもってちゃ、見えないわよ」
「え……?」


 呟く美琴の顔の横に視線を落として、のぞみは初めて、そこに今まで見えていなかったものが存在していることに気付く。
 それは真っ赤な文字。

 血液の成分が、まるでその血球一つ一つに意志があるかのように蠢いて、その下に赤く線を曳いていた。


『幼女が生きる限り そこに幸せはくる
 キミがすすむ限り そこに希望はくる
 その声とえがおが オレの存在意義だ』


 その最後の濁点が曳かれると、その血は日差しに照らされ、乾いていた。
 クマーの細胞が記した、のぞみへのメッセージだった。

 キュアドリームは吸い込まれるようにそれを見つめ、美琴の胸に頭を落とした。
 彼女の傷をいたわるように抱きしめ、そして啜り上げるように呟く。
 身を振る方策が、見えていた。


「――お願い美琴ちゃん……。マナちゃんを、救ってあげて……!」
「……了解よ」


 美琴が頷きながら、キュアドリームを抱き返す。


 ――『前島橋』!!
「指向性、速度低下ァ!!」


 ピンク色の閃光がその場を過ぎ去っていた。


    〔FM:ダブルスーパーヘテロダイン(周波数変調)〕


532 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:32:59 GOKD7TY60

 相田マナの口から放たれた光線に地表が焼かれる寸前、くまモンがその場を高速の踏み込みで横断していた。
 両手で抱え上げたのは、抱き合っているような夢原のぞみと、御坂美琴だった。
 同じように地に倒れていたボロボロのクマーの半身をも抱えていくには、彼にはそのための腕も、余裕も、なかった。

 そこに横たわっていたクマーの残りの体は、その光線に屠られ、跡形もなく消し飛んでいた。


 ――クマー……!!


 くまモンは今まで共に行動してきた、丈夫さだけがとりえの同胞の絶対的な死を感じて牙を噛んだ。
 その彼の元に、何の躊躇も逡巡も無く相田マナが躍りかかる。
 両腕が塞がり、応戦の手のない彼の前にその時、上空から短槍が投げられて目前に突き立っていた。


「――お前の相手は、この、私だぁあぁぁあああぁ!!」


 呉キリカの鋭い声で、那珂ちゃんがくまモンたちの元へ急降下してくる。
 飛来する矢に、当たらぬのを承知でもう一方の槍を投げ放ち、彼女は相田マナだけを目掛けて飛び込んで来ていた。
 投槍を避けて高高度へ鋭く迂回した骨の矢は、キリカの速度低下の範囲外に脱出し、骨髄を噴射して更なる高速度で落下する。


 ――このままでは直撃だモン!? 自殺行為……!!
『と、思うわよね』

 くまモンがそう思考した瞬間、その耳に御坂美琴の声が響いた。
 彼の意識はいつの間にか、薄赤い大洋に浮かぶ一隻の船の甲板の上に立っていた。
 そしてそこから、彼は自分の眼という双眼鏡で、襲撃者の少女が実際に動いている挙動を、非常にゆっくりとした映像で見ていることに気付く。


『……でも大丈夫よ。世の中には、目に見えない希望への道が山のように存在してる』


 舳先に立っていたくまモンが声のする方を振り返ってみれば、その艦橋の窓に、ゴシックロリータの衣装を纏った御坂美琴が笑っていた。

『美琴……!? これは一体……!?』
『那珂ちゃんの、心の中、だね……?』

 喋ってもいない自分の声が響き、そしてそこに、隣から言葉が返ってくる。
 くまモンの隣には、キュアドリームの変身を解いて驚いた表情をしている、夢原のぞみの姿があった。
 そしてさらに、艦尾の方から、もう二人の少女が顔を覗かせてくる。

 ダンスの手ほどきを受けているように、もう一人の娘に手を取られた那珂ちゃん。
 そしてクマーの写真でその姿を見た、呉キリカという少女だった。


『あ、二人も来たんだね!! 軽巡洋艦・那珂ちゃんにようこそ!!』
『驚いたね……。こいつらまで魂の中に入ってくるとは』
『木山先生止めた時にも似たようなことあったから、私は今更不思議でもないけどね』


 隣接するコイルの片方に電流を流すと、発生する磁束を媒介して隣接したもう片方に起電力が発生する。
 電磁誘導だ。
 またコイルとコンデンサで共振する二つの共振器の間には、共鳴場の結合が発生する。
 振動エネルギーのしみ出し(エバネッセント・テール)だ。

 『天網雅楽(スカイセンサー)』を全開にしている美琴のAIM拡散力場は、いわば巨大な発振器だった。


『ちょうど良かったよ!! こっち来て、来て! 装備は艦尾にあるの!!』
『……まぁいいや。那珂の一番の見せ場だ。とくと御覧じてやってくれ』

 語る彼女たちの後に付き、くまモンとのぞみは那珂ちゃんの魂を艦尾に辿っていった。


533 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:33:32 GOKD7TY60

 現実の空間ではその時、足元に突き刺さった短槍に急停止し、相田マナが上空の那珂ちゃんを振り仰いでいた。
 くまモンに向かっていた脚を踏み込んで、上空に跳ぶ。
 そしてみたびの、サマーソルトキックのような鋭い蹴り上げが、迫り来る那珂ちゃんに向けて奔った。


『さてそもそも――、防御においても迅速は第一だ』

 呉キリカの独白と同時に、急降下する那珂ちゃんの踵が、蹴り上がってくる相田マナの両膝を砕いた。

『インパクトの前の根元なら、その威力は無きに等しい』

 敢えてこれまでのように避けるのではなく、自分からその攻撃に突っ込むことで、キリカは相田マナのその攻撃を防いでいた。
 だが当然のように、相田マナの攻撃はそれで止まりはしない。
 彼女は折られた膝を支点にするようにして、ぐるりと腹筋で上半身を振り上げた。
 前方に半回転した勢いで、両手の手刀が、那珂ちゃんの両側頸部に振り下ろされてくる。


『そうして相手の先に先を取れば、相手の行動は封殺される!』


 スカイセンサーに描き出される譜面に沿って、キリカは振り下ろされる彼女の両手首を、那珂ちゃんの両手に掴んでいた。
 粘りつくようなクリンチとなって、那珂ちゃんの体は相田マナと共に落ちてゆく。
 くまモンとのぞみは、その光景に慌てた。


『だけど――、これでどうするモン!!』
『ダメっ、離れなきゃ――!!』


 那珂ちゃんの背後から、その心臓を目掛けて矢が落ちてきていた。
 恐らく、相田マナ自身を貫くのを避けて止まるなどという甘い現象は起こらない。
 さらに、捕えられた相田マナは、その口に白々と牙を覗かせて、那珂ちゃんの首筋にそれを突き立てんとさえしていた。


『さて本当の牙は誰のものか――。心臓に突き立つ杭は誰のものか――』


 キリカは甲板の上で、那珂ちゃんの体に重なるように、構えを取っていた。


『私はその答えを得るために、この武装を演繹している』


 その視線が見ているのは、軽巡洋艦・那珂の艦尾に聳え立つ、巨大な鉄の骨組みだった。
 1941年の改造時から那珂ちゃんに搭載され、熟練の飛行士が搭乗する漆黒の機体『九八式水上偵察機』を載せていた呉の装備。
 『呉式二号三型改一射出機』――。
 艦載機へ一瞬にして離陸速度を与える、カタパルトである。

 キリカと那珂ちゃんは、相田マナの両手をそれぞれに掴み、その両脚を左の踵で押さえていた。
 そしてその胸に――、自身の右脚を上げ、構えていた。


『昏く、静かに、初めは処女の如く誘い、そしてその隙に、一気に牙を突き立てる!!』
『そう、那珂ちゃん自身が、飛び発つ牙になる!! それが「呉式牙号型――」』

 那珂ちゃんの機関が高速で回転する。
 高まる蒸気圧が、精神世界の船体をも、4本の煙突を噴かせて湧く。


「矢が――!!」
 ――間に合わんモン!!


 落下する矢は、もはや避けられる位置でも速度でもない。
 のぞみとくまモンは上空で一塊となる相田マナと那珂ちゃんを見上げ、思わず喉を絞った。
 その瞬間だった。


『――大丈夫っつったでしょ?』


 御坂美琴の声と共に空中を、一条のレーザーが走り抜けていた。
 緑色の、美琴にとってはある意味親しみ深いその光線はもちろん、現世の何者よりも速い、光の速度であった。

 その光芒に呑み込まれた骨の矢は、跡形もなく蒸発する。

 それはこの場の誰もが戦闘中立ち入らなかった、Finalステージの瓦礫の中から放たれていた。
 ただのスクラップにしか見えない乗り物の残骸の中で。
 ただのバカヤロウにしか思えない生き物のクズが、滂沱の涙と共に、放っていたものだった。


「……殺すのは、俺だ……! 俺が自分で、終止符を打つんだ――!!」

 そのヒグマは言った。

「『クックロビン』という名に――!!」


 地に唸った彼の慟哭は、滴り落ちていく澄んだ涙に絡んで、日差しの中に舞い上がっていた。


    〔VHF:96MHz(蔵人)〕


534 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:33:52 GOKD7TY60

 そのヒグマ、クックロビンはその時、突如人格が変わったように声質を変化させた那珂ちゃんの様子に驚愕していた。

「……いいんだな? 覚悟してろよ?」

 表情までもが、先程の朗らかなものから、殺人鬼のような薄く鋭い笑みに変貌していた。
 そして立ち上がった那珂ちゃんの服装は見る間に、オレンジ色をしたドレスが黒く塗装されてゆき、燕尾服にショートパンツを合わせたような独特の衣装に変わってしまった。
 その右眼には凶悪そうな眼帯まで嵌っている。
 クックロビンは身を退いてどもった。


「だっ、だっ、誰だッ!! お前――!!」
「あぁん? 誰だと思う?」
「あっ、あっ、その、それだ!! その指輪の、魔神かなんかだろッ!!」


 ガラの悪い不良のような口調で詰問を返してくる那珂ちゃんにビビりながら、クックロビンは先程まで指輪の嵌っていた那珂ちゃんの手を指す。
 今はそこに指輪はなく、青紫の宝石に変化して彼女の衣装の背中にあった。
 どう考えても、それしかこんな異変の原因は思い付かない。

 那珂ちゃんはそれを鼻で笑った。


「ハッ、想像力豊かなことで。でも残念! 那珂ちゃんは那珂ちゃんだよー!」
「えっ!? うえぇっ!?」
「これもレッスンだもの! 絶対に良い舞台に、してみせるから!! よっろしくぅ〜!!」

 セリフの後半で、那珂ちゃんの口調は急激にいつも通りの明るいものに戻る。
 バシバシとクックロビンの肩を叩いて笑う彼女の様子に、はっとクックロビンは思い至った。

 ――アイドルや俳優の、表現訓練だ。

 自分と全く異なる複数のキャラクターに瞬時になりきり、入れ替わる『スイッチプレイ』。
 感情表現訓練や模倣訓練のある種の極点に存在するといえる演劇技能を、那珂ちゃんは今まさに実践しているのだ。


 だがその間にも進行していた襲撃者との戦いは、悲痛なものになってきていた。
 始めこそ、なんとか退けられるのではと思えた襲撃者は、いつまで経っても倒れなかった。
 その機械化されたと思しき襲撃者は、のぞみという少女の知人であるらしく、必死に声を掛けながらの戦いは、ただいたぶられているだけといっても過言ではない程だった。

 クックロビンと共に舞台を見ていたクマーは、何度も切り裂かれ、屠られた。
 那珂ちゃんの舞台を設定し、伴奏まで行なった御坂美琴は、凶悪な軌道を描く矢に貫かれ倒れている。
 襲撃者を正気に戻そうとし続けていたのぞみという少女などは、殺人的な威力を持つ光線を浴びて一気に2ndステージから1stステージの電光掲示板まで吹き飛ばされていた。


「……おい、アイドルファンだか何だか知らないが、これだけ見て自分だけすっこんでようとか思わないよな?」
「ひぃっ!? ど、どういうことだよぉ――!?」


 そして突如、クックロビンの肩を叩いていた那珂ちゃんの手は毛皮に喰い込み、その声音が冷え切った低音に落ち込んでいた。
 鋭い視線でクックロビンをねめ上げ、那珂ちゃんは彼の体を突き放しながら言い捨てた。


「……愛のために必要な判断基準さえ理解できず、一人でこもって自己満足してていいのか、ってことだよ」
「え……、え……!?」
「……私はごめんだ。だから置いていかれたなら、それより速く、追うさ」


 踵を返した那珂ちゃんが、夢原のぞみが戦っているステージの方に高速で駆け出すのだけが、辛うじてクックロビンには見えていた。
 直後、1stステージでは、襲撃者に蹴り落とされた投網のようなものに捕えられ、のぞみという少女が爆殺されたように、彼には見えた。


「ひぃ――ッ!?」


 巻き起こる爆炎がクックロビンに、焼け落ちるテーマパークと同胞たちの姿を思い起こさせた。
 思わず逃げ出そうと、体が2歩、3歩と後ずさりしていた。
 体が退いた後は、心まで一緒になってくじけた。

 放送室前から転がるようにして、彼は崖側に逃げようとばたついた。


 ――あんな、ヒグマさえものともしない相手に順繰りに挑みかかっていくとか、正気じゃない。
 どうあったって死ぬのに。
 早く逃げないと――。

 そう思って走り出してすぐに、彼は何かにすべって盛大にこけた。
 走っていく勢いだけはそのままに、彼は北西側の瓦礫の中にがらがらと頭から突っ込んでいた。
 そして呻きながら、彼は気づく。


 ――そうだ。でも俺は既に、腐って死んだも同然じゃないか。


535 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:34:37 GOKD7TY60

 自分のせいで同胞は死に、仕事は滅茶苦茶になり、好きだったはずのアイドルの名声は、影も形もない。
 これでは自分の生きる意味は、一体どこにあるというのか。
 あの襲撃者は、海食洞から来たらしい。
 そうなると、もう崖から海食洞に降りたところで、ヤエサワたちはいない可能性が高い。
 いないか、もしくはあの襲撃者に殺されたかのどちらかだ。
 同輩で生きている可能性がある残りはクレイとモモイの2頭だが、彼らの持ち場は島のほぼ正反対。
 今から会いに行ける気力なんてとてもない。
 爪も折られ、牙も砕かれ、くまモンという鉄面皮の先輩には半殺しにされていた。
 ここにいても、生殺しになるだけだ。
 那珂ちゃんは『今から一緒に頑張ろ』と言ってくれた、が。
 『道具無くてもカラダ一つでできることあるって』と言ってくれた、が――。


「何ができるっていうんだ……? 俺に一体、何ができるって――」


 顔を覆おうとしたその時、クックロビンは自分の掌に、大量の赤い液体がべっとりと付着しているのに気付いた。
 血だ。
 それが何故か、意志を持つように蠢いて、肉球の上に、文字を成していた。


『応援くらいできるだろ ファンなら』


 クックロビンが振り向けばシャワールームの前に、半分乾いた大きな血だまりが残っている。
 彼はそこの生乾きの血に滑って転倒していたのだ。
 その臭いは、クマーというあのヒグマのものと同一だった。

 クマーが、御坂美琴の全裸を覗いて蹴り飛ばされた時に盛大に吐き戻していた血液――。

 それがクックロビンの掌に文字を残して、乾ききっていた。

 視線を戻せば、彼のいる瓦礫は、いくつもの乗り物や、道路のアスファルトのようなもので埋まっていた。
 自転車、竹馬、ホッピング、スケートボード、サーフボード……。
 統一感のない、ガラクタのようなスクラップの中にただ一つ、異彩を放つものがあった。


「これ……。擬似メルトダウナー……」


 飛行船と同じく、そもそも電気機器の少なかったヒグマ帝国で見かける、ほとんど唯一といってもいい大型の機械がそれだった。
 示現エンジンからのエネルギーで動くようにチューンされたそれは、停電が起こっているらしい今は、モノを知らない者が見れば、解体もままならないただのゴミだ。

 だがクックロビンは知っている。
 不遜にも飛行船をほとんど自分専用の凛ちゃんカスタムに塗り替えるような不届き者だったからこそ。
 そして仕事には打ち込まなかったくせに、たった一人でその飛行船の操舵をやりこなしてしまえるような技能ばかり磨いていた趣味人だったからこそ。
 その中には、『原子崩し(メルトダウナー)』の光線を一発は撃てるだけの予備燃料が蓄えられていることを、知っている。


「……動く……。多分これ、動くぞ……!?」


 急いで周辺を点検し、損傷をチェックした。
 機関部の瓦礫の有無、へこみの位置、塗装の剥げ方――。
 アイドルだの装飾品だのばかりにこだわる輩だったからこそ判断できる基準で、彼はその機械の動作保証を確信した。

 瓦礫を外し、コックピットを開ける。
 その時遠くから、ひときわ大きな叫び声が聞こえた。


「速度低下、『天網雅楽(スカイセンサー)』――ッ!!」


 声のした1stステージを見やれば、真っ黒な舞台衣装に身を包んだ那珂ちゃんが、あの追尾し続ける骨の矢を振り切ろうと、必死に空中をステップしている。
 クックロビンと、この島の『アイドル』を守ってくれた彼女が、あの凶悪な兵器に狙われていた。

「あ、あれを――!! あれだけは、どうにかしなきゃ――!!」

 慌ててクックロビンはコックピットに乗り込み、予備燃料でエンジンをかける。
 倒れ、傾いた操縦席のモニターに、急ぎその矢へ照準を合わせようとしていたその時、その画面上に小さな赤い塊が過ぎた。

 光学ズームのレンズに捉えられたのは、ヒグマの心臓だった。

 それはまさに、那珂ちゃんの身代わりになるかのように自身に矢を受け、ズタズタに引き裂かれて地に落ちていた。
 そんなことができて、なおかつやってのけるヒグマの存在など、クックロビンは一頭しか知らない。


「クマー……、さん……!?」


536 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:34:57 GOKD7TY60

 クックロビン自身さえ持っていない凛ちゃんの生写真を持ち、アイドルファンの風上にもおけぬ自分を叱咤し、そしてさっき、血文字を使ってまで激励してくれたその先輩。
 彼が、クックロビンの間に合わなかった『応援』の手本を、身を以て示してくれたような、そんな現象だった。

「ああ……」

 クックロビンは、傾いた背もたれに、どっかりと身を預けた。
 血文字の刻まれた左手を見やり、クックロビンは顔を覆う。


「今やっと気づいたよ、コシミズさん、クマーさん……。
 アイドルは、ファンが一緒に作って、守っていかなきゃいけないもんなんだって……。
 自分にそれができなくなるなら、それを自覚してきっぱり『ファンやめます』って言えるくらい、『好い』てなきゃいけないんだって……」

 クックロビンは身を起こし、括目した瞳に涙を浮かべて、コンソールに食い入った。

「俺はそんな自覚もできなかった、バカだった……。
 でもさ、ライブの作法についてだけは、必死に前予習したからさ……。
 確かめてくれよ……。俺が新米ファンとして、もう一度やり直せるかをさ……」

 クックロビンは静かに、自動照準とロックオンスイッチに手を置き、モニターの隅を食い入るように見つめる。


「あの襲撃者の……、マナちゃんっていうアイドルの『持ち歌』は、3曲……。
 桃色スイート光線、白骨ハートアロー、投網ダイナマイトだ……。
 中でも白骨ハートアローは、歌えば観客卒倒必至のヒット曲と見た。ならライブでは、最後の最後に必ずアンコールが入る……!」

 識別のための適当な仮称を襲撃者の攻撃に命名しながら、クックロビンは鼻を啜って呟いた。
 そして口元を歪ませ、笑う。

「……特に今はさ、俺はサイリウム1本しか持ってないから。綺麗な緑色のサイリウムだけど。
 振るタイミング間違えたら、恥ずかしいよなぁ……、クマーさん!」


 モニター上の視界に、空中に放たれる骨の矢と、上空から急降下しだす那珂ちゃんの姿が映った。
 クックロビンは奥歯を噛み締めて、唸りながら照準を合わせた。


「オタ芸だってタイミングよくなきゃ、アイドルに申し訳もたたねぇ――ッ!!」


 叫びながら、彼は自分の慟哭を載せて、そのサイリウムを、振った。
 空に一条の美しい緑のライトが通り過ぎた時、彼の応援に、出演者からの返信が返っていた。


 ――GOOD JOB : DJミコトより


 モニターのチャット画面には、そんな文字が一行だけ書き込まれていた。


    〔LF:1000hHz(H)〕


 今の那珂ちゃんには、武器といえる武器は、何も装備されていなかった。
 本来なら建造時に自動的に持っているはずの14cm単装砲もなく、平常時の写真でも当たり前のようにつけている魚雷発射管もなかった。

 だが彼女の艤装には、その内燃機関の動力を、唯一活用できる装備が残っていた。
 それが、『煙突』である。
 彼女の両脚を覆うブーツの側面に、軍艦時代を再現するように4本ずつ突き立っているその煙突が、今静かに白煙を上げていた。

 那珂ちゃんは、軽巡洋艦である。
 もし彼女が空母であったりしたのなら、例え山ほどの武装を積んでいたとしても、単なる『武器を運ぶもの』という自己認識に終始していただろう。
 しかし、軽巡洋艦は火砲を主兵装とし、軽度な舷側装甲を施した比較的小型の『軍艦』である。
 軍艦とは戦闘力を持つ艦艇のことであり、非武装であっても補給艦や輸送艦などを含む。

 彼女は例え丸腰でも、その身一つで、『武器』なのだ。
 その点こそ、ランスロットが那珂の心を立ち去る間際に残した木戸賃。
 その点こそ、呉キリカが自身の技を重ねて演繹した必殺の舞踏。
 そしてその点こそ、那珂ちゃんが無い無い尽くしの自身の中に建造しえた装備だ。

 そのステップの名は『呉式牙号型(くれしきガごうがた)』――。


537 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:35:31 GOKD7TY60

「『鬼瞰砲(きかんほう)』――!!」


 カタパルトがその上に載せた艦載機を一瞬で飛び立たせるように、那珂ちゃんの右脚の煙突が、高圧の蒸気を吹いて急加速した。
 呉キリカが自身の生成する魔力の爪を、多数連結させて放つ『ヴァンパイアファング』という技――。
 その名称を持つ必殺技の用法のうち、高速生成した爪で相手の隙を真っ直ぐに刺突する動作を、那珂ちゃんは模倣していた。

 ――カタパルトの勢いを有した零距離ケンカキック。

 その加速度は、クリンチの位置に密着していた相田マナの胸郭を、胸骨から背骨まで砕いていた。
 ボディースーツの胸に靴底の形が刻まれる。
 全ての肋骨が、圧力に耐えかねて外向きに折れる。
 縦隔を押しつぶし、胸椎まで浸透したその生脚という砲撃で、相田マナの体は遥かな上空の高みまで弾き飛ばされていた。


「美琴ちゃん……!! あれでもマナちゃんは、倒れないよ――!?」

 その光景を見上げていたキュアドリームが、くまモンの腕の中で叫んでいた。
 くまモンたちが見上げる中で、相田マナの体は、それだけの大破壊を受けてなお、その最高点に到達する時には、その骨格の修復を完了させてしまっていた。

 そこに、反動で地面に着地し転がっていた那珂ちゃんが声を投げる。


「んなことは百も承知さ! 私はヤツを、逃げられないようにしただけ!!
 那珂ちゃんは、前座だからね!!」


 キュアドリームに抱きしめられている御坂美琴は、その声にうっすらと眼を開けた。


「――そうね。でももう『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』は、命中した。
 ……ごめんね、相田さん」


 美琴はただ静かにそう呟くのみだった。
 離れていたクックロビンには当然、そして夢原のぞみやくまモン、さらには那珂ちゃんや呉キリカにさえも、その瞬間何が起きていたのか、全くわからなかった。

 最初に見えたのは、落下してくる相田マナの眼球が弾け飛んだところだった。
 内側から破裂するように、両方の目が吹き飛んだのだ。
 そして次に、顔や手に覗く皮膚がちりめんのように縮れて真っ白になり、そこから、そしてボディースーツの下からも、ひびが入った水道管のように破裂した血管から鮮血が噴き出していた。
 空中でのけぞった口から、茶褐色の吐血が踊り、全身から湯気を噴きながら、彼女は力が抜けたようになって崖のふちへと落ちる。

 ごろごろと槍衾の置かれた際まで、受身もとることのない肉塊のように転がり、ピクリとも動くことなく、止まっていた。


 一切の音も無く終演したその楽曲に、暫くの間、誰も言葉を発することができなかった。


 ――管状の周波数(チューブラ・ヘルツ)。
 そんな名称の必殺の音楽が、御坂美琴が『八木・宇田アンテナ』という宝具を用いて作成していた『もう1つの武装』だった。

 その正体は、『城』のアンテナから発射される、高密度に収束したマイクロ波の砲撃である。
 指向性エネルギー兵器というものに分類されるこの『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』は、目標に投射した電波にわざと『誘電損失』というエネルギー損失を発生させて、対象を急速過熱・破壊するものだった。

 卑近な例では電子レンジ。
 そして、人体に対する非殺傷兵器アクティブ・ディナイアル・システムなどという応用が成されているこの技術は、強めれば気づかれぬままに生体を殺傷することも可能な、兵器である。
 また異なる応用として、ボフォースHPMブラックアウトという電子機器破壊兵器にも、このマイクロ波は利用されていた。

 全身の肉を焼き、総体の回路を溶かすその攻撃は、有効射程200メートル超。

 銃のような砲身も無く、引き鉄を引く指の動きもない。
 攻撃が発生するまで知覚不能。
 発生から着弾までに、生物の認識できる時間は存在しない。
 光速で標的に命中するため回避不能。
 その砲弾は五感に捉えられず、類似した電波は空中のあちこちにある。
 凶器を特定できる弾痕も残らず検証不能。

 そんな特性を持つ必殺の楽器が、『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』である。

 美琴は眉を、顰めていた。
 この楽器を実際に戦闘に使ったミュージシャンはいるらしい。
 だが美琴としては、できればアンコールはしたくない――。
 そんな武装だった。


「ま、マナちゃん……」


538 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:35:57 GOKD7TY60

 くまモンの腕から、ふらふらとキュアドリームが地に降り立っていた。
 死んでしまったように血溜まりに倒れ伏すボディースーツの相田マナに、脚を引きながら、よろめいて歩み寄っていく。

 風の吹き抜ける崖の際で、ぼろぼろになった彼女の元に、キュアドリームは膝をついていた。


「マナちゃんは、『みなぎる愛』でしょ……? みんな、信じてるんだよ、あなたを……。
 あなたなら、戻ってこれるって……。だから、諦めないで……!
 私はみんなの……、あなたの笑顔が、欲しい……!!
 一人ぼっちじゃないんだよ!! 思い出して……!! ねぇ、マナちゃん……」


 訥々とのぞみは、彼女の体に言葉をかけ続けていた。
 するとその時、相田マナの指先が、ぴくりと痙攣のように、動く。
 見つめるキュアドリームの前に、ふらふらと、助けを求めるように、その手が伸びてゆく。

 息を飲み手を差し出そうとしたのぞみに向け、相田マナの手元には、ボディースーツの袖口から、何かが手渡されるようにせり出してくる。
 それは、とても可愛らしい、掌サイズのハートだった。
 彼女の心のような、血の色のピンクをした、ハートだった。

 それを見て、夢原のぞみはぼろぼろと涙を零していた。
 震える手を引き、そして、ただゆっくりと首を横に振る。


「ごめんね……、そのハートは受け取れない。そのハートは、愛じゃないよ、マナちゃん……!!」


 キュアドリームが声を絞り出した時、相田マナの手から、ハートが零れ落ちていた。
 踵を返して、キュアドリームは内陸側に跳ね飛ぶ。
 そのハートは地面に落ちた瞬間、今度は投網を展開することなく、そのまま爆発した。

 崖の縁を槍衾ごと削り落とすようなその爆発で、相田マナは崖の下に転落していく。
 瓦礫の土にうつぶせになったキュアドリームは、そのまま顔を伏せて、すすり上げていた。
 くまモンの腕の中に、美琴は無事な右手で、涙の零れる顔を覆っていた。


「あんな……、あんな……。壊れていく相田さんの姿を見たら……。
 殺しきるまで撃ち続けられるわけ、ないじゃない……ッ!!」


 どうせ殺さずに彼女を救うのは無理――。

 そう、初めから決めてかかっていたくせに、最後の最後で、美琴は甘さを断ち切れなかった。
 『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』を最後まで撃ち続けることを、躊躇した。
 その不甲斐ない自分への悔しさと、どんな方法でも救えなかった相田マナへの遣る瀬無さで、美琴は泣いた。

 彼女たちの第一回目のライブは、こんなエンディングで、幕を下ろしていた。


    〔VHF:96MHz(蔵人)〕


 ライブの後片付けは、壮絶なものだった。

「ぐぅ、ぎぃ――……」

 痛みでぼろぼろと涙を零す御坂美琴は、舌を噛まないようつけた猿轡を噛みながらもがく。
 左手から肩までを貫いた矢の骨棘を一本一本折り取り、傷を広げないよう引き抜く作業に、くまモンと那珂ちゃんが当たっていた。
 彼ら自身も、くまモンは胸部に晒しのように布を巻き、那珂ちゃんも全身の浅い切り傷を包帯の圧迫で押さえている。

「クリスタルフルーレ……、希望の光……ッ!!」

 そう唱えて熱線で形成された自身の剣を召喚し、那珂ちゃんに貸し出しているのは、椅子に腰かけて今まさにクックロビンから胸背部に布を巻いてもらっている夢原のぞみだ。


 彼らはHIGUMAアスレチック内のシャワールームの更衣室で、野戦病院のような手術手技を敢行していた。
 豊富な熱湯と、シャツの布の物量だけを頼みにした、クリスタルフルーレの刃先で止血しつつの摘出手術だ。
 数十本に及ぶ骨の棘を掌と肩関節から取り出し、なんとか骨の矢を引き抜き、那珂ちゃんはそれを風呂桶の中に落とした。
 創口を灼き、大量の湯で洗い、きつく布を巻いて砕かれた肩を固定する。


539 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:36:32 GOKD7TY60

「那珂ちゃんに乗ってた医官さんの見様見真似だったけど、うろ覚えで……。
 ごめんね、痛かったよね御坂さん……」
「……いい。ありがと……」

 美琴は荒い呼吸で眼を閉じたまま、右手で自分の猿轡を外して、そう呟いた。
 激痛でとっくに吹っ飛んでいる意識を、自分の能力で無理矢理脳内に電気信号を発生させて、彼女は体を動かしていた。


 ――どこかでちゃんと整復治療を受けないと、今後もう一度左腕を動かすのは厳しいと思うモン。
「那珂ちゃんも肩の回復は難しいと思う……。すまないな、私の魔力も肉体修復に回せるほど余裕はない」

 くまモンに頷いて、那珂ちゃんはキリカの口調で言葉を落とした。
 場を占めているのは、余りにも沈鬱な空気だった。


「……マナちゃんは、生きて、絶対に『戻ってくる』。プリキュアだもの」
「そうね……。その時は、今度こそ絶対に、『救ってやる』わ」


 その中で呟かれたのぞみと美琴の言葉は、互いに大きな含みを持っていた。
 相田マナとのこんな形での再開は、彼女たちにとって大きな衝撃だった。

 特に、はぐれていた本土からの救援部隊の一人があんな姿になっていたという事実は、その他に残ったメンバーへの不安を大きく募らせるものだった。
 実際に、白井黒子との電話も通じなかった。
 生存は絶望的なのかもしれない――。
 そんな思考が去来して、美琴とのぞみはこのことについて考えるのを一時放棄した。
 

 クマーは、喪われた。
 彼の細胞の一片でも生き残ってはいないかと、くまモンはそこらじゅうを探した。
 だが破られた心臓や、流れ落ちた血痕なども全て、彼の細胞はこの真昼の日差しを受けて干からびていた。

 ただクックロビンの掌に、『応援くらいできるだろ ファンなら』という血文字だけが残っている。
 その手を握り締めて、クックロビンは立ち上がった。


「なぁ――。休んでるヒマ、ないんだろ? みんなに聞かせる、コンサート、するんだろ……?
 クマーさんの分まで、やりきらなきゃ……。なぁ、やろうぜ、なぁ……!!
 アイドルのために、一緒にやらせてくれよ、なぁ!!」
「はっ、わかってるのよ……、あんたみたいなポッと出のヒグマに言われなくてもさ……」

 三角巾のようにして左腕を吊られた美琴は、意識のないままクックロビンの言葉に苦笑し、夢遊病者のようにふらふらと立ち上がる。
 ただ意思の熱気だけで言葉を紡いでいたクックロビンはそこで彼女に、手に持っていた布地を手渡す。


「――これ、さっき作った、旗だ。ありあわせのシャツの布にマジックで描いただけだけど……。
 俺の心を改めてくれた、ここのみんなの希望を叶えるために、どうか、使ってくれ……」
「旗……」

 それを広げた美琴は、うっすらと眼を開けた。
 そしてそこに描かれているものを見て、微笑む。

「……似てる。ほんとそっくり。こういうのは、センスあるのね、あんた」
「こういうことしか……、上辺の飾りしか、やれねぇ。けど、それでも、どうかやらせて欲しい」
「いいわ……。あんたがその気なら、もちろんね」

 近寄ってきたのぞみと那珂ちゃん、くまモンも、それを見て、笑った。


「――そうだよ。いつでも、必ず希望はあるから……!!」
「うん!! みんなに絶対に届けよう!! 那珂ちゃんの歌も、キリカ先生のダンスも……。
 ……いや、私はのぞみの応援でいいよ織莉子がいないんだし……」
 ――クマーへの、手向けにするモン。
「みんなで、掲げましょう――」


 放送室の上、崩れた城の跡に、くまモンたちの助けを借りて、美琴は登る。
 彼女たちの一夜の城の天守に立つのは、かつてアナログ放送を守り戦ったというヒグマのシンボルのような、一本のアンテナだ。
 その上に取り付けられた、小さな旗が海風にたなびく。

 『八木・宇田アンテナ』というその宝具を掴み、美琴たちは傾き行く日差しを見上げる。
 そしてその方角は、相田マナが立ち去った、崖の一角だ。

 ――必ず来る。マナちゃんは戻ってくる。

 その思いを胸に、夢原のぞみは日差しに向けて囁いた。


「クマーさん……、私、進み続けるよ。みんなにもマナちゃんにも絶対、笑顔を取り戻してみせる……。
 愛をなくした彼女のハートにも、きっと、ドキドキを取り戻して見せるよ――!
 私、す〜っごく、諦めが悪いんだ!!」


 ――いつの世も、放送ってのは、命がけなのよね。

 対する美琴は、そんな感慨とともに日差しに眼を細める。
 そして息を吸い、気炎を上げて吼えた。


540 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:36:52 GOKD7TY60

「――さぁ、DJミコトの放送局、ついに幕開けよ。弔いライブだって暗くするもんか!!
 身を挺してでも救い出す、そのための放送よ!! 変態であっても貫き通したこいつの想い、無駄になんてさせない――ッ」


 旗竿のアンテナの前に踏み出し、涙を零しながら、吼えた。
 遥か彼方の、がらんどうの心にまで届くように、吼えた。


「私たちの名は『HHH』――、『ヒグマ島希望放送(HIGUMA-island Hope Headline)』!!
 人間に殺意を持ったヒグマは、迎撃する用意もあります――!!
 返り討ちにしてやるからそう思っとけ――ッ!!」


 遍く広がる必殺の楽器を、必殺の楽曲を、必殺の舞踏を携え、傷だらけの放送局が落成する。

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|   ∩___∩   /)                                 |
|   | ノ      ヽ  ( i ))) ヒグマ島希望放送  |
|  /  ●   ● | / /    HIGUMA-island      |
|  |    ( _●_)  |ノ /   Hope                   |
| 彡、   |∪|    /      Headline             |
| /    ヽノ   /´                                  |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 風の中に大きく、その理念の偶像(アイドル)となったゆるキャラが、刻まれている。


【クマー@ゆるキャラ 死亡】


541 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:38:07 GOKD7TY60

【A-5 滝の近く(『HIGUMA:中央部の城跡』)/午後】


【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:疲労(中)、頬に傷、胸に裂傷(布で巻いている)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
0:クマー……、キミの死を無駄にはしないモン。
1:他の生きている参加者と合流したいモン。
2:メロン熊……、キミの真意を、理解したいモン……。
3:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
4:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
5:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
6:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
7:あの少女、黒木智子ちゃんは無事かな……。放送で呼ばれてたけど。
8:敵の機械の性能は半端ではないモン……。
[備考]
※ヒグマです。
※左の頬に、ヒグマ細胞破壊プログラムの爪で癒えない傷をつけられました。


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:能力低下(小)、ダメージ(中)、疲労(大)、左手掌開放骨折・左肩関節部開放骨折(布で巻いている)
装備:ゴシックロリータの衣装、伊知郎のスマホ、宝具『八木・宇田アンテナ』
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:島内放送のジャック、及び生存者の誘導を試みる
1:完全武装の放送局、発足よ……! 絶対にみんなを救い出す……!!
2:佐天さんと初春さんは無事かな……?
3:相田さん……、今度は躊躇わないわよ。絶対に、『救ってあげる』。
4:黒子……無事でいなさいよね。
5:布束さんも何とかして救出しなきゃ。
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が低下していましたが、かなり回復してきました。
※『超旋磁砲(コイルガン)』、『天網雅楽(スカイセンサー)』、『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』、『山爬美振弾』などの能力運用方法を開発しています。
※『天網雅楽(スカイセンサー)』と『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』の起動には、宝具『八木・宇田アンテナ』と、放送室の機材が必要です。
※『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』は、美琴が起動した際の電力量と、相手への照射時間によって殺傷力が変動します。数秒分の蓄電では、相手の皮膚表面に激しい熱感を与える程度に留まりますが、『天網雅楽(スカイセンサー)』を発動している状態であっても、数分間の蓄電量を数秒間相手に照射しきれば、生体の細胞・回路の基盤などは破壊しつくされるでしょう。


【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、疲労(中)、右脚に童子斬りの貫通創・右掌に刺突創・背部に裂傷(布で巻いている)
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:ドライバーセット、キリカのソウルジェム@呉キリカ、キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ、首輪の設計図
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:みんなに事実を知らせて、集めて、夢中にして、絶対に帰るんだ……! けって〜い!
1:参加者の人たちを探して首輪を外し、ヒグマ帝国のことを教えて協力してもらう。
2:ヒグマさんの中にも、いい人たちはいるもん! わかりあえるよ!
3:マナちゃんの心、絶対諦めないよ!!
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)


【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:ソウルジェムのみ
装備:ソウルジェム(濁り:大)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:なし
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:のぞみ……、キミの言っていたことは、これでいいのかい?
1:この那珂ちゃんって女含め、ここらへんのヤツはみんな素晴らしくバカだな。思わず見習いたくなるよ。
2:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達ともども参加者を確保する。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:戦力が揃わないことにはヒグマ帝国に向かうのは自殺行為だな……。
5:ヒグマの上位連中や敵の黒幕は、魔女か化け物かなんかだろ!?
[備考]
※参戦時期は不明です。


542 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:38:40 GOKD7TY60

【那珂・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:自己改造、額に裂傷、全身に細かな切り傷、左の内股に裂傷(布で巻いている)、呉式牙号型舞踏術研修中
装備:呉キリカのソウルジェム
道具:探照灯マイク(鏡像)@那珂・改二、白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国、白い貝殻の小さなイヤリング(鏡像)@ヒグマ帝国
基本思考:アイドルであり、アイドルとなる
0:キリカ先生、御坂高級技官殿、のぞみさん! ご教授よろしくお願いします!!
1:艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
2:お仕事がないなら、自分で取ってくるもの!
3:ヒグマ提督やイソマちゃんやクマーさんたちが信じてくれた私の『アイドル』に、応えるんだ!
[備考]
※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は、ただの貝殻で作られていますが、あまりに完全なフラクタル構造を成しているため、黄金・無限の回転を簡単に発生させることができます。
※生産資材にヒグマを使ってるためかどうか定かではありませんが、『運』が途轍もない値になっているようです。
※新たなダンスステップ:『呉式牙号型鬼瞰砲』を習得しました。
※呉キリカの精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『九八式水上偵察機(夜偵)』相当のステータス補正を得るようです。
※御坂美琴の精神が乗艦している際は、通常の装備ステータスとは別に『熟練見張員』相当のステータス補正を得るようです。


【クックロビン(穴持たず96)@穴持たず】
状態:四肢全ての爪を折られている、牙をへし折られている
装備:なし
道具:なし
基本思考:アイドルのファンになる
0:アイドルを応援する。
1:御坂美琴主催の放送局を支援し、その時ついでにできたらシバさん達に状況報告する。
2:凛ちゃんに、面と向かって会えるような自分になった上で、会いたい。
3:クマーさん、コシミズさん、見ていてくれ……。
4:くまモンさんの拷問コワイ。実際コワイ。
[備考]
※穴持たずカーペンターズの最後の一匹です
※B-8に新築されていた、星空凛を題材にしたテーマパーク「星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド」は
 バーサーカーから伸びた童子斬りの根によって開園する前に崩壊しました。


    〔LF:1000hHz(H)〕


543 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:38:56 GOKD7TY60

 ありあわせで地上に発足した放送局から呼びかけられていた当の相田マナはその時、海食洞から続く通路の中にいた。

「けぷ」

 食事を終えて、一緒に飲み込まれていた空気が、彼女の喉から漏れた。
 閉じていた瞼を開くと、そこにはぱっちりとした虚ろな瞳孔が覗く。

 先程まで、肉が裂け眼球が破れ血が吹き出していたぼろぼろの彼女は、今やすっかり元通りの肉体になっていた。

 海食洞から地上に出る前に殺害していたヤエサワ、ハチロウガタ、クリコというヒグマのうち、彼女はヤエサワの死体をしっかりとそこに残しておいていた。
 転落しながら、かろうじて動く腕だけで彼女は容易く崖を降り、残っていた聴覚で海食洞の位置を聞き、その天井を伝って手早く彼女はそこに戻っていた。

 ぺろりとヒグマの肉体を平らげて自身の組織を修復した彼女は、猫のように座り込み、新陳代謝で剥がれた自分の古皮を足先でぽりぽりと掻く。
 深紅のポニーテールの房をそのまま脚で毛づくろいし、お尻を上げて柔軟に地面に伸びをした。


 流石に機能維持が危なくなるかもしれない攻撃を受けたので逃走したが、それまでに地上で邂逅した生命体には全てに損害を与えられたので、彼女は一連の自身の行為を『善し』とする。


 そうして彼女は何の感慨もなく、再び命令を遂行すべく、地下の通路を軽快に走り始めた。
 地上といわず島中を攪乱し、最大多数に最大損害を与えなくてはならないので、彼女は忙しいのである。


【B-5の地下 ヒグマ帝国・海食洞への通路/午後】


【『H』(相田マナ)@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル】
状態:半機械化、洗脳
装備:ボディースーツ、オートヒグマータの技術
道具:なし
[思考・状況]
基本行動方針:江ノ島盾子の命令に従う
0:江ノ島盾子受肉までの時間を稼ぐ。
1:弱っている者から優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:自分の身が危うくなる場合は直ちに逃走し、最大多数に最大損害を与える。
[備考]
※相田マナの死体が江ノ島盾子に蘇生・改造されてしまいました。
※恐らく、最低でも通常のプリキュア程度から、死亡寸前のヒグマ状態だったあの程度までの身体機能を有していると思われます。
※緩衝作用に優れた金属骨格を持っています。
※体内のHIGUMA細胞と、基幹となっている電子回路を同時に完全に破壊しない限り、相互に体内で損傷の修復が行なわれ続けます。
※マイスイートハートのようなビーム吐き、プリキュアハートシュートのような骨の矢、ハートダイナマイトのような爆発性の投網、といった武装を有しているようです。


544 : Let's Go Skysensor(Tune) ◆wgC73NFT9I :2015/03/13(金) 12:42:44 GOKD7TY60
以上で投下終了です。

続きまして、瑞鶴改二、メロン熊、戦艦ヒ級、ロッチナ、ビスマルク、
夕立提督、ムラクモ提督、チリヌルヲ提督、佐天涙子、初春飾利、
アニラ、北岡秀一、ウィルソン・フィリップス上院議員、パッチール、ヒグマ提督、
天龍、島風、天津風で予約します。


545 : 名無しさん :2015/03/13(金) 19:11:58 yBJNe83c0
投下乙
クマー…肉片一つ遺さず死んだと思ったらこんな形で遺りおって…
あのAAを見て泣ける日が来るとは思わなかった、ヤツは漢の中の漢だったわ
死力を尽くしてもマナさんを倒しきることはできなかったけど苦難を乗り越えて成長したDJ美琴組。放送は皆の希望になり得るのか


546 : ◆Dme3n.ES16 :2015/03/16(月) 02:15:39 9A.y5lwk0
呉式牙号型舞踏術を研修中の那珂ちゃんと天津風さん
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/63/nakacyan.jpg
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/64/amatukaze.jpg


547 : ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:14:44 CvlCJq9Q0
支援絵投下乙です、ありがとうございます!
まさに今の那珂ちゃんはこんな感じですねぇ。
天津風は、まぁ次のお話で……。

自分はまず、今までの現在地地図を載せます。
ttp://dl6.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/8/den_wgC73NFT9I_8.png
ttp://dl6.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/9/den_wgC73NFT9I_9.png
今回の話で大きく場所移動しますがまぁとりあえず、D-5、E-5、D-6あたりを見てほしいというのが正直なところですね……。
変更点としましては、
・『津波の被害があった場所』に50%ホワイトを入れました。
・バーサーカーの根の被害、地下の落盤などを可視化。
・ヒグマ、参加者以外に、元スタディ側、乱入者を色分け。
・かんこ連隊の明示
をしています。

それでは予約分を投下します。


548 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:16:10 CvlCJq9Q0
『ビストロン』:自律的なアイデンティティ確立を促す自然界に遍く存在する物質。
『アンチ・ビストロン』:特定の価値観に偏った他律的アイデンティティを捏造するためマスプロダクトに混入された物質。

 パラ・ユニフスは「アンチ・ビストロン」による人格支配を解くものの半面「致命的な認識障害」「自己同一性障害」をもたらす可能性があるとされ、そうしたパラ・ユニフスによる障害を取り除くのが「非局所性フック」である。


(平沢進アルバム『ビストロン』より)


    ★★★★★★★★★★


「クスクス……助けて頂いテどうも有難ウ、メロン熊サン。あなたはとってもイイヒトですね」
「別に礼は要らないわよ。アンタからは悪い男に騙されてる女の臭いがしたからほっとけなかっただけだし」
「……クスクス。あら?提督の事かしラ?彼は素晴らしい方デスヨ?」
「あー、そんな気がしたけどアンタやっぱりアイツの関係者な訳?」


 と、メロン熊は、自分の助け出したなんだかよくわからない生命体に言い訳がましくそう言いながら、『やっぱり助けなきゃ良かったかな』と思い始めていた。
 そんでもって、『わざわざ名前なんて名乗らなきゃ良かったかな』とも思い始めていた。
 とりあえずその生物は、中央の顔は人間の女性のようであるが、ヒグマのような顔が体のあちこちにあって、正直に言って異形だ。

 この戦艦ヒ級と呼ばれる生命体には生殖器の類が存在しないようなので、『女の臭い』というのはそもそも希薄だ。
 その生命体が、小さな飛行機の編隊からほとんどやられるがままに攻撃を受け続けていた有様が、どうにも男から叩かれている女の子のように見えて、憐憫の情が浮かんだのをそう表現しただけのことだ。

 なんとなしに、軍艦の主砲のようなものを装備しているので、あのヒグマ提督だか何だかいうロクでもないヒグマに騙されている女子のクチかとメロン熊は思っていたのだが、まぁその通りだったようだ。


 そういうカスなオスに騙されっぱなしのメスの面倒なんかそもそも見るつもりはなかったので、メロン熊は、そんなヤツを思わずあの現場から助け出してしまったという、自分らしからぬ行動に苛立っているところだ。


 見た感じ大きい主砲なのでメロン熊は、多分この生命体は、戦艦大和とかそんなものなのかなぁ、と考えた。
 そして、こんな訳わからん形状の生物を生み出すなんて、やっぱりあのヒグマが没頭していたというゲームとやらはロクでもないな、と思うのみだった。


「……提督を知っているのデスか?……おや、いい匂いが地面から漂ってきてますね……。
 ……ああ、金剛サン。あなたは提督を守って死んだのデスか……?」
「……ふんっ」


 だがこの生物は、そのヒグマ提督の本性を知りはしないようだった。
 地面を掘り返しては金剛という少女の生首に語り掛ける、気の違ったようなその生物の様子に、メロン熊は半ば呆れ交じりに鼻を鳴らした。
 メロン熊が銃殺した形になる金剛という少女ではあるが、実質的に彼女へ手を下したのはヒグマ提督だと考えているので、別にそれに関してメロン熊自身に思う所はない。

 できれば、そんなウザったいオスに騙されたままではなくて正気に戻れ、とは言ってやりたいのだが、正直メロン熊にとって、戦艦ヒ級にそこまで肩入れしてやる義理はない。
 ラジコン飛行機の群れからタコ殴りに合っているところを単に見かけただけの存在であるし、とりあえず逃がしてやったこの後は早々にさよならしたいところだ。

 むしろメロン熊の気にかかっていたのは、この場にその当のヒグマ提督とやらの死骸が無いという不可解な現象の方である。
 金剛が死んだ際に現場にいた少女たちに惨殺されるだろうとばかり思っていたのだが、臭跡上、彼女らとヒグマ提督はどこぞ北北西の方角に移動していったらしい。
 恐らく、目立つ場所だと流石に公序良俗に反するので、物陰に移動してしめやかに殺したのだろう。と、そうとしかメロン熊には思えなかった。


 ――まぁ、この大和っぽい生物も、そのうちヒグマ提督とやらの死骸に気付くでしょ。


549 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:17:28 CvlCJq9Q0

 そう考え、『大丈夫です、金剛サン。貴方の分まで提督は私が愛してあげます。クスクスクス……』とか口走りながら共食いらしきことをしていた戦艦ヒ級に、メロン熊は別れを告げようとする。

『まぁいいわ。それじゃあ早いとこアンタも目ぇ覚ましなさいよ、大和さん……、って。……え?』

 戦艦ヒ級の背に唸りかけようとしたメロン熊は、そこで異様なことに気付いた。
 死体を食べながら、その船体の損傷が、ほとんどリアルタイムに修復されているのだ。

 メロン熊の同胞にも再生能力の高い者はいるが、流石にこう早いと、ちと気味が悪いなぁ、とメロン熊は思った。
 別に、あの現場から自分が助け出す必要なんてそもそもなかったのではないか?
 やっぱりさっさと立ち去ろう――。
 とメロン熊が思った時、戦艦ヒ級が微笑みながら振り向いた。


 彼女の纏っていた金色のオーラが、血の流れるような青に変わっていた。


「待っテクだサいメロン熊サン。あなたニはちゃんとオ礼をシテ誤解を解かないト……」
『いや、だから別に礼は要らないって』
「あなたはイイヒトですかラ、お礼ニ大和とトモダチになりまショう!」
『はぁ。トモダチねぇ。まぁ今のでお互い名乗り合ったしそれでいいでしょ。じゃあ機会があったらまたね』
「あ、良かったデス♪ それジャあこレでトモダチですネ!!」


 メロン熊は据わった眼のまま、社交辞令的にお座なりな返事をする。
 その彼女に近寄った戦艦ヒ級は、微笑んだまま、自身の下部にある主砲ヒグマの大口を開けた。
 メロン熊はそれを見て、舌打ちした。


『――チッ。だから嫌な予感したんだよな』


 バクリ、と。
 次の瞬間、メロン熊を丸呑みするように、戦艦ヒ級下部の口がその空間に喰らいついていた。
 だがその直前にメロン熊の存在は、その場から跡形もなく消え去っていた。
 ワープしたのである。


「アラアラ? 行ってしマワれまシたか。仕方ありませんネ。お優しい方でシタし、きっとお忙シイのでしョウ」


 『トモダチ』になるための挨拶のような捕食行動を回避され、きょとんとした調子で戦艦ヒ級は呟く。
 何の邪気も邪念もなく、彼女はほんの握手か敬礼程度のイメージでメロン熊を食べようとしていたのだ。
 普通に考えてそれが相手から拒絶される行為なのだとは、戦艦ヒ級には全く思い至らなかった。

 彼女は気を取り直して、深呼吸しながら周辺の匂いを肺腑に取り込んでゆく。

 先程から、この場に間違いなくヒグマ提督が滞在していたという臭いが、戦艦ヒ級の鼻腔には伝わっているのだ。

 ヒグマの身体を以て新たに彼女に搭載されたその索敵機能を、彼女は何の疑問も抱かず、ごく自然に活用していく。
 はっきりと大気に残る知人の匂い。
 風に乗って描き出されるその動き――。

 戦艦ヒ級は眼を閉じて、鼻腔を駆け抜けるその詳細な索敵結果を分析していった。


「提督のお傍ニ――、金剛サンの他、天龍サン、天津風サン、島風サン。知らナイ男の人と女の子が一人ずつ。
 皆サン北北西に向けて歩いて行かれたんですね……。あ、デ、その手前に……。
 ……なンだ、彼女でしたか。やっぱり友軍じゃないデスか♪」


 戦艦ヒ級は、再生途中だった主砲の修復を一時停止した。
 そしてその代わり、彼女の髪の横に吹き流されている滑走路から、這い出てくるものがある。


「あぎぃぃぃぃぃぃる……」


550 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:17:47 CvlCJq9Q0

 甲高い声で鳴いたそれは、白い毛皮に包まれた身体に長い口吻と大きな皮膜の翼を持った、翼竜のような形態をしたヒグマだった。
 海軍の一般の艦載機とも、深海棲艦の一般の艦載機とも異なる、戦艦ヒ級自身が生み出す、形態変化したヒグマという艦載機である。
 戦艦ヒ級は、その全長15センチほどの小さなヒグマに微笑みかけた。


「……いいですカ? もう場所は分かったノデ、『偵察は』しなくていいデス。
 友軍デスケド、『さっきみたいな遠慮はセズ、戦ってくれて構いません』ヨ?
 悪いヤツに艦橋を乗っ取ラレテいたラ、壊してあげなきゃいけませんカラ♪」


 母艦の命令を受けて頷き、その白い艦載機は、エンジン音もなく静かに飛び発った。
 それは戦艦ヒ級の、『コロポックルヒグマ』などと呼称される存在だ。

 しかしながら、コロポックルというのはアイヌ語で『蕗の葉の下にいる人』という意味の言葉であり、別に『小さな生物』などという意味ではないことを読者諸兄におかれては留意されたい。
 この場では単なる独自用語としてその呼称を用いているだけである。

 もしアイヌ語で『小さなヒグマ』と言いたいのであれば、『ポンキムンカムイ』などと呼べば恐らく十分だ。
 そしてもしこの戦艦ヒ級の白い艦載機を、大日本帝国海軍制式名称のように呼びたいのであれば恐らく――。


 ――『MXHX特殊攻撃機(多任務軽戦闘機)・羆嵐一一型』。


 などという呼称に、なるのではないだろうか。


    ★★★★★★★★★★


「あ、モノクマさん。瑞鶴提督はちゃんと死んだっぽい?」

 明りの落ちた艦娘工廠。
 探照灯を手にその内部を見回っていた一頭のヒグマが、その光の中に発見した小熊型のロボットに向けて笑った。
 駆逐艦夕立の衣装を纏った彼女――、夕立提督が開口一番にモノクマに尋ねたのは、自身の配下の死の確認だった。
 問われたモノクマは、うぷぷぷぷ、と含み笑いをして彼女に答える。


「そりゃ勿論死んだも死んだよ〜。めでたく、要りもしない艦娘に生まれ変わったんで、適当なこと言って地上に追っ払っといたぜ〜」
「ん〜、良〜いじゃないですか〜! 私も適当に楽しいこと言ってあげた甲斐があったっぽい?」
「夕立提督ちゃんは何て言ったの?」
「『装置の上で全力の祈りと踊りを捧げたら、瑞鶴に改二が実装されるっぽい』って言ったっぽい」
「ん〜、良〜いじゃないっすか〜! ちゃんといい感じに狂った瑞鶴になってたよ。いやこりゃおめでたいね!」
「瑞鶴さまさまっぽい? 停電前に処分が間に合って本当に幸運っぽい!」


 感嘆符までつけて楽しげな両者は、爽やかな笑いを交わして、内容物が尽き・停止した・もぬけの殻の装置を後にする。
 瑞鶴提督という哀れなコスプレイヤーのヒグマに、培養装置の上でのブレイクダンスという不可解かつ遠回りな自殺を吹き込んだのは、他でもない連隊長の夕立提督だった。
 モノクマは、部下の死に満足気な彼女に向かい、興奮気味に語り掛ける。


「それにしても、キミが進んでボクにそんなこと提案してきた時は驚いたよ〜」
「そもそも一航戦とか五航戦とかそんな些末なことで離反してくる時点で組織にとって害悪っぽい。
 それに私のコスプレ見に来るためだけに入ってくる奴もただの邪魔っぽいし。いつか死ねば良いと思ってたっぽい。
 でも一度は私が面倒見てあげた身だから、せめて死ぬ時も、な〜んにも知らないまま、楽しく楽しく死なせてやったっぽい。
 私はロッチナと違うから、口減らしするときも優しく殺してあげるっぽい?」
「夕立提督ちゃん本当キミ良い性格してるね! 後でカットしてた映像編集して永久保存版にしてあげるから!」
「ステキっぽい〜! 連隊のみんなで一緒に楽しめそうっぽい!」


551 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:18:18 CvlCJq9Q0

 第六かんこ連隊の赤城提督と袂を分かった瑞鶴提督の一派10体と、夕立提督のプロポーションやコスプレに鼻の下を伸ばして寄って来た一派10体を、彼女は計画通りにきれいさっぱり処分していたのである。

 元々の夕立提督の考えに賛同して第一かんこ連隊に集っていたのは、彼女自身を含めて30体だった。
 夕立提督は、その面子だけに邪魔者の処分計画を伝え、残る20体には伝えなかった。
 幼子の手を引くように優しく楽しく、全く悟られぬように瑞鶴提督を自殺に追い込み、そして何も知らぬ邪魔者どもにその後を追わせる。
 この一連の作業は、示現エンジンの停止というアクシデントにも阻害されずめでたく大成功を収めていた。


「で、モノクマさんは瑞鶴に何て言ったの?」
「瑞鶴提督のマヌケな記憶が混じってたのか、見たこともないヒグマ提督の所在を開口一番に聞いてきたからさ、アイツの上官だって名乗って、連れ戻してくるようにお使い頼んどいたよ。疑いもしなかったね彼女!」
「ん〜、彼のマヌケさそのまんまでステキっぽい〜! ヒグマ提督は自分の艦隊に居なかった子は興味なかったし、邪険にされること確定っぽい〜」
「その上、仮に連れ帰って来れても、その瞬間キミらはヒグマ提督なんか瑞鶴ごと蜂の巣だろ?」
「当然っぽい〜。もう私たちのところにあんなヤツ要らないっぽい〜」

 夕立提督は終始にこやかな機嫌のままにそんなことを言う。


「でも、折角ビスマルクがここにいるんだから、瑞鶴は地上にほっぽらないで一緒に働かせてあげても良かったっぽい?」
「まーどっちでも良かったんだけどね。どうも彼女は深海棲艦殺すマンになって武功を上げたいらしかったから、それを尊重して『色んな』深海棲艦の情報を教えてあげたわけよ」
「うーん、討ち死に確定っぽい? ちょっと勿体ない気もするけど、チリヌルヲたちと楽しめそうだしまぁ良いっぽい?」
「Feuer! Feuer! HAHAHAHAHAHAHA!」
「ん、僕を呼んだかい?」


 ちょうどその時、話に登ったビスマルクの作業現場に、彼女らは戻ってきていた。
 そのビスマルクの目の前に立っている、深海棲艦のような灰黒色のヒグマがにっこりと振り向く。
 その両手に掴んでいた二体のヒグマの死骸をビスマルクの前に放り出し、空母ヲ級の被り物をしている彼は淡々と彼女に指示を出した。
 工場の床に座らされているビスマルクは、それに呆然と答えるのみだった。


「これ、名誉の戦死を遂げたハ級提督とニ級提督だから、ちゃんと解体しといてね。返事は?」
「Jawohl(了解しました)……、Herr アトミラール・チリヌルヲ(チリヌルヲ提督殿)……」
「Feuer! Feuer! HAHAHAHAHAHAHA!」


 ビスマルクは全ての艤装から帽子までも外され、その金髪と総身を血と脂で汚した、肉屋の下働きのようになっていた。
 その彼女の傍で、先程から熱中したままリズミカルに火器を放ち炉に火をくべているのは、ビスマルク本人ではなく、夕立提督の部下のビスマルク提督であった。
 連隊のヒグマたちは、その『フォイヤ、フォイヤ』という掛け声に合わせながら、めいめい鍋をかき回したり、赤熱する金属をハンマーで叩いたりしている。
 夕立提督はその炉の上の大鍋からスープを掬って椀に注ぎ、戻って来たばかりらしいチリヌルヲ提督を労う。


「お疲れ様っぽい? あの変な人間は処理できたっぽい?」
「僕の誇る第三かんこ連隊が、親愛なるクイーンさんや四、五、六の奴らに丸投げしたんで確実に処理できたよ。
 うちの連隊全員が満足できるだけいたぶれたし、オレとしては一向に無問題だね」
「チリヌルヲらしいね〜。はい、出来立ての『骨肉茶(バクテー)』」
「ありがとう。いやぁ、マレー沖海戦を思い出す味だよね。行ったことないけど」

 チリヌルヲ提督はそんな適当なことを口走りながら、ヒグマのあばら肉がぶつ切りで投入されている芳醇なスープを啜る。
 炉の火と、時折ちらつく探照灯だけが光源となる夜のような空間で、チリヌルヲ提督は金色の目を光らせ、舌先でそのスープの温度を確かめた。
 爽やかな笑顔を見せたまま彼は、足元に蹲っているビスマルクへ、スープの中からアツアツのヒグマ肉をつまんで勧める。


552 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:19:04 CvlCJq9Q0

「貴様はどうだいビスマルク? ほら、食べなよ」
「……いや、マレー沖なんて知らないし、要らないわ……!!」
「な〜に言ってんのビスマルク。提督の言うことが聞けないの? 貴様が千切った骨肉だよ?
 きちんと喰わないと英霊に申し訳ないだろ〜? ほら喰えよ。オイシイよ? 罪滅ぼしするんだろ?」
「い、嫌……!! てか熱い!! 熱いのよ!! 私は芸人じゃないって……あづっ、熱ッ、heisseeee(あぢぇええええぇ)!?」


 熱気の上がる肉をスープごと、チリヌルヲ提督は冷ましもせず、無理矢理こじ開けたビスマルクの口の奥へ流し込んだ。
 ビスマルクは口内を火傷し、耐えきれず骨肉茶を吐き戻す。
 ゲホゲホと咳き込んで蹲る彼女はその長い金髪をチリヌルヲ提督に掴まれ、吐瀉物の散乱する床に這いつくばらされた。

「あ〜あ、折角オイシかったのに。ほら綺麗に舐めろよ勿体ないだろ?」
「俺の信じるビスマルクちゃんは、食べ物を粗末になんてしないぞ!? それでも規律をモットーとする独逸戦艦かよ!! 緩みすぎだろいい加減にしろ!!」
「ひぃ……!! ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……!!」

 隣のビスマルク提督からも叱責を受け、泣きながらビスマルクは、犬のように四つん這いになって床の肉やスープを舐め始めた。
 艦娘をいたぶって満足げなチリヌルヲ提督に、傍から一連の様子をにこにこと見守っていた夕立提督やモノクマが話しかける。


「ムラクモ提督も帰って作業中っぽい?」
「そらそうよ。それより何、『楽しめそう』なことって。艦娘が大破して泣き叫んでたりするわけ?」
「うん、近々そうなりそうっぽい! 瑞鶴提督がめでたく瑞鶴改二に捏ねあがって、無謀にも戦艦ヒ級ちゃんとかその他もろもろに挑もうとしてるっぽい!」
「うっわ〜! マジか、カワイイなぁ瑞鶴! さぞ見事にぶっ壊れるだろうな〜!」
「うぷぷ、ロッチナクンのところに中継いれてるから見に行くといいよチリヌルヲ提督クン」
「いやぁ、感謝感激ですわ! ヒ級ちゃんもカワイイし瑞鶴もカワイイし、どっちが壊れてもオレ得で僕満足!
 巻き添えで他の人間やヒグマも一杯死んでくれそうだし。実に楽しみだ〜」


 その会話を、スープを舐めとりながら間近で聞いていたビスマルクは、瞠目してその三者を見上げる。

「壊れるのが楽しみって……。あなたたち、一体、艦娘をなんだと思ってるの!?」

 彼女の震えた声に、夕立提督とチリヌルヲ提督は、微笑みながら答えた。


「う〜ん、ただの道具?」
「僕を楽しませてくれる存在、だね♪」


 チリヌルヲ提督はそのまま別室に立ち去り、ビスマルクの前に夕立提督が屈み込む。
 その恐ろしく柔和な彼女の表情に、ビスマルクは恐怖するかのように身を退いた。


「なっ、そんな……、私たちは道具じゃ……!」
「だってあなたたち艦娘は、軍艦という道具に人間の皮を被せて楽しめるようにしたものでしょ?
 どこか否定できるの? できないっぽいよね?」
「た、確かに、そうだけど……」
「規律は守るものでしょ? 道具が下手な考えを起こすから規律が乱れるっぽい?
 ここまで噛み砕いてあげてもわからないほどあなたは馬鹿っぽい?」
「馬鹿じゃないわ……! 私は超弩級戦艦のネームシップだもの……ッ!!」


 駄々を捏ねるように首を振る彼女の手を取り、夕立提督はビスマルクの体を優しく後ろへ押しやった。

「そうだねそうだね、えらいっぽい? さぁさぁ手が止まってるっぽい?」
「ひ……、ゃんっ!?」


 押しやられた先でビスマルクの腰が落ちたのは、先程チリヌルヲ提督がほうって行った、ヒグマの死骸の鼻先だった。
 たたらを踏んで開いた脚のちょうど間にあったそのマズルが、重厚で美しいラインを描く艦尾の中央部に擦れて、彼女は思わず高い声を上げる。


「ほらほら、力抜いて。腰を落とさないと作業が安定しないっぽい?」
「あふ……っ!? あ、あ、あぁぁん――……!!」


 夕立提督が即座に、ビスマルクの耳を舐めた。

 ざらざらとした舌の感触に脚の力が抜け、ヒグマの死骸の顔面に馬乗りになった形のビスマルクは、自身の体重で下方に沈降する。
 下から張り出していた死骸の鼻が、彼女のゲートのバルブを押し開いて機関区隔壁の入り口に入ってきていた。


553 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:19:30 CvlCJq9Q0

「ゲームってのも結局、作業の上に楽しい皮を被せて効率を上げるためのものでしょ?
 リズムをとって、お尻を振って? ほら、作業は楽しいっぽい?」
「あっ、あっ、ああっ――!?」


 夕立提督が、ビスマルクの背中をさすり、下腹部に手を添えて、彼女をリードするようにその喫水線を上下させる。
 ビスマルク艦尾部の機関区隔壁は、早くもオイルを差されたように湿潤となり水没してゆく。
 艦橋を突き上げるようなその感覚に、ビスマルクの船体は前方に倒れ込んだ。
 その陣形を平文の電信に直すならば、いわゆる『ツートントントントン、ツーツーツーツートン』である。

 喘ぐような彼女の口元に位置する死骸の後檣を立てて、夕立提督はすかさず、ビスマルクの頭を押さえ、口蓋帆張筋の近傍までそのマストを突っ込んでいた。

「むぐぅ――!?」
「さぁ、よくしゃぶってね? 舌を使って選り分けて……。いらないところはそのままごっくんしちゃっても良いっぽい!」

 口いっぱいを帆にして立つマストを吐き出そうとするビスマルクを抑えるように、夕立提督は今一度、そのたおやかな指使いを以て彼女の喫水線を艦尾部で上下させた。
 じゅ、ぽっ。
 と水音を立てて、ヒグマの鼻という魚雷が再び船体内に入出する。


「ふにぃぃ――!?」


 ビスマルク級戦艦の垂直装甲は水線面より下部が弱く、水中弾や深度魚雷への防御は良く考えられていなかった事が、歴史上でもウィークポイントとなっていた。
 艦尾部から蕩かしてくるような熱感に耐えようと、ビスマルクは両手を前に投げ出し、死骸の脚の毛皮を掴んで突っ張る。

 その瞬間夕立提督は、再びビスマルクの耳を舐めながら、前足の指を、彼女のスカートの下のビルジ排出口に深々と突っ込んでいた。


「んぐぅ――!? ひ、ひぐぅぅううううぅうぅううぅ――!?」


 ビスマルクは水平防御においても、大落下角砲弾もしく高度からの爆撃に対して十分な防御力を有してはいなかった。
 そんな耳の裏を責められて緩んだキングストン弁から容易く侵入され、ビルジ排出口を掻き回された彼女は、雷撃を受けたようにのけぞった。
 掴んでいた死体の両後ろ脚が彼女の手でめきめきと折り取られる。
 同時に、口の中を埋めていたマストは根元から噛み千切られ、その喉に丸呑みされていた。

 背筋を伸ばし、彼女は艦橋に達した感覚に痙攣する。
 対照的に、今まで彼女と重なっていたヒグマの死骸は下半身を千切られた形となり、もがれた後檣の位置から毛皮を裂いて、内臓を撒いて地に倒れた。
 脚から力が抜けて真っ直ぐ下に落ちたビスマルクの腰で、その死骸の鼻先が、じゅぷっ、と深い水音を立て、完全に機関区隔壁の中に突き込まれていた。


「あ――」


 ビスマルクの喉から、そんな嗚咽が漏れていた。
 ヒグマの上に座り込む彼女の下腹部から、ちょろちょろとスカートとソックスを濡らしてバラスト水が流れた。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はあっ……、あぁぁ……」

 自身の船体を襲った初めての感覚に、涙と熱い吐息を浮かべて震える彼女の耳元に、夕立提督が囁きかける。


「……ほら。とっても楽しくて、気持ちいいでしょ……?」
「きも、ち、いい……」
「自分が道具だとかネームシップだとか、そんな細かいことどうでもいいっぽい?」
「いい……、けど……ッ! だ、だめっ、こんな、緩んじゃ……、恥ずか、しっ……」


 ぼんやりと緩んだ笑みを浮かべていたビスマルクは幾度か瞬きして、ピンク色の甘い緩みに支配されそうになっていた頭をぶんぶんと振った。
 だがその隣から、今度はビスマルク提督が上気した彼女へ重々しく呼びかけてくる。


「いや、恥ずかしくなんてないさ。流石ビスマルクちゃんだ。任務も美しく遂行したじゃないか。
 ビスマルクちゃんがそうやって気持ちよくなると、俺たちも楽しくなれるんだ。
 みんなの役に立って、ビスマルクちゃんの殺した奴も浮かばれるだろう、立派な仕事だったぞ?」
「り、りっぱな、しごと……? ほ、本当に……? これが……?」
「作業すると罪滅ぼしができてみんなの役に立つし、もっともっと気持ちよくなって、楽しくなれるっぽい?
 規律を守るあなたの名誉挽回っぽい? 一石二鳥っぽい?」
「き、気持ちよくて、役に立つ……」


554 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:20:26 CvlCJq9Q0


 ビスマルクは、ピンク色の靄が掛かったように鈍る艦橋機能で、呆然としたまま考えた。

 ――『正しいかどうかは誰かが決めることじゃないわ。勝った方が正しいの』。
 そう、私はあの『解体』というヒグマに言った。
 そう。私がこの仕事の正誤なんて、考えてはいけないんだ。
 そう。私は道具だから。ただの船だから。
 このヒグマたちが、ちゃんと規律に照らしてくれて、役に立たせてくれるんだから。
 こんな気持ちよくて楽しい仕事なんだから、やり遂げなきゃ。

 ……でも、このヒグマたちは、本当に『勝った』側なのか?
 あのアトミラールは、本当に規律を破ったのか?
 あのシバという人間と、このヒグマたちは、どんな関係なのか?
 わからない。私のところにそれが判断できる情報は降りてこない。

 ……そもそも、私のアトミラールって、誰だったっけ?

 ここの工廠の中には、どこもかしこも色々なアトミラールばかり。
 みんなヒグマで、アトミラールだ。
 それなら、規律を守ってみんなに従うのが、艦娘、の、はず……。
 そう。その、はず……。


 ……でもそもそも、私のアトミラールは、本当にヒグマなの?
 ――なんで私は、人間じゃない動物に従ってるの?


 ……でももう、どうでもいい。考えるのが億劫だ。
 そう。私は道具だから。ただの船だから。
 そんなこと考えるだけ無駄っぽい。
 何考えても答えなんてないっぽい。

 だったらみんなと一緒なら、それで安全元気だ。
 気持ちよくて、役に立つ。
 規律を守って、楽しくなる。
 これ以上のことが、あろうか――。


 そうしてビスマルクは、熱い吐息と涙を浮かべながら、見下ろすヒグマたちに、おねだりした。

「す、する……。私、もっと作業する……」
「いい子だねぇビスマルクは。こんなにすぐ気持ちよくなれるんだもの、すごいっぽい?」
「俺の信じるビスマルクちゃんは、立派に仕事と作業をやり遂げる優秀な子だ。流石だぞ」

 夕立提督とビスマルク提督の賛辞を受け、蕩けるような甘い仕事に、彼女は身を委ねた。

「あ、当たり前じゃない、私が一番だもの……。もっと褒めてぇ……。作業、教えてぇ……」
「了解っぽい? さぁ、頭を空っぽにして、もっと自分で動いて、テンポよくステキにイきましょ?」


 艦尾の喫水線に深々と死骸の鼻先を突っ込んだまま、彼女はその機関部から豊潤なオイルを溢れさせ、言われるがままに自ら腰を振っていた。
 胸部装甲を、死骸の臓物に擦りつけるように屈み込みながら、その鼻を突くような未消化物の異臭にも、半壊した彼女の艦橋機能は興奮を得て行く。

 彼女の体に指を這わせてリードしながら、夕立提督は片脚でリズムをとって歌い始めた。


「っぽい、っぽい」
「Feuer! Feuer!」
「っぽい、っぽい」
「Feuer! Feuer!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい」

 夕立提督の声に、ビスマルク提督の火砲、そして工廠各所に散在する第一かんこ連隊のハンマーやふいごの音が重なってゆく。
 打ち降ろされるハンマー。
 膠を熔かすふいごの風。
 パチパチと爆ぜる炉中の炎。
 打たれる鉄に成型プレス。
 総勢30名の連隊が作業する動作が、一糸乱れぬリズムを刻み、鉄の底を叩く重低音でオーケストラのように作業歌を紡いだ。

 夕立提督はビスマルクの元から立ち上がり、指揮を執るように腕を拡げて歌い上げる。


「バラバラの馬鹿じゃダメっぽい?
 道具の頭じゃ粗忽っぽい?
 そろそろ揃えにゃダメっぽい?
 社会の心は一つっぽい?」


555 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:21:14 CvlCJq9Q0

 臓物を千切り、喜悦の表情と指使いのままに、ビスマルクは腰を振りながらヒグマの中身を解体してゆく。
 HIGUMA細胞を絞り出し選り分け、通常の分化組織と交互に、腰を軸に左右へ舵を切って動きながらテンポよく死骸を千切る。
 悦楽を感じながらにビスマルクが興じるその作業は、先程までただ絶望の清算のために行なっていた時点の行為から、数倍も効率が上がっていた。

 ぽいぽいぽいぽいと、脳内をループする曖昧な語尾の韻に、ビスマルクの艦橋の指揮系統は瓦解して溶け落ちていく。


「空っぽおみそは仕事で埋めて、
 カラッと作業が一番っぽい!
 邪魔な思いはちょっきりツメて、
 気分もアゲちゃうですマーチ――!!」


 骨を折り、肉を裂き、皮を剥き、臓を抜き、ビスマルクは喜びに喫水線を揺らしながら、リズミカルにヒグマの死骸を解体し尽してゆく。
 自他のふんだんな体液にその重厚なボディを汚し、彼女は最後に残った、自分の座り込むヒグマの頭蓋を抱え上げた。
 ビルジやオイルや血液や漿液に塗れた床へ背中から倒れ込み、ブリッジのように腰だけ浮かして、彼女はその橋脚の間に抱えた死骸の頭を自身の両手で捏ね繰り回す。


「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「んっあっ、んっあっ、っんあっあぁ――」


 輪唱のマントラのように方々から唱え上げられるリズムに乗って、ビスマルクは上気した表情を喘がせる。
 腰の振りを倍速で刻み始め、自身の脚の間に食らいついているような様相のヒグマの顎を、自ら体内に押し込むようにしてビスマルクは抱いた。
 彼女がそうして歓喜に咽んでいる姿はまた、生きながらにしてはらわたを喰われる痛みに、捩れているようにも見えた。


「――地獄っぽい?」
「あっ――、いい、いい――、きもちいい――」

 砕いた頭蓋の中に両手を突き込み、溢れ出るヒグマの脳みそを、下腹部で突き上げるように捏ね上げてゆく。

「――快楽(けらく)っぽい?」
「お仕事っ、お仕事きもちいい――!! 作業、きもちいぃよぉ――!!」

 くちゃっ、くちゃっ、と、粘度の高い水音をまき散らして、ビスマルクは自分の機関部の奥深くまで、自らヒグマの顎骨を迎え入れていた。
 浸水し拡張された隔壁がひくつき、ワーグナー式高圧重油専焼缶の心臓が未曽有の興奮に艦橋を灼く。
 高まってゆく感覚に悦びの喘ぎを漏らし、さかりのついたように腰を振って、彼女は鳴いた。


「――どっちにイっても良いっぽい!!」
「Dankeっ、Dankeっ、ああっ――、ダンケダンケぇぇ――ッ♪」


 夕立提督が軽やかに歌い上げたと同時にその背後で、ビスマルクが極楽の感覚に轟沈した。
 痙攣する彼女の体内から、バラスト水やオイルやビルジが、潮のように吹きだした。
 隔壁からその圧力で吹き出されたヒグマの顎骨で、彼女の解体していた死骸の部品はちょうど最後だった。

 第一かんこ連隊の面子はそうして、骨、皮、肉、HIGUMA細胞などと選り分けられた素材を各々の加工場に粛々と運び、作業を続行する。
 隣で自分の作業を続行していたビスマルク提督は、楽しさの極点に至って脱力する彼女へ朗らかに呼びかけた。


「上手くイったなビスマルクちゃん! そのよがりっぷりは超弩級戦艦の誇りだ。
 さぁ、まだお仕事たくさんあるからな。いっぱいお仕事して気持ち良くなろうな?」
「うん……っ。しゅる……、お仕事しゅるぅ……。早くきもちよくなって、役に立つんだもん……!
 ビスマルクのお仕事、見せてあげるわぁ……、んぁあっ♪」


 だんだんとジャンキーのように曇ってゆく自分の判断能力に最早疑問さえ抱かず、ハ級提督の死骸を解体し終えたビスマルクは、そのまま濡れそぼった腰をニ級提督の鼻の上に落とす。
 女子の皮を被った道具という存在に身を堕とした彼女は、もはや夕立提督が指示を出さずとも、自分で勝手に楽しく効率的な作業を続けてゆく、単なる機械に成り果てていた。

 仕事に没頭するビスマルクには最早眼もくれず、夕立提督は微笑んだまま、工廠の窓辺から見える地底湖の湖畔を眺めていた。


「子曰わく、『知る者は好む者に及ばない。好む者も、楽しむ者に及ばない』。っぽい?」

 湖畔では、同胞のムラクモ提督の連隊もまた、彼ら自身の作業に楽しく専念していた。
 その様子を、彼女は頬杖をついて満足げに眺める。


556 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:22:18 CvlCJq9Q0

「……この工廠の前身であるクッキー工場を管理していたクッキーお婆様は、実に『作業』の中の楽しみの本質を理解してたっぽい?
 おばあさまさまさまっぽい? おかげさまで私の作業も実に効率よくて楽しいっぽい!」


 そもそも、『艦隊これくしょん』というブラウザゲームの本質も、何をしているかといえば単に画面をクリックし続けているだけである。
 そこに、艦娘の絵だの声だの、深海棲艦との戦いだのという『楽しさの皮』が被っているだけだ。
 要するに突き詰めれば、やっていることはただクリックという単純作業で得られる満足度を高め、同時に内部資材を収集する効率を上げ続けているだけの行為である。

 クッキークリッカーという、ただクッキーを焼き続けるストイックな効率の極点に至った女性の精神が伝わっているこの工廠は、夕立提督にとって非常に過ごしやすい場所だった。


 ――彼女の率いる『第一かんこ連隊』は、ただの作業の効率を、『楽しみ』を以って極限まで高める『作業勢』である。


 先程より短時間で、より効率よく達したビスマルクの嬌声を背後に聞きながら、夕立提督は笑う。


「……さぁ、コストもクールなパーティー、しましょ?」
「ダンケダンケぇぇ――ッ♪」


 カンカン詰めの見せ掛けの自由の中で精一杯の享楽に興じる艦娘という家畜の声に、夕立提督は、
『いつ解体して肉骨粉にしてやるのが効率いいかな?』
 と、楽しげに考えるのみだった。


【E-4の地下 ヒグマ帝国:艦娘工廠 午前】


【夕立提督@ヒグマ帝国】
状態:『第一かんこ連隊』連隊長(作業勢)、駆逐艦夕立改二のコスプレ
装備:駆逐艦夕立改二のコスプレ衣装、61cm四連装(酸素)魚雷、12.7cm連装砲B型改二(夕立砲)、ハンモック
道具:単純作業、作業歌、楽しい価値と意味付け
[思考・状況]
基本思考:ゲームとしてヒグマ帝国を乗っ取り、楽しく効率を求める
0:ロッチナの下で楽しく効率よくステキに作業する。
1:艦隊これくしょんと艦娘を使った作業の素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間を、楽しく効率よく処分する。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※ゲームは楽しく効率を求めるものであり、艦娘はそのための道具だとしか思っていません。
※ことによると自身や同胞のヒグマも道具だとしか思っていません。
※『第一かんこ連隊』の残り人員は30名です。


【Bismarck zwei@艦隊これくしょん】
状態:仕事中毒(意味深)、小破、精神的には大破、自分の犯した罪による絶望、体液まみれ
装備:快感
道具:作業
[思考・状況]
基本思考:ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さい許して下さい許して下さい
0:贖罪のぉおおために、死体を解体してぇぇぇぇ゛資材にしゅるのぉおお
1:気持ちよくて、役に立つ……!
2:ビスマルクのお仕事、見せてあげるわぁ……♪
3:ダンケダンケぇぇ――ッ♪
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです
※ヒグマ帝国側へ寝返りました。
※寝返った先が本当にヒグマ帝国だったのか彼女にはもうワカリマセンし、どうでもいいようです。


    ★★★★★★★★★★


「ぶっはっはっはっは! 瑞鶴どこいるの!? え、温泉!? ここの温泉!?
 うっわカワイすぎ!! アウトレンジで決めたいわねカッコ震え声ってかぁ!?
 そんなんで深海棲艦のヒ級ちゃん倒せるわきゃねーだろ、ふっふっはひひひ……!!」
「ちょっとうるさいよチリヌルヲ」
「あっは、ごめんごめんロッチナ。あんまりにも瑞鶴がカワイイんでツボった」


 工廠の別室モニターの前で、チリヌルヲ提督が腹を抱えて大爆笑していた。
 モニターと地図を見比べながら笑いすぎて涙まで零している彼に対し、モニターの前に着座するロッチナはひたすら神妙な顔をしているのみだ。


「……やはり生身の艦娘なんかクソの役にも立たんな。夕立提督なら少しは再利用できただろうが。
 ありがとうモノクマさん、あの空母の姿をした非常食を追っ払ってくれて」
「どういたしまして〜。まぁ地上に出せば少しは攪乱の役にはたつかと思ったわけよ」
「期待できるのはその程度だな」
「いや〜、あの瑞鶴には厳しいと思うよこれじゃあ。恐らくあと10分しないうちに沈むね彼女は」

 ロッチナとモノクマが語らっていた会話に、チリヌルヲ提督は堪え切れぬ笑みに口角を歪ませながら割り込んだ。


557 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:24:14 CvlCJq9Q0

「まず戦闘においちゃ地形なり海図なり把握しなきゃ始まらないってのにさ。
 天の時、地の利、人の和全部ブン投げて単独で艦隊戦おっぱじめようとしたんだからマジ笑うって。
 さっきはヒ級ちゃんが『戦う気なかった』みたいだから幸運にも生き残れたわけだけど。その温泉にいたんなら終わりだなぁ、瑞鶴」
「薄々そうは思っていたが。そこまで断定できる理由は何だいチリヌルヲ」
「いやだって、『なんでその温泉が温泉として残っていたか』を見ればわかるやろ。オレでもわかる」

 チリヌルヲ提督はロッチナの問いに、今まさに瑞鶴が移動を始めようとしている温泉の映像を指して答える。


『ま、ここに居ても危ないか。逃がしたヒ級がいつ復活するか分かんないし。
 で、提督を連れて帰って一旦作戦を練り直しましょう、うん』


 ようやくその立地の危険性を理解したのかしていないのか、瑞鶴は自身の艦載機に搭乗するヒグマの声を聞き、温泉の水面を滑走し始めていた。
 モノクマがすぐ傍の温泉小屋に潜んで盗撮しているその画面には、霧のような濃い湯気が沸いている――かと思われたが、別にそれほど視界を遮るような湯気は存在していない。

 何故かというならば、今は昼だからである。
 温泉水が外気温より遥かに暖かくなる夜ならば、視界を遮るほどに濃い湯気が煙るだろうが、今現在四方を、踏み固められたハゲ山やアスファルト道路、コンクリートの街などに囲まれているその温泉と周囲の地面の温度差は、あるにしてもほとんどない。
 なおかつ、瑞鶴が自らの艦載機を離着陸できていたという点でも、その湯気の少なさは推察できる。

 霧が出ていた場合、船の艦載機はカノピー越しに周囲などほとんど見えず、戦闘も着陸もロクにできないデクノボウになり果てるからである。
 最新鋭の現代の飛行機ならば、管制とのレーダーのやりとりで着陸は辛うじて出来るだろう。
 しかし艦娘の艦載機にそんなものはない。
 霧中で今の瑞鶴の艦載機が着陸しようとするなら、目視で自分の母艦を発見することもできず、よしんば見つけても、彼女の胸板を甲板と間違えた上に目測を誤って激突し自爆するというようなオチが関の山だ。


 そして更に今の瑞鶴には、彼女が意識もしていなかった死亡フラグがいくつも立っている。
 チリヌルヲ提督からその内容を聞いて、ロッチナはさもありなん、というように肩をすくめた。


「そうだな。死んだな。そもそもモノクマさんの命令を鵜呑みにしている時点で使えないこと確定だったが。
 本当にどうしようもないゴミだな。装備品以外使えん」
「そうそう。誰もヒグマ提督の帰還とかヒ級ちゃんの排除とか望んでないッつうのに。
 まず抵抗してくれないと凌辱し甲斐がないじゃないか。カワイイのはいいんだけどサ」
「チリヌルヲは、あんなゴミみたいな生き人形でも、可愛いと思えるのか?」
「ああ、それだけど……」

 ロッチナとチリヌルヲ提督の見守るモニターで、瑞鶴は温泉上を走り、そして何かを発見して立ち止まった。


「『カワイイ』ってのは、相手を蔑んでる褒め言葉だから」


 その彼女の、望遠で解像度の粗目な背中を見つめながら、チリヌルヲ提督は金色の眼を細めて舌なめずりをした。


    ★★★★★★★★★★


「なに……、これ。死体……? ヒト……? それともヒグマ?」

 一面が死の色に変化しているその場。
 温泉の上を走っていた瑞鶴が発見していたのは、浅い水底に沈むある人物の死体だった。
 血液で真っ赤に染まった温泉に漂っているその肉体は、毛深いヒトのような、小柄なヒグマのような、中途半端で異様な形態をした生物の死骸だ。

 ――それは、“羆”の独覚兵。または、空手インストラクターの樋熊貴人と呼ばれていた人物である。

 頭部をザクロのように割られ、全身に幾つもの切り傷の刻まれたその死体を、水上に片膝をついて検分した瑞鶴は、確信に満ちた表情で頷いた。


「……間違いないわね。噂の『貴人棲鬼』ってヤツだわ。
 本当にそこらじゅうに深海棲艦がいるわね。誰かが斃してくれてなかったら危ないところだったわ。
 提督が近くなんだから同行してる娘……。刀傷ってことは、天龍が討ち取ったのね!
 あの刀ただの飾りかと思ったけど案外やるわねぇ。クロスレンジでの殴り合いとか、私はする気もできる気もしないけどさ」


558 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:26:02 CvlCJq9Q0


 事実とは全く異なる検証結果を呟き、彼女は満足げに立ち上がる。

「うん、やっぱり私って本当に運がいいわ」

 この樋熊貴人を殺した高橋幸児という少年と非常に似通った感想を得て、再び瑞鶴が温泉を走っていった時、彼女はまたもや奇怪な現象を目の当たりにしていた。


「は……、なに……、これ。氷山……? いや、流氷……? え、え!?
 いくら北海道だからって、北極海とかなわけじゃないでしょ!? しかも陸上よここ!?」


 少し前から、温泉の上にいるはずなのに、やたら足元が寒いな、とは思っていたのだ。
 だがその冷気を吹き出しているものの正体を見つけた時、彼女は驚愕した。

 温泉地の端近くから、ヒグマ提督がいると思しき北西方向のC-4エリア側に、少なく見積もっても奥は高さ3メートル以上になっていこうかという巨大な氷河が、向こう一面へ形成されていたのだ。
 南極大陸の大地のようなその氷の丘は、気温と日差しで僅かずつ溶け、砕け、温泉地の方にも少しずつ少しずつ、その氷の欠片を流氷のように流している。


 建造されたばかりの瑞鶴は知る由もない。
 この広大な氷の大地は昼前に、佐天涙子が初春飾利と協力し、ほぼ1エリア丸々全ての津波を凍らせて形成し、それより内陸部への浸水を堰き止めていたものだ。
 なおかつ、ここに来るまでの津波は、西側の海食洞においてキュアドリームが放ったプリキュア・シューティングスターによっても喰いとめられている。

 別にこの温泉は、『津波が引いたことで復旧した』わけではない。
 もとからこのD-5エリアは、津波の被害など受けてはいないのだ。

 だから温泉小屋だって残っているし、樋熊貴人の死体も流されてはいない。
 そしてこの点が、実は瑞鶴が今までの僅かな時間でも生き永らえていた幸運の正体なのだが、彼女はついぞそこには気づかなかった。


 突如その時彼女は、水面下を走り来る何かの、微かな振動を足の裏で捉えていた。


「――ッ!?」


 眼を振り向けた時は、既に遅かった。
 水面下を一直線に走る白い気泡の線――、雷跡が見えたかと思ったその瞬間に、瑞鶴の足元で爆発が起こった。

 艦上攻撃機から投下されたと思しき、九二式航空魚雷の一撃だった。


「ふっ、ぐぅ〜〜ッ!? か、かすり傷なんだから……ッ!!」


 水面をもんどりうって転げた彼女は、それでも何とか着衣のそこここが軽く破れる程度の損傷で済んでいた。
 かつて、瑞鶴が勝手にライバル視しているある空母が、彼女を魚雷から守ってくれた手法――。
 航空甲板を盾にしながら側方移動するという、本物の空母だったら絶対にありえない防御方法で、彼女はなんとか大破や轟沈といった最悪の状態を免れていた。

 ――やはり私は幸運ッ……!!

 そう唇を噛んで、瑞鶴はその弓に矢を番える。


「あぎぃぃぃぃぃぃ……る」
「第一次攻撃隊。発艦始め!」


 そして彼女は、敵機と思しき白い機体を上空に視認したと同時に、その矢を勢いよく放っていた。
 5機の零式艦上戦闘機52型に空中で分裂した矢は、その白い機体に向けて一気に襲い掛かっていく。


「あぎぃぃぃぃぃぃ……る」

 白い機体はそれを見るや否や、文字通り尻尾を巻くかのように急転回し、元来た南側へと一気に逃げ去る。
 零戦の編隊は機銃を撃ちながら激しくそれに追いすがり、南側の街の建物の間に消えていった。


「ふっ……。勝ったわね。恐らく、苦し紛れに戦艦ヒ級が出してきた攻撃機でしょう……。
 艦上攻撃機はロクな対空能力がないし、何しろさっきの報告じゃあ、ヒ級の艦載機は一切こちらに攻撃なんかできなかったんだもの。このまま編隊を追わせて索敵・追撃したら、ヒ級を倒せるかしら……?」

 にやつきながら更なる矢を弓に番えて水上に立ちあがった彼女は、そうして自身の零戦の帰りを待った。
 程なくして南から飛行機が戻ってくる。
 それに手を振って、成果を聞こうと思っていた瑞鶴の表情は、すぐに硬直した。


「……は?」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る」


 戻って来たのは、6機の、白いヒグマのような機体だった。


559 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:27:01 CvlCJq9Q0

「なっ、なっ……!? なにそれ、なにそれ有り得ないッ!!」

 瑞鶴は背筋の粟立つような恐怖におののきながら、続けざまに2本の矢を撃ち出した。
 するとまたもや、分裂した10機の零戦を引き連れるようにして、6機の敵機は南側にとんぼ返りして逃げてゆく。

「さ、誘われてる……!? そんな、まさか……!!」

 運動性が良いと言われる零戦だが、もともと、機体を横転させるロール性能は最低クラスであった。
 なおかつ、負荷の大きい急降下なども苦手としている。
 上昇力・急降下速度・横転性能の改善が図られた52型であっても、むしろ重武装・防弾強化を図り総重量が増したために、本来の持ち味である低速の空中格闘能力が犠牲になっていた。

 第二次世界大戦終盤になると、米軍はそれらの弱点を突く形で一撃離脱を徹底、日本軍機に対し優位を確保していたのだ。

 瑞鶴は脳裏をよぎる空恐ろしい予感に、周囲を見回して震える。
 ヒグマ提督のいると思しきC-4へは、溶けかかって濡れた氷の丘を登っていく必要があり、逃走には不向きだった。

 もしかすると、北方の街の路地に逃げ込み、隠れなくてはいけないかもしれない――。

 そんな予測を瑞鶴は立てたが、その転進の決断を、彼女は下せなかった。
 自分の優秀な艦載機が、必ずや戦いにおいて雪辱を果たし武功をあげてくれる。という希望的観測を、捨てきれなかった。


 そうして、自らの幸運を信じた彼女の目の前に戻ってくる飛行機に、零戦の緑色の塗装は、なかった。
 10機を超える真っ白な艦載機が、編隊を組んで彼女の前に飛び来ていた。


「じょ、冗談じゃないわよ――ッ!?」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!!」


 苦し紛れに放った一本の矢が、5機の零戦に変わってその編隊に立ち向かってゆく。
 その時彼女は、自身の艦載機たちが被っていた攻撃の正体を、ようやく目の当たりにした。


 零戦の一機が放つ機銃の火線を、コウモリのような白い機体は、翼を打ち振ることによる瞬間的な急上昇で躱し、そのまま真正面に、わざと衝突しにくるかのような挙動で突進してきていた。
 そしてすれ違いざま、あたかも回し蹴りのように舞った後ろ脚の鉤爪で、白い機体が零戦のプロペラを叩き折る。
 推進力を失した零戦は、なす術もなく温泉の水面に墜落して行った。


「か、艦載機同士の、『白兵戦闘』って、一体どういうことよ――ッ!?」


 戦艦ヒ級の白い艦載機は、ほとんど機銃など撃たなかった。
 代わりに、飛鳥のように自在かつ生物的な空中機動で、積極的に戦闘機へ突っ込んできていた。
 普通の航空機ならば、機体同士の接触とは双方の墜落を意味し、通常、行われるはずのないことだった。

 しかしそのヒグマの毛皮を持つ艦載機は、零戦のカノピーに取りつき、防弾ガラスの風防をその顎で剥ぎ取り、中のコロポックルヒグマを喰らった。
 あるいは零戦の翼を掴み、齧り折り、揚力を乱して墜落させた。
 さもなくば急降下してニアミスした後、首を捻り、零戦のがら空きの下部から機銃を叩き込んで撃墜した。
 運よく零戦の機銃が翼に命中しても、ジェットやプロペラで動いているわけではないそのヒグマは、速度をそのままに零戦に突っ込んで掴まり、もろともに落下して墜死するのみだった。

 当然、戦闘機同士の戦いを目的に作られている瑞鶴の艦載機にとっては、飛行機よりも機敏な動きをする、近接格闘能力を持つ飛行生命体などとの戦いなど、想定外のものだった。
 彼ら戦闘機は、このヒグマたちに対してあまりにも無力であり、まったく役に立たなかった。


560 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:28:15 CvlCJq9Q0

 その主な原因は、素材が足りなかったからである。

 キングヒグマが発言したように、この島にはボーキサイトなどない。
 いわんや、ヒグマの肉体にもアルミの成分などほとんどない。
 満足な機体を量産するにはどう考えても致命的にアルミニウムが不足しているのだ。
 実際の日本においても、1944年の大戦終盤においては、アルミ軽合金の不足が大問題になっていた。
 そのため、陸軍の戦闘機『疾風』キ106やキ113は、半ばヤケクソ気味にその機体を木製や鋼製のものとして生産されたりしている。

 だがその結果は、多大な重量増加による運動性の低下や接着剤の不備による剥落などに見舞われた散々なものだった。
 最終的に、終戦に『間に合う』よう急造で作られた鋼製・木製爆撃機キ115 『剣』などは、海軍においてはっきりと、特攻専用機を示す花の名、『藤花』と改名されている。
 どだいこういった機体で、敵の防空網を潜り抜けて生き残ることなど、不可能なのだ。

 低速にして過大重量。
 その上装甲と骨組みは脆い。

 不適格な素材で無理矢理再現した機体群は、余りにもそのスペックが、低かった。


「ま、マリアナの……、『七面鳥』……」


 彼女は、先程自身の零戦が戦艦ヒ級の艦載機を撃墜できていたのは、単にヒ級に戦う気がなかっただけなのだということを、思い知った。
 瑞鶴は、自身の艦載機が次々と撃墜されてゆくその現場で、自身に着せられた不名誉なそのあだ名を、慄然と思い出す。


 マリアナ沖海戦において、先のソロモン諸島での激戦において多くの熟練搭乗員を喪っていた瑞鶴は、彼女の好む、『アウトレンジ戦法』を断行した。
 それは、正攻法で米艦隊と殴り合っても到底まともな攻撃は出来ないだろうと考えられた故の苦肉の策である。
 そしてその結果は、傍から見ている者には予想通りの結末となっていた。

 日本の機体が突っ込む端から、準備万端の防空網に叩き落される。という大惨事。
 撃てば撃つだけポコポコ仕留められたその状況を米軍は、『ターキー・ショット(七面鳥撃ち)』と呼んで笑ったわけである。
 レーダーや管制能力をおろそかにしていた日本軍には、その米軍の対空能力を把握することもできなかった。

 なお、日本の艦載機は確かに米軍のものよりも長い航続時間・長い航続距離を誇っているが、それでも米軍の艦載機だって余裕で数百キロメートルは航行できる。
 そしてこのヒグマの島は、一番長い端から端までいったところで、距離は10キロも離れていない。
 近頃のラジコンだって、余裕で100キロ以上航行できる機体はざらにある。
 渡り鳥などの生物に至っては、1日300キロを連続航行したり、北極から南極まで約32000キロメートルを毎年行き来している強者だっている。


 すなわちそもそもこの島において、瑞鶴の言う『アウトレンジ』などどこにも存在しないのだ。
 どこに居たって、彼女が行わなくてはいけない戦いは、互いにいつ攻撃されるかわからぬ、『クロスレンジ』の殴り合いなのである。


「うっ、うわあぁぁあああぁぁああぁ〜〜ッ!?」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!!」


 瑞鶴は上空から襲来する白い艦載機の群れから、身を守るようにしてそのツインテールの頭を抱えた。
 航空甲板を掲げて防御したところで、その急降下爆撃は防ぎきれない――。
 そう思われた瞬間、伏せた口元の端で、瑞鶴はニヤリと笑った。


「『12cm――、30連装噴進砲』ッ!!」


 傾けた体の背部艤装から、急降下してくる編隊を真っ向から迎え撃つように、次々とロケット弾が撃ち上がる。
 四式ロケット式焼霰弾(ロサ弾)が空中で炸裂し、弾幕のようにその内部の黄リン性焼夷弾をまき散らした。
 飛んで火に入る夏の虫の如く、その燃焼する空域に突っ込んで来た白い編隊は、ことごとくその身を焼かれて撃墜されていった。

 瑞鶴は勝ち誇ったように顔を上げた。


「やったー! 見たか! これが五航戦の本当の力よ! 瑞鶴には幸運の女神がついていてくれるんだから!!
 『噴進砲積むなら烈風くれ』とか一瞬でも思った私を許して神様っ!!」


 同じ対空防御ならば、わざわざ装填に手間のかかって反動も危険なロケットランチャーより、より性能のいい艦載機の方が、数値上の効果は高い。
 しかし艦載機同士での空戦に負けるとなれば、彼女自身の攻撃で身を守れるこの噴進砲は、なくてはならない装備であったわけだ。

 彼女は急いで体勢を立て直し、次なる矢をうつぼから選ぼうとする。


「よし……。あれでヒ級の艦載機は最後だろうから、ここで一気に全機爆装して叩き潰す……、ッ!?」


561 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:30:41 CvlCJq9Q0

 だがその瞬間、彼女の太腿に突如激痛が走った。
 見れば左脚の、スカートと脚部艤装の絶対領域の間に、機銃の弾が貫通している。
 崩れそうになる体勢に耐えて、航空甲板の盾をその方向に差し出せば、何発もの銃弾がそこに音をたてて弾かれた。


「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!!」
「なっ、なっ……!? す、水上で、機動……!?」


 銃撃された痛みを堪えて見やればそこには、温泉の水面に皮膜の翼と四肢を広げ、アメンボのように浮かんでいる白いヒグマの艦載機がいる。
 瑞鶴が上空にばかり気を取られているうちに、その機体は水面上を渡ってひそかに接近していたのである。
 瑞鶴は混乱した。

 艦娘の艦載機は、艦上で発着するものと水上で発着するものの二種に明確に分かれている。足回りの装備を変えねばその異なる離着陸面に対応できないからだ。
 全くの同一機体で両方に発着できる艦載機など、瑞鶴は知らない。
 移動しながら顔面や脚を狙って銃撃してくる艦載機から盾で身を守りつつ、瑞鶴は震えたまま、頭の中で一つの結論を導き出した。


「『晴嵐』……ッ! 『試製晴嵐』じゃない、その完成形……!? まさか、こんなところで……!?」


 日本海軍が有していた艦載機の分類の中に、『特殊攻撃機』と呼ばれる分類の機体がある。
 単純な攻撃機・爆撃機などに分類しきれぬ攻撃方法を持つ数少ないその区分の機体に、『晴嵐』があった。

 艦娘たちの間では、それは水上爆撃機『試製晴嵐』として知られている。
 しかし、真の晴嵐は、爆撃の他に雷撃を行なう水上攻撃機として運用が可能であり、なおかつ、『晴嵐改』として換装すれば陸上でも運用ができるという凄まじい多用途性を有していた。
 隠密行動からの奇襲を目的とし、『霞から突然出現する忍』というような意味合いの命名をなされたその機体は、潜水艦からの戦略運用として非常に高い攻撃力を備えていた。


「だっ、だからといって、なんで機銃……ッ!? なんで艦載機相手に白兵戦で、軍艦に対して機銃……!?」


 そしてまた、艦娘にここまで接近して機銃で攻撃してくる艦載機というのも、瑞鶴の理解を逸したものだった。
 駆逐艦レベルならいざ知らず、空母や戦艦の装甲は、艦載機の機銃ごときで貫けるものではない。
 機銃というのはほぼ、戦闘機同士が空中戦で用いるだけのものに過ぎないのだ。

 だがここにおいて、艦娘の体はただの生身の少女である。
 当然、機銃で艤装は貫けなくとも、顔面や腕やふとももなど、露出した狙いどころは山のようにある。
 空中から不用意に接近すれば、艦載機は対空砲火で落とされるだろうが、陸上からむしろ接近しすぎなほど接近してしまえば、主砲や高角砲などの飛び道具で攻撃されることはそもそもなくなる。

 わずか一機の小さな艦載機相手に、瑞鶴は反撃する余裕もなく、防御に専念して慄きながら水上を後退することしかできなかった。


 口吻を開けて瑞鶴に機銃を打ち込んでいたそれはさらに、腹ばいの着水部から魚雷を打ち出して瑞鶴を狙う。

 片脚の動きのままならないまま、瑞鶴は水面を転げるようにしてその魚雷を避けようとした。
 だが至近距離で発射された魚雷に回避が間に合うわけもなく、近くに起きた爆発で、彼女は吹き飛んでいた。


「きゃぁあああぁ――〜〜ッ!?」


 地上なら99%受けることの有り得ない、魚雷による攻撃を受ける可能性が出てきてしまったのも、ひとえに瑞鶴が温泉という、開けた水上を戦場に選んでしまったお蔭だ。

 ――常の艦隊戦と同じように戦いたい。

 そんな無意識の思いがあったがゆえにこんな水上に立ってしまったわけだが、今のところこの立地は、メリットを消し飛ばして有り余るデメリットしか彼女に与えていない。
 遮蔽も取れずに開けた、海より遥かに小さな水上で『アウトレンジ』を謳えるのか。謳えないだろう。
 普段の艦隊戦では深海棲艦に単独で挑んだりするのか。挑まないだろう。

 瑞鶴の行動は、己の気づかぬ矛盾だらけだった。
 もしも一航戦の赤城などがこの場にいたら、間違いなく彼女を『慢心しては駄目』だとたしなめていただろう。


 だが瑞鶴の肉体を構成している瑞鶴提督は、そうして、たしなめる赤城提督の言葉を聞かずに、離反した。
 瑞鶴の知る由もないことだ。
 慢心だらけの自分を見据えることなく、瑞鶴提督は、あらゆる観察者からマヌケと評され、死んだわけだ。
 彼の血で、肉で、今の瑞鶴はできている。
 血は争えない――。
 そんな言葉で片付けられてしまうほど、恐らく今の瑞鶴は哀れな道化だった。


562 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:31:34 CvlCJq9Q0

 そして転げて水上に倒れた瞬間、彼女の肩の上に、その白いヒグマが飛びついていた。
 その艦載機は、鋭い牙の並んだ顎を以って、彼女の柔らかな右耳に喰らいつき、その耳たぶを根元から食いちぎった。


「ひっ、ぎゃああああぁぁぁあああぁああぁ――っ!?」


 激痛に身を反らしながらなおも瑞鶴は、『艦娘に噛み付いてくる艦載機なんて有り得ない』と、自身を襲う現実を否定していた。


    ★★★★★★★★★★


【羆嵐一一型】☆☆☆☆☆SSホロ
種別:特殊攻撃機(多任務軽戦闘機)
装備ステータス:雷装+5、爆装+5、対空+20、対潜+1、索敵+7、命中+1、回避+1
 艦上及び水上の両方で離着陸可能な特殊攻撃機『羆嵐』の改良型です。
 生きている異形のヒグマであるこれは、戦艦ヒ級が体内で独自生産する専用機体です。
 ヒ級が改flagshipになった影響で、機体本体と心臓部が共にチューンアップされ、毛皮も黒から白に変わりました。
 出撃時に九二式魚雷か250kg爆弾を任意で搭載して攻撃機・爆撃機としても使用できる利便性の高い機体ですが、
 何と言ってもその強みは、ヒグマであることを活かした、通常の戦闘機を遥かに上回る自在な空中機動力と格闘能力、そして臭気を利用しての索敵能力です。
 弾着観測も触接もなんでもこなせます!
 広い海上での最大速度や運用、実際の軍艦に対する攻撃力を鑑みるとその利点は薄まりますが、
 この機体はそもそもが島の地上で参加者やヒグマや艦娘相手に運用されることを前提に開発されたものです。
 艦娘たちのスケールは軍艦そのままではありませんし、そもそもこの戦場はヒグマロワであり艦これではありません。
 この機体に艦隊戦の常識が通じると思い込んでいる艦娘たちは、どうか早いうちにその考えを改めて下さい。


    ★★★★★★★★★★


 瑞鶴の右耳を喰らった白い機体『羆嵐一一型』は、そのまま彼女の耳の穴に口を突っ込み、彼女の脳内に直接機銃を叩き込んで殺そうとしていた。


「――ぁあッ、キェアァッ!!」


 その瞬間だった。
 怪鳥のような叫び声を上げながら、瑞鶴がうつぼから矢を抜き放ち、その穂先をもって、自分の肩にいる艦載機を直接突き刺した。

「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!?」
「ぬ、わ、れ、りゃああぁ――ッ!!」

 そしてもう一本、今度は左手でも矢を取ってその白いヒグマに突き刺し、両腕の力で、瑞鶴はそれを自分の体から引き剥がしていた。
 串刺しにしたその白い艦載機を目の前に抱え上げながら、瑞鶴は両手の矢に向けて必死に命令する。


「自爆して――!! お願いッ、早くこいつごと自爆して――!!」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!!」


 突き刺された艦載機はもがきながら、振り向けた口で瑞鶴をなおも撃った。
 額を掠めた銃弾が瑞鶴の眉の上を裂き、血が流れる。
 その痛みと焦りに、瑞鶴は声を荒げた。


「〜〜ッ!! 早くしろっつってるでしょうがァ!!」


 その瞬間、両手に掴んでいた矢は彼女の命令通り、突き刺していたヒグマごと、艦載機に変化する前に特攻のようにして爆発していた。
 矢2本、艦載機10機分に相当する爆轟を体内から喰らい、ついにその白いヒグマも跡形もなく爆散し、死んでいた。

 それを確認し、肩で息をする瑞鶴は、やり遂げたように水上に膝を落とした。
 狂ったような微笑が、口の端に浮かんでくる。


「ひ、ひひひ……。あ、あんたらがその気なら、私だってやれること、見せてやるわよ……」


 古来、武士が心得る武術の中で最高のものとされていた弓ではあるが、これは矢が尽きたり弦が切れたときに用をなさなくなる欠点を抱えている。
 近距離の白兵戦ともなれば、当然弓が使えないこともあった。
 それは多くの正規空母の艦娘にとっても同じである。

 そこで、弓兵が矢を槍の代わりにして戦う発想から発展していったのが、『打根術(うちねじゅつ)』と呼ばれる戦闘法である。
 この打根術は、敵との間合いに応じて、投げれば手裏剣のようにも、紐をつけて振り回せば分銅鎖のようにも、手突き槍としても小刀としても、変幻自在に使用できる臨機応変の武術へと発達していた。

 本来は長さ一尺八寸程度の、短めの矢の形をした専用の武器『打根』を用いる技法だが、これを今瑞鶴は、自身の保有する矢そのものを用いて実行していたわけである。
 艦載機5機分の質量を1本に圧縮した頑強な合金ともいえる瑞鶴たちの矢は、そのまま打根の代用品として用いるのにつけても、武器として十分すぎる性能を有していた。


563 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:32:09 CvlCJq9Q0

「ず、随伴艦なんかなくたって、戦えるんだから……。い、一航戦のやつらなんかとは違うのよ……!!」


 瑞鶴は、自身がライバル視している一航戦の艦娘を上回ったような気持ちになり誇らしくなる。
 だがもしかすると、一航戦の加賀や赤城は五航戦の彼女より遥かにベテランであるので、瑞鶴が窮地でこの技法を思いつく以前に、普通に嗜みとして打根術をマスターしていた可能性も十分ある。
 そんな可能性には、瑞鶴は決して思い至らなかった。


「殴り合ってやるわよ、クロスレンジで……ッ!!」
「そうデスか。それは勇まシイですネ、瑞鶴サン」


 その時、誓うように叫び上げた彼女の背後で、にこやかな女性の声がした。
 柔らかく、それでいて、どうしようもなく歪んだ声だった。

 瑞鶴の背に、滝のような汗が流れた。

 彼女は、『羆嵐一一型』と揉み合っている最中に、北側を向いてしまっている。
 その艦載機が飛んできた方角である南側に、彼女の注意は今の今まで外れてしまっていた。
 瑞鶴はがくがくと脚を震わせ、顔を蒼褪めさせながら、後ろを振り向いた。


「……コンニチハ瑞鶴サン。お久しぶリでス♪」


 そこには、にっこりと微笑む女性の顔があった。
 その下に続く裸体は一面灰色がかり、さらにその下にもう一つ顔がある。
 大きなヒグマの顎が、その口内に、来る途中で拾った樋熊貴人の死体をくちゃくちゃと喰らっていた。
 水面に浮かぶ彼女の体にはそれ以外にも、全身に幾つものヒグマの顎があった。
 瑞鶴の体格の何倍も大きい異形が、目と鼻の先に、いる。

 そうして瑞鶴と彼女が見つめ合った時間は、一体何秒間だったろうか。

 その間にも、壊れかかっていたその女性の主砲は、死体を捕食して補填した質量を以て、見る間に復元されていった。


「――うぎゃあああああぁぁぁあぁあぁぁあぁーー〜〜ッ!!」


 戦艦ヒ級。
 モノクマと、艦載機の搭乗員からの伝聞情報でしか知らなかったその深海棲艦の実物を間近で目の当たりにして、瑞鶴は恐怖で腰を抜かした。


 瑞鶴は気づくべきだった。
 彼女が温泉で戦艦ヒ級を発見した位置は、航空戦を仕掛けるには余りに近すぎていたということを。
 この温泉と、先の戦いの時に戦艦ヒ級がいたハゲ山の西側斜面とは、実は数百メートルも離れていない。

 なおかつ、朝に巨大化した鷲巣巌に踏み固められていたとはいえ、なだらかな丘と言える程度にはE-5の火山は周囲から高い位置にある。
 西の目前にある温泉など、一望できる場所なのだ。

 そして昼。
 日差しもあり、視界を遮るほどの霧は出ない。
 その中から、80機を超える大編隊が、雲霞のように次々と発艦されていくのだ。
 いくら瑞鶴が艦載機を散らしたところで、戦艦ヒ級にとって見れば、『ああ、正確な位置まではわからないけど温泉から出撃してるなぁ』くらいのことはパッと見下ろしただけでわかる程度の位置関係だったのだ。

 遮蔽の無い広大な温泉で、それでも瑞鶴が戦艦ヒ級に場所を特定されなかったのは、佐天涙子と夢原のぞみのおかげで津波が到達しておらず、温泉小屋や土産物屋などの小さな建造物が流されていなかったという幸運のお蔭だ。
 それがたまたま、互いの姿を視線から隠してくれるという、更なる位置関係の運に恵まれたために、瑞鶴は先程の戦いを生き延びることができたわけだ。

 ――彼女はその幸運の直後、ヒグマ提督などにかかずらわず、一気に西か、さもなくば北の街中に逃げ込んで姿を隠さねばならなかった。


564 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:32:27 CvlCJq9Q0

 温泉の中で瑞鶴が採った航路は、戦艦ヒ級が目的とした方向とばっちり重なってしまっていた。
 なおかつ、その目的地であるC-4エリアからは、佐天涙子の熱吸収によって凍りついた津波により、冷やされた空気が周囲に向けて降りるように吹いている。
 その北西からの風は、瑞鶴に対して南にワープした戦艦ヒ級の鼻に、ばっちり彼女の体臭を捕捉させてしまっていたのである。
 戦艦ヒ級がメロン熊に連れられてワープした先の喫茶店もまた、温泉からは数百メートルしか離れていない。
 ヒグマの全速力なら数十秒、てくてく歩いても、戦艦ヒ級が瑞鶴のもとに辿り着くまでは数分もかからなかった。
 『友軍』が温泉の上にいることは確定しており、行先は同じで、しかも近い。
 それなら戦艦ヒ級が瑞鶴のところに寄らない訳はないのだ。

 ――瑞鶴は、戦艦ヒ級の謎の消失を聞き知った直後、その危険性を理解するべきだった。

 一般の深海棲艦の中に、ヒグマの動体視力でも補足できない程高速の空間跳躍をするような者はいるだろうか。いや、いない。
 瑞鶴は軽々しく『テレポートでもしたっていうの?』と言ってのけたが、そんな異常な能力を有していると思しき敵を相手取っていたと感づいた時点で、彼女は作戦の続行を中止し、即座に転進して情報収集に徹するべきだった。
 テレポートするならば、いつ相手が自分の隣に瞬間移動してくるかわかったものではないというのに、だ。
 敵も知らず、己も知らず、何も客観的に判断できないまま敵と戦えば、戦う度に危機に陥るのは必定だろう。


 ――逃げなければ。
 ――逃げなきゃ、沈んじゃう。
 ――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――!!

 水面に尻餅をついて、みっともないバタ足のように踵で水を掻いて後方に逃げながら、瑞鶴はなんとか自分の弓矢をとり、それを即座に、戦艦ヒ級の顔面に向けて射た。
 艦載機内のコロポックルヒグマも、心得ていた。
 母艦の窮地に、彼らは戦艦ヒ級に突っ込み、特攻しようとした。


「ぱく」


 だがその瞬間、瑞鶴の放った矢は、それが爆発したり艦載機に変化する前に、戦艦ヒ級の女性の唇に挟まれていた。


「ぽり、ぽり、ぽり、ぽり。にょむ、にょむ、にょむ。ごくん」


 そして矢はまるで、プレッツェルかスティックキャンディーか何かのように小気味よい音を立てて、見る間に食べつくされてゆく。
 途中、彼女の口の中で艦載機も分裂したようで、その頬がリスのように膨らんだりしたが、そのまま何が変わることもなく咀嚼は続けられ、そしてついに飲み込まれた。
 矢を食べ終わった戦艦ヒ級は、ぺろりと唇を舐めて微笑む。


「ご馳走様デス♪ さすが瑞鶴サンの機体ハ割っても美味シイですネ♪」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る」


 そして次の瞬間、戦艦ヒ級の髪の下から、先程の白いヒグマの艦載機、『羆嵐一一型』が這い出てきた。
 その数は、ちょうどきっかり、5体だ。

「あ、あ、ああ……」

 瑞鶴はようやく、自身の艦載機が南の街に消えた後に起きていた異常事態の全容を、理解した。
 艦載機同士の格闘戦に負けて撃墜された零戦たちは、戦艦ヒ級に捕食され、即座に戦艦ヒ級の艦載機に作り変えられていたのである。
 1機を5機で迎えれば6機となって返り、それを10機で迎え撃てば16機になって返ってくる現象は、戦艦ヒ級が瑞鶴の零戦を全て鹵獲して再利用していたということを意味していた。


「いやぁぁあぁぁああぁ〜〜――ッ!!」


 どうしようもない恐懼に駆られた瑞鶴は、もはや弓を引くことすらままならず、掴んでいた矢を、苦し紛れにそのまま上に放り投げた。
 その矢は何とか5機の艦上爆撃機『彗星』に分裂し、戦艦ヒ級の上に急降下爆撃した。

 彼女はケロッとしていた。

 爆弾が次々と直撃していくのにも関わらず、戦艦ヒ級の艤装の毛皮にはほとんど傷などついていなかった。
 彼女は嬉しそうに笑いながら瑞鶴に語り掛けるのみだ。


「ヤハり大和の国の飛行機は素晴らシいデスよね♪ ちょっと加減すれば機銃モ避けちゃいマスシ♪
 お肉を晒してあげれば攻撃力もナカナカですシ♪ 機体のデザインもカッコイイです♪
 食べちゃうノガ勿体なイので隠れヨウと思ってたんデスガ、まあいいデスよね。再利用しますカラ♪」


565 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:33:04 CvlCJq9Q0

 彼女の首元から5機の『羆嵐一一型』が飛び発ち、そして爆弾を投下し尽した『彗星』を瞬く間に撃墜した。
 撃墜された爆撃機はパクパクと、戦艦ヒ級の副砲の口が捕えて食べてしまった。


「ひ、ひゃ、あ……――」


 もはや瑞鶴は腰の抜けたまま、喘ぐことしかできなかった。
 じょろじょろとスカートの下から、バラスト水が漏れた。

 彼女は悟った。

 戦艦ヒ級はあの時、全く戦う気もなく、瑞鶴の放つ艦載機の実力を、楽しみながら見物していただけだった。
 機銃を避ける機動に感動し。
 肉を弾き飛ばす爆弾の威力を検証し。
 そのデザインに見惚れていただけだった。

 単に彼女が山から逃げようとしていたのは、その格好いい艦載機たちを食べてしまって、デザイン上ちと微妙な雰囲気のある自分の艦載機にしてしまうのが勿体なかったからである。
 メロン熊に対して戦艦ヒ級が『助けて頂いテどうも有難ウ』と言っていたのは、『(友軍の艦載機を)助けて頂いテどうも有難ウ』という意味に過ぎなかった。

 そもそも、武田観柳が撃つライフル並の威力を有した鍍金村田銃の連射でも、戦艦ヒ級の艤装は貫き切れなかったのである。
 艦娘の艦載機に合わせて1/72か1/144スケールかそこらのサイズに縮小された500kg爆弾など、実際には1グラムあるかないかの爆薬しか含んでいないのだ。
 実エネルギー量で見れば、鍍金村田銃のスラッグ弾一発と、ミニチュア500kg爆弾一発は攻撃時にほぼ同等の熱量を持っていると考えられる。
 本来なら、彼女の毛皮をそうやすやすと破壊できるはずはなかったのだ。


 瑞鶴の目の前にいるのは、艦娘の大和ではない。深海棲艦の、戦艦ヒ級だ。別物だ。
 なおかつ、米軍艦載機386機の波状攻撃を受けて沈んだのは本物の軍艦の大和であり、なおのこと別物だ。
 さらに、現状瑞鶴の艦載機はその数に足りていないし、単独でその全てに波状攻撃を実行させるなどという行動は、絵に描いた餅にもならぬ皮算用だった。

 彼女一人で、戦艦ヒ級を片付けられるわけなど、始めからなかったのだ。

 戦艦ヒ級は、震える瑞鶴を覗き込みながら、笑った。


「さて瑞鶴サン、どうして大和二わざわざ攻撃ナンテしてきたんデスカ? 友軍じゃナイですカ」


 瑞鶴には、その問いの意味を理解することができなかった。
 目の前の深海棲艦が大和なわけが無い。
 まるっきりとんちんかんな発言だった。


「冗談じゃないわァ!! お前が大和さんなわけあるか!!
 死ねッ!! 沈めッ、この深海棲艦んん――ッ!!」


 瑞鶴は叫んだ。
 死に瀕した恐怖が振り切れて、後先も考えず絶叫し、彼女は右手に自分の矢を掴んで、目の前の戦艦ヒ級の眼球に突き立てようとした。

 戦艦ヒ級は、それを驚いた表情で身を退いて躱す。
 数歩水面を後ろに離れて、彼女は首を傾げて瑞鶴に問うた。


「……何を言ってイルんですカ瑞鶴サン? 私は大和デスよ、お忘れデスカ? 一緒ニ水着で遊んダリしたじゃ……」
「うるさぃい!! お前が大和さんを騙るな戦艦ヒ級ッ!! 深海棲艦風情がッ、それ以上口を開くなァ!!」

 呆然と呟く戦艦ヒ級に対し、瑞鶴は見開いた目で叫んで、びしょびしょになったスカートを抑えながら立ち上がった。
 そうして弓に矢を番えようとする瑞鶴を見ながら、戦艦ヒ級は首を横に振る。


「しん、かい、せい、かん……? 私ガ……? そんなことアルわけ、ナイじゃないデスか……」
「全機爆装ッ!! 準備出来次第発艦!! 目標、目の前の深海棲艦――ッ!!」
「深海棲艦ジャアリマセンッ!!」


 大気を震わせるように叫んだ戦艦ヒ級は、唇を噛んだ。
 樋熊貴人を捕食してすっかり元通りになっている主砲を構え、彼女は溜息を吐く。


「……ヤッパリあの男の人の言っタ通りデスね。悪いヤツに艦橋を乗っ取られていマス。大和が壊シテあげマセンと」
「やっちゃって――ッ!!」
「……全砲門、薙ギ払エ」


 瑞鶴の放った矢はその瞬間、同時に発射された戦艦ヒ級の主砲を至近距離から受け、瑞鶴の姿ごと、木端微塵に爆散した。
 その砲撃は温泉の端まで、水面に御神渡りのような水柱を吹き上げ、北のD-4の街並みを一部崩壊させた。

 水飛沫の降りかかる中、跡形もなく消え去った瑞鶴の存在に、戦艦ヒ級は満足げに笑う。


「良かっタ♪ これで操られてイタ瑞鶴サンも正気に戻りマシたネ! 後デ提督に褒めてもらいまショウ」


566 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:33:41 CvlCJq9Q0

 そうしてにこにこと見上げるのは、冷気の流れてくる北西の街並みだ。
 その風に乗る香りに、彼女は既に、目的とするヒグマ提督の所在を特定していた。

「エエト、あれから男の人が2人、女の子が1人、小熊サンみたいナ子が1人増えマシタか。
 アソコが提督の停泊してイル泊地ですネ。すごい大艦隊デス♪ 大和も楽シミです♪」

 そうしてC-4に続く氷の斜面を、彼女はその逞しいヒグマの四肢を用いてしっかりとよじ登ってゆく。


「本当に、大和を深海棲艦と間違えるなんて失礼しちゃいますよね。
 皆さん早いところ正気に戻ってくださいー、って感じですマッタク」


 得意げな顔で胸を張り、彼女は優雅に行進していった。


【C-4とD-5の境 温泉に溶け入る氷上 午後】


【戦艦ヒ級改flagship@深海棲艦】
状態:精神錯乱、耐久ゲージ全回復
装備:主砲ヒグマ(24inch連装砲、波動砲)×1
副砲ヒグマ(16inch連装砲、3/4inch機関砲、22inch魚雷後期型)×4
偵察機、観測機、艦戦、艦爆、艦攻、爆雷投射機、水中探信儀、培養試験管
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:ヒグマ提督に会う
1:ヒグマ提督の敵を殲滅する
2:ヒグマ提督が悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、それを奪還してみせる。
3:あの男の人は、イイヒトだった。大和の友達です。
4:私を助けてくれたメロン熊さんはイイヒト。大和の友達です。
5:皆さんが悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、正気に戻してあげなくちゃですね!
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました
※金剛の死体を捕食したことでヒグマ30〜40匹分のHIGUMA細胞を摂取しました
※その影響でflagship→改flagshipに進化しました


    ★★★★★★★★★★


「アー笑った笑った。お粗末様でした瑞鶴」
「艦娘みたいな非常食と深海棲艦みたいな非常食が勝手に暴れ回って潰し合うなど、実際どうでもいいんだがな」
「うぷぷ、そうだね〜。地上よりまずは地下の席巻を完遂させなきゃいけないからね〜」

 工廠でその一部始終の中継を見ていたチリヌルヲ提督、ロッチナ、モノクマの三者は、その見物を終えて感想を述べ合った。

「モノクマさんは、シバさんやキングを仕留めてるんじゃないのか?」
「シバクンは予想以上に劣等生だったから軽く殺せるんだけどさぁ〜、今メクラインさんが最期の仕事でシロクマさんを逃がしちゃいそうなんでさ。
 シーナークンも殺し切ったわけじゃないし、どうにかする必要はあるかな〜、なんて思うわけよ」
「流石ツルシインさんは匠の仕事だよね。僕ら第三かんこ連隊もこの工廠にはホント感謝してます!
 ありがとう、ツルシインさん! 少なくともオレは貴様のことを忘れないような気がする!!」


 モノクマの言葉を受けて、チリヌルヲ提督は大げさな動作で探照灯を掲げ、適当なことを言いながら祈るように両手を合わせていた。
 ロッチナはそんな彼に、生き残ったという司波深雪の追撃を打診する。


「……じゃあその匠の仕事を引き継いで、シロクマさんでもいたぶってくるか? チリヌルヲ」
「いやぁ光栄ですね。シロクマさんの白魚のようなお体に劇的ビフォーアフターかっこ意味深できるなんて。
 喜んで僕は受けるけど、他のところにオレが行かなくて大丈夫か?」
「診療所には既に『第十』の連中がいる。クイーンさんたちや他のは出方を待てるし、大丈夫だ。問題ない」
「なるほど、一番いい布陣を頼む。キリッ、だね。了解了解〜」


 軽い調子で別室から出てゆく、深海棲艦の帽子を被った彼を見送り、ロッチナは再び、モニターの前で監視作業に戻るのみだった。


567 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:34:27 CvlCJq9Q0

【E-4の地下 ヒグマ帝国:艦娘工廠 午後】


【穴持たず677(ロッチナ)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:艦娘のために、ヒグマ帝国を乗っ取り、ゆくゆくは秋葉原を巡礼する
0:他のヒグマの間に紛れて潜伏し、反乱から支配を広げ、口減らしをしてゆく。
1:艦隊これくしょんと艦娘の素晴らしさを布教する。
2:邪魔な初期ナンバーのヒグマや実効支配者を、一体一体切り崩してゆく。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※『ヒグマ提督と話していたヒグマ』が彼です。
※ゲームの中の艦娘こそ本物であり、生身の艦娘は非常食だとしか思っていません。


    ★★★★★★★★★★


「ムラクモ提督! 無事最後の生存者を確保しました!!」

 その工廠の前の地底湖湖畔に、第二かんこ連隊の者たちがいた。
 中央にいた、青い体毛にカーキ色の軍服を合わせたヒグマがその声に振り向く。
 ムラクモ提督と呼ばれる彼は、駆逐艦叢雲の持つマストを槍のように携え、歩んでくる隊員たちを笑顔で出迎えた。

「ご苦労。こちらの御嬢さんかな?」
「はい。例の巨大な人間が侵入してきた地点の傍で隠れていたそうです!」

 2名の軍服を着たヒグマに両脇を支えられ連れて来られたのは、震えている幼げなメスのヒグマだった。
 まだ生まれたばかりのようで、あたりを見回しながら、不安と恐怖に押し潰されそうな様子だ。
 ムラクモ提督は彼女の前に屈み込み、優しく撫でてやりながら問いかける。


「……目覚めてすぐ襲撃と停電の連続では、さぞ恐ろしかっただろう。安心しなさい。もう大丈夫だ」
「うっ……、うぅ……、ありがとうございます……」

 血腥く破壊された住居と暗闇の中で暴れ回る浅倉威Jが物心ついて初めて見た光景であるなど、はっきり言ってトラウマものだ。
 ムラクモ提督は、涙を零す彼女に微笑む。


「自分の番号は言えるかな?」
「あ、穴持たず1013です……」
「生き残っているのは本当にキミで最後だな? キミの後に生まれて来た者は居なかったか?」
「い、いないはずです……。私が起きた時は、もう周りは真っ暗でした……」
「そうか。もう怖がることはない。我々艦これ勢が、必ずや守るからな」
「は、はいっ……!」


 力強いムラクモ提督の言葉に、穴持たず1013は表情を明るくした。
 ムラクモ提督はごく自然な動作で、彼女を安心させるかのように抱き寄せる。
 穴持たず1013はそれに身を委ね、そして、二名の唇が重なった。


「ん……、んふっ……!?」


 その次の瞬間、穴持たず1013の鼻腔から、驚愕の吐息が漏れた。
 彼女は眼を見開き、四肢をばたつかせ、声を上げようとした。
 だが、その口はムラクモ提督が塞ぎ、体はきつく抱きしめている。
 そして数秒たつと、彼女は眼を閉じて動かなくなっていた。

 ムラクモ提督は、彼女の心臓を一突きにしていたマストの槍を引き抜き、そこに付着している血液を払って彼女の毛皮を用いて拭った。


「……我々艦これ勢が、キミたちの名誉を、必ずや守ろう。
 そのために、キミはその血肉を供出して我らに捧げ、仏と成っていてくれ給え」


 ムラクモ提督は穴持たず1013の死骸にそれだけ言い残し、死骸を連隊のメンバーに、工廠の中へと運び込ませた。
 滴った穴持たず1013の血液が、地底湖に流れ落ちる。

 探照灯を照らせばわかるだろう。
 既にその地底湖は、大量の血液で真っ赤に染まっている。

 第二かんこ連隊が助け出し、確保した帝国の一般ヒグマたちは、みなこの場で、一気に殺処分されてしまっていたのだ。
 ビスマルクが解体しても解体しても、仕事がまだまだ沢山残っているのは、ひとえにこのことによる。


568 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:35:00 CvlCJq9Q0

「いやぁお疲れ様ムラクモ提督……。相変わらずキマッてるね。格好いいよ」
「ありがとうチリヌルヲ。こんな時でも鍛練とはお前も精が出るな」
「夕立提督特製の『骨肉茶(バクテー)』差し入れに来たから」
「それは助かる」

 天井の暗がりから聞こえていた声は、ムラクモ提督の返事を聞いて音もなく地面に降り立つ。
 チリヌルヲ提督が、両手にヒグマの頭蓋骨でできた椀を持って微笑んでいた。
 ムラクモ提督に差し出されるその椀の中には、なみなみと熱い肉スープが注がれている。
 彼はこれを零すことなく、天井を後ろ脚の爪だけで掴み、わざわざ逆さまに歩いてやってきたわけだ。

 ムラクモ提督は、同胞の骨肉から染み出る深い味わいに舌鼓をうった。


「うむ……。旨い。流石は夕立提督のレシピだ。彼女の魅力が増すな」
「そうだね。ビスマルクのバラスト水入りだからね。そのテのオイシさはあるよね」
「ぶっふぅ!?」


 ムラクモ提督は、その衝撃の情報を耳にして思わずスープを吹き出した。
 だばだばと口からスープを吐きながら彼は眼を点にして、笑いを堪えているチリヌルヲ提督に問うた。

「おっ、おまっ……。本当なのかそれは……!? そんなことをしたらビスマルクに不名誉が降りかかるのではないか!?」
「クッ、ククッ……。真面目過ぎでしょムラクモ提督……。嘘に決まってるじゃないのそんなん。
 それとも叢雲ちゃんのバラスト水が飲みたかった?」
「不謹慎なことを言うなッ!!」

 ムラクモ提督は、駆逐艦叢雲の装備であるマストの槍を掲げ、チリヌルヲ提督に力説する。


「我ら第二かんこ連隊は、艦これと艦娘に名誉をもたらすため、邪魔者を殺滅し、己の総力を挙げて武勲を上げ、名誉の戦死を遂げることこそが望み。
 そのためには艦娘の浮世の肉体であろうと殺して差し上げよう。だがその霊魂を不名誉に落とすような行為は慎んでもらうぞ。
 ビスマルクを持て余しているのなら、彼女の名誉のためにもさっさと解体してやれ!」
「あーもう大丈夫だよ。ビスマルクはちゃんと『仕事』してるだけだって。彼女が自分で望んでやってることだから好きにさせたげなよ」
「むう……。それならいいが。まぁ夕立提督に任せておけば、まかり間違っても艦娘の『意に反した無理強い』など起きないだろう」

 納得したムラクモ提督が再びもそもそとスープを食べ始めた中、一気に骨肉茶を飲み干してその骨の椀を砕き食べたチリヌルヲ提督が、踵を返して掌を上げる。


「それじゃ僕ら『第三』はシロクマさんで楽しんでくるから。またね」
「ああ、武運を祈るぞ」

 別れを告げるチリヌルヲ提督に、ムラクモ提督もスープを飲み干して手を振る。
 それを確認してチリヌルヲ提督は、笑いながら彼に呼びかけた。


「あ、あとさっきのバラスト水の件ね。嘘っていうのが嘘だから」
「グッハァ――!?」
「くっはっはっはっは、それじゃあ『第二』のみんなも頑張ってね〜」


 胸元を押さえて悶絶するムラクモ提督のリアクションに爆笑しながら、チリヌルヲ提督は暗がりに消えていった。
 慌てて駆け寄った連隊のヒグマたちに支えられながら、ムラクモ提督は叫んだ。


「ま、待てチリヌルヲ!! 一体どっちが真実だッ!?
 ……クソッ、我らも工廠に戻るぞ! 真相と今後の作戦を確かめるッ!!」
「は、はいっ!!」


 第二かんこ連隊と第三かんこ連隊の各人員は、互いに対照的な方向と動静で移動していった。


【E-4の地下 ヒグマ帝国:地底湖 午後】


【ムラクモ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第二かんこ連隊』連隊長(ミリタリーガチ勢)
装備:駆逐艦叢雲の槍型固有兵装(マスト)、軍服、新型高温高圧缶、61cm四連装(酸素)魚雷×n
道具:爆雷設置技術、白兵戦闘技術、自他の名誉
[思考・状況]
基本思考:戦場を支配し、元帥に至る名誉を得るついでにヒグマ帝国を乗っ取る
0:ロッチナの下で名誉のために戦う。
1:名誉のために殺戮し合うことの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘を皆平等に殺して差し上げる。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※艦娘と艦隊これくしょんの名誉のためなら、種族や思想や老若男女貴賎を区別せず皆平等に殺そうとしか思っていません。
※『第二かんこ連隊』の残り人員は50名です。


569 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:35:38 CvlCJq9Q0

【チリヌルヲ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第三かんこ連隊』連隊長(加虐勢)
装備:空母ヲ級の帽子、探照灯、照明弾多数
道具:隠密技術、えげつなさ、心理的優位性の保持
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国を乗っ取る傍ら、密かに可愛い娘たちをいたぶる
0:ロッチナの下で隠れて可愛い子を嬲り、表に出ても嬲る。
1:艦娘や深海棲艦をいたぶって楽しむことの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間も嬲り殺す。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※艦娘や深海棲艦を痛めつけて嬲り殺したいとしか思っていません。
※『第三かんこ連隊』の残り人員は46名です。


※今までに登場していない無名のヒグマは、第二かんこ連隊の手によって皆殺しにされました。
※殺されたヒグマは、ビスマルク及び第一かんこ連隊の面々によって解体・再利用されています。


    ★★★★★★★★★★


『……何やってんだろね、私は』

 ある建物の屋上で、メロン熊がそう呟いた。
 彼女はそのまま、前脚に掴んでいたものを無造作に地面に降ろす。

 降ろされたのは、弓術用の衣服と艤装に身を包んだ、碧髪をツインテールとした少女。瑞鶴だった。
 彼女は自分の身に起きた事態が理解できないようで、瞠目して倒れたまま辺りを見回し始める。

 大和の砲撃が被弾する寸前、彼女はメロン熊のワープによって助け出されていたのだ。


 メロン熊は、戦艦ヒ級に捕食されかけた際、D-5の温泉の横の小さな土産物屋にワープしてきていた。
 その直後、瑞鶴及び戦艦ヒ級の艦載機による戦闘が目の前の温泉で勃発し、メロン熊は『うわまたか、タイミング悪いところに移動してきちゃったな』と思ったわけである。
 風下であるそこで土産物屋のまんじゅうをぱくつきながら、メロン熊は『なに必死こいて戦ってるんだこの娘は。さっさと逃げればいいのに』と思いながら瑞鶴のその戦いを見物していたわけだが、いよいよ戦艦ヒ級が瑞鶴の背後に歩いてきたのを見て『あ、これは喰われるな』と彼女は察した。

 今度は別に助けないでも良かろうと思ったメロン熊であるが、瑞鶴と戦艦ヒ級が、どうやらもともと知り合いだったのに何かしらの行き違いでいがみあっているらしい、ということを彼女たちの会話から察して、メロン熊は自身とくまモンのことを思い出して何となく不憫に思ったわけだ。

 そのため彼女は、とりあえずお互いに頭を冷まさしてやろうかと老婆心を起こして、瑞鶴を連れてワープしてきたのである。


「まぁ何があったか知らないけど、少し落ちついてさ……」


 メロン熊は屋上の端から建物の外を見やりながら、人間の言葉で瑞鶴に呼びかけようとしていた。
 だがその瞬間、彼女の右臀部に、突如鋭い痛みが襲っていた。


「――自爆しろッ!! 今すぐ自爆してこいつを沈めなさいッ!!」
「なっ……、ガッ……!?」


 振り向けば、瑞鶴が鬼気迫った表情で眼を見開き、メロン熊に両手で自分の矢を突きたてていた。
 驚愕するメロン熊の中にさらに深く矢を突き込み、もう一本の矢をうつぼから取り出しながら、瑞鶴は叫ぶ。


「深海棲艦は、沈めぇええぇえぇぇええ――!!」
「――ッッ、おだつんな(ふざけるな)このメンタァッ(メスガキ)!!」


 メロン熊は前脚を振り払い、突き刺さった矢ごと瑞鶴の体を弾き飛ばした。
 瑞鶴は屋上のコンクリートを転がったものの、爛々と眼を光らせたまま弓にその手の矢を番えていく。


「しち、メン、チョウですって――ッ!? 冗談じゃないわ――!!」
「言ってねぇよたくらんけ(バカヤロウ)!!」


 瑞鶴が呻きながらその矢を放った瞬間、メロン熊は捨て台詞を吐いてその場からワープし、逃げ去っていた。
 建物の屋上から、大きく離れた草原に移動し、彼女はすさまじい苛立ちに唸りながら、津波の引いたその地を、その周囲の草や瓦礫に当り散らしつつ歩いていく。

 ガラでもない老婆心を起こしてみれば、その対価に返ってくるのはとんでもない不利益ばかりだった。
 全てそれは、あのヒグマ提督とかいうカスに関連していると思しき者たちからのものだ。

 彼女は怒りを顕わにして唸った。


『ほんっと、ウザいやつばっか!! 軍艦に関わってる輩はキチガイしかいねぇのかよ野垂れ死ね!!』


570 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:36:08 CvlCJq9Q0

 ダサくてウザくてわからずやな上に、所構わず喚き散らすような無粋な輩に、守る価値なんてない。
 人間だろうとヒグマだろうと、そんなヤツらに、メロン熊は価値などないと考える。

 この島に戻ってくる時も彼女は、仕事以外の場所でそんなヤツらが突っかかって来るなら、迷わずそのウザったい喚きを止めてやると心に誓っていたのだ。


 もう金輪際、船のような装備を持ってる奴らに関わるのはやめよう。とメロン熊は決心した。
 もしくはさっさと叩き殺すに限る。と、そうも彼女は思った。


【E-7 鷲巣巌に踏みつけられた草原 午後】


【メロン熊@穴持たず】
状態:愚鈍な生物に対しての苛立ち、左大腿にこむら返りの名残り、右臀部に刺創
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる演技を続ける
0:軍艦だのゲームだのにうつつ抜かしてるアホはさっさと死に絶えろ!!
1:やっぱりあのヒグマは最低のカスだった。敵と呼ぶのも烏滸がましい。
2:くまモンが相変わらず、立派過ぎるゆるキャラとして振る舞っていて感動するわ、泣きたいくらいにね。
3:今度くまモンと会った時は、ゆるキャラ失格な分、正しく『悪役』として、彼らの礎になるわ……。
4:なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
5:メスだから助けるとかそんなもんねーわ。好き勝手したいなら一人でやってろ。
6:ウザいやつに守る価値なんてねぇよ!! キチガイは勝手に死ね!!
[備考]
※鷹取迅に開発されたメスとしての悦びは、オスに対しての苛立ちで霧散しました。
※別にメス相手だったら苛立たないかというとそんなことはありません。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」「ヒグマ細胞破壊プログラム」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。


    ★★★★★★★★★★


「――なんで自爆しなかったのッ!! 応答が遅いのよ!! 私は殺されるところだったのよ!?」

 瑞鶴はコンクリートの屋上で身を起こし、艦載機となって戻ってきた自分の矢に向かって激しい叱責を飛ばした。


「あれが戦艦ヒ級をテレポートさせたヤツだったのよ!? 噂の『輸送メ級』とかいうやつに間違いないわ!!
 あんなもの生かしておいたら、いつまた私や提督が狙われるかわかったものじゃないでしょ!?
 なんであんな危険な艦を最初から発見できなかったの!? 戦艦ヒ級発見して鬼の首とったみたいに浮かれてんじゃないわよ!!
 敵艦一つ見ただけで満足し、偵察放棄して本命の大部隊に釣られるとかマヌケにもほどがあるでしょ!? 索敵くらいきちんとしやがれ!!」


 メロン熊の、張り付いたような険しい表情。
 頭部全体を巨大な緑色の球体と、血管のようにひび割れた白い筋で覆っているという、異形。
 これだけ揃えば、あのメロン熊を深海棲艦だと断定する証拠としては、瑞鶴の中では十分だった。

 モノクマから彼女は、雪辱を晴らすべき深海棲艦の情報を、それこそ『大量に』教えられていた。
 地上に出てから次々と、その情報に適合する奴らと出会うため、その情報の信憑性は非常に高いと瑞鶴には考えられる。
 戦艦ヒ級や貴人棲鬼、輸送メ級以外にも、倒さなくてはいけない深海棲艦はこの島に山のように跳梁跋扈しているらしいのだ。

 彼女は恐ろしさに頭を抱え、自分の矢をなじった。


「……何よ。あんたたちがきちんと敵艦隊の全容を見つけて報告してくれば、私はそもそも一人であんな輩と戦おうなんて思わなかったわよ!!
 こんな大敗北を喰らって……。ヒグマ提督からも離されて……。そもそも報告前に無断で戦闘ふっかけんじゃないわよ!!
 ふざけないでよ!! あんたたちが唆したんでしょうが、私を!!」

 周囲の者には一切の音も聞こえぬその矢からの声に、瑞鶴は眼を怒らせながらギリギリと歯を噛んだ。


571 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:36:57 CvlCJq9Q0

「そもそも私は、あんたたちの部下でもなんでも無いのよ……!? 母艦は私。あんたたちはそこに載せてもらってるだけの居候の分際でしょうが!!
 迷惑なのよ『瑞鶴提督』とかいうネーミング!! 私はあんたの存在なんか写真でしか知らんわ自重しろ!!
 ……はぁ? 『瑞鶴ちゃんの体はオレたちの肉だ』ぁ? いい加減にして!!
 わざわざ呼ばれてきてやった側よ私は!? てめぇの都合で建造して、自分から素材になっておいて何なのよその態度は!!
 私だってわざわざあんたたちみたいなマヌケどもの肉で作られたくなんかなかったわよ!!
 何よ偉そうに!! 私に雪辱を晴らさせたいんでしょう!? 矛盾しすぎなのよ!!
 ……敵機見たら視界渡さずとも、せめてセ連送とか。敵艦発見時は即座にタタタタとかアテヨイカヌミユとか。
 攻撃時にはワケフウメルセントスとか。特攻する気ならセタセタセタくらい送って来いよ!! 電信も知らんのか!!
 私に烈風も載せられなかったくせに、小沢っちみたいに誠意を示すことはできないの!?」


 大戦中の瑞鶴には、当時、連合艦隊最後の司令長官だった小沢治三郎中将が、何とか新鋭の戦闘機である『烈風』を載せようと計画し努めていた。
 しかし艦載機の更新は遅れに遅れ、結局マリアナ沖海戦時、彼女に載せられていた戦闘機は零戦のままだった。
 彼女にアウトレンジ戦法の指示を出した人物でもある彼は胃を痛めながら、彼女に対して深く陳謝したし、だからこそ彼女は彼を信頼し、艦娘になっても彼を『小沢っち』と呼ぶほど昵懇の仲になっていたわけである。

 だが同じ状況で、瑞鶴を構成するヒグマたちは、開き直って瑞鶴を責めようとしていた。
 瑞鶴の堪忍袋は緒ごと引き千切れた。


 ――烈風があれば。

 零戦よりも性能のいいその機体があれば、マリアナ沖海戦でも勝っていたかもしれない。
 戦艦ヒ級にも、勝っていたかもしれない。

 そんなことを考えて、瑞鶴は自分の矢を睨みつける。
 山地で戦艦ヒ級を攻め込んだ際につけても、彼らコロポックルヒグマが操縦していたのは零戦だ。
 全力を挙げて討伐せねばいけなかったその場面で零戦なのだから、彼らが戦闘機においてそれ以上の性能の機体になれないことは確定的に明らかだ。
 彼らが偉そうに開き直れる要素は一つもない。


 瑞鶴はそうして矢に、『噛みついた』。


「……よこせ! 寄越しなさい、あんたたちの視界……!! あんたたちの意識……!!
 指揮権はあんたたちじゃなくて、私にあるのよ……!! あんたたちはただの飛び道具……!!
 残るべきなのは、『飛行機』じゃなくて、『艦』よ!!」


 ごりごりごりごり、と、瑞鶴はその話し相手を喰らうかのように、自分の矢を削るように、その矢を何度も奥歯で軋らせる。

 一応彼女の名誉の為に言っておくが、彼女の艦載機も本来は彼女と視界のリンクが出来る。
 一航戦の赤城や加賀だってしているし、彼女の姉の翔鶴だってできるのだから、できないはずがない。
 さらに、艦載機と艦の間で無線通信をすれば、わざわざ母艦まで艦載機が戻ってくる以前に具体的な指示のやり取りは簡単にできるのだ(当然、傍受される危険はあるので暗号通信にすべきかも知れないが)。

 先の戦艦ヒ級との戦いで、彼女が『偵察機が帰ってくるまで戦闘状況を知ることは出来ない』などという、作戦行動として大分頭のおかしい状況に陥らざるを得なかったのは、ひとえに艦載機に搭乗しているコロポックルヒグマどもが、瑞鶴を自分たちの好きなように動かそうと自我を強め、ろくな戦術眼もないまま勝手な行動をしていたからに他ならない。
 『偵察機が帰ってくるまで戦闘状況を知ることは出来ない』のであれば、全機撃墜されても瑞鶴はそのことに気付くこともできずそのまま待ちぼうけを続け、逃げることすらできなくなるわけだ。
 そんな状況でアウトレンジ戦法なんぞ採ったら小沢っちが卒倒してしまう。
 事実、南の街からの戦艦ヒ級の逆襲に際して瑞鶴はこれの所為で撤退のチャンスを逸したので、どう考えてもこの搭乗員のヒグマたちは狂っていたと言えよう。


 瑞鶴は自分の矢の中にあった自分以外の意識を喰らい尽し、千切られて無くなった右耳を押さえて静かに立ち上がる。
 そうして彼女は、自分の記憶に刻まれた、小沢治三郎中将の幕僚への指示を口ずさんだ。


572 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:37:36 CvlCJq9Q0

「ミッドウェー海戦で日本がやられたように敵空母の飛行甲板を壊すこと」
「相討ちはいけない、負ける」
「味方の艦を損傷させてはいけない、人命より艦を尊重させる、飛行機は弾丸の代わりと考える」
「ミッドウェーの失敗を繰り返さないように絶対に敵より先に漏らさず敵を発見する、攻撃兵力を割いても索敵する、三段索敵を研究せよ」
「陣形は輪形陣でなければならない」


 一応彼女の名誉の為に言っておくが、瑞鶴が尊敬する小沢っちのアウトレンジ戦法を採用した場合、艦載機の損失は計算に織り込み済みである。
 もともと日本海軍は飛行機搭乗員の生還率が低い。戻って来させる配慮なり助ける配慮なりが、あんまり無い。
 飛行機が残っていようが母艦が沈めば元も子もないので、そのためなら特攻だろうが機体の使い捨てだろうがやってのける。
 そういう思考回路なわけである。

 堕ちた機体と搭乗員を悼むのはいいが、それで機体と搭乗員の命を惜しむようでは本末転倒。
 それが彼女の言う、『アウトレンジ』の内容である。

 そしてそもそも瑞鶴には、よく知りもしないマヌケなヒグマどもの命を惜しむ理由も正当性もどこにもない。
 瑞鶴が好きで死んで肉になったんなら、もう一回瑞鶴のために死んだところで何の問題もないやろと思うだけである。


「私が幸運の空母なんて……。誰が持て囃して一気に人気になったのか知らないけど、そんなことないわ。
 私だってたまにはケガするし、一生懸命やってるだけ。本当の幸運の女神は、翔鶴姉よ……。
 私が負うはずだった損傷を、代わりにずっと、受け続けてくれたんだから……」


 右耳から半凝固した血の塊をべっとりと掬い取り、瑞鶴は右手の指を自分の胸当てに這わせる。
 迷彩塗装に塗りつぶされて消えかけた、『ス』という識別用の文字をなぞり、赤い血文字で、浮き立たせた。

 そしてそのまま、彼女は自身の負う12cm30連装噴進砲に、『シ』という文字を描く。

 翔鶴の轟沈を教訓として配備されたその噴進砲は、今の瑞鶴が唯一、姉の存在を感じられるものだった。


「見守っていて翔鶴姉……。雪辱も、任務も……、私はきっとやり遂げてみせる……」


 そうして佇む瑞鶴の耳に、ふと近くから物音が聞こえた。
 彼女はすぐさま、階下への階段が張り出す建屋の壁の陰に隠れる。
 物音は、その階段の下から聞こえてきたようだった。
 何者かが、階下にいるのだ。

 瑞鶴は掌の血をべろりと舐め取り、壁に隠れたまま矢を取り出して弓に番える。


「……さて、何事も、正しい索敵と状況把握がなきゃ始まらないのよ。
 そうでもなきゃ、大量の深海棲艦相手にアウトレンジなんて保てないわ。
 もう失敗しないからね、小沢っち、翔鶴姉……!!」


 引き絞った手の中の矢からはもう、ウザったくマヌケな口答えは、聞こえなかった。
 ウザったくマヌケなヒグマの肉でできているのは、瑞鶴の体だった。


【C-6 総合病院の屋上 午後】


【瑞鶴改二@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、小破、左大腿に銃創、右耳を噛み千切られている、右眉に擦過射創、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:夜間迷彩塗装、12cm30連装噴進砲
   コロポックルヒグマ&艦載機(彗星、彩雲、零式艦戦52型、他多数)×155
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:階下にいるのは何……? そしてそもそも、私はどこに転移させられたの……?
1:危険な深海棲艦が多すぎる……! 十全の索敵をして身を守らないと……!
2:偵察機を放って島内を観測し、ヒグマ提督を見つける
3:ヒグマ提督を捜し出して保護し、帝国へ連れ帰る
4:ヒグマとか知らないわよ。任務はするけど。ただのマヌケの集まりと違うの?
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り155体を装備しています。
 矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。


573 : アンチ・ビストロン ◆wgC73NFT9I :2015/03/20(金) 12:40:16 CvlCJq9Q0
以上で投下終了です。

前後編にしようかと思っていたんですが割と別の話になってしまったので、
続きまして、改めて戦艦ヒ級、佐天涙子、初春飾利、アニラ、北岡秀一、
ウィルソン・フィリップス上院議員、パッチール、ヒグマ提督、天龍、島風、
天津風で予約します。


574 : 名無しさん :2015/03/21(土) 01:29:24 pJMBMXbo0
投下乙
憐れビスマルク。艦これ勢はもはや某ISIS級に危険な連中だなぁ。
以前のヒグマ帝国なら話し合いによる平和的解決もあり得たかも知れないがコイツらには無理だ。
評価ボロクソで案の定復活したヒ級ちゃんにボこられる瑞鶴さんだけど以外にもがんばって奮戦。
先端の艦載機ごと矢を突き刺して体内で爆発させる打根術が実にエグくて素敵でした。
やっぱ空母は面白い戦い方が出来る。機銃は豆鉄砲だしこの方法以外で彼女はヒグマを倒せなさそうな問題も浮上したが…。
微妙に小物だけど根は姉や小沢中将に敬意を払うあの瑞鶴なので切ない


575 : ◆wgC73NFT9I :2015/03/21(土) 23:04:55 WyvZSMbo0
感想ありがとうございます。
瑞鶴の矢は、カードでは確かに先端に艦載機がついていますが、アニメでは他の空母たちと変わらずただの矢ですので、そちらに準じています。
先っぽあんな体積あったらうつぼに入りませんしね。恐らく手元で艦載機に変化させ始めるとああなるのでしょう。
小説媒体では、興奮しただけで私服から艤装に一瞬にして変化し、同時に飛行状態の爆撃機を瞬時に頭上に召還するなんていう驚愕の行動をしたりしてましたが……。
攻撃手段に関しては、機銃は確かに弾が小さすぎますし、小説で彼女から急降下爆撃を受けたただの人間(提督)が平然としてますし、彼女の航行速度で加賀の爆撃を全部回避してたりしているので、
ヒグマ相手では爆撃の効果もどこまであるかわかりませんね……。

ttp://dl6.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/10/den_wgC73NFT9I_10.png
現在状況も更新しました。
テーマパークの位置が間違っていたのを直しています。
また、『カムイ・ミンタラ』や『白化(アルベド)』などでヒグマードが踏破した場所や
鷲巣様が踏破した場所も示しています。

あと、お台場から漂流してきた船は、ゴーイングメリー号ではなくサウザンドサニー号だったことにようやく気づきましたので、
該当箇所を訂正します。


576 : ◆wgC73NFT9I :2015/03/27(金) 23:08:34 PjXy7/4M0
すみませんが予約を延長します……。
ちょっと神経が磨り減る感じでして……。


577 : 名無しさん :2015/03/29(日) 14:08:08 lJ2yok3A0
支援絵、クロスレンジで戦闘中の瑞鶴
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/65/zuikaku.jpg


578 : ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:34:17 DGgGJiC.0
遅くなりました。投下いたします。

瑞鶴格好良いですねぇ。
こんな格好良いんですか! これは書いた私もびっくり。
これは今後とも活躍してほしいですね。


579 : ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:35:19 DGgGJiC.0
すっげ……、これ一面、涙子がやったのか……?」
「私だけじゃないわ。初春が協力してくれたからできたの」

 天龍さんの嘆息に、私はそう返す。
 目の前には息を飲む程に広大な、氷河が広がっていた。

「近頃の女学生はこんな特殊技能まで学校で習ってるのか。大変だな」
「天龍さんたちも大概じゃないの……?」
「俺たちは仕事でやってるんだ。年端もいかない普通の子がやっていいもんじゃない」

 天龍さんは、私と同年代にしか見えない年恰好を棚に上げて、そう言った。


 金剛さんの遺体を埋葬して、私たちはC-4の百貨店への帰路を辿っていた。
 無事帰還の連絡のために発煙筒を一本焚きながら、皇さんと私は先行していた天龍さんたちにすぐ追いついた。
 ヒグマ提督という例のどうしようもないヒグマが、依然としてべそをかきながら、天津風さんと島風さんという少女たちにずるずる引きずられていたからだ。
 そいつは皇さんと私がもう金剛さんを抱えていないことを見ると、口をへの字にして、喚くのをやめた。
 金剛さんは、もう帰って来ないのだと、そう解ったのだろう。
 その後はただ魂の抜けたように呆然となって、脇の天津風さんに連れられるがままに歩くだけだった。


「大分溶けてるわね……。滑る……」


 津波だった氷は丘のような斜面になっており、この日差しで溶けた表面から砕け、流氷のように少しづつ流れ出していた。
 北岡さんが外に出た段階では、まだ引ききっていない津波の水が被る方向に流れていた場所もあるようだけど(それで北岡さんはあの小さな斑模様の動物を拾ってきたわけだ)。
 今となっては、3〜5メートル近く地面より高い百貨店近辺の氷の頂きから、溶け出す水が周囲1エリアへ氷上を薄く流れ落ちてゆくという、意図せぬ丘城の防衛機構のようになっている。
 特にその縁であるここの急斜面は、軽く壁か塀の趣だ。
 背の高さまでは無いが、流石にこんな革靴ではとても滑って登れない。
 剥落するかもしれないし、手を突いてとっかかりを探るのも厳しい。

「……」

 そんな私の隣で、皇さんが無言のままその氷上に四肢を突いて登り始めた。
 トカゲのようなひだの付いたその掌と脚の裏が、吸い付くように濡れた氷を捉えて、彼は何の苦も無く氷の上に登って、私の前に手を差し出していた。


 そう。この氷の塀も、皇さんならば楽々攻略できるのだ。


 差し出される皇さんの手には、すべすべとしたひだがあるだけ。
 初春とか他の人が見ても、彼がこうした壁面を移動できる理屈は、わからないかも知れない。
 だがそこを覗き込んで、私にはわかった。

 彼の掌の中に吸い込まれるように『自分だけの現実』の視界が動き、私の掌の中にあるものと非常に似通った構造がそこに見えてくる。
 幾憶、幾兆にも上る、顕微鏡でも捉えられないほどの微細な毛。
 壁の構成物質と分子レベルで接近することにより生まれる僅かな力を、億兆京那由他阿僧祇に束ねて生み出される巨大な引力の源。

 『分子間力(ファンデルワールスりょく)』という物理現象を最大限に利用する機構がそれなのだと、私には理解できた。

 そこを覗き込んでいた私はふと、その毛が回っているのを見る。
 くるくる回って、笑っていた。
 よく見たらそれは、私の掌に回っている、顕微鏡でも捉えられないほどの微細な月だった。

 金剛さんの血の臭いのする、ほそほそと歪んだ月だった。


「ひっ」
「――よし、皇に続いて俺も」


580 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:35:44 DGgGJiC.0

 私は思わず、伸ばしかけた右手を引っ込めていた。
 隣で天龍さんは、私のその動きに気付くことなく、氷の上に自分の刀をピッケルのように突き立てて、靴の踵の舵板のような部分をツメのように使い、一息に斜面の上に駆け上がる。
 そうして彼女も、私に向けて手を差し伸べていた。

「……ほら。これくらいさっさと登りなさい」
「なんでこんな氷張ってるんだよ……」
「そりゃ拠点防衛のためでしょうが。ほら飛び越えるつもりで行った行った。ぐずぐずしてると尻ひっぱたくわよ」
「い、痛い痛い!! もう叩いてるじゃんかぁ……!!」
「良かったわねぇ、艦娘に何度も触ってもらえて」

 更に横で、氷の上をわざわざ登らなくてはならないことに愚痴をこぼしていたヒグマ提督を、天津風さんが追い立てて登らせていた。
 手足の爪で必死に氷を掻いて、彼は氷をよじ登る。

「佐天さん、手ぇ怪我してるみたいだし、荷物持ってあげるわよ?」
「あ……、ありがとう天津風さん」

 天津風さんは、私が皇さんの掌から退いたのを見ていたのか、私のデイパックを預かってくれた。
 そして彼女は『連装砲くん』という大砲の砲身を氷に突き込み、そのまま棒高跳びのようにして、私たちよりもさらに丘の上へ高く跳び上がっていた。
 そして彼女は、氷の丘の下へ振り向いて、まだ後ろに残っている一人に呼びかける。


「ほら、島風も早くしなさ――」
「天津風おっそーい」


 ポヒュッ。
 と、私の背後で、空気が収束するような音が聞こえた瞬間、氷の上の天津風さんの更に奥の空中に忽然と少女が出現し、靴音を立てて着地していた。
 金の長髪をなびかせて振り向いたその少女、島風さんは、無邪気な笑みを浮かべていた。


「にっひっひ、ジャンプ競走も私の勝ち〜!」
「強化型艦本式缶のムダ使いじゃないの島風……」
「ほらどうした涙子。早く登ろうぜ?」

 瞬間移動した島風さんに天津風さんが銀髪を振って呆れていたその時、天龍さんが目の前で手を振った。
 左側に天龍さんの手、右側に皇さんの手がある。

 両手でそれぞれの人に、掴まろうとした。
 でもその瞬間、皇さんの手から、血の臭いがした。

「――ッ」
「っとあぶねぇ。……怪我痛むのか?」
「……ご、ごめん。大丈夫」

 掴んだ手が離れそうになって、慌てて二人から救い上げられる。
 天龍さんは、私が皇さんから離した右手を見て、そう訊いた。
 右手には、あのロボットに折られた人差し指と中指を中心に包帯が巻かれている。
 確かに痛むけれど。
 それが離した理由では、なかった。

 氷上に引き上げられた後、皇さんと目が合って、私はすぐに彼から目を逸らす。
 彼に握られていた手を、振りほどいた。

「……」

 一瞬だけ見えた皇さんの顔は、いつもと全く同じ無表情だった。
 私に違和感を感じているのかいないのか、それすらわからなかった。


「あっちの建物でいいんだよな皇」
「はい。6階建ての百貨店であります」

 そしてもう彼は天龍さんと共に、尻尾で発煙筒を持ちながら氷上の一行の先導に戻ってしまっていた。


「――佐天さ〜ん!! 皇さ〜ん!! おかえりなさ〜い!!」


 氷の上を踏み戻り、暫くして見えてきた百貨店の屋上からは、初春や北岡さんが身を乗り出して手を振っていた。
 私は彼女たちに無理矢理笑顔を作りながら、手を振り返すので精一杯だった。


    ,,,,,,,,,,


581 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:36:03 DGgGJiC.0

「入り口が塞がってるから……、ここの窓から入ってね」

 佐天涙子と初春飾利が凍結させた津波の高さは、未だ百貨店の2階部分までを埋めていた。
 そのため現在出入口として確保されているのは、ウィルソン・フィリップス上院議員を運び込んだ際にアニラと北岡秀一が叩き割った3階の窓一つきりである。

 佐天はそこを指し示しつつ注意事項を話そうとした。


「で、入る時には――」
「私がいっちばん乗り〜ぃ!」


 だが彼女が一同に向き直ったその時、島風が佐天の話を聞かず、ひとっ跳びにフロアの中に上がり込んでしまっていた。
 その瞬間である。
 島風の顔に、腕に、露出した皮膚に、幾条もの細かい血の筋が走っていた。


「ひゃっ!? 痛ぁぁ――ッ!?」
「し、島風ちゃん!? 大丈夫かぁあッ――!?」
「わ、突入しちゃダメだって――!!」


 佐天の制止を聞かず、フロア内で痛みに踊る島風に向かい、ヒグマ提督が飛び掛かっていた。
 そのヒグマの巨体は島風に届く前に、窓枠を越えるか否かの場所で何かに脚を引っかけた。
 彼の脚は窓の下部に張られていたテグスをぶちぶちと引き剥がしつつ、その勢いで自身をつんのめらせる。

 窓全体に伸びたテグスに連なる鳴子のベルがガラガラと音を立て、フロアに激突した彼に続いて床に落ちていた。
 天龍と天津風は瞠目し、佐天は目を覆う。
 アニラは申し訳なさそうに鼻の頭を掻いた。


「……皇さんがトラップ仕掛けてるから、よく見てって言おうとしたのに」


 佐天が呟く傍ら、天津風はすぐに、地面に倒れて呻くヒグマ提督の背中を踏みつけながらフロアに上がり込んだ。
 その先で見えない何かに絡まれて痛みに踊る島風をなんとか落ち着ける。

「やぁっ……、髪っ、髪にも何かいるぅ……!!」
「じっとしてなさい島風! 今取ってあげるから……!!」

 島風の肌や髪に引っかかっていた何かを慎重に外して、天津風は島風をフロアの奥に押しやった。
 彼女は指に摘まんだその物体を見て唸る。
 そして、倒れ伏すヒグマ提督の方に振り向き、彼女はそのあらましを理解した。


「蚊針と、細い釣り糸で作った『蚊幕』ね……! こんなの意識してなきゃ見切れない。
 さらに窓際には一面、侵入者の脚にちょうど引っかかるように鳴子が設置されていた、と。
 私も偽装は得意だけど……。鉄条網代わりに忍術まがいの防御網とは。見習いたい機転だわ」


 島風に絡んでいたのは、優に十数個にものぼる、大きめのホコリか、蚊やハエのように見える毛玉のようなものだった。
 それは毛を持たせて小さな昆虫に見紛わせる、蚊針と呼ばれる釣り針の一種である。
 天上からテグスで吊られたそれらの幕は、眼の良い者でも一瞬、蚊柱が立っているようにしか見えない。
 そうして不用意に入って来た者の体を針が刺し、テグスを絡みつかせ、その動きを制限するというわけだ。

 なおかつ、侵入者がまず引っかかるのは、ヒグマ提督が見事に実例を示してくれた鳴子である。
 大音声を鳴らして上階までその侵入が知らされ、焦った侵入者は蚊幕に懸って動きを封じられ、待機組は悠然と掃討準備をしつつそれらを討ち果たせる、という体制だったわけだ。

「うもー! 痛かったぁ! ぷー!!」

 両腕をばたつかせて怒る島風に、天津風は廊下の端にテグスを束ね、溜息を吐いた。


「……ごめんなさいね。うちの島風と提督が迷惑かけて」
「あーもういいわよ。ね、早いとこ上あがりましょ。初春たちも待ちくたびれてるはずだから」


 佐天も溜息を返して、フロアの奥に上がり込んでゆく。
 天龍は続けて窓を越えようとしながら、そのトラップを仕掛けていたというアニラに振り向いた。

「なぁ皇……、これ、再設置しといた方がいいよな……?」
「……」

 アニラは無言のまま肩をすくめた。
 先行する女子たちは、既にヒグマ提督を引き摺りながらフロアの奥に消えていっている。
 天龍は首を捻りながら頷いた。


「……まぁ後でにするか。今は部隊の合流が先だよな」


 外された蚊針と鳴子は、そうして放置された。


    ,,,,,,,,,,


582 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:36:16 DGgGJiC.0

「佐天さんも皇さんもお疲れ様でした! そして天龍さん、天津風さん、島風さん、ヒグマ提督さん、これからよろしくお願いしますね!!
 皆さんのために、簡単にですけどお食事も用意しておきましたので!!」
「うおっ、すげぇな……!」
「伊太利の会食みたいね!」
「おぉ〜、おいしそーう!」

 エレベーターに乗って屋上へやってきた一行を、初春は満面の笑顔と食料で出迎えた。
 百貨店に待機していた組と互いに軽く自己紹介を済ませた天龍たちの前に提示されたのは、発煙筒1本による帰還連絡を見てから初春が腕によりをかけて作った、テーブル一面のカナッペである。
 保存の効く食材しか使用できずとも、スライスしたパンに、缶詰のパテやツナやクリームチーズを載せて、瓶詰オリーブやサラミ、フルーツカクテルなどで彩れば、途端に戦闘糧食も華やかになった。

 さらに3人の艦娘の眼を釘付けにしたものは、初春が彼女たちに手渡した、カップ入りのアイスクリームである。


「こ、これ……!? なんでこんなところに『アイス』がッ……!?」
「この真昼間の日差しに汗ひとつかいてない!? 全く溶けてないわ……!!」
「う〜ん、冷たくておいひい〜!!」
「あ、下から持ってきた後、ずっと私が『定温保存』してたので。
 最中とか羊羹とかメロンとかも取ってきてるのでお好きに召し上がってください」


 初春の用意した心づくしの品に、3名はいたく心を打たれた。
 戦火の只中とは思えぬ華やかな食事と、懐古の感情を揺さぶられるような甘味の様に、特に天龍はアイスを掻き込みながら涙ぐんですらいた。
 天津風も洟を啜りながら、笑う。


「あはっ、天龍、何も泣くことないでしょ……」
「うるせぇ……。金剛以外にも、俺にはこの島で一緒に戦ってたヤツがいたんだぞ……?」
「そう、よね……。生かしてもらってるんだと、実感する味よね……」
「初春ちゃん、おかわりない!? おかわり!!」
「はいどうぞ、お好きなだけ……」
「おうっ、おうっ!!」


 ひと匙ごとにその味を噛み締める両者に対し、疾風のようにアイスを平らげた島風はビーチパラソルの下で更なる食べ物やお菓子を次々と喫食していく。
 様相は異なれど、食べ進むごとに三者の気力はみるみる充溢していき、その晴れやかな気迫が日差しにキラキラと輝いているようにすら見えた。


「……それはそうと。本当によろしくしちゃっていいわけ? こんなヒグマと」
「うむ。本当に大丈夫なのかね。こんなヒグマを連れ込んで」
「は……はが……」

 対して、やってきた一行の中のヒグマ提督には、屋上のど真ん中で先程から北岡秀一とウィルソン・フィリップスがずっと自身の得物を突き付けたままである。
 口の中にギガランチャーの砲口を突き込まれ、心臓の脇にガブリカリバーを添わされ、ヒグマ提督は二名の男性陣からじっとりと睨みつけられていた。
 更にはその横にひっそりとアニラが佇んでいたりするので、ヒグマ提督はほとんど身動きも取れない。

 初春は隣で軽くカナッペをつまんでいる佐天に尋ねかける。


「……どうなんですか佐天さん?」
「ん? 暴れる心配はないと思うんだけど。……そうよね天津風さん」
「ああごめんなさい、つい美味しくて夢中になって……。はつはる……、いや、『ういはる』さんだったわよね」
「ええそうですけど。どうしてまた?」
「いや、知り合いにあなたと同じ漢字の子がいるのよ。……まあそれは置いといて」

 洟を啜り上げた天津風は、初春と佐天からの疑問の視線に顔を上げた。
 上げながら、自身の食べているアイスに手を伸ばしてくる島風をはたいた。


「提督は私たち艦娘がしっかり見張っとくから安心してもらっていいわ。
 それにもし人間に手を出すなんてことがあったら、私が責任を持って提督を『締め殺す』から」
「えぇえぇ――!?」


 天津風がさらっと言い切ったその言葉に、ヒグマ提督は口の中からキガランチャーを外してもらいながら呻いた。
 島風が初春からアイスをもう一つもらっている間、天津風はある種慈しむように、彼の方に目をやって呟く。


「……大丈夫よ。もしそんなことになったら、私もすぐに自沈してあげる。
 この島で、私に進む風をくれるのは提督だけ。
 上司の失態は、いつだって部下が解消しなきゃいけないものね……」


583 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:36:38 DGgGJiC.0

 彼女の言葉を聞いた周囲は、驚愕した。
 天津風の思考は、一見正常に見えて、相変わらずとんでもない方向に常軌を逸脱していた。
 彼女はその周りの者たちを見回して肩をすくめる。


「何よ。元々ヒグマの肉で作られてるんだから、良くて3割、悪くて10割狂ってるわよ純正の私達からしたら。
 たまたま私はそれに自分で思い至る程度には普段の意識を保ててるだけ。なので天龍、そこらへんは割り切った上で私達と付き合ってね」
「ど、どういう意味だよ……!?」
「天龍が鎮守府に帰れば、きっと『本当の私達』が、今もそこにいるでしょう。
 だから『この島の私』はただ、提督の性根を叩き直し、あなたたち人間を無事に送り返すことまででお役御免。
 どうせ生きては帰らぬつもり、よ……」


 隣で会話の雰囲気に全く頓着することなく、満面の笑顔で料理を頬張っている島風を見つめ、天津風は少しだけ悲しそうに、そう言った。
 ヒグマ提督が焦った表情で、パラソルの一同の元へ走り寄ってくる。


「あ、天津風ちゃん……!? 死ぬ気か!? 死んじゃうつもりなのかよ!?」
「別に今すぐじゃないわよ? それに、結局最終的な身の振り方はこの島の人間の安全を確保してから決めればいいだけのことだわ」
「だって私は……? 後に遺される私は……!?」

 ヒグマ提督の悲痛な表情に、天津風は苦笑しながら彼に身を乗り出した。


「……あのねぇ提督。私たち艦娘の仕事って、なんだか解ってる?」
「え……、えと……そりゃあ提督の――」
「提督のお世話を焼いて日がな一日執務室でイチャつくことじゃないからね?」
「うぐ――!?」


 皆まで言わさず、天津風はヒグマ提督の言葉を喰った。
 多大な皮肉を込めた彼女の発言であるが、ヒグマ提督が詰まったということは、実際彼の考えから大きくは外れていなかったということだ。
 硬直するヒグマ提督に、島風がアイスクリームのカップとスプーンを持って走り寄る。

「ねぇねぇ提督もお料理食べなよ! おいしいよ!」
「あ、ああ……、そうか。うん、ありがとう……」

 彼女はヒグマ提督の毛皮を引き、パラソルの方に寄せる。

 目の前で跳ねまわる島風の言葉に釣られ、彼は口を開けた。
 ちょうど島風が、アイスを掬って口に入れようとしていたところだった。
 島風は、ヒグマ提督の開いた口と、自分の持つスプーンを交互に見る。
 そして、提督の意図を察すると笑みを深ませた。

 彼女は掬ったアイスを、そのまま自分の口に入れて食べてしまう。


「提督には一口もあげない♪」
「あっ、ああっ……!? あぁあっ!?」

 アイスを食べきって、彼女はヒグマ提督を振り返ることなく、屋上に走り出していってしまった。
 島風から『あーん』して貰えるものだとばかり思い込んでいた彼は、絶句しながら彼女の姿を見送るばかりだ。


「……人間を守るために敵と戦うのが、艦娘の仕事よ。提督。
 私達を作ってくれたヒグマにも同情はするけど。それとこれとは別」


 天津風の低い声で振り向く。
 ヒグマ提督に突き刺さっていたのは、佐天、初春、天龍、天津風という、4人の女子からの冷め切った眼差しだった。


「……何より、現状は江ノ島盾子の巻き起こした暴風で、人間ヒグマ入り乱れての大混戦でしょう? この島は。
 本当なら提督みたいな初級士官に構ってる暇もないんだから。早く自立してちょうだいね?」


 テーブル越しにヒグマ提督を見下ろし、天津風は一体どちらが上の立場なのか分らないような調子でそう言い放った。
 屋上の向こう側で島風が、アニラと一緒にかけっこをして、遊んでいた。


    ,,,,,,,,,,


584 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:37:01 DGgGJiC.0

「……まぁ堅苦しいことは抜きにしておこう。敵意が無いのなら、わしは同行してくれて一向に構わんよ。
 ほら、オードブルでもつまみながら話そうじゃあないか提督くん。地下の状態でも聞かせてくれ」
「皇さんのトラップをおしゃかにしたって言うから不安だったけど。
 案外しっかりしてる子たちで安心したよ。その見た目で海軍勤めなんだものな。
 改めまして俺は弁護士の北岡秀一ね。よろしく天津風ちゃん、天龍ちゃん」
「よろしく」
「ああ……、よろしく」

 
 ヒグマ提督の脇から、着流しのウィルソン・フィリップス上院議員が台車を蹴り寄り、硬直するヒグマ提督を飲みュニケーションに誘う(と言ってもソフトドリンクしかないが)。
 北岡も、マスクを外して体だけ仮面ライダーゾルダのスーツに身を包んだ状態で、天龍と天津風に握手をしていた。

 ウィルソンはこう言った時の気味合いも心得ているのか、身の置き所の無いヒグマ提督の巨体を無理矢理座らせ、その前脚に適当にカナッペやペットボトルを握らせてしまう。


「まぁ何、女性にソデにされるなどよくあることだ。そういう時はヒグマだの人間だの気にせず男を上げるのみ。
 わしの友人には『Beard Bear(ヒゲクマ)』と揶揄された醜男などもいたが、彼はみごとその漢気で美女を射止めたりしたからな」
「は、はぁ……」
「そうですよね。ウィルソンさんは格好いいですよ!」
「はっはっは、ありがとう初春くん。だがそのセリフは自分の好きになる人に取っておきたまえ」

 困惑して畏まるヒグマ提督に、ウィルソンは磊落に笑った。
 彼の言葉に応じる初春に向かい、天津風が視線を落とす。


「……そうよね。ヒグマだの人間だの、あなたたちはもう既に気にしてなかったみたいだものね」
「……ぱ〜……」
「あ、そうそう……。そいつも、正体がわかんないままなんだよ。天津風ちゃん知ってる?」
「いいえ……。でもあなた……、『ヒグマ語はわかる?』」


 天津風は、初春の胸元で今までずっと抱きかかえられていた、パッチールという斑模様の小動物へ語り掛けていた。
 北岡の問い掛けに天津風は、発言の後半で牙を剥いた。
 ヒグマの発音だった。
 北岡と、初春や天龍が覗き込む中で天津風が唸りかけると、パッチールは驚いたように耳を立てる。


『……泣いてたみたいじゃない。私で良かったら話を聞くわよ?』
『いえ……、それは。他人に言えるようなことじゃ、ないんです……』
「あっ……、おまっ……!? もしかしてあの時の……!?」


 その時、天津風とパッチールの唸り合いを聞いていた天龍が、はっと思い出したように眼を見開いていた。
 聞き覚えのある声質。オレンジ色の斑模様。渦巻のような眼。
 体こそ小さくなっているがこいつは――。

 頭蓋を圧し折られて飛んでゆく、戦友でもあった犬の姿を思い出しながら、天龍はパッチールの姿を指さして震える。

 間違いなくその小動物はあの時、水上で銀を殴り殺し、マスターボールを弾き、島風に殺されたと思われた、ステロイドの怪物の成れの果てであった。
 天龍にとっては、敵対し、そして戦友を殺した相手が、それである。
 だが彼女は確かにあの時、パッチールさえをも救おうとしていた。


「……お前、良かったな……。生きてたんだな。助かったんだな……」


 だから今の彼女に浮かんだのは、『こいつも助かっていて良かった』という、そんな感情だった。
 捨てられていた身の上から。
 ステロイドを打たれ、人殺しのために動かされていた状況から。
 島風の突進を受けて死んだかと思われた負傷から。
 パッチールは助かったのだ。


585 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:37:18 DGgGJiC.0

「あ……なんだ。パッチール君かよ。ぜかましちゃんの攻撃受けたのになんで沈んでないんだか……」


 その時天龍の耳は、ヒグマ提督が口の中でぼそりと呟いた言葉を、確かに捉えてしまっていた。

 瞬間、彼女の奥底から噴火のように湧き出してきた記憶がある。
 
 奥歯を噛み締めた天龍は、隻眼の瞳を爛々と光らせて、ヒグマ提督を睨みつけていた。
 それに気づき、ヒグマ提督は怯えたように身を縮める。


「……『増えすぎた参加者の殺害』。『パッチール君に全部任せてるけどねぇ』。
 『そこで捨てられていた所にステロイド投与したんだから』、『別にアレが死のうが私には関係ないしね』。
 ……このパッチールって奴と出会った私たちに向けて、お前はそう言ってきたよなぁ……」


 怒りに燃えたような瞳のまま、天龍はギリギリと歯を鳴らした。
 初めてそんなパッチールの正体を聞き知った初春、北岡、ウィルソンたちは瞠目した。
 ヒグマ提督は彼女の剣幕に慄きながら言葉を漏らす。


「だっ、だっ、だって、こいつにステロイド打ったのは本当に私じゃないから! 関係ないんだって!!」
「……そうだな。『ヒグマであっても助けようとして』死んだ、馬鹿みたいな男に感銘受けて奔る、馬鹿みたいな俺のことなんざ、お前には関係ないんだろうな。
 さっきもさっきだ。天津風の決心やその背景を想うことなく、口に出した言葉と言えば『後に遺される私は……!?』だ。
 お前が心配してるのは天津風じゃなくて自分だってわけだ。金剛の死には駄々を捏ね、球磨の心配なんて端からしてない。
 ……なぁおい。どうせ艦娘が死のうと、お前には関係なくなるのと、違うか?」


 静かな青い炎のように、天龍の言葉と眼差しは、ヒグマ提督の総身を焼く。
 彼女は目を逸らして俯き、両手を強く握りしめながら言葉を絞った。


「……こんなこと言いたくもねぇ。考えたくもねぇ。が。
 正直お前のことはな、『深海棲艦にでも喰われちまえ』。と、俺はそう、思ったよ」


 震えて立ち尽くす天龍と、初春の胸元のパッチールを、天津風が素早く見やった。
 そして風のような手捌きで、パッチールを抱えた初春を引き寄せると、天龍の手を引いて踵を返す。

「……悪いわね。ちょっと席を外させてもらうわ。……天龍!」


 静まり返ったパラソルの陰を後にして、三人と一匹は屋上の外れに立ち去ってゆく。
 屋上の反対側で島風は、アニラの上にサーフボードでまたがり、ごっこ遊びをしていた。


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586 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:37:36 DGgGJiC.0

 その時ウィルソン・フィリップスは隣から、焦げ臭いにおいが漂っていることに気付く。
 それは、佐天涙子がつまんでいる、食べかけのカナッペの臭いだった。

 天津風に話を振った直後の姿勢のままずっと、佐天は眼を見開き、歯型のついたカナッペを左手に持ったまま立ち尽くしていた。
 握り込んだ右手の包帯に霜が降り、カナッペは指に触れているところから、ぶすぶすと焦げて炭になっている。

 ――激怒している。

 ヒグマ提督というヒグマの発言に、挙動に、抑えきれない怒りを覚えていることの、表れだった。


「て、天龍殿の考えすぎだし……。それに、し、深海棲艦とか……、この島にいるわけないし……」


 ぶるぶると首を振りながら、怯えたように身を退く彼を見て、佐天はついに手元のカナッペを消し炭にして指先で砕いていた。

 佐天くんを止めねばまずい――!!

 そう直感的に判断したウィルソンは、勢いよく振り向こうとする佐天の肩に手を伸ばしかけた。


「……いやまぁ実際、俺たちみんな、関係ないんじゃないか? 他人がどうなろうがさ」


 その瞬間、言葉を発していたのは北岡秀一だった。
 会話の雰囲気に頓着することなく、彼は優雅にカナッペをもう一つつまんで頬張る。


「むしろ『部下』であるお嬢ちゃんたちが反抗的なんなら、きちんと立場をわからせてやればいいんだよ。
 あんたらがどんな雇用形態なのか知らないけど。海軍の提督と軍艦っつうなら、言い含めるなり調教するなりして言うこと聞かせればいいんじゃない?
 やっすい感情にほだされまくってたら『仕事』にならないっての。なぁ?」
「へ、へへ……、そ、そうだよ……。うん、そうだよね……」
「北岡さん――ッ!!」


 佐天の叫び声は、薄笑いのようにも見える表情を浮かべて嘯く北岡に向けられていた。
 間に挟まれているヒグマ提督を押しのけて、佐天はテーブルの先の北岡へ身を乗り出した。


「どうしてそんなことが言えるの……!? みんな参加者を助けようとしてるのに、あんたたちは――!!」
「どうしてって、言葉通りだよ涙子ちゃん。やっすい感情にほだされまくってたら『仕事』にならないって。
 ヒーローにでもなるつもりかい? ほとほと女ってのは感情で動く生き物だよなぁ。まぁ糖分でも入れて落ち着きなよ涙子ちゃん」


 北岡は、依然としておちょくるような薄笑いを浮かべたまま、コーラのペットボトルを佐天に差し出した。
 佐天はそれを、眼を怒らせたまま左手ではたく。

 瞬間、彼女の指先の帯びていた熱量が、そのボトルの樹脂を融解させた。
 鉤爪で抉られたように、弾き飛ばされたコーラのボトルが、勢いよくその黒い中身を北岡の顔面にぶちまけていた。
 ボトルは北岡の顔に直撃し、テーブルに落ち、床に転がって止まる。
 カナッペは一面、噴き出した黒褐色の水に沈んだ。

 北岡は暫くボトルを差し出したままの姿勢で、ずぶ濡れになって顔へ張り付いてくる髪の毛の先に、黒い液体を滴らせていた。
 左手でゆっくりと顔を拭い、彼は眼を開ける。
 心底憮然とした、真顔だった。


587 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:37:50 DGgGJiC.0

「……この仕打ちの理由がさっぱりわからないんだが。……やっぱり涙子ちゃんもガキか。相手にしてられん」
「なんでわからないのよ……ッ!! おいちょっと!! 待ちなさい!!」
「島風ちゃんレーダー持ってんだっけ? 見回り頼むわー」
「持ってるよー、了解ー」


 北岡は溜息を吐いてボトルを拾い、佐天の方を振り向くこともなく、アニラたちのいる屋上のひなたへ歩き出してしまう。

「ふっ、ふふん……。なんだ。やっぱりそうだよね。艦娘たちには、きちんとしてもらわないと……」

 ヒグマ提督は北岡に支持を貰ったかのように思い、その口角を心持ち上げた。
 そのヒグマ提督に向け、彼の隣のウィルソンは何か考え込んだ後、静かに頷く。


「……そうだな。『キミが北岡くんの言う通りなら』、そうなのだろうな」
「ウィルソンさんまで……ッ!?」
「ときに――」


 佐天は、その壮年男性の口から出た言葉に耳を疑った。
 まともな大人だと思っていたウィルソン・フィリップス上院議員までもが、まさかこんな性格のヒグマ提督を認めるような北岡の言葉に賛同するとは、佐天にはとても信じられない。
 ウィルソンは眼を閉じながら、佐天の怒声を切るようにしてヒグマ提督へ話しかけていた。


「――バトルシップの魂を有した少女が艦娘であることは把握したが。『深海棲艦』とは、一体何のことかね」
「ああ、ハハ。まぁ気にするようなことでもないんだけどぶっちゃけて言えば艦娘の――」


 『敵』。
 と、ヒグマ提督はそう言おうとした。
 だがその瞬間、彼の言葉尻は極限の速さで捕食される。


「艦娘の――、怨みが形になった子だよ。沈んじゃった後の、私たちの生まれ変わった姿」


 言葉の内容とは裏腹に、非常に朗らかな少女の声がパラソルの陰に響く。
 佐天とヒグマ提督の間から、テーブルにその少女が顔を出す。

 遊び終えて戻って来た金髪の少女。島風。


「――だからあの子たちは、自分たちの寂しさを晴らしにくるんだ♪」


 彼女は一切の邪気もない笑顔で、ヒグマ提督に向けそう言ってのけた。 


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588 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:38:04 DGgGJiC.0

「天龍、抑えて……。今の提督には口で言い聞かせても無駄よ」
「金剛が死んでんだぞ……!? 何も学んでないのかあいつは……!?」
「違うわ。それは違うわ天龍。提督は痛いほど身に染みてるはず」

 屋上の片隅に連れられた天龍は、天津風の言葉に苦々しく言い捨てる。
 天龍の袖を掴み、天津風は真剣な表情で語った。


「……提督は、怖いのよ。自分の知っている『艦隊これくしょん』が、崩れていくのが。
 容赦ない戦闘と轟沈、部隊外の状況把握の必要、艦娘の予期しない返答……。
 そういった、ゲームとの違い全てが、生まれてから『艦隊これくしょん』しか無かった彼の認識を脅かしていく。
 だから彼は怖くて、頑なにそれを認めるのを拒絶しているのよ」
「……じゃあそもそも艦娘なんて建造するなよ。よりによってこんな殺し合いの場で」
「それは確かにそうかもしれない。でももう今更しょうがないじゃない」


 天龍が苛立ち交じりに吐いた言葉へ、天津風は神妙に頷く。
 そして視線を落して、初春の手元で震えるパッチールを撫でた。


「……だからね。割り切って、天龍。ただで沈むつもりはないけど、私が轟沈しても、あなたには『関係ない』わ。
 旗艦なんだから、あなたが救うべき者は、ちゃんと見極めて、ね?」
「天津風……!」

 歯噛みする天龍と、既に心を決めているような天津風の姿を見て、初春は困惑した。

「あの……、そんなに業の深いものなんですか……!?
 元がどうあれ、今、あなたたちは、こうして確かにここで生きているんですよ!?」
「ぱ〜……」

 パッチールを抱えて、初春は叫ぶ。

 大きな苦しみを背負っていたのだろうパッチールの来歴は、あまりにも意外な接点で、明かされた。
 彼を抱きしめる初春には、天龍と島風の姿を目の当たりにしてから、その心中に去来する後悔の念のようなものが、痛々しいほどに感じられていた。


『ごめんなさい……。ごめんなさいお姉さん……! 謝って許されることじゃないのはわかってます……。
 あの時本気で、ボクはお姉さんたちを殺そうとした……。あの犬のかたも……。本当に、ごめんなさい……!!』
「天龍……、謝ってるわ、彼。許されないことだけど、って」
「いや、もう過ぎたことだ……。お前がクスリから離脱できて、この部隊に救われたってんなら、それで、いい」
『……でも! ボクの罪は、決して消えません!! ボクは何とかして、償わなきゃ……!!』
「……ねぇ、パッチール。そして他のみんなも」


 喉を引き攣らせて天龍へ叫ぶパッチールに、天津風は静かに唸った。
 天龍と初春が視線を向けると、天津風は、銀髪のツインテールの吹き流しを調整しながら語り始めた。


「……確かに、私たちは今ここに、海図の上の同じ場所に集い、生きている。
 どんな風に乗って来たのか、どんな来歴の船なのか関係なく、数奇な運命でここにいるわ。
 そしてまた、これから吹く風で、ある船は東に進み、また他の船は同じ風で西に進むでしょう」
「……何言ってんだ天津風。俺たちはこれから一緒の部隊で、行動するんだろ……?」
「例え話よ。同じ場所、同じ境遇においても、個々人の目指す港は変わっていくわ」


 天津風はその髪を風に遊ばせ、二人と一匹に向けて、言った。


「行くべき道を決めるのは、疾風ではなく、帆の掛け方……。
 生涯という海路を辿るとき、ゴールを決めるのは、凪か嵐かではなく、『魂の構え』よ」

 運命の風の言葉を口ずさみ、彼女は拳を握り締める。

「くしゃみだろうと屁だろうと、風さえ吹かせれば私たちは進める。
 ゴールを見極めて、その信念、魂のコンパスさえ構えれば、どんな船だろうと目的地まで辿り着ける……。
 天龍、パッチール、初春さん。この部隊は必ずしも全艦が『脱出』という目的地に行くわけじゃないと思うわ。
 ……だからどんな風が吹こうが、あなたたち自身で考え、見極め……、その風を『いい風』にしてね。
 そうすればきっと。部隊としてもきっと。皆の望む地へ、辿り着けるはずだから」


 二水戦の魂を構えるジェット気流の少女が、吹き降ろされる屋上の風の中に、そう確信を帆に張り屹立していた。


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589 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:38:34 DGgGJiC.0

「寂しさを……晴らす?」
「そうそう。みんな怨みでどろどろになってるから、私たちは一緒にびゅーんってして、ガガガッてやって、ちゅどーんってするんだ。
 やつあたりでまた深海棲艦が増えるなんて、許すマジだもんね!」

 アニラと共にパラソルの陰へ戻って来た島風に、ウィルソンがそう尋ねていた。
 大きな身振りと擬音で説明される『深海棲艦』というものの存在を聞いて、佐天は静かに、ヒグマ提督へ視線を向ける。
 彼女の眼差しでヒグマ提督は、北岡の言葉を受けて僅かに復調した気分など吹き飛び、再び恐怖に震えはじめた。


「……あんたが今までに、この『艦娘』たちから怨みを買ってないとは、到底思えないんだけど」
「い、いや、だって……! 金剛は私を守ってくれたんだぞ!! 怨みなんて……!
 私は彼女を信じてる……! ……深海棲艦になんてならないよっ!!」


 ヒグマ提督は、現状で唯一轟沈している金剛のことを思い浮かべ、佐天の睥睨に必死に叫び返した。
 その言葉を聞いて、佐天の脳裏には真っ赤な光と共に、ある光景がフラッシュバックする。

 ――脳の無くなった、金剛の生首。

 佐天は思わず、瞬きと共に後ろへ一歩よろけた。
 頭痛のようなその突然の光景に、佐天は眉根を押さえる。


「……ち、地下ではあんたのお仲間みたいなやつが、山ほど艦娘を弄んでるんじゃ、ないの……ッ!?」
「し、知らないよ! あいつらがそんな大それたことするわけない……! みんな『艦隊これくしょん』が好きなんだぞ!?」


 眼を閉じて呻く佐天の様子に気づかず、ヒグマ提督はなおも捲し立てた。
 佐天は眼を開け、静かに、その心の中から湧きあがってくる怒りを言葉に紡ぎ出す。


「その『艦これ勢』の筆頭があんたなんでしょうが……! 自分で気付いてないのかどうなのか知らないけど……!
 彼女たちにこんな因果な定めを負わせて、自分のいいように使いたがってたのと、違うの!?」


 言いながら、佐天の眼は、既にヒグマ提督の姿など、見てはいなかった。
 その視線は、ヒグマ提督の後ろに佇む、ある一人に向けられていた。


「本当に好きなのなら、『愛は伝わる』ものよ……!? あんたは、本当に怨みなんてないと言えるの!?
 本当にそう、『信じてる』の!? ねぇ、今でも、あんたは愛してるの――!?」


 その言葉はかつて、佐天自身が有冨春樹と布束砥信に向けて言い放ったものだった。
 そして今、その言葉はなぜか自分の胸にも、深々と突き刺さるような凶器だった。
 口に出すそのたびに、自分の体の深いところで、ガラスの砕ける音がするのを、佐天は聞いた。


「愛――」


 ヒグマ提督は、答えに窮した。
 艦娘が『好き』かと問われれば、間違いなく、迷いなく、彼は『好き』だと答えられただろう。
 だが『愛してる』か、と。より深い、表層的でない次元で問いかけられた時、彼はその答えを知らなかった。
 天龍から突き付けられた自分の意識せぬ行動原理を省みた時、それを果たして艦娘への愛と言い切れるのか、彼にはわからなかった。

 佐天はこの時も、ヒグマ提督を見てはいなかった。


「……金剛さんだって生前どんな扱いされてたか、何を考えてたか。わかったもんじゃないわよね、やっぱり」


 佐天は溜息を吐いた。
 その言葉を流しながら、佐天は自分の背中に、黒焦げになった男の腕と、血塗れになった女の腕が這い登ってくるような肌寒さを感じていた。

 ヒグマ提督は、堤防が決壊したように姿勢を崩し、すがるように佐天へ眼を上げる。
 その怯えたような眼と、佐天は目が合った。


「な、なぁ……!? おい、埋めてくれたんだろ!? 金剛が安らかに眠って、起き上がったりしてこないように、ちゃんと埋葬してくれたんだろ!?
 彼女は深海棲艦になんてならないよな!? そうだよな!? おい!?」


 ヒグマ提督は、『金剛が自分を恨んでいない』とは、断言できなくなってしまっていた。
 次々と砕けてゆく自分の心の、ガラスのような脆い地盤の上にふらついて彼は慌てふためく。

 そのヒグマ提督の言葉を耳にして、佐天は立ち竦んだ。


 佐天は、自分の真下の大地の中に、誰かの足音を聞いたような気がした。


 アニラの眼を、見上げていた。
 その表情は、いつもと全く同じ無表情だった。
 何の感情も見えない、爬虫類のように冷たい赤い眼が、佐天涙子をまっすぐに見つめていた。

 剥き出しの牙を覆う唇さえない、透き通った殺意の塊のような視線が、佐天の視界に染み渡っていた。


590 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:38:59 DGgGJiC.0

「それは――……」
「ちょっといいかしら」


 佐天が震えながら言葉を発そうとした瞬間、銀色の風がその前を吹き閉ざした。


「話し込むのも良いけど、生きている者の助け方や、これからの戦い方で話し込みましょう。
 初級士官の妄言なんかいちいち真面目に相手しなくて大丈夫だから。適当に馬耳東風しなさいな」


 剣呑な空気を裂いて、天津風が佐天の肩に手を置いていた。
 何かを言い返そうとした佐天の体は、天津風の思わぬ強い力で押し留められる。

 佐天の見下ろした天津風の眼は、『とにかく落ち着いて』と言っていた。

 眼を上げると屋上の端で、ギガランチャーを構えて粛々と見回りに当たっていた北岡が佐天を見ていて、『これだからガキは嫌いなんだよ』と、唇の形だけで呟いていた。


    ,,,,,,,,,,


「……うわ、天龍、あんたこれ何撃ったの……!? 砲身の中ボロボロじゃない!?」
「いや……、喋る魚雷とか、手足の生えたつけものとか……」
「つけも……、つけもの!? え、つけもの!? なんでそんなもの撃ったの!?
 魚雷もよ!? なんで魚雷を主砲で撃つって状態になるの!?」
「俺の魚雷発射管には合わなくてさ……。それに、あの時もう俺には、つけものくらいしか撃つものが無かった。
 そんな馬鹿なと思うだろうが、マジでだ。笑い事じゃないんだ。マジでそれしか物資が無いんだ」
「地下で聞き知ったのより遥かに壮絶な戦況ね……。これは確かに球磨の身も心配しなきゃ不味いわ……」

 屋上の床に降ろされた天龍の艤装を確認しながら、天津風は唸った。


 彼女が佐天とヒグマ提督を差し止めた後、一行は装備品の確認に入っていた。
 と言っても、主だって話し合っているのは、屋上の南側のひなたで車座になっている天龍と天津風とアニラだ。
 北寄りのエレベーター建屋脇のパラソルの陰では、重い空気を纏う佐天に初春とウィルソンが話しかけている。
 北岡は黙々と屋上の輪郭を辿って見回り、島風は方々を気ままにうろちょろしている。
 ヒグマ提督はと言えば一人でエレベーター建屋の裏に背を向けて座り込んでいるのみだ。


「……何にしても、これじゃあ一度廃棄して部品に戻さないと。もう使えないわよこの主砲」
「……やっぱりダメか。……副砲は?」
「『8cm単装高角砲』とか、装備にも書けない大正時代の遺産でしょ……? せめて『長8cm高角砲』じゃないと……」
「それにしたって、合う弾薬はなし、と……。天津風たちと合流できたんだから補給できることを期待してたんだが……」
「連装砲くん用の12.7cmしか無いわ。悪いわね……」

 天龍は胡坐に腕組みをして、天津風の嘆息に口角を下げた。
 アニラと彼女たちの目の前には、現段階で存在する有用そうな所持品が大きく広げられている。

 天龍の現在の主な所持品は、
・14cm単装砲(砲身摩耗・弾薬なし)
・四〇口径三年式八糎高角砲(弾薬なし。艦これ内の『8cm高角砲』とは異なる旧型)
・投げナイフ
・日本刀型固定兵装
・ポイントアップ
・ピーピーリカバー
 といったものである。

 ここで彼女たちが頭を捻っているのは天龍が、艦娘であるのに自衛できるほどの弾薬すら有していないという問題点だった。
 投げナイフに関しては、これも主砲に込めてぶっ放そうとしていたものだ。
 口径が合っていないとかそういう次元ですらない。
 今までのつけもの撃ちや魚雷撃ちやマスターボール撃ちにしても、一歩間違えれば腔発して砲が破裂していてもおかしくなかったのだ。砲身の摩耗だけで済んだのはむしろ幸運だったと言えよう。
 カツラという参加者から譲り受けた支給品には、見慣れない薬瓶のようなものもあったが、添付文書を読むにどうやら弾薬でないことは確実である。

 北岡及びウィルソンの武装は、他の者が予備知識もなしに使いこなせるほどの一般性はほとんど無いようなので、ここにはない。
 初春と佐天も、武器と言える道具はアニラから渡されたナイフ一本のみであり、わざわざ並べてもらうような必要もなかった。
 彼ら四名から提出してもらえた支給品は、
・血糊(残り二袋)
 のみである。

 天津風の装備は、
・連装砲くん(天津風専用12.7cm連装砲)
・61cm四連装魚雷
・強化型艦本式缶(代わりの缶が無い状態で外すと機関部が止まるので装備中)
 というものであり、天龍に渡せるものとしては魚雷くらいしかない。
 だが魚雷にしても、水上での戦闘のないこの島では、それこそ無理矢理主砲に据えてぶっ放すか何かといった用途しか思いつかない。


591 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:39:22 DGgGJiC.0

 金剛からアニラが持ち帰って来た装備は、
・41cm連装砲×2
・九一式徹甲弾
・零式水上観測機
 という、ほとんど戦艦専用の装備であり、天龍や天津風は全く利用できなかった。
 水上観測機は、本当ならば軽巡洋艦も装備できるのだが、天龍は装備しても艦載機を飛ばすことができないという、驚愕の拡張性の無さであるため、全く意味がない。

 それ以外にアニラが保有しているのは、
・MG34機関銃(ドラムマガジンに40/50発)
・予備弾薬の箱(50発×5)
 といったものだ。
 口径7.92mmの機銃であるこの『マウザー・ヴェルケMG34』ならば、『7.7mm機銃』を日常的に活用している艦娘にも比較的扱いやすいものだと言える。
 艦娘の装備と互換性は無いとはいえ、それなりに予備の弾薬が確保されているのも大きい。


「皇、ちょっとこの機銃装備させてもらってもいいか?」
「……」


 どうぞどうぞ、と言うようにアニラが差し出した機関銃を、天龍は自分の艤装にマウントしようとしてみる。

「あ……? 7.92mm機銃だろ……? くそ、銃架にはまらねぇぞ……!?」
「天龍、天龍、ダメよ。私たちの艤装は軍艦時代から数十分の一スケールに縮んでるんだから。手持ちしなきゃ」

 だが実物大の機関銃は、どうあがいても天龍の艤装には装着できなかった。
 天津風が手本を見せるように、その銃を取って片手で軽々と構えてみせる。

 天龍は切歯扼腕した。

「あ、ま、つ、か、ぜぇ……! それはお前がヒグマ製で強化型艦本式缶持ちだからできる芸当だろ!?」
「何も片手でとは言わないわよ。普通の歩兵みたいにしっかり両手で構えたら?」
「7.92mm程度の弾薬に全精神を傾注しても、ヒグマ相手には牽制にしかならんだろ!?」
「む……、確かにそれはそうね……」

 呟いた天津風は、『それならもう……』と言いながら、自分の魚雷を取り外して天龍へ渡した。

「もう、腹を括って近接格闘に持ち込むしかないんじゃない? 魚雷の手投げとか、夕立よくやってるわよ?」
「ああ……、やっぱりもう最終的にそれしか道はねぇのか……」
「でも、天龍は結構得意でしょう、格闘」
「まぁな……」

 天龍は諦観を得たような薄笑いを浮かべて、天津風の言葉に応じた。
 アニラが興味深げに前へ身を乗り出す。


「……大井とかこの前、ついにあの『32文人間噴進砲』をマスターしたみたいで。
 北上に襲い掛かってた駆逐ハ級へ、速さ・角度ともに完璧な側面攻撃食らわせてから『払腰』かけて撃沈してやがった。
 一体いつ練習したんだか……、マジでアメージングだったよ。俺の想像の遥か先を行ってやがった」
「近接格闘の得意な軽巡といったら、天龍型か球磨型かだものね。
 各艦ごとに秘匿してる技法も多いし、いざ開帳を目の当たりにしたらそりゃあ興奮するわ」


 艦娘は基本的に洋上での遠距離戦闘を行なっているため、深海棲艦と肉弾戦にもつれ込むことはほとんどない。
 しかし史実においても、彼女たちは超超至近距離での『殴り合い』と称される『零距離射撃』合戦になることはままあった。

「……夕立が、敵艦13隻の複縦陣に単艦カチコミに行って滅茶苦茶に殴り倒してた時はそれはまぁ凄かったわよ。もっと良く見ておきたかったわ」
「ああ……、第三次のソロモンか。あの時はお前も大変だったんじゃねぇか」
「通信傍受されて待ち伏せされてた絶望的状況をひっくり返す彼女は、正に颶風だったのよ。
 自分の損傷はさておき、詳しい戦闘技術まで見学しておきたかった」
「いや……、お前はお前であの距離で殴り合って、その上で『あの状態』で生還してきたんだからすげぇよ……」


592 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:40:03 DGgGJiC.0

 第三次ソロモン海戦において『狂犬』と呼ばれた駆逐艦夕立の突貫攻撃などは、同海戦に随伴していた天津風にとっては非常に記憶に新しいものである。
 闇夜のガダルカナルにて夕立は、敵艦隊が彼女たちを発見するよりも優に1時間半も早くそれらを発見し、敵艦隊先頭を航走する艦へ距離2700という近さにまで走り込み、敵陣を混乱せしめた。

『当時敵は全然我に気付きたる模様なく主砲は勿論機銃すら発砲するものなかりき。っぽい』

 とは夕立の弁である。
 実際のところ、敵艦は夕立の姿を捉えていたのだ。
 だが艦隊戦において、ちっぽけな駆逐艦一隻が、大部隊の目の前に突っ込んでくるとは誰が予想できようか。
 彼女の奇襲じみた突撃により、敵艦隊は状況把握の間もなく日本艦隊のど真ん中に入り込んでしまうこととなった。
 夕立はこの時、ガダルカナル島ルンガ泊地に幾度も侵入しており、同海域の『地の利』を相当に把握していたのである。

 乱舞する三式弾や探照灯や照明弾の光彩がより戦況の把握を困難にさせ、敵艦は誤射し合い轟沈した。
 天津風たち僚艦が10cm連装高角砲を数百発も叩き込んで敵陣を殴っている間、夕立はそのまま敵艦隊の鼻先を掠めて単艦で側面に回り込んだ。
 そしてその部隊のどてっぱらへ、飛び蹴りを喰らわせるかのように急転回から突入し、魚雷8本を至近距離から投げつけ、相当数の艦を大破乃至轟沈せしめた。
 だがなにぶん暗闇の中であり、同行していた天津風でさえ、彼女の実際の戦いの詳細を確認する事はできなかった。

 この戦いにおいて、夕立の行動は『駆逐艦ノ本領』、『大膽沈着』などと大絶賛されていたので、同海戦から最終的に撤退していた天津風は、夕立のその戦闘を見れなかったことは大いに心残りだったわけだ。


「……本当、ああいう窮地にこそ、普段鎮守府でやってる走り込みとか、武道の訓練とかが活きてくるのよねぇ」
「ああ、そこは同感だ。普通なら砲雷撃戦の戦闘距離じゃ絶対に使わねぇから格闘訓練おろそかにしてるやつも多いが。
 ……ソロモンでは加古の例もあるし。俺や龍田は以前から至近距離戦闘の重要性は視野に入れてたんだ。
 艦娘になってからは特にな」

 天津風の嘆息に、天龍は大きく頷いた。
 実のところ、人間の肉体を持つ艦娘は、毎週水曜日の三時限目は鎮守府できちんと武道の授業を行なっていたりするのだ。
 天龍の言う通り、週に一時間のことでもあり、大半の艦娘はこの科目を重要視しているとは言い難かったが、それでも何人かの艦娘は独自の技法を編み出すレベルにまでその格闘技術を高めている。

 軽巡洋艦那珂独自の操艦術である『今和泉式高速転舵』を始め、金剛型高速戦艦の操艦術である『隠密偵察用高速前転』や徒手による『榴弾弾き』などはかなり有名だ。

 ヒグマ提督を庇おうとした金剛も、何の目算も無しに彼を庇いに行ったわけではなかったのだ。
 彼女の反応速度で行われる『榴弾弾き』ならば、戦艦ル級の16inch三連装砲さえも捌き切ることができた。
 実弾ならば、いかな大口径主砲が相手であろうとも、金剛は無傷でその砲弾を弾き飛ばせる自信と能力があったわけである。
 彼女の死の原因は、メロン熊の砲撃の性質を事前に知り得なかったという、ただその一点に尽きた。


「叢雲とか子日からよく話は聞いてたわ。あなたや龍田は『ボイラーの熱量を固有兵装に回して揮う』んでしょ?
 いいじゃない。それなら新しい装備が手に入るまでは十分それで戦えるわよ」
「駆逐艦程度なら十分相手取れる自信はあるんだが、ヒグマって言ったら最低でも戦艦くらいの装甲持ちだろ?
 俺は午前中に何匹もヒグマの相手してきたが……、お前、通じると思うか……?」


 戦力差でいえば一人でソロモン海戦に臨むようなもの――。


 奇しくも、第三次と第一次という違いはあるものの、ソロモン海戦になぞらえた戦闘の比喩は、明け方に天龍がこの島で初めて死者を看取った時に抱いた感想と同じだった。
 天龍はこの島で、ヒグマのオーバーボディを纏った烈海王に向けて抜刀したのがその格闘技術の初披露である。
 その際も、相対速度で優に時速100キロを超えていただろう天龍のすれ違いざまの攻撃は、彼の腹部に浅手を負わせたのみだった。
 ヒグマード、ヒグマドン、ステロイドパッチールなどの例を思い返すに、天龍がそのまま肉弾戦でまともにヒグマたちと勝負できるかどうかははなはだ怪しい。
 というより、まともに勝負など、できるわけがない。


593 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:40:26 DGgGJiC.0

「戦艦は確かにねぇ……。長門なんかただの『八糎単装高角拳』や『九一式徹甲脚』で背筋が寒くなるようなコンビネーションを見せるものね。
 ビッグセブンの一撃をもろに喰らえば、私たちの骨肉なんて簡単に吹き飛ぶでしょうし……」

 天津風は眼を細めた。


 八糎単装高角拳とは、直径8センチの単発式の上段への拳。つまりただの正拳突きである。
 九一式徹甲脚というのもまた、戦艦特有の雄大な脚線美から放たれるハイキックである。

 だが戦艦長門は実際に雷巡チ級くらいの相手であれば、そんな徒手空拳で撃滅させられるほどの格闘能力を有していた。
 戦艦と、巡洋艦や駆逐艦との戦闘力には、本来そのくらいの開きがある。

 夕立と共に第三次ソロモン海戦で数隻の巡洋艦をぶん殴って痛めつけた経験のある天津風も、流石に相手を『戦艦』と想定すると首を捻らざるを得なくなる。
 天津風が申し訳なさそうにこめかみを掻いた時、アニラが今まで手にとって検分していた天龍の投げナイフを地に置いた。


「……オーストラリアのダウンアンダー社製、投擲ボウイナイフ『クッカバラ』であります。
 刃渡り17.4cm、刃厚5.28mmと、大型かつ刃持ちの良いハンティングナイフたりえます。
 天龍女史の戦闘法は存じ上げませんが、『クッカバラ』のSUS440C鋼は、熱処理でさらに硬度を上げる特性を有していたはずであります。
 彼の地で、ヒグマ以上に強大な生命体となりうるクロコダイルに対抗するために発展してきた刃物でありますため、単に投げナイフという使途に限定するべきではないと思われます。
 初春女史に譲渡いたしました西根正剛作、叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』と共に、ヒグマの攻撃を退ける『爪』としては、大いに活用できるかと考えられます」
「む、皇さん詳しいわね。天龍たちの刃と似た特性じゃない? 『戦艦』も徹せるかもよ?」
「……そうさな。まぁ一撃もらう覚悟もあれば、俺の技でも相打ち以上にはできるのかね……」


 天龍は自分の日本刀と、そのナイフを刀の大小のように取り上げ、嘆息した。
 結局はさっさと戦い方を決めて決断しないと、今後どうしようもなくなるのだ。

 彼女が自分の荷物を纏め、天津風から譲り受けた魚雷を発射管にストックしていたその時、エレベーター建屋の脇で、佐天が爆音のような叫び声を上げた。
 一体何事かとアニラたちが顔を振り向けた時、ふと頭上を何か小さな影が通り過ぎた。


「……あれ? 鳥……じゃなくて、艦娘の偵察機じゃねぇか?」
「そうね……。陰になって良く見えないけど、そうかも。島風! あなた、どうなの?」
「おうっ? どうなのって、何がどうなの?」
「いや……、電探持ってるでしょうがあなた。見回りしてて、あれ気付かなかったの?」


 天津風が、屋上を駆け回っていた島風に声をかける。
 指さされた上空を見上げて、島風はきょとんとして言った。


「えー? 私は確かに電探持ってるけど、持ってるだけだもん。わっかんなーい」
「は……?」
「だって、ここに来る前、提督が『ダメコンつけてね』って言ってたじゃん。だから替わりにつけた」


 島風の現在の所持品は、
・連装砲ちゃん×3(島風専用12.7cm連装砲)
・5連装魚雷発射管
・応急修理要員
・強化型艦本式缶(備品)
・13号対空電探
・サーフボード
 である。

 そのうち、『装備品』として現在彼女が身に着けているのは、上から3つである。
 ダメコン――、『応急修理要員』を装備するためには、島風は何か装備を外さなければいけなかった。
 そこで彼女が外す候補に選んだのは、アニラたちと戦闘していた時には確かにつけていた『13号対空電探』一択だった。
 武器でもなく、速さも上がらないから、である。

 それを聞いた天龍と天津風は、言葉にできないような不安を覚え、アニラと共に顔を見合わせる。
 屋上の端からは、北岡秀一さえ瞠目した眼差しを向けていた。
 佐天とヒグマ提督が、何かを叫びあっているのが聞こえた。


 北岡の目視以外に、島風のレーダーによる防空が機能しているものだと、今の今まで彼ら一同は、全員がそう思っていた。
 気ままに遊んでいるようでも、締めるところはしっかり締める機転を島風は持っているはずだと、知己である艦娘たちは特にそう、信じていた。
 そう。
 『本当の島風』ならば、実際に、そんな感覚特化した機転を、彼女は有していたであろう。

 ――良くて3割、悪くて10割、狂ってさえいなければ。


594 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:40:43 DGgGJiC.0

「……しまっ――!?」


 屋上に次の瞬間、そんな危機迫った叫び声が、天津風のものだけでなく、複数響いた。
 そしてほとんど同時にその声は、続けざまに響いた巨大な爆轟の音響に、吹き飛ばされていた。


    ,,,,,,,,,,


「佐天さん……、ちょっと帰って来てからおかしいですよ……? 何かあったんですか……?」

 アニラたちが装備を検分している頃、パラソルの陰では、顔を覆う佐天に初春が心配そうに声を掛けていた。
 その様子は、見回りながら、ちらちらと北岡も気にしてくるほどだった。
 ウィルソンたちが見守る中、暫くして、押し黙っていた佐天はぽつりと呟いた。


「……初春にも、言ってなかったけど。私ね……、夜中にあの、工藤さんという人間を殺してしまった後、夢を見たのよ」
「夢、ですか?」
「……そう、とんでもない悪夢。世界の全てがぐにゃぐにゃに歪んだ場所で、歪んだ人々や、歪んだ初春から、逃げ惑う、夢」
「私も出てきたんですか……?」
「そう、それで……。あの時の初春を、その夢の続きだと思い込んで、攻撃してしまったの」


 佐天の言葉に、ウィルソン・フィリップスがぴくりと反応していた。

「……佐天くん。その夢の最後に、何か出てこなかったかね。何か、『動物』が」
「動物というか……、『観音様』が出てきたわ。子供みたいな、小さな」
「カンノン……。仏教における女神の一人だな。それで、佐天くんは、彼女に対してどうしたのかね?」

 ウィルソンの真剣な問い掛けに、佐天は見開いた眼を、振り向けた。


「……蹴り殺した」
「なに……!?」
「蹴り殺しちゃったのよ。何にも危害を加えてはこない観音様を。ただそいつの言葉に、苛立って、むしゃくしゃして……。
 それからずっと……、私はずっと背中に、足元に、私の中に、見えるはずのないものをいっぱい見てしまってる。
 それが怖くて……。そして、他のやつらの言動の一つ一つにも、気持ちがささくれて、歪んで……」


 胸を押さえて息を荒げ、佐天は言葉を絞った。
 コーラまみれのテーブルに倒れそうになる彼女を、ウィルソンが台車のままにがっしりと支えた。
 低く張りのある声で、彼は瞳を光らせ、佐天に言い聞かせる。


「……いいかね佐天くん! キミはその時恐らく、『ビジョン・クエスト』を行なったのだ。
 自分の脊柱を下り、自分の意識下の世界で、『守護動物(パワーアニマル)』を発見するための旅だ。
 そして恐らく、キミはその第一のクエストに、失敗した……!!」
「『ビジョン・クエスト』に、失敗……?」
「ああそうだ。無意識の力の象徴である『守護動物(パワーアニマル)』は本来、クエスト時点で良好な関係を持てるほど、キミと近い存在になっていなければおかしいのだ。
 ただ、自己の中への旅で、『守護動物(パワーアニマル)』は4度、違った角度で出現する。
 まだ佐天くんの旅は、一度目だ。キミの精神はあと3度、立ち直るチャンスを有している……!」

 ウィルソンの言葉に頷き、初春も胸元のパッチールを抱え上げて佐天を励ます。


「そうです、大丈夫ですよ! 北岡さんは、バッファロー。ウィルソンさんはイーグルとダイナソーらしいです。
 私も、このパッチールさんと、お互いに『守護動物(パワーアニマル)』になろうと思うんです!
 私もこの子も、互いを知りません。人を殺してしまっているのかも知れません。でも、天龍さんの仰ったとおり、今心を入れ替えているなら、過ぎたことです。
 今から分かり合っていきましょうよ佐天さん! ね?
 そうでしょう? ヒグマ提督さんも!」


 エレベーター建屋前の片隅で蹲るヒグマ提督へも、初春はそうやって声を掛ける。
 振り向いたのは、陰鬱としてベタ凪いだ、澱んだ視線だった。


「パワーアニマルとか言って……。島風ちゃんに痛めつけられた残りかすごときで、命を守れたら世話ないよ……」
『……ッ』

 泣き腫らした視線からの呟きは、パッチールの心を疼かせた。
 佐天がヒグマ提督の方へ身を乗り出す。


「あんたねぇ……! こっちはあんたを受け入れてやろうとアプローチしてやってんのよ!? わからないの!?
 ――何なのよその態度は!!!」


595 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:40:57 DGgGJiC.0

 佐天の声は、あたかも爆音のようだった。
 いや、もしかすると、実際に爆音だったのかも知れない。
 ヒグマ提督はたじろぎながらも、必死に佐天へ言葉を返す。


「わ、私と艦娘は命を狙われてるかも知れないんだぞ!? こんなので安心できないよ!!」


 彼と金剛を狙撃した犯人の存在は、確定してはいない。
 『深海棲艦』という単語が現実に襲い来る可能性を思い浮かべてしまってから、ヒグマ提督の恐怖は臨界値スレスレをずっと右往左往していた。
 だがどこまでも自己中心的なヒグマ提督の姿に向かい合い、佐天の視界は、どしゃ降りの中のぬかるみのように歪んでいった。
 どろどろと熱を帯び、泥炭のような怒りが自身を埋めてゆく。

 佐天には、ヒグマ提督が許せなかった。
 他人を良いように使い、相手が自分の思い通りに行かないとなれば途端に不満を抱く。
 その姿に、どうしようもない怒りを覚えていた。


「なぁ教えてくれよ! 金剛はちゃんと埋葬してくれたんだろ!? 彼女は怨んで深海棲艦になんてならないって、保証してくれよ!!」
「――怨みっぱなしよ彼女は!! 私は『信じてた』のに、あいつは、あいつは――!!」


 溶岩のようになった佐天の地面の中から、ヒグマの爪のように、白い切っ先が生える。
 佐天は顔を伏せ、屋上のある一点を指さす。
 怒りのままに、指してしまったその右手の指先に、地面から生えた白い刃が絡みつくのを、佐天は感じた。

 言ってはいけない。
 言ってしまったら、終わる。
 そう感じていたのに、佐天の口は、そのまま動いてしまった。


「あのバケモノは、金剛さんの脳を、喰ったのよ――!!」


 そう咽喉から炎を吐いた瞬間、佐天は自分の心のガラスが、焼け落ちてしまうのを見た。
 なぜ自分が、ヒグマ提督を許せなかったのかが、わかってしまった。


 ――他人を良いように使い、相手が自分の思い通りに行かないとなれば途端に不満を抱く。


 その者は、艦娘に対する、ヒグマ提督であった。
 その者は、アニラに対する、佐天涙子であった。
 幽霊船の汽笛を恐れているのは、ヒグマ提督であった。
 死者たちの足音を恐れているのは、佐天涙子であった。
 ヒグマ提督は、佐天涙子だった。
 本当のバケモノは、自分自身だった。


 信じてる。信じてる。信じてる。
 そんな身勝手な言葉で思考を停止させ、相手の内面を理解することなく過ごしてきた結果が、それだった。
 その言葉が包む意図の違いと、本当の意味と淋しさを理解することなく過ごしてきた結果が、それだった。


 ――一度『可愛くない』要素が露呈してしまったらその瞬間、あなたがその子に抱いていた『可愛い』の幻想は即座に崩壊し、もう二度と元に戻せなくなっちゃいますからね。
 ――もしこの子があなたに楯突いたらどうするのだ。
 ――もしこの子が人食いだったらどうするのだ。
 ――外見だけで勝手にイメージしていた幻想が崩壊したとき、きっと、今まで愛玩していたその態度は掌を返すだろう。
 ――それは、他者に対しての明確な裏切り――。

 初春はその瞬間、友の心が崩れたのを、はっきりと見た。


 佐天が蹴り殺したのは、佐天涙子だった。
 佐天が誹り打ったのは、佐天涙子だった。
 佐天が指し咎めたのは、佐天涙子だった。
 許せないのは、自分自身だった。
 自分自身を許せないのを許せないのも、自分自身だった。

 佐天涙子は、自分を許せない自分自身を、焼き殺し続けることしか、できなかった。

 n回繰り返した360度の歪みの果てに、佐天は自分の選択が、永遠に自分を蹴り殺し続けることしかできなくなる選択だったのだと、初めて悟った。


 指先に纏わったのは、ほそほそと笑っている、白い三日月だった。
 自分が信じていた、皇魁という人間を裏切ったことの、確かな証拠だった。


「……しまっ――!?」


 言い出した次の瞬間には、佐天は自分の発言を後悔した。
 指さした先で、アニラの真っ赤な瞳と目が合った。

 ――ごめんなさい。私を、許して下さい。

 と、佐天はそう祈って彼を見た。
 だが返ってくるのは、佐天自身の、殺意の塊のような真っ赤な視線だけだった。

 ――ああそうだ。『殺して下さい』と頼んだのは、私自身じゃないか。

 佐天は、自分の歪みを映してくれていた鏡の存在に、誰にも聞こえないように、口の中でだけ呟いた。


 そしてほとんど同時にその声は、続けざまに響いた巨大な爆轟の音響に、吹き飛ばされていた。


    ,,,,,,,,,,


596 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:41:23 DGgGJiC.0

 その『敵』の存在を認識していたのは僅かに、黙然と『仕事』に従事していた、北岡秀一ただ一人であった。
 ギガランチャーとギガキャノンを携え、東西30m、南北40m程の屋上の辺を、フェンスに沿って彼は周回していた。

 見回りというそのルーチンに動きながら、北岡は恐らく、この場の誰よりも佐天涙子のことを気にしていた。
 それはまた、この場の誰よりも彼が、佐天涙子とヒグマ提督を、『信じていなかった』からでもある。
 それどころか彼は、この場に存在する人員の何者をも、信じてはいなかった。

 それはある意味正しい選択だったが、ある意味、行き過ぎた選択だった。

 見回りをしながら彼の視線の2割は佐天涙子に注がれ、2割はヒグマ提督に注がれ、2割は屋上にいる残りの人員に注がれ、残りの4割が百貨店の周囲に渡っていた。


「あんたねぇ……! こっちはあんたを受け入れてやろうとアプローチしてやってんのよ!? わからないの!? 何なのその態度は!?」
「……あれ? 鳥……じゃなくて、艦娘の偵察機じゃねぇか?」


 そのため、佐天涙子が叫び出し、爆音が聞こえ、島風が見回りの役に立っていなかったことが判明した瞬間、彼は真っ先にその事態に反応できた。
 双眼鏡で、上空に飛ぶ小さな飛行機のような機影の正体を、視認したのだ。


 それは白い、骨ばった身に皮膜の翼を有したヒグマだった。


 彼は瞬時に、視線を地上に戻していた。

 艦娘。深海棲艦。
 第二次世界大戦中の船の魂を有した少女と、その怨念。
 にわかにその概念は信じがたかったが、彼女たちの保有する装備の凶悪性だけは、同じく火砲を主装備とする北岡には手に取るように解った。


 ――あのヒグマが『偵察機』なら、相手は『深海棲艦』であり、なおかつ既に捕捉されている――!!


 北岡は歯を噛んだ。
 大和型の46cm砲の最大射程距離は、優に42キロ。
 単なる12.7cm砲であっても、30キロ圏内には届くのだ。
 北岡のギガランチャーですら、数キロの距離までは余裕で届く。
 いかに艦娘に合わせてミニマイズされていたとしても、この直径7キロあまりの島では、ある程度大口径の主砲であれば、恐らく届かぬ位置などない。


 北岡は、自身が今まで見回して来なかった、ある場所に向けて走った。
 『艦娘』という者の存在を知るまでは、アニラも、彼自身も、ほとんど注意を向けていなかったある方角。
 ――南東。
 1エリア丸々、湖のようにして温泉の水面が広がっている、開けた場所だった。

 水面など、誰も歩いてくる訳はない。
 その上、そこは高台から視認され放題の場所である。
 なおかつ、この1エリアには、氷の斜面が防衛機構として存在している。
 下から、自分たちの存在が目撃されることは有り得ない。

 だから北岡は、そんな場所の水面の存在を、却って意識から欠落させてしまっていた。


 南東の隅で北岡が双眼鏡を構えた瞬間、彼はその視野に、数百メートル先で満面の笑みを浮かべる女性の顔を捉えていた。
 目が合った。
 はっきりとそう、北岡にはわかった。
 女性の唇が動いた。


『本当に、大和を深海棲艦と間違えるなんて失礼しちゃいますよね。
 皆さん早いところ正気に戻ってくださいー、って感じですマッタク』


 彼女の唇は、そう言っていた。
 そして彼女の下部に据えられた異形が、動いた。
 『深海棲艦』――。
 北岡はそう認識した瞬間、直ちにギガランチャーをフェンスの隙から差し出し、彼女を砲撃しようとした。


 だがその時、一瞬だけ眼をさらに近距離へ落とした北岡は、さらに信じられないものを目撃してしまった。


「――しまっ……!?」


 その可能性は、アニラから確かに伝えられていた事項だった。
 自分自身も、かすかに意識はしていたはずのことだった。
 だが、そんなことは有り得ない。と、『艦娘』の存在と同様に、彼はその可能性を頭から否定してしまっていた。


 ――やっぱり俺たちは、やっすい感情にほだされてる暇なんて、無かった……ッ!!


 北岡秀一は、自分がパラソルの陰を訪れ、佐天涙子にコーラを差し出してしまったことを、激しく後悔した。
 彼はこの事態を、何とか他の人員に叫び、報せようと思った。

 だがその一瞬の迷いのうちに、双眼鏡の先の深海棲艦は、早々と彼に『挨拶』をしていた。
 そしてほとんど同時にその声は、続けざまに響いた巨大な爆轟の音響に、吹き飛ばされていた。


    ,,,,,,,,,,


597 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:41:41 DGgGJiC.0


 その瞬間、その場にいた人員の鼓膜は、一様にビリビリと打ち震えた。
 空振が屋上の一帯を襲い、立ち上がっていた佐天と初春は爆風で転んだ。
 建物の南東の端で、大爆発が巻き起こるのが見えた。

「ぬあっ――!?」
「島風っ!!」
「私は大丈夫! だって速いもん!!」

 破壊された鉄筋コンクリートの破片が散弾のように、屋上南部に屯していた天龍、天津風、島風、アニラを襲った。
 島風とアニラは互いにそのステップで礫を躱し、転げた天龍へは、天津風が自身と彼女の艤装を抱え上げて盾と為し、それを防ぐ。

 遅れて、屋上の床面には、空中にくるくると赤い緒を曳いて吹き飛ばされていた何かが、重い水音を立てて落ちてきた。


「……ひ、い、いやあああぁぁぁああぁぁああぁ――!?」


 初春が、その物体の正体を理解してしまっていた。
 その絶叫の先で赤い水たまりの中に落ちたのは、根元から千切れ跳んだ、北岡秀一の左腕だった。
 彼の体とその武装たちは、百貨店の屋上から、跡形もなく消え去ってしまっていた。

 ――地上から狙撃された。

 その事実に艦娘たちが気づくのには、それほど時間は要さなかった。
 天龍が地面から立ち上がりながら、大きく叫び上げる。


「――敵艦隊に捕捉されたんだッ!! 既に触接されてる!! 総員、対空防御――ッ!!」


 その声とほぼ同時に、屋上から見える空に、ワッと雲霞の如く白いヒグマのような艦載機が飛来してきていた。


「天龍、対空装備なんてないよ!?」
「連装砲ちゃんがあるだけマシだろっ!!」
「天龍、魚雷一本だけ、返して」


 屋上の南から、北側にあるエレベーターの建屋に向かい、天龍は走った。
 慌てる島風の脇で天龍とすれ違うように、天津風が飛来する艦載機の群れに向かって踏み出す。


「……昔はよくやったわよ。旋回不能になった砲を、素手で無理矢理動かしてさ……」

 彼女はそのまま、高高度を飛行している艦載機たちへ、勢いよく61cm魚雷を放り投げていた。
 そして続けざまに天津風は、その華奢な体からは想像もつかぬ怪力で、自分の頭上へ連装砲くんを抱え上げる。


「『人力対空砲火』」


 呟きと共に放たれた砲弾は、上空で自身の投擲した魚雷を撃ち抜いていた。
 その魚雷の爆轟に巻き込まれ、一気に艦載機群の4割ほどが吹き飛ばされ、墜落してゆく。

「島風、仰角最大!! 急降下爆撃が来るわよ!! 手数ッ!!」
「お、オゥッ!! 連装砲ちゃん、行くよ――!!」

 屋上の南端で、島風と天津風が、自身の連装砲たちを駆って対空砲火を始める。
 しかしその効果は微々たるもので、既に百貨店の直上まで回り込んでいた5割ほどの艦載機には、その砲撃が届かない。


「――アニラくん、もう一段後方を頼む……ッ!!」
「……了解であります」


 その時、台車を蹴って南側に屋上を進み来たウィルソンが、小刻みなバックステップで距離を測っているアニラとすれ違う。
 急降下し、口吻から機銃を放ってくる機体群の火線の隙に、ウィルソンは狙われた台車を転がり落ちながら中空に抜刀した。


「――『獣電ブレイブフィニッシュ』!!」


 瞬間、剣先から放たれた巨大な閃光の斬撃が、ウィルソンを狙って飛来してくる艦載機たちを両断していた。


598 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:42:12 DGgGJiC.0

「――大丈夫か涙子、飾利!! 急いで建屋の陰に隠れろ!!」

 天龍は、吹き飛ばされ横倒しとなったパラソルのもとで、佐天と初春を助け起こす。
 続けざまにエレベーター建屋の裏へ回り込もうとする彼女たちのもとに、残り8機となった飛行する白いヒグマたちが襲来した。

 ――ジャッ。

 その航空機たちが急降下し始めたタイミングにぴったりと合わせて、アニラが地面から踏み切っていた。
 彼は後方宙返りのようにして、真下から勢いよく、上空に自身の尾を走らせる。

 その瞬間、パァン。と、何にも触れずして空気が破裂した。

 『牛追い鞭』のようにして音速を超えたアニラの尾の先端が衝撃波を巻き起こし、急降下していたヒグマたちの鼓膜を穿った。
 内耳まで破裂し、平衡機能を失した6機が、バランスを崩してそのまま屋上の地面に墜落する。
 だがそれでもあと2機が、彼らの即席の防空網を突破して天龍たちに迫っていた。

「きゃ……!?」
「伏せろ飾利ッ!!」

 天龍は、初春とパッチールを自分の身に引き寄せ、背に負った艤装で、迫り来る艦載機たちの機銃を弾いた。
 そして自分の上に近接して落とされる爆弾を、その隻眼でしっかりと捉えていた。

「あぎぃぃぃぃ……る!!」 
「ひぃいぃいぃぃいぃ――!?」
「くっ――!?」

 北岡秀一が吹き飛んだ始めの爆発から、ずっと腰が抜けていたヒグマ提督と、そして佐天の元にもう一機、白い小さなヒグマが飛来する。
 投下される爆弾を、佐天はかろうじて地に転げながら、包帯の巻かれた右手で受け止めた。
 瞬間、キャッチされた爆弾は氷に包まれる。
 さらに佐天は、肉薄して噛みつこうとして来る飛行するヒグマに、自身の左の人差し指と中指を、剣のように伸ばして突き出していた。


「『最小範囲・第四波動』ッ!!」


 瞬間、激突したヒグマの口から首の裏まで、佐天の指先が貫通していた。
 高熱を帯びて黒焦げになった貫通創に脊髄を分断され、その小さなヒグマは痙攣して死んだ。


    ,,,,,,,,,,


 ハァー 天竜二十五里 紅葉のなかを(ハオイヤ)
 舟がぬうぞえ 舟がぬうぞえ 糸のせて(ハ ソリャコイ アバヨ)


    ,,,,,,,,,,


 その時天龍は、自身の名が織り込まれた歌の一節を思いながら、身を捻り起こしていた。
 落下する爆弾に合わせ、天龍は自身の左手に持ったナイフを、逆手にして振り上げる。
 刃ではなく、ナイフの腹で。
 信管の先ではなく、弾体の中腹を払いあげるようにして、投下された爆弾を、来襲する艦載機の方に弾き返していた。


「あぎぃぃぃぃ……る!?」
「『紅葉の生絲』ッ!!」


 そして直後、背に回っていた右手の日本刀が、勢いよく大上段から振り下ろされた。
 ボイラーの熱を受け赤熱した彼女の刀が、踏み込みと同時に、ヒグマと爆弾を同時に唐竹割りとし爆死せしめる。
 彼女が姉妹艦と共に編み出していた、独自の近接格闘技術の一つが、それだった。


「天龍! 無事!?」
「てーとく! 提督は大丈夫!?」
「ああ! 天津風たちは損傷ないか!?」
「ひ、ひぎぃ……」

 屋上の端から駆け寄ってくる天津風と島風に、天龍が叫び返す。

「き、北岡くんは、死んでしまったのかね……!?」
「北岡氏の他部位はこの場に確認できません……!」

 ヒグマ提督が恐怖で呻くさなか、アニラがウィルソンを助け起こし、高速で台車に乗せて連れてくる。


「いきなりなんだってのよ……、こんな、戦闘機みたいな、翼竜みたいな……!」
「し、深海棲艦だ、深海棲艦の艦載機だ……!!」


 佐天が自分の串刺しにした、体長15cm、翼開長30cm程の異形の白色ヒグマの死骸に呟いた時、ヒグマ提督は、ふらふらと立ち上がりながら慄いていた。
 天龍とアニラが、急いで一行を取りまとめようと声を掛け合う。

「編隊が飛んで来たのは南東側だよな!? どうする、フェンスの際から俯角つけて撃ち下ろすか!?」
「……北岡氏を喪った以上、まず屋内退避から、逃走経路の確保が先決でありましょう。それに――」

 アニラの赤い瞳が、屋上の崩れた南東の角へ振り返った。


「――敵は既に登ってきております!!」
「なっ……!?」


599 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:42:33 DGgGJiC.0

 アニラが、普段の彼らしからぬ声量で喋った直後、砲撃で破壊された南東の角から、巨大なヒグマの掌が、ぬっと彼らの視界に伸び上がってくる。

 一同が立ちすくむ間に、その脚は、いくつものヒグマの顎と共に、その全容を現してきていた。
 少なくとも5つ、その胴体には口があった。
 その巨大な口は、体長4メートルはあろうかという巨体の毛皮のうちから生じ、その四肢のさらに上に、もう一つ体を有していた。
 そんな異形のヒグマの肉体に、無理やり接合されたような裸体の少女の身が、そこにはあった。
 血の気の失せた死者のような白い顔で屋上の端に上がり、彼女はにっこりと、微笑んでいた。


「提督、探しまシタよ♪ みんなデ礼砲ヲ撃ち合って再会なんテ、盛大で素敵デスネ♪」


 ああ彼女が、正気でありさえすれば、その微笑は本当に、美しかっただろう。
 その少女――、戦艦ヒ級の威容に、屋上の一同は、呑まれた。


「や、大和……、なの……?」


 震える艦娘たちの中で、一番初めに、彼女の正体を理解したのは、天津風だった。
 その言葉を耳にし、次いで彼女のことを正確に理解したのは、ヒグマ提督だった。


「う、うわぁあああぁぁぁああぁあぁあぁぁああぁあぁあぁぁ――!!」
「あが――っ!?」
「うおっ!?」
「きゃぁっ!?」
「ぱぁ!?」

 狂ったような叫び声と共に、ヒグマ提督は全速力で走り出していた。
 目の前にいた佐天を突き飛ばし、エレベーターホール前に立ち尽くしていた天龍と初春および、そこに抱えられていたパッチールを押しのけ、彼はエレベーター建屋内に逃げ込む。
 佐天が、即座に眦を怒らせて立ち上がっていた。


「ま、待て――ッ、どこに――!!」
「……アレ、提督? どこへ行くンデスか――?」


 そのヒグマ提督の動きを、戦艦ヒ級は、首を伸ばすようにして眼で追う。
 同時に、彼女の胴体正面下部に据えられている超大口径の連装主砲が動くのを、天津風は捉えた。


「大和――ッ!! 暴れないでッ!!」
「ほえ?」


 天津風は風を纏い、咄嗟に走り出した。
 ヒグマ提督に向けられ始めていた戦艦ヒ級の視線を、裂帛の気合をぶつけて自身に注がせる。
 高速で接近してくる天津風に、戦艦ヒ級の腕部の顎が、横薙ぎに彼女の体に喰らいつこうとした。

 だが、間違いなく天津風の頭部を噛み千切るはずだったその顎は、彼女の鼻先を掠めて空ぶった。
 天津風の速度は、大和が目視予測したものよりも、実際はかなり遅かった。
 自身の強化型艦本式缶の熱量で、相手に近づくように見える僅かな熱レンズ効果を周囲の空気に発生させ、対象に相対速度を誤認させる『速力偽装』――。
 それこそ、天津風が独自に編み出した操艦術の一つである。

 そのまま彼女は振り抜かれた顎の上に手をついて踏み切り、一気に大和の首筋へ、肩車をするように飛び乗っていた。
 背後から裸締めのようにがっちりと手足を戦艦ヒ級に絡め、天津風は連装砲くんを彼女のこめかみに突きつける。


「……悪く思わないで……! どうか安らかに、成仏して……!!」
「ア、天津風サン!? わ、悪いヤツに、操らレテいるンですカ……!?」


 唇を噛んで、天津風は大和の言葉に返事をすることもなく、即座に連装砲くんを斉射する。
 だがその直前、彼女の掴む連装砲くんは、蛇のように伸びた戦艦ヒ級の副砲の顎に噛まれ、腕ごと捻り上げられていた。

「なんて力……ッ!? ガハァ――!?」

 天津風の体は、そのまま引き剥がされ、振り回され、屋上の地面に叩き落とされる。
 もう既に大和の視線は、もんどりうった天津風ではなく、ヒグマ提督の立ち入ったエレベーター建屋に注がれていた。


「これではやっパリ、皆さんを正気ニ戻シテあげなきゃダメみたいデスね……」
「ひぃっ、ひぃぃ――!?」
「おい、開けなさい!! 逃げるな――ッ!!」


 その時既に、屋上に到達する唯一のエレベーターに乗り込んだヒグマ提督は、滅茶苦茶にボタンを押下して扉を閉め、下に降り始めようとしていた。
 逸早く追い縋った佐天がそこに入った時には既に、エレベーターの扉は閉まり切っていた。


600 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:43:09 DGgGJiC.0

「――佐天女史!! そこにいてはなりません――!!」
「あいつが――!! 全てあいつが元凶なのよ――!? 差し出して、責任を、取らせなきゃ――!!」

 続けざまにアニラが駆け寄った時、佐天は全身を怒りに燃やして、エレベーターの扉を叩いていた。
 億兆京那由他阿僧祇の月の歪みに身を任せて、その金属を削るようにして拳で噛みつく。
 ――『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』。
 彼女の左手が叩きつけられた黒い金属扉は、その部位が砂のように細かな粉塵となって砕けてゆく。

 佐天は、泣いていた。
 何もかも、許せなかった。

 悪意もなく人を奴隷としたヒグマ提督が。
 そのヒグマ提督を容認したような北岡秀一が。
 その北岡にさらに同調するようなウィルソン・フィリップスが。
 適当な言い分をつけて人を喰ったアニラが。


 そして何より、知らず知らずに人を殺し、恩人を裏切った佐天涙子が、許せなかった。


 自分の産み落とした歪みと罪を直視せずに逃げるなど、許されないことだった。

 ヒグマ提督を連れてきてしまったのは、佐天自身の罪だ。
 あの『深海棲艦』という者は、ヒグマ提督を追って来たのだ。
 あの時ヒグマ提督を殺していれば、こんな目に会うことはなかった。

 何も償う方法が無いなら、死ぬしかないのだ。
 死んで責任を取る意気地も無いのなら、殺されるしかない。
 殺すしかない。

 殺す。
 殺す。
 ヒグマ提督を殺す。
 自分自身を殺す。
 自分を殺して自分も死ぬ――。


 アニラが、彼女の右手を取った。


「佐天女史――」
「触るなッ、『人食い』の、『バケモノ』――ッ!!」


 そして佐天は、彼の手を振りほどいた。
 その勢いのままに振り向いた彼女の眼は、エレベーターホールの入り口で手を差し出した形のまま、きょとんと立ち尽くすアニラの姿を、見ていた。
 漆黒の鱗を纏い、鋭い爪と皮膜の翼を持ち、異形の巨体を有したその『人間』は、その表情に何の感情も表さず、ただそこに、あるがままにいる、だけだった。

「あ、あ――」

 ふらふらと足を踏み替えた佐天の目から、大粒の涙が零れた。


「ごめん、なさい――」
「……第一、第二主砲。斉射、始メ」


 佐天が口の中でだけ呟いた声は、続けざまに響いた巨大な爆轟の音響に、吹き飛ばされていた。
 屋上のエレベーター建屋に着弾した、24インチの徹甲榴弾2発は、その構造体を内部から木端微塵に爆裂せしめた。


「ガ……、ふ……」


 佐天は、自分の体が、コンクリートの破片と共に吹き飛ばされることだけはわかった。
 彼女の意識は紙屑のように吹き飛び、屋上東側のフェンスへ、それを根元から歪ませるほどの高速で激突した。
 爆風で挫傷した肺から喀血を吹き、彼女は自分の脊柱を下って下へ下へと落ちてゆく。

 彼女は自分の中の商店街を、また自分独りで、歩いて降りて行った。


    ,,,,,,,,,,


 戦艦ヒ級から放たれた主砲の一撃は、周囲にいた人員にも相応の被害を与えた。
 佐天に次ぎ爆心地に近かったアニラは、球状に丸まった耐衝撃姿勢を採ったものの、佐天の横のフェンスにやはり続けざまに激突した。


「うおぉお――!?」

 天龍は、ウィルソンと初春に覆いかぶさるようにして伏せていた。
 それでも飛来した爆風とコンクリートの破片で、服は裂かれ、艦橋から突出した主砲と副砲は叩き折られて吹き飛んでいた。


「提督!? 提督!?」
「ッッ、佐天さん――!!」
「良かっタ♪ これで提督のアタマも元に戻りましタネ♪ 後で大和が修理してアゲマスから、もうちょっと待ってテくださいネ♪」


 被害を免れたのは、爆風の圏内から高速で退避していた島風と、戦艦ヒ級の前に叩き付けられていた天津風である。
 狂ったような上機嫌で笑う戦艦ヒ級のもとから、天津風が急いで立ち上がり、走り出していた。


「ガ……、ふ……」


601 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:43:49 DGgGJiC.0

 意識を失った佐天涙子が、衝撃で歪み、折れつつあるフェンスごと、屋上の外に落下しそうになっていた。
 6階建ての百貨店の屋上から、2階までの高さを埋める氷までの距離は、約15メートルにもなろうか。
 そんな高さを意識のないまま落下してしまえば、即死は免れないだろう。

 強化型艦本式缶に点火し、全速力で天津風は、走った。
 爆風に耐えて体勢を崩している面々の傍を風のように通り過ぎ、ぐらぐらとフェンスを曲げて落ちようとして行く佐天の手を掴んでいた。
 手足と尾の全てを丸く抱え込んだ耐衝撃姿勢から逸早く復帰したアニラに、彼女はぐらつくフェンスの上から、佐天の体を投げ渡そうとした。


「皇さん――! 彼女を――!!」
「……次は天津風サンですかネ♪」


 その瞬間、戦艦ヒ級の砲が火を噴いた。
 駆逐艦の体を貫くには、主砲に次弾を装填する片手間の副砲で、十分だった。


「げぁ――……」


 佐天涙子の体をフェンスから投げた瞬間、天津風の胴体が、その砲撃で千切れ跳んだ。
 骨盤部から爆ぜた彼女の両脚が、その赤いソックスとガーターベルトを風に泳がせ、てんでばらばらの方向に飛んでいった。
 天津風の上半身は、胴部から内臓と鮮血を吹き零しながら、完全に折れたフェンスの一部もろとも、15メートル下の氷上へ、落下していった。


「あ、天津風ぇ――!?」

 白目を剥いて落下してゆく彼女に手を伸ばし、天龍は絶叫した。

「良かったァ〜。無事命中でス♪ この調子で艦隊みんな直してアゲマスね♪」
「なんで!? どうして!? なんでこんなことするの、大和ォ――!!」


 悠然と歩み寄りつつ笑う戦艦ヒ級の前で、島風が呆然と立ち尽くしながら叫ぶ。
 戦艦ヒ級は、にっこりと首を傾げた。


「え? だってみんなトモダチじゃアリマセンか。トモダチを直してあげるのは当然デス。遠慮しなくて良いんですヨ?」
「――〜〜ッ、島風、砲雷撃戦、入ります――!!」


 3基の連装砲ちゃんを走らせ、島風は戦艦ヒ級に砲撃を開始した。
 目の前の相手は、深海棲艦になってしまったのだ。
 沈めなくてはならない存在になってしまったのだ。と、そう、彼女は理解した。


「し、島風ッ……! ――近すぎるッ!!」

 天龍は立ち上がりながら、島風に叫びかけた。
 島風は、肉弾戦で戦うような心づもりでいない。
 深海棲艦相手に、目の前3メートルも離れていない接近戦では、砲雷撃戦の挙動は隙が大きすぎた。

「ひゃっ――!?」

 戦艦ヒ級の腕部の2対の口が、それぞれ蛇のように動いていた。
 連装砲ちゃんからの砲撃を喰らって肉を抉られながらも、その蛇のような顎はほとんど痛痒も感じていないかのように、跳ねまわる連装砲ちゃんに食らいつき、噛み砕き、飲み込んでしまう。
 そしてすぐさま、その連装砲ちゃんの部品で修理が行われたかのように、砲弾を受けた損傷部も再生してしまった。


「天龍くん、まだわしやアニラくんの方がやれる――!! 彼女を退かせたまえ!!」
「退けぇ――、島風!! 俺らで撤退経路を確保する……ッ!!」

 この屋上からは、エレベーター一基の他、北東の隅にある非常用はしごしか、脱出できる経路は無かった。
 エレベーターが倒壊した今、そこにしんがりを置きながら降りていくしか、恐らくこの戦艦ヒ級から逃げる方法はない。
 起き上がったウィルソンが台車に跨り、天龍が初春を降ろして島風に檄を飛ばそうとしたその時、歯を噛んだ島風は、一歩ステップを踏んで、その場から忽然と消失する。

「私には誰も追いつけないッ! だって速いもん――!!」

 ポヒュッ。
 と、空気の収束する音のみを残して、強化型艦本式缶を全開にした彼女は、遥か上空に跳び上がっていた。
 そして彼女は、『速さの極み』によって到達したそんな高高度から、自身の誇る、五連装魚雷発射管を展開していた。


「五連装酸素魚雷、行っちゃってー――ッ!!」


 島風は元々、多数の魚雷発射管で遠距離から魚雷をばらまくという、先制雷撃に特化した艦として設計されていた。
 その速力と同時に、重雷装巡洋艦に迫る、五連装魚雷発射管×3の『十五射線酸素魚雷』を一度に投下する独自の戦法こそが、彼女の彼女たる所以だった。

 直上の上空から発射されてくる十五本の酸素魚雷を見上げてしかし、大和は依然として微笑んでいた。
 彼女の下腹の顎の両眼部に据えられている形の主砲が、信じられないほどの仰角をつけた。


「――敵機捕捉。『三式弾』、全主砲薙ギ払エ」
「――えっ」


602 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:44:15 DGgGJiC.0

 島風が驚きに目を見開いた瞬間、戦艦ヒ級の主砲から、今までのものとは全く趣の異なる砲弾が射出されていた。
 次元信管で着火したその弾丸は、投射されてくる魚雷群を迎え撃つように、炸裂した内部から『焼霰弾』という焼夷弾子を円錐状に撒き散らした。
 冠菊の花火のように展開したマグネシウムの炎は、落下する十五本の魚雷をことごとく、到達前の空中で誘爆せしめてしまう。

 戦艦の主砲から放たれる対空用特殊榴散弾『三式弾』――。

 戦艦ヒ級が自身の培養試験管で生成できる弾丸は、なにも徹甲榴弾だけではない。
 ただそれだけの、ことだった。

 誘爆する黒煙の前を自由落下して突き抜けた島風が次に見たものは、上方に差し向けられる戦艦ヒ級の両腕部と、その口元から立ち上がる4基の機銃だった。


「あ、あ――、うわぁあああぁぁ――!?」


 重力に身を任せるしかない島風は、その両腕で顔を覆うことしかできなかった。
 軽妙な打楽器のように機銃は鳴り響き、島風の肉体を余すところなく穿った。
 鮮血で真っ赤になった『蜂の巣』と化し、島風は受身を取ることもなく一度屋上の床にバウンドし、壊れた人形のように赤い筋を引きながら、天龍の足元にまで転がり、止まった。

 ぐぷ。
 と、血の唾液を吐いて、穴だらけになった体に、彼女は最期の息を漏らす。


「速いだけじゃ……。ダメなのね……」


 その眼から光を落とし、島風は轟沈した。


    ,,,,,,,,,,


「……へっ、へげぇぇ……」

 3階のエレベーターのドアが、内側から無理矢理こじ開けられていた。
 その中のひしゃげたエレベーターボックスから、よろよろと一頭のヒグマが這い出てくる。

 ヒグマ提督の乗ったエレベーターは、戦艦ヒ級の砲弾が着弾した時、かろうじて6階と5階の境程度にまで下っていた。
 そのため、その爆轟の直接の影響は受けず、建屋の崩壊で千切れたワイヤーのお蔭で、むしろ3階まで直滑降できる形となった。
 2階以下は未だ結氷した津波に封じられているその階までエレベーターボックスは落下して止まり、その衝撃自体はボックスがひしゃげることで緩衝され、ヒグマ提督のダメージは軽いもので済んでいた。

 慄きの言葉を漏らしながら、ヒグマ提督はふらふらと百貨店の3階で、出口を求めてさまよった。
 方向感覚をも失している彼は、初めに入って来た窓の場所もわからなかった。


「なんで大和が……! 生まれてすらいなかったのに……!!」


 だが呟きながら、彼はその事実に、思い当ることはあった。
 親と言うべき自分にうち捨てられ、見はなされたまま放置されたその境遇。
 四肢の欠損と、それに無理矢理あてがわれたような異形のヒグマの肉体。


「比留子(ひるこ)……、まるで日本神話の、『ヒルコ』みたいな……」


 伊邪那岐、伊邪那美の神の最初の子であったが、不具の子として流された子供。
 その子供がもし流された先で生きていたとしたら、自分を捨てた親に怨みを抱かないことがあろうか――?
 海に揺蕩い、彷徨った寂しさを、晴らしたくならないことがあろうか――?


「……ひぃ、ひ、ひえぇあぁぁああぁああぁ――!!」


 ヒグマ提督は、恐怖に苛まれたまま走り回り、『開け放されている』窓をようやく発見した。
 彼は後先もわからず、そこから転がり出て、溶けつつある氷の上に飛び出しながら、かつ滑りかつ転び、無様な様相で街の中に逃げていった。

 彼は、その窓が、本当に自分が初め百貨店に入って来たときの窓だったかどうか解らなかった。
 だがそんなことは彼にとってどうでも良かったし、3階のフロアの内外に、何か変化があったかどうかなど気づきもしなかった。

 確実なことは、彼と天龍たちが百貨店に入って来た時、その窓は、『叩き割られていた』ということである。


【C-4 氷結した街/午後】


【穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:ダメージ(小)、疲労(中)、恐懼
装備:なし
道具:なし
基本思考:責任のとり方を探す
0:深海棲艦化した大和から逃げる
1:大和……、なんで大和が……!?
2:こんなの、私の知ってる艦これじゃない!!


    ,,,,,,,,,,


603 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:44:55 DGgGJiC.0

「し、ま、か、ぜぇ――!!」
「天龍くん――ッ!!」
「す、皇さん――!!」


 天龍は、動かなくなった島風の元に屈み込み、慟哭した。
 ウィルソンが彼女を後ろへ押しやり、一度だけ振り向く。

 たじろぐしかない初春とパッチールの脇を、アニラが佐天を抱えたまま走り過ぎた。
 同時にウィルソンが、raveとBraveのガブリカリバーを握り締め、台車を蹴って戦艦ヒ級に駆けた。


「アニラくん――、エスケープラダーの確保を――!!」


 ウィルソンの言葉がなくとも、アニラの行動は既にその行為に走っていた。
 アニラ以外の人員は、北東部のはしごがなければ、とても15メートル下の氷上になど降りられないだろう。
 エレベーターが崩れた以上、そこしか退路は無かった。


「『獣電、ブレイブフィニィィィィィイイイイッシュ』!!」


 ウィルソンは着流しの袖をはためかせ、台車の車輪を打ち鳴らし、斃れた島風の隣を通り過ぎ、真一文字にその剣を振るっていた。
 そこから放たれた閃光の刃は、南側のフェンスの金網一面を真横に切断する。
 しかし、その一撃は戦艦ヒ級自体には、当たっていなかった。


「はじめまシテ♪ 友軍の司令サンですか?」
「くぉっ――!!」


 戦艦ヒ級は、その巨体からは想像もできぬ跳躍力で、真上に跳び上がっていた。
 そして上空から、ウィルソンに向けて俯角をつけ、両腕の副砲が向けられる。

 ウィルソンはその瞬間、台車のハンドル側に全体重をかけて意図的に転倒する。
 滑るように車輪を浮かせて吹き飛ぼうとするその台車へ無事な足先を掛けて、上方に蹴り上げていた。
 副砲の弾丸は、その台車のマットに命中して爆裂する。


「くっ、チェァッ――!!」
「アラ?」


 そして同時に側方に転げて残弾を躱していたウィルソンは、その回転のさなか、さらに抜刀する。
 その剣閃は、着地する戦艦ヒ級の両腕部前方の副砲を、ヒグマの顎ごと切断し落としていた。

「御嬢さん……。キミがこれ以上荒れるなら、わしが、全霊のブレイブで止めてみせる……!!」
「アラアラ、ダンスのお申込みですカ? 楽団の演奏ならよくアリましたケレド〜」

 うつ伏せの体勢から一気に跳ね上がり、片足隻腕の剣士がガブリカリバーを彼女に突き付けた。


 その時既に、アニラは北東の隅の非常用はしごの元に辿り着いていた。
 そして彼はそこへ手を伸ばし、気絶している佐天涙子をまず階下に降ろそうとする。
 その瞬間だった。

 突如、はしごを屋上階に止めていたボルトが、外されていた。

 アニラの伸ばした手をすり抜け、そのはしごは氷上へと倒れてゆく。
 有り得ないことだった。

 ――各階の壁面に止まっている全ての留め具を外さない限り、こんな現象は起きない!!

 そう思考した彼が、はしごのあったフェンスの隙から下方を覗くと、彼の視線は、6階の窓から身を乗り出して見上げてくる何者かの視線と目が合った。
 それは、体の半分ずつが、白と黒とに塗り分けられた、小熊のようなロボットだった。


「うぷぷぷぷぷアニラくん! ここはいい感じで『風が吹き下ろしている』よね!!」
「――!?」


 そこに身を乗り出し、工具と拳銃を構えているのは、江ノ島盾子の操る、モノクマであった。
 挨拶と同時に発射された拳銃弾をアニラが屋上に身を退いて躱した時、彼の背後から、初春の悲鳴が聞こえた。


「いっ――!? きゃぁあああぁあぁぁ――!?」
「ぱぁ!? ぱぁ――!?」
「ひょっほ〜、大漁大漁♪ サンキューアニラくん!!」


 更に別のモノクマが、天津風とフェンスの転落した西側の縁から、何かを初春の体に投げつけ、彼女をパッチールごと絡め取っていた。
 それは、島風が引っかかり、3階のフロアに外されたままの、『蚊幕』だった。
 小さな毛針を服や髪や肌に絡みつけられ、初春はそのままモノクマに掴まってしまう。

 天龍が島風に気を取られ、アニラが屋上の反対側に離れ、ウィルソンが戦艦ヒ級に対峙していた、完璧なタイミングでの奇襲だった。

「さ、佐天さん、皇さぁ――ん!!」
「か、飾利ッ――、『紅葉の錦』――ッ!!」

 手を伸ばして叫ぶ初春を掴むモノクマに向け、一番近い位置にいた天龍が咄嗟に、自身の赤熱した日本刀を振るっていた。
 艦橋から噴霧した重油を炎として投射するその即席火砲はしかし、初春が連れ去られたあとの空を撫でるだけだった。


「初春くん――!?」
「ダンスの最中にヨソ見するとアブナイですヨ?」


604 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:45:13 DGgGJiC.0

 余りに突然の事態に、ウィルソンは戦艦ヒ級の目の前で、背後を振り返ってしまっていた。
 直後、戦艦ヒ級が横薙ぎに振るった前脚が、彼の無事な右脚を綺麗に払っていた。

「ガッ――!?」

 ベキ、ベキ。
 と、それだけで、彼の脛骨と腓骨は纏めて解放骨折し、宙に跳ね上げられたウィルソンは何回かきりもみ回転をして屋上の床に落ちた。


「わわ、スミマセン。大丈夫デスカおじさま? ですから、ダンスはアブナイんですっテ!
 でも安心してクダサイ! 大和がきちんとおじさまも直しテあげますカラ!!」
「ぐ、ぎ、が……ァ……」


 激突と骨折の痛みで地にもがくウィルソンの背後で、戦艦ヒ級は、半分心配そうに、半分朗らかに、全体的に10割狂った調子で笑った。

 彼女としては、これでもレディとして真面目にダンスをするつもりでいたのだ。
 致し方ない。


    ,,,,,,,,,,


 こうして数分のうちに百貨店の屋上は、瞬く間にして絶望の暴風に包まれていた。
 その激しい逆風の中で、天龍は、アニラは、ウィルソンは、自身の向かうべき目的地を、構えるべき魂の方角を、必死に見極めようとした。

 その大時化に見舞われる海路の中、天龍の抱く沈没したはず船が、ふと、その旗を立てていた。


「……島、風……?」


 自分の抱きかかえている、先程までピクリとも動かず、心臓も止まっていたはずの血まみれの少女が、天龍の手を、握り返している。

 コロン。
 と、何か小さな金属片が床に落ちた。
 機銃の弾丸だった。

 島風の全身に穿たれていた弾丸が、次々とその肉からせり出して落ちてゆく。
 強化型艦本式缶が再点火され、血潮の拍動がその体内でタービンを駆動させる。
 ガクン、と、機械的に首をもたげた島風の双眸が、一気に開いた。


【――緊急ダメコン発動!!】


「お、『応急修理要員』……!?」


 ヒグマ提督が彼女に託した、秘蔵の装備――。
 何があろうと、どんな大ダメージを喰らおうと、一度だけ、轟沈によるロストを回避する、ダメージコントロールの神業を有した妖精の加護。
 『応急修理要員』の効果だった。


「……『昭和十六年八月八日』。……私の心は、あの日に還る」


 今までの駆逐艦・島風のような、無邪気に過ぎる笑顔は、そこに浮かんではいなかった。
 鮮血に塗れた双眸を開いて、駆逐艦・丙型一二五は、厳かな低い声で汽笛を上げる。

 ――ああそうして、幽霊船の汽笛は届く。

 彼女と同様に、自分の中という水底から二度目の浮上を試みる少女も、未だここに、微かな息を保っている。


【C-4 街(百貨店屋上)/午後】


【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:気絶、肺挫傷、疲労(小)、ダメージ(大)、両下腕に浅達性2度熱傷、右手示指・中指基節骨骨折(エクステンションブロック法と波紋で処置済み)、頬に内出血
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:私は……、私を裏切った……。
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助ける。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『分子間力(ファンデルワールスフォース)』……!!
5:私の奥底に眠る、『在り方』って……?
6:ごめんなさい、ごめんなさい皇さん……。ごめんなさい……。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになっているかも知れません。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。


605 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:45:39 DGgGJiC.0

【島風@艦隊これくしょん】
状態:轟沈(緊急ダメコン発動!!)、全身に機銃の弾痕、キラキラ
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管、強化型艦本式缶(備品)
道具:13号対空電探、基本支給品、サーフボード
基本思考:??????????
0:??????????
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為、基本性能の向上+次元を超える速度を手に入れました。
※速さの極みに至った場合、それはただの瞬間移動になり、攻撃力を持ちません。
※エネルギーを失えばその分減速してしまうため、攻撃と速力の極限は両立しません。
※全身を蜂の巣にされるという重大な損傷からダメコンで復帰しています。思考回路が今までの状態から大きく変化してしまっているかも知れません。


【ウィルソン・フィリップス上院議員@ジョジョの奇妙な冒険】
状態:大学時代の身体能力、全身打撲・右手首欠損・左下腿切断(治療済)、右下腿解放骨折、波紋の呼吸中
装備:raveとBraveのガブリカリバー、浴衣
道具:アンキドンの獣電池(2本)
[思考・状況]
基本思考:生き延びて市民を導く、ブレイブに!
0:完全に虚を突かれた……ッ! 若人だけは……! 若人の未来と勇気だけは、守らねば……!!
1:折れかけた勇気を振り絞り、人々を助けていこう。
2:救ってもらったこの命、今度は生き残ることで、人々の思いに応えよう。
3:わしは『守護動物』も『波紋』も持っていて、未だこれだ。さらに伸びしろのある人物は……?
[備考]
※獣電池は使いすぎるとチャージに時間を要します。エンプティの際は変身不可です。チャージ時間は後続の方にお任せします。
※ガブリボルバーは他の獣電池が会場にあれば装填可能です。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。
※波紋の呼吸を体得しました。


【アニラ(皇魁)@荒野に獣慟哭す】
状態:喋り疲れ、脱皮中
装備:『行動方針メモ』
道具:基本支給品、発煙筒×1本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、缶詰・僅かな生鮮食品、簡易工具セット、メモ帳、ボールペン
[思考・状況]
基本思考:会場を最も合理的な手段で脱出し、死者部隊と合流する
0:現状で最大戦力を生存させる方法は……!?
1:この屋上が絶対的な風上であることをさらに考慮しておくべきだった……!!
2:佐天女史……! 自分は、何がいけなかったのでありましょうか……!?
3:参加者同士の協力を取り付ける。
4:脱出の『指揮官』たりえる人物を見つける。
5:会場内のヒグマを倒す、べきなのでしょうか。
6:自分も人間を食べたい欲求はあるが、目的の遂行の方が優先。
[備考]
※脱皮の途中のため、鱗と爪の強度が低下しています。


【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破、キラキラ
装備:日本刀型固定兵装、投擲ボウイナイフ『クッカバラ』、61cm四連装魚雷
道具:基本支給品×2、ポイントアップ、ピーピーリカバー、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:島風……、大和……、一体何が……!?
1:迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
2:金剛、後は任せてくれ。俺が、旗艦になる。
3:ごめんな……銀……
4:初春とパッチールは……!? 天津風は……!? 北岡は……!?
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています


606 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:46:50 DGgGJiC.0

【戦艦ヒ級改flagship@深海棲艦】
状態:精神錯乱、両腕前部副砲切断
装備:主砲ヒグマ(24inch連装砲、波動砲)×1
副砲ヒグマ(16inch連装砲、3/4inch機関砲、22inch魚雷後期型)×4
偵察機、観測機、艦戦、艦爆、艦攻、爆雷投射機、水中探信儀、培養試験管
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:ヒグマ提督とみなさんを直してあげますヨ♪
1:ヒグマ提督の敵を殲滅する
2:ヒグマ提督が悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、それを奪還してみせる。
3:あの男の人は、イイヒトだった。大和の友達です。
4:私を助けてくれたメロン熊さんはイイヒト。大和の友達です。
5:皆さんが悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、正気に戻してあげなくちゃですね!
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました
※金剛の死体を捕食したことでヒグマ30〜40匹分のHIGUMA細胞を摂取しました
※その影響でflagship→改flagshipに進化しました


    ,,,,,,,,,,


 初春飾利とパッチールは、各階の窓から身を乗り出しているモノクマに、リレーのようにして放られ、氷の地面に降ろされていた。
 蚊幕のテグスで全身を縛られ、身動きが取れないようにされた上で、彼女は数匹のモノクマに取り囲まれてしまう。

「え、江ノ島さん――ッ!! どうして、どうしてあなたがここに!?」
「うぷぷぷぷ〜。そりゃぁずっと、私様の正体を知るヤバイやつらを陥れるタイミング狙ってたからに決まってんじゃ〜ん。
 北岡くんの見回りの視界はまさに灯台もと暗しだし。全容がわからず警戒してたアニラくんのトラップも、ご丁寧に全部外してもらっちゃったからね!
 温度差で風向きも上々とくれば、こりゃ3階から6階まで入り放題だったわけよ!!」

 モノクマがこの百貨店を攻めあぐねていた決め手の一つとして、鳴子の存在があった。
 ふとしたタイミングで鳴子に引っかかり、その騒音で屋上に待機している面子に存在を知られてしまえば、その侵入は初めから大失敗となる。
 だが逆に、それさえなくなってしまえば、この百貨店という拠点は、見回りの視線を容易く掻い潜れ、絶対的な風下側から忍び寄れる、隙だらけの場所に変わってしまうのだった。

 それを察して、初春は震えた。


「……わかりました。ええ、痛いほどよくわかりました。ならば何故、私を生かしておくんですか……?
 天龍さんたちのご友人にあんな、おぞましい改造を施して、一体何がしたいんですか!?」
「そりゃぁ、大和ちゃんと同じよ、私様の個人的な、U☆RA☆MIってヤツ!!
 特にてめぇには大層赤っ恥かかせてもらったからなぁ初春ちゃんよぉ!!」
「あなたなんか旅の恥ごと脳みそ掻き捨てちゃえばいいんですよ!!」
「うっせ黙れ、絶望しやがれ!」
「――うあっ!?」


 殴り飛ばされた氷上の先でそして、初春は余りにも酸鼻なものを見てしまった。
 顔を背けようとしたところをモノクマに押さえつけられ、初春は間近に、その物体を見せ付けられてしまう。

「ほぉら、よぉく見てみな……。これがオマエラの末路だよ。佐天も、アニラも、ウィルソンも天龍も、みぃんなこうなっちまうんだぜ〜?
 初春ちゃんには、その全員の死に様を堪能してもらってから、極大の絶望のままに死んでもらうぜ!」
「ひ、ひぃ――!?」


 その白いはずの氷上は、真っ赤な血溜まりに没していた。
 その中央に、白目を剥き、息もせぬままに、銀髪の少女の上半身が転がっている。
 駆逐艦・天津風と呼ばれていた少女だった。
 彼女は背中の艤装からもぶすぶすと煙を上げ、爆裂した胴体から、その内部の臓物を血溜まりの一面にぶちまけている。
 力なく、無造作に横たわる腕は当然、ピクリとも動くことはなかった。

 燻される煙の悪臭と、屠殺場のような臓物の血臭が目前に迫り、初春は吐き気を堪えるので精一杯だった。


『――「ばかぢから」ッ!!』
「ぬ……っ!?」


 その時突如、初春を押さえつけていたモノクマを、背後から殴りつけた者がいた。
 パッチールだ。
 初春が氷上に降ろされるまでに振り落とされていた彼が、初春を守ろうと、決死の思いを小さな体に込め、彼は立ち向かっていた。


607 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:47:17 DGgGJiC.0

『「ドレインパンチ」ッ!!』
「無駄無駄無駄〜。弱すぎんだよ素のままのキミなんざさぁ〜」

 しかし彼のパンチは、ほとんど体格の変わらないモノクマに平然と受け止められてしまう。
 そしてそのまま掴みあげられた彼は氷に叩きつけられ、天津風の血溜まりの上に蹴り飛ばされた。

『ぐっ、ガハぁ――!?』
「パッチールさん!?」
「自分の無力さを呪うんだね〜。迷走を続けたキミは、そのまま野垂れ死ぬのがお似合いだよ!
 かつて人を怨んだキミが、今また人を助けようとするなんて、おこがましいにも程があるっての!」
『く、くそぉ――、ま、待て……! その子を、放せ……!!』
「ひゃっひゃっひゃ〜、悔しかったら追ってみな! この大量のボクらモノクマに勝てると思うならね〜!!」
「パッチールさん、パッチールさぁ――ん!!」


 呻きながら初春へ手を伸ばすパッチールをせせら笑いながら、百貨店の各階の窓からモノクマが何体も何体も飛び降りて初春を西の町並へ運び込んでゆく。
 そのまま、手出しされない遠くから、屋上の惨劇を初春に見せ付けるのだろう。

 血溜まりの中で、パッチールは、身をよじって泣いた。

 自分の心を助け出してくれた少女を、彼は助けることができなかった。
 彼に手を差し伸べてくれた人間は、またしても彼の元から、離れていってしまった。


【C-4 氷結した街(西側)/午後】


【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:健康
装備:叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』
道具:基本支給品、研究所職員のノートパソコン
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助けて、一緒に会場から脱出する
0:佐天さん!! 皇さん!! みんな、どうか逃げて――!!
1:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:パッチールさん、パッチールさん!!
4:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
5:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
6:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。


    ,,,,,,,,,,


 天津風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ


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『くそ、くそっ、クソッ……!! どうして……、どうしてボクには、力がない……!!
 どうして、どうして――!! なんで彼女を、彼女一人すら、ボクは、守ることができない――!!』
「……至誠に悖る、勿かりしか?(真心に反する点はなかったか)」


 数十体に及ぶモノクマたちの波が過ぎ去った後、呻いていたパッチールの隣から、信じられない声が聞こえた。
 振り向いたパッチールの横に、先程まで白目を剥いていたはずの少女が、真っ直ぐに彼を見上げて、静かに言葉を紡いでいた。


「言行に恥づる、勿かりしか?(言行不一致な点はなかったか)」
『あ、天津風さん――!?』
「気力に缺くる、勿かりしか?(精神力は十分であったか)
 ――あ、手ぇ空いてたら私の内臓拾うの手伝って」


 驚愕するパッチールをよそに、天津風は上半身だけの身を起こし、つらつらと訓戒を述べながら、腹膜を引っ張って氷上に散らばった自分の小腸を集め始めていた。


「努力に憾み、勿かりしか(十分に努力したか)。
 不精に亘る、勿かりしか(最後まで十分に取り組んだか)――。
 結局はね、作戦を遂げて目的地にたどり着けるかは、これだけにかかってるのよ、パッチールさん」
『天津風さん、死んでたんじゃないんですか――!?』
「そう見えたでしょ? 昔っから得意なのよ、『轟沈偽装』は」


 得意げに言った彼女は、偽装に刺さっていた発煙筒を、用済みのものとして氷に突き刺した。
 そうして彼女は、自分の腹からはみ出した内臓を全て腹腔内に詰め込んで、自分の服とガーターベルトで縛って留めてしまう。
 パッチールは、理解を逸した光景にたじろぐのみだ。


608 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:48:15 DGgGJiC.0

『この血は――!? こんな量の血はどう見ても致死量――!!』
「3分の1くらいは私のだけど、残りは北岡さんからもらった血糊。腹大動脈は落ちながらカタ結びにしといたんで、出血の心配なら無用よ」
『うぇ!? うえぇ!?』
「言っとくけど私は、胴体が半分に捻じ切れてからが本番だから。このまま飲み食いせずとも一週間は余裕ね」


 天津風は今まで、落下したままに死んだふりをしながら、攻め込んできたモノクマたちの戦力と概況をつぶさに観察し続けていた。
 アニラにトマトケチャップを吹きかけられた際も即座に迫真の死んだふりができたほど、天津風にとって自分の死の偽装は、手慣れに手慣れた十八番だった。
 そうして、彼女はモノクマが隙を見せ、攻勢に転じることのできるタイミングを、今の今まで伺い続けていたのである。


『で、でも、天津風さん――、い、痛くないんですかその怪我で』
「そりゃめちゃくちゃ痛いわよ。でも、痛いだけ。まだ十分動ける。帆を張るだけの風は、吹いてる。
 いい、パッチールさん。あなたの願いが、この程度の痛みで諦められるようなものなら、さっさと諦めてしまいなさい」
『うっ――』
「……でも、それでも諦められない目的地なら、自分で風を吹かせなさい。
 『決死』の覚悟で、『必死』の絶望を、吹き飛ばすの。
 どれだけ傷めつけられようと、魂の磁針に乗って動ける限り、私たちは進めるんだから――!!」


 パッチールは、天津風の熱い語気を受け、そして、ゆっくりと一度だけ、頷いていた。
 天津風は彼に微笑んで、一緒に落ちてきた屋上のフェンスを掴み、その骨組みを素手でギリギリと折り曲げてゆく。


「……提督は、逃げられたのね。ふふ、『まだ誰も死んじゃいない』。この屋上に、目的地への展望は開けている。
 あの初級士官さんはようやく、ゲームじゃない世界を、自分で進み始めた。鞭打った甲斐があったわ……」
『え……?』
「こっちの話よ。さぁパッチールさん。あなたの目的地は、どこ?」

 空中に鼻を鳴らした後、天津風は微笑む。
 その微笑に向けて、パッチールはしっかりと、唸った。


『ボクは、ボクの心を――、魂を救ってくれたあの子、初春さんを救いたい! それだけです!!』
「おー、それはまた奇遇ですな。私の目的地も、『人命救助』なのよね。それじゃあまずは初春さんとこ一緒に行く?」
『へ、へへ……、お願いします……』
「それじゃあ、乙女の姿、しばし留めに行きましょうか……」

 わかりきっている返事を、おどけた口調で発し、天津風はその船体にパッチールを載せた。


「逆風満帆――。訓練にはいい日ね」


 そう彼女は、自分のマストに二水戦の魂を掲げて笑い、腕だけで走り始めていた。


【C-4 氷結した街(西側)/午後】


【パッチール@穴持たず】
状態:重傷
装備:なし
道具:なし
基本思考:ボクの罪を、償う
0:ボクを救ってくれた初春さんを、救う――。命に換えても。
1:ボクは今まで、なんて恐ろしいことを考え、行なってきたんだ……。
2:マスターが愛想を尽かしたのには、本当はもっと、理由があったのでは……。
[備考]
※ばかぢから、ドレインパンチ、フラフラダンス、バトンタッチを覚えています
※カラスに力を奪われてステロイドの効果が切れました


【天津風・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:下半身轢断(自分の服とガーターベルトで留めている)、キラキラ
装備:連装砲くん、強化型艦本式缶
道具:百貨店のデイパック(発煙筒×1本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、救急セット、タオル、血糊、41cm連装砲×2、九一式徹甲弾、零式水上観測機、MG34機関銃(ドラムマガジンに40/50発)、予備弾薬の箱(50発×5))、フェンス
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0:まずは初春さんの救助が先決……!!
1:ヒグマ提督は、きっとこれで、矯正される……。
2:風を吹かせてやるわよ……金剛……。
3:佐天さん、皇さん……、みんなきちんと目的地に辿り着きなさい……!!
4:大和、あんたに一体何が……!? 地下も思った以上にやばくなってそうね……。
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※生産資材にヒグマを使った為、耐久・装甲・最大消費量(燃費)が大きく向上しているようです。
※史実通り、胴体が半分に捻じ切れたままでも一週間以上は問題なく活動可能です。


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609 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:50:18 DGgGJiC.0

「……逃げれば良かった、と。人は思うかも知れない。実際、思わなくもない……」


 津波に洗われた街並みの中に忽然と、男の声が現れていた。
 その男は双眼鏡の先に、遥か路地の先の、百貨店の様子を見ていた。

 屋上のフェンスがとともに天津風が砲弾を受けて転落し、体長4メートルはある異形の生命体が、何かしら暴れまわっている。
 島風が上空に飛んで攻撃したが、撃墜されてしまった。
 百貨店には既に、モノクマロボットが何体も侵入して虎視眈々と屋上の隙を狙っている。
 佐天涙子を抱えたアニラも、島風を抱えた天龍も、生命体に対峙するウィルソンも、それに気づいていない。
 今、女の子が絡め取られて氷の上に下ろされてしまった。
 初春飾利と、パッチールだ。


「……でもまぁ、今更逃げたところで、無意味なんだよねぇ……」


 気だるい声で呟き、双眼鏡から眼を外した男は、北岡秀一だった。
 ライドシューターというバイクに跨ったスーツ姿の彼は、千切れ飛んだ左の肩口から、真っ赤な血液を噴き出し続けていた。

 目の前には、引き裂かれて半分以上中身が吹き零れた、コーラのボトルがある。

 彼は戦艦ヒ級および、百貨店の壁面や窓に見え隠れするモノクマの姿を確認した瞬間、ボトルのコーラの黒い鏡面に自身の姿を映し、ミラーワールドに逃れていた。
 それでも回避動作が間に合わず、間近で爆風を受けて左腕が千切れ飛んでしまった。

 バイクで逃げても、もはや彼にその出血を止める術はない。

 刻一刻と朦朧としてくる意識の中、そうなった時の彼の決断は、一つだった。


「やっぱりさぁ……、やっすい感情にほだされまくってたら『仕事』にならないっての。
 ちゃんと自分の仕事してからじゃないと、ひと様に意見なんて、しちゃいけないんだからさ……」


 彼は力の入りづらい指先で、ベルトのバックルからもどかしい動きで一枚のカードを取り出す。
 『ファイナルベント』のカードだった。


「『部下』であるお嬢ちゃんたちが反抗的なんなら、きちんと立場をわからせてやればいいんだよ。
 ……本当にてめぇが、お嬢ちゃんたちの『上司』にふさわしい仕事をこなしてるならな。
 ……そうじゃなきゃ、立場をわからせられるのは、てめぇの方だって、ことだ」


 北岡がヒグマ提督に向けて言い放っていたのは、純度100%の皮肉だった。
 その真意を理解することもできず、得意げにしていたヒグマ提督を、北岡は内心せせら笑っていたわけだが、まさか佐天涙子までがその真意を理解できていなかったとは、彼にはあまりに予想外だった。

 本当に、ガキは嫌になる。
 世間を知らない癖に、可能性だけは、その前に十全に開けているのだから。
 不治の病に侵されている北岡にとっては、どうしようもなく、うらやましい存在だった。


「……でもなぁ、ガキはガキでも、俺はこの仕事受けちゃったからなぁ……。
 ウィルソンさんと飾利ちゃんに契約されちゃった手前、やり遂げないと、沽券に関わるんだわ」


 彼はカードを掴んだまま、目の前にある、破裂したコーラのボトルを掴み上げ、少しの間だけでも命を繋ぐ水分を求めて、その爪痕から口をつけた。


「……俺は、『クロをシロにしてしまう』スーパー弁護士だから。まぁ、謝礼に見合う、仕事はするよ。
 だから被告人はな、泰然としてくれてていいんだぞ。……涙子ちゃん」


 その真っ黒な、佐天涙子の思いに裂かれた糖液を飲み干し、仮面を外した弁護士が今、壇上に上がる。


【B-4 街/午後】


【北岡秀一@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダーゾルダ(マスクは外している)、左腕欠損、大量出血、全身打撲
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ギガランチャー、ギガキャノン、双眼鏡
道具:基本支給品、血糊の付いたスーツ
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
0:仕事はさ……。受けた以上、やり遂げなくちゃ、な……。
1:飾利ちゃんにやりこめられたようで悔しい。
2:涙子ちゃん……。いつまでもガキのままでいるんじゃねぇぞ……。
3:皇さん……、涙子ちゃんを、ちゃんとしつけてくれよ……。
4:涙子ちゃん。ちょいと怖いところあるけど、津波にも怪我にも対応できるアレ、どうにかもっと活かせないかねぇ……?
[備考]
※参戦時期は浅倉がライダーになるより以前。
※鏡及び姿を写せるものがないと変身できない制限あり。


610 : きみが壊れた ◆wgC73NFT9I :2015/04/05(日) 02:52:40 DGgGJiC.0
以上で投下終了です。

続きまして、佐倉杏子、カズマ、劉鳳、白井黒子、狛枝凪斗、
黒騎れい、カラス、メルセレラ、ケレプノエ、シーナー、
ヤイコ、灰色熊、制裁ヒグマ〈改〉で予約します。


611 : ◆Dme3n.ES16 :2015/04/06(月) 01:38:48 z4H.AX0Y0
天龍ちゃん
ttp://download1.getuploader.com/g/nolifeman00/66/ten.jpg

投下乙です
ぶれねぇなヒグマ提督。迷わず逃げおったぞ。
何気に一番気になっていたのは天龍がパッチールと出会った時の反応でしたが
平和に解決して安心。「隠密偵察用高速前転」に「榴弾弾き……そうか、艦娘は
それぞれ固有の徒手空拳格闘術の達人でもあったのか……!
天龍田の剣技での強さやアニメの大井さんのドロップキックというか32文人間噴進砲も納得
唯でさえ糞強いのにモノクマも介入したせいでチームが分断されてしまい大ピンチ。
上院議員はどこまで持ちこたえることが出来るのか?そして島風と天津風が覚醒?


612 : ◆wgC73NFT9I :2015/04/12(日) 23:48:29 CnHNSBJc0
支援絵乙です〜!
天龍ちゃんと魚雷ガールは長い付き合いでしたね……。
主砲破裂しなくて良かった……。
天龍ちゃんには今後とも活躍して下さることを祈ります。

32文人間噴進砲は、ジャイアント馬場さんバージョンのドロップキックのことであり実在の技であります。
艦娘の靴のサイズを推測すると、大井さんの場合は20文人間噴進砲と言ったほうがより正確かもしれませんね。

自分は予約を延長させていただきます。
代わりと言ってはなんですが、ツルシインさんの追悼絵を貼ります。
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/11/den_wgC73NFT9I_11.png

ヒグマロワなんですしヒグマ勢の絵ももっとあっていいと思うの。
ヒグマン子爵とかヒグマードとかイラスト映えしそうですよね。
ヒグマ提督もそろそろヒグマ枠では主役級になってきましたかねぇ……良い意味でも悪い意味でも。


613 : ◆wgC73NFT9I :2015/04/19(日) 23:50:23 sCRY6Bh60
すみません、多忙でして未だ作品を書ききれておりません……。
近いうちに上げられるとは思いますが、予約自体は破棄いたしますので、もし書きたい方がいらっしゃいましたらどうぞご予約下さい。

というか他のところも、書いて下さる方がいらっしゃいましたら是非ともリレーをお願いします……。


614 : ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 14:58:33 ys5AHC920
遅くなりました。破棄していた分を投下いたします。


615 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 14:59:34 ys5AHC920
ウ ポン ト アサム プシコサヌ、(すると、沼の底がバンとはじけて、)
ポン ト ノシキ ウ ペレコサヌ、(沼の真ん中がパッと割れ、)
マカン カッコロ ペ チ シプスレ。(何者かが現れました。)

アイヌ カッ ネ チヌカラ クニ チラム(人の姿に見えるはずだと思っていた)
ルロアイカムイ トゥムンチカムイ シク ネ マヌ(その『溶かし尽した神』という戦神の眼は)
エコパラパラセ。(炎が燃え上がるようにギラついています。)

ニマク ネ コロ ペ(その歯なるものからは)
ル カニ ワッカ コエタワウセ。(『溶ける黒金の毒水』がダラダラ垂れています。)

キラウ ネ コロ ペ(その角なるものからも)
ル カニ ワッカ コエタワウセ。(『溶ける黒金の毒水』がダラダラ垂れています。)

トゥマム ネ コロ ペ(胴体なるものは)
ウ ルプネ ラムラム(巨大なうろこに包まれて)
ル カニ ワッカ コエタワウセ。(『溶ける黒金の毒水』がダラダラ垂れています。)


(砂澤クラ『ポイヤウンペとルロアイカムイの戦い』より抜粋。拙訳)


    ;;;;;;;;;;


「……このままじゃ、無理だ、な……」

 圧密されてゆく岩盤の重みの中で、ヒグマの声が呻いた。

「全く……、身動きが……。息も……」

 切れ切れとした喘ぎ声は、か細い。


 灰色熊、ヤイコ、シーナーという3頭のヒグマが、島の地底のさらに地下の落盤の中に、封じ込められていた。
 元から僅かに過ぎた残存空気は、秒を追うごとに希薄になっていく。
 脱出する糸口を探そうと、真っ暗な落盤の裡に身をもがいても、それはただ徒に彼らの酸素消費量を増やすだけだった。

 江ノ島盾子の仕掛けた罠は、余りにも美しく、狙い通りに、この三頭を封殺してしまっていた。


「灰色熊さん……! あなたなら、脱出できるはずです……」
「ああ、オレ『だけ』ならな……。だがそうしたらその瞬間、お前ら二人とも、死んじまう……!」

 シーナーの呻き声に、ぎゅうぎゅうに密着した位置から、灰色熊の歯噛みが答える。
 自身を鉱物の結晶構造に溶かし込ませ、石と同化できる灰色熊であれば、この岩盤の中も、泳ぐようにして移動していくことはできた。

 だがそうして彼という支えがなくなった瞬間、固溶強化された灰色熊の体で辛うじて守られているヤイコとシーナーの二頭は、完全に落盤に押し潰されて死んでしまうだろう。


「……ええ、ですが、もう、迷っていられる時間もありません……」
「どうか、灰色熊さん、だけでも……」


 それでもこのまま脱出することもできず、三頭とも窒息死してしまうよりはマシ――。
 そう考えて、シーナーとヤイコは、自分たちの上に覆いかぶさる灰色熊へそう声を絞った。
 灰色熊はその言葉に、数瞬、戸惑ったようだった。

 それでも彼は、薄々以前から考えていたように、落ち着いた声で、二頭に応えた。


「……わかった。オレは、この地盤と同化する」


 そう言って、言葉を続けた。


「……そして全能力を使って、お前らを地上へ逃がす、隧道(トンネル)になってやる」
「――!?」

 二頭は、灰色熊の言葉に耳を疑った。
 灰色熊は、軽い口調で笑った。


「なに、オレ一頭よりもお前ら二頭の方が頭数的に役立つだろ。単純計算だ単純計算」
「灰色熊さん、そんなことをすれば、あなたは――!」
「……それに、オレが死ぬと決まったわけでもねぇよ。
 トンネルの壁になっちまった後でも、まだオレの意識は残ってて、元に戻れるかも知れねぇ」


 灰色熊の能力である固溶強化は、自分の周囲のあらゆる結晶構造に自分の体を溶かし込むことができた。
 しかしその領域は当然、自分の肉体の体積分のみだ。
 自身と異なる鉱物を多く取り込んで、体の構造が変わっていってしまえば、それだけ灰色熊自身の意識も希薄になっていく。

 実験開始当時、『心を読む程度の能力』を有する古明地さとりにすら全く感知されなかった石版の状態がその例だ。

 そしてその石版の状態こそが、彼が自己の存在を最大限に隠蔽しつつ、同時に最低限、元の生体に戻れるだけの意識を保てる極限の折衷点だった。
 彼がもし、自身の能力の限界を超える体積・形状の結晶構造と同化してしまえば、その同化が完了してしまった瞬間、彼の『灰色熊』という意識は陽炎のように薄れて消えてしまうだろう――。

 帝国設立時から灰色熊のことを知るシーナーとヤイコは、そのことがすぐに解った。
 『元に戻れるかも知れねぇ』と軽く言い放つ彼の言葉は、明らかな嘘だった。


616 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:00:48 ys5AHC920

「ああそうだ。脱出ついでに、お使い頼まれてくれよ、ヤイコ……。
 これは『ヒグマゴロク』……。ナイトの奴に打ってやった『ヒグマサムネ』と対になる刀だ。
 恵のやつに持っていってやってくれ。……診療所が心配だ」


 落盤の闇の中で、身じろぎした灰色熊から、何か細長いものがヤイコの体に押し当てられた。
 子熊のようなヤイコの体でも掌に余らぬ、短刀だった。


「そんな……、灰色熊さんがご自身で……!」
「頼む」


 有無を言わせぬ、重い口調で灰色熊は言った。
 そして彼はそのままシーナーの方にも語りかける。


「それと、シーナー……、もう容赦するんじゃねぇ。
 誰が『彼の者』と通じてるかわからねぇんだ。ヒグマに仇なすヤツらを、もう見逃せねぇ。
 『彼の者』の本拠地を見つける間にも、敵はみんな、チタタプ(叩き殺し)にしちまえ……!!」
「それは……、ですが、『実験には関わらないで欲しい』と、イソマ様の御言葉が……!」
「そりゃ『出来れば』って、努力義務だったろ? 『それだってぼくに止める権利はない』ともイソマは言ってた。
 もう、地上に遠慮してる場合じゃねぇだろ……! 俺たち皆の、未来のためなんだ……!!」


 荒い息で、灰色熊は叫んだ。
 言葉を呑んだシーナーの前で、彼はかすかに、微笑んだようだった。


「頼むぜ二人とも……。これでみんなにまた、うまいメシでも、食わせてやってくれや……」


 呟きのようにその言葉が消えていくと同時に、ヤイコとシーナーの上に触れていた毛皮の温もりが、薄れていった。
 そしてその重みが、感触が消え、真っ暗な上部に空洞ができたのがわかった。
 彼らの周りの落盤が、まるで生き物のように蠢き、轟音を立てて動いた。
 石礫がごりごりと移動し、圧密され、階段のように切り欠きを成しながら、上に向けて空洞を伸ばして行く。

 シーナーとヤイコは、這いずるようにしてその空間を上へ上へと、少なくとも20メートル以上は登った。
 最後の石が動き、目の眩むような日差しが暗闇へ差し入る。

 地上――。
 モノクマの工房のほぼ直上、E-7の草原の中に、彼ら二頭は転がり出るようにしてたどり着いていた。
 そして彼らはすぐさま、自分達の這い出てきたトンネルの元に跪く。


「灰色熊さん――!!」


 シーナーの絞り出した声は、大理石のような表面を見せていたトンネルの内壁に、虚ろに響いていった。
 その石は、最早ものを言わず、身じろぎをすることもなかった。
 暫くして、シーナーの声の反響が、彼自身の鋭い聴覚にすら全く捉えられなくなった頃、そのトンネルは風化したかのように色あせ、静かに砕け、崩れ落ちていった。

 ヤイコは思わず口元を押さえて、声を震わせた。


「あ、あ――……」


 生まれたときから隠密に徹してきた灰色の熊は、そうして誰にもわからないような姿で、ひっそりとこの世から去っていった。


【灰色熊 石化・死亡】


    ;;;;;;;;;;


「灰色熊さん……、これしか、なかったのですか……。ヤイコは……、胸が、苦しいです……」


 柳刃包丁のような見た目を持った短刀――、灰色熊の形見となってしまった『ヒグマゴロク』を抱えて、ヤイコは歯を食いしばっていた。
 子熊のような彼女の隣でシーナーはふらりと、その枯れ木のような黒い体を起こす。


「……わかりました。灰色熊さん。……必ずや、ヒグマに害なす者を、殺滅してみせます」


 ヤイコが見上げると彼は、崩れ落ちたトンネルに目を落として、涙のように真っ黒な液体を空中に零していた。


617 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:01:52 ys5AHC920

「あなたの思い、しかと受け止めました……」
「シーナーさん……」
「……ヤイコさん。悼んでいる時間はありません。あちらにも何らかの手が回っているとしか考えられません。
 あなたは総合病院側から診療所に降り、急ぎ布束特任部長や田所さんに合流して防衛に当たって下さい。A.S.A.P(可及的速やかに)!」


 シーナーの語気は、自らの心に鞭打つように激しかった。
 誰よりも同胞の死を重く受け止めながら、それでも逸早く前に進もうとしている彼の心境が、痛みを伴ってヤイコには認知できた。


「シーナーさんは、一体どうなさるのですか……?」
「……私は、『彼の者』の新たな本拠地を探索しに向かいます。
 現状のヒグマ帝国の版図を鑑みるに、この短時間で機材を搬入し、新たな工房として機能させられる要地は限られます。
 ――具体的には、『艦娘工場』の近辺のみ。上手くいけばツルシインやシバ、キングさんたちとも合流できるはずです」
「つまり、今すぐに北方に向かわれるのですね?」
「そうです。ヤイコさんは直ちに西へ向かってください。……灰色熊さんの遺志を、無駄にせぬように――!!」


 言うや否や、シーナーの姿は真っ黒な霧に包まれたように見えた。
 そして次の瞬間には、ヤイコの五感から、シーナーの存在は完全に消え去った。
 微かに彼の生体電気が北へ向かって行ったことだけが、ヤイコの『自分だけの現実』に捉えられていた。


「シーナーさん……、どうか、ご自愛を」


 ヤイコは動悸を打つ胸を押さえ、ただそれだけ呟いて走り出す。
 シーナーを制止するような祈りを投げながらも彼女には、もはやシーナーが何者にも止められないような状態になっていることが察せられた。

 ヤイコの胸を打つ痛み。

 これがきっと、『悲しみ』だ。
 布束砥信に教えられた、『愛』という存在が引き裂かれようとした時、きっと心にはそんな痛みが走る。
 その愛の痛みを、シーナーは恐らくヤイコより何倍も強く感じているだろう。
 肉体の痛みを幻覚で消してもきっと、その痛みだけは絶対に消えない。

 その痛みで迸る彼の行動は、冷徹な暴走だ。
 愛を守ろうと、取り戻そうと奔るその想いは、今のヤイコすら動かす原動力だった。
 況やシーナーのその猛りは、止めようとしても、止められないだろう。


 彼は医者だ。
 普遍性を持つ専門家だ。
 医者は止められまい。
 ヒトをストップさせるのは、いつでもドクターの側だから――。


 そう考えながらヤイコは、西へ、西へ。乾いた潮の草原をひた走りに走った。
 かたかたかた、と。
 彼女の銜えていた短刀の鞘が、危機を知らせるように鳴ったのは、その折だった。


 顔を上げたヤイコの眼に映ったのは、ヒグマだった。


 それは誰にも恥じることのないヒグマだ。
 体長は2メートルと半分。
 毛並みは一般的な茶色。
 図鑑に載るようなヒグマだったろう。

 ――その焼けただれた顔面から、金属の骨格が覗いてさえいなければ。


「……『制裁』さん、で、いらっしゃいますか……?」


 立ち止まったヤイコは、記憶のデータからそのヒグマと思しき名前を引き出した。
 ヤイコの前方30メートル程に佇んでいる『制裁』というそのヒグマは、狂ったように引き剥いたその牙の隙間から、めろめろと喚きを零すだけだった。


「まいまいまいまいまいまい……。あっとーえれえが……!! あああああぽんろあ!!」
「……? すみません、どこの言葉でしょうか。ヒグマ語を喋って下されば解るのですが」


 ヤイコは口から前脚に刀を持ち替えながら、首を傾げた。
 言葉は理解できずとも、ただ一つ、その語気から推察できる事柄が、そこにはあった。

 怒りの籠ったその呻きは、明確にヤイコを『敵』としていた。
 理解できる言葉を話せ。と思っているのは、本当は彼の方なのかも知れなかった。


「……まいまいおすへーらあだな!! ……あほんるい!!」


618 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:03:22 ys5AHC920

 吠えると同時に、制裁ヒグマはヤイコに向けて疾駆し、一気に跳びかかって来る。
 応戦の構えを取りながらも、ヤイコは牙を噛んだ。

 自分の保有する情報のなんと少ないことか。
 ヤイコには、先達である制裁ヒグマがなぜこのような行動をとるのかの理由も掴めない。
 自分の保有する愛情のなんと狭いことか。
 ヤイコには、この同族の真意を理解し、寄り添ってやることもできない。

 割り切る――。

 自分の役目を遂行しよう。と、ヤイコはそこでただそれだけを念じた。
 この戦闘の理由が、結果がどうあれ、ここを切り抜けて診療所の人員と合流することこそが現在のヤイコの目的だ。
 自分が作られた存在であることを明確に自認するヤイコにとって、そう瞬間的に行動方針を決定することは、長く精神に染みついた容易い思考だった。


 だがそうであっても、ヤイコの牙はきつく噛み締められる。


 自分の超能力と、灰色熊から託された短刀があってなお、制裁ヒグマの攻勢を切り抜けられるかわからない。
 彼我に横たわる絶対的な体格差と、相手の能力を知らぬという事実が、ヤイコに明白なディスアドバンテージを突き付けている。

 怒りの迸る『敵』の顎は、もう目の前に迫っていた。


【E-7・鷲巣巌に踏みつけられた草原/午後】


【制裁ヒグマ〈改〉】
状態:口元から冠状断で真っ二つ、半機械化
装備:オートヒグマータの技術
道具:なし
基本思考:キャラの嫌がる場所を狙って殺す。
0:背後だけでなく上から狙うし下から狙うし横から狙うし意表も突くし。
1:弱っているアホから優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:アホなことしてるキャラはちょくちょく、でかした!とばかりに嬲り殺す。
※首輪@現地調達系アイテムを活用してくるようですよ
※気が向いたら積極的に墓石を準備して埋め殺すようですよ
※世の理に反したことしてるキャラは対象になる確率がグッと上がるのかもしれない。
 でも中には運良く生き延びるキャラも居るのかもしれませんし
 先を越されるかもしれないですね。


【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:疲労(小)、海水が乾いている
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:ヒグマゴロク
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:早急に診療所へ……!!
1:モノクマは示現エンジン以外にも電源を確保しているとしか思えません。
2:布束特任部長の意思は誤りではありません。と、ヤイコは判断します。
3:ヤイコにもまだ仕事があるのならば、きっとヤイコの存在にはまだ価値があるのですね。
4:無線LAN、もう意味がないですね。
5:シーナーさんは一体どこまで対策を打っていらっしゃるのでしょうか。


    ;;;;;;;;;;


「『柔らかなる拳・烈迅』。『剛なる拳・伏龍、臥龍』――。
 ……覚えが早いし、触鞭の使い方も上手いぞ。さすがに同化している分、思考との同調が容易なんだな」
「いえ、劉鳳さんの教え方がお上手だからですわ。やっぱり劉鳳さんは素晴らしい正義のお方ですの」


 ビルのロビーの開けた場所で、美男子と美少女が、ダンスでも踊っているかのように身を寄り添わせていた。
 劉鳳という青年と、そのアルター『絶影』に同化した白井黒子という女子だ。

 白い装束の内で腕組みをしているような黒子の肩に手を置いて、劉鳳は自分のアルターであった絶影の操作方法を伝授している。
 髪の毛のような触鞭と正拳突きと微笑みが交わされる彼らの様子を、佐倉杏子がソファーの端に腰を掛けて眺めていた。
 抱え込んだ大槍に赤い魔法少女衣装で頬を預け、彼女は漫然とした視線で二人のやり取りを見つめる。


 劉鳳は、黒子と会話と訓練をする中で、ノイローゼのようだった精神状態からまた調子を取り戻してきたようだった。
 その恢復の大部分は、明らかに黒子が劉鳳を持ち上げるように、言葉と語気を選んで話してやっているがためのものだ。

 ――根本的な解決には、何一つなっていない。

 そして結局、根本的な解決など、ありえないのかも知れなかった。


619 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:04:01 ys5AHC920

 今給湯室にいるであろう狛枝凪斗は、救助に来たくせにろくに救助の役に立ってない劉鳳に向けて、辛辣な言葉を吐いた。
 その語調は確かにいささか激しすぎるところがあっただろう。
 だがその実、指摘の内容は何一つ間違ってはいない。

 杏子自身とカズマは、政府から直接救助がくるなんて頭から思ってはいなかったし、主催者の有冨という男をタコ殴りにしてやるつもりで一致していた。
 そして、それができるだけの力と自信はあるつもりだった。

 だが、狛枝凪斗のようなほとんど一般人のような参加者には、そんなことはできないだろう。
 その場合、参加者の死が次々と明らかになっていく中、彼のような参加者が生還するためには、外部からの救助という可能性がかなり大きな望みとして存在していたに違いない。

 その場合、劉鳳と白井黒子と出会って得られた情報は結局、『外部からの助けはほとんど絶望的です』という、執行猶予付き死刑宣告にも等しいものだった。

 そして、有冨春樹に組していた人間である黒騎れいすら困惑するしかないヒグマ帝国およびその内乱。
 その糸を引いているらしいモノクマという多数のロボットは、杳として本拠地も掴めない。
 ラマッタクペというヒグマおよび、キムンカムイ教という宗教に目覚めたヒグマたちは言動に謎が多すぎる。

 一体、何が敵だ。
 何をぶちのめせば、自分たちはこの島から脱出できるのか。
 まるっきり、わけがわからないのだ。

 確かなことが何一つ掴めない、漠然とした気持ち悪さだけが、杏子の思考に重く纏わりついていた。


「……あ」


 杏子はそうして黒騎れいと狛枝凪斗のことを考えていた中で、ふと、彼らが給湯室で二人きりになっていることを思い出した。
 黒騎れいは、元々主催者側だ。
 狛枝凪斗は彼女を疎んでいた。適当な口実をつけて彼女を引き離し、給湯室で射殺して一人逃げ出しているとかいうことも最悪考えられる。

 杏子は額を叩いた。
 失策だった。ヒグマのことに気をとられてそんな可能性すら見落としていた。


 狛枝凪斗が『信用できない』時点で、そういった考えも持っていなければならなかったはずなのに――。


「すごいぞ白井……。一緒に動いているこっちまで気持ちよくなってくる……」
「訓練ですもの、何よりですわ。劉鳳さんがお上手ですから、もっとご奉仕いたしますわ」
「なぁちょっと、劉さん、白井さん――」
「あ、佐倉さんもご一緒なさいます? 戦闘のいい訓練になりますわよ」
「ああ、やはり体を動かしていると気分が晴れる」


 触鞭と拳法とで散打の演習をしていた劉鳳と黒子に、狛枝の様子を見に行こうと声をかけようとして、杏子は固まった。
 返ってくる二人の外部乱入者の爽やかな笑顔に、杏子は胸を煮られるような気持ち悪さを感じた。
 白井黒子の目配せは、『劉鳳さんのご気分を良くしてあげてくださいまし』と言っていた。

 先程から感じていた気持ち悪さの一端が、それでわかった。


 ……この戦闘訓練だのなんだのという時間には、全く意味がないのだ――。


 矢継ぎ早にやってくる人々との情報のやりとり。
 ラマッタクペに負わされた不必要な手傷の修復時間。
 心身を回復させるためのリソースと時間の浪費。
 そんなこんなで佐倉杏子とカズマと黒騎れいは、津波による地上封鎖も含めて朝方から優に8時間近くもこの場で足止めを喰らっている。

 巴マミも、暁美ほむらも、自分たちが行動できないでいるうちに、放送で呼ばれてしまった。
 黒騎れいは、あくまで首輪が機能を失っただけかも知れないとはフォローしてくれたが、それでも無事であるより、死んでいる可能性の方が何倍も大きい。

 手をこまねいている時間はなかったし、今も無いはずだ。
 情報も訓練も体力回復も重要だが、それらを活かす前に全ての状況がバッドエンドを迎えてしまったら元も子もないのだ。
 本当だったら、白井黒子の友人を尋ねて西に行くか、それとも黒騎れいの友人を探して地下に降りるか。
 そうでなくとも、巴マミの目撃情報を辿って走るか何か、自分たちは行動していただろう。
 最低でも、この場に留まっているという選択肢だけは、有り得なかった。

 焦りは禁物だが、兎に角動かねば、また犠牲者が増えるかもしれないし襲撃に会うかもしれない。
 狛枝凪斗の様子を確認したら、無理にでもカズマを叩き起こし、移動すべきだろう。
 またどうせ彼は反論してくるのかも知れないが、それで時間を食うくらいなら当て身で気絶させてデイパックに詰めてでも全員で動こう――。


620 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:04:45 ys5AHC920

「……いや、劉さん、白井さん。訓練はそこそこにして今すぐ――」
「なんだよ……。楽しそうなことしてんじゃねぇか……! 混ぜろよ劉鳳……!!」

 だがそう杏子が口を開こうとした瞬間、背後から衣擦れと共に低い声が起き上がった。

「あら、カズマさん! お目覚めになりましたのね!」
「ふふ……、そう言うと思ったぞカズマ。来い。久しぶりに素手でやり合おうじゃないか」
「ああ、望むところだ……!!」


 気絶していたカズマが、劉鳳と黒子の打ち合いに当てられてか、いつの間にか目を覚ましていた。
 杏子との出会い頭にも夢現のまま劉鳳劉鳳言っていた彼だ。
 その思い入れに並々ならぬものがあるのはわかる。
 実際、劉鳳と合流してからのカズマは、白井黒子と同等以上に劉鳳のことを気にかけっぱなしだ。

 こんな場面でなければいつまででも自由に殴り合ってくれてていい。
 だが今はその時ではない――!!

 ただちにロビーに降りて殴り合いの構えを取ろうとするカズマを、杏子は差し止めようとする。


「いや、カズマ――! そんなことしてる時間は――」
「すまないけど皆さん、そんなことしてる時間はないよ。カズマクンが起きたなら何よりだ。
 飲み物と軽食は見つけてきたから、食べながらでもすぐにこの場から『東に逃げよう』」


 その瞬間、彼女の発言に重なるようにして、ロビー一帯に声が響き渡った。
 狛枝凪斗と黒騎れいが、両手にペットボトルやビスケットを抱えて戻ってきていた。


「……ええ。私もそうする。で、その後は、みんなとは別れて、一人で四宮ひまわりを探すわ……」
「アイスティーのストレートかミルクか好きな方で。あとビスケット一人一袋。特に劉サンと白井サンは何の物資も持ってきてないんだから感謝しなよ」
「う、ああ……、す、すまない……」
「おい、どういうことだよテメェ……」
「ちょっとお待ちくださいまし! 逃げるってどういうことですの!?」
「結局単独行動する気なのか!? どういうことなんだよ、れい!?」


 冷たい紅茶のボトルと銀紙のパックを配りながらの二人の言葉に、次々と疑問が飛ぶ。
 まず狛枝凪斗がぴたりと眼を据えて、一同に答えた。


「……あのね、さっきのラマッタクペっていうヒグマの真の目的は、『ボクたちの足止め』しか考えられないんだ。
 ボクのゴミみたいな頭でも思い至るんだから、皆さんなら当然もうとっくに解ってるものと思ってたけど。
 何が来るかわからない。もう手遅れな可能性すらある。だから急いで、ボクらは『東に』逃げなきゃいけないんだ」
「……!?」


 時間が無い。移動しなければならない。という点では、狛枝凪斗の思考は佐倉杏子の考えと一致していた。
 だが、彼が焦りを押し殺しながら、そんな具体的な方針を語れる理由には、聞いている誰一人として思い至らなかった。
 狛枝は反応の鈍い人員に苛立ちつつ、ストレートティーとビスケットをてきぱきとデイパックに詰めて説明する。


「黒騎サンが言ってたろ。ラマッタクペは『生物の魂の所在を認知できる』んだ。恐らくその移動も性質も。
 こんな中途半端な損害をボクらに与えて立ち去るなんて、ここに『何か』がやってくるまでの時間稼ぎとしか考えられないんだ。
 6割方『強くなれ』ってことで、残りの4割がその『何かとの出会い』。総計して、『何かの襲撃から生き残って戦力になって見せろ』ってことだ。
 ボクはそんな危険な橋を渡るのは御免だ。あ、でも皆さんがそんな絶望的不運の果てに希望を見つけたいってなら止めない。
 ……だから皆さんがついて来ないなら、説得する時間も惜しいんで、ボク一人ででも逃げるよ」

 黒騎れいが、狛枝の言葉に無言で頷いた。
 給湯室であらかじめその話を考えを聞いていたらしい彼女にも、その思考は納得できるもののようだった。


「だからと仰いましても、どうして、何もない東に――?
 せめて佐天さんたちのいらっしゃる、西に向かいたいですわ!!」
「何もないから東に向かうんだ。北はラマッタクペが、南はメルセレラとケレプノエが去った方向だ。
 あと、彼らとの戦闘に夢中になって誰も気付いてなかったのかも知れないけれど、西の方からは、大砲が何発もぶっ放されたような音や土煙が上がっていた。
 噴火し、巨人が現れ、目下大規模な戦闘が勃発している、隠れ場所もないハゲ山に向かって死にに行きたくはないだろう?」

 問いかけた白井黒子は、自分のツインテールで口を覆い、息を飲んだ。
 確かに、そのような状況であるなら、現状で東以外の方角に動くのは自殺行為かも知れない。


621 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:05:35 ys5AHC920

「……ちょっと待て! 戦闘が起きてるなら、むしろそこに助けに向かうべきだろ!?」
「オッケー、じゃあカズマクンはそうするといい。もう戦闘は終わってるだろうから死骸と『敵』しか残ってないだろうけどね。
 さっきの戦いの二の舞になりたければ好きにしなよ。言ったように説得の時間も惜しいんだ」
「ッッ、てめぇ……!! 何決めつけてやがる!! ふざけんなよ……!!」
「……やれやれ」

 いきり立つカズマの語気を、狛枝は何の感慨もなくそのまま流す。
 肩をすくめて息を吐く、腹立たしさを感じさせる彼の態度はむしろ、午前中から同行している杏子に、事態の深刻さを察知させた。

 カズマにとっては、狛枝の発言はまるっきり想像に立脚した突拍子も無いものだ。
 ラマッタクペの行動が『時間稼ぎ』だというだけでそもそも発想の飛躍であるし、もし仮に『何か』が来たとしても、それをそこまで警戒する必要があるのかどうかも不明だ。
 真っ直ぐ西に向かわず、東で一度様子を見るというのも、カズマの性格としては我慢ならないものだ。

 だが狛枝はカズマに向け、『素晴らしいよ! もしかしたら、君が希望なのかもしれないね!』などと、ある種狂信者のような喜色で言い放っていた男だ。
 崇拝対象を見限ったようなこの態度は、その狛枝の御眼鏡を覆すだけの事態が目下発生しているということに他ならない。


「……カズマクンだけじゃなくて、あの時は佐倉サンも黒騎サンも居たからなァ……」
「何ぶつぶつ言ってやがる!? あぁ!?」
「カズマクンには関係ないよ、こっちの話だ。――襟を離してくれ。ボクはもう行くから!」


 彼の態度を咎めようとするカズマと、狛枝はもみ合った。
 その隣で、神妙にデイパックを整理し、狛枝と同じく逃げる準備をしているような黒騎れいへ、杏子は問いかけた。


「移動するのはまぁいい……。にしても、お前はどういうつもりだよ、れい!! 死ぬ気か!?」
「心配してくれてありがとう、杏子……。でも、もうあなたたちに迷惑はかけられない。
 ……自分の行ないを清算するためにも、いつまでも意気地なしではいられないわ。
 一度東に退いたら、私は下水道から地下へ。あなたたちは、大回りしながら慎重に百貨店を目指すのが良いと思う。
 連絡手段があれば一番いいんでしょうけど……。私も地下を探索できたら百貨店に上がるから。それまで別行動しましょう」
「まずもって地下に今すぐは降りれねぇだろ!? アルミフォイルかオーバーボディを探さねぇと……!!」
「ああ……、ごめんなさい。あの時は盗聴の心配もあったし、全部話す気も無かったから指摘しなかったんだけど……」


 黒騎れいは、なんとか彼女を差し止めようとする佐倉杏子に向け、銀紙のパックに包まれたビスケットの袋を取り出した。
 それを目の前に掲げられた杏子は、彼女の意図を察しかねて首を捻る。
 その杏子に向け、黒騎れいはそのパックをできる限り綺麗に破いて、中のビスケットを差し出した。

「……食べる?」
「お、おう……。そりゃ、食べ物出されりゃ断らねぇけど……って、おいおいおいおい」

 杏子が一枚取ったのを確認するや、れいは残りのビスケットを全部ざらざらと自分のデイパックの中に空けてしまった。
 そして困惑する杏子に向け、れいはその包みを開いて、一枚の銀色のシートにして広げた。


「……さて杏子、『銀紙』って一体、何からできてるか知ってる?」
「銀、紙……って、まさか……!?」
「そのまさかよ。基本支給品に入ってる栄養食のパウチとかでも実は同じ。
 それだけだとちょっと大きさに不安はあったけど、これくらいの面積があれば十分、首を一周して余る……」

 杏子は思わず、頬張っていたビスケットを丸呑みした。
 れいが頷く。


「――スナックや保存食の包みはみんな、『アルミ』でできてるわ。ぶっちゃけアルミホイルと同じよ。
 私たちは実のところ皆、気づきさえすれば最初っから、首輪の電波を遮断して地下に潜れる装備を渡されていたってことなの……!!」


 黒騎れいは言いながら、丁寧に自分の首輪を、そのアルミ蒸着されたフィルムで覆ってしまう。
 余りに盲点に過ぎて、衝撃的な報せだった。
 今にも一人で去ってしまいそうな彼女にすがりつくように、杏子は声を絞った。


「で、でもよ。地下にはヒグマがうじゃうじゃいるんだ……。一人だとまた、あの時みたいに死にかねねぇぞ……!?」
「……いいえ。狛枝凪斗にも指摘されたんだけど。
 地下には『ヒグマがうじゃうじゃいる』からこそ、私は一人の方が生き残れる確率が高いの」


622 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:07:12 ys5AHC920

 心を砕く杏子の声に、黒騎れいはマフラーをずらし、自分の首筋に印された5枚のカラスの羽のようなあざを見せた。


「私一人なら、あの時見せた『光の矢』でヒグマを強化・暴走させ、所構わず同士討ちさせている間に逃げ隠れ、探索を継続することができるわ。
 強力なヒグマ一体と対面した時にはそもそも『撃たせてもらえなかった』けど。一対多の状況ならむしろ、その中の弱そうなやつを見繕って、私は自在にヒットアンドアウェイの戦法を採れる。
 研究所の地理は一応把握しているし、私の隠密能力でも何とか逃げ延びれると思うの」
「ええ、それに私も、今れいを喪う訳にはいきませんからね。何としても示現エンジンの実態は確かめます」

 れいの言葉には、その肩にとまるカラスも、羽を自慢げに広げて応じる。
 杏子は、れいの言う退き撃ちの戦法と、自分たちの総力による飽和火力を天秤にかけ、必死に言葉を絞り出した。


「……それでも、危険すぎんだろ!? まとまって行動した方が絶対いい――!!」


 正直なところその天秤を傾けたのは、『これ以上、知らぬところで友を喪いたくない』、という想い一つであったのだが。

 れいは心苦しそうに唇を噛み、隣へ視線をやった。


「……でもね、統制のとれてない集団って、一人より危険だと思うわ。
 私が今までやってきたその戦法そのものが、そんな隙を利用するシロモノだから……」


 ほとんど口の中で呟かれたその言葉は、間近で話をしていた杏子にしか聞こえなかった。
 見やったロビーの横では、一人立ち去ろうともがく狛枝を、カズマが無理矢理押さえつけようとし、その周りで劉鳳と白井黒子が、まごつきながら彼らを宥めようとしている。

 戦闘中だった一団から逃げようとする日本語ぺらぺーらを射て、戦況をより混迷に陥れた黎明。
 鷹取迅からうち捨てられ自失していた穴持たず00を射て、広範囲の人間とヒグマとに大損害を与えた早朝。
 その実績を鑑みれば、黒騎れいの言う戦法の、えげつない有用性は明らかだろう。


「誰もこのグループを纏められないなら、むしろ一度、別行動して頭を冷やした方が、みんなのためだと思うの……」


 周囲に無差別な被害ばかり出す己の戦法を、ヒグマン子爵らとの戦闘以来、黒騎れいは忌むようになった。
 しかしだからこそ、大量の敵に挑みかかるゲリラ戦闘においてのその戦法の狙い目と効果を、彼女は手に取るように解っていた。

「東にだって何あるかわかんねぇだろうが!! 一人で動くんじゃねぇ!! 締め落とすぞ!!」
「わからないかな!? それでボクが踏み台になっても、残ったキミたちに希望が残るんだから万々歳じゃないか!!」
「わけわかんねぇよ!! もういい、テメェしばらく寝てろ!!」
「待てカズマ! 俺の延髄切りの方がお前より苦痛なく落とせる!!」
「皆様おやめくださいまし!!」

 杏子とれいの苦い視線の先では、四人が押し合いへし合い叫んでいた。


 この一団をかつて纏めていたのが誰かと考えれば、それは間違いなくカズマだった。
 彼自身が上に立たずとも、その気味合いに和して皆が着いてきた。
 だが、狛枝凪斗が論説を展開し、カズマ自身も劉鳳への没入や狛枝への反発を強めて以降、その纏まりは大きく崩壊してきている。
 特に今この時。
 狛枝の言説を採るにせよ採らないにせよ早急な行動が必要となるだろうこの時に、一団が崩壊するのだけは、避けなければならなかった。

 その場合、カズマ以外にこの場を俯瞰して纏められる人物は――。

 そこまで考えて、佐倉杏子は意を決した。


「『鎮まれぇッ!! アタシが全員を、連れていくッ――!!』」


 槍を地に突き、彼女は全身の力を揮って叫んだ。
 その場にいた全員の耳に、その声はあたかも直接響き渡ったかのようだった。
 乱闘のようになりかけてすらいた一団の騒ぎは、水を打ったように、ぱったりと静まっていた。


    ;;;;;;;;;;


 佐倉サンの叫んだ声が聞こえた。
 耳元で言い放たれたような、大声だった。

 その声で、ボクの胸倉を掴んでいたカズマクンの力が緩んだ。

 だからその瞬間、ボクは彼や劉サンたちを振り払って、一気にビルの外へ駆け出していた。


「――あっ、待てっ!!」


 カズマクンの声が聞こえたが、構っている暇はない。
 ボク程度の考え休むに似たり。と杞憂で済むなら、それはそれで良い。
 だが、ここに『何か』が襲撃してくるだろうという推測は、ほとんど確信に近かった。

 ここでボクが単独行動に出るのは、ボクのカスみたいな才能である『超高校級の幸運』を、せめて最大限に活かすために他ならない。


623 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:07:45 ys5AHC920

 ボクの『幸運』は、それが大きければ大きいほど反動で『不運』を呼び込む、他の超高校級の才能とは比べるべくもない最低のものだ。
 だがこれは逆に、降りかかる『不運』が大きければ大きいほど、反動で『幸運』が訪れるものだと言い替えることもできる。
 禍福は糾える縄の如し。とは良く言うけれど。


 そこにつけて、グループを分断するボクのこの行動は、一種の大博打だ。


 この場に残る者と、逃げる者。
 本当に『何か』が襲い掛かってきて残った者が死ぬという『不運』が発生するなら、逃げる者は『幸運』にも生き残り、希望に向かって進み続けられるだろう。
 実は『何か』なんて襲撃せず、逃げた者がどうかして死ぬという『不運』が発生しても、それなら『幸運』にも残る者はその状況を察して、希望に向かって進み続けられるだろう。
 どちらも起こらずに平穏に終われば、それはそれで笑って済ませて、希望に向かって進み続けられるだろう。

 どのパターンに至っても、希望は失われない。
 ベットさえできれば、この賭けの勝ちは確定している。

 この場で全員がまとまりを欠いて、『何か』に一網打尽にされることだけ避けられれば、後はどう転んでも道は続くのだ。
 もはや時間的に遅かったかとも思ったが、幸い、ボクは賭けに『間に合った』ようだ――。


 と、そう思った瞬間だった。


「うぷぷぷぷーの、ぷー――!!」
「くっ――!?」


 ビルの玄関を抜けて路地に飛び出した瞬間、そんな耳障りな嘲笑と共に、向かいの建物の屋根から何かが飛び掛かってきた。
 ――いや、その正体は、解っている。


「ちぇ〜、残念だなぁ。狛枝くんの決断がもうちょっと遅ければ奇襲の準備を万端にできたのにさぁ〜」


 横にステップを踏んでアスファルトに転げ、ボクはその襲撃者に向けて即座に身構えた。
 ちょうどボクが踏み切った位置の地面に爪を突き立てていたそのロボットは、ゆっくりとボクに向けて顔を上げる。
 白と黒とに塗り分けられた、子熊のようなロボット。


 ――襲撃してくる『何か』とは、モノクマだった。


「……それは良かった。どうやら遠慮なくキミの策謀を叩きのめせるようだからね」
「おおこわいこわい。……でもこれを見ても強がってられるかなぁ〜?
 別に奇襲しなくてもオマエラくらいちょちょいのちょいなんだぜぇ〜?」


 すかさずリボルバーを取り出してモノクマに向けたボクへ、そいつは下卑た笑みを浮かべながら指を鳴らした。
 するとモノクマが潜んでいた建物の屋根がガラガラと崩れ、そこから身の丈数十メートルにもなろうかという巨躯が起き上がってくる。


「『超弩羆級のモノクマロボット』!! あの絶望的事件をこの島で再現してやるよ!!
 さ〜ぁ、これを見てもまだ、ボクらヒグマに敵対しようと思うかぁ〜!?」


 そのビルに等しい巨大なモノクマ型のロボットは、地響きを立てるようにして路地に出て、ボクを見下ろした。
 ボクはぎりぎりと歯を噛んで、拳銃を構えたまま後ずさりする。
 それでも、ボクの決断は変わらない。


「――出やがったな!! てめぇが親玉かぁ!!」
「悪は処断するッ!!」
「勿論ですわ――!!」
「狛枝の予測は、本当だったってことだな!!」
「ええ、この機に、返り討ちにしましょう!!」


 ビルの中からは、カズマクン、劉サン、白井サン、佐倉サン、黒騎サンが次々と走り出て、その巨大なロボットの足元を道路の真ん中で取り囲む。

 ……やっぱりボクはツイてる。
 モノクマはどうやら、ボクらのことを見誤ったようだ。
 まさか賭けに出て、『黒幕を仕留められる』という幸運まで手に入るとは――。

 ボクは不敵に笑いながら、背に回したデイパックに片手を入れる。


「……当然だろう? ヒグマなんて絶望的な生き物は……、生かしておく訳にはいかない!!」


 ボクのデイパックには、最後の支給武器、対戦車無反動砲『AT-4CS』が入っていた。
 ヒグマはおろか、こんな巨大ロボットだって木端微塵にできるだろう、とっておきの装備だ。

 ボクは叫ぶと共に拳銃を捨て、その無反動砲を取り出して構えた。
 モノクマの眼が、ボクの予想外の動きで驚愕に見開かれた。

 ボクらは勝つ。
 当然だ。
 だって希望は、絶望なんかに負けないんだから――!


624 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:08:43 ys5AHC920

【F-5 市街地/午後】


【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、AT-4CS(1/1)、RPG-7(0/1)、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×2本
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:ヒグマなんて絶望的な生き物は……、生かしておく訳にはいかない!!
1:『幸運』は掴めた! 必ずここに、『希望』はやってくる!!
2:アルミホイルかオーバーボディを探してから島の地下に降りる。
3:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る……けど、今後はもうちょっと別の言い方にしないとな。
4:球磨川は必ず殺す。放送で呼ばれたけど絶対死んでないねあの男は。
5:モノクマも必ず倒す。
6:カラスも必ず倒す。


    ;;;;;;;;;;


 シーナーは、鷲巣巌に踏みしだかれた草原のE-7から北上し、E-4の街から地底湖の近辺に降りようと走っていた。
 その姿は、不可視の靄に包まれてどんな生物にも認められることはない。
 その足音は、不可聴の泥に包まれてどんな生物にも捉えられることはない。
 その臭いも、不可嗅の霧に包まれてどんな生物にも聞かれることはない。

 その身は傷だらけでも、殺意だけは洶洶と吹き零れている。

 現状の彼を捕え得る唯一の相手は無生物であるモノクマロボットだけだったが、それも、網膜に焼き付くような彼の怒りを恐れてか、彼の前には現れなかった。


 ――ヒグマに仇なす者を殺滅する。


 その意気だけで、今のシーナーならば『治癒の書』の効かぬ無生物であっても殺滅できるだろう。
 正確には、意気と、技術と、知識だけで、である。
 神秘の名においてドクターは偉く、専門家の名前でドクターは強い。
 能力とは、彼にとってその名の後に自ずと生まれるものに過ぎなかった。


「……こちらは、あの人間たちがいらっしゃる場所でしたね」


 そうしてE-6の街並みに入ってきたところで、シーナーは思わず歩みを緩めた。
 そのエリアは、今朝方の津波からシーナー自身が護った場所である。

 そこで彼は、ヒグマである隻眼2と李徴と、懸命に意思疎通を交わし協力しようとしている参加者たちを見ていた。
 例え人間でも、あのような者たちもいるのだ――。
 と思えば、彼らから人間へ少々情報が漏れるくらい気にならなかった。

 この実験環境下でも、あのように種族を超えて付き合い、互いに生きていける環境こそ、望まれていた本当の結末なのかも知れない。
 それは遠い微かな、馬鹿馬鹿しい展望だ。
 だがそれは確かに、一度はシーナー自身がその眼で見た、新たな可能性の一端だった。


 だから今の彼は、自然とそのエリアを突っ切らぬよう、斜めに途を逸らしていた。
 殺意に塗れた自分が、育まれているであろう聖域の萌芽を荒らしてはならないと、そう思ったからだ。
 隣のエリアとの境から、そんな理想の世に土足で踏み入らぬよう、山裾の脇を抜けて北上すればいいだろうと、そう考えていた。


 そうして走る彼の振動覚に、聴覚に、嗅覚に、視覚に、呼吸の粗い、ヒグマの存在が捉えられた。
 痛みに、泣いているような息遣いだった。


「どうしてこうなるの……? アタシがいくら『己の名を守っ』ても、誰も……。
 誰もアタシを、崇めてはくれない……。これじゃあアタシは、『己の名を告げ』たり、できないわよ……」


 背にもう一頭のヒグマを負い、嗚咽を漏らして、何かから逃げてくるようなそのヒグマを、シーナーは知っていた。
 メルセレラ。
 灰色熊とも繋がりのあったキムンカムイ教の信徒の中でも、その名を自分で見出したというヒグマのはずだった。

 彼女に負ぶわれている紫色の毛並みをしたヒグマは、穴持たず57とされる者だ。
 その子は何者かから攻撃を受けて脳震盪でもおこしたのか、すっかり昏倒してしまっている。

 ――強い能力を持つであろう彼女たちを、逆にこうして襲った者がいるのだ。

 メルセレラの嗚咽や穴持たず57の様子から、シーナーはそう判断した。
 シーナーの存在に気付くことなくすれ違おうとする彼女たちに、シーナーは思わず、幻覚の中で声を掛けていた。


『……何があったのですか、メルセレラさん』
「――なっ!?」


625 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:09:47 ys5AHC920

 呼び止められたメルセレラは、突如虚空から発せられたその声に急停止し、慌てた様子で周囲を見回した。
 そうしてその視線は暫く宙を彷徨った後、シーナーのいる近辺に確かに固定される。


「……オハイヌ(幻聴)とオハインカル(幻視)ってことは。あんたね。
 ラマッタクペの言ってた『モシリシンナイサム(国の異なる側)』のキムンカムイってのは」


 メルセレラは、そこにシーナーの存在を確かめるように、恐る恐る前脚を差し出した。
 シーナーは一歩退いてその脚を避けた。

 まだシーナーは、メルセレラに向けてその姿を見せてはいない。
 彼女はシーナーと外気との漠然とした『温度差』で、そのおおよその位置を推測しているようだった。


『……あなたがたのようなヒグマを、襲う者がいたのですか』
「イコホプニ(襲われた)……。いいえ……、トゥミコル(戦い)になってしまったのが、そもそも間違いだったのかも知れない。
 アタシも、ケレプノエも、あいつらに……。完全に打ちのめされてしまったもの……」

 結局姿を捉えられなかったシーナーの声に、メルセレラは前足を戻し、握り締めながら呟いた。
 相手の格好良さを褒め、自分の素晴らしさを認めてもらい、人間から崇めてもらおうとしていたメルセレラからすれば、先程の戦いの顛末は、意図と異なる全くの敗北だった。
 だがメルセレラにはまだ、自他の能力をそうして見せつけ合う以外に、自分を認めてもらう術が、解らなかった。

 打ちひしがれたように沈むその言葉に、シーナーの胸はざわついた。


「ねぇ、あんた、一体私はどうすれば――」
『――その、あなた方を打ちのめした者の所在を、お教えください』


 直後、顔を上げて問おうとしたメルセレラを喰らうように、溶岩のような怒りを持った音声がメルセレラの内耳に響いた。
 重く、熱く、周囲の空間を焼き殺すような透明な鬼気に、メルセレラは思わず身を退いた。

 気絶したケレプノエの体を守るように立ち上がり、彼女は口を震わせる。


「え、え――、F-5の、ビル街の中……」


 慄きながらメルセレラがそう答えるや否や、彼女が感じ取っていたヒグマの体温は、即座にその場から立ち去ろうとする。
 彼女は追いすがるように前脚を伸ばした。


「あ、ま、待って……!!」
『――ご心配には及びません。私は臣民の……、いえ、正義の味方です。
 ヒグマに害なす者どもは、必ずや殺滅してご覧に入れますので……』


 メルセレラの意図を聞くことなく、シーナーの体温は、メルセレラの感知能力の及ばぬところにまで走り去ってしまった。

 そんな声だけの、夢現の出来事のような会話を経て、メルセレラはただ顔を伏せ、首を横に振った。


「……駄目なんだ。きっとトゥミコル(戦い)じゃ、崇めてもらえることなんて決してない」


 幻聴の痕もない真昼の街中で、メルセレラはその声の記憶に刻まれた、シーナーの決心を推す。

 崇められることも、名誉を得ることも、そんなことは何も考えず、ただ相手を殺すためだけに戦いに臨む、そんな思いだった。
 安易な復讐心や功名心とは比べるべくもない、目的に達する利便性だけを追求した刃物のような感情。
 その怒りをも手段に変えて揮うであろう、透明でどす黒い彼の殺意が、メルセレラにはただただ恐ろしかった。


「アタシは……、どうすればそんな風に、なれるのかしら。
 アタシのラマト(魂)は、どうすれば認めて、もらえるのかしら……」


 負ぶっていたケレプノエの体を抱きしめてメルセレラは、自身とは正反対の目的へ心を突き進ませるシーナーの姿を憧憬した。
 行く先は違えど、果たしてどうすれば、そんな『魂の構え』で進めるのか、メルセレラには未だ解らなかった。

「――メルセレラ、様……?」

 抱きしめていた、妹のようなそのヒグマが、身じろぎをして眼を開ける。
 メルセレラはそんな彼女に頬を寄せて、顔を埋めた。


「メルセレラ様……、どうなさったのですかー? 一体何が、あったのですかー……?」
「ケレプノエ……、ケレプノエ……ッ!!
 あんたは、あんただけは……、絶対にアタシが、守ってあげるから……ッ!!」


626 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:10:07 ys5AHC920

 歯を食いしばり、眼をきつく瞑り、彼女は震えた。
 その誓いが、妹分のヒグマのためではなく自分のための誓いなのだと、メルセレラは言いながらに理解した。

 自分の存在を、意義を、少しでも保証してもらうための、そんな打算的な、傷の舐め合いの申し出。
 友情とか、愛情とか、そんな言い繕いはいくらでもあるかも知れない。

 だが結局メルセレラの欲しかったことは、そんな身勝手な保証一つだった。
 身勝手でも、ただそれだけだった。
 それさえあれば、満足だった。


 もう飾らない。自分の能力の凄みなんて要らない。
 もう迷わない。キムンカムイの布教なんて要らない。
 本懐以外のことなんて、二の次だ。

 あの幻覚のヒグマの如く、削ぎ落として削ぎ落として、自分の真心で向かって行こう――。

 メルセレラはただそう決心して、今一度地に、脚をつけた。


【F-6とE-6の境 市街地/午後】


【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:疲労(中)
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』
道具:無し
基本思考:メルセレラというアタシを、認めて欲しい。
0:手近なところから、人間や他のヒグマを見つけて自分を認めてもらう。
1:ケレプノエは、絶対に守る。それがただの打算だとは、解っているけれど。
2:能力のぶつけ合いをしても、褒めてもらえなかった……。どうすればいいの?
3:態度のでかい馬鹿者は、むしろアタシのことだったのかもね……。
4:あのモシリシンナイサムのヒグマは……、大丈夫なのかしら、色々と。
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。


【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』
道具:無し
基本思考:キムンカムイの皆様をお助けしたいのですー。
0:メルセレラ様、どうなさったのですかー?
1:ラマッタクペ様はどちらに行かれたのでしょうかー?
2:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
3:お手伝いすることは他にありますかー?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について、ほとんど自覚がありません。


    ;;;;;;;;;;


627 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:10:33 ys5AHC920

 杏子が叫んだ声が聞こえた。
 耳元で言い放たれたような、大声だった。

 その声で、狛枝を掴んでいた俺の力は、思わず緩んだ。

 そしてその瞬間、奴は俺や劉鳳たちを振り払って、一気にビルの外へ駆け出していた。


「――あっ、待てっ!!」


 叫ぶ俺の声に振り返りもせず、奴は一散にビルの外へ走り出やがった。

 狛枝は信用できねぇし、気に食わねぇ奴だ。
 意味わかんねぇことばっか言うし、気が狂ってるとしか思えねぇ。
 100万歩譲ってもそれは確かだ。
 だが、奴を一人飛び出させて見殺しにするなんてのは、もっと我慢できねぇ。
 俺の拳は、そんな取りこぼしを許すほど小さくねぇ。

 だから俺は狛枝を追う。
 進む時も、全員で前のめりだ――。


 と、そう思った瞬間だった。


「うふふふふ、『ホワイトトリック』――!!」
「くっ――!?」


 狛枝がビルの玄関を抜けて路地に飛び出した瞬間、そんな耳障りな嘲笑と共に、向かいの建物の屋根から何かが飛び掛かっていた。
 ――いや、その正体は、解っている。


「う〜ん、惜しかったですねぇ〜。もう少し仲間割れしていて下さると楽に皆殺しだったんですがぁ〜」


 白い雷光を纏ったその襲撃者の攻撃を、狛枝は辛うじて横にステップを踏んで躱し、アスファルトに転げた。
 ちょうど狛枝が踏み切った位置の地面を焼き焦がして着地していたその男は、ゆっくりと俺に向けて顔を上げる。
 黒いスーツに、オールバックの白髪と趣味の悪い眼鏡を合わせた、気持ち悪い口調の痩せ男。


 ――襲撃してくる『何か』とは、無常矜侍だった。


「てっめえ……!! 生きてやがったのかぁ――!!」
「はぁい。運よくこちらの帝国に拾われましてねぇ。攫ってきた熊のアルター使いを食べて、再☆精☆製を受けてきたところです。
 ヒグマから吸収した力も、ようやく名前が決まりました。……私が決めました♪」


 劉鳳のいた組織を乗っ取り、寺田あやせを操り、俺が確かに一度ぶっ倒したはずのその男は、そうしてトカゲみてぇに笑っていた。
 『熊のアルター使いは全員連れて行かれてもう……戻ってきてないんだよおおおおおおおおお』、というセリフを、確かに俺はどこかで一度、聞いていたような気がする。
 その犯人は、模倣犯でもなんでもなく、無常本人だったというわけだ。

 俺はシェルブリットを装着して、起き上がって身構えた狛枝と一緒に、無常矜侍を囲んで戦闘態勢をとる。
 すると瞬く間に、薄笑いを浮かべたまま、無常矜侍の体躯が内側からぶくぶくと膨れ上がり始めた。


「……喰らいなさい、これぞ私のアルター『ヒグマープション』!!
 能力は教えてあげません☆ これでこちらの皆さんも、あぁ、あえなくあの世行き。
 さ〜ぁ、これを見てもまだ、ヒグマに敵対しようと思いますかぁ〜!?」


 見上げるほどに巨大化し、毛むくじゃらになった無常は、下卑た笑みを浮かべて俺を見下ろした。
 俺は小指から順に力を込めてシェルブリットを握り、拳を構えたまま一歩、後ずさりする。
 踏み出して、全身で殴るための、一歩だ。


「ふざけないで欲しいね!! 絶望は必ず、撃ち滅ぼす!!」
「悪は処断するッ!!」
「勿論ですわ――!!」
「狛枝の予測は、本当だったってことだな!!」
「ええ、この機に、返り討ちにしましょう!!」


 ビルの中からは、劉鳳、白井黒子、杏子、黒騎れいが次々と走り出て、その巨大な無常の足元を道路の真ん中で取り囲む。

 疑うまでもなく、俺たちの心は一つだった。


「……見下してんじゃねぇ!! ヒグマだろうと何だろうと、邪魔するならぶっ飛ばす――!!」


 黒幕にこいつがいても、熊がいても、俺のやることは変わらねぇ。
 とにかく突っ込んでボコす。
 殴る!
 叩きのめす――!!
 それだけだ。


【F-5 市街地/午後】


628 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:11:06 ys5AHC920

【カズマ@スクライド】
状態:気絶、石と意思と杏子との共鳴による究極のアルター、ダメージ(大)(簡易的な手当てはしてあります)、疲労(大)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、エイジャの赤石@ジョジョの奇妙な冒険
基本思考:主催者(のヒグマ?)をボコって劉鳳と決着を。
0:ヒグマだろうと何だろうと、邪魔するならぶっ飛ばす――!!
1:黒幕が無常ならむしろやりやすいんだよ。もう一度殴り飛ばされろ!!
2:ヒグマたちには絶対落とし前をつけさせてやる!!
3:『死』ぬのは怖くねぇ。だが、それが突破すべき壁なら、迷わず突き進む。
4:今度熊を見つけたら必ずボコす!!
5:狛枝は信用できねえ。
6:劉鳳の様子がおかしい。
[備考]
※参戦時期は最終回で夢を見ている時期


    ;;;;;;;;;;


 佐倉杏子の叫んだ声が聞こえた。
 耳元で言い放たれたような、大声だった。

 その声で、狛枝凪斗を掴んでいたカズマの意識が、一瞬逸れた。

 そしてその瞬間、奴は俺やカズマたちを振り払って、一気にビルの外へ駆け出していた。


「――あっ、待てっ!!」


 叫ぶカズマの声に振り返りもせず、奴は一散にビルの外へ走っていく。

 俺は反応が遅れた。
 佐倉杏子の言葉も、カズマや俺たちの今までの制止も、まるっきり無視した動きだったからだ。
 一体なぜ、そんな何の根拠も無さそうな自分の信念を盲目的に貫けるのか。
 今の俺には、自分の現況を鑑みて、その顛末に悪い予感しか抱けない。

「何やってますの劉鳳さん! 彼を止めますわよ!!」
「あ、ああ――!?」

 まごついていた俺は、絶影と同化した白井黒子に手を引っ張られていた。
 もう既に、カズマは狛枝を追って走り出している。
 俺はそれを見るや、一気に白井の能力でビルの外へ先回りで転移させられ、道路に降り立っていた。


 と、そう動いた瞬間だった。


「はぁあぁ――、『エイリアァァ――ス』!!」
「くっ――!?」


 狛枝がビルの玄関を抜けて路地に飛び出した瞬間、そんな怒号と共に、向かいの建物の屋根から何かが飛び掛かっていた。
 ――いや、その正体は、解っている。


「何をオタオタしているのだ、この馬鹿が!! 単独行を許しおって!! 最早貴様に生きている価値などない!!」


 突風を纏って飛び降りてきたその人物を、狛枝は辛うじて横にステップを踏んで躱し、アスファルトに転げた。
 ちょうど狛枝が踏み切った位置の地面を、ただの着地で陥没させていたその男は、ゆっくりと俺に向けて顔を上げる。
 青と白を基調としたHOLYの制服に、かっちりと固めた黒髪と、逞しい肉体の威容が張り詰めているその男。


 ――襲撃してくる『何か』とは、マーティン・ジグマール隊長だった。


「あ、あなたは……!! 生きていたのですか――!?」
「……情けない。情けないぞ劉鳳。貴様、危険な組織が動いていたここへ救助に来るなら、HOLYを出る際に瓜核かイーリャンに、せめて一言でも行先を報告して来たんだろうな!?」
「ぐ……っう!?」
「やはり言っておらんのか……! 物資も持たず報告もせず、救助隊の風上にも置けんな貴様は!!」
「お、お知合いですの、劉鳳さん!?」
「ああ、御嬢さん、私はこの馬鹿の元上司の、マーティン・ジグマールと言う。
 こいつのためを思って、その力を引き出す踏み台となって殺されてやったんだが、どうやらそれも犬死にだったようだ。
 ここの帝国で甦らせてもらって良かった。これでこの不心得者を、きちんと処分してやれるのだからな」


 偉大な恩人であるその男は、生前に見せていた寛容さなど欠片も感じられない、明王の如き憤怒の顔を俺に向けていた。
 彼の叱咤の鞭を、甘んじて受けることしか俺にはできなかった。
『これでは母親の仇はとれないな! 大切なものも守れない!! 信念も貫き通せない!!』
 マーティン・ジグマール隊長はかつて、俺を発奮させるためにそんな尖った言葉を刺してきたことはあった。

 だがヒグマの力を得て生き返ったらしい今の彼は、当然の如く俺を見限り、もう殺して始末することしか頭にないようだった。


「……この『ヒグマー・エイリアス』で私が直々に処断してくれる!!
 お嬢さんたちは安心すると良い。この阿呆を殺したら、私とヒグマが皆を送ってあげよう。
 さぁ覚悟は良いな劉鳳!! この期に及んでヒグマに敵対しようなどとは、よもや思うまいな!?」


629 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:12:02 ys5AHC920

 隊長が形成した自律稼動型のアルターは、ビル程の巨大なヒグマの形をしていた。
 それとは別に熊の着ぐるみのようなアルターを融合装着し、もふもふになった隊長は、それでも怒りの形相を崩さず、俺に向けて明白な殺意をぶつけていた。
 俺は一歩、後ずさりする。

 なんかもう、ジグマール隊長が本当に後を引き継いでくれるなら、俺はここで切腹でもして責任を取った方がいくらかマシなのではないかとすら思えるほどだった。


「……何者であろうと、劉鳳さんを殺すようなことは、させませんわ!!
 襲ってくるなら、私はヒグマを、処断いたしますの!!」


 だがその瞬間、崩れ落ちそうな俺の腕を掴み、少女が凛とした声を張る。
 白井黒子――。
 死してなお、俺にずっと寄り添っていてくれた彼女が、そうして力強く、俺に向けて頷いた。

「ふざけないで欲しいね!! 絶望は必ず、撃ち滅ぼす!!」
「――すまねぇがそんなムシの良い話は信用できねぇな!!」
「ええ、どうせ江ノ島盾子っていう黒幕の息がかかっているんでしょう!?」
「狛枝の予測は、本当だったってことだな!!」


 ビルの中からは、カズマ、黒騎れい、佐倉杏子が次々と走り出て、その巨大なアルターの足元を道路の真ん中で取り囲む。
 俺は彼らの威勢に背中を押されるように、ジグマール隊長へ向けてしっかりと面を上げた。


「……ああ。例えそれが隊長だろうと。俺はヒグマを倒し、皆を救う――!!」


 その信念を思い出させてくれた白井黒子の髪を、俺はしっかりと握り返す。

 ――もしかすると彼女こそ、今の俺の『相棒』なのかも知れなかった。
 俺に足りない穴を、塞いでくれる存在。
 そうだ。
 今までだって俺の信念は、俺一人では貫ききれなかったではないか。

 俺には、彼女が、必要だ。

 気づくのが遅すぎたかもしれない。
 だがそれでも願わくは、俺がこれ以上一人で道を踏み外す前に。この二人で。
 いや、ここの全員で、俺たちを未来へ進ませてくれ。
 頼むぞ、俺の、『絶影』――。


【F-5 市街地/午後】


【劉鳳@スクライド】
状態:進化、アルターの主導権を乗っ取られている、疲労(中)
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:参加者を助け、主催者(ヒグマ含む)を断罪する。
0:例えそれが隊長だろうと。俺はヒグマを倒し、皆を救う――!!
1:ヒグマ……、許せん……。
2:白井黒子に絶影の操作を教える。
3:頼むぞ、俺の、『絶影』――。
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、アルターを乗っ取られた様です


【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
状態:絶影と同化、アルターの主導権を握っている、疲労(中)
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:参加者を助け、主催者(ヒグマ含む)を断罪する。
0:襲ってくるなら、私はヒグマを、処断いたしますの!!
1:御坂美琴、初春飾利、佐天涙子を見つけ保護する。
2:劉鳳さんをサポートし、一刻も早く参加者を助け出す。
[備考]
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、劉鳳のアルターと同化した様です


    ;;;;;;;;;;


630 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:12:57 ys5AHC920

 杏子の叫んだ声が聞こえた。
 耳元で言い放たれたような、大声だった。
 その声で、狛枝凪斗を掴んでいたカズマの意識が、一瞬逸れた。

 そしてその瞬間、彼はカズマや劉さんたちを振り払って、一気にビルの外へ駆け出していた。


「――あっ、待てっ!!」


 叫ぶカズマの声に振り返りもせず、狛枝は一散にビルの外へ走り出ていく。


「いや、いい! 狛枝に続く!! あたしが先導するからさっさとここから逃げるぞ!!」
「わ、わかったわ――」


 その時即座に、私の隣で杏子が、皆に腕を振って声を上げた。
 カズマや劉さん、白井黒子に続き、私も頷いて狛枝凪斗に追いすがる。

 ――良かった。
 ギリギリだったのだろうけど恐らく、これで間に合う。

 給湯室で『あんまり残された時間は多くないと思う』と言っていた彼にその理由を問うて返ってきた推理は、私にとっては非常に合点のいくものだった。
 気持ち悪い錯視のような違和感を、払拭してくれる理論。
 彼の言葉で、私は先延ばしにしていた決を断ずることができた。

 彼の言う『信用ならない』という言葉は、恐らく一般的な意味合いとは違う。
 たぶん狛枝凪斗にとって、世の中の大半のモノは信用ならないもので、『鵜呑みにしてはならない』のだ。
 見聞きする物事を客観的に評価して、本当に『正しい』推論を得るための心構えが、それなんだろう。
 自分を信じ、希望を守ることだけを最優先にした上での結論が、『この場からの早急な逃走』だ。
 私の身の振り方だって、現状では単独で地下を探索するのが、被害を最小限に抑える最善手だろう。


 皆に感謝し、皆を守りたいからこそ、『誰も信用しない』。
 そのスタンスは十分、私も見習うべきものだ。
 きっと、私たちに確かな希望をもたらしてくれる――。


 と、そう思った瞬間だった。


「くはははは、『羽根の弾丸』――!!」
「くっ――!?」


 狛枝がビルの玄関を抜けて路地に飛び出した瞬間、そんな耳障りな嘲笑と共に、向かいの建物の屋根から何かが飛び掛かっていた。
 ――いや、その正体は、解っている。


「はっはっは、下等生物どもがわざわざ大挙して出迎えか。復活の午餐にはちょうどいいなァ!!」


 その襲撃者から放たれた弾幕のような羽根を、狛枝凪斗は辛うじて横にステップを踏んで躱し、アスファルトに転げた。
 ちょうど彼が踏み切った位置の地面に、大鳥のように悠然と降り立ったその男は、ゆっくりと私に向けて顔を上げる。
 中世の彫刻のような筋肉美に長い黒髪を遊ばせた、ある種凶悪な神々しささえ感じさせる半裸の男。
 その男の姿に、私の肩でカラスまでもが驚愕した。


 ――襲撃してくる『何か』とは、あの羽根ヒグマの男だった。


「あ、な、なんであなたが――!!」
「フン、愚問だなぁ〜……。再生したからに決まっておろうが!!
 あの程度で私を倒せたと思うたか下等生物ども!! 貴様らには最も絶望的な死をくれてやろう!!」


 ヒグマとも人間とも何の生き物ともつかぬその男は、腕をタコの肢やタカの翼のように変化させつつむくむくとビル程の大きさに膨れ上がっていく。


「……『超究極“羆”生命体(スーパー・アルティミット・“ヒグマ”・シィング)』!!
 復活中にさらに幾体もの新規ヒグマの遺伝子を取り込んだ、究極を超えた究極よォ!!」


 見上げるほどに巨大化し、名状しがたい毛むくじゃらの蠢動物になったその男は、鼓膜の破れそうな殺気を込めて叫んだ。
 私は抗いようもない恐怖に一歩、後ずさりする。
 そんなバカな。
 この男は確かに、カズマや杏子たちが跡形も無く消し飛ばしていたのではないのか?
 狼狽で身動きのとれなくなったその瞬間、私の耳が、カラスに嘴で深々とついばまれた。


「しっかりしなさい、れい――ッ! 弓を! 弓矢を取るのです!!」


 その確かな痛みと声に、私は反射的に、手の内に漆黒の弓を生成していた。
 痛い――。
 ということはこれは夢でも幻でもなく、現実のはずだ。
 有り得ないように見えても、これが現実なのだ。


「ふざけないで欲しいね!! 絶望は必ず、撃ち滅ぼす!!」
「悪は処断するッ!!」
「勿論ですわ――!!」
「テメェが何回甦っても、またぶっ飛ばしてやらぁ――!!」
「ああ、あたしたちが、もう一度アンタに説教食らわしてやる!!」


 ビルの中から走り出した面々で、その巨大な男の足元を道路の真ん中で取り囲む。
 私も、彼らの威勢に当てられるように、弓矢を構えた。


631 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:13:33 ys5AHC920

「ほぉ……、この私を見てもまだ、ヒグマに敵対しようと思うのかァ――!?」
「愚問ですね、ヒグマなどという下等生物は確実に殺します――!!」


 その時、羽根ヒグマの男は、溶岩のようなおどろおどろしい声音で、威圧するように私たちへ、今一度問うた。
 私は思わず、即答したカラスに続けて、口を開きかけた。


 だが私の肩の上で、カラスの挙動は、なんだかおかしかった。
 深く嘴で私の耳を噛みこんだまま、何度も爪先で私の背を蹴っている。
 一体なんだというのだ、あなたはこんなに威勢よく啖呵を切ったのに――。

 そこまで考えて私は、急に背筋に寒気を覚えた。
 カラスの爪先。
 その蹴りが、痛い。
 痛い。
 カラスが肩口をひっかく爪の動きは、確かに現実のはずだ。
 夢ではない、はずなのに。
 ……いや、だからこそ――。 

 はっきりと今、この目に見えているものを、この耳に聞こえているものを、私は『夢』なのだと確信した。
 この視聴覚に映っているものを、『信用してはいけない』。


 『ニ』。
 『ゲ』。
 『ナ』。
 『サ』。
 『イ』。
 『レ』。
 『イ』。


 ――ひっかかれた皮膚は、そんな形に痛みを帯びた。


【F-5 市街地/午後】


【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:軽度の出血(止血済)、制服がかなり破れている
装備:光の矢(5/8)、カラス@ビビッドレッド・オペレーション
道具:基本支給品、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、ランダム支給品0〜1 、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×1本
[思考・状況]
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す……?
0:この状況は、一体、何――!?
1:カラスの伝えようとしていることは……!?
2:四宮ひまわりは……、私が探しに行かなきゃ……!
3:私一人の望みのために、これ以上他の人を犠牲にしたり、できない……!
4:ヒグマを陰でサポートして、人を殺させるなんて、いいわけない……!
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことをようやく知りました。


【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:正常、ヒグマの力を吸収
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンを破壊する
0:この男は、私が喰らったのです――!! こんな状況は、現実では、有り得ない!!
1:しっかりしなさい、れい――ッ! 私は何も言っていませんよ!? 弓矢など出さずに、早く逃げなさい!!
2:示現エンジンは破壊されたのか!? 確かめなくては!!
3:れいにヒグマをサポートさせ、人間と示現エンジンを破壊させる。
[備考]
※黒騎れいの所有物です。
※ヒグマールの力を吸収しました


    ;;;;;;;;;;


632 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:14:28 ys5AHC920

 あたしが叫んだ、まさにその瞬間だった。
 その瞬間、あたしは信じられない光景を目にした。

 ホテルのロビーを、音速にも思える瞬間的な速さで、真っ黒な水が一瞬にして埋める。
 その水は、あたしの声がみんなの耳に届くか否かのタイミングで、その場の全員の耳に入り込んだ。
 黒い水はまるで意志を持つかのように、あたしにも飛びかかっていた。
 だがその時、あたしが叫んでいたことが、恐らくあたしを救った。


 まるでその声の振動で吹き飛んだように、あたしへ襲い掛かっていた水が目の前で弾かれた。
 一瞬あたりは、文字通り水を打ったように静まる。
 そしてその直後、その墨汁のような液体は、今度は全員の目玉に向けて、入り込もうとした。


「くぉっ――!?」


 光速に思えたその挙動をあたしが防げたのは、目の前で自分の槍を掴んでいたという、ただその幸運のお陰だけだった。
 黒い水はあたしの槍の魔力を受けてか、顔面すれすれで弾けて消える。
 その水の挙動に思わずのけぞったあたしが尻餅をついた瞬間、カズマに掴まれていた狛枝凪斗が、外に走り出していた。


「――あっ、待てっ!!」


 カズマが、狛枝を追うように走り出した。

「何やってますの劉鳳さん! 彼を止めますわよ!!」
「あ、ああ――!?」
「わ、わかったわ――」

 それに続くようにして、白井さん、劉さん、れい、と、その場の全員が動く。


「お、おい――、待てみんなッ――!? この水が見えねぇのか!?」


 慌てて起き上がり、一番傍にいたれいに手を伸ばす。
 だが既に走り出していた彼女の背中に、あたしの指先は届かなかった。

 皆はあたしの声をまるっきり無視して、ロビーを埋める黒い水が流れてきた方向である外へ、走り出すなりテレポートするなりで飛び出してしまう。

 あたしは唇を噛んで、一歩にありったけの気合を込めてロビーに踏み出した。
 パッと、水面に油を一滴落としたように、その挙動で足元の黒い液体はあたしを避けて散る。
 なんだかわからないが、この水はあたしの魔力で相殺することができるらしい。

 背筋にすさまじい悪寒を感じながらも、あたしは飛び出してしまった彼らに、黒い水面を割りながら追いすがった。


「くっ――!?」


 そして、真っ先に外に出ていた狛枝が、突然何もない道路の真ん中で横に跳ね、何かを避けるように地に転げる。
 その時には、私を除く全員がその道路に出ていて、揃って何かを取り囲もうとしていた。

 その『何か』とは、ほとんど足音も無く静かにこの場へ歩いてきた、一頭の痩せたヒグマだった。

 その真っ黒なヒグマの眼は、炎が燃え上がるように真っ黒にギラついていた。
 そしてその深い沼地のような双眸からは、この粘性の高い墨汁のような水がダラダラ垂れている。
 みんなはそのヒグマを見て、めいめい驚きの声をあげていた。


「あ、な、なんであなたが――!!」
「てっめえ……!! 生きてやがったのかぁ――!!」
「あ、あなたは……!! 生きていたのですか――!? ぐ……っう!?」
「お、お知合いですの、劉鳳さん!?」
「……それは良かった。どうやら遠慮なくキミの策謀を叩きのめせるようだからね」


 ――皆はこのヒグマを、知っているのか……!?

 全く見覚えのない、枯れ木のような不気味な黒熊を取り囲む一同のもとに走り寄り、あたしはそいつと眼が合う。
 そいつは首を傾げて、低い声で一人ごちた。


「……そうですか。めずらしい。私と同じタイプの能力なのですね」
「なっ……、何を、言ってやがる……!?」
「まぁ、なんであれ、私があなた方にお尋ねする事項は、変わりません。
 確度は下がるでしょうが、無意識へ問うのを口頭で問うだけです」


 あたしは震える声で、目の前に佇むそのヒグマに向け槍を構える。
 みんなはそいつの周りを取り囲んでいながら、そいつを見てはいなかった。

 狛枝も、カズマも、劉さんも白井さんもれいも、全員見当違いの位置を見ながら、あとずさりしていた。

 『同じタイプの能力』――。
 幻覚に違いない。
 それも、あたしなんかより数段強力な――。


633 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:14:48 ys5AHC920

「……はぁ、『彼の者』の知り合いに、外からいらっしゃった闖入者ですか。
 ミズクマさんが取り逃すとは。……やはり、ここで見つけられて良かった」
「おい……ッ、あんた、カズマたちに、一体、何したってんだ――!!」

 その骨ばった仙人のようにも見える黒いヒグマは、そのうつろな眼に何を見ているのか、周りの皆の挙動を見回しながら、そんな独り言を言う。
 そいつは、あたしの問いに答えることなく、逆にあたしへ問うてきた。


「……あなたがたは、ヒグマに敵対しようと思っているのですか?」

 そしてその問いに、周りのみんなは、即答した。


「……当然だろう? ヒグマなんて絶望的な生き物は……、生かしておく訳にはいかない!!」
「……見下してんじゃねぇ!! ヒグマだろうと何だろうと、邪魔するならぶっ飛ばす――!!」
「……何者であろうと、劉鳳さんを殺すようなことは、させませんわ!!
 襲ってくるなら、私はヒグマを、処断いたしますの!!」
「……ああ。例えそれが隊長だろうと。俺はヒグマを倒し、皆を救う――!!」


 そうして皆は手に手に武器を取り、身構え、『見当違いの方向に』狙いをつけた。
 あたしは恐怖に震えた。
 包囲のド真ん中に泰然と佇みながら、溶岩のような怒りが、そのヒグマから湧いているのがわかった。

 ヒグマは溜め息をつき、その声色を激しく燃やす。


「……あなた方が望むヒグマの姿とは、そんな『敵』の姿なのですね。なるほどそうですか。
 では望み通り――。ヒトの道の名前にかけても、……そこから一歩も動くな」


 ダラダラと、その声とともに目から歯から体から零れ落ちる濁った黒が、あたしたちの周りを逆に取り囲んで、意志を持つように沸き踊った。


 ラマッタクペの『足止め』の真の目的――。
 そこで襲ってくる『何か』の正体を、あたしは慄然として思い知らされた。


【F-5 市街地/午後】


【穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(大)、疲労(大)
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:ヒグマに仇なす者は、殺滅します
1:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
2:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
3:モノクマさん……あなたは、殺滅します。
4:懸案が多すぎる……。
5:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
6:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極の魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:大)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:このヒグマは、なんだ!? 皆は何をされてる!? 一体どうすればいいんだ!?
1:遅かった……! もっと狛枝の言うことにも耳を貸していれば……!!
2:たとえ『死』の陰の谷を歩むとも、あたしは『絶望』を恐れない。
3:カズマと共に怪しい奴をボコす。
4:あたしは父さんのためにも、もう一度『希望』の道で『進化』していくよ。
5:狛枝はあまり信用したくない。けれど、否定する理由もない。
6:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※この調子でもっと人数を増やせば、ロッソ・ファンタズマは無敵の魔法技になるわ!


※佐倉杏子以外のこの場の全ての生物は、視覚・聴覚・嗅覚を『治癒の書』の支配下に置かれています。


634 : ドクター・ストップ ◆wgC73NFT9I :2015/04/25(土) 15:18:46 ys5AHC920
以上で投下終了です。遅くなり申し訳ありませんでした。
続きまして、黒木智子、クリストファー・ロビン、言峰綺礼、グリズリーマザー、ヤスミン、
扶桑、戦刃むくろ、浅倉威で予約します。


635 : 名無しさん :2015/04/27(月) 08:23:51 w7gKmj060
投下乙
灰色熊さんの悲しい最期…シーナーさん達は助かったけど怒りはごもっともです。
そして怒りを向けられた杏子組が大ピンチ。一体何人生き残れるやら…

>>612
ツルシインさん美人だなー。ずっとおばあちゃんだと思ってたので最期に判明した事実は意外でした。
いい人だったのにな…


636 : ◆wgC73NFT9I :2015/05/03(日) 01:18:05 ViO/3AXs0
すみません、書ききれていませんので予約を延長します……。


637 : 名無しさん :2015/05/05(火) 01:03:41 u5U3R41o0
投下乙です

灰色熊の兄貴が…壁になってしまった…
うっわー銀紙!これすげえ盲点だったなあ
そしてモノクマロボットかー!と思ったら無常だったかー!と思ったらと思ったらと思ったら
し、シーナーさんだあああ!!


638 : ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:07:35 vsicE2O60
体調不良につき、大変遅くなりました。
本当に申し訳ありません。
投下いたします。


639 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:09:07 vsicE2O60
 壁を隔てた向こう側に、エンジンの音が聞こえた。
 水上を滑る車輪の音。
 豪雨の中を漕ぐような、ハイドロプレーニングを起こしながら進み来る車の走行音が聞こえていた。

「追っ手……!? まさかさっきの、凶暴な分身男……!?」
「いや……、浅倉威の乗機は、使うとしてもバイクのはず。彼は殺したはずだし、この水音は四輪」

 ひとまずの休息をとっていた家屋の中で、扶桑と戦刃むくろは一瞬身を竦ませる。
 先程のわずかな戦闘で、既に両者とも満身創痍だ。
 外部の物音でまず考えてしまうのは、自然と敵のことになってしまう。

 戦刃むくろが仕入れている情報によれば、浅倉はカードデッキを鏡面に映して変身する仮面ライダーのはずだ。
 なんで獣のような体毛が生えていたのか、なんで分裂していたのかは定かではないが、とりあえずそれは確かなはずだ。
 メルセレラの能力の強さも情報通りではなかったが、それくらいは確かであってほしい、とむくろは願う。
 何にしても、彼は扶桑の砲撃を受けて爆死したはずだ。
 それだけは、誓っても確実なはずだった。

 戦刃むくろは、ずっと入れっぱなしだった超小型通信機のスイッチを切る。
 先程から江ノ島盾子の連絡は無い。
 どうやら島中が停電に陥っているらしく、ラマッタクペの襲撃以降に彼女からの指示が得られなかったのもそのためだ。
 ヒグマを反乱させた際にどさくさで電源が落ちてしまったのだろうか。
 どうにか繋がっては欲しいが、かといってこの場面で急に声を掛けられたら外の何者かに気付かれてしまう。
 相手が誰か定かではないが、自分たちが満身創痍であるこの場は、通り過ぎてもらうのが一番だった。


「……またあれから分裂した浅倉が出てくるとか言うならもう知らないけど。とりあえずこれで気づかれる要素はないはず……」
「うん、重油の臭いがするね。たぶんこの家だ」

 だが、むくろがそう呟いた直後、玄関の前でエンジン音が止まった。
 扶桑とむくろは目を見合わせた。


 重油。
 扶桑の内燃機関の臭いを嗅がれたらしい。
 あまりにも盲点な事柄だった。

 むくろは大量の冷や汗を流しながら、扶桑に向けて指を唇に当て、喋らぬよう指示する。
 低めの声は女性のもののようで、擦過音が強い。
 つまりはヒグマのメス。それで四輪車を扱うものとなれば、相手はグリズリーマザーに違いない。

 水面に降りてくる足音は、人間が1、2、3。
 細身のヒグマのような音が1。
 グリズリーマザー自身は降りてこないようだ。
 総勢5人。

 地底では既に江ノ島盾子が反乱を起こしている。
 つまり彼女らは追っ手として来た訳ではなく、地下から逃げながら参加者を拾っているということだ。
 そこで扶桑の砲撃音を聞きつけてやってきたというところだろう。

「……ふむ。ドアは閉まっているようだが。本当にこの家に件の『艦これ勢』とやらはいるのか?」

 男の声。
 声の質と位置から推測するに、上背はかなり高い。成人男性で、かなり鍛えられている。
 格闘家だ。
 その声はなぜか、憮然とした苛立ちか怒りのような色が強い。

 なるほど第二回放送の内容を知っていれば、『艦隊これくしょん』に関与している者は、参加者にとって敵対的な者だと捉えられておかしくない。
 なおかつ、艦これ勢はヒグマ帝国の者にとっても敵と認識されうるだろう。
 ここで発見されてしまえば、多勢に無勢。
 殺されてしまいかねない。

 扶桑が恐怖で奥歯を震わせている。
 むくろは足音を立てずに台所までにじり、冷や汗に湿る手でフライパンをせめてもの武器として取る。
 所持していた拳銃は後ろの腰に差し隠した。

 外からドアノブが弄り回されているが、そこに完全に鍵が掛かっているのがせめてもの幸運だった。


640 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:09:46 vsicE2O60

「艦これ勢とは限りません。彼らから追われて逃げた相手とも考えられます……。
 すみません、どなたかいらっしゃいますよね? 我々は危害を加えるつもりはありません!」


 外からもう一人の声がする。
 妙齢の女性のものだ。
 ヒグマのようには聞こえないが、果たして参加者にそんな年齢の女性がいただろうか――?
 相手の正体を推測していたむくろは、そこでぶるぶると首を振る。

 相手が何であろうと、まず間違いなくこの状態で真っ向から戦闘になれば、むくろと扶桑に勝ち目はない。
 このまま玄関を開けずにじっとしていれば、おそらくこの家には誰もいないか、既に移動したものだと考えて立ち去ってくれるだろう。 
 もしそれでもこじ開けて入ってくるようなら、ドアの開けざまに相手を張り倒して一気に飛び出し、全速力で逃走する――。

 むくろは扶桑に向けて、身振りでそう指示を出した。
 震えながらも扶桑はなんとかそれに頷いた。


「……物音はせんぞ。一応入ってみるか?」
「そうですね、間違いなく臭いはここからしますので、入りましょう」


 玄関前の男女はそう語っている。
 むくろは扶桑と目を見合わせて頷き、フライパンを握り締めた。
 ドアが開かれた瞬間にフライパンで相手の顔面を殴打し、扶桑に抱えてもらって逃げ出す。
 まだぬかるみになっている地面なら、恐らく扶桑の航行の方が相手より速い。
 十中八九上手くいくはず。

 そうして、むくろと扶桑はその意識を玄関のドアに集中させた。


「あー、やっぱりいたいた。神父さん、智子さん、生存者発見だよ」
「なっ――!?」
「ひぇ――!?」


 だがその瞬間、まだ幼い少年の声が、むくろと扶桑の横から聞こえる。
 驚愕に振り向いた彼女達の前で、いつの間にか廊下に面した寝室の中に金髪の子供が立っていた。

「あ、あなっ――、どこから――!?」
「え? 窓が割られてたから。お姉さん達ここから入ったんでしょ?」

 フライパンを構えてばたばたと後ろに下がるむくろに、その少年――クリストファー・ロビンは、朗らかに寝室の窓を指差す。
 扶桑が割った二重窓だった。

 むくろは頭を抱えて悶絶したくなった。
 そこは完全に意識の外だった。

 こうなれば、ヒグマに襲われた参加者の振りをして、なんとかこの場を切り抜けるしかない。
 姉の江ノ島盾子にだって、戦刃むくろは完璧に変装できたのだ。
 怯えた参加者のフリくらい容易い。

 彼女は目に涙をため、千切れた腕をこれ見よがしに振りながら、震えて声も出ない扶桑に代わり、ロビンに向けて精一杯の声を張った。


「こ、来ないで、クリストファー・ロビン!! あ、あなたも殺し合いに乗ってるんでしょう!?」
「……お姉さん、なんで僕の名前知ってるんですか?」


 だが、むくろが叫んだ瞬間、笑顔だった少年の顔は氷のような無表情になった。
 むくろは慌てた。
 よしんば参加者の名前を知っていたが故に、思わず名前を呼んでしまった。
 わたわたと手を振りながら、むくろは必死に思考をめぐらせる。


「だ、だって、首輪……! そうよ、首輪に名前が書いてあるじゃない!」
「……よく見てくださいね。僕はもう、外してもらってるんですよ、首輪」


 目の前の少年は、突き刺すような視線を据えたまま、ゆっくりとシャツの襟ぐりをおろす。
 そこには、首輪などなかった。
 参加者が解除方法を知るはずなどないのに、だ。

「ど、どうして……」
「……どうして首輪をしてないのか聞きたいのは僕の方ですけど。
 まぁ……、要するに例のバトルシップお姉さんたちがあなたなんですよね。
 なるほど。確かにヒグマでも夢中になるくらい綺麗ではあるのかも」

 クリストファー・ロビンは、扶桑の背負う艤装を眺めまわしながら淡々とそう言った。


 ばれている。
 むくろたちの境遇は完全に彼らにバレたと見て間違いない。
 窓からは他の人間たちも入り込んでくる。
 戦刃むくろは震えながら、フライパンを掲げた。
 そして、隣で固まっている扶桑の艤装を、ひっぱたいた。

「ふ、扶桑ッ、斉射――ッ!!」
「ちょっと、話くらいしようよ」

 だがその瞬間、扶桑が返事をするよりも遥かに早く、クリストファー・ロビンが何かを投擲していた。
 両の手に6つずつ掴まれた石ころが、6基12門の扶桑の連装砲の全ての砲口に命中し、その管腔に嵌り込んでしまう。


「さっき艦これ勢ってチームと対戦して、その大砲は何回も詰めたからね。撃つと自爆しますよ」
「い、いやぁ……」


641 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:10:09 vsicE2O60

 扶桑は塞がれた自分の砲塔を見回し、へたへたと床に崩れ落ちてしまう。
 わずか5歳という年齢に見合わぬ泰然とした佇まいで、クリストファー・ロビンの言葉には威圧感すらあった。

 窓から続いて入って来た上背の高い男は、魔術師にして武闘家の神父・言峰綺礼だった。
 地下で捕まっていたはずだというのに、抜け出してきたのか。
 そして、ヒグマ帝国医療班のヤスミン。
 ヒグマではあるものの、ナース服を纏った骨格はほとんど人間の女のそれだ。声で判別できないわけだ。
 また、参加者の黒木智子が、窓の外に待機したままじっとこちらの様子を伺っている。
 既にそこには青毛のヒグマ、グリズリーマザーの姿もあった。


 絶体絶命――。


 その状況を察して、戦刃むくろ――、穴持たず696は覚悟を決めた。
 もはや先の知れた命。
 ならばここで刺し違えてでも敵戦力を削ぎ、扶桑だけでも逃がす――!


「呼吸が荒いですね。どこか腹部に怪我をなさって――」
「ふんッ!!」

 一歩踏み出してきたヤスミンに向け、むくろは思いっきり右手からフライパンを放り投げた。
 瞠目したヤスミンは避けようとしてバランスを崩し、脇のベッドに横転する。
 空を切ったフライパンは、半開きになっていた窓を砕いて大量のガラスを外の黒木智子とグリズリーマザーの上に撒き散らす。

「どぅえぁ――!?」
「マスター!!」
「扶桑! あなただけでも逃げて――!!」


 黒木智子を抱えて伏せたグリズリーマザーの姿を尻目に、むくろはそのまま叫びながら、目の前の言峰綺礼に向けて突進した。
 走り込みながら振り上げた右の上段蹴りは、ほとんど不意打ちながら容易く躱されてしまう。
 だがそれは、むくろの想定の範囲内だった。

 このまま隠し持っていた拳銃で接射――。

 そうして、蹴りを振り抜いた動きのままむくろは背に手を回し、拳銃を抜き放ちながら脇に避けた言峰を撃とうとする。
 しかしその手は、何にも触れなかった。


「――お姉さん。危ないよこんなピストル持ってたら」
「なっ」


 脇を通りすがっていたクリストファー・ロビンが、その手に、むくろの隠し持っていた拳銃を掴んでいた。
 むくろは彼を、凄腕とはいえただの野球少年と思っていた。
 だから攻撃の対象に狙わなかった。
 しかしその彼の動体視力は、駆け抜ける戦刃むくろの姿を確実に捉え、その背から素早く拳銃を抜き取るには十分すぎるものだった。

「――吩ッ」
「ぐ、あ――!?」

 そしてむくろは腕を極められながら、なす術もなくなったその身を言峰綺礼に押さえ込まれていた。


「くっ――、殺せ――! 拷問されても、私はあの子の情報なんて決して喋らない!!」


 むくろは精一杯の力を振り絞って叫んだ。
 逃げられなくとも、せめて江ノ島盾子の情報だけは死守せねばならない。
 だが舌を噛んだところで、この場にはヒグマ帝国医療班のヤスミンがいる。恐らく死にきれない。
 むくろはもどかしさに身を捩った。


「『あの子』……、『殺せ』……? お前たちはもしや、本当に、参加者では、ないのか?」
「え……?」


 かくなる上は肩関節を抜いてでも這いずり、割れたガラスの破片を口から脳に突き刺して死のうともがいていたむくろに、上から言峰神父が怪訝そうな声で尋ねていた。
 見回せば、ヤスミンもクリストファー・ロビンも、めいめい面食らった表情をしている。


「襲われて傷だらけの参加者ともなれば、一時的に恐慌状態にあることも十分考えられるとは思っていたのですが……」
「え……!?」
「なんか支給品に写真付きの名簿でもあったり、そっちの船のお姉さんが首輪の構造を解析したりしたのかと思ってたんだけど。
 なんだ、そっか、お姉さんたちは正真正銘、あのヒグマたちを煽ってた一味かぁ……」
「あ、あ……」


 むくろは絶句した。
 支給品に写真付きの名簿なんて無いし、素人が解析できるほど首輪はチャチではない。
 よしんば主催者側にいた江ノ島盾子から情報を得ていたがゆえに、戦刃むくろは、純然たる実験参加者たちの思考を、読み切れなかった。

 彼らは、参加者にも艦娘は当然いるだろうと思って行動していたし、首輪を外す方法はグリズリーマザーの宝具以外にも当然あるだろうと思っていた。
 まさかこんなところに、黒幕の仲間が潜んでいるとは露ほども思ってはいなかったのだ。


「……まったく残念な女だな、お前は」


 押さえ込む力を強めた言峰綺礼の冷たい言葉に、戦刃むくろは歯を噛むことしかできなかった。 


    **********


642 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:10:46 vsicE2O60

「――さぁ、拷問したいならしなさい!! 爪を剥ぐなり電気を流すなり!!
 車裂きでも、あなたたちの獣欲に任せた辱めでも、なんでも受けて立ってやる!!」

 戦刃むくろは、ベッドに縛り付けられていた。
 暴れられぬよう、荷造り紐で両の脚と、無事な右腕がベッドの脚に結び付けられ、胴体も胸元がベッドに括りつけられている形になっている。

 その彼女に睨みつけられている言峰は、『何を言っているんだこいつは』という表情をしながら、その荷造り紐を結び終えた。


「……そもそもな、お前が暴れようとしていなければ、こうして拘束する必要すらないんだが」
「嘘よ――!! どうせ扶桑に吐かせるつもりなんでしょう!! 彼女より私を拷問しなさい!!」

 嘆息する言峰の背後で、扶桑は艤装を外され、室内に正座していた。
 グリズリーマザー、ヤスミン、黒木智子と車座になっている形だが、何の拘束も彼女にはされていない。

「お姉さんさぁ……、そこの扶桑さんって人を守りたいのはわかるんですけど。本当に何もしないからね僕たちは」

 部屋の片隅で、扶桑の主砲に詰めていた石ころを抜きながらクリストファー・ロビンが苦笑する。
 その苦笑に乗って、言峰もくつくつと肩を笑わせた。


「ふん、そんなことを言っていると却って拷問したくなってくるぞ?
 確かに、紐も満足に結ばせてくれん貴様より、彼女の方が色々と扱いが楽だろうしな」
「誰が緊縛のとっかかりもないまな板よ!! 死ね!! 死になさい!! 死んでしまえ!!」
「そんなこと言ってないだろう!!」

 平坦な胸部を精一杯反らせて、むくろは自由にならない体で精一杯もがく。

「むくろさん……、もう良いんです。不幸なのは私なんですから……。拷問も私が受けます」
「扶桑……」
「でも、すみません皆さん……、何をされても、口を割ることは、できません」

 その彼女に、扶桑がようやっと静かに口を開き、三つ指をついて周囲の一同に深々と土下座をしていた。
 グリズリーマザーが、辟易とした様子で首を振った。


「やれやれ……、どうしてアタシたちがアンタらを拷問することが前提みたいになってんだい?」
「……何にせよ、あなた方もそのままで継戦できるような状態ではないでしょう。
 傷病者に敵も味方もありません。お話するしないはあなた方の自由ですから、そういうお返事でしたら、まずは怪我の治療をさせていただきます」


 続けて、大きく頷いたヤスミンが立ち上がり、見るからに重篤な状態に陥ってきている戦刃むくろの方に歩んでくる。
 縛りつけられた彼女の顔は蒼褪め、呼吸は荒く、全身が汗で湿っている。
 それが決して興奮や恐怖のせいだけではないのは明らかだ。


「……あなた方は人間に見えますが、この臭い。HIGUMAなのですね。
 左腕は……、爆傷ですか? 応急処置はしてあるようですが……、腹部も失礼します」
「くっ――。あっ、痛ッ……」

 ヤスミンはむくろの手首を強く握りながら、彼女の制服のブラウスを捲り上げた。
 ついに凌辱される時が来たかと戦刃むくろは思ったが、ヤスミンは診察しているだけである。


「……痛むのはここですよね。肝臓破裂……、カレン徴候だとすると膵臓まで損傷している可能性もあります。
 血圧70のパルス140。……もう出血が2リットル近い。早急に手術いたします」
「や、やめて……、手術なんて!! こ、今度は恩を売って、情報を吐かせようとしてるんでしょう!?
 わ、私には、解るんだから……!!」

 むくろの声は、えずきに変わっていた。 
 ただでさえ少なくなっている水分が、涙となってぽろぽろと零れていってしまう。


「ごめんなさい……。盾子ちゃん、ごめんなさい……。私なんてさっさと死ねばよかったのに……。
 こんな、絶望的に醜くて、絶望的に汚れてて、絶望的に役立たずなお姉ちゃんでごめんなさい……」


 先程からとっくに、戦刃むくろの意識は朦朧としていた。
 大量出血と共に落ちてゆく脳機能は、彼女にただ不安と恐怖だけを見せて、正常な思考能力を奪っていた。
 どんどんと判断機能が薄れていく彼女の心に最後に残ったのは、ただ自身の妹への想い。それだけだった。

 手を止めたヤスミンを押しのけるようにして、そこに扶桑が走り寄る。
 彼女はむくろの手を握って、必死に呼びかけた。
 扶桑もまた、その眼から涙を零していた。


643 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:11:10 vsicE2O60

「む、むくろさん!! そんなこと言わないで……!! 生きてください! お願いします!!
 全部私が不幸だからいけなかったんです!! 私だけあの時死んでいれば良かったのに……!!」


 暫くその室内には、すすり上げる泣き声しか聞こえていなかった。
 だから微かに、黒木智子が口の中で呟いた言葉も、多くの人の耳に届いた。


「……ふざけんなよ」


 ロビン、言峰、グリズリーマザー、ヤスミン、扶桑、そしてむくろまでもが、その押し殺した低い声に、彼女を見た。

「ふざけんなよ」

 彼女はもう一度、はっきりとそう言った。
 黒木智子は、鬼女のように乱れた前髪の奥で、隈の濃い目尻を強く引き攣らせていた。

 グリズリーマザーの脇から、青い作業服の姿で幽鬼のようにふらふらと立ち上がり、無造作に束ね上げたポニーテールを振り立たせて、智子は扶桑たちに指を突き付けた。


「……何が不幸だよ。綺麗な髪して、そんな恵まれたわがままボディしてるくせに。
 ハイビスカス風の洒落た巫女装束乱れさせて、男子の視線釘付け狙いなんだろこのビッチ。
 何が『口を割ることはできません』だ。おしとやかに不幸アピールすれば構ってもらえると思ってんのか、あざといんだよ!!
 不幸なのは、こんなアホみたいな重装備背負える体しときながらそれで抗う方法も見つけられねぇ甘ったれたテメェの頭だ!!
 テメェこそそのカマトトぶったドタマ手術してもらいやがれ!! おまえも――!!」


 煮えたぎった汚泥のような罵声を一気にまき散らし、智子の言葉はさらに続く。


「『くっ殺』とかリアルじゃ流行んねぇんだよ馬鹿が!! ここはテメェみたいにフライパンでガラスの雨降らせるような血腥い界隈だろうが!!
 テメェみたいに強くて有能な美人が醜くて汚くて役立たずなんて自虐したら私の立場はどうなるんだよ!!
 そばかすは萌えポイントだし、テメェみたいな胸はまな板じゃなくて美乳ってんだよ甘えんな!!
 ……なんだよその上姉妹愛アピールとか。そんなビッチが軽々しく死ぬとか言うんじゃねぇよ!!
 ……私の方が何百倍も、……何か月も前から死にてぇわ!! ふざけんなぁ!!」


 裏返ったようなだみ声で叫びながら、智子の顔は既に嫉妬と後悔の涙でぐちゃぐちゃになっていた。
 智子は先程から戦刃むくろと扶桑の様子を見ながら、その怒りにも似た感情をずっと押し殺していた。
 智子から見れば、戦刃むくろも扶桑も、余りに恵まれた素養を持つ人物だった。
 それは例えむくろたちが傷だらけでも変わらない。
 彼女たちが何を目論んでいる者であったとしても関係ない。

 彼女たちには、それでも状況に立ち向かい、事態をどうにかできるような能力もチャンスもあったはずだった。
 というか、この場面それ自体がそうだ。
 それにも関わらず、彼女たちはその好機を一切無視して、自分たちの境遇を笠に着て嘆き始めた。

 許せなかった。

 その感情は自己嫌悪にも似ていた。
 智子だって他人のことは言えないかもしれない。
 それでも、智子は智子なりに、この殺し合いの会場で、どうにか生き残ろうと必死に奮戦してきたつもりだった。
 それなのに、自分より遥かに精神的にも肉体的にも恵まれた輩が早々に諦めようとしているなど、一体何様のつもりだ。と思うのだ。


「……ムキムキでイケメンで神父で強いクソ外道とか。凄腕のピッチャーで天才のクソガキとか!!
 獣のくせにスタイル抜群で敏腕のメスヒグマとか、料理が上手くて優しいおふくろモドキとか!!
 恵まれたクズしかいねぇのかよここにはよ!! ああそうだよ私が一番のクズだよ私がよ!!
 死ぬんだったら、何のとりえもない、モテない、クズの、私からだろうが!! 馬鹿ぁッ!!」


 もはや後半は、自分でも何を口走っているか判然としなかった。
 力の入らぬ腕で扶桑とむくろの頬をはたき、智子はふらふらと廊下の先に駆けだしてしまっていた。


    **********


644 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:11:47 vsicE2O60

「か、カマトト……」
「美乳……」

 智子にはたかれた両者は、暫し廊下の先を呆然と見やっていた。

「……一体どうしたというのだあの少女は。私のことを言うに事欠いてクソ外道だと……?」

 扶桑とむくろの呟きに、『意味がわからない』と首を傾げながら言峰が言葉を重ねた。


 グリズリーマザーは、扶桑の艤装から石を取り出していたロビンに目を合わせる。

「……ロビンくん、悪いけど、マスターのところ、行ってきてもらえないかい?」
「ちょうどそうしようと思ってたところさ……。ヤスミンさん、これ」
「ありがとうございます。これが必要でした」

 ロビンは、手早く荷物から一枚のクッキーを取り出してヤスミンに渡し、智子を追って廊下を駆けていった。
 その姿を見送って、戦刃むくろはゆっくりとヤスミンの方に向き直った。
 深さを取り戻した息で、彼女は言葉を絞る。


「……ごめんなさい、不本意だけれど、もう少し生かしてもらえるかしら。妹以下の年の子にあんなこと言われたら、死ぬに死ねないわ」


 江ノ島盾子からかつて言われた、『ふーん、言われたことしかできないんだ……ねぇ、お姉ちゃんって本気のバカでしょ?』という言葉が、むくろの脳裏に思い返された。
 指示待ちしかできない意固地な堅物だという評価を、妹以外の輩から下されるのは、心外に過ぎた。
 柔軟な対応を見せて、指示がなくとも妹の役に立てるのだという証左を見せてやらねば、気が済まない。

 それによくよく考えてみれば、肉親の死などという絶望的な場面を、妹の知らぬところで行なってしまうのは彼女のためにならない。
 通信装置が使えない以上、せめてむくろはモノクマの目の前で死んでやる必要があった。


「そういうことでしたら、喜んで治療いたしますよ」

 ヤスミンはごく淡々と、微笑みながらむくろに答えた。
 むくろは目を伏せて、悔し紛れのように言う。

「それでも、……あの子のことは絶対に話さないから」
「わかったわかった……。もう良いよ、これ以上何も言わなくていいから、大きく息を吸って、落ち着きな……?」

 グリズリーマザーは、見かねたように彼女をなだめて、その頭を撫でる。


 もう既に、今までの戦刃むくろの発言から、地下でヒグマの反乱を煽っている黒幕(あの子)が実は彼女の妹らしく、その名前は『盾子』というらしいところまで完全に露見している。
 本人は隠し通せているつもりらしいが、言葉の端々からボロが出まくりなのである。
 確かにむくろは『あの子』と『妹』を使い分けてはいるが、彼女の態度からしてどう考えてもその子は同一人物だ。
 ミスリードというのも、動転しきっていた状況からして有り得ないだろう。

 これ以上口を開かせるのは、彼女の肉体的にも立場的にも毒だ。
 だからグリズリーマザーは、その事態を理解している言峰とヤスミンと静かに顔を見合わせて頷き、ただただ彼女の髪を撫でてやった。
 そこに扶桑も、唇を引き結んで言葉を挟む。


「ヤスミンさん、でしたよね。すみませんが、手術のお手伝いを、させていただけませんか……?
 一応戦時中に、船医さんの処置を、何度か拝見したことはありますので……」
「願ってもないことです。キレイさんとグリズリーマザーさんだけでは手が足りないかも知れないところでした。
 後であなたの治療もさせていただきます、扶桑さん」


645 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:12:30 vsicE2O60

 俯き加減のまま扶桑は、どうして自分が自分のことを不幸だと考えるようになってしまったのか反省する。
 恐らくそれは、嫉妬だ。
 他の戦艦たちが、自分より強い装備を得て自分より活躍して、自分より持て囃されていた様を見て、それを自分のせいだとは思いたくなくて、『不幸』という何かのせいにしたくなったのだ。
 私が活躍できないのはどう考えてもお前らが悪い、と。

 だが本当に『不幸』だったのは、妹の山城の方だ。

 扶桑には、取り立てて不幸なエピソードなど存在しない。
 装甲は不十分だったし、主砲の配置は問題だらけだったし、艦橋はまるでだるま落としか何かのようだった。
 それでも、彼女はむしろそのお蔭で、多くの船員や修理工から丁重に扱ってもらっていた。
 甘ったれていた、構ってちゃんだった、と言われれば、そうなのかも知れない。

 傍から見れば、扶桑の嫉妬など、隣の花が赤かったり芝生が青かったりするだけの、目くそ鼻くその違いなのかも知れなかった。
 戦艦サマだから抱ける大層なお妬みである、と駆逐艦などからは思われていたかも知れない。

 あの油気のない髪の、病的になまっちろい、隈だらけの眼の、成長期を脱落してしまったかのようなみすぼらしい少女からそれを指摘されれば、不思議と『ああそれはそうかも』、と納得せざるを得なかった。


「麻酔は無いのでそれこそ拷問並みに痛いですが、覚悟はいいんですよね。HIGUMAですし」
「え、ちょ」
「セクティオ(切開)!」
「――〜〜!!」

 洗面所からタオルなどを大量に持って来たヤスミンは、むくろに淡々と猿轡を咬ませる。
 そして消毒もそこそこに、縛られたままの彼女の腹部を鉤爪で掻っ捌いていた。
 戦刃むくろは痛みに呻き跳ねた。
 それでも彼女が耐えられたのは、むしろその体がきちんと緊縛されていたからに他ならない。


「……やはりかなり出血してますね。創の縫合と、それから……」


 剥き出しになった肝臓から溢れてくる出血を、グリズリーマザーが水で洗浄して洗面器に流しつつ、扶桑がタオルで吸う。
 ヤスミンがヒグマのカットグット縫合糸でその傷口を縫っている間、隣で言峰綺礼が治癒魔術を使っていた。
 瞬く間に傷を縫い合わせるや、ヤスミンはその手に、一枚のクッキーを取り出す。
 扶桑がその物体を判じかねて首を傾げた。

「クッキー、ですか……?」
「いいえ、乾燥したHIGUMA細胞です。恐らくこれで、戻ります」

 ヤスミンは腹腔内に残った血液を浚いつつ、クッキーを割ってその3分の1ほどを浸した。
 するとその血を吸って、ぽろぽろとした質感のクランチだった塊は、ぷくぷくと瑞々しいカルスのように柔らかく膨れた。
 その一部を肝臓の裂けた場所に塗れば、傷にたちまち染み透るようにして細胞が馴染む。
 切開した腹の皮膚も、縫い合わせながら塗られたその細胞塊がほとんど傷を塞いでいく。

 さらに、千切れとんでいた戦刃むくろの左腕の断面を残りの細胞塊で覆うと、筋肉や骨の覗いていたその部分の痛みも無くなってしまった。
 戦刃むくろは、猿轡のまま目を丸くする。
 あとはそれらの部位をヒグマの体毛の包帯で覆ってしまえば、ものの数分で手術は終了だった。


「ふ、ふほい……」
「ええ。未分化のHIGUMA細胞はすごくて貴重ですから、解体さんにも必死に集めてもらっていたわけです。
 ロビンさんがこれを持っていたのが幸運でした。後々免疫反応が起きるかもしれませんが、当座のところは大丈夫でしょう。あなたがたもHIGUMAのようですし」


 ヤスミンは早くも扶桑の衣服を脱がせ、さらに3分の1のクッキーを水で戻していた。
 彼女を風呂場に連れて行って、水垢離のようにバケツで頭から水を浴びせて汚れを落とし、深い傷には細胞塊を落とし込み、浅い傷は包帯で巻いて塞ぐ。
 破損していた装備も、それに伴って粗方修繕されていた。
 ヤスミンが縫合糸で繕ってくれた服を着なおして、扶桑は深々と一同に頭を下げる。


「治療……、ありがとうございます。これで、いけるかしら……」
「ああ……、それにしても、扶桑ちゃんと、むくろちゃんだっけ?
 あんたら一体、誰にこんな手ひどくやられたんだい? それくらい話してくれてもいいだろう?」


646 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:12:51 vsicE2O60

 寝室の方に戻り、グリズリーマザーは二人に問うた。
 彼女たちの目的はどうあれ、その両名をこれだけ痛めつけるような相手は、一般の参加者にとっても危険なことが容易に想像できる。

 戦刃むくろは拘束を解かれて、屋台より持ち出された蜜入りハーブティーを言峰神父から受け取っていた。
 人肌に温んでいたそのお茶で水分を取り戻しつつ、むくろは口を開く。


「……浅倉威という、ほぼ無差別に生物を嬲り殺していた参加者よ。不意を突かれてしまって。
 でも、心配ないはず。扶桑の砲撃で彼は、欠片も残さず吹き飛んだはずだから――」


 はず。
 そう言った後、戦刃むくろは、ふと自分の言葉に疑問を感じる。
 今まで、そんな情報に基づいてきた自分の思考は、悉く裏目に出て来た。
 しっかりとした確証をとらず、伝聞にあぐらをかいていたがゆえに、戦刃むくろはここまで追い詰められてしまったのだ。

 ラマッタクペには謀られ。
 メルセレラには腕を吹き飛ばされ。
 浅倉威は分裂していて。
 扶桑の砲撃は乗員にクリティカルヒットし。
 ヒグマたちには簡単に砲音を聞きつけられ。
 グリズリーマザーには容易く潜伏場所を発見され。
 黒木智子には叱咤された――。


『「くっ殺」とかリアルじゃ流行んねぇんだよ馬鹿が!! ここはテメェみたいにフライパンでガラスの雨降らせるような血腥い界隈だろうが!!』


 その言葉を思い返して、むくろは背筋にぞくりと悪寒を覚えた。
 痛みが消え、糖分を摂取し、循環血液を取り戻してゆく超高校級の軍人の脳はその時、とある絶望的な可能性を導き出していた。


「――、すぐに、ここから逃げましょう!!」


 そう叫んだ直後、地響きのような激しい爆音が、この家屋を揺すった。


    **********


「……智子さん」
「おごっ……、ほぐっ、おぐうぅ……」

 クリストファー・ロビンがそこに辿り着いた時、黒木智子は汚らしい声でえずきながら、リビングの隅に蹲っていた。
 ロビンが手を伸ばすと、彼女は逃れるように窓辺ににじり、カーテンの中に自分を巻き込んで隠れてしまう。
 その様子に、ロビンの口元は思わず緩んだ。


「……いいよ。暫く、気の済むまでそこに居なよ」
「あぐっ、ぐぅ、ふっ……そう、だよ、なぁ? よ、ようやく初対面の、人前で話せた、言葉が、あれとか。
 こ、こんなクズ、ほっといた方が良いんだ……。いねぇ方が良いんだ……」


 遮光カーテンの塊が、すすり泣きで震えていた。
 ロビンは、その中の彼女に見えぬと知りながら、穏やかに首を横に振った。


「それは違うな……。智子さんはクズじゃないし、いた方が良い。いや、いてくれなきゃ困る」
「え……?」

 カーテンの震えが止まった。
 そこにゆっくりと歩み寄って行って、ロビンはその塊をギュッと抱きしめる。


「ひ、ひにぇ……!?」
「ようやく気付いた。智子さんは、僕にとって、なくてはならない人だったんだ……」


 カーテンの中の少女が、一瞬にしてがちがちに硬直したのが解った。
 彼女の耳元で、ロビンはカーテンの上から訥々と囁く。


「智子さんには、他の人にはとても真似できない素晴らしい取り得があるじゃないか。
 あのみんなへの力強い言葉……。僕は感動した。あれで僕は、智子さんに心奪われたんだ……」
「うぇ!? へ、ど、どっどっ、うぇ、ひ、が!?」

 もはや智子の声は言葉にならなかった。
 上気した熱量が、カーテン越しにも伝わってくるようだった。

 この5歳児が何を考えているのかどこまで本気なのか智子にはわからないが、彼の言葉はどう聞いても愛の告白か何かにしか聞こえない。
 抱きしめられたカーテンの中でひぃひぃと喘ぐようにもがき、智子は必死に言葉を組み立てる。


647 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:13:05 vsicE2O60

「だ、だて、あれ、あれは、嫉妬……! 嫉妬まみれで! 下衆な、喪女の、たわごと……!!」
「モジョ……。うん、確かにあれは『Mojo(モジョ)』だ。パワーを得られる魔法の呪文だよ。
 魅力や才能……、智子さんは、あらゆる人の良いところを、見た瞬間に気づいてるんだ。
 これは本当にすごい取り柄だと思う。誰にでもできることじゃない」


 もじょ。
 漢字で『喪女』と書いてしまえば、それはモテない女を指すだけの冴えない言葉かも知れない。
 だがその発音が『Mojo』として捉えられれば、それは溢れんばかりの魅力や魔力、そしてそんな能力を引き出す魔法を指す言葉だった。

 本人からすれば、一面から見れば、彼女の発言は嫉妬まみれの罵詈雑言だったろう。
 だがまたある一面から見れば、彼女の発言は的確で親身な賞賛と指摘に他ならなかった。

 美徳も、慣習も、常識も、視点も、文化によって人によって全く異なる。
 クリストファー・ロビンという英国の少年にとって、黒木智子という、エキゾチックで純朴で恥ずかしがり屋でかつ鋭いこの少女は、この上なく魅力的な女性に他ならなかった。


「あなたに傍にいてもらって、ずっと見ていてもらえれば、僕はきっと、もっと成長できる……」
「ふぇ、ふぇぇ……」


 智子の脚は興奮で震えていた。

 やっべでもこいつ精通まだだよなキスどまりか!! とか。
 こいつが5歳だっていうなら結婚できるまであと13年、アラサーだがむしろ私は適齢期か!? とか。
 そのころこいつはきっとメジャーリーガーだし玉の輿じゃんやべー先行予約ゲットォおぉ!! とか。
 それまで同棲生活では私が逆に養ってやるんだうふふ源氏物語かよ子宮が高鳴りますな!! とか。

 氾濫するどうしようもない妄想を抑えるので精いっぱいだった。


「こんなに素敵な女の子は、あなたしかいない。智子さん、僕とこれからずっと、一緒にいてください――」


 そしてついに続けざまの一言で、智子の脳は沸騰する。
 完全に告白だった。
 耳の穴からピーッと音を立てて、湯気でも吹き出すんじゃないかと思えた。
 腰が抜けてへたへたと崩れ落ちそうになる彼女を、カーテンを押し開きながらロビンが支える。

 筒状のカーテンの闇に入って来る凛々しい少年に、智子はばくばくと脈を打つ胸を抑えて口を開く。
 彼の告白に返事をしようと、蕩け落ちそうになる思考能力を掻き集めて、彼女は意を決した。


「ロ、ロビン、わ、私も……!」
「いいんだ、智子さん。喋らないで」


 ロビンはそんな智子を真っ直ぐに見つめて、低い声でそう語る。
 肌の温度が触れ合い、息遣いが聞こえ、鼻先がくっつきそうになるほどの距離。
 夢見てたほどの、あまりにロマンチックなシチュエーションだった。

 その暗がりに見える口元に、智子は目を瞑って、唇を突き出した。
 そしてそっと、その唇に何かが優しく触れる。


「……敵が来てるから」
「――!?」


 智子の唇に触れたのは、ロビンの人差し指だった。


 ロマンチズムに駆け巡っていた血が、サッと頭から下に降りたようだった。
 カーテンの中に隠れたままロビンは、その隙間から窓の外を伺い、智子にそれを指し示す。

 窓の外にはいつの間にか、異形の怪物が何体も近寄って来ていた。
 空を飛ぶ巨大なエイ。
 機械的な質感を有した巨大なヒグマ。
 青白いゴリラのような、両腕が刃物になっている巨大な熊のような何か。
 そして、それらに指示を出す、毛深く筋肉質の、人間とも熊ともつかぬ誰か。


「ああ……、それにしても、扶桑ちゃんと、むくろちゃんだっけ?
 あんたら一体、誰にこんな手ひどくやられたんだい? それくらい話してくれてもいいだろう?」
「……浅倉威という、ほぼ無差別に生物を嬲り殺していた参加者よ。不意を突かれてしまって。
 でも、心配ないわ。扶桑の砲撃で彼は、欠片も残さず吹き飛んだはずだから――」


 意識の冷めた智子の耳に、寝室側からグリズリーマザーと戦刃むくろの声が届いてきた。
 チッ、とロビンが隣で舌打ちをする。
 日光に光る、窓の外の誰かの首元。

 その、皮膚ともスーツとも毛皮ともつかない剛毛の内の首輪には、『浅倉威』と刻まれていた。


「――き、気づかれてる」

 智子が息を詰めた時、空飛ぶエイの上に乗っている彼らは、この家の屋根の上に向かっていた。
 ロビンが叫んだのは、寝室のむくろと同時だった。


「――、すぐに、そこから逃げろッ!!」


 そう叫んだ直後、地響きのような激しい爆音が、この家屋を揺すった。


    **********


648 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:13:20 vsicE2O60

 浅倉威は分裂していて。
 ヒグマたちには簡単に砲音を聞きつけられ。
 グリズリーマザーには容易く潜伏場所を発見された。

 戦刃むくろが仕入れている情報によれば、浅倉はカードデッキを鏡面に映して変身する仮面ライダーのはずだ。
 なんで獣のような体毛が生えていたのか、なんで分裂していたのかは定かではないが、とりあえずそれは確かなはずだ。

 ――そう。
 浅倉威は、鏡の中にバイクで入り込むことが、できた。

 分裂していて、ヒグマのような形態を得ていて、そんな能力を持っているなら、扶桑の砲撃で殺し切れたと考える方が、むしろおかしかったのだ。


 ――ファイナルベント。


 爆音と共に、家の屋根が崩れる。
 崩落する天井に、寝室のめいめいが、てんでバラバラの方向に転げた。
 ほぼ中央にいたヤスミンはその崩落を避けきれず、下敷きとなった。
 上から聞こえて来た高笑いは、戦刃むくろと扶桑には忘れることもできぬ獣の声だった。


「グッハッハッハッハァ――!! 追ってきてみりゃ、おあつらえ向きに活きのいい食材が勢揃いかァ!! おぉら謝肉祭だぜぇ――!!」
「浅倉――!!」


 崩れ落ちた天井を避けて、むくろはベッドの端、部屋の角に追いやられていた。
 そこへ、回転怪獣ギロスが鋏のような爪を振りかぶって躍りかかる。
 部屋の反対側の隅に転げた言峰綺礼には、ヒグマプレデターが、酸の唾液を迸らせながら飛び掛かった。
 廊下から玄関に転がり出た扶桑にはエビルダイバーが飛び、同じく廊下から、リビング側へ黒木智子を守ろうと走り出したグリズリーマザーには、浅倉威自身が追いすがっていた。


 なんて完璧な奇襲――!!


 むくろは瞠目しながら、振り下ろされる回転怪獣の爪を横に躱す。背後の壁に穴が開いた。

「くっ――!!」

 その瞬間、むくろは自分の体重を下方に落としながら足を踏み出した。
 『膝抜き』と呼ばれる日本拳法の技法に乗せて、橈骨側からミサイルを撃つように、右手の拳頭を回転怪獣の会陰部に突き込んだ。
 彼女の全体重を砲弾として、その拳が股間の軟部にめり込む。

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 ただの少女の徒手空拳に過ぎぬ一撃は、ヒグマの組織を破壊するには到底足りない。
 しかし、穴持たず696の、ヒグマとしての、超高校級の軍人としての的確な技術と狙いは、回転怪獣ギロスに耐えがたい激痛を与えていた。


「叱ッ!!」
「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」


 そしてほぼ同時に、部屋の反対側からもヒグマの絶叫が響く。
 轉身下式で沈み込みヒグマプレデターの牙を避けた言峰綺礼が、そのまま震脚を踏み込んで撃襠捶をその金的に捻じ込んでいた。
 むくろと綺礼の、目が合った。


「言峰さん――!!」
「むくろとやら――!!」


 片や軍隊の格闘術、片や魔術を織り交ぜて奇形化した八極拳。
 片やヒグマ帝国を反乱させた首謀者一味、片やスタディに誘拐されていた一魔術師。
 全く立場は違う。
 加害者と被害者と言ってもよく、ほとんど初対面ですらある。
 それでも互いの動きを一目見ただけで、彼らは察した。

 回転怪獣とヒグマプレデターの四肢の隙から、転がるようにして天井の落ちた部屋の中央に走り出た二人は、そこでぴったりと背中合わせになる。
 両者の考えていることはその時、全く同じだった。


「こいつらを倒すわ――!! 協力して!!」
「こいつらを倒すぞ――!! 協力しろ!!」


    **********


649 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:14:07 vsicE2O60

「きゃぁぁぁ!?」

 爆発のようにして崩れ落ちた天井を避けて、扶桑は廊下に転がり出ていた。

「マスター!! マスター!!」

 隣にいたグリズリーマザーは即座に起き上がり、リビングの方の少年少女を守りに走り去る。
 よろよろと起き上がった扶桑へ、その首を掻き切るようにエビルダイバーがヒレを揮って滑空してきた。

「ひぅっ!」

 のけぞった扶桑は玄関のドアに倒れ込む。
 恐怖と混乱に苛まれながらも辛うじて、彼女はそのドアの鍵を開けることだけは間に合った。

「げぅ――!?」

 だが廊下から方向転換してきたエビルダイバーの突撃を真っ向から受けた扶桑は、そのまま開いたドアから外に弾き飛ばされてしまう。
 そして、火山灰の上に溜まった水が未だぬかるむ道路へと、彼女は転げ落ちた。
 呻く彼女に、なおもエビルダイバーが迫り来る。
 今度は真正面からではなく、そのヒレで斬りつけるような軌道だ。

 厚さ30cmの鉄板さえ切り裂けるとされるそのヒレを受けてしまえば、扶桑といえど艤装ごと両断されてしまうに違いない。


「ひぃぃ――ッ!」


 扶桑はぬかるみの中に半身を埋めるようにして、辛うじてその突撃を躱す。
 頭上数センチ上を、鋭い風が通ったのがわかった。
 泥だらけになった顔を上げれば、上空で旋回したエビルダイバーが再び扶桑に向けて滑空してくる。


「主砲が――! 副砲も……!!」


 扶桑の装備していた大砲類は全て武装解除され、今は寝室の天井の下だ。
 彼女が自慢としていた主砲の火力には今、頼る術がない。


 ――一体それ以外に、私は何を恃めばいいの!?


「い、いやぁあぁぁ――!!」


 迫り来る巨大なエイの毒刃を前に、扶桑は絶望的な叫びを上げていた。


    **********


「マスター!? 一体、どこに……」

 リビングに走り込んでいたグリズリーマザーは一瞬、黒木智子とクリストファー・ロビンを発見することができなかった。
 数秒見回してようやく、窓のカーテンの中に隠れているのだということに見当がつく。
 だがその時にはもう、追いついた浅倉威が背後から彼女を斬りつけていた。

「グアァ――!?」
「ゲハハハッハッハァ――!! いい肉付きじゃねぇかお前はよォ!!」

 背中の肉をばっくりと削がれたグリズリーマザーは、振り向きざまに勢いよくその腕で背後を薙ぎ払う。
 だが浅倉はそれを容易く沈み込んで避け、密着位置から執拗にベアサーベルでグリズリーマザーを斬り立てて行った。


「マ、マスターには、手出しさせない――ッ!! 『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』!!」
「おっと――!?」


 瞬間、毛皮を赤く染めながらも揮われたグリズリーマザーの爪が閃く。
 直感的に危険を察知した浅倉はその爪の軌跡から飛び退った。
 しかし躱し切れなかったその宝具は、浅倉の胸元に確かに3条の切り傷を刻んでいた。

 ――勝った。

 グリズリーマザーの爪は、攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず対象を即死させる呪いの宝具だ。
 すぐにでも、この浅倉威という襲撃者の意識は飛び、死に至る。
 そのはずだった。


「クックック……。なぁんか、お前の爪には、隠し技でもあった、ってことだよなぁ……?」
「な、に――!?」
「だが……」

 だが浅倉は未だ、不敵な笑みを浮かべたままでその場に立っていた。
 その口元には、カードが一枚噛まれている。

 ――コンファインベント。

 相手が発動させたカードの効力を、例えそれがファイナルベントであっても無効化する。
 浅倉が仮面ライダーガイから、メタルゲラスと共に奪い取っていたカードの一つだった。


「残、念、だっ、た、な!!」


650 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:15:03 vsicE2O60

 浅倉はコンファインベントのカードを吹き捨て、スタッカートをつけて叫ぶ。
 たじろぐグリズリーマザーにむけ、彼がベアサーベルを振り上げたその時だった。
 突如彼の腕が、肘から弾けて吹き飛んでいた。

 大口径のライフルか何かで撃ち抜いたように、そのまま廊下の奥の壁に巨大な弾痕が刻まれる。
 吹き飛ばされた浅倉の腕の断面は、液体窒素か火炎で灼いたかのように爛れていた。


「……『スケスケだぜ』」


 その少年の声は、グリズリーマザーの背後、リビングの奥から聞こえていた。
 そこに立っているのは、右腕を振り抜いた投球姿勢で佇む、クリストファー・ロビンだ。
 彼は今の今まで、自身の魔球を投石に乗せて放つタイミングを、隠れたまま見計らっていたのである。
 その更に奥、カーテンの裏から、黒木智子が声援を送る。


「やっちゃえ――ッ!! グリズリーマザーッ!!」
「グリズリーマザーさん、今だッ!!」
「おおお――ッ!!」
「ジェアッ!!」


 ロビンたちが叫ぶより早く、グリズリーマザーは浅倉に向けて飛びかかっていた。
 だがその瞬間、浅倉は千切れ飛んだ自分の右腕を、その手に掴まれたベアサーベルごと左手で持って揮う。
 先程よりもさらにリーチの伸びた斬り付けに、思わずグリズリーマザーはひるんだ。

 その隙が、浅倉にさらにもう一枚のカードを、咬ませてしまっていた。


 ――コピーベント。


「なっ――!?」
「『野締めする羆の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』――ッ!!」


 その瞬間の光景は、その場にいた者の想像を絶していた。
 千切れ飛んだはずの浅倉の右腕が、肘の付け根からぼこぼこと再生し、凶悪な形態の鉤爪に変わっていた。
 鋭い光を放つその爪は、咄嗟に翳されたグリズリーマザーの腕ごと、彼女の体をトマトか何かのようにバッサリとスライスしてしまった。


「あ――」
「グリズリ、マ、ザー……?」


 グリズリーマザーの体は、暫くその体勢のまま固まっていた。
 だがその断面から果汁のように赤い血液が溢れ、袈裟懸けにされたその体は、ずるりと滑って廊下に崩れ落ちる。
 その場には、強大な怪物の爪を身につけてしまった浅倉の高笑いだけが、ただ響いていた。


「ガッハッハッハッハ!! やはり素晴らしいな!! ヒグマってヤツはよぉ――!!」


 近くにいるライダーの武器をコピーし使用できるようにするカード、コピーベント。
 浅倉がエビルダイバーと共に、仮面ライダーライアから奪い取っていたカードだった。


「う、わぁああああぁあぁぁぁあぁぁあぁ〜〜――!!!!????」


 自身のサーヴァントの、母のようだった温もりの、死。
 凄惨な赤に染まった彼女の死骸を眼にして、黒木智子の喉は、今生で二度と出せないような絶望の声を響かせていた。


    **********


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 寝室で二体の怪物に挟まれていた戦刃むくろと言峰綺礼はその瞬間、背中合わせだった体を、それぞれ反対の側方にサッと移動させた。
 示し合わせたわけでもないのに、ピッタリのタイミングだった。

 それによって、彼らに飛び掛かっていた回転怪獣とヒグマプレデターは、ものの見事に部屋の中央で正面衝突する。

「せッ!!」
「叭ッ!!」

 そして身を躱した綺礼とむくろが、激突した怪物の後頭部へ同時に、側端脚と後ろ回し蹴りを浴びせる。
 叩き付けられた回転怪獣の角でヒグマプレデターの顔面は切り裂かれ、ヒグマプレデターの迸る唾液で回転怪獣の顔面は溶かされた。
 人間の拳でヒグマの装甲を貫けなければ、ヒグマで貫けばいい――。
 そんな攻撃手法だった。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」
「ちっ」
「くっ」


 だが痛みと混乱に狂い、回転怪獣は全身から刃を出して竜巻のように荒れ回る。
 それを避けて転がったむくろは風圧で部屋の壁に叩き付けられ、言峰は割れた窓から外に転げ落ちてしまった。
 回転怪獣はそのまま壁を砕くようにして、外に出た言峰に追いすがる。


651 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:15:35 vsicE2O60

 部屋の中では、痛めつけられたヒグマプレデターが発狂し、ほとんど所構わず酸の消化液を吐き散らして、蹲るむくろの方に迫っていた。

「ぐぅ――」

 壁に叩き付けられた衝撃で、むくろの腹部の手術痕が引き攣れていた。
 HIGUMA細胞で塞いだとはいえ、そこに走る痛みは、これ以上拳を揮えば再生させたばかりの傷口が再び開くだろうことを容易に想像させる。

 爪と消化液とを乱れ打ってくるヒグマプレデターの攻撃を、むくろは腹部をかばいながらふらつく足取りで躱し続けた。
 掠める爪の先や消化液の飛沫が、彼女の肌に浅く傷をつける。
 いつまともに喰らってしまうか、わかったものではない。
 直下にいるヤスミンが、苦悶に呻いているのが聞こえる。
 ヒグマプレデターの消化液は、むくろは愚か、彼女の上にまで落盤を溶かして届いてしまいかねない。
 だが、今の戦刃むくろには反撃手段すらない――。


「うぉぉ――ッ!!」


 窓の外では、家の前庭で言峰綺礼も窮地に追い込まれていた。
 高速回転するギロスの竜巻に、言峰は転がりながら砕けたガラスを投げつける。
 しかしその投擲片は、容易くその旋風に弾かれて内に届かない。
 竜巻と化したその突進速度は、言峰も大回りして躱す他なかった。
 退き込みの距離を見誤れば、いつその体を微塵に刻まれるかわかったものではない。

 そしてついに戦刃むくろの耳にも、言峰の体がドンと、家の壁にぶつかる音が聞こえる。
 そしてむくろの逃げた位置も、崩れた天井や壁も溶けていく消化液まみれの寝室の、その片隅だった。

 両者ともに退ける場所のない、絶体絶命の地点だった。


    **********


「――あぁぁ――ッ!!」


 絶望に叫びながら扶桑は、その腕を前に突き出していた。
 その艤装は、カタパルト。

『不幸なのは、こんなアホみたいな重装備背負える体しときながらそれで抗う方法も見つけられねぇ甘ったれたテメェの頭だ!!』

 胸の雲間に、黒木智子の叫びが鳴った。
 唇を噛んだ。


「伊勢、日向にはッ……、負けたくないの!!」
「――!?」


 彼女は搭載していた零式水上偵察機を、迫り来るエビルダイバーに向けて勢い良く射出していた。
 全長わずか十数センチの模型のような飛行機。
 攻撃能力のほとんどないその偵察機は、敵の攻撃機に発見されれば、あとは撃墜されるのを待つくらいのことしかできないものだった。
 だがそれでも、扶桑は自身の思考をその偵察機に同調させ、何倍もの大きさを持つそのエイに向け、『攻撃』を仕掛けさせる。
 その無謀すぎて却って予想外の突撃は、エビルダイバーを驚かせるには十分すぎた。

「お願いします、妖精さん――!!」

 同時に扶桑は叫びながら、勢いよく踵を返して水上を駆け出す。
 エビルダイバーの上をとった扶桑の偵察機は、そのすれ違いざま、何かを投下していた。
 直後、エビルダイバーの左眼が爆裂する。


 ――250kg爆弾。


 ほとんど攻撃力の無きに等しい零水偵の、数少ない武装の一つが、それだ。
 零水偵は爆撃機のような急降下爆撃能力もなく、自衛のための空戦能力にも乏しい。
 だがそれはあくまで、軍艦同士、艦載機同士の戦闘の場合だ。
 急降下するまでもない近接戦闘なら、機銃で迎撃されない相手なら、それでも十分、この水偵の攻撃は通るのだった。


「山城ッ……、私は、大丈夫……!!」


 爆撃を受けて左眼を潰されてなお、エビルダイバーは扶桑の背中に迫る。
 傍からは逃げているようにしか見えない彼女はしかし、その口の中で、しっかりと決意を声に出していた。
 走っていた扶桑が、ぬかるみの中から何かを掴み上げる。
 そして同時に彼女は、水上に急旋回した。

 ――振り向きざまに、張り倒す!

 エビルダイバーの驚愕した表情は、ちょうど彼女の振り抜かれる腕の、軌跡の上にあった。


「――肉弾戦よ!!」


 ゴズン。
 と、重いインパクトの音がした。
 爆弾で潰れて死角となったその左眼側から、鉄のフライパンが振り抜かれていた。

 戦刃むくろが放り投げ、道路の水上に落ちていたその武装が、超弩級戦艦のフルスイングでエイの頭部を殴り飛ばす。
 扶桑が就役した1915年は、ちょうど日本でも第1回の、全国中等学校優勝野球大会が開催された年だった。


「やっ……た!」


652 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:16:05 vsicE2O60

 家の垣根に叩き付けられたそのエイを見て、扶桑は快哉を上げる。
 そうなのだ。
 あの重装備に耐えられる体をしているのだから、単純な馬力を叩き付ける攻撃だけでも、扶桑は十分戦うことができた。
 今までの深海棲艦との戦いではそんなことをする意味も機会もなかった。
 武道の訓練も取り立てて重視していなかった彼女が、その戦法を思いつかなかっただけのことだった。

 絶望に停滞していた自分の心が、澄み渡ったかのようだった。
 まるで夢を見ていた後のように、扶桑は息の輪を吐く。
 見上げた空は、晴れわたっていた。
 すがすがしい達成感を胸に、扶桑は逃げて来た道を戻る。
 寝室付近では言峰綺礼と戦刃むくろも激しい戦いのさなかだった。


「むくろさん……! 今、掩護に向かいます……!」


 だがその瞬間、扶桑の全身は、激痛に襲われていた。

「あぎっ!? ぎぃ――!?」

 バチバチと扶桑の全身を駆け巡ったのは、電流だった。
 脳震盪から復帰したエビルダイバーが、その尾から津波のぬかるみに電気を流していた。

 力の入らなくなった扶桑はそのまま、人形のように水上に崩れ落ちた。
 エビルダイバーはそんな獲物を捕食すべく、ゆっくりとぬかるみの上を泳ぎ来る。


 火山灰の泥に沈みゆきながら扶桑は、そうして自分の轟沈した、レイテ沖海戦を思い出していた。


    **********


「ハッハッハッハァ! 次はお前だァ野球小僧!!」
「くっ――!!」

 浅倉は、斬り殺したグリズリーマザーの死体を踏み越えて、続けざまにクリストファー・ロビンを黙らせるべく飛び掛かっていた。
 ロビンは即座に、左手に掴めるだけの石6つを彼に向けて投げつける。
 利き腕の投擲でもない、ただの牽制に過ぎないその石礫を、浅倉は避けもせずに受け、爪を振りあげた。

「効かねぇなぁァ――!!」
「『ティガーボール』!!」


 だがそれこそが、ロビンの狙いだった。
 彼の右手は6つの投石に紛れて、浅倉の爪に向けて不可視の魔球を放っている。

 察知不能、回避不能の本命の石弾は、過たず浅倉の掌を抉り飛ばしていた。


「あぁん――?」
「チッ――!?」


 だがそれでも、浅倉の攻撃は止まらなかった。
 右手のど真ん中を弾き飛ばしても、その投石は浅倉の腕を再び千切るには足りない。
 貫通力に広範囲の破壊力までを両立させるには、彼がウォーズマンとの修行で身に着けた、あの魔球を用いるしかなかった。


「『野締めする羆の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』――ッ!!」
「おおお――ッ!!」


 ロビンは床に転がりながら、デイパックから一組の甲冑を引きずり出して翳していた。
 ――ウォーズマンの所持していた、ロビンマスクの鎧。
 その鋼鉄の鎧は、代々の先人たちの鎧を繋ぎ合わせた、ダメージ軽減・回復効果を持つ『歴史の鎧(ヒストリーアーマー)』とされる。

 その鎧は浅倉の爪をしっかりとガードした。
 鎧は爪の喰い込んだところから、あたかもその神秘と歴史が死んでいくかのようにボロボロと劣化して崩れていく。
 だがその隙にロビンは仰向けのまま、もう一度石を掴み、浅倉に向けて投球姿勢を採ることができた。


「『スケスケ――』」
「しゃらくせェ!!」
「ごぁっ――!?」


 その投球が放たれる直前、鎧に手を取られたまま、浅倉は力任せにロビンの体を蹴り飛ばす。
 大人と子供の圧倒的な体格差と、ヒグマと人間の圧倒的な筋量差から繰り出された前蹴りは、それだけで暴力的な威力だった。
 まるでボールのように軽々と、ロビンの体は天井に叩き付けられ、そして床に落ちる。
 デイパックが彼の腕から弾き飛ばされ、黒木智子の震えている窓辺まで吹き飛んだ。


「ひっ、ロ、ロ、ビ……!?」
「ハッハッハッハッハ、活きが良いのは良いことだが、あんまり暴れられても喰いづれぇからなァ」
「げっ、がッ……! ぎぃ――!?」


 恐怖で身じろぎもできぬ黒木智子の前で、胸と背を打ち付けて呼吸のできなくなったロビンの右手が、浅倉に踏みつけられる。
 蹴り飛ばされても離すことのなかったその手の石ころごと、浅倉はまず彼の手を踏み砕き、その危険な選手生命を絶とうとしているようだった。
 ロビンは激痛に耐えながら必死に、その手を踏みつける浅倉の脚を外そうともがいた。
 そして苦しい息を振り絞って、震える智子に檄を飛ばす。


653 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:16:22 vsicE2O60

「とも、こ、さん――!! あなただけでも、逃げ、てッ――!!」
「ああそうかァ、逃がすといけねぇな。じゃあさっさと殺すか」


 浅倉はロビンの言葉を聞いて笑みを深め、その右手の鉤爪を振りあげた。
 グリズリーマザーを殺し、ロビンを殺し、智子も殺す――。
 一人残さず皆殺しにしようとする冷たい鉤爪の輝きが、硬直していた智子の脳を、張り飛ばすかのようだった。


    **********


 真昼間から、自分という籠の中に閉じこもって、明日の絵を描いてきた。
 机に伏せた寝耳で、バス待つ列のさなかで、黒木智子は、いつか叶うだろう幸福な妄想を、描き続けて来た。
 その未来が、母のような温かいヒグマの手によって、この目の前の少年の手によって、実現するかも知れない――。
 そう思っていた瞬間だったのに。

 ――なぁ神様、ひどくないか?
 ――なんで私だけ、こんなに不幸なんだ?

 自問した智子の目に、映るものがあった。
 自然と彼女の口は、開いていた。


「――おい。その爪は、お前のじゃねぇよ」


 ロビンに向けて爪を振り下ろそうとしていた浅倉の動きが止まる。
 焼けただれた膿のように濁ったその声は、思わず浅倉の注目を奪うには、十分すぎた。


「手を上げて……、そのまま二度と降ろすな、ケダモノ……!!」
「と、智子さん……!?」
「クックックックック……、なんだそりゃァ。あぶねぇオモチャいじるのはよした方がいいぜェ?」


 眼を見開いた黒木智子が、窓辺でがっしりと両脚を開き、その両手で拳銃を構えていた。
 戦刃むくろが隠し持ち、ロビンが奪っていたその拳銃。
 それは先程、浅倉にロビンが蹴り飛ばされた際、デイパックと共に偶然智子の元まで転がってきていたものだった。


 ――そう。空は、神様は、いつだって私にチャンスをくれていた。
 ――渡る橋はいつも、私の胸の中にあった。


 銃を持つ手は重い。
 だが晴れた目には、その先に映る姿が、はっきりと見える。


 自己中心的で、醜い、当り散らすことしかできない、バケモノのような自分の姿だ。


 不幸なのは、鏡に映った自分すら見ることができず、明日を夢見ながら同じ昨日にしか歩けない、甘ったれたテメェの心だ。

 私には、それでも状況に立ち向かい、事態をどうにかできるような能力かチャンスがあったはずだった。
 というか、先程からの場面それ自体がそうだ。
 それにも関わらず、私はその好機を一切無視して、また、守りたい人々の裏に隠れて、傍観者を決め込んだ。


 許せなかった。


 鏡よ鏡。そこに映ってるのは、冴えない自分だけか?
 ならもう、いらない。
 お前は、いらない。
 そんな私は。
 一緒にいたい人すら手放してしまう私なんか、いらない。
 割れてしまえ。
 死んでしまえ。

 真っ先に死ぬべきだったのは、何のとりえもない、モテない、クズの、私だったのに。

 この怒りは。
 この許し難い自己嫌悪だけは、撃ち殺さなきゃいけない。
 私が――!!


「トーシロが銃なんざ撃っても当たんねぇぜぇえ――!?」
「うルせぇ腐れチンボコ野郎ォ――!! テメェの咽喉にクソゲロ詰めて死ねェエ!!」


 それはとてもいたいけな女子高生の口から発せられたとは思えない、最低最悪の罵声だった。
 黒木智子の形相は、獣のように狂う浅倉威を鏡写しにして、さらに大量の汚泥を被せたような、どろどろに濁った気迫すらあった。

 目に映る浅倉威の姿を、智子はたった2秒だけ、真っ直ぐに見つめられた。
 そしてその2秒で、十分だった。
 FPSで身に着けた射撃の腕が、その拳銃の引き金を、引いていた。


    **********


654 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:16:48 vsicE2O60

 両者ともに退ける場所のない、絶体絶命の地点――。
 その場所で、言峰綺礼と戦刃むくろは共にニヤリと、口の端を歪ませていた。

 壁を背とした言峰は、その脚にしっかりと大地を踏みしめている。
 彼にとっての背後の壁とは、更にその力を支える、大砲の砲架に他ならない。

 そしてまた、戦刃むくろが転げたその部屋の隅は、彼女がどうしても辿り着こうと狙い続けていた位置である。
 今は一切の反撃手段もない彼女が唯一、その寝室で必殺の武装を手に入れられる場所が、そこだ。


 退ける場所のない絶体絶命の地点に追い込まれたのは、回転怪獣と、ヒグマプレデターの方だった。


 ――令呪解放。皮膚硬化。
 ――右手屈筋、二頭筋、回内筋の瞬発力増幅……!!


 言峰は迫り来る回転怪獣の竜巻に向け、空を掻くように両腕を回してから腰に溜めた。
 八極小架預備式・金龍合口の構え。
 そうして装填された右腕という砲弾から、刻まれていた令呪が2画発光して霧散する。


「吩ッ!!」


 言峰は踏み込んだ体重を、右腕に全て乗せて竜巻に叩き込んでいた。
 戦艦の砲撃の如く撃ち出された拳が、回旋する刃を砕く。
 皮を破る。
 肉を裂く。
 肋骨を折り、胸骨を割り、心臓を弾き飛ばす。
 浸透する拳の衝撃は、その背骨までをも一瞬で抜き去って貫通する。

 ――八極小架・黒虎偸心。

 莫大な魔力をエンチャントされたその発勁は、回転怪獣のギロスの胴体を、一撃で粉砕した。
 竜巻は根元から爆裂し、その風が赤い飛沫に染まる。
 取り残された回転怪獣の首が、気ままなヘリコプターのようにへろへろと宙を舞って地に落ちた時、言峰綺礼は赤い血の雨を浴びて、深く残心の息を吐いていた。


 一方の戦刃むくろは、躍りかかるヒグマプレデターの口元に向けて、寝室の足元から何かを抱え上げていた。
 武骨な鉄色の砲塔。
 一抱えの小銃のような見た目のその大砲は、ミニチュアとなってなお、一介の銃火器に引けを取らぬ大きさだった。


 ――50口径四十一式15糎砲。
 ――口径152ミリ。砲身長7,600ミリ。砲弾初速850メートル毎秒……!!


 開かれたヒグマプレデターの口内深くまで、その砲口が突き込まれる。
 その砲は、落下した天井の下敷きとなり、埋まっていたはずだった。
 しかしその天井は今や、むくろが的確に誘導して吐かせたヒグマプレデターの消化液によって、狙い通りに溶かし落とされている。

 ――戦艦扶桑の副砲だった、『15.2cm単装砲』。

 彼女の威容に紛れた活躍の乏しいその砲はしかし、今のむくろにはぴったりと適合する。
 砲弾重量が45.4kgもあり人力装填の困難なその仕様は、ミニチュアであれば関係ない。
 旧式の海軍装備で扱いが難しくとも、むくろはその道の軍人なので関係ない。
 機能性に乏しい仰角も、手で持ってしまえば関係ない。
 単発しか撃てないその構造も、一撃で決めれば関係ない。
 消化液で砲身を溶かされても、とにかく撃てればいいだけなので関係ない。
 ヒグマの毛皮がある程度の砲撃に耐えられたところで、口の中には、関係ない。


「……発掘してくれて、ありがと」


 一切の迷いもなく、戦刃むくろはその艦砲を発射した。
 打ち上げ花火のような爆音と共に、寝室の中には大輪の赤い華が咲いた。
 消化液で溶け落ちてゆく副砲を、むくろがはらりと手から落とす。
 頭を失ったヒグマプレデターの首から下は、冠菊のように血の噴水を舞わせ、ふらふらとむくろの横に倒れ込んだ。
 その敵性生物の死亡を確認し、むくろはさらにもう一つ、落盤の中から掘り返していた存在を引き上げる。


「手術してくれた借りは……、これで返したから、ヤスミンさん」
「ふ……、それはどうも、ご丁寧に……」


 ヒグマプレデターの消化液で天井の壁が溶けきるギリギリを見計らって、むくろは生き埋めになっていたヤスミンを、助け出していた。


    **********


655 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:17:20 vsicE2O60

 1944年10月25日は、扶桑の命日だ。
 レイテ沖スリガオ海峡にて、司令官・西村祥治中将率いる第二戦隊の戦艦として、ほとんど最初で最後と言える実戦を行なった日のことだった。

 米海軍の魚雷艇部隊はスリガオ海峡の入り口に待ちかまえていた。
 妹の山城と共に砲撃を開始した扶桑は、魚雷艇部隊や駆逐艦隊に向けて砲弾を放った。

 だが午前3時、米軍駆逐艦隊が放った15本の魚雷のうち1本が、扶桑の第二砲塔右舷に直撃。
 午前3時10分には、第三、第四砲塔の弾火薬庫が誘爆した事で大爆発を起こし、彼女の艦体は真っ二つに割れた。

 魚雷命中後も扶桑では、反対舷への注水が行われ傾斜は徐々に復元して行った。
 しかし、2本目の魚雷が再度第二砲塔付近の右舷に命中した事で電源が破壊され、扶桑の艦内は暗闇に包まれた。
 総員退去が命じられ退去が始まった頃、右傾していた扶桑は左に急転倒してそのまま艦首から海底へ沈んでいった。
 彼女の艦首は海中に没し、後甲板だけが、海上に高く浮き上がっていた。


 ――ああ、また。目の前は、真っ暗。


 ぶくぶくと息を吐いて、力の入らぬまま、扶桑の上半身はぬかるみの中に沈んでいた。
 あの日と同じく、彼女は左側から沈没していく。
 火山灰の泥に覆われた黒い視界の中で扶桑は、やっぱり自分は、不幸艦だったのではないかと、自問する。

『……バカなこと言わないで。運のせいにするな。この失態は、全部あなたと私の実力不足。及び、その不足をきちんと把握できていなかったことに由来するのよ』
『……何が不幸だよ。綺麗な髪して、そんな恵まれたわがままボディしてるくせに』

 そしてその問いに、語られた記憶が答えを返した。


『……音に聞く西村艦隊とかいうのはこんな情けない輩の集まりだったわけ?』


 いいえ。違います、むくろさん……。
 皆さん、西村中将も、山城も、最上も、満潮も朝雲も、山雲も時雨も。みんな素晴らしい、人だったんです……。
 山城と西村中将は最期まで私と一緒に沈みながら、『各艦ハワレヲ顧ミズ前進シ、敵ヲ攻撃スベシ』と戦い続けました……。


『同じ軍人として反吐が出るわ。まんまと嵌められたまんまじゃ盾子ちゃんに顔向けできない。
 見返してやりたいとは、思わないわけ?』


 ああ……、そうですね、むくろさん。
 伊勢とか、日向とか……、彼女たちに嫉妬する前に。
 これじゃあ私は、妹の山城に、顔向けできないです。


『テメェみたいに強くて有能な美人が醜くて汚くて役立たずなんて自虐したら私の立場はどうなるんだよ!!
 ……なんだよその上姉妹愛アピールとか。そんなビッチが軽々しく死ぬとか言うんじゃねぇよ!!
 ……私の方が何百倍も、……何か月も前から死にてぇわ!! ふざけんなぁ!!』


 ごめんなさい、智子さん。その通りです。
 妹より、私の境遇の方が、恵まれていたはずでした。
 艦隊のみんなが戦い続けたのに、私だけが甘えるなんてそんなこと、しちゃいけないはずです……。
 でも、もう、私には、武器も、身動きも――。


 水底へ沈んでいく扶桑は、もはや腰元まで泥の中に埋まっている。
 その上にはエビルダイバーが泳ぎ来て、今まさに彼女を脚から喰らおうと、その口を開いたところだった。

 砲もない。
 武器もない。
 半身は沈没し、全身が痺れている。
 ほとんど史実通りに、扶桑の存在は死んで行こうとしている。
 そう、本当に、史実通りに――。


『……大破が何よ。武装の欠陥が何よ。頭ン中が大破してなければどうだってやりようはあるでしょう』


 その瞬間、扶桑の脳裏にある光景が閃く。
 艦首から第六砲塔に至るまで艦体の大部分が沈没し、逆立ちのようにして死んでいった扶桑には、だからこそ使える武装が、たった一つだけあった。

 弾薬庫が爆裂しても、砲塔が沈んでも、逆立ちした艦尾で最期まで動き続けていたその装備。

 ……そう。本当に不幸だったのは。
 こんな体をしておきながら、それで抗う方法も見つけられない、甘ったれた、私の頭だった――!!


「ああああああああ――!!」


656 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:17:41 vsicE2O60

 泥中で、扶桑は裂帛の気合を放った。
 右ふくらはぎへ食らいついたエビルダイバーの腹部ど真ん中に、扶桑は下から自分の左脚を逆立ちのようにして突き上げた。

 視界が、開けた。
 未だ水上を飛び回っていた扶桑の零式水上偵察機とリンクしたその視線は、水中から過たずそのエイの柔らかな下腹部を狙い打たせた。

 その脚。
 ぽっくり下駄のような底の厚い扶桑の靴の中央部には、彼女が艦娘であるからこその独特の推進機構が、未だ確かに存在していた。 


「――『螺旋櫂(スクリュー)』ッ!! 全速、前進ッ!!」


 靴から展開されたその構造。
 3枚のフィンで形成された鋼鉄のプロペラが、回る。
 ロ号艦本式缶4基、同ハ号缶2基の蒸気が、艦本式タービン4基4軸を旋回させる。
 戦艦扶桑の誇る、7万5000の軸馬力が、そのスクリューただ一点に集約された。

 ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ。
 と、恐ろしい水音を立てて、そのスクリューは力強く、接触する一切を切り裂いて進む。
 身も骨も、肉も血も、彼女のスクリューはあらゆる海域を突き砕いた。

 そのエイの身体ど真ん中を貫き殺し、扶桑の脚は、あのスリガオ沖の未明のように、最後までその艦尾にスクリューを動かしながら海上に屹立していた。

 ――この世には長所となり得ぬ短所はなく、短所となり得ぬ長所もない……。
 ――山城。むくろさん……。私は最期に、少しは、見返せましたか、ね……?

 そうして、最後の力を振り絞った扶桑は、安らかに微笑みながら、その肺から息を吐き尽した。


「――扶桑ッ!! しっかりしなさい!!」
「……が――。ふぐッ……!? げほっ、げほっ……、げぶっ、はぁ、はぁ……!?」


 その瞬間、沈んでいた扶桑の体が、勢いよくぬかるみの上に引きずり上げられた。
 口の中を塞いでいた火山灰の泥を吐き、荒く息を取り戻した扶桑の顔が拭われる。
 開いた目の前に、泣き笑いのような少女の顔があった。

「良かった……! 間に合った……! 扶桑、あなた、本当はすごいんじゃない――!!」

 隻腕の戦刃むくろは、そう声を絞って、自分も泥だらけになりながら扶桑を抱きしめた。
 足元を見ればエビルダイバーは、その胴体に大穴を開けて絶命している。
 そのエイの死体は霞のように薄れ、発光するエネルギーの球のようになった。
 ミラーモンスターのエネルギーだ。

 その球体は、扶桑の体にスッと染み透るように吸収される。

 すると見る間に、エビルダイバーとの戦闘で負っていた扶桑の傷が癒えていく。
 それどころか、近代化改修でもされたかのように身体機能が強化されていくのが解った。

「……その光は、HIGUMAには特に効能が高いようです。無事で、何よりでした」

 むくろの後から扶桑の方にやってきたのは、ヤスミンだった。
 天井の下敷きになっていたはずの彼女もまた、傷一つない姿になっている。
 戦刃むくろが斃したヒグマプレデターのエネルギーを、彼女と二人で吸収していたのだった。
 扶桑はそんな辺りを見回して、慌てて問う。


「他の方は……!? さっきの獣男は、一体どうなって……!?」
「ご安心ください。もう全て、決着いたしました」


 ヤスミンは目を閉じて、静かにそう答えた。


    **********


657 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:18:01 vsicE2O60

「あ――」

 黒木智子は浅倉威を狙い、発砲した。
 それは確かなはずだった。

 だがその銃声が鳴った時、倒れていたのは智子の方で、立っていたのは浅倉だった。

 ――『M1911』。俗称コルト・ガバメント、またはハンド・キャノン。 
 1911年の開発ながら、その安定性と威力から、その後70年以上に渡って米軍の制式拳銃に採用されていた名銃だ。
 その知名度と有用性から、今なお海兵隊や多くの特殊部隊で愛用されている。

 戦刃むくろが所持していたこの銃を、黒木智子も確かに、使ったことがあった。
 グリップセーフティのことや、その遊底の仕組みなどを見たこともあった。
 ……ゲームと、本の中で。
 
 大威力で、かつ古式であるこの拳銃の反動は、かなり大きい方だった。
 衝撃に備えて立っていたつもりの智子でも、実銃を撃つのは初めてのことだった。


 だから腰の入っていない・体格の恵まれぬ・華奢な細腕の智子は、その発射と同時に、ものの見事に後ろへすっ転んだ。
 強かに床へ後頭部を打ち付け、目の前に激痛の星が飛ぶ。


 ゲーム画面の外に伝わってこない、知識と乖離した現象。
 その『反動』を、智子はもろに初体験してしまった。
 狙いのぶれた弾丸は、浅倉威のほほを掠め、リビングの壁に穴を穿っただけだった。
 一帯に浅倉の哄笑が響く。


「ククク……、ハハハ、ハッハッハァ――!! ……なるほど惜しかった!!」
「とも、こ、さん……ッ!!」
「あ、ああ、ロビ……ッ!!」


 悶える智子を前に、絶望を見せつけるように浅倉は、今一度右手の鉤爪を振り上げた。
 そして踏みつけたロビンへ一気に、容赦なく振り下ろした。


「良いセンスしてやがるが、終いだ、なァッ!!」
「……ああ、良い下拵えだった」

 その瞬間だった。
 浅倉の首の後ろから音もなく、青い体毛を生やした、太い腕が覗いていた。


「仕上げは、お母さんだ」


 二本の腕は、浅倉がその爪をロビンに触れさせるよりも早く、その首をグルンと上下に、180度捻じ曲げてしまう。
 ばぎっ。
 と、首の骨の折れる音がした。
 浅倉は、狂ったような笑顔を逆さまにしたまま、ゆっくりと倒れ、死んだ。


【浅倉威 死亡】


「『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』……」


 その浅倉の後ろに悠然と佇んでいたのは、青毛のヒグマだった。
 先程、切り裂かれて死んだはずのヒグマ。
 その姿に、起き上がった黒木智子は夢でも見ているんじゃないかと、自分の目を疑った。

「グリズリーマザー……!?」
「あいよ。良くやったねぇ、マスター」

 智子の目の前で朗らかに笑い、クリストファー・ロビンを助け起こしたヒグマは、間違いなく、グリズリーマザーに他ならない。
 リビングの入り口で酸鼻な光景を形作っていた彼女の死肉は、その血さえ跡形もなく消滅していた。
 事態を理解できず混乱するロビンと智子に、グリズリーマザーは肩をすくめて見せる。


「マスターともあろう人が、この効果を忘れっちまったのかい?
 こっちの宝具こそ、アタシが召喚士(リクルーター)のキャスターとして呼ばれた理由なんだよ?」
「あ、ま、まさ、か……」


 智子は慌てて、自分の持っている聖遺物である、グリズリーマザーのカードを取り出す。
 グリズリーマザーの効果として書かれたテキストは、こんな文面だった。

『このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚できる』

 カードを持つ手に刻まれている智子の令呪は、一画なくなっていた。
 『喪』というような形になっている文様の、左の丸が掠れている。


658 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:18:33 vsicE2O60

「マスターの令呪を消費することによって、アタシは自分が死んだ時、自分を即座に再召喚することができるのさ。
 もちろん、いざという時には、アタシの代わりに別の英霊を呼んできてやることだってできる。
 ま、アタシの代わりにマスターを任せられるようなヤツが、そうそういるとは思えないけどねぇ」
「あ、ああ……、グリズリーマザァあ……!!」

 智子はグリズリーマザーに駆け寄り、その柔らかな毛皮に顔を埋めた。
 『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』は、そんな偉大なる母が、身を挺して子を守り続けるための宝具に他ならない。
 3画の令呪でちょうど、遊戯王カードのデッキ制限にかかる3枚分。
 グリズリーマザーは、マスターがそこにある限り、英霊の座から何度でも自分を呼び返すのだ。


「死んじゃっだがど……! わだ、わだじが、愚図だっだがら、マザーが死んじゃっだがど……!!」
「アタシゃいつだって、海の底からでもマスターのことを見てるさ。この男に隙ができるのを待ってたんだ。
 そうしたらマスターが、みごとにこいつの意識を惹きつけてくれたじゃないか。格好良かったよ!」

 すがりついてすすり上げる智子の髪を、グリズリーマザーは優しく撫でた。
 その隣で智子と一緒に抱かれながら、ロビンが彼女に微笑みかける。


「ええ。まるで智子さんの方がヴィラン(悪役)みたいで。僕もこの男も、だいぶ面食らいました」
「ふぇ、ふぇ……、ほ、褒めてねぇだろ、ロビン、それ……」
「うん。褒めてないよ。女の子にあるまじき気持ち悪さだったから。出来れば二度と見たくないし、して欲しくない」
「は、はは……、は……」


 頭から水を掛けられたように、智子の興奮は醒めていった。
 にこやかに貶してくるロビンの言葉は、智子の凄絶な自虐心と後悔を、再びもたげさせてくるかと思えた。

「……でも、智子さんが、僕らのためにそんな一面まで見せてくれたことは、カッコ良かったし、嬉しかったです。
 もう二度と智子さんにあんな姿をさせないよう、これからは僕が、きちんと守り抜きますから……!」

 だがその直後のロビンの言葉が智子にもたげさせたのは、まったく別の感情だった。
 今度はカーテン越しでなく抱きしめられたその体が、沸騰して蕩けそうだった。

「ふ、ふふぇふぇふぇふぇ……」
「黒木智子! 無事か!?」
「ロビンさん、グリズリーマザーさん!」

 廊下から駆け寄ってくる言峰やヤスミンの声も、後頭部の痛みさえどうでもよくなる、甘美な感情だった。


    **********


 浅倉威の死は、入念に検分された。
 間違いなく死んでいることが確認された後、諸悪の根源であると推測された何組ものカードデッキをグリズリーマザーが悉く踏み壊した。
 彼が3つも所持していた支給品のデイパックは、中に怪しいものがないかヤスミンと戦刃むくろが丹念に調べる。
 元々の所持者を特定できそうなものは何もなかったが、2つのデイパックに残留する体臭は、どうやら両方とも、中学生ほどの少女のもののようだった。

 浅倉威がそんな相手まで無差別に殺戮していたのだろうことを知り、一同は改めて背筋の冷える感覚を得る。
 言峰綺礼が、座席に座って深々と嘆息した。


「……まさか参加者の方に、そんな凶行を働いている者がいるとはな。何が敵だか解りもしない」


659 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:19:32 vsicE2O60

 一同は、戦場となった家屋を後にし、表に止めていたグリズリーマザーの屋台バスへ乗り込んでいた。
 その後部座席には、火山灰の泥を拭き上げて、改めて武装解除された扶桑と戦刃むくろが大人しく座っている。
 扶桑の持っていた大砲はヤスミンがデイパック3つと共に預かっており、ある種、捕虜のような扱いとなっていた。

 彼女たちは、参加者を誘拐したSTUDYを潰したヒグマ帝国をさらに反乱で潰させようとしている黒幕の一味だ。
 間違いなく参加者の味方ではないのだが、今回の黒木智子たちは、彼女たちと共闘した形になる。
 共闘しなければ皆殺しになっていた可能性もあった。


「……ねぇ。戦刃むくろさんって言いましたっけ」
「ええ」
「あなたひょっとして、実はめちゃくちゃ良い人だったりしません?」
「いや……、そんなの知らないわ。私は超高校級の軍人で、超高校級の絶望だもの」

 クリストファー・ロビンが、席から後ろを向いて、戦刃むくろに声をかけていた。
 彼の負っていた傷も、言峰綺礼が斃した回転怪獣ギロスのエネルギーをヤスミンから受け渡されたことで、すっかり治っている。
 朝方からあった腕のしびれや、全身打撲の鈍痛などもすっかり消えて、ほぼ万全のコンディションだ。

 蓋を開けてみれば、彼女たちとの出会いと戦闘は、結果的に悪いことにはなっていないのだ。
 彼女たちに協力してもらえば、案外この島からは、すんなり脱出できるのではないかとすら思える。
 それでも戦刃むくろは、頑なに首を横に振った。

「その、『超高校級の絶望』っていうのは、何ですか?」
「それが私や、あの子のこと。私たちはこの島の全てに、絶望をもたらすんだもの。
 悪いけど、あの子のために、あなたたちには絶望してもらわなきゃならない」

 ロビンの問いに、むくろは毅然とした態度で言う。
 頭に『悪いけど』などと付けているあたり、やはり根は相当人が良いのではないかと、周りで聞いている者は一様にそう思った。
 ロビンは首を傾げる。


「……あなたたちより、さっきの浅倉さんっていう狂人の方が、だいぶ僕たちに絶望感を味わわせてくれましたけどね。
 そこら辺『超高校級の絶望』としてどうなんですか? その称号、返上した方が良いんじゃないです? それとも彼は『超社会人級の絶望』だったとか?」
「ぐぅっ……!?」
「ええ、まぁ……、あの男には、一生分の絶望を味わわされた気は、しますね……」

 たじろぐむくろの隣で、思わず扶桑がそう言って項垂れる。
 ロビンはそれに合わせて、なおもむくろを慇懃無礼に煽った。


「実際さ、あなたたちは僕たち参加者を絶望に落とそうとして地下から出てきて、逆にものの見事に参加者から絶望に落とされたわけですよね?
 その程度の人を使って島全体を絶望させるなんてどだい無理なのと違います? 僕がその子なら絶対にあなたたちみたいな人に期待しませんけど。
 本当は、その子はもっと別の計画を練って動いているんじゃあないですか? 今更あなたたちがどうなろうが知ったこっちゃないと思いますよ?」


 その言葉は、相手を煽りながらそれとなく情報を引き出し、なおかつ自然と協力体制に持ちかけようとする周到な声掛けだった。
 むくろは明らかにたじろいで、眼を泳がせる。
 『こいつ本当に軍人か?』と、その場の者は一様にそう思った。


「そ、そんなこと、は……、あるかも知れないけど。……なんにしても!
 これ以上のことは、何も言えないわ!! あの子のことは、拷問されても喋らない!!」

 むくろは発言の後半でようやく決意を思い出したか、焦った様子で再びそう宣言する。
 『あ、本当に何も聞かされてなくて、確信が持てないんだ』と、周りの者は一様にそう思った。

 扶桑は実際に駆紋戒斗の勧誘以降、何の具体的プランも聞かされていないので、間違いなくその通りだった。


660 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:20:28 vsicE2O60

「……ま、何でもいいさ。とにかく今回は、一緒に戦ってくれてありがとう、むくろちゃん、扶桑ちゃん」

 グリズリーマザーが、軽く笑いながら車のエンジンをかけた。
 扶桑がその言葉に、慌てた様子で頭を下げる。

「い、いえ……! 感謝しなくてはならないのは私たちの方で! 本当に、ありがとうございます……!!」
「ちょっ、扶桑……! 立場! 私たちはこいつらの敵で、捕虜なのよ……!?
 ……あ、いや、それでも決して私が感謝してないわけではないわ。ただもう、あれで借りは返したから!!」

 その扶桑を、隣からむくろが焦ってはたいた。
 そして続けざまに、むくろはさらに慌てて発言を取り繕った。
 黒木智子が、そんな彼女の様子を見て、思わず口の端を歪ませる。


「フッ……」
「な、何、黒木智子……!」
「いや、お前さ……、大変だなその性格。うん、私は好きだよそういうの。素直に負けを認める」
「一体何を言ってるの!?」

 常になく、智子はほとんど淀みない口調で戦刃むくろに語り掛けた。
 一皮むけたような、一段階達観したような慈しみ深い視線で、彼女はむくろを見つめている。


「お前、かわいいよ。モテるだろ、男子に」
「え……?」
「いやぁ――、そういうの、自然に滲み出てくるもんなんだな。深いわ、うん」


 黒木智子は、一人で納得してしまったかのように、中空に向けてうんうんと頷いている。
 むくろは、自分の顔が赤面していくのがわかった。
 こんな風に、『好き』だの『かわいい』だの言われてしまえば、同性と言えど意識しないのはどだい無理だというものだ。
 先程だって、『美乳』だの『萌え』だの『美人』だの散々褒めちぎってもらえたのだ。
 男子、つまり意中の相手である苗木誠にモテる、と太鼓判を押されてしまえばなおさら。
 むくろにとってこんなに話が盛り上がったのは、かつて苗木誠とミリタリーについて語らった時以来だろうか。

 むくろの得ていた情報では、黒木智子は学校でもほとんど友人のいない少女だったはずだ。
 それがまさか、ここまでコミュニケーション能力を有した聖人だったとは。
 あの浅倉威に対峙したという胆力もさながら、なかなか侮れない人物に違いなかった。


「……わかったわ、黒木智子」
「は……? 何が?」
「あなたがそこまで言うなら、同行してあげる。仕方ないわ、今は捕虜なんだし。
 不本意だけれど、虜囚は敵軍の指示に従わなくちゃならないものね……」
「は……?」


 むくろは頬を染めて、伏し目がちにそう言った。
 智子は、全く意味を理解できずに硬直した。
 その他の人員は、戦刃むくろの余りの安さに驚愕した。
 この子は本当に軍人としてやっていけたのだろうかと、扶桑は海軍の一員として真剣に心配になった。

 むくろはしゃっきりと姿勢を正して、堂々とした声を張る。


「さぁ、では敵軍さんは、一体私たちに何をしようとしているのかしら!?」
「煽動者の正体をお話しいただけないなら、あとは参加者や事態の収拾に同行してもらうくらいしかありませんが……」
「なるほど、敵軍の考えそうなことね。でも残念だけど、あの子は私程度を人質にしたところで止らないわよ。
 むしろ、私が死ぬところを見て、肉親の死という絶望に喜ぶから、あの子は」


 ヤスミンの苦笑に、むくろは趣旨を理解しているのかいないのか、真剣な表情でそう答えた。
 『やっぱり何の期待もされてないんじゃないかこの子』と、一同は思わざるを得なかった。
 同時に、ぽろぽろと情報の漏れてくる『盾子』という黒幕が、異様なまでに悪辣な存在であると次第に想像できるようになってくる。

 間違いなくその黒幕は、戦刃むくろと扶桑がどう動こうが、毛ほどの痛痒も感じないのだろう。
 恐らく、彼女が捕虜に取られるのも計算済み。
 その上で仮に反旗を翻そうと想定済み。
 そんな人物に違いなかった。

 言峰綺礼も、クリストファー・ロビンも、黒木智子も、グリズリーマザーもヤスミンも、滲み出る敵の威圧感に、伝聞だけで心に冷や汗をかいていた。


「あと参加者というなら……。東の廃墟には、さっきまで、穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリと、ヒグマン子爵。あと、デデンネという参加者がいたはずよ。
 ……そこで浅倉の襲撃に遭ったから、今はちりぢりだろうけど」
「ヒグマンさんですか……! なるほど、お話さえできれば、力になって下さるかもしれませんね」
「じゃあ、次はそこに行こうか。準備はいいね!?」


661 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:20:48 vsicE2O60

 ぬかるみを噛んで回っていたタイヤに力を込め、グリズリーマザーは屋台を発進させた。
 慣れた様子で車内に佇む言峰や智子を見て、扶桑とむくろは感心する。

 こんな調子で、ことによると地下のヒグマ帝国から彼らはずっと、方々の参加者を探して走り回っていたのだ。
 浅倉威の完璧な奇襲すら凌ぎきって見せた実力もある。
 扶桑やむくろの生半な干渉では、動じないわけだ。

 戦刃むくろは、胸ポケットに隠した超小型通信機を押さえる。
 島は停電だ。
 通じないのはそのためだろう。
 そうに違いない。

 だがクリストファー・ロビンに指摘されると、その返事の無さは、妹が意図してやっていることなのではないかという可能性も、にわかに思い浮かんできてしまった。

 返事が無くて慌てるむくろを見たい――。
 ありうる。
 指示が無くてまごつくむくろを見たい――。
 ありうる。
 混乱して怒り狂って大失敗をやらかすむくろを見たい――。
 ありうる。
 そんな中でヒグマや参加者から嬲り殺しにされるむくろを見たい――。
 ありうる。
 その結末をまとめて、むくろを罵りたい――。
 ありうる。

 最低最悪の捻くれ方をした愛しい妹ならば、あらゆる可能性が有り得た。
 何しろどんな形の絶望でも彼女はウェルカムの上、絶望的に計算高くて飽きっぽいのだ。
 もしかすると折角勧誘した駆紋戒斗を目の前で殺された時も、絶望で大喜びしていたかもしれない。
 その時から思い付いて、敢えて連絡を切っていたのだとしても、全く不思議ではなかった。


「はい、扶桑さん、むくろさん、グリズリーマザーさん特製のハーブティーだよ。ちょっとお話ししよう?」
「あ、ありがとうございます……」
「どういう風の吹き回しかしら。あの子のことは話さないわよ?」

 その時クリストファー・ロビンが、後部座席の方までティーカップを持ってやってくる。
 目的地まで談笑でもするつもりらしい。

「わかってるわかってる。智子さんも来なよ。僕はただ、友達になりたいだけなんだ。お姉さんたち二人とも美人だからさ」
「えっ……」

 そして彼は、さらっと歯の浮くようなセリフを言い放ち、あまつさえその場に黒木智子まで呼び寄せてくる。

「ロビン……。なんだよ、お前どんな女にもそういうこと言うのかよ……、タラシかよ……」
「いや、違う。特別なのは智子さんだけさ。でも、友達になって悪いことはないだろう?
 3人とも、違った方向で素晴らしい美しさを持っているんだ。僕も大いに参考にしたくてね」

 険しい表情でやって来た智子は、その言葉で傍目にもわかるほど相好を崩す。
 美人と言われて、良い気のしない女はいないだろう。
 例に漏れず、むくろと扶桑の警戒も、だいぶ和らいだ。
 セリフこそ気取っているようだが、ロビンの言葉はどこまでも正直で裏心がない。
 純粋な子供からそう褒められて、嬉しくならない方がおかしい。


「あら、そう……。じゃあ、どんなことを聞きたいの?」
「超高校級の軍人なんですよね? 扶桑さんも、バトルシップだとか。
 でしたらどうやって戦場でもその美しさを保ってるのかとか、是非聞きたいんですよね……」
「あ……、地味にそれ、私も聞きたいかも……」

 ロビンだけでなく、智子も真剣な表情で、彼女たちとの会話に加わろうとする。
 むくろの心は、自然と高揚した。
 そしてふと、思ってしまう。


 江ノ島盾子は、むくろが裏切って、自分の計画を打倒してくるという絶望を見たいのではないか――。


 ありうる。
 ありうるのだ。
 絶望的に臭い・絶望的に汚い・絶望的に気持ち悪い3Zと呼ばれた出来の悪い姉の、更にその模造品である出来損ないのHIGUMAごときに、壮大で完璧な計画をご破算にされてしまうという絶望。
 考えれば考えるほど、それはそれで妹が狂喜に悶えそうな素晴らしい絶望だった。


 ――盾子ちゃん。一体何をすれば、私は本当にあなたの為に、なれるのかな……?


 ぽつぽつと、自分の記憶する戦場の話を黒木智子たちに語りながら、戦刃むくろはそんなことを考えてしまう。
 気づかぬうちに、彼女たちの心は、この一行に惹かれてゆく。

 クリストファー・ロビンの、思惑通りだった。


662 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:21:15 vsicE2O60

【F-4 街 午後】


【穴持たず696】
状態:左腕切断(処置済み)
装備:なし
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
0:捕虜になってしまったから。参加者との同行も仕方ない。
1:良かった……。扶桑は奮起してくれた!
2:盾子ちゃんのことは絶対に話さないわ!
3:智子さんと話すと盛り上がるね……。彼女、すごく良い子だ……!
4:言峰さん、強いわ……! すごい実力ね……!
5:ロビンくんも、5歳にしては将来有望よね……!
6:盾子ちゃん……。もしかして私は、盾子ちゃんを裏切ったりした方が盾子ちゃんの為になる?
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。


【扶桑改(ヒグマ帝国医療班式)@艦隊これくしょん】
状態:ところどころに包帯巻き、キラキラ
装備:零式水上偵察機、鉄フライパン
道具:なし
基本思考:『絶望』。
0:山城、やったわ……! 西村艦隊の本当の力、見せられたかも……!
1:ああ、何か……、絶望から浮上してくるのって、気持ちいいですね……!
2:他の艦むすと出会ったら絶望させる。
3:絶望したら、引き上げてあげる。


【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(まだ名付けていない)
装備:手榴弾×1、砲丸、野球ボール×1、石ころ×76@モンスターハンター
道具:基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン
[思考・状況]
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
0:智子さん、麻婆おじさん、ヒグマたちと情報交換し、真の敵を打倒する作戦を練る。
1:投手はボールを投げて勝利を導く。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジし決着をつける
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:後々はあの女研究員を含め、ヒグマ帝国の全てをも導く
6:真の敵は相当ひねくれた女の子らしいね……。
7:さぁて、お近づきになって、情報を聞けるだけ聞き出しますかね……。
[備考]
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※ヒグマ帝国の一部のヒグマ達の信頼を得た気がしましたが別にそんなことはなかったぜ。


【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:ネクタイで上げたポニーテール、気分高揚、膝に擦り傷
装備:令呪(残り2画/ウェイバー、綺礼から委託)、製材工場のツナギ、コルトM1911拳銃(残弾7/8)
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
1:ロビンやグリズリーマザー、ヤスミンに同行。
2:ロビン……、メジャーリーガーと結婚かァ……。うへへへへ……。
3:グリズリーマザーとロビンがいるなら何でもいいや。
4:超高校級の絶望……、一体、何ジュンコなんだ……。
5:即堕ちナチュラルボーンくっ殺とか……、本当にいるんだなそういう残念な奴……。
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。


663 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:21:33 vsicE2O60

【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、『閼伽を募る我が死』、穴持たず82の糖蜜(中身約2/3)
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
1:あの帝国のみんなの乱れようじゃ、旦那やシーナーさんとも協力しなきゃまずいかねぇ……。
2:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
3:むくろちゃんも扶桑ちゃんも難儀だねぇ……。
4:実の姉を捨て駒にするとか、黒幕の子はどんだけ性格が歪んでるんだい……?
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
 ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4〜20 最大捕捉:200人
 グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
 移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
 料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
 爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
 対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。
※宝具『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』
 ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
 自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、自身を即座に再召喚できる。
 または、自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、Bランク以下の水属性のサーヴァント1体を即座に召喚できる。


【言峰綺礼@Fate/zero】
状態:健康、両手の裂傷をヒグマ体毛包帯で被覆
装備:令呪(残り7画)
道具:ヒグマになれるパーカー
[思考・状況]
基本思考:聖杯を確保し、脱出する。
1:黒木智子やヤスミン、グリズリーマザーと協力体制を作り、少女をこの島での聖杯戦争に優勝させる。
2:ロビン少年に絡まれると、気分が悪いな……。ロビカスだな……。
3:布束と再び接触し、脱出の方法を探る。
4:『固有結界』を有するシーナーなるヒグマの存在には、万全の警戒をする。
5:あまりに都合の良い展開が出現した時は、真っ先に幻覚を疑う。
6:ヒグマ帝国の有する戦力を見極める。
7:ヒグマ帝国を操る者は、相当にどす黒いようだな……。
※この島で『聖杯戦争』が行われていると確信しています。
※ヒグマ帝国の影に、非ヒグマの『実効支配者』が一人は存在すると考えています。
※地道な聞き込みと散策により、農耕を行なっているヒグマとカーペンターズの一部から帝国に関する情報をかなり仕入れています。


【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×9巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー・残り1/3)、基本支給品×3(浅倉威、夢原のぞみ、呉キリカ)、35.6cm連装砲
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:帝国の臣民を煽動する『盾子』なる者の正体を突き止めなければ……。
1:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
2:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
3:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。


    **********


664 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:21:58 vsicE2O60

 浅倉威の死体は、荒れ果てたその家屋に放置されていた。
 参加者であるらしいとはいえ、彼は半分ヒグマのように変形した異形だ。
 なおかつ、明らかな敵意を持って襲撃してきた狂人でもある。
 敢えて彼を埋めるなりどうこうしようと考える者は、誰もいない。
 一応は聖職者である言峰綺礼も、素で彼への弔辞を失念したほどだった。

 そうしてグリズリーマザーたちの一行が屋台に乗って去って行った後、ふと死んでいたはずの浅倉威の体が動いた。

 動いたと言っても、生き返ったわけではない。
 ただ何かが、皮膚の下、肉の下を爬行しているような、蠢きだった。

 ぴゅるっ。

 と、音がする。
 浅倉の股間が、湿り気を帯びた。

 ぴゅるっ。ぴゅるっ。ぴゅるっ。

 と、彼の股間から白い液体が溢れ続ける。


 そしてぴゅるっ。ぴゅるっ。ぴゅるっ。ぴゅるっ。


 彼の皮膚の下から、口の中から、眼の奥から、その全身を食い破るようにして、ゼリー状の粘液でできた白濁するゲル状物体が現れてくる。


 それは浅倉威の『精』だ。


 浅倉威の死骸を吸収して出て来たその大量の『精』は、ぶるぶると蠢動しつつ、意志を持つかのように辺りを見回した。
 そうして空気中に残る臭いに、なんと5体ものメスの香りが残っていることにそれは気付く。
 『精』はそれに気づくや否や、かなりはやい速度で巨大なスライム状の自身の粘液を伸ばし、割れた窓から臭跡を辿ってぬかるみの上を走り始めていた。


 ……浅倉威は、ミズクマの能力を吸収したという。
 ミズクマの能力は、『幼生生殖』だ。
 自分の生殖細胞だけで、幼生の段階から無融合状態で次世代を発生させることのできる能力であり、決して単なる体細胞分裂ではない。
 分裂によって、体細胞から自分と同一の存在を複製させるというのは、実際にはミズクマの能力とは全く異なっている。

 恐らく、彼の体内にはヒグマ遺伝子という何かが暴れ回っていたようなので、たまたまミズクマを捕食した際に発現しただけで、分裂能力はむしろそちらのお蔭なのだろう。
 もしくは、本人も気づいていなかっただけで元から浅倉威には、ヒグマを食べた分だけ分裂するなり能力を吸収する性質があったのかも知れない。
 そもそも加熱調理した肉を食っただけで遺伝子がどうこうというのは、もはや生物学的遺伝子の話ではなくなるような気もするのだが、もう今となっては何もわからない。


 何にしても、彼が真にミズクマの『幼生生殖』――、引いては単為生殖の能力を発現させてしまった場合、こうなる。
 彼は男なので、『雄性生殖』だ。
 自分の精子だけで、子供ができる能力だ。

 そのおぞましさを想像できるだろうか。
 恐らく腐女子と呼ばれる人種でも喜ばない。

 だが安心して欲しい。
 幸か不幸か人間の精子は、それだけで発生を続行できるほどの養分をその内に蓄えられない。
 発生をするには、卵子と受精することが必要なのだ。


 ……そしてその場合、卵子の中の遺伝子を排除して、元から2倍体として確保していた精子自身の遺伝子セットで乗っ取り、自分自身の発生を始める。


 こんな形態の再生産様式であっても、シジミの一部では実際に行なわれている。
 つまり、母親の産んだ子が、父親と同一人物になるということ。

 その上、今ここにいる浅倉威の精は、そうして自身の死骸の養分を喰い尽して増殖に増殖した、数十兆を超える生殖細胞の群体だ。
 数十兆対1の圧倒的物量差を有したレイプ。
 わかりやすく言えば、地球上の全男性で、たった1人の少女を犯すようなものだ。
 そんな地獄のようなシチュエーションは、薄い本でも滅多にやらないに違いない。


 そのおぞましさを想像できるだろうか。
 恐らく吐き気を堪えることで精いっぱいになるだろう。

 だが安心して欲しい。
 実際に彼に交接されてしまった雌は、恐らくそんなつわりの吐き気も覚える前に、高速発生した浅倉威に、内側から瞬く間に食い殺されるだろうから。


 ……願わくはもう二度と、こんなシチュエーションが起こりませんように。


665 : OH MAMA! ◆wgC73NFT9I :2015/05/15(金) 00:22:30 vsicE2O60

【F-4 街(とある住宅) 午後】


【浅倉威の精@仮面ライダー龍騎】
状態:大量の精
装備:周りの精漿
道具:自分の遺伝子
基本思考:雌と交接して肉体を得る
0:一つでも多くの雌を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:女ぁ……
3:大砲を背負った女とその背中にいた黒髪の女を追って喰う
4:密集している女たちを襲う
[備考]
※一度にヒグマを三匹も食べてしまったので、ヒグマモンスターになってしまいました。
※体内でヒグマ遺伝子が暴れ回っています。
※ミズクマの特性を吸収しました。本当にミズクマの特性を吸収したのならたぶんこういうことになるから。分裂と能力の吸収は浅倉さんオリジナルだよきっと。
※卵子に受精すると、母胎を喰い尽して雄性発生で元の浅倉威になろうとするでしょう。


666 : 名無しさん :2015/05/15(金) 00:24:53 vsicE2O60
異常にて投下終了です。
本当に色々とすみませんでした。お許し下さい。

続きまして、クイーン、艦これ勢の一部、浅倉威Jで予約します。

……また浅倉さんですけど。分裂したほうの。


667 : 名無しさん :2015/05/16(土) 01:44:52 F3QU/mPA0
投下乙です
ヒグマロワで一番のイケメンロビカス、ついにもこっちをオトす。
むくろちゃん可愛いなー。扶桑さんも覚醒して無事改になって安心。
まさか改二実装で艦これ最強の航空戦艦になるとは登場した当初は夢にも思わなんだ。
そして浅倉恐ろしすぎる…流石はパロロワの常連マーダーやで…ヒグマより怖ええよ!
真の無生生殖を身に着けた粘液の犠牲者は今後現れるのだろうか。


668 : 名無しさん :2015/05/16(土) 02:34:38 Z7yPF/i60
乙です
ロビカスが紳士でイケメンで食えない策士でしかも熱くて…これはロビニキ…いやロビンさんですかね…??
もこっちが遂に自分を撃ち抜いて一皮剥けたー!でもマザーが死んじまったー!
と思ったらリクルーターの本領発揮とはしてやられたというかなんというか、うーん上手い。
むくろちゃんのキャラが段々分かってきた、ポンコツかわいいぜむくろちゃん。
扶桑さんはこの前の話の艦むす肉弾戦を体現する形になったなあwこの人も一歩改めたようでなによりだ
そして女子が増えてかしまし感ましましになったところで…浅倉、こっええええ!!で〆という盛りだくさんな内容で超楽しかった
しかし個人的に一番すげえと思ったのは喪女とmojoを絡めてきたセンス、言葉掛けにとどまらずそのまま黒木智子の良さにも繋がるとか思わず口が開いて閉じなかったよ…すげえ…


669 : ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:44:00 NKRJZliQ0
無断で予約期限を超過してしまい、すみませんでした。
5日ほど38度超えの熱で寝込んでたのですが、言い訳です。本当にすみません。
とりあえず予約分を投下します。


670 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:44:52 NKRJZliQ0
 ヒグマ帝国の地下。その田園地帯には、コケの薄明かりを破るような轟音の咆哮が迫っている。
 優に62体ものヒグマを喰らって巨大化した浅倉威が、第三かんこ連隊の者どもに痛めつけられながら道々を踏み壊して来ているのだ。

「クイーンさん!? どうするぴょん!? もう来るぴょん!!」
「……実を言うと、私はあんまり攻撃したくないんだ。被害を広げるだけだから」
「この期に及んで何言ってんだ!? 頼むぜクイーンさん!!」
「いや、私こそ頼むよ。私の『存在』で抑止力にならないなら、むしろ転進したほうがマシさ」

 その真正面に立っていた黒い長毛のヒグマ、穴持たず205のクイーンヒグマは、うろたえる一帯のヒグマたちへ、溜め息とともにそんなことを言う。
 そして彼女は、暴れ狂う浅倉威の方々を暗がりに紛れて飛びまわっている数体のヒグマを目ざとく見切って指差してゆく。


「ほら、彼も彼も彼も彼も……。艦これファンのみんなで相手できてるじゃないか。
 ……あとあなたも。私の能力を見たいってのならごめんよ。悪いけどさっさとあの人間片付けてくれないか?」
「ありゃ、バレてたか。僕の隠密はゴーヤイムヤ並みに完璧だと自負してたんだけどな」
「うびゃあ! チリヌルヲがいるぴょん!!」


 そして背後を振り向きながらクイーンが睨みつけた先には、暗がりに潜んでいた一頭のヒグマが目を瞬かせていた。
 隣で飛び跳ねた駆逐艦卯月のコスプレヒグマの狼狽をよそに、空母ヲ級の被り物をしたその灰色のヒグマは、悪びれもせずに田園地帯を守る彼女らの前に進み出てくる。
 第三かんこ連隊の連隊長・チリヌルヲ提督その者だ。
 即座に、リアクションから戻った第四かんこ連隊連隊長・卯月提督および、第六かんこ連隊連隊長・赤城提督が彼に食って掛かる。


「てっめぇいつの間に紛れ込んだ!! あのデカブツ引き込んで来たのお前らだろうが、始末しろ!!」
「というか、チリヌルヲたちも食べ物を守るぴょん!! ここを守れれば艦これ勢のみんなに食べ物は行くはずぴょん!!」
「そうだよねぇ〜。わかるわかる。卯月提督や赤城提督の言うことはほんとわかる。100%貴様らが正しいよ」

 そして両者の語気を、へらへらとした笑みで彼は流した。

「でもごめんなさい。僕、宗教上の理由で人助けができないんで☆」
「何言っちゃってるぴょんコイツ!?」
「ま、貴様らならこいつを叩き殺すなんて晩飯前でしょ? あ、でもオカズにするのは、殺した後からが本番だからね?
 折角メインディッシュ譲ってやるんだから、感謝して油断せず、しゃぶり尽くせよ?」

 硬直する卯月提督の目の前で、チリヌルヲ提督はセクハラに取られかねない発言とともにウィンクを決める。
 その隣から赤城提督が、怒りを抑えかねて丸太を振り上げた。

「こっ、このっ、マジクソがぁああ――!!」
「ああ怒んないで赤城提督。これお詫びのしるしの照、明、弾♪」
「――げっ」

 チリヌルヲ提督は、目の前で丸太を構えていた赤城提督というヒグマに向けて、恭しく鉄の筒を差し出していた。
 同じく艦これ勢である赤城提督は即座にその物体の正体を察知し、反射的に顔を背ける。

 その瞬間、あたりにマグネシウムの強烈な白光が迸った。

 光度の乏しかった地下を、一瞬にして覆った真昼のような閃光に、周囲150頭ほどのヒグマの視界は一様に眩む。

「ぐぉ――!?」
「くっはっはっはっは、それじゃ、おあとはクイーンさんたちよっろしくぅ! はい、第三のみんなは死体引いて撤収〜!」
「チ、チリヌルヲひどぉい! 待てぇえ〜!!」
「第五のみなさんのチームワークなら僕らと同格でしょぉ〜? ドップラー効果ああぁぁぁぁ〜〜」

 第五かんこ連隊連隊長・子日提督姉の眼を閉じたままの叫びに、チリヌルヲ提督の声が、ご丁寧に演出付きで遠ざかりながら応じていた。


    ##########


671 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:45:32 NKRJZliQ0

「そ、そうだ子日のお姉様!! 子日のお姉様たちの日頃の訓練、見せる時だ!!」
「ひ、比叡提督!?」
「な、なるほど、確かに、チリヌルヲが向こうにも隙を作ってくれた今なら、特別攻撃が通るやも知れぬ……!!」

 子日提督姉の呻きの直後、第四かんこ連隊の中から叫び声があがった。
 第五かんこ連隊に向けて叫び立ち上がったのは、比叡好きで知られる艦これ勢の一頭。
 放送室襲撃の際、キングヒグマが比叡を認知していたかを気にかけていた彼である。
 同第四かんこ連隊のマックス提督が応じた声に続き、一帯の艦これ勢に自然と頷きが走った。

 未だ中空に発光し続ける照明弾の閃光に眩んでいるのは、彼らヒグマだけではない。
 第三かんこ連隊が去った中で抑制が解かれた浅倉威もまた、突然の光に動きを止めていた。

 優に身長7メートル20センチという人間62体分の体積にまで膨れ上がっている彼を仕留める好機は、ここを逃せばほとんどないに違いない。
 クイーンヒグマは、得体のつかめぬながらもにわかに周囲に湧き起こった気迫に、檄を飛ばす。


「行けるのかい!? なら、頼んだよ!!」
「うん――!! クイーンさんが行けないなら、子日が先に行くね!!」
「イェア、ブラザー比叡!! 砲雷撃戦(サウンド・クラッシュ)の時間だ!!」
「はい、金剛提督!! 気合、入れて、行くぜ!!」
「布陣来るぴょん!! 中央以外の第四かんこ連隊は左翼に支援!!」
「例のアレかッ……!! 第六も右でサポートするぞォ!! 丸太を持てェ!!」


 身構えた第五かんこ連隊の中から、ばらばらと3頭のヒグマが先頭に進み出て、第四かんこ連隊の比叡提督と合流する。
 金剛提督、榛名提督、霧島提督という名のヒグマたちだ。
 彼らが合流するや否や、第五かんこ連隊の先頭で、子日提督姉妹が大きく前脚を振った。


「ほらみんな! 第五かんこ連隊、張り切って行きましょう!!」
「いくよ! 『進め! 金剛型四姉妹アターック』!!」
「「「おうッ!!」」」

 その号令に合わせ、手に手に武器を取っていた3連隊150頭のヒグマが、一斉に怒号を上げた。
 得体の知れないその気合に、巨大化した浅倉威も一瞬うろたえた。

「なんだァ……ッ!?」
「ハートの海域、どれだけ巡ってもォー――!!」
「――ハイハイ!! ハーイハーイ!!」


 その瞬間だった。
 先頭に立っていた4頭のヒグマ――金剛型が好き過ぎる提督たちが、一斉に浅倉威の方へ走り込み、散開していた。
 歌いながら叫び来る比叡提督が、先陣を切るように浅倉の足元に突っ込む。
 そしてその陰に隠れながら金剛提督が、手拍子を叩きつつ浅倉の腕に飛びついた。
 浅倉は金剛提督を振り払おうと身をよじる。

「くそッ……!? ――うぜェ!!」
「恋の弾丸、提督(あなた)に届かない……」

 だがその時、浅倉の両脚に鋭い痛みが走った。
 金剛提督のさらに陰にまぎれていた榛名提督が、先陣を切っていた比叡提督と共に浅倉の背後に回りこみ、あざやかな爪の一撃で、彼の両脚のアキレス腱を切断していた。
 膝崩れになった浅倉の視界には、彼の顔面に飛びかかってくる金剛提督の姿が映った。


「――『三式弾』ッ!!」


 そして金剛提督は、勢いをそのまま全身を弾丸にするかのように、渾身の爪を浅倉の眼球に突き込んだ。

「グオォオオオオォオ――!?」
「――『三式弾』ッ!!」

 続け様に、悶絶する浅倉の鼻先を飛び越え、金剛提督は浅倉のもう片方の目も潰してしまう。
 顔面に引っ付いて攻撃してくるその邪魔くさいヒグマを一息に食い殺さんと、浅倉は大口を開けた。
 その時だった。


「おねっがぁい、助けてッ……。羅針盤のー……、妖、精、さぁーんッ!!」


672 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:45:50 NKRJZliQ0

 一頭、完全に浅倉の意識から外れていた霧島提督が、彼の直下から廃棄予定だった砲塔の一つを抱え上げ、壮絶な怪力で放り投げていた。
 その砲はあたかも羅針盤の針のように勢い良く回りながら浅倉の口内に入り込む。
 そして、完全に開いてしまった彼の口につっかえ棒のように突き刺さってしまう。

「ワーォ、コングラッチュレイションズ!!」

 即座に横から、金剛提督が浅倉の鼻にハンマーパンチを食らわせ、その砲を彼の顎に突き込んでしまった。
 時間にしてわずかに20秒足らず。
 それだけの短時間に、この4頭は浅倉威をほとんど身動きの取れぬような風体に仕立て上げてしまう。

 ビシッと立てられた金剛提督の親指に、地上で一斉に3連隊の軍勢が同調した。


「ウォオ――!! ウォオ――!! ウォー、ウォー――!!」
「撃ーちますファイヤァ――!!」
「全力で、参ります――!!」
「腕がッ、鳴りますね――!!」


 第五かんこ連隊連隊長・子日提督姉の指揮に合わせ、全員が激しい気焔を上げて合唱しながら、楽器よろしく、左翼・中央・右翼の3方から嵐のように攻撃を浴びせる。
 シンセサイザーのように機銃が軽快なメロディを奏でる。
 シンバルを挟むように手投げの魚雷が浅倉のボディへ直に響く。
 ドラムのような連装砲に、タンバリンのような丸太の連弾が右から左から彼の体にリズムを刻む。
 顔面から肩にかけて踊りながらいたるところを爪で引っかいてゆく金剛提督のうざったい動きに翻弄され、眼も見えない浅倉はただ暴力的な楽曲の中に身悶えすることしかできない。

「ウォオ――!! ウォオ――!! ウォー、ウォー――!!」
「――速度と火りょッ、くッ!!」
「気合ーいでーッ――!!」
「狙らぁってーッ――!!」
「当たぁってーッ――!!」

 そして楽曲をクライマックスへ持ち上げるように彼らの声は高まり、攻勢は韻を踏んで揃う。
 前脚を高く掲げた子日提督姉妹の前で、全身を真っ赤な血に染めた浅倉の巨体は、まるでスタンディングオベーションを試みるかのように、苦悶にその身を高く逸らし上げた。
 指揮者がその手を、振り下ろす。


「――全砲、門、バーニングラァァァ――ヴ!!」


 彼ら3つのかんこ連隊が持つ最大火力の砲撃が、一糸乱れぬ同一タイミングで放たれる。
 それは万雷の拍手のような轟音だった。


    ##########


 その最終砲火に合わせ、優雅ささえ感じさせる動きで、浅倉の顔面から跳び発った金剛提督が下に着地していた。
 その先、先程まで彼が取りついていた浅倉威の姿が、晴れてゆく硝煙の幕の裏に照らし出される。
 徐々に落ち着きを見せてくる照明弾の明かりの中に浮かぶその巨人は、首から上の頭が完全に吹き飛んでいた。
 金剛提督が静かに立ち上がるその先で、浅倉威の死骸は首から鮮血を吹き出しながら、ゆっくりと地に倒れる。


「イェア……! シスター子日、ブラザーたち、最高にイリエーなサウンドだったぜ……!!」
「ふっふーん♪ どうだぁ、まいった? クイーンさん、子日たちは、かわいいだけじゃないんだよぉ?」
「ああ、すごかったよ。艦これファンのみんな、やればすごいんじゃないか」

 第五かんこ連隊――。
 それは、ありとあらゆる行動に艦これネタを仕込むことでその性能を昇華させ、複数人の間で統一された連携行動をとることを究めた『掛け合い勢』である。
 ネタの一つ一つはそのまま自分たちだけの符丁となり、楽しみながら、仲間の輪を広げながら、ハイクオリティな団体行動を生み出すに至る。

 つまりは、『オタ芸』。

 全く初見の状態からヒグマの身体能力と艦隊これくしょんの火力で打たれるその芸道に対処することは、いかな浅倉であっても、敵わなかった。


【浅倉威J 死亡】


673 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:46:54 NKRJZliQ0

「やったぁ! 如月提督ちゃん! やったよぉ〜! 一緒にやっつけられたよ!!」
「良かった! これでもう大丈夫そう! 私と睦月提督ちゃんの共同作業だったわね!!」

 クイーンヒグマが、感嘆とともにパチパチと拍手を送る中、第四かんこ連隊や他の隊のヒグマたちも、自力で脅威を退けられたことに喜びの声を上げていた。

「相変わらずあの二人、好きな艦娘と一緒でべったりコンビぴょん」
「それだけのことやり切ったんだぜ!? 達成感あるだろ、なぁ加賀提督!?」
「ええ。流石に気分が高揚します。瑞鶴提督たちにもこの勇姿を見せてあげたかったですね」

 卯月提督と赤城提督も、互いに微笑みを交わしながら互いの労をねぎらう。
 第六かんこ連隊の一同は、加賀提督の言葉に優しい表情を見せ合う。


「元は私たち第六かんこ連隊の一員ですよ? 第一の夕立提督も信頼できる方ですから、元気でやっていることでしょう」
「大鳳提督の言う通りだな。あいつらなら、ビスマルクにたらふくご飯を食べさせてやってるはずだ」
「五航戦の子も、加賀さんと同じくみんな大食な子たちですから。補給は大事。
 養いの志を広げに行った瑞鶴提督は尊敬すべき方ですが、私は赤城提督と一緒に、最後まで食糧と物資を守り抜きますよ」
「おう、いつもありがとうな、加賀提督!」


 守り抜いた田園地帯を背に強固な決意を再確認する彼ら――。
 第六かんこ連隊は、主に大食艦である空母娘を萌えの対象とし、彼女たちにお腹いっぱい、胸いっぱいの奉仕をしようと誓う『養い勢』だ。
 娘たちの腹を空かせて泣かせるなんて許せない。そんな義憤で動く者たちである。
 隊の外でも、その志に同調する艦これ勢は当然多い。
 裏表のない彼らの代表である赤城提督は、瑞鶴提督たちが隊を離れる時も、その理由は艦娘たちの腹を様々な場所で満たしてやるためなのだろうと信じて疑わなかった。

 信じて送り出した瑞鶴提督が艦娘工廠の溶解液にドハマリして瑞鶴改二を実装してしまうなんて、彼らは思いつくことすら無かった。


「クイーンさん、この襲撃者の死体はどうすればいいぴょん?」
「ああ、そうだね。私が解体して『肥料にする』よ。みんなありがとう、あとは私一人でいいよ」
「いえいえ! ここまでやったんですから、睦月提督も手伝いますよ〜! ね、如月提督ちゃん!」
「そうね! 一緒に解体しましょ、睦月提督ちゃん!」

 クイーンと卯月提督が動かなくなった浅倉威の死体を検分しているところに、睦月提督と如月提督がいそいそとやってくる。

「そうね。みんなで解体した方が気持ち的に、楽になるわね」
「人肉も優秀な食糧になりますから」
「イェア、野菜も良いが、たまには人肉も悪くねぇよな、ブラザー」
「金剛提督には、歌も、解体も、負けないぜ!」

 そこに続いて他の部隊のメンバーもぞろぞろとやって来て、なし崩し的にクイーンヒグマが押しのけられて、浅倉の肉が解体され始めた。
 宙に舞っていた照明弾も地に落ち、その光も消えた、その時だった。


 ぴゅるっ。


「あら……?」

 再び暗がりに落ちた地下の闇で、何かが解体作業中の如月提督のウィッグにかかった。
 掌で触れてみれば、それは何やらねばねばとした液体のようだ。
 目の前の浅倉威の死体から飛び跳ねて来たものらしい。


「およ? どうしたの卯月提督ちゃん?」
「やだ……。髪が傷んじゃう」


 髪飾りを押さえ、毛からその液体を取り除こうとする如月提督を、隣から睦月提督が覗き込む。
 その時さらにぴゅるっ。
 ぴゅるっ。
 ぴゅるっ。
 ぴゅるっ。
 ぴゅるっ。
 ぴゅるっ。

「ふぁっ!?」
「ふわぁぁぁぁ!? そこは……!!」

 大量の液体が、その両者の体に降り注いでいた。


「どうしたぴょん!?」
「ヘイ、シスター睦月、ワッツハプン?」
「ふぅむ〜? なんかあったのぉ〜?」
「ボーキでも出て来たかぁー?」

 周りで顔を上げ、その二体の雌ヒグマを見た者たちは、その直後に硬直した。


「ふえぇぇぇ――!? 睦月提督、衣装紙なんだけどぉ――!?」
「いやだぁ……ッ!! 私を……、どうする気!?」


674 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:47:22 NKRJZliQ0

 浅倉威の大腿の付け根付近で作業していた彼女たちの体は、蠢く大量の白濁液の中に絡め取られていた。
 四肢を拘束し、口の中に入り込み、手製のコスプレ衣装を乱して服の下に入り込んでくるぬらぬらとしたそのゲル状物の様相に、艦これ勢とクイーンは戦慄を覚えた。

 その中で最も早く我を取り戻したのは、第五かんこ連隊の代表たる、子日提督姉妹だった。

「あっ、あっあっ……!? ――あれは何のヒ!?」
「ひ……!! ――卑猥のヒ!!」

 いかなるリアクションにも艦これネタを仕込むが故の、高速の反応だった。


「二人ともォ――!? 待ってるぴょん!! うーちゃんが今助けるぴょん!!」


 第四かんこ連隊連隊長の卯月提督が続いて動き、彼女たちを助けるべく走り出す。
 しかしその瞬間、二体に絡みついていた白濁液の一部が、弾けるように卯月提督の方へも飛び掛かった。


「ひっ――!?」
「――寄らばシュナイデンッ!!」

 その時咄嗟に、走り出て来た部下の一頭が、自分の手でその白濁液の飛沫をはたき飛ばす。

「マックス提督!?」 
「我が身は既にアイゼン!! しかし卯月提督にこの奇怪なる妖物は危険だ!!」

 マックス提督は手にひっついたその液を地面で擦り潰すようにこすり落とし、牙を噛む。
 その間にも、襲われ、囚われている二頭の様子はおかしくなっていた。

「あふっ……!!」
「うあぁ……!!」

 悶え苦しむようなその声は、無上の快楽を得ているような、はらわたから獣に喰われているような、聞くに堪えないものだった。
 クイーンヒグマがその時、声を振り絞って叫んでいた。


「み、みんな――ッ!! そこから逃げなッ!! 早く――ッ!!」
「少しは……役に……、立てたのか、にゃ……」
「如月提督のこと……、忘れないでね……」


 睦月提督と如月提督が末期の声を絞ったのは、その直後だった。
 その呟きが喉を通るや否や、膨れ上がった彼女たちの胴部が、内側から勢いよく張り裂けていた。


「グッハッハッハッハァ――!!」
「あぁあ――、良い寝心地だったぜェ――!!」


 血と臓物と白濁液を撒き散らして彼女たちの中から出て来たのは、先程死んだはずの、浅倉威だった。


    ##########


 飛び散った白濁液は、意志を持つかのように、周囲にいた艦これ勢の雌だけを選んでその身に纏わりついた。
 そしてそのまま会陰部へと這いずり、その体内に侵入しようとしていく。

「うわぁー!?」
「きゃぁ!?」
「ひぎぃ――!?」
「あへぇぇええ――!!」
「ほぎょぉおおぉお!!」
「ハッハッハッハッハッハァ!! 祭りだ祭りだお祭りだぁ!!」

 浅倉威の哄笑が響く中、体内に白濁液の侵入を許してしまったヒグマたちの中から、その肉を突き破って次々と浅倉威が出てくる。


「クッ、ソ……ッ。チリヌルヲ……!!」

 その惨劇を目の前に、第六かんこ連隊の赤城提督は震えていた。
 脳裏には、チリヌルヲ提督が去り際に残した言葉が思い返される。

『ま、貴様らならこいつを叩き殺すなんて晩飯前でしょ? あ、でもオカズにするのは、殺した後からが本番だからね?
 折角メインディッシュ譲ってやるんだから、感謝して油断せず、しゃぶり尽くせよ?』
「あのクソがっ……!! どこまで予測してやがった……ッ、いちいち不親切すぎんだよ……!!」
「赤城提督――!!」
「ちくしょうッ!! 撤退だぁ――!!」

 そして彼は、襲い掛かる白濁液と浅倉威本体の群れから身を翻し、総員に撤退命令を出した。


「みんな、早く逃げてくれ――!! 頼む――!!」


675 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:48:08 NKRJZliQ0

 クイーンヒグマが叫ぶ中、幾人にも増えた浅倉威は、オスのヒグマをも捕食し、その体を分裂させてゆく。

「ひぃい――!!」
「ぎゃぁあああ――!!」

 田園のあちこちから、散り散りになったヒグマたちの断末魔が聞こえる。
 機材が壊れ、畝が乱れて飛び散る。

「ほげぇえぇぇええ――!!」
「おびゅぅううううぅ――ん!!」

 暗がりの中から、聞くに堪えない悶絶と飛沫が上がる。
 育ちかけの野菜がへし折られ、引き千切られてゆく。


 クイーンヒグマの足元に、大きなトマトの実が飛んできて、潰れた。


「あ、あ……ッ!!」
「ク、クイーンさん!! クイーンさんも逃げるぴょん!! 今いるみんなだけでも……!!」

 震えながら顔を覆ったクイーンの元に、涙を流しながらふらふらと卯月提督が逃げてくる。
 彼女の後ろから第四かんこ連隊が、そして第五、第六のメンバーも、なんとか隊を纏めて走り来る。
 しかしその後ろからは、未だ巨人の死体から溢れ続けるスライム状の白濁液と、大量に増えた浅倉威が追ってきていた。


「クイーンさんッ!!」
「……みんなが先に逃げてくれ。私はここに残る」
「クイーンさん、もう畑どころじゃないぴょん……ッ!!」
「……いいから逃げてくれ。『巻き添えで死ぬぞ』」


 顔を上げたクイーンの眼は、真っ黒な黒曜石のように冷たく尖っていた。
 卯月提督はその時、彼女の気迫と、そして生理的な恐怖感を覚えて飛び退いた。

 異臭がする。

 鼻の奥から脳髄を掻き回し、焼却炉で燃やし尽くすような臭気が、一瞬卯月提督の顔面を叩いていたのだ。
 思わず咳き込み涙を溢れさせた彼女は、クイーンヒグマの周りに、濁った炎のようなものが漂っていることに気付く。

 空中に鬼火のように揺らめく、澱んだ赤褐色の炎だった。


「そ、それは、何の火……!?」
「火じゃない。……これが私の、能力さ」


 走りながらの子日提督姉の叫びに、クイーンヒグマは淡々と呟いた。
 その前に、浅倉威の大群と、白濁液の波が襲い掛かってくる。


「グッハッハッハッハァ――!!」
「……許してくれ、キング」


 ヒグマたちを食い殺しながら迫ってくるその軍勢にその時、奇妙なことが起きた。
 まず始めに、蠢いていた白濁液のゲルが、突然煮え立った。
 実際に煮えたのかは定かではないが、唐突に煙を上げて動きを止めたそれは、瞬く間に目玉焼きの白身のような変性した蛋白質の塊となって地に落ちる。

 そして次に浅倉威たち自身が、喉を押さえ、苦悶に身を捩り始める。


「グ、オ……!? テ、メェ……、何、しやがったァ……!!」


 動きの鈍った浅倉たちから、ヒグマたちは何とか逃げ切り、クイーンヒグマの背後で振り向き、彼女へ声をかける。
 しかし彼らもまた、粘膜を焼くような猛烈な異臭に咳き込んでいた。

「げほっ、クイーンさん……!! ま、まさかこいつら全員を、相手できるのか……!?」
「さっさと逃げてくれ!! あんたたち全員入れても相手できちまうんだ、私は!!」


 クイーンヒグマの周りの空間は、既に濁った赤の空気に埋め尽くされていた。
 赤い空気は炎のように揺らめき、津波のような浅倉威たちを呑み込んでいる。
 濃い瘴気のようなその空気が、異臭の原因であり、また、浅倉威たちの動きを止めている攻撃だった。


「ク、ソ……、――ガァッ!!」
「……クソは、あんただ!!」


 浅倉威の一人があえぎながらも、ヒグマとほとんど変わらぬほどになったその爪で、クイーンヒグマに躍りかかる。
 クイーンは叫びながら、その男の拳を爪で受けた。
 すると、衝突した浅倉威の腕が爆発を起こして吹き飛ぶ。

「グァ――!?」
「死ィ!!」

 そして続けざまに、彼女はその爪を彼の腹に叩き付ける。
 その瞬間、浅倉威は再び爆発を起こし、今度は全身を吹き飛ばして死んだ。


「グルォオオォおぉ――!! 死ねぇえええええ――!!」
「ああ、死ぬさ、この土地は死ぬさ……!! これでもう、あんたも私も……」


676 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:49:11 NKRJZliQ0

 残る浅倉威の軍勢が、ばらばらと立ち上がって襲い来る。
 その一団の前でクイーンヒグマは嗚咽を漏らした。

 破壊された機材。
 荒れ果てた田畑。
 散乱する死骸。
 
 汚れた赤の向こうに流れ見えるその光景を絶ち斬るように、クイーンはその爪を振りあげた。


「――チェックメイトさ!!」


 浅倉たちが迫る中、クイーンはそうして、自身の爪を地面に叩き付ける。
 その瞬間、一帯には大爆発が起こった。
 赤い空気は本当の炎と化し、あたり一面を舐めて、灰燼に帰させた。


    ##########


「て、点呼……! みんな、点呼とるぴょん……! みんな、よく、生き残ってくれたぴょん……!」

 D-6の田園地帯を放棄して、一行はD-5の研究所跡地にまで退却していた。
 敗残兵のように廊下に蹲るヒグマたちの中を、泣き腫らした眼のままに卯月提督が歩く。

 その隅にいるクイーンヒグマに、横から子日提督妹が問いかけた。


「クイーンさん……、結局あれは、何のヒだったの? 必殺技のヒ……?」
「……『二酸化窒素』。肺を舐めて溶かす、猛毒の空気だ」


 二酸化窒素とは、赤煙硝酸という液体を構成する、濁った赤色を呈する刺激臭の気体だ。
 強力な酸化剤であり、吸い込んでしまえば、急速に体内に移行し、ラジカルを出すことで組織を破壊してゆく。
 高濃度になれば、数分と持たず生物は死んでしまう。
 死なずとも、大量に吸えば肺には重篤な障害が残る。
 大気汚染防止法の特定物質にも指定されている、れっきとした環境汚染物質だ。

 田園を守っていた者が用いるにしては、似つかわしくない能力だった。


「それでも、本当に炎とか、爆発とか起こしてたよね、クイーンさん……」
「私の能力は、窒素を操り化合させることさ……。だから、土地を硝化させて肥料にし、作物を育てられた……」


 肥料の三要素とは、チッソ・リンサン・カリだと言われる。
 そのうちチッソに関しては、自然界でも硝化菌という細菌の作用で肥料が作成されており、これと共生するマメ類が荒地の開墾に適しているのもそのためである。
 クイーンヒグマは、空気中の窒素を周囲の物質と硝化させ、酸化させ、化合させ、様々な物質を作れた。
 瞬間的なニトロ化合物の生成により衝撃で一帯に大爆発を起こすことも、広範囲を二酸化窒素で埋めることによる大量殺戮も、思いのままだった。
 だから彼女は、能力のそんな使い方を、最後までしたがらなかった。

 D-6の田園地帯は、放棄された。
 生きた者は誰も入れないような、高濃度の二酸化窒素で汚染された空間になってしまった。
 爆炎の荼毘だけが、大量のヒグマと艦隊の夢を燃やして、燻っているだけだ。


「こ、これだけ……、ぴょん……? だ、誰か他に、他に、生き残ってる者はいないぴょん!?」
「くそぉ……、卯月のお姉様と、皆の連隊を……ッ! 冗談じゃねぇ……! チクショウ見てろよタコ野郎!
 あいつのあのでけぇケツに俺の46cm砲ブチ込んでやる……ッ! クソッタレ――ッ!!」
「よせ、ブラザー比叡……! これが俺たちのサウンドの……、結果だったってことだ……」


 比叡提督が吠えた。
 なだめる金剛提督の隣で、各隊の点呼を終えた連隊長たちは、沈鬱な表情を崩せなかった。

「第四かんこ連隊、生存者……、7名、ぴょん」
「第五かんこ連隊、5名……。うぅ……、悔しいよぉ……」
「第六かんこ連隊は、俺と、加賀提督、大鳳提督の、3名だけ、だ」

 クイーンヒグマを入れても、浅倉威の攻勢から逃れられたヒグマは、わずかに16頭のみだった。
 優に134頭ものヒグマが、浅倉に犯されたか喰われたかで、死んでしまった。
 その前に相手していた第三かんこ連隊の死者も入れれば、その数はさらに増える。

 敵が死体の精液から大量増殖しつつ復活するなど、彼らには想定できなかった。
 それこそ敵を死体にしてからが死姦の本番と考えるような一部の第三かんこ連隊のメンバーくらいしか、対応はできなかっただろう。


「……ごめん……、ごめんよ、キング……。みんな……」


 引き受けていた何もかもを喪ったクイーンは、蹲ったまま嗚咽を漏らすことしかできなかった。
 その想い人すら既に喪われていることを、彼女たちは、知る由もなかった。


677 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:49:34 NKRJZliQ0

【D-5の地下 研究所跡 午後】


【卯月提督@ヒグマ帝国】
状態:『第四かんこ連隊』連隊長(和気藹々勢)
装備:駆逐艦卯月のコスプレ衣装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢の仲間と過ごすため、ヒグマ帝国を守る
0:クイーンの下で皆の生きる場所を守る。
1:艦隊これくしょんをきっかけに、皆で仲良くすることの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間をも仲良く生かす。
3:キングとクイーンに同調する。
※艦娘と艦隊これくしょんを愛する仲間のために、生きる場所を作ろうとしか思っていません。
※愛宕提督、マックス提督、比叡提督、龍驤提督、間宮提督、伊勢提督で、『第四かんこ連隊』の残り人員は7名です。

【子日提督姉@ヒグマ帝国】
状態:『第五かんこ連隊』連隊長(掛け合い勢)
装備:駆逐艦子日のコスプレ衣装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:皆と艦これの話題で会話するため、ヒグマ帝国を守る
0:クイーンの下であらゆる行動に艦これネタを仕込む。
1:率先して格好いい姿を見せることで、艦これネタが通じることの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間をも艦これの話題に巻き込む。
3:キングとクイーンに同調する。
※艦隊これくしょんの話題でより多くの者と以心伝心したいとしか思っていません。
※子日提督妹、金剛提督、霧島提督、榛名提督で、『第五かんこ連隊』の残り人員は5名です。

【赤城提督@ヒグマ帝国】
状態:『第六かんこ連隊』連隊長(養い勢)
装備:丸太
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:艦娘たちを食わせてやるため、ヒグマ帝国を守る
0:クイーンの下で食糧生産地を堅守する。
1:艦娘に腹いっぱい食べさせてあげることの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間をも使って食糧と資材を確保する。
3:キングとクイーンに同調する。
※とにかく艦娘を十分に食べさせてやれるだけの資材を確保したいとしか思っていません。
※加賀提督、大鳳提督で、『第六かんこ連隊』の残り人員は3名です。

【穴持たず205(クイーンヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:“キング”に代わり食糧班を統括する
0:ごめんよ、キング……、あんたの田畑を、守れなかった……。
1:私にこんな力の使い方を、させないでくれ……。
2:これから一体、私はどうすればいい?
3:艦これファンのみんなは、すごいじゃないか……。
[備考]
※気体中の窒素を操り、化合させる能力を持っています。
※土地を硝化させて肥料の代わりとしたり、物体をニトロ化させて爆発物に変化させたりできます。
※加えて赤褐色の猛毒気体である二酸化窒素を吹き付けて肺を灼き殺す技法などを持っていたりしますが、完全に環境破壊を引き起こす技なので、積極的に使いたがりません。


※ヒグマ帝国のD-6エリアには高濃度の二酸化窒素が立ち込め、全域が汚染されています。


    ##########


678 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:49:48 NKRJZliQ0

「よし、点呼ォ。お前ら、点呼とるぞ! ハッハッハ、割と生き残ったなぁ俺!」
「流石俺だよなぁ、先見の明があるというか」
「ハッハッハ、まさに自画自賛だな」
「それだけ増え切ったんだぜ? 達成感あるだろ、なぁ俺?」
「ああ。流石に気分が高揚するな」

 D-6の田園地帯を放棄して、浅倉威はその地上の街に出てきていた。
 増えていた浅倉の一部が、ヒグマたちを追う方向でなく、窮屈で暗い地下から出る方向に行動して、岩盤に穴を掘り始めていたのが幸いした。

 クイーンヒグマが地下に毒ガスを充満させ始めても、浅倉威の大部分は、おさない・かけない・しゃべらないを守ってその経路から地上に上がることができたのであった。


「こ、こんなに……、か……? だ、誰か他に、もっと、死んだやつはいなかったっけか!?」
「いやいや、これでも割と死んだぜ?」
「むしろ増えてるけどな」
「浅倉威、101人かァ。集合するとけっこう壮観だな」


 自分の人数に点呼をとり、浅倉威の自分の人数に驚愕した。
 101人。
 101人浅倉だ。

 出て来た場所であるビル街の喫茶店前がぎゅうぎゅう詰めになるような人数だ。

 これでも地下で30人以上の浅倉が死んでいるのだ。
 クイーンヒグマの能力は確かにそれだけの危険性と強さを持っていた。
 だがどうしたことか、それでも浅倉の人数は地下に降りてきた時より増えている。
 始めは瀕死の状態だったのに、まるでボーナスステージでも通ってきたかのようだった。


「とりあえずどうするよ、ここの食い物には先客がいたみたいだしよぉ」


 出て来た穴を埋め戻して、漏れ出してくる二酸化窒素を塞ぎつつ、浅倉威は自分自身で相談する。
 見回せばこの場所、ビルの中の喫茶店には、銃撃戦が起こったかのような破壊の痕がある。
 店内、店外ともに荒らされ、庭先には墓を作ってさらにそれが暴かれたかのように、乱雑に土くれが放り出されている。


「その先客を追えばいいんじゃね?」
「もしくは解散して自由行動にするか? このままじゃ通勤時間の電車みたいになっちまう」
「まぁな、祭りの場所がわかるまでぶらつくのも悪くねぇ」


 二代目の浅倉威たちは、生まれた時から輝くばかりの隆々たる肉体だ。
 元々の自身の体にヒグマの逞しさと体毛を生やしたようなヒグマモンスターの状態をそのままに、後から後から生まれてくる。
 前立腺液30パーセントの、自分のミルクでチューンアップされるのだから安いものだ。
 カードデッキは流石に遺伝するような物体では無かったが、もはや生身の裸一貫で戦うことも浅倉威にはなんら苦にはならないだろう。

 目の前に開ける可能性の山に、浅倉威はいつになくウキウキと上機嫌だった。
 やはりヒグマは最高だな、と、彼らは思うのであった。


【D-6 とあるビルの中の小さな喫茶店 午後】


【101人の二代目浅倉威@仮面ライダー龍騎】
状態:ヒグマモンスター、分裂
装備:なし
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂して出来た複製が単為生殖した二代目がさらに自己複製したものです。
※艦これ勢134頭を捕食したことで二代目浅倉威が増殖しました。
※生き残っている浅倉威はあと101人です。


679 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:55:28 NKRJZliQ0
前作に引き続き、異常で投下終了です。
もう浅倉さん書いてると泣きたくなる……。

続きまして、ジャン・キルシュタイン、星空凛、暁美ほむら、球磨、球磨川禊、
碇シンジ、巴マミ、デビルヒグマ、纏流子、ビショップヒグマ、
穴持たず104、ベージュ老、ナイトヒグマ、瑞鶴、ゴーヤイムヤ提督、
デーモン提督、ビースト提督ほか第十かんこ連隊で予約します。

それなりに大きな話になると思うので時間かかりそうですが、とにかく書きます。


680 : ヘルス・エンジェル ◆wgC73NFT9I :2015/05/29(金) 11:58:15 NKRJZliQ0
あ、すみません、なんか足りないと思った。
そこに布束砥信、四宮ひまわり、田所恵、間桐雁夜を追加して予約します。


681 : 名無しさん :2015/05/29(金) 17:31:44 qCYiAnu20
おかえりなさい、投下乙です
艦これにはまったお蔭でモブの一匹一匹まですっかり個性豊かになったヒグマ帝国民。それだけに国自体が崩壊寸前なのは悲しいなぁ
倒しても倒してもどんどん増えていく浅倉さんが恐ろし過ぎる。有冨よこれで満足なのかい?


682 : ◆wgC73NFT9I :2015/06/05(金) 23:32:23 sKFn880A0
予約を延長します。


683 : ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:28:30 Iiq4s9CY0
皆様、ご無沙汰しております。
遅くなりましたが、とりあえずキリのいいところまでを投下いたします。
たぶん二分割ですむかな……、と思います。


684 : ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:29:40 Iiq4s9CY0
 巴マミの手の甲には、先程まで存在しなかった、赤い文様が描かれていた。
 平たい楕円を横たえて、さらにその端から下に半円を描いたような一画。
 その隣で耳のように慎ましくCの字を描く一画。
 それらの元を下支えするように広く弧を開いて受ける一画。
 あたかも、斜めから見下ろしたティーカップのように見える図案だった。


「……こんな簡単な詠唱で、本当に魔力を獲れるのね」


 巴マミはその手に実際にティーカップを持ちながら、充溢する魔力の感触に嘆息する。

「何か、痛みや不調は感じる?」
「いいえ? 暁美さんの話だと危険もあるようだったから切り上げたけど。
 太陽のようなイメージとか激痛とか……、そんなのは全く感じなかったわ」
「そう……。個人差かしら。何もないならそれに越したことはないけれど」

 堅いソファーに腰かける彼女へ、向かいの席から暁美ほむらが話しかける。
 二人はそうしてゆっくりとカップに口をつけ、芳醇なハーブティーの香りを鼻腔に遊ばせた。


「……美味しい。レモンバームとペパーミントね。魔力と一緒に、勇気まで満たしてくれそう」
「ええ……。背中を支えてくれるような……。気のせいでもソウルジェムの濁りが薄れる気がするわ」
「それはもう、あたしたちの独自ブレンドですから! おかわりもありますので、どうぞ!」

 感嘆する二人の言葉へ嬉しそうに答えたのは、ナース服を纏った一頭のヒグマだった。
 穴持たず104・ジブリールと呼ばれる医療班のヒグマは、フロア内のあちこちへ給仕をするように忙しく歩き回っていた。

「う〜ん、これは乙だクマ。紅茶なみなみ注ぎも素晴らしいクマが、これはゆとりと溌剌さを感じる味クマ」
「ええ、疲れてても元気が出ますねこれ。レシピ貰ってミサトさんたちに淹れてあげようかな」
『そうだね』『甘くて爽やかな青春の味で』『苦いものが欲しくなるな』
「……まぁ。毒じゃねぇみたいだな」

 球磨、碇シンジ、球磨川禊、纏流子が口々に感想を語る。
 診療所の方々に腰かけるその彼らの脇で、巨体を部屋の隅に窮屈そうに押し込めながら、その爪にはあまりに小さいティーカップを器用に持ってデビルヒグマが佇んでいる。
 目の前の4頭のヒグマたちから話を聞いていた彼は、いかんとも表現しづらい苦笑をその口元に浮かべていた。

「……それで、研究所……というか、ヒグマ帝国というか。半日の間に、そんな事態になっていたとは。さすがに私でも反応に困る」
「いやマジで大変だったんですよ! 北居住区の艦これ勢のイキオイったら!」
「安静中にヤスミン先生のとこに入ってきた情報だけでもただごとじゃ無かったですから。やつら艦娘を使って一帯を焦土にしたとかしないとか」
「別に俺らもそのゲームとか自体は好印象だったんですけど、あれは無い」
「でもあの名高い穴持たず1のデビルさんが帰って来て下さったなら心強いっす!! これで艦娘とやらもぶっ倒せます!!」

 布束砥信に昏倒させられ、診療所に運ばれていた4頭・穴持たず748〜751は、音に聞く初期ヒグマの姿を目の前にして快哉を上げている。
 直後、彼らの横からは微笑みと共に7門の14cm単装砲が突き付けられた。

「おうコラ、それは球磨にケンカ売ってるクマ?」
「ひぃい! すいませんでしたぁ!! 球磨の姐さんを貶めるつもりはこれっぽっちも!!」
「悪いのは後ろで指揮してる艦これ勢の奴っすから!!」
「あ、あの、艦娘とは言いましたがそれは言葉のアヤで!!」
「ほら! 艦娘(を操ってる悪辣な連中)をぶっ倒せます!! の略ですから!!」
「おう。梨屋(ナシヤ)、千代久(チヨク)、名護丸(ナゴマル)、稚鯉(チゴイ)。これからは言葉に気をつけろクマ」
「へへぇ……!! 名付け親たる球磨さんのお言葉、しかと心に留め置きます……!!」

 優雅に指先にティーカップを遊ばせるゴッドマザー、球磨の微笑に、ヒグマたちは即座に平身低頭となる。
 軽んじていた人間に後れをとったことを自覚して以来、彼ら4頭の自尊心は完全なる三下根性に変質していた。


685 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:30:18 Iiq4s9CY0

「……見ていテ安心感すら感じさせル鮮やかサでスね……。これで上手く行けば良いのでスが……」
「……うむ。まぁ、思ったより穏便な対応をしてもらって良かったよ」

 その光景を見ながら、車椅子に乗る老ヒグマ――ベージュ老と、その膝元でガラス球に封じられた液状のヒグマ・ビショップが嘆息する。

「あら、それはこちらの言葉よ、ベージュさん、ビショップさん」
「ええ、マミさんの言う通り。どんな抵抗をされても対応できるよう考えていただけだから。
 拍子抜けするくらい好意的に接してもらって、感謝しかないわ」
「まぁ、医療者としては敵も味方もないからのぉ」

 ――確かに、シーナーが居ったとしても要求を呑ませられたろう機動じゃった。
 ソファーから投げられた巴マミと暁美ほむらの言葉に、ベージュ老は今に至る状況を思い返す。


    ††††††††††


 穴持たず104・ジブリールと穴持たず88・ベージュの反応を超える勢いで瞬く間に診療所を占拠した暁美ほむらの一行に、彼らが何かできるはずもなかった。
 上階で休息していた4頭のヒグマは、昏睡から覚めて既に動けるようになっていたが、降りて来てみればこのザマである。
 球磨が突入していた間にどうやって親分子分のような契りが交わされたのかは、彼らしか知ることはない。
 そこに、ビショップヒグマからの申し出があり、ナイトヒグマまで人質に取られており、穴持たず1であるデビルヒグマまでその味方に付いているのだとなれば、無下に扱うことなどできようはずもない。
 敵意の無いことの表明、一行へのもてなし、ビショップヒグマらとの情報のやり取り。
 そして何はともあれ、意識不明の重体だった星空凛の治療――。

 医療に携わる者としても、要求に応えるにしても、ベージュ老とジブリールが行なったのはまずそれだった。
 人質交換のように、気絶していたナイトヒグマを引き渡してもらう代わりに彼女を治療するということは、彼ら医療班にとっては願ってもないことだった。

 ――ルークヒグマの放電によりもたらされたという電撃傷。
 雷などによる感電の死因の大半を占めるのは、受傷直後の心室細動である。
 即死を免れ、球磨川禊の『劣化却本作り』によって状態を維持されながらただちに搬送されてきた彼女の状態は、比較的良好と言えた。
 この場合必要になったのは、シダ状の電紋を見せている胸部の熱傷治療のみで、後は意識を取り戻すまで輸液を欠かさず様子を見ておけば良かった。
 その結果を受けて一番安堵した表情を見せていたのは、午前中から同行していたという球磨、暁美ほむら、そして中でもジャン・キルシュタインという少年だった。


『ほらどうしたのジャンくん』『きみもお茶飲みなよ』『美味しいぜ?』
「……うるせぇ、来んな裸パンツみそくん」
『その言い方はやめろって!! それに僕はもう裸パンツじゃないし!!』
「じゃあ帰れ。……お仕着せ病衣みそ野郎」
『それもひどいな!?』


 その少年は、今、一人診察室の前に蹲って頭を抱えていた。
 茶化すような笑みを浮かべて近寄っていった球磨川禊を、顔も上げぬままぶっきらぼうに振り払っている。
 その彼の様子にも、暁美ほむらを始めとした女性陣は見向きもせず、あえて眼を背けてすらいた。


「……みそくん、ジャンくんは放っとけクマ。本当なら暫く磔刑にしても良いくらいだクマ」
『あー……そうですか。球磨さんがそう言うならそうしますけどね』
「ええ、みそくんの好意には申し訳ないけれど、彼は少しそこで頭を冷やすべきだと思うわ」

 球磨と巴マミから放たれる冷たい言葉に、ジブリールから渡された緑色の病室着を纏った球磨川禊は、立場に困るように逡巡しながら、待合の碇シンジの隣に戻った。
 シンジもデビルヒグマも、ジャンという少年に痛ましい視線を送っている。


「くくっ……、くくくくくくっ……!」


 その時突然、ソファーで暁美ほむらが肩を震わせ始めた。
 手に持つティーカップとソーサーが震えてカチカチと音を立てる。
 テーブルにそれを置くと、屈み込んだ拍子に彼女の長い黒髪がばさりと前に落ちて、一層その仕草に不気味さが増す。
 向かいの巴マミが、その只ならぬ様子に目を見張った。


686 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:31:13 Iiq4s9CY0

「あ、暁美さん……!?」
「くはっ……! あーっはっはっはっはっは――っ!! お、おっかしぃ、ひひっ……!」


 彼女は、笑っていた。
 反動で背もたれに大きく反り返った彼女は、腹を抱えてけたけたと笑い転げていた。
 眼鏡を外して零れた涙をも吹きながら、暁美ほむらは笑い続ける。
 先程までの怜悧に過ぎた彼女の立ち居振る舞いからは想像もできないその姿に、場の一同は硬直するしかなかった。


「み、『みそくん』とか……!! くまがわ、みそぎ、だから『みそくん』!? お、面白すぎ……!」
『あ、それ!? そこにウケてたの!? そんなにツボなんだそれ!?』
「誰それ考えたの、天才でしょ……! くふっ、ふふっ、ふははははっ――、げほっ、げほっ!!」
「おう、球磨だクマ。ほむら、球磨は天才だクマけど、笑いすぎは心臓に毒だクマ! ほら、お薬お薬……!!」
「あぁ――、私のハートに直撃弾だったわほんと、ふふっ……」


 球磨川禊の狼狽をよそに、球磨やジブリールから差し出された薬と水を飲んで、ようやく暁美ほむらは人心地を取り戻した。
 別人のように笑い転げていた姿から一転して、再び彼女は背筋を伸ばし、淑やかな姿勢で眼鏡を上げてハーブティーに口をつけている。
 向かいでその知己の豹変ぶりに唖然としていた巴マミは、そこでようやく言葉を絞り出した。
 失礼だとは頭の片隅で思いつつも、彼女は思わずその言葉を発さずにはいられなかった。


「……暁美さん、笑うこと、あったのね……」
「ええ。あまりに球磨が天才だったから」

 ほむらはその言葉にさらりと返しつつ、飲み干したティーカップを置き、天井を見上げて嘆息した。


「……この分だとあの彼も、『ポルノ・クソミソクン』とかに改名した方が良いんじゃないかしらね」
「……おい。それで『みそくん』のとばっちりがオレに来るのかよ」


 ほむらの呟きに、診察室の前からジャンが虚ろな目を上げた。
 だが彼の言葉にほむらは眼を閉じ、冷たく言い放つのみだ。

「あら、誰も『ヤオイジャンル・ホモシュタイン』のことなんて一言も言ってないけど」
「オレは、ホモじゃねぇ……。ホモじゃねぇんだよ、アケミ……」
「あなたがホモだったとしても、ホモじゃなかったとしても、最低の変質者であることには変わりない。
 半日の信用が一瞬で消し飛んだわ。やはりあの場で銃殺しておくべきだったかしらね」
「ホモでも変質者でもねぇんだよぉ……」

 ジャンはその眼を潤ませながら、抱えた膝に顔を埋めてしまった。


 彼のいる診察室の中には、星空凛が安置されているベッドがある。
 意識を絞め落とされただけのナイトヒグマは既に三階の病室に搬送されているが、彼女はまだ間近で観察できるよう診察室に安置されている。
 病衣に着替えさせられ、毛布の下で落ち着いた寝息を立てている彼女には、輸液のラインや各種のモニターが取り付けられていた。
 彼女の治療は、滞りなく上手くいったのだ。

 ――その初めに、ジャン・キルシュタインがやらかした大失態を除けば、だが。


    ††††††††††


687 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:31:34 Iiq4s9CY0

「――本当か!? リンは助かるんだな!?」
「は、はい……! 受傷直後の処置が良かったみたいですし、お話を聞く限り、私でもなんとか……」
「良かったぁ……!! おいありがとよみそくん、感謝してやるぜオイ!!」
『うん、わかったからその呼び方は……』
「みそくん、おかげで助かったクマ」
『あ、うん、だからそれは……』
「それでほむらは!? 心臓発作とかになってないクマよね!?」
『無視か……』

 診療所が占拠された直後、事情を聞いたジブリールが星空凛を診察した際、ジャン・キルシュタインたちはそうして喜びの声を上げていた。
 世の無情を一身に受けたような表情で佇む裸パンツの球磨川禊をその辺に放っておいて、彼らは慌ただしく治療のために奔走し始める。


「ええ、暁美さんならなんとか大丈夫みたい……」
「……心臓喘息かのぉ。お嬢さん、以前、胸を患っていたのと違うか? あまり無理してはいかんぞ」
「はぁ……っ、はぁ……ぁ、の、この、薬……、ある……?」
「おうおう、あったはずじゃて。無理しなさんな。意識がはっきりして落ち着くまでそうしておれよ」


 その時暁美ほむらは、診療所到着直後の呼吸困難をそのままに卒倒し、待合所のソファーに起座位で寝かされていた。
 彼女の胸にクッションを抱えさせて、ベージュ老や巴マミが介抱にあたった。
 その隣では片太刀バサミを構えながら、未だ警戒を解かず纏流子が立っていた。

「……安心しろよ暁美ほむら。ヒグマどもが下手な動きしたら、あたしが叩っ切ってやる」
「……あぁ、失礼なヒグマさん、だものね」
「何がだ?」
「げほっ……、『胸を患って』とか、『無理してはいかん』とか……。私の胸は、これから、だもの……。げほっ、げほっ」
「元気じゃねぇか」
「元気みたいね」
「元気そうで安心したクマ」

 暁美ほむらは、朦朧とした意識と呼吸で顔を青くさせたまま、口許を緩ませる。
 その様子に、纏流子と巴マミと球磨は彼女の迅速な回復を確信し、そして実際、薬を服用した後は何事もなかったかのように彼女は復調していた。


「……ええと、それじゃあ、今から電撃傷の状態を見ますから、服を切りますね」


 その頃、診察室の中でも、輸液を繋いだ星空凛の本格的な治療が始まろうとしていた。
 ジブリールの処置はここまでなんとか上手く行っていたが、周りで手伝いに回る球磨や碇シンジの眼にも、多少どころでなくその手つきは覚束ないように見えた。
 静脈に輸液のルートを取るだけでも、彼女は実に3回は針を刺し損ねている。
 医学的知識が乏しくとも、明らかにジブリールが不器用だということは周りの者にも容易く察せられた。
 凛の左肘は刺し間違えられた注射針の後で青く内出血が出来てしまっている。
 見ていられない。
 見守る球磨やシンジや巴マミはその一刺しごとに背筋の冷えるような思いがしていた。

 緑色の病衣を貰って浴衣のように着付けていた球磨川禊の脇を通ってついにその時、見守る人垣の中からジャン・キルシュタインが踏み出していた。


「……よし、それじゃあ、その作業はオレがやるぜ」
「なっ……!?」


 一瞬、周りの者はその言葉の意味を理解し損ねた。
 唯一反応できたのは、球磨川禊ただ一人だった。


『やめろ!! 気持ちは分かるが、それは駄目だ!!』
「なんでだよ。むしろこんな作業は女じゃなくて男がやるべきだろ、男なんだからよ」
『うわぁ――!?』


 禊は顔を背けて眼を覆った。
 ジャンはその時既に、トレーから雑剪を取り出して、ジブリールとは対照的に実に危なげない手つきで、ジョキジョキと星空凛の着衣を切り裂いてしまっていた。
 Tシャツをスポーツブラごと両断し、てきぱきと彼は星空凛の上半身を裸にしてしまう。

 彼が背筋に悪寒を感じたのは、星空凛のズボンと下着にまで手をつけ始めていたその瞬間だった。


「あれ……、こ、れ……は……!?」
「……ただちにその両手を上げて頭の後ろに組みなさいジャン・キルシュタイン。
 さもなくばお望み通り、その助平な腕ごと5.56mm弾であなたをぐちょぬるのタタキにしてあげるわ」


 星空凛の下半身には、ジャンの想定していたモノが、触れなかった。
 代わりに彼のこめかみには、呼吸困難から復帰した暁美ほむらの、89式小銃の冷たい銃口が触れていた。
 乾いた笑みと震えが、暫くジャンの体を支配した。
 彼の身には、周囲からの困惑と軽蔑の視線が、痛いほど突き刺さっていた。


    ††††††††††


688 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:33:07 Iiq4s9CY0

「……夜中からずっと一緒にいて、今まで彼女のことを男だと思い込んでいたなんて。
 嘘でももう少しまともな言い訳を思いつかないのかしら」
「凛ちゃんの声とか仕草とか体つきを見て男だと思える方がどうかしてるクマ」
「そもそもあいつ、ボーイッシュってほどの見た目でもねぇし」
「ちょっと……ね。流石にいただけないわよね、ビショップさん」
「え、私デスか……?」

 暁美ほむら、球磨、纏流子、巴マミという女子勢は一様に、思い出されるジャンの奇行に苦言を呈した。
 話を振られたビショップヒグマはガラス球の中で逡巡する。
 ぶっちゃけ彼女としては、人間の男女が互いをどう思っていようが知ったこっちゃない。
 だが、デビルヒグマを含めて身につまされるように意気消沈する男子勢と、怒りを隠してもいない女子勢の双方の様子を鑑みるに不用意な発言は絶対にできないと彼女は確信した。


「アー……、テンシさん。医療者の見地からは、どうなんデスかネ?」
「まぁ……、男の人でも女の人でも、誰が誰を診ても結局切るものは切るんですけど……」


 救急の診察・治療上、全身に傷の見落としがあってはいけないので、取り敢えず患者の着衣は切るなり脱がすなりしてしまうものである。
 だがそれは、医療行為としての正当なる必然性に基づいたものであり、そこに一切の性的概念は関与しない。

「……エッチなのは、いけないと思います」
「エッチでもねぇんだって……」

 ジブリールからのダメ押しに、ジャンは力ない呟きを零すだけだ。
 傍から見ている男子たちも、可哀想なものを見るような憐れんだ眼差しは向けるが、やはり依然として誰も、彼のその主張を認めてはいない。


 容疑者ジャン・キルシュタインは、公然わいせつの罪により現行犯逮捕された。
 被害にあったのはアイドルグループμ’sで活躍するスクールアイドル星空凛さんであり、容疑者は星空さんが電撃傷を受けて意識不明となっている状況を利用して、着衣を切断する・下着の中に手を差し込む等のみだらな行為に及んだ疑い。
 容疑者は逮捕直後から「リンは男だと思っていた。他意はない」などと意味不明な供述を繰り返しており、今後暁美ほむらは容疑者の精神鑑定や処刑をも視野に入れて対処していく見込み。


「……だってよぉ、見てらんねぇじゃねぇかよあんな処置……。手伝うべきだと思ったんだよ……」
「だからといって、あのタイミングは無いクマ。どう見ても凛ちゃんの裸を見たかっただけとしか思えんクマ」
「何度も言ってるがよぉ、男だと思ってたんだよリンを!! むしろ女に見せるべきじゃねぇと思って……!!」
「いやぁ〜……無いクマ。じゃあジャンくんには球磨やほむらも男に見えてたのかクマ。おお怖い怖い」
「ちげぇ、ちげぇよ……。ちげぇんだってば……!!」


 声を震わせるジャンの嘆きにも、球磨の言葉は依然として冷たい。
 その場のあらゆる者にとって、彼の主張は完全に理解の外だった。

 なるほど、星空凛を男だと思い続けていたという主張が正しければ、確かに彼の挙動に一応の筋は通る。
 しかしこの場に、星空凛を男だと思える要素は他の者にとってほとんど存在しない。
 良いところ、彼女はせいぜい、ボーイッシュな可愛い少女という以外の何でもない。
 彼の主張は、緊急時に便乗してわいせつ行為を働こうとしたのを咎められ、苦し紛れに言い訳したようにしか聞こえないのだ。
 よしんば彼の主張が正しかったとしても、彼の目は人間の9割方が男に見えるような節穴であるか、さもなくば彼の頭がノンケでも食っちまうようなホモ思考に染まっているか何かにしか思えない。

 どう転んだとしても、彼の団体内での位は地に落ち、タンカスと共に吐き捨てられて埋められてもおかしくないような扱いに没落するしかなかったのである。


「綺麗な声の男だっているし、鍛えられてて無駄な肉がなかったから……。ほら、胸筋も、男顔負けで……」
「ほう、それは喘息によって鍛え抜かれた筋肉を持つ私に殺されたいという意思表示ね?
 ……胸が男のようだと。まぁ素晴らしい辞世の句だわ。反吐が出る」
「うわぁ――!? やめろ、やめてくれ!! 頼む!! 違うんだってアケミィ!!」


 さらに墓穴掘削を重ねたジャン・キルシュタインには、即座に暁美ほむらの小銃の銃口が突き付けられる。
 ほむらはなだらかなその胸を精一杯張って背筋を伸ばし、慌てふためく彼に迫った。


689 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:33:43 Iiq4s9CY0

「今まで一緒に戦ってくれたお礼に、お祈りの時間だけはくれてやるわ。はい、10、9……」
「マジか!? なぁマジなのかアケミ!? おいちょっと待て落ち着け!?」
「87654321――!!」
「加速したァ――!?」
「あなたに祈る神はいないようね。お別れよ」

 球磨川禊や纏流子などは、さすがに彼女の脅しが冗談だろうと思っていた。
 だが冗談では、なかった。

 暁美ほむらの目には一切の躊躇や容赦の色はなく、小銃の安全装置ももちろん外されてフルオートになっている。

 そもそも暁美ほむらは、冗談を言うような人間ではない。
 その指は既に、引き鉄を握り込もうとしていた。
 巴マミや球磨、碇シンジらが咄嗟に駆け寄ろうとしたが、間に合わなかった。


「――オレはッ! オレは、リンのことを、思ってただけなんだ――ッ!!」


 ただ間に合ったのは、ジャン・キルシュタインが、そう声を振り絞って叫ぶことだけだった。
 がうん、という重い音が響いたのは、その瞬間だった。
 そしてそのまま全てが、真っ暗な闇の中に、消えた。


    ††††††††††


 あの窓を破り スキが熟む生理を飲みに
 Yay yay yay yay ye ナース・カフェへ


    ††††††††††


「――停電!?」
「オイ、どういう事だよッ!! てめぇらの謀略かヒグマども!!」
「ち、違いますぅ!!」

 暗闇に落ちた診療所に、慌てふためく声が飛び交った。
 碇シンジ、纏流子の叫びに、ジブリールの悲痛な声が答える。

 重い轟音は、小銃の発砲音ではなく、電化製品が一斉に停止した音に他ならない。
 ヒカリゴケのようなものは周囲にうっすらと存在しているが、唐突な暗転にその場の全員の視力が奪われる。

「電源――、というとまさか、示現エンジンか?」
『え、これ、凛ちゃんのとこの機械まずいんじゃ……?』
「いや、しばし待てば、ここには総合病院からの自家発電が――」
「ぎゃぁあああ――!?」
「おばけぇ――!?」
「布束さんか!? また布束さんなのか!?」
「うひょぉおぉゆ、許してくださいなんでもしまむらァ!!」

 デビル、球磨川の呟きにベージュ老が答えようとするが、その声はヒグマの叫び声に掻き消された。
 突然の暗転という事態にトラウマじみた記憶を刺激された穴持たず748〜751の面々が、めいめい奇声を上げている。
 じたばたと闇の中で逃げ回り始めた彼らはわけもわからず方々の壁にぶつかって騒音を立てる。
 何も見えぬ中での迷走は、一帯に恐怖を蔓延させた。 

「――球磨!! 敵襲なの!?」
「い、いや、いや!! 敵じゃないクマ!! ただの停電!! とにかく灯火管制と思って落ち着けクマ!!」

 即座に暁美ほむらが球磨に索敵情報を問うが、球磨のマンハッタン・トランスファーの気流感知には敵影などは一切かかっていない。
 混乱を収めるべく球磨がめいいっぱい声を張り上げるが、何も見えぬ闇に喧騒と恐怖は止まない。
 その瞬間だった。


「――『ラ・ルーチェ・チアラ(明るい光)』!」


 豁然とした一声と共に、あたりに光が戻ってきた。
 その光源となっているのは、一人の魔法少女が凛々しく掲げ上げる指先だ。
 巴マミの右手に描かれていた令呪が一画かすれ、その代わりに彼女の手のひらには、柔らかく眩い光の球が浮いていた。

 その光でぴたりと静まった周囲へ、彼女は直ちに眼を配る。

「……良いわね皆さん。球磨さんの言う通り、大したことじゃないんだから落ち着いて。ね?」
「は、はい……」
「良かった……ク、『寿命中断(クリティカル)』じゃなかった……」
「布束さんなんていなかったんや……」
「闇の中にあの靴底が見えた気がした……」
「お前らいい加減にしろクマ!! 居もしない敵にびびってんじゃねークマ!!」


690 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:34:12 Iiq4s9CY0

 748〜751の面々をしっとりと諭せば、壁にぶち当たったり薬品棚を倒したり待合の椅子の列に埋もれてたりしていた彼らは、力が抜けたように全身の緊張を解いた。
 すぐさま彼らには球磨が駆け寄り、バシバシと教育的指導を加えていく。
 ちょうどそのあたりで、室内の電灯やモニターに、自家発電からの電気が戻ってくる。

 暁美ほむらは、ジャン・キルシュタインに突きつけたままだった小銃を降ろしながら、彼女に問うた。

「――マミさん。何故明かりなんかに令呪を使ったの……!?」
「必要だったからよ」

 ベージュ老の言う通り、病院ならば停電時にも自家発電の予備電源が起動するものだ。
 巴マミが貴重な魔力を使ってまで明かりを灯さずとも、こうしてほどなく電気は復旧される。
 患者のヒグマたちが見当違いの場所へ迷走していたくらいで、彼女が寸秒を惜しむように明かりをつける意味は、無いように思えた。


「――ね、纏さん。……彼女は私たちを陥れようとなんてしてないわよ」
「……今のところは、そうみたい、だな」


 巴マミはほむらの問いに答えながら、その視線を、纏流子に向けていた。
 つられて眼をやった周りの者は、彼女の様子に驚愕する。

 纏流子はその時、横倒しにしたジブリールの胸元を踏みつけ、その頭部に片太刀バサミを突きつけていた。 

 闇の中で彼女は過たず穴持たず104に突撃し、仕留めようと攻勢に出ていたのである。
 光がつくのが数秒遅ければ、その時既に片太刀バサミはヒグマの脳漿に濡れていたかもしれない。
 ジブリールは目の前に光るハサミの刃に、声も出ぬ恐怖で体を震わせていた。


「……纏さん、ちょっとさっきから警戒し過ぎではないかしら? 折角私たちに敵意なく接してくれているのに、失礼よ」
「星空凛に3回針を刺し間違え、4回塗る薬を間違え、2回包帯を巻き違えたこいつに敵意がないなら、あたしの心臓をぶち抜いたあの狂女だって好意の塊だったぜ?」

 静かに諌めようとする巴マミの言葉に、纏流子は片太刀バサミをジブリールから外さぬまま、低い声で答えた。
 目を伏せた巴マミの口調は、苦みを帯びる。

「その女の子のことはよく知らないけど……、テンシさんは違うわ。……確かにあの処置には背筋が冷えたけど」
「……だろ? こいつは医者にしちゃいけないヤブのモグリか、もしくは敵か、あたしにはどっちかにしか思えねぇ」

 あんな状況でなければ、確かにジブリールの処置を誰か別の医者に替わってもらった方がいくらか早く治療は済んだだろうとは、その場の多くの者が思うことだ。
 纏流子の指摘に付け加えるならば、ジブリールはさらにハーブティーを入れる際にもカップをひとつ落としてお釈迦にしてしまっている。
 彼女が医療者として恥ずかしくない器用さを持っていると彼女の名誉のために考えるならば、これらの間違いは意図的に害意を持ってやっていたか、人間たちを謀殺するための緊張もしくは演技の為す業と捉えられても仕方のないことだった。


「ご、ごめんなさいぃ……。ぶ、ぶきっちょで、ごめんなさいぃ……」
「……その涙は演技か? あたしらに茶ぁしばかせてたのも、油断させるためじゃねぇのか?」
「……纏さん、言い過ぎよ――!!」


 しゃくり上げるジブリールの言葉にも一切表情を崩さず、纏流子はその手足に込める力を緩ませない。
 巴マミはついに彼女に歩み寄り、声を張り上げながらその肩を掴んだ。


「……彼女に謝って、離れなさい……!」
「おう、大層ヒグマと仲良しみたいじゃねぇか巴マミ。忘れてんじゃねぇだろうな。
 こいつらはあたしら人間を殺して食ってた動物だぞ。言い過ぎ、歩み寄りすぎなのは、どっちだ?」


 流子はジブリールの上から身を外すも、マミの手を振り払い、彼女と睨み合う形になる。
 暁美ほむらの盾の空間の中ですれ違った二人の亀裂が、さらにこじ開けられた――。そんな冷ややかな感覚を、巴マミは纏流子の視線から感じていた。

 空気が緊迫する。
 ヒグマは人間を、人間はヒグマを見た。
 誰もが口を開くのをためらったその空間を、静かな声が割った。


「……船頭多ければ、船も診療所で座礁するわ。この船団の連隊長は、誰?」


691 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:34:41 Iiq4s9CY0

 暁美ほむらが、いつの間にか小銃を仕舞ってソファーに戻り、ハーブティーのおかわりをカップに注いでいた。
 唇を湿して、ほむらは眼鏡に掛かる髪を掻き上げながら言葉を続ける。


「歩み寄ってもらってるのは、明らかに私たち。そろそろお茶会がお開きなのは、確かでしょうけどね」
「暁美ほむら……、お前、どっちの味方だ?」
「私は冷静な者の味方で、無駄な争いをするバカの敵。あなたはどっちなの? 纏流子」

 苦々しい顔を向けて問う流子の語気を流して、ほむらは問い返す。
 流子は肩で笑いながら、診察室の前で尻餅をついた格好のままのジャン・キルシュタインを指さした。


「ハッ……、さっきあの男に機関銃突き付けてた女がよく言うな。おい、あの続きはどうしたんだよ」
「ああ、彼のお祈りなら届いたんじゃない?」
「……はぁ? お祈りなんてしてなかっただろ」
「あなたには聞こえなかった? 私には聞こえたわ」


 理解できぬその返答に、纏流子は舌を打つ。
 その場の大多数の人間に、彼女の言葉の意味は理解不能だった。
 暁美ほむらは、涼しい顔でハーブティーを飲むのみだった。

 ただその中で、午前中から彼女と共にいたジャン・キルシュタインと球磨だけが、その会話から思い至る。
 そしてジャンは、彼女の真意まで察知して、見る間に顔を赤くした。


「……ほむら、また言外に何か言ってるんだクマ? 頼むからみんなにわかるように言って欲しいクマ」
「ならビショップさん。もう一度言って。さっき話してくれた『協力体制』の内容を」
「……え!? 私デスか!?」


 球磨は、ほむらがジャンに果し合いを吹っかけた時のように、先程のジャンとのやり取りにも何かしらの意味があったのだと言うことまでは察した。
 だが彼女の促しは、唐突にビショップヒグマの方に振られる。
 早く言い合いが終わらないかとしか考えていなかった彼女は、突然の意識外からのパスに慌てた。


「……あの、先程お話しタ条件の再確認、ということで良いんデスか?」
「その通りよ。もう一度言って」


 先程のやり取りから、その協力の件にまで、どうやれば文脈が繋がるのか全く分からなかった。
 ベージュ老の膝の上でガラス球に浮かぶビショップヒグマは、困惑しながらも口を開く。
 そのやり取りを端で見ながらデビルヒグマは、暁美ほむらの心の解りづらさは、布束以上なのではないか、と認識を改めた。


    ††††††††††


≪新規メッセージ(ダイレクトメール)≫
「テキキカイトネットツカウモノニヘンス゛、テキシロクロ、カラタ゛アマタアリ。
 キョウリョクシムカエウテ。ソシテ、コチラノショウリシ゛ョウケンヲ、アカス――」

 ビショップヒグマの責任は、重かった。
 星空凛と暁美ほむらの処置に周辺の人間が気を取られていた時、ベージュ老は受け取ったガラス玉の彼女に、シーナーから送信されてきたメッセージを伝えていた。
 今現在、少しでもまともに動けるピースガーディアンは、彼女しかいなかったからだ。

「……これをどうするかは、ビショップさんに任せるよ。わしがどうこう言えるものでもない」

 ベージュ老は、思わせぶりにそれだけ言って、全ての判断をビショップヒグマに委ねた。
 イソマの提示した――、もとい、シーナーの考えるヒグマと人間の勝利条件。
 そして何れにしても万人の障害となる『彼の者』――、モノクマという数多のロボット。


692 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:35:27 Iiq4s9CY0

(えええェええ――!? シーナーさん、これを私タチでやれト!?) 


 読み進むごとにビショップの狼狽と悶絶は増した。
 『彼の者』への対処が必要なのは解る。ルークヒグマを始めとして、ピースガーディアンも通常業務の傍ら、常にそれらの内情を探ろうとしていた。
 だが驚くべきなのは、もしかするとそれらが、二期ヒグマ脱走の際から島外へヒグマの情報を漏らす暗躍をしていたかも知れないというところだ。
 艦これ勢を煽っているのも、それらだ。
 シーナーが大いなる期待を寄せていたシバは、なぜかその艦これ勢への対応策にアイドルを打ち出していたが、彼はものの見事に放送で叩き殺されていた。
 この分ではクックロビンが建てに行ったというテーマパークも今頃潰滅しているだろう。

 とにかく、『彼の者』と自分たちとでは、後ろ盾と根回しの年季が違いすぎた。

 シーナーは何とかして『参加者を全滅させつつヒグマを生かす』ことをヒグマ側の勝利条件にしようと苦心していることが文面から読み取れるが、もはや事態はそんな悠長なことを言っている場合ではないのは明白だった。
 『この島の全ての魂を絶望させること』を勝利条件、もとい目標にしている相手に対してそれは難しい。
 よりによってその相手がここまで強大だったと明らかになればなおさらだ。
 実験環境の維持など言っている暇はない。

 電気機器に対して強力な攻撃性能を持っており、シーナーがモノクマに対して切り札と言及していたルークは、既に死体だ。
 ネット上に広がり、どこに居るか、いくつ居るか、何を考えているかすらわからない相手に対処するなど、どうやればいいのか見当もつかない。


(こんなもの、私タチだけで、どうこうできるモノじゃアリマセンよネ!?)


 ガラスを透かして見渡す周囲にいるヒグマは、老衰も近い穴持たず88・ベージュ。
 ちょうど今、針を刺す静脈を間違えていたことに気付き、周囲に大変な緊張を撒き散らしながら半笑いになっている穴持たず104・ジブリール。
 三階から降りてきたら艦娘の舎弟になっていた穴持たず748〜751の4頭。
 そして彼らからの話を聞いている穴持たず1・デビル。

 唯一まともな戦力になってくれそうなヒグマは、そのデビルのみだといえた。
 その彼も、戦力となるのは所詮決闘ないし直接格闘の場のみだ。電子戦・浸透戦を展開している相手と戦えるわけが無い。

(1000を擁するヒグマ帝国の臣民の大半も、既に艦隊これくしょんによって先方に駒とされテいル。
 先手を打たれて既に残存兵力は分散ないし潰滅。シバさんが一度殺されル程。
 シロクマさん、ツルシインさん、シーナーさんらとすぐに連携を取れるカは微妙。むしろここで下手に救援依頼などを出すト、各方面で既に対処に当たっている所を混乱させル可能性が高イ……。
 キングさんとクイーンさんは恐らく畑に撤退して陣を引いているでしょうかラ一番近いデスが、だからといって、数頭で何ができるか……)

 この場で見える絶望は、遥かなる敵の姿が、一個大隊ないし連合部隊規模に匹敵すると思われるにも関わらず、対する自分たちが連携をとれるのは、一小隊ないし、最悪一個人にしか過ぎないという圧倒的な物量差に他ならなかった。
 確かにイソマの力があれば、ルークヒグマや自分たちのような能力持ちのヒグマをまた生産することは容易いだろうが、だからといってこの場ですぐポンと数百頭の手練れの兵が連れて来れる訳では無い。
 再生産している間に全島を制圧されるのがオチだ。


 ビショップには見えた。
 見えてしまった。
 自分の手駒をどんなに動かしても、自分たちに勝利などない未来が。
 長い長い、一日がかりの詰め将棋。
 チェス・プロブレムだ。
 自分たちがどう応じても、その手はツークツワンク(自ら状況が悪化する手を指さざるを得ない)になるだろう。
 パスの許されぬこの局面で、動かせる駒は全て、きっと相手の掌の上だ。

 飛んでガラス玉の中に入った水の塊の、小さな抵抗。
 その抵抗に許された指し手は、一体どこにあるのか――。


 悲痛な思いで辺りを見回すビショップヒグマの目には、彼女をガラスに封じた巴マミの姿が映った。


693 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:35:51 Iiq4s9CY0

『水面に倒れるデビルの顔は、泣きじゃくった後の子供のようだった。
 傷だらけの体で、それでも生きようと、温もりを求めてそこまで這ってきたのでしょう。
 私たちとヒグマは、殺し合う、ということになっている。
 でもそれは、魔法少女のルールでもなければ、ヒグマたちの総意でもないでしょう。
 生を求める心に、どれほどの違いがあるの?

 真っ赤な水鏡に、裸の私が映ったわ。
 それは、かつての交通事故で、轢き潰された私の姿だった。
 あの時の私の前には、キュゥべえがいた。
 そしてその時、デビルの前には、私がいた。
 鏡映しの私と彼らを、どうして分ける必要があるの?』

 魔女とヒグマと自分自身という、全く違うモノたちを綯い交ぜに、同一視して涙を零していた彼女の声が、思い返されていた。
 盾の中の空間で、聞く気もなく聞き流していた吐露のはずだった。


(人間側の勝利条件は、“実験に参加したヒグマをすべて殲滅すること”。
 “イソマの管理する培養層を破壊すること”。
 “この島にいるすべての生命が殲滅されること”。
 “参加者以外のヒグマ、あるいは参加を許されていないヒグマを以って、島外や地下に行く、首輪を外すなどの禁を破っていない、まっとうな参加者を殺害してしまうこと”……。
 本当ですかネ、シーナーさん……。
 確かに人間や、イソマ様がそんなことを勝利として見ているなら、ヒグマと相容れないのは確実でショう。
 本当に、そうでしたラ……)


 ビショップヒグマは、ベージュ老の膝の上から転がり落ちた。
 そのまま、ソファーで暁美ほむらの介抱に当たっていた巴マミの元まで、ガラス球を転がしてゆく。

「巴マミさん……、あなたは、一体何を、勝利条件として考えていマスか?」
「……どうしたのビショップさん、急に」

 呼吸の落ち着いた暁美ほむらと共に、巴マミが足元のビショップを見た。
 じろりと、その隣から纏流子が睨みつけてくる。

「アナタがたが……、イヤ、私タチが、いくら奮闘をしても……。
 ヒに入った夏の虫の、小さな抵抗でしかナイとして……。
 ……ゆえに抵抗はムダ……それを……分かってしまった時、アナタなら、どうしマスか?」
「てめぇ……、何考えてやがる?」
「この質問の回答は、纏さんからシカ頂いていマセんでシたのデ」

 その問いに対して、『お前にお膳立てしてもらわなくてもなァ、脱出くらいしてやるってんだ!』と、少女は答えていた。
 警戒を緩ませず口を引き結ぶ纏流子に代わり、巴マミが、その首を傾げた。


「……そうね。その時はきっと、この隊長さんが、名案を思い付いてくれるわ」
「……私?」
「そして、私は全力で、偉大なる後輩を支えたい」

 巴マミは、顔色の戻ってきた暁美ほむらの肩をさすりながら、そう答えた。
 彼女はビショップヒグマを抱え上げ、そこに微笑む。

「もちろん纏さんの力もあってのことだけど、あなたをこうして捕まえたのは、暁美さんよ。
 ここでこうして治療を受けさせてもらっているのも、暁美さんのおかげ。
 暁美さんはそんなすごいことを、ずっと一人でやり遂げてきたんでしょうから」
「……ああ。リーダーってことなら、暁美が適任だろうな」
「ハードル上げないでくれると助かるんだけど……」

 纏流子も、暁美ほむらへの賛辞に応じる。
 水を口に含みつつ、当のほむらはクッションの上に溜息をついた。


「……ではアナタにお聞きしまス。アナタがた人間の勝利条件は、何なのでショウか」
「勝利なんて要らないし、知ったことじゃないわ。さっきから的外れよ、あなた」


694 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:36:15 Iiq4s9CY0

 ビショップの問いに、彼女は辟易とした表情で即答した。

「……私たちは全員生きて島の外に帰れれば良いだけであって、実験だかゲームだか知らないけれど、そんなもの元から参加するつもりもないわ。ただ迷惑なだけ。
 ヒグマさんがこの島で艦隊これくしょんなりアイドルなりに興じたければ好きにすればいい。
 私たちは脱出法を模索しながら降りかかるヒのこを払ってるだけで、そこに勝利も引き分けも敗北も何もないわ。
 ただ言うなら、帰らせろ。それだけ」

 暁美ほむらの言葉に、ビショップは息を飲んだ。

「……それでは、私タチヒグマを殲滅したり、培養槽を破壊しようと思っていたりするわけでは、無いのですね?」
「……なんでそこまで面倒なことをしなきゃいけないの? あなたたちがそうして欲しいなら別だろうけど。
 私たちは応戦してるだけ。こうして普通に接してくれるなら何もしないわよ。
 建国して生きたいんだったらさっさと纏めて日本国に独立交渉でもしなさい。できるならだけど」

 纏流子が何か言いたげな顔をしたが、概ね暁美ほむらの言葉は、周囲の流子やマミの考えとも同じようだった。


「私タチを……、敵だとは思わないのデスカ?」
「くどいわね。私個人としては羨ましいくらいよ、『穴持たず』のあなたたちが。
 私は『穴だらけ』の人間だから。その有り様を拝見できたことにだけは、感謝してる」


 暁美ほむらは、率直に言った。
 一度は体の大半を失うことになったステルスヒグマとの一戦を通して、得た感想だった。

「……一つ、交渉させて頂キたい」
「何かしら」

 その言葉を受けてビショップヒグマは、意を決していた。
 ガラス玉の中に姿勢を正し、彼女は、その場の全員に対して、声を張った。

「アナタ方に、島外への脱出のための協力をシて差し上げまス……。
 代わりに共に彼の者を……、モノクマというロボットを操る黒幕を、ヘルプメイトにかけさせてくだサイ……!!」


    ††††††††††


 ヘルプメイト――。
 チェスにおける詰将棋、チェス・プロブレムのフェアリールール(本来なら有り得ない変則ルール)の一つだ。
 通常のチェス・プロブレムとは違い黒が初手を指し、黒白が協力して黒のキングを(最短で)詰ませるもの。

 黒の身中に巣食う巨大なバグを、黒自身から動くことにより、白にチェックメイトさせる――。

 どんな最善手を打っても自分たちヒグマがツークツワンクになる状況で、ビショップヒグマが足掻いた小さな抵抗が、それだった。
 その時ビショップが提示した条件は、こうだ。


・ビショップはヒグマ帝国の指導者(実効支配者)4名の能力を伝え、連絡が取れ次第協力できるよう交渉する。その他有力なヒグマと出会った際にも協力を取り付ける。
・ビショップは海食洞のクルーザーの使用法を教え、人間の島外脱出に最大限助力する。
・暁美ほむらの一行は、地底湖周辺を根城とする艦これ勢の鎮圧に協力する。
・暁美ほむらの一行は、さらにそのヒグマたちを手引きしているモノクマという黒幕を破壊する。

 もし実効支配者の一人にでも反発されれば、比喩でなくその場でビショップヒグマの首が飛びかねない、余りに大胆な交換条件。
 実質的な、協力体制の構築だった。

 今一度その文言を繰り返しながら、ビショップは大きすぎるその重責と決断に、液化した胃をキリキリと痛ませた。


695 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:37:00 Iiq4s9CY0

「……もう一度聞いたら解ったかしら、纏流子。あなたも了承したでしょう? 彼女たちは今、敵ではないわ」

 暁美ほむらは、ビショップが再提示した条件を受けて纏流子に語り掛ける。
 流子を始めとして、一同は確かにその条件を飲んだ。
 元から、主催者を打倒して脱出の手筈を取り付けさせようとは思っていたのだ。
 その主催者がそっくりすげ替わっていただけのことであり、やることとしてはほむらたちの行動は変わらない。
 むしろ地下での行動がほぼ保障されるというのならば、願ってもないことだ。

「……かといって、こいつらが腹に一物持ってないとは限らねぇだろ。みそくんを裸パンツにしたのはこいつじゃねぇか。
 警戒を緩ませたら終わりだ。なぁ、どうなんだよそこらへんは」
「……」

 流子はほむらの言葉にも表情を変えず、ビショップヒグマのガラス玉に向けて顎をしゃくる。
 最後の呼びかけは明らかに、彼女がビショップをも疑っているということに他ならない。
 ビショップは、球磨川禊の服を切ったのはお前じゃないかとどうしても指摘したい欲求に駆られたが、努力に努力を重ね、その言葉は腹の中に呑み込んだ。


 確かに、ビショップは暁美ほむらたちに隠していることがある。
 ミズクマの存在だ。

 シロクマ、シーナー、シバ、ツルシインという4頭は、既にシーナー以外の存在が露呈しており、能力を明かしたところで大した違いではない。
 そもそも明かしたところで、特にシーナーやシバの能力は暁美ほむらたちでは対処のしようがない。
 それよりも、彼女たちがビショップを裏切り勝手に島外に出られないよう、ビショップは島外に犇めく脱出への最大の障害の存在と対処法を隠していた。
 シーナーを納得させ、有冨の命令としてミズクマを退かせることが、ビショップの考える唯一の対処法である。

 かといって、これはあくまで、暁美ほむらたちが裏切らないようにするための牽制にすぎず、デビルヒグマあたりが指摘してしまえばそれまでだ。
 決してビショップに、暁美ほむらたちの一行を陥れようとするような意志はない。

 人間が裏切れば、島の外に出た瞬間に食い殺される。
 ヒグマが裏切れば、結局モノクマたちに蹂躙される。
 双方とも、裏切れば死ぬ関係なのだ。


「警戒なら、当然してるわよ、纏流子。
 彼女をガラス玉から出していないのもそうだし、今だって球磨に常時索敵を継続してもらっているわ。
 休めるうちに休まなきゃ、これから続かないわよ。良かれと思ってやってくれてるのは有り難いけど、緊張を解きなさい」
「……そうか。ならいい。どう見てもお前の方が修羅場潜ってそうだし……ホトケに説教だった。
 ……すまねぇ」


 ほむらは流子に対して、あくまで冷静に答えた。
 既に自分の考えの先に事態が進んでいたことをようやく悟り、流子は気まずそうにその黒髪を掻いた。
 目を伏せて頭を下げた彼女に、緊迫していた診療所の空気がようやく弛む。


『誰か怪我するんじゃないかとヒヤヒヤしたよ……。僕の「劣化大嘘憑き」に期待されても困るよ……、……?』
「と、とにかく良かったです……。あ、ジャンさん、立てますか……?」
「お、おう……、すまねぇ、イカリ……」

 球磨川は病衣の胸を撫で下ろし、微かに首を傾げた。
 同じく碇シンジはホッとした表情で、先程ほむらから銃を突き付けられた時のまま尻餅をついているジャンを助け起こす。

「……まぁ、ヒグマと人間だ。この大人数で完全に信用し合えというのもな。互いに匕首を呑んでおくことも必要だろう」
「……テンシちゃん、それはそうと、もう少し注射と包交の練習はするんじゃぞ……」
「は、はぃい……、ずびばぜぇん……、おぐずりも覚えまずぅ……」

 鼻を啜るジブリールをベージュ老がなだめている間、デビルヒグマは少し寂しそうな、達観したような表情を見せていた。


「……そんな話をしている間に、お客さんみたいだクマ。通路から4人……。こっちに歩いてくるクマ」


 その中、フロアの気流を読んでしっかりと索敵の任を果たしていた球磨が、壁際から声を上げる。
 巴マミと暁美ほむらが、即座にその報告に聞き返す。

「ヒグマさんなの?」
「――敵ではない?」
「うんにゃ、ヒグマじゃないクマ。全員人間。体格からして3人女性、1人男で、この男の人が担架で運ばれてきてるクマ。
 ……敵かどうかは定かじゃないクマ。けど、これは怪我人だろうとは思うクマ」

 近づいてくる相手が人間だと知り、三人の少女の表情はむしろ訝しげなものになった。

「……逆に怪しいのよね」
「確かに怪しいわね」
「球磨も理解に苦しむクマ」


696 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:37:39 Iiq4s9CY0

 その場の多くの者は、人間であれば怪しいことなどないのでは……。と、一瞬考えた。
 しかしその直後にハッと思い至る。

 このヒグマ帝国、しかも艦これ勢による内乱や原因不明の停電が発生している中で、4人もの人間が自由に動けていること自体が、おかしい。

 地上からほむらたちのように侵入してきた人間ということはあり得るかも知れないが、それならば明らかにここを診療所と知って目指しているようなこの状況に至ることは考えづらい。
 かといって、元から地下にいた――、つまり元々の主催者側の人間で、今まで生き残っていた者で、なおかつヒグマ帝国とも親密な関係と情報共有をしている人間4人など、誰も思いつかない。
 ビショップヒグマなどは、シロクマさんの中の人か、布束特任部長か、田所恵か、くらいはすぐに思いつくが、それでもその程度だ。


「球磨の姐さん、それなら俺らがまず様子を見て来ます……ッ!!」
「おう、名護丸、それは助かるクマ。でも大丈夫かお前たち……。聞いた話じゃ女研究員一人にやられたらしいじゃねーかクマ」
「大丈夫ですって姐さん! 布束さんなんていなかったんですし、もう俺らバリバリ全快ですから!!」
「むしろもう布束さんでもへっちゃら!!」
「ふーん、なら後ろでしっかり見といてやるクマ。あ、攻撃すんじゃねーぞクマ。球磨たちの仲間かも知れんからクマ」
「へっへっへ、そっすよね。やっぱ姐さん以外の人間はビビりやすいみたいだし、丁重にもてなしてやらにゃなぁ?」


 その時穴持たず748〜751の面々が、良いところを見せようと率先して名乗りを上げた。
 球磨は彼らの申し出を横柄に肯い、そそくさと周囲の人員を診療所の奥に下がらせながら正面入り口付近を彼らに任せる。

 停電によって診療所外の明度はさらに落ち、窓からも外の様子は杳として窺えない。
 その中で、4頭のヒグマたちは入り口に張り付き、どんな相手が来ても良いように、固唾を飲んでその時を待つ。


「……おい稚鯉……、ドアはお前が丁重にもてなしに開けるんだよな?」
「え、俺……? いや、バリバリ全快って言ってた千代久だろ」
「俺かよ!? いや、言い出しっぺの名護丸だろ!?」
「梨屋ァ!! てめぇ布束さんでもへっちゃらなんだろが、てめぇだろてめぇ!!」

 球磨が見守る前で4頭はしかし、その場で先頭の押し付け合いを始めた。
 「もう来てるクマ……」と頭を掻きつつ、球磨はそのアテにならなそうな4頭を捨て置いて、念のため14cm単装砲を壁際で構えた。
 4頭はなおもドアの前でもみくちゃになる。


「布束さん関係ないだろドア開けはよぉ!!」
「そんなこと言って本当は布束さん怖いんじゃねぇか!!」
「闇の中に布束さんの靴底見たヤツが言うんじゃねぇよ!!」
「布束なんてなーいさ、布束なんてうーそさ、寝ぼけたヤツが、見間違えたのさ……」
「……Anyone called me(誰か、私を呼んだ)?」


 そして診療所のドアは、外から開けられた。
 同時に響いた凛麗な声に、4頭は硬直し、そしてゆっくりと、そこに立っている人物の顔を見た。

「……ああ、あなたたちね。Nice to see you again(お久しぶり)」


 そこで彼らを見ていたのは、蛇のような、細い四白眼の瞳孔だった。


「うぎゃぁあああぁぁああぁ――!!」
「出たァアァアァアアァアァ――!!」
「ひんぎゅぅぅぅうぅううぅ――!!」
「たっばぁあぁぁああぁああ――!!」


 その射竦められるような眼光を見た瞬間、彼らは絶叫と共に卒倒し、診療所の入り口に泡を吹いて倒れてしまった。
 ドアを開けて入ろうとしていた少女は、そのヒグマたちの有様に却って驚き、暫しその彼らの様子を見つめて呟く。

「……まだ体調が悪かったのかしらね……」
「布束、か……。よく無事だったな」

 デビルヒグマの呼びかけに、白衣姿の少女はウェーブのかかったその髪を振って顔を上げた。
 針の孔のようだったその少女の瞳は、周囲の明るさに慣れて、眠そうな半眼の様相となる。


「Sure enough……、皆、よく無事だったわ……。その感謝は、私のセリフよ、デビル……」


697 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:38:51 Iiq4s9CY0

 その少女――布束砥信特任部長は、診療所に控えている一行の顔を見て目頭を押さえ、満足そうに微笑んだ。

「布束さん、もうこの変態降ろしていーい?」
「変態じゃない、変態じゃないってひまわりちゃん!!」
「そうですよ……、せめてお医者さんの第一印象くらいは良くしてあげないと可哀想です」
「ねぇ『第一印象くらい』ってどういうこと!?」

 そして続く青年と少女たち――。
 間桐雁夜、四宮ひまわり、田所恵という、主催者側の人間で、今まで生き残っていた者で、なおかつヒグマ帝国とも親密な関係と情報共有をしている者たちがまた、そこに辿り着いていた。


    ††††††††††


 あのドアを叩き ヒトを知る倫理を飲みに
 Yay yay yay yay ye ナース・カフェへ


    ††††††††††


「……さて、何事も、正しい索敵と状況把握がなきゃ始まらないのよ。
 そうでもなきゃ、大量の深海棲艦相手にアウトレンジなんて保てないわ。
 もう失敗しないからね、小沢っち、翔鶴姉……!!」

 場面は診療所の、数十メートル上方に移る。
 総合病院の、屋上。
 その時そこにいたのは、瑞鶴という名のヒグマ製艦娘であった。
 戦艦ヒ級との戦いから幸運にも生還した彼女は、その幸運を自覚することなく、ツインテールを振り立たせ、階下から聞こえた物音に身構えている。

 ところどころ傷だらけになっている彼女は、引き絞った弓矢を上空に放ち、そこから5機の零式艦戦52型を発生させた。
 そして彼女はそれを自身の身の回りに、絶妙な空間を確保して旋回させる。
 搭載艦や飛行場の上空を周回し、敵航空機を即応・迎撃して味方艦船や飛行場を守る、戦闘空中哨戒護衛機。

 ――直掩機である。

 一般に航空機は、滑走路の上で武装して駐機状態にあっても戦闘可能となるまでには一定の時間がかかる。
 離陸までにも時間がかかるし、ただ離陸すれば戦闘可能というわけではなく、交戦に必要な高度や速度を得なければならないからだ。

 空母艦娘である瑞鶴にしても、彼我数十メートルも離れていない至近距離では、弓に艦載機の矢を番えて放ち、変化させて攻撃する、というその長い隙が致命的になる。
 これこそ、彼女たち空母艦娘が接近戦で戦えないと思われている主因であり、瑞鶴も先程、とっさに打根まがいの攻撃で難を逃れはしたものの、やはりこんな環境での戦闘には大いに不安が残る。


 そこで彼女が自然と思いついた戦闘法が、あらかじめ身の回りを飛行させておくこの直掩機だ。
 瑞鶴の意思とリンクして操縦されるその戦闘機は、彼女の周りを自在に機動しながら機銃と小型の爆弾で一撃離脱の攻撃を行なえる、遠隔操作型機動砲台となる。
 要するに普段の彼女が遠隔地の上空でやっている行為を、至近距離の低空で行うだけであり、むしろその操作における精密動作性は高まるだろう。

 近距離で全方位に弾幕を展開することができれば、ヒグマであろうとも攻めあぐねるだろうし、5機の機銃を一点に集束させれば、一瞬にして殺到する数百発の弾丸により、ヒグマであろうとも相当なダメージを受けるに違いない。


「小沢っち……、今なら直掩機、いくらでも出せるから……。
 もう、あの時みたいな、無様な敗北は、喫さないからね……!」


 瑞鶴が思い出すのは、1944年10月のレイテ沖海戦だ。
 囮部隊の旗艦として彼女が沈んだその時、米海軍の空母11隻に対し、瑞鶴たち小沢艦隊が展開できた直掩機は、艦隊全てでわずか18機しかなかった。
 既に戦いの前から、その絶望的な結果は、目に見えていたものだった。

 瑞鶴は涙を堪えるように、唇を引き結んで上を向く。

「……っ、さぁ! 次は偵察機偵察機! 機動力を重視して、彩雲よりも二式艦上偵察機かなー……」

 心を泥殺しそうな記憶を振り払い、つとめて明るく、瑞鶴が続く偵察機を取り出そうとしていたその時だった。


698 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:40:46 Iiq4s9CY0

「……瑞鶴?」
「ひえっ……!? ……って、え……、翔鶴姉ぇ!?」
 

 意識を外していた階段の方から、突然女性の声が聞こえていた。
 屋上に階段を張り出す建屋の中からは、その声に続いて、長い銀髪の女性の姿が顔を覗かせる。
 自分とほとんど同じ格好の、余りに見慣れたその姿。
 彼女の胴着の胸当てには、瑞鶴の姉、翔鶴型一番艦・翔鶴を示す識別文字が『シ』と白くしっかりと記されている。
 瑞鶴は驚愕した。


「え、え……、なんで、どうして!?」
「瑞鶴ったら、声が大きいんだもの。下まで聞こえてたからすぐわかっちゃったわ」
「し、しまった思わず……、ってか、そうじゃなくて、なんで翔鶴姉がここにいるの!?」
「当然、私も作られたからよ。……それにしても、ここで瑞鶴と会えてよかった……!」

 瑞鶴は、予想もしていなかった相手との出会いに、緊張も解いて顔を緩ませてしまう。
 だが彼女は、それに対して軽く微笑みはするものの、依然として鋭い口調のままだ。
 切羽詰まったようなその口調を訝しんで、瑞鶴はその姉の姿をよく観察する。
 そして瑞鶴は、さらなる驚愕に目を見開いた。


「……!? 翔鶴姉、怪我してるの!? それに、装備は!? 弓も、矢もないの!?」
「ええ……、ちょっとね。やられちゃった……」


 微笑む姉の表情は、苦しげだった。
 その衣服にはところどころ爆風を受けたような焦げ付きがあり、見たところ小破、といった様子だった。
 えびらも背負わず、矢など一本もなく、弓さえも持っていない。
 飛行甲板すらない、完全な丸腰だ。
 その相手に奪われたか、破壊されたか、ということなのだろうか。

「だ、誰に……、いや、何にやられたの翔鶴姉!?」
「多分だけど、深海棲艦……。今ようやく、逃げて来られた所だったの……!」
「やっぱり……!! 安心して翔鶴姉、今から、私が護ったげるから!!」

 瑞鶴は急いで姉の体を階段の前から外し、建屋の壁にぴったりと背を付けて階下を窺った。
 すぐに攻撃に移れるよう直掩機を待機させ、瑞鶴はその弓に偵察機を番える。
 その瑞鶴の様子を不安そうに見守りながら、彼女は呟く。


「気を付けてね瑞鶴……、恐ろしい相手だったわ……」
「大丈夫……、今までの私とは違う。何たって、改二なんだから私は!!」
「だといいけれど……。私が気づいたんだから……」


 気焔を吐く瑞鶴の後ろに隠れつつ、彼女はゴクリと唾を呑んだ。


「……もう、あの深海棲艦も、あなたに気づいてるわ……!!」


 階下からは、ズリ、ズリ、と金属を引き摺るような不気味な音が、次第に屋上へ近づいてきていた。


    ††††††††††


 あの道を辿り 虚偽を秘す真理を飲みに
 Yay yay yay yay ye ナース・カフェへ


【――『Nurse Cafe(Remix)』に続く】


699 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/17(水) 23:44:44 Iiq4s9CY0
以上で投下終了です。

引き続き、ジャン・キルシュタイン、星空凛、暁美ほむら、球磨、球磨川禊、
碇シンジ、巴マミ、デビルヒグマ、纏流子、ビショップヒグマ、
穴持たず104、ベージュ老、ナイトヒグマ、瑞鶴、ゴーヤイムヤ提督、
デーモン提督、ゴーレム提督ほか第十かんこ連隊、
布束砥信、四宮ひまわり、田所恵、間桐雁夜で予約します。

前回からの予約と変わらずですが、『西へ、西へ』で言及されてた彼の名はビースト提督ではなく穴持たず506でゴーレム提督でした。訂正します。

……え? 翔鶴も予約すべきなんじゃないか、ですって?
……翔鶴さんなんていましたか?


700 : 名無しさん :2015/06/18(木) 08:16:02 YP4aJYDc0
投下乙です
ジャンwwようやく共闘し始めたヒグマと参加者。地下も地上も地獄だけど彼女らが希望になり得るのか
ありゃ?シーナーさんの幻覚?でも確かカズマ達て戦っていたような…?


701 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/06/25(木) 00:30:20 q2P5hkAw0
予約を延長します。


702 : 名無しさん :2015/06/25(木) 23:12:56 tik3Nhmo0
映画ラブライブで凛ちゃんが元気に動きまくってて幸せな気持ちになりました。よくここまで成長したものです


703 : Nurse Cafe ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:02:14 XSZOl0Go0
お待たせいたしました。
予約分を投下いたします。
が、また3分割になってしまいました……。登場人物が多いから……。

とりあえずその2分割目を投下します。


704 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:03:34 XSZOl0Go0
「――あなたが、布束さんなのね」
「Exactly(その通りよ)、暁美ほむら……」
「伝聞じゃどんな化物じみたヒトかと思ったけど……、安心したわ」

 穴持たず748〜751曰く、彼ら4頭を得体の知れない能力で昏倒させた。
 ビショップヒグマ曰く、一行を苦戦させたピースガーディアンすら全員一撃で倒した。
 デビルヒグマ曰く、暁美ほむら並みに心情を読めない。
 そんな女性だと聞き及んでいた人物が、暁美ほむらの目の前にいた。

 ウェーブのかかった髪に、眠たげな半眼をしている。
 制服のブラウスとスカート、そして研究者然とした白衣をまとう彼女の姿は、海に落ちてきたように全体的に湿っている。
 その雰囲気こそ常人とはズレている面もあるのだろう。
 しかし彼女もまた、ほむらたちと同じくこの異常な環境下で懸命に生き延びてきた人物なのだろうと、容易に推察はされた。


「……良く生きて辿り着いてくれたわ、参加者の皆さん。
 私は布束砥信。STUDYコーポレーションで特任部長を務めていた……、この実験の主催者の一人。
 そして、この実験を転覆させようと試行し続けていた者よ」


 そして彼女は、診療所にいる全員に向けて隠すこともなく素性を明かす。
 多くの者が息を飲んだ。
 薄々察せてはいても、その場の大半の参加者には、ここで主催者――正確には元・主催者側の人間に出会うことは率直に驚きだった。
 そして更に、『この実験を転覆させようと試行し続けていた者』という彼女の自己紹介が、その驚きと疑問を深める。
 即座に口を開いたのは、訝しげな視線を送る纏流子だ。

「おい……、どういうことだそりゃ。お前は主催者一味だったが、最初から裏切るつもりだったってことか?」
「正確には、ヒグマ側にも人間側にも被害が出ないよう収めようとしていた……。
 困難だったし大部分失敗だったけれど、その試みは少なくとも一部、成功したわ。こうしてあなたたちが来てくれたのだから。
 あなたたちも、私の書面を見てここへ来れたのでしょう? 纏流子」

 しかし布束の予想に反して、地上から来た参加者の一行は、一様に眉を顰めて顔を見合わせる。


「……書面って……。何のことだクマ?」
「布束……、お前、参加者に何かしら手引きをしていたのか? それは知らなかったな……」

 逆に問い返された言葉に、布束はうろたえる。

「え……、心当たりが無いの? 球磨、デビル……。それじゃああなたたちはどうやってここに……。
 ……まさか、首輪に電波の遮蔽もしてない……!?」

 暁美ほむらたち一行は、布束が密かに地上に配置していた地図や文書のことを一切知らない。
 グリズリーマザーの屋台前にいたオーバーボディの面々が一行にいるだろうと布束は見当をつけていたのだが、その予想も外れている。
 さらに、彼女たちに取りつけられている首輪は、よくよく見れば剥き出しだ。
 アルミホイルなどで覆って爆破信号を遮断できるようにはなっていない。
 大変なことだった。

『ああ……、首輪は僕が「劣化大嘘吐き」で通信機能をなかったことにしたんで、大丈夫です』
「あと……、地上からは、戦闘のどさくさで大穴が開いて、たまたま落ちて来ちゃったんですよね」
「そうなの……!? ……それは凄まじい運と機転だったわね」

 肩掛け鞄から慌ててドライバーを取り出していた布束に、球磨川禊と碇シンジが答える。
 そこへ即座に暁美ほむらが口を挟んだ。

「あ、待って。この首輪はドライバーで外せるのね? それなら後で教えて」
「Sure, of course、外してあげるわ。遠隔爆破されないでも、信管に直接衝撃が来れば簡単に首が飛ぶから」
「やっぱり……。さっきの戦いで誰も首元をやられないでラッキーだった。感謝するわ、ビショップさん」
「え、私デスか……!?」
「本当に、私たちが無事に地上に戻れるよう気を遣ってくれたのね。ありがとう、ビショップさん」
「ん、ン……? ン、まぁ……、ハイ、ソウデスネ、ドウイタシマシタ」

 布束とのやりとりから唐突にほむらと巴マミに感謝の言葉を掛けられ、ビショップヒグマは困惑した。
 ピースガーディアンの面々は全体的に殺す気で向かって行っていたし、実際にルークは人一人を重体にまで追い込んでいるので感謝される謂れは全くない。
 のだが、確かに唯一ビショップだけは交渉主体ではいたので、敢えてツッコむこともなく彼女は言葉を呑んだ。


「……ねぇ布束さん。実におめでたいけど、こいつもう落としていい?」
「ああ、why not? さっさと輸液してもらいましょう」
「わかった、わかったもう自分で降りるから……!」
「間桐さん足元気を付けてくださいね……」


705 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:04:13 XSZOl0Go0

 布束が診療所の面々とやりとりをしている間に、その後ろにいた者たちも動き始めた。
 即席の担架から下ろされたのは、血色の悪い痩せた白髪の男性だ。
 顔や体の左半分が麻痺したように引き攣れており、その歩みも非常におぼつかず危なっかしい。
 痩せさらばえているその体重も、少女2人が担架で運べてしまうほどだということだ。
 その姿に、医療班のジブリールとベージュ老が慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!? すぐ診察致します!!」
「確か魔術師の間桐さんじゃったな、症状はどんな具合じゃ!?」
「あ、はい、一応これシーナー先生から紹介状で……。ってかやっぱり医者全員ヒグマなんだ……」

 服の地に刻印虫の体液で記された情報提供書を彼らに見せながら、診察室に運ばれる間桐雁夜は嘆息した。


「あ、あの……皆さん、料理人の田所恵です……。私は研究所のごはん作ってただけで実験のことは良く知らなかったんですけど……。本当にご迷惑おかけして、すみません……」
「示現エンジンの管理部長やってた四宮ひまわり。私は『ヒグマと人間を交流させてみる至ってほのぼのとした実験』としか有冨さんから聞いてなかったから。
 そのほのぼのがサツバツの間違いだったのは、私にとってもいい迷惑。ほんと」
「お、おう……。蓋開けて見りゃ主催者ってこんなんばっかだったのか……」
「……もう既に、主犯格はヒグマたち自身が処刑していたってことなんでしょうね」

 その間、担架を運んでいた二人の少女、田所恵と四宮ひまわりが一堂に向けて頭を下げる。
 纏流子と暁美ほむらを始め一行は、布束を含む彼女たち元主催者の生き残りに、余りに責めるような罪状が窺えず唸るばかりだった。


    ††††††††††


「――see? とりあえずこの手順で首輪は外せるわ。あと爆破条件の詳細設定がここでできる」

 布束砥信は、一行の来歴を軽く伺った後、ビショップヒグマやベージュ老たちを労い、意識を失っている星空凛のもとにやってきていた。
 その診察室の手前側では、間桐雁夜が点滴のラインを取られるのに四苦八苦している。
 それでも今度はジブリールも、二回の刺し間違いで静脈を探り当てたので若干はマシだ。

 田所恵と四宮ひまわりは取り敢えず自身の腹ごしらえと全員の昼食を用意するべく、診療所の薬品棚の奥を探っている。
 その他女性陣は診察室の中で布束らの様子を窺い、男性陣は待合室で屯していた。

「なるほど、予想通り、内部に配置した成型炸薬輪のモンロー効果で殺傷力を持たせてるのね。
 内径調節はここ……、と。良い武器だわ。設計者はあなた?」
「……いいえ、手は加えてあるでしょうけど外部の製品よ。どこかの共和国が作ったものだとか」

 ドライバー一本で簡単に外されたそれを観察し、暁美ほむらはその構造を完全に理解して満足げに頷く。
 布束砥信の手には、眠る星空凛の首から外された爆弾首輪があった。

「……球磨、いいかしら」
「ふっふーん、もちろんだクマ」

 そしてほむらは、布束からドライバーと首輪を受けとり、傍にいた球磨を呼び寄せた。
 球磨は微笑んで胸を張り、その白い首筋をほむらの前に晒す。
 取り外しに失敗すれば、爆死する。
 その事実がはっきりしていてなお、その秘書艦は全幅の信頼をおいて、自身の首を彼女に差し出した。

 その艦を抱きしめるように暁美ほむらは指先を繰る。
 戒めの外れる軽い音が立つまで、そこから5秒もかからなかった。


「ありがとう、球磨……。ようやく、交換の約束を果たせるわ。これは良い装備よ」
「なーに言ってるクマ。礼には及ばんし、それの良い活用法が球磨には解らんクマ。
 そんな細かいこと気にせず、ほむらはどーんと構えていてくれればいいクマ」
「そう……。ただ本当に……、ありがとう」


 球磨から外した首輪を強く握りしめながら、ほむらは目を伏せ、噛み締めるようにして感謝の言葉を述べる。
 憂いの見えぬ朗らかな球磨の信頼が、余りにほむらには、面映ゆかった。

 そうして布束の行なった首輪の解除法に嘘偽りがなかったことまで確認して、作業の間布束の後ろから動かなかった纏流子が、ようやく口を開く。


706 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:04:46 XSZOl0Go0

「……なるほど、確かにこいつは信用して良さそうだ」
「……纏さん。星空さんの処置の引き継ぎもしてくれていたのに、さっきからやはり失礼ではなくて?」


 そして巴マミが、即座に彼女に釘を刺した。
 纏流子はじろりとマミを睨む。
 構え直された片太刀バサミは、今の今まで、布束砥信の背中に突き付けられていたものだ。


「……おい。何だかんだ言って、この布束って女は主催の人間だったんだぜ?
 そいつが首輪いじりに怪我人のとこに来たってなれば、まず警戒してなくちゃ話にならねぇだろう?
 礼を気にして命を捨てる気か? さっきからご立派だよなぁお前は」
「巴マミ。気持ちはありがたいけれど纏流子が正しいわ。むしろ生き残るためには警戒していなくては」

 当の布束砥信は、脅されていたに等しい先程までの自分の状況にも、さも当然というように平気な顔をしている。
 纏流子にはマミの言葉が逐一カンに障るのか、ともすれば構えたその刃が巴マミに向けて奔りそうだった。
 流子の視線は、同じく診察室の中にいるジブリールやベージュ老、その膝のビショップヒグマなどにも注がれている。
 ほむらや球磨は、その殺気を伴った緊迫に身構える。
 同じく標的にされているらしいヒグマたちにも緊張が走る中、巴マミは残念そうに眉を下げる。


「……纏さん。あなたの言っていることは確かに正しいわ。いつも」
「じゃあなんで――」
「でもいつも、あなたは他の人の気持ちを理解していないわ。たぶん」


 巴マミは何気ない動作で、自分の左腕を正面に上げた。纏流子に向けて握手でも求めるかのような動きだった。
 不可解なその振りに続いて、マミはその魔法少女衣装の袖をたくし上げ始める。

 ――中から出て来たのは、一丁の懐中マスケットだった。

「なっ――!?」
「……警戒なら、さっきから私も、暁美さんも、球磨さんもしてるのよ。でも、それが相手に判ってしまったら何の意味もないわ。こういうのは隠してやっておかなくちゃ。
 あからさまに敵意を見せていたら、面従腹背。その場だけやり過ごされて後からブスリ、よ。
 ……もし敵に脅されたらそうするでしょう? あなたも」

 巴マミは、その小型のフリントロック懐中銃を、診療所の突入時から油断なく隠し持っていた。
 いつの間にか突き付けられていた形になる、冷たい古式銃の銃口を目の前にしながら、纏流子は常日頃感じたことのない寒気を背筋に覚えて震えた。
 普段と変わらぬ口調のまま朗々と語る巴マミの姿から、その時纏流子には、自身が目の敵としていた鬼龍院皐月にも並ぶほどの威圧感が出ているように感じられた。

「……あたしなら。脅している敵ごと、そのままぶった切ってやる……!!」
「そう。みんなそれで勝てると思っているなら、ご立派な甘ちゃんね。昔の私みたいだわ」

 今にも飛び掛かりそうな猛犬じみた形相で唸る流子に対し、巴マミは柔和だった。
 嘲笑と言うよりは、純粋に懐かしさを感じているかのような苦笑で、彼女は流子の睥睨に応じる。

「……みんな貴女みたいに、甘くて強い者ばかりじゃないし、みんな貴女みたいに、甘くて強がってる者ばかりなのよ。まずはそう思ってみましょう?」
「何言ってやがる……ッ!! さっきまで泣き喚いてた女が、いきなり先輩みてぇなツラしやがってよォ!!」
「ふふ、ほんとね。本当にありがとう、纏さん」
「わっけわかんねぇ――!!」

 流子は苛立ちと共に、眼前に構えられていた巴マミの腕を叩き落とした。

「――外、見て回るッ」

 そして吐き捨てるように叫ぶやいなや、彼女はどすどすと大股で診察室を後にし、大音声を立てて診療所のドアを蹴り開けて出て行ってしまった。


「ありゃりゃ、行っちゃったクマ」
「……あれで良かったの、巴マミ?」
「良くはないけど……、もうちょっと私も言い方に気を遣うべきだったかしら」
「いいえ、あれこそマミさんよ。何の問題もないわ」

 球磨や布束が、決裂したような彼女とマミとのやりとりに言葉を濁す。
 しかし暁美ほむらだけはそこで、感慨深げに頷いた。

「……暁美さんの知っている私って、そんなだったのかしら?」
「いいえ、もっと視野が狭かったし視点は遠すぎたし、先輩らし過ぎて絶対に見習いたくない先輩だったし。より良くなっていると思うわ」
「そう……、それなら良かったわ」


 カマを掛けた巴マミは、含みしかない暁美ほむらの言葉を、自嘲で受けざるを得なかった。


    ††††††††††


707 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:05:17 XSZOl0Go0

「……女の子って、怖いんだな」

 間桐雁夜が、ぼそりとそう言う。

「そ……うですね……。うん……怖い女の人、いるよなぁ……」
「うむ。女……、もとい、雌は強いな。ルカもメロン熊もそうだった」

 待合の隅に肩を寄せ合うようにして、雁夜の隣で碇シンジとデビルヒグマもそう言った。
 間桐雁夜は布束やジブリールに治療してもらったあと、診察室の内の空気に耐えきれず、輸液のパックをガードル台に吊るしてこっそりと待合にまで出てきていたのである。
 肩を怒らせて診療所を出て行ってしまった纏流子の剣幕には、みな少しく肝の冷える思いだった。

『……ねぇ、ジャンくんはどう思うんだい?』
「もういいから……。オレのことは暫く放っておいてくれ……」

 同じくその片隅に甘んじて追いやられているような球磨川禊が、膝を抱えて蹲るジャンを見下ろして問う。
 その声掛けにも、依然としてジャンは自己嫌悪の色で嘆いた。

『……そうか。僕としてはジャンくんが羨ましいくらいなんだけどね』
「……そうか。それなら代わりに女子勢から袋叩きにされてくれ」
『冗談じゃないんだけどなぁ』

 つっけんどんなジャンの返答に、球磨川は苦笑で応じる。
 どういう意味か、と問いた気に顔を上げたジャンに向け、球磨川は言葉を繋いだ。


『ある意味、キミは僕なんかには真似できないくらい真っ直ぐで誠実なんだ。わかってたけど。
 だからさ、僕はキミを真似したく無いくらい尊敬してるし、本当に羨ましいんだよ』
「……何言ってやがる、テメェ」
『そう言いつつ、ジャンくんはわかってるんだろう? ほむらちゃんも優しかったしね?』
「くっ……」

 球磨川の軽妙な言葉に、ジャンは顔を赤らめながら目を逸らした。
 停電前の暁美ほむらの行動の真意を、この二人だけは、わかっていた。


「球磨川さん……、今のジャンさんの立場のどこが羨ましいんですか……?」
「球磨川……、お前も言動が解り辛い輩の一人か……」
『まぁまぁ、そこまで僕みたいなマイナスの人間の言うこと真面目に捉えないで良いよ』

 シンジとデビルからの言葉に球磨川はへらへらと笑う。
 ただ、そのまま彼は碇シンジに目を向けて言葉を繋げた。


『……でもシンジくんは、少し彼を羨ましく思っても良いんじゃない?』
「え!? ど、どこらへんでです、か……?」
『いや、良いんだよ思わなくても? シンジくんが女の子に対して、彼以上の誠実さを持てるならば』
「誠、実……?」


 球磨川の言葉は、依然として不可解だった。
 しかしその言葉は、まるでシンジの心の底まで見透かしているような、得体の知れぬ重みを持って碇シンジの耳に刺さる。
 その理由に思い至らずとも、何故かシンジの脳裏には、その言葉で不快なささくれができた。


「ジャンくん……って言ったか?」
「ああ、なんだよおっさん」
「おっさ……!? ……まぁいいか」

 その時、間桐雁夜はジャンに親近感を覚えていた。
 年長者として、自身と類似した境遇に悩んでいるらしい少年を励ましてやろうと、彼は出来る限り力強い声で語り掛ける。

「訊いた限りじゃ他人事に思えないが……。大丈夫、君はたぶん間違ってない。そのまま正直で居ればいい」
「ありがとうございます、おかげさまで大きく不安になりました」
「あれぇ!? 良いアドバイスだと思ったんだけど!?」
「……あんたから大丈夫と言われて不安にならない方がおかしいぜ」

 話をロクに聞いてもいない初対面の男性から励まされたところで嬉しくない。
 しかもよりによって、その男は少女3人から変態として扱われていた者である。
 その彼から同類と認められて安堵できるはずはないだろう。


『あはは、いや、でも、間違ってない』

 しかしそこで、球磨川禊だけは、間桐雁夜の言葉を肯定した。


『人間……、「正直」に生きるのが一番良いんだよ。正直者は馬鹿を見て、馬鹿と鋏は使いようだ……。
 まぁ、「大嘘吐き」の僕には……、天地がひっくり返っても、そんなの真似できないんだろうけどね』

 彼が独り言のように宙に吐き出した言葉は、どこか諦観の混じったような、哀しげな色を帯びていた。


708 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:05:44 XSZOl0Go0

「そうね、間違い過ぎてて正しい馬鹿だったわね、ジャン・キルシュタイン」

 その時、ホモシュタインとかクソミソクンではなく、正しい名前で、暁美ほむらがジャンの名を呼ぶ。
 顔を上げた男性陣の前には、指先に首輪とドライバーを携えた眼鏡の少女、暁美ほむらが立っていた。

「首輪、外させてもらうわよ」
「あ、あのよ……。なんで、あの時、俺を、撃たなかった……?」

 彼女は躊躇することもなく、まずジャン・キルシュタインの元に屈み込み、彼に鼻先が接するような距離で首輪にドライバーを差し込み始める。
 ジャンは顔を真っ赤にしながら、焦ったように問いを掛けた。

 彼女の真意において、ジャンが思い至る可能性は一つしかなかった。
 だがそうであっても、彼には暁美ほむらがそこまでする理由が、思いつかなかった。


「……あの小銃は三重の意味で撃てなかった。あなたなら気付いてると思ってたけど」
「は……?」
「……まぁ、たぶん場数が違うのね。私と巴マミと球磨は、あなたとも、纏流子とも。
 いいわよ、あなたは正直でも。……隠すのが疲れるのは、私が一番よく知ってる」


 謎めいた言葉と共にジャンの頬には、重い憂いの溜息がかかった。
 かちりと首輪が、外れた。


    ††††††††††


「なんなんだよ……、なんなんだよあいつらは……!」
(流子……、少し落ち着いた方がいい)
「あたしは落ち着いてるよ鮮血! 混乱させてくるのは向こうだ!」
(頭に血がのぼって……いや、貧血気味でイライラしてるのと違うか?)
「おかげでチョベリグだよ、お世話様」
(流子……)

 診療所の外に出た纏流子は、その近辺を腹立たしげに蹴り回りながら練り歩いていた。
 セーラー服からの忠言を流し、苛立ちに任せて蹴り上げる爪先の地面は、苔に湿った暗がりだ。

 明りのついているのは背後の診療所のみで、そこから暫く距離をおけば、途端に光度は落ちて真っ暗闇になってしまう。
 診療所に突入する前までは明かりのついていた研究所跡があるはずの道の先も、ヒカリゴケのような薄ぼんやりとした光を放っているはずの壁面も、診療所の明るさに慣れた目にはただの暗黒にしか見えなかった。


「纏さんって……、服と喋ることができる魔法少女なの?」


 その時、流子の背後の光が強まり、影が伸びてきた後、再び光が元に戻る。
 巴マミが、診療所の扉を開けて流子の元に歩み寄ってきていた。


「……あたしは魔法少女じゃねぇ。この鮮血って服も片太刀バサミも、父さんが遺してくれたモンだ。
 ……魔女とも幽霊船とも関係ねぇよ」
「それでも、あなたはその鮮血さんすら、『何がなんだか、分からねえ』んでしょ?」


 背を向けたままの纏流子に、巴マミの足音が近づく。
 牽制したつもりで投げた流子の言葉は、巴マミに投げ返され、流子自身の胸に突き立った。
 背筋に汗が流れたのを、纏流子は感じた。

 その瞬間、流子の動けぬ隙を突くようにして、背後から何かが差し出される。


「――……!?」
「これ、一緒に食べましょう?
 病院にあった低タンパク食のプリンに、田所さんが注射用の50%糖液でカラメルソースを作ってくれたそうよ」


 振り向けば、差し出されていたのはカスタードプリンのような色合いの洋菓子だった。
 しかしそれは三角形のチーズケーキのように切り分けられ、上にかかったカラメルソースもパリパリの板状になっている。
 プリンであったらしい本体は、切り分けられても崩れるような柔らかさを見せず、むしろ良く冷えたアイスクリームのように断面から冷気を漂わせていた。


「『クレマカタラーナ』……。イタリアにもある、スペイン発祥のお菓子よ。
 まさにドルチェ・アル・クッキアーヨ(スプーン菓子)の王道。こんなところで食べられるなんて夢見たい」
「な、なんか、またえらいハイソなモンが出て来たな……」


709 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:06:17 XSZOl0Go0

 その見た目の芳しさは、流子の警戒と緊張を解いてその皿を受け取らせるには十分すぎた。

 巴マミから差し出されたスプーンでそのケーキのようなプリンの角を切ってみれば、みっしりとした手応えと共に断面はほどけ、バニラの香りが漂ってくる。
 舌の上に踊るのは、カラメルの軽快な苦みと香り。冷たいアイスクリームの舌触り。
 歯触りも軽やかに焦がしカラメルの細片が弾ければ、その奥から、柔らかなプリン自体の甘みが、温もりの戻るにつれてじんわりとやってくる。

 連戦に火照った体を愛撫してくれるような妙味。
 芳醇で甘美なその風味の連奏は、元が出来合いの栄養調整食や注射液だとは思えないほどだった。

「なんだこれ……、うみゃい……!? うぅ、もう無くなっちまったし……」
「私の分も良かったら半分いる?」
「もらう!」

 纏流子は瞬く間にそのお菓子を、貪るようにして完食してしまう。
 彼女にとって、そして一行全員にとって、それは深夜から通して初めてのまともな食事だ。
 枯渇しかけていた糖分を喘ぎ求めるように、彼女は眼を輝かせてスプーンを口に運んだ。
 その無邪気な様子に、巴マミは微笑む。

「ふふ、纏さん可愛い……」
「ん〜♪ ……ん?」
「いや、纏さんが可愛くて」
「……さっきからアレなんだが。お前中学生だろ? 年下からそんなこと言われても……」
「……年上趣味?」
「いや、いや、いや! 違う! そもそもあたしを可愛いと思うなんざどうかしてる!」

 流子はスプーンを打ち振って、マミの笑みを必死に否定した。
 その彼女に対し、巴マミはふと目を下に落として、言葉を濁す。


「……でも、これがもしテンシさんの作ったものだったらどうするつもりだったの?
 毒が入ってるかもしれないって断った?」
「むぐっ……!?」


 最後の一口を頬張っていた纏流子は、思わずその言葉に口内のモノを吐き戻しそうになる。
 堪えて飲み下した彼女は、緩んでいた表情を一転して殺気に満たし、巴マミを睨みつける。

「……お前は冗談でも嘘は言わんと思っていたし、あの料理人は人間だ」
「田所さんだって元主催者よ。私たちを殺し合いに巻き込んだ。
 私だって、あなたたちに吐露したとおり、情けない見栄っ張りだわ」

 鍔迫り合いをするかのように、二人の視線は真っ向からかち合った。


「……蒸し返す気かよ。プリンは蒸しすぎると『ス』が入るぞ」
「……多分この話題は、プリンほど甘くないわ」


 クレマカタラーナのまろやかな後味は、霧消した。

 纏流子が口を引き結んで、完食した皿を突き返す。
 なぜ流子が、そこまでヒグマを敵視するのか――。
 その理由を吐露してもらうことが、巴マミの言外の要求だった。


 ――暁美ほむらの盾の中で語られた構図の鏡写し。


 巴マミが皿を受け取ると、流子は拳を握り、口を開く。


「……あたしはここに来て、お前と同じく早々からヒグマに襲われた。
 お前の言った白目のヤツとは違って、すっとぼけたゆるキャラみたいなナリのヒグマだった。
 だが、そんな格好をしときながら、あのヒグマは黒木智子とあたしに向かってきやがった……!!」
「……その子って、放送で呼ばれた……」
「そうだよ。その場は、支給品に入ってたピ○ポ君らしきヤツが、『市民の平和はボクが守る、君たちは逃げたまえ!』って言ったから、相手してもらってるうちに逃げた。
 だが智子とは、それから暫くしてはぐれちまって、終いにはこのザマだ!!」
「そう……、なの……」

 マミは息巻く流子の語りを受けて、沈痛に面持ちを曇らせた。
 その話に出て来た女の子は、先程の放送で呼ばれた人物だ。
 マミたちのように首輪を外しただけの可能性も無くはないとはいえ、死んでしまっている確率の方がはるかに高い。
 握り拳を震わせる流子の自責は、マミにも容易く窺い知れた。

 守りたいものを守れなかった、口惜しさの痛み――。
 流子は顔を上げて叫んだ。


「だからあたしは……、ヒグマを許せねぇ!! ゆるキャラの姿をしていても、それはヒトを油断させるための上っ面なんだよ!!
 そんなヤツらを信用するなんて、出来るもんか!!」


 流子はその赤の混じった黒髪を振り立たせ、巴マミの胸元に指を突き付ける。

 彼女が思い悩んでいた理由。
 ヒグマは敵であり、決して心を許してはならない――。
 そう語る理由を、確かに巴マミは理解していた。

 そして同時に、そう考える正当性は彼女に存在しない――。とも、巴マミは思っていた。


「……ピ○ポ君だって、ゆるキャラでしょ……!?」


710 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:06:38 XSZOl0Go0

 マミは流子の瞳を見つめ返し、静かに言う。

「それが立って喋ってって……、条件は一緒じゃない。そのゆるキャラのヒグマと何が違ったの?」

 流子は言葉に窮した。
 確かに、人間大の喋るピ○ポ君は、不気味さで言えばあのゆるキャラのヒグマとどっこいどっこいだったからだ。
 たまたまデイパックの中に入っていたから、そして第一声がそんな言葉だったから――。
 それだけで流子は、緊急の場で、ピ○ポ君を全面的に信用した。


「はぐれた末に亡くなってしまったのなら、その黒木さんが本当にヒグマに殺されたのかもわからないじゃない。
 実はあなたと話したのはピ○ポ君の姿をした変質者で、こっそり黒木さんを誘拐して殺してたとしても、わからないんでしょ?」
「そ、んな、こと……」
「……私たちは本当のことを知らなきゃいけないんだわ、纏さん。あなたが言ってくれた通り。
 あなたはあなた、私は私。決して自分の思い込みやルールで相手を捉えてはいけないのよ」

 巴マミは、胸に突き付けられた流子の指を、両手で包み込んだ。


「それが辛いことであっても、今度はきっと私たちが支えてあげられるから……」
「〜〜ッ!! 何様だテメェは!! どうしてこうまでしてあたしに絡む!!」
「私たちだって纏さんが必要なのよ!! あなただって正義の人でしょう!?」
「あたしは父さんの仇を探してるだけだ!! 正義なんて大層なモンに興味はねぇ!!」
「大衆のための正義も一人のための正義も同じことよ!! 自分一人すら救えなかった私を掬ってくれたのは、纏さんたちじゃない!!」


 マミの手を振り切ろうと叫んだ流子は、その手をさらに強く握りしめられていた。
 流子は驚愕した。

 自分の言葉は、巴マミには届いていなかったのだとばかり、纏流子は思っていた。
 幽霊船と魔女とヒグマと自分自身を同一視する者と。
 服と主催者とヒグマと自分自身を完全に斬り分ける者と。
 両者は水と油。決して交わりはしないのだろうと、纏流子は割り切っていた。

 だが今ここで流子の手を握っている巴マミの両腕は、流子自身が彼女に掬い上げてきたものだった。
 巴マミは、この期に及んで自身と纏流子すら、未だ同一視していた。

 全てを同一視して対応するからこそ、巴マミの思考は周囲の誰からも切り離されていた。
 全てを斬り分けて対応するからこそ、纏流子の思考は周囲を自分の規に詰め込んでいた。
 それらはきっと全て、視点の違いに過ぎなかった。


「……私にも、支えさせて。お願い」


 顔を伏せた巴マミの声は、震えていた。
 魔法少女のような衣装を着てその細い身を守っている、ただの女子中学生がそこにいた。

 虚勢と大義という神の衣を斬り裂かれた彼女が、守るもののない裸の上に、その遺灰を精一杯縫い合わせて着ている服。
 それが彼女の言葉なのだと、セーラー服のような神の衣を纏っている不良女子高生にはわかった。
 ただ切り裂かれた今までの生活を着たかっただけの小市民と、何が違うのか。わからなかった。


 纏流子は、肩の力を抜いた。
 そんな姿を見てしまってはもう、彼女には、きるものがなかった。


「……ハッ、分不相応な思想抱えて潰れてたお前にかよ。どうせ料理くらいしかできないんだろ?」

 鼻で笑った。
 顔を上げた巴マミに向けて、言葉はきらず、続けた。


「……なあ、水と油は、混ざると思うか?」
「……プリンの中では、水と油は、乳化してるわ」
「引火した天ぷら油に水を注ぐと、爆発するんだけどな?」


 そう重ねられた問いを聞いて、巴マミの眉が上がる。
 その襲ねの色目に透ける真意の色合いは、彼女の目にも、見えた。

「……ごめんなさい。その場合は、火元を断つのが一番だったわ」
「いや、あたしこそ。あたしはあんまり……、火力の調節が上手くねぇからな」

 返ってきた巴マミの言葉に、纏流子は嘆息する。
 言葉をきらず、きせた。


「……じゃあすまねぇが、その時は代わりに火を、斬ってくれ」
「……わかったわ。フリットゥーラ(揚げ物)は、得意だから」


 ――料理の話だからな?
 泣き笑う巴マミの背を叩いて、纏流子は口元を歪ませた。


    ††††††††††


711 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:07:33 XSZOl0Go0

 ぱくり。
 と、スプーンが口に運ばれる。
 診療所の奥、従業員控室のキッチンに、四宮ひまわりと田所恵がいた。

 なぜかその床には、掘り返されたような大穴が開いていたのだが、幸いキッチンのある壁際とは反対の隅だったため、調理する分には支障なかった。

 田所恵が、診療所にあった資材のみで作り上げた『クレマカタラーナ』。
 その出来立ての逸品を、ひまわりが今まさに頬張ったところだった。


「どうかな? ひまわりちゃん」
「うん……、ヘキソースが上手い具合に芳香化して、異性化の程度も良好みたい。まるで恒温槽でも使ったみたいな精密な温度管理の賜物……。
 通常使う高純度スクロースじゃなくグルコースを使っているのに、美味しさはなお上……」
「え……、何言ってるの……? それカラメルだべ……?」

 褒められているのかどうかすらわからない四宮ひまわりの反応に、思わず田所恵は地元訛りが出てしまう。

「キャラメル化反応はまだ研究途上にある分野……。案外奥深いんだよね」
「へ、へぇ〜……、そうなんだ……」
「恵ちゃん、研究者としても一流」

 汗を垂らしながら曖昧に笑った彼女へ、ひまわりは満足げに頷く。
 どうやら賞賛されたことだけは確かなようだ。


「クレマカタラーナにしては邪道も邪道の作り方だったんだけど……」
「美味しくないケミカルプリンを液体窒素で再調理して、糖液カラメルを炙りつけて仕立て上げる発想は褒められるべき。
 本来煩雑な工程をたった数分で仕上げたことになるんだし。その上美味しいし言うことなし!」
「あ、ありがとう……! それなら良かったべ……」

 当然製作者の田所恵も味見はしているのでそのクオリティを把握してはいるのだが、実際に食べてもらった者から感想を聞くのはまた別格だ。
 特に今回は、料理人としてやってはいけないと思われるギリギリのラインに抵触していたため、その評価を耳にするまで恵の内心は液体窒素と同様にヒヤヒヤであった。

「……よし。それじゃあ他の人にも配ってこようか」
「……え、ひまわりちゃん、そのまま配りに行くの?」

 その冷たいクリーム菓子をたっぷり3切れ平らげてから、四宮ひまわりは器を持って、診療所の待ち合いに出てゆこうとする。
 そこへ急に、田所恵が意外そうに声をかけていた。


「その根っこ邪魔だし、もう放しておいたら?」
「……え?」


 田所恵に指さされ、ひまわりは何気なく、自分の左手に目を落とした。
 皿をつまむ左手は何故か、折れた木の枝のようなものを、握り込んでいた。
 ちょうど短刀のような長さになっているそれは、斜めに裂けた鋭い割面を先端に見せている。

「……なんで私、こんなもの持ってんの……!?」
「え……? 間桐さんを降ろした後、わざわざ担架から折り取ってたから、護身用か何かなのかと思ってたんだけど……。
 私の料理を見てる時も、食べてる時もずっと持ってたし……」
「折り取っ……て? 私が、この、木の枝を……!?」

 四宮ひまわりは、聞かされる事実に驚くばかりだった。
 田所恵はむしろ、それを聞いて驚くひまわりに驚いた。
 瞬きを繰り返し、恵は彼女へ恐る恐る問いかける。


「ひまわりちゃん……、大丈夫なの……!?」


 ひまわりは、木刀のようなその枝を握り込んだ自身の左手を見つめ、歯を噛んでいた。

「……ごめん恵ちゃん、配って来て。あと、誰も呼ばないで」
「ひまわりちゃん……!?」
「私は大丈夫だから、行って」
「う、うん……!」

 有無を言わさぬ四宮ひまわりの強い口調に、田所恵はお盆に皿を乗せ、足早に控室を立ち去ってゆく。
 後にはひまわり一人が、その空間に取り残される。
 こじ開けた左の拳の内側を見て、四宮ひまわりは苦々しく舌打ちをした。


「……植物学者でもないのに、下手なことするんじゃなかったかな……」


 その掌には、何十本もの細かな木の根が、折られた木刀の幹から伸びて突き刺さっていた。
 既に四宮ひまわりの血管に這うようにしてその枝は、彼女の手首のあたりまで侵食している。

 ――自分の無意識を早くも奪われかけた。

 四宮ひまわりは『二代目鬼斬り』に寄生されたという事実を、重く受け止めていた。


    ††††††††††


712 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:08:34 XSZOl0Go0

「とりあえず、布束さんはこれからどう行動を考えてるクマ?」
「ある程度の方針は、ピースガーディアンの彼女、ビショップが話した通りなのよね?
 それで合意しているなら、大筋それでいいわ」

 キッチンから運ばれてきた冷たいデザートに、診療所の雰囲気はにわかに明るくなった感があった。
 巴マミは、暁美ほむらに言外にたしなめられたのを受け、纏流子の分まで皿を持って外に出ている。
 そのほむらと、彼女に首輪を外されている男性陣の方にも田所恵が皿を運んでいる間、診察室の布束砥信には球磨たちが同席していた。

 星空凛の寝息を横に、糖分補給しながらの方針のすり合わせだ。
 布束の意見を受け、球磨はベージュ老の膝のビショップに顔を向ける。
 スプーンを口に運びながら、申し訳なさそうに眉を寄せた。

「ビショップさん、すまんクマ。一応まだ捕虜でいてもらいたいから、この洋菓子はおあずけだクマ」
「……気にしナイで構いマセん。別に甘いものが好きな訳ではナイでスので」
「お、じゃあビショップさんは辛党クマ? 球磨焼酎とか呑むクマ?」
「……いや、アルコールは細胞に直にクるので、むしろ苦手でス」
「なんだ、じゃあやっぱり甘党じゃねーかクマ。鎮守府に帰ったら土産に朝鮮飴買ってきてやるクマ」
「ハァ、ドウモアリガトウゴザイマス……。先のことを言うと死亡フラグが笑いまスよ……」
「馬鹿言え。生存フラグだクマ」

 甘味に舌鼓を打つ球磨は軽口を叩く余裕も出て来て、その意気はキラキラと輝いているようだった。
 ビショップヒグマはそんな球磨の様子に、ガラス玉の中で辟易と舌を打つ。


「マァそこは良いとシて……、あとどのくらいで出立するんでスか?
 こうしてる間にも艦これ勢の侵攻は続いているでショう。ここにもいつ彼らが来るか……」
「や、やっぱりここ襲われちゃうんですか!? ぼ、防空壕増やしておく必要が……!?」
「テンシちゃん落ち着きなさいって……」
「いえ……、quite unlikely to be so。それは私も考えたわ。
 でも、それなら、私たちがここに辿り着く前にあのロボットたちが攻め込んでておかしくなかった。
 私たちやシーナーは既に示現エンジン前で、その『彼の者』に襲撃されていたのだから」


 ヒグマたちのざわつきに、布束は顎に手をやって考え込む。
 既に、侵攻はされているはずなのだ。
 先程診療所を襲った停電も、その攻撃への布束たちの応戦が関与している。
 それでも、球磨の対空電探にも、マンハッタン・トランスファーの気流探知能力にも、近隣に一切の敵影は確認されていない。

「……そこに居たメンバーから、シーナー、灰色熊、ヤイコが敵本拠地を叩きに。
 ツルシイン、龍田が、司波深雪と司波達也とキングのいるらしい北のカフェを掩護しに行った。
 もう各方面にあのスポンサーの部隊は展開されているはずなのに。ここだけ無事だったことは奇妙に過ぎる」
「……そうなんじゃよな。本来ならこの施設は真っ先に狙われてもおかしくなかったのじゃが」
「……つまり、ここは中立地として攻撃目標から外されているクマ?」
「今ある情報から推測すると……、それしか考えられない」
「や、やっぱりここ見逃されるんですね!? よ、よかった安心だぁ〜……」
「テンシちゃん早計すぎじゃって……」


 論理的に考えても、この診療所が襲われていない理由がわからない。
 放置しておくメリットが、先方の艦これ勢およびモノクマロボットたちには存在しないからだ。
 しかし実際の現象からの推測では、今までもこれからもここは襲われないという、あまりに楽天的すぎて不安になる結論しか得られなかった。


713 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:09:08 XSZOl0Go0

「というか龍田って娘も艦これ勢製のシロモノでスよね……? 大丈夫なんでスか?」
「アイツは佐世保の女だクマ。球磨と同じく、配属鎮守府の違いくらいではブレんクマ」
「私の知っている限りでは、艦これ勢の作った艦は島風、ビスマルク、龍田よ……」
「わしが見逃してしもうたオスは、銀髪に吹き流しをつけた小さな子と、巨大な砲塔4つ背負った茶髪で巫女のような服の背の高い子を連れておったな」

 見かけた艦娘の姿を思い出そうとしていたベージュ老の言葉に、球磨はあからさまに顔をしかめる。

「おうおうおう……、そりゃ天津風と金剛じゃねーか。あいつらもビスマルクも何考えてんだクマ。
 ヒグマに作られてそのまま同伴して地上に行くとか、疑問の一つも覚えねぇのかクマ……?」
「やっぱり艦娘とかアブねぇやつばっかじゃねぇか……!!」
「艦これ勢の美的センスは狂ってるとしか思えねぇよな……」
「いや、あの尻軽女どもがたぶらかしたんじゃ……!?」
「バカガキがミサイル担いでるようなもんだし、ひでぇ話だ……」
「……てめーら、脳ミソ挽肉にされたいクマ?」
「ひぃ、すいません――!! 球磨姐さんは誠実で聡明で麗しいお方ですぅう!!」

 布束を見たことによる気絶からようやく復帰した4頭も、診察室の片隅で唸っていた。
 内緒話になっていない大声の囁き合いに球磨が声を掛ければ、彼らは途端に慄いてしまう。
 球磨は溜息を吐いた。


「……おべっか使ってんじゃねぇクマ。どこか危険で狂ってて、怪しくて頭がおかしいのは確実だクマ。
 てめぇらの感覚は正しい。言葉に気をつけて言えば良いクマ」
「あ、ありがとうございます! 了解しやした……!」
「やっぱり『ほとんどの』艦娘は危険なやつばかりなんだな……」
「白昼から堂々と公然猥褻をして憚らないクレイジーサイコレズがいるらしいからな……」
「うわ、それは狂ってる……。やはりそうなんですね球磨姐さん!?」
「……なんかすげぇ妹への風評被害が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしてやるクマ……。
 大井と北上のアレは姉妹愛。姉妹愛姉妹愛……」

 思い当るフシの多すぎるその風聞に、球磨は頭痛がしてくる。
 念仏のように姉妹愛と唱えながら、艦娘たちの奇行に、球磨は頭を抱えた。
 ベージュ老の膝の上から、ビショップがそこでポツリと声を漏らす。


「……きっと、オゾマシい真相がありまス。狂ってるのはきっと、娘ではなく私タチ、ヒグマ……」


 顔を上げる球磨と目を合わせて、彼女は自身の直感を吐露する。


「馬鹿な男どもの妄想というのは、いつでも想像を絶した狂気に満ちていまスから……」
「薬品投与で艦娘を洗脳してる……、とかクマ?」
「さぁ……? そんなすぐに思いつく顛末なんテ、まだ甘い方だと思いまスよ……?」


 透明なガラス玉の中で、ビショップは半透明の首を、傾げた。


    ††††††††††


「星空凛、球磨、ジャン・キルシュタイン、碇シンジ、球磨川禊……、使える首輪はしめて5つ。
 まあ、武装の補充としてはまずまずといったところかしら」

 暁美ほむらは、待ち合いにいた男性陣から爆弾入りの首輪を外し終わり、空いている右腕に適当な内径として装着してゆく。
 途中で洋菓子による小休止を挟んだものの、その首輪の解除作業は恙なく遂行された。
 参加者の男子たちはすっきりと戒めの取れた首筋に、大きく呼吸をする。

 その時、何気なく暁美ほむらの腕を見上げていた間桐雁夜が突如声を上げてソファーから立ち上がった。


「そ、それ、令呪だな!? もしかして君、キャスターかアサシンのマスターなのか!?」
「……魔術師の間桐さん、だったかしら。令呪を知っているの?」
「知ってるも何も……! 君はここで新たに聖杯戦争のマスターに選ばれた人なんじゃないのか?」
「いいえ。私は、その聖杯だかエンジンだかの繋がる地脈から魔力を掠め取っただけよ」

 暁美ほむらが首輪を通す右手の甲には、砂時計のような形をした黒い文様が描かれている。

「掠め取った……!? 令呪は確かに使い捨ての魔力じゃあるが……。
 良く見れば、君のは普通のと違って黒いし……。そんなことができるのか?」
「ええ……。ここ、衛宮切嗣という魔術師の遺してくれた手帳に、その方法が記されていたわ」
「セイバーのマスターか……! 見せてくれ。令呪が戻れば、刻印虫の死滅した俺でもいくらか戦力になれるかも知れない……」
「構わないわ。私やマミさんも、今のうちに補充しておいた方が良いかも知れないわね……」


714 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:10:09 XSZOl0Go0

 間桐雁夜が見せてくる彼の手の甲には、掠れて消えかけた赤い渦巻のような文様がある。
 既に3画を使用した後だということらしい。
 まだ詳しい話は伺い合えてはいないが、衛宮切嗣の記述からすれば彼もまた相応の艱難を乗り越えて生き延びた人物に違いないだろう。
 引き攣れて肌色の濁った痛々しい彼の顔面も、そのための傷跡なのかもしれなかった。


「――あ、クソこれ遠坂の同調呪文じゃねぇか。ぬぅ、これ唱えるのなんか悔しいなぁ」
「……内容がわかるのね。流石に本職だけあって詳しいわ」
「ちょっとここの親父とは因縁があったんでね。研究は人並み以上にしてる」
「それで、あとはここの結界の魔力の糸を、この衛宮さんの歯で切って取ってくれば……」


 衛宮切嗣の記した手順を、雁夜と二人で確認し直していたほむらは、その時ふと違和感を覚えた。
 切嗣の犬歯をつまんだまま、ほむらは眼鏡を上げてキョロキョロと辺りを見回す。
 間桐雁夜が、訝しげに声を絞った。

「結界の魔力……、なんて、ないぞ? どこから取ったんだ?」
「おかしい……! さっきまで、ついさっきまでは確かにここまであったのに……!?」

 先程、巴マミはまさにこの場所で魔力を引き上げていたのだ。
 保護室に織られていた結界ほどの強さは無かったとはいえ、全島に張り巡らされていた魔力の一部が、確かにそこには残っていたはずだ。
 しかし今はこの一帯に、その魔力は存在しない。
 差異が微かにすぎて、暁美ほむらは意識するまでその消失に気付けないでいた。

 うろたえる彼女に、ソファーの上で考え込みながら、球磨川禊が口を開く。


『……魔力も結界も、電力もなにもかも、この島からは全部消えちゃってるみたいだね』
「……エンジンが止まったせいか! となると、地上に出てもカードの具現化はできんな……」


 真っ先に反応したデビルヒグマに続き、一行は明らかになった事実にざわめく。

「……そうだ。布束さんたちが暴走を危惧してエンジンを止めたんだよ。
 今、全島が停電してるから、送電と同時に結界に魔力を送っていたポンプが、止まったことになる。
 ひまわりちゃんに聞けばもうちょっと詳しくわかるのかも知れないが……」
「しまった……。もしかして、これ……。この状況は……!!」
「そうか……、僕もカードを使えなくなっちゃったんだな……」
『キミは万全の力をだせるよなジャンくん。手本となるよう、頑張ってくれよな』
「な、何言ってんだ……?」

 暁美ほむらや碇シンジが唸る中、球磨川は何か決意を秘めたような表情で、ジャン・キルシュタインの肩を叩いていた。


「……ごめん間桐さん、ちょっと私、ここでみんなと別れるわ」


 その時突如、奥の控室から待ち合いの一同に向け声がかかった。
 そこに立っていたのは、淡い亜麻色の長髪を振り乱した小柄な少女、四宮ひまわりである。
 歩み寄ってくる彼女の左腕からは、何故か鮮血が滴り落ちている。

「え、ちょ……!? どうしたんだよひまわりちゃん!?」
「ま、間桐さん、ひまわりちゃんを止めてあげて下さい!!」

 控室からは四宮ひまわりに続いて、田所恵が慌てて駆け出してくる。
 その手に握られているのは、血塗れのヒグマの爪牙包丁だ。
 現状を理解できない一同に向けて、ひまわりは血の滴っている自身の左腕を掲げ見せた。

 そこには、短刀ほどの長さの木刀が握られている。
 そしてその木刀を握り締める手の周辺には、何度も刃物を突き立てたかのような生々しい傷跡が幾条も刻まれていた。
 しかしその傷口は、一同が眼を見張っている間にも、握られた木刀からひこばえのようにして伸びた細い枝に塞がれ、肉を縫い合わされ、血を止められてゆく。
 既にその木刀と彼女の腕は、がっちりと結合してしまっているようだった。


715 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:11:12 XSZOl0Go0

「……示現エンジンを襲ったあの根に、寄生されてた。摘出できなさそうだし。
 このままじゃあの鎧騎士みたいに暴れ回りかねないんで、暫く一人になる」
「ちょっと待てちょっと待てよおい! ひまわりちゃん、そんなん余計危ないって!
 今各地で暴れてるらしいヒグマに襲われたらどうするつもりだよ!?」
「これで返り討ちに出来ればもうけものだし……。そもそもこの辺りに襲ってくるヤツ、誰も来てないんでしょ?
 爆弾抱えた人間は室内に置いとけない。そこまで遠くには行かないから、私の処遇が決まったら呼んで。
 ……私自身が、みんなを危険に晒す裏切り者になるなんて、まっぴら」

 四宮ひまわりは、雁夜の制止や田所恵の心配を振り切って、壁際に干されていた自分の半纏を取り外し、外行き用に着こみ始めてしまう。
 担架の布として一緒に干されていた龍田のワンピースと布束の制服と恵の割烹着もついでに取り、彼女はそれをテーブルの端に置いて、出てゆこうとしていた。


「――STOP、四宮ひまわり!! 逸らないで!!」
「布束さん……」

 だが、彼女が診療所のドアに向かう直前で、診察室から聞きつけた布束たちが走り出てきていた。


「Why don't you leave it to me!? ちょっと診せて見なさい。
 何かしら手があるかも知れないし、そもそも襲撃者が来ないと思うのも早計よ!」
「そう言うと思ったから巻き込みたくなかったのに……」
「……ええ。出ては駄目。『そもそもこの辺りに襲ってくるヤツ』は、来てないわけじゃ、ない……!!」


 布束とひまわりの会話を、暁美ほむらが緊張の強い声で割った。
 待ち合いに出て来た全員が彼女の方を見やる。
 額に指をやり思考を廻らせていた暁美ほむらのこめかみには、冷や汗が流れていた。


「ど、どうしたクマ……、ほむら……?」
「球磨、あなた、ビショップさんに接敵された時、電探でも気流探知でも発見できなかったわよね?」
「え……、そりゃ、水だったし……。でも……、ビショップさん、相手方に同じ能力者は居るクマ!?」
「私の知る限りでは、いマセンよ。それに、カスタムヒグマはだいたいが何らかの役職に就いていまス。
 無職である艦これ勢の中に能力持ちなんて、そうそういるハズないでス。いても2、3体止まりかと」

 球磨とビショップが、ほむらからの問い掛けに応えた。
 ビショップの指摘に加え、島の示現エンジンは先程から布束が止めているのだ。
 そのためヒグマの培養槽も止まっているはずであり、新規のヒグマを敵方が作れる確率はほとんどない。


「……あれ、そうなんですか……? 本当に『無職』?」


 しかし、そのビショップの答えに、ジブリールが首を傾げていた。
 ほむらは緊張を緩めず、続けざまに入り口前の布束砥信へと言葉を投げる。


「……布束さん、あなた、『私の書面を見てここへ来れた』とさっき言ってたわね。あなたの想定する地下への正規ルートは、どこだったの……!?」
「……マンホールから続く、地下の下水道網よ。でも今は、どこも津波の水で溢れかえっているはずだわ。
 それこそ、彼女のような水と同化する能力でもない限り、今は通れないでしょう」

 布束砥信は、診療所の壁に触れながら、ほむらの疑念を先読みするようにして答えた。
 その津波による通行制限もあったため、布束はほむらたちの一行を、朝方から地下にやって来ていたオーバーボディの面々だろうと思い込んでいたのである。

 しかし彼女のジェスチャーを見て、ほむらは胸を押さえてすらいた。
 息が荒くなり、目が見開かれる。
 恐怖が彼女の心臓に負荷をかけ、動悸を起こしていた。


「球磨……! ビショップさん!! 相手は『艦これ勢』なのね……!?
 『第二次世界大戦中に使用されていた艦艇のミニチュアを兵器または兵員として使う部隊』なのよね……!?」
「え、ええ、そのハズでス……」
「お、大筋その認識で良いと思うクマ……。でもなんでそんなことを訊くクマ……!?」


716 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:12:29 XSZOl0Go0

 一帯には、切迫した空気が満ちてきていた。
 暁美ほむら以外の者たちはみな、『艦これ勢』という名称に、何かしらの嫌悪感か軽薄さ以上のものは、抱いていなかった。

 アイドルオタクと争って潰し合う程度のどうしようもないゴクツブシ――。
 その程度の認識しかしていなかった。

 しかし、暁美ほむらだけは違った。
 常に兵器の研究を続けてきていた彼女にだけは、『艦隊これくしょん』という気安そうな名称の奥に隠された強大な力を、認識できていた。

 第二次世界大戦中に使用されていた艦艇を兵器または兵員として使う部隊。
 それが『艦これ勢』であるならば――。
 暁美ほむらには、カスタムヒグマ2,3体どころではない、大量の敵が索敵網を抜けてしまう可能性に、思い当ってしまっていた。


「……ねぇ球磨。あなたたちの仲間は、本当に誰も、『彼女のような水と同化する能力でもない限り、今は通れない』……?」
「え……?」


 球磨はその問いを耳にして視線を足元に落とすと、途端にぶるぶると震えはじめた。
 即座に暁美ほむらは、荒い息のまま天井を見上げる。
 その上にはさらに2階分のフロアが続き、そこから上は地上の総合病院に繋がっているはずだった。


「ベージュさん……、ここの自家発電の電気は、真上の総合病院から来てるのよね!?」
「あ、ああ……、そうじゃが、それで何か、問題があるのかね……?」
「……つまりね。この診療所を攻めるには、この診療所から攻めないでも、良くなるのよ……!!」
「な――ッ!?」


 食いしばった歯の間から吐き捨てられたほむらの言葉で、一帯に電流のような衝撃が走った。
 一行は、気づいてしまった。

「球磨――、あなた――!!」

 気づいてしまったのだ。


「……『壁の中』と、『土の上』は、……観えるの?」

 ――敵は既に、この診療所を、攻めていた。

「〜〜……ッ、索敵、範囲外……!!」


 傾くほむらの振り向きは、恐怖に染まっていた。
 球磨はありったけの声を絞り、一帯に叫びかけた。


「――総員、負傷者を掩護しつつ直ちに撤収!! 敵は、『潜水艦』クマァ!!」


 診療所に巨大な爆音と、地震にも紛う強烈な振動が襲ったのは、その次の瞬間だった。 


    ††††††††††


 あの夢を潰し 裏を掻く弁理を飲みに
 Hai yai yai yai yo ナース・カフェへ


    ††††††††††


「……相手はどんなやつだったの、翔鶴姉……!?」
「……見ればわかるわ。……言いたくない……」
「えぇ?」

 直掩機を旋回させながら警戒する瑞鶴は、そんな姉の姿からの返答に驚く。
 総合病院の屋上。
 既に階下からは、襲撃してきたという深海棲艦と思しき物音が聞こえてきている。
 緊急事態にも関わらず相手の情報を『言いたくない』とはどういうことなのか。

「ちょっと、翔鶴姉、今そんな言い渋ってる場合じゃ……」
「――く、来るわ瑞鶴!! 気を付けて!!」


 姉の姿に向けて瑞鶴が不平を垂れようとした瞬間、階下で金属を引き摺るような音がたっていたあたりから、ふと何か異質な音が聞こえる。
 魚雷の発射音――。
 そして直後、瑞鶴の足元から強い振動が立ち昇り、階段付近の足場が崩落を始めていた。

「きゃぁ――!?」
「瑞鶴――!?」

 屋上に張り出していた階段の建屋ごと崩壊した足場から、瑞鶴は真っ逆さまに階下に落ちる。
 彼女の目の前に見えた光景は、信じられないものだった。


 ――階段が最下階まで、完全に破壊されている。


 総合病院は、8階建てだった。
 それが1階まで、各フロアの区切りが眼に見えてしまう。
 あったはずの階段は壊れ、吹き抜けとなった1階部分に瓦礫となって溜まっていた。
 地上30メートル近い高度から建屋の残骸とともに自由落下する瑞鶴も、1階に落ちればその瓦礫の仲間入りは確実だ。


717 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:14:30 XSZOl0Go0

「うおぉおぉぉおぉぉ――!!」


 瑞鶴は咄嗟に、携えていた偵察機の矢を、身を捻りながら上方に向けて射ち出していた。
 射出の直前、その矢筈には自分の係留用の錨を絡み付けている。

 この非常時に於いても精密な狙いで放たれたその矢は、8階の崩落を免れた天井のコンクリートに突き立つ。
 ちょうど、屋上から身を乗り出す翔鶴の姿の真下だった。

 錨と鎖でその矢に繋がっている瑞鶴は、振り子のようにそのまま吹き抜けの壁面に激突する。
 瑞鶴の落下は止まったものの、上からはなおも落下を続けていた屋上建屋の破片が豪雨のように降り注いだ。

「――っくぁ……!」

 全身を打つ痛みに呻きが漏れる。
 それでもまだ、このまま1階に自由落下してしまうよりははるかにマシだったろう。
 下に落ちた建屋の瓦礫は、大きな衝突音を立てて砕け散る。
 その振動は地震のようにして、宙吊りとなった瑞鶴の元にもビリビリと届いていた。


「しょ、翔鶴姉……! 引き上げてくれる……?」
「わかったわ瑞鶴……! 大丈夫!?」

 瑞鶴は窮地を逃れ、姉の姿が慌てて自分の矢の元に手を伸ばしてくれているのを見て、安堵に胸を撫で下ろした。

「……翔鶴姉、一体どんな深海棲艦が、こんな……」

 そして瑞鶴は、上方の彼女に向けて問いかけようとする。
 姉の姿は、瑞鶴の矢を天井から取り外し、その錨を引っ張り上げようとしていた。
 しかしその瞬間、突如彼女は何かに振り向き、そのまま背後に倒れ、屋上の先に消える。


「う、わ、いやぁあぁあぁ――!?」
「――え? うそ――」

 何かに背後から襲撃された――。
 姉の姿は、そのようにしか見えない動き方をした。
 そして直後、屋上からは係留点を失った錨と鎖が、そのまま落下してくる。


「――くっ、チェアァッ!!」


 階段だった吹き抜けの壁を再び自由落下で直滑降し始めた瑞鶴は、背のうつぼから両手で矢を取り出し、その壁に叩き付ける。
 ぶらぶらと両脚を宙に遊ばせ、壁に突き立った金属の矢に懸垂でぶら下がり、なんとか彼女はそのまま自分の位置を確保した。

「しょ、翔鶴姉――ェ!!」

 屋上に向けて姉の名を叫ぶも、返事は無い。
 一体何に、どのようにして襲われたのか。
 得体の知れない恐怖だけを残して、その姿は消えてしまった。
 体重を支える両手は汗に滑り、呼吸は不安で荒くなる。

 瑞鶴は自身の思考と恐怖を振り切り、自身の腕力だけを頼りに、何とか近くの階のフロアの出入口の方へ、矢の突き刺す位置を変えながら壁を渡り始めた。

 止まった階は、地上5階だ。
 まだ下には15メートル以上の距離がある。
 足元を所在なく吹き抜ける風は、落下すれば依然として瑞鶴が即死するだろうことを明確に示している。
 5機あった直掩機も崩落に2機が巻き込まれ、3機だけになってしまっている。

「……くっ、うっ……!」

 刻々と痺れ、握力の薄れていく腕を酷使し、それでもなんとか、瑞鶴は壁を伝って出入口の方へ近づいてゆく。
 その時、瑞鶴の耳にあの、金属を引き摺るような物音が届いた。
 ズリ、ズリ、という、不気味で不快な音が、次第に背後へ近づいてくる。
 身を捻り、瑞鶴はその物の正体を見た。


「――『甲標的』……!?」


 黒光りする、小型の円筒形の艦艇が、そこにあった。
 敵艦に肉薄し至近距離で魚雷を発射するために開発されたその特殊潜航艇は、茶色い泥状の物体によって、何故か吹き抜けの壁に張り付いている。
 ズリ、ズリ、と音を立てて、泥に引きずられながら甲標的は、なおも瑞鶴に接近する。
 そして程なく、その艦首からボン、と、魚雷が投射されていた。

「くおぁっ――!?」

 瑞鶴が5階の出入口に脚を掛けたのは、僅かにその投射よりも早かった。
 矢を引き抜いて転がるようにフロアへ身を投げ出した直後、瑞鶴の背後から魚雷の爆発が吹き抜けていく。

 爆発が収まると瑞鶴は、自身の直掩機を呼び戻しつつ、痛むその身を床に起こした。
 息を荒げ、その矢を弓につがえるが、早くもその体は満身創痍だった。


「何なのあれは……! あれが、翔鶴姉の、やられた敵……!?」
「本当に五航戦の妹は面倒くさいわね。無駄にしぶといんだから」


 階段だった吹き抜けに向けて矢を構えていた瑞鶴にその時、背後から声がかかった。
 驚愕に振り向いたその眼に映ったのは、白い胴着に胸当て、青い袴の少女。
 その前垂れには、一航戦、赤城型二番艦・加賀を示す識別文字が『カ』と白くしっかりと記されている。
 突然のその出現に、瑞鶴は驚愕した。


718 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:15:01 XSZOl0Go0

「な、な……!? なんでアンタまでここに!?」
「あなたたちを沈めるためよ」


 うろたえる瑞鶴に答えるや否や、彼女はその手を瑞鶴に向けて掲げる。
 その手には、本来空母の持っている弓矢ではなく、甲標的・甲――。
 先程瑞鶴を襲った潜航艇が持たれていた。
 次から次へとやってくる奇妙な異常事態の連続に、瑞鶴の混乱は極致に達した。

「加賀!? アンタ、何を――!?」

 だが瑞鶴の問いに答えることなく、加賀の両手の甲標的から4本の魚雷が一斉に発射される。
 咄嗟に転がった瑞鶴の真横で、空中から直接壁に着弾した魚雷が爆発を起こす。
 爆風で病院の廊下に、瑞鶴は数メートル吹き飛ばされた。
 
「……ぐげっ……!? ごほっ……!」

 煤塗れとなって咳き込む瑞鶴に、加賀の姿は冷たい無表情のままで近寄ってくる。


「……妾の子。七面鳥。誰もあなたの無事なんか願っちゃいない。早く沈みなさい、瑞鶴」
「な、何よ……! 私は知ってんのよ!? あんたなんか、甲板に『クソ』された焼き鳥器でしょうが、このクソアマ!! 人糞女!!」


 そのまま見下したように中傷してくる彼女に向け、瑞鶴は彼女のとっておきの罵倒ネタをぶつけていた。

 一航戦の加賀と、五航戦の瑞鶴は、事あるごとに反目し合うような関係だった。
 そんな仲であっても、流石にこのネタだけは、彼女の名誉のために言うまいと、瑞鶴は思っていた。
 しかし理不尽な攻撃と誹謗、異常事態の連続についに、瑞鶴の倫理観は引き千切れていた。

 加賀の姿は、その言葉と同時に、立ち止まった。
 

「……フン、どうよ、ぐうの音も出ない? あんたら一航戦こそ、その評判はクソに堕ちてるのよ!!」
「だったら何? あなたもクソされてみたい?」


 だがその直後、ふんぞり返っていた瑞鶴の目の前で、加賀の姿は信じられない行動をとった。
 彼女は、スカートをたくし上げていた。
 しかも、腰元まで上げられたその着衣の下に、彼女は下着を穿いていなかった。

「……う、ェ……!?」

 唖然とする瑞鶴の目の前で、その加賀の股間からは、茶色い泥状物が溢れ出していた。
 それに伴いヌルリと股間の穴を押し広げて、加賀の体内から次々と黒光りする金属塊が排出されてくる。

 ――甲標的・甲だ。

 床にべちゃべちゃと粘性の高い音を立てて落ちたそれらは、続けて意志を持つかのように蠢動する。
 スライム様に盛り上がった泥が甲標的を載せ、加賀の股間と繋がったまま、直掩機を配備するように周囲に広がっていた。


 瑞鶴は慄きと共に叫ぶ。


「……あ、あ、あ、あんたがッ……!! あんたが、深海棲艦かァ――ッ!!」
「やっぱりあなた、頭が悪いわね、瑞鶴」


 加賀の姿の体内に潜んでいる、『泥』。
 それこそが真の敵だったのだと、瑞鶴は歯を噛んで唸った。


    ††††††††††


 轟音が響くと共に、地下の診療所は揺れた。
 そして室内の電灯は明滅し、程なくして、消える。

 ――予備電源が、落とされたのだ。

「ひぇぇええぇえぇぇ――!?」
「うわぁぁああぁ――!? また布束さんかぁア――!?」
「やめてくれぇ――!!」
「いやだぁぁ――!!」
「『寿命中断』だけはぁ――!!」
「くぅ……、何もしてないわよ私は……!!」

 ジブリールのほか、穴持たず748〜751が再び半狂乱になった。
 地震のような衝撃は、一同の足元と精神を揺るがせる。

 振動に倒れかける暁美ほむらを、球磨が気流で察知して支えた。
 動悸の激しいほむらと、手を握りあう。


「だ、大丈夫クマ、ほむら!?」
「う、上を……、襲撃されたんだわ……。このままじゃ地上への退路を塞がれる……! 球磨、お願い……!!」
「ようそろォ!!」


719 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:15:34 XSZOl0Go0

 託された思いを握り返し、診療所内の人員で唯一無視界で行動できる球磨は、即座に動いた。
 狼狽する穴持たず4頭を張り飛ばし、即座に階段の方へと誘導する。


「梨屋、千代久、名護丸、稚鯉!! テメェらすぐに、球磨と上あがって索敵掃海!!
 手ぇ空いてる無事なヤツも後から手伝いに来いクマ!!」
「へ、へいッ!!」


 ばたばたと4頭のヒグマと球磨が上階に登っていく音が響く中、暗闇に人々がもがく。
 布束砥信は四宮ひまわりと共に転倒している。
 ソファーの前では間桐雁夜が点滴のガードル台を倒してしまい、引き攣れた静脈ラインの痛みに呻いている他、激突したガードル台のおかげで碇シンジ、球磨川禊、ジャン・キルシュタインがもみくちゃになっている。
 その奥の隅にいたデビルヒグマも、目の前のスペースを彼ら男子勢に塞がれ、動くに動けない。
 田所恵と暁美ほむらは体勢を立て直しているが、暗闇ではまともに周囲を感知できぬ彼女たちの動きはままならない。

 暁美ほむらの歯噛みが耳に届く中、ビショップはそれらの周辺環境に焦りつつ、ジブリールに問うた。


「ジブリールさん……、さっきアナタ、艦これ勢が『無職』というのに疑問を持ってまシタネ!?
 まさか、艦これ勢に強力なカスタムヒグマがイルとでも!?」
「レムちゃん……ゴーレムちゃんですよぉ! 患者さんの世話に疲れてやめちゃったレムちゃん!!」

 その泣き叫ぶような返答は、ビショップとベージュ老に多大な驚愕をもたらした。


「エ!? ゴーレムさん、見ないと思ったラ医療班やめてたんデスカ!? あのお洒落な彼女が!?」
「レムちゃんじゃと……!? 彼女は艦これ勢になってしもうたのか!?」
「患者さんの下の世話が汚すぎるって。皮がよごれるから嫌になったって……。
 でも糸と包帯の納入だけは続けてくれてて、この前の受け渡しの時に、『面白い遊びに出会って、仲間内じゃ結構活躍してる』とだけ話してたんです……!
 もしかするとそれが『艦これ』だったり……。今考えたらそれくらいしか思い当るものがなくて……!」
「――誰なの『ゴーレムさん』って!!」

 診察室の前で声を上げているヒグマたちに、暁美ほむらが叫びかける。
 ビショップとベージュ老が、苦々しい声で答えた。


「医療ファッションとメイクのエキスパートナースにして、水と土の二重属性を持つヒグマでス……」
「レムちゃんが敵方だというなら……、この診療所の地の利は完全に、奪われておるな……」
「――おい、屋内は大丈夫か!? 今の地震はなんだ!?」

 その時、診療所の外からドアを蹴破って、纏流子が駆けこんで来た。
 同時に、わずかに室内に明度が戻る。
 流子の背後の巴マミが、微かに発光しているのだ。


「……やっぱり使ってて良かったわね。『ラ・ルーチェ・チアラ(明るい光)』」


 マミが自身のベレー帽を脱ぐと、その中には、あの眩い光を放つ球体が入っていた。
 衣装の中に仕舞われたまま、ずっとその光球は残っていたのである。
 マミがそれを照明として診療所の天井付近に投げ上げると、コントラストの強い陰影で室内の様子が眼に見えるようになる。

 倒れていた布束や雁夜たちが、それでようやく立ち上がれるようになった。

「……助かったわ、巴マミ……!」
「――マミさん、外には『まだ』異常がないの!?」

 四宮ひまわりを助け起こした布束の声を割り、暁美ほむらは息巻いて巴マミに詰め寄った。
 マミは呼吸の荒い彼女を宥めるように肩をさする。


「ええ、大丈夫よ暁美さん。焦らなくていいわ……」
「大丈夫じゃないわ!! やられた……ッ!!」

 しかし、ほむらの恐慌は止まらなかった。
 彼女は眼鏡が吹き飛びそうな勢いで出入口の先の真っ暗闇に指を差し、叫んだ。


720 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:16:52 XSZOl0Go0

「――すぐにそこを閉めて!! タイミングを『聴かれてる』!! 攻撃の第二波が来る!!」


 その声が終わるよりも先に、遠くで重い地響きが鳴った。

 ざ、ざ、ざ、ざ、ざ、ざ。
 ざ、ざ、ざ、ざ。
 ざざざざざざざざざ――。

 その音響は急激に速度と音量を上げ、空間に逆巻きながら診療所へ迫る。
 『ラ・ルーチェ・チアラ』のコントラストに踊るその奔流の影は、少女たちの腰元の高さだった。
 振り向いた巴マミと纏流子は、その光に透ける波頭を見るや、反射的にドアへ駆け出した。

 しかしその短距離走の軍配は、少女たちではなく、その重い影に上がった。


「――逃げてッ!! 『津波』よ――!!」


 暁美ほむらの叫び声を掻き消すように、下水道から溢れた冷たい海水の重圧が、診療所の内部に殺到していた。


    ††††††††††


「……まったく。直掩機ごとさっさと沈んでくれれば、私も早く下に行けたのに……。
 ゴーヤイムヤたちに任せっぱなしじゃジブリール先輩やベージュさんまで皆殺しにされる……。
 ……あの子たちが死んだらあなたの所為だからね瑞鶴。怨むわよ」
「何、わけのわかんないことを……!! 沈むのはアンタよ、深海棲艦――!!」
「……鎧袖一触よ。心配いらないわ」


 加賀の姿をした泥に向けて、瑞鶴は3機の直掩機から一斉に機銃を放ちつつ、番えた矢を射ち出した。
 だがそれを迎撃するように、同様に宙へ掲げられた甲標的から、一斉に数十発の魚雷が放たれる。

「きゃぁあぁ――!?」

 弾幕の大きさ、密度共に、甲標的の魚雷は瑞鶴の機銃を遥かに上回っていた。
 矢は戦闘機となる前に魚雷と接触して爆発し、機銃の弾丸も魚雷の弾頭に当たって中空で連発花火のような爆発の嵐を産むのみだ。
 身を守るように半身を向いた瑞鶴の横で、直掩機の零戦が1機、魚雷の爆発に巻き込まれて墜落した。

 爆風と火薬の煙に巻かれて、瑞鶴の姿は悲鳴と共に見えなくなる。
 加賀の姿の泥はその光景に瞑目し、展開していた泥と甲標的を、スカートの下から体内に戻し始めた。


「ふぅ……。まぁ、みんな優秀な子たちですから。ってところね……」
「――はぁあぁあぁ――ッ!!」


 しかしその瞬間、立ち込める煙を割るようにして、瑞鶴が一気に加賀の姿へ向けて飛びかかっていた。
 驚きに目を見開くその姿に向けて、瑞鶴は上空から両手を突き出す。
 その腕には、先程まであった甲板はなく、代わりに、2機の零戦が掴まれていた。
 瑞鶴は飛行甲板を盾として完全に使い捨て、残った直掩機を守り抜き、耐えていた。


「なっ――!?」
「喰らえぇ――!!」


 上空から俯角をつけて乱射される機銃が、加賀の姿を撃ちぬき、その顔に、衣服に、手足に、いくつもの銃痕を開けてゆく。
 防御することもできず蜂の巣となった彼女は、撃たれるがままに後方へよろめき、廊下の奥に吹き飛んだ。


「瑞、鶴……、許、さ、な――」
「やったー! ざまあみろォ!! これが五航戦の本当の力よ!!
 瑞鶴には幸運の女神がついていてくれるんだから――!!」


 吐血のように泥を吹き出して、真っ暗な病室の内部に、その相手は転げ倒れた。
 確かな手応えに、瑞鶴は息を荒げながらも握り拳を作って快哉を上げる。
 それでも彼女は油断せず、残る2機の直掩機を再び周回軌道上に戻し、弓に次なる矢を番えて、敵の転がり込んだ病室ににじり寄った。


「……相手は加賀のマネができるような深海棲艦。まだ轟沈してないかもしれない……。
 トドメを刺して、はやく翔鶴姉を探しに行かないと……」


 病室の入り口に踏み込んだ瑞鶴は、電灯のスイッチを入れた。
 しかし、停電に陥っているその電気は、当然つくことはなかった。

「……ん? んん……?」

 仕方がないので目を凝らしてその内部を窺うが、その病室の中には、ベッドが4つ鎮座している以外、加賀の姿は影も形も無かった。


「……ベッドの下に隠れたか……!?」
「ず、瑞鶴……、無事だった……!?」
「ひょぃ!?」

 相手がどのベッドに潜んでいるのかと、固唾を飲んで探ろうとしていた瑞鶴に、後ろから声がかかった。
 跳び上がるほど驚いて振り向いた瑞鶴が見たのは、苦しげに微笑む姉の翔鶴の姿だった。


721 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:17:50 XSZOl0Go0

「しょ、翔鶴姉!! 良かった! 翔鶴姉こそ無事だったのね!?」
「心配してくれてありがとう、瑞鶴……」
「見た!? さっきの泥みたいなやつ。翔鶴姉もアイツにやられたんでしょう!?」
「ええ、まぁ、そうね……」
「まだこの部屋のどこかに潜んでるみたいなの! 気を付けて!!」

 姉の姿で無事を確認し、喜色を取り戻した瑞鶴は、彼女を自分の背に隠すようにしながら、再び病室内に警戒の視線を向けた。
 その背後から、翔鶴の声は恐る恐る尋ねてくる。
 

「いけるの瑞鶴……? 直掩機はあと、何機残ってる……?」
「まだ2機ある! 大丈夫、あんな深海棲艦、すぐトドメ刺してあげるから!!」
「そう、良かった……」


 親指を立て、瑞鶴は姉の姿に向け、安心させるようにその旋回する直掩機を見せる。
 ほっとしたような表情で、翔鶴の手がその内の1機を掴んだ。


「……じゃあこれで、あと1機ね?」
「え……?」


 にこやかな表情で、翔鶴の姿はその零戦に、金属の矢を突き刺していた。
 屋上の崩落時、瑞鶴が射っていた、あの矢だった。
 驚きに固まる瑞鶴に向け、翔鶴の顔は笑みを絶やさぬまま、突き刺した零戦を矢ごと踏み砕き上の方を指さす。


「あと、あなたこそさっきの泥みたいなやつ、見たわよね。あれは泥だから、下に潜るだけじゃなく、こんな隙間からでも、外に出れるのよ?
 もうちょっと視野を広く持たなきゃね瑞鶴。ホント私も、なんでこんな妹に手こずってるんだか……」


 瑞鶴が呆然と天井近くを見上げれば、病室のドアの上には、換気用の小さな窓が開け放たれている。
 瑞鶴は、事態を整理できなかった。
 混乱した思考のまま瞬きを数度繰り返し、姉の笑顔に向けて首を傾げた。


「え……っと、何、を、言ってるのかな、翔鶴姉……?」
「うふふ、本当に頭が悪いわね瑞鶴。私もいつも言ってるでしょ?」


 翔鶴の姿は、笑いながら自分のスカートの下に手をやり、そこから何かを取り出してくる。
 瑞鶴の目の前に掲げられたそれは――、甲標的・甲だった。


「……『潜水艦には気を付けてね?』って」
「くあっ――!?」


 瑞鶴は反射的に、上半身を捻った。
 傾いた耳の真上を、魚雷が掠めた。
 そのまま瑞鶴は、姉の姿の腹部へ、スカートを蹴り上げるようにして踵を捻じ込み、同時に、放つ前だった金属の矢で、その顔面を切り裂いていた。


「あぐぉ――!?」
「な、な、な、な、なんでっ……! なんでっ――!!」


 翔鶴の姿は、スカートの下からびちゃびちゃと茶色い泥状物を撒き散らしながら、廊下の奥に転げた。
 恐れおののく瑞鶴の目の前で、零れ落ちたその泥は蠢動し、倒れた翔鶴のスカートの下に戻っていく。
 同時に、倒れていた姉の姿は、変わらずにこやかな声を放ちながら、ゆっくりと起き上がる。


722 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:18:31 XSZOl0Go0

 翔鶴の姿は、スカートの下からびちゃびちゃと茶色い泥状物を撒き散らしながら、廊下の奥に転げた。
 恐れおののく瑞鶴の目の前で、零れ落ちたその泥は蠢動し、倒れた翔鶴のスカートの下に戻っていく。
 同時に、倒れていた姉の姿は、変わらずにこやかな声を放ちながら、ゆっくりと起き上がる。


「……もぉ〜、瑞鶴ったら。スカートはあまり触らないで……って言ってるでしょ? 顔もだけど」
「うあっ……、うあっ……。姉、さん……じゃ、翔鶴、姉、じゃ……、ない……?」
「一応、私は一回も自分が翔鶴だとは言ってないわよ? 瑞鶴?」

 微笑んで立ち上がった姉の姿を目の当たりにして、瑞鶴は涙を零していた。

 その姉の顔面は、めくれ返っている。
 鏃で切り裂かれた顔面の皮が、右眼から側頭部まで、べろりと横に零れてしまっている。
 裏返った皮の奥には、骨や脳などではなく、ただ茶色い、泥のようなものが詰まっていた。
 彼女は、泣き震える瑞鶴を指さし、翔鶴の声で語る。


「……あなたは私をクソクソ言うけど。むしろあなたたちの方が、みんなクソ袋なのよ。
 私は糞尿の処理なんか、嫌になるほどし尽したわ。あなたたちみんな、薄汚い内臓を綺麗な皮で覆い隠しているだけ。
 そんな物事を直視できない瑞鶴、あなたこそクソ邪魔なクソアマよ」
「なっ、なにっ、言ってんの……ッ!! 翔鶴姉の皮を被った、深海棲艦――!!」

 泣き叫ぶ瑞鶴の声に、翔鶴の姿は、お腹を抱えて笑う。


「ふふふ、そうよ? 皮は偉大なのよ? 何にでもなれるし。
 私やムラクモが培養装置から、小物資で皮や衣装だけ作れる方法を編み出したからこそ、コスプレ勢が満足できるんだもの……。
 ……聞こえてるかしら瑞鶴提督。少しは感謝して欲しいわねぇ、私に」
「しずっ……! 沈めぇぇええぇ――!!」
「瑞鶴、新しい艦載機を射るの? あら、いいわね♪ とても可愛いわ♪」

 瑞鶴は、心の乱れを反映するようにもたつきながら、姉の姿に向けて矢を射ようとした。
 相手は、翔鶴の言葉をもじりながら、悠然とその下腹部から甲標的を展開した。


「あなたが私の皮を傷つけるなんて、もう許さないけれど……」


 放たれた矢は、やはり艦載機に分裂する間もなく、発射された魚雷に迎撃され、爆発した。
 瑞鶴は、腰の力が抜けたように、床にへたり込む。


「な、んで、こんな、ことに……」
「――そういえば、自己紹介がまだだったわね、瑞鶴」

 翔鶴の姿は、切り裂かれた自分の顔を丁寧に目元に寄せてくっつけていた。
 そして同時に、彼女はスカートの下から、ペラペラとした薄い布のような物を引きずり出してくる。

 ――それは零戦に撃たれて穴だらけとなった、赤城型二番艦・加賀の生皮だった。


「……『第十かんこ連隊』隊員、皮に潜るヒトガタ、穴持たず506・ゴーレム提督よ。
 昔は変幻自在の癒し看護師、レムちゃんとも呼ばれていたわ。短い間だけどよろしくね?」

 姉の声と顔でにこやかに笑うその異形のヒグマの言葉に、瑞鶴は最早、何の反応もできずに震えるだけだった。

「光栄に思ってね瑞鶴……。ただ沈めようと思ってたけど、加賀さんの皮がボロボロになっちゃったから、考えが変わったわ。
 あなたのナカに入って、その薄汚い内臓を隈なく溶かし尽し……。あなたを私の、507枚目の皮にしてあげる……」


 翔鶴の姿をしたゴーレム提督は、そのスカートをたくし上げて加賀の生皮を詰め戻し、代わりに股間から茶色い泥状物を掬い上げて見せる。
 姉の両手の間に広げられて粘つき、糸を引く泥を見つめ、瑞鶴は、吐き気を堪えるので精いっぱいだった。


723 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:18:46 XSZOl0Go0

【C-6 総合病院5階フロア 午後】


【瑞鶴改二@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、小破、左大腿に銃創、右耳を噛み千切られている、右眉に擦過射創、甲板破損、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:夜間迷彩塗装、12cm30連装噴進砲
   コロポックルヒグマ&艦載機(彗星、彩雲、零式艦戦52型、他多数)×135
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機、零式艦戦52型(直掩機)×1
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:うあっ、うあぅ……、翔鶴姉……! 翔鶴姉っ……!!
1:危険な深海棲艦が多すぎる……、何なのよこの深海棲艦たちは……ッ!! 
2:偵察機を放って島内を観測し、ヒグマ提督を見つける
3:ヒグマ提督を捜し出して保護し、帝国へ連れ帰る
4:ヒグマとか知らないわよ。任務はするけど。ただのマヌケの集まりと違うの?
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り155体を装備しています。
 矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。


【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班、翔鶴の皮着用
装備:甲標的・甲(多数)
道具:泥状の肉体、506枚の皮
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:ゴーヤイムヤ提督の下で、皮に潜る。
1:艦これの装備と仲間を利用しつつ、取り敢えず知り合い以外の者は皮だけにする。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:潜りすぎててシーナーさんにもヤスミンさんにも会えなかったわ……。さっさと瑞鶴を殺さないと。
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。
※艦娘の皮ほか、様々なヒグマ、STUDY研究員の皮などを所持しています。


    ††††††††††


 あの歌を捻り ナカを裂く教理を飲みに
 Hai yai yai yai yo ナース・カフェへ


【――『Nurse Cafe(Self Cover)』に続く】


724 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/04(土) 01:20:16 XSZOl0Go0
以上で投下終了です。
3部目はもう少し早く投下できると思います。


725 : 名無しさん :2015/07/05(日) 15:43:26 vOeYBcbg0
投下乙です

「おうおうおう……、そりゃ天津風と金剛じゃねーか。あいつらもビスマルクも何考えてんだ。
 ヒグマに作られてそのまま同伴して地上に行くとか、疑問の一つも覚えねぇのか……?」
「アイツは佐世保の女だ。球磨と同じく、配属鎮守府の違いくらいではブレん」
「……おべっか使ってんじゃねぇ。どこか危険で狂ってて、怪しくて頭がおかしいのは確実だ。
 てめぇらの感覚は正しい。言葉に気をつけて言えば良い」

おぉ、ちゃんと語尾のクマーを抜くとすげぇ漢前な辺り完璧な球磨ちゃん。
そういえばひまわりちゃんは外国のラベルもスラスラ読める天才児だったなー
可愛いだけでなく寄生された植物を自分で何とかしようとする格好良さ。
ずいずいを襲ったのは潜水艦ヒグマかぁ。ゴーヤムイヤ以外にもいたのね。
ヒトガタって深海UMAのアレかな、周囲に助けてくれる人もいないし大ピンチ。どうなる?


726 : 名無しさん :2015/07/07(火) 23:23:26 4wTxQNJY0
投下乙です
ずいずい…ついに幻覚をみはじめたか…とか1個目の投下の時には思ってたんだけどむしろ幻覚だったほうがマシだったという!
ゴーレム提督ヤバいやつだぜ…
診療所もついに襲撃の餌食、踏ん張りどころだなあ。


727 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:46:10 zPnDgIqI0
一週間で済むかと思っていたら、延長しないとまずい期間になってしまいました。
全員の物語に山を作ったらとても長くなってしまいました(当たり前ですが)。
何とか切り詰めて100KBには収めましたので投下します。


728 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:49:08 zPnDgIqI0
 津波。
 今朝早くにこの島を襲来したその津波は、島外に引くと共に、その地下に張り巡らされた下水道の配管内を大量の海水で埋め去っていった。
 多くの人物もヒグマも、布束砥信の想いの籠った封筒も。
 その波浪で流された。

 ヒグマ帝国建築班・穴持たずカーペンターズが総出で通路の補修にあたっていたのは、ひとえにその被害を地下に齎さぬようにするためである。
 下水道に隣接し、そこへ出入りすることができるヒグマ帝国および研究所は、その構造全体を、巨大な水圧という外敵に包囲されているも同然だった。

 そして今。
 穴持たずカーペンターズは、蔵人改め、穴持たず96クックロビンを残して死に絶えている。
 外敵の牙は、その機に突き立てられてしまった。


「――逃げてッ!! 『津波』よ――!!」


 ざ、ざ、ざ、ざ、ざ、ざ。
 ざ、ざ、ざ、ざ。
 ざざざざざざざざざ――。


 発破。
 下水道と通路との隔壁が破壊された直後から、その水圧は奔流を成して、診療所を含むその地下空間へ一斉になだれ込んだ。
 ドアノブに手をかけていた巴マミは、その時、あたかもドアが外から蹴破られたように感じた。
 吹き飛ばされたドアの板目が、水流と共に彼女の横っ面へ叩き付けられる。

 腰元。
 その水位はわずかに床上1メートル程度でしかない。
 しかしそれでもその質量は、一帯の生物を薙ぎ払うには十分に過ぎた。

 巴マミに。
 四宮ひまわりに。
 布束砥信に。
 暁美ほむらに。
 ジブリールに。
 間桐雁夜に。
 水流は襲う。
 声を出す息の隙間すら、無かった。


「マミィィイィィィィイイィ――!!」


 コントラストに影が踊った。
 怒号の水音が荒れる中で、擦過音を弾いて叫び上げたヒグマの猛りだった。
 穴持たず1・デビルヒグマが、高速で侵入する水の中へ、敢えて突っ込むように飛び込んでいた。
 肘から、膝から、錨のように骨棘が突き出る。
 診療所の床に突き立った骨が、水流の中で彼の体を支える。
 流される巴マミの肢体を受け止め、ドアを弾き飛ばし、彼は少女の肉体をその腕で確保していた。


「デビル――、ほ、他の人も――!!」
「案ずるな、マミ!!」


 自分の巨体で水流から彼女の身を守るようにしながら、デビルヒグマは唸る。
 巴マミが振り向けた視界で、彼女と共に流されていた暁美ほむらの腕が、水上から掴まれていた。


「ア、ケミ――!!」
「……ジャン!? あなた……、大丈夫なの――!?」
「おめぇ、よりは、な……!」


 ジャン・キルシュタインが、診療所の天井付近に、宙吊りとなっていた。
 その腰の左右からは、ワイヤーアンカーが射出され天井に突き刺さっている。
 立体機動装置の機構を瞬時にフル活用していた彼は、片腕の筋力を振り絞って、水中から暁美ほむらを引き上げた。
 瞠目するほむらの視線は、彼ではなく、その奥のもう二人の少年の姿に向けられている。


 ――ジャンの両脚には、碇シンジと球磨川禊がぶら下がっていた。


「すみませんジャンさん……!! 全然大丈夫じゃないですよね……!?」
『助かったよジャンくん。うん、やっぱりすごいや』
「るせぇ……!! なら、さっさと降りてくれ……ッ!!」
「ぼ、僕、上あがります……ッ!!」


729 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:50:28 zPnDgIqI0

 左腕だけで天井のワイヤーを確保しながら、ジャンは自重以外に三人の体重を支え震えている。
 彼の肋骨には、みしみしと嫌な痛みが走っている。
 それでもなお、眼下には水流に揉まれ流されていく人影が映る。
 布束砥信と四宮ひまわりだ。
 デビルヒグマが片脚を伸ばしたが、彼女たちの腕は届かずにすり抜けてしまった。


「布束――!?」
「――大丈夫でスか、布束特任部長!?」


 しかしその直後、二人の体は何かの綱のような物に当たり、水中に確保される。
 慌てて体を預け息を吸った二人は、その綱の先の者を見止めた。


「Thanks a bunch、ベージュ……!!」
「ヒ、ヒグマの……、毛皮の包帯……!?」
「……なに、我が医療班の面子は皆、優秀じゃからのぉ……」


 それは車椅子に乗った淡い色の体毛をしたヒグマ、ベージュ老の操る得物だった。
 膝の上にビショップヒグマのガラス球を確保したまま、彼は痩せ細った腕で必死にその綱を引く。
 海水の侵入の直前、薬品棚から彼が取っていた、ゴーレム提督が納入しているヒグマ体毛の包帯だ。
 自分の車椅子からシーリングライト、梁、窓枠、壁際の柱へと投げ絡め張り巡らせた茶色い包帯が、まさに命綱となって急流の中に身体を支えていた。


「おいこいつも優秀だってのか冗談じゃないぞォ――!!」
「ひぃん、助けて下さい〜!!」
「すみません〜〜!!」


 しかし、そのベージュ老たちのさらに奥から悲痛な叫び声がこだまする。
 間桐雁夜と、田所恵、そしてジブリールだ。
 溺れかけている。

 間桐雁夜は、控室に向けて流れていく波にほとんど攫われていた。
 彼は点滴のガードル台を、待ち合いからの出入口の脇につっかえ棒のように差し渡し、かろうじて流されていく体を保っている。
 しかし、田所恵とジブリールの姿は、待ち合いにいる一同からは見えない。


「は、な、せぇぇ――!! あ、脚が、脚が抜けるぅ〜〜ッ!!」
「だってぇ〜!! 放したら私が流されちゃいますぅ〜〜ッ!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃいぃ〜〜ッ!!」


 その彼女たちは、間桐雁夜の脚を掴んでいた。
 控室側に完全に流されていたジブリールと恵は、咄嗟に彼にしか掴まることができなかった。
 しかし掴まられている雁夜にとってはたまったものではない。
 いくら浮力があるとはいえヒグマと少女の体重と体積が、津波の如き水流に曳かれて掛かるのだ。
 苦悶に歪んだ表情は、参加者たちの背筋を容易に粟立たせる。
 ベージュ老が車椅子の上でにじり、新たな包帯へ手を伸ばそうとする。

「テ、テンシちゃん!! 今、包帯投げるからッ、待っとるんじゃ!!」
「巴マミさん、私ならどうにかできまス!! 拘束を解除して下サイ!!」
「わ、わかったわビショップさん、そっちに行くわ――!!」
「――待って、纏――、纏流子は!?」

 その時、辺りを見回していた暁美ほむらが叫んだ。
 『ラ・ルーチェ・チアラ』の光彩が輝く診療所内の水面に、纏流子の姿だけがない。
 浸水する診察室の中の星空凛も無事なことが窺えるというのに、彼女は、一体どこへ流されたのか――。
 ハッ、と、巴マミが診療所の外へ叫んだ。


「纏さん――!? まさか――!?」
「おおぉおぉぉおぉぉぉォ――!!」


 真っ暗な遠くの水面に、水飛沫が上がる。
 叫びと共に空中に躍り上がった上半身は、力強い自由形で抜き手を切る、纏流子の姿だった。


「ただじゃおかねぇぇェ――ッ!!」


 ――纏流子。彼女だけは。
 かつて襲ったこの極寒の津波を、生身で泳ぎ抜いていた――。


「直接襲撃者のところまで泳ぎ切る気なの!?」
「なんという膂力か――!?」


 巴マミとデビルヒグマが驚愕に声を上げた。
 潜水から浮上しつつ高速のクロールで水面を切る纏流子は、その足先に片太刀バサミを引っ掛け、ドルフィンキックを打って曳行する。
 水塊さえ切り裂く刃のような流線を描き、彼女は瞬く間に、隔壁の破壊された通路の傍へと近づいてゆく。
 しかしその遠くの影へ向けて、ほむらが悲痛な声で叫んでいた。


730 : Nurse Cafe(Remix) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:51:50 zPnDgIqI0
「――ダメっ!! 纏流子、『第三波』よ!!」
「なっ――!?」

 シュー……。
 と、微かに水中を裂くような物体の音を、纏流子は聞いた。
 ほとんど脊髄反射のような速度で、流子は身を捻っていた。
 その何かは、身を捩った彼女の胸元を掠め、高速で後方に通り過ぎる。

 明らかに流子を狙って放たれた何かの攻撃――。

 直後、振り向いた彼女は、自分の失策に気付いた。
 彼女の脇を、先程と全く同じ異音と水流が、何発も何発も通り抜けてゆく。


「しまっ――!?」
「よりによって『酸素魚雷』……ッ!!」


 暁美ほむらが歯を噛んだ。
 水面に雷跡すら残さず潜行し、高速で水流を駆けてゆく獰猛な猟犬。
 潜水艦から放たれた魚雷の群れが、診療所に向けて殺到していた。

「――『時間降頻(クロックダウン)』」

 ほむらは息もつかず、ジャンの腕に抱えられたまま呪文を唱える。
 その手の甲から、令呪の一画が光と共に消え去る。

「『三重停滞(トリプルスタグネイト)』!!」

 宙に彼女の右腕が振り抜かれると同時に、一帯の空気が凝結した。
 急激に世界の粘性が増したかのように、水の動く速度も、優に3分の1ほどにまで落ちる。
 味方を除く周囲全ての存在に対して展開された、遅鈍をもたらす彼女の固有結界。
 それにより、襲来する魚雷の位置も、明瞭化した雷跡に辛うじて視認可能となった。

 ――その本数、優に47射線。

 診療所の一同の背筋に、寒気が走った。


「今のうちに――、早くッ!!」
「はいぃいいぃいぃぃ――!!」


 荒い息を吐くほむらが檄を飛ばすと同時に、先程からタイミングを窺っていたシンジが下へ振り降りた。
 ジャンの脚から飛び、粘性の増した水面に脚を走らせ、バシャバシャと階段まで一気に走り抜く。


「皆さんも早く上へ!!」
『わかったシンジくん、今行く――』
「間に合わないわ――!?」


 階段からのシンジの声に、球磨川禊が即座に応じようとする。
 しかし、水中の巴マミからの返事はほとんど悲鳴だった。
 『時間降頻』により低速となっていても、その魚雷の速さは地上での人の全力疾走に匹敵した。
 水中での動きは地上より制限される。その上3分の1とはいえ津波の勢いは続いている。
 波に飲まれている者は脱出できない――。


「おぉぉ――、速攻魔法発動ッ!!」


 しかしその瞬間、巴マミを抱え上げながら、水中からデビルヒグマがその左腕を上げていた。
 バシャリ、と音を立てて展開されたその左肘の骨には、以前から伏せられていた3枚のカードが、そのままになっている。
 診療所への奇襲時、『マラトンの加速機略戦』にて予防線となり、未だ暁美ほむらの令呪によって有効化されていた伏せカード――。
 その内の一枚が、返されると共に光を放った。


「【サイクロン】!!」


 診療所の前に突風が吹き荒び、海水を巻き上げる。
 その激しい颶風の中で、魚雷が揉まれ、爆裂する。
 診療所に到達する遥か前に、魚雷は次々と誘爆して破壊されていった。

「――これで大丈夫だ、マミッ!!」
「あ、ありがとう、デビル――」
「いえ、まだっ……!?」


 水中を伝う激しい爆発の振動に耐えながら、デビルヒグマとマミは声を交わす。
 しかし、その爆発の下に潜り、暁美ほむらの視界で床のスレスレを何かが走り抜けた。
 一番深い位置から放たれていた魚雷の1本が、誘爆を免れて診療所内に、入ってしまっていた。

「――!?」

 多くの者は、反応すらできなかった。
 球磨川禊が、動こうとした。
 しかし、真っ先にそこに到達したのは、水面の車椅子から、腕だけで飛び跳ねたベージュ老だった。

「みんな、生きるんじゃぁ――!!」

 水中に飛び込んだ彼は、自分の身でその魚雷を抱え込むように、受け止めた。

(がんばれよ、若人。別れの時じゃ)

 過ぎる時の西にある未来を託して彼は、老いた日に身を投げた。


    ††††††††††


731 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:53:13 zPnDgIqI0

 魚雷とは、遥かにその装甲や火力で劣る駆逐艦が、一撃で戦艦を撃沈しうる切り札である。
 ベージュ老が身を挺してその威力を軽減してなお、その直下で炸裂した酸素魚雷は診療所に激震をもたらした。

「なっ――」
「きゃぁ――!?」

 診療所1階のど真ん中でヒグマの血肉と共に水柱を上げたその爆発は、天井のジャン・キルシュタインを揺らし、水底に楔を刺すデビルヒグマに猛烈な水圧を叩き付けた。
 そして最も影響を受けたのは、水上に包帯で泊められていたベージュ老の車椅子だった。
 方々に投げられていた包帯はそれを固定する持ち手を失い、爆発の振動で容易に解けた。
 そこに掴まる、布束砥信と四宮ひまわりと共に、である。


「うそ――」


 彼女たちと車椅子が流れ着く先――。
 海水を飲んで咳き込んでいた間桐雁夜が、絶句した。
 津波の水と共に、流されてくる少女の体で彼の視界は埋まる。

「ふべぇ――!?」
「いやぁ――!?」

 四宮ひまわりの柔らかな胸部が、雁夜の顔面に激突した。
 同時に、ガードル台が、圧し折れた。


「ひえぇぇ〜〜!?」
「うわぁぁ〜〜!?」
「チィッ、なんテこと――!!」
「RUN、AWAY(逃げるのよ)、みんな――!!」
「布束さん――!?」
「おっさ――ん!?」


 後にはジブリールと恵とビショップと布束の絶叫だけを残し、彼女らは一塊となって奥の暗がりへと消えていった。
 天井に吊られて揺れるほむらとジャンが叫ぶも、その声に返事がくることは無い。
 球磨川が壁際の薬品棚に飛び移り、階段のシンジに眼をやる。

 暁美ほむらの『時間降頻』は、既に展開時間を逸していた。
 水面はもはや常人に走り抜けられるほどの粘度を持たない。

『君だけでも行けシンジくん!! 逃げ道を確保してくれ!!』
「は、はいっ――!!」

 水を被りまごついていた彼は、球磨川の指示で上階に走り出した。
 水流はまた急速に嵩を増し始める。


「おぉ――いッ!! 無事かぁ――ッ!?」


 通路の先で、背泳に切り替えていた纏流子が診療所に向けて叫ぶ。
 再び彼女の近傍の水中を、高速の音が駆け抜ける。

「ぅれぁ――ッ!!」

 その音に匹敵するかのような速度で、流子は体幹を捻っていた。
 鮭狩りの熊の如く水中を切り裂いた彼女の腕が、3、4本ほどの魚雷を空中に跳ね上げ、天井に叩きつけ爆発させる。
 しかし彼女を通り過ぎてゆく魚雷群はやはり推定で40本を越えた。
 しかも発射点は、先程よりもさらに診療所へと近づいている。


「くっそ――、すまねぇ、頼む――ッ!!」
「もう一度『時間降頻』――!?」
「『絶対領域』――、いや、こんな範囲の物量は防ぎきれ――」
「【神の宣告】を使うしか――」


 流子の叫びが届く中、瞬時にほむらとマミとデビルヒグマが視線を交わす。
 だが、見交わされた対応のどれにも、完全な打開策となるものが、無かった。

 どう対応しても、同じかそれより悪い状況に追い詰められることは必至――。

 そんな思考が全員の脳裏を掠めた時、空間を豁然と声が割った。


『――It's All Fiction!!』


 瞬間、まるで嘘のように、診療所へ着弾しようとしていた、数十発もの魚雷が、消滅していた。
 刹那の無音が訪れた直後、診療所には、ヘラヘラとした少年の笑い声が高らかに響く。


『あは』『やっぱり』『思ったとおり』
『絶体絶命(マイナス)かける、過負荷(マイナス)イコール、起死回生(プラス)』
『撃たれた魚雷なんて』『なかった事にした』
『大嘘憑き、劣化完全復活――』


 緑色の病衣を纏った球磨川禊が、薬品棚の上で酷薄な微笑を浮かべていた。
 ジャンとほむらが、息を飲んだ。


「みそ野郎――! お前、力が戻ったのか!?」
「そうか……、結界が消えたから――!?」
『ご名答ほむらちゃん――!! さぁ皆さん、この球磨川禊にお任せあれ!!』


732 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:53:35 zPnDgIqI0

 示現エンジンの停止に伴う停電――。
 その直後、自身の能力を口に出した時から、球磨川禊はある違和感を覚えていた。

 自分に掛かっていた『制限』。それが島の結界やなんやかやと共に跡形もなく消え去っていること。
 能力の使用に伴って凄まじい疲労を受けてしまうその制約が撤廃されているように、彼はおぼろげながら感じていたのだ。

 しかし、もしその感覚がただの勘違いであったならば、既に最大限に疲労困憊していた球磨川は、更なる『大嘘憑き』をしてしまった瞬間に、過労で頓死してしまっていたかも知れない。
 そのために彼は今一歩、その能力の使用を決断できないでいた。
 自家発電装置が破壊された際も。
 診療所に海水がなだれ込んで来た時も。
 ベージュ老が、その身を魚雷に投げた時も――。

 ――……ヒグマにできて、僕にできないわけが、あるかよ。

 そう、つんざく良心の嗚咽を、漏らした。


「僕が皆を救う! この襲撃もなかったことにしてやる!
 これで、僕は、敗者(ぼくたち)は、勝てる――」


 心の底から、悔恨の雨音を消すように、球磨川は叫んだ。
 一同を励ますように、自分を奮い立たせるようなその声と共に、彼の鼻からは、血が噴き出した。


    ††††††††††


 あの笑みを砕き 嘘に帰す推理を飲みに
 Hai yai yai yai yo ナース・カフェへ


    ††††††††††


 ……あれ?
 鼻血?
 なんで鼻血よ。
 おいおい興奮しすぎだろう球磨川禊。

 ふふ、落ち着け落ち着け自分。
 もう、カッコをつけるつもりもない。
 ただ自分の全力でこの状況に立ち向かい、勝ってやる。
 今度こそ、僕は勝つ。

 格好良くなくても強くなくても野生じゃなくても出来損ないでも才能に恵まれなくとも頭が悪くとも性格が悪くとも落ちこぼれでも役立たずでもはぐれ者でも友達がいなくとも努力が出来なくとも。
 格好良くて強くて野性的で出来が良くて才能あふれて頭と性格の良い上り調子で機転が利いて友達とつるんでるような努力のできる連中に、勝ちたい。
 憎まれっ子でも!
 やられ役でも!
 主役を張れるって証明するんだ――!!!


「ぼくは、か――」


 球磨川禊は、薬品棚の上でそう宣言しようとした。
 だがその宣言の代わりに彼の口から出て来たのは、大量の吐血だった。


「――は……?」


 大口を開けたまま、彼は自分の腕や喉元に垂れてゆく赤色を見つめる。
 するとすぐに、その見つめていた視界も、じわじわと真っ赤に染まった。


「あ」


 自分の両眼球から出血したのだと彼が気づくのに、それほど時間はかからなかった。
 ぶじゃ。
 と音が聞こえた。
 生暖かい血液が、自分の両眼と両耳から流れ出ているのだと、球磨川禊はわかった。

 すぐに、全身にやってくるものがあった。
 牙を剥いて、彼の全身の神経に突き立った激痛。
 それは彼が今までについてきた、全ての『大嘘』だった。


「げ」


 悶える声の代わりに彼の口からは、吐血だけが溢れた。
 緑の衣に赤をてらてらと映えさせながら、球磨川の体は薬品棚から真っ逆さまに、津波へと転落していた。


「な……」
「え……?」


 ジャン、ほむら、マミ、デビルヒグマ――、その場で一部始終を目撃していた人員は、一様に硬直した。
 血で真っ赤に染まった球磨川禊の体は、待ち合いだった空間の隅の水面に揺られ、ぴくりとも動くことはなかった。
 その場の誰にも、全くその現象は理解ができなかった。


    ††††††††††


733 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:54:11 zPnDgIqI0

 衛宮切嗣という魔術師の『起源』は、『切断』と『結合』である。
 それは彼が即席礼装としていた自身の犬歯でも明らかなことであり、その活用法を彼は手帳に詳細に記していた。
 暁美ほむらたちはこの彼の先見の明によって、大いに救われていた。
 しかしその衛宮切嗣も予見できなかったことがある。

 彼の礼装は、その犬歯だけではない。
 彼の肋骨から精製され、銃弾の形に成された概念武装『起源弾』――。
 それこそが彼の真の礼装。
 だがそんなものの存在は、希望を託そうとした今わの際の彼にとって、重要ではなかった。
 その効果も、利用法も、衛宮切嗣にとっては記すに値しなかった。

 ……よもや死後、自分の肉体が再びその凶弾の――、そしてそれを上回る凶悪な武装の製造に使われてしまうとは、どうして予見できよう。


 球磨川禊の被った損傷はまるっきり、その礼装『起源弾』に、魔術や異能を用いて干渉してしまった際の症状そのものだった。


「な、んで、彼だけ――」


 その場の人間の中で暁美ほむらだけは、漠然とながら、その原因が『魚雷の迎撃』にあるものだとは察せた。
 しかしそれならば球磨川禊の前に、ほむら自身も、デビルヒグマも、『魔術』を用いて魚雷を迎撃してしまっている。
 何故、彼だけ――。
 彼女の脳裏にはふと、間桐雁夜と交わした会話が過った。

『掠め取った……!? 令呪は確かに使い捨ての魔力じゃあるが……。
 良く見れば、君のは普通のと違って黒いし……。そんなことができるのか?』

 使い捨て。
 ほむらの『時間降頻』も、デビルヒグマのカードに掛けた具現化魔術も、それらは全て令呪を魔力源とした使い捨ての魔術だった。
 迎撃した魔力を逆に辿られ、その根本を破壊されたとしても、既に消滅している魔力源は、破壊されようがない。

 そのために、この魚雷の真の危険性は、球磨川禊がその一歩を踏み出すまで、マスクされてしまっていた。


「私の、せい――」


 暁美ほむらの咽喉が、引き攣った。


「こ、のぉおおおおぉおおおぉぁ――!!」


 遠くの水面で、纏流子が吠えた。

 やけに明るい診療所の中で、球磨川禊が水上へ転落する様子は、彼女の目にも見えた。
 泳ぎ続けていた彼女の耳は既に、水中に近付く、呼吸音を捉えている。
 間違いない。

 それが診療所を襲い、数多の人畜を水底へ沈めてきた、襲撃者たちの気配だった。


「ぶった斬ってやらあああああぁ――!!」


 その流子の気焔を察知したように、水中から急速に影が躍り上がってくる。
 だが機先を制そうとしていたその敵の動作よりも、流子の挙動はさらに速かった。


「鮮けぇぇぇぇぇ――つッ!!」
(わかった、行くぞ流子!!)


 腹筋で宙へ捻り上げた足先から、片太刀バサミが上空へ蹴り上げられる。
 水面に手をつくようにして跳ね上がった流子が、自分の手甲の留め金を噛み千切った。

 彼女のセーラー服――『鮮血』が血を吸い、その姿を変える。
 服の繊維が解け、舞い、鮮烈な赤い竜のようになって流子へと食らいつく。
 片太刀バサミと共に中空へ跳び上がった彼女の体は、戦闘形態となった『神衣鮮血』を纏っていた。

 そして水面に浮上した巨大な影の姿を見止めた時、既にそのハサミは、常にはあらぬ長大な形相へと、変貌していた。


「『武滾流猛怒(ぶったぎるもーど)』」


 たった一言。
 会敵に対する牽制も様子見も何もなく、水中から現れたそのヒグマに対して、流子は上空から全力の一刀を見舞っていた。

 アクララングをつけ、魚雷発射管を背負っていたそのヒグマは、一瞬驚愕に目を見開いたようだった。
 しかしその刹那に、彼の首は胴体と泣き別れになる。
 背部の艤装ごと凄惨な断面を晒して死んだ、その潜水艦のような様相をしたヒグマは、物も言わず再び水底へと沈んでいった。


「許さねぇ……。もう許さねぇぞ……!! 全員まとめてナマスに刻んでやる!! 出てきやがれぇッ!!」
「……これだから水上のヤツらは野蛮でいかんでち。突撃しか能のないイノシシ女郎でち」


 鮮血疾風のジェット噴射をスカートの下から吹いて滞空している流子に、水中から声が上がった。
 流子よりも年若い、少女のような声だった。
 問答無用に敵へ斬りかかろうとしていた彼女の動きは、その相手の姿を見て、思わず止まった。


734 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:54:34 zPnDgIqI0

 水上に顔を覗かせる上半身は、まるっきり人間の少女だった。
 セーラー服の、なぜかその下にスクール水着を着ているという出で立ちだ。
 奇妙なことに、その髪の毛は赤とピンクがまだらに混ざり合ったような模様を呈している。
 その瞳も、左がピンク、右が赤のオッドアイになっている。
 そんな少女が、水面に身長より長そうな乱れ髪を散らし、不敵な笑みを浮かべているのだ。


「お前、は、一体――」
「取り敢えず沈めでち」


 流子が問おうとした言葉は、瞬間に捕食された。
 水中から、少女の言葉と共に何かが勢いよく飛び出した。

 ――ヒグマの前脚。

 少女の肉体とはあまりにも不釣合いなヒグマの巨大な脚と爪が、上空の流子に向けて振り上げられていた。

「ぬあ――!?」
「いや、イノシシですらない――、貴様はカトンボでち」

 咄嗟に受けた片太刀バサミごと、流子は通路の壁面に勢いよく叩き付けられる。
 その時既に、シニカルな笑みを絶やさぬその少女は、自身の両腕から下半身までを水上に露わとしていた。

 少女の両下腕、そして両下腿は、異様に肥大したヒグマの四肢と化している。
 胴部のスクール水着を纏う少女の体とは似ても似つかないその威容はしかし、確かに彼女の肉体の一部として混ざり合い、繋がっていた。
 そもそもが二人の少女の混ざり合ったようなその顔貌と合わせ、彼女はある種の、キメラのような雰囲気さえ持っていた。


「……死、ね、やぁあぁぁぁぁァ――ッ!!」


 だが、纏流子は、そんな異様な相手の姿に、一切の感情を抱かなかった。
 叩きつけられた直後に彼女はただ、全力で壁を蹴り、その片太刀バサミを横薙ぎに振るっただけだった。

 敵は敵。どんなヤツでも敵は敵。

 ただそれだけ、と現実を断じた彼女の剣閃は、壁際の急速なその転身と合わせ、常人の反応できる速度を遥かに超えていた。
 そして片太刀バサミは、目を丸くした少女のその口元から、深々とその喉まで斬り込んでいた。

「――ふぁ」

 空気の漏れるような声が、少女の咽喉から漏れた。
 流子はその様子に、相手の致命傷を確信した。
 しかし、少女の首を断ち割り胸元まで喰い込んだ片太刀バサミは、抜けなかった。


「……『真剣皓歯取り(しんけんしらはどり)』」


 そして流子はその少女が、胸まで牙を剥き出して笑うのを見た。

「ぷっ」
「おわ――!?」

 そして流子は、少女の牙に挟まれたハサミごと振り回され、通路の壁に再び吹き飛ばされる。
 少女の口は、セーラー服を纏うその胸元まで、ぱっくりと開いた。
 下顎が首の前半分ごとべろりと裂けたようなその異様な形相の中には、人を丸呑みにして余るかのような巨大な口腔が広がっていた。


「ふふふ、悔しいか? 己も知らず敵も知らず場も知らず機も知らず、貴様はとことん愚かな女郎でち」
「るせぇ――!! 『戦維、喪し』――」

 挑発してくる、潜水艦のようなヒグマのような深海魚のような奇妙な少女の言葉を無視し、流子は負けじとまた、片太刀バサミを揮わんとした。


「ばぁ〜〜か。船底に大穴が開いてるでち」


 その流子に向けて、少女はせせら笑う。
 ハッとした流子の足元には既に、微かな異音が駆け抜け、過ぎ去っていた。

 雷跡も残さぬ、40本以上の酸素魚雷――。
 水中には、興奮した水上の流子を相手にもせぬヒグマたちが、まだ何十体も、潜ったままだった。

 少女はヒグマの腕を胸元で組み、余裕綽々といった表情で、瞠目する流子へ微笑む。


「……このゴーヤイムヤばっかり気にしてて良いんでち? 薄情なカトンボでち」
「こ、のっ……、クソ外道がぁぁああぁ――!!」
「いやいや、このゴーヤイムヤは、『サーカスティック・フリンジヘッド(皮肉な振り分け髪)』でち」


 ギシャ。と少女は牙を剥いて笑う。
 乱れたピンクと赤の髪を揺らして彼女が小首を傾げた時には、診療所に着弾した魚雷の群れが、あたりに凄まじい轟音を響かせていた。


    ††††††††††


735 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:55:05 zPnDgIqI0

「駄目、クマ……! 上から何かの瓦礫で完全に塞がれて、脱出できんクマ……!!」


 診療所の3階。
 別構造体となっている診療所自体の階段とは別に、病室の脇の廊下から屋根裏へのハッチのようにして切り欠かれている天井を開けて、球磨は絶句していた。
 すぐに地上の病院の床に出られるはずのその跳ね上げ扉の先には、大量の瓦礫が詰まっていて、ほとんど光も差さなかった。

 構造上、そこは直接ハッチから続く階段のはずだった。
 つまり敵は、最初の攻撃の揺れと同時か、もしくはそれより遥かに早くから、出口を塞ぐためにあらかじめ階段を崩落させていたということである。

 敵は、地下部隊と地上部隊に分かれ、球磨たちが診療所でのほほんとしている最中からも着々と侵攻を始めていたというわけだ。


「姐さん!! 俺たちがどかせねえかやってみます!!」
「おう、梨屋。頼むクマ!!」


 同行していた4頭のヒグマたちが、天井のハッチから降りた球磨と入れ替わりに登り、そこを塞ぐ瓦礫
を突き上げてなんとかどかそうとした。


「……でも、たぶん無理だクマ」


 その場をヒグマたちに任せて、球磨は天井を開くのに使った1.5メートルフック付きシャッター棒を片手に、急ぎ3階フロアを廻り始める。
 呟く球磨の表情は苦い。

 彼女は歩きながら、シャッター棒で軽く天井を突き上げてゆく。
 反響する音は鈍い。
 みっしりとその上部が詰まってしまっている証拠だ。
 少なくとも階段部分は、上の病院が完全に崩されているのに違いない。
 7階建てか8階建てか。
 総合病院というからにはそれなりに大きかろう。
 ヒグマ4頭如きでのけられる重量ではないに違いない。

 どこか瓦礫の層の薄いところを探し、14cm単装砲を何発もぶち込んで無理矢理穴を開通させるくらいしか脱出法が思いつかなかった。


「魔術での結界……って線は流石に無いだろうクマ。いや、球磨にはわからんけど」


 暁美ほむらから別れ際に握られた手に、球磨は一本の歯を手渡されていた。
 魔術を切り、再結合させることができるという、衛宮切嗣という魔術師の歯だ。

 物理的閉塞以外に魔術的封鎖が為されている可能性を予見して暁美ほむらが彼女に持たせていたものだが、取り敢えずその出番はなさそうだった。
 その犬歯を見つめていると、なんとなく深海棲艦の剥き出しの歯が彷彿されてくる。


「それにしても……。深海……、もとい潜水している艦と、陸上の部隊がどうして連携できるクマ?
 なんで球磨たちの動きは把握されて、球磨からは全く把握できないクマ……?」
「――あ、く、球磨さん!! 大変です!! 早くみんなを逃がさなきゃ――!!」


 その時、階段を駆け上ってきた碇シンジが、慌てて球磨に呼びかけていた。
 ほぼ同時に、下から何かの爆音と振動が伝わってくる。


「……一体なんだクマ!?」
「海水が流れ込んできて、そこに魚雷が!! ほむらさんたちが防いでくれてますけど、一発着弾したみたいですね……」
「開幕雷撃クマ……。敵艦の数は――!?」
「よ、良くわかりませんでしたけど、少なくとも数十……!」
「――数十!?」


 それだけの雷撃射線にこの狭い海域なら、むしろ一発の着弾で済ませただけでも奇跡に近い。

 ――流石のほむらだクマ。咄嗟になんて凄まじい迎撃能力クマ。

 しかし一刻の猶予もないことに変わりはない。
 早急に脱出経路を確保して全員を上にあげなければ、ここは袋小路だ。
 球磨は、まだ天井のハッチでうんうんと唸っている4頭に向け、声を張り上げた。


「てめぇら散れクマ!! 総員、天井裏の瓦礫の薄い箇所を反響音で探査!! そこに穴をホガすクマ!!」
「へ、へいっ、わかりやしたぁ!!」


 シンジと球磨と共にヒグマたちもフロア方々に散り、手を伸ばして天井を叩いていく。
 再び球磨たちの元に異音と振動とが訪れたのは、そんな最中だった。
 しかも今度は、一発では、なかった。


    ††††††††††


736 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:56:28 zPnDgIqI0

「『第四波』……、直接攻撃……」

 転落した球磨川の姿に涙を呑みながら、暁美ほむらは既にその思考を切り替えていた。
 通路の先では、魔法少女か何かそれに類似したものに変身した纏流子が、襲撃者らしいヒグマと戦っている。

 彼女が敵の気を完全に惹いてくれているのなら――。


「マミさん、動ける!? 今のうちに、早く生きている人を確保して上にあがるのよ!!
 纏流子が相手を惹きつけてくれているうちに――!!」
「わ、わかったわ。デビル――、みそくんをお願い!!」
「ああ!!」


 未だ刻々と水位を増している水を、魔法少女の増強された筋力を以て必死に掻きながら、巴マミは診療所の階段の方へ泳ぎ歩く。
 デビルヒグマは、巴マミの保護をしていた体勢から、急いで足裏の楔を移動させつつ、かろうじてまだ息のある球磨川禊の方へ歩む。


「ジャン、あなたは星空凛を――!」
「勿論だ!!」
「――おっと、させんぞ?」


 だがその時突如、診療所入り口付近の水中から、何の物音も立てず接近していたヒグマが姿を現していた。
 ほとんどその目の前にいた巴マミに、ヒグマは口元からアクアラングのレギュレーターを吹き出し、即座にその爪を振り下ろしていた。


「『ティーロ』ッ!!」


 巴マミはその奇襲に、即応した。
 身を捻りながら斜め奥の水面に跳ね、彼女は後方に自身の左袖を振り抜く。
 袖口の布を破って、彼女が先程から隠し持っていたマスケット銃が火を噴く。
 しかしその弾丸は、ヒグマの横面に着弾する前に、見えない何かに不自然に干渉されたように『よれて』、天井に穴を穿った。


「五月蠅いぞ……。もうちょっと静かに攻めろ」
「あなた、一体……!?」
「静かにせんか! あと3、2、1……」


 だがそのヒグマは、巴マミ含む一帯の人員の動きが止まったのを見るや否や、途端に口元に指を当てて目を瞑り、何かに耳を欹てるように沈黙を促す。
 直後、水中を走る異音が、ほむらやマミたちにも聞こえていた。


「しまっ……!!」
「然らば。沈め」


 そのヒグマの思わせぶりな奇襲は、ただの足止めに過ぎなかった。
 彼女たちがみたび襲い来ている酸素魚雷の大群の存在に気付いた瞬間、奇襲をかけてきたヒグマは、何か見えないものに吊り上げられるかのように、潜水艦の艤装を背負ったまま、診療所の外壁へと振り上がって行ってしまう。
 デビルヒグマが、身を翻してカードに手を掛けた。


「罠カード、【神の宣告】――!!」


 瞬間、空中に浮かび上がった老人のビジョンが、なにやら手を打ち振って消える。
 デビルヒグマは同時に、全身を貫いた猛烈な痛みと疲労にふらつく。
 それでも胃液を戻しながら彼は、全員に向けて声を絞った。

「――これで『不発』に……、なったはず――」

 その魚雷の発射を無効化するには、既に遅い。そもそも彼らはその発射の瞬間すら捉えていないのだ。
 代りにデビルヒグマは咄嗟の機転で、数多襲い来る魚雷の中の共通の一項目、その爆発という現象の発動のみを、神の力を以て無効化し破壊した。


「『時間降頻(クロックダウン)』――、『三重停滞(トリプルスタグネイト)』!!」


 同時にほむらが、二画目の令呪を切った。
 既に魚雷群は、診療所の目前にまで迫っていた。

「避けてぇぇぇ――ッ!!」

 間髪入れず叫ぶ。
 例え爆発せずともその魚雷は、高速で突き出される40本以上の槍衾に他ならなかった。

 診療所の正面の壁が貫かれる。
 やけにスローモションで舞い散る壁の破片、窓の破片。
 ドアの吹き飛んだ出入口から、直接高速の雷跡が潜入してくる。
 衝突と破壊の轟音が、遅くなった低音となって耳に響く。

 微かに視認できる雷跡から魚雷の位置を特定し、その突撃を躱し続ける死のダンス――。


737 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:56:48 zPnDgIqI0

「おおお――!!」
「くぁあ――!!」


 球磨川禊の体を抱えたデビルヒグマと巴マミは、辛うじてその魚雷たちの進路を見切り、水中にステップを踏んでそれを躱す。
 彼らの背後で、次々と診療所1階の壁に魚雷が突き刺さり、建物が揺れる。

「よし、いける――」

 暁美ほむらは、眼下でステップを踏み切ったふたりの姿に拳を握る。

「いや――」

 だがその時、診療所を襲う、今にも崩落しそうな振動に、ジャンが振り返った。
 この場には、ただ一人、どうあってもその魚雷の襲撃を回避できない人物が、いた。
 そこに目をやって、彼は悟る。

「これは――」


 ――この魚雷群が真に攻撃していたのは何なのか。


 天井にワイヤーで直接留まっているジャンは、その嫌な振動と予感が示す未来を、最も克明に理解した。
 彼は即座に身を捻り、渾身の力で暁美ほむらを斜め下の階段に放り投げた。
 ジャンの肋骨がみしりと、嫌な音を立てた。


「アケミ、行け――!」
「きぁ――!?」


 直後、ジャンの立体機動装置が留まっていた天井の板が、剥がれ落ちる。
 階段に尻餅をついたほむらを横目に、急速にガスを吹いてジャンは飛んだ。

 星空凛。
 彼女の眠るベッドと、それが安置される診察室は、入り口から最も多くの魚雷を受ける位置にあった。
 四方の壁、柱に穿たれた巨弾の穴が、ジャン・キルシュタインには、超大型巨人の蹴り開けた、絶望の穴に見えた。

 『時間降頻』の効果時間が、切れた。


「リィィイィィィ――ィンッ!!」

 
 絶叫しながらジャンが診察室の中に突入したのと、診察室の柱が折れ、天井が崩壊したのとは、ほとんど同時だった。


    ††††††††††


「ジャン――!? マミさん――!?」

 階段から見ていたほむらには、3階建ての診療所の、2階から上の構造全体が、柱の崩れた1階を押し潰すように落ちてくる有様がはっきりと観察された。
 呆然とする彼女の前で、そこに開けた空間は、先程までの診察室と待ち合いではなく、誰もいないガランドウの、2階にあったはずの治療室と手術室になってしまっている。
 建物の端に別構造体として構成されていた階段部分のみを残して、まるでだるま落としか、脊椎の圧迫骨折のように、診療所の1階部分は床下に消え去っていた。


 ――魚雷は、その内部の人畜ではなく、その構造自体の倒壊を狙って放たれていた。


「そ、んな、まさ、か――」
「おお、なんとも悲しいことだな……。お前も後を追うか?」


 じわじわと、その2階だった構造にも海水が侵入してくる。
 その視界と同じように、見開いた目が湿り気を帯びてゆく暁美ほむらの背後から、朗々とした声がかかった。
 階段の踊り場にいたのは、2階の窓から侵入していたらしい、先程巴マミに奇襲をかけたヒグマだ。

 立ち尽くすほむらの元に降りてくるそのヒグマはボサボサと振り乱された体毛をしている。
 何故か、体の周囲が半透明の靄か霞のようなものに包まれているように見えて、その毛皮の境が曖昧だった。
 その雄ヒグマが背負っている艤装を一見して、ほむらは歯を噛んだ。


「……全部、聞こえるのね」
「ああそうだ。お前の悲しむ心もな」


 ヒグマはほんの少し、二足歩行していた後ろ足の片方を前に振り上げた。
 それだけで向かい合っていた暁美ほむらの、華奢な頭蓋骨は砕けた。
 顎から蹴り上げられた黒髪の頭部は、彼岸花が咲いたかのように脳髄を吹き散らして割れ、グルンと勢いよく背中に回り、グレーの魔法少女衣装の上から背骨のど真ん中に激突する。

 暁美ほむらは死にながら、ちょっと今のは痛いな、と思った。


「……お前が一番厄介そうだったからな。さっさと沈めておくに限る」


 頭が砕け、首の折れた暁美ほむらの死体は、そのまま力なく背後に倒れ、顔面を水没させてぷかぷかと冷たい海水に浮いた。
 死体は徐々に衣服を濡らし、脳から断ち切られた筋肉がぴくぴくと痙攣する。
 その様子を確認して、ほむらを蹴り殺したヒグマはゆっくりとその場から姿を消した。


738 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:57:37 zPnDgIqI0

(……そうか。となると今のヒグマが、彼ら襲撃者の通信の要ね)


 その様子を確認して、ヒグマに蹴り殺されたほむらの死体は、水上に浮かびながら思考を廻らせた。
 魔法少女であるほむらの肉体は、とっくの昔に死んだも同然であり、つい数時間前までは左腕以外全部喰われていたこともあるのだ。
 今更頭を砕かれて殺されたところで、その時多少痛くて、再生に多少魔力が必要となる以外に何の支障もない。

 よく魔法少女のことを理解していない敵相手なら、ターゲットから外れたまま思案できるという選択肢を与えられていることに、ほむらは多少、キュゥべえに感謝のかけらのような念を抱かなくもなかった。


(その気になれば体はすぐ再起動できるからいいとして、やはり敵の能力と生存者を確認しないと……。
 本当にみんな、死んでしまうかも知れない……!!)


 敵の戦略は余りにも巧妙で、その物量は余りにも膨大で凶悪だった。
 蹂躙された診療所で、生き残っている者はあと何人か――?

 上階で、下階で、今現在どんな戦況に至っているのか。
 思い返せば、浮かぶのは人々の恐怖と絶望の顔、飛び散る血と肉の破片――。
 掴みかけていたはずの希望の糸が、秒針が進むにつれてどんどんと指先から溶けて零れていってしまう。


(私……の、せい、で……)


 自大。陰鬱。虚勢。冷酷。強欲。侮蔑。加えて愚鈍。
 嫉妬。怠惰。慢心。軟弱。蒙昧。卑屈。おまけに狷介。
 こんな頭のおかしい狂人が、浅ましくも人々を率いるなど、あってはならないことだったのでは――?

 胸を痛ませるその思考をこれ以上続けると、もはや一切の余裕も無いソウルジェムから、濁りが溢れそうだった。


(考えろ……! 考えなさい、暁美ほむら……!! どうすればいい!? どうすれば道は続く!?)


 それでも魂の中で歯噛みして、暁美ほむらは自身のソウルジェムの中をうろうろと練り歩く。
 そこはつい先ほどまで、数多くの人々の活気でにぎわっていた、暗い砂時計の空間だった。
 百年も閉ざされていたようなその闇の奥には、確かに今朝、東の威光の中に見た道が続いているはずだった。


(みんな、お願い……! 生き残って……!!)


 老いた日から呼ぶ明日に耳を澄ませて、暁美ほむらの死体は、澱んだ海水を飲む。


【C-6 地下・ヒグマ診療所治療室/午後】


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:魔法少女でなかった当時の身体機能、労作時呼吸困難、頭の砕けた死体
装備:自分の眼鏡、ソウルジェム(濁り:極大) 、令呪(残り1画)
道具:89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×10、切嗣の手帳、球磨の首輪、星空凛の首輪、ジャン・キルシュタインの首輪、球磨川禊の首輪、碇シンジの首輪、纏流子の首輪、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)
基本思考:他者を利用して、速やかに会場からの脱出
0:どうすればいい……!? どうすれば生き残れる!?
1:敵は、潜水艦の艤装を得たヒグマ……! しかも複数の能力持ちがいる……!!
2:まどか……今度こそあなたを
3:お願い、お願いだから……、みんな、生きていて……!!
4:巴マミ……。一体あなたにどんな変化があったの?
5:ジャン、凛、球磨、デビルは信頼に値する。球磨川、シンジ、流子は保留ね。
6:魔力は、得られた。他にもっと、情報を有効活用できないか……?
7:巴マミと、もっと向き合う時間が欲しい。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※まだ砂時計の砂が落ちきる日時ではないため、時間遡行魔法は使用できません。
※時間停止にして連続5秒程度の魔力しか残っておらず、使い切ると魔女化します。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。


    ††††††††††


739 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 00:58:32 zPnDgIqI0
「マミ――、ほむら――!?」

 流子の視界の先で、診療所が倒壊するのが見えた。
 同時に、希望のように輝いていた『ラ・ルーチェ・チアラ』の光彩も、水面下に没して見えなくなる。
 再び暗黒に落ちた水の上で、流子の背後からは嘲笑が響く。


「くくく……、いくら既にデーモンの手に堕ちているとはいえ、やはり救えぬ愚かさでち。カトンボ女」
「――死ぃぇゃッ!!」


 獣のような声で、流子は振り向きざまにその怒りを薙ぎ払った。
 だがその太刀筋は、やはり胸元まで裂ける少女の牙に受け止められる。

「本当に呆れるなまくらでち」
「この片太刀バサミは父さんの形見だッ――!! 馬鹿にすんじゃ、ねェェェ――!!」

 力を込め、神衣の方々からジェットを噴射しても、その少女の咬合力に、がっちりと片太刀バサミは固定されてしまっている。
 少女は憤怒の形相を隠しもせぬ纏流子を、口先で笑い捨てた。


「……くくっ。父親もゴミなら娘もゴミでち。やはりこのゴーヤイムヤが地球上から掃除しておいて良かったでち」
「な、んだ、とォ!? 何を、言ってやがる――!!」
「……貴様のゴミ親父を殺したのは、ゴーヤイムヤだと言っているでち。くくくくくっ」


 笑いと共に、少女はその口の噛み締めを強める。
 みしみしと片太刀バサミが軋む。折られかねない――。

 流子は少女の肩口を強かに蹴り、その牙から片太刀バサミを引き抜く。
 数歩空中を飛び退り、ハサミを構えて少女を見た。

 そんな馬鹿な。と、流子は思う。
 しかし、抑えられぬ怒りと共に、彼女は問わざるを得なかった。


「……父さんを殺したのは片太刀バサミの女だ。……まさかてめぇが、そうだって言うのか!?」
「わぉ! 証拠を見せなきゃ信じられないと言うんでち? ハイハイ、大サービスでち」


 少女はにこにこと笑みを深め、そのヒグマの爪を、自分の口の奥底に突っ込んだ。
 そして閉じられた口の隙間からは、ゴリゴリと牙に当たる音を立てて、何かが引きずり出されてくる。

「……さぁ、わかったか? 貴様のなまくらの片割れでち」

 それは石のような灰色の、片太刀バサミ。
 纏流子の持つものを、そっくり反転させたようなハサミが、少女の手には持たれていた。


「――て、めぇ、かぁ……っ!!」
(流子!? おい、血が熱くなってる!! 興奮しすぎだ――!!)


 流子の体が震えた。
 赤の混じった黒髪が、ざわざわと風に逆立った。
 セーラー服からの声は、もう彼女には、聞こえなかった。


「答えろ――!! 何故父さんを殺したァ――!!」
「くけけけけ」


 地下を震わせる流子の叫びに、ゴーヤイムヤと名乗る少女は、下卑た嘲笑を浮かべるだけだった。


    ††††††††††


 間桐雁夜は、自分を呼ぶ声で目を覚ます。

「……桐さん、間桐さん、……あ、良かった、気が付きましたね!」
「め、恵ちゃん、か……? ここは、一体……?」

 雁夜が身を起こした空間は、どこかとても狭い、土がむき出しの小部屋のような場所だった。
 すぐ脇を、瓦礫から染み出した滝のような水がどんどんと流れて、下の方に落ちて見えなくなってゆく。
 隣から、ヒグマの声がした。


「……私の掘っていた、防空壕です」
「どぅお!? テ、テンシさんだっけ……!? あ、あんたが掘った!?」
「キッチンの脇に穴があったから変だとは思ってたんですよね……」


 この空間は、暁美ほむら一行の来襲前に、ジブリールがてんやわんやになりながら診療所の隅から地盤へと掘り進んでいた場所だった。
 海水に流された雁夜たちは、奥の控室からここに落ち、下へとさらに流される前になんとか足場を確保できていたのである。

『……なに、我が医療班の面子は皆、優秀じゃからのぉ……』

 そう言ったベージュ老の言葉は、あながち間違いではなかったのかも知れないと、雁夜は思い直した。

「……でも優秀、とまでは言い切れないよね。私がいなかったら、ここ、水分で崩れてたし」

 その雁夜の思考に、ぼそぼそと少女の言葉が被った。
 暗がりに振り向いたそこには、四宮ひまわりと、彼女の具合を心配そうに窺う布束砥信がいた。
 雁夜は、そのひまわりの様子に気づき、驚愕する。

「ひ、ひまわりちゃん!? それ、大丈夫なのか!?」
「……まぁまぁ」
「So-soというよりは、Not goodよ」


740 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:02:16 zPnDgIqI0

 布束の渋い声の先には、辺りに張り巡らされ、この防空壕を支えている木の根が見える。
 それは四宮ひまわりの腕から伸びている、二代目鬼斬りだった。
 既に彼女は、顔の半分ほどまで木の根に寄生されてしまっている。

「Sorry、四宮ひまわり……。ここまで来てしまっては、取り除く方法がわからないわ……」
「まぁいいよ。なんか気持ちいいから。……ふわぁ」
「ダメよ寝ては……! 意識を持っていかれたらどうなるか……!」
「……にゃむ。まぁ、まぁ……」

 気を抜くとすぐに朦朧としてしまうらしいひまわりの頬を、布束は事あるごとにパシパシと叩いている。
 田所恵も、必死に彼女へ声を掛けた。


「そうだよひまわりちゃん……! 根っこなんかに負けないで!!」
「……でも恵ちゃん。この根っこ張ってるとお腹いっぱいになってくるんだよ?」
「え!? そうなの!?」
「それにガサガサだったお肌にハリが戻ってくる」
「わ、ほんとだぷにぷに!!」
「さらに、流されていた割烹着やワンピースも、しっかり引っ掛けそのまま物干し竿になってくれる!」
「おお、すごい便利……!!」


 ひまわりは半分寝ぼけながら、田所恵に木の根の良さをアピールした。
 それを聞くや、ジブリールがワッと泣き出してしまう。

「でも……ッ! ベージュさんは死んじゃいましたぁ!! ううっ、ビショップさんもぉ……!!」
「え!? あの水ヒグマ死んじゃったの!? あいつがいれば、この状況どうにかなるかと思ったのに……!!」

 狼狽する雁夜に、布束とひまわりが答えた。

「ビショップなら、下に落ちたわ。どうやらこの下は地下水脈になっているらしいの」
「……ガラス球に入ったままだったから……流石に引っ掛ける場所が無かった……」
「魔術の球のままってことは……、効果が切れれば中から出て来れはするよな……」
「あのヒグマさんが、泳いで戻ってきてくれるまで、待つしか、ない……?」

 雁夜と恵の呟きに、一同は無言の肯定をした。
 海水と瓦礫に塞がれている診療所側にも、地下深くに続く水脈側にも、安全に行ける確証も方法もない。

 布束は、ようやく見えてきた希望が再び遠くなっていくことに、強く歯を噛む。


「敵は『潜水艦』と言ったわよね……。艦これ勢の中で『潜水』に関わってたヤツは、ヒグマ提督なんてメじゃない、最古参よ……。
 私が工廠の設計を引いた時に口出しして来たり、あの島風の進水時に、対戦相手として名乗りを上げたような筋金入りの輩ばかり……。
 徹底的にえげつないやり口をとってもおかしくないことを、想定しておくべきだった……」
「うえぇ〜……ん、レムちゃん、なんでぇ〜……!?」


 ベージュ老から託された、『生きる』という最低限の好意すら、難しいかも知れない。
 ジブリールの嘆きが響く中、布束は攻め込んで来た敵の能力と性質に思い至り、冷や汗を流していた。


【穴持たず88(ベージュ老) 死亡】


【C-6 地下・ヒグマ診療所奥防空壕/午後】


【穴持たず104(ジブリール)】
状態:狼狽
装備:ナース服
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シーナーさん、どうか無事で……。
0:何が起きてるの!? 何が起きてるの!?
1:レムちゃん……、なんでぇ、ひどいよぉ……!!
2:ベージュさん、ベージュさぁん……!!
3:ビショップさんも落ちちゃったぁ〜……!!
4:夢の闇の奥に、あったかいなにかが、隠れてる?
[備考]
※ちょっとおっちょこちょいです


741 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:03:16 zPnDgIqI0

【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、ずぶ濡れ(上はブラウスと白衣のみ)
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池、バリキドリンクの空き瓶
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:暁美ほむらたち、どうか生き残っていて……!!
1:キリカとのぞみは、やったのね。今後とも成功・無事を祈る。
2:『スポンサー』は、あのクマのロボットか……。
3:やってきた参加者達と接触を試みる。あの屋台にいた者たちは?
4:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
5:帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。が、このツルシインというヒグマはどうだ……?
6:駄目だ……。艦これ勢は一周回った危険な馬鹿が大半だった……。
7:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。

【田所恵@食戟のソーマ】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:もどかしいなぁ……。料理以外出来ない私が……。
1:ヒグマの皆さんも、人間の皆さんも、格好良かったです……!
2:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
3:布束さんに、落ち着いたらもう一度きちんと謝って、話をします。
4:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。

【間桐雁夜】
[状態]:刻印虫死滅、それによる内臓機能低下・電解質異常、バリキとか色々な意味で興奮、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を桜ちゃんの元に持ち帰る
0:くそ、打つ手なし……!? どうにかできないのか!?
1:俺のバーサーカーは最強だったんだ……ッ!!(集中線)
2:俺はまだ、桜のために生きられる!!
3:桜ちゃんやバーサーカー、助けてくれた人のためにも、聖杯を勝ち取る。
[備考]
※参加者ではありません、主催陣営の一室に軟禁されていました。
※バーサーカーが消滅し、魔力の消費が止まっています。
※全身の刻印虫が死滅しました。

【四宮ひまわり@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:疲労(小)、ずぶぬれ、寄生進行中
装備:半纏、帝国産二代目鬼斬り(2/3)
道具:オペレーションキー、龍田のワンピース、布束の制服、恵の割烹着
[思考・状況]
基本思考:この研究所跡で起こっていることの把握
0:……くそ眠い。
1:ネット上に常駐してるあのプログラムも、エンジンを止めた今無力化されてるか……?
2:龍田……、本当にありがとう。
3:れいちゃんは無事なんだろうか……!?
4:この根を張ってるとお腹が一杯になる。どうにかいい制御法があればいいんだけど。
5:間桐さんは変態。はっきりわかんだね。
[備考]
※鬼斬りに寄生されました。本人はまだ気づいていません。
※バーサーカーの『騎士は徒手にて死せず』を受けた上に分枝したので、鬼斬りの性質は本来のものから大きく変質している可能性があります。


    ††††††††††


「――ヨシ! やっと出られまシた!!」


 巴マミの存在座標から直線距離で100メートル。
 そんな距離にまで地下水脈を流されていたビショップヒグマが、魔力が切れて溶け落ちたガラス玉からようやく飛び出していた。
 彼女は、上から流入する海水で水位の増している水脈の急流を、逆らうように跳ね泳いでゆく。


「待ってテ下さいジブリールさん、ナイト、皆さん……!! 私の名誉にかけて、きっと助けマス!!」

 逆巻く波と同化して、トビウオのように、サメのように、ウミヘビのように、彼女は猛った。


「覚悟しテいなさい艦これ勢……ッ!!
 ヒグマ帝国運営の荒波に揉まレ続ケたピースガーディアンの底力、見せてアゲマス――!!」


742 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:04:24 zPnDgIqI0

【C-6 地下の地下、地下水脈/午後】


【穴持たず203(ビショップヒグマ)】
状態:ガラス玉の中に閉じ込められ中
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”の意志に従う
0:スミマセンベージュさん……。アナタを救えなかった……!!
1:……どうか耐えていて下サイ、夏の虫たち!!
2:球磨さんとか、通信の龍田さんとか見る限り、艦娘が悪い訳ではナイんでスよね……。
3:ルーク、ポーン……。アナタ方の分まで、ピースガーディアンの名誉は挽回しまス。
4:シバさんとアイドルオタクは何やってるんデスかホント!! アーもう!!
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※空気中や地下の水と繋がって、半径20mに限り、操ったり取り込んで再生することができます。
※メスです。


    ††††††††††


『――マミ!! 応答しろクマ、マミ!!』

 巴マミの意識は、トランシーバーから微かに聞こえる球磨の声で眼を開けた。
 数秒ほど、気を失っていたようだった。

「大丈夫か……、マミ……!?」
「デビル……」

 体の周りには、温もりがあった。
 デビルヒグマの毛皮が、彼女と、そして球磨川禊を柔らかく包んでいる。

 それでも感じる重量感は、ここの天井が押し潰されたのだということを容易に思い出させた。
 建物が倒壊したせいで波の勢いこそ収まってはいるが、押し潰され横倒しとなった体は、ほとんど海水中に没している。
 デビルヒグマが咄嗟に自身の体で空間を確保しなければ、彼女たちはただちに圧死もしくは溺死していただろう。
 ……いや、溺死ならば、マミだけは大丈夫であろうが。


『マミ!! 下で何があったクマ!?』
「球磨さん……、魚雷で、壁と柱を倒されてしまったわ……」
『ほむらは!? 皆は!? 大丈夫クマ!?』
「私の他、今無事なのはみそくんとデビル。暁美さんたちは……、わからない。散り散りにされた……」
(――私なら殺されたわ)
「……暁美さん!?」

 突入時から所持していたトランシーバーへなんとか口を近づけ応答していた巴マミに、暁美ほむらからのテレパシーが入る。
 常人には意味不明な彼女の一言はつまり、ほむらはソウルジェムが無事なものの、その肉体は行動不能状態にされている、ということを意味していた。
 ほむらの声はそのまま頭に響く。

(球磨に伝えて。さっき私たちを襲ったヒグマが上に行った。能力持ち。装備はソナーに見えた)
「――球磨さん! ソナーを持ったカスタムヒグマが上に行ったみたいよ!?」
『なっ――』


 直後、トランシーバーの先はにわかに騒がしくなり、ノイズだらけになってしまう。
 球磨や、上階にいるシンジやヒグマたちが、直ちに戦闘状態に入ってしまったのだろう。


(……球磨たちは地上にあがれなかったのね。完璧に塞がれているんだわ。
 襲撃の手口からして、上の病院を発電機ごと倒壊させた……?)
「暁美さん……! 今、あなた、どこに……!?」
(診療所の2階だったフロアに、頭を砕かれたまま浮いてる。私はいいから、無事な人を早く集めて。
 特に纏流子を早く……。一番動ける戦力なのに、このままじゃ、間違いなく殺される……!!)


 平静を装おうとしているが、ほむらのテレパシーは震えていた。
 どんどんと塞がれ、壊されてゆく希望の分岐の先を必死に手繰ろうとして足掻いている彼女の姿が、ありありと想像された。
 巴マミは、固い唾を飲む。


「どうすればいい……!? どうすればあなたを支えられるの、暁美さん……!?」


 先輩として。ヒトとして。正義の者として――。
 いや、そんな題目など最早どうでも良かった。
 巴マミはただその孤独なリーダーの背中に、寄り添っていきたかった。

(とにかく下から出て!! すぐにそこは水没するわ……!!)
「デビル……、みそくん……。外に、出られる……!?」

 返ってきたのは自明の指示だ。
 しかし、マミは首まで水没しながら、躊躇せざるをえなかった。


 振り向いた先で血まみれの球磨川禊は、がたがたと震えていた。
 薄い病衣一枚の状態で、大量出血した体を、冷たい北海道の海水につけているのだ。
 デビルができる限り彼の体を上に持ち上げて水濡れする面積を少なくしているが、それでも限界はある。
 このまま診療所の外まで、倒壊した瓦礫の下を潜水で抜けるなどという無理をさせれば、それだけで死んでしまいかねない。

 だが球磨川は、血に濡れた虚ろな目を向けて、しゃがれた声で言う。


『……僕は、大丈夫だよ。流子ちゃん、止めに、行かないとね……』


743 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:05:21 zPnDgIqI0

 しかしその声は、カッコをつけてるようにしか聞こえない。

「全く大丈夫に見えないわ……。まずあなたを、どこか安全なところに連れて行かないと」
『安全なとこなんて、ないだろ……? 馬鹿言わないで、くれ、マミちゃん……』
「マミ……、恐らく1ターンの猶予もない。まずお前から潜って抜けてくれ。
 どちらにしろ私はこの体では抜けられん。瓦礫を退かしつつ球磨川と出るから……!!」

 そのマミと球磨川の間に割って入ったのはデビルヒグマだった。
 有無を言わさぬ、強い口調だった。
 マミは一瞬、躊躇った。


「……任せてくれ。マミ」
「……わかった。あなたを信じてるわ。デビル」


 デビルの瞳は、暗い水面でも力強く輝いて見えた。
 巴マミはそっと彼の頬に触れて、水面下に潜って行った。


「……マミちゃん、行かせて、良かったの? 僕なんかより、マミちゃんに君は……、ついて行きたかったはずだ」
「……みそくん。お前たちには、感謝しなければならないからな」

 巴マミの気配が去ってから、球磨川は微かな声で言った。
 デビルヒグマはその巨体で、崩落した天井を押しのけ、ゆっくりと進んでゆく。


「マミの誇りを、取り戻してくれた。見違えるようだ」
『……なるほど。マミちゃんに惚れ直した、と』

 軽口のようなその球磨川の言葉に、デビルヒグマは笑った。


「なるほど。そうかも知れん」
『あれ……? 今回は「黙れ」、って言わないの?』
「見ているだけで心が瑞々しくなり、声を聞くだけで意気が高まり、触れられるだけで力が漲るこの感情が。
 ……『愛』とか『好き』という言葉で定義されるなら、その通りだから、な」


 デビルヒグマの穏やかな声に、球磨川は目を閉じる。

『ヒグマのデレ期……。これは、明日は雪だな……』
「……貴様。話を茶化さねば気が済まん病気か?」
「病気なのは、僕以上に、襲撃者さんの『好き』、だよ」

 球磨川の語るのは、ここを襲った艦これ勢の力だ。
 ヒグマ帝国とやらを蹂躙し、揃いかけていた自分たちの勢力までも、こうも見事に分断してのけた力。
 擬人化された軍艦への歪んだ愛が、きっと彼らにそれだけの力をもたらしたのだろう。

 純愛だろうが偏愛だろうが、善悪貴賤なくそれはきっと、大きな力の、源なのかも知れなかった。


「ジャンくんも……、ほむらちゃんも……、僕には及びもつかない『好き』を持ってた……。
 ヒーローには……、そんな人しか、なれないんだ……、きっと……」


 肩にかかる吐息は、澱んだ冷たさだった。
 デビルヒグマが何度も対戦相手から嗅いだことのある、何もかもを諦めた、敗者の吐息だった。
 その吐息にはあたかも、少年の人生が煮凝りになっているようだった。


「なんでかな……。また勝てなかった。いつも、勝とうと踏み出して、負けるんだ、僕は……。
 きっと、僕にも……、もっと本気の……、『好き』があったら、良かったのにね……」


 瓦礫を押すデビルヒグマの肩に、血とは違う、熱い水が流れていた。
 彼は前を向いたまま、肩の少年に、静かに言った。


「……貴様も、『好き』なんだろう?」
『……何が?』
「……マミのことが」

 言ってデビルは、自分の鼓動が早くなっているのを、感じた。

「ほら、マミが勇気を出して戦いに行ったぞ。もっと興奮しろ。
 華麗で優美なマミの姿が見られるのだぞ? 貴様も応援したくなるだろ?」

 少年は笑った。


「はは……。まるで家族愛だね」
「……家族、か。それは良いな」
「確かに僕も、マミちゃんのアイドル姿なら、ちょっと見たいけどね」
「なんだと? それは私も見たいぞ? 艦これ勢も根こそぎだろうなァ」

 大きなヒグマと交わす言葉一つ一つで、流れ落ちた熱と意志を少しずつ取り戻しながら、少年は笑った。
 自分の全身に太いネジくぎのように突き刺さった『大嘘』の咎の痛みが、気のせいでも、和らいでいくように思えた。 


 ……ありがとう。皆さん。
 恩を返したいんだけれど。残念ながらこの病衣は長袖じゃないし、腕に力が入らないので振れない。
 散々吐いてきた嘘を自分に憑き返されてズタボロの僕は、マイナスもマイナス、不良債権(どマイナス)だ。
 こんな僕なんて、放っておいてくれればいいのにさ。
 なんで皆さん、そんなにカッコ良いんだよ。


744 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:05:39 zPnDgIqI0

 ジャンくん。
 マミちゃん。
 ほむらちゃん。
 球磨ちゃん。
 凛ちゃん。
 流子ちゃん。
 デビルさん。
 シンジくん。
 ありえねえよ畜生。
 格好いいんだよド畜生。
 僕が一生かけてカッコ付け続けても真似できない程に――。

 なぁ頼むよ。居るのか知らない嘘憑きの神様。マミちゃんの巨乳様。
 もう僕は、僕みたいなマイナスでみんなに過負荷を掛けたくない。

 僕はもう負けていい。
 一生のルーザーでいい。

 だから頼むよ。みんなだけは幸せ(プラス)にしてくれ。
 最後に敗者(ぼくたち)だけは、勝たせてくれ。


 嘘でもいいから。
 敗者(ぼくたち)の勝利を、現実(まこと)にさせてくれ――。


【C-6 地下・倒壊したヒグマ診療所1階/午後】


【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労(最大)、パンツ病衣先輩、みそくん、大量出血、低体温、ずぶ濡れ、起源弾で全身の機能が破壊されている
装備:パンツ、病衣、マミちゃんへの『好き』
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜2(治療には使えないようだ)
基本思考:「もう僕は、僕みたいなマイナスでみんなに過負荷を掛けたくない」
0:「マミちゃんやみんなだけは、勝ってくれ」
1:「勝て」「勝つんだ」「僕は命がけで応援する」
2:「みんなの『好き』が負けるはずない」「負けていいはずがない」「マミちゃんも巨乳だしね」
3:「凪斗ちゃんとかもうどうでもいいから」
4:「アイドルとかゲームとかもうどうでもいいから」
5:「でもマミちゃんのアイドル姿なら大いに見たいよね!!」
[備考]
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けていましたが、そんな制限はなくなりました。
※また、『劣化大嘘憑き』で死亡をなかった事にはできません。
※首輪は取り外されました。
※起源魚雷に干渉してしまったことで過負荷ごと全身をメチャクチャにされてしまいました。
※それでも無理に『劣化大嘘憑き』や『劣化却本作り』を使用しようとすると、たった一つで負荷に耐えきれず死亡するでしょう。


【穴持たず1(デビル)】
状態:疲労極大、ずぶ濡れ
装備:伏せカード(【和睦の使者】)
道具:マミへの『好き』
基本思考:満足のいく戦いがしたい
0:マミが……、そして、彼女の愛する者たちが、心配だ。
1:ヒグマ帝国……、艦これ勢……、一体誰がこんなことを?
2:私は……マミに……、惚れているのだろうな。
3:そのマミへの好意が、私の新たな信念だ。
4:アイドルといい、艦娘といい、大丈夫かこの国は?
5:だがマミのアイドル姿なら大いに見たいよなぁ!!
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。
※暁美ほむらの令呪で、カードの具現化が一時的に有効化されています。


    ††††††††††


「父さんは言った!! このハサミを持っていれば、必ず自分を殺した相手にたどり着くと!!
 ……その通りだったよ!! あの時私の家にいたのはお前だなァ――!?」
「くけけけけ、そうでちそうでち」

 巴マミが、息止めから水上に顔を出した時、水面の向こうでは激しい打ち合いの音が聞こえた。
 神衣鮮血を纏った流子が、鬼神のようにその片太刀バサミを少女に打ち付けている。

 対するスクール水着の少女は、流子と同じく灰色の片太刀バサミを持っていながら、それを使うことすらなく、空いている片手で流子の猛攻を難なくいなしている。
 その腕は、不釣合いに巨大なヒグマの前脚だった。


745 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:06:45 zPnDgIqI0

「纏さん――!?」


 その襲撃者の少女に対する流子の憤怒は、一見しただけでも常軌を逸していた。
 巴マミは、暁美ほむらの盾の中で、流子の身の上のサワリも確かに聞いている。

 父親の仇である『片太刀バサミの女』を彼女が探していることは、知っている。

 だからこの現場を見ただけで、彼女がその襲撃者を、父親を殺した犯人だと思い込んでいることが、理解できた。


「――やめて纏さん!! その子があなたの親の仇なわけ、ないわ――!!」


 そして、少し考えれば解る事だ。
 このSTUDYとかいう会社の研究所で、隠れて建てられたヒグマ帝国で、さらに隠れて広まった艦これ勢のヒグマという存在が、わざわざ半年も前に彼女の父親を殺しにのこのこ本州までやってくることなど、有り得ない。
 そんな可能性はケシ粒にも満たない。
 仮にあったとしても、その仮説は、もう一つの事実によって即座に否定される。

 ――スクール水着の少女が持っている灰色の片太刀バサミだ。


「何故だ!? 何故父さんを殺した――!!」
「くく、貴様のゴミ親父でも、カケラくらいは我らヒグマの役に立つかと思われたからゴーヤイムヤ自ら出向いてやったでち。
 ま、でもそれも期待はずれ。金魚のフンほどの価値もなかったから、始末しといただけでち」
「じゃあ、あの時私が見たのは、お前だったのか――!!」
「あは、一緒にカトンボも潰しておけば、五月蝿くなくて良かったでち?」
「ふざけたことを――!!」
「熱くならないで纏さん――!! 適当に言ってるだけよ――!!」

 興奮した流子に、マミの声は全く届いていない。
 マミは水の中を必死に走った。


 ――あれは流子の持つハサミの片割れでは、有り得ない。
 美容や服飾に気を使っている者なら、解る事だ。

 ハサミというものには、動刃と静刃がある。
 特に理容や仕立てに使うハサミはその構造の違いが顕著であり、その構えも実態に即さねば有効に使えない。
 その剪断の際、能動的に切断を行なう刃が動刃であり、それを受け止めるのが静刃だ。
 実際には、静刃にも刃付けが為されているために、静刃だけでも切断を行なうことができ、一般人にその動静刃の判別を困難にさせている。
 動静の区別がはっきりと一目でわかるのは、梳きバサミくらいだろう。

 しかし、流子の持つ片太刀バサミの形状は、ラシャ切りバサミの静刃だ。
 対応する片割れのハサミは、動刃でなくてはならない。
 4本の指で支える方が静刃で、親指で力を込めるのが動刃だ。
 直刃になっている流子の片太刀バサミに対し、片割れは程度の違いこそあれ曲刃になっていなければおかしい。

 スクール水着の少女の持つハサミは、完全に流子の鋏をコピーしたようなものに過ぎなかった。
 明らかに、流子を動揺させるために即席で作り上げられたものに違いない。


「そんなにゴミ親父の後始末をしたいでち? 無理無理、貴様は海の藻屑になるにも力不足でち」
「言、わ、せ、て、おけば――!!」
「ほれ、ゴミはゴミに還すでち。ぽきん」


 スクール水着の少女は、流子の剣先から跳び退り、その手に掴んでいた灰色の片太刀バサミを、真っ二つに折っていた。
 ヒグマの爪でばきばきと砕かれてゆく父親の形見の姿を見つめ、流子は眼を見開き、震えた。


「いつ捨ててやろうか悩んでたところだったでち。貴様もすぐ、親父と同じゴミにして捨ててやるでち」
「て、め、えぇぇぇぇええぇええぇぇぇえぇえぇェェェェ〜〜――!!!」
(やめろ流子!! その血の熱さは危険だ!! このままだと私は――)


 その時、中空に震える流子の服の叫びが、巴マミにも聞こえたような気がした。
 ソウルジェムに直接響いてくるような。
 マミが夜の見滝原で、何度も感じたことのある、悲痛な響きだった。


(じぶ、んを、保、て、ない――!!)


 流子の腕に沸騰していた血液が、水上に迸った。
 彼女の全身から、暗闇にも映える大量の血液が吹き散る。
 そのセーラー服が。
 神衣鮮血が、啼いた。


「ヴ、お、オ、ォぉ、ヲ、を、お、ォオォォォォォ――ン……!!」


 迸る血液を吸って肥大したそれは流子の体を一気に呑み込み、内部でぐしゃぐしゃと圧潰させてゆく。


「あ、ああ――……」
「くけけけけ。これでカトンボからヤンマくらいの歯ごたえにはなったでち?
 ゴミ女のくせに多少は潜水艦の才能があったでち。それくらいは無いと喰いでが無いでち」


746 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:07:36 zPnDgIqI0

 巴マミの視線の先で変貌した纏流子の姿は、一回りも二回りも巨大化していた。
 その真っ黒なセーラー服は刺々しく角張り、全身からは血が滴り、その肌は気味の悪い緑色となっている。
 高温の血液は熔岩のようになり、水面に滴るごとに音を立てて水蒸気をあげる。
 彼女の首は左肩から生え、乱杭の牙が、振り乱された髪に届く程にまで伸びて口外に溢れている。
 黄色く濁った不揃いな眼球は、怒りに歪み切っていた。

「ごオおォヲぉオおぉォォぉォオ――!!」

 彼女はヒグマのものよりも巨大になった左腕をシオマネキのように振り上げ、吼えた。


「これが、魔女、化……、なの……?」


 巴マミは、びりびりと自分の身を震わせる、瘴気のようなその威圧感に歯を鳴らした。
 魔女化。
 暁美ほむらから伝えられていたその事象が、今、目の前で起きてしまった。

 希望を願ってそのソウルジェムを生み出した、魔法少女。
 絶望に濁ったそのソウルジェムから生まれる、魔女。

 纏流子は自分の存在を、魔法少女とは違うと、断じた。
 だが巴マミには、やはり彼女が自分たちと違うとは、思えなかった。
 『生命戦維の破壊衝動に飲まれる』というその現象は、確かに魔女化とは違うのかも知れない。
 だが目の前で猛り狂う異形の存在は確かに、彼女の絶望の成れの果てであった。


「――纏さぁん!!」


 巴マミは走った。
 必死に水を掻き分け、纏流子を何とか正気に戻そうと、大きな音を立てて、近づいた。

「グるるルるルアァあぁァァ――!!」
「……やはり水上艦は馬鹿ばかりでち」

 見滝原で魔女と出会った時にそんなことをしたら、自殺行為に違いなかった。


「――あ」


 振り向いた纏流子の、濁った瞳と目が合った。
 そう理解した瞬間、マミの体を赤い疾風が通り過ぎていた。

 反応できないほどの超高速で、流子の右腕に同化した片太刀バサミが振るわれたのだとマミが気付いたのは、その次の瞬間だった。

 纏流子の威容を透かしてその奥に、嘲笑を浮かべる少女の姿が見えた。


「……任務の成功を司る潜水艦に歯向かう者、死、あるのみ。
 潜水艦は最も海の深淵に近付く者……。自ずと艦娘の深き力も強くなるでち。
 山の神(キムンカムイ)の力に深き海神(わだつみ)の力を加えた我が第十かんこ連隊『潜水勢』こそ、最強でち!!」


 巴マミの胴体は、その声を聞きながら、真っ二つになっていた。
 くるくると宙に刎ね飛ばされた上半身は、輪切りにされた腰から血飛沫を吹く自分の下半身を水面に見た。
 そんな自分の負傷など、どうでも良かった。

 自分だけでなく、纏流子の体からもそんな真っ赤な血が溢れているのが見える。
 それが流子の流す涙のように、巴マミには見えた。

 水柱を立てて水面に落下したマミは、上半身を水没させながら、血の溢れる咽喉に声を絞った。


「纏、さ……!!」
「……この第十かんこ連隊連隊長ゴーヤイムヤのデザインで、欠片でもその深き力を得られたなら。
 ……感謝して沈むでち。ゴミ女」


 異形に変じた纏流子の背後で、ゴーヤイムヤと名乗る少女が魚雷発射管を構える。
 それが、マミの上半身が沈む前に見た、最後の映像だった。


《BURSTED RYŪKO(暴走流子)
 ハサミトギの魔女。その性質は断定。追いかけたその先に憎しみしか見つけられなかった魔女。
 彼女はハサミを研ごうとし続けたのだが、そのハサミは何故か鈍り続けた。
 本当にきるべきものは目に入らず、彼女はそのハサミを闇雲に血塗らせることしかできない。
 父親が本当に遺してくれたものはどこにあるのか、もう彼女には見つけられない。》


 ……待ってて纏さん。
 私が、あなたをきっと元に戻す。

 あの時あなたが私を掬ってくれた分。
 今度は私があなたを救って見せる。

 私も、あなたと、同じだから。
 私と、あなたは、絶対に違うはずだから――。


 かたみに別れた巴マミは、彼女のかたみを取り戻すべく、水底に拳を握る。


747 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:08:15 zPnDgIqI0

【C-6 地下・ヒグマ診療所前/午後】


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:胴体切断、出血
装備:ソウルジェム(魔力消費(大))、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残り2画)
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0〜1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:正義を、信じる
0:纏さん……、あなたを絶望から、きっとすくい上げてみせる。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
6:ヒグマのお母さん……ってのも、結構いいんじゃない?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。

【暴走流子@キルラキル】
[状態]:生命戦維暴走、大量出血、脚部にデーモンの刺傷
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、鮮血@キルラキル
[道具]:基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ
[思考・状況]
基本行動方針:縺カ縺」縺溘℃繧九縺カ縺」縺溘℃繧九縺カ縺」縺溘℃繧九縺カ縺」縺溘℃繧九
0:谿コ縺呎ョコ縺呎ョコ縺呎ョコ縺呎ョコ縺呎ョコ縺呎
1:縺ゥ繧薙↑繧ゅ�縺ァ繧ょ�繧後k繧医≧縲∝ソ�コォ繧偵∫�斐$縲�
2:繝峨Ν繧ェ繧ソ縺ィ縺玖襖縺薙l蜍「縺ィ縺狗衍繧峨�縺�h縲ゅヰ繧ォ縺ェ繝偵げ繝槭�縺ィ縺」縺ィ縺ィ貊�∋縲�
3:繝偵ヨ蜷悟」ォ縺ョ縲∵ョコ縺怜粋縺�↓蟇セ縺吶k謚オ謚励r窶ヲ窶ヲ縺吶k縺ッ縺壹□縺」縺溘∵ー励′窶ヲ窶ヲ
4:譎コ蟄舌ゅ&縺ィ繧翫ゅ⊇繧繧峨�繝溘∩縺昴¥繧凪ヲ窶ヲ縲ゅ☆縺セ縺ュ縺�縺吶∪縺ュ縺�縺吶∪縺ュ縺�
[備考]
※鬥冶シェ縺ッ蜿悶j螟悶&繧後∪縺励◆縲�
※蠖シ螂ウ縺ョ險闡峨r閨槭¥縺ォ縺ッ『utf-8→sjis』縺ォ繧ウ繝シ繝峨r螟画鋤縺吶k

【ゴーヤイムヤ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第十かんこ連隊』連隊長(潜水勢)
装備:61cm四連装(起源)魚雷、水着、今までに喰い溜めた胃石
道具:潜水技術、デザイン力、胸まで開く口
[思考・状況]
基本思考:最強の技術力で艦これ勢に奉公し、ヒグマ帝国を乗っ取る
0:ロッチナの下で敵に密かに近づいて、確実に沈める。
1:潜水艦の力を、その強さを示すことで布教する。
2:邪魔なヒグマや人間や敵艦は指令通り沈める。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※艦これ勢黎明期に自分の身を艦娘製造の実験台として使ったマッドエンジニアであり、実験段階だった建造により伊58と伊168の体半分ずつにヒグマの手足がついたような体になっています。が、満足しています。
※そのデザイン力で、改良型の艦娘製造機や、起源弾の効果を持たせた装備などを即座に開発しています。
※口が深海魚のように胸まで裂けており、咬合力の強い牙で様々な物を自在に噛み砕くことができるほか、細かい精密工作、口腔内圧を使った空気砲のような用途にも使用できます。
※潜水艦は最強だとしか思っていません。
※『第十かんこ連隊』の残り人員は、ゴーレム提督、デーモン提督含め48名です。


    ††††††††††


 激しい振動の後、球磨たちが立っていた3階の床は一気に、3メートル近くは落下した。
 ただでさえ塞がれていた天井は、壁だけ残して剥がれ離れ、6メートル以上も離れた手の届かない高みに行ってしまう。

 急いでシンジやヒグマたちの体勢を立て直し、球磨が取り出したのは、トランシーバーだった。
 その片割れは、階下の巴マミが持っている。
 こんな異常時だ。
 連絡と安否の確認を取らなければ、事態は致命的になりかねない。

 そしてその向こうから返ってきた報せは、球磨の毛根を一気に逆立たせた。


『――球磨さん! ソナーを持ったカスタムヒグマが上に行ったみたいよ!?』
「なっ――」
「それは俺のことかな?」


 信じられない程の近くから、ヒグマの声がした。
 振り向いた球磨の、マンハッタン・トランスファーの視界に、ヒグマのような塊が既に階段を上り切っているのが見えた。
 気づかなかった。
 物音も、空気の動きも、何故かほとんど感じ取れなかった。


748 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:12:01 zPnDgIqI0

「てめぇかぁ、艦これ勢――ッ!!」
「死にさらせ、変態野郎――ッ!!」

 階段の脇で、最もその敵ヒグマの近くにいた二頭、梨屋と稚鯉が、匂いを頼りに暗闇で一気に飛び掛かっていた。
 球磨には、嫌な予感がした。
 マンハッタン・トランスファーで捉えている彼らの周囲の気流の輪郭。

 それが明らかに、敵ヒグマの周りだけ、曖昧だった。
 輪郭が、ぼやけていた。


「……怖いなぁ。ああ、闇は怖い」
「うぇ――」 


 敵ヒグマは、左右から迫る二頭に対し、わずかに前進したように見えた。
 その動作が、前脚の爪を振り抜いた稚鯉の腕をすり抜けたように、球磨には感じられた。
 稚鯉は何かを踏んでしまったかのように、爪を振りながら唐突に滑った。

「――ひぎゃああぁぁあぁ――!?」

 そしてつんのめったその爪は、反対側から向かっていた梨屋の顔面を、深々と抉っていた。
 そのダメージは、彼の記憶の、深くに刷り込まれた恐怖を呼び起こすものだったらしい。
 梨屋はそれだけで、一気に恐慌状態に陥る。
 彼は叫びながら、不意に与えられた攻撃に、慄きと共に応戦した。

「ぬ、のたばぁァ〜〜――ッ!!」

 そして彼は、自身の顔面に『ビンタを喰らわせた』相手に、破れかぶれの一撃を繰り出す。
 恐慌に陥ったのはしかし、つんのめった稚鯉も同様だった。
 彼は『自分を転ばせ、そして次に自分を踏みつけようとしているだろう』相手に、一気に跳ね起きながら攻撃していた。


「うぎゃぉおオォ――!!」
「しぎゃイぇァぁ――!!」


 上下から、ヒグマが互いの渾身の力を込めて、爪を振り下ろし、振り上げる。
 そしてそれは過たず、互いの相手の顔面にクロスカウンターとして決まり、その頭蓋を粉砕していた。
 梨屋と稚鯉。
 穴持たず748・布束さんにビンタされたヒグマと、穴持たず751・布束さんに踏まれたヒグマは、そうして共に、恐れ戦いたまま息絶えた。


「なぁっ――!? 布束さんだとぉ――!?」
「くそっ――、内通者だったのかァ――!!」


 その恐怖は、少しフロア側の位置にいた、千代久と名護丸にも伝染していた。
 まるで猫に相対した窮鼠のように、彼らは、敵が歩む匂いの、だいたいの位置に飛び掛かる。

「ガアッ――!!」
「シャァ――!!」

 そして千代久のフライングドロップキックは、敵の曖昧な輪郭を、すり抜けた。
 代わりに彼は、同時に突き出されていた名護丸の拳にカウンターでぶつかり、首を折られていた。


「――あぁ!? まさか、千代久――」
「おお、なんとも恐ろしいことだな……。よく聞こえるぞ。お前らの恐怖は」


 名護丸はその異様な手応えに、同志を殴り殺してしまったことを悟る。
 だが彼はその時、敵の曖昧な輪郭に、裏へ回り込まれてしまっていた。

「……然らば、後を追って沈もうか」
「ひぃ――!? やっ、ぬの――」

 そして命乞いする間もなく、彼は、背後から組みついた敵に、ぐりん、と首を180度捻られてしまっていた。
 千代久と名護丸。
 穴持たず749・布束さんにフライングドロップキックしたヒグマと、穴持たず750・布束さんに命乞いしたヒグマも、そうして共に、恐れ戦いたまま息絶えた。


【穴持たず748(梨屋) 死亡】
【穴持たず749(千代久) 死亡】
【穴持たず750(名護丸) 死亡】
【穴持たず751(稚鯉) 死亡】


「な、あ……!?」

 その一部始終に、碇シンジと球磨は瞠目していた。
 4頭のヒグマたちが瞬く間に殺害されたその現象は、彼らの理解の外だった。


「心には下行く水の湧き返り……、言わで思うぞ、言うに勝れる」


 敵のヒグマは曖昧な輪郭のまま、物音を立てぬ擦り足でゆっくりと近付いてくる。
 そのヒグマの纏う気流が、いつの間にか、碇シンジの足元にまで伸びていることに、球磨は気づく。

「シンジくん危ない!!」
「くっ――!?」

 シンジは咄嗟に、暗闇にほとんど視界を確保できないながら跳び退った。
 何かが微かに、脚に触れたように感じた。


749 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:15:42 zPnDgIqI0

「大丈夫です――! ちょっと触られただけ……!」
「何だか知らねぇが撃ち抜いてやるクマぁ!!」
「いいのか? 下手な砲撃でこれ以上診療所が崩れても知らんぞ?」

 曖昧な輪郭の敵は、14cm単装砲を構える球磨に向けて、牽制するようにそう言い放つ。
 一瞬躊躇した球磨の前に、シンジが踏み出す。


「僕が、僕がやります、球磨さん――!!」
「ほう、聞こえるぞ少年。よく勇気を出した。逃げたら居場所が無くなるものなァ?」
「なっ、お前……!?」

 そのシンジに向けて、ヒグマは何か、シンジの心を読むかのような発言をした。
 それは曖昧な含意ではありながら、確かにシンジの行動の根底を見透かしているかのような言葉だった。
 球磨は動きを止めたシンジに、発破をかけた。


「おい、耳を貸すなクマ!! 当て推量だ、気にすんじゃねぇクマ!!」
「おぉ――、行けっ!! あのヒグマを狙うんだ!! 狙えッ!!」
「……なるほど確かに、俺はお前の詳しい事情までは知らん」


 球磨の声に、シンジは走り出しつつ、デイパックからエヴァンゲリオン初号機を取り出そうとした。
 今度は、電気を使う相手だったり、人質を取られたりしている訳ではない。
 エヴァの力であれば、このヒグマにも勝てる――。
 シンジと球磨は、そう確信した。

 そして確かに、それはそうかも知れなかった。

「――え」

 だが、シンジがデイパックを開いた瞬間、彼の手は突然、途轍もない重量を感じて床に落ちた。
 つんのめったシンジのデイパックからは、弾け出すように何か巨大なものが溢れ出してくる。
 デイパックの下敷きになったシンジの両手が、べきべきと音を立てて砕けた。


「――い、ぎゃぁああぁぁあぁあぁあぁ〜〜――!?」
「……だが蛮勇は視野が狭い。結局のところ、自滅するのが、お前の心の果てよ」
「オォ……アァ……」


 溢れ出てきたのは確かに、エヴァンゲリオン初号機だった。
 それも、『上半身だけで、崩落した3階から病院の床の高さにまでつっかえる』ほど巨大な機体だ。

 ――示現エンジンの停止は、これらに掛かっていた大きさの制限までも、解除してしまっていた。

 その巨大な威容はしかし、腕さえデイパックから出せず、かといって、ぎっちりと天井につっかえた頭と肩は易々とデイパックに戻ることもならず、身動きを封じる地下の空間に呻き声を上げていた。
 シンジは歯噛みして叫ぶ。

「くそ――!! やれ!! 構わずに、壊すんだ――!!」
「シンジくん、馬鹿、やめろクマ!!」
「そうだ、やめておけ少年。ゴーレムの閉塞させた瓦礫が降って来て、お仲間もろとも圧死だぞ」

 エヴァを完全に外に出してしまえば、崩れた天井から、上の崩落した総合病院が丸ごと降って来て、全員生き埋めになることはほとんど確実といえた。
 シンジは腕を潰された痛みに耐える以外に、もはや何の行動も取れない状態になっていた。


「生き物の感覚は騙されやすい……。お前らはみな現実を騙し絵にして、その心が見たいものを見ているだけに過ぎない。
 全ては心の赴く錯視であり、錯聴。オレは穴持たず666・デーモン提督……。潜る心を浮かばせるブループだ。
 艦これ好きのよしみ。せめて目一杯、お前は心の欲するところを叶えてから沈めてやろう。球磨よ」


 ヒグマは、歯噛みして身構える球磨に、静かに語り掛けた。

(くそ。一体こいつの能力は、何なんだクマ!?)

 気流で探知しても輪郭の曖昧なそのヒグマは、確かにマミから通信されたとおり背部に、大きなソナーを背負っている。

(三式水中探信儀と九三式水中聴音機……。音の送受に特化してるクマ。
 これだけ特化して装備してたら、水中と、そして地中に音を通して地上と連携が取れてもおかしくない)

 身構えたまま、球磨は打開策を得るために、下層のマミへのトランシーバーを取ろうとする。
 しかしそこに聞こえるのは、単なるノイズだけだった。

「……どこぞに通信するつもりか? もう無理だぞ?」
(ちぃ……、『ブループ(低周波音波)』って、クソ、近距離には妨害音まで出してるクマ!?)

 間合いを維持したままじりじりと後退する球磨に、デーモンと名乗るそのヒグマは、その行動を見透かしたように語り掛けてくる。
 このヒグマが足音を立てずに移動し、気づかれぬうちに接近してくるのも、恐らく、聞こえるか聞こえないかという音を周囲に流し、それによって自身の動作音をマスクしているからに違いなかった。


750 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:16:45 zPnDgIqI0

(だが、この妨害音は多分探針儀の応用……。こいつの謎は、輪郭と、そして間合いがぼやけ続けていることクマ……!!
 何故クマ!? なんで曼哈頓水偵でも、こいつを捉えきれんクマ……!?)


 碇シンジが行動不能にされた遠因は、このヒグマからいつの間にか『遠距離から触れられていた』というその不可解な現象にあると思われた。
 梨屋を始めとする4頭が恐慌を起こして死に絶えたその発端も、同じ能力に起因するものに違いない。
 ギリギリと歯を噛む球磨の前には、宙を揺蕩うクラゲのようなビジョンが、次第にはっきりと現れてくる。

 現在の球磨が装備する水上偵察機。
 それはディスクに封じられた、『スタンド』と呼ばれる精神エネルギーそのものだ。

 球磨はふとそこに、『妖精さん』が乗っているのを見る。
 偵察機を正確に操縦する、仕事人の魂が呼びかけてくる声を、感じた。


『――風の「動き」は、予測できないと博物学者は言う。一理ある。
 だが、決して読めないわけではない――』

 曼哈頓水偵(マンハッタン・トランスファー)の操縦士は厳かに、球磨の耳元に囁きかけていた。

『――この「風」は、気まぐれな動きで流れているのか? 違う。
 周囲の気温だとか、物体の動きに追随して流動している……』


 ヒグマの輪郭がぼやけているのは、そこの気流が、乱れているからである。
 気流が乱れているのは、そこに何かが、蠢いているからである。
 暗い視界の中で、意識の死角に潜り込むような、微かな何かが――。


『心を研ぎ澄ませろ……。風は……、「何」の動きだ――?』


 その瞬間、括目した球磨の目は、その「何か」を捉えていた。


「くおっ――!!」
「ぬ……? 見切られた……? この暗がりで、音も紛れさせているというのにか……?」


 球磨はその手のシャッター棒を打ち払いながら、一足飛びに後方へ跳び退った。
 シャッター棒はその空中に、何か微かな繊維の束を振り払っている。

「これは……、毛!? しかも、なんて長さクマ!! 5メートルはある……!!」
「ふむ、初見で俺の触手が見切られたのは初めてだ。流石に優秀な球磨ちゃんだな……。水上艦とはいえ尊敬に値する」

 デーモン提督の体から伸びている体毛は、細く、長く、そしてその大部分がまるでクラゲのように半透明になっていた。
 よほど集中して認識の解像度を高めなければ、五感によらない気流探知でも周囲に溶け込んでしまうほど、その毛は微細であった。
 その長さと本数は、球磨が気流の精査から概算した限りでも、半径5メートルの空間を埋め尽くしている。
 彼は目で見えるよりも遥かに巨大な攻撃間合いを有しており、そしてそのぼやけた輪郭の中心にある肉体は、比較すれば非常に小さなものになってしまっているのだ。
 細いその触手に触れられても、微かなその感触には、下手をすれば気づけないこともままあるだろう。


「クラゲは、海に漂える悪魔……。お前もその触手に、毒があるんだろクマ!?」
「その通りだが、俺の毒はそれほど強くも痛くもない。せいぜい多少、刺した相手を『興奮』させてやれる程度のものだ」

 シャッター棒に打ち払われた細い毛を自身の方に戻しながら、デーモン提督は語る。
 相手を、『錯覚』によって眩惑し、常軌を逸した『興奮』状態にして己を見失わせることによって裏をかく。それがこのヒグマの戦法だった。
 しかし球磨に自身の能力を言い当てられても、その落ち着いた態度は崩れない。

 体の周囲に密に集約されると、その触手の束はあたかも分厚いクッションのようだった。
 かなりの口径の弾丸でも受け止めて弾いてしまうだろう、攻防一体の盾だと言える。
 球磨には、打つ手がなかった。

 デーモン提督は、一本一本では細く弱いその毛の触手を、ぐるぐると数十本の太めの束に纏めてゆく。
 体からうねうねと生える多数の触腕はその透明性を失い、既に気流探査でなくともはっきりと見える。
 そのイカのような姿は、もはや隠れる気のない、戦闘態勢だと言えた。


「さて……、本来ならば気付かれず心を浮かばせてやるのが趣深いのだが。致し方あるまい」
「くっそ、イカ臭ぇ野郎だクマ……。不知火海じゃねぇんだぞ……ッ!?」


751 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:17:39 zPnDgIqI0

 球磨の叫びに合わせ、デーモンから触手が走った。
 咄嗟に、球磨はその手のシャッター棒で再び迎撃を試みる。

「な――、――ぐはぁ!?」

 だが、束ねられた触手の速度と威力は、細く軟弱だった先程とは段違いだった。
 球磨は受けたシャッター棒ごと床に叩き付けられ、瞬く間に触手に絡め取られてしまう。
 触れられている手足に、微かな痒みを感じた。


「球磨さん……ッ――!!」
「く、球磨をこんな姿にするなんて……! 屈辱だクマ……」


 球磨は、呻くシンジが見上げる目の前で、両手両足を縛り上げられ、身動きの取れない状態にされてしまう。
 デーモン提督は極めて落ち着いた声で言った。


「……さて、お前の心だが。いつも任務で奮戦しているお前のことだ。
 提督には精一杯、ぬいぐるみのようになでなでしてもらい、癒されるのが望みなのだろう?」
「なっ……!? 何を言ってるクマ!? 全然真逆だクマ!! ぬいぐるみじゃねークマ!!」
「はっはっは。自分に正直になれ。まぁ、俺の毒で『興奮』すると、そういった心のタガも外れていく。安心しろ」
「安心できるかこの、だら(馬鹿者)がァ!!」

 抵抗し、身もだえする球磨を無視して、デーモンの触手は容赦なく彼女をなでなでした。
 頭も首筋もうなじも腕も脇の下も。
 胸も脇腹も下腹部も太腿も膝の裏も。
 服の下にまで入り込んで丹念に撫で回していく。

 そのくすぐったい感触に、球磨は悶絶して身を捩る。
 そして触手に撫でられた場所はどんどんと痒くなり、熱を帯びてくる。
 球磨はその感触に、ハッと思い至るものがあった。


「……ひ、ひぃ……。こ、これ、『興奮』とか言って、お前、これ、は……!?」
「まあお前への効果はさしずめ、『いもの葉に、置く白露のたまらぬは、これや随喜の涙なるらん』だ」
「ひぃ――、『肥後ずいき』――!? 冗談じゃねぇクマァ!?」


 球磨はその歌の意図するものに即座に思い至り、絶叫する。
 ずいきとは、熊本名産の芋の茎のことで、保存の効く和食に使われる以外に、その成分を利用して、局所の血行を良くする道具としても用いられる。
 デーモンはにっこりとした。


「なんだ、知っているんじゃないか。遠慮しなくていいぞ。減るものではない」
「ううっ……!! あふっ……、こんな人前で……ッ、くそ、やめろクマ――、あうっ……!?」
「え、ひ、肥後ずいきって……? え……!?」

 熱を帯び、徐々に鼻に掛かってくる球磨の喘ぎに、シンジは両手を潰されたまま、困惑の表情を浮かべた。
 どんどん痒くなる全身の皮膚表面を撫でられるたびに、球磨の背筋には言いようもない震えが走る。
 球磨はありったけのプライドを振り絞って泣き叫んだ。


「やめろォ――!! シンジくんに熊本がそういう所だと思われるじゃねぇかクマァ!!」
「安心するがいい。どうせこの後二人とも沈めてやる」
「おい、ちょっと“貸せ”」


 熊本の、そして自身の名誉の轟沈が球磨の脳裏によぎった刹那、その場に低く威圧感のある声が響く。
 球磨が手に持っていた1.5mフック付シャッター棒が、何者かに奪い取られた。


「……“野老裂き”」
「ぐぬう――!?」

 瞬間、辺りに幾つもの陣風が巻き起こる。
 繰り返し振り抜かれたシャッター棒が、球磨に絡んでいた触手を高速で引き千切っていた。
 自身の毛の優に3割ほどを、シャッター棒の勢いのまま根元から引き千切られたデーモンは、たたらを踏んで痛みに唸る。


「……お前、毛を引き千切るなど、地味に痛いことを……!!」
「地味に“痛々しい”のはオメェだ。ビショップでもしねーぞそんな“破廉恥行為”」


 苛立ちを隠さない低い声でデーモンへ唸ったのは、高くなった天井にも届きそうな、巨体のヒグマだった。

 ピースガーディアン、穴持たず202・ナイトヒグマ――。
 この3階の病室で気絶した身を休ませていた彼は、ごきごきと首を回して辺りの様子を窺う。

 抜けて高くなってしまった天井。
 階段の脇で酸鼻な死体となっている4頭のヒグマ。
 デイパックからはみ出たロボットに押さえつけられている碇シンジ。
 つい今まで触手に絡みつかれ、全身を汗と毒液に濡らしてしまっている艦娘の球磨――。

 ナイトヒグマは、取り敢えず球磨の肩を叩き、話を聞こうとした。


「おい、お前、一体何が……」
「はふにゃぁあ……!?」


752 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:19:29 zPnDgIqI0

 だが微かに肩先を触れられただけで、床にへたり込んでいる球磨は痒みに痙攣して声を上げてしまう。
 逆に面食らったナイトヒグマはびくりと前脚を引っ込める。

 球磨は座り込んだままハーフパンツの真ん中をきつく押さえ、羞恥心に顔を真っ赤にさせて、物も言わずぼたぼたと大粒の涙を零していた。

 ナイトヒグマは溜息を吐く。
 概ね、どちらが斃すべき敵なのかだけは、理解できた。
 彼はその爪のシャッター棒を、ゆっくりとデーモン提督に向けて構えていた。


「……おかげで“最悪”の寝覚めだ。俺は大層“イラついた”ぜ、おい」
「……そうだな。とても苛立っている心が聞こえる」


 シンジの目には、ナイトヒグマの背から、あたかも悪魔を調伏する明王のような、激しい憤怒が立ち昇っているように見えた。


【C-6 地下・ヒグマ診療所3階フロア/午後】


【球磨@艦隊これくしょん】
状態:キラキラ、中破、上気、全身にデーモンの刺傷、全身の痒みと疼き、濡れた下着、腰砕け
装備:14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬残り少)、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険
道具:基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯
基本思考:ほむらと一緒に会場から脱出する
0:このイカクラゲ野郎……ッ、絶対に許さんクマ……!!
1:ほむらの願いを、絶対に叶えてあげるクマ。
2:ジャンくんや凛ちゃん、マミちゃんたちも、本当に優秀な僚艦クマ。
3:これ以上仲間に、球磨やほむらのような辛い決断をさせはしないクマ。
4:また接近するヒグマを見落とすとか……!! 水だの潜水艦だの触手だのふざけんなクマ!!
5:天龍、島風……。本当に沈んでしまったのクマ?
6:何かに見られてる気がしたクマ……。
7:みそくん。球磨川の名を冠するなら、球磨川についてもう少し知っておくべきクマ。
[備考]
※首輪は取り外されました。
※四次元空間の奥から謎の視線を感じていました。でも実際にそっちにいっても何もありません。

【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:疲労大、両手圧潰、発奮、脚部にデーモンの刺傷
装備:デュエルディスク、武藤遊戯のデッキ
道具:基本支給品、中途半端にデイパックから飛び出してつっかえたエヴァンゲリオン初号機
基本思考:生き残りたい
0:くそッ……、球磨さん……!! また僕は役に立てないのか……!?
1:脱出の糸口を探す。
2:守るべきものを守る。絶対に。
3:……母さん……。
4:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
5:ところで誰もヒグマが刀操ってるのに突っ込んでないんだけど
6:ところでいよいよヒグマっていうかスライムじゃん
7:ところでアイドルオタクのヒグマってなんなんだよほんと
8:ところで肥後ずいきって……、何……?
[備考]
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいましたが、制限撤廃により十数メートル規模になってしまっています。
※基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。
※首輪は取り外されました。

【穴持たず202(ナイトヒグマ)】
状態:“万全”、“苛立ち”
装備:“1.5mフック付シャッター棒”
道具:なし
基本思考:“キング”にもう一度認められる
0:テメェら……、“おフザケ”が過ぎるんだよ、“艦これ勢”……!!
1:“メシ”より大事なもんなんてねぇ。
2:俺の剣には“信念”が足りねえ……だと……。
3:ビショップは……? 他のやつらはどうしたんだ……?
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※“アクロバティック・アーツ”でアクロバティックな動きを繰り出せます。
※オスです。


753 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:20:30 zPnDgIqI0

【穴持たず666・デーモン提督@ヒグマ帝国】
状態:『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、毛を3割ほど引き千切られている
装備:三式水中探信儀、九三式水中聴音機
道具:体毛から続く半透明の長い触手
[思考・状況]
基本思考:潜水の星であるゴーヤイムヤ提督に従う。
0:ゴーヤイムヤ提督の下で、潜んだ心を暴く。
1:潜水艦の力と素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間や敵艦の心を暴き、撃沈する。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※最長5mの半透明な細い触手を備えており、クラゲやヒトデのような弱い毒を持っています。痛みは僅かであり、相手には刺傷量に応じて興奮・錯感覚などの神経系の異常が出ます。
※艦これ勢黎明期に、周囲のヒグマに艦これを見せると共に毒の興奮を与え、その興奮を艦娘への恋だと錯覚させてその布教を下支えしていました。


    ††††††††††


 前回の……、いや、初回からのジャン・キルシュタイン。

 俺、ジャン・キルシュタインは第104期訓練兵団を第六位の成績で卒業し、念願の内地に行こうって時に。
 ヒグマとかいう馬鹿でかい猫が蔓延する孤島に連れて来られ。
 ヒグマとかいう馬鹿でかい猫に殺される前に全員を殺さなきゃいけないことになった。
 明日になれば巨人の恐怖からも遠ざかるって日に今度はヒグマとかいうのの恐怖に直面することになった俺は。
 とことんツイてなかったのかどうか、今となってはわからない。

 俺より少し幼い、ここら辺じゃ見慣れない服装をしたこいつと遭遇したのは、その時だ。

 ……本当は、最初から薄々わかっていた。

 綿菓子のような柔らかい表情。
 鼻にかかって、体の奥底を滾らせるような、甘い声。
 強靭でしなやかな筋肉と、丸みを帯びた体の輪郭を両立させるボディ。

 少し考えりゃわかることだ。
 どこの世に、こんな肉体を持った男がいるというんだ。
 こんな可愛い女が、男のわけがない。
 だからオレは、少しもそう考えないことにした。


 ――俺はただ、このリン・ホシゾラを、男だと思い込もうとしていた。


 ……何故かって?
 もしリンが女だと意識してしまったら。オレはきっと、あのヒグマ型巨人から助かった後、間違いなく理性のタガが外れてたからだ。

 恐怖で。
 竦んで。
 その現実から逃げようと。
 無駄な我欲と本能に走るバカな敵になってた。
 間違いなくこいつを押し倒して、傷つけて、滅茶苦茶にしていた。

 ああそうさ。白状する。
 オレはどうせ変質者だ。自分に正直なのはオレの悪いクセだ。
 こうして二重三重に思考のプロテクトをかけなきゃ、こんな可愛い女ひとりにだって自制できない。

 女を守るとか、お遊びで戦ってる暇などないとか、偉そうな高説を垂れられるような身分じゃない。


 すまねぇな、アケミ。
 お前には、何もかもお見通しだったみてぇだ。
 お前はこんな時にまで、ありがてぇほど残念なんだな。
 こんなオレにも、まだ発破かけてくれるんだもんな。
 こんな浅はかな変質者を、認めてくれて、本当にありがとよ。

 すまねぇな、クマ。
 お前の経験と気性がなかったら、きっとオレたちはここまで来れなかった。
 お前がいたからこそ、あらゆる道は瓦解せずに済んだ。
 こんなオレを掬い上げて、曳っ張って行ってくれた優しさと厳しさ。
 本当に、うちのクソババァより、感謝したくなる、お袋だった。

 そしてすまねぇな、リン。
 オレは馬鹿だ。お前を守りたかったのに。傷つけたくなかったのに。
 憎らしげに突き放して、辛く当たってばかりだった。
 どう転んでも、オレはお前を傷つけてばかりだった。
 嗤え。殴れ。嫌ってくれ。お前だけは、オレのような変質者の毒牙に、絶対にかかるんじゃねぇ。
 こんな自分の心に嘘を吐いたオレは、お前に向き合う資格がねぇ。

 ……なぁ、みそくん。
 お前はきっと、こんな情けねぇ気持ちを、オレより何十倍も何百倍も味わって来たんだろうな。


754 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:23:08 zPnDgIqI0
 正直になるのは、怖いことだった。
 自分の心の巨人に、一人で立ち向かわなきゃならなかった。

 けどよ、リン。
 お前のために、今回だけは正直になれた。
 正直になっても、お前を傷つけずに済んだ。

 言葉でなんて言えない。
 言葉なんて要らない。
 ただお前に届けたかったのは、意気だ。

 ほらな?
 俺はずっと、この装置を使って、人類を救うための訓練をしてきたからよ。

 アケミが、クマが、みそくんが後押ししてくれた。
 気がついて、はやく。と、思いで寄せた。
 天邪鬼だった俺をさかさまにして、行動で示す。


 ――オレの立体機動は、届いた。


    ††††††††††


 なんだか、ふわふわしてた。
 ただ真っ白な空間で、色んな人に、私は守られているような気がした。

 ほむほむの。
 くまっちの。
 ジャンさんの。
 そして他の、色んな人の優しさが、私に降り注いでいたと思う。

 でも暫くして、その世界はぐらぐらと揺すぶられて、私をどんどんと上に弾きあげる。
 そして私は、眼を開いていた。

「う……、ん……?」

 そこは、真っ暗だった。
 ただ周りに感じる空気は、とても狭い空間にしか広がっていない。
 すぐ下で、水の音がする。舞い上がる風が、冷たい。
 湖にボートで浮かんでいるようだ。
 身を起こしについた手は、サラサラした布に触れる。

 ベッドだ。
 頭側と左側がすぐ壁になっていて、ひんやりとする。
 上は、体を起こしたら髪の毛が擦れた。
 右側には何か、ベッドのすぐ傍まで、積まれた石くれみたいなものがある。

 胸が、ちょっとずきずきとして、熱い。
 体は、浴衣のような服に包まれていた。

「……け、ひゅ……。け、ひゅ……」
「……え?」

 その時、私の足元に、誰かの気配があることに気付く。
 か細い息のその人は、私のベッドの、足側に倒れ込んでいるようだった。
 その微かな声と、感じる体温の輪郭を、私ははっきりと捉えていた。

「……、ジャンさん!?」
「ひゅ……、けッ……、リ、ン……!」

 私はベッドの上を、急いでにじった。
 左腕が引き攣れた。
 よく見ると、左の腕には、点滴の管が刺さっていて、頭側のボトルに繋がっている。
 管を引っ張り調整し、もたつきながらも、私は足元のジャンさんのところへ辿り着く。


「ジャンさん!? ジャンさん一体どうしたのにゃ!? これは一体……、何が、起こって……!?」
「良かっ……。け、け……、リン……。け、無事で、け、ひゅ……ッ……」
「ジャンさん、ねぇジャンさん!? どこか痛いの!? 苦しいの!?」


 ジャンさんの呼吸は、おかしかった。
 とても浅くて、痛くて、吸うことも吐くこともできていない。そんな感じだ。
 真っ暗で顔は良く見えない。
 それでも、ジャンさんの顔は苦痛で歪んでいるようだった。

「上に……! とにかくベッドの上にあがるにゃ……!!」

 私は、倒れているジャンさんの体を、なんとか上に引っ張りあげようとした。
 両手で掴んだジャンさんの腕は、私より冷たかった。
 冷え切った水に浸かっているんだ。早く引き上げなきゃいけない――。

 でもその時、気づいた。
 冷たい水で埋め尽くされているこの空間がなんでこんなに狭いのか。
 それは、ここが、崩れ落ちているから。
 いつかニュースで見たような、津波に呑み込まれた家々の惨状のように。

 ジャンさんの両手は、立体機動装置の操作剣を、しっかりと掴んだままだった。
 水の中から引っ張り上げようとしたジャンさんの体は、私の力ではびくともしなかった。

「あ、あ……、ジャン、さ……」

 ――ジャンさんの右脚は、崩れ落ちた壁や天井の、下敷きになっていた。

 私は察した。
 地下で私たちは、あのヒグマたちとの戦いを凌いで、たぶん、診療所とかいうところに来たのだ。
 触るとひりひりするこの胸の傷。電気のヒグマから雷を打たれた傷だ。
 きっとみんなは、私の傷を手当てするために、ここに運んでくれた。


755 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:24:10 zPnDgIqI0

 ……でもそこは、また何者かに襲われて、崩れた。
 そしてジャンさんが――。
 私をベッドごと、身を挺して、崩れなかった壁際まで、全力で私を守り、寄せてくれたのだ。

 ジャンさんの上には、脚の上以外にも大小沢山の、瓦礫がぶつかっていた。

「ジャンさん――!! しっかりしてジャンさん!! きっと誰か――、ほむほむとか、くまっちとか……。
 みんなが来てくれるにゃ!! それまで、それまで頑張るにゃ!!」
「……け、ひゅ……」

 私は震えながら、ジャンさんを励ますように、抱きしめた。
 それでもジャンさんは、返事をすることもままならなかった。
 ジャンさんの意識が、命が、だんだん遠く、薄くなっていくのがわかる。


 ざり。ざり。
 ざり。ざり。

 ジャンさんの胸は、頬をつけた私の耳に、不快な音を届かせた。
 回した腕に、ジャンさんの肋骨の、奇妙な動きが触れる。
 ざりざりとした音に合わせて、ジャンさんの右脇の肋骨が一部だけ、まるでシーソーの板のように出たり引っ込んだりしている。

 胸が息を吸おうと膨らむときに、奥へ引っ込み。
 息を吐こうと萎んだときに、手前へ出っ張ってくる。

 ヒグマに叩かれ、瓦礫にぶつかり、折れてしまったジャンさんの骨。

 その肋骨が、まるっきり振り付けと逆の方へステップしている。
 息をするたびに肺が痛み、どこまで呼吸しても空気が出入りしない――。
 そんな致命的な、呼吸困難だった。


「ジャン、さん――ッ……!!」


 頭の中がぐちゃぐちゃになって、涙が溢れてきた。
 どうすれば。
 どうすれば、こんなジャンさんを助けられる?


 冷えてゆく体は、このままでは凍えて死んでしまう。
 押し潰された脚からは、きっと血が流れて死んでしまう。
 砕けた胸なんかもうすぐに、ジャンさんの息を止めて殺してしまう。


 ジャンさんの匂いは、あの時の、蕩けてしまいそうな男の人の匂い。
 私を守ってくれた時の匂い。
 そしてたった今も、私を守ってくれた匂いだ。

 今度は私が、ジャンさんを守らなくてはいけない。
 どうすればいい――?
 何ができる――?


 努力以外のことで。
 出来ること探せば。
 祈るちから――?
 それとも魔法――?
 試す価値が、あるの?


 ジャンさんに、女の子だと、まだ認めてもらってもいない私は。
 この人を、失いたく、ない――。


 私の体は、自然と動いていた。
 自分に素直に、正直になることは、一番の答えへの近道だった。

 言葉でなんて言えない。
 言葉なんて要らない。
 ただあなたに届けたいのは、息だ。

 やさしく目を閉じて、キミの頬を撫でて。
 気がついて、はやく。と、思いを寄せた。
 天邪鬼だった私をさかさまにして、行動で示す。


 唇にのぼる、――る・て・し・キ・ス。


756 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:24:51 zPnDgIqI0

【C-6 地下・ヒグマ診療所の崩れた診察室/午後】


【星空凛@ラブライブ!】
状態:胸部に電撃傷(治療済み)
装備:病衣、輸液ルート、点滴、包帯、膀胱カテーテル、採尿バッグ
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:ジャンさんを、失いたく、ない――。
1:ほむほむは、みんなは、どうしたの――?
2:自分がこの試練においてできることを見つける。
3:ジャンさんに、凛が女の子なんだって認めてもらえるよう頑張るにゃ!
4:クマっちが言ってくれた伝令なら……、凛にもできるかにゃ?
[備考]
※首輪は取り外されました。

【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人】
状態:右第5,6,7,8肋骨骨折(フレイルチェスト、呼吸困難、激痛)、疲労、低体温、ずぶ濡れ、全身打撲、右下腿挫滅(瓦礫の下敷き)、出血
装備:ブラスターガン@スターウォーズ(80/100)、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)
道具:基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、永沢君男の首輪
基本思考:生きる
0:リン……。
1:許さねぇ。人間を襲うヤツは許さねぇ。
2:アケミ。戻って来た以上、二度と、逝かねえでやってくれ。
3:オレは弱い人間だ。こんな女一人守るのにも、手一杯だった……。
4:リンもクマもみそくんも、すごい奴らだったよ。ありがとな。
5:リンのステージ、誰も行く気ないのか? そうか……。
[備考]
※ほむらの魔法を見て、殺し合いに乗るのは馬鹿の所業だろうと思いました。
※凛のことを男だと勘違いするよう、必死に思い込んでいました。
※首輪は取り外されました。


    ††††††††††


 ナース・カフェへ ナース・カフェへ
 今日の日をまた閉めて
 ナース・カフェへ ナース・カフェへ
 隣人の愛を見に


757 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/17(金) 01:27:26 zPnDgIqI0
以上で投下終了です。

続きまして、
佐天涙子、皇魁(アニラ)、ウィルソン・フィリップス上院議員、北岡秀一、天龍、
島風、戦艦ヒ級で予約します。


758 : 名無しさん :2015/07/18(土) 00:39:05 ar0PQls20
投下乙
ヒグマロワにでち公参戦!……と思ったら違った。これが前々から噂されていた
ゴーヤイムヤ提督かー、すげぇデザイン……そして強い、無茶苦茶強い。最大人数の
ほむほむチームがあっという間にバラバラに。潜水艦ヒグマ頭もとんでもなくいいから
今までの敵で一番厄介な奴らかもしれない。ながーい眠りからようやく目覚めた凛ちゃんが見たのは
今まさに死にそうなジャンの姿だった。登場話から一緒だった二人が遂にフラグを回収しおったか。
ジャンが助かる方法がさっぱりわからないがとりあえずおめでとう


759 : Nurse Cafe(Self Cover) ◆wgC73NFT9I :2015/07/24(金) 22:24:24 O8.6AUU20
予約を延長します。色々誤字があったので修正しました。
なおほむらの残弾はyotさんに問い合わせた結果であります。追々wikiでも修正いたします。

あと、容量やストーリーの都合上削除したレシピを掲載いたします。


 〜クレマ・カタラーナ〜

【材料(15㎝正方形型1つ分)】

卵黄            4個
生クリーム         200g
牛乳            200g
グラニュー糖又は砂糖    80g(作中では以上全て医療用低タンパクプリンで代用)
オレンジキュラソーなど    あれば適量
[上のキャラメリゼ用]
赤砂糖           適量(作中では注射用50%ブドウ糖液で代用)


【作り方】

1:
田所「卵黄にお砂糖を入れ、白っぽくもったりとするまでよく混ぜます。あればバニラエッセンスやオレンジキュラソーを入れると香りがよくなります」
四宮「実際の作中では医療用低タンパクプリンを医療用ガーゼで裏ごししていたという」

2:
田所「生クリームと牛乳をお鍋に混ぜて温めながら、1で混ぜた卵黄を入れ、沸騰直前までにとろみが出るよう、弱火で綺麗に混ぜあわせます」
四宮「実際の作中ではそのプリンを鍋で溶かしていたという。なお、医療用プリンはだいたい寒天で固めているから、再加熱するとアガロースが溶けてクリームに戻るんだこれが。電気泳動でもお世話になる」
田所「舌触りが良くなるようよく混ぜて下さいね〜」

3:
田所「型に入れて、冷蔵庫や冷凍庫で冷やしましょう。凍らせるととても美味しいですよ?」
四宮「実際の作中では凍結保存用の液体窒素で凍らせた。超高速アイスクリーム化。実際美味」

4:
田所「切り分けて提供する際、上にカソナード(赤砂糖)をかけてバーナーで炙ると、パリパリのカラメルになります。この食感もクレームブリュレやクレマカタラーナの決め手ですね」
四宮「実際の作中では注射用の50%ブドウ糖液を煮詰めたカラメルを上にかけてた。冷えると普通に飴細工になるから。心配しなくていい」
田所「あとは美味しく召し上がって下さいね〜♪」

【トピック】

「作中ではものすごく邪道な作り方をしてしまいましたが、万全の材料で作るとこうなります。
 邪道とは言っても、低タンパクプリンで作ると、腎臓に負担をかけたくない間桐さんでも食べることができる利点があります。
 ブドウ糖液ではカラメルソースを作るときと同様に、色づくまで煮詰めたら、そのまま上にかけてしまって大丈夫です。
 実はキャラメル化の段階で水分は飛んでいるので、液体のようでいても冷めるとカラメルは固まってしまうんです。
 火から降ろす前に適量のお湯で伸ばすと、プリンなどにかけておいしい、カラメルソースになりますよ♪」


760 : ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:14:51 WX2ApOvU0
お待たせしました。予約分を投下します。百貨店屋上の戦い完結です。


761 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:15:38 WX2ApOvU0
ほろほろと薄蒼く
わが背に疾り来たるけものあり
おののきてふり返れば
ただ一輪の秋桜(コスモス)の背に揺れて
風の吹く

ほそほそと蒼白く
わが骨を嚙み居たるけものあり
息をひそめて耳を澄ませば
ただ心臓の鼓動ひとつありて
血のざわめく

 るういい
とぼくの獣(ペット)が哭く
 いいるう
とぼくの結び目が鳴く
 るういい
 いいるう
ひとが愛(かな)しと
くろぐろとひしりあげる
 あなたが欲しいよう
 あなたが欲しいよう

なおけものあり
ぎちぎちと骨軋ませて
わが肉に偲び哭きたるけものあり

 いいるう
 るういい
 この鎖を解いてよう
 この鎖を解いてよう

しみじみと蒼黒く
わが心を疾り逝くけものあり


(岩村賢治詩集『蒼黒いけもの』より『蒼黒いけもの』)


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 昭和十六年八月八日に。
 私はお姉ちゃんと、初めて出会ったんだ。

 通りかかる人もない舞鶴工廠の下で。
 夢を口に詰め込んで笑っていた、それがお姉ちゃん――、『島風』。

 島風は誰より、脚の速い女の子。
 普通の艦の、たぶん3倍くらい。

 時々は25倍。聖誕祭(クリスマス)には100倍。

 舞鶴に帰港していた天龍先輩たちと聞くお姉ちゃんの走りは、やっぱりそのくらい速く感じられた。
 島風は日本一だった。
 だから妹の私も追いつきたかった。

「お姉ちゃん、私ももうすぐ進水なんだよ!! 他の子より凄いんだから、きっと島風お姉ちゃんより早く走れるよ!!」
「ヨカッタねー!! 丙ちゃんおめでとう」
「バーカ、日本一の島風を丙の字が超せるわけねーだろ」
「天龍うるさいー!!」

 私は。丙型駆逐艦、第125号艦は。ずっとずっと、頑張った。

 7つの色の7つの海を走り、油の虹を跳ねて駆けた。

 縋りつける人もない過負荷全力公試で。
 一年あとの私は、お姉ちゃんを追い越した。

 その時には、お姉ちゃんはそこにいなかった。
 天龍先輩も、そこにはいなかった。

 だからその報告は、第十一水雷戦隊に移った龍田先輩に電話で掛けた。


「今日の過負荷公試でお姉ちゃんの記録抜いたよ!! 私が日本一だよ。お姉ちゃんと同じ日本一だよ。
 そっちにいる天龍にもいってやってよ。私だって日本一になれるんだって!!」
「うん……。そうね……」


 龍田先輩は、震えた小さな声で、そう答えるだけだった。


 ――島風お姉ちゃんたちは今、どこにいるの?
 口に出しかけたその問いの答えは、わかりきっていた。

 長い長い時が流れても、島風は。
 あれから誰にも抜かれず、ずっと日本一なのだから。

 だから私は、頬を熱く濡らしながら宣言した。


「――スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風の如し、です」


 夢を口に詰め込んで、笑っていく、それが私――、『島風』。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


762 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:18:19 WX2ApOvU0

 百貨店の屋上には、血腥く焦げた風が吹いていた。
 南側に聳え立つ巨体・戦艦ヒ級の威容の下には、脚を折られたウィルソン・フィリップス上院議員が呻いている。
 非常用はしごがあったはずの北東の隅に、気絶した佐天涙子を抱える黒い竜・アニラがいる。
 またその北寄りの中央部、爆砕された建屋の前には、艦娘の天龍。
 そして彼女に抱えられていた一隻の、沈んだはずの駆逐艦。

「丙の字……、なのか?」

 天龍は目の前の少女を、呆然と昔の愛称で呼んだ。
 血まみれのままふらりと立ち上がった少女は、虚ろな目のまま、微笑んでいた。

「私は。丙型一二五は。島風お姉ちゃんと同じ名前を拝領しました」

 大日本帝国海軍唯一の丙型駆逐艦『島風』。
 彼女と天龍が前世で知り合っていた時間は、実際のところ、一年にも満たなかった。


「知ってた……? 天龍、私は、島風お姉ちゃんと同じ、日本一なんだよ……?」


 そして実のところ、天龍が島風の『日本一』を耳にできたのは、彼女たちが艦娘として生まれ変わって以降のことだった。
 天龍は、金髪を揺らして微笑むその少女の口調に、息を飲む。

「島風……、お前、記憶が……」
「今度は、天龍にも、お姉ちゃんにも、ちゃんと報告するから……」

 頭と言わず胴といわず、全身に無数の機銃の弾痕が穿たれている島風の肉体は、轟沈から復帰してなお大破状態だった。
 艦橋まで貫き出血を続けさせているその傷は、彼女の思考を、大きく過去のものに逆行させているようだった。


「ア、島風サン! 良かったァ、元に戻っタんデすネ! やっパり大和ハ間違っテまセンでしタ!」
「……し、島風……、くん……!?」


 立ち上がった島風のその様子に、前方でウィルソン・フィリップス上院議員を捕食しようとしていた戦艦ヒ級の動きが一瞬止まった。
 華やいだ声を上げた彼女はそれでも、すぐにウィルソンの右腕を、腕部の後顎で咥え上げ圧し折ってしまう。

「ぐ、あ、あ……!?」
「でもチョッと待っテ下さイね。オ話はこちらの提督サンも直しテあゲテからにしまス」
「もう、寂しいことなんて、あるはずないんだから……」

 天龍が、そしてその後方で佐天涙子を抱えたままのアニラが緊迫する中、島風はふらふらとした足取りで前に歩き出す。
 そしてその姿は、唐突に視界から消失した。


「『強化型艦本式缶・脚部限定』」
「うァ――!?」
「ぐぅ……!?」


 腕の骨を噛み砕かれていたウィルソンの体が、屋上の床に投げ出される。
 島風の踵が、戦艦ヒ級の腕へ抉るように突き込まれている。
 超高速の跳び蹴りが、そのヒグマの顎を砕き、開かせていた。


「――まッ、マダ、悪いヤツに乗っ取ラレテいるんですカッ!?」
「舞鶴、レイテ、呉の碑よ……」
「ぐ、ハァあ――!?」

 狼狽する戦艦ヒ級の様子を全く意に介すことなく、島風はその腕にとりついたまま、至近距離から槍のような蹴りの連打を見舞う。
 肩を抉り、胸を突き、腕を貫くその連撃に戦艦ヒ級は呻き、体を捻りながら島風を床に叩き落とした。
 島風はそのままごろごろと屋上を転げ、口角から血を流しながらまた立ち上がる。


「島風は……、誰にも抜かれないから……」
「あぁァアぁあアアあぁ――!!」
「し、島風!?」


 立ち上がった島風に向け、戦艦ヒ級は両腕部を逆手に返して構えていた。
 ウィルソンに切断されていた前顎の代わりに、両腕の無事な副砲と機銃が島風に狙いをつける。
 叫んだ天龍の声を掻き消すようにしてそこから嵐のような副砲と機銃の掃射が放たれる。

「……上井艦長に帰命し奉る」

 建屋の瓦礫の裏へ飛び込むようにして隠れた天龍の近くにまで、銃弾は襲いかかった。
 着弾する砲撃と銃撃の雨は屋上の床面を微塵に砕いて跳ね上げ、店の建物をも揺らす。
 しかしその豪雨の中を、島風はひらひらと風に揺蕩うようにしてステップを踏んでいた。
 天龍はその光景に瞠目する。

 ――狭い湾内にて、投下された幾多の爆雷を躱し、投射された全ての雷撃を避け続けたというオルモックの疾風。

 その音に聞く姿こそが、今の島風であった。


「駄目だよ……。私たちはもう、寂しくなんてないはずなんだから……」


 弾丸の雨を掻い潜り進みながら、島風は全身を血塗らせたまま微笑んでいた。
 その異様な姿に、むしろ怯んだのは戦艦ヒ級だった。

「イ、イヤ、来ないデ――!!」
「い、いけるのか、島風――!」


763 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:21:09 WX2ApOvU0
 天龍は拳を握る。
 戦艦ヒ級の振り抜いた腕さえも、島風は屈んで躱す。
 そうして止まることなく進んだ彼女の伸ばす手が、戦艦ヒ級に触れようとした、その時だった。

「おぐぁ!?」
「あ――」

 島風は、足元に倒れていたウィルソンの脇腹を強かに踏み抜いていた。
 そして同時に、予期せぬ足元の感触にバランスを崩した島風はそのまま前のめりに倒れる。
 戦艦ヒ級の腕が、容赦なく彼女たちを纏めて叩き飛ばした。

「こ、コンナ所で大和は沈みマせん! 次は直撃サセマス!!」
「――島風!? おい、どうして……!!」
「海、ゆかば……。水漬く屍……?」
「う、う、島風くん……!? わ、わしが、見えて、おらんかったのか……!?」

 天龍が叫び、ウィルソンは呻いた。
 しかし、西側のフェンスに叩き付けられた島風は、依然として朦朧とした表情のまま、彼らの声が聞こえてないかのように、何の反応もせず再び立ち上がるばかりだ。
 天龍の背筋に、冷や汗が流れた。
 島風はただ、曖昧に笑っていた。


「まさか、お前。マジで、何も……」 
「ねぇ……、みんな、もう、怨む必要なんて、ないんだよ……?」


 天龍は悟った。
 島風の視線はもはや、戦艦ヒ級の姿に、合っていなかった。
 島風の血塗れの双眸は、千切れかけた耳朶は。もはや何一つ、外界を見ても聞いてもいなかった。
 既に、轟沈から復帰した当初から、島風の肉体は死に体だった。

 ――彼女はただ、肌に触れる風を感じているだけだった。

 前方に蠢く怨嗟の風を祓うべく、彼女は笑っているだけだった。
 空間を切り裂く風の間に、彼女は舞い踊るだけだった。

 それ以外の何一つ。
 ウィルソンや天龍という肉塊の正体はおろか、アニラや佐天に至ってはその存在すら、恐らく彼女は認識していなかった。
 彼女は。艦娘に生まれ変わったばかりの丙型駆逐艦『島風』は。
 ただ自身の晴れがましい報告で、沈んでいった自身の先達の魂を、慰めようとしているだけだった。


 島風の踊った靴跡には、真っ赤な血の華が咲いている。
 未だその傷口から止め処なく溢れている血液は、程なく彼女の体から命を奪うだろう。
 一歩ごとに咲く花が示す未来は、『決死』の覚悟ではなく、『必死』の絶望に違いなかった。


「そ、んな……」


 ――投げナイフは? 効くはずがない。
 ――『紅葉』は? 俺の旧式缶じゃどう考えても火力が足りない。
 ――ウィルソンは? 元から片手片脚なのに、残った手足も折られてるんだぞ!?
 ――涙子は? 爆発に巻き込まれて気絶した負傷者をどうして前線に上げられる!!

 島風がこんな状態になってしまっている以上、この場のどこにも、深海棲艦となってしまった大和に対処できる可能性が存在しない――。
 呆然とする天龍の脳裏には、一瞬にしてそんな思考が渦巻いた。

 その時、カツッ、と天龍の背後に爪の音が立つ。

「――皇!?」
「フルルルルル……」

 倒壊した建屋の裏に、黒い竜が、気絶した女子中学生を携えて密やかに移動してきていた。

「そうだよ、皇、お前ならもしかしたら――」

 皇魁――、“辰”の独覚兵アニラは、切羽詰まった声を上げる天龍の前に、気絶した佐天涙子の体を横たえた。
 そして彼は、右手の指を真っ直ぐに伸ばし、一度だけ彼女たちに向けて敬礼する。
 彼はそのまま、勢いをつけて後方に宙返りした。

 アニラは北側のフェンスを背面で飛び越して、真っ逆さまに百貨店の外へと、落ちていった。

「――は……?」

 取り残された軽巡洋艦は、目の前で自衛官が見せた行動を理解できず、硬直した。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 ――そうだよ。皇にはあの機動力があるんだ。
 氷に張り付いて登った、便利な身体機能もある。
 あいつだけなら、この絶望的な屋上の環境から、抜け出せるんだ。

 エレベーターが壊れ、はしごが落ち、深海棲艦に蹂躙されるのを待つしかないこの場から、あいつだけは、生き延びられる……。

 ハハ、当然だよな。
 そんな戦場から転進するなら、たとえ一隻だけでも生き残れる道を選ぶ。
 誰も有効な攻撃をできない相手に対して挑みかかり、犬死してしまうことほど無駄なことはない。

 当然の行動だ。誰だってそうする。
 俺がそんな立場なのだったら、きっと俺だってそうしてしまうのかも知れない。
 でも何故か、俺の目からは、涙が溢れてきていた。


「――見捨てるの、か……」


764 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:23:08 WX2ApOvU0

 僚艦を見捨てて、自分だけ生き残る。
 そんな選択を、目の前で見せつけられてしまったこと。
 そのことがどうしようもなく、悲しかった。
 自分が轟沈を待つしかないことは、むしろどうでもいい。
 ただ、同志だと思っていた皇魁准尉という人物が。自分の仲間が、そんな選択をしてしまわなくてはならなかったことが、あまりに悲しかった。


「――違うぞ、天龍くん!!」
「……ッ!?」


 涙の奥を、声が揺すった。
 振り向けばウィルソンが、南西のフェンスのもとから、息を整えながら叫んでいた。


「アニラくんは、聞いたのだ……!! この島風くんが、内に燃やしているそのブレイブを!!」
「……『脚部限定』」
「〜〜ッ!! 猪口才デすねッ……!!」


 見れば、弾痕でボロボロになった屋上の南側では、島風が縦横に大和へ突進攻撃を仕掛け、彼女をたじろがせている。
 しかし、ウィルソンを放して島風の迎撃に集中できるようになってしまった大和は、そのヒグマのような体を俊敏に動かして突進を躱してしまう。
 千日手。ではない。
 出血が続いている島風の肉体には、すぐにでも限界が来てしまう。
 入渠と修理をしなければまた轟沈してしまう体に鞭打つ島風の攻撃は、せいぜいあと数分の時間稼ぎにしかならない。

 だが、なぜ――?

 なぜ、『脚部限定』だ?
 あの島風がなぜ、強化型艦本式缶のエネルギーを全身に回さない?

 そりゃ、ヒグマ製だからか知らないが、島風の速力は脚部限定でも俺には捉えられないほど速い。
 その突進速度から繰り出される蹴りの威力も尋常じゃない。
 何も見えてはいないのに風の動きだけで、かなり正確に大和の胴体を狙っている。
 だが、その速度では、ギリギリとは言え大和に対処されてしまっている。
 掠ることはできても、命中させられない。

 あの速さだけを追い求めていたような島風が、なぜ、わざわざ速度を抑えるような真似を――。


「天龍くん!! キミにも聞こえるだろう!! 彼女の震えるハートが!!
 見えるはずだ!! あのヒートするブレイブが!!」
「……! そう、か……!!」


 ウィルソンの声で気付く、たなびく島風の金髪、スカート。
 その隙間に、確かに燃え盛る光が、その背中にはあった。
 ボイラーが、燃えている。
 その強化型本式缶が、全力のエネルギーを充溢させている。

 ――末脚を溜めている。と言えばいいのか。

 島風は、その最後の最後。大和の動きが鈍った瞬間に、全力の突進を当てる心づもりでいる。
 大和も、その島風の思考には、思い至っていたようだった。
 そのヒグマのようになった巨大な四肢により一層の力を込めて、あいつは唸った。


「ぜ、絶対ニ、凌ぎキリます――!! 悪モノなんカニ、やらレハしませン!!」


 だが、その瞬間だった。
 俺の頭上を、耳障りな高音が走り抜けた。

 ――キュイイィィィィィィィィィ――……!!

 東西のフェンスの上を滑走するようにして、何かが百貨店屋上の3メートル上を、北から南へほぼ一直線に、高速で駆け抜ける。


「ガァ――!?」


 見上げた視界に通り抜けたのは――。
 陽に煌めく、細い、糸。
 その3メートルというフェンスの高さに存在していた唯一の物体は、深海棲艦になって巨大化した大和の、首だった。
 何十本もの細い釣り糸の束が、大和の首元を刈り取るように後方へ引き倒す。

 ウィルソンが『獣電ブレイブフィニッシュ』という斬撃で切り落としていた南側フェンスの段差に、綺麗に落とし込まれるようにして、大和の体は仰向けに縛りつけられていた。


「ラヒィイイイイイィィィィィル!!」
「――す、皇ぃ!!」


 俺は思わず、瓦礫の陰から立ち上がっていた。
 南の端の階下から聞こえる透き通った響き。
 それは俺と同じ、龍の声。
 それは間違いなく、あの皇魁准尉の猛りだった。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 さよ千鳥 あはぢ島風 たゆむより とわたり消ゆる すまの一こゑ


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


765 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:23:49 WX2ApOvU0

 アニラは、百貨店の北側を落下した後、壁に張り付いて再びフロア内に駆け戻っていた。
 そして店内のモノクマが完全に立ち去っていることを確認しながら、上層階に残存していた物資を漁った。

 彼は島風がその身に、最後の一撃のためのエネルギーを溜めていることを、そのボイラーとタービンの音から聞き取っていた。
 ヒグマ提督が参加者の掃討を任せていたというステロイドパッチールを、一発で撃沈したらしい攻撃――。
 それは現状で唯一、戦艦ヒ級という敵性存在の装甲を貫き得るだろう攻撃だ。

 アニラの攻撃手段である鉤爪は、普通のヒグマに対しても決定打にはなり難い。
 更に脱皮途中で強度が落ちている状態で、相手が普通のヒグマならざる装甲と機能を持っているとなればなおさらだ。
 そのため彼が採った行動とは、佐天涙子を天龍に任せ、戦艦ヒ級の動きを僅かな間でも止めるための、奇襲を行なうというものだった。

 彼が確保したのは、伸縮性に優れ容易に切断されず、さらに屋上全周を回って余る超遠投用ナイロンテグス。
 そしてそこに工作用の高耐久潤滑剤。

 6階南側の窓を起点としてテグスを張り、密かに屋上下部外周の壁面を走行しながらその4分の3を張り渡す。
 そして戦艦ヒ級たちの意識が逸れている間に、北側のフェンス上部に渡したテグスを東西に張り詰めさせ、彼はそのラインを、ギロチンのように一気に南へ駆け抜けさせたのだった。

 体型のハンデをものともせず、むしろ常人より遥かに上手くツールを使いこなす――。
 冷徹な遂行能力、驚異的な機動力を全て内包したその要素こそ。
 独覚兵としてのアニラが畏怖された、最大の原因だった。


「ぐ、ケ、傾斜、復元……ッ、しなイト……!?」
「フルルルルルルルルルルルルルル……!!」


 胸から首筋にかけて絡みつくテグスを引き千切ろうと、戦艦ヒ級はフェンスに縛りつけられたまま必死にもがいていた。
 アニラは階下の壁面に、壮絶な力で引かれてゆくテグスを牙に噛みながら渾身のファンデルワールス力で張り付き耐える。
 柔軟性に富み、潤滑剤までつけたテグスは、それでも戦艦ヒ級の強靭な牙と力に一本一本引き千切られてゆく。
 ウィルソンが、天龍が、叫んだ。

「アニラくんのブレイブが、届いた――!!」
「――た、頼むッ!! 島風ぇえぇ――!!」
「……ああ、みんな、聞いて……。私は……」

 倒れたウィルソン・フィリップスの前で、島風がクラウチングスタートのように屈み込む。
 ウィルソンは見た。

 Z旗(ムーラダーラ)。
 強化型艦本式缶(スワディスターナ)。
 第二煙突(マニプーラ)。
 艦本式タービン(アナハタ)。
 第一煙突(ヴィシュッダ)。
 前檣(アジナー)。
 艦橋(サハスラーラ)。

 彼女に湧くボイラーの炎が、そのタービンに大輪の華を転輪させるのを。
 竜骨を駆け上がるエネルギーは、十分の十点五の、過負荷全力。


「ク、あ――」


 強い風が過ぎた。
 その靴跡に、いくつもの赤い華が舞い散った。
 轟音を立てて、戦艦ヒ級のいた屋上の床が、崩落した。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 大日本帝国海軍は、軍艦に載せる燃焼缶を、とても大切に扱っていた。
 このため機関出力でいう『全力』とは、その設計出力の、95%だった。
 だから日本の軍艦、日本の艦娘たちは、その『全力』を出してなお、余力を持っていた。
 そのため行うことのできた『過負荷全力』は、『全力』の105%を意味する。

 これで設計出力を出し切ったということだろうか?
 答えは、否。

 95%の105%は、99.75%だ。
 『過負荷全力』であってなお、艦娘たちの出す速度は、自身の最大最高の、極限の速度ではない。
 なぜなら、そんな極限の速度など、出す必要がないからだ。
 そんな無理を機関にかけずとも、最速は最速だからだ。

 そんなことをせずとも、彼女の速度に、追いつけるものなどない。


 ――そんな、九割九分七厘五毛の全力。


766 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:24:41 WX2ApOvU0

 『速さ』の極限に至らず、二厘五毛の揺らぎをその走りに残し、次元の歪みを呼び、空間の狭間を乱す。
 量子の運動確率にしてそのわずか2.5パーミルのエンタングルメントが、極大の速度に伴って大きな『攻撃』を現実空間に巻き起こす。
 あらゆるものをすり抜けながら破砕する高速粒子の奔流。
 空間を引き千切るような突風が、崩落した床の下へ落ちる戦艦ヒ級の胴体を、爆裂させていた。

 屋上の南端を西から東へ、その過負荷全力を以って駆け抜けた島風は、そうして荒い息を天へ吐きながら、満足げに笑っていた。

 長い長い時が流れても、島風は。
 あれから誰にも抜かれず、ずっと日本一なのだから。


「――スピードなら、誰にも負けません……。速きこと、島風の、如し……、です……」


 そう微笑んで、彼女は流れ落ちる真っ赤な血潮の中に、ゆっくりと前のめりになって倒れた。


「し、島風ぇええぇ――!!」

 天龍はエレベーター建屋だった瓦礫の元から飛び出し、倒れた島風の元に急いで駆け寄っていた。
 南東の端、戦艦ヒ級が登って来て壊されていた一角に落ちそうになっている彼女を、守るように抱え上げる。

「おい! 島風、島風!! わかるか!? しっかりしろ!!」
「――……あは、天龍、だ」
「……!? お前、俺の声、聞こえてるのか……?」
「……こんな、あったかい腕……、天龍先輩しか、ない、よね……」

 島風は虚ろな目で微笑み、その血まみれの手で天龍の頬に触れる。
 やはりもう目も耳も機能していない島風の手を取り、天龍はその掌に向けて唇で語り掛けた。

「もう、大丈夫だからな……。お前がやってくれたんだ。すぐに傷を塞いで、修理してやるから……」
「あは、いいよ……。私は誰も、怨んだりなんて、しないから……。装備も、天龍が、使って……?」
「違う……!! 違う!! お前を沈ませるもんか!! すぐに、助けるから……!!」
「ねぇ、聞いて、天龍……。私、丙型一二五は……。お姉ちゃん、抜いたんだよ……? 本当だよ?」

 島風は目を閉じて、弱弱しくなってゆく息の下でそう言った。
 天龍は零れる涙を、止めることができなかった。
 それでも精一杯、天龍は彼女を力づけるべく、渾身の笑顔を作った。


「ああ……、お前は日本一の、『島風』だ……ッ!!」

 確かにそう触れた一声に、少女はにっこりと微笑んだ。


「……やった♪ お姉ちゃんと一緒なら……。寂しく、ないもの……」


 そう息を吐いた島風の体をそっと床に横たえ、天龍は焦ったように立ち上がる。
 辺りを見回しながら、彼女は建屋の瓦礫の方に再び走り出そうとする。

「すぐ助けるからな……! 救急箱無事か……?」
「て、天龍くん――!!」

 しかしその時、天龍に向けて、恐怖におののいたような、ウィルソン・フィリップスの声が届いた。
 天龍は振り向き、自分の眼を疑った。
 島風の突進に前後して崩落した部分の床から、血塗れの何かが、蠢きながらせり出してくる。


「ア、ギ、イ、ィ、ィ、ィ、ル……!!」
「が、グ、あ、ァ、ア、ぁ、ァ……!!」


 6階フロアから持ち上がってきた肉体は、アニラの尾でその喉を絞められながら、そのアニラの脚や首に方々の顎で噛みついている、戦艦ヒ級だった。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


767 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:25:37 WX2ApOvU0

「な、あ……!?」

 天龍は絶句した。
 目の前で再び屋上に上がってくる巨体は、先程確かに、島風の『九割九分七厘五毛の全力』を受けて爆散していたはずだった。

 そう。
 確かに、彼女――戦艦ヒ級の正面に据えられた主砲ヒグマなどは跡形もなく千切れ飛び、肉体の3分の1ほどを失った彼女は夥しい出血に塗れている。
 しかし、彼女は死んでいなかった。沈んでいなかった。
 安らかな眠りには、就かなかった。

 屋上の南部は、島風の突進の余波を受けて崩れたのではない。
 機銃と副砲に穿たれ脆弱になっていたその場所は、さらに戦艦ヒ級自身が、アニラに捕縛されながらもがくことで、島風の攻撃が発生する寸前に崩し落とされていた。
 これにより6階フロアに沈み込んだ彼女は、まともに受ければ完全に体が爆発四散していただろう島風の攻撃を、胴体前方3分の1ほどが消し飛ばされる程度の被害に押さえることができたのである。
 そして、突如捕縛対象の重心が崩れ対応の遅れた窓の外のアニラへ、戦艦ヒ級は弛んだテグスの隙から、一気に食らいついていたのだった。


「オ、終、い、デス――!!」
「ァヒィィル……!?」


 アニラの黒い両脚が、鳥に啄まれるコオロギの体のように、根元からもぎ取られた。
 屋上に完全に登り切った戦艦ヒ級は、アニラの首筋に噛みつく後ろ手の顎を揮い、彼を噛み千切りながら振り払おうとする。
 咽喉に噛みついてくる戦艦ヒ級の顎の力に、アニラは両腕を使ってようやく拮抗した。
 牙をこじ開け、屋上に飛び降りたアニラは、着地しようとしてバランスを崩し、その床に数メートル転げた。


「絶対に……、悪イやつナンかに負ケマせん……!! ミンナも、提督モ、絶対ニ直しマス……!!」
「……げはァ――!?」
「――皇ッ!? ウィルソンッ!?」


 天龍は、目の前の惨状に震えた。
 戦艦ヒ級は、もいだアニラの脚を喰らいながら、倒れているウィルソン・フィリップスの背中へもう片腕で食らいついた。
 宙へ抱え上げられた彼は胴体から真っ二つに砕き折られる。彼の中からは赤黒い腸が溢れ、下半身と泣き別れになったその胸から上は、腕も折られたまま力なく床に零れ落ちた。
 その肉を捕食するにつれ、傷ついていた戦艦ヒ級からは再び組織が盛り上がり、その損傷を修復して行ってしまう。

 天龍は跪き、震えながら島風の体を抱きしめた。
 さらなる餌を求めて動き始める戦艦ヒ級を見据え、彼女は一度だけ、強く瞬きをする。
 そして眼を光らせて、勢いよく刀を抜き放った。


「おい! 大和!! こっちを向け!!」
「……ああ、天龍サンですネ? あなたは進ンデ、直りタイと思ってるンデスか?」

 地にもがくウィルソンやアニラから戦艦ヒ級の注意を逸らすべく、彼女は精一杯気丈な声を張る。

「……天津風や島風が構ってやっても、まだお前は眠れねぇみたいだから……。あとは俺が、相手してやるしか、ねぇだろ……?」
「マァ、素晴らシイ! 大和もウレシイです!!」

 左手に投げナイフを、右手に日本刀型の固定兵装を携え、天龍は島風の身を守るようにその前に立ち、真っ直ぐに戦艦ヒ級を見詰めた。
 即座に彼女には、再生した副砲の顎が構えられる。
 戦艦ヒ級はそのまま容赦なく、たっぷりの親切心と喜びを込めて、天龍へ砲弾と機銃弾の雨を見舞っていた。


「『強化型艦本式』――!!」


 連打を打つ雨の隙に、天龍はその息を吹く。

 カキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ……――!!

 その雨音が弾いたのは、金属同士がぶつかり合う、高く澄んだ音。
 降り注ぐ弾丸の豪雨の中、狙い撃たれる天龍の前には、何か光のようなものが絶え間なく閃いている。
 機銃と副砲の弾薬を撃ち尽くした戦艦ヒ級は、きょとんとしていた。


「エ――?」


 ――カイィ……ン。
 天龍は最後に撃たれた機銃の弾に、そんな音をたてて光を閃かせた。
 百貨店の外、明後日の方向へ銃弾を跳ね飛ばしたのは、振り抜かれた天龍の日本刀だ。
 彼女は逆手に掴んだ二刀を握り締め、ゆっくりと構え直しながら呟いた。


「――『暴れ天龍』」


768 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:26:11 WX2ApOvU0

 天龍は凄まじい高速で自身の腕を振り続け、降りしきる弾丸をその刀でことごとく弾いていた。
 戦艦ヒ級は呆然と呟く。

「……そんな、それじゃ、天龍サンを直セナいじゃナイでスカ」
「付き合ってやるよ大和……。憑かれてるお前が、ぐっすり眠れるように、なるまで……」

 天龍は、涙を零しながら、彼女へ笑顔を見せた。
 戦艦ヒ級は、ぱっと表情を明るくして、彼女へ無邪気に笑いかけた。


「わ、本当でスカ!? 大和と遊んで下サルんですカ?」
「ああ……。俺で良ければ、いくらでも遊んでやるから……」


 天龍は、完全な戦闘の構えを取って震えながら、嗚咽を漏らす。
 
 瓦礫の先で気を失ったままの少女が。
 脚をもがれ、這いつくばる黒い竜が。
 引き千切られた芋虫のように、苦悶に呻く勇者が。
 自分の背後で、その艦橋の灯を静かに落とした駆逐艦が。
 彼女という旗艦の周りに、残骸のように転がっている。

 ――だからもう、誰も、殺さないでくれ……ッ!!

 震えて俯いた彼女の艤装には、託された『日本一』の燃焼缶が、明々と燃えていた。


【島風@艦隊これくしょん 死亡】


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 ――大正九年        初代『島風』、過負荷全力公試にて四〇・七ノットを記録。日本艦として初めて四〇ノットを超過。
 ――昭和十六年八月八日   丙型一二五号艦、舞鶴工廠にて起工。
 ――昭和十七年五月二十三日 天龍、舞鶴へ帰港。入渠整備。
 ――昭和十七年六月二十三日 天龍・龍田、トラック泊地へ。
 ――昭和十七年七月十八日  丙型一二五号艦進水、二代目『島風』となる。

 ――昭和十七年十二月十八日 天龍戦没
 ――昭和十八年一月十二日  初代『島風』戦没

 ――昭和十八年四月七日   二代目『島風』、過負荷全力公試にて四〇・九ノットを記録。

 以降、現在に至るまで、日本製駆逐艦としてこの記録は、破られていない。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 私の中で私は、私の中の学園都市に帰っていた。
 私の中の商店街を、私が独り歩いていたら。
 私の中の駅前の、私の中のキオスクの影で。
 とんでもない不吉なものが、私をじっと狙っていた。

「また……、こんな夢……」

 私は、夢だとわかりきった路地を歩きながら、溜息を吐く。

 それは三日月。暗い目つきの月だ。
 ほんとにいやな目つきの。
 私の後をついてきて、私の中の路地から路地を隅々まで埋め尽くす月。

 ああ、いやな気分だ。
 ほら、月が憑いてしまった。
 暴れてももう遅い。
 世界が歪む。
 ぐにゃぐにゃと三日月のように歪む。

 あの時見た光景だ。

 通行人も。
 信号機も。
 アスファルト道路もタンポポも。
 みんな捻じれ狂って歪み尽す。
 サイケデリックでシュールレアリスムでキュビズムでダダイズムで、どうも筆舌に尽くしがたい。
 というかそもそも見たくもない。


769 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:29:11 WX2ApOvU0
「どうせ私が死刑なのは確定してるのよ……。殺人なんて、死んでも償えない罪なんだから……。
 だからもう……、こんな場所で責め続けて時間を潰すのなんて、無意味……」

 こんな詩人の言葉を読んだことがある。
 ……二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めた。
 ……一人は泥を見た。一人は星を見た。
 ――さあ、私の見るのは、どっちだ?

 こんな歪み尽した世界で。自分の中に広がった夢で。私は目を閉じて歩いた。
 それでも私は、進むべき方向だけはわかった。
 一度通ってきた道だったから。

 暫くして目を開けた時、そこは夜の森だった。
 あの時のまま、炎まで歪んで燃えている森。
 私が初めて、人を殺してしまった森。
 木の一本一本、炎の一片一片、土の一塊一塊まで歪んでいる森だ。
 私はそんな世界を見るのをやめて、空を見上げてみる。
 空には三日月がある。
 これもまた例に漏れず、やはりぐにゃぐにゃと歪んだ三日月だ。
 月ではなく泳いでいる尺取り虫である可能性も高い。そんないやな月だ。

 でも私はあの時とは違う。
 そのひび割れのような月の浮かぶ黒い背景に、しっかりと星の瞬きがあることを見る。
 私の夢の天井を通して見る星は、微かな点だけれど、確かに輝いている。
 歪みようのない0次元の座標群が、確かな星座を描いて私に道を示してくれる。

「あやあやあや、かの此岸に居れば良かったものを、また彼岸に来てしもうたな」

 天体観測をしていた私に、正面から声がかかる。
 視線を下ろして見たその人物は、歪んでいなかった。

 人の形だ。人の顔だ。子供だ。でも顔は大人だ。
 体格は子供なのに、顔だけは中年の男の顔。学園都市に来る前に、見た事がある姿だ。
 そう。
 また会ったね。観音様。

「……私は、人殺しですから。死のうと思いました」
「異なことを言う。その言葉一つすら歪んでおることに気付かぬと申すか」
「やっぱりいちいち腹立つなぁ、あんた」
「なれば死を望みながら、何故鶏は道路を渡ったか――?」

 観音様は、張り付いたような微笑のまま、私にそう問いかけてくる。
 私は自分を許せなくて。死んで詫びようとまで思っているのに。
 それなのになぜこの夢を、この場所へ、また辿ってきてしまったのか。
 そう訊いている言葉だ。

「……答えは簡単よ」

 どんなに罪を背負っていても、償えなくても。
 身動きの取れないままでも、ただひたすらに、私は進もうとした。
 歪んだ月を引っ提げて。地の底の怨嗟の爪を引き摺りながら。
 ほそほそと蒼白く、私の骨に齧りつくけものを従えて。

 ただ初春に。
 みんなに、会いたかったから。

 みんなを助けて、助けながら死ねればいい。
 それできっと、ようやく私の罪は帳消しだ。
 自分一人、こんな夢の中で責め苦にあってても、きっとそれはただの逃げだから。
 私は何があっても、こんな夢から帰る。

 腰抜けのチキンは。
 鶏は。
 そうして道路を、渡る。

「……向こう側に行くため」

 私は宣言する。
 初春に。
 皇さんに。
 天龍さんに。
 天津風さんに。
 島風さんに。
 ウィルソンさんに。
 北岡さんに。
 もう一人のサテンさんに。
 私はもう一度、会いたい――!!

「この夢から帰るために、あんたを殺さなきゃならないなら、私は何度でも、殺してやる――!!」
「あな恐ろしや。げにまこと哀れで罰当たりな娘であることよ」
「――うるさい」

 この夢から戻る出口は、ここにしかないのだ。
 この観音様が、パワーアニマルだか夢の番人だか知らない。
 私は帰らなきゃいけない。謝るにしても、償うにしても、みんな目覚めなきゃできっこない。
 みんなを助けて死ぬ。
 それが私に残された希望の星。
 私が歪んでるのか世界が歪んでるのか、そんなどうでもいい疑問なんかブラジルの裏に投げ捨てる。
 駅前のホームが詰まってるなら、人身事故の電車を蹴り飛ばし、新幹線を持ち上げて走ってやる。

 私がこうしている間にも、みんなはこの向こう岸で、とてつもないバケモノに襲われていたはずなんだ。
 眠れない。
 眠ってなんかいられるか。

 私は観音様の首根っこを掴み上げた。
 観音様はそれでも、私を嘲るような薄笑いの表情のままだった。
 腕に力を込める。
 嘲り顔をピクリとも動かさず、観音様は痛い痛いと泣いた。
 力が湧いてくる。とてつもない力だ。
 観音様は一瞬で砂になって崩れ、死んで、吹き飛ばされた。


770 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:29:52 WX2ApOvU0

「私は、星を見る」


 私の中の天井を通して見上げた空に浮かぶ星は。
 私の瞳のレンズに静かに降りていた。


【観音様@歪み観音 死亡】


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 天龍下れば しぶきに濡れる 持たせやりたや 持たせやりたや ひのき笠


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 見よ。
 少女の空にブレイブは尽きず。
 勇敢なる意志は連鎖の如く、地上に輝く星々たる我らの間を繋いで燃える。

 この孤島にも吹き抜けた風なる者の、御魂を受け継ぎし天のドラゴン。
 その名を背負う彼女のブレイブたるや、なんと心優しきことか。
 悪獣の如き存在に身を堕とせし朋友にあたりて、歯を噛み落涙せしも折れぬその心根。


「……『桧陣笠』ッ!!」
「あはハっ、天龍サンその耳の艤装、外れタンですネ♪ 面白イ♪」


 彼女はただ守るためだけに、その側頭の耳型の機を右手甲に合わせ、高速に回旋せしめるやバックラーの如く成している。
 これ以上何者も傷つけぬよう、そのブレイブを盾と成す。
 鉄槌の如く襲い来る獣の双腕を、彼女はそうして、弾く。弾く。弾く。
 息を荒げながら、その多大なる馬力の差を、ただそのブレイブで。ああ、また弾く。

「ふっ……、くっ……!! い、いい加減、疲れてへばったり、しねえのか、よっ……!!」
「いいえ! スッゴク楽しいデス!! 天龍サンのコト、食べちゃイタいクラい!!」

 だがその前に居る友は、その盾では決して抑えきれぬ。
 その友の愛は、友の恋は、友の心は、彼女の想いでは受け止めきれぬ――。


 ああ、如何にしたか。ウィルソン・フィリップス。
 臆したかウィルソン・フィリップス。
 意識を手放すにはまだ早い。

 息を整えよ。
 血液を再分配せよ。
 かような少女たちが奮起している前に、自分ばかりがもがくのみで良いと思っているのか。
 まだ腕が折られ、胴体が両断され、そのはらわたを喰われただけではないか――!!


 見よ!
 我が地の先にダイナソー居たり。
 辰の神将。我が刃と同じ澄み渡るブレイブを燃やす者。
 その瞳の炎、我が意と既に一つなると心得たり。


 見るべし!
 我なる空にイーグル現る。
 蒼穹の使者。我が心に眠る『守護動物(パワーアニマル)』の一角。
 我が坦懐の決意、その飛翔を届かせること、今より叶う也――。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 諏訪の湖(うみ) 天龍となる 釜口の 水しづかなり 絹のごとくに


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 島風から受け取った、ヒグマ製の強化型艦本式缶が燃やすエネルギーは莫大なものだった。
 むしろ俺の艤装には強力過ぎるくらいの身に余る力。

 その火力を肉体の高速反応に回す『暴れ天龍』一回だけで、俺の両腕はほとんど感覚がないくらい痺れていた。
 両耳の艤装を高速回転・独立機動させて簡易防壁にする『桧陣笠』。
 そこに添える腕は、今にも反動と撃力に弾き飛ばされそうだ。

 少しでも、何か微かでも活路を見出せるだけの時間を稼いでやる。
 少しでも、大和の思いを、受け止めてやる。そう思っていたのに――。
 俺の体はもう、限界だった。


771 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:32:27 WX2ApOvU0
「コ、オ、オォォォォォォォォォォォォ……――!!」
「ウィルソン――!?」
「え――?」

 だがその時、俺に攻撃を繰り返す大和の背後で、急に山吹色の光が立ち昇った。
 ウィルソンの声。
 それが辺り一帯に響き渡るような、澄んだ波濤のように広がった。
 俺が眼を見開き、大和が振り返ったその先で、ウィルソンは、跳んだ。

「我が心の鷲(イーグル)よ――、月を、奪うな――!!」

 倒れたままの姿勢。
 腕も折られ、下半身も食い千切られた状態で、そこから奴は、肩だけで跳躍をした。

「あ……、直サナきゃ――」
「――!?」

 同時に大和の意識は、目の前で気を引いていた俺の方から、ウィルソンの方に逆戻りしていた。
 俺に襲い掛かっていた副砲つきの大和の腕が、宙を跳ぶウィルソンの方に向かう。
 しまった――。
 そう思った瞬間、大和の足元から、黒い風が吹いた。

「フルルル――!!」
「あ、ツっ――!?」

 今まで死んだように動かなかった黒い竜――皇が、腕だけで跳ね上がり、その鞭のような尾を強かに大和の眼に叩きつける。
 その一瞬の隙に、ウィルソンは転がるようにして、建屋の瓦礫のもとに横たわる涙子のもとに着地していた。

「――佐天くんッ!! 継いでくれ!! わしのブレイブをッ!!」

 千切れた内臓を吹き零しながらもウィルソンは、叫びと共に涙子の手を取る。
 ウィルソンの意志が、作戦が、その時俺にも理解できた。

『……何にも意味のない嘘を喋り続けて……。そんなに楽しい?』
『私だけじゃないわ。初春が協力してくれたからできたの』

 出会ってから僅かの間に幾度も垣間見た異能が、思い返される。
 奴は涙子に。
 この中で唯一、大和に対抗できるかも知れない能力を持った僚艦へ、全物資を託そうとしているんだ――!


「『深仙脈疾走(ディーパスオーバードライブ)』――!!」


 建屋から、眩いほどの金色の光が立ち昇った。
 涙子の体が、内側から沸騰するかのように跳ね上がった。

「うウぅ――、サセません!!」

 その間に、大和は皇の尾を振り払い、怒りを顕わにして猛る。
 振り被って噛みついてくる大和の両腕を、皇は腕だけの高速第五匍匐で躱し、ウィルソンと涙子がかたまっている建屋へと走り出した。
 大和が、両腕の副砲を構える。
 まずい。
 動けないでいる涙子たちは、狙い撃ちだ――!!

「『諏訪の』――!!」

 俺は咄嗟に、自分の刀を一気に白熱させた。
 身に余る力だと、甘えているわけにいかない。
 この強化型艦本式缶の出力で、この技がどれほどの威力になるのか想像がつかない。
 下手すると自分の方が爆散するかもしれない。
 それでも俺は白熱した刀を、横を向いた大和の腕に深々と突き刺した。
 肉を焼き切られた痛みで、大和の意識がわずかに逸れる。

「グ、天龍サン――!?」

 だが問題は次だ。頼む。上手く行ってくれ。
 俺は旗艦なんだ。
 旗艦が、僚艦の筋さえ通せなかったら、お終いだろうがよ――!!

「『水絹』ッ!!」

 刀身に開いたいくつもの孔。俺の攻撃は、そこから放たれる。
 燃焼缶の高温高圧水蒸気を、突き込んだ刀身から一気に放出させる。
 静かな釜口から、煮え立つような天龍川の流れへと変遷する、『強化型艦本式・諏訪の水絹』。
 威力を調整しきれなかったその一撃は、反動で俺の体さえ吹き飛ばすほどの大爆発を起こした。

「ぐあ――!?」
「キゃア――!?」

 東側のフェンスに叩き付けられながらも、俺はその水蒸気爆発が確かに大和の右腕とその砲を消し飛ばすのを見た。
 しかし大和の左腕は。
 爆発に揺らされながらも、その副砲を、撃ち出してしまっていた。

「全盛期のわしの……、最も輝いていた生命エネルギーの全て……、佐天くんに、捧げた、ぞ……」

 瓦礫から放たれていた金色の光は、その時、輝きを静めていた。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 初春が、泣いている気がした。

 涙が一粒、私の頬にこぼれ落ちてきたんだ。


772 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:33:49 WX2ApOvU0
 眼を開けると、私は屋上の床に横たえられていた。
 顔の上には、初春の泣き顔じゃなくて、あの人の姿があった。

 こんな私よりも、よっぽど人間らしいあの人。
 夢の中からでも、ずっと会いたかったあの人。
 仏を殺してでも、自分を殺し続けてでも、進みたかった帰路にいる人。

 ――私はあなたに、言わなきゃいけないことが、あるんだ……。

 そう、逆光になっている彼のシルエットに、私が手を伸ばした時だった。
 またポタリと、涙が一粒、私の目の中にこぼれ落ちた。
 あの人の顔から。
 皇さんの顔から。

 ――あれ? 皇さんでも、泣くこと、あるの?

 何か、悲しいことが。嬉しいことが、あったの――?
 そう微笑んで触れた彼の顔は、ぬるりとして、生暖かかった。

「……え?」

 皇さんの体はほどなく、力尽きたようにして、私の隣に倒れた。
 私は見た。
 見てしまった。

 皇さんの、その黒々とした鱗のあった背中が、その右半分をごっそりと抉られていることを。
 皮が破れ、肉が千切れ、骨が砕け、肺が弾け、血が湧き出ているその姿を。
 彼はその両脚さえも、腰の付け根から千切られてしまっている。

 私の顔に落ちていた涙は、涙ではなかった。
 砕け飛んだ皇さんの右頭蓋から零れ落ちた、血と脳漿だった。
 私の体は一面、皇さんの血で、真っ赤だった。
 たった一発。
 たった一発なのに。
 彼は私を守って。
 私の代わりに、その命を砲弾にえぐり飛ばされたんだ。

「あ、あ……」

 ふと、右手が握り締められていることに気付く。
 その手を取っていたのは、ウィルソンさんだった。
 髪も肌も真っ白になって、しわしわの老人のようになってしまっている、ウィルソンさん。

 彼の、私の手と一緒に短剣を握り込んでいる手は、骨が砕けているようにぶらぶらで。
 彼の下半身は、内臓ごとごっそりと、なくなってしまっていた。

「――う、お、お……、『紅葉の錦』ィ!!」
「邪魔、しナイで下さイ、天龍サン!!」
「桧陣……がッハァ――!?」

 前を見れば、天龍さんが叫んでいた。
 あのヒグマのような、船のようなバケモノに向けて、ふらつきながら刀から炎を飛ばす。
 でもそれはもはや、牽制にもならなかった。
 よろめく彼女の脚は、そのバケモノの前脚を避けることなどできなかった。
 盾のように翳した装備ごと、ハエのように軽々と叩き払われ、天龍さんは私たちのすぐ傍まで撥ね飛ばされた。
 瓦礫の上に、血塗れの姿で、天龍さんは転げた。

 その血は。
 この屋上一面に点々と散乱している血液の花は。
 視線の先でぼろきれのように横たわっている、島風さんのものに、違いなかった。

「あ、ああ、あああ……」

 そしてここには、あの人がいない。
 北岡さんがいない。爆発して死んでしまった。
 そしてここには、あの人がいない。
 天津風さんがいない。フェンスが、そこかしこで折れている。転落。したのだろう。

 そしてここには、あの人がいない。
 私が一番会いたかった、あの人。
 淡い絵の中の緑色のような、あの人が。

「サア、第一、第二副砲……、斉射、始メ!」

 とどめを刺すように、そのバケモノは私たちへ、その砲口を向けていた。


「うああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」


 叫んでいた。
 尾骶骨の奥底から、噴火のように声が溢れた。
 背骨を焼き切るような灼熱が、私の体から溢れ、波紋のように広がるのを、私は感じた。

 ……殺したな?
 お前は初春を、殺したな――!!


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 天龍は死を覚悟した。
 響き渡った砲音は、戦艦しか装備できないような大口径の重い音。
 自分たちの体を容易く引き裂き爆沈せしめる音。

 だがしかし。
 その死の衝撃は、いつまで経ってもやってはこなかった。
 代わりに風に乗って、天龍の頬には、体には、サラサラとした砂が降りかかってくる。

 天龍は、瓦礫から身を起こした。


773 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:36:10 WX2ApOvU0
「涙、子……?」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あぁぁああ、るぅううううううう――」

 そこには、佐天涙子が立っていた。
 声を震わせる彼女の衣服と体は、血で真っ赤だった。
 しかしその血の赤は、次第に消えてゆく。
 砂のようにパラパラと崩れて、吹き散らされてゆく。

「――アレ? 直リマせンデした。口径が小さかったノデシょうか。主砲ヲ戻さナキゃ……」
「――殺、す」

 戦艦ヒ級は、副砲の弾丸が直撃したにも関わらず砕けなかった一帯の様子に首を傾げた。
 そうして、すぐ傍に倒れている島風の肉体に彼女が喰らいつこうとした、その時だった。
 左腕の顎が、砂になって崩れ落ちていた。

「え?」
「殺す」

 彼女がそれに気づいた時、そこには、突風のように接近していた、佐天涙子の手が翳されていた。
 戦艦ヒ級はその少女の視線に目を合わせ、ぞくりと悪寒を感じた。
 佐天涙子の目の奥に彼女は、どす黒い漆黒の炎が渦巻いているのを、見た。

「い、いやぁあぁぁああぁあぁ――!?」
「涙子!?」

 生理的な恐怖を感じて、戦艦ヒ級は佐天涙子の体を、前脚で跳ね飛ばした。
 天龍が叫ぶ先で少女の体は、フェンスを越えて百貨店の外に転落する。

「殺してやる」

 落ちながら佐天涙子は、それだけ呟いた。
 背中から、ぞろぞろと数知れぬ大量の月が這い登る。
 青く白く黒く波打って歪み切った月の回転が、佐天涙子の脊柱を駆け上がり腕へと広がる。
 掌の一面に、満面の笑みで広がる星座の群れがくるくると回る。
 その群れは牙だ。
 億兆京那由他阿僧祇の細かな牙が、佐天涙子の掌には波紋のように広がった。
 左腕を振った。
 その腕が、百貨店の壁面に、喰らいついた。
 佐天は知っていた。この牙がなんであるのか。
 この回り続ける細かな月と星が生み出す現象の正体を、彼女は既に、自分だけの現実に見ていた。

「『分子間(ファンデルワールス)』……」

 右手を振った。
 包帯を通り抜けて、その牙は壁を噛んだ。
 佐天の落下が止まった。
 力を込めるにつれて、右手を包んでいた包帯は急速に固くなり、ポロポロと砂岩のようになって崩れてゆく。

「……『力(フォース)』!!」

 脚を壁に寄せた。佐天は、走り始めた。
 手を壁に噛みつかせ、脚で壁を蹴り、走る。

 靴が邪魔だった。
 佐天の履く革靴では、垂直の壁など捉えることは出来ない。
 力を込めたら、革靴は一瞬で砂になって、吹き飛んだ。
 脚にも月の牙が笑った。
 極限まで接近する分子間に発生する微細なエネルギーを、莫大な表面積に、莫大な回帰回数に還元させて噛みつくその走法は、アニラのものだった。

「な、ンデ!?」

 直上でその一部始終を見ていた戦艦ヒ級は、混乱した。
 一連の現象は、彼女の理解を完全に逸していた。

「ひぃいぃ――!?」

 彼女は恐怖のままに、左腕部に残る副砲を向ける。
 佐天涙子は、百貨店の壁を俊敏な四足走行で駆け上がり、風を捉えて大きく上空に跳躍していた。
 空中。狙いをつけられた砲撃を、躱しようのない位置だ。

「涙子、危ねぇ!!」
「せ、斉射ァ――!!」

 天龍の叫びと同時に、戦艦ヒ級は砲撃する。
 しかしその砲弾に向け、佐天は自身の目の前で両腕を打ち払っていた。
 砲弾はその動作に触れたか触れないかの位置で、突如砂のように粉微塵となって吹き散らされた。

「『疲労(ファティーグ)』――、『破壊(フェイラァ)』」
「な……、そ、んな……」

 戦艦ヒ級は、目の前に降り立った少女の姿を、震えながら見つめることしかできなかった。
 佐天涙子の両手両脚には、何か、微かな青い光が、わだかまっているように見えた。

「な、んだ……、ありゃ……」

 天龍はその禍々しい異彩を放つ光を見つめ、呆然と呟いた。
 ウィルソンが彼女に向けて流し込んでいたあの鮮やかな山吹色の光を、そのままネガポジ反転させたような、昏い色であった。

「あ、の、波紋、は……?」
「ウィルソン……!? お前、まだ息が……!?」

 背後から聞こえた微かな呟きに、天龍は振り返り、跪く。
 半身を失い、年古った老人のように生気を失ったウィルソン・フィリップスは、それでもまだ、呼吸を続けていた。

「生命ではなく……、むしろ殺意に、佐天くんは呑まれたというのか……。
 あの『蒼黒色の(ダークリヴィッド)』……『波紋疾走(オーバードライブ)』は……」
「涙子の……殺意……?」
「危険だ……、あれでは、自分の身をも……、殺してしまう……」


774 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:36:56 WX2ApOvU0

 彼らが見つめる先、佐天涙子の足元には、砂塵が舞っていた。
 恐懼に後ずさる戦艦ヒ級を追い詰めるように彼女が踏む一歩一歩。
 その歩みごとに、屋上の床が剥がれ、砂になって吹き飛ぶのだ。

 回る月は、沸き起こる星座は、周囲のあらゆる物質から、エネルギーを奪い、そしてそれを増幅して叩き返している。
 ミリ秒、ナノ秒の間にも数え切れぬ回帰回数で行われるその暴力的な月の振戦は、物体の結合を絶ち斬り、その水分をことごとく蒸発させ、火薬の爆発よりも早くその反応を終着させ、砂に変える。
 長い黒髪を舞わせる吹き荒ぶ風に合わせ、佐天の怒りを具現させたかのように、その蒼黒い光が及ぶ範囲はどんどんと拡大してゆく。
 それは次第に佐天自身の肌をも、チリチリと痛ませ、崩し剥がしているようだった。


「ヒ、い、いや……、いやぁあぁぁああぁあぁ――っ!!」


 戦艦ヒ級は、佐天涙子の姿を振り払うように、その腕を横薙ぎに揮っていた。
 しかしそこに、佐天はむしろタックルをかますかのように自分からぶつかった。
 まるでレスリングのような、あまりにも激しい組み付きだった。

 佐天が両腕に力を込めた瞬間、ヒ級に残っていた左腕が、根元から砂になって消し飛ぶ。
 戦艦ヒ級は、悲鳴をあげた。


「嫌ッ……! やだっ!! こんなのっ……!! 死にたくない……!!」
「殺したんでしょ」
「沈みたくない……!! 私は、だって、みんなを、直してあげてたのに……!!」
「お前はみんなを、殺したんでしょ……!!」
「嫌あぁ……っ!! 助けて、提督……!! 助けて、助けてぇ……!!」
「人殺しは、死ななきゃいけないのよ――!!」


 戦艦ヒ級は、残るヒグマの四肢で、屋上を逃げようとした。
 佐天はその前に回り込み、彼女のど真ん中を殴りつけた。
 戦艦大和の趣を残す少女像の下部、ヒグマのような胴体から、内臓とも機械ともつかぬ赤黒い物体が掴みだされ、次の瞬間には砂となる。

「ひぎゃあああぁあぁあぁあぁぁ――!?」

 蒼黒い光を纏って連打される拳の砂嵐に、ヒ級は苦痛に叫び身を捩った。
 身を削られながら、逃げ場のない屋上中央へどんどんと押しやられる。
 彼女と天龍の、目と目が、合った。


「たす、けて――」
「死んで、裁かれなきゃ……」


 大和は、涙を流していた。
 佐天は、嗚咽を漏らしていた。
 天龍には佐天が、自分自身を裁いているようにしか、見えなかった。


「もう私は、みんなに会えないんだもの――!!」
「もうやめろ――、涙子ぉおォ――!!」


 裁判員が、瓦礫の壇上から、被告人に向けてそう叫んだ。
 被告人は殴りかかっていた手を止めて、その声にハッと、顔を上げた。

 弁護士がその時粛々と、議場に意見書を提出していた。
 裁判官であり、検察でもある被告人は、その全文を、しっかりと目に焼き付けることとなった。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


「ア、が――」

 その意見書は、弾丸でできていた。
 ミサイルや砲弾、エネルギー弾やレーザー光線まであった。
 百貨店の西側から提出された意見書の束は、その6階フロア中央部から屋上までごっそりと建物を抉り取り、戦艦ヒ級の体側面に何十発もの弾丸を叩き付けた。

 そしてそれらは戦艦ヒ級の体ごと屋上東側のフェンスを吹き飛ばし、その傷だらけの巨体を、下の氷上へと突き落としていた。


「え……――」


 佐天涙子は、戦艦ヒ級を殴っていた体勢のまま固まっていた。
 彼女の爪先スレスレの位置で、屋上は抉り飛ばされている。

 天龍と佐天は、同時に建物の西を見た。
 こんな攻撃をできる人物など彼女たちには、ただ一人しか思い浮かべられなかった。

 破れたフェンスへ、ふらふらと二人は歩み寄る。
 そこから見下ろした地上の遥か遠くの街並みには。
 一頭の緑色のバッファローが立っているように見えた。

「あ、ああ……」

 コメ粒よりも小さなその姿は、そしてフッと光になって立ち消え、あとはもう、何もわからなくなってしまう。
 佐天涙子は、フェンスにしがみついたまま、床へと崩れ落ちた。


「き、北岡、さん……、だっ……た」
「あいつ……、消し飛ばされたん、じゃ……」


775 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:38:06 WX2ApOvU0

 腕が千切れ、致命傷を負ったまま、北岡秀一という弁護士は、今の今まで、このどう考えても最終攻撃と思しき切り札を使うタイミングを、ずっと計っていたのだろう。

 どうしてそんな致命傷を受けたまま、瞬間移動のようにして彼が遠くに移動できたのか、彼女たちにはわかなかった。
 だがなぜ彼が行動したタイミングが今だったのかだけは、二人にはわかった。
 その最終弁論の主張は、裁判官の思考を覆すには、十分すぎるものだった。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


「……以上の諸事情をご考慮のうえ、被告人佐天涙子に対しては――。
 殺人罪について無罪であるということを強く主張します……」

 街並みの中で俺は、気が抜けてバイクの上に倒れ込みながら、そう呟いた。
 マグナバイザーのトリガーを握っていた手を放し、弁護人を依頼されていた俺は、取り敢えず判決の結果を見てやろうと、今一度双眼鏡を取って百貨店の方を眺めてみる。
 レンズの先は、ぼやけていて、良く見えなかった。

「ああ……、クソ、今日は天気が悪いなぁ。もう日が蔭ってきた……。
 まぁ、いいや見なくても……。俺の狙いで、あの二人巻き込むわけないし……」

 俺は双眼鏡を投げ出し、代わりに右手で、もうほとんど中身の残っていない、破裂したコーラのボトルを掴んだ。
 その真っ黒な液体を飲み干すと、爪痕で抉れ返ったペットボトルは、真っ白になっていた。
 そのボトルを見つめていたら、自然とうっすら、口角が上がった。


「……あのなぁ涙子ちゃん。飾利ちゃん。ガキはなぁ、そんなこといちいち気にしなくていいんだよ……。
 どうせ正当防衛か緊急避難なんだし……、なんのために少年法があると思ってんだ……。
 お前たちの健やかな成長と未来を守るために、俺ら大人が制定してやってんだよ……。
 大人に仕事の責任があるように、ガキはそう生きてくのが責任なんだから……」

 やっぱり所詮JCだからな。涙子ちゃんたちはそんなことにも気づかないバカだ。

「殺しなんてそんな汚れ仕事は……、俺みたいな大人が引き受けりゃいいの。俺たちのせいにしちまえばいいの。
 ……だから今回の件で涙子ちゃんが起訴される理由はゼロ。さっさとこの島から釈放されとけって」


 俺にもそんなバカな時分があったっけ? もうわかんねぇなぁ。
 いつから俺は大人になったっけ? ヒーローなんてアホの所業だって気付いた時くらいかねぇ。

 その時から俺は、これ以上成長しようのない、不老になってて。
 その時から俺は、対価なしじゃ体を張れない、不死になってたのかねぇ。


「あっは、でも、仕事でタダ働きとか、有り得ないもんなぁ……。
 謝礼、もらえるかなぁ……。受け取りにいくのも億劫だよなぁ……」


 左腕が千切れて体重は軽くなってるはずなのに、やたら体が重いんだ。
 こんなの質量保存の法則に反してる。
 ウィルソンさんから弁護料もらうはずなのに。これじゃあ取りにいけないよ。

 目の前の、緑色の鉄人は、聳えているばかりでうんともすんとも言わない。
 俺が弁論の意見書として提出したファイナルベント・『エンドオブワールド』を撃ってくれたマグナギガ。
 このマグナギガにも、働きの謝礼として、餌の一つでもやらなきゃいけない。
 ミラーモンスターの契約規則として、そんな餌が用意できなきゃ、俺が喰われることになっちまうから。

「……だるくて餌、やれそうにねぇや……。喰うか? 俺を……」

 冗談めかして言ってみた。
 マグナギガの緑色は、そのまま物も言わず、光の粒子になってすっと消滅した。


「あれ……?」


 俺の体は、バイクの支えを失って地面に倒れていた。
 ミラーモンスターは、10分以上現実世界に連続して出現していると、光になって死んでしまう。
 でもまぁ、有り得ないよな。タダ働きした上にそのまま文句も言わず死ぬとか。どこの聖人ヒーローだよと。

「仕事ってのは……。感謝するなら金をくれ……、って世界だからなぁ……」

 なおのこと、モンスターが情にほだされるとか、マスターを尊重するとか、ないから。奴らはほんとビジネスライクだから。
 街のそこらじゅうに水たまりはあるんだ。きっと一足先にミラーワールドに帰ったんだろう。
 にしても、ライドシューターぐらい残しておいてくれても良いじゃないか。意地悪いな。


776 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:38:54 WX2ApOvU0

 それにしても北海道だからか、本当に陽の沈みが早い。
 もう周りは真っ暗だ。どんどん寒くなってきやがったし。
 マジで眠い。
 こういう時は、金なんかより、手っ取り早く温まる毛布とかで良いから、謝礼が欲しいな。

 まぁすぐに、向こうから謝礼にくるさ。
 ガキどもが泣き笑いでさ、感謝の言葉を述べながら、心づくしのつまんねぇ品持ってきたりするの。
 普段は仕事の対価にそんなの御免こうむるんだけどさ。
 未来あるガキの青臭い感謝なんて、こっちの気が咎めるだけだから。


「まぁでも……、たまにはこんな謝礼も、アリかな……」


 なんか、そう言ったらちょっと、温まったような気がする。
 顔に、温もりが降り注いでくる。
 ゴローちゃんと一緒に、テラスで日光浴してるみたいな。
 楽しくて、ちょっと幸せな感じ。

 ……ああそうか。
 ヒーローってのはそんな仕事をしたい、大人のことだったのかもしれない、な。


【北岡秀一@仮面ライダー龍騎 失血死】


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


「北岡は……、お前が、大和にトドメを刺さないように。人殺しをしなくていいように、ずっと考えてくれてた……ってことだよな……」
「そ、んな、私は……、最後まで北岡さんに……」

 百貨店の屋上で、北岡がいたのだろう西の街を見下ろしながら、天龍と佐天は震えていた。
 佐天の脳裏に浮かんだのは、事あるごとに反発し、北岡へ辛辣な言葉と仕打ちを繰り返してきた自分の所業だった。
 そんな、ひどい感情ばかりをぶつけていたというのに、相手は最期まで自分のことを慮ってくれていた――。

 北岡秀一の語っていた、『大人』と『ガキ』という単語が、佐天の心に、重くのしかかった。


「最後ってんなら――、来い、涙子!! 来ないとまた後悔するぞ!!」
「え――」


 天龍は西側フェンスから、急いで踵を返した。
 ただならぬ様子の手招きに従い、佐天は抉れた床を風に乗って飛び越え、北の方に散らばる瓦礫の方へ向かう。


「ウィルソン……! おいウィルソン……! せめて涙子に、何か言ってやってくれ……!!」
「え、ウィル、ソン……、さん……?」
「フフ……、わしよりも、話すべき者が、いるんじゃないかね――?」


 佐天の眼からは、死んでいるようにしか見えなかったウィルソン・フィリップスが、その時微かに口を開いていた。
 跪く二人の少女に、彼が折れた腕で指し示したのは、ほとんど右半身を抉られた、アニラだった。

「皇が――!?」
「この、傷で――!?」

 両者は驚愕した。
 だがその瞬間確かに、破壊されなかったアニラの左眼が、微かに瞬きをした。
 脳を半分抉られながら、体からほとんどの血液と臓器を奪われながら、独覚という彼の存在は、未だ微かにその命を此岸に繋いでいた。

 彼は、佐天涙子が目の前にいることを見て取ったのか。
 笛のような、本当に細い声で、囁いた。


「佐天女史の痛みを……、推し量れなかったこと……。不用意に関わりすぎてしまったこと……。深く、謝罪いたします……」
「そんな――、違う……ッ! 皇さんに謝らなきゃいけないのは、私で……!!」
「……自分は佐天女史を、『独覚』にしてしまいました……」
「本当にバケモノだったのも私……!! 皇さんは、悪くなんてない……!!」

 佐天は声を震わせ、アニラの体を抱き上げる。
 ぬるつく血の感触も、刺々しい鱗の感触も、全く気に掛からなかった。
 自分の体にその棘が刺さるほどに佐天は、アニラを抱きしめた。
 その命が、これ以上体から流れ出ないようにと、きつく抱いた。

「――やはり、痛く、ない……」
「でも、謝るより先に言わなきゃいけないことがあって。本当は、私は……!!」

 溜息のように、アニラは語った。
 佐天は叫んだ。目を見開き、嗚咽のように叫んだ。
 しかしもう、アニラの眼は、佐天のことを見てはいなかった。


「終わる時くらいは……、痛みを、思い出せる……、かと……」
「こんなバケモノの私を救ってくれてずっと見放さず一緒にいてくれたあなたのことが……!!」


 溶けるように消えてゆくその笛の音の最後に間に合わせたくて。
 佐天は本当に早口で、肺が痛くなるくらい声を絞って、叫んでいた。


「本当に、大……」


777 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:40:22 WX2ApOvU0
 そして佐天の告白は、途中で止まる。
 口づけをするようなそんな距離で。
 自分にすら聞こえないくらいの小声で呟いていたあの距離で。
 叫んでいた自分の声が、その微かな笛の音を吹き飛ばしていたことに、佐天は気づいてしまった。

 もう、乾いてしまった彼の瞳は、鏡のように彼女の姿を映すことはなかった。
 黒い竜は、もう死神のように、彼女を眠らせてくれることは、なかった。
 わずかなその時間は、青い砂漠の風のようにすれ違い、消えてしまっていた。

「……ゆめ虚心坦懐であれ、佐天くん。キミのブレイブは、もっともっと輝けるのだから……。
 その『蒼黒色の波紋疾走』に呑まれることなく、わしらの代わりに……、どうか最後まで、生きてくれ……」

 アニラの体が軽くなってしまった後、ウィルソンは遅くなってゆく呼吸の下で、ゆっくりと言葉を紡いだ。
 天龍が彼の方に振り返るのにも、それと同じくらい、長い時間が必要だった。
 佐天は、彼の言葉を、背中で受けることしかできなかった。

「雨降る朝に、風の夜更けに、わしらはいつも祈っていよう。
 キミたちに眠るパワーアニマルが、常にブレイブを導くよう――」
「ウィルソン……、皇……、ありがとな……」
「あ、あ……」

 天龍の涙がその髭に零れ、上院議員の勇者ウィルソン・フィリップスは、微かにその顔を微笑ませて、逝った。
 佐天涙子から零れた嗚咽は、干からびて、ひび割れていた。


【アニラ(皇魁)@荒野に獣慟哭す 死亡】
【ウィルソン・フィリップス上院議員@ジョジョの奇妙な冒険 死亡】


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 ――いやだ。いやだ。
 こんな現実に帰るために、夢から戻ったんじゃない。

「あ、あ、あ、あ、あ――」
「おい――、涙子!?」

 誰も救えなくて、私だけ死ねなくて。
 そんな世界なんてあるか。

「待て、涙子……!! どこへ……!?」
「島風さん……、そうだよ……、波紋で、治療すれば、まだ、間に合うかも……」

 ウィルソンさんは言った。波紋疾走だと。
 その通りだ。私には波紋があったんだ。
 力も満ち溢れている。月も回っている。星も広がっている。
 ほら、呼吸をしさえすれば私の両腕には山吹色の光が灯る。
 屋上の岸を飛び越えて。
 赤い華の中の島風さんに。
 ほら、傷はあるけど、内側から盛り上がって銃弾が全部なくなっている。
 今からだって遅くない。
 島風さんは、帰ってくる……。

「……無理だよ」
「ほら……、こうやって……、『山吹色の第四波動』を流して……」
「……無理なんだって。涙子。島風は俺がさっき、看取った……」
「あ、波紋の量が足りないね。全部地面に流れちゃうなんて、あは、は、は……」
「無理なんだよ涙子――!! もう、この部隊は、俺と涙子以外、全滅しちまった――!!」

 後ろから、天龍さんに腕を掴まれた。
 天龍さんの熱い涙が、私の髪に、零れた。
 ああ――、そっ、か。

 みんな私の、気づくのが遅かったから。
 私が、あのバケモノと戦おうとしている間に、その命の灯を、消してしまった。
 みんな私が、殺意を抱いていたから――。

「うああああああああああああああああああああああああああ――!!」
「――っ痛ぅッ!?」

 そう悟った瞬間、私の手の山吹色は、正反対の青に変わった。
 私の骨を舐めて溶かすような、蒼黒い、邪悪な、けだものの色に。
 天龍さんが手を離して跳び退っていた。
 振り返れば、彼女の手の表面は一瞬で、酸でも浴びたように真っ白く爛れて、砂のように崩れていた。
 私の全身は、蒼黒い空気に包まれた。
 屋上は一面、どんどんと砂になって剥がれていく。

 ――ああ、誰か私に眠りを。安らかな眠りを。
 眠れぬ限り、世界は、きっと廃墟になる。

 たとえ宇宙を滅ぼす力を手にしても、私はあなたに届かない。
 想いは届かない。

 私の中の天井を通して見た星は。
 私の瞳のレンズに降りてきた星座は。
 世にも恐ろしい、殺戮の暗号だった。


778 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:40:52 WX2ApOvU0

 ――百億光年はるか彼方で、銀河を焼き滅ぼした蒼い業火。


 そう。
 月の光は。星の光は。みんな元から同じものだった。
 見たものを狂わせる、歪んだ光。
 私はきっとまた同じ、いや、あの時よりももっと取り返しのつかない、過ちを犯した。

 私は、泥を見なきゃいけなかった。
 地道で、ちっぽけで、優しい事柄の積み重ねを。微かな命の粒子を。
 這いつくばるようにして拾い上げて、掬い上げなくてはならなかったのに。


「――わ、私が……ッ、敵を殺す道じゃなくて、みんなを生かそうとする道を見ていたら……!!」

 ――この波紋の色も、違っていたのだろうに。


 涙が出ない。
 私の涙は最後の一滴まで、干乾びて崩れ落ちてしまった。

 大きく開いたままの私の目に星座は焦げ付いて。
 瞳の黒いガラスが、静かに、ひび割れる――。

「あ」

 私の立っていた屋上の床が、砂になって崩れた。
 私はそのまま下に、抵抗することも無く落ちていった。

 ――ああ、でもこれで皇さんのところに。
 初春と同じところに行けるなら、それも、いいかな……。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


「バッカヤロォ――!!」


 天龍の伸ばした手が、佐天涙子の腕を掴んだ。
 瞬間、熱した鉄に触れたような激痛が彼女を襲う。

「ぐ、お、お――!!」
「て、天龍、さ――!?」

 しかしその痛みを意に介さず、天龍は一気に強化型艦本式缶を湧かし、屋上へ佐天涙子を引き上げていた。
 そして引き上げるや否や、彼女はその右腕の激痛に、床の上をのたうちまわった。


「あっがあぁ――!! 痛ってぇえぇえぇえぇ……!!」
「ご、ごめんなさい、天龍さんを巻き込もうなんて――」
「よしお前は落ち着けぇぇぇ!! 深呼吸しろ!! その波紋を抑えろ!!」
「はぁ……っ、はぁ……っ……」

 天龍が押さえる右腕は真っ白になり、砂像になってしまったかのようにその表面がポロポロと崩れ始めてしまっていた。
 その姿を見つめながら、呼吸を意識し始めた佐天涙子の纏う光は、次第に山吹色のものに変わっていった。
 山吹色の光で、崩れかけた天龍の腕に触れると、そこには徐々に徐々に血流が戻り、わずかずつ肌の色が返っていく。

 天龍は、転落から引き上げられて落ち着きを取り戻した佐天へ、諭すように語りかけ始めた。


「あのな……、あの時、お前がウィルソンや皇の遺志を受けて目覚め、大和に攻撃をしてくれなければ、俺たちは本当に全員、死んじまってたんだ。
 北岡だってきっと、狙いをつけ切れなかった。お前は、救ってくれたんだ。少なくとも、俺の命を。
 みんなを生かすのなんて、どだい無理だった。お前はそれで、良かったんだ……」
「そ、う……、なのかな……」


 佐天の声は、震えていた。山吹色の光は、ウィルソン・フィリップスの力を受け継いでいてなお、消え入りそうに弱々しかった。
 天龍は唇を噛む。
 佐天涙子の姿は、かつての天龍自身と重なって見えた。
 徒労と解っていながら、既に死んでしまった者へ処置をしようとしてしまう姿も。
 先立ってしまった仲間への思いを断ち切れず、激昂してしまう姿も。

『天龍、パッチール、初春さん。この部隊は必ずしも全艦が「脱出」という目的地に行くわけじゃないと思うわ。
 ……だからどんな風が吹こうが、あなたたち自身で考え、見極め……、その風を「いい風」にしてね。
 そうすればきっと。部隊としてもきっと。皆の望む地へ、辿り着けるはずだから』
『……だからね。割り切って、天龍。ただで沈むつもりはないけど、私が轟沈しても、あなたには「関係ない」わ。
 旗艦なんだから、あなたが救うべき者は、ちゃんと見極めて、ね?』

 だが、今の天龍は、旗艦だった。
 風の中の声に応えるように、天龍は震える僚艦を、強く抱きしめていた。


779 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:41:38 WX2ApOvU0

「……信じろ。俺はこの部隊の旗艦なんだ。俺を信じろ。辛いことは、苦しいことは、全部俺の、責任にしちまっていいから!!」


 掻き抱いた女学生の体は、今にも折れてしまいそうに華奢だった。
 こんな少女が、こんな血塗れの戦場に出され、身に余る巨大な力を得てしまった心情たるや、如何ばかりか。
 もともとが血塗れの戦場を遍歴した巡洋艦で、少女の体になってしまったからこそ力が身に余ってしまっただけの天龍とは、その心への損傷は比べ物にならないはずだった。

 抱かれるがまま、返事をする魂すら抜けてしまったような佐天を、励ますように天龍は言葉を継ぐ。


「それに……、全滅とは言ったが、まだそれは確定しちゃいない。特に、お前の朋友の初春飾利は、殺されたんじゃなく、連れ去られた」

 初春というその名前に、佐天はハッと顔を上げる。

「初春が……!? 生きてるの……!?」
「ああ、たぶん。お前の言ってた、江ノ島って女の操る機械が連れ去った。ただで殺すつもりじゃないに違いねぇ」
「わかった……!! 行く……!! 必ず……、助ける……!!」


 佐天は熱に浮かされるように、天龍の胸からふらふらと歩き出し始める。
 そしてその眼は、砂交じりの風が吹く屋上の光景を見回し、止まる。


「――、でも、その前に……。みんなを埋めてあげたい……。金剛さんみたいに、眠れるように」
「……そうだな、連れて行こう。弔える場所まで」
「そうしないと……、もう私は、人間じゃなくなってしまうような、気がするから」


 振り向いた佐天は、天龍に向けてその右手を差し出した。
 モノクマに指を折られ、包帯が巻かれていた手。
 掴んだ天龍の腕を噛み、砂に変えかけてしまったその手。
 ウィルソンの波紋で治癒したはずのその手の指を見て、天龍は瞠目した。

 ――佐天の人差し指と中指は、鉤爪のように曲がり、魚か爬虫類のような鱗に、覆われていた。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 私は天龍さんに後押しされるように、百貨店を降りていた。
 皇さんの、ウィルソンさんの、島風さんの遺体を、それぞれ死体袋のように、デイパックに詰めて。
 崩れた屋上から、皇さんのように『分子間力(ファンデルワールスフォース)』を使って、フロアの階段へ道を辿った。

 百貨店の周りの氷には、一切の死体も、生きている人間も、いなかった。
 東側には、あの、怪物となった大和さんが落ちたらしい、大きな血飛沫の花が咲いている。
 その致死量の血は、斜面を滑って氷の丘の下へ流れている。
 きっと大和さんの遺体も、そうして隣のエリアの街の方へ、流れて行ったのだろう。

 そして西側には、東のものよりは小さな血溜まりがある。
 天龍さんが言うには、そこが、天津風さんが転落し、初春が連れ去られた位置なのだという。
 もっと言えば、私が気絶して吹き飛ばされたフェンスの位置も、この真上だったろう。


「血の……、臭い……」


 私は天を仰ぎ、大きく息を吸い込んだ。
 初春はケガをしているのに違いない。

 血を。
 血の臭いを。
 今まさに血が流れている位置の臭いを、嗅ぐ。

 吸い込む息の中に、ぎらぎらと星座が舞う。
 鼻腔の中に月が回る。
 私ならできる。私ならその位置を特定できる。
 そう、私だけの現実は、確信した。

「おい……、そんな、犬じゃねぇんだから、こんなのの臭い嗅ぎ当てるなんざ……」
「私は、ここに来る前でも、噂やお金の臭いには、鼻が利いたのよ……」

 御坂さんと一緒に、路地裏でマネーカードを嗅いでいた時のように。
 頭の中に地図が広がる。

 そしてその地図は真っ赤に塗り潰される。
 ここから北の方に、まるで墨汁をぶちまけた書初めのように、大量の血が流れている状態が、私の脳裏には描き出されていた。

「北一面……すごい血の臭いが広がってる。それもここから北東に、すごく強い……」
「マジで、わかるのか……?」
「……きっとこれが、皇さんのくれた、罰、だから……」

 包帯の下で変形し、鱗を生じていた指を、私はじっと見下ろした。
 これは私が、心だけじゃなく、体まで本当のバケモノになるための、そんなキッカケの能力に、違いなかった。


「お前そういや……、金剛の肉を……皇が喰ったとか言ってたか? 今思えば、様子がおかしかったのはそのせいか……」


780 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:42:48 WX2ApOvU0

 その呟きを聞いて、隣で天龍さんが、思い当ったように溜息を吐いた。
 聞かれていた。
 皇さんに償わなきゃいけなくて。ついにできなかった、そんな酷い、バケモノの言葉を。

 でも続く天龍さんの言葉は、そんな後悔を掻き消すくらい、衝撃的だった。

「そんなの……、ガダルカナルじゃ、そう珍しくも無かった話だ」

 驚く私の肩を叩きながら、天龍さんは低い声で淡々といった。
 私とそう変わらない年恰好の彼女が、偉大な、矍鑠たる祖母のように、見えた。

「ここは戦場なんだ。もはや気にするほどのことでもねぇ。金剛がそのくらいで怨むわけねぇよ。
 むしろ『お肉は食べてもイイけどサー、脳を食べ忘れたら、NO〜なんだからネ♪』くらいの冗談をかます余裕はあったと、俺は思う」
「ふ、へ……」

 天龍さんは真顔でそんなことを言う。
 笑って良いのか悪いのか反応に困った。
 私の気を楽にしてくれようとしているんだろうけど。不謹慎じゃないのか。
 いや、私が言えた立場じゃないんだけど。


「涙子、知ってるか……? 仏教の独覚ってのは、自分一人だけのために悟りを開いた、『誰も救わない仏』のことを言うんだ。
 皇は、独覚の兵なんかじゃない。お前が皇と同じ存在になったところで、お前はバケモノなんかじゃない。人間だよ」


 誰も救わない仏――。
 天龍さんが最後にそういった言葉が、頭の中に渦巻いた。

 人の形。人の顔。子供。
 でも顔は大人。
 体格は子供なのに、顔だけは中年の男の顔。
 学園都市に来る前に、見た事がある姿――。
 

「北東だな……? よし、すぐに行こう、涙子。飾利……、いや、他のやつらも、助けられるだけ、助けだそう」


 私は天龍さんの後について、氷の上を裸足のまま、のろのろと歩き始めた。
 受け取った荷物が。
 皇さんとウィルソンさんを詰めた、両肩のデイパックが、私にはとても重かった。


『ウィルスは、些細なきっかけに過ぎません。脳の中に、体の中に、心の中に、「独覚兵」という存在は誰の奥底にも眠っているものだと思われます。
 それは自分自身の本質でありながら、最も自分自身とは遠いものであります。
 佐天女史は、それを呼び覚ましてなお、自分自身である自信がありますでしょうか』
『カンノン……。仏教における女神の一人だな。それで、佐天くんは、彼女に対してどうしたのかね?』


 あの人たちの声が聞こえて、私は気づいてしまう。
 仰ぎ見た空は青く晴れていて、まだ月も、星も、出ていなかった。

 あの嘲り顔の仏。
 自分自身すら救わない、歪んだ仏。
 私が自分の夢の中だけで見たその仏が、自分の無意識の正体だったとするなら。


「……本当の『独覚』だったのは、最初っから、私だったんだわ……」


 ――『月』は、ウイグルの山地の北方を過ぎて寒々としている。


781 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:43:23 WX2ApOvU0

【C-4 氷結した街/午後】


【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:深仙脈疾走受領、アニラの脳漿を目に受けている、右手示指・中指が変形し激しい鱗屑が生じている、衣服がボロボロ
装備:raveとBraveのガブリカリバー
道具:百貨店のデイパック(『行動方針メモ』、基本支給品、発煙筒×1本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、缶詰・僅かな生鮮食品、簡易工具セット、メモ帳、ボールペン)、アニラのデイパック(アニラの遺体)、カツラのデイパック(ウィルソンの遺体)
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:初春……、初春……、初春……。
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助けたい。のに……。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『蒼黒色の波紋疾走(ダークリヴィッドオーバードライブ)』……。
5:本当の独覚だったのは、私……?
6:ごめんなさい皇さん、ごめんなさいウィルソンさん、ごめんなさい北岡さん……。ごめんなさい……。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになってしまいました。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。
※アニラのファンデルワールス力による走法を、模倣できるようになりました。
※“辰”の独覚兵アニラの脳漿などが体内に入り、独覚ウイルスに感染しました。
※殺意を帯びた波紋は非常に高い周波数を有し、蒼黒く発光しながらあらゆる物体の結合を破壊してしまいます。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。


【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破、キラキラ
装備:日本刀型固定兵装、投擲ボウイナイフ『クッカバラ』、61cm四連装魚雷、島風の強化型艦本式缶、13号対空電探
道具:基本支給品×2、ポイントアップ、ピーピーリカバー、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL、サーフボード、島風のデイパック(島風の遺体)
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:涙子の嗅ぎ当てた方向に向かう。
1:……でもそんな大量の血が流れてるなら、絶対に飾利、だけじゃねえよな……。
2:迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
3:金剛、後は任せてくれ。俺が、旗艦になる。
4:ごめんな……銀……、島風、大和、天津風、北岡……。
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※ヒグマ製ではないため、ヒグマ製強化型艦本式缶の性能を使いこなしきれてはいません。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


782 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:43:56 WX2ApOvU0

 鼻腔の中に、愛が回る。
 あの方の臭いが、確かに届く。


「あ……、提、督……」


 街の向こうに、氷の向こうに、提督が走っていった、臭いが残っている。
 それに気づいた彼女は、ずるずると千切れかけた体を引き摺って、地面を這い、その道の向こうへ、歩んでゆく。


「直ったんですね……。元に、戻ったんですね……! ヤッパリ、大和は……、間違って、ません、でした……」


 もう、目の前は真っ暗になって、良く見えない。
 足元も、何の地面を踏んでいるのか、良く解らない。
 どれだけ体が、提督からもらった体が残っているのかも、良く解らない。


「今……、大和が、行きます、カラ……」


 それでも戦艦ヒ級は、身を起こし、進んだ。
 血塗れの残骸になりかけても、愛しいあの方のもとへ。
 傷だらけの大和を引き摺って、そうして彼女は、切々とひしりあげる。


 ――恋する人は、あともう少しだけ、眠れない。


【C-4 氷結した街/午後】


【戦艦ヒ級改flagship@深海棲艦】
状態:瀕死、大破、出血多量、燃料漏れ、内臓大量損失、装備大規模損失、精神錯乱
装備:全損
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:提督……、提督……、提督……。
1:良かった……、提督、直ったんですね……。
2:ヒグマ提督が悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、それを奪還してみせる。
3:あの男の人は、イイヒトだった。大和の友達です。
4:私を助けてくれたメロン熊さんはイイヒト。大和の友達です。
5:皆さんが悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、正気に戻してあげなくちゃですね!
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました
※金剛の死体を捕食したことでヒグマ30〜40匹分のHIGUMA細胞を摂取しました
※その影響でflagship→改flagshipに進化しました
※『九割九分七厘五毛の全力』、『蒼黒色の波紋疾走』、『エンドオブワールド』その他諸々を受けて装備は全壊し、機関部は抉られ、致命傷を負いました。


783 : 不眠の力 ◆wgC73NFT9I :2015/08/02(日) 13:48:33 WX2ApOvU0
以上で投下終了です。

続きまして、初春飾利、天津風、パッチールで予約します。


784 : 名無しさん :2015/08/02(日) 23:14:55 hXkGRCzs0
投下乙
子供のために何かを遺すのが大人の仕事なのかもしれない
島風、アニラさん、北岡先生、ウィルソンフィリップス上院議員……
ああ…とうとう対主催グループの一つが壊滅してしまった…
とても大きなものを背負ってしまった天龍と独覚になりつつある佐天さん
いよいよ最終局面に来つつあるのか
命と引き換えの全開の必殺技の応酬で不死身とはいえ流石に瀕死の
大和さん。いよいよヒグマ提督の物語も終わりを迎えてしまうのか


785 : ◆wgC73NFT9I :2015/08/09(日) 23:16:50 HUDNjqB.0
予約を延長します


786 : 名無しさん :2015/08/14(金) 17:13:31 ZQTS/fJQ0
なるほどヒグマのずいずいはカタパルト無しで無理矢理改造したから
改二だけど見た目が変わってないのか←今回のイベントで分かったこと


787 : ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:06:41 QiUL1RK20
改造どころか改二を直接建造されてますしね。艦載機200機載りますしね。

予約分を投下いたします。


788 : 名無しさん :2015/08/15(土) 12:08:21 QiUL1RK20
 1944年1月16日。
 駆逐艦天津風はヒ31船団の護衛任務を行っていた。
 その日南シナ海上で、アメリカ潜水艦「レッドフィン」を発見した彼女は、砲撃を加えつつ単艦で接近したものの、あと少しの所で日が暮れ、見失ってしまう。
 船団が襲われる可能性を考え、攻撃を打ち切って舵を切った瞬間、天津風は自艦に4本の魚雷が迫っていることに気付いた。

 躱すこともできずに命中。大破、航行不能となった彼女の船体は、荒れた海の上で真っ二つにねじ切れてしまっていた。
 体の半分の沈没は避けられず、古川文次第十六駆逐隊司令以下76名が戦死。僚艦は船団に残る唯一の護衛艦だったため救援に来る事も出来ず、天津風は漂流する事になった。
 かろうじて移動できたのは艦長、田中正雄中佐を始めとする30名程度に過ぎず、指揮系統もほぼ壊滅状態だった。

 艦橋もろとも海図や六分儀等を喪失していたため正確な遭難位置さえわからず、雑誌付録の地図から無理矢理推定して救援を求めたが、案の定被雷位置が100海里もずれており、発見されなかった。
 千切れ飛び行動不能となった体半分で何日も漂流していた彼女はもちろん、食料も乗員の体力も、生き残る希望さえ尽き果てようとしていた時だった。

 田中艦長が、一人何かを作っていることに彼女は気づく。

「……艦長、こんな時に、一体何を……?」
「『銛』だ」
「銛……?」
「そろそろ夕食の時間だろう? 魚焼く感じでいいよな?」
「……まさか、艦長!? この海には、フカがいるのよ!?」

 彼は即席の銛のみで海に臨み、尽きる食糧を補うために魚を獲って来ようというのだ。
 人食いのサメが犇めく南シナ海の洋上で、である。
 海に飛び込んだ古川司令たちが次々と波間に消えていったあの日のことを思い出し、天津風は震えた。

 だが艦長は、天津風に向けて笑っていた。


「なぁ天津風、覚えているか、つい2か月前の鉄底海峡」
「……忘れるわけないじゃない、あんな大怪我……」


 1943年11月12日、第三次ソロモン沖海戦。
 探照灯を照射して砲撃を開始していた天津風は敵艦の目標とされ、大破孔32箇所、小破孔・弾痕無数、第二缶室に被弾・浸水して左舷に14度傾斜するという満身創痍の損傷を受けた。
 天龍に「お前はお前であの距離で殴り合って、その上で『あの状態』で生還してきたんだからすげぇよ」と言わしめた、『あの状態』である。

 戦死者45名、負傷者31名の大打撃、おまけに舵が故障するという絶望的なその状況で、彼女はなんと、応急『人力操舵』によって鉄底海峡を脱出、部隊と合流することに成功していた。
 その時の艦長もまた、この田中正雄中佐だったのである。

 本来この1月には、艦長は彼から新任の少佐に変わっているはずだった。
 しかしその変わるべき少佐は、1月14日、駆逐艦漣艦上で戦死し、未着任だった。
 だからこの時の彼女を操る艦長は未だ、田中正雄中佐に他ならなかった。
 数奇なめぐり合わせだった。


「行くべき道を決めるのは、魂の構えだ。あの時できて、今回できないわけがない。
 断じて為せば鬼神もこれを避く。支那海上、天気晴朗。……いい風じゃないか、天津風」
「……艦長」


 田中艦長は、胴体が真っ二つになって風通しが良くなってしまった天津風の上に、銛を持って佇んでいた。
 張り裂けたはずの缶室が、熱くなったような気がした。


「そもそもお前は、始めから色々と伝説の多い艦だっただろう。思い出せばいいさ、あの時のことを」
「……そうね。爾後そうするわ、艦長」


 漂流一週間後、田中艦長は無線波を各通信隊に方位測定してもらうことを決断する。
 敵潜をおびき寄せて航行不能の彼女を的に晒しかねない危険な賭けに、田中艦長と天津風は勝った。
 電信の空でまたたく星に、応答の声が届いた。
 航路を急ぎ、船は来た。
 駆逐艦朝顔の差し出してくれたおにぎりに、天津風は涙した。

 はぐれた声を、捨てられてたもの全てを連れ戻す回収船――。
 そんな根源の、模写になろうと、その時彼女は心に決めた。

 焼き魚は、艦娘となった今でも天津風の得意料理である。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


789 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:09:36 QiUL1RK20

『こ、コンナ所で大和は沈みマせん! 次は直撃サセマス!!』
『――島風!? おい、どうして……!!』
『海、ゆかば……。水漬く屍……?』
『う、う、島風くん……!? わ、わしが、見えて、おらんかったのか……!?』

 百貨店屋上の音声が、初春飾利の耳元に響いていた。
 全身をテグスで縛られ、地に押し倒された彼女に、否応なくその悲痛な絶望は聞こえてきてしまう。
 佐天涙子と彼女が作り上げた氷の街並みを過ぎた場所、湿ったアスファルト道路の礫が、彼女の柔肌に食い込む。
 彼女の周りを取り囲む数十体にものぼる小熊型ロボット・モノクマが、下卑た笑いと共に彼女に囁きかける。

「ほ〜れ、よく聞こえるねぇ初春ちゃん。じわじわじわじわ、塩田に迷い込んだナメクジみたいにやつらが絶望に堕ちていく様がさぁ……」
「……江ノ島さん、絶望的なのはあなたの比喩のセンスです」
「うるせェ!! 調、子に、のる、なっ!!」
「――ぁが!? がっ、ぐっ、ぐふっ……!?」


 反駁した彼女の頭を、モノクマは即座に掴み上げて、何度も何度も地面に叩き付けた。
 顔の真ん中でぐちゃりと嫌な音がした。
 ぬるぬると生暖かいものが口元まで垂れて来て、苦い。血の味がする。
 鼻が折れていた。

 モノクマは気を失いかける初春の前に、小型のスピーカーを突き付ける。
 百貨店の6階フロアに、モノクマたちが仕掛けていた盗聴器による音声だった。

 そこからは島風の、天龍の、ウィルソン・フィリップスの、戦艦ヒ級の、絶望的な狂騒が休符なく聞こえてきてしまう。
 それはどうやっても覆せそうにない、展望のない終末に聞こえた。
 初春の眼は、潤んだ。


『――見捨てるの、か……』

 スピーカーからは、魂が抜けたように呆然とした、天龍の呟きが聞こえていた。

「……私が泣けば、満足なんですか……?」
「そうだねぇ〜、素直に初春ちゃんも絶望してくれるなら、私様も割と満足よ〜。
 みんな死んじゃったら寂しくないように、最初で最後の女の悦びで涙を流している姿をネット上に流してあげるからね〜」

 初春は、その言葉で、泣いた。
 モノクマという絶望の山に取り押さえられながら、さめざめと泣いた。
 そして泣きながら、考えた。


 ――江ノ島さんは一体、何が目的なんだ……?

 血と涙と泥に塗れ崩れた顔の裏で、初春は静かに思考を廻らせる。

 あの屋上からわざわざ私だけを攫い出したのには、絶対に何らかの意味があるはずだ。
 個人的な怨みとはいうけれど、江ノ島さんは基本的に、手抜かりこそあれ非常に周到で頭のいい人だ。
 こんなロボットたちを使役して反乱を成功させ、あの北岡さんにクソガキ認定されるくらいなんだから間違いない。

 恐らく、江ノ島さんはあのまま私を屋上で、天龍さんのご友人に殺させるわけにはいかなかったのだ。
 最終的に殺すにしろ、その前に何か――、例えば、私に確認を取っておかねばまずい何かが、存在しているはず……。


「お、初春ちゃんイイモン持ってんじゃ〜ん」

 その時、モノクマたちの一部が、初春のデイパックを物色していた。
 中から大ぶりのサバイバルナイフを取り出し、モノクマはそれをピタピタと初春の頬に当ててみせる。
 アニラが彼女に渡していた、8寸もある長大な山刀だ。

「そんでパソコンもはっけーん! いや〜、これが私様が乗っ取り損ねたアレだよ〜。見つかって良かった良かった」

 続いてモノクマは、デイパックからノートパソコンを取り出し、それを起ち上げ始めた。
 

「な、何が……、良かったんですか……」
「いやぁ、だってさ〜、自分の赤裸々な姿が見られるのは恥ずかしいじゃん?
 初春ちゃんはネット上に自分の恥ずかしい姿が出たら嬉しいかも知れないけど、私様はデリカシーあるし。だからデータ削除しとこうと思ってさ〜」


790 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:10:22 QiUL1RK20

 涙と共に問うた初春の言葉に、なんでもないことのように、モノクマは答えた。
 だがその瞬間、初春は察した。

 ――この人は、自分の記録が流出することを、恐れている!!

 それは記録映像のことかもしれない。
 もしくはモノクマロボットの内部構造のことかもしれない。
 もしくは既に、初春が『対江ノ島盾子用駆除プログラム』を作成していることすら想定しているのかも知れない。
 とにかく江ノ島盾子という少女は、それらの全てをこの場で消滅させるべく動いているのに違いない。
 それはつまり裏を返せば、それらの要素こそが、この黒幕の少女の弱点を突ける数少ない切り札だということを示しているのに他ならなかった。

 パソコンの起動音が鳴る。
 モノクマの指がキーボードに掛かろうとする。

 ――消されてしまう。

 そう思った時、初春は笑っていた。
 口の端を吊り上げて、三日月のように歪んだ笑みで、笑った。


「……残念ですけど、それはもう、コピーしちゃいました……」


 瞬間、モノクマの態度が一変した。
 表情の変わらぬロボットから、明らかな狼狽の感情が、溢れた。

「なっ、にっ――!? どこだ!? どこにコピーしたってんだ!? どこまで解析しやがった!?」

 当たりだ――!!

 初春はボロボロの体で、精一杯虚勢を張って作り笑う。
 歯ぎしりが聞こえそうなモノクマを、初春は、煽った。
 それは危険な賭け。
 彼女にできる、精一杯の時間稼ぎだった。


「く、ククッ、うぷぷぷぷ……、言うわけないじゃないですか、おっかしい……。
 いい気味ですねぇ江ノ島さん、絶望に染まるのはあなたの方ですよ……」
「……ハッタリだな。ハッタリに決まってる。百貨店から一歩も出てないてめぇが外部に連絡できるわけない。
 リムーバブルメディアにコピーしてたとしても、あとで百貨店を爆破でもすりゃ終いだ……!」
「へー、案外おつむが足りませんねぇ、江ノ島さん? 電磁波浴びすぎて脳ミソが味噌汁になっちゃいましたか?」
「――……もういいや。とりあえず死ねよ」


 駄目――!?

 モノクマの口調はそして、やはり唐突に醒めた。
 暗いツンドラのような冷淡さで、モノクマは初春の山刀を振り上げていた。
 初春の言葉がハッタリだと見破られたわけではない。
 それでも直ちに、江ノ島盾子はこれ以上初春飾利に付き合う行為が時間の無駄だと、はっきり断じていた。
 物よりも先に、その全容を脳内に入れているだろう初春を殺害することが肝心だと、江ノ島は冷徹に断じたのである。


『フルルルルルルルル……』


 だが初春が死を覚悟して目を閉じた瞬間、耳元ではっきりと、とてつもない近さで獣の吐息が鳴った。
 それは月に昇っていく透き通った剣のような声。
 昔、確かに聞いたような、狩りの心を呼び起こすような歌だった。
 モノクマの動きが驚愕に止まる。初春は目を見開いた。


「――なにィ!?」
「皇さん――!?」
『……勝つのは我々であります、初春女史。迎えは、行きました』


 静かな笛のようなアニラの囁きの後、耳をつんざくような破壊音が響いた。
 それを最後に、初春に突き付けられていたスピーカーは、一切の音を奏でなくなった。
 百貨店の盗聴器が発見され、破壊されたのだ。

「んなぁ――!?」

 モノクマたちは一斉に東の百貨店の方角を見上げた。
 聳え立つ百貨店の壁面を、黒い竜が高速で走り抜けていた。
 そして、彼が屋上の南側に戦艦ヒ級の巨体を引き倒す様が、遥か下の地面からでも微かに見て取れた。


「……ええ、きっと勝鬨を送るわ、皇さん」


 そして次の瞬間、百貨店を見上げていたモノクマたちが数体、飛来した槍のような金属柱に、背後から串刺しとされていた。
 凛とした少女の声が、アスファルト道路の上に響く。


「ヒトゴーマルマル!! さあ、『鱶狩り』の時間よ――!!」


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


『あ、天津風さん――!? 本当に、こんな状態で、あのロボットたちに勝てるんですか!?』
『勝てるか勝てないかじゃない。勝つのよ。そして私たちの勝利は何も、奴らの殲滅じゃないわ、パッチールさん!』

 駆逐艦天津風は、氷上を走っていた。
 背に乗せたパッチールと唸り合いながら高速で駆ける彼女は、下半身が胴体から捩じ切れて、なくなってしまっている。
 彼女は腰から下に、艦首を備えた連装砲くんをベルトで繋いで体の支えとし、手だけを使ってスノーモービルのように、凍った津波の上を滑走していた。


791 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:10:50 QiUL1RK20

『……私は、さんざん流れた時の道に独りで、展望もわからずにはぐれたわ。
 あの時迎えに来てくれた回収船に、今度は私たちが、なる番。……準備はいいわね?』
『作戦は頭に、入れてます……。で、でも……、こんなボクで、できるか……』
『ふふ、船とは乗るものよ? 私という大船に乗ってるんだから、敵が強大に見えても、どっしり構えておけばいいの』

 自分の首筋にしがみつき震える小さな船員に、天津風は微笑んだ。


『……ねぇ、私が以前、とてつもなく巨大な相手を目の前にした時に下された命令、教えてあげましょうか?』
『……何ですか?』
『――「飛び越えろ」よ!!』


 そう叫んだ天津風は、氷上を力強く踏み切っていた。
 崖のようになった氷の斜面から高く空中に舞い上がった彼女の眼下に、建物の隙間に覗くアスファルト道路の上で、黒山のようになっているロボットの群れと、その中心で縛り上げられている少女の姿が映る。

「――なにィ!?」
「皇さん――!?」
『……勝つのは我々であります、初春女史。迎えは、行きました』


 聞こえる声は、百貨店の6階から、走る自分たちを見下ろしていた、僚艦の伝令だった。


「……ええ、きっと勝鬨を送るわ、皇さん」


 首筋にしっかりとパッチールが掴まっていることを確認して、天津風は優雅に上空で宙返りをする。
 同時に背中からぞろりと抜き放たれたのは、屋上のフェンスの支柱を折り取って作り出した、何本もの即席の『銛』だった。
 凄まじい膂力で上空から放たれたその銛は、山となるモノクマを何体も一度に貫いて突き刺さる。


「ヒトゴーマルマル!! さあ、『鱶狩り』の時間よ――!!」


 モノクマたちの瞠目を一身に受けて、天津風はアスファルト道路に降り立つ。
 人を食うロボットが犇めく前線で、彼女は猟奇的な笑みと共に銛を持って佇んでいた。

 田中艦長を始めとする天津風の乗組員は、一週間に及ぶ漂流中、食糧が底を尽きる中、寄ってくる人食いのフカを、即席の銛で突き、焼いて食べた。

 焼き魚は、艦娘となった今でも天津風の得意料理である。
 特に、サメ料理が、得意である。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「天津風さん――!?」
「な、なんでオマエ、ガァ――!?」

 モノクマたちは、疑問の声を発する前に薙ぎ払われた。
 次々と銛に突き刺され、串団子のようにされたモノクマたちの山は片っ端から天津風の怪力で叩き壊されてゆく。
 明らかに絶命していたようにしか見えなかった天津風の奇襲は、彼らを数秒間うろたえさせるには十分であり、その場のモノクマの優に半数を彼女が破壊するのにも十分であった。


「ク、クソ、死ね、初春――」
『「ばかぢから」っ!!』
「ぬあ!?」

 天津風との戦闘より先に初春の殺害に走ろうとしたモノクマの一部を、その時既に一段階こうげきが上昇していたパッチールの拳が抉る。
 彼は天津風の着地と同時に、ただ初春を目指して一直線に走っていた。
 モノクマはたたらを踏むも、ボディをへこまされることすらなく居直り、パッチールに拳を振り下ろす。

「うぜえんだよザコがぁー!!」
「『人力機銃掃射』ァ!!」

 だがその瞬間、猛烈な銃弾のフルオートが一帯を襲い、モノクマの山を再び大きく潰滅させる。
 銛を投げ尽した天津風が、今度はその腕に、アニラから受け取っていたMG34機関銃を構えて掃射していた。


『「ばかぢから」!! 「ばかぢから」!! 「ばかぢから」ッ!!』
「ぐ、ぬ、お、あ、あ、ぁ――!?」


 走りながらモノクマを殴りつけ道を切り拓いてゆくパッチールの拳は、一打ごとに威力を増していった。
 そして直後、完全破壊に至らなかったモノクマたちは、天津風の高精度の銃撃が悉く一掃していく。
 敵の交替に合わせて全く隙のない布陣で前後衛を敷くダブルバトルが、その場に展開されていた。

 ドラムマガジンに予備弾薬を給弾しながら天津風は叫ぶ。


「今よ! 行きなさいパッチールさん!!」
『「ばかぢから」ァ――!!』

 パッチールのアッパーは、初春の前に立ちふさがる最後のモノクマの首を、ついに一撃で跳ね飛ばしていた。
 初春は、血と泥に汚れた顔に、涙を流した。
 今度は、感動と喜びの、涙だった。


792 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:16:00 QiUL1RK20
「パ、パッチールさん……、助けに来てくれたんですね……」
『はい……、これでボクは、あなたの……』

 そして倒れていた初春へ、パッチールがその手を伸ばそうとした、その時だった。


「させるかぁ――!!」
『ぱあ――!?』

 突然、周囲の街の建物の陰から、一斉に何十体ものモノクマが飛び掛かっていた。
 それらは初春に向かっていたパッチールに一気にのしかかり、その物量を以て一息にパッチールを地面に押さえつけた。

「――ッ、増援!?」
「そうだよオラあぁぁぁ!!」


 即座に再び機関銃を構えた天津風に、モノクマたちの一部は散らかされた同型機の残骸を障壁として巻き上げ、その銃撃の到達を封じる。
 その間に、取り押さえられたパッチールはモノクマに両腕を踏み砕かれてしまっていた。

『ぱぁ〜!? ぱ、ぱあ、ぁがぁ……っ!?』
「調子こきやがってこのクソカスがぁ〜!! 魚河岸の腐った魚で作ったナルトよりも使えねぇ生ごみの分際でよぉ〜!!」
「パッチールさん!?」

 パッチールはそのまま手出しもできず、周りのモノクマたちから次々と足蹴にされ、雑巾のように跳ね飛ばされた。
 防御力が上がってなおそのローキックの連続は耐え難く、身動きもできない程に痛めつけられた上で、パッチールはよりによって初春の顔面に向けて蹴り飛ばされた。

「――あぐぅ!?」
『ぱ、あ……』
「ちっ、させないッ――!!」

 遠間の惨事に弾丸を届けられず天津風は舌打つ。
 残骸を巻き上げつつ攪乱してくるモノクマたちを、彼女は機関銃の二脚を掴み、セミオートに切り替えて1体ずつ確実に仕留め始めた。
 アモイに漂着した際に彼女が寄り来る賊を撃退し続けた、人力機銃掃射の真骨頂である。

「厦門港の匪賊撃ちを、舐めないでよ!!」
「舐めてねえよバァァァァァァ――カ!!」

 高速かつ精密な水平射撃で、天津風は増援の最後のモノクマの脳天にも銃弾を撃ちこんだ。
 しかし、そのモノクマは倒れなかった。
 最後のモノクマは、天津風の方を向いたまま、初春とパッチールの元へ、後ろ向きに走り出していた。
 背中に、もう一体のモノクマが、ぴったりと張り付けられていた。

「――ッ、盾!? 逃がさないわ!!」
「遅せぇんだよテストベッドォォ!!」

 天津風は走り行くモノクマの背に銃弾を撃ちこみ続けるが、ぴったり背に張り付けられた同型機を完全貫通するに至らない。
 地に落ちていた山刀が拾い上げられ、初春の上に振り上げられる。
 初春はもはや、呻くことしかできなかった。


「う、く……」
「死ねぇぇ――!!」
「初春さん――!!」


 モノクマの、天津風の叫びが、初春の耳に届いた。
 そして彼女の頬に、何かがそっと、触れる。

『受け取って、下さい……』

 それはフラフラと、痛めつけられた体を地に横たえていた。

『これがボクの……、心……』

 両腕を砕かれ、ボロボロにされた体で唇を寄せた彼は、パッチールに他ならない。
 彼へ最後に残されたもの。
 彼が最後に残していけるもの。

 そんな『バトンタッチ』の口付けは、彼女へと確かに、触れていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 モノクマが振り下ろした山刀は、途中で止まっていた。
 どれだけモノクマが力を込めても、それ以上、下にさがらなかった。
 モノクマの腕は、本当に華奢な少女の腕に、掴まれていた。

「パッチール……、さん……!!」

 初春飾利が、血塗れの顔に燃えるような瞳を怒らせて、身を起こしていた。
 彼女の体を縛っていたテグスが、ぶちぶちと引き千切られてゆく。
 モノクマはもがこうとした。
 だが、掴まれた腕はびくともしなかった。

 初春の体からは、溢れ出さんばかりの気力が漲っているようだった。
 こうげき6段階。
 ぼうぎょ6段階。
 最大限に高められた想いが、確かに彼女に繋がったことの、証だった。

「こ、の、ク、ソがぁ……ッ!!」
「江ノ島さん……、このロボットを私がどこまで解析したか……知りたがってましたよね」

 初春が呟いたと同時に、モノクマの腕は、軋んだ金属音を立ててひしゃげた。
 初春の握力が、それを握り潰していた。
 彼女はもう片手で、落ちた山刀を掴み上げる。
 アニラから託されたその守り刀を静かに眺め、彼女は意を決したように、叫ぶ。

「――教えてあげます! 今すぐに!!」


793 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:19:41 QiUL1RK20

 その刃先は、迷いなくモノクマの首筋に突き立ち、その頭部を分断していた。
 そしてそのまま返す刀で、初春は露出したモノクマの基盤に、そのナイフを深々と突き立てていた。
 甲高い悲鳴のような機械音を発して、そのロボットは完全に、機能を停止していた。


「や、やった……!! パッチールさん、初春さん……、とにかく良くやったわ!!」
「あ、天津風さん……、そんな、テケテケになっちゃったんですか……!?」
「……? さっきのは死んだふりよ? 上半身があるだけ前世よりマシだわ」


 天津風は荒い息を吐く初春の元に、連装砲くんの艦首を引き摺り、上半身だけの身をにじり寄らせた。
 常人では死んでいておかしくない重傷のまま行動している彼女に初春の顔は蒼褪めるが、当の天津風は平然としている。

「私より、一番の功労艦は、彼よ……。良く頑張ったわ……!!」
『ぱ、あ……』
「パッチールさん……!」

 屈み込んだ初春に抱え上げられ、パッチールはボロボロになりながらも微笑む。
 その姿を、初春は強く、優しく、温かく抱きしめていた。


「ありがとう……。ありがとうございます、パッチールさん……!!
 あなたが、私を救ってくれました……。本当に皆さん……、ありがとうございます……!!」
「……いいシーンだ。感動的だな。……だが無意味なんだよォ!!」


 瞬間、天津風たちの上にふと影が差した。
 彼女たちが見上げた視界には、上空のほぼ一面を埋め尽くすかのように飛び掛かってくる、数百体にものぼる大量のモノクマの群れが映っていた。
 街一帯に広げていたロボット部隊のほとんどを掻き集めてきたに違いない、圧倒的な物量だった。


「アバズレどもがァ!! そんなに絶望的に死にてえかァ――!?」
「……う、そでしょ……!?」


 天津風たちは、立ち尽くすことしかできなかった。
 それは天津風たち日本軍が直面した、覆しようのない物量差に感じられた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 映画やゲームやテレビドラマなどでは、裁判でよく証人尋問の際、弁護士が「異議あり!」などと叫ぶ姿を見かけるかもしれない。
 だが現実の裁判では、あまり異議申し立ては行なわれていない。
 誤解されがちなことだが、異議は証人が証言している最中に申し立てるものではなく、証拠調べにおける尋問の適不適に対して申し立てるものである。
 さらに異議を申し立てる際には、個々の質問ごとに、簡潔にその理由を示して、直ちにしなければならないとされる。
 これらが、現実の裁判で異議申し立てが行われない主因であると考えられる。

 平たく言えば現実の弁護士は、どのような場面で異議を申し立てればよいのかわかっていない上に、矢継ぎ早に放たれる質問へ即座に理由をつけて異議を申し立てられるほど刑事訴訟法や刑事訴訟規則の条文を頭に入れて反応速度を鍛えていないことが多い可能性があるわけだ。

 ただし勿論、優秀な弁護士であれば話は別だ。
 ある弁護士などはたった今、別件の裁判に意見書を提出しながら異議申し立てを行なおうとしている。
 その理由も簡潔だ。


Q:アバズレどもがァ!! そんなに絶望的に死にてえかァ――!?
A:異議あり。威嚇的又は侮辱的な尋問(刑事訴訟規則199条の13第2項1号)です。


 以上。
 その尋問は棄却される。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


794 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:20:26 QiUL1RK20

 その異議申し立ては、弾丸でできていた。
 ミサイルや砲弾、エネルギー弾やレーザー光線まであった。
 街道の西側から申し立てられた異議の束は、襲い掛かっていたモノクマロボットの雲霞を根こそぎ叩き壊し、砕けた金属片や塵芥を風に吹き散らして行った。


「な……!?」
『ぱ……!?』


 天津風たちは、突然の事態に硬直していた。
 そして数度瞬きをして、街道の西を見た。
 こんな攻撃をできる人物など彼女たちには、ただ一人しか思い浮かべられなかった。

 遠くの街並みには。
 一頭の緑色のバッファローが立っているように見えた。


「――、き、北岡さん……!?」
「う、初春さん、乗って!!」


 亡くなっているとしか思っていなかったその人物の影に、初春たちは色めき立った。
 散乱したデイパックの中身を纏めさせるや、天津風はその背に初春を跨らせ、連装砲くんの艦首を猫車のように曳く形でその緑色の巨体の元へ走り寄る。
 そこへ彼女たちが辿り着く直前に、バッファローの姿は、空中に溶けるようにして消えていた。
 その場に残っていたのは、左腕の千切れたスーツ姿の男性と、真っ赤な血だまりだけだった。


「北岡さん――!! しっかりして下さい!!」


 初春は、地面に倒れ伏しているその弁護士――、北岡秀一の元に駆け寄る。
 パッチールを天津風に預け、初春はうつ伏せに倒れている彼を必死に抱え上げた。
 上を向いた顔は、血の気も失せて真っ白になっており、眼からはもう、光が消えていた。

 助からない――。

 その事実が、初春の両腕に、重く抱えられた。
 眼からいくつも、大粒の涙が零れた。

 この弁護士は。
 この黒を白に変えるスーパー弁護士は。
 自分の命が尽きる寸前まで、自分たちの『弁護』という仕事を全うしてくれた本当の仕事人だったのだ。
 そう、初春は確かに理解していた。


「わ……、私は、私は何も、お礼できないのに……!! みんなこんなに、こんなになってまで護ってくれるなんて……!!
 どうすればいいんですか!? どうすれば、どうすれば……!!
 ありがとうしか、ありがとうしか、言えないじゃないですかぁ――!!」


 初春は、冷たくなった彼の体をきつく抱きしめた。
 涙の粒がいくつも、北岡の頬に落ちた。
 彼の口がふと、唇の端を上げ、笑った。


「まぁでも……、たまにはこんな謝礼も、アリかな……」
「ぁ――」


 震える初春の耳元で、北岡は確かに、そう囁いた。
 そして彼女は、彼の体から、魂の重みが抜けるのを感じた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「……行きましょう、初春さん」

 震える初春の肩を、天津風は目を閉じ、静かに叩いた。

「で、でも、北岡さんが……」
「……こんな風を、あの女も読んでくれてれば良かったんだけれどね」


 歯噛みする天津風の背後からは、アスファルト道路のあちらこちらから、また白黒のモノが、何体も何体も姿を見せ始めていた。
 走り寄ってくるそのモノクマというロボットの軍勢は、本当に無尽蔵であるかのようだった。
 天津風はただ粛々と、眼を見開く初春の腕に、死体の代わりにパッチールを抱えさせた。


「……よっぽどあの女は初春さんを殺したいらしいわね。新型爆弾の設計図でも持ってるのあなた?」
「――オ、マ、エ、ラぁぁああぁあぁぁ!! この江ノ島盾子、容赦せん!!」
「……乗って、初春さん。逃げ切れなくなる」
「う、あ、あ、あ、あ――」


795 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:22:41 QiUL1RK20
 初春は慟哭しながら、天津風の背に跨った。
 駆逐艦天津風は、千切れた半身に強化型艦本式缶を滾らせ、全速力でその腕を地に走らせた。

「待てェェ――!! 逃がさァァァん!!」
「――連装砲くん! 撃ち方、始めて!!」

 追いすがってくるモノクマの群れに向け、天津風の下半身にあたる位置を代替している連装砲くんが火を噴いた。
 天津風に走行を続けさせたまま、後方迎撃用の自律砲台となった連装砲は飛び掛かってくるモノクマを次々と撃墜してゆく。

「ひぃ、くっ――!?」

 至近距離で連続する爆風に、初春は身を竦める。
 天津風はそれを慮る余裕すらない。
 応急で連装砲くんの載る艦首を装着し、腕だけで走らざるを得ない彼女の体では、水上でもせいぜい20ノットを出すのが限界だった。
 なおかつここは接地抵抗の大きい路面。
 時間を追うごとに数が増えてさえいくロボットたちとの距離は、次第に縮まってくる。

 その先に展望は、見えない。
 唇を噛む天津風の額には、脂汗が浮いていた。

『「決死」の覚悟で、「必死」の絶望を、吹き飛ばす……』
「パッチールさん……?」

 その天津風の背、初春飾利の腕の中で、一頭の小動物が、微かに身を捩った。
 初春には理解できない、ヒグマの唸り声で、彼は呟いていた。
 天津風だけが、その口振りに、眼を振り向けた。

『ボクの願いは、この程度の痛みで諦められるものじゃ、ありませんから……』
「……」
「何を、言いたいんですか、パッチールさん……!?」
『乙女の姿……、留めてくださいね……』
「……」

 押し黙る天津風に向けて、パッチールは語った。
 天津風は、近くなってくる後方の音に、眼を閉じ、そして唸った。


『パッチールさん。武運長久を祈るわ』
『はは……、ありがとうございます』


 そして即座に、彼は初春の腕の中を、飛び出していた。

「あ――、パッチールさん!? パッチールさんッ!!」
「止めるな初春さん!! あれが彼の、魂の航路よ!!」

 走り去る天津風から転落して、パッチールはごろごろとアスファルトにすりおろされた。
 そして、急速に寄ってくるモノクマの群れの目の前に、彼はフラフラと立ち上がった。

 全身が傷だらけの彼はもう、まともに立つことすらできなかった。
 砕けた腕を振り、あちらにもつれ、こちらに傾き、何度も彼は足を踏み替えた。

「邪魔だどけぇぇ――!!」
「――ぱっぱっぱ……♪ ……ぱぱっちぱ♪」

 そして、彼の前に殺到したモノクマの群れは。
 ――一斉に体勢を崩し、アスファルト道路の上に倒れ転げていた。


「き、貴様ァあぁあぁ――!! この、ゴミナルトがぁぁ――!!」
「ぱっぱっぱ……♪ ぱぱっちぱぁ――♪」


 呻くモノクマたちの真ん中で、パッチールは笑った。
 フラフラと笑っていた。
 最後の力を振り絞って、魂を込めて、笑った。

 それは初めから彼の、得意技だった。

「お、のりゃぁあぁ――!!」

 満身創痍の彼と同じようにフラフラと立ち上がったモノクマの拳は、隣の同型機を叩き壊した。
 モノクマの拳の一部は、自分の首を吹き飛ばした。
 モノクマの拳の一部は、パッチールの体を殴りつけた。

「ぱっ……、ぱっ、ぱ……♪」
「やめろォォ!! 今すぐそのふしぎなおどりを止めやがれぇぇ!!」

 混乱しているモノクマたちの拳は、全てではなくともやはりパッチールの体を叩き、痛めつけた。
 一打ごとに、骨が軋み、肉が抉れた。
 それでもパッチールは笑った。
 踊りを、やめなかった。

 命令なんていらない。

 この踊りは。
 マスターと初めて出会った時から覚えていたこの踊りは。
 彼女を笑顔にさせたこの『フラフラダンス』は、パッチールが自分の意志で、捧げるものだ。

 戦いになんて出してもらえなくていい。

 こんな小さな体では力が出せないし、早く走ることも出来ない。
 進化したくても、いくら望んでもそう簡単に叶うものじゃない。

 でも、マスターのそばにいられるなら、それだけで十分だった。


「パッチールさぁぁぁぁぁぁぁーー――ん……!!」


796 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:23:34 QiUL1RK20

 遠くから、彼女の呼ぶ声が聞こえた。
 遠い幼い日の、淡い色の夢のように。
 あんなに大好きだったはずのマスター。
 日差しの中に隠された、あの時のマスターの声。

 古ぼけてにじんだ絵のような、思い出せないマスターの顔。
 もう景色は遠すぎて、彼女の姿は見えないはずなのに。
 それでも何故かその姿は、はっきりと彼の目の前に見えていた。

 伸ばした手を、彼女の指先がそっと掴んだ。
 パッチールの手は、もう砕けてなんて、いなかった。


 ――私が、あなたの『守護動物(パワーアニマル)』になってあげます。あなたも、私の『守護動物(パワーアニマル)』になって下さい。
 ――みんなで、一緒に踊りましょう……? みんなで、力を合わせて、答えを、出しましょう……?


 フラフラと踊り続ける彼の手を引いて、彼女は緑の森の中を、ゆっくりと歩いて行った。
 手を取り合い踊り、どこまでも続く木漏れ日の森を、パッチールと彼女は、ステップを踏んで歩き続ける。


 ――ああ、ボクは。


 パッチールは笑いながら、そっと口を開く。
 彼女の胸は、彼の魂を、柔らかに抱きしめる。


 ――あなたの守護動物に、なれましたか?


 大好きだったその顔は、日差しの中で花のように、優しく、温かく、パッチールへと微笑んでいた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「引き返して――! パッチールさんのところへ戻ってください!! 天津風さん!!」

 走り続ける天津風の背で、初春は叫んでいた。
 どんどんと遠ざかり見えなくなる白黒の山と、その中にいたはずのあの小さな子の姿を望もうと、初春は後ろに身を反らし続けている。
 天津風は眼を怒らせる。


「しっかり掴まりなさい初春さん!! 彼の魂を迷わせる気なの!? このまま、追撃を振り切るのよ!!」
「でもあっちには――!! 佐天さんも皇さんもウィルソンさんも、天龍さんも島風さんもいるんですよ――!!」
「ええそうよ!! それに大和だっているわ!! 彼女達なら絶対、全員目的地に辿り着けるはず!!」

 頭では初春も、向こうに戻ることなど到底できないだろうことは解っている。
 モノクマで封鎖された道路に突っ込んでいくことなど、もはや自殺行為に他ならない。
 しんがりを務めてくれたパッチールの意志を無にする行為だということも解っている。
 それでも初春は、この道に進む自分達の行動を、許せなかった。


「みんなを――、見捨てる気なんですか――!?」
「違うッ!!」


 悲痛な叫びを上げる初春に、天津風は走り続けながら、首を横に振る。
 初春を見上げた彼女の瞳は、底が見えないほど深かった。


797 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:24:02 QiUL1RK20

「――ある船は東に進み、また他の船は、同じ風で西に進むわ。西に進んだ船はみな、私たちと共にある」
「意味が……ッ、わかりません……!!」
「……私たちの中に、彼らは、彼女らは寄港した。だから私たちが、そのみんなを送り届けるのよ」


 死者の魂を、心を背負って生きていくのが生者の務め――。そう言っているのだと、初春には聞こえた。
 嗚咽が漏れた。
 今はその言葉が、ただの逃げにしか、聞こえなかった。


「〜〜ッ、そんなの……ッ、傲慢です!! 思い込みです!! エゴです!!」
「ええそうよ!! 私の竜骨(エゴ)が強くなかったら、一体どうして、ここまで沈まずにいられたというの!?
 70年以上前から私に乗ってきた幾百幾千の御魂を送り届けることなんて、絶対にできなかったわ!!」


 天津風の叫びは、燃え盛る石炭のように熱かった。
 背に跨る初春は、眼を落として固唾を呑んだ。

 下半身の千切れた天津風の胴体は、耳を澄ませば走るたびに、ぐちゃぐちゃとはらわたの乱れる音がした。
 動くたびに激痛が、動かずとも気を失いそうな苦痛が、彼女を苛んでいるに違いなかった。
 こんなになってまで、気の遠くなるような昔から人々を護り続けてくれた本当の仕事人は、彼女に他ならない。
 そう、初春は確かに理解していた。


「――あなたもよ初春さん!! あなただって見捨ててない!! 彼らの魂を救い上げたのは、紛れもなくあなたでしょう!?
 絶対に放しちゃダメ!! あなたが、あなたこそが彼らの勝利――! 彼らの、目的地だったんだから――!!」


 天津風は走り続け、吠えるように叫んでいた。
 噛み締められた唇からは、真っ赤な血が流れていた。

 その背中と、初春の胸との間には、確かについさっきまで、彼がいたはずだった。


『……まぁ。確かにマグナギガは雄牛だろうけども。それが何? 「守護動物(パワーアニマル)」って?』
『「ハイヤーセルフ(高次元の自己)」だよ。「アルターエゴ(もう一人の自我)」と言ってもいい。
 自分の生命力の源だ。恐らく、アメリカにおける仙道のクンダリニー(進化力)の概念だと、わしは思っておる。
 よくよく演繹してみれば、アニラくんの有様もわしらの有様も、恐らく近いものだ』


 北岡秀一と、ウィルソン・フィリップス上院議員の声が聞こえた。
 エゴ。アルターエゴ。高次元の自己。生命力。

 ああ、強いはずだ。と、初春は思った。
 自分が跨る、この小さくて大きな背中を持つ少女は、既に何人も、何千人もの人々の力に支えられて、今を動いているのだ。
 自分はまだ、どうしようもなく弱かった。

 残してきたみんなが、強く生き延びるだろうという可能性も、信じられなかった。
 死んでしまったみんなが、満足しているだろうという可能性も、信じられなかった。
 自分が誰かの役に立ち、誰かを守れるという自信も、なかった。

 それでもポケットには、ジャッジメントの腕章。
 デイパックには、生き延びるためのナイフ。
 耳には、あの微かな感謝の囁き。
 腕にはまだ、かき抱いていたあの子の温もりが、残っていた。

 自分が生き残らなければ、永遠に消えてしまうだろう、温もりたちだった。

「パッチール……、さん……っ」

 その温もりをずっと『定温保存』するかのように、初春は天津風の背に顔を埋めた。


「わ、私は……、あなたの『守護動物』に、なれたんです、か……?」
「ええ……。私が、保証する。船とは、乗るものよ。特に私には、大船に乗ったつもりで、いいから……」


 初春がすすり上げるにつれ、背中が熱く濡れるのを、天津風は感じた。
 次第にそのすすり泣きは、大きな号泣に変わって行った。
 それで良かった。

 こんな少女には、一人の重みだって重過ぎる。
 天津風や天龍が、70年以上も前に、何度も崩れ落ちそうになった重みだ。

 もう本当なら二度と、浮世の人々にそんな務めを負わせることは起きて欲しくなかった。

 だからせめて受け止められるだけ、その重みは天津風が受け止めたかった。

 涙は、明日まで取っておく。
 一人でも多くの生存者を、味方根拠地へと送り届けられるまで。
 一人でも多くの犠牲者を、魂の目的地へと導いて行けるまで。

 はぐれた声を、捨てられてたもの全てを連れ戻す回収船――。
 そんな根源の、模写になろうと、あの時彼女は心に決めたのだから。
 彼女はただ、人には解らぬ言葉で唸る。


『……戦友(とも)よ安らかに眠り給え』


 ――『風』は、チベットのような西方に連なって行動している。


【パッチール@穴持たず 死亡】


798 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:24:35 QiUL1RK20

【B-4 街/午後】


【天津風・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:下半身轢断(自分の服とガーターベルトで留めている)、キラキラ
装備:連装砲くん、強化型艦本式缶
道具:百貨店のデイパック(発煙筒×1本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、救急セット、タオル、血糊、41cm連装砲×2、九一式徹甲弾、零式水上観測機、MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発)、予備弾薬の箱(50発×2))
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0:まずは西側で初春さんへの追跡を振り切る……!!
1:ヒグマ提督は、きっとこれで、矯正される……。
2:風を吹かせてやるわよ……金剛……。
3:佐天さん、皇さん……、みんなきちんと目的地に辿り着きなさい……!!
4:大和、あんたに一体何が……!? 地下も思った以上にやばくなってそうね……。
5:あの女が初春さんをこれだけ危険視する理由は何だ……?
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※生産資材にヒグマを使った為、耐久・装甲・最大消費量(燃費)が大きく向上しているようです。
※史実通り、胴体が半分に捻じ切れたままでも一週間以上は問題なく活動可能です。


【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、こうげき6段階上昇、ぼうぎょ6段階上昇
装備:叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』
道具:基本支給品、研究所職員のノートパソコン
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助け、思いを継ぎ、江ノ島盾子を消却し尽した上で会場から脱出する
0:……必ず。こんなひどい戦争は、終わらせてやります。江ノ島盾子さん……!!
1:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:パッチールさん……、みんな、どうか……。
4:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
5:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
6:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。


799 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 12:29:04 QiUL1RK20
以上で投下終了です。
続きまして、武田観柳、阿紫花英良、操真晴人、宮本明、キュゥべえ、
フォックス、李徴、ウェカピポの妹の夫、隻眼2、メルセレラ、ケレプノエで予約します。


800 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/15(土) 21:16:14 QiUL1RK20
状態表に間違いがあったので初春の状態を訂正いたします。

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:鼻軟骨骨折、血塗れ、こうげき6段階上昇、ぼうぎょ6段階上昇

ですね。当該部分を差し替えます。


801 : 名無しさん :2015/08/17(月) 07:59:42 NK/t69420
投下乙
これが最後のフラフラダンス。お疲れ様ですパッチール
天津風がスケボーに乗った天使ケニー君状態に。魔法少女といい艦むすといいここの女の子達は根性が有りすぎる
北岡先生いい仕事し過ぎだぜ。多大な犠牲を払って得た勝利。さあどうなる?


802 : 回収船 ◆wgC73NFT9I :2015/08/22(土) 01:20:51 zpJ.TMRg0
予約を延長します。


803 : 名無しさん :2015/08/23(日) 13:55:59 tbZYI37k0
投下乙ですデパート屋上の戦い決着…!
多大な犠牲を払いながらも掴んだ勝利。最後を持っていく北岡さんが憎いね
艦むす勢に絡めて語られる大戦の逸話などもホントためになるしすごい
上院議員もアニラさんも、ヒグマを通して知り、大好きなキャラになった内の一人だったので
死んでしまって悲しいと同時に彼らの結末と受け継がれていくところまで読めたのが嬉しいんだぜ

パッチールも…最後のフラフラダンスで男気を見せると共にマスターとの思い出に振ってきて泣いてしまった
だんだん全力で相手しなければならなくなってるあたり江ノ島さんも少しは余裕がなくなってらっしゃるのだろうか
超電磁砲組と天龍は本当にいろいろ背負って次の局面へ。ヒ級さんもまだ終わらず。
普通のロワならクライマックスな場面が同時多発してるあたりがヒグマの恐ろしさ…この島の行く末にどきどきしながら次の話も応援します!


804 : ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:46:07 zXlmHuis0
長らく何の連絡もせずに予約を放置してすみません。
多忙につきなかなか書き進められずにおりました。
なんとかきりのよい所まで行きましたので、前半として投下いたします。


805 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:46:52 zXlmHuis0
 アピアヘ下り、街で馬車を雇って、ファニイ、ベル、ロイドと共に堂々と監獄へ乗りつけた。マターファ部下の囚人達にカヴァと煙草との贈物をする為に。
 鍍金鉄格子に囲まれた中で、我々は、わが政治犯達及び刑務所長ウルムブラント氏と共にカヴァを飲んだ。
 酋長の一人が、カヴァを飲む時、先ず腕を伸ばして盃の酒を徐々に地に灌ぎ、祈祷の調子でこう言った。

「神も此の宴に加わり給わんことを。この集りの美しさよ(ラ・タウマフア・エ・レ・アトウア・ウア・マタゴフイエ・レ・フェシラフアイガ・ネイ)!」

 但し、我々の贈ったのは、スピット・アヴァ(カヴァ)と云われる下等品なのだが。


(中島敦『光と風と夢』より)


    《KIMUN・KAMUY・YUKAR》


 阿紫花英良は、動けなかった。
 昼下がりの日差しが、阿紫花の黒い背中をじりじりと焼いた。

『おい、阿紫花!! 阿紫花、どうするつもりだよこれ、おい!!』

 男の切羽詰まった叫びが頭に響き回る中、彼は口の中の粘っこい唾液を呑み込むことすらできない。
 ビルの陰から窺う景色の先に、阿紫花の視線は吸い込まれている。


 ――二頭のヒグマが、ある一人の人間の死体に向けて、こうべを垂れていた。


『一体、なんだってんですかい、これは……』
『俺が聞きてえよ!! 早いとこどうにかしてくれ!! 李徴以上に気味が悪りぃ!!』


 頭の中に響く声は、その死体――、フォックスという男からのテレパシーだ。
 阿紫花英良の木偶(デク)としてながら甦ったその男が横たわるアスファルト道路に、まるでその死を悼むようにして、ヒグマは深く、長く、黙祷を捧げている。
 いや、それどころか実際に、彼女たちは、彼の死を悼んでいるのに違いない。

 橙色を帯びた明るい毛並みのヒグマと、紫色の毛並みの小柄なヒグマだった。
 彼女たち――李徴や小隻といった雄ヒグマとは違う繊細な所作からそう思っただけのことだが――の振る舞いは、ただひたすらに、阿紫花英良とフォックスの理解を、逸していた。

 彼女たちもまた、知性を持つヒグマなのか?
 知性を持つにしても、その獣性は如何にしたのか?
 そしてなぜ彼女たちは、人間の死体を見てまず、黙祷のような行為に及んでいるのか?

 十センチも離れていない傍らに鼻先を垂れられているフォックスは、死んだふりを続けたままピクリとも動けず、既に内心は恐怖と焦りで一杯だ。
 この距離ならば、彼の跳刀地背拳は間違いなくどちらかのヒグマの背後をとることができるだろう。
 しかし、よりによってここにいるのは二頭。

 跳刀地背拳は大地という強固なガードを背負い、前面の敵に全能力を集中することができる拳法だが、後方は完全な盲点となる。
 一頭の背後を取ったところでもう一頭に対しては隙だらけな上、その奇襲は二度同じ相手に見せられるような代物ではない。
 それなのに、示し合わせたかのようにこのヒグマたちは、自分を見るやしずしずと絶妙な距離に歩み寄り、頭を下げ始めたのだ。
 フォックスには意味も分からなければ、対処のしようも、思いつかなかった。


「……で、いつまであんたはそこで見てるの?」


 ヒグマが、ゆっくりと阿紫花の方に顔を振り向けた。
 ヒグマは、少女の声をしていた。

 ――気付かれた!?

 阿紫花は驚愕した。
 そのヒグマが人語を話したこと以上に、彼の隠密が見破られたことの方にだ。
 先程風下を確かに選んで隠れたはずのビルの陰は、確かにまだ風下のはずだった。

 小柄ではない方、橙色の毛のヒグマだ。 
 擦過音が多く、その体格に共鳴する音は低くはあれど、確かに少女だと思える声音。
 哀切と、失望の入り混じったような声だった。


「……死体を餌に、あたしたちを罠にでも嵌めようとしてたってわけ? ……本当、ヤニ臭いアイヌね」


 阿紫花は焼け付くようだった背筋に、氷を投げ込まれたかのような寒気を覚えた。
 あの時彼がタバコを吸ってさえいなければ。
 きっとこんな結末には、なっていなかったのだろう。


    《ICOR・KAMUY・YUKAR》


806 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:48:42 zXlmHuis0

 以上のような場面に阿紫花英良とフォックスが至った経緯は、2時間近く前にまで遡る。
 どことも知れぬビルディングの屋上の物陰に連れられた彼らの前にはその時、白と金の衣装を身に纏った商人が佇んでいた。
 武田観柳である。
 つい先ほどまで下半身が千切れてしまっていた彼だが、既にその腰元は金のキルトスカートに覆われて、五体満足で地に足をついている。

「兄さん、その脚、回復させたんですかい」
「ええ、とりあえず一度全魔力を換金した上で、『ぐりいふしいど』を使わせてもらいました。無駄にはしてませんよ?」
『阿紫花さん、テレパシーテレパシー。一応徹底しましょう』
『ああ、そうでした。すいやせん』

 観柳の隣から声をかけたのは、バイクにまたがったまま魔法陣の中に腕を突っ込んでいる青年、操真晴人だ。
 彼が阿紫花たちをこの場に取り寄せた本人である。
 彼の空間転移魔法によって、ここには順次仲間のメンバーが連れられてくる。

『…おめぇそのツラいい加減どうにかしろよ。オレたちビビらせても良いことねぇぞ?』
「すまないフォックスさん……。だが俺は、どうしてもあのヒグマが許せない……!!」
『宮本さんもテレパシー……』

 たった今、般若のような形相のまま魔法陣から連れ出されて来たのが、宮本明だ。
 デイパックを確認しようとしていたフォックスが苦言を呈している。
 そんな様子を漫然と眺めていた阿紫花に向け、愛くるしく、それでいて無機質なテレパシーが語りかけてくる。


『エイリョウ、何か気になっているようじゃないか、どうしたんだい?』
『……あ、いや、そのグリーフシードって稼ぎのアテ、あとどのくらいもつのかと思いやしてね』

 武田観柳の肩に乗る、白いウサギのようなセールスマンの声は、相変わらず阿紫花の心の裏をも見透かしているかのように鋭かった。
 この淫獣キュゥべえの行動原理は、やはり一本芯が通り過ぎていて油断ならない。

『そうだね。もう2回使ってしまっているから、あと1回使ったらもう魔女が孵化するか否か、という所だろう。
 本当なら安全のためにもう回収しておきたいところなんだけど……』
『私が却下しました。その魔女もヒグマに対抗する手段になる可能性がありますからね』
『さっき阿紫花さんたちが戦ってた奴とか、ファントムみたいな奴が魔女だっていうなら、無差別攻撃の矛先を相手に向けさせるって手は確かにあるのかも。
 ……すごく危険だと思うけどね』
『猫に小判は無意味であっても、私達商人には非常に有意義足り得ます』

 生粋の魔法畑の者であるキュゥべえと晴人の心配をよそに、武田観柳は非常なる自信に満ちているようだった。
 黒幕のロボットの監視網をかいくぐる作戦が成功し、調子づいているのかも知れない。
 阿紫花は仕事人として、今一度確認をとる。


『……キュゥべえさん。今までその魔女が、あたしら人間の思惑通りに扱えた試しってあるんですかい?』
『さあ……。正直ボクの知る限りでは、ないね。ただ、魔女の行動方針は、皆一様に魔女化したときの絶望に依存する。
 そこさえわかっていれば、ある程度魔女の行動は読めるだろうし、そういう意味では思惑通りに動かすことは不可能じゃないだろうさ』
「魔女とか……。そんなもん、どうせ配られた支給品よりは思い通りになるんじゃねえのかよ!?」


 キュゥべえが答えるや否や、脇からフォックスが投げやりな叫び声を上げた。
 宮本明や操真晴人が驚いて見つめる中で、彼はデイパックから取り出した一冊の書物をビルの屋上に叩き付けていた。
 その古びた表紙には、『南斗人間砲弾指南書』と、筆遣いも逞しく記されている。

『な……、なんなんですかい、それ……』
「……人間を大砲に詰めて遠くに撃ち出すとかいう、正気とは思えねえバカ拳法の教本だよ!!
 本当に南斗108派なのかよこれ!? 期待してたってのに畜生……!!」

 阿紫花の問いに、フォックスは頭を抱える。
 彼が確保していたデイパックの片方に入っていたのは、そんな意味不明の拳法の本にすぎなかった。
 支給品によっては今後の成り行きが好転するかも知れない、と淡い期待を抱いていたフォックスにとっては、凄まじい失望感を抱かせる物体であった。
 まるでその本が穢れ多き異本であるかのように、フォックスは床に落ちたそれを恐る恐る摘み上げ、デイパックの奥底に仕舞い直す。


807 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:49:25 zXlmHuis0

『フォックスさん、ま、まだ大丈夫だって! 操真さんみたいな支給品だってあるから!!』
『……もう二度と宮本さんのデイパックの中は御免なんだけど』
『って言ったってなぁ……、――!?』

 宮本や操真たちがテレパシーを掛ける中、フォックスは2つあるデイパックのもう片方を開けた。
 そして中に手を突っ込むや目を見開き、慌ててバッグを閉じる。
 阿紫花は眉を顰めた。

『今度は何があったんですかい……?』
『あ、いや……、色々とスゲェもんを見ちまった……。ちょっと待て……、武田、ちょ、ちょっと見てみてくれ!!』
『はぁ、また用途不明の古本でしたら、流石の私でもちょっと取扱いに困るんですが……』
『違ぇ、違ぇよ……! こりゃああの、「ジョーカー・バルコム」だ!!』

 早く人員が揃わないかと空を見上げていた武田観柳を、フォックスは息巻いて呼び寄せた。
 彼の開くデイパックの中を覗き込んだ一同は、一様に目を見開く。
 その内部に広がる空間には、全長数十メートルにも及ぶ巨大な列車と大砲――、一台の『列車砲』がその巨体を鎮座させていた。


「――れ、列車砲ですか!? かの米国が南北戦争で『十三吋列車臼砲』を用いたという話は知っていましたが……。
 口径一尺五寸はありますよね!? 陸を走るのにこの大きさとは、バケモノにも程がある!!」
「ああそうだ。嘗て『ジョーカー・バルコム』と謳われた、伝説の『南斗列車砲』に間違いねぇ!!」


 京都の方では大型甲鉄艦を目にしたこともある武田観柳であったが、この列車砲の威容を目にした衝撃は、その時の驚愕に勝るとも劣らなかった。
 対人・対生物兵器として用いるには余りに強大なその威力を脳裏に思い描き、観柳は固唾を飲む。
 思わず出してしまった声を落ち着けて、テレパシーに戻した。

『た、確かに凄まじいですが、こんな兵器、この島での私たちに扱い切れるか……。この大きさの列車砲なら、動かす人員は千人単位で必要でしょうし……』
『いや、こんな図体で、動かすのには20人位しか要らず、目視できる至近距離にまでぶち込めるらしい……。それが「南斗列車砲」が伝説になった主因だ』
『20人でも多いんですよねぇ……』
『魔力で動かすにしても、カンリュウやエイリョウの魔力では合わないだろうね!』
『ただの魔力の無駄遣いで終わる光景が見えやす……』

 興奮気味に屋上の人員を数える観柳の指折りは、両手に足りない。
 阿紫花が苦笑する通り、列車砲を使うほど遠距離かつ大規模かつ高威力な攻撃手段など現状全く不必要なのだ。
 せめて野砲程度の大きさならば、先の戦艦ヒ級などを相手取るに足る武装となっただろうが、如何せん大きすぎて人員が足りない。
 そうして自分、阿紫花、操真、宮本、フォックスと数えていた観柳の前に、空中に浮かんだ魔法陣から、もう一人男が姿を現してくる。
 フォックスが慄いた。


「……おい。また何か、拳法の定義自体に恥をかかせるような言葉が聞こえたんだが」
「ひぃ!?」


 不気味に据わった眼差しでゆっくりと屋上に降り立った紫のスーツの人影は、ウェカピポの妹の夫その人だった。
 彼の流儀に掛ける異様な執着を知っているフォックスは、明らかに挙動不審となる。
 ただちに首根っこを掴まれた彼の耳元には、義弟の低い声と唇が間近に迫っていた。

「『南斗列車砲』と言ったか? 大砲に頼って何が拳法だ。おい……フォックス、説明してもらおう。
 南斗爆殺拳とやらと合わせて、伝承者全員殴りながら潰してやろうか……?」
「な、南斗はあくまで『軍団』なんだ!! だから南斗軍の使う列車砲で南斗列車砲!!
 南斗爆殺拳はジャッカルの野郎が勝手に名乗ってるだけ!! ヤるならジャッカルだけヤれ!! 俺は関係ないィ!!」
「……なるほど。それなら至極真っ当だ」

 フォックスの必死の弁明を聞き、義弟はようやく彼を放す。
 へたへたと崩れ落ちるフォックスは、既に死んでいるにも関わらず心臓が張り裂けそうな緊張と疲弊を感じていた。
 彼が『南斗人間砲弾指南書』を直ちにデイパックへ仕舞い直したのはこのためである。
 ここでさらに南斗人間砲弾などという、誰が見ても正気を疑うような拳法を目にしてしまったなら、ブチ切れた義弟は何をしでかすかわかったものではなかった。
 そんなフォックスをよそに、既に義弟は落ち着いた様子でデイパック内の南斗列車砲を眺めまわしている。


808 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:51:43 zXlmHuis0

『こういった砲はドイツのくらいしか見ないが、それにしてもデカいな。流石にこの砲弾は手で投擲できるサイズでは……。
 いや、ウェカピポ並みの手練れか、ツェペリ一族の流派ならいけるかもな……?』
『え、まず投げる発想になるの!?』
『と、兎に角、この列車砲は私がお預かりしておきますフォックスさん……。使えるかどうかはわかりませんが……』

 全長数十メートルもの鋼鉄の塊である列車砲は、一度デイパックから出してしまえばもう二度と自力で仕舞うことなどできなくなるだろう。
 何にしてもフォックスがこの場ですぐに使えるような便利のよい道具は、全くなかったことになる。

『あ、ああ……。俺が持ってても困るから……』
『あ、でもカンリュウ! 魔力が足りないってだけならなんとかなるよ!!』
『はぁ、それはどういった手段で?』

 フォックスが辟易しながらデイパックを武田観柳に預けた時、キュゥべえが嬉しそうにテレパシーを発した。
 受け取りながら怪訝な表情を見せた観柳へ、キュゥべえはにっこりと微笑む。


『この島の生存者全員、魔法少女にしてしまえばいいのさ!
 とりあえず脱出するだけならきっと十分な戦力と魔力が得られるに違いない。なんならヒグマすら魔法少女にしてしまえばいい!!』
『なんだそれ……。もはや少女どころか人間ですらないぞ』

 操真晴人が、いい加減ツッコミにも疲れたという顔で眉を寄せる。
 キュゥべえの口調は変わらない。

『ボクは過去に人外の化け物や範馬勇二郎さえ魔法少女にしたことがある。それに比べれば大したことないさ。
 知性や感情を持っているなら、十分対象範囲内だよ!!』
『それはすごいですね。すみません李徴さんお待たせしました』


 喜色満面で宣言した彼の発言は、彼を肩に乗せる観柳に風の如く受け流された。
 脱線を重ねたが、元々観柳が全員をここに呼び寄せたのは、奪還した李徴を再び迎え入れるために他ならない。


『話は……、ついた、のか?』
『そうみたい、ですね』

 最後の魔法陣が消えた場所に転移させられていたのは、二頭のヒグマ、李徴と隻眼2であった。
 体には観柳の作り出した拾圓券がべたべたと張り付けられ、その身に刻まれた多数の傷を回復させている。

『その気になればリチョウもシャオジーも魔法少女にできる! どうかな? ボクと契約して魔法少女になってよ!!』
「……すまなかった、フォックス。謝って済むことではないが、この通りだ……」
「……おう、確かに全然済まねぇけど、もうしょうがねぇわな」

 李徴はキュゥべえのテレパシーを聞き流し、フォックスに向けて深々と頭を下げていた。
 彼に致命傷を受けた腹の縫い痕を掻きながら答えたフォックスの眼にその時、上空から風を切って落ちてくる何かが映る。

 ――丸太だった。


「――明さん!?」
「宮本!?」


 宮本明が、断頭台に首を下ろしているような李徴の首筋に向け、声も無く丸太を振り下ろしていた。
 咄嗟に反応した阿紫花が、その先端に魔力の糸を絡める。
 同じくウェカピポの妹の夫が、彼の足元に壊れゆく鉄球を投げつけた。

 明の攻撃はそれらの干渉で僅かに逸れ、丸太は李徴の鼻先スレスレを掠めて屋上のコンクリートにひびを入れる。
 

「――ひぃいいぃぃ!?」
「くっ、邪魔しないでくれ――!!」
「おやめなせぇ明さ――、うおぁ!?」


 慄いて飛び退った李徴に向け、明は左半身失調したまま無理矢理体勢を立て直し、糸を絡めている阿紫花ごと、無理矢理丸太を横薙ぎに揮おうとした。
 全力で踏みとどまっていたはずの阿紫花の両脚が、いとも簡単に宙に浮きあがる。
 そのまま彼ごと丸太が李徴の顔面に激突するかと思われたその時だった。


「――『雷撃槌(バンガーズ)』!!」
「――おぐぅ!?」


809 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:52:44 zXlmHuis0

 明の死角となっていた左側から回り込んでいた義弟が、彼の腹部に拳を叩き込んでいた。
 それも鳩尾。
 しかも、その拳には王族護衛官の剣の柄が握られている。
 柄頭に据えられた稜打ち出しのナットが、深々と彼の胃へ捻じ込まれていた。

 痙攣するかのように力を失い、宮本明は丸太を取り落として屋上の床に崩れ落ちた。
 続けざまに彼の口からは、ピザ混じりの薄黄色い胃液が滴り落ちてくる。


「……一体どういう料簡だ宮本。返答次第では殴りながらヤりまくることも辞さん」
「ぐふっ……。みんなこそ、どういう料簡だか俺にはサッパリだ……!
 こいつは実際にフォックスさんを殺したんだぞ!? 俺のトモダチを殺したのもやはりヒグマだった!!
 ヒグマなんて、同行してるだけでもいつまた連携を崩されるか、わかったもんじゃないだろうが!!」
「うっ……、く……」
「お前は既に人間じゃないんだ李徴!! 元々人間だったからって、お前はそのヒグマの体になるべくしてなったんだろ!?
 それこそお前の心の証明だ!! 物書きとしてのお前は、もう死んじまったんだよ!!」


 李徴は、呻いて俯くことしかできなかった。
 宮本明の一言一言は、鋭い刃物のように彼の体に突き刺さった。
 それはまさに、李徴が恐れ、考えていた自己評価そのものだった。
 運よく武田観柳にわずかばかりの期待をされ、フォックスが奇特すぎるほど割り切ってくれたからここにいられるだけで、本来李徴は、明の言う通りただちに死ぬべき者。
 乃至、既に死に体の者に、過ぎなかった。

 観柳が胸に留めた金のブローチを示しながら頬を掻く。


『あのですね宮本さん。それは確かにその通りかも知れませんが、李徴さんには別に同行してもらうわけじゃありません。
 李徴さんの知識は有用ですし、先程みたいに、離れた場所で会話だけ続けますので、連携は取りながら皆さん安全に行動できるんですよ?』
「油断してるのか観柳さん……? それでもこうして、一時的にでも全員を集めて顔合わせするタイミングがあるじゃないか。
 一度牙を向いたものを見逃せば、こちらが後ろから斬られる。例外を許してしまえば、悲劇が繰り返される……ッ!
 こうした一瞬の隙に、暴走したヤツに殺されちまうかも知れないんだぞ!?」
『暴走したヤツがどうなるかは今宮本さんが身をもって体験しましたよね?』
「とにかくなぁ、李徴!! 人殺しなんだろヒグマの本質は!? こんな善良な人しかいないチームに混ざれると思っているのか!?」

 観柳の指摘を完全に受け流して、明は口の端から胃液を吹きながら李徴を叱責する。
 李徴はもはや言葉も無い。
 明と李徴以外の全員は、お互いに怪訝な表情で顔を見合わせた。

『……善、良……?』

 宮本明の中でこの男所帯がどういう集合に見えているのか定かではないが、まずもって武田観柳は死の商人である。
 その他、殺し屋、強盗殺人常習犯、性的・身体的虐待者、クソ淫獣などより取り見取りだ。
 一歩間違わなくても直ちに監獄の鉄格子にぶち込まれておかしくない面子のオンパレード。
 比較的まともに思える操真晴人ですら、彼が日常的に討伐しているファントムという存在は元々人間だったわけで、そういう意味では広義の人殺しに分類されるだろう。
 人殺しでなく、かつ善良である人物など、この場には宮本明含めて誰一人として存在しない。

 いきり立つ明の肩に、観柳が手を置いた。

「宮本さん宮本さん、ちょっと。……するとあなたはご自分を、人殺しなんてしない善良な人間だとお考えなのですね?」
「ああそうだ!! 当たり前だろ!?」

 だが明が勢いよくそう振り向いた瞬間、彼の首筋は凄まじい力で捻り上げられた。


「……人殺しもできねぇバカなんざ、いらねぇんだよクソたわけ……!!」
「――グゥッ!?」


 魔法少女として強化された筋力をフルに使って、観柳は宮本明の怪力にほぼ拮抗するほどの力で彼の襟首を締め上げている。
 一転してドスを効かせた低い声に口調を落とし、武田観柳は耳を抉るように言葉を吐き続けた。


810 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:54:58 zXlmHuis0

「『善良』なだけの奴が『巨悪』に勝てるわけねぇだろ、無礼者め。
 この観柳様が欲しいのは、『人斬り抜刀斎』であって『ゴクツブシの流浪人』じゃねぇ……!
 大元の敵は『ヒグマ』じゃなくてそれを操ってる『人間』なんだよ。ここぞで人殺す覚悟がなかったらどうする!?
 雑兵と撒き餌にいちいち釣られてんじゃねぇぞクソガキが。
 どこの小島で戦ってきたのか知らねぇがテメェの世間は狭すぎだ。世界は今や大海を越えているんだぞ!?」
「ぐ、お……」

 明が掴む観柳の腕には、袖口に大量の札束が仕込まれていた。明の握力でも折ることができない。
 その大量の魔力によって、観柳は明と同等の腕力を得ているものらしい。
 どうしても明にこの言葉を聞かせたいがための行為なのだと察するのは、容易だった。


「……青二才のトーシロの小僧が大した考えも無しに、一時の感情だけでこの大商人武田観柳様の商売戦略にケチつけんじゃねぇよ。
 テメェが四半刻前に指導者だと認めたのはどこの誰だよ? この観柳様とテメェと、どっちの立場が上なんだ? あ?
 一度指示を受諾したんならきちんと従いやがれ。身の程を弁えろ。
 交わした約束を忘れないのが最低限の大人の条件だからな。わかったかァア!?」
「――は、はい……」
「よろしい♪」


 震えながら絞り出した明の呻き声に、観柳はパッと表情を満面の笑みに変えた。
 首を放された明が屋上にへたり込むと同時に、観柳はそのままにこやかに一同に向けて振り返る。


「はぁい、それでは宮本さんにもご理解いただけた所で、早速次の作戦に移りましょ〜う!」
「……あ……、あ……、はい……」


 武田観柳の豹変ぶりに、一同は震えながらそう声を絞るのが精一杯だった。
 それは確かに、この魔法少女が大店の主なのだということを全員に実感させるに足る、威圧感だった。


    《ANUTARI・UEPEKER》


『金!! これこそが力の証なのです!!』
『コネ『コネ『コネ『コネ『コネ『コネ『コネ『コネクト・プリーズ』』』』』』』』
『無駄なことだって知ってるくせに。懲りないんだなぁ、キミも』
『プルチネルラァッ!!』
『ひゅ〜……。跳刀地背拳!!』
『――計算のうちだよ! それはな!』
『「払暁(ブレイクアウト)」』
『「書経」、「盤庚・上」――、「燎原乃火」!!』
『ガアァアアァアアア!!』

 その後、モノクマロボットたちはE-6エリアを中心とした方々で、札束にはたかれ、指輪でタコ殴りにされ、無様にせせら笑われ、棍棒に叩き潰され、カマで内部を抉られ、丸太の奥から突き出された槍鉋に貫かれ、眼潰しの上から鉄球で砕かれ、家ごと爆破され、鋭い爪で八つ裂きにされた。


『こちら阿紫花フォックス組です。東側の木偶さんはあらかたくず鉄にしやした』
『でもヒトっ子一人見かけねぇや。他の方角はどんな具合だ?』


 E-6の東側の街並みをグリモルディで走破していた阿紫花英良とフォックスは、ようやく襲い掛かってくるロボットの群れがいなくなったのを受けて、懸糸傀儡二体を侍らせながら一息ついていた。
 紫煙の向こう側に透ける道々には、轢き潰された機械の破片がオイルの海に溢れかえっている。
 彼らは、ほぼ二人一組の4グループに分かれ、E-6から四方へと探索行に乗り出していた。
 それが武田観柳がシームレスに打ち出した、次なる作戦である。

「どうですフォックスさんも一本?」
「要らん要らん、煙いから向こうで吸え。ただでさえ空気が埃っぽいんだから」
「……意外ですわ、嫌煙家なんですかい?」
「馬鹿言え、俺は『拳法家』だ。体が資本なのに胸壊しちゃ本末転倒よ。そんな馬鹿はジャッカルみたいな邪道だけで十分だ」

 阿紫花が勧めた煙草は、フォックスににべもなく突っぱねられる。
 粗暴そうな見た目に似合わずまともなその理由に、阿紫花は感心した。

「……そのジャッカルって人、何ですっけ、南斗爆殺拳とか」
「……そうそう、南斗爆殺拳の自称伝承者で、俺の所属してた軍団のリーダー。ほれ、これを使うんだ」

 フォックスが開けたデイパックからは、大量のダイナマイトが顔を覗かせている。
 阿紫花は面食らった。


811 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:57:04 zXlmHuis0

「ハァ!? まともな支給品無かったんじゃないんですかい?」
「……あの義弟が来る直前だったんだぞ!? 南斗列車砲でアレだったんだから、あそこで南斗爆殺拳の武器の現物見せてたら俺たちは一巻の終わりだっただろ!?」
「ああ……、なるほど確かに。逆に義弟さんの逆鱗に触れそうですわ」
「本当やんなるぜ……。ジャッカルはどうせすぐ肺病でおっ死ぬだろうから、こんな島に連れて来られなければ、ゆくゆくは地道に鍛えていた俺が、華々しく軍団のリーダーになってたはずなのによ……」
「はは、それはまた気の長い人生計画でしたね……」
「なんだよ、文句あるか?」
「……いや、すいません。あたしはその日暮らしだったもんで、羨ましいんですわ」
「……その日暮らしっつうのは俺らも一緒だったがな。ようは気の持ちようよ」

 フォックスと言う人物が、見かけによらない聡明さ、計画高さ、ないし用心深さを持っているということに、阿紫花は深く尊敬の念を抱かざるを得なかった。
 日々の暮らしに何の展望も無く、退屈しか見つけられなかった自分とは大違いだと言えよう。
 阿紫花は煙草を深く吸い、吐いた。
 会話をテレパシーに切り替え、鋭い眼差しでフォックスを見つめる。

『……ところで、少々おかしいと思いやせんか?』
『お前の服装以外での話だよな?』
『……』
『冗談だよ気付いてるって。機械の襲撃が急に止み過ぎだ。ほとんど無尽蔵に思えたのによ』
『その通りです』

 油断なく辺りを見回している二人の視界には、風の他に動くものは何も見当たらない。
 転がっているモノクマの破片は、完全に破壊されたものばかりだった。


『……確かにおかしいな。こちらもついさっきの波を最後に、自動人形は一切出て来なくなった』
『宮本妹の夫組だ。E-5のハゲ山の……、ジャックさんの居た場所まで辿り着いた』


 フォックスたちのテレパシーに言葉を繋いだのは、沈んだ声の宮本明だった。
 山上で墓標のように屹立する丸太に手を置き、明は顔を俯けている。
 地面に深々と突き刺さり、乾いた血液で赤黒く変色しているその丸太は、彼と義弟が投擲し、戦艦ヒ級を狙撃した丸太に他ならなかった。
 そこにはもう、明の思い描く、あの逞しい男性の名残はない。
 ジャック・ブローニンソンはもう、宮本明の心の中にいるのみだ。
 その彼が最後に発見してくれた、地下への昇降機の位置までは、あと少し歩く必要がある。

「宮本……、少し水でも飲め」
「あ、す、すまない義弟さん……」

 眼を潤ませる宮本明の肩を、義弟が叩いた。明のデイパックを開けて、義弟は水のボトルを差し出している。
 自分の哀しみを察してくれたのかと、明の涙は深くなった。

「さっき吐き戻したままだろう。そのままにしていると食道が荒れる」
「……ああ、それもあった。詳しいんだな義弟さん」
「ああ。仕事もあるし、よく妻も殴っているからな」
「――ブフッ!? よく殴ってるの!? 奥さんの腹を!?」
「いや、むしろ顔の方がよく殴る」
「顔も!?」
「我が妻は、『右の頬を打たれたら左の頬を差し出す』ような女だからな」
「なっ、まっ……、マゾなのか!?」
「……何だそれは? 慈しみを持って接してくれるという意味だ。聖書の言葉だぞ?」

 思わず水を吹いてしまうような義弟の性癖を耳にし、明は呆れた。
 なるほど『善良』なヤツでは『巨悪』に敵うまい、と明は武田観柳の言葉に納得する。
 ため息が出た。

「……一体どうすれば、観柳さんとか義弟さんみたいに割り切れるのか……。俺はどうしても感情を抑えられない……。そりゃガキに見えるよな……」
「オレのようになる意味は全く無いからやめておけ。お前はお前の流儀に従えばいい。
 それがオレたちの流儀に侵食してくるようなら、また『雷撃槌(バンガーズ)』なり『一足叫喚(キッキング・アンド・スクリーミング)』なりぶち込んで突っ返すだけだ。
 お前がいることでオレたちが纏まっていられる部分もある。常に新鮮な意見を述べてもらえることは、商店経営の流儀にとって重要なことだ」
「ありがとう……、そう言ってもらえるだけで……、――ッ!?」
「どうした」

 義弟の言葉に答えようと顔を上げて、明は気を張り詰めさせた。
 西の空を見上げ、明は耳を澄ませる。

「……何かが……、大量に飛んでる。……そしてこの音!!」
「……鳥? いや、それにしては、その下の土煙が……」


812 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 11:59:31 zXlmHuis0

 遅れて西空の異変に気付いた義弟と共に見た方角には、温泉地帯の湯煙が上がっていた。
 そことこことのほぼ中間あたりの位置に、何か鳥のようなものが大量に群れを成して飛んでいる。
 そしてその直下に舞い上がっている土埃の内に、明の眼は、その者の姿を捉えていた。

「――ヤツだッ!!」

 ジャック・ブローニンソンの敵――、戦艦ヒ級である。

「うおおおおおぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!! 手を貸してくれ義弟さん!!
 今度こそ、今度こそ、この丸太で息の根を止めてやるッ!!」
『待て宮本!! 武田への報告が先だ!! 宮本妹の夫組、先の戦艦のようなヒグマを発見した!!
 距離は数百メートル西方、山の麓にいる。先方は正体不明の飛行物体の一群と交戦中のようでこちらに気づいてはいない。攻撃するなら先手で仕留められるかもしれないがどうだ!?』
『あー、そうですか。報告ありがとうございます。ではあの機械人形さんたちはそちら方面に向かったんですかねぇ。
 逃げられる用意と、物資の無駄遣いをしないで済む計画があるなら攻めても構いませんよ〜』
『ありがとう観柳さんッ!! 大丈夫だ!! 丸太3本は要らないッ!!』

 義弟のテレパシーに即応した観柳の返答を受け、宮本明は即座に地に突き立っていた丸太の大槍を引き抜いた。
 だがそれを構えて再び西の空を向いた時、麓の方で土埃を上げていた戦艦ヒ級の姿は、いつの間にか影も形もなくなってしまっていた。

「あァ!? どこだ!? どこに行った――!?」
『……目標が消失した。目を離した訳では無かったが、こんな開けた斜面だったのに、一瞬にしてどこかに消えた。
 操真の使う魔法のようなものかも知れんが原因不明だ。飛行物体もどこかにいってしまった。
 ……鳥のような小さなものの群れだったから目で追い切れなかった。すまない……』

 義弟は歯噛みした。彼は即座に、狼狽して辺りを見回している明を連れて下山を始める。
 対処方法もわからぬ、得体の知れない敵に相対した時に、四方に開けているこの山は余りにも危険すぎた。


『……だそうですけど。一体何でしょうねぇ操真さん。あのヒグマ魔女と戦ってたっていうなら相手は参加者の可能性も高いですが』
『ちょっとわからないな。コネクトウィザードリングを使う魔法使いは何人か知っているけれど、眼にも止まらない程早くはないし……。キュゥべえちゃんは?』
『情報が少なすぎるね。瞬間移動というなら、そう見える現象を起こせる魔法少女は知っているけれど。
 それよりも、その魔女の上空に飛んでいた鳥のような群れというものの方が気にならないかい?』


 武田観柳と操真晴人、およびキュゥべえの三者は、マシンウィンガーに2ケツしているという状態でE-6南方の街道に佇んでいた。
 こちらも早々にモノクマたちが引き上げてしまっていたので、逃げ回る脚も緩めて、町を駆ける様子は半ばツーリングのようになってしまっている。
 ビルの陰で一旦停車し、後部座席の観柳が広げる地図に、肩のキュゥべえと運転席の晴人が眼を落した。
 義弟から報告された位置を地図にプロットしながら、観柳はテレパシーを振る。


『李徴さん、そちらはいかがですか? 何だと思いますこの状況?』
『……ああ。こちらは、たった今、ようやく機械の一群が去った』
『李徴さんすごいですよ。もう何軒家を爆破したことか……。ケホッ』

 E-6の西方で、煤だらけのヒグマ二頭がテレパシーを返した。李徴と隻眼2である。
 逃走経路を残して一帯の家屋のほとんどは炎に包まれており、まさに星火燎原の趣がある。
 相手取ったモノクマの数で言えば、この西側は、東側の阿紫花たちと同じくらい多かった。
 プロパンガスのボンベや灯油缶を放り捨て、ようやく彼らは息を落ち着ける。

「……ところでこの火、本当に大丈夫なんですよね?」
「ああ、ちゃんと迎え火を計算に入れて着火している。燃えるのはここだけだ」

 件の同時翻訳で隻眼2の唸り声と会話しながら、李徴は来た道を引き返し始める。
 この達者な翻訳芸は、両名の間に幾ばくかの懐かしさと安堵感をもたらした。
 そして安堵と責任感を胸に、李徴はテレパシーを投げる。


『妹夫、お前が見た未確認飛行物体とは、どんなものなんだ? できるだけ詳しく教えてくれ』
『オレよりも宮本の方がよく見えていた。ほら、お前が話せ。……目を逸らすな、露骨に嫌そうな顔をするな、話せ』
『……わかったよ。説明するから! ……よく聴けよ李徴さん』
『……ああ、手間をかけるが、頼む』

 仏頂面が眼に浮かぶような刺々しい声でテレパシーが返ってくる。
 李徴はその棘を胸に受けながら、言葉を絞った。


813 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 12:02:51 zXlmHuis0

『……なんかミニチュアの、ラジコンの飛行機みたいだったよ。緑色で、日の丸がついてたから零戦なんじゃない?』
『零戦だとするなら22型以降だな。爆撃はせずに機銃掃射だけしかしてなかったのか?』
『ん……!? え、いや……、爆弾落としてた。それも沢山……』
『なら爆撃機の彗星か、爆戦の62型だろう。大穴でスツーカとかいう可能性もあるが。機体下部に浮舟は付いて無かったな?』
『んん……!? え、えと……、いや、無かったと思う。車輪だった……』
『なら水上爆撃机の晴嵐や瑞雲の12型は弾けるな。編隊の数は? 何机くらい飛んでいた?』
『んんん……!? いやもう、何十機も飛んでた……。7〜80機は居たと思う……』
『おいおいおい、なんだその数は。常用でそんなに搭載できる旧日本海軍の空母なんて、加賀か翔鶴瑞鶴しかないぞ。本来その中でも爆撃機は一部なんだが……。多めに27機乗る翔鶴型かな……』
『そ、そう、なのか……』

 テレパシーの先で、刺々しかった明の声は、どんどんと小さくしどろもどろになっていく。
 やはり自分が何かまずかったのだろうかと、李徴は声を落とした。

『……すまない。この隴西の李徴にはその程度しかわからぬ。
 何者かがその機体を操作していたのは確実なのだろうが、そもそも第二次世界大戦期の船がここにいるわけもなければ、ラジコンのような小ささでもあったのだろう?
 それなのに実際の戦闘機のような機能性を有しているのは、それこそ魔法でもなければ説明がつかんだろうからな……』

 テレパシーの向こう側では、その他のメンバー全てが絶句しているのがわかった。
 李徴は意気消沈する。

『……すまなかった。俺の考察など、語るだけ時間の無駄だったな……』
『い、いや……。よく解りませんがすごいですよ李徴さん! 先程のヒグマ魔女の例もあります!
 あの大型甲鉄艦のようなヒグマがいたんですから、この島にはそういった艦船を生物に変えるような魔法があるのに違いありません!!』

 だが一転してその時、テレパシーからは、興奮気味の武田観柳の声が届いた。

『ええ、ええ、なんか聞いた事ありやす! なんか海軍の! 羽佐間のヤツが言ってたあれ! コンソメじゃなくて、カッポレじゃなくて、ああと……』
『「艦これ」のことかい、エイリョウ?』
『ああそれですそれ! なんかあるんですよそういう人間大の軍艦が出てくるなんかが!』
『「艦隊これくしょん」は、擬人化した軍艦である艦娘が出てくるゲームでね。ボクが勧誘した子たちにも何人かそのゲームの提督をやってる子がいたよ。
 リチョウの話で腑に落ちた。そもそもあの艦娘たちが実在しているなら、あの魔女の正体にも思い当る。怨みで絶望した船の魂である深海棲艦だろう。彼女たちなら、アキラの説明ともボクらの戦闘とも符合する』

 阿紫花英良とキュゥべえからも返ってくる上気した声に、李徴は困惑した。
 隻眼2も目を瞬かせている。

「そ、そうなのか……? するとあの鎮遠なども女体化していたりするのだろうか……」
「……李徴さん、なんだかわかりませんけど凄いです。よくご存知ですね……」
「そうか? ただ書物を読んで得ただけだ。現にキュゥべえなどの方が正体を知っていたではないか。本職に比べれば一般常識の類に過ぎんさ……」
『するってえと李徴さんよ! 今、西の温泉には、そのなんかサイボーグ的な生娘が飛行機飛ばしながら風呂にでも入ってるってことか!?』
『ちょっと待てフォックス。そう考えるのは早計過ぎる』

 何か違った意味合いで興奮しているフォックスの声をなだめて、李徴はテレパシーに戻る。

『わざわざ空母が、目視できるような隣接エリアで艦載機を飛ばすことなど有り得ん。艦砲の射程圏外から攻撃できることが強みであるのに、数百メートルしかない距離でタイマンを張ることなど自殺行為だ。
 特に翔鶴型のうち瑞鶴は、アウトレンジ戦法を強く採用した艦だと聞く。むしろ島外の海上から発着させていると考えた方がまだ自然だ』
『……確かにその通りだな。あの戦艦のようなヒグマはおろか、オレと宮本ですら西の温泉は狙おうと思えば狙えなくもなかった位置だ。
 飛行機が軍事的にどう利用されているのか詳しく知らんが、空を飛べる相手がわざわざ陸に上がった船に付き合うとは考えづらい。温泉水上にいたとしても、もっと離れているどこかか……、既にオレたちのように移動しているはずだ』

 李徴の意見には、ウェカピポの妹の夫から全面的な支持が加えられた。
 観柳が感心の唸りを上げて問いかけてくる。


814 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 12:04:15 zXlmHuis0

『それでは李徴さん、総合すると現況はどうなっているのだとお考えですか!?』
『飛んでいた機種と機数からして、翔鶴型の空母の……その女体化した魔法少女か何かが戦闘を行なっていたのかも知れない。直接的な怨恨があるのなら、偵察から真っ先に件の戦艦ヒグマを狙ったとしてもおかしくない。ただし彼女は現在、D-5の温泉には少なくとも居ないはず。
 だが時系列と位置を鑑みるに、あの熊型機械軍が退いた理由は間違いなくこれに関連しているはずだ。より西方ないし北方に、我々を上回る敵方にとっての脅威が出現したとみて間違いない。
 件の戦艦ヒグマが消失した原因には用心する必要があるだろうが……。
 ……何にしても、捜索範囲を広げるのに、これ以上の良机は、無いのではなかろうか?』
『……流石です! 流石李徴さん、私が軍師に見込んだだけのことはあります!! 素晴らしい洞察をありがとうございます!!』

 間髪を入れず、華やいだ讃辞が李徴の元には届いた。
 そのたった一言で、疼いていた李徴の心は、どこか温かく、満たされたような気がした。
 潤んでくる目元をこすり、李徴は洟をすする。

『多謝すべきなのはこちらだ……。先生のような貴重な指導者に出会えてよかった……!
 「千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず」だ。観柳先生、先生はまさに、伯楽だ……!!』
『うふふ、それでは李徴さん、あなたはご自身を、「千里の馬」だとお考えなのですか?』

 いかに才能のある者も、それを認めてくれる人がいなければ、力を発揮できない。
 そんな貴重な目利きある人物への感謝を込めて、李徴は言葉を投げていた。
 だがその朗らかな返事に、李徴は、自身を『千里を走る名馬』などと評したのは少々自意識が過剰だったかも知れない、と肩を落とす。


『あ……、いや、すまない。ただの人殺しに過ぎないこの隴西の李徴が千里の馬などとは……、到底申せぬことだったな』
『ええそうですとも。私は「どこにでも常に有るようなただの馬」に期待したつもりはありませんからね!!』


 観柳の言葉の意図を理解するまでに、李徴は暫くの時間を要した。
 そして理解してからも、李徴は納得ができなかった。

『お、おい、それは、一体……』
『皆さんも聞こえていますね? 前にもお話した通り、あなたがたはみな、一点モノの貴重な商品なのです!!
 ああ、それ真に馬無きか? それ真に馬を知らざるか――……?
 ご理解いただけましたら、皆様くれぐれも安全に留意して、探索範囲を拡大し、専念してください!!』

 思わせぶりな微笑を纏ったその言葉で、武田観柳からのテレパシーは切れた。
 呆然と炎の街に佇む李徴の目元を、隻眼2がそっと舐めた。


「李徴さん……。『物書き』って、人間じゃないとなれないものですか? 文字が書けないと、なれないものですか?
 ……僕には、そうは思えませんでしたよ?」
「小隻……」

 大人しいそのヒグマの顔に浮かんでいたのは、穏やかな尊敬と慈しみの表情だった。

「『ロワにおいて一隻眼を持っている』のは……、やはり、李徴さんだったんですよ……」

 李徴は思った。
 人間や生活の評価の上にも、文明は或る特殊な標準(めやす)を作り上げ、それを絶対普遍のものと信じている。
 そういう限られた評価法しか知らない奴に、土着の民の人格の美点や、他の人種・動物種の実態、その生活の良さなど、てんで解りっこないのだと。
 野生の、四足歩行の、彼自身が今まで畏怖倦厭の情を抱いていた獣でも、このような表情を浮かべられることを、李徴は今、初めて知った。
 彼はただ声も出せぬまま、この島における第一の『ファン』の毛皮に、深く顔を埋めていた。

 『物書き』は、死んではいなかった。
 乃至、たった今、蘇った。


「……武田さん。あんたやっぱり、すごい人なんだな。宮本さんに怒り狂ってた時はどうなることかと思ったけど」

 ビルの陰で一段落ついた武田観柳に向け、操真晴人は感服した様子で語り掛けた。
 金勘定ばかりで人の感情など読み取れない人物なのかと思いきや、あの狂人李徴が最も欲していただろう状況や言葉を的確に与え、全体を纏めている。
 口振りに反して、実のところ武田観柳という人物はとても温かい心の持ち主なのだろうと思い、晴人はほっこりした気分だった。


815 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 12:05:34 zXlmHuis0

「はい? 私ですか? あんなもの全然怒ったうちに入りませんよ?」
「え?」
「馬鹿と鋏は使いようって言うじゃありませんか。どう対応すれば道具がきちんと働いてくれるか考えてるだけです。
 宮本さんに関して言えば、あの人は丁稚と同じだと思うことにしました。見習いの小僧に商品を壊されちゃ敵いません。
 伸びしろがある分、今はちゃんと立場をわからせて先達が叩き上げて行かねばなりませんから。まぁ、あの恫喝は犬を躾けたようなものです」
「は……?」
『流石カンリュウだね! 近い考えを持っている者と心置きなく話せると、なかなかボクも参考になるよ!』
「うふふ、置くような心なんて元々持ってないんじゃありませんか?」
『確かにその通りだ。これは一本取られたね!』
「……は……?」

 観柳からにこやかに返ってきた答えは、晴人にとって余りにも予想外のものだった。
 どうしてそんな笑顔でそんな冷血なことを言えるのか、さっぱりわからない。
 晴人は額に手をやって唸った。

「い、いや……。でも実際あれでみんなは纏まってるんだし……。無感情に見えて合理的……?
 大元がどうあれ出てくるものが優しければそれは思いやりと同じ……、なの……、か?」
「どうしました操真さん。頭痛ですか?」
「あ、いや、なんだか……。『希望』って何なのかわからなくなってきたよ……」
『もう一度契約をしてみるかい? 改めて魔法少女になると見えてくるものがあるかも知れないよ?』
「うん。そんな女装の境地みたいなものは見たくないんだキュゥべえちゃん」
『大丈夫! 願いによってはきちんと性転換することだってたやす……』
「くどいと眉間を撃ち抜くよ?」


 操真晴人はそうして、再びマシンウィンガーのエンジンをかける。
 とても善良とは言えぬむさ苦しいこの者たちの集いは、それでも確かに、美しく思えたから。
 玉石混交する露店の商品の中で、ひと際輝く光となるべく、再び一同は、島の四方へ向けて奔って行った。


    《KAMOYE・KAMUY・YUKAR》


 そうして、生存者探索の範囲が拡大されることになっても、阿紫花英良とフォックスの行動は慎重だった。
 なぜならば、ここ東側で阿紫花たちが相手取ったロボットの数は、西側と同じく多かったからである。
 なるほど李徴の考察の通り、西側の異変に向かってロボットが引き上げていった可能性は高い。

 だが逆に、東側から、何か近寄りがたいものがやってきている――、という可能性はないのだろうか。

 東側のロボットの機体数。これに明確な意味は無いのかもしれない。
 だが、無理矢理意味を考えるならば、F-6エリアにはあのロボットの大軍ですら太刀打ちできない何かがいたために、E-6の東端でロボットが足止めを喰らっていたと思うこともできる。
 阿紫花のこの不安は、同行するフォックスからも肯定された。
 フォックスは草原で李徴に正面から出くわしてしまった経験がある。
 強力なヒグマに先に発見され攻撃を受けてしまえば、助けを呼ぶ前にも殺されかねない。
 そのため彼らは、F-6に西進する危険な生物がいることを前提に行動した。

 ――街並みのそれなりに目立つところに、呼吸と心拍を止めたフォックスを放り出しておくのだ。

 もしヒグマや危険生物が、フォックスの死体に引き寄せられ、無警戒に捕食しに来るのならば、その瞬間にフォックスがその背後を取って相手を締め上げることができる。
 その隙に阿紫花が飛び出して共に討ち果たすなり、観柳たちに連絡して援護を呼ぶ。
 そういう作戦だった。

 そういう作戦の、はずだった。
 確かに東からは、ヒグマがやってきた。
 だが彼女たちは、フォックスを捕食は、しなかった。
 そして阿紫花を、先に発見してしまった。

 休憩中のタバコが原因で作戦が破綻するなど、本末転倒だ。
 なるほどフォックスさんの言う通りでした。と、阿紫花は思った。
 ここまでが、先述のような場面に阿紫花英良とフォックスが至った、その経緯である。


『た、武田を呼ぶぞ!! 殺される!! 殺されちまう!!』
『あ、は、はい――』
「……返事もできないってわけ。……もう、最悪のアイヌね」


816 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 12:07:20 zXlmHuis0

 ビルの陰で、阿紫花は震えながら、金のブローチを手にした。
 だがその瞬間、彼は自身の胸のど真ん中に、ビルの壁面を貫通して強烈な殺気を浴びせられているのを感じる。
 まるで至近距離で心臓へ銃口を突きつけられているような、絶体絶命の感覚。
 殺し屋稼業の中でさえ数えるほどしか経験していないその感覚を、阿紫花は信じられない位置状況で知覚していた。

 相手は、なぜか阿紫花の立っている正確な位置とその身長まで把握しているのだ。
 そしてさらにあのヒグマは、数十メートルも離れた位置の壁越しの相手を、一瞬で、一撃で、確実に仕留めるような攻撃を行うことができるのだ――。
 逃げることも、反撃することも、できない。
 阿紫花は明確に、その事実を、認識した。

 ヒグマは空を仰ぎ、溜め息をついていた。
 身じろぎもできぬ阿紫花がいるビルの先へ、真っ直ぐにその前脚を、上げていた。


「……そう。わかった。もういい。なら、耳と耳との間に、座ってしまえばいいわ……」
「――うおぉ!! 跳刀地背拳ッ!!」
「ほえ?」


 だがその瞬間、地面からコメツキムシのようにフォックスが跳ね上がっていた。
 心肺停止していた体が一瞬で跳ね起きるその動作は、二頭のヒグマの虚を突くには十分すぎた。
 フォックスはそのまま、紫色の小柄なヒグマの背面を取り、両手両脚でがっちりと彼女の体を固定する。
 首筋からそのヒグマを捩じ上げるようにしながらカマを突きつけ、隣の橙色のヒグマの注意を最大限に逸らせようとした。

「やれ!! 今だ阿紫花!! やれぇぇぇ!!」

 フォックスは決死の覚悟で叫んだ。
 間違いなく次の瞬間、阿紫花を狙っていたヒグマの攻撃が自分に向けられるだろうことを、覚悟しての行動だった。

 だが橙色のヒグマは、呆然としていた。
 跳刀地背拳の意表突きが完全に決まったにしても、長すぎる絶句だった。

「え――?」

 橙色のヒグマは、フォックスと眼を合わせて、怪訝な表情で首を傾げただけだった。
 そしてフォックスが抱きついている紫色のヒグマも、抵抗することなく、キョトンとしていた。
 阿紫花英良がその時、人形も持たず、ビルの陰から走って路上に飛び出してくる。
 フォックスは慌てふためいた。

「おまっ、バカ、何やってんだお前――!?」

 だがその瞬間、向き直った橙色のヒグマの目の前で、阿紫花は股を割って中腰に落とし、右手のひらを見せるように前へ突き出した。
 会釈をするように頭を垂れ、まさに『下手に出る』その様で、阿紫花は大きく声を放つ。


「お姐ェさん方には御免下すって!! あたしぁ御賢察の通りしがなき者にございやすが、縁持ちまして黒賀村は人形舞いの阿紫花一家にて養われましたる若い者。名を英良と発しまして、稼業未熟の駆け出し者にございやす――!!」


 阿紫花は総身の誠意を声に込めて、朗々と、丁寧に名乗った。
 その横鬢からは未だ、緊張と恐怖の汗がだらだらと垂れている。
 フォックスは呻いた。
 それは彼ですら知識としてしか耳にしたことのない形式の、挨拶の一種だった。
 それはかつて渡世人たちの間での手形代わりとなっていた、最も敬意ある礼式。


『……ヒ、ヒグマ相手に「仁義」切るのかよォ――!?』
「粗忽者ゆえ、先からの不躾な振る舞いまっぴらご容赦!! 行く末お見知りおかれまして、以後万事万端、よろしくお願い申し上げやす――!!」


 阿紫花は畏怖に震えながら、彼にできる最大限の陳謝を述べきった。
 それは阿紫花英良にとって一世一代の賭けだった。
 逃げることも、反撃することもできない。
 武田観柳を呼んだところで、皆が辿り着く前に殺されることは眼に見えている。

 ――それならばもう、謝るしかない。

 きちんと自分の素性を明かし、無礼を謝罪し、相手を立てて、むしろ助けを乞う。
 その手段が、阿紫花自身久しく切ったことのない、『仁義』という礼であった。

 このヒグマたちに殺気を当てられた感覚は、それこそ、組合の大親分に対面した時の、そんな威圧感に近かった。
 畏れ敬われる対象としての親分と、山の神。
 生物の種さえ違えど、その根底には、近しいものがあるに違いない――。
 阿紫花はそんな直感に賭けた。
 このヒグマたちが、フォックスに対し、牙ではなく黙祷を向けていたその所作に賭けた。
 きっと自分の誠意も通じるはずだ――、と。身命を賭した長台詞だった。


817 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 12:08:50 zXlmHuis0

「え、えっと……」


 ヒグマは、腰を下げたまま動かない阿紫花へ、困惑の表情を向けた。
 硬直したままのフォックスと阿紫花を、彼女は交互に見た。

 ――駄目か……!?

 二人の頬を、汗が伝う。
 ヒグマは、困惑しながら、声を絞り出した。


「……ア、アタシこそ、ヤィ、アパプ(ごめん、なさい)……。え、えっと……、あ、頭を上げてくれて、いいわ……。
 アタシには、そんな丁寧に名乗れるほどのものなんて、無い、けど……。穴持たず45番、二期ヒグマ。『煌めく風』の、メルセレラ、よ……」


 ――通じた!?

 阿紫花とフォックスは、揃ってその返答に驚愕した。

 メルセレラと名乗ったそのヒグマは、慌てていた。
 彼女にとっても、阿紫花の行動は予想外のことだったらしい。
 何か彼女の表情は、上気しているようにすら見て取れる。

「それとこの子は……、『触れた者を捻じる(トリカブト)』のケレプノエ。……なんで、生きてるのかしら、あんた」
「あ、あ、こちらは、拳法家のフォックスさんでして……。あの、死んだフリの、得意な方で、いらっしゃいます……」

 互いにしどろもどろになりながら、異種間の紹介が、微妙な距離感を隔てて進行する。
 その時紫色の、ケレプノエと紹介されたヒグマが、フォックスを背に乗せたまま、ぴょんぴょんと小躍りするように跳ねた。


「メルセレラ様ー。初めてメルセレラ様以外の方に、だっこしていただきましたー!」
「う、うお!? な、なんだおめぇ!?」
「フォックス様とおっしゃるのですねー? フォックス様! フォックス様フォックス様!」
「なんだなんだ、おい!?」


 そのヒグマは、明らかに喜んでいた。
 フォックスが全力で締め上げているはずの背中は、彼女のようなヒグマにとって、ぎゅっと抱きしめられているようにしか、感じられないようだった。
 メルセレラは、あたりをはしゃいで跳び回るケレプノエの姿を、呆然と眼で追っていた。

「……そう。死なないのね……。あの子に触れても、死なないのね……」
「あ、ああと……。正確には一度死んでると言いますか……。あの、何か、あるんですかい?」
「ケレプノエは、トリカブトの毒を全身から出し続けてるのよ。だから、熱分解せずに触れると、大抵の生き物は、死んでしまうわ……」

 阿紫花の問い掛けに、ほとんど上の空で彼女は答えた。
 その内容を耳にして、阿紫花は再び寒気を覚える。

 一歩間違えれば、やはり自分たちはこのヒグマたちに殺されていたに違いない、と再認識した。
 そんな危険な毒を帯びたヒグマ以上の異常性を、姉貴分であろうメルセレラというヒグマは有しているのだろう。
 仮に助けを呼べたとしても戦いになれば、助けに来た義弟や武田観柳もろとも、全滅させられていたに違いない。

 そして今ですら、なぜこのメルセレラとケレプノエが、自分たちに攻撃を加えていないのかの真意は、わからなかった。


「ええと、ですね……。メ、メルセレラの、姐さん……」
「……『アネサン』? それは、どういう意味かしら」


 問いかけようとした阿紫花の言葉尻が、メルセレラに唐突に喰われた。
 今まで呆然としていたとは思えない反応速度で、かつ、今までに無い険しい表情で、彼女は問うた。
 再び阿紫花は、胸に銃口を突きつけられるあの殺気を感じる。
 噴き出す汗を堪え、彼はできる限り誠実に答えた。


「『姐さん』というのは、あたしらその道の者にとって、女性に対する最大限の敬称でありやす……!
 とても実力のある目上の女性だとお見受けしやしたので……! お、お気に障るようでしたら、申し訳ありやせん!!」

 再び深く頭を下げた阿紫花の頭上で、微かに笑い声が聞こえた。
 眼を上げると、なにやらメルセレラは、興奮した様子で、独り言を言っていた。

「……あねさん……。最大限の敬称……。うふ……、め、目上……」
「あ、あの……、い、いかがしやしたか……?」

 阿紫花の声に、メルセレラはハッと気を取り直し、一転して雰囲気を変え、泰然とした様子で胸を張る。


818 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 12:11:46 zXlmHuis0

「……オホン。いえ、何でもないわ。英良と言ったわねアイヌ。良いでしょう。私を『メルセレラの姐さん』と呼ぶことを許すわ。
 もっと姐さんと呼んで崇め敬いなさい。アイヌにしてはあなたなかなか分かってるじゃない。気に入ったわ。ヤニ臭いけど」
「あ、姐さん……?」
「うん、うんうん。良いのよ、もっと呼んでも」


 困惑する阿紫花に、メルセレラは満足げに頷く。
 その様子で、阿紫花はようやく察した。

 ――この姉さん方、義弟さんや李徴さんに似てる……!

 礼節や自己の規律をこじらせ、誰にも受け入れ難いままに過ごしてきてしまった末の姿。
 李徴や隻眼2の話に聞く研究所の様子では、なるほど下手に自我を強く持ってしまったヒグマが認められることなど、そうなかっただろう。
 少しでもそのルールから外れてしまえば、途端に逆鱗に触れて大爆発してしまうだろう危険な生命体。
 とても常人には対応しきれないだろう危うさの塊だ。

 だがそこで、阿紫花は微かに、口の端を上げた。


「……もし宜しければ、メルセレラの姐さん」
「うんうん、何かしら英良」
「あたしらに、お力添え下さりやせんか?」
「――お、おい、何言ってやがる阿紫花ぁ!?」

 はしゃぐケレプノエの背に必死で跨っているフォックスが、驚愕の声を上げる。
 阿紫花はそれに構わず、まっすぐ、メルセレラの瞳を見つめ返した。

「……ご存知のことかもございやせんが、この島には、人獣の区別無くあたしらを絶望に落とそうとたくらんでる機械がいくつも潜んでいやした。
 先程フォックスさんと一緒に待ち伏せをしていたのも、それに対抗するためです」
「……ああ、なんだ。そういうことだったの。アタシたちもそいつらは、何体も壊してきたわ」

 メルセレラからは、願っても無い答えが返ってくる。
 阿紫花はさらに股割を深くし、平に頭を下げた。


「この通りお願いいたしやす、メルセレラの姐さん。そのお力で、あたしらと一緒に、この島に希望をもたらして下せぇ!!」
「ええ、良いわよ。何、あんたたち他にも仲間がいるわけ?」
「おい阿紫花!? 連れて行くのか!? 連れて行くのかこいつらを!?」
「フォックス様とー、メルセレラ様とー、一緒で嬉しいですー!」


 二つ返事だった。
 阿紫花は顔を伏せたまま震えた。
 奇跡のような機運の連続だった。

「……ええ、あたし以上に、礼節を弁えた、できたモンばかりでさ。きっとメルセレラの姐さんにも、失礼のないおもてなしができるかと存じやす」


 自分一人では敵わぬような強大な相手に向かい合ってしまった時、どうするべきなのか。
 その一つの答えは、相手を味方につけることだ。
 かつての任侠たちは、常にそうして、大樹の陰に力を借りていた。
 ここにいたのが、阿紫花でなかったなら。フォックスでなかったなら。
 もしあの時、彼がタバコを吸っていなかったなら。
 きっとこんな結末には、なっていなかったのだろう。


『……こちら阿紫花フォックス組です。F-6エリアで生存者を発見いたしやした。
 名前はアイヌ語で、「煌めく風」のメルセレラさんと、「触れた者を捻じる」ケレプノエさん。
 あのロボットの存在は既にご存知で、喜んであたしらに協力してくださるとのことでした。
 お二方とも女性ですので、くれぐれも失礼のないように、ご対応下せえ――』


 阿紫花英良は、そうして自信を持って、彼女達の紹介状をしたためた。
 元から、自分達の仲間にはとても常人には対応しきれないだろう危険な生命体しかいないのだ。

 とても善良とは言えぬむさ苦しいその者たちの集いは、それでも確かに、美しく見えるだろうから。
 奥ゆかしい礼節に満ち溢れたテレパシーは、そうして風のように、島の四方へ向けて奔って行った。


【――『光と風と夢』に続く】


819 : ツシタラの死 ◆wgC73NFT9I :2015/09/13(日) 12:12:23 zXlmHuis0
以上で投下終了です。後半はもっと早くあげたいと思います。


820 : 名無しさん :2015/09/14(月) 23:59:26 .gVnRvGQ0

投下乙です

『ボクは過去に人外の化け物や範馬勇二郎さえ魔法少女にしたことがある。それに比べれば大したことないさ。』

ワラタ。キュウべぇも結構いろんなロワに参戦してるからなー。
にしても初春たちを苦しませたモノクマ軍団をダイジェストで蹴散らす観柳チームマジ強力だわ
飛翔してる艦戦の種類だけで見事参戦した艦むすが瑞鶴であることを見抜く李徴すげぇ。
ケレプノエ可愛いなー。脳内でポニー風にデフォルメした方が違和感ない気がする可愛さ。
強力な仲間?も加わって核心へ近づいたのかな?


821 : 名無しさん :2015/10/13(火) 00:17:44 jervg5fo0
長らくお待たせいたしました。二代目浅倉威さんを追加して続編を投下いたします。


822 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:19:14 jervg5fo0
 同じ言葉で、めいめい勝手な違った事柄を指したり、同じ事柄を各々違った、しかつめらしい言葉で表現したりして、人々は飽きずに争論を繰返している。
 文明から離れていると、この事の莫迦らしさが一層はっきりして来る。心理学も認識論も未だ押寄せて来ない此の離れ島のツシタラにとっては、リアリズムの、ロマンティシズムのと、所詮は、技巧上の問題としか思えぬ。
 読者を引入れる・引入れ方の相違だ。

 読者を納得させるのがリアリズム。読者を魅するものがロマンティシズム。


(中島敦『光と風と夢』より)


    《MERSE・RERA・YUKAR》


 あの人間の死体を見つけた時、アタシはただ、もの悲しい思いに襲われていた。
 冷たい風(ナムレラ)にさらされたような、淋しさを感じたんだ。

 そう。どうあったって生き物は死ぬのだと、そう再認識せざるを得なかった。

『……ケレプノエ。あのアイヌに、お祈りしてあげましょう』
『どうしてですかー? あの方は、天上界(カントモシリ)に行かれたのでは、ないのですかー?』
『……いいから』

 ケレプノエの無垢な唸りは、胸に響いた。
 今まで散々、その事実から眼を背けてきたアタシが、今更何をしてるのか。おかしいのは自分でも分かっていた。

 でももう、戦い(トゥミコル)は御免だった。
 お互いがお互いを襲い(イコホプニ)合う、なんて無意味な行為だったか。
 いくら戦いを重ねても、アタシが崇められることは、なかった。敬ってもらえることなんてなかった。
 アタシがもらったものはただ、憎しみと恐怖だけだった。

 あの研究員。
 立場を弁えぬ馬鹿者(エパタイ)。
 水上の娘たち。
 狂い嗤う男。
 まるで新婚の夫婦(ポン・ウムレク・ウタラ)のような親しげな男女。
 そいつらの顔が怒り(ルスカ)に歪む光景ばかりが、アタシには思い出された。


 死んでいるその男の前で首を垂れると、なぜかその男には、新しい煙草(タンパク)の臭いがした。
 男の死体から出て、そこらへんの建物の陰へ向かっている煙の臭い。
 奇妙に思って周りの気温差を感じてみると、人間が一人、その陰からアタシたちのことを窺っているらしいことがわかった。
 その人間が、この男の死体をわざわざこの路上に持ってきて放り出していたということだ。

 ため息が出た。

 これが罠のつもりか。
 あいにく、散々肉は食べてきたので腹など減ってはいない。
 罠だったところで、この人間はアタシたちがどんなキムンカムイ(ヒグマ)だか、わかっているのだろうか。

 身の程知らずな人間がアタシたちを狙っているのかと思うと、なんだか一気に気分が白けた。
 自分からまた攻撃するのも馬鹿らしい。もう、どうでも良くなる。
 攻撃してくるならさっさとしろ。アタシたちは隙だらけだぞ。攻撃した瞬間吹っ飛ぶのはお前の肺だがな。
 と、そう思って、アタシはじっと、向こうの動向を窺っていた。

 だが、その人間はちっとも動かなかった。
 しびれを切らすのは、アタシの方が早かったみたいだ。


「……で、いつまであんたはそこで見てるの?」


 それからだ。
 目の前の死体が、突然蘇った。
 蘇って、ケレプノエに抱きついた。
 意味も分からなければ、対処のしようも、思いつかなかった。

 確かに死んでいたはずなのに、なぜ生きているのか。
 ケレプノエは毒を出しているのに。
 あと、なんで抱きついているのか。
 ケレプノエが可愛いのは良く解るが、この可愛さは人間にも理解できるものだったのか。
 だとするならば、あまり整っているとは言いづらい顔の男だが、見る眼があると言えよう。

 すると、隠れていた人間もこちらへ走り出て来て、恭しく名乗り始めていた。
 格好の良い名乗りだった。


「粗忽者ゆえ、先からの不躾な振る舞いまっぴらご容赦!! 行く末お見知りおかれまして、以後万事万端、よろしくお願い申し上げやす――!!」


823 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:20:01 jervg5fo0

 衝撃だった。
 雷(イメル)に撃たれたような、とは、このことをいうのだろう。
 え? これは。このアイヌは。――謝っているのよね?

 謝るというのは、自分の立場を下げて、みっともなくへつらう行為でしかないのではないのか。

 でもなんだこのアイヌは。
 確かに謝っているはずなのに。
 服従の姿勢を見せているはずなのに。
 なぜこんなにも、格好が良いのだ――?

 洗練された隙の無い姿勢と、まるで詩(ユーカラ)のような整った謝辞の調子。
 これじゃあ、謝られているアタシの方が、まるでみっともない……!


「……ア、アタシこそ、ヤィ、アパプ(ごめん、なさい)……。え、えっと……、あ、頭を上げてくれて、いいわ……。
 アタシには、そんな丁寧に名乗れるほどのものなんて、無い、けど……。穴持たず45番、二期ヒグマ。『煌めく風』の、メルセレラ、よ……」


 できるだけ、そのアイヌを真似たつもりの言葉は、やっぱりどうしようもなく間が抜けていた。
 何が足りないのだろう。
 何がいけないのだろう。

 このアイヌからは崇められ敬われているはずなのに、やっぱりアタシには何かが足りないのだ。

 『穴持たず』と呼ばれたアタシの心に空いている穴は、何なのだろう。
 何を食べれば、何で埋めれば、空いてしまったアタシの心は、満たされるのだろう。

 英良。フォックス。そしてこれから出会うだろう様々な名(レ)のアイヌ。
 彼らに関われば、アタシの名前も、守ること(プンキネ・イレ)が、告げること(ピルマ・イレ)が、出来るのだろうか。
 アタシはただそれを、見たかった。


    《KAMUY・RANKARAP》


 武田観柳は、笑っていた。
 それはもうこれ以上無いくらい気持ちの良い笑みで。
 これは彼が悦んでいるとか心を開いているとかそういうことを意味してはいない。

 むしろこの笑みは、彼が対象に最大級の警戒をしているということに他ならない。
 彼ら商人という人種にとって、この笑みは最大の攻撃・防御手段なのだ。
 感情がない故に無邪気で愛くるしい、キュゥべえの所作などにも通じるものがある。
 現に彼は、そのニコニコとした笑顔の裡に、阿紫花にドスの利いたテレパシーを向けたりしている。

『おいアシハナぁ……、テメェ女性とか言っときながら、ヒグマじゃねえかふざけんなよ……!!』
『兄さんそう言わんで下せえ。彼女、恭しく接すれば大丈夫みたいですから! 名前の呼び方だけ気を付けていただければ!』

 武田観柳と操真晴人およびキュゥべえは、バイクを駆って、阿紫花たちの待機するE-6東側の通りにまでやってきていた。
 これは阿紫花が、いやに含みのあるテレパシーで指定してきたことである。
 つまりそれは、相手を操真晴人の魔法陣で転移させると、その手を吹っ飛ばされるかも知れない危険性が残っていることを意味していた。

 これを受けて彼らは、重々警戒しながら、阿紫花たちの確保した生存者に対峙したわけだが、その際の驚きは予想よりもさらに大きかった。

 観柳は、対面した相手がヒグマであったことよりも、阿紫花がその事実をテレパシーで教えてこなかったことの方に苛立っている。
 あらかじめ伝えておいてくれれば心構えもできたというのに、やってきた当初は不整脈をおこしそうなほど驚く羽目になったのだ。
 だが、阿紫花が敢えて彼女たちの正体を伏せた理由は薄々察せているので、観柳もそれ以上の不満は呑み込み、朗らかにメルセレラへ向けて挨拶した。


「これはこれはメルセレラ様。お話はかねがね伺っております。
 私は実業家の武田観柳と申します。若輩者ですが以後どうぞお見知りおきください」
「あら、聞いてるんだ。話が早いわね。アタシってそんなに有名なのかしら」


824 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:21:22 jervg5fo0

 純白のシルクハットを取り、恭しく笑顔で頭を下げながら心中で阿紫花を締め上げているその様は、まさに面従腹背という語句そのままである。
 隣で笑みを引き攣らせている操真晴人に比べれば、その作り笑いのクオリティの高さは自ずと見て取れる。
 観柳の、見た目だけはとても温かな歓迎に、メルセレラは明らかに気を良くした。
 そのタイミングで、操真晴人も勇気を出して彼女へ声をかけてみる。

「えっ……、と。メルセレラのお姉さんに、ケレプノエちゃん……、なんですよね?」
「『お姉さん』?」
「えっ」
「アイヌの弟なんか持った記憶はないけど?」
「い、いやっ、いやはははは! これはこれは、『おあねぇさん』って言ったつもりなんですが滑舌悪くて〜!! すいません〜!!」
「ふーん……。あんたは『舌足らずのアホ(ワイアサプ)』か。うん、覚えた」
「え、いや、俺には操真晴人っていう名前が……」
「ワイアサプで十分だろ舌足らずのアホ(ワイアサプ)。何か文句あるの?」
「い、いや……、ないです」

 晴人を見る彼女の視線は、一気にゴミを見るようなものに変わった。
 不興を買ったことは明らかだ。
 緊張と恐怖で、晴人は笑顔の裏にだらだらと汗をかいている。

『晴人の兄さん! ちょっと言い訳が下手すぎますって! もうちょっとこう、若くて綺麗だからとか言い方あるでしょ!!』
『あわわわわ……、ぎ、義弟さんどころの騒ぎじゃないよ……、逆鱗の位置がわかりづら過ぎる……』
『よくまぁこんな扱いづらい客に応対できたなアシハナ……。見直すよ私は』
「すみませんねぇメルセレラ様。こんなむさっ苦しいバカ男ばかりですが、ご協力いただけるということで、みな心中歓喜に咽んでいるのです。
 頭の足りない下賤のバカゆえ、慌てて多少言い間違えることも仕方のないことかと。
 お目こぼし下さるメルセレラ様の大海の如き優しさに、このバカ運転手も更なる感激を抱いたことでしょう、御賢察下さいませ」
「あらそう。エパタイ(馬鹿者)なら仕方ないわね。観柳、あなたに免じて許してあげるわ」
『これ貸しにしときますからね晴人さん。覚えておきなさいよ』
『ひぃぃ……、すいません観柳さん……』

 人心地もなくしてしまった操真晴人に比べ、キュゥべえの応対は手慣れたものだった。

『ボクの名前はキュゥべえ、魔法の使者なんだ! ボクたちにとっては、キミたちはまさに神様だ!
 ヒグマは元々すごい能力を秘めているけれど、キミたちの魔力はさらに段違いだね! 尊敬してしまうよ!』
「あら、わかるかしら。見る眼があるのねキュゥべえ」
『もちろんだ! ボクには、キミのような逸材が今まで見出されなかったことが不思議でならないよ!』

 鬼門となる呼称の問題を回避し、褒めちぎることで心象を良くしているキュゥべえの会話力には地味に並々ならぬ手腕が窺える。
 その間、操真晴人はメルセレラから距離をとるようにして、ぼんやりしたままのもう一頭のヒグマに近付こうとした。
 一見親しげな様子でフォックスを背に乗せている小柄な紫色のヒグマは、メルセレラよりも幾ばくか、とっつきやすそうに見えたのだ。

 キュゥべえとの会話に興じていたメルセレラと阿紫花が、ハッとその様子に気付く。

「エパタイ(馬鹿)! ケレプノエに触っちゃダメよ!」
「そうです触ったらいけません! トリカブトみてえな毒が出てるそうです!」
「え……、フォックスさん触ってるじゃないか」

 今にもそのヒグマに手を伸ばそうとしていた操真晴人の問いに、阿紫花はぶんぶんと首を振った。

「もう死んじまってるから関係ないんですよ! 金輪際フォックスさんにも触らねぇで下せえ!!」
「え、俺もノケ者にされんのかよ――!?」
「当たり前でしょ、んな毒の染みた状態なんですから!」
「……ほぇ?」

 ケレプノエは、目の前で恐怖に慄いている男性陣の顔を代わる代わる見て、首を傾げる。

「あのー……。どういう意味でしょうかー? 何かケレプノエは、いけませんでしたかー?」
「いや、大丈夫、ごめん、何でもないよ!」
「あのー、できることがありましたら、晴人様のお手伝いも致しますけれど……」
「さー李徴さんたちを呼ぼう! そうしよう!」


825 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:23:52 jervg5fo0

 ゆっくりと一歩踏み出したケレプノエの言葉は、三歩跳び下がった操真晴人に躱された。
 差し出そうとしていた前脚はしばらく宙に浮いて、それからゆっくりと地面に戻る。
 その様子を、フォックスだけは背中の上から見ていた。

「……おいまさか、おめぇよ、何もわかってねぇのか」
「何が、でしょうかー?」
「……いや、何でもねぇよ」
「?」

 ぼんやりとした不安だけが漂うケレプノエの問いに、フォックスは舌打ちで返した。


『ああ、やっぱりヒグマだ。なんか人間とばっかりいたから仲間は久しぶりに感じます』
「おお、なるほど。羆の女士(ニュイシ)とはまた心強い」
「あら、キムンカムイまで居たの。ほんと珍しいアイヌねアンタたち」

 一方のメルセレラは、魔法陣から出て来た小隻と李徴の二頭のヒグマと対面している。
 既に小隻は、テレパシーで彼女たちの名を告げられた時から、それが薄々キムンカムイ教徒の面子なのではないかと察していたために驚きは薄かった。

『二期穴持たずの「煌めく風」、メルセレラ様ですよね。噂だけは研究所でも聞いてました』
「我は隴西の李徴子、これなるは小隻と申す。請多関照(どうぞよろしく頼む)」
「ええと、こちらこそよろしく、でいいのかしら? これで全員?」

 自分の真名を答えてもらえたこと、そして形式ばった鞠躬の挨拶に、メルセレラの表情は傍目に見ても最高に晴れやかだった。
 しかしその問いに、一帯の男性陣は一様にうすら寒い予感を覚える。
 一同の視線は、魔法陣に片腕を突っ込んでいる操真晴人に集まった。
 晴人は、冷や汗をかきながら答えた。

「……いや、あと二人いるんですけどね」
「何よワイアサプ。じゃあ早く連れて来なさいよ」
「……いや、あの、怒らないでくださ――」
「何やってんだよ操真さん、早く会わしてくれよその女の子に――」


 その時、魔法陣から晴人を押しのけるようにして、一人の青年が顔を出していた。
 宮本明だ。
 彼は、メルセレラとケレプノエの姿を見た。
 その瞼がわずかに見開かれる。

「ぎ、義弟さん、行って――!!」

 その瞬間、晴人が全力で魔法陣の中から、ウェカピポの妹の夫を引きずり出していた。
 義弟は上着を脱いでいた。

 そして前方に走り出す宮本明の顔面へ、ほぼ同時に、義弟の鉄球の回転を伝えて渦巻いた上着が巻きつく。
 それを引っ張りながら即座に義弟が裏拳を繰り出したが、急停止した明は目隠しの上から辛うじてその拳を受け止めていた。

「ぬっ――」
「大丈夫……、大丈夫だから!」

 息を荒げながらも、確かに足を止めはした明が、義弟の上着を顔から外しながら答える。
 それでもギリギリと歯を噛みながらメルセレラたちを睨みつけている明へ、不安げに義弟は問うた。

「……本当か?」
「本当だ!」

 義弟はその言葉に、釈然としないまま拳を収めた。
 辺りには如何ともしがたい緊張感だけが張り詰める。
 今の宮本明ならヒグマを見た瞬間に襲い掛かるだろうという、ある種の信頼が、既にそこにはあった。
 だから阿紫花はテレパシーに含みを持たせたし、操真晴人は彼らを喚ぶのを最後に回していたのだ。


 メルセレラはその挙動不審な男性二人を、ある種の不快感をもって眺める。

「何なのよアンタたち、騒々しいわね」
「大変失礼した。この男は宮本明。オレはネアポリスで王族護衛官をしている者だ。
 名乗るほどの者でもない。ウェカピポの妹の夫とでも義弟とでも好きに呼んでくれ」

 その不興を察して、義弟は宮本明を抑えながら、お辞儀と共に丁寧に謝罪していた。
 謙遜のように自分の名を伏せた彼の謝罪は、普通ならば、十分に赦しを得るに足るものだったに違いない。

「……は?」


 ――だがそれが、逆にメルセレラの逆鱗に触れた!


「……おいアンタ。今、自分のレ(名)を、なんつった?」


 メルセレラの纏う空気が殺気に変じたことをその時、その場のほとんどの者が察知した。
 低く、唸るように発せられたその問いは、まるで銃口のように義弟の胸へと突き付けられる。
 彼の頬を、冷や汗が伝う。
 その問いに不用意に答えることが、高確率で死を意味することが、義弟にはわかった。


826 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:24:17 jervg5fo0

「……それがお前にとってどのような意味を持つのかを教えてくれるなら、喜んで答えよう」
「アタシにとってどうかじゃない。アンタは自分の存在と価値を、名前ごと否定するようなレサク(名無し)なのかって訊いてんのよ」
「……ああ、なるほど、わかった」

 義弟はその言葉だけで、悟ったように息を吐いた。
 このヒグマが自分の同類であると、それだけで気付いたのである。
 そして彼は、包み隠さず正直に答えた。


「オレは、ウェカピポのヤツとの約束をすっぽかしちまった。そんなヤツの名は、城壁の北西にちゃんと帰るまで名乗る価値などない。お前の言う通り、それがオレの流儀だ」
「……そう、悪いけどアタシは、自分からレサクに成り下がるようなヤツとは同行する気ないから。
 そんな情けないエパタイは今すぐ、消えるか、それとも耳と耳との間に座るか、選びなさい」
「なるほど、ならば、いいだろう」

 と、そう断じた義弟とメルセレラのやり取りに、その場の男性陣全員が恐れ戦いた。
 もうここまで来てしまったら、その次に義弟が言うセリフは『決闘』の二文字以外ないだろうという、ある種の信頼が、既にそこにはあった。

 宮本明との決闘とはわけが違う。
 こんな手の内のわからないヒグマに暴れさせたら、一体どうなるのかわかったものではない。
 『決闘』というしきたり通りに動いてくれるかすらわからないのだ。
 収拾がつかなくなることは眼に見えている。

 そこで両者の間に真っ先に割り込んだのは、宮本明だった。


「おいテメェ――! やっぱ義弟さんを殺すつもりか! ふざけるなよ人食いのヒグマァ!!」
「……失せろ、って言ってんのよ。アタシに殺されたいっていうなら別だけどね」

 凄まじい気迫で睨む明に対し、メルセレラの返事はどことなく苦々しい。
 勢い余って口をついてしまった言葉を、後悔しているかのようだった。
 どう見ても剣呑なその場の空気に、フォックスが下のケレプノエを小突いた。

「お、おい、何か言え! 今こそおめぇの手伝いが要るんだよ、あいつ姉貴分なんだろ!?」
「あ、はい……、そうですねー」


 睨み合うヒグマと人間との間に、調子はずれなほど明るくとことこと、ケレプノエは割り込む。
 そして、彼女は朗らかに言った。


「メルセレラ様ー。そういうことでしたら、今すぐウェカピポの妹の旦那様を、天上界に送って差し上げればよろしいのではないのですかー?」


 と、余りにも無邪気にそう言った。
 場の空気は、凍り付いた。
 ケレプノエはにっこりと笑いながら続けた。


「あのですねー、ケレプノエもまだ聞いただけですが、天上界カントモシリは、素晴らしいところなのですよー」

 嬉しそうに義弟や宮本明に向けて語るケレプノエの様子を、その二人の男は、信じられないものを見るような眼差しで眺めた。
 後ろで、メルセレラが口をわななかせて震え始める。

「ケレプノエも皆様も、元々はみな、そこのカムイだったのですー。そこでの記憶を思い出せば、皆様素晴らしい力が手に入るのですよー?
 天上の暮らしに戻れば、ウェカピポの妹の旦那様もきっと楽しいのです――」
「――ケレプノエ! ケレプノエ、もういい! 今すぐやめて! お願い!!」
「ほぇ――?」

 メルセレラは、呼吸も荒くそう言う。
 だが彼女の差し止めは、いささか遅すぎた。


「……てめぇ、子熊にそんなこと教えてたってことか。都合よく天国の概念なんか植え付けて、人食いの罪悪感を取っ払うとか、そういう魂胆なのかよ、ヒグマァ……!!」

 宮本明が、怒りに髪を逆立てて、熔岩のように熱い声を絞っていた。
 メルセレラが焦って首を横に振る。

「ち、違うわ! この教えは、アタシたちが自分たちの存在を――」
「ほぇ? だって、カントモシリはあるんですよー? そうですよね、メルセレラ様?」

 メルセレラの弁明を、ケレプノエは余りにも無邪気に喰った。
 メルセレラは、立ち尽くした。

 あの研究員。
 立場を弁えぬ馬鹿者。
 水上の娘たち。
 狂い嗤う男。
 まるで新婚の夫婦のような親しげな男女。

 それらの姿が脳裏に浮かんで、メルセレラは、地面に崩れ落ちた。

 
    《PURIYUPKE・KAMUY・YUKAR》


827 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:24:48 jervg5fo0

「……メルセレラ様? メルセレラ様、どうなさったのですかー?」


 暫くその場には、呻き哭くメルセレラの声しか、聞こえなかった。
 立ち尽くす男性陣に囲まれたまま、ケレプノエは彼女へ困惑してすり寄る。
 その上に、ふと影が差す。
 朗らかな笑みを浮かべた、宮本明だった。


「……そうか。そんなに天国に行きたいのか、アンタは」
「あ、あの……、明様、カントモシリは、素晴らしいところだと伺っただけ……」
「おめでとう。2名様、指定席特急券の当選だ」


 振り向いたケレプノエの前で、宮本明は、背中のデイパックからぞろりと丸太を取り出している。
 既に彼は、両手に丸太を振りかぶる形になっていた。


「――『雷撃槌(バンガーズ)』!!」
「読めてんだよ義弟さん!!」


 その瞬間、逸早く反応した義弟が明の脇腹に剣の柄を繰り出していた。
 しかし完全に戦闘態勢に入っていた明は、その攻撃を振り向きもせずに丸太で受ける。
 柄頭の鋲が深々と木目の中にめり込む。
 片手で義弟を制した形を取り、明は同時に、空いている片手の丸太を振り下ろそうとした。

 だがその時、明の脳裏を蒼褪めた未来予知が走る。
 義弟の挙動は、止まっていなかった。


「『一足(キッキング)』――!!」
「くぉッ――!?」


 噛み合った剣と丸太の側面から、義弟の脚が、鋭く蹴り上げられていた。
 咄嗟に首を捻った明の耳を掠めて、股下の長い義弟の脚が天高く走る。
 明の耳たぶから血が噴き出た。
 昇龍の牙に食い千切られるかのような勢いだった。
 これをもし顎にでも喰らっていたなら――、と、明はわずかの間、寒気を覚えた。
 しかし彼の思考はすぐに戻る。
 このまま、地に転がりながらでも丸太を振り抜き、義弟との距離を離しながらヒグマ二体を屠る――。
 そんな計算の、はずだった。
 

「――『叫喚(アンド・スクリーミング)』」


 だが彼の動作と思考は、そのまま凄まじい衝撃と共にホワイトアウトする。
 義弟の攻撃は、天上から振り下ろされ、転がり離れようとした明の脳天を地上に叩き付けていた。
 それは、振り上げた脚を即座に叩き落とす、踵落としだった。
 並々ならぬ背筋の力が為せるその一連の蹴りは、明の予測よりも遥かに、リーチと隙の無さに優れていた。
 丸太は、明の手を離れ、地面に音を立てて落ちた。


「……すまん、暴漢相手みたいで、つい本気でやっちまった。大丈夫か? 歯は折れてないな?」

 地面に顔をめり込ませ、後頭部に靴跡が残っている宮本明へ、義弟は丸太から剣の柄を抜きながら問いかける。
 明の腕が何とか動いているのを見て、義弟はそのまま、メルセレラの方に振り向いた。


「……聞かせてもらおう。どうやらお前たちには宗教的な流儀か何かがあるようだ。それも聞かぬうちには決闘などできん」
「あ、あ、あた、アタシ、は……。ただ、認めてもらいたかっただけ……」

 メルセレラは、嗚咽の中に必死に言葉を絞った。


「……知ってんのよ本当は。死んだ後のことなんか何もわかんないんだって。
 ……天上界なんてあるかどうか知れないし、そこでの記憶なんて、思い出せるわけないもの!
 お互いを褒めて、尊敬して、認め合って、それでせいぜい……!!
 自分たちの魂が特別だと思い込んで、平静を保とうとしてるだけなのよ!!」


 堰を切ったように、メルセレラの心は溢れた。 

「……でもあの研究所じゃ、何か一つでも支えがなきゃ、体も魂も、壊れそうだった。
 動物は死んだらそれまでだもの……。自分が神だとでも信じてなきゃ、もう、今頃、アタシは……」

 義弟も、宮本明も、その他の男性陣も、彼女たちが一体過去にどのような仕打ちを受け、そして今までにどのような報復をしてきたのか、知る由もない。
 だが今までのやり取りは、その心に蓄積した辛さを推し量るには十分なものだった。
 メルセレラが自他の呼称に固執する理由が、義弟以外の者にも、わかるような気がした。


828 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:26:09 jervg5fo0

「で、でも、でも、メルセレラ様! フォックス様はいらっしゃいますよ!
 『死んでる』っておっしゃっても、ケレプノエと遊んでくれますよー?」

 理解不能な状況に混乱していたのは、ケレプノエだった。
 彼女には、信頼するメルセレラの泣いている理由が全く理解できない。
 『カントモシリ』という天上界の存在をどうにか明示して安心させようと、彼女は必死に、その小柄な体を跳ねさせた。

「……いや、違ぇよ。俺ぁただ、そこの女装中年魔法ヤクザに無理矢理動かされてるだけだ」
「随分な言い回しですねフォックスさん……」

 その背中で、フォックスはぶっきらぼうに呟いた。
 阿紫花は反駁するでもなく、重い息をつくだけだ。
 あらかた状況は理解しているが、こんな場面で、女子に、しかもヒグマに、どんな言葉をかければ良いのか、阿紫花以外にも大多数の男子はわかりようもなかった。

 小隻の話によれば、研究所のヒグマの大多数は遺伝子操作によって作られた生物だ。
 その事実だけでも、彼女たちがこれまでに非人道的、非倫理的な仕打ちを受けていたと思い至るには足る。
 そこで李徴のように狂乱するでもなく自我を保つには、それこそ宗教のような概念が発生するのは当然の帰結だろう。
 むしろ、その概念に染まりきらず、内心で自覚的にいれたことだけでも、奇跡的なのかも知れない。


「……メルセレラ様が、今まで教えてくださっていたことは、間違いだったのですか?
 ……ケレプノエと遊んでくださっていた皆様は、満足してカントモシリに旅立たれたのでは、ないのですか?」


 きっとこの小さなヒグマのように。
 たった今、自分の信じていた骨子が、音を立てて崩れたことを知った彼女のように、呆然と立ちすくむことの方が、当然なのかも知れなかった。

「う、あ……、ケレプ、ノエ……」
「……」

 二頭のヒグマの息遣いだけが、その場に聞こえた。
 周囲の男性陣は、眼を閉じて、身構えていた。

 彼女たちが辛いのは分かる。
 これが人間の少女だったなら、誰かしら慰めの一つでもかけていたところだろう。
 だがこの時、武田観柳は後ろ手に札束を握り締めていた。
 阿紫花英良は両手に糸を手繰っていた。
 操真晴人はマシンウィンガーのエンジンを点けていた。
 義弟はホルスター内で鉄球を回していた。
 フォックスはカマの角度を確かめていた。
 キュゥべえは尻尾を振っていた。
 隻眼2は逃走経路を見計らっていた。
 宮本明は倒れたままに丸太を掴み直していた。
 全員が戦闘態勢を採っていた。

 特に李徴には、痛いほどに分かる。
 こうして自分の根底が崩れた次の瞬間こそが、最も危険なタイミングであることが。
 それは他ならぬ李徴自身が、『ヒグマに酔って』しまいかねない心の状態だ。
 いわんや純粋なるヒグマならば、この状況下では狂ってしまうに違いないと、誰もがそう思っていた。

「……」


 ケレプノエは、何も言わなかった。
 そして、何も、しなかった。
 ただ虚ろに見開かれた瞳孔のままで空中を見上げ、とぼとぼと、歩き出すだけだった。

「お、おい、どうする気だおめぇ!?」
「……」

 どこへとも知れずふらふらと歩み去っていくケレプノエの背を取ったまま、フォックスは慌てた。
 もし彼女が暴れ出すのなら、責任を持ってその両眼を抉ろうと考えていた彼は、予想外の事態にまごつく。
 最終的に彼はケレプノエの背から飛び降りたが、それでも彼女は、それに気づかないかのように、街並みの先へ消えて行ってしまった。


「……ごめんなさい……、ごめんなさい、ケレプノエ……、ごめんなさい……」
「……その謝罪はよ、今までアンタらの喰ってきた人間たちにも向かってるのか?」


 嗚咽の間にずっと零れていたメルセレラの謝罪を、宮本明の声が穿った。
 立ち上がった彼は、地面に叩き付けられて鼻血まみれになった口元を拭い、未だ怒りを顕わにしながら彼女を睨みつける。
 メルセレラは顔を上げることもできず、蹲るだけだった。
 明は吐き捨てるように声を出す。
 力のやり場に困るように、彼の右手が握り締められ、掴んでいる丸太の皮を砕いていた。


829 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:26:45 jervg5fo0

「……本当によ、お前らヒグマなのかよ! 中途半端になよなよめそめそしやがって!
 俺たちを油断させる気か!? 人間のマネのつもりなのかよ!? おい!!」
「……真似でも何でもない、宮本明。これがこの、シニョリーナ(お嬢さん)たちの心情そのままなのだろう」

 攻撃を躊躇して歯を噛み締めている明の肩を、義弟が叩く。
 阿紫花から聞くところでは、彼女たちはフォックスに黙祷すら捧げていたのだという。
 流儀や逆鱗の位置は措くとしても、メルセレラに攻撃の意志がないことは、明らかだった。

「お前らの流儀は解った。……なるほど他者と認め合うというのは、異種間ではなおのこと困難だろうな」

 義弟は頷きながら、辺りの男たちに目を向ける。

「……だが手段にこだわらなければ、いつでも普遍的なものは見つかるだろう。髪や服なんかは変えられるし――」

 メルセレラに語り掛けながら彼が真っ先に指さしたのは、魔法少女の衣装に身を包む武田観柳と阿紫花英良の二人だ。

「――考えでさえうつろうもの」

 そして、仁王立つ宮本明の肩を今一度深く叩き、歩き始める。

「別れも出会いもあるだろうが――」

 バイクにまたがる操真晴人のジャケットを引けば、そこには、ジャック・ブローニンソンが描いたポニーのイラストが残っている。

「――流儀は変わらない」

 そして、顔を上げたメルセレラに向けて、胸に手を当てて見せた。

「スタイルもジーンズも変えられるし」

 再び歩き出した義弟は、戻って来たフォックスの髷や皮鎧を、触れないよう注意しながら指し示す。

「夢を追い飛ぶこともできる」

 語り続ける義弟の視線は、隻眼2に向いた。

「哀歓の世にもあるものだ――」

 そして李徴と眼を合わせ、義弟は静かに締めくくる。

「――帰るべき流儀は」

 一連の言葉は、メルセレラだけでなく、その場の全員に向けられているようだった。
 信念が崩れようと、どれだけみじめな姿に成り果てようと、そこには確かな流儀が存在することを保証する――。
 それは帰るべき天上界を見失った少女への、彼なりの最大の激励に、他ならなかった。


    《UEPEKER・KAMUY・YUKAR》


「……その通りだ。美(メイ)女士」

 義弟に続いて口を開いたのは、李徴だった。
 彼にとって、彼女の『認めてもらいたい』という願いは、とても他人事には思えなかった。
 メルセレラはしかし、彼からの呼びかけに、泣きながら激しく首を横に振った。

「――略、さないでッ!! アタシの名は、『メルセレラ』なの!! アタシの存在を、削らないでッ!!」
「これはお主の価値を貶めるものではないのだ、美色楽(メイスエラ)女士!」

 李徴は食い下がった。
 中国古典に親しい李徴には、彼女が名前に固執する意図も明確に察せた。
 名というものは、己の存在を規定し定義する物。ある意味『流儀』の根源だ。
 だがだからこそ彼はこの機に、彼女の心を固める氷を、その牙に噛み砕かんとしていた。

「――字(あざな)というものは、お主の意味を深め、他者への親しみと繋がりを増すものに他ならぬ。
 お主の言葉では『煌めく風』という意味のその名は、我の言葉では『美しき色どりに楽しむ』と読める。
 美女士(メイニュイシ)と呼ばせてくれ。この呼び名は、我が親愛の情と、自ずから出づる君の美しさとを表すものだ。
 他者に認めてもらう手段というのは何も、押しつけや、力だけではない。我はそれをつい先ほど、この者たちから教えてもらったばかりなのだ」

 メルセレラは、言葉を失った。
 初めて耳にしたそんな概念を、果たして受け入れていいものなのか、判じかねていた。

『……それは、僕も正しいことだと思います。名前の呼ばれ方は、あなたの価値を規定はしません。ただ、相手との繋がりを示すだけです。
 ……僕も、隻眼2という番号で呼ばれるより、仮初でも「シャオジー」と呼ばれた方が、いくらか気分が良かった』

 李徴の言葉に深く頷いて、隻眼2が静かに唸り声を上げる。

『きっと、むしろ、略してでも呼んでもらえる方が、あなたは尊敬されるんです、メルセレラさん』
「……そう……、なの……?」

 メルセレラは、呆然としていた。
 彼女は周囲で次々と新しい概念を話してくれる男性陣を、見回すことしかできなかった。
 宮本明が苦々しく舌を打つ。


830 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:27:42 jervg5fo0

「……人間相手ならいざ知らず、人殺しのヒグマなんか、尊敬できるわけないだろ。根底から壁があるんだ。
 ……まず同じ土俵に立たなきゃ、尊敬どころか理解し合うことすらできねぇよ」

 同情と怒りが綯い交ぜになったその呟きは、再びメルセレラの意気を消沈させる。
 現に彼女には、ヒグマ繋がりと流儀繋がりでしか声をかける者がいない。
 言い方の是非はどうあれ、宮本明の言葉には、誰もが同意せざるを得なかった。
 反論が来ないのに乗じて、明は更に声を張った。


「いいかおい、お前らが人間の尊敬を受けるなんざ、それこそ奇跡か魔法でもない限り無理なんだよ!」
『良いことを言ったねアキラ!』
「ええ、珍しく実のある発言でしたね宮本さん」

 その明の叫びを、即座に二人の商人の満面の笑みが、喰らっていた。
 絶対に有り得ない、という意図で咄嗟に口を突いた言葉の内容に、明はハッと気付く。
 この島には、そして特にこの場には、奇跡も、魔法も、あるのだということに。

 その時既に、武田観柳は再び恭しくシルクハットを取り、芝居がかった動きで、メルセレラの前に深く腰を折っていた。
 同時に、阿紫花たちブローチをつけていた者だけに、彼からのテレパシーが届く。


『……感謝しますよ阿紫花さん。これ以上ない、「うぃん-うぃん」の商機です――』
『兄さん……!? 一体何を――』
「メルセレラ様、かの義弟さんの言葉通りでございます。
 『手段にこだわらなければ』、我々はいつでも、メルセレラ様お望みの商品をご用意できるのです」
「え――」

 潤んだメルセレラの瞳に、武田観柳の薄く引き伸ばされた笑みが映る。
 その肩に乗るキュゥべえが、微動だにしないつぶらな瞳で、メルセレラの眼の奥を見通していた。


『……そう、それこそ、キミの魂は、文字通り神にすら匹敵するかもしれない』
「あなた方の教え通り、天上界すら、この世に顕現させられるかもしれません」
『全てはキミの言葉一つ』
「あなたの胸一つに、かかっているのです……、よ?」


 阿紫花たちは、商売人という人種の恐ろしさに、今一度戦慄した。


    《KEREP・NOYE・YUKAR》


831 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:29:00 jervg5fo0

 ケレプノエは、ぼんやりと街の中を歩いていた。
 見上げる空には薄黄色く光る丸が浮かんでいて、それは暫く前に見た時より、斜めにあった。
 それよりもっと前は、赤っぽくて地面の近くにあって、さらに前には水の下に隠れていたものだ。
 本当に本当に綺麗なまんまるで、とっても暖かかった。
 研究所を出て、初めて見つけたものだったけれど、ケレプノエはそれが大好きになった。
 大好きなメルセレラみたいに、綺麗で暖かかったからだ。

 でもそれは、見つめていると、眼が痛くなって、涙が出て来そうになる丸だった。
 そしてそれは、とても遠くにあって、前脚を伸ばしても決して届かない丸だった。

 まるで今の、メルセレラとケレプノエそのままのような気がした。


『……ケレプノエさん、でしたよね』
「……はいー?」

 痛くなった両眼を瞑って涙を流していると、ケレプノエの後ろから、誰かが唸り掛けてきた。
 振り向いても、目の前は真っ暗だった。
 眼を瞑っていたからだ。

『……泣いているんですか?』
「あの丸を見ていたら、眼が痛くなったのですー」
『ああ……、太陽なんか直接見たらダメですよ。最悪失明しちゃいます』

 彼女を後を追ってやって来ていたのは、隻眼2だった。
 彼はケレプノエの前に、銜えてきたものを差し出していた。

『これ、義弟さん――ウェカピポの妹の夫さんが焼いてくれた、マリナーラっていう食べ物です。美味しいですよ』
「そうなのですかー。それはすごいですねー!」

 ケレプノエは、隻眼2に微笑みかけた。
 そして、暫くそのまま、両ヒグマは沈黙した。

『……えっと、美味しいですよ。どうぞ?』
「……えっと、これはケレプノエが食べてもよろしいものなのですか?」
『……えっと、はい。そのために持って来たので……』
「そうなのですかー! シャオジー様、ありがとうございますー。
 研究所では、『美味しいもの』というのは、研究員の皆様が食べるものだと思っておりましたー」
『……』

 隻眼2は、目の前で無邪気にピザを頬張り始めたヒグマの様子に、胸が苦しくなった。
 今の短い会話だけで、彼女が一体、どれだけ隔絶された世界に押し込められていたのか、ありありとわかってしまった。
 一口ごとに目を丸くして喜ぶ彼女が落ち着くのを待って、隻眼2は口を開く。


『……ケレプノエさん、どうして立ち去ってしまったんです? メルセレラさんが、嫌になったんですか?』
「……そんなことはありませんー。メルセレラ様も、皆様も、ケレプノエは大好きです……」
『それじゃあどうして……? メルセレラさん、あなたにひどいことをしてしまったんではないかと、とても後悔してらっしゃいました』

 隻眼2は、ケレプノエを引き留めるための役を買って出ていた。
 合わせる顔がないと言うメルセレラからの言葉だけを受けて、彼はケレプノエの体臭を伝って街を走ったのだ。
 協力する報酬という触れ込みだった義弟謹製マリナーラピッツァも、武田観柳に申し出てこの機に使ってしまった。
 なぜ、彼がそんなことをする気になったのかは、彼自身にもよくわからない。
 ヒグマ的に言えば、少々時期の早すぎる発情なのかも知れない。
 とにかく、同族の女の子が悲嘆に暮れている姿を、放っておきたくなかったことだけは確かだ。


「……ケレプノエと遊んでくださった皆様は、みんな動かなくなってしまいましたー。
 それは、『死ぬ』ということだそうです。死んだ方は、カントモシリに旅立たれ、神様に戻ったのだと、ケレプノエは聞いておりました……」

 ケレプノエは、隻眼2に顔を向けながらも、どこか遠いところを見つめているようだった。

「ケレプノエは安心していたのです。皆様は幸せになれたのだと……。
 でも、そうでなかったのなら……、ケレプノエは、死んだ皆様を、『終わらせてしまった』ことになりますー。
 ケレプノエは、皆様を悲しませてしまっていたことになります……」

 虚ろな彼女の瞳は、そうしてようやく、隻眼2のもとに帰ってきた。


832 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:30:01 jervg5fo0

「ですから……。ケレプノエは、もう皆様のお傍にいるべきではないと、思ったのですー……」
『それじゃあ決して……、メルセレラさんを嫌いになったり、僕らに付き合えないと思ったわけでは、ないんですね?』
「はい。ケレプノエは、皆様のお手伝いをしたいのですが……。これしか、できることが、思いつきませんでしたー……」

 優しさと哀しみに満ちた呟きの前で、隻眼2は項垂れた。
 脳裏に、耳に挟んだ人間の知識が思い浮かぶ。
 『ヤマアラシのジレンマ』だ。
 寒さに震えるヤマアラシが2匹、お互いの体を温め合いたいのに、近づけば互いの針が刺さるために近付くことができない。そんな状態を指す言葉。


「……ケレプノエは、ようやくわかりましたー。なんで研究所でも島の上でも、多くの方がケレプノエから離れて行こうとするのか。
 ……ケレプノエだって、終わりたくはありませんからー。それはきっと、当然のことなのですー。
 寂しくても、ケレプノエが我慢するべきなのですー……」


 トリカブトの女神の名を持つヒグマは、そうして悲しげに笑った。
 彼女の針は、刺さってしまえば、ジレンマを抱く前に死んでしまう、毒だった。


『……それは違います、ケレプノエさん』
「ほぇ?」

 だが、隻眼2は、確固たる意志を以て、首を横に振る。
 人間が作り上げた『ヤマアラシのジレンマ』という言葉には、大きな誤りがあるということを、彼は知っていた。


『……体に鋭い針を持つヤマアラシも、実際は、針の無い、お互いの頭をくっつけて一緒に眠ることができるんです。
 針が刺さるからって、近づけないなんてことは、ないんです。
 あなたにだってきっと、寂しくない解決法が、流儀が、見つかるはずです――!!』

 隻眼2は、熱を込めて唸った。
 その言葉は、彼自身の願望でもあった。


『……一緒に行きましょう。あの人間たちと一緒なら、きっと見つかるはずです。
 あの人たちは、きっと一緒に考えて、見繕ってくれるはずです』
「……ケレプノエは、ご一緒しても、よろしいのですかー?」
『ええもちろん。大歓迎です』

 まだ手は繋げない。
 それでも確かに、彼女と心は繋げた。
 その手応えを胸に、隻眼2は笑った。
 それはもうこれ以上無いくらい気持ちの良い笑みで。

 笑顔とは彼にとって、かつては確かに、最大級の警戒をしている時の牙を剥いている表情だったはずだ。
 それでも今、その笑顔は確かに、開かれた彼の悦びの心を、表していた。


    《KIRORASNU・KAMUY・YUKAR》


「ヒグマはやはり信用ならない。あんな奴らに心を開くなんて、危険すぎるんだ。
 観柳さんの決断が信じられん。馬脚を表したらその場で殺してやる……!」
「さっきからそればかりだな宮本明。あの武田観柳だぞ? 奴の流儀ならば任せても問題なかろう」

 宮本明は、念仏のようにぶつぶつと同じ言葉を呟きながら、ウェカピポの妹の夫と共に山の斜面を再登攀していた。
 怒りで点火したエンジンをそのままに突き進んでいく明の後ろで、義弟は辟易とした調子で声を漏らす。
 明の思考は何度修正しても、結局は形状記憶合金のようにだいたい同じ場所に帰ってきてしまうので、いい加減義弟も応対に気が入らなくなって来ていた。
 この山上での警戒も、依然念を入れなければいけないというのに、どうも明が注意散漫になっているようで義弟は気が気ではない。
 明は足を止め、勢いよく振り返る。

「だって義弟さん! 観柳さん笑ってたんだぞ!? あの涙にほだされたんじゃないのか?」
「あれは俗にいう営業スマイルという代物だろう」


 明と義弟の二人は、武田観柳から、途中で引き返してしまったE-5の昇降機の所在を再度確かめに向かうよう指示されていた。
 彼はメルセレラに『商談』を持ちかけるというので、人払いした形になる。
 同時に阿紫花とフォックスは、西側にあたるD-6方面に向かわされた。
 これは観柳が、メルセレラからある話を聞いたことによる。

『……ここから先には、行かない方が良いわ。アタシを遥かに超える霊力(ヌプル)を持ったキムンカムイが、いたから……。
 たぶんもう、あっちに生きてるアイヌなんて、いないと思うわ……。行ったらアンタたちも間違いなく、死ぬでしょうね……』

 宮本明は、この話を観柳が真に受けて、阿紫花たちを東進させなかったことも気に食わない。
 なお、隻眼2を最終的にケレプノエのところへ向かわせたのも観柳である。


833 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:32:04 jervg5fo0

「……あの言葉、絶対にメルセレラは何か隠してやがる……! 重大な何かを……!
 俺たちを進ませなかった真の理由が、きっとあるはずだ……!」
「そうだな。その先にいるヒグマが本当に規格外のバケモノだという理由があるんだろう。
 で、実際にそのバケモノが人を襲ってる所を見たか何かして畏れ入ったんだ。あれほど、自尊心を守ろうとしてきたシニョリーナが言うのだから、信憑性は高い」

 平然と返す義弟の言葉に、宮本明は拳を握りしめる。


「けどよぉ! それならなおのこと、襲われてる人を放っておくなんて、しちゃいけないことだろうが!」
「リスクリターンが釣り合わん。『羊毛刈りに行く者、刈られて帰る多し』だ。目も当てられん」
「そのためのテレパシー&テレポートのネットワークだろ!? 危なくなったら逃がしてもらえばいいんだよ!!」
「愚か者。あの戦艦のようなヒグマの件を忘れたか。阿紫花英良やジャック・ブローニンソンは、ヤツを巻くまで逃げることもままならなかったのだぞ?
 向こうに本当に人がいるかもわからんし、あくまでこのブローチは保険に過ぎん。グループ全体の生存率は上がるが、先読みが外れれば窮地に陥るのは変わらんのだ」

 ミイラ取りがミイラになる。
 救助隊が遭難する。

 それを警告するような、予知めいた恐怖。
 明も、メルセレラやその道の先に、それを感じなかったわけではない。むしろ明は、予知能力にかけては人一倍優れている。
 だが、危険だとわかっていながらも突っ込んで、その中でさらに針の穴を引き千切るような解決策や、理路混然とした機転を利かせて、なんとか生き残ってきたのが宮本明である。
 気性として、こういう時に退く選択肢を選びたくないのだ。


「……とにかく、一度指示を受けたんだから四の五の言わず登れ。それが最低限、被雇用者の守るべき流儀だ」
「……わかってるよ」

 溜息をついた義弟に、本当にわかっているのか怪しい速さで明は答え、再び足を山上に向けた。
 彼は一応、そうして彼岸島で行なってきた自分の行為を総合すれば、決して同行者や仲間の生存率が高くないことを理解してはいるのだ。
 その上、島には名前も知らないような人間がいつの間にか増えたり減ったりするので、精確な死者数まで覚えていないという酷い状況だということも、一応彼は自覚している。
 義弟の視界で、前を歩く明の拳は力の込め過ぎで真っ白になり、震えていた。


「義弟さん……、あの時、俺にいくつか、『LESSON』をしてくれたよな……?
 あれって、あと、いくつまであるんだ……?」
「……ほう、知りたいのか」
「……ああ、教えてくれ」

 明は、顔を伏せて登りながら、噛み締めるように言った。
 彼が『あの時』の、ジャック・ブローニンソンのことを思い出しているのだということは、容易く察せられた。
 宮本明が一番怒っているのは、他ならぬ己の力不足に違いないのだ。
 ジャックを救えず、フォックスを救えず、友を救えず、それでいて特に何ができたわけでもない自分の有様が憎くてしょうがないのだろう。
 その憤懣を発散する場に困り、心中に悶えている青年の背中を、義弟は自身の幼少期に重ねるようにして見つめていた。


「実のところ、LESSONは5までしかない。機会がくれば教えてやるさ」
「今教えてくれ。頼む」
「はてさて、そんなんで身につくのか?」
「つくかどうかじゃない。身につけてみせるさ」

 そうして歩み続けていた二人は、ついに、キュゥべえとジャック・ブローニンソンが発見したという、地下への昇降機の場所へとやって来ていた。
 見た目は、他の踏み固められた山の地面と変わらぬ剥き出しの土に過ぎないが、よくよく注意して見れば、大きな正方形に、地面が薄く出っ張っているようにも見える。
 『石刷り』のようなものだ。
 10円玉の上に紙を敷いて鉛筆で擦れば、その模様が拓本として取れるように。
 この正方形の出っ張りは、確かにその直下に硬い構造物があるのだろうことを示していた。

 義弟は剣の鞘で、地面の出っ張りに続くようにしてその場に長方形を描く。


「……いいか。LESSON4は、『敬意を払え』だ。特に、自然――、その中の回転に敬意を払う」
「自然の回転……って、どういうことだ?」
「ネアポリスの鉄球術の中でもツェペリ流はこれに特に重点を置いてるんだが……。まぁ、わかりやすいのが、この『黄金長方形』だ」

 義弟は正方形の隣に描いた長方形を、さらに直線で分割して長方形と正方形にする。
 すると、分かれた長方形は、始めの長方形と全くの相似形になっていた。


834 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:33:25 jervg5fo0

「それは辺がおよそ5対8の比になっている『長方形』の事を指す……。
 正確には1:1.618の黄金率の事をいう。この『長方形』は古代からこの世で最も美しい形の基本の『比率』とされている」

 再度長方形の内部を区切っても、正方形と、相似の長方形が形成される。

「エジプト・ギザの『ピラミッド』。『ネフェルティティ胸像』。ギリシアの『パルテノン神殿』。『ミロのビーナス』。ダ・ヴィンチの『モナリザ』……。
 それらの全てに、この『黄金長方形』が隠されている。それが完璧な比率だから、万人の記憶に残るものとなったのだ。古の芸術家たちはみな、本能的にか経験的にか、このことを知っていた。
 日本や東洋だとむしろ白銀比の方が一般的なのかも知れんがな」
「ちょっとちょっと義弟さん……、美術の講釈はいいよ。それが何の役に立つんだ?」
「こうして形成された内部の正方形の中心を結んでいくと、無限に続く渦巻きが形成される。これが『黄金の回転』だ」

 義弟がその図形の周囲を歩きながら、大きく地に渦を描く。それは小さくなってゆく長方形と正方形の内部を、規則的な螺旋を描いて整然と走っていった。


「……この黄金長方形の軌跡に沿って回転させることで、かなりの性能の向上が望める。ツェペリ流はそれに特化した鉄球の流派だ。ヤツらはこの軌跡の中に無限のパワーがあるとまで信じている。
 護衛式鉄球には必須という訳では無いが、実際このスケール通りに回した方が威力が上がる。オレも目につくところにスケールがある時は極力軌跡をなぞっている」
「なんだ、必須って訳じゃないのか……。それに、そのスケールって、義弟さん定規でも持ってるのか?
 そのベルトのバックルが黄金長方形だとか?」

 義弟の言葉に、明は拍子抜けしたように溜息をついていた。
 黄金長方形を探そうと眺めまわしてくる彼の視線に、義弟の方も大分拍子抜けした。

「……そんな都合よくオレが持ってるわけないだろう。何を考えているんだ」
「で、LESSON5って何なんだ?」
「……」

 明の興味は既に、最後のLESSONの方に向かってしまっている。
 義弟は絶句し、視線を逸らして立ち上がった。
 やれやれと肩をすくめ、彼は地面を掘り返し始める。


「……お前は少し、思慮というものを覚えろ。『遠回りこそが最短の道だ』。いつもいつも答えをせっつくことが最善とは限らん!」
「あっ、教えてくれないのかよ! そんないきなり黄金の回転とか言ったって、俺はまだ義弟さんの回転すら習得しきれてないんだぜ?」
「威張るな!! なら練習でもしろ!!」

 怒鳴り返す義弟に、明は渋々と、デイパックから丸太を取り出して地面に立てる。
 そして彼は独楽でも回すような感じで練習を始めた。
 昇降機を掘りに来た当初の目的が頭からすっぽ抜けているらしい。
 義弟は頭痛を覚えた。

「今練習するな!! オレが何やってるのかわからんのか!!」
「あぁ、うん、ごめん義弟さん。これ回したらドリルになったりするんじゃ……とか思って」
「勝手にしろ。だが後にしろ!」
「うーん、でも掘り出すとなると、この大工道具くらいしか使えないのかなぁ……」

 明は、デイパックの中の斧や槍鉋を見て溜息を吐く。
 こんな道具じゃ掘り返せないなぁ、とか、彼岸島なら誰かがスコップかショベルカーでも見つけてくるのになぁ、とか思っているらしい。
 自分の剣の鞘で地面を掘り返している義弟は、この青二才を殴りたくてしょうがなくなった。


「……その必要はないわ」
「――!?」

 だがその瞬間、彼らの耳に涼やかな少女の声が届く。
 直後、明を殴ろうとしていた義弟の足元で、唐突に爆発が起こった。
 半ば吹き飛ばされるように跳び退った二人の目の前で、地面が続けざまに何度も小爆発を起こして弾け飛ぶ。
 地面から露わになった正方形の鉄の板が、最後に内側から爆発を受けて、梁ごと上空に吹き飛んだ。
 鉄板はくるくると回転して、義弟と明の間の地面に深々と突き刺さる。
 千切れたエレベーターのワイヤーが、滑車にからからと回った。
 先程まで義弟たちの居た場所には、エレベーターホールがぽっかりと、黒い穴を開けて地下へと続いていた。

「アンタたち、これを掘り出したかったんでしょう? ほら、済んだわよ」
「あ、あんた……、一体、誰、だ……?」

 呆然と明が誰何した先からは、民族衣装のようなものを纏った少女が歩いてきていた。
 渦巻きのような白い切伏が施された紺の短い着物を着ていて、袖口や裾が炎のような橙色に染まっている。
 すらりとした素足が覗く腰元には、同じく刺繍と切伏の施された前掛けをしている。
 明の問いに、少女は苦笑しながら髪を掻き上げた。


835 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:34:52 jervg5fo0

「……あら、わかんない? あれだけ目の敵にしてたくせに。
 まぁアタシだってこんな姿になるとは思わなかったけど。……アイヌって、こんな華奢な体でよくやるわねぇ」

 緩くカールした明るいオレンジ色のショートヘアに鉢巻きをしている頭には、なぜか丸みを帯びた熊の耳が生えている。
 そして首元にかけているネックレスの中央には、輝くオレンジ色の宝石が留まっていた。
 その輝きに、明と義弟はハッと気づく。
 武田観柳や阿紫花英良の所持品と同質の物体、ソウルジェム。魔法少女の持ち物だ。
 明は即座に丸太を抱えて身構える。

「――ッ、テメェ、あのヒグマかッ!!」
「ええ、そうよ。アンタの言う通り、『同じ土俵』に上がってあげたの。『人間』というね」
「くっ――」

 その少女の正体は、かのヒグマ、『煌めく風』のメルセレラに間違いなかった。
 だがその姿は、まるっきり人間の少女そのものだ。頭部のヒグマの耳も、その気になれば隠せるのかも知れない。

「どうかしら? これで多少は、アタシのこと、認めてもらえる?」

 彼女はたじろぐ明に向けて、試着した衣装でも見てもらうかのように、爪の長い両手を広げ、微笑んでみせた。
 垂れ目勝ちな眦には、吊り目に見えるようなオレンジのアイシャドーが掛かっている。
 明は唸った。
 一度敵と認識したヒグマだとはわかっていても、いざ無防備な人間の姿を取られていると、明には攻撃が躊躇われた。
 そもそもメルセレラはヒグマの状態でもわりと無防備ではあったのだが。

「……そ、それだけのために、魔法の契約をしたってのか? 信じられるかッ!!」
「何故信じられぬ、宮本明。お主も文壇の徒ならば、彼女の心情くらい推せて然るべきだろうに」

 続けざまに言葉を発したのは、メルセレラの後から山を登ってきた、李徴だった。
 ヒグマの体格のままながら、彼は一種、答えを見つけたような晴れがましい表情を見せていた。


「聞こえたぞ妹夫。自然に敬意を払う……、確かにそれは素晴らしい理念だ。
 こんな離れ島にやって来て、我はようやく、小手先の見てくれにこだわっていたことの莫迦らしさがはっきりしたよ」
「……どういう意味だよ」
「アイヌだのキムンカムイだの、そんな種族の違いなんか重要じゃないのよ。
 本当のアタシは、どうなろうと自ずからアタシなんだから。この姿の方がアイヌに受け入れてもらい易いなら、そのくらい喜んでするわ」


 メルセレラが、明の問いに微笑んで答えた。
 彼女は歩みながら、両掌を上に向けて明の方に差し出してくる。
 明は後ずさりした。

「……どうしたの? アイヌの挨拶ってこうするんじゃないの? ほら、テケルイルイ(握手)」
「……何か隠してんじゃないのか!?」
「いや上向けた掌に何隠せるのよ。……危ないわよ?」
「ほらやっぱ危ないんじゃ――!」

 怪訝な表情で首を傾げたメルセレラに、明はさらに後ずさりしながら叫ぼうとした。
 だがその瞬間、彼は足を踏み外し、奈落に背中から落ちていった。
 彼はすっかり、そこにエレベーターホールが開いていることを失念していたのである。

「――フン!!」

 かろうじて、掴んでいた丸太をホール内の鉄骨に渡して引っ掛けることで墜落と首輪の爆死は免れたが、彼は暫くそのまま丸太に懸垂の状態で耐えくてはならなくなった。
 義弟も李徴もメルセレラも、特に彼を助ける気にはならなかったし、その必要性も感じなかった。


「……だが良かったのか? 聞けば魔法少女という物は、絶望すればすぐさま化生に変じるというが?」
「ええ、でも結局、それはアタシの行い次第でしょ? ……むしろアタシは、ようやく自分の魂(ラマト)を、こうして眼に見える形で自覚できたことが、単純に嬉しい」

 義弟の問い掛けに、メルセレラは、胸元のネックレスを愛おしそうに眺めた。
 アイヌ語でタマサイという、ガラスビーズのネックレスの中央、シトキ(飾り玉)に相当する位置を占めるソウルジェムは、暖かい色の光を放っている。


「ケレプノエにも……、謝らなきゃいけないんだけど。ようやくあの子がアタシ以外の者とも付き合えるようになったというなら、彼に、任せてもいい気がしたの」
「ああ……、フォックスか。本当にお前は姉のようだな。妹をオレに嫁がせた時のウェカピポも同じようなことを言っていたぞ」
「とにかくこれでまた私は、自分の魂(ラマト)を、信じることができる……。自分でも棄てかけてた教えだけど。
 ここで、魔法という霊力(ヌプル)に出会えたことこそ、きっとカムイのくれた巡り合わせなのよ」
「そうか、お前が流儀を取り戻せたというのならば、オレも単純に嬉しい」


836 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:36:02 jervg5fo0

 義弟は、メルセレラが差し出す両手に上から両手を重ね、固く握手を交わした。
 しかし、いつまでたっても、メルセレラは彼の手を離さない。
 李徴がメルセレラの後ろから不安げに問うた。


「美(メイ)女士……、やはり、やるつもりなのか」
「ええ、これだけは。私が教えを取り戻したからこそ、避けては通れないわ」
「……何のことだ?」

 握手するメルセレラの手は、義弟の手を強く握り締めていた。
 魔法少女だからか、元々ヒグマだからか、その力は彼の手を砕きそうになるほど強い。
 義弟も負けじと掴み返し、互いの手の甲には、深々と爪が突き刺さって血を流し始めていた。
 脂汗を流す義弟に、メルセレラはその眼を真っ直ぐに見つめ返して言う。


「レサク(名無し)。アタシは、自分の名前を粗末にするようなヤツが許せない。李徴の言うように、必ずしも名前を略すことが悪いとは言えないのかも知れない。
 けれどね、アンタみたいに自分の名前をきっぱり捨ててるようなヤツが、どうして、あんな『力に満ちた言葉(シヌプルイタク)』を言い放てるのか、アタシにはさっぱりわからないし、許せない。
 だから、アタシに殺されて欲しい。アンタの体(ハヨクペ)と魂(ラマト)が、やっぱり名無しの弱さだというなら、お願いだから死んで欲しいの。
 でももし、その言葉に見合うほどアンタが強いというのなら、お願いだから生きて欲しい。そしてアタシにその理由を、見せて欲しいの。
 アンタが本当に『己の名を守る(プンキネ・イレ)』に至っているなら、アタシの『サンペアクレラ(心撃つ風)』を受けても、無事なはずだから……」

 メルセレラはまるで、初めての恋をした少女の告白のように、頬を染めながらそう義弟に告げていた。
 義弟は背筋に冷や汗を浮かべながら、感覚のなくなった手を振り払う。
 両手にはメルセレラの手形が残り、既に流血で真っ赤になっていた。

 美少女からの告白は告白でも、その内容は殺害予告だ。たまったものではない。
 傍で聞いている李徴と宮本明は、どう考えてもその時点で逃げるべきだと思った。
 明はその時ようやく丸太に脚をかけ、エレベーターホールの上へ精一杯首を伸ばしながら叫んだ。


「ダメだ! 義弟さん! よせ! そいつはヤンデレっていうんだ――!!」
「やれやれ……、なるほど、曲げるつもりはないと。……シニョリーナ(お嬢さん)から誘われちゃ断れんな」

 だがその叫びも虚しく、義弟は厳かに居住まいを正す。
 そんな無駄な争いより先にすべきことがあろうが関係ない。
 李徴はヤンデレというより逆恨みの方が近いだろうと思ったが関係ない。
 相手が魔法少女だろうが、本気で殺しに来ている狂女だろうが、飢えたヒグマだろうが関係ない。
 イタリア人男性ならば、女性からの誘いを無下にすることなど、できるわけがないのだ。


「……お前にとってそれは、命を差し出すに足る流儀だということか」
「ええ、その通りよ」
「いいだろうシニョリーナ・メルセレラ。『決闘』だ」
「ええ……、イヤイライケレ(ありがとう)」

 メルセレラは血塗れの両手を合わせて、本当に華やかに笑った。
 顔だけ写真に撮れば、実に嬉しそうな良い絵面だったろう。
 この場合それはまさに、手頃な獲物を前にした肉食獣の笑みと言っても過言ではなかっただろうが。

「李徴、宮本明、お前らには決闘の立会人になってもらう。
 この決闘が決して人殺しや卑怯者の行為ではなく正当なものであることを見とどける」
「またか――、本気でやるつもりなのか、妹夫!?」
「くっそ、間に合え――、くそっ!!」

 李徴は斜面を後ずさりしながら慄き、宮本明はエレベーターホールの中でもがいた。
 その間義弟は平然と、メルセレラの立ち位置から適当な距離まで歩み去っていく。


「『決闘章典』および『決闘の技術』によれば、ピストルでの決闘は最短距離が15歩……。……なんだが、お前の武器は何なんだ?」
「……言う必要があるかしら? アタシは別に、始める位置なんてどこでも構わないわ」
「……そうだな。言う必要もない。だが、始めるに当たって、お前からの流儀は、何かないのか?」


837 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:36:34 jervg5fo0

 明は嫌な予感に震えた。義弟はメルセレラの能力や武器の確認もせずに決闘に持ち込もうとしている。
 同じ何でもありの決闘でも、明との戦いではまだ人同士のものだったし超常の力もなかった。
 だが今回、相手は殺しに来ている人外で、かつ魔法使いだ。嫌な予感がしない方がおかしい。
 明のエレベーターホール内での奮闘虚しく、地上ではどんどん状況が進んでいってしまう。
 明が上に上がれないのは、ホール内にがっちり嵌ってしまった丸太を再び上に運んでいこうとしていることが主因なのだが、彼はそのことに気付いていない。
 なおかつ、彼らの仲裁をするなら、もっと適切な手段が明にも李徴にもあるのだが、彼らはすっかりその存在を忘れている。


「そうね……。じゃあ、挨拶を、させてほしい。『イランカラプテ』、と」
「ほう……、その言葉は、どういう意味なんだ?」


 メルセレラは、腰に手をやる義弟に向けて、狙いをつけるようにゆっくりと腕を伸ばした。


「……『あなたの心に、そっと触れさせてください(イ・ラム・カラプ・テ)』」


 義弟は、決してアイヌ文化に詳しい訳では無い。
 だがその言葉に、彼は深く感じいった。
 彼女の信じる流儀とは、名前にも挨拶にも、細やかに心を配る、とても優しい流儀なのだと。

 辺りに、風が吹き抜けた。


【E-5 エレベーター跡/夕方】


【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:疲労(中)、両手が血塗れ
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本、マリナーラピッツァ(Sサイズ)×7枚、詳細地図
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:名前に自らの誇りを賭ける流儀……。いいだろうメルセレラ、受けて立つ。
1:決闘を止めたいなら誰か武田観柳に連絡すると思ったのだが。それが無いなら決行してよかろう。
2:敵の勢力は大部分、機械仕掛けのオートマータ、ということなのか?
3:李徴は人殺しのノベリストの流儀か。面白いじゃないか。歴史上そういうやつもいるぞ。
4:シャオジーもそろそろ、自分の流儀を見出してきたようだな……。
5:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
6:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。


【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:操真晴人のジャケット、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、先端を尖らせた丸太×8、手斧、チェーンソー、槍鉋、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:西山の仇を取り、主催者を滅ぼして脱出する。ヒグマ全滅は……?
0:くそっ、義弟さんをどうにかして助けねぇと!!
1:西山ぁ……、お前の仇のヒグマは、絶対に殺してやるから……!!
2:ブロニーさん、すまねぇ……。俺があんたの、遺志を継ぐ……!!
3:西山、ふがちゃん、ブロニーさん……、俺に力をくれ……!!
4:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る
※未来予知の能力が強化されたようです。
※ネアポリス護衛式鉄球の回転を少しは身に着けたようです。
※ブロニーになるようです。


【ヒグマになった李徴子@山月記?】
状態:健康
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:人人人人人人人人人人
0:これは我に止められそうにないんだが……!? 頼むから死なんでくれよ!?
1:美色楽女士のような有り様こそ、我の憧れるものではあるのだろうが……。
2:小隻の才と作品を、もっと見たい。
3:フォックスには、まだまだ作品を記録していってもらいたい。
4:俺は狂人だった。羆じゃなかった。
5:小賢しくて嫉妬深い人殺しの小説家の流儀。それでいいなら、見せるよ。
6:克葡娜(ケァプーナ)小姐の方もあれはあれで、大丈夫なのだろうか……。
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


838 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:38:09 jervg5fo0

【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:魔法少女化、疲労(中)、両手が血塗れ
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』のソウルジェム、アイヌ風の魔法少女衣装
道具:テレパシーブローチ
基本思考:メルセレラというアタシを、認めて欲しい。
0:どうすればアタシが認めてもらえるのか、教えて……、レサク(名無し)さん……。
1:見た目が人間だろうがヒグマだろうが関係ないわ。アタシの魂は、アタシのものだもの。
2:今はきっと、ケレプノエは他の者に見ていてもらった方が、いいんだわ……。
3:能力のぶつけ合いをしても、褒めてもらえなかった……。どうすればいいの?
4:態度のでかい馬鹿者は、むしろアタシのことだったのかもね……。
5:あのモシリシンナイサムのヒグマは……、大丈夫なのかしら、色々と。
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。
※魔法少女になりました。
※願いは『アイヌになりたい』です。
※固有武器・魔法は後続の方にお任せします。
※ソウルジェムはオレンジ色の球体。タマサイ(ネックレス)のシトキ(飾り玉)になって、着ている丈の短いチカルカルペ(刺繍衣)の前にさがっています。
※その他、マタンプシ(鉢巻き)、マンタリ(前掛け)などを身に着けています。


    《ENPIWA・KAMUY・YUKAR》


「……これで、満足なのか? 観柳さん、キュゥべえちゃん……」
「はて、満足とはどういうことですか?」

 バイクのエンジンをかけたまま、操真晴人は俯いて言った。
 その後部に跨りながら、武田観柳はいかにも満足げな笑みで問い返した。
 キュゥべえが尻尾を振る。
 彼らはE-6の街並みに残り、人気のない通りに佇んでいた。
 観柳は、金貨の駒を広げていた地図を畳み、言葉を続ける。

「私にすれば、操真さんがいつまでも発車して下さらないのが多少不満なんですが?」
「とぼけないでくれッ!」

 身を捻った操真晴人は、巨大な拳銃であるウィザーソードガンを抜き放ち、背後の武田観柳の額に突き付けていた。

「……いくらヒグマとはいえ、女の子の弱みに付け込んで契約をむしり取るようなあんたらのやり口は、やっぱり見過ごせない!
 今後どれだけ、彼女たちが苦しみ、絶望が増えるか、わかったモンじゃないだろう!?」

 彼の瞳は、義憤に燃えている。
 メルセレラと李徴が義弟と宮本明の方に向かった後、一切の連絡がテレパシーブローチに入って来ないのもそこはかとない不安を感じさせる要因だ。
 『絶望が増える』とは何も、彼女自身だけの問題ではない。規模によっては容易に周りにも波及しかねないものだ。
 しかし銃口を突き付けられながらも、武田観柳の微笑みはびくともしない。


839 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:39:19 jervg5fo0

「何言ってんですか操真さん。今回私は、キュゥべえさんの説明に欠けていた魔女化の内容まできちんとメルセレラさんたちにお伝えしたじゃありませんか。
 全部了解済みの上での契約だったことは、操真さんも確認されたでしょう?
 彼女たちは望みが叶い、我々は、安全性の高まった強力な手駒を手に入れられた。まさに相互利益の一挙両得です。
 角ある獣に上歯なしとは言いますが、牙が抜けても、くみし易い魔法がある分、彼女たちの価値の減損なんて無いようなものでしょう」
「ごまかさないでくれ。メルセレラさんの願いは『アイヌ(人間)にしてほしい』だったが、彼女の真の希望は、『みんなに認めてもらいたい』だっただろ!?
 彼女の魔法は、もともとの彼女の能力そのままだし、本質と異なる願いを叶えちまったら、すぐにあの子は絶望に堕ちかねない!!
 それに、下手すれば李徴さんまで人間に戻るために魔法少女化しようとしてたじゃないか!!」

 メルセレラが商談に乗って魔法少女となった後、その姿を見て李徴もちょっと乗り気になりかけた。
 キュゥべえは非常にウェルカムな様子で契約しようとしたが、晴人はそれを慌てて止めていた。
 よくよく聞いてみれば、案の定李徴の保有魔力は少なく、下手な願いで人間に戻ろうとすれば、その魔法少女姿は想像するだに恐ろしい異類になるだろうことが容易く導き出せた。

 この場合の異類とは、虎とかそういうものではなく、二目と見られない不細工な女装中年とか、中途半端に女体化した奇形とか、そういうものである。
 その場合、李徴が鏡で自分の姿を見た瞬間に、絶望して魔女化することはほとんど確実だと言えた。
 既に人間基準で言えば十分な美少女となっていたメルセレラは、それを聞いても『何か問題があるの?』と言わんばかりだったが、李徴の乗り気はその話で一気にしぼんでいた。


「ほんと、いつまでも俺たちを手駒や支給品扱いしないでくれ、観柳さん!!」
「そうですか? 私は商品の方が人間より丁重に扱えるんですけども」

 怒りに満ちた晴人の弁舌にも、観柳は飄々と笑うだけだ。
 続けざまにキュゥべえがテレパシーを発してくる。


『それにね、ハルト。確かに発達途上の女子は本当の希望と異なる願いをしてしまうことが多い。
 キョウコなんて、家族団欒を願えばよかったものを、「父の話に人々が耳を傾けてくれるように」なんてバカなことを願った末に幻覚魔法を得て、結局一家心中の絶望に陥った。
 だがそれであっても、彼女は残念ながら魔女化せずに、絶望を乗り越えて元気に魔法少女している。
 そんな子だって確かにいることはいるんだよ』
「……その悪意に満ちた報告は、挑発にしか聞こえないんだがキュゥべえちゃん?」

 いたずらに晴人の怒りが溜まったところで、観柳は更に笑う。

「嫌ですねぇ操真さん、メルセレラさんや彼女が容易く絶望するようなバカガキと一緒だったら、私だってここまで積極的に魔法少女の契約を勧めちゃいませんよ!
 ……あ、でも、早々に魔女化してくれてもそれはそれで一挙両得ですよね。魔女化の観測と『ぐりぃふしぃど』の入手が同時にできますしねぇ」
「……よし、あと3秒で撃ち殺すから懺悔してくれ観柳さん」
「はいはい落ち着いて下さい操真さん」

 いよいよ引き金に指を掛けた晴人を前に、観柳は両手を広げて彼を宥めた。


「操真さん、必ずしも、真の希望を願うことが善とは限らないんですよ。私の契約だってお聞きになったでしょう?
 私が願ったのは、『金で全てを支配すること』ですが、その元手となる金は、結局のところ商人である自身の所持金と手腕に掛かっています。そもそも『金が全てを支配する』のはこの世の当然の摂理ですしね。
 あくまで魔法なんてものは、希望という目的に至るための手段に過ぎないんです。小売する商品が違うだけです。麻薬だろうが武器だろうがおにぎりだろうが大差ないんですよ。
 重要なのは、その商品を扱い切れるという自信と自覚なのです。
 むしろ手段を目的にしてしまった時の方が、絶望の損失は大きく、またそれに至る確率も高くなってしまうでしょう」
「む、う……」

 正論の臭いがする観柳の弁明に、晴人は戸惑った。
 状況的にどう考えても単なる言いくるめにしか思えないのだが、その内容自体には突っ込めるような粗が見つからない。

「……わかった」

 晴人は、まだ観柳に銃口を突き付けながらも、声の調子を落とした。


840 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:39:43 jervg5fo0

「……だが観柳さん。もしあんたらのやってることが、希望をもたらさないことが発覚したなら、俺はすぐさま、あんたらの息の根を止める。
 俺は最後の希望だ。この島の人にとっても、お客さんにとってもな」
「然様ですか。あなたが取引の是非を判じて下さると?」

 脅しつけるようにドスを利かせ顔を寄せた晴人に、観柳はむしろ自分からも顔を近づけた。
 逆に晴人がたじろぐような、鼻のくっつきそうな位置で、観柳は満面の笑みを見せる。


「いいでしょう。箕作麟祥(みつくりりんしょう)さんの『仏蘭西法律書』においても、『官署の簿冊、証書及び記単(おぼえがき)等の書類又は借受、販売、受寄(あずかり)、算還(はらい)等の事に管したる貿易及び交引舗(かわせざ)の紙券、交引、証書、証券、証票等の額を故意を以て焚燬し又は何れの方法を論ぜず減尽したる者は刑に処せられるべし』とありますからね」
「――!?」
「第三者が取引を監査して下さるというのなら願ってもないことですよ、ええ。
 それだけ私の商品の価値と信用が保証されるというものです。
 どうぞやってください。私からもお願いしますよ。
 ……あなたに、やれるもんならねぇ?」


 何かつらつらと、刑法か何かの文面を暗誦されたことだけは、かろうじて晴人は理解した。
 だが一体、どんな内容のことを言われたのか、さっぱりわからない。
 目の前の魔法少女という男が、知識も経験も、とても自分では敵わない強大な実力者であるように晴人は感じた。
 まるっきり掌の上で転がされているような感覚。
 脅しているはずなのに、逆に晴人は、観柳に試されているかのような恐怖を感じていた。

 息を詰めて硬直する晴人の耳に、観柳は突如、ふっと息を吹きかける。
 全身の毛が粟立った。

「うひぃい――!?」
「ったく、なんともまぁ、初めて夜伽に臨んだおぼこみたいな顔しちまって、クスクス……。
 ……あなた、そういう商品価値もありますよ操真さん?」
「馬鹿なこと言わないでくれ! そんなことしたら冗談じゃなく殺すからな!!」

 身の危険を感じた晴人は、勢い良くウィザーソードガンを仕舞い、ジャケットを胸元に寄せた。
 その瞬間、思わず噎せそうになる宮本明の汗がそのジャケットから臭ってきて、気持ち悪さに拍車がかかる。
 さらにここまでの自分の動作も、一種類型に嵌っているようで、晴人はもう自己嫌悪と気分の悪さでハンドルに突っ伏すしかなかった。
 その背中を、観柳は磊落に笑いながらさする。


「まぁまぁ、操真さんのお優しさはわかっておりますから!
 あなたが本気で脅していらっしゃったら、私もここまでぶっちゃけませんでしたよ!」
「へぇ……、安全装置とかかけてなかったし、本当に撃つ気ではあったんだけど?」
「いや、だって、今の私は額を撃たれても死にませんし!
 そこ、把握なさってますものね! 箴言を為さる時もお優しくて、本当いたみいります」
「……」

 憮然とした晴人の呟きに、観柳は胸元のソウルジェムと金貨を指しながら答える。
 そこまで見通されていたことを知り、晴人は溜息をつく。
 どうにも自分では、この商人に勝てそうになかった。
 バイクのエンジンに火を入れ、晴人は仕方なく顔を上げる。


「……わかったよ。だが覚悟してくれ観柳さん。俺は、あんたの命を握るからな。それが俺の、借りの返し方だ」
「フフフ、それはそれは、期待していますよ、操真さん」


 晴人は思い返す。
 確かに、手に入れる魔法の力なんて、重要なことじゃないのかも知れない。
 自分の心の中で、サバトの中で、絶望を乗り越えた要素とはなんだったのか。
 それを鑑みると、金の操作だろうと、幻覚魔法だろうと、所詮は技巧上の問題としか思えない。
 太陽の光だろうと、札束を燃やした光だろうと、光は光。
 その要素を手に入れる・手に入れ方の相違だ。

 望みを見据えるものが共感。望みを掴み取るものが自覚――。


841 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:40:25 jervg5fo0

【E-6 市街地/夕方】


【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:微)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ(残り使用可能回数1/3)、紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、詳細地図、テレパシーブローチ×15
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:くけけけけ、質の良い手駒が手に入りましたよぉ……!
1:李徴さんは確保! 次は各地の魔法少女と連携しつつ、敵本店の捜索と斥候だ!!
2:津波も引いてきたし、昇降機の場所も解った……! 逃げ切って売り切るぞ!!
3:他の参加者をどうにか利用して生き残る
4:元の時代に生きて帰る方法を見つける
5:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
6:うふふ、操真さん、どう扱ってあげましょうかねぇ……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:ジャック・ブローニンソンのイラスト入り宮本明のジャケット、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー、詳細地図、テレパシーブローチ
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:観柳さんの護衛として、テレパシー網の中核を危険から逃がし続ける。
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……、なってやるよ!
2:キュゥべえちゃんも観柳さんも、無法な取引はすぐに処断してやるからな……。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。


【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)、ボロ雑巾(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれたテレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:観柳の魔法の使い方は面白い。彼とは上手くやっていけそうだよ。
1:いやぁ、魔法少女が増えた増えた。後はいい感じに魔女化してくれると万々歳だね!
2:面白いヒグマがいるみたいだね。だけど魔力を生まない無駄な絶望なんて振りまかせる訳にはいかないよ? もったいないじゃないか。
3:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
4:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。


    《CUPKI・RERA・TARAP》


842 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:41:21 jervg5fo0

「……魔法少女ってのは、やっぱり何というか、業の深いものですねぇ……」
「そりゃどういう意味だ? 女装癖のはけ口になるって意味でか?」
「……ある一面では、そういう業も背負ってるでしょうよ」
「ありゃ? 否定しねぇのかアシハナ」

 一歩身を乗り出してくるフォックスに、一歩身を退きながら阿紫花英良は煙草をふかした。
 プルチネルラを従えながら、彼らはD-6の住宅の裏に隠れて小休止を取っている。
 なお、近くには李徴が爆裂させた家々から火の手が上がったりしているので、捉え方によってはなんとなく花火大会か焚き火の前で寛いでいるような雰囲気とも言える。

「いや、メルセレラの姐さんもあたしらもそうなんですが、やはり所詮、魔法少女ってもんは欲望と煩悩のはけ口と具現化なんでしょうと、思ったわけですわ」
「本当にな。核の炎に包まれるちょっと前にも、なんかドレミファソとかいう魔女を犯したがる気持ち悪い奴らが横行したから。燃えてくれてすっきりしたぜ」
「……それ聞くと、魔女ってより一層、業が深そうですねぇ」

 フォックスの話はよくわからなかったが、彼の抱く気持ち悪さだけは、阿紫花にも薄々察せた。
 阿紫花の言葉に、フォックスは思い至る。

「……ああ、なるほど、魔女化が不安か。おめぇの場合俺の分まで常時消耗してるからな」
「御賢察、いたみいりやす……。まぁ、不安ってのとはちょっと違いますがね」

 先程から折に触れて阿紫花がそのことを懸念していたのは、フォックスにも容易に思い出せる。
 彼の手袋に嵌るソウルジェムは、だいぶ黒く濁ってきている。派手な使い方をすれば一気に限界を迎えてもおかしくないだろう。


「さっき、濁りとってもらえば良かったじゃねぇか。武田の野郎はもう綺麗にしてたんだろその宝石」
「あたしの場合は、どちらかってぇと興味の方が大きいんでさ。魔女ってのは一体、どんな風になるのかってねぇ……。
 あの戦艦の魔女さんは、一応自我を持ってらしたみてぇですし、退屈しねぇならそんなのもアリかな……、なんてね」

 クツクツと笑いながら、冗談めかして阿紫花は言ったが、フォックスは隣で大いに引いている。

「うわ……。おめぇそんなこと考えてたのか。気持ちわりぃ……、口が6つある女装ヤクザとか、なんか目が合っただけで死にそう」
「やめてくだせぇフォックスさん、わりとこれでも切実なんですから……」

 フォックスの語る魔女化想像図を思い描いてしまい、阿紫花は半笑いになりながら彼を止めた。
 残った煙草をふかして、彼は自嘲する。


「……あたしの場合、やっぱり真の願いは、『退屈したくねぇ』ってことだったんですかねぇ……」
『退屈でしたら、しばらくする暇も無さそうですよ?』


 その時、阿紫花の声に遠くからテレパシーが重なってくる。
 眼を上げれば、路地の先から一頭の隻眼のヒグマがこちらへ向かってきている。
 フォックスが、見覚えのある顔に声を上げた。

「おう、あんたかシャオジー! あいつはどう――」
『あっ、あっ、喋らないで下さいフォックスさん。今、近くにいくつも獰猛な息遣いが聞こえてるので!
 ヒグマからしたら、あなた方、全然隠れられてないですからね!!』

 隻眼2からかけられたテレパシーに、二人はにわかに神経を張り詰めさせた。
 息を殺して更なる路地裏に移動した彼らの元に、隻眼2もゆっくりと隠れながら歩み寄る。
 そのさなか、阿紫花たちの耳にも聞こえるような大きさで、何人もの喋り声が近づいてくる。
 どうやら李徴の燃やした家に引き寄せられてきたものらしい。


「おーい、こっちでいいのか? なんか家が燃えてるだけっぽいが」
「いや、さっき確かに人の声が聞こえたぞ?」
「家が燃えてるってことは、間違いなく誰かが戦ってたってことだろ。探せ探せ」
「こんだけ燃えてるってことは焼肉バイキングかぁ。そんなもの久しぶりだなぁ」
「うわ、なんだこの焦げたクズ鉄は。こんなもん食えねえよ」


843 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:42:24 jervg5fo0

 奇妙なことに、その声は全員、同じ男の声をしていた。それも数人程度ではなく、数十人を超える規模の気配がしている。
 阿紫花とフォックスは、異様な事態に顔を見合わせた。

『一体どういうことだよおい……。あの機械の群れがいなくなったことに関係してんのか?
 あぶねぇ輩の大群だってことだけは想像つくが……』
『あたしに言われてもわかりやせんよ……! とりあえず息を潜めて、通り過ぎるのを待つのが賢明かと……!』

 阿紫花の意見に、別の路地を忍び足で近づいてくる隻眼2も賛同した。

『ええ、幸い、僕ら純粋なヒグマほどは感覚が鋭くないようです。今僕らも行きますから、待っててください。
 遠巻きにして、状況を判断してから動きましょう』
『おいちょっと待て、僕「ら」って……?』
「おい、なんかこっち、煙草くせぇぞ?」

 フォックスが疑問を発そうとした瞬間、近くの路地で、男の声が上がった。
 阿紫花とフォックスはびくりと震えあがる。


「あ? 煙草の臭い? 家が燃えてる煙と間違えたんじゃねえのか?」
「いやいや、このヤニ臭さは煙草だぜ。それも吸ったばかりの」
「まぁ確かに、プラスチックとか木の燃える臭いとは全然違うよな」
「お、確かに臭いするわ。これに気付くとは、さすが俺」
『ア、シ、ハ、ナ、てっめぇぇぇぇぇえええぇぇえぇ!!』

 フォックスは、喉元まで出かかった怒りの声を全部テレパシーに回して叫んだ。
 阿紫花はなんかもう自嘲が高じ過ぎて笑うことしかできない。噴き出すのをこらえるので精一杯だった。

『おめぇ、メルセレラの時もそうだったじゃねぇか!! もう禁煙しろ禁煙!! 二度と吸うな!!』
『いや、はい、ほんと、まさかこの島でこんな形で禁煙を志すハメになるとは思いやせんでした……』
『笑ってる場合かァ!!』
『ま、まだ間に合います! 急いで場所を移しましょう!! こっち戻ってきて下さい!
 まだこちらには来てませんから、巻きましょう!!』
『おう……、できればすぐに武田の野郎に救援を求めてぇとこだが……』

 にわかに息を揃えて向かってくる足音から、阿紫花とフォックスは出来る限り早足で隻眼2の方へ裏路地を駆ける。
 合流して戻ろうと、3者が顔を見合わせた、その時だった。


「フォックス様ぁー!」
「うおぁ!?」

 陰になっていた路地から、何者かがいきなりフォックスに抱きついていた。
 見れば長い黒髪の少女が、着物の裾を振り立てて、フォックスを押し倒している。
 彼女はフォックスの手を握り、馬乗りになったままぶんぶんとその手を振った。

「フォックス様、フォックス様! ケレプノエはようやく、皆様に触れるようになりましたー!」
『ああ! ケレプノエさん! ブローチの使い方教えたのに! テレパシー、テレパシー!!』
「ほぇ?」
『ケ、ケレプノエェ!?』

 ほとんど幼女と言っても良いほど小柄なその少女は、あまり状況を理解していない様子で、驚くフォックスの上から立ち上がり、そのまま呆然としている阿紫花の両手をとって握手していた。
 にこやかに笑う彼女の手には、紫色の手甲がしてある。
 毒の染みこんだフォックスに触れても無事であった彼女は、そのまま阿紫花に触れても、彼の体に何ら不調を感じさせなかった。


「英良様にも、ご挨拶が遅れましたー! 何かお手伝いすることがありましたら、何なりとお申し付け下さいませー」
「あー……、ケレプノエのお嬢さん、何と言いやすか、今はそれどころじゃなくてですね……」

 応対に困る英良の前に立つ少女は、棘のようなデザインの刺繍をされた鉢巻きをしており、そこからぴこぴことよく動くヒグマの耳が覗いている。
 簡素な樹皮衣らしいその上着は、フォックスに抱きついただけでわずかにはだけてしまっているが、その内側にはぴっちりと合わせの縫い合わされた肌着を着込んでおり、肌が見えないようになっていた。
 首に巻かれているチョーカーの中央にある紫色の宝石を見るまでもなく、彼女が、魔法少女となったケレプノエであることは自明だった。

 そうか、彼女は『毒を自分で管理できること』でも願ったんでしょうね。などと考えつつ、阿紫花はそれに驚く暇もない状況に溜息をつく。

「こっちで声がしたぞ!! 追えぇ――!!」
「グッハッハッハッハァ! 喰ってやるぜぇ――!!」
『あー、ヤバイですねこれ……』
『なんだこれ、くっそ、最悪だ! おめぇら責任とって相手しろよ!?』
『うわ、なんだ……? この足音、何人いるんだ……!?』
「ほぇ……? この声って、前に遊んで下さった方……?」


844 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:43:23 jervg5fo0

 その時、ケレプノエたちの声を聞きつけてしまったらしい男たちが、地響きを上げて走り寄り始めた。
 もはや隠れる暇もなく狭い路地裏で身構えた彼ら4人の前に、交差点を曲がって、大量の人間たちが押し寄せてくる。
 その姿に、男子3名は絶句したし、女子1名は最初からぼんやりしていた。

 それは、全く同じ顔、全く同じ筋骨たくましい体格をした半獣人が、下腹部丸出しの全裸で、牙を剥き出しながら大量に突撃してくるという、地獄のような光景だった。
 その異様な事態を目にして、阿紫花はただ一人、呆然とする一同の前で噴き出した。


「ク、ハハ……。あっはっはっはっはっはァ――!!」


 隻眼2とフォックスは、ついに彼も気が触れたかと思った。
 だが、阿紫花は単に、笑いの沸点が下がっていただけである。
 そして実際に、笑えるほど楽しかっただけである。

 相手がいくら大勢でも、そのサイズと姿は、阿紫花にとてつもない安心感を抱かせた。
 ――あ、はいはい、ヒグマでも魔女でも機械でもなく、人形使いでもない素人さんか。
 彼はただ、そう思っただけだった。

「ハハ、旅先の一発芸にゃぁ十分すぎるほど面白いネタですよこれ……。
 毛ェなんか生やしちまって、素人さんなりにはだいぶ頑張ってますけどねぇ……」

 彼は突進してくるヒグマ人間の群れを前に、挑発するように今一度煙草へ火をつけた。
 阿紫花の頬が釣り上がると同時にその背後で、『ぶっ殺し』のための人形が、キリキリと音を立てて駆動する。


「……ちょっと、プロの芸人に見せるには、年季が足りないと思いやすぜ?」


 阿紫花は、禁煙を見送ることにした。
 もしあの時、彼がタバコを吸っていなかったなら。
 きっとこんな結末には、なっていなかったのだろうから。

 やはり、魔法少女は、業が深い。
 こんな危機的な状況に、阿紫花はわくわくと夢のような興奮を覚えている。

 本当に希望は様々な形をとって、自分たちの目の前に現れるのだと、彼は思わざるを得なかった。
 いや、それとも、望みを見つける自分の感性が、変わり始めたのか――?
 どちらにしても、彼の感想は変わらない。

 ――ホントこりゃ、しばらく退屈せずに、済みそうですわ。


【D-6 市街地の路地裏/夕方】


【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:大)、魔法少女衣装、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)、鎖付きベアトラップ×2 、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:面白い素人さんですねぇ。……で、何人組ですかい?
1:雇われモンが使い捨てなのは当たり前なんですが、ちゃんと理解してますかね皆さん……?
2:費用対効果の天秤を人情と希望にまで拡大できる観柳の兄さんは、本当すげぇと思いますよ。
3:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
4:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
5:他の参加者を探して協力を取り付ける
6:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
7:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。


845 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:44:36 jervg5fo0

【フォックス@北斗の拳】
状態:木偶(デク)化
装備:カマ@北斗の拳、テレパシーブローチ
道具:基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ランダム支給品×0〜2(@しんのゆうしゃ) 、ランダム支給品×0〜2(@陳郡の袁さん)、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)、マリナーラピッツァ(Sサイズ)、詳細地図、テレパシーブローチ
基本思考:死に様を見つける
0:なんだこの状況……。とりあえず勘弁してくれよ……。
1:死んだらむしろ迷いが吹っ切れたわ。どうせここからは永い後日談だ。
2:早くまともな女子に出会わねぇかなぁ……。ヒグマとかじゃなくさぁ……。
3:義弟は逆鱗に触れないようにすることだけ気を付けて、うまいことその能力を活用してやりたい。
4:シャオジーはマジで呆れるくらい冷静なヤツだったな……。本当に羆かよ。
5:俺も周りの人間をどう利用すれば一番うまいか、学んでいかねぇとな。
[備考]
※勲章『ルーキーカウボーイ』を手に入れました。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』、『鮭狩り』、『クマカン!』、『手品師の心臓』、『Round ZERO』の内容と、
 布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。


【隻眼2】
状態:隻眼
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:だめだもうこの島、アブナイ狂人しかいないぃ!!
1:ケレプノエさん、良かったですねぇ……。
2:ヒグマ帝国……、一体何を考えているんだ?
3:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
4:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
5:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫、白黒のロボット(モノクマ)、メルセレラ、目の前に襲い掛かってきている獣人(浅倉威)が、用心相手に入っています。


【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:魔法少女化、健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』のソウルジェム、アイヌ風の魔法少女衣装
道具:テレパシーブローチ
基本思考:皆様をお助けしたいのですー。
0:この方々、あの時に遊んで下さった方ではありませんかー?
1:皆様にお触りできるようになりましたー! 観柳様、キュゥべえ様、ありがとうございますー!
2:ラマッタクペ様はどちらに行かれたのでしょうかー?
3:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
4:お手伝いすることは他にありますかー?
5:メルセレラ様、どうしてケレプノエに会って下さらないのでしょう……?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について気が付きました。
※魔法少女になりました。
※願いは『毒を自分で管理できること』です。
※固有武器・魔法は後続の方にお任せします。最低限、テクンペ(手甲)に自分の毒を吸収することはできます。
※ソウルジェムは紫色の円形。レクトゥンペ(チョーカー)の金具になっています。
※その他、モウル(肌着)、アットゥシ(樹皮衣)などを身に着けています。


【101人の二代目浅倉威@仮面ライダー龍騎】
状態:ヒグマモンスター、分裂
装備:なし
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂して出来た複製が単為生殖した二代目がさらに自己複製したものです。
※艦これ勢134頭を捕食したことで二代目浅倉威が増殖しました。
※生き残っている浅倉威はあと101人です。
※101人全員が襲い掛かってきているかは不明です。


846 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/13(火) 00:45:56 jervg5fo0
以上で投下終了です。
続きまして、シーナー、佐倉杏子、黒騎れい、カラス、カズマ、
劉鳳、白井黒子、狛枝凪斗で予約します。


847 : 名無しさん :2015/10/16(金) 01:02:35 trML6ank0
投下乙です
光と風と夢…と来たか
魔女のくだり、アシハナの価値観が垣間見れるな


848 : 光と風と夢 ◆wgC73NFT9I :2015/10/18(日) 23:20:04 ycN1Ml7I0
予約を延長しておきます。


849 : ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:43:06 PTTC0w7.0
予約分を投下します。
また、『光と風と夢』で、状態表に結構ミスがありましたのでウィキで修正しておきます。


850 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:44:34 PTTC0w7.0
 主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。
 カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。
 主は言われた、

「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。
 今あなたは呪われてこの土地を離れなければなりません。この土地が口を開けて、あなたの手から弟の血を受けたからです。
 あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。

 カインは主に言った、

「わたしの罰は重くて負いきれません。あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。
 わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。

 主はカインに言われた、

「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。

 そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。


(創世記第4章より)


    ###θ=7/β=3


 ボクは言うまでもなく幸運だ。
 ボクは息をする一分一秒の分岐を、常に正確に裁断しながら歩いているのだと思う。

 ボクはクズのような幸運だ。
 ボクの最高の幸運は、ボクの死という最低の不運と共にやってくる。

 見よ、男が今、路上で果てようとしている。
 その男は、モノクマか?
 ヒグマか?
 ボクか?

 大丈夫、何も心配は要らない。
 ボクらの攻撃が、一体誰を殺すことになるのだとしても。
 その死は、必ずや幸運の分岐を辿るから。

 幸運は掴めた。
 必ずここに、『希望』はやってくる。


 さあ、死ね。


    ###θ=7/β=3


 道に、濁流を敷き詰めて始まった戦いは。
 たった一瞬で街中に、終わりを訪れさせていた。

 佐倉杏子は、嗚咽さえ間に合わなかった。

 爆発。
 閃光。
 衝撃。
 吹き飛ばされ、地に転げた杏子の前に立っていたのはただ、あの枯れ木のような、ヒグマだけだった。

 くるくると宙を飛び、杏子の目の前に落ちてきたものがある。
 湿った音を立ててアスファルトに転がったそれは、千切れたカズマの生首だった。

 悲鳴さえ、喉に張り付いて、出て来なかった。


「あ、あ……」


 痛みさえ感じるほどの動悸と共に、杏子は眼を見開く。
 眼を上げれば、視界に入るものは凄惨な赤と、黒。
 そこにはもはや原型を留めていない3つの肉塊が、目の前のヒグマを取り囲むように、血飛沫と焦げ跡を撒き散らしているだけだった。

 杏子は思い出してしまった。
 あの一瞬で、この場に何が起こったのかを。


 カズマはヒグマへ、シェルブリットを放った。
 劉鳳と白井黒子はヒグマへ、伏龍・臥龍のミサイルを放った。
 狛枝凪斗はヒグマへ、対戦車無反動砲AT-4CSを放った。
 だが、彼らの攻撃は全て、この目の前のヒグマには、向かわなかった。

 カズマの拳は、劉鳳を跡形もなく吹き飛ばした。
 絶影のミサイルは、狛枝の全身を爆裂させた。
 そして突撃していたカズマを側面から、狛枝の対戦車砲が木端微塵にしていた。
 三者の攻撃は全く同時に、お互いの命を奪ってしまっていた。


851 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:46:20 PTTC0w7.0

「逃げますよ、れい――!! ここにいてはなりません!!」
「何が――、何が起きてるの!? 見えなかった――、今の突風は、何!?」

 呆然とするばかりだった杏子の耳にその時、遠くからそんな叫び声が届く。
 見れば、立ち尽くすヒグマの向こうに、杏子と同じように爆風で吹き飛ばされたらしい、黒騎れいが倒れていた。
 構えていた弓矢も消え、事態を理解できず混乱している彼女の耳を、カラスが懸命に引っ張っている。

 ――そうだ。
 彼女は生きていたのだ。
 息もできず、張り裂けそうだった胸が、わずかに軽くなる。
 杏子はそれでようやく立ち上がることができた。
 その瞬間、杏子の足元でも、声が立つ。

「……死ぬのは怖くねぇ……」
「カズマ……!?」

 その声は、千切れ飛び死んでしまったと思われた、カズマの頭部から発せられていた。
 燃え立つように髪を逆立てた彼の首には、虹色の粒子が集い、彼の肉体を再構築し始めている。


「だが何の証も立てないまま、朽ち果てるのは……、死んでも御免だ……ッ!!」
「カズマ――!!」


 未だ熱さを失わない彼の眼差しに、杏子は震えた。
 まだ、やれる。
 れいとカズマだけでも無事なら、この得体の知れないヒグマ相手にも立ち向かえるはず――。
 そう思った。

 涙をにじませる杏子の心に応えるように、胸元まで復元されてきたカズマが叫ぶ。


「杏子!! 受け取――」
「よくもォ――!! よくも、劉鳳さんを、殺しましたわね――!!」


 だがその瞬間、佐倉杏子の目の前へ、影を絶つほどの速さで、何かが襲い掛かっていた。
 熟れすぎたスイカのように、カズマの頭が潰れる。
 何者かの拳は、カズマの真っ赤な脳髄を付着させたまま、腕まで再構成しかけていたカズマを執拗に殴り続けた。

 レストランのシェフが、屠殺場直送の肉で新鮮なハンバーグを捏ねているようにも見えた。
 素材厳選。
 渾身の逸品です――。
 それくらい、杏子には現実味の無い光景に見えた。


「――よくもッ!! よくもよくも、あんなひどい殺し方を――!!」
「……白井、さん……」


 呟いた先で、地面に広がったミンチ肉を叩き続けているのは、一人の少女だった。
 白い蛇のような絶影の身体を得ている白井黒子その人は、真なる絶影の双拳を以て、カズマの生命を破壊し尽した。
 カズマの体に集おうとしていた虹色の粒子は、もうとっくに消えてなくなっている。
 鬼気迫る怒りの表情で肉塊を捏ねる白井黒子を前に、佐倉杏子は呆然と立ちすくむことしか、できなかった。


「――まだ危険が理解できないのですか愚か者!! 手間をかけさせる……ッ!!」
「――杏子、本当の杏子はどこ!? あなたすら夢を見てるの――!?」
「れ、れい……、あた、あた、しは――」

 悲痛な叫びで自分を呼ぶ黒騎れいへ、杏子は震えながら走り寄ろうと、手を伸ばそうとした。
 だがその脚も、腕も、重く力が入らない。
 口の中が乾いて、声はか細く、かすれていた。

「そっちにいましたのね――!? 逃げ足の速い!!」

 その時にはもう白井黒子が、慌てふためいている黒騎れいへと腕を向けていた。
 止める間もなく、絶影の腕からは、再構成された伏龍・臥龍のミサイルが放たれてしまう。
 黒騎れいは、そのことを認識できてすら、いないようだった。
 2つの爆発が彼女の姿を呑み込む。
 土煙が晴れた時には、彼女のいた場所にはもはや何一つ、影も形も残ってはいなかった。

 信じられなかった。
 趣味の悪いホラー映画か何かを見ているようだった。
 いや、本当に、これが映画だったらどれだけ良かったか。

 だが、これは。
 目の前に飛び散る血肉の海は。
 耳に響く的外れな怒声は。
 鼻を突く焦げくさい血臭は。
 そしてただ、そこに立っているだけの黒いヒグマは。
 紛れもない、現実だった。


「……おげぇ――!? あぐっ、ぐぶっ……」


 杏子は、膝から地に崩れ落ち、胃液を吐き戻した。
 涙で視界が埋まる。
 れいからもらったビスケットが、びちゃびちゃと散乱する薄黄色い液体の上に、そのまま出てくる。
 酸鼻な光景に、また酸鼻な彩りが加わり、杏子は続けざまに嘔吐した。

 脳裏に、あの日の光景が蘇ってしまう。
 真っ暗な自宅で、血だまりに倒れた母と妹。
 天井から、ぶらぶらと吊り下がる父の脚。
 滴り落ちる、血と糞尿。

 彼女の全身が、この恐怖を受け入れることを、拒絶していた。


852 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:47:34 PTTC0w7.0
「……すみませんが、ヒグマの敵であろうとする方など、生かしてはおけないのですよ」

 杏子の前に立つヒグマは、そしてようやく、静かに口を開く。
 槍だけを支えに地に震える杏子を、まるで慰めているかのような口ぶりだった。

「そしてあなたも……。見過ごすには、その能力は危険すぎる」

 沈痛さを押し殺しているようにも、聞こえた。


「ただし、私は今もこれからも、あなた方ちゃんとした参加者を、殺したりはしません。
 私は本来この実験で、地上にいるべきヒグマでは、ありませんから……」


 骨と皮ばかりのようなそのヒグマは、確かにそこに立っているだけで、杏子に向けて危害を加えるような動きをしなかった。
 その代わりに、街道にさざめく墨汁のような魔力の液体が、凶暴なうねりを見せる。


「……あなた方を殺すのは常に、あなた方自身の心です」


 その動きに乗って振り向いたのは、絶影の体を持つ、白井黒子だった。
 怒りに満ちた彼女の顔もまた、涙に濡れていた。

「……まだ生きてましたの!? 許せません、許せませんわ、ヒグマ……!!」
「う、あ……、白井、さん……」

 吐瀉物に塗れた顔を上げた杏子に向けて、白井黒子は、仇を討つかのように身構える。
 その眼に見えている佐倉杏子の姿は、確かに劉鳳の、仇の姿になっていた。


    ###θ=7/β=3


「……眼を、覚ましてくれぇ! 白井さぁん!!」
「『剛なる拳』――ッ!! 『伏龍・臥龍』!!」

 杏子は、赤いポニーテールを振り立たせて叫んだ。
 しかしその声に全く応答せず、白井黒子は怒りのままに、その腕のミサイルを放った。
 涙と胃液を散らしながら、杏子は身を捩る。
 こんな状態でも体が動いてくれたのは、彼女が魔法少女として積んだ経験の賜物だった。

 ミサイルを回避し転げたすぐ傍で、着弾地点に爆発が起きる。
 その爆風に吹き飛ばされながら、杏子は強張った体に喝を入れた。
 唇を噛み、赤い装束を翻し、後方転身して地に降り立つ。


「ちょこざいですわね――!」
「頼む、お願いだよ――、白井さん!!」
「『柔らかなる拳・烈迅』!!」


 杏子の声は届かない。
 代わりに、白井黒子のツインテールのように伸びる二本の触鞭が、凄まじいしなりを伴って杏子に襲い掛かった。
 槍を振り回し、ステップを踏んで飛び退るも、杏子の衣装と体はたちまち斬り立てられてゆく。
 手数と速度を売りにしている杏子の機動を、絶影は更に上回っていた。

「終わりですわ――!!」
「くッ、そっ――」

 杏子は歯噛みする。
 トドメを刺すように首筋へ突き出された触鞭へ向け、杏子はその時、自分の手を差し出していた。

 槍ごと、右の掌を触鞭が貫通する。
 肉を抉られる痛みに耐えながらも、杏子はそれを、さらに左の手で捕まえていた。


「『あたしの話を、聞いてくれ』ッ!!」


 叫んだ瞬間、体から魔力が迸ったように感じた。
 同時に、触鞭を捕まれていた白井黒子の体がビクンと跳ねる。
 彼女の眼から、耳から、鼻から、真っ黒な液体が弾き出され、空中に霧となって消えた。

「ほう……」

 その様子を見て、枯れ木のような黒いヒグマが眉を上げる。
 白井黒子は、一度瞬きをして、目の前の状況に驚愕する。
 自分が佐倉杏子を攻撃してしまっていたという事実に気付き、彼女は慌てて杏子から触鞭を離そうとした。

「さ、佐倉さん!? 今、一緒に戦っていましたのに……!?
 ど、どうして、どうしてこんなことになってますの!?」
「こ、このままあたしを離さないでくれ!!
 あいつが……、あのヒグマが、あたしたちに幻覚を見せてたんだ!!」

 辺りを埋める毒水のような黒いうねりに、黒子は初めて気が付いて身を竦める。
 振り向いた彼女の眼には、杏子の見ているものと同じ、この場の現実が映っていた。
 彼女の視線は、ただ立っているだけの黒いヒグマよりも先に、その周囲に散乱するものへと吸い込まれる。


「うっ――……!?」


853 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:48:44 PTTC0w7.0

 思わず喉元までこみ上げた不快感に、黒子は絶影の手で口を押えた。
 もし生身のままだったなら、彼女もまた杏子と同様に、吐き戻してしまっていたに違いない。

 鼻を突く異臭。
 耳を痛ませる静けさ。
 眼に飛び込んでくる、血と焼死体の極彩色。
 そんな現実が、白井黒子の感覚へ、一気に襲い掛かってきていた。

 黒いヒグマは、そんな少女たちの様子を見やりながら、杏子へ声を掛けた。


「直接ならば認識を上書きできる程度の技量は、既にあるわけですか。
 ……ですが逆に、未だその程度とも言えます。
 発動の遅さから見るに、あなた、普段この能力を死蔵していましたね?」
「うるせぇ――!! どうだろうがアンタにゃ関係ねぇだろぉ!!」


 掌を貫く触鞭を掴んだまま杏子は叫ぶ。
 心を怒りで塗り潰さなければ、目の前の惨状に魂が砕けそうだった。

 目の前のヒグマは、その正体も目的も何もかも、わからない。
 ただ確かなことは、彼がこの真っ黒な液体のような魔力をカズマたちに流し込み、幻覚を見せて同士討ちさせたのだろうということだけ。
 対抗できたのは、同じような幻惑の魔法を使える、佐倉杏子のみ。

 掌から、血が滴る。
 貫かれたままの右手を、杏子は握り締める。

 恐らく、ここで白井黒子の触鞭を離せば、周りに溢れている黒い魔力が再び彼女を幻覚の中に落としてしまうだろうということは、容易に想像できた。
 ――利き腕を、塞がれた。

 黒子が、震えているのがわかった。

「……さ、佐倉、さん……」

 睨み合う杏子とヒグマの間を、彼女の呟きが割った。
 黒子は眼を見開き、自分の両手に視線を落としている。


「私は……、一体、『何を』、殴っておりましたの……?」


 彼女の手と、その手がさっきまで押さえていた彼女の口には、真っ赤な血肉がべっとりと付着している。
 杏子は彼女を見て、地面に散らばる肉塊を見た。
 カズマの茶色い髪の毛がくっついている、挽肉だった。
 咽喉が、引き攣った。


「――〜〜ッ、考えるなぁ!! そんなことより、こいつだ!!
 このヒグマを、目の前のヒグマを、倒すことだけ考えるんだよ!!」
「う、う……、あ、あぁぁ……」


 杏子の声は、裏返った。
 黒子の震えが、触鞭をはっきりと伝わってくる。
 心を壊してしまいそうな疑問を必死で思考の隅へ押しやり、怒りという刃だけを支えに立ち直ろうとしている震えが、はっきりと伝わっていた。

 そんな少女2人を前に、黒いヒグマはただ、うなだれるだけだった。
 頭を下げて、謝っているようにも見える姿勢だった。


「……わかってはおりました、ええ。
 かように無残な同胞の死を見せつけられれば、さしものあなたでも殺意を抱くだろうことは。
 ……私でも抱きますから。このような手段しか採れず、申し訳ありません」
「ならその、報いを受けろォ――!!」
「ご、『剛なる拳』――ッ!! 『伏龍・臥龍』!!」


 黒子のミサイルと共に、杏子は左手に巨大な槍を生成し、勢いよく投げつけた。
 『最後の審判』と彼女が呼ぶ、高速の投槍。
 ヒグマまでの距離は10メートルも離れていない。
 相手は避けるそぶりすらない。
 2人の攻撃で倒せる――。杏子はそう思った。

「『弾道上に空く、虚無に消えよ』」

 しかし同時に、ヒグマはそう呟いていた。

「――は?」
「え――?」

 そして、呟いただけにも関わらず、2人の放った飛び道具は、空中で突如消えた。
 ヒグマに届く寸前で、空間を切断され、飲み込まれていくかのようにして、『伏龍・臥龍』と『最後の審判』は、2人の視界から不自然に消滅していた。


「……第三部『視覚』、第五章『見る働きに関する諸説の相違と謬説そのものにおける謬説の論破』。
 ……『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の『概説』は読みこなせても、『章』は、読めないようですね、佐倉、杏子さん。
 一介の人間には当然でしょうが……、むしろ、残念な気持ちも先立ちますね」


 ヒグマは、ゆっくりと顔を上げながら、そう呟いた。

「ま、さか――」


854 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:49:41 PTTC0w7.0

 杏子の歯が鳴る。
 彼女はその言葉で察知した。
 自分がこのヒグマの幻覚を、完全に防げている訳ではないということを。
 そして、視界を埋めている黒い靄のような水のような魔力は、単なる『薄められたもの』に過ぎないということを。

 この魔力は、濃くなれば濃くなるほど、『見えなくなる』のに違いない。
 杏子の眼に捉えられているのは、ヒグマの魔力の内、全体攻撃用に薄められているものだけだ。
 本当の魔力は、杏子にすら見えぬほど濃い透明になって、空間を漂っている。

 ヒグマは、自分たちの放った槍やミサイルを掻き消した訳ではない。
 それらに高濃度の魔力を浸透させ、自分たち二人に感知できなくさせただけに違いない。
 槍とミサイルは、自分たちに見えない盲点で着弾し、自分たちに聞こえない音で爆発したのだろう。
 そして本当のヒグマは、既にその位置には、いない――。


「し、白井さん!! 周囲全体を攻撃してくれ!! そこにいるヒグマは、残像だ!!」
「や、『柔らかなる拳、列迅』ッ!?」


 杏子の声に呼応して、絶影の触鞭が振るわれる。
 空気を引き裂き、かき乱すような黒子の鞭の動きに、杏子は自分の魔力を同時に流し込む。
 景色が蜃気楼のように揺らぎ、その狭間に、わずかに黒い毛並みが覗いた。

「くっ……!?」

 引き裂かれた空間に、狼狽するヒグマの姿が、見えた。
 杏子たちは色めき立つ。
 何かを詠唱し始めようとしているヒグマへ、させるまいと、2人の攻撃が走った。

「『汝の紡錘はその意図を紡がない』――」
「もらった――!」
「劉鳳さんの仇!」


 常人には対応できぬほどの高速で、変幻自在の機動を描き、挟み討ちのようにして、絶影の触鞭と、杏子の多節槍がヒグマへと向かう。
 しかしその瞬間、さらに変幻自在の機動を描き、信じられない程に長い舌が、ヒグマの口からは伸びていた。
 触鞭と槍は両方とも、ヒグマの首に突き立つ直前で、その舌に絡め取られた。

「『転べ』」
「うお――!?」
「きゃぁっ!?」

 そしてヒグマはほんのちょっと、その舌を振るっただけだった。
 杏子たちは一様に、自分の体が宙に浮いたように感じた。
 体から一切の触覚が消え去り、自分の脚が、手が、どこにあるのかわからなくなった。
 平衡感覚が掴めない。
 視界が傾く。
 体勢を立て直そうとして、その視界は逆方向に急激に回転した。

「ぐっは――」
「あだっ――」

 杏子と黒子は、空気投げを喰らったかのように吹き飛び、見事に一回転して背中から地面に倒れていた。
 傍から見ればそれは、二人揃って全力でオーバーヘッドキックに失敗したかのような、非常に間抜けな絵面に見えただろう。

 直後、杏子の体には瞬間的に感覚が戻る。
 しかし慌てて立ち上がった時には、槍は手から離れ、掌に刺さっていた触鞭も抜け落ち、黒子とは距離が開いていた。
 同じく立ち上がろうとしている黒子に走り寄りながら、杏子は叫ぶ。

「し、白井さん! 早くあたしの手を――!!」
「わかりましたわ――!!」

 力強く応じた黒子はそして、杏子とは逆方向に、走り出していた。


「は――」
「はい、これで良いですわよね!? 危うくまた幻覚に呑み込まれるところでしたわ!」
「そうですね。私と手を繋いでいればもう、安心ですよ」


 絶影の飛ぶような機動が走った先で、黒子はヒグマの手を掴み、にっこりとしていた。
 その眼からは、鼻からは、耳からは、既に黒い液体が滴っている。
 杏子の手が離れたその一瞬に、再び彼女の感覚の主導権は、奪われてしまっていたのだ。

「て、め、えぇぇぇぇぇ――!!」

 杏子は身を震わせた。
 あまりにも、悔しかった。

「同じ手は喰いませんわヒグマ!! 『剛なる拳』――!!」
「うおぉぉ、『縛鎖結界』ッ!!」

 杏子の叫びを掻き消すようにして、黒子からは2発のミサイルが放たれる。
 地面に手を突いた杏子は、何とかそこから赤い鎖状の防壁を生み出してその攻撃を受け止めた。
 防壁の向こうからでもその強烈な爆発は、杏子の全身に吹き付ける。
 エイジャの赤石と共鳴したことによる強化がなければ、この防壁も砕け散っていたに違いないと感じるほどの威力だった。


855 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:50:02 PTTC0w7.0

「し、白井さん、今度こそ――」

 爆風に耐え、杏子は顔を上げる。
 どうにかもう一度、白井黒子を正気に戻す。と、そう決意した。


「あ、あ――。お、お姉様……!?」


 その眼に映った黒子の様子は、おかしかった。
 彼女はヒグマに手を繋がれたまま、杏子の目の前にまで、やってきていた。
 そして、ちょうど杏子の防壁が張っていた辺りで屈み込み、何もない空中を掴む。


「う、嘘ですわ……。私が、私が、お姉様を攻撃してしまっていたなんて……!!
 私たちを、助けに来て下さったのに……!! 眼を開けてくださいまし!! お姉様、お姉様!!」
「あ、あ、あ、あ、アンタ――!! 白井さんに、何を見せてるんだッ――!?」


 黒子は、何かを抱え上げるようにして、嗚咽を漏らす。
 引き裂かれるような泣き声と涙が、アルターの肉体から溢れ出る。
 得体の知れない目の前の友の様子に、杏子は震えながら、ヒグマに叫んだ。
 ヒグマは保護者のように白井黒子の片手を握ったまま、静かに言った。


「……彼女が一番、恐れていたことです」
「い、嫌……。嫌ですわ……!! 私が、私が皆様を……!? 劉鳳さんも、カズマさんも、お姉様も……!?
 私は、ジャッジメントですのに……!! この島へ、正義を為しに来たはずですのに……!!」


 黒子は頭を抱え、地面に崩れ落ちた。
 彼女の見ているものは、自分の最愛の相手を自らの手で殺めたという、恐怖そのものだった。


「ち、違う――!! 目を覚ませ!! 目を覚ましてくれ、白井さぁん――!!!」
「みんな、私が、殺した……!? わ、わた、私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!!」


 杏子は、黒子の片腕を掴んだ。
 だがその手は、信じられない力で振り払われた。
 黒子はそのまま、ヒグマの腕すら振り払い、真っ黒な涙を零しながら、猛り狂うようにして宙に踊った。
 ぐねぐねと悶絶していた白い蛇のようなその体は、その顔面を真っ黒な液体に濡らして慟哭する。
 鐘の割れるようなその叫びは、彼女自身のアルターの肉体にひびを入れた。

 彼女は生きたまま油で揚げられる海老のようにもがき続け、次第にその体を虹色の粒子に砕け散らせて行く。
 風に虹が吹き払われた後には、その場には、もう何も残っていなかった。
 白井黒子は、自分の存在を否定した。


    ###θ=7/β=3


エネ テレケ エネ ホプニ アンコトゥライヌ イキ コロカ、(私は跳ねることも、飛ぶこともままならないまま、)
トゥ ユプケ タムクル レ ユプケ タムクル アネテレケカラ コロ、(二つの激しい太刀、三つの激しい太刀を振りかざしましたが、)


ル カニ ラムラム。(『溶ける黒金の毒水』が滴るのです。)


ラムラム カ タ、アムテムシ チラピソネ。(毒水が滴るうろこに、刀は滑って逸れてしまいます。)


イノテハイタ、(刀は当たりもせず、)
アンペンラム カ タ アンミ ハヨクペ ル ワ パイェ、(私が胸の上に着ている冑は溶けて、)
チク ワ パイェ。(ポタポタと流れ落ちていきました。)


(砂澤クラ『ポイヤウンペとルロアイカムイの戦い』より抜粋。拙訳)


    ###θ=7/β=3


856 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:55:13 PTTC0w7.0

 膝崩れになったまま佐倉杏子は、白井黒子が消えてしまったあたりを見つめ、暫く呆然としていた。
 もう何もかもが、信じられなかった。
 自分の感覚さえ、どこまでが現実で、どこまでが幻覚なのか、信じられない。
 むしろ全てが、幻覚であって欲しいとすら思う。

 周りにはもう、隣にヒグマが立っているだけだ。
 風があまりに、冷たく静かだった。


「……なぁ、教えてくれよ。なんで白井さんは、死んじまったんだ……?」
「……自分の意志の力で肉体を作っているにも関わらず、その生きる意志を、失ったからです。
 魔力で形作った肉体は、現世の肉体よりとても強いですが、同時にとても弱い……」

 ヒグマは杏子の呟きに、理科の実験説明をするかのように、淡々と答える。
 どうしようもなく現実感が希薄で、同時にどうしようもなく、杏子の心を逆撫でする言い方だった。

 杏子はその言葉のお蔭で、立ち上がることができた。
 彼女の心を動かす動力はもはや、怒りをおいて、他になかった。
 顔の筋肉が痙攣している。
 ぼたぼたと涙を零す顔は、泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか、杏子自身にもわからなかった。

「……つまり結局は、アンタが殺したってことだよね」

 落ちている槍を掴みながら、杏子は呟く。
 ヒグマはその言葉に、静かに首を振った。

「私が殺したわけではありません。彼女の心が、生きることを拒絶したのです」
「そう仕向けたのは、アンタだろうがぁぁぁ――!!」

 杏子は振り向きざまに、手の槍を揮った。
 のけぞって穂先を躱しながら、ヒグマは悲しげに言葉を繋げる。

「……私が直接あなた方を殺せれば、もっと安らかに眠らせてあげられるのですが。
 ……致し方ないのです。これが、決まり事ですから」
「なら殺してやるッ!! あたしが代わりに、テメェをなぁッ!!」
「『閉ざせ』」


 槍の節が外れ、鎖で繋がった多節槍となってヒグマへ走る。
 『鉄砕鞭』の勢いが、ヒグマの影を叩く。
 一言呟いたヒグマの姿は、その衝撃で掻き消える。
 既に高濃度の幻覚を張り、その存在を隠蔽していたものらしい。
 物音も気配も感じられぬ茫漠たる空間へ、杏子は歯を噛んで叫んだ。


「何処にいようが関係ねぇ……!! これでも喰らいなッ!!」


 杏子はその槍を、地面に呑み込ませた。
 直後、周囲の大地からは、一斉に竹林が生じたかのように数百にものぼる槍衾が伸びる。
 ――『断罪の磔柱』。
 逃れる場所のない異端審問の杭に、敵は確実に貫かれているはずだった。

 しかし、手応えが無い。
 360度の視界全てに林立する槍のどこにも、ヒグマの姿はない。
 姿を消していたとしても、杏子の魔力の槍はその幻覚を斬っているはずだ。
 確実にヒグマは、杏子の必殺の攻撃から、どこかに逃れている。

「なっ……、一体……、どこへ……?」

 辺りを見回しても、影も、形もない。
 物音も、匂いも、気配もない。
 杏子は寒気を覚えた。

 ヒグマのいる位置は、ある一箇所しか考えられなかった。


「背中――!?」
「遅いですね」


857 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:56:33 PTTC0w7.0

 振り向きながら後方へ肘打ちを食らわせようとした杏子の顔が、ヒグマの肉球に掴まれる。
 ヒグマは、杏子の背中にぴったりと張り付くようにして佇んでいた。
 もがく杏子の腕は胴体にヒグマの舌で縛りつけられ、身動きが取れなくなる。
 林立する槍衾が消えてゆく。

 ばたばたと脚で蹴りつけても、ヒグマはびくともしなかった。
 こんな痩せたヒグマでも、穴持たずと言われるだけはある。

「くっ……、そっ……!! は、な、せぇぇ――!!」
「さて……。佐倉……、杏子さんとおっしゃるのですか。
 その能力と胸の宝石……、あなたも魔法少女という人種だとお見受けしますが」
「な、んで、知ってやがる……!!」

 顔面を掴まれたまま、杏子は苦痛に身を捩る。
 魔法少女である杏子と、そのヒグマと、筋力はほとんど拮抗していた。
 既に極められている状態では抜けようがない。

 ヒグマは杏子の首輪と胸元を眺めながら嘆息した。

「腕とそのソウルジェムとかいう宝石だけになっても生きていたらしい参加者の話を耳にしましたのでね。
 ……どう殺して差し上げれば良いのでしょうか……」
「腕……!?」


 杏子は驚きと共に思考を巡らせる。
 腕だけになっても魔法少女が生きられる、というのが驚きだった。
 だが今まででも、杏子は首を切断されたり下半身をもがれたりした状態からでも生き返っている。
 確かに不思議ではない。
 脳も心臓も無くした状態でも、魂と覚悟さえあれば、魔法少女の命は永らえるものらしい。

 そして、そんな覚悟ある魂(ソウル)を腕に宿す少女など、杏子はただ一人しか知らない。
 暁美ほむらだ。

 彼女は、自分の身が崩れる死の谷の底でも、決して諦めなかったのだ。
 そしてその決意は、杏子があの時、カズマに誓った祈りに他ならない。
 彼女にできて、自分にできない、わけがない。


 ――たとえ『死』の陰の谷を歩むとも、あたしは『絶望』を恐れない。


「うおおおおおおおおおおおおおお――!!」


 杏子は渾身の力を振り絞って叫んだ。
 同時に、彼女の真っ赤なポニーテールを成す髪が、蔓草のように翻り伸びる。
 杏子を掴むヒグマの前脚を、首筋を、逆に締め付けるようにして絡んだ。


「『赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)』ァ!!」


 そして地面から、佐倉杏子自身と全く同じ姿をした少女が12人、手に手に槍を掴んで現れる。
 ヒグマに向けて、彼女たちは一斉に槍を突き込んだ。
 あの羽根ヒグマの男――、究極“羆”生命体カーズを完全に封殺した切り札。
 佐倉杏子の根源の魔法が、欠片も漏らさずヒグマに叩き込まれていた。

 ヒグマは、全身に槍を突き刺されながら、ぽつりと呟く。


「……幻視の質が低いですよ」
「なっ――」

 ヒグマの声と共に、彼の体に突き込まれていた槍は、どろどろと黒い水になって溶けてしまった。
 驚きに震える杏子と12体の分身に向け、ヒグマは滔々と語る。


「自分の姿を取らせているにも関わらず演出のツメが甘いのです。
 この程度の幻覚では、初見の相手にならまだしも、私のような心得のある者に通じるわけがありません。
 幻覚とはすなわち、相手にそう『思い込ませること』です。
 単なる魔力、単なる気迫のみで、相手を呑めると思ってはいけません、佐倉杏子さん」

 杏子がこのヒグマの幻覚を破ったのと同じだ。
 相手と拮抗する魔力を流して幻覚を破る――。
 ただその実力が、杏子の場合は全体攻撃の無効化にとどまり、このヒグマの場合は切り札まで無効化できるほどに強いという、ただそれだけのことだった。

「武術と同じく、幻覚にも『力』だけでなく、『技』が必要なのです。
 これで直接肉体に損害を与えたいなら、もっと相手の恐怖と苦痛に共感しなくてはいけません。
 相手を思いやるからこそ、相手を地獄へ突き落とすことができるのです。
 ――これ以上、お手本が必要ですか?」
「何なんだよアンタはァ――!! 学校の先生かよぉッ!!」

 杏子の分身は、必死にヒグマへ掴みかかり、殴りつけようとした。
 しかしその実体ある幻覚も、ヒグマに触れた瞬間に溶けて崩れてゆく。
 ヒグマは杏子の叫びに、寂しそうな顔をして、言った。


「……そうですね。もし出会い方が違えば、私は今生でも……。
 ……新たな弟子を手に入れられていたのかも、知れません」


 そして彼は佐倉杏子の姿を、一喝した。


「『剥がれよ』!!」
「ぐあ――!?」


858 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:57:52 PTTC0w7.0

 瞬間、掴まれていた杏子の顔面に、凄まじい異臭が叩きつけられた。
 衝撃で彼女は背後に吹き飛び、ロッソ・ファンタズマの分身も掻き消えてしまう。

 その異臭は、父親の死体の臭いだった。
 母親の血だまりの臭いだった。
 妹の臓物の臭いだった。

「おっ、げぇぇぇぇ――!?」

 杏子の爛れた鼻と口から、再び胃液が噴き出す。
 恐怖と悲哀と絶望が、彼女の胃を突き上げて止まない。
 吐瀉物の黄色い噴水が、地面とその顔を汚した。
 倒れたまま痙攣しもがく杏子のもとに、ヒグマはゆっくりと歩み寄る。


「……存在には、『不可能なもの』『可能なもの』『必然的なもの』の三種があります。
 如何に幻覚といえど、相手が望まぬ『不可能なもの』を見せてしまっては心身を支配下に置けるはずがありません。
 相手が実際に感じてきた『必然』を見つめ、その相手一人一人に合わせる細やかな調整が必要なのです」


 その細やかな調整こそが、記憶を抉るえげつない幻覚だというのか――。
 杏子は震えた。
 許せなかった。

 杏子は、同じ幻覚を使う者としても、このヒグマを許すことはできなかった。
 彼女は決してこの幻覚の力を、他人を悲しませるために使おうとはしなかった。
 この力は、ただ話を真剣に聞いてもらうために。
 他人を幸せにするために、あるはずのものだった。

 通じない。
 何もかも通じない。
 その圧倒的な実力差の中で、ただ一つ、この信念だけは、杏子が唯一勝ると確信する、彼女の根源だった。

 杏子は立ち上がった。
 決意した。

 ――原点に帰ろう。
 マミさんと出会うよりも前から、あたしが最も練習していた、あの状態で戦うしかない!!


「「――『あたしが二人』ッ!!」」
「……ぬぅ!?」


 口を拭い、燃える瞳で叫ぶ。
 その隣には、全く同じ動きで、全く同じ表情でヒグマを睨みつける、もう一人の杏子の姿があった。
 ヒグマは初めて、その眉を顰める。
 どちらが幻覚で、どちらが本物なのか、見分けがつかなかった。


「「どっちが本物か、当ててみやがれェ――!!」」


 二人の佐倉杏子は、共に槍を生成し、二手に分かれて走った。
 幻覚が無効化される以上、実体を持たせていても、分身の攻撃が相手にダメージを与えることは期待できない。

 それでも、二択で十分――。
 上下、左右、表裏。
 高速の機動と、鞭のような多節槍の展開で、杏子はヒグマの周りを踊るように翻弄する。

 未だ洗練される前のその『赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)』は、いわば単なる『二重奏(ドゥーオ)』の状態に過ぎない。
 だがそれは、彼女が全ての魔力と神経をたった一体の分身に集約させる、渾身のクオリティの演奏だった。

 うろたえるヒグマを、前後から挟む。
 牽制のように舌が分身へ繰り出される。
 実体を消せばすり抜けられるが、避ける。
 最後の最後まで、どちらが本物か、絶対に見破らせない。

「「喰らえぇぇぇぇ――!!」」

 決して話を、聞き流させたりはしない。
 それはただ一言の、説教を突き込むためだけの力だった。


『…………ならば試してみよう。
 お前の言うことが正しいかどうか その目で見ていなさい』


    ###θ=7/β=3


859 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:58:18 PTTC0w7.0

『皆さん、聞いてほしい!
 私は、私の言葉を訂正するつもりだ!
 絶望が憎むべき悪などというのは まったくの嘘だ!
 希望など持って生きても無駄なのだ!
 既にこの世は生き地獄なのだから!
 そうだ!
 希望などという気休めなど捨てて 欲望のままに生きなさい!
 この世に神などいない!
 絶望こそが、我らを導いてくれる 唯一の道しるべだ!』

(どうしてそんなデタラメを!
 そんな話、誰も聞いてくれるわけない!
 そうでしょ父さん?)

『おお。何て素晴らしいんだ……』

(……えッ?)

『彼の言葉には真実がある。
 この世に神などいないのだ!』

(そんなバカな……)

『この世に神などいない!
 絶望こそが、我らを導いてくれる 唯一の存在だ!』

(なぜ……なぜなの……)

『そうだ! この世に神などいない!
 絶望こそが、我らを導いてくれる 唯一の存在だ!』

『なんということだ……。
 こ、これでは……私の 意のままではないか……。
 恐ろしい…… なんて恐ろしい……』

『この世に神などいないのだ!
 欲望のおもむくままに生きよう!
 絶望を道しるべとして!』

『や、やめろ!
 私が今言ったことは まったくの嘘だ!
 嘘をついていたんだ!』

『そうだ 嘘をついていた!!』

『あああ! なんてことだ!
 これでは私自身が 悪魔のようではないか……』

「あたしは、そんなつもりじゃ……
 ただ、父さんのためを思って……」

『私を思ってだと!?
 ふざけるな!』

「きゃっ……! 痛い……。
 父さん、なんで殴るの……?」

『私は騙されていた……!
 お前こそ魔女だ! この……魔女!
 人心を惑わす魔女め!』

「や……やめて……」

『魔女! 魔女! 魔女!
 魔女! 魔女! 魔女!
 魔女! 魔女! 魔女!
 お前こそ魔女だ!
 お前こそ魔女だ!
 お前こそ魔女だ!』

「やめてぇええええ―――!
 ……ぅ……ぅう……ぅああああ――!」


    ###θ=7/β=3


「『暴れ駒駆ければ鐙は落ちる』。『唸れ』」
「がぁ――」

 杏子が意識を取り戻した時、彼女は路上に倒れ伏していた。
 耳が、聞くことを拒絶してしまったかのように、ひどい頭痛をもたらしながら沈黙している。

 杏子は思い出した。
 自分が分身と共にヒグマを前後から挟み込み、今にも突き殺さんとした時、上空から大量の魔力が、滝のように降り注いだことを。
 上下も左右も表裏も、ちゃちな二択を両対応で圧し潰す圧倒的な魔力。
 その魔力は、杏子もその分身もいっぺんに押し潰し、脳髄に気の狂うような大音響を叩きつけていた。

 父親とその信者とが、自分を糾弾する罵声。

 それは、杏子の信念を粉微塵に砕く声だった。
 彼女は決してこの幻覚の力を、他人を悲しませるために使おうとはしなかった。
 だがその力は、杏子が意図するにせよしないにせよ、確かにその肉親と彼女自身を、不幸の底に叩き落とすものだった。

 自分の力が、不幸をもたらすことを自覚して用いる者と、眼を背けて用いる者。
 果たしてどちらが、より邪悪なのだろうか――?


860 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 01:59:21 PTTC0w7.0

「……なるほど。確かに、今の幻覚の質感には、息を呑むものがありました。
 あなたがもし、日々怠らずにその能力を磨いてきていたのならば、あるいは私の敗北も有り得たのかもしれません……」


 頭上から、ヒグマの声が響く。
 機能を失いかけた杏子の耳に、その声は妙に遠く、くぐもった音で聞こえた。


「……ですが、足りない。足りないのですよ。佐倉杏子さん……!!」


 身を起こそうとしたが、できなかった。
 腕にはもう、力が入らなかった。
 右手には、白井黒子に刻まれた風穴が、墨刑のように未だ血を流していた。

 杏子の体は、ヒグマに助け起こされる。
 黒く、痩せた毛並みが、柔らかかった。


「う、あ、あ……。ああああ――……」


 ヒグマの前に座り込んだまま、杏子は、赤子のように泣いた。
 友も、魔法も、信念も。
 何もかもが、完膚なきまでに打ちのめされた。
 拭っても拭っても、涙が溢れて、止まらなかった。
 胸の宝石が、真っ黒に濁っていた。

 目の前のヒグマは、そんな杏子の様子を真っ黒な瞳で、ただ静かに、見つめているだけだった。
 彼と戦う意味も、理由も、もはや杏子には思い出せなかった。

 ただ彼女に残っていたのは、それでもこのヒグマを倒さなくてはならないという、怒りだけだった。
 死んでしまった友の仇を取る、復讐の念だけだった。

 にじんだ視界の端に、自分の槍が映る。
 杏子は、掌から血を流しながら、それを掴んだ。
 そしてそれを、目の前に座るヒグマの心臓へ、突き出していた。


「死ねぇえぇぇぇぇぇぇ――!!」


 すさまじい衝撃があった。
 槍は深々と肉を抉り、心臓を破り、その背中までを貫通した。


「――ご、はぁ……!?」


 血を吐いたのは、杏子だった。
 瞬きした杏子の視界に、『現実』が見えた。

「……マ、ジ、か……」

 槍は、杏子自身の胸に突き刺さり、そのソウルジェムを掠めながら、自身を串刺しにしていた。
 槍の穂先は、相手ではなく、自分の方を向いていた。
 杏子が刺そうとしたのは、鏡のような金属質の、ビルの壁だった。
 勢い良く突き出した槍は、壁に石突きを当てて止まり、血に濡れた掌を滑って、杏子自身の身に跳ね返っていた。
 彼女はその時既に、自分の視覚すら完全に奪われてしまうほどに、魔法を失っていたのだった。


「……あなたの力ではまだ、私の宝具の、足元にも及ばない。……自明の事柄でした。
 今のあなたにとってこの結果は、『必然的なもの』だったのです。愛すべき、未来あった、若者よ……」

 倒れ込もうとする彼女の体を、後ろからヒグマが、抱き留めていた。
 彼の震えが、杏子にはっきりと伝わってくる。
 心を壊してしまいそうな感情を必死で思考の隅へ押しやり、それでも自責に苛まれながら耐えている震えが、はっきりと伝わっていた。

 幻覚を使うには、相手の恐怖と苦痛に共感しなくてはいけない――。
 相手を思いやるからこそ、相手を地獄へ突き落とせる――。

 それがどれだけ辛いことなのか、ようやく杏子にはわかった。
 杏子の感じた痛みは、全て、このヒグマ自身が感じた痛みでもあったのだ。

 死にゆく自分の体を抱きしめるこのヒグマは、本当に『優しい』ヤツだったんだな、と、ふとそう思う。
 どんどんと冷たく、重くなっていく体に、彼の毛並みが温かかった。
 杏子は泣きながら、笑った。


「……言って、くれる、よ。あたしが、魔法、使えなかったワケ……、わかった、だろ……」
「あなたの辛さを癒してあげたいのは山々です……。ですが私にも、時間がありませんので……」


 杏子の胸を貫いていた槍は、魔力を失い、消え去った。
 同時に、栓の抜かれた貫通創から、鮮血が溢れる。
 この土地が口を開けて、彼女の血を受けるかのようだった。
 ヒグマは静かに、彼女の体を横たえた。
 杏子の胸の上にあるソウルジェムは真っ黒になり、槍の掠めたヒビから、その中身が溶けて、ポタポタと流れ落ちていく。

 いかな魔法少女とはいえ、生き返れまい――。
 その様子を確かめ、ヒグマはゆっくりと踵を返す。


861 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 02:00:21 PTTC0w7.0

「……お別れです、佐倉杏子さん。あなたを生かし、殺したのは、あなた自身の心です。
 ……『ティスバヒ・アラヘール(あなたの晨は安らかであれ)』(おやすみなさい)」


 その声が終わると共に、彼の存在は、突風のコミューターに乗ったかのように掻き消えた。

 自らの運命のかがり火で、佐倉杏子の命は焼き焦がされた。
 道端で。
 終わりは、訪れた。


【F-5 市街地/午後】


【穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(大)、疲労(大)
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:ヒグマに仇なす者は、殺滅します
1:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
2:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
3:モノクマさん……あなたは、殺滅します。
4:懸案が多すぎる……。
5:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
6:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
7:佐倉杏子さん……、惜しい若者でした……。もしも出会い方が違えば……。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


    ###θ=7/β=3


「――っペッ」
「いたっ!?」

 私が意識を取り戻したのは、どこかわからない墓場の前だった。
 吐き出されたように地面に転がった身を起こすと、目の前には、カラスが明かな苛立ちと共に佇んでいた。
 傍の土には、作られたばかりらしい墓碑が並んでいる。
 『西山正一の墓』と、『ニンジャの墓』と読めた。


「……れい。私があと一瞬でも遅かったら、あなたは死んでいたのですからね?」
「――きょ、杏子は!? 他の人たちは!?」
「死んでいない方がおかしいですね。この私までもが、五感のうち三つまでに干渉されるとは、信じられません。
 一体何なのですあの現象は……! 私の理解を逸しています!」

 狼狽する私の前で、普段めったに感情を見せないカラスが、稀に見る憤りと悔しがり方を見せていた。

「い、一体、何が起こったの……!?」
「知りません。幻覚か何かを見せられていたのは確かです。その間に、私たちは何らかの爆発物で殺されそうになりました。
 あなたがいつまでたっても動かないものですから、仕方なく私が体内に飲み込み、逃走しようとしたその直後、爆弾が直撃し、吹き飛びました。
 この『始まりと終わりの狭間に存在するもの』の代弁者である私がそのまま爆風に紛れて逃げていなければ、あなたは死んでいたところです」

 そっぽを向いたカラスの背中から尻尾にかけて、羽がごっそりと焼け焦げてハゲになっている。
 ああ、カラスって羽は黒いけど肌は白いのか。
 こんな場所で私はどうでもいい知識を得てしまった。


「……そう、あなたが助けてくれたの。……一応、ありがとう」
「感謝している暇があったら少しくらい役に立つ働きをしなさい、れい。ただの手駒だという身分を弁えることです」
「……ああ、そうか。そういう陰険な言葉もツンデレだったのね、カラス」
「うるさい!! ツンデレなどという下等な行動パターンではありません、手駒の分際で!!」


 羽がむしれた後の肌がやたら白くて目立つカラスは、怒りと共に眼を光らせた。
 首のあざが激痛を発する。
 いつもなら、何もできず悶絶してしまうほどの痛み。私を戒める軛だ。
 でも今回の私は、逆にカラスを、掴み返していた。


862 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 02:01:29 PTTC0w7.0

「な、何をするのですか、れい! 離しなさい!!」
「……そんな御大層に『始まりと終わりの狭間に存在するもの』の代弁者を名乗るなら、なんで私だけしか助けられなかったのよ!!
 私の上に立つことを証明したいなら、いつもいつもこうしてアザを痛ませる以外にやり方あるでしょ!?
 ツンデレじゃなかったら何よ!? 弱虫! 意気地なし!
 わけわかんない現象に直面したからって、私だけ攫って逃げてきたんじゃない!!」
「は、な、し、な、さ、いぃぃ!! もっと痛みを強くしますよ!?」
「ええやってみなさい!! あまりの痛さにあなたの首を圧し折っちゃうかもね!!」

 私は両手でカラスの首を絞めながら叫んだ。
 まるで野犬のケンカのような、主導権の奪い合い。

 それでも杏子が、カズマたちが受けただろう痛みに比べれば、こんな首のアザなんて、カスみたいなものだった。
 彼らはきっと、何もわからぬままに殺されたのだろう。
 そして私も、あの場面については、何一つわかりようがなかった。
 手も足も出なかった自分自身が、悔しくてならなかった。

 それなのに、『私を飲み込んで守る』などという芸当のできたカラスが、そこで諦めてしまったことが、許せなかった。
 出し惜しみなんて許されない。総力を挙げるべき場だったに、違いないのに――。

 ――コトッ。

 その時、私のショートパンツの裾から、何かが零れ落ちた。


「――拳銃……?」
「くっ、くふっ……! いつの間にか握力つけやがりましたね、れい……!!」


 カラスの首を放して、それを拾い上げる。首の痛みはとっくに止められていた。
 咳き込むカラスを無視しながら眺めたそれは、見覚えのあるものだった。
 彼の、人を小馬鹿にしたような声が脳裏に蘇る。


『逃げるんだよ』


 ――狛枝凪斗が、私に突き付けていた拳銃。
 それがなぜか、まるっきり綺麗なままで、私のショートパンツに挟まっていたのだ。
 弾薬も入ったままだし、動作にも違和感はない。
 あの時の爆風。
 私が夢か幻覚の中で吹き飛ばされたあの爆発で、一緒に吹き飛んできたのだろうか。

 余りに信じがたいことだが、可能性としてそれしか考えられない。
 この拳銃が吹き飛んでいるということは、あの爆発で狛枝凪斗は確実に爆死している。
 だがその時に、千切れたデイパックから、このリボルバーは誘爆もせずに吹き飛び、私の尻に挟まったのだ。
 このロクに隙間もない制服のホットパンツに、見事に銃身を喰い込ませて引っかかり止まったのだ。
 有り得ないと言いたい現象だが、それしかない。

 記憶の中の狛枝が、笑った。


『……ボクは、「希望を守る」ためならなんだってするよ。「希望」こそがボクの根源にあるモノ。
 それこそがボクの、「プンキネ・イレ(己の名を守ること)」だろうからね……』


 自らを『超高校級の幸運』と豪語する、その自惚れ屋にも似た少年の笑みが、眼に浮かぶ。

「くっ……」
「どこか痛めましたか、れい? だとしたら本当に使えない子ですね」

 私は、その拳銃を握り締めたまま、涙を零していた。
 このリボルバーは、彼が私に託したのだ。
 その『超高校級の幸運』とかいう信念が、とてつもなく低い確率の分岐を的確に選び抜き、私にこの拳銃を届けたのに違いない。

 出会った時、ビルの屋上で、彼は眼を輝かせて笑っていた。

『素晴らしいよ! もしかしたら、君が希望なのかもしれないね!』

 カズマに向けられていたその発言は、つい先ほど、彼自身の口から、ぽつりと補足されていた。

『……カズマクンだけじゃなくて、あの時は佐倉サンも黒騎サンも居たからなァ……』

 カズマは気づかなかったらしい。
 杏子も、その言葉を気に留めてはいなかったかもしれない。
 だが、直前まで狛枝と会話していた私には、わかった。
 その言葉は、彼が信じ抜き、守ろうとする『希望』が、カズマと同行していた私や杏子の中にも見出されていた可能性を示している。

 彼が自己陶酔に浸る、薄気味の悪い少年だったことは間違いない。
 まるで自分の姿に恋をして水仙になってしまったナルキッソスのような。
 美しい姿に、毒と呪いとを満たした花のような。
 決して自分では叶えられぬ『希望』を、まっすぐに信じ抜き、追い求めた狂人だった。

 だがその狂人は、確かにその『希望』を、守ったのだろう。
 ――私は、狛枝の『幸運』に、生かされたのだ。


863 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 02:02:03 PTTC0w7.0

「なんでよ……、なんで、私なんかを生かしたのよ……。他に、もっと、『希望』に相応しい子は、いたじゃない……」
「あなただけがそのエネルギーで矢を放てるからに決まっているでしょう。本当に馬鹿ですね、れいは」
「カラスには聞いてない……ッ!!」
「何に対して愚痴をこぼしているのか知りませんが、早く地下に降りなさい。またあの幻覚に遭遇したらたまったものではありません」

 拳銃を握り締め、私は嗚咽を漏らした。
 カラスの言葉を聞く気はない。

 私はようやく、友達を助けたいという『己の名を、知った』ばかりだ。
 それでもたった今、友達を助けて『名を上げる』ことは、できなかった。
 そして、そんな自分自身を、私が『信じ抜ける』ようになるのは、一体いつになるだろうか。
 彼のように、その信念を『守れる』ようになるのは、一体――?
 私なんかが、『希望』になれるなんて、おかしいと思わないのか――?


「もしこんな拳銃届けただけで『超高校級の幸運』を言い張るのなら、あの世で笑ってやるわよ、狛枝凪斗……!!
 『希望』を守るっていうなら、この程度のことで満足しないでよ……!!」


 確かにカラスの言う通り、今からあの場所に戻るという選択肢は、有り得ない。
 折角、彼が選んでくれた幸運の分岐を、逆戻りすることになる。
 きっともう既に、どんな結末になったにしろ、あの市街地の戦いは、終わってしまっているから。

 あつらえたように、私が今いる街道は、さっきの市街地の東だった。
 狛枝が提唱した、『何もない東側に退いてから、地下か大回りのルートで百貨店を目指す』という、その軌道にぴったりと乗っていた。
 彼の『超高校級の幸運』は、信じざるを得なかった。

 そしてそれに、縋らざるを、得なかった。
 杏子、カズマ、劉さん、白井さん。
 脳裏に浮かぶ彼らの姿に、その『幸運』の加護があるように。
 私は祈るように、銃を持つ両手を合わせる。


「どうか、どうか……、みんなを、助けてあげていて……!!」


 ――適当なやつを囮にして逃げて、相手の目的と実力がはっきりするまで待ち、一番効果的に相手を潰せる武器や人間を選んでぶつけ、死角からひっそりと殺し尽くす。
 ――その場でバカ正直に戦いを受ける必要も、意味もないからね。


 記憶の中で狛枝は、そう言って不敵に笑う。
 握った銃が、胸の『鍵』に触れた。
 首から提げて服の中に仕舞っていたのが、爆発の時に外に飛び出してしまっていたらしい。

 それは私の帰るべき、『家の鍵』だ。
 狛枝凪斗が、服の上から銃口を突き付けていた、私の大切なもの。

 ……そう。
 私なんかそもそも、『友達を助ける』ような『希望』になんて、なれっこない。
 私の行動原理は結局全て、この『鍵』に。家に帰るためだけに、あるのだから。

 私も狂人だ。
 毒と呪いに満ちた、水仙の花だ。
 自分可愛さと、友達を救いたい欲求の狭間で永遠に苦悩する、救われぬ呪いの花――。

 それでも私は、『鍵』を今一度マフラーと制服の下に仕舞い、首輪の銀紙を確かめ、歩き出した。


「戦いに卑怯もクソもない……。効率があるだけ……。ええ、そうなのよね、狛枝……。
 戦い抜いてやるわ、どんなえげつない手を使ってでも……。
 自分も、友達も、救って見せる……。あの世であなたに、笑われないように……」


 独善に咲いていた花が、利己と利他へ同時に根を張ろうと、とてつもない欲望で、もがき始める。
 涙の零れる胸に、水仙のマシンを携えて。


【G-5とH-5の境 墓地/夕方】


【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:軽度の出血(止血済)、制服がかなり破れている、首輪に銀紙を巻いている
装備:光の矢(5/8)、カラス@ビビッドレッド・オペレーション
道具:基本支給品、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、『家の鍵』 、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×1本、リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[思考・状況]
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す……?
0:杏子、カズマ、劉さん、白井さん、どうか、無事で――。
1:私を助けたくらいで、お願いだから『幸運』だなんて言わないで、狛枝……!!
2:四宮ひまわりは……、私が探しに行かなきゃ……!
3:私一人の望みのために、これ以上他の人を犠牲にしたり、できない……!
4:どんな卑怯な手を使ってでも、自分と他の人を、救う……!
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことをようやく知りました。


864 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 02:03:13 PTTC0w7.0

【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:背中の羽毛がハゲている、ヒグマの力を吸収
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンを破壊する
0:……れいの反抗が、目に余るようになってきましたね。
1:あのままれいを飲み込んでいても良かったかもしれませんね?
2:示現エンジンは破壊されたのか!? 確かめなくては!!
3:れいにヒグマをサポートさせ、人間と示現エンジンを破壊させる。
[備考]
※黒騎れいの所有物です。
※ヒグマールの力を吸収しました


    ###θ=7/β=3


 全ては、想像を絶する低い確率で起こり得る複数の出来事が、正確な順番で成就した結果だった。

 おい、まだ死ぬな。もう少しだ。


(平沢進「Phantom Notes『ナーシサス次元から来た人』」より)


    ###θ=7/β=3


『前に話したね、杏子。
 よい行いをしていれば神様が見ていてくれる。だから、どんな時も「希望」を失っちゃ駄目だ。と』


 あたしを抱いていたヒグマが、立ち去った。
 あたしはかろうじて、それだけはわかった。
 だけど、そんなあたしの耳に、なぜか聞こえるはずのない、父さんの声が聞こえた。

 あたしを罵る声じゃない。
 温かく力強い、優しい声だった。

 霞んでゆく視界に、次第に光が差してくる。
 柔らかなピンク色の光だ。
 どこかで見たような、懐かしさを覚える光。

 ああ――、これが、神様なのかな?


『よく頑張ったね、杏子ちゃん。もう、苦しまなくていいよ。
 さ、私の手を取って。一緒に行こう――?』


 神様は、あたしとそう年恰好の変わらない、女の子の姿をしていた。
 マミさんから聞いたことがある。
 『円環の理』だ。
 疲れ果てた魔法少女の元に、古の掟を遂げに来る女神。
 さやかを連れて行った神様の微笑みが、そこにあった。

『ごめんね杏子ちゃん。この島、世界の線がめちゃくちゃになってて、来るのが遅くなっちゃった。
 もう少し早く来れてたら、杏子ちゃんにこんな辛いこと、させないで済んだのに……』

 女神さまは、まるであたしが古くからの友達であるかのように、そうおっしゃる。
 確かに不思議と、あたしはこの子を、ずっと前に知っていたような気がする。
 だけどね、やっぱりおかしいよ。
 神様と人間が知り合いだなんて、もうずっとずっと昔の、創世記のころにしか有り得なかったんだから。

『そんなことないよ! ほら、早く来て? もう大丈夫だから――』

 女神さまは、本当に朗らかな、『希望』の塊のような笑顔で微笑んでいらっしゃった。
 桃色の髪と、純白のドレスが、後光の中で宙に踊っていた。
 あたしは、女神さまの差し出す、手を取った。

 身を起こすと、本当に体が、宙に浮きあがっていくようだった。

『あれ――』

 だがその瞬間、浮かび上がっていこうとした女神さまの手が、下に落ちていた。
 見ると、あたしの右手から、血が溢れている。
 掌に空いた穴から、真っ赤な血液がしたたり、女神さまの純白の袖を汚しながら大地に落ちてゆく。


『きょ、杏子ちゃん、一体何をしたの!? 杏子ちゃんの血の声が、土の中から私に叫んでる――。
 ……なんて重み!? 杏子ちゃんは、自分自身で、この血に呪いをかけてる――!!』


 手から眼を上げると、そこにはあたし自身の顔があった。
 鏡のようなビルの壁に、ひびの入ったあたしの顔が、映っている。
 そのあたしは、あたしに向かって言っていた。


『死ねぇえぇぇぇぇぇぇ――!!』


865 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 02:04:21 PTTC0w7.0

 怒りと復讐に満ちたその槍で、あたしは、あたし自身の心臓を貫いた。
 それは神様でも、決して解くことのできない、復讐の呪い。
 決して救われることを許さぬ、楽園を追放させる呪いだ。
 ああ――、『創世記第4章』、そのままだ。

 ……なぁ、女神さま。
 やっぱりあたしは、あんたと一緒に、行くことはできないよ。

『どうして――!? 何をしたの、杏子ちゃん!?』

 救うなら、あたし以外のヤツのところに行ってくれ。
 あたし以上に頑張っていて、腕だけになっても諦めなかったヤツが、この島には居る。
 あいつにできて、あたしにできない訳がないんだ。
 あともう少しだけ、諦める方向に進まないことは。

 あたし自身以外にも、もっともっと、沢山の血が、この土地には染み込んでいる。
 あたしには聞こえる。
 あたしに報復を求める声が。
 何人もの友達の血の声が、土の中からあたしに叫んでいる。
 この土地が口を開けて、あたしの手から、みんなの血を受けたからだ。

『い、一体杏子ちゃんは、何をするつもり――』

 あたしは、汚してしまった神様の袖を引き千切った。
 そうして女神さまの手からあたしの血を拭い去ると、女神さまは重石を取られた風船のように、天空へふわふわと飛んで行ってしまう。

『きょ、杏子ちゃぁぁ――ん!!』

 女神さまは見えなくなるまで、あたしに向けて手を差し伸べようとしていた。
 本当に、『優しい』神様だ。
 でもあたしはもう、そんな優しさに救われなくて、いい。

 血まみれになった女神さまの袖を、あたしは胸にぽっかりと空いた心臓の穴に、詰めた。
 あたしは地面を這いずった。

 魂(ソウルジェム)が、流れ落ちていくのがわかる。
 もはや絶望の濁りなんていう生易しいものですらない。
 救われなかったあたしは、刻一刻と、その魂の存在すら、失ってゆく。

 でも死ぬ前に、あたしはしなければいけないことがあった。
 あと一歩だけ、前のめりに倒れること。

 ――そこがカズマの、血が流れた場所。

 カズマだった肉塊の上に、あたしは倒れ込んでいた。


「……なぁ、カズマ。あんたなら、こうするだろ……?
 こんなところで、甘えられるか……。意地があるんだ、女の子にはよ……」

 あたしは、最期の最後まで、決して諦めなかった、カズマの瞳を、思い出す。
 神様の救いを蹴ってでも、あたしはまだ、この穢土を離れられない。

『杏子!! 受け取――』

 そう言った彼の強い言葉を、思い出す。
 彼は最後に、あたしに何かを、渡そうとしていたのだ。
 それを受け取るまでは、死んでも、死にきれない。

「……ないなら、見つけてやる。なくても、見つけ出す……」

 血の滴る腕で、あたしはカズマの中に入ってゆく。
 死んでしまったカズマの血肉の中に、あたしは確かに、熱い脈動を感じていた。
 あたしの、溶け落ちてゆく魂にも呼応する、真っ赤な力。

 それがあたしの、手に触れた。

 カズマの右手。
 最後までシェルブリットの装甲で守っていたらしいその手の中に握られていたのは。

 ――まるであたしのソウルジェムのような、真紅に輝く宝石。

 深夜に、火山を爆発させた煌めきが、そこには宿っていた。
 狛枝の砲撃が引き裂いたデイパックから、吹き飛び再生したカズマの手の中に飛び込んだ、『赤石』。
 全ては、想像を絶する低い確率で起こり得る複数の出来事が、正確な順番で成就した結果だった。

 爆裂した劉さんと狛枝の姿。
 あたしに叫びかけたカズマの姿。
 宙に悶える、白井さんの姿。

 それらの全てが、ぴったりとあたしの脳裏に嵌った。
 あたしを生かし、殺すのは、あたし自身の心――。


『さあ、行こーぜえっ!? 杏子ぉお!!』

 カズマの、声が聞こえた。

「う、おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――!!」

 そこにあたしの、声が重なった。
 あたしの右手の傷から溢れる血が、赤石に滴る。
 その瞬間に、凄まじい輝きが、爆発のようにあたりへ溢れた。


866 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 02:05:00 PTTC0w7.0


「あんたはあたしの敵の前で、あたしの前に宴を設け、あたしのこうべに油をそそいでくれる。
 あたしの杯はあふれるんだ――!!」

 総身をカズマの血と脂肪に濡らしながら、あたしは中空に叫んだ。
 カズマの血肉が、辺りに散らばる友の血肉が、虹色の粒子になって風に舞った。

「あんたがあたしと共にいてくれる。
 あんたの鞭、あんたの杖、それがあたしを力づける――!!」

 あたし自身の体が、崩れかけていた魂(ソウルジェム)が、虹色に包まれて砕けてゆく。
 あたしの魔力を増幅していた赤い石までもが、虹色の中に溶け込む。
 血に濡れた女神さまの袖が、宙に広がって虹色の嵐を巻き込んだ。

「たとい『死の陰の谷』を歩むとも、あたしは災いを、恐れない――!!」

 嵐に紛れてゆくあたしは、最後に残った口で、そう叫んだ。


「……そう思うだろ? あんたも」


 『旧約聖書』詩篇23篇。
 それが、あたしの誓い。
 呪いと罪を受けながら、決して恐れず、諦めぬ歩み。


『「希望」を失わなければ、どんなに辛い状況の中でも、「死の陰の谷」を行く時でも、正しい道を進むことができる。
 その手段こそ、「進化」だ。
 今日、杏子が学んだ新しい知識だって、杏子が「希望」さえ持っていれば、杏子の新しい力を「進化」させてくれ、より杏子を神様に近づけてくれたはずだ――』


 夕日の輝きに、父さんの笑顔が見えた。 


    ###θ=7/β=3


 虹色の嵐が収まったその場所に、真紅の衣装を纏った少女が忽然と現れていた。
 突風に乗ってたった今やって来たような。
 それともずっと昔からこの土地にいたような。
 どちらともつかぬ佇まいで、少女はそこに膝をついていた。

 手を組んで瞑目する彼女は、炎のような髪をしていた。
 ポニーテールに結った真っ赤な髪が、実際に途中から炎に変わって宙に燃えている。
 その真紅の衣は、丈の長い修道服だ。
 彼女の右手には、大きな傷があった。
 十字に生々しい傷跡を残して癒着したその貫通創は、聖痕のようにも、墨刑のようにも見えた。
 祈る彼女のその手から、血が一滴、その地に注がれた。


「カズマ、白井さん、劉さん、狛枝、れい……。あたしにあんたたちの『名前を、守らせて』くれ……」


 その少女――、佐倉杏子は、そう呟いて立ち上がる。
 その動作だけで、一帯の空気がゆらめく。
 彼女から溢れ出す魔力が、蜃気楼のように視界を歪めているのだ。
 見る者が見ればそれは、彼女の全身から、真っ赤に燃える炎の水が溢れているように見えただろう。


「神様、お許しください。あたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません……。
 あたしは友の傷のために、敵を殺し、友の打ち傷のために、あたしは仇を殺します……」


 神を愛するがゆえに、呪われた彼女は、その救いを拒絶した。
 彼女はただ創世記の言葉を、自らの怒りで赫く染めるのみ。
 神の救いを捨てて佐倉杏子は、この死の陰の谷で、復讐という古の掟を遂げるためだけに、進化した。

 彼女を呼ぶ友の血の声のために。
 自分自身を殺した、殺意の報いのために。
 そして彼らを殺滅させた、あの黒きヒグマへ復讐するために。
 
 もう、優しさは要らない。
 彼女はその手に真っ赤な槍を取り出し、『円環の袖』で作ったその五体に気焔を巻き上げ、宣言する。


「『カインのための復讐が七倍ならば、我が友のための復讐は、七十七倍』――!!」


 突風のワゴン車で、今この世に着いた。
 あの復讐の。
 あの復讐の、ああ――。

 ――女神を見たか?


【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園 死亡】
【カズマ@スクライド 死亡】
【劉鳳@スクライド 死亡】
【白井黒子@とある科学の超電磁砲 消滅】


867 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 02:06:24 PTTC0w7.0

【F-5 市街地/夕方】


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極のアルター結晶化魔法少女(『円環の袖』)
装備:ソウルジェム化エイジャの赤石(濁り:必要なし)
道具:必要なし
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:カズマ、白井さん、劉さん、狛枝、れい……。あんたたちの血に、あたしは必ずや報いる。
1:神様、自分を殺してしまったあたしは、その殺戮の罪に、身を染めます。
2:たとい『死の陰の谷』を歩むとも、あたしは『災い』を恐れない。
3:あたしの友を殺した報いを、必ず受け差してやる……。
4:これがあたしの進化の形だよ。父さん、カズマ……。
5:ほむら……、あんたに、神のご加護が、あらんことを。
6:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※自らの魂とエイジャの赤石をアルター化して再々構成し、新たなソウルジェムとしました。
※自身とカズマと劉鳳と狛枝凪斗の肉体と『円環の袖』をアルター化して再々構成し、新たな肉体としました。
※骨格:一度アルター粒子まで分解した後、魔法少女衣装や武器を含む全身を再々構成可能。
※魔力:測定不能
※知能:年齢相応
※幻覚:あらゆる感覚器官への妨害を半減できる実力になった。
※筋肉:どんな傷も短時間で再々構成できる。つまり、短時間で魔法少女に変身可能。
※好物:甘いもの。(飲まず食わずでも1年は活動可能だが、切ない)
※睡眠:必要ないが、寂しい。
※SEX:必要なし。復讐に子孫や仲間は巻き込めない。罪業を背負うのはひとりで十分。
※アルター能力:後続の方にお任せします。


    ###θ=7/β=3


イルカイ ネ コロ、アンモンテク カ タ、(しばらくして、腕の上には、)
カムイ イペタム チラナランケ。(神の名刀が降りてきました。)

アンテクサイェカラ、アンクッポケチウレ。(私はそれをさっと掴み取り、帯にさしました。)

アンテクポ コンナ、ウ チャラコサヌ、(そして刀の柄に手をかけて、さっと刀を抜き放つと、)


アノタク シウニン イメル、(刃の片側には青い雷光が、)
アノタク フレ イメル、(刃の片側には赤い雷光が、)
ウ マクナタラ。(煌々と輝いていました。)


(砂澤クラ『ポイヤウンペとルロアイカムイの戦い』より抜粋。拙訳)


868 : ナーシサス次元から来た人 ◆wgC73NFT9I :2015/10/28(水) 02:11:27 PTTC0w7.0
以上で投下終了です。
続きまして、司波深雪、百合城銀子、イソマ、チリヌルヲ提督および第三かんこ連隊、『H』で予約します。


869 : ◆Dme3n.ES16 :2015/10/31(土) 07:52:05 geCWq2c20
投下乙
このチームも壊滅か…やっぱ強いシーナーさん
幻覚は効いてなかったけどれいを連
れて逃げることを優先したカラス。すっかり仲良しです二人共
カズマと杏子はずっと一緒だったからこの別れは切ないなあ

ガンダムさん、ゴーレム提督、瑞鶴で予約


870 : 名無しさん :2015/10/31(土) 12:26:01 CiMopQjk0
投下乙です。
カラス、なんで幻覚見破れたんだと思ったけど、
れいちゃんと同じカーズ様の幻覚だったから、カラスだけは有り得ないと思えたんだな。
仲良いっていうか、ちょっと不穏な雰囲気はあるが…。
杏子ちゃんはカズマたちを力にさらに進化したけど、キムンカムイ教的にはまだ上があるんだよねこれ!?
究極生命体&アルター結晶体&円環の理の一部ってだけで相当ヤバいスペックな気がするけど。
まあシーナーさんも今回縛りプレイでこの実力だったし…。恐るべしヒグマロワ。

加えて、1さん予約乙です。ずいずいは公式改二おめでとう。
培養槽の上で踊ると改二が実装されるっていう夕立提督の予言は本当だったね!やったね瑞鶴提督!
俺もヒグマ読み手長いけど、やっぱり色んな人のSSで進化するさまが読めると、いいよね!


871 : 名無しさん :2015/10/31(土) 17:01:26 H0nVIw7s0
乙です
絶望感が…ここも壊滅かぁ
でも杏子の再起は熱い
その逆境に反逆するのね


872 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:18:26 5d9QgJ3E0
穴持たず543を予約に追加して投下します。


873 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:21:01 5d9QgJ3E0
「……赤い空気だ。進むな、深雪」

 走っていた少女の前へ、差し止めるように腕が突き出された。
 熊の掌をつけた、細い腕だった。

「え!? 赤い……、なんですって?」

 薄暗く荒廃した地下通路に声を響かせたのは、膝につきそうな長い黒髪を揺らす少女。
 司波深雪の体で息を弾ませている彼女は、穴持たず46・シロクマその人だ。
 現在のヒグマ帝国において、シーナーを除けばただひとりの指導者クラスの生き残りになってしまった彼女は、C-4エリア地下のしろくまカフェから一気に道を南へ下っていたところである。

 その彼女を止めたのは、百合城銀子と名乗る、クマとヒトの両方の特徴を備えた少女。
 シロクマに同行して道を駆けていた彼女は今、しきりに鼻をひくつかせながら、暗がりの先を窺っていた。

「……やはりこの先一帯が、赤い空気に塞がれてる。人間が機械から吐き出させてた、毒の空気だ。
 このまま進んでいくと、肺から舐めて溶かされるぞ。がうがう」
「まさか、二酸化窒素ですか……!? じゃあ、クイーンさんの能力……。
 これだけはしたくないと言っていたはずなのに……」

 C-6エリアから東に折れて、D-6の田園地帯に入ろうとしていた直前だった。
 キングヒグマが自身の救助に回って来れたことから、シロクマは現状唯一地下で抵抗戦線を張っていると推測された食糧班に合流しようと、百合城銀子を説得して走っていたのである。
 銀子は硬い表情で、シロクマへ顔を振り向けた。

「引き返そう深雪、きみの言う食糧班は潰滅した可能性が高い。近くに生き物の気配が全くないから」
「そん、な……」

 荒い息を膝に吐きながら、シロクマは声を震わせた。
 動悸が止まらないのは、全力疾走のせいだけではない。


「……あと、何か助けを求められる心当たりがあるのか?
 無いならもう、さっさと地上に上がった方が良いと思うがう」
「あと、可能性があるとするなら、西の診療所……。
 シーナーさんが防衛に当たっているなら、まだそこだけは無事かもしれません……」

 眼をきつく瞑りながら、司波深雪の口は祈るように言葉を絞り出した。
 見下ろす銀子の視線は痛ましかった。


「……本当に、その可能性はあるのか?
 この状況で、彼は防御という後手に回るようなクマなのか?
 敵の攻撃からその拠点が無事である可能性は、きみが信じられる程にあるのか?」
「……わかりません」


 シロクマは壁を叩く。
 規則的に叩いた指の先で、苔はぼんやりと光っているだけで、動かなかった。
 ――キングヒグマの能力は、失われた。
 粘菌通信で、拠点の安否を問うことはできなくなっている。

 そもそも、この通信遮断の事態を把握できる生存者が、シロクマの他にいるのかすら、わからなかった。

 シロクマには、シーナーの行動パターンなど読めない。
 なおのこと、江ノ島盾子とモノクマの行動などわかりようがない。
 江ノ島を利用し裏切ろうとしていたにも関わらず、ふたを開けてみれば、シロクマは完全に彼女の掌の上で踊らされていたに過ぎなかった。
 百合城銀子の質問に答えられる程、彼女は自分の思考を、信じられなかった。


「……引き返しましょう。引き返して、地上に上がり、機を待ちます……」
「よしきた。その言葉を待ってたがう」

 銀子はにわかに下心いっぱいの笑みを浮かべ、親指を立てる。
 そして周りを見回し、問うた。

「で、どこから私と深雪のユリの園には上がれるがう?」
「あ……」

 地上へのルートを聞かれ、シロクマは絶句する。
 下水道は、津波の水で溢れ、通れない。
 入ってしまえば、自分や百合城銀子程度の体では確実に流されるだろう。
 その場合、使えるルートは非常に限定される。


874 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:22:17 5d9QgJ3E0

「総合病院への通路は、西の診療所……。
 研究所中央の大エレベーターは、多分火山の噴火で使えなくなってますし……。
 ……あとは、艦これ勢が島風を地上に出した時の、地底湖の隠し階段くらいしか……」
「潰滅の可能性濃厚な拠点2つに、敵の本拠地……? ……実にクマショックだがう」

 頭に地下の地図を描きながら、二人は渋い声を漏らす。
 最も近いルートは、すぐ西に向かった位置の診療所であることは間違いない。
 だが、シロクマはなるべく現時点で、敵の艦これ勢との接触は避けたかった。

 魔法演算領域を破壊された自分と、百合城銀子程度では、多数のヒグマと戦闘になった場合生き残れる見込みが立たない――。

 そう考えていた時、遠くの通路で、遠雷のような音が鳴る。
 何かの爆発音だった。

 続けざまに重い音が、通路を急速に走り寄ってくる。
 シロクマと銀子は、にわかに全身の毛を逆立てた。

 ざ、ざ、ざ、ざ、ざ、ざ。
 ざ、ざ、ざ、ざ。
 ざざざざざざざざざ――。

「――水音!?」
「まさか、これは――」

 津波。
 下水道管を破ったと思しき大量の水が、暗がりの中で通路を逆巻いてくる。
 穴持たずカーペンターズが補修作業をしていた下水管だ。
 通常なら破れるはずがない。
 艦これ勢の攻撃だとしか考えられなかった。


「と、とにかく、北へ戻りましょう! 少なくとも大エレベーターは、誰にとっても盲点になってるはずです!!」
「ああ、故障してるだけなら、こじ開けてエレベーターシャフトを昇ればいい!」

 西の診療所は、百合城銀子の見立て通り、壊滅したとみて間違いない。
 二人は一斉に踵を返し、追ってくる津波から、再び全力で逃げ出した。


    **********


「……水が来なくなったがう――?」
「この島には地下水脈もあります。溢れた津波がそちらへ流れ始めたんでしょう……」

 研究所跡の中心部まで彼女たちが駆け戻った頃、彼女たちの後方で、浸水していた津波が退き始めていた。
 艦これ勢の反乱で荒らされた瓦礫の通路を真っ直ぐ突っ切り、二人はC-5から火山の直下にほど近い、E-5の大エレベーターの前までやってくる。
 しかし、その場の状態を見て、両者は呆然とした。


「……これは、マグマの熱量……? いえ、巨人が現れたというから、その重量で……?」
「完全にひしゃげてるがう……。開くかな、これ……」


 崩落した天井や大量の瓦礫に狭窄した道なき道の奥で、大きなエレベーターの扉は飴細工のように歪んでいた。
 二人が扉の両サイドから爪を立て、全力で引き開けようとしたが、開かない。

「ちょっと、百合城さん! あなた純然たるクマなんですよね!? 本気出して下さいよ!!」
「なるほど私は確かにクマだが、同時にホモサピエンスでもある。深雪こそ全力を出したまえ」
「やっ、てま、すッ!!」
「わた、しも、だッ!!」

 歯を食いしばって唸っていた二人は、ついに指を滑らせて後ろにつんのめった。
 ただでさえ重い扉が、歪みのせいでがっちりと噛み合い、びくともしない。
 2人の力を持ってしてこれだ。
 いったいどれほどの怪力があれば開くものか――。

 そう考えてシロクマは、自分のある行為を思い出し、唇を噛んだ。


875 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:23:35 5d9QgJ3E0

「……『解体さん』。もし私があの時、お兄様と一緒に、彼をビスマルクに殺させたりしていなければ。
 力に、なってくれていたかも知れないのに……。私たちは、彼の言葉を、聞こうともしなかった……」


 書類上の不備だけで、シロクマとその兄は、ヒグマ帝国で一、二を争うだろう力持ちを殺してしまった。
 それも、ビスマルクという即席の下請けに丸投げしたという、ひどいお役所仕事そのままの体裁でだ。
 今のシロクマには、そのビスマルクの所在すら解らない。

 艦これ勢から鹵獲したとはいえ、彼女も所詮艦娘だ。
 解体ヒグマの処刑報告に虚偽があったとしてもなんら不思議はない。
 彼女は再び、艦これ勢とモノクマに寝返っているのかも知れない。
 疑い始めたらきりがない。

 とにかくシロクマにわかることは、何もわからないということ、ただそれだけだった。
 もう彼女には、この場で味方となってくれる者が、誰も思いつかなかった。

「……深雪。八方塞がりなら、ちょっとどころでなくピンチかも知れないぞ。他に逃げ場って、ないのか?」
「あります……、ありますけど……!! もう私は、そこに、行けないんですよ……!!
 『イソマさんの場所』には……!!」

 焦りの色を帯び始めた百合城銀子の問いに、シロクマは吐き出すように答えた。


「イソマ様……、深雪のお兄様が言ってた、『願望器』の名前だったか?」
「そうです。穴持たず50であるイソマさんは、『聖杯の器』そのものです」


 記憶を紐解く銀子に、大きく頷く。 

「普通の人間や生物、もしくは機械ごときには絶対に侵入も認識もできない場所……。
 こちらの世界とは異なる演算法則が支配する空間を構成して、イソマさんはそこに隠れています。
 行き来する手段を持っているのは、私たちヒグマ帝国の指導者クラスに限られていました。
 だから、行けさえすればそこは安全なんです」

 ――お兄様ならば、その『精霊の眼(エレメンタルサイト)』によって四元数環上に構成されたイソマさんの空間を観測できる。
 ――ツルシインさんも同様にその眼によって、四元数環と実数空間の座標が一致する特異点という吉兆を見て、そこから侵入できました。
 ――シーナーさんの場合は、理由は不明ですがとにかく侵入できます。彼の『治癒の書』は、特に彼の五感を増強するものではないと思うのですが……。
 ――とにかく、彼は『イソマ様が呼べば、いつでもあのお方の元には瞬時に辿り着けます』と言っていました。


 シロクマは自分たちヒグマ帝国の指導者が、いかにして彼らの擁する真の帝王の元に辿り着けるのかを、つらつらと語った。 

「私の場合は、『ニブルヘイム』です。空間を絶対零度にすることで、四元数と実数での座標演算の差異が、私の魔法演算領域でも十分一致させられるほど、なくなります。
 その間に、量子もつれを利用して私の存在を移動させるわけです」
「……どういうことだ?」

 シロクマの言葉にそして、百合城銀子は真顔のまま首をひねる。
 シロクマは額を押さえた。

「……私が冷やすと、イソマさんの空間も止まって、捉えられるようになるということです」
「なるほど。確かに川ごと凍れば、どんなに速く泳ぐ鮭でも捕らえられるだろう。それと同じか?」
「だいぶ違いますけど、もうそれでいいです。……もうどうせ、無理なんですから。
 今の私には、イソマさんのいる空間なんて、見えっこありません……」

 言葉に出して、シロクマの落胆はなお深まる。
 魔法を失い、兄も、ヒグマ帝国の信頼も失った自分には、もう逃げ場がないということを再認識するだけだった。
 だがその前で、百合城銀子だけは、感慨深げに頷いていた。


「……そうか、イソマ様も、クマリア様と同じ、『壁の神様』か」
「……『壁の神様』?」

 顔を上げた司波深雪の瞳に、銀子は不敵な笑みを見せつける。


「要するに『イソマ様の場所』とは、『断絶の境界線』なんだろう? そこなら私は、行きつけだ」


 断絶の境界線という聞きなれない言葉の意味をシロクマが問おうとした時、彼女たちに通路のむこうから声がかかった。


「シロクマ、さん……? 良かった、ここにいらしたんですね……」
「え……!? あ……、あなた、まさか、あの時の……?」
「はい……、穴持たず543です……」


876 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:24:42 5d9QgJ3E0

 暗がりの奥から、ヒグマの顔が、よたよたとした足取りで近づいてくる。
 初めこそビクリと身を竦ませたが、振り向いたシロクマは、そのヒグマの顔を見て、頬を緩ませた。

 見覚えのあるヒグマだった。
 放送室で、彼女の前にキングヒグマを連れて争いを収めた伝令ヒグマ、穴持たず543。
 瓦礫を掻き分けるようにして、彼の頭が、闇の中からシロクマたちの方に近付いてきているのだ。

 ――こんな私でも、助けてくれる味方はまだ、残っていた。

 司波深雪の眼は思わずその様子で、感涙すら零してしまう。

 血の臭いがする。
 怪我をしているらしい。
 ふわふわと足取りが定まらないのはそのせいだろうか。


「……待っててくださいね。今、安全な場所に、ご案内しますから……」
「は、はい! 543さん、そちらに行きま――」
「行くな深雪!!」


 近寄ってくる穴持たず543の姿に駆け寄ろうとしたシロクマはその瞬間、後ろから襟を掴まれた。
 百合城銀子だ。

「……ごりごりごりごりごりごりごりごり」

 彼女は暗がりにいるそのヒグマに向けて、威嚇するように低く唸り、歯ぎしりを繰り返している。
 シロクマは彼女の様子に、呆れと怒りを抱いた。

「何してんですか!? 折角彼が助けに来てくれたのに!!
 私を独り占めできないのが嫌だってわけですか!? いい加減にして下さい!!」
「……深雪にはあいつが『助け』に見えるのか?」

 銀子はシロクマの怒声にも表情を変えず、張り詰めるような警戒を続ける。
 そして続けざまに、彼女は歩み寄ってくるヒグマへ鋭く言葉を投げつけていた。


「……おい、近付くんじゃない! 趣味の悪い殺し方しやがって。今すぐその三文芝居をやめろ!」
「……あっるぇ〜? この演技じゃダメかい? なかなかゴーレム提督みたいにはいかないねぇ〜」


 直後、穴持たず543の頭から発せられていた声は、唐突に声音を変えた。
 暗がりに浮いていた頭が、どさりと床に落ちる。
 穴持たず543は、皮と生首だけになっていた。


【穴持たず543 死亡】


「ひぃ……!?」

 司波深雪の咽喉が引き攣る。
 穴持たず543のいた暗がりからは、別のヒグマが顔をのぞかせてくる。

「お初にお目にかかりますかね、シロクマさんと、あとそこのコスプレの貴様。
 ボクは第三かんこ連隊連隊長、チリヌルヲ提督だよ〜ん。
 あ、覚えなくていいからね! どうせ貴様らはこのオレたちが嬲り殺すんだから!!」

 灰色の髑髏かクラゲのような被り物をした、気味の悪い笑みを浮かべるヒグマだった。

「ヒャハァッ!!」
「くッ――!?」

 直後、側方の空間から、突如何かが風を切って襲い掛かってくる。
 銀子はシロクマを掴んで後方に跳び、その爪の閃きを辛うじて避けた。
 全身を黒塗りにしたヒグマの影が、一瞬床に着地するのが見え、そして瞬く間にそれは再び暗がりに消え去っていく。


「女だ、女だァ……」
「ヒヒ、活きの良いメスの肉だぜ……」
「熱烈歓迎!! 悶絶失禁的絶望顔!!」
「指先から刻んで、シロクマさんの蕩けるような恐怖と血を啜ってあげたい……」
「い、一回やってみたかったんだな、ち、乳首の穴広げて、オデのをツッコムの」


 周囲の暗がりからは、にわかにざわざわと、数十頭ものヒグマの囁きが聞こえてくる。
 シロクマと百合城銀子の意識が、正面のチリヌルヲ提督に注がれている間に、ひっそりと取り囲んでいたものらしい。
 余りに手慣れている敵方の攻め手に、銀子は歯ぎしりを繰り返した。


「残念だったねぇシロクマさん。この彼も必死に他の指導者を探して、あなたのことを守り通そうとしてたのよ。
 貴様らの居場所とか吐いてもらおうと思ったんだけど。
 指を全部折っても喋らなかったし、腸を喰っても肝臓を千切っても、結局死ぬまで何も喋らなかったよ。ほんとエライ」

 チリヌルヲ提督と名乗った灰色のヒグマは、穴持たず543の死体を掲げながらにこやかに笑う。
 恐怖でかちかちと歯を鳴らすシロクマや、怒りの形相で睨みつけてくる百合城銀子の様子を、彼は心底楽しんでいるようだった。


877 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:25:48 5d9QgJ3E0

「でも残念! シバさんは破壊され、ツルシインさんは爆死し、シーナーさんは生き埋め。
 彼が喋ろうが喋るまいが、貴様はもうどこにも逃げる場所なんてなかった! 完全に無駄な努力、ご苦労様ァ!!」

 そして叫びながら、彼は穴持たず543の死体を引き千切った。
 するとその中から、クラッカーのように大量の紙ふぶきと笛の音が吐き出される。
 シロクマと銀子が驚きに目を奪われたその時、チリヌルヲ提督の姿は紙ふぶきに紛れて闇に消えていた。

「しまっ、深雪――!!」

 同時に、それを合図にするようにして、四方の暗がりから一斉にヒグマの気配が二人に向けて襲い掛かった。
 シロクマを突き飛ばした百合城銀子に、ヒグマの爪の閃きが殺到する。
 後ろに転げた司波深雪の目の前で、百合城銀子の姿は、大量の黒い影にのしかかられて見えなくなってしまっていた。


「あ、あ……」

 シロクマは震えながらも、這うようにして瓦礫の中を逃げようとした。
 百合城銀子は、身を挺してでも自分を逃がそうとしたのだ。
 とにかく、この場所から急いで逃げなければならない。と、その一念だけがシロクマの思考にはあった。
 だが彼女の前は、黒い毛皮で塞がれる。
 眼を光らせ、涎を零すヒグマの姿が、顔を上げた彼女の視界を埋めた。


「オ、オデが乳首、もらったんだ、な」
「きゃぁあああぁぁぁ――……!?」


 ヒグマの爪が光るのを見た瞬間。
 シロクマは自分の体が、背中から階段を転落するかのように、下へ下へと落ちてゆくのを感じた。


    **********


「開廷――ッ!!」
「……は?」

 シロクマが気づいた時、そこは見覚えのない空間だった。
 いや、厳密に言えば見覚えはある。
 だが、最後に見た時とそこは、大きく内装が異なっていた。

 薄暗いその空間にはまるで裁判所の議場のように、法壇が設えられている。
 シロクマの見知っているこの場所は、確か左右がヒグマ培養槽のシリンダで埋められていたはずだ。
 そのシリンダがあったはずの右手には、なぜか、百合城銀子の姿がある。
 彼女は状況を理解できぬシロクマに微笑んで見せた。

「『断絶のコート』の『ユリ裁判』へようこそ、深雪」
「ゆ、ユリ裁判……!?」
「彼女の記憶に基づいて、この場所は再構築されたんだ。
 あまり体裁を気にする必要はないよ、シロクマさん」

 混乱するシロクマに、正面の壇上から声がかかる。
 老人とも若人とも男とも女ともヒトともクマともつかぬ声。
 見やればその裁判長席には、穴持たず50・イソマの、輪郭の掴めぬ姿があった。
 既に無き国の王と言っても過言でもないその帝王は、それでもなお堂々としていた。


「来れたんですか、私は……、この四元数環に!? 一体どうして……」
「良かったな深雪、私の『起訴』が間に合って」
「そこの百合城銀子さんの能力と言っていいだろう。
 彼女はこうして何度も、世界を隔てる断絶を越えてきたようだからね」

 百合城銀子の微笑みに合わせ、イソマは議場壁面のロウソクへ一斉に炎を灯す。
 にわかに荘厳な明るさを帯びた裁判の壇上で、裁判長が朗々と声を張り上げた。


「それではこれより、被告人シロクマのユリ裁判を執り行う!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! 全く意味がわかりませんよ!
 そんなことより先に、私はイソマさんに話さなきゃいけないことがいくつもあるんですけど!?」
「ああいいよ、話してくれても。だがこの裁判は、断絶のコートとしてここを訪れた場合、必ず執り行われなければならないものだ。そこは留意してほしい」
「はぁ……、と、とにかく話します……!」

 狼狽で一気に体力を失った感のあるシロクマは、そうしてようやく息を落ち着けた。
 彼女はその時ようやく、自分が被告人席に立たされていることに気付く。
 なんと失敬なことか。と思ったが、そこに拘っている暇はない。


878 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:26:45 5d9QgJ3E0

「イソマさん! 気づいてますか!? ……もう、ヒグマ帝国の指導者は、ほとんど殺し尽されてしまったんです。
 お兄様も、ツルシインさんも、シーナーさんも……。キングさんやクイーンさんまで……」
「大体のことは察せている。だが少なくとも、シーナーはまだ生きているようだ。それだけはわかるよ」
「でも、生き埋めらしいんです……! これではもう、この島は江ノ島盾子と艦これ勢に支配されてしまいます!!」

 シロクマは、司波深雪としての学校生活で磨いた弁舌の腕を揮い、被告人席から滔々と意見を述べた。


「今こそ! 今こそイソマさんの聖杯としての力を使うべきです!!
 イソマさんが願望器として、私のお兄様を復活させて下されば、必ずやお兄様は敵を滅ぼし、この島とヒグマに平和をもたらして下さるはずです。
 お願いします!!」
「……きみの意見はわかった。ならばぼくは、いくつかそれを正させてもらおうか」


 深々と頭を垂れたシロクマに向かい、イソマはゆっくりと指を立てて見せる。

「わかってるだろう? ぼくはまだ、願いを叶えることはできないし、同時にもはや、外界に出ることは叶わない。
 なぜならばそれはぼくが、『聖杯』を宿してしまったヒグマだからだ。ぼくは外界と隔絶されたここでのみ、自分を保つことができる」
「……『聖杯戦争』については、確かに専門外ですが……。そこまで、厳密なものですか」
「ああ、そうだ」


 イソマは、HIGUMAとして作成された際に、サーヴァントを呼び寄せるだけの大きな魔力に接続し、図らずも『聖杯の器』となってしまった、一種のホムンクルスである。
 STUDYがクロスゲートパラダイムシステムによってマスターを呼び寄せた際、彼らのサーヴァントが現界を維持できたのは、ひとえにイソマが聖杯としてこの島に存在していたからに他ならない。

 そして同時に、7騎のサーヴァントの魂を収める器でもあるイソマは、その魂が集まるにつれて生物としての思考能力を失っていってしまう。
 現在イソマの中には、既にランサー、セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカーという5騎ものサーヴァントがくべられている。
 この状態では通常、『聖杯の器』の肉体はもはや物質的な聖杯の形状に落ち込んでしまっているはずだ。
 そのイソマがいまだ活動していられる理由は、四元数環という異なる演算法則の支配する領域へ、自身を絶妙に断絶させているからに他ならない。

 聖杯は、7騎のサーヴァントの魂を元にしてのみ、ようやく願望器として十分な魔力を得る。
 5騎では、まだ願いを叶えるには足りない。
 だがその前に、外界に出て身動きのとれぬ肉体になり果ててしまうことは避けねばならなかった。
 イソマが完全に聖杯と化してしまえば、特定の願いのみを選んで叶えることなどできない。
 それこそ、7騎の魂が揃った時点で早く願ったもの勝ちになってしまうだろう。


「……もしぼくを願望器として使いたいなら。言ったはずだシロクマさん。
 ぼくはきみたちが行なった実験の『果て』に従い、それを断行する者だ。と。
 どのような過程を経ようが構わない。
 だが、きみが『お兄様の復活』をぼくに願うなら、島に生きる全ての者をその意見に賛同させてみせろ。
 『彼の者』だろうと、艦これ勢だろうと、きみだろうと、その条件は平等だ。
 それがぼくへの願いに対する、必要十分条件だ」
「そ、んな……。全員の意見を一致させるなんて……」
「どうしてできないんだい?
 きみのお兄様が、本当にきみの言うような『この島とヒグマに平和をもたら』す素晴らしい者だったとするなら、みな、彼の復活に賛成してくれるんじゃないのかい?」
「……」


 イソマの詰問に、被告人席のシロクマは言葉を失った。
 もしかするとイソマは、司波達也が、津波の地上を爆破し、意味不明な深海棲艦を作り、鹵獲した艦娘をほっぽり、島中にアイドルを広めようとして物資を使い込み、助けに来たキングヒグマやツルシインさえも爆殺したことまで、全て把握しているのかも知れない。
 こうしてあげつらってみると、妹である司波深雪ですら、客観的に見て彼が復活させたいほど素晴らしい人間であったかには大きな疑問が出てくる。

 誰の目にも明らかだ。
 彼女の兄が素晴らしい人物で、島に平和をもたらすかどうかなど、ただの方便に過ぎない。
 シロクマの願いの本当の理由は、ただ彼女が、兄を手に入れたいだけのことだった。


「……どうした? きみの願いには、『スポンサー』がつきそうにないのか?」
「――!?」


879 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:27:23 5d9QgJ3E0

 冷や汗が零れ落ちた。
 この別空間にずっと籠っていたにも関わらず、イソマには彼女とその兄の行動の一部始終を見透かされているような気さえした。
 いや、今のイソマの言葉は、間違いなく、シロクマの行動の全てが把握されていることを、暗に示している。

 イソマは、シロクマがうっかり発現してしまった『江ノ島盾子』という人物名を、『彼の者』と同列に扱った。
 そして今の『スポンサー』という単語は、彼女が一体どういう暗躍をしていたのかを把握していなければ、わざわざ選ぶような言葉ではない。

 そうだ。イソマの手に掛かれば、脳のニューロンの全てを転写・判読して記憶を見ることなど簡単なのだ。
 恐らくたった今、司波深雪の記憶は完全に見られた。
 シロクマが、救いようのない裏切り者であることを、知られてしまった。

 顔を上げても、イソマのぼんやりとした表情は、読めなかった。
 裏切り者であることを知ってなお、どうしてイソマがそこを責めないのかが、わからなかった。

「そ、それでも――、私の信じるお兄様は素晴らしい人です……!!
 今度のお兄様はもっとうまくやってくれるはずです……!!」

 彼女は、震える声で主張を続けるしかなかった。

「安心してくれ深雪。私はそんな願いには絶対に反対するから」
「え――!?」

 だが勇気を振り絞った発言は、弁護側の席にいる百合城銀子に、即座に叩き落とされる。


「だって、お兄様なんてユリのためにはただの邪魔者じゃないか。
 わざわざ一回限りの願いで復活させる意味なんて、私にはないがう。
 さっさとイヨマンテしてあげるのが筋というものだ。がうがう」
「こ、の……」

 飄々と言い放つ銀子に対し、シロクマは司波深雪の拳を握りしめ、強く眦を怒らせた。
 兄の所業への具体的な苦言ならばまだわかる。
 だがしかし、独占欲に満ちた手前勝手な意見で自分の渾身の願いを否定されたことに、シロクマは彼女へ殺意すら抱いた。

 銀子はそのシロクマの表情を見ながらも、不敵な笑みを崩さない。


「……そうだ。深雪がイソマ様を使ってその願いを叶えたいなら、自分以外の全ての生命を殺し尽すしかない」

 シロクマの心中を見透かすかのように、銀子は言った。 

「本当に『クマ』らしい顔をするじゃないか深雪。まるで蜜子のようだがう。
 まず手始めに私だな? 受けて立とうじゃないか。結果は眼に見えてるけどね。がうがう」
「……それか、イソマさんを無理矢理外に連れ出すという手もあります」

 歯噛みしつつ、シロクマは銀子から眼を背ける。
 殺意はあっても、現状で自分が百合城銀子を殺害できる算段はたたない。
 それどころか、この島で司波達也の復活に反対する全ての生命を殺し尽すことなど、今のシロクマにはどだい無理だ。体がいくつあっても足りない。

 シロクマは開き直った。
 どうせ裏切り者なのだ。
 それならばここでもイソマを裏切っても――。
 そう思い、彼女は爛々とした眼差しを壇上のイソマの方へ向けていた。


「現実世界に連れ出せば、あなたも思考能力を失った、ただの聖杯になりますものね……。
 そのままずっと持っていれば、もう私のものです……!」
「……本当にそんなことができると思っているのかいシロクマさん。
 今のぼくでもまだ、きみを一瞬でちくわパンにして銀子さんと食べるくらいの力はあるんだが」
「ああ、ちくわパンはいいぞ。紅羽のスキの味だ。深雪が一緒に食べられないのが残念だがう」


 できる限り凄んでみても、それは二頭のクマに、微笑みと共に脅し返されるだけだ。
 兄を復活させる前に北海道民のソウルフードにされてはたまったものではない。
 シロクマは、今の自分のちっぽけさを、痛感せざるを得なかった。

「まぁでも、そんな苦難の罪グマを承認してくれるのが、この『ユリ裁判』だがう。
 こちらで訴えた方が、イソマ様に直接願うよりまだ現実的だと思うぞ、深雪?」
「……はい?」

 項垂れるシロクマに、銀子は得意げな口調で語った。
 裁判長席からイソマが、怪訝な顔をするシロクマに言葉を投げる。


880 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:28:26 5d9QgJ3E0

「こういう体裁ではなかったけれど、以前にもきみは、その願いを申し立てていたはずだ。
 お兄様を手に入れたい。とね。そのためには彼を一度殺さねばならないことを、ぼくは言っていただろう?」
「……ああ! それならそうです。お兄様をリセットするためでしたから。
 お兄様なら、死の間際にヒグマに転生し、感情を取り戻せると確信していました!!」


 シロクマが反射的に裁判長の言葉に答えてしまった、その瞬間だった。
 辺りを占める空気が、ざわりと張り詰める。
 百合の花の香りがする、緊迫感だった。


「……被告人シロクマは、自分の犯した罪を認めるということだな?」
「……え?」

 裁判長の声音が、低くなった。


「被告は、自分の兄の姿を変えてしまうことを望んだ。それは傲慢の罪だ。」


 被告が犯行に及んだ日時は、一昨日深夜から昨日未明にかけてである。
 被告は目撃者シーナーおよび被害者シバを連れ、自身の兄でもある被害者司波達也を殺害し、被害者司波達也の肉体が被害者シバの肉体に変わるよう仕向けた。
 これは明らかに傲慢の罪に抵触する犯行である。
 一連の犯行の真の目的および詳細は、目撃者シーナーその他あらゆる他者に伝えられたことはない。
 これらの事実は、犯行が被告の私情に基づく計画的なものであることを示しており、到底情状酌量の余地はない。


「え、ちょっと待ってください……。だってそれは、元々イソマさんが示唆なさったことじゃありませんか!
 それに私が傲慢? 私が傲慢だったら、願いを抱く純真な女の子はみんな傲慢ですよ!」
「ククッ、自信あるねぇ、深雪は」


 弁護人百合城銀子が、苦笑を漏らした。
 被告は腹立たしげに彼女を睨む。
 被告はなぜ自分がそんな罪で糾弾されているのか、全く理解できなかったのだ。

「とにかくそんなレッテルどうだって構いません。私はお兄様が欲しいんです!」
「……被告人シロクマ。きみがお兄様を手に入れるための条件は、やはり変わらないんだ」

 身を乗り出して叫んだ被告へ、裁判長は静かに言い渡す。


「きみは、お兄様を殺し、手放さなければならない。
 それが出来た時はじめて、きみはお兄様を手に入れられるだろう」
「……何を言ってるんですかイソマさん? 訳が分かりません!
 もうお兄様は死んでるんですよ!? 復活させてほしい、って言ってるじゃありませんか!!」

 理不尽にしか思えぬ裁判長の言葉に、被告は手すりを叩く。
 見かねた弁護人が、ユリ承認取り消しギリギリの内容で彼女に助言を与えた。

「深雪。きみのスキが本物ならば、きみは今でもきみのお兄様を、殺せるはずなんだ。
 そして殺せていたならば、恐らくきみは今なおきみのお兄様を、手に入れていたはずなんだ」
「……ハァ?」

 だが謎かけのような弁護人の助言に、被告はただ苛立ちを募らせるだけだった。
 裁判長は粛々と、被告に問いかける。


「それでは被告人シロクマに問う。きみはお兄様を殺すのか? それともスキを諦めるのか?」
「おかしいです! こんな二択、成立していません!! 私が裏切り者だからって、いじめて楽しいですか!?
 何がユリ裁判ですか!! こんな意味不明な裁判は無効です!!」


 断絶の壁からの挑戦を、被告は蹴り飛ばした。
 シロクマがそう叫んだ瞬間、議場の壁に灯っていたロウソクが、一斉に吹き消える。
 再び暗く落ちた空間に、イソマはがっくりと肩を落とした様子で、ただ額に前脚をやるのみだった。

 怒りに任せて拙いことをしでかしてしまったのかと、シロクマは辺りを見回す。
 だが沈黙の中で、瞑目したイソマは、失望と困惑の入り混じったような表情で、溜息をつくだけだった。


「……シロクマさん。きみはそのまま、排除されることを望むのか?
 きみはもう、あらゆる仲間を、信じないというのか……?」
「い、いや、何も、そんなこと言ってないじゃありませんか……。
 イソマさんの言う意味が、わからないだけで……」
「思い出すんだシロクマさん。きみは一体、何をしてきたのか……」


 謎めいた言葉だけを残して、イソマは再び沈黙する。
 暫くして、弁護人席から、百合城銀子が声を上げた。


881 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:30:12 5d9QgJ3E0

「……イソマ裁判長。深雪にユリ裁判は早すぎるみたいだ。がうがう。
 弁護人百合城銀子は、裁判長に、被告人の裁判の延期を申し立てる。
 そして代わりに、私の裁判記録を再提示する許可を願うよ。がう」
「……いいだろう。
 それでは被告人シロクマのユリ裁判を延期し、百合城銀子の裁判記録の再提示を許可する」

 その言葉で、議場には再びロウソクの明かりが灯った。
 百合城銀子は弁護人席から降り、司波深雪の立ち尽くす被告人席の元へとやってくる。

「……よく見てろ深雪。ユリ裁判は、こうやるものがう」
「あの……、え、え……?」
「それでは、被告人百合城銀子のユリ裁判を始める」

 イソマの手元には、いつの間にか紐綴じされた裁判記録の書類が出現している。
 百合城銀子は、司波深雪の体を押しやり、真っ直ぐにイソマ裁判長の姿を見上げた。


「クマである私、百合城銀子は、ヒトである椿輝紅羽を愛し、そのスキを諦めない。
 その証として、私はこの世界でもヒトとクマとが最初から友達であったことを証明し、テロスの変革たるユリをもたらすことを誓う」
「きみはせっかく手に入れた椿輝紅羽とのスキのみならず、その願いさえ受けて、こんな辺境の島にまでユリを広めようとしているんだね?
 それは素晴らしいことかもしれないが、余りに大きなお世話。傲慢だ。罪だよ、被告人百合城銀子」


 傲慢の罪――。
 被告人シロクマと同様の罪に問われながらも、被告人百合城銀子の態度は毅然としていた。
 隣で聞く被告人シロクマにとっては、被告人百合城銀子の証言も罪状も意味不明だ。
 被告人百合城銀子はただ、裁判長からの言葉に大きく頷くのみだ。

「私は罪グマだ。その程度のことは百も承知だがう。
 それでも私は、ヒトとクマとが再び透明な嵐へ飛び込み、断絶の壁を越えられることを示す」
「……良いだろう。だが一つ条件がある。
 ヒトとクマとが最初から友達であったことを証明するためには、きみはスキを手放さなければならない。
 きみは椿輝紅羽を手放した上で、あらゆる透明な人間の敵として存在することになる」

 裁判記録の書類をめくりながら、裁判長は満足げな表情で、被告人百合城銀子へとそう問いかけた。
 被告人シロクマには、裁判長のこの言葉も、矛盾しているように聞こえた。

 一体どうすれば、大好きな人間と異なる世界に離れながらその人間を諦めず、人間の敵として戦いながら人間と友達であることを証明できるというのか――?

 だが、被告人百合城銀子の瞳は、揺るがなかった。


「それでは被告人百合城銀子に問う。きみは人間を食べるのか? それともスキを諦めるのか?」
「私のスキは本物だ。あらゆる透明な人間を、私の牙は喰らい尽す!!」


 ジャッジ・ガベルの槌音が、高らかに響く。
 百合城銀子の真っ直ぐな言葉に、裁判長は朗々と応える。

「それでは判決を言い渡す。――『ユリ、承認』!!」

 裁定が下された瞬間、シロクマは自分の体が、一面の百合の香りに包まれたように感じた。


【HIGUMA製造調整所・複製(四元数環)/午後】


【穴持たず50(イソマ)】
状態:仮の肉体
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの起源と道程を見つけるため、『実験』の結果を断行する
0:ヒグマ帝国の者には『実験』を公正に進めてもらう。
1:余程のことがない限り、地上では二重盲検としてヒグマにも人間にも自然に行動してもらう。
2:『実験』環境の整備に貢献してくれたものには、何かしらの褒賞を与える。
3:『例の者』から身を隠す。
4:全ての同胞が納得した『果て』の答えに従う。
5:シロクマさん。気付きたまえ。きみがお兄様を手に入れるためには、何が必要なのかを……。
6:……『彼の者』の名前は、江ノ島盾子というんだな? ありがとう、シロクマさん。
[備考]
※自己を含むあらゆる存在を、同じ数・同じ種類の素材を持った、別の構造物・異性体に組み替えることができます。
※ある構造物を正確に複製することもできますが、その場合も、複製物はラセミ体などでない限り、鏡像異性体などの、厳密には異なるものとなります。
※ヒグマ島の聖杯の器です。7騎のサーヴァントの魂を内包すれば、願望器としての力を発揮できます。
※現在5騎のサーヴァントの魂を内包しています。現実世界に出た場合、もはや自我を保つことはできません。


    **********


882 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:31:56 5d9QgJ3E0

「あゲェ――!?」
「がふるるる……」

 耳元で、ごりん、と、骨の砕ける音がした。
 シロクマが気づいて顔を上げた瞬間、その上には真っ赤な血飛沫が降りかかってくる。
 それはつい先程、彼女の乳首を抉ろうと爪を振りかぶっていた、第三かんこ連隊のヒグマだった。

「はひぃ!?」

 目の前に倒れたそのヒグマの死体に、恐怖と驚愕で司波深雪の体は尻餅をつく。
 その先に、一人の少女が立っているのが見える。

 フリルのドレスに、王冠。
 クマの掌蹠をつけた肢体を血に塗れさせる彼女は、紛れもなく、百合城銀子だった。
 ぷっ、と口から何かを吐き出し、彼女は赤く染まった唇を拭う。


「……所詮この世は、弱肉強食鮭肉サーモン。
 きみらの肉は、産卵後のメス鮭にも劣る透明さだ。がうがう」


 吐き出され、地に落ちたのは、先程のヒグマの首の骨だった。

 辺りを見回し、シロクマは気づく。
 自分のいる場所は、イソマの支配する空間ではなく、瓦礫のエレベーター前だった。
 つい先ほど、艦これ勢の襲撃を受けた場面そのまま。
 それも、ヒグマの爪に裂かれたと彼女が思った瞬間の、その直後だった。
 まるで先程のイソマとのやり取りは、夢か何かだったようにすら感じる。

 だが、その夢の前と今とでは、明らかに異なる事柄がある。

 百合城銀子を襲っていた十数体のヒグマが、赤黒い死体の山となってシロクマの前に転がっていること。
 そして、今にもシロクマを殺そうとしていたヒグマが、たった今、百合城銀子に噛み殺されたということ――。


「なぁ、深雪、わかったか――?」

 百合城銀子は、竦み上がったかのように動かない暗がりへ向けて、悠然と構え直す。
 そして、眼だけを振り向けて、言った。

「これがテロスの変革――、『ユリ承認』だ」


 テロス――。
 ギリシャ哲学における、『完成された道』だ。
 その縛られたルートを咲く、避く、裂く、百合の花の香りが、彼女の体からは匂い立っている。

 一瞬のうちに、ほとんどあり得ないような因果を成し遂げた百合城銀子の速攻に、シロクマも、そして周囲の艦これ勢も、一様に度胆を抜かれていた。


「……言ってくれるじゃないかァ」

 そのさなか、場違いに明るい声で、暗がりの中からポムポムと拍手するヒグマがいた。

「このボクの有する、我らが第三かんこ連隊のメンバーが、ババアサーモンにも劣るってぇ!?」
「『境界線の番グマ』だった、この『ヒトリカブトの銀子』に、有象無象の嵐が勝てるとでも?」

 そしてその声は陣風のように、百合城銀子に向けて飛び掛かる。
 それはチリヌルヲ提督と名乗った、あの灰色のヒグマだった。
 上空から振り下ろされるその爪を、銀子は容易く見切る。
 落下する彼の頭部を、確実なカウンターで銀子の爪が抉るだろうと、シロクマの眼にもそう見えた。

 だがその瞬間、チリヌルヲ提督の体が、空中で突如反り返る。
 そして後方回転しながら、振り抜かれた銀子の爪の上を通りすぎ、彼の体は、奥に尻餅をつくシロクマの元に降り立っていた。

「なっ――!?」
「もらったァ!!」

 天井を脚の爪で捉え、着地点をずらしたのだ――。
 そう察した時には、既にシロクマの上に、チリヌルヲ提督の爪が振り被られていた。
 銀子は全身を投げ出すようにして、チリヌルヲ提督の爪を司波深雪の体から弾こうと飛び掛かった。

 だが、振り被られたチリヌルヲ提督の爪は、シロクマの首に落ちなかった。
 その爪は、何か小型の機械を掴み、飛び掛かる銀子の顔面に向けて直ちにそれを起動させていた。


「サプラァ〜イズ――!!」
「ぐあああぁぁぁ――!?」


 辺りを閃光が包む。
 真っ白な光は、咄嗟に目を瞑ったはずのシロクマの網膜すら焼いた。
 至近距離で、指向性の高い『探照灯』の閃光を受けた百合城銀子は、顔面を押さえて悶絶した。

「ベ、ベア・フラッシュ使い――!? き、きみがこの『透明な嵐』を作った『クマ』、か……!!」
「貴様、その年恰好で退役軍人か何かか……。
 まさか艦娘以外にもそういう輩がいるとは、油断させてもらったよ。
 まさにこれホント、弱肉強食鮭肉サーモン」

 カウンターを狙っていたのは、最初からチリヌルヲ提督の方であった。
 震えるシロクマの視線の先で、悶える銀子の手足を、ぞろぞろと姿を現したヒグマたちが掴み上げてしまう。
 その様子を見ながら、チリヌルヲ提督はぞくぞくと体を震わせた。


883 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:32:30 5d9QgJ3E0

「……でもこう、強気な子をいたぶれるってのは、ホント興奮するねェ!!
 シロクマさんも見ていきなよ? どうせこの後は貴様がこうなるんだからさ!
 魔法も使えない。お兄様もいない。友達もいない。奇特な助っ人も手籠めにされちゃう。
 あぁ〜、可哀想だねぇシロクマさん。心がぴょんぴょんしちゃうねぇ〜」
「そ、そんな……」

 へたり込んだままのシロクマの感情を弄ぶかのように、チリヌルヲ提督は彼女の顎を撫で上げる。
 第三かんこ連隊のヒグマたちに四肢を吊し上げられた百合城銀子の姿がしっかりと見えるように、そのまま髪を掴まれてシロクマは無理矢理顔を上げさせられた。

「に、逃げろ、深雪……」

 全身を締め上げられながら、百合城銀子は苦しげに声を漏らす。

 もしも、あの『ユリ裁判』の場で、彼女だけでなく、自分もあの問いに答えられていたのならば――。
 こんなテロスには、至らなかったのかも知れない。

 ――万物のアルケーはクマである。
 アルケーとは根源。テロスとは完成。
 クマは世界の始まりであり、終わりである。
 テロスを変革するのはユリである――。


『思い出すんだシロクマさん。きみは一体、何をしてきたのか……』
『魔法も使えない。お兄様もいない。友達もいない――』
『……あと、何か助けを求められる心当たりがあるのか?
 ――可能性は、きみが信じられる程にあるのか?』

 完成に至ってしまいそうなその絶望のさなかで、シロクマはある一つの事柄を、思い出していた。


    **********


「――這いつくばりなさいっ!!」
「ぬぁ――!?」

 司波深雪の体が、突如躍動していた。
 チリヌルヲ提督は、完全に虚を突かれた。
 へたり込んでいた地面から跳ね上がるようにして、シロクマは髪を掴むチリヌルヲ提督の背面に回り込む。
 彼の前脚の関節を捻りながら、髪が束で引き千切られるのも構わず、全体重をかけて彼女はチリヌルヲ提督を床に叩き落としていた。

 彼女はそのまま、不意を突かれて初動の遅れた第三かんこ連隊の間をすり抜け、脱兎のごとく、荒れ果てた研究所の先へと走り去ってしまう。
 チリヌルヲ提督を始めとする第三かんこ連隊の面々は、彼女の突然の行動に、総じて呆気に取られた。
 暫くして、身を起こしたチリヌルヲ提督が噴き出す。


「ぶっはっはっはっは! まさか、マジで逃げ出すとは!!
 いや〜、私としたことが完全に奇襲喰らったからヒヤッとしたけど、流石はシロクマ様!!
 いくら勝ち目ないからって薄情すぎだろ〜。可哀想だね貴様、見捨てられちゃったよ、オイ。
 あ〜、飛行場提督、南方提督、一応追ってやれ。クイーンさん見つけられたらちと面倒だし」
「……そう、か、深雪……」

 チリヌルヲ提督は、百合城銀子の頬をリズミカルに叩きながら爆笑する。
 シロクマの姿を見送り、静かに思案していた銀子は、叩かれながら唐突に、舌なめずりをした。

「……デリシャスメル。じゅるり」
「何……?」

 頬を腫らし、四肢を吊られながらも、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

「きみらには嗅げないのか? 深雪から匂い立ったユリの香りを。
 ……彼女はもたらすぞ。すぐにでも、テロスの変革は訪れる!!」


    **********


884 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:35:05 5d9QgJ3E0

「……そうです。ええ、そうですとも。
 私にはもう、魔法も、お兄様も、友達も、誰一人いません……!!」

 シロクマは司波深雪の体で、泣きながら走り続けた。
 走る走る、その足取りは、迷わない。

 裏切りに裏切りを重ねた罪人に、味方してくれる者はほとんどいないだろう。

『……同志、司波深雪よ。私は、あなたとの出会いを歓迎する――!!』
『……シロクマさん。きみはそのまま、排除されることを望むのか?
 きみはもう、あらゆる仲間を、信じないというのか……?』

 だが、百合城銀子の言葉が、イソマの言葉が、彼女に思い出させた。
 兄と別れたあの場面が。
 キングヒグマと諍ったあの場面が。
 穴持たず543を叫びつけてしまったあの場面が。

 ただ一人この場に残る確実な仲間の、同志の存在を、シロクマに思い出させていた。


「私は、確かに罪を犯してきたのかもしれません……。
 でもこれは、これだけは……」

 シロクマが辿り着いたのは、崩壊した放送室だった。
 第七かんこ連隊との大規模な戦闘が勃発しかけたその場所は、機材と瓦礫が散乱し、見る影もなくなっている。
 ただそこで、彼女は必死に瓦礫をひっくり返し、ある仲間の存在を探した。


 ――何を探すの?

「私の為してきた『仕事』だけは――」


 シロクマは自分の胸に、百合の花が咲いたように感じた。
 供花のように咲くその花弁から、輝く蜜が、滴り落ちる。


 ――どこを探すの?

「裏切りの嵐の中でも、私を、裏切らない――!!」


 その蜜を、誰かの舌先が、確かに受け止めたような。
 そんな気がした。

 重い音を立てて崩れた、放送席真隣の瓦礫の奥に、その時シロクマは見つける。
 それは確かに生き残っていた、彼女の同志の、姿だった。

「ふひひひひ……、みつけたよぉシロクマさん……」
「もう逃げられないぜぇ……、ズタボロになる覚悟は良いかぁ?」

 背後から、追ってきたヒグマたちの声が聞こえる。
 だがシロクマはもう、振り向きもしない。


「……STUDY事務長、司波深雪の名において、お願いします。
 ……どうか、私に、力を貸してください……」


 震える両手を広げ、シロクマは『彼女』を、抱え上げる。

 彼女は、司波深雪の同僚だった。
 彼女は、シロクマの同胞だった。
 彼女は、仕事に対する、かけがえのない同志だった。
 彼女はざわざわとした音で、司波深雪の名に、応えた。


 ――了解いたしました、司波事務長。


    **********


「あぁ〜、やっぱり若い女の子はいいっすねぇ〜」
「し、白い肌が、良いよね、そ、それを汚していくのがさ……」
「熱烈歓迎! 万里長城鼻血噴出! 千里馬的絶頂興奮!」
「はいはいみんな落ち着いて〜。どんな拷問するかちゃんと決めようね〜」

 チリヌルヲ提督は、生き残った第三かんこ連隊を纏めて、捕えた百合城銀子をどうやっていたぶるかの意見を求めていた。
 魔法演算領域を破壊されたシロクマには、どうせ追手のヒグマに対する反撃の手段などない。
 そのため、彼らは腰を落ち着けて、とりあえず手に入れた獲物で楽しもうとしていた。

「一寸刻み!」
「車裂き!」
「水責め!」
「踊り食い!」
「石抱き!」
「舟刑!」
「鉛のスプリンクラー!」
「異種姦!」


885 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:36:14 5d9QgJ3E0

 様々な拷問が提示される中、ある一頭のヒグマがレイプの意見を出したところで、連隊がにわかに色めき立った。

「ちょっとテメェ、異種レイプとかヌルすぎるだろ正気かよ!」
「だって貴重な人型女子だろ。殺すよりそっちの方が、オレらもこの子も楽しめるんじゃ?」
「このエロバカ! そんなもんで興奮するとかテメェ本当に加虐勢かよ!」
「えぇえぇ!? オレなんか間違ってるわけ!?」
「嬲り殺してこその加虐勢だろ、お前から死ぬか!?」
「えぇぇ――!?」
「意見を違えるヤツは排除だ! 排除! 排除!!」

 当の百合城銀子を放って、連隊員同士で論戦がヒートアップし始めてしまう。
 チリヌルヲ提督は苦笑を漏らしながら、百合城銀子に平謝りした。

「ごめんねぇ〜、こいつら馬鹿で。なんであれちゃんと貴様をいたぶれる拷問にはするから安心してね!」
「……ああ、確かに安心した。がうがう」

 手足をヒグマに押さえられたまま、腫れ上がった顔で、銀子は笑った。
 覗き込んでくるチリヌルヲ提督に、彼女は笑顔で語り掛ける。

「彼らはやはり『透明』だ。……思い知るといい。『透明な嵐』は『クマ』に、食い破られる」
「……解説が欲しいんだけど?」
「ちょうど解説なら来たぞ。さぁ、さぁ、見ろ。ユリのショーを……!」
「排除! 排除! ハイジョ! ハイ、じょじょじょじょじょじょじょ――……!?」

 銀子が呟いた瞬間、隊員を糾弾していた一頭のヒグマの体が、爆裂した。
 驚愕する第三かんこ連隊の上に、100匹程の甲虫のような生物が降り注ぐ。
 目の前に落下し、そして通路側からも何匹となく高速で向かってくるその8本足の有毛甲虫の姿に、チリヌルヲ提督は眼を見開いた。

 それは音に聞く、海上封鎖の要。
 STUDYが念入りに調教した、この実験の要衝を担うヒグマにしてシステム。

「――『ミズクマ』さんだってェ!?」
「ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」

 ラグビーボールのようなその黒いヒグマは、一斉に鳴き声を上げて、第三かんこ連隊の面々に襲い掛かった。
 一瞬にして大混乱に陥ったエレベーター前の空間に、一人の少女が叫びながら走り込んでくる。


「STUDY事務長、司波深雪の名において、穴持たず39ミズクマに仕事を依頼します!!
 『女性を食い物にしようとしている悪辣なオスは、みんな食い殺しちゃってください』!!」
「どっ、どこでこいつを見つけたんだよ、シロクマさん――!?」

 飛び掛かるミズクマの群れを弾きながら、チリヌルヲ提督はシロクマに叫ぶ。
 その瞬間、彼の横っ面は百合城銀子の拳に殴り飛ばされていた。


「……キマテッ・カムイ・ホシピ(びっくり。神のお帰りである)」


 自分を掴んでいた四頭のヒグマとチリヌルヲ提督を瞬く間に張り倒して、銀子は地に降り立つ。
 体を一旦、小さなクマの姿にして拘束を抜け、直ちにヒトの姿に戻る勢いで攻撃する、百合城銀子がシロクマを初めて救い出した際の技である。

「よし逃げよう、深雪」
「あなた、自力で逃げられたんじゃありませんか!?」
「私は逃げられても、あのままじゃ深雪を連れては行けなかった。
 良かったよ。きみが私以外にも、信じられる仲間を見つけられて」

 探照灯にやられた視力も回復し、銀子は既に、逃げ出すタイミングを見計らっていただけに過ぎなかった。
 ミズクマとの乱戦に陥った第三かんこ連隊の面々を尻目に、銀子とシロクマは、脇目も振らずそこから走り去った。


    **********


「……この子がミズクマさんか。なかなか可愛いじゃないか。紅羽やるるが見たら喜ぶかもしれない」
「えっ……。この子を好きな人への贈り物にするのは、やめた方が良いと思いますが……」

 北の方へ地下を走りながら、銀子は司波深雪の肩に乗る3体のミズクマの娘を撫でた。
 銀子は微笑んでいるが、それらを肩に載せているシロクマは頬を引き攣らせている。
 いくら広い意味での仕事仲間だったとはいえ、枯れ枝のような脚で体を這い回られるのは、正直言って気持ち悪くてしょうがないのだ。


886 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:39:11 5d9QgJ3E0

「何にせよ、これでテロスは変革された。この子のおかげで、地上に出る方策も見える」
「え……、どうやってですか?」

 放送室でキングヒグマは、非常用のミズクマを数匹、管理し続けていた。
 それを思い出し、手に入れたのはいいが、シロクマはその先の身の振り方が見えず、再び気を落としかけていたところだった。

「考えてみろ、深雪。私たちは行く先々で戦いに道を断絶された。
 そしてついに、敵は私たち自身にまで戦いをもたらしにきた。
 ……だが、そこまで戦線が広がったならば、その本拠地は、一体どうなっている?」
「あ……」


 放送室を襲撃し、キングヒグマに懐柔されたらしい部隊。
 しろくまカフェを占拠しに現れていた部隊。
 田園地帯のクイーンヒグマと戦闘になったであろう部隊。
 診療所のシーナーないし医療班を水責めにした部隊。
 そしてたった今2人を襲った、第三かんこ連隊。

 シロクマが把握する限りだけでも、これだけのヒグマの大部隊が戦闘に出ている。
 この状態ならば、地底湖の艦娘工廠は、相当手薄になっているとみて間違いなかった。

「……奇襲で隙をついて、地上への階段を上がるだけなら、できるかも知れませんね」
「……そうだ。そしてちょうど私たちには、『攪乱』をこの上なく得意とする仲間が、就いてくれた」

 百合城銀子はミズクマの一体を抱えて、その黒い毛皮に頬ずりまでしてみせた。
 ミズクマもちぃちぃと鳴いて脚を蠢かせる。もしかすると喜んでいるのかも知れない。

 シロクマは走る速度を落として、百合城銀子にぽつりと問うた。
 どうして彼女がこれほどまで自分に助力してくれるのか、わからなかった。

「今のあなたは、『あらゆる人間の敵』なんでしょう……? なんでこんなにも私を、助けてくれるんですか?」
「深雪は『クマ』だろ。何を言っているんだがう?」
「私は人間ですよ!! さっきだって、あなたは、あのヒグマたちを食い殺していましたし……。
 私にはあなたのことが、さっぱりわかりません……」

 百合城銀子の存在にしろ、ユリ裁判にしろ、シロクマにはわけのわからないことばかりだった。
 彼女の疑問に、銀子は微笑む。


「……訂正するが、私は『あらゆる透明な人間の敵』だ。
 深雪には、あの『透明な嵐』が、『クマ』に見えたのか?
 あの連中に、『クマ』なんかほとんどいなかったし、『ヒト』もいなかった。
 そしてきみが何と言おうと、きみは間違いなく『クマ』だ」
「……あなたの言う『透明』と『クマ』と『ヒト』が、普通の意味とは違ってることだけはわかりますけど」
「そして私はきみに、紅羽ととても良く似たデリシャスメルを嗅いだ。とても良い、匂いだ。
 『ユリ』をもたらすために、私は同志の『クマ』であるきみと行動を共にしようと思ったのだ。
 私が助力する理由としては、それで十分じゃないか? がうがう」


 百合城銀子の言い分は、やはりよくわからなかった。
 それでも彼女が、深い愛と優しさで動いているのだろうことだけはわかる。
 それは裏切りを繰り返してきたシロクマには、とても暖かく感じられた。

「……そのクレハさんというのが、あなたの好きな、『ヒト』なんですか?」
「そうだ。紅羽こそが私のスキであり、私こそが紅羽のスキだ。
 そして私たち二人のスキは、ともにユリ裁判で承認された」
「それなのに、なんであなたは、彼女から離れたんですか……!?」

 百合城銀子本人以外に、もう一つシロクマの理解できないことが、そのユリ裁判の条件だ。
 好きなものを手に入れるために、好きなものから離させるというその裁判のシステムは、まるっきりシロクマには理解できない。
 だがその疑問にも、銀子は微笑むだけだ。


「離れていない。私と紅羽は、今もずっと、これからもずっと、共にある。
 私が紅羽を手放し、スキを手放したからこそ、私は紅羽と共にあり、スキと共にある」
「スキを手放すことと、スキを諦めることは、同じことでは、ないんですか?」
「ああ、違う。がう」

 謎かけのような百合城銀子の言葉が、シロクマの思考の中でも、少しずつほぐれてゆく。
 それでもまだ、その内容の大部分は理解しがたい。

「……あの裁判は、私と深雪自身の『断絶の壁』の境界線にて行われたものだ。
 ユリ裁判の正当性を担うのはいつだって、その被告人、きみのスキに他ならない。がうがう」

 沈思黙考し始めてしまったシロクマへ、銀子は柔らかに語り続ける。


「……イソマ様は、ヒトとクマとを公平に応援してくれる者だった。
 だから深雪、イソマ様はきみが裏切り者でも、罪グマでも、お許しになったんだ」


887 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:40:55 5d9QgJ3E0

 シロクマは、ユリ裁判の無理難題が、裏切り者への罰として課せられているものなのかとすら、思っていた。
 だが、それは違った。
 シロクマは、許されていたのだ。

 その許しが承認される機会を、シロクマは、みすみす蹴り飛ばしてしまった。
 唇を噛む。
 これからイソマに、どう顔向けすればいいのか、シロクマには解らなかった。


「私は一体、どうすればその罪を、越えられるんでしょうか……」
「……スキを忘れなければいつだって一人じゃない。
 スキを諦めなければ何かを失っても透明にはならない。
 そのスキこそが、私たちに断絶を越えさせる、道しるべだ」


 進む先には、廃墟の暗闇とは違う、発電によって賄われる工廠の明かりが、漏れ始めていた。


【E-4の地下 地底湖への境界線/午後】


【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:ヒグマ化、魔法演算領域破壊、疲労(大)、全身打撲
装備:ミズクマの娘×3体
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:兄を復活させる
0:諦めない。
1:とにかく江ノ島盾子の支配区域からは早く離脱する
2:江ノ島盾子には屈しない。
3:私はヒグマたちに対して、どう接すれば良かったのでしょうか……。
4:残念ですが、私はまだ、あなたが思うほど一人ぼっちではないようです。有り難いことに……。
5:私はイソマさんに、何と答えれば、良かったのでしょうか……。
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営していました
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司波深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品でしたが、剥がれ落ちました。
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司波達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です
※シロクマの手によって、しろくまカフェを襲撃していた約50体の艦これ勢が殺害されました。
※モノクマは本当に魔法演算領域を破壊する技術を有していました。


【百合城銀子@ユリ熊嵐】
状態:殴られた顔が腫れている
装備:自分の身体
道具:自分の身体
[思考・状況]
基本思考:女の子を食べる
0:早いとこ地上に逃避行しようぜぃ
1:まずは司波深雪を助け、食べる
2:ピンチの女の子を助け、食べる
3:数々の女の子と信頼関係を築き、食べる
4:ゆくゆくはユリの園を築き、女の子を食べる
5:『私はあらゆる透明な人間の敵として存在する』
[備考]
※シバに異世界から召還されていた人物です。
※ベアマックスはベイマックスの偽物のようなロボットでシバさんが趣味で造っていました
※ベアマックスはオーバーボディでした。
※性格・設定などはコミック版メインにアニメ版が混ざった程度のようですが、クロスゲート・パラダイム・システムに召還されたキャラクターであるため、大きく原作世界からぶれる・ぶれている可能性があります。


    **********


888 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:42:00 5d9QgJ3E0

 ミズクマの脅威は、増えつつあった。
 体内に卵を注入されたヒグマたちから、次々と娘が孵り、第三かんこ連隊を蹂躙しようとしてゆく。
 百合城銀子に張り倒されたチリヌルヲ提督は、殺到する黒いラグビーボール状のヒグマへ、両前脚を振り抜いていた。

「水瓶の星弾――!!」

 瞬間、大量のマグネシウム粉が、濁流のように振り撒かれ、真っ白な爆炎を上げて周囲を焼いた。
 100を超すミズクマが、その一撃で焼け落ちる。
 暗いエレベーター前が昼間になったかのような明度差と温度差に、彼以外のあらゆる生物の動きが、一瞬停止した。
 その隙に体勢を立て直したチリヌルヲ提督が取り出したのは、『照明弾』の砲だった。

 そして彼は、方々に群がるミズクマの娘たちへ、あえて襲われている連隊員に直撃するようにして照明弾を狙い撃っていた。

「ぎゃぁあああぁぁぁ――!?」
「あひぃぃぃいいぃぃ――!?」
「はい、ミズクマさんに刺されたノロマは手を上げろォ!!
 全員焼き殺してあげるからねぇ〜!! はい猟犬〜、猟犬の星弾〜!!」

 直撃した照明弾は、ヒグマの全身にマグネシウムを撒き散らし、その身を炎に包み込んだ。
 悶えるヒグマは、間もなく全身を焼き焦がして絶命する。
 照明弾を焼夷弾として用いるえげつない攻撃だが、相手の体内で増殖し頭数を増やしてくるミズクマを内側で蒸し焼きにして根絶するには、この上なく有効な掃討作戦だった。

 あちこちに真っ白な炎が上がる瓦礫の山の中で、チリヌルヲ提督が点呼を取った時には、始め46名が残っていたはずの第三かんこ連隊は、既に15名ほどにまで減少していた。


「いやぁ〜、情けないねぇ。何が情けないって、この失態の原因が、貴様らが拷問の方法すら決められず時間を無駄にしたことにあるってとこだよ」

 辛くもミズクマの襲撃から生き残った面々を集めて、チリヌルヲ提督は溜息をつく。
 その原因となったヒグマの方へチリヌルヲ提督が眼をやると、彼はびくりと身を竦ませた。

「……なぁレ級提督。貴様のレは、レイプのレだったのか?
 貴様はあのレ級ちゃんを沈めることではなく、くんずほぐれつの妄想で興奮する輩だったのか?」
「だ、だって第三かんこ連隊は、深海棲艦好きが集まってるって聞いただけだし……。
 まさかこんなガチリョナばっかだとは思ってなかったし……。たまには和姦だっていいじゃん……」

 詰問されたレ級提督は、後ろめたそうにもじもじと呟くだけだ。
 その彼を、チリヌルヲ提督は壁に押しやり、前脚で彼の横の壁を思いきり叩いた。
 ドン。
 という腹に響く音と共に、ねめ上げるチリヌルヲ提督の低い声が彼を脅す。

「……おいおいわかってるのか? オレらのモットーは、『相手をいたぶって楽しむこと』だろう?
 深海棲艦相手にほのぼの楽しんでたら、心理的優位性を失った瞬間に、こうして私たちは敗北するんだよ。
 今すぐボクが虐げてやろうか? マグネシウムで少しずつ内臓を焼いて、悶絶絶頂の極みで殺してあげるよ?」
「ひ、ひぃ、いや、やめて下さいっス! ただ口のはずみっていうか、オレは間違いなく加虐勢なんで!」


 その恐ろしげな脅迫に、レ級提督は、自分の発言を翻し、チリヌルヲ提督にへつらった。
 しかしチリヌルヲ提督はその瞬間、つまらなそうに肩を落とす。

「……なるほど『透明』だ」
「……え?」
「確かにあの子の言う通り、貴様らは『透明』だったな。このボク以外全員」

 彼はレ級提督から踵を返し、目を瞑ってとぼとぼと歩き出してしまう。


「ど、どうしたんですかチリヌルヲ提督……?」
「不高興的? 慰安必要?」
「……おい、聞こえるぞ。敵の足音が。この鉄火と、弱者の臭いに寄ってきたんだろう。
 ……あとは自己責任だ。貴様ら各自、日ごろの深海棲艦愛を、存分に発揮しろ」

 未だ照明弾が燃え盛っている中で、耳を澄ますチリヌルヲ提督は、何者かが高速でこちらへ迫ってきている足音を聞き取っていた。
 それは明確に、自分たち第三かんこ連隊を狙っている音だ。
 何者かはわからない。
 それでも緊張を取り戻した連隊員たちは、ばらばらとエレベーター前の空間に散開する。
 そして彼らは一様に、通路の奥を見つめて、固唾を飲んだ。

 だがいつまでたっても、その地面を走ってくる者は、見えなかった。 

「――上だッ!」


889 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:44:47 5d9QgJ3E0

 チリヌルヲ提督が叫んだ瞬間、最も通路に近い位置にいた二頭のヒグマが、首を刎ね飛ばされた。
 白い照明の中に、赤い髪と、黒い体が翻る。
 天井を走り、瓦礫に降り立ったそれは、人間の少女の姿をしていた。

「なっ――」
「ただの人間に、リ級提督とヌ級提督が!?」

 狼狽する第三かんこ連隊の面子に向けて、その少女は、ぱかりと口を開いた。

「ただの人間がクマの首落とせるわけねぇだろ、バカ!!」

 チリヌルヲ提督は反射的に危険を察知して、その口の向きから逃げるように跳ね飛んでいた。
 直後、エレベーター前の空間を舐めるように、ピンク色の太い光線が吐き出される。
 避けられなかったヒグマたちが、ほとんど一瞬にして消し飛ばされた。

 さらに陣風のように赤髪の少女は走り、辺りに散った連隊のヒグマたちを次々と惨殺していく。

「ひぎぃ――」
「ぎゃぁ――」
「救命――」
「ほっぽちゃ――」
「こうわ――」

 断末魔さえ途切れるほどの速さで喉笛を噛み千切られ、彼らは絶命する。
 最後に少女は、通路側にステップして身構えるチリヌルヲ提督の方へ走り寄っていた。


「……貴様、何を感知してきた? 匂いか? 明りか……?」

 物言わず、大口を開けて飛び掛かってくるその少女の顔面に、チリヌルヲ提督は、沈み込みながら大量のマグネシウムを叩きつけていた。
 だが、発火する顔面をものともせず、彼女はその両手の爪をチリヌルヲ提督に向けて振り降ろす。
 その時同時に、地面に転がっていたチリヌルヲ提督の脚が、彼女の胸を蹴り上げていた。


「鳳凰流星弾――」


 同時に蹴り出された照明弾が、炸裂しながら彼女の体を天井にまで叩き付ける。
 それでも油断なく後方へ距離を取り、チリヌルヲ提督は地に落ちる少女を見下ろした。
 彼女はなお停止することなく、地面から身を起こし始める。

「何だ……? 何で察知している? 耳か? 耳を責められたい系女子か……?」

 顔面を炎に焼かれながらもチリヌルヲ提督を見失わず突撃してくる少女に、彼は正面から相対した。


「蠍の星弾!!」


 そして、首筋に飛び掛かってくる彼女の両耳を、彼は勢いよく両前脚で挟み叩いていた。
 叩き込まれたマグネシウムが、彼女の耳を内側から爆裂させる。
 衝撃でのけぞりながらも少女の爪は、振り抜いた先でチリヌルヲ提督の額を真一文字に切り裂いていた。
 あと数センチ斬り込まれていたならば頭蓋骨から脳を切断されていたと、明確にそう思わせる攻撃だった。

 そして、少女は止まらなかった。
 眼も、鼻も、耳も機能停止したと思われるにも関わらず、なおも迫る少女へ向け、チリヌルヲ提督は大きく後方へ跳び退りながら、大量のマグネシウムをばら撒いた。

「くォ――、水瓶の星弾!!」

 真っ白な劫火が、少女の目の前を埋めた。
 炎に彼女が飲み込まれたのを見ても、チリヌルヲ提督はそれで安心などしなかった。
 彼はそのまま脇目も振らず、一目散に通路を走り去っていく。

 そして直後、彼の予測通り、少女は全くダメージを意に介した様子も無く、炎を纏って通路に出てきていた。


「いまだ現と見紛う野辺に……、降れ、疑団の牡牛……!!」


890 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:45:58 5d9QgJ3E0

 しかし通路には、既に落下傘によって滞空させられた幾つもの照明弾が、ふわふわと設置させられていた。
 熱源のモザイクで通路は埋まり、その先の温度は、もはやわからなくなってしまっている。
 視覚、嗅覚、味覚、聴覚を奪われ、体表の炎で触覚を封じられ、サーモグラフィーや電波までを欺瞞するフレアチャフに行く手を塞がれた彼女は、それでようやく、対象の追撃を諦めた。

 これ以上の追撃はリターンが釣り合わないと判断した彼女は、おとなしくエレベーター前に転がった45体程度のヒグマの肉片に舌鼓をうち始める。


「けぷ」


 お腹いっぱい彼女が食べたころには、燃えていた照明弾の炎も消え、彼女の焼けた皮膚や組織も、きれいさっぱり新陳代謝されている。
 燃え尽きた灰色が、瓦礫に相応しく降る中、『H』は、体に着いた煤や灰をぷるぷると身を振って落とす。
 そうして彼女は、今一度くしくしと髪を梳かして身づくろいし、瓦礫の研究所を軽快に走り出した。

 お仕事は裏切らない。
 島中を攪乱し、最大多数に最大損害を与えるのが、彼女のお仕事である。


【E-5の地下 エレベーター跡前ホール/午後】


【『H』(相田マナ)@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル】
状態:半機械化、洗脳
装備:ボディースーツ、オートヒグマータの技術
道具:なし
[思考・状況]
基本行動方針:江ノ島盾子の命令に従う
0:江ノ島盾子受肉までの時間を稼ぐ。
1:弱っている者から優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:自分の身が危うくなる場合は直ちに逃走し、最大多数に最大損害を与える。
[備考]
※相田マナの死体が江ノ島盾子に蘇生・改造されてしまいました。
※恐らく、最低でも通常のプリキュア程度から、死亡寸前のヒグマ状態だったあの程度までの身体機能を有していると思われます。
※緩衝作用に優れた金属骨格を持っています。
※体内のHIGUMA細胞と、基幹となっている電子回路を同時に完全に破壊しない限り、相互に体内で損傷の修復が行なわれ続けます。
※マイスイートハートのようなビーム吐き、プリキュアハートシュートのような骨の矢、ハートダイナマイトのような爆発性の投網、といった武装を有しているようです。


    **********


「なんだ、なんなんだあの子は……。
 一瞬にして、このボク以外の隊員をみんな、殺し尽すなんて……。
 レ級提督、ヌ級提督……、港湾提督や北方提督さえ、手も足も出ずに……!!」

 チリヌルヲ提督は、逃げた先の瓦礫に身を隠していた。
 彼が、考え得る敵の感覚機能を全て封じていなかったならば、チリヌルヲ提督自身も、あの時殺害されていただろうことは間違いない。
 暗闇の中で、彼は縮こまるように震えながら顔を覆う。

「うう……、うううううぅ……」

 脳裏に蘇るのは、共に過ごしてきた同胞たちの、苦悶に歪む顔。
 凄絶な断末魔。
 鼻を突く血腥さと、光に映える鮮血の照り。
 思い出される光景に、チリヌルヲ提督の感情は、爆発した。


「……うっはっはっはっはァ――!! いーっはっはっは、うはははははは、ははァッ!!」


 その爆発は、悶絶するほどの大爆笑だった。
 彼は暫く、その場で腹を捩らせながら笑い転げる。

「うっひゃっひゃ、ケッサク!! 傑作だよぉ!!
 『まさか自分たちが』って声が聞こえてくる死に顔ばっか! マジでバカばっか!!
 この連隊に入っただけで強気になってたのウケるわぁ〜!!」

 咳き込み、むせかえるほどの喜びが、彼の脳裏には満ち溢れていた。
 深海棲艦にしろ、人間にしろ、同胞にしろ、恐怖に怯え死にゆくその表情と有様は、チリヌルヲ提督の加虐心に快感をもたらすものに他ならなかった。

 そして同時に、同胞を殺戮したあの少女に対しても、チリヌルヲ提督は全く恐怖心を抱かなかった。
 自分ならば対応できる、という絶対の自信と狂った心理が、彼の最大の武器だった。


「……本当の加虐勢なら、このオレに対しても、心理的優位性を保ってみせるはずだもんね〜。
 本当に和姦が『スキ』なら、諦めずに堂々と宣言して、連隊全員を説得するくらいしてみろと。
 このボクに同調して従ってしまった以上、所詮は、捕食されるべき透明な餌だった、というわけだ。ふふっ」


891 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:46:39 5d9QgJ3E0

 ようやく思い出し笑いに一区切りをつけて、チリヌルヲ提督は身を起こす。

 彼が思い返すのは、自分たちに襲われながらも瞳を燃やし続けていた司波深雪と百合城銀子。
 そして、物言わぬ無表情のままに、連隊を壊滅させ、自分の額を切り裂いた『H』の姿である。
 その正体や目的の如何など、チリヌルヲ提督にとってはどうでもいい。
 彼女たちの一挙手一投足を思い返し、次の戦闘の光景を想像しながら、彼はただ自らの股間をこする。


「……うっ! ……ふぅ」


 彼が武者震いのように身を震わせると同時に、彼の責め具である真っ白な炎のような液体が勢いよく股間から溢れ出てくる。


「あぁ……想像しただけでイッちゃうよ……。
 早くあの子たち全員を滅茶苦茶にして、苦しみもがく表情を見たいなァ……」


 第三かんこ連隊は壊滅してしまったが、もはや彼はそれを痛手には感じなかった。

 彼女たちの、責めるべき弱点は、見抜けた。
 肉球の上に溢れた、加虐心の塊のような白濁液を舐めながら、彼は顔を上気させて微笑んでいた。

 彼の耳には、ほど近いところでざわつく、知り合いのヒグマたちの声が聞こえていた。


【D-5の地下 研究所跡/午後】


【チリヌルヲ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第三かんこ連隊』連隊長(加虐勢)、額に切り傷
装備:空母ヲ級の帽子、探照灯、照明弾多数
道具:隠密技術、えげつなさ、心理的優位性の保持
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国を乗っ取る傍ら、密かに可愛い娘たちをいたぶる
0:ロッチナの下で隠れて可愛い子を嬲り、表に出ても嬲る。
1:艦娘や深海棲艦をいたぶって楽しむことの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間も嬲り殺す。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
4:シロクマさん、熊コスの子、ボディースーツの子、みんないたぶってあげるからねぇ〜。
5:くくく、クイーンさんと卯月提督……、次はあなたたちに、加虐の礎になってもらおうか……?
※艦娘や深海棲艦を痛めつけて嬲り殺したいとしか思っていません。
※『第三かんこ連隊』の残り人員はチリヌルヲ提督のみです。


892 : 王道楽土 ◆wgC73NFT9I :2015/11/05(木) 23:47:27 5d9QgJ3E0
以上で投下終了です。
続きまして、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、ラマッタクペで予約します。


893 : ◆Dme3n.ES16 :2015/11/09(月) 07:49:08 Dtfqr6Uo0
投下乙
チリヌルヲ提督格好いいな。提督級ヒグマはみんなキャラ濃くて好きかも
ちくわパン旨いよね。銀子はアニメ後半のバーサーカーモードになったけど力及ばず…
そして現れた救世主。ミズクマさんの伏線が回収されたー!本当MVPやでこの娘

予約延長します


894 : ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:05:45 68mX5UDM0
感想ありがとうございます。
キリがいいのと、少しクッションを置く意味で、予約の前半部分を投下します。
後半は一応予約を延長させていただきます。


895 : TOWN-0 ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:06:52 68mX5UDM0
・フェルナンデス=Fernandes(ポルトガル語)、Fernandez(スペイン語)
 『フェルナンドの子』を意味する姓。


    **********


 息を潜めていた。
 彼はただ、H-3の枯れた森から逃れ、息を潜めていた。
 抉れ、血が滴る左脚に、徐々に痛みが戻ってくる。
 その痛みは彼に、あの『赤色』から逃れられたという安心感を、確かに抱かせるものだった。

『……もうそろそろ、大丈夫だろう、フェルナンデス』
「……デデンネ」

 G-4エリアとG-5エリアの境付近。その廃墟にほど近い街の一角には、寂れた食堂があった。
 彼がデデンネと共に身を潜めているのは、そのすぐ傍だ。
 正確には、食堂すぐ傍の、別の廃墟である。

 食堂の中には、きれいに頸動脈だけを食い千切られて絶命している黒人女性がいた。
 津波で一度は床上浸水していたようだが、彼女の死体は建物の中で流されずに残っていた。
 ヒグマードから逃げながらも、彼は穴持たずとしての性か、その死臭に惹き寄せられていたものらしい。

 だがここで、彼は油断もしなければ、食欲に身を任せもしなかった。
 彼はその女性の死体の傍から『バックトラック』を行なった。

 自分の足跡を正確に踏んで戻り、体臭と足跡による追跡を幻惑するヒグマの手法だ。

 そしてある程度の位置で、彼は思いっきり身を翻し、デデンネを残していた廃墟に転がり込んだ。
 もしも先程の『赤色』――、血の神(ケモカムイ)ヒグマードか何かが追跡してきたとしても、まず最初に間違いなく、相手は足跡と体臭、そして明らかな死体の残る食堂の方へと進むだろう。
 そうすれば、様子を窺う彼とデデンネは、追跡者の存在に先に気付くことができ、背後から襲い掛かるなりひっそりと逃げ出すなり、自由に対処を取ることができる。
 こうして彼らは1時間近くも油断なく辺りを窺っていたが、その間、何かが近づくような気配は全くなかった。

 それでようやく、両者は緊張を緩めたのだった。


『ほら、食堂にクルミがあった。これならフェルナンデスでも食べられるんじゃないのか?』


 彼――、穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ、ないしデデンネと仲良くなったヒグマなどと呼ばれているそのヒグマは、その小さな同行者に木の実を差し出した。
 隣の食堂を物色していた際に彼が見つけた食糧だ。

 北海道のクルミはオニグルミという品種であり、一般のクルミとは違い、外皮が裂けずに丸い実のまま落ちてくる。
 そのため中の核を食べるには、籠に入れたり土に埋めたりして、銀杏のように皮を腐らせて剥く必要がある。
 リスと人間とヒグマとシカとが熾烈な争奪戦を繰り広げる秋の味覚であり、籠に放置されていた腐りかけのクルミの実を見つけた彼は非常に上機嫌でもあった。
 『ものひろい』を特性とするデデンネの『なかま』となった彼だ。以前よりそういった代物を発見することにつけては目ざとくなっているような気がする。

 そんなこんなで、いそいそと彼はデデンネに向けてクルミを差し出したのだが。

「……デデンネ」

 デデンネは、怪訝な顔でその臭いを嗅いだ後、こんなもの食えんね、とでも言うようにプイとそっぽを向いてしまった。

『えぇ!? どうしてだ? クルミだぞクルミ。見たことないのか?』

 デデンネ達ポケモンにとっては馴染みのない実であることもそうだが、外皮が真っ黒に腐ってしなびているという見た目が、まずいけない。
 恐らく北海道でオニグルミの実物を見た者以外は、一見してそれが食べられるものだとは思わないだろう。
 彼は牙でクルミの殻を割り、器用に中の核を掌に取り出して見せたが、第一印象が悪かったせいか、デデンネは自分のオボンのみを抱えたまま見向きもしなかった。


896 : TOWN-0 ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:07:30 68mX5UDM0

『ああ、ネシコのみ(胡桃)ですか。いいですね、僕ももらっていいですか?』
『な、誰だ!?』
「デネ!?」


 その時、何者かが突然廃墟の扉を開けて中に入ってきていた。
 朗らかに唸るそのヒグマは、彼やデデンネが気づく間もなく、はっきりとこの廃墟を目指してやってきたものらしい。
 一体なぜ、バックトラックにかからなかったのか――?

 彼のその疑問は、やってきた相手の顔を見て氷解した。


『……お前、ラマッタクペじゃないか……。くそ、一体何の用だ……!!』

 彼はデデンネを守るように立ち上がりながら、そのヒグマを問い詰める。
 先程も水浸しの街で出会ったその糸目のヒグマは、キムンカムイ教現教祖のラマッタクペだ。
 魂の存在位置を知覚できるらしいので、バックトラックのような幻惑に騙されなかったのも合点がいく。
 直接被害は受けなかったとはいえ、ラマッタクペには騙し討ちのような仕打ちを喰らってしまったため、彼の心証は良くない。
 それを察してかせずにか、ラマッタクペは彼の問いには答えず、手羽元のように齧っていた何かをにこやかに差し出していた。


『あ、ネシコ(胡桃)の代わりにこれ食べます? はいどうぞ』
『……なんだこれは』


 それは、食べかけの人間の片脚だった。
 少女の脚の肉は、断面もつやつやと引き締まっていて、新鮮かつ実に美味しそうな雰囲気だ。

『佐倉杏子さんという参加者の脚です。授業料として頂いたんですが、食べきれなかったので半分あげます』
『いや、要らんぞ! お前、殺した参加者の肉を食うとか……。こいつの前なんだ、ちょっとは気を使ってくれ!』

 だが生唾を堪えて、彼はラマッタクペに叫んだ。
 デデンネと友達になって以来、彼は劉鳳や駆紋戒斗や黒人調理師のおばさんなど食べやすそうな人間を見ても、ぐっとその欲求を堪えてきたのだ。
 それもこれもデデンネの心証を気遣ってのことであり、この程度のことで彼の決心は折れなかった。

『いえいえ、彼女は自己再生できるようでしたので。
 ちゃんと正当な報酬として頂いたお肉ですから、どうぞ気兼ねなく召し上がって下さい』
『え……? そう、なのか……? 正当な肉……?』
『ほら、そこのポンイメルカムイ(小さな雷神)さんも、別に気にはしていないようですし』

 だが、ラマッタクペは依然にこやかに、その肉を勧めてくる。
 後ろを振り向けば、デデンネはオボンのみを抱えたまま、じっとりと眼を瞑って黙っている。
 お前の事情など知らんから喰うなら勝手に喰え、といった趣だ。

『む、う……。じゃあそういうことなら頂こうか』
『はいはい。このネシコも立派ですねぇ。おつまみには最適ですよ』


 思い返してみれば、デデンネと友達になる前だったとはいえ、彼はデデンネの目の前で源静香の死体をぺろりと平らげてしまっている。
 その上、食人よりも遥かに恐ろしい事態には、彼らはもう既に何回も遭遇してしまっているのだ。
 元来『おくびょう』なデデンネとはいえ、今更人間の一人二人、目の前で喰われたところで、もはやどうとも思わない。
 デデンネはあまり深いことは考えないし、彼女は常に自分が良ければそれでよかった。
 ヒグマ同士の言い合いになど、生き残るためには下手に口を出さず黙っておくのが一番だ、とデデンネは思っている。

 ラマッタクペが籠からクルミを選んでいる間、彼は受け取った少女のふとももに齧りついた。
 正直言って、腹自体は恐ろしく減っていたのだ。
 度重なる激しい戦闘で体力は消耗しきっているし、彼にとっては実に半日ぶりの食事と言える。
 穴持たずでなくとも空腹を覚えるだろう時間だ。
 そのすきっ腹に、成長期の少女のジューシーな血肉と、まろやかな皮下脂肪の味がふんわりと広がる。

『……旨いじゃないか!』
『でしょう? 佐倉さんのハヨクペは引き締まっているのに柔らかく、とても美味しいです』

 瞬く間にがつがつと、彼は佐倉杏子の脚を骨まで喰らっていく。


897 : TOWN-0 ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:08:11 68mX5UDM0

 酷い状態だったが、味で分かる。
 この佐倉杏子という少女は、とても勇敢で優しい人間だ。

 体毛は、赤い。
 年齢は14、5歳程度。
 身長は150cm台半ば。
 髪は、この鍛えられた活動性のために、短いか後ろで結んでいるだろう。
 膝関節の傾きが、彼女の声質を耳に響かせる。八重歯があるかも知れない。
 彼女の毅然とした立ち居振る舞いまで、匂い立ってきそうな味わいだ。


 飢えたヒグマのために快く自分の肉体まで提供してくれるとは、一体どのような聖女なのか。
 佐倉杏子という参加者に出会った際には、ちゃんとお礼を述べよう、と彼は思った。


『……良い顔になりましたね。ほんの2時間前とは別のカムイのようです』


 クルミを物色し終わったラマッタクペは、肉に齧りつく彼の姿を、微笑ましく見つめていた。
 その唸り声に、指先まで佐倉杏子の脚を食べつくした彼は眼を上げる。

『……そう言えば、はぐらかされるところだった。お前の来訪の目的を聞いてないぞ』
『アハハ、「血の神(ケモカムイ)」の気を見事に惹いて下さり助かりました。
 今回はそのお礼みたいなものです。
 おかげさまで、この子たちのハヨクペ(冑)を食べられることなく回収できました』
『は……?』

 ラマッタクペは、おぶっていた何かを背中から下ろした。


 それは、またしても少女の死体だった。


 赤いワンピース姿のその少女は、首から上がほとんど破壊されている。
 頭蓋が砕かれ脳がぶち撒けられているひどい損壊状態で、亜麻色の髪がいくらか残っている以外は、顔など全く分からなくなっている。
 またラマッタクペが殺したのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
 彼女は大口径の銃弾で額を撃ち抜かれた後、さらに何者かに踏み潰されたようだ。
 ヒグマではない。その頭を踏み砕いた脚は、どちらかというと大柄な人間程度の大きさだと推測された。
 人間同士の殺し合いに巻き込まれたのだろうか。

『あ、ご紹介が遅れましたね。彼女は円亜久里さん、もしくはキュアエースというレ(名)の子です』

 頭が砕かれ、死斑が浮き、既に死後硬直も激しいその少女を、ラマッタクペは平然と生きた人間のように彼へ紹介した。
 理解を逸したラマッタクペの行為に、彼は苦笑すら出てこない。

『いやいやいや、全くもって意味が解らんぞ』
『ええ、彼女のラマト(魂)はやはり僕らと同様に怒っているのです』

 ラマッタクペは、彼の言葉を聞かない。
 真顔で後ずさりを始める彼に、糸目で微笑んだまま滔々と語り掛けるだけだ。


『この子の知り合いのオマッピカムイメノコ(愛の女神)が、島の外からこの子を助けにやってきたようなのですがね。
 そのカムイメノコが、第四勢力の機械の手に落ちてしまったんです。
 それで僕もこの子も、ラマト(魂)を弄ぶその行為に怒りを抑えられないのです』
『いや、だから……、それがどうしたんだと……!』

 少女の死体を即身仏のように抱えながら、ラマッタクペは彼が後ずさるだけ前に詰めてくる。
 不憫な。とは思わなくもないが、話を聞いてもそれ以外に彼には感想など浮かびようがない。
 喉を引き攣らせた彼の問いに、ラマッタクペは笑みを深めて、言った。


898 : TOWN-0 ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:08:52 68mX5UDM0

『この子たちのハヨクペも、あなたに差し上げます。どうするかはあなたにお任せします』
『は……? この少女も、俺が食べろと……?』
『話を聞いていましたか? 僕はあなたに、この子たちを「差し上げます」。
 どうするかはあなたに、「お任せします」』


 ラマッタクペは、今や彼の鼻先にまで近づいていた。
 ラマッタクペはねっとりと、念に念を押すようにして、彼の耳に唸りを投げかける。

 明らかに先程のような、食人を勧めている仕草ではない。
 その上、意図不明の彼女の身の上話まで語られている。
 ヒグマン子爵からは、ラマッタクペたちは『自分たち以外の全ての勢力を均等に弱体化させようと謀っている』と聞いているのみだ。
 だがこの行為は、弱体化に役立つとは到底思えないし、かといって何の目的もわからない。
 そもそも別に彼は自分が何らかの勢力に属しているつもりは毛頭ない。
 むしろ彼は、実験参加者を殺すべきだとされたヒグマたちからは外れた、アウトローだ。

 ――もしや、懐柔のつもりか……?

 先程彼とデデンネに接触した2人組の女性も、勧誘目的だった。
 ラマッタクペも同様の可能性はある。
 しかし考えても、結局確証はつかめない。
 状況はちんぷんかんぷんだった。


『……とにかく、この子は参加者だが殺されて? 助けに来た友達も何者かに手籠めにされて?
 この子は死んでいながらにして、そのことについて怒っている、というのか?』
『ちゃんと聞いてらっしゃるじゃありませんか。
 ではこの子たちのハヨクペは「大いなる保護者」様であるあなたにお任せしますね。それでは』

 呆然とする彼の前脚に、ラマッタクペは少女の死体を押し付けた。
 そして彼は微笑だけを残して、すぐさま廃墟を出て行こうとする。


『お、おい! ちょっと待て!!』
『すみませんが待てません。こう見えても僕は色々と忙しいんですよ。
 今夜真実の街角で、機会があればまたお会いしましょう』


 追いすがった彼の前で、廃墟を出たラマッタクペは風もないのにふわふわと宙に浮きあがっていく。
 こうして空から一気に飛び降りられていたのならば、扉を開けられるまで彼の足音も臭いもしなかったことにも合点がいく。
 ラマッタクペを引き留めるように、彼は空へ声を絞った。

『俺に一体どうしろと言うんだ!? こんな女の子の死体を押し付けて!!』
『あなたが憧れているものを思い出せば、自然と答えは出ると思いますよ?』
『ふざけるなよ!? 俺にはフェルナンデスがいれば良いんだ! こんな死体すぐ捨てちまうぞ!?』

 苛立ち紛れに怒鳴りつけたその言葉に、宙を歩いて立ち去ろうとしていたラマッタクペが止まる。
 だがそれは、彼の苛立ちの趣旨を受けてのものではなかった。


『「フェルナンデス」。……あなた、そのレ(名)が何語に属しているものか、理解していますか?』
『……い、いや? 「学習装置」に植え付けられた言語知識に過ぎないのだとは思うが、それは今関係ないだろう!』
『いいえ、その話ならば、僕は少し待ちましょう』


 ラマッタクペは、彼がデデンネを呼ぶ『フェルナンデス』という名に反応して止まっていた。

『そのレ(名)は、あなたが独自に思いついたものだということですよね?』
『あ、ああ……。そうだ。そうだが、さっきから言ってるように、それがどうしたというんだ!!』
『名前を思いつくというのは、あなたがその対象に抱いている感情・思念の反射です。
 その対象が自分であれば、メルセレラのように自分の名を思いつくということになるでしょう』

 自分の名。
 それは、彼に欠けているものだった。

 穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ。
 デデンネと仲良くなったヒグマ。

 彼は、そんな曖昧な表現でのみ語られるヒグマだ。
 彼は外在的に規定され切らず、もちろん内在的に自己を定義できてもいない。


899 : TOWN-0 ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:09:34 68mX5UDM0

『「ヤイェシル・トゥライヌプ(自分自身を見失う者)」だなんて呼ばれたくないでしょう?
 あなたのレ(名)も……、きっと……』

 ラマッタクペは、たじろいだ彼の心を見透かすように、上空からその瞳を覗き込んだ。
 そして彼は、満足げに微笑む。 


『……やはり、思った通りですね。
 あなたはもう本当は、「カヌプ・イレ(己の名を知ること)」も、「プニ・イレ(己の名を上げること)」も、できているんじゃありませんか?』
『どういうことだ、おい……。俺にも、ちゃんとした名前があると言いたいのか!?』
『……なんとなく、僕にはわかりましたよ。あなたのレ(名)がね』
『お、おい――、俺は一体何者だ!? どうすればいい!? どうなればいいと言うんだ!?』


 ラマッタクペは、彼の叫びに答えず、独り言のように呟きながら、高い空を歩いてゆく。


『……もしかすると「レサク(名無し)」――まったくゼロからの獣だったあなたが、5段階目の「ピルマ・イレ(己の名を告げること)」に至ることも、あるのかも知れません。
 ――いや、むしろそれこそが、我々キムンカムイの悲願……』
『おい! 何かわかるなら教えてくれ!! 頼む――』


 そして彼の渾身の叫びに、一度だけ、魂を呼ぶ者は振り向き、笑う。


『アハハ、「オトゥワシ・イレ(己の名を信じること)」の成果は、いつだってあなた次第ですよ?』


 そんな言葉だけを残して、賢者はまた廃墟の上空から飛び降り、遠くの建物の裏に落ちて見えなくなっていた。


【G-4 廃墟/午後】


【ラマッタクペ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『ラマッタクペ・ヌプル(魂を呼ぶ者の霊力)』
道具:クルミの実×10
基本思考:??????????
0:メルちゃんはせいぜいヌプルを高めてください!
1:佐倉さんは名を守りそうですねぇ。頑張ってください!
2:キムンカムイ(ヒグマ)を崇めさせる
3:各4勢力の潰し合いを煽る
4:お亡くなりになった方々もお元気で!
5:ヒグマンさんもどうぞご自由に自分を信じて行動なさってください!
6:『私が参加してたの皆覚えてるかな…』? 大丈夫ですよ、僕以外にも、覚えている方はいます。
7:フェルナンデス……。たしかそれは……、スペイン語ですね?
[備考]
※生物の魂を認識し、干渉する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、魂の認識可能範囲は島全体に及んでいます。
※当初は研究所で、死者計上の補助をする予定でしたが、それが反乱で反故になったことに関してなんとも思っていません


    **********


 立ち去ってしまったラマッタクペを見送り、彼はしばらく、昼下がりの空を見上げながら呆然としていた。
 その前脚の中に、彼はふと、かすかな震えを感じる。

『なんだ……?』

 既に死んでいる少女だ。動くはずがないのに――。
 そう思って、円亜久里の死体に目を落とした彼は、驚いた。


 その少女は、赤子を抱いていた。


900 : TOWN-0 ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:10:21 68mX5UDM0

「きゅ……、ぴ……」


 もはや泣き声を上げることもままならないような様子で、桃色の髪をした人間の赤ん坊が、その死体には抱かれていた。
 死後硬直した少女の白い腕と赤い服の中に潜り込むようにして、その赤子は手足を縮こまらせ、震えている。
 青ざめているその体は、恐らく衰弱と低体温のせいだ。


 ――まさかこの少女は、死してなお津波の中でもずっと、この赤子を守っていたというのか!?


 彼は、突如思い浮かんでしまった突拍子もない考えに打ち震える。
 だが円亜久里のハヨクペ(冑)が辿ったこの半日の経過は、奇しくも彼の考え通りだった。

 ラブアイズパレットとラブキッスルージュという彼女の装備は、その殺害者であるニホンザル「ベン」が回収していた。
 だが妖精であり、彼女の変身に不可欠なそれらの装備を発現させるパートナーでもある赤子――アイちゃんはその時、母でもあり片身でもある円亜久里という少女の死を、ただただ身を竦めて草叢から見つめることしかできなかったのだ。

 逆にそのおかげで、彼女はベンに気付かれず生き延びた。
 ベンが立ち去った後、母の遺体に泣きながらすがりついた彼女を、まるで抱きかかえるかのように円亜久里の死体は死後硬直した。
 その硬直した肉体は、津波の襲来から彼女を守り、鬱蒼たる森の木々に引っかかることで島外に流れ去ることを防いだ。
 ヒグマン子爵たちに気を取られ、戦闘を求めて東の森を通り過ぎたヒグマードを躱す位置で、円亜久里はひっそりと、ラマッタクペに発見されるまでアイちゃんを守り通していたことになる。


『ラマッタクペは、このことに気付いてなかったのか……? いや、わからないはずがない!
 いくらか細いとはいえ静かになればこの赤子の息遣いは聞こえるし、あいつの能力もある……。
 あいつは、この赤ん坊のことを知っていながら、俺にこの子たちを任せた……!?』


 よくよく思い返せば、ラマッタクペは『この子たちのハヨクペも、あなたに差し上げます』と発言している。『この子』が複数形だ。
 明らかに意識的なものだ。

 ヒグマン子爵を動かし、佐倉杏子を『教授』し、気を取られたヒグマードの眼を盗んで円亜久里を回収し、そして彼に手渡すなどと、たどってみるとラマッタクペの立ち回りは非常に忙しなかった。
 その意図は中々に読みづらいが、何らかの遠い目的があってのものだとは、彼にも想像される。
 だが、その肝心の目的が、彼には何一つわからなかった。


「デデンネ……!?」

 その時、彼の毛皮を掴む声があった。

『あ、ああ、フェルナンデスか。どうした?』
「デネデッデンネ!? デネデネデーデデンネンネデンネ!?」

 デデンネが、珍しく彼の瞳を真っ直ぐに見上げて、何かを訴えていた。
 彼の口の中が渋くなる。
 彼は以前から、こうしたデデンネの言葉を都合の良いように解釈して、意志疎通を台無しにしていた実績がある。
 現に今も、正直言って、彼女が何を言っているのか彼にはさっぱりわからない。
 自信も実績もないが、デデンネの語気や態度からその意思を推し量るしかないのだ。


『ど、どうした? ラマッタクペがいなくなって安心したか?』
「デネェ!」
『そ、それじゃ、クルミを食べる気になったか?』
「デネェエ!!」
『ああそうか、お前も肉食に目覚めたか? 食べたいのか?』
「デネェッネデッデンデネェネネェェ!?」


901 : TOWN-0 ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:10:50 68mX5UDM0

 あまりに的外れな言葉を繰り返す彼に、デデンネはたまりかねて飛び掛かっていた。
 彼の体を駆け上がり、面食らう彼のその鼻に、思いっきり噛みつく。
 臆病なものほど、いざという時に爆発した際の気勢には、凄まじいものがあった。

『い、痛ったぁ!? え!? え、ど、どうしたんだ、お前!?』
「デデンネ……。デネ、デネ……」

 予期せぬ痛みに思わず跳び上がった彼だが、デデンネはそれを意にも介さず、彼の前脚に抱えられる少女の上で、必死に吐息を吐いていた。

「きゅ……、ぴ……」

 それは、冷たい海水に濡れて凍える赤ん坊を、温めるための行為だった。

『そう、か……。お前はこの赤子を、助けたいのか?』
「デネッデンデデ、デネッデデッネ!!」
『痛い痛い! わかったから、わかったから傷を蹴るな!』

 ようやく真意を得た彼の顔面を、デデンネはその小さな足でげしげしと蹴りつける。
 ステロイドパッチールにしこたま殴られた腫れも引かぬ顔には、そんな蹴りでも大分響いた。
 がらりと雰囲気の変わった彼女の様子に、彼は眼を白黒とさせながらも従う。


 それほど頭の良くないデデンネは、それでも半日彼と同行してわかったのだ。
 彼は、彼女のやること為すことに逆らえない。
 彼は確かに、一歩間違えれば非常に危険なヒグマであることには間違いないが、その行動原理が全て彼女に尽くすためだけにあることは、先の対ヒグマード戦でデデンネにも理解できた。
 ならばむしろ、彼に尽くされるまま有難迷惑なことをされ続けるより、強引に先導して尻に敷き、言うことを聞かせた方が平常時は遥かにマシなのだ。
 『なかよくなる』だけで足りないなら、いっそ支配するつもりで立ち向かうべき。
 よりにもよって彼は、会話の理解にかけては始終この鈍さである。
 加えてこんな状況だ。いかに臆病な彼女と言えどさすがにしびれが切れる。

 この赤子を助けようとするデデンネの行動は、彼女の群れを成すための本能なのかも知れないし、憐憫なのかも知れないし、何かしらの打算なのかも知れない。
 それはデデンネ自身にもよくわからない。
 だが、彼女はこの子を助けたかったし、この子を助けられるのは、ここにいるヒグマの彼だけだった。
 だからデデンネは彼を、足蹴にした。


『わかった! わかった! え、こっち!? こっちの食堂?
 ああ、ここなら確かに寝かせられるところとかあるか……』
「デデッデデンネェネェー!!」
『わかったってぇ!! 行くから、行くから許してくれフェルナンデス!!』

 耳を引っ張り、顔面を蹴り、デデンネは彼を操縦する。
 それはまるで、鈍い父親に憤懣をぶつけて従わせる、反抗期の娘のようだった。


【――『PHASE-5』に続く】


902 : TOWN-0 ◆wgC73NFT9I :2015/11/11(水) 16:11:14 68mX5UDM0
以上で投下終了です。
後半は予約延長します。


903 : ◆Dme3n.ES16 :2015/11/16(月) 00:18:34 j0CsCWRw0
すみません、多忙で休日が取れなかったためまだ出来ていません。来週には上げれると思います。

>>902
投下乙です
登場話で適当にベンに殺されたキュアエースがここへ来て重要な役割を果たすことになるとは
この海のリハクの目にもryそりゃ変身してるってことはアイちゃんがそばにいるという
ことなんだが。デデンネもヒグマの方肩の上で震えてただけだったのに成長したな…
二人はいつの間にか親子のような関係になっていたんだなー、ダメ親父と反抗期の娘とはいえ
なんか感慨深いものがある


904 : ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:00:07 r0dwbxKI0
感想ありがとうございます。
私も彼女が亡くなった当時はこんなことになるとは思ってませんでした、ええ。
というわけで後半部分を投下いたします。

Dmeさんの作品も楽しみにしております。


905 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:02:40 r0dwbxKI0
 転がり込むように、彼は隣の寂れた食堂に入った。
 津波のせいで店の片側に寄ってしまった一群のテーブルの上に、円亜久里の体を横たえる。

「デデッ!」
『えっと……、温めれば良いんだよな、温めれば……』

 赤ん坊の包まれた少女のワンピースを、彼はまずどうにか外そうとする。
 大きすぎる爪先が自分でも危なっかしい。
 それに、少女の服を剥いで胸をはだけさせるなど、オスである自分がやっていいことだろうか――。

『いや、いや、俺はヒグマだぞ……。ヘンな知識に踊らされるな……。
 そもそもこの子だって死体だし……』
「デネ、デネ!」
『わかった、早くするから……』

 ラマッタクペに身の上話を語られたせいか、どうもこの死体の少女を意識させられてしまって仕方ない。
 焦ったせいで、ワンピースのホックがいくつか弾けてしまった。
 申し訳なさも措いて、彼はとにかくデデンネにジェスチュアされるまま、その胸の赤子を毛皮の中に抱きかかえた。
 濡れた肌を毛皮で拭い、デデンネと共にその肌をこすって復温を期する。

 赤子は、女の子だった。
 ハート型のように両サイドでまとめられた髪には、可愛らしい花形の飾りが留まっている。
 彼女が、愛されて育ってきたことの証拠だろう。
 だが黄色いロンパースによだれかけをしたその体には、何故か背中から真っ白な羽が生えていた。


『人間……、ではないのか? まさかあの二人組のような人型のHIGUMA……?
 この少女は、明かな人間だというのに……。それでもこの異種族の赤子の、母となっていたのか……?』


 視線を振り向けた先で、硬直しきった円亜久里の死体は語らない。
 だがその、10歳かそこらにしか見えぬ少女がこの赤子の母親だったのだろうことは、状況から見て間違いない。

『アグリ母さん……、か……』

 思い浮かんだそのフレーズを、彼はふと、口に出してみたくなった。
 その語感が、なんとも舌先に、心地よく感じるのだ。

 デデンネはその中、彼の胸の毛皮を静電気で起毛させ、帯熱させることで赤子の乾燥と復温を促し続けていた。
 彼女の表情には、険しさがある。
 だがその険しさや必死さは、初めて彼や隻眼、ヒグマードに向かった時などとは異なっているように見える。

 見たことのない表情のはずだ。
 デデンネのそんな顔を、彼は見たことがない。
 だがそれにも関わらず、彼は不思議とどこかで、そんな表情を見た記憶がある。
 あれはどこだったか。

 実験が始まる前。
 そう、その表情は、あの時窓の向こう側で見た表情だ。

 愛されて育っていく赤子。
 それを守ろうと立ちはだかった肉親の形相。
 彼が喰らい、血肉とした者たちの顔だ。

 怨みではない。
 怒りでもない。
 それなのに険しい。
 ただ愛しさのために浮かべられる、戦いの表情だ。


『……姉……か。そうかフェルナンデス。お前は、お姉ちゃんになっているんだな……』


 彼は赤子とデデンネの様子を見やりながら、ぽつりとそう呟く。
 体格にしてみれば、デデンネとこの赤子とは大差もない。
 だがデデンネの表情ははっきりと、彼女が年長者としてこの赤子を守ろうとしていることを示していた。

 この赤子を助けようとしているデデンネの心理は、幾通りにも推測できる。
 守られるだけだという自身の立場を払拭したいがためのものなのかも知れない。
 彼がもし襲い掛かって来た時に、先に食わせる人身御供を確保しておくためのものなのかも知れない。

 幾通りにも推測できる。
 それでも彼は、確信する。


『……お前は、「家族」を、増やそうとしてくれてるのか……!?
 俺のために、お前のために、そして、この子自身のために……』


 彼は今度こそ拾った。
 デデンネの心情を拾った。そう信じられた。

 今までさんざん、彼はデデンネの言葉と心を捏造してきた。
 しかし、彼の中の父が、母が、赤子が言っている。
 彼が血肉とした家族が、彼の内側でデデンネと響き合っているのを感じる。
 「私は家族を守るんだ」と、彼女たちが叫んでいた。


「ふえ……、え……、えぇぇ、えぇぇぇ……ん」
『おお、鳴いた……。赤ん坊が鳴いた、な』


906 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:03:20 r0dwbxKI0

 赤子の血色が、戻ってきていた。
 声を上げ始めたその子を見て、彼は口をぽっかりと開けて感心していた。
 そんな馬鹿面で他人事のように呟いている彼の頬を、デデンネが腕に唸りをつけて引っ叩く。

「ネデェ!! デンデンネデネンネデ!? ネンデデデネンネッデデンネ!!」
『あ……、えっと、えっと、あ、お、俺は何をすればいいんだ?』
「デデネン、ッネネッデデネデ!? ネデネ、ネデネ!!」


 デデンネは何かを求めていた。
 それはわかる。
 だが一体、それが何を求めての訴えなのか、彼にはわからない。

『えっと……、なんだ、この子のためのものなんだよな!?』
「ネデネ! ネデデネッデデ!?」

 想像するしかない。
 デデンネの表層の言葉ではなく、この場で、一体何が次に必要とされているのかを理解し、拾い上げなければいけない。

『何だ……、赤ん坊の欲しがるもの……』

 泣く赤子。
 亡くなった母親。
 津波の襲来時から放置されていた時間。
 ――空腹。

『……ミルク?』
「ネデッ! ネデネ、ネデネ!」
『合ってるか!? 合ってるのか!? ミ、ミルク……』

 彼のひらめきは、デデンネの強い頷きに何度も肯定された。
 だが彼は再びそこで逡巡する。

『ミ、ミルクっつったって、俺はオスだし……、ああ、ど、どうすれば……』

 食堂の中を見回しても、そんなものは見つからない。
 湿った床。
 散乱した椅子やテーブル。
 その中に横たわる、死体。

 彼の視線が留まったのは、先程彼自身が横たえた、円亜久里の遺体であった。
 頭部は完全に破壊されているが、死後硬直しているものの胴体の損傷は少ない。
 彼が先程はだけさせた胸元に、発育途中だった幼い乳房が覗いている。

 幼いとはいえ、彼女はこの赤子の母親役だった少女だ。

 その小さな乳首を見つめ、彼はごくりと生唾を飲み込んだ。


『い、一か八か、やってみるしか……、頼むぞ……』


 それしか方法が思いつかなかった彼は、片腕に赤子を抱いたまま、恐る恐るそこへ手を伸ばした。
 つんとした乳頭に、爪が触れた。
 彼は躊躇した。
 恐ろしいまでの背徳感が、彼の脳裏に渦巻く。
 だが意を決して、彼はその10歳の少女の乳首を、揉んだ。

 ミルクは、出なかった。

 ヒグマの握力で潰れた乳首からは、どろりとした血がわずかに漏れただけだった。


『だよなぁぁぁぁ!! 当たり前だよなぁぁぁぁ!!
 俺が変態のバカみたいじゃないか、くっそぉぉぉぉ!!』
「デネ!? デネ、デネ、ネデンネッデッデ、デネ!!」

 地に転げたくなるほどの後悔と恥ずかしさに、彼は身もだえした。
 やる前からわかっていたことではある。
 それでも彼は、死体の幼女からミルクを出すという頭の悪い選択肢にすがりついてしまった。

 ――これでは、これでは、フェルナンデスの言葉を捏造するのと変わらんじゃないか!!

 血のついてしまった爪を舐め、呆れたデデンネから何度も蹴りつけられながら、彼は嗚咽を漏らす。

 無力だ。
 家族の言葉も、その望みも拾うことができず、誰でもない名無しのまま、暴走することしかできない自分の無力さが、嫌だった。
 牙を噛み締めると、涙さえ滲んでくる。
 どうすればいいのか。
 その答えが、見えない。
 彼は絞られるような胸の痛みに、眼を閉じ、蹲ろうとした。


    **********


907 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:13:45 r0dwbxKI0

“若い父親ってのは、誰でも同じだねぇ”


 その時だった。
 彼の耳に、突然、朗らかな笑い声が響いていた。
 視界の端に、浅黒い中年女性の腕が、映り込んだ。


“ほら、ミルクなら上の棚だ。お湯は左奥の給湯器を捻りな”
『なっ――』


 それは、間違いなく人間の腕――。
 この食堂で彼が来る以前から死亡していた、黒人調理師のおばさんが、指をさしている。
 その腕は、確かにその女性のものに違いない。
 その声も、その女性の頭部の形状から推測される声に等しい。
 彼は瞬きをして振り返る。

 しかし、そこには誰もいない。
 絶命した黒人女性の遺体は、変わらず奥の床に倒れ伏しているだけだった。


『い、今のは、一体――』

 わからない。
 自分がたった今、何を見聞きしたのか、その正体を理解できずに、彼は立ち尽くした。
 だが彼の鼻はその時、この食堂に微かに乳の匂いが漂っていることに気付く。

『こ、こっちか……?』

 そして彼は、食堂の奥、厨房の中へと歩んでゆく。
 厨房の食材を仕舞っていたらしい棚、その上段の端。
 そこから確かに、ミルクの匂いがしている。

 扉を引き開けると、そこには業務用の粉乳の袋が入っていた。
 あの声の、言う通りだった。
 彼は袋を取り出しながら、微かに寒気のようなものを覚えて呟く。


『何だったんだ……。まさか俺は、霊を……、ラマッタクペのように、あの女の魂を見たとでもいうのか?』
「デネッ、デネッ!!」
『あ……、ああ、わかった……。お湯で……、溶かせばいいんだよな?』


 彼が不気味な感覚に震える中、デデンネは彼から走り降り、厨房左奥の水道から彼を呼んでいた。
 その隣には、ガス式の給湯器が設置されている。
 全てあの声の言った通りだ。

 デデンネに促されるまま、呆然と給湯器のダイヤルを回し、彼は考える。


『……違う。俺に魂などという、あるかどうかも分からぬものが見えるはずはない。
 この袋だ。閉じられてはいるが、このポリエチレンを通ったわずかなミルクの匂いが、その存在を俺に伝えてきたんだ』

 引き千切るようにして開けた粉乳の袋からは、濃厚なミルクの匂いが溢れてくる。
 その間デデンネは、近くから適当なボウルを見つけてきた。
 ぼんやりとしながら、だばだばと粉ミルクをボウルの中に投下し、彼はまた考える。
 食堂内を今一度見回して、彼はその思考を、確信した。

『……そして、この給湯器も、この食堂の構造から、俺が配置を推測したんだ。
 水場の寄せられている区画と、この建物の機能から、確実にあるはずだと……』

 ボタンを押し込むと、給湯器からは熱湯が溢れ、容器内のミルクを溶かしてゆく。
 熱いミルクが、ボウルの中に並々と注がれた状態で、出来上がっていた。
 調乳もへったくれもあったものではないが、確かにミルクであることは間違いない。


「デデンネ〜! デネッ、デネッ!」
『ああ、そうだな……! よし、できたぞ、お前、飲むといい……!』

 喜ぶデデンネと共に、彼はホッと胸を撫で下ろす。
 そして彼はそのまま、抱えていた赤子にミルクを飲ませようとした――。
 否。
 高温のミルクが溜まったボウルの中に、赤子を投げ落とそうとしていた。という形容の方が、正しい。


“ちょっとお待ちくださいませ!!”
『な――!?』


 その瞬間、赤子を投下しようとしていた彼の前脚が、後ろから何者かに掴まれていた。
 振り向いた彼の目には、ある少女の苦笑した顔が映っていた。


908 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:14:54 r0dwbxKI0
“いけませんわ。まずもってミルクは、人肌に冷ましてあげませんと。
 それにこんなことをしたら、間違いなく溺れてしまいます!”
『おま、えは……』

 つぶらな瞳で微笑んだ、亜麻色の髪の少女。
 赤いワンピースを着たその少女は、驚きに硬直する彼を措いて、湯気を吐くミルクのボウルへと歩み寄っていく。

“ご覧くださいな。哺乳瓶も無いんでしたら、こうやって……”

 少女は熱いミルクをわずかに啜り、口内の温度まで冷ます。
 そのまま彼女は、彼の胸に抱かれる赤子へと、口付けをするようにしてミルクを与えていた。

“ほら、口移しであげれば宜しいのです。できますでしょう?
 ――あなたの、欲していたことでも、ありますわ”

 にっこりと、そう言って少女は笑った。
 円亜久里という少女の、笑顔。
 彼の知るはずのない表情と声で、頭を砕かれて死んだ少女は彼に、微笑みかけていた。


「デネ! デネデンネ!!」
『――はっ』


 デデンネの声に、瞬きをして彼は辺りを見回す。
 その時既に、あの赤いワンピースの少女の姿はそこから消えていた。
 眼をやれば彼女の死体は、やはり顔面を砕かれたまま、カウンターの向こうのテーブルに横たわっている。
 
 デデンネが、彼の毛皮を引いた。
 見れば、彼女は小さな舌を外に突き出して涙目になっている。
 やはりミルクが熱すぎたのか、口に含もうとして火傷しかけたようだ。

『俺……、か。やはり俺が、口移しでやれということか、フェルナンデス……!』
「デネェ……、デネデネ!!」

 お前以外に誰がいる、というような表情で、デデンネは彼を睨みつけた。
 ためらいに、彼は眼を逸らす。

『い、いや……、だってな。俺たちの口なんか雑菌だらけだし、口移しとかこの子にも悪いんじゃ……』
「デンネネデッデンデデンネ!?」

 確かに、口内細菌を与えてしまうことになる口移しは、赤ん坊にとって勧められることではない。
 だが、デデンネに呆れられるまでもなく、彼は解っている。
 彼が口移しをためらう真の理由は、そんな雑菌ごときではない。

「デデンネ! デデンデデデデンネデデンネ!!」

 デデンネにさえ、その理由は薄々察せていた。
 だからこそ彼女は、彼の前脚の毛皮を引き続け、強く彼を見上げた。


『わかっ、た……。わかったよ、フェルナンデス……』

 自分の愛する者からの言葉に、彼は折れるしかなかった。
 酷い脱力感に襲われながら彼は、ミルクの中に口をつける。

 温かい。
 その味は、心の奥を抉るような暖かさを持っていた。
 昇華された血液の味。
 あの日、薄い境界の窓の向こうに満ち溢れていた味。
 円やかで、柔らかく、それでいて舌に響く鋭さと強さを内包する味だ。

 口の周りに白くミルクの跡をつけながら、彼はそのマズルを、恐る恐る赤子の方へと差し出す。
 抱え込んだ赤子が壊れないように、そっと、彼は口づけをした。

 唇が触れるのを感じる。
 その柔らかさと、体温を感じる。
 口に含んだミルクが、少しずつ、少しずつ吸われ、舐め取られ、赤子の咽喉に飲み下されてゆく。
 何故かその行為は、彼の胸に、痺れるような切なさをもたらすものだった。

「うぅー……、あーぃ……」
『ああ……。もっと、もっとか……』

 赤ん坊が、声を上げた。
 眼を閉じながらも、頬の赤みを取り戻しつつ、その子は身じろぎ始める。
 知らず、彼の眼からは、涙が零れていた。

 彼はまたミルクを含み、赤子に与える。
 その度に、涙が深まった。
 デデンネと交互に、ミルクを口移しし、その背をさする。
 げっぷが出て、赤子の泣き声に張りが戻る。

「あぅー……、あーい、あぁい――!」

 赤ん坊が、笑顔を浮かべていた。

『ああ……』

 感嘆と共に力が抜けて、彼は床にへたり込む。

『笑った……。笑ったぞ……。こんな俺に向かって、笑いかけて、くれた……』


 デデンネに背を撫でられながら、彼は暫くその場に、嗚咽を漏らしていた。


    **********


909 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:15:24 r0dwbxKI0

『……フェルナンデス』
「デネ?」
『……お前は何故、わかったのだ?』
「……デデンネ」


 そんなもの当然に決まってるじゃないか。とでも言いたげに、デデンネは眉を寄せて首をかしげた。
 食堂のテーブルの元へと歩み戻りながらの問いは、『彼が欲しているもの』についての問いである。

 名も知れぬ赤ん坊は、ふたりから口移しされたミルクを飲み干し、ようやく安堵した表情で、寝息を立てていた。

 顔の砕けた母の遺体の前で、彼はその子の幸せそうな寝顔に眼を落す。


『……そう言えば、俺はお前の、名も知らなかったな』

 呟いた彼の唸りに、応じる声があった。


“この子の名前は、アイちゃんですわ”

 眼を上げれば、死体の円亜久里が身を起こして、あの時のように彼へ微笑みかけていた。
 その破壊された顔面は復元され、前髪を上げた利発そうな少女の表情が確かに彼の目の前に見えている。
 だがもう彼は、その現象について、驚くことはなかった。


『……あいあい泣くからアイちゃんか。随分安直なネーミングだな』
“そう言うあなたは、デデンネさんにフェルナンデスなんて名前を付けるとは、一体どこから思いついたのですか?”
『そう言ってくれるな。俺にだってわからん』

 彼は少女の声に、自嘲と共に首を振った。
 デデンネが怪訝な表情を浮かべて、円亜久里と彼を見比べている。

 彼女には、起き上がっている円亜久里の姿が、見えない。
 円亜久里の死体は、依然としてピクリとも動かずテーブルの上に安置されているだけだ。
 だがなんとなくデデンネにも、彼が何と話しているのかだけは、察せていた。


『……お前の血は、茶の味がした。作法と礼節に厳しいが、同時に深い慈悲も湛えた味……。
 酷く手がかりが少ないが、わかる。わかるのだ。
 お前の顔面の骨格がどんな整った表情を作ったのか。その構造から発せられる声がどれだけ清んでいたのか』
“ありがとうございます。お褒めの言葉は、素直に嬉しいですわ”
『……ああそうだ。お前の血の味が、この状況でお前がどのように応答するのかを、語っている……』


 彼は、テーブルに腰かける円亜久里の言葉に、答えるともなく呟く。

 彼は理解した。
 その姿は、彼が見聞きし感じた情報から、脳内に再構築したイメージだ。
 砕け残った下顎骨から、後ろ髪から、骨や肉の細片から、その少女の生前の姿が明確なビジョンとなって想像される。
 舐め取った血液から、彼女の好み、性格、日頃の行動規則といった、凝縮された情報が読み取れる。

 煙草を吸う者の血と汗は、煙草の臭いがする。
 酒を好む者の血と汗は、酒の臭いがする。
 コーヒーを飲む者の血と汗は、コーヒーの臭いがする。
 明らかに生物の肉体は、その者の積み重ねてきた歴史によって構成されている。

 その肉体を喫することは、その人物の膨大な歴史情報を手に入れることに他ならなかった。

 彼は固唾を飲み、円亜久里の横鬢に爪を伸ばす。
 そして彼女の髪を掻き上げるようにして、そこから一本の毛を取り出してくる。
 それは、亜麻色の彼女の髪とは異質な、一本の黒い、動物の毛だった。


『……お前を殺したのは、猿だ。ニホンザルだが、それにしては異様なほど大柄だ。
 しかも銃を扱うなど、並大抵の者ではあるまい……』
“そうでしたわ。明らかに邪悪な者だと思い、戦おうとしましたが、返り討ちでした。
 ですが、別にそのことについては、私の力不足ですから今更しかたないと思っております”


 彼女の被害状況、そしてその毛の臭いで、彼はこの少女を手にかけた犯人の様相をかなり正確に思い描く。
 それは、推測や憶測を超越した、五感の膨大な情報から演算された確実な推論だった。

 ミルクの所在も、給湯器の位置も、彼はそうして突き止めた。
 『アイちゃん』というこの赤子の名前も、高い確証度を持ってそう推せる。
 この円亜久里という少女や、彼女を取り巻いていただろう友人たちの匂いは、この赤子に対して、そのような名付けをするだろうことが、彼には読み取れていた。


 以前から、確かに彼は食べたものからその対象の来歴を慮ることができた。
 だが、これほどまでにはっきりとそれを意識できてしまったことは、過去にない。
 一体何がきっかけなのか。


910 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:17:27 r0dwbxKI0

『お前の姿は、俺が勝手に自分の中で作り上げてしまったものだ。
 ……勝手に見ておいて申し訳ないが、消えてくれないか』

 彼は円亜久里の幻影に向けて、目を伏せながらそう吐き捨てた。
 自覚してしまえば、この幻影は彼自身の心が見せている映像に過ぎないのだ。
 こんなものと自問自答しているのはおかしいし、余りにも恥ずかしい。
 茶番だ。
 逃避だ。
 こうして幻影に向けてクソ真面目に嘆願していることすら、本来なら馬鹿馬鹿しいことだ。


“どうしてですか? あなたのこの能力こそが、あなたとデデンネさんをここまで生き延びさせたんでしょう?”


 円亜久里の姿は、腕組みをしてそう言った。
 彼自身の一部であるはずの、その再構築された心は、彼ではない少女の声で、毅然として彼に語る。


“隻眼のヒグマとの戦いも、パッチールとの戦いも、駆紋戒斗の救出時も『血の神』との戦いも、あなたが咄嗟の判断と大胆さによって窮地を脱せたのは、こうして様々なことを無意識のうちに拾い上げていたからでしょう。
 思い出しなさい。私は、あなたの無意識の気づきによってこの場に顕れ得たモノです。
 その能力は誇りに思いこそすれ、決して、恥じるべきものではありません!”


 10歳の少女とはとても思えぬ口調で、円亜久里は威風堂々と弁舌を揮った。
 その声に促されるまま、彼は思い返す。

 そもそもの発端は、デデンネとの出会いだった。
 あの場で、源静香の体を先に食べていなければ。
 『ともだちづくり』というあやふやな繋がりを、それでも強い絆にしようとし続けていなければ。
 ミズクマと出会った際、その場の状況を的確に拾っていなければ。
 今の彼はない。

 あの家族との出会い。
 デデンネとの出会い。
 隻眼との出会い。
 パッチールとの出会い。
 劉鳳との出会い。
 ミズクマとの出会い。
 駆紋戒斗との出会い。
 扶桑と戦刃むくろとの出会い。
 浅倉威との出会い。
 ヒグマン子爵との出会い。
 ラマッタクペとの出会い。
 それらは全て、彼にかけがえのない経験と成長をもたらした。
 それらは全て、偶然に偶然が重なったものに過ぎないようにも思える。
 だがその巡り合わせの妙が、もしも彼自身によって引き起こされたものだとしたら。

 恐らくその能力は、こう呼称されるべきだろう。


『――「出会い」を、拾う力?』
“あなたは、以前からその能力を持っていました。ですがその原石は磨かれぬ荒玉のままでした。
 それがこの実験のさなか、切磋琢磨され、ここまで明確な像を結ぶようになったのでしょう”


 彼の無意識に内在する声が、円亜久里の姿を取って、そう語っていた。

 食べたものからその対象の来歴を慮ること。
 その精密な感受能力は、味覚以外のあらゆる感覚器にも波及し、彼に知らず知らずのうちに適切な行動を取らせていた。

 混乱のさなかにも、デデンネを蹴り飛ばさずに済んだこと。
 浅倉威に反応も許さず、駆紋戒斗を回収しとげたこと。
 『血の神』ヒグマードに、一瞬でも不意を突いて攻撃を加えられたこと。
 アイちゃんという赤子を、煮えたぎるミルクに投下せずに済んだこと。

 それらは他者の一挙手一投足から状況を読み取り、味わい、出会いを引き寄せる、無意識のコントロールがあったせいに違いない。

 磨かれていなかったその感覚は、生来の彼の衝動性の下に埋もれ、明らかには見えなかった。
 元々彼の性格は、デデンネの言葉を理解できなかった時に、それを自分勝手に解釈するような利己性で動くものに過ぎない。
 だがこの感受能力と利己性が同時に働くことで、爆発するような大胆さと勇敢さを彼は発揮し続けて来たのだろう。


『――俺は、俺は勝手に、自分勝手な願望で、お前の姿を見ているわけではないのか!?
 お前は、現れるべくして現れ、俺に語り掛けてくれているのだというのか!?』
“そのどちらでもあります。いずれにしても確かなことは、あなたと出会わなければ。
 そしてあなたが気づかなければ、私が再び誰かに語り掛けることは、出来なかったということです”


 円亜久里の姿は、はっきりとした口調で言った。
 目の前の死体が、こう語るのだ。
 彼の声に対する彼女の応答が、彼の頭の中で明確に演算されて返ってくる。


“本当に感謝の限りですわ。アイちゃんも、お世話して下さいましたしね”
『やめてくれ……、好き好んでやったわけじゃない! こいつはお前に返す!』


911 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:18:21 r0dwbxKI0
 彼は幻聴を振り払うように首を振る。
 円亜久里の姿に向け、彼は眠るアイちゃんを押し付けた。

 実際は彼が、赤子を死体の腕の中に押し込んだだけだ。
 アイちゃんはその気持ちの悪い冷えた感触に、ぐずり始めてしまった。
 潤んだ目を見開き、辺りを見回したアイちゃんは、その目の前に彼を見つけ、微笑んだ。


「ぱ……、ぱぁ……」
『なぁ……!?』


 両手を伸ばし、アイちゃんは彼を求めた。
 その笑顔に彼は、心臓を掴まれたような熱い感情を覚えた。
 円亜久里が、苦笑と共にアイちゃんを差し出してくる。
 アイちゃんは今一度、彼にこう呼びかけた。


「……ぱぱぁ!」


 呆然とする彼の首筋を、ぺしんとデデンネがはたく。

 『彼が欲しているもの』は、もはや誰の目にも明らかだった。
 それこそ死体にも、彼自身にも、それは理解できる。

 一方的な、盲目的な信頼ではない。お互いが自分の意志を保ちながら、絶妙な距離と繋がりで助け合う。
 そんな一叢の、愛の関係性。


“……既に死んでしまっている私より、アイちゃんもあなたの方が良いみたいです。お父さん”
『俺、で。こんな俺で、良いのか……』


 彼は震えながら、赤子を受け取った。
 円亜久里から引き取ると、アイちゃんは彼の前脚の中で、再び満面の笑みを浮かべた。
 デデンネはその赤子の髪を、ゆっくりと撫でてやっている。

「ぱっぱぁ〜」
「……デデンネ」

 彼はその光景を、身じろぎもできずに見つめた。

 倒れた劉鳳に施しを与えたのは。
 デデンネに仲間を与えようと奔走したのは。
 こうして赤子に、慈しみを与えていたのは。
 全てがその一つの理由に、帰着する。


『……すまない。身勝手だということはわかっている。
 同胞からしてみれば気持ち悪いことだろうというのもわかっている……』

 彼は目を伏せ、震えながらその言葉を紡いだ。

『だが、頼む、お願いだ――』

 彼はついに認めた。
 腹を括って、自分の願望を正直に吐露した。


『どうかみんな、俺の、「家族」になってくれ――』


 その願いは、デデンネにすら酌まれるほど、彼の心意気から滲み出ていたものだった。
 それでも外在する羞恥と叱咤とが、彼をその願いから遠ざけていた。
 パッチールの声。
 ヒグマードの声。
 だがもう彼は、そんな幻惑に縛られない。


 本当の声はたった今目の前に、彼自身の内に、見つけられたからだ。


「きゅぴ〜!」
「デデンネ!」
“ふふ、わかりましたわ。不束者ですが、よろしくお願いいたします”


 すれ違いも、辛いことも、沢山あるだろう。
 それでも彼は憧れるのだ。

 あの日、薄い境界線の向こうにあった憧れ。
 『家族』という愛への憧れが、彼の中には綻んでいた。

 仮初でもいい。
 まやかしかも知れない。
 それでもその憧れは、彼の心の奥を暖かくする。

 飢えた妹。
 言葉の通じぬ姉。
 頭を砕かれた母。
 それでもいい。
 そんな欺瞞の家族でも、彼の心には沁みるのだ。

『……貴様に子供がいたとして、デデンネと子供が同時に危機に立たされたとしよう。
 どちらも海で溺れかけていて、舟に乗っている貴様は、浮き輪をひとつだけ持っている。
 片方に浮き輪を与えれば、もう片方は溺れ死んでしまう。そんな時、貴様はどうする?』
『……勿論俺はデデンネを助けに行くぞ』
『ほう、ならば子供を裏切るというのか?
 天涯孤独だった貴様に出来た、血の繋がった家族を捨てるというのか?』


912 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:18:38 r0dwbxKI0

 あのパッチールの問いにも、今ならはっきりと答えられる。

 フェルナンデス。
 彼女こそ、彼の子供だった。
 彼は彼女を、デデンネを、家族にしたかったのだ。
 デデンネを助け、子供を助けること。そこに一切の矛盾はない。


 ――俺は子供たちを、家族全員を守る。


 胸の奥の声に応えて、彼は心に誓う。
 天使をまた飢餓にさらすものへ、ヒグマの父は勇敢に、大胆に立ち向かうだろう。

 円やかで、柔らかく、それでいて鋭さと強さを内包する、『愛はいかが?』と――。


 その勇敢さを支える『名前』も、彼はもう少しで、拾えそうな気がした。


【G-4とG-5の境 寂れた食堂/午後】


【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖を抱くくらいならいっそ家族という隠れ蓑で身を守る、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンのみ
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネデデネデデンネ……!
1:デデンネェ……
※なかまづくり、10まんボルト、ほっぺすりすり、などを覚えているようです。
※特性は“ものひろい”のようです。
※性格は“おくびょう”のようです。
※性別は♀のようです。

【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、奮起、左後脚の肉が大きく削がれている、失血(小)
装備:円亜久里の遺体、アイちゃん@ドキドキ!プリキュア
道具:クルミと籠
基本思考:俺はデデンネたちを、家族全員を守る。
0:家族と、共に行く。
1:フェルナンデスと家族だけは何があっても守り抜く。
2:こんなにも俺は、素晴らしい出会いを拾えた……。
3:「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」とか「自分自身を見失う者」とか……、俺だってこんな名前は嫌だよ……。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。
※無意識下に取得した感覚情報から、構造物・探索物・過去の状況・敵の隙などを詳細に推論してイメージし、好機を拾うことができます。
※特に味覚で認識したものに対しては効力が高く、死者の感情すら読める可能性がありますが、聴覚情報では鈍く、面と向かっているのに相手の意図すら大きく読み間違える可能性があります。


    **********


・フェルナンド=Fernando(ポルトガル語、スペイン語)
・フェルディナンド=Ferdinando(イタリア語)、Ferdinand(英語、フランス語、ドイツ語)

 東ゲルマン語(ゴート語)における、『大胆なる保護者』『勇敢なる旅人』を意味する名。


913 : PHASE-5 ◆wgC73NFT9I :2015/11/18(水) 00:19:16 r0dwbxKI0
以上で投下終了です。

続きまして、ヒグマ提督、戦艦ヒ級で予約します。


914 : ◆Dme3n.ES16 :2015/11/24(火) 02:28:54 60cIrzaQ0
デデンネとヒグマは本当の家族になれたのですね。

投下します。


915 : 一体何が始まるんです? ◆Dme3n.ES16 :2015/11/24(火) 02:29:54 60cIrzaQ0

ガラガラと台車で何かを運ぶ音がする。

「よいしょ、よいしょ。がうがう〜!重いなっこれ!!」

突発的に起こった津波で流されてきたガンダムを回収した後、
綺麗に水と泥を拭きとって薄暗い研究室の壁にもたれかけさせた
白い帽子を被ったショートカットの少女、百合城銀子は
一匹のヒグマと共にソファーに腰かける青年に声をかけた。

「シバさーん、頼まれてたヤツここに置いとくよ!」
「……ああ、そうか。ご苦労だったな、ありがとう」
「むむっ!なんだ〜?そのディスプレイから濃厚なユリの臭いがっ!」

クロスゲート・パラダイム・システムの実験で偶発的にこの島に召喚された
銀子は帰る目途がつくまでとりあえずこのシバさんという男の元でお手伝いさんを
することになったわけだが、すぐ異変に気付いて彼女はシバの元へと駆け寄った。

「がうっ!?シバさんが泣いている!?」
「うぅ……終わりっすか?これでμ's は本当に終わりなんすか!?」
「終わりじゃないさ、彼女たちは生き続けるんだ、俺達の心の中で」

スタディが壊滅する直前に彼らが入手したと思われる劇場版ラブライブ!の違法視聴映像を
先ほど観終わって感動の涙を流しながら語り合うシバさんと最近クックロビンに改名した
穴持たずカーペンターズの蔵人(クロード)。クックロビンはともかく常に無表情だった
シバさんがここまで感情を露わにしているのはまさに衝撃である。

「納得できねーっす!せっかく世間に認知されて社会現象にもなってまだまだこれからじゃないっすか!」
「ああ、お前の気持ちは痛いほど判るぞクックロビン。だが安心しろ、俺にいい考えがある。
 確かにμ's は解散した。だが彼女たちがそのままアイドルを止めると思うかね?」
「はっ!そういえばアメリカで未来の穂乃果ちゃんと思われる人が路上で歌っていましたね!」
「そうだな、彼女は穂乃果ちゃんである説が有力だ。しかし俺はこう考える。
 あれは髪の色的に大人になった星空凛なんじゃないかとね」
「なんと!……いや、待てよ!凛ちゃんって確かこの会場に来てたんじゃ?」
「ふふっこれぞまさに運命の悪戯というやつだな」
「そうか!ソロデビューっすね!俺達ヒグマ帝国が全面バックアップして凛ちゃんのソロデビューを
 お手伝いすればあの娘達はまだまだ活動を続けることが出来るんすね!」
「この会場にスタジアムを建てよう。全世界に星空凛のライブを発信するんだ」
「流石ですシバさん!」

「がう〜?さっきからなんの話をしてるか全然分かんないんだけどー?」
「ん?ああ、すまない。そういえばガンダムを回収してきてくれたんだったな」

シバさんはソファーから立ち上がりなにやら盾や銃が置いてあるディスクへと移動した。

「ラブライブ、なんて素晴らしい作品なんだ。ずっと記憶の片隅に残っていた黒い髪の少女のことが
 気になっていたが、あれはきっとμ'sの海未ちゃんだったんだろう。そうに違いない」
「で、どうすんのこのガンダム?制限で小さくなってるからなんとか持ち運びが出来てるけど」
「勿論、有効に活用するさ。さっきクックロビンの友達の穴持たず402くんが協力してくれた
 おかげで一時間で完成させることができた、このビームライフルとビームサーベルを装備してもらってね」
「でもこのガンダムただの張りぼてだからこのままじゃなんの役にも立たないがう」
「心配するな、手は打ってある。お、タイミングよく現れたようだな」
「え?うわっ!」

突如、銀子の目前を小型のラジコン飛行機が通り過ぎた。
その1stガンダムに出てくるコアファイターによく似たミニチュア戦闘機は
ディスクを滑走路代わりにして着陸し、エンジンを停止した後コックピットから
パイロットスーツを着た小さい小さいヒグマが降りてきてシバさんに敬礼をした。

「なんだこいつ?私のクマモードよりも小さいな」
「紹介しよう、彼は穴持たず56『熟練搭乗員』コロポックルヒグマの安室嶺さんだ
 先ほどクラッシュ、ロス、ノードウィンド、コノップカと一緒に演習をしていたようだが
 どうやら訓練は終わったらしいな。さあ、君の力を見せてくれたまえ」


916 : 一体何が始まるんです? ◆Dme3n.ES16 :2015/11/24(火) 02:31:06 60cIrzaQ0
シバさんがそう言い終わるとコロポックルヒグマの安室嶺さんはコアファイターのコックピットへ
戻り、エンジンを吹かせて壁にもたれかかったガンダムの胴体へと突っ込んでいく。

「正面衝突!?いや、なんだありゃ!?」

ガンダムにぶつかるかと思われたその瞬間、突然ガンダムの胴体が真っ二つに割れ、急停止した
コアファイターが折りたたまれると綺麗に胴体にはまって収納されていった。
その直後、両目の照明が眩く光輝き、ガンダムがこちらへ向かってゆっくりと歩き始めた。

「こ、こいつ動くぞ!?」
「オーバーボディを念動力で操作する。それが穴持たず56安室嶺さんの能力だ。
 いい感じのボディが無かったので研究所で待機していたがお台場のガンダムが流されてきたと聞いて
 遂に出番がきたというわけさ。武器とか足りないパーツはこちらで自作する必要があったわけだが。
 さあ、仕事へ行ってきなさい『ガンダムさん』。地上の様子を見てくるんだ」

机においてあったビームサーベルとライフル、シールドを装備したガンダムさんは敬礼をした後
バックパックのジェットエンジンを吹かして研究所を後にした。

「うーん、訳わかんないけどちょっとカッコいいかもしれない」
「さてと、じゃあ俺はしろくまカフェへ行ってくるよ。ちょっとシロクマさんに呼び出されたからね。
 ああそうだクックロビン、スタジアム用の土地が用意出来たらこちらから声を掛ける。
 それまでラブライブの素晴らしさを広めておいてくれないだろうか?」
「了解です!穴持たず402と一緒に活動してくるよ!」
「あ、そうだ、銀子。君にもいいものを用意しておいたんだ」
「なんだそりゃ?」

シバさんが指さしたのは、ガンダムさんを立てかけた壁から少し離れた位置に置いてあった
白いふわふわしたボディを持つ太っちょのロボットであった。

「ガンダムのデータを基にして作ったオーバーボディ、ベアマックスだ。
 君がクマ形態になれば中に入って操縦することが出来るぞ。危険が迫った時は
 遠慮なく使ってくれたまえ。」
「えー?なんかよわそうだな」
「軟式ボディによる絶対防御だぞ。それに開発中のグリズリースーツとの合体機構も備えてある。
 じゃあ、行ってくるよ」

そういいながら外出用のヒグマの着ぐるみを身に付けたシバさんは研究所を後にし、しろくまカフェへと向かった。


―――これはシバさんが地上へ出てマテリアルバーストをぶっ放す少し前のお話。



㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹



「……『第十かんこ連隊』隊員、皮に潜るヒトガタ、穴持たず506・ゴーレム提督よ。
 昔は変幻自在の癒し看護師、レムちゃんとも呼ばれていたわ。短い間だけどよろしくね?」

姉の声と顔でにこやかに笑うその異形のヒグマの言葉に、瑞鶴は最早、何の反応もできずに震えるだけだった。

「光栄に思ってね瑞鶴……。ただ沈めようと思ってたけど、加賀さんの皮がボロボロになっちゃったから、考えが変わったわ。
 あなたのナカに入って、その薄汚い内臓を隈なく溶かし尽し……。あなたを私の、507枚目の皮にしてあげる……」

翔鶴の姿をしたゴーレム提督は、そのスカートをたくし上げて加賀の生皮を詰め戻し、
代わりに股間から茶色い泥状物を掬い上げて見せる。
姉の両手の間に広げられて粘つき、糸を引く泥を見つめ、瑞鶴は、吐き気を堪えるので精いっぱいだった。

「こ、この化け物!翔鶴姉の体で下品なことすんな!」
「あら……?それは本心?本当は悦んでいるのではなくて瑞鶴?」
「な、何を言って……!?」


917 : 一体何が始まるんです? ◆Dme3n.ES16 :2015/11/24(火) 02:31:36 60cIrzaQ0

そう言いながら股間をまさぐっって茶色い泥を後門からひり出す翔鶴姉の姿を直視して
瑞鶴は吐き気と同時に一種の背徳的な興奮を感じざるを得なかった。

「息が荒くなってきたわねぇ瑞鶴。そういえば一つ気になっていたんだけれど?
 あの最近鎮重府に配属された葛城って娘、ずいぶん瑞鶴のことを慕っていた
 みたいだけれどひょっとしてもう食べちゃった?」
「んなぁっ!?」

突然の姉の発言に驚愕した瑞鶴は顔を赤くしながら跳び上がり、目を逸らして口ごもった。

「な、なんのことかなぁ翔鶴姉〜?わ、私はどんな時も翔鶴姉一筋だよ?」
「あらそうかしら?ずいぶん噂になってるわよ?私が死んだあと荒れに荒れたた
 あなたは寂しさを紛らわすように次々と軽空母の娘に手を出し始めたって……」

「そうですよ!ヒドイですよ瑞鶴先輩!」

不意に、まだ幼さの残る声が聞こえ瑞鶴が横を向くと、ややウェーブのかかったロングヘヤ―をした
迷彩柄のビキニアーマー状の着物を身に付けた少女が瑞鶴の腕に抱き着いてきた。

「か、葛城っ!?」
「ふふふっ。私達も忘れてもらっちゃ困ります」

瑞鶴が正面を向きなおすと、自分と同じ迷彩柄の艤装を身に付けた三人の軽空母、
千代田、千歳、瑞鳳が次々ともたれかかってくる。

「あ、アンタたちなんでここに?」
「いやですねぇ。レイテ出撃前に散々まぐわりあった仲じゃないですかぁ?私達」
「う……うぅ……!」

空母瑞鶴は翔鶴との姉妹愛や加賀とのツンデレカップルが話題になりがちだが
艦むすきってのハーレム艦でもある。装甲空母大鵬を始め、かなりの数の軽空母が
彼女の姿に憧れ、または姉妹の契りを交わすため迷彩柄となるのをみてもそれは頷ける。

「ほら?あの時みたいにむしゃぶってください、私の胸を……」
「え?うわぁ!?」

千代田が服のホックを開けると、その着やせしていた豊満な胸部装甲が露わになる。
その二つのミルクタンクをみた瑞鶴は我を忘れて息を荒くしながら手を伸ばした。

「ふへへっ……本当にいいの?」
「後悔なんかしませんよ?まあ……あなたの命が代金ですけどね」
「あっ……!!しまった!」

豊満な両乳首が拡張し、中から二つの甲標的の頭が飛び出した。

「うおおおお!!!」

甲標的から発射された魚雷から全力で回転して身を躱そうとする瑞鶴。
だがすべてを避けきれず、手に持っていた最後の直掩機が直撃し破壊されてしまった。
瑞鶴を取り囲んでいた軽空母の姿をした泥人形は急速にしぼみ、ずるずると翔鶴の元へ帰って行く。

「あら?流石ねぇ。絶対殺せたと思ったのに」
「はぁ、はぁ……精神攻撃とは卑怯な!?」
「でも幸せだったでしょう?本当は私もシモのせわよりこういうお仕事がやりたかったのよ。
 でもお相手がヒグマじゃねぇ……さて、もう直掩機はないわねぇ?」
「くそぉ!!」

ここからどう逆転すればいいのか?新しく矢を放つにはいったん距離を置かなくてはならない。
だがどうやってこの怪物を倒す?今自分が作れる艦載機の性能ではかなりの数を出さないと
こいつの泥の身体を焼き尽くすことは出来ない。そこまで距離を空けることが出来るのか?

「せめてもう少しボーキサイトがあればもっといい艦載機が造れるのに……
 でも、負けられない!あの戦争の悲劇は二度と繰り返してはならないのよ!」
「……かわいそうな瑞鶴。まだ自分が何者で今どこと戦っているかよく分かってないのね。
 まあいいわ。今楽にしてあげる……ん?」

突然、地面が暗くなったと同時に何かが落下してくる音がして、二人は顔を上げた。
そして、レムちゃんは驚愕し、瑞鶴は目を輝かせた。

「……な、なによあれ!?」
「……お菓子の山?」
「は?何言ってんの瑞鶴?……うわあああああ!?」


―――唐突に、上空から屋上へ落下してきた巨大なガンダムに押し潰され、建物は完全に倒壊し崩れ去った。


918 : 一体何が始まるんです? ◆Dme3n.ES16 :2015/11/24(火) 02:31:54 60cIrzaQ0

㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹㈹


「くそっ!何が起こった!?シバさんからもらった大切なオーバーボディが!!」

空のパトロールをしている最中、突然制限が切れ元のサイズに戻って制御を失った
お台場ガンダムからコアファイターで脱出した穴持たず56安室嶺さんは
倒壊した建物の瓦礫にうずまるガンダムをみて途方に暮れていた。

空を飛びかうラジコン飛行機の群体に反応し、侵入者とみて迎撃しようとしたものの
次々とテレポートしながら拠点を変えるため特定できなかった発射先をようやく発見した矢先の出来事であった。

「会場の制限が解除されている?本部に異変でも起きたのか……ん?」

ガンダムの足元で、何かを咀嚼しているような音が聞こえる。
何事かと恐る恐るコアファイターを近づけていくと、そこでは
ツインテールの少女がガンダムの装甲にしゃぶりついてガリガリと口で表面素材を捕食していた。

「な、なんだあの女!?ガンダムを喰っている……!?」

艦むすは普段何を食べているのか?確かにアニメでは普通にカレーやスパゲッティを喰っている
描写がなされていた。しかし給油艦間宮はこうも言っていなかったではないだろうか?

「隠し味に入れるとどんな料理もおいしくなる幻のボーキサイトがあるらしいわよ」

知ってると思うがアルミの原料であるボーキサイトは人体に有害な猛毒である。
さらに、過去は秋刀魚を獲ってきて調理するイベントが実施されたこともあったが
この時さんまを刺身や焼き魚に調理すると何故か石油や弾薬に変化し艦むすへ支給される。
そして間宮製の戦闘糧食は解体すると石油に変化するバイオマス燃料だったことも判明した。

そう、艦むすは石油や弾丸や鋼鉄やボーキサイトをカレーやおにぎりっぽく調理して食していたのである。

「おお!なにこれ?食べたことない味だけどボーキサイトより全然美味いじゃない!
 料理してなくても全然イケるなんて信じられないわ!」

ちなみに、お台場ガンダムの素材はガンダリウム合金ではない。その美しい白い装甲はCFRPで出来ている。
CFRPとは比重が鉄の約4分の1、単位重量当たりの強度は鉄の約10倍を誇るアルミ合金に代わる新世代素材、
現代の車両や航空機の軽量化技術を大幅に向上させた炭素繊維強化樹脂である。

「うん、力がみなぎってきた!これならまた戦えるかも!
 あいつもまだ生きてるのかな?早く距離を取らなきゃ!……ん?」

食事という名の補給を終えたツインテールの少女瑞鶴は、
空を彷徨うコアブースターをみて驚愕する。

「墳式戦闘機?あれは中島の特殊攻撃機『橘花』!?完成してたの?」

そして、ふいに瑞鶴は地面に転がっていた、本体とは別に作ったため
大きさが等身大のままであるガンダムの盾を拾うと飛行艦板のあった場所にそれを設置した。

「盾は飛行艦板じゃないんだけどね。ほら、こっちへおいでよ」
(……一体何をやっているんだあの女は?)

このツインテール娘が空母であることを知らない安室嶺さんは彼女が何をしたいのか理解できず
空中を旋回し続ける。その時、ガンダムの胴体部が爆発音と共に破壊され、中から裂けた皮膚から
血の代わりに泥を流してふらつきながら巫女服の少女が這いつくばって現れた。

「げっ!意外と復活が早かったわね!」
「……ええ、突然のことで驚いたけれど、あんたがちんたら食事してたおかげで追いつけたわ
 ……さあ!死になさい!」

翔鶴の全身に空いた傷口から甲標的の頭が飛び出し、瑞鶴の頭上に魚雷の雨を降らせる。
魚雷に当たりそうになり慌てて瑞鶴のカタパルト代わりのガンダムの盾に着艦した
コアブースターを乗せながらそれらの魚雷を難なく交わす瑞鶴。

「酸素魚雷は従来のスクリュー性魚雷と違って雷跡を残さない隠密性に加えて絶大な
 破壊力を秘めた日本海軍の秘密兵器。発見しにくい特製ゆえ夜戦に使ってこそ真価を発揮するわ。
 闇雲に撃っても当たらない焦っているのかしら深海棲艦?」
「……そりゃいきなりガンダムが降ってくるなんて想定してないからね……」
「あら?私は最高にハイな気分よ。光栄に思いなさい。天下無双の日本海軍の力を見れることをね」
「はい?」

瑞鶴の身体が眩く光り輝き、シールドの塗装がとともに服の迷彩が剥がれ始める。
迷彩の下は、改になる前の赤と白の巫女スタイルであった。そしてかつてガンダムの盾だった
ものはいつの間にか鋼製の飛行艦板へと姿を変えてる。なにか、頭の中で声が聞こえてきた。


919 : 一体何が始まるんです? ◆Dme3n.ES16 :2015/11/24(火) 02:32:12 60cIrzaQ0


『試製甲板カタパルトを入手しました』




さて、瑞鶴提督がその身を犠牲にして実装した瑞鶴改ニは基本的に異常に強い
羆謹製艦むすでありながら何故艦載機が無駄に多いだけの微妙性能だったのか?
それは情報不足によって本来の改ニに必要な条件を満たしていなかったからである。
瑞鶴を改ニにする条件は高い錬度に加えて改装設計図、そして色々面倒な任務をこなさないと手に入らない
試製甲板カタパルトが必要なのだ。無理やり作っても中途半端にしかならないのは明白である。
そして、色々あって遂に今条件が満たされたのだ。

「さあ来なさい!本当にアウトレンジしてやるんだから!」

瑞鶴は筒から巨大な矢を取り出し、真上に向かってそれを勢いよく発射する。

「……させないわ……あれ?」

だが矢を打ち落とすために甲標的から発射された魚雷は空を切り、
放たれた矢はあらぬ方向へ飛んでいって見えなくなってしまった。

「何処へ飛ばしてるのよ?」
「んー?そりゃアウトレンジだし見えないところから攻撃しないと意味ないでしょ?
 ふっふっふ。結構いい素材が手に入ったからねぇ。最高の艦載機が手に入ったわ」

そう言いながら矢をもう一本取り出すと、そのまま発射せずに手の中で変化させた。

「直掩機?……機銃を拳銃代わりに使うつもりかしら?まあいいわもう手遅れだし」

瑞鶴の周囲には魚雷が不発に終わったゴーレムさんの身体の泥が飛び散っている。
既に周囲を取り囲まれていたことに気づいてはいないようだ。

「慢心は駄目。油断禁物よ。くたばりなさいな」

数十発の魚雷が瑞鶴に向けて発射された。
だが、空から落下音と共に大量の何かが降り注ぎ、魚雷を次々と撃ち落としていく。

「え?……くそっ!」

ゴーレム提督の周囲にも爆撃が襲い掛かり慌ててガンダムから飛び出して地面に転がる。

「命中精度は低いようね。なにこれ?さっき飛ばしたヤツかしら?」
「まあ戦略爆撃機って奴らしいからね。よく知らないけど」
「まさかB-29でも作ったの?」
「あんな鬼畜兵器死んでも造らなわよ。まあ、もっといいものだけどね。―――地上掃射形来なさい!」

はるか成層圏から、ミニチュアとはいえ巨大な六発爆撃機が地上へ急降下してくる。
5500馬力×6基、最大高度15000m、搭載量20トン以上、航続距離12000km以上、最高速度700km以上
その性能は現在も空爆に使われるB-52に匹敵するとされる超兵器。

――――米国本土空襲用超重爆撃機、空中戦艦「富嶽」

「……ああ、なんか架空戦記とかでよく見かけるあれね。
 てかあんなデカいの空母からどうやって飛ばすのよ?」
「突っ込んでる余裕なんてないんじゃないの?」
「ていうか、潜水艦を爆撃機で倒せるわけないでしょうに……え?」

いつの間にか至近距離まで接近していた瑞鶴の両手から巨大なビーム刃が伸びている。

「ビームサーベル!?……いや、あれは!?」

両手に握った直掩機の背面から炎が噴出している。ジェットエンジンである。
機体後部にプロペラ、機首付近に小翼を配した独特の機体形状でB-29迎撃の切り札として
期待されていた前翼にドイツからもたらされた技術を搭載して完成させた機体、

――――墳式局地戦闘機「震電改ニ」

「そうやって使うの!?」
「くたばれぇぇぇぇぇ!!!!!!」

瑞鶴は震電改ニをビームサーベル代わりにして激しく振り回し、ゴーレム提督の体を細切れに刻んだ。
そのバラバラになった泥の体を7.7mm機銃多数を胴体下に装備した富嶽地上掃射形が更に細かく粉砕する。


920 : 一体何が始まるんです? ◆Dme3n.ES16 :2015/11/24(火) 02:33:50 60cIrzaQ0


「で、あんたはなんなのよ?シバさん?知らないけど?」
「うーん。状況が変わり過ぎてますからね。みなさんは無事なんでしょうか?」

ガンダムさんの残骸にもたれ掛りながらCFRPを手でこねて非常食を作っている瑞鶴は
コアファイターから降りてきたコロポックルヒグマに事情聴衆している。

なんだかあのモノクマとかいう上司の話と色々食い違っているが一体敵は何処に居るのか?

「まさか深海棲艦に鎮重府ごと乗っ取られたっていうの?いや、ありえるわね?
「だから艦これってなんだよ!?」

【C-6 総合病院5階フロア 午後】




【瑞鶴改ニ甲乙@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、小破、左大腿に銃創、右耳を噛み千切られている、右眉に擦過射創、甲板破損、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:12cm30連装噴進砲 、熟練搭乗員(穴持たず56安室嶺)、試製甲板カタパルト、戦闘糧食
   コロポックルヒグマ&艦載機(富嶽、震電改ニ、他多数)×99
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機、
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:ガンダムさんから情報を聞き出す
1:危険な深海棲艦が多すぎる……、何なのよこの深海棲艦たちは……ッ!! 
2:偵察機を放って島内を観測し、ヒグマ提督を見つける
3:ヒグマ提督を捜し出して保護し、帝国へ連れ帰る
4:ヒグマとか知らないわよ。任務はするけど。ただのマヌケの集まりと違うの?
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り155体を装備しています。
 矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。
※お台場ガンダムを捕食したことで本来の仕様の羆謹製艦むす改ニに変化したようです。

【戦闘糧食】
瑞鶴がお台場ガンダムの装甲(CFRP)を握り飯状に手で丸めて作った瑞鶴お手勢の携帯食料。
食べると戦意高騰と共に艦載機が補充される。美味しそうだが人間が食べると
歯が欠けたり人体に有害な成分を摂取して死に至るので注意しよう。


【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、身体が半分蒸発『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班、翔鶴の皮着用
装備:甲標的・甲(半数)
道具:泥状の肉体、506枚の皮
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:ゴーヤイムヤ提督の下で、皮に潜る。
1:艦これの装備と仲間を利用しつつ、取り敢えず知り合い以外の者は皮だけにする。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:もう瑞鶴は放っておこうかな……訳わかんないし
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。
※艦娘の皮ほか、様々なヒグマ、STUDY研究員の皮などを所持しています。


921 : 名無しさん :2015/11/24(火) 02:34:17 60cIrzaQ0
終了です。


922 : 名無しさん :2015/11/24(火) 13:20:50 84tmblOo0
投下乙です。
ガンダムさんに大幅テコ入れが入ったぞー!
にしてもほぼ全動力喪失したのにかなり長く滞空してましたね。短く見積もっても最低1時間くらい?
ガンダムさん改め安室さんの操縦技術と念動力の高さがわかりますね。
彼の追跡表は「水嶋水獣」にありますよ。

今回はゴーレムさんの優しさがひしひしと伝わってきました。やってること変態でも、こんな瑞鶴に一時の幸せをあげようとし続けてますしね。
結局直掩機狙いの理由は伏せられたままですが、次回ですかね。もう付き合ってやる意味もないかも知れませんが。

瑞鶴はここで新たに、レズハーレムの権化だったことが発覚…!来ましたわー…。だいぶ笑いました。
ジェットサーベルはゴーレムさんが泥だったから効いたような雰囲気…?
それよりも、成層圏から誤差数メートルで落とされる爆撃は、十分過ぎるほど命中精度高いですね。

ガンダムが墜落して、この病院にまだ5階フロアが形として残ってるのか、混迷の深まったところで次回も気になります!


923 : ◆Dme3n.ES16 :2015/11/25(水) 02:15:42 FKWSsOOk0
感想ありがとうございます。
すみません、よく見たら文章が抜け落ちていたので>>920を↓に差し替えます。


924 : ◆Dme3n.ES16 :2015/11/25(水) 02:16:39 FKWSsOOk0

「……はぁ、やってられないわね……」

その様子をガンダムさんの中に隠れて見ていた、念のために分裂していたゴーレム提督の体半分は
半身が焼き尽くされるのを見ていそいそと撤退を決めることにした。
正直時間がかかりそうならあんな道化わざわざ相手にする必要などないのだ。

「……ジブリール先輩達は無事かしら?ずいぶん武器が減っちゃったけど……くそっ瑞鶴提督の野郎……」


「で、あんたはなんなのよ?シバさん?知らないけど?」
「うーん。状況が変わり過ぎてますからね。みなさんは無事なんでしょうか?」

ガンダムさんの残骸にもたれ掛りながらCFRPを手でこねて非常食を作っている瑞鶴は
コアファイターから降りてきたコロポックルヒグマに事情聴衆している。

なんだかあのモノクマとかいう上司の話と色々食い違っているが一体敵は何処に居るのか?

「まさか!深海棲艦に鎮重府ごと乗っ取られたとでも言うの?いや!ありえるわね!」
「手か……艦これってなんなんです?」

【C-6 総合病院5階フロア 午後】

【瑞鶴改ニ甲乙@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、小破、左大腿に銃創、右耳を噛み千切られている、右眉に擦過射創、甲板破損、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:12cm30連装噴進砲 、試製甲板カタパルト、戦闘糧食(多数)
   コロポックルヒグマ&艦載機(富嶽、震電改ニ、他多数)×100
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機、
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:ガンダムさんから情報を聞き出す
1:危険な深海棲艦が多すぎる……、何なのよこの深海棲艦たちは……ッ!! 
2:偵察機を放って島内を観測し、ヒグマ提督を見つける
3:ヒグマ提督を捜し出して保護し、帝国へ連れ帰る
4:ヒグマとか知らないわよ。任務はするけど。ただのマヌケの集まりと違うの?
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り100体を装備しています。
 矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※CFRPの摂取で艦載機がグレードアップしましたが装甲空母化の影響で最大搭載数が半減しました。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。
※お台場ガンダムを捕食したことで本来の羆謹製艦むす仕様の改ニに変化したようです。

【戦闘糧食】
瑞鶴がお台場ガンダムの装甲(CFRP)を握り飯状に手で丸めて作った瑞鶴お手勢の携帯食料。
食べると戦意高騰と共に艦載機が補充される。美味しそうだが人間が食べると
歯が欠けたり人体に有害な成分を摂取して死に至るので注意しよう。


925 : ◆Dme3n.ES16 :2015/11/25(水) 02:17:07 FKWSsOOk0

【穴持たず56(熟練搭乗員・安室嶺)】
状態:健康
装備:特殊攻撃機『橘花』(コアファイター)
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ、行きまーす。
0:当座のところ、ミズクマの御姉様からの伝令に従う。
1:海上をパトロールし、周辺の空中を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て殺滅する。
2:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
3:たしか、崖周りのパトロールにはもう一体同胞があたってたよなー。
4:きゃー!私のガンダムがー!
5:とりあえず瑞鶴の機動部隊に混ぜてもらう
[備考]
※制限でガンダムは人間サイズ、ヒグマはそれに乗れるほどのサイズになっていましたが、
 エンジンの停止に伴い、元の大きさのお台場ガンダムに戻ってしまいました



【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、身体が半分蒸発『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班、翔鶴の皮着用
装備:甲標的・甲(半数)
道具:泥状の肉体、506枚の皮
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:ゴーヤイムヤ提督の下で、皮に潜る。
1:艦これの装備と仲間を利用しつつ、取り敢えず知り合い以外の者は皮だけにする。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:もう瑞鶴は放っておこうかな……訳わかんないし
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。
※艦娘の皮ほか、様々なヒグマ、STUDY研究員の皮などを所持しています。


926 : ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:01:09 DVygM0rE0
投下乙です!
丁寧なガンダムさんの背景描写に私は感動しました。
シバさんが相変わらずシバさんで、色んな意味で涙が出そうでした。百合城さんは可愛いですね。
とりあえず安室さんは、エンジン停止後も1時間はガンダムのボディを操縦していたと見て間違いないようですね。
その女の子は、あなたが発見した領空侵犯機の本体ですよー……。

とにかく、今回は瑞鶴が思いのほかエロ魔人でしたね。
戦場でその思考に染まってしまうのは大分やばいと思います。うん、本当に。
そして、ゴーレムさんが予想外に強化されてしまっていてビックリ。
全身あると4体まで生皮操作できるとか……。反則級ですよこれ。
変態瑞鶴から逃げたくなる気持ちはわかりますけど、彼女も大分手加減してますね。優しい。
本気出すとこれ……、瑞鶴今回死んでておかしくなかったですね。

震電のサーベルって……、アセチレンバーナーかな?
たぶんガソリン溶断トーチに近い物なんでしょうけど、サーベルの長さまで炎吹くとか、すぐ燃料切れそうですね……。
すごく面白い武器だとは思います!

なんにせよ波乱が続きそうな場面ですね。

私も予約分を投下します。


927 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:04:25 DVygM0rE0
 私の呼吸は。
 ほとんど消えかけてる。
 あなたが触れれば。
 それだけできっと、とまってしまうほど。
 危うい、微かな、鼓動。

 私は、私じゃない。
 恋したあの時から。
 私は、私じゃない。
 見知らぬ弱い獣だ。

 ――これは誰?

 世界中の誰よりも、いとおしいその横顔。

 やさしい言葉とほほえみの牢獄に。
 私を閉じこめて。
 あなたはふり返らない。
 どんなに呼んでも。
 どんなに思っても。
 世界が消えても。
 私が死んでも。きっと。

 だから私は、あなたを――。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


 ヒグマ提督は震えていた。
 部屋の片隅で身を守るように脚を縮こめ、がたがたと全身を震わせていた。

 ここはあの百貨店から南に位置する街の、名も知れぬ住宅の一つだ。

 自分ですら方向がわからぬほど滅茶苦茶に逃げ、誰にも見つからないよう、入り組んだ路地の家を選んで、窓を割って入った。
 息を潜め、身を隠し、彼はただ、ある一人の少女から逃げようとしていた。

 彼がその家に入ってから、何分たっただろうか。
 まだ数分かもしれないし、数時間かもしれぬようにもヒグマ提督には思えた。
 太陽の高度を見ればわかるのかも知れないが、窓の外に顔を伸ばすなんて恐ろしいことは、彼にはできない。

 なんにせよ、まだ陽が差し込んできているということは、結局のところそれほど時間は経っていないことになる。
 一秒一秒の経過が、恐ろしく長く彼には感じられた。


「――はひっ!?」


 突然、家の外から物音がして、ヒグマ提督は引き攣った声を上げる。
 心臓が飛び出そうな口を押さえ、彼は必死に乱れる息を静めた。
 身を伏せ、耳を欹てても、もう通りから音はしない。
 小石か何かが転がる音だった。

 きっと風で動いたのだろう。

 そう結論付けて、彼は壁に身をもたせ掛け、胸を撫で下ろした。


「……そ、そうだよ、大丈夫だ。ここまで逃げてきたんだ。
 こんなところまで、大和が追って来れるわけないし……」
「……て、いとく――」


 安堵に呟きかけた刹那、遠くから風に乗って、そんな言葉が彼の耳にかすかに届く。
 「ひゅはぁ!?」と裏返った叫びを上げそうになった口を両掌で押さえ、動悸を打つ血流に彼は悶えた。


「提督……、どこに、いるのですか……、ていとく――」


 聞き間違いではない。
 ゲームの中で、百貨店の屋上で、幾度となく聞き慣れた、大和の声だった。
 その声は、何か重い水音を曳いて、少しずつ少しずつヒグマ提督の隠れる家の方へ近づいてくる。

 ――に、逃げなきゃ、逃げなきゃ……!!

 ヒグマ提督は這うようにして、部屋の畳の上をにじり、襖の方へ近づいた。
 この部屋から更に逃げ場所を見つけなければ、と彼は必死でそこに手をかける。
 もう思考が滅裂となって上手く働かない。
 そこがどん詰まりの押し入れだということにも、彼は思い至らない。


 ずる。ずる。
 ぺた。ぺた。
 ずる。ずる。
 ぺた。ぺた――。

 その間にも刻一刻と、重い水音は路地を近づいてくる。
 もうその音は、家のすぐ傍だ。

 ――駄目だ、こんな時に、物音を立てたら、聞かれる!!

 襖を引き開けようとしていたヒグマ提督は、恐怖に震える爪を、咄嗟に押し留めた。
 もはやこうなったら、彼女が気づかずに通り過ぎることを祈るしかない。
 そうして彼は、再び身を縮こめ、顔を毛皮に埋めて震えることしかできなくなっていた。


928 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:06:44 DVygM0rE0

 ずる。ずる。
 ぺた。ぺた。

「――提督……」

 ずる。ずる。
 ぺた。ぺた――。

「提と、く……」

 家の目前にまで迫る大和のボイスは、彼に底知れぬ恐怖を突き付けてくる。
 それはついほんの数時間前まで、耳に心地よく、彼に安らぎをもたらしていたはずだったのに。

 こんなに容易く、自分を自分たらしめていた世界が壊れてしまうなど、彼には信じられなかった。
 観念は崩れ、信頼はほどけ、誰にも愛されぬまま、彼は独り、死ぬのかも知れない。
 それを思うと、涙が溢れて来そうだった。
 だが涙を落とすと、その音すら聞かれてしまうかも知れない。
 顔を歪め、力を込め、彼は必死に耐えた。

「提督――」

 家の前から、そのボイスが聞こえた。
 幸いだったのは、彼が破った窓は、路地に面している場所ではなかったということだ。
 裏に回らなければ、この部屋の窓が割れていることには気づかない。
 玄関にはもちろん鍵がかかっており、入れない。

 ――今だけ、今だけ物音を立てなければ、やり過ごせる……!!

 彼は呼吸さえほとんど消えかけるほどに抑え、心臓を握り潰して止めるかのように懸命に鼓動を抑えた。


 静寂が続いた。
 それっきり、物音はしなかった。ボイスも聞こえなかった。
 いわんや、深海棲艦の巨体が家の裏に回り込んでくることなどはなかった。

 彼は、止めていた息を吹き返した。

 ハァハァと息を上げて周りを見回し、彼は安堵した。


「……よ、良かった、やり過ごせた――」
「――やっぱり、ここに居たんですね、提督……」


 そう呟いた瞬間、凄まじい勢いで玄関のドアが内側に吹き飛ばされた。
 鉄のドアは和室の障子を突き破り、畳表を抉り、ヒグマ提督の目の前まで転がってきた。


「ひぃ――!?」
「大和は……」


 ずる。ずる。
 ぺた。ぺた――。
 尻餅をついたヒグマ提督は、瞠目した眼を、上がり込んでくる巨体へ向けることしかできなかった。


「ようやく、提督を……」


 ずる。ずる。
 ぺた。ぺた――。
 水音は、その巨体の半身から零れ落ちていた。

 
「見つけられ、ました……」


 満面の笑みが、そこにあった。
 真っ赤な血にまみれた、青白い笑顔だった。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


 叫ぶこともできなかった。
 呼吸が凍り付いて、血液は逆流したようだった。
 目前に聳えた深海棲艦の威容に、彼は完全に飲み込まれていた。

 天井に擦れそうな体高。
 家財を破壊しながら、それを意に介さず進みくる巨体。

 その全身は、傷だらけだった。
 肩口から生えていた顎付きの両腕は根元から千切れ、その副砲ごと消滅している。
 正面下部の巨大なヒグマの口も潰され、そこから赤黒い内臓が覗いている。
 体の後部と下面は、すりおろされたような肉のひれが垂れているのみで、原型もとどめていない。
 側面にも、大砲や銃弾をいくつも撃ち込まれたような深い弾痕が刻まれている。
 艦首像のように据えられた少女の肉体にも、その傷と血は生々しい。

 だが、そんな損傷を受けても彼女は。
 戦艦ヒ級は、あの百貨店屋上の戦いを生き抜き、ここまで進軍していたのだった。

 その意味するところは恐らく、天龍が、島風が、天津風が――。
 あの場にいた艦娘全てが、彼女に蹂躙されたということに違いない。
 意味されるのは、それだけの圧倒的な力の存在だ。


 その怪力の矛先がついに、ヒグマ提督に向けられていた。


929 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:08:20 DVygM0rE0

 親と言うべき彼にうち捨てられ、見はなされたまま放置されたその境遇。
 四肢の欠損と、それに無理矢理あてがわれたような異形のヒグマの肉体。

 日本神話のヒルコのような、子供。
 その子供がもし流された先で生きていたとしたら、自分を捨てた親に怨みを抱かないことがあろうか――?
 海に揺蕩い、彷徨った寂しさを、晴らしたくならないことがあろうか――?


「ちゃんと、直ったんですね、提督……。良かった。本当に――」


 身動きも取れぬ恐懼のままに、ヒグマ提督は戦艦ヒ級の接近を許してしまっていた。

 声を上げたら死ぬ。
 逃げようとすれば死ぬ。
 このまま動けなくても死ぬ――!
 彼女の白い微笑を前に、彼はただ、呼吸も心拍も忘れて硬直するだけだった。
 戦艦ヒ級は崩れ落ちるかのように、自身の巨大なヒグマの前脚の膝を、片脚ずつ折った。
 床が撓んだ。


「提督、いつも、ありがとう、ございます……」


 『伏せ』のような姿勢で、ヒグマ提督の目の前数十センチに、戦艦ヒ級の肉体があった。
 瞠目するヒグマ提督の元に、上からゆっくりと屈み込むように、大和の笑顔が降りてくる。


「連合艦隊の、旗艦を務めるよりも、敵戦艦と、撃ちあうよりも……」


 赤い唇の中には、彼女が言葉を紡ぐたびに、鋭い牙が覗いた。
 ヒグマ提督の肉を容易く噛み切ってしまうだろう牙だ。
 その牙が、微笑みと共に、ヒグマ提督の口元へ降りてくる。

 そうして大和の視線は、尻餅をつくヒグマ提督の視線と、同じ高さになった。
 ヒグマ提督はその瞳に、自分の姿を見た。
 どうにもできずに、目の中に踊る、恐れの顔。
 彼の恐怖は、限界を超えていた。


「今、こうしている時が、私は――」
「わ、私を、殺さないでくれェ――!!」


 その時、弾けるようにヒグマ提督は叫んでいた。
 唇を寄せる大和から、精一杯身を退き、身を守るように、両前脚を顔の前に翳した。
 彼は眼をきつく瞑り、涙を零し、裏返った声で懇願した。

 無駄だということはわかりきっていた。
 こんな体勢をとっても、彼女の牙は一撃で彼の腕を砕き、次の一噛みで彼の首を折ってしまうだろうから。
 それでも彼はもはや、そうして身をよじり逃げることしか、考え付かなかった。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


 いつまでたっても、予測していた痛みはこなかった。
 代わりに息を呑む音が、聞こえた。

 とても悲しそうな、嘆息の音だった。
 砕けた歯車が軋むような、そんな声だった。


「……ハイ」


 何か柔らかいものが、翳していた手の甲に、触れた。


「え――」


 眼を開けた。
 ヒグマ提督の手の甲に触れていたのは、大和の唇だった。
 彼の毛皮にそっと口づけをしていた彼女は、そうして再び笑顔を見せる。


「大和は……、ずっと提督の――、あなたの、――……」


 彼女の言葉は、次第にゆっくりと、小さくなっていった。
 大和の姿はそのまま、眠りに落ちるように、翳されているヒグマ提督の腕へと、もたれかかった。
 彼女はそのまま、動かなくなった。
 言えなかった言葉と共に、彼女を動かしていたエンジンは、静かにその灯を、落とした。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


930 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:09:18 DVygM0rE0

「死んだ」


 ヒグマ提督が声を出せたのは、大和が動かなくなってから、さらに何分か経過してからのことだった。
 こわばってしまった前脚を動かすと、大和の体が、そのままヒグマ提督の胸にもたれてくる。
 彼女の姿は、既に冷え切っていた。
 そして、呆気にとられるほど、その上半身は軽かった。


「――死んだ」


 余りにも華奢な少女の死体を胸に抱え、彼は今一度、その言葉を噛み砕くように呟いた。
 腕が千切られ、下半身に潰された巨大ヒグマを接合される異形の少女。
 少女はその異形ごと、確かに息を引き取っていた。
 その死に顔は、どことなく悲しそうな、うら寂しそうな表情をしていた。


「な、んで、大和が……。……なんで私じゃなく、大和が死んだんだ?」


 ヒグマ提督は、未だに状況を理解しきれず、呆然とそう呟くのみだった。

 抱きかかえる大和の体は、ほとんどの内臓と血を、体外に零し尽していた。

 眼を上げれば、室内に引かれた赤い血油の川が見える。
 アスファルト道路に引き摺り削られた臓腑と、凝固する間もなく流れ出した赤黒い血液が、彼女の足跡となって傾いた陽に虹色を浮かべていた。
 それはとっくの昔に、致死量を超えている色だった。


「――もう、死んでいたはずなのに……。
 大和は、私に、『ただ逢う』ためだけに……!?」


 ヒグマ提督へ食らいつくことなく、ただ彼に口づけを施していた彼女の唇は、もう乾き始めていた。


『本当に好きなのなら、「愛は伝わる」ものよ……!? あんたは、本当に怨みなんてないと言えるの!?
 本当にそう、「信じてる」の!? ねぇ、今でも、あんたは愛してるの――!?』


 唐突に、ヒグマ提督の脳裏に、蘇る言葉があった。
 佐天涙子という少女が、怒りと共に、彼に叫びつけていた言葉だった。

 ヒグマ提督は悟った。
 彼女を。戦艦大和をここまで突き動かしていた力は、夢見ていた、愛のような日々だった。
 その力がなくなった時、彼女の機能は停止した。
 その愛が幻想だったと理解してしまった時、彼女は殺された。

 これは轟沈ではない。彼女は生き物だから。
 これはロストとは言わない。血の通う生き物だから。
 死んだのだ。
 彼女は殺されたのだ。
 彼女を殺してしまったのは、他の誰でもない、ヒグマ提督だった。

 日本神話のヒルコのような、子供。
 その子供がもし流された先で生きていたとしたら、自分を捨てた親に怨みを抱かないことがあろうか――?
 海に揺蕩い、彷徨った寂しさを、晴らしたくならないことがあろうか――?


『――だからあの子たちは、自分たちの寂しさを晴らしにくるんだ♪』


 子供は、怨みを抱きはしなかった。
 ただずっと、その寂しさを、癒してもらおうとしていただけだった。
 金髪の無邪気な少女の背中が、ヒグマ提督の前を、風のように走り去っていったように見えた。

 涙が、溢れた。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


「眼を開けてくれぇ――、大和ォ!! なんで、どうして、どうしてこんなことに――!?
 私は、お前に、なんにも……、何一つしてやれなかったのに――!!」

 ヒグマ提督は、慟哭した。
 ありったけの声を振り絞り、叫んだ。
 抱えた少女の遺骸に、欠片でも生気が蘇れ、と、必死に彼は揺さぶった。
 畳の上に横たえ、心臓があるだろう部分に、強く掌を押し付けた。

 うろ覚えも甚だしい、何の意味もない、心臓マッサージ。


『……なぁおい。どうせ艦娘が死のうと、お前には関係なくなるのと、違うか?』


 泣きじゃくりながら拳を少女の胸へ叩き付ける彼へ、背中から低い声がかかった。
 眼帯をつけた凛々しい少女が、そのまま彼の脇を通って、立ち去ったかのようだった。
 マッサージを続けていた手が、止まった。
 彼はまた涙を零して、イヤイヤをするように首を強く振る。


931 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:10:41 DVygM0rE0

「違う! 違うんだ!! 関係なくなんてない!!
 こんなに辛いのに、こんなに悲しいのに――!!」
『私が沈むことが悲しいのなら……天龍や皆の言うことを真摯に聞いて、成長して欲しいネ』


 その肩が、誰かに叩かれたようだった。
 巫女服を纏った亜麻色の髪の少女は、そうしてウィンクを一つだけ投げて、彼の傍から歩み去った。
 その少女の幻影を追って、彼は呟く。


「だって……、成長って、真摯って……、どうすればいいんだよ――」
『……あのねぇ提督。私たち艦娘の仕事って、なんだか解ってる?
 提督のお世話を焼いて日がな一日執務室でイチャつくことじゃないからね?』


 その彼の正面に、座ったまま苦笑を浮かべる少女が見えた。
 銀髪に吹き流しをつけたその少女は、ヒグマ提督に向けて、そのまま肩をすくめて見せた。


『何よ。元々ヒグマの肉で作られてるんだから、良くて3割、悪くて10割狂ってるわよ純正の私達からしたら』
「ヒグマが作ってしまったから……、悪くて、10割、狂ってる――」


 その少女の言葉は、全ての根源が、彼にあることを示していた。
 彼を襲いに来た戦艦大和の精神の在り様も、目の前で温もりを失っていった戦艦金剛の損失も。
 ヒグマ提督が望まなければ、ないし、このような無理強いをしていなければ。
 きっと起こっては、いないことだったのだろう。

 彼は頭を、抱えた。
 身に襲う震えは、恐怖のためではなかった。


「わ、私は――! 大和どころか、誰一人の思いにも、応えてやらなかった――。
 金剛も! 島風も! 天津風も! 天龍殿も!!
 あんなに、あんなに好きだったのに!! 今でも好きなのに!! 愛しているのに!!」


 激しい後悔と自責が、津波のように、彼の心に押し寄せていた。
 自分の望んでいた世界を壊したのは、他の誰でもない、自分自身だった。
 その崩壊は、愛していたはずの少女たちを傷つけ、死に追いやった。
 傷つくことのない世界から彼女たちを呼び出し、殺していたのは、ヒグマ提督だった。

 彼はようやく、そのことに、気づいてしまっていた。


「ごめんよぉ……、ごめんよぉォ……!! ごめん、よぉぉ……。
 な、んでっ……、こんなことを、させてしまったんだ……。
 ビスマルクは……、那珂ちゃんや龍田さんは……、どうしてるんだ……。
 球磨ちゃんだって、この島には確かにいるはずなのに……。
 大和の他にあともう一人、まだ建造途中の子が、いたはずなのに……。
 その子たちにも、私は、こんな宿業を負わせてしまってるのか――!?」

 大和の下半身には、ヒグマの異相がくっついたままだ。
 本来なら、有り得ないはずのことだった。
 だが、愛している女の子の体を取り扱っているのに、途中でそれを放置して出かけるというのもまた、男として有り得ないはずのことだった。


「私が呼び出してきてしまったのに。こんなにも、私のことを思ってくれてるのに。
 私は、彼女たちを省みず、放り出して……」


 何が彼女の身にあったのか知りようもない。
 だが、『大和の深海棲艦化』というその現象もまた、その根本の原因はヒグマ提督にあるものとみて間違いなかった。


「そうだよ……、そうだよな金剛。これがリアル……。これが現実なんだよな……。
 赤疲労もキラキラも目に見えないし。タブから選んだって陣形が決まるわけじゃない。
 ボタン一つで艦娘にバーナーが灯せるわけでも、3分ごとに資材が溜まったりするわけでもないんだ!!
 指輪だって、ケッコンだって――。軽々しい気持ちで、送って良い物じゃないんだよ!!
 ……女の子の心が、金や肉で買えるものか。
 心なんて見えない。狂わせてしまった女の子の心なんて、特に。
 クリックしただけで女の子を作り、クリックしただけで女の子の心まで解体するなんて、有っちゃいけない……ッ、ことだったんだよォ――!!」


 指輪を渡そうか悩んで、保留にしていた。
 あの日の自分が、見えた。

『ケッコンカッコカリ……は、なんか照れくさいしなあ……』

 あの日の純朴だった自分が、とても眩しかった。

 ヒグマが啼いた。
 自分自身を突き刺すように哭いた。
 愛しかった、愛しきれなかった少女の亡骸を抱いて、背骨を震わせてひしり上げていた。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


932 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:14:09 DVygM0rE0

「あぎぃぃぃぃぃぃる……」
「――!?」

 泣いていたヒグマ提督の声にその時、別の、小さな鳴き声が重なった。
 その声は、彼が抱きかかえる、大和の遺体の中から上がっていた。

 うなじの奥のあたりから、その声は聞こえる。
 暫くすると、その中からは、彼女の皮膚を食い破って、何か白い小動物が、顔を覗かせていた。


「お、お前は――」


 それは百貨店の屋上に襲来した、白い深海棲艦の艦載機・『羆嵐一一型』であった。
 ヒグマ提督が眼を見張るや、大和の肩口辺りから次々と、その艦載機が外へ顔を出してくる。
 戦艦ヒ級の体内に残っていたそれら未発艦の艦載機は、母艦の死を察知し、その肉を喰らって最後の整備を終え、生まれ落ちようとしているところだった。


『あのバケモノは、金剛さんの脳を、喰ったのよ――!!』


 佐天涙子の鋭い叱責が、ヒグマ提督の耳を打った。
 その言葉を初めて聞いた時、ヒグマ提督は何を思ったのか。
 それを思い返せば。

 ――金剛はお前のものじゃない。

 というような煮えた怒りだった。
 それは、独占欲にも似た怒りだった。


「お、おい、お前たち!! 大和を喰うんじゃない!!
 大和はお前らの食糧じゃないんだぞ!! 大和は、私がきちんと、弔うんだ――ッ!!」
「あぎぃぃぃ……る!?」


 大和の皮膚からもぞもぞと這い出ようとしているそれら5機の小ヒグマを、彼は怒りに任せて叩き潰そうとした。
 だがその前脚は、驚きと共に反撃してきた艦載機に、逆に深々と噛みつかれていた。

「ぎゃあぁ!? い、痛い、痛い痛い!! や、やめろ、この、艦載機のくせに!!」
「ぎぎぎぃぃぃぃる……!!」

 艦載機たちは、ヒグマ提督の発言に、明らかに侮蔑の意があることを感じ取ったらしい。
 ヒグマ提督に噛みついたもの以外の4機は、彼の声に反応して、大和から飛び立ち、彼の周りを旋回しながらその口吻の機銃を放ち始めていた。


「い、いひゃ!? うああぁぁぁぁぁ!? や、やめてくれぇぇぇぇ――!!」


 機銃の弾で、毛皮が抉られた。
 肉にまで弾がめり込まずとも、擦過痕の皮膚には血が滲み脂肪が覗く。
 痛みに悶え、5機の飛行機にたかられた彼は、蜂の群れに襲われた人間のように、悲痛なステップでダンスを踊るしかなかった。


『「部下」であるお嬢ちゃんたちが反抗的なんなら、きちんと立場をわからせてやればいいんだよ』
『……そうだな。「キミが北岡くんの言う通りなら」、そうなのだろうな』


 そのさなか、痛みに燃える視界に、せせら笑う弁護士と上院議員の姿が映った。
 その弁護士は、優雅にカナッペを頬張りながら、皮肉気にこうも言うようだった。

 「部下」であるお嬢ちゃんたちが反抗的なんなら、きちんと立場をわからせてやればいい。
 ……本当にてめぇが、お嬢ちゃんたちの『上司』にふさわしい仕事をこなしてるならな。
 ……そうじゃなきゃ、立場をわからせられるのは、てめぇの方だって、ことだ

 皮肉気なその瞳の奥に言葉を読み取った瞬間、彼は叫んでいた。


「わ、私は、大和を直轄する司令官、ヒグマ提督であるぞ!!
 上官に対して何たる不届きな行為か、無礼者!! 控えよ!!」


 叫んだ瞬間、ピタリと、旋回していた羆嵐の攻撃が、止んだ。
 その一瞬の静寂の中で、彼は続けざまに言葉を紡ぐ。
 涙混じりに、声を裏返しながら、叫んだ。


「母艦を失った諸君らの沈痛は、私の中腸にも迫るものだ!!
 その悲しみは、今ここで八つ当たりするべきものではない!!
 搭乗員諸君、気をしっかり持て!! ――持たんかァ!!」


 ヒグマ提督は、思い出していた。
 それは地下で、ともに艦これ勢の設立に携わった同胞たちの姿だった。
 艦娘は、決して一人の提督のものではないのだ。
 艦娘は、慕う者全てのもの。そして何より、彼女たち自身のものだ。
 これらは全て、同志でこそあれ、敵ではないはずであろう。

 特に、直轄する提督と、直属の航空部隊。
 彼らが仲間でなくて、何だというのだ。


 ――死んだ者の体を捕食する。

 こうした行為は、ある文化では死者に対する畏敬の念を表すものでもあると、そんな知識を得ていたような気もする。
 戦艦大和に敬意を表する。
 それは、彼女に関わる者としては、第一義たる当然の行為。
 そんな彼らが抱く悲しみもまた、同様のものだった。


933 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:19:14 DVygM0rE0

「あぎぃぃぃぃる……」


 5機の艦載機たちは、ヒグマ提督の言葉を、理解しているようだった。
 それらはヒグマ提督の正面で床に着陸し、整列して深々と、その頭を下げ始める。
 ヒグマ提督に、傅いていた。


「……お前たちも、悲しいんだよな。そうだよな……」
「ぎぃぃる……」
「……もう2度と、こんなこと、起きて欲しく、ないよな……」
「ぎぃぃる……!」


 呟くヒグマ提督に、艦載機たちは、一斉に首肯しながら鳴く。
 その姿を見て、ヒグマ提督の心は、決まった。
 ずっと鍋の底にわだかまっていたようなその感情が、ようやく固まっていた。
 艦載機たちの姿は、小さいながらも、やはり同胞のヒグマだった。
 そして艦娘たちと同様に、彼が弄んでしまった、命の一つだった。


「……一緒に来てくれ。いや、来い。何があるかわからないから……。
 君たちにも、仕事をしてもらわなくちゃいけないかも知れない。
 ……大和の弔いだ。金剛の弔いだ。
 島風の、天津風の、天龍殿の……」
「あぎぃぃぃぃぃ……る!!」


 軽くなってしまった大和の大きな遺体を担ぎながら、ヒグマ提督は彼らに呼びかけた。
 即応した羆嵐の部隊は、彼の周りを直掩機のように旋回し始め、護衛にあたる。
 屋内から路上にまで続く、大和の血と臓物の臭いに、ヒグマ提督は洟をすすった。


「遊び過ぎていた……。いや、遊び半分だったんだ……。
 軽い気持ちで、彼女たちを、こんな不毛な……。
 自己満足すらできないゲームに、巻き込んでしまった……。
 もう二度と、こんなことが起きないように……。
 これ以上事態が、無惨なことになる前に……」


 地下では、膨れ上がった艦これ勢が、何か大きな戦いをしてしまっているらしい。
 情報に疎いヒグマ提督には、彼らが一体何をしているのか、とんとわからない。
 だがこれだけは言える。

 これはもはや、戦争だ。
 彼が始めてしまった、戦争だ。

 戦争を収めるのは、決して一隻の戦艦や、一人の兵士ではない。
 どんなに強い武器や戦士がいても、それでは戦争は終わらない。
 戦争を終結させる宣言を出すのは、いつだって、司令官の役目だ。

 それが彼の、ようやく見つけた、責任の取り方だった。
 大和の体を担ぎながら、彼はごしごしと、泣き腫らした眼を拭った。


『提督、どうか武運長久を……。私、向こう側から見ているネ!』
『大和は……、ずっと提督の、あなたの――』

 二つの手が、背中を押してくれたような気がした。
 ――その声に、今度こそ私は、応えられるのだろうか?


「……ゲームはもう、片付ける時間だ」


 終わらせよう。
 自分が始めてしまった、この大きすぎる遊びを。

 ブラウザを閉じよう。
 暁の水平線に、彼女たちがちゃんと、眠れるように。


【大和(戦艦ヒ級)@艦隊これくしょん、ヒグマ・ロワイアル 死亡】


【C-5 街/午後】


【穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:ダメージ(中)、全身にかすり傷、覚醒
装備:羆嵐一一型×5、大和の遺体
道具:なし
基本思考:ゲームを終わらせる
0:責任を取るよ、大和、金剛……。
1:艦これ勢を鎮圧し、この不毛な争いを終結させる。
2:島風、天龍殿、天津風、ビスマルク、那珂ちゃん、龍田さん、球磨ちゃん……。
3:私はみんなが、艦これが、大好きだから――。もう、終わりにしよう。
4:大和を弔う。彼女がきちんと、眠れるように。
※戦艦ヒ級flagshipの体内に残っていた最後の航空部隊の指揮権を勝ち取りました。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


934 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:19:42 DVygM0rE0

 結髪して妻子となるも
 席 君が床に暖めず
 暮れに婚して 晨に別れを告ぐとは
 乃ちはなはだ匆忙(そうぼう)たること無からんや

 君 今 死地に往く
 沈痛 中腸に迫る
 誓いて君に随いて 去らんと欲するも
 形勢 反って蒼黄たらん

 新婚の念を為すなかれ
 努力して戎行(じゅうこう)を事とせよ
 婦人 軍中に在らば
 兵気 恐らくは揚がらざらん

『髪を結って、あなたの妻となったつもりでしたけど。
 あなたと一緒に眠ることもできませんでしたね。
 ケッコンして一日も過ごせず別れなくちゃならないなんて。
 本当に、せわしないことですよね……』
『でも、あなたは今、いつ死ぬかわからないような場所にいるんです。
 悲しみは沈んで、はらわたを裂くようですけれど。
 私もあなたと一緒にいきたいと思うのですけれど。
 ……ごめんなさい。それは、あなたの為にならないんだって、わかりましたから』
『……だから、どうか考えないで下さい。私のことなんて。
 ただ力を尽くし、任務を遂行して下さい。
 女の子のことを、軍中の兵士が未練に思ってしまったら。
 士気なんて、揚がるわけありませんから――』


(杜甫『新婚別』より抜粋・拙訳)


935 : わたしを殺さないで ◆wgC73NFT9I :2015/11/26(木) 00:21:42 DVygM0rE0
以上で投下終了です。
続きまして、浅倉威の精、シーナーで予約します。


936 : 名無しさん :2015/11/26(木) 01:46:57 MyE5ipH20
投下乙です
前半がホラー過ぎてちびりそうになったが…
おおう…予約に時点でついに提督の葬式が始まるのかと思っていたら
ヒ級ちゃんがお亡くなりに…本当はアニラ達との戦闘で致命傷を負っていたけど
提督に逢う為だけに生きていたんだな…泣いた。

ヒグマ提督もやっと落とし前をつける覚悟が出来たみたいですね。
今の混乱の元凶ともいえる彼の行く末はいかに


937 : ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:29:47 OzeI1ik20
予約分を投下します。

繰り返しますがこの予約は、シーナーと浅倉威の精のものです。


938 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:30:30 OzeI1ik20
 森にほど近い、ぬかるんだ街並みを、音を立てて走る一台のバスがある。
 その小型バスの側面には『灰熊飯店』という文字が描かれている。
 グリズリーマザーの宝具である、屋台だ。

 後部から覗ける車内には、ヒグマが2頭、人間と思しき者が5名乗り込んでいる。

 ヒグマの一頭は、もちろんこの屋台を運転している青毛のヒグマ、グリズリーマザーだ。
 そしてもう一頭は、人間に近い骨格をし、ナース服を纏っているヤスミン。
 彼女の座席の反対側には、黒いカソックを纏った修道士風の男が黙然と座っている。
 ヤスミンも彼も、しきりに車外を気にかけているようだ。

 後部座席の方には、4人の人物がかたまっている。
 青いつなぎを着て、油気の無い髪を粗いポニーテールにしている血色の悪い少女。
 小学生ほどの体格ながら、利発そうな雰囲気を隠さぬ白人の少年。
 あえて無個性を醸し出しているかのように特徴を沈めた、黒髪とそばかすの少女。
 頭部に奇怪な塔を載せた、巫女風の衣装の背の高い娘。

 一見してあまりにもアンバランスなグループに思える彼女たち4人はしかし、会話の輪を作って談笑している。
 中でも、そばかすの少女の表情が、群を抜いて嬉しそうだった。


「修学旅行でもこんなに話したことなかったわ。あなたたちと話していると本当に楽しい」
「それはお姉さんたちが綺麗で素晴らしい人だからですね。僕もお話しできて楽しいです」
「ありがとうございます、ロビンさん。でも、褒めても何も出せませんよ?」
「……戦場でのレーションの美味しい食べ方の話とかは、普通に興味深かったし」

 白人の少年、背の高い娘、血色の悪い少女、と会話が続く。
 そばかすの少女は嬉々とした表情で、次なる話題を提供しようとしていた。


「じゃあ、次は何かみんなでゲームをしてみない? 修学旅行でもできなかったから。
 ずっとしてみたかったのよ、バスの中でみんなでゲームするって」
「へぇ、例えば何ですか?」
「ええと、ええと……。例えば伝言ゲームとか、ビンゴとか……、早口言葉とか!」
「ああ、じゃあやってみますか? 早口言葉。――どうですそっちの皆さん?」


 ロビンという少年が、前の座席の者たちに話を振った。
 カソックの男は、ヤスミンやグリズリーマザーと顔を見合わせる。
 依然として流れてゆく周囲の景色に警戒しながら、苦々しく彼は言った。

「……あまり気を抜き過ぎるなよ少年。何がやってくるかわからんのだからな」
「ですが、あまり緊張しすぎるのも精神上良くありませんね」
「とりあえず、今のところ前方には何もないよ? 良いじゃないか、マスターたちには少しくらい休息がないと!」

 彼の煮え切らない反対票の上には、賛成票が二つ被ってきた。
 そばかすの少女が、心底無邪気な笑顔を浮かべていた。


「やったぁ! じゃあ私から、私から! えっと、えっと――、『バスガス爆はちゅ』!!」
「縁起悪いですよ……」
「……こんな簡単なの噛むなよ」
「でもそこが可愛いね、お姉さん」

 周りからの声が何を言おうと、そばかすの少女は嬉しそうだった。

「じゃあ次はあなたよ」
「私ですか……。そうですね……」

 お鉢を回された背の高い娘は、憂いを帯びた眼を伏せた後、姿勢を正して呟いた。


「……『抜きにくい釘、引き抜きにくい釘、くぎ抜きでも抜けぬ艦橋の釘』」
「……これはひでぇ」
「絶望感が漂ってくるね……」
「あなた、そんなに大変だったの、その艦橋の修繕……?」
「ええ……、ほぼ実話みたいなものです。お次をどうぞ、ロビンさん……」

 顔に陰りを落としたまま、娘は少年へと掌を向ける。
 ロビンという少年は、暫し考えを巡らせた後、運転席のグリズリーマザーを見やり、さらりと言った。


「そうだね。じゃあ――、『Freshly fried fresh flesh』とか」


 一瞬、後部座席の面々は硬直した。

「……は――?」
「……なんて、おっしゃいました?」
「……『油で揚げたての新鮮な肉』、よね?」

 まともに彼の英語を聞き取れて訳せたのは、そばかすの少女ただ一人だった。
 ロビンは頷き、愕然としている血色の悪い少女に向けて苦笑を見せる。


939 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:31:25 OzeI1ik20

「そうです。智子さん、グリズリーマザーさんが同じような技を持ってるんだから、これくらいわからないとダメですよ」
「いきなり英語とか、き、聞きとれねぇよ……、LとRが……」
「ふふっ、こんな簡単な英語もわからないなんてね?」

 そばかすの少女は、智子という少女が震えているのを良いことに、これでもかというほど得意げな表情でそう言い放った。
 聞き流していたのかと思いきや、先程の智子の発言をしっかりと根に持っていたらしい。
 智子は思わず目尻を痙攣させた。


「どうせ、早口言葉もできないんじゃない? 普段からあなた、どもってるし」
「て、めぇ……、調子、の、乗るんじゃねぇ、ぞ……」
「無理しなくていい。別にあなたの個性を否定してるわけじゃないから?」

 どろどろとした怒りを口から溢れさせる智子に対し、そばかすの少女は余裕の表情で胸を張ってみせる。
 智子は今にも殴りかかりそうな様子で、見開いた目を彼女に向けていた。

「こ、後悔、させてやるぞ……、私に、そんなこと、言いやがって……」
「ま、まぁまぁ智子さん、所詮遊びだからね!?」
「ロ、ロビンさんの仰る通りですよ! か、簡単なのでいいですから、どうぞ!?」

 慌てて宥めにかかったロビンたちに制され、智子は大きく息を吸った。
 そして細く、静かに、息を吹き出す。

「開合(かいごう)さわやかに、あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろを――」
「何それ? 五十音表言ってるだけじゃ――」

 呟かれる呪文のような言葉に、そばかすの少女は多寡をくくって笑顔を見せる。
 だがその次の瞬間、智子の口からは、怒涛のような文言が溢れ出てきていた。


「……『一つへぎへぎに、へぎ干し、はじかみ。盆まめ、盆米、盆ごぼう。
 摘蓼(つみたで)、摘豆(つみまめ)、つみ山椒(ざんしょう)。
 書写山(しょしゃざん)の社僧正(しゃそうじょう)。
 粉米(こごめ)の生噛み、粉米のなまがみ、こん粉米の小生(こなま)がみ。
 繻子(しゅす)ひじゅす、繻子、繻珍(しゅちん)。
 親も嘉兵衛(かへえ)、子も嘉兵衛、親かへい子かへい、子かへい親かへい。
 古栗(ふるぐり)の木の古切口(ふるきりくち)。
 雨合羽(あまがっぱ)か、番合羽(ばんがっぱ)か、貴様のきゃはんも皮脚絆(かわぎゃはん)、我等がきゃはんも皮脚絆。
 しっかわ袴(ばかま)のしっぽころびを、三針(みはり)はりなかにちょっと縫うて、縫うてちょっとぶん出せ。河原撫子(かわらなでしこ)、野石竹(のぜきちく)。
 のら如来、のら如来、三(み)のら如来に六(む)のら如来。
 一寸先(ちょっとさき)のお小仏(おこぼとけ)にお蹴つまずきゃるな、細溝(ほそどぶ)に泥鰌(どじょ)にょろり。
 京のなま鱈、奈良なま学鰹(まながつお)、ちょっと四、五貫目(し、ごかんめ)。
 お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ、茶立ちょ、青竹茶筅(あおだけちゃせん)でお茶ちゃと立ちゃ』――」


 30秒。
 その津波のような30秒が過ぎ去った後、車内には、完全に気圧された沈黙があった。
 智子は静かに眼を上げた。


「――まだ、続けても良いんだが?」
「……ごめんなさい」


 隈の目立つ智子の視線が見据える先で、そばかすの少女は、震えながら頭を下げていた。


    @@@@@@@@@@


「か、会話じゃなけりゃ、な……。言えるんだよ。会話じゃなけりゃ……」
「智子さん、どこで覚えたんですか、そんなすごい言葉……」
「いや、カッコだけでも声優目指した奴なら、誰でもこれ知ってるから……」

 一転してビクビクとした様子で、智子はロビンからの言葉に身を竦める。


「……もっと上手い奴も、もっと早い奴も、もっと声の綺麗な奴も山ほどいるし、わ、私のなんて、カスみたいなもんだ……」
「いや、そんなことないよ! 流石アタシのマスターだ! すごいよ――」

 智子に、運転席の方から朗らかにグリズリーマザーが声を掛けていた。
 笑みが見交わされる。

 その瞬間だった。

 唐突に、ステアリングが不自然な挙動をしていた。


「え――」


940 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:31:52 OzeI1ik20

 グリズリーマザーが反応する間もなかった。
 焦げ臭い異臭と共に、急激にバスのハンドルが取られる。

「なっ、これは――」

 タイヤが滑る激しい音と共に、屋台のバスは勢いよく横転する。

「へやぁ――!?」
「くっ――!?」
「何――!?」
「扶桑――!!」
「むくろさ――」
「何が――」
「エンジンに――!?」

 乗客となっていた者全員が、座席から投げ出される。
 悲痛な叫びが響く中で、唯一シートベルトを締める運転席にいたグリズリーマザーが、一段と悲痛な声を上げていた。

 ――彼女は、バスに一体何が起こったのかを、目撃してしまっていた。

「みんな、逃げてくれ――!!」


 その叫びの直後、バスが、爆発した。
 運転席の直下から噴き出し、グリズリーマザーを飲み込むその爆炎を、嫌にゆっくりと、智子の視界は捉えていた。


    @@@@@@@@@@


「マスタァァアァ――!!」


 智子の耳に聞こえたのは、グリズリーマザーの叫び声だった。
 迫る熱風の中、彼女の青い毛皮が、智子の体を包んでいた。
 ガラスの割れる音。
 熱風。
 轟音。
 水音。
 ぬかるみに濡れていく体。

 智子を掻き抱くグリズリーマザーは、爆炎に巻き込まれた直後、その宝具を用いて即座に自身をマスターの目の前に再召喚していた。
 マスターたる少女を抱きかかえ、爆発から逃れるように車外へ飛び出した。
 智子は彼女に守られていたのだ。

 それを察し、智子は震えながら感謝を述べようとする。


「あ、ありがとう、グリズリーマザー……」

 だがその瞬間、目の前を覆っていた青い毛皮は、次第に空気に溶けるように薄れていった。
 その姿が完全に消える前に、智子の目には、グリズリーマザーの背中が爆風や破片で大きく抉られ、焼け焦げているところが映った。

「え……」

 智子は、呆然と身を起こした。
 横倒しになったバスが、引き千切られたように捩れ曲がり、炎を上げていた。

 その周囲には点々と、黒こげになった人型が転がっている。
 成年男性の形をした炭が1つ。
 成年女性の形をした炭が2つ。
 少女の形をした炭が1つ。
 少年の形をした炭が1つ。

 智子がそれを、バスに同乗していた全ての人物の死骸だと理解するまでに、それほど時間はかからなかった。


「バ……、『バス、ガス爆発』……」


 縁起悪いですよ……。という、そんな声が繰り返されたような気がした。
 縁起が悪いどころではなかった。
 目に映る事象を受け入れられず、智子は眼を見開いたまま、ただ呆然と座り込むことしかできない。

 その彼女の前に、何かが蠢動しつつ地面を近づいてくる。

「ほ、へ……?」

 呆けた彼女の前に蠢いているのは、白いゲル状の液体だった。
 18禁動画やエロゲーの画面の中で見たことのある物体だった。
 知識上、それは確かに智子でも知っているようなモノではあった。

 だが、実物を見たことはない。

 その鼻を突くようなカルキ様の濃い異臭。
 白濁した液中に、糸を引いて覗く透明体と粒状塊のあらまし。

 そんなものを間近で見るのは、これが初めてだった。

「え……、え……?」

 なんでそんなものが自律的に動いているのか、智子には理解できなかった。
 仲間が全員爆死した後で、理解しろという方が無理だ。
 仲間が死んでなくとも無理だ。

 そして理解できぬ間に、その白濁液は、勢いよく智子に飛び掛かろうとしていた。


941 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:33:10 OzeI1ik20

「――ダメだマスター!!」
「ふひぃ――!?」


 その瞬間、智子の体は、勢いよく後ろに引っ張られた。
 飛び掛かる白濁液を躱し、ぬかるみから抱え上げられた彼女の体は、青い毛皮の中にあった。

「グ、グリズリーマザー……!?」
「くっそ……、あの爆発でも吹き飛びきってなかったのかい……!
 こんなナリでも知性があるたぁ……。マスターの令呪を食いつぶしたくはなかったのに……」

 智子の手の甲に刻まれていた令呪は、消滅していた。
 先の戦闘での消耗が1画。
 バスの爆発から守られる際に1画。
 そしてグリズリーマザーが、みたびその宝具を解放しマスターを守った1画。
 合計3画が、綺麗になくなってしまっていた。


「い、一体、何!? 何なんだよぉ、これぇ――!?」
「知らん――!! こいつが、後からアタシの屋台にいきなり這い登ってきたんだ!!
 タイヤをスリップさせ、エンジン内に入り込んで燃料を爆発させやがった……!!」

 なおも目の前に這い寄ってくる白濁液からじりじりと距離を取りつつ、グリズリーマザーは歯噛みする。
 慄く智子をしっかりと抱きかかえ、そのヒグマは牙を噛み締めてタイミングを計った。

 そして、再び白濁液が飛び掛かってきた瞬間、居合抜きのようにその爪が走った。


「『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』!!」


 煌めくその斬撃が、白濁液を切り裂き、細胞たちを殺戮する。
 だがその白濁液は、そのままグリズリーマザーの手に絡みつき、その前脚を這い上ってきた。

「な、なに――!?」

 『活締めする母の爪』は、確かに僅かにでも触れたその細胞群を、死に至らしめた。
 だがその白濁液は、増殖に増殖した、数十兆を超える生殖細胞の群体だった。
 触れられた部分の細胞と、その他の部分の細胞とは、別個の独立した生殖細胞として活動している。

 数十兆の個体の内、数万、数億が死滅したとしても、物の数ではない。

 それら一群の細胞たちは、一斉に青い毛皮を這い、グリズリーマザーの下腹部から会陰の内側へと殺到していた。


「な、が――!? マ、マス、タ――、おがぁぁぁアァァァ――!?」


 驚愕の直後、グリズリーマザーは苦痛に身を捩った。
 路上に智子の体が投げ出される。

「あいたっ――」

 尻餅をついた直後、眼を上げた智子の前で、グリズリーマザーの体が膨れ上がった。
 そしてその体は、軽快な音を立てて炸裂した。


「――グッハハハハハハハハハァ!!」


 あたりに、そんな恐ろしげな笑い声が轟いた。
 智子にとっては、嫌になるほど聞き覚えのある声。
 ついさっき、聞いたばかりの声だった。


「……よぉお、また会ったな。メスガキぃ……!」
「ひ、あ……」


 炸裂したグリズリーマザーの血肉があたりに降りしきる中、その爆心地に佇む全裸の男が、その逞しい体を立ち上がらせていた。
 ごきごきと首を鳴らす彼の総身には獣毛が生え、伸びたその髪の隙から覗く顔には牙が見える。
 ついさっき、死闘を繰り広げたばかりの男の姿に、智子は恐怖の声を上げた。


「あ、あ、浅倉威――……!?」
「さぁぁて……。どうお礼してくれたもんかねぇ――!!」


 血潮に濡れた髪を掻き上げ、浅倉は、野獣の笑みに唇を引き裂いた。


    @@@@@@@@@@


942 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:33:54 OzeI1ik20

「いやぁぁぁぁぁ――!?」

 智子の青いつなぎが、爪の一撃で引き裂かれる。
 ぬかるむ道路の上で、発育の悪い彼女の体は、いともたやすく浅倉威に押し倒された。


「……まぁお礼参りの仕方なんて、喰ってやるしかねぇからな。
 内側から喰わさせてもらうぜ、メスガキ」
「ひ、ひぃぃ――」

 智子の咽喉は恐怖に引き攣る。
 仰向けに押し倒された目の前には、ケダモノじみた全裸の男の、股間がある。

 そのど真ん中に屹立する器官の威容と、そこから漂う臭気は、女性に本能的な恐怖をもたらすものであった。
 その恐怖は、同時に渇望でもあった。
 智子の精神は、目まぐるしく振り切れる情動と感覚に、耐えきれなかった。
 未成熟な彼女の前に突き付けられるには、それは余りにも酷な代物だった。


「おげろぇぇぇ――!? ごばっ――、ごへぇ――!?」

 恐怖を拒絶して、智子は吐いた。
 仰向けになっていたせいで吐瀉物が逆流し、気管に入って噎せた。
 その様子に、浅倉は智子に馬乗りになりながら笑みを零していた。


「クッハッハ……、マジで惜しかった。良いセンスしてたぜお前。
 『咽喉にクソゲロ詰めて死ぬ』のはテメェだったが……。
 ――俺が本当に『腐れチンボコ野郎』かどうか、死ぬ前に確かめてみるんだなァ!!」


 破かれたつなぎの隙間から、色気のないブラジャーが引き千切られた。
 ほとんど膨らみの無いあばらの浮いた胸部から、臍の目立つ腹部へと浅倉の爪が下り、腰の下までつなぎが引き裂かれてゆく。

「あぁ? なんだテメェ、ノーパンだったのかよ。こう見えて誘ってたってかァ? 良かったなぁあぁ!!」
「や、やべてぇ……、見る、なぁ……っ!!」

 涙を零しもがく彼女の細い脚にも、容赦なく浅倉の脚が絡み押さえつけてくる。
 Tanner分類のⅠ度に低迷する、同年代の女子と比較して余りにも貧弱な智子の体が、その凶暴な男性の直下に晒されてしまっていた。

 浅倉は、そんな少女に対する配慮など一切しなかった。
 ただ一息に、未成熟な彼女の対応器官とは不釣合いに巨大なその股間の器官を、彼女の体内へ突き込むだけだった。


「ひぎゃぁあぁぁあぁぁ――!?」


 脳天を突くような痛みに、智子の体が弓なりに反った。
 がくがくと痙攣する彼女を省みることなく、浅倉は鮮血の零れる彼女の会陰部へ、暴力的にその衝動を叩き付ける。
 口角からあぶくを吹き、白目を剥きながら、智子は咽喉を絞る。

 浅倉がその腰部を叩き込むたびに、痛々しい濁音が鳴った。
 だがその音には次第に、高い水音が混ざってくる。
 苦痛に喘いでいた智子の呻きにも、次第に熱いものが籠ってくる。


「あっ、あうっ、ううぅ――、こ、こんなのが、初めてなんて……っ」
「初めてで最期なんだぜぇ!? せいぜい楽しめや、オラァァ!!」
「あひっ!? いひぃ――!?」


 智子は、そんな自分の身体の反応を拒絶するように、首を振った。
 自由にならないその体はしかし、上気して赤くなっている。
 舌を出し喘ぐ彼女の表情を歪ませているのは、果たして苦痛なのか歓喜なのか、わからなかった。

「おごぉおぉ――! 感じりゅ、感じひゃぅ、ごんなのでぇぇぇ――!!」
「よぉし、どんどん行くぜぇ――!!」
「あぎゅぅうぅうぅぅ――!?」

 浅倉はその機を見計らってか、一段とその腰の挙動を激しくした。
 突き込まれる熱源に、智子は身を捩る。
 だがその動きは始めと違い、むしろその熱に自分から絡みついていくかのような動きだった。
 細く白いその肢体が張り詰め、ぬかるみに汚れる。
 野獣の体毛が、少女の柔肌と擦れ合う。

「やだ、怖い、ごわぃひいぃぃ――! こんなのならフェロモン、要らな、ぃぐぃぃ――!?」
「騒がなくてもすぐに喰い尽してやるぜぇぇぇ――!!」
「あっ、あっ、やっ、あぐぅ、いぎゅぅうぅうぅぅ――!?」

 自分の体内で智子は、その熱の脈動が変わったことを感じた。
 内奥深く突き込まれたその脈動の意味するところを理解し、智子は悲痛な叫びを上げた。


「や、やだ、やだぁぁぁ――、助げで――ッ!!」
「おら、行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇ――ッ!!」


943 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:35:01 OzeI1ik20

 涙を零す彼女の体を抱え込み、浅倉は智子の体内へと、大量の体液を射出していた。
 彼女の滑らかな腹部を波打たせるほどの勢いで、熱い液体が注がれる。
 智子は身を反らして咽んだ。

「あっ、あっ――、ぁあぢゅいぃぃぃぃぃ――!!」

 両者の接している腰部から、溢れた白濁液が吹き零れる。
 痙攣し脱力した彼女の様子に、浅倉は満足げに笑う。
 これですぐにでも、彼女の体内を食い破り、また新たな浅倉が生まれ落ちてくるはずであった。


「ふぅ、もう終わりだな――」
「……ええ、もう終わりです」


 そんな一仕事を終えて息を吐いた浅倉の肩を、背後から叩くものがあった。
 突風のコミューターに乗って今この世に着いたように、それは突然出現していた。

 振り向いた彼の前に立っていたのは、真っ黒なヒグマだった。
 枯れ木のような痩せたヒグマが、その表情に怒りを湛えて、彼を睨みつけていた。


「――いい加減に、して下さい」


 ヒグマはそう言って、浅倉の顔面を思い切り殴った。


    @@@@@@@@@@


「グアァァァァァァァ――!?」

 その拳で、浅倉は路上に張り飛ばされた。
 ヒグマは彼を怒りの視線で見下ろしながら、苦々しく言葉を吐き捨てる。


「カルテを書いていて、私はこれほどまでに恐怖を感じたことはありません……。
 ……あなた、ヒト半分はどこにあるんですか? 気の半分を無くしたんですか?
 魂が希薄なくせに、ここまでタチが悪いとは……。もう半分の本体はどれほど悪性なんですかね……」
「――何言ってやがる……ッ! 何者だテメェ!!」
「ヒグマ帝国の、シーナーです」


 立ち上がった浅倉の前で、シーナーはその痩せた前脚を額にやり、落胆の色を示しているのみだ。
 浅倉は、倒れたままの智子を見やる。
 既に新たな浅倉が食い破っていておかしくない彼女の肉体は、まだ浅倉が押し倒した格好のまま朦朧としている。

 
「……出てきやがらねぇ! テメェが何かしたって訳だ……!」
「ええ。私です……」

 浅倉の鋭い言葉に、シーナーは応答するのも疲れるかのように呟きを返す。
 浅倉は、彼へ牙を剥き、舌なめずりをしてみせた。


「……じゃあつまり、まずテメェを喰ってからにしろって訳だなぁ……?」
「違います。これは全てあなたの見ている幻覚なのですから、そんなことはできません……」
「ハァ? 幻覚だぁ――?」

 浅倉は、ヒグマの疲れたような言葉を理解できず、舌打ちする。


「良かった……。良かったよぉ……」

 その時、倒れていた智子が、鼻をすすり上げながら身を起こしていた。
 破れたつなぎを掴んで体を覆う彼女は、涙を零しながら、何もない後ろの方へと顔を向けた。
 そうして精一杯微笑みながら、手を振る。


「安心してくれ、みんな……。私はこんな腐れチンボコ野郎に犯されてなんかないし……。
 グリズリーマザーもロビンも、こんな目にはあってないから……。
 こんな野郎の幻覚じゃなく、次の話を見てくれよな……。よろしくな……」
「誰に言ってやがるこのガキ……!」


 気が触れてしまったような智子の挙動に、浅倉は舌打ちする。

「とにかくテメェは……、食い殺してやるぜぇぇぇ――!!」

 浅倉は彼女を捨て置き、振り向きながら、シーナーに向けて思いきりその腕を振り被っていた。


「あぁ……。ようやく、焼けましたか」
「な、に――」


 だがその瞬間、中途半端に爪を振り抜いた空中で、浅倉の動きは止まっていた。
 どんなに力を込めても、彼はもうそれ以上動けなかった。

 眼球が焼けていくかのように、目の前のヒグマの姿が、視界が、真っ白く塗り潰されてゆく。
 浅倉の全身を、例えようもない熱さが襲う。

 浅倉威の世界は、じりじりと焼けて、真っ白に固まっていった。


    @@@@@@@@@@


944 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:36:45 OzeI1ik20

「――久々に、恐ろしい思考を覗いてしまいました……」

 アスファルト道路の上で、真っ黒なヒグマが一頭、ぽつりとそう呟いていた。
 彼の目の前には、剥き出しのアスファルトの上で白く固まっている、蛋白質の塊があった。

 目玉焼きの白身のように干乾びてしまっているそれは、『浅倉威の精』とされる、大量の白濁液だった物体だ。


「もしこれが、グリズリーマザーさんの屋台に追いついてしまっていたらと思うと……。
 いえ、やめましょう……。とりあえずこの細胞群は死滅したのですから……」


 佐倉杏子たちを殺滅し、そのヒグマ――、シーナーは、北へ急ぎ走っていた。
 そのさなか、彼は偶然にも、目の前のぬかるんだ道をかなりの速度で蠢き走っていく、大量の白濁液を目撃してしまっていた。
 ヒグマの中でもかなり色々なモノを見聞してきた彼ではあるが、そんな凄まじい光景を目にした時は、流石に驚愕で呆然とするしかなかった。
 いくら同じ男性といえど、そんな名状しがたい代物は、十分シーナーの心を寒からしめた。

 彼は生理的な気持ち悪さと恐怖を感じて、その白濁液を幻覚で誘導し、乾いた路上に留めていた。
 正直、今すぐオートクレーブにでもぶちこんで殺菌殺滅したいところだったが、無い以上仕方がない。
 津波の洗った熱いアスファルト道路の上で、彼は日差しを以てその白子を塩焼きにしたのだ。

 この塩焼きは、あくまでその白濁液が勝手に焼けるような場所に留まっていたがための自然死である。
 そのため、先の佐倉杏子たちの同士討ち然り、彼が参加者を直接殺したことにはならない(と、シーナーはそう解釈している)。
 この白濁液が参加者なのかどうかも判然としなかったが、念には念を入れて彼はそうした。
 というか直接触りたくなかった。

 その間に覗いていた『浅倉威の精』の思考は、驚くべきものだった。
 蠢く白濁液そのものの様態以上に、予測された未来のシュミレーションは心を寒からしめた。
 それはある意味、先の相田マナという少女の思考よりも生々しく恐ろしかった。
 このゲル状物の群れを先に行かせてはなるまい――、と思ったシーナーの直感は、正しいものだったことになる。


「グリズリーマザーさんもそうですが、なぜヤスミンがこんな所に……?
 マスターだというあの少女は、亡くなっていたはずでは……?
 あの神父のような方も、魔術師だったはず……。私のいない間に帝国で何があったのですか……?」


 浅倉威という、参加者だった男は、つい先ほどまで、グリズリーマザーや医療班のヤスミンが同行する人間の一段と戦闘を行なっていたらしいのだ。
 しかも、その人間たちのほとんどは正体が掴めない。
 そばかすの少女と、背の高い娘は、シーナーの全く知らない人間であるし、残りの3名は既に死んでいるはずの人間だ。

 ヤスミンが同行している以上、何かしら正当な理由はあるのだろう。
 だが、現在の地下の状況確認とも合わせ、彼女に会って確かめないわけにはいかなかった。

 彼は、西方に折れようとしていた歩みを、東の方角へと向ける。
 この白濁液以外にも、本体たる浅倉威の半身がどこかにいるのだろうが、今はそんなもの捨て置くしかない。


「とにかく、もう少しですね……、女性に対する畏敬の念というものを抱きましょう、あなたは」


 日差しに焼け死んだ白子の群れへと虚しく言葉を投げ、シーナーはがっくりと疲れた様子で立ち上がった。

 薄情と情けを持って、彼はまた往診に向かう。


945 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:38:45 OzeI1ik20

【浅倉威の精@仮面ライダー龍騎 死亡】


【F-3とF-4の境界付近 街/夕方】


【穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(大)、疲労(極大)
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:ヒグマに仇なす者は、殺滅します
1:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
2:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
3:モノクマさん……あなたは、殺滅します。
4:懸案が多すぎる……。
5:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
6:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
7:佐倉杏子さん……、惜しい若者でした……。もしも出会い方が違えば……。
8:何があったのですか、ヤスミン……。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


946 : ロシアン・トビスコープ ◆wgC73NFT9I :2015/12/02(水) 14:40:49 OzeI1ik20
以上で投下終了です。

続きまして、黒木智子、クリストファー・ロビン、言峰綺礼、扶桑、戦場むくろ、
グリズリーマザー、ヤスミン、ヒグマードで予約します。
こんな野郎の幻覚じゃなく、次の話を見てくれよな……。よろしくな……。


947 : 名無しさん :2015/12/04(金) 11:12:52 fHHrKmYM0
投下乙
浅倉さんによるレイプ地獄でロビカスチームも全滅かー…と思ったらなんだ夢か。ありがとうシーナーさん
味方だと本当に頼もしいわこの人。てか最近ヒグマと参加者のボケとツッコミが逆転しつつある気がする


948 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:19:30 3Nwtx8OY0
予約分を投下します。


949 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:20:13 3Nwtx8OY0
 森にほど近い、ぬかるんだ街並みを、音を立てて走る一台のバスがある。
 その小型バスの側面には『灰熊飯店』という文字が描かれている。
 グリズリーマザーの宝具である、屋台だ。

 その車内には、ヒグマが2頭、人間の姿をした者が5名乗り込んでいる。

 ヒグマの一頭は、もちろんこの屋台を運転している青毛のヒグマ、グリズリーマザーだ。
 そしてもう一頭は、人間に近い骨格をし、ナース服を纏っているヤスミン。
 彼女の座席の反対側には、黒いカソックを纏った修道士、言峰綺礼が黙然と座っている。
 ヤスミンも彼も、しきりに車外を気にかけているようだ。

 後部座席の方には、4人の人物がかたまっている。
 青いつなぎを着て、油気の無い髪を粗いポニーテールにしている血色の悪い少女、黒木智子。
 小学生ほどの体格ながら、利発そうな雰囲気を隠さぬ白人の少年、クリストファー・ロビン。
 あえて無個性を醸し出しているかのように特徴を沈めた、黒髪とそばかすの少女、穴持たず696。
 頭部に奇怪な塔を載せた、巫女風の衣装の背の高い娘、扶桑。

 一見してあまりにもアンバランスなグループに思える彼女たち4人はしかし、会話の輪を作って談笑している。
 中でも、穴持たず696――戦刃むくろという名を持つヒグマの表情が、群を抜いて嬉しそうだった。


「修学旅行でもこんなに話したことなかった。あなたたちと話していると本当に楽しい」
「それはお姉さんたちが綺麗で素晴らしい人だからですね。僕もお話しできて楽しいです」
「ありがとうございます、ロビンさん。でも、褒めても何も出せませんよ?」
「……戦場でのレーションの美味しい食べ方の話とかは、普通に興味深かったし」

 ロビン、扶桑、黒木智子、と会話が続く。
 戦刃むくろの記憶と姿を持つ彼女は、嬉々とした表情で、次なる話題を提供しようとしていた。


「じゃあ、次は何かみんなでゲームをしてみない? 修学旅行でもできなかったから。
 ずっとしてみたかったの、バスの中でみんなでゲームするって」
「へぇ、例えば何ですか?」
「ええと、ええと……。例えば伝言ゲームとか、ビンゴとか……、早口言葉とか!」
「ああ、じゃあやってみますか? 早口言葉。――どうですそっちの皆さん?」


 クリストファー・ロビンが、前の座席の者たちに話を振った。
 言峰綺礼が、ヤスミンやグリズリーマザーと顔を見合わせる。
 依然として流れてゆく周囲の景色に警戒しながら、苦々しく彼は言った。


「……あまり気を抜き過ぎるなよ少年。何がやってくるかわからんのだからな」
「……ええ。少し、緊張感を持っていた方が良さそうです」
「……ごめんねマスター。でも、そろそろおしゃべりは切り上げとくれ」


 ロビンの問い掛けには意外にも、明かな反対票が3つ返ってきた。
 そばかすの少女は、きょとんとした表情を浮かべていた。


「えっ――、駄目なの……? バ、『バスガス爆はちゅ』……」
「噛んでますよ、むくろさん……」
「せめて『バスガス爆発しかし奇跡的に死傷者ゼロ』って言えよ。縁起悪い……」

 呆然と呟いた彼女の言葉には、周囲の女子から一斉に苦言が返る。
 扶桑が智子の流暢な早口言葉に拍手する中、穴持たず696は風船が萎むように一気に項垂れてしまった。

「わ、すごいですね智子さん」
「いや、カッコだけでも声優目指した奴なら、誰でもこれくらい言えるから」
「え……? 私、智子さんに滑舌で負けたの……?」
「神父さんのせいでお姉さんの呂律が狂っちゃったじゃないですか。一体なんなんです?」

 その様子を受け、ロビンはわざとらしく怒ったそぶりを見せながら、言峰綺礼に難癖をつけた。
 言峰は口を引き結び、憮然とした様子でバスの外を指さす。


「――この森の異様な雰囲気がわからんのか少年。森の王者を気取っておきながら、大層な名折れだな」
「なんだって――?」

 指し示される北側の森へ、ロビンはバスの窓を開けて身を乗り出していた。

「ぬっ――?」

 その瞬間かすかながら、彼の鼻にも分かるほどの異臭が、車内へと吹き込んでくる。
 ヒグマの要素を含んでいる4名が、それで一斉に顔をしかめた。
 特に近かった穴持たず696と扶桑などは、思わず顔を背けたほどだった。
 グリズリーマザーが、後部座席に首を捻って叫びかける。

「窓閉めとくれ! 何が入ってくるかわからないんだ!」
「あ、ああ……。この臭いは、一体……」

 ロビンが眼を見開きながら、窓を閉める。
 先程のほんわかした様子から一転して、戦刃むくろが臨戦態勢を取りつつ、急激に交感神経を張り詰めていた。


950 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:21:22 3Nwtx8OY0

「――血の臭いだ。それも、とんでもなく大量の……」
「……え、ええ。間違いありません。でも、なんでこんなに……?」
「ちょっと、お二人さん。アンタらがヒグマに出会ってたってのはここらへんなんだよねぇ……?
 ……それはこんなに、血腥い戦いだったのかい?」
「いいえ……、そんなことは……」


 既に一行の屋台は、G-4の廃墟の街の中へと入ってきていた。
 戦刃むくろと扶桑の話によれば、このあたりで、彼女たちは数頭のヒグマおよび、先程も戦闘を行なった浅倉威などの人物に出くわしていたはずなのだ。
 だが暫くグリズリーマザーが屋台を走らせてみても、廃墟には静けさがあるのみ。
 人の気配はおろか、生きているものの息遣いすら感じられない程ひっそりとしていた。

 そして外気から漂ってくるのは、ただ異様な血臭だ。
 血の色などどこにも見当たらないのに鼻を突いてくるということは、その遠くの血だまりが、相当に大量であることを示している。

 一般人に過ぎない黒木智子にすら、これらの雰囲気は並々ならぬ緊張感をもたらすに足る。
 G-4の廃墟の、北東の端。
 もうほとんど彼女たちは、その位置にいた。
 グリズリーマザーは、次第に屋台のバスを走らせる速度を、落としていく。

 先に進めば進むほど、外気の血臭が、どんどんと濃くなっていくためだった。


「この先の森……、北東側から漂ってきているものとみて、間違いなさそうですね」


 そしてついに、森の目の前で、バスは止まった。
 ヤスミンが静かにそう言って、腰にストックしている包帯を整え始める。
 言峰綺礼が、理解しがたい、というような表情で、彼女の所作を見つめていた。

「……おい。まさか、わざわざこの先の森に入って行くつもりではないだろうな!?」
「そのつもりですが、何か? これだけの血臭となれば、只事ではありません。
 相当数の負傷者が見込まれますので、駆けつけない訳には行きません」
「負傷者だと……? こんな常軌を逸した血液量の負傷者がこの島にいてたまるか。
 ……当然、まず何かしら強大な吸血種か……、二十七祖に匹敵するような死徒の存在を考えるべきだ」

 言峰の口から発せられた聞き慣れない単語を理解できたのは、黒木智子だけだった。

 ――吸血種。
 中でも死徒とは、俗にいう吸血鬼のような存在だ。
 真祖と呼ばれる吸血種から血を流し込まれ、その性質を受け継いでしまった眷属。
 人間の寿命を遥かに超えた年月を生きる彼らは、総じて人知を逸した能力を獲得してその肉体を保っているという。

 今まで吸血鬼を始めとした異端を日常的に狩ってきた埋葬機関の者として、その可能性は言峰にとって当然考えなければならないものだった。
 それは智子にもわかる。

 だが同時に、ここは恐らく言峰のいただろうFate/Zeroの世界ではない。
 この先にいるのが死徒である可能性もZeroではないが、そうでない可能性もZeroではない。


「……何にせよ、敵が居そうなことには変わりない。智子さん、武装を整えるよ」
「え……、あ、ああ……」

 穴持たず696は鋭い眼差しで、智子にデイパックを開くよう指示する。
 そのまま流れるような動作で、彼女は無事な右手に、智子に奪われていた自分の拳銃を掴もうとする。
 瞬間、彼女の胃に叩き込まれていたのは、強烈なボディーブローだった。

「おぐぅ――!?」
「ごめんね、解除した武装をナチュラルに再装備しないでくれるかな、むくろさん」
「そうですよね、まだ信頼されきってませんよね私たち……」

 クリストファー・ロビンが向き合う彼女へ、容赦ない腹パンを心苦しそうに見舞っていた。
 手術痕を責められて悶える彼女をさすりながら、扶桑が申し訳なさそうに頭を下げる。
 戦刃むくろの顔を零れる涙は、痛みのためなのか悔しさのためなのかわからなかった。

「くっ……、うっ……、早口言葉で盛り上がっていれば、こんなことには……」
「むくろさんね、仮に試合会場まで一緒のバスに乗ったとしても、相手チームは相手チームなんだよ……」
「むくろさん、今は静かにしておきましょう……。お体にも障りますし」
「一緒に話したところで、それとこれとは別なんだよな……。わかる。辛いよな」
「そうです。相手チームは相手チームでも、むくろさんは可愛いですし、大事に扱われるべき人なんだ」

 後部座席の3人から一斉に頭を撫でられ、彼女は泣いていた顔を次第に明るくさせていく。
 智子と扶桑は、明らかにロビンが飴と鞭で穴持たず696を懐柔しているらしいことが察せたが、当の彼女が満足そうだったのでそっとしておくことにした。


    ○○○○○○○○○○


951 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:22:06 3Nwtx8OY0

「吸血生物か何か知りませんが、大規模な戦闘か、負傷者がいただろうことには変わりないでしょう。
 医療者としては、診察もせずに退けないのですよ、キレイさん」
「強情を張るのは、我々の持つ物資を省みてからにしたらどうだ。
 聖書もない。黒鍵もない。お前の包帯が聖骸布だというならまだしも、こんな装備では死徒の浄滅など困難に過ぎる」

 前方の座席では、通路を挟んで言峰とヤスミンが言い争っている。
 お互いに想定する状況が食い違っている状態では、意見が一致するはずもない。
 その時、グリズリーマザーが外の音にぴくりと耳を欹てた。


「ちょっと、静かにしとくれ! 何か外から聞こえる――」
「何……?」

 後ろの智子たちも含めて全員が押し黙ると、静寂が漂う車内に、その音が届いてくる。


「I will give my love an apple without e'er a core――
 I will give my love a house without e'er a door――
 I will give my love a palace wherein he may be――
 And he may unlock it without any key――……」


 それは、歌だった。
 物憂げで、哀切な、それでいて激情を秘めているような歌声だった。
 遥か遠くから、切々とひしりあげる歌声が、大気に拡散しながら届いてきている。

 どこか遠くから、想像を絶するような大声で歌っているに違いなかった。
 それでいて、歌はどこまでも静かだった。
 月に向かって、煌めく剣がするすると昇ってゆくような声だった。
 人ならざる、声だった。

 クリストファー・ロビンが、席を立った。
 信じられない、といった面持ちで、彼はグリズリーマザーの座る運転席のすぐ傍までやってきていた。


「……グリズリーマザーさん。あの声の方に行ってくれ」
「なんだって!?」
「あっちで歌ってるのは、間違いなくイギリス人だ。この歌は、呼んでる。僕たちを……!」
「うわっ、ちょっと――!?」


 クリストファー・ロビンは言いながら、グリズリーマザーの脚の隙間からアクセルのペダルを踏み込んでいた。
 再び動き始めたバスの後部から、智子が首を伸ばす。


「お、おい、ロビン――!? い、一体どういうことなんだよ!?」
「……これはイングランド民謡なんだ。この歌を口遊むということは、明らかにイングランドの出身。
 少なくとも、相当イギリス暮らしが長くなきゃ、このラブソングは出てこないだろう」

 生粋のロンドンっ子であるクリストファー・ロビンは、確信に満ちた眼差しで振り返った。


「そしてこの歌は、明らかに人を恋しがってる。人を呼んでいるんだ。行ってやらなきゃ!!」
「……わかったよ、運転するから足を外しとくれ」

 使命感に燃えたロビンの語気に、グリズリーマザーがステアリングを握り直した。
 ヤスミンが、言峰の方を向き直る。

「……イギリス人ということでしたが。チュパカブラの生息地ではありませんよね、キレイさん?」
「……いや、イギリスにも死徒はいるだろうし、そもそもどうしてこんな大きな声が出せるんだ……」

 この先にいるのがイギリス人である、という信憑性の高い情報を受けたことで、言峰の反論は尻すぼみになっていった。
 後部座席では、腹パンされた手術痕をさすりながら、穴持たず696が首を捻っている。


「『恋人にあげる芯の無いリンゴ。恋人にあげるドアのない家。
 恋人にあげる彼の住む城。彼が開けるのに鍵はいらない』――?
 確かにラブソングだろうけど、変な歌詞……。
 何か、謎かけみたいな……。どういう意味だろう……」
「え……!? お、お、お前、さっきの今で、あの歌リスニングして翻訳したのか……!?」
「は?」

 その呟きに、黒木智子は凄まじい驚愕と共に慌てふためいた。
 彼女の動揺の理由がわからず、そばかすの少女はあっけらかんと追い打ちをかける。


「いや、少しでも傭兵経験した人なら、誰でもこれくらい英語使えるから」
「はぐぁ……」

 何の他意もないその言葉に、黒木智子は大ダメージを受けて絶句した。
 がっくりと座席に沈み込み、口からはぶつぶつと呪詛のような呟きが漏れてくる。

「え……? 私、こんな残念な奴に語学力で負けたのか……?
 しかも何今のセリフとドヤ顔……。意趣返しか……? 意趣返しのつもりなのか……?」
「ちょっとちょっと……、大丈夫……?」
「お具合でも悪いのですか智子さん……?」


952 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:23:02 3Nwtx8OY0

 急変した智子の様子に、戦刃むくろと扶桑の顔が心配そうに覗き込んでくる。
 彼女たちに自嘲的な笑みを返し、智子はのろのろとデイパックの中から何かを取り出した。

「負けた……。負けたよ、ほら」
「え……?」

 そうして智子が穴持たず696に手渡したのは、先程の彼女が奪おうとしていた拳銃、コルトM1911だった。
 彼女は瞬時に、周囲に目を走らせる。
 クリストファー・ロビンを始め、前方に座る者はみな進行方向を注視しており、彼女たちの様子に気付いていない。
 むしり取るように拳銃を掴み、隠してから、彼女は声を落として智子に耳打ちした。


「……ありがとう智子さん。でもどうして?
 私たちがあなたたちを陥れようとしてたことは、わかってるんだよね?」
「いや、この状況で飛び道具ぶっぱするようなバカビッチじゃねぇだろ、お前は。
 ……私が持ってても、大した意味、無かったし。使える奴が持ってた方がいいよ」
「確かに、今の私たちは、捕虜みたいなものだけど……」

 穴持たず696は、口ごもった。
 目の前に座る血色の悪い少女の真意は、読めない。

 戦刃むくろとして、彼女たちやこの一行には、とても手厚いもてなしを受けたことは理解している。
 彼女たちとの話しは、受け継いだ記憶を含む今までの人生の中でも、まれに見るほど楽しかったことも間違いない。
 それでも彼女には、与えられた使命があった。
 戦刃むくろは、絞られるような胸を押さえ、言葉を紡いだ。


「……それでも私は、隙をついてあなたを襲っちゃうかも知れないんだよ?」
「……そうか。私は、親近感を感じてたんだがな」


 智子は、むくろの言葉に額を掻く。
 ぼさぼさの黒髪を赤いネクタイでポニーテールにし、漫然と青い作業服をお仕着せられているその少女は、そんな乱れた格好の中にも、一本芯を徹したようだった。

 戦刃むくろの姿を見ることは、智子にとって、あたかもかつての自分を客観視しているようだった。
 つまらない物事に拘泥して、山のように残念な振る舞いを重ねている様が、放っておけなかった。
 智子は一歩引いた位置から、そんな鏡写しのような彼女の姿を、自分に重ねて見つめられた。


「……修学旅行で早口言葉とか、やりたくても、できなかったし。
 そんなことできる友達とか、いなかったしな……」


 ぼやくようなその言葉も、鬱積した怨嗟からではなく、過去を懐かしむような慕情で呟かれた。
 戦刃むくろ自体が、さっきまで談笑していた少女を即座に撃ち殺すなどという、器用な切り替えができる人間に見えなかったのは確かだ。
 だが彼女がどう反応しようと、もう智子にはどうでもよかった。

 智子は満足していた。
 重要なのは、今の自分が、銃などなくても自分を見つめられるという、確信を得たことだった。


 その智子の手がふと、がっしりと強く掴まれた。

「……ありがとうっ! あなたは仲間……。友達よ。あなただけは、私がきっと守ってあげる。
 盾子ちゃんに言われても、きちんと説得してみせるから!!」

 眼を上げれば、戦刃むくろが眼を潤ませて、智子に握手をしていた。

 友達がいない――。
 戦刃むくろの学生生活の中で、そんな悩みを共有できるような人物は、ほとんどいなかった。
 それはそうだ。友達がいないのだから。

 影のように息を潜め、ことあるごとに妹からいびられ、想い人にはほとんどアプローチできない。
 周りの人からは、見た目からクールな人物に思われていたようだが、それすら確証はない。
 本当は戦刃むくろだって、妹のように楽しく明るくはっちゃけたかったのだ。
 しかしそんな願いは、心の奥底に仕舞われていたのみで、今まで外に出すことを許されなかった。
 その閉ざされていた鍵を、クリストファー・ロビンや黒木智子は、いとも簡単に開いていた。

「お、おう……。手、痛いから離して。握力強すぎ……」
「あ、ご、ごめんなさい! 大丈夫!?」

 戦刃むくろは、扶桑の見守る中、おろおろと智子の手をさすり、慌てふためいている。
 よっぽど人付き合いに飢えていたんだなぁ。と、黒木智子は自分のことのようにしみじみと感じいった。


    ○○○○○○○○○○


 森の中には、屋台バスはすんなりと入りこめた。
 そのまま、ほとんど何の障害もなく、進めた。

 そしてそれこそが、問題だった。


「……血液ですね。本当に、夥しい量の……」
「音に聞く『腑海林アインナッシュ』……。いや、もはや何なのか見当もつかん。
 どうなっても知らんぞ私は……!!」
「……このままだと、崖っぷちまでいっちまいそうだねぇ……」


953 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:24:42 3Nwtx8OY0

 フロントガラス越しに、前部座席の者たちは、周囲の有様を食い入るように見つめていた。
 その森の内部は、赤黒い『死』に満ちていた。
 木々は養分を吸い尽されたように立ち枯れ、その周りには血液と思しき大量の赤黒い痕が残っている。
 窓は閉め切っているはずなのに、車内まで既に血臭で満ちている。
 虫や小動物まで、吸い尽されたように消えていた。

 生気の感じられぬ森の中、ただクリストファー・ロビンだけが、まっすぐに、歌声のした方向を見据えている。


「I will give my love an apple without e'er a core――
 I will give my love a house without e'er a door――
 I will give my love a palace wherein he may be――
 And he may unlock it without any key――……」


 遮るもののない森の中、誘うようなその歌声は次第に近づいている。
 それでもなお、男性の声なのか、女性の声なのかすら判然としない。
 単独の声なのに、混声合唱のように、ぎちぎちと様々な音階の声が混ざっているようにすら聞こえてくる。

 既に、話しこんでいた黒木智子と戦刃むくろも、緊張に身を固めている。
 扶桑が、意を決したようにバスの前方へ歩み寄っていた。


「あの、皆さん……。僭越ですが、私が偵察をしましょうか?
 零式水上偵察機を飛ばして、先にこの歌い手の方をみつけてきますので……」
「そりゃ助かるねぇ……。是非そうしとくれ」

 誰もが、ただならぬ気配を感じぬわけにはいかなかった。
 グリズリーマザーの肯いに、車内の全員が沈黙のままに頷く。

 ヤスミンの考えるように傷病者がいるなら、それはそれで治療や救護の準備ができる。
 言峰綺礼の考えるように吸血鬼がいるなら、それはそれで撤退や応戦の準備ができる。

 扶桑がゆっくりと窓を開け、カタパルトから小さな水上偵察機を飛ばした。
 視界をカノピー越しに同調させて、扶桑の意識は重い空気を切り裂いて飛ぶ。
 グリズリーマザーはバスの速度を落とし、瞑目する扶桑の言葉を待った。


「見えて……、来ました。もう崖の方ですね。森の切れた一角が――」


 扶桑の意識を乗せて水上偵察機は、赤く枯れた森の先へと飛んだ。
 開けた視界には、島の北東の海が、日差しを反射して輝いていた。
 そして同時に、その視界には、何かが映った。
 表現しようもない姿をした、大きく赤黒い何かだった。
 扶桑は、名状する言葉を失った。
 恐怖に、言葉が詰まった。

 その瞬間、彼女の視界は、赤く埋まった。

「ぎゃあぁぁぁぁ〜〜――!?」
「ふ、扶桑!? どうしたの!?」

 背の高い彼女の姿が、捩れた。
 白目を剥いた結膜の血管が切れ、鼻血が噴き出した。
 絞られるような絶叫と共に喀血し、倒れ込んだ彼女は、駆け寄った戦刃むくろに抱き留められていた。


「扶桑!? 扶桑、しっかりして!!」
「――く……、喰われ、た。偵察機が、そのまま、あの赤に、飲み込まれて、噛み潰されて――。
 私の意識まで、持っていかれそう、で……。なんて速さ……」


 意識を取り戻した扶桑は、血塗れになった口元を押さえながら、呆然と呟き続ける。
 見開かれた目には、切れた毛細血管からの血がじわじわと浸み出してくる。
 言峰がしびれを切らしたように立ち上がった。

「――やはり死徒か!! 死徒がいるんだな!? この先に!! 気づかれる前に逃げるぞ!!」
「ダメだよ神父さん。もう『見られた』。それに、向こうから僕らを、お招きのようだ」

 叫んだ言峰の声を、クリストファー・ロビンが遮った。
 彼らの見据える先で、立がれていた木々が、更にしおれてゆく。

 何も邪魔するもののない真っ赤な道が、島の崖の方まで、一直線に形成されていた。


「ご丁寧な歓迎だよ。まるでレッドカーペットだ……。そうだろう?」


 ロビンはデイパックの中から取り出した丸石を弄び、興奮した笑みを浮かべていた。


    ○○○○○○○○○○


954 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:25:24 3Nwtx8OY0

「や、や、やめて! 行くんじゃねぇよ、おい――!!」
「ちょっと待って! 扶桑の偵察機を一瞬で落とした相手よ!? なんで突っ込んでいくの!?」

 再び走り始めたバスの中で、黒木智子と戦刃むくろが、慌てて叫んでいた。
 だがグリズリーマザーは歯を噛み締めながら、一層アクセルを踏み込んでゆく。
 言峰もヤスミンも、固く身構えたまま押し黙っていた。


「……ここまで大規模にやってきてる相手だ。後ろを見せたらその方が危ないんだよマスター……。
 あんな小さな偵察機まで見逃されないなら、むしろ話し合いが有効な線を見込んだ方がマシさ……」
「なに、相手は英国紳士さ。少々血腥かろうと、これだけ真摯に迎えてくれてるんだから、何も心配することはない」


 苦渋が滲み出ているグリズリーマザーの言葉に、ロビンが軽口のように合わせた。
 だが黒木智子は、嫌な予感がぬぐえなかった。

「お、おい待てよ、ロビン――! 頼むよ、下手なこと、しないでよ!!」

 血臭。
 イングランド。
 吸血種。
 相当イギリス暮らしが長くなきゃ、このラブソングは出てこない。
 偵察機を一瞬で落とした相手。
 英国紳士。

 数々のキーワードが網目のように絡まり、智子の記憶から、ある恐ろしい人物名を掬い上げてきていた。
 その予感が外れてくれることを祈りながら、智子はロビンの袖を、きつく掴む。
 彼女は震えていた。
 自分を想ってくれるこの小さな逞しい子供がいなくなってしまうような、うすら寒い恐怖が彼女に襲いかかってくる。

「智子さん――」

 そんな少女を見つめて、ロビンは苦笑を漏らした。
 自分より背の高いその少女に、彼は苦も無く手を伸ばして、その頭を撫でてやる。

「大丈夫ですよ。まぁ見ていてください。きっと、僕の成長を、お目にかけられるはずですから……」
「約束だぞ!? おい、破んじゃねえぞ!? 無事で居ろよ――!?」

 眼を見開き、恫喝するように歪んだ顔で、唾液を撒き散らしながら智子は叫んだ。
 そして眼を落とし、震えながら、言葉を絞った。


「――絶対に、私と、これからずっと……。一緒にいてくれ――……」
「……ええ、もちろんです」


 それは、告白だった。
 自分の命を口から流し、捧げ出したような気がした。
 熱情とも、ロマンティシズムとも違う、ある種の必死な感情が、智子を突き動かしているようだった。

 10歳以上も年下の少年に優しく撫でられながら、彼女は悟った。

 この言葉は、呪いだった。
 告白とは、男女がその身命を賭して行う、切ない呪いの儀式だった。
 相手に離れて欲しくないために、言葉と体を以て、その子を縛る。
 決して相手を失いたくないがために交わす契約。
 モテるとかモテないとか、そんなチンケな感情を超越した先に、この言葉はあった。

 これはあらゆる窮地の中で、最後にすがってもらえる命綱を作るための、恋で編んだ呪詛だった。


『――待ちかねたぞ人間たちよ!! よくぞ来てくれた!!
 さぁ祝おうではないか! これでこそ、高らかに歌った甲斐があったというものだ!!』


 赤い絨毯を過ぎた先で、教会の重い扉のように開けた森の帳の外には、神様が待っていた。
 彼らの路は、真っ赤な神の歌声によって、余りにも温かく祝福されていた。


    ○○○○○○○○○○


955 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:26:16 3Nwtx8OY0

 北東に開けた島の角の崖からは、傾いてきた日差しがキラキラと海原に照り返って見えた。
 その手前に、そんな海を隠すように聳え立つ、立方4メートルほどの赤黒い神様がいる。
 その神の威容に、一同は呑まれていた。

 肉塊が蠢いている。
 毛皮が蠢いている。
 血液が蠢いている。
 爪牙が蠢いている。
 全身を歓喜に満たして、その神は赤黒いその肉体を蠢動させた。

 毛むくじゃらの手足が生えている。
 その数は見えるだけで9本。
 鋭い爪を持っている、ヒグマのような太い脚だったが、本来のヒグマとはもちろん違う。
 ヒグマは腹や背中から脚を生やしたりしないし、その指や掌だって大きさや長さを絶え間なく変えたりはしないだろう。
 その脚は13本に増えて、7本が恭しく下に差し出され、6本が手招きするように上へ翻った。

『勇敢なる人間たちよ、歓迎しよう! さあ、祝宴の時だ、来給え!!』

 体の中央部に据えられた顔が、雷鳴のような威厳で声を張った。
 心底嬉しそうな子供のようにはしゃぐその顔は、長い顎に乱杭のように牙を並び立たせて血の息を吹く。
 その毛皮に覆われた獣の顔はなぜか、仏像か、ギリシャ彫刻かのように整って見えた。

 体の至る所から、口が生える。
 舌を伸ばし、肉を引き裂いて、ぎちぎちと牙を軋らせて鳴いた。


『ハリー! ハリー! ハリー! ハリー――!!』


 まるでローレライのように、過ぎ行く者たちを歌で惹き寄せようと試みていたその神――、ヒグマードは、試みが成功を収め、本当にこの上ないほど上機嫌だった。


「う……、美しい……」


 一行の中で最初に呟けたのは、言峰綺礼だった。
 誰もが彼の正気を疑うような発言だった。
 彼は感動で、震えていた。

 今までの森の中の惨状を見ながら、実のところ彼は興奮していたのだ。

 頭では、この先に危険しかないことがわかっているのに。
 赤黒い血潮に飲み込まれ、蹂躙された生態系の有様が、彼の琴線に触れていた。

 友人か恋人同士のようにぐちゃぐちゃに引き潰された2羽のカラス。
 誇っていた速さを上回られたのか、驚愕の表情のまま飛ばされた鷹と鷲の首。
 高をくくって飛んでいたはずが、捕まえられ内臓から喰い尽された雷鳥の開き。
 他人事だと思っていたのだろう殺し合いに巻き込まれ絶望の内に死んだらしい野生生物の死骸に、彼はどんどんと内心の歓喜を募らせていた。
 その赤黒い死にまみれた世界は、言峰綺礼という男にとって、例えようもない美しさを感じさせるものだった。

 死徒二十七祖、真祖、異端。そんなものでは形容しきれない、陶然たる美。
 罰当たりだと思っていた。
 罪深い感覚だと思っていた。
 神に身命を捧げた者として、その感情は許されざるものだと、断じていた。

 しかしその美は、神がもたらしたものだった。
 神そのものが、綺礼の目の前に来迎していた。

 震えて、脚に力が入らない。
 その身が動くならば、綺礼は今にも、この美しく純粋な神に向けて五体投地をしていたことだったろう。
 陶酔の極み。
 恍惚の至り。
 肉を蕩かすようなその感覚に、彼はただ背筋を震わせて佇むのみだった。


「Hello, Sir(こんにちは、小父さん)――」


 そして、続いて言葉を発したのは、クリストファー・ロビンだった。
 彼は硬直したような一行の空気を引き裂き、バスの扉を開けて、端然と崖の地に降り立っていた。
 ロビンの物腰は、あくまで丁寧だった。
 相手を不用意に刺激せぬよう、穏やかな口調で、その様子を窺う。

「温かな歓迎、いたみいります。お会いできて光栄です……」

 目礼と共に朗らかに為されたその挨拶は、一行の窮地を救うものだった。
 恐怖に竦んだまま誰も行動できないで居れば、ヒグマードは痺れを切らし、そのまま一行を飲み込んでいたかも知れない。
 ロビンの挨拶に、肉塊は気を良くしたようだった。

『ああ――、こちらこそ嬉しく思うぞ、人間……。……いや、化け物(モンスター)も同行しているようだが』

 だが数多の口吻から漏れ出すように声を響かせる赤い肉塊の言葉は、ふとその内に疑念を含んだ。
 その瞬間に、バスの中にまで届くほど、濃厚な殺気が辺りを押し包んでいた。


『……よもや、お前たちも、相互理解や保護などという甘ったれた妄言をぬかす輩ではあるまいな?』

 ざわざわと、その肉から毛皮が伸びてくるかのようだった。
 ロビンは怯まなかった。
 逆に彼は、目の前の巨大なヒグマの姿へ向け、胸を張って名乗りを上げていた。


956 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:26:52 3Nwtx8OY0

「……いいや、違うね。僕は甘えなどとは無縁。この者たちは、ただ僕が強い者を求め、己を磨き高める様を見届けてもらうための観客に過ぎない。
 僕の名前はクリストファー・ロビン。括目して見るがいい。
 僕こそは100エーカーの森の大エースにして、この島のヒグマを教導する王だ――!!」


 屋台の中の者たちは、彼の言葉に、何も反駁できなかった。

 ロビンの気迫は、ヒグマードの身さえ蠢動させた。
 その蠢きは、動揺のようにも見えた。
 ヒグマードは、くつくつとその巨大な全身を震わせている。

 笑っていた。


『――そぉうか! お前かァ!! 待ちかねたぞ、クリストファー・ロビン!!』


 そしてその笑いは、爆発のように彼の全身から迸った。
 続けざまに、その神の肉体の中から、何かが蠢き生じてくる。
 体の正面にあったヒグマの顔が沈み、そこに、形の良い男の唇が、浮かび上がった。
 それは凛々しい青年の声で、言葉をしゃべった。

『いいか……俺はお前に失望した』

 ロビンには、聞き覚えのある声だった。


『命令に背いたから、“じゃあない”――それは、もういい。
 お前にはお前の理由と事情があって、譲れないモンがあって背いたんだろうからな……』
「ま、さか――」

 ロビンはその声に、歯を噛み締めた。
 声どころか、その言葉は一言一句違わず、彼がかつて聞いたことのある文句だった。

『にも関わらず敗れ去り、そしてそのまま膝をつこうとしてるってーのが、許せねーな……』

 ヒグマードはロビンを挑発するように、青年の声で語り続けた。
 そして彼は問うた。
 弟の成長を確かめる兄のように、煽りを込めて問うた。


『おい、出来たのか? 自分だけの、オリジナル変化球は、よォ……?』
「……食べたんだな。跡部様を。あのヒグマを……」


 ロビンはその手に丸石を握り締め、静かに身構えていた。


    ○○○○○○○○○○


 ロビンの纏う雰囲気が、戦闘態勢のそれに変わったことを、はっきりとヒグマードは察知した。
 そうして彼は歓喜のままにその身を蠢かせ、ロビンへと襲い掛かろうとしていた。


『さぁ試してみろ! その託された思いで磨いたという球が、化物に通用するかどうかをなぁ!!』
「おい!! 仮にも英国紳士とあろうものが、ルールもない野蛮な戦いで優劣を決めようというのか!?」

 だがその瞬間、ヒグマードの出端を挫くようにして、ロビンが彼を恫喝していた。
 屋台の中の人員が息を詰めたまさにその瞬間だった。

 ロビンにとって動物とは意思を通わせる友であり、仲間なのだ。
 ルール無用の戦闘を行う対象でなく、正々堂々真っ向から打ち砕くべきライバルなのだ。

 信じられないことに、その一喝で、ヒグマードは確かにその動きを止めた。


『何……? お前も英国人だというのか?』
「そうだとも。あなたはこんな貴重な機会を潰し、英国の名誉に泥を塗るつもりか?
 観客はこれだけいるんだぞ!? グレートブリテンに住まう者ならば、紳士の名に恥じぬ死合いをしろ!!」

 ロビンは化物相手に、名誉の話を持ち出していた。
 誰もが彼の正気を疑うような発言だった。
 だがヒグマードはその指摘で一気に、脈動させていたその全身の蠢きを潜めていた。
 屋台の中の一同の理解を、逸していた。


『なるほど、英国紳士同士というならば、正々堂々たる試合で勝負を決めるのは当然のことだ……。
 ああ、応じよう。その種目とは、一体、なんだね?』
「当然、野球だ」

 舌なめずりするヒグマードに向けて、ロビンは右腕を突き出しながら、力強く言い放つ。
 ヒグマードは、きょとんとした。
 続けて、半分呆れながら、慌てた。


957 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:27:15 3Nwtx8OY0

『……おい、英国人ならクリケットだろう、クリケット!! なんでそこで野球になるんだ!?』
「……クリケットなんて、古いんですよ。今は、野球の世だ」

 ヒグマードはロビンの言葉に、体から7本も8本も脚を出して、地団太を踏んだ。

『おいふざけんな!! 何が悲しくてイギリス人がベースボールをせにゃならんのだ!?
 おい人間たち!! 時代は今も昔もクリケットだろう!? そう言ってくれ!!』

 そして唐突に、ヒグマードは屋台の中で見守る一同に向け、助け船を求めてきた。
 誰もが反応に窮して、お互いがお互いを見やる。
 最終的に視線が集まったのは、ちょうどフロントガラスから中央に見える、黒木智子だった。
 彼女はビクビクとしながら辺りを見回し、震えながら、言った。


「あ……、あの、あの……。ク、クリケットと野球って、そもそもどう、違うんだ……?」


 何の邪念もない。心からの、疑問だった。
 だがその言葉は、まるで空爆のようにヒグマードの身を穿った。
 ヒグマードは慟哭して崖の上に転げた。
 凄まじい悲しみが泣き声から溢れ、一行を押し潰さんばかりの重圧が空気に降りかかる。


『そ、そんな……、ひどい……。ひどすぎる……。クリケットこそが紳士のスポーツだというのに……。
 この人間たちはアメリカに魂を売ったのか……?』
「現実を理解しましたか? それじゃあ、ルールを決めさせてもらいます」

 泣き崩れるヒグマードをいいことに、ロビンは飄々と宣言を始めた。
 そのさなか、屋台の智子を振り向きながら、彼は親指を立てて見せる。
 彼の唇は、『最高のスクイズでした』と動いて、智子にウィンクを投げていた。


 ひとつ、賭けるものは己の身命の全て。
 ひとつ、勝負は本塁打競争(ホームランダービー)形式である。
 ひとつ、球数はこの島の施設であった『ストラックアウト7』にならい、7球。
 ひとつ、スタンドと場外に相当する森の奥に打球を飛ばした時のみホームランとカウントされ、それ以外は全てアウト。
 ひとつ、バッター側が過半数の打球をホームランにするか、ピッチャー側が過半数の投球でアウトをとるか、最終的に生き残ったものが勝者となる。


『え……、ずるくない? ホームラン強制とか明らかにピッチャー側に有利な条件だと思うんだが。
 クリストファー・ロビン、お前こそ恥と外聞というものを知るべきなのではないか……?』
「ハッ、英国紳士ともあろう者が、このくらいの条件で怖気づくんですか?
 100エーカーの森の動物たちは、これよりももっと厳しい条件で戦ってたんですけど?」

 傷心しているうちに何時の間にか突き付けられていた条件に、ヒグマードは呆然とした。
 そして、至極もっともな意見を述べたが、ロビンにはあっさりと一笑に付される。
 自信をなくしながらも、ヒグマードは依然として理不尽なその条件に、なおも不平を零した。


『そんな不平等な条件で戦ってたから、森の王者になれてただけなのと違うか……?
 だってアウト1つとホームラン1本の価値ってどう考えても釣り合わないだろ……。
 そもそもアウトって、ストライク3つ分なんじゃないのか……?』
「ベースボールのBの字も知らない人が、つべこべ文句を言えると思っているんですか? 見苦しいですよ」
『……確かに、知らないけれども』


 ヒグマードは、完全に折れていた。
 奇跡的な状況だった。
 屋台の中の一同はヒグマードの意見ももっともだと思ったが、それでもしかし、ロビンに反論しようとは誰も思わなかった。

 この奇怪なる神仏の類に、こんな有利な条件を飲ませられるという機会は、二度と無いに違いない。

 一方的な殺戮で蹂躙されそうだった状態から、五分五分以上の有利な勝負へ、しかも直接的な戦闘ではない局面へと移行できたのだ。
 これ以上の状態はない。

 正体不明のこの血みどろのヒグマの塊がイギリス出身であったこと。
 それを、同じくイギリス出身のロビンが見抜いたこと。
 イギリス出身でありながら、ロビンの得意とするスポーツが野球であったこと。
 そこで日本の黒木智子が絶妙な助け舟を出したこと。
 このヒグマが野球に詳しくなかったこと。

 これらの全ての要素が、この奇跡を巡り合わせてきていた。

 勝てる――。
 この神を御せる――。
 そんな期待が、バスの一行の胸を高鳴らせていた。


    ○○○○○○○○○○


958 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:27:51 3Nwtx8OY0

 会場の設営は、ほとんど必要なかった。
 島の北東の開けた崖は、それだけで野球場のダイヤモンドのようだった。
 ヒグマードが枯死させ押し倒した森の木々は、ちょうどフィールドの外野のように広がっており、立枯れた木々の残っている位置が、ちょうどスタンドのあたりだと言えた。
 腐葉土のように朽ちた土を蹴り、即席のマウンドの上にクリストファー・ロビンが身構える。

 視線を送るのは、球場で言うならば三塁側。
 東の端の、ベンチに相当する位置に、グリズリーマザーの屋台バスが停車していた。
 バスは、いまだアイドリングを続けている。
 いつでも逃げ出せるようにするためだ。

「もう一度確認」

 運転席のグリズリーマザーが、声を落として、車内に問いかけた。

「本当に誰も、あんなヒグマ、知らないんだね?」
「ヒグマ帝国でも把握しておりません……」
「あんなの盾子ちゃんから聞いてないよ……」
「すみません、何もわかりません……」

 ヤスミン、戦刃むくろ、扶桑と、多少なりともヒグマに関わっていた者が、一斉に首を振る。

「あれは神だよ。見てわかるだろう」

 そんな声を発したのは、悠然と座席で脚を組んでいる、言峰綺礼だった。
 先程までの警戒心もどこへ行ったのか、彼は陶然とした表情のまま、崖の先の赤い肉塊へと熱い視線を送っている。


「……この勝負に少年が勝てば、我々が神の身命と祝福を一手に受けられる訳だ……。
 素晴らしい……。聖杯を手にせずとも、これで私が見つけたかった目的も、わかるかもしれん……」

 車内の女性陣は、そんな宗教的恍惚に浸る神父の姿を見て例外なく、駄目だこれは、と思った。
 言峰綺礼は放っておくことにして、グリズリーマザーはなおも声を落としたまま問いかける。


「……だとすると、アレはヒグマを喰った参加者なのかも知れない。さっきの浅倉威って男の人みたいにね。
 アタシたちの話は通じないだろう。ロビンくんが作ってくれたこの機会に賭けるしかない。
 各自、できることを考えとくれ。少しでも彼の力になることをしてやって、何としても生き残ろう。
 ……な、マスター」

 グリズリーマザーは、フロントガラスに食い入る、黒木智子の肩を叩く。


「で、できることって……、何を……?」
「考えな。アタシにもわからない。だけどあの子は、アンタの好いた子なんだろう?」

 怯えた眼差しのまま、黒木智子は、マウンドに立つ少年の姿を見て、固い唾を飲んだ。


「……とりあえず、このままキーゼルバッハ部位を押さえておいてください。
 喉の方は粘膜裂傷ですし、結膜出血の程度も問題ありません」
「ありがとうございますヤスミンさん……。それにしても、この状況でできることって……」
「何も思いつかない……。あんな規格外の化物に対抗する方策なんて……」

 扶桑にフィードバックしてきた損傷の応急処置を続けながら、ヤスミンは苦い声を絞った。
 応じる扶桑と戦刃むくろの声も、苦しい。
 戦場の矢面に立ったことのある彼女たちとしては、この有利な勝負の状況からも、いつ窮地に陥るかを考えざるをえなかった。
 所詮、誇りだの名誉だの英国紳士だのと言っても、口約束だ。
 いつあの化物が約束を反故にして自分たちに襲い掛かってくるかわからないし、そうなったらひとたまりもない。
 ヤスミンが唸る。

「……シーナーさんか、そうでなくとも、帝国のどなたかに連絡が取れれば良いのですが。
 お二方は、何か、外部へ救援を求められる物資を、お持ちですか?」

 扶桑は鼻の頭を押さえながら、戦刃むくろを眼を見合わせた。
 そして、暫く逡巡した後、意を決して、言った。


「……電信を、打ってみます」


959 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:28:17 3Nwtx8OY0

 艦娘は、その艦橋に、最低限の電波や通信を送受できるだけの電子機器類を備えてはいた。
 電探などの拡張装備が無い状態では、その効果は当然弱い。だが、何も試みないよりはマシだった。

「どなたかお近くに、アンテナか無線機器のような物をお持ちの方が居れば、気づいて下さるかも……」
「……なるほど、薄い望みですが、ないよりはベターですね」

 扶桑は額に手をやり、黙々と現在の状況をモールス信号にして発信し始めた。
 その様子をみやりながら、戦刃むくろは、静かに手を後ろに回す。

 パチリ。と、超小型通信機のスイッチを入れていた。

 江ノ島盾子からの連絡が途絶えてしばらく経つ。
 もはや電源が機能していないのかも知れない。
 だが、それでも、連絡を取れる可能性が、ないよりはマシだった。
 絶望の手でも借りたい。そんな状況だった。

(お願い盾子ちゃん……。私たちに、ロビンくんに、力を貸して……)

 絶望の姉はそうして、切に祈るのみだった。
 この祈りが本当に届いていたら、盾子ちゃんから壮絶なツッコミを受けそうだなぁ。とは、自分の考えながらそう思った。


    ○○○○○○○○○○


『おい、そろそろか?』
「……そうだね。僕の準備は良い。あなたも、良いみたいだね」
『ふふ、クリケットで下から振り上げるばかりだったからあまり馴染めんが、まあ十分だ』

 バッターボックスからの声に、クリストファー・ロビンは視線を戻した。
 その先に見えるのは、北東の崖っぷちに佇む、真っ赤な打者だ。
 血で引かれたおしゃれな赤いバッターボックスに、ヒグマードがその巨体を押し込めている。
 バットは、もはや何だったのかわからない骨や肉塊が固められ、赤黒く脈を打つ棍棒だ。
 それが彼の4本ある腕から、胴体へと繋がっている。

 ヒグマードが、その肉の棍棒を素振りした。

 凄まじい風圧が、一帯の枯れ枝を巻き上げる。
 マウンドのロビンの頬をかすめ、陣風が森の奥へと流れてゆく。
 ヒグマードは、5つ見えている口から一斉に牙を剥き、不敵に笑った。
 その巨体と巨大な棍棒は、ホームベースを遥かに超えて凄まじい範囲をカバーするリーチを誇っていた。

『……どうせどこに投げてもアウトにするつもりなんだろうが、遠慮はいらんぞ?
 私相手に敬遠はできないものと思え』
「ご丁寧にどうも」

 ヒグマードは、ルールの穴を突いた卑怯なプレイを、あらかじめその一言で咎めていた。
 現実の野球で、厄介な打者にホームランを打たせないようにする作戦の一つである『敬遠』を封じる長大なリーチと、吸血鬼の肉体からもたらされる壮絶な怪力。
 それらは確かに、投手にとって脅威となるものではあった。
 だが、クリストファー・ロビンは、その程度のことに、怯みはしなかった。


「……僕はね。ずっと《球鬼》と呼ばれてきたんですよ。冷血で、冷酷で、冷徹なね。
 だから、死合い(ゲーム)において、みすみすそんな『遠慮』はしません。
 僕らはいつも、本気で死合ってきたんだからね――」
「頑張れぇぇぇぇ――ッ!! ロビン――ッ!!」


 語るロビンの背後から、少女の声援が、届いた。
 振り向けば黒木智子がバスから外に出て、その全身を振り絞りロビンへと叫んでいた。
 彼女の、余りに必死過ぎて崩れた表情を見ながら、ロビンは微笑んだ。

「……良い声してるじゃないか、智子さん」

 そのたった一人の応援が、何よりも力強く、ロビンの背を押した。


「あなたの修羅を、砕いてあげます――。『さあ、殺し合おう』」


 石を掴み、彼は宣言する。
 その瞬間ざわりと、一帯の空気が変化したようだった。


    ○○○○○○○○○○


960 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:28:40 3Nwtx8OY0

 プレイボール。
 その開幕の一球が、クリストファー・ロビンの手から、放たれようとしていた。
 ヒグマードは、即席ながら堂に入った構えで、異形のバットを握り締める。
 慣れないスポーツながらも、彼には自信があった。

 ヒグマードは既に一度、クリストファー・ロビンの投球を撃ち返したヒグマの肉体を捕食している。
 ロビンの情報も、そうして同化したヒグマ9および、そのヒグマが捕食していた跡部景吾の生命から得たものだ。
 ヒグマ9の『手榴弾を打ち返したという手応え』をそのまま保有するヒグマードには、この勝負はもらったも同然のものに感じられた。
 彼はそうして、全身の口から、裂帛の気合を放った。


『さあ来い、人間ッ!!』
「――スケスケだぜ!!」


 それは、ロビンの手から魔球が放たれたのと、同時だった。
 ヒグマードの吸血鬼の視力は、その球を確かに見た。

 音速を優に超えている弾速だった。
 尋常ならざる回転が掛かっていた。
 冷気と熱を同時に帯び、ただの小石が、あたかも紅蓮地獄のような様相を呈していた。

 だがヒグマードが驚愕したのは何よりも、その弾道だった。
 ヒグマードは、バットを振れなかった。

『グハァァァ――!?』

 ロビンの投げた球は、バッターボックスのヒグマードの肉体のド真ん中に、大砲を穿ったような風穴を開けていた。
 ヒグマードは全身の口から血を吹き零しながら、地に3つほど膝をついた。
 マウンドに仁王立ちし、ロビンは高らかに宣言する。


「これこそボクが見出した魔球、『Suche Skeet』――『追い求める射撃(スケ・スケ)』だ。
 あなたのあらゆる急所を見抜き、そこへ確実に命中させ、破壊するッ――!!」
『ば、馬鹿を言えぇ……!! これではデッドボールではないかァ……!!』


 呻きながら、ヒグマードは至極当然の物言いをつける。
 だが、当のロビンはしれっとその苦情を一蹴した。

「初めに言いましたよね? ホームランにできなきゃ、打球がどうなろうと、それはアウトなんですよ」
『なんと……、なんという……!!』
「これはそういう勝負なんです。始める前に、そこに気付かなかった、あなたの落ち度なんですよ!」

 小さく大胆で、外道で勇敢なその投手から指を突き付けられ、ヒグマードは震えた。

『なるほど……、それは確かにその通りだ……!! だが、もはや同じ手は喰わん……!!』


 彼はそう呟きながら、胴体に穿たれた巨大な風穴を塞ごうとした。
 だが、その穴から吹き零れる血液は、一向に止まらなかった。
 抉られた傷口の細胞は、『死んだように』動かなかった。

『な、な、なんだこれは……!? なぜ再生できぬ――!?』
「……言ったでしょう」

 その様子を見て、クリストファー・ロビンは、にぃ、と口角を上げた。


「これは、『死合い』なんです。『さあ、殺し合おう(レッツ・キル・イーチ・アザー)』と僕が宣言し、あなたが受けた瞬間、僕たちは自分の全生命をもって、この契約に自分たちを縛りつけた。
 だから『殺された』肉体が、生き返るはずありません。
 ……あなたにぶつかったのは、『死球(デッドボール)』なんですから!!」

 ロビンは、確信をもってそう言い放つ。

 ヒグマードは実のところ、もはやバッターボックスから身を動かすこともできなかった。
 ロビンも同時に、マウンドから降りることはできない。
 彼らは自分自身の深層意識に、強い自己暗示を以て、この勝負のルールを刻み込んでしまっていた。
 この勝負は、直接的な殺し合いに見えなくともその実、生きるか死ぬかの仁義なき死合いに他ならなかった。

 言峰綺礼がその様子に、ばたばたと屋台バスから駆け降りてくる。
 血相を変えたその表情は、グラウンドにいた黒木智子が身を竦ませるほどだった。


「お、おい、少年!? まさかお前は、殺す気か!?
 この美しい神を、殺してしまうつもりなのか!? お前にはこの神を、敬う心が無いのか!?」
「敬ってますとも、神父さん。僕にとって、このヒグマは、これ以上ないライバルだ。
 あのヒグマを……、跡部様を……、このヒグマは全て内包している。
 だから! だからこそ! 僕はこのヒグマを、正々堂々真っ向から打ち砕くッ!!」
『ぐ、う……』


961 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:29:13 3Nwtx8OY0

 ヒグマードは、止まらぬ血と苦痛に呻く。
 この体に、あと3発も今のと同じ攻撃を喰らえば、暗示によって縛られたヒグマードの肉体は、その身に内包した数百万の生命ごと活動を停止してしまうかも知れない。
 7球の過半数である4球。それは確かに、ロビンが打者を投げ殺すには、十分な球数だったのだろう。
 言峰綺礼は、朽ちた森の端に、がっくりと崩れ落ちた。

「お、おい……、大丈夫か、言峰……」
「誤算だった……。まさか少年が、己の球を概念武装にまで磨き上げ、固有結界に等しい実力すら身につけていたとは……」

 智子が声を掛ける中、言峰は地面を掴んでふらふらと立ち上がり、ロビンの方へ歩いて行こうとした。
 だが、脚が固まり、それ以上前に進めない。
 ロビンの語る暗示が、外野の人間にまで作用し、何者にもこの球場に足を踏み入れられないようにしているのだろう。
 まるで侵食固有結界そのものだった。

 言峰は、届かぬ手の先に見える赤血の神の姿を羨望し、眼を潤ませる。

「あの神には、善も悪もないのだ……。あの純粋な神を殺すなど、どうしてできようか……」
「ステイナイトには早ぇぞ神父……」

 画面の中で見たことがあるようなその神父の姿に、智子は呆れながら頭を掻いた。
 蹲る神父をそれでも励ましてやろうと、智子は稀に見る親切心を揮い、声を掛けようとする。

 智子は興奮していた。
 目の前で繰り広げられる戦いが、伝説か夢のようにも思えていた。
 野球場に駆けつけるファンの気持ちを、彼女は初めて分かったような気がする。
 マウンドの真ん中に立つ投手が、自分の婚約者だというのならなおさら。
 その興奮と喜びを、少しでも言峰綺礼に共有させてやろうと、智子は思ってしまった。


「私の予感が正しければ、十中八九、あれは神様なんかじゃない……。
 人間でいられなかったチートな化物の成れの果て……。あんたたちのいう死徒と同じようなものだよ。
 それを、あのモンスターを、ロビンが退治できるんだ……! これ以上のことはないって!!」
「黙れッ!! 貴様のような小娘に神や死徒の何がわかるッ!! 貴様の予感などゴミと同じだ!!」


 返ってきたのは、鬼のような形相で振り向いた言峰の、罵声だった。
 彼の手に握られた枯れ枝が、バキバキと音を立てて折れた。

 智子は息を詰めた。
 2歩、たたらを踏むように体が後ろに下がった。
 彼女は見開かれた眼で、言峰の頭から足までを3度眺め回し、眉を顰めた。
 そしてそのまま、彼女は物も言わず、逃げるように屋台バスの後部の方まで離れていく。

「頑張れーッ!! ロビンーッ!!」

 彼女の目は、もう言峰など見てはいなかった。
 熱い視線は、マウンドの少年ただ一人に注がれていた。
 言峰も、彼女とは違った熱を込めて、その少年を睨んでいた。


「……神を殺すなど、許されぬ。許されぬことだぞ……、少年ッ……!」


 汚染された泥のように濁った眼差しで、言峰はその手に、枯れ枝を掴んでいた。


    ○○○○○○○○○○


962 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:30:02 3Nwtx8OY0

「……さぁ、覚悟はいいですか。これが僕の『絶滅への鎮魂歌(レクイエム)』だよ跡部様。
 ……己の命を、おとなしくカウントダウンすることですね!!」

 ロビンは、既に第2球を投げる構えに入っていた。
 その眼差しに、迷いはない。
 非道にも思えるこの全球死球(デッドボール)狙いを彼に決行させた覚悟は、並の物では無かった。
 
「頑張れーッ!! ロビンーッ!!」

 彼を懸命に応援してくれる、少女の声が届く。
 彼には、守るべきものがあった。

『そこから先は……自分で考えな……』

 この島で初めて出会った、崇拝すべき青年の言葉が過る。
 彼には、決着をつけるべきリベンジがあった。

 この場で、その因縁に引導を渡し、応援してくれるファンたちを守るには、これしかなかった。
 氷のような非情と、炎のような感謝を込めて、ロビンはこのヒグマードと言う存在を、絶滅させる決意を固めていたのだった。


「ロビン王朝(ダイナスティ)は、今この時より、僕から始まるんだッ!」
『ククッ……、クククククッ……』


 自分を奮い立たせるように叫ぶロビンの姿を、ヒグマードは本当に嬉しそうに見つめていた。
 その口からは、いつの間にか苦悶ではなく、笑いが零れていた。
 振り被ろうとするロビンに向けて、その笑みが、爆発した。


『フハハハハッ、素晴らしい!! 素晴らしいぞ、人間――!!』
「何がおかしい――!?」
『私はキミに感謝せねばなるまい!! これでこそ私も、思う存分戦えるというものだ――!!』

 胴体に大穴を開けたまま立ち上がったヒグマードの纏う空気が、変質していた。
 その悪寒にも似た感覚は、かなりの距離がある屋台バスの一行にさえ、感じられるものだった。
 ヒグマードは両の前脚を広げ、空を仰いで朗々と何かを吟じる。


『オリバーも去れり、リチャードも去れり。我が拘束(コモンウェルス)特に死にたり。
 然れば私は、荒れ樫の花に林檎を結びてこの身を宣らん――』


 呪文のような文句を唱えながら、かろうじて熊のような形状を取っていたヒグマードの全身はどろどろと融け始めていた。
 黒木智子は、その冷ややかな詠唱の言葉に、恐怖を覚えた。
 彼女の抱いていた予感が、ほとんど確信に変わった。
 あっけにとられるロビンに向けて、彼女は、喉を振り絞って叫ぶ。


「させちゃダメだ――!! ロビン――!!」
「おおおっ――、『スケスケだぜ』!!」
『――「一式解放」』


 ロビンが再びその魔球を投げるのと、それはほとんど同時だった。
 ヒグマードの体が、弾けていた。
 迫る剛速球に向けて、その赤黒い巨体から、破城槌のように巨大な毛が伸びた。
 全身が一本のパイルバンカーになったかのように、強靭に編み込まれた赤黒い毛が、ロビンの投球と相殺しながらも、それを上回る圧倒的なエネルギー量で激突した。

 ロビンは反射的に身を捻っていた。

 体の左側を、猛烈な突風が通っていくのがわかった。
 地面に倒れ見やった後方では、立枯れた森の木々が、艦砲射撃でも喰らったかのように、バックスクリーンに相当する位置からセンター裏広く、根こそぎ吹っ飛ばされていた。
 強烈に過ぎるピッチャー返し。
 弾丸ライナーという言葉でも足りない、まごう事なきホームランだった。

 左の頭が、じんじんと痺れていた。
 シャツにぽたぽたと、真っ赤な血が垂れてくる。
 顔の横に手をやると、ずるりと何かが取れた。
 左耳が、衝撃波で千切れていた。


『フッフフーン……。そういえばルールには、打者はバットでボールを撃ち返さなければならないとは決められていなかったものなぁ?
 わざわざ体を狙ってくることがわかりきっているのなら、それは文字通り全身で撃ち返してやるのがセオリーと言うものだ』


 驚愕と静寂に包まれた崖の球場で、蠢く赤黒い肉塊が、心底楽しそうにそう語った。
 肉塊は、その重心をバッターボックスからは動かさぬまま、倒れたままのロビンの目の前にまで、赤黒い毛を伸ばしてくる。
 そうして地面からヒョイヒョイと、彼は散った枯れ枝を拾い集めて、その身に吸収し始めた。


『ああ、それと、ベースボールというのは、バッターボックスの中でガムを食ってもルール違反ではないんだよな?
 ガムを喰っていいのなら、打者が森の木々を喰って、無くした肉を補うのもルール違反ではあるまい?
 なぁ、そうだろう? なぁ、なぁ――?』


963 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:30:43 3Nwtx8OY0

 ロビンの足元にまで赤黒い毛は這い回り、その耳から零れ落ちる血液を、旨そうに吸い取っていく。
 震えるロビンの目の前に迫った赤黒い毛は、ぱくりとその先端に口を開き、言った。


『ほら、早く第3球を投げ給え。ハリー! ハリー! ハリー――!!』


 ヒグマードとロビンのホームランダービー。
 目標 4本。
 ホームラン 1本。
 残り 5球――。


【I-1 崖 午後】


【ヒグマード(ヒグマ6・穴持たず9・穴持たず71〜80)】
状態:化け物(吸血熊)
装備:跡部様の抱擁の名残
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
0:さあ続けようではないか、殺し合い(ベースボール)を!!
1:また戦おうじゃあないか! 化け物たちよ!
2:求めているのは、保護などではない。
3:沢山殺されて、素晴らしい日だな今日は。
4:天龍たち、クリストファー・ロビン、ウィルソン上院議員たちを追う。
5:満たされん。
[備考]
※アーカードに融合されました。
 アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
 他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。
※アーカードの支給品は津波で流されたか、ギガランチャーで爆発四散しました。
※再生しながら、北部の森一帯にいた外来ヒグマたちを融合しつくしました。


【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:左耳損傷、悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(スケスケ) 、固有結界『さあ、殺し合おう(レッツ・キル・イーチ・アザー)』習得
装備:手榴弾×1、砲丸、野球ボール×1、石ころ×74@モンスターハンター
道具:基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン
[思考・状況]
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
0:跡部様、成長した僕が、引導を渡してあげます。見ていてください……!
1:智子さん、麻婆おじさん、ヒグマたちと情報交換し、真の敵を打倒する作戦を練る。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジし決着をつける
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:後々はあの女研究員を含め、ヒグマ帝国の全てをも導く
6:真の敵は相当ひねくれた女の子らしいね……。
7:さぁて、お近づきになって、情報を聞けるだけ聞き出しますかね……。
[備考]
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※ヒグマ帝国の一部のヒグマ達の信頼を得た気がしましたが別にそんなことはなかったぜ。


【穴持たず696】
状態:左腕切断(処置済み)
装備:コルトM1911拳銃(残弾7/8)
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
0:盾子ちゃん、無理だとは思うけど、ロビンくんに力を貸してあげて……!
1:良かった……。扶桑は奮起してくれた!
2:盾子ちゃんのことは絶対に話さないわ!
3:智子さんは、すごく良い友達なんだから……! 絶対に守ってあげる……!
4:言峰さん、強いわ……! すごい実力ね……!
5:ロビンくんも、5歳にしては将来有望よね……!
6:盾子ちゃん……。もしかして私は、盾子ちゃんを裏切ったりした方が盾子ちゃんの為になる?
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。


【扶桑改(ヒグマ帝国医療班式)@艦隊これくしょん】
状態:ところどころに包帯巻き、キラキラ、出血(小)
装備:鉄フライパン
道具:なし
基本思考:『絶望』。
0:どなたか、電信を受けてくださる方はいらっしゃいますでしょうか……。
1:山城、やったわ……! 西村艦隊の本当の力、見せられたかも……!
2:ああ、何か……、絶望から浮上してくるのって、気持ちいいですね……!
3:他の艦むすと出会ったら絶望させる。
4:絶望したら、引き上げてあげる。


964 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:31:32 3Nwtx8OY0

【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:ネクタイで上げたポニーテール、気分高揚、膝に擦り傷
装備:令呪(残り2画/ウェイバー、綺礼から委託)、製材工場のツナギ
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:ロビン、お願いだ、生き残ってくれ……!
1:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
2:ロビンやグリズリーマザー、ヤスミンに同行。
3:ロビン……、メジャーリーガーと結婚かァ……。うへへへへ……。
4:グリズリーマザーとロビンがいるなら何でもいいや。
5:超高校級の絶望……、一体、何ジュンコなんだ……。
6:即堕ちナチュラルボーンくっ殺とか……、本当にいるんだなそういう残念な奴……。
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。


【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、『閼伽を募る我が死』、穴持たず82の糖蜜(中身約2/3)
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:このヒグマはやばい……。どうにか生きて逃げ切らないと……。
1:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
2:あの帝国のみんなの乱れようじゃ、旦那やシーナーさんとも協力しなきゃまずいかねぇ……。
3:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
4:むくろちゃんも扶桑ちゃんも難儀だねぇ……。
5:実の姉を捨て駒にするとか、黒幕の子はどんだけ性格が歪んでるんだい……?
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
 ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4〜20 最大捕捉:200人
 グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
 移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
 料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
 爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
 対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。
※宝具『閼伽を募る我が死(アクア・リクルート)』
 ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
 自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、自身を即座に再召喚できる。
 または、自身が攻撃を受けて死亡した場合、マスターが令呪一画を消費することで、Bランク以下の水属性のサーヴァント1体を即座に召喚できる。


【言峰綺礼@Fate/zero】
状態:健康、両手の裂傷をヒグマ体毛包帯で被覆
装備:令呪(残り7画)、枯れ枝
道具:ヒグマになれるパーカー
[思考・状況]
基本思考:聖杯を確保し、脱出する。
0:ふざけるなよ少年……。神を殺すことなど、許されない……!!
1:黒木智子やヤスミン、グリズリーマザーと協力体制を作り、少女をこの島での聖杯戦争に優勝させる。
2:ロビン少年に絡まれると、気分が悪いな……。ロビカスだな……。
3:布束と再び接触し、脱出の方法を探る。
4:『固有結界』を有するシーナーなるヒグマの存在には、万全の警戒をする。
5:あまりに都合の良い展開が出現した時は、真っ先に幻覚を疑う。
6:ヒグマ帝国の有する戦力を見極める。
7:ヒグマ帝国を操る者は、相当にどす黒いようだな……。
※この島で『聖杯戦争』が行われていると確信しています。
※ヒグマ帝国の影に、非ヒグマの『実効支配者』が一人は存在すると考えています。
※地道な聞き込みと散策により、農耕を行なっているヒグマとカーペンターズの一部から帝国に関する情報をかなり仕入れています。


965 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:31:54 3Nwtx8OY0

【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×9巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー・残り1/3)、基本支給品×3(浅倉威、夢原のぞみ、呉キリカ)、35.6cm連装砲
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:全員を生還させる手立てを考えなければ……。
1:帝国の臣民を煽動する『盾子』なる者の正体を突き止めなければ……。
2:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
3:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
4:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。


    ○○○○○○○○○○


I will give my love an apple without e'er a core
I will give my love a house without e'er a door
I will give my love a palace wherein he may be
And he may unlock it without any key

恋人にあげる 芯の無いリンゴ
恋人にあげる ドアのない家
恋人にあげる 彼の住む城
彼が開けるのに鍵はいらない


(イングランド民謡『I Will Give My Love An Apple』より)


966 : I Will Give My Love An Apple ◆wgC73NFT9I :2015/12/09(水) 12:32:55 3Nwtx8OY0
以上で投下終了です。
続きまして、佐天涙子、天龍、ムラクモ提督他第二かんこ連隊で予約します。


967 : 名無しさん :2015/12/11(金) 00:35:43 4HQHqWso0
投下乙
遂にロビカスとプニキの最後の闘いが始まってしまったか
始まり方が前の話と同じな辺りシーナーさんの幻覚はかなり正確にシュミレート出来るんだな本当に
死徒二十七祖とか懐かしいわ。どっちの味方だことみー
ヒグマードもヤバいがロビカスも進化していた。でも今のままだと球種が足りないぞどうするロビカス


968 : 名無しさん :2015/12/16(水) 02:00:25 bPUFb0YQ0
第四回放送は御琴のHHHヒグマ島希望放送局から発信されるんだろうか


969 : ◆wgC73NFT9I :2015/12/16(水) 22:23:38 DMeWgy/Y0
予約を延長します。

>>968
研究所の放送室は壊れてしまったので、個人的には、放送があるならそこからかなぁと考えてはいます。


970 : 名無しさん :2015/12/17(木) 01:54:13 XJXEObE20
戦況がカオスになり過ぎてもうこの会場には誰と誰が生き残っているか正確に把握出来る人は誰も居ない…


971 : 名無しさん :2015/12/19(土) 10:25:29 ZGfF8pKk0
主催勢力をあれだけでかくして、その勢力を帝国側やらクーデターやら艦これ勢やらで
更に細分化して、それぞれが好き勝手に場を引っ掻き回してるからカオスというより
風呂敷を広げ過ぎた感じはする
終わりが全然見えない


972 : ◆Dme3n.ES16 :2015/12/21(月) 00:48:38 BBO9OZxo0
ヒグマン子爵で予約します


973 : ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:18:00 iFQ.vopQ0
遅れましたが予約分を投下します。


974 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:21:34 iFQ.vopQ0
 きめ細かな泥の中に、足先が沈む。
 降り積もった火山灰の上に流れ込んだ津波が、街並みをぬかるみで澱ませている。
 めたり、めたり。と。
 一歩ごとに、足の裏がけだるい音を立てる。
 少女の脚だ。
 靴も履いていない、裸足だ。
 重い足取りを引き摺るようにして進む少女は、佐天涙子だった。
 彼女の制服は至る所に、カギ裂きが出来て襤褸になっている。
 だがその状態に反して、色だけは漂白剤に晒したかのように汚れ一つない。
 長い黒髪は、傷んで艶を失っている。
 白い花の髪飾りには、劣化したようなひびが入っている。
 3つのデイパックを抱え、彼女は据わった眼のまま、ただ逸る心に引き摺られるようにして、歩んでいた。

 その後ろに、泥の上を進んでいる脚がある。
 重い水面を裂くようにして巡行するのは、軽巡洋艦の脚だ。
 目の前の少女を案じて、眼帯の奥に息を澱ませている。
 天龍型一番艦の天龍は旗艦として、果たして何を為すべきなのか、案じている。
 彼女もまた、2つのデイパックを抱えていた。
 託された旗艦の熱を背に受けて、天龍はようやく、声に口を突かせていた。


「なあ、涙子」
「どうしたの、天龍さん……」
「本当にこっちで、いいのか?」


 天龍の問いに、佐天涙子は足を止めた。
 振り向き、空を仰いだ彼女は、今一度鼻腔の中に大気を吸い込む。
 佐天の声は、熱に浮かされたようにうわついていた。

「……ええ。間違いない。だって、血が……。血の臭いが、するんだもの」
「わかった。それならいい。ただ、早まらないでくれ」

 あたりの建物は切れ始めており、街の左手は森に近い。
 北東から漂ってくるという血臭は、佐天の感覚が正しければ、その森の先のはずだった。

 真っ黒な佐天の瞳には、光が見えない。
 目が乾いていて、光を照り返すような艶が角膜にない。
 手を離せば、佐天は今にも、そんな真っ暗な場所へと転がり落ちてしまいそうに見えた。

 彼女の肩に手を差し伸べてみれば、それはデイパックの重みで崩れ落ちてしまいそうな細さだった。
 言葉を慎重に選んで、天龍は語り掛ける。


「お前のその力は決して、人を殺すようなものじゃない。……と、思う」


 佐天は、天龍が言わんとしていることを察して、口許を歪めた。
 眼を閉じて軽く嘲るように笑い、右手の指先を見せる。
 その人差し指と中指は変形し、鱗のようにざらざらとした小片を皮膚に生じていた。

「……天龍さん、無理に慰めてくれないでいいから。
 これが人殺しの……。バケモノのものでなくて、なんなの?」

 眼を開く。
 だが依然として佐天涙子の瞳は、潤いなく乾いていた。

 くしゃ、と、顔が歪む。
 泣きだしてしまいそうなほど、眼に力がこもる。
 それでもやはり彼女の目には、一滴の涙も生じなかった。
 嗚咽が漏れた。


「その証拠に、もう私は、涙も出ない……!」
「それは脱水症状っていうんだ。水を飲め」


 崩れ落ちそうだった佐天涙子の体が、抱き留められる。
 天龍が、彼女を支えながらペットボトルを差し出していた。


「お前がバケモノだっていうなら、俺の存在だってそうだ。
 結局は俺たち艦娘も、戦うために作られた兵器なんだろう。
 だがそれだって、それ自体が善いとか悪いとか言えるもんじゃない。なんだって使いよう、気の持ちようだろ、そんなもん」

 諭すように天龍は言う。
 佐天は差し出されるボトルの水を見て、口をへの字に曲げた。
 ひったくるようにしてそれを奪い、腰に手を当てて一気に飲み下す。
 そして息を荒げたまま、眼を見開く。
 仁王立ちする佐天の眼は、まだ乾いていた。


「……ほらやっぱり出ない!」


975 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:22:30 iFQ.vopQ0
 渾身の声で、佐天は言い放った。
 意地になっている。
 天龍は額に手をやった。

「……ウィルソンの力を殺意で歪ませたと思ってるのかもしれねぇが、お前は歪んでなんかいねぇ。
 よしんば歪んでたとしても、きっとその歪みこそがお前の美しさを、作るはずだ。
 あの蒼黒い力だって、生命を壊すためにあるものじゃ、ないはずだ」

 不安定な佐天に向け、天龍は真摯に語り続ける。
 佐天はその言葉に黙然と視線を落とし、掴んだペットボトルを握る。

 その手に、蒼い光が生じた。
 ほろほろと薄蒼く、彼女の右手にわだかまった光は、ペットボトルの樹脂を急速に捩り、白濁させ、見る間に砂のように砕いて風に吹き散らしてしまう。

 『蒼黒色の波紋疾走(ダークリヴィッドオーバードライブ)』。
 と、ウィルソン・フィリップス上院議員の名付けた蒼黒い力が、それだった。
 佐天は冷ややかに天龍を見た。


「……天龍さんは、私みたいな歪みを経験したことないから、わからないだけじゃ、ないの?」
「おい、甘く見るなよ涙子。俺たち艦娘ほど歪んだ存在がどこにいると思ってるんだ」


 威嚇のように灯される佐天の蒼黒い光にも、天龍はひるまなかった。
 むしろ肩をすくめ、気楽に笑うほどだった。

「もともと俺たちは何十年も昔の船だったんだぜ? 鋼鉄の。
 それがある日眼を覚ましたら、生身の人間の娘になってたっつうんだから。
 悪いがあの時の俺の驚きは、今の涙子の比じゃなかったと思うぜ?」

 見慣れたはずの武装。
 全く見慣れない衣服。
 親しかったはずの仲間。
 全く親しめない生身。
 馴染んだはずの戦術。
 全く見知らない敵性。

 思い返すだに、想像するだに、それは困惑しか覚えなかった。
 佐天は深く息をつく。
 その手からは、蒼黒い光が消えていた。

「うん……。確かに……」
「それこそ散々悩んださ。主に存在意義について。だが結局、どうなったって自分は自分だった。
 俺は俺なんだってことを自覚できた時、苦悩は吹っ切れた。
 殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。救世済民の覚悟は今も昔も変わらねぇ」

 天龍が佐天の肩を叩く。
 その言葉は佐天の耳に、温もりを持って響いた。

「俺たちは唯一無二の異形だ。自分を嫌わないで、怖がらないでいいと、俺は思う」

 人殺しは、死ななくてはならない。
 死んで裁かれなくてはいけない。
 佐天はそう、思っていた。

 佐天が蹴り殺したのは、佐天涙子だった。
 佐天が誹り打ったのは、佐天涙子だった。
 佐天が指し咎めたのは、佐天涙子だった。
 許せないのは、自分自身だった。
 自分自身を許せないのを許せないのも、自分自身だった。

 初春飾利は彼女を赦した。
 北岡秀一は彼女を赦した。
 天龍は彼女を赦した。
 ウィルソン・フィリップスも、皇魁も、彼女を赦していた。

 いつまでたってもその咎を背負い続けているのは、佐天涙子の心だけだ。

 だが、その罪を赦してはならないと、未だに佐天はそう思う。
 百貨店の屋上という議場で、壮大な無罪判決を受けてなお、佐天はそう考える。
 それは彼女の最後の、人間としての意地だ。

 人殺しは人殺し。

 他人が何と言おうと、自分が人を殺し、また殺そうとしていた人間であることは変わらない。
 その罪から逃げてはいけない。
 でも、死ぬのは逃げだ。
 重圧に潰れるのは甘えだ。
 罪を重ねるのはバケモノだ。

 粛々と罪を償う。
 人々を助ける。
 未来永劫、人殺しの咎を背負って人命を救う。
 それだけが、自分に許された生き方なのだろう――。


 そんな滅罪の円環に実際に生きる軍艦を仰ぎ見ながら、佐天は深々とうなじを垂れた。

「ありがとう……。まぁ、頑張ってみるわ。できるだけ……」


 もう金輪際、誰の命も奪うまい。
 そう佐天涙子は、心に誓った。


    ○○○○○○○○○○


976 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:22:55 iFQ.vopQ0

「――取り込み中失礼する。軽巡洋艦天龍とその随伴官とお見受けする」
「――!?」


 その時二人に、遠くから声が掛けられていた。
 振り向けば、街道のぬかるみの上をヒグマがやってくる。
 軍服に身を包んだヒグマだ。
 それが総勢50頭ほども、整然たる方陣を成して行進して来ていた。

 まるで軍事パレードか示威行為のように、泥上に一糸乱れぬ足取りで彼らは航行してくる。
 歩行ではない。航行だ。
 彼らは軍服の上から、天龍たち艦娘と同じような艤装を纏っていた。
 その足にも、櫂やスクリューの備えられた艦娘の靴を履いている。
 にわかには信じられぬ光景だった。

 緊張を詰めて身構えた二人の前に、その方陣の列から一頭のヒグマが進み出てくる。
 そのカーキ色の軍服を着た青い毛のヒグマは、槍のようなマストを地に突いて、佐天と天龍に名乗りを上げていた。


「我こそは穴持たず667番。第二かんこ連隊、連隊長のムラクモ提督だ。
 戦艦ヒ級の撃沈、まずは旗艦天龍および随伴官佐天に感謝しよう」


 マントをたなびかせ、ムラクモ提督と名乗るヒグマは朗々と言い放った。
 二人の疑問は深まった。
 このヒグマたちの正体は、ヒグマ提督と同じように『艦これ』に心酔したヒグマ、艦これ勢なのだろうことは間違いない。
 第二回放送で地下を壊滅させ、江ノ島盾子らに踊らされているのだろう連中の筆頭だ。

 だが、目的が見えない。
 江ノ島盾子の指示でここに来たのならば、その目的は、あの百貨店屋上から生還した佐天たちの掃討だろうということは想像に難くない。
 それにも関わらず、ムラクモ提督以下、第二かんこ連隊と名乗るヒグマの一群は、天龍に向けて感謝と敬礼の姿勢を見せている。

 何にしても天龍の意識を逆撫でしたのはまず、同士への聞き捨てならない蔑称だった。


「……戦艦ヒ級? ……おい、勝手に大和を深海棲艦扱いしてんじゃねぇぞ。
 上手くもなんともねぇんだよそんなネーミング。
 あいつはあんな姿になっても、大和のままだったんだ。ふざけるな」
「ただの識別用の呼称だ。他意はない。
 貴艦らのおかげで、戦艦大和の名誉は守られたことだろう」


 苛立ちと共に構えられた天龍の刀を見ても、ムラクモ提督の毅然とした態度は崩れなかった。
 『戦艦大和の名誉』という言葉に、天龍の眉が上がる。

「大和の名誉……? 一体どういう意味だ」
「彼女がこれ以上暴虐を尽し、戦艦大和という存在に泥を塗ることを未然に防げたからな。
 貴艦らが討ち果たせなかったならば、いずれ我々が彼女の名誉を守るつもりだった」
「……まだ艦娘としての意識があったうちに死ねて、良かった。って言いたいわけか?」
「そう解釈してもらって構わぬ」


 ムラクモ提督は、心の底から感謝をしているようだった。
 天龍は、徐々に刀の切っ先を下げていく。

 佐天の脳裏には、ヒグマ提督の『あいつらがそんな大それたことするわけない……! みんな「艦隊これくしょん」が好きなんだぞ!?』という言葉が蘇った。
 彼らの態度を見る限り、むしろ江ノ島盾子に踊らされていたのはヒグマ提督を始めとする少数派で、大多数は『艦これ』を純粋に案じる者なのかも知れないとすら思える。

 それでも天龍は、不用意な隙を見せなかった。


「……それで、お前がここに来た用件は、何だ」
「モノクマ殿の情報を受け、貴艦を撃沈しに来たまでのこと」


 佐天と天龍は身を固くする。
 だが、第二かんこ連隊の50頭は、目的を明かした後も、奇襲をかけてくるようなそぶりを見せない。
 膠着はすぐに止んだ。
 佐天涙子が口を開いたからだ。

「……初春はどこ!?」
「知らぬ」

 ――モノクマというロボットの傘下なのであれば、誘拐された初春の所在も知っているはず。

 佐天の逸る心は、ただそれだけで一杯だった。
 親友の安否だけが、今の佐天を動かしていると言っても過言ではない。
 ムラクモ提督の言葉を聞くや、眼を見張った佐天の周囲には、風が舞った。


「――しらばっくれるんじゃないわよ。あのロボットが連れ去ったんだってことは、判ってるんだから」
「我々は名誉を守る。貴嬢の同胞の安否などで、つまらぬ嘘はつかぬ。
 モノクマ殿ならば知っているのやも知れぬが、我々はそこまで聞き及んでおらぬだけのこと」

 佐天から刺さるような敵意を向けられてなお、ムラクモ提督は顔色一つ変えない。
 彼の言葉が嘘か本当か、佐天には読めなかった。

 天龍は佐天を後ろへ庇うように、じりじりと半身の姿勢になった。
 未だ攻め来るそぶりを見せない連隊のヒグマに警戒を続けながら、口を開く。


977 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:23:38 iFQ.vopQ0

「……おい、一応話をする気はある、ってことか?
 俺に感謝してて、艦娘の名誉を守ろうとしてるくせに、俺を撃沈したいってのがわからん」

 天龍は、ムラクモ提督に言葉を投げながら、佐天に目配せをしていた。
 逃げよう――。
 と、いう意味合いだった。

 彼らの目的は掴み切れない。
 だが、総勢50頭ものヒグマだ。
 もし戦闘にでもなったならば勝ち目が見えない。
 その上、足元は泥。
 天龍ならばまだしも、佐天はこのような足場では機敏な動きなど到底できないだろう。
 彼女を抱えて急ぎ逃げる――。
 それが一番の安全策だと、天龍は思っていた。

 だが、その天龍の手を、佐天が押し留めていた。

 佐天には、逃げるつもりなどなかった。
 戦闘になっても、自分の負ける姿が、思い浮かばなかった。
 危機感などなかった。
 ただ、引き出せるだけ初春の情報を引き出そうと、そう思っているだけ。
 そうして佐天は、ムラクモ提督を煽っていた。


「ああわかった。あなたたちの業界じゃ、『撃沈』って言葉にエロい意味でもあるんでしょ。
 あのヒグマ提督の仲間だもんね。天龍さんを手籠めにしたいとか、呆れるわ」

 空気が硬直した。
 天龍も、第二かんこ連隊の隊員も、息を呑んでいた。
 ムラクモ提督が溜息をついて、首を横に振る。


「呆れるのは貴嬢の頭の足りなさ加減だ、随伴官佐天」
「なっ――」
「我々がそのような艦の名誉を貶す行為を犯すわけがなかろう。さぞ学業の成績も悪かったのだろうな」
「は――」


 佐天は真顔になった。
 震えが隣の天龍にも伝わるほどだった。
 煽ったつもりが真面目に反論され、しかも的確に煽り返された。
 顔を真っ赤にして押し黙ってしまった佐天を一顧だにせず、ムラクモ提督はようやく動きを見せた。

「貴艦らには解らぬようだから、沈める前にお教えしよう」

 語りながら彼が手を上げると、隊列を組んでいた第二かんこ連隊の隊員が、一斉に散開した。
 天龍の反応も許さず、一瞬で逃げ道を塞ぐように、ヒグマたちは佐天と天龍を取り囲んでしまった。
 ヒグマ提督は、円陣の中央に囲まれた二人へ、滔々と語り続ける。


「……実験開始以前、軍艦が我々を沸かせるのはその威厳のためだった。
 だが現世(うつしよ)の島に幾人もの艦娘が訪れた現状が如何に異常であるか。
 現の肉体を持ってしまったがために、瞬く間に艦娘たちは自らの尊厳に汚泥を塗っている」

 艦娘という在り方に落とし込まれてはいても、かつてはまだその存在は、霊的な畏敬と崇拝の念を以てヒグマたちに受け止められていた。
 それがヒグマ提督が歪んだ艦娘を生み出し、侍らせて以降はどうだ。
 現実の女体をあてがわれ、精神を蝕まれ、媚びへつらう姿はまるで淫婦。
 子すら為せぬ異種族でありながら、ヒグマの中からもその淫靡たる様態に踊らされる者が頻発した。

「そしてこの先に待つのが破滅である事は論を俟たない。
 ――生身の艦娘に価値は無い――。殺してでも艦の名誉を守るべきだ」

 生まれ落ちてきてしまったがために心身を犯され、その御魂までも穢されるなど言語道断だ。
 艦娘と軍艦たち自身のためにも、現実の肉体など、最終的には殺してしまわねばならない。

「しかしヒグマ提督はその事実からずっと目を背けてきた。
 ならばこの島と艦娘自身の未来の為に、自律出来ない同胞の為に。
 この私が元帥となり最終戦争という名の救済を授けねばならぬことは自明。
 無論、私は艦種や所属国、賢愚邪正貴賎を区別しない。皆平等に殺して差し上げる……!」
「むちゃくちゃだ……ッ!!」


 天龍は歯噛みした。
 艦娘を尊敬し、感謝し、それでいて彼女たちを殺そうとする。
 そんな理路整然と狂った理念が、天龍の身の毛をよだたせた。

 思わず怖気に震えた天龍の前に、佐天が進み出てくる。
 佐天は、笑っていた。
 ヒグマに周りを取り囲まれてなお、彼女には危機感がなかった。

 その体には、薄青い光がわだかまってくる。
 戦艦ヒ級の肉を抉り、砂に変えた月の牙。
 そんな凶暴な笑みを湛えて、佐天には自信しかなかった。
 その上このヒグマたちには、謂れも無い侮辱で煽られたのだ。
 不安と言うならばむしろ、戦闘になって、このヒグマたちを殺さないよう手加減できるかどうかの方が不安だった。


「大丈夫よ天龍さん、こんなやつら、私がどうにだって料理してやれる――」


978 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:24:35 iFQ.vopQ0
 だからそう言って、佐天はムラクモ提督に向き直ろうとした。
 だがそんな佐天の視界に、ムラクモ提督の姿はなかった。
 体の横を、突風が吹き抜けた。

「こっちだ」
「おごぉ――!?」

 触れていた天龍の体温が、消えた。
 振り向いた視界の端で、天龍が体をくの字に曲げて、宙を吹き飛んでいた。
 そうして街道の遥か先のぬかるみに、飛沫を上げて落下した。

 ムラクモ提督は、先程まで天龍の立っていた位置で、正拳突きの構えを取っていた。
 残心を切って左前脚を納め、そのまま彼はするすると泥上を航行してゆく。

「羅馬提督。随伴官の処理はキミに任せる」
「了解いたしました」

 呆然とする佐天を一瞥もせず、ムラクモ提督は隊の円陣を抜けて、墜落した天龍の元へ粛々と去っていった。


「……え?」


 単純な話だった。
 ムラクモ提督の突進速度は、佐天涙子の反応を、超えていたのだ。


    ○○○○○○○○○○


「私は穴持たず668番。ムラクモ提督配下、第二かんこ連隊副長の羅馬(ローマ)と申します。
 当連隊の決定により、貴嬢の投降を要請します。直ちに武装を解除し我々の指示に従って下さい」

 佐天を取り囲む49頭のヒグマの中から、そんな呼び掛けがあった。
 次第に包囲を狭めてくる連隊の中で、紅白の縞に塗り分けられた特徴的な艤装を帯びるヒグマだった。

 佐天は歯噛みして唸った。
 こんな奴らに付き合うつもりは毛頭ない。
 吹き飛ばされた天龍を早く追わねば、と焦るのみだ。


「……聞くだけ無駄だとは思うんだけど。従わなかったら、どうするつもり?」
「その場合、僭越ながら、私どもの方で貴嬢を撃沈させていただく所存です」
「……ハンパな勇気なら、やめとけば?」

 佐天はヒグマを威嚇した。
 唸る彼女の全身に、蒼い光が灯った。
 それに応じて、第二かんこ連隊のヒグマたちは次々と砲や魚雷発射管を構えていく。


「首にアタマ、ついてるうちにさ!」
「――総員、撃ち方始め!」


 叫ぶと同時に、佐天は走った。
 周囲から、嵐のように大量の弾薬が放たれる。
 轟音と粉塵が佐天を覆う。

「『疲労破壊(ファティーグ・フェイラァ)』……」

 しかし、佐天涙子は依然五体満足でその場に立っていた。
 構える手を、脚を、全身を、蒼黒い獰猛な光が覆っている。
 足元のぬかるみが、水分を奪われてさらさらとした火山灰層に変わっていく。

 風を八つ裂きにするように、光が揺らめく。
 集中放火された砲弾や魚雷は、悉く佐天に届く寸前で崩壊し、砂のように吹き散らされていた。


「無駄よ。あんたたちが何を撃ち込んでこようが、全部崩れるだけ……!」
「なるほどそのようです。その兵装は、貴嬢の体をも崩してゆくもののようですが」


 だが周囲のあらゆるものを風化させてゆくその光を見ても、羅馬提督たちは怯まない。
 佐天の周りを隙間なく取り囲んだまま、再び弾丸を撃ち込む隙を伺っているのみだ。

「その攻性防御を維持できるのは何秒ですか? 何分ですか?
 私どもは貴嬢が肉体の損耗に耐えきれず、防壁を解除した瞬間を狙うのみです」

 佐天は蒼黒い光に呼吸を合わせたまま、立ち尽くすことしかできなかった。
 足元のぬかるみはどんどん水分を奪われて火山灰に戻っていく。
 そこが泥であっても、砂であっても、佐天の脚が埋まっていることには変わりなかった。
 走っても、満足に進めない。
 始動に砲撃を合わせられれば、なおのこと先程のように、迎撃に集中せざるをえなくなる。

 佐天のこめかみに、汗が浮いた。
 浮いて、次の瞬間には蒼い光の中に蒸発する。

 羅馬提督は、睨み合いを続ける形の佐天に向け、憐れむような眼差しを向けていた。

「……力を持て余しただけの素人が、私どもミリタリーガチ勢に勝てると、本気で思っていたのですか?」
「なによ、それ……」

 佐天のつける髪飾りから、白い花弁が一枚、劣化して崩れ落ちた。


    ○○○○○○○○○○


979 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:25:48 iFQ.vopQ0
「『桧』……、『陣笠』……」

 路上のぬかるみに吹き飛ばされた天龍は、全身を泥まみれにしながらも、体勢を立て直しつつあった。
 起き上がる彼女の側頭部に、二つの耳のような黒い独立機動ユニットが飛行し戻ってくる。
 ムラクモ提督の突進に合わせ咄嗟に胸元へ展開していた即席の盾だったが、それでもヒグマの拳撃を真正面から受け切るには足りなかったと言える。
 肋骨に響く衝撃で、天龍はぬかるみに片膝を突いたまま息を上げていた。


「……大人しく沈んでおれば良かったものを。苦痛が増えるのみだぞ、天龍」
「お前……」

 彼女の元に、ヒグマの影が差す。
 ムラクモ提督が、マストの槍を携え仁王立ちしたまま、泥の上を航行してくる。
 ふらつく体に喝を入れ、天龍は立ち上がっていた。
 艤装の刀を向けながらも天龍は、苦しい表情で彼に懇願していた。

「……頼む。こんなことはやめてくれ」
「すまぬが、命乞いを聞くことはできぬ。これは貴艦のためでもあるのだ」

 立ち止まったムラクモ提督の言葉に、天龍は首を振る。


「……命乞いじゃねぇ。俺は、ヒグマも人間も、もう殺したくない。
 俺はむしろお前たちを保護したいくらいなんだ。戦いを止めてくれ」


 天龍から返ってきたセリフに、ムラクモ提督は一瞬きょとんとした。
 そして、その意味するところを理解し、笑った。
 天龍は言葉は暗に、戦いになれば、ムラクモ提督を殺してしまいかねない。ということを示している。
 現実を理解していない。と、彼には思えた。

「ふふふふふ、ははははは! ほう……、やる気か。
 完成なったこの『新型高温高圧缶』……。旧式の貴艦に勝機は無い」
「戦いたくねぇ、って言ってんだろ……!!」

 ムラクモ提督は、言うが早いか、ぬかるみの上を高速で駆動していた。
 幻惑するかのように縦横へ動くその足捌きは、天龍には信じられぬほど機敏だった。
 ダカダカと足音高く泥を跳ね上げるその歩法が、更に彼の下半身の動作をほとんど見えなくさせている。

「――見切れるか?」

 そのさなか、ムラクモ提督の肉体が高速で肉薄した。
 体ごとぶつかってくるようなその動きに、思わず天龍は防御姿勢をとる。
 だが激突するかと見えたその瞬間、ムラクモ提督の姿は天龍の前で霧散する。
 水蒸気だった。

「なぁ――!?」

 新型高温高圧缶の機能による幻惑――。そう気づいた瞬間、足元の泥中に異音があった。
 わずかなぬかるみの起伏、波動から、天龍はその正体を察知して身を捻った。

「くうっ――!?」

 魚雷が、天龍の足元で爆発する。
 ムラクモ提督が走りながら、泥中に魚雷を隠匿しつつ投射していたのだ。

「そこだ!」
「『桧陣笠』ッ!!」

 吹き飛ぶ天龍に、加速したムラクモ提督の本体が追いすがる。
 高速で突き出される正拳を、落下しながら天龍は両耳の艤装に受ける。
 しかしその瞬間、天龍は悪寒を覚えた。
 足元の泥が、沸騰した。


「――ハァッ!!」


 逆手に持たれた白刃が、天を切り裂くように地面から舞った。
 新型高温高圧缶の熱量で加速・加熱された、マストの槍だった。
 天龍はその軌道上に刀を翳していたはずだった。

 だがその斬撃は、彼女の他愛も無い防御など、簡単に貫徹してしまっていた。

 艤装の刀が、弾かれて宙に飛ぶ。
 背後のぬかるみに突き立つ。

 もんどりうって地面に転げた天龍の感覚に、遅れて激しい痛みが襲ってきた。


「ぐ、おぉ、あぁ――……!?」
「……あの状態から、私の斬撃をかろうじてでも凌いだことは賞賛に値しよう。
 だが、やはり無駄な足掻きよ」


 二つに裂けた眼帯が、天龍の顔から落ちる。
 ぐじゅぐじゅと頬から気泡を立てて、赤黒い浸出液がにじんだ。
 左の眼球から、焦げた硝子体が涙のように落ちる。
 天龍の左の顔面には、下から上に大きな切創が刻まれていた。

「その程度の力では到底、我らを殺すことも、保護することもできぬわ。
 艦娘はこの世に出て来ずとも良いのだ。貴艦らは提督に任せ、自重しておれ!!」


 倒れ伏す目の前に白熱した槍の穂先を突き付けられ、天龍は固唾を飲んだ。
 焦げて血も出ぬ頬の傷から、泡立った息が漏れた。


    ○○○○○○○○○○


980 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:26:50 iFQ.vopQ0

 佐天は、動けない。
 動いたならば先程のように集中砲火で足止めを喰らうだけだ。
 かといってこのまま『蒼黒色の波紋疾走』を展開し続けることもできない。
 自分の肉体をも、演算を漏れた殺意が破壊していってしまう。
 展開を止めることもできない。
 防御がなくなれば佐天は、ぬかるみの上に突っ立つだけの的になってしまう。
 もどかしさだけが、残った。


「……ねぇ、教えてよ。なんであんたたちは、私や天龍さんたちを、殺そうとするわけ?」


 行き詰った佐天は、空を仰ぎながら、周囲のヒグマたちに問うていた。
 そうしている間にも蒼黒い光に蝕まれて、佐天の髪のキューティクルは剥げ、肌は荒れてゆく。

「最終的には、艦隊これくしょんや我々、ひいてはあなた方自身の名誉のためです。
 貴嬢も、これ以上生き恥を晒しても、仕方がないのではありませんか?」
「……生き恥、かぁ」


 羅馬提督と名乗るヒグマから返ってきた言葉に、佐天は溜息を漏らす。
 なるほど。
 第二かんこ連隊の言う通り、佐天の人生は、恥と罪の連続だったのかも知れない。

 大きなところでは『幻想御手(レベルアッパー)』の一件に始まり、初春や多くの人に迷惑と恥を晒して続けてきた。
 島に誘拐されてからは人を殺し、狂乱し、殺意と贖罪の間で揺れ動きっぱなしだ。
 なるほど。
 ここで死んでしまえば、そんなみっともない恥の上塗りを続けることは、なくなるのかも知れない。


『どんな強力な能力でもねじ伏せる純粋な力。圧倒的なナチュラルパワー。
 無能力者である自分の境遇と重ね合わせ佐天は不謹慎にも少し高揚していた』
『人間を棄ててヒグマになってまで強くなりたいの?冗談じゃない!』
『もっと歪めもっと歪め、みんなと同じぐにゃぐにゃに曲がれ』
『――うるさいから、消えてよ』
『来ないで!! 私は、初春を、殺してしまう!!』
『助けを求めている人がいたら、今度は私だって、全力で助けるよ――』
『私だって、あなたの体半分フリーズドライにして、もう半分をミディアムレアに焼いてあげることくらい簡単なのよ?』
『もっと貪欲にならなきゃ。
 もう一度、全身をこの歪みで溢れさせることになっても――』
『……彼女だけは、潰すわ』
『これが人殺しの……。バケモノのものでなくて、なんなの?』


 二転三転し続ける、怒りと後悔の往訪だ。
 まるでこの蒼い光のような、加熱と冷却で劣化し続ける因果の応報だ。
 その根本の原因は、一体何なのだろうか?

 よくよくそうして自分の考えを省みて見れば、要するに憧れと、自惚れだ。
 格好をつけたがって、その場その場ですぐに嫉妬して。
 味方にしろ敵にしろ、そいつに匹敵したくなって仕方がなかった。
 そして力を手に入れれば、割とすぐ調子に乗る。
 根本的に、『幻想御手(レベルアッパー)』に手を出したあの頃と、何も変わっていない。
 何が“蒼黒色の波紋疾走”だ。
 怒りと一緒に周りのものをしっちゃかめっちゃかに壊せるだけのどうしようもない技術ではないか。
 この程度で、自惚れと哀しみを一緒くたにして、何かに至ったかのようなニヒリズムをぶちまけていたなんて、本当に恥ずべきことだ。


『……今の涙子ちゃんに、ヒグマを倒せる力はないだろ。右手を折られて、ほっぺには青タン。
 密着しさえすれば、確かに俺を脅したように相手を焼き氷にできるんだろう。だが、さっきのロボット然り、ヒグマがそれをやすやすと許すと思うか?
 あの時だって、もし1歩俺たちが離れていたら、本気でやってたら死ぬのは涙子ちゃんの方だったんだ。自分を過信するなよ?』

 北岡秀一の言葉が思い出される。

『……ゆめ虚心坦懐であれ、佐天くん。キミのブレイブは、もっともっと輝けるのだから……。
 その「蒼黒色の波紋疾走」に呑まれることなく、わしらの代わりに……、どうか最後まで、生きてくれ……』

 ウィルソン・フィリップスの言葉が思い出される。

 色んな人から言われていたではないか。
 佐天涙子はまだまだ未熟な人間にすぎないのだと。
 それこそもう、ヒグマにも指摘されるほど、佐天は恥まみれのしょうもない小娘なのだろう。


981 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:27:10 iFQ.vopQ0

「――でもやっぱり、死ぬのは甘えだわ」


 空から視線を落とし、そう言った。
 佐天はむしろ嬉しかった。
 バケモノの証拠だと思っていたこの力を、こんなに簡単に攻略されてしまったことが、だ。
 自分はまだ人間なんだ。と、はっきりと自覚できた。

 こんな殺意ごときでバケモノを自負するなど、本物のバケモノに失礼だったかも知れない。
 そもそも、防衛の手段に殺意を用いるという時点で、なってない。

 ――もう金輪際、誰の命も奪うまい。
 そう、心に誓ったばかりではないか。


『では、その覚悟を試される時が来たのかも知れません』


 皇魁の言葉が、脳裏をよぎる。
 正面にて魚雷発射管を構える羅馬提督に向け、佐天は微笑みかけていた。
 羅馬提督はただ粛々と、手を上げて連隊員に指示を出すだけだった。


「……あのさ。恥をかいたまま死ぬより、汚名を濯ぐために足掻いた方が、まだマシなんじゃない?」
「……総員、攻撃準備」


 陽の傾く空に、まだ星は見えない。
 見えるのは足元の、きめ細かな泥の一粒だ。

 泥臭くて、優しくて、とてつもなく愛おしくて、会いたい。
 そんな憧れの少女の笑顔を思い浮かべて、佐天は呼吸する。

 佐天の体から、蒼黒い光が、消えていた。


    ○○○○○○○○○○


 泥中に倒れたまま、天龍は口を開いていた。

「……何か、あったのか」

 天龍の口から漏れていたのは、嘆息だった。
 刃を突き付けるムラクモ提督を、傷の痛みに耐えながらも、天龍は真っ直ぐ見上げていた。

「なんだと?」
「……俺たちに会う前に、艦娘と何かがあったんだな?
 お前たちがそういう覚悟を決めなきゃならなくなる、何かが」

 天龍の指摘に、ムラクモ提督は苦々しく口元を歪めた。
 推測は当たっていたらしい。
 言葉を続けながら、天龍は焼き切られた顔の傷を押さえ、慎重に立ち上がろうとする。


「島風の様子は見た。天津風から若干は話も聞いた。
 大和も……、どうしてああなっちまったのか不思議なくらいだ。
 ……だが、間違っちまったなら、それを正しく戻すことだって、可能かも知れねぇ。
 なぁ、教えてくれ。殺す以外に道はあるかも知れねえだろ? 協力できるかも知れねぇ」
「おのれ……、世迷言を……! そうして貴艦が迷うことこそ軍艦の名折れよ!!
 命惜しさに貴艦はそのような妄言を吐くのか!! たたっ斬ってくれるからに、そこへ直れ!!」


 ムラクモ提督は牙を噛み、諸手で持つ槍を大上段に構えた。
 そのまま激情を押し殺すかのように、彼は震えながら言葉を漏らす。

「貴艦らが現身を持つ意味がどこにある。
 深海棲艦とは、沈没した船の怨念より成ったものだと言う。
 なればそれと戦う艦娘は、後にやはり深海棲艦となる者。
 生身の艦娘など、永久に怨憎の輪廻を回るだけの存在に過ぎぬではないか」

 その言葉はまた、彼が自分自身に言い聞かせているもののようにも、聞こえた。

「覚悟を決めよ。我々が責任を持って貴艦らを荼毘に付してくれる。
 これでもう二度と、軽巡天龍の名誉が穢れることはない!!」
「……悪いが、これだけは言わせてくれ」


 毅然として言い放つムラクモ提督の前に、天龍は溜息を吐きながら立ち上がった。
 左手を顔の傷から離し、彼女は強い眼差しで叫ぶ。


982 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:28:23 iFQ.vopQ0
「俺たちは、お前に計られるほど浅ぇ覚悟で、生きちゃいねぇッ!!」
「――ハァッ!!」

 その叫びに、ムラクモ提督の裂帛の気合が重なった。
 新型高温高圧缶の熱に白光を放つ槍が、脳天より天龍を唐竹割りにせんと振り下ろされる。
 その閃きに合わせ、天龍の左腕が下から振り上がる。

「『紅葉』――!」
「ぬぅ――」

 逆手の投げナイフが、強化型艦本式缶の熱量に赤熱されながら槍の穂先に噛み合う。
 その勢いを側面に引っ外しながら、天龍はムラクモ提督の懐に踏み込んだ。

「せいっ!!」
「くおぉ――!!」

 全身を揮って右手を突き出す正拳、八糎単装高角拳。
 鼻っ柱に相対攻撃として刺さるかと見えた鋭い天龍の拳に、ムラクモ提督は咄嗟に蒸気を吹きながら後方へ跳び退った。
 そして跳びながら、中空で大量の魚雷を構える。

「――玉と砕けよ!!」
「『強化型艦本式』――!!」

 天龍の上空に、魚雷がばら撒かれた。
 空爆のように降り注いでくる魚雷の一つ一つを、天龍は無事な右眼で追った。
 背中のボイラーが急速に過熱する。

「――『暴れ天龍』ッ!!」
「こっちだ!」

 両腕を高速で振るい、天龍は投げナイフと右掌で降りしきる魚雷の雨をことごとく弾く。
 しかし、周辺に落下する魚雷の爆発に紛れて、ムラクモ提督は、ぬかるみの上を高速で天龍の背面へと回り込んでいた。

「くっ――!?」
「華と、散れィ!!」

 ムラクモ提督の足元の泥が、沸騰する。
 大気を焼くような白光と共に、槍が高速で天へと跳ね上がる。
 死角となっている左方向からの裏周りに、天龍は振り向ききれなかった。

 その穂先が、背面攻撃となって天龍の胴を両断するかと見えた。

「『鷹歸る』――」

 その瞬間、天龍の体は、ムラクモ提督に背を向けたまま宙に浮いた。
 彼女のいた位置に蒸気だけを残して、天龍は身を捻るように前方へ跳んでいた。

 そして、空を切って振り抜かれた槍の下に、彼女はそのまま急転回をして宙を滑り込んだ。

「『崖』」
「なにっ――!?」

 天龍の背部艤装から、大量の蒸気が吐き出されていた。
 強化型艦本式のボイラーから排出される高圧水蒸気によるホバー移動。
 天龍峡十勝の一つ“歸鷹崖”はその名の通り鷹の帰ってくる崖であり、その昔、天龍川流域に住む仙人が鷹狩りをした際の岩であるとされる。

 渾身の斬撃を躱されたムラクモ提督の隙に、天龍の体が踊り込む。
 中空で転身しながらの鋭い回し蹴りを、ムラクモ提督は左側頭へ強かに差し込まれていた。

「――これしきッ!」
「『竿垂れる』――」

 踵の櫂をこめかみに喰らい、視界に火花を散らしながらも、ムラクモ提督は体勢を立て直す。
 しかし空を踏むようにして更に跳んでいた天龍は、その時既にムラクモ提督の真上からナイフを振り被っていた。

 高高度から、重力と蒸気圧とで加速された振り降ろしが、彼女の全体重と共にムラクモ提督の頭頂に迫る。

「『磯』ッ!」
「ウッ――!?」

 天龍川において過たず魚群を狙うカワセミのように、その一撃は鋭く速かった。
 天龍峡十勝の一つ“垂竿磯”はその昔、天龍川流域に住む仙人が苔むしたその巨岩に腰をおろし、好んで釣り糸をたれたものだとされる。

 咄嗟に、ムラクモ提督は頭の上に両手でマストの槍を構えていた。
 赤熱するナイフの勢いを受けて、その駆逐艦叢雲の槍は、たわんだ。
 ムラクモ提督の顔が青ざめた。


「ぐあぁ――」
「……!?」

 天龍のナイフが、ムラクモ提督の胸板を切り裂く。
 ムラクモ提督の手から、槍が取り落とされていたのだ。
 天龍はその手応えに違和感を覚えた。
 全力で急降下する『竿垂れる磯』の勢いも、ヒグマの膂力なら、耐え凌ごうと思えば凌げたように思えたからだ。

「おい、お前――」
「まだだッ――!!」

 思わず、天龍は彼に声を掛けようとした。
 だがムラクモ提督は、焼き切られた傷を押さえ、天龍に向けてなおも拳を振り上げ、躍りかかっていた。

「ちっ――」

 天龍は舌打ちした。
 得物を手放し、激情を顕わに襲い掛かってくる彼の動きを、強化型艦本式缶で加速された天龍の反応速度は、完全に見切ってしまっていた。


    ○○○○○○○○○○


983 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:28:53 iFQ.vopQ0

「――総員、撃ち方始め!」

 羅馬提督の号令が、辺りに響いていた。
 そしてその場を、暫しの沈黙が包んだ。 
 構えられた第二かんこ連隊の砲口からは、何も出て来なかった。

「――え……!?」
「ふ、副長殿――、点火が、点火ができません――!!」

 羅馬提督は、驚愕した。
 連隊の面々の顔にも、揃って驚きの表情が張り付いている。


「初春と出会ったのは……」


 体が動かない。
 そしてとてつもなく、寒い。

 佐天涙子が、円陣の中心で立ち尽くしていた。
 静かに彼女は、微笑んでいた。


「――この、『凍結海岸(フローズン・ビーチ)』だった……」


 佐天涙子を中心として、一帯のぬかるみが、凍結している。
 結氷し、霜が降りたその領域は、第二かんこ連隊の円陣の元にまで届き、その足元から艤装までを氷に埋めていた。
 夜の森の中、ダイヤモンドダストを掻き分けてやってきた緑の少女。
 初春飾利の姿を思って、佐天は呼吸している。

 時間がたつごとに、羅馬提督たちの艤装や体表面はどんどんと結氷してゆく。
 もう、砲から掌が離れない。
 櫂が凍結して、航行も歩行もできない。
 思わず問わずにはいられなかった。

「こ、こんな広範囲へ同時に特殊攻撃を……!? 一体どうやって……!?」

 羅馬提督たちは、天龍に同行しているこの少女が、熱を操作する能力を有していることまでは把握していた。
 しかしその能力は、モノクマロボット1体にすら返り討ちにされ指を折られる小規模なものだとしか、聞き及んでいなかった。
 佐天は羅馬提督を見つめ返す。


「……そうよね。私も気付かなかった。自分の体に熱量を溜めてたから耐えられなかった、ってことに。
 一箇所を冷却したら、その都度違う場所に熱を発散させればいいだけ……」


 半径十数メートルの円形に結氷している一体の街道は、厳密には、佐天の周囲数十センチだけ、もとのぬかるみのままだ。むしろ、そこだけは暖かいほどだった。
 佐天の習得する『第四波動』は、端的に言えば空気中や任意の対象から熱エネルギーを奪い、それを増幅して掌などから放出する能力である。
 この熱吸収の段階で、左天はその熱量をガントレットに溜めることで大規模な熱操作を可能としていた。
 これが無い状態の佐天涙子では、自分の肉体が耐えられる分量の熱しか、一度に扱うことができない。

 このため、佐天は今までその行使回数を増加させてゆく方向に能力を磨き、『疲労破壊』や『分子間力』、『蒼黒色の波紋疾走』といった技術を身につけてきた。
 その延べ操作熱量は、既にガントレットのある状態に匹敵する程にまで、高まっていた。

 そして佐天の思考は、この窮地において、転換された。
 足元の地面から奪った熱を、同じ場所ではなく、体表面から空中に逃がす。
 対象から熱を奪い、同対象に熱を返す高速サイクルを行なう『疲労破壊』の加熱部分だけを、別の場所に行なったらどうなるか。
 一度には少ない熱量だが、それを一千回、一万回、億兆京那由他阿僧祇の回数だけ繰り返して行ったらどうなるか。

 ――『第四波動』は撃てなくとも、周囲を結氷させるほどの熱吸収ならば、今の佐天にもできる。

 そんな事実が示されることに、他ならなかった。

「……気づかせてくれて、ありがとう」

 佐天の表情は、晴れ晴れとしていた。
 殺さずに済んだ。
 もう周囲の者たちに、殺意と敵意で顔を合わせなくとも、済む。
 ヒグマでも敵でも、艦娘でも味方でも関係ない。
 いっそこの場にいるみんなをスキになってしまうかのような高揚感に、佐天は包まれていた。


「で、これからどうする? 投降を要請したら、直ちに武装を解除して指示に従ってくれたりする?」
「くっ……」


 身じろぎのたびに毛皮の表面にがりがりと氷を軋らせるしかない羅馬提督は、意趣返しのような佐天涙子のセリフに牙を噛む。
 示し合わせたわけでもなく、羅馬提督と佐天涙子は、同時にムラクモ提督と天龍の行った先を、見やっていた。


    ○○○○○○○○○○


984 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:29:19 iFQ.vopQ0

 振り抜かれる右拳の脇を、半身で踏み込む。
 噛みつこうとする頭部を躱し、左脇の下に挟み込む。
 ムラクモ提督の左肩を右腕で抱え込み、彼の勢いを受けながら天龍は後方へと跳び上がる。
 蒸気で加速した膝を、胸部に叩き込んだ。

「ぐぁ――」
「『龍角の』ぉ――!!」

 水蒸気に包まれ、上空から天龍たちが落下する。
 脇に挟み極められたムラクモ提督の首筋には、ナイフが添わされていた。
 彼の視界は、真っ黒な地面で急速に埋まった。


「――『峯』!!」


 ジャンピング高角度ダブルアームDDT。
 天龍峡十勝の一つ“龍角峯”はその昔、湧き上がる雲烟に包まれて、深潭より神龍が昇天した際に残した龍の化身だとされる。

 頭頂ではなくあえて顔面が叩き落とされるために、その投げは受け身が取れなかった。
 投げ落とされるその首には、天龍のナイフが添えられていた。
 鼻骨が砕ける。
 自身の体重で、刃が喉笛にめり込む。
 めしめしと音を立てて、気管が潰れた。

 天龍と同体となって地に転げ、ムラクモ提督は勢いよく喀血した。


「グハァッ!? ……ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
「わかったか……? 多機能ゆえの脆弱ってのもある……。
 新型がいいってわけじゃねぇし、自分の主義主張がいつだって正しい訳でもねぇ……。
 この強化型艦本式缶は、どんな新型艦にも追い抜かせなかった、『日本一』のあいつの、なんだしな……」


 立ち上がろうとして、ムラクモ提督はぬかるみの上に倒れた。
 軟骨を砕かれた気管と鼻のせいで、呼吸がままならなかった。
 地面がぬかるみでなければ。
 もし天龍がナイフを過熱していれば。
 ムラクモ提督はそのまま完全に気管を潰されて窒息していたか、首を絶ち落されていたに違いない。


「よ、よもや艦娘が、柔術さえ身につけているとは……」
「俺は世界水準……、軽く超えてるからな」


 呟きながら、天龍もぬかるみの上に、膝を突いていた。
 全身の骨と筋肉が悲鳴を上げている。
 この短時間でも、無理矢理上げた肉体の反応や筋力の反動は、並々ならぬものがあった。


「天龍さん――! 無事!?」
「おう、涙子の方こそ……。大丈夫……、ではあったみてぇだな」

 駆け寄ってくる佐天涙子の方を見やって、天龍は半分驚きで呆れる。
 向こうの路上では49頭のヒグマを、佐天涙子がほとんど氷漬けにしてしまっていたのだから。
 百貨店周囲の凍結した津波の様相を思えばむべなることではあるが、なかなか圧巻の光景だった。


「――ムラクモ提督! ご、ご指示を!!」

 羅馬提督が、街道の先から震えた叫び声を上げていた。
 ムラクモ提督は、項垂れた。
 火を見るより明らかな、敗北。
 その場合もはや彼らの取り得る行動は、一つしかなかった。


「……軽巡天龍ならびに随伴官佐天、早急に我らを殺せ。元より名誉の戦死を遂げることこそ我らの悲願ぞ。
 情けと思って、何卒、この素っ首を刎ねてくれ」
「バカ……、殺さねぇよ」

 天龍は、立ち上がりながらぼりぼりと頭を掻いた。
 路上に落ちていたムラクモ提督の槍を拾い、彼の元に差し出してくる。


「これ、叢雲の槍だろ……? お前の名前もそうだが、何があったんだ?
 その格好といい戦術といい覚悟といい理念といい、ヒグマ提督みたいな半端者とは、色々な意味で違ってやがる。
 おい……。なんで、『槍だけ』なんだ?」
「くっ……」

 ムラクモ提督は、歯噛みした。
 大きな逡巡と迷いが、彼の中にあるようだった。
 しかし最終的に彼は、強く横に首を振る。


「……何も話さぬ! 我らは敵味方の関係だ! 貴艦に話すことは我ら全ての汚名となる!!
 ただ勝者は敗者を殺す、それだけで良い! さぁ殺し、沈めよ!! 今すぐに!!」
「ったく……、勝手に殺しに掛かってきてそれか。ふざけんなよ……。
 なんにもか? お前らの内実も過去も、なんにも話しちゃくれないのか?」
「無論だ」

 ムラクモ提督の燃えるような瞳を見て、天龍はただ無力感しか得られなかった。
 殺し合いを止め、命あるもの全てを救うと思っても、そんな信念程度では、このヒグマの心を変えることはできない――。そんな事実が、胸を打った。
 ムラクモ提督は、立ち尽くす天龍の前で、自分の下に酸素魚雷を設置していた。


「コレデヨイ……。かくなる上は、自沈するのみ。貴艦は安全域まで離れられい」
「ちょっと、勝手なことしないで」


985 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:29:47 iFQ.vopQ0

 だがその時、ようやくぬかるみを漕いで辿り着いた佐天涙子が、二人の間に割り込んできた。
 設置された魚雷に彼女が拳を振り降ろすや、一瞬にしてそれは砂塵になって崩壊してしまう。
 佐天涙子は、苛立っていた。
 今までの一方的なムラクモ提督たちの言動を受けて、鼻息も荒く言い放つ。

「せこくて、鈍くて、くちゃくちゃ喋ったりちくちく絡んできたりするヤツに、私たちがそんな親切なことしてやると思ってんの?」
「おい、涙子――?」

 佐天の言わんとする内容を図りかねて、天龍は首を傾げる。
 だが佐天は、そんな天龍の背中を押して、ムラクモ提督の前に進み出させた。


「負けたのに生かされることがそんなに嫌だってんなら、一番嫌なことしてあげるわよ。
 生き残って、生き恥でもなんでも晒したら?
 ……私たちは今までもそうして生かしてもらって来たし、これからもそうするんだから。
 ……死んだり、また殺人を重ねるなんて甘えた逃げは、許さないんだから」

 佐天の言葉は、自分自身に言い聞かせているものでもあった。
 振り向いた天龍の前で、佐天は、涙をこらえるかのように、上を向いている。
 しかしその眼球はまだ、乾燥のせいか痛々しいほどに艶が無かった。
 天龍は嘆息して、ムラクモ提督の方に向き直った。


「……そうだな。お前が聞くのかどうか知らねえが。命令だ。
 ……自沈もするな。生きろ。そんで、頼むから無用な殺しもしないでくれ。
 お前に勝った艦からの命令だぞ? 名誉名誉言うんなら、敗者らしく従っても良いんじゃねぇか?」


 ムラクモ提督は、声もなく俯いているだけだった。
 離れた場所でいまだ氷中に動けぬ49頭のヒグマたちも、沈鬱な表情で沈黙を守っている。
 佐天と天龍は顔を見合わせた。

 これ以上何を試みても、時間の無駄に思えた。


「……だんまり、か。……仕方ねぇや。
 探してるヤツと、弔わなきゃいけないヤツがいるんでな。……失礼するぜ」

 後顧の憂いを絶つためなら、また人を襲う可能性のあるヒグマなど、殺しておいた方が良いのかも知れない。
 だが、天龍も佐天も、進んで殺したくなどなかった。
 そして何より、天龍には、このヒグマたちに、更生の余地があるのではないかと、思えてならなかった。

 天龍は、ムラクモ提督の前のぬかるみに、駆逐艦叢雲の槍を突き立てた。
 路上に落ちていた自分の日本刀を拾い上げ、彼女は今一度振り向く。


「……おい、よく考えてみてくれ。叢雲は、お前にどんなことされれば、嬉しいのかな……?」


 そう疑問を投げかけて去ることが、天龍が最後にできる試みだった。
 再び北東に歩みを取りながら、佐天もまた、取り残される第二かんこ連隊の面々に呼びかけた。

「……そういや、知ってるの?
 あんたたちが従ってるモノクマってのは、ほんとは江ノ島盾子って人間の女が操ってるのよ?」

 そう言って、精一杯憎らし気に、吐き捨てた。


「あんな女の下に敷かれて、名誉も何もないでしょ、アホらしい」


 精一杯奮起させるように、吐き捨てていた。


    ○○○○○○○○○○


986 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:30:17 iFQ.vopQ0

 ぬかるんだ路上で、ムラクモ提督は震え続けていた。
 天龍と佐天の姿が見えなくなってから、彼は堰を切ったように、激情を吐露していた。


「……我々のことなど、叢雲が知っておるはずがなかろう!! 大うつけが!!
 私がこの島で何をしようと、我が崇拝する叢雲は喜びも悲しみもせぬわッ……!!
 こんな狂った島やヒグマのことなど、叢雲は知らないでいて、良いのだッ!!」


 痛む咽喉を押さえ、大粒の涙を零しながら、ムラクモ提督は咽ぶ。
 目の前に突き立てられた駆逐艦叢雲の槍を掴み、額を寄せ、固く目を瞑る。

「……それに、モノクマ殿に信用を置けぬと言うことなど百も承知よ。
 だが我々の目的を達する手段と道具を得るには、彼の者やロッチナの下が最も適していた。それだけのこと……!!」


 ふらふらとぬかるみの上を戻りながら、ムラクモ提督は止め処なく心情を零してゆく。
 彼の言葉を聞く隊員たちも、震えていた。
 その震えは決して、氷漬けにされたことによる寒さからだけのものではなかった。


「初めは、私も期待に胸を躍らせていたことがあった。あの駆逐艦叢雲と語らい、共に作戦を遂行できることがあるのやも、と。
 ……ことによったらあの御御脚で踏んでもらえたりするのやも、とな。
 だが、ゴーヤイムヤたちと建造した現場にできていたのは……、彼女のマストだけだった」

 彼はそうして、結氷したぬかるみの上に、駆逐艦叢雲の帆柱を突き立てた。
 新型高温高圧缶からの熱を受けて、そのマストの槍から徐々に、隊員たちを覆う氷は溶けてゆく。


「私はその時悟ったのだ。艦娘の複製體を作ることなど、許されざることなのだとな。
 真に気高い軍艦ならば、我々ごときの要請に応じて肉体に降りてくることなど有り得ぬのだ。
 ……島風やビスマルクの有り様など、わざわざこの世へ狂いに来たとしか思えなかった。
 彼女たちの名誉は、彼女たちが存在しているからこそ、地に落ちてしまったのだ……!!」
「私どもも、ムラクモ提督とお気持ちを一にしております。
 我々のような戦うことしかできぬ下賤の者が、艦娘たちと交歓するなど、本来あってはならないことです。
 それは艦の名を穢す非行。世が世なら、考えるだけでも恐ろしい思想犯罪です。
 それに応じる艦娘など、癲狂者に違いありません……」

 羅馬提督が、悲哀に満ちたムラクモ提督の言葉に、応じた。


 ヒグマの肉から作られた、人間の姿をした、軍艦。
 捻じ曲がり、狂った己の出生や来歴に一切の疑問も抱かず、初めて見たばかりの獰猛なヒグマたちを提督と慕うような少女など、第二かんこ連隊の面々には気味の悪い異形にしか思えなかった。
 正しい精神をしているならば、まず己の着任した場所と、周囲の状況に驚き、悩むのが普通だろう。反発もするだろう。
 提督を罵るかもしれない。
 怯えるかもしれない。
 それでも、自分たちの憧れる艦娘ならば、そうした紆余曲折を経て、共闘できるかもしれない――。
 その馴れ初めの過程こそ、彼らの望んでいたものだった。
 そんな期待を、うっすらと抱いていた時期もあった。

 だが、ムラクモ提督は建造に失敗した。
 そして彼らの予感は、確信に変わった。

 崇高な艦娘ならば、自分の身をこんな乱痴気の島に落とすことは有り得ないのだ。
 いくら建造しても、出てくる訳はないのだ。

 艦娘を尊敬している。大好きでもある。
 その装備や戦術の一つ一つまで、愛さずにはいられない。
 だからこそ、見ていられない。
 ならばこんな不名誉を艦に与え続けている島の現状を、狂ってしまった羆製艦娘を、そしてゆくゆくは元凶たる自分たちヒグマの存在を、糺さねばならない――。
 そのための闘争と、邪魔者の殺滅。艦娘の掃討。そして最終的な自分たちの戦死。
 そこに一切の妥協は許されない。

 それが第二かんこ連隊の共通の認識だった。
 そう思っていた。

 だが羅馬提督は、体表と艤装の氷を溶かされながら、ムラクモ提督に向け、こうも続けた。


「……ですが天龍は、我々が作り出してしまった不憫な羆製艦とは、違うのではないのでしょうか?
 私どもは、この島のことしか知ってはおりません。
 彼女の帰るべき鎮守府には、帰るべき生活には、私どもの知り得ぬ名誉が、あるのではないでしょうか?」


987 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:30:37 iFQ.vopQ0

 天龍は、球磨と共にこの島へ意に反して連れて来られてきてしまった、外来の艦娘だった。
 この島の羆製艦娘とは違う。
 思考から狂っている穢れた娘どもとは、違っているのかも知れない。

 羅馬提督からその事実を指摘され、ムラクモ提督は、暫し沈黙した。
 それはムラクモ提督が、羅馬提督が、彼女たちと戦った中で、漠然と抱いていた感覚でもあった。


「……軽巡天龍の撃沈は後に回す。総員、装備を整え南方へ向かうぞ。
 まずは未沈没の羆製艦の探索および掃討を優先する……!!」
「了解いたしました……!」


 動き始めた隊の先頭で牙を噛み締め、ムラクモ提督の心中にはもやもやと煮え立つ、払拭しきれぬ思いがわだかまっていた。


【D-4 街/夕方】


【ムラクモ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第二かんこ連隊』連隊長(ミリタリーガチ勢)、輪状軟骨骨折、胸に焼けた切創
装備:駆逐艦叢雲の槍型固有兵装(マスト)、軍服、新型高温高圧缶、61cm四連装(酸素)魚雷×n
道具:爆雷設置技術、白兵戦闘技術、自他の名誉
[思考・状況]
基本思考:戦場を支配し、元帥に至る名誉を得るついでにヒグマ帝国を乗っ取る
0:天龍よ、今一度相見えよう……。
1:ロッチナの下で名誉のために戦う。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘を皆平等に殺して差し上げる。
3:モノクマを見限るタイミングを見計らう。
※艦娘と艦隊これくしょんの名誉のためなら、種族や思想や老若男女貴賎を区別せず皆平等に殺そうとしか思っていません。
※『第二かんこ連隊』の残り人員は、羅馬提督ほか50名です。


    ○○○○○○○○○○


「……ったく。もともとこっちのサーチライトは壊れてたとはいえ、これじゃやられ損だ。
 本当に、振る舞いさえまともなら何にも言わねぇのによ、俺らは……」
「まぁ……、私は色々、気づかせてもらったことは、あったけどね」

 森に近い街のぬかるみを歩きながら、佐天は天龍の顔の傷に手を翳していた。
 デイパックを抱え直し、切創に当てる腕には、山吹色の波紋が生じている。
 ムラクモ提督に斬りつけられた天龍の傷口は、もともと焼かれて止血されていたこともあり、程なくして塞がっていった。

 佐天の言葉に、天龍が問い返す。

「……あの、氷漬けか?」
「それもあるけど……、あのヒグマたちって、こっちから来たじゃない?
 江ノ島盾子の本拠地がこっち側にあるのなら、やっぱり初春の連れ去られた方角も、これで合ってるんじゃないかって」


 手当を終えた佐天が指し示したのは、今向かっている東側の街並みだ。
 北東方向へ路地を進んでいくにつれ、佐天の鼻に届く臭いはどんどんと強くなっていく。
 ムラクモ提督たちがやってきたのも、このE-4方向の街並みからだった。
 この近辺に、地下へと繋がる通路か何かがあるのかも知れない。
 天龍が頷く。
 佐天の予感には正直半信半疑だった面があったのだが、状況証拠を鑑みるに、可能性は高く思えた。

「……確かに。島風と出会ったのも、山の真北だった。
 もし艦これ勢の輩とあの女が繋がってるとするなら、やはりこっち方面、なのか……」
「……初春を、奪還する……!」


 武者震いのように、佐天は眼を見開いた。
 その髪も肌も、みずみずしさを失っている。
 ボロボロの制服は、漂白された色を通り越して、繊維が劣化して縮れてきている。
 白い花の髪飾りは、花弁がひとつ欠けてしまっている。
 3つのデイパックが、細い肩に食い込んでいた。


988 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:30:58 iFQ.vopQ0

「……怖いか?」


 天龍は、不安と共に問わずにはいられなかった。
 折れてしまいそうに細いその少女は、眼を見開いたまま、はっきりと言った。

「大丈夫、怖くない」

 そして今一度、念を押すように、頷きながら言った。


「私、自分が怖くない」


 その目は、依然として乾いていた。
 だが、その奥の黒さだけは、深かった。


「言ってくれたよね天龍さん。自分を怖がらないでいいって。
 本当、そう思う。ありがとう、天龍さん」


 そうして佐天は笑顔を浮かべる。
 乾いた肌でも、その笑みには、力強い張りが感じられた。

 その笑顔を見て、天龍は自問した。

 ――良かったのだろうか。
 自分には佐天涙子という少女に、こんな修羅の道を歩ませようとしている。
 彼女は内地の女学生だ。
 自分が、守ろうとしていた対象のはずだ。
 だが彼女は、自分を超える強大な力を手に入れてしまった。
 鬼神のような、力だ。

 49頭。
 自分がヒグマ1頭と一騎打ちしている間に、彼女は実に49頭ものヒグマを手玉にとってしまっていた。
 自分のアドバイスが、本当に彼女のためになったのか、それがわからない。

 提督も、僚艦も、既に誰も、天龍の行動の是非を判断してくれる者はいない。

 幼少の頃より人を斬って来た少年兵などは、陸軍だけでなく、海軍の天龍も、戦地ではよく見かけていたものだ。
 それは戦争が生み出してしまった、若い修羅だ。心に鬼を飼う修羅だ。
 佐天涙子の目が、天龍にはそんな兵士たちのものに、重なって見えた。


 裡に鬼を飼う。
 それは程度の差こそあれ、あらゆる人間の有り様には違いない。
 鬼を飼い慣らす手段を知らねば、食い殺される。
 なおのこと戦地においては、それは紛れもない事実だ。
 それは天龍もわかっている。
 だがそれを、こんな少女に強要せねばならなくなる己の力不足が、もどかしくて仕方が無かった。

 今回は、たまたま殺さずに済んだ。
 たまたまだ。
 天龍ですら、完全に非武装非応戦でムラクモ提督を無力化することは、できなかった。
 だが今後、どんなに心で不殺を誓っていても、また命を奪わねばならない局面は訪れるだろう。
 その時に、今度こそ彼女の心が持つのか、天龍の不安は収まらなかった。


 考えを巡らせているうちに、二人の足取りは、森の端に掛かろうとしていた。
 佐天が、鼻腔に息を含ませながら、素足の歩みをその内部に踏み込ませてゆく。

「この、森の先からよ……」
「そうか……、皇たちを弔える場所も、あるといいんだが……」

 デイパックを抱え直し、二人は意を決して歩んでゆく。
 江ノ島盾子の、艦これ勢の本拠地が、この先にあるのかも知れない――。
 そんな予測で、踏み込んでいた。

 だが二人の考えは、その一歩目で、裏切られていた。 


「え……!? なに……、これ」
「なんでこんなに、大量の血が、こびりついてるんだ……!?」


 森の内側に踏み込んだとたん、その異相は一目で彼女たちにもわかった。
 真っ赤な血液にしゃぶり尽され、立枯れたような木々が、その森の中の大部分を占めていた。
 何があったのか、わかりようも無い。
 ただ確かなのは、只事ではない危機と戦闘が、この森の一帯を通り抜けていったのだろうということだけだ。

 佐天は、息を呑んで、北東の方へ走り出していた。
 天龍が、慌てて追い縋った。


「初春……ッ!!」
「あ、おい――、待て、涙子、逸るな!!」


 暗い暗い森の奥を、赤い色を追って、走り抜ける。
 心よりも速く速く、あの笑顔を追って、歪の先へ。


989 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:31:44 iFQ.vopQ0

【E-3とE-4の境 森の端/夕方】


【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:深仙脈疾走受領、アニラの脳漿を目に受けている、右手示指・中指が変形し激しい鱗屑が生じている、衣服がボロボロ
装備:raveとBraveのガブリカリバー
道具:百貨店のデイパック(『行動方針メモ』、基本支給品、発煙筒×1本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、缶詰・僅かな生鮮食品、簡易工具セット、メモ帳、ボールペン)、アニラのデイパック(アニラの遺体)、カツラのデイパック(ウィルソンの遺体)
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:初春……、初春……、初春……。
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助けたい。のに……。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『凍結海岸(フローズン・ビーチ)』……。
5:本当の独覚だったのは、私……?
6:ごめんなさい皇さん、ごめんなさいウィルソンさん、ごめんなさい北岡さん……。ごめんなさい……。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになってしまいました。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。
※アニラのファンデルワールス力による走法を、模倣できるようになりました。
※“辰”の独覚兵アニラの脳漿などが体内に入り、独覚ウイルスに感染しました。
※殺意を帯びた波紋は非常に高い周波数を有し、蒼黒く発光しながらあらゆる物体の結合を破壊してしまいます。
※高速で熱量の発散方向を変えることで、現状でも本家なみの広範囲冷却を可能としました。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。


【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破、キラキラ、左眼から頬にかけて焼けた切創
装備:日本刀型固定兵装、投擲ボウイナイフ『クッカバラ』、61cm四連装魚雷、島風の強化型艦本式缶、13号対空電探
道具:基本支給品×2、ポイントアップ、ピーピーリカバー、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL、サーフボード、島風のデイパック(島風の遺体)
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:涙子の嗅ぎ当てた方向に向かう。
1:本当に大量の血が……!? 一体、この先に、何がいるんだ……!?
2:迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
3:金剛、後は任せてくれ。俺が、旗艦になる。
4:ごめんな……銀……、島風、大和、天津風、北岡……。
5:あのヒグマたちには、一体、何があったんだ……。
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※ヒグマ製ではないため、ヒグマ製強化型艦本式缶の性能を使いこなしきれてはいません。


990 : 満月ポトフー ◆wgC73NFT9I :2015/12/27(日) 02:32:50 iFQ.vopQ0
以上で投下終了です。
続きまして、ヤイコ、制裁ヒグマ改、メロン熊、穴持たず59で予約します。


991 : 名無しさん :2015/12/29(火) 18:13:04 VyQDnDrM0
投下乙
ああ、可哀相なムラクモ提督…残念ながら君の仲間を二十匹ほど生贄に捧げないと
叢雲は受肉できないんだ…建造の仕組みをちゃんと教えない江ノ島さんは悪い娘だな。
佐天さんは女としての魅力は最強に近いんだが能力者としてはコンプレックスがあるん
だよな、ついに熱を奪う能力も得て第四波動を使いこなせるようになったがその心境は複雑。
天龍ちゃんも激戦を経て龍田さんと同レベルまで奥義を使えるように。どう考えても強キャラです。
次回は地下に乗り込むのかな?


992 : 幻獣少女観音変 ◆wgC73NFT9I :2015/12/31(木) 22:33:43 O6hlMlQY0
>>991 感想ありがとうございます。
ムラクモ提督は発現の通りゴーヤイムヤ提督とのプロトタイプ建造で試みてたので江ノ島さんはそれほど関係ないですね…。
佐天龍の二人の心身も不安ですが、後押しありがとうございます。

さて、年の瀬のおり、ヒグマロワも2周年となりましたので、ヒグマロワでタイトルに使用された作業用BGM集を作ってみました。
関連ごとに順次まとめていきたいです(願望)。
今回は自分の作品ばかりですが、BGMのわかるもの(Round Zeroとか西へ、西へ)は盛り込んでいきたく思います!
色々な作業をしながらお聞きいただけると幸いです。

第一弾は、今回も書かせていただきました佐天さん中心です。
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm27915967


993 : ◆wgC73NFT9I :2016/01/03(日) 22:29:43 UKO/GZzI0
今日中の脱稿は少々難しそうなので予約を延長します。
それほど長くは伸びないかと。

◆Dmeさんの予約も楽しみにお待ちしております。


994 : ◆Dme3n.ES16 :2016/01/04(月) 00:15:43 7baUDPmM0
あけましておめでとうございます
すみません予約延長します。短い話なんですが申し訳ない

>>993
MAD作成乙です!こうしてまとめると佐天さんの主人公オーラ半端ないわ
合間に描かれる月は彼女の精神状態を表しているんだろうか
アニラさんとかライバルのような師弟のような不思議な関係だったな
オチが寝てるとこでちょっと和んだ。ウィルソンフィリップス上院議員が
出てくる度に笑ってしまうが表情は状況によく合ってるんだよな…


995 : 名無しさん :2016/01/10(日) 06:31:24 rrRs04kc0
残りレス数が少ないので新スレ建てました。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1452374633/l50


996 : ◆wgC73NFT9I :2016/01/13(水) 22:44:00 COxOE0rw0
スレ建て乙です!


997 : 名無しさん :2016/06/27(月) 01:01:28 aiwqiW.M0
   ∩___∩
   | ノ      ヽ
  /  ●   ● | 
  |    ( _●_)  ミ
 彡、   |∪|  、`\
/ __  ヽノ /´>  )
(___)   / (_/
 |       /
 |  /\ \
 | /    )  )
 ∪    (  \
       \_)


998 : 名無しさん :2016/06/27(月) 01:02:01 aiwqiW.M0

      .Y.,.ニヽ,,ィ''"´ ̄ ̄``ヽ.Y,.ニ,ヽ
      人ゝ''::::´::`:::::::::::::::::´::`:::ヽィノ
       /:::::( リ. )::___:( .リ )::::ヘ
      /´`ヽ.`::,ィ´<三>ヽ''::´,ィ´`ヽ
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      Y‐‐''::::ヘ ` ‐--‐''" ノ:::`..‐彳
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999 : 名無しさん :2016/06/27(月) 01:03:53 aiwqiW.M0
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1000 : 名無しさん :2016/06/27(月) 01:04:56 aiwqiW.M0
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            /      ヽ-―― - f′ : : : : ',
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          γ´`v'⌒ヽィi   `Y´  ノ,イ/ : : ::,'
             ′ ′   'ヾ、ーく i_エ二!,,/ : : : : /
          〉       _ノ ゝ _ _ _ ,,ノ: : : : : : : 'ヽ
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