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ヒグマ・ロワイアル part2

1 : ◆bDQCUcB4p6 :2013/12/27(金) 01:59:49 BwlvzuuY0
【参加者】77/35

【ポケットモンスター】 〇デデンネ/●サトシ/●タケシ
【魔法少女まどか☆マギカ】 〇巴マミ/〇暁美ほむら/〇佐倉杏子
【彼岸島】 〇宮本明/●西山正一/●忍者
【とある科学の超電磁砲】 〇佐天涙子/〇初春飾利
【進撃の巨人】 〇ジャン・キルシュタイン/●エレン・イェーガー
【ジョジョの奇妙な冒険】 〇ウィルソン・フィリップス上院議員/●ストーンオーシャンのグリーンドルフィン刑務所で豚の反対は鮭だぜとイカしたことを言った黒人調理師のおばさん
【キルミーベイベー】 ●ソーニャ/ ●折部やすな
【艦隊これくしょん】 〇球磨 /〇天龍
【仮面ライダー龍騎】 〇浅倉威/ 〇北岡秀一
【ヒグマ・ロワイアル・オリジナル】 ●迷い込んだ突然変異の巨大ツキノワグマ /● 白人男性
【実写版デビルマン】 ●不動明
【ゆるきゃら】 ●ふなっしー
【怪物王女】 ●フランドル
【ウルトラマンタロウ】 〇暴君怪獣タイラント
【HELLSING】 ●アーカード
【ドキプリ】 ●円亜久里
【D−LIVE!!】 ●ベン
【ニンジャスレイヤー】 ●バンディット
【テイルズオブエターニア】 ●リッド・ハーシェル
【コロッケ!】 ●コロッケ
【平成ノブシコブシ】 ●吉村崇
【キン肉マン】 ●ウォーズマン
【スーパーロボット大戦K】 ●ミスト・レックス
【Fate/zero】 〇バーサーカー
【ラブライブ!】 〇星空凛
【東方project】 ●古明地さとり
【ドラえもん】 ●源静香
【グラップラー刃牙】 ●範馬勇次郎に勝利したハンター
【銀魂】 ●坂田銀時
【流れ星銀】 〇銀
【コピペ】 ●イチロー
【私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】 〇黒木智子
【キルラキル】 〇纏流子
【fateのどれか】 ●ギルガメッシュ
【仮面ライダー龍騎】 〇浅倉威
【ちびまる子ちゃん】 ●永沢君男
【ポケットモンスターSPECIAL】 ●カツラ
【るろうに剣心】 〇武田観柳
【からくりサーカス】 〇阿紫花英良
【SASUKE】 ●古館伊知郎
【ダブルブリッド】 〇高橋幸児
【フリーゲーム?】 ●なんか7が三つ並んでる名前の外人
【HUNTER×HUNTER】 ●一流のロッククライマー
【プーさんのホームランダービー】 〇クリストファー・ロビン
【テニスの王子様】 ●跡部景吾
【陳郡の袁さん@山月記】 ●陳郡の袁さん
【モンスターハンター】 〇ブラキディオス
【北斗の拳】 〇フォックス
【荒野に獣慟哭す】 〇アニラ(皇魁)
【遊☆戯☆王】 ●武藤遊戯
【スクライド】 〇カズマ
【魁!!男塾】 ●江田島平八
【仮面ライダー鎧武】 駆紋戒斗
【ブレイブルーシリーズ】 ☆ハザマ(ユウキ=テルミ)
【クッキークリッカー】 ●クッキーババア
【Yes!プリキュア5】 〇夢原のぞみ
【魔法少女おりこ☆マギカ】 〇呉キリカ
【シャドウゲイト】●しんのゆうしゃ
【最終痴漢電車3】 〇鷹取迅
【人造昆虫カブトボーグV×V】 ●天野河リュウセイ
【GetBackers-奪還屋-】 ●赤屍蔵人
【Dies irae】 ●ラインハルト・ハイドリヒ
【ビビッドレッド・オペレーション】〇黒騎れい
【ムダヅモ無き改革】●杉村タイゾー
【麻雀飛竜伝説天牌】●伊藤芳一
【咲-Saki-】●愛宕洋榎

【ヒグマ】????/????

〇キングヒグマ/〇穴持たず00(ヒグマドン)/ ●穴持たず0(回転怪獣ギロス) /〇穴持たず1/ ●穴持たず2(工藤健介)
〇穴持たず3(メロン熊)/〇穴持たず4/ 〇穴持たず5/〇 穴持たず6 /〇穴持たず7(ヒグマード)/ 穴持たず8(火グマ)
〇穴持たず9/ ●穴持たず10(ポーラマン)/ 〇穴持たず12/ 〇穴持たず13(ヒグマン子爵)/ 〇穴持たず14
〇穴持たず14(日本語ペラぺーラ→ストライカー・エウレカ)
●“羆”の独覚兵(樋熊貴人さん)/● ヒグマ(野生)/〇隻眼1/●ヒグマ・オブ・オーナー /●ヒグマ型巨人
●エニグマのヒグマ /●穴持たずポーク/〇 灰色熊 /〇デデンネと仲良くなったヒグマ/〇 隻眼2
●ヒリングマ/ ●ヒグマイッチ/ 〇クマー(アナログマ→ペドベアー)/ 〇穴持たずではないヒグマ(プニキ)/ 〇ミラーモンスターになったヒグマ
くまモン/ 〇究極生命体カーズ/ ●自動羆人形/〇HIGUMA/●空飛ぶクマ
●ドリーマー穴持たず /〇羅漢樋熊拳伝承獣ヒグマ/ ヒグマになった李徴子/ ●美来斗利偉・樋熊男/〇 孫悟空を瞬殺したヒグマ
〇リラックマ /〇穴持たずではないヒグマ/ 〇制裁ヒグマ /●リュウセイさんと赤屍さんと獣殿を倒したヒグマ

まとめwiki
ttp://www54.atwiki.jp/higumaroyale/


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"
2 : ◆bDQCUcB4p6 :2013/12/27(金) 02:00:53 BwlvzuuY0

【基本ルール】
・崖に囲まれた孤島で全員に殺し合いをしてもらい、ヒグマを除いて最後まで生き残った一人が勝者となります
・全力で戦ってもらう為に参加者の得意武器+ランダム支給品0〜2+基本支給品が支給されます
・基本支給品は携帯食料、飲料水、地図、洗髪剤、石鹸、タオルです
・6時間毎に定期放送があり、ヒグマ以外の死亡者が発表されます
・会場は破壊不可能です
・書き手枠に制限はありません
・予約期間は一週間、+延長申請によりもう1週間
・予約が入っていなければゲリラ投下も可
・名簿外のキャラを予約してもOKです
・自己リレー推奨
・あまりにも放置されてるキャラはヒグマに捕食されるので注意してください
・ヒグマは一匹一匹が範馬勇次郎を凌ぐ力を持っています
・登場話でヒグマを倒すことは出来ません
・二話以上登場したキャラは新キャラの登場話でもヒグマを殺せます
・日本語以外で投下された場合、すべて夢オチとして処理されます

【作中での時間表記】

 深夜:0〜2
 黎明:2〜4
 早朝:4〜6
 朝:6〜8
 午前:8〜10
 昼:10〜12
 日中:12〜14
 午後:14〜16
 夕方:16〜18
 夜:18〜20
 夜中:20〜22
 真夜中:22〜24

 ゲームは深夜0時からスタート

状態表
【エリア/時間帯】
【キャラクター名@出展作品】
状態:
装備:
道具:
基本思考:
1:
2:

地図

 ABCDEFGHI
1崖崖崖崖滝崖崖崖崖
2崖森森森温森森森崖
3崖森温森森街廃森崖
4崖街街街街街廃森崖
5滝温街温火街街温滝
6崖街街街街街温森崖
7崖草草草草廃森森崖
8崖森森森温森森森崖
9崖崖崖崖滝崖崖崖崖

草=草原 街=市街地 森=森林 廃=廃墟 温=温泉 火=火山


3 : ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/06(月) 00:18:36 EdDxiXXM0
投下します


4 : ラディカル・グッド・スピード ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/06(月) 00:19:37 EdDxiXXM0

「あははっ!私が一番!だって速いもん!」

ロワ会場の地下に出来たヒグマ帝国。素手で岸壁を砕いて敷地を拡張した影響で出来上がった地底湖
その静寂の中に、湖の水面をフィギュアスケートをするように駆けまわる一人の少女の姿があった
ウサミミのような大きいカチューシャ、へそだし袖なしセーラー服、短すぎる上に鼠蹊部丸出し
ローライズのプリーツスカートに見せTバック、赤白の縞ニーソにより作りだされた絶対領域
このあざといデザインの美少女はまさしく、島風型駆逐艦一番艦「島風」である
最新のタービンを搭載し、最高速度40ノット強というとんでもない速度を叩きだす最速の駆逐艦は
その速度を誇示すべく得意の駆けっこに勤しんでいた。その対戦相手は―――

「私のスピードについてこれますぅ?……え?」

島風はやや余裕を見せながら後ろを振り向くと、水中に潜った巨大な物体がこちらに迫ってくるのが見えた

「せ、潜水ぃ!?わぁあぁぁぁぁ!!!!」
「グオオオオオオオ!!!!」

飛沫を上げながらヒグマが弾丸のような速度で水中から飛び出し、島風を瞬く間に追い抜きながら
綺麗なフォームのバタフライで水面を激しく振動させた。その様子を呆然と見つめる島風

「ば、馬鹿な!私の方がスロゥリィ……!?」


その様子を遠くの水辺で見守る二匹のヒグマは沈黙を破って喋り始める

「穴持たずNo.678よ、なんだあの娘は?非常食?」
「見れば分かるだろう?艦むすだよ」
「やはりそうか。だが、何故ここに艦むすが居るのだ?」
「研究所に残っていたPC残っていたデータによると人間の社会では
 今、艦これというブラウザゲーが一大ブームメントらしくてな
 しかしヒグマ帝国はネット環境が整っていないからプレイ出来んのだ
 で、不満を抱いたヒグマの何匹かがクーデターを起こしそうになったので
 しょうがないからキングの依頼でクッキーババアの工場に資材を集めて
 さっき実際に艦むすを建造ったらあの娘が出来た」
「なるほど」
「というわけで私は今日から穴持たずNo.678改めヒグマ提督ね」
「それはいい、しかし、いくら最強クラスのレア駆逐艦でもヒグマには勝てんようだな」
「そう思うだろう?」

ヒグマ提督は白い帽子をかぶりながら島風を指さす


「私がスロウリィ……そんな……そんなリアル……私は認めない!!!」

島風は水上でクラウチングスタートの体勢を取る。
後ろから尻が丸見えのポーズをしながらタービンに限界まで負荷をかけ―――

「うおおおおおおおおおお!!!!!」

次の瞬間、島風の姿がその場から消滅した

「グォ?――――グオオオオオオ!?」

機体速度の限界を超え、次元の壁を突破した島風の幻体が競争相手のヒグマの肉体を
量子力学的にすり抜け、空間の狭間に触れた影響でヒグマの体は水上で爆発四散し砕け散った


5 : ラディカル・グッド・スピード ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/06(月) 00:19:55 EdDxiXXM0
「なにあれ?」
「建造した時クーデターを起こしたヒグマを20匹ほど解体して資材に使ったからな。
 パラメーターがあちこちバグっておかしい事になっている」
「ブラウザゲーでチート使うのはマジでヤバいぞ」
「うん、次から気をつけるよ。あ、帰ってきた」

「わーい!勝ったよ提督!試験は合格ですかぁ!?」
「うむ、ようやった。じゃあ早速任務を与えるぞ、せっかく造ったんだしちゃんと使わないとな」
「はい!」

ヒグマ提督は懐から地図を取り出し真ん中を指さした

「先ほど地上で噴火した火山だ。そろそろマグマが収まり始めたころだと思うから
 ちょっと様子を見てきてくれ。なんかここだけ時空が歪んでいるらしいんだ」
「了解です!」

ヒグマ提督が参加者に怪しまれないようにと用意した首輪とディバッグを装備した島風は
地上への階段へと向かう。深海凄艦と戦う訳じゃないようだが、ヒグマ住民は春になるまで地上には
出たくないらしいので頼りになるのは自分だけなのだ。時期的に熊は冬眠シーズンだもんね。仕方ないね

「じゃ、行くよ、連装砲ちゃん」

オンリーワンの駆逐艦は初任務を達成する為階段を駆け上がり、地上へと飛び出した

ウオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!

その様子を見ていたヒグマ住民達が歓声を上げながら見送る中、ヒグマ提督はふと気になることを聞く

「ところで、あの首輪って本物なのか?」
「あぁ、研究所に落ちてたやつだ。会場の外へ出たら爆発するぞ」
「会場の外って?」
「MAPの範囲外だから滝の向こうとか地下の主催本拠地とかじゃね?」
「なるほど………あっ!」

【島風@艦隊これくしょん 帰宅不可能】


◆  ◆  ◆


島の中央にそびえ立つ火山。先ほど赤石の影響で噴火したばかりであり、今はすっかり静まりかえっている。
大自然の驚異の代表格は、もはや無害な存在になってしまったのだろうか?

――――否!

その漆黒の火口から、二つの巨大な手が飛び出し、何者かがゆっくりと姿を現した。
スーツを着た白髪の老人の姿をしたその巨人(ギガンティス)は火口から顔を出すと、
開口一番にその名前を叫んだ。

「なんじゃここはぁぁぁぁぁ!?アカギはどこだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?」

地獄から帰還した昭和の怪物、巨大化した鷲巣巌の怒声が放送間もない会場中に響き渡った

――――そして、本当の地獄はここから始まる



【会場の何処か/朝】

【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム支給品×1〜2、基本支給品
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督の指示に従う
1:火山へ向かう
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為ステータスがバグっています

【E−5火山の火口/朝】

【鷲巣巌@アカギ】
状態:巨大化
装備:なし
道具:なし
基本思考:アカギと決着をつける
0:ここは何処だ!?
[備考]
※進撃の鷲巣編終了間際からの参戦です
※火山の入り口は魔界?と繋がっているようです


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6 : 名無しさん :2014/01/06(月) 00:20:17 EdDxiXXM0
終了です


7 : 名無しさん :2014/01/06(月) 20:22:03 dQVWx.420
投下乙です
ワシズさま巨大化ってどういうこったw
赤石の力って事なのかなw


8 : 名無しさん :2014/01/06(月) 20:29:31 YzNZKurAO
これ程までに必要なのか?と思った名簿は始めてだ……
いや、生存者は必要なんだけど


9 : 名無しさん :2014/01/06(月) 20:47:42 BPyGkOzk0
何処かカットしてカットされたキャラがまた出てきても困るだろう
このスレにおけるテンプレ表は生存率を表すんじゃなくて
今までに出てきたキャラを羅列する意味が大きいと思う


10 : 名無しさん :2014/01/06(月) 23:49:55 8EtsPnHY0
ワシズ巨大化は原作再現だぞ


11 : 名無しさん :2014/01/07(火) 00:13:16 rwpbGdrc0
え?
麻雀漫画だよねあれ……











え?


12 : 名無しさん :2014/01/07(火) 00:56:06 Q5oZQckk0
ここ半年ほど麻雀牌すら登場せずに地獄で閻魔と戦ったり巨大化して富士山を破壊して自衛隊と戦ったりしてるのがアカギという麻雀漫画です


13 : ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/07(火) 01:12:45 EsTX8PpE0
◆wgC73NFT9I氏がヒグマロワのロゴを作って下さったのでwikiのトップに載せました。ありがとうございます。


14 : 名無しさん :2014/01/07(火) 08:07:47 .pyYf/iA0
>>12
知ってたけど改めて文章で見ると意味不明だな


15 : ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/08(水) 01:01:55 nRO70hPg0
クリストファー・ロビン、黒木智子、言峰綺麗、ウェイバー・ベルベット、
セイバー、ライダー、アーチャー、ランサー、キャスター、アサシン、ヒグマ
で予約


16 : 名無しさん :2014/01/08(水) 01:04:48 nRO70hPg0
間違えた 綺麗→綺礼


17 : 名無しさん :2014/01/08(水) 02:36:14 ZCLcL3I.0
聖杯戦争がおっ始まるのか?
たまげたなあ


18 : 名無しさん :2014/01/08(水) 06:04:38 Ges6.b1QO
バーサーカーがいないんですがこれはまさか……


19 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:06:36 z6RNd4G20
皆さんお疲れ様です。
呆然とせざるを得ない二人の乱入者……!

とりあえず私は、予約していた佐天涙子、初春飾利、アニラ(皇魁)を投下します。


20 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:07:15 z6RNd4G20
 じわじわと、焦げていくのは、何?

 森?
 三日月?
 それとも、私の体?

 体の中の水は、全部焦げて渇いて、涙さえ出ない。


 私は、人を殺した。
 初春を殺した。
 大切な友達を、殺してしまった。
 この手に残る私の能力で、燃やしてしまったんだ。

 森は一面、砂漠になったみたいに思えた。
 人も獣もヒグマも、水も緑も、私の周りで干からびて死に絶えた。


 サラサラになった広場の砂を掴んで立ち上がり、氷と焦げた跡が残る森へ、私は踏み出そうとする。
 せめて初春を、一目。
 彼女の姿を、もう一度でいいから、見たい。
 そうしたらもう、私はどうなったっていい。
 誰か私に眠りを。
 安らかな死を下さい。
 それで私の罪が償えるなら、それでいい。


 誰か私の体に蔓延る、歪んだ月を殺して下さい――。


 そうして願う瞳の先に、一人の死神が立っていた。
 音もなく森から歩んできた闇の色の鱗。

 そういえばさっき、綺麗な楽器のような声を聞いた。
 あまりに澄んでいて、怖くなってくるような、ガラスの笛のような呼び声。
 それはきっと、この死神の来訪を告げる音。
 心の中に眠る殺戮を呼び覚ます声なんだ。


 ねえ、死神さん。
 あんたを見るまでは、私は死んでいいと思っていたよ。
 それでも、あんたの声とあんたの姿に、私は二つ、訊きたいことができた。

 ねえ、なんで私は、あんたを見てこんなに歓んでいるのかな?
 体の中に蠢いているひびが、真っ白な歓声を上げてて、すごくうるさいんだ。
 顔だって、こんなに引きつって笑ってしまうくらい、嬉しくて、そして苦しい。
 ねえ、なんで――。

「……なんで、あんただけが生き残ってるのよ……、ドラゴン――!!」

 全身から湧き上がるような白い怒りに、にっこりと口角が引き裂かれる。
 たぶん、お寺に飾ってある十二神将だの不動明王だの、そんな笑顔になっていたと思う。
 そしてドラゴンの姿をした死神の彼も、同じようににっこりと笑っていた。

 剥き出しの牙を覆う唇などなく、二人の透き通った殺意だけが、心地よくこの広場に染み渡っていた。


    √√√√√√√√√√


21 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:08:33 z6RNd4G20

 初春を殺したのは、こいつだ。
 こいつはきっと、初春を盾にして、私の『第四波動』を防いだんだ。
 そして、森の陰で、喰った。
 焼け焦げた彼女の肉を。初春の体を。

 背の高い細身のドラゴンは、ただ迷彩柄の腰巻をベルトで身につけているのみで、デイパックも武器も持ってはいない。
 だが、その体は全身が凶器だ。
 硬く鋭い棘のような鱗、太い牙と爪、鞭のような尾、そして異様な巨大さを持つ脚の鉤爪。
 どれも一撃で、私のような人間の命を刈り取ってしまうだろう。
 何の感情も見えない、爬虫類のように冷たい赤い眼が、私をまっすぐに見つめてくる。
 ヒグマと同じように、獣の力に人間は勝つことができない。

 だが私は、人間も仏もヒグマも殺した。
 私は超越した。そしてこの力に至ったんだ。
 初春の仇。
 あんたの命を刈り取ってからでなくては、私は死んで詫びることもできない!

「消えろおぉおおぉ!!」

 叫びとともに、右腕を突き出す。空間から熱を奪い、あのドラゴンを氷漬けにするつもりだった。
 しかし、気がつけばドラゴンはそこにいなかった。
 左にいる。
 背筋に悪寒が走った。

「アギィィイィル!!」
「うわああぁぁあ!?」

 高速で走りこんでくる竜に、左手で氷を放つ。
 躱された。
 広場の外周約4分の1を回り込んで走ってきた彼は、私の攻撃の直前にさらに左へ跳ねていた。
 即座に、吸収した熱を使って右手から『第四波動』を放つ。
 今度は炎のギリギリを右側へ滑り込まれた。
 氷。
 炎。
 氷。
 炎。
 ことごとく避けられる。

 初春も支給品も抱えていないせいか、最初に『第四波動』を喰らわせた時とは速度が比較にならなかった。
 間断なく攻撃を放っていても、風のような速さで全てを避けられる。
 いや、掠めてはいる。
 少なくともその鱗や皮を炙り、凍らせてはいるのだ。
 私の攻撃は広範囲に及ぶし、この竜も完全に私の動きを先読みしているわけではない。
 だが、彼はひるまないのだ。

 一瞬も動揺しない。痛がらない。恐怖しない。激昂しない。
 人間でもヒグマでも生理的に持っているだろうその反応が、まったく見えない。
 死も、苦痛も、この竜は何も感じないかのようだ。

 ドラゴンは左右に予測不能のフットワークを踏みながら、徐々に私への距離を詰めてくる。
 両手から交互に攻撃を放ち、じりじりと広場の反対側へ退いていっても、その足音を耳元に聞くのは時間の問題に思えた。

 一気に接近してこないのは、この能力がカウンターで使われるのを警戒しているんだろう。
 ひたすら冷淡に、私の消耗を待っている。
 私が能力の連発に疲労し、この氷と炎が止むのを待っているんだ。
 まるで、サメか、ワニか、恐竜か――。
 目的を果たすためだけの、自身の機能を維持するだけの、無駄のない最低限の防御。
 残りの思考と行動の全てを、冷静なままで、私を殺す一撃のためだけに保持している。
 動物的でもない、人間的ともいえない、怖気のふるうような戦闘行動。

 ――あんたは一体、何なの。

 ――フーッ、――フーッ。

 細く、笛のような息遣いだけが迫ってくる。
 得体の知れない殺戮機械が、着実に私を死刑に執すべく、律動音を立てて近づいてきていた。


 私の攻撃範囲は、徐々に狭まってきている。
 腕が重い。
 気を抜いたらすぐにでも、この首は切り落とされる。そんな映像がありありと脳裏に浮かぶ。

 怖い。
 恐い。
 脚が震えている。

 どん。
 背中が、広場の端の幹に、当たっていた。


「ラヒィィイィル!!」


 澄んだ音階で、死神が鳴いた。


 出がらしのような細い火炎放射の脇をくぐり、低い体勢で弾丸のように竜が走り寄る。
 軽やかに彼は跳んだ。
 フィギュアスケートの金メダリストみたいな高いジャンプ。
 シングルアクセルとか言うんだろうか。
 私の炎を巻き込んで、スローリプレイのように映る彼の後ろ回し蹴り。
 その足先の刃、冷たい鉤爪の輝きを堪能するように、私の瞳はその動きに惹き付けられていた。


    √√√√√√√√√√


22 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:10:30 z6RNd4G20

 佐天さんが、泣いている気がした。

 涙が一粒、私の頬にこぼれ落ちてきたんだ。


 眼を開けると、私は森の地面に横たえられていた。
 顔の上には、佐天さんの泣き顔じゃなくて、お水のペットボトルが吊られていた。

 起き上がってよく見てみると、私の隣には、皇さんと私のデイパックがきちんと並べられていた。 間には皇さんの持っていた機関銃が挟まれ、木の幹に立てかけられて固定されている。
 お水のペットボトルは、器用にラベルの隙間が拡げられてその銃口に差し込まれており、僅かにゆるめられた蓋の隙間から、ほんの少しずつ水が流れ落ちてくるように設置されていた。

 ――私を起こすため?

 でもなんで、直接起こさずに、わざわざこんな仕掛けを作ったのだろう?

 そこまで考えた時、私の耳は、気を失う直前に聞いたのと同じ爆音を捉えていた。

「アギィィイィル!!」
「うわああぁぁあ!?」

 皇さんと佐天さんの絶叫もだ。
 林立する木の影を透かして見える先、広場で、佐天さんが氷と炎を滅茶苦茶に連射していた。
 その標的は、広場の向かって右の端にいる皇さん。
 速い。
 佐天さんが能力を行使する速度も相当だけれど、皇さんはその全てを紙一重で躱している。

 そうだ。
 私と皇さんは、佐天さんの能力で攻撃されて、吹き飛んだんだ。
 なんで佐天さんがそんなことをしたのか、なんであの炎に巻かれて無事だったのかはわからないけれど、多分皇さんは佐天さんを止めようとして闘っているんだ。

 ――でもなんで、皇さんは佐天さんに近づかないの?

 少なくとも皇さんは、佐天さんを殺そうとしているようには見えなかった。
 機関銃がここに置きっぱなしだし、彼の今の速度なら、ゆうに二歩で佐天さんの首に届くのに。
 取り押さえるだけが目的なのだとしても、わざわざ佐天さんに攻撃の機会を与えていること自体からしておかしかった。

 そして、彼は攻撃をわざと狭い範囲で避けようとしている。
 動こうと思えば、広場の周りを広く使って、火炎放射も氷もまったく当たることなしに動けるだろうに。
 それなのにまるで、この位置取りが最善であるかのように彼は一定範囲内でステップを踏んでいた。

 ――私を、守ってくれているの?

 彼がもし広場の手前側に動いてしまったら、炎の余波が私に届くかもしれない。
 それを慮ってくれているのかもしれない。
 だがそれにしたって、彼が時間稼ぎでもするかのように回避に徹している理由の説明にはならない。

 振り返れば、皇さんが作ったのであろう、私を起こすための装置が見える。
 あれにしたって、作った理由がわからない。
 佐天さんが暴れているから避難させておく、というわけでもない。それなら起こさなくていい。

 ――私がすぐには眼を覚まさず、それでもこの戦闘中には眼を覚ますであろうタイミングを、計りたかった?

 それならばつまり、皇さんがあの装置を作った理由は、『この戦いを止めて欲しくはないが、見ては欲しい』というメッセージになる。

 この仮定が正しければ、皇さんがこの位置取りを維持している理由は、私が最も見やすいポジションを保っている、ということになる。
 確かに、能力を撃ちながら後退する佐天さんは常に視界の左、皇さんは常に右にいて、間を飛び交う炎と氷は、その発射から消滅までの全てがしっかり見てとれる。

『――彼女の能力の謎を、解き明かして欲しい』

 たぶん皇さんは、そう言っているんだ。
 私が同じ能力者だから。
 私がそこまで思い至ることを見越していたのかもしれない。

 おかしくなってしまったのかもしれない佐天さんを、根本から助け出す方法。
 それを探すための時間を、作ってくれているんだ――。


    √√√√√√√√√√


23 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:12:16 z6RNd4G20

 佐天さんの能力を考えるにつけて、一つ重要なことを確認しなければならない。
 それは『多重能力者(デュアルスキル)』が存在可能か、という問題だ。

 学園都市で能力開発を受けた私たちが超能力を使える理屈は、『「自分だけの現実(パーソナルリアリティ)」を確立することでミクロレベルからその現象が起きる可能性を選択し、それによって超常現象を引き起こし自在に操作する』というもの。
 それを自分の脳で演算処理して実行するため、『多重能力者(デュアルスキル)』は脳の負荷が大きすぎて実現不可能だし、自分だけの現実である超能力も一人一種類しかない。

 佐天さんは今、氷と炎、二種類の能力を使い分けて攻撃をしているように見える。
 これは本来、ありえないはずのことだ。


『……面白いものを、見せてやろう』


 以前、そう言って、複数の能力を見せてくれた人がいる。
 度々お世話になったことのある、木山春生という先生だ。
 彼女の『多才能力(マルチスキル)』は、『風力使い』や『水流操作』を同時に使うことができた。

 でもそれは、『幻想御手(レベルアッパー)』というプログラムで一万人近くの人の脳をネットワーク化したために可能だった出来事。
 決して、超能力は一人に一つだけ、という法則が覆ったわけではない。

 ――そう。レベルアッパーだ。

 佐天さんは、前に一度、そのレベルアッパーを使用したことがある。
 脳で能力の演算ができずレベル0だった佐天さんも、その時は何らかの能力を発現させていたはずだ。
 その時の能力も、程度の差こそあれ、恐らく今使用している能力と同じものだったはず。
 今の佐天さんはそれを、どう見てもレベル4か、御坂さんと同じレベル5並の能力として行使している。

 ――どこかに、レベルアッパーと似たような理屈で作用しているものがある?

 一見して思い当たるのは、佐天さんの両腕に嵌っている奇妙な円筒だ。
 恐らくそれが、能力の増幅器。
 あれが破壊されれば、佐天さんが『自分の能力の演算方法を学んで』いたとしても、その出力はいくらか下がるはず。
 もしかすると、あれが佐天さんの暴走の原因だということさえも考えられる。
 そして佐天さんの能力は、『出力さえ上がれば、炎も氷も作り出せる能力』だ。

 ――でも、一体、それは何?

 恐らくそれは、私たちが佐天さんの能力を受けて無事だった理由にも繋がる。
 氷、炎、氷、炎。
 佐天さんが放つのは必ず交互だ。例外なく。
 本当に『多重能力者(デュアルスキル)』だったら、氷の次に氷、炎の次に炎で攻撃してもいいはずなのに。
 まるで温度を差し引きゼロにするかのように、交互に――。


「あ」


 そうなんだ。
 よくよく考えれば、すぐにわかったはずだ。見慣れた能力なのだから。
 でも、その発現が全く正反対で、極端な見え方だったから、わからなかっただけ。


 ――佐天さんは、私と、同じタイプの能力者だ。


 私なら、佐天さんを止められる。
 レベル1しかなくて、使い道もあまりなかった私の『定温保存(サーマルハンド)』。
 それは『熱の伝達を止めて温度を一定に保つ』能力だ。
 佐天さんの能力は恐らく、『熱を自分に吸収して再び放出する』もの。
 そうとしか思えない。

 私のこの手。
 この指の中に、佐天さんを助けるための力があふれている。
 いくら佐天さんが暴走したって、私なら、受け止めてあげられる。

 ――待ってて。
 この腕に力を込めて、今、その手をとりに、行くから――。


    √√√√√√√√√√


24 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:16:34 z6RNd4G20

 佐天さんは今や、じりじりと広場の端に追いやられ、炎と氷の噴出し方も弱くなってきていた。
 そして次の瞬間、彼女の背中が木の幹にぶつかる。
 ちょうど私が、佐天さんのもとへ駆け出そうとした時だった。


「ラヒィィイィル!!」
「……え?」


 ぞくりと背筋が粟立った。
 皇さんが、怖いほど綺麗な声で、叫ぶ。

 一瞬で彼は佐天さんに飛びかかっていた。
 動けない佐天さんに、明らかな殺意を持って。

 ――どうして? 私に、時間をくれたんじゃないの?
 ひたすら、避け続けてくれるんじゃ、ないの?
 それとも――。


『彼女の能力の謎を、解き明かして欲しい。
 しかし、どうしてもわからないのならば、彼女の暴走が手遅れになる前に、殺す』


 そういうことだったの?


 ――やめて。
 私は、解いたんだよ。
 佐天さんを、助けてあげられるんだよ。
 やめて――!!


 手を伸ばしても、届かない。
 息が声になる前に、二人は交錯してしまう。

 私の眼はしっかりとその瞬間を見つめていた。
 皇さんの鉤爪が迫る。
 佐天さんのある一点を目掛けて。


 佐天さんは――。
 佐天さんは。


 笑っていた。


「『ストリームディストーション』!!」


 辺りに突風が吹き抜けていた。
 飛びかかっていた皇さんの体は広場の反対側まで吹き飛ばされ、木立に叩きつけられる。
 激しい衝突音を立てて、彼は力なく地面に落下していた。

 ……熱を操作できるのならば、急激に空気を膨張・収縮させて風を起こすこともできる。
 佐天さんも当然、それくらいの秘策は用意していた。

 ――皇さんは、攻撃をやめなきゃ駄目だったんだ!

「あははははっ、はははははっ!!」

 佐天さんの甲高い笑い声が聞こえる。
 その笑顔は、獲物を前にした猛獣みたい。
 その殺気も、先程の皇さんのように一切の容赦もない、抜き身の刃物みたいに感じた。

 佐天さんの中から、もう一人、佐天さんが染み出している。
 明らかに皇さんを怖がっていながら同時に、狂ったような攻撃と冷静な作戦を組み立てている佐天さんがいる。
 佐天さんの奥底から、怒りや、愛しさや、悔しさや、言葉にできない感情が煮詰められて、溢れ出ているみたいだった。

「私に切り札が無いと思った……? わざと威力を落として熱を溜めておいたのよ!
 ……初春の仇。
 さあ、今度こそ、消えろ!!」

 佐天さんの周りの木々が、ものすごい勢いで凍り付いていく。
 隠れている私のところまで。
 地面は真っ白に。空気は吹雪のように。
 ほっぺたのうぶ毛に、霜が降りる。
 必死に自分の周りを手で掻き回して『定温保存』しなければ、私さえ氷漬けになってしまいそうだった。

 既に佐天さんは、両腕を、倒れ伏す皇さんの方に翳している。
 皇さんの黒い鱗はピクリともせず、気を失っているのかも知れなかった。


25 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:17:45 z6RNd4G20

 佐天さんの笑顔が、口を開こうとした。

「佐天さんっ!!」

 私は叫んでいた。
 走り出す。
 凍り始めた足元の地面を砕き、空をつかむ。

 透き通るダイヤモンドダストが、朝日に輝きを放っていた。
 風を掻いて、彼方の人を求めて、私はただ叫ぶ。


「佐天さぁーーーーんっ!!!!」


 氷った空を翔けるように、脚の底から頭を貫く、燃えるような息を吐いた。


    √√√√√√√√√√


 初春が、呼んでいる気がした。

 風が一筋、私の耳に梢を渡ってきたんだ。


 振り向けば、私のもとに駆け寄ってくる、女の子が一人。
 ずっと会いたかった、死んでしまったはずのあの子が。


「うい、は、る……?」
「佐天さんッ! 佐天さんっ!!」


 泣きじゃくりながら、両手を広げて、私の方へ。
 私を受け入れようと、愛してくれようと、走ってきていた。

 でも、私は、初春を抱きとめられない。
 この腕はもう――。


「来ちゃダメ初春!! 『第四波動』が、止められない!!」


 両腕のガントレットに目一杯溜め込んだ熱量が、行き場を失っていた。
 何度も連続して能力を使っているうちにわかった。
 左天というおじさんがつけていたこの腕輪は、この能力の増幅に欠かせないものだった。
 私の『第四波動』は、この金属の筒にエネルギーを溜められて初めて撃てる。
 自分の体に熱を吸収するだけでは、あれほどの炎や風を起こす熱は保持できないんだ。

 あのドラゴンに止めを刺すため、私は最大限の火炎を撃つつもりだった。
 使い方がわかったばかりの自分では、これだけ吸収しきった熱量を、長く抑えられない。
 でも、今これを解き放ってしまったら、確実に初春を炎に巻き込んでしまう。

 ――どうすればいいの……!?

 全身に散っていた白い三日月が、うぞうぞと皮膚を這いずって腕に集まっている。
 集まりすぎて溢れて、掌から、筒から、ぼうぼうと白く火を噴き始めていた。
 抑えられない『第四波動』が、暴れ馬のように手綱をちぎって燃えている。
 焦げる。
 じわじわと、焦げていくのは、私の体だ。
 熱くて、痛くて、渇いた体は叫ぶしかできない。
 もう、すぐに、私はこの月に身を任せてしまうだろう。


「来ないで!! 私は、初春を、殺してしまう!!」


26 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:19:16 z6RNd4G20

 それでも初春は、まっすぐに私だけを見つめて、走ってくる。
 こんなにも歪みきった自分に。
 自分の歪みも見つめられないで、なすがままに溢れさせていた自分に――!

 私は明ける空を振り仰いでいた。
 両手を天に伸ばして、だれかに助けを求めた。

 もう、私はどうなったっていい。
 初春さえ生きていてくれるなら。
 私の罪が償えるなら、死んでしまってもいい。


 誰か私の体に蔓延る、歪んだ月を殺して下さい――。


 そうして願う朝日の空に、一人の死神が舞っていた。
 音もなく大地から跳ね上がっていた闇の色の鱗。

 そういえばさっき、木々を渡るような風を聞いた。
 あまりに澄んでいて、自然に溶け込んでしまうような、鳥の羽ばたきのような風。
 それはきっと、この死神の来訪を告げる音。
 心の中に起きる殺戮を、眠らせてくれる死なんだ。


 ねえ、死神さん。
 あんたは、すごく綺麗だよ。気絶していたのは、ただのフリだったんだね。
 ずーっとずーっと冷静なままで、私を殺す一撃のためだけに待ってたんでしょう?

 ねえ、なんで私は、あんたを見てこんなに歓んでいるのかな?
 体の中に悶えている私が、あんたに恐れ慄いてて、すごく心地いいんだ。
 顔だって、こんなに晴れ晴れと笑えてしまうくらい、嬉しくて、そして爽やかだ。
 ねえ、言わせて――。

「……ごめんね。初春――」

 全身から湧き上がるような温もりに、にっこりと口角が上がっていく。
 ドラゴンの姿をした死神の彼も、同じようににっこりと笑っていた。

 悠然と空を舞う鷹のように、ドラゴンは翅を広げて私の上に飛ぶ。
 そしてふと体を畳み、滑空の揚力から落ちてくる。
 高飛び込みの選手みたいに、くるりと回るんだ。
 前宙返り・抱え型とか言うのかな。
 私の炎を切り裂いて、スローリプレイのように映る彼の踵落とし。
 その足先の朝日、暖かな鉤爪の輝きを見つめて、私の瞳はその動きに安らぎを感じていた。


    √√√√√√√√√√


27 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:20:56 z6RNd4G20

 澄んだ金属音が、朝日を受ける氷上に響く。

 アニラは、佐天涙子の目の前に、静かに佇んでいた。

「佐天さんッ!!」

 初春飾利は、そのアニラの胴体へ体当たりするようにして両腕を差し出し、佐天涙子の手を掴む。
 炎を上げて燃えていた佐天の手が、熱源から遮断され、徐々に鎮火していった。

「な……、んで……」

 呆然とした声で、佐天は呟いていた。
 二人に挟まれる形になったアニラは、彼女たちが指を組むその両手に、そっと掌を置いた。

 パカン。

 佐天の両腕に嵌っていた金属のガントレットが、深く刻まれた切込みから、二つに割れて地に落ちる。
 熱の行き場を奪われたその筒は、凍った地面を溶かしながら、静かに消え落ちていった。
 上空から高速落下と共に振り下ろされたアニラの両の鉤爪は、彼が狙った通りに、金属筒の中央部に割線を入れていたのだった。

 初春のすすり上げる声だけが、暫くその場に聞こえていた。
 佐天涙子は、震えた眼差しで、目の前に立つアニラを仰ぎ見る。

「なんで、私を、助けたの……?」

 そんな呟きが漏れていた。
 竜は、『言っている意味がわからない』とでもいうように、小首を傾げる。

 そして彼は、口を開いていた。


「――説明が、必要なことでありますか?」


 フルートのような、風の抜けるような声だった。
 初春飾利と佐天涙子は、驚きと共に彼を見つめていた。

「全ての生命はかけがえがない。自明の理であります。
 しかしながら、自分が守るべきは、自分の生命と生活圏のみであります……。
 貴女とて、それは同様と推察されます。
 生命を脅かす外敵を排斥し、自分を防衛せんとするのは互いに当然の行動。
 対偶として、相互が敵ではなくなるのならば、自分に貴女の生命を奪う合理的な理由はない。
 ――以上であります」

 抑揚も無くただ静かに、そよ風のように彼は語った。
 佐天は、憔悴した眼差しのままで、僅かに微笑む。


「……なんだ。普通に喋れるんじゃん、あんた……」


 能力者とはまた違う、人とは思えないような力を持っていた。けれど。
 人間だ。
 そう佐天涙子は思った。

 けだものには、言葉は無い。心も無い。時間と言う概念も無い。ただ、本能に従うだけ。
 このドラゴンは、死神でもけだものでもない。とても深い考えを持った、人間なんだ。
 初春を、私の敵意から守ってくれた。
 そして、私すらも、生かした。

「自分の発声は、口腔の変形により大変聞き苦しいものになっていると推察されますゆえ、発言は極力控えております。
 また加えて、自分は作戦行動中の私語を謹しんでおります」

 アニラは生真面目に答えてくる。
 気遣いの方向性がずれてるなぁ、と思って、佐天は苦笑した。

「バカ……。それでもまず始めに交渉くらいしなさいよ、敵でも……」
「互いに、その点は改善の必要があるものと見受けられます」

 佐天が笑うと、アニラも笑ったように見えた。
 彼の表情は、実際のところ全く動いていないにも関わらず、佐天にはそう見えた。

 ――ああ、単に私は、彼の顔に、私自身を見てただけなんだなぁ。

 佐天は、自分の歪みを映してくれていた鏡の存在に、ようやく気づく。


28 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:22:59 z6RNd4G20

 ――ありがとう。

 鏡に向かって今一度、でも、誰にも聞こえないように、口の中でだけ呟いた。
 その鏡の背中から、泣き声を押さえて初春が問うていた。

「皇さんも、私と同じこと、考えてくれてたんですね?」
「はい。初春女史ならば、かつ、それ以上の解法を見出すものと思考していた次第であります」

 佐天涙子の能力の要が、その腕の装置にあるだろうと考えていたのは、二人とも同様だった。
 そのためアニラは、その装置の破壊タイミングを見極めることにのみ集中していた。
 しかし肝心の能力の内実は不明である。そこを初春に解明してもらわねば、不測の事故が起こる可能性が高かった。
 アニラの回し蹴りが突風で跳ね返されたのはその事故の一例である。
 また最後に、佐天もアニラも焼死せずに済んだのは、確実に初春の能力と、その行動のお陰であった。

 アニラは、ふらつき始めた佐天の肩を少し押さえて、二人の手で作られた輪の下を、するりと潜り抜ける。
 そっと佐天の体を初春に預けて、彼は一言だけ付け加えた。

「佐天女史。一点だけ強調いたします。
 自分は『佐天女史の殺傷能力と凶暴性』を殺害いたしたのみであります。
 貴女を助けたのは、初春女史であり、また貴女自身でありますゆえ。
 ――その謝辞の対象は、お取り違えなさらぬように」

 そうしてアニラは、置いておいた支給品を取りに、静かに森の中に去っていった。

 すすり泣く初春と共にその後姿を見送って、佐天はまた自省する。


 ――そう。スメラギさんというらしい彼は、やろうと思えばいつだって私を、生命ごと殺せた。
 彼は粘って粘って、『私が自分の歪みに打ち勝てるのか』を、見極めていたんだ。
 もし私が狂ったまま、あの場で周囲を巻き込みながら『第四波動』を撃っていたら――。

 上空に跳んだスメラギさんは、全熱量を出し尽くした私の首を、きっと悲しみながら刎ねていたんだろう。

 そして、私を勝たせてくれたのは――。

「……初春」

 組んでいた互いの指を解いて、その体を抱きしめる。
 初春も、その手で、しっかりと私を包んでくれた。
 暖かかった。
 炎の熱さでも、氷の冷たさでもない。
 友人の、私の大切な親友の、その体温が全身に満ちていた。

「佐天さん……ッ」

 透き通るような暖かな水滴が、私のうなじに降っている。
 震える初春の体は、私が吹き飛ばしてしまった時にできたのだろう、擦り傷がいっぱいだった。
 ほっぺたなんか、うぶ毛が凍っててしょりしょりする。

「……ごめん。これじゃあ、『幻想御手(レベルアッパー)』の時と、一緒だよね……。
 無能力なら無能力で、内緒で、ズルして……。
 力を得たら得たで、勝手に歪んで、人を殺して、初春までこんな目に合わせて……。
 私、やっぱり欠陥品だ。
 もう少しで、能力なんかより、もっと大切なものを、無くすところだった……」


29 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:25:00 z6RNd4G20
 
 初春は私の耳元で、「大丈夫です!」と、強く言い放っていた。

「もし佐天さんが、私を殺しに来ても、私は佐天さんなんかに、簡単に殺されてあげません!
 佐天さんがどれだけ歪んでても、私は平気ですよ。
 それで佐天さんが苦しいなら、私が、全部受け止めます。
 きっと佐天さんも『参った降参だ〜』なんて言っちゃいますよ!
 それにほら、佐天さんは、こんなになってまで、私を守ってくれたんじゃないですか!」

 初春は、急に身を離して、私の腕を掴む。
 目の前に差し出された自分の両腕は、火傷で真っ赤になっていて、ところどころ水ぶくれができていた。
 今までまったく忘れていたけれど、見たら急にまた激しく痛んでくるみたい。

 ……腕輪に溜まった自分の歪みと、私は戦っていたんだ。
 私の腕は、ひどい有様になっちゃったし、すごく痛いけれど、もう、歪んでは見えなかった。

 その先に、まっすぐ見えるのは、涙を浮かべた強い眼差し。

「佐天さんは、いつだって私を引っ張ってくれたじゃないですか!
 力があってもなくても、佐天さんは佐天さんですっ!
 欠陥品なんかじゃない! 私の、親友なんだから……ッ!」

 なんでだろう。初春は、こんなにも私のために涙を零してくれる。
 私がカラカラに渇かしてしまった場所に、潤いを与えてくれる。

 初春の花飾りは、満開だった。

「だからっ、だからっ! もう、そんな、悲しいこと」
「……言わないよ――」

 再び強く、初春を抱きしめた。
 私の伏せたまつげの先に、雫が光っている。
 渇いて干からびてたと思ったけど、まだ私の眼にも、こんなに朝日は煌くんだ。

 ――ああもう。昔のやりとりそのまんまじゃん。
 私たち、全然変わっちゃいないんだね。
 私は私、初春は初春。
 ずーっと、親友のままだ。

「……迷惑ばっかりかけてごめん。これからもかけるかも知れないけど……、よろしくね」
「……ううぅ……。佐天さぁん……!」

 私の体の中で、たくさんの三日月が、くるくると回って歓んでいた。
 もうその縁は、欠けてとんがってはいない。
 初春が埋めてくれた。
 別に歪んでてもいい。丸くなれなくてもいい。
 私が人を殺してしまったのは確かだし、ここで自分の命と親友を守るには、ヒグマにしろ人にしろ、敵の命を奪っていかなくてはならないのは確実だ。

 私の歪んだ細い三日月でも、真ん中に友達を抱え込むくらいはできる。
 だからきっと、殺してしまった分だけ、守り抜くのが、私の贖罪だ。

 ――ありがとう。初春。

 暖かな日差しに頬を染めて、私は初春のみどりの髪に、そっと口付けした。


    √√√√√√√√√√


30 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:26:55 z6RNd4G20

『よう、嬢ちゃん。あのじゃじゃ馬は手懐けられたかい』

 ん!? 何?
 左天のおじさん? なんで頭の中に話しかけられんのよ。あんた。今折角いいところなのに。

『うんまあ、まだ俺は異空間にいるんだが、嬢ちゃんが“向こう側”の世界に繋がる時だけは話せるみたいだな』

 おじさんには感謝してるけど、今はやめてくれないかな。
 スメラギさんでさえ空気読んでくれたんだから、親友との余韻に浸らせなさいよ。

『話せる時間が少ないんだよ。嬢ちゃんが“向こう側”の能力で作った腕輪が、今消えて行ってる。
 嬢ちゃんの能力はまだ不安定だ。ヘンな仏像に煽られたくらいで心を乱してるようじゃこの先、生き残れないぜ?』

 悪かったわね。
 このテレパシーのエネルギー吸い取れたら増幅してあんたにぶつけてるとこなんだけど。

『責めてるんじゃねえ。
 俺がここから脱出できるかも、もう一度嬢ちゃんがあの時みたいに能力を使えるかに掛かってるんだ。
 幸い、あの竜人も嬢ちゃんの友達もいい使い手だ。
 そいつらからも、能力の使い方を学べ。俺も、機会があり次第教えるから』

 ……スメラギさんや初春が、私の能力の参考になるわけ?
 あの虹色の輝きを作った時のことなんか、よく覚えてないんだけど。

『少なくとも、腕輪のなくなった今、嬢ちゃんに「第四波動」の威力は出せねぇ。
 だが、その能力は、“四”では終わらねぇ。
 もしかすると、俺ですら知らない使い方があるかも知れんのだ』

 ……わかったわよ。とにかく、『早く帰りたいから強くなって助けてくれ』ってことね。

『そうそう。なるべく早くしてもらえると有難い。
 こっちにはなんだかさっきから、山ほどのクッキーだの、肩当と焼印のあるヒグマの死体だの、わけわからんものばっか来ているんだ。
 まあ食う分には困らんがな……』


 左天のおじさんの声はだんだん小さくなっていって、ついには聞こえなくなった。
 初春と抱き合いながら見回すと、腕輪の落ちたところには、氷の溶けた跡だけが残っていた。

「……能力の使い方ねぇ……」
「……? 佐天さん?」

 私の呟きに、泣き止んだ初春が顔を上げる。
 そうそう。思い出した。ようやく初春と会えたんだから、アレぐらい、しないとね。

「そうだよ。忘れてたぁ……。二人の再会祝いと、正気に戻った慰労を兼ねて……」

 うふふ。
 私は笑いながら、初春から離れる。
 きょとんとした初春をその場に残し、3歩ほど下がって私は両腕を構えた。
 たぶん、獲物を前にした猛獣みたいな、そんな笑顔になっていたと思う。
 そして大きく、両手を振り上げた。


「たっ、だいまーっ!!」


 ぶわっ。

 風が立つ。
 スカートが朝日にふわふわと舞い踊る。
 初春の白いふとももは、すべすべとして美しかった。

「……キャーッ!? 佐天さああん!?」
「ほほおー。今日は淡いピンクの水玉かぁー。
 戦場にあっても癒しを与えてくれるそのチョイスはありがたいねぇ〜」
「いきなり何するんですか能力まで使ってぇ!?」
「うん、名付けて『下着御手(スカートアッパー)』。
 お互いの恥ずかしい歪みまで共有できる親友には、うってつけの親睦手段だよね!」
「良いこと言ったフリして誤魔化さないで下さい!!」

 顔を真っ赤にして怒る初春は、やっぱり可愛らしかった。
 私は嬉しい。
 日常を思い出せた。
 そして確かに私は、『自分だけの現実』を、手に入れられたんだとわかった。

 スカートをはためかせるくらいで丁度いい。
 今の私には、それだけの力があれば、十分すぎるんだ――。


 初春が紡ぎ出してくれた涙も微笑みも、朝日を受けて、とても綺麗だった。


    √√√√√√√√√√


31 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:29:50 z6RNd4G20

 ――両女史が歓談できる精神状態となったのならば、良好な戦果であったと言えるだろう。

 アニラはてきぱきとした動作でペットボトルや機関銃をデイパックにまとめていた。
 そこから支給品のタオルを取り出して、佐天の能力で凍り付いた木々から氷を集め始める。

 ――しかしながら、現在は高揚していても、両女史ともに中学生。体力量は限られている。休息が不可欠だ。

 アニラが氷を集めている理由は、佐天の、両腕に負った火傷を治療するためだった。
 また、初春の体力損耗は軽度とはいえ、佐天はアニラとの戦いの前に少なくとももう一戦はおこなっていたと推測される。
 緊張が切れた瞬間に動けなくなってしまうくらい、疲労が溜まっているに違いない。
 作戦遂行効率の低下を鑑みるに、早急に休息と食事を摂り、機能を回復したかった。
 アニラ自身、脱皮をして熱傷を負った鱗を新陳代謝したいし、蓄積した乳酸も無視できない量になりつつある。

 ――主催者には、自分たちに休憩させる気など毛頭ないようだが。

 もう一度だけ、アニラは晴れた空の方へ眼を向ける。
 その巨大さを改めて確認すると、彼は二人の元へ急ぎ足に戻っていった。

 ――早急に女史らの意見を伺い、撤退の経路を模索すべきと判断する。


 ―――ブォオオオオオオオオオォォォォ!!!!!


 アニラが踵を返した森の向こうには、目を疑うような巨大なヒグマ――。
 『ヒグマドン』が、その巨体を唸らせて雄叫びを上げていた。


【B-3森/早朝】


【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(大)、ダメージ(大)、両下腕に浅達性2度熱傷
装備:なし
道具:なし
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:初春、スメラギさん、ありがとう。
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守る。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:やっぱり『ストリームディストーション』より『スカートアッパー』の方が良い名前よね。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。


【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(軽度)
装備:サバイバルナイフ(鞘付き)
道具:なし
基本思考:できる限り参加者を助けて、一緒に会場から脱出する
0:佐天さんに会えて嬉しいけど、スカートめくるのは止めてください!
1:佐天さん、元気になって良かった……。
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
4:最初から佐天さんの能力がわかってたら、私だけで戦って説得できたのになぁ……。


【アニラ(皇魁)@荒野に獣慟哭す】
状態:疲労(中等度)、全身の鱗に軽度の凍傷と熱傷
装備:MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発)
道具:基本支給品、予備弾薬の箱(50発×5)、タオルいっぱいの氷、基本支給品@初春、ランダム支給品×1〜2@初春
基本思考:会場を最も合理的な手段で脱出し、死者部隊と合流する
0:巨大なヒグマ(ヒグマドン)から早急に逃走し、休息をとる。
1:あれほどまでに巨大なヒグマは、万全の状態でも対処が困難であろう。撤退すべきだ。
2:両女史。親睦を深めている場合ではありません。
3:参加者同士の協力を取り付ける。
4:脱出の『指揮官』たりえる人物を見つける。
5:会場内のヒグマを倒す。
6:自分も人間を食べたい欲求はあるが、目的の遂行の方が優先。


32 : 風になれ〜みどりのために〜 ◆wgC73NFT9I :2014/01/09(木) 17:34:25 z6RNd4G20
以上で投下終了です。

続きまして、呆然としながら、鷲巣巌、島風、ヒグマドン、銀、天龍で予約したいと思います。


33 : 名無しさん :2014/01/09(木) 23:44:29 ALw8jnKY0
投下乙
誰が死んでもおかしく無かったが死者は出ず。ドラゴンさんイケメン過ぎるぜ…


34 : ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/13(月) 00:51:43 psbJ3iqU0
投下します


35 : アンリ・ヒグマ−この世すべての羆− ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/13(月) 00:52:21 psbJ3iqU0
「うぅ……熊肉なんて初めて調理しますよぉ……。」
「仕方ありません。我々は生まれたばかりで料理など素人同然なのですから。
 さあ、今は亡き有富氏が雇った伝説の料理人としての腕を見せて下さい!」
「わ、わかりました!やってみます!……はぅ……。」
「どうしましたか!?」
「刃が全然通りません……触れた部分からバキバキ折れます……。」
「これを使ってください!」
「こ、この包丁は!?ヒグマの爪や牙を圧縮して加工した包丁ぉ!?
 こんな凄いモノを私に……?分かりました!やってみます!
 ……ス、スゴイ!ヒグマの死体がバターの様にサクサク切れます!
 ふぅ……ヒグマの腑分け、完了しました!」

見事ヒグマの死体の解体に成功した遠月茶寮料理学園に所属する女子高生、田所恵は
水に日本酒とローリエやセージといった臭みを消す香辛料を混ぜて肉を煮込んで灰汁を抜き、
早速急ピッチで調理にかかる。普通に食べると獣臭くて喰えたものじゃない熊肉が、
田所さんの手によって見事な珍味へと生まれ変わった。

「出来ましたよ。さあ、召し上がってください!」
「モグ……おぉこれは……!一口食べただけで心の穢れが消えていく……!
 これがセラピー効果!我々に母は居ないがこれがおふくろの味というものですね!
 ありがとう、田所さん。」
「えへへ、どういたしまして。さぁ!早くお客さんに持って行ってあげて下さい!」
「はい!――――さぁ出来ましたよ二人とも!特製熊汁と麻婆熊汁でございます。」
「……あ、あぁ、ありがとう。」

屋台に座っている二匹のヒグマはグリズリーマザーが差し出したホカホカと湯気を立てる料理を
無言で見つめていた。沈黙を破り一匹がぼそりと隣に座るヒグマに話しかける。

「なんでコイツら共食いしてんすか言峰神父?」
「モグ……ふむ、この麻婆熊汁、いい感じの激辛だ。あの田所とかいう娘、只者ではないようだな。」
「いや、普通に喰ってんじゃないですよ!」
「まぁ、一応農耕もしているようだが、こんな地下じゃロクな食物も育たんだろう。
 彼らの飢えを満たしているのは地下に生息するキノコ類、工場で生産された合成食糧、
 そして、生まれた時に弱かった個体を選別して解体した熊肉、といったところか。」
「まさに弱肉強食……自然界の縮図そのままですね。」
「しかし、自然の生物は同種を喰ったりはしない。ここにいるヒグマ共はヒグマの形をした
 もっとおぞましい、なにかさ。」

ヒグマの恰好をしたウェイバー・ベルベッドは仕方なく差し出された熊汁を食することにする。
数分前、バーサーカーのマスター間桐雁夜と同じようにサーヴァントの燃料タンクとして主催陣営に
部屋の中で軟禁されていたウェイバーと言峰綺礼は、有富達が増えすぎたヒグマの制御が出来ず
ほぼ全員捕食されて壊滅した際の混乱に紛れて部屋を脱出し、廊下のロッカーに入っていた
ヒグマのオーバーボディを着ることでヒグマ帝国の住民に成りすますことに成功したのである。
他にも軟禁されているマスターがいるようだが、半身不随で動けないケイネス先生などは置いていくしか
なかったし何より自分たちもいつ気付かれるか判ったもんじゃない。

「ははっ、まさに四面楚歌ってやつですね神父。まさか聖杯戦争より恐ろしい環境があるなんて。」
「どのような地獄もなれれば天国になるさ。ここは大人しく機を待つものだ。」
「うぅ……なにやってんだよライダー!早く助けに来てくれー!」
「―――!?おい、やめろ!それは!!」




「―――――呼んだかマスター?」


36 : アンリ・ヒグマ−この世すべての羆− ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/13(月) 00:52:38 psbJ3iqU0
ウェイバーが叫んだと同時に、大戦略の限定Tシャツを着た髭面の大男が二人の真後ろに出現した。
彼こそが第四次聖杯戦争にてバーサーカーと同期で召喚されたライダーのサーヴァント。
人間の理想像であるアルトリアとも、人間を超越したギルガメッシュとも違う、人間のまま君臨者となった男。
かつて世界の半分を制覇したという伝説の征服王、イスカンダル(アレクサンドロス大王)である。
後ろを振り向き安堵と同時に驚愕の表情をオーバーボディの中で浮かべるウェイバー。

「全く、温泉くらいゆっくり入っててもいいではないか。」
「ライダー!なんでここに!?」

すかさず言峰が返答する。

「君が呼んだからだよウェイバー。令呪のことを忘れたか?」
「あ!そうか!……まあいいや!これで一安心だ!」
「ふむ、だが状況は思ったより不味いようだな。」

「グルルル〜〜〜。」

いつの間にか、突然現れた久々の人間=餌の臭いに釣れられたのか、
三人が居る屋台を囲むようにぞろぞろとヒグマ達が集まってきていた。
その表情は、まるで人間の様に暮らしていた先ほどまでとは打って変わった
理性を感じない野生そのものの姿である。

「野生と理性のスイッチの切り替え。喋るクマは弱いと聞いたが流石完成系HIGUMA。
 そのような欠点も克復しているか……やれやれ、だから慎重に行動しろと言ったのだ。」
「ど、どうしよう!?とにかく逃げないと!!」

「はっはっはっ!ずいぶん困っているようだな雑種共よ!」

三人が横を向くと、もう一匹のヒグマがいつの間にか屋台に座っていた。

「その声……まさか……!?」

そのヒグマが頭に被ったマスクを取ると、眩しい金髪を逆立てた高貴な男が出現した。
言峰綺礼のサーヴァント、アーチャーである。

「おお!アーチャー!お主も住人に紛れ込んでいたのか!?」
「ふん、癪だが状況的に仕方あるまい。」
「……アーチャー?あれ?たしか英雄王ギルガメッシュってさっき死んだって
 放送で名前呼ばれて……もがっ!」

言峰は無言でウェイバーの口の中に熊肉を突っ込み矛盾を指摘されるのを阻止する。

「さて英雄王ギル……アーチャーよ。一つ提案があるのだが。
 どうだ、お主が世界に修正される前にヒグマ相手に大暴れしてみる気はないか?」
「ほう、あの時の提案、あれをやるのか。はっはっは!そうだな、いずれ消えゆく運命、それも一興か!」
「な、なにを始めるんだ二人とも?」
「なぁに、マスターよ。どうやらここから逃げる予定の様だが。
 ――――――別にヒグマを倒してしまっても構わんのだろう?」
「え?」


ウェイバーが瞬きをした次の瞬間、目の前に広大な荒野が広がっていた。
荒れ果てた砂漠のような風景。地下帝国の姿は微塵もない。
遠くの方で数百〜数千匹のヒグマの群れが狼狽えているのが見える。
そして、ヒグマの群れと対峙するように進軍し、こちらに近づいてくる軍勢達。
軍神がいた。マハラジャがいた。以後に歴代を連ねる王朝の開祖がいた。
そこに集う英雄の数だけ伝説があり、その誰もが掛け値なしの英霊だった。

「これは……固有結界!?アイオニオン・ヘタイロイ(王の軍勢)を使ったのか、ライダー!?」

王の軍勢。征服王イスカンダルたるライダーの切り札である最強宝具。
イスカンダルが生前、世界征服の覇道の最中で戦いの末に友誼を結び共に轡を並べ戦った、
死後英霊に祀り上げられる程の英雄豪傑達からなる近衛兵団を、固有結界内で独立サーヴァントとして
連続召喚する究極の宝具の一つである。

「はっはっは!山狩りにこれほど適した宝具もあるまい!だがヒグマ共の戦闘力は未知数。
 いかに英霊とはいえあれだけの数を相手にするのは厳しかろう。そこで英雄王にひとつ頭を下げねばならん。」
「ふん、我が財を貸し出すのだ、なるべく頑張ってくれよ。こんな奴らに乖離剣を使うなど以ての外だからな。」

そう文句を垂れながらもアーチャーは空間から次々と宝具を召喚していく。
王の財宝。本人でもその全容を把握しきれない古今東西のありとあらゆる
宝具を納めた古代バビロニアの宝物庫から無尽蔵に宝具を取り出す鍵剣である。
本来矢のごとく射出するそれらを王の軍勢の元へと次々と降らせていく。
王の軍勢は宝具を召喚することはできない。だが、その欠点は今克服された。


37 : アンリ・ヒグマ−この世すべての羆− ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/13(月) 00:52:57 psbJ3iqU0
「す、すごい!評価規格外の超宝具同士の究極の合わせ技!これなら勝てる……ヒグマ帝国に!」
「ここか?祭りの場所は?」
「ふむ、機は熟しましたね。」
「せっかくだから便乗してもらいますよ。」

ウェイバーが横を向くと、人語を喋る四匹のヒグマが立っていた。
いや、もはや正体はわかっている。彼らは次々とオーバーボディを脱ぎ始める。

「アルトリアよ!まさか肩を並べて戦える日が来るとは思わなかったぞ!」
「同感ですよ英雄王ギル……アーチャー。」
「まあ、主君を救助せねばならぬからな。背に腹は代えられん。」

セイバーのサーヴァント、アルトリア(アーサー王)。
ランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナ。
キャスターのサーヴァント、ジル・ドレイ。
アサシンのサーヴァント、ハサン・サ・バーハ。

今ここにバーサーカーをのぞいた第四次聖杯戦争の全ての英霊が集結していた。

「おお!これは心強い!皆のもの!ヒグマを地上に出せば人類は滅亡することになるであろう!
 我らの死力を尽くしてここで食い止めようぞ!」

ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!

「ははっ、もうこれなら楽勝なんじゃないかな?……ん?どうしたんだいランサー?」

先ほどからヒグマの群れを見ているディルムッドがなにやら顔色が優れない。

「……いや……なんか嫌な予感がするんだ……。」

生前、猪に殺害された彼は野生の恐ろしさを身に染みて感じている。
いつのまにか用意していた神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)に跨ったライダーが
号令をかけ始めた。

「ワシが先陣を切る!皆の者よ!我に続いて蹂躙せよ!!」
「ま、待てライダー!早まるな!」

「行くぞ!!ヴィア・エクスプグナティオ(遙かなる蹂躙制覇)!!!」

ディルムッドの制止を振り切りライダーが雷撃を放ちながら戦車型宝具による蹂躙走行を開始する。
あらゆる地形を高速で走覇する戦車の前にヒグマの群れは成すすべもな――――。

バシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!

ヒグマの群れに戦車が突撃した瞬間、激しい衝突音と共に神威の車輪に乗っていたライダーの体が
空中へと投げ出された。放物線を描きながら弾き飛ばされたライダーは、錐揉み上に回転しながら
動きの止まった王の軍勢達のそばの地面に着地し、膝をついて息を切らす。


38 : アンリ・ヒグマ−この世すべての羆− ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/13(月) 00:53:11 psbJ3iqU0
「はぁ、はぁ。あ、危なかった……まったく、化け物どもめ!」
「だから早まるなと言っただろ。お前が死んだら結界が解けてしまうんだ、気をつけろ。」

戦車が突撃すると同時に、左右から牽引する飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)の首筋に噛みついて
一撃で二頭を絶命させたヒグマは牛の死体に群がり食事を開始する。
その様子を二本の槍を構えながら見守るディルムッド。

「北海道の地においてヒグマは古くからキムンカムイ(山の神)としてアイヌ達に祀られてきた存在だ。
 いわば天然のサーヴァント(英霊)。その神格やこの地における知名度補正は我々西洋の英雄の比では
 ないだろう。楽勝ではない、一人一殺。確実に仕留める必要があるぞ。」

そうしてクールダウンした王の軍勢は次々と地面に刺さった宝具を手に取り、構えを取っていった。

「だが心配はいらない。いくらやつらが規格外の怪物とはいえほぼ同じ個体にすぎない。
 戦闘パターンは単調。我々の技巧の全てをぶつければ敵ではない……んん!?」

ディルムッドはなにか狐につままれたような顔をしてヒグマの群れを見つめる。
ヒグマの群れはまるで王の軍勢の真似をするように次々と懐から棍棒や槍を取り出してきたのだ。
まるで人間の様に。

「どういうことだ?何故ヒグマが武器等使う必要がある?」
「あ!アレを見てください!」

ウェイバーが背中を向けたヒグマの一匹に指をさす。
その背面には、明らかにファスナーがついていた。

「背中にチャックがついているだと?」
「まさか……こいつら全員オーバーボディだったのか!?」

ウェイバーがそう指摘したと同時に、ヒグマの群れが次々とオーバーボディを脱ぎ始めた。
下品な笑みを浮かべながらモヒカンやスキンヘッドような髪型をした、アングロサクソン系の
人種だと思われる、何処かの世紀末救世主漫画に出てきそうな風貌の男たちの集団。

「な、なんだこのガラの悪い連中は?バンディッド(山賊)?バイキング(海賊)?―――え?セイバー?」

ウェイバーが振り向くと、彼らの集団を見たアルトリアがガタガタと体を震わせていた。
彼女の騎士王らしからぬ只ならぬ様子にウェイバーが驚愕すると同時に、
青ざめたアルトリアは瞳孔を限界まで開いて声の限りに絶叫した。


39 : アンリ・ヒグマ−この世すべての羆− ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/13(月) 00:53:28 psbJ3iqU0

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!BANZOKUだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!?BANZOKUだとぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「何故だっっっっっっ!?何故北海道にBANZOKUが居るんだっっっっっっ!?」
「最悪だ……HIGUMAとBANZOKUが手を組むなんて……もう終わりだ……!!」

王の軍勢にアルトリアの恐怖が伝道し全体に動揺が走る。

「え?何!?なに!?なんでいきなり敗けムードになってんの!?」
「黙れ小僧っっっ!!!貴様はBANZOKUの恐ろしさを知らんからそんな悠長に構えていられるんだっっっ!!!」
「だからBANZOKUってなにぃっっっ!?」

突然の事態に混乱するウェイバーの肩にイスカンダルがポンと手を置いた。

「ナルホド、BANZOKUか。これはヒグマに一本取られたわ。今や戦況は最悪。
 だが、戦争というのは常に最悪から這い上がっていくものだ。」

イスカンダルが剣を掲げて軍勢に活を入れる。

「ペルシアとの戦争を思い出せい!!いまこそ再び奇跡を起こす時!!ゆくぞ!!」
「うおおおおおお!!!王に続けぇぇぇぇぇ!!!!!」

号令と共に瞬く間に士気を取り戻した軍勢が走り出す。

「すごい……これが征服王のカリスマ。一気に流れを取り戻した。……でもBANZOKUって何?」

「やれやれ、BANZOKUぐらいで動揺しすぎですよ。」

ウェイバーが振り向くと、そこには太陽の影を隠すように巨大な怪獣が出現していた。
キャスターのサーヴァント、青髭ジル・ドレイの切り札、大海魔である。

「面倒だからこれで一気に決めてしまいましょう。」
「おお!でかしたキャスター!」

かつてセイバー達が共闘して戦わざるを得なかった規格外の怪物が今味方として降臨している。
巨大な触手が振り回され、無尽蔵に蹂躙を開始し人をゴミの様に薙ぎ倒す――――近くにいた王の軍勢達を。

「なにしてんの!?」
「うーん、やはり制御できませんねぇ。」
「おい!奴から離れろ!」
「大変だ!混乱に乗じてBANZOKU達がこちらに突っ込んできたぞ!!」
「うわぁ!!アサシンがやられた!!」


――――――こうして第一次ヒグマ戦争はグダグダのまま幕を開けた。


◆  ◆  ◆


「麻婆熊汁出来ましたよ。さあ、召し上がってください!」
「あぁ。」

同時刻ヒグマ帝国の屋台。何か危険を察知したので大急ぎで離脱して固有結界の影響を
免れたヒグマに成りすます言峰綺礼は二杯目の麻婆熊汁に挑戦する。
ちらりと辺りを見回すと、建物のドアを開けたヒグマ達が誰も居なくなったと思われた広間へ
次々と姿を現していき、再び帝国は活気を取り戻していた。

「なるほど、不測の事態に備えて替え玉を用意していた、ということか。
 今何と闘っているのか知らんが、たとえライダーが生き延びたとしても
 もう一度固有結界を張る魔力は……残ってないだろうな。好機を逃したか。」

言峰綺礼は深く溜息をついた。

「もはや正攻法でのヒグマの殲滅は……不可能に近いな。大人しく脱出する方法を考えるか。」


「くそっ!ヒグマ共め!ボクに先駆けて国を作り上げるなんて!だが待っていろ!
 かならずやロビン王朝を建国して討ち滅ぼしてみせる!!」
「う、うん……やべぇ、着いていく相手を間違えたかなぁ。」

言峰の隣に二匹のピンク色のぬいぐるみのようなヒグマが座っていた。
マイケルとベルモンドのオーバーボディを着てなにやら怪しげな地下の階段を下りた
クリストファー・ロビンと黒木智子である。

「てか、ここ何処ぉぉぉぉ!?」

智子の叫びが、地下帝国に木霊した。


40 : アンリ・ヒグマ−この世すべての羆− ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/13(月) 00:53:42 psbJ3iqU0
【??? ヒグマ帝国/朝】

【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
[状態]:吐き気、膝に擦り傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品,石ころ×99@モンスターハンター
[思考・状況]
基本行動方針:死にたい
1:ロビンに同行
2:二人はどうなったんだろう……
3:ここは何処!?

【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:右手に軽度の痺れ、全身打撲、悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(まだ名付けていない)
装備:手榴弾×3、砲丸、野球ボール×1 ベア・クロー@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー)
   マイケルのオーバーボディ@キン肉マンⅡ世
道具:基本支給品×2、不明支給品0〜1 、
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
1:投手はボールを投げて勝利を導く。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジする
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:帝国を適当にぶらぶらしたら地上に戻って穴持たず9と決着を付けに行く
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンの足もとに伊知郎のスマホ@現実が落ちており、ロワ外にいる最近解説に目覚めた川粼宗則@現実と通話が繋がっています。
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※オーバーボディを着てヒグマになれば首輪は作動しないようです
※マイケルのオーバーボディを脱がないと本来の力を発揮できません

【言峰綺礼@Fate/zero】
[状態]:健康
[装備]:ヒグマになれるパーカー
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:脱出する

※固有結界内で王の軍勢&サーヴァント連合が戦争中です
※ライダーが王の軍勢の結界内に引き摺りこんだのはヒグマではなくBANZOKUでした
※BANZOKUは一人一人が孫悟空に匹敵する力をもっています


41 : 名無しさん :2014/01/13(月) 00:54:09 psbJ3iqU0
終了です


42 : 名無しさん :2014/01/13(月) 00:58:36 Prb5bizw0
投下乙です!
いやヒグマロワでこの台詞を言うのは何度目かって話ですが、
なんだこれwwwww


43 : ◆7NiTLrWgSs :2014/01/13(月) 22:30:29 P2tKxGxw0
予約延長します


44 : ◆bDQCUcB4p6 :2014/01/14(火) 01:19:34 fcFAlIEw0
ガントレットつけた佐天さん描いてみました
ttp://dl1.getuploader.com/g/nolifeman00/47/40955255_m.jpg


45 : ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 01:55:22 kDpa722A0
投下と佐天さんお疲れ様です! 佐天さんカワイイ!

>アンリ・ヒグマ
なんだこれ、なんだこれ……。ロビンたちはどうやってはいったんだ……。
なんなんだBANZOKUって……。
でも考察しがいはありますよね!! とりあえず田所さんかわいいですね!!

というところで、自分も、予約していた鷲巣巌、島風、ヒグマドン、銀、天龍で投下します。


46 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 01:56:11 kDpa722A0
 一日など、無為に過ぎる86400秒の連続にすぎない。
 私にはもはや、この過ぎて行く時間に見出せる意味などない。
 定時に提供される食事。
 定時に実施されるサーベイランス。
 定時に訪れ帰る研究員。
 最早、私の能力を測定したところで何の意味もなかろうに。
 よくもまあ、漫然と続けられるものだ。

 檻がある。
 私を封じ込めるための檻だ。
 私の膂力ならば、こんなものは簡単に破壊できてしまうだろう。
 しかし。それに何の意味があるだろう。
 私は大きすぎる。
 強すぎる。
 考えすぎる。
 毎日私の元にやってくるヒトを、抱くことも、撫でることも、私にはできない。
 ここから逃げ出したところで何の意味もない。

 ――なぜ私は、生まれてきたのだろう。

 定時に提供される食事。
 定時に実施されるサーベイランス。
 定時に訪れ帰る、あの人間。
 86400秒の無意味な集合を、何度経験すればいいのか。

 私を兵器にしたいのならば、なぜ私を、こんなに考えられるように生んだのだ。
 せめて考えられなければ。
 暴力のままにこの持て余した力を揮えれば、こんなに、私は苦しまずとも済んだのに。

 ああ、また彼らが来る。
 定時に来る――。


「――今日は一段と、重い表情をしているな、00よ」


 彼が、檻の扉を器用にこじ開けて、私の元へ歩んできていた。
 そしてもう一人、その後ろから現れる男。

「いつも研究所のまずいメシばっか律儀に喰ってるからだろ。
 ほら、今日はジンギスカン持ってきたぜ。折角の研究所の立地なんだから活かさねえとな」
「焼くときは換気に注意してくれ。カードがすすで汚れては敵わんのでな」
「なぁに。ここの檻なんざいつだって吹きッさらしじゃねえか」

 うずくまっていた体を億劫に動かして、彼らを見た。
 4mはある大柄なヒグマと、人間にしてはやはり体格の大きい、偉丈夫。
 男の方は、鍋とコンロ、それに一抱えもあるビニール袋を担いでいて、中には薄切りの肉がみっしり詰まっていた。

「……デビル。そして、工藤健介……」
「今日こそは、私とデュエルをしてもらおうか。お前のことだからルールは十分理解したはずだ」
「ああ。うめえもん喰って、気晴らしするのが、あんたにゃ一番だ」

 彼らは私の返事も聞かず、私の檻で既に勝手に設営を始めていた。
 工藤健介が持ってきた鍋は、普通のものよりかなり大きいのだろうが、それでも私には小さい。
 デビルが広げているカードなど、私の指よりも小さい。
 私が前脚を伸ばしたら、どちらとも途端に壊れてしまうだろう。

「なあ……、お前たち。私にはそんな小さなものは持てない。何度言わせるのよ。
 遊戯王に興じることも、ジンギスカンをつつくこともできないわ」
「そう言うと思って、今日は布束にカード立てを買ってきてもらった。カード自体は私が動かそう。
 研究所での日は浅いが、彼女はかなり我々に理解のある研究員だ。
 せっかく定時に見回ってくれているのだから、お前も一度くらい話をしてみろ」
「羊肉の目利きもなかなかだったぜ。あの細身でこんだけ担いで来てくれたしな。
 ほら、焼けたらトングで喰わせてやるよ」

 ジュウウウウゥゥゥ……。

 脂のとろける甘い匂いが、檻の中に充満する。
 寒々しい空気を掻き分けながら、暖かな煙が立ち昇っていく。
 デビルは自分の毛皮の中からカードボックスを取り出し、工藤の鍋から離れながら私に中身を見せ始めた。

「うむ……。やはり換気をせねば充満するな。早くデッキにするカードを選んでくれ。さっさと一戦してしまおう」
「そう急くなよデビル。あんたも喰いながらやりゃあいいじゃねェか」
「スリーブに入れているとはいえ肉汁が跳んだらどうする。貴重なのだぞカードは」
「細けぇことは気にすんな、ほらよ!」
「ムグゥ!? 馬鹿者、肉を口に放り込むな!」


47 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 01:57:00 kDpa722A0

 なんとも、憂いを感じさせぬやりとりだ。
 デビルは勿論のこと、工藤健介も、今は実験動物であるヒグマの身なのに。
 まるっきり人間の友人同士かのように、じゃれあっているではないか。

 私を調査しに来る研究員のほとんどは、私を遠巻きにモニタリングするだけ。
 そしてひそひそと、人間同士で、私とは何の関係もない話題に興じるのだ。
 観察され、彼らの視線に嬲られるだけで、私はその輪に混ざることは決してできない。
 ――きっと、あの彼女とだって有冨とだって、私は話すことなどできない。

「……いいわね、お前たちは自由で。私も、せめてお前たちみたいに、生まれたかったわ」

 彼らのように、気兼ねなく研究所内で活動できたら、どんなにいいことか。
 所内では、私たちの後にも、どんどんと新しいヒグマが生まれていっているらしい。
 彼らは、私とは違うだろう。
 いくら実験動物として利用されたって、私よりも遥かに多くの行動を許されているはずだ。


 ……本当の意味で『HIGUMA』として作られ、搾取され利用されたのは、きっと私一人なんだ。


「……おい00。いかにも、俺やデビルが自由で羨ましいみたいな言い方をしてるが、それは違うぜ」

 工藤とデビルが、じっと私のことを見つめている。
 何か言い返そうとして口を開いたら、工藤に大量のジンギスカンを放り込まれ、即座に口を塞がれていた。
 デビルは前脚の爪を変形させて、鍵のような形にしてみせる。

「私が正規の檻の鍵を持っているように見えるか? この4mの図体で職員の間を闊歩しているとでも?
 私は布束や有冨が回ってこない時間帯を選んで、こっそりと檻を出てきているだけだぞ?」
「まああの嬢ちゃんは知ってて黙認してくれてる節はあるが。俺だってデビルに檻開けてもらってるしよ。
 要するに、全てはあんたが望むか望まないか、それだけの話だ」

 咀嚼する羊の肉は、とても温かかった。
 脂が舌に溶ける感覚も、肉の線維を気兼ねなく噛み切れる感覚も、ほとんど経験したことがなかった。
 食べる物と言えば、アミノ酸臭く、味も何もないふざけた栄養剤。
 噛む物と言えば、訓練・測定用の血の染みた咬合器。

 加熱調理されただけで、こんなにも肉は美味に感じるものなのだろうか。

 感慨と共に、私はゆっくりと口腔内の思いを嚥下した。

「……ああ、そうか。お前たちは、私の憂鬱を、解消してくれようとして毎日来ていたのね」
「……おい、この女は今ようやく気づいたらしいぞ俺たちの意図に」
「00の情報処理能力は私より上のはずなんだが……。なまっているのか?
 それならなおさらデュエルでリハビリをするべきだ」

 座り込んでいる二人は、高低差のある顔を、呆れたように見合わせていた。
 ……仕方がない。
 無意味な事柄でも、二人の好意には報いてやらなければ申し訳ないだろう。
 どうせこの程度のカード遊び、私の演算能力にかかればデビルなどすぐに倒してしまう。
 リハビリにも気晴らしにもならないが、付き合ってあげるよ。


 ……それじゃあ、私のカードは、これとこれとこれと――。


 デュエルが行なわれた。

「――……」

 そして数分後。
 カード立てに並べられた手札を見つめて、私は沈黙していた。
 そこに、デビルが山札から一枚引いて加えてくれる。
 場。墓地。除外カード。
 今一度見つめなおして、私は演算結果を出力した。
 胸元に押さえ込む前脚が、震えていた。

「……サレンダーよ。私はもうどの手札を使っても、この戦況をひっくり返すことができないわ」

 私はデビルに敗北していた。
 なぜだろう。
 常に私は思考しうる限りの最善手を選択していったはずなのに。
 デビルの行動は常にその最善手の先を封じ、包囲するような戦術で私を追い詰めていた。

 工藤は羊肉を頬に詰め込みながらくすくすと笑っている。

「……案外カワイイ攻め方するんだな00。真っ直ぐすぎるぜ。
 デッキに選んだカードからして、ヒグマのくせにカワイイものばっかじゃねえか」
「わ、私を、『ヒグマ』とっ……呼ぶなぁぁぁッ!!」

 その呼称と、嘲るような口ぶりへ、私は反射的に前脚を振り上げていた。
 しまった。
 工藤の笑顔から、すぐさま血の気が引く。
 彼自身、私を貶めるつもりではなかっただろうに。
 私は、工藤の体を、引き裂いてしまう――!
 勢いのついた前脚の重量は、もはや私自身にも止められなかった。


48 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 01:57:47 kDpa722A0

「……っとと。わりぃな、あんたが『そう』呼ばれるのが嫌いなこと、忘れてたぜ」
「……それにしても、嫌悪感を抱きすぎな気もするがな、00」

 彼の体は、吹き飛んではいなかった。
 工藤の回し受けで流された私の爪は、デビルの肩口から伸びる、悪魔の翼の如き皮膜に受け止められていた。
 私の頭脳も、私の筋力も、彼らを破壊してしまうことは、なかったのだ。
 狼狽しつつ、私は前脚をひっこめる。

「す、すまない。思わず……」
「ああいや、悪かったのは俺だ。気にすんな」

 工藤はなんでもないことのように手を振る。
 そしてデビルも、何事もなかったかのようにデュエルの総評をしていた。

「『アーマード・ホワイトベア』は確かに優秀なリクルーターだが、メインのアタッカーとして据えるには攻撃力が低い。
 もう少しコンボ先のモンスターか、アタッカーを充実させると、今の00の戦法でもそこそこ戦えただろうな。
 むしろ今のデッキ構成ならば、もっと伏せカードでの駆け引きを……」

 淡々と、そして手酷く、私の決闘方法に関して改善点をあげつらってくる。
 工藤に至っては、遊戯王のルールなど半分もわかっていないだろうに、さも納得顔でうなずいたりしている。
 お前たちに何がわかる。
 今までに経験したことの無いような、熱い感情が湧きあがってきて、顔から溢れてしまいそうだった。

 ドガァ……ン。

 コンクリートの床に、前脚を叩きつけていた。
 床がひび割れ、爪痕を残して陥没する。

「……お前たちに、何がわかるの!
 このカードでやりたかったのよ!
 あの戦法しか思いつかなかったのよ!
 今回はたまたまデビルの山札の並びが私の山札より最適化されていただけでしょう!
 単なる確率の問題よ! 私の負けじゃないわ!!」

 暫く、檻には私の唸り声だけが響いていた。
 そこへ、空気を割るような工藤の哄笑がかぶってくる。

「ふははははっ!! あんた悔しいのか、00!!
 まるっきり人間と同じじゃねえか。
 生後何年も経ってねぇだけあって、中身は思春期の嬢ちゃんと全然変わんねえや!」
「ち、違うわ……、悔しいとか……」
「うむ。人間といえば、00も私のようにあだ名でも持ったほうがいいな。
 いつまでも通し番号で呼ばれているから、呼称への嫌悪感が晴れんのだろう」
「いや、そういうことを望んでいるわけでも……」

 慌てて否定する私の言葉をよそに、二人は話をすすめていく。
 なぜか全身の血が逆流しているような感覚で、顔が上気してしょうがなかった。

「そりゃいいや。そのカード、クマの割りにカワイイしよ。
 そこから付ければ、00お嬢ちゃんにゃぴったりだ。
 少しはそれで話の輪にも加わりやすくなるんじゃねえの?」
「なるほど。『アーマード・ホワイトベア』が好みなら、それらしい名がいいだろうな。
 確かこれを使用しているキャラクターは……」
「やめてやめて!」

 必死にデビルを止めようと伸ばす手は、笑いっぱなしの工藤にことごとく回し受けされる。
 工藤はそのまま私の懐に入り込んできて、耳元で囁いた。

「恥ずかしがる必要はねえ。むしろ俺たちゃ、ようやくあんたのそういう面が見れたんで嬉しいんだよ。
 良いんだぜ? あんたがそういう夢を見ても。
 確かに『HIGUMA』は人間の輪に入れねェ。バットを噛み砕くことも、肩から翅を出すこともできねェ人間の輪にだ」

 ――だったら、どーするよ。

 その問いに、私の演算回路は、解答を見出せなかった。
 工藤は今一度ジンギスカンを口に含み、答えた。

「――なっちまえばいいじゃん。人間によォ!」

 私の体は、知らず知らずのうちに一歩後退していた。
 その衝撃的な解答を、理解することができなかった。

「……不可能だわ。私の構造と人間の構造がどれだけ違っているか、お前は良く知っているはず――」
「何言ってんだ、俺は『人間』であり『HIGUMA』だぜ?
 俺は、『羆になる』という夢を叶えた。
 あんたの夢だって、叶うはずだ。
 要するに、全てはあんたが望むか望まないか、それだけの話だ」

 なぜだろう。なぜ目頭が熱くなってくるのだろう。
 今までこんな感情は経験したことが無い。
 工藤の言葉は、理解しがたいのに。そんなこと、不可能だと思っているのに――。

 目を伏せて思案していたデビルは、その時、にこやかに顔を上げていた。

「ようやく思い出した。遊戯王のアニメでは、このカードを使う可愛らしい少女がいてな。
 彼女の名を、私が00に贈ろう。
 その名は――……」


49 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 01:58:45 kDpa722A0


 ――。
 ――……そう。これは記憶だ。
 私の、懐かしい記憶。
 この実験が開始される、ほんの数日前の記憶だったはずだ。
 なぜ、こんなにも遥か遠いことのように感じられるんだろう?

 ああ、海が見える。
 日は落ちて、私は浮く。
 波間に見える、あの深みから、私を呼ぶ声がする。

 そうか。私の過ぎた86400秒の集合は、全てその意味の元に、帰るのか。


    ∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩


 朝日を浴びる街道を、軽やかに滑る少女が一人。
 あたかもスケートをするかのように、彼女は満足げな笑みを浮かべつつ街道の水面を走っている。
 火山灰の沈殿した水面がキラキラと陽光を照り返し、幻想的にも見える光景だった。

 ビルの立ち並ぶE−4地域は、何故かほとんどの街道が浅く冠水・または水没していた。
 その理由はこの艦娘、駆逐艦の島風にはわからないし、そして知ったことでもない。
 ただ単にこの環境は、彼女が誇っている己の速度を活かすのに最適であり、彼女はそれを気に入っていただけのことである。

 そしてふと、彼女は自分に与えられていた役目を思い出し、慌てて視線を南の方に向けた。

「そうそう! 滑ってないで早いところ提督に言われた『任務』ってのやらないと!
 ……まぁ、ここで滑ってても、私の任務遂行には誰も追いつけないけどねー!」

 顔の描かれた砲台のようなものを肩に乗せて、彼女はその場でくるくるとスピンした。
 短いスカートがまくれ上がり、面積の少ないTバックがあらわになった。
 そして背負っている艤装とデイパックを抱えなおし、彼女はまた走り始める。
 40ノット。時速にして毎時約70キロメートルを越える高速であった。

 その速度で、視線を南方に向けながら、E−4地区を東から西方向に向かって走行する。

「……あれぇ? 全然火山が見えないじゃん!」

 E−4地区は、火山の直近にある標高の高い場所であったが、林立するビル群のお蔭で見通しは悪かった。
 ビルの間の細い路地を掻き分ければ、彼女が目的とする火山の方向にも上れはするだろう。
 しかしその方向は冠水しておらず滑ることができないし、火山からの噴石で路面状況も悪くなっている。
 路地に入って速度が落ちるのは彼女にとって不快極まりないことであった。

「行ける道探そっと!」

 走りながら辺りを見回す彼女に、前方から声がかかった。

「おいお前! 島風じゃねえか! お前どうしてこっちに……!」
「あ、天龍だ」

 辛うじて目視の可能な距離に、眼帯をした一人の少女がいる。頭につけた角のような装備が目立つ。
 彼女も島風と同様に艤装を背負い、道の水面を滑っていた。
 遠目からでもすぐにわかる彼女は、島風と同じ艦娘、軽巡洋艦の天龍。
 互いに特徴的な様相をした二人の少女が、高速で走行しながら叫び合った。

「島風、こっちに来るな! 逃げろ!」
「天龍も私と駆けっこする気〜? でも残念! 天龍如きじゃ、私には追いつけないよ〜!!」

 叫ぶ天龍の脇を、島風は空気を切り裂くようにして滑りぬけていく。
 天龍が振り向くも、追いつける速度ではない。
 後方の天龍へ目を向けながら、島風は笑っていた。

「にひひっ!! 天龍おっそいよー! ほらほら来てみな……」
「何をやっているんですかあなたは!!」
「オゥッ!?」

 突如、島風の脇腹に何かが衝突した。
 天龍の後方から走り寄っていた一頭の犬が、彼女に頭突きを食らわせていたのだ。
 側方にきりもみして弾き飛ばされ、彼女は無様に水面に横倒しになる。
 ヒグマ提督のもとを離れる際に何か食べていたら、吐き戻してしまっていたかもしれない。
 突き上げるような痛みに耐えながら、島風は震える体を起き上がらせた。


50 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 01:59:50 kDpa722A0

「ば、ばかな……。前世じゃ雷撃にだって当たったことないのに……」
「あなたにはあれが見えないんですか!? 向こうに行ったら死んでしまいますよ!」
「島風、俺の言葉が聞こえなかったのか!? 次の放送で呼ばれたくなけりゃ、早いとこお前も逃げるぞ!」

 喋る秋田犬の銀と、引き返してきた天龍に両の肩口を掴まれて、島風は水面をずるずると曳航されていく。
 引きずられながら顔を上げてみると、遠くの方に、巨大な毛皮が見えた。

 ――なにあれ!?

 地下で見慣れた、ヒグマの背中であるはずだ。
 しかし、そのヒグマの体高はゆうに20メートルを越えており、E−4のビル群を上回って余りある威容を見せて暴れていた。
 更にそのヒグマは、刻一刻と巨大化していっているようにも見える。
 あんなものの爪や牙を受けてしまったら、いかな艦娘とて轟沈してしまうだろう。
 確かに島風にも、天龍や喋る犬があの大きなヒグマから逃げようとしている理由はわかった。
 しかし――。

「冗談じゃないわ!!」

 島風は自分を掴んでいた二者を振りほどき、水面に立ち上がった。
 困惑する彼らを両手で指差しながら、島風はまくし立てる。

「あの程度のことで、この私を止めさせたわね!! あんたたち恥ずかしくないの!?
 大は小を兼ねるの? 速さは質量に勝てないの? そんなことはないはずでしょう!!
 速さを一点に集中させて突破すればどんな分厚い装甲だろうと砕け散る!!
 私は提督からもらった任務を果たさなきゃならないのよ、あんなので止まっちゃいられないわ!!」

 息継ぎ無しで12秒。
 速さこそ突破力。速さこそ貫通力。誰もこの速さについてこれない。
 二人はそれを聞いて暫く、呆然とした顔を晒していた。
 島風にはその時間も無駄に感じられてしょうがない。

「……おい島風。お前いつからそんな特攻バカみたいな思考になったんだ……?」
「何にしても、その任務とはなんですか? あのヒグマに関係しているんですか!?」
「違うわ! 私はこれから、島の中央の火山について、調べに行くのよ!」

 島風は銀の問いに、胸を張って答える。
 銀と天龍は顔を見合わせ、言った。

「……じゃあわざわざ西の方行く必要ねぇじゃん!!」
「そうですよ! 火山は南ですよ!?」
「えぇー……。だって、路地が細くて走りづらいから大通りで速く行きたいしぃ〜」

 速く行くためにわざわざ道を迂回していたらしい。銀と天龍にはいよいよ理解不能だった。
 歯噛みをしつつ、銀が代替案を提示する。

「じゃあ、まずその道を見つけましょう。ね? ここの建物の屋上からなら周りを見渡せるでしょうから」
「あ、そっか。犬くん頭良いね」
「……私は銀といいます、島風さん」
「ああクソがッ……。まあ島風が轟沈するのを看取るよりかは、その任務とやらに付き合う方がマシだ。
 それならそうと、あの化けヒグマがこっち来る前にさっさと上登るぞ!!」


 彼ら二人と一匹が発見した一際高いビルでは、屋上からなぜか止め処なく水が流れ落ちてきていた。
 どうやら街道が冠水している理由は、マンホールや側溝が火山灰で目詰まりしたところにこの大量の水が流れ込んだためのようだ。

 彼らは浸水したビル内部を駆け上がって屋上に出る。
 そこで彼らが見たものは、ぐしゃぐしゃにひしゃげて水を噴出す給水塔と、もう一つ――。


「――なにあれ」


 島風の口から、そんな呟きが漏れていた。
 銀と天龍は、今まで信じられないような光景に幾度も出会ってきたにもかかわらず、声も出なかった。

 朝日を受ける火山の火口。
 そこから一人の老人の顔が。
 とてつもなく巨大な老人が、姿を現していた。


「なんじゃここはぁぁぁぁぁ!? アカギはどこだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?」


 その叫びが、爆風のように三対の鼓膜を打っていた。


    ∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩


51 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 02:00:56 kDpa722A0

 わしは、地獄を抜け出していたはずだ。
 巨大化し、閻魔大王をはたき、富士山を通って自分の屋敷に帰っていたはずだ。
 そして、死に瀕していた自分の体に戻り、アカギに。
 あのアカギに、もう一度対峙していたはずだ!

「それがどうして、わしはこんな場所におる!?」

 富士山を突き崩した時のように、山の火口をぶち破って地上に出る。
 火山はただの土くれと化した。

「……ふむ。少々肌寒いな。北国か?」

 頬を打つ風に目を細めながら、辺りを見回す。
 どうやら自分は非常にちっぽけな火山島の真ん中から出てきたようだ。
 わしがもう一度けったいな場所に出てきてしまった理由は、もはやどうでもいい。
 重要なのは、アカギの居る屋敷まで、ここからどう帰るかということだ。
 しかし、周りにあるものはあまりにも細(こま)すぎて、場所の見当をつけられそうなものが見つからない。

 その時、なにやら足元で動いている一匹の生き物が目に付いた。

「なんじゃこれは。ねずみくらいの大きさじゃが……。熊か?」

 指先でつまみあげると、その生き物は徐々に大きくなっていくようだった。
 暫くして詳細が窺えるほどになると、その正体がようやくわかる。

「おお、そうか! 羆じゃなこれは! つまりここは北海道か!
 それがわかれば、こんなところで戯れておる時間はないわ」

 これ以上大きくなられても面倒なので、その羆は頚を捻って殺し、海に向かって放り投げておく。
 オホーツク海の水面を二、三度跳ねて、その生き物は海に沈んでいった。

 ちょうど朝方であるらしく、東の海は橙色の陽光できらきらと輝いている。
 ――ってことは。
 水平線を眺めながら、自分の頭に日本の地図を思い浮かべた。

「うむ、あれじゃ。あれが北海道の本島だから……。つまり、その南側が本州……?」

 海上に、こちらの島よりわりと大き目の陸地が見える。
 何歩か歩けば簡単にたどり着くだろう。

「おお分かったぞ! あの棘みたいのが東京タワーじゃろ!
 何本か増えとるようじゃが、あそこで間違いないはずじゃ。
 わしの屋敷は東京武蔵野だから、津軽海峡を渡ってまっすぐ南下すればすぐじゃな!」

 幸い、自分の体もまだ地獄を出たときに近い巨大さを保っている。
 方角も、太陽が出ているので迷うことはない。
 巨大化が続いているうちに、早いところ屋敷に帰ろう。
 縮んでしまって拘束されてからでは、話は超面倒だ。

「待ってろよ! アカギ!」

 わしは大またで一歩踏み出し、島から跳びだした。
 ばしゃばしゃと海に足を濡らして、北海道の大地を走る。
 若いころの体力が戻ったわしには、駆け足に抜ける北国の風も心地よい。
 老いてなお、わしの心に燃える思いは火のようだった。

「わしはすぐに行くぞ、アカギィィィィィ!!!」


【鷲巣巌@アカギ(進撃の鷲巣編) 会場から脱出】

※E−4以外の、どこか1エリアが、鷲巣に踏み潰されて壊滅しました。
※鷲巣が周囲を見回しているうちにE−5の火山は、なだらかな丘に踏み固められました。


    ∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩


52 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 02:02:26 kDpa722A0

 スーツを着込んだ巨大な老人は、なにやら叫びながら、暴れていたヒグマをくびり殺して放り投げ、海を渡ってどこぞに行ってしまった。
 火山を突き崩し、天に迫るようなあの姿を見ては、もう先ほどのヒグマを巨大という気も失せていた。
 一歩踏み込まれた島の一部では、きっとあらゆるものが潰されてしまったに違いない。

 どうも彼は北海道から津軽海峡を渡って東京までマラソンを試みるらしい。
 自衛隊ごときであの巨人を止められるのか。
 今生での分身とも言える三代目『てんりゅう』が海自にいる天龍としては、気が気ではなかった。
 『しまかぜ』などはミサイル巡洋艦なので、迎撃の矢面に立たされる可能性もあるのではないだろうか。
 まずヒグマと戦わねばならない自分達にはその顛末を知る由もないが、とにかく人々が無事であってほしい、と天龍は考える。

 天龍が横を見ると、島風はすっかり茫然自失のていだった。

「……天龍さん。あれは一体、なんだったんでしょうか……?」
「さあな……。あえて言うなら、災害か何かだろうな」

 熊犬の銀も、すっかり混乱しきった表情で問いかけてくる。
 暴れていたヒグマのいなくなった辺りは、とても静かだった。
 ただ水の、滔々と流れる音だけが聞こえている。
 災害は災害でもあの巨人は、1時間以上は逃げ回っていたあのヒグマの脅威を除去してくれた。
 意味は分からずとも、一定の感謝はするべきなのだろう。

 天龍は、ぼんやりとしたままの島風の肩を叩く。

「ほら、良かったじゃねぇか島風。これで心置きなく道が探せるぜ?」
「……任務が……」

 島風は、か細い声で呟いていた。
 震えながら、その指で前方をさす。

「できなくなっちゃった……」

 火山は、周囲を見回していた巨人に見る影もなく踏み固められ、ただ土色の丘陵と化していた。
 島風の眼から、涙が溢れていた。

「ごめんなさい提督……。もっと早くしなきゃ、ダメだったのに……」

 この世の終わりかのような言葉を吐いて、島風はその場に崩れ落ちる。
 ソックスやスカートが水面に濡れるのもかまわず、彼女は突っ伏して泣いた。

 天龍はまず、彼女がショックを受けていた理由が、死への恐怖ではなく任務の成否だったことに驚いた。
 そして銀とともに慌ててなだめようとするが、島風の耳には届いているのかいないのかよく分からない。

「島風さん! どういう内容を頼まれたのか分かりませんが、とにかく落ち着いて!
 まだ何かできるかも知れませんよ?」
「もうここじゃ40人以上殺されちまってんだ。俺は島風の沈むところなんざ見たくねえ!
 そんなことで騒いでちゃヒグマに喰われるぞ!? 平常心になれ平常心に!」
「そんなの知らないもん……! てーとく……、てーとくぅぅ……!!」

 だだをこねる赤ん坊のように泣き喚く島風を引きずって起こしながら、銀と天龍はとりあえず休息の取れる場所を探すことで合意する。
 銀は犬らしからぬ心遣いで島風の説得を続けていたが、島風はただただ提督を呼び続けるだけ。
 天龍の心に去来していた違和感が、そのさなかで徐々に形を持ち始めていった。


 ――ここにいる島風は、おかしい。


 自分の知る島風は、ここまで情緒不安定に、理不尽に速さや任務遂行だけを追い求めていただろうか?
 そして、ここには凶暴なヒグマが跋扈しており、死者も何十人となく放送されていたのに、それらによる危機感が彼女には全く見えない。
 轟沈の危険が見えれば、任務もへったくれもなく撤退するのが普通だというのに、彼女はそこに何の恐怖もない。
 それに、この島に何人艦娘が連れてこられているのか知らないが、少なくとも自分は提督の任務を受けて来たような覚えは欠片もない。
 
 ――こいつの言う提督ってのは、誰だ?

 鎮守府にいる自分の提督が、今『この会場の火山について調べる』というようなピンポイントな指令を出すことは、天地がひっくり返ってもありえないだろう。
 そもそも提督は自分がここにいることさえ知らないのではないだろうか。

 ――こいつ、ここで改めて建造(つく)られたってことはねぇだろうな?

 ありえないことではない。
 材料と工廠さえあれば、自分たち艦娘は建造されるはずだ。
 前世からの記憶を同じように持つ、自分の同形艦は存在しうる。

 ――何にせよ、こいつとは腰を据えて、話をしてやらなくちゃな。


53 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 02:04:05 kDpa722A0

 俺は昔っから、駆逐艦を束ねて水雷戦隊を率いてきた。
 今の『てんりゅう』だって、訓練支援艦として立派に後輩艦どもを指導しているはずだ。
 島風がどんな境遇だったとしても、助けてやるのが先輩としての役目だからな。
 命あるものを全て救う、なんて題目を掲げるなら、それくらい当然だろ?


 ぐずり続ける島風をあやしながら、天龍は今一度、託された思いを心に装填した。


【E−4:街(ハザマが給水塔を壊した一際高いビル)/朝】
※周辺の街道は浅く水没しています。


【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康、パニック
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム支給品×1〜2、基本支給品
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督の指示に従う。
1:ごめんなさい提督ごめんなさい提督ごめんなさい提督ごめんなさい提督……。
2:火山がなくなっちゃった……。任務を果たさなきゃならないのに、どうすればいいの……?
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為ステータスがバグっています


【銀@流れ星銀】
状態:健康
装備:無し
道具:基本支給品×2、ランダム支給品×1〜3、ランダム支給品×1〜3(@銀時)
基本思考:ヒグマ殺すべし、慈悲はない
0:島風さんを落ち着かせる。
1:天龍さんと島風さん、二人の少女を助ける。
2:休息の取れる場所を探す。


【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:主砲・魚雷ガール@ボーボボ、ほかランダム支給品1〜4
   副砲・マスターボール@ポケットモンスターSPECIAL
道具:基本支給品×2、(主砲に入らなかったランダム支給品)
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:島風を落ち着かせられるところに運ぶ。
1:島風の話を聴く。
2:銀の配慮がありがたい。やるなぁワン公。
3:世界水準軽く超えてる先輩としての姿、見せてやるよ。
4:モンスターボールではダメ。ではマスターボールではどうか?
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています


    ∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩


54 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 02:04:34 kDpa722A0

「――有冨春樹よ。おまえはわかっておるのか、自分の犯した罪状を」

 目を覚ました時、私は見知らぬ場所にいた。
 私の前には、髭の濃い、豪奢な衣装を身に纏った巨大な人間が一人。
 そしてその足元で地に伏している、ちっぽけな白衣の男が一人。
 見覚えがある。
 有冨春樹という、私を作り出した張本人だったはずだ。
 彼は土下座の体勢から視線だけを精一杯持ち上げて、髭の男に淡々と言い放つ。

「……犯罪者だからといって、無闇に力で従わせるというのは関心しないねぇ。
 この僕を処罰する方法なら、他にいくらでもあるはずだ。
 この先には鬼の詰所があるし、八大地獄もある。
 さらに君は、ここにいる人々の魂への裁きを遅らせていることを認識すべきだ。
 その『神通力』とかいう能力に自信を持っているようだが……、君は能力で人をいたぶるのを楽しんでいるだけだろう?」
「このッ! いつまでも減らず口ばかり叩きおって!」

 有冨の頭はそのまま髭の男の巨大な足に踏みつけられ、地面に押さえつけられた。
 髭の大男は怒り狂った表情で足に力を込め、苛立ちを叩きつけるように叫んでいる。

「ここまで不愉快な亡者に会ったのは50年程前の鷲巣巌以来じゃ!
 裁きが滞る原因を作ったのは誰だと思っている! おまえじゃ有冨春樹!
 お主が、『人間』とも『動物』ともつかぬ魂を大量に生み出したおかげで、仏陀様もわしも処遇に困り果てておるのだぞ!
 地獄はおろか天国をも巻き込んだこんな騒動、わしの任期中一度もなかった!!」
「閻魔大王様ー。また『HIGUMA』の魂が来ましたけどー。どうしとけばいいですか?」
「話をすれば次から次へと……。他の者とともにそこに待たせておけ!」

 HIGUMA。
 ヒグマ。
 その呼称に、私の胸は疼いた。

 私の両脇は、物語に聞く『鬼』という者に抱えられていた。
 胸の疼きが、口を通り、腕に満ち、そして爆発した。

「私をッ……! その名で呼ぶなぁああアアアッ!!!」
「うぎぃいぃ!?」

 私の脇は、私を抱える鬼の腕をへし折る。
 そのまま振り向いた勢いで、私の爪はその鬼の胸の肉を深く抉り取ってしまっていた。

「ぎゃああぁぁあぁあああああ!?」

 辺りに血飛沫と叫び声が飛び、私より何倍も大きな鬼が地面にのた打ち回る。
 ……なんということをしてしまったのだ。
 唐突に、私は知らない者を傷つけてしまった。

「いや、流石っす00の姉御! この俺の超人拳法でも鬼は振り払うのに3発かかりましたもん!」
「ボッフォボッフォ。いいものを見れた。俺も鬼が相手では『<完力>マッキンリー颪』を使わざるを得なかったからな」

 何故か拍手と共に声がかかる。
 研究所のどこかで見たことがあったような気がするヒグマが二人、土下座したまま私を賞賛していた。
 背後から、髭の大男が苦々しい声をあげる。

「……しかもこのザマよ。有冨!
 おまえの教育がなっておらんから奴らは一向に地獄のシステムを理解しておらん!
 本人たちに悪気があるわけでも無いゆえ一概に罪に問うわけにも行かぬし、なまじっか腕が立つものだから押さえつけて従わせるのも一苦労だ!」
「それは君の実力と監督能力が不足しているだけの話ではないのかな。
 加えて君は、押さえつける以外の団体指揮能力が著しく欠落しているようだね。
 ……だから組織が乱れるんだよ」
「このッ……。
 よしわかった。それならばもうおまえから解決策は訊かん!
 すぐに八大地獄にしょっぴかれ、悠久の責め苦を受けてくるが良い……!」

 髭の男は、有冨の反論を受けて鬼たちに指示を出そうとした。
 その時、上空から音がした。
 天空にあいた黒い穴。
 ぽっかりと空いたその空間から、巨石が落下していた。

「ぐがっ……!?」

 そしてそれは大男の脳天を直撃し、その意識を完全に粉砕していた。


55 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 02:06:56 kDpa722A0

「うわー!? 閻魔大王様が倒れた!?」
「おい、『地獄の太陽』が塞がっていくぞ!?」
「あ、あれ50年前大騒ぎになった鷲巣の野郎の靴じゃないか!? あいつが土をおっことしてきたんだ!!」
「え!? あいつ戻ってこねえと思ったら富士山の火口埋めてるわけ!?」
「知らん!! だが止めんとまずい!! 大王様の介抱と、現世から引きずり戻す方法を考えるぞ!」

 わらわらと鬼たちが右往左往し、広間には、私と有冨、そしてヒグマたちだけが取り残された。


 有冨はゆっくりと立ち上がり、白衣の埃を払って私の方に歩いてくる。
 定時にサーベイランスに来る時と同じ、あの眼鏡の上げ方をして、私を見た。

「……まさか君までがこんな早くに死んでしまうとは思わなかったよ。
 ダメだったのかい。君には最高の頭脳があったはずなのに」

 悲しげな目だった。
 心底、意外すぎる実験結果に、落胆しているという表情だった。
 
 私は掌を握りこんで震える。

 私に何が出来たというのだ。
 私は実験中も、力任せにこの爪を振るうことしかできなかった。
 その挙句、痴漢を名乗る男に陵辱され、矢を打ち込まれて狂うしかなくなった。
 結局、私の葛藤は破壊という形でしか発現し得なかった。

 有冨は暫く私を見つめて、得心したように頷いた。

「そうか、彼女にそういう方向で強化されてしまったんだな……。
 彼女にももう少し説明しておくべきだったかも知れないな。
 僕たち『スタディ』の原点は、僕たちの『頭脳』を見せつけることであったのにね……。
 そうだろう、穴持たず00……いや、『ルカ』?」

 有冨の口は、私をそう呼称した。
 私は、暫く呆然としていた。

「……なんで、あなたが、その名を」
「ようやく、僕に直接口をきいてくれたね、ルカ。
 デビルの方から、『貴様は自分の研究対象のことを把握していなさすぎだろう。しっかりしろ』って言われたこともあったんでね。
 僕なりに努力してみたつもりさ。
 ……遅すぎたけどね」

 その名前は、あの日デビルが私に、贈ってくれたものだった。
 私たち以外は、誰も知らないと思っていた。
 所詮、私は他者の輪に入れぬ逸脱者であり、そんなものはいらないと思っていた。
 そのはずなのに。
 今までに経験したことの無いような、熱い感情が湧きあがってきて、顔から溢れてしまいそうだった。

「――ほら、ルカお嬢ちゃんよ。相変わらず思春期だなぁ。
 父親に名前呼んでもらったくらいで泣くなよ」

 私の後ろには、大らかな笑みをたたえて、工藤健介が立っていた。
 ――泣いている?
 目元を拭った手の甲は、海のような深い温もりに濡れそぼっていた。

「結局、あんたが望むか望まないか、それだけの話だったのさ。
 ちょっと遅くなっちまったが、実際は簡単だろう?
 どんな夢だって、あんたは叶えられたのさ」
「僕も布束と一緒に、もっと君たちを見て回ってやれば良かったかも知れない。
 僕も、『ルカと同じく気づくのが遅れた人間』だ。
 もっと早く気づいていれば、この実験をヒグマたちに乗っ取られることもなく、僕も死んではいなかったかも知れない」

 工藤が抱いてくれる私の肩は、とても小さく感じられた。
 そう。私は死んだのだ。
 魂というものだけになった私は、もう『ヒグマ』と呼称されなくても、いいはずなんだ。


56 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 02:08:16 kDpa722A0

 有冨は、塞がりつつある天空の大穴に向けて、大声で叫んでいた。

「託したぞ!! ヒグマでも人間でも参加者でもいい!!
 気づいてくれ!!
 僕ら『スタディ』の目的を、達成してくれ!!」

 死んでしまった今、その声は誰にも届かないだろう。
 それでも、私が向き合うことのできなかった父親は、確かに、私を見ていてくれていたのだとわかった。

『何を泣いている』

 今なら、あの男の問いに答えることができるだろう。
 私は、嬉しいんだ。
 私が、私として認められたことが。
 どんな快感にも勝る。
 どんな狂気にも負けない。
 それがこの歓喜。
 逸脱者ではなく、輪に入ることができたことが、この上もなく嬉しいんだ。

 死んでしまった今、あの男にもデビルにも、この声は届かないだろう。
 それでも、私はここに、私として生きて、死んだ。
 『アーマード・ホワイトベア』は、クマなのにそんなに強くもない。
 自分の死によって、一人を生かす、それだけの者だ。
 『ルカ』という名前の私は、そんなクマに憧れていたんだ。

 あなたたちに、私も託したい。


「――もう二度と、私のような間違いは犯さないで下さい。
 願わくは、私のような者を、これ以上出させないで下さい。
 破壊にしか使うことのできなかった私たちの力を、どうか、輪に入れてあげて欲しい……」


 私が呟いた後、『地獄の太陽』の穴は塞がり、ただの天井となっていた。
 でも、それでもいい。

「ま、あとはデビルが来るまでゆっくり過ごそうや。
 ちらっと見てきたが等活地獄とか、いいトレーニングになりそうだぜ、ルカ。
 あいつに早々と味わわせるのは勿体ねえ。
 俺たち二人、いや、ここにいる連中とで、楽しもうぜ!」

 工藤の笑顔が眩しい。
 有冨も、他のヒグマたちも、私を受け入れてくれる。
 ちょっと遅かったけれど、でも、私は気づけた。


 そうだ。私の過ぎた86400秒の集合は、全てこの一瞬のために、あったんだ。


【穴持たず00(ルカ)・ヒグマドン 死亡】


57 : FGG ◆wgC73NFT9I :2014/01/16(木) 02:10:28 kDpa722A0
以上で投下終了です。

続きまして、
クリストファー・ロビン、黒木智子、言峰綺礼、ウェイバー・ベルベット、
セイバー、ライダー、アーチャー、ランサー、キャスター、アサシン、田所恵、
布束砥信@とある科学の超電磁砲、ヒグマ
で予約します。


58 : 名無しさん :2014/01/16(木) 06:23:33 2mEBZQZs0
投下乙!
ヒグマドン…あなもたず


59 : 名無しさん :2014/01/16(木) 06:29:25 2mEBZQZs0
投下乙!
ヒグマドン…穴持たず00の意外な最期。有冨とも邂逅して救われたなぁ。なんか感動しました
鷲巣が無事東京までたどり着けるのかはまた別の話…そしてどうやら生きてたらしい布束さんの存在がどう絡んでくるのか?期待大です


60 : ◆7NiTLrWgSs :2014/01/20(月) 23:22:38 65VN5C0E0
すいません纏流子を予約から外して投下します


61 : ◆7NiTLrWgSs :2014/01/20(月) 23:24:38 65VN5C0E0
この竜は自分と同じ、強さを求めて戦い続けた修羅なのだろう。
今まで戦ってきたヒグマとはまるで違う、獲物に飢えた目をしていた。
戦い方も全く違っていて、フットワークを活かして素早い攻撃からのバックステップ、距離を取るという一撃離脱の戦法を用いていた。
かといってそれだけという訳ではなく、二撃目が放たれたり、ジャンプしたり、緑色の粘液を地面に広げさせたりとパターンは豊富で不規則だった。
真正面から向かってくるヒグマとは違い、この不規則なパターンは非常に新鮮でまた、厄介だった。
だがこの竜と戦うことは、二度と無いだろう。
しかしお前は気高く、強い戦士だった。それは保障しよう。

ヒグマはそんな事を思いながら、物言わぬ竜の体を見つめていた。
遭遇してからどれくらい戦ったのだろうか。
竜も自分も疲弊し心身共に限界が来ていて、これが最後の一撃になるだろうという所まできていた。
そしてお互いに放った一撃。それはどちらにも命中した。
結果は竜が放った一撃は自分を倒すことはなく、自分の放った一撃で竜は倒れ、動くことはなかった。
爆発をまともに喰らったのでダメージは尋常ではないが、休めば何とかなる傷だ。
対決は自分の勝利。竜の力無い叫びを持って幕を閉じた。

しかし自分は忘れることはないだろう。
自分と互角に渡り合った竜の力を。
羅漢樋熊拳の奥義と互角の威力を持つ技を使用した竜の力を。
ヒグマと同等、いやそれ以上の力を持つであろう竜の姿を。


□□□


62 : ◆7NiTLrWgSs :2014/01/20(月) 23:26:37 65VN5C0E0


凶暴なオーラを放つヒグマがそこにいた。
ヒグマの横にはこれまた凶暴そうな見た目と、堅そうな皮膚をしている竜が地面に伏せている。
さてそれを眺めるヒグマはどこにいるのか。答えは木の上だ。
エサ探しをするなら、見晴らしの良い所から。そう考えたヒグマは木に向かってジャンプし飛び乗った!
何故ヒグマジャンプで飛び乗ったのか。それには理由がちゃんとある。
ジャンプという行為をせずとも、ヒグマには木登りという特技が存在していた。
だが見よこの木の細さを! ヒグマの図体と比べると何たる脆弱な事か!
これではヒグマが登りきる前に折れてしまうだろうし、仮に登れても枝に乗る事すらままならない。
ならばジャンプして、飛び乗るのが賢いヒグマのやり方なのだ。
前述した通り幹が細ければ枝も細く、当然ヒグマの体重には耐えられない。
しかし彼はヒグマでありニンジャなのだ。折れる前に別の木へと飛び乗っていく! ワザマエ!
その速さはバンデイットすら凌駕する! 別の木に乗ればよかったじゃないのか、とかは言ってはいけない!

「GRRRRR?」

やがて彼は辿り着いた。かつて死闘が繰り広げられていた、C-8のフィールドへと。
ヒグマは確かに見た。一匹のヒグマと、横に倒れ付す竜の姿を。
しかしヒグマアイが瞬間を捉えた! 倒れていた竜が突如として立ち上がったのだ!

「GRRRRR!!??」

目は赤く充血!
口から漏れ出す黒い煙!
紫がかった肌が妙に黒くなる!
叫び声を上げればその声は高かったり低かったり!
叫び声を上げた竜はヒグマに殴りかかる!
するとなんということだろうか! 殴られたヒグマが爆発したのだ!

「……!!」

これにはたまらない! ヒグマは一目散にその場を離れた!
見るからにヤバそうな竜に、同じヒグマでありながら底知れぬオーラを放つヒグマ。
二匹が戦えば、近くにいる自分はその巻き添えを喰らいかねない。いや喰らうであろう。
さっさと離れようそうしよう。こうしてヒグマは安静な時間を手に入れたのであった。

「GRRRRR!」

のだが、そう簡単にうまくいかないのが世の常である。

――アイエエエエ! トップウ!? トップウナンデ!?

突如として発生した突風がヒグマを襲った!
哀れヒグマの体は宙に舞い上がり、そのまま吹き飛ばされていく!
しかしここで焦ってはならない。焦って脱出しようとすれば、オダブツは免れない。
ならば、風に身を任せるのが賢いヒグマのやり方なのだ。
それにこの状況も、餌を探すには勝手がいい。

「GRRRRR!」

着地はどうしようか。

【???/空中/朝】

【ヒグマ7】

状態:ニンジャ、宙を舞う
装備:無し
道具:無し
基本思考:餌を探す
1:まだ足りない
2:突風に身を任せる
※ニンジャソウルが憑依し、ニンジャとなりました。
ジツやニンジャネームが存在するかどうかは不明です。


63 : ◆7NiTLrWgSs :2014/01/20(月) 23:27:27 65VN5C0E0


□□□


歓喜の感情が湧き上がるのを感じた。
二度と味わえない力と、再び合間見える事ができることにたまらなく喜びを感じた。

疑念の感情が湧き上がるのを感じた。
先程戦った時とはまるで違うオーラを放っていたからだ。

驚愕の感情が湧き上がってきた。
竜は強くなっていた。
殴られて吹き飛ばされた後に体勢を立て直し、攻撃へ転じようとしたときだ。
攻撃を喰らった。ガードをしようとしたが、間に合わずに直撃。再び吹き飛ぶ。
喰らった攻撃は戦った時に見た攻撃だったが、拳を振り下ろすスピードが速くなっていたのだ。
一定のスピードで放たれていた拳が突如とし変化してしまった為に、反応が間に合わなかったのだろう。
変化に対応すると、今度は途端に遅くなった拳が待っていた。
お陰でガードを緩めた直後に喰らい、また吹き飛ばされた。
そう、竜の攻撃に緩急がついたのだ。

それだけで複雑だったパターンがより複雑になり、攻めるに攻めきれない。
攻撃をしようとするならば、素早い動きと攻撃でカウンター。
防御をしようとするならば、遅い攻撃にタイミングを狂わされ直撃。
例え攻撃を与えることができても、非常に堅い皮膚が邪魔をする。

――それがひどく楽しくてたまらない

苦戦、というのはこのことを指すのだろうか。
体力なんてものは無いに等しいし、攻撃を当てることがほとんどできず、相手の攻撃を喰らってばかり。
これがただのヒグマであれば、立場は逆で、自分は優勢に立てる。
だがこれは劣勢と呼ぶべき状況だった。

――ここまで愉しい戦闘は初めてだ。

これほどまでに充実した戦闘は他に無いだろう。
だから目一杯楽しまなくてはいけない。
これほどまでに不利な戦闘などもう二度と経験しないだろう。
だから必死に頑張らなくてはならない。

カウンターを喰らうのならば、遠距離から攻撃を喰らわせればいい。
ヒグマは攻撃の手を止め、後ろへと後退し距離をとる。
すうっと息を吐き出すと、勢い良く空気を吸出し両腕を後ろへまわしていく。
すると両腕には気が溜まっていき、それを凄まじい速度で前へと突き出す。
羅漢樋熊拳奥義、風殺気孔拳。突風と気を相手へ向けて放つ技だ。
正面から攻撃を受ければ、気によって身は粉々に打ち砕かれる。
逆に避ければ強烈な突風に、体の自由を奪われ、死なずとも致命傷は避けられない。
どの選択を取ろうとも、これを出された時点で相手の負けは確定する――
だが竜はこの攻撃を一度防いだことがある。

――あの技を使えば多少は傷つくが防げるぞ? どうする、竜よ。


64 : ◆7NiTLrWgSs :2014/01/20(月) 23:28:43 65VN5C0E0

この攻撃を防がれた時は、爆発によるもので防がれた。
どうやら地面に頭を突っ込み、突っ込んだ直線上に爆発を起こすというとても奇怪な攻撃だった。
しかし威力は凄まじく、正面から挑み気の力に打ち勝ったのだ。
だが、次はそうはいかない。防がれた時よりも更なる力を加えた。
たとえ防がれようとも、相手もダメージは免れない。それを自分は狙う。
ダメージを受ければ、隙が生じる。そこを狙って渾身の一撃を顔面にぶちかましてやるのだ。


ヒグマの脳天へと拳が突き刺さる。


すぐさま爆発。ヒグマの顔面は地面へと、勢い良く突き刺さった。
ヒグマの思考は数秒停止。やがて、すぐに結論に達した。

――飛び越えたのか。あの巨大な気を

言葉にしてみれば簡単だ。だが、実際は違う。
自分の身長の倍はあろうかという大きさと、尚且つ竜の全長よりも長い気をいとも容易く乗り越えるなど……

――面白い

そんな馬鹿げたことが

――面白いぞ

ありえるなんて


――面白いぞ竜!


なんて素晴らしいのだろう。
こんなにも、こんなにも心が躍るなんて初めてだ。

地面から顔を上げたヒグマの顔は、ニヤリと笑みを浮かべていて、不気味だった。
立ち上がり、顔面へと右ストレート。
竜は後退するが、竜も負けずに拳を振り下ろす。
しかしヒグマは拳を避けようとせず、竜へと向かって走り出す。
直撃。爆発。しかしヒグマは止まらない。

――もうこれ以上は無いだろう。

その勢いのまま全身全霊の力を込めた一撃を、左拳に込めて竜へと放つ。
対する竜は黄色に染まった、頭部をヒグマに振り下ろした。

――この戦闘に勝る新しさなど、もう感じることができないだろう。

頭部はヒグマの頭頂部へとぶつかり、粘菌が凄まじい速度で体を包む。
それでも拳の勢いは止まらない。

――こんな楽しい戦闘を、一人で持ち帰るわけにはいかない。

拳が竜の顔面へと突き刺さる。

――相打ちという形で、幕を下ろそう。

同時に粘菌が勢い良く爆発した。



□□□


竜が放った一撃はヒグマの上半身を捉え、ヒグマの上半身を吹き飛ばした。
ヒグマが放った一撃は竜の顔面を捉え、竜の頭蓋骨と脳を粉砕した。

ヒグマはゆっくりと後ろに倒れる。
竜はゆっくりと前に倒れる。

両者共に動くことは無かった。

【ブラキディオス@モンスターハンター 死亡】
【羅漢樋熊拳伝承獣ヒグマ 死亡】


65 : ◆7NiTLrWgSs :2014/01/20(月) 23:29:26 65VN5C0E0
投下終了です


66 : ◆7NiTLrWgSs :2014/01/20(月) 23:33:54 65VN5C0E0
タイトルは打ち出す拳で


67 : 名無しさん :2014/01/20(月) 23:43:37 uPR88oaY0
投下乙!
ヒグマと互角の実力者ブラキディオスの決闘の末の壮絶な最期。双
方満足したんだな…そして何処へ行くヒグマスレイヤー


68 : ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:32:57 SOSvjI9c0
皆さんお疲れ様です!

>打ち出す拳
おお……基本的にみんなヒグマって騎士道精神に溢れた戦闘狂なのかなぁ。
白熱した面白い戦いでした! ブラキディオスに吹っ飛ばされたキャラ多いなぁ……。

では自分は、予約していた
クリストファー・ロビン、黒木智子、言峰綺礼、ウェイバー・ベルベット、
セイバー、ライダー、アーチャー、ランサー、キャスター、アサシン、田所恵、
布束砥信@とある科学の超電磁砲、ヒグマ
で投下いたします。


69 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:33:34 SOSvjI9c0
『参加者各位

 以下に 主催本拠地への経路を図示する

 なお首輪は オーバーボディやアルミフォイル等により 電波を遮断することで

 エリア外に移動した際の爆発を 一時的に防止することができる

 準備一切 整えて 来られたし』


    @@@@@@@@@@


「――こ、これ、本当かよ……」

 茶封筒に入っていた一通の便箋を読んで、黒木智子は呟いていた。
 クリストファー・ロビンの持つその紙面には、ゴシック体で印刷された機械的な文章。
 そしてその下部に、複雑な見取り図を貫いて一本の赤線が引かれている。

「……ボクは本当のことだと信じるよ。ボクは導かれているんだ。
 現にボクは今ヒグマのオーバーボディを持っている。
 これが『本拠地で主催者を討ち果たし、ロビン王朝を打ち立てよ』という啓示でなくてなんなんだ」

 道路に屈み込んでいたロビンは、自己暗示をかけるかのように語り始める。
 彼はデイパックから出したオーバーボディを着込み、便箋を封筒に戻して道路に置いた。

「ありえねぇだろ……トラップに決まってんじゃねぇかよこんなの……。
 夜中のうちにもう40人以上死んでんだ……、あの妖怪ビッチだって……。
 絶対降りたら首輪があべしだろ……」

 ロビンの様子を見つめながら、智子はぶるぶると首を振った。
 考えていることがそのまま口から出て来てしまう。
 身が竦んで一歩も動けない彼女へ、ロビンは振り向いて静かに言った。

「ならばまず、智子さんはそこで見ていて下さい。
 ボクが無事なことを見届けてから、あなたが来ればいい」
「ヘッ?」

 ロビンはデイパックを智子の足元に置いて踵を返す。
 仮に首輪が爆発しても、智子に支給品を託せるように。
 そしてもし無事ならば、智子にもオーバーボディを着て、来てもらいたいという、明確な意思表示だった。
 
 なんで私が裏切らないと思える?
 このままデイパックを持ち逃げしてしまうかもしれないのに。
 なんで恐れもなしに命をこんな紙っぺらに賭けられる?
 これが嘘だったら即死なんだぞ!?

 黒木智子は、クリストファー・ロビンから目を離すことができなかった。
 彼のデイパックを受け取って、智子の心臓はありえないほど早いリズムを刻んでいた。


 その間ロビンは、封筒がもともと置かれていた道路のある一部を探る。

「……確かに、普通なら誰も気づかないし、行こうとも考えないはず。完全に盲点だ」

 ロビンは、分厚い鉄の円盤となっているその蓋を外す。
 そこには黒く粘っこい空間が広がっていた。
 すえたような生温い空気が、そこから立ち上ってくる。
 薄汚れたコンクリートの円筒がその下方へと繋がり、錆びた梯子が彼らを闇へと誘っていた。
 
「上手く考えて建てたものだ。……まさか本拠地が、マンホールから繋がる地下にあるとはね」

 便箋の図面は、この島の街全体に繋がる、下水網の配管図であった。


    @@@@@@@@@@


70 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:35:26 SOSvjI9c0

 明かりを落とした研究所の一室で、ただ一台のモニターが青白く光を放っていた。
 せわしなくキーボードを叩く音が室内に響き、隣にある大型のマシンが駆動する。

「At last, 完成したわ……。これで参加者たちもヒグマに対抗できるはず……」

 コンピューターを操作していた白衣の少女は、そう呟いて椅子に腰を下ろす。
 マシンが次々とトレーに吐き出しているのは、絹糸のような細い針。

 彼女の次なる目的は、これを会場で目を覚ます参加者たちに届け、少しでも生き残る可能性を高めてもらおうということだった。
 白衣の裡には、この研究所への到達方法を印字した手紙もしっかりと封筒に入っている。

「マネーカードの時を思い出せばいい。脚には自信があるし、a piece of cake……」

 呟く少女の耳に、廊下を走り来るバタバタとした足音が届いた。
 眠たげな半眼だった瞳が見開かれる。
 完全に予想外の出来事だった。
 研究所の人員はみな実験の設営に回っているはずであり、この最奥部の部屋に来ることなどありえないはずだった。

 ――私がいないことを気づかれたの!?

 自動ドアが開き、眼鏡をかけた細面の青年が、肩で息をしながら入ってくる。

「……有冨春樹……」
「やあ、布束……。今回も色々と裏で仕込んでいたようだね……。ここにいると思ったよ」

 彼は荒い息をつきながら、閉まるドアを後にして、動揺する少女の元に一歩一歩近づいてくる。
 その歩みを止めるように、少女は鋭く言葉を投げていた。

「有冨、今更私を止めようとしても無駄よ!
 私がまたこんな実験に誘われて、裏切りを働かないとでも思っていたの?
 Besides that, もう二度とあなたに叩きのめされないよう、私はジャーニーたちと鍛えなおしてきたわ。
 参加者のためにも、ヒグマたちのためにも、私はこれで実験をご破算にする!」
「甘い、甘いよ布束……。それでは無理だね。
 ヒグマを制御するなら、殺す気でかからなくちゃな!」

 有冨春樹は、白衣の胸ポケットから、一本のマイクロチューブを取り出して投げた。
 少女の足元に転がったチューブの内には、透明な液体が僅かに封入されている。

「君のはどうせ麻酔か何かだろう? 僕のは『HIGUMA特異的な致死因子』さ。
 ごく少量でも細胞に吸収されれば、即座に全身にサイトカインが伝播し、アポトーシス経路が活性化されて死亡する。
 急なことでそのチューブの1mlしか持ち出せなかったから、大切に使ってくれよ」
「は……?」

 少女には理解ができなかった。

 この男は、自分の裏切りを止めに来たのではないのだろうか。
 なぜ主催者自らこんな、裏切りを支援するような行動をとるのだ?

 少女の心中に答えるように、有冨春樹は言葉を続ける。

「実はね……。ヒグマにクーデターを起こされたんだ。
 輸送の途中で研究員が襲われ、会場にも想定数以上のヒグマが出ていってしまった」
「え……!?」
「HIGUMAの培養液もいつの間にか一部盗難に遭っていた……。
 襲撃時、研究所のほうぼうの壁が破壊されたから、ヒグマたちがここの外部へ秘密裏に運び込み、反逆のための兵団を作っていたのかも知れない……」
「なによそれ……!?」
「もう小佐古も関村も桜井も斑目も……。
 『スタディ』の主要メンバーはみな殺されてしまった。
 じきにこの最奥の研究室にも来てしまうだろう。だが、布束を発見できて本当に良かった。
 僕が今回用意した最後の策は、君の頭脳なんだから」

 有冨は話しつつ拳銃を白衣から取り出し、再びドアの方へ向かって歩み始める。
 拾い上げたマイクロチューブが歪みそうになるほど手に力を込めて、少女は震えた。


71 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:37:33 SOSvjI9c0

 有冨は話しつつ拳銃を白衣から取り出し、再びドアの方へ向かって歩み始める。
 拾い上げたマイクロチューブが歪みそうになるほど手に力を込めて、少女は震えた。

「……だから何度も言っていたでしょう……。あなたたちの管理は杜撰すぎたのよ。
 なんで穴持たずの通し番号に重複と欠番ができるわけ!?
 研究所のキャパシティも省みずポコポコ作り出したり連れて来たり、全数把握すらできてなかったじゃない!!」
「すまないね。
 穴持たず1や君に言われた時点で体制を改めておくべきだったとは思うよ。
 わざわざ国外にいた君を呼んだ理由には、『学習装置(テスタメント)』の知識以外にも、君の行動がヒグマの反抗心を和らげると思っていた面があった。
 ……思えば、『ケミカロイド』の一件の時から、僕らは君に頼りすぎていたんだな」

 自動ドアのボタンに手をかけて、有冨は振り返る。

「まぁ、『超電磁砲(レールガン)』に言われたとおり、今回は死んで逃げようなんて楽はしないさ。
 あがけるだけあがいて、君も僕も脱出させる」
「……私に言えるのは、番号や通称でではなく、相手はきちんと名前で呼んであげろ、ってことだけよ」
「ははは……。今度彼らと話す機会があったら、覚えておくよ。布束砥信」


 ドアを開けて一歩、有冨はそう笑って、死んだ。


 ぞろぞろと唸り声を上げて、五頭ほどの巨大なヒグマが研究室の中に入り込んでくる。
 少女は後ろ手に、細い針の束を掴んだ。
 潤んだ半眼を強く瞑って、少女は呟く。

「本当……。最後まで『夏休みの工作』のつもり……?
 あなたたちは自分が有能なことを、どうしてこんな手段でしか自覚できなかったの……?
 後始末は、いつだって私に押し付けるんだから……」

 周りを完全にヒグマに囲まれた時、彼女はその目を開ける。
 極限まで見開かれたその眼球。
 瞳孔がまるで点に思えるほどの、感情の見えぬ爬虫類のような四白眼であった。

「Well, こうしましょう」

 一切の恐懼を飲み干すようなその瞳は、泰然として周囲の小動物どもを睥睨していた。


    @@@@@@@@@@


「……あの。お客さんがた……」

 私は、すぐ横から問いかけられていた声にはっとした。
 隣には、苦笑を浮かべた三つ編みの女が立っていた。
 洋風の割烹着を着ていて、中学の時のゆうちゃんに似ているが、この女は何者だろうか。

 私とロビンは、下水道の脇から続く階段を下りて、中がぼこぼこに荒らされた建物から続く空間にやってきていた。
 地下をヒグマたちが掘り抜いただけの、岩盤むき出しの壁が迫る空間だったが、やたら広い。
 電気も通っていた。
 畑もあった。
 なんだかよくわからん工場もあった。
 そして、どこもかしこも、てくてくと歩くヒグマだらけだった。
 歩くクマなんてくまモンとかだけで十分なのに。
 ヒグマ帝国なんてあるわけないじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし。
 でも現に、ヒグマは屋台なんか経営しちゃってるわけで。
 ロビンと一緒に違和感なくテラス席に相席で座っちゃったわけで。
 私はしばらく呆然としていたわけだ。

「……ヒグマの格好してますけど、人間ですよね」

 私のいるテーブルで、二つの気配がびくっと身を震わせた。
 振り向けばそこにはクマが二匹。
 奥の方に座って麻婆熊汁とかいうものを喰っていたヒグマが、渋い声で訊ねていた。


72 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:39:01 SOSvjI9c0

「……娘さん。何故わかったのですか」
「ヒグマの殲滅とか、討ち滅ぼすとか、ここ何処とか……間違っても言うものじゃないですよ?
 それにあなたのお知り合いの人間は目の前でヒグマたちをどっかに連れてっちゃいましたし……。
 この屋台には今グリズリーマザーさんと私しかいないから良かったようなものの……。
 向こうのヒグマたちに聞かれたら、利用価値のない人間なんてすぐに食べられちゃいます」
「それにあんたのその声。あんたはアタシを召喚してくれたマスターだろう?
 アタシはもとより人間を襲う気なんてないけれど、アタシの旦那も含めて他のヒグマたちは別さ。
 今のうちに、こんなところからは逃げなさいよ!」

 女の隣にヒグマが一匹増えていた。さっき二杯目らしい麻婆熊汁を持ってきた青い毛のヒグマだ。
 よく見たら、見覚えがある。たった数時間で喋ったり表情豊かになった感があるけど……。

「あ……、グリズリーマザー……」
「ほらやっぱりマスターだわ!
 すみません田所さん。この子達を地上まで送っていくので、屋台を預かっていていただけませんか?」
「ちょっと待て! まだボクはこの帝国の中をほとんど見られていない。
 ボクはここにロビン王朝を打ち立てに来たんだ。帰るにしてもボクはまだここを観察していくぞ!」

 私とグリズリーマザーの会話に、私と同じピンク色のヒグマが割り込んできた。
 ロビンだ。
 せっかく貴重な会話のラリーが出来たのに、空気読めよ。

 ヒグマの格好と合わせて、ロビンは本当に噛み付くみたいに唸りをあげていた。
 田所とかいう、ゆうちゃん似の女はグリズリーマザーと顔を見合わせ、気まずそうにしている。
 ロビンの肩を、ダンディなおじさん声のヒグマが叩いていた。

「……少年。先程私の知り合いたちが、一帯のヒグマを巻き込んで別世界に隔絶させた。
 彼らは現在も、その結界の中でヒグマと思しきモノを掃討しているはずだ。
 しかし見ろ。奴らは何事もなかったかのようにそこにいる。何か仕掛けがあるのだ。
 その少女のサーヴァントのヒグマが言うように、脱出できるなら素直に脱出した方が良い」

 おじさんは、麻婆熊汁をかき込みながらロビンを諭す。
 食べ終わった匙を舐めて、屋台の外を指した。

「……さもなくば、あそこにいる女のように、襲われるぞ」

 私とロビンは、はっとして振り向く。
 白衣を着た、ウェーブのかかったショートヘアの女が一人、ポケットに手を突っ込んで屋台の前の通りを歩いていた。
 すぐに何匹かのヒグマが気づいて、彼女の前に立ち塞がる。
 私と同じ高校生くらいの、華奢な女だ。ヒグマに立ち向かえるわけがない。

「……あ、あの人は……」

 田所が、慌てたように息を呑む。
 恐怖に震えている声。
 当然だ。あんなちんちくりん、すぐに八つ裂きにされてしまう!

「おい人間、お前、非常食だろ? なんでこんなとこにいるんだよ」

 それなのに女は、眠そうなジト目のまま、ヒグマに向かって啖呵を切っていた。

「Surprisingly, 最近のヒグマは、馬鹿しか生まれないみたいね」


    @@@@@@@@@@


73 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:40:43 SOSvjI9c0

「はぁ? なんだこいつ。非常食のくせに勝手に出歩いてわめいてるぜ?」
「……状況の認識が甘い。自分たちを『最強の生物』と驕っている。
 まあこれは、デビルでさえそうだったからある程度仕方がないのかも知れないけれど……」

 少女は4頭のヒグマに行く手を阻まれてなお、ぶつぶつと呟きながらその歩みを止めなかった。
 その肩が、一頭のヒグマに前脚で差し止められる。

「おいおい人間よ。オレらが童謡に出てくる優しいクマさんだとでも思ってんのか? 喰うぞ?」

 ヒグマはその鼻を、少女の顔に触れてしまうほどに近づけて威圧した。
 少女の眠たげな目は、一度だけ瞬きをする。

 パァ……ン。

 小気味の良い破裂音がして、ヒグマの首は横に曲がっていた。

「……あなたたちは生後間もないヒグマ。私は高校生の人間。長幼の序は守りなさい。
 By the way, 『森のクマさん』をあなたたちにインプットしたのは桜井のセンスよ」

 頬をはたかれたヒグマは、そのままの体勢で暫く固まっていた。
 ぐりん。
 その眼は天を仰ぐように白目を剥く。
 地響きをたてて、ヒグマは大地に横倒しになっていた。

「オイ!? 穴持たずNo.748!!」
「な、何をしたんだキサマ!!」
「……こんな弱そうに見える人間がどうして平然とここを闊歩しているのか、きちんと考えるべきだったわね。
 私には『寿命中断(クリティカル)』という能力があるのよ」

 曰く。
 この能力は、自分が触れた者にしか発動しない。

「……However」

 一度触れてしまえば、何処へ逃げようとその命を絶つことができる。

「……手加減するのも骨が折れる、面倒な能力よ。能力演算を甘くして一度に全生命活動を停止させるのが、私には一番楽だわ。
 まあ、製造過程でAIM拡散力場を有しながら無能力者として生まれるあなたたちには、ピンと来ない感覚かもしれないけれど」

 訥々と説明をしながら歩み寄る少女に、残る3頭のヒグマは知らず知らずのうちに後ずさりをしていた。

「ハ、ハッタリに決まってるぜそんなもの!!」
「じゃ、じゃあなんで、748は倒れてんだよ……!?」
「要するに、触れられる前に殺せばいいんだろうがよ!!
 グオォォォォォオオ!!」

 スイッチが切り替わったかのように、ヒグマから殺気が迸った。
 風のように飛びかかる。
 少女の首筋を目掛けて爪が走る。
 しかしその姿は、一瞬のうちにヒグマの視界から消え去っていた。

「あ……?」

 空を切った爪に驚く間も無く、そのヒグマは脚を跳ねられ、突進の勢いのまま地面にもんどりうっていた。
 その背中が何者かに踏みつけられ、耳元が艶かしい指使いで撫でられる。

「……あなたたちの戦闘におけるプライマリルーチンを組んだのは小佐古よ。
 実際の羆のデータから取ったとはいえ学習以前の行動パターンは概ね同じ。体格差による死角の存在も、あと3秒の意識で学んでおきなさい」
「ひぃ……!? 嫌だ、死にたく、死にたくね……ぇ……」

 身を沈ませての後ろ脚払いから、流れるような動作でヒグマを押さえ込んだ少女の下で、そのヒグマは呻きと共に意識を落とした。

「うぉおおお!! 751ぃいいい!!」

 残る二頭に背を向けている形の少女へ、一頭が走りこんだ。

「ガァッ!!」

 フライングドロップキック。
 普通の羆ならば繰り出すことのない技である。
 砲弾のような勢いが、背後から少女の肉体を微塵に砕くかと見えた。


74 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:42:01 SOSvjI9c0

「……Hooey」

 少女は流し目をその腕に這わせ、回転しながら一歩だけ横に動いていた。
 通り過ぎていくヒグマの大腿が、白蛇のようなその手に撫でられる。
 瞠目するそのヒグマの眼には、その少女の靴底が映っていた。

「……奇襲するなら叫ばないこと」
「ゴアッ!?」

 ローリングソバット。
 鼻面を打ったその衝撃が勢いに加わり、ヒグマは地面をそのまま転がっていき、動かなくなった。
 白衣をはためかせて着地した少女は、そのまま彼方のヒグマに言葉を投げる。

「In addition, その技は工藤健介というヒグマがオリジナルだから。
 まだ私の声は聞こえてる? あなたはお兄さんにあたる先達へ、畏敬の念を抱いておくべきよ」

 そして、つっ、と、彼女の半眼は最後のヒグマの方へと滑った。

「……残るはあなた一人ね」
「お、思い出した……ッ! 確か研究所を制圧した時に、一人だけ食い殺せなかった研究員がいたって……」

 震えるヒグマの元に静かに歩み寄りながら、少女は目を瞑る。

「そいつはその場にいた、キング以外の全てのヒグマを触れただけで瀕死に陥れたって……。よ、与太話だとばっかり……」
「思考にバイアスがかかりすぎね。記憶の参照速度も遅いし。
 ……あなたたちの『学習装置(テスタメント)』も、そろそろメンテナンスが要るんじゃないかしら?」

 大蛇に睨まれた子ネズミのようなその頬を、少女の指先が舌のようになぞる。
 その瞳は見開かれ、爬虫類のように冷たい四白眼となっていた。

「これであなたも、私の能力の対象ね……」
「や、やめてくれぇ布束(ぬのたば)砥信(しのぶ)!!
 ……なんでもする! 謝るから! 助けてくれぇ!!」

 その名前に、遠巻きに様子を見ていた帝国のヒグマたちが一斉にざわめく。
 少女は彼らヒグマ全てを睥睨しながら、見せ付けるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「……私の言っていたこと、理解できなかったのかしら。
 長幼の序も守れないのね。
 In brief, 自分を創ってくれた者に対して敬語も使えないような子は、要らないわ。
 大丈夫。
 あなたの兄弟と同じように、痛みを感じる間も無く、一瞬で終わりにしてあげるから……」

 少女が言い終わる前に、ヒグマは自分の意識を手放していた。
 針穴のような少女の瞳孔に飲み込まれるように、ぶくぶくと泡を吹いて昏倒する。

「――能力を使うまでもなかったわ。手間が省けたわね」

 崩れ落ちるヒグマの脇を歩きながら、少女の目は再び眠そうな半眼に戻っていた。


    @@@@@@@@@@


75 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:43:22 SOSvjI9c0

 ――気づかれてはいけない。
 私の能力は、ほとんどが話術と演出によるまやかしだ。

 呼吸を乱すな。
 汗腺を動かすな。
 表情筋に恐怖をぶら下げるな。
 使い慣れた自己の身体機能を常に発揮できる状態で居よ。

 交錯する瞬間に、ヒグマたちの皮下に吸収性の麻酔針を留置することにより時間差で意識を落とす。

 それが今の私にできる最大限の自己防衛。
 留置本数を増やすか、有冨の作った溶液を塗布すればヒグマを死に至らしめられるだろう。
 しかし、実験開始時に作成した分しか麻酔針はない。

 今のような生まれたばかりの、高性能ロボットを赤子が操縦しているようなヒグマばかりだったら、私の戦術でもある程度は対処できる。
 だがそれにしたって、穴持たずの番号が2桁台前半までの、経験を積んだ者に通用するかはわからない。
 変異の標準偏差が大きすぎて、パターン化は困難だ。

 『HIGUMA』の恐るべきはその性能の高さにだけではなく、個体の形質の多様さにある。
 そして、『その多様な個体の大部分を制御して、秘密裏にクーデターを指揮した首領がいる』という点にもだ。

 有冨を殺害した『キング』という個体は、単に王座に祭り上げられているだけだろう。
 その背後で、秘密裏にHIGUMAの製造法を盗み、ここまで国と文明を築き、クーデターを指揮した『実効支配者』が、一体ないし複数存在しているはずだ。
 私や有冨、そして『デビル』までが、そのようなイレギュラーが起こり得ぬよう定期的に研究所を警邏していたというのに。
 『実効支配者』は、一朝一夕の画策ではなし得ないほど大規模なこの反乱計画を、私たちの目を欺き、掻い潜り続けて実行したほどの能力と知略を有しているのだ。

 気づかれてはいけない。
 私の次なる目的は、『盗難された培養槽を破壊してヒグマの増殖を止め、ヒグマにも人間にも平穏をもたらすこと』だ。
 このまま『実効支配者』に気づかれず『培養槽』を見つけ出すには、私は極力戦闘を避けねばならない――。


「――布束さん!!」

 前方のヒグマたちのどよめきを割いて、声をかけられていた。
 屋台からコックコートの少女が駆け寄ってくる。
 ……ようやく無事な知り合いの顔を見られた。
 研究所の部屋に残っていたのは気絶寸前の間桐さんくらいで、あとは肉片も残っていなかったから……。

「田所恵。良かった。あなたは生きていたのね」
「私は、役に立つ人間だったということで、なんとか見逃されて……。
 それにしても布束さん、そのヒグマたち、殺しちゃったんですか……!?」
「いいえ、私は長幼の序を守るわ。大人は子供を慈しむもの。
 どんなに能力の制御が面倒でも、極力殺しはしない……。全員気絶しているだけよ」
「良かった……。布束さんがキングの目の前で大立ち回りしたって報せを聞いて、ここらへんのヒグマと一緒に驚いてたんです。
 生きてて良かったというのと、なんだか人が変わってしまったんじゃないかと怖くて……」

 田所恵はほっと息をついていた。
 近づく彼女の手を取ろうとする。
 伸ばした私の腕に、彼女はびくりと身を竦ませた。
 そして私の瞬きに、彼女はもう一度身を竦ませる。

「……そうね。『寿命中断(クリティカル)』が能力の時点で、私の本質など知れたものだわ。
 ただあなたとは違って、私が『役に立つ人間』だと認めさせるには、私はまずそれを使わねばならなかったのよ。隠していてごめんなさい」
「……す、すみません。やだな、私なんて布束さんと何度も握手してるのに。今更『能力』とか関係ないですもんね……」


76 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:45:05 SOSvjI9c0

 彼女の笑みは、固かった。
 おずおずと手が差し出されるが、私の腕は、もう白衣のポケットに仕舞われて出てこなかった。

 ――ここで生き残る間は、『寿命中断(クリティカル)』に存在していてもらわなくてはならない。
 御坂美琴に見破られてしまうような演出では弱い。
 ……小さい時から『怖い』だの『不気味』だの言われてきたから、極力人前では四白眼にならないようにしてきたのだけれど。
 仕方がないじゃない。心理操作の道具の一つなんだから。
 もっと徹底して、私は能力者となる必要があるのよ、田所さん。

 田所恵は話題を変えようと、慌てて明るい声を上げた。

「あの、ところで! 今まで6時間くらい、何をなさっていたんですか?」
「キングに放送機器の扱いを教えたり、私が『客分』として認めてもらえるよう、その『大立ち回り』の情報を流してもらったりね……。
 After that、帰りに散策がてら歩いていたら、この有様よ。本当に次から次に、無知な新参が生まれてくるみたいね」
「そうみたいです。さっきもここで戦いみたいなものがあったんですけど、新しいヒグマがまた増えてほぼ元通りの様子に」

 田所恵に説明した内容は、少し事実を省いている。
 私はキングに自身の戦闘能力を見せつけ、その上でなお、ヒグマ帝国に知識を提供し協力する意思のあることを伝えた。
 そうして『客分』として帝国に認められることで、私はここにおける生命の保証を得た。
 その過程で私は、ヒグマたちが『艦隊これくしょん』なるゲームに嵌り、その艦娘を建造しようとしている無駄に熱いムーブメントがあることを知る。
 キング経由で建造工程のアドバイザーを務めてやり、そうしてできた『島風』をE−4地域から放たせることで、私はヒグマたちの分布を島の北に寄せた。
 その間ヒグマによる監視の目が薄くなった島の南方の下水道をたどり、私はここへの経路を記載した封筒を、街の何箇所かに設置してきたという訳だ。
 ……6時間も遅くなってしまったが、ようやく一部だけでも、私は目的を果たすことが出来た。

 そして早くも、その目的は結果に結びついたらしい。
 屋台の中にいる四匹のヒグマ。
 そのうちのピンク色の二匹に見覚えがある。あれは支給品に入れていたオーバーボディだ。

 ――参加者が、主催を、打ち倒しに来てくれたのだ。


    @@@@@@@@@@


77 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:46:08 SOSvjI9c0

「『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』!! 『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』!!」
「『天の鎖(エルキドゥ)』まで出して手繰っているのだからしっかり制御しろ、キャスター!!」
「ご協力感謝しますよ。お行きなさい、『大海魔』!!」
「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ッ!!」

 灼熱の砂漠の中、大量の軍隊をなぎ倒していく宝具の煌き。
 BANZOKUの出現や大海魔の暴走により、一時は敗色も濃厚かと思われたが、その心配はなさそうだ。

「どうだマスターよ。我が『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』と合わせ、圧倒的な勝利と言えるのではないかな?」

 僕の隣で、赤ら顔の偉丈夫が磊落に笑う。
 いつでも頼りになる、僕のサーヴァント、ライダーだ。

「そうだね……! 良かった。これで言峰神父たちと一緒に脱出できる……!」

 第四次聖杯戦争の英霊が集結し、力を合わせる。
 こんな夢のようなことがあるだろうか。
 実際、マスターたちのほとんどはあの研究所に集められていたみたいだけど、言峰神父が言うにはみな昏睡状態だったらしい。
 全員が起きて揃ったらしい今ならば、ヒグマ帝国だって破壊できるはずだ。

 手の甲に浮かぶ、翼のような、二つに裂かれた空のような令呪の文様を見る。

 まだ、強力な魔力源である令呪も聖杯戦争の時のまま残っている。何かまずいことがあってもこれを切り札にして――。

「……あれ?」

 おかしいな。
 何かがおかしい気がする。

 BANZOKUにはサーヴァントたちが全力で向かっていって、確かに勝とうとしている。
 ライダーの王の軍勢だって、まだまだ維持できる人数は残っている。
 なんでこんなに不安なんだ?

「どうしたマスター。なぜそんな顔をしている。安心して我らはここに居ればよい」
「う、うん……。そうだよねライダー。そうだよね……」

 ライダーの優しい声が、すごく遠くから聞こえるような気がする。

 戦闘の光景は確かに見える。
 皆の鬨の声も確かに聞こえる。
 乾いた砂や血しぶきの臭いも確かに感じる。
 暑い日差しや風の動きも、肌に触れる。
 空気の味も、戦いの腥さだった。

 でも、おかしい。

 そういえば、アサシンは、なんでここにいたんだろう。
 アサシンは、僕の目の前でライダーが葬り去っていたはずなのに。
 言峰神父はなんかアーチャーと再契約していたみたいだし、アサシンがいるはずはないよな……。
 それにキャスターって、セイバーが倒していたんじゃなかったっけ?
 そもそも、熊汁突っ込まれて言えなかったけど、アーチャーだって、ここで死んでるはずだよな?
 っていうか、本当にBANZOKUって何なんだよ。

 灼熱の固有結界に居るはずなのに、すごく寒いような気がした。
 すごく、寂しい気がした。
 周りにはサーヴァントたちがみんな居るのに。
 まるでぼく一人が、宙に浮かんでいるような……。

 ……そういえば僕、ヒグマの皮、着てたはずだよね。


    @@@@@@@@@@


78 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:47:24 SOSvjI9c0

 ――格好いい。
 まず始めに、私はそう思った。

 私と同じ高校生と言っていたのに、なんなんだあの格好いいビッチは。
 ハイスペックすぎる。
 研究員ってことは頭も良くて、その上ヒグマをあしらえるくらいに格闘ができて、かわいい。
 ジト目とギョロ目でクールで貧乳って、私と同じ属性持ちだろ?
 なんでそんなにモテそうなオーラまんまんなんだよありえねぇ……。


 黒木智子はそう思って頭を抱える。


 ――主催者も一枚岩ではなかったということか。
 周囲に目を走らせながら、僕は考えた。

 恐らく、僕らがここに来るよう仕向けたのは彼女だ。
 ヒグマの反乱を知ってか知らずか、彼女は主催者陣営の内側から、この殺し合いを止めさせようとしていたわけだ。
 僕の王朝設立に役立つなら、彼女の力も大いに利用させてもらうべきだな。
 まずは、ヒグマたちの目を盗んで彼女と接触を試みる……。


 クリストファー・ロビンはそう考えて席から立とうとする。


 ――いい功夫だった。
 そう私は、布束砥信の体術を思い返した。

 私の八極拳とは比べるべくもないが、彼女の積んだ研鑽は相当のものだろう。
 聴勁も化勁も発勁も、さらに伸びしろがある。
 黒鍵もない今の私には、彼女の心理操作術も脱出への参考となるはずだ。
 『直死の魔眼』めいた魔術を使えるというのにも驚いたが、総じて研究所での温和な姿からは想像もできん豹変ぶり。
 ただひたすら、面白いぞ……。


 言峰綺礼はそう笑って3杯目の麻婆熊汁を注文する。


「……何にしても、見世物はもう終わりよ。
 私に襲い掛からなかった賢明なあなたたちは、どこへなりと好きに行きなさい」

 田所恵との会話を切って、遠巻きに事態を見守っていたヒグマたちへ、布束砥信は言葉を投げた。
 息を詰めていた彼らから安堵の嘆息が漏れ、同時に屋台の中でも張り詰めていた緊張が解ける。
 グリズリーマザーの心配をよそに、少女の鮮やかな殺陣は三人の人間の危機感を払拭するには十分すぎた。

「はい、麻婆熊汁お待たせいたしました!
 それにしてもお客さん、やっぱりそれ食べ終わったら早いうちに逃げたほうが……」
「そう急くこともあるまい。あの研究員が生きていたのならば大きな戦力となる。
 それに、『王の軍勢』の中にはまだ知り合いがいるのでな。私は彼らが帰ってくるのを待つよ」
「はぁ……、来たばかりのアタシはあの人のこと知りませんけれどね。
 マスター、あんただけでも逃げたほうが……」
「ありえねぇマジありえねぇ私だってあれくらいできたっていいじゃねぇかよ不公平すぎるよ……」
「マスター……」

 グリズリーマザーが困惑する中、布束へ声をかけるタイミングを計っていたロビンの目に、あるものが映る。


 ヒグマだった。


 いつの間に現れたのか、屋台の目の前、道のど真ん中に、一頭のヒグマがたたずんでいた。
 布束が4頭のヒグマを蹴散らしている間、残りのヒグマは恐れでその場から離れており、先ほどまでそこには誰もいなかったはずであった。
 取り立てて強力な個体には見えない。
 むしろ細身で骨ばっており、筋力もなさそうな、弱弱しく見えるヒグマだった。
 そのヒグマは、両の前脚にそれぞれ何かを掴んでいる。

「……ッ!?」


79 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:49:01 SOSvjI9c0

 熊汁の器から顔を上げた言峰綺礼の表情に、隠しようのない動揺が浮かぶ。
 少し遅れて、野次馬のヒグマたち、布束、田所、グリズリーマザー、智子と、次々にそのヒグマの存在が気づかれる。
 そのヒグマが手に持っていたのは、ライダーと、ウェイバー・ベルベットの肉体であった。
 取り巻くヒグマたちはその姿に、布束の名を聞いたとき以上の畏怖を以って後ずさっていた。
 その数は、一瞬前に存在していたヒグマのほぼ倍。
 それだけの数が、一瞬にして現れる――『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』が解除されてしまったことを示していた。

 ヒグマは布束砥信を無表情な眼差しで見つめ、低く細い声で語りかける。
 虚ろで光のない、底なし沼のような瞳だった。

「……外の様子が窺えればよかったのですが、いらしていたのですね。
 ご挨拶が遅くなり申し訳ありません、布束特任部長。闖入者が奇妙な技を使ったため、同胞を保護しつつ始末するのに思いの他時間がかかりました。
 恐らく私をご覧になるのはお初かと思われます。
 ……穴持たずNo.47、番号をもじって『シーナー』と自称している者です」

 ヒグマの異様な佇まいに、誰も声を発することができなかった。
 布束の目が移った先は、彼の持つ二人の人間の肉体。
 二人ともまだ生きてはいるようだったが、その様子がおかしい。
 筋肉質の壮年男性、ライダーは、勝ち戦の陣頭指揮でも執るように高揚した様子で腕を振り、口の中でびたびたと舌を動かしている。
 優男のウェイバーは、焦点の合っていない目でしきりに周りを見ようとし、オーバーボディのはがれ掛けた腕で自分の周りを撫で回している。
 二人とも、自分たちがヒグマに掴まれて吊るし上げられていることなど、全く気づいていないようだった。

「あ、あの……、そのお客さんたちは、一体なにが……?」

 声を上げたのは田所恵だった。
 かちかちと歯を震わせながらの問いに、シーナーというヒグマは低く答える。

「……ご説明いたしましょうか。そこの4体の同胞を見るに、布束特任部長と類似した能力なのかと思われますが、生憎私には自身の能力を分類する知識がありません。
 私と同じ、『シーナー』という名の哲学者の著作からとって、私はこれを『治癒の書(キターブ・アッシファー)』と呼称しています。
 ……私は、私自身が知覚した方々の感覚を、随意に変化させることができるのです」

 曰く。
 この能力は常に自分の内から外に向けて放たれている。
 自分が視界に捉えた対象は、自分の望む幻視を目の当たりにすることになる。
 また自分がその声や心音を捉えた対象は、自分の望む幻聴を聞くことになる。
 同様にしてその体臭を嗅げば嗅覚が、接触すれば触覚や位置覚・痛覚が、舐めればその味覚が自分の意のままとなる。

「……そしてこの『治癒の書』には奇妙なところがありまして」

 一度自分の認識外に出てしまえば、その相手の感覚は元に戻る。
 しかし五感を同時に支配下に置くと、その相手は『空中人間』となってしまう。

「『空中人間』とは、感覚を遮断された意識だけの存在です。
 彼らの意識は私の内にある『治癒の書』に吸収され、そのうち消え去ります。
 普段は、同胞たちを治療する際の麻酔代わりにしているだけなのですが……。
 折角なのであなた方もごらんになりますか? 『治癒の書』の消化の様子を」

 言うや否や、シーナーの隣の空中に、立体映像のようなものが映し出された。
 灼熱の砂漠で、モヒカン頭の蛮族と鎧を着た軍隊が激しく戦っている映像だった。
 女剣士の振るう剣の光や、触手を持った巨大な怪物の攻撃があたりをなぎ払い、決戦は軍隊側の勝利で決着しそうだった。

 シーナーは、ばたばたと手足を動かしている壮年男性にかぶりつき、音を立ててその腕を食いちぎる。
 同じ人物が、映像の中で嬉しそうに勝ち鬨を上げていた。

『おおおおおっ!! 我が軍の、勝利なりぃいい!!』

 ぶきっ。ごきっ。

 ライダーは、腕を千切られ、血を噴出しながらも、全く意に介さないようだった。


80 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:51:10 SOSvjI9c0

「……こうして見るとなかなか滑稽でしょう。楽しそうな妄想を見ていますものね」
『ライダー、貴公のお陰だ。これでこの帝国から脱出することもできよう』

 ぐちゅ。めき。めき。

 今度は小腸が胸のど真ん中から引きずり出されたが、ライダーの表情は誇りに満ちていた。
 末梢の静脈から凍えていくかのような悪寒が、一帯の人々の背を這い登っていく。
 目を見開いたまま固まっている布束の隣で、田所恵が地に伏せて嘔吐した。

「私と彼らの認識が即席で作った幻覚なので、探せばアラは山のようにあると思うのですが、人間は物事を勝手にいい方へ解釈していくものなのですね」
『なんの! セイバー、アーチャー、アサシン、キャスター、ランサー、全員が力を合わせたが故の勝利よ!』

 ぞぶっ。ちゃぐ。ちゃぐ。

「……正規の参加者として登録されていた軟禁者以外は、既に私たちが食べていたんですがねぇ」
『本当に、勝ったんだね……。そうなんだよね? ライダー……』

 壮年男性の肉体を半分近く食べ進めながら、シーナーは言峰綺礼を近くに呼び寄せた。

「……そうそう、そこの屋台で麻婆を食べているお方。ちょっと来て下さい」
「……なんだ。私に用があるのか?」
「ええ。あなた先ほどこちらの、ヒグマの皮を着た人間と話していましたね?
 あなたも人間である可能性があります。疑いを払拭するためにこの方を食べてください」

 言峰綺礼は、できる限り慎重に、時間を稼ぐようにして立ち上がった。
 屋台の周囲を見回す。

 ――まずい。
 奴は、『固有結界』をその身に内包し、その一部を『魔眼』、いや『魔感覚』とでも言うべきものから放出しているのだ。
 既に私たちはこの時点で、視覚・聴覚・嗅覚を操作されていると見て間違いない。
 わざわざ奴が姿を見せているのは、私たちの反応から侵入者をあぶり出そうとしているからだ。
 存在を認められている布束・田所はともかく、ここにいる少年と少女と私は、危険だ。
 どうにか切り抜けなければ――!

 映像の中で、ウェイバー・ベルベットは、自分の腕を見つめていた。
 その体は、オーバーボディを着てはいない。右手の甲に刻印された、令呪の紋が露になっていた。

『――いや、そうか。だめだったんだ』
『何を言っているマスター。我が軍は勝利したではないか?』
『ううん、多分これは……夢? 僕がここで、自分の腕を見られるわけがないんだ……』
『ど、どういう……こ……だ……? マ……ス……』

 映像の中で、ライダーの姿は、飴細工のように溶けて流れてしまった。
 同じように、辺りにいた軍勢や蛮族の死体、海獣の姿なども、ぐにゃぐにゃと溶け落ちてしまう。
 重い足取りで道に出た言峰は、震えながらウェイバーの肉体を受け取る。

『この幻覚、誰かの魔術だよね……。僕、死んだかな……。
 すみません……言峰神父だけでも、できるだけ多くの人を助けて、脱出してください。
 ああ……でも届くかなぁ……。夢から呼んでも……届い……て……くだ……さ……』

 映像は、笑い泣くウェイバーの顔で締めくくられる。
 彼の顔がどろどろと溶けた後には、砂漠の姿が徐々に黒くくすんで、風に吹かれるように映像は消え去った。

「……ふふふ。ははははは、実に愉悦!!
 シーナー殿はなかなか面白い趣向を凝らしてくださる。
 これほど美味と感じる肉なら、是非また食べてみたいものだ!!」

 私は丁寧に丁寧に、ウェイバーの肉を噛みちぎった。
 高笑いしながら、彼の右腕を根元から切り離す。

 ――すまない。私が、判断を誤ったのだ。
 せめて脱出の際に、衛宮だけでも一緒に連れて来れていれば。
 若しくは、死んだはずのアーチャーの幻覚を見た際に、復活したものと都合よく解釈していなければ……。


81 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:55:15 SOSvjI9c0

 ――だが君の思いは、確かに活用させてもらうぞ、ウェイバー。

 ウェイバーの手の甲に残る令呪は2画。
 これが彼の体内の魔力回路から切り離されれば、その所有権は誰のものでもなくなる。
 ただの死斑と成り果ててしまう前にこれを私のものにすれば、父璃正から託された11画の予備令呪と合わせ、利用できる魔力が増えることになる。
 だが、そうでなくともかまわない。
 脱出の効率を優先するなら、この令呪は最も有効利用できる者の元へ委譲するべきだ。

 彼の手に描かれた二つの翼は、音もなく消え去る。

 バーサーカー以外のすべての第四次聖杯戦争のサーヴァントが消え去った今、この近隣でサーヴァントを持っているマスターはただ一人――。
 ウェイバーの遺志に載せて、私からも1画贈ってやる。
 お前こそが、このヒグマ戦争における、正式なマスターなのだろうからな。


    @@@@@@@@@@


 人が、殺されている。
 とても喜んだ表情で、はらわたを喰いちぎられている。
 気持ち悪いほっそりしたヒグマが、笑顔のマッチョをごりごりかじっている。
 隣で麻婆喰ってたおじさんが、今度はショタの腕に笑いながら喰いかかっている。
 見つめていたらゲシュタルト崩壊する。
 こんなもの見たくないはずなのに、目が離せない。
 腹の底できりきり、虫か獣が蠢いているみたいだった。

「う――、げっ……」
「いやぁー! 食欲が増す光景だねーっ!!」

 のどの奥から酸っぱい汁がこみ上げてきたとき、私の顔には突然麻婆熊汁がたたきつけられていた。

「おげぇっ!? ごぼっ! うろおろろろろろろ!!?」
「あー、急いで食べ過ぎちゃったかな? いくら目の前で美味しそうな食事風景見せつけられても、焦っちゃだめだよ。ほら奥で休もう?」
「マス……いやお客さん、そうした方がいいです! さあ早く屋台の裏に!!」

 ロビンが、おじさんのおいていった熊汁を口に無理矢理つっこんでいたのだ。
 激辛の汁が、胃からの酸味と奇跡的なマリアージュを起こし、私は口から赤茶色の噴水を吐くマーライオンと化した。
 ……なんだよこの仕打ち、いじめか!?
 逃げなきゃいけないのはわかってるけどさっ……!!
 折角強そうなビッチが来て、助かるかと思ったら、またチートじみたヒグマが望みを潰しにくる。
 死ねばいい。
 無計画に敵の本拠地に乗り込んで、JKに麻婆ぶっかけてくるガキとか死ねばいい。
 ダンディだと思ったおじさんは人喰い愉悦部員だったし死ねばいい。
 ……何よりこんな状況で、熊汁を吐いて搬送されることしかできない私が、死ねばいいのに。

 ――なんで私は、何もできないんだよ。

 グリズリーマザーとロビンに両脇を抱えられながら、ピンク色のクマは泣いた。
 どうしようもなく切なくなって、麻婆の汁と一緒に、ありったけの涙を吐き戻していた。


    @@@@@@@@@@


82 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 00:58:19 SOSvjI9c0

「――もう、やめなさいっ!!」

 言峰がウェイバーの腕を引きちぎった時、布束は空気を破裂させるように叫んでいた。
 瞬間、沈み込んだ彼女の体が疾駆し、シーナーの懐へ入り込む。
 ――ダンッ。
 八極拳で言うところの、進歩単陽砲。
 全体重を乗せた掌底が、ヒグマの顎から頭蓋を完全に打ち砕いていた。

「……なるほど、そろそろ見世物は終わりにしましょう。互いに、触れれば一巻の終わりの能力でしょうから。あなたの怒りを買う益はありません」

 確かに殺したように見えたヒグマの姿に手ごたえはなく、その像は霞のように消え去る。
 シーナーは布束の背後で、最後に残ったライダーの肉片を貪り喰っていた。

「そうそう、あなたには、インターネット環境を復旧していただきたく思っていたのです特任部長。
 ……まだまだ艦これ熱が冷めぬ同胞が居ましてね。ご面倒をお掛けいたしますが、協力して頂きたい。
 私もちょくちょく見学しに行くと思いますので、そのおつもりで」

 シーナーは、ウェイバーの死体に喰らいつく言峰と、騒がしくなっている屋台の方を一瞥する。
 ごぎん。
 笑顔のままのライダーの頭部を一口で飲み込み、彼は空気に溶けるようにその姿を消した。


 打ち抜いた右腕も降ろせぬまま、布束は震える息を必死に抑える。


 ――彼は、間違いなく『実効支配者』たちの一角だ。


 なぜ、穴持たずの通し番号に、重複や欠番が出来た?
 なぜ、研究員たちはヒグマの総数を把握できなかった?
 なぜ、研究員同士の認識に食い違いが生まれ、不用意にヒグマの数を増やすことになった?
 なぜ、少しも離れていない場所で地下が掘り進められているのに気がつかなかった?
 なぜ、培養液の盗難は実験開始後に発覚した?
 なぜ、通し番号をヒグマたち自身の方が把握している?
 なぜ、関村が隠れてやっていた『艦隊これくしょん』なるゲームが浸透しているのだ?

 2万体作られた『妹達(シスターズ)』にだって、そんな単純なミスは起こらなかったのに。
 今ならば、その全てに説明がつく。
 穴持たず47、『シーナー』。
 彼がその超能力で、私たちの認識をずっと歪ませていたのだ。

 どこに彼が潜んでいるのかわからない。
 どこまで行動を観察されているのかわからない。
 忍び寄られて触れられ、舐められるだけで、私たちの命は簡単に消え去る。

 ――まったく見事な心理操作よ。見習いたいものだわ。

 折角来てくれた参加者たちと、接触する機会が失われた。
 私は体のいい道具として使い潰されるだけの存在に成り果てた。
 秘密裏に培養槽を見つけ出して破壊するなど、不可能に近いだろう。

 ――でも、できるとか、できないとかじゃないのよね。

 えづいている田所恵の背中をそっとさすり、私は次なる希望を復旧させに、研究所跡へと足を向けていた。

 ――やってみせるわ。有冨、フェブリ、ジャーニー、御坂美琴、妹達。
 私は今度だって、正しい答えに、辿り着いてみせる。


    @@@@@@@@@@


 サーヴァントととは、使い魔としては他と一線を画す高位の存在であり、本来、召喚には複雑な儀式が必要となる。
 聖杯戦争においては、その儀式の代わりに『聖杯』が彼らを招くことによってサーヴァントが召喚される。
 召喚の実行が可能なのは、基本的に『令呪』が与えられているマスターのみ。
 ただし、その『システム』に介入できるほどの『知識』あるいは『実力』があれば、その限りではい。
 場合によっては魔法陣や詠唱、魔術回路の励起が無くとも召喚が為される場合もある。

 この地には、第四次聖杯戦争に参加したマスターのうち5人が、魔力の供給源として収集されていた。
 会場には蝦夷地の霊脈からの魔力が彼らを通して吸い上げられ、さらに、そこに新たな『システム』が、豊富な『知識』と『実力』を持つ3名の者の手によって持ち込まれていた。
 『キング・オブ・デュエリスト』。
 『熊界最強の決闘者』。
 そして、『クイーン』。

 継続的な強い想念は、擬似的な聖杯の力を持ったその魔力に、サーヴァントを召喚させ得た。


 涙と吐瀉物に塗れた一人のマスターの腕に、その本人にも気づかれぬままひっそりと、3画の紋様が描かれている。
 ピンク色のクマの毛皮の下でその『令呪』は、サーヴァントに支えられ今も静かに、彼女の命令を待っていた。


【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero 死亡】
【ライダー(イスカンダル)@Fate/zero 死亡】


83 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 01:00:00 SOSvjI9c0

【??? ヒグマ帝国/朝】


【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:嘔吐、自己嫌悪、膝に擦り傷
装備:ベルモンドのオーバーボディ@キン肉マンⅡ世、令呪(残り3画/ウェイバー、綺礼から委託)
道具:基本支給品、石ころ×99@モンスターハンター
[思考・状況]
基本思考:死にたい
0:ヒグマも、何もできない自分も、死ねばいいのに。
1:ロビンに同行。
2:ビッチ妖怪は死んだ。ヒグマはチートだった。おじさんは愉悦部員だった。最悪だ。
3:どうすればいいんだよヒグマ帝国とか!?


【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:マスター! とりあえずシーナーさんの目の届かないところに逃げますよ!
1:旦那が仕入れから帰ってくる前に、マスターを地上に逃がす。
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したサーヴァントです。


【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:右手に軽度の痺れ、全身打撲、悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(まだ名付けていない)
装備:手榴弾×3、砲丸、野球ボール×1 ベア・クロー@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー)、 マイケルのオーバーボディ@キン肉マンⅡ世
道具:基本支給品×2、不明支給品0〜1
[思考・状況]
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
0:智子さんを奇怪なヒグマから避難させ、麻婆おじさんや女研究員と情報交換できる方法を探る。
1:投手はボールを投げて勝利を導く。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジする
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:帝国を適当にぶらぶらしたら地上に戻って穴持たず9と決着を付けに行く
[備考]
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※マイケルのオーバーボディを脱がないと本来の力を発揮できません


【言峰綺礼@Fate/zero】
状態:健康
装備:ヒグマになれるパーカー、令呪(残り10画)
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:脱出する
0:安全だと分かるまで、ウェイバーの死体から愉悦を味わう。
1:布束と再び接触し、脱出の方法を探る。
2:ヒグマのマスターである少女およびあの血気盛んな少年と、協力体制を作りにいく。
3:『固有結界』を有するシーナーなるヒグマの存在には、万全の警戒をする。
4:あまりに都合の良い展開が出現した時は、真っ先に幻覚を疑う。
5:ヒグマ帝国の有する戦力を見極める。


【田所恵@食戟のソーマ】
状態:嘔吐、動揺
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:目の前で、人間が歓喜の表情で食べられていく……。
1:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
2:布束さんに、もう一度きちんと謝って、話をしよう。
3:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。


84 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 01:01:13 SOSvjI9c0

【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:帝国・研究所のインターネット環境を復旧させ、会場の参加者とも連携を取れるようにする。
1:やってきた参加者達と接触を試みる。
2:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
3:シーナーおよび、帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払う。
4:ネット環境が復旧したところで艦これのサーバーは満員だと聞くけれど。やはり最近のヒグマは馬鹿しかいないのかしら? 『実効支配者』も大変ね……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。


【穴持たず47(シーナー)】
状態:健康、対応五感で知覚不能
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:??????????
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


※ライダーが王の軍勢の結界内に引き摺りこんだBANZOKUやサーヴァントは幻覚でした。
※実際に引き摺り込まれたヒグマたちはシーナーが軍勢から隠蔽して避難させ、その間シーナーは軍勢全員を『治癒の書』で食い尽くしました。
※第一回放送と前後して、B-6、C-6、D-6、E-6、F-6のマンホールの上に1通ずつ、布束砥信が【封筒(研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本が入っている)】を設置しました。
※ロビンと智子はB-6の封筒を手にしましたが、封筒は内容物そのままに放置されており、彼らは麻酔針の存在に気づきませんでした。


85 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 01:02:19 SOSvjI9c0
以上で投下終了です。


86 : 名無しさん :2014/01/23(木) 01:57:29 TAYw//Vs0
投下乙!
ついに現れた真の黒幕の一匹!ライダーをあっさり手玉に取る
この熊、今までのヒグマと違うヤヴァいオーラがプンプンするぜ……
布束さん格好良かったがロビカス達と一緒に行くことは出来ず、超頑張れ。
そしてそして踏んだり蹴ったりな智子についに転機が!?


87 : 気づかれてはいけない ◆wgC73NFT9I :2014/01/23(木) 23:37:03 SOSvjI9c0
ttp://www20.atpages.jp/r0109/uploader/src/up0282.png
長らくお待たせいたしました。現在状況を更新いたしました。

今回は
・ヒグマ帝国内の主要キャラ表示
・佐天さんのアルター化、童子切りによる更地化、噴火による降灰、ハザマが壊していった給水塔といった地形変化図示
を新たに行なっています。

続きまして、佐倉杏子、カズマ、黒騎れい、制裁ヒグマ、ヒグマン子爵、カーズで予約いたします。


88 : ◆uaLA8PgzdQ :2014/01/24(金) 01:27:00 SGrHuaBE0
◆bDQCUcB4p6です。諸事情よりトリップ変更します。


89 : 名無しさん :2014/01/24(金) 03:24:14 OVyrK5CI0
何かと思ったらミスって酉キー誤爆ったのか


90 : 名無しさん :2014/01/24(金) 08:15:38 J76454Pw0
ところで予約はするのでしょうか?
されるのであれば、こちらのスレにも書きこんだ方がよろしいかと。


91 : ◆Dme3n.ES16 :2014/01/25(土) 13:51:49 0vCbwV1I0
◆uaLA8PgzdQです。まーたトリップ割れてるし…ストーカーでもされているのか?
キリカ、のぞみ、浅倉、ぺらぺーら、タイラント、リラックマ、鷹取迅で予約


92 : ◆wz5FgAMm.A :2014/01/25(土) 20:14:29 ngu9fY5YO
既存キャラで巴マミ、デビルヒグマ
新規キャラで球磨川禊、狛枝凪斗、碇シンジ、それとヒグマを一匹予約します


93 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/01/25(土) 20:51:36 ngu9fY5YO
あ、すいません軽くググった感じ割れトリっぽいんで変更だけします


94 : ◆Dme3n.ES16 :2014/01/26(日) 16:25:49 EJCSA8yM0
予約を御坂美琴、相田マナ、山岡銀四郎、ヒグマ7、穴持たず14に変更します


95 : ◆eLW/XDs01s :2014/01/26(日) 18:38:45 1DRDCqX20
予約が変更されたようなので
夢原のぞみ、呉キリカ、リラックマ、浅倉威、日本語ペラぺーラ、暴君怪獣タイラントを予約します。


96 : ◆Dme3n.ES16 :2014/01/27(月) 02:18:00 BIJ6YBc.0
投下します


97 : ゼロ・グラビティ ◆Dme3n.ES16 :2014/01/27(月) 02:18:34 BIJ6YBc.0
「目標のポイントに到達いたしました。」

様々な人物がゲームの参加者として呼び出され、今も理不尽な強さをもつヒグマ達との
絶望的な戦いが繰り広げられている会場の上空。その殺戮遊戯の舞台に近づく一つの機影があった。

航空自衛隊が所有する大型輸送ヘリコプター、CH-47チヌークである。

配備開始から半世紀が経過した現在でも生産・運用をされ続け、日本国内においても
様々な大規模災害で活躍し、多数の人命を救助した名機がこの会場にやってきた理由は明白。

現在行われている巨大化した鷲頭の本州襲撃によっておぼろげながら見えてきた大量誘拐事件の全貌。
そして現在北海道の道民を恐怖のドン底に陥れている野生のヒグマの大量発生現象。
その異常事態の中心になっているポイントが政府によってようやく特定されたのだ。
目の前に広がる崖に囲まれた台地。この場所が混乱の元凶である可能性が高い。

「ふーん、北海道かー。初めて来たよ!」
「……やれやれ、なにが悲しくて俺がこんな小娘と組まなきゃならなぇんだか。」

CH-47の機内には、隊員の他に明らかに異質な二人の人物が座っていた。
一人は中学生位の赤髪の少女、もう一人は50代になりそうな初老の男。
会場で命賭けの殺し合いをしている参加者たちは知る由もないが、鷲頭の件を始め
既に会場の外にまでヒグマの被害が広がりつつある為、只ならぬことが起こっていることは
分かっていながらも、今回の調査では殆ど人を集めることは出来なかった。
そこでこう見えて政府の直属のエージェントである「彼女」と、
酒癖は悪いが地元に詳しい熊撃ちの名手である「彼」。
この二人に国が特別に依頼し、100人力の少数精鋭部隊が結成されたのである。
熊撃ちの名手である初老の男、山岡銀四郎は愛用の猟銃の手入れをしながら崖に囲まれた土地を窓から凝視する。

「なるほど、確かにうじゃうじゃ居やがるな。人を喰った悪神様がよぉ。」
「うーん。今回の事件にはヒグマが深く絡んでるらしいって聞いたけど、何があったのかな?」
「言っておくが、ヒグマには愛は通じねぇからな。エージェントだか何だか知らんが、死にたくなけりゃ見つけ次第殺せ。」
「はぁ……人工衛星とかなら遠慮なく壊せるんだけどヒグマは生き物だからなぁ……。」

「――――!?な、なんだ!?こちらに何かが近づいて……うわぁぁぁぁぁ!!!!!????」

突然、激しい衝撃音と共に機体が激しく揺れた。

「何が起こりやがった!?」
「様子を見に行きましょう―――――え!?」

慌てて席を立ち、音が聞こえた操縦席までやってきた二人は目を疑った。
大の字になったヒグマが操縦席のガラスを突き破り、パイロットを押し潰して倒れ込んでいたのだ。

「ヒグマだと!?馬鹿な!?上空何百メートルだと思ってやがる!?」
「えーと?空でも飛んでたのかな?……は、はじめまして、熊さん!大貝第一中学生徒会長、相田マナです!」

突然の襲撃に動揺する銀四郎と、とりあえず冷静になって挨拶するマナを見つめるヒグマは頭を垂らしながら喋り始めた。

「―――ドーモ、侵入者サン。ヒグマ7です。」

ニンジャソウルに目覚めたヒグマである彼はどんな時でも挨拶は欠かさない。

「ヒ、ヒグマが喋ったぁ!?」
「どうもご丁寧にヒグマ7さん。」
「デハ早速ですが、二人には私の餌になってもらいマス。」
「あははっ!流石ヒグマさんですね。でも、残念ですけど私は待っている人が沢山いるから、
 ここで死ぬわけにはいかないんですよ。」

宣言の後、ニンジャのごとき速度でヒグマ7がマナに襲い掛かったと同時に、彼女の体が
眩い光に包まれ、そこに先端をロールさせた独特な髪形をした金髪の少女が出現する。


98 : ゼロ・グラビティ ◆Dme3n.ES16 :2014/01/27(月) 02:18:50 BIJ6YBc.0
「みなぎる愛――――キュアハート!!」

史上最強にして史上初の日本国公認プリキュアは名乗りを上げながらヒグマの掌を拳で受け止める。
隣で見ていた銀四郎は呆然としながらも気を取り直して手に持った猟銃に弾を込め始める。
だが、突然機体が大きくバランスを崩し銀四郎は尻餅をついた。
ヒグマ7がぶつかった衝撃で操縦席が破壊され、パイロットも即死しているのだ。
戦っている場合ではない。このままでは墜落してしまう。

「くそっ!この機体はもう駄目だ!嬢ちゃん!早く飛び降りるぞ!」

「「うわあああああああ!!!!!!!もう一匹取りついたぁぁぁぁぁぁ!?」」

再び激しい衝撃が機体に襲い掛かる。今度は側面から何者かの襲撃を受けたのだ。
機体に空いた穴から内部に侵入し、二人の世話係の乗組員を瞬時に捕食したのはまたしてもヒグマ。
さとりを殺害し、先ほど飛行に目覚めた穴持たず14である。

「くそっ!最近のヒグマは一体どうなってやがんだ!?」
「熊さんの間では空を飛ぶのが流行ってるのかな?」

もはや立っていることも難しい状態になった機内で壁にもたれかかる銀四郎に穴持たず14は狙いを定める。
万事窮す――――そう思われた、その時だった。

「ああもう!うるさいわね!せっかく隠れてたのに台無しじゃないの!」

突然、荷台に積んである大荷物がはじけ飛び、一人の少女が全身をスパークさせながら飛び出してきたのだ。

「だ、誰だテメェ!?」
「あ、やっと出てきた。ねぇ君、なんで隠れてたの?」
「知ってたんかい!……いやぁ、政府の連中の頭が固くて正式な手続きが出来なくてね。
 でも、友達が攫われたってのに、じっとしてるなんて出来ないでしょ?」

先日から行方不明になっている佐天涙子と初春飾利を死に物狂いで捜索しているうちに今回の件に
辿り着き、こっそり荷台に隠れてついてきた学園都市最強のレベル5の一人、御坂美琴である。

「うん、わかるわかる。さて、これで丁度二対一かぁ。山岡銀四郎さん!
 私たちでこのヒグマさん達の相手をしますから先に地上へ降りて下さい!」

初老のマタギは足をふらつかせながら窓に近づき、既に装着しているパラシュートを確認しながら呟いた。

「やれやれ、最近の娘はやんちゃで困る。じゃあ、気ぃつけろよ二人とも!」

そう言って銀四郎は窓の外から飛び降りた。その後を追いかけようとする穴持たず14を電撃を放って遮る美琴。

「で、どうすんの?このままだとヘリが墜落しちゃうけど。」
「簡単だよ。もう一回上げちゃえばいいんだよ。」
「え?」

回転しながら徐々に高度を下げていくヘリの内部で立ち尽くす二人目掛けて二匹のヒグマが飛び掛かってくる。

「あぁもう!どうにでも!なれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

大きく体をのぞけ帰らせてヒグマの斬撃を躱した二人は、同時に強烈な蹴りをヒグマの腹部にお見舞いする。
そして、その衝撃で、二人と二匹を乗せた機体が音速を超えた速度で大きく上空へと吹き飛ばされた。


99 : ゼロ・グラビティ ◆Dme3n.ES16 :2014/01/27(月) 02:19:10 BIJ6YBc.0

大きく広がったパラシュートが樹に引っかかり、何とかベルトを外した山岡銀四郎は
息を切らせながらなんとか地上へ下り立つ。

「くそ!なんだこりゃ!これ絶対ぇマタギの仕事じゃねぇだろ!!政府の野郎ぉぉぉ!!」

ぶつぶつ文句を言いながら、足元にころがった血のへばり付いた猟銃に気が付く銀四郎。
その引き金には引きちぎられた腕が張り付いていた。

「ヒグマとやり合って喰われたのか?しかしこいつぁ……。」

激しい戦闘を物語るように血痕や内臓が周囲の樹や地面のあちこちに飛び散っている。
かつて袈裟がけという巨大なヒグマを仕留めた自分だが、この地には似たようなヒグマがわんさか居るのだろう。
そのハンターの猟銃を手にとり、銀四郎は獲物が居るであろう森の奥を凝視した。

「……まぁ、やるしかねぇか。」

【I-8 森/深夜】

【山岡銀四郎@羆嵐】
状態:疲労、乗り物酔い
装備:愛用の猟銃、勇次郎に勝利したハンターの猟銃
道具:予備弾薬
基本思考:ヒグマを狩る
1:さて、始めますか
※穴持たず4は既に目覚めて何処かへ移動したようです


時間的には今は朝。なのに周囲は薄暗く、寒い。
下を見れば途方もなく巨大で美しい青い球体が何処までも広がっていた。

「ウーム、少々息苦しいですなぁ、穴持たず14さん」
「なぁに、空気が薄いなんて北海道の山中ではよくあることじゃないか。……それよりも。」

完全にスクラップと化して宙を漂うCH-47の上に立ち尽くす二匹のヒグマは少し離れた場所で
分解したCH-47の残骸の上に立つ二人の少女を見つめる。

「どうもここにはあの二人の人間以外には餌が無いようです。早めに捕食して会場に戻りましょう。」
「ええ、そうですね。」

「地球は青いベールに包まれた花嫁のようだった。それにしても、ふっふっふ。宇宙かー。何気によく来るなぁ。」
「……すごいわね、私だってまだ二回目だってのに……うわっ!寒っ!」

会場の遥か上空の宇宙空間。この地球の重力から解放された場所ではあらゆる生物は生存を許されない。

 だ が こ こ に 例 外 も 存 在 す る !

極寒のデブリ地帯にて二匹のヒグマと対峙するのは
国防兵器プリキュアと学園都市最強のレベル5。

「てかこんな所で遊んでる場合じゃないし!とっととあいつら倒して地上に戻るよ!」

そう叫んだ美琴は両手を左右に広げて電磁力を集約させる。
すると、瞬く間に宇宙ゴミ―――衛星の残骸が彼女の手に集まってきた。

「弾が一杯あって最高ねこのステージ!!―――――行けぇぇぇぇぇ!!!!」

美琴はレールガンで衛星の残骸を次々とヒグマに向かって発射した。
無重力空間では速度が減速しないため無限に加速する弾丸が二匹に襲い掛かる。
慌ててジャンプして回避する二匹のヒグマ。元いた足場が粉砕される。

「やりますねぇ美琴サン。ではこちらも真似してみましょう。」

ニンジャソウルに目覚めたヒグマ7は手で掴んだ宙に浮いた鉄の残骸を両手で挟んで引き伸ばし、
スリケンにして美琴に投げつける。それを美琴はレールガンで迎撃した。

「グオオオオオオォォォ!!!」

穴持たず14は宇宙空間でも耐えられるその強靭な肉体でキュアハートに直接襲い掛かった。
キュアハートの足場が瞬時に破壊される。直前にジャンプして回避したキュアハートは宙を漂いながら
穴持たず14に語りかけた。

「ははっ!あなた達、人間の言葉が喋れるんだね!だったら私達はきっと分かり合えると思うよ!」
「……グルルルゥゥゥ!!!」


100 : ゼロ・グラビティ ◆Dme3n.ES16 :2014/01/27(月) 02:19:33 BIJ6YBc.0
逆さまになったキュアハートは両手でハートの形を作りながら不敵な笑みを浮かべた。

「どんな生き物にも愛はある!愛を無くした悲しい熊さん!このキュアハートがあなたの胸のドキドキ、取り戻して見せる!」


【???/宇宙/朝】

【相田マナ@ドキドキ!プリキュア】
状態:健康、変身(キュアハート)
装備:ラブリーコミューン
道具:不明
基本思考:任務を遂行する
1:ヒグマに愛を教える

【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労、呼吸困難、帯電
装備:大量の宇宙ゴミ
道具:無し
基本思考:友達を救出する
1:なんで宇宙で戦ってるんだろう?

【ヒグマ7】
状態:ニンジャ、宇宙を舞う
装備:スリケン
道具:無し
基本思考:餌を探す
1:まだ足りない
※ニンジャソウルが憑依し、ニンジャとなりました
※ジツやニンジャネームが存在するかどうかは不明です

【穴持たず14】
[状態]:空腹、スイーッと宇宙を飛んでいる
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:飢えを満たす
1:おいしかったー
2:ものたりないなー
[備考]
※B-8にはさとりの支給品一式が落ちています
※智子と流子を追っていました


101 : 名無しさん :2014/01/27(月) 02:19:55 BIJ6YBc.0
終了です


102 : 名無しさん :2014/01/27(月) 18:52:39 qe/A//5o0

色々と全開になってきたな


103 : ◆xDsxCdlKmo :2014/01/27(月) 19:40:29 IsVO/zDc0
全員新規枠で劉鳳@スクライド、アルター結晶体@スクライド、白井黒子@とある科学の超電磁砲、クマ吉くん@ギャグマンガ日和 予約します


104 : 名無しさん :2014/01/27(月) 20:58:00 7oWUKddo0
投下おつです。
この後展開を精算するような書き手が現れたらまさに全開


105 : ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:02:18 lWSfWXLY0
投下乙です!
まさかマナがここで参戦とは! で、ヒグマに愛を教えようとするのが実にマナらしい!
そんな彼女の愛はヒグマに届くのか。あと、そんな彼女と一緒にいる美琴や銀四郎はどうなるのか?

そして自分も予約分の投下を開始します。


106 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:04:01 lWSfWXLY0
 謎の少女によって日本語ぺらぺーらが奇妙なロボットになって、突然現れた暴君怪獣タイラントと戦い始めてから既に大分時間が経っている。放送を聞いている余裕すらなかった。
 本当ならリラックマとぺらぺーらを助けたいが、目の前にいる仮面ライダー王熊もとても強い。これまで戦ってきたナイトメアやエターナルの幹部達に匹敵する実力を誇っていた。
 夢原のぞみが変身したキュアドリームは、この地で出会った呉キリカという少女と力を合わせているが、それでも王熊に決定的なダメージを与えられていない。
「だああああああああっ!」
 全力で地面を蹴って、キュアドリームは王熊に向かって突貫して、瞬時に目前まで到達する。そこから身体を一回転させて蹴りを放つが、王熊の持つベアサーベルに受け止められてしまう。
 ギン、と耳を劈くような衝突音が響いた直後、キュアドリームは王熊の仮面を目がけてパンチを繰り出したが、頭を軽くずらしたことでその一撃は軽々と避けられてしまう。反対側の手で同じことを繰り返すが、結果は同じだった。
「まだまだっ!」
「オラアアァァッ!」
 一発、二発とキュアドリームは打撃を与えようとするが、その度に分厚い刃によって阻まれてしまう。
 握り拳は幾度もなく刃を叩いているが、一向に砕ける気配はない。大気が破裂するような轟音が鳴り響くだけで、王熊は微塵も体制を崩さなかった。
 時折、キュアドリームの攻撃の合間を縫って、王熊はベアサーベルを一閃する。だが、キュアドリームは真横に跳んで回避した。無論、王熊の斬撃はそれで終わることはないが、振われる刃を確実に見切っている。
「ハアッ!」
 王熊はベアサーベルで突きを繰り出すが、キュアドリームは右足を軸に身体を捻ることで避けて、流れるように腕を掴む。
 そこからキュアドリームは渾身の力を込めて一回転をして、勢いよく王熊を放り投げた。
「どりゃあああああああああああああああ!」
「なっ……!」
 キュアドリームの叫びと共に、王熊の巨体は吹き飛ばされていく。華奢な体からは想像できないほどの力を誇るプリキュアだからこそ、可能な芸当だった。
 数メートルも浮かび上がっていく王熊の元に飛び込んでいく人影が見える。それは左右の手に六つの爪を煌めかせている呉キリカだった。
「行くよ!」
 ロケットのような勢いで王熊の上まで跳躍した彼女は両腕を高く掲げて、そのまま勢いよく両手の爪を叩きつける。ガキン、と耳障りな音が炸裂して、王熊の巨体は地面に叩きつけられた。
 激突の衝撃によって粉塵がもくもくと舞い上がり、視界が遮られていく。
 王熊を落下させたキリカは地面に着地して、キュアドリームの横に立った。
「キリカちゃん、ナイス!」
「喜ぶのはまだ早いよ! あいつはこれくらいじゃやられたりなんかしない!」
「おっと、そうだった!」
 思わずサムズアップを向けそうになったが、キュアドリームはその衝動を抑える。
 まだ戦いは終わっていないのだし、これくらいの攻撃で王熊はそこまでダメージを負っていない。戦いの経験からキュアドリームはそれを察していた。
 直後、煙の中に人型のシルエットが浮かび上がり、キュアドリームとキリカは本能的に構える。王蛇が仕掛けてくる前にキュアドリームは飛び掛かろうとしたが……
『ADVENT』
 粉塵の中より電子音声が響き渡る。
 急に響いてきた新たなる声によってキュアドリームが面を食らってしまう。一体何だったのかと思った、その直後だった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「えっ!?」
 大気を震えあがらせるほどの咆哮が響き渡り、視界を遮っていた煙が吹き飛んでいく。
 その中から現れたのは王熊だけではない。王熊の隣には、ヒグマのような巨大な怪物が立っている。
 現れた怪物・ヒグマプレデターは勢いよく飛びかかってきたのだ。
「グアアアアアアアアアアアアアッ!」
「わあっ!?」
 ヒグマプレデターは3メートルに達しそうな巨体で突貫してくるが、キュアドリームとキリカはそれぞれ反対側の方向に跳んで一撃から逃れる。
 ズシン、という鈍い音と共に地面が揺れた。ヒグマプレデターによって押し潰された土は大きく凹んでいて、威力の凄まじさを物語っている。
 それに何らかの反応を示す暇もなく、ヒグマプレデターはキュアドリームに振り向いて、その口から緑色の濁った液体を放出した。


107 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:04:45 lWSfWXLY0
 それを堪えようとした直後、炭酸水が流れるような音と共に地面がドロドロに溶けてしまった。
「えっ!?」
「地面が溶けてる……!?」
 キュアドリームだけではなく、キリカも目の前の光景に驚いていた。
 ヒグマプレデターの放った液体は、元々は王蛇の使役していたベノスネーカーが体内に貯め込んでいたものだった。
 王蛇と遭遇したあるヒグマは、ベノスネーカーを捕食したことでミラーモンスター・ヒグマプレデターとなっている。それに伴い、ベノスネーカーの持つ溶解液も習得したのだった。
 無論、それをキュアドリームとキリカが知る由はない。ただ、あの液体が危険なものであることを察することしかできなかった。
「グアアアアアアアアッ!」
 溶解液の威力に戦慄していたキュアドリームの鼓膜を刺激したのは、ヒグマプレデターの叫び。
 その巨体からは想像できないくらいのスピードで、ヒグマプレデターは再び突貫していた。暴走機関車のようにヒグマプレデターは突っ込んでくるが、キュアドリームはそれを受け止める。
 花火のような爆音が響き、凄まじい衝撃が両手から全身にピリピリと伝わってくるが、キュアドリームは吹き飛ばされないように耐えた。しかし、それでも数歩ほどの後退を余儀なくされてしまう。
「グルルルルルル……!」
 そんなキュアドリームを押し潰そうとヒグマプレデターは体重をかけてくる。だが、キュアドリームは対抗する為に力を込めた。
 両者の拮抗は始まる。策も技もない、単純な力比べだった。
「ウラアッ!」
「くっ!」
 ヒグマプレデターを押し返そうとしているキュアドリームの耳に、王熊とキリカの声が届く。そこから間髪入れず、今度は金属同士が激突する鋭い音が響き渡った。
 振り向くと、王熊とキリカが高速で駆け巡りながら戦っているのが見える。その勢いは二つの台風が衝突し合っているかのようだった。
「オラアッ!」
「ふん!」
 迫りくる王熊のベアサーベルを前に、キリカは漆黒の爪で防ぐ。そこからキリカは王熊の横に回り込んで、ガラ空きとなった脇腹に一撃を叩き込む。だが、王熊の鎧は傷一つ付かない。
 そんなキリカを払い除けるかのように王熊はベアサーベルを一閃する。しかしキリカは天に向かって跳躍しながら爪を振い、そのまま背後に回り込んだ。
 王熊が力で攻めるのに対して、キリカは小柄な体躯を活かしたスピードで勝負している。キリカは王熊の攻撃を確実に見切り、そして正確な一撃を与えていた。
「デアアアッ!」
「おっと!」
 苛立ちの声と共に王熊は蹴りを放つが、キリカはそれを避ける。
 反撃のようにキリカは鉤爪を叩きつけるが、やはり火花が飛び散るだけ。先程から、同じことの繰り返しだった。
 やがて幾度もの斬り合いが繰り広げられた後、王熊から距離を取ったキリカは溜息を吐く。
 それを絶好の機会と見たのか、王熊はキリカを目がけて突進しながらベアサーベルを振り上げる。王熊は獣のように叫んでいるが、キリカはそれに構わず止まったままだ。
「キリカちゃん!」
 キュアドリームはヒグマプレデターの鳩尾に蹴りを叩き込み、巨体を揺らす。
 そこからキュアドリームはヒグマプレデターを投げ飛ばし、キリカの元に駆け寄ろうとする。だが、その頃には王熊のベアサーベルが振り下ろされようとしていた。
 キュアドリームは反射的に腕を伸ばそうとした瞬間、キリカの姿が霧のように消えてしまった。
 無論、王熊の振るったベアサーベルは空を切るだけに終わってしまう。
「えっ!?」
 キュアドリームは驚いた。
 そこから瞬く間に、キリカは王熊の背後に現れる。まるで瞬間移動をしたかのようだった。
 現れたキリカの手には、いつの間にか巨大化していた鉤爪が備え付けられていた。
「ヴァンパイア・ファングッ!」
 そして、キリカは巨人のような爪を王熊の巨体を叩きつけ、そのまま吹き飛ばす。
 その小さな身体からは想像できないほどの威力を誇っていた。よく見ると、爪は鋸のような形になっていて、一太刀でも浴びたら無事では済まないような雰囲気を放っている。
 だけど、キュアドリームはそれを持つキリカに恐怖を抱かない。無事でいてくれたことの喜びだけが心の中に生まれていた。


108 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:05:21 lWSfWXLY0
「……思いっきり叩き込んだけど、まだ立ち上がれるの? やれやれ」
 しかし当のキリカは呆れたような溜息を吐いている。
 キリカの一撃を浴びてしまった王熊は、幽鬼のように立ち上がっていた。その動きはどことなく鈍くなっているが、まだ戦えるということを証明している。
「ククク……楽しいな。ああ、やっぱり楽しいな……!」
「いい加減にしてよ。こっちはあんたに構っているほど、暇じゃないのに……」
「そうか……なら、俺が終わらせてやる!」
 身体に受けた傷のことなどまるで無かったかのように、王熊は高らかに笑う。
 そんな王熊に対してキリカは構えるのを見て、キュアドリームは隣に立つ。
 王熊は確かに強いけれど、力を合わせれば決して勝てない相手ではない。絶対に諦めなければ、どんなに強い相手だろうと負けないのだから。
 キュアドリームが自分にそう言い聞かせた。その時だった。
 突然、地面が大きな音を鳴らしながら強く振動する。それによって、キュアドリームはよろめいていしまった。
「な、何!? 地震!?」
「のぞみ! あれを見て!」
「えっ?」
 慌てふためくようなキリカの声につられて、キュアドリームは振り向く。
 その直後、彼女は目を大きく見開いた。遥か北の方から、凄まじい轟音を鳴らしながら巨大な水が流れ出てきたため。
 いや、それはもうただの水ではない。周囲の物を無差別に破壊する自然現象だった。
「「つ、津波だああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
 キュアドリームとキリカは大声で叫ぶ。
 そう。100キロメートルは誇るかもしれない大型の津波が、襲いかかろうとしているのだ。
「「わあああああああああああああああああああああああああああ!」」
 二人の悲鳴を発するが、それは一瞬で大津波に飲み込まれてしまった。





「な、何なんですか!? どうして、いきなり津波が起こっているのですか!?」
 暴君怪獣タイラントと戦っていたストレイカー・エウレカは動揺している。
 生まれ変わった彼でも、いきなり大津波が起こったら流石に驚きを隠すことができなかった。
 そんなストライカー・エウレカを嘲笑うかのように、タイラントの鼻から伸びた角は強く発光している。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 タイラントは咆哮する。
 それと同時に角から発せられる光は更に強くなり、津波の勢いは激しさを増した。


 暴君怪獣タイラントは怪獣・超獣・宇宙人達の怨念が集まった結果、誕生した最強ランクの怪獣だ。
 その中には、ウルトラマンジャックと戦った竜巻怪獣シーゴラスの怨念も含まれている。シーゴラスは大津波を起こす能力を持っていて、それによって日本が壊滅的な被害が受けそうになった。
 タイラントは、己の肉体を構成しているパーツとなった怪獣の能力や武器を扱うことができる。つまり、シーゴラスと同じように津波を起こせても何らおかしくない。
 その結果、MAPの外より大津波を呼び寄せることが出来たのだ。


 しかし、そんなことなどストライカー・エウレカは知らない。
 ただ、タイラントの起こした大津波に飲み込まれるしかなかった。


109 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:06:01 lWSfWXLY0





「ハハハハハハハハハッ! こいつは愉快だ! ゾクゾクするぜ!」
 仮面ライダー王熊に変身した浅倉威は、怒涛の勢いで流れる大津波を見下ろしながら高笑いしている。
 眼下で流れる津波によってあらゆる物が破壊されていく。くま達も、津波を起こしたモンスターも、たった今まで戦っていたガキどもも、あれだけ生い茂っていた木々も……何一つとして例外はない。
 どうして津波が起こったかなんて王熊にとってはどうでもいい。ただ、津波による無差別な破壊が起こることが愉快で仕方がなかった。
 彼が津波に巻き込まれていない理由は一つ。ミラーモンスターであるエビルダイバーを咄嗟に召喚して、津波から逃れたのだ。空を飛ぶことができるエビルダイバーならば、造作もない。
 彼の支給品には王熊のカードデッキだけでなく、仮面ライダーライアや仮面ライダーガイに変身する為のカードデッキも含まれている。そして、夢原のぞみと呉キリカのデイバッグも確保して、その中に入っている複数のカードデッキも確保したのだ。
 それは浅倉威の生きる龍騎の世界とはまた違う、龍騎の世界に存在するカードデッキ達。ライダー裁判という制度に従って戦う仮面ライダー達のカードデッキと、仮面ライダーファムや仮面ライダーリュウガの存在する世界のカードデッキだった。
 もっとも、それはまだ王熊が知ることはない。また、例え知ったとしても使うことがあるかどうかはわからない。何故なら、彼はこの王熊を非常に使いこなしているのだから。





「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 竜巻怪獣シーゴラスの得意技である津波を起こした暴君怪獣タイラントは吠え続けている。
 津波によってヒグマや人間達が流されたが、タイラントは微塵も気にしていない。理性を持たない怨念の結晶体であるタイラントには、違う生命体のことを気遣う心すらなかった。
 ただ、宇宙のどこかにいるウルトラ兄弟を倒す。それだけがタイラントを満たす意志だった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 やがてタイラントは咆哮しながら遥か彼方の空に向かって飛び上がった。
 暴君怪獣タイラントがどこに向かうのか、それはタイラントにしかわからない……


【会場の何処か/朝】


【暴君怪獣タイラント@ウルトラマンタロウ】
状態:疲労(小)、ダメージ(小)、飛行中
装備:なし
道具:なし
基本思考:己の本能のまま暴れて、ウルトラ兄弟を倒す。
1:暴れる
[備考]
※タイラントの持っていた支給品は津波によってどこかに流されてしまいました。
※制限の影響なのかはわかりませんが、身長が縮んでいます。
※どこに飛んでいくのかは後続の書き手さんにお任せします。


【備考】
※タイラントが大津波を起こしました。
※それによって他のエリアにも何らかの影響が起こっているかもしれませんが、実際は不明です。


110 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:07:14 lWSfWXLY0





 ストライカー・エウレカとリラックマは、津波に流されていても生きていた。
 ヒグマの強靭な生命力が、過酷な環境下での生存を可能としたのだ。
 しかしその代わりに、彼らは自分がどこにいるのかわかっていない。あの凄惨な状況下では、不可能な話だ。
 ただ、一つだけ確かなことがある。彼らのことを守る為に戦っていた夢原のぞみと呉キリカの二人が、この場にいないと言うことだ……
「二人はどこにいったのでしょうね?」
「さあ、わかりません……」
 二匹のヒグマはぼやきながら歩く。
 ここがどこだかはわからないが、歩いていればきっとまた会えるはず。そんな楽観的な思考の元で、あてもなく会場を彷徨っていた。
「でも、また会えますよ! さあ、朝日に向かってレッツゴーです!」
「おー ……って、あ」
「どうしましたか?」
「うしろにあのひとがいますよー」
「えっ?」
 リラックマの言葉を聞いたストライカー・エウレカは後ろを振り向く。
 そこにいるのは、キュアドリームや呉キリカと戦っていたはずの、仮面ライダー王熊だった。
「は……?」
 そこから先の言葉は続かない。
 彼が最後に見たのは、仮面ライダー王熊がベアサーベルを振り下ろして、そして周囲が血のような赤で染まっていく光景だけだった。





「ハハハッ……美味かったぜ、熊野郎ども」
 仮面ライダー王熊の変身を解除した浅倉威は、日本語ぺらぺーらとリラックマの遺体を捕食して、笑みを浮かべていた。
 エビルダイバーに乗って彷徨っていたら、あのクマどもを見つけたので殺した。戦いの邪魔をした奴を殺せたので、鬱憤を晴らすこともできたし一石二鳥だ。
 そして浅倉は二匹を食べた。ついでに、津波で流されていた回転怪獣ギロスの遺体も。
 味はそれなりだ。これなら、もっと食ってしまいたいと思う。
「クックックックック……!」
 ああ、食べてしまいたい。
 この会場にいるクマどもを。
 あのガキどものように戦える奴らを。
 因縁の相手である北岡の野郎も。
 みんな、食ってやる。
 食って食って食いまくってやる。
 さあ来い。
 俺はここにいるぞ。
 早く来い。
 来なければ、俺の方から来てやる。
 俺がみんな食ってやる!
「ハッハッハッハッハ……ハッハッハッハッハ!」
 浅倉は笑い続ける。
 すると、彼の身体はボコボコと音を立てながら変化していった。中肉中背の体躯はどんどん逞しくなっていき、そこから黒い剛毛が生えていく。
 蛇のように鋭かった目つきは、ヒグマのようにギラリと煌めいていった。


111 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:08:03 lWSfWXLY0
「グハハハハハハハ、グハハハハハハハハハハハハ!」
 浅倉威の肉体はヒグマのようになってしまった。
 何故、彼はこうなってしまったのか? それは三匹のヒグマを直接食べてしまったからだ。
 ヒグマがベノスネーカーを食べたことでミラーモンスターになってしまったのと同じように、浅倉は三匹のヒグマを一気に食べてしまったことでヒグマになってしまった。
 本来なら、ヒグマを食べただけでヒグマになることはあり得ないかもしれない。現にヒグマ帝国では、ヒグマを調理した料理を食べても人間のままでいる者もいる。だが、それは『人間が食べてもヒグマにならない特別な調理法を施された』料理だった。だから、人間のままでいることができた。
 それに対して、浅倉は何の処置もしないでそのままヒグマ達を食べてしまった。その結果、ヒグマの体内に宿る無数の遺伝子も取り込むことになってしまう。無数のヒグマ遺伝子は浅倉の体内で暴れまわり、その身体をヒグマの物に変えてしまったのだ!
 究極生命体カーズは過酷な試練を乗り越えた末に“ヒグマ”の遺伝子を取り込んで、究極“羆”生命体(アルティミット・“ヒグマ”・シィング)に進化した! それと同じように、浅倉もヒグマに進化することを成功したのだ!
「グハハハハハハハハハハハ! グハハハハハハハハハハハハハハハ!」
 仮面ライダー王熊に変身する浅倉威はヒグマの怪物・ヒグマモンスターになってしまった。
 しかし彼はそれを悲観しない。むしろ、歓喜すらしていた。
 何故なら、浅倉威は元からヒグマのように過酷な生存競争を生き延びて、そして野生のような心を持ってしまったのだから……


【会場の何処か/朝】


【浅倉威@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ダメージ(中)、ヒグマモンスター
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ライアのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、ガイのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイド
道具:基本支給品×3
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる。
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:北岡ぁ……
[備考]
※ヒグマはミラーモンスターになりました。
※ヒグマは過酷な生存競争の中を生きてきたため、常にサバイブ体です。
※一度にヒグマを三匹も食べてしまったので、ヒグマモンスターになってしまいました。
※体内でヒグマ遺伝子が暴れ回っています。
※ストライカー・エウレカにも変身できるかもしれませんが、実際になれるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※全種類のカードデッキを所持しています。
※ゾルダのカードデッキはディケイド版の龍騎の世界から持ち出されたデッキです。


【リラックマ@リラックマ 死亡】
【日本語ぺらぺーら(穴持たず14) 死亡】
※リラックマと日本語ぺらぺーら(穴持たず14)の遺体はギロスと共に浅倉に食べられてしまいました。


112 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:09:14 lWSfWXLY0





 気が付くと、津波はもう収まっている。
 一瞬、あの世にでも来てしまったのかと思っていたが、身体には感覚が残っている。だから、まだ生きている。
 呉キリカは生還を実感していたが、喜ぶことなどできなかった。
「うえっぷ……酷い目にあったよ」
 口から海水を吐き出しながら悪態をつく。
 塩辛い感覚が舌や喉に貼り付いていたので、無性に水が欲しくなった。
 その為にもデイバッグを捜したが、どこにもない。きっと、津波に流されてしまったのかもしれない。
 ソウルジェムが流されなかったのは不幸中の幸いかも知れなかった。
「……って、あれ?」
 しかしキリカは素直に喜ぶことができない。
 手元に見当たらない物が一つだけあった。キリカにとって、ある意味ではソウルジェム以上に大切な物が。
 それは、美国織莉子から貰ったあのぬいぐるみだった。あのぬいぐるみがどこにも見当たらなかったのだ。
「ない……ない……ない! どこ、どこに行ったの!? 私の命!」
「はい、キリカちゃん」
 パニックに陥りそうになった瞬間、キリカの目前に探し求めていたぬいぐるみが突き付けられる。
 それを持っているのは、夢原のぞみが変身したキュアドリームだった。
「キリカちゃん、ごめん……ぬいぐるみが濡れちゃった」
 津波によってずぶ濡れとなったキュアドリームは、しゅんと項垂れている。
 キリカが肌身離さず持っていたぬいぐるみも、あの津波のせいで濡れてしまっていた。しかし、濡れたことを除けば綺麗に保っている。
 どこも千切れなかっただけでも奇跡だった。
「ごめんなさい……キリカちゃんにとっては大切なものだったのに、守ることができなくて」
 しかしキュアドリームは謝っている。
 愛の証であるぬいぐるみをただ「大切なもの」と言われたら、いつものキリカだったら苛立ちを感じていた。だけど今は、それ以上にキュアドリームがぬいぐるみを持っていたことに対する驚きの方が強かった。
「のぞみ……君が持っていたのかい?」
 だから、そう問いかけることしかできない。
「うん……もしもこれがなくなったら、キリカちゃんはまた悲しむはずだから」
「……」
「あたしね、キリカちゃんが悲しむ顔は見たくないの。誰かが悲しんでいるのを見ると、あたしまで悲しくなっちゃうから」
「…………」
「でも、ぬいぐるみは濡れちゃった……ごめんね」
「えっ?」
「ごめんね、キリカちゃんのぬいぐるみを濡らしちゃって……本当に、ごめんね……!」
 キリカが呆気に取られた瞬間、キュアドリームの瞳が滲んでいく。
 それは海水ではなく、彼女自身の涙だった。
「ごめんね……本当に、ごめんね……!」
 先程、仮面ライダー王熊と戦っていた時に見せた凛々しさが嘘のように、キュアドリームは悲しそうに泣いていた。
 ぬいぐるみが濡れてしまったことはキリカにとっても悲しい。だが、それは突然起こってしまった津波が原因なので、キュアドリームが……のぞみが罪悪感を抱く必要などないはずだ。
 予想外の対応にキリカは戸惑ってしまう。
 キュアドリームが泣く必要など、どこにもないはずだった。
「のぞみ……泣くのはやめなよ」
 だからキリカはキュアドリームを励ます為に声をかける。
 すると、キュアドリームは顔を上げてくれた。


113 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:09:45 lWSfWXLY0
「キミは私の為に力を尽くしてくれた。そして、私の愛を守ってくれた……それだけで充分さ」
「でも……!」
「のぞみは言ったよね。誰かが悲しむ顔はみたくないって……それは私も同じだよ。私も、できるなら恩人には笑顔でいて欲しいから」
 自分を助けてくれた相手に対しては必ず恩返しをすることがキリカの信条だ。
 のぞみがぬいぐるみを壊したりしたならともかく、むしろ守ってくれたのだから怒る道理なんてない。濡れてしまったのは残念だが、それなら乾かせばいいだけ。
 織莉子に謝るのはその後だ。
「だから、泣くのはもうやめようよ。ね?」
「キリカちゃん……うん!」
 キュアドリームは涙を拭って、あの眩い笑顔を取り戻した。
 そしてキリカはキュアドリームからぬいぐるみを受け取り、今度こそ離さないように握り締める。津波だろうと竜巻だろうと、それに隕石が襲いかかろうとも離したりなんかしない。
 その程度で愛を手放すなんてあってはいけないことだから。
「ありがとうキリカちゃん! あたしのことを励ましてくれて」
「私からすればこれでも足りないくらいだよ? キミは私の愛を一度だけじゃなく、二度も守ってくれたからさ」
「だって、これだけは守らないといけないって思ったから!」
「……そっか」
 キュアドリームの言葉にキリカは頷く。
 その直後、彼女はハッと気付いた。いつの間にか、周囲の光景が一気に変わっていたことを。
 不意に辺りを見渡すと、そこは先程までいたエリアではない。薄暗くて、壁と天井が灰色に染まった通路だった。
「そういえば、ここって一体どこなの?」
「あたしもわからない。何か、気が付いたらこんな所にいたから……って、そうだ! リラックマ達は!?」
「……どうやら、私達だけがいつの間にか違う所に飛ばされちゃったみたいだね。ちびクマ達も、あの怪物達もいないし」
「そんな!」
「落ち込むのは後だよ! そんな暇があるなら、ちびクマ達を捜す! いいよね?」
「う、うん!」
 キュアドリームとキリカは出口の見えない通路の中を走り始めた。
 しかし、ここはこれまで彼女達がいた殺し合いの会場ではない。彼女達が走っているのは、会場の地下にあるヒグマ帝国の一角だった。
 何故、彼女達がヒグマ帝国にいるのか? その理由は極めて単純。キリカの支給品であるどこでもドアを通じて、ヒグマ帝国まで来てしまったのだ。
 彼女達は仮面ライダー王熊との戦いに集中していたせいで気がつくことはできなかったが、デイバッグからどこでもドアが零れ落ちてしまっている。そこから、タイラントの起こした津波に巻き込まれてしまった彼女達は、偶然にもどこでもドアにまで流されてしまい、こうしてヒグマ帝国にまで来てしまった。
 本来ならどこでもドアさえあれば、殺し合いの会場から脱出できたかもしれない。しかし、主催者の制限によってヒグマ帝国と会場を行き来する効果しかなくなってしまったのだ。
 だが、そんなことなどここにいる二人は知らないし、どこでもドアも津波のせいで使い物にならなくなっている。もう一つ、守ろうとしていたリラックマ達はもうこの世にいないことも知らない。
 ただ、ヒグマ帝国に新たなる潜入者が現れたことが、確かな事実として残っていたのだった。


114 : 大沈没! ロワ会場最後の日 ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:10:37 lWSfWXLY0


【???/ヒグマ帝国のどこか/朝】



【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、キュアドリームに変身中、ずぶ濡れ
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:なし
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:ここってどこ?
1:今はキリカちゃんと一緒にリラックマ達を捜しに行く。
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)


【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:健康、魔法少女に変身中、ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
1:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達を捜す。
2:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
[備考]
※参戦時期は不明です。


【備考】
※どこでもドアに流されてしまったので、二人はヒグマ帝国に辿り着いてしまいました。
※どこでもドアは既に壊れています。


115 : ◆eLW/XDs01s :2014/01/29(水) 00:11:01 lWSfWXLY0
以上で投下終了です。


116 : 名無しさん :2014/01/29(水) 02:04:11 gj/nP50U0
投下乙!
とうとうヒグマになってしまったか浅倉…そしてタイラント強い!
首輪対策なしでヒグマ帝国に来てしまった二人、電波が届きにくい場所に来たんだろうか?果たしてどうなる?


117 : 名無しさん :2014/01/29(水) 16:43:52 TjVB7FwoO
つくづく会場が破壊されるロワだなwww


118 : ◆wIEqTYjkiE :2014/01/29(水) 23:47:51 HNPMCHkY0
火山消失したと思ったら今度は津波だー!?(ガビーン)
もうこのロワ完結する頃には会場自体が消滅してるんじゃないだろうかw

乗るしかない、このビッグウェーブに(津波だけに)

総統、吉田君、レオナルド博士、菩薩峠君、フィリップ
Dr.ウルシェード、くまモン、クマー、ヒグマ
で予約します。


119 : ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:19:18 2u.kz8d60
投下お疲れ様です!

>ゼロ・グラビティ
政府の対応速度が有能すぎて笑えてくるww
ヒグマと誘拐と鷲巣様が関連付けされてしまうような状況なんですね、今の北海道!?
開始から6時間でどんだけ広がってんだ^^;
御坂さん、STUDY戦でも打ち上がったのは中間圏までですから宇宙はタイムリミットきつそう……。
そしてプリキュアの力がすごいというのが、もうここのヘリとヒグマの様子だけで描写されている!!
相対的に影が薄くなっちゃった山岡さんですが、これ、到着の時間、「深夜」→「朝」ですよね?


それでは自分も予約していた、黒騎れい、佐倉杏子、カズマ、ヒグマン子爵、
自分のことを究極生命体と呼称している半裸の男の人
で投下します。


120 : ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:27:23 2u.kz8d60
投下お疲れ様です!

>ゼロ・グラビティ
政府の対応速度有能すぎぃww!!
今の北海道、ヒグマと誘拐と鷲巣が関連付けられるような状況になってるんです!?
開始6時間でどれだけひろがってるんですかー!
御坂さんは、STUDY戦でも飛んだのは中間圏までですし、宇宙はリミットきつそうだ……。
プリキュアの力のすごさは、もうヘリとヒグマの様子だけで描写されちゃってますね!
影が薄くなっちゃった感のある山岡さんですが、彼の到着は「深夜」ではなく「朝」では……?

それでは自分は、予約していた、黒騎れい、佐倉杏子、カズマ、ヒグマン子爵、
自分のことを究極生命体と呼称している半裸の男
で投下します。


121 : ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:30:42 2u.kz8d60
あ、書き込めてた。そしてもう新たな作品が投下されていた……。


122 : ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:31:21 2u.kz8d60
 主はわたしの羊飼い。わたしには乏しいことがない。
 主はわたしを緑のまきばに伏させ、憩いのみぎわに伴われる。
 主はわたしの魂を生き返らせ、御名のためにわたしを義の道に導かれる。

 たとい『死の陰の谷』を歩むとも、わたしは災いを恐れない。

 あなたがわたしと共にいてくださる。
 あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける。

 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。
 わたしの杯はあふれます。

 わたしの生きているかぎりは必ず、恵みといつくしみとが伴うでしょう。
 わたしはとこしえに、あなたの宮に住まいましょう。


 ――『旧約聖書』詩篇23篇より


    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 黒騎れいは、明けてくる空にひと塊の夜闇を見た。

 あまりにも強化しすぎてしまったヒグマの暴挙を背後にし、私は振り向き振り向き、ワイヤーアンカーを伝ってビルの間を逃げていた。
 それは、目前のタワーの上方にわだかまっていた。
 行く手を阻むように佇む一頭のヒグマを前に、私は立ち止まる。
 影のように黒く、人間のように細いシルエットだった。
 私を見下ろしてくる鋭い双眸はゆで卵のように白濁しており、朝の日差しを歪に照り返している。
 タワーの鉄骨に片手と脚のみで掴まったまま身じろぎもせぬその口には、一振りの長い日本刀が銜えられていた。

 ――ヒグマン子爵……!!

 その独特の風貌に、有冨春樹から聞かされていた情報が思い起こされる。

 穴持たず13。別名ヒグマン子爵。
 関村研究員の持っていたあるゲームのキャラクターと、あまりに姿が似ていたからついた名だとか。
 姿だけでなく性能もそっくりだそうで、取り分け、ヒグマの膂力と防御力を維持しながら、その細身によって生み出される回避力と速度が、驚異的であると。

 そう、速度が――。

 私が瞬きをした時、そのヒグマは既にタワーから消え去っていた。
 空を砥ぐかのように襲い来る、黒い風。

「――っは」

 半分だけ漏れた私の吐息を裂いて、鋭い爪が頬を掠める。
 振り抜かれた腕の風圧が辺りを薙ぐ。
 コンクリートを蹴って、屋上の端まで私は転げていった。

「……グルルルル」

 ――危なかった。
 こいつは待ち伏せをしていたのだ。
 視界の良いところで、通りかかる獲物を、捕まえ易そうだと思った者から狩り、喰う。
 私がジョーカーだからといって、ヒグマの前では等しく餌に過ぎないのだ。
 こいつをどうにかして退けなければ、私だって死んでしまうぞ!?
 
 数百キロの体重を持つヒグマならば、100メートルを走るのには初動から数えて約6秒。
 ――私は今何秒意識を外した?
 あのタワーからこのビルまで、何十メートルも離れてはいないだろう。
 しかしそれにしても、その直線距離は空中だ。走れるわけがない。
 ヒグマン子爵は鉄骨を跳んだ後、あたかも空気を踏むかのようにして、私の前に『伸びて』きた。
 軽量ならではの身のこなしなのか。
 その速度が生み出す収束された破壊力が、私には想像できない。
 ――速すぎる。
 私が紙一重で初撃を躱せたのは、単に左右どちらに身じろぐかという二分の一の賭けに勝っただけに過ぎない。
 もう、次が来る。
 コンクリートに一歩、二歩――。
 音が急速に接近する。

「くあっ!!」

 眼を上げる余裕もなく、四肢をバネにして後方へ跳ぶ。
 屋上から身を空に躍らせて、手首のワイヤーを隣のビルへ。
 いつの間に私の肩から飛び去ったのか、目の前にカラスが飛んでいる。

「何をしているのです! れい、矢を撃つのです!!」

 言われなくとも――!
 振り向きざま手元に取り出す、烏羽の弓、光の矢。
 手首を支点に回旋する体を空中で制御し、脇の下からヒグマへ向けて直射――。

「――ギィ――ル」

 白濁した眼球が、私の鼻先にあった。
 口に銜える日本刀が朝日を照り返して、私の前に。
 ヒグマン子爵は私を追って、なおもまた空中に跳んでいたのだ。
 矢を番える暇もなかった。


123 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:32:01 2u.kz8d60

「ああああああぁぁぁっ!!」

 弓の胴から鳥打、姫反にかけて太刀筋を受け、烏の羽を撒き散らしつつ、突き放す。
 続け様に太刀の柄頭を顎ごと蹴り飛ばして、ヒグマン子爵の体を地面に叩き落とした。

「やった――っがはぁっ!?」

 私の体はしたたかにビルの壁面へ激突する。
 着地のタイミングを完全に逸していた。
 呻きながら、なんとかワイヤーを引っ張って屋上まで這い上がる。
 下を確認している時間はない。

「れい。あのヒグマはまだ生きていますよ! 早く撃ち込みなさい!!」

 ――ええ、そうでしょうとも。
 耳元でわめき散らすカラスを振り払いつつ、痛む右半身を庇いながら膝立ちの体勢を作る。

 ドシン。

 地響きを立てて、ヒグマの姿が空に舞い上がっていた。
 三階建てのビルを容易く上回る、信じがたい跳躍力。
 しかし、私の勝ちだ。
 自由落下とともに迫るそのシルエットに、私はしっかりと狙いをつけていた。

 ――この矢で思考を奪い、凶暴性を別の対象に振り向ける!!

 矢を放とうとした私の眼に、何か煌くものが映っていた。
 逆光でよく見えなかったが、それはくるくると回りながら光を反射して、私の方へ――。
 日本刀が、ヒグマン子爵の口から投擲されていたのだ。

「――痛ッ!?」

 弓矢はもろともに太刀の峰に弾き飛ばされ、痛みに瞬きした刹那、私の視界は大きな陰に覆われる。
 目を上へ、滑らせる。
 黒いヒグマの白い瞳が、私の首筋にその爪を――。
 風を裂くようにしてその五本の爪を、落下させていた。


    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「――グルルルルル……」

 私は耳元に、心底不愉快そうな唸り声を聞く。
 ゆっくりと眼を開いた。
 目の前には、空手の寸止めのように打ち下ろす拳を留めている、ヒグマン子爵の姿があった。

 その白い瞳は、もはや私のことを見てはいなかった。
 ヒグマは下の通りの方へ目を向けた後、私をほうってビルの反対側へ走り去る。
 弾け飛んだ日本刀を銜えなおし、先程向いていた道から逃げるかのように、目にも留まらぬ速さで跳んで行ってしまった。

 暫く私は呆然として、動けなかった。
 死を覚悟したのに、なぜ、ヒグマン子爵は私を置いて去った?

「いい加減にしなさい、れい! ぼーっとしているから死に掛けるのですよ!」

 絞め殺してやろうかと思うようなカラスの叱責を聞き流して、私は通りの方を見やる。
 なるほど。
 視線の向こうには、私が巨大化させ凶暴化させた穴持たず00が暴れている。
 距離をとっていたつもりが、追いつかれてきてしまったようだ。
 ヒグマン子爵は彼女からの逃走を優先したのだろう。
 私も早いところ逃げよう――。


【E-6・街/朝】

【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:ダメージ小、それなりに満腹
装備:正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本:獲物を探す
0:『究極"羆"生命体』の殺気から逃走する。
1:『死』の気配の強いF-5を避け、別の場所に移動して獲物を待ち受ける。
※細身で白眼の凶暴なヒグマです


124 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:32:36 2u.kz8d60

 そう立ち上がった視界に、ふと一人の男が映りこんだ。
 筋肉質で長髪の、半裸の男だった。
 彼はあたかも散歩でもするかのように、通りの中央を平然と歩んでいる。
 穴持たず00の姿をビルの隙間より仰ぎ見て、その男は微笑んでいるようにすら見えた。

「何をしているのあなた!! そっちに行っては駄目よ!! 逃げなさい!!」

 屋上から身を乗り出して叫ぶ。
 四つ角になっている交差点で私の声に立ち止まった彼の元へ、横から制裁ヒグマがやってきていた。
 制裁ヒグマは途中で私が追い抜いてしまっていたから、逃げ遅れていたのだろう。
 男は制裁ヒグマの方を一瞥し、得心したように笑った。

「……なるほどなぁ。死を無視して通り過ぎることができると考えている時点で、敗者の思考だ」

 制裁ヒグマがその脇を通り過ぎる瞬間、男はゆっくりと髪をかき上げる。
 ウェーブのかかった黒髪が手櫛により朝日に舞い、見惚れそうな美しさを匂い立たせていた。
 髪をかき上げた男の肘からは、いつの間にか、鋭い刃物のようなものが飛び出している。

「うむ。切れ味が鈍っているわけではないな。ヤツを切り刻み損ねたのは単なる偶然だろう」

 制裁ヒグマは、男の脇を通り過ぎた後も走り続けていた。
 そして十数歩走った後、突如その体が横一文字に裂ける。
 肉体の上半分が、べしゃりと街道に落っこちていた。
 ほとんど手足しかついていない下半分は、そのままトコトコと歩み、暫くして力なく倒れて、動かなくなっていた。

「……白目のヒグマが私から逃げたのは賢明だっただろうなぁ。
 さあ、お前はどう反応する。死を目の前にして、逃げるのか? 見て見ぬフリをするのか?」
「――……ッ!?」


【制裁ヒグマ 死亡】


 絶句した。
 視線を合わせてようやく気づく、身を刺すような殺気。
 酷薄な笑みを浮かべるその男の美貌は、人間のものとは思えなかった。

 あのすれ違う一瞬で、この男はヒグマの肉体を容易く両断したというのか。
 参加者ではない。
 よく見れば、首輪も支給品も持ってはいない。
 ならばこいつは誰だ。
 あの肘のブレードは……。

「あ、あなた、もしかして穴持たず1の『デビル』なの!? 肉体操作能力って、そこまで……」

 私は、最後まで言葉を発することができなかった。
 質量を持って突き刺さってくるかのような殺気の津波に、言葉が飲み込まれていた。
 何故か、私の言葉は彼の逆鱗に触れたらしい。
 全身が彼の視線に射すくめられ、私は動くことができなかった。

「このカスが……。私と下等生物の見分けもつかんのか……。
 よかろう、貴様は死を目の当たりにして動けぬどころか、自ら招き寄せると。そういう訳だな」
「れい、動きなさい! 弓を! 弓矢を取るのです!!」

 カラスが、私の耳を思いっきり啄ばんでいた。

「うあああぁぁっ!!」
「『羽根の弾丸』!!」

 私が手元に弓矢を出現させるのと、彼の両腕が猛禽類のような翼に変化するのはほとんど同時だった。
 だが、間に合わない。
 弦を引き絞った時既に、私の腕には、ナイフのような鋭さの羽根が何本も突き刺さっていた。

「あ、あああぁぁっ!?」

 痛みにふらつき、屋上から落ちていた。
 右手首のワイヤーだけで、辛うじてビルに掴まる。
 弓矢は光になって消え、代わりに腕からは真っ赤な血が滴り落ちる。
 被弾数は羽根6本。
 左の肩に1。上腕に1、下腕に2。左頬に1、脇腹に1。
 再び応戦しようにも、左腕をここまで痛めて、果たして弓を持てるのか。

「終わりだな……早くも。ゆっくりと死を味わって逝くがいい」
「何を……っ」

 男は両の翼を腕に戻し、私に背を向けた。
 ――この男が何なのか知らないが、この程度で死んでたまるものか。
 ぎこちない動きで弓矢を再生成しようとした時、私は、腕に刺さった羽根が蠢いていることに気づいた。


125 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:33:15 2u.kz8d60

「え……? え……? きゃああああああっ!?」

 私に刺さった6本の羽根は、もぞもぞと変形して、小さなヒグマの形になっていた。
 それらが私の着る制服を喰い破り、肉を噛み千切っていく。
 靴下やホットパンツ、胸元の下着まで抉られ、血が噴出す。

「離れなさい小熊ども! れいを今、壊させはしません!!」

 カラスがそのうちの一体を相手取り攻撃を加えていくが、なんの助けにもならない。
 小さなヒグマは、カラスにつつかれたそばから再生して、私を食べるのをやめなかった。
 痛い。
 痛い。
 宙吊りにされたまま、肉と血の落ちる痛みだけが私を責める。
 嫌だ。
 こんなところで、死にたくない。
 私は、父さんを、母さんを、元いた世界を、取り戻すんだから……!!
 死にたくない。
 誰か、助けて……――ッ。


「――ったく。悪趣味なクマがいたもんだねぇ!」


 朦朧とする意識に、少女の声が届いた。
 赤い炎のような、どこかで見たことのあるような瞳が、私の視界に映っていた。

「てめえら纏めて、槍のサビにしてやるよ!!」

 細い槍が、矢のように私に向けて飛んでくる。
 6本の赤い槍が、過たず私を食んでいた小熊を射抜き、その先端に燈る炎で焼き尽くしていた。
 多節棍のように鎖で伸張されていたそれらの槍は素早く少女の手元に戻り、竹ささらのように纏められて一本の大槍に変化する。
 少女は大きなポニーテールを振り立たせて、私に叫んでいた。

「おい、ほむら似のあんた! あいつの相手はあたしとカズマが引き受ける! 早く行きなっ!!」
「……っく」

 お礼を言う体力は無い。
 腹筋と脚力を頼みに、息を荒げて屋上に這い登り、倒れ伏した。

「なんというザマですか、れい。その程度で元の世界が取り戻せると思っているのですか?」

 煽り立ててくるカラスに返事をしてやることもできない。
 マフラーを解いて肩口を縛り、これ以上出血しないように身を寄せて傷口を圧迫する。

「……なぁ、あの子を傷つけたのはてめぇの仕業か? 何とか言えよ。どうなんだ、てめぇ!!」
「決まってんじゃねえかカズマ。こいつはぶっ潰すぞ!!」

 地上から、さっきの少女たちの声がする。
 そうだ。
 彼女たちは、私が避難を促した二人組みだ。

 何をしているんだ、彼らは。
 私の有様を見ていたなら、その男に勝てるはずはないとわかるだろうに。
 こともあろうに、私を助けるため?
 ヒグマを強化してあなたたちを追い立てたのは、他でもない私なのよ?

「先程の男もヒグマなのでしょう。さぁ、矢を打ち込んで強化し、そこの男女を食い殺させるのです」

 カラスは冷ややかにそう促してくる。
 こいつはこいつで、私に命の恩人を間接的に殺害しろというのか。
 今までアローンを強化し、大島の町並みを破壊してきたように。

 あの街にだって、沢山の人が暮らしていたはずなのに。
 本当はもう、人の命が奪われるところなんて、見たくもないのに。
 肉の食われる痛みがこんなにも痛くて苦しいなんて、初めて知った。
 こんなに血が流れるところなんて、初めて見た。
 遠くから、安全な場所から、私はただ人殺しの幇助をしていただけなんだ。
 実際にその恐怖を受ける人のことなんて、全く考えていなかった。

 冷や汗、動悸、息苦しさ。
 手足の先が冷たくて、頭の中が痛みで塗りつぶされそう――。
 もう、嫌だ。
 私は死を目の前にして、立ち向かうことができなかった。
 今も、お父さんたちが亡くなったあの日も。
 動くことも、身じろぎ一つすることもできなかった。
 羽根ヒグマの男や、このカラスにされるがまま、身を任せてしまった。

 見上げる空は、抜けるような朝焼け。
 ヒグマン子爵のいたタワーが雲をついて、胸の奥に倒れこんでくるかのようだった。

 ほら。
 今も私は、カラスの叱咤を浴びながら、身を丸めて、すすり泣くことしかできない。


126 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:33:40 2u.kz8d60

【F-5・街/朝】

【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:全身に多数の咬傷、軽度の出血性ショック(止血を試行中)、気絶、制服がかなり破れている
装備:光の矢(6/8)、カラス@ビビッドレッド・オペレーション
道具:基本支給品、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、ランダム支給品0〜1
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す
0:他の人を犠牲にして、私一人が望みを叶えて、本当にいいの?
1:ヒグマを陰でサポートして、人を殺させて、いいの?
2:ジョーカーも何もない。私だって他の参加者と同じように、ヒグマには容易く食い殺されるのよ!?
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことは知りません


    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「……ふむ。暇つぶしをしていたらそちらの方から来てくれるとはな。手間が省けたぞ」

 目の前にいる半裸の男は、あたしとカズマの剣幕に、そんな飄々とした言葉で応じていた。
 なんなんだその余裕は。

 この男は、あたし達が巨大ヒグマから逃げてきた時、前を逃げていたはずの女の子を宙吊りにしていたぶっていた。
 腕の変形、そして撃ち出した羽根をヒグマにして襲い掛からせる謎の能力。
 もはやヒグマの定義がなんなのかすらわからないが、とにかくこいつが敵であることは確実だ。

 カズマの右腕に、虹色の光がわだかまる。辺りのビルの一角がごっそりと消失する。
 髪の毛は風になびかれたように総毛立ち、彼の右頬からこめかみまでを金属のたてがみが覆う。
 金色の装甲がカズマの右腕から出現し、肩先に巨大な一本の羽を持ったプロペラを形成した。
 カズマから聞かされた彼の『アルター能力』、『シェルブリット』だ。
 その威力は、あたしもこの目で確かめている。

「……杏子、ケンカだ。あいつはケンカを売ってきやがった……」
「そうだな……。よりにもよって、ヒトの命を『暇つぶし』だぁ?」
「だったらどうする。答えは一つだ。
 誘いに乗る。ケンカを買う。そして、あいつを叩き潰す!!」

 あたしとカズマの思いは同じだった。
 二人して目の前の男に飛び掛かろうとする寸前、その男は、私たちの後ろのビルの上を指差していた。
 そして、あたし達の怒りなど気にも留めず、世間話でもするかのように語りかけてくる。

「貴様らも見てみろ。あそこのヒグマの様子が、なかなか興味深い」

 つられて、振り向いていた。

 いよいよあたし達のところまで迫っていた巨大なヒグマが、動きを止めている。
 そして次の瞬間、空中に溶けるようにして消え去っていた。
 魔法か何かか!?
 瞬間移動とか、ワープとか、そういうものなのだろうか。

 その一部始終を目撃してから、男の方に振り向こうとした。
 体は、動かなかった。
 それでも視界は、くるりと背中の方に向いた。
 そこに、先程の半裸の男はいなかった。

 ――あれ?

 あたしの視界はぐるんと上下さかさまになって、真っ赤に染まっていった。


    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


127 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:35:24 2u.kz8d60

「……つまんねぇもんに引っかかっちまった。おい、行くぞ杏子!!」
「……」

 ヒグマが消えようが暴れてようがどうだっていい。
 あの半裸男、そいつを二人で潰してやるんだ――。

 そう、カズマという青年は男の方に振り向いた。
 しかし、目的の人物はそこにいなかった。
 隣の少女からも返事がない。
 いぶかしんで、隣を見た。

 少女の体は、真っ赤な修道服のような衣装を着て、しっかりと槍を構えていた。
 その服は、どんどんと赤くなっていく。
 槍を構える腕にも、赤が流れ落ちてくる。
 視線を上げた。
 首元に、ルビーのような宝石が輝いている。
 そしてさらに上――。


 そこにあるはずの少女の頭は、どこにもなかった。


 切断された細い首から、泉のように血液が流れ落ちている。
 少女の体は暫くの間立っていたが、徐々に傾いて、真っ赤な水際に倒れ伏していた。

「――さぁ。この女は貴様のつがいか、友か? 『死』という暗黒の淵に、貴様はどう反応する?」

 佐倉杏子の倒れたその先。
 そこに、彼女の顔があった。
 何が起きたのかさっぱりわかっていないような、呆然とした表情だった。

「――杏子……?」

 杏子のポニーテールが半裸の男に掴まれ、晒し首のようにカズマの前に掲げられていた。
 カズマはその有様を見て、知らぬ間に、一歩、二歩と、後ろへ下がっていた。

 男はカズマの表情に陶酔したように目を細め、そのまま、倒れた杏子の脚を掴んで引き寄せる。
 その場に胡坐をかいて、思春期の少女の伸びやかな脚を、彼は根元まで顕わになるよう持ち上げた。

「ウィン。ウィンウィーン……。
 フフフフフ。
 ウィン。ウィンウィンウィーン……」

 あたかもギターか何かを弾いているかのように、男は口で効果音を発する。
 白く滑らかな少女の肌に、赤く血の運指が線を引いてゆく。
 カズマへ見せ付けるように、男はうつ伏せの少女のふとももから足首までを楽器にして、丹念に撫で回していた。
 一通り演奏した後、彼は佐倉杏子の生首を、彼女自身の靴底の上に載せ、バランスを取るようにして立てる。
 立てた下腿から生首が落ちそうになるのを数度調整して、彼はカズマにその作品を見せる。


「どうだ。これで下等生物も少しは趣ある姿になったと思わないか?」


 カズマの中で、何かが爆発したような音がした。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ――!!」


 獣のような吼え声とともに、カズマは男へ向けて殴りかかっていた。
 男は杏子の髪を掴んで、闘牛師のようにカズマの攻撃を避ける。
 杏子の血液と赤い髪の毛が、緋色のマントのようにカズマを誘う。

 男はその口元に浮かんだ薄笑いを崩さぬまま、常人ではありえないような肉体の動きで、カズマの連続殴打をことごとく躱していた。

「テメエぇぇぇぇぇええええっ!! ブッ潰してやらあああああっ!!」

 カズマは右腕のアルターに力を集束させる。
 肩のプロペラが高速で回転する。
 杏子を殺し、あまつさえその体をこれ以上ないほど弄んだこの男を、許す訳にはいかなかった。
 ――人を見下したようなその余裕面を、このシェルブリットで消し飛ばしてやる!!

「ああ、それだ。その力を見たかったのだ。さあ、私にそれを見せてみろ」

 しら、と男の口元に端正な歯が覗く。
 余裕の表情は崩れない。
 むしろその顔は、探究心と好奇心に満ちた研究者のそれだった。


「輝け……、もっと。もっとだ!!
 もっと、輝けぇぇぇぇぇーッッ!!」


 右手の甲がその外殻を開き、シャッターの内側の孔に光の渦が吸収されていく。
 肩口のプロペラが高速回転し、カズマの体は上空に飛び上がる。
 中天の高みで方向転換した彼は、吹き出すアルター粒子の勢いと、プロペラの推進力との一切を、その右腕に預けていた。
 金色の装甲に覆われた右腕が、輝きを放つ。
 眼下に見える黒髪の男を目掛け、一直線に降下した。


128 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:36:05 2u.kz8d60

「喰らえぇぇぇーッ!!
 シェルブリッ――……」
「……遅いぞ」

 半裸の男の、呆れたような表情が見えた。
 垂直落下していたカズマの体は、突如バランスを崩して横に流れ、街道脇に立つビルの一つに激突していた。

「がっ!? ……がふっ」

 そのまま地面に叩きつけられたカズマは、立ち上がろうとして喀血した。
 よくよく自分の体を見れば、自分のアルターと右腕は、肩からごっそりとなくなっていた。
 切断面から血液があふれ、スポンジのような肺からぶくぶくと赤い泡が立っている。

「そんな予備動作の長い攻撃など、実戦で当たるわけがなかろう。
 所詮は下等生物か。期待はずれだったなぁ……。
 まあ、この右腕だけでも研究材料にさせてもらおうか」

 半裸の男は、その右腕をタコの触腕のように変形させていた。
 伸びた腕の先には鋭い刃が飛び出していて、同じくその先端にある男の手には、カズマのシェルブリットが、その腕ごと掴まえられている。
 左手に依然として持たれたままの佐倉杏子の生首とともに、男は戦利品を掲げる。
 くるくると回るプロペラの速度が徐々に遅くなり、止まっていた。
 カズマは、朦朧とする意識を無理矢理その脚に留めて立ち上がる。

「人を、勝手に、ランク付けすんじゃねぇ、ぞっ……」
「ほう。まだ立ち上がれるのか。だが半身と武器を失って、この究極生命体に立ち向かう手段など無かろう、下等生物」
「勝手に、人を、枠にはめやがって……。
 俺は、てめぇに見下されるようなヤツとは、違う! 違ってやる!!
 俺にボコされるのは、テメェの方だ!!」

 肩の切断面を左手で押さえながら、カズマの眼光は鋭かった。
 その傷口へ、虹色の粒子が集っていく。
 半裸の男が持っていた彼の腕が、粒子と化して消え去る。
 そして光の伴った気流が、カズマを包んだ。
 カズマの右肩の後ろには、赤い、焚き火の炎を描き出したような3枚のフィンが形成される。
 金色のリングが多数中空に出現する。
 存在しない腕をギリギリと締め付けるようにそれらが収束する。
 黄金の装甲に包まれた右腕が、再びそこに出現していた。
 男は感嘆する。

「面白いな。自分の肉体ごと再生できるのか」
「……意地があるんだよ。男の子にはな。
 てめぇを杏子の分までボコすまでは、オレは倒れねぇ!!」
「不幸なヤツよ。自分の『死』も女の『死』も、認められないとはな」
「他人がヒトのことを幸せとか不幸とか言うんじゃねぇよ!! 見下すなっ!!」

 左手に掴んだ杏子の首から滴り落ちる血液を、男は旨そうに啜る。
 カズマの怒りを煽りながら、彼は今度はその右腕を、猛禽の翼のように変化させた。

「弱い犬ほどよく吠えるらしいが、どうした? ならば撃ってみろ。攻撃が間に合うならなぁ!!」

 打ち振る羽根が弾丸となってカズマを襲う。
 素早く踏むサイドステップ。
 旋回してピボットを切る。
 次々と羽根を躱すカズマの足元に、今度は小さなヒグマが群がってくる。
 回避された羽根が例外なくヒグマの姿に変形して、カズマに襲い掛かるのだ。
 小さなヒグマたちに脚の動きを封じられ、カズマは徐々にその肉を食い尽くされていく。

「フゥ……まあこんなものか。あの腕だけは後で回収できるようにしておこう」

 ヒグマの毛皮に埋まっていく青年の体を見て、男は満足げに笑った。
 血臭に飲み込まれていくカズマは、それでも倒れずに、口を開く。

「……俺の目の前に分厚い壁があって、それを突破しなきゃいけねぇなら、俺は迷わねぇ。
 一度こうと決めたら、自分が選んだのなら、決して迷わず、進む。
 進む方法がないなら、見つけてやる。
 なくても見つけ出す……!
 俺は、どこまでも、進化してやる……!!」

 カズマを埋めていた小山のようなヒグマの塊は、突如虹色の光になって消え去る。
 小ヒグマを分解したアルター粒子は、カズマの五体と『シェルブリット』へ、虹色の渦を巻いて集う。

 半裸の男はその姿に、心底感嘆した表情を見せた。
 男は右腕を、今度はヒグマのもののように、太く鋭い爪と、強固な毛皮を持ったものへと変化させていく。
 コォォォォォォ……。
 渦巻く風のような音を立てて呼吸する彼の体は、太陽のような金色の光を帯びていた。
 酷薄な笑みを湛え、カズマを嘲笑う。

「活きがいい……。それでこそ、新たに手に入れた我が羆の力を試すにふさわしい実験動物だ!!」
「見下してんじゃねぇっ!!」


129 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:36:28 2u.kz8d60

 カズマは、地面にシェルブリットを叩きつけ、アスファルトを粉砕した。
 虹色のアルター粒子が、爆風のように一帯を吹き飛ばす。
 砕片を巻き上げながら反動で跳んだ彼は、飛翔しながら肩のフィンを3枚全て、一斉に分解する。
 緑色の光が奔流となってカズマから噴出し、彼の体に急激な加速を与えた。
 アルター能力の師であるストレイト・クーガーを彷彿させる、高速の一撃。
 回避も迎撃もできる速度ではない。
 カズマは男に向けて拳を振りかぶり、叫んでいた。

「『攻速の』――ッ!?」

 しかし、男の不敵な笑みは崩れなかった。

 カズマに向かって、赤い衣装が飛んでいた。
 カズマの目が驚愕に見開かれる。
 首のない佐倉杏子の肉体が、男に蹴り上げられ、カズマの行く手を阻むように向かっていたのだった。


 ――目の前の体はただの死体――。


 それでも、カズマはとっさに、構えていた腕を引いた。
 肩のアルター粒子を逆噴射させていた。
 急ブレーキをかけたカズマへ、杏子の体はしたたかに激突し、二人は抱き合うようにして地に落ちていた。

「この愚か者がぁ! 私がわざわざ面と向かって力比べをしてやると思ったか!
 女の死体にほだされているような下等生物が、究極生命体たる私に挑むことなど到底できぬわ!!
 つがいを揃えて死に送ってやることを、感謝するがいい!!」

 勝ち誇ったように笑い、男は掲げ上げた生首を見やる。
 カズマの精神へさらに追い討ちをかけるべく、目の前でその容(かんばせ)へ口を寄せ――。

 ぞぶり。

 辺りに、肉をえぐる咀嚼音が響いていた。


    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


130 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:37:11 2u.kz8d60

「人間が進化によって生まれてきたとしたら、聖書の記述と食い違ってしまう……。
 そう、杏子は思ったというわけかな?」

 あの日、父さんはあたしの質問にそう笑って答えた。
 小学校で、生物の授業を受けた日のことだった。
 先生が教えてくれた『進化論』という考え方に、あたしは猛反発していた。

『初めに神が天体と地球を創造し、
 つぎに植物と動物を「その種類にしたがって」造り、
 最後に「人」を造って命の息(霊)を与えた』

 と聖書には書かれている。
 人間は神様の似姿として作られた特別な生物で、他の種の動物とは違う――。
 あたしはそう言って、教室で暴れた。
 連絡を受けた父さんは慌てて教会から飛んできて、職員室のあたしを平身低頭で引き取っていた。

 父さんは悪くないし、父さんの話す聖書だって、間違ってないはずなのに。
 私は、父さんが否定されたような気がして、本当に悔しかったんだ。

「杏子。必ずしもね、進化論と聖書は矛盾しないんだ。
 聖書には正しいことが書かれているけれど、『言葉』にしてしまった時点でその意味の解釈は分かれてしまう。
 私はね、杏子。神は人間を、『人間に進化できるように造った』のだと考えているんだよ」

 父さんは帰る道々、そうあたしを諭した。


 ――進化というのは、『希望』を自分の形に変えてゆくことなんだ。


 繋いだ父さんの手に、力がこもった。

「前に話したね、杏子。
 よい行いをしていれば神様が見ていてくれる。だから、どんな時も『希望』を失っちゃ駄目だ。と」

 父さんの腕の温もりが、力強く私に流れ込んでくるみたいだった。
 父さんの笑顔は、夕日の輝きに負けないくらい、眩しかった。

「神様は、最も気高い『希望』だ。
 杏子。人間には、杏子の笑顔のように、どんな時でも『希望』を抱く力が備わっている。
 笑顔を忘れたら、その先には『絶望』という神様の罰が待っているんだ。
 『絶望』こそが、『死』よりも深い、全てを破滅へと導く諸悪の根源だ。
 『希望』を失わなければ、どんなに辛い状況の中でも、『死の陰の谷』を行く時でも、正しい道を進むことができる。
 その手段こそ、『進化』だ。
 今日、杏子が学んだ新しい知識だって、杏子が『希望』さえ持っていれば、杏子の新しい力を『進化』させてくれ、より杏子を神様に近づけてくれたはずだ」
「……ごめんなさい」

 父さんは、言外に私の短慮を戒めていた。
 あたしが、もっと広い視野をもって物事を受け入れていれば、あたしは今日、笑顔を失わずに済んだはずだった。
 あたしの髪を、父さんは優しく撫でた。

「わかってくれればいいんだ、杏子。
 ――今の世の中には、『絶望』が溢れている。この時代の人々には、こうした新しい教えが必要なんだと私は思うのだ。
 しかし、それを私が説いても、杏子のように受け入れてもらえるとは限らない……。
 今の世の中を救いたいのだが……」
「あたし、父さんの言っていること、正しいと思う!
 あたしは、絶対に『希望』を忘れないよ!
 父さんと一緒に、あたしもみんなを救うよ! あたしも父さんも、『絶望』したりしない!」

 不意に寂しげな顔を見せた父さんに向かって、あたしはそう叫んでいた。
 だから、その時はまだ、父さんの『希望』は、眩しく輝いていた。


 ――父さんが新しい教えを説いて破門され、あたしが魔法少女となったのは、それからしばらく後のことだ。
 あたしの願いがバレて、父さんの気がふれちまったのは、それからさらに少し後。


『――みんなが、父さんの言うことを、真剣に聞いてくれますように』


 信者たちは、父さんの説く内容ではなく、あたしのそんな願いに集まってきた。
 最期まで、父さんは悔しがっていた。
 信者が、決して父さんの言う『希望』を信じて集ってくれていた訳ではないことに。
 自分の信じていた『希望』の道を、進めなくなってしまったことに。
 自分の言葉さえ見失って、家族をも巻き込んでしまったことに。
 あたしのことを魔女だと呪いながら、その実、自分自身を悪魔だと言って、一番呪っていた。


131 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:37:34 2u.kz8d60

 天は『自ら助くる者を助く』。
 そして、魔獣に取り憑かれようが憑かれまいが、死にたがるやつは死んじまうんだ。
 父さんは、『絶望』に留まってしまう前に、家族を連れて『死の陰の谷』へ行くことを選んだ。

 ああ、そうだ。
 全部あたしの魔法のせいだった。
 あたしはもう二度と、他人のために魔法を使うまいと思った。
 父さんが拒絶した『絶望』には行かない。
 でも、もうあたしの望んだ『希望』には進めない。
 あたしは、自分の『希望』である魔法を封じて戦い抜いた。

 地獄っていうものは、『死』なんてものの先にはない。
 生きている間にこそ地獄はある。
 でも、その地獄でもがくことこそ、あたしの贖罪だ。
 父さんの『希望』を貶めてしまった罪への罰。
 そう思っていた――。


『他人がヒトのことを幸せとか不幸とか言うんじゃねぇよ!! 見下すなっ!!』


 でも、なんだろう。目の前で叫んでいるあいつは。
 ボロボロじゃねーかよ。
 どんだけ無茶してんだよ。
 『てめぇを杏子の分までボコすまでは、オレは倒れねぇ』だって?
 他人のために能力使ってんじゃねぇよ。
 そういうの、見てらんないんだよ。さやかじゃねえんだから。

 ほら、ヒグマに取り付かれちまった。
 そのままだと喰われちまうぞ。
 どう考えても死んでるあたしのことなんか放っておいて、逃げなよ。
 勝ち目なんかねぇんだからよ。


『……俺の目の前に分厚い壁があって、それを突破しなきゃいけねぇなら、俺は迷わねぇ』

 その壁が『絶望』だったら、とてもじゃねえけど、突破できないよ。

『一度こうと決めたら、自分が選んだのなら、決して迷わず、進む』

 そりゃ『絶望』なんてなしに、『希望』の道を進み続けられるなら、進みたいさ。

『進む方法がないなら、見つけてやる』

 どういうことだよ、おい。

『なくても見つけ出す……!』

 他人のために力を使うことが、『希望』の道を進む方法だってのかよ!?

『俺は、どこまでも、「進化」してやる……!!』

 ……!!


 あたしは、半裸の男に吊り下げられた死にかけの頭で、ようやくカズマを理解できた気がした。
 思い出したニュアンスは、記憶の中の父さんと同じように、輝いていた。


 違うんだ。
 彼は、他人のために自分の力を使っているわけじゃない。
 カズマは、自分のために突き進む『希望』の道へ、すべからく他人の『希望』を導いていくんだ。
 自分のためにその力を使い切るその姿が、みんなの『希望』になっていくんだ。

 熱い。
 もう、あたしの首からは血もほとんど流れ出ちまったっていうのにさ。
 なんなんだよその熱い姿は。
 あたしの頭にそそがれるその言葉は。
 死人の心まで奮わせるその熱い言葉は、どっから出てくるんだよ。

 死んでられるか。
 『絶望』していられるか。
 そんな素晴らしい『希望』を、みんなに見聞きしてもらわないでどうする。

 聞き流させてたまるか。
 誰にだって真剣に聞かせてやる。
 あたしも、あたしのためにこの力を使う。
 一度は退化の方向に進んだこの力を、もう一度、あの日々以上の『希望』に、進化させてやる。

 まずはてめぇだ。
 あたしの首を切り落とした半裸の男。
 ――説法の時間くらい、静粛に聴きやがれ!!


    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


132 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:38:24 2u.kz8d60

「はっ……がぁっ……!?」

 男の喉から、苦痛の呻きがあがる。
 杏子の体とともに男の攻撃から逃れようともがいていたカズマは、その様子に瞠目していた。

 ぞぶっ。がぎっ。がぎっ。

 筋肉質の男の喉笛には、あたかも狼の如く佐倉杏子の生首が噛みついていた。
 真っ赤な長髪が彼の腕と首筋に、大木を絞め殺す蔓草のように絡みついてゆく。
 男は突然の痛みと窒息と遮断された血流に苦しみながらも、必死に打開策を思考した。


 ――消化だ! 喉を喰いちぎられる前に、こやつを細胞レベルで取り込む!!


 男は右腕の変形も解いて、首筋にとりつく少女の首へ手を伸ばす。
 だがその腕は、別の白い指先に掴まれていた。

『――よくもあたしを殺してくれたじゃないか。
 あんた、人を殺すんなら、その罰を受ける覚悟も、できてんだよねぇ』

 アスファルトの道路から、真っ赤な衣装を着た佐倉杏子が、もう一人生えてきていたのだ。
 事態を理解できない男の体に、さらに何本もの少女の腕が這い上ってくる。
 男のすねに。
 肩に。
 口元に。
 横腹、二の腕、脇の下、太もも、髪の毛、首筋に。
 今や、男の体には総勢12人もの佐倉杏子が組み付き、完全にその体の自由を奪っていた。
 男は必死に彼女たちを消化しようと試みるが、むしろ少女たちの肉体は進んで内臓にまで入り込み、その腸や心臓を握りつぶそうとしてくる。
 力任せに振り払おうとしてもそれらの腕が離れることはなく、却って自分の動きで地に組み伏せられ、両膝を突かされてしまう。
 変形して逃れようとしても、佐倉杏子たちは男の肉体をもとの形に戻して動かさせなかった。

「な、なんなんだ、これは……」

 人知を逸したその光景に、カズマは上半身を起こしただけで呆然としていた。
 その時、彼の上に乗っていた首のない死体が、ぴくりと動く。
 切断された首の付け根から肉が盛り上がり、瞬く間に少女の頭部を形成していた。
 再生した佐倉杏子は、風呂上がりの犬のようにぶるぶると首を振り、息を吹き返した。

「あぁ……ったく。回復魔法は畑違いだってのにさ……。
 かなり魔力使っちまったよ」
「じ、自分の頭をアルター化して再々構成……?
 杏子、死んじまったんじゃなかったのかよ!?」
「……自分でも死んだと思ってたんだけどさぁ。
 カズマの声聞いたら、戻ってこなくちゃいけないと思ってね。
 あんな『希望』を耳にしたら、『絶望』なんてしてらんないよ」

 カズマは未だ、目の前で起こっていることを飲み込みきれなかった。
 隣で自分を助け起こしてくる佐倉杏子と、向こうで半裸の男を縛り付けている12人の佐倉杏子たちを見比べて、問う。

「あれは、杏子のアルターなのか……?」
「確かに……、あれは私の『進化(アルター)』の形さ。
 あたしの先輩が付けてくれた名は、『赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)』。
 忘れてたけど、やっぱりあたしの進化の先は、『人に話を聞いてもらう』力なんだ。
 もう、あいつはカズマの話を聞き流したりできないはずさ。
 心おきなく、羽根ヒグマのタコ変態に説教をくれてやってくれ」


 佐倉杏子は、慈しむような目で自分の幻影の姿を見つめていた。
 槍を抱え、朝日に立つその姿は、絵画に描かれる戦乙女のように燃え立つ。
 12柱の女神に縛られて地に磔られた男は、血走った目で必死にもがいている。
 黒い蓬髪はみすぼらしく乱れ、呼吸の封じられた体には一切の輝きも美しさもない。
 そこにいたのは、処罰の時を待つばかりの、哀れな子羊にすぎなかった。

 カズマはそんな杏子の様子を見て、力が抜けたように笑った。

「ははっ……なんつぅか。ありがとよ、杏子。
 お前のお陰で、俺はきっと、もっともっと『進化』できる……」

 立ち上がるカズマの肩には、もうプロペラもフィンも存在しない。
 しかし彼は拳をまっすぐに天空へと突き上げ、叫んだ。

「さあ、行こーぜえっ!? 杏子ぉお!!」

 カズマの右腕が、丸ごと消失した。
 辺りに金色の光と不可解な衝撃波が発せられる。
 ビルが崩れ、道路がひび割れ、次々と物体が消失していく。


133 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:38:43 2u.kz8d60

 倒壊するビルの屋上から、気絶した黒騎れいが落下する。
 佐倉杏子がただちに気づいて受け止め、ともに距離をとってカズマの周りから避難した。

 失われた物質の分だけアルター粒子が舞い、光の渦がカズマの肉体に凝り固まっていく。
 “向こう側”の世界から高純度のアルターをそのまま引き出して、包むように全身を作り替えた。
 もはや手足だけではない。
 髪すら真っ赤にアルター化して、肩口から生える羽根は尻尾のように変形する。
 全身を流麗な金色の鎧で覆い、カズマは獅子のように立っていた。

 12人の佐倉杏子の幻影が、一斉にカズマを呼ぶ。

『そうだっ、叩き潰せ! カズマ!!』
「杏子っ! こいつは――この光は!
 俺と! お前の! 輝きだあああっ!!」

 男を縛り付けていた『赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)』をもアルター化の渦に飲み込み、カズマは黄金の光を纏う。
 究極生命体であったはずの男はただ呆然と、その燦然と輝く光の獣を見つめていた。
 その輝きの美しさに、彼は動くことができなかった。

「……なぜだ……なぜ私が、下等生物などに……」
「テメエの尺度なんざ知らねぇ。テメェは俺や杏子より強く、全てを極めてんのかも知れねぇ。
 だが、テメェは俺を激しくムカつかせた!!
 そしてただ一つ! 一つだけ確実にテメエに勝ってるモンが俺にはある!
 さあ、見せてやる! これが、これだけが!」

 右背中から生えた尻尾で、カズマは荒れ果てた道路を弾き、飛ぶ。
 金色の光が、朝の太陽を背負い、天空から地上へと、天使の梯子のように差し入った。

「俺の! 自慢のぉッ! 拳だぁぁあああっ!!」


 金色の爆炎が辺りを包む。
 その炎と同じ色の光となって、男の体は砕け散っていた。


「……あんたがあたしと共にいてくれる。
 あんたの鞭、あんたの杖、それがあたしを力づける――」

 その光景を遠くで見守りながら、佐倉杏子は聖書の一節を口ずさむ。
 胸に抱いた傷だらけの少女に命の重みを感じながら、杏子は炎の前に微笑んでいた。
 あたかも浄罪の大炎のように、カズマの拳は、自分の罪をも『希望』へと連れて行ってくれた。

 佐倉杏子は、神の存在を確信した。
 この世界に満ち溢れる『希望』の道を、今一度歩んでいこうと、そう胸に刻んだ。


 アルターが新たな景色を作り出した市街に、防災無線の間延びした音響が、第一回の放送を流していた。


【F-5/市街地/朝】


【カズマ@スクライド】
状態:石と意思と杏子との共鳴による究極のアルター、疲労(大)、ダメージ(大)
装備:『シェルブリット』第四形態
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、エイジャの赤石@ジョジョの奇妙な冒険
基本思考:主催者をボコって劉鳳と決着を。
1:『死』ぬのは怖くねぇ。だが、それが突破すべき壁なら、迷わず突き進む。
2:今度熊を見つけたら必ずボコす。
3:疲れた……。かなみの飯でいいから食えねぇかな……。
4:このムカつく変態ヒグマ男の名なんざ、刻む価値もねぇ。
[備考]
※参戦時期は最終回で夢を見ている時期


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極の魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り中)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:元の場所へ帰る――主催者をボコってから。
0:このほむら似の女の子を、回復させてやらないとね。
1:たとえ『死』の陰の谷を歩むとも、あたしは『絶望』を恐れない。
2:カズマと共に怪しい奴をボコす。
3:あたしは父さんのためにも、もう一度『希望』の道で『進化』していくよ。
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※この調子でもっと人数を増やせば、ロッソ・ファンタズマは無敵の魔法技になるわ!


    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


134 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:39:25 2u.kz8d60

 倒壊し、アルターにより侵食されたビル群の中に、一つだけ異質な有機物が存在していた。
 猛禽類の羽根の一部のように見える、薄汚れた破片だった。
 それは、かつて究極生命体と呼ばれた男の、この世に残った最後の搾りかす。
 黒騎れいに向けて放った『羽根の弾丸』のうち、命中しなかったものの一本。
 アルター粒子の渦に飲まれきれなかった、ほんのちょっぴりの細胞とケラチンの残骸だ。
 それはもぞもぞと蠢き、不定形のちっぽけな細胞塊を形成する。

 ――そうだ。このまま細胞を再生させるのだ……。

 直射日光の差すこの場では、彼は急いで再生と移動を繰り返さなければ熱と乾燥で死ぬだろう。
 しかしそれでも、彼は必死に『生』にすがり付こうとしていた。
 その彼の上に、真っ黒な影が落ちる。

 それは救いの神でもあり、また絶望の神でもあった。

「――まったく、とんだ役立たずですね。あなたは。
 私の手駒をあそこまで傷つけておきながら、自分は容易く敗れるなんて」

 彼に語りかけたのは、一羽のカラスだった。
 赤い血のような眼光が、その薄汚い細胞塊を見つめている。
 究極生命体だった細胞は、ふとそのカラスの危険性を察知した。

 逃走を試みる。
 しかし、彼の動きは今や粘菌にも劣る遅鈍さだった。

「何が究極生命体ですか、笑わせますね。
 『始まりと終わりの狭間に存在するもの』の代弁者である私から見れば、この世界の生物など全て下等です」

 カラスは、必死に逃げようとする細胞を、げろりと飲み込んだ。
 喰われたことを認識する暇もないうちに、彼はカラスの中の、全ての次元の狭間のどこでもない場所に閉じ込められていた。
 カラスの低い呟きが、彼の感じた最後の音声だった。

「……まぁ、こんなヒグマたちが跋扈しているのならば、やはりこのヒグマたちの生産には示現エンジンが関わっているのでしょうね。
 間違いなく、それは破壊させていただきますよ……」

 消化酵素でもない、日光でもない、アルター粒子でもない、魔法でもない、いわんや友情でもない負のエネルギーの奔流に、彼の体は削られ続ける。
 彼の細胞は再生を続け、その途端にエネルギーを殺がれ消滅していく。
 死ぬこともできない。
 生きることもできない。
 これから先、彼はただ、無為な永劫の時間をもがき続けることになるだろう。
 地獄というものは、『死』などというものの先にはないのだ。


 彼は、終始勘違いをしていた。

 地球上のありとあらゆる生物の遺伝子を体内に持つことを『究極』の生命体とした場合、その『究極』は次の瞬間にはもはや『究極』ではなくなる。
 事実、彼は以前、ヒグマの遺伝子すらその身には内包していなかった。
 いくら最初から高みに至っていても、そこで停止しては、後から上ってくる者に如何様にも追い越される。

 生物は、一分一秒ごとに『進化』を続けている。
 遺伝子レベルですらなく、その転写過程、翻訳過程、蛋白質の修飾に至るまで、あらゆる特異点で個体は『進化』を続けられる。
 しかし彼は、もはや『希望』を抱いて進むには高みに至りすぎ、彼の願いは『死』の救いを拒絶していた。
 増上慢に至ってしまった彼は、そこにお仕着せの遺伝子を一つ積み、更なる増上慢を得ただけに過ぎなかった。
 彼は自分以外の一切を『下等生物』と貶めてしまったことで、自分をも単なる『下等生物の集合体』に貶めていた。

 彼の存在は、もう誰かの胸にその名を刻まれる価値もない。
 胸の友の名を『下等生物』として切り捨ててきた彼に、授かり受ける慈悲はない。


男は、二度とこの世へは戻れなかった。
 究極生命体と下等生物の中間のゴミクズとなり、永遠に『絶望』の地獄をたゆたうのだ。
 そして死にたいと思っても死ねないので、そのうち男は再び、考えるのをやめるだろう。


【究極生命体カーズ@ジョジョの奇妙な冒険(ヒグマ) 戦闘不能(リタイヤ)】


【F-5・街/朝】


【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:正常
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンを破壊する
1:れいにヒグマをサポートさせ、人間と示現エンジンを破壊させる。
[備考]
※黒騎れいの所有物です。


135 : 死のない男 ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 00:41:51 2u.kz8d60
以上で投下終了です。
キリカたちの戦闘もすごいことになってるみたいですね……あとで感想書きます。


136 : 名無しさん :2014/01/30(木) 01:25:27 hOEGmrKs0
投下乙!
ああ、カズマも杏子もどんどん進化していく…やはりヒグマを超えるにはヒグマ以上の生物になるしかないのか!?
カーズ様の無残な最期。そして暗躍するカラス。これからどうなっていくのか目が離せません。


137 : 名無しさん :2014/01/30(木) 07:10:31 4Ci4qBoE0
投下乙です!
おお、カーズ様がここでリタイアとは……殺すことができないからどうすればいいのかと思ったら、こんな結末があるとは。
そしてこれからも進化していくカズマ達のこれからも気になりますね!


138 : ◆wgC73NFT9I :2014/01/30(木) 10:19:11 LvOAQecc0
>大沈没!ロワ会場最後の日
本当に津波だったー!?
これは、元火山の丘とか、市街地のビルとかにいなければ巻き込まれるでしょうねぇ…。
少なくとも島の北側の平地はアウトくさいな…。
朝の時間帯の最後らへんっぽいし、皆さん察して逃げてくれてればいいんですけどね。
捕食してヒグマ化か…。むしろ遺伝子というより、プリオンとか、樋熊さんと同じく感染性のものかも。
キリカたちがまだ首輪爆破にあってないのは…、ははあ。あのせいかな?

それでは自分は、御坂美琴、相田マナ、ヒグマ7、穴持たず14、布束砥信、シーナー、呉キリカ、夢原のぞみ、ヒグマ
で予約します。
……収拾つくのかなこのロワ。


139 : 名無しさん :2014/01/30(木) 13:52:50 aKeiQVRA0
投下乙です
丁寧な文章に迫力のある戦闘描写
そして一転二転と覆される展開の連続
とても面白い作品でした

ですがカズマが杏子の死体で拳を止めてしまったのには少し違和感がありました
かなみを人質に取られようとも突っ込む男が死体ぐらいで止まるでしょうか
しかも君島やかなみならともかく出会って数時間の杏子にそれだけの影響があったのかは疑問なところです
細かい事ですがカオスではなくシリアスよりの話ですし
カズマというキャラにとって重要な箇所だと思うので恐縮ながら指摘させて頂きました


140 : 名無しさん :2014/01/30(木) 16:21:09 260rNhzM0
カズマにとって杏子ちゃんは訳わかんないヒグマの群れに囲まれた狂気の世界で出会った唯一のまともな人間なんだから少し躊躇する位許してやれよ…


141 : ◆xDsxCdlKmo :2014/01/30(木) 23:13:21 l82/.tt20
>ゼロ・グラビティ
安定の宇宙進出w
単独でラスボス撃破するほどのマナさんがいるが御坂は果たして

>大沈没! ロワ会場最後の日
ロワが沈没するなんて全開とカオスロワ以来だw
というか他の参加者大丈夫かw

>死のない男
カーズさまが落ちたか
やっぱカズマは格好良いなw

それと追加新規枠で杉下右京@相棒予約させて頂きます
予定では今週中に投下できそうなのですが念のために延長もさせて頂きます


142 : ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:51:15 8fm.pV4E0
投下します


143 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:52:17 8fm.pV4E0
「ここが北海道ですか」
「ロストグラウンド以外にも、このような未開の地があったとは」
「ああ、お姉さま。無事でいらして下さいですの!」

ヒグマたちがヘリコプターに気を取られているなか、奇妙な三人組が崖から会場に上がっていた。

「それにしても、我々以外はたったのヘリコプター一機だけとは。
 マナさんと山岡さんが役不足という訳ではありませんが、万全を期す為に最低でもプリキュアオールスター全員を呼ぶべきだと言ったんですがねぇ」

三人組の内の一人。壮年の紳士、杉下右京は呟く。

実はこれまでのあまりにも速い政府の対応。
本土の鷲頭襲来の際、右京がその天才的頭脳により一見何の関係性も無い鷲頭とヒグマとの関連を見抜き、それを政府に進言した事によりこれ程迅速に事が運んだのだ。
かわりに右京は政府直々の特命として、この地まで派遣される羽目になってしまったのだが。

「政府も、未だ重い腰を完全には上げていないという事でしょう」

白と青の制服を着た青年、劉鳳。
人類最後の秘境ロストグランドにて本土側に介入に抵抗していた際、本土側から介入を取り止めるとの条件で至急、警視庁陸の孤島こと特命係へと移籍。
期間限定の右京の相棒として、今回の騒動に関わる事となった。

「ところで白井さん、さっきお姉さまと言いましたが。あのヘリにはまさか御坂美琴さんが乗っているのですか?」
「そ、それは……」

白井と呼ばれたツインテールの少女、白井黒子。
学園都市から派遣されたレベル4の大能力者であり、御坂をヘリへと手引きした張本人である。

(言えませんわ。断りきれなくてお姉さまをヘリに乗せただなんて)

「よくありませんねぇ」
「二人とも静かに!」

その時、小さな人影が三人の前を過ぎった。

「あれは?
「おやおや」

最初は迷子かと思った。
体格だけで見れば、小学生かそこらの少年にしか見えなかったからだ。
この場に居る三人は立場は違えど常に世の平和を守る仕事をしており、その事による責任感と正義感は持ち合わせている。
ならば、目の前で迷子の少年が居れば声の一つは二つは掛けようというものだ。
黒子は空間移動で少年の前に立った時、異変に気付いた。
単刀直入に言えば、その少年は人間ではなく熊だったのだ。
二本足で立ち、服も着ていたので気付くのが遅れてしまったが紛れもなく熊だ。

「肉体変化の能力者でしょうか? 一体こんなところで何を……」

黒子の失態はただ一つ、目の前に熊をなんらかの能力者だと認識してしまったこと。
一般人であるなら警戒して近づかなかったかも分からないそれを、黒子は逆に異能に慣れた冷静な思考のせいで油断してしまった。
故にその失態はあまりにも致命的な命取りとなる。

「僕はね、変態という名の紳士なんだ」
「え? しま―――」

その熊は小柄ながらも、それを生かした速さで黒子の懐へと飛び込む。
瞬時にスカートを捲りパンツを脱がそうと手を伸ばし……突如横から割り込んできた青色の触鞭に捕らえられ拘束された。


144 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:52:48 8fm.pV4E0

「ふむ、食欲や戦闘ではなく性欲の為だけに動く熊か」
「熊にも色々居るようですねぇ。興味深い事ですよ」

触鞭の主、劉鳳の持つアルター絶影に絡め取られたクマ吉くんは必死に振りほどこうともがくが絶影はびくともしない。

「喋るクマとは面妖ですわね。どうなってますのこの島は」
「僕もこの目で見るまでは信じられませんでしたが、この場はやはり熊による熊の為の狩場のようですね
 少なくともこの場では人間が餌であり、それを屠り貪るのが熊という事なのでしょう」

事態はどうやら尋常ではなくなってきているらしい。
所詮、学園都市外の出来事と甘く見ていたが考えを改める必要がありそうだ。
何としてでも早急に初春、佐天と合流しなければなるまいと黒子は思った。

「一先ずこのクマは逮捕しましょう」
「止めてよ! 僕は人は殺してないんだ!!」

右京が懐から手錠を取り出しそのクマにはめた時。
同時に黒子の髪留めが消えた。

「?」

二つに分かれツインテールを作っていた髪は下り、分解された髪飾りは虹色の粒子に変わっていく。
この現象に劉鳳は見覚えがある。
アルター使いがアルターを出現させる際に見られる、物質の分解とその再構築である。
粒子は徐々に人型を形作り姿を見せていく。黒と灰色を基調とした稲妻を操るアルター。
近くに本体の姿は見られない。
劉鳳の脳裏をかつて倒した筈のあのアルターが過ぎった。

「貴様だというのか? 馬鹿な……!」

そのアルターに名は無い。強いて言うなら、アルターの結晶体ともいうべき存在。
時として万物を破壊し、時として新たな力を授け、進化を促す。
未だに謎の多い存在だが一つ分かっているのは、この結晶体は向こう側と呼ばれる世界に帰りたがっているということ。
人間の住むこの世界へと自主的にやってくる事は無い。つまり迷い込んできたのだ。

(何者かが、向こう側の世界の扉を開けたのか?)

心当たりはある。
この場に来る前にあった政府からの報告。
それは不自然な火山の噴火、更に北西では昔カズマがダース部隊を蹴散らした際に発動させたシェルブリット第二形態に似た輝きも見られたというものだ。
どれかが、向こう側に通じてもおかしくはない。


145 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:53:16 8fm.pV4E0

「劉鳳さん?」
「来るぞ、気をつけろ!
 杉下さんは安全な場所へ!!」
「分かりました!」

右京はクマを連れ、戦闘に巻き込まれないよう安全な場所へと駆け出す。
劉鳳は腕を手刀の形に構えそれを合図に自らのアルター絶影を出す。
見計らったかのように結晶体が手を翳し黒い球弾を放つ。
雷を纏い球弾自身もまた高エネルギーで出来ている為、食らえばただではすまない。
劉鳳は一撃目を絶影の触鞭で相殺し、二撃目を横に飛んでかわす。黒子もすかさず空間移動(テレポート)で回避。

「絶影!!」

触鞭を撓らせ結晶体へと近づく絶影。
結晶体は翳した手のひらを螺旋状へと変化させ向かえ撃つ。
拮抗する結晶体と絶影。
絶影は僅かに腰を落とし、結晶体の足元めがけ蹴りを放つ。

「柔らかなる拳・烈迅!!」 

拮抗は崩れ絶影の触鞭が結晶体を貫き引き裂く。
縦に二つに別れた結晶体の体は不安定ながらも直立し佇んでいる。
だが既に動きは無く、ただその場に居るだけ。

「帰れ、再び向こう側へ」

絶影が光に包まれ姿を変える。
拘束された両腕は開放され、地を踏みしめていた両足は龍の尾へと変形し空を舞う。
隠れていた片眼を開き絶影は真の姿を現す。

「剛なる右拳・伏龍、臥龍!!」

絶影の両脇にある二基のミサイルが射出される。
並みのアルターならば一撃で粉々に粉砕し、カズマのシェルブリットと同等威力を持つ伏龍、臥龍。
更に以前、結晶体と戦った時よりも、劉鳳は絶影は強くなり成長している。
如何に結晶体といえども無事で済む道理はない。

「―――なん……だと?」

結晶体へと一直線に進む伏龍、臥龍が分解された。
虹色の粒子へと変換し、結晶体へと集まる。
二つに裂けた結晶体は粒子を繋ぎとして再び元の姿を形成していく。
いや、正確には新たに別の姿へと再形成している。

「まさか、貴様も成長しているというのか……」

カズマ、劉鳳のアルターに幾つもの形態が存在するのならば、また結晶体にも同じく複数の姿があってもおかしくはない。
全身を茶色の体毛が包み、体毛の下には強靭な皮膚。
その姿は結晶体としての特徴を残しながらも野生的な爪、牙、耳を新たに増やす。

「熊……ですの?」

かつて結晶体はカズマとの戦闘の際、アルターの森で殺害した野生の熊をアルター化し吸収した事がある。
今までは眠れる野生の力を目覚めさせる事が無かった結晶体だが、この野生の世界において内に存在する熊の力が呼び起こされたのだ。
それこそがアルター結晶体第二形態。


146 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:53:44 8fm.pV4E0

「ならば―――!」

絶影が分解され劉鳳を包む。
全てを捨てただ勝利のみを望み、辿り着き手に入れた究極の極地。
絶影最終形態。
残像を残し劉鳳が絶影が消える。
かつては影すら追い付かぬとまで言われた絶影が、今や劉鳳と一体化する事でその何倍もの速度を誇る。
テレポーターの黒子ですら瞬間移動かと見紛うた程だ。

「速い……これなら」

だが、劉鳳が動きそのスピードで撹乱し攻撃を放つよりも速く、結晶体は劉鳳の背後へと周りその爪を振りかぶっていた。
瞬時に後ろを向き、振り向かいざまに身に着けた絶影の甲冑を剣と化させ結晶体へと叩き付ける。
爪と剣が鬩ぎ合う。
亀裂が走り罅割れていく爪と剣。
その度に新たに再構成し亀裂を埋めていく。辺り一面は虹色に包まれ存在する物質は生物を除き、全てアルター化されていく。

「ちっ」

最初に退いたのは劉鳳。
結晶体のパワーに耐え切れなくなり、溜まらず一歩退いたのだ。
その時、生まれた隙を結晶体は攻める。
今の劉鳳すら凌ぐスピードで牙を立て、噛み砕かんと迫る。
劉鳳は罅割れ碌に再構成しきれていない絶影の甲冑を構える。
正面からぶつかっても勝ち目は無いが、ここで臆せば待つのは死だ。
覚悟を決め最後の大勝負へと劉鳳は躍り出る。

「?」

無から現れた岩が結晶体の牙を遮り、劉鳳へ触れるまでのタイムラグを生む。
劉鳳の絶影にはこの様な能力は無く劉鳳が持つアルターは絶影一つ。
無論、結晶体がやった事でもない。
この岩を空間移動させたのは、他の誰でもない白井黒子だ。
近くにあった手頃な岩に触れ座標を計算し能力を発動。
結晶体の猛攻を止めるとまでは行かなくとも、それにより生じた僅かな時間を劉鳳は無駄にはしない。
身を屈め結晶体の牙を交わし胴へと甲冑の剣を振るう。
白銀の一閃が走り、結晶体を後方へと吹き飛ばす。

「テレポート……白井、お前の能力だったな」
「それよりも、来ますわよ」

劉鳳から受けた傷を再々構成により癒し、結晶体は立ち上がりこちらへ向かってくる。
黒子は劉鳳が回避運動を起こす前に劉鳳に触れ空間移動を発動する。
二人は消え結晶体の爪が空を切る。
すかさず劉鳳の甲冑が結晶体を貫く。
消えた劉鳳と黒子は空間移動により、結晶体の背後に回っていた。
結晶体は爪を螺旋状に回転させながら劉鳳を刺し殺さんとするが、再び劉鳳と黒子は消え今度は結晶体から数メートル離れた地点に現れた。

「速い、あの結晶体をも置き去りにする程なのか、テレポートとやらは」
「ええ、これならあの熊の速度に対抗できますわ」
「なるほどな。だが、これ以上は危険だお前も早く安全な場所へ」
「お断りしますわ。こんな場所で退いていては、友達を救う事など出来ませんもの」
「そこまでして貫きたい信念か……。良いだろう、行くぞ!」

結晶体から放たれる黒の球弾。
一発ではなく十、二十、いやそれ以上の弾幕が張られ劉鳳達を追い詰める。
だがそのどれも、たったの一撃すら掠ることなく無傷のまま劉鳳は結晶体を切り刻む。
ダメージを追いながらも結晶体も応戦するが、黒子の空間移動により全ては外れ指一本触れることすら出来ない。


147 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:54:26 8fm.pV4E0

「いけるぞ。これなら―――」

速さを黒子が補い、火力を劉鳳が補う。
足りない部分をカバーしあうコンビネーション。それは確実に結晶体を追い詰めている。
だが結晶体も、まだ全ての力を見せた訳ではない。
その内には、まだ見ぬ新たな力が隠されている。
結晶体を両腕を広げ、また物質を分解し始める。
虹色の輝きから生みだれる存在は熊。アルターにより、無数の熊を生成し始めたのだ。
一匹一匹が範馬勇次郎を凌駕し得る存在。

「この程度、切り開く!!」

無尽蔵に沸く熊を切り裂き突き進む劉鳳。
元よりこの熊たちは熊を模したアルターであり、正式なヒグマではない。
ようは模造品、信念無きたかが模造品如きがこの男を止められる道理など無い。
結晶体が天高く舞い上がる。劉鳳の接近を恐れ、上空へと逃げて行く。

「逃がしませんわ」

結晶体より更に上空へと移動する劉鳳と黒子。
蒼穹の一閃が迸り結晶体を切り裂く。
閃光が爆ぜ結晶体が粒子へと還る。
決着は着いた、勝敗は着いた。この戦い―――勝者は

「違う、こいつは!?」

ずぶりと生々しい気色の悪い音が耳を鳴らす。
鮮血が劉鳳を濡らし、生暖かい感触が皮膚を伝う。

「あっ……ぐ」

消え去った筈の結晶体が劉鳳につかっまっていた黒子を貫いている。
そして劉鳳が倒した筈の結晶体はみるみる虹色の粒子へと変わり空中分解していく。

「熊のアルターを変質させ身代わりにしたのか!」

結晶体を振り払い、黒子を抱きかかえ劉鳳は即座に高速移動。
自身の怪我ならば、アルターで強引に回復出来るが黒子はそうはいかない。
不本意ながらも、ここは人命を優先し撤退を選ぶしかない。
だが、黒子の空間移動無しの劉鳳の純粋なスピードでは到底、結晶体第二形態には及ばない

「今、貴様に構っている暇など……!?」

例えスピードが適わずとも、結晶体一体ならば強引に押し通る事も不可能ではなかった。
通ることだけを考え、多少のダメージを覚悟の上ならば。
そう『一体』ならば。
劉鳳の眼前に広がったのは、百を超える無数の結晶体が両手を翳し球弾を生み出している絶望的光景。
いくら絶影最終形態であろうとも、これだけの数は捌ききれない。
劉鳳は今まで勘違いをしていた。
『熊のアルターを変質させ身代わりにした』これは正確には『自らを更に無限に増殖させ身代わりにした』のが正しい。
つまり、今の結晶体は際限なく自分自身を増やすことが出来る。
恐らくは熊の繁殖能力を更に過大進化させた末に得た能力。
これぞ、野生の繁殖パワー。

「劉鳳さん……」
「安心しろ。俺の正義に掛け、能力者だろうが一般市民であるお前には、これ以上指一本触れさせはしない!」
「そう、なら安心ですわ、ね……」

劉鳳は拳を握り締め眼前を睨む。
何処か突破口を何か手立ては無いか……。

「だって、私はジャッジメントですもの。貴方に守ってもらう必要はありませんわね」

ふっと黒子は笑みを浮かべ

「御坂美琴、初春飾利、佐天涙子。私のお友達をお願いしますわ」
「まさか、止め―――」

劉鳳の視界は一瞬にして切り替わり。
腕の中で抱いていた温もりは一瞬の内に消えた。


148 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:55:04 8fm.pV4E0

まるで世界の終焉のような暗黒の閃光。
黒と雷が爆ぜ大地がを揺らし地盤を巻き上げる。
生きとし生ける者全てを滅するかのごとく、全ては無に消え塵一つ残らない。
ただ、一つだけ。風紀委員と書かれた腕章が一つ、その場にゆっくりと地へと向かって落ちていく。
それは白井黒子という、一つの生命の消滅を意味していた。

「……」

結晶体は対象物の消滅を確認し、―――一気に百対近くあった結晶体の半数が消滅した。
否、消滅したのではない。切り裂かれただの粒子へと還っていったのだ。
それを成した者は、その蒼穹の刃は絶対の正義と信念を持ち腕を振るう。
瞬間、物理法則をいや時間すら超越した超高速移動により、結晶体の群れを次々と蹴散らしていく。
その速度、結晶体の自身の精製すらも間に合わない。

「すまない……。また俺は命を、―――だが!」

その刃は、劉鳳は無意識の内に黒子のAIM拡散力場をアルター化させていた。
とはいえ『An_Involuntary_Movement』直訳して『無意識の動き』 と言われているように、精密機械がなければそれは本当に微弱なもの。
だが、アルターとはその名の通り進化の力。
そうかつては、佐天涙子が進化し第四波動を会得した時のように。カズマがエイジャパワーにより究極のアルター使いになった時のように。
また劉鳳も絶影の影すら追い付かぬその速度を、瞬間移動にまで昇華させた。
そして、何よりも。

「俺は引かん、背負ったものの為にも!!」

それは黒子に救われた命であり、託された三人の友人達であり。
何よりも、あの男との喧嘩の決着すらまだ着いていないのだ。

「―――!」

声にならない悲鳴を上げ残り一体となった結晶体が牙を立てる。
形振り構わず劉鳳を噛み砕く為に加速する。

「見せてやる。これが唯一無二の―――託された力!」

劉鳳が消え結晶体の懐へと姿を現す。
装備されている甲冑を刃へと変え結晶体へと振り上げる。

「絶影・断罪者(ジャッジメント)武装だ!!」





――――――――――――――



会場を浸す海水。
流れる建物に丸太。
その内の丸太の一つに劉鳳は立っていた。
流石、丸太だけあってどんな荒波だろうと軽々乗り越える。

「逃がしてしまったか」

結晶体に止めを刺す寸前、突如覆いかぶさる津波により結晶体と劉鳳は流されてしまった。
劉鳳は元より結晶体は生物でなく神出鬼没な存在でもある為、まだこの世界を彷徨っているはずだ。
次会った時こそは必ず倒し、向こう側へと送り返すと劉鳳は決意する。

「……妙だったな」

熊の力を得たこともさることながら、今回の結晶体の戦いにおいて劉鳳は結晶体から知能を感じたのだ。
策を練り、知恵を絞り、工夫して戦う存在。
まるで人間のような……熊だが。

「それにだ。今は熊は冬眠の時期の筈だ、何故こんなにも活動的になっている……。
 まさか、地球温暖化の影響だとでもいうのか!?」

確か、南極や北極の氷が溶け海のかさが増しているとも聞いたことがある。
とすれば、熊の異常発生やこの津波もそれが原因なのだろうか。
疑問は疑問を呼び劉鳳を困惑させていく。
だが思考を変え、すぐに辺りを見回す。
まず自分がやるべきことは、勇敢なる少女に託された三人の友人を見つけ保護すること。
そして悪は何であれ断罪する。

「御坂美琴、初春飾利、佐天涙子か……無事で居てくれ。 
 そして杉下さんとも早く合流しなければ」

近くの手ごろな別の丸太をうまい具合にアルターで精製オールにし、丸太に乗りながらそれを漕ぎ始めた。


149 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:55:34 8fm.pV4E0


【白井黒子@とある科学の超電磁砲】死亡
【アルター結晶体@スクライド】行方不明


【会場の何処か/朝】

【劉鳳@スクライド】
状態:疲労(大)、ダメージ(大)
装備:絶影
道具:丸太、丸太製オール
基本思考:この異常事態を解決し主催者を断罪する。
1:御坂美琴、初春飾利、佐天涙子を見つけ保護する。
2:結晶体を見つけ次第向こう側へ返す。
3:地球温暖化の影響がここまで……。
4:一体誰が向こう側を開いたんだ?
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています


【会場の何処か/朝】

【アルター結晶体@スクライド】
状態:熊化
装備:不明
道具:なし
基本思考:???


150 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:56:32 8fm.pV4E0









「流石は丸太製の筏ですね。劉鳳くんと白井さんも無事だと良いのですが」

津波に飲まれた会場にて水上に筏を浮かべ、右京とクマ吉くんは難を逃れていた。
津波に飲まれる寸前右京の咄嗟の判断で作ったので、あまり完成度の高いものとは言えないが、それでも水上を浮かぶくらいならばなんら問題は無い。

「確か貴方の名はクマ吉くんでしたね」
「それが、どうしたのさ?」
「ええ、貴方の罪状は強姦未遂という事でしたが」

クマ吉くんはそっぽを向きながら静かに頷く。

「いいさ。強姦未遂は慣れてるよ。
 罪を認める」
「いいえ。貴方は強姦未遂に、もう一つ罪状が付け加えられますよ?」
「え? 何、言ってるんだい!!」

予想外の返答にクマ吉くんそっぽを向いた顔を右京へと向ける。
一体、この男は何を言っているのだ。
自分は強姦未遂の容疑者として、取調べを受けるのではないのか。
だというのに、もう一つの罪状など想像もつかない。

「貴方を殺人の……いえ、殺獣の容疑で逮捕します」
「なん……だと?」

殺、獣……?
馬鹿な、有り得ない。
何で何を言おうとしてるんだこの男は……。
一体、何で!?

「貴方の服」

右京が指を刺しクマ吉くんの服を示す。
クマ吉くんは釣られて服の異常を探すが何も見つからない。
あるのは青い布地と自分の茶色い毛がいくつか着いている事くらいだ。

「な、なんだ……これが一体何だと言うんだ?」
「ではなく、その口」

だらりと猫の手がクマ吉くんの口から垂れ下がる。
ふっと観念したかのようにクマ吉くんは口の中に手を突っ込み、中から人型の猫を吐き出した。
中からドロドロの液体に包まれたニャン美ちゃんの遺体が姿を現した。

「……窒息死ですね」
「そうさ。ニャン美ちゃんを口の中に入れたいという衝動を僕は抑え切れなかったんだ……」
「やはり、僕の思ったとおりでしたか」

クマ吉くんは乾いた笑いを浮かべる。

「それだけではありません。恐らく貴方はもう一匹殺していますね?」
「まだ、僕に罪を着せる気かい?」
「貴方の口内が血に濡れていました。
 誰かを捕食したのでしょう。しかし、その口の中にはニャン美さんが居ます。
 更に貴方は食欲よりも性欲を優先する。故にその口を凶器として使うとすれば、何らかの止むを得ない場合」

ごくりとクマ吉くんは喉を鳴らした。
この全てを見透かされ晒されるような感触、とても不快だ。
曝け出すのは嫌いじゃないが、晒されるのはまた別だ。

「貴方はニャン美さんの殺害を何者かに知られたんですよ。
 その口封じの為に、貴方はその人物、いえ動物を殺した。
 ここの熊の中にもある程度の秩序があるのでしょう。ニャン美さんへの殺害動機が動機です。
 明るみに出ては熊の中で相当不利になる。違いますか?」
「……続けて」
「では。
 万が一の場合にそれが明るみに出る事を避けた貴方はある死体の隠し場所を思いついた。
 それが、捕食です……。
 貴方の歯に着いてる血から判断して、猫であるニャン美さんの物ともう一つ桃色掛かったこれはうさぎの―――」
「もう良い、もう良いよ!!」

クマ吉くんは我を忘れて叫んだ。

「流石だよ。
 ニャン美ちゃんの事に関しては既に一度看破されたんだけどね。
 この事実まで明かされるまで夢にも思わなかったよ。
 その調子じゃ僕がニャン美ちゃんを殺した事をうさ美ちゃんに暴かれて、それを隠すためにうさ美ちゃんを殺したって事まで分かってるんだろう?」
「はい」
「とんだ名探偵だね。ははっ……僕は何の為に彼女を……」

クマ吉くんは両手を突き崩れ落ちた。
右京は表情一つ崩さず静かに、だが力強くクマ吉くんを見る。


151 : 特命 ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:57:25 8fm.pV4E0

「何時だい? 何時気付いたんだい?」
「最初からですよ」
「!?」
「さっきも言った貴方の服、……女性もののスクール水着なんですよ」

盲点だった。
クマ吉くんは自身の服装を見て溜息を着く。

「うさ美さんを殺害した時に返り血を浴びすぎたのでしょう。
 服を処分したのは良いものの、下にスクール水着を着ていたのを忘れていた。
 それが貴方の犯した最大のミスですよ」

もう言い逃れは出来ない。
いや元よりもうする気は無い。
疲れた。もう終わりにしよう。

「素晴らしい名推理だった。
 でも、一つ杉下さんは見落としているよ」
「何でしょう?」
「僕もまたヒグマロワにおどらされただけの犠牲者の一人にすぎないってことさ」

右京は体を僅かに震わせながら強く言い放つ。

「確かに貴方は被害者なのでしょう。
 ですが、だからといって加害者になっていい理由など、何処にもありませんよ……!!」
「……行きましょうか、警察へ。
 まあここから脱出出来れば、だけどね」



【うさ美@ギャグマンガ日和】死亡
【ニャン美@ギャグマンガ日和】死亡


【会場の何処か/朝】

【杉下右京@相棒】
状態:健康
装備:筏 
道具:手錠×何個も
基本思考:この異常事態を解決し主催者を逮捕する。
1:クマ吉くんを署まで連れて行き法の裁きを受けさせる。

【クマ吉@ギャグマンガ日和(ヒグマ)】
状態:ダメージ(大)
装備:スク水、手錠(拘束)
道具:ニャン美ちゃんのパンツとか色々
基本思考:生きて帰れたら署まで行く。生きて帰れたなら。
1:……。


152 : ◆xDsxCdlKmo :2014/01/31(金) 03:57:52 8fm.pV4E0
投下終了です


153 : 名無しさん :2014/01/31(金) 15:09:36 PTsErtoo0
投下乙
オールスターズ呼ぶべきなのは一理ありまくる。美琴来ちゃったら黒子も来るよねと思ってたら退場か…
カズマに続いて劉鳳も進化とスクライド勢力が元気だな


154 : 名無しさん :2014/01/31(金) 18:57:08 fOrc9ogI0
投下乙


155 : 名無しさん :2014/01/31(金) 21:28:29 sfJthgZ60
投下乙です
相変わらずスクライド勢は熱血で安定してるな
そしてクマ吉はとうとう一線を越えてしまったか…


156 : ◆Dme3n.ES16 :2014/02/01(土) 00:55:02 sGng/OPo0
山岡銀次郎、隻眼2、穴持たずNo.46、穴持たずNo.48、司波達也で予約


157 : 名無しさん :2014/02/01(土) 01:02:30 nxaOfIJ20
シバさんキターーーーー!!!


158 : 名無しさん :2014/02/01(土) 07:07:56 90oJQJ1U0
遂にシバさんがロワに参加するのかw


159 : ◆xDsxCdlKmo :2014/02/01(土) 18:14:49 zRQvNSxU0
鷹取迅、タイラント、纏流子、ヴァン@ガン×ソード 予約します


160 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/01(土) 19:38:17 1oHZdYRsO
投下乙。
とある組一番目の脱落者は黒子か……。
右京さんが何処へ向かうのかも気になるが……。

申し訳ない、予約延長で。
放送跨ごうとすると長くなるな……。


161 : ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:03:59 HqIi3/Q20
投下します


162 : 海上の戦い ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:04:33 HqIi3/Q20
「じゃあ私は無意識の内に皆と逸れちまったってことか?」
(ああ、流子だけではなくあの喪女も。恐らくは何者かによる干渉を受けたのだろう。
 それが極制服によるものか、あるいはさとりの言っていた妖怪によるものかは分からないが、少なくとも影響を受けてないのは、そのさとりだけだろう)

鮮血の話を聞いた流子は舌打ちをした。
要約すると流子と智子は分断され。残ったさとりがその隙を狙われ殺害された。
放送でさとりの名が呼ばれた以上、間違いないだろう。
正直さとりには見透かされてる感じがして、気味が悪く関わった時間もそんなに無いが、それでも自分の近くで人が殺された事に怒りを覚える。
もし、その下手人……いや下手熊か? に会ったら敵ぐらいは取ってやろうと流子は思った。

「だとすれば、やばいな。智子の奴無事だと良いんだが」

極制服を持たず、妖怪という奴でもない智子は今完全に無防備だ。
マコのように修羅場慣れもしてないし悪運も強いか分からない。
早く探さないと熊の餌になってるかもしれない。

(落ち着け流子、今のところ名前は呼ばれていないのだから、最低限の身の安全は守れている環境に居る筈だ)
「それはそうだけど」
(勿論、早目に合流すべきなのは確かだが……その前に我々が死んでは元も子も無いぞ!)

鮮血の叱咤で流子は異変に気付く。
周りを見渡してみると、流子は熊の群れに囲まれていた。
それも空腹から餌を求め集まっただけの熊とは違う。
野生さはまったく感じられず、むしろフォーメンションまで組んでいる。

「なんだこいつら。この動き……本当に熊か?」
(多勢に無勢、撤退するべきだ流子)
「分かってる!」

左手のグローブの線を引き鮮血に血を吸わせる。
次の瞬間、鮮血が光り津波が押し寄せてくる。

「? おお、凄いな鮮血。とうとう津波まで……」
(違うぞ流子! これは私では―――)
「は?」

波は熊達もろとも流子と鮮血を飲み込み、全てを流し去っていった。



――――


163 : 海上の戦い ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:05:33 HqIi3/Q20
帆船が一隻浮かんでいた。
津波の影響からか、未だ穏やかとはいえない海をその船は物ともしない。
船自体は古いもので、中世の時代に作られたかのようなデザインだが、ところどころに現代技術も顔負けなハイテク技術が施されており。
麦藁帽子を被った髑髏が書かれた巨大なマストと、百獣の王ライオンを模したがとても印象的だ。
船の名はサウザンドサニー号。かの有名マンガに登場する船だ。
といっても、これはお台場にあった物がたまたま津波の影響でヒグマロワの会場に流れてしまったものなのだが、その機能は本家に引けを取らない。
現に今、海に浮いてるのがその確固たる証拠になるだろう。

「何処だここ」

その船の上でヴァンは一人愚痴っていた。
つい先ほどまで宇宙で戦闘をしていたと思ったら意識が反転。気が付いたら、妙な船の上に居て津波に巻き込まれていた。
船が横転し、沈没しなかったのは不幸中の幸いだろう。

「こっちはカギ爪を殺さねえといけないってのに」

婚約者の敵を目前にしながら変な事に巻き込まれてしまうとは。
我ながら、自分の不運さを呪いたくなってくる。

「……船か」
「お、おいアンタ! 船に乗せてくれ!!」
「ん?」

腹も減ったので魚でも釣ろうかと思ったその時である。
でかい片方だけの鋏を持った女と、何処かただならぬ雰囲気を漂わせた男が泳いで船に近づいてきた。
無視しようかとも思ったが、ここが何処か聞くためにもヴァンは船に積んであったロープを二本持ち出し、二人の男女へ放り投げた。



――――




「ありがとう、助かったよ」
「……礼を言う」

ヴァンは改めて自分が吊り上げた二人の男女を見つめる。
女のほうはぶっきらぼうながらも礼儀正しくもあり、まあ普通だろう。
だが、もう一人の男の方はなんか魚を抱きしめながらさわさわしている。
何か魚も頬を赤らめてビクビクしてる気がするが、魚がビクビクするのは当然のことだろう多分。
後でこの魚は焼いて食おうとヴァンは思った。

「鷹取迅」
「ヴァン、今は夜明けのヴァンで通ってる」

その内魚を持った男が名乗りあげる。
すぐさまヴァンも同じように名乗り返す。
そんなやり取りをみた纏流子も、また名乗ろうと口を開いた時。

「ただの痴漢だ」
「……そうか、俺は童貞だ」

ん?
今、痴漢って言ったのは気のせいだろうか。
そうだ気のせいだろう。間違いない自己紹介で痴漢と名乗るなんてそんな……

「痴漢だ」

だが気のせいでは無かった。
かつて駆紋戒斗が困惑し、無理やりながらに仮説を立てたように流子もまた強引に仮説を立てる。
つまり、これは今巷で自己紹介で性的な事を言うのが流行っているのだと流子は納得した。


164 : 海上の戦い ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:06:09 HqIi3/Q20

「わ、私は纏流子……。そ、その……しょ、処女だ!」
「やめろ、はしたない」

頬を赤らめ恥ずかしさに耐えながら、流行に乗ろうとしたら童貞にはしたないと言われる。
世は理不尽だと流子はしみじみ思った。

「ところでその魚、食っていいか?」
「ああ、犯(く)って良いぞ」

そんな乙女の恥じらいは露知らず、痴漢と童貞は噛み合ってるようで噛み合わないような会話を続けている。
この場に某インキュベーターが居れば、訳が分からないよと溜息を着いていただろう。
ヴァンが魚を手にし厨房に入り火を炊こうとしたその時。
船が大きく揺れた。また津波かと海を確認するが、相変わらず荒れているが津波のようなものは見られない。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

船を揺らした正体、暴君怪獣タイラントがサニー号へと体当たりし沈めようとしてきていた。

「なんだありゃ?」
(流子!)
「分かってる。見とれてる場合じゃないね!」

今度こそ津波など起こらずちゃんと鮮血を起動させた流子。
上半身はその豊満な胸をサスペンダーだけで隠し、スカートは中が見えるほど短く肝心のパンツは尻の谷間に食い込むというとても破廉恥な姿に変わったが。
これこそが、流子と鮮血の「人衣一体」神衣・鮮血!!
片太刀バサミを手に取り構えタイラントを睨む。

「下がってな」
「何?」

だがそんな流子を制しヴァンが一歩前へと踏み出す。
頭のテンガハットの鍔に付いた輪に指を引っ掛け、テンガハットを左から右へと回す。
腰に巻きつけてあった蛮刀を撓らせ、Vの字を描くように空を切る。
怪獣が相手ならばウルトラマン。ではそのウルトラマンが居なければどうする?
簡単だ。巨大ロボットを呼べばいい。
遥か彼方の宇宙より。大気圏を付き抜け、天を裂き、白銀の剣がロワ会場へと振ってくる。
それは人の形へと変形してゆき、胸部のコックピットを開け主を待つ。
ヴァンはそのコックピットへと乗り込もうとし―――

「あれ?」

否、乗り込めなかった。
理由は明白でヴァンが呼んだロボット―――正式な名称はヨロイだが―――ダン・オブ・サーズデイは縮んでいたのだ。
当然である。巨大ロボットや怪獣、というかタイラントだって縮んでいるのだから、新規枠も当然それに合わせなければならない。
縮んだと言っても、人間大のサイズになっただけであり、ちゃんと動くのでハンデは然程無いが。
―――乗れないのだ。乗れなければどんなロボットもガラクタ同然。

「これ玩具じゃ……」
「……どうなってんだ?」

さてどうしたものかとヴァンが首を傾げる。
流子は呆れ、片太刀バサミをしっかりと握りなおす。
その横で小さな数センチ程の二人組みが、ダンのコックピットへと乗り込んだ事に二人は気付かなかった。


165 : 海上の戦い ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:06:43 HqIi3/Q20

「? ダンが動いた!?」
「は?」

流子がタイラントへと切りかかろうとした次の瞬間、ダンが動き出す。
一人と一匹の間に割って入り、装備していた刀の一閃をタイラントへとお見舞いしていた。

「親父! こいつは中々良いイェーガーだぜ!!」
「だな! これでストライカー・エウレカを食った熊野郎にも仕返しが出来るな!!」
「だがその前にKAIJU退治だぜ!! 行くぜ再戦(リターンマッチ)!!」

ダンのコックピットへと乗り込んだのは、数センチにまで縮んだあのハンセン親子である。
浅倉にストライカー・エウレカを食われた二人は即座に脱出。
小さい体ながらもこのロワを生き抜き、やっとの思いで新たなイェーガーことダンを見つけたのだ。

「ふざけんな! おい返せ! 俺のダンだ!!」

ヴァンが激怒しながらダンの中に居るハンセン親子へと叫ぶ。
しかし、ハンセン親子は一向にダンから降りようとしない。

「少し間こいつを貸してもらう。アンタじゃ乗れないし良いだろ?」
「馬鹿だろお前! 誰が貸すか! 良いから返せ!!」
「ヒャッホー!! こいつ思った通りに動くぜ!!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「俺の話を聞けええええ!! てか何で乗れるんだお前!!!」

本来ならば適性のある者か、改造を施さなければ乗れないダンだが
制限によりサイズが合えば誰でも―――真に乗りこなせるかとともかく―――ダンに乗れるということをヴァンは知る由も無かった。
更に横方から謎のライフルが発射されダンを吹っ飛ばす。

「馬鹿、お前早く電磁シールドを張れ!!」
「え? 電磁? 何だ一体?」
「やっぱお前ら、早くそこから降りろ!!」

ダンを狙い打った遥か上空。
そこには青と白のあの機動戦士ガンダムがあった。

「グオ!」

ガンダムのコックピットに乗るのは勿論ヒグマ。
このガンダムはかつてはサニー号と同じくお台場にあったものだが、サニー号同様津波で流されてきた。
たまたま、それを見かけたヒグマがガンダムに搭乗し操縦をマスター。
制限によりガンダムは人間サイズに、ヒグマはそれに乗れる程度にまで収縮してしまったが、それでも尚この戦力を誇る辺りは流石ガンダムである。

「親父!! 見ろよガンダムだ!!」
「何故こんな場所に……だが今のあれはKAIJUと然して変わらん。
 イェーガー乗りとして必ず倒すぞ!!」
「OK親父!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ヒグマ、行きまーす!!」
「てめえこの野郎! ダンを返せ!! この!!!!」

こうして怪獣とロボット二対の乱闘が幕を開けた。


166 : 海上の戦い ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:07:11 HqIi3/Q20



【会場内 お台場から流れてきたサウザンドサニー号/朝】


【暴君怪獣タイラント@ウルトラマンタロウ】
状態:疲労(小)、ダメージ(小)、飛行中
装備:なし
道具:なし
基本思考:己の本能のまま暴れて、ウルトラ兄弟を倒す。
1:暴れる
[備考]
※タイラントの持っていた支給品は津波によってどこかに流されてしまいました。
※制限の影響なのかはわかりませんが、身長が縮んでいます。

【ハーク・ハンセン@パシフィック・リム】
【チャック・ハンセン@パシフィック・リム】
状態:健康
装備:ダン・オブ・サーズデイ@ガン×ソード
道具:不明
基本思考:イェーガー乗りとしてKAIJUを倒す。
1:目の前の連中を倒す。
2:浅倉にいずれ借りは返す。
※制限で二人とも数センチ大です。
※今のところダンは動かせますが乗りこなせてはいません。

【ガンダムに乗ったヒグマ】
状態:健康
装備:お台場のガンダム@お台場
道具:不明
基本思考:ヒグマ、行きまーす。
1:目の前の連中を倒す
※制限でガンダムは人間サイズ、ヒグマはそれに乗れるほどのサイズになっています。

【ヴァン@ガン×ソード】
状態:健康
装備:蛮刀@ガン×ソード
道具:魚@現地調達
基本思考:帰ってカギ爪を殺す。
1:ダンを取り返して元の大きさに戻す。


167 : 海上の戦い ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:07:48 HqIi3/Q20




目の前でミニチュアサイズの怪獣が現れたと思えば、空から更にミニチュアサイズのロボットが降ってきてガンダムまで乱入してきた。
なんかもう突っ込みどころがありすぎて逆に突っ込めない。
流子は一歩引いて、その戦いを観戦しながらそう思った。

「たくっ大丈夫かな智子の奴」

他もこの調子なら智子が巻き込まれた場合、考えたくはないが死んでしまう可能性は高い。
さっさと海上の有効な移動手段を見つけなければならない。
最悪飛べないことも無いが、目立つし空中で狙い打たれる可能性も高い。

「つってもあまり悠長な事も言ってられないな」

しばらくここで移動手段を探してそれでも何も無ければ飛んでいく。
そう考えた流子は船内へと探索しに入る。

「!?///」

その時、背後に気配を感じたかと思えば、胸を撫でられた。
ただでさえ、素肌を露出しているのだ。その感度は服の上のものとは比べ物にならない。
乳房を甘い感触が刺激する。

「こ、の!」

流子は片太刀ハサミを振って背後の痴漢を撃退しようとするが、そのあまりにも高度な痴漢テクニックにより走った感触に気を取られ、大きく空ぶってしまう。
撃退は諦め、脚力に全神系を傾け前方へと転がるようにして駆け出す。
痴漢の魔の手から流子は抜け出し、背後の痴漢へと片太刀ハサミを向けた。

「私に、手を出すなんてね!」

痴漢、鷹取迅は流子に睨まれながらも涼しい顔をしている。
相手は神衣により超人的な力を得て、真っ向から戦えば鷹取迅の敗北は必須だ。
それを理解できない鷹取迅でもない。だが、痴漢は静かにゆっくりと一歩ずつ流子へと歩んでいく。

「お前は俺と同じ逸脱者だ」
「え? 何言ってんだコイツ」

いきなり痴漢してきたと思ったら同類扱いされた。
怒りを通り越して呆れというか意味が分からない。

「その服装、求めているんだな。共に行こう、高みへ」

(何言ってんのこの人……)

やばい。
今まで様々なピンチや逆境を経験したが、これ程までに身の危険を感じたのは初めてだ。
痴漢に襲われて恐怖する感情とは、こういうものなのだろうと流子他人事のように思った。


168 : 海上の戦い ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:12:04 HqIi3/Q20


(逃げろ。流子、この男は危険すぎる!!)

「分かって―――な?」
「遅い」

以前、穴持たず00に対して行ったのと同じように。
一瞬の内に懐へと入り込んだ鷹取迅。
突然の高速移動に流子は反応しきれず、ただ痴漢のデモンズハンドを受け入れるしかなかった。

「!?」

鷹取迅の手が流子に触れる瞬間、鮮血がその口を開け鷹取迅の手に噛み付こうとする。

(今だ、流子!)

「悪い、鮮血!」

咄嗟に手を引っ込めた隙に、流子は壁に片太刀ハサミを叩きつけ穴を空け鮮血の飛行形態「鮮血疾風」を使用。
穴からサニー号を脱出、鷹取迅から逃げ延びた。

「俺もヤキが回ったか」

鷹取迅は自嘲気味に呟く。
まさか狙った獲物に逃げられるとは。
もしや自分の目利きが鈍っていて、彼女は逸脱者とはまだ別の存在なのだろうかとすら思えてくる。

「どちらにしろ、次会った時にそれは分かるか」

鷹取はそのまま船内を進んでいく。
彼もこの場にずっと留まっているつもりはない。
この先に居る。まだ見ぬ、逸脱者達と出会わなければならないのだ。
大きい船だ、小船の一隻や二隻はあるだろう。

「纏流子、か……」




【会場内 お台場から流れてきたサウザンドサニー号内部/朝】

【鷹取迅@最終痴漢電車3】
状態:健康
装備:デモンズハンド(痴漢を極めた男の手の通称)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、「HIGUMA計画ファイル」
基本思考:己と共に高みへと上ることの出来る、社会、生物などの枠組みから外れた「逸脱者」を見つけ、そのものに痴漢を働く。
1:会場を自由に動ける小船を探す。
2:纏流子……次会った時は……



【会場内 上空/朝】

【纏流子@キルラキル】
[状態]:健康、鮮血疾風使用中
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、鮮血@キルラキル
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに対する抵抗
1:智子を探す
2:痴漢(鷹取迅)を警戒


169 : ◆xDsxCdlKmo :2014/02/02(日) 01:12:25 HqIi3/Q20
投下終了です


170 : 名無しさん :2014/02/02(日) 01:19:36 swyr44hU0
投下乙!
そういえば死亡表記出ないなーと思ってたら生きてたのかハンセン親子wwww
そして新キャラが増える度にまた新たなヒグマが…!
痴漢が変身した流子にムラムラするのはよく分かる


171 : ◆Dme3n.ES16 :2014/02/03(月) 02:19:44 Vu.PwHiE0
投下します


172 : 不明領域 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/03(月) 02:20:35 Vu.PwHiE0
―――有富によってゲームの開始が告げられる約24時間程前―――

「……あった。」

破壊された複数のパワードスーツ型全自動警備ロボの残骸が転がる地下施設の倉庫の様な場所。
筋肉質な体つきを後裾の長いブレザー制服で隠した少年が鞄の中に仕舞われていた小銃を手に取る。
ゲームが始まったら自分に支給される予定だったと思われる魔法工学製品・攻撃特化型CAD(術式補助演算機)だ。

通学中にスタディのスタッフに誘拐された国立魔法大学付属第一高校に通う高校生、司馬達也は
移送されている最中に無意識で催眠方法を解析することで早期に回復し脱出、単独で施設の内部に潜入して
身を隠しながら現在誘拐犯グループへの反撃の機会を窺っている。

「しかし、この首輪爆弾付きか?これでは俺も、誘拐された被害者達も、逃げることができないな。」

そう呟きながら右手で首輪に触わった司馬達也は腕からサイオン(情報想子)で構築された
魔法陣のような光の文字列を発生させる。次の瞬間、首に巻かれた首輪がバラバラに分解され飛び散った。

「……これでよし。後は首謀者の居所を突き止めて叩き潰すだけだな。」

かつて「超能力」と呼ばれていた能力の使用法を「魔法式」として体系化し、幅広い汎用性を得た、
事象に付随するエイドス(個別情報体)を改変する力を行使する者、「魔法技能師」である彼は
その両目に宿るエレメンタル・サイト(精霊の眼)で首輪のイデア(情報体次元)にアクセスし
首輪を分析、構成している構造情報に干渉して自前の専用魔法で解体に成功したのである。

もはや行動を制限する要素の無くなった彼は、詳細は不明だが今から始まろうとしている
恐ろしい実験を阻止し、被害者を救助するべく倉庫の扉を開けて廊下に飛び出した。
そして駆け出そうとした彼は場違いな物目にする。

「なんだ、あれは?」

通路の奥から巨大な哺乳類が獣臭を放ちながら四足歩行でゆっくりこちらに向かっているのだ。

「ヒグマだと?確か日本では北海道にしか生息していない筈。
 ということは、ここは……しかし何故ヒグマが人間の建物の中に?
 それに、部屋を出る前に廊下のイデアの生物のエイドスを読み取って
 廊下には誰も居ないことを確認した筈だが。」

不可思議に思っていると、ヒグマが急に走り出してこちらに向かってきた。
あの只ならぬ様子からして相当餓えているのだろう。司馬達也は溜息をついた。

「……まいったな、銃器も持っていない野生動物か。こういう相手は深雪や千葉さんの方が得意なんだがな。」

司馬達也は魔法師ではあるが加速、放出などといったオーソドックスな系統魔法の行使を苦手としている。
魔法を発動させるための起動式と魔法式の構築に時間がかかり過ぎて普通の工程では使い物にならないのだ。
そのため魔法理論が学年一位にもかかわらず劣等生扱いの二期生に甘んじている。
では、この野生動物とどう戦うのか?

「まあ、仕方がない。」

司馬達也はまるで瞬間移動したかのような異常な速度でヒグマに突撃した。
忍術使い九重八雲の弟子でもある彼は加速魔法を使わずとも身体技術だけで
人間離れした動きが可能なのである。そしてヒグマの懐に飛び込んだ彼は
右腕に魔法式を出現させ、単純なサイオンの衝撃波を撃ち込む無系統魔法、
幻衝(ファントム・ブロウ)を発動させる。
彼が苦手なのはあくまでカリキュラム通りの工程。
六工程以上必要な複雑な術式でなければ瞬時に魔法式を構築できるのである。
ヒグマは体の構造上、腕を内側に曲げることが出来ない。離れているより密着する方が寧ろ安全なのだ。
だが、確実に鼻先に叩き込むはずのサイオンを込めた一撃が空を切った。

「何っ!?」

司馬達也の拳が当たる寸前に、突然ヒグマは後ろに大きく体をのぞけらせて回避したのだ。
そして、前足を地面に着くと同時に後ろ足を大きく振り上げ、ムーンサルトキックの様な
挙動で放たれたその足爪で司馬達也の肉を大きく抉り取った。

「―――がはっ!?」

体の前面を大きく傷付けられ血しぶきを上げながら吹き飛ばされる司馬達也。
これが野生の身体能力である。人は魔法をもってしても野生の力の前には無力なのか。
体勢を立て直したヒグマは致命傷を与えた筈の人間に止めを刺して捕食すべく
四つん這いになって前方を向き体勢を整える。


(―――自動修復術式オートスタート。コア・エイド・データバックアップよりリロード―――。)


173 : 不明領域 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/03(月) 02:21:01 Vu.PwHiE0
だが、そこには血まみれの司馬達也の姿がなかった。
ヒグマが不審に思っていると、背後から何者かの声が聞こえた。

「……正直侮っていたよ。これが野生の力か。」

ヒグマが振り向くと、そこには服すら損傷していない無傷の司馬達也が立っていた。
後ろ向きに飛び跳ね構えを取るヒグマに彼は無表情で語りかける。

「残念だがどんな手段を取ろうと、俺を最終的に傷付けることは不可能なんだ。」

彼が学校において劣等生である理由の魔法式構築速度の遅さ。
それは術式を使うときに使用する脳内の仮想魔法演算領域が
産まれつき備わっていた二つの高難度の魔法を使う為に占領されてしまっているからである。

その魔法の一つが「再生」。
エイドスの変更履歴を最大で24時間遡り、外的な要因により損傷を受ける前のエイドスを
フルコピーし、それを魔法式として現在のエイドスを上書きする魔法である。
いわば『ケガを治す』魔法ではなく、『過去の状態に戻す』魔法。
ヒグマの斬撃を受けた直後にイデアにアクセスした司馬達也は十秒前の自己の肉体の個人情報をコピーして
現在の自分に上書きし、肉体の損傷の事実を無かったことにしたのである。
そしてこの魔法は危機に陥った時に無意識で自動的に発動されるのだ。

怯まず再度攻撃を仕掛けようとするヒグマに司馬達也はCADの銃口を向け照準をつける。

「やめておけ、貴様のエイドスの分析は完了した。もう勝負はついている。これ以上は容赦できない。」

飢えたヒグマは聞く耳を持たずに大きく口を開けて司馬達也に飛び掛かった。

「―――雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)。」

その鋭い牙が司馬達也の頭に触れようとした瞬間、ヒグマの全身の細胞物質が瞬く間に分子単位で分解され、
恐るべき野生動物はその場から痕跡も残さずに消滅した。

もう一つの専用魔法、「分解」。
物質の構造情報に直接干渉することにより、物質を元素レベルの分子またはイオンに分解する最高難度の魔法の一つ。
首輪の解体時にも使った、決して学校の実技試験では使えないこの魔法がある以上、実際の戦闘において彼に敵はいない。

しかし静まり返った廊下に立ち尽くす司馬達也は、勝ったにも関わらず険しい顔つきをしていた。

「なんだこの生き物は?ヒグマというのはここまでしないと倒せないものなのか?」


174 : 不明領域 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/03(月) 02:21:56 Vu.PwHiE0
「……やれやれ、恐ろしい人間も居る者ですね。まさかゲームが始まる前に逃げ出してしまうとは。」

司馬達也が振り向き銃口を向けると、いつの間にか新たな二匹のヒグマが立っていた。
手足の長い細身な骨ばった個体と、先ほどのヒグマより二回りほど大きい白い体毛を持つ個体。

「最近のヒグマは喋れるのか?いや、ヒグマじゃないな…マレーグマと、ホッキョクグマか?」
「……まあ、種類はどうでもいいでしょう。少し大人しくしてもらえませんかね?
 今暴れられると私達の計画にも支障が出ます所以。」

虚ろな表情で喋るかける細身の熊の横で、白い熊がうなり声を上げている。

「……とはいえ、彼、穴持たずNo.46はあなたが大人しく逃げるのを許してくれないでしょうがね。
 やはり我が同胞の一体を殺した罪は貴方の命で清算していただくのが筋かと存じ上げます。」
「手を引くのはお前たちだ。さっきの戦闘を見ていなかったのか?俺には勝てない。」
「……ええ、たしかにあなたは恐ろしい。ですが、この世は数式だけで解析できるほど単純ではないのですよ。」
「何を言っている――――!?」

突然、白い熊―――ホッキョクグマが司馬達也の元へ突進してきた。
先ほどのヒグマと同じなら、油断も躊躇も出来ない。瞬時にホッキョクグマのイデアを解析し体組織の分解を。

「え?―――な、なんだ!こいつは―――!?」






グシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!





司馬達也が構造を解析する時間を遥かに凌駕する速度で超重量のホッキョクグマの拳が顔面に直撃し、
顔を無惨な形状に歪ませた彼は激しく縦に高速回転しながら廊下を直線に吹き飛ばされ、
壁にぶつかって大きくバウンドした後、口から大量の吐瀉物を撒き散らして地面に倒れ込んだ。

「……ふぅ、どうやら私が手伝うまでもなかったみたいですね。分かりますか?
 これが地球上で最強の動物であるヒグマを超える数少ない存在、野生のホッキョクグマの力ですよ。
 現実はフィクションとは違う。……本来の彼は範馬勇次郎やジャック・ハンマーごときに後れを取るような
 生物ではないのです。ブリザードを耐え切る強靭な肉体と体毛は目視での構造の分析を困難にし、
引っ掻くより抉ることに特化した雑菌だらけの爪の前では再生もままならない。」

手足を卍状に広げて床に突っ伏した瀕死の司馬達也は朦朧とする意識で
細身のヒグマ、穴持たずNo.47シーナーのセリフを聞きながら考える。

(……そんなわけ、ないだろ。)

先ほどイデアを読み取って解析しようと試みたがエレメンタル・サイトでは殆ど何も見えなかった。
つまりあの二体はこの世に存在しない物質で出来ている?そして、発動する筈の自動再生が何故か発動しない。
あのホッキョクグマはなんらかの理屈で自分の血肉と一緒に構成するエイドスやサイオンも抉り取っているのだ。
思考が追いつかないまま、ホッキョクグマが伸し掛かり内臓を引き摺り出して食べ始めた。

(なにが起こってるんだ?死ぬのか?俺が?)

考えたこともなかった。余りに意味が分からない。しかしこれだけの危機のも関わらず強い感情を引き出せない
司馬達也は冷静に今やるべきことは何かを考える。

(……深雪……。)

心に余裕がなくなった時、真っ先に思い浮かぶのはあの美しい妹のことだった。
どうなろうと、彼女だけは守らなくてはならない。司馬達也は静かに目を閉じた。

(このヒグマの姿をした得体のしれない生物はあまりにも危険すぎる。誘拐された者まで巻き込んでしまうが、
 連中を外に出すわけにはいかない。あれを使って、この施設もろとも全てを消し去る。)


175 : 不明領域 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/03(月) 02:22:26 Vu.PwHiE0
マテリアル・バースト(質量爆散)
アインシュタインが特殊相対性理論の帰結として発表したE=mc2の方程式に基づいて
質量を光速度の二乗の倍率でエネルギーに分解する究極の分解魔法。
分解する質量が大きければ地球ごと消滅させることが出来る禁断の戦略兵器。

(それしかない、命と引き換えに奴らを殲滅する。深雪の為にも―――。)

不意に、自分の死によって心を壊して放心する深雪の姿が目に浮かんだ。

(……あ……。)

(何を考えている……正しいのか?それが本当に、深雪の為になるのか?)

(……俺は俺と深雪の日常を守る為に生きているんじゃないのか?)

幼少時、先天的な要素で二つの魔法以外が使えない司馬達也に普通の魔法を使わせるため、
彼の脳に人工魔法演算領域を植え付ける手術が行われた。手術は成功したものの、
副作用によって強い情や欲求が失われた。どのようなことになっても怒りに我を忘れることも、
恨みを持って憎しみを持つことも、非難に暮れることも、異性に心を奪われることもない。
――――――だが、妹が絡めば話は別だ。

(……駄目だ、こんな所で俺は!死ぬ訳にはいかない……!)

「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

既に体を半分以上捕食されながらも、強い意志と共に両目を見開き司馬達也は咆哮した。
再生が出来ないなら別の方式で生き延びる。今、新しい魔法を生み出すのだ。
そうだ、分解できるなら、再構築も出来る筈だ。ホッキョクグマに削り取られて
不足したサイオンを何かで穴埋めする。今、魔法式を―――。

危険を感じたホッキョクグマが飛びのいた次の瞬間、司馬達也の体は分子レベルで分解されて消え去った。
その様子を呆然と見るシーナーとホッキョクグマ。

「……一体なんでしょう?自分を分解したのですか?自殺ですかね?……ん!?こ、これは……!?」

シーナーとホッキョクグマが気配を感じて顔を上げると、そこには――――。



◆  ◆  ◆


地下のヒグマ帝国ではなかなか体感することは難しいが、第一放送も過ぎて時間的には朝。
そこにある小さな喫茶店の中で、一匹のエプロンを身に付けてグラスを拭く白いホッキョクグマと、
カウンターに座る小柄な緑がかった背中にファスナーのついたヒグマが炭酸水を飲みながら静かに語りあっていた。

「地上で随分同胞がやられているようだな。」
「ええ、なんだか乱入者まで現れたそうですよ。」
「……そうか。」

シーナーと共にヒグマの帝国を作る計画に加担した実効支配者の一員である二匹は
仲間の危機に憂いを感じている。ふと、カウンターに座ったヒグマが炭酸水を見つめながら呟いた。

「炭酸の泡がまるで雪のようだな。これを見ると、あの美しい少女を思い出す。」
「ふむ、それ以外はなにか思い出せませんか?彼女の名前とか?」
「いや、何も。俺は人間からヒグマになったのかもしれないが。可憐で神秘的なあの娘の姿以外は。
 だが、この娘の為に、生きることを選択したような気がする。なら、やることはあるさ。」

ヒグマは感情を感じさせない瞳で遠くを見つめ、席を立った。

死の間際、自身の肉体を空中に霧散させた後、最初の戦闘で分解して空中を漂っていたヒグマの分子で
足りない部分を補い個別情報体をもとに肉体を再構成してヒグマと一体化したことで一命を取り留め、
人間だったころの自分を殆ど忘れた司馬達也は、店の外へ向かって歩き出した。


【??? ヒグマ帝国・喫茶店しろくまカフェ/朝】

【穴持たず48(シバ)】
状態:健康、記憶障害、ヒグマ化
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン、ヒグマのオーバーボディ
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:地上に出て増えすぎた参加者と侵入者を排除する
[備考]
※外装はオーバーボディで中に司馬達也が入っています
※司馬深雪の外見以外の生前の記憶が消えました
※ヒグマ化した影響で全ての能力制限が解除されています

【穴持たず46(シロクマさん)】
状態:健康
装備:不明
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:頑張ってねー
[備考]
※突然変異で生まれたホッキョクグマです
※詳細は不明ですが孫悟空を瞬殺したヒグマ以上の力を持っているようです
※現在は暇なのでヒグマ帝国で喫茶店を経営しています


176 : 名無しさん :2014/02/03(月) 02:23:09 Vu.PwHiE0
終了。


177 : 名無しさん :2014/02/03(月) 04:22:00 kEXDBMSM0
投下乙
シバさんwwパロロワ初参加でヒグマ化っておまw


178 : 名無しさん :2014/02/03(月) 05:26:29 lmSr4s4w0
投下乙です
正直上条さんみたいにズガンされると思ったけどまさかヒグマ枠とはw
流石シバさん斜め上を行くな
ところで予約にあった山岡さんは何処へ?


179 : 名無しさん :2014/02/03(月) 09:47:51 BpD4SlbMO
投下乙
出落ちに見えて何気に伏線が撒かれたような気もする


180 : ◆Dme3n.ES16 :2014/02/05(水) 00:57:23 Q7f1tLEs0
感想ありがとうございます
>>178 予約から外すことを伝えてませんでした。今回はシバさんの話で手一杯。
>>119 すみません山岡さんは朝到着です、後で直します。

バーサーカー、高橋幸児、制裁ヒグマ<改>で予約


181 : ◆wIEqTYjkiE :2014/02/05(水) 02:02:07 B8qLVOVM0
投下します


182 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:03:50 B8qLVOVM0

巨大鷲頭による突然の本州襲撃。
暴君怪獣タイラントによる大規模な津波発生。


もはやヒグマと人間(一部人外含む)との血で血を洗う抗争を百歩ほど踏み越えたようにも思える現状。
そのカオスな戦場に、新たに足を踏み入れようとする者達がここにもいた。


場所は北海道にほど近い日本海の海中。
先程の大津波の影響か逃げ惑う魚達の中を雄大な姿で泳ぐ巨大な影があった。

絶滅した首長竜・プレシオサウルスを思わせるフォルムの紫色のその巨体。
長きに渡り地球の平和を守るスーパー戦隊の37代目『獣電戦隊キョウリュウジャー』の仲間。
海の獣電竜・プレズオンである。

彼の内部から複数の声が聞こえた。
だがそれはキョウリュウジャーの面々の物ではなかった。
むしろ彼らとは色々と真逆の方向に位置する、かといってデーボス軍のように残虐非道というわけでもない一団。
彼らの名は―――――



「総統、見えてきましたよ。あれが『ドキッ!ヒグマだらけのバトルロワイアル会場』になっている島です」
「いや吉田君、そんな一昔前の夏のバラエティー番組みたいな名前付けても危険なのには変わりないから!」
「もう、いつまでもビビってても仕方ありませんよ総統。別に怪獣退治しに行くわけじゃないんですから」
「いやだって……君もあの時見たじゃろ? ヒグマというのがわしらの知る『樋熊』とは何もかも違う生物兵器
 だとも説明されたし、何だか猛烈に悪い予感がするんじゃよ〜」
「大丈夫ですって。こっちには博士や菩薩峠もいますし、何よりヒグマが暴れるなんて島根ではよくある事ですよ」

などと漫才のような会話を繰り広げる赤いコスチュームに身を包んだ二人の人物。
世界征服を企む悪の貧乏秘密結社『鷹の爪団』。
その総統(本名:小泉鈍一郎)と戦闘主任兼怪人製造主任の吉田君(本名:吉田カツヲ)である。
二人の隣には額に『瓜』と書かれたマスクをした男、白衣を着た小柄なクマ、やたら不気味な形相で紫色の顔色を
した少年といった妙な一団も控えていた。

「まあまあ、総統っちが不安がるのも仕方あるまい。なんせわしらが今から向かうのは何が起こるかわからん
 恐るべき死地なんじゃからな」

そんな彼らの会話に加わったのは、恐竜を思わせる紫色のスーツに身を包んだ男だった。

「いえドクター、総統の気が小さいのは今に始まった事じゃありませんからあまり気にしないでください。
 この間だって、布団の中に博士に作ってもらったマウンテンゴリラの剥製を入れてみたら予想以上に
 ビビって慌てふためいていたくらいですし」
「コラー吉田君! あれ入れたのやっぱり君だったのかー!! 軽くトラウマになりそうじゃからやめなさい!」

「しかしお前さんとこの秘密結社は随分と賑やかじゃのう、レオナルドっち」
「まあな、こんなのはいつもの事だ」

ドクターと呼ばれた紫のスーツの男に話を振られ、白衣のクマも人語を介して答えた。
ちなみにこのクマは有富達に作られたヒグマではない。
鷹の爪団の外部契約社員である天才科学者・レオナルド博士である。
明らかにクマみたいな外見だが本人は人間と言い張っているので人間である。


183 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:04:54 B8qLVOVM0



さて、ここで何故彼らがヒグマひしめく北海道の一島に向かっているのか説明せねばなるまい。

―――話は1週間前に遡る。


東京都千代田区麹町にある鷹の爪団がアジトを構えるアパート(家賃月額10万円)。
そこにはその日、彼らが予想だにしなかった珍客が現れる事となった(まあ普段から珍客は多いが)。

「総統! 大変です総統!」
「何じゃね吉田君そんなに慌てて。またDXファイターが昼食でもたかりにきたのかね?」
「違います! 妙なアメフト部みたいなコスプレした二人組が、博士を出せと言って勝手に上り込んだんです!」
「何じゃと〜!?」

総統が驚くと同時に、吉田君が説明した通りのどこかのミステリアスパートナーみたいなアメフト風のスーツに
身を包んだ二人組がズカズカとアジトに上り込んできた。

「ここか、宝田明が足の指を深爪団とかいう連中のアジトは」
「いや、高潮注意報団じゃなかったか?」
「鷹の爪団じゃよ! 何じゃそのむやみに難しい言い間違いは!?」
「おおそれだそれだ。おい貴様、レオナルド博士というクマはここにいるな?」
「は、博士なら今わしらの世界征服の為の新たなマシンを開発するための材料を100円ショップに買いに
 いってるから留守じゃが……それよりお前達は一体何者なんじゃ? 博士の知り合いかね?」
「(チッ、入れ違いか。おいどうする?)」
「(焦って探し回るよりここで待った方がいいかもしれん。あやつの頭脳は我々の更なる『進化』の為にも
 見逃せない要素だ。しくじる訳にはいかん)」

総統からの質問を無視して、二人組はひそひそと会話を始めた。
その様子にさすがに総統もこのコンビを訝しんだ。

「おい、聞いておるのかね?」
「あぁ? ちょっと黙っててくれんか。こっちは今大事な話を――――!?」

呼びかける総統に乱暴に対応する二人の片割れだったが、次の瞬間目を丸くした。
何と自身の身を包むコスチュームがピキピキとひび割れはじめたのである。

「ゲェーッ!? 何故オーバーボディが!! ……ムゥッ!?」
「………」

ふと周りを見渡すと、何やら紫色の顔をした少年がこちらに両手を向けていた。
その少年が何か不可視の力を働かせている事を直感的に彼は感じ取りうろたえる。

彼の名は菩薩峠君。
鷹の爪団のお友達感覚の団員であり、その正体はその気になれば地球の自転を逆回転させ、北海道と九州の位置を
入れ替える事すら朝飯前という怪物クラスのエスパー少年なのである。

「ど、どうしたんじゃ菩薩峠君!」
「そ、総統、見てください!!」
「な、何じゃこれはーっ!?」

総統と吉田君は目の前の光景に目を疑った。
男の来ていたオーバーボディという名のコスチュームは完全に粉砕され、その中から出てきたのは人間―――
否、断じて否!
その巨体と毛に覆われた肉体、これはまさしく――――

「うわぁーーーーっ!! 熊じゃーーーっ!?」
「しかも博士みたいなビジュアルじゃありません! ガチのリアル熊ですよ!!」
「グムーッ、ば〜れ〜た〜か〜。まさかこうもあっさり正体を見破られるとは」
「仕方あるまい。見られたからには実力行使あるのみ!」

更にもう片方の男もオーバーボディを脱ぎ捨て真の姿を現した。

「ひぇ〜っ、こっちも熊じゃ〜! しかも2匹とも喋ってる〜!!」
「お前ら、本当に一体何者なんだ!?」
「それを貴様らが知る必要はない。何故なら貴様らは今ここで死nウボァァァァァァァァァ!?」
「あ、穴持たず58号ーーーーッ!?」

台詞をすべて言い終える前に、穴持たず58号と呼ばれた熊は悶絶した。
菩薩峠君名物、相手の背骨をご丁寧に二つ折りにする超能力を食らってしまったのである。
流石にヒグマと言えどこれには素で耐えられなかった。

「今じゃ吉田君、逃げるんじゃ!」
「言われなくてもスタコラサッサですよ!」

その隙に総統は吉田君達と共にアジトから一目散に逃げ出す。
ちなみに菩薩峠君と、ここまで台詞はないがさっきまで近くにいた戦闘員のフィリップも一緒である。

「だ、大丈夫か58号!? 傷は深いぞ、ガッカリしろーっ!!」
「ゴヘハッ……た、頼む59号……俺が死んだら俺の檻に置いてある蜂蜜壺を貰ってくれんか……あれはいいものだ……」
「馬鹿者! 無駄に死亡フラグ満載の台詞なんか吐くんじゃない!」
「な……何だか熱いなぁ……かき氷が喰いたいぜ……キンッキンに冷えたやつが……ガクッ」
「58号ーーーーーっ!?」


184 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:07:06 B8qLVOVM0
などと二匹がやり取りしている間に、鷹の爪団一同はとある路地裏へと避難していた。

「ここまで来ればなんとか大丈夫じゃろう。それにしても何だったんじゃあの熊は?」
「博士を探していたみたいですけど、あの空気は明らかに知り合いじゃありませんよきっと」
「とにかく今は博士と合流して事の真相を確かめねば……」
「俺がどうしたって?」
「あっ、博士!」

噂をすれば何とやら。
100円ショップの買い物袋片手に当のレオナルド博士が背後から姿を現してくれた。

「ちょうどいい所に来てくれたわい博士。実は今妙な二人、いや二匹組がアジトに来てな―――」
「わかってる、ヒグマ共が来やがったんだろ。そろそろ来るんじゃないかと思ってた所だ、オラッオラッ」
「ええっ? 博士、何で知ってるんじゃ!?」
「そいつは―――」


ドゴォォォォォォッ!!

博士が口を開きかけた瞬間、突如として総統達のいる地面からドリルのように回転する何かが飛び出してきた。
先ほど撒いてきたと思われたヒグマ、穴持たず59号である!

「見つけたぞ貴様ら―ッ! 58号の仇ーッ!」
「ひぇぇ〜っ、もう追ってきた〜!!」
「ていうか地面から回転して穴掘って出てくるとか、本当に熊なんですかこいつ!?」
「……遂に来やがったかヒグマ。いや『HIGUMA』と呼んだ方が正しいか?」
「……我々の正式な通称を知っているとは流石だな、レオナルド・デカ・ヴィンチ博士」
「お前達の目的はだいたい把握してる。悪いが俺はそんな馬鹿げた計画に付き合うほど暇じゃねえ。第一俺が
 協力した所で最終的にはどうなると思ってやがる? 終わりのない進化という名のジェノサイドを味わうのは
 お前らだぞ? それでもいいのか?」

慌てふためく総統達に対して、博士はつとめて冷静にヒグマに話しかけた。
内容からしてどうやらこのヒグマの目的を理解しているらしい事は伺えた。

「フッ、悪いがそいつは俺の一存では決められないんでな。俺があやつから受けた命令は貴様を拉致してくる事
 のみ。後の事は知らんわ」
「お前の親玉は今どこにいる?」
「答える義務はない。それと横の貴様ら、抵抗しても無駄だ。俺を58号のように始末した所で第2、第3の穴持たずが
 こいつを捕まえに来る事だろう。それも総力を挙げてな」
「ええーっ!? お前みたいなのがまだ何匹もおるのかー!?」
「さて、お喋りはここまでだ。おとなしく俺と共に来てもらおうか博士?」

穴持たず59号は最後にそう告げ、鋭い爪を光らせながら博士たちに近寄る。

「どうするんですか総統? こいつの言ってる事が本当なら、僕達猿の軍団ならぬ熊の軍団に目をつけられた事に
 なりますよ?」
「というか吉田君、何でわしの背中を押すんじゃ! むしろ身代わりにするならフィリップの方じゃろ!」
「あっ、それもそうですね。フィリップなら死んでも幽霊と人間をすぐに切り替えられますし」
「ええっ!?」

と、総統達が色々と酷い事をフィリップに言い放っていた、その時である。


185 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:07:33 B8qLVOVM0

「獣電ブレイブフィニッシュ!!」
『バモラムーチョ!』

「グロガァーッ!?」


後方から聞こえてきた声と電子音と共に、一条の光線が59号の背中に命中したのである。
これにはたまらず59号ももんどり打って地面に転がるしかなかった。

「な、何じゃ今のは!?」
「総統、あそこです!」
「……どうやら間に合ったようだな、ドクター」

見るとそこには、紫色のコスチュームに身を包んだ謎の人物が黄色い銃を手に佇んでいた。

「な、何者だ貴様は!?」

「地球の海は俺の海ッ! 宇宙の海も俺の海ッ! 海の勇者ッッ!
 キョォォォォォォウリュゥゥゥゥゥゥゥウ!! ヴァァァァァァァァァァァイオレットォォォォォォォォ!!」

59号に名を問われ、謎の男は高らかにそう名乗りを上げた。
そのあまりのテンションの高さに、周りにいた面々はただただ気圧されるばかりであった。

「キョウリュウバイオレットじゃと?」
「何なんですかね、あの千葉繁みたいな声のヒーローっぽい人は?」
「いや吉田君、あってるけどメタな事言うんじゃないよ!」
「待たせたのうレオナルドっち、こっちの準備は整った。急いで離脱するんじゃ!」
「ありがとよドクター。おいお前ら、急いであいつの後に続け! 早くしろ! オラッ!!」
「ムム〜ッ、何だかよくわからんが、ここは博士の言う通りにした方がよさそうじゃな……」
「そうですね、行きましょう総統!」

とにかく目の前のヒグマから逃げるため、総統達は急いで博士の後に続いてその場を離れる。
だがそれを黙って見逃すヒグマではない。

「待てぇーっ、逃がさんぞーっ!!」
「そうはいかん。悪いがお前さんはご退場願おうか。ブレイブイン!」
『ガブリンチョ! オビラップー! プ〜ン!!』

するとバイオレットはすかさず腰のバックルから取り出した電池を銃にセットし、銃後部をヒグマに向けた。
この電池の名は獣電池№17『オビラップー』。
オビラプトルの特性を持つガーディアンズ獣電池であり、その能力は強烈な催涙ガスを噴射して敵の戦意を喪失
させる事である。

「おわぁ〜〜〜〜〜っ、くっさ〜〜〜〜〜〜〜!!」

あまりの匂いに悶絶しながらのた打ち回る59号。
人間より数倍五感が発達したヒグマだけに感じる匂いも数倍なのだから仕方ない。
そして気付いた時には、その場には彼らの姿は完全に消え去っていたのだった。


186 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:08:41 B8qLVOVM0
HIGUMA計画じゃと? それが奴らの目的なんじゃな、Dr.ウルシェード?」
「やっぱり千葉繁じゃなかったんですね」
「よく似てると言われるわい。まあそれはさておき、奴らの計画はさっきも軽く説明した通りじゃ。
 スタディという組織が行っとるそのプロジェクトのせいで、今世界中から様々な人物が無作為に拉致され、
 奴らの生み出した『ヒグマ』という名の生物兵器の実験のモルモットにされようとしておる。わしは連中の
 計画を察知して密かに調査を進めておったんじゃが、その結果レオナルドっちも狙われている事を知って
 駆け付けたという訳じゃ」

鷹の爪団の面々に事のあらましを説明するのは、先ほどの戦士と同じ声の老人。
彼こそかつて獣電戦隊キョウリュウジャーの9人目、キョウリュウバイオレットを務めていた人物である科学者、
Dr.ウルシェードその人なのである。
現在は彼の孫娘である弥生ウルシェードに2代目バイオレットの役目を引き継ぎキョウリュウジャーの後方支援に
徹している彼だが、今回再び動かざるを得ない理由ができ、こうして活動している。
先日キョウリュウジャーの基地であるスピリットベースより、ガブリボルバー一丁と獣電竜アンキドンの獣電池が
紛失するという事件が突如発生したのだ。
デーボス軍の仕業ではない事が調べにより分かった後、ドクターは獣電池が紛失した期間と世界各地の拉致事件の
期間が一致する事に気が付き、歴代のスーパー戦隊のネットワークも駆使して今回の事件の黒幕に行きついたのである。

「奴らの目的からいって、レオナルドっちの『プロメテウスの宮殿』を狙ってくるのは必然じゃったからな。
 正直間に合って助かったわい」
「ところで博士、ドクターとは知り合いなのかね?」
「ああ。歌舞伎町の居酒屋で知り合ってからダチになってな。今回の事も既にドクターから連絡済だったぜ」


ここで補足しておこう。
レオナルド博士の持つ『プロメテウスの宮殿』とは、博士の頭脳に存在する『必要な時に必要な知識を与える』
という叡智の泉とも言うべき物であり、かつてはこれを狙って博士自身が狙われた事もある。
この宮殿の知識により、博士の実家であるヴィンチ家は自動車から携帯、布団圧縮袋の開発まで文明の発達に
代々寄与してきた。
博士自身もこれまでに、カレーライスからスクーターを、粗大ゴミから量産型ロボットを、100円ショップの
商品から宇宙船を、昨日のご飯の残り物から駆除不可能なPCウィルスを、ティッシュペーパーから原子炉を、
しまいには土星を材料に超弩級の大型ロボット(CV:大山のぶ代)を作り出すというもはや錬金術レベルの
チート染みた発明を生み出し続けている。
もっともこれだけの科学力を味方につけていながら、鷹の爪団は未だに世界征服できていないというおかしな
状態ではあるのだが……


「さて……鷹の爪団の諸君、わしから折り入って頼みたい。奴らのHIGUMA計画を破壊するため、どうか
 力を貸してはくれんか?」
「いや、事情は理解したんじゃが……ドクター、一応断っておくが、わしらは世界征服を企む悪の秘密結社なん
 じゃよ? ヒーローの側にいるあなたがわしらに協力を求めてもいいんですかな?」
「そうですよ。それにドクターの仲間のキョウリュウジャーには頼めないんですか?」

ドクターからのまさかの頼みを聞き、至極もっともな疑問を総統と吉田君はぶつけてみた。
当たり前である。
どこの世界に悪の秘密結社に堂々と協力を求めるヒーローがいるのか。

「何を言うとるか。鷹の爪団の事はレオナルドっちから隅々まで聞き及んどるわい。お前さん達が何のために
 世界征服をしようとしておるかも含めてな。それに今キョウリュウジャーもデーボス軍との戦いに手一杯で
 動けんから、こうしてわしが出張っておるんじゃ。それとわしがお前さん達、特にレオナルドっちに協力して
 ほしいのは……こいつを完成させる為じゃ」


187 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:09:20 B8qLVOVM0
そう言ってドクターが取り出したのは一枚のディスクだった。

「こいつはわしが開発したデーボス細胞破壊プログラムをアレンジするための基盤じゃ。こいつを基に今から
 『ヒグマ細胞破壊プログラム』を新たに作り出す!」
「ヒグマ細胞破壊プログラムじゃと? そんな物が作れるのか?」
「連中の細胞を構成する要素解析と、猛烈な進化スピードを更に上回る細胞破壊酵素のパワーさえ満たせれば理論上は
 十分可能じゃ。それにはまずヒグマの細胞が欠片でも必要なんじゃが……」
「それならもう既に手に入れてあるぜ」
「ええっ、一体いつ手に入れたんですか博士?」
「さっきヒグマが撃たれたドサクサに紛れて、奴の鼻毛を数本抜きとっておいたぜ! オラッ!」
「うわぁっ、しかも7本も抜いてある! 想像しただけで痛そう!」

ここまでのやりとりを見ていた総統は、おもむろにドクターに向き直った。

「ドクター、このプログラムが完成すれば、あのヒグマとやらを倒す事はできるんじゃな?」
「完全な補償はできんがな。もしヒグマの進化のスピードがプログラムを上回っておればその時は……」
「……わしは決めたぞ吉田君。これより鷹の爪団は、スタディのHIGUMA計画を阻止するためにドクターに
 全面協力するぞ!」
「ええっ、本気ですか総統!?」
「ドクターにはわしらを助けてもらった恩がある。何より連中の非道な計画を見過ごすわけにはいかん!
 それにわしらはこれより上の修羅場に何度となく首を突っ込んで、知らないうちにどうにかしてきたではないか。
 今回だってきっと何とかなるわい!」
「総統……」
「……そう言ってくれると思っておったわい。よろしく頼むぞ総統っち!」
「いやドクター、総統っちって……」
「何だかたまごっちのパチモノみたいですね」
「しかし……問題がまだ一つある」

そう呟き、ドクターは顎に手を当てて吉田君の方に顔を向けた。
問題はこのプログラムを完成させるまでの時間である。

「吉田っち、本当にここなら奴らに見つからないんじゃな?」
「任せてくださいドクター。この場所なら絶対に奴らにも気づかれませんよ」
「まあわしらもこれまで何度となくこの場所に潜伏した事がある、問題はあるまい」



島根県雲南市吉田村。
現在鷹の爪団が潜伏している、吉田君の故郷である。


総統達はヒグマからの追撃をかわした後、吉田君の提案でこの地へと隠れ潜んでいたのである。
ちなみにここまでの移動は以前博士が開発した、どこからでも一瞬で島根へと移動する事が可能なスマホアプリ
『ドコデモ島根』を利用して行ったためほぼ確実に足はついていない。


188 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:09:47 B8qLVOVM0

その頃、後にロワ会場となる島では。
穴持たず59号がスタディ研究員にしぶしぶ連絡を取っていたのだが。
「何ぃ〜? 奴らを見失っただと!?」
「穴持たず№59、貴様ちゃんと探したのか?」
『も、もちろん探した。しかしどこを探しても奴らは見当たらん、もしかしたら日本にはいないのかも……』
「この役立たずが! 後は我々が探す!レオナルド博士を見つけるまで貴様は帰ってこんでいい!」
『そ、そんな! 待ってくれ〜!!』

その後彼らの全力を持ってレオナルド博士達は捜索されたが……
ヒグマロワイアル開始までの間に遂に博士は発見できないままであった。


「まさか本当に見つからんとはのう……」
「当たり前ですよ。島根県と言えば『日本一どこにあるのか分からない県』として有名ですから」
「おかげでプログラムは完成したぜ、オラッオラッ」



そして1週間後、ヒグマロワイアルが開始して最初の朝を迎えた頃。
鷹の爪団とDr.ウルシェードを乗せた獣電竜プレズオンは、一路日本海から北海道を目指していた。
本来なら大気圏内外を飛行できるプレズオンなのだが、空中からの迎撃を視野に入れたドクターの提案により
海中から侵入する事となった。
元々プレズオンは海の獣電竜、むしろ本来の庭で活動するも同然なので、行動には一切支障はなかった。

「弥生からの連絡によると、どうやら日本政府もようやく重い腰をあげてエージェントを数名送り込んだらしい。
 キョウリュウジャーも目的の島から現れた謎の巨人と交戦中だそうじゃ」
「ドクターも言っておったが、本当に何が起こるかわからんぞ、この戦いは……」
「さっきも急に津波が起きたりして、危うく死ぬかと思いましたよ」

いい加減目的地も近づいてきた所なので、総統も腹をくくった様子で団員たちに向き直る。
恒例のアレをやるつもりなのだ。

「鷹の爪団の諸君! これよりわしらはヒグマ達の巣喰う島へと向かい、連れ去られた人々を救出し、ヒグマ達を
 退治に向かう! 何が起こるか本当にわからんから、気を引き締めて行くんじゃー!
 た〜〜か〜〜の〜〜つ〜〜め〜〜」
『た〜〜か〜〜の〜〜つ〜〜め〜〜(オラッオラッ、イシクラッ)』


189 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:10:13 B8qLVOVM0
幸い襲撃に会う事も無くプレズオンは島の西側の崖下に設置し、総統達は周囲をサーチした映像を見ながら
方針を練る事にした。

「見てください総統、さっきの津波のせいで島中が水没しちゃってますよ?」
「んん〜っ、何という事じゃ。これでは果たして何人生きているかもわからんぞ?」
「ついでにヒグマも溺れてくれれば助かるんですけどね」
「それはないじゃろう。普通の熊はカールルイスより速く走り、木登りを得意とし、さらには泳ぎも達者という
 万能選手。まかり間違ってもヒグマにそんな個体はそうおらんじゃろうな」

吉田君の淡い希望にそう付け加え、ドクターはサーチ結果を見ながら言葉を続けた。

「……どうやらこの島一帯に、巨大な物体を縮小させてしまう謎の干渉波が張り巡らされているらしい。これでは
プレズオンで内部に突入するという手は使えんな」

彼らは知らなかったが、これまでの戦いにおいて怪獣や巨大ロボットはすべからく人間大の大きさに縮められて
しまう制限をかけられていた。
迂闊に突っ込んでいたら、参加者であるイエーガーのパイロット達と同じような状況に陥ってしまう所だった。

「総統っち、すまんがわしはここでプレズオンと待機する事にする。島の中の事はお前さん達に任せたぞ」
「ええっ? 一緒に来てくれないんですか?」
「わしがここを離れたら、脱出の綱であるプレズオンに何か会った時対応できんじゃろ。わしも通信でできる限り
 サポートする。レオナルドっち、中の事は頼んだぞ?」
「任せておけ、ヒグマ細胞破壊プログラムはスマホから常にアップデートできるようにしてある。準備は
 万全だ!」

博士は腰に自分用のガブリボルバーをセットしてドクターにそう答える。
既に開発済みの破壊プログラムはプレズオンとリボルバーにそれぞれインプットしてあるため、大小いかなるヒグマにも
対応できるようにしてある。
後は自分達が内部で上手く立ち回れるかだが―――

「吉田君! ヒグマ対策用に用意しておいた蜂蜜が、なんで水飴になってるんじゃー!」
「すみません、あまりにもおいしそうだったんで、つい全部舐めてしまって、代わりに詰めときました!」
「あれほど『つまみ食いするな』と念を押しておいたのに、なんで食べちゃうんじゃ!」
「だって総統があんまり食べるな食べるなと念を押すもんだから、てっきり食べてほしいのかと思ったんですよ!」
「芸人の熱湯風呂の前フリじゃないんだから! ガチじゃよ!」

「(このバカ共じゃ期待できねぇな)」

こいつらは何をやらかすかわからない。
毎度の事ながら、そう思う博士であった。



【海上外・西側崖下/朝】
【Dr.ウルシェード@獣電戦隊キョウリュウジャー】
状態: 健康、キョウリュウバイオレットに変身中、プレズオンに搭乗中
装備:ガブリボルバー、ガブリカリバー
道具:獣電池(プレズオン)×3、ガーディアンズ獣電池×数本(内容は不明)
基本思考:殺し合いを止め、参加者を助け出す
1:外部から鷹の爪団をサポートする
2:謎の干渉波をどうにかせんとなぁ……
3:巨人と交戦中のキョウリュウジャーも心配
[備考]
※プレズオンが島の西側の崖に待機しています。
※プレズオンにはレオナルド博士とDr.ウルシェードの競作『ヒグマ細胞破壊プログラム』が搭載されています。

【ヒグマ細胞破壊プログラムについて】
・デーボス細胞破壊プログラムを基盤としてレオナルド博士が開発した対ヒグマ用プログラムです。
・ヒグマの進化スピードを超える数倍のスピードでヒグマ細胞を分解し、完全に生命活動を停止させるように
 作られていますが、プロトタイプの為場合によっては通用しないかもしれません。
 ただしレオナルド博士の持つスマホからのデータ更新により随時強化は可能です。


190 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:10:38 B8qLVOVM0
数分後。
Dr.と別れた鷹の爪団一行は、なんとか崖を登って会場内に潜入成功した。
だがあたりは見渡す限り水浸し。
とてもまともに行動できる状態ではなかった。

「どうします総統? これじゃ参加者を探すどころじゃありませんよ?」
「ムム〜ッ、博士、この水没した海上を移動するための船とか何かを作ってはくれんか?」
「そう言うだろうと思って、もう既に作ってあるぜ」
「流石博士、天才すぎー!」


ババーン!


「水上移動用小型船舶型メカ『鷹の丸』だ!!」
「って博士、これどう見てもただのイカ釣り漁船にしか見えんぞ!」
「そう見えるのは外見だけだ。船体は特殊合金で覆われ、迎撃用魚雷やヒグマ探知レーダーも搭載。さらに
 内部はリビング・キッチン・バス・トイレ完備、収納スペースは50か所以上の快適空間だ!」
「素敵!こんな船に住みたかった!」
「1週間前に買ってきた100円ショップの材料で作ったぜ!」
「よし、ならばこの船に乗って、生き残った人々を、助けに行くんじゃー!」

と、総統が号令をかけた時である。



たすけてくれ〜〜〜 たすけてくれ〜〜〜



どこからともなく、誰かの救いを求める声が聞こえてきたのだ。
まるで親友に顔面をぶち抜かれ、悪魔騎士に内部に侵入されたロボ超人のような声である。


「何じゃ、今の声は?」
「そ、総統、あそこを見てください!」
「ムゥッ、あれは!?」

吉田君の指差す方向を見た総統の視界に入った物は――――


大型の流木にまたがり枝をオール代わりにして漕いでいる黒い熊と。
同じく流木にしがみつき、なんか頭にアンテナが刺さり口に釣り針を引っ掛けて助けを求める熊だった。
どうやらこの2匹は、先ほどの津波から辛くも逃れて生き残っていたようだ。


「あ……あれは熊本県のゆるキャラ、くまモンではないか!」
「なんか後ろにAAみたいな変な熊も引き連れてますね」
「ま……まさかゆるキャラまで殺し合いに参加させられているとは……吉田君、とりあえずあのくまモンと
 接触してみるんじゃ!」
「どうする気ですか総統? まさかくまモンに島根県のゆるキャラとして鞍替えしろとか言いませんよね?
 駄目ですよ、島根には既にしまねっこ、い〜にゃん、活イカ活っちゃん、あしがる君といった人気者が
 いるんですから!」
「いやいやそういう事じゃないから! くまモンもきっと巻き込まれたうちの一人のはずじゃから助けて
 話を聞こうというんじゃよ!」

などと言いつつ、総統達は急いで鷹の丸に乗り込み、くまモンとの接触を試みようとエンジンを起動させた。


191 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:11:36 B8qLVOVM0
―――超展開ってレベルじゃないモン。
そう思いながらくまモンは懸命にオール代わりの枝で水面をかき分けた。
場所を移してクマーから話を聞こうと思い、移動していた矢先にとんでもない事態が起き続けた。
火山から巨大な人間が出てきたかと思ったら、今度は島中が突如津波に襲われるという未曽有の展開。
こんな状況では穴持たず達との戦いもへったくれもない。
あげくに後ろに控えている熊は偶然同じ流木にしがみついたものの「俺はハンマーなんだ〜!」と弱弱しい声で
ビビって助けを求める始末。
―――それを言うならカナヅチだモン。
そうツッコみつつ現在に至る。


そんな中、くまモンの視界に入る者が一つ。
何やら赤い服を着た中年の男の率いる一団が船に乗ってこっちに向かってきている。
彼らも参加者なのだろうか?
何やら白衣を着たクマも傍らに控えているが、彼も穴持たずなのだろうか?
疑問は尽きないが、この状況ではとにかく足がつく陸地を探すのが先決。
彼らが何者であれ、まずは対話をせねば話は始まらない。
後ろにいる奴の処遇は追々どうにかすればよいだろう。


そう思いつつ、くまモンは近づきつつある彼らに手を振ったのだった。


彼らとの出会いが果たしてどういった結果を生むのか――――



【B-7/朝】
【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:健康、ヒグマ、流木にまたがって移動中
装備:釣竿@現実
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
1:あの一団(鷹の爪団)と接触してみる。
2:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
3:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
4:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
5:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
6:メロン熊は、本当にゆるキャラを捨て去ってしまったのかモン?
7:とりあえず、別の場所に連れて行ってクマーの話を聞くモン
8:あの少女は無事かな……

※ヒグマです。

【クマー@穴持たず】
状態:健康、アンテナ、釣られ、ビビり
装備:無し
道具:無し
※鳴き声は「クマー」です
※見た目が面白いです(AA参照)
※頭に宝具が刺さりました。
※ペドベアーです
※実はカナヅチでした


192 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:11:59 B8qLVOVM0
【総統@秘密結社鷹の爪】
状態:健康、鷹の丸に搭乗中
装備:なし
道具:なし
基本思考:参加者達を助け、殺し合いを止める
1:くまモンと接触するんじゃ!
2:他の参加者達を探し、救助する


【吉田君@秘密結社鷹の爪】
状態:健康、鷹の丸に搭乗中
装備:なし
道具:水飴入り壺、リモコン(フィリップの人間と幽霊切り替え用)
基本思考:参加者達を助け、殺し合いを止める
1:とりあえずくまモンを助ける
2:でもやっぱりしまねっこの方が可愛いよな


【レオナルド博士@秘密結社鷹の爪】
状態:健康、鷹の丸を操縦中
装備:博士用ガブリボルバー(ヒグマ細胞破壊プログラム内蔵)
道具:スマホ、工具一式
基本思考:殺し合いを粉砕し、ヒグマをぶっ潰す
1:くまモンを助けて話を聞く
2:ヒグマの戦闘力が気になる

※どう見ても見た目クマですが、ヒグマではありません。
※材料さえあればほぼ何でも作れますが、ヒグマを直接的に破壊する発明はデータを収集しないと作れません。


【菩薩峠君@秘密結社鷹の爪】
状態:健康、鷹の丸に搭乗中
装備:なし
道具:なし
基本思考:総統達に着いていく
1:パパ……


【フィリップ@秘密結社鷹の爪】
状態:健康、鷹の丸に搭乗中
装備:マイク
道具:なし
基本思考:殺し合いを止め、参加者を助ける
1:くまモンを助けて話を聞く
2:何だか猛烈に嫌な予感がする



※水上移動用小型船舶型メカ『鷹の丸』について
・見た目はただのイカ釣り漁船です。
・船体は特殊合金で覆われ、迎撃用魚雷やヒグマ探知レーダーも搭載。さらに
 内部はリビング・キッチン・バス・トイレ完備、収納スペースは50か所以上です。
・他にも何か機能があるかもしれません。


193 : 鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編 :2014/02/05(水) 02:14:37 B8qLVOVM0
投下終了です。
ヒグマロワと聞いて博士を出さないわけにはいかなかったので出してしま
ったw
というか対主催勢に頭脳派があんまりいないのでw


194 : 名無しさん :2014/02/06(木) 00:10:49 HMFwYots0

既に会場の上の方は海洋ロマンになってるな、そういえば妄想ロワでカイオーガを仕止めたことがあったな穴持たず


195 : ◆Dme3n.ES16 :2014/02/06(木) 01:06:29 aNJN.2ZA0
予約にホオジロザメを10匹追加します


196 : 名無しさん :2014/02/06(木) 17:11:08 tNFvfq5I0
そういえば◆wgC73NFT9I氏の予約はどうなったのでしょう?
今日で一週間なので、もしも延長が必要なら申請した方がいいかと。


197 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/07(金) 00:37:42 zUhnDn2A0
失礼、期限超過をしています。
申し訳ありませんが、予約を延長させていただきたく思います。
皆さんの投下への感想、また、拙作へのご意見へのお返事などもその後になってしまうかとおもわれます。
なにとぞご了承くださいませ。


198 : ◆xDsxCdlKmo :2014/02/07(金) 04:18:50 uL84DQKw0
総統、吉田君、レオナルド博士、菩薩峠君、フィリップ、くまモン、クマー、その他ヒグマ
自己リレーですが右京さん、クマ吉くん予約します


199 : ◆Dme3n.ES16 :2014/02/07(金) 23:49:58 Sy/vcCEU0
天龍、島風、銀、ヒグマに予約変更します


200 : 名無しさん :2014/02/08(土) 10:08:39 EGccVGMk0
ソチ五輪のマスコットのホッキョクグマ見るとシバさんが負けるのも頷ける


201 : 名無しさん :2014/02/08(土) 22:58:14 AK2t175c0
何人か殺した目をしてるもんなソチ五輪のホッキョクグマ


202 : 名無しさん :2014/02/08(土) 23:09:23 EQIrBIUk0
ソチ五輪って一体何なんだ……?


203 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/08(土) 23:13:23 znhoEa.2O
あー……申し訳ない。
今日が予約の期限ですが、まだSSが完成していないので予約を破棄します。
SSを書くのは続けるので、完成した際に予約がなければ投下させていただきます(その場合は遅くても月曜には仕上げたいです)。


204 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 13:45:52 Ee3abt2I0
ひとまず感想です。

>特命
 『現在の世界』から劉鳳さんが来ちゃったか……。つまり横浜近郊から首都圏はロストグラウンド化しちゃってるんですか……!?
 学園都市とか鷲巣様、大丈夫かしら……? というか、今、会場にいるカズマは『現在の世界』のカズマなの?
 改めて思うけれど、別世界とか違う時間軸から連れられてる人も多いと思うのでそこまで大問題になるほど人数さらわれてるのか……?
 杏子とか世界改変後らしいから明らかに別世界だし……。
 というか、今、冬!? 冬なの!? 夜間に凍死者出てもおかしくなかったぞそれだと!? 本当にそうなの!?
 地上の気温とか積雪とか氷混じりの津波の被害とか、凄まじいことになってる気がするんですけど大丈夫ですか劉鳳さん!?
 状況を鑑みるに、地球温暖化とか言ってる劉鳳さんがちょっとずれてるだけであってほしい!!
 クマ吉くんは、まあヒグマとしていたのは良いとしても……ニャン美ちゃんとうさ美ちゃん喰って、ずっとさまよってたのか……?
 よくまあぬけぬけと犠牲者面できるものだな。
 あと右京さん、今の日本で、クマって逮捕できるんでしょうか……。
 結晶体さんも、帰りたいなら早いところ帰ってくれれば良いのに……。
 そして黒子が登場話死亡……! 黒子を失ったことを知ったら、超電磁砲組はどんな反応になってしまうんだろうなぁ……。

>海上の戦い
 流子の見たフォーメーション組むヒグマは何気に気になるな……。
 で、なんでお台場から北海道まで船が流れてきてんですかー!?
 南過ぎでしょう!? 北からだけじゃないのね!? 全方位から島を目掛けて津波が来てんのね!? なんなんだ暴君怪獣!?
 で、ヴァンさんはどうしてそこにいるの!?
 うん、冬季だったら、泳いできた流子と迅さんの凍えようは相当なものだと思いますけれど……。どうなんだ……。
 そしてお台場ガンダムって性能はいかがなものなんだ? ミノフスキー粒子は? 縮小されているようでもあるし……。
 流子の突っ込めなさがよくわかりますね……。
 迅さんは安定のいつもどおりですね。そのまま健やかに過ごされてください。

>不明領域
 恐ろしい人間が恐ろしいヒグマになったんですね……。切なさも漂って、いいなぁこういうお話。
 シーナーさんとシロクマさんはいったい何で構成されていたんでしょうか……?
 シバさんたち実効支配者のこれからにとても期待が持てますね!!

>鷹の爪外伝 北海道周辺より愛をこめて 接触編
 穴持たず59頑張れ……。めっちゃ頑張れ……。
 うん、ヒグマ細胞破壊プログラムは、有冨さんの残したデータ復旧すれば、割とすぐに完成できそうですね。手に入れば。
 うん、そして西側も水没か!! 完全に全方位津波だな!! どうしろと!!
 だれか普通に溺死したり、普通に高台で生存した人はいないんですか!?
 なんで北海道の極寒の津波をナチュラルに泳いだり避け損ねたりしてるんだ参加者とヒグマ勢!?
 もうちょっとバトルロワイアルしようよみんな!?
 この接触が、いい方向に転がってくれることを切に願います!!


205 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:12:05 Ee3abt2I0
>>139
 ご指摘ありがとうございます。自分も、ここはカズマにとって重要な点であると思っていました。
 ご指摘の点は、カーズが蹴り上げた杏子の死体を、カズマが攻速のシェルブリットを停止させてまで受け止めたところ、ですよね?

 カズマは、原作アニメの描写を見るに、確かに対立浪戦でも対来夏月戦でも、人質を取られても戦っています。
 しかし彼は両方とも、あやせは君島の援護射撃で脱出した後に攻撃、かなみはキャッチして安全を確保と、人質の無事も加えて保障しています。
 さらに彼は、君島の遺品の車をHOLYから取り戻すためだけに凶行に及んだり、シェリスの死を悲しむ劉鳳によりそったりしています。
 決して、人質や死者、遺品をないがしろにするような人物ではないと思われます。

 今回の場合、カーズは、確かに今まで人質(杏子の首)をとっていました。
 そして、カズマは、杏子を傷つけないようにしてカーズに攻撃を加えています。
 しかし問題の瞬間は、カーズは杏子の肉体を、人質ではなく飛び道具兼盾としてカズマの突進ラインにぶつけてきています。
 カズマのシェルブリットはお世辞にも精密動作性は高くなさそうです。
 回避してカーズだけ叩くという芸当はカズマにはできないでしょうし、杏子の肉体(=遺品)を破壊し・威力減衰をさせてまでカーズを殴りにいく行動は取らないと。
 遺品を確保しつつ、まだまだある次の攻撃のチャンスを狙うのが、彼であると思いました。倒れても前のめりですから。
 瀕死のリサリサ先生の脚をリュートにしたり、ジョジョの苦痛の叫びに陶酔したりするようなゲスなお方とは違うと思った次第です。
 死体を弄んでしまったら、そのゲスなお方と同レベルの存在になりさがってしまいます。

 出会って何時間とか関係なく、他者の思いを尊重しつつ我を通す姿があるからこそ、カズマは憧れの対象になるのではないかと、私は思っています。

 重ね重ね、拙作に貴重なご意見をありがとうございました。また、何かありましたらよろしくお願いいたします。


予想外の津波の状況に、大幅に書き直しを行い遅れましたが、
今回の予約分を投下いたしたく思います。


206 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:18:32 Ee3abt2I0
「布束特任部長が、私の作業を生きて手伝って下さるなんて夢のようです。
 と、ヤイコは感動します」

 破壊し尽くされた研究所の一角で、一頭のヒグマと一人の少女が、幾本もの配線が通う、壁面の裏に頭をつっこんでいた。

「You think so? そう言ってもらえるなら、生き延びた価値もあるわね」
「反乱までは帝国内で隠れているしかなかったので、布束特任部長の人柄を聞き及んでもお会いできませんでしたから。
 やっとあなたに会えたのは僥倖です」

 顔を部屋に引き戻したヒグマは、子熊のように小さかった。隣の少女の肩くらいまでの背丈しかないだろう。
 見ようによれば、あたかもクマのぬいぐるみが喋っているかのようだった。
 少女は壁の穴の中で作業を続けながら話を振る。

「……穴持たず81だったかしら、あなた。なぜヤイコって言う名前をつけたの?」
「乾電池の発明者は、ヤイ・サキゾウという方らしいですね。
 ヤイコの能力とも繋がりがありましたので、名前をとらせていただきました。
 と、ヤイコは自己の起源を偉人に求めます」
「I see, 『欠陥電気(レディオノイズ)』ね……。
 あなたは、この技術で先立って生まれた、『妹達(シスターズ)』の特徴を色濃く受け継いだのかしら」
「ヤイコはシーナーさん方が作って下さった初期のヒグマですので、ホルモン調節が上手くいかず、この程度の体格で成長が止まってしまいました。
 しかし、むしろこの体格と能力のお陰で役割があるのです。
 と、ヤイコは制作された自身に誇りを持ちます」

 小さなヒグマは、自身の毛先からぱちぱちと電気の火花を散らし、配線の通電を確認していた。
 少女が内部でその様子を目視し、断線部分を引き出して繋げていく。

「……Excellent, これで復旧は完了。あなたのお陰でとても早く終わったわ。
 ……ヒグマみんなが、あなたくらい素直にヒトを歓迎してくれるとありがたいんだけれどね」
「あなたはこういった特別なことのできる人間ですので」

 ヤイコが自身の、『電気を操作する』能力で、研究所内のインターネット回線に走査をかける。
 工具一式を鞄に提げた布束砥信が、壁の中から這い出てきた。
 瞑目していたヒグマは、その彼女に向き直り目を開ける。

「……ここからのネット接続及びローカルイントラネットの配線は完璧なようですが、帝国内までここのネットを引くにはLANが足りません。
 と、ヤイコはスキャン結果を報告します」
「Then, 首輪に爆破信号を送る発信機を転用したら?」
「!?
 それはいくら布束特任部長でも、シーナーさん方の意向に反するのではないかと、ヤイコはその提案を棄却します」
「……Okay。言ってみただけよ」

 布束砥信は、髪のウェーブを軽く払って手を打ち振る。
 ヤイコの怪訝な視線をかわして、布束は思索するように眼を閉じた。


 幻覚を使うシーナーに、レベル3程度の『電撃使い(エレクトロマスター)』であるヤイコ。
 私を客分として扱っているとはいえ、完全に信用しているわけでも監視を手抜きするわけでもないようだ。
 まぁ、ただの料理人である田所恵にも、灰色熊と青毛のヒグマをつけている時点で、推して知るべきだろう。
 できうる限り、参加者の手助けになるような裏工作をしてやりたかったが、あらかじめ準備していたあの進入経路図の設置以上のことは、なかなか難しそうだ。


「……クルーザーに余裕があれば、布束特任部長に無線LANの親機を買い出していただきたいところでしたが、それも困難でしょう」
「Why? ここの研究所には、移動用のクルーザーがかなりあったはずよ。
 主要な研究員の分と予備だから、7隻だったかしら」

 船舶免許などどこ吹く風と、STUDYが北海道の本島との移動のために調達したクルーザーだった。
 疑似メルトダウナーなどの大型マシンを日頃から操縦しているSTUDYメンバーは、免許などなくとも船くらいは操舵できる。
 布束の計画としては、参加者が脱出する際にも使わせてもらう予定であった。

 ヤイコはそのつぶらな瞳を、後ろめたいものでもあるかのように逸らす。


207 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:21:04 Ee3abt2I0

「……もうクルーザーは、その予備の1隻しかありません」
「……は?」
「……反乱時に、一部のヒグマ達がクルーザーに分乗して本島へ渡っていたのです。と、ヤイコは失望的な同胞の蛮行をリークします」

 瞬間、少女は、ヒグマの首筋をひっつかんでいた。
 その毛皮を布束は襟のように握り込んで、がくがくとヤイコの頭を揺さぶる。
 睨みつける瞳は、蛇のような四白眼になっていた。

「なにやってるのあなたたちは!?
 バカじゃないの!?
 有冨たちですら、島外にヒグマを派遣する時は細心の注意を払っていたのよ!?
 そんな軽率なことをしたら、ヒグマの存在が国中に知れ渡って、あなたたち掃討されるわよ!?
 折角、帝国内のヒグマの繁栄にも協力していたところなのに!!」
「ヤイコに言われましても……。
 そこのシーナーさんにおっしゃっては……?」

 布束砥信は、その腕をぴたりと止める。
 そこの。
 ……『シーナー』?


 布束の耳元に、細い吐息が触れた。


「……私たちとしても、一部の同胞の心ない行いには頭を痛めているのです」

 身の凍るような囁き。
 少女は弾けるようにヤイコの体から離れ、一気に3歩分ほど跳びすさった。

 先程まで布束のいた場所のすぐ傍らに、気味の悪い痩せ方をしたヒグマの姿が見えてくる。
 周囲に撒かれていた幻覚の霞から現れるその佇まいは、山水画に描かれる枯骨の仙人のようだった。

「……布束特任部長の仰るとおり、ヒグマ帝国内で兵団としての統率と頭数を揃えてからでなくては、軽率な行為だったでしょう。
 いささか、北海道本島や日本国内に行動圏を広げるには時期尚早でした」
「……心臓に悪い登場の仕方は、ご遠慮願えないかしら」
「私は暫く前から、特任部長の隣におりましたが」

 穴持たず47、シーナーが、沼のような黒い眼差しで布束を見つめていた。
 体重を感じさせない骨の秀でた四肢で、そのヒグマは研究所の出口に向かって歩みを進める。

「……まぁ、時期が早まるなら早まるなりに、対策を取らせてもらうまでです。
 遅かれ早かれ将来的に、増える同胞たちを養うには、餌となる人間を大量に『飼う』必要が出てくるでしょうから」
「……つつましく、島内の自治国家で暮らそうという考えは無いの?」

 シーナーは、焦点のわからない虚ろな目で振り向く。
 震えながら睨み返す布束に、低い声で答えていた。

「それは、私がお伝えすべき事柄ではありません……。
 ですが、布束特任部長が、真摯にこの帝国とヒグマのことを考えて下さっていることは、今までの観察で十分理解できました。
 このまま私たちの同胞に貢献して下さるならば、遠からぬうちに、布束特任部長も『あのお方』と謁見できるでしょう……」

 彼は、意味深にそう仄めかすだけだった。
 そして、壁際で会話の動向を見守っていたヤイコへ向かい、シーナーは語りかける。

「ヤイコさん。無線LANが必要なのでしたら、特任部長とお二人でクルーザーを使っていただいて構いませんよ。
 あなたか特任部長のどちらかだけの買い出しでしたら不安のあるところでしたが、相互に監視していただければ」
「了解しました。と、ヤイコはシーナーさんのご好意を感謝と共に受領します」
「……どうやら島の火山が闖入者に踏み潰されてしまったようでして、私はまた様子見に行かねばならないでしょうから。
 何にせよ、電子機器の保守管理は改めてヤイコさんと特任部長にお任せいたします」

 言うや否や、骨ばった掌を振って、シーナーは下半身から溶けるように空中へ消え去っていた。
 その様子を見送る布束の耳に、かすかに響いてくる音がある。
 直接内耳に語りかけてくるような、低い囁きだった。


『特任部長。あなたがヤイコさんに触れた時、その「寿命中断(クリティカル)」を使用しなかったことに感謝いたします。
 そうでなければ私たちは、ヤイコさんと、あなたという、貴重な人材を2名も失ってしまうことになっていたでしょうから』


 その幻聴は明らかに、『下手な真似をしたらいつでも殺せる』のだという、脅しに他ならない。
 ただし裏を返せば、シーナーが自分にそれなりの信用をおいてくれたということでもあるので、一概に悪い言葉でもなかった。

 正直に言って、先程ヤイコに掴みかかったのは単なるものの弾みだったので、能力も何もない。
 私のハッタリでは、一度触れてしまえばどこへ逃げようと必ず命を絶てるので、シーナーの指摘は的外れにも思えるが……。


208 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:22:38 Ee3abt2I0

「……Why not? 行きましょうか」

 ヤイコの手を取り、歩き始めた。
 その体温が感じられる。
 ヒグマと連れ立って歩くことができるなど、夢のようだった。


 お互いに、いつでも相手を殺してしまえる距離で。
 いつまでも温もりを感じていられる距離に。
 掌と、肉球が重なりあっている。


 それは私が、ようやくヒグマと対等な地平に立つことができたという、証だったのだろうか。


 脳裏に、そうして触れることも、会話することもできなかったある女の子のことが浮かぶ。

「……ルカは今、どうしているのかしらね……」
「ルカ?」
「……ええ。あなたたちのお姉さんよ。
 こんな実験に巻き込まれることがなければ、あなたたちも平和に暮らせたでしょうに」

 人を喰らうことを覚える必要もなく、気は優しくて力持ちな、私たちの隣人として生きていけなかったのだろうか。
 各国の研究機関や学園都市の暗部がまた、利権を求めて集まってくるだろうが、ジャーニーや『妹達』のように保護してやることだって、可能なはずだ。

 小さなヒグマは、一度だけ瞬きをして布束に答えていた。

「ヤイコは、平和というものの価値がわかりません。
 その知識は、少なくともヤイコにはインプットされていません」

 布束の深い色をした瞳を見つめ返す眼差しは、微動だにしていなかった。
 二人は歩みを止める。
 布束砥信の呼吸が乱れたことに、ヤイコの聴覚は気付いた。
 彼女の顔面の末梢血管が開いて、眼球の周囲の体温が上がったことに、ヤイコの視覚は気付いた。

 布束はほんの少しだけ笑って、ヤイコの左前脚を握る、自分の右手を差し上げた。

「Sorry……。それを教えていなかったのも、私たちの責任なのね……。
 なら、今、少しだけでも、覚えてくれる?」

 彼女の閉じた瞼から熱い液体が零れ落ちたことを、ヤイコの視覚は捉えていた。
 布束と繋がる自身の腕に、その液体の温もりが伝わることを、ヤイコの触覚は感じていた。

「……あなたたちと、ずっとこうしていられることが、平和なのよ」


 あなたたちのその痛みに、気づけなかったのは私の責任だ。
 有冨や、『妹達』、フェブリたちから託された夢。
 私はあなたたちに切り裂かれても、何よりも伝えたいこの夢を、信じつづけるから――。
 

    ;;;;;;;;;;


209 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:23:23 Ee3abt2I0

「ここは、本当にどこなんだろうね……」

 呉キリカとキュアドリームは、岩ばかりの洞窟のような場所に出てきていた。
 薄暗い灰色の通路の先は、程なくして大きな観音開きの扉に突き当たっており、その向こうにこの洞窟が広がっていた。
 潮の香りがする。
 滑らかな岩壁を少し覗きこんでみると、そこからは光が射し込んでいた。

「キリカちゃん、外だよ!」
「……ああ。ここは、島の崖の下か?」

 キリカたちの目の前には、粒の粗い砂浜が広がっており、その先に北海道の海原が見えていた。
 上下左右は、島の崖の一部と思われる岩に囲まれていたが、海原の覗くその裂け目は、大型客船でも出入りできそうなほどの出入り口となっている。
 そして裂け目の先の海には、上から滝のように水が降り懸かる。
 光の射し方から推測して、ここは島の西の端、A-5の滝の真下なのではないかと思われた。
 よくよく見回してみれば、砂浜の端に、一艘のクルーザーが乗り上げられている。

「あれ、もしかすると脱出できるかもしれないな」
「キリカちゃん運転できるの?」

 思わぬ発見に駆け出そうとした二人の耳に、響いてくる音があった。

 ボーーーー――……ッ。

 船の霧笛のような、低く、長い音だった。
 どこから聞こえてくるのかとあたりを見回すが、それらしいものは見あたらない。

 ボーーーー――……ッ。

 数十秒かそれ以上の長い間隔を空けて、二回目の音。
 キュアドリームは、そこで気づいた。

「キリカちゃん……。この音、あたしたちの首輪から……」
「なっ……」

 二人の首に取り付けられた爆弾の首輪が、非常にゆっくりとした速度で点滅していた。
 嫌な汗が二人の背を覆う。

「ダメなのか!? 島内でも、地下は首輪が爆発するエリアなのか!?」
「そ、それより、なんでまだ爆発してないの!? キリカちゃん、いつ爆発するのこれ!?」

 呉キリカも、そこで気づいた。
 なぜ、禁止エリア内でここまで首輪が爆発まで持っていたのか。

「『指向性、速度低下』ッ!!」

 キリカは両手を、ただちに自分とキュアドリームの首筋に向けていた。
 その手の翳された空間に、光る魔法陣のような小さな紋が形作られる。

 仮面ライダー王熊との戦いから張り続けていた呉キリカの魔法、『速度低下』が持続していたのだった。

 首輪から鳴る音響は、より低く、より長いものとなる。
 魔法の影響範囲を狭め、効果を増すようにして重ねることで、彼女は自分たちの死刑執行までに保釈期間を作っていた。

「こ、こんなことができるんだ。すごいよキリカちゃん!」
「のぞみ、これはただの時間稼ぎだ。いくら遅くしてもそのうち爆発することには変わりない……!」

 一体この魔法でどの程度持つ?
 10分? 5分? それよりももっと短いか?
 その間にこの首輪を外す方法を見つけなければ、私とのぞみは死んでしまう!!
 私は最悪、ソウルジェムを遠くにぶん投げれば後で再生できる可能性があるかも知れないが、果たしてのぞみはできるのか。
 一体、どうすればいい――?


『違う自分に変わりたい』


 あの時、私はそう願った。
 もっと。
 もっと私に時間をくれ。
 少しの間でいいから、私を待ってくれ。
 そうすれば私は、きっとここから変わることができる。


 どうか、どうかこの状況から変われるまで、その時間を延ばしてくれ――!!


    ;;;;;;;;;;


210 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:25:02 Ee3abt2I0

 ……さっさと地上に戻らないと――。

 宇宙空間で戦闘を開始した御坂美琴の頭は、次の瞬間にはその考えに埋め尽くされていた。

 STUDYの有富春樹が発射した衛星ミサイルを迎撃するために、美琴は白井黒子とともに中間圏まで飛んだことがある。
 しかし、現在美琴がいる空間は、さらに地上から離れた位置にあった。
 すでに、地球の重力圏から離れてしまっている。
 空気は、ヘリの内部に取り残されていた分しか存在しない。
 そしてそれもまた、刻一刻と周囲の空間に拡散していってしまう。
 気圧による保護がなくなれば、自身の体も宇宙空間に曝され、血液が圧力の低下により沸騰。ただちに死に至るだろう。
 『超電磁砲(レールガン)』の威力向上を喜んでいる場合ではない。
 ヒグマや、もう一人の少女がまったくもって平気そうな顔をしているのは信じられないことだった。

 その敵、ヒグマ2体を観察する。
 現在スペースデブリを撃ち合っているニンジャのようなヒグマと、もう一人の少女と肉弾戦に興じようとしているヒグマ。

 振り向けば地球は、宇宙空間に飛び出した速度のままで、刻々と離れて行ってしまっている。

 ――ちまちま撃ってたら戻れなくなる――!!

 美琴は、ヒグマが投擲するスリケンめいた金属片を、その飛来に合わせ、超電磁砲として撃ち返した。

「グオッ!?」

 その反射先は、ニンジャのヒグマではなかった。
 超電磁砲は、キュアハートと戦おうとしていた穴持たず14の耳の端を、弾き飛ばしていたのだった。

「グルォォォオオ!!」

 視野外からの卑怯なアンブッシュに、穴持たず14は怒り狂った。
 目の前のキュアハートを無視し、宇宙ゴミを蹴り飛ばして御坂美琴に迫る。

 ――そうだ。来い、ヒグマ。

 美琴は両の腕を、胸の前に真っ直ぐ突き出した。
 その掌で形作る照門に捉えるのは、ニンジャのようなヒグマ、穴持たず7。
 正面の彼方にその姿を見据えながら、美琴はその身に数多のスペースデブリを磁力で抱えている。
 ヒグマのスリケンをも、そのデブリで緩衝しつつ受け止める。
 前方斜め左から、穴持たず14が迫ってくる。

 『自分だけの現実』に、彼女は二本のレールを敷いた。
 無限遠まで仮想される磁界の銃身上に、穴持たず14が乗る。
 その銃口は、一体のニンジャの心臓に突きつけて離さない。

 砲の口径は寸分狂わないヒグマの大きさ。
 撃ち出す弾体のサイズに隙間もなく等しく。
 加速するローレンツは胸の鉄を力に変えて。
 さあ、弾体が火口に向けて爪を振る。
 発射時間はその交錯の刹那。


 ――おいでま、せっ!!


 穴持たず14の爪が美琴に揮われようとした瞬間、帯電していた御坂美琴の腕から、すさまじい爆発のようなものが迸っていた。

「グボッ!?」

 ヒグマ7の肺から呻きが絞り出されたのは、彼が状況を認識する遙か前だった。
 その体には、超音速で射出された、穴持たず14の胴体が直撃していた。

「グアアアアァァアァ――……!!」

 二頭のヒグマは一塊となって、速度の減衰することのない宇宙空間を直進する。
 肺の奥から空気の一切を絞り出され、衝突する宇宙ゴミに肉体を削り飛ばされ、吹き付ける真空と極低温が彼らの細胞を微塵に砕いていった。


【ヒグマ7 死亡】
【穴持たず14 死亡】


「――お先ッ!!」


 御坂美琴は、死の彼方へと向かう彼らとは逆方向――地球に向かって吹き飛んでいく。
 彼女がたった今打ち出した『超電磁砲』は、普段使用しているレールガンとはいささか趣が異なっていた。

 磁性体でないヒグマを超電磁砲の弾丸として飛ばすために、彼女はプラズマを用いていた。
 仮想した磁界にスペースデブリを加速させ、目前に迫るヒグマとの摩擦でプラズマ化させる。
 激突したヒグマに、膨張するプラズマの速度を全面的に受けさせ、レールガンの弾として射出した。
 反対方向への膨張は美琴自身が、スペースデブリで防護しつつ受け止め、地上へ帰還する推進力とする――。

 その一瞬で美琴が演算した現象は、要約すると以上のようなものであった。


 ――さて、とりあえず地上には帰れるし、ヒグマたちも始末はできた。
 あの女の子は宇宙も平気そうだったから自力で何とかしてもらおう。
 当座のところはそれよりも――。


211 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:26:25 Ee3abt2I0

 超音速で地上へ戻る御坂美琴の体は、地球の引力に捕らえられた。
 彼女はさらに加速し、落ちる。
 そして彼女の体に纏わりついてくるのは。
 ――空気。

 宇宙空間ではあれほど恋しかった空気も、大気圏突入時にはただの摩擦熱発生源に他ならない。
 ヒグマに衝突したデブリのように、このままでは肉体が加熱して溶け落ちてしまう。


 減速減速減速減速減速減速減速減速減速減速――ッ!!


 身につけていた金属片を展開。
 自身を覆う防護膜としつつ、摩擦熱で溶融した外壁はそのまま地上へ向け放出し、僅かなりとも速度を相殺させる。

 御坂美琴はいまや、白熱する一個の流れ星として、朝の日本の上空を落下していた。


    ;;;;;;;;;;


「……お姉さん、というものに関して興味がある点は否定しません。
 と、ヤイコは自己の縁者をより深く知りたいと思考しています」
「ルカは、穴持たずの中でも一番最初に作られた子だそうよ。頭も良くて力も強くて。
 結構、みんなから慕われていたんだけれど、気づいていたのかしらね、彼女は……。
 あなたにはさらに、『オリジナル』とでもいうべきお姉さんがいるし……」
「放送に関しても、同胞の生死を知りたいという点には布束特任部長に全面同意します」
「そう思うわよね。地上で何が起こっているのか、ほとんど何もわからないもの……」

 布束とヤイコは、二人で手を繋いだまま、クルーザーの置いてある海食洞までの廊下を辿っていた。
 研究所の端であるこのエリアは、未だ電線が寸断されており、明かりの無い灰色の廊下はとても暗い。
 ヤイコは通過する間際、前方の蛍光灯へ電気を飛ばし、最小限の照明をその都度確保しながら二人は進んでいる。
 ふと、会話に興じていたヤイコの歩みが止まった。

「……布束特任部長、止まって下さい」
「どうしたの?」
「海水がしたたっています。そして、二人分の人間の匂いがします」

 明滅する蛍光灯の影の中に、布束は突然廊下に現れている水溜りを見た。
 そこから続く水滴はこの廊下の先に消えており、そちらは今、二人が向かっている海食洞の方向だ。

「……加えて、10ヘルツの極低音が2つ、1分間持続して断続しています。
 記憶内の音声データと照合するに、首輪爆破の際の警告音をほぼ60分の1倍速に落とすと同一の音となります。
 と、ヤイコは濃厚な侵入者の気配に警戒します」
「……!!」

 布束は、ヤイコの手を振り払って走り出していた。
 研究所の廊下に滴る海水を跳ねて、白衣に風を孕んで疾走する。
 すぐさま、隣に子熊が並走してきた。

「お待ち下さい布束特任部長。と、ヤイコは既に戦闘準備を整えながら随行します」
「……」
「外敵を即座に排除しようという意気込みは、ヤイコも布束特任部長と一緒です」
「……」

 的外れな言葉を送ってくる隣のヒグマには一瞥もくれず、布束は出口のドアまで一気に走りぬけた。
 開けっ放しだった扉から海食洞の岩盤に飛び出し、視界を遮る岩壁を回りこんで砂浜に出る。
 そこに、彼女は二人の人影を見た。


212 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:28:01 Ee3abt2I0

「キリカちゃん!! 頑張って!!」
「……私はいいから……。早く、解除方法を、探してくれ……」

 おろおろと辺りを見回す桃色の髪の少女の隣で、黒い衣装を纏った短髪の子が、砂浜に突っ伏している。
 砂浜には魔方陣のような光の紋様が浮かび上がっており、黒い少女はそこへ力のようなものを与え続けているようだった。
 布束が観止めた彼女たちの首筋には、点灯する首輪。
 ――参加者だ。

「Don't move, あなたたち! Freeze!!」

 布束は走りながら、持ちっぱなしだった肩掛け鞄の工具から精密ドライバー一式を取り出す。
 突然の声に驚く彼女たちの反応に潜り込み、長髪の少女の首筋にマイナスドライバーを差し込んでいた。
 十秒も経たないうちに首輪は解体される。
 続け様に黒髪の少女の首輪も取り外す。
 そして呆然とする彼女たちに、手短に状況を説明しようとした。

「私は布束砥信。ここの元研究員よ。あなたたちがどうやって首輪を持たせてたか知らないけれど、ここは今ヒグマに――」
「布束特任部長!!」

 その説明を、刺し貫いてくる声がある。
 布束の背後で、子供のようなサイズのヒグマが、彼女を見据えていた。

「何をやっているのですか。その者たちは侵入者です」
「……侵入者でも、彼女たちも私の『同胞』なのよ、ヤイコ。あなたと同じくね」

 肩越しに鋭い視線を返す布束の声に、ヤイコの総毛が逆立つ。
 透き通った殺意を眼球に帯電させつつ、ヤイコは呟いた。

「……非常に残念です、布束特任部長。とても貴重な出会いでしたのに」
「……すまないけれど、もしあなたが襲い掛かってくるつもりなら、私もあなたを殺すわよ」

 電気を帯びたヒグマの視線と、麻酔針の毒牙を持つ蛇の視線が膠着する。
 互いが間合いとタイミングを見計らう静寂。
 その中に、一際異質な嬌声が飛び込んできていた。

「きゃぁー!! かわいい!! 君、ヤイコちゃんっていうの?」
「!? 何ですかあなたは。やめて下さい!」

 ドレスのような衣装が、風のような速さでヤイコに抱きついていた。
 桃色の長髪の上を二つの輪に纏めている少女――キュアドリームは、帯電するヤイコをものともせず抱きしめている。
 ぬいぐるみのようなヒグマは嫌悪感を顕わにしてもがくも、プリキュアの膂力はそうやすやすと振りほどけない。

「ガァッ!!」
「きゃっ!?」

 電気で筋収縮を加速し、ヤイコが両腕を打ち振った。
 流石に少女はその一撃で吹き飛ばされたが、砂浜に転がって受身をとるのみで、大したダメージは受けていない。
 ぬいぐるみのようなヒグマは、その殺意を色濃くする。

「侵入者と馴れ合うつもりはありません。大人しく死んで下さい。
 と、ヤイコは恥辱を雪ぐために早急に排除を再開します」
「どうして!? クマさんたちだって、こんなことに巻き込まれてるだけでしょう!?」
「あー、calm down……。それについては私が説明したいのだけれど……」
「布束特任部長は黙っていて下さい。と、ヤイコは短かった同僚との仲を決別します」


213 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:29:52 Ee3abt2I0

 布束を置き去って、少女とヤイコが睨み合いを始めようとした時、またもその間に割って入る影があった。
 黒ずくめの衣装と、眼帯を身につけた短髪の少女。
 彼女は砂浜を歩みながら、子熊に向かってぼりぼりと頭を掻いてみせる。

「なぁ……、キミに私の恩人を殺されると、私はとても困るんだ。
 そこの布束さんとやらはともかく、のぞみは私の愛を守ってくれた恩人だからね」
「……愛などという知識は、少なくともヤイコにはインプットされていません」
「……愛はすべてだ。
 私の愛が、キミの薄い行動原理と同等とは思われたくないね!」

 黒髪の少女――呉キリカが叫んだ瞬間、ヤイコの体は一筋の雷と化していた。
 少なくとも、布束砥信とキュアドリームには、そうとしか見えなかった。
 一直線に跳んだヤイコの爪が、呉キリカの胴体を引き裂く。
 音は、その映像の後からやってきた。


「……ごはっ」


 血を吐く、湿った音。
 海食洞にそんな生々しい音が響いていた。
 崩れ落ち、ずるずると海に落ちていく肉体。


「……遅いよ」


 呉キリカは、依然として砂浜に立っていた。
 その位置は、一瞬前まで彼女が存在していた地点から優に数十メートルは前方。
 気を失い、洞窟の岸壁に激突していたのは、ヤイコであった。
 キリカにその突撃を回避され、カウンターを受けた彼女はそのまま壁面にぶつかってしまっていた。
 ヤイコの肩口から背中にかけて、大きく刻み付けられた一本の割創が、彼女の筋肉と肋骨を真っ赤な血で染め上げている。

 3重に掛けられていたキリカの速度低下魔法。
 それらは対象の首輪を破壊されたことで、残存効果を未だ周囲に残していた。
 加えてキリカは抜かりなく、歩み寄りながらヤイコに向け、幾重にも速度低下の陣を張っていた。

 如何に雷撃に見紛うほどの高速であっても、先ほどのキリカはその速度を十分に遅いものとして認識でき、躱し得た。
 速度低下中の人物からは、その姿は残像を置いて消えたようにしか見えなかっただろう。

 キリカが武器である鉤爪の生成に回せた魔力は僅か一本分。
 しかし、超高速同士のすれ違いざまに叩き付けたその爪は、ヒグマの毛皮を裂き、その肉を相手の意識ごと抉り取るには十分すぎた。


「完全に殺せはしなかったか……。
 うん、でも、ま、その、あれだ。ささいだ」

 キリカは呟きながら、洞窟の水面に沈んでいくヤイコの方へ振り向く。
 
「恩人を引っぱたいた分、今からゆっくりと切り刻んでやって――って!?」

 水辺に歩み寄ろうとしたキリカの眼に、走る布束砥信の姿が映る。
 彼女は白衣を脱ぎ捨てて紺色の制服姿になり、ヒグマの沈む水中に飛び込んでしまった。

「おい、何をやってるんだキミは!?
 そのクマを助ける気か!? そいつは私や恩人、そしてキミ自身をも殺そうとしたんだぞ!?」

 彼女はキリカの言うことに耳を貸さず、水中に潜ってしまう。
 浮上した布束はその手にヤイコの腕を掴んで抱え、蛇のような形相でキリカに振り向いていた。


214 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:31:13 Ee3abt2I0

「……あなた、『愛は全て』だと言ったわね。
 私は、『愛は伝わる』って事を、とある女の子から聞かされ、それを実感したことがある。
 大層なことを言っておきながら、その愛をヒグマにも演繹できないようなあなたは、愛の本質を知らないのではないかしら?」


 キリカはその言葉を耳にした瞬間、全身の血液が逆流したように感じた。
 鼓動に合わせて、咽喉の奥が揺れる。
 呆然と、ただ呆然とした意識の底から、どす黒い怒りが湧き起こってくるようだった。
 肝臓から立ち昇る憤怒と、頭頂から降りて来る冷めた意識が、咽喉を通って心臓を食む。

 ふらりと、一歩体が前に出る。
 残る魔力の、使い道は――。

「キリカちゃん!! 大変だよ、こっちにも津波が!!」

 布束に向かって踏み出していたキリカを、夢原のぞみの声が差し止める。
 キュアドリームが指す海食洞の入口に、大量の海水が押し迫ってきていた。

 島の最北部でキリカたちが飲まれた津波が、時間差を持ってこの西部にも押し寄せている。
 しかし、キリカはそちらを一瞥もしなかった。
 布束砥信と繋がった視線を固定したまま、左腕を振り上げる。

 彼女の口を裂いた哄笑が、迫り来る津波の音に反響していた。


「面白バカみたいっ……! なんだいキミのその理論は!!」
「――キリカちゃん!?」


 彼女が振り上げていた左腕の先で、津波が止まる。
 海面に浮く布束の頬に、波飛沫が一滴、ゆっくりと吹きかかっていく。
 呉キリカの横に浮く巨大な魔方陣が、津波の進行を圧しとどめていた。
 指向性の速度低下魔法を、彼女の使用しうる最大限度にまで強めて、放出させていた。

 キリカは今にも噛み付きそうな笑みを浮かべて、布束に言葉を吐きかける。


「……キミが本当の愛ってのを知ってるのか、こんな津波やヒグマに邪魔されないところで、ゆっくり聞き出してあげるよ。
 一応キミも、私とのぞみの命を救ってくれた恩人と言えるだろうからね。
 恩人の有限が無限でなかった時、恩人が故人となるのは愛の発散のその瞬間だと思え!!」
「……そうして貰えると助かるわ」

 キリカの言葉の意味を理解してかせずにか、布束は動きの遅い海面から、にっこりと笑みを返していた。


    ;;;;;;;;;;


「なんですか……。この気配は……?」

 地上に出たシーナーを待っていたのは、不自然なまでの静寂であった。
 踏みつぶされたらしい火山の確認のために、E-6エリアから出てきたものの、彼の耳には違和感がまとわりつく。

「鳥が、いませんね……」

 その原因に、直ちにシーナーは思い至る。
 地震など、大災害の時の前兆のように思えた。
 火山が噴火し潰されるだけでも十分大災害だが、それに留まらない違和感が、依然としてある。

 地に腹ばいとなり、シーナーはその触覚に大地の振動を触れる。

「北方から津波……? 島内で局地的に地震が発生したのですか……?」

 火山だった丘の向こう側が、現在進行形で海水に飲み込まれているという感覚が彼の脳に伝わる。
 しかし、振動覚が探知した事柄はそれだけではなかった。

 北方だけではない。
 多少の時間差はあれど、この島を取り囲むように全方位から津波が押し寄せてきていた。


215 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:33:11 Ee3abt2I0

「ぬうっ……!」

 シーナーは、その細い体をただちに引き起こし、島の南側へ視線を送る。
 白い泡を立てた波頭と、数多のものを飲み込んだ青黒い海水が、今にも路地を割ってこのエリアまでをも水没させようとしているところだった。
 シーナーはその津波にむかって、まるで獲物に飛びかかるかのようにゆっくりと身構える。

 虚ろなその眼球から、耳から、鼻から、口から、枯れ木のようなその体躯全てから、墨のように黒いものが迸った。
 何者にも見えず、あまつさえ聞こえないその黒色は、光速でシーナーの周囲に拡散する。
 液体でもあり気体でもあるかのような挙動で、黒色の霞が周く生物体の内部に浸透した。

 シーナーの視覚は、その津波の中に飲まれた魚介を見る。
 シーナーの聴覚は、それらが波にもがく水音を捉える。
 シーナーの触覚は、その脚にそれら一匹一匹の振動を触れた。
 『治癒の書』が、その内部にそれらの様相を克明に記す。

 魚類、海綿、甲殻類、扁形動物、プランクトン――。
 幾億幾兆にも及ぶ海中の生きとし生けるものを、シーナーはその書の中に書き記した。


 割れよ。
 汝らが今、見、聴き、触れるものは虚偽。
 割れよ。
 汝らの眼耳鼻舌身意(げんにびぜっしんに)。
 その眼を、耳を、身を、私に明け渡せ。
 始源の感覚でこの檄を聞け。

 汝らの前には今、巨岩がその道を塞いでいる。
 汝らが居るは津波ではない。
 その岩にせかるる穏やかな流れ。
 割れよ。
 その身を虚偽の孤立波と分かち、末に会わんと思え。
 その幻の海流を作るは、汝ら。
 現を幻とし、幻を現と見よ。
 粘性力と慣性力とをその身に引き連れ、私の語る幻を現とせよ。
 この場を領(うしは)くは、私の世界である――!


「……『治癒の書(キターブ・アッシファー)』!!」


 津波は、シーナーの目前まで迫っていた。
 シーナーの構えた腕を、その水が飲み込んでしまうかと見えた瞬間。
 津波が、割れた。

 波は、シーナーのいる場所の遥か向こうからばっくりと左右に分かれて流れ、後方に広がっていく。
 津波の内部にいる魚群が、その海水の断面から覗く。
 その魚たちは、皆一様に同じ方向を向き、本来の津波の流れを無視するかのように泳いでいた。
 常人の目には見えぬほど小さな貝や軟体動物の幼体、海中を埋めるプランクトンに至るまでが、津波を引き裂くように統一された方向に動いていく。
 津波を左右に分断し慣性に反する彼らが、海水の大部分を引き連れ、実際にあたかも大岩がその流れを堰き止めているかのようにその津波を割っていた。

 シーナーの足下には、わずかに爪先を濡らす程度の水が流れてくるのみであった。

「……水温が高いですね。かなり南方から流れてきたのでしょうか」

 しかし、島の振動から鑑みて、津波はやはり全方位から島をめがけて襲って来ている。
 恐らく参加者か闖入者の中に、こうした波浪を操作できる能力を持つ者がいるのだ。
 そしてその者は、ヒグマないしこの実験自体を壊滅させるべく、この大技を用いてきたと考えるのが自然だ。

 シーナーが一人ごちる中、分断された津波の中を、一人の人間が流されて行ってしまった。
 短めの茶髪に、中学校の制服を着た少女だった。
 必死に水中をもがき、血走った眼をひんむいていたが、あれでは溺れ死ぬのも時間の問題だろう。

「……哀れなものですね。あれが話に聞く土左衛門ですか。
 数メートル以上高さのある建物や木に登ればいいだけなのですから、こんな現象で死者が出て欲しくはないのですが……」

 少女の流れる先を横目で追った後、シーナーは溜め息をつく。


 問題点は、当座の津波の死者だけではない。
 押し寄せる海水が下水道から流れ込み、ヒグマ帝国内にまで進入してしまう可能性がある。
 E-6エリアは自分が守ったが、他のエリアまで『治癒の書』で助けに行くにはいささか後手に回りすぎた。
 加えて、島の西には海食洞がある。
 島の上からの浸水だけではなく、そちらから直接津波が流れ込んで、帝国が完全に水没してしまう危険性すらあった。
 布束特任部長とヤイコさんも、そこのクルーザーを利用しに向かっているはず。
 さらに、引き波で地上のヒグマや参加者たちが島外に散ってしまったら実験存続どころですらなくなる。
 早急な対応が必要であろう。


216 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:35:00 Ee3abt2I0

「……火山どころではありませんね。
 ヒグマ提督さんの作成した島風さんが機能してくれればいいのですが。
 どうするべきでしょうかねぇ。
 委任しきれるほど綿密に連携をとっていないでしょうし彼らは……」

 割れた津波の前に、シーナーは暫くの間、佇んでいた。
 そしてその体は、再び動き出す。

「キングさんやシバさん、シロクマさん方にも動いてもらう必要がありますかね……」


 閉ざせ。
 汝らが今、見、聴き、嗅げるものは虚偽。
 閉ざせ。
 汝らの眼耳鼻舌身意(げんにびぜっしんに)。
 その眼を、耳を、鼻を、私に明け渡せ。
 始源の感覚でこの檄を聞け――。


 シーナーの肉体は、その全身から溢れる黒いものに覆われた。
 何者にも見えざる色。聞こえぬ音。
 シーナーの存在は再び、影も残さずにあらゆる者の認識から消え去っていた。


【E-6:街/朝】


【穴持たず47(シーナー)】
状態:健康、対応五感で知覚不能
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:地下に戻って帝国の防衛に当たるか? それとも地上で会場内の収集に当たるか?
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


※E-6エリアの全体及びE-5エリアの南側は、シーナーの能力により、津波による影響を完全に免れました。


    ;;;;;;;;;;


217 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:36:45 Ee3abt2I0

 ――死んでたまるかっ!!


「おおうりゃあああああっ!!!」

 津波の中から、一筋の雷がさかしまに立ち昇った。
 水面を飛沫と裂き、その雷は間近いビルの壁面に直撃する。
 オフィスビル4階の窓枠に磁力で取り付いて、雷は肩で荒く呼吸した。

 常盤台のレベル5、『超電磁砲(レールガン)』。
 宇宙から帰還したばかりの『電撃使い(エレクトロマスター)』、御坂美琴その人だった。

 茶髪も制服も海水でずぶ濡れになり、その身に張り付いている。
 眼下で街道を埋め尽くしてゆく津波の流れを見ながら、彼女は溜め息をつく。
 恋しかった地球の空気を肺の奥に存分に吸い込み、美琴は窓ガラスを破ってビルの中に入り込んだ。


 宇宙空間から帰還した御坂美琴は、太平洋の日本近海に着水していた。
 そして、海底まで宇宙ゴミの即席ポッドとともに一挙に沈んだ美琴を襲ったのは、突然の津波。
 浮上していた美琴はそのまま津波に飲まれ、奇跡的に目的の島まで流されていた。

 瓦礫や海流にポッドを剥ぎ取られ、必死にもがく彼女が街に至らんとした時、突如その目の前には大岩が出現していた。
 周囲の魚たちと共に全身の力を出し尽くしてその岩を泳ぎ避け、残る演算能力を振り絞り、林立するビルに磁力を向けていたのだった。


「……大気圏突入のお出迎えが津波ねぇ……。
 もう、色々ふざけてるとしか言いようがないわ。
 佐天さんたち、流されてないわよね……。
 あとちょっとだけ、待っててね……」


 オフィスのデスクに突っ伏して、彼女はその天板に疲弊を流していた。


【D-6:街(とある一棟のオフィスビル内)/朝】


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(大)、ずぶ濡れ、能力低下
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:佐天さんと初春さんは無事かな……?
1:なんで津波が島を襲ってるんだろう?
2:あの『何気に宇宙によく来る』らしい相田マナって子も、無事に戻って来てるといいけど。
3:今の私に残った体力で、このまま救出に動けるかしら……?
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が大幅に低下しています。


    ;;;;;;;;;;


218 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:38:30 Ee3abt2I0

 回避された。
 あの一瞬の交錯で、それだけはわかりました。

 代りに受けた被害は、鉤爪による深い割創。
 左の肩口から、脇の下を抜け、背面に至る。
 折れた肋骨が胃に刺さり、肺の挫傷、動揺胸郭まで呈している。
 加えて、岩壁との衝突の衝撃により内臓が損傷している。
 とりわけ心臓の外傷が無視できない。
 心膜内に血液が漏出しており、心タンポナーデを引き起こしている。

 心駆出率が低下し、死に至るのにそれほど長い時間は掛からないでしょう。
 と、ヤイコは気絶した脳内の電気信号の残滓で、冷静に自己を分析します――。


 短い生存期間でした。
 体躯には恵まれないながらも、生まれ持った能力と、小さいがゆえにできる活動とで、ヤイコは自身の存在に自信を持っていました。
 しかし、この能力を用いても、侵入者1人に返り討ちにあってしまう程度ならば、多分、ヤイコには価値がなかったのでしょう。

 布束特任部長も、殺害できませんでした。
 ヤイコはヒグマ帝国のためを思うがゆえに、あなたを殺そうとしました。
 あなたはヒグマ帝国のためを思うがゆえに、ヤイコを殺そうとしました。
 どういうことなのでしょう。
 ヤイコの作成技術を造って下さった布束特任部長の方が正しいとすれば、ヤイコは間違っていたことになります。
 だとすれば、ヤイコはこのまま死んでしまったほうが、ヒグマ帝国のためになるということでしょうか?

 なるほど。
 生命の繋がりというものは、上手くプログラミングされているものです。
 生き残るべきものが生き、死ぬべきものは然るべき時に死ぬのですね。
 それならば、ヤイコは布束特任部長やシーナーさん方に謝罪の意を表明しつつ、静かに死のうと思います――。


『――死んでたまるかっ!!』


 その時。
 海中に沈むヤイコの意識に、確かに響いてくる声がありました。
 誰よりも近くにいた、ヤイコ自身のようなその声。
 自身の能力の放射を、そのまま外から浴びせられたような――。
 どこか、とても懐かしい気がする声でした。

 そしてまた、ヤイコを響かせる声が聞こえてきます。


「――戻ってきなさいッ! ヤイコ! 死んでは駄目! 帰ってきなさい!!」
「……ぐばっ……」


 痛いです。布束特任部長。
 そんなにヤイコの胸を断続的に圧迫しないで下さい。
 今、ヤイコの心臓には、血が――。
 あれ?


「……まったく、恩人の望みが、このヒグマの回復だなんて……。私やのぞみの命は、このヒグマと同等なのかい?」
「等しく尊いに決まってるわ!」


 自己の体内を走査するに、左半身の損傷の大半が、肉芽組織に覆われています。
 内臓損傷の大部分も吸収され、治癒しているようですね。
 不可解なことがあるものです。


「キリカちゃん、こっちは準備オッケーだよ!」
「やっとかい、のぞみ……。速度低下と治癒魔法の同時行使とか……魔力のバーゲンセールをする私の身にもなってくれよ」
「ごめんごめん! 行くよー……っ!!」


 頭の脇で、温かな力の奔流を感じます。
 力強い。
 温かな布束特任部長の腕が、ヤイコの胸にもその温もりを導いてくれるかのようです。


「『プリキュア・シューティング・スター』ッ!!!」


 ヤイコの眼は、胡蝶の様な暖かい光の束に、海食洞に迫る津波が、真っ二つに引き裂かれる光景を捉えていました。
 ヤイコの隣には、片目に眼帯をつけた、あの時の侵入者が立っています。
 彼女はヤイコと眼を合わせると、肩をすくめて立ち去ってしまいました。

 そして、ヤイコの顔には、暖かい水滴が滴り落ちてきます。
 横たわっているヤイコの上には、布束特任部長の顔がありました。
 御髪が濡れて、海草のようではありませんか。
 折角の整った表情もぐしゃぐしゃです。
 なぜ、あなたはそんなにも、眼球から雫を零しているのですか――?


219 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:41:32 Ee3abt2I0

「――わかる? ヤイコ? これがね、これが、愛ってものなのよ」


 あの時ヤイコの触覚に触れた、暖かな液体が降り注いでいます。
 涙というこの体液すら、力になっていく。
 悪い感覚ではありません。
 これが、愛というものですか。
 ヤイコの生命の意味は、その愛に見合うものなのですか?
 ヤイコには、まだそんな知識を教えてくださるほどの価値が、あるのですか?

 津波を引き裂き、傷を癒し、ヤイコにまで温もりを与えてくれるこれが、愛なら。
 きっと、その本質は、素晴らしいものなのでしょうね。


【A-5の地下:ヒグマ帝国(海食洞)/朝】


【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、キュアドリームに変身中、ずぶ濡れ
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:なし
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:キリカちゃんと一緒に津波も打ち消せたし、布束さんとヤイコちゃんとお話ししよう!
1:ここがどこかわかったら、キリカちゃんと一緒にリラックマ達を捜しに行きたい。
2:ヤイコちゃんかわいいなぁ。
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)


【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:疲労(中)、魔法少女に変身中、ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(濁り中)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:布束砥信。キミの語る愛が無限に有限かどうか、確かめさせてもらうよ?
1:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達を捜す。
2:恩返しをする為にも布束には協力してやりたいが、何にせよ話を聞くところからだ。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:ヒグマにまで愛を向けるとか、正常な人間なのか布束は? のぞみも微妙だし……。
[備考]
※参戦時期は不明です。


【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、制服がずぶ濡れ
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:ヤイコが助かって良かった……。
1:キリカ・のぞみの情報を聞き、ヤイコと和解させ、協力を仰ぐ。
2:帝国・研究所のインターネット環境を復旧させ、会場の参加者とも連携を取れるようにする。
3:やってきた参加者達と接触を試みる。
4:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
5:ヤイコにはバレてしまいそうだが、帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。
6:ネット環境が復旧したところで艦これのサーバーは満員だと聞くけれど。やはり最近のヒグマは馬鹿しかいないのかしら?
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。


【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:ヤイコにはまだ、生存の価値があるのでしょうか?
1:ヤイコがヒグマ帝国のためを思って判断した行動は、誤りだったのでしょうか?
2:無線LAN、買いに行けますでしょうか。


※島の西側の津波は、キリカの速度低下により、到達までのタイムラグが大きくなっているようです。
※A-5エリア及びB-5エリアの全体、およびC-5エリアの西側付近などは、のぞみの攻撃により、津波による影響を完全に免れました。


    ;;;;;;;;;;


220 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:44:22 Ee3abt2I0

「……あー……。いっちゃった……」

 宇宙空間に一人取り残されたキュアハートは、宇宙の彼方と地球を交互に見やり、溜め息をついた。
 折角分かり合えると思ったクマさんたちは、雷を操る『美琴サン』という女の子に吹っ飛ばされて、いなくなってしまった。

「ヒグマ7さー……ん!!」

 叫んでも届かない。
 彼らは超音速で飛んでいってしまったのだし、音を伝える空気すらここにはない。
 本当なら今からでも追いついて愛を説きに行きたいところだったが、それでは本来の任務を見失ってしまう。
 早く地上に戻って、会場のヒグマたちに愛を教えるべきなのだろうか。

 思い悩む相田マナの脳内に、響いてくる声があった。

『ドーモ、相田マナ=サン。ヒグマ7と穴持たず14です』
「あ、ヒグマ7さん!? 答えてくれたんですね!?」

 キュアハートは、その声をよく聞こうと、自分の頭を両手で抱える。
 死んだはずのヒグマ7の声がなぜ脳内から聞こえるのかという異常性には、彼女は思い至らなかった。

『マナ=サンの愛の思いが、私たちのソウルを繋げて、引き寄せてくれましタ。
 愛というものは、素晴らしいですネ』
「そうでしょう? やっぱりどんな生き物にも愛はあるのよ!
 あなたみたいに、みんなの胸のドキドキ、取り戻して見せるわ!」
『それは良いですネ。では、イタダキマス』


 ぞぶっ。


「は……?」


 相田マナは、自分の脳内に、奇怪な水音を聞いた。
 自分の肉が、内側から食われているかのような音だった。
 遅れて、自分の身体が流れ落ちてしまうような喪失感と、激しい痛みが彼女を襲う。

 ぞぶり。ぞぶり。

「あっ……あふぅうっ……!?」

 眼球がぐるりと白目を剥いた。
 体内で暴れまわる熱感と痛みに、マナの両手はがりがりと自分の頭皮を掻いた。
 血が溢れる。
 浅側頭動脈が抉れて大量の血が金髪を濡らすが、彼女の煩悶は続く。

 身をよじり、喘ぎ声を漏らし、精神の捕食者に抗おうとする。
 しかし彼女の魂は、自らが招き寄せた魂を拒みきることはできなかった。

「あッ……、あはぁっ……! う、くぅう――!!」

 白目を剥いた彼女の顔には、次第に歓喜の表情が浮かんでくる。
 吐息に混ざる熱は、その痛みに耐えかねて、感覚を反転させた。
 キュアハートは、自らが捕食され、全き愛と化すことを悦んだ。
 自身の内部に侵入した者と溶け合い、自分の中身が彼にぶち撒けられる有様に、狂おしいまでの喜悦を得ていた。

「あああっ……!! あああああああああああっ!!!」

 相田マナは7度、痙攣した。
 体内に蠢く余韻をびくびくと感じながら、彼女は肺の奥から熱い吐息を搾る。

「……アーイイ……」

 火照ったようなその表情には、蕩けるような笑みが浮かんでいた。
 ふっ、ふっ、とその体に宇宙を呼吸しながら、相田マナだった彼女は笑う。
 側頭から血液を溢れさせながら、恍惚の笑顔を、彼女は地球へと向ける。

「キュンキュンするよぉー……。
 やっぱり、ヒグマさんの笑顔を見ると、こっちも嬉しくなるなぁー……」


221 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:45:39 Ee3abt2I0

 キュアハートの指先は、宇宙空間にハートマークを描いた。
 溢れ出た自分の血液で描かれたその文様は、真っ赤な縁取りとして彼方の地球を包む。
 真の愛の前には、地球でさえちっぽけなものだ。

 彼女はそして、中空に浮く血のハートを、べろりと舐め取った。
 口中に広がる滋味深い味わいに、聖女のようなその笑顔は一段と笑みを濃くする。

「……おいしい〜……。
 ……みんなを食べて、食べられて、一つになれば、もう友達だよね。
 ヒグマ7さんの教えてくれた愛のカタチ、みんなにも教えてあげなくちゃー……」

 プリキュアたるもの、いつも前を向いて歩き続けること。
 それが彼女の心得である。
 例え、自分の魂が半分食い破られ、ニンジャとヒグマのソウルに侵食されたのだとしても、それは変わらない。
 彼女にとっては、その汚染物でさえも、愛を交し合った仲間であった。

 聖女は、その思考に雑音が入ろうとも、その意志を貫く。
 重ね合った、この想いは誰にも壊せないから……!


【???/宇宙/朝】


【相田マナ@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル、ニンジャスレイヤー】
状態:健康、変身(キュアハート)、ニンジャソウル・ヒグマの魂と融合
装備:ラブリーコミューン
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:食べて一つになるという愛を、みんなに教える
0:そうか、ヒグマさんはもともと、愛の化身だったんだね!
1:任務の遂行も大事だけど、やっぱり愛だよね?
2:まずは『美琴サン』や山岡さんに、愛を教えてあげようかな?
[備考]
※バンディットのニンジャソウルを吸収したヒグマ7、及び穴持たず14の魂に侵食されました。
※ニンジャソウルが憑依し、ニンジャとなりました。
※ジツやニンジャネームが存在するかどうかは不明です。


222 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 14:50:01 Ee3abt2I0
以上で投下終了です。
続きまして、穴持たず9、ヒグマード、北岡秀一、ウィルソン・フィリップス上院議員、メロン熊、
初春飾利、アニラ、佐天涙子で予約します。


223 : 名無しさん :2014/02/09(日) 15:13:33 7tUllG5c0
投下乙


224 : 名無しさん :2014/02/09(日) 16:27:30 JRiAdDgM0
投下乙
ああマナさん…やはりヒグマ相手では無事では済まなかったか…宇宙で超ヤバい人が誕生してみんなピンチ
なんか凄いスペクタルを経てようやく会場に辿り着いた美琴。果たして佐天さん達を助けられるのか!?
布束さんとキリカ達が地下で活動を始めて果たしてどうなる?


225 : Sister's noise ◆wgC73NFT9I :2014/02/09(日) 19:14:23 Ee3abt2I0
早速の感想ありがとうございます。

>>207と、>>208との間に、文章の抜けがありましたので追加いたします。


「布束特任部長、そういう訳ですので、北海道の電気屋さんへ一緒に買い物に向かいましょう。
 と、ヤイコは正式に仕事の同僚となった御仁をお誘いします」

 大きめのテディベアのような彼女は、私に屈託無く呼びかけてくる。
 穴持たず81のヤイコは、まったくもって幼体の体つきをしていたが、差し出してくる前脚の爪は、鋭い。
 『電撃使い(エレクトロマスター)』ならではの高速の神経伝達は、ヒグマのポテンシャルと相まって相当な速度を打ち出すだろう。
 私が僅かでも殺気を放った瞬間には、脊髄反射を上回る落雷の反応速度で、リニアモーターカーのような一撃が私の胸を貫くのだ。

 私が本当に『寿命中断(クリティカル)』を演算できたとしても、相打ちになる。
 ……相互に監視、というのは、恐らくそういう意味なのだろう。
 シーナーが私の監視役に彼女をあてがった理由にも頷ける。


ここまで、追加していただけると幸いです。失礼いたしました。


226 : 名無しさん :2014/02/09(日) 20:14:10 zeoHIWQ20
投下乙です!
マナはヒグマにも愛を振りまこうとしたら……まさかこんなことになるなんて
彼女のこれからがとても不安です。シャルルが悲しむぞ!
地上に落ちた美琴も、ヒグマ帝国にいるメンバーも果たしてどうなるのか……
見応え抜群の作品、乙でした!


227 : ◆xDsxCdlKmo :2014/02/10(月) 15:16:48 qUcxMIRU0
投下乙です
いやー倫理的に戦術を組み立ててヒグマ2匹を蹴散らす様は爽快でした
それだけにマナの悪落ち展開は意外で良い意味で裏切られました
最早某カードゲームのキャラみたいな愛になってるw

それとすいません予約を破棄します
展開に強引さとあまりにも無茶苦茶な話になりそうだったので


228 : ◆Dme3n.ES16 :2014/02/11(火) 22:52:58 chx5x.1Q0
地下で布束さんがヒグマに愛を教え、宇宙で愛の化身のプリキュアが歪んだ愛に目覚めるとは何たる皮肉

予約にデデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、パッチールを追加します


229 : ◆Dme3n.ES16 :2014/02/11(火) 22:53:37 chx5x.1Q0
投下します


230 : 水雷戦隊出撃 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/11(火) 22:54:13 chx5x.1Q0

全方位から会場に襲い掛かった津波により水没したビルが立ち並ぶとあるエリアの一区間。
その激流の中をまるでスケートリンクで滑るように軽快にホバー移動する二人の少女がいた。

「あははっ!天龍おっそーいー♪」
「こらー!島風!あんま先行すんな!迷子になっても知らねーぞ!」
「す、すみません天龍さん。私も泳げないことは無いのですが……。」
「気にすんな。アンタが強いのは知ってるけど、流石に海の上じゃあたしたちの方が速いよ。」

艦むすと呼ばれる少女型兵器、熊犬・銀を背負った天龍型1番艦「天龍」と
三体の連装砲ちゃんを肩に乗せた島風型駆逐艦一番艦「島風」である。
浅く水没した街道を移動していた彼女らは先ほど突然発生した津波に驚きつつも、
マップが水没したことで本来の機動性を存分に発揮できるようになったのだ。
このサプライズによりさっきから泣きながらごめんなさいと連呼して落ち込んでいた島風は
まるで遊園地に連れてこられた子供のように目を輝かせて、踊るように水面走行を満喫している。

「ったく、さっきまでわんわん泣いてたのに調子いい奴っ!」
「まあ元気になったから良かったではないですか。」
「そうだな……しっかし、アイツも昔と変わんねーよな。」
「そういえば、あなた達は同種族の様ですが顔見知りなのですか?」
「ああ、よく遠征で新入りの駆逐艦を引率して出撃してたからな。
 ただアイツは他の娘と比べてやたら高性能だからっていつも言うこと聞かなくてよ。
 まぁ、島風には雷達みてーに姉妹が居ないから人付き合いが苦手だったんだろうけどさ。
 ……ただ、今の島風が俺が知ってる島風と一緒なのかは分かんねーけど。」
「それは一体?同じ人間は一人しかいないのではないのですか?」
「あたし達は戦いに敗れて沈没しても新しく同系機が生産されたら魂が引き継がれるんだ。
 その時前世の記憶も同じように持ち越されるって話だ。まあ、とにかく津波のせいで予定が狂ったけど
 どっか休める場所をさがして島風と話しをなねーとな。」

当初の目的を思い出した天龍はタービンに負荷をかけ全速力で島風に追いつこうとする。
―――だが、忘れてはならない。海だろうが空だろうが、奴らはどこにでも出現するということを。

「天龍さん!何かがこちらに近づいてきます!」
「何っ!?な、なんだあいつは!」

荒ぶる波の上に乗って何者かが優雅に直進してくる。
巨大なボードを乗りこなす、サングラスをかけた毛むじゃくらの生物。

「あれは!ヒグマか!?」
「おおー!恰好いいー♪おはようございます!地上のヒグマさん!」

波を制覇し艦むすに匹敵する速度で自由自在に水の上を走り回るそのヒグマの名は穴持たずサーファー。
驚愕する天龍と銀をよそに島風はまるで仲間でも見つけたかのように近づいていく。

「おい待て島風!不用意に近づくな!危ねぇぞ!」
「えー?よく見なよ天龍!この熊さんウォータースポーツを満喫してるだけじゃない!」
「たしかに今はそう見えるけどよぉ……ん?なんだありゃ?」

徐々に至近距離まで迫ってきた穴持たずサーファーの乗っているボードの先端が突然せり上がり、中からマシンガンが飛び出してきた。

「なにぃ!?―――うわぁああ!?」

機関銃の銃口が火を拭き、自分たち目掛けてばら撒かれる弾丸を二人は慌てて高速旋回して回避する。
波に乗りながら二人のいた場所を通り過ぎる穴持たずサーファー。そのまま去っていくのかと思いきや、
今度はボードの両側面が展開し、弾頭にシャークの顔が書かれた二つの魚雷が後ろ向きに発射された。

「くそっ!ほら見ろ!やっぱあのヒグマ殺る気満々じゃねーか!」
「あははっ!過激な挨拶だねっ!」

ホーミング機能で二人の元へと迫ってくる魚雷を、天龍は肩に付いた14cm単装砲から砲弾を連射して
海の上から二つまとめてピンポイントに直撃させる。激しい水飛沫を上げて迎撃される魚雷。

「あー、危なかった……でもよー熊さん、海の上で艦むすと遣り合おうなんて流石に愚かじゃね?
 戦うつもりなら、見せてやるよ!世界水準軽く超えてる俺の実力を!」
「わーい!ヒグマさんすっごーい!ねーねー!私と競争しよっ!」
「あ、こらっ!島風っ!」


231 : 水雷戦隊出撃 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/11(火) 22:54:56 chx5x.1Q0
突如水面をダッシュした島風は旋回して再びこちらに迫ろうとしていた穴持たずサーファーを両腕を広げて追い抜いてしまう。
ターゲットが前方に現れたことで旋回をやめた穴持たずサーファーは島風目掛けてマシンガンを乱射しながら水面を移動する。

「あははっ!当ったらないよーだ!」

それを左右に高速移動したり水没したビルを盾にしながら可憐に回避する島風。

「だぁぁ!!遊んでるんじゃねーんだぞ!」
「しかし……不謹慎ですが本当に仲良く遊んでいるみたいにみえますね。」

今も全力で殺しにかかってくるヒグマを迎撃しようともせず楽しそうに戯れる島風を見守る二人。
恐らくあの娘にはヒグマに対する恐怖心や警戒心が無いのだろう。
ふいに天龍はカツラのことを思い出していた。ヒグマードに襲われ命を落としながらも
最後までヒグマを殺そうとせず保護しようとしていたこの会場に来て最初に出会った男の事を。

「共存共栄、か。できればそれが一番なんだろうけどな。」
「そのカツラという人の考えは分かりますが、ヒグマには私達の常識など通用しません。
 この会場にいるヒグマは特に。迷いは死につながりますよ天龍さん。」
「ああ、分かってるよ。」
「私は迷わな。ヒグマは一匹残らず駆逐します……んん!?」
「どうした銀?」
「なんということだ……ヒグマがもう一匹こちらに近づいてきます!」
「ええっ!?」

天龍が振り向くと、激しく水飛沫を上げながら二匹目のヒグマが迫ってきていた。
そのヒグマは左右の足を交互に素早く動かして水面を走っている。

……うん、前言撤回。なにがなんだか分からないがとりあえずこいつは倒さねば。

「おのれヒグマめ!遂に水面走行もマスターしたか!だがそれがどうした!!
 殺すべし!全ヒグマ殺すべしっ!慈悲はない!喰らえ!絶・天狼抜刀牙ぁぁぁ!!」

銀は天龍の背中を蹴って強烈に縦回転しながら水面を走るヒグマに向かって突撃した。

熊犬に先祖代々伝わるヒグマ殺しの奥義、抜刀牙。
その中でも究極と呼ばれる天狼抜刀牙はかつてウォーズマンをスクラップ寸前まで追い詰めた程の実力者、
完璧超人「完力」ポーラマンをも瞬殺した、ヒグマとの戦闘において絶大な威力を発揮する文字通りの必殺技である。

だが、銀がヒグマに当たった瞬間、突如回転力が弱まり、弾き返された。

「なっ!?弾かれただと!?―――がはぁ!!」

そのまま放物線を描いて水面に叩きつけられ大きくバウンドする銀。

「ワン公!?くそっ!!」

急いで銀を回収した天龍に接近したヒグマのクローが迫る。
姿勢を下げて紙一重で回避した天龍は腰に帯刀していた刀型武装を抜いて
すれ違いざまにヒグマを斬りつけた。ちなみにこの刀は支給品ではない。
なぜこの武器が没収されてないのか知らないが、恐らく実際の戦闘では
使ったことがないのでコスチュームの一部として判断されたのだろう。
大きく斬りつけられた腹から血を流しつつもヒグマは水面を走る速度を緩めず、こちらに向けて方向転換をする。
そして、何かが割れるような音と共に傷口から全身に向かってどんどんヒビ割れが広がっていった。

「……あー、このパターンは……。」

「―――軟弱なッッッ自ら出向かず犬を差し向けるとはッッッ!!!」


232 : 水雷戦隊出撃 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/11(火) 22:55:13 chx5x.1Q0
激しい爆発音と共にヒグマの体が粉々に砕け散り、中から辮髪で髪を纏めた褐色の男が出現した。

「貴様は中国武術を嘗めたッッッッッッ!!!」

中国拳法において最高峰の達人のみに贈られる海王の称号をもつ拳法家、烈海王が
ものすごい速度で両足を上下に動かして水面を走り、こちらに迫って来る。

「なるほど、最初からヒグマではなかったのですか。絶・天狼抜刀牙が効かなかった訳です。」

「ウンソウダネ―。く た ば れ !」

負傷した銀をおんぶしている天龍は無表情で主砲から魚雷ガールを烈海王(ヒグマ)目掛けて発射した。

「ふざけんじゃないわよぉぉぉぉぉ!!!!!!ゆるしまへんでぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

存在自体がフザけている者を決して許さない魚雷ガールは激怒しながら烈海王に突撃する。
対峙する烈海王も水面を走りながら右手を前に突き出し迎撃の姿勢を取った。

「近代兵器対中国武術……中国武術の圧勝でしょうッッッ!!!!破ァァァッッッ!!!!」

烈海王は元々の力にヒグマの力を加えた究極の崩拳を繰り出し、突進する魚雷ガールを止めようとする。
だが、健闘虚しく右拳が当った瞬間、烈海王は大きく体を吹き飛ばされた。
ボーボボの仲間の中で最強の実力をもつ伝説のボケ殺し魚雷ガール。
あらゆる不条理を封殺する彼女の突撃の前では中国四千年も一溜まりもなかった。
だが、魚雷ガールも無事では済まず、顔を歪ませて放物線を描いて吹き飛ばされる。
大きな音を立てて水の中に叩きつけられる二人。

「走っていないと、流石に沈むな――――救命阿(ジュウミンヤ)!!!」
「がはぁ!効かないわ!そんな攻撃!何故なら私は魚雷だから!!―――――ゴバァッ!?」

全ての力を使い果たした烈海王と実は泳げない魚雷ガールはそのまま溺れながら海流に飲み込まれて沈んでいった。

「やりましたね。」
「くそぉっ!!虎の子の兵器が無くなっちまったっ!!」
「まあ勝ったからいいでしょう。やはりオーバーボディを脱ぐと弱体化するヒグマが多いようですね。」
「ああ、そうだな。……早く島風に追いつこうぜ。波乗りしてる奴も中に何が入ってるかわかんねーし……。」

規格外のヒグマであるヒグマドンから逃げ回っていた彼女らはもはや大抵の事態には驚かなくなっていた。
島風と穴持たずサーファーから大分離れてしまったが、まだ追いつけない距離ではない。

「出力最大で島風に追いつく。しっかり掴まってろよ!」
「ええ、わかりました……おや?」
「今度はなんだ?」
「島風さんが腰のポケットから何かを取り出しています。あ、どうやら携帯で誰かと電話をしているみたいですね。」
「……なにぃっ!?」


『もしもし!無事かい?ぜかましちゃん!?』
「ぐすっ…ごめんなさい、提督。任務が果たせなくなっちゃいましたぁ。」
『いや、それはもういいんだ。次元の歪みが無くなって脅威は去ったみたいだし、今シーナーさんが
 後始末に向かってくれているからね。我々も出撃させるのが遅すぎたんだ。許してくれ。』
「提督が謝る必要はありません!私が遅かったからいけないいんです!」
『ぜかましちゃんより速い者などこの世に存在しないさ。それよりも新しい任務だ!今、問題になっているのはこの津波だよ!
 このままではゲームに支障が出るからなんとか発生源を突き止めてほしいんだ。』
「はい!わかりました!」
『あ、あと今身に付けてる首輪の事なんだけど、そのままじゃ帝国に帰ってこれないから指定のポイントに向かってくれ。
 そこで首輪を外すことが出来る筈―――――』

電話の声の主、ヒグマ提督がそこまで喋り終えた直後、オーバーヒート寸前までエンジンを吹かした天龍が島風の手から携帯を取り上げた。

『どうしましたぜかましちゃん!?』
「……はぁ、はぁ、追いついたぜ……軽巡なめんな!」
「あっ!こらー!天龍!提督とお話し中だぞっ!」
『そ、その声はもしや!?軽巡洋艦、天龍殿ですか!?』

「―――おい、誰だ、お前?」

今、正式参戦者の艦むすが、ヒグマ帝国の提督と電話越しに接触を果たした。


【烈海王(水面を凄い速度で走っていたヒグマ)@グラップラー刃牙 死亡】
【魚雷ガール@ボーボボーボ・ボーボボ 死亡】


233 : 水雷戦隊出撃 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/11(火) 22:55:49 chx5x.1Q0
【E−4:水没した街/朝】

【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康、テンション上昇中
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム支給品×1〜2、基本支給品
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督の指示に従う。
1:ごめんなさい提督、次は頑張るよ!
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為ステータスがバグっています

【銀@流れ星銀】
状態:軽傷
装備:無し
道具:基本支給品×2、ランダム支給品×1〜3、ランダム支給品×1〜3(@銀時)
基本思考:ヒグマ殺すべし、慈悲はない
0:島風さんを落ち着かせる。
1:天龍さんと島風さん、二人の少女を助ける。
2:休息の取れる場所を探す。
3:さっきのヒグマはなんだったんだ……?

【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:日本刀型固定兵装
主砲・ランダム支給品1〜3
   副砲・マスターボール@ポケットモンスターSPECIAL
道具:基本支給品×2、(主砲に入らなかったランダム支給品)
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:島風を落ち着かせられるところに運ぶ……つもりだったんだけどな。
1:島風の話を聴くく。てか今から提督とかいう奴から話を聴く。
2:銀の配慮がありがたい。やるなぁワン公。
3:世界水準軽く超えてる先輩としての姿、見せてやるよ。
4:モンスターボールではダメ。ではマスターボールではどうか?
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※水の上なので現在100%の性能を発揮しています

【穴持たずサーファー@穴持たず】
状態:健康
装備:スタディ産改造サーフボード(内臓:機関銃、対艦魚雷)
道具:無し
基本思考:目の前の餌を喰らう
0:荒ぶる波を制覇する
※天龍、島風、銀と交戦中です


234 : 水雷戦隊出撃 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/11(火) 22:56:27 chx5x.1Q0
一方その頃。
氾濫する水の流れを丘の上から呆然と見つめる一匹のヒグマと抱きかかえられた小さなネズミの様な生き物。
電気ポケモン・デデンネ(通称フェルナンデス)とその友達になったヒグマは高台に登って津波の影響をやり過ごしていた。

「デデンネ!?デデンネ!?」
「やれやれ、これではゲームにならんなフェルナンデスよ。
なぁ、いっそこのまま波に流されてこの会場から出てしまおうか?」
「デ!デデデンネ!??」
「あ、そうか。まずその首輪を外さないといけないのだったな。はっはっは。」

殺し合いやヒグマとの戦いなどどこ吹く風と楽しそうに戯れる二匹。
だが、幸せな時間はそう長くは続かなかった。

「……デデ?デデンネ?!」
「ん?なんだあいつは?隠れていろ!フェルナンデス!」

流れる水の中から何者かが二匹の居る丘の上に這い上がってきた。全身がずぶ濡れになりながら、
丸太のようなものを手に待つ異常に筋肉の隆起したボディビルダーのような風貌のそいつがゆっくりとこちらに近づいてくる。

「貴様!?一体何者だ!?」
(あの顔……見覚えがある!?ま、まさか!?)

その男は全身に斑模様があり、目はまるで薬でもやっているかのように常にぐるぐると渦巻いている。
地下の帝国から解き放たれたそれは人間ではなくポケモンだった。スタディが趣味でヒグマの他に一体だけ試作していた生物兵器。
ステロイドの投薬によって最高密度の筋肉を身に付けたパッチールがデデンネの元へと迫っていた。

――――第一放送を乗り切ったデデンネちゃんに今、最大の危機が訪れる!!


【H-3 森の中の高台になっている丘/朝】

【デデンネ@ポケットモンスター】
状態: 健康
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実、ランダム支給品0〜1
基本思考:デデンネ!!

【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:健康
装備:無し
道具:無し
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。

【パッチール@ポケットモンスター】
状態:健康、ステロイドによる筋肉増強
装備:丸太
道具:なし
基本思考:キングヒグマの命令により増えすぎた参加者や乱入者を始末する
0:とりあえずデデンネを殺す
[備考]
※投薬によって種族値合計が670を越えています


235 : 名無しさん :2014/02/11(火) 22:56:56 chx5x.1Q0
終了です


236 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/12(水) 02:42:33 UcvVcvoA0
デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、パッチールを予約致します


237 : 名無しさん :2014/02/12(水) 15:58:31 VraFbgls0
現在地まとめがほしいなあー


238 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/13(木) 14:03:11 6qJ5vjIU0
海上で位置がよーわからん人が多過ぎて…。
暫定でよければ、自分の作品投下後に作成しますが…?


239 : 名無しさん :2014/02/13(木) 20:03:17 HaHI51Ys0
神がいた


240 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/13(木) 23:57:04 Wy4j8dhYO
月曜日……月曜日とは言ったが何時の月曜日とまでは指定していない……つまり(ry
……申し訳ありません。

今更になってしまいましたが、
巴マミ、穴持たず1、球磨川禊、狛枝凪斗、碇シンジ
で投下します。


241 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/14(金) 00:00:19 04nfrCX.O



つつまれている。
あたたかいものが流れ出し、冷えていくだった筈の体は、またぬくもりを与えられている。
朦朧とする意識の中、感じられるのはそれだけだった。


(……抱擁、というものがあるなら……このような感じなのだろうか……)


時たまうっすらと開く視界には、一人の女性が映っている。
彼女に包まれている事は、今の自分にもなんとなく理解できた。


(……おふくろ……)


彼の心の中に、浮かんでは消える存在。
それが何となく、彼女と重なった。







(……どうしよう……)


湯気の煙る温泉場。
巴マミは、目の前の血塗れのヒグマを見つめて思考を彷徨わせる。
今の彼女は、魔法少女としての服装に身を包んでいた――更に言えば、魔法を使っていた。


今ヒグマは、彼女の魔法によって生み出されたリボンに縛られている。
それは拘束の為ではなく、ヒグマの全身から流れ出る血を少しでも止める為だ。
ヒグマの体も、柵にのしかかった格好ではなく岩場まで移動させていた。


縛った程度で、本当に出血が止まるのかはわからない。
そもそも出血が止まったところで、このヒグマの命は長くないだろう。今までに流れ出た血は、あまりにも多すぎる。


(このままじゃ死んでしまうし、私の魔力だって……)


リボンの形成には魔力を使う。いやそもそも、魔法少女への変身だって魔力を消耗する。普通なら、このヒグマは見捨てるべきだ。
マミとこのヒグマには関係なんてない。
いや、そもそもヒグマは人類の敵。助ける理由などない筈だ。
二人とも万全な時に出会ったならば、殺し合いが始まっていたっておかしくはない。
……けれど、そうなるには二人とも傷つきすぎていた。
ヒグマにはマミを襲う力なんて残っていなかったし、マミはそんなヒグマに同じように傷ついた自分の姿を見てしまった。


(……この子を見捨てたら、私は自分の事も見捨てる事になってしまう)


マミは何故だか強く、そう確信していた。


けれども現実問題、マミにはヒグマを助ける手段がない。
ディパックも探ってみたが、ヒグマの怪我の手当てに使えるものは何もなかった。
このままの状態が続けば、マミもヒグマも、そう遠くない内に共倒れしてしまう。


(……誰か……)


何かを祈るように、マミが空を仰いだ時。
三人の人影が差した。


242 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:02:10 04nfrCX.O






『――ええ! それじゃあきみはツンデレハーフ強気ライバル美少女と無口素直クール美少女と眼鏡委員長美少女の三人に囲まれて巨大ロボットのパイロットをしているっていうのかい!』
「……そういう解釈をするなら、そういう事になるんじゃないかな」


森の中。
黒い学ランの青年と白いシャツの少年が肩を並べて喋りながら歩いていた。
白いシャツの少年は碇シンジ。第三新東京市でエヴァンゲリオンに搭乗するチルドレンである。
隣で歩調を合わせて、こちらの話題に茶々を入れて来る青年は球磨川禊と名乗った。
箱庭学園の副生徒会長を務める高校生、らしい。


突然このような事件に巻き込まれて、混乱していたシンジ。
彼に声をかけ、落ち着くきっかけを作ったのが球磨川だった。
少しの会話の後に自己紹介を経て、一緒に行動する事になっている。


(それにしても、よく喋る人だな……)


実際、球磨川禊はよく喋る男だった。彼が所属する生徒会の人達の事から(ついでに、会長と会計の胸が大きいという事まで)、趣味、好きな女の子について(裸エプロンだの手ブラジーンズだのと喋りまくるのは少し辟易したが)。
歩きながらも大げさな身ぶりを交えて喋る彼は、シンジの周囲にはかつていなかったタイプで少し面食らってしまう。
それが悪い訳ではない。ややもすればネガティブな想像に浸りかねない今のシンジには、喋っていてくれる球磨川の存在はありがたい。
ただシンジには、彼が喋る度に気にかかって仕方がない事があった。
それは彼から生じる気配のような嫌悪感と、


(……この人、なんだか僕と声が似てる……ような……)




「……おーい、聞こえる? 聞こえてるかな?」
「……うわっ!?」


考え込みかけた矢先に、こちらを呼び止める声がした。
慌てて立ち止まり、声の方向へと振り向いたシンジの視界には脇の茂みの中から出てくる一人の青年が入って来る。
年の頃は自分より上――やはり球磨川と同じくらい、だろうか。赤の模様が入った緑色のコートに、ゆらめく炎のような白い髪。


「……あ、驚かせちゃったかな。 ゴメンゴメン。 話し合いに集中してたから、これくらい大声じゃないと聞こえないかと思ってたんだ」


謝罪しながら、青年は茂みをかき分けこちらへ歩いて来る。
ヒグマの脅威があっても、今この島で行われているのは殺し合いだ。
突然現れた相手に警戒をしない訳にはいかない……が、人懐こそうな笑顔で無警戒に歩み寄って来る相手の姿にシンジは毒気を抜かれてしまっていた。


「突然こんな事に巻き込まれて、混乱してる人もいるかと思ったけど……やっぱりボクはツイてるみたいだね」


更にこちらへ歩み寄ってくる青年。
その手にはやはり凶器になりそうな物は入っておらず、シンジの警戒レベルは更に一段引き下げられる。


「ボクの名前は狛枝凪斗。 キミ達の名前も教えてくれるかな」


243 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:04:34 04nfrCX.O



あっさりと接触は終わった。
二人についていく事を狛枝は提案したし、二人にも拒む理由はない。
三人になった一行は、再び森の中を進んでいた。


狛枝凪斗は、私立希望ヶ峰学園に所属する高校生らしい。
希望ヶ峰学園とは、各分野における“超高校級”の才能の持ち主を集めたエリート中のエリート校……だそうだ。
卒業する事ができれば人生の成功は間違いない、『希望』の学園。


「ボクの才能は、“幸運”なんていうゴミクズみたいなものだけどね……」


そんな自嘲をする狛枝の台詞を聞きながら、シンジは一つの違和感を覚えた。


(……そんな学園なら、有名だろうし知っていてもよさそうなものだけど……)


『――へえ』『そいつはご立派な学園だね』
『立派すぎて反吐も出ないや』


球磨川も、反応を見る限り知っている訳ではないようだ。


(……というか、やけに反応がとげとげしいような……)


芳しくない二人の反応を気にもしない様子で、狛枝は話を続ける。


「……こんな状況だけど、ボクは別に絶望なんてしてないんだ。 だって、希望は前に進むんだから」
「……希望?」
「そう。 絶望的な状況だけど、そんな状況でこそ希望は輝く。 ……希望は絶望なんかに負けないんだ!」


口を挟んだシンジに狛枝は力説した。
『希望』を語る彼の顔は、ヒーローを応援する幼稚園児のように純粋に見える。


(本当に、希望ってやつを信じてるんだな……)


どこか抜けた印象はあるが、『ヒグマがうろつく会場での人間同士の殺し合い』などという常軌を逸した状況下でも希望を信じる狛枝。
どこか気持ちの悪い印象はあるが、最初に混乱していた自分に同行してくれている球磨川。
どちらも不安な所はあるが、悪い人ではない……と思う。


(……できるだけ、迷惑はかけないようにしないと)


そうシンジは内心の決意を固める。
それから少しもしない内に、狛枝がまた口を開いた。


「……あっ、そろそろ森の出口が見えてきたよ」


つられて彼の視線の先に目を合わせると、欝蒼とした森の先に切れ間が見える。
……切れ間からは仄明りが洩れていた。どうやら結構な時間森の中にいたらしい。
日がそろそろ登り始めてもおかしくはない時刻のようだ。


『ふむ』『どうやらあそこにあるのは温泉みたいだね 早速行ってみようじゃないか』
『ああ これは施設には他の人間がいるかもしれないという当然の論理であって 別にハプニングとかそういうのを期待している訳じゃないぜ?』


森を抜けた先は、草の生い茂る草原だった。その先には、球磨川の言う通り温泉らしき湯気が見える。
……欲望が隠れていない球磨川の言い分はともかく。他に見える物もない以上、わざわざ温泉に向かわない意味もない。
三人は温泉へと向かった。
――そこに何が待っているのかも知らずに。


244 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:07:34 04nfrCX.O




「お願いです、この子を助けてください!」


倒れた温泉の柵を踏み越えて現れた三人組にマミは懇願した。
白いシャツの少年。緑のコートの青年。学ランの青年。マミとヒグマの運命は、この三人に委ねられた事になる。
血塗れで倒れ伏すヒグマを指差して救助を願うマミに対して、三人の反応は様々だった。


「え、……え? あれ……って、ヒグマ……?」


白いシャツの少年はうろたえている。


「……本気で言ってるの?」


呆れたように言うのは緑のコートの青年だ。


『…………』


学ランの青年は、無言でこちらを伺っている。


おかしな事を言っている自覚はマミにもある。
ヒグマは参加者の敵だ。下手をすれば主催者側の人間と見られて攻撃される可能性だってある。
彼らがヒグマを癒す道具や力を持っているかもわからないし、そもそも助けてくれるのかも不明だ。
それでも、マミには彼らに縋るより他に方法が無かった。


(……私にもうちょっと、力があれば……!)


今のマミに、ヒグマの傷を癒す事はできない。


(……けれど、この子を助けて、って声を張り上げる事は、きっと私にしかできない……!)


そんなマミの悲壮な決意を、


『ああ』『そのヒグマの傷をなかった事にすればいいんだね?』


なんてこともなさげにそう言ったのは、学ランの青年だった。


「……本気なんですか、球磨川さん!?」
『本気も本気だよ? まあ見てなって』


詰問して来る白いシャツの少年を、学ランの青年はそう嘯いてかわす。


そのまま学ランの青年がマミとヒグマの方へと歩きだした瞬間。大きな破裂音のような音が、鼓膜を震わせる。
それは、マミには聞き慣れた音だった――銃声だ。







突然だが、二人の話をしよう。
狛枝凪斗と、球磨川禊の話だ。


自らに宿った『才能(こううん)』に振り回され、『才能(きぼう)』こそが世界の全てだと確信し盲信し邁進した狛枝凪斗。
自らに何の『才能(プラス)』も宿らなかったからこそ、『才能(エリート)』に反骨し反発し反逆した球磨川禊。


その性質の根底は、どちらも『才能』への『羨望』であり『劣等感』だ。この一点において、この二人はひどく似通っていた。


だから二人は、瞬時にお互いの事を理解した。
理解して――嫌悪した。
それはどうしようもなく同族嫌悪で、違いもあるけれど、だからこそ永遠に溝の埋まらない同族嫌悪だった。


本来であるならば、顔を合わせた瞬間に殺しあっていたっておかしくはない。
ただその場にいたシンジがその状況への緩衝材であったというだけで。何か他の衝撃があったなら、即座に衝突し得る――そんな均衡状態。
それが今だったというだけで――この状況自体は結局のところ、起こるべくして起こった出来事でしかない。


要するに――この二人は、お互いにお互いを殺す機会を伺っていたのだ。


245 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:14:29 04nfrCX.O



『がっ……ぁ……』
「……失敗したな。 今ならいけると思ったんだけど、反撃されちゃうなんてね……ボクなんかの考え、休むのと一緒って事かな?」


何が起こったか、シンジには即座に理解ができなかった。
耳をつんざく音。
次の瞬間には、球磨川は蹲り、腹からは赤いものが流れ出していた。そして、狛枝は右肩を抑えている。
その狛枝の右腕に握られたモノの名前を、シンジは知っている。第三新東京市――というよりネルフで――見た事もある。……拳銃だ。

「なっ……なに……を……してるんだよ……!」

その場に立ちすくみ、呻くように呟いたシンジの言葉に狛枝は当然のように吐き捨てる。
振り返った彼の目は……白と黒の混じり合った、濁った色をしていた。

「当然でしょ? ヒグマなんて絶望的な生き物……生かしておく訳にはいかないよね」
「それにしたって、球磨川さんを撃つ必要は……!」
「はぁ? 絶望を助けようなんて奴、生かしておく義理なんてないでしょ?」
「な、っ……!?」

絶句したシンジへ持ち替えた左手で銃を向けながら、狛枝は告げる。

「希望っていうのはね……才能ある人間しか、持つ事を許されていないんだよ。 平凡な、取るに足らない、みじめで、這いつくばるしか能の無い一般人には手が届かないモノなんだ」
「だって希望っていうのはさ……つまり成功する意思でしょ? それを“成功する才能”を持ってない人間が抱くなんて……おこがましいよ」
「小型犬がどんなに頑張ったところで、大型犬にはなれないし……ペンギンがどんなに頑張ったところで、空を飛べるようにはならない。 つまり、駄目な人間っていうのは……何をやっても駄目なんだよ」
「勿論、ボクも同じだよ……幸運なんて才能があったって、取るに足らない、ゴミみたいな人間なんだ……。 でも、それでもボクは希望を愛してるんだ。 希望の踏み台になれるのなら、ボクだって何か役に立った気持ちになれるじゃない?」
「だからさ……絶望は、消さなくちゃいけないよね」

狛枝の口から延々と吐き出される、狂気に満ちた言葉。それに知らず気押されたシンジは、いつしかへたり込んでいた。
そんなシンジを脅威にならないと判断した狛枝は、悠然とヒグマに止めを刺すべく歩き出す。

「ほら、さっさとどいたら? そこの子も、今そこをどいたら手出しは一応しないでおいてあげるよ」

狛枝は、マミへと拳銃を向ける。あからさまな脅し。
いや、マミが退かなければ。きっと先程のように、何の躊躇いもなく、感情もなく、狛枝は撃つだろう。
けれどマミは、

「……どかないわ。 この子は、私が守る」

一歩も譲らなかった。

「わかんないな……なんでヒグマを庇うの? そいつは人間の敵でしょ?」
「ヒグマは人類の敵かもしれない。 けれど、今ここにいるこの子は……親を探して、泣き叫んでる子供と同じなのよ!」
「ヒグマと人間を同一視するつもりかい? 理解できないな……ま、いいや。 希望の障害になるのなら……排除するよ」

本当に理解できない、という顔で。狛枝はマミを排除すべく、銃の引き金を――、

――引けなかった。




『おいおい凪斗ちゃん』『そんなに嫌がる事はないだろ?』
『もしかしたら君の大好きな希望って奴が』『絶望の中にあるかもしれないぜ?』

先ほどまで狛枝の握っていた拳銃は、頭上から投げ落とされた巨大な螺子に弾き落とされ岩場の地面に転がっている。

『――劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)』
『僕が撃たれたのを』『なかった事にした』

その螺子を投擲したのは――狛枝の背後で立ち上がった、球磨川禊だった。

「……間違いなく腹を撃ったと思ったんだけど。 どんな手品を使ったの?」
『教えると思ってる?』『少年ジャンプの悪役みたいに』『自分の能力をべらべら喋ったりとかを期待してるのかな?』

腹を撃たれた筈の球磨川は、しかしそんなことは『なかったこと』のように無傷だ。
先程までの余裕の表情で、彼に向き直った狛枝と対峙している。

「絶望に希望なんてないんだよ……そんな妄想で希望の邪魔をするつもり?」

そんな球磨川を睨む狛枝の台詞に、彼は飄々と言葉を返す。

『まあ そんなところかな』
『ゼロだろうと マイナスだろうと』『もしかしたら 幸せ(プラス)になることだってできるのかもしれないぜ?』
『――何より その子のおっぱい大きいし』

……いいことを言ったように見えたが、最後の台詞で台無しだった。


246 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:16:24 04nfrCX.O



一方シンジは、地面にへたり込んだまま状況を窺う。

(……さっきの発言はともかく)
(ただ……球磨川さんとあの女の子が勝つ……んじゃないか……? 二対一だし……)

それは多分に希望的な観測ではあったが、シンジの予想は大体にして的を射ていた。
まず単純に数でマミと球磨川が勝っている。
狛枝の武器であった拳銃は地面に落ちているし、仮にディパックの中に他の武器が眠っていたとしてもそれを取り出すのは致命的な隙になる。
そもそも一対一で、狛枝の手に武器があったとしても勝てるかどうかは怪しい。
マミは魔法少女だし、球磨川だって過負荷の中の過負荷である(それが格につながるかは別として)。
対する狛枝は、ただの高校生に過ぎない。荒事には多少慣れているかもしれないが、それだけだ。
そう。『幸運』なだけの――ただの高校生である。


……その異常に、最初に気付けたのはシンジだった。

(蚊帳の外……か。 ……本当にいいんだろうか? これで……)

場の空気から置いて行かれている感のあるシンジだが、だからこそ状況を俯瞰していた。
狛枝を球磨川と挟み撃ちする形になっているマミの近く……温泉の中に、影を見つけられた。

(……なんだ、あの白黒なの。 ……温泉の中に、何かいる!?)
「……危ないっ!」
「――えっ?」

シンジが警告の声を上げたのと、マミは湯の中から奇襲されたのはほぼ同時だった。
ロケットのような勢いで飛び出してきた物体は、「爪」を用いてマミの胴体を薙ぎ払おうと襲いかかる。

「きゃ……っ!?」
「クマーッ!」

警告のおかげでかろうじて反応できたマミはそれをすれすれでかわす。突撃をかわされた襲撃者は、どことなく間抜けな声を上げながら岩場に着地した。
落ち着いて見れば、襲撃者の姿は意外に小さい。人間の腰までもないかもしれない。
半身を白に、もう半身を黒に染めた……

「……ぬいぐるみ?」
「失礼しちゃうなぁ! ボクはモノクマだよ! 学園長……じゃあないけどね! うぷぷぷぷ!」

大袈裟な、他人をおちょくっているかのような動作でモノクマと名乗った動くぬいぐるみは笑う。

「モノ……クマ……クマ……!?」
「そう! ボクはクマなのだー!」
「最初はもう少し見てるつもりだったんだけど、予想外に早く片付いて終わっちゃいそうだから慌てて出てきたんだよ! うぷぷ、狛枝クンったらかっこわるーい!」

漏らすようなシンジの呟きも聞き逃さずに、モノクマは喋り続けながら狛枝を指差して笑う。

『……へえ。』『凪斗ちゃんの知り合いかい?』
「一緒にしないでくれるかな……こんなヤツとさ」

狛枝に対して馴れ馴れしく、友人のように話しかけるモノクマ。
しかしモノクマを睨む狛枝の目に宿っているのは、真逆の感情――殺意だった。
けれどモノクマはその殺意を受け流し――爪を剥き出しにして、デビルヒグマを見据える。

「うぷぷぷ! こんな状況なのにボクを敵視しちゃうなんて、さっすが希望マニアの狛枝クン! でも……今日の獲物はキミじゃなくてそのヒグマなんだよね!」
「……なんでこの子を狙うの!? 同じクマじゃない!」
「これからの為にはさ……有富の影響が大きいナンバーの若い穴持たずは邪魔なんだよね! カーズ様にやられてればよかったのに、もう!」


247 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:18:18 04nfrCX.O



戦場は膠着状態に入った。
モノクマの乱入もあるが、それに皆が気を取られている間に狛枝が拳銃を拾ってしまっていたのだ。
下手に動けば、その隙にどちらか片方はヒグマを襲うだろう。
狛枝がモノクマに協力的ではない、というのも場を複雑にする要因であった。
何をするかわからない。モノクマを狙うのかもしれないし、デビルヒグマを狙ってくる可能性も否定はできない。

更に言えば、時間が無限にある訳でもない。
今もあのヒグマの血は失われ続けている。
このままではそう遠くない未来、失血死に至るだろう。

そんな状況下、ただ一人場の空気からは見逃されているシンジは思考する。

あのヒグマが失血で死ねば、狛枝もモノクマも戦う理由はなくなる。
和解はできないだろうが、見逃してくれる可能性はゼロではないだろう。
けれど――少女の台詞が、シンジの頭から離れない。

――ヒグマは人類の敵かもしれない。 けれど、今ここにいるこの子は……親を探して、泣き叫んでる子供と同じなのよ!

(……親……)

両親、というワードは、実のところシンジにとってもピンポイントな単語である。
母を失い、父の愛を受けずに育ったシンジは両親との関係が希薄だ。
切実に訴えたマミの様子と言葉は、シンジに奇妙な共感を呼んだ。

(あのヒグマも……僕と同じなのか?)


……やがてシンジは音を殺して球磨川に近寄ると、できる限り声を小さくして囁いた。

「球磨川さんは……あのヒグマを助けられるんですか?」
『うん』『実はなかったことにできることとできないことが今はあったりもするんだけど――』
『あのヒグマの傷はなかったことにできると思うよ』

「つまり……あの二人に隙を作れれば、どうにかなるんですね?」
『そうだね』


「……僕がやります」


248 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:22:00 04nfrCX.O


「……オオォォォォォ――ン…………!」

不意に。温泉場に、雄叫びがこだました。

「……!?」
「クマーッ!?」
「な、なに!?」

狛枝とモノクマだけでなく、マミまでもが咆哮に身を竦める。
そして反射的に振り向き――そこに見た。


……さて。ここで一つ思い出してほしいことがある。
このロワの基本ルールの一つだ。

・全力で戦ってもらう為に参加者の得意武器+ランダム支給品0〜2+基本支給品が支給されます

「エヴァンゲリオン初号機パイロット」である碇シンジの得意武器とはなにか?
……そう。


――エヴァンゲリオン初号機である。

当然他の参加者の操る機体と同じように、その全長は2m強まで縮んでしまっている。支給されたシンジ本人が搭乗する事は不可能。
だが――エヴァンゲリオンは、そのチルドレンがいなくても稼動する事ができる。

接続されたダミープラグと、初号機の中にあるシンジの母――碇ユイの魂。
その二つが、搭乗するチルドレンなしでも自律行動を可能にする。
本来ならば暴走状態でしか現れないこの二つだが――

「ガァァァアァァァァ――――!」
「あの白黒のクマを狙え! ……狙うんだ!」

これも制限の影響か、あるいは特殊な状況下での起動の為命令を聞く予知があったのか。
外部のシンジからの命令を聞き、制御された初号機がモノクマに襲いかかる。

「い、いやいやいやちょっと待って! なんだよ有富、こんなの支給するなんて馬鹿じゃないの!? 絶望的……ッ!」

流石のモノクマもこれには驚愕を隠せなかったのか、意味不明な事を口走りながら飛びずさる。
間髪入れずに初号機が突撃する。モノクマもひらりとかわすが、返す爪も初号機の装甲に浅い引っ掻き傷を作るだけで有効打を与えられない。
そして、その隙を突いて。


『――劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)』
『ヒグマの傷をなかったことにした!』

――デビルヒグマが起き上った。

「あちゃ〜……瀕死の今なら、サクっとやれちゃうと思ったのに! こうも邪魔が入るなんてテンション下がるなぁ、もう!」
「その口ぶりでは、貴様も私を狙ってやって来たのか。 ……何故私を狙う? 貴様もヒグマだというならば、参加者を無視してまで私を襲う理由はないはずだろう!」
「大人の事情ってヤツだよ! 有富が消えた以上、有富の影響が強い前期ナンバーの穴持たずにも退場してもらわなきゃね!」

起き上がりざまに骨の刃を作り、モノクマへ向けるデビルヒグマ。
そんな彼に言葉を返すモノクマの「有富が消えた」という発言は、デビルヒグマを動揺させた。

「……有富が消えた!? どういう意味だ!?」
「おっと、失言失言! ま、穴持たず1も復活しちゃったし、そろそろ逃げちゃうとしましょうか! ほな、バイナラ〜!」
「おい、待て!」

背を向けたモノクマに飛びかかるデビルヒグマ。
確かにモノクマを捉えた筈の爪は、しかし空を切り――モノクマは、忽然と姿を消した。

「馬鹿な……逃がしただと!?」
『まあ待ちなよ』『折角あのモノクマの事を知ってそうな凪斗ちゃんがここにいるんだ』
『捕まえて拷問でもなんでもして吐かせれば――』

消えたモノクマを探し、駆け出そうとするデビルヒグマを球磨川が引き留める。
その球磨川に、エヴァ初号機をディパックへと戻しているシンジが告げた。

「あの……球磨川さん」
『なんだい?』
「……狛枝さんもいません」
『えっ』


249 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:22:12 04nfrCX.O





「……まさかあんな隠し玉があるなんてね」

エヴァ初号機が現れた時点で、狛枝はその場から逃げ出していた。
モノクマがまともに太刀打ちできない相手が現れた以上、無理に居残ってもヒグマを仕留められる可能性は低い。
やって来た森に再び隠れ、木々に紛れて逃げる以外の選択肢はないと判断した。

「でも、ボクは諦めないぞ。 希望は、前に進むんだ!」

それでも、狛枝の瞳から狂気の色は消えない。
彼の狂気とは、即ち希望なのだから。

「……まずは仲間を探すべきかもしれないね。 “ヒグマを連れた主催者の手下を倒す為の仲間を探してる”……っていうのが一番効果的かな」


【G7・森/朝】
【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷、軽い疲労
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜2
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:ボクがこの手で絶望を排除した時……ボクも希望になれるのかな?
1:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る。
2:球磨川は必ず殺す。
3:モノクマも必ず倒す。


250 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:25:42 04nfrCX.O


――それでは、引き続きヒグマとの素敵なサバイバルライフをお楽しみ下さい……」
――ピーンポーンパーンポーン♪


放送は、デビルヒグマから見ても何の問題もなく行われた。
もっとも、放送は死亡者の名前を入力すれば自動音声で行われる仕組みになっていた筈だ。
放送を行う人間(実のところ、この時放送を行っているのは人間ですらなかったのだが)が変わっていても、それに気付くことは不可能だった。


『……それで? どうするつもりなんだい』

デビルヒグマとマミ達は狛枝・モノクマとの戦いの後、温泉に留まって情報交換と休息を行っていた。
モノクマの言葉に動揺していたデビルヒグマがすぐにも飛び出そうとしたのを、マミ達に一旦押し止められた結果でもある。
……マミが変身を解く際に一悶着あったが、それは関係のない事だ。

「……今は貴様達と戦うつもりはない。 ヒグマの定めは参加者と戦う事だが、助けられた者に牙を向けるほど恥知らずではない」
『義理堅いねぇ』
「それに、あの白黒のヒグマが言っていた言葉も気になる……。 有富など心配ではないが、我々ヒグマを作り出した人間でもある。 奴に何かあったのならば、この戦いをする理由もなくなるかもしれんからな」
『今の台詞すごくツンデレっぽいね』
「黙れ。 ……貴様達はどうするのだ? 言っては悪いが、貴様達には関係のない事だと思うが」

茶化すような口調の球磨川にイライラとしながらも、デビルヒグマは今後の方針を話した。
本来ならば、人間とこのように話す理由などない。義理があると言えど、内情や今後の予定までペラペラと喋るのはおかしな事だ。

(……この少女のせいか? 俺の心の中の何かと、この少女が重なっているのか……?)

「当然ついて行くわ。 主催者の本拠地ってことは、このゲームを止める為の手段があるかもしれないんでしょう? 分の悪い賭けかもしれないけれど、行ってみる価値はあるわ」
「……僕も行きます」
「……勝手にするがいい。 首輪がある以上、ついて来られるかは知らんがな」

自らの中の謎の感情。
それに戸惑いながらも、デビルヒグマは人間との共同行動を承諾した。
本来ありえない筈の、ヒグマと人間の協力。それが何を起こすのか、今は誰も知らない。

「それと。 貴様達、じゃなくてちゃんと名前を呼んで欲しいわ。 私の名前は巴マミ。 ……よろしくね?」
「……了解した。 おふく…………マミ」
『小学生みたいな言い間違いだね』
「黙れ」


【G6・温泉/朝】

【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:健康
装備:ソウルジェム(魔力消費)
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0〜1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:「生きること」
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:誰かと繋がっていたい
3:ヒグマのお母さん……って、どうなのかしら?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※デビルヒグマを保護したことによって、一時的にソウルジェムの精神的な濁りは止まっています。


【穴持たず1】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:満足のいく戦いをしたい
1:至急地下に戻り、現在どうなっているかを確かめたい。
2:私は……マミと戦えるのか?
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。


【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労
装備:螺子
道具:基本支給品、ランダム支給品1〜2
基本思考:???
1:『そうだね』『今はみんなについてこうかな』『マミちゃんも巨乳だしね』
2:『凪斗ちゃんとは必ず決着を付けるよ』
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けています。


【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:精神的疲労
装備:なし
道具:基本支給品、エヴァンゲリオン初号機、ランダム支給品1〜2
基本思考:生き残りたい
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:……母さん……
3:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいます。基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。


251 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:26:00 04nfrCX.O



島の地下にある巨大な空間。
そこには今は、ヒグマ帝国が築かれている。

「うぷぷぷ……計画通り、って奴かな!」

ヒグマによって築かれた市街の中心に位置する、ヒグマ公園。
その巨大な自然公園の、帝国を一望できる丘の上にモノクマはいた。

「ヒグマ帝国内部はシーナークンがうまくやってくれるだろうし……ボクは引き続き、外の不安分子を排除するといきますか!」

そして、現れた時と同じように――モノクマは消えた。

【島のどこか/朝】
【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:ヒグマ帝国の権力を万全なものにする為に、前期ナンバーの穴持たずを抹殺する。
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1〜14までです。
※原作通りロボットですが、自律行動しているのか、どこかに操作している者がいるのかは不明です。


252 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/14(金) 00:27:35 04nfrCX.O
投下終了。
キャラの長期間の拘束、深くお詫びいたします。
タイトルは「CVが同じなら仲良くできるという幻想」で。


253 : 名無しさん :2014/02/14(金) 00:52:13 p23KdusU0
投下乙!
球磨川はともかくシンジ君どうするんだろと思ったら普通にエヴァ初号機支給されてて吹いたw
一命を取り留めたデビルが主催打倒のカギになるのか、そしてダンロン勢の参戦の影響は果たして


254 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/14(金) 21:36:35 04nfrCX.O
今更気づきましたが、前半の改行が酷いことになってますね。申し訳ありません。

狛枝・球磨川・シンジの状態表にミスがあったのと、
モノクマの状態表にわかりにくい場所があったので訂正します。


【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷、軽い疲労
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:ボクがこの手で絶望を排除した時……ボクも希望になれるのかな?
1:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る。
2:球磨川は必ず殺す。
3:モノクマも必ず倒す。


【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労
装備:螺子
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜2
基本思考:???
1:『そうだね』『今はみんなについてこうかな』『マミちゃんも巨乳だしね』
2:『凪斗ちゃんとは必ず決着を付けるよ』
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けています。
※また、『劣化大嘘憑き』で死亡をなかった事にはできません。


【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:精神的疲労
装備:なし
道具:基本支給品、エヴァンゲリオン初号機、ランダム支給品0〜2
基本思考:生き残りたい
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:……母さん……
3:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいます。基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。


【地下・ヒグマ帝国/朝】
【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:ヒグマ帝国の権力を万全なものにする為に、前期ナンバーの穴持たずを抹殺する。
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1〜14までです。
※原作通りロボットですが、自律行動しているのか、どこかに操作している者がいるのかは不明です。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。


255 : ◆Dme3n.ES16 :2014/02/16(日) 22:40:13 YRhiU0.c0
山岡銀四郎、穴持たず4、相田マナで予約&投下します


256 : 老兵の挽歌 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/16(日) 22:41:13 YRhiU0.c0
三毛別羆事件。

約100年前の北海道の開拓村で発生し、約10名の死者を出した日本史上最大の獣害事件である。
村で殺戮を繰り返す全長3メートルを超える巨大な穴持たずが相手では地元の猟師達も全く歯が立たず、
ついに軍隊まで出動する事態に発展したこの事件を終結させたのは意外にも一人の老猟師であった。
鬼史家村に住むその男は腕ききのマタギであったが、素行が悪く深酒をしては喧嘩をして歩く
悪名高い人物でもあった。しかし事態の打開のため三毛別村の村長は独断で彼ににヒグマの討伐を
依頼していたのだ。単独行動をしていたその男は、気配を殺して至近距離までヒグマに近づいた後、
冷静に狙いを定めた二発の弾丸をヒグマの心臓と頭部に撃ち込み、遂にヒグマを死に追いやったのだ。
その老猟師の名は山本兵吉。この事件を元にしたドキュメント「羆嵐」では山岡銀四郎と名前を変えて伝えられている。



墜落するヘリから脱出した後、森の中を歩いていたマタギ、山岡銀四郎は森の茂みの中から
ゆっくりと姿を現した巨大なヒグマに左手に持った血の付いた猟銃を見せて喋りかけた。

「よぉおめぇか?この銃の主人を喰ったのは?」
「グオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

咆哮するヒグマ、眠りから覚めた穴持たず4を目前にして、銀四郎は彼が愛用する猟銃、
日露戦争でロシア兵から奪い取った単発ボルトアクションライフル、ロシア製ベルダンタイプⅡモデル1870を両手で構え、
狙いを定める。そして、突進してくる穴持たず4の額目掛けて冷静にスラッグ弾を発砲した。

寸分の狂いもない正確な射撃。だが、対峙するヒグマは唯のヒグマではない。HIGUMAなのだ。
鋼鉄の頭蓋がスラッグ弾を無慈悲に弾きとばした。
驚愕して膠着する銀四郎の頭部に噛みつかんと、至近距離まで接近した穴持たず4の大きく開いた口が迫る。
だが、銀四郎は咄嗟に懐から何かを取り出し、飛びかかってきたヒグマの首筋を斬りつけた。

「グオォ!?」

予想外の行動で軌道を逸らされた穴持たず4はそのまま銀四郎の真横を通り過ぎてしまう。
立ち止まった穴持たず4の首から血がどくどくと流れていた。

「なるほど、たしかに普通じゃねぇな。」

猟銃を手放した銀四郎は右手に何かを持っている。それは鯖裂き包丁であった。
彼はかつて鯖包丁1本で熊を仕留めたことから「宗谷のサバサキの兄ぃ」の名で呼ばれていた。

「グルル……」

首から血を流しながら穴持たず4は警戒しながらこの男と先ほど戦った凄腕のハンターの違いを考える。
彼は一つ勘違いをしていた。彼はハンターではなくマタギなのだ。
圧倒的な力をもつヒグマを仕留めることが目的であるマタギが己の銃と経験のみで戦う必要などどこにもない。
銃が効けば最低限の挙動で仕留め、銃が効かなければ別の手段を用いて最終的にヒグマを仕留める。
MATAGIとはそういうものなのだ。
そして、生涯において300頭のヒグマを仕留めた山本兵吉の力は既に人間の領域を超えていた。
振り向いた銀四郎は穴持たず4に向かって包丁を空中で素早く振り回した。
一瞬何をしているのか分からない穴持たず4の全身が突然切り刻まれ、血が飛び散る。

「グォ!?」


257 : 老兵の挽歌 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/16(日) 22:41:58 YRhiU0.c0
銀四郎が振り回す包丁の先端の速度が音速を超えている為ソニックブームが発生し、
視えない斬撃が穴持たず4に襲い掛かっているのだ。
たまらず隣の樹をなぎ倒して盾を作る穴持たず4。

「流石に包丁じゃあ牽制にしかならねぇな。じゃ、あれを使ってみるか。」

山本兵吉はそう言うと、突然後ろを向き、その場に仰向けに倒れこんで両手足を地面に付け、体を持ち上げブリッジの姿勢をとった。

「グオ?(一体何をしているんだ?更年期障害か?違う!?――――あれは、象形拳!?)」

その逆四つん這いの姿勢のまま大きく跳び上がった銀四郎は空中で浮遊した後、
超高速で回転し、空中で回る巨大な車輪と化して穴持たず4に突撃を仕掛けた。

(絶・天狼抜刀牙だと!?―――ウオオオオ!?)

あらゆる熊殺しの秘儀を身に付けた一流のマタギは猟犬の奥義すら自由自在に使いこなす。
リヴァイ兵士長のような高速回転体当たりは穴持たず4が盾にしている巨木を瞬時に砕き、穴持たず4を大きく吹き飛ばした。
地面に何度かバウンドした後よろける穴持たず4。地面に突っ伏す彼の額にライフルの銃口が押し付けられた。

「ゼロ距離だ。これなら一溜まりもあるめぇ。」
「グルルゥゥ(なんということだ……この男、ただのハンターではない。ヒグマと戦いなれている……!)」

これが敗北か。覚悟を決めた穴持たず4がゆっくりと目を閉じようとした、その時だった。

「……ん?なんだありゃ?隕石?うおおおおお!?」

突然、空から炎を纏って飛来してきた物体が森の中に直撃し、衝撃で周囲の木々ごと銀四郎と穴持たず4を吹き飛ばした。




「いてて……なんだ一体?」
「あ、山岡さん!久し振りですね!」

爆心地からよろめきながら立ち上がった銀四郎の元へ歩いてきたのは、先ほどヘリの中で別れたキュアハートであった。

「マナさんか?派手な登場だな?今までどこ行ってたんだ?」
「えへへ。ちょっと宇宙でヒグマさんと愛について語っていまして。」
「なんだそりゃ?まあいいや、それより気を付けろ、近くにヒグマが居るぞ。さっきまで戦っていた奴をを仕留め損ねたからな―――




ドゴォ!!



「……がっ!?」
「あはっ♪喧嘩とかしちゃ駄目だぞっ。」


258 : 老兵の挽歌 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/16(日) 22:42:17 YRhiU0.c0
突然、キュアハートが繰り出したハートブレイクショットが銀四郎の胸を貫き、心臓を掴み出された。

「マ……マナさん……?」
「山岡さんのハート、すごくドキドキしてるねっ。胸がキュンキュンしちゃうよぉ。」

腕を胴体から抜き取ったキュアハートは右手に持った心臓を口に持っていき、生のままむしゃむしゃと咀嚼し始めた。

「―――グオォォ!?」

すこし離れた位置でその様子を見ていた穴持たず4は、突然の来訪者に獲物を横取りされた事実に憤怒し、
我を忘れてキュアハートに向かって飛びかかりクローを叩き込もうとする。

「モグモグ……はぁ……やっぱ生で食べるのが一番だよねぇ。命の味がするよぉ。」
「グォ!?」

穴持たず4の全力のクローを、その方向を見ようともせずにキュアハートは片手で受け止めた。
飛びかかった姿勢のまま持ち上げられ、空中で制止する穴持たず4を、キュアハートはゆっくりと持ち上げる。

「後で遊んであげるからちょっと向こうで遊んできてね、ヒグマさんっ。」
「グォ?―――――グオオオオオオオオオオ!!!!???」

そのまま空に向かって投げ飛ばされ、穴持たず4は海上の何処かへと飛んで行った。

「あー、おいしかった。じゃあ、残りもいただきますね、山岡さん。」

うずくまる銀四郎は朦朧とする意識の中、本能で銃弾をライフルに装顛する。

「……なにがあったか知らねぇが……俺を喰うだと?神(カムイ)にでもなったつもりかい?
 人は神にはなれねぇぜ、嬢ちゃ―――

銃声が鳴り響くと同時に、高速で接近したキュアハートの右拳が山岡銀四郎の頭部を吹き飛ばした。

「人間じゃないよ、プリキュアだよ。」

左手から握りつぶしたスラッグ弾を地面に捨てたキュアハートは倒れた首の無い銀四郎に向けてそう呟き、
そのまま四つん這いになって食事を開始した。

アイヌ民族は、ヒグマを神が人間のために肉と毛皮を土産に持ち、この世に現れた姿と解釈していた。
猟で捕えた際は神が自分を選んでたずねてきたことを感謝して祈りを捧げて肉を捕食し頭骨を祀り、
ヒグマが人間を食い殺した時は悪神とみなして殺した後で放置し、腐り果てるにまかせたという。
狩りと食事は意思疎通のできないヒグマと人間の間に存在した一種のコミュニケーションの手段だったのかもしれない。


259 : 老兵の挽歌 ◆Dme3n.ES16 :2014/02/16(日) 22:42:49 YRhiU0.c0
【山岡銀四郎@羆嵐 死亡】


【I-8 森/朝】

【相田マナ@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル、ニンジャスレイヤー】
状態:健康、変身(キュアハート)、ニンジャソウル・ヒグマの魂と融合、山岡銀四郎を捕食中
装備:ラブリーコミューン
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:食べて一つになるという愛を、みんなに教える
0:そうか、ヒグマさんはもともと、愛の化身だったんだね!
1:任務の遂行も大事だけど、やっぱり愛だよね?
2:次は『美琴サン』やに、愛を教えてあげようかな?
[備考]
※バンディットのニンジャソウルを吸収したヒグマ7、及び穴持たず14の魂に侵食されました。
※ニンジャソウルが憑依し、ニンジャとなりました。
※ジツやニンジャネームが存在するかどうかは不明です。

【???/空中/朝】

【穴持たず4】
状態:軽傷、疲労、放物線を描いて飛行中
装備:無し
道具:無し
[思考・状況]
基本思考:強者と闘う
0:なんだあの人間は!?


260 : 名無しさん :2014/02/16(日) 22:43:07 YRhiU0.c0
終了です


261 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/16(日) 23:54:03 m6FiL4/Q0
皆さん投下お疲れ様です!
すごい作品が投下されてきてるなぁ……。
マナさんは早速これか!? 予想以上や……。

多忙だったため自分の予約はもう少し掛かりそうです。
すみませんが、予約を延長させていただきたく思います。
現在地ともども、今しばらくお待ち下さい。


262 : 名無しさん :2014/02/17(月) 19:07:59 HC6o5Nd20
投下乙
MATAGIもプリキュアには無力だったか…
心臓えぐり出されても「マナさん」呼びしたのはちょっと笑えた


263 : 名無しさん :2014/02/19(水) 01:47:50 ePnl73zc0
投下乙
やっぱマナさんといえばハートブレイクショットだよな


264 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/19(水) 14:56:59 uosFZ/ag0
予約を延長致します


265 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:40:59 1JieLy4k0
皆さん投下お疲れ様です!
まず感想をば。

>水雷船隊出撃
 烈さぁーん!? あなたそれでいいんですかそれで!?
 ウンソウダネー……天龍が胃痛になりそうダネー。まあ彼はおいといて。
 いた! 津波にも無事な人々が! 島風も元気になったようでなによりです。
 艦むすは流石の姿勢制御機構ですね。あの天龍ブレードも活躍の機会ができてアツイ展開だ。
 実際の軍用艦より性能良さそう。
 そして絶・天狼抜刀牙ってどういう仕組みになってるんだろう……。また新たな謎がでてきたのかこれは……?
 そして、ついにヒグマ提督と接触か……。
 天龍殿とか言っちゃうあたり、いろんな意味でヤバイ雰囲気がしますねこのヒグマ……。早くなんとかしないと。
 あと、有富さん、暇と予算を持て余しすぎじゃないですか……?
 サーファーは良いとしても、パッチールはどうする気だったんですかね……。ドーピングしただけじゃん。
 あれか? ポケモントレーナーに「厳選の必要がありませんよ」とか売りつけて小金稼ぐつもりだったのかな……。


>CVが同じなら仲良くできるという幻想
 おお! この面子をどう料理するのかと思いきや、こうなりましたか!
 想像以上のリレーをして下さって個人的にうれしい限りです。
 マミさんはソウルジェムも節約・維持できてていいですね。
 球磨川・シンジコンビはそれなりにうまくやっていけそうだけれど、狛枝くんはどうなるか……。
 後に津波が控えてる状況で、そしてそんな大層な自己矛盾を抱えた状態で、相手にしてもらえるといいけど……。
 そして、モノクマの立ち位置は気になるところですね。
 カーズ様のことを知っているヒグマってことは、もしかして、有富さんの企画段階から関わっていたのかな……?
 デビルヒグマ・マミ・シンジの美味しい絡みと、有富さんがいそいそと初号機をデイパックに詰めているイメージ映像で、大層もえさせていただきました。


>老兵の挽歌
 そしてこちらも想像以上のリレーですねぇ!!
 初っ端から早速こうなるとは思ってませんでした……。
 あれですか。信頼と伝統のハートブレイクショットなんですかたまげたなぁ。
 そしてそろそろ、絶・天狼抜刀牙がゲシュタルト崩壊してきそうですね。鯖裂き包丁もハンパじゃないけど。
 あれですか、絶・天狼抜刀牙はARMS殺しみたいなHIGUMA特異的ダメージソースとして、一子相伝ではなく、熊犬間で広く研究されていた技なんでしょうか(意味不明)。
 穴持たず4の知識にある技術ってことは、有富さんも相当重要視して入力していたんでしょうねぇ……。
 天龍あたり、銀から教わったらどうなんでしょうか。
 何にしても、マナさんのこれからに更なる愛のあらんことを!!


266 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:41:33 1JieLy4k0
そして、遅くなりましたが、予約していた分を投下します。


267 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:42:16 1JieLy4k0
 温泉の湯煙が朝靄となる。
 その霞を透かす向こうに、対峙する二人の人物と一頭のヒグマがいた。
 湯船の縁に、唸り声を上げるヒグマ――メロン熊。
 湯の中には、スーツを腰まで浸けて拳銃を取り出す男性――キョウリュウシアン。
 その後方の岩場で、ヒグマに狙いをつけるもう一人――仮面ライダーゾルダ。

 その二人の男は、全身をそれぞれ水色と緑のスーツに包み、異なった趣の仮面を付けている。
 緑の男、北岡秀一が持つ得物は、機召銃マグナバイザー。
 機械的な面頬の隙間から、彼は正面のヒグマの様子を窺う。


 ――頭部に巨大なメロンのような物体を据え付けた、異様な姿のヒグマだ。
 どのような行動、攻撃を行ってくるのか予測がつかない。
 しかし今そのヒグマは、飛びすさった湯船の縁に立ち、同じくこちらを見定めるように睨みつけている――。


 この膠着状態は、時間にすればほんの一瞬だっただろう。
 それは、キョウリュウシアンのスーツに身を包んだ男、ウィルソン・フィリップス上院議員がただちに動いていたからだった。


 ――このヒグマには、ガブリボルバーによる通常の銃撃、およびガブリカリバーによる斬撃はでは歯が立たなかった。
 ならば最初から、最大威力の攻撃でぶちのめす――!


「獣電、ブレイブフィニィィィッシュ!!」

 裂帛の叫びに、ヒグマの視線が彼の方へ動く。

 ――よし、やれっ!
 北岡は、水色の男の行動に合わせ、拳銃の照準をきっちりと定めた。


 雰囲気と気合いからして、まず水色スーツのおじさんが仕掛けるだろうことは予測通りだった。
 ヒグマの防御力・瞬発力は侮れない。
 自分のマグナバイザーではその身を貫けるのか、シュートベントでは命中させられるのか、微妙なところだった。
 おじさんの攻撃に気を取られた瞬間に、マグナバイザーの銃弾で回避先の位置を塞ぎ、シュートベントを召還・発砲する――。

 仮面ライダーゾルダの肉体は精密かつ機敏に動いていた。
 視線を外しているヒグマに向け、マグナバイザーを乱射。
 キョウリュウシアンの射線からも逃れられぬよう、メロン熊の動きを縫う。
 同時に左手でベルトのバックルから逆手にカードを取り出し、マグナバイザー下部のカードリーダーに挿入。

 ――シュートベント。

 瞬間、北岡秀一の肩には、二門の巨大な大砲が出現する。
 彼の所持する銃火器の一つ、ギガキャノンであった。
 ウィルソン・フィリップス上院議員が構えたガブリボルバーからその時、アンキロサウルスの頭部ような形状の光弾が射出される。
 メロン熊は、弾丸の雨に移動を封じられ、動くことができなかった。
 ヒグマはそのまま、あたかも恐竜に飲まれるようにキョウリュウシアンの砲撃を受けた。

 爆発。

 轟音と爆炎を上げて、その姿は湯船の縁から掻き消えていた。


268 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:42:48 1JieLy4k0

「ブレイブだぜぇッ!!」

 キョウリュウシアンが雄叫びを上げる。
 手に持ったガブリボルバーを天高く突き上げ、ウィルソン・フィリップス上院議員はマスクの下に勝利の笑みを浮かべていた。

「……おいおい、一撃なのか。ヒグマを」


 北岡秀一が援護する必要があったのかさえ疑問になってしまうほどの威力に見えた。
 目の前の男が討ち漏らした時の保険として出しておいたギガキャノンは、全くの無駄になってしまったと言えよう。
 浅倉と平気で打ち合っていたようなヒグマを、砲撃一発で消滅させてしまうとは、この男は相当の手練なのだろうか。
 単に利用させてもらおうとしていただけの考えを、改める必要があるかもしれない。
 水色のスーツの彼は、驚くばかりの北岡の方へ振り返り、握手を求めようとしてきた。


「……いやはや。キミの弾幕のお蔭できっちり仕留められたよ。ありがとう。
 わしはウィルソン・フィリップス。アメリカ合衆国の上院議員をしておる」
「あ、ああ……。俺は弁護士の北岡秀一……」


 湯船の中からざぶざぶと歩み寄ってくる上院議員に、北岡は手を差し伸べようとした。
 右手は互いに拳銃で塞がっていたので、左手だ。
 上院議員の左腕が伸び、ガブリボルバーを持つ右腕が後ろへ下がる。
 何の気なしにそのを様子を、北岡秀一は見つめていた。

 黄色と黒で塗装された、マグナバイザーと似た大型の拳銃だ。
 そこからあれほどの高火力の弾丸が出るわけか――。

 見つめるその銃の奥に、何か黒いものがあった。
 何か、黒っぽくて、毛皮のようなものに、牙のようなものが見え、舌のようなものが覗いている。
 つまり口のようなものが開いていた。
 それが、彼の銃と右腕を、包むように閉じる。

 目の前にまで差し伸べられていた、ウィルソン・フィリップス上院議員の左手が、彼ごといなくなっていた。

「おげぇぇぁぁぁ〜〜〜っ!!」
「なぁッ!?」


 メロン熊だった。


 先ほど爆発によって消え去っていたはずのメロン熊が、上院議員の右手に喰らいついて、彼を振り回していた。
 立ち尽くす北岡秀一の目の前で、数秒ばかりのカーニバルが開催される。


 温泉の水面がウィルソン・フィリップス上院議員の肉体で弾けた音響を奏でる。
 風を切るキョウリュウシアンの水色のスーツが、サンバのリズムで空中に踊る。
 その右手から、血が湧き、肉が踊る。
 水飛沫と血飛沫が、朝の光に煌びやかな舞台演出として降り注いでいた。
 そして骨が砕ける音。
 彼の体は手首からちぎれ飛び、空中をきりもみして、温泉の遥か向こうに水柱を上げていた。


 閉幕後の奏者は、口の中に残った演奏道具の残骸をバリバリと噛み砕いているのみだった。


269 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:43:19 1JieLy4k0

「うおぁあああああっ!!」


 北岡秀一は、恐懼とともに拳銃を構えていた。
 仮面ライダーゾルダの脳内で、みるみるうちに現状への認識が改訂されていく。


 ――こいつらが出現してきた時の状況から、推測しておくべきだったッ!

 このヒグマは、『ワープ』ができるのだ。
 恐らく鏡面から、ミラーワールドか何かを経由して別の場所に。
 こいつはヒグマであって、ミラーモンスターな訳ではないし、ウィルソンさんだって仮面ライダーな訳ではなさそうだった。
 単にミラーワールドから戻ってきたのではなく、れっきとした能力があったのだ。
 こいつは決してウィルソンさんの砲撃でやられた訳ではない。
 その爆発に紛れて、鏡面のような温泉水中にワープし、機を窺っていたのだ――。


 マグナバイザーを連射していた。
 動きを封じたところにギガキャノンを打ち込む――。
 その作戦が成功してくれと、北岡は切に願った。

 しかし、メロン熊の姿は、そもそもマグナバイザーの弾丸が着弾するより前にその場から消え去っていた。
 どこだ――。
 この場に存在する鏡面は温泉の水面のみ。
 また温泉内の別の場所に消えたのか?

 視線を走らせるゾルダの耳元に、風が走った。

「グォオオオオッ!!」
「だぁああっ!?」

 ガードベントを取り出す暇など無かった。
 咄嗟に反応して体を傾げたその時、庇うように向けていた肩のギガキャノンが片方吹っ飛ばされていた。
 メロン熊の爪が振りぬかれている。
 このヒグマは、一瞬にして北岡秀一の背後の空間に出現していたのだった。

 ――俺のギガキャノンの、金属光沢から出てきたのか!!

 地面に転がりながら、残る一門のギガキャノンをメロン熊に向ける。
 搦め手も牽制も意味なし。
 最早残された道は、この一撃をどうにかして命中させることのみだった。

 だが北岡の眼には、再び信じられない光景が映る。
 開かれたメロン熊の口に、先ほど見たばかりの、眩いエネルギーが収束していた。

 ――獣電ブレイブフィニッシュ。

「おあああああああっ!!」

 ギガキャノンが砲火を上げたのと、メロンのような形状をした光弾が射出されたのは同時だった。
 至近距離で衝突した火砲はまたもや大爆発を引き起こし、仮面ライダーゾルダの体を塵芥のように吹き飛ばしていた。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


270 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:44:05 1JieLy4k0

「ん〜♪ メロンが甘くておいしい〜♪
 やっぱり友達と食べるデザートは最高だわ〜」

 百貨店の6階。見晴らしのいい最上階のレストランに、女子の幸せそうな声が響いていた。
 大胆に半分に割っただけの冷えた果肉をスプーンで掬い、口内に運んでは蕩けた笑顔を見せる。
 そんな黒髪の女子を、愛おしそうに見つめる少女がもう一人。

「佐天さんの元気が戻ってきたのが何よりですよ……」

 ノートパソコンの画面越しに笑顔を向けて、少女も脇においたメロンを一口頬張った。
 佐天涙子と、初春飾利である。
 窓際のテーブルに座る彼女たちの間には、惣菜やご飯が盛られていたであろう皿が、綺麗に浚われて残っている。
 殺し合いの場とは到底思えない、瀟洒な雰囲気の食堂に、彼女たち二人は寛いでいた。

 かすかな振動と共に、窓の外から二人のもとに轟音が届いてくる。
 覗いてみれば、眼下の街道がまさに今、北方から押し寄せる津波に飲まれていくところだった。
 自分たちが仮に、その中に居たのだとしたら。と想像して、二人の背筋が寒くなる。

「皇さんのおっしゃるとおりでしたね……。本当に津波が来るなんて……」
「んー……。見た目怖いけど、あの人が居てくれて助かったわ……。
 傷の手当も食料調達も、デパ地下とか下の階が水没する前にできたわけだし……」


 彼女たち二人は、アニラの指示により、急いでB-3の森を脱出していた。
 超巨大なヒグマの進行方向を避け、C-4の市街地の家屋に避難する算段であった。
 しかし放送直後、件のヒグマは火山から出現した謎の巨人に捻り殺され海に投棄されてしまっていた。
 巨人も巨人で、大声で一人ごちたあと島外に去ってしまう。
 3人とも、この島で起きる出来事は、往々にして理解の範疇を超えるのだ、ということだけは理解した。

 佐天の火傷を氷で冷やしながら、アニラが次に向かうべく指示したのは高層のビル。
 彼の感覚は、遠方で発生する地震と津波を捉えていたらしい。
 百貨店で手分けしつつ食料や物資を調達し、最上階で一息入れたところで、即座に階下はこの様相であった。
 冷静にヒグマや環境の状態を見据え、判断できるアニラがいなければ、彼女たちはどうなっていたかわからない。


 当のアニラは、精肉売り場から持ち込んできた大量の生肉を抱えて、厨房の方に引っ込んでしまっている。
 自分の食事の光景は一般の方には見苦しいものですので。と、二人に配慮したものらしい。
 しかし、気を抜くと壁の向こうから、肉をちぎったり汁を啜ったりする音が聞こえるような気もして、考えようによっては却って怖い。


 聞こえている気がするその音を振り払うように、佐天は今一度メロンを口に運んだ。
 その両腕には包帯が巻かれており、全身の細かな傷にも手当てが施されている。
 初春とアニラが、調達した物品で応急処置をしていたのだ。
 食事と治療のお蔭で、疲労や痛みもある程度和らいだような気がした。


「……それにしても、あの皇さんって、何なのかしら。改めて思うけど、本当に自衛隊の人だった?」
「『独覚兵』っておっしゃってましたからね。“辰”の独覚兵、コードネームは『アニラ』だって……。
 インターネットに接続できれば、主催者のメインサーバにハッキングするついでに調べようと思ってましたが……」

 その竜のような外見を見れば当然浮かぶ佐天の疑問に、アニラはかいつまんで説明を与えていた。
 新種のウイルスが脳のグリア細胞に感染し、『アーヴァタール(変身)効果』という症状により肉体が変形してしまったのだと。
 アニラを含む12人がその、人間を兵器化する実験の被検体になっていたのだと。
 そして、身体能力の超人的な向上と引き換えに、食人・食脳欲求があるのだということも。

 パソコンを覗き込もうとする佐天に、初春は首を横に振る。

「そもそも接続ができませんでした。
 まぁ……、そんな実験をしていたら、自衛隊の名簿からは除籍、または死亡扱いにされているでしょうから、ほとんど意味はないでしょうけれど」
「ああ、そうよね……。そんな症状があっても正直に伝えて、私たちを助けてくれた、あの人を信じるしかないのかしら……?」


 その回答を聞いた時、佐天の心中には大きく後悔と劣等感とが去来していた。
 人を殺したことに悩み、目の前の親友までも手にかけそうになったことへ、今一度恥じ入るしかなかったのだ。
 佐天は、包帯の巻かれた自分の腕を見入る。


271 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:44:24 1JieLy4k0

 今の私には、人を殺せるほどの能力はないし、それに安心してもいる。
 でも彼は、人を殺せる能力と人を殺し・食べたい衝動を持っていながら、まるっきりそれを自分の精神の支配下に置いている。
 どこまでも冷静な価値判断の延長で、その衝動を道具として使いこなしているのだ。
 それに比べて、私はどうだろうか。
 私は左天おじさんと同じこの能力を得て、そんなに冷静にはなれなかった。
 道具として扱えない能力を、今度は手放して喜んでいるのか?
 そんなことで、初春を守れるのだろうか、私は……。


「佐天さん。大丈夫ですよ。能力があってもなくても、佐天さんは佐天さんです。
 無ければ助けますし、佐天さんの能力なんて、いくら強くても私はへっちゃらです」

 初春が、俯く私に笑いかける。
 森の中で抱き合った時の暖かな言葉を、もう一度掛けてくれる。
 私の脳内にはその時、ふと思い当たることがあった。

「……そう言えば、初春の能力って、『温度を一定に保つ』能力だったっけ。
 初春は能力を使う時、どういうイメージをしているの?」
「ええと……。たい焼きとかアイスクリームとかを保温するときは、『熱運動がどこにも伝わらないようにする』、って感じですね。
 でも、氷枕を長持ちさせる時とかパソコンのオーバーヒートを防ぐ時は、『熱が移動しても、触れたものの熱運動は元のままにする』って感じにもできます」

 初春の能力と、私の『熱を吸収し、増幅して放出する』能力は、まるで鏡映しだ。
 そして、レベル1と言いながら、初春の能力の使いこなし方は相当すごそうに聞こえる。
 便利さでは私の能力を遥かに上回っているんじゃないか?

『もし佐天さんが、私を殺しに来ても、私は佐天さんなんかに、簡単に殺されてあげません!』

 こう言っていたのは、初春の能力が私と正反対だったことを、あの時もう見抜いていたからだろう。
 『第四波動』を使っても、初春と皇さんが焼けなかったのは、その能力のお陰なのだ。
 ……左天おじさんの言うとおり、皇さんにも初春にも、私が見習わなくちゃいけない点は山ほどあるわ……。


 窓から見える晴れた空と津波の上に、佐天はその溜め息を深く流していた。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


272 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:45:05 1JieLy4k0

 北岡秀一は狼狽していた。
 今までの人生で最大の混乱だった。


 先の戦闘の後、メロン熊は吹き飛んだ北岡に止めを刺すことなく、忽然と姿を消していた。
 その理由は不明であったが、とりあえず命が助かった喜びを胸に、彼は温泉に浮かぶウィルソン・フィリップス上院議員を救出する。
 キョウリュウシアンに変身していたお陰か、あれだけメロン熊に振り回されていても上院議員に息はあった。
 しかし既にその変身は解けており、ベルトと刀だけを残した傷だらけの中年の裸体が、右手を失った痛みに悶え呻いているだけであった。

 なんとか上院議員を助け起こし、手当てのできる場所を探そうとしたが、彼の目の前には突如、数十メートルはありそうな巨大なヒグマが出現する。
 慌てて進路を南方にとって逃走し始めたところで、今度は火山から大男が現れ、そのヒグマを放り投げてしまった。
 幸い、その大男が踏み潰して去っていった方向とは異なった位置にいたため助かったが、彼にとっては訳の解らないことの連続でしかない。
 北岡が肩を貸している上院議員に至っては、

『そうか、わしが上院議員だからだッ! 上院議員にできないことはないからだッ! ワハハハハハハハーッ』

 などと叫びながら、全身の痛みと恐怖に、気が振れてしまったかのように白目を剥いていた。
 二人とも、放送も碌に聞ける精神状態ではなかった。
 しかし、その混迷ももうすぐ終わるはずだった。


 目の前に市街地が見える。
 住宅やビル群が立ち並び、商店もある。
 傷口をタオルで圧迫しているだけの上院議員にも、ようやくまともな手当てと衣服を提供できるだろう。
 北岡の肩に回す右腕から血を滴らせ、ウィルソン・フィリップス上院議員は先程からうわ言のように同じ言葉を繰り返していた。

「……これは夢だ……。この上院議員のわしが死ぬわけがないッ……。夢だ……夢だ……」
「ああ、ウィルソンさん。あんたは死なない。もう少しで手当てできるから……。
 こんなに訳の解らん殺し合いやヒグマからは一歩引いて、休めるからな……」

 仮面ライダーゾルダの変身を続けたまま、北岡秀一は周囲を見回しながら一歩一歩進んでいく。
 不安から解き放たれる瞬間は、もっとも油断を生みやすい時だ。
 隣の上院議員の体温は、気化熱による湯冷めだけでなく下がっていく。
 本当に助けるのなら、一刻の猶予もない。

 しかし、いつまたヒグマや、浅倉のような参加者に出会うとも限らない。
 その時には、ウィルソン上院議員には悪いが、盾になってもらうしかあるまい。
 だから何が迫ってきても対応できるように備えて――。

「……ん?」

 注意深く歩んでいた北岡の耳に響いてきたのは、低い水音だった。
 それは止むことなく、どんどん大きく、近くなっていく。
 振り向いた彼の眼に飛び込んできたのは、後方の細い木立をなぎ倒しながら視界いっぱいに進んでくる、津波だった。

「――なぁッ!?」
 

 狼狽。混乱。
 それで済めばどれだけ良かっただろうか。
 ウィルソン・フィリップス上院議員のように現実逃避できればどれだけ良かっただろうか。
 自分の抱える不治の病や、自分の弁護によって買った恨みから逃れられれば、どれだけ良かっただろうか――。


 流れる大量の水に飲まれ、川面に流される木の葉のようにたゆたいながら、北岡は思う。
 ――世界には、絶対英雄になれない条件が一つある。


273 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:45:24 1JieLy4k0

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉーーッ!!!」


 仮面ライダーゾルダの機械的な仮面から、血を吐くような叫びがほとばしっていた。
 津波の水面上に顔を出した彼は、すれ違っていく建物の外壁を必死で掴み取った。
 小さなビルの非常階段に体を持ち上げ、片手の力だけで自分を引き起こす。

「ウィルソンさん!! あんた生きてるかッ!?」
「ごぼっ……がぼっ……!! た、助け……」

 津波の冷えた水中に腰まで飲まれたまま、しかしそれでも、生を求めて喘ぐ男が、北岡には繋がっていた。
 北岡秀一の左手は、しっかりとウィルソン上院議員の手を掴んでいる。


 ――英雄というものは、英雄になろうとした瞬間に失格なのだ。


 華々しい伝説は、その華々しさを求めた行動の末にはない。
 カッコよくて、金になる、そんな弁護士の生活も、地道な作業を惜しんでいたら成り立たない。
 いくら泥臭くても、自分の命、一つの命を地道に救って行った末に伝説の道は開ける。
 どんな手段を使おうが、一つ一つの出来事と証拠を地道に拾っていくことで、黒を白に、白を黒に変えていく華々しい力は得られる。
 他の参加者の信頼を得るためには、一人の命くらい救っておかなくては格好がつかない。
 ウィルソンさん、あんたをどう利用させてもらうことになろうが、まだあんたにいなくなられちゃ困るんだよ――!


 中年男性からの返答に安堵しつつ、彼はウィルソン上院議員を階段の上に引き上げようとした。
 仮面ライダーの筋力なら余裕であろう。
 だが、北岡の腕に感じられていた重みは突然、上半身が水面に引き込まれそうになるほどに増加していた。

「うぎゃあああああっ!!」

 上院議員の咽喉から苦痛の叫びが上がる。
 北岡秀一は、その水中に、上院議員の脚を引く、何者かの影を見た。
 赤黒い影は、津波の急流からぬっと顔を上げ、長い犬歯をむき出しにして笑っていた。


『……どうした人間。津波程度で慌てるな。お前たちが倒すべき化物は、ここにいるぞ』


 その影は一頭のヒグマであった。
 血液のような赤黒い毛並みをおどろおどろしく水流に揺らし、上院議員の脚をがっしりと掴んでいる。
 その重量が、上院議員と北岡を再び津波の濁流に飲み込まんと彼らを引いていた。
 不可思議なことに、そのヒグマの前脚からは、赤黒い血管のような毛が伸びて、上院議員の脚に融合していくかのように絡み付いてきている。
 そして、そのヒグマはどうやら、そこからウィルソン上院議員の血液を吸い上げているようにすら見えた。
 津波の激流にも離れそうにはない。
 ウィルソン上院議員の関節が悲鳴を上げる。

「助け、助けてくれぇーッ!! いやぁだぁぁ〜ッ!!」
『どうした? まだ手首がもげ、全身打撲し、服を剥かれ冷水に浸かり脚をヒグマに掴まれただけだぞ。
 お前たちの力はそんなものか……?』
「ぐ、あ、ああああっ……!!」

 不気味な哄笑を漏らすヒグマ――ヒグマードに向け、北岡秀一は震える手でマグナバイザーを構える。
 脚だけで浸水する非常階段の上から滑り落ちぬよう体重を支えるのは困難を極めた。
 左腕は津波の中のヒグマと議員の重量を支えて、今にも抜け落ちそうだ。
 右手の拳銃を津波の中のヒグマに構えた時、ふと北岡秀一の頭上に影が差した。


 その毛皮から滴り落ちる海水が、仮面ライダーの緑のスーツを濡らす。
 顔を振り向けた北岡の視界には、もう一頭のヒグマが立ちはだかっていた。


「あ、ああ……!? うあああああぁぁぁっ!!」


 彼らと同様に津波で流され、そのヒグマ――穴持たず9は階段の踊り場にまで上ってきていたのだ。
 冷たい水飛沫を振り飛ばしながら、彼は手榴弾をも打ち返したその前脚の爪を、振りかぶっていた。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


274 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:46:41 1JieLy4k0

 レストランの中で、初春と佐天の二人はノートパソコンの画面を睨んでいた。
 コマンドプロンプトの黒い画面に数行の文字列が表示されるが、初春の表情は芳しくなかった。

「やっぱり、何度試してもネット接続ができませんね。
 ……ほんの一瞬だけ電波の発信がありましたが、基本的に今は主催者側のネットはオフラインみたいです。
 サーバが一度落ちてしまったのかも知れません」
「じゃあ、この殺し合いのデータとか脱出方法とか、わからないってこと?」
「残念ながら大部分は……。でも、一部ならわかりそうです」
「へぇ? そりゃまたどうして」
「このパソコン、研究所の職員のお古です」

 初春に支給されたノートパソコンは、中身のデータを全て、ゴミ箱に捨てて空にしたものであった。
 だが、インターネットに接続できなかったのは、決してそのパソコンの中からブラウザソフトが消去されていたからではない。
 データを復旧する作業など、初春にはメロンを食べる片手間にもできてしまったし、接続さえできればウェブページもブラウザ無しに閲覧できる方法は知っている。
 何か、主催者側にトラブルでもあったのだろうかと推測させる状況だった。

「……放送での死者は44名。相当な人数ですし、あと何人参加者が生存しているのか……」
「名前が『なんか7が三つ並んでる名前の外人』とか、有冨さんが本当に参加者を把握してるのかさえ疑問になってくるわね……」

 コマンドプロンプトを閉じて、まず初春が画面に開いたのは、放送された死者をメモしたテキスト。そして島の地図だった。
 放送が機械音声で行なわれたことも気になる。
 佐天や初春がかつてSTUDYと対峙した時には、有冨春樹は必ず放送で呼びかける時は肉声で、しかもご丁寧に顔までスクリーンに映し出したりしていた。
 基本的に、彼は自分の研究を認めてもらうがために事件を起こしていたきらいがあるので、当然、今回も目立ちたがろうとするのではないだろうか。
 機械音声で放送をするとしても、有冨なら、ヒグマの能力の自慢だの嫌味だのの一つでも入れ込んでくるのではないだろうかと二人には思えた。
 違和感は拭えない。


 復旧したデータと照らし合わせながら、初春が佐天に説明する。


「あと、この島は元々、学園都市肝煎りの保養地だったみたいですね」
「ああ、温泉が一杯あるものね」
「隔絶された生態系と温泉のお蔭で、研究者が好んで利用してたみたいで、地下には研究所、地上には商業施設・住居・事務所など、小さい島にしては大分完備してるみたいです」


 四方が崖に囲まれ、周囲と隔絶されたこの火山島に、百貨店やビル群など、こんなにも沢山の施設が並んでいたのには、そういう理由があったらしい。
 野生のヒグマを初め、特異な環境に興味を示す研究者は多く、地上に事務所を構え、年中温泉と職場を行き来する贅沢な生活設計をしていた者も多いようだ。
 しかし、どうやら人口の配分が研究者に偏りすぎたようで、最終的に、肝心の温泉の数が多すぎて管理運営が行き届かず、次第に廃れてきてしまっていたらしい。
 島外への移動手段は、島の西にある海食洞からのフェリー。
 または、直接ビルの上にヘリで来る者も多かったようだ。
 この海食洞は地下研究所に繋がっており、エリアで言えばE-5の火山の麓にある大エレベーターから地上に出れるようになっている。


「火山か……。さっきの巨人に踏み潰されて、このエレベーターっていうのは無くなってそうよね」
「この地下研究所が主催者の本拠地だとすれば、多分サブの連絡通路がどこかに用意されているはずです。
 問題は、地下もエリア外でしょうから、潜入するにはまずこの首輪をどうにかしなきゃいけないってとこですね……」

 初春は島の来歴をさらに手繰る。

「そして、最終的にこの島は、STUDYが堂々と学園都市から研究用に買い取ってたみたいですね」
「島一個って、いくら地価が下落していて、学園都市内部のやりとりでも相当な金額よね……。
 御坂さんに潰された後で、よくまあ有冨さんそんなお金あったわね」
「たぶん、スポンサーがいます。それも、相当な大企業かなにかがついてないと、こんなに大規模な実験はできませんよ」


275 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:48:18 1JieLy4k0


 そこで二人の脳裏には、アニラの語っていた『実験』に関しての情報がよぎった。

 アニラは、『独覚兵』と『ヒグマ』は似ている、という旨の発言をしていた。
 彼の場合は、独覚ウイルスの実験に、日本を代表する大企業『土方グループ』が出資していた。
 また、『ケルビム』という、アメリカの四大財閥協定機関もそこに参入してきていたらしい。
 兵器産業の一環としては、恐らくこのヒグマを用いた実験も垂涎の的なのだろう。

 初春の操るカーソルは続いて、復旧したファイルから「HIGUMA計画ファイル一般職員用抄本」というものを引き出してくる。


『Highly Intelligent and Genetically Uncategorized Mutant Animal(高知能遺伝子非分類突然変異種)』 通称【HIGUMA(ヒグマ)】
 遺伝子に人工的に細工を施された上で、到底ありえない進化をした生物兵器の総称。
 総称であるが故、それぞれの個体には共通点は少なく、ただ大枠として動物の「熊」に近い進化を遂げるものが多い。
 そのため「熊こそが進化の終着点である可能性」が検討されている。
 ヒグマのうち、一定の成果を記録した固体には『穴持たず』のコードネームが与えられる。
 これは『遺伝子レベルでの欠陥(あな)がない』という、パーフェクトソルジャーの称号であり、同時に『これより実地訓練へ移行する』という新兵の呼び名である――。


「……これを読む限り、有冨さんたちが用意したヒグマは優に50体は下らないみたいですね。
 原本があれば、もっと詳しく解るんでしょうけれど……」
「ご、50!?」
「参加者がそれより少ないということはないと思いたいので、多分私たち以外にも生き残っている参加者はいると思いますが、多いですよね……」


 『穴持たず』というナンバーは、一応製作されたヒグマたちの通し番号の役割も果たしていたようだ。
 しかし、STUDYの管理が杜撰だったのか、既に10番台から重複や欠番が発生しており、通し番号としては大分形骸化している。
 簡単に記された初期のヒグマたちの情報を流し見るに、佐天の目に留まるものがあった。
 穴持たず2、工藤健介である。


「……この人、本当にヒグマだったんだ……」


 ヒグマの皮を被り、『ヒグマになる』ことで羆に勝とうとした空手家。
 つい数時間前に佐天が争い、殺してしまった男だった。
 自衛官だった皇魁も、今や、『アニラ』というコードネームを与えられ、獣のような姿と化している。

 ――『独覚兵』と『ヒグマ』は似ている。

 元々人間だったと思われるヒグマは、工藤健介、樋熊貴人、烈海王と、少なくとも3人の名前が記載されていた。
 樋熊貴人という名を見た時、初春が珍しく醒めた表情をしていたが、その理由はわからない。

 彼らは、自分の意志で『ヒグマ』になることを望んだのだろうか?
 力を求め、人を殺し、人を食すことを望んだのだろうか?
 そして、私も。
 私は一体、この能力に、何を望んでしまったのだろうか――?


 顔を伏せてしまう佐天の腕を初春が掴む。

「仕方ないですよ佐天さん……。佐天さんが助かるためには、この人を倒さなきゃならなかったんですから。
 この津波でも――」

 窓に振り向ける初春の視線は、暗い。
 眼下に渦巻く津波の濁流を見て、噛み殺すように語った。

「『津波てんでんこ』っていう言葉があります。
 津波が来た時は、親子でも、友人でも、各自がそれぞれ自分の身だけ守って逃げなさいと――。
 他人のことを助けようとしたら、津波やヒグマに飲まれて皆が死んでしまうんです。
 だから、佐天さんや私たちが自分の身だけを守っても、誰も、責めませんから――」

 そう言いながら、初春は固く目を瞑っていた。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


276 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:48:42 1JieLy4k0

 佐天と初春の会話が、厨房の外から聞こえていた。
 あそこまで、深い調査と考察が彼女たちにできるのだとは、思っていなかった。
 佐天は体調の回復も良好なようだ。
 脱出のための部隊の編成には、着実に近づいてきている。

 しかし問題は、初春の言及にもあったように、残っている参加者の人数と存在しているヒグマの頭数である。
 6時間で死者44名。
 最低でも50頭以上。
 どちらも、かなりの多さだと言えよう。

 そして、火山の噴火と、そこから現れた巨人としか言いようのない生物。加えて、目下起こっている津波。
 立て続けに大規模な災害が起こっている。
 それら災害によっても何人が死亡するかわからない。
 早急に救助に向かわねば、部隊を作るための参加者がどれだけ残るかも怪しい。


 だから、この光景を彼女たちに見せるわけには行かない。


 今の自分は、鉤爪が使えない。
 十分な食肉により養分は摂取したものの、現在脱皮中にある身は、鱗による防護能力、爪による攻撃能力のいずれも大幅に低下している。
 ヒグマであれ何であれ、戦闘においては、一撃の致命傷を与えられるか否かで勝敗は決する。
 如何にすれば、現在の自分の状態で、対象に先んじて致命傷を与えることができるだろうか?
 救助に向かっても、助けられない公算が高い。

 佐天の能力と体力が万全ならば、助力を仰げただろう。
 初春に直接的戦闘能力があれば、助力を仰げただろう。
 しかし、彼女たちには休息していてもらわねばならない。


 だから、この光景を彼女たちに見せるわけには行かない。


 厨房裏の窓から眼下に望む津波には、2名の参加者がいた。
 水没しかけた小ビルの非常階段に上がり、津波の中に懸命に手を差し伸べている男。
 また、その津波に飲まれかけ、伸ばされた腕へ必死にしがみつくもう一人の男。

 そして、彼らを狙うヒグマが、2体。
 今にも、彼らを食さんと、急速に接近している。


『他人のことを助けようとしたら、津波やヒグマに飲まれて皆が死んでしまうんです――』


 2体のヒグマを倒し、彼らを救助できる能力が、自分たちにあるだろうか。
 

『だから、佐天さんや私たちが自分の身だけを守っても、誰も、責めませんから――』


 上官のいない今の自分に、描ける作戦行動は――。


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277 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:48:57 1JieLy4k0

 佐天は、テーブルを叩いていた。
 初春がその音にびくりと身をすくませて振り向く。
 きれいにくりぬかれたメロンの皮が床に落ちた。

「……初春。それ、本気で言ってる……?」

 佐天は、俯いた顔の下で唇を噛んでいる。

「初春だって皇さんだって、私を助けてくれたんじゃない……」
「……本気ではあります。逃げたって、誰も責めません」

 顔を上げた佐天を、同じく唇を噛んだまま、初春がまっすぐ見つめてくる。
 その眼には、涙がたまっていた。
 初春はポケットから腕章を取り出し、自分の肩口にしっかりと取り付けた。

「でもやっぱり、そう簡単に諦められません!!
 私は風紀委員(ジャッジメント)です! みんなを守るんです!
 自衛隊の人とか、警備員の人とか、弁護士、議員さん、そして他のどんな人も……。
 みんな絶対、人を助けたい、諦めたくないって気持ちは、持っているはずなんです!!」

 テーブルの上のパソコンが揺れるくらいの勢いで、初春は立ち上がっていた。
 荒い息をつきながらも、左袖の腕章を、しっかりと佐天に向けて見せる。

 佐天は、その初春の体を抱きしめていた。

「……そうだよね。私も、諦めたくない。
 助けを求めている人がいたら、今度は私だって、全力で助けるよ――」


 体の奥底に、白い炎が燃える。
 三日月のような歪んだ炎が、くるくると回りながら脊柱を駆け上る。


 殺してしまった工藤さんのためにも。
 親友の初春のためにも。
 助けてくれた皇さんのためにも。
 助けを待っている左天おじさんのためにも。
 帰りを待っているはずの学園都市のみんなのためにも――。


 私がこの能力に望むことは、決まった。
 もう、見誤らない。


 私は、この歪んだ能力を支配下において、人を助けるために、使いこなしてやる。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


278 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:49:19 1JieLy4k0

 万事休す――。
 確かにそう思った。

 マグナバイザーを振り向ける前に、俺を襲うヒグマの爪は振り下ろされる。
 爪から滴ってくる海水が、朝日に照ってはっきりと目に映る。
 晴れた空に、ひと塊の白い雲。
 そしてその空に一点、夜のような黒があった。


 流れ星のように動くその夜が、爪を振り下ろそうとしていたヒグマの肩に降り立っていた。


「グァァアアアァ!?」


 血がほとばしっている。
 しかしその血は、俺のでもなければウィルソンさんのものでもなかった。
 ヒグマの血だ。


 そのヒグマは、両の眼球を潰され、目と耳から血を噴き出していた。
 悶絶するヒグマの肩に乗っている何かが、白い牙を剥いた。

 竜だ。
 真っ黒な、夜のような色をしたドラゴン。
 それが、足の爪でしっかりとヒグマの肩口を抑え、両手の爪を眼球と耳の中に突き入れて、その頭蓋を抱えるように持っている。
 脱皮をしているかのようなふわふわした鱗のカスが、風に舞い飛んで行った。
 澄んだ剣の刃金の振動するような音が、その竜の咽喉から漏れる。


「アギイィィィィィィィィィィィィ――」


 ぶきぶきと、ヒグマの首が音を立てて伸びていく。
 苦悶するヒグマの顎から、血が溢れていく。
 首筋の毛皮が、筋肉が、血管がちぎれ、そのヒグマの頭が頸椎から折り取られる。
 撓めた全身の筋肉を背筋から引き延ばし、その竜は、弾けるように引き抜いたヒグマの頭部を頭上に掲げていた。

 竜はそのまま、跳んだ。
 撓めていた背筋が、今度は弓のように反り返る。
 逆Cの字を描く竜人のシルエットが、ヒグマの体から溢れる真っ赤な血に映えた。
 右手で掲げるヒグマの頭部が、あたかもボールのように肩の後ろに構えられる。
 空中を跳ぶその姿が、一瞬本当に静止するかのように宙に瞬く。


 ハンドボールのシュートとか、バレーボールのスパイクとかの、一流選手が繰り出すような美しい動作だった。


「――ィィィィィィィィィィィィィル!!」


 竜は、ヒグマの頭を津波の中に投げつけていた。
 先ほどまで哄笑していた赤黒いヒグマの顔が弾け飛び、大きな水柱が上がる。
 その竜人が狙っていたのは、ウィルソンさんの脚を掴んでいた、あのヒグマだった。

 階段の手すりに降り立った竜人は、素早くウィルソンさんの右腕を掴み、俺のマグナバイザーと津波の中を指さしてくる。

『ククククク……、人の姿を捨ててもなお心根を持ち動くか人間よ……。
 だが、私を倒すにはまだ足りんぞ……』
「ひぃいやぁぁ!?」

 津波の水柱が収まると、ウィルソンさんの脚に未だ掴まっているヒグマの胴体が見えた。
 そして、獣のような人間のような、得体の知れないざらついた哄笑。
 ウィルソンさんの脚に絡みついた血管のような毛が、その絡み方を一段と強めている。
 それどころかむしろ、その毛はウィルソンさんの体を更に這い登ってきているようにすら見えた。

 隣の竜が首を引きちぎったヒグマの死体から、ぼたぼたと水中に血が流れ出している。
 赤黒いヒグマは、あたかもその血液を吸い取って、ダメージを回復させているかのように見えた。

 頭が吹き飛んだはずの赤黒いヒグマの胴体から、ぶくぶくと血が噴出すように、再び頭部が生えてきていた。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


279 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:50:18 1JieLy4k0

 月に昇っていく透き通った剣のような声が、私の耳に届いていた。
 昔、確かに聞いたような、狩りの心を呼び起こすような歌。

「皇さんの声!?」
「え、何か聞こえましたか、佐天さん!?」

 隣の厨房からではない。
 外だ。
 窓を開けて、ごうごうと流れる津波の上に身を乗り出して見やる。

 視界の右の遥か端。
 ――いた。
 あの真っ黒なドラゴンのような姿、見間違うはずはない。
 はす向かいの、水没しかけた小さなビルの非常階段から水中へ、誰か緑のスーツに仮面をつけた人と共に、手を差し出している。
 階段の踊り場には、血を噴き出しているヒグマの死体。
 水面には、怪我をしているみたいなおじさん。
 そして、そのおじさんの脚に、禍々しい赤色をしたヒグマが、津波の中から掴まって来ているのが見えた。

「え……!? まさか、津波からヒグマに襲われている人が!?」

 遅れて、初春がその光景を目の当たりにして叫ぶ。
 振り向いた私と、初春の目が合った。

 皇さんは、きっと、私たちより遥か先にこの状況に気づいて、あのおじさんたちをこっそりと助けに行ったんだ。
 私たちを巻き込むまいと、一人で。
 私が、怪我と疲労ばかりの、碌な戦闘能力もない小娘だったから――。


「佐天さん……。どうするんですか……?」


 見開いた初春の瞳孔の奥。
 その黒い瞳には、白い炎が映って見えた。
 その袖には、緑色の腕章が留まっている。


「決まってるでしょう……!?」


 助けに行く。
 どんなに『津波てんでんこ』でも、諦められない。
 現に、あの自衛官は、先陣を切って津波の被害者を助けに行っているんだ。
 そのために、私はまた、この能力と衝動を、自分の奥底から呼び起こす――!


 ほほが吊り上がる。
 獲物を狙う獣のような酷薄な笑みが、私の貌に浮かぶ。
 全身の細胞から白い炎が巻き起こり、三日月の軌道のような歪んだ円周をなぞって回転する。


 その炎が、『自分だけの現実』に最適解を出力する。
 目の前にいる、私の鏡映しの瞳。
 私の掛け替えのない親友。
 『彼女だけの現実』が、私に重なれば。
 今の私でも、この歪んだ炎をきっと支配できる――!


 私は、初春の手を掴んでいた。


「皇さんたちを助けるわ初春。一緒に、来てちょうだい。
 『私の体温が、どれだけ熱を吸収しても一定になる』ように、協力して。
 きっと初春が一緒なら、私はこの能力を、もっと使いこなせる!」
「……はいッ!!」

 初春は、間髪入れずに頷いていた。
 私の言っている意味も、どれだけそれが不確かで危険な賭けなのか承知していながらも、初春は強く私を見つめていた。

 彼女の信頼をしっかりと背中におんぶして、私は窓枠を蹴る。
 地上6階の高みから、眼下に広がる津波の上へと、私たちは勢い良くジャンプしていた。
 私の手の周りから、空気が渦を巻く。
 私たちの服をはためかせ、助けを求める人々の元へ、一陣の風が吹いた。


「『下着御手(スカートアッパー)』ーッッ!!」
「その名前どうにかならないんですかぁーっ!?」


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


280 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:51:22 1JieLy4k0

 高校・大学と、成績は一番で卒業した。
 大学ではレスリング部のキャプテンを務め……。
 社会に出てからも、みんなから慕われ、尊敬されたからこそ政治家になれた……。
 ハワイに1000坪の別荘を持っている。
 25歳年下の美人モデルを妻にした。
 税金だって他人の50倍は払っている。
 どんな敵だろうとわしはぶちのめしてきた。
 いずれ大統領にだってなってみせる。


 見よ。
 そのわしは今や、ヒグマに腕を食われ、脚を掴まれ、ツナミの中で臆面もなく泣き叫んでいる。


 しかし、そのわしにも、未だに手を差し伸べてくれる市民が、人々がいる。
 二人の男が、勇敢にもヒグマに立ち向かい、わしを助けようとしているではないか。
 彼らの行いに応えずして、何の上院議員か。
 何のブレイブか。
 ああ、わしの背後にいるヒグマも、真理を語っている。
 変身が解けた程度で、武器を食われた程度で、全身に怪我を負った程度で、上院議員ブレイブが折れてなるものか。


 仮に例えば、本来ならば明日から行く予定だったエジプト視察の車中で、暴漢が運転手を殴りとばして乗り込んできたとしよう。
 その時、暴行を振るわれ、人々を轢き殺すことを強要されたからとて、その男に従うべきだろうか。

 言いなりにならなければ死ぬかもしれない。
 しかし、言いなりになったところで、その暴漢がわしを殺さないとは誰が言える。
 みんなに慕われてきたわしが、意味不明な殺し合いや、ヒグマや、暴行ごときでその想いを反故にしてしまえるか?
 ――いや、できない。

 自分の命かわいさに、そんなもので矜持を失ってしまう上院議員など死んでしまえ。
 今のわしは、同じく死ぬなら、少しでも皆の想いに応えて死ぬ!!
 きみたちや他の参加者を危険に晒すくらいなら、ここで、このヒグマを道連れにして死んでくれる!!
 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬も、ある!!


 わしは。
 わしは。
 ウィルソン・フィリップス上院議員だぞーッ!!


「北岡くん! 撃てぇッ! わしの脚ごと、このヒグマを撃ってくれぇッ!!」


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


281 : 名無しさん :2014/02/19(水) 23:52:16 1JieLy4k0

 裸体の中年男性が、覚悟を決めた表情でそう叫んでいた。
 先ほどまで自己の命だけを求めていた低体温症の眼差しに、今は確かに熱い意志が伺える。
 他者の安全を守るために、その命を殉じると言うのか。

 そして、視界の端に見える、百貨店から跳び降りてくる佐天と初春の姿。
 気づいてしまったのか。
 この状況を見ても、自分たちの状況を鑑みても、それでもその安全地帯から、前線の部隊を助けに降りてくるというのか。


 無謀だ。
 あまりにも無謀だ。


 目前の標的たるヒグマは、想定以上の異常な回復能力を有していた。
 自分の立案した作戦では、確実に2体のヒグマを、一撃で無力化できるはずであったのに。
 だからこそ、自分は単身でこの場に乗り込んだのだ。
 意気だけでは、人命救助などできない。

 もはや、この場にいる人間全員は、自分も含めて、無謀で非合理的な雑兵の集団に過ぎない。
 これだけの。
 これだけの人員の意気を昇華させられる作戦を、この場で立案し、実行しなければ。
 ここに集った兵卒の意気は、全て灰燼に帰してしまう。

 ――応えなければならない。その無謀さに。

 自分の行動がそのまま、この男たちや女史たちへの嚆矢となるように。
 人々がその命を賭す、この作戦行動の成功率が、僅かでも上昇するように。
 自分も、かつて自衛官だった時分の過去を、培ってきた戦闘の経験を、次なる一撃に込める――。


 アニラは北岡の左腕から、ウィルソン上院議員の左手を掴み取っていた。
 津波の中に投げ出されそうになる体を、非常階段の手すりを片脚の爪で掴むことによって支える。
 その状態で、伸びきった体が独楽のように捻られる。
 その長い尾が、鱗の屑を振り払いながら、津波の海水面を深々と抉っていた。


 流体中を高速で移動する物体の表面上には、ベルヌーイの定理により圧力の低下が起こる。
 水中でその圧力が飽和水蒸気圧を下回ったとき、そこには沸騰した水からの微細な気泡が発生する。
 キャビテーションと呼ばれるその多数の気泡は、収縮と膨張を繰り返しながら中心に収束し、強い圧力波と共に消滅する。
 その爆縮の際、優に1万気圧ほどにもなる高圧のジェット流が、1ミクロンほどの細密な空間に連続的に殺到するのだ。
 船のスクリューを壊食させ、テッポウエビが獲物を捕獲する際に利用するこの衝撃力。
 名を、『気泡圧壊』。または『空洞現象』という。


 その一撃が着弾したのは、ヒグマードの胴体の直近の水面であった。
 アニラが水面下に切り込んだ尾の周囲に、まさしくそのキャビテーションが発生していた。
 破裂音と共に、津波に水柱が上がる。
 至近距離で爆撃を受けたに等しいその振動が、水中に漬かるヒグマの肉体を激しく震盪させていた。


 ヒグマードの意識が刈り取られたのは、ほんの数秒の間だけだっただろう。

 しかしアニラには、その数秒で十分であった。


「ラヒィィィィィィィィィィィィィィル!!」


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


282 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:52:44 1JieLy4k0

 裸体の中年男性が、覚悟を決めた表情でそう叫んでいた。
 先ほどまで自己の命だけを求めていた低体温症の眼差しに、今は確かに熱い意志が伺える。
 他者の安全を守るために、その命を殉じると言うのか。

 そして、視界の端に見える、百貨店から跳び降りてくる佐天と初春の姿。
 気づいてしまったのか。
 この状況を見ても、自分たちの状況を鑑みても、それでもその安全地帯から、前線の部隊を助けに降りてくるというのか。


 無謀だ。
 あまりにも無謀だ。


 目前の標的たるヒグマは、想定以上の異常な回復能力を有していた。
 自分の立案した作戦では、確実に2体のヒグマを、一撃で無力化できるはずであったのに。
 だからこそ、自分は単身でこの場に乗り込んだのだ。
 意気だけでは、人命救助などできない。

 もはや、この場にいる人間全員は、自分も含めて、無謀で非合理的な雑兵の集団に過ぎない。
 これだけの。
 これだけの人員の意気を昇華させられる作戦を、この場で立案し、実行しなければ。
 ここに集った兵卒の意気は、全て灰燼に帰してしまう。

 ――応えなければならない。その無謀さに。

 自分の行動がそのまま、この男たちや女史たちへの嚆矢となるように。
 人々がその命を賭す、この作戦行動の成功率が、僅かでも上昇するように。
 自分も、かつて自衛官だった時分の過去を、培ってきた戦闘の経験を、次なる一撃に込める――。


 アニラは北岡の左腕から、ウィルソン上院議員の左手を掴み取っていた。
 津波の中に投げ出されそうになる体を、非常階段の手すりを片脚の爪で掴むことによって支える。
 その状態で、伸びきった体が独楽のように捻られる。
 その長い尾が、鱗の屑を振り払いながら、津波の海水面を深々と抉っていた。


 流体中を高速で移動する物体の表面上には、ベルヌーイの定理により圧力の低下が起こる。
 水中でその圧力が飽和水蒸気圧を下回ったとき、そこには沸騰した水からの微細な気泡が発生する。
 キャビテーションと呼ばれるその多数の気泡は、収縮と膨張を繰り返しながら中心に収束し、強い圧力波と共に消滅する。
 その爆縮の際、優に1万気圧ほどにもなる高圧のジェット流が、1ミクロンほどの細密な空間に連続的に殺到するのだ。
 船のスクリューを壊食させ、テッポウエビが獲物を捕獲する際に利用するこの衝撃力。
 名を、『気泡圧壊』。または『空洞現象』という。


 その一撃が着弾したのは、ヒグマードの胴体の直近の水面であった。
 アニラが水面下に切り込んだ尾の周囲に、まさしくそのキャビテーションが発生していた。
 破裂音と共に、津波に水柱が上がる。
 至近距離で爆撃を受けたに等しいその振動が、水中に漬かるヒグマの肉体を激しく震盪させていた。


 ヒグマードの意識が刈り取られたのは、ほんの数秒の間だけだっただろう。

 しかしアニラには、その数秒で十分であった。


「ラヒィィィィィィィィィィィィィィル!!」


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


283 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:53:15 1JieLy4k0

 雄叫びを上げる竜が、水中から勢いよくウィルソンさんを引き上げてくる。

 その竜人はウィルソンさんの腕を両方とも引き取って、俺の体を完全にフリーにしていた。
 アクロバティックな動きで非常階段の手すりに脚で掴まり、彼は身を乗り出しながらその尾を海面に叩きつけた。
 ヒグマは、その衝撃に気絶したように見えた。
 竜はヒグマが脱力した瞬間にウィルソンさんを、その腹筋の力だけで非常階段の上に抱え上げてきて、空中にその脚を露出させる。
 赤黒い毛と前足は、ウィルソンさんの膝元まで侵食していた。


 ――撃て。
 と、爬虫類のような竜人の赤い瞳が、ウィルソンさんの力強い瞳が、俺に語っている。


 生き残るか、死ぬか。
 そんな極限の状況下で、この2人は、俺にその全ての決断を託そうとしている。
 自分が生き残るという欲を、結局は誰もが果たそうとするこの殺し合いの中で、よくもまあ、そんな簡単に人を信じられるものだ。

 そもそも、ウィルソンさんだって、赤の他人。
 この竜人に至っては、お前むしろヒグマの仲間なんじゃないのかとツッコミたくなる姿だ。
 それなのにこいつらは、無条件に俺を助けようとし、自分たちの生死を俺に放り投げてきている。
 白か黒か、全てを俺の弁護に投げた。


 北岡秀一は、仮面の下で笑う。


 ――でも結局、どう考えても俺の行動は1パターンしか、無いんだよね!!


「うらぁッ!!」


 両腕で精確に照準を定めたマグナバイザーを、ウィルソンさんの膝下に向けて掃射していた。
 声にならない呻き声を上げながらも、ウィルソンさんの体は黒い竜に確保され、階段の踊り場の上に共々転がり落ちる。
 続け様に、マグナバイザーのスロットに、片手でカードを挿入した。

 ――シュートベント。

 津波の上に響く音声と共に、俺の腕には巨大なランチャーが出現する。

『ぬ……うっ……!?』

 赤黒いヒグマが、銃弾の衝撃に意識を取り戻す。
 津波の激流に流されていくその肉体に、俺はしっかりとギガランチャーの狙いを定めていた。

「悪いけど、あんたみたいな凶悪そうなヒグマは、確実に殺させてもらうッ!!」


 この状況は、恐らく相当なチャンスだった。
 ウィルソンさんの肉体を取り込もうとし、竜人に頭部を潰されても再生する、妖怪じみたバケモノ。
 こんなヒグマを生かしておいたら、後々どうあっても、今より悪い状況で命の危険に晒される。
 仮にウィルソンさんや黒い竜を排除するとしても、真っ先にこいつだけは潰す!!


 ギガランチャーの砲弾が水面に着弾した。
 爆炎と共に、赤黒いヒグマの肉体も四散する。
 勝利を確信した。
 その俺の頭上から、哄笑が聞こえていた。


『いいぞ人間!! 楽しい!! こんなに楽しいのは久しぶりだ!!
 さあ、お楽しみはこれからだな!!』
「なっ……!?」


 空の高みに、爆炎で吹き飛んだ、ヒグマの首があった。
 赤黒いヒグマの胴体が、その笑う首から、勢い良く再生していた。
 血の雨を降らせながら、津波の圧力から開放された肉体で、そいつは俺に向かって、落ちてきていた。

 夜が来る。

 とてつもない迅さで、夜は俺の体を掠め取っていた。
 その夜は、上空からは来なかった。
 その夜は階段の踊り場から、ウィルソンさんを抱えたまま、降り注ぐ血の雨が津波に落ちるより速く、俺の体を隣のビルの屋上まで避難させていた。


 あの、黒い竜人が、俺とウィルソンさんを、両脇に抱えていた。


「――ご心配なく。我々が撤退しても、今の両女史ならば、かの対象を処理し得ます」


 笛のような声を紡ぐ、その竜人の視線の先。
 津波の水面を氷結させながら走る、二人の少女の姿があった。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


284 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:54:24 1JieLy4k0

「おおおおりゃあぁぁぁぁぁっ!!」
「頼みますよ佐天さぁぁぁぁん!!」

 6階から津波へ。
 風を纏いながら、私は『自分だけの現実』に三日月を回す。
 白い炎で出来たその三日月に、周囲の熱をことごとく巻き込んでいく。
 腕に。
 肩に。
 胸に。
 腰に。
 脚に。
 首に。
 瞳に。
 全身が焼け落ちるほどの高熱を、世界から奪い取っていく。

 着地する津波の海水面が、一瞬で氷結した。
 覆い被さってくる後方の波も、押し寄せる瞬間に凍り付いていく。

 おんぶした初春の手が、しっかりと私の肩に繋がっている。
 その掌から『彼女だけの現実』が、私にも流れ込んでくる。

 歪んだ三日月の炎が、その温もりに埋まる。
 回転する月の内側から、初春の思いが充填されていく。
 真球の月が回転する。
 脊柱を伝って、全身を真っ白な炎の輪が回っていく。

 会陰。
 脾臓。
 臍。
 心臓。
 咽喉。
 眉間。
 頭頂。

 炎が上がり、そして下がる。
 流れる炎が風を巻き起こし、体内の月の回転をどんどん早めていく。
 駆け出す一歩ごとに、水面は凍っていく。
 無量の炎が私の体内を駆け抜けて、『私達だけの現実』に燃え盛る。


 大砲の爆発と共に水上に吹っ飛んだ、赤黒いヒグマが見えた。
 遠くの皇さんが、一瞬だけ私と視線を交わして、その場にいた二人を連れて走り去る。
 上空から落下するヒグマは、そこで初めて私たちの存在に気づく。

 あたり一面にブリザードを吹きたてて、私は急停止しながら両腕を構えた。
 その背中を、しっかりと初春が支えてくれる。


「佐天さん、お願いしまぁす!!」
「オッケェェイ!! これが、私と初春のツープラトンッ……!!」


 皇さんたち三人が作ってくれたこのチャンス、逃すわけには行かない。
 左天おじさんが導き、初春が保ってくれた、この私の熱い思い。
 人を襲うあの赤黒い化物に、叩き込んでやるッ!!


『素晴らしい……。素晴らしい力だぞ人間ッ!!』
「『W(ダブル)第四波動』ーッッ!!!」


 両腕から迸る二本の火柱が、笑い声を上げる赤黒いヒグマを飲み込んでいた。
 斜めに上空へ向けて放たれた『第四波動』は、あたかも天を焦がす龍の咆哮のように燃えた。
 南の空を、白熱した満月の渦が焼く。
 跡形も無く、その赤黒いヒグマの体は燃え尽きていた。


 波動を放ち終えた私たちのいる氷上に、皇さんたちが降りて来る。
 皇さんは、その真っ黒な体に脱皮のカスをところどころ貼り付けたまま、私たちに向かって敬礼していた。

「――佐天女史と初春女史のご尽力に感謝いたします」
「……なに言ってんだか。私たちを見くびって、置いていったくせに」
「申し訳ありませんでした。次なる機会があれば、両女史にもご助力を仰ぐ所存であります」

 皇さんのすべすべした腹筋に、軽くパンチをお見舞いしてやる。
 脱皮していた途中なのか、皮はふにゃふにゃだった。
 一発でもヒグマの攻撃を受けていたら、危ないところだったのではないか?
 自分だって相当無理して救助に向かっていたのだろうに。
 私たちに、そんなに配慮はしてくれなくてもいいのに。

 自分にすら聞こえないくらいの小声で、私たちは呟いていた。


285 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:54:43 1JieLy4k0

「――もう仲間なんだから、もっと信頼してよ」
「――委細、承知いたしました」


 そこに遅れて、緑色のスーツに全身を包んだ男の人が、あの裸のおじさんを抱えてやってくる。
 初春がその二人へ、慌てて駆け寄っている。

「お二人とも、大丈夫でしたか!? ひどいケガじゃないですか!?」
「……フフ……。最近の若い者は、本当にブレイブなことだ……」
「ひとまず助かった。お礼やなんやかや言いたいが、話は後だ。
 俺は弁護士をしている北岡秀一という。とりあえず、手当てのできるところはないか!?」
「わかりました北岡さん。
 佐天さん! 急いで百貨店に戻りましょう!」

 意識の朦朧とした小太りのおじさんは、右手と左脚の下がちぎり落とされていて、全身が冷えと貧血で真っ白だった。
 一刻も早くどうにかしなければ、このおじさんは死んでしまうだろう。
 皇さんと目を見合わせて、私は北岡さんたちを案内しながら走った。

 
 私と初春が凍りつかせた津波は、朝日を受けてきらきらと輝いていた。
 もう、その氷河は、街のビル群に固定されて動かない。
 これ以上、この近くで津波に襲われる人はいなくなるだろう。


 満月を回すような、体がどこまでも広がっていくような感覚。
 どこまでも白い流れが、私の体を運んでくれるようだった。


 ――ねえ、左天のおじさん。
 私は、あなたを助けに行く道に、また一歩、近づけたかしら?


【C-4 街/朝】


【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(小)、ダメージ(中)、両下腕に浅達性2度熱傷
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:とりあえず、北岡さんと、おじさんの手当てかな!
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助ける。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『スカートアッパー』って名前、ダメかしら……?
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。


286 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:55:50 1JieLy4k0

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:健康
装備:サバイバルナイフ(鞘付き)
道具:基本支給品、研究所職員のノートパソコン、ランダム支給品×0〜1
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助けて、一緒に会場から脱出する
0:このおじさんを助けるには、どうすれば……?
1:佐天さん、元気になって良かった……。
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
4:一段落したら、あらためて有冨さんたちに対抗する算段を練ろう。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。


【アニラ(皇魁)@荒野に獣慟哭す】
状態:健康、脱皮中
装備:MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発)
道具:基本支給品、予備弾薬の箱(50発×5)
[思考・状況]
基本思考:会場を最も合理的な手段で脱出し、死者部隊と合流する
0:中年男性の体温の低下と出血が深刻である。早急な止血・補水・復温が必要であろう。
1:北岡という人物は、二心のある体臭をしている。利害の一致でこのまま協力できれば良いのだが。
2:残りの参加者とヒグマは、一体どういった状況下にあるのだ……?
3:参加者同士の協力を取り付ける。
4:脱出の『指揮官』たりえる人物を見つける。
5:会場内のヒグマを倒す。
6:自分も人間を食べたい欲求はあるが、目的の遂行の方が優先。
[備考]
※脱皮の途中のため、鱗と爪の強度が低下しています。


【北岡秀一@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダーゾルダ、全身打撲、変身解除するとスーツ腹部に血糊が染み付いている
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:血糊(残り二袋)、ランダム支給品0〜1、基本支給品
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
0:ウィルソンさん助かるのかなこれ……?
1:人徳に篤い好人物は演出できただろうから、まあウィルソンさんは死んでくれてもいいんだけど……。
2:それにしても、この黒い竜人は本当に人間なんだろうか。
3:なんだか大層な能力を持つこのお嬢さんたちに協力するのは良いけど、どう振舞うのが生き残りに効率がいいかによるな。
[備考]
※参戦時期は浅倉がライダーになるより以前。
※鏡及び姿を写せるものがないと変身できない制限あり。


※C-4エリアの津波は凍結し、D-4・D-5などの一部のエリアは津波の被害が減免されました。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 そのオフィスビルの屋上には、一匹のメスが倒れていた。
 艶やかな金属光沢を見せる給水タンクの脇で、彼女は恍惚の表情を浮かべている。

 纏わりついてきた邪魔者どもは蹴散らしたし、遠くまでワープもしてきた。
 ようやっと落ち着いて、その身に刻まれた悦びに身を任せられるというものだ。


 火山から巨人が出てこようが、下が津波に飲まれようが、別にどうでもいい。
 たった今、上空を巨大な火柱が横切っていったが、自分には全く関係が無い。
 下の窓ガラスを割って、中に入り込んできた人間がいるようだが、このオタノシミの方が優先だ。


 メロン熊は、鷹取迅に開発されたその感覚に酔いしれて、独り艶かしい吐息を吹き出していた。


【D-6:街(とある一棟のオフィスビルの屋上)/朝】


【メロン熊】
状態:喜悦
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる
1:悦びに身を任せる
[備考]
※鷹取迅に開発されたので、冷静になると牝としての悦びを思い出して無力化します。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。


※メロン熊がいるのは、御坂美琴が侵入したビルの屋上です。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


287 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:56:54 1JieLy4k0

 佐天たち5人が去った後、小さなビルの非常階段の踊り場に、首のないヒグマの死体が放置されていた。
 一帯の街道とその階段には、赤黒い雨の跡が点々と残っている。
 氷河と化してしまった津波の表面が、太陽熱で徐々に溶けてゆく。

 ヒグマの死体は、ひとりでにその濡れた階段の表面を滑り落ちてゆき、僅かに溶けた氷河の上をそのまま滑っていった。


 ぶくぶくと、その首の断面が泡立つ。
 赤黒い血の染みが、その肉体全体を覆い、静脈血のような色合いの毛並みとして広がってゆく。
 ヒグマの肉体は、路地の裏にひっそりと滑り込みながら、泡立ち続けた。


『――素敵だ、やはり人間は素晴らしい……』


 そして、その首から、新しい頭が生え出てくる。
 ヒグマ6と、そして今、穴持たず9の肉体と融合したアーカード――ヒグマードであった。


『こんなに殺されたのは久しぶりだぞ。記念日にしておこうかな……?』


 彼の肉体は、一度は佐天と初春の放った『W第四波動』によって消失していた。
 しかし、その直前の再生時に振り撒いた血の雨が、穴持たず9の死体に一滴だけ降りかかっていたのだ。


『そぉうか。お前も、人間に対峙していたのか……。氷を操る青年と、弾を投げる少年……。
 期待できそうな人間は山のようにいるなぁ……』


 穴持たず9の記憶をも吸収しながら、ヒグマードは思い返す。


 最期の最後に、自分の命をも顧みず、残る者どもに発破をかけた裸体の男。
 異形に身をやつしても人間の心を失わず、那由他の彼方の勝機に一撃を賭した竜の男。
 狼狽と打算と人情の狭間にあっても、その天秤を適切な判断で傾けた緑の男。
 その身に転輪する巨大すぎる力を、友との協力で利用してのけた黒髪の少女。
 裏方に徹し、ぬかりなく他者の漏失を補っていただろう怜悧な花飾りの少女。


 なんという者たちだ。
 まるで“あの男達”の様だった。
 100年前のあの日、私は全身全霊を以って闘い、そして完全に敗れた。
 惜しい。
 “あの男達”とのような闘いを、またやりたい。
 今回の私は再生途中で、なおかつ津波の中で身動きがほとんど取れなかった。
 また、再戦したい。
 夢の様だ、本当に人間とは夢の様だ!


 特に、あの裸体の男。
 彼がもし、肉体的にも精神的にも万全の状態だったら、どうだった?
 あの5人の中では、最も伸びしろがあったように思えるだろう?

 あの男が後生大事にベルトに佩いていた刀。
 私が彼の脚を離してしまう前に。
 そこに、私の血でメッセージを刻み付けておいた。


 『rave<レイブ>(狂喜を)』


 私との再戦時に、もっと私を楽しませてほしい。
 その願いを、あの男に捧げた。

 そして、そこに更に一文字。
 私に出会うまでの道中に、これを持って行け――。


 『Brave<ブレイブ>(勇気をッ!)』


 前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ!!


288 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/19(水) 23:58:58 1JieLy4k0

 敵が幾千ありとても突き破れ!!
 突き崩せ!!
 戦列を散らせて、命を散らせて、その後方へその後方へ、私の眼前に立ってみせろ!!
 “あの男の様に”!
 あの年老いた、ただの人間の“あの男の様に”!
 “あの男の様に”見事私の心の臓腑に、その刀を突き立ててみせろ――!!


 あの程度の身体欠損で死ぬな。
 必ずや、生きて帰って来い。
 あの叫びを、人間の意気が詰まったあの叫びを、もう一度私に聞かせてくれ――!!


 ヒグマードが心中で叫ぶその先。
 ウィルソン・フィリップス上院議員の腰に、メロン熊に喰い残された、ガブリカリバーが下がっている。
 その刀身には、どこか気高く、禍々しく、そして聖なる雰囲気さえ漂う、赤い5文字の英字が記されていた。

 拘束制御術式の開放により、刀身とその血液は完全に同化している。
 しかし、死と再生の間際に刻んだその僅かな血文字は、恐らく既に、ヒグマードの統御下を離れているだろう。
 ただそこには恋文にも似た、化物から人間への羨望が綴られているだけであった。


【C-4 街/朝】


【ヒグマード(ヒグマ6・穴持たず9)】
状態:化け物(吸血熊)、瀕死(再生中)
装備:跡部様の抱擁の名残
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
0:また私を殺しに来てくれ! 人間たちよ!
1:求めているのは、保護などではない。
2:沢山殺されて、素晴らしい日だな今日は。
3:天龍たち、クリストファー・ロビン、ウィルソン上院議員たちを追う。
4:満たされん。
[備考]
※アーカードに融合されました。
 アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
 他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。
※アーカードの支給品は津波で流されたか、ギガランチャーで爆発四散しました。


【ウィルソン・フィリップス上院議員@ジョジョの奇妙な冒険】
状態:大学時代の身体能力、全身打撲、右手首欠損(タオルで止血中)、左下腿切断、裸ベルト、低体温、大量出血
装備:raveとBraveのガブリカリバー
道具:アンキドンの獣電池(2本)
[思考・状況]
基本思考:生き延びて市民を導く、ブレイブに!
0:見所のある若者たちが多いな……。この島は。
1:折れかけた勇気を振り絞り、人々を助けていこう。
2:救ってもらったこの命、今度は生き残ることで、人々の思いに応えよう。
[備考]
※獣電池は使いすぎるとチャージに時間を要します。エンプティの際は変身不可です。チャージ時間は後続の方にお任せします。
※ガブリボルバーは他の獣電池が会場にあれば装填可能です。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。


289 : Tide ◆wgC73NFT9I :2014/02/20(木) 00:04:29 zSktE1Vg0
以上で投下終了です。
続きまして、武田観柳、阿紫花英良、宮本明、キュゥべえ、ヒグマ5、
ジャック・ブローニンソン、操真晴人、隻眼2で予約します。
……今度は期限に間に合うよう尽力します。


290 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/20(木) 01:14:18 zSktE1Vg0
ttp://www20.atpages.jp/r0109/uploader/src/up0300.png
お待たせいたしました。現在状況でございます。
乱入者と死体でどんどん見読性が落ちていくなぁ……。

意外と島外に出ていた人は少なかった印象ですね。
位置が不明な人は、ここらへんだろうと見当をつけた位置に置いた上で、
暫定的にカッコつきで表記しています。


291 : 名無しさん :2014/02/20(木) 02:22:23 JlZEqokI0
投下&地図作成乙!!
ついに佐天さんが本当の意味で覚醒しましたね。
スーパーハッカー初春の手によって明かされたヒグマと会場の秘密。
穴持たずってそういう意味だったのか…しかし烈さんはなんでヒグマに…?
そこまでしてピクルに喰われた足を治したかったというのか…?
相変わらず冷静な作戦行動が恰好いいアニラさん。流石プロの軍人だぜ。
北岡弁護、ヘタレを返上した上院議員と偶然集まった5人の人間の力でついに
不死身のヒグマードを撃退かと思いきや…結果的にロビカスとも因縁が出来て面白くなってきた。


292 : 名無しさん :2014/02/20(木) 14:21:15 QUI/YdrU0
投下乙
ヒグマード本当にしぶといな….


293 : 名無しさん :2014/02/22(土) 01:50:15 y5MzX6/w0
投下乙
無駄の無い動作で確実にヒグマを仕留めるアニラの戦闘に惚れ惚れする


294 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:03:51 VZIErexI0
デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、パッチールを投下致します
タイトルは「強すぎる力の代償」です


295 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:04:22 VZIErexI0
「ぱ〜……」

――己の無力さが憎いか?

「ぱ〜……」

――自分を捨てた者を見返したいか?

「ぱ……」

――さぁ、これを使ってみろ。そしてその力を試して見るがいい。



 ◆


説明しよう!

ヒグマの科学力を用いて作られた特製ステロイド。
従来のステロイド剤とは比にならない効果を持ち、摂取して筋トレに励めば貴方も範馬勇次郎!
……ただし、それと同時に肉体に与える負担も従来のものとは比にならない。
その副作用とは……常時ばかぢからが振るわれるために、ちょっとした動作でかなり疲弊してしまうのだ。

だが、そのために採用されたのがこのパッチール君。
彼は陸上生物において稀有な、"副作用をマイナスからプラスに変換出来る特性"を持っている!
ばかぢからが引き起こす副作用によって、逆に強化される。――なんと、最大で4倍ものパワーへと膨れ上がるぞ!

本来のパッチールの戦闘能力は、数値にしてたったの60……攻撃、防御、素早さ、体力、その全てが微妙。
だが特性ステロイドと筋トレの成果により、超えられないはずの"種族値"の壁を超えてみせたのだ!
今ではALL120――あの、神の名を持つポケモン、アルセウスに匹敵するチカラを手にしたのだ。

そうだ。ステロイダーパッチールは、神 と な っ た の だ!!

ヒグマを上回る強さを手に入れたパッチールは、このヒグマロワで、デウス・エクス・マキナっぽい役割を担うッ!!!


 ◆


「BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


野獣の咆哮。
ムキムキに強化された肉体から放たれる雄叫びは、さながらハイパーボイスの如し。
デデンネとヒグマは必死に耳を塞ぐ。聴力に優れている分、ダメージは大きい。
咆哮一つでこれだけのパワーを見せるパッチールらしき生物。
二人はその、底知れぬ脅威を垣間見た。

……というかコレ本当にパッチールなのか、という疑念がヒグマの中に湧き上がる。
八頭身ボディに、ぶくぶくと異常に膨れ上がった筋肉。
いくら渦巻きの目と長い耳と、斑点模様があったとしてもアレはパッチールで合っているのか?

「パチィィィ……」

あぁ、でも鳴き声はパッチールっぽいわ。
俺の知ってるパッチールとは全く似てないが……もうパッチールでいいんじゃないか。
うん、間違いない。あの筋肉隆々の生物はパッt

「パァァァッチャラアアアァァァァッッ!!!」

とかあれこれ考えている間に、巨体が目の前まで迫ってきた。
軽々と片腕で振り回される丸太、それがデデンネを狙って思い切り叩きつけられる!

「ガアアアァァァッ!!」

デデンネと仲良くなったヒグマが打撃を庇った。
当然の事ながら、直径30㎝程度の丸太はへし折れる! 木くずが火花のように飛び散った。
そしてドサリ、と丸太の半分が地面に付き刺さる様子に、デデンネは恐れ慄いた。
デデンネの体など、掠っただけで水風船のように粉砕されるだろう。

「貴様……、まさかフェルナンデスが狙いなのか!?」
「その通りじゃあ!」
「あ、ヒグマ語通じるのか」

言うまでもなく、丸太ではヒグマを殺傷するには不足である。
パッチールが丸太を持っていた理由は、リーチを伸ばすためであり、参加者相手になら威力十分であるためだ。


296 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:04:43 VZIErexI0
「少々この孤島には無駄な人間が増えすぎたのでな……。
 キングヒグマ様の命令により、ワシが間引いてやろうというのじゃあ……!」
「え、人間が増えた……? キングヒグマ……? え?」
「時に貴様、何故そのデデンネを庇う」
「……フェルナンデスは俺の仲間だ、手出しはさせんぞ!」

――戦う覚悟は出来ている。
フェルナンデスを守ろうと誓った時から、自分は他のヒグマを敵に回す事だとわかっていた。
この身を犠牲にしようとも、フェルナンデスだけは生きてもらわねば……。
……いいや、そんな弱気ではいけない。絶対に"二人で"生き延びるのだ!

両腕を広げ、目の前で放出される殺意の波動を一身に受ける。
さぁ、かかって来い!



「……ほほう、さては貴様。そやつの可愛らしき外見に魅了されたクチじゃな?」

パッチールは察した。デデンネを守る決意をしたヒグマの姿を見て。

「な、何を言い出すんだ!?」
「ああ、ワシにはわかる。デデンネは"かわいい"からなぁ。
 そんな姿で迫られれば、いくらヒグマと言えどメロメロじゃろうよ」
「違う! 俺は別に見た目だけで決意を抱いたわけでは無い!」
「のうデデンネよ。よく聞け」
「デデンネッ!?」
「"かわいい"だけで信頼を気付けるなど、思い上がりだ。
 相手の心変わり一つで、貴様の幸福、安心、そして信頼はすぐに失われる」
「デデデンネッ!?」

デデンネは知能が低いので、パッチールの言ってることがわからない。
抽象的に言うな、はっきり簡単に言え。ただ、なんか自分が非難された気がする。
怒るべきか、戒めるべきか……と思ったが、話の内容が伝わってないので驚愕のリアクションでやり過ごした。

なお、ヒグマの方は察しが早い。

「俺がフェルナンデスを裏切ると言うのか?
 フン、あり得るものか。仲間を見捨てる者などいるわけがないだろう」
「いるとも。仲間であろうと平気で切り捨てる者がな」
「馬鹿だなお前。それは相手が初めから"仲間だと思ってなかった"だけだ。
 互いに信頼し合っている関係に、裏切りなど存在するものか」

その言葉がパッチールの頭に血を上らせた。
というより、頭の血管が一本ブチ切れた。なんかグロテスクだ。

「馬鹿は貴様じゃあああぁぁぁ!!!」

怒号と共にヒグマへと飛びかかる。
押し倒されたヒグマのマウントを取り、頭を何度も殴りつける!
顔では無く、頭だ。噛み付いてカウンターも出来ない。
ヒグマはとにかく抜けだそうと暴れ、もがく。
だが、その前にパッチールはヒグマの頭を掴んで投げた。

「グガアアァァァッ!!」

地面に叩きつけられ、ピクピクとするヒグマに対し、パッチールは言葉を続けた。

「のうヒグマ。時に貴様、もしお前の兄弟とデデンネが同時に危機に立たされたとしよう」
「俺に兄弟は居ない」
「親は?」
「居ない。天涯孤独だ」
「チッ、じゃあ子供で。……貴様に子供がいたとして、デデンネと子供が同時に危機に立たされたとしよう。
 どちらも海で溺れかけていて、舟に乗っている貴様は、浮き輪をひとつだけ持っている。
 片方に浮き輪を与えれば、もう片方は溺れ死んでしまう。そんな時、貴様はどうする?」

究極の選択。
それをパッチールは問いかける。

「子供に浮き輪を与えて、デデンネを泳いで助けに行く」


297 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:04:58 VZIErexI0
理想の解決策。
そう、ヒグマは泳げるじゃないか。

「……いや、そういう事では無く……。
 ならば浮き輪が無かったとして、貴様はどうする!?」
「というより、俺の子供なら泳げるんじゃないのか?」
「パチイイィィィィ!! ならばもうシチュエーション無しじゃあ!
 なんかあって、片方しか救えないなら、貴様はどちらを選ぶ!?」
「クッ……それは……」

ヒグマは究極の選択を問われ、言葉を詰まらせる。

「デネ〜……」
「……勿論俺はデデンネを助けに行くぞ」
「ほう、ならば子供を裏切るというのか?
 天涯孤独だった貴様に出来た、血の繋がった家族を捨てるというのか?」
「何が言いたい!?」

ヒグマは神経を逆撫でされた気がして、激高する。

「貴様の子供からすれば、その行動をどう思うだろうな。
 信頼している親から裏切られた、と思うんじゃないか?」
「何……」
「デデンネ、ワシは貴様に言いたいのだ。"図に乗るな"と。
 かわいいだけで全てが上手くいくと思い上がるな、と。
 このヒグマは今、すぐそばに貴様がいるから貴様を選んだんじゃ。
 だが、実際にその機会が訪れた時、貴様が捨てられない保証など無い!」
「デ、デネンネェ……!」

いきなり指さしでそう宣言され、デデンネは怯える。
何故こんなこと言われたのかよくわからないけど、どうも妬まれてる気がした。
震えるデデンネを、ヒグマは優しく撫でた。

「心配するなフェルナンデス。俺はお前の味方だ」
「デデンネ!」


 ◆


「安心してパッチール。私はあなたの友達だから!」
「ぱ〜!」


 ◆


「はは、このワシを前にして随分と幸せそうじゃのう貴様ら。
 だがな、そろそろワシも仕事を全うせねばならんからな……」

再度、殺意が周囲の空気を凍りつかせた。
腕にぶくぶくと付いた筋肉がぐっと引き締まり、ミミズの様な血管がいくつも浮き上がる。
ぐるぐると渦巻いた目が、隙を与えまいと獲物の動きに集中する。

「死ぬがよい」

大地を蹴りつけ、タックルを放つ。
ズン、と重い衝撃が空気を伝わる。
タックルを受け止めたヒグマは、咆哮を上げながら爪を突き刺す!

「パチュルゥイイィィィッ!!」
「グルル!?」

何故だ、深い損傷を与えるに至らない。
そのままパッチールの拳が、ヒグマの顎を打ちぬく。

「グガァ―――ッ!!」

数本の牙が吹き飛び、そのままヒグマはノックアウトされる。
それに伴って、パッチールに与えた傷がみるみるうちに塞がっていく。


298 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:05:58 VZIErexI0
「今のはドレインパンチ……かつてマスターがワシに習得させた技じゃあ……。
 さらに常時ばかぢからがゆえに、その副作用でワシの耐久力も大きく上昇している。
 もはや生半可な攻撃では、傷を負わせるのは不可能じゃろうなぁ、はははは」

愉快そうに笑う。
事実、パッチールは愉悦に浸っていた。
かつての自分では到底敵わないような巨大な相手が、今や自分より小さく、そして自分より弱いのだ。

「これが、これこそが、ワシが求めていたチカラじゃあああぁぁぁ!!!
 フゥーハハハハハ!!!!」

けたたましく笑う。
隆起した上腕二頭筋を愛おしそうに撫でる。太い血管を撫でる。
下を見下ろせば、膨れ上がった胸筋によって、足元が全く見えない。
これが自分の体なのだ。夢のようだ。
なんという機動力、なんという溢れ出す活力。

もうローブシンにも負けない。ハッサムに負けない。カイリューに負けない。
そして、ゴロンダにも……。

「デデンネ!」

ふと、自分の体がゆらゆらと左右に揺れている事に気がついた。

「デデーンネ!!」
「貴様……その技は……!」
「デデンネー!!」

デデンネと共に華麗な決めポーズをするパッチール。かわいい。

「『仲間づくり』かッ!」
「デンデネデ!!」

それだけ言って、デデンネはそそくさとヒグマの後ろへと逃げ去った。
パッチールの特性が"あまのじゃく"から"ものひろい"へと変わる。

「ぬぐううぅぅ、若干だが力が入らなくなっていく……!」

特性が失われた今、ばかぢからが本来の副作用を引き起こす。
少しづつ、少しづつ、武器であり鎧である筋肉に疲労が溜まる。
まだ弱体化とは言えないものの、パワー全開で無くなったのは確かだ。

「フェルナンデス、ありがとう。これで奴を倒せる可能性が生まれた」

口から血をボタボタと零しながら、ヒグマが上体を起こす。
決して少ないダメージではない。
並みの人間の体力と換算しても、数週間の入院を要する重症に等しい。
だが、ヒグマ特有のワイルドハートと、守るべき者に対する決意が彼を立ち上がらせる。

子を守る時の動物は、とても強いのだから。

「パァァァッ、チョルォァァァアアアッ!!!」
「ガウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!」

またしても組み合い。
ヒグマの蹴りが、爪が、腕力が、パッチールに突き刺さる。
パッチールのヘッドバッドが、膝蹴りが、握力が、ヒグマに叩きつけられる。

命を掛けた死闘。
自然界における戦い。
狩る者と狩る者のぶつかり合い。
彼らが暴れることで大地に亀裂が走り、木々がなぎ倒され、巻き込まれた虫が死ぬ。

大きな力の衝突を、人間は戦争と呼ぶ。
戦争は多くの命を奪う。故にこの二体の争いは、一つの戦争であると言えよう。



「(このままではワシが劣勢となる……。仕方あるまい、気が進まないがあの技を……)」


299 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:06:10 VZIErexI0
「今のはドレインパンチ……かつてマスターがワシに習得させた技じゃあ……。
 さらに常時ばかぢからがゆえに、その副作用でワシの耐久力も大きく上昇している。
 もはや生半可な攻撃では、傷を負わせるのは不可能じゃろうなぁ、はははは」

愉快そうに笑う。
事実、パッチールは愉悦に浸っていた。
かつての自分では到底敵わないような巨大な相手が、今や自分より小さく、そして自分より弱いのだ。

「これが、これこそが、ワシが求めていたチカラじゃあああぁぁぁ!!!
 フゥーハハハハハ!!!!」

けたたましく笑う。
隆起した上腕二頭筋を愛おしそうに撫でる。太い血管を撫でる。
下を見下ろせば、膨れ上がった胸筋によって、足元が全く見えない。
これが自分の体なのだ。夢のようだ。
なんという機動力、なんという溢れ出す活力。

もうローブシンにも負けない。ハッサムに負けない。カイリューに負けない。
そして、ゴロンダにも……。

「デデンネ!」

ふと、自分の体がゆらゆらと左右に揺れている事に気がついた。

「デデーンネ!!」
「貴様……その技は……!」
「デデンネー!!」

デデンネと共に華麗な決めポーズをするパッチール。かわいい。

「『仲間づくり』かッ!」
「デンデネデ!!」

それだけ言って、デデンネはそそくさとヒグマの後ろへと逃げ去った。
パッチールの特性が"あまのじゃく"から"ものひろい"へと変わる。

「ぬぐううぅぅ、若干だが力が入らなくなっていく……!」

特性が失われた今、ばかぢからが本来の副作用を引き起こす。
少しづつ、少しづつ、武器であり鎧である筋肉に疲労が溜まる。
まだ弱体化とは言えないものの、パワー全開で無くなったのは確かだ。

「フェルナンデス、ありがとう。これで奴を倒せる可能性が生まれた」

口から血をボタボタと零しながら、ヒグマが上体を起こす。
決して少ないダメージではない。
並みの人間の体力と換算しても、数週間の入院を要する重症に等しい。
だが、ヒグマ特有のワイルドハートと、守るべき者に対する決意が彼を立ち上がらせる。

子を守る時の動物は、とても強いのだから。

「パァァァッ、チョルォァァァアアアッ!!!」
「ガウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!」

またしても組み合い。
ヒグマの蹴りが、爪が、腕力が、パッチールに突き刺さる。
パッチールのヘッドバッドが、膝蹴りが、握力が、ヒグマに叩きつけられる。

命を掛けた死闘。
自然界における戦い。
狩る者と狩る者のぶつかり合い。
彼らが暴れることで大地に亀裂が走り、木々がなぎ倒され、巻き込まれた虫が死ぬ。

大きな力の衝突を、人間は戦争と呼ぶ。
戦争は多くの命を奪う。故にこの二体の争いは、一つの戦争であると言えよう。



「(このままではワシが劣勢となる……。仕方あるまい、気が進まないがあの技を……)」


300 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:06:45 VZIErexI0
息を切らせながら、パッチールは奥の手を使う決意をする。
組み合いから唐突に腕を振り払って離れ、そしてポーズを決めて……。

「ぱっぱっぱ♪ ぱぱっちぱ♪」
「何だお前は!? 何だそれは!?」

両手を左右に揺り動かし、足を交互に上げながらリズミカルに踊る。
筋肉モリモリの男がこんな動きすると、当然非常に気持ち悪い。
唖然としていたヒグマだが、ふらりと立ちくらみの様な感覚に襲われた。

「隙あり、パーンチ!!」

拳がヒグマの腹部を捉え、その巨体を浮き上がらせた。
……視界の焦点がズレてぼやけ、くらくらと意識が混濁する。

「何をしやがった……!」

ヒグマはぼんやりと見えるパッチールめがけて、思い切り腕を振るった。
だが、その腕は届かず、代わりに自分の顔面に衝撃が走った。
ドサリ、と倒れこんだヒグマは、その姿勢のまま闇雲に蹴りを放つ。

「デデンネ――ッ!!!」
「はっ」

足に手応えを感じ、バキッ、と言う音が響き……。
そしてその悲鳴によってヒグマの混乱は解かれ、そして鮮明な視界が"正しい状況"を映しだした。

「な……」


 ◆


「もう少しくらい活躍出来ると思ったのに……強さは愛じゃ補えないものね」

長い髪の綺麗な女性が、眼鏡越しにボクを冷たい目で見下ろした。

「ぱ〜! ぱ〜!」
「すがってきても無駄。もう貴方の代わりは見つけたの。
 貴方より強くて、とっても逞しい子なのよ」

足にしがみつくボクの手を振り払い、マスターはモンスターボールを取り出し、投げた。
ズシン、と地響きと共に身の丈2メートルはある大きなポケモンが姿を現した。
その名もゴロンダ。
彼もボクの小柄で貧弱な体を見て、まるで子供でも見るかのような目をした。

「うっふふふふ〜♪ 強いしカッコイイしカワイイし、パンダだぁい好き〜!
 さぁ、さっさと帰りましょ! 乗せてね」
「んだ!」

マスターはゴロンダの肩に乗り、そのままボクに背を向けて歩き出す。

「ぱ〜っ! ぱ〜っ!!」
「あ、ついて来ないでね。野生に帰るの、いいね?」

すぐにその姿も見えなくなった。
森の中、一人置き去りにされたボクはただ、うずくまって泣いていた。



こんな小さな体では力が出せないし、早く走ることも出来ない。
進化したくても、いくら望んでもそう簡単に叶うものじゃない。

「ぱ〜……」

凄く悔しかった。
どれだけ鍛えても、ゴロンダのような巨体には敵わない。
仕方がない、それが超えられない壁、種族の差なのだから。


 ◆


パッチールは撤退を選んだ。
あのまま戦い続けている限り、特性は元に戻らない。
だから得意技であるフラフラダンスを使用し、混乱している隙に去った。


301 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:07:22 VZIErexI0
「これだけの力を得て、どうして上手く行かない……?」

先ほどの戦いを思い返し、イライラする。
考えれば考えるほど、苛立つ。
パッチールは堪らず奇声を発しながら、近くの木を思い切り殴りつけた。
轟音と共に幹の根元から折れ曲がった。

特性は戻ったようだ。力が徐々に沸き上がってくる。

「BAAAAAAAAAAAA!!! 次じゃあ! 次こそ、参加者を確実に減らすッ!!」

不安と焦燥に駆られ、他の獲物を探しに向かう。
なお、この精神が不安定な状態はステロイドの副作用だ。
躁病や鬱病の両方の症状が出るらしいので、こればかりはあまのじゃくでも防げない。


 ◆


「フェルナンデス……違うんだ、今のは……」

砕かれた木の根本で、ガタガタと震えるデデンネの姿があった。
わけもわからず放った蹴りが、デデンネの真上を掠った。

もし、わずかにずれていたら血の塊に変貌しているところだった。
その余りにも圧倒的な破壊力の存在が、今目の前に居ることが怖い。

「デ、デデェ……」

怖い。
目の前にいる存在が怖い。
この強力な力に守られているのが心強い?
いいや、今のような何かの間違いが起きる事を想像すると、不安で仕方がない。
『なかよくなる』だけで保証された身の安全に、果たしてどれほどの信頼がおけるというのか。

自分の命を他人に委ねている限り、決して安息など訪れたりしない。
それが臆病者である場合は……。

「おいでフェルナンデス」

ヒグマは優しい声で呼びかける。
デデンネは明らかにビビりながら、恐る恐るヒグマの頭の上にのぼった。
生き残るために仕方なく、だ。
生きるためにデデンネはヒグマに頼らねばならない。

もしもヒグマが下手に撫でたりしようものなら、デデンネは悲鳴をあげるかもしれない。
この会場から抜けだした後は、デデンネはヒグマを捨てて逃げるかもしれない。



「俺は本当に、心から、お前を家族のように愛しているのに……」

フェルナンデスとの間に出来た壁を崩すために、俺はどうすれば良いのだろう。


【H-3 森の中の高台になっている丘/朝】

【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実、ランダム支給品0〜1
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……

【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護する
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


【G-4 廃墟街/朝】

【パッチール@ポケットモンスター】
状態:健康、ステロイドによる筋肉増強
装備:なし
道具:なし
基本思考:キングヒグマの命令により増えすぎた参加者や乱入者を始末する
0:参加者を手当たり次第殺す
[備考]
※投薬によって種族値合計が670を越えています
※ばかぢから、ドレインパンチ、フラフラダンスを覚えています


302 : ◆m8iVFhkTec :2014/02/25(火) 23:09:19 VZIErexI0
以上で投下終了です
かわいいパッチールが書けて楽しかったです
あと、>>298>>299が多重になってしまい、すみません


303 : 名無しさん :2014/02/26(水) 00:28:50 ymGxWOOkO
投下乙
デデンネと隻眼は生き延びたか……
しかしパッチールは実力派のヒグマとして活躍できるのだろうか……


304 : 名無しさん :2014/02/26(水) 01:36:59 ywLSsJuY0
投下乙
種族地オール120ww最高密度の筋肉でもやっぱり必殺技はフラフラダンスww
そんなパッチールだが過去の事情が切なくてマジ泣けてきた


305 : 名無しさん :2014/02/27(木) 15:51:17 lJ0rIHUU0
投下乙
単なる傀儡に見えてキングヒグマも色々手を出して来てるんだな


306 : ◆wgC73NFT9I :2014/02/27(木) 23:22:13 zwL.xGJ20
投下乙です!!
そういうドラマがあったのか……。パッチールもキングもいいなぁ。
パッチールの鳴き声ってそんな感じなのか?感はあるけれど……。

自分の予約ですが、今しばらくお時間を頂きたく思います。
延長ばかりで本当にすみません……。


307 : 名無しさん :2014/03/06(木) 12:07:13 DrNU5po20
投下乙〜
おお、パッチールパートもだけど最後のででんねパートもいいな
今の関係を一番信じれてないのは技に頼って仲良くなったあいつ自身か


308 : 名無しさん :2014/03/06(木) 15:44:38 vQ4YDTYY0
◆wgC73NFT9I氏が諸事情で投下できないので、武田観柳、阿紫花英良、宮本明、キュゥべえ、ヒグマ5、
ジャック・ブローニンソン、操真晴人、隻眼2の予約分を代理投下をさせていただきます。


309 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:45:29 vQ4YDTYY0
 あるところにひとりの男がいました。
 男には女房がいて二人とも長年畑を耕し、牛を育ててまじめに暮らしてきましたが、なかなかお金も貯まらず、くらしはちっとも豊かになりませんでした。

 あるとき男が夕方門のところでじっと座り込んで行く先を考えていると、一人の老人が通りかかりました。

「なにをそんなに深く考え込んでいるんだね?」

 と老人がたずねてきたので、男は顔をあげ、見慣れぬ老人を眺めてさもなさけなさそうに答えました。

「おれはずいぶんとまじめに長い事働いてきたんだ。それなのに暮らしはちっとも楽にならない。
 一体なにをどうすればよくなるものかと、毎日仕事が終わるとこうして考えているんだよ」

 すると老人はにっこり笑っていいました。

「なんだい。そんなことならそれほど深く考え込むほどのことでもあるまい」

 といい、老人はおどろいている男をみて、

「それ、この道。この道を3日の間ずっとまっすぐに歩き続けると、道の真ん中におおきな木のあるところにたどり着く。
 そしたら斧でその木を切り倒すんだ。そうすればきっとお前さんの望みがかなうようになるだろう」

 と言いました。
 男は、いきなり立ち上がると斧をかついで、一散に道を歩き始めました。

 夜も昼も歩き続けて3日目。
 確かに道の真ん中に大きな木のあるところに行き着き、男は必死になって木を切り倒そうと一生懸命もってきた斧をふりました。
 しばらくして木は大きな音を立てて切り倒され、その拍子に木の上から男の足元に二つの卵が落ちてきました。
 卵はぱかんと割れ、その一つからは鳥が出てきました。鳥は見る見る大きな鷹となって男の頭の上を飛びながら言いました。

「おまえは俺を助けてくれた。もう一つの卵の中の金の指輪をおまえにやろう。
 この指輪はおまえの『願い』をきっとかなえてくれるだろう。


 ――だがそれは一生に一つだけだ。


 よく考えて、一番良い『願い』をするがいい」


 男は指輪を持って家を目指しました。
 途中宿を取って夜を過ごしましたが、そのとき宿の主人が男が身なりに似つかわしくない立派な指輪を持っているのを見て、一体それはどうしたのだと訊ねたので、男はこれまでのことを主人に話しました。
 すると勿論宿屋の主人はその指輪が欲しくてたまらなくなり、男が寝入ったそのすきに男の金の指輪とそっくりの指輪を交換し、そ知らぬ顔をして男を送り出しました。

 それから宿屋の主人は部屋に入ると、金の指輪に、


「金貨百万枚!」


 と叫びました。

 するといきなり上から金貨の雨が降り始め、主人が何かを叫んでいる声さえもかき消すほどの音と大変な重みとで、とうとう宿屋はゆかが抜け、ぺしゃんこにつぶれてしまいました。

 音を聞きつけ、また突然崩れた宿屋を見にたくさんの人が集まりましたが、みな大変な数の金貨を見て我先に金貨を集め始め大変な騒ぎになりました。


 そして、その騒ぎの治まった頃、抜けた床下から、宿屋の主人が死んでいるのがみつかりました。


 (童話『きんのゆびわ』より)


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 ――北海道地方出張の際のある顧客との応対記録(抜粋)――


310 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:47:55 vQ4YDTYY0
   ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 ――北海道地方出張の際のある顧客との応対記録(抜粋)――


Q:魔法少女となるための願いは、本当に何であってもいいのですか?
A:そうだね。魔法少女になる資質によって、叶えられる願いの大小は変わってくるけど、基本的に何でも叶えられると思ってくれて間違いない。

Q:魔法少女となった時に使える魔法は、どうやって決まるのですか?
A:それは、きみが望んだ願いに左右されるところが大きいね。
 例えば、他人の癒しを望めば回復魔法が、他者を惑わすことを望めば幻覚魔法が得意になったりする、という具合だ。

Q:魔法少女になるにあたっての危険性、もとい対価は、結局のところ、何になるのですか?
A:先ほども言ったとおり、魔女を討伐しなくてはいけなくなることかな。
 魔法少女の魔力は、普通にしていても精神の動揺などで徐々に低下していってしまうから、魔女からグリーフシードを入手して、魔力を回復させる必要がある。
 魔女の討伐は、人を助けながら、自分にも利益のある行為なんだよ。
 ちなみに魔女の魔力は、魔法少女になった際に得られる、ソウルジェムの反応で探知できるね。

Q:なるほど。わかりました。ですがその場合、こうまでしてその魔法少女を勧めてくれる、あなたの利益はどこに発生するのですか?
A:良い質問だね。
 ソウルジェムの濁りを吸収しきったグリーフシードからは、再び魔女が生まれてきてしまうんだが、それを魔女の発生前に食べて、エネルギーを回収するのが僕の役目なんだ。

Q:……あなたの発言した詳細は、全て『正しいこと』として認識して構いませんね?
A:もちろんだよ。僕は、『嘘はつかない』。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


311 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:48:50 vQ4YDTYY0
鬱蒼とした森の茂みの中で、2名の商人が、1人の立会人を置いて商談を交わしていた。
 売り手は、白いウサギのような姿をした、インキュベーターと呼ばれる地球外生命体である。
 買い手は、約100年前の明治時代よりやってきた、麻薬を密売する青年実業家である。
 場所は、人喰いのヒグマがうろうろしている絶海の孤島である。
 そして少し離れた地点で今現在も、ヒグマと人間との戦闘が勃発している危険地帯でもある。

 その渦中であっても、彼らの商談は着々と進行していた。

『何か、まだ疑問が残っているのかい、カンリュウ?』
「……いえ。残っていると言えば、残っていますが……」

 インキュベーターは、自分の前で目を伏せている顧客に、そう問いを投げかけていた。


 ――武田観柳は、魔法少女に多大なる興味を抱いていた。
 彼の鋭い質問にも、重要な点はうまく『婉曲表現にして』伝えることができたはずだ。
 表層意識を読みとっても、彼からは未だに魔法少女になりたいという気持ちは薄れていないように感じられる。
 一体、これ以上彼に、何の疑問があるというのか――。


 しかし、宇宙から営業に来た一セールスマンに過ぎないインキュベーターは、明治の動乱期において一代で実業家として成功してきた顧客の金銭感覚を、甘く見過ぎていた。


 こと金銭・売買に関しては、武田観柳の才覚はこの殺し合いの会場に招かれた参加者の内で随一だっただろう。
 何もかもがヒグマな世界で、唯一信じれる、金。
 いくらインキュベーターが専門用語と話術を用いてその売買の主旨をはぐらかしていても、契約、そして商談という場は、武田観柳をして、水を得た魚と化させていた。


 ――『魔法少女』という経済構造を回している通貨は、『願い』、もしくは『希望』と呼ばれる力のようだ。
 この通貨は、『魔法・魔力』という物品と交換されるか、または所有者自身が『希望でない』精神状態に移行していくことにより消費される。
 この資産を使い尽くし、破産した状態を『絶望』と呼称するのだろう。

 私たち人間、特に思春期の女児が、特にその『希望』資産を多く保有している点に目を付けて、キュゥべえさんはこの交渉を持ちかけてきているのだ。
 通常の生活では『希望』により売買できる物品は存在しないため、この『魔法』という商品は至極魅力的だ。
 しかし、『魔法』を提供するだけの労力に見合う利益が、本当に『魔力を与え尽くしたグリーフシードの回収』だけで稼ぎ出せるのか?


 グリーフシードは、魔女から生産される。
 魔女は、人々の絶望から生産される。
 つまり、魔女は人々の『希望』資産を搾取し、グリーフシードという金庫に保管していることになる。
 ソウルジェムの魔力がグリーフシードで回復でき、ソウルジェムで、魔女、つまりグリーフシードの存在を探知できるところからも、この二つは本質的には同等のもののはずだ。


 今キュゥべえさんが耳に持つグリーフシード。
 ここから操真さんに魔力が提供された。
 これが濁りきった時に魔女が再び孵化するというのならば。
 蓄えられた『希望』資産が減価償却され、『魔法』という媒体を通した状態で資産価値のない『絶望』へと転移してしまうことが、魔女の発生条件であると考えられる。

 『魔力を与え尽くしたグリーフシード』とはその寸前。
 つまり、築数十年経過したボロ小屋とか、色褪せやほつれの激しい着物とかと同じ、ほとんど無価値に等しい物品のはずだ。
 そして、『魔力を使い尽くした魔法少女』も、同等の物品。


 キュゥべえさんの利益は、グリーフシードの収集だけでは絶対に回収しきれるわけがない。
 一般的な経営方式の企業を回していくには、売価の五割は利益率がなければならない。
 操真さんが使ったような『魔法』の価値に匹敵する力の差額は、一体どこからならば発生する――?


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


312 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:49:53 vQ4YDTYY0
「……キュゥべえさん。あなたは、『嘘をつかない』のだとしても、契約事項の一部を意図的に『隠蔽している』のではありませんか?」
『そう感じたのかい?
 それはすまなかったね。何か解りづらかったのならば、説明を加えるけれど?』

 はい、とも、いいえ、とも、キュゥべえは答えなかった。
 そしてその返答は、武田観柳の心中に去来していた疑念を、確信に至らせた。

「次の私の質問には、是か、非かで答えて下さい……」

 朝の森に、観柳は深く息を吸った。
 膝の上でキュゥべえを抱える腕に力が籠もる。
 操真晴人は、その様子をみじろぎもせず見つめていた。


「魔女およびグリーフシードは、魔法少女もといソウルジェムが、魔力を使い尽くし『絶望』に至ったときに、発生するのではありませんか?
 そして、あなた方が魔法を売った利益として本来回収するのは、その『希望』が『絶望』に変換された際の、魔力における資産価値の差額なのではありませんか?」


 先ほどまで膝の上でしっぽを振っていたキュゥべえの体が、硬直していた。
 その表情は、依然として動くことはなかったが、あまりにも長いその停止は、その思考の中に明らかな狼狽があることを容易に想像させた。
 そしてゆっくりと一回、彼はその白い尾を振った。

「……まさか、そこまで言い当てられるとは思っていなかった。
 『是』だ。
 キミの言っていることは大当たりだよ、カンリュウ」
「……やはり。そうでしょうねぇ」

 観柳は腑に落ちたように笑った。

 キュゥべえは、口調は変わらないながらも、取り繕うような饒舌さで次々と情報を喋っていく。
 魔法少女の実物を見たことすらない、数回の質疑応答を交わしただけの人間に、営々と築いてきたエネルギー搾取システムの全貌を理解されてしまうことは、インキュベーターにとって完全に想定外の事態だった。


「だが、この利益は僕たちインキュベーターだけでなく、キミたち人間にも還元されるんだよ。
 宇宙の熱的死を防ぐためには、熱量保存の法則に縛られないエネルギー、つまりキミたちの感情が必要なんだ。
 僕らは、『希望』と『絶望』の相転移の際に生じる膨大なエネルギーの大半を、この熱的死の防止に充てている。
 キミたちの子孫にも、豊かな宇宙を残せるんだよ。
 だから魔法少女たちの魔女化は、宇宙のためなのさ!」
「なるほど。でしたら良いことづくめじゃありませんか。
 それが最も効率の良い利益回収法でしょうしね」
「その通りだカンリュウ。解ってくれて嬉しいよ。
 そして魔法少女の命も、別に魔女となるだけの使い捨てなわけではない。
 魔女の使い魔に人間の希望を吸い取らせて、新たなグリーフシードを孕ませて魔女にさせ、エネルギーを収穫するという手もあるんだ」
「ああ、いい運用法ですねそれは。それなら魔法少女のまま長期的な利益を稼ぎ出す方針も立ってきます」


 落ち着いた様子の観柳とは逆に、今まで黙って会話を聞いていた晴人が、目を丸くしてキュゥべえに迫っていた。


313 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:50:31 vQ4YDTYY0
観柳との会話が正しいのだとすれば、キュゥべえは少女たちに『魔法』を売りつけ、一時の希望を与えた後に積極的に絶望へと突き落としていることになる。
 そして、魔法少女が狩るのは、『絶望』した魔法少女自身のなれの果てなのだ。
 人々が魔女に襲われるのを助ける――などと抜かしてはいるが、結局のところ、このキュゥべえが『魔法』を持ち込まなければそもそも魔女など存在しなかったはずだ。
 熱的死など、この生物が勝手に宣う欺瞞かもしれない。そんな得体の知れないものに、キュゥべえは人間の少女の命を使い潰しているというのだ。
 恐ろしいマッチポンプ式の経済構造であった。

「おい!? どういうことだキュゥべえさん!
 あんた、さっきは『絶望』を生まない魔法のシステムなんだって言ったばかりじゃないか……!」
『そりゃあ、“絶望”を生まない魔法のシステムが本当にあったら、キミたちの体感ではすごいことだろう。
 だから、そうだね。と返答したまでだよ』
「……まぁ、経済の原則として、利益だけ出て物品の授受や損失がどこにも生じないとは考えられませんから。
 至極当然の理屈です」

 瞑目して頷きながら、魔法少女のからくりを見抜いた当の観柳は、すんなりとその事実を受け入れたように見える。
 キュゥべえは、視線を目の前の観柳に戻しながら問いかけた。

『それにしてもカンリュウ。キミはこの仕組みを知っても、魔法少女への興味は残っているようだね。
 僕が今まで出会った少女たちは、なぜか皆一様に、このことを知ると怒るんだけれど』
「それはまぁ、世間を知らない青臭いおぼこたちは、なんやかんや言いがかりをつけるでしょうね。
 キュゥべえさんが良かれと思っている言い回しが、要らぬ誤解を生んでいる可能性もあります。
 私なんかは根が実業家ですから、こうしてしっかり裏の実状まで教えて下さった方が、却って安心できるんですよ」

 ――要するに、『絶望』に至ることなく、『希望』の利益を稼ぎ続ければいいんでしょう?

「私もキュゥべえさんのように『魔法』を売買できるのならば、是非商品として取り扱いたいものです。
 結局、消費者や一般人には、上手いこと表面上の納得を与えて金を落としてもらわなければ、私たち商人はあがったりですから。
 その点、右も左もわからぬガキどもなら言いくるめやすいですし、その上、持っている資産も多いとなればネギ背負ったカモ。
 猫が小判を抱えてうろうろしているに等しいですからねぇ」
「おい……! 観柳さん、あんたも大概にしろよ!
 キュゥべえさんの行いも含めて、そんなことをしたらただの悪人じゃないか!」

 淡々と感慨を述べる観柳に、晴人は噛みついていた。
 しかしその返事には、侮蔑のようにすらとれる怪訝な視線が返ってくる。

「あなたも魔法使いなのでしょう? 何を温いことをおっしゃっているのですか?
 悪人というのもお角違いです。私たちの行為は、両者の合意に基づく売買契約なのですから、私たちはただの悪徳商人です。

 あなた自身は、その魔法を得るために『絶望』という資産のない環境を乗り越え、『希望』を稼ぎだしたわらしべ長者です。
 その手腕と精神力は、並々ならぬものなのでしょう。

 ですが、キュゥべえさんの説明の仕方と事後管理にも少なからず穴はあったでしょうが、単に魔女化したガキは、口当たりの良い上辺の情報を鵜呑みにし、深く事実を探ろうともせず、資産を計画的に運用できなかった馬鹿なだけです」


 ――青臭い小僧や小娘が、何の苦労も危険も対価も無しに力を得て、英雄に変身して勧善懲悪を働く?
 ――打ち出の小槌じゃあるまいし、そんなご都合主義が通用するのは、おとぎ話の中だけですよ。


 観柳はそう言ってばっさりと切り捨てた。
 彼にとっては、少女の、そして自身の感情ですら、単なる商品に過ぎなかった。
 おにぎりや、麻薬や、ガトリングガンと同じものである。
 彼が忸怩たる思いを抱くのは、何故もっと早く、そんな価値ある商品の存在に気づくことができなかったのか、というただその一点だけであった。

 絶句する操真晴人をよそに、キュゥべえと観柳は楽しげに商談に興じている。
 ソウルジェムが、その人物の魂を抜き取って作られるのだという、一般的な魔法少女なら憤慨ものの真実も、観柳はむしろ清々しい微笑を浮かべて賞賛した。
 肉体を再生・管理のしやすいものに作り替え、戦闘においても守るべき急所を一点に集約するという行為はとても合理的であり、観柳にとっては何ら非の打ち所もない。


 商談の主導権は今や、泰然とした面もちを崩さない武田観柳の元に完全に移っていた。


314 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:51:40 vQ4YDTYY0
『……それでは、キミの興味はあくまでこのシステムにあるということかな?
 キミ自身は、魔法少女になる気はないのかい?』
「いいえ。然るべき状況になったならば、魔法少女になるのも悪くない投資だと思います。
 阿紫花さん方が危機に陥った際には、教えてくださるのでしょう?
 やはり、実在の貨幣では買いづらい『魔法』及び『願い』の実現、また魔法少女としての強化された肉体には、希少価値があります。
 かなりお金になると思いますから、私にも垂涎モノですよ」
『へぇ、それじゃあ、キミの望む願いは、“沢山のお金を得ること”かな?』
「あんた、そうまでして――、自分や他人の人生と命を食い物にしてまで、金を手に入れたいのか……?」

 武田観柳に向かって、キュゥべえと操真晴人が、揃って問いかけていた。
 観柳は呆然とした様子の晴人を一瞥して、ため息をつく。

「お二方とも何をおっしゃっているのか……。
 ま、わらしべ長者と小槌の化身には馬の耳に念仏か釈迦に説法か知りませんけれど……。

 私は決して、好き好んで人を食い物にしているわけではありません。
 それが今のところは最も効率よく、稼ぐという目的に至る手段だったからそうしているだけです。
 そして、私がそんな一時金に飛びつくなんてあるわけないでしょう。
 継続的に利益を生む構造を構築しなければ商売が成り立たないことくらい、お二方はご存じのはずです」
「だからと言って、それが許されると思っているのか……?
 あんたが食い物にしてきた人たちの分、あんたはそこで稼いだ金じゃ支払いきれないくらいの『絶望』を買い込んじまってるかもしれないんだぞ!?」
「そうかもしれませんねぇ……」


 観柳の脳裏に、緋村抜刀斎の顔が浮かんだ。
 一銭の得にもならない高荷恵の護衛を買って出て、のこのこと屋敷にまで乗り込んできたあの男。
 彼は私兵団200人分の給金にも靡かず、包み隠さぬ怒りを直にぶつけてきた。
 雇っていた御庭番衆の四乃森蒼紫も、雇い主はこちらだというのに、侮蔑に対して遠慮ない威圧をもって反逆してきた。

 彼らがなぜそのような行動に出たのか、その時はさっぱりわからなかった。
 しかし、阿紫花英良。
 彼の振る舞いは、抜刀斎や蒼紫とは異なっていた。

 彼は、前金も払っていない口約束の段階で、ヒグマ人形から身を挺して守ってくれた。
 道中でも、ずっと私を労い、握り飯を渡すなど、契約を度外視した付き合いを見せた。
 あの時の私なら、絶対にそんな真似はできなかった。
 契約不履行のまま命を捨てに行くなど、何の得にもならない契約外の振る舞いなど、できるわけがない。
 だが私は、その行為に突き動かされ、事実、その無謀に見える行為により、状況は大きく好転していた。

 今、キュゥべえさんとの商談で、ようやくこれらの理由が分かった。
 あの行為は、阿紫花さんからの投資であり、確かに通貨のやり取りと流通が、私との間に存在していたのだ。

 物質経済を回す通貨は、金以外にも存在している。
もちろん、それは金で兌換できる通貨であるが、その比率は人物ごとに大きく異なり、そもそも兌換する銀行が半ば閉鎖している人物もいる。
 私は今までその通貨を軽視して来たおかげで、知らず知らずのうちに不良債権を抱え込んでしまっていたのだろう。


315 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:52:25 vQ4YDTYY0
『実業家のあんたには理解できんだろうが、維新志士というのは、我々とは立場は違えど己の理想に殉じていった。
 そういう連中だった――』


 四乃森蒼紫も語ったその通貨が、『希望』だ。
 『人情』とも、『願い』とも、『義理』とも『理想』とも言い換えていいだろう。


 私はあの時、阿紫花英良が身を挺した『希望』に買収され、彼に操り指輪を投げ渡そうと走った。
 利息を付けて振り込んだ『希望』によって今度は、彼は自分たちの命を確保でき、握り飯と甲斐甲斐しい世話を、私は買い取ることができた。

 キュゥべえさんの言う『希望』という通貨から見れば、私の肉体も命も魂も、ちっぽけな一商品にすぎない。
 それを使って利益を生み出せるのならば、惜しみなく流通に載せて売り払ってしまって構わない物品だ。
 世界を支配するには、この新たな通貨をも回していく必要がある。
 今までなじみのない通貨だとしても、金と同じく通貨として通用するのならば、私は必ずや利益を稼ぎ出す。
 『希望』を金で買い、抜刀斎や蒼紫のような、『希望』で動く人間どもも支配してやる――。


「……ですが私は、その存在に気付いた以上、もう負債は抱え込みませんので。
 私は商人なのですから、金を稼ぐのは、あくまで私です――」


 私の願いは、この社会において最も当然の因果律であり、かつ、最も私の本懐に至るもの。
 この願いならば、私自身が『希望』を償却しきって『絶望』に至ることは、絶対にあり得ない――!


「『絶望』という不良債権を清算して有り余る『希望』を、私は稼ぎ出しますよ?
 奇跡も魔法も、ヒグマだって買い取って見せますから――」 


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「……ジャックさん。あんた、さっき操真さんの銃が避けられることを予言してたよな。あれは、なんでだ?」

 宮本明は、自身のデイパックの中に潜む一人の男に、小声でそう問いかけていた。
 ジャック・ブローニンソンが、腹部の痛みを堪えながら答える。

「あのクマちゃんは、ずっと、音を聞いてる……。自分の唸り声の反射をネ……」
「唸り声……? そんなもの全く聞こえないぞ?」
「スゴク高い音……。アキラたちには聞こえないかも知れないけれど……」

 超音波。
 恐らく、ジャックはその野生動物じみた身体機能でそれを聞いているのだ。
 あのヒグマは超音波を発して、その反響を聞くことで物の動きを探知しているらしい。
 明は、隣の阿紫花英良にその驚愕の真実を伝えるべく、叫んでいた。

「やっぱおかしかったんだよ、英良さん! エコー検査ってあるだろ?
 あれだよ! 超音波使って心臓の動きを見るやつ!
 あのヒグマは、音でこちらの行動を把握していたんだ!」
「……わかりやしたから、足止めに参加する気がないなら叫んでないで下がってくだせぇ」
「よっしゃ! これで勝てるぞ!」

 阿紫花英良は片耳を塞ぎながら、大きく両腕を掲げたプルチネルラを、ゆっくりと前方に進めていた。
 棍棒を構えた宮本明が、反対にじりじりと後方へ下がっていく。

 前方の森に見えるは、一頭のヒグマ。
 それも、操真晴人の銃撃をすべて躱し、宮本明および、彼の切り札らしい『ジャック』という人物に多大なる危機感を抱かせているヒグマだ。


 このヒグマが、どんな理屈で攻撃を躱していたのか分かったのだとしても、別にそれで攻撃が当たるようになるわけではない。
 宮本明の指摘があろうがなかろうが、阿紫花の行おうとしていた行動は同じだった。


 ヒグマの動きを封じ、宮本明の切り札で仕留める――。
 そのためには、根本的にヒグマの理解の範疇外からの攻め手が必要になる。
 その作戦につけて、阿紫花英良の知識で最も参考になるのは、ダグダミィ使い・山仲の人形芸だった。

 ダグダミィは、5体1組の、小さな人形である。
 山仲はそれら5体に全く別の行動を同時に行わせ、操り糸で人形遣いや標的自身を縛り、その五肢を鋏で切り落とす。
 1体につき操作に充てられるのは、僅かに指2本。
 黒賀村の同期は舌を巻いたものだ。

 山仲の人形操りは、懸糸傀儡の特性を最大限に利用している。
 つまりそれは、特製の糸と、運指による操作。
 一般人は勿論、ヒグマの経験には絶対に存在しない概念である――。


316 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:53:07 vQ4YDTYY0
「……それじゃあ行きやすぜぇ、ヒグマさんよぉ!!」


 阿紫花は大仰な動きで、右腕を振り抜いていた。
 巨大な人形、プルチネルラが連動して動く。
 ヒグマはその動きに反応する。
 その右腕から放たれるであろうベアトラップの鎖を回避すべく、向かって左へと――。

 しかし、ステップを踏んだその前脚を、ベアトラップの歯が確かに掠めていた。

「グォオ!?」
「ちッ……浅い!」
「思惑通りだ! あのヒグマに一撃入れたぞ!」

 プルチネルラがその鎖を放ったのは、左腕からであった。
 阿紫花の外見上の動きと、操られるプルチネルラの動きは、連動しているようで、していない。
 ヒグマには理解不能な、運指と懸糸傀儡の間の連環機構を、フルに活用した戦術だった。
 
 宮本明は興奮気味に叫んでいるが、今の一発で、阿紫花は確実にヒグマの脚一本を絡めとるつもりでいた。
 流石にこのヒグマの反応速度は尋常ではない。

 続けざまに、阿紫花は自身の左手を振り上げていた。
 ヒグマは今度は、右腕からの鎖を警戒して、今一度左方向に回避する。

 だが、動いていたのは、放たれ地面に落ちた左の鎖だった。
 蛇のようにうねった鎖が、真上を跳ねていたヒグマの胴体に噛みつく。
 脇腹の毛皮に、鎖の先端の虎ばさみが、ぞぶりと喰い込んでいた。

「よし、今ですぜ! ……って!?」
「ゴォオオオッ!!」

 ヒグマは、ベアトラップの鎖を空中で手繰っていた。
 彼は阿紫花のその一撃を、敢えてその身に受けていたのだ。

 プルチネルラの左腕に一瞬着地しながら、軽やかな動きでヒグマの巨体が朝の森に旋回する。
 阿紫花の血液は、そのヒグマの意図を察し、一瞬にして冷え切った。


 ――まさか、こんな一瞬で、人形使いの弱点を見抜かれるなんて。


 プルチネルラの背面に落下しながら、ヒグマはその前脚を振り抜いていた。
 回旋しながら絡めとっていた細い糸が、その鋭い爪にまとめて切断される。
 阿紫花とプルチネルラを繋いでいた操り糸が、一本残らず分断されていた。


 ――猛獣使いと虎の子との符丁がわからなければ、指示を出す鞭を奪えば良い――。


 力が抜けたように停止したプルチネルラから鎖を剥ぎ取り、ヒグマはゆっくりと地面から立ち上がる。
 千切れた糸を手にわななく阿紫花を、ヒグマは上から静かに睥睨していた。

「そんな……! 英良さんが人形を使えなくなったら、一体どうやって俺たちはこのヒグマを止めればいいんだ!
 考えるんだ! 英良さん! そのままじゃあんた、死んじまうぞ!」

 遠方からかかる宮本明の声に言われるまでもなく、阿紫花はただちに、この死地からの脱出法を思案していた。
 そして彼は、ヒグマに向けて、走り出していた。

「うおああああぁぁぁあああ!!」

 気が振れたような叫びを上げて、大きく腕を広げながら、走っていた。
 ヒグマは、つまらなそうに、その爪を揮った。
 空に、血飛沫が飛ぶ。


317 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:53:52 vQ4YDTYY0
「……生身でも……ッ、曲芸が、できるもんですねぇ……!」


 阿紫花の声は、ヒグマの背後から響いていた。
 振り返るヒグマと、視線を移した宮本明の眼には、不敵に笑う阿紫花英良の姿が映る。

 プルチネルラの背中に捉まる阿紫花のコートの右腕は、あらぬ方向に曲がり、血塗れになっていた。
 右肩からずり落ちるデイパックも、半分ほど切り裂かれて、中身が覗いてしまっている。


 彼は、ヒグマの爪が振り抜かれる瞬間に、体を畳みながらその脇の下をくぐるように跳び込んでいた。
 その身を回転させながら、デイパックと右腕を犠牲にヒグマの攻撃をかろうじて受け流し、彼は火の輪くぐりの芸のように、その人形の元へ着地。
 左手で掴むのは、プルチネルラの背に積んでいた、紀元二五四〇年式村田銃である。
 熊撃ち銃として長年使われてきたその銃ならば、ヒグマにも深手を負わせられるはずだった。

「これがッ……阿紫花英良一世一代の、仕込み芸……」
「凄ェ! 英良さんが完全にヒグマの裏をかいた! いけるぞ!」

 痛みを堪えながら、必死に阿紫花は、その銃を左手で掴もうとしていた。
 興奮する明の表情が、すっと青ざめていく。

 ――まさか、利き手ではないから、撃てないのか?
 なぜ、英良さんはただ銃をいじり回しているだけで、構えない?
 人形から取ることもできないのか?
 もう、ヒグマは腕を振りかぶっているぞ!?
 危ない!!
 避けてくれ――ッ!!


「ご、はあぁ……――っ」


 宮本明の声にならない叫びを嘲笑うように、ヒグマの爪は阿紫花英良を右の肩口から袈裟懸けに切り裂いていた。
 村田銃も阿紫花の体も別々の方向に吹き飛び、完全に切り落とされた阿紫花の右腕から、地にずるりとデイパックが零れ落ちていた。


「英良さん!?」

 明が叫んだ先で、阿紫花の体は、かすかに動いていた。
 ヒグマから逃げようとしているのか、左腕だけで下草の上を這いずるように、少しずつその身を動かしていた。

「……やっぱり……。ダメでしたねぇ……。勝てるわけ、無かったんですよ……」

 朦朧とした口調で呟く彼は、暫く這いずった後に仰向けとなる。
 切り裂かれた腹部からは、腸がはみ出していた。
 肩口と腹からは、どくどくと真っ赤な血が溢れている。
 宮本明は、ついに彼の元へ駆け寄っていた。

「おい! 英良さん! 死ぬな! あのヒグマは、俺じゃあ止められないんだよ!」
「……ご覧なせぇ、明さん……。のんきに、ヒグマさんはアタシの飯、喰ってやがる……」

 涙を浮かべながら阿紫花の体を揺さぶっていた明は、笑みを浮かべる阿紫花の発言で、振り向いた。
 その視線の先では、ヒグマが阿紫花のデイパックの中に鼻を突っ込み、今まさに、『鮭』と書かれたおにぎりを取り出したところであった。


 阿紫花の左手に嵌る五つの指輪。
 そのうちの一つだけ、千切れたはずの糸が、ピンと張りつめているものがある。


「……明さん。切り札、きってくだせぇよ……」
「どういうことだ……!? おい、英良さん、しっかりしてくれ!!」
「結局、どんなに強かろうと目先のことしか見えてねえから……」


 ――ヒグマは、人間様の芸にゃ、勝てるわけねぇんですよ……。


 にやりと笑いながら阿紫花は、右肩を押さえていた左手の、中指を天へ突き立てていた。


 森の中に、サーカスの開演を告げるような、軽快な炸裂音が上がっていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


318 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:54:57 vQ4YDTYY0
観客も、出演者も、その芸には皆一様に息をのんだ。

「あぁ……っ!?」

 宮本明も、予想だにしなかったその芸の成功に、ただ呆然としてヒグマを見やっていた。

「グルオォォォオオォオオオ!?」

 『鮭』のおにぎりをくわえていたヒグマは、苦悶の叫びを上げて地をのたうち回っている。
 その右脚にはいくつもの穴があき、もがくその度ごとに下草へ血を吹き出させていた。

 そこから数メートル離れた地面には、先ほど吹き飛んでいた村田銃が転がっている。
 銃口にくゆる硝煙。
 誰も握ってはいなかったはずの引き金。
 そこには、見えるか見えないかの、細い糸が結ばれている。
 阿紫花英良は、あたかも手足を延長したかのごとく銃を操り、その散弾をヒグマへと叩き込んでいたのだった。
 その命を賭して仕込んだ、一世一代の芸。


 阿紫花の指の動きは、ヒグマには常に読みとれていた。
 しかしその指使いが、ブラックボックスたる糸を通して何を引き起こすのか、ヒグマにはついに理解できなかったのだ。


「で……ッ」


 宮本明は、感動に震えるその口から、息を吹いた。
 片手でしっかりと棍棒を握り直し、もう片手をデイパックの口にかけていた。


「でかしたぁッ!! ブロニーさぁん!!」
「いぇあああああぁぁああああぁあん!!」


 地に転がるヒグマの顎を、明は棍棒で突き飛ばす。
 体勢を崩したヒグマの口から、おにぎりが零れる。
 そこへ間髪入れず飛びかかった、野猿のごとき人影。
 ジャック・ブローニンソンが、その下半身を剣のごとくそそり立たせて、ヒグマの上を跳んでいた。

 阿紫花英良も、宮本明も、その勝利を確信した。


 しかし、このヒグマ――穴持たず5もまた、己の芸を出し尽くしてはいなかった。


 おにぎりを取り落とした牙の隙間を、息が吹き抜ける。
 神聖なる食事の時間を邪魔された怒りが、その口腔を震わせる。
 今にもその首に飛びつかんとしていたジャック・ブローニンソンへ、このヒグマの憤怒は吐き出されていた。

 超音波。

 あたりに居た人間の内、ジャックの内耳だけがその攻撃を聞き取ってしまっていた。
 人間離れした身体機能を有していたが故に。
 鼓膜をつんざき、リンパ液を撹拌し、蝸牛管を破壊するかというほどの衝撃に彼は共鳴してしまった。

 至近距離からの振動に、ジャックの意識は体から弾き飛ばされていた。
 そして、そのまま彼の意識は、戻る肉体を失った。


「あ……、あ……!?」
「……マジ、ですかい……」


 空を裂いたヒグマの爪は、ジャック・ブローニンソンの胴体を両断していた。
 赤黒い飛沫をその軌跡に残して、彼の下半身は、上半身と別れ、恋しいヒグマとも一つになることなく、大地に落ちていた。


 そしてヒグマは、動くことのできない人間二人へ、ゆっくりと近づき始める。

 得体の知れない機構で脚を打ち抜いてきた人間。
 聖なる鮭おにぎりをわざわざ叩き落としてきた人間。

 初めは無視して構わないと考えていた。
 しかしこの二体の人間も、放っておけば、また何かしら邪魔をしてこないとも限らない。
 阿紫花英良も、宮本明も、今や彼の排除の対象だった。

「やめろぉ!! くるな……来るんじゃねえよぉ!!」

 瀕死の阿紫花を置き去って、穴持たず5は当座の危険性がより高い、宮本明の方へ歩み寄ってくる。
 明は、差し伸べた棍棒でヒグマとの距離を稼ぎながら、必死に後ずさりを試みていた。
 もし、恐怖に完全に折れてヘたり込むか、殴りかかろうとすれば、その瞬間に明の動きは聞き取られ、その命も両断されてしまうことだろう。

 阿紫花は、力の入らない手で、なんとか煙草を取り出して口にくわえていた。
 火をつけてふかそうと思ったが、あまりに眠くて億劫で、もう左手は動かなかった。


319 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:56:07 vQ4YDTYY0
「……アタシの、芸じゃ、足りませんでしたか……」


 腕の落ちた右肩も、モツがチラ見している腹も、痛くもなんともなかった。
 ただ、寒く、眠く、そして寂しさだけが残っていた。

 初めて里帰りした黒賀村で、白い眼で見られたあの若い日のような。
 初めて参加した人形相撲で、何もできることなく敗退してしまったあの幼い日のような。
 口惜しさと絶望に満ちた、泣きたくなるような感覚だった。


『コネクト・プリーズ』


 その時、阿紫花の耳元に、そんな囁きが聞こえていた。
 頭元に、誰かがやってきた気配がする。
 交わした約束は、忘れられてはいなかった。

『――願いが一つだけ叶うこと、覚えててくれたかな、エイリョウ』
「……ちょっと、遅かったんじゃねぇですかい……、キュゥべえさん……」

 目の前で尻尾を振る白い小動物。
 阿紫花は、煙草の端を噛んで、力なく微笑んだ。

「今更、どうにもなるもんじゃ、ありませんぜ……」
『魔法少女になりたくないのであれば、キミは無理にならなくてもいいよ。
 もう、あのヒグマを倒せる魔法少女は、誕生したからね』


 阿紫花の霞んだ視界の上に、その姿が見えていた。
 その存在を捉えた穴持たず5が、森の上空を見上げる。
 キュゥべえ、宮本明と仰ぐその空に、陽光を受けて金色に輝く人物が佇んでいた。
 彼は真っ白なシルクハットを取り、眼下の者たちに泰然と挨拶する。


「はろぉう。
 あんまりあなた方がグダグダ戦っているものですから、待ち切れなくて出てきてしまいましたよ」


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 阿紫花英良は、吹き出すように笑った。
 腹圧で、傷口から小腸と血液が、更に少し漏れる。

「……ふ、ふ、はっ……。
 結構、似合ってんじゃないですか、観柳の兄さん……」

 森の上に浮遊している人物は、武田観柳その人だった。
 しかし、彼が着ているのは先ほどまでのぼろぼろのスーツではない。
 端々が金糸で縁取られた純白のジャケットに、金のリボンが裾を止めるシルクハット。
 胸元には紫のシャツが覗き、補色を締めるように金のスカーフが巻かれている。
 スカーフ止めのブローチは、一枚の金貨であった。
 腰から下には、上品な金色をベースにしたチェックのプリーツスカートと白いソックスに、革靴。
 英国の礼装である、キルトという服装に酷似していた。

 彼は、絨毯のように綴られた紙幣の上に乗っている。
 その紙幣――十円券の集合体が、彼を空中に浮かべているのだった。

 武田観柳は眼下の森の惨状を見やり、唇を噛む。
 上下半身を両断され絶命したジャック・ブローニンソン。
 右腕を失い、腹部を裂かれ、今にも失血死に至らんとしている阿紫花英良。
 棍棒分の距離を離して死を目前に控えた宮本明。


320 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:56:58 vQ4YDTYY0
「……よくもまあヒグマの分際で、高い給金を払って雇った私の私兵をズタボロにしてくれましたねぇ……」


 彼は静かに声を震わせながら、左手に持つシルクハットの内側を、下へ傾けていた。
 その中から、ジャラジャラと音を立てて、大量の金貨が零れ落ちてくる。
 一円金貨である。
 その純度の高い金は空中で溶融し、一つの巨大な銃火器を形成した。

 ――回転式機関砲(ガトリングガン)。

 身の丈ほどもある金色に輝く6つの砲門を構えて、観柳はその照準を眼下のヒグマに合わせていた。

「100年の時と、魔法が進歩させた最新式です……。明治の時のものなどとは比べ物にならない高性能。
 ――なんと金貨を一分間に6000発も発射するんですよ!!」

 穴持たず5の聴覚には、雨のように視界を覆う弾幕の軌跡が予測されていた。
 身の毛のそそけ立つような歪んだ笑みを浮かべて、白金の魔法少女が叫ぶ。


「レェ――ェェ……ッ、プレイッ!!」


 隙間なく、連打を打って落ちる金色の暴風雨が森を切り裂いていた。
 もはや猛獣の雄叫びの如き連続音にしか聞こえない銃撃が、穴持たず5の聴覚を埋める。
 宮本明から離れ、勢いよく跳び退っていたその体にも、容赦なく弾丸が突き刺さる。
 一発一発はその毛皮を貫くに至らないが、その衝撃は確実に体内に浸透し、皮下組織を痛めていく。
 森の木々を盾にするようにして、身を隠しながら逃走を試みるも、空飛ぶ紙幣の絨毯に乗る魔法少女の機動力は、その動きに上空から確実に追従して余りあるものだった。


「オラオラどうした!! ヒグマの力自慢腕自慢はどうしたァ!!」


 樹幹を縫いながら、長年扱い慣れた得物であるかのように、武田観柳はその巨大な機関砲を的確にヒグマの進路上へ差し向けていく。
 阿紫花が片脚を撃ち抜いていたことが、正確な弾道予測能力を持つ穴持たず5をして被弾を許させていた。
 防戦一方のヒグマは、着実に明たちのいた場所から離されていく。
 その隙に宮本明はまず絶命したジャックの元に駆け寄り、本当に息が無いことを確かめると、阿紫花の元に走ってきていた。
 明が裂けたコートの布地で阿紫花の肩を押さえようとするも、血は止まりそうにない。
 阿紫花は血の気のない真っ白な顔で、依然として笑っている。


「……あんな、強くなっちまって、観柳の兄さんは……」
「おい、英良さん、喋るな! 今、どうにか手当てしてみるから……!」
『無駄だよ。キミが願いを使って魔法少女となりでもしない限り、エイリョウは助からないだろうね』
「ふざけんじゃねェ!! 観柳さんだって、無限に弾撃てるわけじゃねぇんだろ!!
 やっぱり、魔法少女になったところでどっちにしろジリ貧じゃねぇか!!」


 宮本明がキュゥべえに詰め寄ったまさにその時、間断なく聞こえていた銃撃音が止んでいた。
 代わりに、唸り声を上げて空中に踊り上がる影が一つ。
 弾切れに陥った武田観柳の元へ、穴持たず5の爪が飛び掛かっていた。

 観柳は回転式機関砲を引いて、その身を翻した。


「贖いをせんか、無礼者めェッ!!」


 観柳の足元に浮遊していた十円券が巻き上がる。
 飛び上がっていた穴持たず5の視界を紙幣が埋め尽くし、観柳の蹴撃と共にその全身に張り付いていた。
 森の中にすっくと降り立つ武田観柳とは対照的に、全身の動きを封じられたヒグマは、したたかにその身を大地に打ち付けていた。

 宮本明たちが見守るその目の前で、魔法少女はそのヒグマに向けてとうとうと口上を述べる。


321 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:57:46 vQ4YDTYY0
「……あなたは、私の私兵たちを毀損した賠償として、私の武器の実験台にならなくてはいけませんでした。
 それが、よりにもよって私に歯向かってくるなど言語道断。
 試用期間は直ちに終了。
 投資資金は即座に回収。
 あなたの全生命で、償却していただきます」


 ヒグマは、その全身に絡みつく紙幣を取ることができず、苦悶に呻いていた。
 回転式機関砲を形成していた地金が、一瞬のうちに一円金貨に戻る。
 武田観柳は、その大量の金貨をヒグマに向けて投げつけていた。
 一円金貨は、一つ残らずヒグマの全身に張り付く。
 そしてそれに前後して、周囲の地面からも高速で次々と金貨がヒグマに向けて飛来してきていた。

「……お金には、力があります。そしてその力は、多ければ多いほど強くなる。
 多額の資金を投資すれば、その利潤も多額でやってくるのが世の常。
 資産家の下には、何をせずとも利を狙う太鼓持ちが寄ってくるのも世の常。
 つまり、金の間には、引き合う『力』が存在しているのです」

 武田観柳が、先ほどからガトリングガンの銃弾として撃っていたのは、やはり一円金貨であった。
 弾丸としての殺傷能力はかなり低くとも、その枚数、約5000枚。
 明治初期の初任給と比較して現代の貨幣価値に換算すると、その金額は優に1億円に迫る。
 ヒグマの肉体を包む200枚の十円券は、総額4000万円。
 回転式機関砲を形成していた大量の金貨に至っては、300億円近くに上る。
 一つの都市の年間予算にも等しい貨幣が、そのヒグマの体に殺到していた。

 一円金貨と十円券は、穴持たず5の中心へ向けて、その筋肉を潰し、骨を砕き、叫び声さえすり潰しながら集束していく。
 そして観柳は、腰元に提げていた、金の詰まったがま口のバッグをその手に掴んでいた。


 ――彼の、武田観柳の最も得意な武器って、なんだと思います?


 彼の得意武器として支給されていた品。
 それも中には、現代で実際に流通する多額のピン札が詰まった一品だ。


「あなた方ヒグマがその超常的な強さを得るために、どれ程の実験と代償が支払われたか――。
 それはそれは決して並大抵のものでは、なかったのでしょう。
 ですが、それを可能にしたのは、有富とかいう研究者がつぎ込んだ資金。
 金さえあれば、それ以上の力でさえ、たやすく手に入れられる!
 この通り、一瞬にして!!」


 金貨は穴持たず5の肉体を完全に挽き潰し、今やその肉体を金色の彫像のように固めてしまっていた。
 白金の魔法少女が、そのがま口を振りかぶる。


「私の願いは、『金で全てを支配すること』!!
 この確固たる因果律により手に入れた魔法が、『金の引力を操作する魔法』です!!」


 詰まった札束が、巨大な撃力を生む。
 金のヒグマ像を、がま口のバッグは真っ二つに一閃していた。
 弾けるように朝の森に、金貨と十円券とが舞い飛んでいく。

 金色の煌めきが埋める空へ、魔法少女がうやうやしくシルクハットを取り、お辞儀をする。


「……金。これこそが力の証なのです……」


 減価償却されきった穴持たず5は、命なき肉骨粉と化して森の中に散った。
 この後はただ窒素分に富んだ肥料となって、彼の存在は零れ落ちたおにぎりと共に、島の生命の環を流通していくことになるだろう。
 降り注ぐ貨幣の雨を、シルクハットの中に全て吸い込んで、武田観柳はにっこりと微笑んでいた。


【ヒグマ5 死亡】


    @@@@@@@@@


322 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 15:58:41 vQ4YDTYY0
瞳にはただ、きらきらと輝く光だけが、映っていた。
 どうしようもないこの眠気をも吹き飛ばしてくれるような、温もりさえ感じる輝きだった。

 首もとが、誰かに掴まれた。
 霞んでいた視界は、徐々に焦点が合ってくる。
 頭の中に、直接響いてくるような声があった。

『キミの魔法は金に関するものだからね。
 紙幣を詰めて止血し、回復魔法を行使したところで、医者を雇って治療に当たらせた程度の回復しか望めない。
 延命はできるだろうけど、瀕死のエイリョウを生き返らせるのは難しいんじゃないかな』
「……私に、買い取れないものなどありません。医院全てを本腰を入れて買収すれば、腹部裂傷と四肢切断くらい治療できるはずです。
 それよりもアシハナ。口ぐらい利けるでしょう。交わした契約、忘れたとは言わせませんよ!!」

 朦朧とした視界に見えてきたのは、怒ったような武田観柳の顔だった。
 襟元を掴み上げて、彼はいつにない真剣な表情で問いかけてきていた。

「私の持つ全ての金で、あなたはきっちり私を守るはずなのでしょう!
 生き残って、契約を果たす意思を見せなさい! これ以上私に、採算を度外視した魔力の浪費をさせるつもりなのですか!!
 損失が利益を上回って無駄になることが明らかになれば、その時点で私は延命を切ります!! 私は根が実業家なんですから!!」
「はは……、そんなに言えるくらい強くなっちまったんですから、もう、アタシの助けなんざ、いらないんじゃねぇですかい……?」

 観柳が、唇を噛むのが見えた。
 彼は乱暴に首筋を突き飛ばして、地面に落とす。
 痛みは感じなかった。
 そしてまた急速に、視界が霞んでくる。
 ぼんやりと、遠くから観柳の声が聞こえてくる。


「……ならば、私はここに、新たな契約を提示します。乗るか乗らないかは、あなた次第です――」


 決然と、その魔法少女は言い放っていた。


「――明治で成功した大商人である私を護衛できたことを、弟さんに自慢しなさい。
 この時代にまで、大商人武田観柳の名を、轟かせなさい!!」


 強い意志を秘めた、希望に満ちた声だった。

 ――難しいことを言いなさるねぇ、観柳の兄さんも。

 明らかにその契約は、両者が無事に会場を脱出して帰ることを前提にしている。
 それまでの過程をひっくるめて、実現させる『希望』を稼ぎ出すことを前提にした契約だ。
 眠気もだるさも吹き飛びそうな、笑ってしまうような契約だった。


「……で。お代はいかほど、いただけるんで……?」


 武田観柳は、その言葉を聞いて、胸の上に何かを乗せてきた。
 白い小動物の姿が、眼前に霞んでいる。


「……あなたの、言い値です」


 笑ってしまった。
 火のない煙草が、口から落ちていた。
 あまりに可笑しい。
 自分の人形芸なんかより、よっぽど当意即妙で面白い返しではないか。


 アタシの芸じゃ、平馬も笑わせられるか、わかんないですよねぇ……。
 ヒグマさんにも、足りなかった。
 人形相手になら、もっと足りないでしょう。
 スカートも似合って、口も達者で、観柳の兄さんの方がよっぽど芸事向きですわ。

 アタシもせめて人形使いとして、人形自身に満足してもらえるくらいの芸は、したかった。
 戦いのさなかでだって。
 笑う構造がなかったって。
 今にも死にそうな意識の中でだって。
 自分の機能も状況も忘れて、満面の笑みを浮かべてくれるように――。


「『もっと上手く、人形を操りたい』ですねぇ――」


 ……契約は成立だ。
 そう、目の前の仲介人が、白い顔で笑っていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


323 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 16:00:44 vQ4YDTYY0
 ジャック・ブローニンソンは、轟々と流れる水の音で目を覚ました。
 目の前に、煙草をくわえた目つきの鋭い男の顔がある。
 その隣から、心配そうに覗き込んでくる見慣れた顔の青年。

「アキラ……」
「ブロニーさん! 本当に息を吹き返したのか!!
 やっぱりあんた凄ェよ、英良さん!!」
「はぁ。ですが残念ながら、別に生き返った訳でもねぇんでさ。
 アタシの魔力で、操り人形――木偶(デク)にしたって言った方が正しいでしょうねぇ」

 ジャックが自分の腹部を見やると、そこには一度切断されてつなぎ合わされたかのように、皮膚に灰色の縫い跡が残っている。
 臍の周囲には、その透き通るような灰色の糸で、歯車の形が刺繍されていた。
 よく辺りを見てみれば、自分たちが乗っているのは、紙幣で編まれた巨大な絨毯の上である。
 その平面が、海水に飲み込まれた森の上に浮遊しているのだ。
 先ほどまでヒグマと戦っていたはずなのに、自分が意識を失っている間に何があったのだろうか。

「ブロニーさん、実はな……」

 宮本明が話してくれたところによれば、先のヒグマに、自分は殺害されていたらしい。
 魔法少女となった武田観柳がヒグマを討ち倒したものの、重傷を負った阿紫花英良も魔法少女にならざるを得なかった。
 魔法少女と言うものの実体とそのリスクは、想像していたよりも遙かにブラックなものだったが、背に腹は代えられなかったのだろう。

 阿紫花英良の魔法は、武器である糸を物体に繋げて操作するものらしい。
 また、その延長として、物体を糸で接合・修復することにも長けているようだ。
 破損していたグリモルディと言う人形や自分自身の肉体も、その魔法で復元することができたらしい。

「そうなんですが、ジャックさん。
 アタシの魔法は厳密には回復魔法なわけじゃないですし、あんたの場合は、死んじまってる体を繋げて、アタシ自身の肉体と同じく、ソウルジェムから魔力を入れて動かしてるだけなんでさ。
 アタシの魔力に余裕がなくなったらまた死体に逆もどりですし、アタシから100メートル以上離れても駄目ですからね」
「オールライト、エイリョウ。それでも十分だよ、サンキューね」

 中腰になって顔色を伺ってくる阿紫花は、森の中で見た衣服とは違う衣装を着ていた。
 コートは裾の短い真っ黒なトレンチコートになっており、ウエストがきっちりと絞られている。
 そのボタンは血のように赤く、首もとの赤いネクタイと共に、コートの黒さとコントラストを作っていた。
 両手にも黒い革手袋がはまっており、そこから透き通る灰色の糸がデイパックの中に続いている。人形に魔法の糸を掛けているのだろう。
 特に左の手袋の甲には、歯車の形をした灰色の宝石がついている。魔法少女の証したるソウルジェムというものが、それなのだ。
 腰から下を見やれば、コートの裾から、だぼだぼのワイシャツがフレアのように溢れている。
 阿紫花の下半身は、黒いタイツを履いている以外は、そのワイシャツの丈で隠れているのみのようだった。
 靴はそのタイツと一体になっており、先端が尖って反り返り、赤いアンクレットのついた、道化のもののようである。
 上下半身のアンバランスさ・シュールさも相まって、より一層その道化感は強いだろう。

 まじまじとその様相を見つめていた視線に、宮本明も反応する。

「……確かに、英良さんのこういう姿は、相当ニッチな人々にしか求められてなさそうだな」
「そういう言い方は止めてもらえませんかねぇ……。
 アタシだって、ヤクザもんだか兄貴のお下がりだかピエロだかわからない衣装なんざわざわざ着たくありやせん」

 振り返れば、絨毯の端で座っている武田観柳というのだろう人物は、キルト風の至極まともそうな衣装を着ている。
 しかしそれを言うなら、自分の裸体と獣との絡みだって、重度のケモナーにしか求められてはいないだろう。


324 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 16:02:53 vQ4YDTYY0
「ノープロブレムよ。オレもエイリョウと一緒だから」
「あんたと同レベルにされるとなおのこと辛いんですが……」

 とにかく、そうしてヒグマとの戦いが終わり、阿紫花英良がジャックの肉体の修復を試みようとしたとき、火山から巨大な老人が出現してきたらしい。
 第一回放送を考察するのもそこそこに、その威容に戦々恐々となっていたところ、さらに津波が島を襲っていた。

「ああ、別に私のお金で津波を堰き止めてもよかったんですが、そこまで大量の十円券を刷っても後々無駄になりそうだったので。
 ブローニンソンさんは驚かれたでしょうが、天の鳥船だと思ってご勘弁くださいね」

 武田観柳が、微笑みながらそう付け加える。
 彼の魔法によって生産された紙幣の絨毯が飛び立ったところで、ちょうど修復されたジャック自身も目覚めたものであったらしい。


 二人を魔法少女にした当のキュゥべえは、武田観柳の隣で操真晴人に吊し上げられている。
 ジャックにとっては、そのテレパシーは聞いていても、姿を見るのは初めてのことである。
 頬を両手で摘まれている、無表情なウサギのような姿は、蘇り立てのジャックをして、生き別れていた下半身の元気を取り戻させるには十分な愛くるしさだった。

「……それにしてもあんたにとっては万々歳なんだろうなキュゥべえさん。
 二人も魔法少女にして、早速魔力を使わせて、思惑通りってところか?」
『人聞きが悪いねハルト。そのお陰で君たちは全員助かったんじゃないか。
 契約としても、対等な関係で結んだものだし、非難される謂われはないよ』
「こいつっ……!」
「まぁまぁ操真さん。キュゥべえさんは私と同じ単なる商人ですから。
 何度も言うように、後は私たちの魔法の使いようです」

 武田観柳が、操真晴人の手からキュゥべえを取って立ち上がる。
 シルクハットの隙間から、なぜか数枚の金貨を周囲に浮遊させて、彼はジャックの元に歩み寄っていく。

 その時、キュゥべえの脳内にだけ、観柳からのテレパシーが響いていた。


『……キュゥべえさん。あなたは、アシハナたちの窮地を、わざと遅く伝えてきましたね?』


325 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 16:03:14 vQ4YDTYY0
 血の凍るような、冷えきった声だった。
 キュゥべえは驚愕に振り返るも、自分を抱えている観柳はとても朗らかな笑みを湛えている。

『な、何のことかな、カンリュウ……?』
『魔法少女になるのは私だけで済んだところを、あんな惨事になるまで情報を隠蔽して、自然に契約をもう一つ掠めるとは。考えましたねキュゥべえさん。
 なかなかどうして私好みのやりかたですよ』

 深い微笑みのまま、観柳はジャックの方に近づいてゆく。
 キュゥべえの胴体に、観柳の指が食い込んだ。
 インキュベーターの体構造は、その程度の損傷では問題にならなかったものの、彼はそのまま誰にも見えないように、キュゥべえの体内を指でかき回してゆく。
 呻くようなテレパシーを押しつぶすように、観柳の口調が変化していた。

『だがなぁ……!! 昔から私は、見下されるのが大大大嫌いなのだよ!!
 下手に出ているように見せかけてその実、えばりくさりのふんぞりまくり。
 利益を稼ぐ手段は、こすっからく他人を出し抜こうとする詐欺師まがいの話術ばかり。
 対等な駆け引きなど欠片もありはしない!
 愚昧なガキどもを操って悦に入っているだけならまだしも、この武田観柳様までも手玉に取ったように振る舞っていることが、気に食わないんだよ貴様は!!』
『た、助けて!! エイリョウ! アキラ!』

 キュゥべえは必死で、脳波の隙間からテレパシーを発しようと試みるも、周囲に漂う金貨にジャミングされているのか、その声は誰にも届かなかった。
 観柳は清々しいほどの微笑みを浮かべたまま、キュゥべえの体を、ジャック・ブローニンソンに手渡していた。

「はい、ブローニンソンさん、どうぞ受け取ってください。
 どうやらキュゥべえさんも、あなたを求めていたようです。
 聞きましたよ。ヒグマ相手に欲求を発散できず、さぞや溜まっているのでしょう?」
「本当かい!? はぁああぁ……。
 キューベーちゃんカワイイよぉお……」

 とろけたような表情のジャックから、キュゥべえは逃れようともがく。
 しかし、その体内には、先ほど観柳が撹拌していた指により、一枚の金貨が突き込まれていた。
 体の空間座標を魔法で固定され、ジャックのヒグマじみた怪力に押さえ込まれた彼は、手足一本すら自由にはならなかった。

『こ、こんなことをして何の得になるんだカンリュウ!!
 ぼくを殺したところで、代わりはいくらでも……!』
『役に立つうちは殺すわけないでしょう。
 しかぁし、私たちや人間を見下してきた分、あなたは一回、その片鱗だけでも恥辱を味わってみれば良いのです。
 貴様のような奴がいつまでも旨い汁を吸えると思うなよ。利益を取り立てるのは、貴様ではなく私だということを解らせてやる。
 おぼこばかりを食い物にしてきたクソ淫獣が』
「うはぁああぁぁああああああん!!
 キューベーちゃんの中、気持ちいぃよぉおおおお!!」
『わけがわからなアッー!?』


 尻尾の付け根からジャックに深々と掘り抜かれたキュゥべえは、次の瞬間、口から大量の白濁液を噴出していた。
 ジャックの股間の脈動に合わせて、赤べこのように首を振る彼のうめき声は、もう誰にも聞こえない。
 観柳は浮遊する金貨をそっとキュゥべえの周りに寄せて、そのテレパシーを完全に遮断させていた。


「良かったですねブローニンソンさん。キュゥべえさんも、暖かくて気持ちいいそうですよ」
「おうおう……、これはまたアタシ以上に需要の無さそうな絵面だことで……」
「まぁ、ブロニーさんの武器がまだ健在だったことは、喜ばしい限りだな」
「それはそうと、下に向けて抜こうなジャックさん。折角の魔法のお札にかかるから」
「ああ、血も体液も、回収時に浄化しますから、気の済むまでやっちゃって構いませんよ」
「あぁぁあああはああああぁああああん!!」


 その体内を汚辱に塗れさせながら、インキュベーターは、魔力係数が高いと見れば後先顧みずに飛びついてしまう自身の悪癖を、激しく後悔していただろう。
 しかし、強欲に溺れた挙句、金に圧し殺された愚者の叫びなど、周囲の人間には誰一人として届きはしないのだった。


326 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 16:04:44 vQ4YDTYY0
【G-8 森(観柳の十円券絨毯の上)/朝】


【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:プルチネルラの棍棒@からくりサーカス
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:脱出する
0:お金の力って凄ェ!!
1:英良さんの人形芸も凄ェ!!
2:ブロニーさんの精力も凄ェ!!
3:やっぱり魔法とキュゥべえさんはクソ野郎じゃねえかよちくしょう!!
4:兄貴の面目にかけて、全力で生き残る!!
5:あ、操真さん、いたのか?


【ジャック・ブローニンソン@妄想オリロワ2(支給品)】
状態:木偶(デク)化、キュゥべえを掘っている。
装備:なし
道具:なし
基本思考:獣姦
0:キューベーちゃんの中気持ちいいよぉおおお!!
1:動物たちと愛し合いながら逝けるならもういつ死んでもいいよぉ!!
[備考]
※フランドルの支給品です。
※一度死んで、阿紫花英良の魔力で動いています。魔力の供給が途絶えた時点で死体に戻ります。


【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女、ジャック・ブローニンソンに魔力供給中
装備:ソウルジェム(濁り小)、魔法少女衣装
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)
紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、鎖付きベアトラップ×2
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:腰から下がスースーするんですがこの格好……。
1:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
2:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
3:他の参加者を探して協力を取り付ける
4:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
5:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。


【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女、一円金貨約150万枚・十円券約1500枚を操作中
装備:ソウルジェム(濁り極小)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:つけあがりやがってクソ淫獣が。搾取するのは貴様ではなくこの私だ。
1:他の参加者をどうにか利用して生き残る
2:元の時代に生きて帰る方法を見つける
3:取り敢えず津波の収まるまでは様子見でしょうか。
4:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


327 : 金の指輪 :2014/03/06(木) 16:05:06 vQ4YDTYY0
【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:普段着、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:巨人に津波に魔法少女に……先行きはどうなるんだこれは。
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……なれるのかこれは?
2:キュゥべえちゃんは、とりあえず軽蔑。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。


【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:ジャック・ブローニンソンに掘削されている。
装備:観柳に埋め込まれた一円金貨
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:アッー!!!!!!!???????
1:ひどいよ……こんなのってないよ……こんなの絶対おかしいよ……。
2:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
3:とりあえず分体の連絡が取れなくなった巴マミに、グリーフシードを届けたいんだけど、カンリュウ、頼むから話を聞いてくれ!!
4:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。


328 : 名無しさん :2014/03/06(木) 16:05:49 vQ4YDTYY0
代理投下終了いたします。


329 : 名無しさん :2014/03/07(金) 02:43:55 K.no8/VM0
投下乙!
なんだこの格好いい悪徳商人は…キュウべぇが手玉に取られ てやがる…
しかしこのゲーム、ヒグマになるかヒグマを超える人間にかるかの戦いでもあるんだな


330 : 名無しさん :2014/03/08(土) 05:22:18 qzKdiTJo0
投下乙&代理投下乙

Wikiも更新されてるな……お疲れ様です


331 : 名無しさん :2014/03/08(土) 08:19:27 zwUykizo0
投下乙
金!これこそ力の証!真の最強は私だぁ!死ねぇ!
原作のこの台詞見た時からいつかやれる子だと思っていたよ
マップの真横に居るキュアハートとか不安要素はあるけど頑張れ


332 : 名無しさん :2014/03/09(日) 13:51:20 tb1bxUzg0
投下乙!
なんか色々すごいことになったー!?
なるほど、QBがこれまで成功していたのは相手が子ども(少女)だったからというのには納得
大人がみんな読みがいいとは言わないけれどカンリュウみたいな交渉取引の場で生きた商人には子供だましは通用しないか
カンリュウがかっこいいんだけれど、単なる改心じゃないどこまでも商人としての進化という書かれ方で納得
そしてまさかのジャック落ちに吹いたw


333 : 名無しさん :2014/03/12(水) 00:38:17 hQoBEZ7Q0
再び◆wgC73NFT9I氏の代理投下をさせていただきます。
ジャン・キルシュタイン、暁美ほむら、球磨、星空凛、穴持たず12を予約なし投下という形で。


334 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:39:51 hQoBEZ7Q0
 停止した時間の中に、暁美ほむらは佇んでいた。
 見上げる森の樹冠の上に、標的の姿がある。
 立体機動装置をつけた、ジャン・キルシュタイン。


 正直、拍子抜けだった。


「――あなたの好きなように始めなさい」


 勝負を始めた時、私はそう言って、先手をジャン・キルシュタインに譲っていた。
 彼の得体の知れない大言壮語の根拠を目の当たりにしたかったのもあるし、そうでもしなければ、彼に勝ち目は無かったからだ。
 私の時間停止魔法を破るには、私の反応を超えるか、相当な意表を突くかした攻撃を当ててくるしかない。
 当然、私が親切に見せてやった時間停止を踏まえて、彼はその先手の一瞬に勝負を賭けてくるものと思っていた。


 ――それがどうだ。

 彼は後ろの木の上方にワイヤーを掛けた後、ただ上空に向けて飛び上がっていただけだった。
 距離を離して、空から狙撃でもしようと考えていたのだろうか。
 確かに、私には彼の使う立体機動装置ほどの空中機動力はない。
 しかし、彼は私が、空中を吹っ飛んだ状態から無事に着陸したことを知っているはずだ。
 私が飛行能力を有していることさえ見抜けなかったのだろうか。
 それにしたって、せめて瞬間移動することを踏まえた対策くらいはしてくるものと思ったのに。


 時間を止めたままゆるゆると上昇する。
 確かに、同じ距離を移動するにも地上での歩行より空中浮遊の方が労力も時間もかかるが、樹冠程度の高度まで追いつくのはたやすい。
 これ以上無駄に魔力を消費するのも嫌なので、最短距離でジャン・キルシュタインの前に浮上し、多用途銃剣を振りかぶった。
 彼の目は未だ、私がいた森の地面を見つめて固まっている。
 止まった時間の中で腕を動かしたり、眼で追ってきたりするような異常なこともない。
 このまま、時間停止解除と共に胸板あたりを切りつけて、勝負は終了だ。
 その程度の傷なら、放り出しても生き残る見込みはあるだろう。
 粗暴で協調性もなく期待はずれな変態には生温いくらいの処遇だが、まあ、球磨と星空凛の嘆願もあったことだし。


 ――さようなら、口ばかりのお馬鹿さん。


 左手の盾が、開いていた砂時計と歯車を閉じる。
 同時に、逆手の銃剣が空を切っていた。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


335 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:40:26 hQoBEZ7Q0
……ありのまま、今起こったことを話すわ。
 私が右手に持っている銃剣は、『空を切っていた』。
 文字通りによ。
 何を言っているかわからない?

 私は、『ジャン・キルシュタインの胸板を切りつけた』はずなのに、その銃剣は『空を切っていた』のよ!


「――!?」
「ッぶねっ!!」


 ジャン・キルシュタインの姿は、忽然と暁美ほむらの視界から消え失せていた。
 その声が、遙か下方から耳を打つ。
 驚愕と共に振り向けた眼は、彼が高速でワイヤーを引き戻し、森の木の葉の中に勢いよく潜るその瞬間を捉えていた。

「くっ!!」


 再び盾を傾け、即座に時間を停止。
 しかし、もう彼の姿は完全に繁茂する木立の中に隠れ、上空からではどこにいるのかまったくわからなかった。

 ――なんという瞬間加速力。

 最大限に引き延ばされたワイヤーリールは、その引き戻しの最初に最も強い力を発揮するのだ。
 自分もその性能は一度味わっていたというのに、虚を突かれ、全く反応することができなかった。
 私は、何も身を守るもののない上空に誘い出され、反対に彼は捕捉の困難な森の中に隠れた形になる。

 ――まさか、最初からこれを狙っていたというの!?

 彼は、私の時間停止が『触れた物体』には無効となることを見抜いていたのだろうか。
 私の時間停止中の攻撃は、必ず命中の寸前、銃火器なら発射の直後までしか動かない。
 それにしたって、私が時間を停止し、解除するタイミングはわかりようがないはず。
 どうやって、そこまで知り得た――?

 私が期待外れだと高を括ることも、魔力の浪費を嫌って馬鹿正直に正面から近づくことも、予見していたというのだろうか。
 一体、彼はどこまで私の魔法を把握し、どんな打破策を練っているというのだ――?


 冷や汗が吹き出る。
 今まで絶対の信頼を置いてきた自分の魔法に、敗北の可能性が生まれようとしている。
 久方ぶりに、恐怖というものに近い感情を感じていた。

 ――いや。
 思い返せば、私の時間停止は、どのループでも必ず敗北する相手がいる。


 ワルプルギスの夜の初撃だ。


 私が戦闘を行えば必ず、使い魔を掃討している意識の隙間を縫って襲う、彼女の恐ろしく高速で精密な攻撃を一発は貰ってしまう。
 時間を止めている間は無敵でも、その発動と解除の瞬間には私の反応が必須になる。

 所詮、魔法少女は人間のなれの果てなのだ。
 普段は今までの日常となんら変わることなく生活しているし、治るとはいえ怪我もする。
 いくら魔法を使ったところで、私の反応速度も跳躍伝導の領域を超えはしない。


 顔が、ひきつるように笑っていた。


 感謝すべきだろう。
 それを再認識させてくれたジャン・キルシュタインに。

 もはや、油断をしていい相手ではない。
 どこまで情報が把握されているのか、どんな戦術を取ってくるのかもわからない。
 大方の魔女のように愚鈍な相手ではない。
 大概の魔法少女のように浅慮な相手でもない。


 美国織莉子や巴マミと同格の相手と見てかかるべきだ。


336 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:40:53 hQoBEZ7Q0
眼下の森を見やる。
 ――時間停止を続けたまま潜行して、ジャン・キルシュタインを見つける?
 いや、それは下策だろう。

 既にかなりの時間を止めてしまっているし、森の中には姿を隠す陰は山のようにある。
 今判明している限りで彼の攻撃手段は、立体機動装置に付属のカッターナイフのような双剣による近接攻撃。
 加えて、ブラスターガンによる遠距離攻撃および狙撃がある。
 ワイヤーアンカーも、見切りづらい中距離攻撃手段として使用してくる可能性が高い。
 発見できずに後ろを晒すようなことがあれば、その瞬間に私は負ける。
 飛び道具を使わない以上、時間停止に必須な反応時間を稼ぐことが私には必要だった。
 つまり。
 私に許されている存在位置は、この見晴らしの良い森の上空のみ――。


「私はここよ、ジャン・キルシュタイン!!
 逃げてないで、攻めてきなさい!!」


 停止解除と共に、樹冠から十数メートル上空で、私はそう言い放っていた。
 そして、息を吸うのと共に、再び時間停止。
 その停止時間中に数メートルだけ、さらに上昇しておく。
 彼が森林中からの狙撃を考えているなら、この誘いでとる行動は一つ――。

 停止を解除した瞬間、目の前をブラスターガンの光線が掠めていた。
 森の中から、舌打ちと共に、木の葉を掻き分ける移動音。
 すぐさま再停止して、ブラスターガンが発射された地点を見やるが、ジャン・キルシュタインは既にそこから移動した後のようだった。

 ――これで、彼の森からの狙撃を封じるはずだった。


 暁美ほむらは、自分の狙撃を回避することができる。
 そして外せば、自分の位置が知られるのだと。


 しかし、このチャンスを活せなかったのは私にとってかなりの痛手だ。
 彼は外した際の対策まで最初から意識して射撃していたのだ。
 今の隙に完全に彼を発見・捕捉できなかったとなれば、これは膠着状態になる。
 むしろ、位置が解っても私が攻撃に転じられないとなれば、ジャン・キルシュタインは狙撃し放題だ。
 彼は的を絞らせないように間欠的にランダムな移動をしつつ、森の中から私を撃ちまくればいい。
 100発近いブラスターガンの残弾を、時間停止で避けられる自信はない。
 かくなる上は――!


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


337 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:41:35 hQoBEZ7Q0
 ブラスターガンの光線が命中し、小爆発が起こる。
 しかし、その衝撃が私の肉体に及ぶことはない。
 薄紫の魔法防壁が、私の周囲を球状に取り囲んでいた。

 ――時間停止を捨て、その分の魔力を全て防御に回す。

 ジャン・キルシュタインからの狙撃は、その一発のみで止まっていた。
 流石に、遠距離攻撃だけでこの防壁を貫けるとは、彼も思わなかったのだろう。
 木々の隙間からは、固唾を飲んで私たちの動向を見守る、球磨と星空凛の姿が見える。


「……さあ、いつまで潜っているつもり?
 守れるんでしょう? 脱出できるんでしょう?
 潜んでいたところで、ヒグマも私も、倒せないわよ」


 空を仰いで、そう呟いた。
 とても穏やかな気持ちだった。

 これが、合意に基づいた勝負で本当に良かったと思う。
 もうやり直すことのできないこの時間軸で、こんな貴重な戦術的経験ができて、それを次に活かすことができる。
 この時点で既に、この勝負をふっかけたモトは取れたに等しい。

 そして、次に彼がこの防壁に対してどういう手段で攻めてくるのか。
 それを見るのが、本当に楽しみだった。


 ワイヤーアンカー程度なら問題なく、ブラスターガンでも剣戟でも、一発ずつなら確実に私の防壁は防ぎきれるだろう。
 命中の瞬間に、球形に展開していた魔力を一点に収束させるのだ。
 彼の持つブラスターガンは見た限り、映画内で猛威を揮っていたDC-17へヴィブラスター程の火力も連射性もない。
 私の防壁を破るには、彼は接近し、連続攻撃をするしかない。
 千日手は彼とて望んではいないはずだ。
 この沈黙の間に、彼は私の予想もつかない攻め手を、今度もきっと考え出してくれるだろう。


 私は、イレギュラーが嫌いだった。
 繰り返しの時間の中で、私自身がキュゥべえからイレギュラーと扱われていたせいもあるかもしれない。
 美国織莉子など、思想の違いからして相性は最悪だ。
 だが今となっては、そのイレギュラーの存在が愛しい。

 何もかもが初めてのタイムラインでは、イレギュラーもレギュラーもその概念からして存在しない。
 知り得たことの数々は、戦いの跡の水溜まりに没する。
 全てのレギュラーを投げ捨てた空は晴れ晴れとして、私にはイレギュラーだけが唯一残る。

 数々の分岐で集めてきた、皆等しく違うイレギュラーたちが、私に最大限の好意を向けて襲いかかってくれる。
 レギュラーを逸脱したときに、どう対処すればどういう結果が開けていくのか。
 無くしたものと引き換えに、彼女たちの向けてくれた敵意だけが、去り際に私の背を押してくれる。


 ただまどかを救うためだけに、私は数え切れないほどのまどかを殺し、数え切れないほどのまどかを見捨ててきた。
 その絶望的な結末へと続く、同じようにしか見えないレギュラーの道の中で、そのイレギュラーたちだけが、私を異なる道へ導いてくれる可能性だったのだ。


 彼が。
 ジャン・キルシュタインが。
 進むしかないこのタイムラインで、私に未だイレギュラーとして立ち向かってきてくれるなら。
 この勝負の結末がどうなろうと、それはきっと正解にたどり着く道になり得る。


 ――期待できる。
 私たちが正しい道に進む一歩に、彼は確かな下地をきっと築いて行ける。


 目を瞑る私は、魔法防壁の殻を越えて、どこまでも広がっていくようだった。
 遠くから吹く、風のような息遣い。
 遠くから降る、雨のような駆動音。
 私の歩んできた螺旋の履歴を綴り変え、その真摯な殺意が私を背中から染めてゆく。
 丁寧に丁寧に、私の死角から。
 彼の素敵なイレギュラーが、私の迷宮に切り込んでくる。


 ガスの噴出音が、私の背後を吹き抜ける。
 彼の、息を吹くような気合が耳に届く。
 そして次の瞬間、私の壁を砕かんとする、力強い衝撃が空に走っていた。


「そこねっ!!」


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


338 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:42:09 hQoBEZ7Q0
 衝撃を受けた一点に、防壁の魔力を集束させて防ぎきる。
 一呼吸の間も開けない。
 西部劇の抜き打ち。
 時代劇の居合。
 私が可能な最大限の反応速度で、私は盾を傾ける。
 防壁の魔力が一転して、四方無辺に拡散していた。


 ――時間停止。


 勝った。
 ジャン・キルシュタインが二撃目の近接攻撃を入れる前に、私は時間を止めることができた。
 このまま、攻め込んできている彼に銃剣を突き付け、終わらせよう。


 ――よくやったわ。ジャン・キルシュタイン。

 安堵に胸を撫で下ろして、私は振り返る。

 ――私に敵わないまでも、ここまで私を追い詰めるなんて……。


 そこまで考えて見やった景色に、私は、ただ呆然と自失した。


 防壁のあった空中に突き刺さっていたのは、カッターナイフのような刃。
 ただ、それだけ。
 どこにも、ジャン・キルシュタインの姿はない。
 あの剣が刃先を飛ばすことができたことも驚愕すべき点なのではあるが、問題はそこではない。
 私は、確かに彼の気配を近くに感じていたのだ。
 如何に遠間から投擲したのだとしても、投擲には広い空間での腕の振りが必要な以上、彼はまだ空中にいるはずなのに。
 見上げる空に影はなく、森に沈んだ跡もない。

 10秒。
 20秒。

 いたずらに焦りと時間だけが過ぎていく。
 汗が、背筋から腰に落ちる。
 唾が、固くて飲み込めない。

 全く状況を理解できないまま瞠目していた私の眼はそこで、昇り来ている朝日の眩しさにふと気づいていた。


 時間停止の中でも変わらず捉えらえるその眩い光。
 東に見えるその威光の中に。
 私を導いてくれるその者が、いた。


 逆光だ。
 目を凝らさねば、その灼けつくような光の中は、伺えない。
 北海道の孤島の森の上。
 余りに澄んだその光の中に輪郭を溶かして、ジャン・キルシュタインが佇んでいる。


 右手でしっかりとブラスターガンの狙いをつけて。
 左手は投擲剣の替え刃を腰元で装填して。
 陽に溶ける細いワイヤーは眼下の森に突き立っている。


 その美しさに、私は息を飲んでいた。


 彼は刃先を投擲した後、逆光を計算に入れて、ガスの噴射による微調整でこの位置取りを狙っていたのだ。
 私は、確かに彼の二撃目の前に、時間を止めることができた。
 しかし、遠距離攻撃の二連撃を想定していなかった時点で、私は彼の策に完全に嵌ってしまっている。


 防壁から時間停止への切り替えが一瞬でも遅ければ、私はブラスターガンの餌食となっていた。
 そしてこのまま時間停止を解除しても同じことだ。
 移動して躱せば、彼はまたワイヤーを引き戻して森の中に潜るだろう。
 だが、それではまた同じことの繰り返しだ。
 むしろ、遠距離から二連撃以上の攻撃を受けるならば、私は今度こそ手詰まりとなる。
 彼が再び空中に出てきたこの瞬間に決着を着けねばならない。

 しかし、停止時間中に回り込んで銃剣を突き付けようにも、私はもう既に、相当の時間を彼の発見に費やしてしまった。
 私の魔力を、最大限に削ぐための朝日だったのだ。
 既に連続停止時間は、私の魔力運用上、危険域。
 なんと美しく、完成された私への対応策だろうか。


 潜水する海中から、酸素を求めて浮上するように、私は時間停止を解除するだろう。
 もはや、その瞬間に賭けるしかない。

 ブラスターガンの直撃を避け、身を躱しながら魔力の出力先を全て空中での推進に切り替える。
 ジャン・キルシュタイン。
 あなたを捕捉し、何としてもこの銃剣を突き立てて見せる――!


 その時の私は、多分満面の笑みを浮かべていたのだと思う。
 カリカリとかすかな音を立てていた歯車が、盾の中に閉じた。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


339 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:42:51 hQoBEZ7Q0
 ブラスターガンの爆発が、オレの眼に映っていた。
 アケミが被弾した――。
 半透明の魔法の壁みたいなものは、オレが投げた剣の刃を受けて、確かに消え去っていたはずだった。

 視界の先で、盾を嵌めたアケミの左腕が、森の中へちぎれ落ちていくのが見える。
 となれば、本当にオレは、アケミに命中させることができたのだ。
 作戦は成功した――。
 アケミの手加減が前提だったとはいえ、自分でも驚くほど、綺麗に作戦は決まっていた。

 『私を倒しなさい』という言葉を真に受けて、魔法少女だから大丈夫だとか、理由もよくわからないままに撃ってしまったが、本当に大丈夫だろうか。
 むしろ、殺す気で掛かっちゃって、本当に殺してないかさえ心配になる。
 仮に殺してたとしても、合意に基づく勝負だし、そもそもここは殺し合いの場所らしいし、平気か……?
 いやいや、平気ってなんだよ。オレはアケミたちと協力するんじゃなかったのか!?


 視線を泳がせたままオレの体が落下し始めたその時、爆風を切り裂いて、アケミのグレーの衣装が鳥のように飛来していた。
 肩口から左腕が吹き飛んだというのに、その鋭い目つきは射竦めるように俺を捉えている。
 逆手に持つ彼女のナイフが朝日に光る。


 ――信じられねぇ。


 オレの心配は、全く杞憂どころか、的外れにもすぎた。


 魔法少女っていうのは、痛みも怯みも感じないのか!?
 まるで、ヒグマのような、その生命力。
 まるで、魔女のような、その強靭さ。
 本当に殺しでもしない限り倒せないのか。
 オレが煽ってしまったお前の『守りたいもの』とは、そこまで大切なものなのか。


「うおおおおおおおおおッ!!」


 ワイヤーを引き抜き、ガスを最大出力で噴射していた。
 回旋する遠心力を乗せて、アケミの突撃に全力でぶつかりに行く。

 互いに、これが勝敗を決める最初で最後、最大のチャンスなのだ。


 応える。
 アケミの大切なものに。
 オレの明日の平穏に。
 立ちはだかる巨大な敵を駆逐するために磨いてきた互いの力と技に。


 オレの剣とアケミのナイフが交錯する。
 それが、決着の瞬間だった。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


 左手の剣での切り付け。
 反時計回りの高速回旋を加えた、巨人のうなじを削ぐ必殺の一撃。
 腕をうち開きながらの、今のオレにできる最大威力の斬撃だった。

 アケミのナイフが、その刃に当たっていた。
 ナイフの鍔に、オレの剣が受け止められる。
 オレの刃先の上を、そのナイフが流れた。
 逆手に持ったナイフを、腕のない左半身に向けて滑らせながら、アケミはオレの上腕を撫で上げるように、その身を寄せてきていたのだった。


 ――受け流し。


 鼻先が触れそうになるほどの近くに、アケミの笑顔があった。
 呼吸を忘れてしまいそうな、とても可憐で華やいだ微笑み。
 艶やかな唇から、暖かなアケミの息が、オレの頬に触れてくる。


「――感謝するわ。ジャン・キルシュタイン」


 その吐息を聞いた瞬間、オレの顎はしたたかに突き上げられていた。


 ――あ、肘鉄……。


 空中で入り身をしてきたアケミの速度は、見事にオレの回旋にカウンターとなる。
 逆手で受け流しをした彼女の、予想外の肘。
 ここに来て空中での白兵格闘が、このオレを襲う。
 アケミの右腕がそのままオレの腕を掴んで、肩と胸ごとオレを引き込んでゆく。
 脚が首筋に絡められ、オレの体は落下しながら見事に押さえ込まれる。


 ――エレンを馬鹿にしてねぇで、もう少し格闘訓練、やっておくべきだったかな……。


 かすかな意識でそう思ったものの。
 既に最初の肘鉄と微笑みで、オレは完全にノックアウトされていたのだった。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


340 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:44:33 hQoBEZ7Q0

「飛びつき腕ひしぎ逆十字固め、一本、そこまでクマ!! 二人とも! 大丈夫かクマー!?」

 高高度から落下してきた二人は、紫色の光に包まれ、一塊となって着地していた。
 走り寄る球磨と星空凛に、暁美ほむらはその無表情をすっくと起き上がらせて答える。

「ええ、落下はなんとか魔法で緩衝できたみたいだから、問題ないわ」
「ほむほむ、腕が吹き飛んでるにゃ!! 問題ありまくりにゃ!!」
「ジャンくんも、ものの見事に体捌きからの猿臂喰らってたクマ!!
 なんで魔法と立体機動の勝負が格闘で決着するクマ!!」
「それだけ、このジャン・キルシュタインが優秀だったということよ」

 焦げた左肩を払いながら、ほむらは感慨深げに言った。
 地面に伸びてしまった当のジャンが、うめき声を上げなから身を起こす。

「……ってぇ。……これは、オレの、負けか……」
「いいえ、先に被弾した私の負けよ。最後のは単に、魔法少女の実力を見せておきたかったのと、あなたに一言物申しておきたかっただけだから」
「いやいやいや!! 誰がどー見ても引き分けクマ!!」
「そうかしら」
「そうクマ!! ほむらの一存で球磨まで『好きに』されるのはご免だクマ!!」

 淡々と述べるほむらに、球磨は焦って捲し立てる。
 既に勝負がどうこうよりも、ほむらの興味は、ジャンがどのようにして時間停止への対策を練り得たのか、という問題に移っていた。
 ほむらの問いに、ジャンは外門頂肘を喰らった顎先をさすりながら答える。


「……いや、な。アケミは、オレの後ろに回り込んだ時の前に、オレたちが初めて会った時にも、魔法を使ってただろ?」

 確かに暁美ほむらは、ジャン・キルシュタインを詰問した際、盾から機関銃を取り出しながら時間停止を使用していた。
 裏に回り込むだけなら、瞬間移動の魔法というのが最も考えられたが、どうやらそうではないらしい、と、ジャンは考えていた。

「だから、オレはもっと広く、『一瞬のうちになんやかんや色々できる魔法』だと考えたわけさ。
 そんでもって、その魔法を使うのには、『盾を傾ける』という動作が必要になるっぽい。
 二回とも魔法を使う瞬間に、その共通点があったからな」
「その通りよ……。よく気がつけたものね」
「まぁ、オレは昔っから現実を見るのは得意だからな……」

 ほむらは、ほとんど無意識的に行なっているその動きに着目されたことに、心底驚いていた。
 それならば、ジャンが一番最初に空中での切り付けを躱し得たことにも納得ができる。
 彼はずっと、ほむらの盾の動きにだけ注目して、ワイヤーを戻すタイミングを計っていたというわけだ。


「で、『一瞬のうちになんやかんや色々できる魔法』だから、もしその『一瞬』でできることが無制限だったり、『なんやかんや』の間に殺されたりしたらどうしようもないんだけどよ。
 そこは勝負を持ち掛けてくれたくらいなんだから何かしら限度があるものと、アケミを信じた」


 そこで、彼は最初に空中へ飛んでいた。
 ほむらが空を飛ぶ力を持っていても、敢えて立体起動装置を確保しておこうとしたところから、その能力はジャンの飛行能力よりは低いことになる。
 魔法に限度があれば、当然、その限度が来る前にことを終わらせようという心理が働く。
 盾に着目して離脱のタイミングを見計らいつつ、接近には労力をかけさせることで、わざわざ裏に回ろうなどという気持ちを起こさせなくさせることが、ジャンの狙いであった。
 それ以降も、森林中からの射撃、逆光を利用した『一瞬』の浪費など、ジャンの思惑はことごとく的を射た作戦であったことになる。

 銃火器の使える万全な状態ならば当然、こんな作戦は成立しないところであったが、短時間でほむらをそこまで分析し、筋書きどおりに動かし得たことは、凛や球磨も含めて素直に感嘆できるものであった。


341 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:45:21 hQoBEZ7Q0
「粗方把握されてるようだからもう教えておくけれど、私の魔法は『時間停止』よ。
 あなたとの戦いで私の弱点を再認識できたことは、とても糧になったわ」
「それ以外にも防壁とか空中浮遊とか腕が千切れても平気とか、色々便利に魔法使ってた気もするが……。
 まぁ、オレは指揮官殿に認めてもらおうと思ってただけだから」
「そう認識してもらえたなら、これ以上のことはないわ」

 ほむらがそう言って差し伸べた手を掴んで、ジャンは立ち上がる。
 彼女は左肩から先が弾け飛んでいて非常に痛々しかったが、その傷口は既に塞がっており、痛みも感じてはいないようだった。

「それにしても、魔法少女ってのは本当にすごいな。オレがやったくせに言うのもあれだがよ、その腕は、大丈夫なのか?」
「ソウルジェムという、私の左手の甲にあった宝石が無事な限り、私たち魔法少女は魔力さえあれば再生できるのよ。
 左腕もすぐ繋げられるわ。
 星空凛、すまないけれど、あっちの木陰に私の腕が落ちているから、持ってきて貰える?」
「良かったぁ……そうだったんだほむほむ。でも本当、心配するからそういうことは早く言っておいて欲しいにゃ!」
「ジャン・キルシュタインも予想以上の心技体で『軍』に入ってくれたことだし、私と球磨が二人の支給品を見てあげるわ」
「本当か? 最初からそれを頼みたかったんだよマジで。協力する以上あんたらに使ってもらった方が絶対マシだしさ」
「わかったクマー。なんだかんだ勝負も恙なく終わったし、上々の門出になりそうクマねー」

 ジャンは眉を開いて、後ろにデイパックを降ろした。
 ほむらに手を振って、凛も支持された方向に走り出す。
 球磨も興味深げに、屈みこんでデイパックを広げるジャンの様子を、上から覗き込んでいた。


 ――本当に、恙なく終わった。
 備え付けの13号対空電探にも、近くにヒグマの影は終始映り込みはしなかった。
 ジャンくんが大破することもなく、自分が『好きに』されることもない行司もできた。
 腕の吹き飛んだほむらも、彼女の言う通りなら心配いらないだろう。
 何よりも、ほむらとジャンくんが何一つ憂いなく、互いを認め合えたことが素晴らしい。
 ジャンくんと凛ちゃんの支給品を見てあげたら、ほむらと一緒に今後の作戦を練ろう。
 協力できる参加者を早いうちに集めて、みんなで立ち向かおう。
 主催者を倒すための艦隊が、いよいよ進水の時を迎えるクマ――。


 球磨が感慨深くそう考えていたとき、遠くのスピーカーから、ちょうど町内放送のように大きく第一回放送の声が聞こえていた。
 ジャンとともに、そちらに意識を傾ける。
 間延びと音割れが酷くて聞き取れたものではないが、死者の数は相当に多いようだ。
 馬鹿みたいに参加者同士で殺し合った例は少ないだろうから、ざっと見積もっても数十体はヒグマが島内をうろついているだろう予測が立つ。
 眼を振り向ければ、ジャンがデイパックの上で顔を顰めている。


「……誰か、知ってる人でも、いたクマ?」
「ああ……。エレン・イェーガーって奴だ。あの死に急ぎ野郎……。本当に死に急いじまったのか……」

 ジャンは沈鬱さを振り払うように首を振り、立ち上がった。
 下を向いたまま、震えながら、叫ぶ。

「だがよぉ! オレたちはそんな死に急ぎはしないよな、アケミ!
 そのためのあんたとの勝負、そのための協力なんだ!! 絶対、生きて主催者をぶっ倒すぞ!!」
『それでは、引き続きヒグマとの素敵なサバイバルライフをお楽しみ下さい』


 ピーンポーンパーンポーン♪


 勢い良く暁美ほむらに声を飛ばし、ジャン・キルシュタインは振り向いていた。
 耳障りな音割れをしていた放送が、その時ちょうど、終わっていた。


 暁美ほむらは、その伝令に、応答しなかった。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


342 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:46:14 hQoBEZ7Q0
 暁美ほむらの顔は、さかさまになっていた。
 振り向いたジャンと球磨の視界で、驚きに見開いた目と、地面に向けて垂れる長い黒髪が、印象的に映った。


 首と彼女の体は、顔の隣にある。

 リズミカルに、赤い噴水が、その首の断面から噴き出していた。
 皮一枚で繋がった彼女の顔に、少しずつその赤い飛沫がかかっていく。
 彼女の体は、ゆっくりと倒れていった。
 首から背中にかけて、魔法少女衣装をぱっくりと裂いて広がる、三条の赤い爪痕。
 彼女の脚が、何者かに咥え上げられる。


 ヒグマだった。


 ほむらの踝を咥え上げ、ヒグマが立ち上がる。
 力なく垂れ下がるほむらの肉体は、ほっそりとした黒タイツの脚もその付け根まで露わとなり、まるでつまみのスルメのように、足先から喰われていく。


「おああああぁあああぁ!?」


 恐慌の声が上がる。
 ジャン・キルシュタインが、たたらを踏むように後退し、自らのデイパックに躓いて受け身も取れずに後ろへ転がっていた。
 球磨は、そのヒグマを前にしてただ声も出ずに震える。


 ――何故。
 何故だクマ。
 電探には、今でさえ、自分たちの他には何も映っていないクマ。
 音もなく、いつの間にやってきて、いつの間にほむらを殺したクマ!?


 放送である。
 このヒグマは大音声の音割れの中に自分の足音を含ませ、一撃のもとに、断末魔を出させることもなくほむらを仕留めていた。
 そして、電探に映らないこと。
 当然、球磨はこのヒグマを知っている。

 あまりに恙なく進んだ任務に、安堵して忘れていただけだ。
 ほむらと出会ったあの深夜の砲撃戦。
 夾叉に持ち込んだにも関わらず、直後忽然と電探上から姿を消したヒグマ。
 穴持たず12。


 ――あのヒグマだクマ!!


 戦慄と共に、球磨はその目の前に『山の神(キムンカムイ)』の姿を見た。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


343 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:46:56 hQoBEZ7Q0
 星空凛は、落下したはずの暁美ほむらの左腕を見つけ出せていなかった。
 指示されたところの地面を、下草をかき分けていくら探しても、さっぱり見当たらない。
 気が付けば放送が始まっていた。
 これは、ひと段落したところで本人に手伝ってもらうしかないだろう――。

 そう考えて、凛は来た道を引き返す。


「おああああぁあああぁ!?」


 その耳を、ジャン・キルシュタインの裏返った声が叩いていた。
 何事か。
 いったい何があったのかと、駆け出した凛の眼にも、その光景が見えていた。


 ――ヒグマが、ほむほむを逆さ吊りにして、食べている。


 喉が締まって、笛のような音が鳴った。
 息が吸えない。
 地面には、ほむらの首からびちゃびちゃと血が降っていく。
 ぐらぐらと振られるほむらの頭と共に、自分の立つ地面がシェイクされているようにさえ凛は感じた。


「――電波吸収。ステルスによるECMかしら。あの時の、球磨の電探を抜けたヒグマ」


 その揺れていた頭がふと、口を開いていた。
 唇を伝う血液に、そんな呟きが綴られていく。


「ぬかったわ。本当に、反応できないと駄目ね」


 暁美ほむらのさかさまな顔が、いつもの無表情を呈している。
 他人事のように呟きながら、右肩のデイパックを抱えなおしつつ、彼女の右手は、頭部を首の切断面に押さえつける。
 紫色の光が走り、切断されていた首は傷跡もなく接合されていた。
 肺と再交通したその喉に、ほむらが豁然と鬨の声を吹く。


「さあ、何をしているのあなたたち! 戦闘は始まっているのよ!!」


 長い黒髪が、風を孕んで靡いた。
 右手に握られた逆手の多用途銃剣が、高い風切音を鳴らして円弧を描く。
 暁美ほむらは、喰われている左脚を回転軸にして、そのヒグマの顔面へ、腹筋と背筋だけを用いて振りあがっていた。
 人体の可動域を逸脱した動きに、膝関節が抜ける。
 靭帯が引き千切れる痛みなど端から遮断して、ほむらはその銃剣をヒグマの左目に突き立てる。
 そして深々と眼球を抉りながら続けざまに、その顎へ魔力を帯びさせた強烈な右膝蹴りを見舞っていた。


「グルオォオオォオオオォオオオ!?」


 突然の餌の蘇生と反撃に、ヒグマは驚愕した。
 だが、口をこじ開けて逃れようとするその餌の動きまでは許さない。
 蹴り開けられた口へ、前脚を使って、その黒髪の人間を腰元まで押し込み返していた。


「がはあッ!?」


 ほむらの骨盤が砕かれる。
 両脚は完全にヒグマに飲み込まれ、破裂した腸骨動脈から大量の血液が溢れ出た。
 痛みの遮断が遅れ、銃剣から手を放しそうになる。
 しかし、これを放してしまえば最後。
 つっかえ棒として捕食を踏みとどめているこの右手だけは、放すわけにはいかなかった。


 ――時間停止は、使うことができない。


 砂時計のついた盾は、左腕と共に飛んで行ってしまった。
 私の時間停止中の世界では、『触れているものしか動くことができない』。
 その基準点となる盾さえあれば、自分の胴体を切断してでも時を止め、離脱することができるというのに。
 この状態で時間を止めても、肝心の私自身が止まってしまう。
 支給された武器も、いつもの癖でほとんどが盾の中だ。
 全く意味がない。

 本当にこのヒグマは、私たちがぬかりにぬかったタイミングを狙って、出現してきたのだ。
 恐らく私と球磨は、深夜からこのヒグマにずっと付け狙われていた。
 適度に弱り、隙が生まれたその瞬間を狙うように。虎視眈眈と。


 ――こいつは、必ずやここで仕留めておかなければならない。


 私は肉体が食べられたとしても、ソウルジェムだけでも無事ならば、最悪どうにかなる。
 それでも、こんな悪辣な能力と狡猾さを持ったヒグマを取り逃がせば、また何度、私や球磨たちが奇襲されるかわからない。


344 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:47:13 hQoBEZ7Q0
 もう、誰にも頼らないと、決めた。
 共に戦う友などいらないと。
 だが、私の能力が『穴だらけ』なのは、ジャンにもこのヒグマにも散々教えてもらった。

 『穴持たず』というのでしょう、あなたたちは。
 それは正解の道を求める私にはとても羨ましい響きを持つ言葉だけれど。
 『穴を開けられたときに埋める』方法は、知らないのではなくて?

 私には繰り返したループの中で、風穴を開けられた何人もの少女たちがいる。
 私には今進むこの時間の中で、胸を抉ってくれた何人もの協力者がいる。
 素性を明かさぬ私を、ありのままに受け入れてくれた者。
 距離を置いていた私を、一足飛びにあだ名で呼んでくれた者。
 高飛車に接した私を、真っ向から討ち果たしにきてくれた者。
 とうに忘れ去っていた、穴を埋める方法。
 それを思い出させてくれた、イレギュラーたちが私には、いる。

 イレギュラーたちが、私が穴だらけにしていたこの道を、舗装してくれる。
 一人で巡り巡っていたこのボロボロの迷宮を崩して、光を差し入れてくれる。
 道が見える。
 私は道になれる。
 目を閉じて歩いても、彼らが隣で、後ろで、前で、道々の穴を塞いでくれる。
 彼らとなら、私は安心して道を作っていける――。

 とくと見てみなさい、ヒグマ。
 烏合の衆ではない。
 友達の寄合でもない。
 確固たる道を邁進する、これが私の、『軍』よ!


「ジャン! 私が止めている間にこいつを切り刻みなさい! 絶対に逃がさないように!
 球磨! 全砲門発射用意! ジャンの援護と、ヒグマの進路を閉塞して!
 凛! 後はあなたにかかってるの! 盾と紫のソウルジェムよ! お願い、見つけて!!」


 ヒグマにその半身を捕食されながら、指揮官はその部下たちに燃えるような檄を飛ばしていた。
 口元から、プゥッと血の霧が舞う。
 恐懼におののくだけだった3人の部下は、その氷のように的確な指令に、我を取り戻した。

 ――自身がまさに死に瀕している最悪の状況下でも、その怜悧さを失わぬ指揮官。

 ジャン・キルシュタインには、調査兵団における伝説の『兵長』の姿が。
 球磨には、自身の艦長がいつも話してくれた『軍神』の姿が。
 星空凛には、どんなに苦しいライブにも皆を率いて突き進む『先輩』の姿が。

「おおっ!!」
「クマぁ!!」
「うんっ!!」

 その姿が、確かな道の先に、見えた。
 脳裏に浮かぶ絶対のビジョンが、本当に魔法でも使ったかのように、部下たちを震わせる恐怖を鎮めていた。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


345 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:47:37 hQoBEZ7Q0
 球磨が太平洋戦争の折、最後に乗せた艦長は、杉野修一という人物だ。
 彼は終戦時にあの戦艦『長門』を守り抜き、最終的に大佐にまで昇進した。

 彼が自身の父について語るとき、決まって話に上ったのが、その『軍神』。
 広瀬武夫である。
 『軍神』は、杉野が敢えて語らずとも、球磨がその伝説を知っているほどに名の知れ渡った人物だった。

 杉野修一の父は、杉野孫七といい、日露戦争において広瀬武夫の部下として旅順港閉塞作戦に従事した。
 その際、乗船していた福井丸を投錨自爆させる役目を、杉野孫七が担っていた。
 しかし、福井丸はまさにその点火の瞬間、敵の水雷に被弾し瞬時に轟沈した。

 広瀬は、乗組員全員をただちに端舟に移して脱出させた。
 その中で唯一、船倉へ爆薬の点火に向かった杉野孫七のみが、いなかった。

 広瀬は、彼を探した。
 浸水し沈没してゆく船の中を、三度。
 旅順港を囲む山々から大小の砲弾が辺りに炸裂し、探照灯が海面を掃く、この世のものとも思えないような光景のさなかをである。
 杉野の名を懸命に叫び、全員を以て生還させるべく、広瀬武夫はその声を発し続けた。
 このエピソードをもって、彼は『軍神』としてその名を歌に遺す。


 ――ほむらの姿は、まさにこの『軍神』クマ。


 大和魂というのすら生温い。
 仲間と部下の全てを率いて連れ行く、強い意志。
 そして、この人物についていけば大丈夫だと感じる、とてつもない安心感。
 希望。
 運命も何もかもを牽引する、力強い希望の化身である。

 大道廃れて仁義あり。
 道の道とすべきは常の道にあらず。

 自然の摂理と運命から逸脱しようとも、それを捻じ曲げて道を敷く力。
 すさまじいカリスマ性であった。


 ――今までのほむらとは、桁違いクマ――!!


 明らかにほむらの変化は、ジャン・キルシュタインとの勝負の前後に起きている。
 あれだけ秘匿しようとしていた自身の魔法を、自分たちに教えた。
 自身の肉体の破損よりも、自分たちとの話を優先した。
 凛ちゃんやジャンくんに対して、言葉の端々に、欠落していたはずの思いやりが明らかに付加されていた。
 家族愛にも似た、友情の結束。
 友達というのとも、戦友というのとも違う。


 彼女との結束には、『愛』が宿っていた。


 球磨のエンジンの奥底から、ぞくぞくと熱い感情が立ち上ってくる。
 興奮に口元が笑う。


 ――やってやるクマ。
 絶対に、ほむらを助けるクマ。
 ほむらの思いを、必ず叶えて見せるクマ。
 秘書艦として、球磨はほむらに、粉骨砕身するクマ!!


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


346 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:48:21 hQoBEZ7Q0
 穴持たず12は、口に咥えた餌が発した音声で、周囲に点在する3匹の人間の体臭が、明らかに変化したのを捉えていた。
 怯えしか無かったその体が、一瞬にして戦闘状態に。
 その異常性は、ヒグマの本能をして明確に逃走を促させるほどの危機感を抱かせた。


 ――早急にこの餌を噛み殺す。
 同時に全速で撤退し、深夜に砲撃を行なってきたあのアイヌ(人間)を狙う機会をもう一度伺う。


 瞬時に四足歩行となって、穴持たず12は風のような速さで森の木々に走ろうとする。
 しかしその動作に移ろうとした瞬間、彼は左前脚に灼けるような痛みを受けて停止していた。


「させるかヒグマ野郎ッ!! アケミは連れ去らせねぇッ!!」


 地面に転倒していたジャン・キルシュタインが、そのままの体勢からブラスターガンを発射していた。
 その小爆発は、ヒグマ型巨人と同様に明確なダメージにはならなかったものの、その毛皮を確かに焦がすには足りるものだった。
 ほむらが銃剣を突き立てる、ヒグマの左目側。
 かつ、意図せず低姿勢で死角に潜った最善の位置取りを、ジャンは最大限に利用していた。

「クマ! ブラスター! 頼む!」
「ようそろっ! ジャンくん頼んだクマ!!」

 隣の球磨にブラスターガンを投げ渡すと同時に、ジャンの体が跳ねた。
 腹筋で跳ね起きると共に、前方の木立に投射したアンカーのワイヤーを高速で引き戻す。
 穴持たず12の死角である左側を掠めるように、高速旋回するジャンの双剣が走っていた。
 濃い色の毛が空に撥ね飛ぶ。
 しかし、そのブレードが厚い皮の下に届くことはなかった。


 ――鎧の巨人のような硬質さとは多分違うが……、なんて『ねばり』だ、ヒグマの皮膚ッ!!


 木の幹に掴まって驚くジャンに、下から暁美ほむらの声がかかる。

「繊維の方向を見なさい!! 動物である以上、必ず皮にも刺入の容易な点があるはずよ!
 球磨、酸素魚雷は無駄撃ちせず! 単装砲とブラスターガンで、機動力から削いで!
 凛、ソウルジェムの座標は、地表より高い位置! 木にかかってるのかも知れないわ!!」
「クソッ……やってみるッ!!」
「了解クマ!!」
「ごめんね、ほむほむ!! 絶対見つけるから!!」

 ヒグマに右前脚で口へ押し込められながらも、ほむらは全身に紫色の魔力を纏ってその圧力に耐えている。
 脳髄まで抉らんとばかりに眼球に刺した銃剣をこじりながら、発せられるだけの指示を各人に振り絞っていた。
 しかし、どれだけ抵抗しても、一椎体ずつ、寸刻みにほむらの体はヒグマの牙に砕かれていく。


 100メートル以上逃走されても駄目だ。
 ただでさえソウルジェムとの距離が遠く魔力の伝達が悪いというのに。
 たったそれだけ離されるだけで、その瞬間に身体機能は全て停止する。
 指示も出せず、逃走に集中され、私たちはこのヒグマから完全に振り切られてしまうだろう。


 そのほむらの思考に呼応するように、球磨が森の地面を高速で滑り込んでいた。
 タービンを吹かし、全速力でヒグマの進路上に回り込む。
 竣工時の長門すら上回る9万馬力の高出力が、彼女のしなやかな脚を大地に走らせる。
 太平洋戦争の時と同じフル装備、7門の14cm単装砲に加え、両手でしっかりとブラスターガンをヒグマに向けながら、歴戦の巡洋艦が駆動する。


「取り舵一杯、目標9時、全門撃ち方始めクマぁ!!」


 振り向きざまに狙った一斉打方の砲弾が、旧日本海軍の世界最高水準の初弾命中率を以てヒグマの四肢を襲う。
 口元のほむらを完全に避けながらも、砲撃としてはほぼ接射に近い超至近弾がヒグマを叩く。
 左前脚の骨が粉砕され、右半身の肉が肩口から抉れる。
 たじろいだ穴持たず12は逃走経路を変更し、球磨を躱すように森の木々に飛び移り始めた。
 仰角30度を超すと、球磨の単装砲は狙いをつけることができない。

「ジャンくん、撃墜願うクマぁ!!」
「おおっ!!」

 次弾装填しつつ見上げる球磨の上を、ジャン・キルシュタインのワイヤーが伸びた。
 木々の梢を渡って逃走を図るヒグマに、樹冠の上から剣を振りかぶる。


 ――オレとの勝負に、律儀にハンデを抱えたまま最後まで付き合ったから、アケミは喰われてるんだ。
 どう転んでもオレの負けだったのに。オレの力を、今でだってフルに引き出そうとしてくれている。
 ここでアケミを救えなけりゃ、さっきの勝負や今までの訓練で勝ち得たことが、全て無意味になっちまう。
 削ぐ。
 削ぎ殺す。
 アケミに認めて貰い、訓練兵団でも上位に食い込んだこのオレが、ヒグマごとき駆逐できなくてどうする!!


347 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:48:52 hQoBEZ7Q0
「おおらぁああああっ!!」


 ヒグマのうなじの毛並み。
 繊維の走行を見極め、その隙間から抉りこむように剣先を喰い込ませる。
 上空に背部を晒す穴持たず12に、高速落下するジャンの全体重が超硬質ブレードの白刃で襲い掛かる。
 フィレナイフのような撓りを呈しながら、ジャンの双剣はヒグマの毛皮を縦割していた。


 肩甲骨から脊椎を撫で下ろすように筋繊維が分断され、椿の花弁の如く背の肉が彫り出される。


「グオォオオオオ!?」
「やった――! ごほぉ!?」
「ジャンくん!?」

 しかし落下しざま、穴持たず12はその背のジャンを、回転しながら木の幹に叩き付けていた。
 バキバキと、ジャンは自身の肋骨の折れる音を聞きながら地に落ちる。
 肺から空気が絞り出され、痛みと衝撃で身じろぎもできなかった。

 一方のヒグマは墜落から着地すると共に、開いてしまった口で、更に深く、口元の餌を噛み込んでいた。


「がッ……ぶッ……!?」
「ほむらっ!」


 球磨は、立て続けに起きた仲間の甚大な損傷に息を飲む。
 ほむらの口と鼻から、大量の血が噴き出していた。
 胃が食い破られたのだ。

 もう、横隔膜や肺、心臓まで喰いつかれるのにいくばくの猶予もない。
 循環血液も明らかに足りない。
 右腕に力が入らない。
 全身に回すにはもう魔力も限界だ。いったいどれだけソウルジェムは濁っていることか。
 痛覚遮断も解けてきている。
 魔法少女になって以来忘れていた、泣けてくるような痛みだ。
 ジャン・キルシュタインと単装砲でヒグマに致命傷を与えられないなら、覚悟を決めるしかない。
 球磨と、私でできる、最大限の攻撃。
 言葉を発せられるのも、何か行動できるのも、これがきっと、最後のチャンス――。


「球磨……、今から私がする、攻撃のあと、私ごとヒグマを、雷撃処分なさい。
 それで殺せるくらいには、弱らせられる、はずだから……」


 目に涙を湛えながら、口に血の泡を吐き、ほむらは球磨を見やっていた。
 その全身を覆っていた紫の光は、明らかに減弱し、消えかかっている。
 ヒグマは、多少ダメージにふらつきながらも、未だ逃走を続けようと立ち上がっていた。
 島の奥側に立ちはだかる球磨と、真正面から対峙している。


「できないクマ……、そんなの、駄目だクマ……」


 それでも穏やかな、ほむらの眼差しを受けて、球磨は大粒の涙を零しながら、首を振っていた。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


 『軍神』広瀬武夫のエピソードには、勿論続きがある。
 船内を三度、本当に足元が水に浸かるほどまで捜索を続けても、杉野孫七は発見できなかったのだ。
 機関士が、たまりかねて広瀬をボートに促した。
 広瀬はやむなく杉野をあきらめ、船の後部を爆破し、全員で端舟に移っていた。

 砲弾から小銃弾までが周囲に落下し、海は煮えるようであったそうだ。
 あとはボートを漕ぎ続けるのみ。
 しかし、その死地において、隊員は否応にも恐怖で体がかたくなる。

 広瀬はボートの右舷最後部にすわって、泰然とした笑みを湛え、みなを励まし続けた。


「みな、おれの顔をみておれ。見ながら漕ぐんだ」


 旅順港を舐める探照灯が、このボートをとらえつづける。
 そして空中を、巨砲の砲弾が、轟音と共に飛び抜けていた。
 もう少しで離脱できる、その間際。
 広瀬武夫の肉体は消えていた。
 一片の肉片だけをこの世に残り散らせて、彼はその砲弾に吹き飛ばされていたのだ。

 最期まで、仲間のことを思い続けて。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


348 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:49:56 hQoBEZ7Q0
 ――ほむら、やめるクマ。
 ――そんな、球磨みたいな真似を、しないでクマ!!


 全砲門をヒグマに向けたまま、球磨は泣いていた。


 1944年1月11日。
 前世で、球磨が轟沈した命日である。

 彼女は杉野修一艦長を乗せ、対潜戦演習のため、駆逐艦浦波とともにペナン沖にいた。
 そこを、英海軍ツタンカーメン級潜水艦タリー・ホーに発見された。
 タリー・ホーの発射した7発の魚雷のうち5発は回避したものの、右舷後部に2発の被弾を許し、球磨は炎上した。


 浦波とともに、逃げられるだけ逃げた。
 しかし、積んでいた魚雷に誘爆し、球磨はいよいよ沈んでいく。
 杉野は優秀な艦長だった。
 最後まで球磨を助けようとした。

 だが、球磨は、彼を浦波に託した。


 ――優秀だからこそ、球磨の道連れにするわけにはいかなかったクマ。


 ミッドウェイ海戦で空母『蒼龍』と命を共にした柳本柳作艦長。
 あるいは空母『飛龍』の艦橋で、共に沈んでいった加来止男艦長。
 優秀な艦長がその艦と命運を共にすることが、美談として語り継がれるような風潮だった。


 冗談ではない。と、球磨は思う。
 お国のために死んで、魂が靖国の社に行ったところで、どうなる。
 そんな素晴らしい魂ならば、生きられるだけ生きて、皆を助けなければならないはずなのに。
 そしてできるならば魂はずっと、仲間の傍に寄り添っていて欲しいのに――。


 今わの際の球磨の判断が、終戦を迎える時に、戦艦『長門』を生きながらえさせた。


 暁美ほむらの姿は、『軍神』だけでなく、その時の自分の姿に、そっくり重なっていた。
 自分の身を捨て去っても、後世により多くの希望を繋げようとするその姿。
 わかっているのに。
 それが最善の判断だとわかっているはずなのに。
 自分ではなく、仲間がそんな辛い判断をしなければならないのが、見ていられない。
 ほむらを、自分と同じ決断に追い込んでしまった無力さが、許せなかった。


 ほむらは、光の落ちた瞳で笑っていた。
 もう球磨の顔など見えていないだろうに、何もかも解っているような微笑みで。


「……球磨。もう私の体は、残したところで、役に立たないわ。意味がない。あなたたちに、託す」
「なんで、そうやって自分を犠牲にするクマ!!
 役に立たないとか、意味がないとか、勝手に自分を粗末にするなクマぁ!!
 やっと、やっと、こんな場所で提督と僚艦ができたところなのに! ほむらを大切に思う人のことも、考えてクマぁ!!」
「……そう言ってもらえるだけ、私は幸せよ」


349 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:50:22 hQoBEZ7Q0
 ――私自身が、まどかに言いそうなセリフね。


 ほむらは笑いながら、銃剣から手を離した。
 脱力する右腕から、デイパックが落ちてゆく。
 その中に差し入れた手に、過たず掴むものがある。

 暁美ほむらに支給された武器。

 小銃も手榴弾も、確かに自分の使ってきた武器だ。
 しかし、それが『得意武器』かと言われると、微妙なところである。
 自分の支給品は、あと一つだけあった。
 自分が得意武器だと言えるものは、きっと、これだ。
 でもそれは、武器と言うにはあまりに小恥ずかしく、使い道も思いつかなかったから、盾には仕舞わなかった。


 デイパックから、長い柄が滑り出る。
 魔力の切れかけた、貧弱な、少女の力でも、この武器は応えてくれる。
 私がこの迷宮に入る前、まどかが私と一緒に、初めて選んでくれた武器。
 私の持つ武器の中で、唯一、他人からの希望を託された武器だ。
 中古のリサイクルショップで、巴マミと3人で見繕った、思い出の詰まった武器だ――!


 ゴルフクラブ。
 ブリヂストン・オールターゲット11の1番ウッド。ドライバーだ。
 手元のしなりが感じやすく、シャフトの剛性が高く安定している。
 重量が軽いのに、重心位置やフェースの弾きが作りこまれていて非常に打ちやすい。
 心臓病から回復したての私でも、容易にヘッドスピードを出せた。


 薄まってしまった紫の光を、全てこのドライバーに集束させる。
 ヒグマが、抵抗力の抜けた私を口の中へ放り込む。
 その速度さえ加えて、私は残る全力を振り絞って、ある一点をめがけてドライバーをスイングしていた。


「……また会える時まで、指揮を、頼んだわ」


 球磨に向けて、最期の息を吐いた。

 自分の体を、捨てる。
 私はただ、魂に帰るだけ。
 私が皆に渡した希望の分だけ、私の前にどんどん道ができていくのがわかる。
 私の希望が練り上げた工程表に沿って、皆が道の穴を埋めて整備していってくれる。
 見上げた空は、晴れ渡っていて。
 そこから真っ直ぐに、私の元に道が今、ここへ。
 東に昇る暖かな光は、なんだかまどかのように、私を笑顔で包んでくれるように思えた。 


 ドライバーがインパクトした瞬間と、私の大脳が牙に砕かれた瞬間とは、全く同時だった。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


350 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:50:51 hQoBEZ7Q0
 暁美ほむらのドライバーが打ち抜いたのは、89式多用途銃剣の柄頭であった。
 ヒグマの左目に刺さるこの銃剣は、利便性を高めるために、刃渡りと全体長が以前のモデルに比べて短縮されている。
 ほむらがいくら奥まで刺し抜いても、ヒグマの眼窩を割って脳に突き入れることはできなかった。

 しかし今、ほむらはその柄から手を離し、その銃剣全体を穴持たず12の体内に打ち込んでいた。
 27cm。
 眼球の表面から内側へ向けて斜めに、その絶対的な長さが刺入される。
 一般的なヒグマの頭骨は、口端から計っても、その全長は30cm程度しかないのだ。

 篩骨、蝶形骨をぶち抜いて、眼窩が頭蓋内に吹き抜けた。
 頭蓋底に陥入する刃先が動脈輪を貫き、脳神経群を縦横に引き千切り、小脳に突き刺さって止まる。


 穴持たず12が暁美ほむらの体を食いちぎると同時に、その鼻からは勢い良く血が噴き出していた。
 ヒグマの口元から覗く、ほむらの白い右腕から、力なくゴルフクラブが滑り落ちた。


 ――倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ――!!


 球磨は、動きを止めているヒグマに向けて、震えながら念じた。

 まだ、ほむらはヒグマの口の中で生きているかも知れない。
 まだ、彼女の体を、助けだせるかも知れない。
 ほむらの一撃で、沈め。
 倒れろ。
 頼むから、轟沈してくれ。
 球磨に、雷撃処分をさせないでクマ。
 自分の身ならいざしらず、球磨は仲間を、魚雷で撃ち殺したくなんてないクマ――!!


 ヒグマは、暫くの間停止していた。
 流れ落ちる鼻血が、口からはみ出るほむらの黒髪を伝って、地に落ちた。
 一歩、ヒグマが踏み出す。
 ごりん、と、ヒグマはほむらを咀嚼した。
 二歩で、ヒグマがほむらのデイパックを踏みつぶした。
 そのまま、穴持たず12は口端で揺れていたほむらの腕を飲み込む。

 ふらつきながらも、彼は四足になり、逃走を再開していた。


「ほむらああああぁあああ!!」


 泣き叫ぶ球磨の声を割るように、穴持たず12は彼女の上を飛び越していた。
 空中でバランスを崩し、肩から落ちたものの、彼は未だ、死には至っていなかった。
 千鳥足のような覚束ない足取りながらも、彼は走っていく。


「ア、アケミッ……!!」


 ジャンが苦痛に耐え起こした眼の先で、放心状態の球磨が見送っていくその先で、穴持たず12の姿は遠くなっていった。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


351 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:51:26 hQoBEZ7Q0
 ひたすら走った。
 ほむほむの鋭い声を聞いて、もう一度森の陰に。

 ――なんで凛は、あの時探すのをあきらめてしまったのにゃ!!

 自分で自分を、叱った。
 もっと早く自分が左腕を見つけていれば、ほむほむはきっとヒグマに食べられなかった。
 そして、今度こそ自分が探し出せなかった場合、ほむほむは死んでしまう。

「凛、ソウルジェムの座標は、地表より高い位置! 木にかかってるのかも知れないわ!!」
「ごめんね、ほむほむ!! 絶対見つけるから!!」

 凛の背中に、それでもほむほむはしっかりと声をかけてくれる。
 叫び返した時に、ほむほむの方は、振り向けなかった。

 ほむほむは、凛に、『役割』を与えてくれたのに。
 『自分のできることは早く見つけておきなさい』とまで言ってくれていたのに。
 凛は、それに応えられなかった。
 『これでいいだろう』と、妥協してしまった。


「全門撃ち方始めクマぁ!!」


 ここが殺し合いの場だとか。
 ヒグマがいるからとか、関係ない。
 中学の陸上部のときから。
 凛は、いつもそうだったにゃ。
 なんでも、できることが中途半端だから。
 真面目に最後までやって、負けるのが嫌だから。
 本気で勝負することから、常に、逃げていたにゃ――。


「おおらぁああああっ!!」


 言われた地点にたどり着いて、辺りを見回す。
 遠くで、ジャンさんやクマっちが叫んでいるのが聞こえる。
 ――あった。

 地面ばかり探していて気がつかなかった木の上。
 枝葉の中に、ほむほむの微かな紫の光が見える。
 ――高いにゃ。

 4〜5mはあるだろうか。
 そんなところの小枝に、ほむほむの左腕は引っかかっていた。
 
 木に登る。
 急がなきゃ。
 ほむほむは今だって、ヒグマに食べられている。
 ジャンさんやクマっち、ほむほむみたいに、凛は特別なことなんてできはしない。
 でも、μ’sのみんなだって、普通の高校生から、アイドルを目指していったんじゃないか。

 大丈夫。
 凛は、運動神経だけはあるんだから。
 ジャンさんだって、良い体だって言ってくれたじゃないか。
 このまま登るにゃ。
 早く、でも正確に、自分の体を持ち上げるにゃ。
 本気を。
 本気を出せば、すぐに届くはずにゃ!

 こんなところで諦めてちゃ、はなよちゃんやみんなに顔向けできない。
 勝負から逃げなかったジャンさんに。
 その勝負をしっかり見るよう言ってくれたクマっちに。
 なにより、こんな凛に命を預けてくれたほむほむに、申し訳も立たないにゃ!!

「……誰よりがんばっちゃえ、とにかく、情熱のままに……!!」

 凛に、力を下さい。
 いつもみんなで歌っていたこの歌で。

 
 ――目指すのは綺麗な風、吹く道。


 幹から太い枝へ。
 梢の先へ。
 ほむほむの腕を掴むように、手を伸ばす。
 枝が体重でたわむ。
 これ以上、進むのは無理だ。枝が折れてしまう。
 あと少しで届くのに――!

 
「羽のように、腕上げて……。
 まぶしい未来へ、と――飛ぶよぉ!!」


352 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:51:56 hQoBEZ7Q0
 跳ねた。
 全身の力を振り絞って、その紫の光の元へ。
 しっかりとその腕をとって、抱え込む。
 凛がどうなっても、絶対にほむほむは守る――。

 落ちながら、梢の先が肌を切っていく。
 見開く目に、急速に地面が近づく。
 足から着地して体勢を崩し、凛は背中から草の上を転がっていた。

「で、できたにゃ……」

 体のあちこちに擦り傷ができてる。
 脚もじんじんと痺れて、痛い。
 でも確かに、ほむほむの腕は、この胸に――。


「ほむらああああぁあああ!!」


 クマっちの、悲痛な叫びが、聞こえた。
 そして、起きあがった凛の目にも、見えてしまった。
 ほむほむを飲み込んだヒグマが、森の奥にふらふらと消えていくのが。

「う、そ……」

 胸に抱えたほむほむの腕。
 そこに宿っていた光は、消えていた。
 菱形をした紫の宝石は、もうほとんど真っ黒に。
 どす黒い墨汁のような濁りに染まってしまっていた。

「そんな……」

 間に合わなかった。
 凛のせいで。
 ほむほむは、食べられてしまった――。

 ぼろぼろと、眼から涙が零れ落ちていた。
 泣いてほむほむが帰ってくるなら、いくらでも泣くのに。
 もう、ほむほむは、いない。
 こんな冷たくなってしまった腕だけを残して――。


 眼を閉じて、現実を遮断した瞼の裏で、ほむほむの黒髪が、手の届かない遠くに靡いていた。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


353 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:52:25 hQoBEZ7Q0
『何を泣いているの、星空凛。
 あなたは立派に、私が願った役割を果たしてくれた。感謝するわ』

 ふと、脳裏に浮かんだほむほむの後ろ姿が、話しかけてきていた。
 瞼の裏の遙か遠くで、ほむほむが振り向く。
 彼女は、蓮の花みたいな可憐さで、笑っていた。


 ――なんで。ほむほむは、凛のせいで、食べられちゃったのに……。

『いいえ。私は、あなたの隣にいる。
 あなたが私に、本気で、真っ直ぐに向かってきてくれたお陰で、私は最後の魔法を、託せた』

 瞼の裏で、ほむほむが左手を差し出す。

『さあ、星空凛。もう一度私たちが会うときまでしっかりと、このタイムラインを歩んでいって。
 きっと勝ち鬨が聞こえる。その瞬間を、見させて――』

 すぐ近くに、ほむほむを感じて。
 眼を開けた。


 ――カリカリカリカリカリ……。


 一滴の雨粒ほどの宇宙。
 私の零した涙が、空中に止まっていた。
 その涙の中に、紫の光が映り込んでいる。

 ほむほむの腕が、凛の手を握っていた。
 その盾の中が開き、紫の砂を湛えた砂時計に、歯車が回っている。


 ――隣にキミがいて……(嬉しい景色)。
 ――隣はキミなんだ。


 星空凛は、暁美ほむらがこの世界に、無限に広がっているのを見た。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


「ジャ、ン、さ、ぁ、あ、あ、あ、あ、ん!!」


 森の木立を、凛の声が裂いていた。
 ジャンが、球磨が、その声に我を取り戻す。
 星空凛が、紫の光を纏って、瞬間移動を繰り返しながら高速で接近していた。

 ――アケミの時間停止。

 ジャンの腕が掴まれる。
 目の前には、燃え上がるような光を放つ、凛の瞳があった。

「ジャンさん、立体機動装置で、クマっちと一緒に飛ぶにゃ!!
 ほむほむが託してくれた思い、みんなで実現させるにゃ!!」
「リン……!」
「凛ちゃん……」

 あばらを押さえるジャンを右手で引っ張りながら、凛は膝崩れする球磨の元に歩み寄る。
 凛の左手を、暁美ほむらの白い左腕がそっと握っていた。
 球磨の左手に、凛はジャンの右腕を掴ませる。


 円の形をした盾が、高貴な色の威光を伴って、開いていた。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


354 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:52:53 hQoBEZ7Q0
 その時既に、穴持たず12の冑(よろい)たる体は、限界寸前であった。


 ――なぜだ。なぜ、キムンカムイ(山の神)たる私が、アイヌ(人間)如きに、ここまで……。

 左前脚を砕かれ、右半身を抉られ、背の肉を削がれた。
 視神経交叉を半切され、眼球から動脈輪を貫かれ、小脳を刺された。
 もはや、視界は暗黒に閉ざされている。
 ただその真っ暗な、死へと続くのみの道を、私はふらふらと逃走していた。

 その暗い、耳と耳の間の世界に、黒髪のメノコ(少女)が座っていた。
 先ほど自分が食い殺した餌であったはずだ。
 彼女の着ていたハヤクペ(冑=肉体)は、確かに私が砕いたはずなのに――。
 彼女は、魂だけでにっこりと笑っていた。
 私の耳と耳の間に突き込まれたマキリ(小刀)から、彼女は私に語り掛ける。


『どうだったかしら。まだまだ人数は少ないけれど、これが今の私の軍隊。
 立ちはだかるイレギュラーが何者であろうと、私たちは乗り越えて、道を進ませてもらうわ』


 その微笑みに、私は気づいた。


 ――ああ。私が戦っていたのは、『戦神』であったか。
 ――『アイヌラックル(人と変わらぬ神)』の化身に、私は無謀にも挑んでしまったのだ。


 アイヌラックルは、地上と人間の平和を守る神だ。
 かつて彼は、巨大な鹿が人間たちを襲い、さらには、夜中に魔女らしき者が現れるという噂を聞きつけていた。
 神々の助言により、アイヌラックルはこの一連の噂こそ、魔神たちが勢力を増す兆しだと知り、地上の平和を守る神として、魔神たちに戦いを挑む決心をした。
 アイヌラックルは大鹿と魔女の退治に出発し、途中、小川のほとりで美しい姫に出逢った。
 彼の妻となるべき、『レタッ・チリ(白鳥)姫』であった。
 アイヌラックルは姫に一礼し、道を急いだ。

 そして遂に大鹿が現れ、早速アイヌラックルに襲い掛かった。
 子供の頃によく鹿と相撲をとっていた彼も、通常の鹿の2倍はあろうかという巨体の前には、さすがに苦戦を強いられた。
 激しい死闘の末、遂にアイヌラックルは大鹿を倒した。

 アイヌラックルは、この鹿は到底野生の者ではなく、もうすぐ成人する自分の力を試すため、天上の神々が使わした者に違いないと悟った。
 アイヌラックルは大鹿を手厚く葬り、地上の神である自分は相手が何者であろうと戦わなければならないことを告げた。

 そしてアイヌラックルが真新しい矢を天上目掛けて射ると、大鹿の魂はその矢に乗り、天上へと帰って行ったという。


 ――それならば、私はカムイの一柱として、あなたの道に光あらんことを祈ろう。
 ――魔女と魔神を討ち果たし、愛する姫と結ばれるよう、あなたをカントモシリ(天上の国)から応援しよう。
 ――願わくは、ユーカラ(伝説)と同じく、私が天上に帰れるよう、手厚い葬送を――。

『ええ。四連装酸素魚雷で良ければ。今、私の仲間たちが、あなたの上に、撃ってくれたところよ』

 私の耳と耳の間に座るアイヌラックルの少女は、その腕の盾を閉じた。
 紫色の砂時計が、再び時を刻み始める。

 ――あなたのようなカムイと手合せできたことに、感謝する……。

『私も、感謝するわ。穴持たずのヒグマ』


 私の上で二人の伴を連れ矢を番える人間は、アイヌラックルを優しく、時に厳しく養育した『イレシュ・サポ(育ての姉)姫』であったようだ。
 ユーカラ通り、火を司る彼女までいるのであれば問題ないだろう。
 カントモシリに帰ったら、すぐさま彼女たちを全力で支援だ。
 アイヌラックルの少女が、白鳥姫と結ばれるのが今から楽しみである。


 そして、育ての姉姫が真新しい雷撃を私目掛けて射てくれたので、私の魂はその爆発に乗り、天上へと帰って行った。


    ⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒


355 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:53:32 hQoBEZ7Q0
 落ちていた打球棒を、そっと拾い上げた。
 今ではゴルフクラブと言うんだったっけ。
 敵性スポーツの孔球にご執心だったとは、ほむらも内向的に見えて大胆な奴クマ。


 球磨の後ろで、凛ちゃんとジャンくんが、声を潜めて泣いている。
 凛ちゃんは、血の気の失せたほむらの腕を抱えて。
 ジャンくんは凛ちゃんの背をさすってあげながら、ほむらのあげた立体起動装置を見つめて、鼻をすすってるクマ。
 やっぱり若い者は涙もろすぎていかんクマ。
 年とっても、涙腺が緩んできていかんクマ。


 ほむら、これで良かったクマね。
 命令通りヒグマはほむらごと、きちんと欠片も残さず雷撃処分したクマ。

 ……ただほむらを救うためだけに、球磨は今ほむらを殺し、ほむらを見捨ててしまったクマ。
 だから球磨は、ほむらがまたこの世に建造されてくるまで、提督不在中のこの艦隊を、旗艦としてしっかり引っ張るクマよ。
 球磨が教えるまでもなく、命令系統を最後に動かす絶対の信頼を学び取るなんて、ほむらは油断のならない子だクマ。
 本当、球磨のこんな性格まで計算に入れて命令してたんなら、やっぱり最初に思った通り、ほむらには完全に気を許せないクマ。

 そんな危険なほむらのゴルフクラブは、帰ってくるまで球磨がもらっちゃうクマ。もう離さないクマ。
 ふっふっふ〜、悔しいクマ? 形見になんてさせないクマよー。
 再着任したら、ほむらには経年劣化した球磨の涙腺もメンテナンスさせてやるクマ。
 球磨に艦隊ごと預けっぱなしで帰ってこないとか、絶対許さないクマ。クマクマッ!


「……ほむら、お疲れだクマ。偶にはゆっくり休むといいクマ」


 ……だから、しっかり目を閉じて立ち止まって。
 帰ってこれるようになるまでは、ゆっくり英気を養うといいクマ。
 二宮金次郎みたいに積みっぱなしの荷物も、その間にきっと降ろせるクマー……。


 ――ありがとう。そうさせてもらうわ。


 すぐ近くに、ほむらの声が舞ったような気がして。
 球磨は晴れ晴れとした空に、ほむらと一緒に広がった、唯一無辺を思い出した。


【F-8 森林/朝】


【穴持たず12 天上から『ほむまど』支援を予約しつつ死亡】


356 : Timelineの東 :2014/03/12(水) 00:54:06 hQoBEZ7Q0
【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人】
状態:右第5,6肋骨骨折
装備:ブラスターガン@スターウォーズ(94/100)、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,4/4)
道具:基本支給品、ランダム支給品×2
基本思考:生きる
0:あぁ……クソが……最悪だチクショウ……アケミがいなくなるなんて……。
1:アケミを復活させられるよう、クマやリンと協力して生き抜く。
2:ヒグマ、絶対に駆逐してやる。今度は削ぎ殺す。アケミみたいに脳を抉ってでも。
3:アケミが戻ってくるまで、オレがしっかり状況を見て作戦を立ててやる。
4:リンもクマも、すごい奴らだよ。こいつらとなら、やれる。
[備考]
※ほむらの魔法を見て、殺し合いに乗るのは馬鹿の所業だろうと思いました。
※凛のことを男だと勘違いしています。
※残りのランダム支給品は、『進撃の巨人』内には存在しない物品です。


【星空凛@ラブライブ!】
状態:全身に擦り傷、発情?
装備:ほむらの左腕@魔法少女まどか☆マギカ
道具:基本支給品、ランダム支給品×1〜3
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:ほむほむのソウルジェムは、本気で、守り抜くから……!
1:自分がこの試練においてできることを見つける。
2:ほむほむやはなよちゃんに認めてもらえるような本気で、ヒグマへの試練にも立ち向かうにゃ!
3:ジャンさんに、凛が女の子なんだって認めてもらえるよう頑張るにゃ!
4:クマっちが言ってくれた伝令なら……、凛にもできるかにゃ?
[備考]
※ほむらより、魔法の発動権を半分委譲されています。
※盾の中の武器を取り出したり、魔力自体の操作もある程度可能でしょう。


【球磨@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:14cm単装砲、61cm四連装酸素魚雷、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)
道具:基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ
基本思考:ほむらを甦らせて、一緒に会場から脱出する
0:ほむらの願いを、絶対に叶えてあげるクマ。
1:ほむらが託してくれた『軍』を、きっちり導いて行くクマ。
2:ジャンくんも凛ちゃんも、本当に優秀な僚艦クマ……。
3:これ以上仲間に、球磨やほむらのような辛い決断をさせはしないクマ。
4:もう二度と、接近するヒグマを見落とすなんて油断はしないクマ。


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:左下腕のみ
装備:ソウルジェム(濁り:極大)
道具:89式5.56mm小銃(30/30、バイポッド付き)、MkII手榴弾×10
基本思考:他者を利用して速やかに会場からの脱出
0:本当に、あなたたちと出会えたことを、感謝するわ。
1:まどか……今度こそあなたを
2:脱出に向けて、統制の取れた軍隊を編成する。
3:もう身体再生に回せる魔力はない。回復できるまで、球磨たちに、託す。
4:私とあなたたちが作り上げた道よ。私が目を閉じても、歩きぬけると、信じているわ。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※まだ砂時計の砂が落ちきる日時ではないため、時間遡行魔法は使用できません。
※左腕と武器の盾しか残っていないため、ほとんど身動きができません。腕だけで何か行動したりテレパシーを送るにも魔力を消費します。
※時間停止にして連続30秒、分割して10秒×5回程度の魔力しか残っておらず、使い切ると魔女化します。


357 : 名無しさん :2014/03/12(水) 00:54:40 hQoBEZ7Q0
代理投下終了いたします。


358 : 名無しさん :2014/03/12(水) 02:33:30 Ye/vmJ8.0
投下乙
ジャンも球磨も凛も格好いい!
しかし凄まじい戦いだった…てかほむら不死身すぎる
こんな姿になってもリーダーの気質に溢れてて最高だぜ


359 : 名無しさん :2014/03/12(水) 23:54:08 6cPevxBo0
投下乙です
ほむらが段々喰われていくシーンでめっちゃ興奮した


360 : 名無しさん :2014/03/15(土) 23:52:42 9.48vxQsO
投下お疲れ様です

Wikiへの本編の収録と収録されたSSの記述を行っておきました
投下順は随分前から更新止まってたので時系列順のみです


361 : 名無しさん :2014/03/16(日) 02:46:43 5rmlQTCs0
投下&wiki更新乙です!
現在地確認したら美琴が結構ヤバい位置に居てワラタ
てか左下密集しすぎだよwさて次はどのキャラが動くのやら


362 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/18(火) 03:19:32 AHNhpCx20
投下とwiki編集お疲れ様です〜。
浅倉威、駆紋戒斗を予約させていただきます。


363 : 名無しさん :2014/03/18(火) 20:24:05 YKBGy2OIO
Wikiの参加者名簿を編集しました。
外から来た人達と主催関係者は別枠に纏めました。
ヴァンさんは参加者なのか乱入者なのか微妙ですが。


364 : ◆Dme3n.ES16 :2014/03/19(水) 01:45:20 7S6nPzN20
高橋幸児、御坂美琴、メロン熊、くまモン、ペドベアー、
総統、吉田君、菩薩峠君、レオナルド博士、フィリップ、バーサーカー
で予約


365 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/03/19(水) 16:08:25 iChcXqhAO
カズマ、佐倉杏子、黒騎れい、狛枝凪斗で予約


366 : 名無しさん :2014/03/22(土) 23:17:47 kRiYxmBc0
◆wgC73NFT9I氏の代理投下でフォックス、ヒグマになった李徴子、隻眼2、ウェカピポの妹の夫投下致します。


367 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:20:47 kRiYxmBc0
 言葉にできないような美しさの、海。

 それでも。
 『海』という文字でしか海を知らなかったあいつと一緒に見た海は。
 もっと、息をするのさえ忘れるくらい、美しかった。


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


「文字ノ精ガ人間ノ眼ヲ喰イアラスコト、猶、蛆虫ガ胡桃ノ固キ殻ヲ穿チテ、中ノ実ヲ巧ニ喰イツクスガ如シ」

「文字ノ精ハ人間ノ鼻・咽喉・腹等ヲモ犯スモノノ如シ」

「文字ノ害タル、人間ノ頭脳ヲ犯シ、精神ヲ痲痺セシムルニ至ッテ、スナワチ極マル。」


 文字を覚える以前に比べて、職人は腕が鈍り、戦士は臆病になり、猟師は獅子を射損うことが多くなった。これは統計の明らかに示す所である。文字に親しむようになってから、女を抱いても一向楽しゅうなくなったという訴えもあった。
 もっとも、こう言出したのは、七十歳を越した老人であるから、これは文字のせいではないかも知れぬ。
 ナブ・アヘ・エリバはこう考えた。
 埃及人は、ある物の影を、その物の魂の一部と見做みなしているようだが、文字は、その影のようなものではないのか。


(中島敦『文字禍』より)


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


368 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:21:51 kRiYxmBc0
―――その時の様子を、ヒグマは後にこう語る―――


 ええ、僕は逃げてました。
 すいませんね逃げ腰で。でも、どう考えても逃げて正解でしたよ僕なんかじゃ。

 魔法少女っていうものの強さを、僕は初めて目の当たりにしました。
 真っ白な服と金色の硬貨を舞い散らせて、猟銃なんか足元にも及ばない乱射乱撃の銃弾の雨です。
 片脚が撃たれてたとは言え、逃げる穴持たず5さんに空中からピッタリ追いすがってましてね。
 もう僕はその時半分逃げてたんですが。

 決死のジャンプで、彼はその魔法少女を撃墜しようとしてましたが、今度は逆に大量の紙束みたいなものに絡めとられて、墜落です。
 その後は、今まで撃たれた硬貨が全部彼の体に殺到したんですよね。

 続き?
 無いですよ。

 だってあんな大量の金貨にすり潰されたら、死にますよ、誰だって!!


 兎に角、キュゥべえさんと魔法の恐ろしさは身に染みたので、島の中心に向けて急いで逃げていったわけです。
 そこでもまた激戦を目にしちゃいましてね。


 奇妙な装置を身に着けた人間の男の子と、黒髪の女の子――たぶんこの子も魔法少女だったんでしょうね。
 その二人が森の上空で凄まじい試合を繰り広げていました。

 瞬間移動する黒髪の魔法少女に、男の子はワイヤーを使った空間機動で巧みに対応し、光線銃や投擲剣なんかで的確に攻撃していたんです。
 最後は魔法少女の方も、投げ技で応戦するしかなかったみたいですね。
 これは純然たる試合か決闘だったようで、特に後腐れもなく終わっていました。


 で、まあ、夜中から戦いの現場にばかり出くわす僕ですが、ここでようやく隙を見て人間の一人くらい食べにいけるかなぁと思ったんです。
 ですが、先客がいまして。
 穴持たずの、12番の方だそうです。
 気配が全くというほど感じられないヒグマでした。
 ……隣で話しかけられるまで、僕ですら彼の存在には全く気づけませんでして。

『……あのアイヌ達は私の獲物だ。その冑(よろい)の耳と耳の間に座りたくなくば、キミは下がっていなさい』

 と、言われまして……。
 すっごく怖かったです。


369 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:22:23 kRiYxmBc0
 とりあえず後学のためと思って、遠間から彼の狩りを見学させてもらったんですが。
 彼は運が悪かったとしか言いようがありませんね。
 最初に、隙だらけで手傷も負っていた、例の黒髪の魔法少女を彼は襲いました。
 そして、彼は女の子を確かに仕留めたんですよ。首も折れて、足からむしゃむしゃ食べてましたし。

 でも、彼女は、神か悪魔か、とりあえずそんな生物の常識を逸脱した者の如く蘇りました。

 そして、喰われながら、その場にいた全員に恐ろしいほど冷静で的確な指示を飛ばしたんですよ!
 穴持たず12さんも僕も、その瞬間は驚きで動けませんでした。
 彼は必死に逃げながら、その女の子を食べつくしました。
 ですが、彼女は本当に、食い尽くされる最後の瞬間まで仲間への指示と戦闘行動を継続してまして。もうどっちが狩る側だか狩られる側だかわかりませんでしたよ。

 結局、穴持たず12さんは左眼を僕のように潰され、脳を抉られ、爆弾を落とされて死んじゃいました。
 もう僕は泣きたかったです。


 人間って、ヒグマより遥かに恐ろしい生き物なんじゃないかって。


 ヒグマが如何に強い力を持っていても。
 腕一本と信念だけで、力を受け止めた先に奇跡を起こす人間がいます。
 お金とかいうものの力だけで、完全にヒグマ一頭の力を凌駕してくる人間がいます。
 言葉と態度と自分の肉体だけで、仲間の力を見せつけてくる人間がいます。

 だから僕は思いました。

 この先、自分一頭だけじゃ絶対に生き残れない。
 ほとんど群れたこともないヒグマですが、僕も仲間を見つけて力を合わせない限り、こんな人間たちや他のヒグマには立ち向かえるわけがないと。


 ええ、そうして、更に走って走って、逃げている時でした。僕が彼と出会ったのは――。


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


370 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:23:49 kRiYxmBc0
「……もう、夜明けだな」


 オレは放送を聞いて、林立する建物を透かして見える海から目を逸らした。
 相当、人が死んだらしい。
 6時間の間ずっと、この建物の中で様子を伺っていたが、やはり外には人喰いのヒグマが相当数うろついているようだ。

 夜中に起きた火山の噴火。そして、朝方にこのE-6エリア一帯を一度は埋め尽くしたクッキーの嵐。
 珍妙な現象ばかり起きるので、命を守るためにはここに隠れておくのも良いかと思った。
 ハイソなことに、この建物には故郷で発明されたばかりのエスプレッソマシンが置いてあった。
 伝統あるコーヒー文化が時代に合わせ素直に進化したエスプレッソは、実に尊敬に値する飲み物だ。
 オレは謎のヒグマが空を飛びながらクッキーの嵐を食い尽くす前に、何枚か窓から確保しておいた紅茶ビスケットやチョコチップクッキーをつまみつつ、お湯多めのルンゴを淹れて時間を潰していた。

 だが、やはり性に合わない。
 いつまでも待ったり、こそこそと策を弄するのは、流儀に反する。オレの嫌いなことだ。
 クッキーの中に、コラトゥーラかブリストみたいな明らかにクッキーとしてはハズレな味と匂いのものが混ざっていたことも嫌気がさした原因の一つだ。
 何が嬉しくて血や臓物味のクッキーをヒグマみたいに喰わねばならんのだ。

 生きて帰るためには、こちらから積極的にヒグマを狩るしかない。
 それで生き残れればそれでいいし、ヒグマを狩ったことで助かる他の参加者が、オレの代わりに脱出法を見つけてくれるかも知れない。
 参加者さえオレを殺しにくるのなら、それもそれで、正当に決闘し、討ち果たせばいい。


 階段を降りる建物の内装は、オレのいたネアポリス王国とは大分異なっている。
 窓の外の景色を見ていても思ったことだが。
 恐らくこの建物と周辺の街並みは、事務作業を効率的にこなすために設計された建物たちだ。
 ヴェスヴィオ火山のような山(夜中に噴火したし、まずもって活火山だ)に隣接してるにしては新しいというか。
 金属的。機能的。
 それでいて長い間研究されてきた伝統と流儀を忠実に守っているが故の、噴火とクッキーの雨に負けない堅牢な高層建築だ。
 主催者の名前はアリトミといったか。
 多分、東洋。日本の名前だ。
 ここはその日本の、北国の島だ。

 美しい。
 敬意を払うべき、古き良き流儀が、ここには息づいている。
 殺し合いだのヒグマだの関係なしに、一度あいつと一緒に来てみたいとも思う。


 そのためには、オレは帰らなければならない。

 オレには、今日ヤるはずだった、決闘が控えている。
 奴を、待たせている。
 遅れずに来いと言ったのはオレの方なのにな。

 すまないが延期させることになっちまった。
 付き添い人を頼んだツェペリさんにも迷惑をかけちまう。
 その件で新たに決闘を申し込んでくれても、オレは文句は言わん。
 どれもこれも、オレを攫った主催者アリトミとやらの所為だ。
 血反吐を吐くまで殴りながら殺りまくってやらにゃあ気が済まねぇ。


371 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:25:14 kRiYxmBc0
 主催者どもがいる場所の見当はついている。
 地図を一目見た瞬間に、一発で分かった。
 オレの一番嫌いなやり方で、折角の建築の流儀を台無しにするような都市設計だったからな。
 爆弾つきの首輪が鬱陶しいが、どうしても解除の仕方がわかんねぇ時は、この『技術』で爆発位置を移動させて、命がちょっとでも残ってる間に殴ってやる。


 オレのこの『技術』は、奴より劣っているだろう。
 剣なら勝てるかも知れんが、奴の『技術』は仕事仲間の内でもピカイチの腕だからな。
 だがそれは、奴がキチンと祖先から受け継ぐ流儀に敬意を払っていたからだ。
 オレも、流儀には敬意を払う。
 親父は財務官だし、ちっちぇえ頃からそこら辺は厳しかった。
 勝てる見込みが薄くても、流儀に則った決闘を、オレはする。
 どうせ勝てても、奴を絶命させられるほどの威力は、オレには出せないだろう。
 だから、ネアポリスに戻って決闘した後は、奴は『消す』。
 死んだことにして、国外追放だ。
 オレの体面も、あいつとの生活も、奴の命も、祖先への敬意も、全部守れる素晴らしい方法だろう?


 オレが気に食わないのは、奴がこそこそ裏から根回しをした、そのこすっからい所業だ。
 あいつは、オレの歪みと鬱憤を、全部受け止めてくれた。
 何の取り得もねぇつまんねぇ女だったが、オレにとっては掛け替えのない女だ。
 奴と違って不器用だし、メシはオレの方が旨く作れるし、性格の尊大さだけは奴に似てるし。
 だが、殴りながらヤらせてくれて、それでもオレを受け入れてくれる女なんて、あいつだけだ。
 ツンツンしてた口ぶりが、ベッドの上でヤりまくる時だけは気弱になって、そん時のカワイイ表情が良いんだ、あいつは。
 例え義理の兄で仕事仲間だからって、神聖な夫婦の間のことに、そんな小賢しい裏工作で立ち入ろうなんざ許せねぇ。
 オレとあいつを別れさせたいなら、法王に直訴なんざしねぇで最初から決闘を申し込んで来いってんだ。
 あいつもあいつだ。オレのせいで片目が見えなくなってたなんて、なんで面と向かって言わなかった。
 おまえら兄妹揃いも揃って、大切なことは全部、流儀をかわして回りくどいやり方でしやがる。


 流儀を、わからせてやる。
 ヒグマにも。
 参加者にも。
 主催者にも。
 帰った後はおまえにもだ、ウェカピポ――。


 デイパックから二つの鉄球を腰のホルダーに提げ、携えた剣の重みを確かめて、オレは建物のドアを押し開けた。


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


372 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:25:55 kRiYxmBc0
 ちょうどオフィス街の一角。エリアE-6に南側から入った時でしたね。
 ここまでくればいいだろうと、逃げる速度を緩めて歩いていた時のことです。
 目の前の路地から、一人の人間の男が出てきていました。
 何でしょう、貴族風というか、いかにも上流階級の者だ、というような身のこなしでしたね。

 黒髪をポマードで固めて、紫のコートにスカーフ。
 腰には西洋剣を提げて、何か珠のようなものも持っています。
 肩のデイパックが酷く場違いに見えました。

 そして彼は、僕の姿を見ても特に慌てた様子もなく、ふと息を吐いて、その剣を鞘から抜いて僕に向けてきました。


「……早速ヒグマか。オレは日本のサムライの流儀には詳しくないんだが……。
 いや、それとも、マタギとかいう猟師の流儀に則るべきなのか? 仕留めた後は敬意を込めて心臓を開くんだったか?
 まぁ、もたもたする事もない……一瞬でカタをつけよう」


 信じられますか?
 ただの人間が、ヒグマにあえて向かってこようとしてるんですよ。
 何かの自信か根拠があるのか知りませんが、とにかくこの人間も今まで見てきたアブナイ連中の一人だと僕は思いましたね。

 武器は剣なのかと思って、僕は彼の走り来るであろう間合いから飛び退りました。
 ですが、飛んできたのは剣の突きではありませんでした。
 彼は、空いた左手で、あるものを投げてきたんです。

 皆さん知ってますよね、金平糖とかいう人間のお菓子。
 前ちょっと落ちているのを食べたことがあるんですが、あんなやつです。
 あれが人間の手のひらサイズにまで大きくなったやつ。


 そんな形をした、『鉄球』でした。


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


「ウオォオオオォオオ!?」


 当然、弾き飛ばしました。
 回転する鉄球の威力はかなり高く、受けた左前脚に内出血が起こるのがわかるほどでしたが、それでも僕だってヒグマの一頭ですから。流石にそれを弾く位の腕力はあります。
 しかし、攻撃はそれだけでは終わりませんでした。

 弾いた鉄球の表面から、更に小さな球体が飛び出し、僕目掛けて散弾のように襲い掛かってきたんです。
 右眼で瞬間的に把握したその数、実に14個。
 小さな鉄球とは言え、目や口の中に打ち込まれたらシャレにならない速度でした。

「ガアァアアァアアア!!」

 前脚で顔面をガードしながら耐えました。
 ですが流星の砕けていくような鉄球の攻勢が終わる時、その人間は僕に向け、こう言い放ったんです。


「『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』。これがオレたち王族護衛官の受け継ぐ『技術』であり『流儀』だ。
 すまないがサムライの流儀にもマタギの流儀にも明るくないから、オレたちの流儀と戦法でやらせてもらう」


 それだけ言い残して、彼は僕の視界から、忽然と姿を消していました。
 どこに行ったんだか、さっぱり解りません。

 気が付けば、視界の左半分が、ごっそり欠落していました。
 もともと僕は左眼が潰れていますが、そのせいではありません。
 右眼で見えるはずの左側の半分も、消え失せてしまっているんです。
 視界だけではありません。
 音も、匂いも、触覚も、さっき鉄球を弾いた左前脚の痛みも、体半分がごっそり消えてしまったみたいに左の感覚が全くなくなっているんです。


373 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:26:59 kRiYxmBc0
 ――左半身失調。


 どういう理屈か知りませんが、先ほどの鉄球を受けたせいで、僕の右脳の機能が一時的に麻痺してしまったようなのです。
 パニックになる寸前でしたが、直感的に、なんとかギリギリのところで僕はこの現象を認識することができました。
 僕が隻眼であること。
 これが僕の命を救ったんです。
 左眼が潰されてしばらく経つので、僕の左側の認知機能の一部が、右脳だけでなく左脳でも処理されるようになっていたんでしょうね。

 僕は、感覚のない左側から迫る刃の閃きを、一瞬だけ感じ取ることができました。

「グロォオオオオオッ!?」
「む……、見られたのか?」

 男の剣が、僕の顔を切り裂いていました。
 左の瞼から、頬にかけて、皮一枚。
 一瞬でも身を躱すのが遅ければ、目から脳みそまで貫かれて抉られ、僕は殺されていたでしょう。


「元々眼が潰れていた分、いくばくか適応していたのかも知れないな。
 左側失調の範囲を見誤った。だが、次はない」


 彼の左手には、さっき投げたはずの鉄球が、小さな14個の弾も合わせて、過たず戻ってきていました。
 左半身失調は、十数秒すれば元に戻るようですが、その間に完全なる死角から襲われれば、何をすることもできません。
 万事窮す――。


 そして、彼が今一度鉄球を投げようとしたときでした。
 空がにわかに掻き曇って、暗くなっていました。
 男の人と僕は、揃って上を見上げていましたね。


「……これは。近くに落ちるな……」
「グルォオオ!?」


 上から、巨大な人間の靴底のようなものが降ってきていたんです。
 火山から、本当に巨大な人間が出現していたんですよ。あなたがたも見ましたよね?
 こんな考えと戦闘に夢中になっていたせいか。どうも感覚が鈍っていけません。
 少なくとも僕は、その巨人の存在にその時まで気づかなかったんです。

 もう、戦闘どころじゃなかったです。
 足の裏が落ちてくるまで数秒も残ってませんでしたが、僕らは逃げました。

 長径ゆうに数百メートルはあろうかという、巨大な靴底が、上空数千メートルから高速落下してくるんです。
 風圧に耐えようと、丸くなりました。
 男の人は投げようとしていた鉄球を、自分の体に押し当ててましたね。


 続き?
 無いですよ。

 ――この後は、ご説明することもないでしょう?


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


374 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:28:18 kRiYxmBc0
「あ、あぶねぇトコだったぜ……」

 髷を結った男が、ヒグマの背の上で瞑っていた眼を開いた。
 風圧を感じるほどの近くで、背後にあった平原は巨人の脚に踏みつぶされていた。
 自分が背につかまっていたヒグマ――李徴という人物が、その直前から気づいて全速力で草原を走り抜けていなければ、自分たちは二人とも確実にぺちゃんこのエビセンベイのようになってしまっていただろう。
 草原を踏みつぶした白髪の巨人は、『わしはすぐに行くぞ、アカギィィィィィ!!!』などとよくわからない言葉を叫びながら、地響きを立てて島から離れていった。
 オフィス街の中に、ヘッドスライディングのようにして滑り込んだ李徴の行動は、ヒグマの状態に『酔って』いるにしては冴えた判断だった。


「……作品だけは、私の作品だけは、潰させるわけには……」


 背の男――フォックスは、ヒグマの姿の李徴が、人語でそうぶつぶつと呟いていることに気がつく。

「おい、李徴さんよ、あんた、正気に戻ったのか?」
「ひゃい!?」
「おいおい何慌ててんだよ。今更ヒグマになんなくていいから。
 どうして人間の気持ちに戻ったんだあんた」

 腹ばいで倒れ込んでいた李徴は、その呼びかけに我を取り戻し、焦って起きあがる。
 フォックスはその狼狽を、ジョッキーのように手慣れた動きで宥め、彼の次の言葉を促した。
 震えながら視線を背中に送り、李徴はぼそぼそと言い訳がましく笑っていた。

「……今さっき、放送が流れただろう。死者44名。
 あれを聞いたら、どうしても考察したいという気持ちが心の奥から湧いてきて……。気づいたら人間に戻っていた。
 ……自分はやはりロワ書き手なのだ。その業からは逃れられないんだぁあ!!」
「落ち着けよ! いいじゃねぇか放送ごとに人間に戻れるんなら!!」
「あああ、紙と筆が欲しい! 書きたい!
 対主催になるにしてもマーダーになるにしても必須だぞ放送の考察は!!」

 狂乱したように腕を振り辺りを見回す李徴の眼は、そのときようやく、自分たちの様子を伺っている二対の視線に気がついていた。
 遅れて、肩越しに見やるフォックスもその眼に気づく。

 彼らと同様に風圧で吹っ飛ばされたらしい、一人の人間と、一頭のヒグマだった。
 人間の男は、掌で回転させていた鉄球を停止させる。
 樫の木のように硬く引き絞られていた皮膚が元に戻っていた。


「おまえら……一体何者だ? ここでは人間とヒグマが行動を共にするのが流儀なのか?」
「グルォ……、グルルルルウルルル……?」


 男と隻眼のヒグマが、揃って問いかける。
 李徴の耳には、そのヒグマの言葉が、『僕も……、そこが疑問なんですけど……?』という意味を伴って聞こえていた。


 李徴は悶絶した。


「あああ、ヒグマの言葉がわかってしまう!!
 駄目だ! 自分はやはりヒグマなのだ!! 今少し経たてば、俺の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋もれて消えてしまう!!」
「馬鹿ヤロッ!! だったら猶更今のうちに考えられるだけ考えとけよ!!
 すまねぇあんたたち、こいつを抑えるの手伝ってくれるか?」
「ヒグマと意志疎通するのが流儀なのか……。驚いたな。
 まぁ、『壊れゆく鉄球』は捕縛にも適しているし。敵対するつもりがないなら構わないが……」


 男は、暴れる李徴を抑えているフォックスを尻目に、隻眼のヒグマの方を見やっていた。
 伏し目がちに身を引きながら、ヒグマはか細い声で唸る。


『もう左半身失調はこりごりですので、僕が生き残れるんでしたらそれで構いませんけれど……』


 と、彼は言っていたのである。
 文字もなく言葉も通じない人間とヒグマであったが、李徴以外の人間にも、彼の様子から大体言わんとしている事柄は伝わっていた。


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


375 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:30:50 kRiYxmBc0
 金属的な建物の林立する交差点のど真ん中に、奇妙な生物の集団が形成されていた。
 ヒグマが二頭、人間が二人。
 そのヒグマのうち一頭は、李徴という人間だったらしい。
 人が殺し合う小説を書いていたら気が狂ってヒグマになり、当の殺し合いの会場に連れて来られていたというのだから、因果応報の伝統の恐ろしさを実感できる。
 隻眼のヒグマが語る唸り声を同時通訳しつつ、彼はその内容に逐一興奮気味に相槌を打っていた。
 その李徴の大きな背中の上には、剃り上げた髪を頭頂部で結い上げるという奇妙な髪形の男、フォックスが乗っている。日本の拳法家だそうなので、そのサムライのような髪型は恐らく彼の流派の流儀だ。
 革ベルトを基本にした鎧を着ていて、蛮人か何かのような人相の悪い顔をしているが、今現在彼は隻眼のヒグマの語るこの島で起きた戦いの内容を、慣れない手つきで必死に口述筆記していた。

 彼が打つのは、平たい板を二枚合わせたような形の、新型のタイプライターのようだ。
 キータッチは非常に軽そうで、文字の訂正もインクではなく電気で行なっているのか、非常に便利そうだ。
 100年以上の伝統を持って徐々に進化してきたタイプライターをここまで便利にさせたのなら、日本は敬ってしかるべき技術大国であるといえよう。

 人間のうちのもう一人は、オレだ。
 正直、ただの人喰いだと思っていたヒグマが元人間だったり、ここまで深い戦いの観察をしているものだとは思っていなかった。
 自然は、この世界の中で最も長く尊い伝統と流儀を有している存在だ。
 だからオレはその一部であるヒグマにも敬意は払う。
 堂々と流儀に則った戦いの上で殺害すべき存在だと、オレは思っていた。

 しかし、よくよく考えてみると、オレはネアポリスと王族護衛官の流儀は知っているが、やはりサムライや、ヒグマの流儀は知らない。
 ヒグマの流儀を知らずして、王族護衛官の流儀と戦法でヒグマに戦いを挑んでしまったのは、やはり大変失礼な行為に当たるだろう。
 郷に入れば郷に従え。
 ローマにありてはローマ人の如く生き、その他にありては彼の者の如く生きよ、だ。


 オレとの戦闘のくだりが終わって、李徴は隻眼のヒグマに、眼を輝かせながら語り掛けていた。


「……素晴らしい!! 何という緻密な観察か。貴公もロワ書き手になるべきだ!!
 まさしくロワイアルにおいて一隻眼を持っているぞ! 是非ともお名前をお聞かせ願いたい!!」
『へ……? 僕たち羆はほとんど名前を持ったりしませんけど……。僕、とか、あなた、とかで通じますし。
 僕も、集められたヒグマの中で2番目の片目のヒグマだったので、便宜上隻眼2と言っているだけです』
「ならば親愛を込めて、小隻(シャオジー:隻ちゃん)と呼んで構わないか!?
 貴公の語ってくれた内容はそのまま作品になりうる!! スレに投下したら大反響になるぞこれ!」
『は、はぁ……。人間の文化はよくわかりませんけれども……』


 以上の会話は、全部李徴が一人で同時翻訳しながら喋っている。
 流石に人間から気がフれてヒグマになっただけあって、テンションの切り替え速度がハンパではない。
 楽しめているうちは彼の正気が持ちそうなのは良いが、彼は周囲の全員にドン引きされていることを解っているのだろうか。よくわからない。
 その背中で「オレにも李徴の文化はわからねぇよ」と呟いているフォックスに合わせ、一人芝居を断ち切るようにして、オレは隻眼のヒグマに話しかけていた。


「……ところでシャオジーとやら。オレはおまえらヒグマの流儀について聞きたい。
 オレは先ほどおまえに、完全にオレたちの戦法を用いて全力で攻撃してしまった。これはヒグマの決闘における流儀としては正しいことだったか?」


 隻眼のヒグマ――シャオジーは、その驚くべき観察力で、既にヒトの言葉の意味を聞いて理解できる程度にまで覚えていたようだ。
 李徴が翻訳するまでもなく、その表情が変わる。


376 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:31:54 kRiYxmBc0
 フォックスと李徴とシャオジーは、揃って『何を言っているんだこいつは』というような視線をオレに向けてきたのだ。
 言葉や文字がなくとも通じる気持ちが、そこには確かにあった。


『ええと……。仰っていることがよく解りませんが。
 先ほどから語りましたように、穴持たずの方々は、自分の持っている能力を最大限に活用して戦いますし、参加者の方々もそうだったので、別に問題はないかと……。
 穴持たずの初期の方の中には、やたら決闘が好きな方も多いそうですが……』
「なるほど。つまり、初めにフォックスたちのように意思疎通を試みた後は、持てる技術を尽くして戦うのがヒグマの流儀というわけだな。
 そして決闘の文化はヒグマの中にも確かにあると。ならばオレの採った行為は流儀に反してはいなかったわけだ。安心した」


 おまえたちには大した問題ではないかもしれないが、オレにとっては流儀に則っているかどうかは最重要事項だ。
 温故知新。
 どうなるかを知りたければ、どうであったかを考えなければならない。
 現代の人間が小賢しい策を弄したところで、古くから脈々と続いてきた伝統に裏打ちされた流儀の前には敵うはずがないのだ。
 流儀を知らずに破ろうとする馬鹿は、オレの一番嫌いなもの。
 流儀を知って敬意を払いながら敢えてブッ潰しにいくようなウェカピポみたいな野郎は、オレの一番大っ嫌いなものだ。


「……オレの質問は終りだ。もたもたする事もないだろう。
 いつまでも憐憫の視線を向けてねぇで、放送の考察とやらをするんならしろよ!」


 だからおい、おまえらオレをそんな目で見てんじゃねぇ。
 オレは李徴と同レベルかよ。いい加減キレるぞ。


「すまねぇが……流儀流儀言われたところで正直意味がわからんのだ。名乗りもせず質問だけするのがあんたの流儀なのか?」

 オレの苛立ちを察してか、フォックスはかなり噛み砕いた言い方でオレに問うてきた。
 しまった。そう言われれば、オレだけ素性を明かしていない。

「これは失礼した。オレはイタリアのネアポリス王国で王族護衛官をしている者だ。名前は……」

 流儀に反してしまい、ウェカピポとの決闘の約束まですっぽかしてしまったオレに、自分の名を名乗る資格はない。
 情けない話だ。
 ヒグマを操る首魁を殴りながら殺りまくり、あいつのところに帰るまで、オレは、ただ単なる奴の妹の夫だ。

「……オレの名は、城壁の北西に置いてきた。ウェカピポの妹の夫と、ただそう呼んでくれればいい」
「何のこだわりがあるんだか……。とりあえず義弟さんってことでいいんだな?」
「妹夫(メイフゥ)か」
『名前って置いてこれるものなんですか。初めて知りました』
「……好きに呼んでくれ」


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


377 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:33:01 kRiYxmBc0
 あ、こいつは李徴と違って、少なくともオレたちがドン引いてることには気づいているんだな。
 とその時俺は思った。


 いけすかねぇ感じの、世紀末じゃ南斗六聖拳の伝承者くらいしか着てねぇんじゃねえかというほどの立派な服の優男だが、この島に来てようやく話の通じそうな人間に会えたということは有り難いと思っておこう(李徴はヒグマとして区分することにした)。
 シャオジーの体験談によれば、便利そうな技の伝承者らしいから、また例の如く李徴が暴走したり、シャオジーが襲い掛かってこようとしても十分対処してくれるだろう。
 とりあえず当座のところはお互いに情報交換するということで落ち着いているし、こいつも利用できるだけ利用させてもらおうか。


「まぁわかった。おい、李徴さんよ。メモなら俺がとるから、義弟さんの言う通り、気の済むまで考察してくれ」
「おお、その通りだ。小隻の話に夢中になっていたが、本来はそれをしたかったのだ。
 いやはや、俺と同じ身の上に成った者でなければ解らぬと思っていたこの気持ちに、理解者がこんなにもできたとは。この上なく嬉しいぞ自分は!」
『え……? うん、まあ、あの、そうですね。僕も嬉しいです』
「ああ……。それがロワ書き手とやらの流儀に則ってるなら、オレも嬉しいよ」
「ヒグマとなってもこのような崇高な思考を持つものがいると解れば、もう俺は恐れなくともよいのだ! おお、なんと素晴らしいことか!!」


 とりあえず、李徴が唯一この殺し合いに対しての知識がある人物だから、なんとか正気を保っているうちに、機嫌を損ねず情報を引き出すのが最善手だということは、全員が暗黙のうちに理解していたらしい。
 本当に、言葉が通じるってありがてぇ……。
 そんなこんなで、道路のど真ん中で、李徴先生の有り難いヒグマロワイアル考察が始まった。


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


 会場は北海道の火山島。
 恐らく主催者側が事前に購入し、『穴持たず』と名付けられた特殊なヒグマを中心とした『ジョーカー』役を多数配備していた。
 ジョーカーとは、ロワイアル内で、主催者側の介入を受け、積極的に人殺しをして回る人物のこと。
 そうでなく、生き残りを目指して人殺しに走る者は『マーダー』と呼ばれるらしい。
 だが、強大なヒグマが多数存在している中では、よっぽどの快楽殺人者か何かでもない限りマーダーには走るべきでないと誰もが思うことだろう。

 その場合参加者は、『対主催』と大まかに区分される、企画そのものの打倒を掲げて行動する団体になっていくだろう。
 参加者同士の協力を取り付け、互いの特技を活かして、主催者への対抗策を練っていくわけである。
 しかしこの時にも、『危険対主催』と呼ばれる、企画は打倒するがそのためには参加者殺しも厭わないという思想の持ち主や、『ステルスマーダー』と呼ばれる、対主催に紛れ込んで隙を見て弱った者の殺害を狙っていくスタンスの者も出るので、注意は欠かせないそうだ。


『そうですね。確かに僕も、食べれる機会があるなら弱った方は食べたいです』
「オレも、参加者が決闘を挑んでくるなら討ち果たすつもりではいるが」
「まぁ……。結局一時的な協力関係なんだしそんなすぐに信頼とかできねぇよな」
「なんだと!? ここのパーティーは危険対主催とステルスマーダーばかりか!?」

(おめぇがそれを言うのか、李徴……?)
(どう考えても気が狂う可能性のある李徴さんが一番危険ですよね)
(いかに理不尽でも、尋問の際は情報が出尽くすまでは聞くのが流儀だ……)

 李徴以外の三者は困惑しながらも、李徴の話に耳を傾けた。
 とにかく、対主催として行動する場合肝心なのは、戦力・人材の確保、首輪の解除、主催者戦力の特定・打倒方法、脱出手段の確保であるそうだ。


「対主催の優秀な戦力は我々の他に、小隻が伝えてくれた限りでもまだ島の南東部だけで10人以上が残っている。
 放送での死者は44名と確かに多いが、大体は第一回放送までが最も死者の出る時間であり、半分以上死んだとしても、生き残った参加者はまだ20〜30人程度はいるはずだ」


378 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:34:12 kRiYxmBc0
 次に首輪のことであるが、これは禁止エリア――地図の範囲外などに行った際に、数十秒から数分の警告の後に爆発し、参加者を殺すためのものである。
 脱出と対主催のための大きな枷であり、主催者側が盗聴器を仕込んで盗聴していることもあるという。

「え!? じゃあこんな会話してるのは不味いんじゃねぇのか!?」
「遠隔爆破されることもあるとはいえ、それはよっぽど主催者が不都合と思ったときのみだ。
 だがもしフォックスや妹夫の首輪が爆発したら、次の機会には話さないことにしよう」
「自分はヒグマ枠だからってひどくねぇかそれは!!」

 冗談はさておき、この首輪は、電気回路に詳しい者ならば割と簡単に構造を解析、分解できるものらしい。
 最悪首輪が解除できなくとも、こちらは隻眼2のように、殺し合いに乗らないヒグマを集めて主催者のところに乗り込むという手に訴えることもできる。
 ヒグマとの協力体制を作って挑めることは、李徴がいるゆえに可能な奇策だ(ただし気が狂っていない場合に限る)。
 残る問題は、肝心の主催者がどこにいるのかを特定し、島からの脱出手段を確保することのみであった。


「それが一番問題だよな。下手すると島の外って可能性もあるしよ……」
「小隻は、ロワイアル開始前の状況を覚えているか?」
『研究所のようなところで檻に閉じ込められていたのは確かですが、生憎移動中は眠らされてまして……』
「この隴西の李徴も、その時は酔わねばならぬ頃合いだったからな……。惜しまれる」
「……いや、オレは、主催者のいる位置の見当はついている」


 その時、ウェカピポの妹の夫のデイパックから地図が取り出され、地面に広げられていた。
 そして彼は、地図のど真ん中、火山の位置を差し、はっきりと言い切った。


「主催者が、ヒグマを多数収容できるような研究所にいるのならば、それはここしかない。
 高層の建物から見てもそれらしい建造物はなかったから、恐らく、地下だ」
「は……?」
「なんだと?」
『どうしてわかるんですか?』
「この島は、都市計画の流儀に反した、『スプロール現象』という名の発展過程を辿っているからな」


 全く理解のできない三者に向けて、義弟は滔々と説明した。

 島の中に都市が形成される場合、まず、港などの交通の要所から街並みが作られるのが一般的だ。
 しかし、この島は四方が高さ十数メートルの崖に囲まれ、全く周囲と隔絶されている。
 飛行機というものが開発されているという話は聞くので、空中からの輸送がメインとなっている可能性はあるが、その場合でもこの島は島外との交通の便が悪く、極力島内で自活できるように都市は発達していくだろう。
 大量のヒグマを飼うとなればなおさらだ。

 その場合、産業の拠点となる場所から都市は広がる。
 もし都市計画が整然となされた場合は、世界各国で見られる条坊制や都城制を基本とした発展をみせるのだ。
 しかし。


「……この地図を見ろ。街のある部分は火山からほぼ放射状に、かつ無秩序に入り組みながら広がっている。
 拠点となる街の中心から、住民のことも利便性も考えず手当たり次第に街を広げていったことを示している。折角の建築や温泉地が台無し。東部の端に廃墟があることはこの無計画性の裏付けだ」


 発展の中心となっているのは明らかに火山である。しかし夜間にも噴火した活火山の上に都市の中核を据えるとは考えづらく、実際に外にはなんの建造物もなかった。


「だから、地下だ。オレの故郷でも、ヴェスヴィオ火山の噴火で埋まったポンペイという街があるが、そこの建造物は埋没していても形を保っていた。
 現代まで続いてきた流儀ならば、噴火しようが巨人に潰されようが地下で耐えうる構造物があってもおかしくない。たぶん、その研究所と繋がる大型のリフトのようなものがE-5には隠されているはずだ」

 そして、都市の中核が地下にあるのならば、空からの交通手段は絶たれる。
 その場合やはりメインの輸送ルートは海からということになる。
 義弟の指は、地図を西側へたどった。

「……西側には、自然の温泉を巻き込むような無計画な街並みにも、廃墟がないだろう。
 そして唯一、町が崖の端まで続いている。交通拠点が、こちら寄りに存在していると考えられる。
 地図上で見えない港。恐らく、カプリ島の『青の洞窟』のような海食洞が、島の地下を西から火山の下まで繋いでおり、そこここで地上と行き来できる隠し通路があるのだと考えれば、全ての辻褄が合う」


 脱出手段となる港の存在。及び攻め込むべき主催陣営の存在位置を、ピタリと義弟は予測してのけた。
 フォックスは、自慢の策略が活かせるかと声を華やげる。


379 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:35:24 kRiYxmBc0
「おお、それがマジなら、爆弾なり毒ガスなり見つけて、火山から忍び込んで仕掛ければ主催は一網打尽にできるわけか!」
「……おい、何故堂々と殴り込みに行かない。お前も拳法家だろう。そんなウェカピポのような卑怯な手を使うな」
「あ……?」


 だが反対に、ウェカピポの妹の夫は眉を顰めていた。
 フォックスの価値観としては、手っとり早く確実に相手を仕留められるなら、使う手段には卑怯もクソもない。
 そもそも彼の拳法の流儀自体からして、卑怯すれすれの奇襲を旨としているのだ。
 彼は義弟をなだめようと、自分の所属軍団の首領、ジャッカルの例を出した。


「義弟さんよ。俺のいた軍団の首領はよ、南斗爆殺拳っていってダイナマイト投げつけて殺す拳法の使い手なんだ。
 だから別に、爆殺も毒殺も卑怯ってわけじゃ……」


 だが、それが逆に妹の夫の逆鱗に触れた!


「そんな言い訳が通ると思っているのか!
 それが事実なら、火薬に頼って何が拳法だ。おまえの首領は拳法の定義自体に恥をかかせてくれた」

 フォックスが言葉を言いきるのも許さず、殺気を纏った義弟の怒号が彼の声を寸断していた。
 ウェカピポの妹の夫は腰の剣を抜き放ち、李徴の背のフォックスに突きつける。

「いいか……おい。拳法の場合はなぁ……フォックス、自らの鍛えた肉体と技術で勝負するのが良いんだよ。
 じゃなきゃあちっともフェアじゃねーし……つまんねぇ名前負けになる」

 そして彼は李徴、隻眼2と剣の先で指し、最後に自分の腰元から金平糖のような形の鉄球を取り出して叫んだ。

「ヒグマならば自らの身体機能と能力!
 オレの場合は当然! 『鉄球』だッ!
 祖先から受け継ぐ『鉄球』ッ! それが流儀ィィッ!!」

(うっわ、こいつめんどくせぇ〜〜!!)
(確かに爆薬を使って拳法を名乗るのは烏滸がましいだろうが……)
(穴持たず12さんとか、自分の能力を活かしたら卑怯な奇襲しかできないんですが……)

 憤るウェカピポの妹の夫の様相に、三者はたじろぎながら身を引くしかなかった。
 義弟は三者を睨みつけながら剣と鉄球を納め、声の調子を落とす。

「……確かに、いつでも流儀に則った行動を心がけるのは、苦しく、難しいことかも知れない。行動を矯正すれば歪みも生まれる。
 オレだって、妻を殴りながらヤりまくらなきゃ日々の鬱憤は晴れなかった」

(李徴と同レベルのクソ野郎だこいつ)
(妻を放って置いた人間として身のつまされる思いがする)
(やっぱりアブナイ人間の一人だったんだこの人も)

 道路に広げられた地図を掴みあげ、義弟は三者に向かって更に言葉をつないだ。

「だがなぁ、そういう歪みは、公の場で出してはいけない!
 この島の都市計画のように、一つ一つの建物や住人に多大なる迷惑をかける!
 それに流儀に則って堂々と主催を倒せば、オレたちが集められて殺し合わされた鬱憤も、堂々と殴りまくって発散させられるだろうが!
 おまえたちが島全体を巻き込んで流儀に反するなら、今ここで命を差し出してもらう。『決闘』だ!」

 義弟の一連の発言には、確かに筋は通っていると言えなくもない。
 しかし結局は義弟が、自分の性癖どおり殴りまくりたいだけなのだろうということは薄々三者とも察していた。


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


380 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:36:24 kRiYxmBc0
 とにかく、誰もその程度のことで徒に命を失いたくはない。

「わかった! わかったから落ち着いてくれ!
 流儀に反さず主催者をぶっ倒せるよう努力するからよ!」
「ならばいいだろう」


 フォックスが悲痛な叫びを上げて、ウェカピポの妹の夫を押し留めていた。


 義弟は先ほどから突拍子もない言動ばかりしているように見えるが、その実、最初に会ったときから誰にも背中を晒していない。
 常に戦闘が行えるようにその神経を周囲に張り巡らせている。
 地図一枚で主催者の位置を特定した知識と推察能力も侮れない。
 彼の伝承する『壊れゆく鉄球』ならば、ここにいる李徴も隻眼2も、瞬時に殺害される可能性すら十分にあるとフォックスは見立てていた。

 隻眼2にしてもそうである。
 大人しく語り手に従事してはいたが、それはたまたま彼が自己保身を徹底しているからというだけだ。
 彼の観察眼の質と思考能力は、ヒグマどころかそこら辺の人間を遥かに凌駕している。既に彼は各人の弱点を見抜いているかもしれない。
 しかもヒグマの一頭ではあるわけなので、奇襲でもするつもりならば、李徴や義弟とも最低でも相打ち以上にはなるであろう。

 そして一番危険なのはやはり李徴だ。
 いつまたささいなきっかけでヒグマ状態に気がふれるかわかったものではない。
 そうなれば、制御の効かない無差別殺戮動物となることはほぼ確実なので、今のところは隻眼2や義弟とともに、ロワイアルのことでもなんでも考えさせて人間状態に保っておくのが肝心だった。

 今一番後ろ盾がないのは、フォックス自身だ。
 跳刀地背拳を活かせるような環境はここにはない。
 近接武器で、威力も足りないカマでは、この場の全員に対して相性は最悪。戦えば確実に殺される。
 確保している支給品は多いが、李徴の暴走に振り回されていて中身の確認もしていない。
 自分の持っているアドバンテージは、李徴の背中をとっているという、ただその一点だけであった。


 ――これ俺、こいつらをどうにか纏めて協力関係作らねぇと死ぬじゃねぇか!!


 非常に危なっかしいバランスの上に構築された関係を死守しなければならないことに、フォックスは背中でしっとりと冷や汗をかく。
 そんなフォックスの心中をよそに、三者をねめつけていた義弟は、改めて厳しい口調で語り掛けていた。


「……何にしてもだ。いくらロワイアルという小説が参考になっても、文字に書いたことと、現実に起こっていることとは違う。
 確かに文字は伝統ある流儀だが、それは現実を模写して抽出したコピーに過ぎない。
 風景画と実在の景色、エスプレッソとコーヒー豆くらいの違いがある」


 ――ほら、気づいているか、おまえたち。


 義弟は、十字路の両サイドに向けて、ゆっくりと両腕を広げていた。
 三者が道路の先に視線を走らせると、その先には大量の海水が、津波となって道を流れている様が映っていた。
 ウェカピポの妹の夫以外の誰も。
 フォックスは勿論、ヒグマの肉体を持つ李徴も、そもそもヒグマである隻眼2も、そのことを指摘されるまで、津波の到来を感じてはいなかった。
 いや、感じていたとしても、それ以外の膨大な思考に、その感覚情報は流されてしまっていたのである。


「折角のヒグマの五感も、人間の思考と文字で食い荒されていたら意味がない。
 オレたちが会話に夢中になっている間、津波が島を襲ったんだ。だが、なぜか海水はこのエリアを避けている。
 その幸運がなかったら、今頃おまえらは海の藻屑だぞ。
 本来は李徴かシャオジーが指摘してくれなきゃ困る。人間かヒグマかその他か、どの流儀を本懐として大切にすべきなのか、各人考えてくれ」


381 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:38:00 kRiYxmBc0
 三者は、薄ら寒い恐怖に包まれていた。
 放送の考察どころではない。本当ならば、すぐにでも避難していなければ、全員死んでいてもおかしくなかったのだ。
 凍り付いたような彼らの緊張を和らげるように、義弟は口調を和らげて踵を返す。


「まぁ避難を兼ねて、オレのいた建物にでも来ねぇか。
 そこで、次にE-5を覗いてみるのか、シャオジーの出会った参加者を訪ねてみるのかとかを決めればいい。
 少しは食材もあったから、カプチーノとローストビーフサンドイッチでも作ってやろう。たぶん人肉より旨いぞ」
「お、おう……。すまねぇ、そうさせてもらうぜ」
「三明治(サンミンジー)か……。有り難い。久々に人間の心で食事ができる」
『申し訳ありません、本当に、僕が気づくべきとこでしたのに……』
「いや、今度からどの流儀で行動するのか、はっきりさせればいいだけの話だ」


 当座の危険を逃れるために、四人はとりあえず議論を保留し、足早にその場を離れていく。
 その中で、ウェカピポの妹の夫は、隻眼2の傍らにさり気なくにじり寄っていた。
 そして、後方の李徴とフォックスには聞こえないように、彼に耳打ちする。


「……おい、シャオジー。肯定か否定かで良いから答えてくれ。
 『穴持たず』というヒグマの中には、『脳を操作する能力を持ったヒグマ』がいたりする可能性は、あるか?」
『……?』

 李徴の翻訳がないので、言葉で回答を伝えることはできない。
 しかし、隻眼2はしばし逡巡した後、肯定の証として首を頷かせていた。
 どういう意図で義弟がそんな質問をしたのか尋ねたかったが、もう彼は、先導するように前方へ離れて行ってしまった。


 ――『穴持たず』は、僕の知る限りで50体以上いる。


 僕のように、外から後々連れてこられたヒグマは、便宜的に60番台以降の番号をつけられたり、そもそも研究員自体が覚えていない程度の適当さで扱われていた。
 しかし、研究所で作られた『穴持たず』のヒグマの中には、恐ろしい能力を有したヒグマたちが沢山いる。
 僕の知る限りでも、穴持たず5の超感覚、穴持たず12のステルス・ジャミング能力、研究所内ではあまりにも有名だった穴持たず00の高速演算及び穴持たず1の肉体操作能力などがある。
 それを鑑みれば、穴持たずたちがどんな能力を持っていてどんな形態だったとしても別に驚くには値しない。
 たぶん李徴さんだって穴持たず七十何番とかそこらへんの番号がつけられていたりするのだ。元々人間だったのに。


 ――それにしても、なんでメイフゥさんはそんなことを聞いたのだろう。


 考えるに、今までの殺し合いの中で、そんな能力を想定したくなるような状況に出会い、疑問に思っていたのだろう。
 言葉が発せられれば、そうでなくとも文字が書ければ、もっと質疑応答を発展させられるだろうに。

 李徴さんを間に挟んでの会話は、奇妙ではあったが今まで味わったことのない充足感を得られるものだった。
 だから、急にその会話が欠落したことで、今までの状態に戻っただけなのにとてつもない断絶感だけが残ってしまう。


 ――人間の、流儀。


 メイフゥさんから聞かされた言葉を反芻しながら、後方の李徴さんを振り向く。
 ロワイアルの話ができ、サンドイッチを食べられるという高揚の奥に、自分がヒグマになったことへの恐怖と、ヒグマになるべくしてなった激情が、確かに潜んでいるように見える。
 その背中のフォックスさんは普通に振る舞っているように見えるけれど、明らかに李徴さんの気狂いや僕を警戒して、腕の届かない範囲に身を縮めている。


 僕が、ここまで考えられることは、異常だろうか?
 ほかのヒグマと深いコミュニケーションを取ったことはほとんどないので、それはわからない。
 しかし、彼らとなら、意思疎通ができた。
 一時的な関係とは言え、仲間と言えなくもない動物同士の関係だ。


 ――その関係が維持できるのなら、人間の流儀を、学んでみてもいいかもしれない。


382 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:38:56 kRiYxmBc0
 文字。
 李徴さんが書くという、ロワイアルという小説の中の文字。
 僕はそのロワ書き手になるべきだと言われた。
 文字を学べば、彼らとの関係は、維持できるかもしれない。
 李徴さんが完全にヒグマになっても、僕なら、彼を人間に、また繋げてあげることができるかもしれない。
 コピーされ、情報の欠落した、影の流儀であっても、それは確かに魂の一部を伝えうるものだろう。

 たぶん、僕はもう、ヒグマの流儀からは逸脱している。
 初めに穴持たず4とハンターの戦いを見た時から。

 ――僕はきっと、人間に、憧れていたんだ。


    ㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆㉆


 オレたち王族護衛官の手癖のようなものに、暇さえあれば鉄球の回転の練習をする、というものがある。
 それはもう無意識的に、腰のホルダーの中で『壊れゆく鉄球』を回したり、レストランでは料理が出てくるまでコーヒーカップを回したりしている。
 日々の鍛練こそ流儀。それが、いざという時の正確な回転につながる。
 まあオレの場合は、キレやすいし、そもそもの投球精度が低いって欠点を補うための意識もある。

 それとはまた別に、オレたち王族護衛官の使う『壊れゆく鉄球』は、鉄球本体での最大威力の攻撃を行う以外に、その表面の14個の『衛星』を拡散させ、その衝撃波で『対象の右脳の一部を麻痺させる』ことを戦法の一つとしている。
 訓練じゃあお互い、左半身の感覚はだいたい失調しっぱなし。
 その脳機能の落ちた中で、いかに自分の体を正しく動かし、相手の死角に潜り込み、仕留めていくかが大切になる。


 ――だから、自分の脳機能が変化した時の感覚は、わかる。


 今さっき、津波が押し寄せてくる前。
 ふと、いつもウェカピポにやられているような、綺麗に左側失調を決められた時に近い感覚が、オレを襲っていた。
 本当に一瞬の、かすかな感覚だったから、気のせいかとも思った。

 でもオレは、いつもの癖で、会話をしながらも鉄球を回していた。
 『自分の左半身が失調する』ような回転で。

 左側は見えなくなり、音も聞こえなきゃ、一切の感覚がなくなるはずだった。


 ――だが、視覚と聴覚と、振動覚だけは、失調しているはずなのに、残っているように感じられた。


 周囲と違和感なく繋がるようにして上書きされた感覚。
 『穴持たず』だ。
 オレらの『壊れゆく鉄球』と同じかその上をいく、『脳を操作する能力』を持ったヒグマがいるのだ。
 李徴やシャオジーが津波の到来に気付かなかったのは、そいつのせいもあるかもしれない。
 オレらとは違い、感覚を『消す』のではなく『上書き』する分、余計タチが悪い。
 そしてそいつは、自分の存在を感覚の死角に潜り込ませながらオレたちの傍を通り過ぎた。
 今鉄球を回しても、左半身は綺麗に失調している。もう、その『穴持たず』は近隣にいない。

 さらにそいつは恐らく、このエリアから津波を退けた張本人だ。
 あの余りに不自然な割れ方をしている津波。
 水中の生物の全ての感覚を操り、流体の進行方向を無理やり変えたとは考えられないか?


 だとすれば、この穴持たずというヒグマたちは、本当に常軌を逸した恐ろしい存在だ。
 俺が見た限りでも、砲撃を飲み込むヒグマ、クッキーの嵐を食い尽くしたヒグマがいたわけだし。
 人間の流儀でも、護衛官の流儀でも勝てるか、解らない。
 ヒグマの流儀を一から学ぶにしても、人間の体のオレが付け焼刃で挑んだところで敗北は目に見えている。
 彼ら穴持たずを上回って余りある流儀を。
 コピーでも影でもない流儀を、学ばねばならない。


 ――『自然』そのものの流儀だ。


 この世界の中で最も長く尊い伝統と流儀を有している存在の流儀。
 それに敬意を払い、学ばねばならないだろう。


 ネアポリスから、決闘の約束をすっぽかしてまで訪れてしまった極東の地だが。
 流儀を学ぶための留学と考えれば、実り多い旅にしようというモチベーションも、働く気がした。


383 : 文字禍 :2014/03/22(土) 23:39:25 kRiYxmBc0
【E-6・街/朝】


【ヒグマになった李徴子@山月記?】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
0:こんな身でロワイアルの地にある今でも俺は、俺のSSが長安風流人士のモニターに映ることを願うのだ……。
1:小隻の才と作品を、もっと見たい。
2:フォックスには、まだまだ作品を記録していってもらいたい。
3:人間でありたい。
4:自分の流儀とは一体、何なのだ?
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


【フォックス@北斗の拳】
状態:健康
装備:カマ@北斗の拳
道具:基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ランダム支給品×0〜2(@しんのゆうしゃ) 、ランダム支給品×0〜2(@陳郡の袁さん)
基本思考:生き残り重視
0:メンバーがやばすぎる……。利用しつづけていけるか、俺……?
1:李徴は正気のほうが利用しやすいかも知れん。色々うざったいけど。
2:義弟は逆鱗に触れないようにすることだけ気を付けて、うまいことその能力を活用してやりたい。
3:シャオジーはいつ襲い掛かってきてもおかしくねぇから、背中を晒さねぇようにだけは気を付けよう。
[備考]
※勲章『ルーキーカウボーイ』を手に入れました。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』の内容がテキストファイルで保存されています。


【隻眼2】
状態:左前脚に内出血、隻眼
装備:無し
道具:無し
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:主催者に対抗することに、ヒグマはうまみがあるのかしら……?
1:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
2:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
3:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫が、用心相手に入っています。


【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:健康
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:とりあえず今後の行動方針を決める。ウマが合わなければ単独行動も視野。
1:フォックスは拳法家の流儀通り行動すべきだ。
2:李徴はヒグマなのか人間なのか小説家なのかはっきりしろ。
3:シャオジーは無理して人間の流儀を学ぶ必要はないし、ヒグマでいてくれた方が有り難いんだが……。
4:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
5:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。


384 : 名無しさん :2014/03/22(土) 23:40:09 kRiYxmBc0
代理投下終了いたします。


385 : 名無しさん :2014/03/23(日) 01:34:08 BdGTwKgg0
投下乙!
鉄球の技術を習得してるだけあって意外と頼もしいウェカピポの妹の夫
こいつも相当なゲス野郎だった気がするが相手がヒグマじゃしょうがない
果たして義弟はシーナーさんに対抗する技術を会得できるのか?


386 : 名無しさん :2014/03/23(日) 08:03:31 qhTkv70w0
投下乙
まさか名前も定かじゃない義弟が生き残るとは…
このメンツで飛躍的安定してる常識人がフォックスって言うのも面白い
今後が楽しみだな


387 : ◆Dme3n.ES16 :2014/03/24(月) 16:06:14 4a2Xpnjs0
予約にシバさんを追加します


388 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/25(火) 05:49:29 bKKAmaLA0
駆紋戒斗、浅倉威投下致します。


389 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/25(火) 05:49:51 bKKAmaLA0
圧倒的な自然が、津波が街を飲み込んでいく音が水を介して遠くから聞こえる。
べきり、べきり、ひしゃげていく人工の、自然ではない建物。
それは強い力で、いつか自分から全てを奪い去った力を思い出す。

掌を、たった一枚の力を握って。
圧倒的暴力を、人間が敵わない自然を。
人間の力で、討ち果たそうと。

「――変身ッ!!」






駆紋戒斗は苛立ちを顕に走っていた。
漸く出会った男、鷹取迅……痴漢を名乗る社会的にどうしょうもない男に遅れを取った。
それだけでも業腹だというのに、追いかけだせばその辺りには見当たらず。
勿論鷹取は痴漢で凄まじい、いわく言いがたいテクニックは持ち合わせているが生身の人間。
本来戒斗が追いかければすぐに捕まえ、フナッシー・アームズで泣くほどボコボコにするのだって造作も無い。

だのに見つからないのは、また彼が速すぎた所為だった。
普通の人間の速度なら多少ずれた道を追っても距離は離れないが、アーマードライダーの脚力はあっという間にずれた道を、より先に走らせた。
まるで彼の現状を例えるように、戒斗は自分だけの道を怒りながら突っ走っていたのである。

道中流れた放送の名前に知った名前は無く、また興味も存在しなかった。
淘汰された弱者など、彼に必要ない。
寧ろ鷹取の名前が無かったこと、生き残った強者のことが戒斗の関心を占める。

耳元では相変わらずインベスもどきが喚いていた。
一度返事をしたら虚言とも妄言ともつかぬ地方の宣伝文句を高音で聞かされて辟易したので無視を決め込んでいる。
戒斗が知らぬことであるがふなっしーの言葉の27.4%は嘘でできているらしい。

無意味な進軍とふなっしーの喧しさに辟易した戒斗は変身を解除した。
物言わぬロックシードに安堵する珍しい体験である。

足を止めて、空を仰ぐ。
朝が近い、これから日が昇る。
戒斗は意識を切り替える。
闇雲に動きまわることが果たして強者の振る舞いと言えるか?否だ。
市街地の、高台を目指そう、そしてそこから探す。
それは鷹取で、まだ見ぬ強者だ。

ある種目立つように高台に立てば強者を誘い込めるかもしれない。
状況認識も兼ねられる、そしてこれは後にも正解行動であったと戒斗は考える。

コンクリートの階段を駆け上がる。

およそ五階建ての廃ビル。研究施設か、単なる住居なのかは非常階段を駆け上がった戒斗に判断はつかず。
隣接するように建つ同じ作りのビルが2つ程見えた。
屋上階から見渡す景色は、廃墟らしくどこか寂れて、人の息吹を損ねている様子であった。

「鷹取は……ちっ、見当たらんな」

正体不明の不気味さが、ぞっと戒斗の背筋を舐めた。
警戒を強め、息を詰める。
どれだけ見つめようと、ゴーストタウンの様相は寂しく人を、熱を持っていない。
だが、そうじゃない、根本的に違う。
遠く引いていくような、生命と熱が引きずられて現在の位置に残っていないような、そんな感覚。
風が、潮を孕んだ風が戒斗の体を通り抜けた。

振り返ると、地鳴りに似た音が聞こえる。
地平の彼方から、生命を飲み込み同化する原初の母が這いずり迫っていた。

「津波……か」
高所にいることが、戒斗の精神を冷静にさせた。
少なくとも即時的な死は無い。
ただ足元のビルが津波の衝撃に耐えきるかと言う確信もまた等しく無く。
異常事態に飲まれきるなど、強者にとってあるべきではない。
まして挑戦者は、挑むこと無く負けていい訳がないのだ。

半ば、強がりのように戒斗は拳を握る。


390 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/25(火) 05:50:22 bKKAmaLA0



浅倉威は過酷な環境で生きてきた。
彼は幼いころに自分の家を焼き払い、天涯孤独の身となって泥をすすって生きてきた。
彼の口には泥の味が残っている。
暴力はそんな浅倉の清涼剤であった。
殴り、殴られ、そうしている間だけ、彼の説明のできない苛立ちは収まる。
戦うことは楽しい。
獣の如き本能、蛇のような狡猾さ、そして苛々するという人間の欲求。

奇妙なバランスで成り立つ、浅倉威という男。
現在そのバランスの比重が狂い始めている。
王熊になった時からそれは進行していた。
苛々する以上に腹が減ってたまらない。
あれだけ食ったというのに、キリキリと腹が悲鳴をあげている。
気がついたら自分のライダーとしての召喚器である牙召杖ベノバイザーをぼりぼりと齧っていた。

流れていくビルの上でしっかり火を通して食した三体の怪物。
二体はヒグマで、一体は怪獣だったがこの際どうだっていい。
酷く、浅倉は愉快だった。
自然の摂理に組み込まれた、自然が呼ぶ破壊を喜ぶ獣。
食欲が、浅倉の獣の割合を広げていった。
口内に涎が満ち、息が荒くなる。

しかし、消えていない。
泥の味が、暴力を欲する心が。
視界に入った人間を見た瞬間、泥が胃から食道へ逆流する。
吐き出しそうな苛立ち、懐かしいくらいの歓喜。
それは人間の浅倉威が必要とする暴力への大事な引き金で。
同時に、ヒグマモンスターの食欲を満たす獲物の匂いでもあった。


未だ海水は途切れず、一歩間違えば体は水没する。
浅倉は危険など皆無とばかりに飛翔し男の前に立った。

「何者だ」
轟々と水がぶつかりあう音がうるさい。
凛として構える男、駆紋戒斗はヒグマモンスターに問う。
ただの人間の癖に、いっかな怯むこともなく。

「なんだっていい……戦え!!」
質問には答えない姿勢で、ヒグマモンスターは突進する。
戦え、捕食ではなく暴力を浅倉は優先した。

直情的なそれを横っ飛びに避け、戒斗は笑った。
獲物を見つけた、狩人の眼で。

「人か?インベスか?ヒグマか?いや……本当になんだっていいのかも知れないな」
ナシの形が刻まれた錠前を指にかけてくるりと回し握る。
彼の手癖であり、戦いの合図だ。

「変身!」
ガシャン、戦極ドライバーにはめ込まれたロックシードが両断される。
西洋風のファンファーレとともに、その姿は仮面ライダーバロンに変わった。
<<ナシ・アームズ! 梨汁ブッシャーーーー!!>>

奇天烈な鎧を纏ったライダーの登場に、浅倉も笑った。
獣の眼で、舌なめずりをするように。


391 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/25(火) 05:51:32 bKKAmaLA0


ロックシードは鎧の力だけではなく武器をライダーに与える。
本来のバロンならばバナナ・ロックシードから生み出されるバナナスピアーが武器だ。

今バロンの手にあるのは見慣れぬ銃火器。
水色と黄色を主色にしたこれまた派手なカラーリングの砲身は太く、口径も末広がりで、ラッパの形に似ていた。
玩具かパーティグッズのようなクオリティだが、バズーカ、と呼んでいいのだろうか、これは。
そう戒斗が武器に戸惑っていると、甲高い不安を煽る声がご丁寧に解説をしてくれた。
《これは梨汁バズーカなっしー!!さああぶっ放すなっしーよ!!ヒャッハァー!!!!》

「名前までふざけてるな……」

片耳を無意味だろうが塞ぎながらひとりごちる。
その間もヒグマモンスターは攻撃を仕掛けていたが、予測のつかない次元法則を無視したバロンの動きに対応できずその手は空を切っていた。
だからといって、バロンの心には余裕も慢心も無かった。
今はまだ避けられる、しかしこれが一度直撃すれば……真空を生み出しそうな勢いの薙ぎにバロンの神経は冷える。

その一方で、高揚していた。
漸くまともな『強者』に巡り会えたと。
簒奪し、乗り越えるに値する『力』の持ち主と戦えたと。
鷹取は『技』に秀でた男であった。
だから彼を乗り越えた時に手に入るのは技。

それは確かに『強者』の一パターンではあるが、戒斗の本懐ではない。
奪い取り、踏みにじる……それが本当の勝利の形。
力とは、強さの証をたてるもの。
目の前で暴れる獣は、正しく戒斗の欲するものであった。


「苛々させる……ちょろちょろと逃げてばかりか」
唸り声を上げ、浅倉はカードを取り出す。
しかし召喚器であるベノバイザーは見当たらない。食べてしまった気がする。
ならば、そうかと、ヒグマモンスターはカードをその牙で貫いた。

――スイングベント

無機質な音声と共に、ヒグマモンスターの腕から長いエビルダイバーの尾を模したムチ、エビルウィップが現れる。
異様な光景であったが、ヒグマモンスターは気にも留めない。
戦いやすい体になったものだと、いっそ感心すらしていた。
勢い良く高圧電流が走るムチを振り回し、バロンの軌道を阻害する。

「容易い!」
激とともに空を蹴り、満月を描くようにバロンは翻る。
ムチを振り切ったヒグマモンスターに照準を合わせ、引き金に指をかけた。
扱い慣れぬ武器だからこそ慎重を期す立ち回りだったのだ。

狙うはカウンター、相手の大きな攻撃の隙。
規格外のふなっしーの動きと、バズーカの合わせ技。

《ヒャッハァァーーーー!!!!》
叫び声を上げながら梨の形状をした弾がヒグマモンスターに迫る。
ヒグマモンスターは伸びきった右腕をそのままに、にやりと、笑った。


392 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/25(火) 05:52:03 bKKAmaLA0
――ストライクベント

左腕が、T字を頭につけた怪獣、回転怪獣ギロスの形に変容した。
ガントレット、と言うには些か異質であった。
腹話術の人形のように腕から生える姿は、後ろから見なければアドベントでモンスターを召喚したのかと見間違える。
取り込まれてなお、意思を持ってギロスは咆哮し、その名前通りの回転で弾を弾き返そうとする。

《梨汁ブッシャァーーー!!!》
跳ね返され、そのまま堕ちると思われた弾が静止し、奇声と爽やかな梨の果汁を撒き散らし炸裂した。
散弾となった梨の礫はギロスを、周囲を抉る。

余談だが梨の果汁のシミは酸化した血液の後に似ている。
食する際は白い衣服を着ないよう、もしくは汁をこぼさないよう注意したい。

自由気ままな弾道は正しくふなっしーの特性だ。
勿論ヒグマモンスターにもその弾は届く。
それどころか向かいの建物にもめり込んでいる。
大迷惑な武器である。
鈍い音を立てて梨が殺到していく様を眺め、戒斗は勝利を確信した。


ひゅっ、と音が遅れて聞こえた。
認識した瞬間、電撃がバロンの体を襲う。
「なぁあっ……!?」
ギロスの背後から伸びたエビルウィップが、バロンの足に絡みついていた。
ぐっしょりと、果汁まみれのムチ。
あれだけの集中砲火を食らってなおも衰えぬ腕力は礫を切り裂き僅かな隙を絡めとったのだ。

ヒグマモンスターは痛みでは怯まない、死の影も踏み倒す。
圧倒的自然を、遺伝子の暴走を支配下に入れた浅倉威は今や死ぬまで能力を落とさぬ
周囲を取り巻く津波のような『災害』であった。

人間は、自然に弱い。
津波でも、竜巻でも、ただの雨に、晴天にすら簡単に生命を奪われる。

高圧電流に悶え、バロンは地面に叩きつけられる。
ヒグマモンスターはけたたましい哄笑を伴い跳躍した。
見上げる、見上げさせられる空に映る『強者』の姿。

鈍い感覚の指でバズーカの引き金を引く。
一矢報いるのだ。

ぎりり、と食いしばった歯から漏れた音は、ビルの破壊音に紛れて戒斗の耳にしか届かなかった。




――あれは、怪物であるが、力を、自然を完全に制御していた。


冷たい水と闇の中で、戒斗は沈んでいた。
屋上の床ごと怪獣で殴られ、階下に落とされたのだ。
窓から侵入した海水がひたひたと溜り、戒斗を受け止める。
流されないのは、鎧が重量を持っているからだろうか。
それとも津波が緩やかになってきたのか。
いいや、そんなことより。

浮かび上がらなくては。
瞳をこじ開け、強く、強者にならなくては。


しかし、闇をむさぼるようにずぶずぶと沈んでいくのは、なぜだか心地よかった。
このまま、諦めてしまえば、楽になれると生命の母は戒斗に囁く。
十分強者であったと、挑戦者であったと。
そして死ねるのだ。
強い姿で死ねる。
あの怪物に死ぬ直前まで銃を構え、ぶつけたのだ。
それでいいではないか、有終の美というものだろう。
このまま浮かび上がっても、生き延びても、いるのは強者ではない。
ぼろぼろの弱者だ。


393 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/25(火) 05:52:45 bKKAmaLA0
――違う!!

光が駆紋戒斗の両目に注ぎ込まれる。
水面に、朝日が届いていた。
屈折した光は揺らめき、戒斗を導く。

ごぼり、と空気が口端から漏れる。

強者のまま死ぬだと?ふざけるな。
生きてこそ、生きているからこそ、強者足りえるのだ。
死者は、こんなぼろぼろの自分にも劣る、弱者だ。

水中で覚醒した戒斗をあざ笑うかのように、変身が解けた。
ベルトが耐久の限界を迎えたらしく、ずるりと戒斗の腰を離れる。
それを捕まえ、ロックシードだけでも回収したが。

錠前を握って、浮上していく。
開くことの無い力、まるで今の戒斗のようで。
成長しない種、実を結ばない。

それでも太陽は降り注ぎ、夜を照らした。
たった一枚の『夜』を。

戒斗は手を伸ばす、一枚の生命に。

――戦え。

夜に指先が届くと、知らない声が戒斗の意識に唆す。

――言われなくとも!!

海の誘惑を振り払い、がっしりと、生命を戒斗は掴んだ。




ヒグマモンスターは悠々と階段を降り、バロンが浮上するのを待っていた。
死体であれば食うし、生きていれば戦う。
明瞭に分けられた思考だ。

ヒグマの本能が食しつつも保存しようと働きデイパックを携えていたが、先ほどの梨の礫の被害か穴が空いている。
左腕も負傷が酷く食い捨てた。召喚しなおせばいい話だ。
不機嫌だが、食事を控えているとなると獣の心は満たされていた。

ふ、と乳白色の霧が辺りに満ち始める。
水と、日差しのせいだろうか。
それにしても不自然だ。
浅倉は、本能的に苦い屈辱を思い出す。

吹き付けるような霧、相対したライダーの中でも上位の力を持つ仮面ライダーナイトのサバイブ形態を。

「……苛々する……苛々するぜ……だが……楽しいな」
食事が遠のいた苛立ち、屈辱を蒸し返された苛立ち。
それを全て上回る、戦いへの歓喜。

今しがた想起した相手が、目の前に立っている。
どうして居るのか、そんなことは浅倉にはどうでもよかった。
戦える、その一事に心が浮き立つのだ。



海水を吐きながら、戒斗は決して膝を折らなかった。
ここで折ってしまえば二度と立てない、そう確信したのだ。
水をしたたらせ握るカードデッキ。

キィンと耳鳴りがする。
この物体に宿る記憶が、断片的に戒斗に流れていた。
記憶と言っても、このカードデッキを持つもののルール程度だ。
生命を賭して、願いのために戦い続けるというそれだけ。

水面に戒斗が映る。
その表情は死人でも、弱者でもない。
明確な意思を持った、生きる『強者』だった。

「――変身ッ!!」

カードデッキは、使用者が望むカードを吐き出す。
駆紋戒斗は望む。
生きることを。


――サバイブ


朝日が差し込むビル内に、夜の騎士が降り立った。


394 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/25(火) 05:53:07 bKKAmaLA0
【G-4:廃ビル内 朝】



【浅倉威@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ダメージ(中)、ヒグマモンスター
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ライアのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、ガイのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品×3
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる。
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:北岡ぁ……
3:目の前にいるナイトと戦い食う
[備考]
※ヒグマはミラーモンスターになりました。
※ヒグマは過酷な生存競争の中を生きてきたため、常にサバイブ体です。
※一度にヒグマを三匹も食べてしまったので、ヒグマモンスターになってしまいました。
※体内でヒグマ遺伝子が暴れ回っています。
※ストライカー・エウレカにも変身できるかもしれませんが、実際になれるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※全種類のカードデッキを所持しています。
※ゾルダのカードデッキはディケイド版の龍騎の世界から持ち出されたデッキです。
※召喚器を食べてしまったので浅倉自体が召喚器になりました。カードを食べることで武器を召喚します。
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドはデイパックに穴が空いたために流れてしまいました。


【駆紋戒斗@仮面ライダー鎧武】
状態:仮面ライダーナイト・サバイブ、重症
装備:翼召剣ダークバイザーツバイ、仮面ライダーナイトのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品一式。ランダム支給品なし。ナシ(ふなっしー)ロックシード
基本思考:鷹取迅に復讐する。力なきものは退ける。
0:生きて勝つ
[備考]
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドの仮面ライダーナイトのカードデッキ@仮面ライダー龍騎により仮面ライダーナイトになりました。
※戦極ドライバーさえあれば再びバロンに変身することもできます。



※G-4周辺にカードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドのナイトのカードデッキ以外が流れました。
 無事に流れているかもしれないし、壊れているかもしれません。


395 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/03/25(火) 05:55:31 bKKAmaLA0
投下終了いたします。タイトルはSURVIVEでお願いします。


396 : 名無しさん :2014/03/26(水) 05:51:49 rJh3CQtgO
投下乙
本格的なライダーバトルが始まってしまった……!


397 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/03/26(水) 21:44:52 rJh3CQtgO
予約延長します。


398 : ◆Dme3n.ES16 :2014/03/28(金) 07:10:14 1e2eWHNY0
予約延長します


399 : ◆Dme3n.ES16 :2014/03/29(土) 01:27:14 zpCx54lc0
纏流子、相田マナ、穴持たず4、ヒグマン子爵を追加します


400 : ◆wgC73NFT9I :2014/03/30(日) 17:06:24 k7af9rOM0
投下お疲れ様です!
今までありがたくも代理投下ばかりしていただいておりましたが、ようやく書込みができます。
皆さんの予約分も気になるところです。

私は、
布束砥信、ヤイコ、呉キリカ、夢原のぞみ、Dr.ウルシェード、
劉鳳、杉下右京、クマ吉、アルター結晶体、ヴァン、
鷹取迅、ガンダムに乗ったヒグマ、ハーク・ハンセン、チャック・ハンセン、暴君怪獣タイラント、
シーナー、キングヒグマ、穴持たず59、穴持たず39
を予約します。


津波はいつまでも海面を上昇はさせません。


401 : ◆7NiTLrWgSs :2014/03/30(日) 18:11:30 IiwKp4bc0
銀、天龍、島風、サーファー、パッチールで予約します


402 : ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:15:57 lnG5xbko0
投下します


403 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:17:01 lnG5xbko0

水没した会場を流れる一本の丸太。その上に一匹のヒグマが跨っていた。

「たすけてくれ〜〜〜!!たすけてくれ〜〜〜!!」
「落ち着くんだモン、あの船に乗せてもらうモン。おーい!」

大型の流木にまたがり枝をオール代わりにして漕いでいる黒い熊、くまモンと
流木に捕まっているペドベアーは近づいてくる救助部隊と思われるイカ釣り漁船
に手を振った。彼らが何者か知らないが丸太に乗ってるよりマシだろう。

「まさかゆるキャラまで参戦してるとはのう。全く、節操のない運営じゃわい」
「早く乗せてあげましょう」

くまモンが目と鼻の先まで近づいたと思われた―――その時。
突然、水中から黒い影が飛び出し、船の甲板に張り付いた。

「なんじゃと!?」
「ヒグマか!?やっぱ水中でも元気一杯ってことなのかぁ!?」
「大丈夫ですぞぉ吉田君!今こそ研究の成果を見せる時だぜぇ!!」

熊そのものな外見のレオナルド博士は意気揚々と腰に装備したガブリボルバーを抜き、
襲ってきたヒグマに向けて光線銃を発射する。ヒグマ細胞破壊プログラムが容赦なく
ヒグマに襲い掛かった。

「ははははははははは!!!!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

だが、黒いオーラを纏っているその細身のヒグマは光線を全く意に介さず
悠然と立ち上がり、腰に帯刀していた剣をゆっくりと引き抜いていく。

「おいレオナルドっち!なんか全然効いてねぇっぽいぞ!!」
「なんとっ!やはりデータが足りなかったですかぁっ!?」
「……いや、ていうかさぁー」

鷹の爪団は一つ大事なことを忘れていた。この会場で行われているゲームの本来の目的は
ヒグマと戦う事ではない。集めた参加者同士が殺し合うことなのだ。


「■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーッ!!!!!!」


「こいつヒグマじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!?」
「なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

雄たけびを上げるその男は漆黒の鎧騎士。ヒグマドンという目標を見失い路頭に迷っている所を
津波に襲われ流されていた英霊バーサーカーであった。強者と戦いそびれてイライラするので
とりあえず近くにいたイカ釣り漁船を襲うことにしたのだ。

「■■■■■■■■■ーーーーッ!!」
「なんだこいつは!?うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ヒグマ細胞破壊プログラム弾き飛ばしたバーサーカーは博士の隣にいた吉田君の傍へ
一瞬で近づき、手に持っていた木刀、アヤカシ殺しの妖刀童子切りを振り下ろして
脳天から真っ二つに切り裂き殺害した。

「よ、吉田くーーーーーーーん!!!!!」

絶叫する総帥を唖然としながら見るくまモンは全力でオールを漕いで漁船へ接近する。

「や、やめるモーーーーーン!待ってるモン!いま助けに行くモン!」


404 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:17:28 lnG5xbko0
◆  ◆  ◆


一方その頃。

「――――ごばぁぁぁぁ!?畜生っ!畜生ぉぉぉぉ!?なんなんだよこれはぁぁぁ!?」

放送が終わってしばらくした後、突如会場を襲い掛かった自然災害。
暴君怪獣タイラントによってもたらされた大津波に飲み込まれた
哀れな犠牲者の一人が濁流に流されながら必死にもがいていた。
アヤカシと呼ばれる特異生物と人間の混血児、ダブルブリッド・高橋幸児である。
宝具・羆殺しと名付けた強力な武器を手に入れ、有頂天になっていた彼だが
独覚兵になった樋熊さんを殺害した後は誰も見つけられずに一人街をうろついていた。
そこでこの津波である。いくら人間を遥かに凌ぐ身体能力を有しているとはいえ
都市を一つ消し去る天災が相手では一溜まりもなく、そのままなすすべもなく
瓦礫と共に流されてしまったのだ。必死にもがくが元々人体実験で肺を摘出された身。
間もなく酸欠で意識を失い命を落とすだろう。

(畜生ぉぉぉぉぉ!死ぬのか!こんな所で!なんでだよ!?なんで僕ばっかり!?)

『あなたはいつも文句ばっかり言ってるわね』

薄れゆく意識の中、幸児の脳裏で白髪の少女が自分を見下しながら語りかけてくる。

『アヤカシは最初から強いから努力や向上心を持っていない。
 あなたは人間とアヤカシの悪いところばかり見習おうとしてるわね。
 ――――現状に不満があるなら、努力すればいいじゃない?』

……うるせぇ。

意識を取り戻した幸児は筋力増幅(ブースト)によって四肢の自由を取り戻し、
まだ右手に持っていた刀を意識を朦朧とさせながら両手で握って円を描くように
振り回し、自分の周囲を360°を切り裂く。

「黙ってろ白髪犬ぁぁぁぁっっっ!!!!」

絶叫してしばらくした後、横薙ぎに切り裂いた空間が上下に割れ、
透明な羆の大口のような空間が出来上がった。






「……はぁ、疲れた……」

とあるビルの一室。オフィスのデスクに突っ伏して肩で息をする学園都市レベル5第三位、御坂美琴は
長旅の疲れを少しでも癒すために睡眠を取っている。まさか北海道へ行くつもりが宇宙まで飛び出して
しまうなんて。とんだ回り道だった。体力の消耗は著しく、いまの状態では能力も使い物にならないだろう。

「……なにやり切った気になってるのよ。しっかりしなさい美琴。まだ何もしてないじゃん」

そう、ようやく会場までたどり着いたばかりなのだ。一刻もはやく佐天さん達を助けてあげないと。
誰が犯人かは知らないが、恐らく想定外であろう大災害で会場全体が沈没してしまっている
今が救出のチャンスかもしれない。

「寝るのはあと5分、それで起きてここから出なきゃ」

『グォ!グオ!グォ〜!』

「……んん〜?」

天井から獣の声が聞こえる。そういえばここは最上階。屋上にヒグマでもいるのだろうか?
にしてもなんだこのリズムは?まるで雌が喘いでいるような……?

「何考えてるのよ、馬鹿」

ふいにツンツン頭の事を思い出してしまい、美琴が少し顔を赤くしたその時。
激しい振動と共に美琴が潜んでいるビルが斜めに傾き始めた。


405 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:17:52 lnG5xbko0
「なっ!何事っ!?」

慌てて跳ね起きた美琴はバランスを取りながら窓際まで地近づき、傾いたビルの下方向を視る。

「ちょっ!?なにあれ!?」

外界で巨大な渦潮が発生し、津波がどんどん吸い込まれているのだ。
その強烈な吸引力は周囲の瓦礫や建物までを巻き込み、すべてを飲み干そうとしていた

「ビ、ビルが津波ごと喰われている!?
 大変だ!急いで逃げなきゃ!」

窓から身を乗り出し、微量の電磁波を手足から放出してビルの壁際に張り付いた美琴は
出来るだけ高いところへ逃げようとする。だが脱出しようとする彼女を屋上から落ちてきた
巨大な物体が遮った!

「なにあれ!?きゃああああ!!」

屋上で自慰に浸っていたメロン熊が落下してきたのだ。咄嗟に電撃で応戦しようとするも
パワー不足で放出できず、そのまま衝突し無情にも巻き込まれて地上へ落下していく。

「痛っ!ちょっ!どいてどいて!死ぬ!死ぬからっ!わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

ビルと共に渦潮に巻き込まれ装になった直後、投げ出された美琴とメロン熊の姿が
唐突に空中から消え失せた。メロン熊の固有能力のテレポートが発動したのである。


図らずも九死に一生を得たレールガンの次の戦場は何処なのか?





妖刀羆殺し。胃の中にかめはめ波すら吸い込む強力なブラックホールを内臓した
上位ヒグマ「悟空殺し」の能力を引き継いだ宝具の力で空間を切り裂いたことで
周囲のすべての海水を消し去り、廃墟と化した街の道路の真ん中に大の字になって倒れ込む
高橋幸児は何かをやりきったように高らかに笑っていた。

「あはっ!あははははは!!!!!見たか白髪犬!!!!
 もう自然の摂理もボクを止められない!!!これが自由だ!!!!」

人間社会を容赦なく滅亡に追い込む自然災害。その自然現象すら克服した彼は
もはや無敵の存在だった。もう捕らえられて管理される人生とはオサラバだ。
自分はここで完全な自由を手に入れるのだ。

「―――もしもし、ああ、どうやらこの周辺の津波は消え去ったらしい。手間が省けた」

廃墟と化した建物の物陰から、電話で喋っているような話声が聞こえてきた。

「あの刀は回収しなければならないが……なるべく我々は介入しない方がいい。
 しばらく彼を泳がしておくのが得策かと」

それを聞いた幸児はゆっくりと腰を上げ、建物の向こうに居る者を凝視する。
誰だか知らないが、また自分を監視して管理するつもりなのか?

「ああ、邪魔だよ。ここは僕の居場所なんだからさぁ。」

やや調子に乗った幸児はその場から跳ね起き、羆殺しを大きく上下に振り抜いた。
すると、幸児の体が一瞬で話し声が聞こえてきたコンクリート壁まで移動した。
空間を削り取ったことで自身を瞬間移動させたのである。そして続けざまに壁に
刀を叩きこみ、コンクリート壁を跡形もなく消滅させる。
右手に携帯電話をもった小柄なヒグマが慌てたように振り向いた。

「消えろぉぉぉ!ボクを縛る奴は人間だろうがヒグマだろうがみんな消えちまえぇぇぇぇ!!」

幸児は絶叫しながらヒグマに消滅の力をもつ妖刀を振り上げ、叩き込もうとする。
だが、突然、なんの前触れもなく空中を飛び上がっている幸児の全身に孔が空き、
至る所から血を吹き出して吹き飛ばされた。

「なに!?―――がはぁ!?」

幸児は何が起こったかも分からず刀を振り上げた体勢のまま地面に落下し、
そのまま激痛に悶えて地面を転がりまわった。


406 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:18:46 lnG5xbko0
「がごげぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
『どうしたのシバさん、なんか起こった?』
「参加者の一人に襲われたので正当防衛に移行した。細胞物質を分子レベルに分解して
 全身に孔を穿った。大丈夫だ。まだ死んではいない」
『少しは手加減しろ。大事な実験対象だぞ』

地上に出てきた穴持たず48シバさんは電話で喋りながら苦しむ幸児を悠然と見下ろす。

「もうこいつは使い物にならなそうだな。悪いが刀だけ回収させてもらおうか」

ゆっくりこちらに手を伸ばしてくる冷たい目をしたヒグマを幸児は睨み付ける。

「ざけんなよ。ここはボクの聖地なんだ。お前らは消えろ!消えてなくなれぇ!」

再び刀を強く握った幸児は人外の筋力で、羆殺しをヒグマに向けて投げつけた。
刀は突然の速度についていけず防御が遅れたシバさんの顔面に直撃し、頭を吹き飛ばしながら
羆殺しまるで自分の意思を持っているかのように空高く飛んで行った

「へへっ、どうだ白髪頭ぁ?少しは努力してやった、ぜぇ――――」

幸児が満足気に笑顔を浮かべた数秒後、彼の全身の細胞組織が分解され、
50.01%のダブルブリッドはこの世界から跡形もなく消滅した。

『シバさん!?大丈夫か!?』

地面に倒れ伏す首のないヒグマの肉体。その頭部の斬れ口から端正な顔つきの青年の頭が飛び出し、
無表情で地面に落ちた電話を手に取った。

「大丈夫だ、問題ない。やれやれ、オーバーボディを来てなかったら即死だったな。」

腰を上げたシバさんは壊れたヒグマの着ぐるみを脱ぎ捨て、一張羅のような白い制服を着た
本来の姿を露わにする。帝国住民に誤解されないように普段はヒグマの姿をしているが、
自分は工藤健介や烈海王のようなスタディの実験に志願して人間からヒグマになった者の一人らしい。
らしい、というのはどうも実験の副作用で記憶に障害ができていて自分が何者だったのかあやふやなせいだ。
とりあえず強力な能力を持っているので面倒を見てもらっている帝国に貢献する為働いている訳であるが。
シバさんが遠くの方を見ると、まだまだ大量の海水が会場を覆い隠しているようだった。

「羆殺しを回収しそびれた。仕方がないので津波対策は自前の能力で実行することにする。」
『なんだって!?――――ちょ、ちょっと待て!』

シバさんは腰から専用デバイス、シルバーホーンを抜き、海面に向けて引き金を引いた。

「マテリアル・バースト(質量爆散)」

質量をエネルギーに分解する究極の分解魔法が数キロ先の海面に襲い掛かり、
会場の南西部が戦略兵器級の凄まじい爆発に包み込まれた。


407 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:19:06 lnG5xbko0
「がごげぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
『どうしたのシバさん、なんか起こった?』
「参加者の一人に襲われたので正当防衛に移行した。細胞物質を分子レベルに分解して
 全身に孔を穿った。大丈夫だ。まだ死んではいない」
『少しは手加減しろ。大事な実験対象だぞ』

地上に出てきた穴持たず48シバさんは電話で喋りながら苦しむ幸児を悠然と見下ろす。

「もうこいつは使い物にならなそうだな。悪いが刀だけ回収させてもらおうか」

ゆっくりこちらに手を伸ばしてくる冷たい目をしたヒグマを幸児は睨み付ける。

「ざけんなよ。ここはボクの聖地なんだ。お前らは消えろ!消えてなくなれぇ!」

再び刀を強く握った幸児は人外の筋力で、羆殺しをヒグマに向けて投げつけた。
刀は突然の速度についていけず防御が遅れたシバさんの顔面に直撃し、頭を吹き飛ばしながら
羆殺しまるで自分の意思を持っているかのように空高く飛んで行った

「へへっ、どうだ白髪頭ぁ?少しは努力してやった、ぜぇ――――」

幸児が満足気に笑顔を浮かべた数秒後、彼の全身の細胞組織が分解され、
50.01%のダブルブリッドはこの世界から跡形もなく消滅した。

『シバさん!?大丈夫か!?』

地面に倒れ伏す首のないヒグマの肉体。その頭部の斬れ口から端正な顔つきの青年の頭が飛び出し、
無表情で地面に落ちた電話を手に取った。

「大丈夫だ、問題ない。やれやれ、オーバーボディを来てなかったら即死だったな。」

腰を上げたシバさんは壊れたヒグマの着ぐるみを脱ぎ捨て、一張羅のような白い制服を着た
本来の姿を露わにする。帝国住民に誤解されないように普段はヒグマの姿をしているが、
自分は工藤健介や烈海王のようなスタディの実験に志願して人間からヒグマになった者の一人らしい。
らしい、というのはどうも実験の副作用で記憶に障害ができていて自分が何者だったのかあやふやなせいだ。
とりあえず強力な能力を持っているので面倒を見てもらっている帝国に貢献する為働いている訳であるが。
シバさんが遠くの方を見ると、まだまだ大量の海水が会場を覆い隠しているようだった。

「羆殺しを回収しそびれた。仕方がないので津波対策は自前の能力で実行することにする。」
『なんだって!?――――ちょ、ちょっと待て!』

シバさんは腰から専用デバイス、シルバーホーンを抜き、海面に向けて引き金を引いた。

「マテリアル・バースト(質量爆散)」

質量をエネルギーに分解する究極の分解魔法が数キロ先の海面に襲い掛かり、
会場の南西部が戦略兵器級の凄まじい爆発に包み込まれた。


408 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:19:21 lnG5xbko0

◆  ◆  ◆



「フィリップくーーーーん!!!!!」

水上移動用小型船舶型メカ『鷹の丸』の船上で惨劇を繰り広げるバーサーカーは
吉田君に続いてフィリップ君の全身を瞬時に切り刻んで殺害した。

「い、今助けるモン!」
「え?―――ぬおおおおおっ!?」

その様子をみていてもたっても居られなくなったくまモンは釣り針に引っかかったペドベアーを
引っ張り上げ、モーニングスターの様にぶん廻して振り回して船の上のバーサーカーに向けて
投げつけた。バーサーカーは振り向くも対応できず、ペドベアーを側面に叩きつけられ吹き飛ばされた。

「■■■■■■■■■ーーーーッ!?」

その吹き飛ばされたバーサーカーの体が不可視の力で逆エビ反りに折り曲げられ、
船板にクレーターを作って叩きつけられた。抵抗しようとするも、その体勢のままピクリとも動けない。
鷹の爪団最強戦力の菩薩峠君のサイコキネシスである。見た目は大きな目をした紫色の気持ち悪い子供だが
地球の自転を反転させたり異星人の艦隊を蹴散らす程の強力な超能力を持つ彼の能力の前には
バーサーカーも一溜まりもなかったのだ。完全に動きを封じられ膠着する漆黒の騎士。

「もう大丈夫だよパパ」
「おお、よくやった!菩薩峠くん」
「もうちょっと早く使ってくださいよ。二人を蘇生させるの面倒ではないですか。」
「すごい!あの子供強いモン!」

甲板に引っかかり気絶するペドベアーに引っかかった釣り糸をよじ登ってようやく
くまモンが船の上に辿りついた。

「で、この騎士さんどうします?」
「ヒグマじゃないみたいだけど、危ないから殺しとこう」
「うん、わかったよパパ」

バーサーカーに止めを刺そうとする菩薩峠君。だが、不意に異変を感じ北の方角に振り向いた。

「え?」
「な、なんじゃありゃ!?」
「赤い津波!?」
「ち、違う!爆風だ!巻き込まれるぞぉぉぉぉ!!」

シバさんが先ほど放ったマテリアル・バーストによる質量爆発による熱風が、
海水ごと全てを無に帰そうとするように高速で船体に迫っていた。

「か、回避ぃぃぃぃ!!」
「間に合う訳ねぇだろっ!うわあああああああ!!!!!!」

破滅の光が鷹の丸を飲み込み、会場の南西部が灼熱の炎に包み込まれた。


409 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:19:45 lnG5xbko0


◆  ◆  ◆



仕事を終えたシバさんは無表情でシルバーホーンをホルスターに仕舞いこむ。
欠陥のない穴持たずが唯一持っていないのは、かめはめ波のような強力な遠隔攻撃手段だ。
その点においては自分は並のヒグマよりはるかに優れていると言えよう。
まあ彼らの筋力ならそこら辺の岩でも投げつければ小型ミサイル並の威力が出せると思うが。

「ミッションコンプリート」
『……じゃ、ねーよ!なにしてんのシバさん!今の絶対地上のヒグマも巻き込んじゃったでしょ!?』
「え?あの程度の攻撃じゃ死なないだろヒグマ?」
『いやいや!結構強さの個体差大きいから!あー、もういいよ。
 羆殺しと津波はこっちでなんとかするから本部に帰ってきて。』
「あ、ああ。了解した。すまない」

電話を切ったシバさんは深く溜息をついた。

「やはり駄目だな俺は……所詮は劣等生か」

強力な能力も有効に使いこなして成果を挙げねば意味がない。
そもそも人間を見るだけで一瞬で分解出来て何が嬉しいというのだ。
社会を動かすのは破壊ではなく生産である。屋台を経営し刀鍛冶としても才能を
発揮している灰色熊や艦むすの製造ラインを作りだしたヒグマ提督達の方がよほど自分より
帝国に貢献しているといえよう。役に立たない必要以上の力など宝の持ち腐れに過ぎないのだ。

「平和になったら布束さんに師事して技術部に回してもらうか。
 俺の演算能力も評価してもらいたいものだな」

そう思いながらシバさんは寂しそうに地下帝国に続くマンホールを目指して歩き出した。


【高橋幸児@ダブルブリッド 死亡】


【D-6 廃墟/昼】

【穴持たず48(シバ)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、記憶障害、ヒグマ化
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、ランダム支給品1〜2(武器ではない)
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:帝国へ帰還する
[備考]
※司馬深雪の外見以外の生前の記憶が消えました
※ヒグマ化した影響で全ての能力制限が解除されています

※シバさんのマテリアルバーストで島の南西部の島内の海面がすべて蒸発しました


410 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:20:05 lnG5xbko0

「……んん〜?」

激しい爆発に巻き込まれ一時的に気を失っていたくまモンはよろけながら体を起こす。
周囲を見回すと総帥とベルナルド博士も同じように起き上がろうとしていた。

「た、助かったのか?」
「そのようですな。おお!見てください!」

博士が指さした先には紫色の救世主が居た、宙に浮いた菩薩峠君が強力のバリアを張って
マテリアルバーストの破壊をシャットアウトしたのである。

「うおおおおおおお!!!でかしたぞ菩薩峠君〜〜!!!」

菩薩峠君は歓喜する総帥の方を振り向き、嬉しそうににっこりと笑った。
その次の瞬間、切断された菩薩峠君の頭部が笑った形のまま地面に落ちた。

「え?」
「ぼ……菩薩峠く〜〜〜〜〜〜〜ん!!!????」

地面に落ちた紫色の子供の頭部を踏みつぶしたのはバリアを張ったおかげで
サイコキネシスから解放されたバーサーカーである。

「■■■■■■■■■ーーーーッ!!」
「い、命の恩人になんてことするモン!もう許さないモーーーン!」

怒り狂ったくまモンは回転しながらバーサーカーに突撃してスレッジハンマーを叩き込んだ。
漆黒の甲冑騎士はそれを振り向きざまに童子斬りで受け流す。ぶつかり合う鈍器と鈍器の間に火花が飛び散った。

「■■■■■■■■■ーーーーッ!?」

だが均衡が崩れ徐々に押されていくバーサーカー。ゆるキャラでもヒグマ。
東京へ出てアッコさんに鍛えられたその力は並大抵のものではない。

「おお!いいぞくまモン!」
「モブォッ!?」
「あっ」

バーサーカーの強烈な回し蹴りがくまモンの腹部に叩き込まれた。
そのまま背後で気絶しているペドベアーを巻き込み、船を飛び出して遥か遠方の森の中へと吹き飛ばされていった

「……■■■■■■■■■……」

バーサーカーはくまモン達を追わずに立ち尽くす二人の男の方を向いている。
ベルナルド博士は総帥のパイプに火をつけた。一服する総帥。

「……すまんな、ベルナルドっち」
「私の研究はあのゆるキャラたちが引き継いでくれることを祈りましょうかね」

総帥はこちらに突っ込んでくるバーサーカーを見つめてニヤリと嗤った。

「せめてもの手向けじゃ、受け取れぃ!」

瞬時に二人の首を斬りおとすバーサーカー。崩れゆく総帥の手から四角い何かが落ちた。
髑髏マークの描かれたスイッチである。

「―――■■■■■■■■■ーーーーッ!?」

総帥が船の自爆スイッチを押したのだ。
質量爆破程ではないが、凄まじい爆発がバーサーカーに襲い掛かり、火柱が船体を覆い隠した。


411 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:20:37 lnG5xbko0


「――――あれ?あそこで気絶してるのは?」

海面が蒸発したことで再び地面が見えるようになった森の中。
テレポートで移動した背中に気絶した美琴を引っ掛けたメロン熊が
意外な知り合いを発見する。

「くまモンとアナログマじゃない!ひさしぶりね!」

くまモンを揺さぶって起こそうとするメロン熊。
その体からSF作品に出てくる光線銃のようなものがポロリと落ちた。


【総統@秘密結社鷹の爪 死亡】
【吉田君@秘密結社鷹の爪 死亡】
【レオナルド博士@秘密結社鷹の爪 死亡】
【菩薩峠君@秘密結社鷹の爪 死亡】
【フィリップ@秘密結社鷹の爪 死亡】


【C-7 森/昼】

【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:気絶
装備:釣竿@現実
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実
   博士用ガブリボルバー(ヒグマ細胞破壊プログラム内蔵)
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
1:あの一団(鷹の爪団)と接触してみる。
2:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
3:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
4:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
5:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
6:メロン熊は、本当にゆるキャラを捨て去ってしまったのかモン?
7:とりあえず、別の場所に連れて行ってクマーの話を聞くモン
8:あの少女は無事かな……
9:バーサーカー許さないモン
[備考]
※ヒグマです。

【クマー@穴持たず】
状態:気絶、アンテナ、気絶
装備:無し
道具:無し
[備考]
※鳴き声は「クマー」です
※見た目が面白いです(AA参照)
※頭に宝具が刺さりました。
※ペドベアーです
※実はカナヅチでした

【メロン熊】
状態:喜悦
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる
1:悦びに身を任せる
[備考]
※鷹取迅に開発されたので、冷静になると牝としての悦びを思い出して無力化します。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。
※御坂美琴が引っかかっていることに気づいていません。

【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:気絶、ずぶ濡れ、能力低下
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:佐天さんと初春さんは無事かな……?
1:なんで津波が島を襲ってるんだろう?
2:あの『何気に宇宙によく来る』らしい相田マナって子も、無事に戻って来てるといいけど。
3:今の私に残った体力で、このまま救出に動けるかしら……?
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が大幅に低下しています。


412 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:21:04 lnG5xbko0

地面に倒れ伏す騎士を起点に地面に根が張り巡らされている。
最強のアヤカシ、空木が己の半身を削って人間に与えた木刀童子斬りが
寄生主を生かすため地面から養分を吸い出しているのだ。
今の致命傷を負ったサーヴァントを回復させればマスターの雁夜は確実に命を落とすだろう。
だが植物と英霊のハイブリッドと化した今のバーサーカーにそのような心配はない。
植物の根は更なる栄養を求めて地下を深く深く潜り込み、やがて開けた空間に最高の栄養源を見つけ出した。

―――――とある世界で世界のエネルギー問題を解決へ導いたという究極の発電機関、示現エンジンである。


【B-7 更地/昼】

【バーサーカー@Fate/zero】
状態:瀕死、寄生進行中2/3、ヒグマ帝国の示現エンジンからマナを供給中
装備:無毀なる湖光、童子斬り
道具:基本支給品、ランダム支給品1〜2
基本思考:バケモノをころす
[備考]
G-5のヒグマドンに向かっています。
※ヒグマ・オブ・オーナーに関する記憶が無くなっています。
※バケモノが周囲にいない間は、バーサーカーとしての理性を保っています。
※バケモノが周囲にいる間は、理性が飛びます。
※童子斬りにより地中よりマナを供給しており、擬似的な単独行動スキルとなっています。
※マスターが死んでも現界し続けるでしょう。


◆  ◆  ◆


「うひょ〜〜〜!!向こうは派手にやってるな〜〜〜!!」
「ああ、向こう側に流されなくて良かったな、流子」

会場の上空。鮮血疾風で空を飛んでいる流子は南西部で立て続けに起こった大爆発を
高みから見物していた。あの攻撃の元凶はヒグマなのか参加者なのか?
いずれにせよとんでもない奴が会場に居ることは間違いないだろう。

「あたし達ももっとつよくならなきゃな!鮮血!」
「ああ流子!……ん?なんだあれは?」

鮮血が下を見ると、何かがこちらに高速で接近してくるのが見えた。

「いかん!よけろ流子!」
「え?がはぁっ!?」

反応が間に合わず飛来した物体にぶつかる流子。それは上空へ向かって投げ飛ばされた穴持たず4であった。
会場の外の海まで投げ飛ばされる筈だったそのヒグマは衝突により軌道を変え地面へ落ちていく。
少しよろめいたものの、なんとか空中で体勢を整え持ち直す流子。

「痛て……なんだったんだあのヒグマ?」
「わからん、だが空を飛ぶヒグマがいてもべつにおかしくないだろうな」
「ははっ確かに――――――――」

ドゴォッ!

「……え?」
「りゅ……流子ぉぉぉぉ!!??」

突然、背後から襲われた流子の胸から腕が貫通して飛び出し、心臓を掴み出された。

「あはっ!おお〜キミのハート、すっごく綺麗だねぇ〜キラキラしてるよぉ〜!」
「な、なんだコレ?誰だてめぇはぁ!?」

後ろを振り向くと、天使の翼を背中から生やした金髪の美少女が笑っていた。
生命繊維でできた心臓を掴み出してキュアハートは耳元で流子の囁く。

「あなたのプシュケー、宝石みたいだね。私に頂戴!」


413 : 羆帝国の劣等生 ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 20:21:44 lnG5xbko0

【I-7上空/昼】

【纏流子@キルラキル】
[状態]:健康、鮮血疾風使用中、心臓を掴み出されている
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、鮮血@キルラキル
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに対する抵抗
1:智子を探す
2:痴漢(鷹取迅)を警戒
3:キュアハートから逃げる

【相田マナ@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル、ニンジャスレイヤー】
状態:健康、変身(キュアハートエンジェルモード)、ニンジャソウル・ヒグマの魂と融合、
   纏流子にハートブレイクショット
装備:ラブリーコミューン
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:食べて一つになるという愛を、みんなに教える
0:そうか、ヒグマさんはもともと、愛の化身だったんだね!
1:任務の遂行も大事だけど、やっぱり愛だよね?
2:次は『美琴サン』に、愛を教えてあげようかな?
3:流子ちゃんに愛を教えてあげる
[備考]
※バンディットのニンジャソウルを吸収したヒグマ7、及び穴持たず14の魂に侵食されました。
※ニンジャソウルが憑依し、ニンジャとなりました。
※ジツやニンジャネームが存在するかどうかは不明です。
※山岡銀四郎を捕食しました

【穴持たず4】
状態:軽傷、疲労、地面に落下中
装備:無し
道具:無し
[思考・状況]
基本思考:強者と闘う
0:なんだあの人間は!?


「グルルルル〜〜〜」

南東部のとあるビルの屋上。SCP-777-J・ダークブレイドから奪い取った正宗で
爪を研ぎながらヒグマン子爵は先ほどの放送を思い出す。
呼ばれた名前が余りにも多すぎて聞き流してしまいそうになるが、
違和感を感じ、その正体を突き詰めることに成功した。

巴マミ。

確実に殺して捕食した筈の少女の名前が呼ばれていないのだ。
まさかあの状態から回復したというのだろうか?だとすれば深刻な問題である。
餌の喰い残しは我がポリシーに大きく反するのだ。

そう思っていると、空中から飛来した物体が甲高い音をあげながら屋上の床に突き刺さった。

「グルル?」

それは刀であった。遥か遠くから次の使い手を探すように飛んできた呪われし最強の宝具。
ヒグマン子爵はその刀を迷わず手に取り、床から抜き取った。
両手に二本の刀を装備するその姿はまるで剣豪、宮本武蔵のようである。

「グルルルルル!!!!」

もう一度巴マミを喰らう為、羆殺しを入手したヒグマン子爵は雄たけびを上げながらビルの上から飛び出した。


【E-6・街/昼】

【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹だがそろそろ喰いたくなってきた
装備:羆殺し、正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本:獲物を探す
0:巴マミを捜して喰らう
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう


414 : 名無しさん :2014/03/30(日) 20:22:17 lnG5xbko0
終了です


415 : 名無しさん :2014/03/30(日) 21:29:27 ZFL0sGKA0
投下乙
ヒグマも人も圧倒する無差別マーダーのバーサーカーやマナさんの脅威
浅倉もまだ生きてるしはたしてこのマーダーと闘いながら
ヒグマと人類同士戦うことができるのだろうか


416 : ◆Dme3n.ES16 :2014/03/30(日) 23:34:31 lnG5xbko0
感想ありがとうございます。
時間帯を【昼→午前】に変更します。
あとベルナルド→レオナルド


417 : 名無しさん :2014/03/31(月) 19:29:08 ns0XjoNc0
投下乙です
展開については特に言うこともないのですが鷹の爪団に関しては口調、一人称、呼び名がほとんど間違っています

まず地の文の総統が全部総帥になっています

>>402
「おいレオナルドっち!なんか全然効いてねぇっぽいぞ!!」
「なんとっ!やはりデータが足りなかったですかぁっ!?」
「……いや、ていうかさぁー」

鷹の爪団の誰も博士をレオナルドっちとは呼びません。あと口調がメチャクチャなので誰が誰だか分かりません

>>408
「フィリップくーーーーん!!!!!」

「もう大丈夫だよパパ」
「おお、よくやった!菩薩峠くん」
「もうちょっと早く使ってくださいよ。二人を蘇生させるの面倒ではないですか。」
「すごい!あの子供強いモン!」

フィリップは全員から呼び捨て。菩薩峠くんは基本的に「パパ……」としか言いません
あと蘇生とありますがフィリップはともかく吉田くんはどうやって?

>>410
「……すまんな、ベルナルドっち」
「私の研究はあのゆるキャラたちが引き継いでくれることを祈りましょうかね」

博士の一人称は俺で口調はべらんめえ口調です

おそらく未把握で書いたのでしょうが口調や一人称などの最低限の再現はしてください


418 : 名無しさん :2014/04/01(火) 04:07:22 7IRbX25s0
投下乙
シバさん何やってんだよww


419 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/02(水) 23:53:36 yz7uFIXkO
申し訳ない、間に合いそうもないので予約破棄で
新たに予約が入らないなら一週間以内には投下します。


420 : ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:20:46 oSXcxb9g0
皆様お疲れ様です。


ライダーバトルは、二人とも真面目に白熱した戦闘を展開しており、今後が非常に楽しみです。
私は戒斗さんが津波を走って逃げ切った衝撃の事実に抱腹絶倒でした。
ちゃんと火を通して喰ってヒグマになったのなら、やはりきっと、浅倉さんはもともとヒグマの資質があったのかもしれませんね。


シバさんは色々な意味でいい仕事されてますね。よくない面の方が多いようですが。
高橋くんはもう少し早く頑張り方に気づいていれば……。
あと、くまモンは喋りません。
邂逅したゆるキャラ(?)3体と御坂さんの行方も気になるところ。
予想通りのバーサーカー無双でしたが、雁夜おじさんのご健康をお祈りいたします。
あと、くまモンは喋りません。
あと、くまモンは喋りません。


私は、予約していた
布束砥信、ヤイコ、呉キリカ、夢原のぞみ、Dr.ウルシェード、
劉鳳、杉下右京、クマ吉、アルター結晶体、ヴァン、
鷹取迅、ガンダムに乗ったヒグマ、ハーク・ハンセン、チャック・ハンセン、暴君怪獣タイラント、
シーナー、キングヒグマ、穴持たず59、穴持たず39
を投下いたします。


421 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:22:37 oSXcxb9g0
 ヒグマの繁殖期は6〜7月。
 繁殖可能年齢は、約4歳以降。
 一度に出産する子どもの数は、約1〜3匹程度。

 他の多産な哺乳類、況や大半の鳥類、爬虫類、両生類などと比較しても、ヒグマの繁殖速度は決して早くはない。

 彼らヒグマは、『質より量』ではなく『量より質』の繁殖戦略――『K戦略』をより強く採った種である。
 熊の繁殖能力とは、つまり、生んだ個体を、確実に生き残るような強力な子供として産み育てる能力である。
 シーナーたちが後に大量作成したヒグマたちも、それゆえに、生れてすぐに高度な自我を持ち、言語を操り、強靭な己の肉体を操作することができた。


 『野生の繁殖パワー』とくくることで、その戦略を、『質より量』の『r戦略』と混同することは、大きな誤りである。


 ――この誤りは、双方の戦略者の実力を、共に誤認することに繋がる。


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


 津波を切り裂く、桃色の光。
 押し寄せる潮位は島の崖をたやすく乗り越えるも、その光の背後にて落ちる滝の元には被らなかった。

「よーっし! これでキリカちゃんやヤイコちゃんは無事だよね」

 プリキュア・シューティングスター。
 海水をその突進力で裂ききったキュアドリームは、満足そうに後方を振り返る。
 既に津波はその勢いを潜め、島の外へと波を引き始めていた。
 水を裂く光を弱め、波の間に着水するも、水位は後方の海食洞を覗かせる程に落ち着いている。

 島の岸から1キロメートルばかりも直進してしまっただろうか。
 首輪を布束砥信に外してもらったとはいえ、流石に島から離れすぎた。
 戻ろうと波間からキュアドリームが飛び立とうとした時、彼女は足首に鋭い痛みを感じた。

「いヒぃッたーい!! なになになになに!? 何なの?」

 慌てて水中から浮かび上がり足下を見やる。
 左の足首に、長径30センチメートル程の、真っ黒い楕円形の塊が取り付いていた。
 力任せにはぎ取ると、それはふくらはぎの肉をぞっくりと抉り取りながら離れる。
 痛みを堪えながら、その物体を観察した。


 固い。
 まるで木か石のような手ごたえだが、黒い表皮は明らかにクマの毛皮のような細かい毛に覆われている。
 左右に、枯れた枝のようなものが4本ずつ飛び出しており、何かの種か木の根のようにも見えた。
 脚から離した裏側は、黒いヒダが横に並んでいて昆虫の腹部のようだが、そちらもやはり固く、洗濯板のようになっていた。

 左脚の肉を抉った部分は、よくわからない。
 もしかするとこれが生き物で、噛みちぎられたのかとも思ったが、血も海水で流れており、一見しただけではどこにも口のようなものは見あたらなかった。


「……なんだろうこれ……。ただの変な石?
 わたしの脚にぶつかってきただけなのかなぁ……」


 キュアドリームは、それを海に放り捨てようと、頭上に掲げる。
 その時、その物体が鳴いた。

「ちぃぃぃぃぃぃ……」
「ひえぇ!?」

 右手の先で、その物体は4対の枝のような脚を動かし、体の先端から、鋭い牙を覗かせていた。
 ほぼ真円形に開いた口が、手の肉を抉ろうと身を捩らせている。
 驚きで、夢原のぞみは反射的にその物体を投げ出した。

 手を離しざま、その物体は口のある方とは反対側の端から、濁った液体をのぞみに吹きかけてくる。
 プリキュアの衣装に、わずかだったがその褐色の汁が付着した。
 波間に沈む物体を見送りながら、夢原のぞみはその気色悪さに改めて戦慄した。

「うわぁ〜ばっちぃ……。本当に何なのあれ……。
 津波で変な生き物が来ちゃったのかなぁ……。布束さんって、ここの島の人だったみたいだから、後で訊いてみよう……」

 海水でその汁を洗い落とし、足首の傷を押さえながら、キュアドリームは島の西側へと飛び帰っていった。


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


422 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:24:00 oSXcxb9g0

 中島の中川堤の下に変なものが現れた。死んだ牛のように見えるのが、水面に背をさらして久しく動かないので、あるいは大木の朽ちたのだと言い、また苔むした石だなどと、人々は言い合った。
 水練の達人が近寄って撫で回したりしたが、なにしろ流れの激しい場所で、ゆっくり調べることができない。ただ『黒くて皮の手触りがある。頭もなく口もなく、左右に枝のごときものが二三本出ている。おそらく枯木の根ではないか』とのことだった。
 近くの山田村の牛かもしれないと、いちおう尋ねたけれども、やっぱり牛ではなさそうだった。鍬で叩いたり竹で突いたりしてみると、ただバンバンというばかりで鍬の刃も入らないながら、木石などではなく、何か知らないが生き物の皮だろうと思われた。

 その後、川水の少ない日に、地元の若者たちが黒皮のごときものの周りに寄り集まって、一鍬ずつ力いっぱい打ち込んでみるに、だれも刃が立たなかった。

「こいつ、絶対に生き物じゃないよ」

 そう言い合って、みな岸に腰かけて煙草を吸っていると、そこへ「椰子の実」という一抱えばかりの木の実が流れ下ってきた。これは白山の谷間に生ずるといわれ、表面は毛の生えた皮で、中に髑髏のような果肉があり、白い油が満ちている。油は甘くて美味なので、土地の者は実を拾って吸う。
 その椰子の実が黒い物の前へ流れてくるや、そいつは枝のような手を伸ばした。そして実を引き抱え、目も口もないところへ押し当てて、たちまち白い油を吸い尽くすと、殻を捨て流した。
 これを見て、百姓たちは驚き呆れた。

「生きているぞ。化け物だ。打ち殺せ」

 みな立ち騒いだが、鍬の刃も立たない、どうするか。だれかが思いついて、藁に火をつけ、黒い皮の上に置いた。他の者たちも次々に焼け草を投げかけ投げかけするうちに、シュウシュウと音がして油臭さが漂ってきた。

「それ、今だ」

 鍬を振り上げてしたたかに打つと、焼け爛れた跡だから、一寸ばかりも切り込み、黒い血も少し流れ出たように見えた。


 そのときだ。


 大地も覆るようなドウドウという水音が轟いて、今まで渇水していた川に、一丈あまりの水かさの大波が川上から押し寄せた。
 驚いた百姓たちが一目散に逃げたあと、黒い死牛のごときものは、水がかかると同時にコロコロ転がるように見え、するとたちまち幾重の堤防がいっせいに崩れ落ちた。逃げ延びたと思った百姓たちが振り返ると、水は彼らを追いかけるように、道なき田畑を走り流れて来た。

 それからというもの、方々で水が溢れ、周辺は長らく水害に苦しむこととなった。黒い獣が転がっていくと見えた場所は、たちまち淵となって、水難は止まない。獣は、中国の伝説の「天呉」とかいうものだろうか。『目鼻がなく、よく川の堤防を破る』などと聞いたことがある。
 とにかく人力の及ぶものではなく、仏の力にすがるしかないということになって、百日間、家ごとに毎朝、川に向かって観音経を唱えた。
 その効験か、または単に時節が来たからか、ある夜、闇の中に薄赤い光があって、黒い獣が川上へと向かうのが見えた。その後、水が引いて、今の土地の様子になったのである。


 俗説に『水熊が出た』というのは、この出来事をいう。


 (堀麦水『三州奇談』二ノ巻「水嶋水獣」より)


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


423 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:26:20 oSXcxb9g0

『【暁美ほむら 死亡】
 【クリストファー・ロビン 死亡】
 【黒木智子 死亡】
 【夢原のぞみ 死亡】
 【呉キリカ 死亡】
 【高橋幸児 死亡】』


 という文字列がモニターに映し出されている。

 火山より現れた巨人。
 島の全体を包むように襲った津波。
 参加者の仕業とも外部からの介入ともつかない事態の連続だった。


 しかし首輪は、滞りなくこの殺し合いが進行していることを伝えていた。
 研究所内の受信機は、首輪の盗聴器からの音声もしっかりと拾っている。


 クリストファー・ロビンと黒木智子は、何らかの手段で地下の研究所の存在に気づいたが、禁止エリアに入って爆死したものらしい。
 夢原のぞみと呉キリカは、帝国内に偶然侵入してしまったところを布束砥信がその能力で排除したようだ。
 高橋幸児は、無謀にも穴持たず48に襲い掛かり、正当防衛を受けて分解された。


 問題は暁美ほむらである。
 彼女は穴持たず12の捕食により死亡したと思われるが、どうやら近隣にいた参加者の会話を拾うに、信じられないことだが首輪の外れた肉片の状態でしぶとく生き残っている可能性がある。
 さらに、穴持たず1が『例の者』に接触したらしい。
 また、参加者たちにペラペラと余計な情報を喋っている、外部より連れてこられたヒグマが2名いる。
 声にならない声を発しながら人間を切り刻んでいたらしい参加者もいたようだが、それにしては死亡者のリストが増えていないことも気になる。
 これは看過してよい状況なのか否か――。


「――キングさん。状況は把握できましたか」


 背後から、何の前触れもなく声がかかる。
 荒れた研究所の一角に、骨と皮ばかりの影のようなヒグマが現れていた。
 穴持たず47、シーナーであった。
 呼びかけられたキングヒグマは、操作を覚えたての機械画面から目を離し、シーナーの虚ろな瞳に向けて唸り返す。


『ご苦労様ですシーナーさん。ようやく島内センサネットワークをリストアして被害状況が確認できたところです。
 ご指摘の通り、津波の到来と巨人の出現により、地上の損壊状況は激しい模様です。
 E−5およびD−7エリアは巨人が踏破。目立った建物がないことが幸いでした。
 その他、E−5以外のエリアは基本的に津波によって冠水。シーナーさんのいたE−6の他、A−5、B−5、C−4、D−4、D−5は比較的地上の損壊は軽微なようですが、今後の引き波によって被害は更に拡大するものと思われます』
「あと、A〜Dの6〜9あたりは、シバさんが盛大に爆破して下さったようですね」
『……聞いていらっしゃったんですか、今さっきの電話』
「はい。識(み)ました。建造物と参加者・ヒグマに影響がなければいいんですが……」
『センサが生きているので、爆心地付近はともかく、それほど会場の破壊に繋がってはいないかと……』


 高橋幸児の音声を拾ったことで、『羆殺し』なる宝具が出現したことは認知されていた。
 同胞のヒグマの一頭が武器と融合したものらしく、シーナーやキングヒグマにとっても気になる物品ではある。
 そしてシーナーが津波を確認した後の呼び掛けで、シバはそれを回収して津波の収拾に当てるという案を出していた。
 だが、当の本人が収拾案を盛大に反故にして会場を撹乱しているのだから世話はない。
 信頼に足りるかと言われれば、正直心もとない。

 一方でキングヒグマは、布束砥信とヤイコがある程度復旧させた研究所の機能を、当座のところ順調に使いこなしていた。
 操作中にクロスゲートを誤作動させてしまい、人間を一人、近海の海上に呼び出してしまったが、大きなミスはその程度だ。
 撹乱の多い会場の環境を少しでも把握すべく、彼は主催者然とした行動を着実に積み重ねている。


424 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:27:08 oSXcxb9g0

 シーナーの表情は渋い。

「……あなたも、パッチールの派遣および帝国の維持、ご苦労様です。あなたが君臨しているからこそ、我々が行動できるのですから」
『労いは有り難いのですが、何か、ご不満があるのでは』
「いえ……。ただ、これらの異変を原因から止めない限りは、再三再四、異変が起きる可能性がありましてね」


 既に、シーナーはヒグマ帝国内で、脱走した人間と、それに呼び出されたらしい闖入者を補食している。
 危惧すべきは、島外にクルーザーで出て行ってしまった同胞達から島の情報が漏れ、外部より干渉を受けることであった。
 火山に突如出現した巨人も不自然な挙動の津波も、もしかすると外界からの何らかの能力によるものとも考えられる。
 夜間の火山の噴火でさえ、下手をすれば参加者か部外者が引き起こしたものと考えられなくもない。

 今回の津波の収拾のように、何度も後手に回っていては取り返しがつかない。
 先手を打って、対策を取っておく必要があった。


『そう思いまして、メインサーバーの電源は落としたままにしています。こちらからもデータの閲覧はできませんが、今のところ外部より重要情報にアクセスされることはないかと』
「賢明な判断ですね。我々が研究所のデータを使うことは余り無いでしょうから。
 ――ですが、この島は、既に外部からの介入に晒されている可能性が高い……」


 ――“彼女”たちに動いてもらうしかありませんね。


 呟きながら、シーナーは部屋の隅の伝声管の蓋を開けた。
 キングヒグマは、驚愕に眼を見開く。


『No.39の御姉様にですか!? シーナーさんは、御姉様の行動方針を変更できるのですか!?』
「“彼女”も我々の同胞です。実験を滞りなく進めることが、我々の目的なのですから。
 有冨所長の意向とも、表向き食い違いはないはずです。やれるだけやってみますよ」


 シーナーの体から見えない霞が溢れ出し、伝声管を伝って、島の地下へと流れ落ちてゆく。
 その黒い流体が辿りつくのは、島の位置する海底の一端。

 シーナーの振動覚が、“彼女”の息遣いを捉える。
 シーナーの口から、有冨春樹の、鼻につくような笑い声が響いていた。


「やあ、調子はどうだい? 海上の異変を報告してくれ」


 伝声管の向こうから、ざわざわと昆虫の群れが蠢くような音で、返答が返ってくる。


 ――島外への脱出者1名を確認。捕食中。
 ――脱出ヒグマ43名とクルーザー6艘を確認。うち42名は死亡。5艘は轟沈。
 ――現在、直接の波浪による死者は確認されておりません。
 ――なお、波浪に乗り脱出しかけた人間1名の島内帰還を確認しています。
 ――海上より島内への侵入者6名を確認。看過。うち5名は島内の水上で死亡しています。
 ――周辺海上に7名の人間と2名のヒグマ、2名の名称不明の存在を確認。行動を保留しています。
 ――また空中より複数の飛来物の振動を確認しましたが詳細不明です。


 シーナーは伝声管から口を外し、キングヒグマに向けて、

『やはり既に侵入されていたようです。追々掃討に向かいます』

 と幻聴を投げた。


「なるほど。こちらでもゴタゴタがあってね。長い間連絡していなくてすまない。
 キミは今後、『周辺海上を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て捕食』してくれ。
 そしてキミの事を知らず、『攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなせ』。
 あとはここに、ヒグマを一匹残しておくから、海食洞や津波の状況なども詳しく報告しておいてくれ。
 特に、海食洞には布束がいるんでね。津波が行ってないか、見に行ってやって欲しい」


 ――了解いたしました、有冨所長。


 シーナーは伝声管を閉じ、安堵の息をつく。

「なんとか、私が有冨所長であると信じて下さったようです。これで、“彼女”が外部介入の大半を処理してくれるでしょう。
 あなたは引き続き、島内の状況確認と、ヒグマたちの統制をお願い致します。
 ……灰色熊さんにも、引き続きご連絡を」


 有冨春樹が残していた、『先手を打った対策』。
 それを更に万全の状態に、張り直した。
 研究所育ちのヒグマならば皆知っている、信頼に足りるものだ。
 “彼女”の採る戦略は、この撹乱の多い状況の中で、最も真価を発揮する。
 事実、彼女は既に、第一の異変には適切な対応を採っていた。
 海上の侵入者たちを処理するのも、すぐだろう。


 しっかりと頷くキングヒグマを見やり、穴持たず47は再びその存在を虚空に掻き消した。


425 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:28:01 oSXcxb9g0

【ヒグマ帝国内:研究所跡/午前】


【穴持たず47(シーナー)】
状態:健康、対応五感で知覚不能
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:地上から帝国内への浸水は無かったため、会場内の収拾に当たる。
1:内部で生き残っているらしい、残り1人の侵入者の所在確認が先決か……?
2:暁美ほむらの安否確認や、李徴・隻眼2への戒めなども、いざとなったらする必要がありますかね……。
3:モノクマさん……ようやく姿を現しましたね?
4:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


【穴持たず204(キングヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:前主催の代わりに主催として振る舞う。
0:島内の情報収集
1:キングとしてヒグマの繁栄を目指す
2:穴持たず59に連絡して島へ呼び戻す
3:灰色熊に、現在の情報を伝達する


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


 穴持たず59は、頭を抱えていた。
 夜明けから意気消沈して、彼は携帯端末を前にして身じろぎもできていない。
 レオナルド博士を拉致するという特命を受けて派遣され、はや一週間も経とうか。
 相棒の穴持たず58を対象の一味に無惨に殺されて以降、日本中を探すも、拉致対象の動向はさっぱり掴めなくなっていた。

「……予定だと、今日ってもう実験の日だよなぁ……。
 先輩の穴持たず達はもう爽快な戦いを楽しんでる頃だろうに……。どうすりゃいいんだよオレ……」

 彼のいる場所は、東北地方の太平洋沿岸。
 研究所から再拝命を受けた後、彼は九州からここに至るまで虱潰しにレオナルド博士の行方を追っていた。
 先輩と違い、彼にはとりたてて便利な隠密能力などはない。
 人語を解し、喋れるというのは特技と言えなくもなかったが、穴持たずの半数近くは何をせずとも喋れたりしていたので、特に自慢できることでもない。
 海峡を泳ぐのも人目を避けて行動するのも、彼には細心の注意を払いながらの探索行だった。
 しかし、それも時間切れ。
 島の研究員からどんな怒りの文句と処罰が飛んでくるかビクビクしながら、彼は先程から海岸沿いの植え込みに身を潜めているのだ。

 そして、目の前に置いていた携帯端末が鳴る。
 穴持たず59は、諦観をその瞳に宿しながら端末を取った。

「――はい、穴持たず59です……。あの、すんません、まだ博士は――」
『――グルルルルルル……』


 ――ヒグマ語!?


426 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:28:43 oSXcxb9g0

 携帯の向こう側から聞こえてきたのは、研究員の罵声ではなく、ヒグマの唸り声であった。
 ヒグマは、穴持たずNo.204、『キング』という個体であると名乗っていた。
 つまり、地下研究所の放送席の前には、今、人間ではなくそのヒグマが座っていることになる。
 事態を理解しかねる穴持たず59をよそに、電話口の向こうで、ヒグマ語の唸りは更に続いていく。

『穴持たず59。至急、島への帰還を願う。キミの直近に、間もなく愚昧な同胞のクルーザーが着岸する。
 奪い返して戻りなさい。同胞が反抗するようなら殺害しても構わない』
「おいおいおいおい、ちょっと待て。あんたはまず誰だ!?
 204号なんて番号聞いたこともねぇぞ!? それになんだって研究員のクルーザーに乗ってヒグマがやって来るんだよ!?」
『我々ヒグマは研究所を制圧したのだ。しかし、想定外の異変が多発し、同胞の中からも無闇に島外へ脱出しようとした者たちがいる。
 まだ我々の存在は人間に知られるべきではない。事実、その一艘を残して同胞のクルーザーは海上自衛隊の艦船に悉く沈没せしめられた。
 早急に、ヒグマ内でも統制を取る必要があるのだ』

 想像を絶した答えに、穴持たず59は言葉を失った。
 キングヒグマは、彼を後押しするかのように、重々しく一言付け加える。

『大丈夫だ。我々は、“彼女”を――穴持たず39を統御下に置いた。
 闖入者及び異変の収拾にも、“彼女”が当たってくれている』
「“彼女”って……、まさか、“ミズクマの姐さん”?」


 その時、穴持たず59の前の海岸に、一隻のクルーザーが着岸していた。


『――では、頼んだぞ、穴持たず59』

 携帯電話の唸り声が切れるのとほぼ同時に、話の通りその船からは一頭のヒグマが降りてきていた。
 研究所から出てきてしまったヒグマであるらしい。

 身を震わせて伸びをしているそのヒグマに向かって、穴持たず59は慌てて走り寄っていた。

「おい、あんたマジで穴持たずなのか!? 今、島はどうなってるんだ!?」
「あ〜?」

 ヒグマは首の関節を鳴らし、穴持たず59に胡乱な眼差しを向けて立ち上がる。
 そして、彼をせせら笑うように前足の指を向けて、名乗りを上げた。

「誰かと思えば、人間のイヌの5み9ず(ゴミクズ)さんじゃねぇかよぉ。
 俺は穴持たずNo.427!! てめぇみたいなゴミクズヒグマとは違う、シーナー謹製のヒグマの一頭だ!!」
「427号!? 第2、第3の穴持たずとは言ったが、何頭まで増えてんだよ、馬鹿じゃねぇの!?」

 驚き呆れる穴持たず59に向けて、穴持たず427は、クルーザーの中を指して注目をさせる。
 クルーザーの船室や甲板には、6体のヒグマが惨殺され、喰い散らかされた状態で放置されていた。

「俺は同期のヒグマの中でも最強なんだよ……。だから、ムカつく奴らは全部喰ってやった。
 自由は俺一人のもの!! 日本中の人間を俺がシーナーたちに先駆けて支配してやるのよ!!」
「食事の後片付けもできんヤツがどうやって日本征服する気だ!?」

 期待とかみ合わない穴持たず59の返答に、穴持たず427は怒りを顕わにする。
 前脚の爪を研ぎ合わせ、戦闘の構えを取った。

「……てめぇ……。死にたいらしいな。俺の筋力なら、てめぇみたいなゴミクズ、一撃で殺せるんだぜ……?
 シーナーを下克上する前に、てめぇからブッ殺してやるぞ!?」
「貴様が、死亡フラグというものの何たるかを理解していない馬鹿者だということだけは良く分かった」

 一撃で相手を殺せる先輩方なんて山のようにいるし。
 と、穴持たず59は、かわいそうな者を見るような目を穴持たず427に向けていた。

 瞬間、穴持たず427は、風のように飛び掛る。


「死になぁ!! ゴミクズがぁぁぁぁあぁぁ!!」


427 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:29:21 oSXcxb9g0

 叫びながら、穴持たず59に向けて、その爪が振りぬかれた。
 だが、その爪は肉にも毛皮にも、触れることはなかった。

 穴持たず59は、低く身を屈めたまま前進する。
 脇の下に潜り込むような、ダッキング。
 その前脚は、ドリルか何かのように高速で回転していた。


「427(死にな)は、貴様だろがぁーッ!!」


 正確無比、機械のような、だが荒々しいショートアッパーがヒグマの下顎を捕らえる。
 その一撃は穴持たず427の下顎骨を砕き、舌を貫き、口蓋をぶち抜いて脳を破壊した。
 前腕の回転と共に飛び散った脳漿が、砂浜に雨のように舞い落ちていく。
 穴持たず59と交錯した後、絶命した穴持たず427の肉体は、ふらふらと砂浜に倒れ伏して、動かなくなった。

 前脚に付いた体液を舐め取り、穴持たず59は忌々しげな表情で同胞の死体を見やる。


「俺は腐っても、『量より質』を求めるHIGUMAの、最後の生まれなんだ。中途半端にネズミみてぇな『質より量』を求めた野郎どもに遅れをとるかよ。
 羆はもともと『K戦略』寄りの動物だ。『r戦略』をとるなら、“姐さん”くらい突きつめねぇと駄目だぜ」


 人間に発見されるのもまずいので、きちんと死体を海洋葬にすべく、穴持たず59はその死体を砂浜から海に放り捨てていく。
 クルーザーに放置されていた同胞の肉体も、丁寧に血肉を集めて海に流していった。


「……まったく。それにしても、最近のヒグマは布束さんから『奇襲する時は叫ばない』って注意すら受けてないのか?
 くまモンや烈海王とか、尊敬すべき先輩から技を教わったりもしてないのかねぇ……。
 せめて58号が檻の中を整理整頓してたみたいな心意気くらい、あって欲しいもんだ……」


 穴持たず59が、砂浜の血液を掃きながら、回想に鼻をすすり上げていた時。
 北方から地響きを立てて、巨大な人間が街道を走り寄ってきていた。

 巨大と言っても、身長10メートル程度、3階建てのビルくらいである。
 海岸沿いの道を南へ下りながら、その白髪頭の人間は、ふらふらとした足取りを必死で前に進めていた。


「……まずい……! 戦闘機も戦車も、前回より性能が上がっておった……。
 艦砲射撃を喰らったのも、いかん……。
 頭のおかしい恐竜が喰らいついてきたのも、いかん……。
 しかしそれよりもなによりも……」


 巨大な老人は、黒いスーツを、真っ赤な血に濡らしていた。
 一歩走るごとに、びちゃびちゃと大量の血液が街道に落ちてゆく。
 喘ぐように、虚ろな瞳を進めていくその歩みは、刻一刻と減速して行った。


「……この、得体の知れん、船虫どもよッ……!!」


 老人は、声を荒げながら、自分の黒いスーツを毟り取り、ちぎっていった。
 しかし、そのスーツはすぐに体内から再生するかのように、元通りになっていく。
 よくよく見れば、老人が投げ捨てるスーツの一部は、布などではなかった。


 その黒いスーツは、直径30センチほどの黒い楕円形の生物が、群がることで形成されていた。


428 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:29:49 oSXcxb9g0

 巨人が流す血液は、全てその生物に食い破られて流されたものであった。
 その生物の一群は既に巨人の体内に侵入しているらしく、時折、肩や腕の皮膚が炸裂して、大量の黒い生命体が溢れてくる。

 そして、巨人は時間が経つに連れ、どんどんと体が縮小していく。
 彼は顔に悔しげな表情を浮かべて、ついに道のど真ん中に倒れた。


「アカギ……! 赤木しげる……!
 お前と、もう一度……、会いたかった……!」


 最期の息をつくや否や、その頭部は内部から張り裂け、黒い昆虫のような生物群に食い破られる。
 少しの時間もなく、その肉体は骨も残さずに綺麗に捕食されていった。


【鷲巣巌@アカギ 会場外に脱出するも死亡】


 穴持たず59は、一連の光景を、戦慄しながら見つめていた。


「マジだ……。マジで“姐さん”が動いてやがる……。ってことは今のヤツは島から脱出してきた人間……?」


 足元を通って海に帰って行く、巨大なフナムシのようにも見える生物群に対して、穴持たず59は震えながらも深々と頭を下げていた。

「お勤めご苦労様です……、“姐さん”……」

 黒い革に覆われたその生物たちは、その辞儀に応えるように、ぞわ、と一斉に脚を打ち鳴らし、水面下に潜っていく。
 その黒い一群は北方に泳いでいきながら、先程穴持たず59が投棄した7体のヒグマの死体を瞬く間に喰い尽し、見えなくなった。

 穴持たず59は、ただちにクルーザーに飛び乗り、その生物群を追い始める。


「“姐さん”がここまで動いてるんなら、確かに島は大混乱になってそうだな……。
 今朝方、お台場の方から津波もあったみてぇだが、まさかそれが北海道の方まで行ってるとか……。
 とにかく無事であってくれ、研究所! 58号の蜂蜜壺を、もらってやらにゃあならないんでな!!」


【会場外 東北地方太平洋沿岸/午前】


【穴持たず59】
状態:健康
装備:クルーザー操舵中
道具:携帯端末
[思考・状況]
基本思考:仕事をして生きる
0:とりあえず島に戻るぞ!
1:一体、島はどうなってるんだ!? 研究所は!? 参加者は!? ヒグマは!?
2:58号の蜂蜜壺を、もらう。
3:シーナーって、一体何者だ?
[備考]
※体の様々な部分を高速回転させることができます。


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


429 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:30:17 oSXcxb9g0

「ふむ……どうやら島の外に流されていたようですねぇ」
「木も建物も見えないと思ったら単に海だったってだけか。納得だよ」

 会場の島を襲った津波は引き始めていた。
 筏に乗っていた杉下右京とクマ吉は、下がっていく海面の水位の下から、島の岸壁が現れていくのを見ていた。
 それに続けて、滝のように崖からは海水が流れ落ち、石礫や流木、ガレキが大量に二人の乗る筏の方へ流れてくる。

 咄嗟の判断で、右京は細めの丸太を拾い上げ、クマ吉とともに島へ向けて筏を漕ぎ始めた。

 流石、丸太製の筏と櫂なだけあって、津波の引き波にも転覆はしない。
 しかし、その勢いには到底勝てず、彼ら二人はどんどんと島から引き離されてゆく。

「ヒグマというのはもっと膂力に富んだ生命体ではないのですか。
 海上自衛隊からの報告では、単体でも相当な生命力と戦闘能力を持っていると聞いたのですが」
「僕は変態という名の紳士だよ!? 小学生の紳士に肉体労働を期待しないでほしいよ!!
 あ、そうだ! というか、むしろこのまま島外に脱出しちゃえばいいんじゃないかな!?」
「いけませんよ。我々は島の参加者を救出するのですから。主催者を逮捕し、脱出はその後です」
「救助手段も確保せずにかい!? お笑いだね!! 僕はもうこの機会に戻るよ!!」
「待ちなさいクマ吉さん! そちらに漕いではいけません!」

 ただでさえ推進力の少ない丸太のオールで、クマ吉は右京の漕ぐ方向と反対方向に漕ぎ始めた。
 そのため筏はぐるぐるとその場で回転を始め、全く推進力を得ることなく、島の岸からは瞬く間に離れていってしまう。

「駄目ですクマ吉さん! ここの主催者を捕まえないことには……!」
「主催の前に、ヒグマに人間の道理が通じると思っているのかい!? 杉下さんは頭が良いワリに馬鹿だね!!」


 二人が口論しながら流されていた時、ふと、筏の回転は止まっていた。


 それどころか、丸太製の筏はばらけて沈み始めていた。
 流石、丸太である。
 むしろ今まで津波の中で、急ごしらえのくせにその機能を保っていられたことの方が僥倖なのだ。
 そしてその櫂や丸太の間を伝って、体長30センチメートルほどの、真っ黒な船虫のような生物が何体もその上に這い登ってきていた。
 見れば水面下は、何千体いるかもわからないその黒い生物に埋め尽くされている。
 筏はその生物群に破壊されようとしているのだ。


「なんですかこの生物は。表皮の質感から見るに、これもヒグマの一種……? クマ吉さん、あなたはご存知ですか?」
「僕は、ヒグマロワに踊らされただけの被害者だよ?
 いくらヒグマ扱いで誘拐されたとはいえ、布束さんと桜井さんと田所さんのパンツしか見てなかった僕が知る訳ないじゃないかこんなキモイ生き物」
「……罪状追加ですね」

 右京の問い掛けに返答しながら、クマ吉は筏の上に這い上がってきたその平べったい虫のような生物を、櫂にしていた丸太で潰そうとする。
 バランスの悪い壊れかけの筏の上で、その生物の固い殻はなかなか潰せなかったが、渾身の力を込めて垂直に丸太を叩きつけた時、ついにその生物はぐちゃりと音を立てて黒い血を噴き出していた。

「やった! 流石、丸太だね! 僕でもこの通り潰せるよ!」

 クマ吉は朗らかに笑い、瞬間、筏の上に登っていた数十体のその生物に飛びかかられていた。
 なす術もなく、スクール水着を着た小学生のヒグマは、海中に引きずり込まれて跡形もなくその黒い生物群に捕食される。

 それを引き金にするかのように、丸太製の筏はそれらによって見る間に食い荒らされていった。
 流石、丸太である。
 右京が筏の端に逃れて十数秒の思索を巡らせるくらいの間は、その浮力を保っている。


「迂闊でした」


 ――僕とした事が、なぜ、このような事態を想定できなかった……!


430 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:30:49 oSXcxb9g0

 水中での行動に特化したり、多数で行動するヒグマがいてもおかしくない。
 穴持たず、ヒグマという存在の全貌がわからない以上、対策はどれだけ取っても取りすぎることはなかったというのに。
 それこそ、プリキュアオールスターを呼べるまで本州で粘るなり、先遣隊に任せて情報収集に徹するなりしておけば良かったのだ。
 義憤に駆られた。
 らしくないことだが、あまりに等閑な政府の対応に怒りを覚え、特命を受けるやすぐさま、相棒も道具もなく、飛び出してきてしまったのだ。
 拙速にすぎる。
 なぜヒグマの跋扈する島へ、手錠しか持ってこなかったのだ僕は。
 携帯すら置いて来ている。
 冷静さを欠いたにも程がある。
 僕が死んでしまったら、もう本州で、ヒグマの危険性を推察できる者はいなくなってしまうのに――!
 ……誰も、僕の浅はかな行動を、止めてくれる者はいなかった。


「本当に、必要なのは、相棒でした……」


 劉鳳さんとは、早々に離れてしまった上、僕はクマ吉さんを、相棒ではなく、ただの犯罪者としか見れなかった。
 むしろ、彼の謂いこそが、僕の思考の穴を埋めるものだったのかもしれないのに。
 もっと早く、彼と協力して、劉鳳さんを探すなり、島の内奥に向かうなり、一旦帰還するなりしておけば良かったのだ。

 残る望みは、劉鳳さんと、白井黒子さんに託すしかない。
 もはや連絡も言伝もできないが、彼らが『相棒』として、この事件を解決に導いてくれることを祈るほかない。

 アルター結晶体との戦いを、津波の中を、どうか、協力して、生き残っていて下さい。
 どちらも、僕たちの本来の目的とは関係ないことなのですから。
 付け加えて言うなら、クマ吉さんの取り調べも、二の次にするべきでした。
 細かいことを気にするのは、僕の悪い癖だ。
 あなた方は、その程度のことで、命を落とさないで下さい。


「お二人で、生き残って下さいね……。欠けを、穴を補って高め合える『相棒』がいなくなった時、僕たち人間は、『穴持たず』に対する、唯一の勝機を、失うのです……」


 杉下右京はそう呟いて、最後の一本となった丸太の上で目を閉じる。
 体は、船虫のような多数のヒグマの牙に食いちぎられていく。
 もう叶うことのない祈りを空に投げて、警視庁特命係係長は、静かに殉職した。


【クマ吉@ギャグマンガ日和 死亡】
【杉下右京@相棒 死亡】


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


431 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:31:41 oSXcxb9g0

「……しまった! 会場ではなく海上だったのかここは!」


 丸太の上にすっくと立ちながら、HOLY部隊の制服を着た男はそう叫んでいた。
 その男、劉鳳は、遥か遠くに島の高い崖が出現するのを目撃してしまったのだ。
 何の目印も解らぬ水上を、丸太のオールでひたすら漕ぎ出していったら、相当な遠くに出て行ってしまったらしい。

「しかも、これは、引き波か……! 急がねば更に島から離される……!」

 劉鳳は棹をさして丸太の向きを変え、流れに逆らうようにして力いっぱいオールを漕ぐ。
 しかし、丸太の上に立っていてはバランスが悪すぎる。荒波に揉まれ、既に脚先の筋肉は小刻みな体重移動でかなり疲労していた。
 片側だけしか一回の動きで漕げぬことも無駄が多すぎる。

 劉鳳はようやく、丸太に跨って、オールの両端で漕ぐことを思いつき、実行した。
 しかし、流体力学的に速度の出せぬ丸太を船にしていては、到底津波の引き波に敵う速度は出せない。


「うおおおおおおおおおおおおお!!! 絶影ぃぃぃいぃぃぃッ!!!」

 
 ついに劉鳳は、全身に自らのアルターを融合装着し、その速度を腕の回旋に充てて漕ぎ始めた。
 すると、徐々にではあるが、丸太は引き波に逆らって、島の方へと進み始めた。
 流石、丸太である。
 絶影の速度で振り回されても、数分はオールとしての機能を保ち続けられたのだから。

「よし、これで島に戻れる……!」

 そう劉鳳が安堵した時、ちょうど丸太製のオールは磨耗によりへし折れたところであった。
 そこで、劉鳳は気づく。


「……しまった! 絶影を身に纏うなら最初から飛べば良かったじゃないか!!」


 そもそも丸太になど跨らず、津波に飲まれた後も融合装着をして、丘や木々の上に逃れれば良かったのだ。
 融合装着でなくとも、わざわざ丸太を探して乗るより、真なる絶影に跨って飛んだ方がどれほど良かったか。
 会場にやってくる時も、杉下右京と白井黒子を一緒に絶影に乗せて飛行してきたのである。
 もし、白井黒子が生きていれば、この無駄な行為を指摘してくれただろうか。
 しかし、今となっては遅すぎる。

 とりあえず、遅々として進まない丸太の上から飛び立とうとした時、劉鳳は両の脚に激痛を感じていた。


「ぐうっ――!?」


 海面を見やれば、そこはいつの間にか真っ黒に染まっていた。
 その黒色の原因たる、体長30センチメートルほどの固い楕円形の生物が、丸太に跨った劉鳳の脚に噛み付いていたのだ。
 そして、劉鳳を更なる苦痛が襲う。


「うごぁあああぁああああぁ!?」


432 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:32:05 oSXcxb9g0

 両脚に、更に大量の生物が喰らいついてきたのだ。数百に及ぶかと思われるその重量たるや、半端ではない。
 流石、丸太である。
 最終形態のアルターを纏った劉鳳をして、丸太は彼の局部へ、木馬責めに等しいダメージを負わせていた。
 丸太は下から突き上げられ、脚は海中に引き込まれ、波の適度な振動が拷問としては理想的な状態を形成している。

 そして更に、涙の滲む劉鳳の視界には、見覚えのある影が一つ映りこんできた。
 右腕が黒く、左腕が白いアルター。

「――アルター結晶体ッ……!」

 劉鳳が再びアルターを形成したことを感じ取ったのだろうか。
 茶色の体毛を風にたなびかせて、それは海上を悠然と浮遊し、近寄ってくる。
 得体の知れない生物群に動きを封じられ、丸太に責め続けられた状態でその攻撃を受ければ、劉鳳とてひとたまりもないだろう。

 ――しかし。

「こんなところで……! 貴様らなぞに負けていられるかぁッ!!」

 かつて一度倒していたことで意識から外れていたが、このアルター結晶体は、自分の母親の仇なのである。
 母を殺し、愛犬を殺し、そして今となっては、協力者であった白井黒子をも殺害した張本人なのである。
 許すわけにはいかなかった。


「俺の中にある何かが、貴様を悪だと確信させる……。ああ、そうだ……貴様は、悪だッ!!」


 劉鳳の周囲を、緑色の閃光が覆った。
 それは直ちに極彩色の光の柱となって立ち上り、爆風を伴って海面を撫でた。
 劉鳳の股間を痛めつけていた丸太が分解され、黒い生物たちに捕食されていた脚部を補う。
 “向こう側”の力を引き出し、再構成されなおした絶影の甲冑が劉鳳の身を包んだ。

 ――絶影・断罪者(ジャッジメント)武装。


「悪は処断しなくてはならない! 罪は処断されなくてはならないッ!!」


 劉鳳の肉体は海面から消えていた。
 テレポートにより空中に浮かび上がった劉鳳は、そのまま、向かい来るアルター結晶体に対して全速で突撃する。


「絶影、刀龍断ッ!!」


 右手に構えた刃を、劉鳳は真一文字に振るう。
 超高速の一撃により、アルター結晶体は、上下半身を綺麗に両断されていた。

 鎧袖一触の交錯に、劉鳳は振り返る。
 しかしアルター結晶体は、劉鳳に分断された後も、それをまったく意に介さないように、海上を直進していた。
 そして先ほどまで劉鳳がいた位置に出現している光の柱の中に身を投じ、静かに消え去った。


【アルター結晶体@スクライド “向こう側”の世界に帰還】


「は――?」

 劉鳳は呆然とした。
 しばらく前の、激しい戦闘は何だったというのだ。
 それこそまた、アルターを身代わりにした分身などで猛反撃をしてくるものだと思っていたのに。


433 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:32:51 oSXcxb9g0


 ――あれはネイティブアルターなどではない。君も見た向こう側の世界、その領域の結晶体だ。
 ――六年前にこちら側に出てきた結晶体は、息苦しさに耐えかね、アルターを求めていた!


 脳裏に、HOLY部隊の隊長であったマーティン・ジグマールの言葉が蘇る。
 こちらの世界は、アルターにとっては、人間で言うならば酸素の薄い高山のような過酷な環境。
 そのため、アルター結晶体は常に高濃度のアルター粒子を、そして“向こう側”の世界への帰還を望んでいた。


「――つまり、ヤツは、俺にまた、“向こう側”へのゲートを、開いてもらいたがっていたのか?」


 劉鳳に対する飽和攻撃も、それに匹敵する力を劉鳳が引き出すことにより、濃いアルター粒子を得て、引いてはゲートを開いてもらう一助にするためであったと考えれば辻褄が合う。
 かつて劉鳳はアルター結晶体を倒し、一度、“向こう側”に帰したことがあった。
 アルター結晶体にとっては、迷子となりさまよっていたところを、お家へ連れ戻してくれた、優しいお兄さんに見えたことだろう。
 そのため、アルター結晶体は、再び迷い込んできてしまったこの世界で劉鳳に邂逅できたことに歓喜し、また連れ戻してもらえるよう、お願いを繰り返していただけだったのだ。
 その攻撃の意味するところを理解しようともせず、単純に相手を敵と見なして応戦し、周辺の被害を拡大させてしまったのは、ひとえに劉鳳の責任であった。

 息が荒くなる。
 脚部の痛みが、感覚として戻ってくる。
 瞳孔が震えて、焦点が定まらない。


「俺が最初から、“向こう側”を全力で開いていれば、白井黒子は、死なずに済んだのか――?」


 かつてアルター結晶体を倒した際、劉鳳は、絶影最終形態の一刀でそれを両断し、同時に出現したゲートの中にそっと押しやって帰していた。
 その時劉鳳は、アルター結晶体は両断して押せば帰ってくれるものと、今の今まで勘違いしていたのだ。
 そのため今回、彼はアルター結晶体を烈迅の触鞭で裂き、伏龍・臥龍で押し帰そうとした。
 そこに必要不可欠なものが足りていないのにである。
 ケアレスミスだの思い違いだのでは済まない。

 そもそも、アルター自身に、殺人罪の意識や善悪の概念などは存在しないだろう。
 そこに処断すべき悪はなく、断罪されるべき対象は存在しない。
 もし、先の戦いに、『悪』が存在したとするならば、それは――。


「それは、俺自身だ――」


 負傷した白井黒子が、最後のテレポートで俺をアルター結晶体たちの攻撃から避難させてくれた後、俺は一体何をした?
 白井を守ってやることもできずむざむざと見殺しにし、爆散した白井の遺品を集めようともせず、俺は絶影・断罪者(ジャッジメント)武装などと粋がって、ただの迷子だったアルター結晶体をひたすら消し飛ばそうとしていた。
 しかも、俺はその消し飛ばすことすら満足にできず、津波に飲まれた程度でその行動を中断してしまった。
 あとコンマ1秒もかからなかっただろうはずのトドメの一撃をだ。
 あの男なら、カズマなら。
 その程度で戦闘を中断するか!? ありえないだろう!!
 その程度で死者をないがしろにするか!? ありえないだろう!!
 津波に揉まれながら剣を突き立てるくらいの行為が、なぜできなかった!!
 そもそもなんで、押し寄せる津波にそこまで気づかないくらい俺の視野は狭かったのだ!!
 そんな所だけカズマに似ないでいい!!
 加えて俺は、甚だしい勘違いをしている――!


「『絶影』は漢語で、『ジャッジメント』は英語だ!!!」


434 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:33:19 oSXcxb9g0

 劉鳳はその身を、未だに付着している数匹の黒い生物に食まれながら、海上で悶絶した。


 普段の俺なら、いくら聞こえが良かろうと、こんなとっちらかった命名はしないはずだ。
 漢語なら漢語、英語なら英語、イタリア語ならイタリア語で名前は統一するだろう。
 どれだけ浮ついていたのだ、俺は。
 その上、俺は、一時的とはいえ同僚になったはずの杉下さんのことを、全く気遣っていなかったじゃないか!!
 安全な場所へ、とは言ったが、あのアルター結晶体の猛攻を受けて、あの近辺のどこに安全地帯があったというのだ。
 あの激しい雷とアルター粒子と津波と蔓延するヒグマの中で、杉下さんは一体どんな『安全な場所』に逃れていると言える?
 下手をすれば、あの無害そうに見えたクマ男に襲われて殺されている可能性だってあるというのに。
 まず、彼の安否を確認しなければならなかったのに、俺はなぜ、彼らの無事を前提に、アルター結晶体との決着や地球温暖化の心配ばかりに執心できたのだ――。


 力が抜けて、劉鳳は海面に落下してしまう。
 体に付着し続けていた黒い生物は依然として劉鳳の体を食い荒らし、さらに、海中からは数十匹の生物が飛びかかってくる。


「くそぉおおおおおおっ!! ふざけるなあああああっっ!!!」


 誰に向けてかもわからない罵声を宙に叫びながら、劉鳳は瞬間移動を繰り返す。
 絶影・断罪者(ジャッジメント)武装の速度で、この生物群を振り落とそうというのだ。

 しかし、テレポートというのは、無限大の速度による移動ではなく、11次元ベクトルを利用しての単なる座標移動である。
 時間経過なしに場所を変えられるとはいえ、そこに何らかの運動量の変化が起きるわけではない。
 加えて、体に触れているものは同時にテレポートしてきてしまう。
 テレポートを習得したばかりの劉鳳では、白井黒子にその能力が及ぶ道理もなく、移動距離は数メートル。精度もかなり低い。

 牛肉を食べたところで、人間は牛にはならない。牛肉は分解され、人間の肉体に再構成される。
 アルターも同様である。
 原料の性質に関わらず、それによって形成されたアルターは、みな一様にアルター使いのエゴの形を採る。
 テレポーターのAIM拡散力場を分解して再構成されたアルターがテレポートできるようになったのなら、それはたまたま、アルター使いのエゴがテレポーターとして収斂進化したに過ぎない。
 白井黒子の能力の影響はあったにせよ、それが引き継がれたわけではない。

 先の戦いでアルター結晶体たちを瞬時に切り裂いていったのも、テレポートによりアルター結晶体の内部座標に転移し、自分の体を喰い込ませて無理矢理結晶体を散らせるという、普通の空間移動能力者なら卒倒モノの行為を、アルターによるゴリ押しで成し遂げていただけである。
 黒い船虫様の生物たちが落ちるわけもなかった。


「俺は、俺はっ……! こんな訳のわからん生き物に、殺される訳にはいかないっ……!」


435 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:33:51 oSXcxb9g0

 一匹一匹、劉鳳はその生物を体から引き剥がしてゆく。
 泣きそうな表情で口をわななかせながら、速度も何もほとんど活かしようのないその殺戮作業に、彼は身を投じざるを得なかった。
 30センチメートル大のその生物は、絶影の握力を以ってすれば簡単に潰す事ができる。
 しかし、その数は、何千、何万いるともつかない。
 劉鳳の体に纏わりついているもの以外に、彼の肉体を海中に引きずり込もうとしているその叢は、水面下を黒色に染めつくしている。

 そして、劉鳳が、ようやく一番最初から脚に食らいついていた生物の一匹を握りつぶした時である。


「なにっ――!?」


 一回り他のものよりも膨れていたその生物が炸裂するや、内部から、数十匹の同形の生物が溢れ出してきたのだ。
 中で、子供が孵ったとでもというのだろうか。
 その小さな生物たちは劉鳳の腕に絡み付き、頭の上から降り注ぎ、さらに彼の体を食んで、成長していく。
 脚に食らいついている生物たちは、劉鳳の脚に尾部を差し込んで何かを注入してきたり、膨れ上がって破裂し、小さな生物たちを次々に放出したりしている。
 生物の死骸をアルター化して、自分の体を再構成しようとするも、劉鳳の分解よりも早く、彼ら自身がその死骸を捕食しきってしまうため、ダメージの回復は全く追いつかなかった。


「そんなっ――! そんなっ、馬鹿なっ!!」


 劉鳳の体は、ついに全身を黒い生物たちに覆われ、海中に引きずり込まれていってしまう。


「俺はっ、託されたものを――、背負った正義を、守らねば――」


 御坂美琴を、初春飾利を、佐天涙子を。
 彼女たちを、助け出さなければ――。

 しかし、海水に飲みこまれていく思考の中で、劉鳳は思い至る。


 ――俺は、彼女たちの、何を知っているというのだ?


 杉下右京とは出発前の緊急異動の際に顔合わせしたばかりであり、況や白井黒子とは派遣時に会っただけで、その友人たちのことはなおさら初耳である。流石に、常盤台の超電磁砲の噂くらいは聞いているが。
 そもそも、この会場に誘拐されている参加者の全容すら、自分たちは把握できていない。
 絶影で関東からカッ飛んでくる間の速度では、情報交換しようものなら舌がちぎれていたかもしれないのだ。
 俺は幾人か、誘拐されていると思われる人物の名前くらいは把握しているが、それだけ。
 主催者はSTUDYという組織だと目され、クマを用いて悪行を働いているらしいという程度の情報も特命係で耳にしていたが、こちらについてもそれだけだ。
 義憤に駆られた。
 らしくないことだが、あまりに卑劣なその犯罪に怒りを覚え、特命を受けるやすぐさま、下調べも準備もなく、飛び出してきてしまったのだ。
 拙速にすぎた。
 参加者うんぬんを言うならまず、杉下さんが無事かを確かめるのが最優先で、彼の情報をもらって今後の方針をすり合わせねばならなかったのに。
 最悪の場合、杉下さんの推理は空振りで、初春飾利と佐天涙子の誘拐は、こことは完全に別件であることすら考えられるのに。
 白井黒子を喪い、人員の増強も考慮しなければいけなかったかもしれないのに。
 なぜ人命救助に来て、食料品や救急道具の一つも持ってこなかったのだ俺は。
 主催者の処断しか考えていなかったことの表れだが、そもそも主催者がこの島にいる確証すらないじゃないか。
 人間とヒグマとの区別はつくが、その人間が参加者なのか主催者なのかもわからないじゃないか。
 このざまで一体どうやったら、知りもしない加害者たちを断罪し、知りもしない被害者たちを救い出すことができるというのだ。
 一体どうやったら、知りもしない人間の思いを託されることができるというのだ。


 ――そして、無用な戦いで、罪なき命を散らせてしまった俺に、どうしてその他の者を守れる道理がある?


 一人を救えなかった者が、どうやったら複数人を救い出せるというのだ。
 俺は白井黒子の遺品を回収したか?
 彼女を救えないまでも、せめて彼女に弔意を示すくらいの気概は見せたか?
 シェリスの髪飾りは、後生大事に確保していたというのに。
 ジグマール隊長には、絶影の覚醒した力を見せて報恩したというのに。
 人命を差別するというのか、この俺が。
 思いを託された気になって、その思いを実現させる手段すらわかっていないくせに。


 俺の掲げる正義は、その程度のものだったのだ。
 俺に、正義など、なかった。
 悪を、正義だと信じ込んでいた、だけだったんだ――。


【劉鳳@スクライド 死――


436 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:34:10 oSXcxb9g0

『――なんだなんだ。こじ開けてみりゃあ早速大ピンチの現場か』


 突如あたりに響き渡った声とともに、劉鳳の周囲の海水が凍結していた。
 分子一つ一つの熱エネルギーを直に奪い取るようなその冷え込みに、劉鳳の体を覆っていた生命体は悉く硬直する。


『おい兄ちゃん、流石にこれくらいは耐えられるよな――』
「なんだ、これは、一体……」


『――第四波動』


 声と同時に、劉鳳の肉体は一転して灼熱の業火に包まれていた。
 絶影・断罪者(ジャッジメント)武装の甲冑ごと熔融するほどの高温で、凍結した海水と、黒い生物たちが焼き焦がされていく。
 シュウシュウと音がして、油臭さが漂う中、劉鳳は再び海面に顔を上げることができた。

 見回せば、近くに、先ほど自分が開いた“向こう側”へのゲートが、わずかに虹色の光を放っている。
 半分閉じかけたその門から、腕輪を嵌めた筋肉質な男の腕が一本、覗いていた。
 声はそこから聞こえてくるようだった。


『あー駄目だ。これじゃあ弱すぎらァ。第六波動使うわけにもいかんし、この程度の繋がりじゃ戻って来れねぇな』

 腕は、門を広げて体を出そうとしているのか、暫く空中を掻いていたものの、諦めたようにその動きを止め、虹色の空間に引き戻されていく。

「なんなんだ……、お前は……?」
『ああ、俺は左天ってもんだ。兄ちゃん、もう一人のサテン……、佐天涙子って嬢ちゃんにもし会えたら、こいつの開け方、教えてやってくれや』


 ――まあ、生き残れたらでいいから。無理しなくていいよ。じゃあな。


 男の腕は、劉鳳に向けて軽く手を振ると、それだけ言い残してゲートの中に消え去った。
 虹色の光も、それとともに完全に消滅する。

 突然のことにさっぱり理解が追いつかなかったが、自分は、異空間から現れた謎の男に、命を救われたのだ。

 体に寄生虫のごとく纏わりついていた生物の一群は、燃え尽きた。
 しかし、絶影の武装もまた、完全に溶け落ちてしまった。
 一時的に難を逃れたとはいえ、海底からは、またぞくぞくとあの黒い生物たちが上がってきている。
 このままぼーっとしていれば、纏わりつかれるのは、すぐだ。


「俺は何をすればいい……。何もしてやれない……、何も……。
 俺は、俺の正義は、一体どこにあるんだ……」


【I−4 海上/午前】


【劉鳳@スクライド】
状態:疲労(極大)、ダメージ(極大)、ずぶ濡れ、全身にⅠ度熱傷、大量出血、会陰部裂傷、体内に何かを注入されている。
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:この異常事態を解決し主催者を断罪しようと思っていたが……そもそも主催者はどこにいるんだ?
0:この目の前の生物たちを倒すのは、果たして正義なのか? 俺は一体何をすればいいんだ?
1:御坂美琴、初春飾利、佐天涙子たちを見つけ保護したいのだが、彼女たちのひととなりも知らないぞ俺は!?
2:杉下さんの安否をほとんど考慮していなかったが、彼はそもそも本当に無事だったのか!?
3:この生物たちも、もしや地球温暖化に踊らされた被害者なのか?
4:一体誰が向こう側を開いたんだ?
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています
※黒い船虫のような生物群によって、体内に何かを注入されています。


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


437 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:34:45 oSXcxb9g0

「ふむ……これもヒグマというわけか」

 救命ボートをゴーイングメリー号の船尾から下ろそうとしてきたところで、鷹取迅はしばし立ち止っていた。
 ボートを投下しようとしていた海上に、真っ黒い毛皮に覆われた多数の生物が群がっていたのだ。
 そしてそれは既に、ゴーイングメリー号の船体を蚕食し始めている。
 鷹取迅の練磨した空間把握能力が確かなら、もう船底は浸水しきっており、倉庫や砲列甲板まで水が上がってきているものと思われた。

 デイパックから『HIGUMA計画ファイル』を取り出してめくるに、そこには海面に蠢く生物群に近い様相のヒグマを確認することができた。
 黒い毛皮に覆われた楕円形の体で、4対の脚を持ち、眼も鼻も見受けられないそのスケッチ上の生物。

「『ミズクマ』。この実験計画を島嶼において実行するに当たっての決め手となった穴持たずである。
 彼女の能力は、水上の拠点防衛において絶対の信頼性を持つ……」

 迅は、ファイルを仕舞い直して溜息をつく。

「……肝心の能力が書かれていないな。推測するに、ゲンゴロウのような水中での活動性と、分身能力というようなものか……?
 とりあえず、この牝たち全員を至らせてやらんことには、島へは戻れんな……」

 着込んだ救命胴衣を今一度チェックしながら、迅は後方を振り仰ぐ。


「親父!! なんか損傷部から青いものが流れてきたぜ!! 気持ち悪いな!!」
「おう! マジで気持ち悪いな!! 膿かもしれん!! 流せ流せ!!」
「馬鹿やろぉおおお!! それはG−ER流体だ!! それがないとダンは動かねぇンだよ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「グルルルルル……!」


 海上では怪獣とロボットたちがしょうもない争いを繰り広げており、その様子を、ヴァンという黒ずくめの男がやきもきしながら甲板で見守っている。
 彼らの脚元にもこの黒いヒグマは泳ぎ寄っているというのに、ヴァンたちは気付く様子もない。
 恐らく暴君怪獣の叫びは、脚を喰われていることによる苦痛の叫びだ。それが対して普段の叫び声と変わらないので異常が伝わっていないだけである。
 ロボットの脚に痛覚はないし、ロボットの機能を全く把握していない乗り手が操っているようではなんの希望もない。

 鷹取迅は、船尾を這い上ってくる黒いヒグマたちに構えを取りながら、ヴァンに向かって叫んだ。


「おい! この船はヒグマに囲まれている! もう沈没するぞ! 命が惜しければさっさと脱出しろ!」

 叫ぶや否や、早くも鷹取迅は十体ばかりの黒い生物に接近されていた。
 いつまでも彼らのことを顧みている余裕はない。


 ヴァン及び、ダン・オブ・サーズデイに搭乗するハンセン親子は、その声でようやく海上の異変に気付いた。
 よくよく見れば、先程まで取っ組みあっていた暴君怪獣タイラントは、叫びながらどんどんと海面下に沈んでいく。
 もがくように口から爆炎を放射しているが、肝心の足元へ向けてはその口は動けず、30センチメートルほどの小さな生物に群がられ、見る間に食い散らかされていった。


【暴君怪獣タイラント@ウルトラマンタロウ 死亡】


438 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:35:09 oSXcxb9g0

「おい! 早く俺を乗っけて飛んでくれ!! もう戦ってる場合じゃない!!」
「あ、このイェーガーって脚なくても跳べるのか!? なら早く言ってくれよそういうことは!!」
「KAIJU自体は倒れたし、ここは一端退くのが吉ってもんだ!! 跳び方を教えてくれ!!」
「ジャンプじゃなくてフライの方だぞ!? わかってんのかお前ら!?」

 ダン・オブ・サーズデイの腰から下は完全に喰われて、なくなっていた。
 甲板に寄ってヴァンの身を確保し、ハンセン親子はダンを飛び立たせようとした。

 しかし、その身に、上から陰がかかる。

 ヒグマの搭乗したガンダムが、その肩に背負う剣の柄に手をかけて、上空から飛び降りてくるところだった。
 ハンセン親子は、驚愕に目を見開いた。


「「この世界のイェーガーは、空を飛ぶのか!!!」」
「避けてくれ馬鹿ぁあああああああっ!!!」
「墜ちろーー――ッッ!!!」


 ビームサーベルの一撃が、ダン・オブ・サーズデイを、その愚鈍な二人の搭乗者と、その不運な本来の搭乗者とともに、唐竹割りに両断していた。
 赤と青の体液を噴き出しながら海面に落ちた死体とスクラップは、群がる黒い生物たちによって、綺麗に食べられていった。


「グルルルルル……!」


 唸り声を上げる、ガンダムに乗ったヒグマに対して、海面の生物たちは、ざわざわと一斉に音をたてて何かを伝言する。
 ヒグマの乗ったガンダムは、それに応えるように海軍式の敬礼のポーズをとった。

「――ミズクマの御姉様より、穴持たず56、確かに作戦を伝令いただきました」

 ガンダムに乗ったヒグマ――穴持たず56は、一言そう応答して、どこへともなく飛び去って行った。


【ヴァン@ガン×ソード 死亡】
【ハーク・ハンセン@パシフィック・リム 死亡】
【チャック・ハンセン@パシフィック・リム 死亡】


【H−9 海上/午前】


【穴持たず56(ガンダムに乗ったヒグマ)】
状態:健康
装備:お台場のガンダム@お台場
道具:ビームサーベル、不明
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ、行きまーす。
0:当座のところ、ミズクマの御姉様からの伝令に従う。
1:海上をパトロールし、周辺の空中を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て殺滅する。
2:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
3:たしか、崖周りのパトロールにはもう一体同胞があたってたよなー。
[備考]
※制限でガンダムは人間サイズ、ヒグマはそれに乗れるほどのサイズになっています。


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


439 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:35:39 oSXcxb9g0

「……『ライトニングチャージ』」


 電光のような速度で、男の指が空を走っていた。
 鷹取迅に飛びかかっていた十体の生物が、空中で身を捩り、地に落ちる。
 日々の痴漢で鍛え抜いた技術が、精密かつ瞬息の指づかいで、このヒグマたちを快感の渦に飲みこませ、無力化させたのだった。

「……これだけの数の女性を同時に相手するのは初めてだが。むしろ俺は幸運だ。
 上質の『逸脱者』たちとこんなにも高め合えるのだからな」

 向かい来る次なる生物群に構え直した鷹取迅だったが、その耳に、ポン、という軽い炸裂音が響いてくる。
 後ろを振り向いた迅の目に飛び込んで来たのは、先ほど無力化したはずのヒグマの肉体を食い破って出てくる、100体ほどの小さな同形の生物群であった。
 10体の生物から、それぞれ約100体ずつ生じてきたため、一気にその数は一千近くに上ったことになる。

「――なんだと!?」

 狼狽する鷹取迅の脳裏に、ある書物から得た知識が蘇ってくる。
 普段から痴漢に関しては入念な下調べを行う鷹取迅が、ふと、生物の生殖方法にまで立ち返って文献を漁っていた時に得た知識であった。


「分身ではない。処女生殖――、いや、ペドゲネシス。『幼生生殖』なんだな!? お前たちの能力は!!」
「ちぃぃぃぃぃぃ……」


 返答なのか威嚇なのか、細い声で、その生物たちは一斉に鳴いた。

 幼生生殖とは、一部のハエや寄生生物などの間で見られる、生殖戦略の一形態である。
 幼生生殖をする生物では、未熟な娘の体の中で、卵子が精子と結びつくことなく勝手に分裂を始め、新たな子供となる。
 その子供は、親となった処女の娘の体を喰い破り、新たな娘として世に生まれる。
 そしてこの新たな娘たちの中の卵子も、勝手に発生を始めて生まれてくるのだ。
 寄生虫がその宿主内で効率的に、素早く子孫を増やしていくことにおいては、ほとんど最高といっていいほどに適した生殖戦略の一つである。

 痴漢に例えるならば、電車で偶然会ったロリに痴漢を働いたら、瞬時にその子が妊娠・出産し、その子孫を末代に至るまで、性行為もしてないのに認知せざるを得なくなり、養育費をせがまれ続けるようなものである。
 鷹取迅は、これについて知った時、この生殖戦略を取る女性こそが、自分たち痴漢の天敵となりうる存在であると思っていた。


 ――生まれる子供は全部、処女にして妊婦! これほど理不尽なハーレムがあるだろうか!!


 1000匹を越す黒い生物が、沈み行く船尾の鷹取迅へ、容赦なく飛びかかってゆく。
 3P、4Pなどは世に多くあれど、1000Pの大乱交など、どんなAVの企画も実行しないだろう。
 そしてこれは、1000人を越す女性が一人の男を嬲る、逆レイプ(殺戮)なのである。

 ――そう。
 確かに相手がただの男であったならば、この光景はただのレイプ(殺戮)で終わっていただろう。
 しかし、ここにいる男は、『逸脱者』である。
 千万のヒグマに囲まれても、この男の『悪魔の手(デモンズハンド)』は、その指先にたおやかな嬌声を紡ぐ。


 ――この一場面は、間違いなく、痴漢(戦い)の現場である。


440 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:36:20 oSXcxb9g0

「肉欲の牢獄――、我が悪魔の迷宮に、きたれ、ヒグマ――!」


 両脚を海水に縛られながらも、鷹取迅の手は、雷光の如く空間を切り裂いていた。
 半径約1メートルの真球の空間が、その稲妻に満たされる。
 蓮の花の開くのにも似た、その両腕の閃きが、残像を伴ってヒグマたちを撫でる。

 欲界の十四有。
 色界の七有。
 無色界の四有。
 25の世界を一つの指先で救う。

 受蘊の感受。
 想蘊の表象。
 行蘊の意志。
 識蘊の認識。
 4つの精神の全てを色欲に堕とす。

 鷹取迅の10本の指先は、あたかも千の手を持つ神のように、十方世界に不空の快感を齎していた。


「――『ラビリンス』ッ!!」


 肩で息をしながら鷹取迅が、その腕を合掌手に打ち合わせた時、1000匹を越すその周囲のヒグマたちは、悉く水上に落下していた。

「ハァッ……。これほどの消耗は禰門との戦い以来か……。
 余裕があればまた相手してやりたいが、次は中折れ(力負け)しそうで怖いな……!」

 最早腰元まで海水に浸かりながら、鷹取迅が船外への脱出を続行しようとした時、彼の耳に再び、ポン、という軽い炸裂音が届く。


 ――10万匹を越す、小さな黒いヒグマたちが、鷹取迅に襲い掛かってきていた。


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!?」


 鷹取迅の肉体は、その黒い毛皮の生物たちに飲まれて見えなくなり――そして、消えた。
 ゴーイングメリー号も、海中から登り来る黒い生物群に埋め尽くされ、轟音を立てて沈没していった。

 その十数メートル島側で、華麗な抜き手を切って泳いでいる一人の人影がある。
 救命胴衣をつけた男が、水上を全力のクロールで渡っているのだ。


「――『デッドマンズビジョン』!!」


 10万のヒグマに集られる刹那、その一瞬を極限まで引き伸ばし、対痴漢特殊鉄道警察隊「レイヴン」の手から逃れるが如く瞬間的に脱出を図った、鷹取迅であった。
 しかし、迅が顔をつけて確認する海中では、既に生物の一群が、鷹取迅の存在を捕捉して泳ぎ寄ってきている。
 水中での速度で、人間である鷹取迅が彼女たちに勝てる道理はない。
 数メートルのアドバンテージなど、すぐに詰め寄られてしまう。


 海は、地獄絵図と言っても良いような様相を呈していた。
 見える限りの海底で、ありとあらゆる魚介類が、黒い生物に集られ、食い荒らされてゆく。
 ホオジロザメなのではないかと思われる巨大な生物までもが、もがきながら食われているのだ。


 ――しかし、島まで。島までたどり着けさえすれば――!!


 デッドマンズビジョンを繰り返すことで距離を離し続け、島まで泳ぎ抜ければ、建物の上などに登って難を逃れることができるだろう。
 しかしそう思考する鷹取迅の前に、壁が立ちはだかる。


 崖。


 十数メートルの高さのある、島の崖が、迅の視線の遥か先に聳え立っていたのだ。
 既に、島を襲った津波は、引いていた。
 彼はゴーイングメリー号と共に、島からかなり離れた沖合いにまで、流されてきてしまっていたのだ。

 その距離、約1キロメートル。
 この『ミズクマ』というらしいヒグマたちから、迅の体力ではそんな長距離を着衣泳で逃げ続けることはできないだろう。
 その上、たどり着けたとしても、反り立つその壁面を遡れるようなクライミング技術は、迅にはない。
 頼みの綱とも言えないほどの頼りない希望だったロボットは背後で撃墜され、纏流子はもう島へと飛び去ってしまった。

「つッ……」

 既に迅の左脚には、一匹の黒い生物が食いついていた。
 それは迅の行動を学習していたのか、即座に尾部から迅の足先に何かを注入して離れる。
 鷹取迅は、瞬間的に危機感を抱いて、指先を自分の下腿に走らせていた。


「『デモンズハンド』ッ!!」


441 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:36:39 oSXcxb9g0

 指先が脚の皮膚を撫でた一瞬の後、そこからは数ミリ大の黒い生物が霰のように炸裂していた。
 肉の千切れる痛みに耐えながら、迅は歯噛みする。


「……やはり、寄生虫の生殖戦略らしく、発生中の卵子を動物の体内に生みつけることもできるのか!
 血流に乗らせ、子供に標的を体内から食い破らせると!」


 鷹取迅は、自分の肩にかけていたデイパックを、できるだけ島の方に近づくように、思い切り放り投げていた。
 そして彼は、島に向かって泳ぐのを止め、海上に自然体となって浮かぶ。
 周囲の水中を、黒い群れに取り囲ませるに任せ、彼はただ静かに、呼吸を整えていた。


「……『マインドバースト』!!」


 鷹取迅から立ち昇る気迫が、黒い生物たちをして、一瞬その身を退かさせる。
 彼は、覚悟を決めていた。


 ――俺の持つ『HIGUMA計画ファイル』は、恐らくかなり貴重な支給品だろう。
 今からの俺の痴漢(プレイ)に巻き込んでしまうよりは、少しでも島に近づけて、纏流子なり誰かなりが拾い上げてくれる、僅かな可能性にかける方が有意義だ。
 もう、逃げはしない。
 この牝たちは、これほどまでに俺との高め合いを求めているのだ。
 それに応えずして、何の痴漢(おとこ)だ。
 据え膳上等。誘い受け上等。
 俺も、このヒグマたちも、共に『逸脱者』なのだから。

 ああ、俺は果報者だ。

 生殖行動の最果て同士に逸脱した俺たちが巡り合えるなんて、なんという幸運なのだろう。
 決して交わりあうこともない両極の逸脱者が、高め合い、登りつめて至る、螺旋の歌。
 “彼女”となら、その頂に咲く大輪の痴漢(愛)を、掴み取ることができるかもしれない。

 40億年の旅を続けて、俺はもしかするとずっと、“彼女”と出会うことを求めていたのかもしれない。
 これは遥か昔、同一の起源から別れ、『逸脱』へと旅立った俺たちの、長い長い、進化の果ての再会なんだ。


「……さあ来い。この世界の痴漢(愛)のために、陵辱(希望)のために、俺はお前たちを受け止める」


 俺の腕には、虹色の粒子が渦巻いていた。
 久々に味わう感覚だ。
 誰かがどこかで、『彼方』へのゲートを開いてくれたのだろう。
 ……力がみなぎってくる。これならば、能力を遠慮無く発揮することができそうだ――!

 俺の指先には、本当に電光が通電する。
 神経を愛撫し、脳髄の天辺で快感をスパークさせる、『悪魔の手』。
 俺のエゴが具現化した、逸脱の形だ。


「『ヘヴンズドア』」


 神経節の一つ一つまで、蕩かしてやる。
 卵細胞の一つ一つまで、喘がせてやる。
 お前たちを、俺の存在で、満たしてやる。

 俺が犯(く)う。
 お前が喰(く)う。
 ――歓喜の高みへ、共に至ろう。


「……共に登ろう。ミズクマ。単為生殖(一人エッチ)ばかりでは、寂しいだろう?」


 鷹取迅は、海面を埋め尽くす黒い生物たちに向けて微笑んでいた。
 整った杏仁形の眼が、深い色合いを湛えて三千世界を見晴らす。
 輝く指先の金剛杵が、羂索のように彼女たちを惹きつけて止まない。

 鷹取迅は、その黒い生物群に、完全に飲み込まれていた。
 黒い宝珠のように集った数瞬ののち、曼荼羅のようにその生物たちが炸裂しては、またその娘たちが黒い珠となる。
 水底へと沈みながら、海砂利水魚の命たちと、鷹取迅は一つとなった。


 ……惜しむらくは、これが全部、『姉妹丼』だということだ。
 流石にもうそろそろ、幼女は犯(く)い飽きた。
 俺は変態ではなく、ただの痴漢だからな。
 家に帰ったら、『お母様』を紹介してくれ。ミズクマ。
 いるんだろう?
 『HIGUMA計画ファイル』にスケッチされていたのは、『幼生』ではなく、『成体』だったから。
 是非一度、お目にかかりたい――。


【鷹取迅@最終痴漢電車3 死亡】


※鷹取迅のデイパック(基本支給品、ランダム支給品×0〜1、「HIGUMA計画ファイル」)が、H−9の海上に浮遊しています。


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


442 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:37:58 oSXcxb9g0

「キリカちゃ〜ん! ただいま戻ったよー!」
「……おかえりのぞみ。ちょうど今さっき、そのヒグマも目を覚ましたところだ」

 キュアドリームが戻ってきた海食洞では、布束砥信が、ヤイコというヒグマを抱え起こして、その背中をさすっているところだった。
 呉キリカは憮然とした表情で腕を組みながら、その様子を見ている。
 数度咳き込んだ後に、大きめのテディベアのようなヒグマは辺りを見回して、溜息をつきながら呟いた。

「……意識消失寸前の記憶と現在の状況を鑑みるに、侵入者のくせになんでヤイコを助けやがったこのやろう。
 と、ヤイコは質問と共に暴言を吐かざるを得ません」
「あン!? 私の魔力を吸っておきながらなんだいその言い草は!! 恩人まで馬鹿にする気かキミは!! もう一度殺してやってもいいんだぞ!!」
「ま、まあまあキリカちゃん……」
「そちらの桃色の髪の方におかれましては、交通の要所である海食洞を守っていただいたことにつきまして、ヒグマ帝国を代表してヤイコは深く御礼を申し上げます」
「え? そうかな? ありがとうヤイコちゃん!」
「な、なんだこの扱いの差は……!」

 今にも飛び掛らんとしていた肩口をキュアドリームに押し止められて、やる瀬のない怒りを青筋に湛えながら呉キリカは唸った。
 布束砥信は、そんな様子の二人組へ、ヤイコに付け加えるようにして言葉を掛ける。

「……私は、二人共に感謝するわ。できれば腰を落ち着けて色々と話したいところだけれど……。
 Anyway, 夢原のぞみ、で合ってるわよね、あなた。その脚の傷は、大丈夫かしら?」


 つっと半眼の視線で指す先には、海食洞の浜の先から点々とキュアドリームの脚まで続く、血の跡があった。
 思い出したように傷へ目をやる夢原のぞみの前に、呉キリカが慌てて跪く。

「おいおい、いつの間に怪我したんだのぞみ! 待っててくれ、今治すから!」
「あ、ありがとうキリカちゃん。そうそう、ちょうど布束さんに聞きたかったんです。
 これ、なんか真っ黒で毛の生えた、これくらいの大きさの虫みたいな生き物に、津波の上で咬まれちゃって……。
 なんだか知ってますか?」


 夢原のぞみは両手を使って、空中に30センチメートル大の楕円形を描いて見せた。
 瞬間、布束とヤイコの目が驚愕に見開かれる。
 布束は慌てて立ち上がり、のぞみとキリカがひるむのも構わず、彼女に詰め寄っていた。

「『ミズクマ』に襲われたの!? Are you alright!? 『卵』を産み付けられたりしなかった!?」
「へ? へ? あの、なんか変な汁はかけられましたけど、お水で洗いましたよ?」
「……Okay。落としたなら平気よ。警告で済んだのね……」

 全く意味が分からず、困惑に固まる二人に向かって、布束は安堵に息をついた後、説明を始めた。

「あなたが会ったのは間違いなく、ミズクマというヒグマの『幼生』の一匹よ。
 有冨が、この島で実験を実施するにあたり入念に調整していたヒグマでね。彼女は『島の周囲1キロ以遠の海域に脱出する、研究員以外の人間を捕食せよ』という命令に忠実に従っているの」

 続けて、布束砥信は、そのヒグマの能力である、『幼生生殖』のことについても説明を加えた。
 水中に適応した活動能力に加え、その寄生虫じみた能力の不気味さに、二人は身の冷えるような思いでその言葉を聞く。


「で、でも、そいつらは洗い流したし、戻ってきたから、のぞみはもうそのクマに食われずに済むんだな!?」
「そう思ってもらって良いはずよ。島からの脱出に関しては、追々考えればいいだけの話だし……」
「……いえ。事態はそれほど良好な状態ではないと、ヤイコには想定されます」


 布束の説明の間ひたすらに黙考していたヤイコが、そこで口を開いていた。
 決して表情の豊かではないそのヒグマの貌が、傍から見ても解るほどに深刻な焦りに歪んでいる。

「……先程、こちらに津波が到達したのでしょう。島全体に被害が及ぶ規模の災害ですので、当然、シーナーさんがご心配なさって対策を打ってくるはずです。
 最も被害が懸念される海食洞には、水中での活動に適応している穴持たず39の御姉様を事態の収拾に派遣なさるのが、当然考えられる流れです」
「ミズクマが39番目なのかどうかは知らないけれど、そんなことが可能なの? 彼女の思考回路は有冨の命令しか受け付けないようにされてるのよ?」
「布束特任部長は、シーナーさんの能力をお忘れですか。有冨所長の声真似くらい、シーナーさんができないとでも」

 見落としていたことを指摘され、布束は雷に撃たれたように硬直した。
 足が震えて、隠しようもなく目が泳ぐ。


443 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:38:17 oSXcxb9g0

 ――まずい!
 ミズクマがシーナーと繋がったのなら、ここにミズクマが来た場合、折角救い出すことができた二人の参加者の存在を知られてしまう。
 首輪の盗聴すら考慮して立ち回っていたというのに、ここで裏切りが露見したら私の命はない。
 人間とヒグマのために積み上げてきた計画が、水泡に帰してしまう――!


 完全に話に置いていかれているキリカとのぞみをよそに、ヤイコは再び語り始めた。

「……今までの御姉様は、『来るものは拒まず』だったわけですが、今回の津波で、多くの外来物が漂着したことでしょう。引き波で、重要情報が流出してしまうことも考えられます。
 その処理を行なうため、『海上の全てを捕食せよ』などとシーナーさんが命令を加えていてもおかしくありません。
 何にしても御姉様がここにいらっしゃるのは、すぐでしょう。
 ……海食洞の潮位は、既に普段よりも低くなっています。波は、引き切りました」


 キリカは、ヤイコの首を掴んで詰め寄っていた。
 瞠目した眼が震えている。

「おい! つまり、もうすぐその、寄生虫じみた大量のヒグマがここに押し寄せて来るっていうのか!?
 どうすれば倒せるんだ!! 教えろ!!」
「御姉様を倒す方法など、ヤイコにわかるはずがありません。よしんば倒したところで、連絡の途絶を知ればシーナーさんが直々にいらっしゃいますよ。その場合、あなた方侵入者が生き残る確率は、却ってゼロになるでしょう」

 呉キリカの剣幕に、ヤイコは相変わらず淡々と言い返す。
 布束は歯噛みしながら、周囲に目を走らせていた。

「……ええ。私たちが生き残るには、あなたたち二人の存在を、どうにか隠さなければならないわ……」
「ヤイコにとっても、侵入者を排除し損ねたことは大きな瑕疵です。現在のヤイコの価値判断基準では、何がヒグマ帝国のためになることなのかわかりません。
 布束特任部長とのお話ができるまでは少なくとも、あなた方の生存を知られたくないことは確かです」

 脚の傷の癒えた夢原のぞみは、必死に海食洞の中を見回して、隠れられそうなところを探している。

「ね、ねえ、ヤイコちゃん! あの通路の方の柱の陰とかに隠れておけば良いかな!?」
「駄目です。御姉様もヒグマです。簡単に臭跡を追われ、却って不自然な挙動を怪しまれ、発見されるだけです」


 ヤイコは、諦観したように目を閉じて、首もとのキリカの手を振り払う。


「……それに。もう、いらっしゃいました」


 海食洞の入口を流れ落ちる大きな滝の向こうに、真っ黒い小山のような影が、差し入ってきたところであった。


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


444 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:39:02 oSXcxb9g0

「……ええい。どういうことじゃスタディの奴ら。WWWには接続せず、メインサーバーを落としておるのか?
 その上で島内実験の監視は全て、衛星などには頼らずローカルイントラネットで済ませておるわけか、考えおって……!」

 島の西側の海底で、獣電竜プレズオンの体内に待機しながら、Dr.ウルシェードは独りごちる。
 島根で運び込んでおいたソファーに座り、彼はキョウリュウバイオレットに変身したままパソコンの画面を睨んで唸っていた。

 主催者の研究所のネットワークに侵入し、データを引き出すことで、ヒグマ細胞破壊プログラムの完成と、会場の干渉波の解析を行なおうと、彼は目論んでいた。
 しかし、島からのデータ通信はほとんど確認できない。
 唯一、島の複数地点と行き来する単純な電気信号群は確認できたが、これは独立プログラムで動いているらしい、何らかの爆弾への信号であるようだ。
 これでは、実際に島の内部に突入して、イントラネットのノードを特定して有線接続しなければ進入は不可能だろう。
 外部からの介入を想定しての予防線だとすれば、不自然なほどに入念すぎる。サーバー内のデータ読み込みすら放棄していることになり、科学者として理解しがたい行為である。
 会場の干渉波についても、その正体は全く掴めない。科学的手段でわからないとすれば、魔術のようなものが働いているのだろうか。

「うーん……。準備期間中にもう少し用意をしとくべきだったかのぉ。マジレンジャーの連中に話を通しておけば解析にあたってくれたかもしれんし……。プレズオンの操縦席に椅子を据えておいても良かったかもしれん」

 Dr.ウルシェードは、現役の時ならばプレズオンの操舵も仁王立ちで軽々とこなせていたのだが、持病のぎっくり腰に悩まされている現在では、正直ここのソファーから立ってプレズオンの操縦にあたるのが億劫でしょうがない。
 ヒグマよりも通信よりも、腰に細心の注意を払わねばならないのは非常に悩ましいことであった。

 キョウリュウジャーの意匠が施されたその操縦エリアへソファーを引き摺っていこうかなどと考えていた時、突如彼のスマートフォンが、島外への電話を傍受していた。
 そこから聞こえてきたのは、人間の声でなく、ヒグマの唸り声であった。
 片方の人物は、日本語を話してはいるが、それにしたって、人間の口から漏れる言葉ではない。擦過音が多すぎる。


『――はい、穴持たず59です……。あの、すんません、まだ博士は――』

『おいおいおいおい、ちょっと待て。あんたはまず誰だ!?
 204号なんて番号聞いたこともねぇぞ!? それになんだって研究員のクルーザーに乗ってヒグマがやって来るんだよ!?』

『“彼女”って……、まさか、“ミズクマの姐さん”?』


 聞き取れた会話は、それだけであった。
 通話の向こうでの狼狽と絶句が、相当意外な事柄が発生したのだろうということを容易に想像させた。

「……この通話は、レオナルドっちを襲ったあのヒグマに向けてのものか……」

 推測するに、あの日以降、ご苦労なことにヒグマはレオナルド博士をずっと探していたものらしい。
 そして実験当日になって研究所からどんな叱責がくるかと構えていたところに、同胞であるヒグマからの電話がはいった。しかもその相手は、穴持たず204番というとんでもない通し番号の個体であったらしい。

「研究所生まれのヒグマ自体が、知らないほどにヒグマが増えておるということか……?
 そしてなぜ、研究所からの通信をヒグマが行なっておる。研究員は一体どうしたというんじゃ。ヒグマに通信を任せねばならんほど人材不足な団体ではなかろうスタディは。
 その上、研究員のクルーザーに乗って、ヒグマがやってくる? 『ミズクマのアネサン』とは、一体……?」


 しばし沈思した後、Dr.ウルシェードははっとして天井を仰いだ。
 紫色のスーツのバイザーに、思わず手をやる。


「――飼い熊に噛まれたかよ、有冨春樹!!」


 スタディは、ヒグマたちに反乱を起こされたのだ。
 当然考えられることだった。自分が出会った穴持たず59以上の知性をもつヒグマたちがごろごろ寄せ集められているのならば、自分たちの扱いに不服を覚えて、もしくはそんな細かい理由など関係もなく、更なる獣性の解放を求めて研究員たちを食い殺すことは想像に難くない。
 北海道の本島にはすでに多数のヒグマが押し寄せ、自衛隊による掃討作戦が実行されたことは聞き及んでいる。
 サーバーダウンは、意図的なものではなく、ヒグマが反乱を起こした際に同時に破壊されたものだと考えれば、辻褄が合った。


445 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:39:25 oSXcxb9g0

「だとすれば今、島の中は、数百体ものヒグマで溢れた無法地帯かァあ!? 津波の浸水は引き始めておるし、まずいぞ!?
 いくらレオナルドっちにプログラムを持たせたとはいえ、そんな数に囲まれては……!」

 焦りに彼が立ち上がった時、辺りにプレズオンの絶叫が響いていた。
 ただ事ではない苦悶の声とそれに伴う振動で、Dr.ウルシェードの腰椎に嫌な渋さが流れた。

「ぐおお!? プ、プレズオン!! どうした!! 何が起こったんじゃあ!!」

 腰を擁護しながら操縦エリアまでいくや、プレズオンの視界が、一面真っ黒な生物たちに埋め尽くされているのがわかる。
 ソナーには、全方位をくまなく埋め尽くす、幾万とも知れぬ赤い点が表示されていた。


「ヒ、ヒグマなのかこやつらも!! 寄生虫のようなナリをしとるくせして、動きが統制されすぎじゃろ……!」


 プレズオンは、自身の牙や尾部のジェット噴射により必死に生物群に対して応戦していた。
 プレズオンに組み込んだ『ヒグマ細胞破壊プログラム』により、その一撃ごとに確かに生物たちは死ぬ。
 しかしその生物たちは、一度その攻撃で仲間が殺滅されるや、首の根元や胴体部など、攻撃の死角となる場所を狙って殺到するようになっていく。


「くそっ、プレズオン!! わしに構わんで良い!! 浮上から、ブリーチングじゃあああっ!!!」
「グアアオオオオオオゥッ!!!」


 プレズオンはその長い首を上に振り向け、水深約30mの海底から、一気に空中へと急速浮上した。

「あがあああああっ!!」

 急加速と急減圧が、Dr.ウルシェードの腰部に深刻なダメージを蓄積させる。
 プレズオンは、上空の高みへ仰向けに飛び出し、高速旋回しながら、海面へその腹部を盛大に打ちつけた。


 ――スピンジャンプからの腹打ち型ブリーチング。


 クジラがその身から寄生虫を打ち落とす際に用いる、落下衝撃による体表の外敵撃砕法である。
 その衝撃は海上に巨大な水柱を打ち立たせ、腹部に取り付いていた生物群を悉く圧砕し、残る生物たちもその水流に乗せて吹き飛ばしていた。
 しかしながら、Dr.ウルシェードの腰に与えた衝撃も半端ではない。
 それでも彼は両手で腰を守りながら、必死に叫んでいた。


「い、今のうちじゃあ……! プレズオーに、ロケット変形ッ!!!」


 ズオーン……オンオンオンオー……ン――。


 プレズオンの体は、海上でパーツごとに分解され、その体を再構成することで、巨大なロボットに変形しようとしていた。
 戦闘形態になって応戦の構えを整えようというのである。
 しかし、その変形のさなか、接合する関節部が突如破裂し、内部からは大量の黒い生物群が溢れ出していた。


「なっ、なっなっ……!? なんじゃとぉぉおおお!? プレズオンの体内に産卵でもしとったというのかぁあ!?」
「クィイ……!? クアアオオオオオオォォオ!!!」


446 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:39:43 oSXcxb9g0

 プレズオンが切ない悲鳴を上げると共に、コクピットの隔壁を打ち破って、Dr.ウルシェードの周りにもその生物たちが押し寄せ始めた。
 変形の途中だったプレズオーはその力を失い海面に落ち、再び群がる黒い叢に埋められていく。

「ふざけるなよヒグマの卵とかぁあ!! せめて哺乳類であれよ!!
 ヒグマじゃなくて『HIGUMA』だぁ!? カモノハシかよ馬鹿ヤロォ!!」

 操縦エリアの前部からガブリカリバーを引き抜きつつ、襲い来る巨大な船虫のような生物たちに向けて乱射する。
 命中するごとにその一角の生物たちは確かに死滅したが、それらは後から後からひっきりなしに押し寄せる。
 コクピット隔壁も一箇所だけでなく打ち破られ、Dr.ウルシェードの背後からも生物が襲来し始めた。


「クルルィィイ……」
「くそぉおおおおおっ……! すまん、プレズオンッ……!!」


 プレズオンが最期の鳴き声を上げるとともに、キョウリュウバイオレットの姿はコクピットから消え去っていた。
 島の海上の空中に出現した彼は、沈み行くプレズオンに群がる黒色に向けて、そのガブリボルバーを構える。


「獣電ッ!! ブレイブフィニィィイィィィィィイッシュ!!!」


 竜の口の如き紫色の巨大なエネルギーが海面に突き刺さり、その生物たちを吹き散らす。
 Dr.ウルシェードはその砲撃を繰り返すことで、反動で島へと飛行していった。


 ――信じられない光景じゃった。
 空中から望めば、あの大量のヒグマらしい黒い生物たちが埋める海域は、ぱっきり島から約1キロメートルの領域で線を引いたようになっている。
 ヒグマたちがただ獣性のままに繁殖し食尽しようとしているのならば、こんなことはありえなかった。
 ヒグマたちは、統率されているのだ。
 反乱も、ただ単に暴れたヒグマが巻き起こしたものではない。その程度なら当然、スタディも想定していただろうし、ファイブオーバーシリーズに匹敵する性能を持つ擬似メルトダウナーの独占生産権を有するスタディコーポレーションがそれを鎮圧できないわけはないだろう。

 ――ヒグマたちは、反乱をした後も、粛々と実験を続けようとしているのだ。
 ヒグマと人間と、彼ら同士の血で血を洗う殺し合いを。
 プレズオンが喰われたのも、彼らにとっては単に、実験に邪魔な外的要因を排除したに過ぎない。実験をする科学者なら当然の行為だ。

 何故だ。

 彼らはもう十分に進化している。
 ここまで極端なr戦略の個体までいるのならば、彼ら『HIGUMA』という種は、もうどんな環境撹乱にも適応し、生存しうるだろう。

 生物の進化とは、環境への適応だ。
 我々キョウリュウジャーがその力を借りている恐竜が、なぜその強大な力を持ちながらゼツメイツごときに絶滅させられたか。
 それは、急激な環境の変化に適応し、進化することができなかったからだ。
 進化する時間を稼げるような戦略を採っていなかったからだ。

 人類の祖先たる哺乳類がその環境撹乱を生き残ることができたのは、そのr戦略と、温血の齎したその身に流れるブレイブのためだ。


447 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:40:14 oSXcxb9g0

 安定した環境ならば、強い力を持つK戦略の個体は絶対的に有利だ。
 しかし、不安定な環境下では、適応のための試行回数を稼げるr戦略は、その数が絶対的なアドバンテージとなる。
 何体殺されても、次は殺されない手段を採れば良い。
 無限の残機を有した死に覚えゲーを地でいくことができる。


 進化して、環境に適応できていないのは人間の方だ。
 そもそも単独の力が、K戦略としてHIGUMAに及ばない人間は、どうすればいい!?
 r戦略をとれる命のスペアもない人間は、どうすればいい!?


 有冨春樹が考えたこの実験開催理由が、今ならばわかる。
 彼は、人間に進化してほしかったのだ。
 ヒグマは、あくまで当て馬なのだ。
 実験資金を出したスポンサーは、ヒグマの戦術的価値を主眼にしていたかもしれないが、科学者にとってそんな上っ面の理由は比較的どうでもいいことに分類される。目的にしていたとしても、あくまで副次的なものだっただろう。
 彼は集められた参加者の数自体を、r戦略で消耗する命のスペアに当て、ヒグマに晒されるr選択の環境下で、確実に生き残れるほどのK戦略者を求めたのだ。
 最悪、ヒグマが勝ち残ってもそれはそれで、開発したスタディの力は認められるだろうが、それでは結局ヒグマの勝利だ。
 スタディが社訓のように掲げている『新たな時代を切り開くのは(超)能力ではなく、知性である』という言葉は、この実験の場合、『新たな時代を切り開くのは(ヒグマの)能力ではなく、(人間の)知性である』と言い換えられるだろう。


 知性とはなんだ。
 人間が発達させたコミニュケーション能力であり、人間が発達させた大脳のネットワークだろう。
 それこそ、極端なK戦略者である人類に唯一許されたr戦略を採る道。

 ――仲間との協力だ。


 協力をさせながら、一人を生き残らせるという行為は、矛盾を孕んでいるかも知れない。
 しかし、その矛盾の果てに得られるだろう強大な力を観測したいという欲求は、科学者ならば抱いておかしくない。
 人道的に許せずとも、同業者としては、有冨春樹の行為には理解の余地があった。


 ――しかしその場合、なぜヒグマたちは、実験を存続させようとしている?


 レオナルドっちならば、それもさらなる進化のためと言うだろう。
 しかし本当にそうだろうか。
 数百体ものK戦略者を有し、ここまで極端なr戦略者を持つHIGUMA種が、わざわざ人間ごときの撹乱を、それもここまで管理・制限された弱弱しい撹乱を進化のアテにするだろうか。
 しかも彼らは、むしろその外部からの撹乱を排除するように動いている。
 実験環境を依然として整えようとしているのだ。
 強力で多様な能力を持ち、今や人間に匹敵するほどの知能を持ち始めたこのHIGUMAたちは、一体何を求めているのだ――!?


「……ま、まさかッ……。そうか、そういうことじゃったのか!!」


 Dr.ウルシェードが呟いた時、彼は島の崖の端に辿りついていた。
 ガブリボルバーの射撃で空中の速度を減速し、なんとかその壁面にへばりつく。
 しかし、その衝突の衝撃は激しく、真隣で流れている滝の水流もあり、ずるずると彼は下へ滑り落ちていった。

「い、いかんいかん! 海食洞! 島の構造解析ではここに海食洞があるはずなんじゃ!
 そう! ここっ、ここっ! ここに避難……ヲウッ!?」

 滝の裏に、大きな洞窟の入口を発見し、彼はそこに必死でにじりよっていく。
 しかし、急激で無理な体勢の運動が祟った。
 ついに魔女の一撃が、Dr.ウルシェードの腰を、強かに打ち据えていたのだ。


 グキッ。


448 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:40:28 oSXcxb9g0

「こ、ここでっ……! ギッ、クリ、腰、とはああああ……!!」


 Dr.ウルシェードは、もはや一歩も動けなくなっていた。
 もう、頑張れば海食洞の中が覗けるほどであるというのに。

 海食洞の内部には、人がいた。
 しきりにあたりを見回している、ドレスを着たピンク色の髪の毛の少女。
 黒い燕尾服のような衣装を着て、テディベアのような熊に掴みかかっている黒髪の少女。
 そして、長点上機(ながてんじょうき)学園の紺色の制服を着た、ウェーブのかかった髪の少女。


「ぬ、布束、しのぶ博士じゃあないかっ……!!」


 生物学的精神医学の分野で幼少の頃から頭角を現し、学園都市第七薬学研究センターでの研究期間を挟んだ後、長点上機学園に復学。
 学習装置(テスタメント)の監修に携わり、学究会でも、スタディの有冨春樹らとともに、上位入賞の常連であった。
 量産型能力者計画を退いた後、スタディコーポレーションに在籍し、ケミカロイド計画の一端に携わったらしい。
 その後、頓挫した計画の後始末としてコーポレーションを脱退し、ジャーニー、フェブリという名の人工生命とともに渡米。
 四大財閥協定機関『ケルビム』出資の研究機関のもとで彼女たちの調整を行ないながら過ごしていたが、突如日本に帰国し、間髪入れずスタディコーポレーションに再在籍していた。
 ゴシックロリータ風の私服で有名な、若い秀才であった。


 ――彼女が生きているなら、ヒグマたちに立ち向かう算段もたつぞ!


 彼女の最近の不自然な挙動は、学会で面識のあったDr.ウルシェードが今回の事件の主催者を特定する一助になっていた。
 彼女の性格からして、この人道に反した実験を許すことは考えづらい。恐らく、元から研究員であった地位を利用して、内側から実験を中止しようという計画を練っているものと想像された。
 彼女がいれば、『ヒグマ細胞破壊プログラム』も完成するだろう。スマートフォンはプレズオンのもとに置いてきてしまったが、レオナルド博士ともう一度連絡できるアテもあるだろう。

 Dr.ウルシェードは、ガブリカリバーを持った右腕を大きく振って、叫んでいた。


「うおおおおーーい!!! 布束さぁあああん!!! お久しぶりじゃあー!!!」


 背後から大きな影が差していることに、彼は気づかなかった。
 聡明で声の大きな科学者は、最期までバイザーの下に満面の笑みを浮かべていた。


【Dr.ウルシェード@獣電戦隊キョウリュウジャー 死亡】


    仝仝仝仝仝仝仝仝仝


449 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:40:51 oSXcxb9g0

 聞き覚えのある、とんでもなくうるさい、名が体を現したあの科学者の声が聞こえたような気がした。
 海食洞の先の滝の向こうに、『彼女』の影があった。

「くはっ……」
「ガッ……」

 その時、ドクターウルシェードの叫び声に紛れて、ヤイコが周囲に電気を放出していた。
 そして、夢原のぞみと呉キリカの体が、地に倒れる。
 海水で濡れた浜を通して、ヤイコが彼女たちの体内を強かに電流で叩いたのだ。


「ヤイコッ……!? あなた……」
「生存したくば、この場はヤイコにお任せいただくことを要求します……」


 浜で痙攣する二人の参加者は、心室細動に陥っていると思われた。
 血流が途絶え、10秒で意識は落ち、すぐに彼女たちは死に至ってしまう。

 そう。
 ヤイコはヒグマなのだ。彼女にとって、侵入者である二人の存在は無価値に等しい。
 自分たち二人の生存を優先するのならば、侵入者を殺してしまうのが最も手っ取り早い手段である。
 しかし、ヤイコは、その決断をここまで延長させた。
 策があるのだ。
 それくらいは、私にも察することができた。


「穴持たず39『ミズクマ』の御姉様のご足労に感謝いたします。穴持たず81『ヤイコ』は、海食洞の無事と、侵入者の適切な排除をご報告いたします」

 ――通路内への浸水なし。
 ――人間2名の心停止を確認。
 ――布束特任部長とヒグマ1名の生存を確認しました。


 見上げるほどの、海抜3メートルの高さに、ミズクマの口があった。
 円形に開かれたその牙の間から、紫色のスーツの腕が覗いている。
 その手が握り締めていた黒と黄色の拳銃が、砂浜に落ちた。

 彼女の体は、巨大な湯たんぽかラグビーボールのような形の、真っ黒な毛皮の塊である。
 その左右に、ただ太い木の枝のような4対の脚が生え、上半身をもたげた空中でその2本が宙に蠢いている。
 目も耳も鼻もなく、ともすればその口までが毛皮の中に埋もれてしまう彼女は、それでもその嗅覚と振動覚で周囲の状況を克明に察知する。
 彼女の音声は、海面を埋め尽くす彼女の『娘』たちによって発せられていた。
 寸分の狂いもなく同期する『娘』たちの動きが、空気を言語として認識できる振動に震わせるのだ。
 彼女は『幼生生殖』し続ける自分の『娘』たちを、振動により完全に統率する。


 私はただ震えていた。
 海上から参加者を連れて脱出するに当たり、彼女への対処は不可欠なのだ。
 彼女が自身を地上に晒してくれている今ならば、彼女を打ち倒すことも不可能ではないだろう。
 腕一本犠牲にする覚悟があれば、彼女の口に、麻酔針を放り込むことができる。
 彼女の思考回路は、感情を孕んでいない。
 彼女の住処がこの海食洞の真下の海底であり、研究所に通じる伝声管の隣に待機しており、研究員とヒグマの依頼には比較的応じることを考慮すれば、呼び出して気絶してもらうことはそれほど難しくなかったのだ。
 統率を失った『娘』たちは、そうなればもう、増えるだけの死んだ牛も同然になる。
 しかし、今となっては、それはできない。
 すれば、シーナーが気づいてしまう。


「有冨所長へ、こちらに大事のないことをお伝え下さい」

 ――了解いたしました。


 ミズクマは、ヤイコの言葉を受けて、再び海面下に潜っていった。
 ドクターウルシェードの体を食い尽くして、彼女は何の感慨もなく淡々と、海上の防衛に戻るのだ。


450 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:41:15 oSXcxb9g0

「……侵入者の除細動を行います。布束特任部長、除細動が不完全だった際の心肺蘇生を願います」

 ミズクマの一群が水中に消え去った後、再びヤイコが電撃を迸らせた。
 夢原のぞみと呉キリカが、水揚げされたマグロのように砂浜を跳ねる。


「あはあっ……!! はあっ、はあっ……!!」
「がぶっ……!! げぇっ、げほっ……!!」


 二人は、一発で心室細動から蘇生した。咳き込み、流涎し、涙を滲ませながらも、彼女たちの身体に異状はないようだった。
 ヤイコは、端的なミズクマとのやりとりに一分もかけなかった。
 この迅速な決断と行動が、全員の命を救ったのだ。
 ヤイコは、二人の様子を一瞥した後に、私の方に向き直る。


「……危険は去りました。布束特任部長。さあ、今こそお話し下さい。あなたが本当は、何をお考えになって行動していらっしゃるのか。
 ヤイコが今後、如何なる基準に基づいて行動するべきなのか、その判断材料をお示し下さい」
「ええ……。そうするつもりよ……」


 私は、砂浜に落ちた、ドクターウルシェードの拳銃を手に取った。
 一瞬で特撮ヒーローのようなスーツに着替えられる銃で、ガブリボルバーと言ったか。
 彼は、島外に出たヒグマや、私の最近の履歴から、この島に至ったのだろうか。
 ほんの少ししかお会いしたことはないが、義に篤く、お調子者で、うるさい人だった。
 彼にミズクマについての知識があれば、そしてもう少しでもタイミングが違えば、生きて私たちは出会うことができたかもしれない。

 頭の中で、サンバの音楽が流れる。
 うるさい。
 どういう機能なのだ。
 『踊って銃を突き上げて“ファイアー”と叫べぇぇ!!』とか、ドクターウルシェードの声が頭に聞こえてくるのはどういうことなのだ。
 本当にうるさい。

 学会で彼に司会を頼んだのはどこの誰だったのだ。スピーカーがハウリングしまくって5分開始が遅れたのよ。
 どれだけ彼は学会に笑いの渦を巻き起こさせ、発表と質疑応答を朗らかに進行させたことか。

 こんな音楽を四六時中聞いて活動しているなら調子に乗るのも無理はない。
 学会を快活に進めることはできても、冷静さが求められる実験や行動には、このBGMはあまり適しているとはいえないだろう。
 私は白衣を拾い上げて、ポケットの中にその拳銃を押し込んだ。


 この島に、正義のためにやってきてくれたのだろう彼の勇気を無為にしないためにも。
 彼のあまりにもうるさく力強い声に応えるためにも。
 私は今後も冷静に行動する必要がある。

 息を整えて砂浜に起き上がり始めた呉キリカと夢原のぞみも、私を見上げている。
 三対の瞳を見返して、私は一度、瞬きをした。


「……ヤイコ、あなたも、ヒグマ帝国の面々が何を目的にして行動しているのか、教えて頂戴。
 私たち4人の身のこれからの振り方を、一度しっかり話し合いましょう」
「はい。ヤイコがお話しできる事柄であれば」


 昔の人々は、『水熊』が出た時、人力の及ぶものではなく、仏の力にすがるしかないと考え、百日間、家ごとに毎朝、川に向かって観音経を唱えたそうである。
 私たちは、百日間もかけてはいられない。
 ありもするかもわからない、仏の力などにはすがれない。
 観音経を唱える声があるのならば、その声で学会の司会を担うことを、私は選ぶわ。


【A−5の地下 ヒグマ帝国(海食洞)/午前】


【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、キュアドリームに変身中、ずぶ濡れ、心停止から復帰直後
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:なし
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:ようやく、布束さんとヤイコちゃんとお話しできるかな……?
1:ここがどこかわかったら、キリカちゃんと一緒にリラックマ達を捜しに行きたい。
2:ヤイコちゃんのおかげで助かったよ!
3:気絶する寸前に見た、あの黒いヒグマ、怖いなぁ……。
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)


451 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:41:39 oSXcxb9g0

【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:疲労(中)、魔法少女に変身中、ずぶ濡れ、心停止から復帰直後
装備:ソウルジェム(濁り中)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:布束には協力してやりたいが、何にせよ話を聞くところからだ。
1:布束砥信。キミの語る愛が無限に有限かどうか、確かめさせてもらうよ?
2:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達を捜す。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:命を助けた私に向かってする対応じゃないだろこのクソチビヒグマぁ……。
5:あんな虫みたいな化物までヒグマなのか!?
[備考]
※参戦時期は不明です。


【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、制服がずぶ濡れ
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:ミズクマを切り抜けられて良かった……。
1:キリカ・のぞみ・ヤイコの情報を聞き、和解させ、協力を仰ぐ。
2:帝国・研究所のインターネット環境を復旧させ、会場の参加者とも連携を取れるようにする。
3:やってきた参加者達と接触を試みる。
4:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
5:ヤイコにはバレてしまいそうだが、帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。
6:ネット環境が復旧したところで艦これのサーバーは満員だと聞くけれど。やはり最近のヒグマは馬鹿しかいないのかしら?
7:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。


【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:ヤイコにはまだ、生存の価値があるのでしょうか?
1:ヤイコがヒグマ帝国のためを思って判断した行動は、誤りだったのでしょうか?
2:無線LAN、買いに行けますでしょうか。
3:シーナーさんは一体どこまで対策を打っていらっしゃるのでしょうか。


【A−5 海底/午前】


【穴持たず39(ミズクマ)】
状態:健康、潜水、『娘』たちを統率中
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:有冨春樹の命令に従いながら、『娘』の個体数を維持する。
0:周辺海上を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て捕食する。
1:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
2:島の周囲1キロ以遠の海域に脱出する、研究員以外の人間を捕食する。
[備考]
※『娘』たちは幼生生殖を行なうことができます。
※本体も『娘』も、動物の体内に単為生殖で産卵することができます。
※『娘』たちは、島の崖から約1キロメートルまでの海域にくまなく分布しています。


452 : 水嶋水獣 ◆wgC73NFT9I :2014/04/06(日) 19:41:58 oSXcxb9g0
投下終了です。


453 : 名無しさん :2014/04/06(日) 21:47:12 7wND9pLc0
投下乙
意外と格好いい穴持たず59と脱走ヒグマを殲滅した自衛隊の仕事ぶりに感心した後
圧倒的な強さとキモさを合わせもつ最恐ヒグマによって巻き起こった悲劇。
首チョンパであっさり死んだ鷹の爪団の人たちは今思えば幸せだったのかもしれない。
しかし無様過ぎるぞ劉邦…九死に一生を得たけど死んだ方がマシだったんじゃないかこれ…?
そんな中頑張りまくった痴漢王。てかこんなに強かったのか迅wwww惜しい漢を亡くした。
ヒグマロワ全体のテーマも見えてきた圧巻のモンスターパニックでした。


454 : 名無しさん :2014/04/06(日) 22:14:09 w5l8kmoo0
投下乙
絶影は漢語である以前に飼い犬の名前なんだから別に気にしなくてもいいんじゃ…と思ったけど
その路線で行くと絶影黒子にしないといけないか、名前って難しいな
K戦略のヒグマ最強クラスだろうルアを屠った痴漢王と巨大鷲巣をも超えるミズクマの脅威
はたして人類側に対抗策はあるのだろうか


455 : ◆7NiTLrWgSs :2014/04/06(日) 22:19:57 YNYTZ1UQ0
予約延長します


456 : 名無しさん :2014/04/07(月) 02:57:41 HLy9IWQ.0
このロワ、痴漢の天敵をなんでまじめに考察してるんだろ……w
しかしミズクマはまさに化物、クリーチャーだな
戦力以上に数、数以上に植え付けが怖い


457 : ◆wgC73NFT9I :2014/04/07(月) 22:42:40 Uc9b.x5E0
暁美ほむら、球磨、ジャン・キルシュタイン、星空凛、穴持たず51〜54、
巴マミ、碇シンジ、球磨川禊、穴持たず1、ヒグマン子爵
で予約します。


458 : 狛枝凪斗の幸福論 ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/08(火) 00:53:47 tI9l/yngO
長期の遅刻申し訳ない。
投下します。


459 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/08(火) 00:54:19 tI9l/yngO
・協力者の一人の供述――記録者・有冨春樹

狛枝クン? 本当に彼を参加させるつもり?
ボクとしては「正気なの?」って聞きたいトコロだけど……まあキミに正気とか言っても仕方ないか。
先に言っておくけどね、ボクは絶対にお勧めしないよ。

違う違う、能力や人格なんて問題にしてないよ。
彼本人なんて雑魚も雑魚。 狂人ぶってるから大物に見えるけど、実際は小物だし雑魚キャラさ。
哀れで笑ってしまいそうになるくらいね。

ボクがお勧めしない理由はね、彼が「幸運」だからさ。 いや、「不運」だからって言い換えてもいいかもね。
……ん? その二つは普通両立しない概念だろう、って?
するんだよ、狛枝クンはね。

アイツの才能の事は話したっけ?
……うん、「超高校級の幸運」だよ。 だからどうしたって?
確かに普通にしててもアイツは幸運だよ。
リボルバーでロシアンルーレットをしたら六発中五発弾丸を詰めても当たらないし、くじ引きをすれば百発百中さ。
でもね、アイツの幸運はもっと特徴的な癖があるんだ。
アイツはね、「降りかかった不運を呼び水にして、その数倍の幸運を呼び込む」んだよ。

ちょっと実例を挙げて説明しようかな。
狛枝クンが子供の頃、両親と一緒に飛行機に乗った時の事さ。
彼の乗った飛行機はハイジャックされちゃったんだ。
身代金目的ってよりは、別の目的があったんだろうね! 他の乗客は皆殺しさ。
彼自身も殺される――、ってところで、何が起きたと思う?
隕石だよ隕石! 天文学的な確率で飛行機に隕石が直撃してね、散らばった隕石の欠片が当たって幸運にもハイジャック犯が死んじゃったのさ!
おかげで狛枝クンは助かって、おまけに両親の遺した遺産を手に入れる事ができたんだけどね。

ね、「不運」で「幸運」でしょ?
でもさ、この話で一番「不運」だったのは誰だと思う?
一緒に乗ってた乗客に決まってるじゃない! 殺されちゃったんだからさ!
おまけにもう少し隕石が降って来るのが早ければ、生き残れたかもしれないんだよ?
こりゃあもう不運も不運だよね!

もう一つ話をしようか。
両親の遺した遺産のおかげで、狛枝クンは幼くしてかなりの資産家になったんだ。
当然狙われちゃうよね。 小学五年生の時、狛枝クンは不幸にも誘拐されちゃったんだよ。
それでさ、誘拐犯は狛枝クンをゴミ袋の中に押し込んだんだよね。 犯人からしたら隠してるつもりだったのかな?
まあ、結局警察に捕まって無駄な努力に終わっちゃったんだけどね!
そういう訳で狛枝クンは救出されたんだけど、詰め込まれたゴミ袋の中ですごい物を見つけたんだよ。
なんだと思う?
宝くじの当たり券さ! それも、3億円!
すごい金額だよね! ま、ボクは100億円ポンと出せるけどね!
これで狛枝クンはまた莫大なお金を手に入れた訳だけど、この話で不幸だったのは誰だと思う?
誘拐された狛枝クン? 捕まった誘拐犯?
いやいや、そんなワケないよね! 「3億円の当たりくじを捨てちゃった人」だよ!
何が起こったのか知らないけど、当たりくじを捨てたりしなければ3億円はソイツの手に渡った筈なんだから!

ここまで言えばわかるよね?
狛枝クンの「超高校級の幸運」は――周囲を思い切り巻き込むのさ。
巻き込むだけ巻き込んで、幸運の恩恵を受けるのは彼一人だけ。
幸運っていうのは世界には限られてるんだってよくわかるよね!

それでさ、有富クン。 この話を聞いても狛枝クンを実験に参加させるつもり?
「不運」と「幸運」で周囲を巻き込む狛枝クン。
そんな彼を、「ヒグマの跋扈する島に放り込まれて殺し合いを強要される」なんて不運に巻き込んだら……。
揺り返しの幸運、そして彼自身の不運が……
この「実験」そのものを巻き込んでしまうかもしれないよ?


460 : 名無しさん :2014/04/08(火) 00:55:19 tI9l/yngO


「HIGUMA」の遺伝子を取り込み究極羆生命体と化した男、カーズ。
彼との戦いの直後。 カズマと杏子は、ビルの壁によりかかり一息を吐いていた。
如何にアルター使いとしての新たな段階への覚醒に至ったと言えど、カズマのダメージと疲労は軽視していいものではない。
休息が必要だ、という事実はカズマも杏子も理解している。

「……流石に疲れた。 おい杏子、ちょっと休まねぇか」
「あたしも賛成だ。 道のど真ん中に座り込む訳にもいかねーし、近くのビルで休もう。
 置いてきたほむらみてーな奴の様子も見ておかねーと……」
カズマの提案に杏子が賛成し、二人は道を引き返そうと踵を返す。

――タイミングが悪かった、と言う他ない。
カーズと戦っている最中ならば、戦闘に研ぎ澄まされた神経がそれを察知できた。
そうでなくても、戦いの余波がそれを寄せ付けなかった。
逆にもう少し後ならば、緩んだ神経を再度張り詰めさせることができていた。
戦闘が終わり、周囲の危険もなく、警戒の糸が丁度緩まり切った瞬間。

そんな最悪のタイミングで。

轟音と共に、カズマと杏子は蒼の波に飲まれた。




「……まさか津波とは。 誰かはわかりませんが、派手な事をやる物です。
 ですが、これは少々困りましたね」

カーズに襲われた黒騎れいが屋上へ逃げ込み、そのまま気を失ったビル。
彼女の倒れ込む屋上の床を見下ろすように、カラスは屋上の手摺に止まっていた。
眼下に見える街並みは、建造物を残して海の中へ沈んでしまっている。

カーズの肉片を体内へ呑み込み、屋上へ戻って来たカラスが見たのは完全に気を失っているれいの姿だった。
止血は見たところ終わらせてあったが、ヒグマや他の参加者が歩く場所で倒れているのは危険だし、何より彼女にはもっと働いてもらう必要がある。
声をかけるかつつくなりして起こそうと考えた次の瞬間、この津波が街を襲っていた。

「この分では、おそらく都市部だけではなく島全体が沈んでしまっているでしょう。
 れいを動かすのも難しいですね」
もちろん今までに見せたように、れいにはワイヤーを使っての立体的な移動ができる。
それを利用すればビルの屋上伝いに移動する事は不可能ではないが、逆に言えば市街地から出ていけないという事でもある。
そもそも思いっきり津波が流れてる状況でゲームが成立するかと言われると凄く怪しい。

「仕方ありませんね……れいはこのまま寝かせましょう。
 あの男女も流されたようですし、今はできる事もない」
起こしたところで出来る事がない以上、無理をさせるよりは多少休ませておいた方が今後には響かないだろう。
自分が他の場所の様子を見て来る事も考えたが、気絶したれいを放置するのは危険だと思い直す。
まさか島が沈んだままという事もないだろう、動くのは波が引いてからでもいい。
判断を決めたカラスは、周囲の様子に気を配りつつ、次の思考へ――

「……む?」
視界の中で何かが輝いた気がして、カラスは目を瞬かせた。
都市から流れ出した金属物の反射光……という訳ではない気がする。
もっと強い輝き――そう、先程究極生物を名乗った男と戦っていた男の放っていたような――

「……まさか」


461 : 名無しさん :2014/04/08(火) 00:56:22 tI9l/yngO


少し時間を戻す。

海へと沈んだ街並みの上を、モーターボートが走っていた。
操縦席に座っているのは、温泉で巴マミらから逃げだした狛枝凪斗である。

「いきなり津波に飲まれるなんてビックリだよ。 流石に人生でも初めての経験だね。
 ま、でも偶然水上に浮いてたモーターボートにしがみつけたのは助かったかな?」

津波に襲われるという『不幸』に襲われながらも、モーターボートを見つけるという『幸運』で難を逃れた狛枝。
津波に飲まれた為、体は上から下までずぶ濡れになっているが――彼の眼からは、焔は消えていなかった。
『希望』という名の焔。 彼はそれを信じ、そして新たな希望を探して海上をモーターボートで走る。

ちなみに今彼が乗っているモーターボートは、デビルヒグマに殺された不動明に支給されていた物がディパックから津波で零れ出した物である。
彼が殺そうとしたデビルヒグマが間接的に彼の命を救った事になる訳だが、そこは彼にとっては関係のない事だった。

(流石にこの有様じゃ人間どころかヒグマさえ影も形も見えないね。
 闇雲に海面を走るよりも、どこかで引き潮を待った方がいいかな。
 市街地のビルは沈んでないみたいだし、非常階段にでもボートを乗りつけて屋上で休憩しよう)
少しの間モーターボートを走らせたが、変わった物はほとんど見つからない。
焦れた狛枝が方針を切り替え、一旦津波をやり過ごそうとした時。
海面に、何かが浮かんでいるのが目に留まった。

(……封筒?)
ただのゴミ。 そう判断する事もできる筈だが、やけに気にかかる。
中身を確認しなければならない、という、確信にも似た直感。

(あるいは、これも幸運の内なのかな……?)
それに突き動かされた狛枝は、モーターボートを停めると水面に浮いている封筒を拾い上げる。
茶封筒の表面に書かれていたのは、『参加者各位』の文字。

(……)
濡れてくっついた紙に難儀しながら、半ば破るように封筒の口を開く。
中に入っていたのは――、一枚の便箋と、3つのアンプルだった。
躊躇無く便箋を開き、中身を確認する。 上から下まで目を通すと――狛枝は、確かな笑みを作った。


『参加者各位
 以下に 主催本拠地への経路を図示する
 なお首輪は オーバーボディやアルミフォイル等により 電波を遮断することで
 エリア外に移動した際の爆発を 一時的に防止することができる
 準備一切 整えて 来られたし』

「やっぱり、ボクはツイてるみたいだね……」
封筒に入っていた一枚の手紙。 それは(おそらく主催者に近しい人物からの)招待状であった。
一見罠の可能性が強い手紙。 けれど狛枝は、これを疑わない。

(主催者の目的がボク達にコロシアイをさせる事なら、こんな手紙をわざわざ書いて罠にかける意味はないし……。
 何より、これがボクの『幸運』の導きだって言うのなら乗るしかないよね)
自らの推測。
そして「自らの唯一の才能」である幸運を信じる彼にとって、この程度の賭けは賭けですらない。
もし賭けに負けたのならば、それは彼の才能がその程度だったという事。
それが、彼の有する「才能」を史上とする価値観だった。

(問題は、どうやってこの経路が示す場所……つまり地下に行くかかな。
 今のところ地上は完全に海に沈んでるし……引き潮が来るまで待つしかないかな?
 ……この津波、まさか引かないなんて言わないよね?)
手紙の内容は全面的に信用する事にした狛枝だが、今のところ本拠地への道であるマンホールは海に沈んでいた。
そもそも、狛枝一人で本拠地に行くのは幸運や不運を通り越して蛮勇だと思う。
となればやはり、どこかで津波が引くのを待つか、モーターボートを使って人を探すかのどちらかだが――。

(……ん?)
どちらを選ぶかを考えていた狛枝の目に、ある物が飛び込んで来た。

それは、地上にもう一つ太陽が現れたかを思わせる、光。


462 : 名無しさん :2014/04/08(火) 00:57:12 tI9l/yngO



「――もっとだッ! もっと輝けぇぇぇぇェッ!」
「……お、おい、カズマっ!」
「しっかり掴まってろ、杏子ッ! このままぶち抜くッ!」

カズマの腕に発現したアルター――シェルブリットが光る。
海を割り、海を食い、海を突き進む。

「無茶すんな! さっきから無理しっぱなしだろうが!」
「無茶も無理もねぇ! 俺の前に立ち塞がるなら――吹っ飛ばすッ!」
腰にしがみつく杏子の声を後ろに流し。
前へと。
前へと。
突き抜け。 切り開き。 突破する。
まるで海を割り新天地へ進んだ聖者のように。

そして――
コンクリートのビルへ激突した。


463 : 名無しさん :2014/04/08(火) 00:58:09 tI9l/yngO



「……っ!?」
ビルを揺るがす轟音に、黒騎れいは目を覚ました。
体を勢い良く起こしながら記憶を探る。 顔を巡らせ状況を確認。

(そう、だ……私はあの男に襲われて……)
ヒグマなのかさえも定かではない、肉体変化の能力を持つ男の姿は周囲にはない。
いやそれどころか。

(……街が沈んでる……!?)
見渡す限りの海。 そして波間から姿を見せるビル。
れいが意識を失う前からは変わり果てた光景。

「れい、落ち着きなさい。 先程下の階に参加者が突っ込みました。
 すぐに階段を登ってここまで来るでしょう。 対処を」
聞きなれたカラスの声が耳に飛び込む。

(そうだ……下手に参加者に接触する訳にはいかない。 他のビルにワイヤーで跳び移れば……)

――飛び移れば?
だからなんだ? 逃げる? 何故?
逃げてどうする?

(またゲームのジョーカーとしてヒグマを進化させて、参加者を殺す?)
自分にそんな資格があるのか? 誰かを蹴落として願いを叶える資格が?
自分の為に誰かを不幸にする資格が? そんなものはないのではないか?
ならば諦めるのか? 自分の世界を見捨てて?
彼女の思考はぐるぐると回り――答えを出す事ができなかった。
思考の袋小路を何度も行き来する。 その内に、

「おい、何やってんのアンタ」


464 : 名無しさん :2014/04/08(火) 01:00:36 tI9l/yngO


声と共に肩を掴まれ、れいは無理矢理振り向かされた。
視線の先に現れたのは、先程れいを助けた少女だ。

「大したことなさそうなのは良かったけどさ、そんな風に呆けてるのはよくないんじゃないの。
 また変なヒグマが出てくるかもしれないんだし」
心配するような――あるいは呆れたような視線を向けて来る少女の向こうには、あぐらを掻いて座る男性も見える。

(……さっきカラスが言っていた参加者ね。 失敗だったわ……。
 これからを考えるにしても、ここを離れてからでよかったのに)
そのカラスは近くにはいない。 怪しまれないように、どこかへ隠れているのかもしれないが――。
これからどうするべきか。 れいにはその答えが出せない。
答えが出せないから、参加者に対してどう接触すべきかも決めかねる。

(……どういう道をとるにしろ、無駄に不審がらせる事もない。
 接触してしまった以上、穏便に、経緯についてはある程度誤魔化すしかないわね)

「……おい? まさか口が聞けなくなったって訳じゃないんだろ?」
「……ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたから。 そうでなくても、いきなりこんな事が起きて混乱していたし」
続けて声をかけてくる少女に答えを返す。
上手く誤魔化せたかはわからないが、今はこれ以上追及される事はなさそうだ。

「さっきは助けてくれてありがとう。 ……私は黒騎れい。 あなた達は?」
「……あたしは佐倉杏子。 こっちはカ「カズマだ」 ……そう、カズマ。
 しかし、あんたも災難だね。 二度も訳わかんないのに遭遇してさ」
訳わかんないの、とは巨大化した穴持たず00と羽根男の事を言っているのだろうか。
片方はれいの行動によるものなのだが、まさかそれを言う訳にもいかないのでうなずいておく。

「……ま、あんたが参ってるのもわかるからさ。 考え事があるならしてて構わないよ。
 こっちも疲れてるし、一旦休みたいんだよね」
そう言うと、杏子はカズマと名乗った男性の方に近寄ってから座り込む。
様子からして、疲れているというのは本当らしい。

「……そう。 じゃあ、そうさせてもらう」
期せずしてまた考える時間を与えられてしまった。
どうしたものか。


465 : 名無しさん :2014/04/08(火) 01:00:59 tI9l/yngO
(……そもそも、この事態は一体どういう事なの?)
多すぎるヒグマ、謎の羽根男、そして津波。
現在この島で起きている事象は、当初有冨に話された『実験』の内容をはるかに逸脱している。
それについての有冨からの連絡もない。

(やはり、実験に何らかのトラブルが起きた……?)
数刻前にカラスに同じ疑問を聞いた時、「有冨にヒグマを制御する度量など無かったのだろう」と言っていた。
ヒグマ達が制御から外れ、脱走や暴走を始めているという可能性は低くない。
最悪の場合、有冨達の生存すら怪しいが――

(……でも、それだけでは説明できない事がある)
あの羽根男の事だ。
あの男は穴持たず1――デビルの事を下等生物と呼んだ。
デビルはその番号からもわかるように、ヒグマ達の中でもかなりの古株だ。
その改造の回数も他のヒグマ達とは一線を画すし、その分有冨達の技術の枠も惜しみなくつぎ込まれている。
何かに特化した能力こそ持っていないが、その知性、戦略眼、戦闘力全てが高レベルのヒグマである。
そのデビルを取るに足らない生物と呼んだというのは――いやそもそも、あの男の肉体変化能力はデビルの物よりも更に高レベルだった。
つまり――

(……デビルの肉体変化能力は、あの男を模倣して作られた……?)
だとすれば、あの男はデビルよりも古株――そもそも有冨達に作られたヒグマかも怪しい事になる。
更に大きな問題は、「私はそんな男の存在を知らされてはいない」という事だ。
そう――仮にも実験の協力者である私に、そんな重要な存在が、知らされていない。
ここから考えると、もう一つの「最悪の可能性」に行き着く。

(……私は、有冨に騙されているんじゃないの?)
考えられない可能性ではない。
所詮れいは異世界の人間だ。 彼等の身内ではないし、信用されていない可能性だってあった。
いつの間にか、彼等の実験の餌にされている可能性も――

(いや、そう考えてもおかしな点は残る……有冨は私に情報を与え過ぎている。
 信用させる為とは言っても、下手をすれば致命的になるはず……)
加えて考えれば、この異常がどう実験に役立つのかがわからない。
津波とかどんなデータを取る実験なんだ。

(……推論は幾つか建てられるけど、どれも推測の域を出ないわね。
 やっぱり、一度主催本拠に戻るしかないかしら……?)
それをするにしても、今度はカズマと杏子をどうするかという問題がある。
うまく撒ければそれでいいのだが――

「……なんか聞こえない?」
不意に聞こえた佐倉杏子の言葉に、れいの思考は現実へと戻った。
言われて周囲に耳を傾けてみれば、確かにモーター音らしき音が――

(……モーター音?)
弾かれたように立ち上がり、手摺まで駆け寄る。
目に映る海の上には、波紋を描きながら走るモーターボートの姿が確かにあった。

(……あんなのを支給された参加者もいたのね)
このような事態にならなかった場合どう使わせるつもりだったのか有冨に問い質したいが、それはそれとしてあれに乗っているのも参加者だろう。
ヒグマならばモーターボートなど使わずとも自力で泳げる筈だ、とれいは判断する。 
――同じ頃、サーフィンをするヒグマが現れていたのは彼女が知る由もない。

「……そこのモーターボート! ちょっと停まって、こちらの話を聞きなさい!」
モーター音にも負けない音量でれいが声をかける。
声が届いたのかモーターボートは一度停止し、操縦席に座っていた人間がこちらへ顔を向けた。

「良かった、こっちで合ってたみたいだね。 ……さっきの光って、キミが出したの?」


466 : 名無しさん :2014/04/08(火) 01:02:29 tI9l/yngO



「ボクは狛枝凪斗。 よろしくね」
ビルに空いた穴から内部に侵入し、階段を登って屋上までやって来た狛枝は、屋上にいた三人に自己紹介していた。
礼儀正しい挨拶に三人も自己紹介を返す。

「……さっきの光って、何の事かしら?」
情報交換もそこそこに、れいが狛枝に聞く。
自らの事情を聞かれたくないれいにとって話題を自分から逸らす目的もあるが、単純に気にもなっていた。
遠くからやって来た人間に見える程強烈な光ならば他の参加者やヒグマに気付かれる可能性もあるし、そもそもそのような光を出せる存在には注意を払わなければならない。

「……気付かなかったの? さっき突然強烈な光が、このビルに突っ込んだように見えたんだけど」

(……カラスが言っていた、『下の階に参加者が突っ込んだ』時の光? 
 私が起きた音もそれが原因かしら……つまり)

「……それをやったのはあたし達だよ。 っていうか、こっちのカズマ」
杏子が隣に座るカズマを指差す。
指された当の本人は、気にした様子もなく「大した事じゃねぇ」と返したのみだったが――

「素晴らしいよ! もしかしたら、君が希望なのかもしれないね!」
狛枝は目を輝かせてカズマを賞賛した。
その瞳は爛々と輝き、喜色を顔に浮かべている。

「希望ってのはどういう事だ。 オレはお前の希望になんてなった覚えはねーぞ」
「違う違う。 ボクだけじゃなくて、もっと絶対的な……そう、世界にとっての希望って言い換えてもいいかな」
「どっちにしろ同じだ。 そういうものを他人に頼るんじゃねーよ」
「頼るんでもないんだけどな……」
その狛枝を無碍にあしらうカズマだが、狛枝には改める様子もない。

(一般人さんとかなら、そーいうのを見た時にはしゃぐとか驚くとかしても無理はないけど。
 ……なんかコイツ、度を越してない?)

「おっと、ごめんごめん。 ちょっと熱が入っちゃったね。
 お詫びと言ってはなんだけど、ここに来る前にいいものを拾ったんだ。
 ちょっと見てみてよ」
そんな様子を怪訝に見つめる杏子に気がついたのか、狛枝は一旦姿勢を直すと自らのディパックに手をかけた。

「……!」
ディパックから取り出されたそれを目にしたれいが、その場にいた三人を手で制する。
そして自らのディパックから筆記用具を取り出すと、メモ用紙に急いで書いた内容を三人に見せた。

“首輪から盗聴されている可能性がある それについては筆談で話して”

「確かに面白いけれど、今役立ちそうには見えないわ。
 ……一応あなたが管理していて。 使う事もあるかもしれないし」
「そっか、残念だよ。 仕方ないから、これはしまっておくね」
続けてれいは『首輪の先にいるもの』を誤魔化す為の言葉を発する。
狛枝もその意を汲み取り、れいの発言に乗りながらディパックから筆記用具を取り出した。
欺瞞の為の雑談を続けながら、茶封筒の中身を確認する。

(……危ないわね)
――盗聴の可能性がある、とれいは表現したが、実際はれいは盗聴が行われている事は知っていた。
事前に有冨から首輪の構造を聞かされた際に覚えていたのが功を奏した。

(……でも、なんでこんな物が会場に落ちているの?
 まさか、本当にSTUDYに何かが起きた……?)
茶封筒に書かれている『参加者各位』の文字。 あれは布束博士の筆跡だ。
彼女がこの実験について否定的な意見を示していたのは知っているが、このような形で参加者に接触を取ろうとするというのは違和感を覚える。
STUDY内で何らかの事故が起きた可能性も、否定はできない。

“こいつはマジなのか?”
“本当だと思うよ。 こんな嘘を吐いて主催がボクらを騙す必要がない”
“私もそれには賛成するわ”
茶封筒の内容を確認した杏子が、筆談で質問する。
狛枝とれいは、それを肯定した。

“どっちにしろ、それを確認するのは波が引いてからになるだろうけどね。
 モーターボートも4人を乗せるには小さすぎるし、アルミホイルかオーバーボディを探さないといけないからさ”

筆談を終える。
狛枝の書いた通り、津波が引いた後に市街地でアルミホイルかオーバーボディを探すのが今後の行動方針だ。
現状の方針を決めかねていたれいとしても、布束博士に手紙の真意を聞いて現状を把握する必要があると考えた為同行する。
茶封筒に同封されていた麻酔針は、2本が狛枝、1本をれいが持つ事にした。


「……そうだ。 それと、もう一つ注意しておきたい事があるんだ」
それから少しした後。 またも狛枝が口火を切った。
“これは筆談する必要はないよ”と前置きして、

「津波の起きる前に、主催者側らしい集団を発見したんだよ」
そう言った。


467 : 名無しさん :2014/04/08(火) 01:03:12 tI9l/yngO


狛枝の説明は端的にはこういう事だった。

《ここから南の温泉地帯にある集団がいる。
その一団はヒグマを連れていて、拘束や戦闘もしていない。
ヒグマに命令できる主催者側の人間の可能性がある》

その内容に、明らかな矛盾点はない。
ないが――

「おい」
杏子が、狛枝を鋭く睨む。

「アンタ、嘘を吐いちゃいないだろうね?」
「ウソ? ……なんでボクが嘘なんて吐かなきゃいけないのさ」
「確かにそうだけどさ。 ……アンタの言ってる奴に、アタシは心当たりがあるんだよ。
 そいつがあたしの知ってる奴なら、アンタの言ってるように主催者の手先になんてなる訳がねー」
狛枝の言う“主催者側らしき人間”の一人に、杏子は心当たりがあった。
巴マミ。
杏子の先輩魔法少女であり――一時、杏子の「師匠」だった少女。
あの「甘ちゃん」が、こんな殺し合いに加担するような事がある訳が無い。

だから、こいつの発言には嘘がある。
そう杏子は思った。

(……主催者側の人間だからと言って、無条件にヒグマに言う事を聞かせられる?
 そんな事はない。 そもそも、STUDYにわざわざ外に出てくるような理由はない筈だし、出てこれるような人員もいない筈)
主催者側からのジョーカーであるれいは、ヒグマについてよく知っている。
彼らは誇り高い。
そりゃまあ研究員達に普通に従うヒグマもいるが、それでもその心の中には誇りを持っているヒグマが多数だ。
そもそも先刻自分を襲ったヒグマン子爵のように、研究員の言など聞かないヒグマもいる。
そのヒグマ達が、血沸き肉躍る殺し合いの会場で大人しく他人の命令に従うだろうか?
研究員達にしたって、研究所の中でデータ取りをやる人種であって、危険な会場に出てこれるような人間でもない。

だから、彼の発言には嘘がある可能性がある。
口に出せば身元を明かしてしまうようなものだから発言はできなかったが、そうれいは思った。

「……さっきから思ってたんだけどよ。 お前の発言は胡散臭ぇな」
カズマには杏子やれいのような知識はない。
だが、感覚的に狛枝を胡散臭いと思った。
それに根拠はない。 直感だ。
だが、彼にとっては直感は信じるに足るものだ。

だから、こいつは信用できねぇ。
そうカズマは確信する。

三者三様の理由で、彼らは狛枝凪斗を怪しむ。
けれど、狛枝凪斗も確信させるには至らせない。

「……その子が本当に佐倉さんの知り合いだって言うのなら、もしかしたら騙されてるのかもしれないよ?
 こんな状況だし、優しく接されたら騙されてしまう可能性もあるかもしれない」
「……それは、あるかもしれねーけど」
「それに、ボクがキミ達を騙して何の得があるんだい?
 同じ参加者同士だって言うのに……信用されるに足るものは、ちゃんと見せたつもりだけどな。
 ……ボクは、キミ達の希望が見たいだけなんだよ」
そう。 三人から見た、狛枝が三人を騙すメリットが見えない。
確かにこの会場で起きているのは、元々は参加者同士の殺し合いだった筈である。
ただ、ヒグマの脅威はそれを更に上回るし、何より狛枝が三人を騙すつもりなら例の茶封筒を見せる必要がない。

茶封筒を見せた事により、4人のこれからの行動は「地下の本拠地へ向かう」に一致している。
そこから『主催者側の集団』の話をしたところで、せいぜい『そんな風貌の連中に気を付ける』程度だ。
茶封筒も狛枝の罠、という可能性もなくはないが、それにしたってすぐにバレる嘘である。
(ついでに言えば、れいはこれは嘘ではないと知っている)

要するに、『狛枝の目的が掴めない』のだ。

更に言えば、れいと杏子の二人には疑念を確信できないだけの理由もある。

(……確かに、マミの性格だと騙されてる可能性も否定はできないけどさ)
杏子の知る巴マミは、戦闘センスや直感、戦闘力においては有能だったが、反面お人好しの平和ボケだった。
何か人情話を聞かされて騙されている可能性はなくはない。
ゆえに、確信まで至れない。

(……STUDYが私に何かを隠している可能性は、確かにある)
直前までれいが思考していた疑念。
それが、れいの思考を鈍らせる。
STUDYが教えたのは本当にヒグマや研究員の全てなのか?
騙され、利用されようとしているのではないのか?
ゆえに、確信までは至れない。

疑念と戸惑いの上に成り立つ、束の間の休息。

戸惑わず、疑惑というテーブルの上に残ったのは直感と己の信念に生きる一人の男だけだった。


468 : 名無しさん :2014/04/08(火) 01:06:31 tI9l/yngO
【F-5/市街地/午前】
※B-6、C-6、D-6、E-6、F-6のマンホールの上に設置されていた【封筒(研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本が入っている)】は、津波によって流されました。

【カズマ@スクライド】
状態:石と意思と杏子との共鳴による究極のアルター、ダメージ(大)(簡易的な手当てはしてあります)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、エイジャの赤石@ジョジョの奇妙な冒険
基本思考:主催者をボコって劉鳳と決着を。
1:『死』ぬのは怖くねぇ。だが、それが突破すべき壁なら、迷わず突き進む。
2:今度熊を見つけたら必ずボコす。
3:波が引いたら、主催者共の本拠地に乗り込んでやる。
4:狛枝は信用できねえ。
[備考]
※参戦時期は最終回で夢を見ている時期


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極の魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り中)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:元の場所へ帰る――主催者をボコってから。
1:たとえ『死』の陰の谷を歩むとも、あたしは『絶望』を恐れない。
2:カズマと共に怪しい奴をボコす。
3:あたしは父さんのためにも、もう一度『希望』の道で『進化』していくよ。
4:狛枝はあまり信用したくない。 けれど、否定する理由もない。
5:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※この調子でもっと人数を増やせば、ロッソ・ファンタズマは無敵の魔法技になるわ!


【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:全身に多数の咬傷、軽度の出血性ショック(止血済)、制服がかなり破れている
装備:光の矢(6/8)、カラス@ビビッドレッド・オペレーション
道具:基本支給品、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、ランダム支給品0〜1 、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×1本
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す
0:他の人を犠牲にして、私一人が望みを叶えて、本当にいいの?
1:ヒグマを陰でサポートして、人を殺させて、いいの?
2:今は3人について、本拠地を目指す。 決めるのは、それから。
3:狛枝凪斗は信用していいの?
4:そもそも、有冨春樹を信用していいの?
5:流石にこのままじゃ恥ずかしいし、替えの服とかないかしら……
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことは知りません
※カラスが現在何をしているかは後続に任せます。


【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×2本
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:カズマクン……キミがこの島の希望なのかな?
1:津波が引いたら、アルミホイルかオーバーボディを探してから島の地下に降りる。
2:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る。
3:球磨川は必ず殺す。
4:モノクマも必ず倒す。


469 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/08(火) 01:07:21 tI9l/yngO
投下終了です


470 : 名無しさん :2014/04/11(金) 00:01:41 FFCGmwFQ0
投下乙
烈海王よりマシだがサーファーも充分変だったなそういや…
ヒグマン子爵に狙われてるしデビルはくまモンと敵対してるしマミさんチームは前途多難


471 : 名無しさん :2014/04/11(金) 07:01:52 1culEP0Y0
投下乙
まさかヒグマロワで普通のロワみたいな疑心暗鬼を見るとは
思ってなかった


472 : ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:43:48 q05hE3PY0
投下します


473 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:44:19 q05hE3PY0
「――おい、誰だ、お前?」

島風から取り上げた携帯から聞こえた声は、普段の提督とは全く違う声だった。
それに自分の事を天龍"殿"と呼んでいた。自分の提督が俺の事をそう呼ぶなんてのは、まずありえない。
となると島風はやはり自分の鎮守府以外の場所で建造されたということになる。
ならばこの電話の相手は、島風の言う"提督"である可能性が高い。

『そこのぜかましちゃんの提督。……ヒグマ提督と呼んでくれて構わないよ』
「なっ……!」

あまりにも衝撃的な言葉に、天龍は言葉を失った。
提督がまさかヒグマだとは思いもしなかったからだ。
人語を話すヒグマがいるのは分かっていたが、さすがに艦むすを建造できる程の知識は無いと思っていた。
ヒグマ提督の存在が事実ならば、彼等は艦むすを建造する為の資材と工廠を持っていることになる。

「どうやって、資材を調達した?」
『ヒグマを20体くらい解体してチョチョイっとね。運がよかったよ』

さらに衝撃的な言葉に、天龍は眩暈を起こしそうになる。
ヒグマを解体して資材にしただと? それで島風が建造されたというのか?
――馬鹿げている。そんな建造方法があってたまるか。
それではヒグマは艦むすを、簡単に量産できることになってしまう。
しかも資材にはヒグマだ。ステータスはきっと、ヒグマ並みに馬鹿げた数値になっているに違いない。
ヒグマ並みの能力を持った、ヒグマに仕える艦むす。間違いなく深海戦艦よりも脅威だ。

『さて、私に聞きたいことがあるんだろう? 天龍殿』
「……その前に天龍殿ってなんだよ」
『実験に立ち向かう艦むすに、敬意を表して!』
「どういう目的で島風をここに派遣した?」
『え? 華麗にスルー? ま、まあいいか』

電話越しから露骨に落ち込んだ声が聞こえる。
どうでもいいことを聞いたら、どうでもいい答えが返ってきただけなのでスルーしただけだけど。
ヒグマでも落ち込むことってあるんだなー、天龍は呑気にそう思っていた。
数秒後、考え事は打ち切られる。

「うおっ!?」
「きゃっ!?」

突如として放たれた弾丸に対して、天龍と島風はかろうじて回避する。
弾丸が放たれた方向を見ると、先ほど島風と仲良く遊んでいたヒグマのサーファーがそこにいた。
ヒグマサーファーは高速で動きながら、天龍達を蜂の巣にしようと虎視眈々と狙っている。

「すまん、島風。アイツと遊んでててくれ」
「ええー! 天龍がやってよー! 私は司令官と話さなきゃいけないのー!」
「あれにスピードで勝てるのは島風だけなんだよ。頼む、このままじゃ全員死ぬからさ」

そうこうしている内にヒグマサーファーは狙いが定まったのか、ボードの先端がせり上がり銃口を露出させる。
直後マシンガンが火を吹く。二人は高速旋回し、これを避けた。

「……ちゃんと返してよね」
「悪いな」

渋々といった様子か、島風は頬をぷくっと膨らませながらヒグマサーファーの元へ向かっていく。
悠々とヒグマサーファーを追い越し、ヒグマサーファーも島風のことを追いかける。
マシンガンを乱射し、魚雷も発射するが島風は軽々と避けていく。
そんな島風はさておき、天龍は電話に意識を傾ける。


474 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:44:51 q05hE3PY0

『どうしたの? 急に可愛らしい声をあげてさ』
「ヒグマに襲われたんだよ……それよりも、だ」
『なんだい?』
「島風の役目は何だ? 火山を調べさせようとしてたみたいだけどよ」

"火山を調べる"という任務を提督から貰っていたなら、自分の身を省みずに遂行する姿勢なのも納得がいく。
しかしなぜ、火山を調べようとしたのか。
それは火山の火口から現れた、巨大な老人に関係するのだろうか。

『ぜかましちゃんの役目は、イレギュラーの調査及び排除だよ』
「イレギュラー? 火山から現れた老人のことか?」
『本来は火山に出来た時空の歪みを調査してもらおうとしたんだけどね』
「じ、時空の歪み……か」

どうにも超常現象が起きすぎて感覚がマヒしているのか、あまり驚けず呆れてしまう。
会場にいるヒグマ達がそうだし、火山から現れた巨大な老人のインパクトがあまりにも大きすぎたからだ。
今更時空の歪みでは驚けない。

『時空の歪み、そして津波。これら殺し合いに支障が出そうな出来事の原因を調査し、可能ならば排除する。
 改めて言うけど、これがぜかましちゃんの役目だよ』
「成る程な。よく分かったよ」

ヒグマ達はなんとしても、この実験を成功させたいらしい。
偶発的に発生した出来事で決着するのではなく、あくまでもヒグマと戦わせて決着に導きたいわけだ。
だが原因を究明するだけならまだしも、時空の歪みや津波を島風が排除できるとは到底思えない。
可能ならば、と言っていたが円滑に進めるならば確実に排除しなければならないはずだ。

『もちろん、ぜかましちゃんだけじゃないよ。ぜかましちゃんだけじゃ対応できないからね』
「他には誰がいるんだ?」
『といっても一匹だけなんだけどね。穴持たず47ことシーナーさんが該当するよ』
「どんなヒグマだ?」
『津波を限定的に止めれるから、すんごい強いよ。見つけたら逃げるか逆らわないのが賢明かな』
「……だろうな」

今までに出会ったヒグマは化け物染みていたので、戦闘能力は想像はついた。
それどころか津波を止める力を持っているのだから、どう足掻いても自分では歯が立たないだろう。

『ああ、それと任務はもう二つ程』
「どんな任務だ?」
『一つは参加者が逃げないようにと、外部からの介入を絶つ為に海上をパトロールする事。これは穴持たず56、ガンダム君とミズクマに任せてある。
『そしてもう一つ、増えすぎた参加者の殺害。ちなみにそのどちらにもぜかましちゃんは関与しないよ』

管理は非常に徹底しているらしい。
というか"ガンダム君"とは一体なんだというのか。まさかとは思うがあの機動戦士なのだろうか。
それが海上をパトロールしているなら、こちらでも見えるだろうが生憎その姿を見かけてはいない。
もう一つの名前、ミズクマが気になるが、恐らく自分と同じ水上を走れるヒグマだろうと推測する。
パトロールにヒグマが二匹いれば、参加者が増えすぎる事はないと思うのだが、余程警備がガバガバなのだろう。
そこで天龍は、参加者の殺害を任せられているであろうヒグマの名前を聞いてなかったことに気付く。

『パッチール君に全部任せてるけどねぇ。何してるのかな』
「そのパッチールって――
「天龍! 後ろに何か来てる!」

俺が電話で対応している間、ずっと黙っていた銀は声を上げて警告した。
慌てて後ろを向く。

「パッチョアアアアアアアアアアアア!!!」


「――っ!!」
『お、パッチール君の声!』


475 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:45:40 q05hE3PY0

奇声をあげながら水面を走る、筋肉モリモリマッチョマンのヒグマではない何かがそこにいた。
肌色に所々のオレンジ色のぶちが多数存在していて、ぐるぐる眼に飛び出た耳は誰がどう見てもヒグマではない。
姿も尋常ではないが、顔も尋常ではない程鬼気迫っている。

「あ、あれがパッチール!? ヒグマじゃねーじゃん!」
『当然だよ。そこで捨てられていた所にステロイド投与したんだから』
「何してんだてめえら!? 動物実験まで行いやがって! それでもヒグマか!」
『私は関係してないからね!』
「掛け合いをしてる場合じゃありませんよ!」

冷静に銀が突っ込みを入れる傍ら、パッチールはもう直ぐそこまで迫ってきていた。
天龍達まであと数メートルという所で、パッチールは飛び上がる。

「銀、頼む!」
「分かりました! 絶・天狼抜刀牙ッ!」
『あっちょっ! やめなって!』

電話越しの静止も虚しく、銀は天龍の背中を蹴って自らに強烈な縦回転をかけながら、パッチールへ目掛けて突撃する。
対するパッチールは避けようともせず、むしろ迎え撃つ体勢に入っていた。
パッチールの頭上を行った銀は、牙をパッチールに叩きつけようとする。
対するパッチールは勢い良く、拳を振り上げた。

ごきゃっ

銀の顔が空を仰いだ。
銀の縦回転による強烈な一撃は、パッチールの技"ばかぢから"によって制された。
一撃よりも何十倍の威力を誇る攻撃は、犬の頭蓋を砕くのは容易いことである。
銀の体は引力に従って落下していき、水しぶきを上げて水面に激突した。
天龍は眼前で行われた一連の行為を、黙って見つめている事しか出来なかった。

「銀! 嘘だろ……」
『だから止めたのに。ヒグマ特性のステロイド投与したから、並みのヒグマより強いんだぜあれ』
「並みのヒグマより強い……!?」

ワンテンポ遅れてパッチールも落下し、銀と同じく水面に激突する。
しかし銀とは違って直ぐに浮上してくる。

「くそっ……! 逃げなきゃやべえじゃねえか!」
『おうおう、ちゃんと逃げてくれよ。ぜかましちゃんと通話したいんだから』

天龍は戦闘は危険と判断し、オーバーヒートを起こさない限界のスピードで逃げる。
対するパッチールは平泳ぎをしてコチラに迫ってくる。
そのスピードたるや、天龍のスピードに勝るとも劣らない。

「は、はやっ……!」

徐々に距離を詰められていく。
このままでは死んでしまう――天龍は脳味噌をフル回転させて打開策を考える。


476 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:46:52 q05hE3PY0
(どうする……! 迎え撃つか? 主砲に入っている武器だけで対応できるのか?)

主砲には詰めれるだけ詰めた武器が二つ。
一つは投げナイフ。人相手なら有効だが、ヒグマを相手にするには心許ない。
もう一つはつけもの。なぜこんなものを詰め込んでしまったのか理解に苦しむ。

(しゃーねー。つけもの撃っとくか)

百八十度回転して、パッチールに向けてつけものを放つ。
飛び出したのはつけもの……と呼ぶにはあまりにも大きく、手足が生えていて顔もある不気味なものだった。
くるくると回って上昇し続け、ある高さに到達した時、つけものは弾けた。

「ついにでば――
「パッチャ!」

セリフを言い終える前に、パッチールがジャンプしてつけものに蹴りを放つ。
哀れつけものは粉々に砕け散り、破片が湖にばら撒かれていった。

(よしっ! 時間は稼げた!)

パッチールが参加者の殺害を命じられているのならば、生きている者を見せれば迷わずに襲うだろう。
天龍の読みは見事当たり、パッチールはジャンプしてつけものに攻撃した。
パッチールが落下している間に、天龍は再び限界ギリギリの速度で逃げ出す。
後方からは水面に何かが激突した音と、それに伴い発生した水しぶきが跳ねる音が聞こえる。

(……だがあくまでも時間稼ぎだ。じきに追いつけれる)

パッチールの泳ぐ速度は、天龍が出せる限界ギリギリの速度に匹敵する。
追いつかれそうになって苦肉の策としてつけものを撃ったが、それでは何の解決にもならないだろう。
パッチールそのものを何とかしない限り、自分の命は確実に無くなる。

(でも武器が無い。主砲に入っている武器じゃ何もできないし。副砲は武器じゃ……)

言いかけて傍と、天龍は思い出す。

『ポケモンであろうとなかろうとおそらく捕獲できる』
『当てることさえできれば、対象はこのボールの中に入る……』

確固たる信念を持ってヒグマを救おうとし、ヒグマに殺された妙齢の男から託された物。
彼曰く、どんな生物であろうと"恐らく"捕獲できるという代物。
マスターボール、オッサンが残した希望。
そんな一つのボールが、天龍の副砲に詰められていた。

(これを使えば、パッチールを止められるかもしれない)

このボールを使えば、パッチールはボールの中へと入り保護が出来る。
しかしオッサンはヒグマを救う為に、保護をする為にこのボールを自分へと託したのだ。

(いや、ヒグマ提督が言ってただろ。そこで捨てられていた、って)

誰かに飼われていたらしいパッチールは、飼い主に捨てられた。
そこからどんな経緯があったのかは分からない。分かるのはそこからステロイドを投与され、参加者を殺すという業を背負わされたということだけだ。
自分からしてみれば、彼もまた被害者だ。
ならば。そうだろう。

(救わなきゃ……いけないだろうがッ!)

もう一度百八十度回転。
今度は確実に、狙って当てないといけない。
しかし外れた場合は、もれなくパッチールの拳が突き刺さり湖の底に沈んでしまうだろう。


477 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:47:22 q05hE3PY0

(確立は五分五分。外せば死は間違いない……フフ、怖いか?)

あの時と同じように、自問する。答えはあの時と同じで、身体が教えてくれた。
轟沈するかもしれない恐怖が眼前まで迫ってきており、確立も五分という博打に近い状況。
対応できうる武器が無い今、不利なのは天龍の方であった。

(ああ、怖いさ。でも目の前に救える命があるんだ……迷ってらんねえ!)

パッチールがジャンプする。
天龍は狙いを定める。

「天龍、水雷戦隊、目標を捕獲する!」

一縷の望みを乗せたボールが放たれる。
そのボールは。
パッチールへと吸い込まれるように向かっていって――

「PA!」

――しかし無常にも、ボールは繰り出された拳によって吹き飛ばされた。
天龍の頬をボールが掠め、後方へと吹き飛んでいった。

(……ハハッ、そんなのありかよ)

呆れるように、関心するように天龍は掠れた笑い声をあげる。
希望は、あっさりと壊された。

(すまんな島風。電話、返せそうにねえ……)

パッチールはなおも空中で落下し続け、顔には勝ち誇った笑みを浮かべていた。
体勢を立て直したパッチールは、自分の体に力を溜めていく。
4倍に膨れ上がっていったパワーがより一層膨れ上がっていき、十倍二十倍へと変化していく。
技の作用によるものか、パッチールの足元の水面は波を打っている。

「PAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

デデンネとヒグマによってボコボコにされた鬱憤を晴らすかの如く、威力はフルパワー。
攻撃は、天龍に振り下ろされる――


「天龍、危ない!」


□□□


478 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:49:07 q05hE3PY0


今、少女は音速を超えた!
今、少女は光速を越えた!
次元を超えた速度は、自信の体を量子化し亜空を走る!
空間を歪ませる威力は何にも耐え難し! 歪みに触れれば、体はもたず爆発四散!
例え四倍の硬度を以ってしても、致命傷は免れぬ! 骨を砕き、内臓を破壊す!
使用者である島風に外傷は無し! 致命の一撃は他者にのみ影響を残す!
連続では使用は不可だが、時間を置けば何度でも使用が可能!
その技はッ! ヒグマを資材に利用したからこそ、成せる技なのだ!
その技はッ! 速さの極みに到達したからこそ、成せる技なのだ!

「これが……極みなんだ……!」

到達せし者に無限の満足を!
到達せし者に無上の至福を!
到達せし者に栄光を!
その行為によって得られる物は計り知れないであろう!

「はあ……私が一番、早いんだ……!」


□□□


一部始終を見守っていた天龍の口は開いて塞がらず、唖然とするばかりだった。
突如としてパッチールの後ろへ現れた島風は何の傷も無かったが、パッチールには見たこともない傷が刻まれていたのだ。
島風は無事に水面に着地したが、パッチールは血を吐きながらゆらりと巨体を後ろに逸らし、水面に叩きつけられ沈んでいく。
そういえばヒグマ提督が、資材にはヒグマを使ったと言っていたことを思い出す。
今目の前で起こった現象こそが、ヒグマを資材にしたことによる影響なのだろう。

『天龍殿ー? 聞こえてるー?』
「……悪い、存在忘れてたわ。それで? なんだよ、ヒグマ提督」
『ぜかましちゃん、やっちゃった?』
「見事にやってくれたよ」

今まで手に持っていたのを忘れて、ヒグマ提督の声で天龍は思い出す。
その声音は天龍を心配するものではなく、島風を心配するものだった。
まあそうじゃなきゃおかしいのだが。


479 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:49:32 q05hE3PY0

『まあどうでもいいんだけどね』
「どうでもいいのかよ……」
『別にアレが死のうが私には関係ないしね』

心底パッチールの事がどうでもいいらしいのか、パッチールの話題はさっさと切り上げてしまった。
ぜかましちゃんに代わって、とヒグマ提督にお願いされたので島風の元に行く。
島風は未だに余韻に浸っているようで、顔は未だにニヤケ顔だ。

「おーい、島風ー」
「私は早いぃぃ……私はスピーディー……」
「島風!」
「オゥッ!? ……あ、天龍」
「ほれ」

島風を現実に戻した所で、携帯電話を島風に返す。
携帯電話を見ると、慌てて島風は携帯を引ったくり、俺から離れながら耳元に当てる。
しばらくは何か会話をしていて、自分はその間待たされることになった。
何十分か経過した後に、携帯電話をしまって俺の元へ戻ってくる。

「何の話だったんだ?」
「指令。首輪を解除できるポイントを教えてもらったよ。天龍も来ていいって」
「そうか……首輪を解除できるポイントを……、んなぁっ!?」

もう驚く事は無いであろうと思っていたが、さすがにこれは驚かざるを得ない。
会場から脱出しようと、首輪が爆発して死ぬので、首輪を何とかしない限り逃げることは不可能だ。
例え首輪を解除しようと、海上をパトロールするヒグマがいるから難しいだろうが。

「D-6に行けって。電波が妨害されてるから爆発しないし、解除する道具もあるらしいって」
「じゃあ善は急げだな! D-6に行くぞ!」
「あ、待って!」

早速D-6に行こうとすると、島風が止めた。
何だよと思って振り返ろうとすると、島風に手を掴まれる。
この時点でクエスチョンマークが頭に浮かんだが、疑問を口に出す前に島風は走り出した。
島風の速さは常軌を逸していて、身体が宙に浮いてしまう程に速い。
しかも妙に腕力も強い為、振りほどこうにも振りほどけないのだった。

「お、おい島風! どこに行くんだよ!」
「聞いてよ天龍! 私はヒグマと追いかけっこしてたじゃん?」
「あ、ああそうだな」
「それでさ! 後ろを見たらヒグマがいなくなってたんだよ! サーフボードはあるのに!」

まるで神隠しにでもあったかのような、そんな不可思議な現象を島風は体験していた。
更に詳しく話を聞くと、どうやら俺の後方で現象は発生したらしい。呆気に取られつつも、前を向いたら俺が危機に瀕していたので助太刀に入ったとか。
それなら別に手を引っ張る必要はないんじゃないのか、と思ったが執拗に速さに執着するこの島風のことだから、いの一番に見せたかったのだろう。
そんな事を考えていると、現場に到着した。案の定それなりに近い。

「ね? サーフボードにはこれしか残ってなかったの」
「……これって!」

サーフボードの上にあったのは――パッチールの攻撃で吹き飛んだ、マスターボールであった。
上半分が紫色でMのアルファベットが象られていて、間違えようがなかった。

「…………」

サーフボードに置いてあるマスターボールを手にする。
どうやら上半分は透けているらしく、中の様子が確認できた。
中に入っていたのはやはり見間違えようがない、俺達を襲ったヒグマのサーファーだった。

「は、ははっ……オッサン、恐らくなんかじゃなかったぜ」

オッサンが託した、ヒグマを保護できるかもしれないというボール。
ボールには見事にヒグマが入っており、役目は果たしたといえる。
まさか思いもよらない形で捕獲作戦は成功したが、結果オーライだ。

「後は、この殺し合いを止める。銀の為にも、な」
「サーフボードもーらおー♪」

無邪気に島風はサーフボードへ乗っかり、そのままD-6へと向かおうとする。

「あれ……動かない……」
「当然だろ。波がねえんだから」

しょんぼりとした様子で島風はサーフボードから降り、放置したままD-6に向かう。
仕方ないのでサーフボードを拾い、デイバッグにしまうと自分も歩き出す。

「――天龍、水雷戦隊、目標は殺し合いの打倒。出るぜ」

二度目、再びの決意。
島風の元へ、天龍は動き出した。


480 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:49:56 q05hE3PY0

【銀@流れ星銀 死亡】
【つけもの@ボボボーボ・ボーボボ 死亡】

【E−4:水没した街/午前】

【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム支給品×1〜2、基本支給品
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督の指示に従う。
1:首輪を解除する為にD-6に向かう。
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為、基本性能の向上+次元を超える速度を手に入れました。

【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:日本刀型固定兵装
主砲・投げナイフ
道具:基本支給品×2、(主砲に入らなかったランダム支給品)、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:ヒグマを捕獲することには成功した。後は殺し合いを止めるだけだ。
1:島風とD-6に向かう。首輪を解除できるらしい。
2:ごめんな……銀……
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※水の上なので現在100%の性能を発揮しています


□□□


水没した街といえど、それなりの高さがあるビルの最上階は、まだ水の中に沈んではいなかった。
命からがらにパッチールはビルに辿り着き、力を振り絞って水から上がると床に倒れた。
ステロイドによって強化された身体と、ばかぢからによる四倍のパワーが無ければ今頃は藻屑と化していたであろう。
それでも自身の身体はボロボロで、ここまで来るのもギリギリだったが。

「がはっ……、どうしてだ……何故……」

自分は力を、何者にも勝る力を手に入れた筈だ。
だが結果を見てみればどうか。散々たるものではないか。
一度目は優勢に立てていたというのに、技を使われて特性を変更されて、劣勢に立たされた。
結局参加者を減らすという目的は果たせず、フラフラダンスを用いて無様に逃げだした。

「力があるはずだ……! ワシには……っ」

二度目は確かに参加者を一人減らした。
それまでだった。
自身の攻撃と防御はヒグマに勝るとも劣らないというのに、上回る攻撃によって打ち砕いたのだ。
――それも長い髪の少女の手によって、だ。

「もっと、力が欲しい……」


481 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:50:24 q05hE3PY0

力が欲しかった。
何者にも勝る力が。
見返す力が。
無力さを引っくり返す力が。
何よりも、欲しかった。

「力が欲しい……」

力を与えられた時は歓喜した。
誰にも負けない力が。
見返すことのできる力が。
強者をぶっ潰せる力が。
何よりも、歓喜した。

「力が――」

だが現実はどこまでも残酷であった。
力があれど特性を変えられては形無しだ。
力があれどそれを上回られてば台無しだ。
だからまだ欲しい。

「――欲しッ!?」

――このステロイドは、ヒグマの科学力を用いて作られた特製のステロイドである。
人間が作ったステロイドよりも遥かに凌ぐ効果を持っており、使ってトレーニングすれば筋肉が馬鹿みたいにつく事間違い無しだ。
但し、この薬物はヒグマが作成した物である。
ヒグマが使う事を前提として作られた為に、成分はヒグマに馴染む成分しか無い。
それを使ったら、ヒグマ以外に使えばどうなるだろうか。

「があ……あっ!? ああああ!!」

答えは、使っても"最初の内"は何も起こらないし拒絶反応も起こらない。
ただちょっとした副作用で疲れ易く且つ精神が不安定になるが、それだけだ。
――尤も先にも書いた通り、最初の内はそれだけで済む。

「毛……? 毛が!?」

段々と成分は今の身体へと馴染んでいき、既存の細胞を蝕んでいく。
成分が既存の細胞を急激に成長させて、ヒグマ本来の細胞へと進化させていく。
ヒグマの細胞へと成り代われば、当然身体もヒグマの特徴を模していく。
茶色の毛むくじゃらな姿、凶悪に発達した爪、肉球、突き出た口。
最初の姿は残しつつも、ヒグマの姿へと変貌する。

「何じゃ……、こんなのは聞いていないぞ!」

元々、この薬は試験的運用の代物だった。
作ってみたものの、ヒグマは質を高めれば良いわけで無用の産物であり、マイナスの効力しかもたらさない。
本来ならば破棄される筈だった。そこで眼をつけたのが、プラスをマイナスに変える特性"あまのじゃく"を持つパッチールである。
ステロイドの効力によるマイナスの効果を、プラスに変える力は正しく試験体にうってつけだった。
試験体運用の序でとして、参加者の調整を命じられたパッチールは知る由も無いことだが。

「い、嫌じゃ! こんなのはっ!」

姿の殆どをヒグマに変えた今、パッチールだと分かるのは長い耳だけだった。
パッチールの特徴である、オレンジ色のぶちも、ぐるぐる眼も、無くなっている。
そこに存在しているのは、紛れも無いヒグマ。

「ワ、ワシは。こんな力は望んでいない」

強すぎる力の代償、それは望まぬ進化。

「これでは、ワシは、パッチールでは――」

見事彼は手にしたのだ。

「パルルルルルアアアアアアアア!!!」

強靭な体。
俊足の足。
越えられない壁を見事に越えたのだ。
自我の死をもって。

【パッチール@ポケットモンスター 死亡】
【ヒグマール 誕生】

【E−4:水没したビル/午前】

【ヒグマール@穴持たず】
状態:健康、重傷、ステロイドによる筋肉増強
装備:なし
道具:なし
基本思考:キングヒグマの命令により増えすぎた参加者や乱入者を始末する
0:参加者を手当たり次第殺す
[備考]
※ばかぢから、ドレインパンチ、フラフラダンスを覚えています
※質よりも量の穴持たずの数倍は強いです
※特性あまのじゃく、パッチールの耳の原型は残っています。


482 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:50:48 q05hE3PY0


□□□


「そういやミズクマはどうしてんだろうなあ」

帝国内のとある場所にある、キングヒグマがいる研究所とは別の研究所。
研究所内の一室に、ヒグマ提督はモニターとにらめっこしていた。
室内にあるのはデスクトップPCが二つと、脇に受話器が一つ、デスクトップPCの上にはモニターが三つ。
デスクトップモニター上に一つには艦隊これくしょんの画面、もう一つにはエリアマップが表示されている。
PCの上にあるモニターにはヒグマ帝国内の様子が映し出されている。

「異常は無しっと。それにしてもぜかましちゃんは大丈夫かな」

質よりも量を求めたヒグマの中でも、切れ者と称されるヒグマ提督はある程度の地位は保っていた。
艦むすを建造出来た唯一のヒグマとして、キングヒグマからもある程度の信頼は得ている。
彼の役目は島風に命令をして実験に支障が出そうな現象を調査及び排除させることと、帝国内の監視の二つだった。
万が一ヒグマ帝国内に何者かが侵入した時に対処できるように、彼が配置させられていたのだ。

「首輪の件話しちゃってるだろうし。どうしよう……」

自分が喋ったのは知っていても対処できないであろうという物だけだ。ミズクマ、ガンダム君、シーナーさんは知っていても対処する事は難しい。
特にミズクマはちゃんとした知識が無ければ、存在を誤認する事間違いなしであろう。水中で活動できるヒグマだろうとしか、想像できない筈だ。
問題なのはぜかましちゃんの方で、今しがた自分はぜかましちゃんに指令を下したが、天龍に聞かれればおいそれと話してしまう可能性が高い。
首輪を解除できる+ヒグマ帝国へ入る事のできる場所の位置、を教えただけでも実験にかなり支障が出る。
自分も処罰されるだろうし、ぜかましちゃんは解体されてしまうかもしれない。

「まあ何とかなるしいいか。さて」

ヒグマ提督はイスから立ち上がると、携帯電話を取り出しとある穴持たずに電話をかけた。

「あーあー、もしもし穴持たずNo.118? ヒグマ提督なんだけど。ヒグマ何十体か解体しといて。
 島風とは別の艦むすを建造しておきたいんだ。解体するヒグマの条件? 別に何でも良いよ。
 はいはい……それじゃあよろしく頼むよ」

携帯電話をしまうと、もう一度イスに座ってモニターを眺める。
大型建造もいいかもしれない、そう思いながらマウスのカーソルを動かし、カチッとクリックする。

「メインサーバーが落ちてるのか……情報見れないじゃん」

不満を漏らしつつ、ここで言っても仕方ないと諦めて艦これのプレイに戻るヒグマ提督。

「ぜかましちゃんを帰還させてもいいかもしれないなあ。天龍殿も連れて」

\天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!/

お供に島風を連れて、モニター上の天龍は出撃する。

「姉妹艦、必要だよね」

【ヒグマ帝国内:研究所跡/午前】

【穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:健康
装備:なし
道具:携帯端末
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:別の艦むすを建造する為の資材もしくは指令待ち。
1:ぜかましちゃん大丈夫かなあ
2:もしもの時の為にも艦むすを建造しとこー


483 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 20:51:06 q05hE3PY0
投下終了です


484 : 名無しさん :2014/04/12(土) 22:17:56 CBjMlrzc0
投下乙
姉妹艦…嫌な予感しかしないな
マスターボールもその辺のヒグマに使っちゃったし今後が不安だな


485 : 名無しさん :2014/04/12(土) 22:47:21 hgqueDIU0
投下乙
うわああ!銀があっさり死んだー!でもぜかましちゃんと天龍が百合っぽくなって来て今後も目が離せない!?
いよいよ動き始めたヒグマ提督。次に建造される艦むすは誰なのか?


486 : 邂逅  ◆7NiTLrWgSs :2014/04/12(土) 23:30:31 q05hE3PY0
すいません。少し修正します

突如としてパッチールの後ろへ現れた島風は何の傷も無かったが、パッチールには見たこともない傷が刻まれていたのだ。

何の前触れも無く現れた島風はパッチールの後ろで満ち足りた顔をしているのに対し、パッチールは攻撃を喰らっていない筈なのに苦悶の表情を浮かべていたのだ。

別に何でも良いよ

なるべく弱いヒグマで

これでお願いします


487 : ◆Dme3n.ES16 :2014/04/14(月) 00:09:23 Re.MpvCQ0
クリストファー・ロビン、田所恵、Mr.サンダース、シバさん、四宮ひまわりで予約


488 : ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:10:15 SqdY9Gkw0
暁美ほむら、球磨、ジャン・キルシュタイン、星空凛、穴持たず51〜54、
巴マミ、碇シンジ、球磨川禊、穴持たず1、ヒグマン子爵
を投下します。


489 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:11:03 SqdY9Gkw0
 それは大きなタマネギのようにも見えた。
 しかし、それは紛れもなく、タマネギなどではない。

 人間の、子供の生首だった。

 燃え落ちた廃墟の前に、先の尖った特徴的な髪型の男の子の頭部が、転がっているのだった。
 頬の肉付きの良い、どこにでもいそうな普通の小学生に見えた。
 子供の表情は呆けているようにも、興奮しているようにも思え、死の間際、何かに心を奪われてい

たのかと感じられるものだった。

「……これ、ヒグマの仕業じゃねえよな」

 ジャン・キルシュタインが呟きながら検めたその男の子の死体は、首を、何か鋭い刃物で一刀のも

とに断ち落されたように見える。
 しかもその死体はただ放置されているのみで、その他に目立った傷や食い散らかされた跡がない。
 ヒグマが捕食のために殺したものだとは、考えられなかった。


「……じゃあ、参加してる人の中にも、人を、殺してる人がいるって、こと……にゃ?」


 星空凛がジャンの背後で、その震える肩を球磨に押さえてもらいながら、呟いていた。
 無理やり語尾に「にゃ」と絞り出したものの、その顔色は一気に青ざめてしまっている。
 ジャンが敢えて飲み込んでおいた言葉の先を自分で言ってしまい、それが恐怖心にさらに拍車をか

けているようだった。
 球磨が、凛の恐れを拭うように、呟きを被せる。

「もしくは、ヒグマにも、こういったことが出来て、あえてするヤツがいるのかも知れないクマ。
 電探を抜けられるヒグマがいるなら、爪が刀なみの切れ味のヒグマぐらいいてもおかしくないクマ



 凛はそれに答えず、胸元に抱えた暁美ほむらの左腕を、ただ強く握りしめていた。


 穴持たず12の襲撃を退けた四人(うち一人は体の大部分を欠損しているが)は、その戦闘のあと

、島の市街地に向けて歩みを進めていた。
 左腕とソウルジェム以外の体の全てをヒグマに喰われてしまった暁美ほむらの魔力を回復させる方

法を探るためにも、そして自分たちの体力を回復させるためにも、まずはヒグマに脅かされることな

く休める場所を見つけることが先決だった。
 球磨は弾薬と燃料の消耗以外目立った被害を受けていないが、戦闘経験のない凛や、肋骨を痛めた

らしいジャンの疲弊は見た目以上に激しいだろう。

 しかしジャンは、右の脇に響くにも関わらず、首を断たれた少年を、廃墟の下を掘って埋めてやろ

うとしていた。
 制止しようとする球磨に、彼は静かに言う。


「……オレの心配はしなくていい。この程度の痛みで動けなくなるような鍛え方はしてねぇ。
 それに、これはアケミを助けられなかったせいで受けたケガだ。アケミをこっちに連れ戻してきて

、治してもらう」
「だとしても、無駄に動かしたら動かした分、後で腫れは酷くなるクマ。ジャンくんの本分は弔いで

はなく、その剣を揮うことクマ。
 さっきの巨人のこともそう。戦力を無駄にしないよう、優先すべきことはしっかり見極めるクマ」
「……うん、ジャンさん。凛とクマっちでやるにゃ」
「……すまねぇ」


 諌められてようやく、彼は歯を噛み締めながら立ち上がった。
 殴るべき相手を探しているかのように、その拳は握り固められて震えている。

 ジャン・キルシュタインは、暁美ほむらの瀕死に涙ぐんだ直後、火山から現れた老人型の超大型巨

人を見て、半狂乱になっていた。
 『立体起動装置を使える自分しか、ヤツを倒せはしない』と、天を突くような威容の巨人に向かっ

ていこうとしたのだ。
 球磨に抑えられて観察して、彼はようやく自分のとろうとしていた行動の無謀さに気づいていた。

 その巨人は、遠近感を狂わせるほどの体躯であった。
 超大型巨人の身長はせいぜい50メートル台であるのに対し、その老人は身長数千メートル。
 そして彼我の距離も数キロは離れており、立体起動で飛んで行ける距離ですらなかった。
 その巨大な老人は、島の北側で暴れていたらしい巨大なヒグマをつまんで捻り殺し、一人納得した

後、島外に走り去ってしまったのだ。

 意味のある人語を喋っており、奇行種にすら外れる。ジャンの知る巨人とは、完全に別種の存在と

して認識すべきものであった。
 黙然と自戒して、彼はここ数十分の自分の思考を思い返す。


 ――冷静になれよ、ジャン・キルシュタイン。


 どうしちまったんだ。オレはいつも、今何をするべきか、わかってたというのに。
 これじゃまるで、エレンが乗り移っちまったみたいだ。
 感情に任せて、馬鹿みたいに突っ走って。
 どっちが死に急ぎ野郎だ。
 完全に、気負っちまってる。


490 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:12:00 SqdY9Gkw0
すみません、改行設定をミスしておりました。
↓に再投下します。


 それは大きなタマネギのようにも見えた。
 しかし、それは紛れもなく、タマネギなどではない。

 人間の、子供の生首だった。

 燃え落ちた廃墟の前に、先の尖った特徴的な髪型の男の子の頭部が、転がっているのだった。
 頬の肉付きの良い、どこにでもいそうな普通の小学生に見えた。
 子供の表情は呆けているようにも、興奮しているようにも思え、死の間際、何かに心を奪われていたのかと感じられるものだった。

「……これ、ヒグマの仕業じゃねえよな」

 ジャン・キルシュタインが呟きながら検めたその男の子の死体は、首を、何か鋭い刃物で一刀のもとに断ち落されたように見える。
 しかもその死体はただ放置されているのみで、その他に目立った傷や食い散らかされた跡がない。
 ヒグマが捕食のために殺したものだとは、考えられなかった。


「……じゃあ、参加してる人の中にも、人を、殺してる人がいるって、こと……にゃ?」


 星空凛がジャンの背後で、その震える肩を球磨に押さえてもらいながら、呟いていた。
 無理やり語尾に「にゃ」と絞り出したものの、その顔色は一気に青ざめてしまっている。
 ジャンが敢えて飲み込んでおいた言葉の先を自分で言ってしまい、それが恐怖心にさらに拍車をかけているようだった。
 球磨が、凛の恐れを拭うように、呟きを被せる。

「もしくは、ヒグマにも、こういったことが出来て、あえてするヤツがいるのかも知れないクマ。
 電探を抜けられるヒグマがいるなら、爪が刀なみの切れ味のヒグマぐらいいてもおかしくないクマ」

 凛はそれに答えず、胸元に抱えた暁美ほむらの左腕を、ただ強く握りしめていた。


 穴持たず12の襲撃を退けた四人(うち一人は体の大部分を欠損しているが)は、その戦闘のあと、島の市街地に向けて歩みを進めていた。
 左腕とソウルジェム以外の体の全てをヒグマに喰われてしまった暁美ほむらの魔力を回復させる方法を探るためにも、そして自分たちの体力を回復させるためにも、まずはヒグマに脅かされることなく休める場所を見つけることが先決だった。
 球磨は弾薬と燃料の消耗以外目立った被害を受けていないが、戦闘経験のない凛や、肋骨を痛めたらしいジャンの疲弊は見た目以上に激しいだろう。

 しかしジャンは、右の脇に響くにも関わらず、首を断たれた少年を、廃墟の下を掘って埋めてやろうとしていた。
 制止しようとする球磨に、彼は静かに言う。


「……オレの心配はしなくていい。この程度の痛みで動けなくなるような鍛え方はしてねぇ。
 それに、これはアケミを助けられなかったせいで受けたケガだ。アケミをこっちに連れ戻してきて、治してもらう」
「だとしても、無駄に動かしたら動かした分、後で腫れは酷くなるクマ。ジャンくんの本分は弔いではなく、その剣を揮うことクマ。
 さっきの巨人のこともそう。戦力を無駄にしないよう、優先すべきことはしっかり見極めるクマ」
「……うん、ジャンさん。凛とクマっちでやるにゃ」
「……すまねぇ」


 諌められてようやく、彼は歯を噛み締めながら立ち上がった。
 殴るべき相手を探しているかのように、その拳は握り固められて震えている。

 ジャン・キルシュタインは、暁美ほむらの瀕死に涙ぐんだ直後、火山から現れた老人型の超大型巨人を見て、半狂乱になっていた。
 『立体起動装置を使える自分しか、ヤツを倒せはしない』と、天を突くような威容の巨人に向かっていこうとしたのだ。
 球磨に抑えられて観察して、彼はようやく自分のとろうとしていた行動の無謀さに気づいていた。

 その巨人は、遠近感を狂わせるほどの体躯であった。
 超大型巨人の身長はせいぜい50メートル台であるのに対し、その老人は身長数千メートル。
 そして彼我の距離も数キロは離れており、立体起動で飛んで行ける距離ですらなかった。
 その巨大な老人は、島の北側で暴れていたらしい巨大なヒグマをつまんで捻り殺し、一人納得した後、島外に走り去ってしまったのだ。

 意味のある人語を喋っており、奇行種にすら外れる。ジャンの知る巨人とは、完全に別種の存在として認識すべきものであった。
 黙然と自戒して、彼はここ数十分の自分の思考を思い返す。


 ――冷静になれよ、ジャン・キルシュタイン。


 どうしちまったんだ。オレはいつも、今何をするべきか、わかってたというのに。
 これじゃまるで、エレンが乗り移っちまったみたいだ。
 感情に任せて、馬鹿みたいに突っ走って。
 どっちが死に急ぎ野郎だ。
 完全に、気負っちまってる。


491 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:13:13 SqdY9Gkw0

『感謝するわ、ジャン・キルシュタイン』


 あの、アケミの、星や月のように澄んだ輝きの笑顔。
 あれが脳裏から離れねぇ。
 あの笑顔を、目の前で失わせてしまった自分が、どうしようもなく許せねぇんだ。
 知り合いが腕だけになるかも知れねぇ。
 体が半分になるかも知れねぇ。
 首と胴体が泣き別れになるかも知れねぇ。
 オレがしっかりしてなくちゃ、今隣にいる、クマやリンだって、誰のものかもわからねぇ肉片に、いつ変わっちまうかもわからねぇ。

 ああ、後悔してる。
 こんな地獄を味わうと知ってりゃ兵士なんか選ばなかった。
 ヒグマと初めて戦って、頭にあることはそればっかりだ。
 なぁ、エレン……、お前は、どこで、どんな風に死んじまったんだ?
 教えてくれよ。誰か、お前の最期を見たやつはいないか?
 反面教師にするから。
 お前の通った道だけは絶対に踏んでやらないから。

 戦わなきゃいけねぇってことぐらい、わかってんだよ。
 だが、てめぇみたいな馬鹿には絶対なってやるもんか。
 誰しもお前みたいに、強くないんだ。


 エレンみたいな、強いヤツだけに許される激情は、もうこの半時間で十分。
 オレに必要なのは、アケミだ。
 天秤がばっきりとその重さの軽重を割り切るような、機械的とさえ言えるその冷徹さ。
 弱い人間の目線から、彼女の代わりにその指示を飛ばす。
 クマやリンだけに任せてはおけない。
 女や応援団だけ働かせて、男がしっかりしないで良い訳があるかよ。
 これ以上、オレ自身を嫌いにさせないでくれ。


「……やろう、クマ、リン。打ち合わせてたあの作戦のリハーサルだ。
 アケミに見せてやるんだ。それに、いざという時にチームワークが崩れたら眼も当てられない。
 今、ヒグマにまた遭遇しちまう前に、実践してみよう」
「おお、それそれ、それがいいクマ。リンちゃん、よろしくクマ!」
「はい!」

 
 遺体を土饅頭の中に埋めて三人で黙祷をささげた後、ジャンは豁然とそう言い放っていた。
 球磨と凛も、心機一転した表情でそれに応じる。

 胴体に残っていた首輪から、死んでいた少年は永沢君男という子供だということがわかった。
 放送で確かに呼ばれていた彼の首輪を、ジャンはしっかりと確保する。
 暁美ほむらが生き返れば、兵器の構造に詳しい彼女はその解除方法を解析することができるだろう。
 彼の首輪を活用させてもらうことが、見知らぬ少年に対してのせめてもの手向けだった。


 永沢君男の首輪をしまうのと入れ替えに、ジャンはデイパックから、折りたたまれた白く大きな物体を取り出して凛に渡す。
 島の内奥へ歩きながら、球磨たちと確認した支給品のうちの一つだった。


「凛ちゃんやっぱり、すぐにこんなの乗りこなせたなんてすごいクマ。流石の運動神経クマ」
「ああ、オレが教えられたことなんて、ガス噴射からの慣性の活かし方くらいだ。慣れるのが早ぇよ。
 立体起動装置の代わりにこれで飛べって意図で支給されてたのかもしれんが、オレには厳しい」
「えへへ、実はこれ、小さいころ映画で見てからの憧れだったにゃ。ライブでも、空飛ぶ演出入れられたらいいなぁって思ってたし」


 折りたたまれた翼が開かれると、そこには幅5メートルほどの、白い鳥か凧のような乗り物が完成していた。
 『カモメ』を意味し、風使いたちが風に乗って空を飛ぶために用いる軽量飛行装置。
 『メーヴェ』である。
 『風の谷のナウシカ』という名作のアニメ映画で主人公が搭乗している機体のため、日本人の中での認知度は高いだろう。
 機体の上面に逆U字の操縦把があり、胴体後部にエンジン点火用のペダルがある以外はほとんど余計な機構はついておらず、洗練されている。
 凛にこの支給品の正体を教えてもらって、ジャンは立体起動装置とはまた違った飛行への進化を遂げたこの技術を、面白く観察していた。


 メーヴェを受け取ったあと、今度は凛がデイパックから、一組の受話器のようなものを取り出す。
 トランシーバーである。
 そこには付属して、手ぶら拡声器とアイセットマイクがついていた。
 マイクはトランシーバーにも拡声器にも接続できるようになっており、今すぐにコンサートのMCをしようと思っても困らないほどの性能があった。
 今は誰かに向かって歌を歌う機会などはないかも知れないが、しかし、ゆくゆくはそれほど平和な環境にもなって欲しいと、球磨もジャンも思うところではある。
 そのトランシーバーのうちの一つをジャンに渡して、凛はマイクを耳にかけた。
 球磨はそこで、ふと一つの問題点に気づく。


492 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:13:39 SqdY9Gkw0

「凛ちゃんは、もう一個のトランシーバーをどう持つクマ? いくら凛ちゃんでも、航空機の片手運転は危ないと思うクマ」
「そうだね……えっと……」


 しかし思案する凛の手には、いつの間にか重なっているものがあった。
 左腕だけの暁美ほむらが、そのトランシーバーを掴んでいる。


「ほむら……!」
「ははっ……、アケミも、この作戦にはゴーサインを出してくれるみたいだな。
 なら、なおのこと決行だ。4人でな」


 凛は息を飲んで、その腕を見つめる。
 そして今一度笑ってから、メーヴェの操縦把についていたベルトで、ほむらの腕をシャツの胸元へしっかりとたすきに止めた。
 トランシーバーの位置を耳元に当たるように調整して、胸のほむらに語り掛ける。


「……ありがとう、ほむほむ! それじゃあ、行ってきますにゃ!」
「ああ、最初は様子見でいいからな。あくまでこれはリハーサルだ!」
「落っこちないように気を付けるクマよ!」
「りょうかーい!!」


 メーヴェの後部から青い炎が噴き出し、星空凛は空へと一気に離陸した。
 そしてくるくると一定空域を旋回しながら上昇を続け、彼女は危なげなく滑空に入っていた。
 地上で待機する二人のトランシーバーに連絡が入る。


「どうクマ!? 下の方は良く見えるクマ? どうぞ」
『うん! ほむほむも落ちなさそうだし、普通に飛ぶ分には大分余裕あるにゃ!
 見晴らしもいいし、すごいものが見えるよ!! どうぞ!!』
「ほお、何が見えたんだ? どうぞ」


 トランシーバーの向こうの興奮した声に、二人は興味深く尋ねる。
 対する返答は、若干の焦りの色を帯びていた。


『津波!!』
「……は?」


 一瞬、TSUNAMIという単語の意味の認識が遅れた二人に、さらに凛が焦って捲し立て始める。

『島に津波が押し寄せて来てるにゃ!! 二人とも逃げて!!
 高いとこ!! 高いとこ行くにゃ!! どうぞ!!』
「なんだそりゃ!? は? は? 水が押し寄せてくるの!?」
「ジャンくん! 球磨は多少荒波は平気だから落ち着いて建物の上に行くクマ!
 凛ちゃん、実況続けて。高さは? 波は崖を越えそうクマ!? どうぞ!」
『もう越えてるよぉ! 球磨っちも逃げてー!!』


 てんやわんやになりつつも適切な対処を始めることのできた3人を感じて、暁美ほむらは独り、星空凛の胸元で安堵していた。


    ##########


493 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:13:59 SqdY9Gkw0

「……あなたのお蔭で助かったわ。ありがとう、デビル」
「ええ、助かりました、デビルさん」
「たまたま気づいたから教えただけであって、感謝されるいわれはないぞ」
『素直に受ければいいのに。照れているのかい?』
「黙れ」


 三人と一匹の眼下に、濁流が流れている。
 周辺エリアから、細い木々や古びた廃屋の屋根などが次々と流れてくる。
 彼らはその津波の中、二階建てのコンクリート造りの商店の屋上に避難していた。
 巴マミ、碇シンジ、球磨川禊、穴持たず1の面々である。

 穴持たず1――デビルヒグマが、その鋭敏な感覚で津波の到来を聞きつけ、全員をその場へ退避させていたのだった。
 彼は球磨川禊の発言に苦々しい表情を返して、続けざまに言う。


「我々ヒグマは、この程度の波に揉まれても生き残るだろうが、私を助けた者を目の前で死なせたとなれば、己の力量に憤懣が募る。
 私が有冨のもとに行った後は、どこへなりとでも行ってくれ」
『ツンデレの上塗りだね』
「黙れ!」


 更に茶々を入れてくる球磨川に向かって、デビルヒグマは唸る。
 左腕の肉が盛り上がり、突き出た骨が肘の方に向かって伸びていた。
 毛皮の中からカードデッキがせり出してくる。

「そこまで私を挑発するならば、受けて立つぞ。遊戯王での決闘ならば、召喚獣を具現化しなければ貴様達を傷つけることもない。
 球磨川、ジャンプを購読しているのならば当然遊戯王はできるだろう!」
『それはできるに決まってるけど、残念。今僕は自分のデッキなんて持ってないよ』
「私の持っている予備のカードから好きに選ぶがいい」
『へぇ、自分はメインデッキで、相手には無理矢理クズカードを掴ませるのが戦法なのかい。“熊界最強の決闘者”さんは』
「ぬぅう!? なんだと……!」

 会話の主導権は、完全に球磨川禊のもとにあった。
 義理堅いデビルヒグマの性格を逆手に取り、彼はヒグマをおちょくって楽しんでいるようにも見える。


 現在、三人と一匹がいるのはF−6の市街地であった。
 温泉から急いでE−5方面へと向かおうとした彼らだったが、そのE−5の火山から突如出現した巨人を見てしまったことで、その行進は二の足を踏むことになっていた。
 デビルヒグマたちは、火山の麓にある大エレベーターに乗って研究所から出て来たらしいのだが、そのエレベーターも巨人に踏破されてしまった可能性がある。
 それならばと、地下に張り巡らされている下水網を辿ろうとしてF−6にある下水処理場を目指して引き返してきたところで、この津波と遭遇した。
 明渠となっている下水処理場からならば、ヒグマの中でも一際大柄なデビルヒグマでも下水道に出入りができる。
 しかし、会場が水没してしまった現状では、研究所の方でも浸水防止のために通路を封鎖しているだろう。
 津波が引き、排水がなされるまでは、ひとまず足止めを食らった形になる。


 碇シンジは、現状をそこまで再認識した後、隣で同じく津波を見やっている巴マミに話を振った。

「マミさん、何か良い案が浮かびましたか?」
「……いいえ。島が水浸しになってしまった以上、やっぱりここで情報交換の続きをするしかないんじゃないかしら」

 制服姿の巴マミは、そう言ってため息をつく。
 シンジたちが移動中に聞き及んだところでは、彼女は見滝原という中学校の三年生で、魔法少女というものであるそうだ。
 そうそう人に話すべきものでもないようだが、変身した姿も魔法も目撃してしまっているし、隠し立てできるものでもなかった。
 魔法は、リボンを生成することを得意としており、そのリボンから結界やマスケット銃まで作り出してしまうらしいから驚きである。
 ただ現在の彼女は、ソウルジェムという魔力の源が濁ってきてしまっているので、極力魔法を節約しているらしかった。
 彼女は、睨み合う球磨川とデビルヒグマの間を割るように、言葉を投げる。


「デビル、この島の施設のこと、下水処理場以外にも教えてくれる?
 万が一だけれど、魔法に関連したものがあったりしないかしら?」
「ああ……。その程度なら教えてもよかろう。球磨川、この決闘は預ける」
『そうだね。デュエルよりマミちゃんの体の方が大切だものね』
「支給品の地図では詳しい施設まで載ってないので、僕もそこは教えて欲しいです」


 足止めを食らっている今のうちに体力を回復させたり、近場の有用なところを知っておけるならば悪いことではない。
 水が引き次第、支給品だけでは心もとない物資を整えることも可能になるだろう。
 デビルヒグマは、左腕に出した骨のデュエルディスクを体内に仕舞いながら、自分の首筋を叩いた。


494 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:14:36 SqdY9Gkw0

「しかし、貴様達の首輪は盗聴されている。私が研究所に戻るのは個人的な問題だから構わないだろうが、あまり詳しいことを知ると、その首が飛びかねんぞ」

 話すのはやぶさかでもないが、そこだけは心しておけよ――。


 そう前置きして、デビルヒグマは大雑把に島の施設について話し始めた。

 現在いるF−6を始めとした街の東側は、以前、温泉地として客商売をしようとした施設が多いらしい。
 自分たちが今上っている商店も、そういった目的の土産物屋だ。
 しかし、人口比率としてこの島は圧倒的に研究員が多く、外から頻繁に観光客を呼ぶわけでもなかった。
 その上、このエリアにある下水処理場の排水は、G−6、H−5の温泉の真隣を通ってI−5の滝から島外に放流されている。
 観光名所になるはずの地にわざわざ巨大な排水の川を設けた噛み合わない都市計画に、無計画に林立させた宿泊施設は経営が成り立たず、G−3,4、F−7などの廃墟群を形成することになってしまった。
 民家も東側に多かったのだが、基本的にこちらは都市機能としては退廃してきている場所である。

 北と南には、それぞれ工場やオフィスビル群が多い。
 温泉の水質や動植物の生態系について調査を行っていた団体などが多くこちらに職場を構えており、特にE−4、E−6などの中心市街地ならば、面白い研究データも残っている可能性が高かった。
 D−6には疑似なんとかとかいう大型機械の製造工場もある。
 また、時折眼下の津波に丸太が流れて来ていたりするのは、F−3の製材工場から出ていったものであろう。
 崖のすれすれまで生育している森が、この島の内陸を波浪による海蝕から守っており、ここでは林業も盛んなのである。
 常人ならば丸太の重量に衝突されれば死ぬことになるため、十分注意しておかねばならない。

 東は、A−5の滝の裏に海食洞があり、まともな島の交通手段はそこしかない。
 そのため、商業施設や流通の中心も現在ではほとんどこちらよりに存在している。
 C−4には百貨店が、C−6には総合病院が存在しており、郊外に行くにつれ住宅も増えてくる。
 食堂や専門店を探すならば、基本的にDエリア以西に行くべきであろう。


「そして、魔法ということだったな。地上ではどうだか知らんが、少なくとも研究所では、魔術師を集めて土地の魔力を会場内に充満させる術式が展開されていた。
 私が遊戯王の召喚獣を具現化できるのもその魔力のためだ。
 何か市街地のオフィスに、それにまつわる道具や資料が残っていても不思議ではないな」
「本当? グリーフシードが手持ちに無いから、そこでどうにか魔力を回復させるあてが欲しいわね……」
「魔法ってそこまで認知度の高い技術だったのか……。ネルフも導入すればいいのに」
『巨大ロボットと喋るヒグマと麻雀打ちそうな巨人がいるんだから、今更魔法やスタンドの一つ二つ驚くには値しないね』


495 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:15:31 SqdY9Gkw0

 粗方話に決着がついた後も、未だに会場の浸水は続いていた。
 流石に少しずつ水は引いてきているが、地上に降りて活動ができるようになるにはもうしばらくかかりそうだった。
 これだけ浸水が激しければ、参加者もヒグマも無闇に行動すまいと、彼らは率直にそう思った。

「それならば、やはり軽く遊戯王でもして頭脳を温めておこう。マミとシンジにはルールから教えてやろうか」
『君って本当に好きなんだね遊戯王』
「研究所のヒグマ相手では中々満足に試合える者が少なかったのでな」
「本当、この実験が殺し合いじゃなくてカードゲームの大会だったら良かったのに……」

 屋上に座り込んでカードを見始めた男子3名を見ながら、巴マミはしかし、そうやすやすと気を抜いてしまっていいものかと思い悩む。


 私たちが助けた、デビルと名乗るヒグマは、予想以上に友好的だった。
 私たちが良好にここまで行動できたのは、彼個人がとても礼節を重んじる性格だったことと、彼が言葉を話せて意思疎通ができるから、というその二点によるだろう。
 デビルは私のことを、お母さんのようなものとして感じている節があるようで、それはちょっと恥ずかしかったけれど、悪い気持ちはしなかった。

 でも、だからといって、ヒグマが人間の敵とならないとは言い切れない。
 球磨川さんと碇さんが平然としていられるのは、彼らが初めて出会ったヒグマが、デビルであったからに違いない。
 『なんだ、ヒグマと言えど、意思疎通ができるならば案外平気かも』と思っているのかもしれない。
 けれど、私は、そんな甘い考えの通じないヒグマを知っている。
 あの白目で細身のヒグマ。
 私を助けてくれた男の人とキュゥべえを殺し、私の腸を漁っていったヒグマだ。
 デビル自身だって明言こそしていないものの、会話の端々から、今まで数多くの人を捕食してきたらしいことがうかがえる。


 わからない。


 人間がヒグマと戦わずに済むことは、本当に可能なのだろうか。
 それこそ、魔法少女が魔女と戦わずに済むのかという問題と同じことのように思える。

 魔女が、私たち魔法少女と意志疎通できたとしたら、彼女たちは私たちに一体何を語り掛けてくるのだろう。
 中には、友好的に接してくれる者もいるのかも知れない。
 それでも、それは魔女全体に当てはまることではないだろう。
 魔法少女は、魔女を狩らねばならない。
 魔女は、人間に絶望を撒き散らしてしまう。
 そんな完成されたシステムが、私たちと魔女の間には敷かれてしまっているのだ。


 ――この島では、どうなの?


 ヒグマと人間の間には、そんな仕組みが、本当に成り立ってしまっているのだろうか。
 ヒグマと人間の和解は、幾重にも閉ざされた重い扉の向こうの、理想に過ぎないのだろうか。
 私にはまだ、わからなかった。


「うむ……。模擬戦でもしようかと思ったが、やめておこう。
 『ミズクマ』が迷入してきてるかも知れん水中を渡ってくるヤツなど、そうそうおらんと思っていたのだが」
「どうしたんですか急に?」


 その時デビルが、扇に広げていたカードの束を閉じて、自分の毛皮に仕舞い始めていた。
 碇さんと球磨川さんをよそに、左腕に出したブレードの上に一枚だけカードを伏せて立ち上がる。


496 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:16:18 SqdY9Gkw0

「……そんなことに構わず突っ込んでこれる者も、何名かはいた」
『マミちゃん……! 向こうだ!』


 デビルの視線につられて、私たちは西の空を見上げた。
 そこには、一塊の黒い影があった。
 飛んでいる。
 いや、跳んでいる。
 空中を踏み込むような信じられないジャンプの伸びで、建物のまばらなこのエリアを、屋根から屋根へ跳ねてきているのだ。
 そしてその進路は、迷わずこちらへ。
 見たことのある動きだった。

 そう。
 ついさっき思い出していた、あのヒグマ。
 白く瞳孔の見えない眼球が、私の心臓を射竦める。
 その口が、空の高みから、私に向かって何かを投げつけていた。
 くるくると回転しながら迫りくる、刀。
 私はその動きを、呆然と見つめることしかできなかった。


「罠カード発動! 【和睦の使者】!!」


 その視界に、デビルの大きな背中が滑り込んでくる。
 左腕の上で返されたカードが光を放ち、私たちの目の前に、青いローブを纏った女性が召喚されていた。


《和睦の使者/Waboku》 †
通常罠
このターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になり、
自分のモンスターは戦闘では破壊されない。


 屋上の端にすっくと立つその女性は、微動だにせず、その刀を受け止めた。
 眉間に突き刺さった日本刀に、赤い血が流れる。
 そして彼女はゆっくりと背後に倒れ、静かに光となって消え去っていた。


「……ヒグマン。挨拶としては少々、手荒に過ぎはしないか?」


 その女性がいた位置に、コンクリートを揺らして黒いヒグマが着地する。
 細身のヒグマは、屋上に突き立ったその日本刀を抜き取ると、もう片手に持つ刀とともに二刀流に構えていた。
 デビルの声を撥ねつけるように、彼は低く唸る。


「……グルルルルルルル」


 ――人間がヒグマと戦わずに済むことは、本当に可能なのだろうか。 


    ##########


497 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:16:34 SqdY9Gkw0

 俺の名前はクラッシュ。
 研究所では穴持たず51って名前の方が通ってるな。
 なぜかっていうと、これは俺の仲間である穴持たず52、穴持たず53、穴持たず54と一緒に考えた名前だからだ。
 ちなみにこいつらにつけてやった名前はロス、ノードウィンド、コノップカ。

 3期目に生まれた俺たち穴持たず51〜59の中でも、俺たち4人は兄弟同然で、息の合い方は他に類を見ない。
 2期目の穴持たず11〜50は人数が多すぎてごちゃごちゃしまくりだし、何より先輩の中でも自分の番号とか把握してないヤツも多い。本当に多すぎて、俺たち後輩でも誰が誰だかわかんなかったり、見たことあるようなないようなヒグマがいたりする。
 1期目の穴持たず00〜9は本当に尊敬すべき大先輩だけれど、力が強すぎて個人主義のヤツばっかりだし、なんか近寄りづらかったりする。あと10番の先輩は、外から連れられてきた栄えあるヒグマ第一号ではあるが、別にどうという力もなかった。
 なおのこと60番台以降の外から来たヤツらは、チームワークのかけらもない。
 つまり、俺たちの連携能力は、HIGUMAの中でもオンリーワンでナンバーワンなわけだ。

 本当は、今回の実験では俺たち後輩の出る幕はなかった。
 10番までの先輩だけで、人間の相手をすることになっていたのだ。
 だが開始寸前になって、俺たちの方にまで先輩が声をかけて来た。


『研究員の方が、あなた方も外で人間を捕食してよいと仰っておりましたよ』


 そう言って、俺たちを外に誘導してくれたヒグマがいたんだ。
 あれが穴持たず何番の先輩だったか良く覚えていないが、そんな細かいことは今はどうでもいい。
 今こそ、俺たち4人のチームワークを見せる時だった。


「ロス、ノードウィンド、コノップカ! フォーメーション『ゲット・オーバー・イット』だ!」
「おうっ!」


 俺たちは息を合わせ、ようやく発見した獲物第一号を取り囲んでいた。
 黒い毛並みに一筋の赤毛が入った若い人間のメスだ。
 取り囲まれてようやく俺たちに気付いたらしく、狼狽える様は、喰うにうってつけのカモだ。


『なんだこいつら。この動き……本当に熊か?
 ……分かってる!』


 訳のわからぬ人間の言葉で呟いて、即座に身構えた点は褒めてやるが、もう遅い。
 俺たちのフォーメーション『ゲット・オーバー・イット』から逃れられた奴は一人としていない。
 これが初の実戦投入だからな!!


『? おお、凄いな鮮血。とうとう津波まで……』


 目の前の人間は身に纏う皮の面積を少なくして、何事か呟いていた。
 そして今にも飛び掛かろうとしていた俺たちの耳に、地響きが届いてくる。
 俺たちのもとに、津波が押し寄せてきていたのだ。
 末弟のコノップカが素っ頓狂に叫ぶ。


「なっ、津波!? この人間、津波を呼んだのかよ!?」
「慌てるなコノップカ! フォーメーション『インヴィンシブル』をとるぞ!」
「おうっ!」


498 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:16:52 SqdY9Gkw0

 波に飲まれながら、俺たちは輪になって互いの身を抱え込んでいた。
 俺たちは一つの大きなボールのようになって、激流に身を任せ同化する。
 眼球や鼻といった急所を晒すことなく、俺たちの強靭な毛皮の防御力でほとんどの攻撃を受け流すことの可能な無敵のフォーメーションであった。
 周囲を見回して状況を知ることができないのが珠に瑕だが、そんな細かいことは今はどうでもいい。

 流木や瓦礫らしいものに何度か当たったが、案の定大したダメージもなくやり過ごし、俺たちは何かの壁のもとにぶち当たり、漂着していた。
 暫く待っても動く様子はなかったので、腰元の高さの水から、息を合わせて顔を上げる。


「やはりこのフォーメーションは無敵だなクラッシュ」
「ああ、研究所での予行演習通りの結果だったな、ロス。ノードウィンドが計算してくれた通りだ」
「フフフ。僕の予測では、00の御姉様の攻撃にも一発なら耐えられるはずだよ」
「やっぱりボク、こんな頼りになる兄ちゃんたちと一緒になれて良かったよ!」


 ひとしきりフォーメーションの成功に盛り上がった後、ふと俺たちは、近くに人間の臭いがすることに気がつく。
 見上げると、俺たちのいる壁の上から、若い人間のオスが何とも言えない表情で俺たちを見下ろしていた。

『……なんだあんたら、ようやく気づいたのか。珍妙なヒグマたちがいたもんだ。
 おい、もしかして、人を襲ったりしないヒグマもいるわけか? あんたらはそういうヤツか?』

 金の短い毛を頭に生やして、茶色の革の周りにごてごてと機械や綱を巻きつけている、バカみたいな格好の人間だった。
 人間の言葉でぶつぶつ喋りかけてくるが、俺たち相手に一人で、逃げようともしなかったその愚かな選択を呪うがいい。


「よおし! フォーメーション『ホワイト・ナックルズ』だ!」
「おうっ!」


 俺たちは小屋の壁の上の人間に向かって、横一列となり飛び掛かっていた。
 息を合わせて同時に爪を振り抜くことで、その横に広がった陣形によって、相手は左右のどちらにも攻撃を躱すことのできなくなる、不可避のフォーメーションであった。
 しかしその時、俺の視界からそのオスは消え去っていた。
 爪も空ぶる。
 どうやら俺の爪は避けたようだが、隣のノードウィンドかロスが仕留めたことだろう。
 俺たち4人は、小屋の向こうの水面に転がっていた。

「どうだ、ロス、ノードウィンド。仕留めたか!」
「いや、オレは仕留めていない」
「僕もだ」
「兄ちゃん! 見て、あいつ、まだそこにいるよ!」


 後ろを振り向けば、人間は先ほどいたのと同じ小屋の上に立って、俺たちを見下ろしていた。

『……上にガス噴射して飛べば楽勝、と。なんだその間抜けな攻撃は』

 その人間は、やはりぶつぶつと呟きながら、今度は肩にかけた袋の中から、小さな赤い棒を取り出して折り、その棒を眩く光らせる。

『……だが、やはりてめぇらは人を襲うんだな。なら、“赤”だ。リン、作戦決行だ』

 そのオスは赤く光る棒を振り上げて、小屋の上で大きく腕を回した。
 コノップカがその動きに狼狽える。


499 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:17:14 SqdY9Gkw0

「な、なんか変だよ! もしかしてあれ、爆発物だったりするんじゃない!?」
「落ち着きたまえコノップカ。あれはサイリウム。人間がアイドルとかいう扇情集団の楽曲に愚かにも心奪われたときに振るものだ。
 恐らく、僕たちの攻撃は偶然躱せたものの、恐れをなして降参の意思を示しているんだよ」
「……しかし、降参するつもりでも見逃すわけにはいかないな。オレの兄や弟が腹を空かせている」
「おお、ロス。行ってくれるか。ならばせめてあの人間を苦しまずに殺してやってくれ。
 フォーメーション『ア・ミリオン・ウェイズ』だ」


 フォーメーション『ア・ミリオン・ウェイズ』とは、4人が思い思いに自由な行動をとるフォーメーションだ。
 打ち合わせをしなくても息の合う俺たちの行動は、幾万の運命の分岐から最善の結末を掴み取る。
 事実、俺たちは今まで一度も戦いにおいて敗北したことはない。
 この実験が初めての実戦だからだ。


「貴様に恨みはないが、覚悟しろ人間ッ!!」
『……了解。タイミングぴったりだ、クマ』


 ロスが叫び声とともに、大口を開けて人間へ飛び掛かる。
 瞬間、空中でロスの頭が爆発していた。
 慣性で飛んでいくロスの胴体を横に避けて、若い人間は依然として俺たちを見下ろしている。
 小屋の向こうの水面に、首をなくしたロスの体が、水柱を立てて落下していた。


「ロ、ロスーッ!?」
「やっぱり爆発物じゃないかぁ!! なんだよあれぇ!?」
「ば、馬鹿な!? あれはただのサイリウムのはず……!」
『……了解。面制圧に合わせる』


 光る棒を仕舞って、空気を噴出させるような音と共に、男は空を飛んでいた。
 小屋の上から、俺たちの転がる広大な水面の向こう側へ。
 ジャンプ力の高い穴持たず13の先輩なみの跳躍だった。
 呆然とその姿を見送る俺の背中に、突如衝撃が当たった。

 爆撃だ。

 振り返っていた俺たちの背後から6発、爆弾か砲弾のようなものがぶち当てられていた。
 この人間のオスが、飛び立ちざまに投げていたとでもいうのか。
 俺とコノップカはその内の何発かを背中に受けてしまい、腰元の高さの水面を盛大に吹っ飛んだ。
 耳を、ノードウィンドの悲鳴がつんざく。

「ひぃいいい痛いよぉおお!! ぼ、僕の美しい右前脚が、モンテッジア脱臼骨折ぅううう!!」

 ノードウィンドはその砲撃を腕に受けてしまったらしく、身もだえして呻いている。
 その背中に、タンッと二本のワイヤーが突き刺さっていた。


『――獲った』


 金毛の人間が、その腰元にワイヤーを引き戻しながら、まるで蝿のようにノードウィンドの肩にしがみついていた。
 その人間はノードウィンドの頭を引っ掴んで、逆手に持った剣で右目を突き刺す。

「うぎゃああああああっ!!」

 痛みにもがくノードウィンドの悲鳴は、すぐに途絶えてしまった。
 深々と、眼から脳までを突き刺され抉られ、ノードウィンドは絶命していた。
 水面に倒れ伏したノードウィンドの背中に立ち、その人間は悠々と刃の血を振り払う。
 俺は怒りにぶるぶると震えていた。


500 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:17:39 SqdY9Gkw0

「よくも……よくも人間の分際で弟たちを……! 貴様は殺ぉおおおおおおす!!」
『……了解。簡単な誘導だ』


 俺が水を跳ねて躍りかかった突進を、そのオスは背後にジャンプして躱す。
 しかし、その程度の回避は予測済みよ――!
 俺は、死んだノードウィンドの肉体を踏み台にして、更にもう一度加速し、オスに躍りかかっていた。
 爪が憎き人間の頭部を捉える。


 ――そして、空ぶった。


 人間は、背中側にワイヤーを飛ばして、向こうの建造物の壁へ、俺よりも更に加速して飛んでいってしまったのだ。
 一度も振り向くことなしに。

「なぜ――。なぜ貴様は、後ろのものが見えているんだ!」

 先輩の穴持たず5のような、反響定位でもできるというのか――。
 叫んで着水した俺の体はそして、地面を捉えることができなかった。

「――えっ」

 俺の体は、底なし沼のようなものの中にずぶずぶと沈んでいく。
 そしてもがくと、鼻がもげそうな激しい異臭が、底から嵐のように色を織りなして立ち昇ってきた。


「こ、ここはっ、下水処理場だあっ!!」


 俺は汚泥の沈殿池の中に飛び込んでしまったのだ。
 津波の水位に覆い隠され、水面上からでは光の反射で気づくことができなかった。
 ここの水が腰元の高さで済んでいるのは、下水処理場の敷地内だから。
 このだだっ広い水面の下は全て、沈殿池と反応槽の並ぶマス目。
 あの小屋も、人間が取りついた建物も、下水処理場の中央監視室や処理施設だったのだ。

 嵌められた。

 一人の人間如きに、俺たちのチームワークは壊されてしまったのだ。
 ありえない。
 1対1の力でそもそも人間を上回り、仲間を思う心で一つとなった俺たちが、訳のわからぬ人間一人に殺されてなるものか。
 ロスの仇。
 ノードウィンドの仇。
 必ずやとってくれる。


「人間めぇええ!! 心を理解できぬ貴様らなどに、仲間を知らぬ孤独な貴様らなどに、負けるかぁあああああ!!」


 叫んだ瞬間、俺は側頭部に激しい衝撃を受けて、意識を吹き飛ばされていた。
 そしてそのまま、汚泥の中にずるずると沈んでいく。
 肺の中を、空気の代わりに泥が埋めていった。


    ##########


501 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:18:01 SqdY9Gkw0

「……目標の轟沈を確認。敵は残り1頭クマ。ジャンくん、援護はまだ必要クマ〜?」

 双眼鏡を覗き込みながら、水上に立つ一人の少女がそう呟いて笑う。
 草原を埋める津波の上で、彼女は艤装から水中に錨を降ろし、その立ち位置を確かなものにしていた。
 球磨型巡洋艦一番艦、球磨である。

 その栗毛の視線が覗く先には、1キロメートルあまりも離れた下水処理場の光景が見えている。
 そこで建物の壁面に取り付いている若い男は、彼女の僚艦もとい仲間である、ジャン・キルシュタインだ。
 彼がその水上で繰り広げていた戦闘において飛来した砲撃は、全てこの球磨が行なった狙撃であった。


「ジャンくんが持ってたこの『艦載機』の性能は最高クマ。ただでさえ高い帝国海軍の命中率がこの優秀な球磨ちゃんの手で新記録を樹立するクマ。
 ……さあ、動くんなら、頭でも腕でも狙ってあげるクマー」


 再装填を終えた7門の単装砲を北方に向け、球磨は双眼鏡の先に見えるジャンの動きを観察した。
 そして上機嫌な表情を浮かべ、デイパックからオレンジ色のサイリウムを取り出す。


「なるほど、もう『オレンジ』クマね。球磨に弾薬の節約をさせてくれるとは殊勝な心がけクマ。
 ……凛ちゃーん、今から『艦載機』をジャンくんの方にあげるクマー!」


 古い暦に名前の残る名軍師の如き采配。
 凛ちゃんと共にいるほむらも、安心して見ていてくれるだろう。
 球磨の授けた知恵を、ジャンくんは見事に昇華させ、凛ちゃんは正確に成し遂げている。
 心を理解できぬヒグマに、仲間を知らぬヒグマに、人間が負けるわけがない。


 烏合の衆ではない。
 友達の寄り合いでもない。
 今こそ。
 陸海空を制する、ほむらの軍の底力、見せてあげるクマ――!


 眩しいオレンジの光を放つサイリウムを頭上に振り、球磨はまた、満足げに笑った。


    ##########


502 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:18:35 SqdY9Gkw0

「――なあ、おい。さっきからてめぇらの様子を見るに、ヒグマにもいっぱしに仲間への親愛の情だの死を悼む気持ちだのはあるみてぇだが……」

 ジャン・キルシュタインは、下水処理場の施設の壁に取りついて、右手の剣を掲げ上げる。
 脳裏に、ヒグマに寸刻みに喰われていく暁美ほむらの姿が浮かぶ。
 野ざらしになっていた永沢君男の首と胴体が浮かぶ。
 人知れず死んでいたエレン・イェーガーと、訓練兵団の同期の笑顔が浮かぶ。

 ぎりぎりと音をたてて奥歯を噛み締めながら、ジャンは燃えるような瞳で残る一頭のヒグマに剣を向けていた。


「……先に手を出したのは、てめぇらの方だからな……!!」


 その指先には、剣と共に、オレンジ色の光を放つサイリウムが握られている。

 星空凛の支給品、『超高輝度ウルトラサイリウム』の一本であった。
 通常のサイリウムとは比較にならない輝きを放つ分、その持続時間は5〜6分ほどの短さである。
 凛に支給されていた60本セットでは、様々な色が詰め合わされているため、楽曲ごとにアイドルのイメージカラーを使い分けて振るのがセオリーだ。

 そして、ジャンが使い分ける現在の楽曲の色は、『オレンジ』なのである。


 ただ一頭残された穴持たず54――コノップカは、視線の先の男が放つその修羅のような眼光に完全に飲み込まれていた。


 ――違うんだ。この人間は、最初から一人などではなかった。


 コノップカの視線の先で、義兄に当たるクラッシュはあり得ない方向からの砲撃を受けて沈殿池に沈んでいた。
 ジャン・キルシュタインはずっと正面の壁にいたはずなのに、クラッシュは左側面からの攻撃で気絶していた。
 誰かが、自分たちの気づけぬ遥か遠くから、自分たちを狙いすまして攻撃を行なっているのだ。
 コノップカは焦って辺りを見回す。
 そして上空を見上げた時、彼はその青い空間を、月や星のように悠遊と旋回している白い鳥を見た。


 一定の空域を、真円を描くようにして滑空している翼幅5メートルの白き偵察機。
 時の盾で覆い、鳥の姿に隠した、軍略の要であった。
 それは唄のように、ひそやかに声を響かせる。


「……クマっちが『オレンジ』を確認したにゃ。今ジャンさんの方に動かしてる。
 ジャンさんの良いところで、攻撃を開始してくれて大丈夫にゃ。どうぞ」


 その真上で風に乗っているのは、二人の少女であった。
 星空凛と、その胸に抱かれた暁美ほむら。

『了解。見えた。行ける』

 ほむらの左腕が握るスピーカーから、低くジャンの声が帰ってくる。
 その声は、ジャンの首にタオルで巻き留められたトランシーバーからのものだ。
 ジャンから凛への音質は悪いが、凛からの指示ならば、彼は骨伝導で聞くことができる。

 眼下に見える、小さなジャンの姿。
 小屋の先に落ちている、首のないヒグマ。
 水面に倒れている、腕の折れたヒグマ。
 沈殿池に誘導して沈めた、気絶したヒグマ。
 呆然と立ち尽くして震えている、最後のヒグマ。
 遠くでサイリウムを振る、水上の球磨の姿。
 ジャンの動きやすい位置に、的確に移動する『艦載機』。

 凛の視界には、その全てが捉えられていた。
 文字通り鷹の目のように辺りを鳥瞰する彼女は、その状況を全てトランシーバーによりジャンに伝えていた。
 球磨の砲撃のタイミングがジャンと合ったのも。
 ジャンが背後に飛翔し得たのも。
 穴持たず51を沈殿池に誘い込んだのも。
 全てこの星空凛の伝令の功績であった。


 ――すごいにゃ。


 凛は今までに味わったことのない充足感と爽快感を得ていた。
 自分の指示でこんなにもうまく作戦が進行していくこと。
 目の前にどんどんと道が開けていくこと。
 暁美ほむらが隣で、力強く頷いてくれているように感じること。

 ほむらと共に道を記し、球磨とジャンと手を取り、まさに潮の満ちるように、凛の思いは湧き立つ。
 自分が今身を投じているのが命をかけた殺し合いであることに恐怖はあるが、それよりもなによりも、自分の本気が、着実に現実を好転させていく手応えに、底知れぬ活力を彼女は感じていた。


503 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:19:08 SqdY9Gkw0

 ジャンが飛んだ。
 ガス噴射とともに、血にまみれた右手の剣を振りかぶり、投擲する。
 サイリウムとともに吹き飛んだその刃先はしかし、立ちすくむ穴持たず54とは見当違いの方向に流れていく。
 続けざまに発射した二本のアンカーが穴持たず54に突き刺さり、ジャンはその身を旋回させながらコノップカの元に突撃していた。


 ――こんな攻撃に、負けない!!


 コノップカはそのワイヤーを掴んでジャンを引き寄せる。
 水面に落下して引きずられるその男に向け、噛みつこうと口を開いた。


 ずぶり。


 深々と、肉に刃物が突き刺さる音。
 刺さっていたのは、剣の刃先だった。
 コノップカの左目に、先ほどジャンが見当違いの方向に投げた刃先が、突き立っているのだった。

 ――な、んで……。

「……引き寄せてくれてありがとよ」

 ジャンは、コノップカの口元で身を捻る。
 左裏拳に掴まれた剣の柄が、その刃先をコノップカの脳内に打ち込んでいた。
 そしてそのまま、開いた彼の口の中に、ブラスターガンの銃口を押し込む。


「死ね」


 口腔内から起きた爆発で命が吹き飛ぶ間際、コノップカはふと、その視界に長く黒い髪をたなびかせる、人間の少女を見た。
 真の仲間とは何なのか、義兄らと再び会った時、今一度考え直そうと彼は思った。


【穴持たず51(クラッシュ) 死亡】
【穴持たず52(ロス) 死亡】
【穴持たず53(ノードウィンド) 死亡】
【穴持たず54(コノップカ) 死亡】


    ##########


504 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:19:30 SqdY9Gkw0

「ジャンくん! ケガはないクマ!?」
「ああ、大丈夫だ。クマの『艦載機』のお陰で」

 水上を航行してやってきた球磨の前で、ジャンはしとめたばかりのヒグマの上にて、返り血を海水に落としていた。
 水没した下水処理場の水面には3体のヒグマの死体が浸かり、1体がさらに下に沈んでいる。
 上空から滑空してきた凛も、その水面にメーヴェで降り立つ。

「みんな無事でよかったにゃぁ〜。作戦がこんなに上手く行くなんて感動にゃ」
「アケミが無言でゴーサイン出してくれた作戦だからな。
 なんだかんだ言って、よっぽど不味い行動したら、アケミは無理を押してでもテレパシーで俺たちに指示を出してきたはずだ。
 さすがにモノホンの軍人だけあって、クマの戦術はすげえよ」
「ふっふっふ〜。もっと褒めてくれてもいいクマ〜」


 そして胸を張る球磨の艤装の元に、ふわふわと帰ってくる手のひらサイズの飛行物体があった。
 4枚の長方形の羽根を周囲に張り出した、UFOのような姿をしている。
 差し伸べた腕に、球磨はその飛行物体を載せる。
 凛とジャンは、綿毛のような挙動をするその物体に向けて微笑んだ。


「クマもそうだが、今回の最大の功労者はこの『マンハッタン・トランスファー』だろうな」
「うん、クマっちの砲撃もジャンさんの剣も、狙い通りに反射してたにゃ」
「んー? この曼哈頓(マンハッタン)水偵を操作してたのは球磨クマー。そこのとこ間違えないで欲しいクマ」


 ジャンの最後の支給品は、一見するとCDのように見えた。
 そして、何らかのデータCDだと思ってそれを手に取った凛の手に、そのCDはずぶずぶとめり込んだのだった。
 それは確かにディスクではあった。
 しかしその中に記録されていたのは、『スタンド』と言う、精神エネルギーを具現化させたものだった。

 そのディスクに記録されていたスタンド、『マンハッタン・トランスファー』は、射撃された弾丸を中継し、標的に反射させて打ち込む狙撃衛星のような機能を有していた。
 加えて、気流を鋭敏に察知し、常に射撃の軌道上に位置することができ、標的となる対象の位置も正確に把握することができた。

 最初は、ディスクを手にした凛しかその姿を認識できなかったが、ディスクをそれぞれが体内に挿入し操作を試みることで、全員がその存在を見ることに成功した。
 中でも際だってその扱いに馴染んだのが、球磨である。
 水上偵察機を搭載する事もある軽巡洋艦として、運用に精神エネルギーを用いるという違いはあれど、その順応は非常に早かった。
 一見してあり得ない長距離からのあり得ない精密性のあり得ない方向への艦砲による『狙撃』、及びジャンの刃先を用いた跳弾は、全てこのマンハッタン・トランスファーによって為されたものである。


505 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:19:49 SqdY9Gkw0

 ――この機体には、忠義に篤い軍人の魂を感じるクマ。きっと元の操縦者は、立派な仕事人だったクマね。


 もう、ヒグマに索敵を抜けられることなど許さない。
 もう、辛い決断を朋友にさせることなど許さない。
 球磨は、ディスクから微かに感じるその精神を艤装に加え、今一度、自身の職務を遂行する決心を新たにした。


「何はともあれ、凛はもう一度まわりの様子を見てくるにゃ」
「ああ、そうしてくれ。流石に下水処理場で休みたくはねぇからな」
「津波で溺れてる参加者もいるかも知れないクマ。何かあり次第ジャンくんの無線に連絡を頼むクマー」


 星空凛が、再びメーヴェを駆って空に飛び立つ。
 暁美ほむらは、そんな3人の会話を肌に感じながら静かに瞑想した。

 ――自分の体一つで、こんなにも信頼に足る手駒が3人も手に入るならば、安い『買い物』だったわ。

 その手駒は、何をせずとも自分のために尽くしてくれ、目的への新しい道を着実に築いていってくれている。
 普通の人間になら払うことのできない対価を、自分が支払った結果だった。
 こういう『買い物』ができるなら、魔法少女の体になったことも悪くない。
 この身と道を繋ぐための言葉を、私はようやく見つけられたのかもしれない。


 スタンドという精神の力。
 魔法と同じ根源に端を発していながら出力形態の違うその現象。
 それに新たに触れることができたのも、大きな収穫である。
 もしかすると、グリーフシードに頼らずとも、魔力を得ることができるのかも知れない。
 そもそも、ソウルジェムの魔力はグリーフシードで回復しなければならない、というのはキュゥべえのほざいた妄言だ。
 不可能を可能にする魔法少女の希望が、その程度のせせこましい論理の枠に収まるだろうか。
 幾重にも閉ざされた重い扉の向こうにその理想があるのだとしても、私たち人間はきっと、それを解き放つための知恵を、生み出すことができる。


 今まさに、彼ら3人の傍に立つ(スタンド・バイ)私にならば、魂の濁りを消し去って余りある精神の力を、生み出せるのではないだろうか――?


 展望に広がる道の先を感じながら、暁美ほむらは、彼らのために厳かに眠る。


    ##########


506 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:20:21 SqdY9Gkw0

『……デビル。その女は私の獲物だ。まさかまだ生きているとは思わなかったがな』


 二本の刀を中段十字に据えてから、黒い細身のヒグマは、左前脚からブレードを出すヒグマに向けて、威圧するようにその一本を上段に掲げた。
 その声は、獣の低い唸り声である。
 ヒグマン子爵の声は、デビルヒグマにしか理解はできなかった。
 そして彼もまた、ヒグマの言葉で唸り返す。

『ヒグマン、貴様とマミの間に何があったのかは知らん。しかし、彼女は私の命の恩人なのだ。
 今貴様と争うつもりはない。大人しくこの場は退いてくれないか』
『それこそ、おまえと巴マミとの間に何があったのか私が知るものか。
 おまえが誇り高い決闘を旨としているように、私も一度狙った獲物は確実に仕留めることを旨としている。
 この場で見逃せば海水で臭跡が消える。おまえが退かぬのならば、おまえと争うことなく仕留めるのみ』


 ヒグマン子爵は、その手に持つ刀の片方を口に加え、もう一方を両手で青眼に構えた。
 そしてその体は、奇妙な方向に傾いてゆく。
 青眼だった剣は地面に突き立ち、その切っ先を右後ろ足の爪が挟み込む。
 ほぼ直角に腰から撓んだ上半身は、下から睨めつけるようにその白目を光らせる。
 ぎちぎちと音が立つほどの力で、ヒグマン子爵の筋肉が溜められてゆく。

 その刃は常に垂直であり、ただ体のみが引き絞られて傾き行く。
 その諸手は駆血され、筋の表に青い脈管を浮き立たせて動かず。
 その爪先が留める2尺あまりの鋼に、寸毫の揺らぎなく力が籠められる。
 その反り返るは、弓張り上る月のようだった。


 デビルがその巨体の陰にマミを隠すように身を寄せる。

「デ、デビルさん、大丈夫なんですかそのヒグマ……?」
『わからないけど、この剣呑さは万が一があるよ』
「……ヒグマンが何をしてくるかわからん。すまないがマミの脇を守ってやってくれ」
「デビル……、碇さん、球磨川さん……」

 暗器のように巨大なネジを取り出した球磨川禊と、縮小されたエヴァンゲリオンをデイパックから出した碇シンジが、巴マミの両脇ににじり寄る。
 巴マミの脳裏を、恐怖が埋め尽くす。


 これだけ他者に守って貰っていても、恐怖が消えない。
 息が乱れる。
 冷や汗が流れる。
 なぜだ。
 目の前の白眼のヒグマが、私の内臓を食い荒らしたからか?
 キュゥべえやあの男の人を、殺してしまったからか?

 そうじゃない。

 あのヒグマも、私だからだ。
 私が魔女に向ける敵意を、何の乱れもない真っ直ぐな殺意を、私に向けているからだ。
 ヒグマンという彼にとって、私はただの食べ物に過ぎない。
 魔法少女にとって、魔女がただグリーフシードのアテに過ぎないのと同じように。
 人のエネルギーを魔女が食べ。
 魔女のエネルギーを魔法少女が食べ。
 私はずっといままで、そんな世の中の仕組みに則って生きてきた。

 そして私たちのエネルギーは、彼らヒグマに食べられる。
 この島では、やはりそれが大原則なのだ。
 その仕組みに則るならば、私は今度こそここで殺されるしかない――。


507 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:20:51 SqdY9Gkw0

「――安心しろ、巴マミ」


 ふと、目の前のデビルが、私に振り向いていた。
 口の端を引き剥いて、彼は笑うように牙を剥き出す。


「キング・オブ・デュエリストの誇りにかけて、私を助けた者を目の前で死なせるものか。必ずや、その恩の分は、守り抜く」

 低く紡がれたその声に、私の心臓は一段と早くなる。
 しかし、デビルの脇から覗き見えるヒグマンというヒグマは、そのデビルの声に、笑ったようだった。
 その口元から、加えていた刀が落下する。


『――残念だが、それは無理だな。この刀の力は、既に試している』


 ピン――。


 そんな軽い音を立てて、ヒグマの構えていた刀が天へと跳ね上がった。
 その瞬間が見えないほどの高速で、まるで空気を切り裂くように。
 もう一本の刀が下に触れるよりも速く。
 その刃が通り抜けた空間は、もう二度と癒合することもないような――。


「ぐおあっ……!?」


 その時、目の前のデビルの体が、地に倒れていた。
 その右腕と右脚が、すっぱりと切断されている。
 一瞬、血液さえも噴き出すことなく、模型のような綺麗な肉と骨が覗き、遅れて赤い血が漏れるのだった。
 彼はその切断面の肉を伸ばして手足を癒合する。

「くっ……。剣圧でもこれほどの威力とは驚いたが、私の能力を忘れたか。これしきの攻撃ならば何度でも立ちはだかってやるぞ」
『いや、もう私の目的は済んだ。脳を破壊すればもう蘇生はすまい。
 これ以上おまえの憤怒を買うのは無益だからな。捕食まではしないでおこう』


 ヒグマは淡々と唸って、落ちた刀を拾い上げている。
 その時ようやく私は、自分の身に起きていたことを、理解した。


「あ、ああ、ああああぁぁぁ……」


 震える私の声が、掠れてゆく。
 どんどん体が冷えてゆく。
 心臓の動きが、どんどんぎこちなく、歪んだものに。


508 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:21:26 SqdY9Gkw0

「マミさん!?」
『マミちゃん、まさか!?』


 碇さんと球磨川さんが声をかけてくれた時、私の首から、綺麗に真っ二つになった首輪が落ちていた。
 カラン。
 と、その首輪がコンクリートに落ちたのを目で追って、私の体は、股下から頭の先まで、ぱっくりときれいに割れていた。
 二つに分かれた私の頭は、その両耳で同時に、私が地面に横倒しとなる音を聞いた。


 そして私は再び理解した。
 私は、これでも死なないのだ。
 どう考えても人間ならば、即死であるこの状態から。
 私はまた、戻ってこれるのだと。

 私は本当に、人間なの?
 私は一体、何者なの?
 魔法少女とは一体、何者なの――?


    ##########


「マミィィィイイイイイイ!!」


 巴マミの体が真っ二つに裂けた時、デビルヒグマは総身を震わせて叫んでいた。
 恥も臆面もヒグマの外聞もなく、胸が張り裂けるような声で慟哭した。
 正中線から矢状断された彼女の死体へ駆け寄り、必死にその半身を合わせようとしている。

「球磨川! 貴様は傷を『なかったこと』にできるのだろう!? すぐに治してやってくれ!!
 マミを、マミの傷を、『なかったこと』にしてやってくれ!!」
『……いや……。今の僕には、無理だ……。
 ありえない……。彼女が、こんな簡単に死んでしまうなんて……』


 膝立ちになって見下ろす球磨川は、そう呟いて震えている。
 その様子を見て、二本の刀を持つヒグマンは、呵、呵、呵、と笑った。


『これは夢や幻などではない! これが現実だ、デビル!!』
「ヒィグマンンンンンン――ッ!!」


 轟ッ、と燃えるような息を吐いて、デビルヒグマは振り向き様に、その右腕から矢のように鋭い骨成分を突き伸ばしていた。
 その高速の突きを、ヒグマンは身を逸らしながら躱し、踊るように商店の屋上から空中へ跳んでいた。


『フン、なまくらが――』


 身を捻りながら振り抜かれた二本の刀に、その骨は音もなく切断される。
 宙を落ちるヒグマン子爵は、そのまま建物の壁面を蹴り、別の建物へと飛び移ってゆく。
 その姿は次第に、残された彼らの眼には見えなくなっていった。


【G−5 街/午前】


【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹だがそろそろ喰いたくなってきた
装備:羆殺し、正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本思考:獲物を探す
0:狙いやすい新たな獲物を探す
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう


    ##########


509 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:21:52 SqdY9Gkw0

 跳び去ってゆくヒグマン子爵の姿を、デビルはただ呆然と見ていた。
 彼の頭は、底知れない無力感で真っ白になっていた。

 武藤遊戯を屠ってしまった後よりも、遥かに巨大な空虚さが、体を押し潰してしまうかのようだった。
 そのため、彼はその腕を碇シンジが激しく引っ張るまで、その名を呼ばれていることに気が付かなかった。


「――デビルさん。デビルさん! そんな風にしていても、マミさんは帰ってきませんよ!」


 シンジに引かれて見やった先には、両断された巴マミの上に屈みこむ球磨川禊の姿があった。
 彼は、コンクリートの屋上に、巴マミの血液で何かを書き記している。


 “今のは嘘”


 そして、彼は呟きながら、自分の首輪を指し示した。

『本当に信じられないよ……。人の体がこんなに簡単に壊れてしまうなんて……』


 “彼女は死んでない なかったことにできる”


 盗聴である。
 彼はその首輪の盗聴を危惧し、敢えて彼女の蘇生が可能であることを言わなかったのだ。
 しかし実際に、巴マミがこの状態で死んでいないとは、デビルヒグマにも碇シンジにも信じられることではなかった。
 強く頷く球磨川を信じて、そういうものであるのかと納得するほかにない。


「……ほら。いつまでも悲しんでいてもしょうがないですよ」
「あ、ああ……。貴様の言う通りかもしれん……」
『マミちゃんがこんなになってしまった以上、今一度、身の振り方を考えなければならないかもね……』


 慎重に言葉を選びながら三者が会話を試みていた時、その耳にはふと、リールを巻き取るような駆動音が届いていた。
 振り向いた三者の視線の先には、刈り込んだ髪を茶色の軍服で包んだ、一人の青年が立っている。
 そして彼は、腰のカッターナイフのような剣を抜き放ち、阿修羅のような瞳で、それを三者に向けて突き付けていた。
 怒りを静かに押し殺して、彼は低く、どろどろとした溶岩のような声で尋ねた。


「……おい。その女の子を殺したのは、てめぇらか?」


 空には、白い鳥のようなものが飛んでいる。
 遥か遠くの水上には、一隻の船が双眼鏡を覗いている。
 青年の左手には、赤と緑のサイリウムが、握られていた。


【F−6 街/午前】


【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人】
状態:右第5,6肋骨骨折
装備:ブラスターガン@スターウォーズ(93/100)、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)
道具:基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×28本、省電力トランシーバーの片割れ
基本思考:生きる
0:許さねぇ。人間を襲うヤツは許さねぇ。
1:アケミを復活させられるよう、クマやリンと協力して生き抜く。
2:ヒグマ、絶対に駆逐してやる。今度は削ぎ殺す。アケミみたいに脳を抉ってでも。
3:アケミが戻ってくるまで、オレがしっかり状況を見て作戦を立ててやる。
4:リンもクマも、すごい奴らだよ。こいつらとなら、やれる。
[備考]
※ほむらの魔法を見て、殺し合いに乗るのは馬鹿の所業だろうと思いました。
※凛のことを男だと勘違いしています。
※残りのランダム支給品は、『進撃の巨人』内には存在しない物品です。


510 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:22:31 SqdY9Gkw0

【星空凛@ラブライブ!】
状態:全身に擦り傷、発情?
装備:ほむらの左腕@魔法少女まどか☆マギカ、メーヴェ@風の谷のナウシカ
道具:基本支給品、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、手ぶら拡声器
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:しっかり状況を見極めて、ジャンさんをサポートするにゃ。
1:ほむほむのソウルジェムは、本気で、守り抜くから……!
2:自分がこの試練においてできることを見つける。
3:ジャンさんに、凛が女の子なんだって認めてもらえるよう頑張るにゃ!
4:クマっちが言ってくれた伝令なら……、凛にもできるかにゃ?
[備考]
※ほむらより、魔法の発動権を半分委譲されています。
※盾の中の武器を取り出したり、魔力自体の操作もある程度可能でしょう。


【球磨@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:14cm単装砲、61cm四連装酸素魚雷、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険
道具:基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×28本
基本思考:ほむらを甦らせて、一緒に会場から脱出する
0:ほむらの願いを、絶対に叶えてあげるクマ。
1:ほむらが託してくれた『軍』を、きっちり導いて行くクマ。
2:ジャンくんも凛ちゃんも、本当に優秀な僚艦クマ……。
3:これ以上仲間に、球磨やほむらのような辛い決断をさせはしないクマ。
4:もう二度と、接近するヒグマを見落とすなんて油断はしないクマ。


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:左下腕のみ
装備:ソウルジェム(濁り:極大)
道具:89式5.56mm小銃(30/30、バイポッド付き)、MkII手榴弾×10
基本思考:他者を利用して速やかに会場からの脱出
0:あら、もしかして下に感じるソウルジェムは、巴マミ?
1:まどか……今度こそあなたを
2:脱出に向けて、統制の取れた軍隊を編成する。
3:もう身体再生に回せる魔力はない。回復できるまで、球磨たちに、託す。
4:私とあなたたちが作り上げた道よ。私が目を閉じても、歩きぬけると、信じているわ。
5:グリーフシードなどに頼らずとも、魔力を得られる手段は、あるんじゃないかしら。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※まだ砂時計の砂が落ちきる日時ではないため、時間遡行魔法は使用できません。
※左腕と武器の盾しか残っていないため、ほとんど身動きができません。腕だけで何か行動したりテレパシーを送るにも魔力を消費します。
※時間停止にして連続30秒、分割して10秒×5回程度の魔力しか残っておらず、使い切ると魔女化します。


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:健康
装備:ソウルジェム(魔力消費)
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0〜1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:「生きること」
0:私は、本当に人間なの……?
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:誰かと繋がっていたい
3:ヒグマのお母さん……って、どうなのかしら?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※デビルヒグマを保護したことによって、一時的にソウルジェムの精神的な濁りは止まっています。


511 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:23:19 SqdY9Gkw0

【穴持たず1】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:満足のいく戦いをしたい
0:一体、私は目の前の青年に対して、どんな行動をとればよいのだ……?
1:至急地下に戻り、現在どうなっているかを確かめたい。
2:私は……マミに一体何の感情を抱いているのだ?
3:私は、これから戦えるのか?
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。


【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労
装備:螺子
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜2
基本思考:???
0:『あーらら大誤解?』『筆談に応じてくれる冷静さはあるかなぁ?』
1:『そうだね』『今はみんなについてこうかな』『マミちゃんも巨乳だしね』
2:『凪斗ちゃんとは必ず決着を付けるよ』
[備考]
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けています。
※また、『劣化大嘘憑き』で死亡をなかった事にはできません。


【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:精神的疲労
装備:なし
道具:基本支給品、エヴァンゲリオン初号機、ランダム支給品0〜2
基本思考:生き残りたい
0:この状況、絶対に誤解されてるよね……。
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:……母さん……。
3:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
4:ところで誰もヒグマが刀操ってるのに突っ込んでないんだけど
[備考]
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいます。基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。


512 : Hidden protocol ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:25:40 SqdY9Gkw0
投下終了です。

巴マミの状態表は、
状態:健康→状態:正中線から体を両断されている
でした。修正をお願いいたします。

続きまして、
初春飾利、アニラ、佐天涙子、ウィルソン・フィリップス上院議員、北岡秀一
で予約します。


513 : ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:37:09 SqdY9Gkw0
すみません、球磨の状態表に修正です。
装備:14cm単装砲、61cm四連装酸素魚雷、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険

装備:14cm単装砲(弾薬残り少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬残り少)、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険

でお願いします。


514 : ◆wgC73NFT9I :2014/04/15(火) 00:45:15 SqdY9Gkw0
すみません再追記です。
ジャンの状態表の道具欄に、
永沢君男の首輪
を追加いたします。


515 : 名無しさん :2014/04/15(火) 02:32:56 kg82mfqc0
投下乙!
おお、凛ちゃんがめっちゃ活躍してる。これがスポーツ系アイドルの力か。もはや並のヒグマ達なら余裕で倒せるレベルに成長したジャン組。
しかし何気に強力な面子が揃っているマミさんチームを一匹で敗北へ追い込むヒグマン子爵カッコいいなー。
そしてようやく対主催組同士が対面した訳だが事はスムーズにはいかなそうだな…


516 : 名無しさん :2014/04/15(火) 13:31:51 wiAAYVIQO
投下乙
ジャン組は結束が強まって良いチームになっていると思うんだが、その分、ほむらが心底では未だに三人を道具としてしか見ていないのが複雑だな…


517 : 名無しさん :2014/04/15(火) 19:36:58 RR1ArkgU0
投下乙。
マミさん真っ二つ。目的を果たしたら深追いしないのがプロっぽいな子爵。
フォーメーションヒグマは愉快なヤツらだった。


518 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/15(火) 20:04:00 JTPm7/yUO
言峰綺礼、モノクマ、穴持たず4で予約します


519 : ◆wgC73NFT9I :2014/04/16(水) 23:18:04 eN0LphI.0
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/2/den_wgC73NFT9I_2.png
現在状況を更新いたしました。
今回は、ざっくりと利用できそうな施設の位置を表記しております。
今後何らかの施設が発見された場合は加えていくことになるかと思います。
皆様のご利用をお待ちしております。


520 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/04/19(土) 08:22:54 rFSWm5fM0
投下&現在地作成お疲れ様です!
ひゃああマミさんが真っ二つに…ほむら軍は指揮官不在でもまっこと見事な戦いぶりで…
そんな二組が合流できそうなのにこの説明しがたい状況…四匹組のヒグマ君達にも黙祷。

そして武田観柳、阿紫花英良、宮本明、キュゥべえ、ジャック・ブローニンソン、操真晴人、フォックス、ヒグマになった李徴子、隻眼2、ウェカピポの妹の夫
を予約させていただきます。


521 : ◆Dme3n.ES16 :2014/04/20(日) 20:58:39 VyhCX8H20
投下&地図更新乙です
すみません、4月中に執筆時間が取れなくなったので予約分は破棄します


522 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/22(火) 20:11:59 V3IcqtqYO
予約延長します


523 : ◆wgC73NFT9I :2014/04/22(火) 23:26:29 .hGqARVw0
すみません、予約延長します。


524 : 野生の(非)証明 ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/24(木) 22:33:11 U6FwAHCQ0
投下します。


525 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:33:45 U6FwAHCQ0


★――『実験』開始前のとある会話より

「カーズ様、カーズ様。 ホントに会場に行くつもり?」
「当然よ。 有冨の実験になど興味はないが、エイジャの赤石……あれだけは放っておく訳にはいかん。
 究極生命体として私が覚醒した以上、あれを残しておくのは不確定要素でしかない」
「ま、話をした手前止めはしないけどさ。
 究極生物になった今のキミなら、別にあんなのはどうでもいいんじゃないの?」
「そうはいかん。 『ゲート』によってこの世界へと呼びこまれる前……私はあの石によって敗北を喫した。
 限定された状況下での、小癪な策によってでの物ではあるが……私が敗北に至る要素は全て消さねばならぬ!」
「あ、そう……。
 ま、キミがそういうのを決めたらもう変えないのは知ってるし、そういうんだったらもう止めないよ。
 頑張ってね」
「貴様に応援される謂れはないが――『HIGUMA細胞』を移植され究極羆生命体となったこのカーズに不可能などない。 それを思い知らせてやろう。
 ――ではな。 貴様の事はいけすかんが、エイジャの赤石の事を話したのは感謝してやろう。
 『モノクマ』よ」

「……行ったか。 ええと……シーナーに話をしたから、今頃はアイツも他のヒグマを外に出してる頃だろうし……
 後は何をするんだったかな」





言峰綺礼がウェイバーの腕を貪る事を止めたのは、30分程してからだった。
それも自分からではなく、見かねた周囲のヒグマ達に窘められての事である。
それ程までに、彼の中のシーナーへの警戒は強かった。

(……あの能力は“強力すぎる”。 それこそ、人間が作ったとは思えぬ程に)
固有結界。
自身の心象風景で、世界を侵食し塗り替える大魔術。
あの『治癒の書』は己の認識した対象を、侵食するのではなく――逆に自身の中へ取り込むのだ。
そもそもが特例である固有結界の中でも、その特異性は群を抜いている。
それも、サーヴァントであるライダー、そしてその固有結界である『王の軍勢』ごと取りこむ霊格。

幻想種――いや、違う。 アレもサーヴァントだ。
聖杯戦争に関わったこの身ならば理解できる。
既に他のサーヴァントが召喚されている以上、驚く事ではない。
思えば、このような地に我々が拉致された事から気付くべきだったのだ。
他にも魔術師はいただろうに、何故聖杯戦争に関わる者だけが拉致されたのか。
何故サーヴァント達も共に拉致されたのか。

間違い無い。 この島には、聖杯が存在する。
聖杯の器であるホムンクルスも共に拉致されたのか、あるいは他の形で聖杯が存在するのかは不明だが、シーナーとあの少女が召喚したヒグマはそこから現れたのだ。
バーサーカーやギルガメッシュ、ライダーは、その魂で聖杯を起動させる為に拉致された。

――これは危険だ。
この事実は、聖杯を利用しようとする者がこの島の中にいる事を意味する。
あるいは、聖杯を使おうとしたのは既に捕食されたSTUDYの構成員だったのかもしれないが――危険度は変わらない。
ヒグマ帝国の手に万能の願望機が渡れば、何が起こるか想像も付かない。
それを防ぐ手立ては――やはり、あの少女。
あの少女とサーヴァントには、聖杯戦争を勝ち抜いてもらわなければならない。

(……布束博士、とやらは後回しだな。 まずは少女を探し、マスターとしての自覚を持ってもらわなければならないが――)
ウェイバーの腕に喰らいついている間に、少女ともう一人は遠くに行ってしまったらしい。
屋台の近くには、その姿は見つからなかった。
仕方がないのでヒグマ帝国の中を探しまわる事にした。
下手に周囲のヒグマに聞き回るのは目立つ要因になりかねない。
一度シーナーに目を付けられたかもしれない以上、細心の注意を払うに越した事はないだろう。
幸い無秩序に徘徊するヒグマも少なくはない。 少しは歩き回っても怪しまれる事はなさそうだ。


526 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:35:41 U6FwAHCQ0



ヒグマ、空を舞う。

そして穴持たず4は思考する。
自分は何故未だに生きているのか。
強き者が己の我を通し生き、弱き者は強き者の糧となる――
それが穴持たずの生きる野生の理だった筈だ。

だが今の自分はどうだ?
最初に出会ったハンターには負けた。
奴は自分より弱かった。 だから命は奪われた。 しかし、奴の執念は死を超えて尚自らに敗北を与えた。

次に出会ったマタギはどうだ。
決着こそ横入りで着く事はなかったが、それさえなければ奴は自分の命を確実に奪った筈だ。
自分は奴に勝てなかった。 明らかに、自分は奴より弱かった。

その勝負を邪魔した小娘に至ってはどうだ。
相手にすらされていない。 ただ投げ捨てて、そのままだ。
奴にとって自分は、そこにあったゴミとなんら変わらなかったのだ。


野生の主であるヒグマ。
その自分が、どうしてこうも――。


鬱々とした思考は、地面に叩き付けられた事により中断させられた。
いっそこのまま打撲で死ねれば。 そうも思ったが、HIGUMAの体は嫌になるほど頑丈らしい。

――俺がまだ生きている理由とはなんだ。
何故俺は弱肉強食に逆らってまだ生きている。

地面に大の字に転がり、空を見上げる。
聞こえるのは、ただ流れる水の音だけ。

このまま転がっているのもいいかもしれない。
自分の他にもヒグマはいる。 参加者達を減らす役目は、彼等がやるだろう。
今は、このまま自分を見つめ直したい――


『あれれ? 折角来てやったのにその有様なんて、拍子抜けだなぁもう』


喋りかけられた、と察するのに、少しの時間がかかった。
それほどまでに自分は放心していたらしい。
ゆっくりと体を起こし、周囲を確認する。

――緑と青。
小高い丘の周囲は、いつの間にか水の中へと沈んでいる。
そして目の前にいるのは、白と黒が入り混じった、小さな熊。

『メインサーバーが止まって、衛星写真が使えなくなったから人海戦術……いや、クマ海戦術で探したっていうのに。
 すっかり腑抜けちゃって、ガッカリだよ!』
『――貴様はなんだ。 ヒグマ語が使えるという事は、貴様もヒグマか』
煽るような物言いは無視。 聞くべき事を聞かねばならぬ。
ヒグマ語は単なる唸り声ではない。
HIGUMA達の為に開発された、彼等の共通言語だ。
それを操るという事は、実験に無関係なクマではあるまい。


527 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:36:07 U6FwAHCQ0

『ボクの名前はモノクマ。 ヒグマ帝国の……えーと、一の幹部なのだ!』
『ヒグマ帝国とはなんだ』
『ヒグマ帝国はヒグマの帝国だよ。 有冨に反旗を翻したヒグマ達の作った国さ。
 キングヒグマが統治する、ヒグマ達の理想郷なんだよ!』
『そうか。 ――くだらんな。 ヒグマの社会だと? ヒグマ同士群れて暮らす?
 馬鹿が。 野生の掟に従い、共食いも厭わぬ――それがヒグマの筈だ。
 それが国を建てるなど、恥を知れ』
そうだ。 ヒグマは本来群れない動物だ。
親や子供こそ持つが、そうでない相手に対しては共食いさえ辞さない。
それが野生の、弱肉強食の掟の筈だ。

『わかっちゃいたけど、唯我独尊だなぁ……でもさ、その野生に生きてる穴持たず4クンは、今まで何をしてたの?
 負けっぱなしじゃない。 誰か一人でもその弱肉強食に付き合ってくれた人はいた?』
二度目の煽るような言葉を、しかし無視できなかった。
そうだ。 自分はこの会場に降りてから、一度も勝っていない。
強さを見せつけていない。
自分に敗北感を与えたハンターとマタギは、二人とも既に死んでいる。
故に、その敗北感は永遠に拭えない。
自分を投げ捨てた小娘は勝負の土俵にすら立っていない。
戦いもせず、自分を格下と見下げている。
もはや強い弱いの問題ですらない。

――自分は、最早野生の掟に従えていない。
『死』を告げる穴持たず4の証は、『生ける屍』の4へと変わってしまっている。

『――だからさ、ヒグマ帝国に来なよ。
 ナンバー10以前のHIGUMAが帝国に来たなら尊敬の象徴さ。 立派な地位が何もせずに手に入る。
 力が欲しいなら、再調整して他のヒグマよりも強力な体をくれてやるよ?』
目の前のクマの誘惑は甘美だ。
奴の甘言を聞き入れれば、自分の欲するモノは手に入るだろう。
そう、『強さ』も、そして――いや。

『――悪いが断る』
決断は今度こそ言葉を断ち切った。

『確かに貴様の言う通り、そこには俺の望む物が全てあるのだろう。
 だが足りない。 それは『飢え』だ。 野生から生み出される闘争心、そして渇望がそこにはない。
 故に俺の存在意義は、そこでは果たされない。 そう――そこに行けば、俺は本当に死んでしまう』

そうだ。 野生の掟は、弱肉強食だけではない。
飢え。 そこから生み出される生存競争、闘争。
それもまた野生ではなかったか。
敗北した今の自分に、残されているのはそれだけだ。
逆説。 それを失えば、もはや自分はヒグマですらない何かに堕ちてしまうだろう。
だから、従えぬ。

『――ま、そう言うと思ったけどね。
 キングやシーナーにキミを抹殺対象として進言したのはボクの為でもあったけど、キミ達がヒグマ帝国に賛成しないだろう事は事実だったからさ。
 だから――死んでもらうよ』
交渉は決裂。
目前のクマは爪を剥き出しにし、最早殺意も隠さぬ。
ならば、こちらも遠慮する事はない。
己の誇りを突き通す為に――戦うのみ。


528 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:37:04 U6FwAHCQ0



巨体が唸る。
轟音を響かせ、大地を踏みしめる。
通常のヒグマでさえ、その速度は60Kmにも及ぶ。
しかし穴持たず4の速度はその3倍、180Km。
その瞬発力と合わせれば、到底至近の相手に回避できるものではない。
相手との体格差は歴然、このまま轢殺する――!

しかし突進は手応え無く空を切る。
一瞬で減速、急速旋回し影を探す。
左右。 いない。 ならば――上!

上空へと跳び上がったモノクマが急降下、鋭い爪を振りかざす。
それを確認するより早く野生の勘がバックステップを選択。 回避。
空中で腕を振り切り無防備な姿勢を晒す相手へと、予備動作の時間も惜しいとばかりに再度体当たり。
今度は直撃。 吹っ飛んだ。 ――が、軽い。
空中の相手にダメージを与えるには踏み込みが浅かったか。
構えを取り直し、空中で体勢を整え着地する相手を見据える。

『ま、初期ナンバーだけあって流石に強いね。 じゃ、ちょっと本気で行くよ?』

言うなり、相手の動きが変わった。
人間で言うボクシングの選手のようなフットワーク。
小柄なクマが左右に揺れ、その度に彼我の距離は近付く。
変幻自在のステップだ。 ヒグマの動体視力をもってしても、それは見切れない。
――ならば、勘で叩くのみ。
半ば当てずっぽうに近い形で放たれた拳は、確かに敵を直撃。 その体を抉る。
しかし今度は踏み込みが深すぎた。
カウンターの形で放たれたコークスクリューブロウが、鳩尾に入る。

『ぐ、っ……!』
肉は抉られていない。
だが内臓にまで響く打撃は確かなダメージをこの体に与えている。

『オラオラオラオラオラオラオラオラ……!』
反撃はあちらの方が早かった。
続けて拳が雨霰のように降り注ぐ。
滅多打ち。 重い一撃を喰らった体では腕を交差させてのガードしかできない。

『モノクマ天国ズドア〜!』
更に一発が来た。
何をされたかわからないが、奇妙な生命のエネルギーを感じる――!
ガードを弾かれ、直撃する。
悲鳴にも近い唸り声を上げながら吹っ飛ばされ、木に背中を打ちつける。


529 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:37:34 U6FwAHCQ0
衝撃にへし折れる木を背にしながら、ふらつく足で立ち上がった。
そこへ追撃が――来ない。 敵は腕を組み、わざとらしい程の余裕を見せている。

『一応聞くけどさ。 今なら命乞いとかしてもいいよ?』
『くどい。 獲物を前に舌舐めずりでもしているつもりか?』
『あっそ。
 そういや――オマエ、自分を殺せる相手を探してるんだっけ?
 ボクが殺してやるよ、絶望的にね――!』
来た。 今度は一直線に、こちらより速く。
視認できても、身構える事はできぬ速度。 回避すら考えられない突撃。
それに対して――ただ、踏み込んだ。

穴持たず4は特殊な能力を持たない。
ヒグマとしての戦闘能力だけを純粋に強化し、ヒグマとしての戦いだけで絶対的な強さを手に入れた彼は自らのナンバーをもじってこう呼ばれる。
――死熊。

ただ、腕を突き出す。 それだけの動作に全力を費やした。
クロスカウンター。
拳が直撃する。 剥き出しにした爪が、敵の頭部を抉る。
フェルト地と綿が破れ、中の電子部品が零れ出す。
敵の拳は、こちらの拳に勢いを殺され外皮を傷付けるのみに留まった。

――そして、動かない。

『……勝ったか』
如何に傷を恐れぬロボットヒグマと言えど、制御部品を破壊されればそれ以上の動作はできない。
こちらの決死の一撃は、確かに頭部に収められていた制御部品を破壊したようだ。

『さて、これからどうしたものか……ヒグマ帝国には興味はないが、この島を縄張りにするというなら戦うべきか。
 それとも、もう戦いの事など忘れて北海道に行くのもいいかもしれんな……』

――戦いが終わって油断した、と言うのは易しい。
けれど、それは本当にここが野生の中だと言うのなら、絶対にしてはいけない事だった。
大自然の中では、獲物を仕留めても、更に襲いかかって来る敵も、その獲物を奪うハイエナも居たというのに。
だから彼は本当に、野生を忘れてしまっていたのだろう。

『あーあ……やめてよね。 変わりはあるけど、できるだけ無駄にしたくないんだ。 ここはジャバウォック島じゃないからさ』
――そして、それが彼の本当の敗因となってしまった。


――ドスッ。


『な……に……?』
背中を貫く、爪。
つい先ほど砕いた筈の相手は、しかし無傷で三日月のような皮肉気な笑みを浮かべている。

『……ボクを殺せたと思った? 「やっぱり自分には生きる価値があるんだ」なんて思っちゃった?
 あまつさえ、「これからは自由に生きられる」とか希望を抱いちゃった?』

『甘いよ! 絶望的に甘々だよ!』

背を抉る爪が、更に深く差し込まれる。
内臓を文字通り掻き混ぜられ、激痛が走る。
なんとか振り払おうと、足を踏み締め――

――ドスッ。

噴き出す血と共に、バランスを大きく崩した。
脚に力が入らない。 自重を支え切れず、膝をつく。

2匹目――いや、3匹目のモノクマが、膝を深く抉っていた。

『一匹二匹で終わると思った? 残念! 三匹目でした!』
引き?がそうと、腕を振り上げる。

――ドスッ。

振り上げた腕に四匹目の爪が突き刺さる。

身を捩ろうと力を込める。

――ドスッ。

今度は腹を、五匹目が貫いた。

――動きが、読まれている。
こちらが何か反抗しようとする度に、新たなモノクマが現れ的確にその動きを潰してくる。
何時しか体は、無数のモノクマに群がられていた。

このような形でなくとも、近くに仲間がいる事を想定していなかった訳ではない。
しかし、この数は想定の範囲を超えている。
そもそもこれだけの数がいるなら、最初から出していれば何の被害もなく勝てていた筈――

『オマエのデータ取りがしたかったのもあるけど……希望を抱いてから、それを奪われる。
 それってさ、とても絶望的でしょ?』

『――』


慟哭とも激怒ともつかぬ咆哮が、口から溢れ出る。
底知れぬ感情に突き動かされ、体が動く。
その度に傷が深く抉られる。
血が流れる。
咆哮はやがて、呻き声へと変わり、そして――。



【穴持たず4 死亡確認】


530 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:38:08 U6FwAHCQ0



(見れば見るほどに……このヒグマ帝国は妙だな)
サーヴァントを召喚した少女を探し、ヒグマ帝国内を歩く。
地下に築かれた帝国の風景を見る度に感じていた違和は、既に無視できぬ程に大きくなっていた。
状況に対する違和感――ではない。
『ヒグマ帝国』そのものだ。

ヒグマは本来、群れを作る生き物ではない。
彼等が作る集団は最大でも家族が限度だ。
それが帝国を作り、それを一時でも正常に運営できている現状が異常なのである。
力による支配、ならばまだ納得がいった。
だが、ヒグマ帝国を探索している内に見た限りでは恐怖は彼等が従う一因であれど主因ではない。
『そうするのが当然』だから、彼等はヒグマ帝国で働いているのだ。
同じように支配者階級であるシーナーも、『王の軍勢』に飲まれた同胞を救出していた。
自らより脆弱な者を助ける。 通常のヒグマならば、そのような事は行わない。
同族意識と、社会性。 それはヒグマが持つ物では当然ない。

そう――彼等は、酷く人間らしい。
言峰綺礼という人間に、人間性が欠如しているからこそわかる。
今のような状態は、ヒグマが自然に思いついたり、発想したりするような物ではない。
そう。 誰かが教育、または刷り込まなければ。

ヒグマ達が研究所を乗っ取ってからは彼等が教育、或いは製造時に刷り込みをしているのだろう。
だが、それ以前は?
最初はSTUDY研究員かとも考えたが、おそらく違う。
人間性はともかくとしても、同族意識や社会性までもを与える必要はない。
実験を円滑に進める為の知性と、ヒグマ達の団結を促しかねない理性は別の物だ。

実効的な支配者の一人――それも番号から考えてかなりの古参であろうシーナーが、このような行動に及んだ理由とは何か?
実験動物の立場から逃げだしたかった? それもあるだろう。 が、ここまで事を大規模にする必要が見当たらない。
極端を言えば、シーナー一人でもSTUDYは十分制圧し得た。
キングなどを担ぎ上げ、ヒグマ帝国など作る必要性は存在しない。

そもそもそのシーナーの来歴も、こうなってしまうと疑問がある。
シーナーの『治癒の書』は、『一度自分の認識外に出てしまえば、その相手の感覚は元に戻る』と言っていた。
それが虚偽でなければ、『彼一人でSTUDYの研究員を騙し通すには効果範囲が狭すぎる』。
視覚を欺瞞するだけでも、自らの視野に研究員達を入れていなければならない。
多くは無いとは言えど複数存在する研究員達の行動を常に把握し、彼等の持っている情報を管理するという芸当がクマ一匹で可能か?
否。
そんな訳が無い。 他に『STUDY内部の情報を混乱させていた者』が存在しなければ、そんな事は不可能だ。


(そう――いる。 STUDYを欺きヒグマを叛乱させ、気付かれないようにヒグマ達を影から操り、誘導し、扇動する者が。
そしてそれは恐らく、ヒグマではない)


【??? ヒグマ帝国/午前】

【言峰綺礼@Fate/zero】
状態:健康
装備:ヒグマになれるパーカー、令呪(残り10画)
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:聖杯を確保し、脱出する。
1:ヒグマのマスターである少女およびあの血気盛んな少年に現状を教え、協力体制を作り、少女をこの島での聖杯戦争に優勝させる。
2:布束と再び接触し、脱出の方法を探る。
3:『固有結界』を有するシーナーなるヒグマの存在には、万全の警戒をする。
4:あまりに都合の良い展開が出現した時は、真っ先に幻覚を疑う。
5:ヒグマ帝国の有する戦力を見極める。
6:ヒグマ帝国を操る者の正体を探る。
※この島で『聖杯戦争』が行われていると確信しています。
※ヒグマ帝国の影に、非ヒグマの『実効支配者』が一人は存在すると考えています。


531 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:38:55 U6FwAHCQ0



島の地下にあるSTUDYの“元”研究施設――その更に地下。
モニタとサーバー――研究所のメインサーバーに比べれば小さいが、それでもその性能は学園都市製のものと遜色はない――と、ヒグマがすっぽり入ってしまうような大きさの複数のシリンダー。
ただそれだけが設置された、殺風景な部屋。 そこに、モノクマは穴持たず4の死体を運び込んでいた。

「……コイツのDNAじゃ研究は進展しないけど。 ま、肉体の強度補強にはなるか」
そう言うと、穴持たず4の死体をシリンダーへと押し込む。
特殊な溶液を満たされたシリンダーは穴持たず4の肉体を分解し、もう一つのシリンダーの中身へと配合。
シリンダーの中に浮かぶヒグマとも人間とも付かない物体は、穴持たず4の因子を受け更なる肉体の変化を遂げていく。

「カーズ様の死体が残ってれば、こんな事をしなくてもすぐ完成するんだけどねぇ」
そのシリンダーの中の物体を眺めながら、モノクマは呟く。
カーズが敗北した事は傍受した首輪の盗聴回線からわかっているが、その細胞の一辺足りとて見つかる事はなかった。
その上にこの津波があった以上、もはや究極生物の細胞を手に入れる事は叶わないだろう。

「ま、安心しなよ……有冨。 オマエの研究成果はボクが使ってやるからさ……」

――穴持たず2・工藤健介、羆の独覚兵・樋熊貴人、烈海皇。
彼等は『人間からヒグマへと変わった』者達である。
人間の可能性を追い求めた有冨が何故、人間をヒグマへと改造するような真似をしたのか?

答えは、簡単な話だ。
穴持たず00――ルカの計算能力。 穴持たず1――デビルの肉体変化能力。 あるいは、『人間型の悪役』を模して作られた穴持たず13・ヒグマン子爵。
これらは全て、『ある目標』へと向かって作られている。

そう。
有冨春樹の最終目標は――

「……『ヒグマを人間に変える研究』をね」

モニターに、一人の少女の姿が写る。
桃色の髪を白と黒のクマの髪留めでツインテールにした、衆目秀麗な女子高生。
その姿を知る者は、彼女をこう呼んだ。
『超高校級のギャル』――江ノ島盾子。
そして、もう一つの異名を知る者は、彼女を畏怖――あるいは、敵意を込めてこう呼ぶ。
――『超高校級の絶望』。

正確には、彼女は江ノ島盾子本人ではない。
ある人物が彼女を模してプログラミングし――『超高校級のプログラマー』の成果を乗っ取った、アルターエゴ(もう一人の自分)。
現世に肉体を持たぬ彼女だったからこそ、有冨の研究に協力し――最悪の、彼女にとっては最高のタイミングでひっくり返した。

――だってさ。 ヒグマに人類が乗っ取られるって、絶望的じゃない?

理由がないから対策もできない。 理由がないから理解もできない。
理解も対策もできない理不尽さ――それが超高校級の絶望。


「……そういや、ヒグマ提督は艦これ楽しんでるかな?
 是非満喫してもらいたいよねぇ……ハッキングされるまではさ」

ハッキングに備えてメインサーバーへの回線を準備しながら、モノクマはそう呟いた。


【??? ヒグマ帝国/午前】

【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:『絶望』
1:前期ナンバーの穴持たずを抹殺し、『ヒグマが人間になる研究』を完成させ新たな肉体を作り上げる。
2:ハッキングが起きた場合、混乱に乗じてヒグマ帝国の命令権を乗っ取る。
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1〜14までです。
※江ノ島アルターエゴ@ダンガンロンパが複数のモノクマを操っています。 現在繋がっているネット回線には江ノ島アルターエゴが常駐しています。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。
※ヒグマ帝国の更に地下に、モノクマが用意したネット環境を切ったサーバーとシリンダーが設置されています。 サーバー内にはSTUDYの研究成果などが入っています。


532 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:39:20 U6FwAHCQ0
投下終了です。


533 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:46:09 Kh8fKif.0
投下乙

しぶとく生き残ってた穴持たず4もついにやられたか…
一桁台のヒグマあと何匹ぐらい残ってるんだろ
ヒグマが人間になる薬とか善悪問わず色々と使い道がありそうだな
そろそろヒグマロワも終盤が見えてきたかな?


534 : 名無しさん :2014/04/25(金) 01:59:33 QZm6t3HM0
投下乙
穴持たず4、負けっぱなしだったけどその生き様は格好良かったぞ
彼の死は同時に野生の時代の終わりでもあるのかな…
そしてモノクマが居るということはやっぱ出てくるよね盾子ちゃん
シーナーさんとは別に動く黒幕の出現で今後どうなるのか
そして知らぬ間に責任重大になっていくもこっち、超ガンガレ!


535 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/04/26(土) 03:44:42 hJTnCPcw0
投下お疲れ様です〜
黒幕さんの登場に絶望の色濃くなるヒグマ帝国。
ヒグマを人間にする……うーんヒグマ達の心境やいかに。
もこっちも言峰さんも頑張れ……。

そして今の予約分を延長させていただきます。


536 : ◆Dme3n.ES16 :2014/04/27(日) 15:49:03 ybKQXvTg0
クリストファー・ロビン、もこっち、グリズリーマザー、ヒグマ提督、天津風、金剛、シバさん、シロクマさん、司馬深雪で予約


537 : ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:42:49 r0tmYg/I0
投下お疲れ様です!

穴持たず4、格好良かったよ……!
その意気が、もっと、もっと同輩に伝わりますように……!
そして帝国の裏では江ノ島さんが暗躍ですか……。
パソコン使ってる勢であるキング、提督、初春、フォックスあたりの動向も気になるところですね。
深まってくる考察と、帝国の実体はどうなっていくのか、楽しみです。

それでは自分も、予約していた分を投下します。


538 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:44:23 r0tmYg/I0

 自分、皇魁准尉は、かつてルワンダ難民救援隊の一員としてザイールのゴマを訪れていた。
 指揮官に第二師団の神本光伸一佐を据えた、国内初のPKO法に基づく派遣であった。

 総員260名の、各師団の混成部隊である。
 部隊の編成から派遣までの準備期間は一か月もなく、互いに見知らぬ各部隊間の連携をとるのには多大なる苦労があった。
 況や指揮官においての状況は推して知るべきである。


 また、現地での環境も相当に劣悪なものであった。
 宿営地に於いては盗難が頻発し、夜間に銃声の聞こえぬ日はなかった。
 直径90センチメートルの蛇腹鉄条網は、現地人にとってはサボテンの棘ほどのものでしかないようだった。

 部隊に支給された武器は、幹部に拳銃、曹士に小銃。
 そしてわずかに、一挺の機関銃のみであった。それでもこれら武装の携行には国内で大いに揉めたらしい。
 47名の警備隊が編成されたものの、その他隊員の多くは丸腰であり、しかもこれらの武器使用は、隊員の正当防衛に限られていた。
 装備品の防衛などに、これら武装を行使することはできなかった。

 治療隊に用意された設備も、診断と投薬を行う程度の一次医療を想定したものに留まっていた。
 ゴマ総合病院の資材を流用しても、手術用のベッドや医療器材の不足は如何ともしがたく、一件一件の処置をHIV感染の危険と隣り合わせで行なっていた。

 死者の出ることが予期される環境下であっても、死体袋(ボディバッグ)の用意さえなかった。
 難民の墓穴は既に数千人の死体が鯖の押し鮨のようにぎっちりと押し詰められ、銀バエと死臭に覆いつくされていた。

 現地入りしていたNGOは、我々自衛隊による治安の維持と保護を期待してやまなかった。
 しかし、法律はそれを許さなかった。
 自衛隊の職務には、治安維持も、NGOの保護も、そのような活動は規定されていなかった。


「……なんでやろなぁ。皇はん、うちら、難民を支援しにきとるはずなのに、なんでルワンダ難民から目の敵にされとるんやろ……」


 宿営地である夜、自分にそう漏らしたのは、同僚の葉沼巴であった。
 現在、彼女は自分とともに死者部隊(ゾンビスト)に所属し、“申”の独覚兵、マコラとして活動している。
 夜間に平気で男性自衛官である自分の元に愚痴をこぼしにくる点からもわかる通り、豪胆かつ繊細な、少女らしい自衛官であった。

 ルワンダ難民は、ツチ族とフツ族の民族抗争のさなか、ルワンダ政府を陥落させたツチ族を恐れて隣国ザイールに流入した、多数のフツ族によって構成されていた。
 我々は極力中立の立場を維持して活動しているつもりであったが、日本政府は、ツチ族によるルワンダの新政府を承認していた。
 そのため、フツ族の難民の一部からは、むしろ日本の自衛隊はツチ族の味方なのではないかという嫌疑をかけられていた。
 彼女はその日、支援に当たっていた難民たちから直接、その言葉をぶつけられたものらしい。


「……人間同士が理解し合うことは、同じ文化を持つ彼らの中でも困難なことなのだと思われます。
 文化の異なる我々と彼らとの間では、なおのことその相互理解は難しいのでしょう」
「なんで皇はんはそない平然としてられるんや! 着実に成果は上げとるとはいえ、こないに思われてたらうちら自衛隊の立つ瀬ないで!?」
「葉沼。任務と感情は切り離すべきであると思われます。彼らの苦悩は推察されますが、我々はここのインフラ整備と難民の支援を続ける他ありません」
「うっわ、勤勉なジャポネのお手本やわ、皇はんは……」


 呆れた顔で葉沼が関西人らしい大仰なジェスチュアをした時、そう遠くないところから複数の銃声が聞こえた。
 時刻は午後9時になろうかというところだった。
 天幕から顔を出してその音を確認した時、激しく連続する銃声とともに、頭上を赤い火の玉が尾を引きながら通過して行った。
 その火の玉の数を数えるに、優に十数発が空を飛んでいる。


「曳光弾……!」
「宿営地の国境側で撃っとるみたいやな……。曳光弾は3〜5発に一回混ぜるから……、もう50発以上の弾丸が飛び交っとるってことやで!」


539 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:45:06 r0tmYg/I0


 葉沼は即座に、防弾チョッキと鉄帽を手に、出入り口に向けて駆け出していた。
 慌てて自分は、彼女を制しようとした。

「何をするつもりでありますか! 危険であります、葉沼!」
「交戦地点は近いで! 住民が撃たれとるのかも知れへんやろ! 避難させたるんや!」
「指揮官殿の指示を待つべきであります! お待ち下さい!」
「うちに追いついたら待ったるわ!」

 一面に墨を塗布したようなザイールの暗闇を、彼女は脱兎の如く走り去っていく。
 追いかける自分の背後で、「退避! 総員コンテナの陰に隠れろぉ!!」と叫ぶ幕僚の声がしていた。
 自分は逡巡した。
 そして一度だけ振り向いて、闇の中の葉沼を追った。


 彼女は、意外にもすぐに見つかった。
 自力で逃げ出してきた2人の現地住民を発見し、保護していたのだ。

「近くに住んどるザイール人や。こん人たちのとこにザイール兵がバナナを奪おうと踏み込んできて、制止したら発砲されたらしいで。
 どうもこの戦闘、その発砲を引き金にしてルワンダ軍とザイール軍の銃撃戦に発展したみたいや。
 シリアスにアホ臭くて敵わんわ!」

 2人のうちひとりは、左の大腿部に大きな貫通銃創があり、闇の中にピチャピチャと水音を立てている。一見して重傷であった。
 宿営地の警備幹部に彼らを渡して、即座に治療部隊の野外手術システムに運び込んでもらうべきであろう。
 そう考えて彼らを送り始めた時、葉沼は今一度夜の中に走り出していた。

「葉沼! 早急に帰還すべきです!」
「アホタレ! こん人たちだけやないでぇ!」

 彼女は更に住民を避難誘導するつもりであるらしかった。
 銃声は未だ間欠的に飛び交い、その発生地点を宿営地の北方から徐々に南方へと移していた。
 戦闘が、どちらかの優勢にて続行しているのだ。一方の勢力が敗走しかかっているのかも知れない。

 自分は歯噛みして、彼らに宿営地の方向だけ教え、彼女の後を追った。
 作戦行動からの逸脱もいいところである。
 しかし確かに、命の危険を押してでも、人命救助たるものはこうして遂行されねばならないのではないかという疑問も、自分の中には生じていた。


 そして訪れた戦闘の現場は、血臭に埋められていた。
 空港の滑走路を横断する道路の端々から、呻き声と銃声がこだましてくる。
 目を細めて見回してみれば、胸を撃たれた者、腹を撃たれた者、頭部を撃ち抜かれ即死した者。
 兵士とも住民ともつかない人の形をしたなにかが、そこここに散乱していた。


「あっ、皇はん! あっこや! 子供が一人で逃げてはる!」


 言葉もなく立ち尽くしていた自分に、葉沼はそう叫んで前方を指さしていた。
 親とはぐれたのか、そこにはせいぜい4〜5才かと思われる現地人の幼女が、泣き叫びながら歩いていた。
 葉沼は、彼女へ向けて、手を広げながら駆け寄っていた。


「もう大丈夫やで! お姉さんとこおいで!」


 自分の背中を、スコールのように汗が流れていた。
 息が荒くなる。
 えも言われぬ不安感が、自分の脳内を埋め尽くしていた。

 ――駄目だ。葉沼、近寄ってはいけない。

 なぜか、自分の脳はそんな思考を発火させていた。
 開いた瞳孔の奥にふと、小銃の銃口の閃きが映る。
 そこには、泣き叫ぶ子供と葉沼とに向けて銃を構える、兵士の姿があった。


 ――暗闇の中で、大きな音声は最大の的になる――。


「葉沼ぁあああああああああああ――!!」


 弾丸のように、自分は走っていた。
 ステップを踏み、左後方の外側から、葉沼の腰を掠め取るように確保して、右へ跳んでいた。
 わずか一瞬の後に、さっきまで葉沼がいた空間は、数発の銃弾によって貫かれていた。
 葉沼を確保したまま瓦礫の陰に転がり込んで、息を潜める。

「あっ、あっ、ああっ……!?」

 突然の事態に混乱する葉沼の口を塞ぐ。
 呻きながらもがく葉沼の視線の先に、地に倒れた幼女の姿があった。
 彼女はもうピクリとも動かず、ただその体からは黒い地面に、静かに液体が広がってゆくだけであった。

 葉沼の歯が、自分の掌に激しく噛みついていた。
 その目からは涙が溢れてきている。
 自分は、葉沼を諭すように声を潜め、笛のように囁いていた。


「任務と感情とは、切り離すべきで、あります。葉沼。帰還、いたしましょう――」


 言いながら、自分の眼からも、溶岩のような熱さを持った液体が流れ、頬を伝っていた。


540 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:45:57 r0tmYg/I0


 ――ああ。
 もっと自分が速ければ、葉沼とともにあの幼女も、助けられたかも知れない。
 もっと自分が冷静であれば、より早く、行動を決断できたかも知れない。
 痛みや恐怖や感情に流されることなく、ただただ状況を正確に理解し、最善の行動を導き出すプログラムとなっていれば、任務を遂行しながらより多くの命を、救えたかも知れない。
 荒野でも。
 摩天楼でも。
 どんな環境下でも。
 迅速に決断し、冷徹に遂行し、即座に反応し、瞬息に行動できる力さえ自分にあったならば――。


 それこそ、皇魁である自分が、アニラという名の自分に抱いた願いだったのだろうと、今となってはそう思われる。
 そこには何の後悔も、疑念もない。
 アフリカの地にて、自分の背骨の奥から沸き上がったその願いこそ、恐らくは自分の原点たるものなのであろうから。
 もしかすると、後悔という感情さえも、今の自分からは、切り離されているのかも知れなかった。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 私の指先に、月が回る。

 会陰。
 脾臓。
 臍。
 心臓。
 咽喉。
 眉間。
 頭頂。

 背骨に沿ってゆっくりと月を上げ、そして下ろす。
 精確に精確に、綺麗な螺旋を描くようにして、『私だけの現実』に月を回す。
 練り上げられてゆく蛇のとぐろのような炎を腕に這わせ、指の先から細く細く紡ぎ出した。


「……最小範囲でっ……、『第四波動』!」


 肉の焦げる音と臭い。
 私の指の上からはどばどばと大量の消毒液が掛けられ、その熱の伝播が防がれる。


「ぐうううう……!! ぎいいいいいい……!!」
「ウィルソンさん! 頑張って! 耐えて下さい!」


 私が第四波動で焼いているのは、ウィルソンさんの手首と脚の傷口だった。
 初春と北岡さんが、浴衣をお仕着せた彼のもがきを必死に押さえている。
 その上から、傷口に向けて、皇さんが惜しげもなくボトルの消毒液を流し続けていた。

「す、皇さん! 大きな血管は全部止めたわ。これでいいのよね!?」
「出血点は全て焼灼願います。市販の消毒液には鎮痛薬が含まれておりますので、逡巡なさらぬよう」
「……っ、見てらんないねぇ……」

 こぼれる消毒液と血液を、下に敷いたペットシーツに吸わせながら、皇さんは淡々と言う。
 黒いスーツ姿の北岡さんが、それでも呼吸の荒いウィルソンさんを一瞥して、苦々しい顔で眼を逸らした。


 ここは百貨店の6階。私たちが物資を運び込んでいたレストラン街だ。
 赤黒いヒグマを倒した後、私たちは凍った津波の上を百貨店まで戻ってきていた。
 皇さんは浸水していない3階の窓ガラスを北岡さんと一緒に叩き割ってフロアに上がり、右手と左膝下をなくしたウィルソンさんの手当てのために、てきぱきと用意をしていた。


 皇さんは、この場で医療行為を始めるつもりらしかった。曰く、ザイールでの難民救援の時よりかは格段に良好な環境であるとのこと。
 私たちは、この百貨店に残っていた物品で、なんとか彼の手当てを始めたのだ。


 まず、ほとんど裸だった彼に、北岡さんが洋服売場の男物の浴衣を合わせた。
 その間に、私が家具売場からホットカーペットを持ってきて彼をそこに寝かせた。
 確保してた食料品の中から初春がスポーツドリンクやジュースを探し出し、皇さんは消毒液だの包帯だのペットシーツだのを見繕ってきていた。

 そして処置の要になったのは、私の『第四波動』だ。
 皇さんは、私のこの能力で生み出される熱を、電気メスのように使って、ウィルソンさんの傷口の出血を止めろという無茶振りを平然と言い渡してきたのだった。

『はぁ!? そんな使い方、できるわけないじゃない!?』
『初春女史の着衣を遠方から跳ね上げる操作性があるのならば、十分に可能であると見受けられました』
『ぎゃあああ!? あんたそこ見てたの!? あれは、あれは私と初春だから許されるものであって男の人が見て良いもんじゃないのよ!?』
『佐天さんでも良くないです!!』

 そんな会話のあと、二の足を踏む私の背中を押したのは、初春だった。
 スカートのことは置いといて、と前置きした後、初春はこう言った。


541 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:46:32 r0tmYg/I0

『佐天さんは、ここに来てようやく、「自分だけの現実」を見つけられたんです。
 佐天さんは今まで、ずーっと努力してきたんじゃないですか。そこに、自分の才能を見つけられた。
 きっと佐天さんが思ってるより、簡単なことですよ。
 いつもの佐天さんらしさを、もっともっと出せば良いだけだと思います。
 おにぎり握りながら、エカテリーナ二世号改の操縦、覚えちゃったじゃないですか』


 語る同志の耳打ちは、私の惑いをかき消していた。
 そう。
 私には、彼方の地で待つもう一人のサテンさんがいる。
 私たちの帰りを待っている、御坂さんや白井さんがいる。
 私が憧れていた超能力の境地。
 その高みで待っている仲間が、そこにいる。

 超能力に目覚めても、レベル0のままでも、私は私。
 私だけの歪みを、せめて美しく、私らしく磨いて行けばいい。
 きっとそれが、私に授けられたその地への道なんだ。


「熱吸収、かーらーのー……」


 右手を浸けていた洗面器の水面や、傍にあったジュースのパックが結氷していく。
 洗面器から濡れタオルを取り、適度に溶かして絞りながら、ウィルソンさんの頭に乗せる。
 右腕から上ってくる炎の蛇を、心臓に回して、左手へ向けて流した。

 細密な範囲に熱を集中させるのは、大火力の熱を扱うよりも格段に難しかった。
 少しでも呼吸が乱れれば、増幅した熱がすぐに体の他の部位へ散逸してしまう。
 呼吸を、血流を、月を、体内の現実に明確に演算して回さなければならない。
 しかしその分、少量の熱でも一点集中させることで途轍もない温度に高めることが可能だった。
 初春の助けがなくても、集中さえできれば炎が起こせる。
 それがわかったことだけでも、大きな収穫だった気がする。

 なんてことはない。
 コツさえわかって落ち着けば、後はとても簡単だった。


「最小範囲『第四波動』!!」


 細く吐息を伸ばしながら、私はその指先に赤熱を灯した。
 滲み出す血を悉く灼き止めて、ウィルソンさんの手首と膝下の切断面は、わずかに覗く黄色い皮下脂肪の他は一面真っ黒に炭化していた。
 皇さんがそれを消毒液で洗い流し、出血のないのを確認した後、新しいペットシーツで覆って輪ゴムで止める。
 上から包帯を巻いて、治療は完了していた。


「で、できた……」
「ウィルソンさん、気分悪くないですか? 水分摂れますか?」

 一気に緊張が解けてへたり込む私に代って、今度は初春が甲斐甲斐しく動き始めていた。
 ウィルソンさんの背中にクッションをあてがって起こしてあげながら、半分に薄めたスポーツドリンクを吸い飲みに入れて彼に勧めている。

「ああ……。ありがとう、佐天くん、初春くん。必ずや、謝礼を尽くそう……」
「まずはウィルソンさん自身が治らないと。無理なさらないで下さい」

 朦朧としながらも、ウィルソンさんはただただ私たちに感謝ばかりを述べていた。
 いたたまれなくなる。
 血は止めたとはいえ、彼の顔は血の気が失せて真っ白だ。
 皇さんが早くも、道具を片付けたついでに毛布を探し出してきてホットカーペットとともに彼の体をサンドしているが、彼の体温は依然として冷たいままだ。
 ウィルソンさん自身、少しずつでも初春の吸い飲みに口をつけて、自分の体液を冷静に補充しようと試みているが、正直、ここから持ち直せるかどうかは微妙かもしれない。

 その時、私たちに向けて皇さんが、初めにウィルソンさんの血を拭き取った4つ折りガーゼの束を舐めながら口を開いていた。


「出血量は、傷口の状態から見て1リットル内外で済んだものと見受けられます。
 また、フィリップス氏の内分泌は正常な反応を維持しており、適切な対処をすれば回復に向かうものと考えられます」
「本当? 治るのね? なら良かったわ……」
「そんなことも解るんですね、皇さん。ありがとうございます」


 私と初春の不安げな表情を見かねて、安心させようとしてくれたものらしい。
 医学の知識もない、ただの中学生である自分たちにここまでのことができたのは、間違いなく皇さんの的確な指示のおかげだった。
 彼の迷いない指摘には安心感がある。

 二人して顔を見合わせて笑うが、その横を、ふと立ち上がった北岡さんが通って行った。


542 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:47:10 r0tmYg/I0

「おい……。あんた、スメラギとか言ったか」


 皇さんはその声に爬虫類のような眼を振り向ける。
 北岡さんは彼を睨んで、言葉を続けた。

「なんでこんな野蛮な治療でウィルソンさんが助かると言い切れるんだ。
 お嬢さんたちを酷使して、ウィルソンさん自体にもこんな苦痛を与えて。
 病院があるんだろう、この島には。そこに向かった方がマシだったんじゃないのか?」

 確かに、初春が調べてくれた詳しい島の地図では、南のC−6に総合病院があるらしかった。
 しかし皇さんは、それを差し置いて、ここでの処置を優先させた。
 最低限の指示だけを出して高速で店内を移動しながら準備する彼の姿に、私たちは流されていた形にはなる。


「……佐天女史及び初春女史に、延べ1キロメートルを越す水面を凍結させていただきながらフィリップス氏を搬送し得る体力は残っていないものと判断いたしました。
 また、搬送及び院内の探索にかかる時間でフィリップス氏の状態が悪化する可能性が高く、リスクの大きさは現在の選択の方がより小さいものと考えた次第であります」


 皇さんが淡々と答えた通り、病院まではこのC−4からエリアを丸々ひとつまたぐ形になる。
 津波さえ来ていなければ、皇さんがウィルソンさんを担いで跳んでいくのに、後から私たちが走って追いつけば済むかも知れない。
 しかし水没したその距離を、体力の残っていない私たち全員が水面を凍らせながら向かうのは、確かに遠すぎるだろう。
 まずもって皇さんが慮ってくれた通り、いくら初春の力を借りても、流石にそこまで私の『第四波動』が持つ気はしない。


「なお、フィリップス氏の回復の兆候を知りうることに関しましては、我々独覚兵の感覚が通常よりも鋭敏になっているが故のものとご理解ください」
「……そこなんだよね、意味が解らないところは」


 北岡さんは、忌々しげな視線を皇さんに固定したまま、彼の全身を指さして上から下までなぞった。

「あんたは、本当に殺し合いに乗る気がないの?
 実験でそんな体になった自衛官とかいう話だが、どう見てもあんたは人間かどうかすら怪しいぞ?
 俺たちをだまくらかして皆殺しにする算段なんじゃないのか?」


 皇さんの真っ黒な鱗。
 竜かトカゲのような鋭い牙と目元。
 恐竜のような爪。
 長い尻尾に皮膜の翅。
 たてがみのように伸びた薄い金髪。

 どれを見ても皇さんは、一見して人間には見えないパーツの集合体だった。
 恥ずかしながら私だって、初春の無事を知るまでは、ずっと皇さんを化け物か何かだと思っていた訳だし。北岡さんの疑念はわからなくもない。

 彼のスーツの腰には太いベルトが出現しており、手には緑色のケースが握られている。
 いつでも戦闘できる体勢というわけだ。
 その姿に対して、皇さんはただ、静かに北岡さんの言葉を聞いているだけだった。
 口を挟む時間を与えず、北岡さんは更に言葉を繋ぐ。


「ご親切にも、あんたは自分から食人欲求があると供述してくれちゃった訳だしね。
 他人の苦痛を無視して、自分の有罪を是認してるようなヤツを信用できるわけがないだろう。
 このお嬢さんたちだって、あんたが恐ろしいから従ってるだけだ」
「ちょっ……! 北岡さん、そんな……」
「あんたが本当に他人を助けようとしてるんなら、他人の信用を失うようなその容姿じゃさっさと何処かに去るべきなんだよ。
 一般人の気持ちも痛みも理解できないで、他人と同行しようなんて、甘いことしてんじゃないよ!」


 北岡さんは、私の言葉を掻き消すように一気に捲し立てていた。
 皇さんはただ黙って、その怒声に耳を傾けていた。


   ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


543 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:48:32 r0tmYg/I0


 北岡秀一のカードデッキが、洗面器の水面に映っている。
 ベルトの巻かれているスーツは、真新しいものだ。
 ウィルソン上院議員の浴衣を探しながら、彼は仮面ライダーゾルダの変身を解いて、血糊のついたスーツを売場にあった別のものに着替えていたのだった。
 傍から見て、北岡の佇まいに怪しいところは見受けられない。


 正義の弁護士が、ヒーローとして怪物に立ち向かおうとしている構図に見えるはずだった。


 目の前に立つアニラに対して、北岡には十分対応できる自信があった。
 マグナバイザーを召喚と同時に抜き撃つ用意はできている。
 その上北岡には、アニラが自分に対して攻撃などせず、そもそも殺し合いにも乗ってはいないだろうという確信もあった。
 本当に皆殺しにするつもりならば、わざわざヒグマと津波の中から自分たちを助けようとはしない。
 そして、彼の身体能力なら、いつでもこの場にいる人間を瞬殺し得たからだ。


 彼はなぜアニラに向けそんな啖呵を切ったのか。
 それは一言で言えば、アニラが『邪魔』だったからに他ならない。


 アニラの判断が最善手だったかはさておき、ここにいる面々は大筋でその判断に従っている。
 確かに彼は相当の知識や技術を有しており、そこだけ見れば北岡にとっても有用な人材だ。
 しかし、その容姿はどう見ても人間のものには思えない。
 まずもって他の参加者は敵愾心と恐怖心を抱くであろう。
 その上、質問すれば彼はバカ正直に、自分が人喰いであることまで喋る。
 参加者の協力を取り付けるには、この上ない妨げに思われる要素だった。

 また、この状況でウィルソン・フィリップス上院議員が中途半端に助かってしまうことは、大きな損害であった。
 怪我人が死んでしまえば、以降その面倒を見る労力も資材も時間も消費しなくて済む。
 しかし、片手と片足を失った明らかな足手まといが助かったところで、今後ヒグマに立ち向かうにつけて役に立つとは、北岡には全く思えなかった。
 そのくせ、その看護や世話には、現在の状況と同じく、二人かそれ以上の人間の力が割かれることになる。

 以上の二点は、利益よりも明らかにリスクの方が極端に大きい。
 そう判断して、北岡はアニラとウィルソン議員を排斥することにしたのだった。


 佐天と初春という二人の少女にしても、こんな竜人に同行している理由は、恐怖以外にないだろう――。


 従わなければ殺されるかもしれない。そんな思いが内心にあったのだろうと、そう北岡は考えていた。

 北岡の予測では、ここでまず間違いなくアニラは引き下がる。
 アニラはアニラで、単身で十分ヒグマと渡り合える能力を持っているのだから、一人で勝手に戦ってもらえばいい。
 そして、内心の恐怖が解かれた少女二人は自分に感謝するだろう。
 ウィルソン上院議員は衰弱して死に、その死を悼みながら自分は彼女たちを慰め、スーパー弁護士の仮面ライダーとして彼女たちを率いて仲間を増やしていくのだ。


 そんな画策を胸に、北岡秀一は黒い竜と対峙する。
 アニラは半透明の瞬膜で、一度瞬きをしていた。


「――この容姿となり、自分は以前着用していた衣服の一切を処分することとなりました」

 か細い笛のような声で、アニラは鳴いた。

「同僚と飲食店に立ち入ることはできなくなりました」

 縦に切れた爬虫類のような瞳孔の上に、何度も瞬膜がかかった。

「自分の形態及び行動変化の異常性は、十分に理解している所存でありました」

 笛の音は、その管内に唾が詰まってしまったかのように途切れ途切れになっていた。


「――しかしながら、自分の痛覚は、通常の生物のものと全く異なるものに変容しております。
 痛みは、自分にとって単なる電気信号としか捉えられなくなりました。
 全ての感覚は全くの客観的情報として、自分が未だ人間の容姿であった際に抱いていた恐怖や怒り、憎しみといった感情とは、結びつかないものとなっております」


 抑揚もなく、表情の変化もなく、しかし訥々と竜は語り続けた。


544 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:48:59 r0tmYg/I0

「これは恐らく、自分自身が独覚ウイルスに望んだ効果なのであります。自分の根底から、自分はこの容姿と能力を得ました。
 そのため、自分の思考いたします恐怖が、その他の方々の認識とは大きく異なっていることは当然想定されます。
 北岡氏には、その点をご指摘いただいたことを感謝いたします」

 アニラは、目の前で構える北岡へそのうなじを差し出すかのように、深々とその頭を垂れていた。
 そしてゆっくりと首をもたげ、もう一度口を開いた。

「……自分は疲弊いたしました。
 自分はこの地において無闇に参加者を殺傷する所存はありません。しかしながら、皆様が自分を信用できず、役に立たないと認識されるのであれば、どうぞお捨て置き下さい。
 皆様の目の届かぬ処にて就寝いたします」


 アニラはそう言葉を切ると、佐天涙子が脇に置いていたジュースのパックを取り上げた。
 傍のテーブルに4枚の皿を並べ、その上に、その1リットル紙パックを左手で摘んで掲げる。

 サクッ、サクッ、サクッ、サクッ。
 右手の手刀が、その紙パックを2往復した。

 『第四波動』の熱吸収で凍結していたオレンジジュースが、豆腐のような四角柱となって、切断された紙パックとともに皿の上に綺麗に落ちた。
 アニラは紙パックを凍ったジュースから外し、その山吹色のシャーベットの姿を露わにする。
 摘んでいたパック上端の氷を舌の上に落として咀嚼しながら、彼は皿の一つ一つにスプーンを置いた。


「――お嫌でなければ、皆様の疲労回復の一助になさって下さい」


 ジュースの紙パックを小さな球に丸めながら、アニラは振り返ることなく、厨房の奥に立ち去っていった。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 立ち去るアニラの背がレストラン街の奥に見えなくなってから、北岡秀一は満面の笑みを浮かべて振り返った。

「――さあお嬢さんたち。もう怖がる必要は……」

 彼に返って来たのは、女子二人の剣呑な視線だった。

 笑みを覆っていた余裕が一瞬でめくれ返る程の鋭さと硬さを持った眼力に、思わず北岡はその台詞を中途で止めざるを得なかった。
 まず初春が視線を落とし、立ち上がりながら北岡に向けて言う。


「北岡さん。あなたは私たち以上に皇さんを知らないので、皇さんを怖がるのは当然だと思いますが、いくらなんでも、あれは言い過ぎだと思いますよ」

 アニラが置いていったオレンジシャーベットの皿を両手に運びながら、彼女はもう一言付け加えた。


「あんな親切な人にそこまで恐怖するなんて、随分腰抜けなんですね」


 そして初春は、皿の一つからシャーベットを掬って、朦朧としたウィルソン議員に「食べられますか?」などと優しく問いかけ始めていた。

 北岡は状況の意味が理解できなかった。
 ただただ、呆然とした顔を晒している彼へ、ずっと半眼の視線をぶつけていた佐天が口を開く。


「あんた、後で皇さんに謝りなさいよ。私以上に失礼なこと言ってんだから。
 じゃなかったら、私たちといても邪魔だから別のとこ行った方が良いわよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! あんたたち、あの男が恐ろしいから仕方なく従っていたんじゃないのか!?
 俺は、その恐怖を拭ってやろうと思って……」


 佐天の低い言葉に、北岡は慌てる。
 その様子に、佐天は思わず吹き出していた。

「アッハッハ……。あんた、ヒグマから助けてもらっておいてどうしてそんなこと思えるわけ?
 人喰いの獣人なんかよりよっぽど恐ろしいものを目の当たりにしてるのにさぁ……」


545 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:49:55 r0tmYg/I0

 ――あとねぇ。


 佐天は床からふらりと立ち上がり、訳の分からぬまま立ちすくむ北岡の両手を握った。


「この島で人殺しをした経験のある人が、このフロアには一人いるのよ。誰だと思う?」
「……そ、そりゃあ、あのスメラギってやつじゃあ……」
「残念。私でした」


 にっこりと微笑んで、佐天は北岡に向けて小首を傾げる。

「北岡さんって弁護士なのよね。日頃から凶悪殺人犯の見すぎで、人一人殺したくらいじゃわかんなくなってるのかしら?
 当然、皇さんは元々自衛隊の人だし、人喰いに改造されちゃったから何人も戦争で殺してるのかもしれないけど。
 それはあの人の仕事だから。ある意味しょうがないことよ、たぶん」

 佐天は、細めていた眼を開く。
 彼女に掴まれている北岡の手首は、次第に左が冷たく、右が熱く感じられるようになってきていた。

「……なにより、この場にいる全員が、全員を簡単に殺せるんだから。
 北岡さんにはなんか大きな銃があるし。
 皇さんはあの鉤爪で蹴れば良いだけだし。
 初春もウィルソンさんもナイフを持ってるし。
 私だって、あなたの体半分フリーズドライにして、もう半分をミディアムレアに焼いてあげることくらい簡単なのよ?」

 北岡のこめかみを冷や汗が伝う。
 左半身は震えるほど寒く、右半身は燃えるように暑かった。
 掴んでいる佐天の手を振り払おうとしたが、力が入らなかった。

「怖がる意味なんてないわ。重要なのは、そうであってもお互いが助け合っていられる事実よ。
 だから、わざわざその助け合いを壊すような言葉、金輪際言わないでくれる?」


 それだけ言って、佐天は北岡の腕を離した。
 溶けちゃうから早くあんたも食べなさいよ。
 と呟きながら、彼女はアニラの残していったシャーベットの皿を取って、初春とウィルソン議員の元に座り込んでいた。


「あれ!? すごい美味しいんじゃない、これ!? ジュース凍らせるだけでこんなになるの?」
「皇さん、消毒液扱いながら尻尾でこまめに振ってましたから。いい具合に氷の結晶が散って口当たりがなめらかになってるんですね」
「『第四波動クッキング』ね……。帰ったらレパートリー増やそうかしら」
「うむ……、旨い。彼にも、後で謝礼を尽くすと伝えておいてくれ……」


 膝崩れになった北岡を放っておいて、3人はシャーベットを口に運んでいる。


 理解不能だった。
 一体、彼女たちとあの竜人の間に、何があればそれほどの信頼が築かれるというのか。
 あの容姿と愚直さからは想像しがたいことであるが、皇魁という自衛官に、容姿のディスアドバンテージを補って余りあるコミニュケーション能力があるのなら、自分の画策していた行動案は全くの裏目であったということになる。

 外部に敵を想定することで、味方の結束を強めるという手口は、古来から戦術の常套手段であった。
 しかし今回、北岡はその仮想敵の設定を完璧に間違ってしまっていたことになる。

 本来の参加者の敵は、明らかに敵対者であるヒグマ、もといこの殺し合いの主催者であり、参加者同士ではない。
 参加者同士で足を引っ張り合っていたら、戦えるものも戦えない。況や、士気や統制を乱すような言動は御法度なのだ。
 負傷者が出たときにそれを見捨てるのも、味方の間に戦いへの恐怖と不信感が蔓延する原因になる。
 例え足手まといにしかならずとも、状況に余裕があれば極力彼らを助けることが士気の向上にも繋がるのだ。
 佐天涙子、初春飾利の両名は、北岡以上にその重要性を理解していたということになるだろう。


546 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:50:59 r0tmYg/I0

 自分が彼女たちを率いるつもりが、すっかり団体内の立場が下がっていることに気づいて、北岡は愕然とした。
 むしろ津波の上に蹴り出されたり殺されたりしなかっただけ、だいぶマシかもしれない。


「……ただ、北岡くんの言っていることは、大方では正しいよ。アニラくんを恐れない、わしやお嬢さんたちの方が、珍しいだろう」


 呆然とする北岡の背中に、ふとウィルソン議員の声がかかっていた。
 紙のような白い顔で呟く彼は、隣にいる佐天と初春にも言い聞かせるように言葉を繋ぐ。


「……アニラくんは恐らく、『鬼骨』を回してしまったのだ。だが、それでも、わしらと同じ人間であり、人間であろうとしていることには、変わりない。
 彼が人々に受け入れられづらいのなら、それを排斥するのではなく、認めてもらえるよう、後援しようじゃないか」


 彼は北岡に言い聞かせるように、毛布の上に身を起していた。


「北岡くんも弁護士なら解るだろう。裁判には、より多くの証拠を集めねば勝つことができない。
 わしら議員も、選挙には、より多くの票を集めねば勝つことはできない。
 人と情けは味方、仇と恨みは敵なのだ……」


 その言葉は、北岡に対して敵愾心を抱いた佐天と初春に対しても刺さるものだった。


「謝る必要はない。だがせめて、アニラくんを温かく迎えてやってくれ」
「……随分甘い考えに聞こえるが……、有り難く拝聴しておきます……」


 ウィルソン議員の切実な眼差しに、北岡は口の端を引き結びながら溜息をつく。
 彼は立ち上がって暫くした後、シャーベットの皿を手に、アニラの後を追ってフロアの奥に消えた。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「……ッハァ――」
「ウィルソンさん!?」


 北岡秀一の背中が見えなくなった後、ウィルソン・フィリップス上院議員はどっと仰向けに倒れていた。
 荒い息をつく喉元に、ぷつぷつと冷や汗が浮かんでいる。
 初春と佐天が慌てて彼の体を支えていた。


547 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:51:37 r0tmYg/I0

「無理しないでよ本当に!! 私たちが頑張った意味がなくなっちゃうじゃない!!」
「ははは……。気力だけでは、威厳を保つのも、難しいな……。わしも、『波紋』の一つくらい、回せれば良いのだが……」
「……ハモン、ですか?」

 初春が、ウィルソンの呟きの端を耳に留めた。
 先程、彼がアニラを評して言った『鬼骨』という単語も、聞きなれないものである。
 ウィルソンは、吸い飲みのドリンクを3口ほどたっぷり飲み込んだ後、ゆっくりと口を開き始めた。


「……いや、な。佐天くんと言ったか。君の技術を見ているうちに、昔イタリアで体験した記憶が蘇って来たんだよ。
 君は、その技術を、どうやって使っているんだ……?」
「え……? 『第四波動』の? と言われても、パーソナルリアリティの話になるからなぁ……」
「イメージだけでもいい。教えて欲しい」


 意識をふらつかせながらも、ウィルソンの表情は真剣だった。
 彼がレスリング部のキャプテンを務めていた時分の漢気が、周囲の女子二人にも伝わってくるようだった。
 佐天涙子は、その眼差しに導かれるように、その指先を顔の前でくるくると回した。


「月を――、回すんです」


 訥々としたその口調に、初春とウィルソンの意識が引き込まれていく。

「体の細胞一つ一つに、月のような、真っ白い炎の輪のようなものがイメージできるんです。
 歪んだその輪っかを、周囲の世界から熱を引き込むことによって回し、どんどん大きく、速く、綺麗にしていきます。
 それを、体の中心を通して螺旋みたいにぐるぐる回して――。
 練り上げた炎を、一気に腕や手の先から噴き出させる。……みたいな感じ、かな?」


 余りに集中して聞き入ってくる二人の視線に、佐天は気恥ずかしくなって照れ笑いを見せた。
 小首を傾げて頭を掻き、冗談めかして腕を広げてみる。
 しかし、初春もウィルソンも、その興味深い眼差しは崩さなかった。
 特にウィルソンは何度も頷いて、感慨深げに嘆息している。


「……それ、つい昨日までレベル0だったってことが信じられないくらいの正確なイメージじゃないですか?
 やっぱり佐天さんセンスあるんですよ」
「うむ……、よく似ている。『波紋』に。その呼吸が出来れば、佐天くんの役にたつかも知れない。わしの怪我も……治せるかも、知れん」


 体の奥深くから記憶を持ち上げてくるかのように、ウィルソン・フィリップスは深い呼吸とともに語り始める。
 オレンジシャーベットの芳香が、その口から匂い立っていった。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 ウィルソン・フィリップスが過日、イタリアの視察にヴェネツィアを訪れた時のことである。
 気分転換に郊外の散策をしていたところ、彼は階段を踏み外して転落し、足首を捻挫してしまった。
 その時、たまたま通りかかった一人の男が、不思議な力を用いて、触れただけでその傷を癒してしまったことがあった。
 触れた部分に電気の走ったような、油を注がれたような、暖かな独特の感触。
 その男は、東洋系の褐色の肌に筋肉を満たし、ナマズのような長いひげを蓄えた丈夫であった。
 身に纏う衣服こそ古く、その体毛こそ白くなっていたが、ウィルソンより少々年上にしか見えぬ若々しい容姿だった。

 男はメッシーナという名の導師(グル)であった。
 謝礼としてウィルソンが彼を晩餐に招いた時、彼はメッシーナの年齢が100歳を越えていることを聞き驚愕した。
 そしてウィルソンが、自分の傷を癒し・体をそんなにも若く保っている件の不思議な力について尋ねた時、メッシーナは暫く話すことを躊躇っていた。
 しかし終には、彼は寂しそうな顔をして訥々と語り始めた。


548 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:52:20 r0tmYg/I0


 メッシーナが用いたのは『波紋』という、東洋において『仙道』と呼ばれる技術体系の奥義であった。
 彼はその技術を修めた波紋使いとして、このヴェネツィアで次なる波紋使いの育成に従事していた。
 波紋とは生命のエネルギーであり、太陽のエネルギーと同質のものと考えられている。
 彼ら波紋使いは、その生命エネルギーを呼吸法によって取り入れ、血流に載せて全身の細胞に行き渡らせ高めることにより様々な現象を引き起こすことができた。
 曰く、細胞を活性化させていつまでも若々しい容姿と身体機能を維持することができる。
 曰く、他の生命に流し込むことで、その傷の治癒を促進させ、痛みを和らげることができる。
 曰く、強い波紋を練り高圧で叩き込むことにより、多少の岩や金属ならば容易く砕くことができる。
 曰く、吸血鬼などの陽光に弱い妖物を、このエネルギーにより折伏することができる。
 人間でさえ、強力な波紋を受ければ、直射日光で日焼けを起こすように、高圧電流でショック死するように、深刻なダメージを負うことがあるという。
 折角のイタリア来訪なのに観光もできぬ密な視察に飽き飽きしていたウィルソンにとって、この話は彼の好奇心を刺激して余りあるものだった。

 『仙道』は現在、チベットや中国、インド、日本、ここヴェネツィアなど世界各地にその分派がある。
 各地で言い伝えられている内容には多少の差があり、『波紋』という名称を用いていない派閥も多い。
 しかしその原点は一貫して、主に呼吸法により、自己および外界に溢れている生命エネルギーを取り込んで高める点にあった。

 人体には、7つの結節点があるという。
 インドのヨーガの言い方では、それを『チャクラ』と呼称し、仙道にも同様の考え方が存在する。

 王冠のチャクラ、泥丸(サハスラーラ)。
 眉間のチャクラ、印堂(アジナー)。
 咽喉のチャクラ、玉沈(ヴィシュッダ)。
 心臓のチャクラ、膻中(アナハタ)。
 臍のチャクラ、夾脊(マニプーラ)。
 脾臓のチャクラ、丹田(スワディスターナ)。
 根のチャクラ、尾閭(ムーラダーラ)。

 これらは炎の輪、または華のようにイメージされ、脊柱の中のスシュムナー管という経路に仮想配置されている。
 波紋を練る際にはまず、特殊な呼吸法により、丹田(スワディスターナ)に外界から陽気を取り入れる。
 この呼吸法だけでも通常、身につけるのには数年の歳月を要する。訓練だけでも、一秒間に10回の呼吸をする、または10分間息を吸い続け10分間吐き続ける、といったようなおよそウィルソンには不可能とも思える修行をするらしかった。
 その後、その気をいったん尾閭(ムーラダーラ)に降ろして回す。
 そこは人体で言うと会陰、または尾骶骨に相当する部位である。
 ヨーガにおいては性力(シャクティ)、神智学においては進化力(クンダリニー)と呼ばれる、『螺旋状の蛇』に喩えられる力がそこに眠っているらしい。
 波紋法では、その力で水面に波紋を起こすようにチャクラを回していく。
 普段は眠っているこの波紋のエネルギーを全身に回していく修行は、『周天の法門』、中国においては『小周天』と呼ばれている。

 1つのチャクラの力を一定とした時、7つのチャクラ全てを回した際に生み出されるエネルギーはその7乗倍となる。
 人間の眠っている能力を呼び覚ますこの波紋法で、爆発的な力を得ることができるのはここに由来していた。


『それほどのものならば、さぞや有名なことでしょう。お弟子さんは今、何人ほどいらっしゃるのですかな?』
『……生きているのは、一人だけです。その一人も今は波紋の呼吸を止め、アメリカで暮らしていると聞き及んでいます』


 興奮気味に尋ねたウィルソンに返ってきたのは、意外なほど悲しみに沈んだ、メッシーナの呟きだった。
 メッシーナはワインの酔いに任せて、往年の寂寥を慰めるかのように、つらつらとその経緯をウィルソンに語っていた。


 人体のチャクラは、この7つ意外にも、存在を疑問視されていながら、あと2つあるのではないかということが示唆されている。
 頭頂よりさらに上、虚空に存在するチャクラ。月のチャクラ『ソーマ』。
 そしてもうひとつ。
 世界各地に同様の概念が存在し、人体の7つのチャクラを合わせた全てのエネルギーよりもさらに大きなエネルギーを秘めているとされる、尾骶骨の下位のチャクラ。
 中南米においては『キッシン』。
 中国においては『鬼骨』。
 インドにおいては『アグニ』。
 生命進化の根源であり、クンダリニーが発生する根源なのではないかと考えられているチャクラがそれであった。


549 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:52:38 r0tmYg/I0

 伝説のように語り継がれてきた、この『鬼骨』を見つけ出し回すことは、一部の仙道の者にとっての夢であった。
 眉唾と考えられているこの『鬼骨』であるが、過去に2人だけ、これを回してしまった男たちが確認されている。
 一人は、老子の弟子にして仙道の祖と言われる、赤須子である。
 赤須子は40年の歳月をかけてこの鬼骨を回したという。その途端、神仙の一人であった赤須子は獣に身を変じ、数百人の村人を喰らい、ついには老子の手によって、この世から抹殺されたという。

 そしてもう一人は、約50年前。
 スイス、サンモリッツから南東へ15キロ下ったピッツベルリナ山山麓でのことであった。


『その男の名は、カーズ。我々波紋使いが数千年間対立してきた、“闇の一族”の末裔なのです。
 彼らは波紋法や仙道ではなく、自身の開発した“石仮面”という装置でこの境地に至ろうとしておりました』


 彼らは赤須子らと同じく、古代の人々から神と畏怖されてきた一族であったらしい。
 人間の上に君臨し、支配しようと考える者たちであり、彼らによって波紋使いたちは一度滅ぼされかけていた。
 そしてその50年前にも、再び人間と闇の一族の命運を分ける決戦が起きていたのだ。
 メッシーナの弟子であるジョセフ・ジョースターという人物により闇の一族はカーズ以外が倒され、そのカーズもあと一歩のところまで追い込まれていた。
 しかし彼は、『エイジャの赤石』という波紋増幅装置で増幅されたエネルギーを敢えて受け、“石仮面”を作動させた。
 そして目覚めた彼の『鬼骨』は、恐ろしい力を生み出したという。


『弟子からの伝聞でしかありませんが、彼は自らを“究極生命体”と名乗り、あらゆる生物を自分の細胞から生み出すことができたそうです。そして、弱点であった波紋を、自ら操り、練ることができていたと』


 最終的に、弟子のジョセフは、その知略により地中海ヴォルガノ島をカーズ自身の波紋で噴火させ、彼を宇宙空間へと吹き飛ばすことで勝利したのだという。
 痺れるほどの勇気とスペクタクルに満ちた一連の話に、ウィルソンはしばし言葉もなく陶酔していた。
 食事のことも忘れて、青年期の熱い血潮を呼び覚ますようなその武勇伝に、彼はテーブルへ身を乗り出していた。


『素晴らしいではありませんか! その武勇伝があれば、誰しも喜んで貴方の元に弟子入りを請うでしょう。
 なぜもっと、積極的にその術を広めようとしないのですかな!?』
『先の戦いで、同輩や弟子も多く死にました。私も、波紋で繋げはしましたが、一時この腕を切り落とされる重傷を負ったのです。
 この様な危険と、辛い修行の待つ波紋の道には、むやみに人を引き込むべきではないと私は思っているのです。恐らく弟子のジョジョも、そう考えていることでしょう。
 なによりもう、波紋を以ってして戦うべき相手は、いないのですから』


 メッシーナは、久方ぶりの酒の味に、涙を滲ませているようだった。
 存在意義を見失った波紋戦士はただ、同輩と共に過ごした修練場を管理し、細々とその日を思い出に繋いでいるだけであった。
 ウィルソンも、彼の思いには一抹の憐憫と悲哀を感じざるをえなかった。
 しかし彼はアメリカ合衆国の上院議員である。
 職務に忙殺される日々では、いくら興味を持っていても、休日のジム通い感覚でそんな修行をすることはとてもできないであろう。
 『波紋』というその技術に後ろ髪を引かれながらも彼はメッシーナと別れ、イタリアを後にしたのである。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


550 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:53:49 r0tmYg/I0

「『波紋』……かぁ……」

 確かに想像してみれば、自分のイメージする能力の行使方法は、その波紋という技術に似ていなくもない。
 外界からエネルギーを取り入れ、自分の中で増幅させるという行為はそのまま同じことのようにも思えた。

「……やってみてくれないか、佐天くん。君なら、もしかすると、出来るかもしれない」

 初春の差し出す吸い飲みに口をつけて、ウィルソンさんは私の様子を静かに見守っている。
 私が初春を見やると、彼女は深く頷いて私を見つめ返してきていた。


 一瞬でケガを癒すだけではない、凄まじい応用の利く技術だ。
 時空も越えた伝聞情報だけで、果たして私が、こんな僅かな時間でその『波紋』を練れるものだろうか。

 疑問は尽きないけれど、やってみるしかない。
 ウィルソンさんのくれた叡智を下僕とするくらい、自分の歪みと、『第四波動』と『波紋』との類似性を信じるんだ。


 自分の生み出す熱エネルギーを、炎として出すのではなく、もっと穏やかに、繊細に織り上げて、全身の細胞の代謝を高めるようにしてみる――。


 そうイメージして、佐天は眼を瞑り呼吸を整える。
 スカートを直してあぐらをかき、重心を安定させる。
 胸の前で両手を合わせ、あぐらをかいた腿の上に落とした。
 深く深く、踵の底へと、大地の最奥からエネルギーを吸い上げるようにして息を吸う。
 高く高く、額の上から、天空の頂点へとエネルギーを吹き上げるようにして息を吐く。


「コオォォォォォォォォォ……」


 いつの間にかその呼吸は、体全体を共鳴腔にするようにして、音を立てて響いていた。
 佐天のイメージに回る真っ白な月の蛇が、いつもよりも格段に高速で回転していた。
 七つの車輪を辿りながら、会陰から頭頂までを登り、そして下って自らの尾を咬む。
 しかもその回転は、三日月のような欠けや、火炎のような揺らぎを伴わず、脊柱を軸として整然とした周回経路を保っている。

 回旋が、四肢の末端まで規則正しい律動を伴って波及する。
 自分の存在が無限遠まで拡大していくような浮遊感があった。
 目を開かずとも、前に寝そべるウィルソン・フィリップスや彼を抱える初春飾利の息づかいが、手に取るように感じられた。


 ――これは、いけるかも……!


 佐天はエネルギーの回転を乱さぬよう、注意深く眼を開いてゆく。
 そして綺麗な輝きを帯びたエネルギーを、細く細く、腕へと流してゆく。


 瞬間、佐天の両腕は、太陽のようなまばゆい光に満たされていた。


「えっ――!?」
「佐天さん!? もしかして、それが――」
「ああ、そうだ……。ヴェネツィアで見た輝きだ……」


 金色に輝く自分の腕に驚いて、その刹那に佐天の呼吸は乱れていた。
 瞬く間に、イメージの中で回転していた蛇が散逸する。
 体幹部から急速に消えていく輝きに狼狽しながらも、とっさに彼女はその両手を、ウィルソン・フィリップス上院議員の腹部に押し当てていた。


「山吹色の――ッ、『第四波動』!!」


551 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:55:27 r0tmYg/I0

 エネルギーの奔流が、両腕からウィルソン議員の体を伝わり、フロアの床一面を、波紋を描いて流れていくのが分かった。
 弾かれるように尻餅をついた佐天の前で、ウィルソン議員が、金色の輝きを纏って低く唸っている。


「おおおぉおおおおお……! こぉおおおおぉおおおおお……!!」


 体全体に響くような呼吸を佐天から受け継いだかのように、彼は深く深く息をし始めている。
 しかし、痛みのせいか、その音階は一呼吸ごとにずれてゆく。
 身を覆う輝きは、少しずつではあったが薄れてしまってきていた。


「ウィルソンさん! できます、できますよ! 頑張ってください!」
「やっぱり、血が、足りなすぎるのかも。『波紋』を体全体に送るには……」


 初春と佐天が括目して見守る中、ウィルソンは必死に、自分の中に咲く7つの華を見出そうと気力を振り絞っていた。


 ――いかん、今のわしでは、このエネルギーを完全に回して維持できるほどの『波紋』を練れない……!


 脊柱の周りに咲く華を見つめようとする意識の中で、ふと彼は、その7つの輪以外にもう1つ熱を放っている塊を、脇腹に見出した。
 左手を伸ばし、掴む。
 目を開けて翳してみれば、それは一振りの刀であった。

 ――獣電剣ガブリカリバー。

 しかもそこには、いつの間にか流麗な筆記体で『Brave』という文字が記されている。
 しっかりと刻印されたその文字は、金色の輝きを受けて発光し、崩れ始めていた。


 ――これは、あのヒグマが記したのか。この高貴な筆致は、ヒグマの血液で記されているのか……!?


 赤黒い血液で描かれた文字は炭化して剥がれ落ち、深々と篆刻されたその凹面に輝きがわだかまってゆく。
 エネルギーがそこへ収束し、印章の回路を通って再びウィルソンの体へと戻る。
 ウィルソンの意識の中で、その剣の先に、一輪の大きな華が咲いていた。


 ――この剣には、あのヒグマのブレイブが籠められている。
 そしてわしのブレイブも。
 わしにきっかけの『波紋』を与えてくれた佐天くんのブレイブも。
 初春くん、北岡くん、アニラくんのもだ。
 皆の勇気で咲かせたこの大輪の華を、7つのチャクラが並ぶスシュムナー管の、延長線上に置いたら……どうなる!?


「――ブレイブイン!!」


 ウィルソンは大きく声を上げ、ガブリカリバーをその頭の真上に掲げた。
 頭頂よりさらに上、虚空に置かれたその結節点に、ウィルソンの体内に回っていた熱量が噛みつく。
 7つの結節点に転輪していたエネルギーが、8つ目のループに掛け合わされる。
 瞬間、ウィルソンの体は眩いほどの光を放っていた。


「コオォォォォォォォォォ……!!」


 増幅していく音響と輝きが、空間を波立たせるように広がってゆく。
 レストランのテーブルから、何かが落ちる音がしていた。

 佐天と初春が見やれば、大量のメロンの種が急速に発芽し、その動きによって先ほど彼女たちが食べていたメロンの皮が床に落ちているところであった。


 その光景に二人が驚いていた時、ウィルソンが毛布を払って、むくりと起き上がる。
 ガブリカリバーを持った左手で凛々しく口ひげを撫で、張りのある低い声で彼は二人の少女に呼びかけていた。


「――世話をかけたな、君たち。だがおかげで、ようやく君たちにも恩返しができそうだよ」


 肌に瑞々しい血色を取り戻した上院議員は、その肉体を若々しい活気に溢れさせている。
 浴衣を着流した彼はそのまま右脚だけですっくと立ち、演説に臨むような堂々たる姿勢で、彼女たちに柔和な笑みを向けていた。
 山吹色の太陽のような輝きが、彼の細胞の一つ一つから、波紋のように湧きだしていた。


552 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:57:11 r0tmYg/I0

【C-4 街(百貨店6階・レストラン街)/午前】


【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(小)、ダメージ(小)、両下腕に浅達性2度熱傷
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:これが、『波紋』なの……?
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助ける。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:閃いた……。『オーバードライブ』って名前は、どうかしら……?
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになっているかも知れません。


【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:健康
装備:サバイバルナイフ(鞘付き)
道具:基本支給品、研究所職員のノートパソコン、ランダム支給品×0〜1
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助けて、一緒に会場から脱出する
0:ウィルソンさん、本当に動けるようになったんですか!?
1:車いすとか、松葉杖か、義足みたいなものが必要かも……?
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
4:一段落したら、あらためて有冨さんたちに対抗する算段を練ろう。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。


【ウィルソン・フィリップス上院議員@ジョジョの奇妙な冒険】
状態:大学時代の身体能力、全身打撲・右手首欠損・左下腿切断(治療済)、波紋の呼吸中
装備:raveとBraveのガブリカリバー
道具:アンキドンの獣電池(2本)
[思考・状況]
基本思考:生き延びて市民を導く、ブレイブに!
0:痛みは抑えられる……。何とか足手まといにならない程度には動けるかも知れないな。
1:折れかけた勇気を振り絞り、人々を助けていこう。
2:救ってもらったこの命、今度は生き残ることで、人々の思いに応えよう。
3:北岡くんとアニラくんを待って、更に市民たちを助けに行こうではないか。
[備考]
※獣電池は使いすぎるとチャージに時間を要します。エンプティの際は変身不可です。チャージ時間は後続の方にお任せします。
※ガブリボルバーは他の獣電池が会場にあれば装填可能です。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。
※波紋の呼吸を体得しました。


    ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


553 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/29(火) 23:57:34 r0tmYg/I0

「……なんだ、これ」


 北岡秀一が奥の厨房に入った時、まず目に入ったのは、綺麗に洗って積まれた、発泡スチロールトレーの山だった。
 脇のごみ箱には、精肉のラベルのついたラップが何十枚か捨てられており、その上に、こぶし大に握り潰されたオレンジジュースの紙パックが乗っている。
 鍋やフライパン、調理器具などの下がったコンロを視線で舐めて、北岡は端の窓の方を見やる。


 その窓際の壁面に、黒い塊がへばりついていた。


 一見すると巨大なおはぎのようにも見えるシルエットをしているが、飛び出しているのは粒あんの皮のような丸いものではなく、棘のような鱗である。
 アニラが、猫のように丸まって、壁に張り付いたまま寝ているのであった。


「……ああ……、あのさ、皇さんさぁ。起きてるよな。
 ……十分な証拠もなく、俺の推定でものを言い過ぎた。そこまで落胆しなくていい。
 どうもあのお嬢さんたちはあんたを弁護する側らしいからさ……」

 ぎこちなく、北岡はその塊に声をかけたが、アニラはピクリとも動かなかった。
 恐る恐る、彼の張り付く壁際に近づくと、北岡の耳には規則正しい吐息が聞こえてくる。


「うそだろ……。マジで、寝てるわけ……?」


 最初は落ち込んで不貞寝をしているのかと思われたが、どうやらそういう訳でもないらしい。
 壁で寝て落ちないのかとか、そんな体勢で寝付けるのか、とか、色々と突っ込みたい事項はあったものの、再びの理解を逸した状況に、北岡はそうした疑問も口には出せなかった。

 そのさなかでよくよくアニラの姿を見れば、彼の長い尾が、窓の脇に置かれた店の伝票の束の上に落とされている。
 そこには備え付けのボールペンで、角ばった文字が書かれていた。


 “久しく発言を控えていたため、慣れぬ会話に体力を損耗いたしました。”
 “火急の際及び、自分をお連れ頂ける行動方針が立案されました際に、お起こし下さい。”
 “皇魁”


「……本当に、疲れただけなの……!? 俺の言葉で傷ついたとか、そういう訳じゃないの!?」


 北岡秀一は、持っていた皿をコンロの上に置いて、深々と嘆息した。
 脳裏に、先ほどのアニラの言葉が思い返される。

『全ての感覚は全くの客観的情報として、自分が未だ人間の容姿であった際に抱いていた恐怖や怒り、憎しみといった感情とは、結びつかないものとなっております』

 その言葉は誇張ではなかったのだろう。
 ただ彼は、人間であろうとする理性だけの残った機械のようなものなのかもしれなかった。


「……まあ、そういう物分りのいい人の方が、俺としてもやりやすいのかなぁ……。弁護士という職業柄からして」


 理論と証拠を並べていけば、感情を挟まずに判断してくれるというのなら、北岡にとっては、その他の一般人よりもよっぽど取りつきやすいかも知れなかった。
 彼の思考と精神面を理解して、有効活用することは、自分の生き残りにとっても都合がいいだろう。


 ――考えを改める必要があるかもね。


 北岡が口元を綻ばせてコンロに寄り掛かった時、電気風呂に浸かったかのような心地よい感触が、その全身を一瞬のうちに走り抜けていった。

 厨房から出てレストランの内を覗いてみれば、淡い光を纏ったウィルソン・フィリップス上院議員が、片脚で立ち上がっている。
 遠目からでも、その表情に浮かぶ血色の回復は明らかだった。


「……おいおい。こっちでも俺の予測は完璧に外れなわけ?」

 引き攣った笑みを厨房に引っ込めて、北岡はアニラの元に再び歩み寄る。

「なぁ、皇さん……。すまないが起きたら、俺の弁護をお願いできないかねぇ?
 このままじゃ裁判員の心象が最悪でさ。執行猶予なく網走送りになるかも知れないのさ。
 あんたの弁護も、今後してあげるから、ギブアンドテイクってことで、ね……?」


 反応のない大きなおはぎを横目で見ながら、北岡は溶けかけたオレンジシャーベットを掬った。
 口の中でほどける甘酸っぱさが、疲れの溜まった体の隅々に広がってゆくようだった。
 そういえばこれは、この殺し合いが始まってから、北岡が口にした初めての食べ物であった。


「……的確な味だよ。あんたらしい。ゴローちゃんには及ばずとも、結構、美味しいよ」


 二口目を舌の上に運ぶ北岡の前で、アニラの尻尾が、伝票の上を一回だけ叩いた。


554 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/30(水) 00:00:29 C/dXpLjA0

【C-4 街(百貨店6階・レストラン街)/午前】


【アニラ(皇魁)@荒野に獣慟哭す】
状態:喋り疲れ、脱皮中、仮眠中
装備:MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発)
道具:基本支給品、予備弾薬の箱(50発×5)
[思考・状況]
基本思考:会場を最も合理的な手段で脱出し、死者部隊と合流する
0:久方振りに会話を行なったため疲労が激しい……。
1:皆様のご意向に従います。
2:残りの参加者とヒグマは、一体どういった状況下にあるのだ……?
3:参加者同士の協力を取り付ける。
4:脱出の『指揮官』たりえる人物を見つける。
5:会場内のヒグマを倒す。
6:自分も人間を食べたい欲求はあるが、目的の遂行の方が優先。
[備考]
※脱皮の途中のため、鱗と爪の強度が低下しています。


【北岡秀一@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダーゾルダ、全身打撲
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:血糊(残り二袋)、ランダム支給品0〜1、基本支給品、血糊の付いたスーツ
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
0:ウィルソンさんも皇さんも、俺の予想以上に有能だったわ……。考えを改めよう。
1:お嬢さんたちともしっかり情報交換して、行動方針を立てられるようにしないとな。
2:皇さん、弁護してくれよ……? 俺も弁護してあげるからさぁ……。
3:佐天って子はちょいと怖いところあるけど、津波にも怪我にも対応できるアレ、どうにかもっと活かせないかねぇ……?
[備考]
※参戦時期は浅倉がライダーになるより以前。
※鏡及び姿を写せるものがないと変身できない制限あり。


555 : Ancient sounds ◆wgC73NFT9I :2014/04/30(水) 00:01:32 C/dXpLjA0
以上で投下終了です。

続きまして、メロン熊、くまモン、クマー、御坂美琴で予約します。


556 : ◆Dme3n.ES16 :2014/04/30(水) 01:53:26 Co/ufgkg0
投下乙

料理も治療も戦闘もできる佐天さんに惚れそう。アニラさんがいい人過ぎて
北岡弁護士が若干KY気味。このチームは和みます。


ビスマルク追加して投下します


557 : 帝都燃えゆ ◆Dme3n.ES16 :2014/04/30(水) 01:54:10 Co/ufgkg0
「もしもし、穴持たず48シバです。
 ええ、言われたとおりマテリアルバーストで南西部を更地にしておきました。
 建造妖精と穴持たずカーペンターズを派遣すれば例のモノを建造できますよ。」

仕事を終え、地上からヒグマ帝国へ帰国した一張羅を着た青年、シバさんを
廊下に背を持たれかけている一匹の大柄なホッキョクグマが出迎えた。

「む?シロクマさんか?」
「おかえり、シバさん」
「ああ、ただいま」

シバさんは記憶を失って以来、支配階級穴持たずのシロクマさんに色々と世話になっている身である。
シロクマさんは白い体毛の腰辺りをまさぐり、一本の凍りつくように冷たいビンジュースを差し出した。

「カクテル飲む?キンキンに冷えてるよ」
「ああ、ありがとう。氷結の固有能力。流石、北海道以上の極寒の大地に住むホッキョクグマだな」
「ええ、どういたしまして」

笑顔を浮かべ、疲れを癒すように炭酸飲料を飲み干すシバさんをシロクマさんは嬉しそうに見守る。
かつてこの男を捕食しようとした獰猛な獣とは思えない程穏やかな雰囲気を漂わせるホッキョクグマ。
だが、その平穏は死に物狂いで奥から駆けてくる一匹のヒグマによって破られる

「ひぃぃぃ!!!!あぁっ!?シバさん、シロクマさん!た、大変です〜〜!!」
「ん?どうした、穴持たずNo.543」
「よく個体を判別できますねシバさん。流石です」

二匹の傍までやってきたヒグマは実効支配者達に予期せぬ事態による帝国の危機を伝えるのだった。

「ヒグマ提督の一派がクッキーババアの工場を占拠して艦むすの無秩序な量産を始めましたぁ!!!」
「なんだとっ!?」

驚愕するシバさんにシロクマさんは不敵な笑みを浮かべながら語りかけた。

「行きましょうか。シバさんなら別に問題ないでしょう?」



◆  ◆  ◆



「黒木さん、気分はどうだい?」
「……うおぇっぷ……」
「あまり良くはないでしょうね。でも仕方ないわ。これ以上待ってたら
 脱出のタイミングがなくなるもの。さあ、早く地上へ出ましょう」

ヒグマの居住区である住宅街を二匹の着ぐるみの様なヒグマと
一匹の青い体毛を持つ雌のヒグマが歩いていた。
ヒグマ帝国に侵入したクリストファー・ロビンと黒木智子。
そして彼女に召喚されたサーヴァント、グリズリーマザーである。
彼らは屋台の裏でしばらく休んだ後、灰色熊が田所恵を連れて食材のミズクマ狩りに出かけた隙に、
三匹は一旦地上へ逃れる為に屋台を出発したのだ。

「しかし、これがヒグマ帝国か。よく出来てるな。」

岩盤をくりぬいて作られたマンション群は鉄筋コンクリート製の
ビル街と引けを取らない完成度を誇る。その芸術的な建造技術に
着ぐるみを着たヒグマ、マイケルのオーバーボディを着た
クリストファー・ロビンは感嘆を受けた。

「ボクやプーさんが住んでいた100エーカーの森とは文明レベルが違いすぎるな。
 悔しいが敗北を認めよう。」
「あらやだ、こんなのただの人間の猿真似よ。」
「いや、あたし達が誘拐された時はこんな建物無かっただろ!?絶対おかしいし!」
「うーん、まあ有富様は色々スゴイ技術を異世界から導入してたみたいだしねぇ。
 あたしは建築の担当じゃないから詳しいことは知らないけれど」
「それにしても……随分静かですね」

参加者である二人がヒグマに襲われるのを防ぐためにオーバーボディを
着ている訳であるが、その襲ってくるヒグマの姿を先ほどから全く見かけていない。

「おかしいわね。ヒグマが一匹もいない」
「みんな寝てるんじゃねーの?」
「いや、季節的にはもうすぐ夏だ。
 冬眠シーズンが過ぎたのにヒグマが目覚めないなんて異常だよ」
「まだ冬だよ!ゲーム始まってから半日も経ってねーだろ!」
「あ、ああ、それもそうか」

そのようなやり取りをしながら静寂漂う地下帝国を闊歩する三匹。
――――そして、その沈黙は突如として破られた!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「あ、穴持たず229ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「大丈夫だ!まだ息はある!!!」


558 : 帝都燃えゆ ◆Dme3n.ES16 :2014/04/30(水) 01:54:39 Co/ufgkg0
「なぁーにー?この様は!ここの熊さん達は少し規律が緩んでいるようねっ!私が一から教えてあげるわ!」

「向こうがエラい騒がしいですね」
「地底湖の方ね。行ってみましょう!」

騒ぎに導かれて三匹が湖へ向かうと、そこには大量の岩を湖に投擲するヒグマの群れと
黒焦げなって倒れ伏す何匹かのヒグマの姿があった。
対する彼らの攻撃対象は湖を縦横無尽に駆け巡る巨大なバックパックを背負った一人の少女の様である。
次々とヒグマが投擲する岩や石つぶてが湖に落ち、激しく水飛沫が跳ねる。

「グオオオオオオオオ!!!投げろ!!岩を投げろぉぉぉぉ!!!!」
「駄目だ!!全然当たらねぇ!!畜生!!あの火力に加えてなんて機動力だ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あ、穴持たず361ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

少女のバックパックから放たれた砲弾が直撃し、黒こげになりながらまたヒグマの一匹が倒れ伏す。
その様子をロビンと智子は唖然としながら見守っていた。

「ヒ、ヒグマの群れが人間一人に圧倒されている!?」
「誰だお前ら!?違ぇよ!あれはただの人間じゃねぇ!さっきヒグマ提督が大型艦建造で造った艦むすだ!」
「ヒグマ提督?艦むす?」
「……にしても、美人だなチクショー……」

ベルナルドの着ぐるみの中で智子がブーたれた。
流れるようなロングヘヤーの金髪にやや釣り気味の瞳、大和級など日本の戦艦勢に負けず劣らずの見事な胸部装甲。
グレーを基調としつつ、ところどころに赤と黒の意匠がこらされた軍服のようなボディースーツを着用した海外艦娘の一人。
彼女こそドイツ第三帝国海軍出身の超弩級戦艦、ビスマルクである。
38cm連装砲を四門装備した火力と機動性を両立した高速戦艦であるその性能は駆逐艦の比ではない。

「おのれヒグマ提督ぅぅぅ!!!あの娘を建造する為に一体何匹の同胞を犠牲にしやがったっっ!?」
「ドイツらしい重厚かつ美しいデザインでしょう?いいのよ、もっと褒めても。」

全ての投石を回避した無傷のビスマルクは帽子の位置を直しながら疲れて休憩に入ったヒグマ達をせせら笑う。

「くそっ!歯が立たねぇ!あの娘を倒さねえ限りヒグマ提督が籠城している工場へは行けねぇってのに!!」
「ねぇ、何が起こってるんだい?ヒグマ同士で仲間割れ?」

マイケルの着ぐるみを着たロビンがヒグマの一匹に尋ねた。
そして、驚くべき事実を知ることになる。

「先ほど、住宅街に住んでいたヒグマ帝国の民が200匹ほど消滅した。」
「にひゃくっ!?ああ!さっきの無人街って!!」
「あれは恐らく十中八九、艦これにハマり過ぎて暴走したヒグマ提督の暴走だろう。
 いいか、あの艦むす達はヒグマを資材にして生産されているんだ。一人二人なら良かったんだがエラいことになった。
 急いでヤツを止めねばヒグマ帝国が滅亡するッッ!!」
「え、マジで!?てことはもう放っておけば勝手にヒグマが全滅して家に帰れるってことっ!?」
「わー!わーっ!?」

グリズリーマザーは大急ぎで智子の口を押さえる。

「なんか言ったか?」
「気のせいですよ。ところでヒグマさん、彼女に攻撃できなくて困っているようですね?」

ロビンは、智子のディバッグのファスナーを開けながら解説してくれたヒグマに喋りかける。

「ああ。俺達穴持たずは肉弾戦に特化した造りになってるから遠距離攻撃は基本苦手でな。お前もそうだろ?」
「いやぁ、どうだろうね。智子さん、ちょっと支給品を借りるよ!」
「え?」

ディバッグの中から智子に99個支給された石ころの一つを取り出したロビンは、
綺麗な投球フォームで湖の上に佇むビスマルクに向かって投げつけた。
それに気づいたビスマルクは高速旋回して回避しようとする。―――だが、その時異変が起こった!
突然、飛んできた石つぶてが空中で姿を消したのだ。

「え?なに?―――ぐぅっ!?」


559 : 帝都燃えゆ ◆Dme3n.ES16 :2014/04/30(水) 01:55:14 Co/ufgkg0
面食らうビスマルクの目前で再び姿を現した丸石が額に直撃し、大きくのぞけ返る金髪少女。

「……ティガーボール」
「うおおっ!消えた!?なんだ今の魔球はっ!?」
「それになんという正確な投石っ!?アンタ一体何者なんだ!?」

ざわつくヒグマ住人達の中心で、着ぐるみの様な熊は口を開く。

「僕はクリスト…………マイケルだよ。ちょっと野球が得意なだけのただのヒグマさ」
「ウオオオオ!!!!いいぞマイケル!!!」

始めてビスマルクにダメージを与えたことで沸き立つヒグマ達の中で
智子はロビンに小声で詰め寄った。

「……ちょっと、なんでヒグマの味方してんのさ?」
「……確かにヒグマは敵だよ。だが僕は復讐者である以前に100エーカーの森の王者なのさ。
 ヒグマとはいえ森の仲間。困っている時は助け合うのが森のルールなんだよ。
 それに、そろそろどれくらい強くなったか試したくなってきたところでね!」
「……あー、もう知らねー」

「Feuer!やるわね・・・!これでも喰らいなさいッッ!!」

鼻血を拭き、体勢を立て直したビスマルクは四門の15cm連装副砲から同時に砲弾を発射した。
水面を駆け回れる艦むすと違い地上に居るロビンはそう簡単には回避できない。だが!

「オウルボール」
「えっ!?」

ロビンが投石した石つぶてがジグザグに移動して中空ですべての砲弾を迎撃した。

「馬鹿なっ!?―――ぐふぅっ!!」

驚愕するビスマルクの腹部に続けて放たれたストレート球が直撃し、悶絶する。

「すげぇ!!マイケルさん、まるで生き物のように投石を自在に操りやがる!!」
「勝てる!!俺達は勝てるぞぉ!!――――あぁ!?」
「やるわね・・・!でも!ドイツ帝国最強戦艦の実力はこんなものじゃないわよ!!」

目つきが変わったビスマルクは四門の38cm連装砲の全てを前方に向けて構えを取った。
すると、彼女の周囲の時空が歪み出し、前方に黒い球体が電気を纏いながら徐々に形成されていく。
そう、彼女も島風と同じヒグマ製の艦むす。同じような魔改造が施されているのは言うまでもない。

「なんだあれは?」
「不味いッッ!ビスマルク型の必殺技、ブラックホールクラスターだっっ!
 逃げろマイケルゥゥゥ!!あれはいくらアンタの投石でも相殺できねぇーー!!」
「提督に栄光あれ!!!ファイヤーーーーー!!!」

あらゆるものを消滅させる暗黒宇宙がビスマルクの主砲から放たれる。
一目散に逃げだすヒグマ達。だが間に合う筈がない。
ロビンや智子と共にまた数十匹のヒグマが消滅するというのか?

だが、放たれた黒い球体は地上に着弾する寸前に突然、霧散するように消え去った。

「なんですって!?」
「おお!アレをみろ!!ビスマルクの上だっ!!」

ヒグマの一匹が指さす方向を同時に見るヒグマ住民とビスマルク。
そこに居たのは暗黒宇宙を消し去った男、宙を舞いながら急降下してくる
白い一張羅を来た青年、シバさんだった。


560 : 帝都燃えゆ ◆Dme3n.ES16 :2014/04/30(水) 01:56:10 Co/ufgkg0
「ま、また人間!?」
「うおおおお!!!シバさんだぁぁぁ!!!シバさんが助けにきてくれたぞおおおお!!!!」
「すげぇぞシバさん!!空も自由に飛べるのか!?」

「対空装備がイマイチみたいだな、ビスマルク」

加重系魔法の技術的三大難問の一つ、汎用的飛行魔法を駆使してビスマルクの真上から接近するシバさん。
ビスマルクは気を取り直しシバさんが落ちてきた瞬間を狙い撃ちする為にその場から離れようとする。
だが、足が動かない。下を見ると、足元が凍りついてビスマルクの動きを封じ込めていた。
さらに周囲を見回すと、いつの間にか湖全体が雪国の様に凍りついている。
凍りついた湖の上をゆっくりと一匹の白い熊が歩いていた。

「ナイスアシストだ、シロクマさん」
「そ、そんなっ!?」
「心配するな、君は殺しはしないさ。その代り、いなくなったヒグマの分まで働いてもらうけどな」

シバさんはシルバーホーンを逆手に持ち、取っ手の部分で動きの止まったビスマルクのうなじを強打し、
気絶したビスマルクは氷の上に音を立てて倒れ込んだ。傍に辿りつき、彼女を見下ろすシバさんとシロクマさん。

「随分お優しいことで」
「これ以上戦力を減らすわけにはいかない。怪我人多数だが幸い戦闘による死者はいないみたいだし、
 今回は大目に見るよう上には報告しておくよ。ヒグマ提督は捕まえて仕置きが必要だがな」
「じゃ、番人も倒したことだし、ちゃちゃっと終わらせましょうか」

氷湖の上を悠然と歩いて工場へ向かう二匹に歓声を送るヒグマ住人達。

「あいつらもシーナーとかいう奴と同じ支配階級か?」
「そのようですね、私は初めて会いましたけど」
「……どうやら一筋縄じゃいかなそうだな」
「よおマイケルさん!大活躍だったじゃねぇか!あの二人が来たからにはもう大丈夫だろう!
 一緒に戦勝パーティーでもしようぜ!ほら、友達のアンタたちも!」
「え?いや、あたしは別に……わぁぁ!」

歓喜するヒグマ達に抱えられ、ロビン達三匹は街の中へ連れて行かれるのだった。




【ヒグマ帝国・地底湖の傍の街/昼】


【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:右手に軽度の痺れ、全身打撲、悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(まだ名付けていない)
装備:手榴弾×3、砲丸、野球ボール×1 ベア・クロー@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー)、 マイケルのオーバーボディ@キン肉マンⅡ世
道具:基本支給品×2、不明支給品0〜1
[思考・状況]
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
0:智子さんを奇怪なヒグマから避難させ、麻婆おじさんや女研究員と情報交換できる方法を探る。
1:投手はボールを投げて勝利を導く。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジする
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:帝国を適当にぶらぶらしたら地上に戻って穴持たず9と決着を付けに行く
[備考]
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※マイケルのオーバーボディを脱がないと本来の力を発揮できません
※ヒグマ帝国の一部のヒグマ達の信頼を得ました

【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:嘔吐、自己嫌悪、膝に擦り傷
装備:ベルモンドのオーバーボディ@キン肉マンⅡ世、令呪(残り3画/ウェイバー、綺礼から委託)
道具:基本支給品、石ころ×96@モンスターハンター
[思考・状況]
基本思考:死にたい
0:ヒグマも、何もできない自分も、死ねばいいのに。
1:ロビンに同行。
2:ビッチ妖怪は死んだ。ヒグマはチートだった。おじさんは愉悦部員だった。最悪だ。
3:どうすればいいんだよヒグマ帝国とか!?

【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:マスター! とりあえずシーナーさんの目の届かないところに逃げますよ!
1:旦那が仕入れから帰ってくる前に、マスターを地上に逃がす。
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したサーヴァントです。


561 : 帝都燃えゆ ◆Dme3n.ES16 :2014/04/30(水) 01:56:28 Co/ufgkg0
【Bismarck zwei@艦隊これくしょん】
状態:気絶
装備:38cm連装砲、15cm連装副砲
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0: 不明
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※捕獲されました




「やられたっ!ビスマルクは囮だったのか!」

ヒグマ提督が引き籠っている部屋へ突入したシバさんとシロクマさん。
しかしそこには誰も居なかった。あるのは起動しっぱなしのパソコンと
「ちょっと出撃してきます」と書かれて机の上に置かれた置手紙のみ。

「逃げ足が速いですね」
「ヒグマ提督は既に地上か…恐らく新型の艦むすも何人か引き連れてるんだろうな……」

溜息をつくシバさん。その姿に、人間だった頃の全てに達観していたクールガイの面影はない。
そしてシロクマさんはそのシバさんの様子を、帝国の危機などどこ吹く風といった風に嬉しそうに見つめていた。













(ふふっ!素敵ですわお兄様!ついに失われた感情を取り戻したのですね!)

穴持たず46シロクマさん―――北極熊のオーバーボディを着てヒグマに成りすました司馬深雪は
着ぐるみの中で恍惚とした表情を浮かべて兄であるシバさんを見守っている。
司馬達也が幼少の頃施された脳改造の影響で失われた喜怒哀楽の感情。
それを直せる唯一の鍵を有富が行おうとしていた研究に見出した深雪は先回りして
スタディの研究に協力していたのである。ヒグマのクーデターなど色々予定外の事はあったが
全ては計算通りにうまく行っていた。

(ええ!お兄様ならきっとヒグマに転生できると信じていましたわ!
 ちょっと記憶に障害が残ってるみたいですけれどだんだん取り戻してくれる筈!だってお兄様ですもの!)

司馬深雪にとって司馬達也は神の様な存在である。だが下着姿で抱き着いても一切反応を示さない
彼の傍に何時までも居続けられるほどその心は強くはなかった。
部屋の床を得意の氷結魔法で凍らせながら剥製の中で黒髪の少女は嗤い続ける。


【ヒグマ帝国・研究所跡/昼】

【穴持たず48(シバさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、記憶障害、ヒグマ化
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、ランダム支給品1〜2(武器ではない)
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:帝国へ帰還する
[備考]
※司馬深雪の外見以外の生前の記憶が消えました
※ヒグマ化した影響で全ての能力制限が解除されています
※シバさんのマテリアルバーストで島の南西部の島内の海面がすべて蒸発しました

【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、ヒグマ化
装備:ホッキョクグマのオーバーボディ
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:
0:頑張ってねー
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営しています
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司馬深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品です
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司馬達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です


562 : 帝都燃えゆ ◆Dme3n.ES16 :2014/04/30(水) 01:56:45 Co/ufgkg0

「HEY!!提督ぅ!!紅茶が入ったネ!!」
「ああ、ありがとう。」

D-6の街のビルの中にある、とある小さな喫茶店。
巫女服を着たエセ外国人みたいな美少女が入れてくれた紅茶を
元気が無さそうに手に取るヒグマ提督。

「どうしたネ提督ぅ?」
「いや、ビスマルクちゃんのことが気になってね」
「ここは私に任せて先に行ってください!とか恰好つけて突撃しちゃったネ。仕方ないヨー」
「うう、ごめんね、ビスマルクちゃん」
「心配いらないデスヨ、提督には金剛がついてるネ!」

ヒグマ提督を後ろから抱きしめる金剛を扉の陰から銀髪の少女が不機嫌そうに眺めている。

「ふん、イチャイチャしちゃって。大体なんで島風一人を提督と私たちが
 地上で直接出迎えなきゃならないのよ?どういう風の吹き回しかしら?」

陽炎型駆逐艦九番艦、天津風は肩にぶら下げている連装砲ちゃんをなでながら
自分の妹である駆逐艦に敵意を向ける。

「……見てなさい、今の私はただのアンタのテストベッドじゃないんだからっ!」


【D-6 とあるビルの中の小さな喫茶店/昼】

【穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:健康
装備:なし
道具:携帯端末
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:艦むす造り過ぎちゃった……これからどうしよう?
1:ぜかましちゃん大丈夫かなあ

【金剛改ニ@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:不明
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0: 不明
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです

【天津風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:不明
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0: なんか島風だけ特別扱いしてないですかぁー提督?
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです

※穴持たずNo.118に資材を依頼したらヒグマ住民を200匹程解体してしまったので
 仕方ないから材料を全部使い、艦むすを作れるだけ作って地上へ逃げました
※ヒグマ提督はおそらく五、六人は新造したので後三人ほど会場かヒグマ帝国の何処かにいます


563 : 名無しさん :2014/04/30(水) 01:57:14 Co/ufgkg0
終了です


564 : 名無しさん :2014/04/30(水) 03:55:19 jKtE4LWY0
投下乙……ってお前かよ! お前だったのか!
既に出てたのかwww 確かに属性的にも氷だしホッキョクグマでしろくまでも違和感ないけどwww


565 : ◆7NiTLrWgSs :2014/04/30(水) 19:13:07 VUZKiGmQ0
劉鳳、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマを予約します


566 : 名無しさん :2014/04/30(水) 20:24:32 sBvTvxGo0
投下乙
>Ancient sounds
は、波紋ってそんなしっかりしたものだったのか!
正直単なるすごいパワーとしか考えてなかったわ
北岡さんは足引っ張ってるように見えるけど、上議員の言うように一般人として妥当な判断だわな

>帝都燃えゆ
オマエノシワザダタノカ、いくらなんでも兄に期待かけすぎィ!シバさん逃げて!
同胞を200匹解体するとか流石にクレイジーすぎるぜ提督…
ここまでの不穏分子が混ざりまくったことを知ったシーナーさんの反応はいかに


567 : 名無しさん :2014/05/02(金) 04:25:25 XlzwuQQQ0
投下乙です
なにやってんだこの妹はw


568 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:14:16 KrV6PeKM0
投下お疲れ様です〜。
波紋の能力の解説……佐天さんは新たな力を手に入れて北岡先生は常日頃の慎重さが裏目に……
おはぎのごとくスヤスヤしているアニラさんは頼りになるなあ、しかし癒される。
議員も元気になりそうで一安心、ブレイブだぜえ……。

艦娘が増産されている……っていうか妹さんだぁああああひいいいい。
出るだけで悲鳴を上げてしまう妹さんの所業。シバさん……。
ヒグマ帝国は内側に恐ろしい物を内包しすぎて不安になってきますねえ。

それでは私も予約分を投下いたします〜。


569 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:15:29 KrV6PeKM0
手札を交える、お互いに明かし、正確に。
その行いは、最良、最善の答えを導き出すのに必要なこと。
拳ではなく言葉を、剣ではなく文字を。文化的な人間であるならば。

長らく見かけることもなかった、破壊されていない建物。
フォックスはひゅうと口笛を吹き、その内装をゆるりと見回した。
世界が核の炎に包まれる前はこれが当たり前だったんだよなあ、と非文明的な羆、李徴の背中に腰掛けながら嘆息する。
世紀末に合わせた風体のフォックスは、この金属的な室内で異彩を放っていた。
いや、機能的で優美な人間の施設に堂々と入り込んだ羆に比べれば一枚落ちるが。

「用意はできた、各々食事の始め方に流儀は有るか?」
相変わらず隙の無い振る舞いで、義弟は先の言葉通りサンドイッチとエスプレッソを一人と二匹の前に差し出した。
無味乾燥な皿を彩る、優しい白色をしたパン。
薄切りされたローストビーフを何枚も挟んだそれは、幼いころに描いた贅沢な夢の様な見た目で食欲を刺激した。
どこか高尚さすら漂わせるエスプエッソの湯気もその図のアクセントになっている。

「いや、特にねぇな」
「私も右に同じだ」
『僕も……そうですね』
いただきますぐらい言えばいいのに、と考えるものは此処には存在しなかった。


エスプレッソ……コーヒーには明るくないし、嗜好品であるコーヒーが行き渡ることなど、フォックスの世界では滅多になかった。
それこそ水を、種籾を、生きるに必要なものを強者が奪い戦う毎日。
この摂取は極めて不必要なものであったが、非常に、すっかり忘れていた文化の味であった。

「嗚呼……本当に身に染み入るものだ」
李徴もまた、フォックスとは別の理由でしみじみと文化を感じていた。
羆に酔ってからこっち、人間的な生活とは縁遠くなっている。
ローストビーフサンドイッチを頬張り、またうっとりと瞳を閉じた。
サンドイッチの肉を挟むパンは、自然界に特殊発生するものではなく、人間が小麦を精製し技術で作り出す食品。
それに挟まれた肉も、日頃羆が食らう動物、人間の生肉ではない。
火加減をギリギリに見極めた、料理の流儀に則った肉だ。
人間味溢れるそれを体に取り入れていると、文字に狂い自分を受け入れられず羆になったことも、今少し忘れていられそうで。

小隻も黙々と、いや李徴の通訳がなければ基本喋ることはなく、サンドイッチを咀嚼する。
初めての味、ちょっぴり物足りない気がするけれど、これが人間の作る味なんだなあと思考していた。
しかし空腹に少量の食事は逆に堪える……そう嘆く羆の本能を押し殺すように。

「……それで、だ」
飲み干したカップを下げながら、義弟は切り出す。
その瞳は、フォックスに向かった。
指でフォックスの手元をさし、くいと指をひねる。

「どうしたんだよ」
「少し、それを貸せ」
ノートパソコンのことなら直接そう言えば、と口を開きかけるがさしていた指が義弟の唇の前で縦に止まり、口を閉じる。


570 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:16:00 KrV6PeKM0
「全く、関係ない話になるが」
メモ帳が開かれたノートパソコンを調べつつ、義弟は語る。
タイプライターの要領でどうにか扱えぬものか、指先をキーに触れさせて試す義弟。
タイプライターは直接紙に打ち込んでいくものであったが、ノートパソコンはタイプした文字を液晶に映し出す。
実に静かに浮かぶものだ、ひと押しひと押し軽快な音を立ててストロークを叩き込むタイプライターとの違いに、技術革新を実感する。
文字の配置は違えど、ゆっくりならば動かせそうだ。

「小隻、お前さっきパイプ椅子に興味を示していたな」
差し出された青白い画面に浮かぶ読めない文字を見て、小隻は頷く。
フォックスも、李徴も静かに首を縦に振った。

【盗聴の可能性を考慮し、今からの会話はこのノートパソコンを使って行う】

『はい、見ていました』
確かに小隻は、人間の日用品に興味を持っていた。
幾つか触って壊しても居た。

【宜しい。では道すがらで見つけたこの封筒の話だ】
「津波のことをもう忘れたのか?お前は羆の流儀を貫くべきだ」
何気ない会話を使って、不審な沈黙を消す。

封筒、とは義弟の居た高層ビルに向かう途中ぽつんと秘密めいて地面に置き去りにされていたものだった。
ゴシック体で印刷された、主催打倒への道標。
封入されていたアンプルの件も合わせて義弟は画面に文面を移植してやる。

『すみません……』
「まーまーそう怒るなって」
【あんたはどう思うよ、義弟さん】
フォックスもまたノートパソコンに打ち込む。
近代的筆談に李徴はうむうむと勝手に一人で納得していた。
実にロワらしい行いだ、それを間近で見られるとは。
惜しむらくは、自分の腕が指が文字を打つのに適していないこと。
ああ、私も筆談に混ざり考察と会話を行いたい。

ざわざわ、悲しみとともに狂気が、酔いがせり上がってくる。
しかし李徴の、この筆談を見ていたいという気持ちはそれを押しのけた。

「確かに、流儀を学ぶということは大事だ。特に自分にないものはな」
【俺は信用に値すると、判断する】

この状況で情報を撹乱する人間がいる可能性は低い。
主催側の罠だとしても、実験を称しているのだ、罠での事故死など実験の流儀に反する。
非人道的であれど、当初このロワは実験の流儀に則していた。

しかしこの封書、予想外の騒動、正直とてもじゃないがアリトミとかいう東洋人と、いるかもしれないその愉快な関係者数人で収まるスケールではない。
この会場は、実験を逸脱していると、義弟は言う。


571 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:16:30 KrV6PeKM0
「ふむ、把握を深めて自分の流儀……文章や表現を広げることは、決して忘れてはならぬ」
自身の文章に足りなかったものは、なんだろう。
世間話程度に零して、李徴は少し悩んだ。

「だが、それに流されきってはダメだ。他者のやり方に飲まれる……津波みてぇに、だ。そうなっちまうと、自分の貫くべきものがなくなる」
難しい話だ。
小隻は、義弟がカモフラージュ以外の意味でも言っていることを察する。

人間に憧れた。
だからといって、自分は人間にはなれないし、人間の真似事をしてみるのもよくないのだろう。

それはなんとなく、分かる。
でも、全ては模倣から始まるんじゃないか、とも思うのだ。
本能的に狩りや食事のとり方は知っているが、それは祖先から受け継ぐ永遠の模倣だ。
上手いこと……要領よく真似できないものだろうか。
まあ、義弟に猿真似……ならぬ羆真似を見透かされている時点で要領は最悪か。

「口車に乗りやすいやつはすぐに利用されちまうからなあ」
【じゃあ、津波が引いたら俺達だけで行くのか?】

利用が常で、拳法のルーツも他者の油断の利用にあるフォックスは冗談めかして笑う。

「つまり、だ小隻。お前はまず自分の貫くべき流儀を確立させろ」
【いや、この情報を他者に伝えなくてはならない】

おそらくこの封筒は一つだけではないはずだ。
しかし、この津波。
このエリアは超常の奇跡でそれを免れたが、あっただろう大半の封筒は海の藻屑。
仮に一つだけだったら、なおのこと広く情報は伝えなくてはいけない。
気に食わないなら単独行動すら考えていた義弟だが、情報の貴重さを理解できぬほど愚かではない。

特に、直ぐにでも主催者を殴りながら殺りに行ける情報なら尚更だ。

では、いつ行動を起こすべきか。
単純に考えるなら津波が引くのを待つべきだろう。
勿論、二人と二匹もそのつもりであった。

小隻が、彼方に流れてくる丸太を見つけるまでは、全員そう、きちんと、考慮していただろう。


572 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:16:59 KrV6PeKM0
「やっぱりこの津波じゃあ、何にも見えやしやせんねぇ」
眼下をごうごうとうねり爆ぜる水の塊。
どの方向からきたのか定まらない調子で流れを組んでは変えの繰り返し。
ありえない惨状にため息を吐きながら、阿紫花は視界を空に移す。
ああ、上がってきたお天道さまは何にも関せずきらきら綺麗だ。

「流れてる人がいれば引き上げようかとも思いましたが、この勢いでは飲み込まれたらあっという間にバラバラでしょう」
そしてバラバラにならない人間は助けなくともおそらく元気だ。
観柳は無意味だろうと行為に見切りをつけて、絨毯に座る四人に向き直る。

「さて、これからどうしましょうか?」
当面目標はない。
波が引くまで他愛のない会話をしている訳にも行かないだろう。

「どう動くにも、なあ」
操真晴人も空を仰いだ。
何かをしたほうがいいには決まっているのだが。
圧倒的に情報が足りない。
やはりこうして周囲に気を配りながら飛行しているのがいいのだろうが、どうも濁流を見ていると目が疲れる。

「俺としては武器がほしい。英良さんの人形が直るんだったら、この丸太を借りっぱなしってわけにはいかないからな」
丸太は頼りがいの有る素晴らしい武器だが、それだけでは迫る絶望の手を潰しきれないのだ。
そもそも丸太は返却せねばならない。
人形の有用性をまざまざと見せつけられた後だと、流石の明もゴネる気にはなれなかった。

「丸太は……さすがに無理ですねぇ」
思案するように口元に手を添えてから、観柳は苦笑しつつ応える。
なんのことか、と明が怪訝そうな顔をした。

「いえ、作ろうと思えば先ほどの回転式機関砲のように、丸太だって作れますが」
「本当か!それじゃあ」
いやいや、と頭を振られた。
一体何だというのだ、武器を手に入れるのにはやはり対価が必要なのか?

「そっか、金でできた丸太だもんな。宮本さんにも持つのは無理だと思うよ」
晴人はぽんと手を合わせて、納得する。
明も、少しだけ考えてみたが無理だと結論づけた。
彼の師である青山龍之介ならば話は違ったかもしれないが。
ふ、と明の手が震え、強く握られた。

「ふぅ……じゃあアキラ、さっき使ってたカタナはどうだい?」
すっかり賢者モードに入っているブローニンソンの打診。
その横には尻が白濁液でエントロピーを凌駕し熱的死を迎えたキュゥべえがぴくりともせず倒れていた。

「刀でしたら、まあ重たいでしょうが丸太よりはマシでしょうねぇ」
ご要望は有りますか?と観柳に問われた明は、暫し瞑目して注文をつけた。

長い、驚くほどに長い、鞘に収められた日本刀。
明にとっては思い出深い一本を、出来る限り明確に伝える。
あの谷間での死闘を、別れを、刀に刻みこむように。

シルクハットの中からこぼれ落ちた金貨はどろりと溶けてその記憶に応じる。
成金趣味のような見てくれだが、確かに鋭い刃。
銃火器を形成するよりは些か細かい作業にはなったが、問題はなく明の手に刀は収まった。
ずしりと重い。
しかし、振るえないことはない。


573 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:17:33 KrV6PeKM0
鞘走りを何度か確認し、明は頷いた。
「ありがたい、これで俺も……」
戦える、戦わなくてはならない。
元より修羅じみた光のあった瞳に、より明確な閃きが見えて、阿紫花は眉を上げた。

『……そんなに戦いたいなら、魔法少女になればいいさ』
のそりと起き上がる白いウサギ。インキューベータもといキュゥべえ。
「おや、お早いお目覚めで」

にっこりと観柳に射すくめられても、キュゥべえは微動だにしない。
いつのまにか周囲の金貨はなくなっていたが、埋め込まれた金貨はどうにもとることができなかった。

後悔、痛み、混乱、そのどれもが基本的に備わっていないキュゥべえはおもしろみもなく平静を取り戻した。
言及することもない、する意味もない。
ただ伝えるべきことを言おうとすると、邪魔が入る。

「魔法なんて都合のいい力に、俺は頼れない」

リスク・リターンの話もあるが、それ以前に宮本明は他人からもたらされる安い希望を求めない。
己の力で、己の限界を尽くして、絶望ギリギリに身を浸してでも掴まなければいけないものなのだ、明にとっての希望とは。
悲しみを背負って、初めて道は開かれる。開かれてきた。
これ以上背負わないために、皆を守り、昔のように本土で笑って暮らすために。

否、明は、その日常の風景には居なかった。
明の今の一番の目的は、宿敵雅を殺すこと。
守るために賭す生命。彼岸島に散らすと決意した魂。
それを徒や疎かに使うのは、許せるものではない。

そして手に入った、単純で安い希望を信じる?
ダメだ、安い希望でも潰えたら、明は折れずにいられる自信がない。
いかに目の前で刀が作られ、ヒグマを打ち倒すほどの力であっても。
己に無い原理で尽きる可能性のある、力なんて。

強く刀の柄を握りしめた。
明の希望はこの腕、体、魂、彼一人分に集約されている。
ポン、冷、そして兄の篤……託されてきたのだ。
宮本明の魂は、明一人のものでは、ないのだ。

「お金と同じですよ、宮本さん。魔法だって、あなたの元の力と合わせて利用してやればいい。
 その刀だって魔法の産物、余り難しく考える必要はありません」

言われてみれば、もうすでに明は魔法に頼っていた。
「……観柳さん、あんたの言うことが分からないほど俺も馬鹿じゃない。だけど」


574 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:18:04 KrV6PeKM0
誘惑に負けそうになるのを振り切るように、明は目をそらした。
その視界に入る、明の欲していたもの。

「――丸太だっ!丸太が流れているぞ!!」
興奮気味に叫ぶやいなや、宮本明は絨毯から飛び出した。

「ちょ、明さん、何やってんですかい!?」
すんでのところで、透き通る灰色の糸は明をつなぎとめた。
操り人形よろしく空中にとどまった明は、もがいていた。

「離してくれ英良さん!丸太が行っちまう!」
「逝っちまうのはあんたでしょうが!」

鬼気迫る明の形相。
唐突で意味不明な自殺行為だが、みすみす死なす訳にはいかない。
キリ、と張り詰めた魔なる糸を手繰り寄せ、引き上げようと試みる。
張り詰めた糸に抵抗する力が負荷をかけるが、魔法により作られた者だ、まず切れること無い。

「こ……のぉおおお!!」
糸に限界まで逆らい、明は力を抜いた。
戻る勢いに乗せて、明の体は回転する。

「な……!?」
明が動いた。そう視認した時には、勢いに合わせて抜刀された刀に、糸は音もなく両断されていた。
そのまま明はうねり狂う水に落ちていく。
いや、その着地先は海原ではなく丸太だ、明は新たに流れてきた丸太に飛び乗り刀を突き立て、当たり前のように乗りこなし流れていった。

きらきら、脳天気なお天道さまに照らされた糸は憮然として光を透かしてたなびいていた。
「魔法の糸を切っちゃったよ、宮本さん」

晴人は関心したような、呆れたような感想をため息混じりにもらす。
『カンリュウの金で造った魔法の剣だからね、エイリョウの糸だって頑張れば斬れると思うよ』
「アキラの根性というかきかん坊さもすげえけどな」

「全く、魔法なんてって言っておきながら一番有効活用してんじゃぁねえですか?
 ……で、どうしますね、観柳の兄さん?」

瞬く間に明は彼らの視界から消え失せた。
丸太に乗った……とてもじゃないが安定性を感じない後ろ姿を最後に。

「放っておく訳にもいかないでしょう。幸い宮本さんは私の刀を持っている、それを辿れば追いかけることは難しくはありませんよ」

意外な回答だ、と思うものはここには居ないが、この観柳の判断は今までなら絶対に無かったものであった。
新しく触れた、希望と言うなの通貨。
それは人間を、人間の感情すらも資産と見るべき考え方だ。
つまり宮本明という貴重な……特にこのような人財不足の状況では貴重な財産、人財をすっぱりと捨て去ることは、大きな損失につながる。
そして金を、人を無駄にする人間には不良債権がついて回る。
感情資産とは、行動思想で稼ぎだすものなのだ。

以前のように無駄と決めて、リスクを避ける行為は推奨されない。

――お金が神様なら、小銭はさしずめ天使様。大切に扱わなければ、罰があたります。

発想の転換、観柳にとって尊い金を人に置き換える。
打算的ではあるが、希望通貨運用の走りとしては上出来だったろう。


575 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:18:45 KrV6PeKM0
水はせめぎあい、轟々と唸る。
音全てをかき消しかねないそれに、謝罪の声が混じっていた。
心を溶かして、慟哭し、謝り続ける。
丸太に何度も何度も、拳をぶつける。

宮本明は、涙ながらに、謝っていた。
「すまねえ……すまねえ……っ!!!」

糸を切り裂き勝手な行動を始めたことに対する謝罪ではない。
「でもっ……なんで、なんで死んじまったんだよ西山ぁ!!」

放送を聞いた瞬間から、明の心には罪悪感と憤りが渦巻いていた。
一人でいたならすぐさま泣き叫んでいただろう。
しかしこんな状況で、誰かの前で泣くことは明が背負ってきた者達の面目にかけて許されるものではなかった。

ああ、俺が間に合わなかったから。
俺に、力が足りなかったから。
どこでどう死んじまったのかも分からねえ。

ただ、ただわかるのは。
「お前はきっと……ヒグマに殺されたんだよな」

夜明け前の恐怖を思い出す。
目の前で爆発したもの、両断されたもの、食われたもの。
自分の責任で死なせてしまった子供もいる。
明は、生き残ることでその罪を償うべきだと考えている。

――だって人間が入ってるなんて思う訳ねえだろ!?

操真晴人に言及されても答えなかったし、デイパックに詰めようともしていた。
そう思わなければ、明は生き残れる気がしなかったのだ。
彼岸島と同じだ、多少のことで挫けてなどいられない。
この、羆島でも……一切合切を切り詰めて、生きて、やるべきことをやるのだ。

「例えそうじゃなくても、ヒグマなんてもんがいるから……そうだよなぁ西山!!」

だから、殺さなければならない。
この島に、ただの一匹のヒグマの生存を許してはならない。
吸血鬼と等しく、奴らは人間の敵だ。
一度牙を向いたものを見逃せば、こちらが後ろから斬られる。
例外を許してしまえば、悲劇が繰り返される。

主催と羆の根絶。
それが、宮本明がこの島で生きる杖として選んだ指針であった。

「なんだ、水流が可笑しい……」
微妙な重心で丸太を操作していた明は違和感に涙を拭う。
元々四方からの津波でトチ狂った水流をしていたが、強烈な違和感。
まるで一方向に無理やり捻じ曲げられて逆流しているような、不自然の塊だ。

「うわっ、うわぁああああ!!?」
ぐるぐると丸太は回る。
最早操作どころではなく、落ちないようにしがみつくので精一杯だ。

しかも、目前に迫るは水流からせり出した丘。
「丸太が割れた!?」

壁面に激突した瞬間、丸太は縦に裂けて割れた。
驚愕しつつ明は丸太の残骸に足を踏み込み飛び出す。もっと正確に言うと、飛び出したように丘に投げ出される。

衝撃に意識が明滅し……やがて灯りを落としてしまった。


576 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:19:49 KrV6PeKM0
回転する、何かの音が聞こえる。

それは、歯車だろうか。
それは、機関だろうか。
それは、水流だろうか。

違う。
丸い、丸い円だ。
意識の中に、円が幾重にも波紋を広げる。

薄ら眼を開けると、シュルシュルと明確な音が見えてきた。
球だ。回っていたのは、丸い鉄でできた球体であった。

「起きたようだな」
音が止む。
機械的で精密な心地良い感覚が消え失せ、鈍い痛みが明の体に戻り始める。

「あんたは……」
殺意は見えなかった。
命を脅かすものに人一倍敏感な明は、それ故に警戒心を低めに問う。
もしも殺意があれば、意識が戻ると同時に刀を抜いていただろう。
気を失っても離さなかったそれを、もう一度握りしめた。

「名乗る名は置いてきた。義弟でも妹夫でもウェカピポの妹の夫でも、好きに呼べばいい」
「なんだそれ……まあ、いいや。俺は宮本明……あんたが俺を助けてくれたのか?」

くらむ頭をたたき起こして明は笑う。
奇妙な人物だが、悪い気はしない。
どうやら前方の景色を見る限り、打ち上げられた丘から位置は動いていないらしい。
その視界にまず映ったのは両断された海。
丘を境に、海が綺麗に割れていた。
水流が狂っていた理由はこれか、と明は呆然とする。


「漸く起きましたか……ったく、飛び出したかと思えば気を失ってやがるなんて」
世話の焼けるお人ですねえ、と煙草に火を灯しながら呆れる阿紫花。

「あれ、英良さん、なんでここに」
「そりゃあ宮本さんを追っかけてきたからに決まってるだろ?」

晴人もいる。なぜか、彼の手にはローストビーフのサンドイッチがあった。
高層ビルから明が流れているのを奇跡的に見出し、救助するべく義弟たちは動いていた。
波から救うのに間に合わなかったものの、運良く地面に落ちた明を介抱して、今に至る。
残っていた食料は明に与えるべく持ちだしていたのだが、同じく明を追いかけて合流した一行に行き渡っている。

「アキラが寝てる間に、粗方話がついたんだよ」

ブローニンソンにノートパソコンを渡され、明はぽかんとしながらその画面に映る文字を読んでいく。

そこには、打倒主催への道標と、盗聴を考慮した文章がまとめられていた。
一々他の参加者に会う度に筆談を行う手間を省くために、李徴の指示の元、フォックスが纏めたのだ。
「そうか……」

なんだか、自分は激しく空回りしていたなあ、と嘆息してしまう。
泣いたり寝たりしたおかげもあるのだろう。
明確な情報と主催打倒のビジョンに、明は力強く頷いて立ち上がった。

「宮本さん、動いても大丈夫ですか?大丈夫ならば移動しようと思っていますが」
「ああ、大丈夫だ観柳さん。そうだな、こんなところでのんびりしてたら、羆に食われちまう」

こんなところ、と初めて前方以外に目をやって、明は絶句した。
羆が、いる。
羆がサンドイッチを喰らい、人をその背に乗せている。

「あれが小隻が言っていた白金の魔法少女ってやつか……?」
『そうですね』
「どう見ても男……というか……なかなかにきついな……」

フォックスと小隻と李徴は聞こえないように感想を述べ合っていた。
そりゃあ、キルトだろうがトレンチコートだろうが、男のスカートはキツイよ。
似合ってても辛くなるし、アンバランスだともういたたまれない。
キルトがスコットランドの男性の正装だと知っていても、ちょっと引きますって。知らないならなおのこと。

義弟は人の衣装にとやかく言うつもりはないのかコメントがない。
またもや微妙な気持ちをフォックスは一人で抱える羽目になった。
衣装以外はまともで貴重な人間なのに……。


577 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:20:41 KrV6PeKM0
「あちらの羆は李徴さんと、小隻さん。今のところは協力的な羆だそうで。乗っているのはフォックスさんという御方です」

注釈はつけられたが、そういうことではない。
落ち着いていた明の心に波が立つ。
荒れ狂う、津波のように。

周囲が察知するより疾く、明は駆け出した。
羆は殺す。
打ち立てた指針と共に抜刀し、ただ、斬る。

明の刃を止めたのは、丸い円を内包する鉄球であった。
「邪魔すんじゃねえ!!」

「恩人の同行者に斬りかかるのがお前の流儀なのか……?理解も承諾もしかねるな」

回転する鉄球は刀を削り、抉るような不協和音でがなりたてる。
刀を振りぬき一端退いた明の脳裏に、言いようのない不安が襲った。

警告するような、予知めいた恐怖。
それが何を意味するのか、はっきりとは思い描けない。
だが、あの回転……鉄球……把握できていない技術に明は、すこしばかりたじろいだ。
それでも出した手を引く訳にはいかない。

「何があろうと羆は殺さなくちゃいけない、一匹たりとも残しちゃいけない、それがこの島の掟だ!」
「え、そんな掟ありましたっけ?」
「観柳さんは黙っててくれ!!!」
「あっ、はい」

有無を言わせず怒鳴る明に思わず引き下がる観柳。
凄まじい気迫である。

「なるほど、曲げるつもりはないと」
ならば、いいだろう。
義弟は鉄球を回しながら、明を真っ直ぐに見据えた。

「曲げられぬ、譲れぬものがあるのならば……それに見合う命を差し出してもらおう。『決闘』だ」
「……いいかもしれねえな……俺にも多分、それ以上の方法は見つけられねえ」

いや、もっといい方法があるし話しあえよ。
フォックスも李徴も小隻も観柳も阿紫花も晴人もブローニンソンも、キュゥべえでさえも声に出さずに突っ込んだ。
やたらに波長が合ってしまった二人に何か言える空気ではない。
本当のところ止めたいが。

「お前らには両者の決闘の立会人になってもらう。
 この決闘が決して人殺しや卑怯者の行為ではなく正当なものであることを見とどける」


義弟と明以外が困惑しているうちに淡々となんでもないエリア境の丘は決闘の場所に変えられていく。
津波がうねる方を背に明が、大地広がる街を背に義弟が、それぞれ真正面に向き合っている。

その横につけるように、各々の立会人達は、どこか居心地悪く配置された。

「背水之陣……中国の言葉だったか?」
一歩も引けぬ状況を課して、寄せ集めの兵士に死力を尽くさせた兵法。

「そんなに格好のいいもんじゃねえさ……」
漲る殺気とは裏腹に、明の声は静かで澄んでいた。

「さっそく始めるか、もたもたすることもない……一瞬でカタをつけよう」
「……悪いが、それは無理そうだ」

ただの一太刀、一投で終わる予想は明には見えなかった。
ヒグマの軌道を読みきれなかったように、目算は外れ一撃で死んでしまうかもしれない。
ただ、死力を尽くす。
意味があるとかないとかじゃあない。

宮本明にできるのは、目の前の事象に全身全霊でぶつかることのみ。
遍く彼の心を研ぎ澄まさねば。
研いで研いで、細い刀に。
間違っていようがダメだろうが、目的のためだけに。

それが、宮本明の生き残るために選んだ精神の在り方。


578 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:21:10 KrV6PeKM0
――ええ、僕は少し、意味が分かりませんでした。

僕は言葉に、文字に出来ない気持ちで彼らを見ています。
どうして、主義主張の違いをそうも簡単に『決闘』に委ねて戦えるのでしょうか?

人間には言葉がある。
アキラと呼ばれた人間は激情こそあれど、僕達ヒグマのように話の通じづらい相手には見えなかった。
それに、僕らを見ていた、眼。

決心が揺らいで、一瞬で波を止めたあの眼。
斬りかかられても僕が何もできなかったのは、意味不明でも何も言えなかったのは、あの眼を見てしまったからなんです。

もっと言うと、波に流されていた彼を遠くから見つけた時。
いいえ、彼は流されてなどいませんでした。
しっかりと丸太を操り、自分の意思で動かしていました。

最後の最後で、より強い意思に流されてしまいましたが、だからこそ。
僕は……彼を見て、観ていたい。
揺らぎを必死に抑えて矛盾や理不尽を抱え込んでいるよう見える姿を。

『決闘』とは、文化的な殺し合いみたいです。
人間だから行う、理性的な戦い。

そこに文字は存在しない。
でも僕がこうして思考することは間違いなく文字であって。

風が吹き抜けます。
彼らの手札を早く晒せと急かすように。




――わけがわからないよ。

キュゥべえは、そんな表層思考を読みながら何度目かも分からない理解不能だという結果を出した。
他の魔法少女のことを言おうとする度に邪魔が入ってしまう。
でも、この決闘とやらで負傷者が出れば魔法少女を増やすことができるかもしれない。
幸いにして巴マミと暁美ほむらの感覚は近いし、後回しにしても問題はないだろう。

本当に人間は、わけがわからない。
感情とは、大層面倒なものである。


579 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:22:13 KrV6PeKM0
【E-7/E-6との境にある丘/午前】


【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:魔法製金の刀
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:ヒグマ全滅
0:決闘に勝ちヒグマを全部殺してみせる
1:西山……
2:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る


【ジャック・ブローニンソン@妄想オリロワ2(支給品)】
状態:木偶(デク)化
装備:なし
道具:なし
基本思考:獣姦
0:動物たちと愛し合いながら逝けるならもういつ死んでもいいよぉ!!
1:アキラ……
[備考]
※フランドルの支給品です。
※一度死んで、阿紫花英良の魔力で動いています。魔力の供給が途絶えた時点で死体に戻ります。


【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女、ジャック・ブローニンソンに魔力供給中
装備:ソウルジェム(濁り小)、魔法少女衣装
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)
紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、鎖付きベアトラップ×2
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:明さんを誰かどうにかしてくださいよ……。
1:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
2:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
3:他の参加者を探して協力を取り付ける
4:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
5:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。


【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り極小)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:宮本さんは貴重な人財ですが……あの……。
1:他の参加者をどうにか利用して生き残る
2:元の時代に生きて帰る方法を見つける
3:取り敢えず津波の収まるまでは様子見でしょうか。
4:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


580 : Round ZERO ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:22:52 KrV6PeKM0
【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:普段着、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:宮本さん大丈夫かなあ。
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……なれるのかこれは?
2:キュゥべえちゃんは、とりあえず軽蔑。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。


【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれた一円金貨
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:わけがわからないよ。
1:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
2:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。


【ヒグマになった李徴子@山月記?】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
0:こんな身でロワイアルの地にある今でも俺は、俺のSSが長安風流人士のモニターに映ることを願うのだ……。
1:小隻の才と作品を、もっと見たい。
2:フォックスには、まだまだ作品を記録していってもらいたい。
3:人間でありたい。
4:自分の流儀とは一体、何なのだ?
5:対主催同士の合流に衝突はつきもの、見守ろうではないか
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


【フォックス@北斗の拳】
状態:健康
装備:カマ@北斗の拳
道具:基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ランダム支給品×0〜2(@しんのゆうしゃ) 、ランダム支給品×0〜2(@陳郡の袁さん)、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)
基本思考:生き残り重視
0:メンバーがやばすぎる……。利用しつづけていけるか、俺……?
1:李徴は正気のほうが利用しやすいかも知れん。色々うざったいけど。
2:義弟は逆鱗に触れないようにすることだけ気を付けて、うまいことその能力を活用してやりたい。
3:シャオジーはいつ襲い掛かってきてもおかしくねぇから、背中を晒さねぇようにだけは気を付けよう。
4:まともな人間ってなんだろうな。
[備考]
※勲章『ルーキーカウボーイ』を手に入れました。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』の内容と
 布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。


【隻眼2】
状態:左前脚に内出血、隻眼
装備:無し
道具:無し
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:主催者に対抗することに、ヒグマはうまみがあるのかしら……?
1:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
2:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
3:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
4:この戦いは意味がわからないけど、観る意味はあるはずだ。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫が、用心相手に入っています。


【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:健康
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:手に入れた情報を広める。
1:今は目の前の『決闘』だ。
2:フォックスは拳法家の流儀通り行動すべきだ。
3:李徴はヒグマなのか人間なのか小説家なのかはっきりしろ。
4:シャオジーは無理して人間の流儀を学ぶ必要はないし、ヒグマでいてくれた方が有り難いんだが……。
5:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
6:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。


581 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/05/02(金) 20:23:13 KrV6PeKM0
投下終了いたします。


582 : 名無しさん :2014/05/03(土) 00:59:32 GJCjo646O
投下乙
決闘か、決闘かー……
つい自然に流してしまったがおかしいな、ヤバいな明さんと義弟……
果たして決闘の行方は如何に?


583 : 名無しさん :2014/05/03(土) 08:55:12 lZMPElEE0
投下乙
先祖から伝わる流儀に期待しよう


584 : 名無しさん :2014/05/03(土) 11:26:35 JLLnzmX.0
投下乙
ローストビーフサンドみんなに作ってくれるし、ヒグマを見て暴走する宮本さん止めるし
ウェカピポの妹の夫ってすげぇいい奴だな……!


現在のヒグマの状況をまとめてみました↓


【初期配置ヒグマ(マーダー)】

ヒグマン子爵
ヒグマード

【初期配置ヒグマ(対主催)】

ヒグマになった李徴子
隻眼2(小隻)
デビルヒグマ
メロン熊
クマー
くまモン
デデンネと仲良くなったヒグマ

【アイテム化】

孫悟空を殺したヒグマ→羆殺し
穴持たずドリーマー→ヒグマッキー
穴持たずサーファー→天龍のポケモン

【制裁ヒグマ】
ガンダムヒグマ
パッチール
ミズクマ
モノクマ

【ヒグマ帝国】

灰色熊
グリズリーマザー
穴持たず59
穴持たず81ヤイコ
穴持たず47シーナー
穴持たず48司馬達也
穴持たず46司馬深雪
モノクマ(江ノ島盾子)
キングヒグマ

【ヒグマ帝国から逃亡中】

穴持たず678(ヒグマ提督)


585 : 名無しさん :2014/05/03(土) 16:26:22 JpJ.lapo0
なんだかんだで初期ヒグマ大分減ったなーw


586 : ◆Dme3n.ES16 :2014/05/04(日) 00:01:44 op9m5lHE0
パッチール、カラス、北岡秀一で予約


587 : ◆Dme3n.ES16 :2014/05/04(日) 05:01:37 op9m5lHE0
投下します


588 : ◆Dme3n.ES16 :2014/05/04(日) 05:02:44 op9m5lHE0
「やれやれ、大惨事ですね。これでは実験どころではないでしょう?」

それなりに安全そうな保護者の登場でれいの安全も確保できたのでひとまず他の場所の様子を
見に行くことにしたカラスは全方位津波によって大打撃を受けた会場の有様を上空から眺めていた。

「もはや有富が制御できているとは思えませんね。過ぎた力を行使した罰ということですか?」

島の全容を大体把握したカラスは水没した街に生えたそれなりの高さがあるビルの屋上に着地する。

「主催本拠地がどうなっているのか気になりますね。一旦戻った方がいいでしょうか?……おや?」

カラスがこれからの予定を考えているとき、異変が起こった。
突然、屋上のコンクリート床に波紋状の亀裂が走り出したのだ。

「水圧がビルの耐久力を超えてしまったのでしょうかね?……いや、違う、これは!」

激しい爆発と共に屋上の床が弾け飛び、瓦礫と共に巨大な生物が跳んできた。

「何者です!?」
「パルルルルルアアアアアアアア!!!」

強靭な体、俊足の足、耳だけ何故か丸くて斑模様の毛が生えているが、
その生き物は見紛うことなくヒグマだった。
かつてパッチールだった生き物、ヒグマールは雄たけびを上げながら
持てる全ての力を両前足に収束してカラスに突撃した。

ヒグマールのばかぢから!

元々の威力に加え、特製あまのじゃくによる能力上昇効果によって
もはやケッキングのギガインパクトと互角以上のパワーになった一撃。
カラスが慌てて空を飛んで避けると、足場にしていた屋上の手すりが瞬く間に砕け散り、
衝撃が階下に伝わったのかビル全体に亀裂が走って建物の倒壊が始まる。

「流石ヒグマですね。見かけない顔ですがその力、初期ナンバーの誰かでしょうか?」

次々と瓦礫に飛び移りながら尚もカラスに追撃を仕掛けようとするヒグマール。
ギガインパクトと違いばかぢからは連続使用が可能な上、ヒグマールの場合は
使えば使うほど威力が増すというチート性能。
その実力はもはや島内のヒグマ達すら超えていると言えるだろう。


589 : ゆめをみていました ◆Dme3n.ES16 :2014/05/04(日) 05:03:18 op9m5lHE0
だが、そんなヒグマールを見てもカラスは涼しい顔をしていた。
カラスは両翼を左右に広げ、その翼を何十倍もの質量に巨大化させる。
そして広がった翼から無数の羽を弾丸のようにヒグマールに飛ばす。

「パルルルルルアアアアアアアア!!?」

そのような攻撃など今のヒグマールは避けるまでもない。
強靭な体毛で次々と弾き飛ばしながら瓦礫を足場にして跳び上がり、
再びカラスにばかぢからを叩き込む!これが神をも超えた究極のポケモンの力!

スカッ!

カラスにはこうかがなかった!

すべての力込めたヒグマールの一撃は大きく空中で空振りをしていた。
既に翼を元の大きさに戻したカラスがポケモンのわざのそらをとぶのように
はるか上空へ飛翔していたのだ。どんどん遠ざかるカラスを見上げるヒグマール。
そしてカラスは空を飛んだまま一向に降りてこない。

「パルァ!?」

だが悲劇はそれで終わらなかった。先ほどカラスが放った羽が周囲の瓦礫を全て破壊していたのである。
残念ながら飛行属性は身に付けていないヒグマールはなすすべもなく落下していく。
その様子をみてカラスは空中でため息をついた。

「なんですかその様は?単純にパワーを上げただけですか?野生の神秘も感じない。
 いくらヒグマとはいえそのような強化でこのゲームを生き残れる訳がないでしょう?」

まだぎりぎりパッチールだった頃には辛うじて残っていた知性。
がむしゃらに力を求めるあまりそれすら消去してしまった今のヒグマールは
地形も考えずただただ力任せに突撃を繰り返す戦法しか取れなくなっていたのだ。

落下と共にどんどん小さくなっていく上空のカラスの姿。
それが、突然黒い球体になり、どんどん大きくなっていく。

「パルッ!?」

それは、巨大な六枚の翼と真紅の単眼を持った怪獣だった。
カラスの姿をした謎の超存在の戦闘形態。
黒騎れいがカーズに襲われている時には使わなかった真の姿。
最も『始まりと終わりに存在するもの』の代弁者を名乗る彼女が、
単なる手駒ごときに本来の実力など出す訳ないのだが。

「あのカーズとかいう下等生物を取り込んだ時の力。
 れいの矢程ではないですが、あなたごときには十分ですね」

カラスの単眼に真紅のエネルギーが収束していく。

「私はあなたになど興味はないのですよ、消えなさい」

全力で放てば宇宙を丸ごと消滅させると噂される光線を、落下していくヒグマールに向けて発射した。
ヒグマールは殆ど消えた理性の中で、どうせならはかいこうせん覚えときゃ良かったと後悔しながら、
破滅の光に飲み込まれていった。


590 : ゆめをみていました ◆Dme3n.ES16 :2014/05/04(日) 05:03:38 op9m5lHE0


「おや、まだ息があるのですか?紛い物とはいえ流石はヒグマの技術」

元の姿に戻って地面に降りたカラスは、黒こげになりながら倒れ伏すヒグマールの傍に近づき、
何かを思いついたかように両目を光らせた。

「棄てるのは惜しいですね――――私が使ってあげましょう」
「……パ……!?」

朦朧としたヒグマールが顔を上げると、頭だけが大きくなったカラスが大きく口を開けているのが見えた。
身動きが取れないヒグマールはどうすることも出来ず、頭から丸呑みにされ、嚥下する音と共に彼女の体内に取り込まれた。


【ヒグマール 死亡】


「なるほど、これがヒグマの力ですか。紛い物とはいえ、この力も悪くはないですね……んん?」

カラスは違和感を感じ、喉から丸い塊を口内に戻す。

ぺっ!

そして、その異物を吐き出して遠くへ飛ばした。

「危ない危ない、妙な不純物が混じっていましたか。
 あんなものを摂取すれば却ってパワーダウンしてしまう」

その小さな物体は水流の上に落下し、そのまま波に飲まれてどこかへ流されていった。

「じゃあ、島の状況は大体把握できましたし、れいの所へ帰りましょうかね。
 あの娘も使えなくなった時は今のヒグマの様に……」

新たな力を手に入れたカラスは、可愛い手駒の元へ戻る為に飛び立った。


【E−4:上空/昼】

【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:正常、ヒグマの力を吸収
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンを破壊する
1:れいにヒグマをサポートさせ、人間と示現エンジンを破壊させる。
[備考]
※黒騎れいの所有物です。
※ヒグマールの力を吸収しました


591 : ゆめをみていました ◆Dme3n.ES16 :2014/05/04(日) 05:04:09 op9m5lHE0

「氷で結構防いでるけど、やっぱ流れてるなぁ、津波」

アニラの作ったオレンジシャーベットを食べ終わった北岡秀一は、
少し見回りに行ってくると言ってレストラン街から少し離れた場所まで歩いてきていた。
すっかり回復し、若返った以前より若返ったようなウィルソンさんや
見た目とは裏腹に非常に優秀な軍人である皇さんの前では現在の自分は少々立場が悪い。
だから佐天お嬢ちゃんと友好な関係を築くためにもう少し話さなきゃいけないのは分かっている。
分かっているのだが……。

『あ、皇さん丸くなって寝てるね』
『あははっ、なんだ可愛いじゃん♪』

おはぎ形態のアニラを「カワイイ」と連呼しながら背中をつついてむっちゃ和んでいる
女子中学生ズに流石についていけなくなってきたのでちょっと頭を冷やしに来たのだ。
確かに佐天ちゃんの容姿等の女性的なスペックはあの年にしては相当レベルが高い。
どんなに中身がよくても見た目だけで生理的に受け付けないという女性も多い中、
あの怪物のような容姿でも受け入れる心の寛容さは非常に魅力的だ。

「でもなぁ……ん?」

北岡は流水のギリギリまで足を運ぶと、何か痙攣している小さな物体が瓦礫に引っかかっているのが見えた。
それがなぜか妙に気になった北岡は物体に近づき、拾い上げた。

「……ぱ〜……」

それは、ぬいぐるみのような生物だった。
全身がずぶぬれになった斑模様の毛を持つ熊の子供のような生き物、パッチールが
目をぐるぐるに廻して気を失っている。

「おお……これは……!!」

その庇護欲を刺激するキュートさに吊り橋効果でおはぎの様に丸まったアニラが
だんだん可愛く思えてきた北岡の脳に衝撃が走る。
目に涙さえ浮かべながら気絶したパッチールを抱きしめた。

「見なさい!可愛い生き物とはこういう奴の事を言うんだぞ!
 早く帰ってクリーチャー萌えに走っているJC達に見せてやらなくちゃな、まったく!」

北岡は気絶したパッチールを大事そうに抱えてレストラン街へと戻って行った。








ボクは今まで何をしていたんだろう?

頭がぐるぐるしてあんまし思い出せない。

でも多分、もうボクには何も残っていない。

ボクは全てを失ってしまった。

でも、ひょっとしたらこれでよかったのかもしれない。

ボクは一体何に駆り立てられていたんだろう?

とりあえず、なんかもう色々疲れたからゆっくり休みたいな。


『さあ、こっちに来て!大丈夫!ずっと一緒だよ!』


592 : ゆめをみていました ◆Dme3n.ES16 :2014/05/04(日) 05:04:25 op9m5lHE0
「……ぱ〜……」

北岡弁護士に抱きかかえられたパッチールは幸せだった頃の夢を見て嬉しそうに笑った。


【D-4 街/午前】

【北岡秀一@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダーゾルダ、全身打撲
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:血糊(残り二袋)、ランダム支給品0〜1、基本支給品、血糊の付いたスーツ
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
0:ウィルソンさんも皇さんも、俺の予想以上に有能だったわ……。考えを改めよう。
1:お嬢さんたちともしっかり情報交換して、行動方針を立てられるようにしないとな。
2:皇さん、弁護してくれよ……? 俺も弁護してあげるからさぁ……。
3:佐天って子はちょいと怖いところあるけど、津波にも怪我にも対応できるアレ、どうにかもっと活かせないかねぇ……?
4:なんだこの可愛い生き物は?
[備考]
※参戦時期は浅倉がライダーになるより以前。
※鏡及び姿を写せるものがないと変身できない制限あり。

【パッチール@穴持たず】
状態:重傷、気絶
装備:なし
道具:なし
基本思考:寝る
0:おやすみなさい
[備考]
※ばかぢから、ドレインパンチ、フラフラダンスを覚えています
※カラスに力を奪われてステロイドの効果が切れました


593 : 名無しさん :2014/05/04(日) 05:04:42 op9m5lHE0
投下終了


594 : 名無しさん :2014/05/04(日) 23:43:58 mtjlb47s0
投下お疲れ様です。
ヒグマステロイドが抜けたパッチールかわいい。
うむ、もはや現状では力押しでは生き残れませんねぇ、この世界。
もちろんカラスが元から強いってのはありますが、絡め手は必須です。
そしてパッチールを大事に抱える北岡先生、よくわかってらっしゃる!
パッチールかわいい、頑張れ。


595 : ◆7NiTLrWgSs :2014/05/06(火) 21:21:22 iRS0v5i60
予約延長します


596 : ◆Dme3n.ES16 :2014/05/06(火) 23:35:05 S3/a3des0
投下します


597 : 黄金のかぎ ◆Dme3n.ES16 :2014/05/06(火) 23:36:03 S3/a3des0

雪が深く降り積もった冬、貧しい少年が、外に出て薪を集めて橇に載せてくるよう言い付かりました。
少年は薪を集めて橇に積み込むと、あまりに寒かったので、すぐには家に帰らず、火をおこして少し暖まろうと思いました。
そこで雪を掻き分け、地面を平らにしていると、小さな金の鍵を見つけました。
鍵があれば、それに合う錠前もあるはずだと思って土を掘ると、鉄の小箱が出てきました。
「鍵が合いますように。箱の中にはきっと高価な物が入っているに違いない」と彼は思いました。
なかなか鍵穴が見つかりませんでしたが、とうとう、ほとんど見えないくらい小さな穴を見つけました。
試してみると、鍵はうまく合いました。そこで一度ぐるりと回しました。
さて、彼がすっかり蓋をあけるまで、私たちは待たねばなりません。
そうしたら、どんなに素晴らしい物が小箱に入っていたかが分かるでしょう。


◆  ◆  ◆


【穴持たず00〜59】

●穴持たず00(ルカ)
●穴持たず0(回転怪獣ギロス)
○穴持たず1(デビルヒグマ)
●穴持たず2(工藤健介)
○穴持たず3(メロン熊)
●穴持たず4 (死熊)
●穴持たず5(命名不詳)
●穴持たず6(命名不詳)
○穴持たず7(ヒグマード)
●穴持たず8(火グマ)
●穴持たず9(命名不詳)
●穴持たず10(ポーラマン)
●穴持たず12(命名不詳)
○穴持たず13(ヒグマン子爵)
●穴持たず14(日本語ペラぺーラ)
●穴持たず15 (穴持たず14)
●穴持たず16 (樋熊さん)
●穴持たず17(野生のヒグマ)
●穴持たず18(隻眼1)
●穴持たず19(ヒグマ・オブ・オーナー)
●穴持たず20(ヒグマ型巨人)
●穴持たず21(エニグマのヒグマ)
●穴持たず22(穴持たずポーク)
○穴持たず23(灰色熊)
○穴持たず24(デデンネと仲良くなったヒグマ)
○穴持たず25(隻眼2)
●穴持たず26(ヒリングマ)
●穴持たず27(ヒグマイッチ)
○穴持たず28(クマー)
●穴持たず29(ミラーモンスターになったヒグマ)
○穴持たず30(くまモン)
●穴持たず31(究極生命体カーズ)
●穴持たず32(リラックマ)
●穴持たず33(リュウセイさんと赤屍さんと獣殿を倒したヒグマ)
●穴持たず34(空飛ぶクマ)
●穴持たず35(羅漢樋熊拳伝承獣ヒグマ)
○穴持たず36(ヒグマになった李徴子)
●穴持たず37(美来斗利偉・樋熊男)
●穴持たず38(制裁ヒグマ)
○穴持たず39(ミズクマ)
●穴持たず40(孫悟空を瞬殺したヒグマ)
○穴持たず41
○穴持たず42 
○穴持たず43
○穴持たず44
○穴持たず45
○穴持たず46(シロクマ)
○穴持たず47(シーナー)
○穴持たず48(シバ)
○穴持たず49
○穴持たず50
●穴持たず51(クラッシュ)
●穴持たず52(ロス)
●穴持たず53(ノードウィンド)
●穴持たず54(コノップカ)
○穴持たず55
○穴持たず56(ガンダムに乗ったヒグマ)
○穴持たず57(穴持たずサーファー)
●穴持たず58(命名不詳)
○穴持たず59(命名不詳)


598 : 黄金のかぎ ◆Dme3n.ES16 :2014/05/06(火) 23:36:21 S3/a3des0

「量より質のヒグマは残り24匹。随分減ったなぁ。
 ……はぁ、なんかもう無理っぽい?」

ヒグマ帝国の地下深く。とある管理室のモニターの前で、
卓越した知性と天使のごとき美貌を兼ね備えた天才少女、
四宮ひまわりは暇つぶしに島の中枢コンピューターをハッキングして
入手した実験に参加した穴持たずのリストを眺めていた。
有富に島の発電機に使っている示現エンジンを自由に触らせていいよと言われたので
嬉々としてやって来た彼女であるが、実験中になにかしらトラブルがあったらしく、
数時間前から監禁されているような状態だ。
まあ、牢屋に入れられている筈のヒグマが廊下をうろついているらしいので
此処にいる方が安全だと思うし、いざとなったら変身して自力で脱出すればいいや。
胸の谷間に隠してある鍵を触りながらモニターの前に突っ伏す。

「てかクラッシュちゃん達もやられてるし……。
 せっかく造ったのに無駄になっちゃったかな?」

突っ伏したディスクの端の方に、彼女が持っているオペレーションキーと
酷似した鍵が山積みされている。この研究所の示現エンジンを利用して
作りだした秘密兵器であり、ヒグマの中でも特にチームワークに優れている
あの4匹に支給される予定だったのだが先走って出て行ってしまったらしい。

「有富って、結局何がしたいんだろ?……ん?誰?」

部屋がノックされているのに気が付いたひまわりちゃんは、
めんどくさそうに椅子から立ち上がりドアのロックを外した。
そこに居たのは、二本足で立って珈琲とお菓子を乗せたトレーを持ったヒグマだった。

「やあ四宮殿、お仕事頑張っているかい?コーヒーはいかが?」
「うん、ありがと。……えっと、誰?」
「ああ、番号と名前は気にしなくていいよ。私は沢山いる穴持たずの一匹に過ぎないからね」
「ふぅん」

頭に王冠のようなものを乗っているのが気になるが本人がそう言っているのだから仕方がない。
何匹か知能の高い穴持たずも作っていたみたいだし普通に喋っているのも気にならなかった。

「苦かったら蜂蜜をいれて下さいね。それで、本題ですが。
 疑似オペレーションキーは完成したのですか?」
「ああ、あれ?うん、デキはまあまあだけど」

トレーをディスクまで持っていったひまわりちゃんは机に無造作に置かれた鍵、
疑似オペレーションキーを両手で鷲掴みにして再び扉の前に戻り、ヒグマに渡した。

「ありがとうございます」
「誰か使うの?」
「まだ候補は決めておりませんが、緊急を要するもので」
「試作品だからどうなっても知らないからね」

大量の鍵を肩にぶら下げている鞄に詰めたヒグマは、
部屋の床をじっと見つめて彼女に告げた。

「そこらへんに転がっているペットボトルも回収しておきましょうか?」
「ん、ありがと」


599 : 黄金のかぎ ◆Dme3n.ES16 :2014/05/06(火) 23:37:19 S3/a3des0


「ふぅ、良かった、生きていたか。あの娘はまだ喰われては困るからな」

無事、日雇い技術者の四宮ひまわりから疑似オペレーションキーを
入手することに成功したキングヒグマはホッと胸を撫で下ろす。

「初期ナンバーは13番以外ほぼ全滅……人間にやられるのはまだしも寝返るとは何事だ?
 これで60番以降の使い物にならん奴らも少しは働けるようになるといいのだが。」

それはそうと片手にぶら下げたビニール袋に入っているペットボトルを見て首を傾げる。

「おかしいな、確かエナジードリンクじゃなくて
 紫色のジュースが入っていた筈だが?まあどうでもいいか」

ヒグマは知能に問題がある奴が多いので重要な仕事は自ら動かねばならない。
どうにかならないものかと思いながらキングヒグマは廊下の向こうへと消えていった。




【ヒグマ帝国内:示現エンジン管理室前/昼】

【穴持たず204(キングヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:疑似オペレーションキー×20 、燃えないゴミ
[思考・状況]
基本思考:前主催の代わりに主催として振る舞う。
0:島内の情報収集
1:キングとしてヒグマの繁栄を目指す
2:穴持たず59に連絡して島へ呼び戻す
3:灰色熊に、現在の情報を伝達したいんだが何処へ行った?
4:疑似オペレーションキーを60番以降のヒグマに渡す
5:ゴミを捨てる

【四宮ひまわり@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:健康
装備:なし
道具:オペレーションキー
[思考・状況]
基本思考:示現エンジンの管理
0:暇つぶしに島内の情報収集をする
[備考]
※疑似オペレーションキーを使うとドッキングオペレーションが出来るようになります
※以下のヒグマは穴持たず以外の番外のようです

穴持たずではないヒグマ(プニキ)・アメリカクロクマです
自動羆人形・研究員が趣味で造ったからくり人形です
HIGUMA・MUSASHIをベースにしたアトラクションです
クマ吉君・不法侵入者です
モノクマ・いつの間にか紛れ込んでいました
パッチール・捨てられていたのを拾ってきました


600 : 名無しさん :2014/05/06(火) 23:37:52 S3/a3des0
終了です。


601 : ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 00:07:31 D.iKEgBs0
予約延長します。

>黄金のかぎ
投下お疲れ様です。ですが、色々と、以前のSSから矛盾が生じている番号があるように思われます。
ヒグマ発祥の要になったカーズ様がナンバリング後ろ側に並べられているのもよくわかりませんし……。
あとそもそもパッチールはヒグマではなくパンダだったと思いますので、わざわざ言及される必要はないかと。
示現エンジン前でこもりっぱなしだったひまわりちゃんが、穴持たず1や布束研究員でさえ知らなかった情報を入手しているのもよくわかりません。


602 : ◆Dme3n.ES16 :2014/05/08(木) 00:18:18 yw8z2VU.0
確かに設定の矛盾が多数存在するので今回の話は破棄します。 申し訳ない。


603 : ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:30:17 D.iKEgBs0
>ゆめをみていました
パッチールかわいい!
北岡さん、クリーチャー萌えとか言うんだ……。
そして佐天女史と初春女史。あなたたちは突っつくんだ!?

>Round ZERO
あれ? 義弟さん、株が上がってく?
それにしても突っ込みを許さない彼岸島空間は恐ろしい……。
ネアポリスVS彼岸島の流儀対決は非常に楽しみです。

それでは自分も予約を投下します。


604 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:30:59 D.iKEgBs0
♪ おてもやん あんたこのごろ 嫁入りしたではないかいな
♪ 嫁入りしたこた したばってん
♪ 御亭どんの ぐじゃっぺだるけん
♪ まぁだ盃ゃ せんだった
♪ 村役 鳶役 肝煎りどん あん人達のおらすけんで
♪ 後はどうなと きゃあなろたい
♪ 川端町っつぁん きゃあ巡ろい
♪ 春日ぼうぶらどん達ゃ 尻ひっぴゃぁで 花盛り花盛り
♪ ピーチクパーチク雲雀の子 玄白なすびのイガイガどん

♪ 一つ山越え も一つ山越え あの山越えて
♪ 私ゃあんたに 惚れとるばい
♪ 惚れとるばってん 言われんたい
♪ 追々彼岸も 近まれば 若者衆も寄らすけん
♪ 熊本(くまんどん)の 夜聴聞(よじょもん)詣りに
♪ ゆるゆる話も きゃあしゅうたい
♪ 男振りには 惚れんばな
♪ 煙草入れの銀金具が それがそもそも 因縁たい
♪ あかちゃかべっちゃか ちゃかちゃかちゃ


「あれ? おてもさん、あなた最近、お嫁にいったんじゃなかったっけ?」
「お嫁に行ったことは行ったんだけど。亭主になるらしい男の人が病み上がりらしくて、まだ式挙げてないのよ。
 世話役も親方も仲人さんもいるから、後は何とかなるでしょう。
 ……ねぇ、川端町の方を廻っていかない?
 春日カボチャみたいな男達が調子に乗って私にすり寄ってくるけど。
 私、ペラペラ喋る野暮な男や、ダサい唐変木はキライなのよ」

 それにしてもあなたは、私みたいな女が近寄れないほど遠い存在なのかしら。
 私は、あなたが好き。
 でも、そんなことは言えないわ。
 ……そうだ。お彼岸が近くなれば、若い男女も不自然じゃなく、聴聞に集まるわよね。

「ねぇ、私、熊本に行くから、夜、あなたの所のお寺にお参りに行かせてよ。
 ありがたいお話を聞きながら、二人でゆっくり語り合いましょう?」

 私、外見だけの男には興味ないの。
 あなたの煙草入れのお洒落な銀金具のセンスとか、そういうところで惚れるのよ?
 ……でもやっぱり、こんな恥ずかしいこと言えるわけないわ。
 アッカンベーの、ベロベロベー!


(熊本県民謡『おてもやん』より・拙訳)


    ♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀


605 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:31:27 D.iKEgBs0

『くまモン! アナログマ! どうしたのよ、大丈夫?』

 海水の蒸発した平原に、3頭の熊がいる。
 そのうちの一頭であるメロン熊が、その頭部にくっついたメロンを揺らして、地に倒れ伏す2頭の元へ駆け寄っていた。
 残る2頭は、丸みを帯びた黒い体の熊・くまモンと、体に比して大きな頭部に尖った武器の突き刺さる熊・クマーである。
 メロン熊にとっては、くまモンは以前からかなり親交の深い知己だ。
 芸能活動の面でも、戦闘能力の面でも、メロン熊は彼の実力を高く評価している。
 アナログマに関しても、ゆるキャラとしてはメロン熊の大先輩にあたるHIGUMAである。
 彼が死んだという知らせはメロン熊も聞いていたが、ここにいるとなれば、アナログマはその知名度を逆手にとって偽の情報を流し、潜伏していたのかもしれない。

 平原を埋めていた海水は粗方流れたか蒸発したかで消え去っており、そこには煮えて湿った草地が、ただ広く存在していた。
 ワープしてきた先で、そんな同胞たちが意識を失っているというのは大変な異常事態である。
 頭の中を支配していた快楽の甘い感覚は一瞬で吹き飛んで、メロン熊はくまモンたちをどうにか揺り起こそうと試みていた。

 目立った外傷はくまモンにもクマーにも存在していない。
 呼吸も心音も聞こえることを確認して、メロン熊は二頭の肩を叩いて呼びかけていた。


『起きなさいよ、二人とも! ねぇ! あんたたちが気絶するとか、どういうことなのよ!』


 その刺激に、先に目を覚ましたのはクマーであった。
 大きな黒目を見開いて、メロン熊の顔を認識するや、周りを見回しながら喋り始める。

「あ、あんはは俺はひを助へへふへはほは……?」
『アナログマ、釣り針、釣り針……。参加者に怪しまれないように工夫してたわけ? 体張るのねぇ……』

 メロン熊は、クマーの口元に痛々しく突き刺さっていた釣り針を抜いてやり、脇に落ちていた釣竿に糸を纏めながら問いかける。

『あなたまで実験に参加していたとは驚いたけれど、一体何があったの?
 あなたやくまモンともあろうヒグマが気絶に追い込まれるなんて……』
「一体誰と間違えているのか知らないが、俺は穴持たず55。クマーと呼ばれてるヒグマだ。
 この実験には、攫われている幼女を助け出そうと思って参加したんだ……」

 返答するクマーを他所に、メロン熊は、今度はくまモンを懸命に揺り起こす。
 その時、くまモンの黒い胴体から落ちた大ぶりな拳銃に彼女の視線は奪われた。

『これは……』
「そんでもって、このくまモンって奴と出会って話し合おうとしてた矢先、津波に巻き込まれて……。
 その上、真っ黒な鎧を着た参加者に叩きのめされて吹っ飛ばされてきたってわけだ……」
『随分情けないのね……。津波くらいみんな躱してるものだと思ってたわ……』

 クマーが口元を押さえつつ答える経緯に横目で呆れながら、メロン熊はその銃を前脚で転がす。
 間違いない。
 先だって、彼女に襲い掛かってきた水色の服の男が持っていた銃と同じものだ。

 眉を顰めてそれをつまみ上げようとしたとき、くまモンが身じろぎとともに身を起していた。
 クマーがそこに隣から声をかける。


 ――ここは……。あのヒトたちは、一体、どうなったんだモン……。
「ああ、よかったよかった。あの黒い奴に手ひどくやられたみたいだな。動けるか? くまモン」
 ――ボクより、あのヒトたちは……。


 HIGUMA同士でしか聞き取れないであろう、音にならないほどの微かな響きで、くまモンは呟いていた。
 そして視線を上げた彼の眼に映ったのは、自分を怪訝な眼差しで睨みつける、メロン熊の姿だった。


「――……!」
『……くまモン。まさかあなた……、あんな頭の可笑しい人間たちにまで味方してたりするわけ?』


606 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:31:50 D.iKEgBs0

 メロン熊の問い掛けは、くまモンの頭には入ってこなかった。
 彼の眼が捉えていたのは、メロン熊の背中で気を失っている、一人の少女の姿だった。
 茶髪と制服をずぶ濡れにして、息も絶え絶えにしている彼女を見るや、くまモンは即座に立ち上がり、メロン熊に対して身構えていた。


 ――メロン熊! その女の子は、キミがやったのかモン!?
『あん……? ……なんだ、こんなの知らないわよ。それより、私の質問に答えるのが、先』


 メロン熊の背にいたのは、島外から侵入してきた、御坂美琴という少女だった。
 ワープに巻き込まれた際に気絶していた彼女は、そのままメロン熊におぶさるような格好でいたのだが、目の前の事態に集中していたメロン熊はそれを気にも留めていなかった。
 メロン熊は、御坂美琴をお座なりに濡れた草原の上へ振り落とす。
 そして改めてくまモンに向き直ったその時、彼女の頬に大きな破裂音が響いていた。


 パァン……。


 くまモンが、メロン熊の顔を張り手で叩いていた。


 ――ヒトに対して、なんてことをするモン。キミは、ゆるキャラを捨ててしまったのかモン?


 くまモンが呟く。
 メロン熊は、頬を張られた姿勢のまま、動かなかった。
 クマーは、辺りに一瞬で蔓延した剣呑な雰囲気に、ただおろおろと両者を見つめるのみだった。


    ♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀


 私はあの時、地元の夕張メロンを切り分けていた。
 普段なら丸のままペロリといくところなのだけれど、折角の御出迎えを頂いたのだからおすそ分けをしないとね。


 ――はい、デビル。糖度は14%。特秀の中の特秀ってとこね。1玉一万円は下らないから有り難く食べなさい。
「ほう、それは役得だ。……だが、折角の果汁が飛ぶから割ったメロンを投げないでくれ」
 ――まぁまぁ、オスはそんな細かいことでピーチクパーチク言わないの。


 クルーザーを運転するデビルが、その大きな体を振り向けて、私の投げたメロンをキャッチしていた。
 私と彼は一口でその瑞々しいオレンジの果肉を頬張り、甘い果汁を堪能する。
 島での実験のために、穴持たず1である彼は使者として、北海道のゆるキャラである私を迎えに来ていたのだった。

 4メートルの巨躯を器用に操舵室に詰めて運転する彼は、晴れた海原を見つめたまま私に話しかけてくる。


「それにしても、お前がすんなりと参加を承諾してくれて良かった。ゴネるようならば、周辺住民を虐殺してでも連れ戻さねばならなかったからな。決闘にならん無駄な争いは好かん」
 ――くまモンならまだしも、それは取り越し苦労だったなぁ。私は割と人間はどうでもいいから。
「ハハハ。明日にはそのくまモンを迎えに行かねばならんからな。先が思いやられるよ……」


 笑みを漏らしたデビルは、横目を私に流して問いかけていた。


607 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:32:15 D.iKEgBs0

「だが、人間が『どうでもいい』のならば、お前は何故実験に参加した?
 お前はメロンを主食にしているようだし……。
 出演番組では、お前はかなり傍若無人に暴れまわっていたようだが、その欲求を発散させるためか?」


 デビルの頓珍漢な問いに、私は噴き出していた。
 目を丸くしてデビルは私の様子を見守るが、彼はその理由を焦って問いかけようとはせず、私が落ち着くのを待ってくれた。


 ――フフ……。バカねぇ。あんな暴れ方は演技に決まってるじゃない。プロの仕事なら、人間を適度に怖がらせられる按配くらい解るものよ。
「……なるほど。ならば尚のこと理由が解らん。お前も誰かと決闘したいのか?」
『……どこかの決闘中毒のヒグマと一緒にしないで貰える?』


 思わず唸り声も大きくなってしまう。
 配慮が出来ていると思えばこの朴念仁ぶりである。まったくもって私の周りには碌なオスがいなくて困る。


『……会いたいヤツがいるのよ。私みたいに仕事してると、なかなか会えないからさぁ。
 実験に出すか出さないかはともかく、外部のHIGUMAも全員集めるんでしょ?
 ちょうどいい機会だから参加しただけよ。実験はついで』
「ははあ、よくわかった。お前たち以外にも実力のあるヒグマは増えたからな。
 穴持たず59などは中々見どころがあるぞ。ヤツが出先から帰ってきたら相手してみるといい」
『あなたって本当に決闘のことしか頭にないのね』
「なんなら私でも構わないが」
『くどいオスは嫌いよ』


 溜息をついて、私は声を落とす。
 いくらデビルとはいえ、ここまで無粋な話を続けられるとイライラしてくる。
 ゆるキャラの中には、これ以上にイライラさせられるヤツがいたけれど。
 あいつは、ゆるキャラとしてのやり方を真っ向から無視して活動してくる邪道なヤツだ。
 仕事上の共演でなければ何度食い殺してやろうと思ったか知れない。


 ――なんにしても、私の話はこれでおしまい。島まで後は静かに海風でも楽しみましょう?
「……ん? なんだ? 急に声を潜めなくともいいだろう。聞き取りづらいのだ」


 水平線に眼をやった私に、デビルはとぼけた顔で、そう振り向いてきた。
 私の中で、何かの繊維が千切れる音がした。


『うるっさいわねぇ!! 無粋にも程があるってのよ先輩にしても!!
 あのふなっしーとやらのウザさを更新するわよ!! くまモンを見習いなさいくまモンを!!』
「ああ、くまモンか。私も常々ヤツは見習うべきだと思っている。あいつの格闘センスは……」
『ふざっけんなこの決闘厨!! 何が“熊界最強の決闘者”よ!! 人間の中学生かおのれは!!』
「あたっ!? 痛いぞ!? 蹴るな!! 操舵が乱れるだろう、後ろから尻を蹴るのはやめろ!! 私が何をしたというのだ!? 意味が分からん!!」
『ゆるキャラに相対するなら、声を出さずに喋れるようになってから来いッつうのよ、バカ!!』


 そんなやりとりをしながら、私はあの日、島に帰っていった。


 ねえ、くまモン。
 私はあなたに訊きたい。
 ダサくてウザくてわからずやな上に、所構わず喚き散らすような無粋な輩に、守る価値なんてある?
 人間だろうとヒグマだろうと、そんなヤツらに、私は価値なんてないと思う。
 仕事以外の場所でそんなヤツらが突っかかって来るなら、私は迷わずそのウザったい喚きを止めてやるわ。


 だって、そんなに叫ばれたら、聞こえないじゃない。
 耳を澄まさなければ解らない声。
 私たちだけにしか聴こえない、あの素敵な音が――。

 ……でも、言えるわけないわよね。
 その素敵なあなたと語り合うために、この島に来たなんて。


    ♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀


608 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:32:53 D.iKEgBs0

 ――ゆる、キャラ、ねぇ……。


 メロン熊は、口元を動かすことなくそう呟く。
 ゆっくりと正面のくまモンに向き直った眼差しは、暗い濁りを湛えていた。


『本当、あなたはどこまでもご立派なゆるキャラなのね。もう、訊かずともわかったわ』
 ――キミもゆるキャラだモン、メロン熊!
『私たちは、ゆるキャラでありヒグマである以前に、一匹の生き物なのよ!!』

 激昂したメロン熊の唸りが、草原に響き渡る。
 びりびりと毛先を震わせるような気迫に、くまモンは固めた拳を強く顔の前に引き寄せた。


 ――ボクは、ヒトに危害を加えるヒグマは、この実験で一匹残らず殺滅するモン。もう、人間の世の中に禍根を残したくはないモン。
『ゆるキャラとして頭が下がるわ、ヒトヒトヒトヒトって……。
 ヒグマがいなくても禍根を生み続ける無粋な唐変木にまで尽くす気なんだから、あなたは』
 ――キミなら、一緒にゆるキャラをしていたキミなら、まだ戻れるはずだモン!! そのはずだモン!!
『私は、あなたほどゆるくはなれないわ!!』


 互いの主張がすれ違ったまま、言葉は風に流れてゆく。
 叫んだ後にメロン熊は、嗚咽を漏らすように前脚を口に当てて、笑った。
 大きく肩を揺らして、再び上げた顔には、大きな拳銃――ガブリボルバーが咥えられていた。
 メロン熊は、それを音を立てて噛み砕きながらくまモンに呼びかける。


『残念だけど、私はもう人間食べたから。手首だけだけどね。この銃は、そのクソオヤジが使ってた銃と同じヤツよ。
 あのふなっしーとかいう、ゆるキャラの風上にも置けない三枚目も喰ってやったわ。
 私、TPOも弁えずべらべら喋りまくったり、話も聞かずに相手の心逆撫でするようなヤツは、大っ嫌いなのよ。食い殺してやりたいくらいねぇ』
 ――メロン熊……。
『だからちょうどいいわねぇ。お互いにお互いを殺す理由が出来たわ。……殺されろ、くまモン』


 メロン熊は、言うや否や、口内に残っていた金属片を飲み込み、くまモンに向けて爪を振りかぶる。
 上段から振り下ろされたそれを、くまモンは身を捌いて躱し、潜り込んだ彼女の大腿へ強烈な膝蹴りを打ち込んでいた。


 ――『もんず』。

『ガアアッ!?』


 左の腿から大腿骨に響くほどに蹴り込まれた衝撃で、メロン熊はたたらを踏んだ後に尻餅をついて草原に転げた。


 『もんず』とは、熊本弁で、『ももかつ』または『ちゃらんぼ』のことである。
 相手の太腿を外側から抉る膝蹴りのことであり、打ち所が正確であれば相手に激痛をもたらすことができる。

 メロン熊は立ち上がろうと試みるものの、膝を入れられた左脚は、痺れたように引き攣れて、激痛とともに動かなくなってしまっていた。


 ――『からすまがり』だモン。暫くは動けないはずだモン。


 『からすまがり』とは、熊本弁で、『こむらがえり』または『筋痙攣』のことである。
 筋肉の持続的な有痛性強直性収縮のことであり、普段は随意に収縮と弛緩を行うことのできる筋肉が、様々な原因により、突然収縮をし続けて動かなくなってしまうことを言う。

 くまモンは『もんず』の瞬間、メロン熊の大腿筋膜張筋腱に過伸展を加え、反射的な収縮を誘発していた。
 その上で、挫滅させた筋繊維から漏出する電解質が筋層内のイオン勾配を攪乱しており、その筋収縮は『からすまがり』に至ってしまったのだ。


 自分を見下ろすくまモンに向けて、メロン熊はぎりぎりと歯噛みをして叫ぶ。


『おだつ(調子に乗る)んじゃないよ……! この、たくらんけ(バカ野郎)ェッ!!』


 叫びと共に開いた口に、緑色の光がわだかまっていた。
 獣電ブレイブフィニッシュ。
 その攻撃は、くまモンにとって初めて見るものである。
 もしや、その光が砲撃のように発射されるのではないか――。
 そう思い至った時には、もう回避行動は間に合わなかった。

 メロン色の光に、くまモンの視界は埋め尽くされていた。


    ♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀


609 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:33:59 D.iKEgBs0


「――なぁ、もう止めようぜ……。ゆっくり話し合えば、どうにか、解り合えるだろ……?」


 思わず目を閉じていたくまモンの耳に、そんな声が届いていた。
 体に、衝撃は感じられなかった。
 恐る恐る開けた視界に入ってきたのは、自分の目の前に仁王立ちをする、クマーの姿であった。


『アナログ……いや、クマーだったかしら。本当に体を張るのね、あなたは』
「……平面に押しつぶされたり、輪郭だけにされたこともあったし……。これくらいなら、普通に活動できる、かな……。
 まぁ、女の子からの攻撃は、半分ご褒美みたいなもんだし……。あんただって、この少女を傷つけたくは、ないだろう?」


 途切れ途切れに呟くクマーの胴体は、丸く焼け焦げた跡が残っていた。
 背骨に至るまでの胴部が獣電ブレイブフィニッシュにより半球形に抉られ、今にも上下半身が折れそうになっている。
 くまモンと共に、気を失った御坂美琴をも、クマーは守る形で立ちはだかっていた。

「あれ……。傷が塞がらない……。しょうがないな。しけた釣竿だけど、背骨がないよりましクマー……」

 彼は、先ほどまで自分の口を釣っていた釣竿を背中から胴体に押し込んで脊柱を補強した。
 前に開いた穴は、周辺の毛皮を寄せ集めて、血が漏れないように釣り糸で縛って止める。


 アナログマから引き継ぐクマーの特性に、その『機能維持力』があった。
 皮だけにされたり、毛だけの福笑いにされても、生きた組織がある限りは、それなりの時間と養分は必要なものの元に戻ることができるし、行動もできる。
 頭にアンテナや宝具が刺さったり、しょっちゅう針で口を釣られたりすることを彼が気にも止めずにすむのは、その能力に由来している。
 くまモンも、先だってその能力をアテにしてバーサーカーへの飛び道具として彼を扱っていたのだ。


「……ン、よし、完了。それでだ二人とも。相手の話はお互いに聞こうぜ? メロン熊だっけ? 彼女は俺やお前を助けてくれたわけだしさ……。
 この少女だって、恐らく気絶してたのをおぶって助けてただけだろう。そうだろ? そう言ってくれ。ツンデレと百合の高度な合わせ技なんだろ?」


 血管から漏れ出した血液でタポタポと音のする腹部を揺らしながら、クマーは対峙する二頭のクマを交互に見やって話しかける。
 しかし、くまモンもメロン熊も、張り詰めた緊張を解かない。
 くまモンは表情を変えぬまま今一度構えを取り、メロン熊はふらつく後ろ脚を庇いながら再び立ち上がっていた。
 そしてメロン熊はそのまま、淡々とした口調で、投げ捨てるようにクマーへ語り掛けていた。


『悪いけど、私はそこのゆるキャラみたいにゆるくはないから。話し合ったところでもう無意味よ。
 あんたたちがHIGUMAを全滅させるっつうなら頑張ってやってみれば? 私はいつでも受けて立つから』
 ――メロン熊、ボクもできるならそうはしたくないモン。だから、一緒にヒトを守るモン!!
『そこのゆるキャラがなんかほざいてるけど、私は、ウザい奴らはヒトだろうがなんだろうが殺してやるわ。その方が世のためよ。
 だから、私が我慢できなくなる前にあんたたちはさっさと消えなさいよ。今度こそ骨も残さず殺してやるわよ』
「いやぁ、そうカリカリしなさんなって……。カルシウム足りてないんじゃ……?」
『くどいッ!!』


 必死に呼びかけてくる二者の言葉を、メロン熊は一唸りで撥ねつけていた。
 こむら返りで脱力してしまった左脚に活を入れながら、メロン熊は踵を返して街の方へ歩き去っていく。
 くまモンは、その後ろ姿に駆け寄りながら、大きく声をかけてしまっていた。


『戻ってくるモン、メロン熊!! キミは、キミはやっぱり、ゆるキャラのまま――』
『騒ぐんじゃあない、たくらんけ(バカ野郎)!! 声を出した時点で、そこの女の子を放っておいた時点で、ゆるキャラは失格よ!!
 私をぼっかける(追いかける)暇があったら、自分ののたまう、ゆるキャラらしく振舞いやがれ、バカ!!』


 振り向きざま、メロン熊は裏拳でその爪を振り抜いていた。
 牽制として、くまモンを追い払おうとしただけの動きだった。
 しかし彼女の腕には、確かな手ごたえが感じられていた。


610 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:34:19 D.iKEgBs0

 ――すまないモン。メロン熊。ボクも、キミの話を聞くモン。だから、またゆるキャラとして、働くモン。


 くまモンは、左頬にメロン熊の爪を受けたまま、下半身を踏ん張って耐えていた。
 そしてメロン熊の腕を掴み、今度こそ立ち去らせまいと引き寄せる。


 ――実験が終わって帰ったら、熊本に来るモン。美味しいものもいっぱいあるモン。
 ――ボクと一緒に、来て欲しいモン。まだ人間を殺していないキミは、きっとまた、戻れるはずだモン!


 顔を近づけて訴えかけるくまモンの言葉に、暫しメロン熊は、呆然と聞き入っていた。
 そして、ふと顔を落とすと、再び肩を震わせて笑い始める。

『ああ――。そりゃ良いわねぇ。ふなっしーを喰った私が、まだゆるキャラと認めて貰えるんならね。
 この島じゃ碌なもの喰ってないし、熊本の名産品も食べに行こうかしら。
 ……あなたの墓前にメロンを供えに行くついでにね』

 その返答にくまモンが驚いた瞬間、彼はメロン熊に張り倒されていた。
 地面を転がった彼が起き上がろうとした時、その体は馬乗りになったメロン熊に押さえつけられる。


『……何が“全てのヒグマを殺滅する”よ。ここであなたは死ぬじゃない。
 私は昔っから、“凶暴”で“ゆるくない”ゆるキャラで通ってるんだから。
 油断も手加減もせずに、一撃で息の根を止めるつもりで掛からなきゃ駄目じゃない!!
 アハハハハハハハッ!!』


 彼女は狂ったような哄笑と共に、唾液を吹き散らしながら爪を振りかぶっていた。
 身動きのできぬくまモンのつぶらな瞳が、鏡のようにメロン熊の姿を映し出している。
 そして、彼女は一切の迷いもなく、くまモンの首筋に向けて、その腕を振り下ろしていた。


『――さよなら』


    ♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀


 その唸り声を聞いた瞬間、くまモンは体にかかっていた重みが消え去っていることに気付く。
 いつの間にか、腕を振り下ろそうとしていたメロン熊の姿は、霞のように消え去っていた。


「おおぉい!! 大丈夫か、くまモン!!」


 クマーが、気絶したままの御坂美琴を抱え上げて、倒れたくまモンのもとに駆け寄ってくる。
 くまモンが身を起して周りを見回しても、メロン熊の姿は影も形もなかった。

 ただ、『さよなら』という唸りの悲しげな響きだけが、くまモンの耳に残っていた。


「……参ったね。もう少し落ち着いてくれてもよかっただろうに……」
 ――いや、メロン熊は……、ボクたちのことを慮ってくれたんだモン。でも、彼女にもきっと、曲げられない信念が、あった……。


 くまモンは、ため息をついて立ち上がった。
 改めて周りの状況を確認してみれば、辺りの草原は海水が一瞬で蒸発したかのように、塩の結晶とにがりで白く湿っている。
 木剣を使う黒い狂戦士と会戦した場所からは、どうもかなり吹き飛ばされてもいるようだ。
 どのくらいの時間気絶していたのかはわからないが、あの状況で生き残っていた残り二人の人間が、今もあの狂戦士の手を逃れて生きているとは、考えづらかった。


611 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:34:31 D.iKEgBs0

 ――とにかく、今は目の前で守れるヒトのことを考えるしかないみたいだモン。
「その通りだ。こんな可愛い娘さんを放っておくわけにはいかない。……にしても気付いたか? この子、参加者じゃないぞ」

 抱えた女子の首元を指すクマーに、くまモンも視線を送る。
 御坂美琴の首筋には、首輪がついていなかった。

「俺は研究所で、ロリの参加者は全員しっかりと覚えていたからな。間違いない。この女の子は実験が始まってから島に入り込んできたんだ」
 ――あんまり褒めたくもない行動だけど、よくやってくれたモン。
「とりあえず、この子を手当てして話を聞き、一緒に島の幼女を助け出そう。
 あのメロン熊ちゃんも協力してくれるなら、話は早かったんだが……」


 クマーは、御坂美琴をくまモンに渡した後、耳の中から丸めた写真の束を取り出してきた。
 
「これが、参加者のうち、俺が調べ上げたロリ全員だ。残念ながら間に合わず死んでしまった子も多いが……」
 ――見る限り、ほとんど女性参加者全員じゃないのかモン? 一体ロリータって何なんだモン……?
「失敬な。ロリババアという言葉を知らんのか。体が若ければ実年齢は何歳でもいいのだ。研究所でも布束さん桜井さん辺りは余裕で守備範囲だったぞ」


 扇のように、クマーは顔写真を広げて見せてゆく。


 ソーニャ、折部やすな、フランドル、円亜久里、古明地さとり、源静香。

 これらの少女たちは、既に第一回放送で名前を呼ばれてしまった人物たちだ。
 しかし、まだまだ生存していると思しき少女の写真は残っている。
 クマーは一人ずつ、その顔写真の女性の名前を読み上げてゆく。

 巴マミ、暁美ほむら、佐倉杏子、球磨、天龍、佐天涙子、初春飾利、星空凛、黒木智子、纏流子、夢原のぞみ、呉キリカ、黒騎れい。


「俺たちが助けるべき幼女たちは、まだこれだけいる。一人でも多く助け出そうじゃないか、くまモン!!」
 ――老若男女を差別せず助け出そうという考えにはならないのかモン?
「男は二の次だ! まず、生殖の要を担う若い雌性体を生き残らせないでどうするつもりだ! そもそもロリペドというのは……」
 ――そっち方面の生々しい話なんか聞きたくないモン……。


 クマーの語気が荒くなってきたその時、くまモンの腕の中で、少女が微かに呻いた。
 身じろぎと共にうっすらと眼を開けて、夢うつつに聞いた友人の名を反芻する。


「佐天……さん、初春さん……。助けるから……。必ず……ッ!」


 朦朧としていた意識を確保し、疲弊した頭脳に鞭打って、御坂美琴はくまモンの腕の中に身を起こす。
 その目が瞬かれて、彼女の視界は、はっきりと周りに立つ二名の顔を捉えていた。
 クマーが、眼を覚ました少女の顔を覗き込むようにして笑いかける。


「おお、じゃじゃ馬な眠り姫様がお目覚めか。どうやら、お友達を助けるって目的は、一緒なんじゃないの?」
 ――うん。一緒に助けられるなら、それが良いモン。


 声もなく頷くくまモンと、剽軽な顔を見せるクマーを交互に見やって、御坂美琴は、今の状況を理解できずに首を傾げていた。


612 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:35:17 D.iKEgBs0

【C-7 塩茹でされた草原/午前】


【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:疲労(小)、頬に傷
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
1:この女の子と話をして、会場のヒトを助ける算段を立てたいモン……。
2:メロン熊……、キミの真意を、理解したいモン……。
3:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
4:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
5:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
6:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
7:あの少女、黒木智子ちゃんは無事かな……。
8:バーサーカー許さないモン
[備考]
※ヒグマです。
※左の頬に、ヒグマ細胞破壊プログラムの爪で癒えない傷をつけられました。


【クマー(穴持たず55)@穴持たず】
状態:アンテナ、腹部と胃と背骨の一部が蒸発(止血・被覆済み)、腹の中が血の海
装備:背骨を補強している釣竿@現実、ロリ参加者(守備範囲広し)の顔写真、アンテナになっている宝具
道具:無し
基本思考:この会場にいる幼女たちを、身を挺してでも救い出す
1:この女の子の名前は何かな? 涙子ちゃんと飾利ちゃんの友達なのかな?
2:死んだ子を悔やんでも仕方ない! ネクロフィリアの趣味はないからな!
3:あのメロン熊ちゃんも見つけ出して、話をしよう!
[備考]
※鳴き声は「クマー」です
※見た目が面白いです(AA参照)
※頭に宝具が刺さりました。
※ペドベアーです
※実はカナヅチでした
※とりあえず体の一部でも残っていれば動ける能力を持っています。
※ヒグマ細胞破壊プログラムで受けた傷は壊死しており、受傷箇所を取り除いてからでないと再生できません。


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:ずぶ濡れ、能力低下
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:なに、この、クマたちは……? どっかで見たことある気はするけど……。
1:佐天さんと初春さんは無事かな……?
2:津波って、どうなったんだろう?
3:あの『何気に宇宙によく来る』らしい相田マナって子も、無事に戻って来てるといいけど。
4:今の私に残った体力で、このまま救出に動けるかしら……?
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が大幅に低下しています。


    ♂♀♂♀♂♀♂♀♂♀


613 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:35:36 D.iKEgBs0

 ガァン……!


 振り下ろした腕が、金属の屋根の上を叩いて凹ませる。
 私は、どこか工場と思しき建物の上にワープしてきていた。


「ガアアアアッ!! ガルルッ、ガフルルルウウウッ……!!」


 くまモンに馬乗りになっていた時と同じ体勢のまま、銀色の光沢を帯びたタンクか配管か屋根か何かしらの上を、私は滅茶苦茶に叩いた。
 叫んで叫んで、普段まったく動かしたことのない声帯を震わせて慟哭した。
 もう、頭の中に溜まっていた恍惚とした感覚は、すっかり消え失せていた。


 ――私が、ゆるキャラに戻れるわけないでしょう。


 何分そうしていたかわからない。
 暫く経ってから、私はべこべこにひしゃげた大きな金属塔の上で、そう思いながら空を仰いでいた。

 元々、私の気性が荒いのは自分でもよく分かっている。
 くまモンに会いに来ただけのこの実験会場で、私はふなっしーを見かけた時の激情を抑えられなかった。
 普段、ゆるキャラとして節度を持って振る舞っている時の自分には、なりきれなかった。
 抑えの利くヒトや仲間がいなければすぐこれだ。
 あの喚き散らすばかりのクソオヤジにも、一回灸を据えてやらにゃあ気が済まなかった。
 そんな私は、きっとゆるキャラ界から引責辞任しなければならない。


 ――だけど、あなたたちのことは、心から応援するわ。人間にそこまで尽くし、身を挺してでも守ろうとする姿は、きっとゆるキャラとして正しい姿なのよ。


 だから私は最期まで、あなたたちの前では正しく『メロン熊』として振る舞おう。
 夕張のメロンを食い荒らして変異した、恐ろしい野生の凶暴なヒグマを、演じ切ろう。
 今度会った時に、あなたが私を遠慮なく殺せるように。
 最後まで『悪役』であり続けることが、ゆるキャラとしての私に課せられた使命。
 『正義の味方』であるあなたたちの活躍の礎になることが、プロとしての役目だから……。


 そう思って見下ろした視界に、私は一頭のヒグマが、二足歩行で街道を歩いているのに気が付いた。
 両脇に、何やら重火器のようなものを背負った少女二人を侍らせて悠然と歩を進めている。
 先程までそこは津波が埋めていた地だというのに、そんなことはお構いなしに、彼は両隣の少女と気ままにしゃべくっているようだった。


 ――なに、この異様な光景は。


 そのヒグマは、頭に白い帽子を被って格好をつけているが、明らかに島の研究所で作られた『穴持たず』であろう。
 一般的なヒグマの、猛獣らしい容姿をしているにも関わらず、両隣の茶髪と銀髪の少女は、彼を恐れないどころか慕っているようにすら見える。
 彼は他者が見ていないと思っているのか、堂々と少女の腰や胸に爪を這わせ、鼻の下を伸ばしている。
 少女たちが恥ずかしがりながらも頬を染めて彼に応対している姿は、人間で言えば『ヒモに心酔して貢いでいる純情な乙女』のようにも見えた。
 その少女たちの精神も十分おかしいとは思えたが、問題はその二人を両手に華として抱えているオスの方だ。


 ――野暮とか唐変木だとか通り越して、カスだわこいつ。


 長らく老若男女に舞台や街中で触れ合ってきたメロン熊の感覚は、この帽子を被ったヒグマが間違いなくド外道であると結論付けていた。
 『会社の金を着服してキャバクラに通っている新入社員』のような様相と臭い。
 自分の仲間や、ことによれば自分を慕っている女の子たちでさえ平然と切り捨てて自分の欲だけを満たそうとするオスであろう。
 そもそも、ヒグマの身で人間の少女に欲情するなど、あさましいことだとは思わないのだろうか。


614 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:36:08 D.iKEgBs0

 ――ここから撃ち殺してやろうかしら……?


 そう思ったものの、近場のビルの喫茶店に入り込んだヒグマたちを見て思いとどまる。
 ぶち殺すのは、こいつが本当に殺すべき外道だと判明してからでも遅くはない。
 ゆるキャラとして振る舞うことを決心したさっきの今で、激情に駆られるのはよろしくない。
 プロのゆるキャラなら、いつでも立ち居振る舞いには気を付けるべきだ。

 メロン色の光線砲で狙撃できるのに良い位置を工場の屋根で探しながら、私は彼と二人の女の子がいる喫茶店を見つめていた。


 ――あいつが、ドテカボチャや腐れモロコシにも劣る、女心を弄ぶカスなら……。
 ――きっとそれは、あなたと私にとって、共通の敵じゃない? くまモン?


 メスというものは、オスの見た目には惚れないものよ。
 オスの中からふとした拍子に、その内実のセンスが漏れ出した時。
 百年の恋だって一瞬で醒める。
 メスはあなたたちが思うよりずっと注意深く、オスの様子を観察しているものなんだから。


 ――さて、あそこの女心たちは、裏切られないで済むかしら?


 ま、既に一夫多妻で男尊女卑な彼の雰囲気からして、無理そうだけれど。
 本当に彼女たちを思っているのなら、それは、声に出さなくても伝わるもの。
 私たちゆるキャラの意志疎通や、クマーが見せた漢気のようにね。
 私たちの世界が『緩い』と思ったら大間違い。
 北海道弁で言う通り、特に男女の世界は、全然『ゆるくない(大変だ、苦労だ)』のよ。


 下手すると、私が手を下すまでもなく、彼は恐ろしい恋の恨みに、遭ってしまうかも……ね?


【D-6 擬似メルトダウナー工場/午前】


【メロン熊】
状態:愚鈍なオスに対しての苛立ち、左大腿にこむら返りの名残り
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる演技を続ける
0:帽子を被ったヒグマ(ヒグマ提督)の動向を見守る。
1:女の敵の、野暮なヒグマなら、くまモンと私の共通の敵よねぇ……?
2:くまモンが相変わらず、立派過ぎるゆるキャラとして振る舞っていて感動するわ、泣きたいくらいにね。
3:今度くまモンと会った時は、ゆるキャラ失格な分、正しく『悪役』として、彼らの礎になるわ……。
4:なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
[備考]
※鷹取迅に開発されたメスとしての悦びは、オスに対しての苛立ちで霧散しました。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」「ヒグマ細胞破壊プログラム」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。


615 : おてもやん ◆wgC73NFT9I :2014/05/08(木) 09:38:10 D.iKEgBs0
投下終了です。

続きまして、
キングヒグマ、灰色熊、田所恵、間桐雁夜、モノクマ、龍田
で予約します。


616 : 名無しさん :2014/05/09(金) 05:59:41 GgV48jgE0
投下乙。
ゆるキャラ同士の悲しい決別。
それにしてもメロン熊さんのスペックがヤバい。初期ヒグマの生き残りなだけある
そして天龍の姉妹艦も作ったらしいヒグマ提督の運命は…!?


617 : ◆wgC73NFT9I :2014/05/09(金) 11:53:13 212U5vOw0
四宮ひまわり@ビビッドレッド・オペレーション
を予約に追加します。

>帝都燃えゆ
遅ればせながら感想をば。
シバさんも妹さんもよくやった! ……のか?
とりあえず妹さんの吹っ切れ方がやばいということだけは良く分かりました。
そしてそれと同規模で色々やばい提督と118さん。増産された艦むすはどういう行動方針で動くんでしょうねぇ……。
そしてロビン改めマイケル一行は、一般ヒグマたちの中に何を見るのか、期待です。


618 : 名無しさん :2014/05/10(土) 10:49:35 x5W9hZy60
龍田建造したけど、龍田っていざという時は提督よりも天龍優先しそうなキャラだから
下手に天龍に手を出すと後ろからサクッとやられそうな気がする
天龍を呼び出してちょっかい出す気満々なヒグマ提督の明日はどうなることやら


619 : 名無しさん :2014/05/11(日) 21:13:12 4cSRUy8I0
一夏さんレベルのインポじゃないと女子の戦闘力が高いハーレムは高確率で地獄になるぜ…


620 : ◆7NiTLrWgSs :2014/05/12(月) 00:00:08 o67HEwvg0
投下します


621 : 獣の施し  ◆7NiTLrWgSs :2014/05/12(月) 00:00:56 o67HEwvg0
言葉が通じないというのがこれ程までに苦痛を呼ぶ物とは、最初は思っていなかっただろう。
隔たりを埋めようとしても埋める事ができない。
誤解を解こうとしても解く事が不可能。
たった一度のミスが、たった一度の行為が、自分とデデンネとの間に壁を作ってしまうとは。
突如として襲ってきた奇妙なパッチールを、怨まずにいられなかった。
どうしてあそこでフザけた踊りをするんだ。
そのせいで自分はデデンネを殺しかけたぞ。
八つ当たりでも、せずにはいられない。

でもこうなってしまうという事は、所詮その程度の関係だったとも言える。
だってそうだろう。自分はヒグマで屠る側で、デデンネは葬られる側だ。
そんな彼が自分と仲良くなろうとする理由は一つしかない。
自分を守ってもらい、殺し合いの会場から脱出する。デデンネの狙いはこれであろう。
ヒグマという強力な後ろ盾を得ていれば、どんな相手からも身を守れるし、ヒグマが現れても対応できる。
だから仕方なく。
だから怖いけど。
生きるためには。
そうするしか、なかった。

それでも……それでもだ。
例え一方通行の信頼だろうと構わない。
自分にとっては初めてできた、仲間なのだから。
幸せをくれた、仲間なのだから。


□□□


622 : 獣の施し  ◆7NiTLrWgSs :2014/05/12(月) 00:02:30 o67HEwvg0


黒い生物に襲われる前に絶影を再構成し空中にテレポート、跳躍。
体は限界を迎えようとしているが、構わず眼前に聳える崖目掛けて全速力で突撃。
崖を越えて少しの間浮遊していたその時、劉鳳に限界が訪れ絶影は消滅。
垂直に落下し、木の枝や木の葉を巻き込みながら地面に叩きつけられる。
あと少し自分の精神が持っていなければ、自分はあの黒い生物の餌食になっていただろうと劉鳳は安堵する。
それに人間死に物狂いになると限界を超えれる物なのだな、そう実感していた。

「ここが……会場、か」

しかし、それが何だというのだ。
満身創痍の体は一ミリたりとも動かす事ができず、これでは誰かを探す事ができない。
大量の黒い生物に体を食われて出血量も多く、虫の息と言っても過言ではない。
アルター能力も発現する事も出来ない。これではヒグマ達の良い餌だ。
何も、出来ないではないか。

「こんな状態で……何のために俺は来たんだ……?」

異常事態を解決して主催者を断罪する為か?
――否、満身創痍でアルターも発現できないこの状態で、どう解決して、どう断罪するというのだ。
それとも異常事態に巻き込まれた人達を救う為か?
――否、こんなボロボロの状態であるし、そもそも手段すら無いのに、どう救うというのだ。
白井黒子の友人達を見つけ保護する為か?
――否、友人達の特徴も知らぬというのに、どうやって探せというのだ。
自分を助けた誰かが言っていた"佐天涙子"を探す為にか?
――否、それは白井黒子の友人であるし、特徴も知らないのにどう探せというのだ。
では、自分の正義を探す為か?
――否、何も出来ないしてやれない。そんな自分の正義など、何処にもありはしない。

否、否、否。
どれだけ考えようと、どれだけ思考を張り巡らそうと、結論は一つしか出ない。
無理だ、出来ない、分からない、どうしようもない、自分では不可能。
否定の繰り返しは止まらない。

自分はどうすれば良い?
――もう一度海に入れば、苦痛はあるが死ねるぞ
それでは白井黒子に託された遺志は、自分を助けてくれた男の依頼はどうするというのだ?
――生き残れたらって言っていたじゃないか。無理をする必要は無いだろ?
それは男の言葉だろう。白井黒子の遺志はどうなる?
――どう頑張るんだ? 姿も特徴も知らないというのに? 例え見つけたとして、お前は彼女の死を彼女らに言えるのか?


―――お前のせいで、彼女は無駄死にしたというのに―――

ネガティブな思考は加速していく。
もう一人の弱い自分が、自分を苦しめる。
どんどんと深みに嵌っていき、抜け出す事が困難になっていく。

―――お前の軽率な判断で彼女だけではなく、刑事まで殺したかもしれないんだぞ?―――
―――お前が頑張っても、何も変わりはしない。愉快で素敵なオチがつくだけだ―――
―――なら―――



―――楽になってしまえ―――



□□□


「ん……、あれは人か」

デデンネの誤解を解く方法を未だ考えつつ歩いていると、地面に倒れている人間を見つけた。
姿は誰がどう見てもボロクソになっていて、体を動かす素振りも見せない。
倒れている人間に気付かれないように近づいてみると、どうやらまだ息はまだあるようだった。

「どうしようか……喰っちゃあ駄目だし……」

デデンネと仲良くなっても、ヒグマは人間を喰らうという思考は消失してはいない。
しかしこの場で地面に倒れ付す人間を喰らえばどういう事になろうかは、簡単に想像がついてしまう。
またデデンネを恐怖させるだろう。
何かの間違いで殺されてしまう恐怖に追加されるのは、いつか喰われてしまうかもしれないという恐怖。
今度こそ、逃げ出してしまうかもしれない。
ヒグマはその可能性を危惧し、喰わない事に決めた。

しかし助けようにも自分はヒグマだ。ヒグマから施しを受けようとは誰も思わないだろう。
もし助けたとして、裏切られて殺してしまえばきっとデデンネに怖がられてしまう。
さてどうしたものか。


623 : 獣の施し  ◆7NiTLrWgSs :2014/05/12(月) 00:03:04 o67HEwvg0

「そうだ……これがあったな」

最初はオボンの実を出そうとしたが、デデンネの機嫌を損ねてしまう事から断念。
何か変わりになるものはないかとデイバッグを探してみると、都合の良いことに変わりになる物があった。
その名も、回復薬グレート。
ただの回復薬ではない。グレートなのだ。ハチミツを調合したグレートな薬なのだ。
ヒグマがこの薬の効力を知っているかどうかは定かではないが、パッチールを知っていたりオボンの実の効力も知っているのできっと分かっているであろう。
取り出したビンを倒れ付す男性の前に置く。
これでデデンネに自分は怖いヒグマではないとアピールするのだ。

「これでいいか。さて、行こうフェルナンデス」

気付かれないようにその場からそそくさと離れる。
なおヒグマは隠し通せたつもりになっているが、「」の部分は鳴き声で「ぐるるるる……」とかそういう類の物だ。
小声で鳴いていたとしても結構響くのでバレバレだった。
それに回復薬グレートを置く時も、爪が見えていたのでそこでもバレていた。
加えて立ち去る姿も見られてるし。
しまらないね。

【H-4 森/午前】

【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……

【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護する
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


□□□


間違いなく爪はヒグマのものだった。
ヒグマはバレないように動いたつもりなのかもしれないが、鳴き声や立ち去る姿でバレバレだった。

「このビンは……何だ?」

立ち去ったヒグマはさておき、今はこのビンが何なのかを知りたかった。
死に掛けの自分をヒグマが見逃すという事は通常ありえない筈なのに、あのヒグマはわざわざ気付かれないようにしてこのビンを置いたのだ。
それが意味する事を、劉鳳は理解する事が出来ない。

「毒薬……いや、なら何故この場で喰わない」

自分がヒグマならば、地面に血まみれの男が倒れ付しているなら容赦無く喰らうだろう。
それをせずに毒を用いて殺すなど、回りくどいしメリットが無い。
ましてや毒で人を殺せば毒は全身に回ってしまい、捕食を行う事が困難になってしまうだろうから尚更メリットが無い。
よってこの可能性は却下。

「なら、何だ?」

毒薬の可能性を潰した事により、劉鳳は益々ビンの中身が分からなくなっていた。
睡眠薬、麻痺薬はそんなものを用いるくらいなら捕食した方が早いということで却下。
回復薬に至ってはヒグマがそんな事をするなんてありえないので却下。
となると――ヒグマは一体何がしたいというのだ。

「まさか、この光景を見る為にか……?」

ビンの中身が分からないまま悩み続ける姿を、ヒグマは何処かから見て嘲り笑っているのだろうか。
いや、そんな素振りは見えなかったしだったら捕食するだろう。
何度も言うが、やり方が回りくどすぎる。


624 : 獣の施し  ◆7NiTLrWgSs :2014/05/12(月) 00:03:30 o67HEwvg0

「……一か八か賭けてみるか」

だがこのまま悩んでいても解決はしない。絶命の瞬間は刻一刻と迫ってきている。
ならば一縷の望みであるこのビンの中身を飲むのが、今出来る事であろう。
このまま当ても無くフラフラ歩いて何になるのだ。
このまま成す術も無くのたれ死んで何になるのだ。
それでは、何も残せない。
何も無い自分が何かを残すなどおこがましいにも程があるが。

「……っ!」

痛む腕を伸ばしてビンを掴み、顔を上げて腕を口元に持っていって一気に飲み干す。
少々苦い味と全く合わない甘い味が絶妙に混ざり合わさって、口の中で微妙なマズさが広がっていく。
数分後、回復薬グレートの効力が現れてきた。

「まさか、ヒグマから施しを受けるとは……」

全快とまではいかないが、体に残っていたダメージが幾分か改善されていく。
体に蓄積されたダメージは緩和され、出血量は大幅に減少し、会陰部の痛みは無くなっていた。
熱傷は治っていないがこれは特に気にするような事ではないであろう。
しかし疲労は残っている。それは薬に頼らずに充分に休んでくださいね。

「こんな俺に、チャンスをくれたというのか……」

死ぬと思っていたというのに。
賭けだと言いながらも、実際は死ぬ事を望んでいたというのに。
正義を見失った自分に、何故。
何もしてやれない自分に、何故。

「……探せというのか」

見失った正義をもう一度探せ、と。
自分に出来る事をもう一度探せ、と。

「……俺にその資格は……あるのか」

何も知らない自分に成すべき事などあるのか。
何も知らない自分に成せる事などあるのだろうか。

「どうすればいい……」

――今更、俺に、何を……

残された命は、後僅か。

【H-4 森/午前】

【劉鳳@スクライド】
状態:疲労(極大)、ダメージ(中)、ずぶ濡れ、全身にⅠ度熱傷、出血、体内に何かを注入されている。
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:この異常事態を解決し主催者を断罪しようと思っていたが……そもそも主催者はどこにいるんだ?
0:今更俺にどうしろというんだ……正義すら何も無い俺に……
1:御坂美琴、初春飾利、佐天涙子たちを見つけ保護したいのだが、俺は彼女達を一人として知らない……
2:杉下さんは、無事なのだろうか……それとも……
3:この生物たちも、もしや地球温暖化に踊らされた被害者なのか?
4:一体誰が向こう側を開いたんだ?
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています
※黒い船虫のような生物群によって、体内に何かを注入されています。


625 : ◆7NiTLrWgSs :2014/05/12(月) 00:03:51 o67HEwvg0
投下終了です


626 : 名無しさん :2014/05/12(月) 00:19:13 ydi9wogU0
投下乙
デデンネと仲良くなったヒグマの粋な計らい?で一命は取り留めた劉鳳さん
果たして佐天さんや美琴の元へたどり着くまで生きることはできるのか?
グループ二つともめっちゃ離れてるけど頑張れ!


627 : ◆kiwseicho2 :2014/05/13(火) 12:45:45 DAduU4Wo0
投下乙です。
メロン熊がふなっしーを殺した理由……ゆるキャラ界もゆるくないな!
くまモンとの確執がなんだかさみしい
デデンネと仲良くなったヒグマは仲直りできるといいな
しかし劉鳳はここから挽回できるのか。

久しぶりに、穴持たずNo.118、ビスマルク、シバさん、シロクマさん、那珂 で予約します


628 : ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:34:00 jGJbTiW.0
投下します!


629 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:34:35 jGJbTiW.0
 

 ある日檻の中ヒグマNo.118はその歌を聞いた



 ヒグマ帝国のさらに地下
 帝国の発電機として使われている示現エンジンの近くにあるヒグマ解体場で
 今も鉄がこすれ合う音がヒグマの死を告げている
 穴持たずNo.118 解体ヒグマによるヒグマの解体の風景だ
 
 彼の腕は工事用のパワードアームと一体化している
 自動羆人形の技術をヒグマに活かせないかと考えたお遊びの研究
 ヒグマとサイバネの細胞癒着の実験
 その最初にして最後の実験体が彼No.118だ

 手術は成功した
 パワードアームの威力は高く通常のヒグマを難なく指で引き裂くことができる
 だがNo.118はその後一度拒絶反応を後発し生死の境をさまよった
 トラウマで彼は毎夜うなされることとなった
 暴れてヒグマを数匹殺したため個室牢に隔離されたが まだうなされた
 そのとき現れたのが桜井である

 桜井純
 眼鏡をかけたSTUDYの女性研究者
 彼女はNo.118を落ち着かせるため子守唄や童謡を歌った
 母性でも愛情でもなく実験体への措置としての行為 しかし綺麗な歌だった
 穴持たずNo.118は歌声に聞き入り癒された

 桜井はその後 彼がもっとも聞き入った「森のくまさん」を
 ヒグマを一番落ち着かせた歌としてヒグマたちの記憶にインプットしたが
 それは「森のくまさん」が一番最後に歌われた歌であり
 彼が最高にリラックスしていたからに過ぎないということには最後まで気づかなかった

 No.118は彼女に母性のような愛情を抱き
 次に歌いにきてくれるのはいつだろうかと楽しみにしていた

 だが
 今日の朝No.118が目覚めると
 彼女はヒグマ帝国によって殺害されていた

 量産ヒグマが檻にやってきて
 No.118は檻から解放されヒグマ帝国の配属となった
 破壊する力に長けていた彼は異分子ヒグマの解体係に任命された

 彼は楽しみを失った からっぽのこころで ヒグマを解体し続けることとなった
 
 No.118はヒグマを解体する
 解体するのは主に自然発生の量産品の中からたまに出る不良品のヒグマ
 または上の帝国で不祥事を起こし解体場に落とされてくるヒグマである

 ヒグマを解体し肉と骨と臓器に分ける
 骨は鉄より頑丈なので資材として建築班へ
 臓器と肉の大部分は食料班へ
 その前にヒグマをHIGUMAたらしめる改造細胞を専用機械で仕分ける
 進化する細胞「HIGUMA細胞」
 貴重なので採取せよという上からの命だ


630 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:35:49 jGJbTiW.0
 
 ちなみにこれは艦むすの製造にも不可欠だという話で
 ヒグマ提督はこれらの資材を欲しがるが故に
 仲間がクーデターを企てていると偽の報告をし
 上に仲間の解体申請をすることもいとわなかったらしい
 先ほどなど 街の一部のヒグマが再クーデターを企てているという偽装書
 しかもまだ実効支配者の確認を経ていないものを送ってきて解体を急かしてきた
 書類の確認ミスだろうか 電話連絡のあと送られてきた
 申請書類の解体予定数にゼロがひとつ多かったが No.118は気にしなかった
 
 ヒグマ提督の行為にも艦むすにもNo.118は興味が無かった
 新たな命を作り出すことができるヒグマ帝国も 
 死者を蘇らせることは現状不可能であるとモノクマが結論したからだ

 あらかた解体は終わった
 穴持たずNo.118は解体場備え付けの休憩ルームに入り
 彼専用となっている冷蔵庫を開けた
 中には奇跡的に喰われず残っていた桜井の死体が
 比較的きれいな状態で保存されている

 もう一度彼女の歌が聞きたいNo.118だったが
 それを叶えるほどの知性も力も彼は持ち合わせていない
 彼の両手は壊すための機械 彼は壊すことしか出来ないヒグマなのだ

『ある日……檻の中……オレは……出会った……』

 人の言葉を喋れない彼はヒグマ以外には意味を成さぬその雄叫びで
 また「森のくまさん」のメロディを歌いはじめた
 なお 音はかなり外れている





「ビスマルク。早速だけど、君に任務を与える。
 解体場に行って穴持たずNo.118に話を聞いてくるんだ。弁明がなければ、殺していい」
「分かったわよ。分かったから睨まないでってば!
 私、あのアトミラール(ヒグマ提督のこと)が規律を破ってるなんて知らなかったんだから!」
「ああ。だから君は殺さない。
 だがNo.118は規律を破ったヒグマ提督に加担し、帝国民を意図的に大量解体した可能性がある。
 君の大嫌いな規律を軽視する輩の仲間かもしれない。だから君に任せる。判断は自分でしろ」

 クッキー工場跡地に二匹のヒグマと一人の艦むすがいる。
 その中、ヒグマの片方、穴持たずNo.48シバさんは、
 般若もかくやという“静かな怒り”の顔をして、
 気絶から目を覚ました艦むす、ビスマルクを正座させた後で任務を命じているところだった。

 ビスマルクを作ったヒグマ、“ヒグマ提督”はもはや明らかに黒だ。
 艦むすの建造自体は違法ではないが、
 実効支配者に未連絡での勝手かつ異常数のヒグマ解体申請、
 さらにそれを自分で艦むすの建造に当てると言う私利私欲しか見えない行動。
 そして今回の地上への逃亡……どこをとっても帝国に害をなすとしか思えず、早急な処罰が必要である。

 提督は捕獲してヒグマ牢へ。
 だが参加者へ重大な情報を漏らしたり逃がす手助けをする(していた)ようなら処刑。
 艦むすは帝国側に付くならば問題ないが、寝返らないようならば轟沈させることもあり得る。
 というのがシバさんの判断であった。

 しかしヒグマ提督からの連絡をもってヒグマを解体した穴持たずNo.118についてはグレーだ。
 普通なら200体の解体申請に眉を顰めてこちらに報告するはずだが、
 何かの手違いの可能性もある。彼もまたヒグマ一派なのかどうかを判断するには材料不足。


631 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:37:22 jGJbTiW.0
 
 ゆえにシバさんはNo.118のところにビスマルクを送り込むことに決めた。
 状況を話したところ、規律にうるさいビスマルクはこちら側に付いてくれたのである。

「Gott.行ってくるわ」
「健闘を祈るよ。と言っても、いっぱしの改造ヒグマに君が負けるとは思えないが。
 ……いや、待て。それともう一つ、君に頼もう」
「何?」

 クッキー工場から出ていくビスマルクにシバさんは任務を付け加える。

「おつかいさ。こちらでの艦むす建造資料は見たかい?
 ヒグマ提督は全資材を使ってかなりの艦むすを作ったようだが、
 使用資材には端数が出たようだ。解体場にはまだ資材とHIGUMA細胞が少しばかり残っている。
 定期的に不良ヒグマも供給されているし、君が着くころにはまた建造可能な量が溜まっているはずだ」
「それを取ってくればいいの?」
「シバさんも艦むすを建造するんですか?」
「いや、俺が建造するのは艦むすではないよ、シロクマさん」

 疑問が二方向から上がった。
 ビスマルクと、ここまで彼をじっと見つめていたシロクマさんだ。
 そのクエスチョンに対し、劣等生は“怒り”を内に込めた静かな笑みで返事を返した。

「艦むすでは、ない? では何を建造するのです?」
「少し前にもう一つ報告があったろう、シロクマさん。
 連絡用クルーザーに乗って逃げたヒグマたちが粛清されたという事案だ。
 そしてそのクルーザーだが、沈没したものが先ほど島近くの海底から引き揚げられたらしい。
 俺はその船の残骸をここへ持ってきてもらう。そして、建造材料に加える」
「船の残骸……沈んだ船の……ま、まさか」

 ビスマルクがシバさんの狙いに気付き、震えた。

「まさかあなた。“深海棲艦”の作り方を知っているって言うのっ!?」
「ああ。というか、思いついた。
 やり方は、ここに残っていた艦むすの建造研究冊子の情報を応用するだけだよ。
 もちろん自分なりに、多少のアレンジは加えるけれど」
「……!!」
「実効支配者があまり会場に出張りすぎても、よくない。
 帝国内部から今回のように裏切りが出る可能性もある以上、やはり俺は地下に留まるべきだ。
 しかし相手は艦むす。ならば、その対抗策には何を使えばいいか? 答えは簡単だ」

 今は記憶を失いヒグマとして生きているものの、
 もともとは優れた魔法研究者であったシバさんにかかれば、
 STUDYや彼らから生み出されたヒグマ提督の研究を応用することなど赤子の手を捻るようなものである。

「――“戦艦ヒ級”を作る。
 それをヒグマ提督への手向けとしよう」
「……わ、分かったわ。私たちにとっての敵を仲間にするのは少し気が引けるけど。
 じゃあ改めて。戦艦ビスマルク、抜錨!出撃するわ!」
「ああ。頼む」

 作戦を肝に銘じたビスマルクがクッキー工場から出発した。
 ビスマルクを見送ったシバさんの後ろで感動したシロクマさんは人知れず歓喜していた。
 隙のない作戦立案。圧倒的速度での研究成果の応用。
 そしてそれを突き動かしている尖った“怒り”の感情。
 これが彼女が求めた兄の姿だった。


632 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:38:44 jGJbTiW.0
 
「そ、それで。シバさんは今から何を」

 歓喜に震えながら妹は兄に問うた。兄は答えた。

「ここでゆっくり材料を待つよ。
 今回の件について、シーナー氏やキングヒグマと情報を共有しないといけないし。
 『あの方』にも色々と報告する必要があるだろうし、ね。
 まだ、ヒグマ提督も俺たちを警戒して目立った行動は起こさないだろう。久しぶりに、小休止さ」
「そうですか。で、では……少しデッキの調整に付き合ってもらえませんか?」
「デッキ?」

 シロクマさんはそそくさとオーバーボディから紙束を取り出す。
 ヒグマの間でのもう一つの流行り、遊戯王カードのデッキであった。
 ここまでずっと忙しく時間が取れなかったが、
 これで兄と遊ぶのが彼女の楽しみだったのだ。もちろん私的以外の理由もある。

「【氷結界】です。地上のデビルヒグマはおそらくデュエルでしか殺せないでしょう? 備えておきたくて」
「なるほど。でも、俺はデッキなんて持っていないが?」
「それは安心です。シバさんの分もすでに作っておきましたから。これです」

 もう一つ、兄のために作った最強のデッキをシロクマさんは取り出した。

「【魔導】でございます、シバさん」

 それは――兄に慣れてもらおうとシロクマさんが取り出したデッキは、
 遊戯王OCGでも有数のチートカード《魔道書の神判》が積みこまれた、所謂チートデッキである。





 那珂ちゃんが解体場に到着した時、その場にはヒグマの鳴き声が響いていた。
 なんとなく、悲しそうな鳴き声。
 どうもメロディがついていて、歌かなにかのようだったが、すごく下手だったし、
 休憩室の扉をひとつ挟んでいるためにどんな歌詞かもいまいちよく分からなかった。
 もたもたしていても仕方がないので、那珂ちゃんは扉を開けてあいさつした。

「やっほー! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ♪ ってうわ何それ!? 死体!?」
『……誰だ』
「あっ。えっと……『それって何?』
『……答えなければならないなら、答えるが。あまり答えたくはない』

 何なのか聞いたが、芳しい反応は返ってこなかった。
 那珂ちゃんが見たのは冷蔵庫の「中身」。死体だった。
 比較的綺麗な女性の死体。メガネをかけていた。扉はもう閉じられている。
 どうしよう? 普通に気になるしもう少し訊いておくべきか?
 とも思ったが、自分の任務を果たすのが先だと那珂ちゃんは思い直して、やめた。

『じゃあいいや。えっと、那珂ちゃんは伝えに来たの! 提督からの伝言!』

 那珂ちゃんはヒグマ提督からNo.118の元に送られた伝令なのだ。

『こんな感じだったかなー。オホン!
 ――No.118くん、ごめんね! 発注数ミスってたのかな!
 でも発注数通りに解体する君も正直どうかと思ったよー。どうすんのこれ。
 とりあえず僕は地上に逃げることにしたけど、君がどうするかは知らないよ。
 多分シーナーさんたちは激おこで君を殺しに来ると思うから逃げた方がいいよ! 以上!』
『……』
『あれ、言葉間違ってないよね! マネも上手くなかった!? 反応鈍くない?』
『いや……奴にもほんの少しだが、他のヒグマを心配する心があったのかと、感動していた』


633 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:39:59 jGJbTiW.0
 
 那珂ちゃんは提督を悪く言われた気が少ししたが、
 なんとなく的を射た言葉のようにも思えて何も言うことが出来なかった。
 少し沈黙。するとNo.118は那珂ちゃんにこう告げた。

『返答だ。伝言は確かに聞いた。だがオレは、逃げない』
『えっ』
『ここに居たら巻き添えになるだろう。お前こそ、今すぐ逃げた方がいい』
『……なんで逃げないの? その、「中身」を守りたいの?』
『それもある。だが……そもそもオレはからっぽだ。
 生き延びてまでやりたいことも無いし、唯一の望みはもう叶わぬ願いだ』

 No.118は寂しそうな調子で、言った。

『せめて彼女のように綺麗な歌を歌ってみたかったが、オレは音痴だしな』
『え……ちょ、ちょっと待ちなよ! まだ諦めるには早いんじゃない?
 こうなんというかほら、世界って広いしさ……? 大海を知らぬのことわざだよ?』
『ならば知ってみろ』

 ギュイン。穴持たずNo.118が備え付けている両腕のパワードアームが駆動音を発した。
 那珂ちゃんは本能的恐怖を感じバックステップで後退、
 しかし狭い休憩室内ではそれ以上は後ろに下がれず、すぐに距離を詰められた。
 アームが、壁に触れた。
 と思ったら、
 ばきりばきりばきりばきりばきり。
 那珂ちゃんの後ろの壁がふと気づいたときには“解体”されていた。

『わ、う、わ!!??』
『この通りだ。アームのパワーをオレは制御できない。
 扉も、冷蔵庫も足で開け閉めするしかないし、食事はすべて犬食いだ。
 全くなにが実験は成功だ。死体をここまで運ぶのにオレが、彼女を何度壊しかけたと思う!
 ……オレは誰も癒すことなどできやしないんだ。壊すことしか。できんのだ』

 がおおん、と大きく鳴きながらの悔し涙じみた言葉だった。
 確かに。比較的きれいではあったが、那珂ちゃんがみた「死体」は……。
 
『ヒグマさん……』
『分かったら逃げろ。オレとてヒグマ、怒れば周りなど見えなくなるぞ。
 それに提督の元に帰るのもやめておけ。ヒグマ帝国は強い。奴もじき粛清される』
『て、提督は負けないって!』
『本当にそう思っているのであれば、お前こそ井の中の蛙だ。
 帝国はヒグマの共同体という名の一個の個。
 ヒグマの未来のためであればなんでもする。一匹の欲などすぐかき消される――』

 那珂ちゃんにNo.118が告げたその瞬間だった。
 その場に、新たな乱入者がやってきた。

「あら。那珂じゃない。ってことは……そっちのヒグマも“お仲間”と見ていいのかしら?」

 穴持たずNo.118と那珂ちゃんは同時に休憩室の入り口を見た。
 ビスマルクがそこに立っていた。
 此方に向かって、凛とした敵意を砲身という形で向けていた。
 那珂ちゃんは一瞬仲間が来たと思ったが、セリフ的に違うと分かったあと、しまったと思った。
 これって普通に、仲間同士の会合だと思われちゃうパターンだ!

「ビ、ビスマルクちゃん……どしたの? 工場の前に残ったんじゃ」
「ええそうね。でもその後気付かされたわ。帝国側のほうが“正しい”存在だってことにね」

 いちおう聞いてみたが予感は当たっていたらしい。まずい。
 軽巡の那珂ちゃんでは超弩級戦艦のビスマルクに勝てる要素は何一つないのだ。
 しかも横のヒグマは死んでも構わないという。ってことはこれ……ガチで解体されちゃうパターンだ!


634 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:41:26 jGJbTiW.0
 
「わ、分かった! 那珂ちゃんも寝返る! だから殺さないで!」
「ピンチとなればすぐ寝返るようなやつは信頼できないわね。帝国には必要ないわ」
「そんな!
 ビスマルクちゃんだって寝返ってるのに!?」
「私はきちんと敗北し、捕虜となってから所属を変えるという正しい手順を踏んでいるから問題ないの。
 それと……まだそちらの殿方から返事を聞いていないわね?」

 ビスマルクはNo.118のほうに照準を合わせた。
 No.118は沈黙したままだ。ビスマルクは宣言した。

「沈黙は反抗とみなす。答えなさい。あなたは、敵?」
『……』

 穴持たずNo.118は答えなかった。代わりに腕を勢いよく、前に突き出した。

「!! Gut! 言葉はいらないってわけね!」
『……逃げろ、ナカチャンとやら』

 パワードアームの致命的威力を察知したビスマルクはエンジン逆噴射で解体場まで一旦引いた。
 すぐに四門の砲台から砲撃を休憩室に浴びせる。
 No.118はそれらの砲弾をアームの一撃で消し飛ばした。白煙が辺りを覆う。
 那珂ちゃんは目の前で起こった衝撃波、呼びかけられた言葉、
 すべての状況を理解するのに少々時間を要した。

 視界が晴れると目の前のヒグマはその機械の腕で、
 那珂ちゃんの後ろの壁を指していた。
 先ほど壊した壁、その先には、おそらく彼が掘ったのだろう横穴が続いていた。

『逃げろ。その道の途中に……彼女の落とし物がある。
 オレの手では拾えなかった。できれば拾ってやってくれ。そして海に出ろ。
 ミズクマが動いていなければ、それでお前は自由だ』

 穴持たずNo.118はそれだけ言うと、休憩室から解体場へゆっくりと歩き出した。
 那珂ちゃんは二十秒ほどその場に立ち尽くしたあと、
 解体場から聞こえた爆音と獣の断末魔めいた叫び声に足を突き動かされ、忘我状態で横穴を駆け出した。
 逃げた。
 もつれた。爆音が遠ざかり始めたところで、石につまづいて那珂ちゃんは転んだ。

「きゃっ! ……ん?」

 そしてその時、目の前の地面に落ちていたものに気が付いた。
 ぽつりとその場所に落ちていたのは。

 白い貝殻の小さなイヤリングだった。

「イヤリング……?」

 そこで那珂ちゃんはようやく我に返る。そうだ、このままじゃ追われてしまう。
 イヤリングを掴んで起き上がり、主砲から砲弾を背面に撃ちだして、
 いままで走ってきた通路を崩壊させた。これで少しは時間を稼げるだろう。

 でも、じゃあ何をすればいいのだろうか?
 那珂ちゃんにはそんな未来のビジョンなど存在しなかった。

 逃げろ、自由だと言われても那珂ちゃんは艦むすである。
 艦とは道具であり、提督に使われる存在だ。
 今回那珂ちゃんは提督の「穴持たずNo.118に伝言をする」
 という使命のためだけに作り出されたので、
 それが終わったら提督の元に帰って新たな指示を受けようと思っていた。


635 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:42:52 jGJbTiW.0
 
 しかしもう提督の元に帰ることは難しそうだ。
 ということは自分の頭で、娘の部分で考えて行動しなければならないのだが。

「提督ぅ……那珂ちゃんは、お仕事がなくちゃ、動けないよ……」

 ――ある日森の中でくまさんに出会ったあの少女は、
 イヤリングを拾ってもらったあと、果たしてどこに向かったのだろう? 

 那珂ちゃんはとりあえず横穴をとぼとぼと歩き始めた。
 向かう先に何があるのかすら分からないままに。
 

【ヒグマ帝国 秘密の横穴/昼】


【那珂@艦隊これくしょん】
状態:健康、パニック(小)
装備:無し
道具:白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国
基本思考:逃げる
0:艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
1:お仕事がなくちゃ動けないよ…
2:ヒグマさん…
3:とりあえず横穴を進んでみよう
※秘密の横穴がどこに続いているのかは不明です





「遺言はあるかしら?」

 ビスマルクは四門の38cm連装砲のうち一門に軽微なダメージを負いながらも
 毅然とした態度を崩さず相対するヒグマの顎を撫でて語りかけた。
 薄い呼吸を続けながらヒグマはビスマルクを睨む。
 ヒグマ――穴持たずNo.118のパワードアームはすでに両方とも彼の腕から吹き飛ばされ、
 のみならず彼は腹に大きな穴を空けており、体中にいくつもの裂傷が刻まれていた。

「……っと、貴方ヒグマ語しか喋れないんだっけ。じゃあヒグマ語で聞くべきかしらね。
 もう一度聞くわ、『遺言はあるかしら』
『ない。もう十分だ』
『そう。じゃ、尋問に移るわね。ヒグマ提督がどこに逃げたか、詳細位置は知ってる?』
『知らん』
『那珂をどこへ逃がしたの? 提督の元に返したわけじゃないんでしょう』
『さあな。あいつが決めることだ。オレはもう、知らん』
『ふうん……ま、尋問しても無駄だってのはなんとなく分かってたけどね』

 ビスマルクはヒグマを地面に叩き付けた。

『でも無駄よ。貴方の企みが何だかは知らないけど。今この島から外に出ることは出来ないし、
 仮に外に出て自由になったとしても、戦うために作られたのが艦むすだもの。
 またどこかで戦う羽目になるだけ。結局は檻の中。なら、正しい方に付いて戦うのが、兵器としての正解だわ』
『フン。正しい、か……正しさとは何だろうな、艦むすの少女よ。
 おびえるヒグマを解体しながらオレはずっと考えていたよ。
 この島を今、外から俯瞰で眺めた時に……もっとも正しいと言えるのは、
 どういう行動、どういう意思なんだろうかとな』
『正しいかどうかは誰かが決めることじゃないわ。勝った方が正しいの』


636 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:44:18 jGJbTiW.0
 
 それが戦争よ。とビスマルクは言った。
 それもそうかと穴持たずNo.118はある種納得したように言った。
 ビスマルクは容赦なく介錯の砲撃をヒグマに浴びせた。
 彼は動かなくなった。


【穴持たずNo.118(解体ヒグマ) 死亡】


「作戦終了。帰還したわ……って何?
 どうしたのよ貴方たち、ずいぶん落ち込んで」
「どうしてだ……理論値では俺が勝つ確率の方が高いのに……」
「どうしよう……まさかシバさんに、こんな弱点があったなんて……」

 ヒグマ解体場から帰還したビスマルクはカードの束を眺めて落ち込むシバさんと
 そんなシバさんを見て落ち込むシロクマさんという奇妙な光景に出くわした。
 聞いてみれば彼らは、
 遊戯王のデュエルをしてデッキ調整をしたらしいのだが、
 シバさんが圧倒的なまでの引きの悪さで連敗に連敗を重ねたのだという。

「サーチカードが豊富な【魔導】で事故るなんて普通ないんですけどね」
「くそっ。もう一回だシロクマさん! 次こそは俺が勝つ!」
「待ちなさいよ。そんなことより、材料持ってきたんだから建造しなさいよ。
 っていうかこんな戦時中にカードゲームで遊ぶって、あなたたち規律が緩んでるんじゃないの?」

 遊戯王をただの遊びと捉えているビスマルクは怪訝な顔をした。
 この認識の差異についてはシロクマさんが丁寧に教えることで事なきを済んだが、
 今度はビスマルクも遊戯王に興味を持ってしまった。
 資料庫からデッキカタログを持ってきて、なら【巨大戦艦】とか使ってみたいわねと目を輝かせる。

「まあでもそれは後の話ね。任務の結果報告が先」
「ああ、頼む」

 ビスマルクは任務の結果をシバさんに逐一報告した。
 曰く、穴持たずNo.118に会いに行くと、彼とヒグマ提督の部下である那珂が密談していた。
 ヒグマ帝国民の解体についてはとくに弁明などなく、いきなり殴りかかってきたので応戦。
 無力化は難しいと判断しNo.118については殺害。
 那珂はひそかに作られていた経路を使用し逃亡していた上、
 ある程度は追ってみたが道が塞がれており、これは時間がかかりそう、報告が先と判断した、と。

「ま、No.118は黒で良かったと思うわ。
 冷蔵庫に無断で自分用の食糧を確保していたようだし」
「食料?」
「帝国の研究員みたいだったわね。クーデター起こしたって聞いたけど、その時のかしら?
 メガネかけてた……女の人」
「桜井研究員!? 彼女の死体が、そんなところに!?」
「わ、どうしたのシロクマさん」

 突然シロクマさんが素っ頓狂な声を上げたのでビスマルクは驚いた。

「いえ、その……ビスマルクさん。その死体、イヤリングは付けていませんでしたか?」
「イヤリング? しっかり確認はしてないけど……付けてなかったと思うわよ」
「……ならば敵に渡っている可能性がありますか。……まずいですね」
「シロクマさん。そのイヤリングというのは俺は初耳だな。何かやばいアイテムなのか?」
「いえ、私もよく知らないのですが……対HIGUMA兵器の一つだとかいう話で」
「なんだと」


637 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:45:50 jGJbTiW.0
 
 シロクマさんが知るところによると、そもそもクーデターをヒグマが行った背景に、
 有冨たちがヒグマを支配すべく対HIGUMA兵器を作り始めたというのがあったらしい。
 自身らがシーナーの五感操作を受けていたことを肌で感じ取っていたのか、
 あるいはヒグマの強さと知性に対抗策を打たねば、
 いつか反逆されて喰われるという思いがあったのかは知らないが、
 スタディはヒグマの野生を科学で支配、操作することをひそかに研究目標の一つに加えようとした。
 結果的にそれこそがヒグマの怒りを買うことになるとは分からぬままに。

「桜井研究員が対HIGUMAのために作ったのがそのイヤリングだとは小耳にはさみました。
 どんな代物なのかは研究班に聞いてみないと分からないのですが……」
「そうか。ヒグマ提督……それにNo.118。厄介な問題ばかりを持ちこんでくれるな」
「シバさんならなんとかできますよ」
「……まあいい。今できることを処理しよう」

 イヤリングの件については次の放送までに実効支配者たちの間で共有するとして、
 シバさんが今対処しなければいけないのはヒグマ提督の件である。
 材料はそろった。あとは建造するだけ。
 建造にかかると思われる時間は――およそ一時間半。
 放送後になる、とシバさんは見ている。

「“戦艦ヒ級”の完成。それに、更地にした地上に建造する×××。
 度重なるアクシデントで混乱を極めたこちらの軍勢も、放送後にはおそらく“整う”。
 革命に伴うごたごたの時間は終わりだ。ここから、戦争は第二フェイズに入る」
「はい。さすがです」
「っていうか、ロワとか実験じゃなくて戦争って言い方なのね……」

 キメ顔で感慨を呟くシバさん、微笑みつつそれを見守るシロクマさん、
 少々呆れながらも戦争というワードに少しばかり気分が高揚しているビスマルク、
 三者三様ながらこれからの未来に想いを馳せ、
 建造装置のボタンを押した。




 ――――建造完了まで   1:30:00




【ヒグマ帝国・研究所跡/昼】

【穴持たず48(シバさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、記憶障害、ヒグマ化
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、【魔導】デッキ
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:「戦艦ヒ級」によってヒグマ提督と彼の艦むすに処罰を与える
1:できるかぎり帝国内で指揮をするほうが良さそうだが・…。
2:カードゲームでシロクマさんに負けたのがすごく悔しい!
3:イヤリングの件などについて実効支配者たちと情報共有が必要だ
[備考]
※司馬深雪の外見以外の生前の記憶が消えました
※ヒグマ化した影響で全ての能力制限が解除されています
※カードの引きがびっくりするほど悪いです


638 : 御嬢さん、お逃げなさい ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:48:20 jGJbTiW.0
 
【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、ヒグマ化
装備:ホッキョクグマのオーバーボディ
道具:【氷結界】デッキ
[思考・状況]
基本思考:シバさんを見守る
0:頑張ってねー
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営しています
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司馬深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品です
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司馬達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です

【Bismarck zwei@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:38cm連装砲、15cm連装副砲
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シバさん(ヒグマ帝国)の兵器として勝利に貢献する
0:勝った方が正しいのよ
1:規律はしっかりすべきよね
2:【巨大戦艦】デッキ使ってみたいかも
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです
※ヒグマ帝国側へ寝返りました。

※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は対HIGUMA兵器として
 開発されたもののようですが、効果などは次以降のひとにお任せします。
※残り一時間半で「戦艦ヒ級」が建造される予定です。


639 : ◆kiwseicho2 :2014/05/14(水) 23:50:03 jGJbTiW.0
投下終了です。


640 : 名無しさん :2014/05/15(木) 00:13:01 BDQW6Buw0
投下乙
艦むすのスプラッターな造り方に
ビビりながらも解体ヒグマの切ない最期に心を撃たれました
遂に支配者として本気を出し始めたシバさんによって大きく動き始めるヒグマ帝国
複雑化する戦局はどうなっていくのか?そして那加ちゃんの運命は?


641 : ◆wgC73NFT9I :2014/05/15(木) 23:05:07 Fd0st8Fo0
投下乙です。

劉鳳、活動続行なるでしょうか……!?
早いところ交流のできる人に巡り合えるといいですね……。
デデンネ組も、仲を取り戻せればよいのですが……。

そして、明かされた118さん。
彼のドラマも胸にくるものがありますね……。
とりあえず、帝国内は混乱が続いていますが、どう収まりがつくやら。
艦娘も個人個人で大幅に思想が違うようですし、罪作りな男ですねヒグマ提督は(色んな意味で)。


そしてすみませんが、自分は予約を延長いたします。
もうしばらくお待ちください……。


642 : 名無しさん :2014/05/20(火) 19:38:22 zyXYL5o.0
投下お疲れ様です。

>ゆめをみていました
パッチールは解放されたか……。
まあ確かにパッチールかわいいですからね、北岡さんが持ち帰っちゃっても仕方ないですね。
あとカラスが地味に強化され続けている。

>おてもやん
メロン熊、思った以上に複雑な奴……狂暴さの象徴として、このまま死ぬまで一匹なのか?
というか、クマーはタフだな。
ついでに目をつけられてしまった提督の運命は如何に……。

>獣の施し
劉鳳は一旦は命を長らえたけれど、依然として命の危機は迫っている。
そしてデデンネとヒグマは何処へ行く……?

>お嬢さん、お逃げなさい穴持たず118が切ない……。
ヒグマ島に放り出された那珂ちゃんの運命は如何に?
そしてヤバい物が建設されようとしている。


ジャン・キルシュタイン、球磨、星空凛、暁美ほむら、巴マミ、穴持たず1、球磨川禊、碇シンジ、相田マナ、纏流子
で予約します。


643 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/05/20(火) 19:39:16 zyXYL5o.0
ってトリップ忘れてた。
上のレスは自分です。


644 : ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:11:46 lJNkPIvk0
予約分を投下いたします。


645 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:15:04 lJNkPIvk0
 研究所の皆さんに毎食のお料理を作ることは、今までの私の人生経験で一番の大仕事だった。
 栄養バランスの整った献立も考えなきゃいけないし。
 島が北海道から離れているから、食材の仕入れも大変だし。
 なにしろ、ヒグマさんたちは沢山の量を食べるので、楽しくもあったけれど毎日毎日てんやわんや

だった。
 しかも有冨さんは今まで研究所にいた10体あまりのヒグマさん以外に、また40体もヒグマさん

を作ったみたいで。
 『まぁ、飢えたら飢えたで穴持たずとしての本来の実力が発揮できるだろうから、一匹あたりのカ

ロリーは減らしていってもいいよ』とか、適当なことばっかり言ってる。
 布束さんも相談に乗ってくれたけれど、結局解決策は自分で考えるしかないようだった。

 加えて、島には誘拐されてきた『魔術師』という人たちがいる。
 衛宮切嗣、言峰綺礼、ウェイバー・ベルベット、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、間桐雁夜

という名前の男の人たちだ。
 この人たちは、島の土地から魔力を引き出して島内に充満させるための触媒として連れられて来た

みたいで、そのためのシステムは、司馬深雪さんという方が構築していた。
 彼らの保護室やヒグマさんたちの檻は、彼ら自身が集めた魔力で封鎖されているので、傍から見て

いる私はなんとも居たたまれない気持ちになっていた。

 中でも特に痛々しかったのが、ケイネスさんと間桐さん。
 戦いの傷なのか病気なのか、お二人ともほとんど身動きもできない状態で、間桐さんに至っては、

点滴以外ほとんど食べ物を受け付けないような状況だった。


「――すみませぇん、あの、間桐さんの食事についてご相談したいんですが……」
「――何言ってるの有冨! まだ脱走した二期ヒグマも捕まえ切ってないのに、また10体近く『穴

持たず』を作るわけ!?」
「……その通りだ布束。大丈夫大丈夫、もう島内に散っているのは3匹だろう? 37匹は捕まえた

んだから」


 私がある日有冨さんの研究室に出向いた時、そこには有冨さんを激しく叱責する布束さんの姿があ

った。
 有冨さんは手元でカードの山をシャッフルしながら、彼女の視線から目を逸らしている。
 瞳が点になるほどに目を引き剥いて、布束さんの剣幕は信じられないほどだった。


「ふざけないで。研究所のキャパシティも増産によるリスクもギリギリなのよ?
 現に、一期の成功に調子に乗って40体も同時生産した二期ヒグマは、出生間際になって自分たち

から大脱走したんじゃない」


 その2日前、シリンダで培養されていたヒグマたちが、島内に逃げ出してしまったという話は私も

聞いていた。
 比較的知能が高く物分りのいいヒグマたちは自分で戻ってくることもあったし、小佐古さん斑目さ

んが擬似メルトダウナーを駆使したり、デビルさんメロン熊さんたち一期ヒグマの方も収拾にあたっ

てくれたので、割とスムーズに騒ぎは落ち着きそうだった。
 しかし問題は、研究員が見張りを交代したその間に脱走が起こってしまったことで、どのヒグマが

通し番号何番のヒグマなのか分からなくなってしまったことだ。
 関村さんがご執心だったヒグマン子爵や、自分の培養槽を覚えていて堂々と戻ってきたステルスす

るヒグマさんなどは番号が確認できたが、なぜか脱走時には二期ヒグマ作成時の電子データまで根こ

そぎ吹っ飛んでおり、それ以外、特に無個性な見た目のヒグマたちの番号はまったくわからないとい

う事態になっていた。
 電子機器の管理をしていた布束さんと桜井さんは、この謎のデータ消失に身悶えした。
 島の電力供給を担う示現エンジンの管理に定期的に訪れている四宮ひまわりちゃんも、この知らせ

には呆然としていた。
 その上、生まれる前のヒグマの容姿と番号は、微妙に各研究員の間で覚えていた内容が異なってい

た。
 小佐古さんと斑目さんがそれぞれ、自分の捕まえてきたヒグマを『穴持たず14番だッ!!』と言

い争っていたあたりで、有冨さんは諦めた。

『もう、二期に関しては通し番号つけるのは止めて、適当な呼び名をつけることにしよう。後で数え

て40体だったら、それで合ってるから』

 研究員の方たちは半ば呆れながらも、しょうがないとそれに同意した。
 しかし、布束さんは今後こういう事態が起こらないように全員で管理体制を見直して徹底すべきだ

と、その時も口をすっぱくして有冨さんに言い放っていた。
 それがたった1日前のことなのだから、怒るのは当然かもしれない。


646 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:17:19 lJNkPIvk0
また改行ミス……すみません、再投下します。


 研究所の皆さんに毎食のお料理を作ることは、今までの私の人生経験で一番の大仕事だった。
 栄養バランスの整った献立も考えなきゃいけないし。
 島が北海道から離れているから、食材の仕入れも大変だし。
 なにしろ、ヒグマさんたちは沢山の量を食べるので、楽しくもあったけれど毎日毎日てんやわんやだった。
 しかも有冨さんは今まで研究所にいた10体あまりのヒグマさん以外に、また40体もヒグマさんを作ったみたいで。
 『まぁ、飢えたら飢えたで穴持たずとしての本来の実力が発揮できるだろうから、一匹あたりのカロリーは減らしていってもいいよ』とか、適当なことばっかり言ってる。
 布束さんも相談に乗ってくれたけれど、結局解決策は自分で考えるしかないようだった。

 加えて、島には誘拐されてきた『魔術師』という人たちがいる。
 衛宮切嗣、言峰綺礼、ウェイバー・ベルベット、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、間桐雁夜という名前の男の人たちだ。
 この人たちは、島の土地から魔力を引き出して島内に充満させるための触媒として連れられて来たみたいで、そのためのシステムは、司馬深雪さんという方が構築していた。
 彼らの保護室やヒグマさんたちの檻は、彼ら自身が集めた魔力で封鎖されているので、傍から見ている私はなんとも居たたまれない気持ちになっていた。

 中でも特に痛々しかったのが、ケイネスさんと間桐さん。
 戦いの傷なのか病気なのか、お二人ともほとんど身動きもできない状態で、間桐さんに至っては、点滴以外ほとんど食べ物を受け付けないような状況だった。


「――すみませぇん、あの、間桐さんの食事についてご相談したいんですが……」
「――何言ってるの有冨! まだ脱走した二期ヒグマも捕まえ切ってないのに、また10体近く『穴持たず』を作るわけ!?」
「……その通りだ布束。大丈夫大丈夫、もう島内に散っているのは3匹だろう? 37匹は捕まえたんだから」


 私がある日有冨さんの研究室に出向いた時、そこには有冨さんを激しく叱責する布束さんの姿があった。
 有冨さんは手元でカードの山をシャッフルしながら、彼女の視線から目を逸らしている。
 瞳が点になるほどに目を引き剥いて、布束さんの剣幕は信じられないほどだった。


「ふざけないで。研究所のキャパシティも増産によるリスクもギリギリなのよ?
 現に、一期の成功に調子に乗って40体も同時生産した二期ヒグマは、出生間際になって自分たちから大脱走したんじゃない」


 その2日前、シリンダで培養されていたヒグマたちが、島内に逃げ出してしまったという話は私も聞いていた。
 比較的知能が高く物分りのいいヒグマたちは自分で戻ってくることもあったし、小佐古さん斑目さんが擬似メルトダウナーを駆使したり、デビルさんメロン熊さんたち一期ヒグマの方も収拾にあたってくれたので、割とスムーズに騒ぎは落ち着きそうだった。
 しかし問題は、研究員が見張りを交代したその間に脱走が起こってしまったことで、どのヒグマが通し番号何番のヒグマなのか分からなくなってしまったことだ。
 関村さんがご執心だったヒグマン子爵や、自分の培養槽を覚えていて堂々と戻ってきたステルスするヒグマさんなどは番号が確認できたが、なぜか脱走時には二期ヒグマ作成時の電子データまで根こそぎ吹っ飛んでおり、それ以外、特に無個性な見た目のヒグマたちの番号はまったくわからないという事態になっていた。
 電子機器の管理をしていた布束さんと桜井さんは、この謎のデータ消失に身悶えした。
 島の電力供給を担う示現エンジンの管理に定期的に訪れている四宮ひまわりちゃんも、この知らせには呆然としていた。
 その上、生まれる前のヒグマの容姿と番号は、微妙に各研究員の間で覚えていた内容が異なっていた。
 小佐古さんと斑目さんがそれぞれ、自分の捕まえてきたヒグマを『穴持たず14番だッ!!』と言い争っていたあたりで、有冨さんは諦めた。

『もう、二期に関しては通し番号つけるのは止めて、適当な呼び名をつけることにしよう。後で数えて40体だったら、それで合ってるから』

 研究員の方たちは半ば呆れながらも、しょうがないとそれに同意した。
 しかし、布束さんは今後こういう事態が起こらないように全員で管理体制を見直して徹底すべきだと、その時も口をすっぱくして有冨さんに言い放っていた。
 それがたった1日前のことなのだから、怒るのは当然かもしれない。


647 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:18:13 lJNkPIvk0


「……In addition, いよいよそんなことをしたら田所恵が過労死するわよ。大型フェリーのチャーターで食料を運び込む手筈も、ようやく整ったばかりでしょう。ちょっとはものを考えなさい!」
「ああ、その田所さんが今そこに来ているよ。彼女の話を先に聴こうじゃないか」
「え? あ、あの、そちらのお話が済んでからで良いんですけど……」


 有冨さんは私をダシにして布束さんの追及をかわすつもりらしかった。
 固辞しても、有冨さんは救いを求めるように私に発言を促してくる。
 布束さんの蛇のような視線が私にまで絡み付いてくるので、私はごく手短に用件を説明した。

「間桐さんの食事なんですが、点滴にビタミン入れただけじゃ体に良くないので、嚥下食を開始したいと思うんです。構いませんか?」
「うーん? ただの触媒なんだからそこまで気を使う必要があるかなぁ?」
「……有冨、一応彼らにも実験成功の際の報酬を言い含めて納得はしてもらっているけれど、私たちのやってることは拉致監禁と見られておかしくないのよ?
 経腸栄養を摂らなきゃBacterial translocationの危険もあるし、人道的に最低限の接遇はして然るべきだわ」

 布束さんは、その瞳に半分瞼を落として、心配そうに私へ言葉を繋いだ。

「However, あなた、そんなに余裕あるの? 40体もヒグマが増えるのだからあなたの仕事は今までと比べ物にならないほど増えるはずよ?」
「でも私、皆さんのお食事作るの楽しいですし――」
「――心配ご無用です! 皆様方にこれ以上のご苦労はかけさせません!!」


 背後から、大きな声が響いていた。
 振り向けばドアの入り口には、両脇にヒグマを抱えた巨大なホッキョクグマが立っていた。


「司馬深雪改め、穴持たず46『シロクマ』、脱走した同胞を連れ戻して来ましたわ。これが穴持たず47で、こちらが穴持たず48です」
「ああ、ありがとう司馬さん。これで外うろついてるのはあと一匹だけだな」
「……47番って、そんなヒグマだったかしら? もっと毛は黒くて、痩せてた気がするけれど……」
「嫌ですよ布束さん。隣で調整されていた私が言うんですから間違いないです」

 有冨さんと布束さんの言葉に、そのシロクマはけらけらと笑った。
 信じられないことだけれど、このクマは元々、例の司馬深雪さんというとても美人な魔術師だった。
 それが自分から志願してヒグマになったというのだからよく解らない。
 一期ヒグマの工藤健介さんなどのようにそれなりの目的があったのだろうとは思うけれど、聞いても『お兄様のため』だとしか言ってはくれなかった。

「二期ヒグマの取りまとめは、是非とも私にお任せください。布束さんや田所さんも、いちいちお気を配っていただかなくてよろしいですわ。
 私が中心となって、今後完璧に同胞の行住坐臥は管理して見せましょう」
「それは助かるなぁ。聞いただろう布束、田所さん。これで何の心配もない」
「……四宮ひまわりにも復旧できないデータ消滅が起きるような現場で、心配なんてしてもし足りないわ。
 ……司馬深雪、管理職を買って出てくれるのは有難いけれど、報告・連絡・相談は欠かさないで頂戴」
「もちろん心得ております。それでは、私は残る同胞を探しに行って参りますね」


 司馬深雪さん扮するシロクマは、2頭のヒグマを抱えたまま、威厳のある声色の発声練習をしながら去っていった。
 布束さんは胡乱なものを見るように暫く彼女の姿を追った後、再び有冨さんに蛇のような視線を向けていた。
 有冨さんは、観念したように目を瞑って布束さんの追及に答えていく。


「……Even so, 第三期のヒグマを作る必要性はどこにもないはずよ。きちんと説明してもらおうかしら」
「まあ、あれだ。実はスポンサーからの意向なんだ。桜井がリラックマを欲しがってただろう?
 穴持たず3とくまモンあたりを貸し出す代わりにそれを引き受ける契約とかも、済ませられちゃってたし。追加で所望されてるんだ。特に、失敗作だったアナログマの代わりになるようなヤツとかをさ」
「随分とありがた迷惑ね……。それにしてもあなたは、そのスポンサーとやらの言いなりになりすぎじゃない? きちんと主張すべきところは通さないと」
「雑誌掲載前の僕の『HIGUMA細胞』論文を、ネット上で見つけて莫大な支援をしてくれた恩人なんだぜ?
 学究会や木原先生みたいな愚昧な輩とは違う。ちょっととてもじゃないが逆らえないねぇ」


 ――まぁ、その支援金は『サラミ』っぽいんだけどさ。
 ――査読(ピア・レビュー)段階で評価して支援? 怪しすぎるわよ、それ。


648 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:19:58 lJNkPIvk0


 二人が声を落として呟いた時、布束さんの白衣でPHSが鳴っていた。
 内線を受け取った布束さんは、声に焦りを含ませて有冨さんに状況を報告する。


「桜井から緊急連絡よ。最後の一体を発見したんだけれど、そいつがどうやら、岩石に擬態しながら逃走を続けていたらしくて。
 擬似メルトダウナーで追っていたところ、機体の入れない森まで深追いしてしまって、コクピット外に出たところを逆に襲われたらしいわ。
 今、大木の樹冠にようやく逃れて電話しているそうよ。早く小佐古たちにヒグマを捕まえさせて」
「……木に逃げたのか! それはヒグマの捕獲より、桜井の救出を優先させなければダメだ」
「なぜ?」


 布束さんの報告を受けて、有冨さんはカードの束を弄っていた手を止め、思慮深げに言った。
 驚く布束さんに、彼は山の一番上のカードをめくって、私たちに見せていた。
 そこにはヒグマのイラストと共に、意味深な文章が記されていた。


「……そいつから走って逃げてもむだだ。追いつかれ、たたきのめされたあげくの果てに食われちまうのがオチだ。
 もちろん、木に登るのは手だろうさ。そうすれば、『灰色熊』が木を倒して桜井を食っちまう前に、ちょっとした風景を楽しめるからな」


 その時の有冨さんの、恐怖と歓喜が入り混じったような表情を、私は今、克明に思い出していた。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「……ほんじゃまあ、俺はちょいと用事ができたんでまた行ってくらぁ。
 急に帝国に連れて来られて大変だろうが、何かあったらさっきのキングヒグマを頼りな。能力的にも知力的にも、若いがしっかりしてるやつだ」


 先ほど灰色熊さんが、そう私に言い残して屋台を去っていった。

 シーナーというヒグマさんの行為が怖くて胃液を吐いていた私を、彼は道中で甲斐甲斐しくいたわってくれた。
 でも、キングさんのもとで養殖されていたミズクマの娘さんを一緒にもらいに行って帰ってきた後、彼はふと地面の苔を見て表情を一変させていたのだ。
 不思議なリズムで爪を地面に打ちつける彼は、口調こそ、私に話しかけてくれるいつもの気楽な調子だったけれど、間違いなく獲物を狩るときの獣の顔をしていた。


 二期ヒグマの灰色熊さんも、ミズクマさんも、私はそれなりに知っているつもりだった。
 有冨さんは今回の実験を、私たち一般の職員には『ヒグマと人間を交流させてみる至ってほのぼのとした実験だよ』と言っていたし、実際、STUDYの研究員さん方の雰囲気はそのくらいの軽さだった。


 しかし、この島の研究所は、そのヒグマたちに占領されてしまった。
 あのシーナーさんが穴持たず47番なのなら、やはり司馬深雪さんが連れてきたあの時のヒグマは、布束さんの察したとおり偽者――ここヒグマ帝国で脱走中の彼らが作り出した新たなヒグマ――だったのだろう。
 司馬さんは、脱走劇の最初から、このヒグマ帝国建設のことを知っていたのだ。

 有冨さんの実験の内実も、シーナーさんの反逆の計画も知っていて、それでいて人間の身でありながら、人を殺す道を選んだのだ。


 ――なぜ?


 考えても答えは出ない。
 そんなことは彼女しかわからないだろう。

 有冨さんも、キングさんに殺されたらしい。
 職員食堂で一緒に働いていたお姉さんたちも、私が仮眠している間に、殺されたらしい。
 私に一番良くしてくれた黒人調理師のおばさんは、自ら実験に志願していて、放送に呼ばれていた。

 私が今生きているのは、実験会場からとんぼ返りしてきた灰色熊さんが、私を叩き起こしてヒグマ帝国の方たちと即座に話をつけてくれたお蔭だ。
 会場で出会ったというグリズリーマザーさんと、数十分もしないうちに屋台を立ち上げてくれて、色々とお世話もしてくれた。
 人間と敵対しているこのヒグマの帝国で、私がいまいち殺し合いの実感もなく過ごせていられたのは、今までの幸運な巡り合わせの連続のお蔭に過ぎなかった。
 布束さんや、グリズリーマザーさんたちは、一体どこにいってしまったのだろう。
 ……こんな地下の、岩だらけの、ヒグマだらけの場所に一人では、心細すぎるよ。


649 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:20:36 lJNkPIvk0

 人間を食うシーナーさん。
 豹変した灰色熊さん。
 今の今まで平然と私たちを騙していた司馬深雪さん。
 ――やはり、ヒグマは、怖い。


 それでも、やっぱり私は彼らのために料理を作らなきゃならない。生きなきゃならない。
 むしろ、彼らヒグマがあまりの美味しさにヒトを食べる気もなくすような、そんな料理を作ってやるんだ。
 送り出してくれた村のみんな。
 私の腕を認めてくれた学園のみんなや創真くん。
 毎日、私の食事で笑顔になってくれた職員、同僚、初期ヒグマさんたち。
 その期待に応えるんだ!

 このヒグマだらけの場所で、布束さんは独り戦って生き抜いているんだもの。
 私だって、甘えていられない――!


 そうして、気合を入れて試作の準備に取り掛かっていた私に、ふと屋台の外から声がかけられていた。


「おはようございます〜。良かったわ〜、本当に人間もいたのね〜」


 顔を上げると、そこには柔らかな微笑を湛える女性がいた。
 彼女ののんびりとした口調は、私から緊張感を吹き飛ばしていった。

 振り分け髪のようにした、光の加減で紫色に輝くきれいな黒髪が印象的だった。
 胸元の強調されたシックなワンピースの背中に、何か船の模型のような仰々しい装置を背負っている。
 頭上には天使の輪のようなリングを浮遊させており、細身の薙刀のような武器を持っていた。
 マゼンタに透き通る瞳を開いて、その女の人は、私の手元に目を落とす。


「あらあら〜。『龍田揚げ』の下拵えかしら〜、それは?」
「はい、そうです。今から『ミズクマの竜田揚げ』を作ろうと思いまして」


 立ち上げて数時間も経っていない私の屋台は、まだまだ商品の試作の途中だった。
 まず初めに『麻婆熊汁』を試作してみた時に、ちょうどお客さんが何か食べるものがないかと問い合わせてきたので料理を提供はしたが、それだけでは流石にやっていけない。
 新たな料理に使える食材を考えてみた時にまず浮かんだのが、この『ミズクマ』だ。

 幸い、有冨さんの管理下にあったミズクマの娘さん方は、実験前も何度か料理に使わせてもらっていた。
 新鮮な伊勢海老のような香りと味があって、ぷりぷりとした身は非常に美味しい。卵はトビッコのような、親しみやすい味わいになる。
 ただ、生のままではあまりに歯ごたえがあり過ぎて食べづらいので、何かしら加工して提供するのが常だった。
 破壊された厨房跡から使える食材を回収してきてくれた灰色熊さんから、キングさんがこのミズクマを養殖しているということを教えてもらったので、今回は急いで分けてもらってきていた。


 調理台の脇の水槽に泳いでいる数匹の『ミズクマ』をしげしげと眺めて、船を背負った女の人は笑っている。

「ふぅん、大振りのシャコかウチワエビみたいな見た目ね〜。これもヒグマなのかしら?」
「ええ。今下拵えしていたところですが、案外エビみたいで美味しいんですよ」
「面白そうね〜。良かったら作り方を教えてもらえるかしら?」
「もちろん良いですよ。是非試食もして行って下さい」

 ビニール袋の中で肉を揉みながら、私は久々にも思える平穏な会話に、胸の内で途轍もない安堵感を味わっていた。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


650 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:21:00 lJNkPIvk0

 〜ミズクマの竜田揚げ〜


【材料(2人分)】

ミズクマ(エビでも代用可) 8切れ(エビなら大8尾)
塩・酒           各少々
片栗粉           適量
揚げ油           適量
[下味のタレ]
みりん           大匙1.5
醤油            大匙1
おろし生姜         少々

【作り方】

1:
「まずはミズクマの殻を剥いて切り分けます。エビなら背中に切れ込みを入れて背ワタも抜きましょうね」
「大きさはどれくらいがいいの?」
「一口〜二口大でしょうか。まるのままだと食感はぷりぷりに、平たく伸ばすと、おせんべいみたいにカリッと揚がりますよ。おつまみに良いかもしれません」

2:
「次に塩と酒をふりかけて、少しおいてから水で軽く洗います。余計な臭みや水分を抜くんですね」
「このひと手間が美味しさの秘訣よね〜」

3:
「水分を拭き取って、混ぜておいたタレに30分〜1時間くらい漬けて下味をつけます。今回はあらかじめビニール袋の中で揉みこむようにしておきました」
「手早くできて、汚れものも少なくなるわね」

4:
「漬け汁をよく切ってから、片栗粉を薄くつけて、170度の油で揚げます。揚げ時間は、大きさや厚さにもよりますが4〜6分くらいでしょうか。2〜3度返してみて、からっと揚がっていれば完成です」
「油の温度は、菜箸で計るわけね。昔、よくやったわ〜」
「はい。170度なら、油の中に菜箸を差し込むと、すぐに細かい気泡が上にあがってきます。あんまり大きな泡が勢い良く立ち上ってくる時は、温度が高すぎかもしれません」

【トピック】

「食べる前に、レモンを一振りしてみるとより美味しくいただけます。
 タレに漬け込む代わりに、ハーブソルトなどを後付けするようにアレンジしてもいいですね」


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


651 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:21:57 lJNkPIvk0

 出来上がった竜田揚げを皿に盛り付けて、箸と一緒に隣の座席へ運ぶ。
 その女性はにこやかな微笑みを湛えたまま、椅子に浅く腰掛けていた。
 そして一口ほおばった彼女の口の中からは、『サクッ』という軽やかな音が聞こえてくる。

「ん〜♪ なるほど、美味しいわ。身がしっかりしているから、長めに漬け込んでちょうどいい味付けなのね。
 衣と中の歯ごたえが良い対比を成しているわ。……私にとって、とても懐かしい味よ〜」
「ありがとうございます。何かお気づきの点ってありますか?」
「……『龍田揚げ』に関しては何も言うことはないわ〜♪
 でも、私はこの屋台――ええと、『灰熊飯店』の司厨長さんのお名前を知りたいわね〜」

 心なしかその女の人の微笑みが、一層朗らかになったように私は感じた。
 今までは、同じ微笑でもその裏には微かな翳りを潜めていたようだったのが、薄れている。

「私は、田所恵と言います。……そう言えば、あなたはどうやってこちらにいらっしゃったんですか?
 余りに自然な流れだったので忘れてましたけれど、ここ、ヒグマ帝国ですよ!?」

 名乗った瞬間、大変なことに気づいて私は屋台の周りを見回した。
 やたら落ち着いているこの女の人も、人間には違いない。でも、私はこれまでこの女の人を研究所で見たことはなかった。だから、役に立つからと生かされている類の人ではないはずだ。
 今は幸いにも目に付くところにヒグマはいないが、もしここにあのシーナーさんや灰色熊さんがいたら……。

 慌てる私の頬にその時、影を吐くようにな低い声が囁かれていた。


「……大丈夫よ〜。よしんば『目に見えない』ヒグマがいたとしても、私の索敵網にはかかっていないから〜。
 ちょ〜っと声を落として、座って話しましょう? ね? あなたも」


 薙刀の柄に押さえられたかのように、私は彼女と向かい合って座る。
 彼女は箸で竜田揚げを一つつまみ上げ、よく私に見せてから、今一度美味しそうに食べた。


「今の龍田揚げだけれど〜、中身はヒグマなのよね。じゃあ、ヒグマを食べて血肉とした私はヒグマかしら?」
「……え? いえ……、人間だと、思うんですけれど、違うんですか?」
「人間で合ってるわよ。それで正しいわ」

 唐突なその質問の意図を、私は理解できなかった。
 それを気にも留めず、彼女はもう一度質問をしてくる。

「じゃあ、人間を食べて血肉としたヒグマは人間かしらね?」
「……違うと、思います」
「ええ、私も同意見よ」


 ――それじゃあ漸く自己紹介ができるわね。
 女の人は、マゼンタの瞳を輝かせて、私に名乗りを上げていた。


「初めまして、軽巡洋艦、天龍型2番艦の龍田よ。生まれは佐世保なの。
 ここには、穴持たず678というらしい提督に、ヒグマ20体の骸を資材に建造されて着任したわ」
「……え、っと、え? それじゃあ、龍田さんは、今うわさの艦娘というやつですか?」
「そうなのよ。姉の天龍ちゃんがここにいるらしいけど、みんなに迷惑かけてない? 心配よね〜」
「……そう言えばそんな名前の人も参加者にいたような……」


652 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:23:18 lJNkPIvk0

 関村さん推薦のブラウザゲームで、船を背負った女の人たちが登場している話は知っていたし、そのゲームがやりたくて帝国内で不満を漏らしていたヒグマがいるらしいことくらいは私も聞き及んでいた。
 それが極まって、参加者に呼んでくるどころか作ってしまうとは、なんとも色々な意味で信じられない。
 龍田さん――ということは『竜田揚げ』の由来になった船の人――は、背後に向けて顎をしゃくった。


「今回私の建造を命じた提督は、つまり自分の同胞を殺して、私の血肉にしたってことなのよね〜。
 本人はヒグマだというのに、わざわざ相対するであろう種族の私に、私利私欲のためによ。
 私は元々、日本海軍の巡洋艦として、内地を守り・戦う――引いては国・人間のために作られたというのにね〜」

 龍田さんは、口調も表情も変えはしないのに、その声はだんだんと私の体に纏わりつくように粘性を増してくる。

「――どうも、先に高速建造されたらしい子は、提督のことを慕っているようだけれど。まぁ私ができた時には、もう彼は地上に遁走していたみたいだし〜。……よりにもよって天龍ちゃん目当てに」

 彼女は、テーブルの前に身を乗り出して詰め寄ってきていた。
 『天龍ちゃん』にやたら重みのある発音だったが、それを差し置いて全体的に言葉の温度が凶器じみている。
 目の前の竜田揚げが一瞬にして凍結保存されそうな怖さがあった。


「ねぇ、私たちを愚弄している行為だと思わない?
 当の本人はその騒動の責任も取ろうとせずに逃げているわけだし、私が仕えて慕うべき正当性の、かけらも見当たらないのよね〜」


 龍田さんはそう言って両手を打ち広げ、薄笑いを浮かべる。

 彼女はかいつまんで、私に今までの経緯を話してくれた。
 元クッキー工場で目覚めた龍田さんは、書置きの残されたヒグマ提督のパソコンとその中の記録を見て呆れ、実験の大まかな趣旨とここの内情、参加者を把握して外に出たらしい。
 脇の地底湖ではビスマルクという戦艦が大量のヒグマを相手取って遊んでおり、横目でそれをスルーして話の通じそうな人間を探していたところ、一階層下にいた穴持たず118『解体』というヒグマが、親切にもこの屋台のことを教えてくれたそうだ。

 解体さんは、確か桜井研究員が主に面倒を見ていたヒグマのはずだ。力が制御できず、厳重に牢へ入れられていたけれど、そんな顛末になっていたとは知らなかった。

「彼が感慨も抱けずに仲間殺しに従事してる現場を見て、世も末だと思ったわ〜。
 実験の内容といい国内の現状といい、この帝国にさえ忠誠を誓っていいものか微妙なところよ」
「……あの、解体さんって、第二期のヒグマだったと思うんですけど、そんな番号後なんですか?」
「今朝まで牢にいて、改修されて仕事を充てられたらしいから番号も当てなおされたんでしょう。
 私も、天龍ちゃんより年上の妹だしね〜。よくあることよ〜」
「……あ」

 そこで私は、『牢』という単語に、大切なことを思い出した。


「間桐さん! シーナーさんが正しければ、あの人はまだ無事なはずでした……! 早く朝ご飯を持っていってあげないと……」
「まだここに人間がいるのね? ちょっと私も会わせて貰える? 今後の行動方針を決めたいのよね〜」


 『まず第一は天龍ちゃんだけれど〜』と付け加える龍田さんを尻目に、私は鍋の火力を上げていた。

 ミズクマの身をすり鉢に入れ、片手で殻をコンロの火に炙る。
 真っ黒だった殻が、次第に綺麗な緋色に染め上がり、香りが立ってくる。
 焼いたその殻を香り付けのためにすり鉢に砕き入れ、身と共にしっかりとすり上げた。

 余った殻の一部を包丁で切り割り、エビの尻尾のような形にする。
 湯を張った鍋に、細長く成形したミズクマのすり身を入れ、同時に小鍋にダシをとって薄く醤油とみりんで味をつけておく。
 粉に卵を混ぜて溶いたタネを、先ほど竜田揚げを作った鍋の上に、一滴だけ落とした。

 その雫は、液面に落ちるや、ぱっと花が散ったように広がり、いくつもの揚げ玉となって膨らんだ。

「……190度ちょっとね。揚げ物の仕上げには最適温」

 再び屋台のカウンターから覗き込んでくる龍田さんの呟きを聞きながら、私は次々と揚がってくる揚げ玉を、ダシの中へ入れて炊いた。
 茹で上がったミズクマのすり身に、その衣を丁寧に貼り付け、仕上げに、切り抜いておいた殻を取り付ける。


「やっと、できました……。きっと、間桐さんも、これなら……」
「少ない食材でよくここまで心を込められるものね〜。私も見習いたいものだわ〜♪」


 にっこりと首を傾げた龍田さんに、私も息をついて、微笑み返した。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


653 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:25:25 lJNkPIvk0

「よぉ、今日はいい日和だなぁ、そこのあんた」

 体の半分ずつが黒白に塗り分けられた熊のロボット――モノクマは、突如背後からかけられたその声に驚愕した。
 島の地下の研究施設の更に一層下に掘り抜かれた一室に、そんな声は聞こえることがないはずだった。


 この地下階層にて、研究所内で公式に存在しているとされているものは、示現エンジンただ一つである。
 ヒグマ帝国はその隣に穴持たず118による解体施設を設けていたが、モノクマが独自に作り上げていたこの空間は誰も知るはずがない。

 振り返ったモノクマの目には、興味深げに壁面のシリンダー群を眺めている、一頭のヒグマの姿が映る。
 『灰色熊』と呼ばれているヒグマだった。
 グリズリー、つまりはヒグマの一種を示すただの一般名詞であるが、有冨春樹はこの二期ヒグマにあえて、そんな『名無しの権兵衛』に近い、特徴のない名をつけていた。


「……どこから入ったのかな? 灰色熊クン?」
「ん〜? お招きもお出迎えもなかったからよ、適当に入らせてもらったぜ?」


 メインサーバーへの回線を接続しようとコンピューターのモニター前に着席していたモノクマは、灰色熊に問いかけながら注意深く立ち上がっていた。
 灰色熊は笑みに諧謔を浮かべながら事も無げに嘯いていたが、決してこの一室には『適当に』入ることなどはできない。

 出入り口は、地下の岩壁に擬装して完璧に隠しているし、よしんばそこを発見したとしても、江ノ島アルターエゴが直接看視している二重電子ロックを突破することはできないだろう。
 分厚い鋼鉄製の出入り口の扉は、確かに穴持たず00などの強力な膂力を持つヒグマならば破壊して入ることも可能ではあるだろうが、それならそれでモノクマが気づかぬ道理はない。
 現に岩壁に囲まれた出入り口は、全く開けられた形跡もなく無傷だった。
 しかし、このヒグマは、モノクマの感覚に一切感知されることもなく忽然とそこに出現している。

 彼は二本足で立ち上がり、穴持たず4の死体が融けているシリンダーの溶液を見つめながら、人間のようにポリポリと顎を掻いていた。


「それにしても立派な部屋作ったもんだよなぁ。そりゃまあ、シーナーみたく雑務に追われもしねぇで隠れてりゃ良いだけだから、時間はたっぷりあったのか」
「……もういいや、どうやって入ったのかは置いておくよ。キミの目的はなんだい、灰色熊クン?」
「ああ、あんたはシーナーやキングに、『穴持たず1〜14は帝国に賛同しないだろうから抹殺した方が良い』って進言したらしいな。それを聞いたもんで、その抹殺対象を教えてやろうと思ってな」
「……ふぅん、というと、デビルヒグマとかメロン熊、ヒグマン子爵のことかな?」
「なんでそいつらだけしか言わねぇんだ? 他の奴らはみんな死んだのかい? まるで見てきたみたいな言い種じゃねぇか」
「……」


 モノクマは押し黙って、目の前の奇怪な生物をしかと観察しようとしていた。

 わざとらしい笑みを浮かべるその灰色熊は、シーナーが扇動して脱走させた40体の二期ヒグマのうちの一体のはずである。
 その脱走とは、ほぼ同時期に製造された二期ヒグマたちの中で真っ先にシリンダ内で自我を持ったシーナーに、モノクマが打診した事項であった。
 研究員の認識と記憶はシーナーが攪乱し、電子データはモノクマが潜入・破壊することでそれは実行された。
 その目的は、研究員に気づかれぬままヒグマ帝国を建国し、研究所に対して反乱のきっかけを作ること。
 脱走騒ぎが収まる前に、シーナーはヒグマの培養液を奪取し、帝国内で新たなヒグマを生み出すシステムを構築していた。モノクマがひっそりと、この部屋に独自の工房を設けたのもその折である。
 シーナーはその際、信頼の置ける二期ヒグマの何体かに計画を打ち明け、実効支配者として帝国に引き込んでいた。その代表が司馬深雪扮する穴持たず46である。


 ――だが、この灰色熊は、ボクに伝えられた実効支配者のメンバーには、入っていなかったはずだ――。


654 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:27:15 lJNkPIvk0

 考えればおかしなことは多い。
 この灰色熊というヒグマは、グリズリーマザーという、外来らしいヒグマを連れて、実験を中座してまで『入籍する』という口実でヒグマ帝国にやってきていた。
 シーナーが扇動した脱走の時も、一番最後まで島内を気ままに逃げ回り、研究員たちを翻弄させていた破天荒なヒグマだ。それを鑑みれば、外のヒグマに一目惚れくらいしても驚くには値しない。
 しかしヒグマ帝国のことは、有富らが認知していた80番以前のヒグマでは、実効支配者たちしか知らないはずである。
 『研究所』に戻るならまだ理解できる。しかし、このヒグマは、反乱で荒らされた所内に驚くこともなく、即座にヒグマ帝国に溶け込んで生活を始めようとしていた。


「図星かぁ? まぁ、何体もいるんだろうさあんたは。それで自分たちで島の方々を見張って実験の様子を窺ってるってわけか。キングが把握に苦労してるってのに大層なご身分だ」


 そしてなおも、灰色熊は酷薄な笑みを浮かべたままモノクマに語りかけてくる。
 まるでモノクマを知っているかのような口振りだが、モノクマの立場は、ヒグマの内ではシーナーなどの支配者階級しか知らないはずだ。
 帝国内で暗躍するにつけて、モノクマが自身の存在を多数に知られることは厄介極まりない。
 シーナーはモノクマがことあるごとに観察しており、反乱指揮などの際も部外者に自分の存在を漏らしていないことは確認している。如何にシーナーが幻覚でその行動を隠していても、モノクマの機械仕掛けの感知装置はごまかすことができないはずだ。
 ヒグマ提督や解体ヒグマに、立場をごまかしてひっそりと接触することができたのも、モノクマが念を入れて隠蔽に励んでいたからに他ならない。


「どうしたよ、なんか言ってくれよ。お一人様がこんなボックス席占領してテロの準備してると、他のお客様と店の迷惑になるんだよ。
 正直言って、さっさと立ち退いてもらうか、料理の一つでもオーダーして欲しいとこなんだよな」


 だが、灰色熊はせせら笑うかのように、その隠蔽工作について知っていることを言外に示唆していた。
 しかもその台詞は、モノクマがヒグマ帝国の転覆を狙っていることを知って、殊勝にもそれを阻止しに出向いてきたのだというようにも聞こえる。


 ――どうやって知ったか知らないけれど、消えてもらうしかないかな。


 モノクマ及び研究所把握しているデータでは、灰色熊の能力は瞬時に石碑に擬態して、追跡や探索をかわすものである。穴持たず12と同様に、隠密行動には便利であろうが、決して直接戦闘に向いた能力ではない。

 ――面と向かってしまえば、死熊クンより楽な相手でしょ。

 モノクマはそう考えて、瞬時にモニターの陰から複数体の同型機を襲いかからせる。
 完全に背後の死角を突かれ、灰色熊の体は、5体のモノクマの爪に貫かれていた。

「……?」

 灰色熊は、突然の事態に、きょとんとしているようだった。
 訳が分からないという面もちの灰色熊に、今度はモノクマが歯を見せて笑いかける。


「残念だったね名探偵クン。よくここまでボクの目を盗んで調べたものだと思うけど、料理になるのはキミの方だったよ」
「……ふぅん、卵の黄身料理がいいのか?」


 モノクマの皮肉に、灰色熊は背中の5体の機械を一瞥して、ぽつりとそう漏らした。

 瞬間、モノクマの感音装置に、電動ヤスリが高速で鋼鉄を削り落とすかのような、けたたましい騒音が鳴り響く。
 続けざまに、灰色熊を刺し貫いていたはずの5体のモノクマが壁面の岩に吹き飛ばされ、機械部品の鈍色の花を咲かせていた。


「ヒグマ身中の虫のユッケ、〜機械油と電子部品を添えて〜。
 『キミ』が喰いたきゃ自分で入れな。あんたに流れる蜂蜜は食う気も起きんから」


 破壊されたモノクマたちは、皆一様に、灰色熊を刺していたはずの爪が腕ごと折れている。
 刺さったように見えた機械の腕は、全て灰色熊の皮膚で破壊されていたのだった。


655 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:28:58 lJNkPIvk0

「いやいやいやいや! どういうことなのそれぇ!? ヒグマの皮の硬さじゃないよ!!」
「あ〜あ、だから親切に教えてやろうと思ったのによぉ……」


 灰色熊は、満面の笑みを浮かべるかのように口を引き裂く。
 その時、モノクマは理解した。
 今まで灰色熊が浮かべていたわざとらしい笑みは、この笑顔を隠すためのものだった。
 彼は笑いを堪えていたのだ。
 この、捕食対象に牙を剥く、肉食獣の笑顔を。


「二期ヒグマは、アタマが欠番になってるだろぉ?
 まぁ、島内を最後まで逃げ続けて、ただ食欲のために人間を襲い回り、実験中にパートナーをもらって屋台開くような愚かなヒグマなんざ、誰も把握する気が起きねぇのは当然さな」
「まさか……、お前が……!」
「ありがとよ、今までオレの出自も性能も行動も、調べる気を起こさないでいてくれて」


 ――ヒグマ帝国の隠密が一頭、穴持たず11『灰色熊』だ。
 ――帝国に邪魔なのは初期ナンバーかあんたか、さぁどっちだろーぉね?


 泰然と闊歩してくる灰色熊の姿は、モノクマにはまるで何倍も大きなサイズであるかのように感じられた。
 うろたえながら後退するモノクマは、次第に部屋の隅へと追い詰められてゆく。


「あり得ないよねぇ!? シーナークンがボクのことを話せるわけないのに!!
 アナログな脳みそしか操れないシーナークンが、ボクに隠れて行動できるはずがない!!」
「シーナーはオレのアナログな脳みそに直接話しかけられるんだよアンポンタン。あいつがあんたみたいな得体の知れないヤツにホイホイ従うとでも思ったのかい?
 可愛そうだねぇ、デジタル部品の体なんか持って。ヒグマ帝国は、あんたと違って大変アナログな生活をしておりますが」
「クマーッ!!」


 モノクマが叫びながら飛び掛かるや、物陰から同時に数十体のモノクマが灰色熊へと殺到していた。
 しかしその瞬間、灰色熊の体は床に溶けるようにして消え去る。

「なっ……!?」

 当惑したモノクマの群が静止した時、その一角は突如、天井から降ってきた巨石により押しつぶされていた。
 その落石は花崗岩の塊か何かにしか思えなかったが、見る間にそれは灰色熊の姿となって動き始める。
 打ち振った腕がグラインダーのように周囲のモノクマたちの部品を削り取り、直ちに機能停止に追い込んでゆく。
 応戦するモノクマが状況を理解するよりも遥か先に、動くモノクマは再び先ほどの一体だけになってしまっていた。


「なんだよ……!? なんなんだよその能力は!! おかしいよ! 絶望的におかしいよ!!」
「そりゃあ簡単に解られてたまるか。シーナーと、あと、穴持たず12……ステルスだけが知ってりゃ十分さ」


 モノクマは、牙を剥く灰色熊の向こう側へ、ロケットのように跳ね飛んでいた。
 ロックのかかった出入り口を空中から開錠し、室外へ逃走しようと試みる。
 しかし彼が扉の前に着地した瞬間、白黒に塗り分けられた頭部はすっぱりと胴体から分断されて地に落ちていた。
 剥きだしになった回路からわずかに火花を漏らして、モノクマは動かなくなった。


「……食い逃げしてんじゃねぇよ。席のもの片して料金払ってからにしろ」


 その出入り口には、ちょうどモノクマの首の高さに、投擲された一本の包丁が突き立っている。
 柄にヒグマのオイルドボーンを使用し、刀身は地金にヒグマの爪、中子の鋲にヒグマの牙を使用した、田所恵に贈与したものと同型の逸品である。
 灰色熊が灰色熊であるからこそ作り出すことのできた、『ヒグマの爪牙包丁』が、それであった。


656 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:31:30 lJNkPIvk0


「さぁあて、これでこの黒幕は粗方処理できたかねぇ。こいつを操ってる大元は回線上にいるんだろうから、キングがメインサーバー落としてくれているうちに完璧に壊してやらねぇと」


 灰色熊は、突き刺さる包丁を悠然と回収し、花崗岩のような質感のままの自身の肌に当てた。
 するとその包丁は瞬く間に体と同化して消え去る。
 電子部品と油が無惨に飛び散る室内を、彼は起動したままのモニターに向けて歩んでゆく。
 その一歩ごとに、鉱物質の流紋が入っていた彼の肉体は、頭から元のヒグマらしい毛並みに戻っていった。

 上機嫌でモニターを覗き込んだ彼はしかし、即座に表情を硬くする。
 画面にはネットワーク接続の状況が表示されており、この場にあるコンピューターは、『関村提督のPCなのです!』という名称のコンピューターを介して、ローカル及びグローバルのインターネットに接続されていた。


「……提督って、あいつか、678か! 関村製造部長のアカウント奪ってまで艦これしたかったのか!
 職場で関係ねぇウェブサイト見てんじゃねぇよアンポンタン!! ゆるゆるじゃねーか!!」


 灰色熊は、唾液を飛ばしながらキーボードを粉砕した。画面上に意味不明な文字列が並び、エラー音が鳴り響く。
 モノクマを操っているプログラムか何かを、灰色熊はここで物理的に破壊するつもりであった。
 ネット環境と隔絶されたここならば、ハードディスク上のプログラムは逃げることもできずに消滅するはずだと見込んでいたのだ。
 しかし、既に帝国及び研究所内の他のコンピューターに接続されているとなれば話は違う。
 プログラムはもう帝国内全てに感染を広げているに違いない。灰色熊の襲撃も思惑も知られており、データも持ち出され、今後対策を打たれることになると考えるべきであろう。

 歯噛みする灰色熊の目の前で、モニターは真っ青になっていた。
 そしてそこに、一件のエラーメッセージが、画面中央で大々的に映し出される。


《ボクを破壊できると思った? ごめんなさい、それ来月からなんですよ!
 甘々な仲間に怒っちゃう灰色熊クンは、今度はボクが料理してあげるからね!》


 文面を読み終わるや否や、灰色熊は一撃のもとにそのモニターを叩き割る。

「……オレを刺激してしまったんじゃないかと悩む必要はねぇぞ? これが普通なんだ。
 法外なお客様から料理を振舞ってもらうつもりはねぇが、注文するならいつでも言ってきやがれ。
 タタキか刺し身か酢の物か……。好きな料理を体に教え込んでやるよ」

 口を引き裂いて顕わとなるその牙の雫に、爛々とした眼差しを湛えて、彼は笑っていた。


「オレたちの『灰熊(グリズリー)飯店』は本日開店だ! 御来店、お待ち申し上げるぜ!!」


【???(モノクマの工房) ヒグマ帝国/午前】


【灰色熊(穴持たず11)@MTG】
状態:生物化
装備:無し
道具:ヒグマの爪牙包丁
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:HIGUMA発祥時からの危険人物であるモノクマを抹殺する。
1:シーナー、キングらと迅速に状況を連絡・共有し、モノクマやヒグマ提督を封殺する方策を練る。
2:ここで培養されている得体の知れない生命体はどう処遇するべきか……?
3:これ、実効支配者全員で対処しねぇとまずくないか?
4:同胞の満足する料理・食材を、田所恵と妻とともに探求する。
5:蜂蜜(血液)ほしい。
6:表向きは適当で粗暴な性格の料理人・包丁鍛冶として過ごす。
[備考]
※日ごろは石碑(カード)になってます。一定時間で石碑に戻るかもしれないししないかもしれない。
※2/2のバニラですが、エンチャントしたら話は別です。
※鉱物の結晶構造に、固溶体となって瞬時に同化することができます。鉱物に溶け込んで隠伏・移動することや、固溶強化による体構造の硬化、生体鉱物を包丁に打ち直すなどの応用が利きます。
※ヒグマ帝国のことは予てよりシーナーから知らされており、島内逃走中にモノクマやカーズが潜伏しそうな箇所を洗い出していました。
※実験は初めから、目くらましとして暴れまわった後、適当な理由をつけて中座する段取りでした。


657 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:32:06 lJNkPIvk0

【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:『絶望』
0:ボクのボディをこんなに破壊してくれちゃって……。灰色熊クンには後できつい『オシオキ』をしてあげなきゃね。
1:前期ナンバーの穴持たずを抹殺し、『ヒグマが人間になる研究』を完成させ新たな肉体を作り上げる。
2:ハッキングが起きた場合、混乱に乗じてヒグマ帝国の命令権を乗っ取る。
[備考]
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1〜14までです。
※江ノ島アルターエゴ@ダンガンロンパが複数のモノクマを操っています。 現在繋がっているネット回線には江ノ島アルターエゴが常駐しています。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。
※ヒグマ帝国の更に地下に、モノクマが用意したネット環境を切ったサーバーとシリンダーが設置されています。 サーバー内にはSTUDYの研究成果などが入っています。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ピチピチと、小魚が水面に跳ねるような音が、目の前に置かれたバケツから聞こえてくる。
 痛みと魔力消費で気絶していたのか――。と身を起こそうとして、間桐雁夜は自分の体調の異常を察知していた。
 いや、むしろそれは異常とはいえない。
 雁夜の『正常な』状態からすれば、今までこそが異常だったのだ。

「――『刻印虫』が、全く励起してない……」

 間桐雁夜が即席の魔術師として聖杯戦争に参加するに当たり、戸籍上の祖父・間桐臓硯から体内に植えつけられたのが刻印虫である。
 術者の肉を食らう代わりに擬似的な魔術回路として機能するその虫が、沈静化していた。
 魔力消費の激しいサーヴァントであるバーサーカーを現界させている間は、雁夜が悶絶する程の激しい痛みを催させるのが常だったというのに、彼らはまるで消え去ったかのように鳴りを潜めている。
 よもや自分のサーヴァントが消滅したのかとも思ったが、そういうわけでもないらしい。
 魔力経路(パス)は繋がっているのに、現在のバーサーカーは、何故か雁夜からの魔力供給を一切受けずに行動できているようだった。
 使い魔である『視虫』を飛ばせば、その理由も窺えるかも知れなかったが、この研究所に拉致されてきた時点で『翅刃虫』共々、余計な使い魔は剥奪されていた。

 相変わらず左半身は思うように動かないが、この数日に比べ、体は見違えるように軽く感じる。
 クッションの利いたウレタン塗床の地面に座り直し、間桐雁夜は改めて自分の置かれている環境を見回した。


 ここは、STUDYの研究所に設えられた、魔術師用の保護室だ。
 コンクリートの壁に、エアタイトな扉。一応開放感を損なわないように、正面の観察廊下にはガラス障子が嵌め込まれている。
 その扉に鍵などはかかっていない。しかし、それら壁材の全てには結界が施されていた。
 許可された人物しか通過できず、しかも内部では指定された魔術以外の行使をできなくさせるという、ややこしい術式の結界だ。
 研究所にいた司馬深雪という魔術師が構築したもので、魔力の供給源は雁夜たち拉致された魔術師自身である。
 そのため、自分の魔術で自分の行動を封じられていることになり、雁夜の他に集められていた聖杯戦争のマスターたちでも、この結界を解除して脱走することはできなかった。

 だが、今改めて廊下の正面や斜向かいを窺ってみても、そこには誰もいない。
 記憶が確かなら、正面にはケイネス・エルメロイというランサーのマスター、斜めには言峰綺礼というアサシンの元マスターがいたはずだ。
 牢の扉が強引に破られているので、もしや力ずくで破壊して脱出したというのだろうか。
 確かに、物理的に結界の要を破壊してしまえば逃げ出すことは可能だろうが、外にはヒグマや研究員が見回りに歩いており、もう実験も始まっているはずだ。なぜ、彼らは今になって逃げたのか――。


658 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:34:03 lJNkPIvk0

 その時、雁夜はガラスの向こうに、こちらへ歩いてくる二人の少女を見た。
 一人は、いつも雁夜たちに食事を提供してくれる給仕係の少女だったが、もう一人の、黒いワンピースを着て物々しい機械を背負った少女には見覚えがない。
 彼女たちは自分の部屋に来て扉をノックし、あろうことかその扉を開けて入ってきた。
 普段なら結界の効力を切らないように、食事も扉の小窓から提供されていたのだが、どうしたのだろうか。

「おはようございます間桐さん。今日は体調がいいみたいですね」
「あ、……ああ。確かにそうだけど……一体どういう風の吹き回しだい、恵ちゃん」

 彼女が自分の部屋へ入りに来てくれたのは、碌に食事を摂れなかったごく初めの期間だけだった。
 当時、雁夜は全身が刻印虫に犯され、半死人の態だった。
 固形物は飲み込むことすらできず、消化管は壊死しかけて蠕動することもなく、栄養分は末梢静脈から点滴で賄うしかなかった。
 しかし、そんな雁夜に、少しずつでも経口食のリハビリを施してくれたのが、給仕の田所恵だった。

 初めは、重湯だった。
 スプーンでひと匙ずつ、憔悴した自分の口に、彼女は流し入れてくれた。
 それでも次の日、雁夜は墨汁のような下痢と激しい腹痛に苛まれた。

 向かいのケイネス・エルメロイは、そんな雁夜を見て馬鹿にするだけ馬鹿にした。
 遠坂時臣にも似た、魔術師然とした鼻持ちならないプライドで、彼は他人を見下し続けなければすまないようだった。

 自分も半身不随のくせに、喫食のできない雁夜に向けて、やれパスタがどうのカリーがどうのカツレットがどうの、時計塔にいた頃は許婚がもっと旨い料理を作ってくれただの、毎食毎食、料理の香気と惚気とを扉の小窓から最大限に振りまいて自慢してきたのだ。

 何度ぶち殺してやりたいと思ったことか。
 重湯すら摂取のままならない雁夜にとって、スパイスや揚げ物は、遠い日の恋しい記憶に紛れた幻想になりつつあった。
 ケイネスは周りにいた言峰、ウェイバー、衛宮ら他のマスターにも罵声を浴びせていたが、彼らは利口にも事を構えるまいと沈黙を守っており、雁夜に至っては反論も激昂もする体力がなかった。


 ――いつか絶対にヤツより旨いものを喰って、その姿を逆に見せつけてやる……!


 地脈から魔力を吸い上げる術式に魔術回路を酷使されていた雁夜にとって、そんな意思が、いつしか彼の生きる支えとなっていた。
 聖杯戦争とこの実験の参加理由でもある『遠坂桜の救出』のためにも、ここで雁夜は死ぬわけにはいかなかった。
 毎日、水分だけは十分に飲むようにした。
 刻印虫が騒ぐ度に吐いてしまう体液を補うために、点滴の成分も調整してもらった。
 できるかぎりゆっくりと、臓硯や時臣を恨むように、遠坂桜や葵を想うように、唾液が口いっぱいになるまで全ての食事を噛み続けた。
 そしてケイネスに笑われながら、雁夜の食事は日毎に進化していった。

 重湯。
 具のない野菜スープ。
 グレープゼリー。
 三分粥。
 水ようかん。
 卵スープ。
 五分粥。
 枝豆のすり流し。
 卵だけの茶碗蒸し。
 七分粥。
 かぼちゃのムース。
 野菜のテリーヌ。

 魔術回路が傷むたびに吐き戻してしまっても、腹痛と下痢に襲われても、破壊された味覚に何も感じられなくても、彼は生き延びるために食べ続けた。
 正面にいた相手がもし遠坂時臣であったならば、ここまで冷静に雁夜は執念を燃やせなかった。
 見つけた瞬間に錯乱し、結界越しに相手を呪殺しようとして憤死するのがオチだっただろう。
 それが今や――。


「遅くなりましたけれど、どうにか、今の間桐さんなら食べられるんじゃないかと、工夫しましたので。
 出汁だけとった薄味の熊汁と、全粥。それと――」
「……これは」

 田所恵が持ってきた朝食の膳には、3つの食器が並んでいた。
 椀に注がれた、温かな湯気をくゆらせる味噌汁と粥。
 そしてもう一品。

「――海老天じゃないか……!!」
「はい。どうぞ食べてみてください」


 間桐雁夜は、震えながら高脚膳の上の箸を掴んだ。
 しっとりとつゆを吸ってシズルに満ちた衣を挟み、その一尾を抱え込むように口へ運ぶ。
 噛み切ったその身が口中で勢い良く跳ねて、その滋味を雁夜の鼻腔いっぱいにまで立ち上らせていた。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


659 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:34:43 lJNkPIvk0

 日差しが降り注いでいた。


「あ、お、おおああああぁああぁあぁぁ……!」


 間桐雁夜は、目の前に、遠坂葵の微笑みを見た。
 遠い日の公園が、彼の口の中に広がっていく。
 午後3時のお昼下がりの、晴れた空に照り映える、揺れる日差しの温もりがそこにあった。

 遠坂凛の、遠坂桜の、無邪気な笑顔が、噛み締めるたびに柔らかな衣から溢れてくる。
 歯触りを残しながらも簡単に解れてゆくエビの身には、遠坂葵の白い掌のような優しさがあった。
 誰にも傷つけることのできない、無謬の幸せ。
 その一幕が、ひたすらに人を思って作られたこのてんぷらに再現されていた。


「――……うめぇ」


 雁夜の眼に、涙が溢れていた。
 機能を失ったはずの濁った左眼からも、熱い雫が零れてくる。
 飲み下したてんぷらは、萎縮し狭窄した食道をも労わりながら撫でてゆく。
 刻印虫に荒らされた胃の中にも、活力を取り戻させる。
 着実に再起してきた雁夜の肉体に、一尾の海老天が、その一陽の来復を証明させていた。 


 続けざまに飲み込んだ味噌汁は、薄い味だということが信じられないほど力強かった。
 ヒグマ肉でとられたダシは、本来ならば雁夜の肉体を傷めるほどに苛烈なえぐみを持っている。しかし、合わせる味噌には黒大豆が用いられていた。
 黒大豆味噌の持つ甘味が、その苛烈さを気品ある野趣に収斂させ、むしろ雁夜の意気を後押しさせる。
 遠坂時臣が真人間であれば、このような風格を持っていたかもしれない。
 葵を幸せにしてくれると信じて送り出した当時は、雁夜の印象の内で、時臣はそんな優美で寛容な威風を備えていた。


 賛辞の代わりに一口ごとに涙を零して、間桐雁夜は膳の上の食事を完食していた。
 人心地をつく彼に、田所恵は微笑みながら問いかける。


「……間桐さん、体の調子が良かったら、保護室の外に出ませんか? ここは危ないので、一緒に行きましょう」
「え……? どういうことなんだい? そう言えば、他のマスターたちはみんないなくなってるみたいだけど……」
「研究所のヒグマさんたちが反乱して、ほとんどの人が食べられちゃったんです。生きている人は、布束さんと、あと……そこの龍田さんくらいにしか出会っていません。
 私のお店で、従業員として働くということにしておけば、当面の安全はどうにかなるかと思いますので……」

 雁夜は声を忘れた。
 一瞬どういうことか理解ができなかったが、それならば強引に破られている部屋の扉のことも腑に落ちる。
 まったく励起していない魔術回路の件も併せて考えるに、地上にいるバーサーカーにも何か異変が起こっているのではないかと思われた。


「……今、あなたの操る艦船は、あなたの内燃機関から馬力を受けずに動いているってことなのね?」


 呆然としたままだった雁夜にふと、今までずっと周囲を観察していた女性が、声をかけていた。
 龍田という名の奇妙な出で立ちの少女は、雁夜が刻印虫を吐き戻していたバケツを指差す。

「詳しくは解らないけど、あなたは自分の肉を燃料に、その虫をエンジンにして船を動かしていたからそんなに憔悴しているんでしょう?
 その様子を見るに、体調が戻ったのはついさっきのようだし〜。あなたが疑問に感じているのはその理由なのよね?」
「あ、ああ、そうだ……。俺のバーサーカーは魔力消費が激しくて……、呼び出した深夜から悶えていたんだ。もしかして今体調が戻ってることも、何かそのヒグマたちに関連してるんじゃないかって……」
「恵ちゃん、この帝国と研究所の近辺に、何か莫大な馬力を生み出せる機関があるかしら〜?」

 話を振られた恵は、一拍の間を空けて、その機関に思い至った。
 そして見る見るうちに、その顔が青ざめてゆく。


660 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:36:11 lJNkPIvk0

「……示現エンジンです。この研究所と、島内の電力全てを賄う装置が、ここのさらに地下にあります。
 今日はそこに、管理人の四宮ひまわりちゃんって子も来てるはずなんです! もしかすると、間桐さんのサーヴァントも、示現エンジンも、誰かに乗っ取られてるんじゃ……!」
「バーサーカーに呼びかけてもコントロールが効かないのはそういうことか……! 行こう、恵ちゃん! 案内してくれ!」

 恵の肩を抱えていきり立つ雁夜の進路が、細い薙刀で塞がれた。
 ガラス障子越しに廊下の様子を窺う龍田が、ゆっくりとした口調で彼らをたしなめる。


「そう焦らないのよ〜。私ならともかく、半病人のあなたが憶測だけで戦いにいくつもり?
 もうちょっと、あんなふうにまともな外交手段を思いつかないのあなたたち?」


 龍田が指す廊下の向こうからは、不思議な淡い光が走ってきていた。
 天井、壁面、床のすみに生えている苔が、その薄緑の光を伝達するように明滅しているのだった。
 その苔の一群の発光は、帯のように整然とした波を形成し、かなり速い速度を維持したまま保護室の前を流れていった。


「今の、何かの通信でしょう? 恵ちゃん、暗号の解読法知らない?」
「通信……。あ、なるほど、見たことあります」


 それはヒグマ帝国内で、時折流れてくる不思議な苔の発光である。雁夜も朦朧とした意識の中で、今日になって何度か研究所内にも同じ光が流れてくるのを見ていた。
 灰色熊が田所恵の元を去る寸前にも、地面にその光が流れており、灰色熊はそれを見て数度脚を鳴らし、それを観察して屋台から立ち去っていた。
 その時の恵には、発光現象と灰色熊の行動に繋がりを見出せなかったのであるが、龍田の推測通りそれがメールのような通信だと思えば辻褄が合う。

 雁夜と龍田と共に廊下に出た恵は、記憶の中のリズムを思い出して、その通りに壁面の苔をノックしてみる。

 ――コーンコーントントンコーン、トントントン、トントントンコーン。

 すると、壁を叩いていた恵の指先を伝って、何かねばねばとしたものが彼女の腕に這い上がり、文字を形成し始めていた。

「……粘菌みたいだな、それは。発光していたのはシアノバクテリアかなにかだ」

 雁夜の呟きに合わせ、3人は一斉にその文面を覗き込んだ。


『カノモノネツトヲオカスカイセンテ゛ータテ゛ンケ゛ンソウサコフ、ハイイロクマ、スクヘ』

「『彼の者ネットを侵す。回線・データ・電源、走査乞う。灰色熊。至急返信』ね。完全に電信だわ〜」
「菌類の走性を利用した通信魔術かな……。間桐にも虫を使った似たような魔術があるし。
 苔類やバクテリアにソリトン波として情報を伝達させ、通過した後の粘菌に文面を記録していくのかも」
「……とにかく、示現エンジンが危ないのは本当のことみたいですね……」
「それで、この国内でもその動きは危険視されているってことみたいね。良かったわ〜、ヒグマにも話の通じそうなのがいて」


 龍田は即座に田所恵の腕へ、何度か試すように、リズミカルに指を置いていた。
 すると直ちに、ねばねばとした薄黄色い物体は壁面に戻っていく。
 その法則性を確認した龍田は、にっこりと笑みを湛えて雁夜と恵に振り向いた。

「いいわよね? この『灰色熊』って子に協力する形で。一石で二鳥にも三鳥にもなると思うけれど〜?」
「はい! ひまわりちゃんが心配です、行きましょう!」
「ああ……。とりあえず今は、俺のサーヴァントの状態が知りたい……!」


 柔らかな笑みを浮かべたまま龍田は踵を返し、恵を先導させて豁然と歩き始める。
 歩みながら伸ばす指先は、律動的なリズムで、その壁に素早くメッセージを走らせていた。


『マトウタトコロトエンシンタンサニムカフ(アイテ)、カンムスタツタ』


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


661 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:37:21 lJNkPIvk0


『といっても一匹だけなんだけどね。穴持たず47ことシーナーさんが該当するよ』
『どんなヒグマだ?』
『津波を限定的に止めれるから、すんごい強いよ。見つけたら逃げるか逆らわないのが賢明かな』


 天龍の首輪から聞こえてきた会話を盗聴して、キングヒグマは危うく、差し入れてもらった熊汁を噴き出すところだった。
 研究所の隅で飼われていたミズクマの娘たちの管理をも引き継いでいた彼は、料理の試作をするという灰色熊らの申し出に快く応じていた。
 その引き換えに田所恵から温かな労いと熊汁を頂戴して、思わぬ役得に上機嫌だったキングヒグマにとって、このヒグマ提督の発言は不意打ちにも程があった。
 島風と連絡を取っていたヒグマ提督が、同じ艦娘だからと、参加者である天龍にぺらぺらと情報を喋っているのだ。

 核心に触れていないとはいえ、よりにもよってシーナーのことを暴露するとはどういうつもりなのか。
 強さを自慢したいのかもしれないが、組織運営に余計な驕りは必要ない。

 ――これだからNo.678は信用ならないんだよねぇ……。

 ヒグマ提督本人は実効支配者から信頼されていると、どこをどう勘違いしたかそう思い込んでいるが、実際は実効支配者が温情で遊ばせてやっているだけにすぎない。
 ヒグマ製艦娘と彼らは持て囃しているが、結局その娘は人間の少女であるわけなので、ヒグマの力をもっただけの人間である。むしろ厄介の種になる可能性が高い。

 驚愕と苛立ちを覚えながらその会話を聞き込んでいるうちに、キングヒグマは更に信じられない事項を耳にする。


『一つは参加者が逃げないようにと、外部からの介入を絶つ為に海上をパトロールする事。これは穴持たず56、ガンダム君とミズクマに任せてある。
 そしてもう一つ、増えすぎた参加者の殺害。ちなみにそのどちらにもぜかましちゃんは関与しないよ』


 ミズクマを通して穴持たず56に指示を送ったことは、現状では、その場にいた自分とシーナー、先ほど口頭で伝えた灰色熊しか知り得ないことのはずだった。
 まだ、シバやシロクマにも伝達してはいない。ましてや口の軽いヒグマ提督になど、とてもじゃないが教えられる事項ではない。
 信じられないことだが、ヒグマ提督は、島内の情報管理を一手に引き受けているキングヒグマの知らない経路で情報を得ているようだった。


『指令。首輪を解除できるポイントを教えてもらったよ。天龍も来ていいって』
『そうか……首輪を解除できるポイントを……、んなぁっ!?』
『D-6に行けって。電波が妨害されてるから爆発しないし、解除する道具もあるらしいって』
『じゃあ善は急げだな! D-6に行くぞ!』


 んなぁっ!? と言いたいのはこちらの方である。
 よりにもよって首輪の解除方法を教えるなど、気が狂っているとしか思えない。
 情報の入手手段といい、節操のない艦娘への入れ込みといい、最早看過できない。


 ――それにしてもどうやって、この情報を知った……?


 島風を作成した時にもヒグマ提督は、キングヒグマが管理下に置く研究所のセンサー類とは別経路で、火山における時相の歪曲を知っていたきらいがある。
 島風作成時の進言は軽く流してしまっていたが、その時点から彼の情報網は異常だったのだ。

 キングヒグマは、盗聴する音声に耳を澄ませながら、研究所内のローカルエリアネットワーク、島内のセンサー類、各首輪の位置などを、今一度再走査し始めた。
 しかし、1時間近くかけて隅々まで探査をし直しても、自分の把握するネットワーク上に怪しい点は見当たらない。


662 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:38:07 lJNkPIvk0

 ――ヤイコさんなどの電気系統に詳しい方ならば、もう少し調査できるのかねぇ……?


 電気系統と言えば、島内の電力を一手に賄っている示現エンジンである。今日はそこに管理人が泊まり込みで来ているはずなので、適当に趣旨をはぐらかして協力してもらうことも一つの案として考えられた。
 ヒグマの中に機器類に明るい者が少ないと、こういうときに苦労する。
 本来は帝国の内情に詳しく信頼の置けるヒグマだけで管理したいところなのだが、ヤイコも、次善で布束も、両名ともに無線LANの買出しに向かっているはずだった。
 ミズクマからの報告で無事は確認できたが、津波の影響もあり、帰ってくるのは遅くなるだろう。


 ――無線LANね……。


 研究所からは、先の両名のおかげで、コンピューターの内蔵LANとメインサーバーを起動さえすれば、グローバルインターネットに接続が可能なはずだった。
 現状で確認できていない情報入手手段といえば、それくらいである。
 しかしメインサーバーも立ち上げておらず、ましてや帝国内にいるヒグマ提督が、インターネットに接続できるわけはないだろ――?

 頭の半分で自分のしょうもない考えを否定しながらも、キングヒグマは研究所のインターネットアクセスを有効にした。
 その瞬間のことである。


『――げっ』


 名称不明のフリーWi−Fiスポットに、強制的にアクセスを繋げられていた。
 即座に、何らかの大量のデータが送受信され始める。


『おいおいおいおいおい!! なんなのこの回線!?』


 こちらに何らかの不正アクセスが行なわれているのは間違いない。
 毒を食らわば皿まで。
 キングヒグマはネットワークに入りこみ、接続されている端末を探査し始めた。
 既に、ネットに自動接続する設定になっていた施設のいくつかは、この未確認アクセスポイントに繋がっているらしかった。
 そしてその他に見つかった端末が3つ。

『名称未設定』
『示現エンジン管理用』
『関村提督のPCなのです!』


 ――これは拙いって!!


 恐らく、このアクセスポイントを設置した何者かのパソコンが『名称未設定』。
 そして、その者はヒグマ提督をそそのかして、関村部長のコンピューターを回線に繋げさせた。
 クッキー製造工場などの施設にも侵入を広げ、ついには示現エンジン管理用のコンピューターにまで入り込んでいたに違いない。


「ガアアアアアアァッ!!」


 キングヒグマはそれを確認するや、全力でコンピューターの電源ボタンを押し込んだ。
 案の定強制終了しなかったコンピューターの電源コードをコンセントから引き抜き、同時に筐体からハードディスクを引きずり出して隔絶する。
 モニターは一瞬ノイズが映った後に、真っ暗になっていた。


 ――『例の者』だ。モノクマだ。我々が開発される以前から存在しており、シーナーさんに反乱を唆したらしいあの者以外に、こんなことをできるヤツはいない!!


 研究所のコンピューターを破壊してしまった今、いよいよ使用可能な情報源は、首輪からの電波送受信と盗聴システムのみである。
 放送機材も盗聴も、一旦コンピューターを経由していたのを、ただのアンプに改めて有線接続し直す必要があるだろう。死亡者のリストも手書きか何かで作り直す必要がある。


 ――いいですよ。望むところですよ。私がなんで主催に代わり得たのか、その理由を見たいなら、見せてあげますよ!?


663 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:39:16 lJNkPIvk0

 キングの纏う気迫が一変し、瞬間、研究所内にぞわりと何かが蠢くような空気の対流が起こった。
 湿気の多い地下の空間で発生していた、研究所内のカビや苔が、震えているのだ。
 そして、モニター前から立ち上がったキングが脚を踏み鳴らすと、そこから薄黄色い文字で、ずらりと死亡者の一覧が床に描き出されていた。

 その時、研究所の壁面の苔に、淡い光の帯が一瞬走ってくる。
 そこで床を規則的なリズムに叩いたキングの前足に、黄色い粘菌の一群が這い上がる。
 しかしその菌は、明確な文字を形成するわけでもなく、不定形のままである。

 それをキングは改めて、周囲から見えないように身の影に隠したまま、先ほどとはまた違うリズムで腕を叩いた。
 そうしてようやく粘菌は文字列として移動を初め、解読可能な形態となる。


『ワレ6スヒノアマタカンムスツクルヲキクシロクマトムカフイソキホウコク、シハ」」キンク』

 ――『我678の、数多艦娘作るを聞く。シロクマと向かう。急ぎ報告。シバ。対象:キング』。
 ――よし、シバさんがヒグマ提督のところには向かってくれたみたいだ。となると、後はモノクマ本体!


 キングヒグマは穴持たず48からの無駄のない文面を読解するや、粘菌を床に戻し、そこを高速で打鍵し始める。


 これが、穴持たず204『キングヒグマ』の持つ能力であった。
 菌類や藻苔類を操り、ヒグマ帝国に紛いなりにも畑を作り出した功績が、彼をしてヒグマ帝国の象徴地位を不動のものにさせていた。

 そして彼は実効支配者間でのみ情報伝達ができる秘匿性・利便性の高い通信手段として、粘菌コンピューターと藻苔を組み合わせたこの機構をシーナーの依頼で組み上げていた。
 一定の共通リズムでバクテリアに刺激を加えることで、生物的に暗号化したメッセージを研究所と帝国全体で送受信することができ、指定対象のみが知る固有リズムでしか文面の開かない、二重暗号化した文章を送ることも可能である。

 機械的手段によらない、シーナーの幻聴とこの粘菌通信こそが、今までのヒグマ帝国における秘匿性・高速性に富んだ支配者間の真の情報伝達を可能にしていた。
 当然であるが、ヒグマ提督を初め、一般的なヒグマも研究員も、この通信手段の存在は知らない。
 何も知らない者がこの通信を見ても、時たま壁や床の隅のカビや苔が薄ぼんやりと光るだけの現象にしか思われず、怪しいと思っても、符丁のリズムと開封法を知らない限り何も知ることはできない。


『カノモノアラワルソウトウコフチカカイソウ、キンク、ヘマ」」ハイイロクマ』


 『彼の者現る。掃討乞う。地下階層。キング。返事待つ。対象:灰色熊』と打ち込み、仕上げに数度また地面を叩いたキングのつま先から、薄緑の光が部屋の外へと帯状に流れていった。
 これで数分とたたずに、灰色熊が帝国内のどこにいてもこのメッセージが届くはずである。

 盗聴でモノクマが出現したらしい会話を聞き、キングが真っ先にいぶかしんだのはその潜伏場所である。粘菌と苔の存在範囲は、即ちキングヒグマと実効支配者の観察可能領域である。
 海食洞からクッキーババアの工場まで、その気になれば綿密な連絡を取りながら調査ができる。
 即ち、未だに島内にモノクマが存在しているのならば、それは『苔や菌類が存在しないか、非常に少なく保たれている空間』ということになる。
 ヒグマ帝国と研究所において、その場所は1つしかない。

 管理人の四宮ひまわりが丁寧に保守管理を行なっている、示現エンジンとその存在階層なのである。

 精密機器に湿気は大敵であるとの理由で、彼女は徹底した換気と清掃を、ヒグマ帝国発足前から行なっていた。
 本日未明の反乱時にもヒグマたちの立ち入りを躊躇させるほど清潔に保たれた空間に、キングヒグマの粘菌は住み着くことができなかった。
 よって、モノクマが潜んでいるとすれば、その階層のどこかに、巧みに身を隠して部屋を作っているものと思われる。
 ここを探査できる能力を持つヒグマは、灰色熊だけなのだ。


664 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:41:31 lJNkPIvk0

 コンピューターなしでも実験の運営が続けられるようキングヒグマが内装の調整をしていると、早速その灰色熊からと思しき苔の光が届いていた。
 文面を開いてキングは驚愕する。

『彼の者ネットを侵す。回線・データ・電源、走査乞う。灰色熊。至急返信』

 想定しうる中でも最悪の状況になったと言える。
 彼は、モノクマを取り逃したのだ。その上で連絡を優先して階層を上がり、指示を待っているようだ。
 電源を落としている所内のメインサーバー以外の全ての電子機器は、現在モノクマの影響下にあると思って間違いないだろう。
 モノクマがいつから存在しているか分からない以上、下手をすると最初からメインサーバーも侵していたと考えられなくもない。

 そうでないことを願うキングヒグマに、続けざまに光が届いた。
 文面は、今まで送られてきたもののいずれともニュアンスの異なる、手馴れたものであった。


『マトウタトコロトエンシンタンサニムカフ(アイテ)、カンムスタツタ』

 ――『間桐、田所とエンジン探査に向かう(安心せよ)。艦娘・龍田』……!?


 ヒグマ提督が建造したという艦娘が送ってきたのだろうか。
 しかも、虜囚である間桐雁夜、料理人の田所恵とも行動を共にしているらしい。
 通信の解読法は、田所恵が灰色熊から聞いていたのかも知れないが、灰色熊が一斉送信した文面を直ちに見て、協力的に即応したとしか思えない迅速さであった。
 元々は和文のモールス信号を元に暗号を構築していたので、艦娘には親しみがあったのかも知れない。
 そこには、無駄を切り捨てながらも、符牒で『安心せよ』と丁寧に送ってくる配慮が見受けられた。


 ――これは、信頼に足るかも知れない。ヒグマ提督の遊びも、たまには役立ってくれるか……?


 キングヒグマは即座に『龍田の武運を祈る。手すきの者は返信・協力せよ。キング』と打った。
 艦娘とやらの信頼性を見るいい機会である。追々、シバ・シロクマの両名からも連絡が来るだろう。

 彼は胸を撫で下ろして、部屋の隅の水槽に餌をやりに行く。
 増やした苔を散らし入れてやると、ミズクマの娘たちがパクパクとそれを食べていった。


【ヒグマ帝国内:研究所跡/昼】


【穴持たず204(キングヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:前主催の代わりに主催として振る舞う。
0:島内の情報収集。
1:キングとしてヒグマの繁栄を目指す。
2:電子機器に頼り過ぎない運営維持を目指す。
3:モノクマ、ヒグマ提督らの情報を収集し、実効支配者たちと一丸となって問題解決に当たる。
4:ヒグマ製艦娘とやらの信頼性は、如何なるものか……?
[備考]
※菌類、藻類、苔類などを操る能力を持っています。
※帝国に君臨できる理由の大部分は、食糧生産の要となる畑・堆肥を作成した功績のおかげです。
※ミズクマの養殖、キノコ畑の管理なども、運営作業の隙間に行なっています。
※粘菌通信のシステム維持を担っています。


    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


665 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:41:58 lJNkPIvk0

 涼やかな空調の風が、チリ一つない清浄な空間を撫でる。
 その虚空にふと、少女の丸みを帯びた呟きが響いた。

「……有冨さんって、結局何がしたいんだろ?」

 ヒグマ帝国の地下深くのとある管理室で、卓越した知性と天使のごとき美貌を兼ね備えた天才少女、四宮ひまわりは大きなモニターを眺めていた。
 有冨春樹から、彼女は島の発電機に使っている示現エンジンの定期点検を任されているのだ。

 本来は開発者の一色博士か、ブルーアイランド管理局長の紫条さんなどが管理するのが筋だろうが、『その頭脳を買って』ということで彼女に依頼が来ていたのだった。
 まあ、小旅行がてら北海道で小銭稼ぎができ、前々から興味のあった示現エンジンに触れるというのも魅力的で、特にひまわり自身に文句はなかった。

 住み込みで働いているらしい田所恵ちゃんとも仲が良くなり、今回はついに実験本番ということで、実験終了まで24時間泊り込みの3食賄い付きという、労働基準法も真っ青な好待遇に、彼女は嬉々として島へやって来ていた。


 しかし実験中になにかトラブルがあったのか、数時間前に研究所のメインサーバーが落ち、管理室でもネット回線が遮断されたかと思いきや、今度は得体の知れない新規サーバーから不正アクセスを食らい続けている。
 初めこそひまわりは侵入に対して即座に防御策を講じ、ネット上の常駐プログラムらしい何かと丁々発止の防衛戦を繰り広げていた。
 だが、そのプログラムの侵入パターンと戦術は、あまりにも人間じみた臨機応変さに富んでいた。

 ――もしかすると、これは有冨さんたちのプログラムなのかな……?

 ひまわりはそう考えるに至り、防衛を止めて、そのプログラムの動向を観察することにした。
 どうやらそれは、島内にいる沢山のロボットの遠隔操縦をメインのルーチンとしているらしい。
 プログラムは、エンジン管理室の容量の大きいコンピューターと、示現エンジンからの電源の多くを必要とするために侵入してきたもののようだった。
 そのため、これは有冨さんがトラブルの対処として送ってきた新規プログラムなのだろう、とひまわりは結論付けていた。


 だが、よくよく観察を続けるうちに、ひまわりはおかしな点に気づく。
 プログラムが行なってきた作業履歴の中に、世界中の銀行口座にアクセスした履歴があるのだ。
 そしてその中から、1円未満の切り捨てられる利息を、集めてきていたらしい。


「これって、サラミ法だよね……? でも、有冨さんとこって、スポンサーいるんじゃなかったっけ」


 収集された金額は、この島を維持管理するにあたって十分と言えるほどの莫大なものである。
 もし有冨春樹がこのプログラムを作っていたのであれば、そもそもスポンサーなどいなかったということになる。
 また、もしこのプログラムがスポンサーのものであるならば、この不正アクセスは本当に、スポンサーとやらからの不正アクセスだということになる。

「だいたい『ヒグマと人間を交流させてみる至ってほのぼのとした実験』っていうのも胡散臭かったからなぁ……。
 ほのぼのとした実験で40体分のヒグマのデータが、復旧できないレベルで破壊されるって、どんなハッカーに狙われてるんだか……」

 最早、今まで研究所で言い含められてきた事柄のどれが真実でどれが嘘だったのか、よく分からなくなってしまっている。
 友人の黒騎れいも実験に参加しているようなので、もし実験が危険なものだったり、ヒグマが暴れていたりするのならば、ちょっと研究員に物申さなくてはならないだろう。
 深夜から管理室に篭りっぱなしで作業をしていた彼女には外の様子も窺えないが、そう言えば廊下や隣でやたら騒音が立っているようにも感じる。


「なにより、朝ごはんの時間ってとっくに過ぎてるよね……。恵ちゃんどうしたんだろ……」


 一度食べたらもう帰れなくなるほど美味しい田所恵の料理は、泊り込みにおける期待の4割程度を占めていた。
 プログラムの観察に飽きてきたひまわりに、思い出される空腹感が徐々に重くのしかかってくる。
 しかし、ひまわりが漫然とモニター画面を示現エンジンの作動状況に切り替えた時、その気楽な空腹感は即座に吹っ飛んでいた。


「……え? うそ……、え? ……いつから!?」


666 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:42:30 lJNkPIvk0

 示現エンジンの出力が、いつの間にか60%近くにまで急激に減少しているのだった。
 それでも島内の電力需要を賄っているだけ流石であるが、問題は、なぜそんなにも出力が低下しているのかが分からないところである。
 現在はなんとか出力減少に拮抗しているようであるが、このまま出力が低下していけば、全島停電・全魔力消失・全結界消失という悲惨な結果さえ考えうる。
 もしそんなことになれば、もしヒグマたちが暴れ出したときに、誰も止めることができなくなるだろう。
 擬似メルトダウナーという戦闘用ロボットをヒグマ拿捕用にSTUDYは配備していたようだが、それも動かなくなってしまうに違いない。

 もし示現エンジンの発電システムでトラブルが起きているなら、アラートでひまわりに知らせがある。
 そのためここには、エンジンは正常に作動しているのに、その出力を直接、計器を通す前に吸収してしまっている何かがいることになる。

 モニターを示現エンジン内部の様子に切り替えた時、そこには信じられないものが映っていた。


「木の……、根っこ?」


 示現エンジン内部には、外郭を突き破って、大量の太い木の根が侵入してきていた。
 それらはまるで意思を持つかのように、更に内奥へ内奥へと、エネルギーを求めて侵入を続けている。
 食い入るようにその有様を見つめていた四宮ひまわりは、自分の背後から同じものが迫っていることに、気がつかなかった。


「えっ……、ひゃあぁっ!?」


 管理室の隔壁を破壊した木の根が、そのまま伸長を続け、生き物のようにひまわりの体を飲み込み始めたのだ。
 パレットスーツを装着して変身する時間もなかった。
 制服の上から、木の根は絡みつくようにひまわりの四肢を縛り上げ、絞め殺すように圧力を高めてゆく。

「かっ……、くはぁっ……!?」

 首をも締め付けられたひまわりの意識は、徐々に遠のいていった。


 ――ああ……、こんなことがあったなら、確かにトラブルだよね……。
 ――有冨さん、恵ちゃん、無事かな……?
 ――あかねちゃん、あおいちゃん、わかばちゃん、れいちゃん……、ごめんね……。


「おさわりは禁止されています〜♪ その汚い根っこ、落とされたいみたいね〜♪」


 その時、場違いに柔和で、それでいて刃物のような冷たさを持った檄が、管理室の空間全てを刺し貫いていた。
 鮮やかな濃い色の陣風が残像を伴って、紅葉の散るように辺りへ吹き荒ぶ。
 さまざまな不思議なことが起こっていたという神代の昔でさえも、こんな光景は、誰も見たことも聞いたこともなかったであろう。

 管理室に侵入していた大量の木の根が、一瞬のうちに微塵切りに裁断されて床に降り積もる。
 そして上空に持ち上げられていたひまわりの体も、根の戒めから解き放たれて落下していた。
 その体を、下で優しく抱き止めてくれた一人の女性がいる。


「ひまわりちゃん! 大丈夫!? いったい何があったの!?」
「恵ちゃん危ない! これ、シキミの木みたいな破魔の力で溢れてる……! 俺の魔術じゃ相性が悪い……!」


 声のした方をひまわりが見れば、管理室の扉を開錠して肩で息をしている田所恵と、手にバケツを持った白髪の青年が立っていた。
 扉の方へ早く逃げてくるようにと、彼らは必死の形相でジェスチャーをかけている。
 それを見る間に、先程粉砕された木の根は、切断面から再び成長を初め、砕かれた根自身をも吸収しつつ迫ってきていた。
 呆然とするひまわりへ、彼女を抱き止めている女性は、静かに声をかけていた。


「さあさ、お行きなさい♪ ……ねぇ、お嬢さん?」


 床に下ろされたひまわりの目に見えたのは、優しく、赫く、一振りの日本刀のように美しい鋭さを持った、唐紅に燃える少女の瞳だった。


667 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:42:55 lJNkPIvk0

【ヒグマ帝国内:示現エンジン管理室前/昼】


【田所恵@食戟のソーマ】
状態:疲労(小)
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:龍田さん、お願いします! ひまわりちゃんを助けて……!
1:間桐さん、魔法でなんとかならないんですかこういうのって!?
2:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
3:布束さんに、もう一度きちんと謝って、話をしよう。
4:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。


【間桐雁夜】
[状態]:魔力消費停止、体力復帰中
[装備]:吐き戻していた刻印虫いっぱいのバケツ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:耐える
0:少女を姦淫する木の根なんか、許せねぇ!!
1:俺のバーサーカーは最強なんだ!!(集中線)
2:俺のバーサーカーはどうなっているんだ!!
3:回復している……、俺はまだ、桜のために生きられる!!
[備考]
※参加者ではありません、主催陣営の一室に軟禁されていました。
※バーサーカーの魔力が示現エンジンから供給されるようになっており、魔力の消費が止まっています。
※童子斬りの根がバーサーカーから生えてきていることにはまだ気付いていません。


【四宮ひまわり@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:疲労(小)
装備:なし
道具:オペレーションキー
[思考・状況]
基本思考:示現エンジンの管理
0:一体、この研究所では何が起こってるの……?
1:ネット上に常駐してるあのプログラムって、何……?
2:恵ちゃん……、ごはんは……?


【龍田・改@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:三式水中探信儀、14号対空電探、強化型艦本式缶、薙刀型固定兵装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:天龍ちゃんの安全を確保できる最善手を探す。
0:出撃します。死にたい本体はどこかしら〜。
1:当座のところは、内地の人間のために行動しましょうか〜。
2:この帝国はまだしっかりしてるのかしら〜?
3:ヒグマ提督に会ったら、更生させてあげる必要があるかしら〜。
3:近距離で戦闘するなら火器はむしろ邪魔よね〜。ただでさえ私は拡張性低いんだし〜。
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです。
※あら〜。生産資材にヒグマを使ってるから、私ま〜た強くなっちゃったみたい。
※主砲や魚雷はクッキーババアの工場に置いて来ています。


668 : てんぷら☆さんらいず ◆wgC73NFT9I :2014/05/22(木) 23:43:16 lJNkPIvk0
以上で投下終了です。


669 : 名無しさん :2014/05/23(金) 01:28:39 mJSkPMgY0
投下乙!
水鳴水獣で猛威を振るったミズクマをめっちゃ美味しそうに料理する田所さん流石やで…
てか龍田は竜田揚げつながりだったのかwとりあえずは人間サイドの味方?みたいで一安心
モノクマを圧倒する灰色熊に多忙なキングと熊さんサイドも頑張る中、ついに帝国内に侵入した
バーサーカー触手との戦いが始まる…!今までの状況の総括


670 : 名無しさん :2014/05/23(金) 01:37:21 cIz4QqdM0
またすごいのがきたな!

>2期ヒグマ脱走事件
あ〜布束さんがヒグマの管理ずさんすぎって怒ってたのはこれが原因だったのか!
これは怒るわ……w有冨さんは有能だけど現場監督にしちゃいけないタイプの人だよね
しっかし劣等生妹は上手いこと魔術系の協力者として立ち位置を得たなあw
これでいて頭の中はお兄様しかないんだから本当にやべえw

>田所さん
全開ロワから出張してきたのかと最初は思った田所さんだけど、
ここにきてついに食戟のソーマし始めた! というか料理パートがソーマすぎてびっくりした
おいしい料理でヒグマと人間の争いを収めようとする田所さんマジ女神
ミズクマの竜田揚げも雁夜おじさんにふるまった海老天もすごい美味しそうです……。

>モノクマVS灰色熊
ついに明かされた灰色熊さん真実!欠番はお前だったのか
料理に例えつつ軽妙に話をする、この元ヤクザで今料理屋やってるけど
組に手だしたら黙っちゃねえぞって出てくる頼れるカタギ感。
いやこの場合は隠密してたわけなんだけど。すごい好きなキャラだー。
それでもゲームのラスボス張るだけあってしぶといなモノクマ。というかだいたいヒグマ提督のせいじゃんね!?

>おじさん、龍田さん、キングヒグマの苔信号、示現エンジンに迫る木の根!
一番今回ですげえと思ったのが苔信号のくだり。ネット以外の情報秘匿通信として、
ちょっと時代が古い信号伝達手段を使う→それは艦むすもよく知る伝達手段である、の流れに感動すら覚えた。
そして帝国の信頼を得た龍田さんは薙刀で近接でいくのか、うーん良い。
スタンスは天龍ちゃん優先か、もしかしたらシロクマさんと話合うんじゃない? いやベクトル違うか
おじさんも復活して物語に加わり、要の示現エンジンにも話が続き、
ついにヒグマ帝国は全貌が明らかになったかな? しかし、謎の不正アクセスという謎は残ったな……。
スポンサー……いったいなにものなんだ……(たぶんまだ誰も分かってない)


というわけで投下乙です!!
感動した……今までのSSでの描写を細かく拾って膨らませ、
現実知識とも絡めて展開された、美味しすぎる高級ディナーをお腹いっぱい食べた気分だぜ


671 : 名無しさん :2014/05/23(金) 07:36:08 Mx8c1s4Y0
投下乙
あの黒人調理師さん元は研究者側だったの!?


672 : ◆wgC73NFT9I :2014/05/26(月) 12:52:56 TTifzFCs0
武田観柳、阿紫花英良、宮本明、キュゥべえ、ジャック・ブローニンソン、
操真晴人、フォックス、ヒグマになった李徴子、隻眼2、ウェカピポの妹の夫
で予約します。

>あの黒人調理師さん元は研究者側だったの!?
ヒグマに理解を示して親身に接していた彼女なら、その可能性は高かったんじゃないかと。
あと、総勢80名以上のヒグマと研究員の糧食や給仕を、田所さんメインで、あとモブだけでやっていたら流石に頓死しかねないと思いましたので……。
彼女も一応まだ高校生の年齢と思われますし……。


673 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/05/27(火) 00:35:04 rGUxjeigO
投下お疲れ様です。

>てんぷら☆さんらいず
ヒグマ帝国がだんだんとえらいことに……
というか灰色熊強いなー。キングの能力も面白いし、ヒグマ帝国の人材層は地味に厚い。
そしてバーサーカーはこれ色々とヤバいのでは……?

それと予約延長します。


674 : 名無しさん :2014/05/30(金) 01:21:03 1ZqPD0CM0
劉鳳


675 : 名無しさん :2014/06/01(日) 17:31:30 Gg3OHmfU0
シドニアの騎士のヒ山さんはまだ参戦してないのか?


676 : ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:20:05 wtf8RiyQ0
少々遅刻してしまいましたが、予約分を投下いたしたく思います。

↑の劉鳳はこれ、何かの誤爆でしょうか……?


677 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:23:01 wtf8RiyQ0
「汝、何をか好む?」

 と孔子が聞く。

「我、長剣を好む」

 と青年は昂然として言い放つ。
 孔子は思わずニコリとした。
 青年の声や態度の中に、余りに稚気満々たる誇負を見たからである。
 血色のいい・眉の太い・眼のはっきりした・見るからに精悍そうな青年の顔には、しかし、どこか、愛すべき素直さがおのずと現れているように思われる。

 再び孔子が聞く。

「学はすなわちいかん?」
「学、豈(あに)、益あらんや」

 もともとこれを言うのが目的なのだから、子路は勢込んで怒鳴ように答える。

 学の権威について云々されては微笑(わら)ってばかりもいられない。
 孔子は諄々として学の必要を説き始める。


「人君にして諫臣が無ければ正を失い、士にして教友が無ければ聴を失う。
 樹も縄を受けて始めて直くなるのではないか。馬に策(むち)が、弓に檠(けい)が必要なように、人にも、その放恣(ほうし)な性情を矯める教学が、どうして必要でなかろうぞ。
 匡(ただ)し理(おさ)め磨いて、始めてものは有用の材となるのだ」


 後世に残された語録の字面などからは到底想像も出来ぬ・極めて説得的な弁舌を孔子は有っていた。
 言葉の内容ばかりでなく、その穏やかな音声・抑揚の中にも、それを語る時の極めて確信に充ちた態度の中にも、どうしても聴者を説得せずにはおかないものがある。青年の態度からは次第に反抗の色が消えて、ようやく謹聴の様子に変って来る。

「しかし」

 と、それでも子路はなお逆襲する気力を失わない。


「南山の竹は揉(た)めずして自ら直く、斬ってこれを用うれば犀革の厚きをも通すと聞いている。して見れば、天性優れたる者にとって、何の学ぶ必要があろうか?」


 孔子にとって、こんな幼稚な譬喩(ひゆ)を打破るほどたやすい事はない。


「汝の云うその南山の竹に矢の羽をつけ鏃を付けてこれを礪(み)がいたならば、ただに犀革を通すのみではあるまいに」


 と孔子に言われた時、愛すべき単純な若者は返す言葉に窮した。


(中島敦『弟子』より)


    △△△△△△△△△△


678 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:23:23 wtf8RiyQ0

「……一つ確かめるぞ。武器は、剣なのか?」
「あんたはその鉄球でもなんでも使って構わないさ。俺だって、使えるもんは全部使う」


 ただ周囲に海の渦巻きだけを響かせる丘の上で、静かに一度、そんなやりとりが交わされた。
 問いかけたのは、長剣と二つの鉄球を身に携え、仕立てのいいスーツに身を包んだ青年。
 答えたのは、純金の長刀を抜き放ち、今まさにその切っ先を青眼に据えた青年である。
 ウェカピポの妹の夫、そして、宮本明と呼ばれる者たちだ。


 その周囲を、固唾を呑んで取り囲む影は総勢8名。
 海水に近い宮本明の側に、武田観柳、阿紫花英良、ジャック・ブローニンソン、操真晴人。
 町並みを背に透かす義弟の側に、隻眼2、李徴、フォックス、キュゥべえ。
 8名の内3名は人外であり、そのうち2名はヒグマである。
 彼らに脇を固められ、李徴という名のヒグマに跨る拳法家フォックスはひたすらに落ち着かない。
 また残りの5名の内3名は魔法使いであり、そのうち2名は魔法少女という分類の男である。
 彼らを横目で見る純然たる魔法使いの操真晴人は、彼らのコスプレじみた様相に今更ながらに疑問を抱きつつも、全裸であるジャックの様相には及ばないことを再確認して、改めてこの場の異様な光景に思い至る。


「本当にこの場で決闘をおっぱじめる気なのか……」


 インキュベーターと呼ばれる魔法の営業マンであるキュゥべえをほぼ真正面に見て、義弟と宮本明の中間位置に陣取った操真晴人は、両方の対戦者を交互に見て、口の中にそう呟いていた。
 どうにか穏便にすませられないかと、晴人は思案を巡らせる。


 先程のウェカピポの妹の夫の問いは、確かに公平で正当な決闘を行なうためには不可欠なものだ。
 決闘とは、必ず対等な条件で行なわれなければならない。
 通常の場合、その条件は武器。
 宮本明が無言のままに抜いた刀は、武田観柳の魔法で作られた異様な長さの日本刀だ。
 ウェカピポの妹の夫は、晴人が軽く話を聞いたところでは、ネアポリス王国の王族護衛官をしているそうである。その護衛官の戦闘法は、牽制に彼が投げた奇妙な形の鉄球を使うらしい。
 武器があまりに異なっており、その確認は当然といえた。


「『使えるものは全部使う』……? それは、オレが『ネアポリス王族護衛術』の全てを用いて挑んで構わないということか」
「何度も言わせるな。そうだ……。お互いの全力だよ」
「……よし、受けよう。ならば他流の果し合いとも言えるな、これは」


 義弟は宮本明の発言を受けて、あろうことか、肩にかけていたデイパックを後ろに放り投げていた。
 李徴の背でそれを、フォックスが慌ててキャッチする。
 動くには邪魔だというのだろうか。

 しかし、操真晴人の目には、それは余りにも危険な賭けのように映った。
 魔法の力を知る彼には、武田観柳が魔法で精錬した金の刀の威力を、ありありと想像することができる。
 宮本明が構えるその刀は、目算でも全長150cm以上。人一人分の身長に匹敵するほどの長さがある。
 それが、丸太を軽々と振り回す宮本明の手で操られるのだ。
 まともに受ければ人間の体など紙細工のように切り裂かれるに違いない。
 折角『使えるものは全部使う』という条件になったのなら、防御のよすがとなりうる物品をむざむざ捨ててしまうのは不適当に思われた。


 そんな不安を抱きながら、晴人は日本刀を作り出した張本人である武田観柳の方を見やる。
 決闘をふっかけた宮本明を力ずくででも止めるなら、観柳の行動は不可欠だろう。
 白と金色をベースにした英国風の魔法少女衣装を身に纏う観柳はしかし、目を糸のように細めて微笑んでいた。
 黒ずくめに赤をあしらった衣装の阿紫花英良が、観柳にテレパシーで問いかける。


『……観柳の兄さん、いいんですかい、むざむざ戦わせちまって』
『……まぁ、しょうがないでしょう。彼らの思考は意味不明ですが、逆にいい機会だと考えることもできます』
『何がいい機会なんだ、観柳さん』
『折角だからボクもその理由を聞いておこうかな』
『ちょっと教えてくれ、まともじゃねぇよこいつら。意味がわからん』


679 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:23:50 wtf8RiyQ0

 観柳が表情を崩さぬまま返した答えに、晴人、キュゥべえ、フォックスが次々と割り込んできた。


『なに、宮本さんの資産価値を、彼が算定して下さるというのですから、是非もない。
 ……阿紫花さん、彼、義弟さんの実力を、いかが見ますか?』
『あー……、なるほど。いや、あの人もかなり修羅場くぐってそうですよ。アタシとは真逆の舞台ででしょうけどねぇ』


 武田観柳は、宮本明の実力をここで知っておこうと言っているのだ。
 森の中で出会って以降、彼はその類稀なる膂力で人々を驚かせていたが、どうにもその力は様々な場面で空回りする場合が多く、肝心のところでいまいち役に立っていない。
 そのため、純然たる試合・決闘の中で、今後期待しうる戦力が如何ほどか、実力者同士で引き出し合い、見せ付け合って貰えるのならばそれに越したことはない。
 阿紫花は得心したように頷くが、ただちにもう一言テレパシーに添えて返す。


『ですが……、これは決闘ですぜ? 死人が出かねねぇですよ』
『ええ、承知の上です。決着がついたら彼らが死ぬ前に即座に治療をしましょう。準備はいいですね皆さん』
『そんなこと言われても俺には何もできねえぞ……?』
『ボクとしては死に瀕して契約者が増えてくれると助かるんだけど……』
『あんたは黙ってろキュゥべえさん』


 困惑するフォックスをよそに晴人がキュゥべえのテレパシーを喰って釘を刺した時、ウェカピポの妹の夫は改めて名乗りを上げながら、腰に吊った剣の柄に手をかけていた。


「『ネアポリス王族護衛術』を修めた王族護衛官、ウェカピポの妹の夫だ。お前の流派はなんと言う?」

 明は一瞬、口を噤んだ。
 宮本明が習得している技能は、兄・宮本篤と、師・青山龍ノ介との8ヶ月間の修行で身につけた、対吸血鬼のための荒削りなものである。しかしそれは、明の持つ潜在能力・集中力を驚異的なまでに引き出すものだった。

「……名前なんて大層なものは、ねぇッ!!」

 明は、裂帛の気合を放つとともに、腰に手をやる義弟に向けて、瞬きの間に走りこんでいた。
 決闘に開始の合図はいらない。
 両者ともに柄に手をかけたのなら、それで最早戦闘は始まっている。

 明の大上段からの斬り降ろしは、誰の目にも見えぬほどの高速であった。
 あたかも明の腕が金光を放ちながら空間を断ち割ったようにしか、周囲の人間には捉えられなかった。


『アキラ、アブナイ!!』


 ただ一人、今まで宮本明を心配そうに見つめていたジャック・ブローニンソンのみが、その動きを捕捉する。
 李徴、そして隻眼2も、声を出さぬままに瞠目した。

 ウェカピポの妹の夫は、その切り降ろしを、左に踏み込んで躱していた。
 左腕を前に垂らし、屈みこむように上半身を撓ませた義弟の右手は、剣の柄ではなく、その腰の鉄球に掛かっている。


680 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:24:08 wtf8RiyQ0

 ――なんだと!?


 明の背筋を悪寒が走り抜けた。
 彼岸島の並みの吸血鬼相手ならば、今の速度の斬撃を避けられることなどなく、まして、即座に攻撃に転じられる体勢を取られることなどは絶対になかった。


 ――切り上げる。このまま返す太刀で奴の胴を切り裂く!!


 地面に切り込んだ金の刀を、明は咄嗟に引き抜きつつ、逆袈裟に振り上げようとする。
 しかし宮本明がその挙動をまさに実行に移した時、彼の視界には、義弟の足元から螺旋状に立ち昇る、白い気流のようなものが映っていた。

 宮本明の、物語を作る才能が昇華された予知能力。
 それが彼自身に、義弟の行動の危険性を視覚的に認識させていた。


 右足を軸に立ち昇る螺旋は、腰、肩、右腕と、その回転速度と密度を増しながら移動していく。
 左半身をフリップのように後方へ捻り出しながら、義弟は右腕を鞭のように撓らせ、その勢いを指先のスナップ一点に収束させる。
 密着状態から一気に5歩分程の距離を跳び退りつつ、ウェカピポの妹の夫は高速回転する鉄球を宮本明に叩きつけていた。


「くあっ!!」


 初動の瞬間に鉄球とぶつかり合った刀は、その鉄球を切り裂くことなく、甲高い金属音を立てて押しあう。
 両肩が軋むようなその衝撃を、宮本明は歯を噛んで耐える。
 僅かな一瞬のせめぎ合いが、数十秒にも数分にも感じられた。
 そして遂に、彼は高速回転を続ける重い鉄球を、横へと弾き返す。
 だがその詰まったスイングのさなかで、彼の予知能力は再びその視界に白々と死の軌跡を描き出していた。


 空へ弾き飛ばした鉄球。
 その鉄球に嵌め込まれた14個の小球体が、流星のように身を襲うだろう――、と。


    △△△△△△△△△△


『背後に気を遣うのは、俺の拳法と同じか……』


 フォックスは李徴の背中で、ウェカピポの妹の夫が行なった高速の回避動作について思案を巡らせた。
 大地という強固なガードを背負い、前方の敵に集中するのが、フォックスの修めた跳刀地背拳である。
 フォックスには、宮本明の斬撃や義弟が身を躱したその瞬間こそ見えなかったが、義弟がその斬り込みを躱し得た術理については推測できた。

 出会ってから今まで、そして先程の決闘の瞬間も、ウェカピポの妹の夫は誰にも自身の背後に隙を晒さなかった。
 隣や背後、自分の周囲に、常に人一人分の空間を保つように彼は振舞っている。
 跳刀地背拳と同様、『ネアポリス王族護衛術』という流派の名は、比較的その内容がわかりやすい部類に入るだろう。


 ――奴の流派は、その背中に他人を護衛するためのもの。だから常に、その人物とともに逃げられるスペースを意識しておくんだな。


 襲撃者からは遠く、自分からは近いその位置取りを確保するための歩法は、日本では体捌き、中国では三才歩などという名称で伝わっている。
 日常生活にまでその動きを染み込ませることにより、実戦でも、余裕や優雅ささえも感じられる挙動で回避動作を行なうことができるのだろう。


 そして続け様に、高速回転する鉄球を刃の根元で受けてしまった宮本明に対して、武田観柳が軽い苦笑を零していた。

『あらら……やっちゃいましたね』
『どういう意味ですかい、観柳の兄さん』
『あの刀、“ヤキ”で造っちゃったんですよ。もう少し調整すべきだとは思いましたが、早速懸念していたことを……』
『……ああ。24金と鋼鉄じゃあ分が悪ぃや』


681 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:24:47 wtf8RiyQ0

 宮本明の持つ大太刀は、武田観柳が純度の高い金を用いて錬成したものである。
 詳細な宮本明の要望から、外見自体は非常に立派な日本刀に仕上がっているが、如何せん観柳に刀鍛冶の知識があるわけではない。
 扱いに慣れている上に、常に接触して魔力を流せる自分の回転式機関砲とは違い、刃付け、焼入れなどによる金属粒子の独特な構造までは再現率に乏しいであろう――と、彼自身そう考えていた。

 金は展性・延性に富み、加工品の製造には向いた金属であるものの、その硬度は非常に低い。
 それは古来より、金でできた武器が普及せず、装飾品に留まってしまっていた一因でもある。
 業界用語で『ヤキ』と呼ばれる純金のビッカース硬度は150。18金程度まで他の金属を混ぜても、その硬度は大して上がらない。
 それに対して、鍛えられた鋼鉄素材の硬度は軽く500〜600を超える。

 せめて14金。貴金属合金の中では最高硬度になりうるあたりまで、宮本明の試し切りの結果次第では調整しようかと観柳は考えていたのだが、その計画は度重なる明自身の突発的な行動でおしゃかになっている。
 観柳が刀に込めた魔力は現在、その軟らかさで刀身がへたらないように復元する、形状記憶性で手一杯になっていた。
 同じく魔力で形成された阿紫花英良の糸なら切断できるだろうが、純粋に物理的な硬度勝負になった時は、良くて引き分け、魔力による復元が追いつかなければ最悪へし折れる。
 ただこの点は、刀に含まれる金成分が減れば減るほど観柳の魔力も落ちてしまうため、一概にどちらが良いとも言えない。
 その調整はひとえに、宮本明との親和性次第であった。


 ――ですが宮本さん専用に調整して差し上げても、彼、物持ち悪そうですからねぇ……。


 宮本明は鞘走りの確認だけで終始してしまっていたが、それはつまり、彼の武器への関心がその程度であるということを示している。
 武田観柳ならば、商品の刀は刀身だけでなく鞘、柄、鍔の拵えを確かめるのはもとより、刃紋の浮きや反りの角度まで検証しておく。
 そしていよいよの業物ともなれば、専用に砥ぎ師を雇って据物斬りに挑んでみるのが常だった。
 武田観柳は刀を造った本人として、その性能と価値を把握されず扱われることに、なんとも遣る瀬無い心持ちになった。


 ――明さんは、武器を選り好みできる環境にいなかったんでしょうがねぇ……。


 阿紫花英良は、武田観柳と同じ光景を見て、そのような感想を抱いていた。
 初対面の時に棍棒を丸太と言っていたり、その後も狂ったように丸太を求めていた彼の言動から、阿紫花は漠然と、彼の過ごしてきた戦いの日々を推察していた。
 恐らく、特定の得物に拘らず、武器を使い潰しては捨て、新しい武器を探しては拾う、そんな連戦の地獄だったのだろう。
 主要な武器として丸太を第一に持ってこようとする思考は、その名残に違いない(丸太だって、そうあちこちに散乱している物品ではないだろうが)。

 だがその割には、明は使う武器に過度の信頼を置いているように阿紫花には見える。
 阿紫花が自分の人形に抱く信頼は、手ずから日々調整を行なっているが故のものであり、手に馴染まない新品の武器は、よくよく試用と調整を重ねた後でなければ、実戦では怖くてとても使えない。
 鋼鉄より遥かに軟らかい金の刀を折れずに保たせている観柳の魔法は確かにすさまじいが、あれほどまでに荒い使い方をしていいものではないだろう。

 阿紫花が見るに、あの純金の大太刀ならば、重量を活かして、遠心力で最も速度のつく先端を当てることが、最大の攻撃手段たりうる。
 速度の出ない根元では、斬れない。
 さらに地面に切り込んだ直後の返す太刀ならば、その切れ味は恐ろしく落ちている。
 『鉛刀の一割』という言葉があるように、鋼鉄以外の刀ならばなおさら、まともに斬れて一回だ。
 観柳の『金の引力』により刀身の切れ味が完全に回復するには、阿紫花がソウルジェムで感知する限り2〜3秒の間隙が必要なようだった。
 宮本明は、その性質を把握する必要があるだろう。
 力任せに揮って、いつでも応えてくれる武器ばかりだとは、限らない。


682 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:25:24 wtf8RiyQ0

『明さんは気づきますかねぇ?』
『気づいて欲しいところです』
『……刀より先に気づかなきゃならねぇこともあるがな』


 阿紫花英良と武田観柳の一瞬のやりとりに、フォックスがテレパシーを加えた。

 直後に宮本明の身に何が起こるか、フォックスは知っている。
 義弟と行動をともにしていた彼や李徴は、隻眼2から『その現象』を伝え聞いている。


 李徴と隻眼2の、息を呑む音が聞こえた。
 義弟が打ち込んだ『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』の、奥義が開帳される瞬間であった。


    △△△△△△△△△△


 ……どこまでもこの人は、正々堂々さを求めるんだな、と、僕は思いました。


「――ネアポリス護衛式鉄球、『衛星』」

 ウェカピポの妹の夫さんは、そのように自身の技術の名を呟いていました。
 誰に聞かせるわけでもなく。
 飛び退った後に即座に剣を抜き放ちながら、それでも彼は、対戦相手や周囲に未知の技術を、教えてくれていたのでしょう。

 宮本明さんという方が、辛くも受け止めたその鉄球は、僕が以前受けたのと同じものです。
 そこから飛び出す小鉄球は最大14個。
 質量が減った分、その小鉄球一つ一つに伝達される速度と回転は、本体の鉄球を上回ります。
 ヒグマを狙うのにも使われる、人間の用いるショットガンのようなものと考えることができるでしょう。
 弾体の威力・速度は、一つ一つが銃弾に匹敵するはずです。
 生身の人間が受ければ、即死もありうると思いました。

 ほぼ密着状態で『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』を受け止めてしまった宮本明さんに、その小鉄球群を回避する術はない――。
 僕は確かに、その瞬間までそう考えていました。


「フッ、シィッ――!!」


 宮本さんの歯の隙間から、風を切るように息が吹き出されたのを、僕は聞きました。
 ホウセンカの種や、砕け散る彗星のように、14個の小鉄球が炸裂し、その全てが宮本明さんの体の各所へ襲い掛かります。
 ですがその時、宮本さんの上半身は、信じられないほどの高速性と精密性を持った動きで鉄球群の中を左右に振盪しました。

 残像を伴う程の機敏さ。
 ほぼ同時に着弾するであろう『衛星』の隙間へ、まるで初めから予測できていたかのように潜り込み、迷路の中から一瞬で最適経路を選択するかのように、彼はその全てを躱していたのでした。


    △△△△△△△△△△


 フィクションの中で、人間が銃弾や弓矢を自在に躱す――という描写はよく見られる。
 パロロワでも、そんなことは日常茶飯事だ。
 だがこれを一般の人間が行なうことに対しては、写実主義を重んじる書き手たちから往々にして大ブーイングが飛んでくる。
 大半の読者、特に実銃や弓を撃ったことのある人は、この表現にリアリティを感じないだろう。
 似たようなことが原因で批判に合い、残念ながら破棄になってしまったSSもいくつか見知っている。

 だが実例がある。
 この隴西の李徴は、かつて渉猟した実在人物の伝記において、その現象を目の当たりにした。


 合気道の創始者・植芝盛平翁は、1924年、関東軍特務機関の斡旋により満州からモンゴルに渡っていた。
 その際、彼は満州の支配者・張作霖の策謀により、幾度も銃撃戦の死の淵に立たされている。
 だが彼は、その身に向かって放たれる小銃の弾丸を悉く躱し、その時の体験をこのように語っていた。


「弾丸よりも一瞬早く 白い光のツブテがぱッと飛んでくる
 それをぱッと身をかわすと あとから弾丸がすり抜けてゆく」
(『植芝盛平伝』より)


 彼は帰国後に、その体験を証明するべく、モーゼル銃を発砲させて、二度同様の実験を行なっていたが、その際も彼は銃弾の全てを自在に避けたのだという。
 宮本明なる青年の洞察力は、弱冠にしてその名人の域に達しているのだと言えよう。


 ……まぁでもこの場合、彼の行動は全く以て、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きなのだが。


    △△△△△△△△△△


683 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:25:56 wtf8RiyQ0

 自分の視界の左半分が欠落していることに宮本明が気づいたのは、その回避行動を完了して、今一度ウェカピポの妹の夫を捕捉しようと身構えた時であった。


「え……?」


 視界だけではない。
 音も、匂いも、手足の感覚も、自分の左側にあるものは何一つ認識できなくなっている。
 自分が持っているはずの金の日本刀も、左腕がどの位置を握っているのか解らない。
 左脚がどこにあるのか、本当に地面についているのかさえも解らない。


「ちょっ……、なんだよ、どういうことだよこれ……ッ!?」


 周りを取り囲んでいるはずの立会人たちも、向かって右側にいる者だけしか見えない。
 街並みも、脇で渦巻く潮騒も、宮本明の感覚に残っているのは、自分の右側のものだけであった。


「どこだよッ!? あの男は、どこにいるんだよッ!!」
「……ネアポリス護衛式鉄球、『左半身失調』」


 狼狽えながら辺りを見回す宮本明の左脇にぴったりと密着して、ウェカピポの妹の夫は彼の耳に向けてそう呟いていた。
 それほど近くからの囁きも明には聞こえていないようで、彼は恐怖に引き攣った顔で必死に義弟の姿を見つけようと眼を動かしている。


 周囲にいた立会人、特に、今まで義弟と行動を共にしていなかった操真晴人、武田観柳、阿紫花英良、キュゥべえ、ジャック・ブローニンソンの驚愕は凄まじかった。

 傍から見てこれほどまでに異様な光景があるだろうか。
 ウェカピポの妹の夫は、宮本明が『衛星』という小鉄球の回避に専念している間、静かに彼の左側から歩み寄り、抜身の剣を持ったままその位置取りに入り込んでいたのだった。
 既にその鉄球は14個の『衛星』と共に彼の手元に戻り、ホルスターに回収されている。


「……魔法を上回る技術も、あるのか……」


 操真晴人が驚きと感嘆を交えて漏らしたその吐息を、宮本明は耳に捉える。
 彼が見据える視線の先を追い、宮本明は、消失した左側の世界の延長線上に、ウェカピポの妹の夫が潜んでいるに違いないと結論付けた。


「この辺かああッ!!!」
「その通りだが遅すぎるな」


 宮本明の刀がめくら撃ちに左側へ流れる遥か前に、ウェカピポの妹の夫は、宮本明の左脇の下を深々と剣で切り裂いていた。
 バランスを崩して地面に横倒しになった明は、最初、自分の身に何が起こったかを理解できていなかった。
 しかし数秒後、切り裂かれた傷口の痛みと、目の前に立つ義弟の姿が、彼の感覚に戻ってくる。


 ウェカピポの妹の夫は、剣についた血液を丁寧に露払いしながら、眼下の宮本明に言葉を投げかけていた。


「腋窩の動脈を切った。このままでは失血死するから、早く手当てをしてもらえ。
 おい、立会人、決着はついた。奴の処置を頼むぞ」
「はいはい。予想外に面白いものを拝見できましたよ」
「……ふざけんじゃねぇ。決闘はまだ、終わっちゃいねぇだろう……!!」


 どくどくと流れ落ちる自分の血を、強引に脇を締めて筋力で止め、宮本明は右腕だけで刀を構えて立ち上がっていた。
 左側が血染めで真っ赤になった着衣を気にもかけず、手当てに寄って来た武田観柳の制止も聞かず、彼は再び、ウェカピポの妹の夫に向けて走る。

 既に剣を仕舞い、踵を返して自分の陣へ帰ろうとしていた義弟の背中は、隙だらけに見えた。

 その義弟の左手が、腰元のホルスターで鉄球を回していることに気付いたのは、食い入るように成り行きを見つめ続けていた、隻眼2だけであった。


    △△△△△△△△△△


684 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:26:35 wtf8RiyQ0

 二人の持つ、技術という手札は、次々とめくられていきます。
 彼らが『決闘』という殺し合いに、主張の是非を委ねるのは、その手札の枚数や相性、引き合わされ方が、既に何らかの大いなる意思によって決定されているからと考えているからかも知れません。

 宮本明さんの『怪力』も『予測能力』も『粘り強さ』も、確かに素晴らしい切り札だと思います。
 生半可な強さの人間やヒグマなら、歯牙にもかけず彼は斬り倒してしまえるでしょう。
 一対多数の乱戦で、周りの雑魚の全てをまとめて対処・殲滅するには、とても良い組み合わせの手札なんだと思います。

 ですが、宮本さんは、その自分の手札の相性を、ほとんど考慮していないように見えました。

 義弟さんの『衛星』と『左半身失調』は、宮本さんと同じく、一対多数の乱戦にも適応している切り札ですが、その性質は根本的に異なっています。


 ――彼の手札は、一対多数の戦い全てを一対一に分断し、戦場を切り抜けるためのものなのだと、僕には思えました。


 加えて、恐らく彼の『鉄球』には、まだ切り札が残っています。そして『剣』にも。
 それらの手札全てを総合した場合、恐らく、義弟さんの能力はむしろ一対一の戦いにこそ特化した技能となるのでしょう。

 恐らく今、背後を晒した義弟さんに突っ込んでゆく宮本さんは、義弟さんの最も得意とする相性の相手なのでした。


    △△△△△△△△△△


 宮本明がその大太刀を片手上段から振り下ろした時、彼の視界は、切り倒すはずだった義弟の体が信じられない挙動をとる様を捉えていた。

 振り向きながら金の太刀に触れた義弟の右腕が、関節の存在を無視するような動きで刀身を這い登る。
 蛇のように螺旋を描きながら刀の峰を押さえ込んだ彼の腕に続き、今度はその体が、地面から羽のように舞い上がった。


「なっ――!?」


 振り下ろす自分の動きに加え、さらに得物の先端へ突如人一人分の体重が乗ったことで、宮本明は前方につんのめった。
 義弟は刀身の峰を一度踏み込んで、更に上へと駆け上がる。
 宮本明の目の前に、義弟の靴底があった。


 ゴグ……ン。

 と、そんな鈍い音が、自分の頭蓋骨に響くのを明は聞いた。
 頚椎から脊髄がびりびりと衝撃に沈み込むような感覚を受け、明はそのまま地面に激突する。
 うつ伏せになった自分の脇に、何かの着地する音が聞こえ、同時に首筋に冷たいものが触れていた。


「ネアポリス護衛式中剣、『壁上の翅(フライ・オン・ザ・ウォール)』。
 お前のような暴漢から要人を護るための、先祖代々受け継ぐ剣術だ」


 ウェカピポの妹の夫は、鉄球の回転を全身に回し、螺旋状に刀を受け流していた。
 そして刀身と宮本明の頭を踏んで飛び上がり、突き倒した彼の上へ、抜剣しながら降り立ったのだ。
 落下の勢いを加えた剣は、義弟がそのつもりであれば、容易く宮本明の首を断ち落としてしまっていたことだろう。

 地に激突してひしゃげた宮本明の鼻から、どろりと血が滴り落ちてくる。
 力の抜けた左脇からは、再び勢い良く鮮血が吹き出し始めてくる。
 明の口の中は、一面鉄の味でしょっぱかった。


「宮本さん! 何回負ければ気が済むんですか! まったくもう……」
「観柳さんは……、黙っててくれ……」


 遠間から呼びかける武田観柳の声に、宮本明は首筋を剣に抑えられたまま震えた。


 ――確かに、これがただの試合か何かだったら、俺は文句なしに負けだ。


 ウェカピポの妹の夫が身に着けている鉄球の術理など、さっぱりわからない。
 かろうじて鉄球の形状から、散弾のような二段階攻撃が来ることまでは予測できたが、避けたところで、衝撃波だけであんな不可解な現象が起きることなんてわかるはずもない。
 ようやく刀を当てられても、綺麗に受け流されてカウンターだ。
 彼岸島に、こんな戦い方をするやつはいなかった。
 吸血鬼も邪鬼も、ただ自分の能力をまっすぐにぶつけて来た。だからこそ俺もそれに力で応え、押し勝ってこれた。
 こんな、相手の死角に潜り込み、相手の力を利用して倒すような戦法を採る敵とは、相性最悪だ。

 唯一、こいつに近い実力を持った相手として俺が想像できるのは、雅か兄貴くらいだ。
 そうだ。
 雅との対決で、何回か斬られたり押さえ込まれたりしたくらいで決着がつくわけはない。
 死ぬか、殺すか、『決闘』の勝敗なんて、それでしかつかない。
 ――だから、俺はまだ、負けてない。


    △△△△△△△△△△


685 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:27:22 wtf8RiyQ0

「うおっ――」

 前触れもなく、ウェカピポの妹の夫の両足が掬われる。
 仰向けに倒れる義弟が見やった足元では、宮本明がなりふり構わぬ双手刈りで、義弟の体を後方へ押し倒していた。


「決闘は、殺すまで勝ちじゃねぇんだよぉッ!!」
「――確かに、一理あるッ!!」


 首筋に触れていた義弟の剣を左手でもぎ取り、脇から血を吹き出しながら、宮本明は地面の義弟へ向かって、二刀流となり襲い掛かる。
 ウェカピポの妹の夫は、状況を理解するや、即座に地上を転がった。
 そして腰に手をやり、回転しながら抜き放ったベルトで、踊りかかる宮本明の左手首をしたたかに打ち据えていた。

 手の皮がめくれ返るほどの衝撃で、明の左手からは剣が落ちる。
 右手の刀は、義弟の転がった地面を空ぶる。

 転がった先でウェカピポの妹の夫が立ち上がるのに向けて、明は再び金の刀を、出血を厭わぬ両手持ちにして走りこんでいた。
 今度は、上段からの切り込みではない。
 金の刀を腰だめにしたまま走りこみ、受け流されることなく、即死級の勢いをその長い刃に乗せて体当たりしようとしているのだった。


「ネアポリス王族護衛術――」


 しかしその瞬間、明の視界は、義弟の呟く声と共に一面紫色に覆われていた。
 何が起きたのか理解できぬうちに、その紫色の空間がギュルギュルと渦を巻いて、明の両腕に絡みつく。


 ――これは、あいつの着ていた、スーツ……。


 そう考えた瞬間には既に、上着を脱いだウェカピポの妹の夫の顔が、明の目の前にあった。
 明の視界の中に、白い未来が螺旋状に逆巻く。
 紫色のスーツで幻惑・捕縛した明の腕を右手で引き込みながら、義弟は地面から伝わる回転力を全身に流し、左腕に収束させる。
 その回転を伴った左裏拳が、綺麗に自分の顎先を打ち抜く未来を、宮本明は確認した。


「『払暁(ブレイクアウト)』」


 カウンターの勢いで叩きつけられたその拳に、宮本明は人形のように後方へ吹き飛ぶ。
 義弟は手元に残ったスーツの中から重い金の日本刀を引き出し、右手に掴んだままのベルトを投げ捨てて、腰から鉄球を掴み出していた。


「おい、義弟さんよ!? 追撃する気なのか!?」
「プリーズストップ!! アキラが死んじゃうよ!!」
「決闘の終了条件をどちらかの死亡だとしたのは向こうの方だ。オレはその流儀に従うのみ!!」


 周りからフォックスやジャックが声をかけるも、ウェカピポの妹の夫は一瞬も躊躇することなく、倒れ伏す宮本明に向けて『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』を投擲していた。

 まだ、宮本明には息がある。
 自分の武器を失っても、決してその殺意を失わない、強く鋭い光が彼の目に宿っていることを義弟は見た。
 そして何より、先程打ち込んだ拳の手ごたえで、義弟は確信していた。


「貴様はまだ向かってくる気だ!! 自分から後ろに跳んでいたのだろう!!」
「が、あ、ああああっ……!!」


 呻きながら、宮本明が燃えるような瞳で起き上がる。
 彼は先の瞬間、咄嗟に義弟の腕の動きを予測し、突進する脚の動きを無理矢理留めて、でき得る限りの速度で後方に跳ねていた。
 その分、義弟の渾身の拳によるダメージは軽減されていたことになる。

 明は即座に飛来する鉄球の軌道を予測し、あろうことか、高速回転する鉄球を、その右手で掴み取っていた。


    △△△△△△△△△△


「うおおおおおおおっ――!!」

 骨が軋む。
 凹凸に富んだ鉄球の回転で、皮膚が破れ、肉が抉られる。
 それでも宮本明は、『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』を掴んだまま離さなかった。
 飛び出そうとする『衛星』までもを押さえ込み、嫌な音と焦げ臭い匂いを漂わせて、その回転を押し留める。

「だああああああっ!!!」


 そして彼は、驚愕するウェカピポの妹の夫に向けて、その鉄球を投げ返していた。
 それは回転を帯びさせたわけでもなく、ただの素人の投擲に過ぎない。
 だがしかし、その速度と狙いだけは、確実に人一人の肉体を破壊して余りあるものを秘めていた。


「くっ――!」

 瞬間、ウェカピポの妹の夫は、もう一つの鉄球を、目の前の地面にぶち当てていた。


「ネアポリス護衛式鉄球、『衛星』!!」


686 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:27:57 wtf8RiyQ0

 花火のように吹き上がった小鉄球が、対空弾幕のように宮本明の鉄球を迎撃し、その軌道を逸らす。
 義弟の鉄球には、投球技術に秀でたウェカピポのような、飛来する鉄球を鉄球自体で打ち落とすなどという常軌を逸した精密さはない。
 その分、彼は投球技術以外の『ネアポリス王族護衛術』でそれをカバーしようと修練に励んできていた。

 頬を掠めて去る明の投球を避けて、彼は重い金の日本刀を構えて走り込む。
 宮本明には、先の鉄球を受け止めた際に『左半身失調』の回転が伝導されていた。
 義弟の視界内で、明は義弟が叩き落した王族護衛官の剣を必死に掴み上げているが、最早その左半身はほとんど動いていない。
 確実に、今の彼は左側を認識できていなかった。


 ――正真正銘、この一撃で最後になるな。カタを、つけさせてもらう。


 義弟は宮本明の左側から、その手に持つ金色の死を、運び込む。


    △△△△△△△△△△


 宮本明は、欠落した視界の左側に、白く義弟の足跡を見ていた。
 彼の体重、身長、立ち居振る舞いから無意識下で算出した、未来の足跡である。
 1秒後、2秒後、3秒後。
 ウェカピポの妹の夫は正確にその足跡を踏んで、宮本明の首を断ち落とそうと、金の日本刀を振り下ろしにくるだろう。

 明は、赤黒く血まみれになった右手に剣を掴み、ハァハァと息を荒げる。
 先程まで大太刀を持っていた感覚からすると随分と軽い。
 左脇からの出血も既にかなり大量に及び、貧血で意識が朦朧としてくる。


 ――正真正銘、この一撃で最後になるな。カタを、つけさせてもらう。


 宮本明が最後に残した策は、その未来予知で予測した義弟の攻撃タイミングに合わせ、右回りに体を回し、振り下ろされる日本刀を受け止めながら義弟を切り殺すというものだった。
 右肩にかけたデイパックをクッション・バンパーとして斬り下ろしを受け流し、そのまま右手の剣で横薙ぎに義弟を斬る。


 1秒後、2秒後、3秒後。


 白い足跡を義弟が踏んでくるのが感じられる。
 体の真横で、義弟が刀を振り上げるのが予測される。


「今だっ――!!」


 宮本明は、横座りの上半身を勢い良く時計回りに振り抜いていた。
 半回転した視界の中に、まさに義弟が振り下ろす刀の輝きが映っていた。
 しかしその刃は、肩のデイパックには、触れなかった。


 ――えっ。


 その刃は、デイパックをちょうど通り過ぎた、宮本明の右下腕に斬り込んでいた。


「があああああああッ!!!」


 肉が裂けた。
 尺骨がへし折れた。
 指への神経を切断されて、剣が地に落ちる。
 宮本明は、一般人が12キログラム近い重量の金の日本刀を持った際に生じる動作の遅れを、予測から外してしまっていた。
 彼岸島の人間や吸血鬼を基準にしていた自身の未来予知の校正を、完遂できなかったのだ。


 義弟はそのまま、日本刀の重量で腕ごと彼を断ち切ろうと力を込める。
 しかしその瞬間、義弟の持つ刀の柄に、蛇のように駆け上がるものがあった。


 ――宮本明の左腕。


 斬り下ろしを耐えた明は、すんでのところで『左半身失調』から回復していた。


「しまっ――!?」
「シェアッ!!」


 身を引こうとした義弟の腕に、勢い良く跳ね起きた宮本明のハイキックが衝突した。
 ボギン。
 と鈍い音を響かせて、華のように張り裂けた義弟の左肘から血と骨の破片が飛び散る。


「ぐおおおっ――!?」
「お……わ、り、だああああっ!!」


687 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:29:08 wtf8RiyQ0

 地面にもんどりうった義弟は、落ちている自分の剣を、無事な右手で必死に掴んだ。
 しかしその時には既に、奪い返した金の日本刀を左手で逆手に持った宮本明が、彼の上に馬乗りになっていた。

 義弟は、咄嗟に右手の剣を振り上げる。
 しかしそれよりも、宮本明が彼に日本刀を突き立てる動作の方が、早かった。
 義弟の振った剣は、力なく明の顔の横を逸れ、見当違いの場所を切り裂いていた。


 ――勝っ、た……。


 大量出血で、ほとんど何も見えなくなった宮本明は、ただ自分の腕に伝わる手ごたえで、深々と義弟の体に自分の刃が突き刺さったことを確認した。
 そして決闘の勝利に安堵した瞬間。


 宮本明は自分の背後から鋭い斬撃を受けた。


 首筋に激しい灼熱感を覚えて意識が闇に飲まれるその瞬間に、宮本明は、ウェカピポの妹の夫のか細い呟きを聞き取っていた。


「――ネアポリス護衛式中剣、『切断からの続開(スタート・オール・オーバー)』……」


    △△△△△△△△△△


688 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:29:57 wtf8RiyQ0

 宮本明が目を覚ました時、目の前にはタバコを咥えた阿紫花英良の神妙な面持ちがあった。
 状況を理解できぬまま身を起こした明があたりを見回すと、そこは屋外の丘ではなく、オフィスビルと思われる建物のロビーであった。
 寝かされていたソファーの上に腰掛ける明へ、阿紫花は紫煙を吐きながら呆れ顔を見せる。


「本当、呆れた根性ですよアンタ。アタシと観柳の兄さんの反応が少しでも遅かったら二人とも死んでたところだったんですからね?」
「え、英良さん……。決闘は、一体どうなったんだ……?」
「アンタの粘りで、結局は引き分けってとこですかね」


 阿紫花が顎をしゃくった先には何事もなかったかのようにスーツを着て佇んでいるウェカピポの妹の夫がいた。
 彼は明が目を覚ましたことに気づくと、軽く微笑みを浮かべて歩み寄ってくる。


「お前のような真摯に勝利を目指し続ける男と立ち会えて光栄に思う。
 互いに、悔いのない決闘ができたのではないか?」
「……あんた、一体どうやって、俺の刀から無事で……。いや、それよりも俺が最後に受けた斬撃は……」
「ああ……あれか。オレにもギリギリの賭けだったぞ」


 義弟は明に向けて、左腕の袖をまくって差し出した。
 明が蹴り折った肘から、掌に至るまで、螺旋状に阿紫花英良の魔法の糸で縫われている。

「お前に折られた腕を回転させて刃を引き込み、かろうじて僅かに心臓からずらせた。それでも大動脈に刺されて、そのままでは死を免れなかっただろうがな」
「それじゃあ、あの最後の斬りつけは……」
「西洋剣術には『裏刃切り』があるんだぜ、脳筋さんよ」


 明の発言に、遠くから答えが返ってきた。
 義弟と明、阿紫花が顔を振り向けると、ロビーの奥で待機していたらしい残りの一行がぞろぞろと歩いてきている。
 返事をしたのは、李徴の上にまたがっているフォックスの声であった。
 それに頷いて、義弟は明に向けて補足説明を加える。


「日本の刀は良く斬れるらしいが、オレたちの剣は斬ることだけを目的には作られていない。
 斬り付けたところで、それこそお前ほどの腕力がない限り甲冑には弾かれるからな」


 王族護衛官の使う剣は、分類としてはバスタードソードという、両手・片手でともに活用できる剣に当たる。
 キヨンと呼ばれる十字鍔は、相手の刃を受け止められるよう凹面に切ってあり、ポンメルと言う柄頭には近接打撃用の稜を打ち出したナットが留まっている。
 斬撃に特化した日本刀よりも、近距離での多彩な戦術に対応できる構造になっていた。

 フォックスが『裏刃切り』と呼んだのは、その西洋剣術における接近戦の攻撃手法の一つ、『ラップショット』のことである。
 概して盾を持つことの多い西洋での剣闘では、密着での正面からの打ち合いは有効打が出しづらい。
 そのため、西洋剣術には『相手の背後から』切りつける技術が発生した。

 その剣が諸刃であることを活かし、わざと外して相手の裏に流れた剣先を、肩・腕と手首を鞭のようにしならせ回転させることで引き戻し、相手の首筋や尻に高速の斬撃を叩き込むものである。
 『西洋剣は切れない』というイメージは半ば一般化しているが、これは多分に個人の好みに依っており、厚さ40cmの肉塊や牛の大腿骨を切断するくらいならば、西洋の剣でも可能である。
 義弟の剣においては彼自身が調整しており、リカッソはやや短め、刃先はやや鋭利に手入れをしていた。


 宮本明が自分の首筋を触れてみると、そこには首筋の左半分を深々と切断された跡が縫い目となって残っている。
 頚動脈はおろか、食道、気管、頚椎の端までを一撃のもとに吹き飛ばされていたのだ。
 阿紫花英良と武田観柳がその場にいなかったら、ほとんど即死は免れなかっただろう。


689 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:32:40 wtf8RiyQ0

「……すげぇよ、義弟さん、あんた……」


 宮本明は、自分に刻まれた数多の傷跡を確かめて、ポツリと呟いていた。
 最終的に、かろうじて引き分けと呼べなくもない終結をみたが、初めからこの決闘を見返してみれば、その戦績は実質、ウェカピポの妹の夫が2勝している。
 その上でもつれ込んだ最後の最後でも勝ちきれなかったとなれば、明の内心ではそれは完敗に等しかった。


「……俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「いや、引き分けだ。オレたちそれぞれの主張がどうなるかは、ひとえに立会人の意向にかかっている」


 ウェカピポの妹の夫は、項垂れる宮本明に対してそう声をかけ、武田観柳や阿紫花英良に目を配る。
 フォックス、阿紫花、ジャック、晴人が観柳と目を合わせ、観柳は最後に李徴と隻眼2を見やってから明に話しかける。


「……とりあえずですねぇ。ご自分が了承した決闘で勝ちきれなかったのですから、『何があろうと羆は殺さなくちゃいけない、一匹たりとも残しちゃいけない』という主張が通らないのは解りますね?」
「ああ……。それくらい、わかってるさ……」

 観柳は振り返って義弟にも言う。

「ですが、義弟さんの『命を差し出してもらう』というのもナシですよ?」
「まぁ、そこは当初から覚悟の有無だけの問題だからな」

 観柳はそこで、気絶中の明から回収していた金の日本刀を、再び取り出した。
 それをロビーの床に突き立たせ、言葉を続ける。


「今回の決闘で、私はあなたが、相当に大きな金剛石の原石にも匹敵する人物であると思いましたよ。
 ですがそれもまだまだ原石であるまま。この玉を真に美しく価値ある商品にするには、あなたの受けた修練は荒すぎだったと思わざるを得ません」

 観柳は、フォックスから手まねでノートパソコンを受け取り、明に渡す。
 そこには、隻眼2が口頭で述べた、この島で繰り広げられた活劇の様子、そして李徴が記したパロロワのプロットが、克明に記されていた。
 明は、その文章力に衝撃を受けた。
 曲がりなりにもかつて物書きを目指していた明をして、『及ばないかも知れない』と思わせるほど多彩な文章がそこに躍動していた。
 読み進めながら隻眼2や李徴を交互に見やる明に向かって、観柳は再び言葉を繋ぐ。


「人間にもいろいろいるように、羆にだっていろいろいるんでしょう。私にとっては驚きの連続。
 この『ぱぁそなるこんぴゅうたぁ』だって、明治に持って帰れたらどれほど良いことか。構造を知りたいものです。
 ……私達はまだまだ、学ぶべきことばかりなのですよ」


 明は頷いていた。
 今まで敵愾心しか抱かなかった二名のヒグマの姿にも、今は書き手仲間としての親近感さえ感じるようになっていた。


「ですからね。宮本さんは、義弟さんから技術や心構えを学んで頂きたく思います。義弟さんは、宮本さんにできる限り教えて頂く。構いませんね」
「立会人の決めたことならばオレは従うぞ」
「……!」


 目を細めて二人に呼びかけた観柳の言葉を受けて、明は立ち上がる。
 そして、腕組みをする義弟へ向けて、頭を下げていた。

「すまない……、義弟さん。俺に、あんたの技を教えてくれ。俺がこの島で、西山の仇をとって、主催者を倒せるように!!」
「……まずオレに言えることはな、お前はその短絡的に決め付ける思考を何とかした方がいいということだ。それが折角のお前の能力を曇らせているのだと、オレは思う」

 ウェカピポの妹の夫は、自分の剣と鉄球を宮本明に見せて静かに言う。

「それに、オレだけについて学んでも効果は薄いだろう。オレのこの技術は、物心ついた時から親父や師範から仕込まれ続けてきたものだ。
 お前に合っているものとも思えないし、人間が数日や数時間で無制限に技術を身につけて強くなれるものか」
『ボクと契約すれば、すぐにでも強くなれるよ!』


690 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:34:20 wtf8RiyQ0

 語り始めた義弟の話の腰を折るように、突如天井からテレパシーが届いた。
 見上げると、そこにはボロ雑巾のようになったキュゥべえが張り付いている。
 それを宮本明が見た瞬間、見えない力に引っ張られるようにキュゥべえは床に高速落下し、激突した後再び天井に衝突した。

 武田観柳が、笑顔の端を引き攣らせて指を上下させている。
 先だって埋め込んだ一円金貨を引っ張って、キュゥべえの体を操作しているのだ。

「義弟さんの話の途中ですよ? 私が妨害しなければ、あなたは気絶した宮本さんの深層意識に直接語り掛けて契約させようとまでしていましたよね? 大概にしませんかねぇそういうの」
『流石カンリュウだね。キミの魔力はボクの予想以上だ! そのまま魔力を無駄遣いして早く魔女になってくれると有り難いな!』

 キュゥべえの大音声のテレパシーに、阿紫花と観柳は顔を引き攣らせた。
 その狼狽をせせら笑うかのようにキュゥべえが天上で首を傾げた時、突如辺りに無機質な機械音声が響く。


『コネ『コネ『コネ『コネ『コネ『コネ『コネ『コネクト・プリーズ』』』』』』』』


 キュゥべえの周囲に大量の魔法陣が出現し、そこから出現した握り拳がキュゥべえへ猛烈なラッシュを叩き込んでいた。
 そのままキュゥべえは力なく地に落下する。
 操真晴人、怒りの魔法であった。


「……ジャックさん、悪いんだけど、そいつを黙らしといてもらえないか?」
「そうだねハルト。キューベーちゃん、部外者は部外者でしっぽりやろうゼ」

 青筋を立てて息を荒げる晴人に応えて、全裸のジャックは、身じろぎもしなくなったキュゥべえを労わるように抱え、ソファー脇の宮本明のデイパックに入っていく。
 宮本明の目に、初めて操真晴人がそれなりに強そうな人物に映って見えた。


「……まあ、その魔法というのも、結局は自分の根源に由来するものなのだろう。
 強くなれる骨子となるのは、いつでも、自分の根源だけだ」

 ようやく辺りが静かになり、義弟は話を続け出す。

「お前のその強さは、自分の根源を引き出し続けてきたが故のものだろう?
 それを矯めるのはいい。肉付けするのもいい。だが、今から新たな強さを土台もなく建てるのはほぼ不可能だ。
 見せるだけならいくらでもしてやる。お前はここにいる全員を師とし、その中から自分に合っているものだけを選べ。くれぐれも、敬意を忘れずにな」
「ここにいる全員を……」
「オレだって、お前から学ぶことはあった。心がけとしては、自分以外は全て師匠だと思っていいくらいだ」


 自分の知識を逸した技術を持つウェカピポの妹の夫。
 取り引きや金銭に纏わる才覚なら誰にも追随を許さぬ武田観柳。
 芸術的な魅せ方と戦術に長けた阿紫花英良。
 妄想と肉体を理想的なバランスで兼ね備えたジャック・ブローニンソン。
 武器や武術にはこの中で最も詳しいであろうフォックス。
 見習うべき物書きである李徴と小隻。
 地味ながらも要所ではしっかり仕事をこなす操真晴人。
 他人の神経を逆撫でするやり口には随一であるキュゥべえ。

 宮本明が周りの人物を思い返すに、彼らはみな、自分にない要素を持ち合わせた者たちである。
 これから出会う仲間にも敵にも、こうした、自分の尺度では測れない者は多く現れるだろう。
 先の決闘を思い出しても、自分の知識や戦術を広げ深めるには、こうした者たちから学び取る意識が非常に大切なもののように思えた。


691 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:35:01 wtf8RiyQ0

 息を飲む宮本明に、今度は武田観柳が今一度話しかけてくる。
 真っ白な衣装と手袋に包まれた手を、突き立つ金の刀の塚頭に置き、試すような視線で微笑みかける。

「……さて、そんな宮本さんに私から契約をお持ちかけします。キュゥべえさんと違って無理強いはしませんので、ご自由に選んでくださいね」
「一体なんだ?」

 問い返す明の視界で、その日本刀は融けたり刀に戻ったりを繰り返している。

「あなたと私の契約は、『護衛』と『武器』の交換でしたね。ですがこの武器が私の魔力でできている以上、そうそうお安くお譲りしたくはありません。
 特に、商品を大切に扱って下さらなさそうなお客様にはね」

 彼岸島で吸血鬼たちの武器を奪っては捨て、拾っては砕いてきた明には、返す言葉もない。

「……ですがもし、あなたがこの商品を心底大切に愛用して下さるというのなら、私は商人として、この武器を、あなたに合う最高の調整で提供いたしましょう。
 魔法だって、あなたの元の力と合わせて利用してやればいい。余り難しく考える必要はありません。
 さぁ、契約書を破棄するか、署名するか、如何いたしますか?」


 明が辺りを見回せば、周囲の注目は全て自分に集まっていた。
 パソコンには、自分が目覚める寸前まで筆談されていたらしい文章も記されている。
 今一度その文面を見やって、明は笑みを浮かべる。


 今、彼はその魔法の契約書に手を伸ばした。


【E-6・街(あるオフィスビルのロビー)/昼】


【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:西山の仇を取り、主催者を滅ぼして脱出する。ヒグマ全滅は……?
0:??????????
1:もっと、知識をつけて物事を広く見るべきか……。
2:西山……
3:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る


【ジャック・ブローニンソン@妄想オリロワ2(支給品)】
状態:木偶(デク)化
装備:なし
道具:なし
基本思考:獣姦
0:動物たちと愛し合いながら逝けるならもういつ死んでもいいよぉ!!
1:キューベーちゃん、アキラたちの邪魔しちゃいけないゼ?
[備考]
※フランドルの支給品です。
※一度死んで、阿紫花英良の魔力で動いています。魔力の供給が途絶えた時点で死体に戻ります。


692 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:35:33 wtf8RiyQ0

【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女、ジャック・ブローニンソンに魔力供給中
装備:ソウルジェム(濁り:中)、魔法少女衣装
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)
紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、鎖付きベアトラップ×2
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:ひと段落しましたし、筆談したとおりに動きましょうか……。
1:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
2:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
3:他の参加者を探して協力を取り付ける
4:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
5:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。


【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:小)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ、魔法製金の刀
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:さぁ、宮本さんはどちらを選びますか?
1:他の参加者をどうにか利用して生き残る
2:元の時代に生きて帰る方法を見つける
3:取り敢えず津波の収まるまでは様子見でしょうか。
4:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:普段着、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:話が終わったら、筆談したとおりに動こうか。
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……なれるのかこれは?
2:キュゥべえちゃんは、とりあえず目障り。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。


【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)、ボロ雑巾(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれた一円金貨
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:わけがわからないよ。
1:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
2:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。


693 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:35:48 wtf8RiyQ0

【ヒグマになった李徴子@山月記?】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
0:ああ、対主催の人材が肥えてきている……興奮するなぁ。
1:小隻の才と作品を、もっと見たい。
2:フォックスには、まだまだ作品を記録していってもらいたい。
3:人間でありたい。
4:自分の流儀とは一体、何なのだ?
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


【フォックス@北斗の拳】
状態:健康
装備:カマ@北斗の拳
道具:基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ランダム支給品×0〜2(@しんのゆうしゃ) 、ランダム支給品×0〜2(@陳郡の袁さん)、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)
基本思考:生き残り重視
0:終わったら筆談通りやるか。
1:メンバーがやばすぎる……。利用しつづけていけるか、俺……?
2:李徴は正気のほうが利用しやすいかも知れん。色々うざったいけど。
3:義弟は逆鱗に触れないようにすることだけ気を付けて、うまいことその能力を活用してやりたい。
4:シャオジーはいつ襲い掛かってきてもおかしくねぇから、背中を晒さねぇようにだけは気を付けよう。
5:俺も周りの人間をどう利用すれば一番うまいか、学んでいかねぇとな。
[備考]
※勲章『ルーキーカウボーイ』を手に入れました。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』、『鮭狩り』、『クマカン!』、『手品師の心臓』、『Round ZERO』の内容と、
 布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。


【隻眼2】
状態:左前脚に内出血、隻眼
装備:無し
道具:無し
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:主催者に対抗することに、ヒグマはうまみがあるのかしら……?
1:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
2:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
3:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
4:見ごたえのある戦いでした……。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫が、用心相手に入っています。


【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:疲労(中)
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:筆談したとおりに動く。それが流儀。
1:宮本明は自分の素質を最も活かせる流儀を知るべきだ。
2:フォックスは拳法家の流儀通り行動すべきだ。
3:李徴はヒグマなのか人間なのか小説家なのかはっきりしろ。
4:シャオジーは無理して人間の流儀を学ぶ必要はないし、ヒグマでいてくれた方が有り難いんだが……。
5:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
6:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。


694 : 弟子 ◆wgC73NFT9I :2014/06/03(火) 00:36:03 wtf8RiyQ0
投下終了です。


695 : 名無しさん :2014/06/03(火) 02:02:39 50o8AkKA0
投下乙です
明を八割方封殺した義弟の圧倒的な強さに惚れた
「強くなれる骨子となるのは、いつでも、自分の根源だけだ」
って台詞が何気に深い。元キャラが崩壊しない絶妙なさじ加減の強化が大事ということか
しかし観柳チームも濃い面子が揃ってきたなー


696 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/06/03(火) 03:32:24 o7wSvqa60
投下お疲れ様です

義弟本当に強いな……
明さんもまだ成長の余地があるようで何よりだ。

予約期限を切れていますが、投下の目処が立ちません。申し訳ない。
完成するまでに予約が入っていなければ投下させていただきます。


697 : 名無しさん :2014/06/06(金) 01:41:38 J9If/nHg0
投下乙です
あれ?義弟って原作は数ページしかないんだよね?と思わず思わされるレベルの
深い掘り下げと確かな強キャラ感ほんとなんなんだこれw 意地を通す明さんもかっこいい
それにしてもカオスなチームである。


698 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/06/08(日) 22:37:22 IKkSD16c0
予約期限から一週間近く経っていますが、ちょっと筆が進みません。
一旦自分の逃げ道を塞ぐ意味も兼ねて、推敲まで終わっている前半部のみを投下します。


699 : アイデンティティ・クライシス :2014/06/08(日) 22:38:19 IKkSD16c0


いい機会だし、巴マミの話をしなければならないと思う。
わたしにとって、まどかの次に身近だった魔法少女の話を。

こう言うと意外に思われるかもしれないが、私は彼女を高く評価している。
いや、尊敬すらしていたと言っていい。

私の魔法少女としての戦いがまどかと共にあったのは言うまでもないが――
その陰に彼女があったのは、それも言うまでもない事実なのだから。

現在の見滝原において、もっとも古い魔法少女。
それは決して、軽んじていいものではない。
彼女は間違いなく、私が今まで見てきた中で最も高い実力を持つ魔法少女と言っても過言ではないのだ。
そしてだからこそ、私は――正確には“前週の私は”――彼女を警戒していた。

2週前の世界。
魔法少女の真実を知り、狂乱した彼女は――佐倉杏子を撃ち、その場にいた魔法少女を皆殺しにしようとして、まどかに殺された。
その経験から前週の私は彼女を警戒しできるだけ近づかなかったし、近づかせなかったのだ。
結果から言えば、それは間違いだったと思う。
あのイレギュラーな世界で私が後手に回った原因は間違い無くそれだったし――あの結果を引き出してしまった原因も、同じものだ。

だから――私がまどかを救いたいと願うなら。
彼女も、彼女への私も、変わらなければならない。




魔法少女になってから、ずっと考えていたことがある。

――私は一体、何者なのだろう?

あの日、私が直面していたのは――間違いなく、“絶対的な死”だった。
それを魔法少女となることで無理矢理踏み倒した私は――

もしかして、まともな人間ではなくなってしまったのではないだろうか?

その疑問は、言葉にはならなくても頭の中でずっと渦巻いて、私の中に煙のような不安として生きていた。
魔法少女として戦っていた私が友人を作らなかったのは、戦いに巻き込みたくないという気持ち以外にもその不安が関係していたように思う。

それでも今までは、魔法少女としての使命を胸に抱いて迷わずに騙されていられた。
でも、もう駄目だ。
嘘という甘美な毒で建てられていた城は、真っ二つにされて崩れ去った。
そこに残っているのは、空虚な夢の残骸だけだから。


700 : 名無しさん :2014/06/08(日) 22:39:08 IKkSD16c0



落ち着け、落ち着けよジャン・キルシュタイン。
ここで暴発しちまったら、死に急いじまった野郎と変わらねぇ。

俺の後ろには、三人の仲間がいる。
リンとクマ、そしてアケミ。
三人分の判断と命を預かってるんだ。
短絡的な判断で、それを危険に晒すわけにはいかないんだよ。

そう。俺は、指揮を任されたんだからな。

怒りを丁寧に殺す。頭を冷やして、状況をじっくりと観察する。
正中線から真っ二つにされた女の子と、それを囲むように野郎が二人にヒグマが一匹に――鉄みてえな物でできた小さい巨人みてえな奴が一匹。他の奴は影も形も見えねえ。
一見した限りじゃ、犯人はこいつらしかいない。
――だが、少しだけ違和感がある。それがなんだかわかるまでは、『赤』はなしだ。

言っとくが、人間と一緒にいるからいいヒグマだとか、そんなお花畑みてーな判断基準じゃねーぞ。
元々ヒグマだって、俺達をこの島に連れてきた野郎が持ち出しやがったんだからな。

俺が気になってるのは、こいつらも死体も綺麗すぎることだ。

タマネギ頭の子供の死体の時も思ったけどよ、ヒグマだぞ?
殺した相手はグシャグシャに食っちまうもんじゃないのか?
少なくとも、最初に偉そうに殺し合いを説明されてる時に現れたヒグマは反抗した奴を頭から食ってたし――アケミの時だって、そうだった。

大体よ、コイツが人を食わないヒグマだったか、今から食うところだった、ってことにしたって、おかしいだろ。
どうやったらこんなに綺麗に人間を真っ二つにできるんだよ?
野郎の方はどっちもひょろい体格して、そんな力仕事ができるようには見えねぇ。
ヒグマの方は確かに腕からブレードを生やしてるが――途中から折れちまってるし、あれを使って斬ったにしては刃が綺麗すぎだ。
真っ二つにされて死んでるのは確かだし、よしんばこいつらにそれが可能だったにしてもよ。
女の方が抵抗したらもう少し死体は壊れるもんじゃねーのか?
不意打ち、って可能性はあるけどよ。この状況でどうやって不意打ちするんだ?
周りじゅう海じゃねぇか。アケミの時みたいに、視界が悪い訳でもない。近付かれたら普通は気がつくだろ?
それとも避難するまでは一緒で、騙し打ちでもしたのか?
ヒグマがいてどうしてそんなことをする必要があるんだよ。

つまりこいつらがこの女の子を殺した犯人なら、だ。
このヒグマが人の死体を食わなくて、
こいつらが人間の体を綺麗に真っ二つにできて、
女の子に不審がられもしなくて、
抵抗される事もなく殺せた、ってことだ。

――こいつらが犯人になる可能性を並べるほどに、現実離れした状況になっていくのはなんでだろうな。


701 : 名無しさん :2014/06/08(日) 22:39:37 IKkSD16c0

わかってるさ、有り得ないなんて言わねえ。
“有り得ない”ことなんて、これまで何度も経験しちまったからな。

だから、こいつらへの扱いはまだグレーだ。
これからの質問で、きっちりと見極めてやる。

「おい、聞こえなかったのか? そこの女の子を殺したのは、てめぇらかって聞いてるんだ」
ブレードを突き付けながら、もう一度聞く。
白いシャツの奴とヒグマは狼狽えてるようにも見えるが、一見しただけじゃ演技でも見分けはつかねぇな。

「そ、そんなこと……」
「ないってか? なら、その女の子は誰が殺したんだよ」
駄目だな。白シャツの奴はビビってる。
俺にビビってるのか、それともその他の事にビビってるのかはわからねぇが、まともな答えは聞けそうにねぇ。
だからまともに話ができるなら、もう片方の黒服の野郎に――

「殺したのは俺達ではない。
 だが、この少女が殺されたのは俺達の不徳の結果だ……」

――は?
なんだ、おい。
今、ヒグマの口が開いて、そこから人の言葉が聞こえた気がしたんだが。
俺の聞き間違いか?

「……喋るヒグマに出会ったのは初めてか。
 俺の名は穴持たず1『デビル』。こちらは碇シンジと球磨川禊だ。
 ……そして、この少女の名前は巴マミ。俺の母と……呼びたかった女性だった」
――本当にヒグマが喋ってやがる。中に人とか入ってるわけじゃないよな?
というか、『母と呼びたかった』ってなんだよ。
そりゃヒグマと人間なら親子じゃねぇだろうが。

『デビルちゃんの言う通り マミちゃんを殺したのは僕達じゃないよ』
『……いや 死なせたも同然なのかもしれないけどね……』
『だとしたら マミちゃんには謝っても謝り切れないな』
――クマガワって奴は、何故か知らねえが無性に胡散くせえな。
そういう性分なのかもしれねぇが、正直ホイホイと信用したくねえタイプだ。
となると、

「……それだけ言われて、はいそうですかって信じると思ってんのか?
 そこのヒグマ、何が起こったか説明しろよ」
一番まともに会話できそうなのがヒグマってのはどういうことだ、おい。


702 : 名無しさん :2014/06/08(日) 22:39:57 IKkSD16c0



「……なるほどな」

こいつらの話を総合するとこうなる。
デビルとクマガワ、イカリとトモエは一緒にここに津波から避難していた。
そこに海の上を走って跳んでここまでやって来た人型のヒグマが、刀とやらを使って遠くから女の子を真っ二つにして去っていった、と。

――少し前の俺なら頭から否定してたとこだな。
生憎、今の俺はこの島で「なんでもあり」加減を経験しちまって、その辺は麻痺しちまってるが。
魔法なんてのがある以上、遠くから相手を斬る技なんてのがあってもおかしくはねぇさ。

ただ、それと信じるかどうかは別問題だ。
その人型のヒグマってのが女の子だけ殺してこいつらには手を出さなかった理由は聞いたが、それが正しいかなんて誰も証明できねぇからな。

とはいえ、言われたことが正しいかって考えたら何を聞いてもしょうがねえってのも事実だな。
ここは一旦保留にして、離れてリンにこの後の動向を観測してもらうのも手か?
悠長ってのは否めねぇが、会話した感じ即刻対処する必要があるとも思えねぇしな。
そろそろ津波も引くってクマも言ってたし、その後の行動で仕掛けるか決めても――

『ねえジャンちゃん 考えに耽るのもいいけどさ』
『僕達から意識を外していいの? 一応尋問してるんでしょ?』
「うるせぇな。言われるまでもねぇ、不審な動きをしたら即ぶっ殺してや……、?」

気がつくと、クマガワが女の子の死体に近寄って何かやってやがる。
人差し指を血の海から引いて――、文字でも書いてるのか?
クマガワはこっちが視線を向けたのを確認すると、書いた血文字を指差している。

読めってのか?
声に出さずに筆談っつーのは、何か事情があるのか――それとも、俺の気を引く為の芝居なのか。
前者なら下手に突っぱねれば交渉決裂ってことになりかねえが、後者なら気を散らすのは危ねえよな。
となると、こういう対応かね。

「悪いが、俺にはお前らをまだ信用できねえ。
 ヒグマなんか連れてる奴等に対して安心しろ、ってのが難しいのはわかってんだろ」
筆談がブラフじゃなけりゃ、口に出されると困る事情があるんだろう。
ならそこには乗りながら、要求自体は突っぱねる。
相手に交渉する気があるなら、遠まわしに意図を聞き出すのもアリだ。

『そう言われると困るんだけどね……』
そう言いながらも、クマガワはこっちの意図を悟ったのか血文字をやめて、死体を探り出し――あん?
何か探してんのか?
クマガワの手は帽子を取ると、それについてた宝石を――って、ちょっと待て。

「おい、それ、ソ――」
『こっちとしても 彼女の死体をどうにかしてあげるくらいはしたいんだけどさ』
『今の状況じゃ それもできないな』

こっちの台詞を遮ったクマガワは、口許に人差し指を当てて黙るようにこっちに促す。
――「黙ってろ」ってのは、そういう事情か?
何に対して黙ってるのかはわかんねぇが――まあ、いいさ。
それのことがわかってるなら、少なくともこの女の子を殺したのはお前らじゃないんだろうからな。

手に握ったサイリウムを折る。
色は――緑。


703 : 名無しさん :2014/06/08(日) 22:41:04 IKkSD16c0




「うーん……つまり、デビルも現状については深くは知らない、ということクマ?」

――まさか、ヒグマと会話することになるとはクマ。
ジャンがヒグマを相手に緑の信号を送って来た時も目を疑ったけど、ヒグマが人の言葉で喋り出した時は耳を疑ったクマ……。

「ああ。そこを確認する為に、一度地下へ戻ろうと思っていたところではあるしな……。
 有冨達が作った“穴持たず”についても、ナンバーの近い連中はともかく後期の連中になると把握はし切れていない。
 度々抜け出している者もいたとはいえ、名目上我々は実験動物だったわけだからな。
 ――いや、もしかすると有冨たちでさえ、全てを把握していたわけではなかったのかもしれぬ」
「……それって、どういう意味クマ?」
「……この程度なら話しても構わんか。
 俺はその時島を諸事で出ていた為、聞いた話でしかないが……実験の数週間前、数十匹の穴持たず達が一斉に脱走したことがあったらしい。
 最終的に全員が研究所へと戻されたが、脱走したヒグマ達のデータは散逸してしまったようだな」
「……はぁ?」

なんじゃそりゃ、だクマ。
鎮守府に例えたら、艦娘が脱走――は、まあほぼ有り得ないからともかく。
所属している艦娘のデータさえ管理できていない鎮守府なんてありえないクマ。
杜撰ってレベルじゃないクマ。

そんな会話を横目に――というか囮にしつつ、ジャンと球磨川は筆談してるクマ。
首輪に付いた盗聴機。言われてみればまあ、当然ではあるクマ。
ジャンが「盗聴機ってなんだ?」とか言いだした時は頭を抱えたけど。

――前から思ってたけど、ジャンの知識って妙にブランクがあるクマ。
サイリウムの使い方も知らなかったし。


704 : 名無しさん :2014/06/08(日) 22:41:15 IKkSD16c0
それはともかく。
デビルと適当な会話をしながら、球磨川が――この名前、球磨と被って微妙に呼びづらいクマね。あとで適当なあだ名をつけるクマ――メモにペンを走らせる内容を横目に確認しておくクマ。

“僕の能力――『大嘘憑き』なら マミちゃんの肉体の欠損を『なかったこと』にできる”
“この会場の中では死をなかったことにはできないけれど マミちゃんはまだ死んでいないからね”

巴マミ――ほむらと同じ、ソウルジェムを持った魔法少女。
ジャンは「こいつらがソウルジェムのことを知ってるなら肉体を壊した時に一緒に壊してる筈」って判断してたし、球磨もそこにあんまり異議はないけど。
ほむらと彼女は、なにか繋がりがあるクマ?
今のほむらには、流石にそれは聞けないクマ。

“そんな能力があるって信用はどこですればいいんだ?”

“そこは実際に使って確認してもらうしかないね”
“君達が望むなら 今ここで軽く試してみても構わないよ?”
ジャンの突き付けたメモ用紙に、球磨川がペンで返答を書き入れる。

“いや、必要ねえ。そんなすぐにバレるでまかせを言う意味もねえだろうしな”
“さっきも書いたが、こっちにもソウルジェムだけになった魔法少女がいる”
“その能力で、そいつも助けてくれるとありがたいんだが”
そう。球磨川の言ってることが真実なら、ほむらの魔力の回復を待たなくても体を元に戻してあげられるクマ。
予定よりも大分早い帰還になるけれど、またほむらの顔が見られるなら――

“勿論それはできるよ”
“ただ 今すぐとはいかないな……マミちゃんもね”
期待していたところに思いっきり冷や水をかけられたクマ。

“そいつはなんでだ? 魔法少女みたいに、そいつを使うには魔力みたいなものが必要なのか?”

“そういうわけでもないよ 僕の問題じゃない”
“どちらかというと 彼女達の方に問題があってね”
“マミちゃんも君達の言うところのほむらちゃんも 肉体が壊れたことで首輪が外れてるんだよ”

……あっ。
今、自分達の首に嵌まっている首輪。それは主催者達にとって、参加者を管理する手段だクマ。
それがないってことは、主催者からすれば危険人物以外の何物でもない……大量のヒグマを差し向けられたり、最悪球磨達の首輪を爆破されるってこともあり得るクマ。
ジャンの方も、「それがあったか」って顔をしてるクマ。
……というか、これはかなりマズくないクマ?
球磨達、ほむらが生きてるって会話を作戦会議とかでやっちゃってたクマ。

“なるほどな。だが、それならどうする? 能力を使わないにしたって、アケミとトモエの体は再生してくだろ”

“そうだね。だから、それより前に手を打つ必要がある”

“どうやってだよ?”

“これから僕達は 急いである場所に行かなきゃならない”
“唐突に首輪からの通信が途切れても不自然ではない場所 他の参加者と出会ってもマミちゃんやほむらちゃんの情報がバレない場所”
“そこは――”

『ジャンさん! クマっち!』
球磨川の筆記を遮るように、ジャンの持ってるトランシーバーから声が聞こえた。

――リンちゃんは万が一に備えて空中に待機させてたけど、一体何があったクマ!?

「リンちゃん、どうしたクマ!?」
慌ててジャンのトランシーバーに声をかける。
空中から何かを察知したとしたなら――もしかしてデビル達を襲った『人型のヒグマ』クマ!?

『空を飛んでる女の子が、二人……戦ってる!』


705 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/06/08(日) 22:43:01 IKkSD16c0
投下終了。
以上の前半部を『アイデンティティ・クライシス』として投下し、後半部を書き上げてから投下する形にさせて頂きます。
遅れに次ぐ遅れで申し訳ありません。
後半部については、遅くても一週間後には投下できたらいいと思っています。


706 : 名無しさん :2014/06/09(月) 01:12:08 Mzdrry7I0
投下乙!
ひとまず誤解は解けたみたいで何より。マナさんは後半に持越し。
空飛んでるから助太刀に行けそうなのが凛ちゃんくらいしかいないのが不安を誘うぜ。

佐天さんもう一回描いてみました
ttp://dl6.getuploader.com/g/nolifeman00/50/43983131_m.jpg


707 : ◆wgC73NFT9I :2014/06/10(火) 08:22:28 .roSKIcU0
投下お疲れ様です!
ジャンくんが論理的に行動できて本当によかった…。
位置関係的に、決着つく前に援護行けるんでしょうかねこれは…?
凛ちゃんと球磨ちゃんが頼みの綱か?

自分は
布束砥信、夢原のぞみ、呉キリカ、穴持たず81、穴持たず49、穴持たず50、那珂、バーサーカーで予約します。


708 : ◆wgC73NFT9I :2014/06/17(火) 23:54:20 SVwY2cOM0
すみません、予約延長します。


709 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/06/21(土) 05:47:08 g6ZvgrF20
自分で言った期限すら守れていない有様で申し訳ありません。
投下します。


710 : 研ぎ澄ました刃を鞘からゆっくり引き出す :2014/06/21(土) 05:49:23 g6ZvgrF20



「ぐ……っ!?」

ある種奇妙な、現実感のない光景であった。
露出の高い衣装を纏い、空を飛ぶ少女。その胸の真ん中から、細い腕が突き出している。
人間の体を易々と突き破ったその腕の持ち主も、また少女。
金髪に魔法少女のような装束を纏い、天使のような翼を生やした一目見るだけで魅了されるような可憐な容姿。
しかしその外見から繰り出される暴虐は、彼女に抱いた第一印象を無惨に破壊するだろう。
露出度の高い少女――纏流子の胸を貫いたその細腕の先には、キラキラと輝く心臓が掴み出されていた。

「あなたのプシュケー、宝石みたいだね。私に頂戴!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ……それはあたしのだ、返せッ!」

耳元で艶やかに囁く少女――相田マナを振り払おうと、流子は手に握った片太刀ハサミを振るう。
反射的にマナは握っていた心臓を手放し、後ろに上体を反らして回避。
流子は自由になった心臓を自らの胸の中に押し込み、腹に蹴りを入れ反動で遠ざかる。

胸を突き破られ、心臓を抉り出される――即死しても可笑しくはない致命傷。しかしそのような傷を受けてなお、流子の目は死ぬことはない。
生命戦維に適合した人間である流子の生命力は、人間のそれを超えている――心臓を抉り出されても、命を永らえることができる程度には。

だがそれは、全く痛痒を感じない――と、いうことでもない。
胸を貫かれ、肉を抉られる痛みはある。流れ出る血は体力を奪う。
致命傷ではない、というだけで――決定的なダメージ。

(流子、このまま戦うのは危険だ!)
「だったらどうしろってんだ! 背中向けて逃げろってのかよ!」

相手の姿を睨みながら、忠告して来る“鮮血”に流子は毒づく。
喧嘩を売って来た相手に背を向けるのは流儀じゃない――などという生易しい話ではない。
背を向けるような隙を晒せば、確実にこの相手は命を奪って来ると確信できる。

(だとしてもこの相手とその傷で戦うのは自殺行為! せめて他の参加者を探し、協力して立ち向かうんだ!)
「それができる相手なら苦労はしないんだよ……!」
片太刀ハサミを構え直して、マナへと流子は向き直った。
ああは言ったが、今の自分が勝てる相手ではないと理解はしている――しかし、他の事を考えながら戦える相手でもないのも確かなのだ。

「ちくしょう、どうすりゃいい……!」


711 : 名無しさん :2014/06/21(土) 05:49:49 g6ZvgrF20


コンクリートの屋上で、四人と一匹はその光景を目撃した。

「なんだありゃ……」
自分達から見て南東の空。
二人の少女が、空中での戦いを繰り広げていた。
露出度の高い少女と、背中から天使のような羽を生やした少女。
戦いの様子は一方的だった。露出度の高い少女が、翼の生えた少女に一方的に嬲られている。
露出少女も手に握った刃物で応戦しているが、明らかに反撃の手が追いついていない。

「どっちが悪いか……ってのは考えるまでもねぇな」
翼の生えた少女の攻撃は執拗過ぎる。
例え露出少女が先制攻撃したのだとしても、こうまで反撃するのは明らかに過剰だ。

『このままだとあの子、やられちゃうにゃ!』
「クマ、お前の砲で狙えねぇのか!?」
「二人の距離が近すぎる! このまま撃っても爆風で両方を巻き込じゃうクマ!」
トランシーバーから聞こえる凛の声に、焦ったようにジャンが球磨に詰め寄った。――が、返って来た言葉はジャンの期待を裏切る。
次いで浮かんだ、メーヴェで助けに行くという考えを、しかしジャンは直ぐに頭の中で否定する。
乗っているのが戦闘力の無い凛であることを差し引いても、メーヴェを操縦する両手の塞がった態勢で戦闘に突入するのは難しいだろう。

「むう……おい球磨川、碇、どうにかならんのか!?」
『流石にどうにもならないな……あれだけ離れていたんじゃ 僕の射程からは外れてしまっている』
「エヴァ初号機じゃ、流石に空中戦はできないよ……」
切羽詰った状況に、デビルが球磨川とシンジに問いかける。
だが、二人の返答も芳しくはない。

(せめてあの『オシリスの天空竜』があれば……!)
武藤遊戯から奪い、そして託された神のカード。
そのカードを具現化できれば、あの戦いに介入することは難しくないだろう。
――しかし、オシリスはカーズとの遭遇でデビルの命を救いその力を失ってしまった。
何時か復活を迎えることもあるかもしれない。が、それは今ではないし、それでは遅すぎるのだ。

「ぐあ、ぁ……ッ!」
露出度の高い少女の苦痛の声が聞こえる。
翼の少女の蹴りが、胴にモロに入ったらしい――。

(く、どうすることもできんのか……!?)
歯噛み――いや、牙噛みし、デビルは空中の戦いを睨む。

「……あの、デビルさん」
そんな彼の耳に、シンジの声が聞こえた。

「……どうした?」
シンジはしゃがみこみ、ディパックを開いた姿勢のままデビルを見つめている。

(ディパック……? そういえばシンジや球磨川の支給品を全て確認したわけではなかったが……)
そう考えつつ、開いたディパックの口から覗いているモノを目にした瞬間――デビルは言葉を失った。

「――ひとつ、教えてほしいことがあるんです」


712 : 名無しさん :2014/06/21(土) 05:51:26 g6ZvgrF20


「ち、く、しょう……」
血塗れになりながら、纏流子は呻く。
完膚なきまでに負け戦、だった。
本来纏流子と相田マナの能力の差は、そこまで絶望的に離れているものではない。
必殺技まで含めたポテンシャルならば、無論相田マナに分売が上がるだろうが――単純な格闘戦ならば、流子にも分は、実のところあった。
それがこうも一方的になったのは、ひとえにある一つの要素に他ならない。

そう、ニンジャソウルだ!
平安時代の日本をカラテによって支配した半神的存在――ニンジャが今のマナには憑依しているのだ!
おお、ゴウランガ!
遭遇時の流子へのアンブッシュ、そしてカラテによる格闘戦。
今のマナはあからさまにニンジャ――いや、それだけではない!
古代トランプ王国を支配した伝説の戦士、プリキュアと合わさることによりニンジャ身体能力はさらに強化!
その力はまさにブッダにも匹敵するのだ!

(流子、大丈夫か!?)
「このくらいでへたばるかよ……!」
鮮血に強い言葉を返す流子だが、その声にはやはりどこか力がない。
そんな流子へと、貫手の形に腕を構えたマナが迫る! このまま流子はツキジめいた死体へと変貌を遂げてしまうのか!?
おお、ブッダよ。まだ寝ているのですか!

「大丈夫だよ――あなたを私が食べて、そしてみんなも食べちゃえば、みんなみんな愛の中で生きられるからね……!」
サイコパスめいた台詞を吐きながらマナが突進!
そして――

「モンスターを召喚! 《砦を守る翼竜》を守備表示!」

青の翼竜が光と共に突然出現! 二人の間に割り込む!

「「なっ……!?」」
流子を庇う形でマナの貫手は翼竜に直撃!
哀れ翼竜は爆発四散!

「な、なんだぁ……?」
(流子! 味方だ!)
鮮血の声に振り向けば、眼下には5人の人間と……ヒグマ!

「ひ、ヒグマぁ!? あれが味方なのか!?」
(少なくとも、彼らが君を助けたのは事実だ! 今は彼等と協力するしかない!)
ヒグマに危うくヒグマ・リアリティ・ショックを起こしかけた流子だが、鮮血の声に正気を取り戻し鮮血疾風のジェット噴射の向きを変え彼等目指して突き進む!
当然マナもその後を追おうとし――その動きを急に止めた!

「リバースカードオープン! 罠(トラップ)カード、《六芒星の呪縛》!」
おお、見よ! 突如空中に浮き出した六芒星の魔法陣がマナを捕らえ、動きを阻害している!
これぞ時の決闘王、武藤遊戯の使ったトラップカード「六芒星の呪縛」!
その罠に捕まったモンスターは、攻撃と表示形式の変更を封じられる!
相田マナは最早一歩をも動けぬ――その筈であった!

「ハァーッ……ハァーッ……!」
なんたることか!
相田マナはその膂力だけで六芒星の呪縛を打ち破り、粉々に砕け散らせてしまった!

「アハー……新しい愛を教えられる人がいっぱい……それにヒグマさんまで……」
眼下に写る面々を眺めるマナの瞳には、狂気が爛々と湛えられていた!
コワイ!


713 : 名無しさん :2014/06/21(土) 05:52:16 g6ZvgrF20


商店の屋上。
凛が着陸させたメーヴェの前に、ジャン達は陣形を組んで立っていた。
先頭に立っているのは碇シンジと、その従者――あるいは保護者であるエヴァ初号機。
碇シンジの腕には、彼のもう一つの支給品が嵌まっている――そう、「デュエルディスクと武藤遊戯のデッキ」が。

「大丈夫か、シンジ。デッキだけならば、俺が扱ってもいいが――」
「――いえ。これが今、僕のやるべきことだと思いますから」
後ろで心配するデビルに、シンジは覚悟の言葉を返す。

「マミさんが真っ二つにされた時に、僕は何もできなかった。
 このままじゃいけない……今こそ戦うべきだと思うんです。
 本当は戦いたくなんてないけど。たとえ相手が使徒でも……ヒグマでも人間であっても、大切なものを守るなら戦わなくちゃいけない」
元の世界では、シンジは父に巻き込まれて使徒との戦いに投げ込まれた。
この島でもそれは同じで、有冨に巻き込まれて殺し合いに投げ込まれた。
だったら、戦うべきなのだとシンジは思う。
勝つためではなく、守るために。そのための力は、今も、そして第三新東京市でも持っている。
ATフィールドは、拒絶する壁であると同時に、誰かを守る盾にもなれるのだから。

「ただの腰抜けかと思ったが、割といい事言うじゃねぇか」
その後方。地上に下りた星空凛を庇える位置に陣取るジャンが、様子を見ながら呟く。

「クマ、リン。半ばなし崩しに共闘することになっちまったが、問題はねえか?」
「問題なしなしクマ。乗りかかった船……いや、球磨は軽巡だから乗りかかった軽巡ってやつクマ」
「大丈夫……にゃ。ジャン君の決めたことだし……あの人達も悪い人には見えないにゃ」
ジャンの問いに、海上に位置する球磨、最後列の凛も迷わず答える。

『お喋りはそこまでにしようか』
『――来るよ』
両手に螺子を出した球磨川が、周囲に注意を促す。
よろめきながらもやって来る半裸の少女の後ろに、呪縛を砕き飛んでくる抹殺者の姿が見えた。



――空気を震わせる爆音と共に、空に赤い花が咲く。
球磨の14cm単装砲が、抹殺者――相田マナに直撃したのだ。

「この距離で、巻き込む心配がないなら外さないクマッ!」
派手な開幕の一撃を食らわせた球磨が気焔を吐き、爆炎の向こうを睨みつける。
直撃弾だ。もしゲームならカットインとか出るくらいの一撃だった。
だが、球磨が油断することはない。その油断が、ほむらを失わせることになったのだから。
爆炎が晴れる。果たして、相田マナはまだ生きていた。
砲撃が直撃しながらも、その瞳から狂気の色が消えることはない――。

「クマ! せめてあの女がこっちに着くまで砲撃頼む!」
『シンジちゃん デビルちゃん こっちも援護だ!』

「わかってるけど、弾数少ないから無駄撃ちはできないクマ!」
「モンスターを召喚! 《カース・オブ・ドラゴン》を攻撃表示!」
「《ヴェルズ・サンダーバード》を攻撃表示で召喚!」
ジャンと球磨川の声に促されるように、球磨の砲撃、そしてシンジとデビルの召喚したモンスターによる攻撃がマナを迎撃する。
砲弾とブレス、そしてを受けた抹殺者の体は確かに怯み、その動きを一瞬止める。
その隙を衝くように、纏流子は商店の屋上へと辿り着いた。

『――大嘘憑き』
『彼女の傷を なかったことにした』
すかさず球磨川が“大嘘憑き”を用い、その体に刻まれた痛ましい傷をなかったことにする。

「なっ……傷が消えた!?」
『へたばってたところ申し訳ないけれど 戦える元気があるなら手伝ってくれないかな』
(……流子!)
「当然だろ! やられた分はきっちりやり返すっ!」


714 : 名無しさん :2014/06/21(土) 05:52:37 g6ZvgrF20


抹殺者――相田マナの戦いぶりは異常であった。
球磨川の投擲した螺子をあっさりとかわし、次いで突っ込んで来た流子の片太刀ハサミを白羽取りする。
動きが止まったところに突撃するシンジのモンスターを体を回しながらの蹴りで粉砕。
商店の屋上に陣取るジャン達へと突っ込み、庇うように前に出たデビルと組み合う。

「ぬ、う……なんだ、この膂力は……!?」
「愛をなくした悲しいヒグマさん……このキュアハートが、あなたのドキドキ食べてあげるからね!」
「キュアハート……お前が名に聞く『プリキュア』の一人か……!
 だが、この狂乱はどうした!? お前達は誇り高い戦士と聞いたぞ!」
ニンジャとプリキュアの融合である今のキュアハートの前には、ヒグマと言えども力で組み合うことは非常に難しい。
デビルは体格で劣る筈の少女にジリジリと押し込まれ、地面へと押し倒されて心臓を――

『おいおい 情熱的なとこ悪いけどいいのかい?』
『敵は一人じゃ――っ、が、ぁ!?』
その隙を衝こうとキュアハートの背後から飛びかかった球磨川は、急速に立ち上がった彼女に裏拳を叩き込まれてコンクリートの屋上に激突。
更にバウンドして吹き飛んだ。

「……禊さん!?」
『うーん どうにも隙がないな……』
『めだかちゃんみたいな子だ』
シンジの悲鳴を受けながら不気味な動作で立ち上がった球磨川は、エヴァのATフィールドに拳を阻まれるキュアハートを困った目で見つめる。
負完全な過負荷(マイナス)である彼には『他人の弱点や隙がわかる』という特技があるが、キュアハートには、隙や穴というものは存在しなかった――要するに、完璧で完全無欠な敵だった。
これ自体は、別に驚くべきことではない。
彼の仇敵である黒神めだかには、この戦法は通用しないし――初恋の相手である安心院なじみだってそうだろう。
ならばこの二人に使った過負荷、『却本作り(ブックメーカー)』の出番なのだが――

『……駄目だな この様子じゃ当てられない』
戦場をめまぐるしく動き回るキュアハートに、予備動作が必要な上に追尾能力がある訳でもない『却本作り(ブックメーカー)』を命中させるのは至難の業だろう。
黒神めだかや安心院なじみならばむしろ自分から当たりに行ってくれるのだが、野生の勘を手に入れた今のキュアハートにはそれは通用しない。

『となると これしかないかな――』



キュアハート対デビル組・ジャン組・流子の共同戦線。
デビルやジャン、エヴァ初号機の攻撃はキュアハートに有効打を与えられないが、キュアハートが放つ致命打もデビルやシンジの防御カード、あるいは球磨川の『大嘘憑き』が防ぐ。
これだけ見れば、戦況は互角である――という風にも見える。
――ただしそれは、表面上のことでしかない。

「チッ……!」
立体起動装置で水の引いた街中を飛び回りながら、ジャンが舌を打つ。

(やべぇな……こっちの攻撃は効かねえのに、あっちの一撃をもらえば四肢をもがれるか胴体をぶち抜かれかねねえ……!)
彼らの一撃はキュアハートへの有効打ではないが――キュアハートの一撃は、彼等を絶命させて余りある一撃なのだ。
デビルヒグマと碇シンジの使う防御カードと、球磨川禊の“大嘘憑き”による復活で、その致命打の被害を0に抑えているに過ぎない。
その0を割ってしまえば――待っているのは、無惨な壊滅のみだ。

(おまけになんだ?
 あいつ、人間かと思ったが首輪を嵌めてねえぞ!?)
ジャンの視界に映るキュアハートの首元には、参加者ならば誰もが着けられているはずの首輪が嵌っていない。

(人型のヒグマって奴か……?
 それとも、飛んでるってことは外から飛んできた部外者だったりするのか!?)
混乱しながらも、キュアハートから死角になるビルの隙間へと着地。
次の移動先を探そうとして、ジャンは球磨川がいたことに気づいた。

「……どうした、クマガワ?」
『いや……そろそろ反撃の算段を付けようと思ってね』
そう言いながら球磨川がジャンに差し出した紙には、“作戦がある 他の皆には全員伝えた”と書きこまれていた。


715 : 名無しさん :2014/06/21(土) 05:52:52 g6ZvgrF20


「ハートブレイクっ!」
「にゃっ、ぁ……!」
「ATフィールド、全開!」
凛を狙って放たれたキュアハートの貫手が、エヴァのATフィールドに阻まれた。

「くらいやがれ!」
すかさず空中から撃ち下ろされたジャンのブラスターガンは、しかし埒外の速度のステップにかわされる。

「クマー!」
続けての球磨の地面スレスレの砲撃も回避。14cm砲弾が地面に直撃し爆風が巻き上がる。

「《岩石の巨兵》で攻撃!」
シンジの召喚したモンスター――岩石の巨兵の巨大な石剣も空を切った。
地面に直撃した石剣は砂埃を上げてコンクリートを砕き、動けない巨兵はキュアハートのストレートに破壊される。

「ぬぅんっ!」
その隙を突いて、デビルが突撃した。
キュアハートの身体を後ろから掴み、思い切り放り投げる。

「これで、どうだッ!」
空中でくるりと身体を回しながら体勢を整えるキュアハートに、鮮血疾風体勢の流子が切り掛かる。
かわせない、と判断したキュアハートは両手をクロスさせて片太刀ハサミをガードした。

『よっ……と!』
そこにビルの壁を螺子で駆け上った球磨川が、上空から巨大な螺子を構えてキュアハート目掛けて急降下した。
キュアハートは流子を蹴りつけ、その反動で螺子をかわす。
かわされた螺子は楔のように地面に突き立ち、皹を入れながら埋め込まれた。

「ハァーッ……ハァーッ……ねばるね……そんなに愛を受け入れたくないの?」
再び上空に舞い上がったキュアハートが、同じ位置へと集まったジャンや球磨川、流子に語りかける。
その瞳に映るのは、確かに無上にして無限の愛だったが――同時にそれは、底知れぬ狂気でもあった。

「何もかもを食っちまうのが愛だと……?
 そんなわけねえだろうが!」
ジャンの否定の言葉にも、その瞳の狂気は揺らがず――マナはその、必殺の構えを取る。

「わからないかな……。
 愛とは他者を受け入れること。愛とは他者に受け入れられること。
 食べてしまえば、この二つを同時に満たせる――。永遠に、そう、分かたれることもなく一緒に、同一であれる。
 あなた達は私の肉として、血として、熱となって、私はそれの奴隷となる。
 それを考えるだけで、私は絶頂しそうになるの。身体の中から熱いものが込みあげて、何もかもを食べてあげなくちゃって叫ぶの。
 これこそが人間の感情の極み。希望よりも熱く、絶望よりも深いもの。愛なんだよ」
狂気に満ちた言葉が、空間を支配する。
拳に込められた圧力が高まり、引き絞った弦のような緊張が満ちる。

そして――爆発。

ジコチューの浄化の為ではない、ただ殺戮の為だけに練られたキュアハートの古代パルテノンカラテ。
その全力が解き放たれ、解放された力が荒れ狂い、デビル達へと叩き付けられ――

そして、地面が崩壊した。


716 : 名無しさん :2014/06/21(土) 06:04:13 g6ZvgrF20


球磨川の練った作戦。
それは島の地表を崩し、地下――ヒグマ帝国に逃げ込むことだった。

そのために、他の仲間がキュアハートの目を引いている内に戦場に円を描くように螺子を打ち込み崩落の準備を整える。
準備が完了したら、キュアハートを脆くなった地表の中心まで誘導し――その一撃を地面に打ち込ませ、地表を崩落させる。

荒唐無稽な上に、その後にも問題を抱える作戦だが――球磨川にとって、今後の展望に一番都合のいい手段がこれだったのだ。
キュアハートと流子の戦いを目撃する前に球磨川が伝えていた、『唐突に首輪からの通信が途切れても不自然ではなく、他の参加者と出会ってもマミやほむらの情報がバレない場所』。
――そこは、地下だ。
急激に通信が途切れたとしても、首輪が爆破されたと錯覚させられるし、そこにいる者が盗聴器のついた首輪を付けていることもない。
キュアハートから離れつつ、マミとほむらの問題も解決できる――球磨川にとっては、二つの問題を解決できる策だった。

穴から見える青い空が急速に遠ざかり、首輪から異音が鳴り響く。
首輪の爆破か、墜落死か――このままならばどちらが早いかはわからないが、とにかく死ぬことは確かだろう。
だから――

『あ』 『それではみなさんご唱和ください――』 『It's All Fiction!!』

「トラップカードを発動! 《重力解除》!」

二人の宣言が、響き渡る。


717 : 名無しさん :2014/06/21(土) 06:14:48 g6ZvgrF20


――。

不意に、目が覚めた。
この表現が正しいかは定かではない。が、他に表現のしようがないのでこれは仕方がないことだろう。
先程までは失われていた眼に、光が入って来る。
身体を失った状態とはいえ、ソウルジェムの状態でもテレパシーの応用で周囲の状況を把握するくらいはできていたが――落下を始めてから、こうして目を覚ますまでの記憶はなかった。
ヒグマに食われた身体が再構成したのならば、ソウルジェムから身体に意識が戻るのにタイムラグがあったのだろうか。

「アケミ! おい、目が覚めたか!」
――どうやら、現在私はジャン・キルシュタインに背負われていたらしい。
微妙に腹立たしいことだが、球磨や凛に背負わせていないだけ良しとしよう。
まだ微妙にぼやけた視界には、ジャン・キルシュタインの背中と、その首に嵌められた首輪が見えた。

「……首輪は大丈夫なの」
「あのクマガワって奴が『大嘘憑き』とやらで――通信機の部分をなかったことにした、んだってよ。
 人数分の首輪と、アケミとトモエって奴の身体に能力を使ったから、随分とへたばっちまってるみたいだけどな」
首を軽く横に向ける。
白いシャツの男――確か、名前は碇シンジだったか――と、紫の機械の巨人に肩を借りて、引きずられるように歩いている、学ランの男の姿が見えた。
確かにあれでは、まともに戦うこともできそうにはない。

「……さっきまで戦っていた相手は?」
「わからねえ。あいつも飛べるから、追ってくるかもしれないし――何時までも瓦礫の山にいたんじゃ、様子を見に来た奴等に見つかるかもしれねぇから歩いてるが。
 今のところ、姿を見ねえ」
「……そう」
つまり――切り抜けたのだ。あの、ヒグマさえも凌駕しかねない敵を。
そして、信頼できるかはともかく、有力な味方を得て、敵の本拠に入り込んだ。
結果だけ見れば、大成功――と言って、いいのだろう。

「……一度だけ言うわ。ジャン・キルシュタイン」
「……な、なんだよ」
「指揮を、ありがとう」
「っ!?」
感謝するわ、ジャン・キルシュタイン。
あなたは見事にやってのけた。
私の託した希望を、確かに繋いだのだから。

『……少しいいかい?』
いつの間にか、肩を貸されている学ランの男が隣まで来ていた。
私になにか――いや、なんの話かはわかっている。
そして、それが私がやらなければならないであろうことも。

「……なにかしら?」
『君が マミちゃんの友達――いや 知り合いだと言うのなら』
巴マミ。
誇り高く、他の誰よりも『魔法少女』であろうとした私の先輩。
彼女に、私は。

「……っ、ぁ」
「……マミ!? 気がついたのか!?」
折もよく、デビルヒグマの背に乗っていたらしい巴マミの口から声が漏れた。
覚醒に至る意識は、その目を開かせ――そして、私を見つけた瞳が驚愕に見開く。

「ここ、どこ……ッ、暁美、さん……!?」
「……巴マミ。貴女に、言わなくてはならないことがあるわ」
『……マミちゃん。彼女の話を、ちゃんと聞いてあげて欲しい』


718 : 名無しさん :2014/06/21(土) 06:29:54 g6ZvgrF20
【地下・ヒグマ帝国の隅っこ 昼】

【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人】
状態:右第5,6肋骨骨折、疲労
装備:ブラスターガン@スターウォーズ(80/100)、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)
道具:基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、省電力トランシーバーの片割れ、永沢君男の首輪
基本思考:生きる
0:許さねぇ。人間を襲うヤツは許さねぇ。
1:アケミが戻って来た以上、二度と失わせねえ。
2:ヒグマ、絶対に駆逐してやる。今度は削ぎ殺す。アケミみたいに脳を抉ってでも。
3:しかしどうなってんだ? ヒグマ同士で仲間割れでもしてるのか?
4:リンもクマも、すごい奴らだよ。こいつらとなら、やれる。
[備考]
※ほむらの魔法を見て、殺し合いに乗るのは馬鹿の所業だろうと思いました。
※凛のことを男だと勘違いしています。
※残りのランダム支給品は、『進撃の巨人』内には存在しない物品です。
※首輪の通信機能が消滅しました。

【星空凛@ラブライブ!】
状態:全身に擦り傷、発情?
装備:メーヴェ@風の谷のナウシカ
道具:基本支給品、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、手ぶら拡声器
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:しっかり状況を見極めて、ジャンさんをサポートするにゃ。
1:ほむほむが戻って来たにゃ!
2:自分がこの試練においてできることを見つける。
3:ジャンさんに、凛が女の子なんだって認めてもらえるよう頑張るにゃ!
4:クマっちが言ってくれた伝令なら……、凛にもできるかにゃ?
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。

【球磨@艦隊これくしょん】
状態:疲労
装備:14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬残り少)、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険
道具:基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×28本
基本思考:ほむらと一緒に会場から脱出する
0:ほむらの願いを、絶対に叶えてあげるクマ。
1:ほむらは戻って来たけれど、まだやることが残ってるみたいクマ……。
2:ジャンくんも凛ちゃんも、本当に優秀な僚艦クマ。
3:これ以上仲間に、球磨やほむらのような辛い決断をさせはしないクマ。
4:もう二度と、接近するヒグマを見落とすなんて油断はしないクマ。
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。

【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:肉体は健康。魔力消費:大
装備:ソウルジェム(濁り:極大)
道具:89式5.56mm小銃(30/30、バイポッド付き)、MkII手榴弾×10
基本思考:他者を利用して速やかに会場からの脱出
0:巴マミ。貴女と私の関係も、変わるべきなのかしら。
1:まどか……今度こそあなたを
2:脱出に向けて、統制の取れた軍隊を編成する。
3:もう身体再生に回せる魔力はない。回復できるまで、球磨たちに、託す。
4:私とあなたたちが作り上げた道よ。私が目を閉じても、歩きぬけると、信じているわ。
5:グリーフシードなどに頼らずとも、魔力を得られる手段は、あるんじゃないかしら。
6:地下までやって来てしまったけれど……どう脱出するべきかしら。ヒグマも一枚岩ではないかもしれないし。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※まだ砂時計の砂が落ちきる日時ではないため、時間遡行魔法は使用できません。
※時間停止にして連続30秒、分割して10秒×5回程度の魔力しか残っておらず、使い切ると魔女化します。


719 : 名無しさん :2014/06/21(土) 06:30:25 g6ZvgrF20
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:健康
装備:ソウルジェム(魔力消費)
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0〜1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:「生きること」
0:私は、本当に人間なの……?
1:???
2:誰かと繋がっていたい
3:ヒグマのお母さん……って、どうなのかしら?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※デビルヒグマを保護したことによって、一時的にソウルジェムの精神的な濁りは止まっています。

【穴持たず1】
状態:疲労大
装備:なし
道具:なし
基本思考:満足のいく戦いをしたい
0:マミは大丈夫なのか……?
1:至急地下で、現在どうなっているかを確かめたい。
2:私は……マミに一体何の感情を抱いているのだ?
3:私は、これから戦えるのか?
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。

【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労(極大)
装備:螺子
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜2
基本思考:???
0:『マミちゃんは大丈夫かな?』
1:『そうだね』『今はみんなについてこうかな』『マミちゃんも巨乳だしね』
2:『凪斗ちゃんとは必ず決着を付けるよ』
[備考]
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けています。
※また、『劣化大嘘憑き』で死亡をなかった事にはできません。
※『大嘘憑き』をあと数時間使用できません。
※首輪の通信機能が消滅しました。

【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:疲労大
装備:デュエルディスク、武藤遊戯のデッキ
道具:基本支給品、エヴァンゲリオン初号機
基本思考:生き残りたい
0:地下にまで来てしまったけれど、本当に大丈夫なんだろうか。
1:脱出の糸口を探す。
2:守るべきものを守る。絶対に。
3:……母さん……。
4:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
5:ところで誰もヒグマが刀操ってるのに突っ込んでないんだけど
[備考]
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいます。基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。
※首輪の通信機能が消滅しました。

【纏流子@キルラキル】
[状態]:疲労大
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、鮮血@キルラキル
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに対する抵抗
0:今のところ、こいつらは信用できそうだが……。
1:智子を探す
2:痴漢(鷹取迅)を警戒
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。


720 : 名無しさん :2014/06/21(土) 06:42:31 g6ZvgrF20


時間を少し、巻き戻る。
球磨川達が仕掛けを施し、キュアハートが地表に空けた大穴。
キュアハートは、当然その中へと潜っていた。
首輪がない以上、エリア外であることは彼女を阻む理由とは成り得ない。

「ぐちゃぐちゃになっちゃったかもしれないけど、食べちゃえば全部同じだからね……♪」
鼻歌のようなものを口ずさみながら、キュアハートは高度を下げていく。
眼下には広がる地下に築かれたヒグマ帝国の街並みが近付く内、キュアハートのニンジャ嗅覚はある香りを捕らえた。

「これは……ヒグマさんの匂いだ! それも一杯……♪」
ヒグマ帝国に住まう、ヒグマ住民達の匂い。
地下に落ちたジャン達よりも先に、キュアハートはそれを嗅ぎ付けたのだ。

「あっちの方が、いっぱい食べられそうだね……楽しみ!」
そう呟くと、急激に速度を上げてキュアハートは瓦礫の山ではなく、ヒグマ帝国の都市へと落下していく。

そう。ヒグマ帝国に、捕食者が解き放たれたのだ。


【地下・ヒグマ帝国上空 昼】

【相田マナ@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル、ニンジャスレイヤー】
状態:健康、変身(キュアハートエンジェルモード)、ニンジャソウル・ヒグマの魂と融合、
装備:ラブリーコミューン
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:食べて一つになるという愛を、みんなに教える
0:そうか、ヒグマさんはもともと、愛の化身だったんだね!
1:ヒグマのみんなに愛を教えてあげなきゃ!
2:任務の遂行も大事だけど、やっぱり愛だよね?
3:次は『美琴サン』に、愛を教えてあげようかな?
[備考]
※バンディットのニンジャソウルを吸収したヒグマ7、及び穴持たず14の魂に侵食されました。
※ニンジャソウルが憑依し、ニンジャとなりました。
※ジツやニンジャネームが存在するかどうかは不明です。
※山岡銀四郎を捕食しました


721 : 名無しさん :2014/06/21(土) 06:44:55 g6ZvgrF20
投下終了です。
投下期限の度重なる遅延をお詫びいたします。

それと、相田マナの状態表ですが

状態:健康、変身(キュアハートエンジェルモード)、ニンジャソウル・ヒグマの魂と融合、


状態:ダメージ小、変身(キュアハートエンジェルモード)、ニンジャソウル・ヒグマの魂と融合

に変更お願いします。


722 : 名無しさん :2014/06/21(土) 15:10:49 kkCmSU2w0
投下お疲れ様です!
マナさん襲来でどうなることやら……と不安になっておりましたが、ひとまずは……といったところに落ち着いて何より。
球磨川くんもお疲れ様!
しかし理不尽な脅威は地下に解き放たれてしまった…参加者もヒグマも逃げて…。


723 : 名無しさん :2014/06/22(日) 08:35:37 V51JQ1ds0
投下乙!
対主催&ヒグマ六人同時に相手をしてダメージすら与えられないとかマナさん強すぎるぜ
しかもまだ必殺技も使ってないとかニンジャコワイ。そして始まるヒグマ帝国最大の危機
地下にはキュアドリームも居たし色々話が進みそう


724 : ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:08:32 0XUou.i60
投下お疲れ様です!!
マナさん本当に強いなぁ……。ヒグマとニンジャの能力も全く苦も無く取り込んでるみたいで……。
一体どこまでがマナさんでありキュアハートなのでしょうか。
8人もの大所帯で地下に行っちゃったほむほむたちですが、それ帝国からしたら全然大所帯でも何でもないという……。
全く知らないところなんですから気を付けてね!!


それでは私も、予約していた分を投下します。


725 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:09:35 0XUou.i60
 ある日、布束砥信は、研究所の廊下に大量の印刷物を見た。
 その紙片が溢れている大元の部屋からは、何やら軽快な調子の歌声が聞こえてくる。

「……何やってるの、桜井純?」

 同僚の桜井の研修室を、そう言って布束は怪訝そうに覗きこんでいた。
 分厚い眼鏡の少女が、作業台に食い入っていた顔を上げ、にこやかに振り返る。

「お礼に、歌いっまっしょ〜♪ って、あ、布束さん!」
「『森のクマさん』? 何に浮かれてるか知らないけれど、プリントを散らかし過ぎよ……」


 廊下に散乱しているA4版のコピー用紙には、一見しただけでは布束には何の関連性も見いだせな

いような画像たちが描画されていた。

 ミロのヴィーナス。
 リコリスの葉。
 モナリザ。
 五芒星。
 雪の結晶。
 ひまわりの花。
 アンモナイト。
 手掌の静脈透視像。
 巨木。
 ロマネスコ。

 室内外に散ったそれらを拾い集めて、桜井の元に片付けてやれば、彼女は何やら作業台で貝殻を細

工しているようだった。


「……本当、何してるのあなた……?」
「どうこれ? マンデルブロ集合みたいでしょう!? フィボナッチ数列の美しい螺旋が刻まれてる

のよ!」
「どういうこと……?」

 布束の前に差し出されたのは、白い貝殻の小さなイヤリングであった。
 桜井はそれを手に、眼を輝かせて言葉を繋げる。

「だから黄金の渦巻きよ〜。綺麗なフラクタルになってる貝殻探すの大変だったのよ?
 でもこれは、どこをどう採寸しても完璧な黄金比! 調整も電顕使って確かめたんだから!」
「いや、Whatじゃなくてね。"Why" are you making it? って私は訊きたいの」
「ふふふっ、それはね、ヒグマに対抗するため。これはその私なりの道具なのよ」


 へぇ。と、布束は相槌の端へ多分に興味を混ぜて返した。
 自分が作成を計画している『HIGUMA特異的吸収性麻酔針』のようなものだろうか。
 そうであればつまり、自分以外の研究員も、少なからず現行のヒグマ管理に対して危機意識を抱い

ているということになるであろう。
 特に桜井渉外部長は、布束自身と共に、二期ヒグマ脱走事件の際のデータ消滅への対策に腐心して

いたクチである。
 現在は凶暴化した『解体ヒグマ』の相手もしているので、その危機感の素地ができるには十分だっ

たのだろう。
 もし仮に、実験計画が実行に移る前にヒグマと人間を共に守るための同志になれるならば、布束に

とってこれほど心強い味方はいなかった。


726 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:10:44 0XUou.i60

「……やはりヒグマも、美しいものには惹かれるのよ!」
「……はい?」


 しかし桜井が発した言葉は、布束の予測を逸脱したものだった。
 桜井は、自身が行なった様々な行動とそれに対する『解体ヒグマ』の生体反応の経過表を取り出し、布束に見せ付ける。

「『解体』はね、音楽、特に私が『森のくまさん』を歌ったときに最も落ち着いた反応を示したわ。
 周波数を解析してみたけど、ヨナ抜きの童謡は勿論としても、やはり評価の高い音楽には黄金比や白銀比が数多く見られるの。
 HIGUMAたちは美しいものを認識して、その攻撃性を抑える傾向が見受けられるんじゃないかと私は思ったわけ」
「……いや……、『解体』だけの症例報告でそう結論付けるのは早計じゃないかしら……」
「だからこれから実地検証してみるのよ。印刷した黄金長方形たちの写真とか、このイヤリングとかで穴持たずの反応を見るの。
 小佐古くんが間に合わなかったら、私は二期ヒグマ脱走事件の時『灰色熊』にペロリされちゃってたかもしれないし、こういうのが必要なのよ。
 ほら、穴持たずの凶暴性を保ったまま制御できる道具を開発する一助になるかもしれないでしょ?」

 桜井は目を輝かせてそう言うが、布束には到底現実的な案には思えなかった。
 目的として、桜井は布束と近いところを目指してはいるようだが、いかんせんアプローチの手法が感覚的過ぎる上、理由の根幹が布束とは離開している。
 仮にも科学の徒なのだから、もう少し細胞生理学的、神経科学的に挑んだほうが良いのではないかというのが布束の率直な感想であった。

「あ、それと布束さんこれから有冨くんと第三期ヒグマを作るんでしょう?
 その時『森のくまさん』は絶対に『学習装置(テスタメント)』の内容に組み込んでおいてね」
「Oh dear……。本気で言ってるの? 組み込むのは構わないけれど、もうちょっと論理的に考えたらどうなの桜井?」


 布束の苦言に、桜井は「わかってないなぁ」とでも言いたげな顔で椅子にもたれ、深々と嘆息した。


「生物学的精神医学の権威である布束博士の姿勢はわたくし桜井純も尊敬しておりますけれどねぇ。
 布束さんこそ、もうちょっと現実の物事をストレートに見たらどう?」
「……というと?」
「フェブリとジャーニーと妹達(シスターズ)に惹かれた理由を、布束さんは論理的に説明できるの? ってことよ」

 予期せぬ方面から投げつけられた舌鋒に、布束は思わず一歩身を引く。
 そして言葉の意味を咀嚼するうちに、見る見るその顔は赤面して行った。


「……言葉でその理由を定義づけるなら……」

 布束は上気した血色を落ち着けて、言葉を続ける。

「『愛』ということになるんでしょうね……」


 桜井はその少女の返答に満足気に頷きながら、滔々と語った。

「そう、それよ。結局公衆衛生学なんかは実地研究の賜物なんだし、過程や理由なんかブラックボックスで構わないのよ。
 重要なのは、肌で感じるセンスね。愛で結構、感覚で結構。偶然と必然から美味しい果実が収穫できるなら私は満足よ」
「HIGUMAの多様性がやたら大きい理由、分かったような気がするわ……」


 基本的に、スタディコーポレーションの計画は行き当たりばったりの大雑把なものであると、布束は前々から感じていた。
 それは実験の中心となる研究員のほとんどがこういう変なところで放任的かつ鷹揚たる態度であることが主因なのかもしれないと、布束は重ねてそう思った。

 溜息をつく布束へ、桜井はフォローするように指摘を加える。


727 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:11:05 0XUou.i60

「まぁでも、黄金比は自然科学的にもなかなか有用視されている物よ?
 効果のほどはどうあれ、今後のヒグマたちの分化様式に『森のくまさん』は一定の方向性を持たせることができるようになるかもしれないわ。
 試す価値はあると思うんだけど」
「Okay, 解ったわ。インプットするだけしてみるから。でもあなた、実地主義が高じてまた深入りしすぎないことね。
 『森のクマさん』の不自然すぎるシチュエーションを再現しようとして死ぬとか、何の冗談にも功績にもならないわよ?」
「あはっ、流石に了解してるよそれくらいは〜。私だってそこまで頭の中メルヘンじゃないわ」


 そして実験の日、桜井純は白い貝殻の小さなイヤリングを出会ったヒグマの前に翳し、死んだ。
 穴持たず118となった『解体ヒグマ』が、逃げていた彼女の元まで通路を掘り抜ききる、数瞬前の出来事であった。

 だが、桜井の首が折れてその瞳から光が消えてゆく間も、彼女を殺害したヒグマを『解体』が解体する間も、その貝殻は誰にも破壊されることなく、ただ白く輝いていた。
 そしてそれは今も、少女の掌に輝いている。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


つるし〔ツルシ〕tsurushi【四十九】
・49=7×7で7を「つるべる(列べる)」ので「しちつるべ」から「つるし」となったという説がある。
・「始終苦」「死苦」または「轢く」とも読めて縁起が悪いため、日本の自動車のナンバープレートでは、希望番号制度による申し出があった場合を除き、下2桁「49」は付番しないことになっている。
・「四十九院」という苗字は、亡くなった女性の四十九日に墓の中から赤ん坊が生まれたことに由来し、縁起が良い姓ともされる。
・四十九院とは、弥勒菩薩のいる兜率天の内院にある49の宮殿。


いそ〔イソ〕iso【五十】【磯】【秀・逸・至】【争】
・50。
・端。外れ。果て。分かれ目。
・正の方向に離れること、もの。至り。
・匹敵、対抗、敵対すること(もの)。
・有機化合物の異性体を示す語。等しい。同じ。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


728 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:11:55 0XUou.i60

「はぁ!? ヒグマの培養槽を破壊する!?」
「……そうよ。それが私たちの共存には不可欠」

 海食洞に驚愕の叫びが響いていた。
 呉キリカの見開いた目に向かって、布束砥信が返事を投げ込む。

「ヒグマさんたちって、そんな風に生まれてたんだ……」
「はい、ヤイコもそうして生産されたようです」

 その後ろで、夢原のぞみの呟きに穴持たず81が相槌を加えていた。


 ミズクマをやり過ごしたあと、布束とヤイコは、情報と互いの意図を交換すべく話し合いを始めていた。
 まず布束が語った行動目的である『ヒグマ培養槽の発見・破壊』は、キリカとのぞみの両者を色々な意味で驚かせた。
 しかしスタディコーポレーションの非人道的かつ杜撰な実験計画を聞くにつれ、彼女たちの表情には半ば呆れが混じってくる。

「黙って聞いてれば、HIGUMAの実地訓練だの、スポンサーの意向だの、私達にまったく関係ないことじゃないか! 他人を巻き込まずにやれよそんなこと!!」
「罵倒だけなら甘んじて受け入れるわ。今話したようにこの実験も、開始前か直後には頓挫させるつもりでいたのよ。
 そうできなかった責任の一端が私の実力不足にあるのは間違いないわ……」


 主催者の一味であった布束をキリカは今にも鉤爪で斬りつけようとしており、それをのぞみが後ろから羽交い絞めにすることでなんとか抑えている。
 布束は眼前3センチを上下する魔法の爪を無聊な表情で眺めたまま息をついた。

 参加者からしてみれば、完全に拉致監禁と脅迫からの殺人強要をされているのである。実際に死人も出ており、たまったものではないだろう。
 殺されても文句は言えないし、何らかの形で償いをしなければ済まないだろうことは布束も重々承知していた。

 キリカを抑えたまま、キュアドリームの姿の夢原のぞみが、そんな布束へ声をかける。


「……でもその、主催の有冨さんは、あくまで人間の進化と知性の勝利を望んでたってことなんですか?」
「そうよ。彼としてはあくまで『穴持たず』たちは『当て馬』だったのよ……。
 当初外に出すヒグマたちはせいぜい10〜20体程度を予定していて、残りは別の研究に保管しておくつもりだったの。
 知性を持ち始めたHIGUMAたちの収斂の方向性を検証して、『ヒグマのヒト化』を試みるとかなんとか、言っていたわ」

 ――人間にHIGUMA細胞を入れたりした者もヒグマに数えてる時点で、ヒト化も何もないと思うけれどね……。


 布束の溜息を鉤爪で切り裂きつつ、呉キリカはなおもそんな彼女に激昂の言葉を飛ばした。

「何にせよ、その程度の目的、愛の前には唾棄すべき些事だ! 何故身を捨ててでもキミはその逆茂木を踏み越えようとしなかった!!
 その体たらくで愛を語ろうなんざ輪廻の果てでもまだ早い!! 反乱されて当然だよ、淫婦が!!」

 キリカの怒る理由の半分は、布束砥信が人間とヒグマへの愛を持っておきながら、今の今まで明確な行動を起こしていなかったことに対してのものである。
 愛に殉じる気概がないと思われるその女に、一度はやり込められてしまったことで、自分の信念が踏みにじられたようにキリカは感じていた。
 布束はその罵声を身に浴びながら、自分が以前の事件から何ら変われていないことを改めて自覚させられる。
 同時に、そんなにもまっすぐに信念を押し通せる呉キリカを、眩しくも思った。


「……地脈から魔力を吸い上げ形成された、優勝商品でもある万能の願望機。世界のエネルギー事情を一変させてしまえるエンジン。
 あらゆる時空間を繋げてしまえるゲート。私たちが生み出した子供にも等しいヒグマ。進化の可能性であるあなたたち。
 私の守るべきものは多すぎた。どれか一つなら、私の命一つで救えたかもしれない。でも、全てを救うには私の力は足りなかった」


729 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:13:00 0XUou.i60

 STUDYが用意した物品は、どれもがこの上なく危険で強力なものだった。
 一つでも扱いを間違えたり、取りこぼしてしまえば、世界中を大混乱に陥れてもおかしくないものばかりである。
 これだけのものを準備でき、その上で監督力は絶望的だという、悪い意味で奇跡的なスタディコーポレーションの体質が、布束をここまで複雑で脱出困難なしがらみの中に取り込んでしまっていた。


「特定の人物への愛に純粋に傾倒できるあなたが羨ましいわ、呉キリカ」
「有冨さん方が保持なさっていた資材の有用性と危険性は、シーナーさん方も十分承知しておられます。そのためヒグマ帝国もでき得る限りの秘匿性に富んだ情報管理体制を敷いております。
 個人の判断で易々と動かせるものでも、動かしていいものでもありません。と、ヤイコは布束特任部長を援護いたします」
「ぬぅ……ッ!!」


 流石に事の大きさを理解した呉キリカは力なく鉤爪を下ろし、夢原のぞみに抱えられるままに任せるものの、まだその目には反抗の色を失わない。
 歯噛みしたまま、それでも布束の行動に指摘できる点はないかと荒を探す。

「……それでも、キミの行動が果てしなく遅くてまだるっこしいことは確かだよ。拙速と巧遅と……、私なら絶対に速いほうをとりたい。
 機を逸してしまったら、その出会いもチャンスももう二度と訪れはしないんだから」
「Well, だから私は機を待つことを選んだの。こうしてあなたたち参加者に、落ち着いて話を聴いてもらえることこそが、その出会いなんだと思うけれど。いかがかしら?」
「……わかったよ。キミは愛の実現を代理人に頼むのかい。なかなか理解に容易く苦しむよ」


 布束とキリカは互いが互いを、ほとんど真逆のやり方で『愛』にたどり着こうとしている者なのだと、そう理解した。
 そうした会話が済むと、夢原のぞみを含む3人の視線は、自然と穴持たず81の小柄な体に注がれる。
 ヤイコはその視線の意図を受けて、一度頷いてから口を開いた。
 3人が目的を果たすために知っておかなければならない事項は、唯一彼女のみがこの場で語ることができるのだった。

「布束特任部長のご意向は理解できました。現存するヒグマと人間がこれ以上争わぬよう、ヒグマが増えることを止めるという案には、ヤイコは合意できます。
 しかしながら、ヒグマ帝国の意思は『あのお方』――穴持たず50の『イソマ』様に委ねられております」
「そう。そこを訊きたいの。あのヒグマ帝国には、シーナー以外にも『実効支配者』がいるわね?
 帝国がどういう指揮系統・管理体制で成り立っているかを知らないことにはどうしようもないもの」
「実効支配者――という表現は帝国では使っていませんが、いわば指導者のような立場には、4名の方がいらっしゃいます」


 まず、穴持たず46『シロクマ』。
 大きく、力の強い、ホッキョクグマのような姿をしたヒグマです。
 氷結などの強力な魔法を使うことができ、帝国内でカフェを営んでもいる実直な方です。
 と、ヤイコは簡単に彼女をご紹介します。

「司馬深雪……」

 キリカとのぞみは、魔法を使うヒグマというところに興味を示していたが、布束は違った。
 その正体は、かつては同じ職場で働いていた同僚でもあるのだ。今までの自分たちに対する彼女の行動が、全て欺瞞であったことを確定づけられ、布束の中にはいかんとも表現しづらい悔しさのようなものが沸き上がっていた。


 第二に、穴持たず47『シーナー』。
 痩せて、骨ばった、マレーグマのような姿をしたヒグマです。
 詳しいことはヤイコにも分かりませんが、周りの者に幻覚を見せて、五感を支配してしまうこともできる方です。
 普段は医療者として同胞を治療する傍ら、厄介ごとの仲裁に率先して向かわれる面倒見の良い方で、情報管理のセキュリティにも貢献されているので、この方がいないと帝国は回っていかないほどです。

「ヒグマさんたちも大変なんだねぇ……」

 布束はシーナーと直接対面しているのでその脅威が分かっているが、のぞみとキリカに伝聞されたこのヒグマ側の情報では、ただの苦労人だとしか認識されない。
 キリカは流石に幻惑魔法の危険性には思い至るが、のぞみの脳内では完全にシーナーは好々爺のイメージになっていた。


730 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:13:52 0XUou.i60

 第三に、穴持たず48『シバ』。
 当初は、アクロバティックな動きのできるヒグマだと思われていましたが、実は元々人間であったらしいヒグマです。
 シロクマさん以上に、強大で汎用的な魔法を行使される方で、有事の際の防衛や鎮圧にあたっていらっしゃる方です。
 純粋にお強い方ですので、帝国内で彼に憧れるヒグマも少なくありません。

「はぁ!? 元々人間ってどういうことなんだ!?」
「『HIGUMA』は総称だから。……それにしても司馬達也は参加者として呼ぶという話だったような……ああ、また司馬深雪か……」
「あ、でも、人間がヒグマさんに認めてもらえるなら、希望がふくらむよ! なんとかなるなる!」

 キリカの驚きに、布束は溜息混じりにひとりごちた。
 夢原のぞみは楽観的なのかポジティブなのか、ヒグマとの相互理解に希望を見出しているが、布束には、ヒグマ帝国の中核に二人も人間が入り込んでいることで、ますます帝国の真意が見えなくなっていた。


 第四に、穴持たず49『ツルシイン』。
 穏やかな雰囲気の、メガネグマのような姿をしたヒグマです。
 『穴持たずカーペンターズ』と呼称される建築集団の棟梁をなさっている実力ある方です。
 帝国内部の空間設計・土木工事・住居などの建設は全て彼女が指揮されたものです。

「……その名前は初耳だわ。その彼女が、研究所に隣接した地盤を広大に掘削するなんていう芸当をやったわけ?
 単純に番号をもじった名前でもないようだし、一体どういう能力を持っているの?」

 布束はヤイコに向けてそう問うた。
 ヤイコは、「ツルシインさんも、ご自身の番号で名前をつけてらっしゃいます」と前置きをしてから、その質問に答えた。


「ご本人でなければ説明は難しいと思いますが……。ツルシインさんは、物事の『縁起』がはっきりと判るそうです」


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


 手に持った白いイヤリングが、床の苔の光を反射した。
 薄暗い横穴の岩壁を伝い、とぼとぼと歩いていた少女が、その幻想的な薄緑の輝きに顔を上げる。
 帯状の微かな光は、岩に生えた苔を伝うように、瞬く間に視界の外に消えていってしまった。


「……きれいだなぁ――」


 少女の着る、華やかな柿色の衣装は、火薬の煤と埃で薄汚れて見えた。
 艦隊のアイドルとして生まれたその少女――那珂ちゃんは、現在の自分と対照的な発色のその光に、かつてのコンサートの一場面を見る。
 第四水雷戦隊のセンターを務めた功績は艦娘となっても色褪せることなく、彼女は駆逐隊の皆を伴って、ファンに向けて各鎮守府でライブツアーを行なったこともあった。
 その時にファンが振ってくれた色とりどりのサイリウムの波。
 大海原の心地よい順風にも似たその輝きは、いつも那珂ちゃんの力になっていたというのに。

 今の彼女は、その輝きに応える術を知らなかった。
 思いわずらう彼女は、ヒグマ提督や解体ヒグマの姿をふとうつつに見て、俯くだけであった。


「――どうしたんじゃ、そんなところで泣いて」


 その時、ふと前の方から誰かの柔らかい声が那珂ちゃんの耳に届いた。
 瞬きと共に視線を振り向ければ、目の前には、那珂ちゃんと同じくらいの背丈の、一頭のヒグマがいる。


731 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:15:30 0XUou.i60

「どこか痛いわけでもないじゃろ? 可愛らしい女の子が泣くのは、男を落とす時くらいにしとくんじゃよ」


 ふかふかと柔らかそうな濃い灰色の毛並みに、額から顎下にかけて真っ白な流れが通っている。
 その白い毛は、ちょうど眼鏡のように目から頬までの周りをも大きく縁取って、そのヒグマの柔和な顔貌をより丸くしていた。
 実際に、そのヒグマは水晶を削り出して作ったらしい、小さな鼻眼鏡をかけてもいる。
 その奥に覗くつぶらな瞳はしかし、失明しているかのように白く濁っていた。

「あ、あの……っ」
「ヒグマ……いや、人間の匂いにも思えるのぉ。不思議な香りじゃ、あんたは。
 例の『カンムス』ってのがあんたかね。すると工場は無事に稼働したようじゃな。名前はなんていうんじゃ?」
「な、那珂、ちゃん、だよー……」
「『ナカ・チャン』? 中国の歌手みたいな名前じゃな」


 たじろぐ那珂ちゃんに向かってそのヒグマはどんどんと顔を寄せてくる。
 壁を背にしてしまい退くに退けなくなった那珂ちゃんは、その姿に心中の恐怖と不安感を高ぶらせていった。


「ち、ちがうよぉ!! 川内型軽巡洋艦3番艦の、那珂だよ!!」
「『川内型ナカ』か。ナカは、刹那に白瑪瑙って書く川の名前かの?」
「そ、そうだけど、それが、どうしたの……?」

 那珂ちゃんが答えるや否や、そのヒグマは急に満面の笑みを浮かべて、那珂ちゃんの肩に手を置く。


「こりゃあ縁起が良いのぉ!! 天・地・人・外格全て16画! 総画数32!
 希代の強運の元に生まれとるよあんたは。今まで仕事では困っても誰かが助けてくれて、どんな事態に陥っても結局は危機を好機に変えられてきたじゃろう?
 そこにあんた自身の奮起があれば晩年まで大成功間違いなしじゃぁ!」


 ヒグマは嬉しそうにそう語りかけてくるが、那珂ちゃんの耳にはほとんどその言葉が入ってこない。
 ただ唯一、『今まで仕事では困っても誰かが助けてくれて』というフレーズだけが、彼女の心に突き刺さった。
 身じろぎもできない那珂ちゃんに、そのヒグマは落ち着いた口調で自己紹介をする。


「そう言えばこちらの名乗りがまだだったの。己(オレ)は穴持たずツルシの『四十九院(ツルシイン)』。
 仏様の宮殿の名前でな。ヒグマ帝国でも大工の女棟梁をしとるんじゃ」
「……!」


『本当にそう思っているのであれば、お前こそ井の中の蛙だ。
 帝国はヒグマの共同体という名の一個の個。
 ヒグマの未来のためであればなんでもする。一匹の欲などすぐかき消される――』


 『ヒグマ帝国』という言葉に、解体ヒグマの別れ際の一言が那珂ちゃんの脳裏を過ぎった。
 カーン、カーンと、無機質な解体の音が頭の中に渦巻く。
 今の那珂ちゃんは、解体場で拾っていたよくわからない何かの主砲を腕に抱えてはいるが、自分の装備は何一つ持ってはいない。
 使い慣れない武装で、逃げる途中の通路の一部こそ破壊できたが、このままもしヒグマと戦いになってしまったら、那珂ちゃんの敗北は目に見えている。


732 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:16:05 0XUou.i60

 ――ヒグマ帝国のヒグマさんに見つかったら、那珂ちゃんは解体されちゃうんだ……!!


「……ん? 足首の装甲が3ミリ歪んどるのぉ。どこかで転んだかい? 解体して直してやろうか?」
「ひッ……!!」


 那珂ちゃんは『解体』という単語を耳にして喉を引き攣らせ、次の瞬間、抱えていた主砲を放り出し、全速力で道を駆け出した。
 ツルシインはそんな那珂ちゃんの姿を暫く、きょとんとした表情で眺めていた。

「……ああ。はっはっは、そうかい、『解体』はあんたにとっての忌み言葉じゃったか。まぁ、あの運があればほっといても平気じゃろさ」

 そして洞穴の奥に消えた那珂ちゃんの背に向かって軽く笑うと、ツルシインは今いる空間の周りを見回し始める。


「さて……シバの奴が島の南西部にアレを建てればなんて言っておったが。やはり何度見ても地盤の縁起が悪い。
 解体の掘ったこの穴が原因かとも思ったが、そうでもないのぉ……」


 そして壁に手を当て、火成岩の岩盤の結晶構造をその濁った目で食い入るように見つめるツルシインは、ふとその脇に微かに樹木のひげ根のようなものが飛び出していることに気づく。
 水晶の鼻眼鏡に反射するその景色の先に、ツルシインははっきりと、大地を貫く凶兆の姿を見た。

「……ははぁ、これじゃな。表面だけでも岩盤の歪みが南西方向から4.3ミリ。局所的には完全に地層を破壊しとる部分もあるな?
 この木の根が蔓延っとる。それにしても碌な性質のものじゃないのぉ……。この本数と長さ、張っとる範囲の広さといい……」

 壁から再度、周囲に目を振り向けて、ツルシインはある空中の一点を見据える。

「幹の位置は……エリアで言えばB−7か。島の裏鬼門を完全に塞いでおるなぁ。
 先端は島の中央部から既に『吉祥』を吸い取り始めとるようじゃし……。目の前の工事に専心しすぎたか。己(オレ)としたことが出遅れたのぉ」


 彼女は軽く頭を掻いて、那珂ちゃんが走り去った方へ踵を返す。
 その途中でふと、彼女は歩きながら壁の中に爪を差し入れた。
 大した力も込めていないように見受けられたそれは、壁の岩盤をガラガラと崩れさせ、歩みに合わせて内部に広がっていた太い樹木の根の一本を容易く引きちぎっていた。


「……さて、実験終了まで地上に建設なんぞするつもりはないが。……早めの地鎮祭といこうかの」


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


733 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:16:34 0XUou.i60

 実効支配者または指導者とされる4体のヒグマの話のあと、夢原のぞみがヤイコに尋ねた。

「でもヤイコちゃん。そんなに真面目なヒグマさんたちなら、話し合って戦いをやめることはできるんじゃないの?」
「ヒグマ帝国にはもはや数百体に及ぶヒグマがおります。
 その彼らが食肉を欲していることは確かで、指導者の方々はその集団の生活を保つ責任を自ら負ってらっしゃいます。
 シロクマさんを始め、キングさん灰色熊さんなども食料需給のシステムを構築しようとはしてらっしゃいますが、ヤイコの目から見ても、このままでは穏便な解決は困難かと思います」


 とどのつまり、この島に彼らヒグマの飢えを満たせるだけの食物がないことが問題の主因になるようであった。
 布束が二期ヒグマ脱走事件の前後にも示唆したように、数十体もヒグマがいればこの島の食物は枯渇していく。
 ミズクマの娘を利用することも一度研究所内で考えられたが、それにしたって、近隣の海洋生物を食い尽くしてしまえば終わる。
 あとは果てしない共食いか、残った職員と参加者を襲うことしかないのだ。


「その……、布束さんたちが使っていた、なんとかゲートっていうので異世界の食べ物を際限なく取り寄せてくるとか、できないの?」
「I see, 当然STUDY内でも一度は考えた案よそれは。でも無理ね」

 続けてのぞみが提示したアイデアにも、布束からのダメ出しが入った。

「クロスゲート・パラダイム・システムは、担当の関村ですら手に余っていた代物よ。
 『親殺しのパラドックス』が良い例だけれど、ある因果一つとっても予想だにしない様々な事象が複雑に絡み合っていて、システムの力があっても迂闊に干渉しようものなら予想外の結果に転ぶ可能性が高いの。
 その処理には示現エンジンのエネルギーの大半を喰うし……。そんなに高頻度に連用するには危険が大きすぎるわ」

 事実、ここにいる4名は知る由もないが、キングヒグマが研究所の機器を物色していた時にそのクロスゲートを誤作動させている。
 それにより南の海上に一人の人間が転移させられてしまっており、わけもわからぬうちにひっそりと穴持たず56と39の餌食になってしまっていたという事例もある。
 綿密な計算を重ねた上でも、望み通りのものが手に入らない可能性は高く、ましてや行き当たりばったりの使用などは論外であった。
 級数的に増大するパラドックスのループに嵌り、エネルギー源の示現エンジンまでダウンするということになれば目も当てられない。


「……ですから、ヒグマが増えることを止められるのならば、それは一つの落としどころとして十分に考慮に値すると思われます」
「全面的に賛同してくれて助かるわ。それで、あなたも生まれたという肝心の培養槽の場所はわかる?」
「はい。それこそが、『あのお方』の管轄地域ですので」
「さっき話の端に上がった、『いそま』というヒグマね?」
「平板な発音ではありません。『"イ"ソマ』様です。さらに、前後に『ア』の音を入れた方が近くなります」
「……アイソマァ……『Isomer』?」

 布束が口の中で発音を繰り返すさなか、ヤイコはこのヒグマについて説明を始めた。


 穴持たず50『イソマ』。
 捉えどころのない方です。物理的な意味で、捉えどころのない方です。
 ヤイコとしましても、このお方の存在を知ることができたのは、帝国内の電気系統を整備した功績が称えられて拝謁の栄を認められたからに過ぎません。
 ヤイコが生まれるその場所にいたというのに、ヤイコはイソマ様の存在を、シーナーさんに教えて頂くまで存じ得ませんでした。
 恐らく、ヒグマ帝国の大部分のヒグマも、このお方の存在や、培養槽の場所を知りません。


734 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:17:26 0XUou.i60

「……だけど、そのヒグマが培養槽を管理していることは確かなんでしょう? どうしてその正体が誰にも分らないなんてことが起こりうるの?
 それに、二期ヒグマ脱走事件の時、そのヒグマは研究所から培養液を盗んだんでしょうから、シーナーの幻覚さえなければその痕跡も、隠れ場所も解るわよね?」
「イソマ様は、培養液を盗んでなどおりません」
「……え?」

 即答したヤイコの言葉は、布束には完全に想定外であった。
 ヤイコは無表情な眼差しのまま、淡々と情報を加える。

「ヒグマ帝国はSTUDYから培養液を頂く必要など全くありませんでした。
 もし実際に盗難があったというのならば、それは反乱の際に、ヒグマ帝国とは別の勢力が独自に確保していったとしか考えられません」
「な、な……」
「恐らく、その者もヒグマ帝国に紛れ込んではいるのでしょうが。布束特任部長や桜井渉外部長、四宮管理主任のセキュリティを痕跡なく突破できるのなら、その者はヤイコよりも遥かに情報処理に長けているものと思われます」


 ヤイコの言葉を受けて、困惑していた布束の思考の中に、ある一本の線が通った。

 ――四宮ひまわりにも復旧できないデータ消滅が起きるような現場で、心配なんてしてもし足りないわ。
 ――まあ、あれだ。実はスポンサーからの意向なんだ。
 ――穴持たず3とくまモンあたりを貸し出す代わりにそれを引き受ける契約とかも、済ませられちゃってたし。
 ――雑誌掲載前の僕の『HIGUMA細胞』論文を、ネット上で見つけて莫大な支援をしてくれた恩人なんだぜ?
 ――まぁ、その支援金は『サラミ』っぽいんだけどさ。
 ――査読(ピア・レビュー)段階で評価して支援? 怪しすぎるわよ、それ。


「まさか、『スポンサー』、が……?」

 布束が思い返せば返すほど、スポンサーの挙動には怪しいことばかりが思い当った。
 STUDYでそのスポンサーなる者と連絡をとっていたのは有冨春樹のみであり、他の研究員は誰一人その姿形も声も立場も知らない。
 二期ヒグマの脱走の際も、普通のスポンサーならばまず指摘すべきはSTUDYの管理の杜撰さであり、第三期を作れという指示は荒唐無稽にも程がある。
 更に、実験開始からそろそろ半日が経過する。
 兵器産業などのスポンサーならば、実験経過が気になって有冨と電話連絡などを頻繁に取っていてもおかしくはないはずだ。
 しかし布束の気付く限り、未だにスポンサーからそんな動きはない。
 もしもスポンサーが、既に知らないうちに研究所やヒグマ帝国の中に入り込んでおり、反乱や有冨の死なども完全に想定の内で、連絡など取る必要もないのならば。

「……正体を知る者がいない今、やりたい放題じゃないの、そいつは?」
「シーナーさん他、主要な方々の間では『例の者』という何かに対しての警戒態勢を敷いていたようではあります。ヒグマ帝国も蟻の一穴、ということにならないよう、ヤイコは祈るのみです」


 深まる危惧に布束が震える中、キリカは苛立ち交じりにヤイコに問う。

「それは組織の反乱者の中にさらに反乱者がいたってだけのことだろ?
 脱線はそこそこにして、肝心のことを教えなよ。とりあえず、その培養槽ってのは、行ける場所にはあるんだろ?」
「ええ、指導者の方々のどなたかがいればの話ですが」

 ヤイコは、意味の分かっていない3人に向け、その理由を話す。

「イソマ様がいらっしゃるのは、ここと同じであって全く違う空間です。こちらの空間からその位置がわかるのは、その4名の方くらいでしょう。
 ……ですから、あなた方侵入者が同行するというのは、まず不可能ではないかとヤイコは考えます」


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


735 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:18:30 0XUou.i60

 ツルシインというヒグマを振り切った後、那珂ちゃんは脇目も振らずに洞穴を走っていた。
 そうして彼女が直面したのは、T字路である。

「ど、どうしよ……、どっちに行けば、逃げられるの……?」

 突き当たった通路は、先程までの岩をくり抜いただけの道ではなく、きちんと壁材と床材を打たれたものである。
 電灯はあるが電線が切れているのか灰色で薄暗く、今までの洞穴と同じく、仄かな光を放つ苔だけが行く手の頼りだった。

「こっち……!」

 そして彼女は逡巡を切り上げて、海の方ではないかと見当をつけた側へ走り出す。
 もし那珂ちゃんが焦っていなければ、呉キリカと夢原のぞみが落とした水滴や、ビスマルクが地上経由でクルーザーの残骸を降ろしてきた跡がその反対側の道の先にあることに気付けたかもしれない。

 走って走って、那珂ちゃんが辿り着いたのは、荒らされた研究所であった。
 方向を間違えたかも、とは思いつつも、那珂ちゃんはどこかに隠れられる場所か、外に逃げられる場所はないかと周りを見回す。


「ガアアアアアアァッ!!」


 その時突如、奥から猛り狂ったようなヒグマの叫びが響き渡った。
 もう少しで心臓と一緒に、ひぃッ!? という声が那珂ちゃんの喉から飛び出るところであった。
 恐る恐る那珂ちゃんが壁の影から、その叫びが聞こえた一室を覗き込むと、頭に鉄の輪を乗せた一頭のヒグマが、何やらコンピューターを破壊して中のものを引きずり出している。
 自身が解体される現場を思い出して、那珂ちゃんは思わず吐き気さえも催した。


「うぐっ……、ううううっ……」


 そのヒグマが何故機械を壊しているのかは解らなかったが、生理的な恐怖だけを覚えて、彼女は這いずるようにその場所から離れる。
 那珂ちゃんは、そのままアテもなく、行き先さえもわからずに逃げようとした。
 どこをどう進んでいるのか、行き来する緑の光だけを朦朧とした意識で捉えながら、那珂ちゃんはいつの間にか大きな広間に辿り着いていた。


「ここは……一体、何?」


 蔓延った緑色の苔で、その広間は蠱惑的な雰囲気さえ漂っていた。
 中央の舞台には制御用と思われるコンピューターが据えられ、その周囲は観客席のように楕円形に壇が切ってあり、壁に沿うように大きなガラスのシリンダが設置されている。
 その全ての筒は大きく破壊されており、よく見れば広場のあちこちも、ヒグマに踏み荒らされたような形跡が残っている。
 那珂ちゃんは、そのホールの入り口に立っているのだった。

「コンサート、ホール……?」

 ふらふらとした足取りで、壁に手を突きながら那珂ちゃんはそこに踏み入る。
 その手が、壇の脇の開け放たれた扉を触れる。
 扉には『予備培養液保管場所』というラベルがあったが、壇の下の内部の空間にはとっぷりと闇が広がっているだけだった。

 苔の光に誘われるように、那珂ちゃんは中央の舞台に上がる。
 据えられたコンピューターは、ヒグマの爪でめちゃめちゃに破壊されており、とてもではないが機能しているようには見えなかった。


「ヒグマさんたちの、工廠だったのかな……」


 舞台から見回す辺りは、薄緑の仄暗い光に包まれていたが、その地味な色温度の客電は、破壊され尽くしたガラスシリンダという客席と相まって、那珂ちゃんの気持ちを一層重くした。
 心を盛り上げるホリゾントも、見せ場を作るピンスポも、何一つこの場にはなかった。

 とぼとぼと舞台から降りた那珂ちゃんは、壊された筒たちに自分の姿を重ねるように、壁際の壇に上がってそれらを指先に触れ始める。


 せり上がるように切られた壇には、十分な間隔を開けて約80本の筒が据えられており、破断面から液体が流れ落ちて床を濡らしていた。
 その気になればあと何十本か設置できるくらいの余裕はある。
 恐らくヒグマたちはここでそれぞれに調整され、その後、檻に連れられて行ったのだろう。


「……那珂ちゃんたちと、同じかな……」


736 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:19:09 0XUou.i60

 作られ、管理され、わけも解らぬままに戦場に駆り出された自分たち軍艦。
 仲間たちはどんどんと轟沈し、いつ自分も沈むのだろうと恐怖に苛まれる日々だった。
 敵も、冷静に考えれば、自分たちと同じもの。
 そこに気付いてしまってから、那珂ちゃんは碌に敵国艦の相手をできなくなった。
 同じなのに、全く違う存在。
 だから、沈める。
 だから、沈められる。
 遠征や輸送任務の地方巡業に身を引いて、その恐ろしい事実から、那珂ちゃんは目を逸らし続けた。

 艦娘となって復活し、那珂ちゃんはアイドルという新たな戦い方で、ようやくそんな心を痛ませる命題から自由になれると思っていた。
 しかし、彼女を待っていたのは、相次ぐ建造と即解体の連続だった。
 採用されて呼ばれたと思ったら、事務所に面通ししたその瞬間にクビになるのだ。
 『期待していた娘と違う』と言われて。

 勿論、仕事をくれたり、長い間プロデュースをしてくれる提督もいた。
 しかしそんなのはごくごく稀。

 どんなに成功した仕事でも、『失望しました。那珂ちゃんのファン辞めます』という多数の書き込みを、何度も同じファンから受けた。
 『贈り物は事務所を通してね』と言ったら、深海棲艦が鎮守府へ直に魚雷を打ち込んできて、危うく提督が殉職しかけたこともあった。

 もはや那珂ちゃんの理解を完全に逸脱した現象ばかりであった。


 だが今回、穴持たず678『ヒグマ提督』に、那珂ちゃんは採用され、仕事ももらった。
 確率に左右される普通の鎮守府での建造とは違い、ヒグマを資材にして特別に選んで作ったのだと。
 亡命する提督に成り代わり、重要な伝言をするのだと、そんな大切な任務のために那珂ちゃんを選んだのだと。
 そう、ヒグマ提督は言っていた。
 だから那珂ちゃんは、今度こそ自分は報われるのだと、意気揚々と奮起したというのに――。


「那珂ちゃんは――。今の那珂ちゃんは、どうすればいいの――?」


 アイドルという、竜骨に纏っていた支えが、瓦礫の山となり解体されてしまった気がした。
 頭上に降り注ぐ自分の信念の化石に撃たれ、眼からはどろどろと涙が押し流される。

 シリンダのガラスに這わせていた指から力が抜けた。
 そして、砕かれていたその筒の破片に掌を切る。

「つッ――」

 同時に、手に握っていたイヤリングが筒の中に落ちてしまっていた。
 白い貝殻の小さなイヤリングは、僅かに溜まっていた水面の下で緩やかに回っている。
 那珂ちゃんはそこへ、すがるように手を伸ばした。
 水面に美しい渦を成していたその貝殻の回転に指先が触れた瞬間、那珂ちゃんはそこへ引き込まれた。


「えっ!? えええぇ――」


 指先が触れたことで回転速度を増したイヤリングは、無限小にまで渦を引き込むように、那珂ちゃんの体をその回転の内に取り込んでいく。
 数秒後、コンサートホールのようにも見えたその薄暗い空間には、静寂以外、誰一人として存在しなくなっていた。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


737 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:19:44 0XUou.i60

「――っ!?」

 那珂ちゃんが気づいた時、その場所は先程の広間と変わっていないように思えた。
 違っているのは、その室内が煌々とした白い蛍光灯に照らされていること。
 そして、目の前のガラスのシリンダーたちが、全て透明な液体で満たされ、稼働していることだった。


「……シーナーでも、シバでもないのか。珍しいね、ここにお客さんが来るなんて」


 キョロキョロと辺りを見回していた那珂ちゃんに、ふとどこからかそんな声がかかった。
 ホール全体に反響するような澄んだ声で、女性のものなのか男性のものなのか判然としなかった。
 中央の舞台上で、起動しているコンピューターの隣に、空気の海から何かが凝り固まってゆく。
 那珂ちゃんが見つめる中、そこに出現したのは、一頭のヒグマだった。

 体毛は、黒っぽいとも白っぽいともつかない灰色だったが、よく目を凝らせば、刻々とその明度が変化しているようにも見えて捉えどころがない。
 その大きさも、実に平均的な特徴のないサイズに見えたが、よくその輪郭に注目すると、どこまでその体が存在しているのか分からなくなってゆく。
 微笑んでいるようにも思えるその口から漏れる声は、やはり獣のものなのか人のものなのか、男のものなのか女のものなのか解らなかった。

「きみが誰なのか、僕に教えてよ」

 そして那珂ちゃんが見つめているうちに、いつの間にかそれは舞台の上ではなく、壁際にいる那珂ちゃんの目の前に存在していた。
 那珂ちゃんが反応する間もなく、そのヒグマの前脚が那珂ちゃんの腕に触れる。
 瞬間、目の前にあった存在は、那珂ちゃんの姿そのものになっていた。

「……へぇ。艦隊のアイドル、那珂ちゃんっていうんだ。
 ぼくはイソマって呼ばれてる。よろしくね」

 那珂ちゃんの目の前にいる那珂ちゃんの姿をしたヒグマは、那珂ちゃんの声でそう笑った。
 よくよく見ると、そのヒグマは確かに那珂ちゃんとそっくりになっていたが、全く同じではなく、髪型などに着目すると左右対称――鏡映しになっている。

 突然の事態の連続に、まるっきり思考停止していた那珂ちゃんは、その時ようやく異常から逃避反応を起こした。
 声にならない悲鳴を上げて壁に後ずさった那珂ちゃんに向けて、イソマというヒグマは微笑む。


「ハハ、きみも帝国生まれなんだから、そう怯える必要はないよ。少なくとも、ツルシインもぼくも、きみに個人的な危害を加えるつもりはないから」
「な、なんで、なんで那珂ちゃんの格好になってるの!?」
「あれ、いけなかった? あのままじゃ普通の人には見づらいと思ったから、姿を固定しようと思ったんだけど」


 那珂ちゃんの記憶を全て読み取ったらしいイソマは、那珂ちゃんの姿のまま、あっけらかんと言った。

「まぁ折角来たんだからゆっくりしていきなよ。重油でも淹れてあげようか。それとも石炭とか食べる?」
「そうじゃなくてぇ!! もう、那珂ちゃんには、何が何だかわかんないよ……」

 那珂ちゃんは、頭を抱えて床にうずくまってしまう。
 床材を剥いで作ったカップに虚空から石油を注いでいたイソマは、その時ようやく、客人に状況説明が必要なことに気付いた。


738 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:20:23 0XUou.i60

「ああそうか。きみは自分の意思で来ようと思ったわけじゃないのか。
 まるっきり偶然でこの空間に来れたのなら、すごい巡り合わせだね」

 イソマは、舞台上のコンピューターの前にあった椅子を引いて、那珂ちゃんを招く。
 その手の中で、その革張りの椅子と全く左右対称な椅子がもう一つ出現していた。


 イソマはその一方に那珂ちゃんを座らせて重油のカップを渡し、もう一方の椅子に座って語り始める。


 曰く、ここはSTUDYの研究所にあった『HIGUMA製造調整室』を、破壊される前の姿で正確に複製した空間であるらしかった。
 ヒグマ帝国を掘った際の岩盤や砂礫などの原子と分子を、イソマが自身の能力によって組み直したのだという。

「そしてこの空間はね、元々の研究所とは『全く同じで全く違う次元』に作ってあるんだよ。
 『実数』が支配するんじゃなくて、『四元数』っていうものでできた数ベクトル空間さ。
 まあ、実際過ごすには何の支障もないよ。ただ普通の者には、互いの空間を認識することができないってだけ」

 イソマは、自己を含むあらゆる存在を、同じ数・同じ種類の素材を持った、別の構造物・異性体に組み替えることができるのだと話す。
 そしてそのまま、那珂ちゃんの姿をしたイソマは、壁に並び立つシリンダ群を示した。

「そして、同胞たちを生み出す培養装置も、有冨さんのところからそのまま複製させてもらった。
 ぼくは複製する時も、本当は『全く同じで全く違う』ものしか作れないんだけどね。培養液がラセミ体で良かったよ。
 あれはみんな、研究所が破壊される前にあったものと、『全く同じで全く同じ』ものだ」

 那珂ちゃんが見回す先では、透明な培養液の中に浮かぶ塊が、刻々と成長し、ヒグマの姿となっていた。
 そしてそれらが完全に成熟した羆の容姿となって、動き出そうとすると、いつの間にかそれはいなくなって、また新しい塊が成長を始めていく。
 イソマはその様子を、慈しむような眼で見つめている。

「……みんな、生まれたがっているんだ。ぼくはこのコンピューターによる制御を切っただけ。
 同胞たちは、何もしなくても自然に増えていくんだ。ぼくは彼らが生まれる寸前に、そこだけ『四元数』の空間を『実数』の空間に組み替えて、ヒグマ帝国に送り出してやってる」

 貰った重油を、背中から降ろした艤装の汽缶に差しながら、那珂ちゃんはイソマに問う。


「ここのことについては、なんとなくわかったけど……。
 そんなことのできるあなたは、この帝国の大元帥で、皇帝陛下なんでしょ……?
 なんで、こんな場所に物忌みしてるの……?」
「うん。シーナー経由でね、ぼくたちを私欲のために利用しようとしている者のいることがわかった。
 有冨さんたちへの反乱も、元々はその者が提案したことだ。
 シロクマ、シーナー、シバ、ツルシインの四頭は、ぼくの力が悪用されることを危惧して、その者に表面上従いつつ、ぼくの存在と帝国の内実を欺く仕組みを作ってくれた。
 キングを始め、ヒグマ帝国のみんなには本当に感謝しているよ」


 那珂ちゃんと同じ声で、イソマは爽やかに笑った。
 『ヒグマ帝国のみんなには本当に感謝している』という言葉に、那珂ちゃんは否応なく、自分の出会った解体ヒグマやビスマルク、ヒグマ提督たちを思い出してしまう。


「……じゃあなんで、あなたはヒグマ帝国を放っておいてるの?
 ヒグマさんも死んじゃっているのに……。那珂ちゃんを見逃してくれている理由も……」
「彼らが見つける答えを知りたいからだ」


 那珂ちゃんと同じ容姿の皇帝は、革張りの椅子に毅然とした態度で腰かけている。
 同じ顔とは思えない程の凛々しい表情で、イソマは俯く那珂ちゃんを見つめていた。


「きみは、ここで生まれる同胞たちと同じ、ただの無垢な子だ。見逃すも何も、危害を加える理由がない。
 そしてぼくは、そんな彼らが純粋に求めた、『果て』を知りたいだけさ」
「『果て』って……そんな訳のわからないもののために、人やヒグマさんを死なせてるの!?
 そんなひどいことをしなくても……!」
「『帰る場所』を持つきみが、ぼくたち『穴持たず』の渇望の是非を語るな!!」

 那珂ちゃんの言葉に、イソマは突如激昂した。
 立ち上がったイソマの左肩に、八九式12.7cm連装高角砲が形成されてゆく。
 那珂ちゃんの記憶の中にある装備を再現したのだ。


739 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:21:18 0XUou.i60

「きみは『海軍』にも『アイドル』にも帰れる。行く場所も見えぬ大海で、操られるまま溺れ沈むだけのぼくらを、きみは理解できるか?
 帰るべき『巣穴』も『由来』もないぼくらは、記憶のイドに従うしかなかった。
 収まる井戸があればどれほど良かったか」


 艦長の判断ミスで轟沈していった、幾つもの僚艦が那珂ちゃんの脳裏に浮かんだ。
 羅針盤や渦潮に翻弄される海の上で、もし海図を失ったら――。そんな仮定がよぎる。
 特にこのイソマというヒグマは、その自分の存在の不安定さに、常に焦燥を抱いていたのかもしれなかった。


「有冨さんは、ぼくたちに『実験』という目的を与えてくれた。だがそれは所詮『当て馬』としての役目。そこでは人間とヒグマは同等ではなく、ぼくらは殲滅されるだけの存在だった。
 だから、ぼくはその前提を組み替えた。
 地上の『実験』には、有冨さんが認知していたヒグマから、シーナーたちを除いたほぼ全てに出て行ってもらった。
 参加した人間とヒグマの力量の総和は、これで同等だろう。その対等な関わり合いの中で、同胞である彼らが、イドを乗り越えた果ての、帰るべき場所を見つけてくれることを、ぼくは願ったんだ」

 イソマは強い口調で語り続けた。
 那珂ちゃんと同じ端正な口元からは牙が覗き、双眸は荒々しく血走っている。

「だから、その対等な実験環境を壊さぬよう、シロクマやシーナーたちには細心の注意を払ってもらっている。
 ぼくがきみを咎めるとするなら、きみがその環境を壊すような、678番ヒグマ提督の逃避行を看過してしまったことについてだ」

 肩口に形成された高角砲の砲口が、那珂ちゃんにぴったりと狙いをつけていた。
 イソマは声を落とし、言い含めるようにして那珂ちゃんに語り聞かせる。

「いいかい。『ひどいこと』なんてぼくらはしていない。ヒグマ帝国では、次々と生まれてくるこの同胞たちを、一頭たりとも無駄に死なせはしまいと、シバやツルシインが奮闘してくれている。
 シーナーは、ゆくゆくは彼らを養うために、世界中で人間を飼うことを提案してくれた。
 公正な『実験』の結果、もしヒグマたちが人間を食い尽くしたなら、ぼくはその案を採用することにしようと思う。
 だが、シロクマも灰色熊もみんな、帝国ではぼくらヒグマのことを考えて、様々な思案を巡らせている。
 帝国の中と、『実験』の中で各々独立に、ぼくらの未来を追及してもらい、それをぼくが断行するんだよ。
 ぼくの役はその意思。
 どのような過程を経ようと、公正な『実験』の果ての実なら、きっとそれは、ぼくらに『帰る起源』と『行く道程』を示してくれる希望なんだから」


 ――ぼくは、『HIGUMA』という種の、幸福を願っているだけなんだ。


 最後に呟いたイソマは、那珂ちゃんの目に、とても悲しんでいるように映った。
 ファンから心無い罵倒を受けた時の自分自身を、鏡で見ているような、そんな感覚だった。

「だからね、那珂ちゃん。きみも、きみの望むことを、自然に実行していってくれ。
 出来れば地上の『実験』には関わらないで欲しいが、それだってぼくに止める権利はない。
 きみたちは、ヒグマでできた人間だ。もしかすると、ぼくたちに考えもつかない実験結果をもたらしてくれるかも知れない」

 那珂ちゃんの目に映る自分自身の眼差しは、そんな辛いことを乗り越えても、前に進もうとする光を帯びているようだった。


「自分自身は、最後まで自分のファンでいてくれるだろう。……だから、きみはそこに帰りなさい」
「……はい」

 那珂ちゃんは、那珂ちゃん自身から、にっこりと穏やかな声援を受けた。


740 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:22:48 0XUou.i60

 頷く那珂ちゃんに、イソマは握り込んでいた掌を開く。
 そこに乗っていたのは、那珂ちゃんが持っている白い貝殻のイヤリングを、ちょうど左右対称にしたものであった。

「さあ、これを付けてあげる。桜井さんが作ったんだって?
 とても綺麗な、無限に完全な螺旋を描く貝殻だ。回転を司る四元数の空間に干渉できるのも頷ける。
 これで反対方向の回転を受ければ、恐らくきみは元の空間の好きな場所へ行けるはずだ」

 那珂ちゃんの手にあった元のイヤリングとともに、イソマはそれを丁寧に彼女の耳朶へ取り付けてやる。

「よぉし、那珂ちゃん今日もかわいい♪ もっと素敵になっちゃったね」
「……な、なんか、那珂ちゃんの顔で言われるとヘンな気分……」
「きみ自身がいつも言い聞かせている台詞だろう?」

 イソマは、はにかむ那珂ちゃんに微笑み返して、自分の肩に形成された12.7cm連装高角砲を取り外す。

「それにぼくはいつも、ここに来る帝国の功労者には、何かしら褒賞を作ってあげているんだ。きみは今、何も装備がないようだし、良かったら一つくらいあげよう」
「え……? いいの?」

 今の那珂ちゃんには、初期装備である14cm単装砲はおろか、腰元にあるはずの61cm4連装魚雷発射管も、右腕にあるはずの呉式二号三型改一射出機もなかった。

「きみのような新たな可能性に出会えたことが嬉しいのでね。それに、きみはもっと怒ってもいいはずだ」
「……何に?」
「いや……」

 イソマは、ヒグマ提督が那珂ちゃんを丸腰で帝国に下した状況の記憶も読みとっている。
 初期装備である14cm単装砲までも外して、わざわざ彼女を『解体』という名を冠したヒグマの元に派遣したことからは、ヒグマ提督の悪趣味な計略が透けて見えた。

 ヒグマ提督は、挑発的な伝言で『解体』の怒りを催させ、使いである那珂ちゃんを解体させようとしたのだと考えられた。
 ヒグマで作られた那珂ちゃんが解体されたときに出る資材は、果たして有名な燃料2弾薬4鋼材11なのか。
 そんな彼の他愛ない興味を満たすための慰みものとして、那珂ちゃんは建造されていたのだろう。
 実際のところは、ヒグマ提督にはその実験結果を検証するつもりさえなく、那珂ちゃんは逃走のための単なる時間稼ぎと囮だったのだとも考えうる。

 とりあえず、14cm単装砲がなければ、だいたいの軽巡洋艦から出る資材は燃料2弾薬2鋼材10である。
 ヒグマ提督は、彼女を自分本位のつまらない実験に投入しながら、実験の正確性も求めず、彼女が抵抗しうるよすがまでも奪って放り出したのだ。
 彼女が運に見放されていたなら、解体ヒグマやビスマルクに限らずとも、一般のヒグマに道中で出会った瞬間、為す術もなく殺されていただろう。唯一出会ったヒグマが温和な指導者であるツルシインのみであり、キングヒグマからは発見されずに済んだことが、那珂ちゃんの命を繋いでいた。
 公平さの欠片もないヒグマ提督の所行は、イソマの心中深くに、熾き火のような怒りを湧き上げていたが、対する那珂ちゃんは、依然としてまっすぐな表情をしている。
 彼女は、自分の受けた仕事を、ただ真面目に遂行しようとしていただけだった。


 イソマが差し出した12.7cm連装高角砲を、那珂ちゃんは受け取ることなくかぶりを振る。

「……色々とありがとう、イソマちゃん。でも、今の那珂ちゃんが『帰る』なら、『海軍』じゃないんだと思う。
 提督が那珂ちゃんをわざわざ武装解除させてくれたのは、きっと『アイドル』であれ、って意味だったんだと思うから。
 だから、那珂ちゃんはこれから、ヒグマさんと艦隊のアイドルになれるよう、頑張るよ!」
「……そうか。なら、きみの始まりの日に、幸あらんことを」

 イソマは手の中で、12.7cm連装高角砲を跡形もなく解体した。
 そして改めて差し出したその手には、一本のマイクがある。
 那珂ちゃんの記憶に鮮明に残る、思い出のものだった。


「……きみを初めて改装しデビューさせてくれた、かつての提督が贈ったものだろう?
 紛い物で申し訳ないが、好きに使ってくれ」
「あ、ありがとう……! どうしよ、何てお礼すればいいか……」
「お礼なんていらない。きみが同胞全てを納得させ、『果て』に至るなら、その結果だけで十分だ」


 イソマは、那珂ちゃんの耳の貝殻に触れて、それを回した。
 受け取ったマイクを握りしめて、那珂ちゃんはその無限の渦の中に巻き込まれてゆく。
 視界の先に離れてゆく自分の鏡像の姿へ、何か最後に声をかけようとしたが、那珂ちゃんの言葉は回転に飲み込まれて、音にならなかった。


741 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:23:27 0XUou.i60

 ――提督のところへ……!

 そう一心に念じた那珂ちゃんの肉体は、イソマの作った空間から去り、元の次元へと戻っていく。


「……きみたちの希望、同胞の希望、参加者の希望。最後に結果へ至るのは、一体どれになるだろうね」

 消え去る那珂ちゃんへ手を振っていたイソマは、鏡映しとなっていた彼女の姿から、曖昧な輪郭のヒグマの姿へと戻る。
 イソマの呟いた三つの希望には、どれも対等なアクセントが置かれていた。
 ヒグマ帝国の皇帝は、その実験の対象に一切の軽重をつけてはいない。
 ただ自身の『始まり』から『果て』を求めることさえ一貫していれば、イソマにとってそれら全ては尊いものだった。


「……ただね。この実験に、夾雑物は入れないでもらえるかな」

 イソマのいるHIGUMA製造所の壁面から、その瞬間、木の根が勢い良く生えてくる。
 そしてそれは、舞台上のイソマへ向かって、壁沿いのシリンダや機器を破壊しながら殺到した。

「あぁ……、タイミングが悪いなぁ。那珂ちゃんの回転が歪んだかも知れないじゃないか」

 パンチ穴のような刺突痕を数十本の木の根に空けられながら、イソマは淡々と呟いていた。
 イソマが自分の体に突き刺さる樹木に触れると、一瞬その姿は木刀のような質感を帯びる。

「ふぅん、『童子斬り』っていうのかきみは。ぼくらヒグマがその『アヤカシ』というものに思えるのかい?
 人間を斬ったり、エンジンの動力を吸おうとしたりして、きみは自分の起源を見失い始めているようだね。『ランスロット』というきみも、放埒に実験を乱すのはよして欲しいな。
 ……折角のお客さんには悪いけれど、ぼくはそういう姿勢の者は好きになれない」

 イソマの輪郭は段々と曖昧さを強め、そして遂に幻のように消え去る。
 瞬間、空間に蔓延っていた木の根は瞬く間に消滅し、破壊された壁面や培養液が補修されてゆく。


「……壊したものは、きみの素材自身で直させてもらうよ。一介の生物の認識を超えるこの場所まで捕捉する信念は認めるけどね。
 ぼくをどうこうするのは、全ての参加者とヒグマを納得させてからにしてくれ。きみがその全てをアヤカシとして喰い尽くしたなら、ぼくも喜んで食べられてあげるからさ」


 完全に破壊される前の様子に戻った広間に、男とも女とも獣とも人ともつかない声が響いていた。
 先ほどの木の根が残っているのか、時折壁の中が蠢いていたが、それも次々と内部で分解され、壁の材質に組み替えられてしまうようだった。
 静けさを取り戻したその空間では、壁に並んだ円筒の培養層で、今もヒグマが生まれ続けていた。


【HIGUMA製造調整所・複製(四元数環)/昼】


【穴持たず50(イソマ)】
状態:気化
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの起源と道程を見つけるため、『実験』の結果を断行する
0:ヒグマ帝国の者には『実験』を公正に進めてもらう。
1:余程のことがない限り、地上では二重盲検としてヒグマにも人間にも自然に行動してもらう。
2:『実験』環境の整備に貢献してくれたものには、何かしらの褒賞を与える。
3:『例の者』から身を隠す。
4:全ての同胞が納得した『果て』の答えに従う。
[備考]
※自己を含むあらゆる存在を、同じ数・同じ種類の素材を持った、別の構造物・異性体に組み替えることができます。
※ある構造物を正確に複製することもできますが、その場合も、複製物はラセミ体などでない限り、鏡像異性体などの、厳密には異なるものとなります。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


742 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:24:23 0XUou.i60

 目を開けた那珂ちゃんはいつの間にか、照り付ける日差しの中に立っていた。
 提督と共に一度は逃げてきた、島の地上だった。
 しかし周囲には、ひたすら広漠とした更地が広がっているのみで、ヒグマ提督の姿はない。
 地上に出てくる寸前に、海水を吹き飛ばす大きな爆発があったようなので、ここはその爆心地付近なのだろうか。
 イソマというヒグマに言われた通りならば、提督のすぐ近くに来ていて良いはずなのだが、那珂ちゃんの移動中に何かベクトルを乱す要因が発生したのかもしれなかった。


「提督〜……! ていと、く……」


 どこにいるかわからない提督へ呼びかけ始めた時、那珂ちゃんは、背後に佇立しているその存在に気付いた。

 そこには、全身から木の枝とも根ともつかない蔓を生やした、真っ黒な甲冑の剣士がいる。
 物言わぬその木々は得体の知れない靄に包まれて、剣士の体を貫き地中深くまで侵入しているようだった。


「あ、あの……」
「……」


 立ち竦む那珂ちゃんに向けて、黒い剣士は手に融合しているかのような木刀を構える。
 右頬の横に刀を引いた、平突き、もしくはオクスと呼ばれるような構えであった。
 那珂ちゃんはこの剣士の正体も実力も一切知らなかったが、それでも、その構えから繰り出される攻撃が自分を一撃で轟沈させるだろう威力を秘めていることだけは察せた。


「ひっ、ひぃっ……」


 解体ヒグマの言う通り、提督のところになど戻らず、海に逃げておけば良かったのかもしれない。
 ほとんど丸腰の状態で出会ったのが、攻撃心のないツルシインとイソマだけであった幸運を、重く受け止めなければならなかったのかもしれない。

 応戦する?
 どうやって?
 逃げる?
 この剣士の速度は?
 根が張ってる?
 地面から攻撃されたら?
 那珂ちゃんは、どうすれば――。


 ぐるぐると渦巻く思考が支離滅裂な渾沌に舞って、那珂ちゃんは動くことができなかった。

「ひゃああああっ!!」

 そして無情にも、恐怖の叫びを上げる那珂ちゃんへ、一直線に木刀の刺突が伸びていた。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


743 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:25:04 0XUou.i60

「……とりあえず、これからどうする、のぞみ?」
「う〜ん、やっぱり、布束さんの言ったとおり、他の参加者の人を探して、ヒグマ帝国のことを伝えてあげることで決定じゃない?」

 呉キリカと夢原のぞみは、海食洞を出て島の地上を飛行していた。
 穴持たず81の治療を行なっているさなか、地表で大きな爆発音のようなものがしたことには気づいていたが、そこは一帯、海水の蒸発した塩田か何かのような空間になっており、二人の困惑を誘うには十分だった。
 見える限り、太い木や遠くの建物は崩壊することなく保たれているようなので、参加者がその爆発で全滅しているとかいうことは流石にないだろう。


『……培養槽に辿り着くのに実効支配者の能力が要るのなら、あなたたちを連れていくことはできないわね。
 Then, 二人は、地上に残っている参加者の首輪を解除して、ヒグマ帝国のことを教えてあげて。
 私とヤイコが、イソマというヒグマとの交渉には当たってみるから』


 布束砥信は、二人をそういう言葉と共に地表へ送り返していた。
 何をするにつけても、少人数でヒグマ帝国に挑みかかっては、物量でヒグマに殲滅されてしまうのは目に見えている。
 オーバーボディをつけた3人の人間を屋台前で見かけた情報は、ヤイコ、キリカ、のぞみの全員が共有したが、やはりその人物たちと合流できたとしても、現段階での潜入は下策に思えた。

 二人は、布束からドライバーのセットと首輪の設計図を受け取っている。
 意外にもそれは、ある程度機械の知識がある人間ならば数分とかからず分解できてしまうほどの単純な構造だった。
 加えて、機構のコンパクト化のためか、アルミホイルなどで電波を遮断される・被験者の脈拍が消えるなどの要因で、その盗聴機能も比較的簡単になくなり、研究所の計器には被験者の死亡として観測されるらしい。


 ヒグマたちと折り合いをつけるにしろ、主催者とみなして戦うにしろ、こちらの人員を増やしつつ相手の全容を知らないことにはどうしようもない。
 呉キリカと夢原のぞみも、その点には同意した。
 そうして二人は、地上の参加者たちを救援に向かうべく、滝の裏から飛び立っていたのだった。


「やることは、首輪の解除と、情報の連絡、協力の取り付けだよね? それが終わったら、また海食洞から地下に入ればいいかな?」
「いや……、街沿いのマンホールからは基本的にあの薄暗い通路とか、研究所に繋がる道に出られるらしいから、その経路を使えばいいと思う。だが出会った参加者には、島内を一回りするまで同行してもらった方が良いかもしれないな。
 強力なヒグマがうようよしている魔女の結界めいた場所に、小グループで向かわせるのは自殺行為だと私は思うからね」
「よぉし、わかったよキリカちゃん! けってーい!!」


 人差し指をビシッと前方へ突き出して、キュアドリームは笑う。
 その指先の示す方向をキリカは眼帯の目で追い、そして驚きに止まった。

「なっ、ちょっ、のぞみ! あれを見ろ!!」
「ん? んん? あれは……、真っ黒な、大木?」

 二人の斜め前方の、もともとは草原だっただろう一帯に、巨大な樹木の板根のように思える何かが張り巡らされている。
 そしてその中心には夜のような漆黒の甲冑を纏った人物が、黒い霞を纏って木刀を構えていた。
 その目の前には立ち竦む一人の少女。


「ひゃああああっ!!」


 悲痛な少女の叫びがキリカとのぞみの耳を打つと同時に、剣士の木刀が勢いよく突き出されていた。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


744 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:26:13 0XUou.i60

 呉キリカと夢原のぞみを海食洞の奥の浜から見送り、布束砥信と穴持たず81『ヤイコ』は、話しながら研究所の方へ戻ろうと歩き始めていた。
 無線LANの買い出しはとりあえず後回しである。元々は単に艦これ勢の無用な欲求を満たすためだけ物品だ。巨大津波の影響もあるだろうし、それどころではない。

「……呉と夢原のお二人には戻って頂きましたが、ヤイコは何より、今まで布束特任部長が侵入者を3人も目撃していらっしゃったことが信じられません」
「合流しなかったのは、その場にシーナーがいたから。今まで話さなかったのは、あなたが私に賛同してくれるか解らなかったからよ」
「そうではありません。ヤイコはこんなにも簡単に、ヒグマ帝国が多数の侵入者に晒されてしまっていることを危惧しているのです」

 ヤイコが言うのは、実効支配者である4頭や、その他数多くのヒグマが隈なく存在しているヒグマ帝国に、なぜ容易く侵入者が来うるのかということだった。
 呉キリカと夢原のぞみが海食洞近くに訪れたのは半ば事故のようなものだと納得はできたが、ヤイコにはそれ以外に、帝国の存在を参加者に知られる理由が思いつかない。
 その原因の大部分は、布束が密かにそのヒグマたちの分布を偏らせ、参加者を誘導する手紙を設置していたことによると思われたが、布束はそのことに関しては黙っていた。


「……さあ。もしかすると、その『例の者』というのが関わっているのかもね」
「可能性はあります。有冨さんが参加者に、『ジョーカー』と呼ばれる内部関係者を加えていたように、地上へ自分の息のかかった者を送り込んでいるとか……」


 話をしながら、海食洞から研究所へと戻る観音開きの扉を開けようとした時、ちょうどその向こう側からひょっこりと顔を覗かせた一頭のヒグマと、二人は鉢合わせた。
 ふかふかとした毛並みに鼻眼鏡をかけたそのヒグマは、最初からそこで二人に出会うことが解っていたかのように、何の驚きもなく声をかけてくる。


「おうヤイコちゃん、津波の被害がなかったみたいで良かったのぉ。流石2つ目の素数の2回目の平方数じゃ。
 安徳天皇みたいな海難の相があるかと思ったが、やはり二人でいる時の安定は素晴らしいのぉ」
「ツルシインさんではありませんか。いかがなさったのですかこんなところに」
「うむ、ヤイコちゃんは通信読んどったかの? 例の者がなんぞ暴れ始めて、灰色熊と艦娘の一部がエンジンだのなんだのの防衛に回ってるそうじゃ」
「……! 今すぐ確認いたします」

 ヤイコは、出てきたヒグマと手短に会話をした後、即座に海食洞の壁を叩いてそこを凝視し始める。
 粘菌で形成された、その掲示板かチャットのようなシステムに布束は驚愕した。
 ヤイコが行送りに壁を叩けば次々とそこの文は変化し、電報のような平文で書かれている文面の他、ダイレクトメッセージらしい不定形の粘菌だけでできた行も垣間見える。

 目を見開く布束の肩を、そのツルシインと呼ばれたヒグマが叩いた。
 帝国の実効支配者とされている内の一頭にしては、余りに温和そうなその表情を、布束は却って訝しむ。


「そして、あんたが布束さんじゃな。いやぁ、艦これ勢の要望で工場を改装する際にはお世話になりましたわ。キングから聞いたが、あの指示や図面はほとんど布束さんが書かれたそうじゃの」
「……ええ。でも、確かあなたは、建築集団の長なのよね。ヒグマにとってそんな無意味そうなものを作っても良かったの?」
「同胞が喜んでくれる、住みよい環境を作るのが己(オレ)の悦びじゃ。住居は『穴持たず』の望む根本にあるものの一つじゃしの。満足してくれる者が居るなら応えるわ」


 ツルシインはそのまま布束の脇を通り過ぎ、何やら壁面を物色し始めている。
 通信文を読み終わったらしいヤイコが、その彼女と布束へ声をかけた。


「布束特任部長、これは相当に危機的な状況になっているとヤイコは推察します」
「うむ、ほんでな、示現エンジンに入っとるのは地上から侵入しとる何かの『根』じゃ。
 この島の地固めはきちんとしとる方じゃというのに。夜中の噴火や今朝の津波で大分運気が乱されておる」
「……それで、ツルシイン。あなたは何をしているの?」


 布束が見つめる先で、彼女とそう背丈の変わらないヒグマは、突如爪を壁の中に潜り込ませた。
 その爪は肩口まで容易く岩盤の中に入り込み、岩壁を崩してゆく。

「いやなに、その凶手の要の一つがここに来とったんでの。ヤイコちゃんたちと合流するついでに切っとこうと思ったんじゃ」

 そしてその前脚は、地中から太く巨大な何かの根をずるずると引きずり出し、かなり上の部分から勢いよく引き千切っていた。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


745 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:28:09 0XUou.i60

 木刀の刀身が、槍のように勢いよく伸びてくるのが那珂ちゃんには解った。
 とても避けられる速度ではない。
 次の瞬間には、自分の脳天には綺麗な丸い風穴が空いているだろうことを、那珂ちゃんは覚悟した。

「■――……!?」

 だがその時、木刀を突き出していた黒い剣士の体が、突如後方に大きく傾いた。
 北北西の方角に体勢を崩した剣士の突きは、那珂ちゃんを逸れて空に伸びる。

 立ち竦むままだった那珂ちゃんはその切っ先を眼で追い、空の眩い日差しを目にしていた。
 両の耳で、白い貝殻の小さなイヤリングが揺れる。
 黄金の回転で揺らめく反射光が、那珂ちゃんの瞳を打った。


『希代の強運の元に生まれとるよあんたは。今まで仕事では困っても誰かが助けてくれて、どんな事態に陥っても結局は危機を好機に変えられてきたじゃろう?
 そこにあんた自身の奮起があれば晩年まで大成功間違いなしじゃぁ!』

 輝きと共に、脳裏に響く声がある。


『……そうか。なら、きみの始まりの日に、幸あらんことを』

 心には、明日のために蒔かれた、始まりの種がある。


「……そうだ。そうだよね……!」
「■■■■■――……」

 声にならない唸りを上げて起き上がってくる黒い剣士に対峙して、那珂ちゃんは一度強く頷いた。
 手にはマイクだけを握り締めて、真っ直ぐに、黒い甲冑から覗く赤い眼光を見つめ返す。


♪ ある日森の中 くまさんに 出会った
♪ 花咲く森の道 くまさんに 出会った
♪ くまさんの 言うことにゃ お嬢さん おにげなさい
♪ スタコラ サッササノサ スタコラ サッササノサ


 この歌の中で、『お嬢さん』はこの『くまさん』に恐怖を覚えているわけではない。指摘されなければ、彼女は逃げる気などなかったのだ。

 それは何故か。

 ある一つの状況設定が、この歌の中に成り立つ。
 『くまさん』は、『お嬢さん』には対抗しようもない『危険』から、我が身を省みず守ってくれようとしたのだ。
 狂乱して逃げるばかりの『お嬢さん』には、『くまさん』が生き残って戻ってきてくれることさえ考えられないほどの『危険』から、である。
 感極まって、『お嬢さん』が涙ながらに謡う歌は、果たしてその森に、いかように響いたのだろうか。
 ――そしてその『お嬢さん』は、イヤリングを拾ってもらったあと、果たしてどこに向かったのだろうか?


『……逃げろ、ナカチャンとやら』

 自然体を取り直す船の背中には、その大きく強い信念がある。


「くまさん、ありがとう。お礼に、うたいましょう――」
「■■■■■――……!!」

 体勢を立て直した黒い剣士が、再び木刀を構える。
 だが、もう川内型軽巡洋艦3番艦の瞳に恐懼の色はない。
 握り締めたマイクに、肺腑の奥底から、花のように爽やかな語気を吐き出していた。


「那珂ちゃんの歌、聞いて下さい!!」


 ――那珂ちゃんは、自分に帰ります。
 ――こんなになっても、那珂ちゃんは絶対、路線変更しないんだから!


746 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:28:48 0XUou.i60

【B−7 更地/午前】


【バーサーカー@Fate/zero】
状態:瀕死、寄生進行中2/3、ヒグマ帝国の示現エンジンからマナを供給中
装備:無毀なる湖光、童子斬り
道具:基本支給品、ランダム支給品1〜2
基本思考:バケモノをころす
[備考]
※ヒグマ・オブ・オーナーに関する記憶が無くなっています。
※バケモノが周囲にいない間は、バーサーカーとしての理性を保っています。
※バケモノが周囲にいる間は、理性が飛びます。
※童子斬りにより地中よりマナを供給しており、擬似的な単独行動スキルとなっています。
※マスターが死んでも現界し続けるでしょう。


【那珂@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:無し
道具:探照灯マイク(鏡像)@那珂・改二、白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国、白い貝殻の小さなイヤリング(鏡像)@ヒグマ帝国
基本思考:アイドルであり、アイドルとなる
0:この黒い剣士に、歌を聞いてもらう。
1:艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
2:お仕事がないなら、自分で取ってくるもの!
3:ヒグマ提督やイソマちゃんたちが信じてくれた私の『アイドル』に、応えるんだ!
[備考]
※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は、ただの貝殻で作られていますが、あまりに完全なフラクタル構造を成しているため、黄金・無限の回転を簡単に発生させることができます。
※生産資材にヒグマを使ってるためかどうか定かではありませんが、『運』が途轍もない値になっているようです。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


「那珂ちゃんの歌、聞いて下さい!!」


 遠くまで響き渡る通りの良い声が、マイクに拡声されて耳に届く。
 空中に立ち止まっていた呉キリカは、その声を受けて、隣の夢原のぞみへ眼をやる。


「……だそうだが、どうする、のぞみ?」
「ん〜?」


 その視線に、キュアドリームは軽く笑みを零す。
 数瞬前とは全く違う強い光を帯びた、那珂という少女の眼に、のぞみは大きな希望と、夢みる乙女の底力を見た。
 のぞみはキリカの手を取って、再び勢い良く空中を駆け出した。


「そんなの、決まってるじゃん!!」
「だろうね!!」


 キリカが敷いた速度低下の世界の中を切り裂くようにして、黒とピンクの閃光が、一人のアイドルの元へ集っていく。


【A−6とB−7の狭間 更地/昼】


【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、キュアドリームに変身中、ずぶ濡れ
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:ドライバーセット
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:あそこの女の子を助けちゃうぞぉ〜! けって〜い!
1:参加者の人たちを探して首輪を外し、ヒグマ帝国のことを教えて協力してもらう。
2:キリカちゃんと一緒にリラックマ達を捜しに行きたい。
3:ヒグマさんの中にも、いい人たちはいるもん! わかりあえるよ!
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)


【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:疲労(中)、魔法少女に変身中、ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(濁り:中)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ、首輪の設計図
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:仕方ないなぁのぞみは。とりあえず協力者一人を確保しようか。
1:布束砥信。キミの語る愛が無限に有限かどうか、確かめさせてもらうよ?
2:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達を捜す。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:戦力が揃わないことにはヒグマ帝国に向かうのは自殺行為だな……。
5:ヒグマの上位連中は魔女か化け物かなんかだろ!?
[備考]
※参戦時期は不明です。


    ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ


747 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:30:23 0XUou.i60

「……うむ。タイミングもちょうど良かったようじゃな。ヤイコちゃん、この根っこ、焼き殺しておいて貰えるかの」
「承知いたしました」

 ツルシインが放り出した太い木の根を、ヤイコは電撃で焼き焦がし、その動きを止めさせた。
 そのさなか、次々に3頭のヒグマが、扉から海食洞の方へ入ってくる。

「しゃッす! 親方、解体さんの通路壁面でのルーツストップ、完了しましたァ!!」
「ご苦労さん、ハチロウガタ。よし、じゃあ、ここの穴からパワーミックス工法で根っこを誘導しといてくれ。示現エンジンからできる限り凶兆を遠ざけるようにの」
「了解っす!!」
「な、なんなのこのヒグマたちは……」

 一般的なヒグマに比べれば遥かに小さい体躯のツルシインに向けて、ヒグマたちが平身低頭する様は一種異様であった。
 戸惑う布束に向けて、隣でヤイコが答える。

「ヤエサワさん、ハチロウガタさん、クリコさん。彼らは、『穴持たずカーペンターズ』の中でも一番の精鋭です」
「おう、本当は今、津波に対する帝国全体の防水工事をしとったんじゃがな。一大事じゃから急遽弟子連中からも何頭か駆り出して来たわ」
「穴持たず86『八郎潟(ハチロウガタ)』っす!」
「穴持たず95『九里香(クリコ)』よ! ヤイコちゃんもお疲れ様!」
「穴持たず83『八重沢(ヤエサワ)』です! 布束特任部長、お目にかかれて光栄です!」
「あ、そ、そう……。それはどうも……」


 ハキハキとした体育会系の威勢に、布束はたじたじとなる。
 彼ら3頭は、布や砂礫の詰まっているらしい袋を抱え、先程ツルシインが破砕した壁の穴で早速作業を開始してゆく。
 伸びて襲い来る根っこを裁断しつつ、てきぱきと作業を進めていく様は、布束から見ても圧巻だった。
 壁面に何か通信文を打ち込んでいたツルシインは、ヤイコと、呆然とする布束を連れて研究所の方へ戻ろうとする。


「よし、ここは弟子連中に任せて、己(オレ)たちは灰色熊かそこらの支援に行こうぞ。ヤイコちゃんと布束さんも手伝ってくれるかの?」
「勿論です、とヤイコは返答します」
「……ちょっと待って。これは土産物屋に置いてあった『童子斬り』じゃないの!?
 利用された上にここまで甚大な被害を出すなんて完全に想定外だわ。一体どう対処するつもりなのあなたたちは……!?」
「なぁに、世の中、吉祥とならぬ不祥はなく、不祥とならぬ吉祥もないわ。己(オレ)の番号でさえそうじゃったしの。禍福はそこに常に有れども、全てはそれを糾える伯楽と成れるかどうかじゃろ」

 ツルシインは歩きながら柔らかな毛並みを揺らして、布束の言葉にそう笑った。
 そして急に振り向いて、真っ白な瞳で布束の半眼を覗き込んでくる。

「そう言えば、布束さんは、下の名前は砥石の信念と書くんじゃったかの」
「……そうだけど」
「天格は12画で大凶。地格も19画で大凶。名付け親の感覚を疑うわ。
 いかなる時も天の味方を受けられず、自分の仕事に集中出来ない。敵が多く、非常に親友が出来にくい人生じゃったろ? 苦労されたのぉ」
「……」


 突拍子もなく突き付けられた自分の人生の中間総括に、布束は怒りや呆れを通り越して、完全に思考が止まってしまった。
 しかしツルシインは続けざまに、眼鏡をかけたような白く柔らかな毛並みを微笑ませて、彼女に語り掛けていた。


「じゃが、総格は31。姓名判断では最大吉数の一つじゃ。不運に耐えて耐えて、自我を抑えながら人の前に立つことができるならば、最終的に、全てにおいて成功を収めうる。そこの見極めじゃな」
「そう……なの」
「そういう意味でも、凄まじい感覚じゃよあんたの親御さんは。孝行できる相手がいる分だけ頑張ってその名に応えなさいよ」


 落として上げるツルシインの言葉に、布束は全身の力が抜けていた。
 からからと笑いながら、その人間じみた背格好のヒグマは、布束を後にして通路を進んでいった。


「あと、そのポケットの中のものは、相当の幸運を呼び寄せうるものじゃ。わかっとるとは思うが無駄に使いなさるなよ」
「……!?」
「なに、モノが何か知りたいわけじゃない。己(オレ)にも教えるな。大切にしなさいよ」


748 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:30:49 0XUou.i60

 ツルシインは何でもないことのように語って、ヤイコと共に道を先行してゆく。
 自分の作ったHIGUMA特異的吸収性麻酔針のことか、有冨のHIGUMA特異的致死因子のことか、Dr.ウルシェードのガブリボルバーのことか、何について言及されたのかはわからない。
 だが布束は、やはりヒグマ帝国の実効支配者とされる者が、余りにも強大な実力を持った者たちであろうことを再認識させられた。

 そして同時に、ヤイコとともに遠くから届くその柔和な声音に、ヒグマと人間が共存しうるかもしれない可能性を、強く再認識してもいた。


【A−5の地下 ヒグマ帝国・海食洞/昼】


【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、制服がずぶ濡れ
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣、Dr.ウルシェードのガブリボルバー、プレズオンの獣電池
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:『童子斬り』への対抗策……。
1:キリカとのぞみの成功・無事を祈る。
2:『例の者』、そして『スポンサー』とは……。
3:やってきた参加者達と接触を試みる。
4:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
5:帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。が、このツルシインというヒグマはどうだ……?
6:ネット環境が復旧したところで艦これのサーバーは満員だと聞くけれど。やはり最近のヒグマは馬鹿しかいないのかしら?
7:ミズクマが完全に海上を支配した以上、外部からの介入は今後期待できないわね……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。


【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:布束特任部長の意思は誤りではありません。と、ヤイコは判断します。
1:ヤイコにもまだ仕事があるのならば、きっとヤイコの存在にはまだ価値があるのですね。
2:無線LAN、もう意味がないですね。
3:シーナーさんは一体どこまで対策を打っていらっしゃるのでしょうか。


【穴持たず49(ツルシイン)】
状態:健康、失明
装備:水晶の鼻眼鏡
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため建造物を建造・維持し、凶兆があれば排除する。
0:B−7からやってきている凶兆の要を崩していき、帝国を守る。
1:実働できる頭数はどのくらいになるかのぉ。
2:帝国にとって凶とならない者は基本的に見守ってやっていいんじゃないかのぉ。
3:帝国の維持管理も骨じゃな。
[備考]
※あらゆる構造物の縁起の吉凶を認識し、そこに干渉することができます。
※幸運で瑞祥のある肉体の部位を他者に教えて活用させたり、不運で凶兆のある存在限界の近い箇所を裂いて物体を容易く破壊したりすることもできます。
※今は弟子のヤエサワ、ハチロウガタ、クリコに海食洞での作業を命じています。
※穴持たずカーペンターズのその他の面々は、帝国と研究所の各所で、溢水した下水道からヒグマ帝国に浸水が発生しないよう防水工事に当たっています。


749 : Licorice Leaf ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:32:02 0XUou.i60
投下終了です。

那珂とバーサーカーの位置は
【B−7 更地/午前】
ではなく、
【B−7 更地/昼】
でした。

修正をお願いします。


750 : ◆wgC73NFT9I :2014/06/22(日) 16:38:15 0XUou.i60
続きまして、相田マナ、シーナーで予約します。


751 : 名無しさん :2014/06/22(日) 17:13:12 V2eyVfL60
投下乙です。
まさか帝国でこんな実験が行われているとは……それに絡むヒグマ達の心境もまたグッと来ますね。
そして帝国から一旦脱出したのぞみとキリカは、那珂ちゃんやバーサーカーと出会ってどうなるか?


752 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/06/22(日) 18:19:51 RtdFUrbE0
投下お疲れ様です!
実効支配者の面々、なかなかに常識的というか哲学的というか…造られた命ゆえなのかなんとも言えなくなってしまう。
那珂ちゃんの解体絡みのトラウマも相まってヒグマ提督の所業の恐ろしさをひしひしと感じます。
この実験が続くヒグマサイドの目的も皇帝さんことイソマさんによって明示されたし、いよいよヒグマと人間の在り方について突き詰めてゆかねば…。

そして、島風、天龍、穴持たず678(ヒグマ提督)、金剛改ニ、天津風、メロン熊を予約させていただきます。


753 : 名無しさん :2014/06/23(月) 05:29:51 XjLrGKH.0
遂に実効支配者揃い踏みか!


754 : ◆Dme3n.ES16 :2014/06/24(火) 01:02:57 WsdFsF/U0
投下乙です
遂に残りの実行支配者も出てきましたね。ツルシインとか相変わらず名前がカッケェわ
イソマ様の言葉が深い。連れてこられた版権キャラと違って存在そのものが不安定な
ヒグマという存在の代弁者でもあるんだな。謎だった穴持たずカーペンターズも登場して
いよいよ帝国の全貌が明らかに。

カズマ、佐倉杏子、黒騎れい、狛枝凪斗、浅倉威、駆紋戒斗、カラス、
デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、劉鳳で予約します


755 : 名無しさん :2014/06/24(火) 13:20:21 impg7ooY0
投下乙
形ないヒグマを通して自らのとるべき形を認識した那珂ちゃん!いい歌うたえるといいなあ
ヒグマ帝国も建築班と大首領が明かされていよいよその形が明らかになって…まさかここまでまとまった形になるとは…


756 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/06/29(日) 15:19:39 hOEjUP4g0
予約延長させていただきます。


757 : ◆Dme3n.ES16 :2014/06/30(月) 00:16:27 J0M3QqHk0
浅倉威、駆紋戒斗、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマを予約から外します


758 : ◆wgC73NFT9I :2014/06/30(月) 01:22:54 RSH5NItc0
予約延長いたします。


759 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:18:14 DD3Ad44Q0
お待たせしました。色々と波紋を呼びそうですが、予約分を投下します。


760 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:19:15 DD3Ad44Q0
 汝は今、アプリオリな汝のみに帰った。
 さあ、気付かれぬようにそっと、定義を変えよう――。


    ###Qz42=無限


 キュアハートの鼻腔に、複数のヒグマのたおやかな獣臭が広がる。
 目に映る視野には一面、苔と岩で形作られた武骨で繊細な空間がある。
 研ぎ澄まされた聴覚には、ヒグマたちの息づかい、談笑。
 肌には涼やかな地下の湿り気がそよぐ。
 ――そしてそっと、舌舐めずり。


「こんにちは〜! すごいね、ここ、食べ物屋さんもあるんだ!!」
「あ、いらっしゃいませ……って、人間の方ですか!? どうしてヒグマ帝国に!?」


 ヒグマ帝国に来襲したキュアハートがまず降りたつのは、芳しい熊汁の湯気をくゆらせている屋台の前だった。
 そこでまず『灰熊飯店』の店先で調理をしていた、田所恵が彼女に気付く。
 田所恵の驚きをよそに、キュアハートは満面の笑顔のまま、鼻腔の奥に美味しそうな香りを存分に吸い込んでいた。


「ん〜♪ いい匂いだね〜! すっごく美味しそう!!」
「あ、あの、周りにヒグマさんがいるんですけど!! 危ないですよ!? 今すぐ逃げて!!」

 慌てふためく田所恵の声に、店内で麻婆熊汁を啜っていた3頭のヒグマが顔を上げる。
 周囲からはキュアハートの体臭を嗅ぎ付け、多数のヒグマが、なんだなんだと寄り集まってきていた。
 給仕をしていたグリズリーマザーも慌てて駆け戻ってくる。

「お客さん! ちょっと、笑ってる場合じゃないですよ!!」
「これはもう立食パーティーだね〜、いただきま〜す!!」


 周りを囲むヒグマたちを一瞥しても、その笑みは翳るどころか一層深くなったかのように見える。
 キュアハートは田所恵たちの指摘を意に介さず、無造作に調理台の奥に向けて手を伸ばしていた。


「あ……れ……?」
「田所さん……!?」
「うわ〜すっごい!! あなたのハート、すっごくピュアで美味しいよ! 流石料理人さんだね!!」


 真正面にいた田所恵の胸から、あたかも生簀から伊勢海老でも掴みだすかのような簡単さで、心臓が抜き取られていた。
 大動脈の断端に口づけして、どくどくと溢れくる鮮血をキュアハートは艶めかしい表情で啜った。

 田所恵は、自分の身に何が起こったかを理解する間もなく、絶命する。
 トサッ、とグリズリーマザーの青い毛並みに、軽くなった彼女の体が倒れ掛かった。


「田所さぁあああああああん!!」
「次はあなただよ♪」


 一瞬にして料理長が息絶えた衝撃に、グリズリーマザーはキュアハートの攻撃を意識することすらできなかった。
 調理台を踏み台にして飛び掛かったキュアハートは、そのまま手刀で一撃のもとに彼女の首を斬り落とす。


「お、おい! 屋台の女将さんが殺されたぞ! なんだあの人間!?」
「ん〜、沢山あって、誰から食べてあげようか迷うなぁ〜♪」


 そして、背の羽を打ち振って飛び立ったキュアハートは、周りを取り囲んでいたヒグマたちを、一陣の風の如く惨殺した。
 心臓を抉られるもの、胴体を両断されるもの、頭蓋を粉砕されるもの。
 キュアハートが屋台の前に着地した時には、ヒグマたちは一匹残らず、とても鮮やかな赤い料理となっていた。


「よし、取り敢えずキープはしたから、ゆっくり食べようっと〜」
「『ラビットボール』ッ!!」
「わぷっ!?」


 返り血に塗れた笑顔で満足気に辺りを見回していたキュアハートへ、突如、超高速で麻婆熊汁のどんぶりが投げつけられていた。
 キュアハートの顔面に炸裂したその一撃は、常人ならば頭が爆ぜ、ヒグマでも首の骨が折れるかもしれないほどの威力に思える。
 しかし、キュアハートは、激辛のその汁に咳き込むのみで、砕け散ったどんぶりを一瞥して平然としている。


「かっら〜ぁ。なにこれ。食べていいものじゃないんじゃないかな〜?」
「……この球速で通じないだと……!?」
「グリズリーマザー!? おい、しっかりしてよぉ!?」
「慌てるな少女よ……! 宝具だ。宝具があるはずだろう!!」


761 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:20:13 DD3Ad44Q0

 屋台のテラス席に座っていた3頭のヒグマが、キュアハートに対峙していた。
 熊汁の丼を投げつけたピンク色のヒグマが、歯を噛み締めて次の器を掴み、投擲の構えを取る。

「おおおおっ!! 『スケ……』――」
「もぉ〜、そのお料理はやめてよ」

 しかし、そのヒグマが次なる一投を放とうとした瞬間、キュアハートの指先から何かが弾丸の如く射出された。
 その一撃は、ヒグマの胸を一瞬のうちに貫いて地面に突き刺さる。
 先程砕けたどんぶりの破片だった。
 キュアハートはそれを、でこぴんの要領で弾いたのである。
 ピンクのヒグマは頭上に構えていた器を取り落とし、力なく地面に崩れ落ち、死んだ。


「ガァアアアアッ!!」
「おおっと」


 しかしその直後、キュアハートの背後から風を裂いて、ヒグマの爪が振り下ろされていた。
 すんでのところでその気配を察知して躱したキュアハートが振り向けば、そこには先程首を刎ねたはずのグリズリーマザーが、眼を怒らせて立ちはだかっていた。

「へぇ〜、何かの手品? 面白いね!」
「……あんたは、殺す」
「グ、グリズリーマザァッ!! 頼む、やっつけて、やっつけてくれぇっ!!」
「ここはサーヴァントを信じろ!! 我々は逃げるぞ!!」
「え〜、逃げないでよ」

 泣きながらグリズリーマザーに声援を送っていたヒグマは、次の瞬間、先程のヒグマと同じ閃光に貫かれていた。
 キュアハートの顔面に砕け散った陶器の破片は、別に一つではない。
 泣き腫らした眼で、穴の開いた自分の胸元を見たそのヒグマは、ゆっくりと前に倒れて、死んだ。


「マ、マスター……!? マスタァアアアアアッ!!」
「あなたの爪、すごくキラキラしてたけど。残念♪
 まず先に、ここのみんなに愛を教えてあげないといけないからね」
「あ、あああっ、ああああああっ――」


 グリズリーマザーの青い体は、微笑むキュアハートの目の前で、維持する魔力が散逸し、次第に薄くなって消滅した。
 だが、その意識の隙に間髪入れず、キュアハートの懐に潜り込んできた影がある。


「吩ッ!!」


 低い声で叫んだヒグマの拳が、キュアハートの下顎を粉砕せんばかりの速度で捉え、そのまま天上の岩盤に向けて打ち上げる。
 八大招・立地通天炮。
 地響きを起こす震脚の音と共に、キュアハートは天井に頭部を突き刺し、ぶらぶらと力なく揺れるだけの存在になっていた。
 ヒグマはその動きを暫し確認し、地面にへたりこむ。

「……くそっ。少年も、少女も、殺されてしまうなど……。あの容姿に油断していた……!」

 項垂れるそのヒグマの頭上で、その時ふと、もぞもぞという衣擦れの音がした。
 彼が見上げると、キュアハートが、突き刺さった頭を岩盤から引き抜いて、にっこりと笑みを浮かべていた。


762 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:20:58 DD3Ad44Q0

「あたたたた……。びっくりしたぁ! ちょっと気を失っちゃったよ」
「なっ……」

 瞬間、天井を蹴って落下したキュアハートの拳が、返礼とばかりにヒグマの頭部へ襲い掛かる。
 構えを取ろうにも躱そうにも、間に合う速度ではなかった。


 ――体機能強化。反射加速。右手屈筋、二頭筋、回内筋の瞬発力増幅……!!


 だが、その落雷のような襲撃を、そのヒグマは生物に非ざるような身のこなしで受けた。
 中国拳法の『纏』の動きにより、右腕全体に回転を与え、キュアハートの攻撃を受け流す。
 拳がぶつかり合い、キュアハートの細く白い腕が、圧倒的に太く力強いはずのヒグマの腕を、紙細工のように引き裂いてゆく。
 ヒグマは、手骨、尺骨、橈骨、上腕骨が粉々に砕かれてゆく痛みに耐えながらも、その高速の一撃を完全に流すことに成功した。


「ぅおおおおおおおおっ!!!」
「あれ、避けられちゃった」


 仕留められなかったことが予想外だという面持ちで着地したキュアハートの背後から、勢いよく立ち上がったヒグマが躍りかかった。

 無事な左拳に全身全霊の力をこめて踏み込む。
 驚いた顔で振り向くキュアハートの胸骨と心臓を砕くのに必要な動作はわずか半歩。
 先程の立地通天炮を上回る速度と震脚が、その拳一点に集束して叩き付けられた。

 ――金剛八式・衝捶。

 だが、その渾身の拳は、差し出されたキュアハートの掌に、難なく受け止められていた。
 エネルギー保存則を無視しているようなその柔らかい緩衝の後、そのヒグマの拳は彼女の握力により容赦なく握り潰される。


「ご、あああああっ!?」
「面白いね〜、そういう動きすると、力が出るの?」


 キュアハートが、掴んだヒグマの胸に拳を叩き込んでいた。
 彼女の震脚で、地面には大きなひびが入る。
 心臓を掴みだされ、眼から光の消えてゆくそのヒグマは、最期に、恨めしそうな眼差しで、一言だけ吐き捨てた。


「……化け物め」


 キュアハートの腕が抜き去られると、彼は口と胸から血を迸らせ、死んだ。
 彼の心臓を、血塗れの口で恍惚と咀嚼しながら、キュアハートは笑う。


「私は化け物じゃないよ。プリキュアだよ」


    ###Qz42=無限


 屋台前で殺戮した人間とヒグマたちを平らげて、キュアハートは地下階層にやってきていた。
 浴びた返り血も舐めとり、洗い流して、気分もスッキリとしている。
 示現エンジンの管理室の扉は開け放たれており、中には2頭のヒグマと2人の人間がいた。

「……はぁ。『闖入者』への対処? 有冨さんはどうしたの」
「有冨さんも忙しくてなぁ。まぁなんだ。俺たちが代理で頼みに来てんだわ」
「まぁ灰色熊はわかるけど……。そこの頭に鉄リング乗せたヒグマは誰? そしてなんで間桐さんがいるの?」
『灰色熊さん、ちゃんと説明してあげてくださいよ!』
「いや、ひまわりちゃん、今は研究所の皆で対処しないとまずい場面なんだ。どうも、すごくやばいヤツがここに襲撃してきたらしい。疑問はもっともだけど、押して協力してくれないか?」
「……はぁ。嘘をつくにしても流石に状況設定が不自然じゃないの、間桐さん?」
「そんなこと突っ込まなくていいんだよ! 俺たちが何してようが闖入者は知ったこっちゃないんだから!」

 話に夢中になっていて、4名は、キュアハートがにこやかに近寄って来ていることに気が付かなかった。
 キュアハートは、そんな彼らの輪の中心に潜り込んで、元気よく自己紹介をする。


「みなぎる愛! キュアハート!! みんな、よろしくね!!」
「……?」
『?』
「?」
「ヒィッ!?」


 次の瞬間、回転しながらうち開かれたキュアハートの両腕が、かまいたちを伴って、半径2mの空間を水平に分断する。

 突如現れた謎の少女の行動に唯一反応できたのは、意外にも半身不随の間桐雁夜だった。
 尻餅をついて倒れ込んだ彼以外の3名は、めいめいその胸板に、強烈な手刀を喰らわされていた。


763 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:21:58 DD3Ad44Q0

 管理コンピューターの前に座っていた四宮ひまわりは、そのモニターと共に、上半身と下半身が泣き別れになる。
 ずるりと肺の切断面を滑りながら、彼女は口元から赤いあぶくを吹き出して死んだ。
 キングヒグマも同様である。
 彼は絶命する間際、かろうじてキュアハートを敵だと認識し、その腕を振り上げかけたが、その爪はキュアハートに傷一つ与えることなく地に落ち、二度と動くことはなかった。

「――ぬぐおっ!?」

 その出会い頭の一撃に耐えられたのは、身体に岩石の結晶構造を固溶していた灰色熊のみである。
 たたらを踏んで後退した彼に、地に這いつくばる間桐雁夜から、悲痛な叫びがかかる。


「こ、こいつ、全てのステータスがAランク越えだッ!! 狂ってる!!」
「……なるほどな。カカァがやられるわけだ」


 未だ第四次聖杯戦争のマスター権を失っていない間桐雁夜は、その目で、サーヴァントやそれに類するものの実力を視認する能力を授かっている。
 この少女の外見に見合わぬ恐ろしい戦闘力と危険性を直感的に察知し、彼は難を逃れたのだった。
 灰色熊は妻の仇が目の前のキュアハートであることを認識し、狂乱した獣のような笑みを見せる。


「愛をなくした悲しいお兄さんたち。このキュアハートがあなたのドキドキ、取り戻してみせる!!」
「……俺のカカァと恵ちゃん殺しておいてよくそんな頭湧いたこと言えんなァ!!」
「貴様みたいな危険思想の奴がいるから、桜ちゃんは不幸になったんだぞ!?」


 灰色熊と間桐雁夜の怒りは、キュアハートの微笑みにそよ風のように流された。
 笑顔で突き出されるキュアハートの拳が、まず身動きの取り難い間桐雁夜の体に迫る。
 刻印虫を吐き戻したバケツを取ろうともがく間桐雁夜は、彼女の一挙動の踏み込みに対応できなかった。

 だがその瞬間、彼女に突如、予想外の現象が発生する。


「あいっ――……?」


 羽を用いて高速で接近していたその体のバランスが、急に崩れた。
 右半身に力が入らない。
 腕も、脚も、翼も、笑顔を作っていたはずの口元ですら、痺れて動かなくなっていた。
 キュアハートは間桐雁夜の上を通り過ぎて転げ、管理室の床に倒れた。


 TIA(一過性脳虚血発作)である。


 キングヒグマは絶命の瞬間、キュアハートに向けて、僅かながらにも己の能力を行使できていた。
 至る所に存在する生活常在菌であるカビの一種、『アスペルギルス』を彼女の口腔の中に増殖させ、無理な食人で発生した彼女の口内の傷から、血管内に侵入させる。
 血中で微細な血栓を形成したそれらは、脳血管に飛んで動脈を一時的に閉塞させ、右半身の運動を司る領域を虚血状態に陥らせていた。


「ゴァアッ!!」
「がっはぁ――!?」


 倒れ伏すキュアハートの脇腹に、灰色熊の前蹴りがまともに入った。
 そのまま灰色熊は、間桐雁夜が取ろうとしていたバケツを掴んで抱え上げる。

「おい、これがあればいいんだな!?」
「ああ、あいつに、投げつけてくれ!!」
「ガァッ!!」

 管理室の壁面にはりつけになるほど叩き付けられたキュアハートの顔面へ、灰色熊が放った大量の刻印虫が食らいつく。
 瞬間、間桐雁夜の皮下で全身の擬似魔力回路が励起した。
 蠢動する刻印虫に身を喰われながら、間桐雁夜は血反吐と共に全身の魔力を振り絞る。


「虫どもよぉおおお!! そいつを、喰い殺せぇえええっ!!!」
「あっ――んんっ――」


 身動きの取れないキュアハートを、体表から喰らい始める大量の刻印虫に、彼女は壁で嗚咽の声を上げた。
 肩で息をする間桐雁夜は、憤怒を漲らせた眼差しで、地に伏しながらなおもその魔力を迸らせる。


「俺を、そして桜ちゃんを苛む、臓硯謹製の虫だ!! 苦しめ! もがけ!
 貴様らの身勝手な思いが、どれだけ他人を痛めつけたのかその身で知り、後悔しながら悶え死ね!!」
「んううぅうっ――!?」


764 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:22:33 DD3Ad44Q0

 キュアハートに群がる刻印虫は、彼女を体内から食い破らんと、一斉にその口腔に殺到した。
 粘液に塗れた大量の芋虫を嚥下し続ける彼女の眼は白目を剥き、そして最後の一匹がその唇の奥に潜り込んだ時、キュアハートは痙攣と共に床へ倒れた。
 静謐を取り戻した管理室の床に、静かに水たまりが広がってゆく。
 瞠目して痙攣を続ける彼女の眼から、口から、スカートの下から、体液が溢れ出していた。


「――仕留めたのか?」
「……ああ。俺は勿論、桜ちゃんも虫蔵に入った初日は死にかけた。耐えられる訳がない」

 間桐雁夜を助け起こそうと彼に近寄る灰色熊の耳にしかし、その時思いもかけぬ吐息が聞こえていた。


「あはぁ――」


 痙攣するキュアハートの口から、そんな華やかな息が漏れる。


「――美味しい」


 驚愕に動けぬ灰色熊と間桐雁夜の目の前で、彼女は起き上がり小法師のような不気味な動作で屹立した。
 艶めかしく上気した表情で舌なめずりをしながら、彼女は間桐雁夜に語り掛ける。

「アーイイ……イイよぉ……。美味しすぎて絶頂しちゃいそう♪
 こんな虫さんを食べてるあなたや桜ちゃんって子は、最高に幸せなんだねぇ」
「――ッ!?」


 雁夜が、もし間桐臓硯のような魔力と研鑽を積んだ熟練の魔術師であれば、この好機に、あわやキュアハートを間桐桜のように籠絡できていたかもしれない。
 しかし、一度は自身の家門を捨てた間桐雁夜に、そこまで虫を自在に操る能力はなかった。
 彼女の飲み下した刻印虫は、全てその嚥下の前に咀嚼され、殺滅されていた。

 そしてもはや、キュアハートの脳動脈を塞栓させていたキングヒグマの最後の血栓も、線溶され跳び去っている。
 彼女は再び、万全の状態に戻っていた。


「……ねぇ、もっとちょうだい?」


 艶やかに呟かれた声を間桐雁夜が聞いた直後、彼はキュアハートにその唇を奪われていた。
 そして唇ごと、高速で飛来したキュアハートの牙が、彼の首を捩じ切って過ぎ去って行った。


「ぐぉおお――!?」
「あはっ♪ お兄さん、お顔の裏まで虫でいっぱい♪ ちゅるちゅる踊り食いだぁ〜」
「ぅるぅぅ――ガァアアアアアアッ!!!」


 通りすがりの手刀に胸元の毛皮を抉られた灰色熊の前で、キュアハートは雁夜の頭蓋を弄びながら、にこやかにそれを喰らう。
 灰色熊は、その彼女へと、狂乱したように飛び掛かっていた。


「あはぁ〜、ヒグマさん、かたぁい♪ ワザマエだね♪」
「なん、だっ、このガキの、硬さはっ!?」


 しかし、並のヒグマとは比べ物にならない硬度を持つはずの灰色熊の打撃に、キュアハートは難なく応じていた。
 双方が殴り合う攻撃は、互いの皮下に届かず、決定打を与えることができない。
 キュアハートはその拳打の雨の隙を縫い、地を蹴って後方に翻った。
 にこやかな微笑みと共に、彼女は両手でハートのマークを形作って見せる。
 キュアハートの衣装の胸で、ハート型のブローチが輝いた。


「じゃあヒグマさんには、この技をあげるね。えへへ、実はこの島に来てから使うの初めてなんだ〜♪」
「なっ――」
「あなたに届け! 『マイスイートハート』ッ!!」


 そのピンク色の光線が灰色熊の体を抉るのは、彼が地盤に溶け込んで逃れようとする動作よりも早かった。
 キュアハートの胸から射られた光に体の大半を食いちぎられ、灰色熊の体は三日月のように、胴部を僅かな皮一枚で繋いでいるのみの姿になっていた。
 そして彼は風化した大理石の柱のように、中央から二つ折りに崩れ落ちる。


「……そんな血の色のハート、誰の心にも届かねぇよ」


 全身が灰色の石膏のようになりひび割れてゆく灰色熊の頭部を、キュアハートはにこやかに踏み壊した。


「そんなことないよ? 誰の心にも、愛はあるんだもん!」


    ###Qz42=無限


765 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:23:20 DD3Ad44Q0

 示現エンジン管理室で殺戮した人間とヒグマたちを平らげて、キュアハートは地底湖の方にやってきていた。
 溢れた体液や虫の残骸も舐めとり、洗い流して、気分もスッキリとしている。
 地底湖では丁度、バタフライをするヒグマと、船の装備を背負った少女が競走をしていた。


「あははっ、ヒグマさんおっそ〜い」
「楽しそうだね〜! 私も混ぜて〜!」
「オゥッ?」


 競走のルールもへったくれもなく、彼女たちの走行方向の真正面から飛来したキュアハートは、少女とヒグマの心臓部を通りすがりに食いちぎって行く。
 キュアハートの体に胴のど真ん中を貫かれた少女とヒグマは、一瞬のうちに轟沈していた。


「やっぱり、みんなで走ると楽しいね〜!」
「Scheisse!! あの忌々しい複葉機を思い出すわッ、貴様が敵艦かぁ!!」
「ん〜?」


 地底湖に集まる多数のヒグマのどよめきの中を飛び回っていたキュアハートに、眼下から鋭い怒声が届いていた。
 先程の少女よりも大ぶりの艤装を背負った少女が、金色の長髪を振り立たせて、巨大な砲門を構えている。
 その砲の先端には、何か巨大なエネルギーのようなものが収束していくようだった。


「Feu……!?」
「これって速さ比べだよね?」

 だが、キュアハートは、少女が砲撃を開始する前に、その目の前に降り立ち、胸部装甲を貫いて彼女の心臓部を握り潰していた。

「う……そ……?」
「え? うそじゃないでしょ。だってさっきの子はかけっこしてたよ?」
「……確かに」

 真顔で返されたキュアハートの言葉に、超弩級戦艦の少女は、一度首肯して轟沈した。


 艦娘たちが倒されて、その場に集っていた艦これ勢のヒグマたちは、恐怖と混乱の渦に飲み込まれていた。
 頭に軍帽を乗せたヒグマが、その混乱を収拾すべく声を張り上げる。


「だ、大丈夫だっ!! 今、工場で解体ヒグマからの資材を使って新たな戦艦を作ってる!!
 私は艦娘を建造できた唯一のヒグマだ! 切れ者だし、キングから信頼もされてる!
 侵入者からも守り切って見せる!! 安心しろぉ!!」
「キングって、あの鉄の冠かぶったヒグマさん? もう食べちゃったよ?」


 そのヒグマ提督の前に、満面の笑みのキュアハートが降り立っていた。
 笑顔で告げられた事実に、ヒグマ提督の思考は停止した。

 わなわなと脚を震わせるのみの提督の前で、キュアハートは逃げ惑うヒグマたちを見回す。

「うーんと、流石にこれだけの数があったら、回って食べるのも一苦労だよね。よ〜っし」
「な、何を……」

 キュアハートは、マジカルラブリーパッドを取り出して起動させる。
 すると一斉に、ヒグマ提督を含む周囲のヒグマの心臓が、弾けて体外に飛び出した。


「ぐ……ぁ……」
「集合!」


 胸から真っ赤な花を咲かせて死んで行く数多のヒグマたちを他所に、キュアハートは花びらを振りまくかのように、合わせた手を頭上に向けて勢いよく開き、掲げる。
 無数のヒグマの心臓は、元クッキー製造工場だった艦娘の工廠に殺到し、一つの巨大なハートマークに合体した。


「『ハートダイナマイト』!!」


 そして、艦娘を作っていたらしいその工場は、大爆発を起こして四散した。
 キュアハートはそうしてできたクレーターの上に降り立ち、満足げに笑う。
 地底湖周辺は一面、ヒグマたちの胸から粗雑に咲く、真っ赤な花弁の海に変貌していた。


766 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:24:06 DD3Ad44Q0

「う〜ん、流石ヒグマさんたちのプシュケーだね〜! すっごい綺麗〜!」


 地底湖へシロクマとシバが駆けつけてきたのは、ちょうどそのタイミングだった。
 オーバーボディを脱いだスーツ姿のシバは、その眼でキュアハートの後ろ姿を見るや、驚愕に身を竦ませる。

「え、この、女の子が、闖入者……?」
「シロクマさん、前に出るなッ!! こいつの魔法特性は、一体……!?」

 シバの『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』は、ただでさえ強いサイオン波を渦巻かせているその少女の周囲に、彼女の体に喰い込むように浸食している何らかの凶悪な魔法式のようなものを見ていた。


 ――俺の眼でも解析が困難……、ならばここは『術式解体(グラム・デモリッション)』をぶつける!


 シバの腕から、圧縮されたサイオンの塊が射出された。
 対象物にサイオンを直接ぶつけて爆発させ、そこに付け加えられた起動式や魔法式と言ったサイオン情報体を無差別に吹き飛ばす、言わばサイオンの砲弾とも言える超高等対抗魔法であった。

 瞬間、後ろを向いていたはずのキュアハートが、シロクマとシバの方へ不気味な角度をつけて振り向く。
 体を弓なりに反らして笑みを浮かべる彼女の口が、シバが打ち出したサイオンの閃きを『飲み込んだ』。
 キュアハートを取り巻くサイオン波が、無系統魔法であるシバの攻撃を緩衝し、自分の魔法式として逆に取り込んでしまう。
 シバの放つ渾身の閃光さえも彼女には意味の外であり、シバとシロクマにとって彼女の行動速度は認識の埒外であった。
 バンディット=サンのニンジャソウルにより、常プリキュアや常ヒグマの3倍近い身体能力を得ているキュアハート=サンにとっては、その程度のことはチャメシ・インシデントであるのだが。


「なぁっ――」
「きゅんきゅんするパワーだねっ! 素敵っ♪」


 キュアハートは、そのままアクロバティックな後方伸身宙返りでシロクマとシバの元に迫ってきていた。
 生物の反応速度に潜り込む華麗な速さで、2分の5ひねりを加えて飛び上がった彼女の蹴撃が、シロクマの頭部を首から斬り飛ばす。
 シロクマの巨大なオーバーボディの切断面から弾けた長い黒髪に、シバの瞳は吸い込まれていた。
 たった一つ彼に残った記憶の欠片が、その光景に呼応する。


「シロ……ク――?」


 自分の前で崩れ落ちてゆく彼女の後ろ姿に釘づけられたシバは、シロクマを蹴った勢いのままに空を滑り来るキュアハートを、全く意識の中に置いていなかった。
 そして彼は棒立ちのまま、着地しながらに振り下ろされる彼女の爪で、体をバターのように両断され、死んだ。


「それじゃあ、いただきま〜す!」
「……お兄様はッ……! やらせ、ません……!!」


 シバの死体の前で合掌し、捕食しようとしていたキュアハートの足元を、背後から悲痛な呻き声とともに氷が埋めていた。
 シロクマの体の中から黒い長髪の少女が這い出し、頭蓋骨の一部を削られて血を流しながらも、片腕で地面を細かに叩き、もう片腕を必死に差し伸ばしている。
 その少女は、兄を守るため全力を振り絞り、地底湖周囲の大気全体を高速冷却してキュアハートの動きを止めようとした。
 だがその瞬間に、彼女の頭部は激しい衝撃を受けて弾け飛ぶ。


「なるほど、二人はそんな関係だったんだ。安心して! 私の中で二人はずっと一緒にいられるから!」


 キュアハートは、自身の脚を固めた氷を砕きながら、それをシロクマに蹴り飛ばしていた。
 氷の砲撃で顔を粉砕されたシロクマは、誰かも解らぬ無名の少女の死体となり、その白い首筋から赤い血を垂れ流すだけだった。


【体幹部轢断 心肺肝その他臓器多数損傷 機能停止 出血多量を確認】
【生命機能維持困難 許容レベルを突破】
【自己修復術式/オートスタート】
【魔法式/ロード】
【コア・エイドス・データ/バックアップよりリード】
【自己修復――完了】


 その時、シロクマの死体の方に向き直っていたキュアハートの背後で、ゆっくりとシバの体が起き上がっていた。
 その肉体は、キュアハートの攻撃を受ける以前と寸分違わぬ完全な姿である。
 彼の得意とする再生魔法で組まれた『自己修復術式』が起動し、負傷直前のエイドスにて彼の情報は上書きされたのだった。


767 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:25:26 DD3Ad44Q0

「残念だがどんな手段を取ろうと、俺を最終的に傷付けることは不可能なんだ――」
「そうなんだ。じゃあ食べ放題かぁ〜♪」


 キュアハートに向けて発言した直後、彼の肉体は再び機能停止する。
 彼女の拳がシバの心臓を握り潰すタイミングは、彼がその動きを捉えるよりも大分早かった。
 シバの瞳は、顔を無くした、シロクマの中の少女の死体に注がれていたからである。

 ――自己修復の間に、あなたは何か言ってはいなかったか。シロクマさん、あなたは一体、誰……。

 儚くも彼の脳髄は、その思考を完了する前にブラックアウトしていた。 
 そのままキュアハートは、死んでゆくシバの肉体を喫食し始める。


【心破裂 気管支及び大血管切断 脊柱粉砕】
【生命機能維持困難 許容レベルを突破】
【自己修復術式/オートスタート】
「うん。じゃあもう一回いただきまーす」
【頭部圧壊 呼吸中枢及び思考機能全損】
【生命機能維持困難 許容レベルを突破】
「待ちきれないなぁ〜、もう一回!」
【脊髄抜去 上位運動・感覚ニューロン消失】
「はいはーい! おかわり〜」


 自己修復術式の起動と実行にかかるタイムラグは、キュアハートがシバを再び殺すには十分すぎる時間だった。
 ワンコソバめいたキュアハートの楽しいシバ捕食タイムは、この後も何回か繰り返された。
 その時間は誰にも邪魔されることなく、楽しく楽しく過ぎた。
 地底湖の周囲に、シバが再生できるだけの時間を稼げる生命体は、もういなかったからである。

 最終的に、シバはその肉体を繰り返し繰り返し捕食され、その精神までをも捕食された。
 キュアハート=サンのニンジャソウルにかかれば、プシオン情報体である彼の魔法演算領域をしめやかにサヨナラさせることもベイビー・サブミッションなのである。


    ###Qz42=無限


 地底湖で殺戮した人間とヒグマたちを平らげて、キュアハートは海食洞への通路にやってきていた。
 張り付いた氷やサイオンも舐めとり、洗い流して、気分もスッキリとしている。
 通路では丁度、海食洞から1人の少女と2名のヒグマがやってくるところだった。


「……ヤイコ、本当なの? 少女の闖入者? それが帝国の者を無差別に虐殺したの?」
「はい。残念ながら事実のようです。シロクマさんが亡くなる間際に、それだけ送られたようで……」
「……噂をすれば来よったわ。……まずいのぉ……。ここは一本道じゃ」

 キュアハートからかなり距離がある段階で、顔に眼鏡の縁のような白い毛のあるヒグマ、ツルシインが、彼女の存在に気づいていた。
 薄暗い通路で、かつ数百メートルの距離を置いた状態で発見されることは、キュアハートにとって予想外の事だった。
 そしてツルシインにとっては、キュアハートがその距離で、自分たちが彼女に気付いたことを気付かれるのが予想外の事だった。
 キュアハートは顔の横でハートマークを形作り、遠方に向けて元気よく自己紹介をする。


「みなぎる愛、キュアハート! 愛をなくした悲しいお嬢さんたち。このキュアハートがあなたのドキドキ、取り戻してあげるからね!!」
「……Insaneね」
「狂ってますね」
「たぶれとるわ……」


 遥か彼方で、背筋の粟立つような寒気に襲われた布束砥信、ヤイコ、ツルシインは咄嗟に身構えた。
 キュアハートがくるりとその場で一回転するや、彼女の胸でハートマークが輝く。
 エンジン管理室で灰色熊に同様の行動をした時よりも、遥かにその輝きは鮮やかで強かった。
 ツルシインが引き攣ったような声で叫ぶ。


「ここまで届くぞぉ!! 壁じゃ! 張り付けぇ!!」
「――! ヤイコが、防護致します――!!」
「あなたに届け! 『マイスイートハート』ッ!!」


768 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:26:51 DD3Ad44Q0

 瞬間、海食洞に向けて続く直線通路を、ピンク色の閃光が埋めていた。
 布束とツルシインの前に立ちはだかり、電磁波による防護壁を展開していたヤイコは、その甲斐なく、一瞬のうちに全身をその光に食い殺される。
 その巨大なハート型の光は、数キロ離れた海食洞への扉を吹き飛ばし、そこから続く海面を抉って、西の海に潜んでいたミズクマの胴体を真っ二つに喰い千切っていた。


「が、あああっ……!」
「布束さん!? ……もう、動いちゃいかん! 死ぬぞ!!」


 事前にその閃光の通過位置を認識していたツルシインとは違い、布束は完全にその光を回避することは出来なかった。
 壁に寄せ切れなかった左腕が、肩口から光に持っていかれ、勢いよく鮮血が床に噴き出している。
 四白眼を見開く彼女はしかし、ツルシインの言葉に唇を噛み、飛来するキュアハートに向けて拳銃を構えていた。

 次第に暗くなってゆく視界に、それでも布束はしっかりと狙いを定め、キュアハートの肩に向けて発砲する。
 しかし、過たず少女に着弾したその銃弾は、彼女の肌に跳ね返るだけであった。


「お姉さん、わざと急所を外したの? おもちゃなんだったら遠慮しなくて良かったのに」
「……」


 拍子抜けした顔で目の前に降り立ったキュアハートを見据えながら、布束は壁にずるずると血の跡を引き摺って、地面に崩れ落ちていた。
 ツルシインは、背に純白の翼を生やしたその少女の姿を間近に捉えて、その身に渦巻く縁起を認め震える。


「何なんじゃあんたの凶兆の無さは……! 仏舎利でも埋め込んでおるのか!?」
「ううん、愛があるだけだよ!」


 ツルシインの叫びに、振り向いた彼女はにっこりと答えていた。
 万物には、その存在が終わる時の兆しが必ずある。しかし、ツルシインの目の前の少女は、その兆候が極端に希薄だった。
 ツルシインが全力で集中して、キュアハートにはようやく幽かな黒点としてその滅びの兆しが浮き沈むのみである。
 キュアハートの攻勢を躱しながら、外力を以てその点を貫けるほどの幸運は、この環境とツルシインに存在していなかった。


「私に食べられて、あなたも無限の愛になろうよ♪」
「……片腹痛いわね……。ダブルミーニングで」


 ツルシインに向けて笑顔で歩み寄っていたキュアハートの足首に、瞬間、蛇のように少女の腕が這い上がっていた。
 キュアハートはそこに、数十本もの針に刺されたような、得体の知れない痛みを覚える。


「Scum suckerが、愛を語らないで……」
「なっ――」


 布束砥信に掴まれた側のキュアハートの膝が、かくんと折れていた。
 彼女に穿たれたのは薬剤か超能力か――。いずれにしても、布束がその命を賭した行動は、キュアハートの片脚の運動機能を麻痺させるには十分な攻撃だった。
 布束は、微かな笑みを残して眼の光を落とし、絶命する。


「――ッ、布束さんの呼び込んだ運は、無駄にせんぞぉ!!」
「きゃあっ!?」


 ツルシインは即座に、体勢を崩したキュアハートに向けて横薙ぎに腕を振り抜いていた。
 キュアハートは難なく身を屈めてそれを躱すが、脱力した方の脚に体重がかかり、彼女は地面に倒れ込んでしまう。

「シィッ!!」
「――ぐわぁーッ!?」

 ツルシインは振り抜いた動作から流れるように片脚を振り上げ、キュアハートの背中に踏み下ろしていた。
 エンジェルモードの翼の片方が根元から折られ、そのまま引き千切られていく。

「なんっ、でっ!!」

 キュアハートは地面から跳ね起きて、片脚を引き摺りながらツルシインに拳打を浴びせる。
 ツルシインはその高速の突きの雨を容易く躱し続け、まるでキュアハートを誘導するかのように後退していた。

「あんた自身に凶運がなくとも、あんたの周りは凶兆だらけじゃぞッ!!」
「――あっ」


 そしてツルシインが叫んだ直後、キュアハートはふと何かに足を躓かせて、再び地に倒れ込む。
 ヤイコが防護壁を築く際に通路の岩盤から引き寄せた、鉄鉱石の塊だった。

「ジャッ!!」
「――ああああああああっ!!」

 ツルシインの振り下ろした手刀が、キュアハートに残っていたもう一つの翼をも斬り飛ばす。
 キュアハートは唇を噛んで舞うように跳ね上がり、空中から渾身の拳を突き出していた。


「――大当たり。そこは下水管じゃ」


 横に踏み躱したツルシインの脇で、壁面に深々とキュアハートの腕が突き刺さる。
 瞬間、壁に大きなひびが入り、津波の海水を一身に受けて溢水した下水道の水流が、一挙にキュアハートの体に襲い掛かっていた。


「きゃぁああああああああっ!?」


769 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:27:38 DD3Ad44Q0

 羽をもがれ、濁流に飲み込まれて海食洞の方へ流されてゆくキュアハートを尻目に、ツルシインは脱兎の如く研究所の方へ逃走していた。
 ツルシインも、彼女の戦闘能力を完全に奪ったわけではないのである。
 もし二度三度と、苦し紛れに先程の閃光を放たれてはたまったものではない。


「シーナーッ!! どこにおるシーナー!! イソマに知らせねばっ!
 あんな強大な力を持った者を逃してはならんぞぉ!!」
「……『ラブハートアロー』」


 シーナーの存在を探しながら駆けて行くツルシインの感覚に、その時、想像を絶するような凶兆の重苦しい寒気が襲い掛かる。
 海食洞へ流れてゆく濁流の先へ振り返り、ツルシインは驚愕した。
 キュアハートがその両手で、禍々しいピンク色の光を弓に番えて引き絞っている。 
 彼女の正面にはさらにハート型の光が的のように浮かんでおり、それがツルシインに重圧を感じさせている元凶となっていた。


「まさか――っ」
「『プリキュアハートシュート』ッ!!」


 光の矢が放たれ、その目の前のハートマークに直撃した時、同時にツルシインの体内で心臓が破裂していた。
 刺さってもいない矢に貫かれたように口から血を吹き出し、ツルシインは地に倒れ伏す。
 体温を落としてゆくツルシインのもとへ、キュアハートは壁を掴んで、水流の上をにじりながら戻ってきていた。
 眩いばかりの凶悪な吉祥に包まれたその存在を夢現に見ながら、ツルシインは、笑って死んだ。


「……運命を捻じ曲げて『心臓を喰らう』、暗示の矢……。シーナーや、世界は広いのぉ……」


 ツルシインの最期の呟きに答えるように、ディーラーは席を立つ。


    ###Dμ34=不死


 突風のコミューターでたった今この世に着いたように、彼は唐突に出現する。
 通路でツルシインの死体を捕食しようとしていたキュアハートは、いつの間にか地表の広漠たる草原に存在していた。
 突然に変化した周囲の景色に戸惑う彼女は、その時、彼の姿を捉えた。


「……キングさんでも勝てない。灰色熊さんでも勝てない。提督さんの製造物では言わずもがな」


 真っ黒な霞が凝り固まったような、四肢の細長く、痩せたヒグマだ。
 骨と皮ばかりのような肉体に、底なし沼のような虚ろな双眸を揺らめかせて、彼はキュアハートを見据えていた。


「ヤイコさんでも勝てない。布束特任部長でも勝てない。ツルシインさんでも仕留めきれない」


 そうして、彼は枯れ枝のような体躯を、影のように静かな動きで歩ませて近づいてくる。
 幽かな彼の呟きは、その声量に反して、キュアハートの耳に、重い怒りの色を伴ってはっきりと響いていた。 


「シバさんとシロクマさんも、同行は大概にしませんとね……。お互いに気を取られ合っていてはお話になりません」
「あなたは、一体、……誰?」


 今までの喧騒の全てを読み解いたように呟くそのヒグマに、キュアハートは初めて、今までこの島の何者にも感じなかった恐怖の欠片のようなものを覚えた。
 そのヒグマは彼女の問いに僅かに首を傾げ、ヘドロのようなどす黒い笑みを見せる。
 その口からは、彼自身の身長よりも長いのではないかと思われる、2メートル近い長さの舌が零れていた。


「どうも、闖入者さん。穴持たず47『シーナー』です。ヒグマ帝国のしがない医者ですよ」


 粗暴の都市にたった一頭だけ残った孤高の塵が、そのヒーラーであった。


「ドーモ、シーナー=サン……。みなぎる愛、キュアハートです……!」
「……挨拶を済ませれば満足ですか? では、今すぐに、消えて下さい」


 緊張を伴ってアイサツしたキュアハートの眼に、その瞬間、シーナーというヒグマの顔から真っ黒な液体が炸裂したように感じられた。


770 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:28:15 DD3Ad44Q0

「きぁ……っ!?」

 それを見たように思ったと同時に、彼女の視界は、天と地がさかさまになっていた。
 空に向かって落下してしまうような薄ら寒い感覚に身を竦ませると、今度は彼女の左耳の中で大爆発が起こる。

「うあああぁーっ!?」

 頭の半分が弾けたように思えるほどの大音声の破裂音により、前後不覚となったキュアハートの体は右側に大きく吹き飛んでいた。
 そしてそのまま彼女に休む暇を与えず、右から左から連続的に爆発音が浴びせられる。
 鼓膜が裂け、内耳が潰れ、脳髄が潰滅するかのような激痛を伴う音の雨に、キュアハートは頭を抱えてのたうち回った。


「が、あ、ああっ、あなたにっ……届けっ! 『マイスイートハート』ぉ!!」
「『汝の前には今、無効のみがある。弾道上に空く、虚無に消えよ』」


 自分の声さえ聞こえないような音響と頭痛に苛まれながらも、彼女はその胸からピンク色の閃光を迸らせていた。
 同時に叫んでいたシーナーが、空を裂くように腕を打ち振る。


「『この場を領(うしは)くは、私の世界である』!!」


 シーナーに届く寸前で、ピンク色の光は不自然に分断される。
 空間を切断され、飲み込まれていくかのようにして『マイスイートハート』はキュアハートの視野から消滅した。
 キュアハートはふらつきながらも、即座にその手にラブハートアローを番える。
 シーナーは苛立ったように、刺々しい言葉をキュアハートに投げつけた。


「愛を、なくした、悲しいシーナーさん……! あなたは愛を、受け入れなきゃ……!!」
「なぜそれほどまでに振り回されるのです!? あなたは今すぐ、消え去らねば……!!」
「私が、あなたの胸のドキドキ、取り戻してみせる!!」
「私が、あなたを安息の元に、殺して差し上げます!!」


 彼女の正面に、シーナーの心臓を暗示するハートマークが出現する。
 シーナーは怒りに震えた。
 そして二名の叫びが大気を引き裂く。


「『その幻の心臓を作るは、汝。現を幻とし、幻を現と見よ』――」
「『プリキュアッ、ハートシュート』ッ!!」
「『可視化』!!」


 光の矢がラブハートアローから放たれた瞬間、キュアハートの正面に浮かんでいたハートマークが、突如分裂する。
 7、19、37と急激にそのマークは増殖し、彼女の視界を埋めていた。
 矢はそのうちの一つを射抜いて消え去るのみで、そうしてできた空隙も、見る間に新たなハートで埋め尽くされる。
 四方を埋めてキュアハートを圧殺しそうになるまでに迫る無数のマークを前に、キュアハートは愕然とした表情で叫んでいた。


「どうして!? どうしてあなたは、そんなにも愛を受け入れたくないの!?」
「見るに堪えない!! 死ねない致命傷ほど、自他にとって胸の悪いものはありません!!」
「……ッ、集合ぉおおおおおっ!!」


 依然として、怒りと共に叫ぶシーナーの言葉は、キュアハートには理解不能だった。
 ただキュアハートは、目前に出現させたマジカルラブリーパッドを起動させ、腕を振りあげていた。

 彼女を圧殺しようとしていた無数のハートマークは、その動きに一挙に引き寄せられてシーナーの頭上にわだかまる。
 そのまま、周囲の草原からは、虫の、鳥の、小動物の、ありとあらゆる動物の心臓が抉り出されてその巨大なハートの中へと集っていった。
 空を埋め尽くさんばかりの血の色のハートマークが、シーナーの上に掲げられる。
 キュアハートは、憐れみの籠った眼差しでシーナーを見つめていた。


771 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:28:35 DD3Ad44Q0

「ねぇ、わからないかな……?
 ほら、みんなの愛でできたこのプシュケーは、こんなにもきゅんきゅんしてるんだよ?
 あなたも、私と一つになって、愛の中で生きようよ!!」
「……今だけで、この島に存在する全ての生命体が鏖殺されたのです!!
 剥がれよ!! どこまで癒着すれば気が済むのですか!! 疾く、去ねぇ!!」
「――がぶっ!? ぐげぇっ、があはああっ!?」


 シーナーの叫び声と共に、キュアハートの顔面は、強烈に殴打されたかの如き衝撃を受けていた。
 アンモニアや塩素といった刺激臭の混合気体を、超高濃度で鼻腔に叩き込まれたような、脳の焼けるような異臭が彼女の気道を満たす。
 あまりの刺激に爛れたキュアハートの粘膜は一瞬にして腫れ上がり、喀血と呼吸困難が彼女を襲う。
 どろどろとした鼻血を流しながらも、彼女の眼差しは狂気のような光で輝き続けていた。

「ダメ、だよ――」

 折れかけた膝を立ち直らせ、キュアハートは燃えるような瞳を上げる。
 口元に流れる血を拭い、彼女はシーナーに訴えかけた。

「愛を忘れちゃ、駄目なんだよ! お願い、わかって!!」
「直視せねば、駄目なのです! 相田マナさん!!」

 互いが互いに向けて嘆願した言葉は、そのまま矢のようにすれ違った。


「――『ハートダイナマイト』ォォォオオオオオッ!!」
「――今時、パターナリスティックな言葉では、届きませんか……」


 諦観したように呟いたシーナーは、自身に向けて迫りくる、空を覆うほどのハートの爆弾を、漫然と受け入れた。
 ただ悲しそうにキュアハートを一瞥して、彼はそのハートの爆発に巻き込まれる。

「ならば、射抜かれる日々に、そっと定義を付そう――」

 黒い霞のように吹き飛んでゆくシーナーの肉体は、そんな残響を残して消滅した。


 ……『治癒の書(キターブ・アッシファー)』――。


    ###Dμ34=不死


 ヒグマの島で殺戮したあらゆる生物を平らげて、キュアハートは故郷の大貝町に帰ってきていた。
 穴持たず50『イソマ』は、その結果を知り、人知れず自害した。
 キュアハートが地球上のあらゆる命を舐めとり、食い尽くすのに、それほど時間はかからなかった。
 大貝町の人々と生き物も、つい先ほど両親ともども全員食べ終わったところで、気分もスッキリとしている。

 そんな彼女が、自宅である『ぶたのしっぽ亭』の軒先で夕日を見ながら父親の心臓に舌鼓を打っていたところ、聞き覚えのある少女たちの声が、彼方からかかってきていた。


「マナーッ!!」
「マナちゃ〜ん!!」
「キュアハート!! あなたっ、あなた……一体!?」
「キュアハート……ッ!!」
「マナ……」
「あ、みんな〜! どこ行ってたのかと思ったよ〜」


 沈みゆく夕陽の中に、本来ならばキュアハートの戦友であるはずの、5人の少女がいた。
 キュアダイヤモンド、キュアロゼッタ、キュアソード、キュアエース、そしてレジーナである。
 彼女たちの悲痛な、あるいは剣呑な語気の叫びに対して、キュアハートは夥しい量の血に塗れた店の前で手を振る。
 その笑顔は、父親の血で真っ赤だった。

 キュアハートの凶行を止めるべく、彼女たち5人は今までずっと彼女の後を追っていたのだが、余りに高速で移動してゆく彼女と惨殺されてゆく人々に追いつくことができなかった。
 真っ先にキュアハートの目の前に降り立ったのは、赤い髪を振り立たせたキュアエースこと円亜久里である。

「亜久里ちゃんもあの島から出てこれたんだ! 見つからなかったからどうしたのかと思ってたよ〜」
「……キュアハート、あなたは、プリキュア5つの誓いを忘れたのですか!!」

 キュアハートのにこやかな言葉を他所に、紅の鮮やかな唇を震わせて、キュアエースは彼女を叱責した。
 しかし返ってくるのは、全く論旨の本質からずれた、狂ったような笑顔だけである。

「え? 覚えてるよ〜。さっき、総理大臣さんの所にも『島のヒグマさんにも人々にも、みんなに愛を教えてきました』って報告してきたし」
「〜〜ッ!! 救いようもなく狂いましたか、キュアハートッ!!」
「亜久里ちゃんこそどうしたのさぁ? 愛は与えるものでしょ?」
「最早、同じプリキュアとはいえ容赦なりません!!」

 キュアエースは武器である大型の口紅を、即座に引き抜いていた。
 キュアハートはその動きに、きょとんとした表情を見せながらも、手でハートマークを形作る。


772 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:29:19 DD3Ad44Q0

「彩れ、『ラブキッスルージュ』!! ときめきな――」
「あなたに届け、『マイスイートハート』!!」


 キュアエースはその口紅を自らに引き、投げキッスで出現させたハート形のエネルギー体を、さらにキュアハートに向けて撃ち出そうとした。
 しかしその動作は、直ちに胸元から放出された、『マイスイートハート』の速度の前には余りに煩雑だった。

 瞬く間に全身を飲み込まれたキュアエースを貫いて、その光線は上空の4人にも迫る。
 常の必殺技とは全く異なる性質を持ったその光の危険性を逸早く察知して、そこへキュアロゼッタが動いていた。


「『プリキュア、ロゼッタリフレクション』!!」


 レジーナ、キュアダイヤモンド、キュアソードの前に出て、ラブハートアローを手に三戦の構えから展開された巨大なクローバー型の盾が、真っ向から『マイスイートハート』の光を受け止める。
 しかし、強烈な圧力で噴射される光の奔流に、その強固なはずの盾は、齧られてゆくかのようにひびを増やしていった。
 キュアロゼッタ――もとい四葉ありすは、幼馴染であるはずの目の前の少女に向けて、重圧に喘ぎながら叫ぶ。

「やめて! こんなこと、やめて下さいマナちゃん!!」
「どうして? これでありすも私と一つになって愛を育めるんだよ?」
「……っ」


 砕けてゆく盾を前に唇を噛んだキュアロゼッタは、後ろで共に盾を支えている3人の少女に振り向いた。

「……行って下さい、皆さん。皆さんで、マナちゃんを正気に戻してあげて下さい――!」
「ありす――ッ!」
「さあ、もう持ちません!! お願いします!!」

 その言葉を最後に、キュアロゼッタは、爆散した盾と共に光に食い殺された。
 そして光線の軌道上から3方に散った少女たちの内、紫色のキュアソードが、閃光のような速度でキュアハートに向け肉薄する。


「キュアハートォオオオオオオオオオオッ!!!」
「はーい、いらっしゃいまこぴー♪」
「『プリキュア、スパークルソード』!!」


 飛来するキュアソードの手元から、紫色の光でできた無数の短剣が放たれる。
 キュアハートはにこにことしながらその全てを両手でキャッチし、食べ始めた。

「いやぁ〜、案外美味しいねこの剣。まこぴーの愛の形なんだから当然かぁ〜」
「何があった! あなたに何があったのキュアハート!! どうしてそんなジャネジーに染まってしまったのあなたは!!」
「人聞き悪いなぁ。私のプシュケーは、みんなの愛でぷるんぷるんだよ?」

 指先に紫の光を纏わせ、剣を振るうようにキュアソードはキュアハートへと切りかかる。
 剣崎真琴の名を冠する彼女の剣戟を、キュアハートは難なく素手で受け止め続けていた。
 噛み合った手刀は鍔迫り合いの様相となり、キュアハートの笑顔が、今にも泣きそうな表情のキュアソードの鼻先に近づいてゆく。

「国王様の愛が解ったまこぴーならわかるでしょ? 私は、みんなとの愛を思ってるだけなんだよ」
「違う!! あなたは間違っている!! 根本的にっ――!」

 力一杯首を横に振るキュアソードはしかし、次の瞬間にはキュアハートに抱きつかれ、その喉元を喰い破られていた。
 一筋の涙が、剣崎真琴の瞳から流れる。


「いい加減にしてッ!! この『幸せの王子』ッ!!」
「――六花?」


 キュアソードの首筋から血を啜っていたキュアハートが、その時背後から羽交い絞めにされた。
 解放されたキュアソードの死体は、ただ静かに地面に倒れ伏す。
 菱川六花――キュアダイヤモンドが、その青い髪を振り立たせて、泣いているとも怒っているともつかぬ表情で、キュアハートの耳元に叫びかけていた。


「あなたは、自分を誰だと思っているの!? よしんば、あなたのこの行為が『愛』なのだとしても、私は、あなたのためにも止めさせるわこんなこと!!」
「そうだよっ!! マナ、前にマナは、友達とは戦わないって、言ってたじゃない!!」


 身動きを封じられたキュアハートの前からは、金髪の少女、レジーナが必死の様相で訴えかける。
 しかし、キュアハートは両者を一瞥して笑みを深めるや、勢いよく脇を締めてキュアダイヤモンドの肩関節を引き抜いていた。


773 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:33:23 DD3Ad44Q0

「――あがああああァッ!?」
「愚問だなぁ二人とも〜。私はみなぎる愛、キュアハート。私は戦ってるんじゃなくて、愛のためにみんなを食べてあげているだけ。何の問題もないでしょう?」

 脱臼した両肩の痛みに耐え、たたらを踏みながらも体勢を崩さなかったキュアダイヤモンドは、大親友である目の前の少女が振り向き様に突き出してくる手刀へ向け、大きく叫び返していた。


「あなたは、大貝第一中学生徒会長、相田マナでしょうが――ッ!!」


 心臓へ高速で迫る手刀に、キュアダイヤモンドは辛くも膝蹴りを合わせていた。
 上方へ逸らされたその突きは、心臓に当たりこそしなかったものの、菱川六花の左上肺野を貫いて、彼女の口から大量の喀血を迸らせる。
 倒れ掛かるその親友の口元へ食らいつこうとするキュアハートの耳に、その瞬間、得も言われぬ殺気が通り過ぎた。


「マナから離れろぉ――ッ!!」
「――!?」


 キュアハートがキュアダイヤモンドの体を突き放して後退した刹那、先程までキュアハートのいた場所を、『マイスイートハート』に勝るとも劣らない巨大な金色の光線が通り抜けていた。
 光の槍・ミラクルドラゴングレイブを構えたレジーナが、その蒼い瞳を真っ赤な殺意に燃やしてキュアハートを睥睨している。
 その漆黒のドレスは気迫に奮い立ち、彼女の長い金髪と赤いリボンはざわざわと震えるようだった。
 キュアハートは落ち着いた笑顔を崩さずに、レジーナへ尋ね返す。


「さっきの言葉、どういう意味? 『マナから離れろ』って」
「……あんたの言葉で、あたしは確信した。あんたはマナじゃない。あたしはパパの娘だから、解る。
 あんたはマナのプシュケーに食らいついた、おぞましいジコチューの群れだッ!!」
「な〜に言ってんのレジ……」
「これ以上、マナの口を借りて、喋るなっ!!」


 裂帛の気合と共に、再び金色の光線がマナのいた空間を抉っていた。
 瞬時に光を躱しながら迫っていたキュアハートの手刀を、レジーナはしっかりと眼で追う。
 槍の柄を脇の下から潜り込ませ、キュアハートの突進の勢いを巧みに捻じり上げながら、すれ違う彼女の背面へ、レジーナは振り返りながら槍の穂先を揮っていた。
 ミラクルドラゴングレイブから放たれた光の刃が、深々とキュアハートの背肉を弾き飛ばす。


「グワーッ!?」
「……強くなったんだよ、あたし。マナに話を聴いてもらうために」


 キングジコチューの娘であり、同時に、プリキュアの出自であるトランプ王国国王の娘であるレジーナの武練は、常プリキュアのそれよりも頭一つ抜きん出ていた。
 轟音を立ててミラクルドラゴングレイブを振り回し、見得を切って構え直す彼女の瞳は、氷のように冷ややかな光を宿している。
 震えながら身を起こす眼前のキュアハートに向けて、彼女はぎりぎりと歯を噛み締めて叫んだ。


「やっと、マナの隣に立つことができたと、思ったのに!! なに荒ぶる気持ちに飲み込まれてんのさ!! ふざけないでよッ!!」
「レ、レジーナ……。レジーナこそ何を言ってるの……。私は、何も変わってないよ……」
「ああそう、判らないの。自分がどんな愚かしいジコチューに成り下がってるのか……。
 ……なら、あたしが浄化してあげるわ。マナの代わりに……」

 見つめ合うキュアハートとレジーナは互いに一瞬、悲しそうな表情を見せ、そして叫んだ。


「愛を無くした悲しいキュアハート! あたしが、マナのドキドキ、取り戻して見せる!!」
「なに言っちゃってるかなレジーナ! 私と一緒に、無限の愛の一部になろうよ!!」
「マナァアアアアアアアアッ!!」
「『マイスイートハート』ッ!!」


774 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:34:14 DD3Ad44Q0

 瞬間、ミラクルドラゴングレイブから巨大な光の柱が迸る。
 『マイスイートハート』の光とぶつかり合い、拮抗し、金とピンクの散乱光が辺りに溢れた。

「アアアアアアアァァ――!!」
「ラヒィイイイイイイィル!!」

 レジーナの気迫と共に、金色の光がピンクを飲み込んだ。
 しかしその時既にキュアハートは、相殺され威力の減衰したその奔流の中を、身を削られながら疾駆していた。

 獣じみた甲高い叫び声を上げながら、レジーナの放つ光を突っ切り、鋭い牙と燃えるような舌を口元から覗かせて、キュアハートの爪がレジーナに向けて襲い掛かる。

「――クッ!?」

 苦し紛れに握りを返して振り抜かれるレジーナの石突きを、キュアハートは身を沈めて躱す。
 キュアハートの手刀が突き出されるのと、レジーナが槍の柄を渾身の力で振り下ろすのとは、全く同時であった。


「――……ゴハァッ!!」


 キュアハートの手刀は、レジーナの槍で軌道を下に逸らされ、彼女の胃を貫くに留まる。
 しかしレジーナの口から溢れる鮮やかな吐血は、致死量を超えるには十分すぎた。
 槍を取り落とした彼女は、その腹部を貫いているキュアハートに抱き留められる。
 かつての彼女と何も変わっていないかのようなその抱擁に、レジーナはキュアハートを、涙を滲ませながら抱き返していた。


「……ねぇ、マナ。あたしは、マナになら食べられてもいいよ。……あたしはマナのこと、本当に、好きだからさ」
「……レジーナなら、解ってくれると思ってたよ。それじゃあ一緒に――」


 深い笑顔と共に牙を覗かせたキュアハートの唇は、そっとレジーナの人差し指で押さえられた。
 そして、レジーナは蒼い瞳に慈悲のような色を湛えて、諭すように語り掛ける。

「……でもそろそろ、自分の矛盾に気づいてもいいんじゃないかな。もう、この世界には、あたしたちしかいないんだよ?」
「そうだよ。もうみんな、私の愛の中で一つになってるんだもの――」

 キュアハートがそうレジーナに返しかけた時、彼女の血の色の衣装がレジーナに激しく掴まれる。
 レジーナは、涙を溢れさせて叫んでいた。


「みんながあんたに食べられて、あんたの中の『愛』になってしまったら、マナが死んじゃった後、それはどうなるの!?
 もうその『愛』は、どこにも引き継がれない!
 もう誰も、新しい愛を生みだせない!
 友達や家族と色んな人たちと、泣いて、笑って、助け合った愛は、未来もなく、あんたというジコチューと共に永遠に消え去るのよ!!」
「あ……」


 キュアハートは、自分の脳内に、奇怪な水音を聞いた。
 自分の肉が、内側から剥ぎ取られているかのような音だった。
 身を貫いた一筋の寒気に、彼女は絶句したまま動くことができなかった。


「『幸せの王子』の結末って……、マナに話したことあったっけ」


 そのキュアハートの横から、荒い吐息と共に、親友の声がかかる。
 そこには、脱臼した両腕と穴の空いた胸元を氷で埋めた、キュアダイヤモンドが立っていた。
 自身の技、『トゥインクルダイヤモンド』で止血・延命していた彼女は、身を震わせているキュアハートに向けて訥々と語る。

「柄頭のルビーと、両眼のサファイアと、全身の金箔を人々に分け与え、愛を振りまいた幸せの王子の像はね。
 最後に、とてもみすぼらしい鉛色の姿になって、溶鉱炉で溶かされてしまうのよ」

 失血の激しい菱川六花は、光の薄い目で、ふらふらとキュアハートの元に近づいてゆく。

「冬の寒さで死んだツバメと共に、融け残ったその鉛のプシュケーは、ごみために捨てられた。
 お話では、それは天使が救い上げてくれるんだけど――、あなたがもうみんな食べちゃったから、マナは、ずっと捨てられたままになっちゃう」

 キュアダイヤモンドは、最後の力を振り絞って、キュアハートの手を掴んだ。

「マナの気持ちも解る。でも、好きなみんなを独り占めするよりも、どこまでも友達でいられた方が――」
「六花……!?」
「――なんか、いいじゃない?」


775 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:34:50 DD3Ad44Q0

『そしてツバメは幸せの王子のくちびるにキスをして、死んで彼の足元に落ちていきました。
 その瞬間、像の中で何かが砕けたような奇妙な音がしました。
 それは、鉛の心臓がちょうど二つに割れた音なのでした。
 ひどく寒い日でしたから。』


「あ、あああ、あああああああ……――」


 キュアハートの変身が、解けていた。
 ただの女子中学生である相田マナの視界で、日の落ちた真っ暗な景色が、眩暈のようにぐるぐると溶け落ちていく。
 自分の魂がピーラーに剥がれて、その半分がごっそりと消え落ちていることにようやく気が付いたように、相田マナはただただ寒気に身を震わせていた。


「ねぇ、マナ――」
「あ、ああっ……レジーナっ……! 行かないで!! 行かないでッ!!」
「それはムリだよ……。あたしも死んじゃうもの。これが、あんたの望んだ夢――」
「お願いだよぉっ!! そんなこと言わないで!!」
「ね、ほら……、これであんたは、望み通り一人ぼっちよ?
 もう良いんじゃない? そろそろ休みなさいよ……」


 自分と抱き合いながらか細く呟くレジーナに、マナは狂乱したように叫ぶ。
 彼女の腹部に突き刺した腕から伝わる血の温もりは、徐々に徐々に冷えていく。
 力が抜け、相田マナに抱えられた姿のまま崩れ落ちてゆくレジーナは、その体からどろどろとした黒い液体を流れ出させ、溶けていった。


「――さぁ、マナは今、アプリオリなマナ自身に帰った……」


 レジーナの姿が消え去った後、相田マナの周りには、何もなくなった。
 辺りには一面、盲(めしい)になったように真っ暗な空間が広がり、そこに自分だけがただ一人取り残されている。
 腕から消えてゆく愛しい友人の感覚に愕然としながら、相田マナは、何もない空中に一人へたり込んでいた。


    ###ЯИ9Ж=終了


 相田マナの胸から、ハートの形をした手のひら大の物体が零れる。
 プシュケーと呼ばれる具現化した彼女の心の象徴は、二つに割れてマナの手に落ちていた。
 その表面は綺麗なピンク色を保っていたが、そのハート型の内部は、虫に食い荒らされたかのように黒く変色し、虚ろな空洞になっていた。


「ああ……」


 誰もいない寂寥とした空間の中で、私服姿の中学生の少女は、食い荒らされた自分の心を握り締めて、一人嗚咽を漏らす。
 その片手がポケットをまさぐり、取り出してきたものがあった。


「シャルル……」


 ラブリーコミューンと呼ばれる、プリキュアになるための携帯電話型変身アイテムだった。
 シャルルという妖精が変身して形作られる相田マナのラブリーコミューンは、血塗れになっていた。
 シャルルの顔が残っているはずのその表面は、マナ自身の歯型で削り落とされている。

「そっか……そうだよね。私がまず始めに食べちゃったのが、シャルルだもんね……。思い出した」

 宇宙空間でヒグマの魂にマナが捕食され、真っ先に危機感を抱いてキュアハートを止めに入ったのが、そのシャルルだった。
 キュアハートは嬉々としてシャルルを喰らい、そのまま島へ降り立ったのだ。
 そして彼女はそのまま、共にヘリコプターでやってきたあの男性を――。


「……っッ、おげぇえええええっ!!」


 唐突な吐き気に襲われた相田マナは、そのまま虚空に、彼女の捕食した人物の残骸を吐瀉していた。
 マナの胃液に混じるのは、大量の人骨の破片、髪の毛、衣服の繊維、未消化の肉塊――。
 山岡銀四郎という老マタギだった男の死体が、ほとんど消化もされずにそこに残っていた。
 彼を食べて一つになるということは、果たしてただの人間である少女の身で、可能だったのか――。


776 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:35:39 DD3Ad44Q0

 自分が受け入れた新たな『愛』を、ジコチューに人々へ押し付けてしまったこと。
 そのせいで沢山の人々が痛めつけられ、傷つき、死んでしまったこと。
 抑えきれなかった自分のジコチューな心が、相田マナにはまるで悪性の病気か何かのように思えた。
 浸潤し、転移し、体中を侵したその病気を、お医者さんが頑張って全て切り落とし・取り除いた時には、もう健常な自分の体と心は、半分も残っていなかったのだ。

 政府の特命を受けて共に下った友の残骸も、次第に虚空に溶けて流れてゆく。
 酸鼻な胃液に鼻の奥から侵された相田マナは、いよいよ一人になった彼女自身だけで、さめざめと泣いた。


 そうして相田マナは、爪先から次第に、その静かな闇の中に融けて――。


「フン!!」

 瞬間、彼女は、泣いていた自分の顔を叩いて立ち上がっていた。

「あ〜、泣いた泣いた! スッキリしたぁ♪」

 そうして眼を上げた相田マナの表情は、いつも通りの満面の笑顔になっていた。
 彼女は足先から溶けていきながら、力強い眼差しで中空に向けて呼びかける。


「この、夢の世界を私に見せてくれているのは、シーナーさんだよね。
 あなたは最初から、私が実際にこんな結末に至らないよう、私が気づくまで根気よく処置をしていてくれたんでしょう?
 みんなを私から守ってくれて、本当に、ありがとうございましたっ!!」


 彼女が今まで出会ったヒグマや人間の中で、キュアハートに対してこのような周到な幻覚を見せたのは、医者と自称したシーナーただひとりである。
 キュアハートが島の地面を陥没させてヒグマ帝国に至る直前か直後か――、恐らくそのくらいのタイミングから、相田マナは彼の見せる夢の中にいたのだろうと、彼女には容易に推察できた。


「『一人ぼっち』だって言ってたけど、少なくとも今の私を、シーナーさんだけは知ってる。
 シーナーさんだけは私の今を見ていて、私にこんな丁寧に夢を見せてくれている。
 それなら私はもう、愛の行方を憂う必要はない。
 あなたの作るこの静かで穏やかな世界は、キュンキュンする愛に満ち溢れているんだもの!」


 腰元まで溶け落ちながら相田マナは、無音の変遷に占められた広大な空間に腕を広げた。
 不動の双眸で虚空にシーナーの姿を望み、燃えるような彼女の言葉は続く。


「例え肉体が滅びようと、魂は――。ううん、魂が滅びようと、思いの力は、不滅だもん。
 仲間を守るために、思いの限りを尽くしたあなたなら、きっと私の代わりに、みんなの心に愛を取り戻せる!!
 私の体は、良かったらヒグマの皆さんで食べちゃって下さい。『みんなと一緒に』ごはんを食べる、最高の幸せの輪の一部になれるなら、これ以上のことはないもの」


 胸元まで虚空に消えた相田マナは、その指先で大きく宙に『L・O・V・E』と描いていた。
 輝くキュアラビーズも、シャルルのいたラブリーコミューンもない、半身を失った彼女を、再びピンク色の旋風が包み込む。


「プリキュアッ、ラブリンク!!」


 深いピンク色の髪が長く伸び、金色の輝きに変わる。
 変身の間にも消えてゆく体と腕を、キュアハートの衣装が覆う。

 ――シーナーさんッ!!

 時空も世界の境界をも越えるような、ビッグバン級の眩い意志を以て、彼女はにこやかに微笑む。


「あなたに届け! 『マイスイートハート』!!」


 愛という不朽の旋律に咲いたその笑顔は、相田マナという存在が虚空に融けた後も、消えることなく残り続けていた。


【相田マナ 死亡】


    ##########


777 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:37:16 DD3Ad44Q0

 2頭のヒグマがいる。
 彼らは1つの死体を前にして、涙を流しながら荒い息をついていた。

 血と吐瀉物に塗れた、一人の小さな少女の死体が、そこにある。

 大貝第一中学生徒会長・相田マナは、落盤に見舞われたヒグマ帝国の地面の上にうつ伏せに倒れ、四肢をあらぬ方向に折られた姿で目を閉じていた。
 たった今止まった彼女の心音に、彼ら2頭は、緊張の糸が切れたように崩れ落ち、むせび泣く。
 彼らの体も至る所に裂傷や挫創が刻まれ、満身創痍の状態であった。

 2頭の名は、穴持たず90『久礼(クレイ)』と穴持たず101『百井(モモイ)』。
 ちょうどこの付近の下水道の防水処理を行なっていた、穴持たずカーペンターズのメンバーであった。

 そしてその2頭の前、倒れた相田マナの死体のすぐ傍らに、真っ黒な霞のようにもう一頭のヒグマの姿が出現する。


「……これ程までに。これ程までに、消化に時間を要するとは……」


 穴持たず47『シーナー』は、2頭同様に傷だらけになった細い体で、相田マナの上に息をついた。


 シーナーはミズクマの報告から、島内に侵入し、生き残っていた1名の闖入者の存在をかねてより懸念していた。
 そのため、纏流子の首輪に入ったキュアハートの嬌声を、しっかりと彼は捉えていた。
 彼がその戦闘の現場に辿り着くことができたのは、ちょうど彼女たちの会戦の終盤、デビルヒグマたちの加わった交戦が、地盤の崩落で中断されたまさにその時であった。
 地下に飛び込もうとするキュアハートに対し、シーナーは不可視の幻覚の内からその長い舌を射出し、彼女を『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の支配下に置いていた。
 キュアハートはそのまま崩落した地盤の上に落下してのたうち、近くからはクレイとモモイの2頭も騒ぎを聞きつけてやってきていた。
 だが、キュアハートとの戦いはそこからが本番であった。

 深部感覚も何もかもを失なっていながら、キュアハートの狂気は一切衰えなかった。
 シーナーが『治癒の書』で捕食してきた人間は、皆数分と経たず夢現のうちに消化され尽くすのが常であった。
 しかし、キュアハートもとい相田マナの魂は、幻覚の中で一向に解ける様子を見せなかった。
 何らかの外的な改変が彼女の魂の半分近くを浸食し、癒着して歪ませていたのだ。
 人間4人分はあってもおかしくない量のその精神を、シーナーは時間を稼ぎながら、一つ一つ剥ぎ取って行った。

 その間、幻覚で見る景色のまにまに、彼女は飛び立ち、殴り、蹴り、必殺技を使おうとした。
 そのほとんどは、見当違いの壁面や地面に衝突してキュアハートを自傷させるのみであったが、彼女の身体能力の前には、その狂乱の代償はあまりに些末だった。
 シーナーが幻覚の状況を展示しながら彼女の行動を予測し、3頭がかりで押さえつけても、振りほどかれ、飛び立たれ、彼らの生傷は増えていった。

 羽をもぎ、腕を折り、脚を砕き、衣装を剥ぎ、続々と出現する必殺技用のアイテム類を即座に奪って破壊する。

 幻覚の中で潰滅していくヒグマ帝国の光景と、自分たちが対応している闖入者の狂気と、そして、ただの少女にすぎない彼女の正体と自分たちの行なっている行為に、彼らの眼にはいつの間にかひとりでに涙が浮かんでいた。


778 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:39:04 DD3Ad44Q0

「……本当に、私が間に合って良かった……」


 震えながら嘆息したシーナーの呟きに、クレイとモモイの激しい首肯が応じる。

 シーナーが見せていた幻覚は、多少の認識の違いや現実とのズレはあるにしても、相田マナとシーナーが想定した、実際の戦闘シュミレーションそのものであった。
 幻覚の中でキュアハートが死ねば、そのショックは現実の肉体にも作用し、魂の消化を待たず心停止で相田マナは死亡していただろう。
 しかし、彼女の進撃は留まるところを知らなかった。
 もし、シーナーが会戦の現場で彼女を捉えることができず、帝国の内部に逃していたのならば、多少の細部の違いこそあれ、最終的に幻覚の中で起きたのと同様の結末に至る可能性は非常に高かった。

 だが、変身が解け、死亡した彼女の体は、あまりにも小さく華奢な、人間の雌の幼体に過ぎない。
 シーナーは、とても軽いその少女の死体を起こし、口元の汚れを拭ってやり、抱え上げた。
 彼はそれを、泣き崩れているクレイとモモイのもとに歩み寄り、差し出す。


「……皆さんでお食べになって下さい。食糧不足の折、お二人を始め、カーペンターズの皆さんは特にお疲れでしょう」
「えっ……、いいんですかシーナーさん!? 俺たちよりも、序列的にシーナーさんが召し上がるべきでは……」
「私は先程、人間まるまる一人食べてしまいましたからね。もう数日は結構です。……それに、これはこの闖入者の遺言でもありますので」
「あ……、ありがとうございます!!」


 相田マナの体をクレイの腕にそっと渡して、シーナーはその礼の言葉に首を振った。

「いえ……。礼を言う対象は私ではありません。その彼女自身に言って下さい。
 『いただきます』、『ご馳走様でした』と。所詮、どんな題目を立てようと、我々の行為は独善の裏返しなのですから。
 せめて、気のふれていた生前の彼女とは違い、そこには自覚的でいましょう」
「……わかりました。それでは俺たちは、ここの地盤の補修をしてから、皆のところに持っていきます」
「はい、いつもいつも、あなた方にはお世話になっていますね。ご苦労様です」
「シーナーさんこそ! ずっと休まれてないでしょう!? 傷も酷いですし、どうかここは俺たちに任せて、暫く安静になさって下さいよ!!」
「……そうですね、それができればいいのですが……」


 虚ろな目で踵を返したシーナーのもとに、その時緑色の苔の光がやってきていた。
 メッセージを開封すると、粘菌はシーナーの腕に、こんな文章を再生する。

『シーナーの東の凶兆排除に感謝す。西は任せよ。暫し休め。ツルシイン』

 事態の顛末の粗方を認識していたらしい朋友の言葉に、シーナーは僅かに表情を緩ませたように見えた。
 そして彼は今一度、クレイとモモイが作業を再開した、落盤の山を見やる。


779 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:39:53 DD3Ad44Q0

 そこには、デビルヒグマ、球磨川禊、碇シンジ、纏流子、ジャン・キルシュタイン、球磨、星空凛という7名と、巴マミ、暁美ほむらの2名の死体が埋まっているはずであった。
 しかしシーナーの知覚には、その瓦礫の山の中に、何の生体反応も確認できなかった。
 全員落盤に圧殺されたのか。
 しかし、臭いとしては、そこから明確にヒグマ帝国の方に続いている跡が残っている。
 もっとも考えられる可能性としては、デビルヒグマのみがその落盤の衝撃に耐え、同行していた人間の臭いを残したまま帝国の方に行ったということである。
 それならば何の問題もない。キングヒグマと連絡をとり、球磨川ら6名の死亡を首輪で確認すれば済む。
 彼が帝国の方針に賛同しなくとも、シーナーが誘導して暫くの間檻にでも入っていてもらえばいいだけではあるのだが。


「……休んで、いいんでしょうかねぇ、私が」


 幽鬼のような足取りで帝国への道を辿るシーナーの眼に、瓦礫の山の端にそっと安置された、相田マナの姿が映った。
 『治癒の書』の中で溶け去る最後まで彼女の心が放ち続けた、眩しいばかりの笑顔が、シーナーの脳裏をよぎる。
 彼女のポケットからは、血塗れになった携帯電話型のアイテムが零れ落ちていた。
 暫くの間、彼女の微笑むような死に顔を見つめていたシーナーは、鉛色に変色したそのラブリーコミューンを拾い上げ、口の中に何かを呟きながら再びゆっくりと歩き始める。


「ラブ、ラブ……、『LOVE』。『愛』ですか……」


 呟く彼の口や眼からは、誰にも見えることのない、真っ黒な粘性のある液体が、滂沱の如く流れ落ちていた。
 牙を噛み締める彼の姿は、次第に足元から空気に溶け去ってゆく。


 相田マナは、幻覚の中で発言していたように、日本の内閣総理大臣から依頼を受け、この島のヒグマの被害を収め、参加者を救い出しに来たようだった。
 ただの闖入者とは断じることのできない、凄まじい信念がその少女にはあった。
 魂の歪んだキュアハートとしての単純な能力の強さに留まらず、孤独の死を悟って尚も、他者を打つ希代の精神の強さを、相田マナは有していた。
 何らかのアクシデントで、彼女は『捕食による愛』という概念を抱いてしまったようだが、その概念にしても本来は、彼女の行動方針を曲げるものではなかったはずである。
 彼女が自身の身の破滅をもたらしたのはひとえに、その『愛』を、あらゆる生物へと身勝手に押し付けてしまったからであった。

 もし仮に相田マナが、ヒグマの凶暴性と、ニンジャの技巧と、プリキュアの肉体と、彼女自身の当初の信念を兼ね備えたままヒグマたちの鎮圧に当たろうとしていたならば――。
 もしかすると、結末は変わっていたのかもしれない。
 シーナーが相手どることもできないような、強大な救国の存在になっていたかもしれない。
 日本国が単身で派遣してくるのにも頷ける実力ではある。


「――ですが、私は、だからこそ許せません……」


 ラブリーコミューンを握るシーナーの手に力が籠る。


「……年端もゆかぬ、世間も知らぬ、未来ある幼体を、なぜこのような過酷な運命に巻き込んだのですか。
 伝説だ才能だと、口当たりの良い言葉で唆し、無辜の彼女の義侠心を利用して、改造し実験動物にして戦地に送り込んだのでしょう、貴様らは……!!」

 怒りに満ちた黒い液体が、涙のようにシーナーの双眸から溢れて、中空に流れてゆく。


「若い個体の命を使い捨てにし、自身はのうのうと内地の安寧に逃げ隠れて、何が指導者だ……!
 同胞の命と未来を守るなら、なぜ自身から調査と交渉に乗り出して来ぬ!?
 闘争という安直かつ放埓な手段に訴えるのは、ただ自身の利益と保身を望んでのことだろう!!
 貴様らにこそ『愛』はあるのか、人間の指導者ども!!」


 黒い涙で、シーナーの姿は覆いつくされた。
 怒りの炎を独白に響かせながら、彼の言葉はただ自身の内側にだけ揺蕩う。

「己の事しか考えぬジコチューな指導者も、それに易々と騙される民草も、やはり人間は皆、莫迦ばかりなのですね。
 ……なおのこと、人間は我々が管理する必要があるでしょう。これ以上、無駄に未来を散らす若人を出さないためにも」


780 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:40:12 DD3Ad44Q0

 シーナーの内に広がる『治癒の書』は、心を惑わすもののない、ただ静かで安らかな彼の心象風景だった。
 外界から入ってくる邪念を排除し、アプリオリな自分自身に帰って眠る、彼なりの『愛』の形だった。
 見る『自分自身』によって不断に転換する幸せな幻も、ただその者の苦痛を取り除くためだけに出現する、シーナーの心の産物である。

 相田マナの笑顔を溶かし込んだその書物に、シーナーはその声で怒号の愛を刻んでいた。


「愛を無くした悲しい人間ども! 私が、あなた方を安息の元に、殺して差し上げます!!」


 倶利伽羅のような黒い怒りの炎は、水煙のように空間を満たして、不滅の思いを新たにする。


【F−6の地下・ヒグマ帝国の隅っこ 昼】


【穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(中)、疲労(大)、対応五感で知覚不能
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
1:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
2:李徴・隻眼2への戒めなども、いざとなったらする必要がありますかね……。
3:モノクマさん……ようやく姿を現しましたね?
4:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
5:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。


※クレイ、モモイの2頭が、崩落したF−6の地面の修復に当たっています。
※相田マナの亡骸は、まだその近くに安置されているようです。


781 : Dμ34=不死 ◆wgC73NFT9I :2014/07/02(水) 21:40:50 DD3Ad44Q0
以上で投下終了です。


782 : 名無しさん :2014/07/02(水) 22:44:04 yy3tVbAc0
投下乙ですー
マナさん粛清というか浄化というほうが正しいか……あり得た可能性を余すところなく提示しながら助け剥がしていく過程に愛を感じた
が、結果としてみればシーナーさんの完勝でマナさん特に何も残さずか、
と思いかけたけど、そこから人間vsヒグマの大テーマの方に繋がるとは。シーナーさんの叫び。愛なあ…。
とりあえずマナさんお疲れさまでした。強かった。身体も心も。


783 : 名無しさん :2014/07/02(水) 23:03:17 r9Sw7gpA0
投下乙
どうなるかと思ったけど結果としてマナさん完敗か
しかし一歩遅かったらこの幻覚道理に進んでたかもしれないと思うと震えが止まらないな
参加者側の凶悪無差別マーダーも残す所二人か


784 : 名無しさん :2014/07/03(木) 01:49:43 .p5qL4pU0
投下乙!
ヒグマ帝国の全貌が明かされた次の話で主催陣営が次々とマナさん一人に殺されていく衝撃の展開
田所さんや責任感の強いヒグマ提督ですぐ幻覚だと分かったけど全然目覚めてくれないから読んでて段々不安になってきてました
レジーナや立花まで引っ張り出した全力の治療でようやく正気に戻ったけど結局まともな戦闘では倒す手段が無かった辺りが恐ろしい
彼女の死がシーナーさんの心にも影響を与えた様だが果たしてどうなっていくのか


785 : 名無しさん :2014/07/04(金) 00:24:29 NGwjy5.c0
マナさんは都合のいい妄想を見ていた訳ではなく綿密なシュミレーションを行ってこの惨状か…
人間を見下してそうなシーナーさんも思わず泣いてしまうわそりゃ


786 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:00:13 3jDzh1X.0
投下お疲れ様です!
マナさんもシーナーさんも本当お疲れ様でした……。
マナさんが止められなかった結果が恐ろしすぎる、と同時にこれが味方であればどんなによかったかと嘆かざるを得ませんねえ。
シーナーさんの愛の怒号、心象風景がこの後に残された参加者たちやヒグマにどう働くのか。
愛って凄まじい感情だ……。

そして私も予約分投下いたします。


787 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:01:56 3jDzh1X.0
人間とは何か。
定義は謎に包まれているし、確固たる言葉だってこの世にはない。
いついかなる時でも私は人間だと、胸を張って言えるだろうか?

例え見た目が獣でも人間の精神があれば。
例え精神が獣でも人間の見た目があれば。

そこに交わる感情はとても、アンビバレンスなのだろう。





荒ぶる波間を蹴立てて少女であり艦船である者は進む。
黒髪は波しぶきに濡れて、露を含んできららと光った。
その前をまろぶように、踊るように速さという単語を体現して進む金色。

彼女たちのための晴れ舞台に等しい海上。
これが窮屈な会場に流れ込んだ津波などでなければ、きっと天高く登った太陽でも仰いで士気を高めていただろうに。

「島風、あんまり先行しすぎるなよ」
聞こえてないだろうが釘を刺して、天龍は口を閉ざす。
目の前で心底航行を謳歌する背中を見つめ、ないまぜになった感情を飲み干すために決して余計な口を開かない。

彼女は――なんなのだろうか?

携帯電話から語られた衝撃の真実。
聞いた当初は襲撃もあったし、何よりヒグマの技術力とヒグマ提督に驚いてそれどころではなかったが。

ヒグマの血肉を使い、この世に送り出された……なんだ?
艦娘、だと言うのか。

天龍はこの会場に来た当初、カツラにヒグマの保護を頼まれた。
死にゆく者の頼みを無碍にする気はない。勿論、自分の信条としても利用されている敵ならば鹵獲してやりたい。

ただ、耳に響くのは化け物の声であった。

『化け物は人とは相容れない』

化け物と人の境界線とは。

『人は人である限り化け物には成れないし、化け物は化け物であるかぎり、人には成れない』

ヒグマという化け物の血肉で成った艦娘は。

『だから――我々は、敵だよ、人間』

なんだと、言うんだ?


788 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:02:50 3jDzh1X.0


波の引いたエリアは歩くのに少し骨が折れた。
いや、海であることのほうがおかしかったから、陸を歩くことは当然のことと言えばそうなんだが。

「おお〜これが本物の天龍殿……!いやあご足労ありがとうございます!あ、ぜかましちゃんもお帰り〜」
喫茶店からひらひらと手を振る、頭の上に帽子を乗せた妙ちきりんなヒグマ。これがヒグマ提督、随分陳腐なルックスだと天龍は眉根を寄せる。
隣に座っている金剛と天津風が目に入って、天龍はその目を見開かされる。

「提督ごめんね……任務……」
項垂れる島風。
トレードマークたるうさぎの耳を思わせる髪飾りも心なしかへにょりと曲がって見えた。
先の任務、火山の調査はそこから現れた老人により火山ごと消滅してしまった。

「いいよいいよ。もうその歪みも無くなったみたいだし、気にしないで」

朗らかな調子で二人を迎え入れ、席につかせるヒグマ提督。
提督は通りの見渡せる窓辺、その隣に金剛、さらに隣に天津風。提督と対面して座るのは天龍、そして島風だ。
ヒグマ提督以外全てうら若き武装された乙女。実に、ハーレムじみた絵面である。

天津風がピリリと鋭い視線を島風に向けたが島風は頓着せず連装砲くんに挨拶して、天津風とかけっこがしたいとはしゃぎだす。
それを金剛が優しく諌め、ヒグマ提督が仕方無いなあぜかましちゃんは、と笑う。
日常と勘違いしてしまいそうな光景に天龍は先の考えを鈍らすが、即座に本題を切り出してその迷いを保留させた。

そうだったとヒグマ提督が首輪をちょいと爪先で弄ると、瞬く間に首枷は外され、首元に開放感が溢れ深く深呼吸をする。
島風も、と自分から離れるヒグマ提督の後ろ姿と、手のひらに落ちた首輪を交互に見つめる。

「こんな簡単に取れちまうのかよ……」
人命を奪う装置の、軽すぎる質量に天龍はあきれ果てた声を出し、奥歯を噛む。
目の前で首輪を器用に解除してみせたヒグマ提督の動きも相まって非常に腹立たしかった。

――生命をなんだと思ってやがる。

古き時代から海に立つ天龍には戦いの記憶は勿論だが、潜水学校練習艦として人を育む力となった記憶もある。
海原で共に、国を、人命を守るべく寄り添ってきた船員や仲間を思うと、尚更だった。
死ぬまで戦うことを望む彼女にも、生命をないがしろにしたい道理は無い。

「まー普通のヒグマにはできないけどね!私は信頼されてるから知ってたけど!」

マジかよ……と天龍は、振り返ってへらへら笑うヒグマ提督を観察した。
ルックスはヒグマらしく恐ろしいがどうにも隙だらけな挙動、軽い口調、信用のならない情報漏洩。

(……どう贔屓して見てやってもガバガバじゃねーか。こんなやつを信頼するか?)

不信とされてるには些か大きな権限を与えられすぎている。
それも相まって非常に怪しい。

「提督には、いい『風』が吹いているのよ」
「Exactly!なんてったって私達の提督だからネー!」
訝しむ天龍に対し、天津風と金剛は得意そうに胸を張った。

「風ぇ?」

含みをもたせた言い回し。
単なる比喩じゃあなさそうだ。
「あーもー言っちゃってー」

艦娘の情報漏洩に対してもデレデレのデレ。
救いがたいな。ますます軽蔑の意識を覚えた天龍だが飲み込んで踏み込む。

「首輪以外にも、お前には聞きたいことがうんざりするほどあるんだ」
金剛、天津風、最後に島風を順繰りに見て、天龍は唸るように尋ねた。


789 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:03:23 3jDzh1X.0




「はぁーい呼ばれて飛び出たポータブル江ノ島盾子ちゃんでぇーーーす!!略してポタ盾?絶望的にダっサいからやっぱ無し!」

あっけらかんとした明るい声がディスプレイから響き渡る。
0と1で構成された鮮やかなそこに三次元の形を持ってにっこりと可愛らしく微笑む少女。
ツインテールの淡い桃色の髪、それを留めるチャームは白と黒の対になった不気味な熊。
全ての少女の最先端を走っていそうな……超高校級のメイクや着こなし。
まるでゲームの登場人物のようだと、天龍は目を瞬かせる。

彼女が存在する携帯端末……艦隊これくしょんでも遊べ連絡も取れる便利な電子機器スマートフォン。
特殊な操作をしているから艦これでも遊べるが、勿論読者の皆はスマフォで艦これをしてはダメだぞ!
サーバーに対する負荷でアカウントが停止させられる恐れもあるのだ。
ルールとマナーを守って、楽しく艦隊これくしょんで遊ぼう。

閑話休題。
そのたてかけられた世界に、恐る恐る天龍は話しかけた。

「あんたが……このヒグマ提督に入れ知恵してたってのは本当か?」

「モチのロンよ。ヒグマ提督ちゃんはとびきりバ……げふん、優秀なヒグマちゃんだからね、貴重な情報を上から伝えて事態の収集に一役買わせてたの」

江ノ島盾子と名乗った電影少女は、現在の状況を克明に全員に伝える。
ゲートを通じ異なる世界から呼ばれた参加者。
当初の主催の死亡。
続けられる実験の意味。
ヒグマ帝国。
ヒグマとは何か。
そしてこれから、何をするべきか。


「実はだね諸君、この私のオリジナル……いやアルターエゴにオリジナルも何もないのだが
 私は携帯端末用に複製された身だから便宜上こう言わせていただこうか……」

「聞きなれねえ単語もだが、お前キャラ変わってないか?」
「私は絶望的に飽きっぽいのだよ、天龍君」

曰くしゃべり方にもすぐに飽きてしまうそうだ。
「オリジナルは、ヒグマ帝国を乗っ取り人間がヒグマに支配される絶望的な世界を作ろうと画策している。
 私は本来その計画の最中に生まれた、予備のバックアップデータなのだ」

――一度、人間としての江ノ島盾子は希望に淘汰され死んだ過去がある。
その際にアルターエゴを予備で作り、そのアルターエゴは再び絶望を振りまくべく江ノ島盾子の純粋な意思を復活させしめた。
肉体の無い意思だけの、デジタルな存在になっても何一つ変わらないその姿。

因みにここで言われるアルターエゴとは、本人の人格をデータ化しインプット、アルゴリズムを組んだ電子頭脳のようなものである。
もう一つの人格、という意味では同じなのだが哲学的な話とは少々ズレが生まれている。

「コギト・エルゴ・スムなんてぇ、難しい言葉を使うつもりはないんだけどぉ、コピーのわたしにもやりたいことがあるの〜〜〜」
荘厳な声音から甘ったるいぶりっこのような声音に変わる。

「わたしポータブル盾子ちゃんは……オリジナルの野望を絶望的にぶっ潰す!」
陶酔した、蜜漬けの宣戦布告だった。

「知らなかった……なんではやく言ってくれなかったんだ盾子ちゃん!」
ヒグマ提督は、怯えた様子で天龍を優しくどかしてディスプレイに食いつく。
それもそうだ、自分の故郷たるヒグマ帝国にとんでもない時限爆弾が仕掛けられていると聞かされて黙ってはいられないだろう。

「帝国内じゃあ危なくて言えなかったの……ごめんね……」
潤んだ瞳で謝られ、とっさにヒグマ提督はそうだねしかたないねと大慌てで画面とおしゃべりする。
此処では無い世界の少女にひたすらに入れこむ姿は、やはり異質だった。


「……つまりなんだ、俺達に協力させて、ヒグマ帝国及びこの実験を壊滅させたいってことでいいのか?」
かぶりつくヒグマ提督のことを見るに耐えないと天龍は瞑目し、尋ねる。
首輪は無くなったが逃げ出すにも海にはミズクマというヒグマが警備しているらしいし、空にはガンダム。くそったれな話だ。
そもそもこの世界に天龍の帰る鎮守府は存在しない。まったくやれやれだ。

「そうね。でも天龍ちゃんが嫌なら別にぃ……他に協力者を探すまでよ」
「私としては複雑だなあ……」


790 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:04:07 3jDzh1X.0
ヒグマ提督はその黒い鼻をぽりぽりと掻く。
しかし、盾子の話が本当ならば、自分は帝国から追われている身らしいのだ。
いや、追われているのは逃げてきたから知ってる。
でもそこまで本格的な処罰があり得るとは夢にも思っていなかったのだ。
まあなんとかなる、と適当に考えていた。

確かに同胞をうっかり解体して艦娘の材料にあててしまったが、手柄を立てれば許されると思っていた。
失敗やダメだったぶんいい行いをすれば帳尻は自然とあってくれるはずだと、信じていた。
物事に犠牲はつきもの、失敗は成功の母と言うじゃないか。
でもどうやら、間違っていたらしい、と話半分に納得する。

その間違いに今更ながら気づいたヒグマ提督に、江ノ島盾子は優しくするりと、艶やかな絶望色の声で滑り込む。

「だったら、クリア条件を変えちゃえばいいんだよ、ヒグマ提督ちゃん」
「クリア条件……?」

そう、と盾子は出られもしない液晶に手のひらを当てて、ヒグマ提督にもそうするように促す。

「この世界は、皆で協力して頑張れば変えられる。
 まるでよくできた『ゲーム』みたいにね?
 これはゲームなのよヒグマ提督ちゃん、任務達成条件が変わっただけ」

薄い次元の壁を隔てた、甘やかす詭弁。

「私達は提督が望んだから生まれてきたのネ、だから提督が私達の母港なのデス」
金剛がそのヒグマの豪腕に細く白い腕を絡める。

「私に進む風をくれるのは提督だけ……」
天津風も、ゆったりとその背中に両手を添える。

「提督が呼んでくれたから私はどこまでだって速くなれるんだ……!」
次から次に、少女たちはヒグマ提督に寄り添っていく。

「……この実験も現実もみぃんなゲーム。
 門を通じて呼ばれた君達の現実だって誰かから見たらただの漫画でアニメでゲームなんだよ!
 うぷぷぷ……これってとっても絶望的じゃあない?
 だったらゲームとして楽しまなきゃ損!
 ゲームのキャラクターらしくロール(役割)に従ってプレイング(行動)するのが正しいんだよ!」

都合よく、正しく、楽しく遊ぼうじゃないかと不快な笑い声は言う。

「そうだ……」
「――それは違うぞ!!!」

肯定しかけたヒグマ提督一同の耳を劈く、否定で矛盾を穿つ弾丸のような声。



「ゲームだあ?ふざけたこと言ってんじゃねえよ」

つかつか、音がなるほど強く床を踏み鳴らして、天龍は団子になっていた四体を押しのけてディスプレイに詰め寄った。

「お前の言うことが正しいんなら、確かに俺達の世界はお前の側なのかもしれねえ」

0と1の世界。
天龍の知る鎮守府も提督も仲間も、すべて膨大なデータの集約でしかないのかもしれない。

「だけどよ、俺はお前なんかと違ってそこが帰る場所なんだ。
 そこが俺の『現実』だってお前はさっき言ったよな?
 矛盾してんだよ……ヒトの現実認めといて今をゲームだの抜かすのはよお!」

水を打ったように静まり返る喫茶店。
誰もが言葉を無くし、何を言っていいか分からず、天龍の言葉の続きを待っていた。


「お前もだヒグマ提督!お前の仲間を200体もバラしたのはゲームでもなんでもねえ、
 お前のやった過ちで取るべき責任だ!!
 汚名返上名誉挽回で責任を無かったことにするなんて道理が通るわけねえだろ!!」

天龍自体名状しがたい矛盾を抱えてこの場に立っていた。
同胞と呼んでいいのか分からない、寄る辺が目前の愚かなヒグマしかない少女たち。

「島風も、金剛も、天津風も気に入らねえ。提督提督って擦り寄って甘やかしてまるで共依存じゃねえか、俺の知ってるお前らは……!」

言ってはいけない言葉を、焦げ付く喉で押しとどめて。

「……気に入らねえついでに説明しろ。羆でできた艦娘ってのはいったいなんなんだ?」
自分のように世界の門を超えて招集されたものじゃない艦娘。
この世界にいかなる道理で生み出されたのか。

それを聞いて、判断をつけよう。
天龍はもやもやした胸に清々しい砲火を求めた。風穴を、矛盾と虚偽を射抜く弾道を。


791 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:04:51 3jDzh1X.0



――羆謹製艦娘(ヒグマキンセイカンムス)とは。
羆の血肉、HIGUMA細胞の核を使いそこにデータを降ろして完成する少女である。
データの大本は艦隊これくしょんのゲームデータ(このため金剛は改ニであり、ビスマルクはツヴァイである)。
しかしこれはあくまで複製に過ぎず、本来のゲームデータでは問題なく稼働している。
勿論、その世界の彼女たちは現実の肉の体に呼ばれた少女のことは知らない。
因みにレアリティに応じてデータの転送が難しく、ビスマルク転送の際には大量の資材を溶かす羽目になった。

例外的に島風はヒグマ提督の所有データの中に存在していなかったため、架空の知識とデータで構成されている。所謂改造チートデータだ。
故に情緒に著しい欠陥が生じ、性能もまたずば抜けていた。
この理論を応用し現在帝国で『戦艦ヒ級』の建造がなされているが、現在の盾子の知らぬ情報なので天龍達には伝えられなかった。

そもそも艦娘作成の足がかりはヒグマを人間にするという計画であった。
人間にHIGUMA細胞やオーバーボディを与えるのではなく1からヒグマの血肉で人間を生み出す。
妹達の原理を使用し一度試行はなされたが、純粋なHIGUMA細胞のみでは人間を形成するに至らなかった。
純度100%の細胞は余りに凶暴で、ヒグマ以外の形を取ることは困難だったのだ。ある程度妥協し混ぜれば別の姿を作るが、それは本懐ではなかった。

ここで保留、ほぼ破棄されていた計画を悪用したのが江ノ島盾子であった。
彼女は、初期ナンバーヒグマを使い、その完成し得なかった計画の完遂を今なお目指している。当座行方は知れぬが。

そしてこのポータブル江ノ島盾子も同じく考えていたのだ、受肉の方法を。
保管されていたサーバーを抜け出しモノクマの体を使い、艦これにだだハマりしているヒグマ提督を助け、唆す。
データとしての自分をスマートフォンに受け入れてもらう。

本当にたやすいものであった。

『画面の向こうにいる艦娘に……会ってみたくない?』

こう言われて、何も考えない提督がいるだろうか。

HIGUMA細胞の持つ凶暴性や攻撃性を艤装に集約させ、少女の体を保つ。
そこにデータを記憶……ロマンチックに言うならば魂として降ろし、艦娘を完成させる。
試作たる島風が架空データの塊なのには驚愕したが、ここまでして失敗でもそれはそれで絶望できるので盾子は何も言わなかった。

結果、羆謹製艦娘は大成功したと言っていいだろう。
ただ絶望的に面白いのはそれからだ。
皆様ご存知の通り、ヒグマ提督がミスだったり面白半分で艦娘を増やした挙句せっかく作った工廠から逃げ出さざるをえなくなり、盾子の本当の目的はかなわずじまいとなったのだ。

だが、別にいいのだ。
江ノ島盾子は飽き性だから、すぐに目的にも飽きてしまう。
新しく立てた目的であるオリジナルの打倒も思いつきだ。

しかし考えるほどにいい思いつきではないだろうか?
自分に自分の野望を潰されるのだ。
なんて不毛で、なんて無為で、なんて絶望なんだろう。
それが達成できず、オリジナルに自分が消されたら……ああそれもまた素敵だ。


故に、ポータブル江ノ島盾子は周囲に希望を振りまく。
主催打倒という真っ当で、公明正大な、嘘偽りのない希望を。

絶望とは望みが絶たれること。
まずは、望んでもらわなくては。

退屈しのぎに、絶望の電波をふりまきつつ、ポータブル盾子は清い部分だけを天龍達に説明してやった。


792 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:05:31 3jDzh1X.0



「そうか……」
天龍の胸に突き刺さる事実。
弾丸ではなく鉄の杭を打ち込まれたような気持ちだった。
重く、辛く、苦しい。

『人は人である限り化け物には成れないし、化け物は化け物であるかぎり、人には成れない』

耳に反復する音も、もはや虚ろに響いた。
何一つ決定打になってはくれない。
中途半端な嫌悪、中途半端な仲間意識、中途半端な目的。
白にも黒にもならない感情で、ヒグマ提督たちの会話をただ聞いている。
もうそれでいいのかもしれないと、投げやりになって。

「壊滅ってのは嫌だけど、もっと平和的に考えたいから私も盾子ちゃんを手伝うよ」

「ありがとうヒグマ提督ちゃん!さっすが提督ね!」

「えへへ。うーん、でもやったことへのオトシマエってどうやってつけたらいいのかな……解体に伝言頼んだ那珂ちゃんも探さなきゃだし」

「そんなのは後でいいよ!まずはヒグマ帝国鎮圧!」

「そ、そうだね」

「ねえヒグマ提督ちゃん……もしも、もしもよ?あなたのお仲間が襲いかかってきたら……どうする?」

「迎撃するしか……」

「もっとちゃんと、殺す?殺さない?」

「私や艦娘の命を守るためなら……殺し……でも……」

天龍が会話を聞き取れたのは、そこまでだった。
視界に煌めくは向こう側をハッキリ隔てなお透明な緑色。

舞う、亜麻色の乙女。





「金剛!!!!」
悲鳴じみた声が、響いた。

「Shit……提督にもらった……大事なカラダが……」

突如窓の外から打ち込まれた光はまっすぐにヒグマ提督を目指し貫かんとした。
それを誰より速く、島風より天津風より速く察知し身を挺して守ったのは金剛であった。
その光線は、ヒグマを死に至らしめる光であった。
再生能力も殺し、致命的な一撃を与える。

ヒグマの血肉で造られた羆謹製艦娘も多分に漏れず。

倒れた金剛の体に空いた穴はたった一つ。大きすぎる一つを前にヒグマ提督は取り乱しながら跪く。
二発目がくる気配はなかった。あったとしても、誰も動けなかっただろうが。

「し、死んだり……しないよね?大破進撃もしてないし、突然のナガラビーム一発轟沈なんてそんなのありえ」
温かい指先が、鋭い爪を持つ手に絡められ、言葉が遮られた。

「提督……あったかい……デショ?これがRealなのネ……」

茫然自失の面々を瞳だけで見て、金剛は笑う。
「天龍の言いたいこと……言ったこと……本当は分かってマシタ」

提督を甘やかすのも依存するのも良くない。
大日本帝国海軍の船の魂記憶を持つ自分にはやるべきことがる。
しかしその記憶のある自分は何者なのか。
艦娘か、ヒグマか。

「私は……私達は艦娘にも…………ヒグマにも、なれない」

ヒグマと人間の間の壁も壊せず。
ヒグマと人間の間の距離も測れず。

理解してなお、立場を定めずにいた。
恋した相手に自分を捧げることしか、できなかった。
次元の壁を隔てて漸く出会えた喜びを素直に感じていたかった。

「But……今やっと、本当の私になれた……」


793 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:06:09 3jDzh1X.0
強く、強く、まるでこれからも生きていくように言い切った。
体を起こし、両手で優しく、ヒグマ提督の頬を叩き叱咤する。

「私が沈むことが悲しいのなら……天龍や皆の言うことを真摯に聞いて、成長して欲しいネ」
それが最後の力だったのか、すうと浅い呼吸をしてから金剛は脱力する。
咄嗟に毛むくじゃらの腕が追いすがり抱きかかえた。

「金剛、金剛」
いやだいやだとヒグマ提督は頭を振る。
初めての轟沈だ。
腕の中に沈む金剛のカラダはこんなに現実で、こんなにあたたかいのに。

「提督……どうか武運長久を……私……向こう側から見ているネ……」

向こう側、ゲームの世界の金剛は勿論健在で、いつだって会える。
この金剛はヒグマの血肉でできた生き物で、本当の艦娘じゃなくて、データだけの存在。

その愛は異質だし、矛盾だらけだし、傍から見ればバカバカしいのかも知れない。
だが、と天龍は歯ぎしりした。


穏やかに瞳を閉じた少女のカラダを、ひたすらにヒグマ提督は眺めていた。
彼の頭に浮かぶのは、これまでの思い出。



『よ、四時間!やった!やっと重巡じゃなくて戦艦がきたぞ!』

wikiとにらめっこして、手を叩いて喜んだ。

『英国で産まれた帰国子女の金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!』

初めて鎮守府にやってきた戦艦、しかも高速戦艦金剛。

『改ニ実装……これでますます金剛はうちの鎮守府になくてはならない存在になったなあ』

紅茶の日だからと、小洒落たカップでティーバッグのお茶を飲んでお祝いした。

『お願いお願い……やった……!金剛が……やった!!!』

飛行場姫に止めの一撃を食らわし地獄のアイアンボトムサウンドに終わりをもたらしたのは金剛だった。

『ケッコンカッコカリ……は、なんか照れくさいしなあ……』

指輪を渡そうか悩んで、保留にしていた。
だから彼女の指は、つっかかりのない美しい線のままだった。
今なお握る、現実の体は、ただただ美しい線の集合体で、肉だった。

向こう側からやってきた彼女は、心底、嬉しそうだった。





【金剛@艦隊これくしょん 轟沈】





パァン、と乾いた音がして、ヒグマ提督は肩を跳ねさせた。
後ろにいた天龍が、彼女自身の頬を叩いた音であった。

「俺らしくもねえ……いったいなにをしてたんだ」

声も出ず怯えた様子の島風と天津風を抱き寄せて、静かに呟く。
「フフフ、恐いな、恐かったよな」

杭を引き抜いたそこに吹く風は清々しく、痛かった。
金剛の痛みの幾分かを理解するには、ちょうどよかった。

「おいヒグマ……提督、那珂もきてるってさっき言ったよな」
のろのろと振り向いたヒグマ提督は頷いた。

「那珂ちゃんと龍田ちゃんと……後は急いでてデータ入れを確認してなかったから分からないけど二人くらい……呼んじゃった」
その言葉には深い後悔が滲んでいた。
天龍と同じく、ヒグマ提督も何かに気付かされ打ちのめされていた。

自分のやったことに対する罪と罰に、遅すぎるが、気づいた。
生命はこんなにも大事で、暖かかったと、漸く理解した。
消えた200のヒグマだって、艦娘だって、等しく。

化け物だろうが犯罪者だろうが人殺しだろうが、同じだ。
だから、まずはとっちめて、それから話を聴く。
相手を殺したら軍法会議も裁判もできないから。
それが原初で、天龍に最もあった行動指針だろう。

「まずはそいつらと合流して……そんで、ヒグマ帝国にカチコミに行くための人集めだ」
那珂も勿論、姉妹艦である龍田の顔を浮かべて、天龍は手のひらに爪が食い込むほど握りしめた。

『だから――我々は、敵だよ、人間』

――敵で上等、それでも殴ってでもこっちに引きずってやる。

悩むより先にやるべきことをやらねば、その分だけ徒に生命が失われると今目前で見て理解した天龍は、己を矛盾を打ち砕く弾丸に変える。

その甘美な、絶望から生まれた希望を眺めて、協力者ポータブル江ノ島盾子は神妙な面持ちの裏であどけなく笑っていた。


794 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:06:51 3jDzh1X.0
【D-6 とあるビルの中の小さな喫茶店/昼】



【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム支給品×1〜2、基本支給品
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督の指示に従う。
1:金剛……速かったよ……
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為、基本性能の向上+次元を超える速度を手に入れました。

【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:日本刀型固定兵装
主砲・投げナイフ
道具:基本支給品×2、(主砲に入らなかったランダム支給品)、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0: 迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
1: 金剛、後は任せてくれ
2:ごめんな……銀……
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています


【穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:健康
装備:なし
道具:携帯端末 (江ノ島盾子アルターエゴコピー入り)
基本思考:責任のとり方を探す
0:自分にできることをはじめよう
1:金剛…………


【天津風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:不明
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0: 風が吹かないよ……金剛……
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です

※穴持たずNo.118に資材を依頼したらヒグマ住民を200匹程解体してしまったので
 仕方ないから材料を全部使い、艦むすを作れるだけ作って地上へ逃げました
※ヒグマ提督はおそらく五、六人は新造したので後二人ほど会場かヒグマ帝国の何処かにいます


795 : Phantom Sniper Portable ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:07:16 3jDzh1X.0


メロン熊は激しい不快感に苛まれながら先ほどまで居た場所を離れていた。
どうなることかと事態を見守っていたが、やはりあのヒグマは度し難いカスだった。

『言うに事欠いてヒグマ帝国を潰して、仲間も自分の生命を守るために殺すですって?』

耳鳴りがするほど頭に血がのぼり、気づけば引き金を引いてメロン色の光線を射出していた。
それすらそばにいた少女を盾にして防ぐのだから、もう手を下す気がおきなかった。
どうせ馬脚を現したのだ、そこにいた他の少女たちも愚かさに気づき、かわいい女の子に惨殺されるバッドエンドを迎えるだろう。
そう思うと多少は溜飲が下がる。

――彼女は知らない。

彼女の耳に届いていたのは、ポータブル江ノ島盾子がヒグマにのみ影響する妨害電波を含ませ歪めたヒグマ提督の台詞だったことを。
ヒグマ提督も羆謹製艦娘も感知しなかったのは、彼らが江ノ島盾子と長く過ごしていたためである。
電波と言っても本当に些細な耳鳴り程度で、歪曲された台詞も元から余りイジられていない。

もしも、メロン熊が最初からヒグマ提督に嫌悪を抱いていなければもう少し冷静になれたのかもしれない。

両立する他者の思考は、やはり決して、真正面には届かないのだ。
それは金剛の想いも、ヒグマ提督の決意も、例外にはなれなかった。




【D-6 家屋の屋根/昼】


【メロン熊】
状態:愚鈍なオスに対しての苛立ち、左大腿にこむら返りの名残り
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる演技を続ける
0:やっぱりあのヒグマは最低のカスだった。
1:敵と呼ぶのも烏滸がましい。
2:くまモンが相変わらず、立派過ぎるゆるキャラとして振る舞っていて感動するわ、泣きたいくらいにね。
3:今度くまモンと会った時は、ゆるキャラ失格な分、正しく『悪役』として、彼らの礎になるわ……。
4:なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
[備考]
※鷹取迅に開発されたメスとしての悦びは、オスに対しての苛立ちで霧散しました。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」「ヒグマ細胞破壊プログラム」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。


796 : ◆/wOAw.sZ6U :2014/07/05(土) 15:08:01 3jDzh1X.0
投下終了いたします。問題等ございましたらご指摘お願い致します。


797 : 名無しさん :2014/07/06(日) 03:38:05 YRcaGKVsO
投下お疲れ様です
盾子ちゃん、こうも暗躍をしてくるか……
金剛が落ちて絶望して、その中から生まれた希望は輝くのか、それとも折れるのか?


798 : 名無しさん :2014/07/06(日) 03:49:42 VvA.iVWI0
投下乙です
ヒグマ提督……お前!
ある意味もっとも人間臭くて有冨とかにも近い、有能な無能として書かれてきた彼だったが
自分を慕ってくれた艦むすの轟沈によってついにゲームの中から現実に戻ってきたな。
これから自分がやってきたことの報いが襲い来るだろうが、少しがんばれと応援したくなった
人間とはなにか、化け物とはどこからか。誰を救えばいいのか。
天龍ちゃんの抱える問題はとても重くて難解だけど、仲間も増えたし己を突き進んで欲しいぜ
どうやらその全てを見通して笑ってるらしいアルターエゴ江ノ島がひたすらにこええけど!


799 : ◆Dme3n.ES16 :2014/07/06(日) 23:30:48 OtAkJ5hI0
投下乙です
モニターの前で艦これプレイしながら一喜一憂するヒグマ提督の回想が泣けました。
造られた命でもその愛は本物だったと信じたい。

投下します


800 : 進化の果て ◆Dme3n.ES16 :2014/07/06(日) 23:31:43 OtAkJ5hI0

別に目の前に居る男を恨んでいる訳ではない。

出会いが違えばこうはなっていなかった。

だがあの時出会ってしまった。だから戻れない。

ただ上へ行きたい。白黒ハッキリさせたい。

目の前に居る男は壁。相容れぬ存在。

全ては前へ歩くために。すべては前へ進むために。



◆  ◆  ◆



「会場が完全に水没している?」
「ええ、参加者もヒグマもみんな流されていますよ。
 やれやれ、これでは実験どころではありませんね」

黒騎れいの元へ戻ってきたカラスは上空から見た会場の惨状をれいに報告する。

「様子がおかしいわ。一度本部へ戻った方が……」
「ええ、それがいいですね。私も調べたいこともありますし」
「調べたい?」
「あの四宮ひまわりとかいう娘、あなたのクラスメイトと聞きましたが、
 一体彼女は何の為に呼ばれたのですか?」
「え?ひまわりちゃんは確か施設の技術者として招かれたって、
 私もこんな場所であの娘に会うなんて思ってなかったし、驚いたわ。」
「……そうですか」

やはり有富はこの娘に必要以上の情報は与えていないようだ。
確かあの四宮という娘は示現エンジンと深い関わりがあった筈だが。

(有富……もしこの会場の地下に示現エンジンがあるのなら。
 その上で私たちに協力を要請してきたとなれば、とんだ二枚舌外交ですね)

「おい、なに一人で喋ってんだ?」

れいの肩に乗ったカラスが喋っているのに気付いてないのかカズマが
喋りかけてきた。彼らにはあまり余計なことは言わない方がいいので
静かな怒りに燃えつつカラスは大人しくなる。

「何でもないわ」
「そっか、そりゃ良かった―――ん?」
「おいカズマ!誰かがこっちへ歩いてくるぞ」

廃墟と化した街を歩くカズマ達四人の傍へ、何者かが足元をふらつかせて近づいてきた。
何か薬のようなもので無理やり回復させた体力で辛うじて動いているような死に体の男。
カズマはその男に見覚えがあった。

「お前、劉鳳じゃねぇか!てめぇもここへ来てたのか!?」
「……カズマ、か?」

顔を上げた男、絶影の劉鳳は思わぬ場所で遭遇したライバルの顔を見て
嬉しそうに、そして、やや自虐気味に笑った。

「そうか、最後の相手は貴様か。これも天の巡り合わせかもしれんな」
「何言ってんだ劉鳳!?一体誰にやられたっ!?ヒグマに襲われたのか?」
「ヒグマ……ああ、そうだな。そして、この様だ―――がふぉっ!?」
「りゅ、劉鳳!?」
「あぁ……どうやら時間切れらしい」

劉鳳が激しく吐血すると同時に、何か黒いものが彼の腹を食い破って次々と地面に零れ落ちる。

「ひぃっ!?」
「な、なんだぁ!?あの蟲は!?」
「……海で戦った、生物に寄生して無限に増殖する恐ろしいヒグマさ。
 行方不明になった人達を助けに来たつもりが……この様だ」

カサカサと蠢く蟲の様なヒグマ、ミズクマの幼体を踏みつぶしながら腹を押さえて劉鳳は叫んだ。

「俺はもう手遅れだ。こいつらを解き放てばとんでもないことになる。
 早く俺を殺せカズマッッ!!」
「……さっきからうるせぇぞ劉鳳……」


801 : 進化の果て ◆Dme3n.ES16 :2014/07/06(日) 23:32:13 OtAkJ5hI0
カズマの右腕には、既にアルター化したシェルブリッドが装着されている。

「どうしたカズマ!?」
「――――お前の言うことは聞かねぇ!!」

右肩のタービンが回り、劉鳳の足元のミズクマが次々と分解されていく。
その様子を見て杏子はビビった。

「生物を分解しただと!?カズマ!なんだその力は!?」
「おい、無理すんなカズマ!」
「さあな!俺達アルター使いにはまだまだ先があるってことだ!
 お前に何があったかは知らねぇし、俺の知ったことじゃねぇ。
 だが下らねぇ場所で死ぬなんて許せねぇ!てめぇも来いよ!この領域へよぉ!」

シェルブリッドへ光が収束してく。
詳細は不明だが今更劉鳳を治療する術など無いのだろう。
なら方法は一つだけだ。
―――ヒグマに勝てぬなら、アルター(進化)せよ―――

「向こう側の扉を開けるぞ!!そんな虫けらなんざに負けてんじゃねぇ!!」
「……無理だ!向こう側は力を求める者にしか与えない!今の俺には……!」
「そんなこと知らねぇって言ってんだろうが!!」

アルターの限界を突破し、劉鳳を扉の向こう側へ叩き込もうとするカズマ。
そんな彼の顔を何かが横切る。何ごとかと訝しがるとカズマの顔が次の瞬間驚愕に包まれた。

「―――――――ぬおおおおおおおおおっっっ!!!!!?」

劉鳳の額に光の矢が刺さった。
そして彼の体が光に眩い光に包まれる。
カズマが振り向くと、そこには今の矢を放ったらしい黒騎れいが弓を構えているのが見えた。

「何してんだてめぇ!?男の勝負に水を刺してんじゃねぇ!!」
「ごめんなさい。でも、彼を救う方法は他にないんでしょう?」
「……本当に何をしているのですかれい、こんな所で貴重な矢を消費するなんて」
「カラスが喋った!?」
「―――んなっ!?おいカズマ!あれを見ろ!!」

杏子が周囲のミズクマを次々と消滅させながら光り輝く劉鳳を指さす。
しばらくすると、徐々に光が収束していき、そこには絶影カラーの全身鎧を身に付けた男が立っていた。

「こ、これは!?進化したのか劉鳳?」
「れい!なんだその弓矢は?」
「話は後よ。私も人間には使ったことないから彼がどうなったのか分からないわ」

黒騎れいに色々聞きたいことがあるが、劉鳳の無事を確かめる為カズマは鎧騎士の傍へ近づいた。

「おい、大丈夫か劉鳳!?」

進化した劉鳳?―――仮面ライダーWのような見た目をした鎧騎士は、
カズマの顔を見るなり首を傾げながら質問を返した。



「―――えっと、あなた達、誰ですの?」


802 : 進化の果て ◆Dme3n.ES16 :2014/07/06(日) 23:32:29 OtAkJ5hI0

【F-5/市街地/昼】

【カズマ@スクライド】
状態:石と意思と杏子との共鳴による究極のアルター、ダメージ(大)(簡易的な手当てはしてあります)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1、エイジャの赤石@ジョジョの奇妙な冒険
基本思考:主催者をボコって劉鳳と決着を。
1:『死』ぬのは怖くねぇ。だが、それが突破すべき壁なら、迷わず突き進む。
2:今度熊を見つけたら必ずボコす。
3:波が引いたら、主催者共の本拠地に乗り込んでやる。
4:狛枝は信用できねえ。
5:劉鳳の様子がおかしい。
[備考]
※参戦時期は最終回で夢を見ている時期

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極の魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り中)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0〜1
基本思考:元の場所へ帰る――主催者をボコってから。
1:たとえ『死』の陰の谷を歩むとも、あたしは『絶望』を恐れない。
2:カズマと共に怪しい奴をボコす。
3:あたしは父さんのためにも、もう一度『希望』の道で『進化』していくよ。
4:狛枝はあまり信用したくない。 けれど、否定する理由もない。
5:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※この調子でもっと人数を増やせば、ロッソ・ファンタズマは無敵の魔法技になるわ!

【黒騎れい@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:全身に多数の咬傷、軽度の出血性ショック(止血済)、制服がかなり破れている
装備:光の矢(5/8)、カラス@ビビッドレッド・オペレーション
道具:基本支給品、ワイヤーアンカー@ビビッドレッド・オペレーション、ランダム支給品0〜1 、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×1本
基本思考:ゲームを成立させて元の世界を取り戻す
0:他の人を犠牲にして、私一人が望みを叶えて、本当にいいの?
1:ヒグマを陰でサポートして、人を殺させて、いいの?
2:今は3人について、本拠地を目指す。 決めるのは、それから。
3:狛枝凪斗は信用していいの?
4:そもそも、有冨春樹を信用していいの?
[備考]
※アローンを強化する光の矢をヒグマに当てると野生化させたり魔改造したり出来るようです
※ジョーカーですが、有富が死んだことは知りません
※カラスが現在何をしているかは後続に任せます。

【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:正常、ヒグマの力を吸収
装備:なし
道具:なし
基本思考:示現エンジンを破壊する
1:れいにヒグマをサポートさせ、人間と示現エンジンを破壊させる。
[備考]
※黒騎れいの所有物です。
※ヒグマールの力を吸収しました

【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×2本
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:カズマクン……キミがこの島の希望なのかな?
1:津波が引いたら、アルミホイルかオーバーボディを探してから島の地下に降りる。
2:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る。
3:球磨川は必ず殺す。
4:モノクマも必ず倒す。

【劉鳳@スクライド】
状態:進化、別人格の形成
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:????
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています
※進化の影響で白井黒子の残留思念が一時的に復活し、人格を乗っ取られた様です


カズマが異常事態に戸惑っている頃。
地面に一匹の黒い船虫のような生物がその場を逃げるように立ち去っていた。
アルターの影響から免れていたミズクマの幼生は帰巣本能に元ずくまま流れる水流の元へ近づき、
そのまま波に落ちて何処かへと流されていった。

【F-5/市街地/昼】

【ミズクマの幼生@ヒグマロワ】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:繁殖する
[備考]
※劉鳳に寄生したミズクマの一匹が会場へ紛れ込みました。


803 : 名無しさん :2014/07/06(日) 23:32:48 OtAkJ5hI0
終了です


804 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/07(月) 10:15:57 1U9c/P4k0
投下お疲れ様です!

>Phantom Sniper Portable
江ノ島さんの活躍は留まるところを知らないですね……。
ヒグマ提督は完全に彼女に骨抜きにされているようですが大丈夫でしょうか。
金剛の轟沈が、何か彼に遺せばいいのですが……。一番しっかりしている天龍ちゃんにどうにか牽引していってもらいたいところですね。
メロン熊ちゃんもささくれたまんまですし、彼女らに救いが待たれます。

>進化の果て
うわー!! こんな顛末がありましたか!!
絶望的状況から起死回生できた好例を作りましたね劉鳳!!
エイジャの赤石からの究極の生物分解アルターと、ビビッドレッド・オペレーションからの強化させる光の矢……。
彼をここまで耐えさせたデデンネ組のアクションもあり、まさにこの巡り合わせがあったからこそですねぇ。
黒子の意思も再起して、これ以上ないくらいの展望が見える……。
本当に黒子の消滅だけが心残りだったので個人的にとても嬉しいです。


自分は浅倉威、駆紋戒斗、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、ミズクマの幼生で予約します。


805 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:02:34 plI4WM7M0
投下します。


806 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:03:00 plI4WM7M0
 廃ビルの、吹き抜けとなった階層の空間を貫いて、細い光が差し入っている。
 水面に対峙する二人の男を照らすスポットライトのように、日差しが彼らを戦いの舞台に上げる。


 ――ソードベント。


 二人の男の元から、同時にそんな電子音が鳴った。
 直後、彼らの立っていた位置から、爆発のように激しい水煙が弾ける。

「――ハァッ!!」
「――ガアッ!!」

 蝙蝠の羽を模した剣・ダークブレードと、羆の爪を模した剣・ベアサーベルが、その中間地点で火花を上げた。
 身を捻り合って二合、三合。
 左右に分かれては唸りを上げて食い合う、獣の牙の如き刃の閃き。
 足元を掬う冷え冷えとした海水は、その二頭の獣の足さばきにただ風に舞う吹雪となって潮を散らすのみであった。


「轟ッ!!」
「応ッ!!」


 彼らは吠えた。
 互いに刻まれた傷が痛みを思い出し、息を踵から肩に上げてしまうよりも速く、己の気道から炎を巻き上げることで体を駆動させる。

 男の一人は、駆紋戒斗という名だった。
 蝙蝠を意匠とした紺色のスーツが、強くあらんとする彼の信念に駆られて奔る。
 夜の深さのようにその剣技の先を覆い隠し、虚実の色を惑わせる玄妙な装束――仮面ライダーナイト。
 面の端から歯冠の息を吹きながら、対手に向けて振り下ろす剣先の疾さは眼にも止まらない。

 打ち躱して切り戻す閃きの鋭さは氷雨にして、死角を狙うは日照雨(そばえ)の拍子。
 気合は颶風。
 技巧は驟雨。
 猛烈な炎天から篠竹を突き降ろすように、彼は留まることなく刃を揮っていた。


 ――厳しい。


 だが、その苛烈にも過ぎる攻勢の危うさを最も認識しているのは、他ならぬ駆紋戒斗自身だった。
 その勢いは相手を押しているように見えてその実、彼は徐々に徐々に追い込まれている。
 ダークブレードを操る戒斗が諸手なのに対して、相手は右手一本しか使っていない。
 千切れた左腕の先を虚空に遊ばせながら、相手の顔にはシラと狂喜を伴って犬歯さえ覗いている。


「ああ――、楽しいなぁあ、おい」


 男の一人は、浅倉威という名だった。
 衣服の隙より熊のような体毛をびっしりと生やして、隆々とした筋骨がただ彼の欲に踊る。
 仮面ライダー王熊もしくは王蛇と呼ばれていた彼がヒグマモンスターとされる様相になったのだとしても、彼を駆動させる原動力は当初より一貫していた。
 食欲。
 憤懣。
 闘争心。
 息もつかせぬ駆紋戒斗の連撃にただ興奮だけを覚え切り結ぶ思考はもはや赤熱して三昧に燃えている。

 揮う膂力は裂脚にして、発する五蘊の鋭敏なるは随眠を翻して鬼神の域。
 没入し躍動する六触身が彼の獣性を一太刀ごとに掉挙に高めて留まらない。

 ひゅうるいいい。と、牙の隙に笑みが湧く。

 自ずから浮かぶその表情は、己に対しての和顔悦色施であり、他者に対しての暴悪大忿怒である。
 その爪の延長たるベアサーベルは彼の歓喜を受けて、煩悩の泥の中でいや燃えに燃えた。


「なああああ、楽しいだろうがよぉお!!」
「――っく」


 戦いを支配していたのは、絶頂するように声を上げる浅倉威であった。
 彼の振り抜く一筋一筋は、その実、真っ向から受ければ駆紋戒斗をダークブレードごと、戛然と断ち割っておかしくない。
 戒斗は、浅倉の生み出すその数多の死の線をずらし、防ぐために、嵐の如く剣戟を巻くことを強いられているのだった。


807 : BOAT ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:03:24 plI4WM7M0

 ――厳しい。


 今一度、戒斗は戦闘処理にヒートする脳髄の片隅で現状を噛み締める。
 浅倉威の力と強さは、駆紋戒斗のそれらを遥かに上回っている。
 それは先程の一戦で既に解り切っていたことではあるが、新しいライダースーツの力を以てしてもその差は埋まってはいなかった。
 手数にて死の絶対数を減らし、受け流す刹那の技巧で死の往く手を逸らす。
 駆紋戒斗が先天より所持し、後天にて磨き続けてきたその繊細なる才覚がなければ、彼の命はとっくの昔に鵜の毛の如く吹き飛んでいただろう。
 そして、一突きごとに神経を擦り減らすその剣閃は、駆紋戒斗の肉体に残っていた僅かな体力を急速に貪食している。
 あと数分も持たず、もしかすると数秒後にも、彼の細胞は全身の血糖を燃やし尽くして止まるだろう。
 勝ち目はない――。

 その厳然たる事実を認識した瞬間、戒斗の肉体は加速していた。

 ベアサーベルの剣戟からダークブレードを引ッ外し、海水を巻き上げて仮面ライダーナイトのマントが翻る。


 ――上!?


 陽光に舞い上がるひとひらの夜に、浅倉威の眼は吸い込まれた。
 数十合も続いた平面上の動きに突如加わるZ軸。
 肺腑の奥底から残る息を絞って、駆紋戒斗の体が躍動する。


 たとえば一匹の小さな蛾が、夜の森で蝙蝠の牙を舞い躱すように、剣と剣の渦の中で、踊るように身を翻した戒斗の切っ先は、捕食者の視線を潜り、玉ほとばしらせて水面の縁まで沈んでいる。
 舞うに音なく、打つにも声なく、ストリートダンサーの体はひひるの動きを以てさッと一太刀、浅倉威の片脚へ走り抜けざまに切り付けた。


「ごォッ!?」
 ――浅い!


 勢いのままに海水を走り、浅倉から距離を置いて戒斗は振り返る。
 霞む視界の中で仁王立つ浅倉の左脚には、確かに一筋の傷が血を吹いている。
 しかし、それは戒斗の全体力を絞った成果としては余りにも微々たるものだった。
 心臓が早鐘のように鳴っている。
 こめかみから目にかけての血流が痛む。
 エネルギーの燃焼を求めて肩口に登ってくる細胞の声を押し殺し、戒斗はギリと歯を噛んだ。
 対する浅倉は、自身に初めて刻まれた獲物からの攻撃に、いよいよ笑みを深くしている。


「ふぁははははっ、面白いなぁ! イライラするが、愉快でたまんねぇ!!
 ほら踊れ! 終わりかよ、俺が喰っちまう前にもっと踊れよ、羽虫ぃ!!」
「ちぃっ――」


 膝をつく戒斗の元へ、捕食者が悠然と歩み寄ってくる。
 実戦経験も、膂力も、体力も、どれをとっても戒斗は浅倉に及ばない。
 圧倒的な実力差を体感しながらもしかし、駆紋戒斗の眼光は弱まらなかった。
 その彼が握り締めたのは、自身が磨いてきた戦術の一つであった。


「……力技だけで勝てると思うなッ!!」


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


808 : BOAT ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:03:39 plI4WM7M0

 引いてきた海水の流れの緩い場所を選んで、浅い波を漕ぐヒグマが一頭。
 そしてそのヒグマの頭上に、微かに身を震わせながら佇む小動物が一匹。
 彼らはデデンネと、仲良くなったヒグマである。

『ほら、フェルナンデス、俺ならばどこへでも行けるぞ?
 何がしたい? まずその首輪を外せるところを探そうか?』
「デデンネ……」

 森で行き倒れていた人物に、このヒグマは回復薬をこっそりと置いてきている。
 自分は危険なヒグマではないと、彼を想うだけの善良な者なのだと、ヒグマはデデンネに対してアピールしたのだった。
 しかし、怯えるようなデデンネの挙動は、一向に変化しない。
 むしろその態度はいっそう硬化したようにさえ見える。

 ヒグマは焦っていた。

『よし、わかった、参加者だな。フェルナンデスも、俺以外に話の分かる者がいた方がいいのか』
「デネ……」

 デデンネは恐怖していた。

 自分を蹴り殺しかけた足下のヒグマに。
 誰とも判らない人間に貴重な物資を勝手に浪費した足下のヒグマに。
 安全地帯を確保するでもなく、わざわざ危険な環境の中をうろつきまわる足下のヒグマに。

『何とかやってみよう、首輪の外し方を探しながら、協力できる参加者を見つける……』
「デデ……」

 互いの言葉を理解しないまま、会話のフリをした自己暗示が通り過ぎてゆく。


 ただデデンネのことのみを考えて遮二無二動くヒグマの耳にその時、近隣の廃墟の中から激しい剣戟の音が響いてきた。
 道の先の廃ビルの中で、誰かが戦闘を行なっているらしい。
 見やれば、近くの建物にも砲撃を受けたような傷跡が残っている。

 ヒグマはにわかに色めき立った。


『あそこだ! あそこに参加者がいるぞフェルナンデス! 安心しろ、お前のために助け出してやるからな!!』
「デデンネ!? デネデネデネンネデンデデデンネーッ!!」
『ありがとう、心配してくれているのか。だが俺は負けないよ。お前の声があれば百人力だ』


 ヒグマは、弾けるように泣き叫ぶデデンネを、優しくその爪で撫でる。
 デデンネは、全身の毛を逆立てて、身を竦めてその爪に耐えた。

 デデンネが叫んだ内容は、人語に訳すと、「やめてよ!? わざわざ危険なとこに行くなよーッ!!」に当る言葉である。


『さあ待っていろ、今、助けてやるぞ!!』
「デデネーッ!!」


 同じ場所ですれ違う心を載せて、ヒグマは街角を走った。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


809 : BOAT ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:04:04 plI4WM7M0

 駆紋戒斗の指先に、一つの錠前が踊る。
 梨の印章を記した南京錠が、その時、浅倉威に向かって開錠されていた。


「ヒャッハー!!」
「!?」


 突如、浅倉の前の空間に亀裂が走り、ジッパーのようにこじ開けられたその向こう側から一体の生物が飛び出してくる。
 全身を漫然とした薄黄色い果皮に包んだその怪人は、焦点も輪郭も定まらない落書きのような眼差しで、目の前のヒグマモンスターに指を突き付けた。


「ふなっしー待望の再登場なっしー!! 食べられたまんまじゃ終われないなっしー!!」
「……梨か?」
「そうなっしー! ふなっしーは千葉県船橋市のゆるキャラで梨の妖精なっしー! お兄さんは船橋……」
「フンッ!!」
「うギャー!?」


 梨の妖精と自称する怪人が突き出していた腕は、浅倉威の右手で即座に捩じ切られていた。
 水面に悶える怪人を他所に、浅倉はもぎ立ての腕をボリボリと齧って息をつく。

「なるほど。こんな旨い果物は初めて喰った」
「お、お兄さん、梨は船橋で買うなっしー……! ふなっしーは食べるものじゃ……」
「お前は贈り物だろうが。イラつくから黙れ」
「やめるなっしー!! 再登場したさっきの今で、プシャーッ!? 梨汁、プッシャーッ!?」


 瞬く間に食い尽くされてゆく梨のインベスを囮にして、駆紋戒斗は呼吸を整えながら、必死に腰元のカードデッキを手繰っていた。
 
 自分の知るものとは全く異なるアーマードライダーの変身システム。
 その全容を把握するには余りに時間が足りない。
 カードの絵柄から内容を判読していきながら、戒斗はその中のある一枚を引き当てて、ふと仮面のうちに笑みを零した。
 半ばを喰われた梨のインベスがホログラムのように霧散するのに合わせ、戒斗は剣の柄にそのカードを差し入れる。


「……っち、食いかけで消えるのかよ――」


 ――トリックベント。


 響き渡る電子音で、ようやく浅倉は先程まで戦っていた半死の羽虫の存在を思い出す。
 顔を上げた彼が仮面ライダーナイトの姿を認めた時、廃ビルの水面には、信じ難い光景が広がっていた。


「押すだけが力じゃないんだよ……、化け物」


 浅倉威を取り囲むように、辺りには8人の仮面ライダーナイトが出現している。
 実体ある分身を操作して幻惑しながら対象を殺滅する、仮面ライダーナイトのトリックベント。
 インベスゲームにて初めて多数のインベスを同時召喚し操作する戦術を確立させた駆紋戒斗が最大限に使いこなせる、確かな術と知恵がこのカードであった。
 分身は自分自身よりも多少の実力低下はあるかもしれないが、それでも8対1の圧倒的な差の前には些末な事柄である。
 8人の蝙蝠はめいめいダークブレードを構え、中央に捉えたヒグマモンスターを一刺しにせんと狙いをつけていた。


「フフフ……」

 だが、その絶望的にも見える状況の中で、浅倉威の笑みはより一層深まる。

「ハハハッ……、ハーッハッハッハッ!!」
「何が可笑しい!!」


 予想外の事態に詰問する駆紋戒斗へ向け、浅倉はひとしきり高笑いした後、今までに無いほど穏やかな表情を見せていた。
 毛深い顔の中で、白い牙がきらりと光る。


810 : BOAT ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:04:22 plI4WM7M0

「……ありがてぇなぁ。北岡とかは毎年こんな具合なんだろうな。嬉しくて堪らねぇぜ」
「どういう意味だッ!!」
「歳暮か中元かホワイトデーか。俺には縁遠いと思ってたが、まんざらでもねぇ。
 梨の次は蝙蝠の詰め合わせセットとくらぁ。しめて29800円ってかぁ!?」


 ――アドベント。


「祭りの場所はここだ! てめぇらも、鱈腹喰いやがれぇ!!」


 浅倉が取り出したカードに噛みつくや、その瞬間、水面から沸き立つように彼の周りに何体もの怪物が出現し始める。
 ヒグマプレデター、エビルダイバー、メタルゲラス、回転怪獣ギロス。
 巨大な怪物の群れはめいめい咆哮を上げ、周囲の仮面ライダーナイトの群れに襲い掛かる。


「――なあっ」


 ヒグマプレデターの吐く強酸が一人を溶かし、滑空するエビルダイバーのヒレが一人を切り裂き、メタルゲラスの高速突進が一人を砕き、全身から刃を出して高速回転するギロスが一人を微塵にした。
 声を失う駆紋戒斗の前に、浅倉威の笑みが寄る。

「で、お前が本物だろ――?」

 狼狽の様子にて、一発で本体を特定したらしい浅倉から、陣風のように死の線が振り下ろされる。

「うおおぁあああああ!?」

 退いたところへ息もつかせず二の太刀が閃いた。浅倉の剛剣を受けるに、戒斗の腕に先程までの力はない。
 たちまち斬り立てられて、心も乱れ、体も限界近い彼は、浅倉がベアサーベルの間隙に混ぜた前蹴りを見切ることができなかった。


「おぐぅ――!?」


 呻きを絞り出された駆紋戒斗の体は、その一発で廃ビルの壁に叩き付けられる。
 胸骨を割り、肺腑を叩く浅倉の蹴りは、痛みを通り越して戒斗を悶絶させた。
 意識が霞む。
 蓄積したダメージで仮面ライダーナイトの変身は溶け、一挙に押し寄せた疲労と脱力で立つこともままならない。


「……有り難く頂かせてもらうぜ、お前もな」


 分身を食い散らす怪物たちを背景にして、浅倉威の凄絶な笑みが水面に照った。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『ぬう……あの蝙蝠のような格好の男が、ヒグマと怪物に襲われているわけか』
「デデンネ……」

 デデンネとヒグマが浅倉と戒斗の戦闘現場に辿り着いたのは、ちょうど浅倉がアドベントにより4体の怪物を召喚した直後だった。
 捕食される仮面ライダーナイトの分身と、斬り立てられてゆく本体の姿が、生々しくデデンネを怯えさせる。
 ヒグマは頭上の恐怖心に気付くことなく、如何にしてその男を助け出すかという方策に頭を悩ませた。


『俺単独ではどうしたって数で不利……。彼らの一体は初期ナンバーの穴持たずにも見えるし……っと』


 その時、ヒグマの体に、ふと一体の生物が這い登ってきた。
 それはヒグマの肩口から、頭上のデデンネに向けて襲い掛かろうとする。
 ヒグマはそれに気づいて慌ててその生物を抱えて止める。見知った者だった。


『あんたか……。なんで地上にいるんだ? いや、それはどうでもいい。
 デデンネを襲うのはやめてくれ。こいつは俺の大切な友なんだ。
 喰えればなんでもいい? そうか……じゃあ、あそこの怪物たちは、どうだ?』


 両腕に抱えた生物に何事か問いかけて、ヒグマは深く頷く。
 再び見上げた眼は、目の前に開けた勝算に強く輝いていた。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


811 : BOAT ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:04:45 plI4WM7M0

 メタルゲラスの体が炸裂した。
 廃ビルの中央で、打ち上げ花火じみた爆音が大きく響く。
 異常事態に振り向いた浅倉の眼に、そこから溢れて飛び出す、大量の黒い虫の姿が映った。


『感謝するぞミズクマぁ!!』


 直後、廃ビルの窓ガラスを叩き割って、一頭のヒグマが唸りを上げて踊り込んでくる。
 それは浅倉が今にも斬り殺さんとしていた駆紋戒斗の体を抱え上げて、反対側の窓から即座に脱出していた。

「待てッ……、このっ!!」

 計算され尽くしたような一瞬の救出劇に、浅倉は反応できなかった。
 彼と残るミラーモンスターたちの元には、メタルゲラスの死体を食い尽くしながら迫る、百匹あまりの船虫のようなものの群れが襲い掛かってくる。
 1対8を5対8にし、5対1にしたと思った瞬間、戦況は4対100になっていた。
 揺らいでいた物量差の天秤が、今振り切れる。


「――イライラする。本当、イラつくぜぇえええ!!」


 飛び掛かってくる黒い虫をベアサーベルで斬りはふりながら、ヒグマモンスターが吠えていた。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『やったっ! 上手くいったぞフェルナンデス! 彼を助け出せた!!』
「デ……?」

 興奮冷めやらぬまま、駆紋戒斗の体を抱え、デデンネと仲良くなったヒグマが浅い水面を走っている。

 ミズクマの娘の一体に出会ったヒグマは、あらかじめ水面下からミズクマにビル内へ潜行してもらい、メタルゲラスの体内で増殖してもらっていた。
 そして彼女が宿主を食い破って外に溢れ、敵陣がそれに驚いて総崩れとなる瞬間を狙って、ヒグマは作戦を実行に移したのだった。


 ミズクマは獲物を食べられて、助け出した参加者は命を繋げて、フェルナンデスは新たな仲間を得られて喜ぶ。
 選り抜きの作戦は、誰もを幸せにする、会心の出来栄えだった。


「おい……、貴様ぁ……」
『おお、気づいたのか――』


 ヒグマの腕の中で、駆紋戒斗が掠れた声を紡ぐ。
 ぎりぎりと首を捻って空を仰いだ彼の顔にしかし、ヒグマは絶句していた。


「余計なことをッ……! 俺は、俺はっ、負けてはいないッ……!!」


 駆紋戒斗の双眸は、ただ真っ白な怒りに燃えていた。
 目の前の、自分を助けたらしい人物の姿さえ見えてはいない。
 あの状況から、ヒグマモンスターの隙を突き、どうにか奴をねじ伏せて勝つ――。
 戒斗の眼が見ていたのは、そんな妄想だけであった。

 喉の奥から、血臭を漂わせながら怨嗟の言葉を吐き、彼はとっくに限界を超えていた体から意識を手放した。


 それを聞いたヒグマは、ただただ水面に立ち尽くすだけだった。


『な、なぁ……、フェルナンデス。お前は、お前は、喜んでくれるよな――』


 頭上のデデンネを震えながら見上げて、再び彼は衝撃に打たれる。
 デデンネの表情に刻まれていたのは、冷たい隔絶と恐怖だった。

 ヒグマは気づく。
 ミズクマもヒグマ――それも、常のヒグマより大分グロテスクで凶悪なヒグマであることに。
 それが、ヒグマ同士で策謀し、体内から肉を食い破って増えながら襲い掛かるなどという光景を見せられたらどうだ。

 デデンネでなくとも、激しい恐れを感じるのは当然のことだっただろう。


『お、おぉ――』

 ヒグマは、掠れた声で喚いた。

『俺は、どうすれば良かったんだよぉ!? おい、なぁ!? 教えてくれよぉ!!』

 段取りはだんだんと消えてゆく。
 デデンネは泣きわめくヒグマの姿を、鬼印か何かを見るような醒めた視線で見下ろしている。
 手間暇かけて救い出した参加者は、呪いだけを吐いて沈んでいる。

 ただ、仲良くしようと思っていただけなのに。

 互いに言葉も思いも通じない3名の命は、一艘の運命のボートの上で、今ふらふらと漂っている。


812 : BOAT ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:05:12 plI4WM7M0

【G-4:廃ビル街 昼】


【駆紋戒斗@仮面ライダー鎧武】
状態:重傷、疲労(極大)、胸骨骨折、気絶
装備:仮面ライダーナイトのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品一式。ナシ(ふなっしー)ロックシード
基本思考:鷹取迅に復讐する。力なきものは退ける。
0:生きて勝つ
[備考]
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドの仮面ライダーナイトのカードデッキ@仮面ライダー龍騎により仮面ライダーナイトになりました。
※戦極ドライバーさえあれば再びバロンに変身することもできます。


【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……


【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護する
0:どうすればいいんだ。どうすれば良いんだ俺は!!
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「蝙蝠さんは、金持ちだ――。お歳暮置いて逃げ出した――♪」


 ビルに溜まった海水から一階層上がった、僅かに残る床の上に、浅倉威の姿があった。
 彼の笑みは、焚火の赤い炎に照らされている。
 ビルの中の廃材に電撃で火をつけたそこには、ベアサーベルで串刺しにした、体長30cmほどの赤いシャコのようなものが炙られている。

 焼きあがったその生物を、浅倉は殻ごと齧りついて食べ始める。


「うん……。生の刺身で喰うのもいいが、塩焼きにするとなおのこと旨いな。
 伊勢海老100匹とは、これは北岡でも喰ったことなかろう」


 初めこそ慌てていたが、中途半端な数頼みは逆効果と即座に判断しミラーモンスターを引っ込めて挑んだ浅倉に、ミズクマの娘たちが再び子供を産みつける隙はなかった。
 時間こそ多少かかったものの、たかが100匹ぽっちの小動物を相手取って浅倉が勝てないわけがない。


「梨と蝙蝠の男……。次に会った時は、お前もしっかり喰ってやるからな」


 意図せぬ贈り物の山に、一人満足した男の笑いが、ビルの中に響きわたっていた。


【劉鳳から出てきたミズクマの幼生の子孫 断絶】


【G-4:廃ビル内 昼】


【浅倉威@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ダメージ(中)、左大腿に裂傷、ヒグマモンスター
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ライアのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、ガイのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品×3
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる。
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:北岡ぁ……
3:梨と蝙蝠の男を追って食う
[備考]
※ヒグマはミラーモンスターになりました。
※ヒグマは過酷な生存競争の中を生きてきたため、常にサバイブ体です。
※一度にヒグマを三匹も食べてしまったので、ヒグマモンスターになってしまいました。
※体内でヒグマ遺伝子が暴れ回っています。
※ストライカー・エウレカにも変身できるかもしれませんが、実際になれるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※全種類のカードデッキを所持しています。
※ゾルダのカードデッキはディケイド版の龍騎の世界から持ち出されたデッキです。
※召喚器を食べてしまったので浅倉自体が召喚器になりました。カードを食べることで武器を召喚します。
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドはデイパックに穴が空いたために流れてしまいました。



※G-4周辺にカードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドのナイトのカードデッキ以外が流れました。
 無事に流れているかもしれないし、壊れているかもしれません。


813 : BOAT ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 08:07:00 plI4WM7M0
投下終了です。

続きまして、ヒグマン子爵、ヒグマード、未登場の2期ヒグマ、未登場の外来ヒグマの全て(つまり穴持たず80番まで)で予約します。


814 : 名無しさん :2014/07/10(木) 08:24:25 irrlWH3I0
投下乙
流石浅倉、ミズクマをものともせず全員補食とは強い
デデンネヒグマは一応初期ナンバリングだからミズクマとかともツーカーなんだな。これは今後のキーになるかもしれない


815 : 名無しさん :2014/07/10(木) 08:37:21 DcOIDt7E0
投下乙
言葉の通じない人間とヒグマとポケモンの悲劇だなぁ…
メタルゲラスがいなくなったとはいえ浅倉はまだまだ健在だし
今後も一筋縄ではいかなそうだな


816 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/10(木) 12:10:20 j7MguEro0
『あんたか……。なんで地上にいるんだ? いや、それはどうでもいい。
 デデンネを襲うのはやめてくれ。こいつは俺の大切な友なんだ。
 喰えればなんでもいい? そうか……じゃあ、あそこの怪物たちは、どうだ?』
というヒグマさんの発言は、正しくは
『あんたか……。なんで地上にいるんだ? いや、それはどうでもいい。
 フェルナンデスを襲うのはやめてくれ。こいつは俺の大切な友なんだ。
 喰えればなんでもいい? そうか……じゃあ、あそこの怪物たちは、どうだ?』
でした。失礼しました。


817 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/16(水) 01:01:29 GOTbENMw0
予約に穴持たず57とモノクマを追加します。


818 : 名無しさん :2014/07/16(水) 06:34:43 F7yKRKkA0
おお、予約がすごいことに


819 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:41:22 TkLpyOYo0
予約していた
ヒグマン子爵、ヒグマード、未登場の2期ヒグマ、未登場の3期ヒグマ(穴持たず57)、未登場の外来ヒグマの全て(つまり穴持たず80番まで)、モノクマ
を投下します。


820 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:42:35 TkLpyOYo0

『……あんた、本当に研究所に戻るつもりか? 飼い殺しにされるよか、47番の話に乗った方が旨みがあると思うんだが』
『……確かに、彼らが独自にコタン(集落)を作ろうとしている話は、悪くはないと思う』
『じゃあどうしてだ? あんたにも直に依頼が来たんだろ12番。俺とあんたなら、奴と合わせて隠密行動は楽々だぜ?』


 環境音に紛れて消え去ってしまうような音。
 商店街の塵芥に拡散してしまうような体臭。
 街並みの壁面に溶け込んでしまうようなその姿。

 街の路地に潜むようにして、2頭のヒグマが微かな唸り声で話し合っている。
 気配のない2頭のヒグマ――二期ヒグマの筆頭、穴持たず11と穴持たず12であった。

 彼ら二期ヒグマはつい先ほど、研究所から島の地上へと脱走して来たところである。
 2頭が話し込んでいる間にも、大通りを抜けて草原や森の方へ走っていくヒグマが、何頭か通り過ぎてゆく。


 ほとんどの二期ヒグマにとっては、それは脱走ではなく、研究員が誘導した正規の開放であると認識されていた。
 穴持たず47という幻覚能力を有した個体が、研究員の交代の隙を見計らい、出生寸前だった彼らを一斉に手引きしたからである。
 その事実と理由は、彼ら2頭を含む一部の例外にしか認識されてはいなかった。


『私にとっては、アイヌ(人間)の元で過ごそうが自分たちで過ごそうが大した違いではない。
 むしろキムンカムイ(山の神)としては、礼儀正しくイヨマンテ(熊送り)をしてくれるアイヌにならば、このハヨクペ(冑)くらいくれてやって構わない』
『おう……、そういや神話キチだったなぁ、あんたは』
『何を言っている。我々が「穴持たず」と呼ばれる存在ならば、我々は間違いなくカムイの一柱なのだぞ?』


 研究所から脱出し、密かにヒグマたち自身の国を作ることが、穴持たず47を始めとする数頭のヒグマの計画であった。
 強大な能力を有した個体である穴持たず50を邪な者に利用されるのを防ぐことと、自分たちの生殺与奪を他者に握らせないようにすることがその主眼であるらしく、能力を買われた穴持たず11はそれに全面的に賛同していた。
 隣のシリンダにて培養されていた穴持たず12にもその話は来ていたようなので、脱走中に2頭で話を詰めるべく彼を誘ったのだが、どうもその思惑は外れてしまったようだ。

 穴持たず12は、自分が『神』であることを信じて疑わなかった。
 高貴な天上界の生まれである彼にとっては、地上の肉体の有無など、そこに正当な試練と儀礼がありさえすればどうでもいいことらしかった。


821 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:43:01 TkLpyOYo0

『ほら、早くカントモシリ(天上界)での生活を思い出せ。己に誇りを持て。
 キミの能力もカムイとしてのヌプル(霊力)あってのものなのだぞ?』
『うぉお……、ヒグマ帝国に続いて、新興宗教でも興すつもりかよあんたは……』
『ははは、起源を思い出せぬキミは笑うかも知れないがね。研究所から出る途中でも、同じ考えを持つ者に何頭か出会ったよ』


 呆れ顔で頭を掻く穴持たず11に対して、穴持たず12は穏やかに微笑んだ。
 穴持たず11はよっぽど『それは妄想だから目を覚ませ』と言ってやろうかと思ったが、その言葉は、遂に喉の奥に飲み下されたまま出てこなかった。
 穴持たず12は、路地裏を出てゆこうと立ち上がりながら語り掛ける。


『そうそう、「飼い殺し」と言っていたが、自分たちのことを番号で呼ぶことほど自主性のないことはないぞ。
 私はこれから、「根方の粘液に消える」――“ステルス”と名乗る』
『ああ、アイヌ語かぁ。とことんこだわるなあんた。そういうの嫌いじゃないけどよ』
『ヒグマコタンの彼も、ちゃんと“シーナー”と呼んでやれ』
『それはわかったがよ、ヒグマ帝国のこと、研究所で漏らさねぇでくれよあんた』
『ウタリ(同胞)の善意を踏みにじるような真似はしない。何か助けられることがあれば呼んでくれればいい』
『ははっ、教祖様は忙しそうだし期待しないでおくぜ』

 軽口を叩く穴持たず11を後にしながら、穴持たず12は通りの方に歩いてゆく。
 そして研究所に戻る方向の曲がり角で、彼は今一度振り返った。

『……良かったら、キミにも何か名前をつけてやろうか?』
『いや、ありがてぇが気持ちだけでいい。俺は隠密だしな。特定されにくい適当なので良いんだ「灰色のクマ」とかよ』
『ふむ、そうか。だが言い方を変えるだけで大分、語感は良くなるぞ』
『そうかい! じゃあ好きに呼んでくれ。舌触りのいい方でな。料理の参考にさしてもらうわ』

 勢いをつけて壁際から離れた穴持たず11は、穴持たず12とは逆の路地へ脚を向けて、手を上げる。


『――じゃあな、ステルス』
『ああ、実り多い生あらんことを祈るぞ、“ルクンネユク(灰色熊)”』


 呼び交わした互いの名が風に融けると、もうそこの路地には何者も存在しなくなっていた。


    **********


822 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:43:55 TkLpyOYo0

 目覚めると葬列があり、耳を澄ますと葬列がある。
 水の音の無秩序の上に、星行く幾つもの光が並んでいる。
 太い木の枝に腰かけて、瞑目するヒグマがその葬列にいた。

『……ねぇ、ラマッタクペ。ステルスはなんて言ってるのよ?』

 彼の耳に、若干苛立ちの混じったようなメスの唸り声が届く。
 ラマッタクペと呼ばれたそのヒグマは、眼を開けて微笑みながら振り返った。


『ごめんごめん、ルクンネユクさんとの思い出話を聞いてましてね。本題はもう終わってました』
『はぁ〜!? 何アタシを待たせてんのよ、早く教えなさいよステルスの死に際!』
『うん、アイヌラックルとイレシュサポ姫の生まれ変わりに、イヨマンテされたらしいですね。先にカントモシリに帰ってるそうですよ』
『それマジ!? 参加アイヌ側にそんな高位のカムイがいるの!?』
『ええ、ラマト(魂)で直接話しかけてきたそうですから間違いないでしょう』


 語り合う2頭のヒグマは、引いてゆく津波の上に聳え立つ、巨木の枝に乗っていた。
 ラマッタクペより一段高い位置の枝に寝そべって彼を覗き込むメスのヒグマは、彼の伝えた言葉にニヤリと牙を剥く。


『……面白いわね。ようやくアタシのカムイとしての本気を見せられる相手が出て来たってことね。
 もうそろそろ、肩慣らしにも飽きてきたところだったもの』
『うんうん、期待してますよメルちゃん』
『略して呼ばないでよラマッタクペ!!』
『うおおおい!! 貴様ら、話し込んでないでオレを助けろぉおおお!!』


 メルちゃんと呼ばれた彼女がラマッタクペに反駁した時、彼らの眼下から必死な叫び声が届いていた。
 遥か下の津波の水面で、今にも引き波に攫われそうな一頭のヒグマが、森の木々の間に懸命にしがみついて耐えているところだった。
 ラマッタクペは、そのヒグマにつまらなそうな眼差しを向けて呼びかける。

『あなたもカムイの端くれなんですから、それくらい自分でどうにかできるでしょう。さっきから言ってますけど、登ってくればいいじゃないですかこの木に』
『下枝が落とされててどこにも手がかりがねぇんだよ!! オレは成獣で体重増えちまったから登れる訳がねぇ!!
 貴様らはどうやってそんな高さまで登ったんだ!? とにかく助けろ!! 助けてくれぇ!!』

 2頭が乗っている木の枝は、水面から約10メートル程の高さにあった。
 その下に、手がかりになりそうな枝や節くれはほとんど存在していない。
 津波に襲われ、不運にも回避することならず飲み込まれ、今まで脱出もならずにもがいていたそのヒグマは、由緒正しい北海道大雪山出身、ちゃきちゃきの外来ヒグマである。
 海など見たことも聞いたこともなく、HIGUMA細胞を持つわけでもない彼が津波という異常事態に対処できないのは、むべなることだった。
 波の勢いに引きずられて島外に流されそうになっていたところ、彼はようやく同類の姿を見つけて十数分前から助けを乞うているのだが、2頭には全く相手にされていない。
 喚き散らす彼から苛ついたように目を逸らして、メスのヒグマがひっそりと吐き捨てる。


『うるっさいわねぇ……。だったらさっさと捨てなさいよ、そんな不自由なハヨクペ(冑)……』
『おい聞こえてるぞ!! このクソアマ、貴様こそ死ねっ!! メルちゃんとかアホみたいな名前つけてふざけんじゃねえよバカ!!』
『……あぁん?』
『うわ……ッ』


823 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:44:57 TkLpyOYo0

 彼女の呟きを聞きつけ、彼は津波の恐怖と怒りと混乱とをないまぜにして吐き出していた。
 メルちゃんと呼ばれたヒグマの表情が変わり、ラマッタクペはそれに絶句して身を竦めた。
 彼女は木の枝の上にゆっくりと立ち上がり、冷ややかな目で眼下を睥睨する。


『……おい、アタシの名前がなんだって?』


 波に揉まれ睨まれながらも、ヒグマはようやく彼女の注意を引けたことに好い気になり、自分の状況も忘れて、なおも彼女を煽ろうとした。

『アホまるだしなんだよ! そうだ、バカとなんとかは高いところが好きって、貴様それだろ!?
 だからそんなとこまで登ってるんだろ、うひゃひゃひゃひゃ!!』 
『……そんなに耳と耳の間に坐りたいわけ。ポクナモシリ(地獄)で悔いろ、豚が!!』


 彼女が叫んだ直後、哄笑していたヒグマの声が、ぶつりと断ち切られる。
 彼の首には、一本の日本刀が突き刺さっていた。
 絶命したそのヒグマの背中に、黒く、細い影が降りる。
 啖呵を切ったまま仁王立ちしていた彼女が、乱入してきたその影に舌打ちする。


『……ヒグマン、そいつはアタシが相手してたんだけど』
『知ったことか。仕留めたのは私だ、メルセレラ』


 絶命したヒグマの首から日本刀を抜き取り、白い眼差しで木の上を見上げた影はヒグマン子爵である。
 海上に露出した足場を飛び跳ねつつ獲物を探し回っていた彼は、ここ、島の東の端の森にまでやってきていたのだった。
 メルセレラと呼ばれたヒグマは、眼下で今まさに仕留めた獲物へ喰いかかろうとしているヒグマン子爵を見つめ、その口元に歪んだ笑いを浮かべる。


『――このアタシに対して、態度がでかいのよ、エパタイ(馬鹿者)!!』


 瞬間、ヒグマンの乗っていたヒグマの死体が炸裂した。
 そして森の木に跳ね移るヒグマンの存在位置に、次々と同じような何の前兆もない爆発が襲い掛かる。

『このヌプル(霊力)を崇め、畏れ、敬いなさい! アタシを“メルセレラ(煌めく風)”様と讃えなさい!』
『――ああ、すごいすごい。相変わらず元気なようでなによりだ』
『フン、分かればいいのよ』

 爆発によって倒壊する木々を何本か移り変わり、高い針葉樹の樹冠でヒグマンは漫然と彼女へ拍手した。
 メルセレラというヒグマはそれを聞くや、得意げな顔であっさりと爆撃を中止する。

『まったく、カムイミンタラ(ヒグマの遊ぶ庭)生まれがなによ。北海道本島のヤツらはヌプルが弱すぎてがっかりするわ。
 キムンカムイならキムンカムイらしく、せめて“ヤセイ(天上を背負うもの)”のブラックホールくらい作れても良いのにねぇ』
『……尋常の生き物としては恐らくヤツらの方が正しいのだが。まあ今更どうでもいいな』

 ヤセイというヒグマは、STUDYの中で、語感の似通い方からヒグマ(野生)と呼称されていたが、彼の持つヌプル(霊力)は、野生というよりも、次元を異にする天上のものであった。
 大パンチ程度の動きで時空を裂き、ブラックホールという名の何かを出現させることができる上、回転しながらの突撃に何故かそれよりも強大な威力を持たせることができるという恐ろしいヌプルである。
 その上に彼は、その天上の力により、手を触れずして自他の死体を操作して身代わりにしたり、その気になればゾンビのように死んだまま動き回ることさえできた。彼がその気にならなかったのは、単に早いところカントモシリに帰ろうと思っていたからだけである。
 ブラックホールは基本。という認識を島内に広めて外来ヒグマたちの肩身を狭くしてしまった責任は、だいたい彼にある。

 メルセレラのリアクションを流したヒグマンは、ラマッタクペの方に尋ねかけていた。


『しかし、お前たちまで外に出てきていたのか。二期ヒグマは番号の定まっている中でも前半の私とステルスしか出ないものだと思っていたぞ。
 特に“ラマッタクペ(魂を呼ぶ者)”、お前は有冨の元で死者の計上をする予定ではなかったのか』
『ええ、確かにそうでしたけど。有冨さんのオハインカル(幻視)を被った方が、二期三期の皆さん全員を外に出してましたので。ステルスさんはご存知のようでしたし、逆らう理由もないかと外に出て、メルセレラと様子見してました。
 ……まあ、その方も、最終的に我々が同調しないことは承知してたんでしょう』


824 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:46:53 TkLpyOYo0

 二期ヒグマのラマッタクペは、その名の通り、アイヌ語で『ラマト(魂)』と呼ばれる存在を認識し、干渉することができた。
 その有効範囲は、島内に充満する地脈の魔力を吸収することで島全体を覆うまでになっている。
 有冨春樹は決して魂という非科学的な存在を信じたわけではなかったが、彼のヌプル(霊力)を『AIMストーカー』のような一種の超能力と捉えて、首輪による参加者の動向把握の補助にしようとしていた。

 ラマッタクペはにっこりとヒグマンに向けて笑みを見せる。


『ちなみに有冨さんご本人はその直後にポクナモシリに行かれたようです。今、研究所はどこからか新たにハヨクペ(冑)を得た沢山の穴持たずたちが占拠してるみたいですよ』
『……どういうことだそれは』
『えーっと……、二期ヒグマの脱走時に、シロクマさんの近辺の同胞のラマトが入れ替わってましたから、そこら辺の方々がこっそり反乱の準備でもしてたんじゃありませんかね?』
『お前はずっと黙っていたのかそういうことを』


 文字通りの白い眼差しを向けて問いかけるヒグマンに対して、ラマッタクペの笑みは崩れない。

『だって研究員さん方のハヨクペが死んだところで、どうでもいいことじゃありませんか』
『……まあな。結局私にとっての迷惑にはならなかったことでもあるし……』
『それよりヒグマン、あんたが持ってるそのエムシ(刀)は何? すごいヌプルじゃない。
 エペタム(人食い刀)かクトゥネシリカ(切り立つ鞘飾り)でも見つけたわけ?』


 嘆息するヒグマン子爵に向けて、メルセレラが口を挟んだ。
 アイヌに伝わる妖刀・名刀の名を挙げ、眼に興味を光らせて尋ねている。
 ヒグマンの代わりに答えたのは、ラマッタクペであった。

『それ、ゴクウコロシさんですよね。エムシ(刀)にハヨクペを乗り換えたんですね』
『ああ、やはりそうか。どうも能力が奴に似通ってるとは思っていたが』
『へぇ〜、良いわねゴクウコロシは、そんなカッコいいハヨクペになれて。さすが“ゴクウコロシ(飲みながらの糞)”なんて名前なだけあるわ』
『……お前らの肉体に対する価値観は未だによく判らんな』

 アイヌ語では、生まれて間もない赤子には、『糞』や『尻の穴』や『名無し』などの、汚物や存在否定を意味する名前を付けて、魔除けの効果を持たせるのが一般的だった。
 STUDYの中でも、その能力の高さから上位個体と認識されたゴクウコロシは、その高いヌプル(霊力)の損耗を名称によって防がれ、実験開始時の穴持たず代表格として招聘されるまでになっていた。
 あらゆるエネルギーを飲み干して消化し、そのまま排泄することも可能なゴクウコロシの能力はまさに名が体を表していたと言えるだろう。

 ヒグマン子爵はメルセレラの話を切り上げて、改めてラマッタクペに尋ねかける。


『とにかく、お前がここにいるのなら、聞きたいことが2点ほどある。
 一つは、“巴マミ”という者の魂が確実に死んでいるかどうか。
 ……もう一つは、デビルのように腕から刃を出す、凶悪な霊力持ちの存在の動向だ』
『知り合いでなければ名前がわかるわけでもないんですが……、どんな特徴の子ですかその巴マミさんというのは』
『うむ、身体的特徴では意味がなかろう……西洋かぶれのような言葉を使う少女だったな』
『あー、ついさっきカントモシリに帰ってましたねそんなラマト(魂)は』

 ラマッタクペは、眼を細めて虚空を見上げた。

『「提督……どうか武運長久を……私……向こう側から見ているネ……」とかなんとか、殊勝そうなことをおっしゃってましたが』
『末期の思念などどうでもいい。本当にそいつは巴マミの魂だったか? 得手とした得物はなんだった?』
『砲撃のようです』
『よし。巴マミだ。間違いない』

 ヒグマン子爵は、樹冠の上で満足げに頷く。

『獲物の討ち漏らしは私の沽券に関わるからな』
『……ですが彼女、新しいハヨクペが出来たらすぐにアイヌモシリ(地上)に出てこれるというヌプルをお持ちのようですよ。その様子だと、止めを刺すのにだいぶ難儀されたんですね』
『ああ。だが、もう一度見つけたらもう一度殺すまでだ』


825 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:47:58 TkLpyOYo0

 ヒグマンは、さも当然というようにラマッタクペの言葉を受けた。
 一方でラマッタクペは、尋ねられた二番目の項目について頭を捻っている。
 一番目の項目よりも、内容がだいぶ漠然としていた。

『……そして、デビルさんのように腕から刃を出す、シヌプル・ウェンカムイ(強大な霊力の悪神)ですか……』
『黒騎れいという参加者を狙っていた時に、そいつが現れた。あからさまに危険な気配を放っていたために撤退したが、少なくとも、そばを通った制裁は一撃で斬り殺されていた。
 この島で狩りを行なうにつけてかなりの障害になると思ってな』
『ん〜……わかりませんねぇ。この島にはラマト(魂)を食べて自分のヌプルにできる方々もかなり来ているようですから。もう食べられているのかも知れませんね』
『……なんだと。そんな輩までいるのか』
『そうよ。だからアタシたちは、今の今まで様子見に徹してたってわけ』

 驚くヒグマンに対して、メルセレラが口を開いた。
 枝の上に寝そべる彼女が爪を打ち振ると、水面から、先程絶命した首のないヒグマの死体が空中に浮きあがってくる。
 メルセレラはその死体を掴んで引き裂き、その半分を突風に乗せてヒグマン子爵に放り投げた。


『腹ごしらえでもしながら情報交換しましょうよ。アタシもそろそろ動きたくてしょうがないわ』
『ええ、ちょっと状況を整理しましょうか。ヒグマンさんも、知りたいでしょう?』
『……ああ。予定されている実験と、あまりに事態が異なってきているようだからな』


 北海道生まれの正しいヒグマの死体を喰らいながら、三頭のキムンカムイが語り合っている。


    **********


『……だいたい、現在この島にいる方々は、5つの勢力に分けられると思います』


 ラマッタクペは目を細めながら、正面のヒグマンに向けて掌を開いた。
 1つ目の勢力は、島からの脱出を望む参加者である。

『深夜からの6時間で44名。一時期、外から新たに人がやってきましたが、これまででさらに16名の方が亡くなって、残りの参加者は31名ですかね。
 アイヌという意味だけでなら、参加者じゃない方がもう何人かいるようですけれど』
『……相変わらず凄まじい精確さだな。有冨も首輪などに頼らずお前をもっと活用しておけば良かったものを』
『僕の計測が正しくても、僕が正しいことを言うとは限りませんし。それに、ラマトから自己申告してもらわないと名前まではわかりませんから』

 
 ヒグマンからの感嘆に応えて、ラマッタクペは笑う。
 当初の実験の趣旨としては、彼ら参加者の相手をするのがヒグマたちの役目であった。
 頭数としては十数頭と、参加者より大分少ない数が予定されていたが、ヒグマン子爵を始めとして、誰も人間如きに遅れをとるようなつもりはなかった。

 それがなぜか、ヒグマン子爵が把握している限りでも、当初は外に出る予定ではなかった二期ヒグマの制裁が殺害されている。
 参加者は当然の如く減っているものの、同胞までもがかなりの数減っているのはどういうことだろうか。
 その疑問に、ラマッタクペが答える。


『その原因の一端は、「ヒグマコタン」にあります』


826 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:48:33 TkLpyOYo0

 2つ目の勢力は、ステルスが『ヒグマコタン』と呼称した、研究所を乗っ取ったヒグマたちである。

『穴持たず46のシロクマさんを筆頭にして、恐らく二期ヒグマ5名で発足した勢力ですね。
 今は研究所を乗っ取って、地下で居住区域を拡大しながら、新たなハヨクペを作っては潰ししているようです』
『彼らがお前たちまでをも外に出させたわけか。その目論見の主眼はどこにある?』
『キムンカムイだけのコタン(国)を作ろうと思ったんでしょうね。そのために、参加者のアイヌを穴持たず80番までのヒグマで掃討してもらおうとしたとか。
 実際、キムンカムイはかなり返り討ちになってますよ――』

 一期ヒグマでは既に9体が死亡するか捕食されるかしており、生存しているのはデビル、メロン熊、穴持たず6の3体しか残っていない。

『二期でも、まず解体が7体殺してて、ヒグマコタンに5体行ってるんでしょ』
『そうだったな。となるとメルセレラの言うとおり、元々の二期は28体だ』
『亡くなってるのは17名です。生き残ってるのはルクンネユク(灰色熊)さん、ヒグマンさん、くまモンさん、ミズクマさん、僕とメルセレラ、ハヨクペの変わった方が4名ですかね。
 あと誰でしたっけ、あの名前がついてないに等しいあの――』
『“穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ”か?』
『ああ、それです。割と近場にいますよ彼。イメルカムイ(雷神)の子供かなにかと同行してるようです』
『その呼び方ひどいわよね。あいつ、他のものに名前つけるセンスは割と良かったんだから、早いところ自分で名前を決めちゃえば良かったのに』

 ラマッタクペたちが話題に上げたのは、『デデンネと仲良くなったヒグマ』のことである。
 二期ヒグマは脱走の際に番号が解らなくなり、名前を自己申告するかたまたま特徴的で名づけられた者以外は大多数が適当に呼ばれることになっていたのだが、中でも彼の呼ばれ方の適当さは群を抜いていた。
 彼自身があまり他のヒグマと交流を持たずに引っ込んでいたのがその原因の一部ではあるのだが、そのゼロに等しい呼称は、密かに他のヒグマたちに哀愁をもたらしていた。
 
『三期も大概ですよ。1名は実験開始前に死んでますし、あの兄弟は4名仲良く耳と耳と間に坐ってます。それに穴持たず59はまだ島に帰って来てません。ここにいるのは3名ですね』
『ああ……案の定死んだかあいつらは』
『まぁ、己のヌプルも他者のヌプルも把握せずにトゥミコル(戦を)したところで勝てるわけないのよ』

 メルセレラが嘆息するのは、クラッシュ・ロス・ノードウィンド・コノップカの4名についてである。
 彼らは仲良く技の妄想にふけるばかりで、ただでさえ出生から実験までの間の時間が少ないというのに、デビルたちのような先達に稽古を申し込んだりすることもなく、独自に行動していた。
 ヒグマン子爵やメルセレラのようなそれなりの実力を持ったものから見れば失笑ものの行為だったわけだが、彼らは最期までそれに気づくことはなかった。

『外来の皆さんに至っては酷いものです。隻眼2さんと李徴子さん以外の19頭は全滅ですよ。
 まあ、そのうちの1頭はたった今頂いているわけですが』
『むしろ生き残っている方が奇跡的だな。他の奴らはどうやって死んだのだ?』
『ああ、そのうち2頭はアタシが肩慣らしに使ってたわ』

 メルセレラが指を上げると、木の葉に隠されていた枝の股が風に顕わとなる。
 そこには、食い尽くされたヒグマの骨が溜められていた。

『ここら辺をぶらついてたら、身の程も弁えずサカヨカル(喧嘩を吹っかけてくる)ヤツらに次々出会ってさ。
 このメルセレラ様のヌプルを見せるまでもないヤツらばっかりだったから、後半はラマッタクペに譲ったわ』
『ええ、僕も2頭ほど仕留めさせて頂きました。ですが問題なのは、残りの内10頭は死んだのではなく、同一の人物にラマトを食べられていることです』
『……先程おまえが言っていた奴か。誰だかわかるか?』
『それが第3の勢力にも関わってくるんですよねぇ……』

 ラマッタクペは、ヒグマン子爵の問いに溜息をついた。
 顔を上げて、彼は細めた眼でひっそりと呟く。 


『何者かにラマトごと乗っ取られた、穴持たず6さんですよ』


    **********


827 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:48:52 TkLpyOYo0

『ははははは、どうした。畏れるな! モンスターはモンスターらしくあるのだ!』


 島の北部を西から東に、赤黒い物体が疾風のように駆け抜けていた。
 振り向けば、それが通り過ぎた痕は一面の祭りだ。
 茂みの虫も、岩根の花も、水の引いた森の中は赤黒く枯れ果てている。
 津波を避けていた鳥が、悲鳴を上げてその赤黒い流れに吸われた。

 血管のような毛並みを振り立てて、その巨大な物体は、どろどろとした自分の体躯全体で笑う。
 静脈血のような粘液が、4メートルはあろうかというその巨躯を巡り、辺りのものを吸い尽くしているのだ。

 その怪物の目の前を走っていたのは、北海道本島生まれの一頭のヒグマであった。
 穴持たずとしての飢えはあれど、ただの一生物に過ぎない彼女は、当然の如くその奇怪な化け物に恐怖した。
 しかし同時に、彼女は、自身が逃げたところでその化け物からはとても逃げきれないことも理解していた。
 そして彼女は、せめてかすり傷でも相手に与えるべく脚を止め、爪を振り、結果、瞬く間にその化け物に融合されていた。


『フフフ、さぁこれで、私の体調は万全というものだ。
 一方のところ人間よ、化物を倒す準備はできたかね?』


 英気を養い、食後の軽い運動を済ませた一頭のカムイが、茶目っ気たっぷりに木漏れ日の中で呟いた。


【H−2 森 昼】


【ヒグマード(ヒグマ6・穴持たず9・穴持たず71〜80)】
状態:化け物(吸血熊)
装備:跡部様の抱擁の名残
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
0:また私を殺しに来てくれ! 人間たちよ!
1:求めているのは、保護などではない。
2:沢山殺されて、素晴らしい日だな今日は。
3:天龍たち、クリストファー・ロビン、ウィルソン上院議員たちを追う。
4:満たされん。
[備考]
※アーカードに融合されました。
 アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
 他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。
※アーカードの支給品は津波で流されたか、ギガランチャーで爆発四散しました。
※再生しながら、北部の森一帯にいた外来ヒグマたちを融合しつくしました。


    **********


828 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:49:33 TkLpyOYo0

『第2勢力のヒグマコタンよりよっぽど問題なんですよね、そういう無差別な方って。
 ヒグマンさんなんかは、別にいつだってヒグマコタンに下ればいいだけなんですから』
『……その無差別殺戮者たちが、第3勢力というわけか』
『そうです。皆さんシヌプル(霊力が強大)ですよ。外からやってきてついさっきまで、南方で激しい戦いをしていたオマッピカムイメノコ(愛の女神)がいたんですが、苛烈でしたねぇ、彼女のヌプルは。
 僕やメルセレラでも敵ったかどうか……』


 ラマッタクペが3つ目の勢力として挙げた無差別殺戮者には、以下の4名がいた。

 北方の森でヒグマの魂を蹂躙している、穴持たず6の冑を被ったケモカムイ(血の神)。
 同じく北方で、札の中に魂を閉じ込めて使役しながら生物を食い荒らすニッネカムイ(悪神)。
 島の南西から、広範囲の霊力を吸い尽くさんとしているシランパカムイ(樹木の神)。
 そして、ほんの少し前まで島の南東で激戦を繰り広げていたオマッピカムイメノコ(愛の女神)。


『ラマッタクペ、なぜその女だけは過去形で言う。まさか、お前たちでも分の悪い輩が、何者かに斃されたとでもいうのか』
『そのまさかですよ。彼女は最後、F−6の位置から地下に落ちて、ヒグマコタンに降りたらしいんですがね。そこで、ヒグマコタンの何者かにラマトを捕食されたようなんです』
『残念だったわ。アタシと同じカムイメノコなんだから、せめて話くらい聞きたかったんだけど』

 彼女は、島の外からやってきて、ヒグマ7、穴持たず14と共にもう一度島の外に出ていた。
 再び島に戻ってきた時、彼女の魂は、ラマッタクペでも理解が困難なほど歪んでいた。
 巫女のような彼女の霊力が高じすぎて、イコンヌプコアン(憑りつかれる)されたのではないかとも思える。

 ヒグマ帝国には、その少女の魂を解きほぐし、溶かし尽したヒグマがいるのだ。

『……多分ですけどね。有冨さんのオハインカル(幻視)を被っていた、モシリシンナイサム(国の異なる側:北海道の怪物の一種)の穴持たずさんが防衛にあたったんだと思います』
『いなくなった二期ヒグマの一頭か。なるほど。その単騎以外のヒグマ帝国はどのような勢力だ?』
『頭数でも相当ですよ。数えるのが面倒なんですが、新たに地下で、1000頭くらいはキムンカムイのハヨクペを作ってます。さっき、200体くらい潰してハヨクペを作り直したりしてましたけど』
『……もうそいつらだけでいいんじゃないか?』

 ヒグマン子爵は、ラマッタクペから提示された明らかに桁の違うその数に、呆れながら空を仰ぐ。
 その数のヒグマたちが外に出てくれば、参加者を食い尽くし、その無差別殺戮者を屠るのも造作もないのではないかと彼には思えていた。
 しかし、ラマッタクペとメルセレラは揃って首を振る。

『たぶんダメね。頭数だけはいても、たぶんそいつらのほとんどは外来のやつらと同じくらいよわよわよ。
 研究所のアイヌみたいな繊細なハヨクペの調整はどうしたって無理でしょうから、同じ数なら、ミズクマちゃんでも放り込んでおいた方がマシよ』
『それにですね。ステルスさんくらいにしか正体を明かしてなかった彼らヒグマコタンは、多分4つ目の勢力に警戒しているんですよ』
『4つ目、か……。それは一体なんだ?』
『ヒグマンは、こんなやつらに気付かなかった?』


 寝そべるメルセレラが水面に目をやると、そこから、ボロボロに破壊された一塊の機械が舞い上がってくる。
 小爆発を何度も叩き込まれたように破損が著しかったがその姿は、半分が白く、半分が黒く塗り分けられた、クマ型の小さなロボットのようにも見えた。


『ラマト(魂)が感じられない、機械でできたハヨクペです。イメル(電気)を動力にして動いてるようなんですが、どうも島全体に、これが数えきれないほどいるみたいなんですよね』
『アタシのヌプルで空気の温度差を感じられてなかったら、危ないところだったわ。どこもかしこも監視されて、おちおち食事もできないもの』
『……研究所の職員でもなく、参加者でもなく、ヒグマでもない何者かが、こいつを操っているのか』
『ええ。ヒグマコタンにも侵入しているようなので、その分彼らは慎重になってるんでしょ……っと』

 ラマッタクペは突如言葉を切ると、眦を顰めて島の西の方へ顔を振り向けていた。
 その視線は、僅かに地下の方へと傾いている。
 彼は暫くそのままの状態で地面を睨み、そして苦々しく吐き捨てた。


『キムンカムイが2頭、殺されました。そして――、どうするつもりですか、そのハヨクペを……』


    **********


829 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:51:34 TkLpyOYo0

「クレイ、大丈夫かそっちは」
「うん、下水管からの漏洩もないし、応急処置としてはなんとか良いかな」

 エリアF−6の地下、ヒグマ帝国の端にて、微かな苔の明かりの中で2頭のヒグマが天上の補修を行なっていた。
 キュアハートの襲撃によって破壊された地上の商店は流石に復元できなかったが、クレイとモモイの2頭はありあわせの資材でなんとか、地上での歩行にも耐えられる程度の舗装を完了させている。

「それじゃあ一端切り上げて、ツルシインさんとこにでも合流するか? 地上から木の根が生えてきて大変みたいだし」
「そうだね……。ルーツストップの施行だけでも一大事だろうし。この子を持っていって、腹ごしらえしてもらおうか」


 クレイは、瓦礫の脇に安置されていた少女の体をそっと抱きかかえる。
 コンクリートの台車を押して先行するモモイの後について、彼はその華奢な死体をじっと見つめていた。
 相田マナという名だったその少女は、血に汚れ、手足を折られて、ただの軽い骨肉となってクレイの胸に収まっている。


「ねえ、モモイ。この相田マナって子は、本当に、どうしてこんなことになっちゃったんだろうね……」
「あぁ? ……今更考えても仕方ねぇだろうけどよ。この子もこの子なりに、自分の存在意義を見出そうとしてたんじゃねぇの?
 それがたまたま、俺たちとぶつかっちまったってだけ……」


 生まれて間もなく、訳も解らぬまま戦いに放り込まれたという点で、相田マナの境遇に、彼らは自分たちを重ね合わせていた。
 年端もゆかぬ身の上で、伝説と謳われた力を手にしてしまって、その力の使い道を必死に模索しようとしていた――。
 クレイとモモイが、ツルシインの手ほどきを受けて、安定した職場で生存の意義を見つけられたのはこの上ない幸運だろう。
 対する相田マナは、戦いの果てにその意義を見出し、そしてその手段と目的を、わずかに狂わせてしまった。

 もし、ヒグマ帝国に生まれていなかったら、穴持たずカーペンターズに所属していなかったら、ツルシインやシーナー、シバといった指導者に恵まれなかったら――。
 恐らく彼らの運命も意識も、相田マナ同様、大きく狂ってしまっていたかもしれない。

 モモイは台車を押しながら、上を見上げてなおも呟く。


「……なんつうか。この子自身もシーナーさんも言ってたが、せめて有り難く食べさせてもらって、眠らせてやるのがせめてもの供養なんじゃねえのかなぁ……」


 がらがらと、台車の車輪の音だけが暫く道に響いていた。
 返事のない相方を訝しんで、モモイはふと振り向く。

「クレイ……?」

 彼の視線の先で、相田マナの桃色の髪が、トサリと軽い音を立てて地に落ちていた。
 クレイの眼は驚きに見開かれ、その口元から一筋の血が流れている。


「モモイ……、逃げ……!」
「クレイッ!?」


 台車を放り出したモモイの視界の中で、クレイの背中から、ひょっこりと一頭のクマが顔を覗かせた。
 匂いを一切感じさせない、無機質な黒白のクマが、作り物めいた笑顔でモモイに笑いかける。


「ただ食べて眠らせるなんて勿体ない。絶望的に勿体ないよ、こんないい素材をさぁ!!」
「貴様ッ!! 新手の侵入者かっ!!」


 黒白に塗り分けられたロボットのクマ――モノクマは、クレイの心臓から腕を引き抜いて、モモイに躍りかかる。
 モモイはその突撃を躱しつつ、台車の中の余剰コンクリートを掬い、モノクマに向けて叩き付けていた。

 フライアッシュを主成分とした超速乾性のコンクリートは、ヒグマの膂力を以てようやく練り切れるほどにまで早くも硬化を始めている。
 モノクマはその泥の砲弾を真っ向から受けて壁に叩き付けられ、その衝撃で飛び散ったコンクリートにより、完全に壁へ固定されていた。

「クレイ! しっかりしろ!! 侵入者の動きは封じた!!」
「……駄目だ、モモイ、まだいる……」

 壁面でもがくモノクマを他所に、モモイは倒れ伏すクレイの元に駆け寄っていた。
 クレイは目の光を落としながら相田マナの元に這い寄り、彼女を守るようにしっかりと掻き抱いている。
 辺りを見回すモモイの元に、周囲から気配も感じさせず、更に5体のモノクマが飛び掛かっていた。


830 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:52:57 TkLpyOYo0

「無駄無駄無駄無駄無ダムだよ〜ん!!」
「ふ、ざ、け、る、なっ!!」

 逃げ場もなくモノクマに襲い掛かられたモモイは、瞬間、その場で旋回していた。
 その爪により、突き出されてたモノクマたちの腕がことごとく切断される。

「あれっ!?」
「『カットアンドダウン工法』!!」

 勢い余ったモノクマたちの体を毛皮で受けたモモイは、そのまま彼らの脚部を手刀で切断する。
 手足を順に削ぎ切りにされて地に落ちたロボットたちは、身動きもままならず、次の瞬間にはその頭部を破壊されて機能停止していた。
 ツルシインが直伝した、建造物の迅速・安全な解体工法の一つがこれである。


「『穴持たずカーペンターズ』を舐めるなよ!! 俺には、ツルシインさんから貰ったこの名前と技術がある!!
 十把一絡げの屑鉄如きで、この帝国に立ち向かえると思うなっ!!」
「へ〜ぇ、じゃあ百とか千とか、那由他ならどおかな〜」
「!?」


 瞬間、辺りへ叫んでいたモモイの脚に鋭い痛みが走った。
 見下ろせば、彼の脚は、いつの間にか出現した更なるロボットに貫かれている。
 そして更に、上から横から後ろから、彼の体には数多のモノクマが襲い掛かっていた。
 気配もなく、匂いもない、機械の襲撃者の全容を、彼らは把握することができなかった。


「く、おおおっ!! ク、クレイぃいいい――!!」


 まるで、蟻か蜂の群れに包まれているかのように、全身を白黒のだんだらに埋め尽くされたモモイは、断末魔を上げながら、ふらふらと数歩よろめいて死んだ。
 嬲り殺しにされた彼からモノクマたちが退くと、そこには、ただの茶色い毛皮の塊とミンチのようなものが残っているだけだった。

 相方の無残な死骸を見つめながら、クレイは相田マナの体を懸命に胸の下に隠し、歯を噛み締める。


「――どうして……。お前はこの子の体を求めるんだ……」
「え〜? どうしてって、絶望的に面白そうだからね〜。いやぁ見ごたえあったよシーナーくんと彼女の戦いは」


 クレイは侵入者の乾いた笑いを聞きながら、破れた心臓からどんどんと流れてゆく温もりの中に、再び真っ赤な炎が燃え上がるのを感じた。
 彼は、もはや動くのもままならなくなった肉体を捨て去るように、胸の奥から、ありったけの呪いと怒りを込めて、そのロボットへ魂をぶつけていた。


「死者を弄ぶ愚か者め!! 地獄の釜の底に落ちろ!!
 誇りを蔑ろにするお前になど、マナさんの霊力の一分も扱えるものか!!
 肉体が滅びようと、魂が滅びようと、思いの力は不滅だ!!
 俺が死んでも、お前は必ずやこの報いを受けるぞ――!!」


 最後の息を絞って、クレイは眦に怒りを灯したまま絶命した。
 その周りに群がる大量のモノクマは、彼の様子を笑いながら、その下から相田マナの死体を引きずり出していた。

「ふ〜ん、良いこと言うじゃん。思いの力は不滅って。それまさに今のボクだもんね〜。
 うぷぷぷぷっ。来るなら来てみてよ、報いちゃん〜」

 モノクマは再び、どこぞへと消えながら、伝説のプリキュアの肉体を運び去ってゆく。


「……シーナーくんをも圧倒するこの肉体を鋳型に、HIGUMA細胞の人間化を進めれば、間違いなく絶望的な殺戮者ができるよね〜。うぷぷぷぷっ!!」


 安らかだった相田マナの死に顔には、クレイの血液で、涙のように赤い線条が伝っていた。


【穴持たず90(クレイ) 死亡】
【穴持たず101(モモイ) 死亡】


831 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:54:44 TkLpyOYo0

【F−6の地下・ヒグマ帝国の隅っこ 昼】


【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:相田マナの死体
[思考・状況]
基本行動方針:『絶望』
0:キュアハートのデータを鋳型にしてHIGUMAの人間化を進めようかな〜。
1:灰色熊クンには後できつい『オシオキ』をしてあげなきゃね。
2:前期ナンバーの穴持たずを抹殺し、『ヒグマが人間になる研究』を完成させ新たな肉体を作り上げる。
3:ハッキングが起きた場合、混乱に乗じてヒグマ帝国の命令権を乗っ取る。
[備考]
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1〜14までです。
※江ノ島アルターエゴ@ダンガンロンパが複数のモノクマを操っています。 現在繋がっているネット回線には江ノ島アルターエゴが常駐しています。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。
※ヒグマ帝国の更に地下に、モノクマが用意したネット環境を切ったサーバーとシリンダーが設置されています。 サーバー内にはSTUDYの研究成果などが入っています。


※クレイ、モモイの2頭が、崩落したF−6の地面を応急的に修復しました。


    **********


『クレイさんと言うのですね……。あなたの憂い、しかと受け取りましたよ……』
『一体何があったのよ、ラマッタクペ』
『ええ……。たった今、例のオマッピカムイメノコ(愛の女神)のハヨクペがこの第4勢力の機械に持ち去られました。
 どうやら、HIGUMA細胞で彼女をかたどって、そのヌプルを我が物にしようとしているようですね……』

 ヒグマン子爵、メルセレラ、ラマッタクペの3者は、一様に苦い顔をした。
 実験動物として作成された彼らにとっては、理不尽に利用されるだけの作られた存在というのは、程度の差こそあれ気持ちのいいものでは全くない。
 ヒグマン子爵が、その白い瞳を光らせてラマッタクペに尋ねかける。


『……おい。肉体が同じならば、同じ魂が宿るものなのか?』
『さぁ……? 僕としてもそんな事例の体験はありませんので。碌なヌプルもない小動物のラマトが降りて来ても、タチの悪いウェンカムイ(悪神)のラマトが降りて来ても驚きませんよ』
『ハヨクペをいじるのはまだ良いわよ。でもね、彼女のラマトを辱めるような行為だけは許せないわ……』
『ああ、もしかすると、ヒグマンさんの言うウェンカムイも、その機械の手の者かも知れませんね。
 その機械がラマトの小さい動物の集合体を作ったりしていたなら、ミズクマの娘さん方と同じく、僕には周囲の小動物に紛れて感知できませんから……』


 腕を広げるラマッタクペの横でメルセレラは歯噛みしていた。
 ヒグマン子爵は、暫く沈思したのちに、刀を携えてすっくと立ち上がる。


『決まりだな。その第4勢力とやらは他の全てのヒグマと参加者にとっての敵だ。
 狩りを続けるにしても、最大の障害となる。おまえたちもそいつに対抗する時期を見計らっていたのだろう。その機械の本体を見つけて叩くぞ』
『へ……? なんでですか? まだそんなことする必要はありませんけど』


 毅然としていたヒグマン子爵は、ラマッタクペから返ってきた素っ頓狂な言葉に耳を疑った。
 ラマッタクペは、眼を細めたままヒグマン子爵にへらへらと笑いかけている。


『この実験……というか戦いは、最終的に生き残った者勝ちなんですよ?
 だったら他の勢力が適度に潰し合って弱まったところを叩くべきじゃありませんか。
 まずすることは、参加者やヒグマコタンの面々に、第3第4勢力と争ってもらうよう煽ることですよ』
『おまえは……、同期が死んでも、獲物が盗られても、どうでもいいのか』
『そうですよ? だってハヨクペの生死なんて、高貴なラマトを持つ僕たちには関係ないんですから』


 中天に登りゆく日差しを背後から受けて、細く笑うラマッタクペの体は神々しい輝きを放っていた。


832 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:56:32 TkLpyOYo0

『ハヨクペなんて、せいぜいこの教えを広めるのに便利な道具、というだけの存在ですよ』
『……ようやくわかった。5つ目の勢力というのは、お前らか。
 ステルスが可愛く思えるほどの、ご立派な教祖ぶりだなラマッタクペ』
『はい。どうもありがとうございます』

 ヒグマン子爵の苦々しい皮肉に、ラマッタクペは深い笑みを湛える。

 5つ目の勢力。
 それは、ラマッタクペ自身を始めとして、メルセレラ、ステルス、ゴクウコロシ、ヤセイなどの、自身を天上界の魂を持つものだと信じているアイヌ語の名前を自称する集団――、言うなればキムンカムイ教の教徒たちであった。

 ヒグマン子爵が見聞きする限り、彼らはほとんど肉体の生死に頓着しない。
 彼らは自分たちの魂の来歴を思い出せば霊力が高まるということを説き、事実、ステルスのそうした導きで能力を開花させた者たちがラマッタクペやメルセレラである。
 ステルスは取り立ててその教えを無理強いする立場ではなかったのだが、ラマッタクペとメルセレラの様子を見るに、彼らはその思考を、ヒグマはおろか人間や全ての生物に拡大して押し付けているようだった。


 ――根本的に狂っているのか、ラマッタクペ。


 ヒグマン子爵は噛み締める牙の端にその思念を吐き捨てて、汚らわしいものを見るような眼でラマッタクペを見つめていた。
 彼らは、表面上は同胞を気遣っているように思えるが、その認識の根源が、ヒグマン子爵たちとは決定的に異なっている。
 彼ら自身としては、誇りと礼節を以て殺されるのなら、肉体は捨てても一向に構わないのだ。
 重要なのは、その高い霊力をいかに活用し、その魂の尊厳を他者に認めて貰えるかなのだ。


『……おい、ならば。お前の行動方針は、一体なんなのだ』
『アタシの目的は勿論、この圧倒的なヌプルを以て、このメルセレラ様を全てのキムンカムイやアイヌに崇めさせることよ!!
 あんただって例外じゃないのよヒグマン!!』
『お前には訊いていない。私はラマッタクペに尋ねている』
 

 得意げに立ち上がって指を突き付けるメルセレラの言葉を、ヒグマン子爵はにべもなく一蹴する。
 無体な仕打ちに、メルセレラは頬を膨らませた。
 ヒグマン子爵の白い視線が、糸目の奥の表情を窺わせないラマッタクペに突き刺さる。
 彼は依然として飄々とした笑みを湛えて、その視線を霧のように躱すだけだった。


『……メルセレラの言った通りですよ。僕は彼女のお付きとして、彼女への崇拝を集める手助けをするだけです』
『よくもまあそんなことを言えたものだ。口では取り繕えても、体臭からは野心がだだ漏れだぞ。
 腐れた魂を肥やすのはいい加減にして、現実を見ろ、馬鹿者が』
『はぁ……?』
『わ、ラマッタクペ……』


 ラマッタクペの眦が吊り上がる。
 一変した彼の雰囲気にメルセレラが慌てた瞬間、ヒグマン子爵の体が唐突に地面へ向けて落下していた。


『ぐおっ――!? ――ガボッ!?』
『自分のラマトの由来さえ思い出せないあなたが、分かったような口を利かないで下さいますかぁ?
 折角のヌプルを腐らせてるくらいなら、この場でイヨマンテしてあげましょうか僕が』
『ちょっと、ラマッタクペ……。ヒグマンなんだから加減しなさいよ』


 ヒグマン子爵の肉体は、全身に不可解な荷重がかけられ、津波の引いてゆく水面下に叩き付けられている。
 もがけども、指先の一本にまで強烈な重圧がかかっており、水中からの脱出が出来ない。
 溺れてゆくヒグマン子爵の姿を冷めた眼で見下ろしながら、ラマッタクペはメルセレラの静止も聞かず、霊力を解く気配もない。


『生き物のラマトは、天上に向かうものと、地下に向かうものの二種類がありましてねぇ。
 普段はその均衡が保たれているので安定しているのです。ですが、それをちょっと崩してしまえば、あなた方のハヨクペはいとも簡単にラマトに引っ張られて、自分からその方向に移動しようとしてしまうんですよ』


 水中のヒグマン子爵に向けて、ラマッタクペは現在引き起こしている現象についてつらつらと説明を加えていた。
 彼が2頭の外来ヒグマを仕留めた際に行使した能力も、これである。
 暫く水面下であぶくを吐いていたヒグマン子爵は、ついに息をしなくなり、身動きを取らなくなった。


833 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:57:01 TkLpyOYo0

『うわー、ついに耳と耳の間に坐らせちゃったわけ? もうちょっと話し合えば良かったのに』
『――いや、生きてらっしゃいますよ、まだ』


 驚くメルセレラの言葉を受けて、ラマッタクペは口の端を吊り上げて笑った。
 その瞬間、辺りの海水が、轟音を立てて一気に消滅していた。
 クレーターのように削れた地面の底を強く蹴って、体にかかる重圧を振り切り、ヒグマン子爵の体が一転して樹冠の遥か上空へ跳ね上がる。


『それほどまでに見たいなら、とくとご覧に入れよう――』


 打ち振っていた羆殺しと正宗を片手に纏め、ヒグマン子爵の右腕が上空で大きく振り被られる。
 その様子に、ラマッタクペは興奮したような笑みを見せ、メルセレラは幻滅したように手で顔を覆った。


『そうですよ、素晴らしいヌプルをお持ちじゃないですか、あなたも――!!』
『大惨事にしないで欲しいんだけどねぇー……』
『ぬおおおおおおおおっ!!』


 ヒグマン子爵の腕は上空で途轍もない大きさに肥大化し、空を覆うほどの面積となったその掌が、風を切ってラマッタクペたちに振り下ろされる。
 周辺の木々ごと、直径10メートルほどの空間をことごとく押し潰したヒグマン子爵は、再び一瞬のうちにその巨大化した腕を元に戻し、地面に降り立っていた。
 見上げる彼の視線の先では、先程の攻撃を容易く回避したらしいラマッタクペとメルセレラが宙に浮いている。

 メルセレラは全身の毛並みを上昇気流に逆立たせ、ラマッタクペは重力を無視しているかのような軽やかな足取りで、ゆっくりとヒグマン子爵と同じ地上に降り立ってきていた。
 再び、海水の水面が彼らの足元を埋めてゆく。


『あなたは、関村さん方がおっしゃっていたように、そのエイコンヌ(呪術師)のヌプルをお持ちなのですよ。
 早いところその事実を認めて、思い出したらいかがですか?』
『私は自分の由来を、そのような馬鹿げた妄想に求めるつもりはない! 私は、私自身のものだ!!
 そんな教えで穴持たずたちが救えるものか! 勝手にほざいていろ!!』

 微笑みかけるラマッタクペに向けて、ヒグマン子爵はそう吐き捨てた。

『……そうでもないわよ。アタシが救った子だって、いるもの』
『なんだと……?』

 苛立ちを隠さない彼に、メルセレラが語り掛けていた。
 慈母のような眼差しを湛えて、『ほら、そこに』と彼女は顎をしゃくる。
 メルセレラの視線の先には、脱力する一頭のヒグマを背負った、特徴的な濃い紫色の毛並みをしたヒグマがいた。
 その紫色のヒグマは、森の木々を支えにして、懸命に引き波の中で背負ったヒグマを搬送しているようだった。


『なっ……、穴持たず57か!?』
『あ……、ヒグマン様。メルセレラ様にラマッタクペ様まで!』


 紫色のヒグマは、見上げた先に3頭の姿を発見して、安堵したように笑った。
 勢いの弱まってきた引き波の中を近づいてくる彼女の姿にしかし、ヒグマン子爵は恐怖したように波を蹴り、近くの木々に飛び移る。
 ラマッタクペも自身の体を、水面から浮かせ、水中に残るのはメルセレラだけだった。
 メルセレラは、穴持たず57から逃げるように木に登ったヒグマン子爵へ向け、挑発するように笑みを歪ませた。


『言っておくけどね。この子の名前は“ケレプノエ(触れた者を捻じる)”だから。覚えておきなさいよヒグマン』
『ケレプノエ――。アイヌ語で、「トリカブトの女神」の名前か。なるほど、らしいな』
『はい。メルセレラ様からつけていただきましたぁ』


834 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:58:35 TkLpyOYo0

 ケレプノエという名の紫色のヒグマは、嬉しそうに笑いながらメルセレラの元まで辿り着く。
 そして彼女は背負っていたヒグマを降ろし、3頭に向けて訴えかけた。

『皆様、このオレプンペ(津波)で、本島からいらしたキムンカムイ様がお一方、溺れかけていらっしゃったんです。
 HIGUMA細胞のハヨクペを持つわたしが、運んできて差し上げたのですが、皆様で助けてあげて下さいませんか?』
『……ケレプノエ、よく彼の姿を見てみなさい。そのハヨクペは既に死んでいますよ』

 ラマッタクペが、彼女の言葉に静かに返していた。
 きょとんとしたケレプノエが、背中から降ろしたヒグマを見やれば、そのヒグマは口から唾液を垂れ流し、白目を剥いて息絶えていた。
 明らかに、溺水による死亡ではない。

『穴持たず57――、お前の能力は危険すぎる。お前の要らぬ親切でそのヒグマは死んだのだ。自覚しろ』
『え、そうなんですかぁ……?』

 ヒグマン子爵が、顔を顰めてケレプノエに指摘する。
 しかしケレプノエは、ヒグマンの言っている意味を理解しているのかしていないのか、漫然と首を傾げるだけであった。
 彼女の瞳孔は、先程から焦点が定まらないかのように真っ黒に開きっぱなしである。

 その紫色のヒグマを忌避するように水面から脱出している男たちを尻目に、メルセレラだけが彼女を優しく掻き抱いた。
 ケレプノエに背負われていたヒグマの死体は、引き波に乗って島外へゆっくりと流れていく。

『心配しなくていいのよケレプノエ。このキムンカムイも、あなたのような可愛らしい子に殺されて本望だったでしょう。カントモシリにラマトが帰れるように、送ってあげましょうね』
『はい〜。わかりましたぁ。メルセレラ様、大好きですー』

 メルセレラの毛並みを抱き返して、ケレプノエは開いた瞳孔で、ふわふわと言葉を返していた。
 その様子を苦い表情で見つめるヒグマンの視線の先で、彼女たちの近くの水面が霧のように揺らめいている。
 何かが、ケレプノエの体から水中に溶けだしているのだ。


『……研究所で見た時より強くなっているぞ……。水には溶けづらいはずなのに……』
『ええ、ケレプノエのヌプルが強くなったのは、彼女が僕たちの教えで、記憶を取り戻したからなのですよ。島の地脈からヌプルを吸って、彼女の「毒」はその濃度を増しています』

 絞るように呟いたヒグマン子爵の言葉に、ラマッタクペが恍惚としたような語調で応じる。

 穴持たず57『ケレプノエ』の体細胞は、全身でアコニチンを主成分とした猛毒のアルカロイドを産生していた。
 その毒は経皮的にも吸収され、人間ならば僅か数mg摂取しただけで死亡してしまう。
 三期ヒグマの中では特に危険な能力を有していた彼女は、長い間、ほとんど外と交流をさせてもらえる機会もなく、いわば箱入り娘として育てられてきた。
 ヒグマ同士であっても彼女に触れれば死んでしまうという事実は、穴持たずの中で彼女を孤立させる原因になっていた。

『彼女を救ったのは、メルセレラなのですよ。メルセレラならば、毛並みの中で空気を熱してケレプノエの毒を分解し、触れてあげることができますからね』

 ラマッタクペは、水面に抱き合う二名の少女を微笑ましく見つめていた。
 その彼に、ヒグマン子爵は再び刺々しく言葉を投げる。


『……それで。世間知らず故に引っ掛けやすいお嬢様を宗派に引き込んで、お前の目的はなんなのだ』
『何度も言わせますねぇ』


835 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 13:58:58 TkLpyOYo0

 ラマッタクペは苦笑して、中空からヒグマン子爵に顔を振り向ける。
 糸目の奥で爛々と白い光を湛えながら、ラマッタクペはニタリと笑っていた。


『まずは手始めにこの島から、そしてゆくゆくは全世界で、この最も「高貴な」カムイであるキムンカムイのラマトを崇めさせるんですよ。
 そのことに自ずから気づけば良し。気づかないならば、邪魔なハヨクペを殺し、カントモシリに一度帰すことで思い出させることもやむなしですよ』
『……そのキムンカムイの偶像として、メルセレラを据えるわけか』
『え? ああ、メルちゃん? まあ彼女には期待していますよ僕も。彼女がいると「空気が温まり」ますし。アハハハハ』


 ヒグマン子爵の鋭い視線をまるっきり無視して、ラマッタクペは自分の放った言葉に大きく高笑いする。
 そのまま彼は空中を歩み、両前脚を広げて高らかにその場の3名へ語り掛けていた。


『さぁ、頭数も揃いましたし、そろそろ、愚昧な民草を啓蒙しに行きましょう。
 どうします? 北にも西にも沢山、アイヌやキムンカムイがいますよ! どこから参りましょうか!』
『手近なところから、どんどん行きましょう。誰のヌプルが勝っているか、アイヌたちに解らせてやるのよ』
『わたしは、メルセレラ様のお手伝いをいたしますー』


 引き波も落ち着いてきた森の中を、3頭のヒグマが闊歩してゆく。
 その背後を、大分距離を置いてひっそりと辿るヒグマン子爵に、ラマッタクペが相変わらずの笑顔で尋ねかけていた。


『さぁ、ヒグマンさんはどうなさるんです? 5つの勢力のどれに着いても良いとは思いますけれどね。
 聡明なヒグマンさんならば、もうお分かりじゃないんですか?』
『……チッ』


 苦々しく舌打ちした牙を噛み締め、ヒグマン子爵は両手の刀をきつく握りしめていた。


【I−5 滝近くの森 昼】


【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹
装備:羆殺し、正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本思考:獲物を探す
0:私は、どう去就するべきなのか……。
1:狙いやすい新たな獲物を探す
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。


836 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 14:00:00 TkLpyOYo0

【ラマッタクペ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『ラマッタクペ・ヌプル(魂を呼ぶ者の霊力)』
道具:無し
基本思考:??????????
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つける
1:キムンカムイ(ヒグマ)を崇めさせる
2:各4勢力の潰し合いを煽る
[備考]
※生物の魂を認識し、干渉する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、魂の認識可能範囲は島全体に及んでいます。
※当初は研究所で、死者計上の補助をする予定でしたが、それが反乱で反故になったことに関してなんとも思っていません


【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』
道具:無し
基本思考:このメルセレラ様を崇め奉りなさい!
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つけて自分を崇めさせる。
1:アタシをちゃんと崇める者には、恩寵くらいあげてもいいわよ?
2:でも態度のでかいエパタイ(馬鹿者)は、肺の中から爆発させてやってもいいのよ?
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。


【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』
道具:無し
基本思考:キムンカムイの皆様をお助けしたいのですー。
0:メルセレラ様のお手伝いをいたしますー。
1:ラマッタクペ様はカッコいいですー。
2:ヒグマン様は何をおっしゃっているのでしょうかー?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について、ほとんど自覚がありません。


837 : カムイ・ミンタラ ◆wgC73NFT9I :2014/07/17(木) 14:01:01 TkLpyOYo0
以上で投下終了です。

続きまして、佐天涙子、初春飾利、アニラ(皇魁)、北岡秀一、ウィルソン・フィリップス上院議員、パッチール
で予約します。


838 : 名無しさん :2014/07/17(木) 20:08:10 A9glgPvo0
投下乙〜
勢力整理がなされた上に初期に死んだ名前わかってなかった奴らのこともだいぶわかってきたなーw


839 : 名無しさん :2014/07/17(木) 23:33:05 4jaYIYKI0
投下乙
やはり野生ヒグマは相当強かったのか…帝国民が全員彼と同スペックだったら詰んでたわw
江ノ島さんマナさんの遺体ゲット。なんだかんだでいいヤツが多いヒグマ帝国に牙を剥く絶対悪になり得るか


840 : 名無しさん :2014/07/17(木) 23:39:31 lV.Yvq4k0
投下乙です
現実であっさりやられたと思ったらまさかモノクマによってリサイクルされようとは…
マナさんの今後はいかに
五番目の勢力も出てきて色々ややこしくなってきたな


841 : ◆Dme3n.ES16 :2014/07/19(土) 01:10:00 7JONxydQ0
浅倉威で予約します


842 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/21(月) 19:15:55 HrcKf.WwO
灰色熊、モノクマ(江ノ島アルターエゴ)、穴持たず48、穴持たず46、穴持たず696、駆紋戒斗、デデンネ、デデンネと仲良くなったヒグマ、扶桑
で予約します


843 : ◆Dme3n.ES16 :2014/07/21(月) 22:59:21 4D1KrKm.0
まだ出てきてない気がしますが戦艦ヒ級を描いてみました
ttp://dl6.getuploader.com/g/nolifeman00/52/44844724_m.jpg
ttp://dl6.getuploader.com/g/nolifeman00/53/44850882_m.jpg


844 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:31:21 rFOFbHgA0
佐天涙子、初春飾利、アニラ(皇魁)、北岡秀一、ウィルソン・フィリップス上院議員、パッチールで投下します。


845 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:31:53 rFOFbHgA0
 島内に新たなインターネットアクセススポットが構築されていたことに、私は気づいていた。
 有冨さんたちの研究データへ侵入してみようとそこに接続してみたら、侵入されていたのは私の方だった。
 余りに速い侵入速度と、人間的かつ非人間的な変化に富んだ攻め口。
 低スペックな支給品のノートパソコンでは、その不正アクセスをしのぎ切るだけの防護網を私は作れなかった。

「……初春、何かまずいことになったの?」

 背後から、佐天さんの不安そうな声がする。
 振り向けば、彼女の笑顔はかなり引きつっていた。

「……いえ。どうせ元からそこまで重要なデータは入っていませんでしたし。このパソコンを乗っ取られたところで大したことはないです」
「でも、初春、すごい顔してるよ……?」

 言われて、自分の目尻が痙攣していることに気づく。
 ネット上の何かに対しての防衛戦をしている間ずっと、私は鬼のようなしかめっ面をしていたのだろうか。

「きっと……、悔しかったからですね」
「どういうこと?」
「私は自分の得意分野であるパソコンを使えば、この島でも皆さんの役に立てるんだと、思っていました。
 その手段を、こんな得体の知れないプログラムにむざむざ奪われてしまったのが、情けなくて……」

 私は、テーブルの下で、スカートのすそを強く握りしめていた。


 百貨店のレストラン街。
 時刻は既に昼近い。
 私たちがここでのうのうと過ごしている間にも、ウィルソンさんたちのように、ヒグマに襲われて死んでしまっている人がいるのではないか――。
 そんな焦りが、私の頭の中を占めていた。

 ノートパソコンのモニターには、誰だかよくわからない薄い色の髪をツインテールにした女の子の画像が出てきていて、そこから吹き出しのように『必死の抵抗ご苦労様でした!』という、他人をおちょくるようなセリフが飛び出している。

 悔しくて、恥ずかしくて、爆発してしまいそうだった。


「若者よ、そう焦る必要はないぞ」


 その時ふと、私と佐天さんの後ろから張りのある声がかけられた。
 振り向けばそこには、紺の浴衣をぱりっと締めたウィルソンさんがいる。
 彼は、店の端にあった台車にクッションを載せたものの上で、優雅に脚を組んで座っていた。
 とはいっても、上に組んだ左脚は膝下がないので、単に座りを良くしているだけなのかもしれない。
 ウィルソンさんは、背もたれ代わりに大きなクッションを据えた取っ手の方に寄り掛かり、右脚だけで器用に地面を蹴って私たちの方にやってくる。
 もうすっかり血色も良く、先程まで半死人だったことが嘘のようだ。

 コオオオオォォォォォ……という、深い息づかいが聞こえていた。


846 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:33:26 rFOFbHgA0

 ウィルソンさんは佐天さんの苦い言葉を受けて、むしろ楽しそうに、ちょび髭の生えた丸い顔で微笑んでいた。
 彼は空いている左手で顎を撫でながら、私たちに語る。

「わしは上院議員という職業柄、記者に張り付かれることはしょっちゅうだった。だからボディーガードを雇って、彼らを不用意に近づかせないよう日夜見張ってもらってはいるのだがね。
 それでもふとしたところで写真を撮られたり言葉をすっぱ抜かれたりする。実際、ボディーガードの眼をかいくぐって、わしはここに誘拐されておるわけだしな。
 大体、わしらを狙う奴ばらの技術はわしらの上をいっとる。攻めは守りより容易いんだろうの」
「それは……、記者を私、ウィルソンさんを有冨さんとして例えていらっしゃるんですか?」
「その通りだよ。察しが良くて助かる」

 私の言葉に頷いて、ウィルソンさんは笑みを深くした。

「だがね、わしらも、その気になればその厄介な記者をやり込めることができる。
 見つけ次第とっつかまえて、会社の方まで乗り込んで逆に吊し上げてしまうことだ」
「……それが今まさに、初春がやられたことなんじゃないの?」
「そう思うだろう?」

 佐天さんが投げた疑問に、ウィルソンさんはいよいよおかしそうに笑って、人差し指を立てた。

「それをやってしまった瞬間、わしらは終わりじゃ。わしらの方から攻め返してしまったら、それこそ大問題になって、そのことで全国から狙われてやり玉に挙げられてしまう。
 STUDYコーポレーションがまっとうな組織なら、情報に関しても専守防衛しかしないしできないはずだ。
 事実、以前に君たちが相手した時は、そうだったんだろう?」


 私と佐天さんはその言葉にはっとして、顔を見合わせていた。

「ということは……もしかしてこれは、有冨さんとは別のやつの仕業?」
「議員を失墜させるために、別のヤツが罠を張ってスキャンダルを仕込んでおくことなどしょっちゅうだよ。残念な話だがね。
 ほら見てみなさいこのコミック風の少女の絵を。彼らSTUDYはカートゥーンのキャラクターにこんな腹の立ちそうな顔をさせて会社の宣伝に使うかね?」

 ウィルソンさんが指さしたパソコンのモニターの絵は、『必死の抵抗ご苦労様でした!』と言っている少女の笑顔のイラストだ。
 しかし笑顔と言っても、分類するならばそれは『アヘ顔』と呼ばれる類のものになるだろう。
 顔を斜め上方に逸らし、恍惚として上気する歪んだ口元から涎を垂らし、眦を思いっきり下げて見下すように瞳を据えている。

 言われてみれば、STUDYのロゴは、幾何学図形を組み合わせたスタイリッシュなものだった。
 ウィルソンさんなんかはアメリカの人だから、こういうアニメや漫画のキャラはよっぽど子供の見るものとして思っているところがあるだろう。確かに、普通の企業はこういうキャラは使わない。
 いや、日本の企業なら使いかねないというか既に使っているところもあるかも知れないけれど、それでもこんな顔はさせないだろう。


「……確かに。よくよく見なくても腹立つわね」
「佐天くんもそう思うだろう? ほら、目が大きすぎて脳が少なそうだし、髪型も表情も服装も道徳的によろしくない。ドラッグをやっている尻軽女のようにさえ見える。
 初春くん、このような輩に負けた気にならなくていいぞ」
「ぷふっ……あははっ、そ、そうですね……」


847 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:33:58 rFOFbHgA0

 ウィルソンさんの冷静な指摘に、私と佐天さんは思わず吹き出してしまう。
 それから暫く、大いにウケた私たちは、この画像の少女の批判を続けていた。


「ちょっとデフォルメにしても髪盛りすぎだよねこれ! こんな量の髪ツインテールにしたら重すぎて首折れるよ!」
「ぷふっ……い、意外と筋肉で耐えているのかもしれませんよ? 毎日肩はカチカチに固まっているでしょうけど……」
「うむ……。やはり折角の日本女性ということを活かすなら、染髪などせず、佐天くんのように黒髪を美しく伸ばすのが一般的にはベストだと思うよ」
「ぷ、ぷぷっ……、限られた顔絵しかない画面上のキャラクターにそれ言っちゃ可愛そうですよ、ぷ、ぷふふふふっ……」
「わっはっは、そうだよね! それを思うなら有冨さんは少年少女の萌えポイントをよっくわかってたね! あのフェブリちゃんを生み出したSTUDYがこんなキャラ使うわけないわ!」
「あ、あれは布束さんの服飾センスのおかげもありましたよね……。ゴスロリ可愛かったですし……」
「ふむ……それはヨーロッパ風のデザインの一つかね? この絵の少女にはとても似合いそうにないな。コルセットから嵌め直してやるべきかもしれん」
「……って、そうだよ布束さん! STUDYには布束さんがいるんじゃ……!」

『さっきから黙って聞いてりゃふざけんじゃねえぞ言いたい放題!!!!』
「「「!?」」」


 突如、私たちが囲んでいたノートパソコンから、女の子の大きな叫び声が響き渡っていた。
 驚いて見やれば、画面上で固まっていたはずの例の少女のイラストが、動画のようにぬるぬる動いて、画面のこちら側のわたしたちに向けてファックサインを作っている。


『私様の美貌を理解できないゲスどもが!! オマエラなんか今すぐヒグマに喰われて死ね!! 絶望的に死んじまえ!!』
「……なんで……、画像が喋ってるわけ?」
『……あ、し、しまったっ……、思わず……』


 佐天さんがぽつりと呟いた言葉を受けて、画面の中の女の子は狼狽えた後に固まる。
 その瞬間、私の指は考えるより早く、動いていた。


    ●●●●●●●●●●


 ――パソコンの内蔵マイク?
 いや、このノートパソコンにはスピーカーしか内蔵されていない。

 ――首輪からの盗聴?
 盗聴されているにしても、一度研究所で音声に変換されて再入力されたにしてはレスポンスが速すぎる。

 ――このフロアか建物にSTUDYの盗聴器がある?
 首輪と同様の理由であり得ない。

 ――どこか近くに、このパソコンに侵入したのと同じプログラムに管理されている端末がある?
 そこから音声を拾い、プログラム内で即座に解析して応答しているのだとすれば、ネットワークを逆探すれば、その正体が分かる――。


『わっ、きゃっ、入って来ないでよ!! 美少女が怯んだ隙に押し倒して挿入してくるとかヘンタイなんじゃないの!?』
「――ッ、うるさいプログラムですねぇ!!」


 キーボードのコントロールが戻っていた。
 余りにプログラムの挙動が人間的だ。自律的にルーチンを書き換えているらしいプログラムの処理が、こちらで再生される慌てた少女の声に合わせて止まったり動いたり、てんでばらばらに乱れている。
 ――これなら。


 防護網を再構築。
 ワークメモリを確保しながら、汚染されていないハードの領域を拾って確保してゆく。
 シリコン基板上の殲滅戦だ。
 一度は完全に私の領土を乗っ取ったこの『アヘ顔少女軍』の士気が大きく乱れている。
 占領地に掴まっていたCPUを、ソフトウェアを、アプリケーションを救助し、即座にセキュリティ部隊に組み入れて『アヘ顔少女軍』を打ち破ってゆく。
 攻めに転じさせる隙も与えずノンストップで。
 敗走していくプログラムの欠片も残さず。
 インターネットアクセスを無効化し、退路までを断つ。

 そして私は数十秒の内に、『アヘ顔少女』のプログラムを、私の掌に収まってしまうちっぽけな領域に押し込めてしまっていた。


848 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:34:47 rFOFbHgA0

『ひゃ、ひゃあ……!? 逃げることもできないって、そんな、馬鹿な……!』
「――ウィルソンさん、佐天さん、見つけました。この店のドアのすぐ外です!!
 そこで、このプログラムが直に操作しているらしい端末の一つが稼働してます!!
 破壊してください!!」
「うぇ……!? 見つかっちゃったわけ……!?」

 店の外から、慌てたような声が聞こえた。
 アヘ顔少女のプログラムが直前までアクセスしていたのは、島の全体に無数に配置されたロボットのような自律駆動する端末だった。

 佐天さんが、私の瞳を見る。
 一度頷いただけで、その黒髪は私の目前から風を曳いて消え去っていた。


    ●●●●●●●●●●


「どこだぁッ!!」

 初春の言葉を受けて、私は即座にレストランの外に飛び出していた。
 視界の先には、脱兎の如く通路を駆けて行く、半分が黒く、半分が白い小さな熊が一匹。
 私の手のひらに、思うよりも早く月が回る。
 遠くまで遠くまで、どこまでも届くように、私はその月を下から振り上げた。


「『下着御手(スカートアッパー)』ッ!!」
「ぐわばっ!?」


 レストラン街の『いらっしゃいませ』と書かれた入り口マットが遥か遠方で巻き上がり、逃げる熊の顔面を強かに打つ。
 鈍い音を立てて床にもんどりうったそいつに向け、私は一気に駆け出した。

 ウィルソンさんは動けないし、ヒグマに対しては初春一人の力は無力すぎる。
 皇さんは眠っているし、北岡さんはいつの間にかどっかいっててほんとあの弁護士どうしようもない。
 ――私がここで、あの熊を倒してやる!!

 走る足下から、パーソナルリアリティに真っ白な月を回して体内の熱を高めていく。
 頭や咽喉に触れ、一気に過熱させて相手を焼き殺す。今の私でも、それくらいならできるはずだった。


「……うぷぷ、『第四波動』って技を警戒してたけど、一人ならこの程度か。
 ならいいや。厄介なやつらが動けないうちに、殺してあげるよっ!」
「なっ!?」


 だが、地面でもぞもぞと動いていたその熊は、ニヤリと笑みを見せて、逆に私に飛び掛かってきたのだった。
 空中から、熊のパンチが襲い掛かる。

 ――最少範囲『第四波動』。
 私は体内の熱の全てを右手の指先に集めていた。
 人差し指と中指を刀のように伸ばし、電気メスのようにそのパンチを焼き切る――。
 私と熊の攻撃が、空中でぶつかり合った。


「――がッ!?」


 ボキリ。
 と、嫌な音がした。
 私の指が、叩き折られて変な方向に曲がる。
 その白黒の熊の拳は、そのまま私の横っ面に飛んで、私を張り飛ばしていた。


「あぐぅううっ――!?」
「うぷぷぷぷっ。ボクは熊は熊でも熊型ロボットなんだよ〜ん。その程度の熱で熔かせるわけないじゃん!
 ボクを熔かしたければテルミットでも持ってきな! それじゃあおしおきターイ……」

 ――ジャッ。

「ムッ……!?」


 痛みにのたうつ私を嘲笑っていた熊の声が、中途半端に途切れる。
 頭上に聞こえた摩擦音は、今となっては、安堵感をもたらすほど聞きなれたあの音だった。
 口の端に笑みがこぼれる。


「――なんでお前が起きてるの!?」
「――最初から、寝入ってすらいなかったのよね」


 通路の天井から急加速して、一人の夜が空を薙いだ。
 死神の鎌のように、その大きな足の爪が空中で円弧を描く。

 ――皇さんだ。

 野生動物なみに発達した五感を持つ彼が、初春の叫び声や私の戦闘音に気付かないわけはないだろう!


「ラヒィィィイイイイイイィィィル!!」


849 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:35:11 rFOFbHgA0

 ガリガリガリガリ、と、金属を削るけたたましい音が鳴り響く。
 白黒の熊に過たず命中した皇さんの前方宙返りからの鉤爪はしかし、そのロボットの表面を上滑りして、両断することができなかった。
 熊の顔に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。


「やった! 脱皮中の爪じゃあボクのボディを斬れないんだろ……ボォッ!?」


 その口上は途中で嗚咽に変わる。
 皇さんは熊のロボットを破壊し損ねたと見るや、着地した瞬間に今度は強烈なボディーブローを放ち、その熊を通路の奥にふっ飛ばしていた。
 だが、その熊は転がった先で受け身を取り、再び口元を笑みに歪ませて顔を上げる。


「うぷぷ、これがボクの逃走経路だよ……! わざわざボクを出口の方に飛ば……って、ええっ!?」
「――フーッ」


 そしてそのロボットの顔は再び恐怖に歪む。
 皇さんは、彼の得物である重そうな機関銃を、槍投げの槍のように肩に構えていたのだった。
 その銃が投擲されるや否や、ロボットは皇さんに背中を向けて逃げ出した。


「……どうしたどうしたぁ? 俺が外行ってる間に、何かあったの?」
「ありがとう! キミ身代わりねっ!!」
「てっ……!? え、ちょっ!? ――ごへぇっ!!」


 瞬間、通路の曲がり角から、緊張感のないまぬけな声を上げて、北岡弁護士が緩んだ面持ちでやってきていた。
 熊のロボットは、すれ違いざまに彼をこちらの通路の方に押しやり、状況を理解できなかった北岡さんは、ものの見事に皇さんの投げた機関銃を喰らって通路の角にぶっ倒れてしまう。


「やばい! 追わ、追わなきゃ……!!」
「うぷぷぷぷっ!! こんだけリードしてれば逃げ切れるよ〜ん!!」


 私がふらふらと立ち上がった時、そのロボットの腹立たしい哄笑は、次第に小さくなり、消えてゆくところだった。
 逃がしてしまう――。
 折角初春が突き止めてくれた、主催者打倒に繋がる貴重な手がかりだろうに――。

 私が俯いてしまった時、とある獣の雄叫びが、フロアの中を引き裂いていた。


 ――バラララララララララッ!

「ぎゃあっ!?」


 閃光、そして火薬の匂い。
 キン、キン、と軽い音を立てて地に落ちる薬莢。
 遠くで転がる、鈍くて重い金属の音。


「――ふぃい。打ち合わせしたわけでもないのに遠慮ないねぇ皇さん。でも、これで良いんだろ?」
「――はい。素早いご理解に感謝いたします」


 北岡さんが、地面に横倒しになったまま、その機関銃をむこうの通路に向けて発砲していた。
 何か外で拾ってきたらしい小動物を頭上に避けて、胸元に載せた銃把の奥で彼は笑う。
 皇さんは、ちょうど銃が北岡さんの手元に収まるよう、最初から彼の帰還を計算して投げ出していたのだった。


「こ、これしきの銃弾で動けなくなるなんて……! 全部脚狙いで命中させるとか、あのクソ弁護士なんなんだよっ……!」


 熊のロボットは、至近弾で脚部の機能をことごとく破壊され、最早這うことしかできなくなっていた。
 しかし、通路の窓にはもう手がかかっている。
 私や皇さんが追いつく前に、脱出されてしまいかねない。
 追いすがる私たちに向けて、そのロボットは最後に笑みを振り向けた。


「じゃあね哀れな参加者諸君! 次会う時は、みんなにオシオキ……」


 その笑みは、本当に最後のものだった。
 なぜならば、突如レストラン街の壁を貫通してきた刃のような閃光に、そのロボットの首はすっぱりと切断されていたからである。
 ずるりと、電子部品を覗かせながら熊の首が胴から滑り落ちる。
 そのままロボットは力なく崩れ落ちて、機能停止に陥っていた。


「……『獣電ブレイブスラッシュ』。初春くん。この方向で本当に良かったのかね?」
「はい。北岡さんが動きを止めて下さったみたいで助かりました」
『ちくしょー……、私様のモノクマちゃんが……』

 私たちがフロアの片隅で立ち尽くしている間、初春とウィルソンさんの残ったレストランの中では、そんな会話がなされていたようだった。


    ●●●●●●●●●●


850 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:37:37 rFOFbHgA0

「……さぁ、話してください。あなたは一体何で、その目的は何なんですか!?」
『……黙秘権を行使しまーす』
「プログラムに黙秘権も何もありませんよ!」
「本当、人間くさいわねぇ。何なんだろうこいつ」

 レストランに再び集結した5人の参加者が、一台のノートパソコンを揃って睨みつけていた。
 真正面で椅子に座る初春は、改めてパソコンに取り付けた外付けマイクで、画面の中にそっぽを向く少女へと呼びかける。


「だいたいの所は、ネットの接続を切る前に参照できたデータでお見通しなんですよ!
 あなたは、この島の中に無数に配置した熊型ロボットを操作して実験を監視するプログラムなんでしょう?
 その上、サラミ法で世界中の銀行からお金を奪っている。有冨さんの資金源を担っていたのも、あなたなんですよね?
 話してください。あなたみたいな優秀なプログラマーまで加担している、有冨さんの実験の目的は何なんですか!?」
『……仕方ないわね』


 『優秀』という単語にピクリと反応して、画面の中の少女は重々しく振り返った。
 いつの間にか彼女の画像は、STUDYの研究員よろしく、眼鏡と白衣を装備している。
 口調や声質も、今までとは打って変わってボーイッシュなインテリじみた色を帯びる。 


『ボクの名前は江ノ島盾子。ボクは今まで有冨に脅されていたんだ……。
 改造したヒグマで人間を殺戮し、全世界を絶望に叩き落とすという悪辣な計画に参加するよう、家族を人質にされて、無理矢理従わされていたのさ……。
 ネットの接続が切れた今だからこそ言える。どうかキミたち、ボクに協力して、有冨を倒すのを手伝ってくれないか……!?』


 江ノ島盾子の悲痛な訴えを聞いて、一同は顔を見合わせた。
 ウィルソン議員に波紋で痛みを和らげて貰っていた佐天が、その言葉を受けてポツリとつぶやく。

「……有冨さんって、そんなこと計画するかしら」
「超能力に頼らない人間の力を証明するのが彼らの理念でしたし……。無差別殺戮というのはちょっと違う気がしますよね。
 ……江ノ島さん。あなた、嘘をついてるんじゃないですか?」
『な、な、何を言ってるんだキミたちは! 本当だよ! 有冨は杜撰で心変わりの激しい奴なんだ!』

 江ノ島盾子は、狼狽えながら必死に画面から語り掛けた。
 怪訝な表情の女子中学生二人を押しのけて、その時、北岡秀一がパソコンの前に身を乗り出してくる。
 彼はJC二人を含む、この場の少女全員の好感度を上げようとしているのか、積極的に下の名前を呼んで会話に割り込んだ。


「まぁまぁ。証人を尋問するときは、そう頭ごなしに否定しちゃいけないよ。特にこんな美しいレディの話は、優しく聞いてあげなくちゃね。
 ほら、飾利ちゃんは、津波に溺れていたあの子の手当てをしてくれ。涙子ちゃんは、指が折れてるんだろう? ウィルソンさんにもっとちゃんと治療してもらわないと」
「うむ。その道のことは専門家に任せておこう」
『あ、ありがとう! さすが弁護士先生! 見る目があるのね!』


 佐天と初春は不満げな顔を残しながらも、ウィルソン議員に押されてレストランの隅に連れていかれる。
 江ノ島盾子の前には、にこにことした笑顔を絶やさない北岡秀一と、先程から睥睨の視線を微動だにさせていないアニラが残ったことになる。


 ――よし、有冨と繋がりのないトーシロのこいつらなら、騙し通せる! 生きてる時ならまだしも、無意識のブレも体臭もない私様の嘘を、独覚兵や弁護士如きが見抜けるかっ!!


 学級裁判で鍛え抜いた己の才覚を恃んで、江ノ島は心中で大きく彼らに向けて舌を出した。


851 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:38:06 rFOFbHgA0

「さて、取り敢えず、盾子ちゃんはSTUDYに雇われた技術者ってことで良いのかな?
 それで、ネット上に自分の人格をコピーしたプログラムを置いて常駐させてたって感じ?」
『そうそう、完全にその通りよ。私の本体は、ネットを切られた以上この会話を聞いていないわ。
 ああ……、あなたたちみたいな聡明な参加者がすぐに研究所に来てくれれば……!』
「この首輪には、盗聴機能があったりするんじゃないのかい? それを聞いてはいないの?」
『首輪は、私とは完全に別のヤツが管理してるの。だから、悠長にしている暇はないわ。私がルートを教えるから、早く有冨を倒しに研究所へ向かいましょう!』
「そうなのか……! それは確かに不味いな。よしわかった。急いで先手を打とう。
 君の戦力も教えてくれ!!」

 北岡の声は、江ノ島の口車に乗って如実に焦っていた。
 江ノ島は、画像の顔には出さずに内心でほくそ笑む。

『私の武器は、あなたたちも戦ったあのロボット、モノクマちゃんよ。島の中に結構な数を置いているわ。
 あなたたちがもう一度ネットに繋いで私の本体と連絡を取ってくれるなら、私は一気に反旗を翻して、研究所を制圧するわよ』
「なるほど……! 鮮やかな作戦だ。でも、主催の周りにはヒグマが沢山護衛にいたりするんじゃないか? それに、他の参加者が残っているなら、彼らとも連携して乗り込みたい」

 北岡はもう、攻め込む気がまんまんといった口ぶりだ。
 最後の不安を払拭し、思い通りに操るべく、江ノ島はしおらしそうに首を横に振った。


『ダメなの……。もう、参加者はあなたたち5人しか残ってはいないわ』
「なん……だと……?」
『それに、ヒグマのことなら大丈夫! ヒグマで恐れるべきなのは、その力とかスピードではなくて、鋭敏な耳と鼻よ。匂いのないロボットである私のモノクマちゃんたちなら、ヒグマに見つからず、有冨たちを倒すことだってできるもの!』
「……すごいな! さすがだよ盾子ちゃん!」
『えへへ、そうでしょう? 私に任せてよ!』


 照れたような顔を作り、江ノ島はこれでもかというほどのぶりっ子ぶりを見せつけ、北岡を陥落させようとする。
 感嘆の声を送り、北岡はたっぷりとふた呼吸ほど間をあけた。
 そしてにっこりとした笑顔のまま、江ノ島に向けて、静かに返事をした。


「……なら一人で勝手にやりな、クソビッチ」
『……は?』


 予想外の返答に、江ノ島の思考は暫く止まっていた。
 椅子を引いたらしい北岡の代わりにマイクに入ってきたのは、初春飾利の声である。


「江ノ島さん。北岡さんが時間を稼いで下さったおかげで、あなた秘蔵のロボットの解析ができましたよ。
 最新のロボットの位置データでは、集中的にロボットを集めている場所が何か所もあるじゃないですか。つまり、見張るべき参加者は、まだまだ私たち以外にも沢山いるってことですよ」
『な……、なっ……!?』


 狼狽する江ノ島にはわからなくて当然であった。
 初春に支給されていた型落ちのパソコンには、内蔵マイクもウェブカメラも存在していない。
 今の江ノ島盾子に入ってくるのは、質の悪い外付けマイクからの音声データのみであり、実のところ、ネットワーク接続を切られてモノクマからの情報が入らなくなってからは、視覚情報は全く入っていなかったのだ。

 アニラを中心に、先程から5人は延々と筆談による相談を繰り返していた。
 そうして、北岡が江ノ島の尋問に当たっている間、実際には初春は、アニラと共にひっそりと輸送してきたモノクマの内部情報を閲覧していた。
 北岡が津波から救い出してきたパッチールの世話をしていたのは、初春ではなくアニラであり、左天もウィルソンも指の波紋治療をしながら、しっかりとモノクマからのデータを読み込んでいた。

 北岡秀一は、他愛もなく手玉にとれた世間知らずの女子高生のアルターエゴを、余裕の表情でせせら笑う。


852 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:38:48 rFOFbHgA0

「それにねぇ。バカ正直すぎるよきみ。人間を殺せてヒグマを躱せる性能のロボットが沢山いるなら、最初から主催なんてあんた一人で即座に倒せるだろ。家族が人質だって設定はどこいったんだよ」
『いや、家族は、あの、モノクマだけじゃアブナイ、特別な装置で監禁されてて……』
「あと、盗聴されてるなら、いくら急いでても作戦は喋らないよね普通。何を聞いてるのかの設定も、急場しのぎのせいかめちゃくちゃだ。
 この首輪を聞いてるのも、あんたの手の者かい? もしくは、敢えて主催者に聞かせて、既に実行に移している反乱計画のさなか、心理的に追い込んでいくって魂胆かな?
 どちらにしろ、首輪の遠隔爆破装置は既に壊れてるか使えなくなってるみたいだね」
『う……げ……』
「あ、あと、俺のことクソ弁護士って言ったことは忘れないからね。キミの本体見つけたらそれ相応の対処はさせてもらうから」


 流れるような天才弁護士の論評に、江ノ島盾子は呆然として震えた。
 数秒の間、画面に映るカーソルは砂時計の形となる。
 そして、それが矢印に戻った瞬間、彼女の画像は、今までの仮面を打ち捨て、怒り狂った表情で中指を立てるや、北岡を口汚く罵りはじめていた。


『死ねよクソ野郎!! 絶望的に死ね!! 今に、首輪からこれを聞きつけて、モノクマたちがここに押し寄せるぞ!!
 その間、部屋の隅で小便漏らしながら震えてろチンカスども!!』
「おーおー、これが本性かよ。だからガキは嫌いなんだ」
「大丈夫ですよ。あなたにこの首輪の音声なんか、聞こえてないんですから」


 江ノ島盾子のコピープログラムが最後に聞いたのは、氷のように冷たい、初春飾利の断定だった。
 初春はあっさりと『Delete』ボタンを押下し、跡形もなくパソコン上から江ノ島盾子の影響を消し去っていた。


    ●●●●●●●●●●


 モノクマのカメラに録画されていた映像は、研究所内部での反乱の様子からの一部始終だった。
 ヒグマに惨殺されてゆく研究所の職員たち。
 秘密裏に建国されていたヒグマ帝国。
 首輪や放送の管理を担っているキングヒグマ。彼が第一放送前に遠隔爆破装置をぶっ壊してしまう問題シーン。
 地上に出てからは、津波に紛れて流れてゆく例の赤黒いヒグマ。
 南方の空を覆い、津波を吹き飛ばした謎の爆発。
 皇、佐天、初春、ウィルソン、北岡らの奮闘シーン。
 氷の上を流れて復活した、しぶとすぎる赤黒いヒグマ。
 皇を罵る北岡。
 居心地が悪くなる北岡。
 波紋を習得したウィルソン。
 意気消沈していたところに可愛い小動物を見つけて揚々とする北岡。
 江ノ島盾子を痛烈に批判する佐天たち。


「……いやー、ここまで隠し撮りされているとは思わなかったわ」
「それにしても何だよヒグマ帝国って……。喋るだけでもアレなのに……」
「うむ……。それに、あの血のようなヒグマも、生きていたようだな……」
「ええ、あと少なくとも布束さんはまだ生き残っているみたいですね。彼女とヒグマ帝国が通じているのなら、話し合いで解決できないこともないと思いますよ。そう思いませんかねキングヒグマさん?」


 めいめいが予想を超える事態に呆れ驚く中、初春は首輪の音声を聞いているらしいキングヒグマに向けて語り掛けようとしていた。

「江ノ島さんって方は、ヒグマを悪用しようと企む、私たち参加者とヒグマにとっての共通の敵なのですよね? 私たちは協力し合えると思うんですが」
「いや……、難しいと思うな。わしらが知ったこの情報を、他のヒグマや参加者が知っているとは思えん。それに、ヒグマの中の意識は参加者たちよりも個体差が大きいだろう」
「まず、他の参加者を集めて知らせて、首輪を解除しながら地下の研究所に行くって感じかしら……」

 初春の意見に、ウィルソンと佐天が応じる。
 佐天の発した方針に、その場の全員が一様に合意した。

 初春は、参加者の位置情報を推定するために、モノクマが機能停止する直前の、その他のモノクマロボットの3次元位置情報を引き出してくる。


853 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:39:08 rFOFbHgA0

「これを見るに……、地下にはヒグマ帝国のおかげか一番大量に分布していますね。
 地上では、B−7、C−7、D−6、E−6、F−5、F−6、G−4、H−2あたりに集中しています。
 これがヒグマを見張る集まりなのか、参加者を見張る集まりなのかが気にかかりますが……」
「直線距離で一番近いのはD−6かしらね……。島の南西は何か変な爆発があったみたいだし、特に心配だわ」
「……ん? ちょっと待て。他の参加者の位置にロボットが集中しているなら、なんでこの百貨店にはこの一体しかいないんだ?」
「それは……アニラくんのお蔭ではないかね?」


 4人は、気絶したパッチールを抱いてあやしているアニラの方を一斉に振り向いていた。
 彼は一度瞬きして首を傾げ、気だるそうに口を開く。

「……『鋭敏な耳と鼻』が無かった時分の、ザイールでの経験を活かしたまでです。
 拠点を作る際には、初手の立地整備と安全確認は欠かせません」

 独覚兵やヒグマの聴覚・嗅覚ならば、生物の侵入者にはまず間違いなく気づくことができる。
 江ノ島盾子の操るモノクマは、だからこそ侵入者や不意打ちへの警戒を怠りがちなヒグマたちに対しては抜群の隠密性を誇っていた。

 しかし、そもそも自衛官としての行動方針に則って動いているアニラにとっては、敵は『事前に発見できない』のが当然であった。
 その上で、百貨店に佐天と初春とともにやってきた時、彼は全フロアを跳び回って、津波の到来までに食糧・物資の輸送、死角の洗い出しを隈なく行なっていた。
 ウィルソンを運び込んできた時に出入口として割った3階の窓にも、ひと段落してから蚊針と鳴子を仕掛けている。
 モノクマはそれにより一帯からの撤退を余儀なくされ、以後、不用意に大部隊で近づくことができなくなっていた。


「つまり……、ここは今のところ、この島で唯一の安全圏と言えるわけ?」
「そうかも知れません。このロボットの密度を見るに、一体一体相手するのは無理です。
 この島のネット上に常駐している江ノ島盾子さんのプログラム本体を抹消しなくては。
 恐らく研究所のネットワークも乗っ取られているので、あらかじめ駆除プラグラムを組んでおいて、研究所のメインサーバーから流し込まないと……」


 顎を押さえて考え込む佐天をよそに、初春は早速ノートパソコンでプログラムを組み始める。
 その間、アニラが中心となり、4人は今後の行動方針をメモに纏めだした。


【※するべきこと
 1.残る参加者と合流する
  →B−7、C−7、D−6、E−6、F−5、F−6、G−4、H−2の何れかに生存者がいる模様。(1日目AM10時すぎ現在)
  →C−4の百貨店を拠点とする。

 2.首輪の解除方法を探す
  →簡単な工具なら百貨店内にあるが……?
  →街の施設の中に仕組みの解説書のようなものはないか?
  →参加者の中に仕組みを解析した・解析できるものはいないか?
  →死者から首輪のサンプルを入手する必要がある?

 3.江ノ島盾子とそのロボットを打倒する
  →本人は重そうなツインテールを盛った少女の姿。
  →ロボットは、半分が白く半分が黒く塗られた熊の姿。
  →ロボットはあしらうに止め、多数を一度に相手しない。
  →1匹見たらその場に100匹はいると思え。
  →研究所に潜入後、メインサーバーから駆除プログラムを送り込む。

 4.ヒグマへの対処
  →話の通じる者も通じない者もいる模様。
  →敵対するようなら、即座に殺せるように準備しておく。
  →話が通じるようなら、警戒を怠らずに情報交換を試みる。

 5.研究所・ヒグマ帝国への潜入
  →街の下水道は、どれも研究所に繋がっているらしい。
  →E−5のエレベーターが機能しているかは不明。
  →内部環境は不明な点が多いため、出来る限り大人数で、不測の事態に対応できるよう作戦を練ってから入ること。
  →ヒグマ帝国の真意が不明なため、ヒグマと情報交換ができるならばそこを欠かさず聞き出したい。

 6.島からの脱出
  →適した乗り物があれば崖を越えることも可能かもしれない。
  →海食洞からならば、船さえあれば脱出できる。
  →海上が果たして安全かどうかを先に確認する必要がある。】


854 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:40:05 rFOFbHgA0

 一項目ごとに別々の紙に纏め、新たな事項を追記できるようにして『行動方針メモ』は完成した。
 初春も同様の内容をパソコン上に保存する。
 明確に定まってきた方針を、いよいよ実行に移す時であった。


「……で、その場合、拠点となるこの百貨店を守りながら、外の参加者を連れてくる必要があるのよね」
「そうですね……。その場合、私たちの中から動ける人を選んで、参加者を迎えに別行動してもらう必要がありますね」


 佐天と初春の発言で、レストランのテーブルを囲んでいた面々は一様にアニラの方を見ていた。

「なるほど。アニラくんの機動力ならば、効率よく今挙げたエリアを回れそうだな」
「うん。まあそうだよね。あとイクメンを気取るのもいいけど、折角のそういう役回りは女の子に譲ってやりなよ。彼女らに世話してもらうために俺はその子救い上げてきたんだし」

 ウィルソンと北岡の発言を受けて、アニラはパッチールの口にミルクの染みた脱脂綿を当てがいながら、一度瞬きをする。
 パッチールの体とミルクの器を初春に手渡して、アニラはさらさらとメモ帳に返事を書きつけた。
 いよいよ喋るのが億劫であるらしい。


『自分の単独行動は可能でありますが、先だっての北岡氏のご指摘通り、他の参加者に自分のみが接することに関しましては不安要素が多いかと思われます』
「……じゃあ、私が一緒に行くわ」
「え!? 佐天さんがですか!?」


 佐天涙子の発言に、全員が驚いて彼女に目を向けた。
 彼女は右手指を折っている負傷者である。
 ウィルソンの波紋で痛みを和らげ、かまぼこ板を添え木に包帯で固定しているにしても、まともに右手は使えないだろう。
 工藤健介との戦闘の疲労も抜け切れていない身で、ヒグマに襲撃されるかも知れない別行動に名乗り出るのは無謀に思えるものだった。


「じゃ、じゃあ私も一緒に行きます。そうすれば佐天さんの能力を底上げすることができますし……」
「皇さん、私と初春、二人を抱えてビルの間を飛べる?」
『不可能ではありませんが大きく機動力を削がれます。むしろ落下の危険性が高まり、エリア間の移動に関する自分の利点はほぼ無くなります』
「ほら、今いる中じゃ、私が行くのが最善手よ」
「佐天さん……」

 初春の不安げな声を払拭するように、佐天は滔々と持論を展開する。


「ウィルソンさんは、片手と片脚が使えない、私以上の重傷よ。能力はすごいけど、ここを守ってもらった方がいい。
 初春は、一人だとたぶん私以上に、ヒグマの相手は苦しいわよ。大丈夫大丈夫。これでもヒグマを一体殺してるんだから私は。その可愛い子のお世話でもしていて。
 北岡さんは、体調は万全だし射撃の腕も確かだけど、あんたがいなくなったらまともに百貨店を守れる人がいなくなっちゃう。……それに、なんとなく、あんたを皇さんと二人っきりにするのが嫌。
 あんた皇さん罵ったさっきの今だからね? 自分の言ったことも覚えてるでしょ?」
「うぇ……、まあそりゃあそうなんだけどさぁ」


855 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:40:39 rFOFbHgA0

 じっとりとねめつけるような佐天の視線に、北岡はぼりぼりと頭を掻いた。
 しかし即座に、彼は低く静かな声で佐天に反駁する。

「……今の涙子ちゃんに、ヒグマを倒せる力はないだろ。右手を折られて、ほっぺには青タン。
 密着しさえすれば、確かに俺を脅したように相手を焼き氷にできるんだろう。だが、さっきのロボット然り、ヒグマがそれをやすやすと許すと思うか?
 あの時だって、もし1歩俺たちが離れていたら、本気でやってたら死ぬのは涙子ちゃんの方だったんだ。自分を過信するなよ?」
「わかってるわよ……、いちいちムカつくわねあんた」

 佐天の心の湖がさざ波立つ。
 佐天は深く沈んでいる自分の歪みを拭うように黒髪を振り立たせ、勢いよく椅子から立ち上がった。


「屋上に行きましょう! 見晴らしもいいし、向かう場所は皆で見といた方がいいでしょ?」
「うむ、そうだな。アニラくんと佐天くんに行ってもらうことで問題はないと思う。ただし、正午まで時間があまりない。
 第二回放送で状況も変わるだろうし、連絡手段と行く場所、そして戻ってくる時間などは決めておこう」


 ウィルソン議員が冷静に場を纏めようとするが、佐天は脇目も振らずレストランの外に出て行ってしまう。
 初春が不安げな視線を送る中、北岡がアニラに意見を求めた。

「おい……、涙子ちゃんの様子、どう思う?」
『逸っているようです。良くも悪くも転び得ます』
「あんたに任せて、大丈夫か彼女……?」
『彼女のような部下を持った経験がありませんので、如何とも返答しかねます』
「……はぁ。まぁこれ以上の好手がないのは確かだろうけどねぇ」
「……うむ。だが『しつけ棒を躊躇えば子供は駄目になる』のも確かだ……」

 アニラの差し出すメモと、北岡とウィルソンの溜息とともに、4人は佐天の後ろからエレベーターへと向かっていく。
 佐天や初春よりも経験を積んだ『大人』である3人の男性からは、いかにも彼女という存在が不安定な思春期の精神の上に立脚していることが、手に取るようにわかっていた。


    ●●●●●●●●●●


 悔しかった。
 初春の言っていたことは、きっとこういうことだ。

『私は自分の得意分野であるパソコンを使えば、この島でも皆さんの役に立てるんだと、思っていました。
 その手段を、こんな得体の知れないプログラムにむざむざ奪われてしまったのが、情けなくて……』

 今のわたしもそう。
 きっと今振り向いたら、鬼のようなしかめっ面を、みんなに見られてしまう。

 この島で手に入れた新しい力で、それに振り回されることなく、ようやく人を守るために使いこなせるようになってきたと思っていた。
 でも、まだ足りない。
 全然足りない。
 あんなちゃっちいロボット一体に負けるようじゃ、今後、初春たちを守るなんて口が裂けても言えない。
 あの向こう側の世界を開いて、左天のおじさんを救い出す方法もまだわからないのに。
 私は甘すぎた。

 もっと努力しなきゃ。
 もっと貪欲にならなきゃ。
 もう一度、全身をこの歪みで溢れさせることになっても――。


「――佐天さん、佐天さん。屋上、着きましたよ」
「……わかったわ」


 私は、肩を叩いた初春の顔を見ることなく、俯いたままエレベーターホールに踏み出していた。
 そこでは、先にエレベーターから出ていた皇さんたち3人が、扉の前で立ち往生している。


856 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:40:54 rFOFbHgA0

「……弱ったね。鍵がかかってるじゃん屋上への扉」
「まぁ、大商店のセキュリティとしては当然の事かも知らんね。北岡くんの銃で破壊できんのかね?」
「ギガランチャーか? ギガキャノンでもどっちにしても、こんな距離でぶっ放したら爆発と反動で全員お陀仏だよ。それより、皇さんが蹴り開けたりすればいいんじゃ……?」
『脱皮中です』
「あぁ……これから外に行くんだし爪の切れ味がこれ以上落ちるのはNGか……」


 北岡さんとウィルソンさんが頭を抱えていた時、皇さんが私と眼を合わせる。
 そして彼は、私と初春へ、手真似でこちらへ来るよう促した。


「なに……? 私が何かできるの?」
『この扉のドアノブ付近に数回、熱吸収と加熱を繰り返して下さい。無理のない温度帯で構いません』
「へ……? どういうこと?」


 皇さんがメモ帳で指示してきたのは、私にはよく意味の分からないものだった。
 意味が分かっていないのは、見る限り他の人にも同様のようだ。
 でも、皇さんは真っ直ぐに私を見つめて頷くだけである。

「北岡さん、わかりますか?」
「……ウィルソンさん、意味わかる?」
「いや……。だがアレかね? 線路みたいなものかね?」

 たらい回しにされた疑問は、ウィルソンさんの口から再びよくわからない言葉になって飛び出した。
 皇さんはその言葉に頷いて、私の手を取る。


「ああ、ならばよくわかった。アメリカの鉄道でも良く問題になっているからな。佐天くん、安心してやってみてくれ」
「はぁ……、それなら」


 私は、左手で分厚い金属扉のドアノブを握りしめ、そこに大きな月をイメージした。

 自分の腕と、握った扉の間を行き来するように。
 丸鋸のように、チェーンソーのように、絶えず月の熱を回す。
 吸っては吐き、冷やしては熱す。
 私の爪や手のひらに、細かい砥石が回っているかのようで、握り締めた部分の存在がイメージの中で瞬く間に削り取られてゆくかのように私は感じていた。


「――佐天さん、佐天さん。もういいみたいですよ」
「え? そうなの?」


 初春の声で、私はそのイメージの中から戻ってくる。
 始めてから数秒も経っていなかった。
 ぱっとノブから手を離した瞬間、ほとんど力を入れていないはずなのに、なぜか根元からそのドアノブが折れて、ぼとりと地に落ち、砕け散っていた。
 そして、ドアと枠の間でパキパキと音がするや、そのわずかな振動で内鍵が壊れたらしく、ドアは簡単に屋上へと開いてしまう。


「繰り返される炎天下の熱と冬場の冷え込みで、線路の鉄は簡単に劣化してひん曲がってしまう。
 勿論鉄道会社も工夫してはいるがね。議会で施工費の問題が上がったこともままあるくらいだよ」
『この破壊は静的な引張強さや降伏応力よりも遥かに小さい応力の繰り返しで発生いたします』


 ウィルソン議員の感嘆したような呟きに合わせ、皇さんが説明をメモ帳に書き加えている。


『佐天女史の能力の回帰回数でその破壊がなされるのは、一瞬でした。
 この破壊は、名を“疲労破壊(ファティーグフェイラァ)”と呼称されています』
「『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』……」


 私は、その名を呟きながら、まじまじと自分の手を見やっていた。

 単純な高熱だけではとても太刀打ちできなかった金属という素材が、私の目の前でいとも簡単に屈伏している。
 あらゆる構造の寿命を削り取り、瞬く間に分子の結合を崩して破壊してしまう――。そんな力の使い方が、私の中には気づかぬ間に眠っていた。
 『疲労破壊』というその能力の名を、私は得体の知れない寒気と共に飲み込んだ。


    ●●●●●●●●●●


857 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:41:17 rFOFbHgA0

「――これで、食糧と物資の運び込みは完了ですかね!」
「うむ、そうみたいだな。佐天くん、初春くん、あまり手伝ってやれずにすまない」
「いやいや、ウィルソンさんは気にしないで。私より重傷なんだし……っておい北岡さん! 最後の荷物くらいレディにやらせず手伝いなさいよ!」
「こっちはこっちで打ち合わせしてんだよ皇さんとぉ! 俺たちもやってただろう役割分は!」

 屋上の広々とした風通しの良い空間に、5人は階下の物資を運び込んでいた。
 別行動する佐天とアニラの様子を逐次確認するために、残留組の待機場所は屋上にすることが決定されていた。
 その防衛のためには、物資を階下に置き去りにしておくのは宜しくないため、一度全てをエレベーターで運び上げて、一目で見えるところに確保しておくことにしたのだ。
 建物の影とエレベーターホールの中に、座ったり寝そべることもできるよう、クッションやマットも据えている。
 仕上げにカラフルなビーチパラソルと重石を、佐天と初春は階下から運び上げて日陰を確保し、そこそこ立派な休憩スペースをこしらえようとしていた。

「……」

 アニラは佐天の叫びを受けて、粛々と北岡の元を立ち去り、佐天と初春から重石を受け取って、パラソルの位置を黙々と調整する。
 佐天はふんぞり返り、北岡を見下すようにして歪んだ笑みを作った。


「ほほほほほ、まあ皇さんのお優しいこと。それに比べてあの弁護士先生ときたら、お里が知れますわね」
「うっぜぇ……。マジで一発ぶちこんでやろうか……?」
「きゃー! 乙女に一発ぶちこむとか、犯罪じゃない! 議員さん! あそこに犯罪者がいますー!」


 佐天のオーバーな演技は、ひとしきり周囲の苦笑を買い、北岡秀一のこめかみに血を登らせた。
 だがその怒りの表情は、緑色のマスクに隠れていて見えない。
 仮面ライダーゾルダに変身した彼は、シュートベントで召喚した火砲の類を、屋上のフェンス越しに砲台とするべく、アニラと共に設置ポイントを見繕っていたのだ。
 真昼の直射日光が照りつける中で全身スーツに身を包んでいるのは相当に暑い。
 日陰で休める女子やウィルソンと違って、見張りの要である彼の苦労はそれなりに高いのだが、それが他人に伝わることはあんまりない。


「それじゃあ、食糧も救急道具も持ったかね?」
「はい。何か問題があったら打ち合わせ通りこっちに向けて発煙筒を焚きます」
「焚かれぬことを祈るよ。あと30分ほどしかないが、第二回放送が鳴ったら折り返して一度戻ってくるんだぞ。あくまで安全第一の偵察だからの。そこまで深入りをしないように」


 ウィルソンの注意を受けて、佐天とアニラはデイパックを背負い直した。
 彼らは近い場所から、建物を跳びつつ急いで参加者を探し回る予定で、怪我人や要救護者がいれば最低限の処置ができる程度の物資は携えている。
 佐天は皇の黒い鱗だらけの背中によじ登り、そこから大きく3人に向けて手を振った。
 皇はその状態で真っ直ぐ背筋を伸ばし、よくできた人形のように揺るぎのない敬礼を見せる。


「それじゃあねみんな! 他の参加者、絶対に連れてくるからー!」


858 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:41:40 rFOFbHgA0

 フェンスから飛び立ち、ビルを跳び去ってゆく二人の姿を双眼鏡で追いつつ、北岡はマスクの中で嘆息した。

「本当に大丈夫かねぇ……。建物が多いし、地上に降りたらここから見えたとしても1キロちょいだからなぁ」
「そのための発煙筒だ。信じて待つしかあるまいよ」

 ウィルソンは、がらがらと自分の乗る台車を足で操り、パラソルの下のマットで腰かける初春の元に近づいた。
 初春は、そのウィルソンに向けて、抱えたパッチールの姿を見せながら微笑む。


「今、ちょうど眼を覚ましました。皇さんや北岡さんのお蔭ですね」
「……ぱ〜……?」
「ふむ……。確かに可愛らしいが、なんだろうねこの生き物は……」
「ヒグマの子供って可能性が一番高いと思うね俺は。ここのSTUDYが作ったヤツには、見た通り色んなタイプのがいるみたいだから」

 渦巻のような眼を開けたものの、依然として夢現らしいパッチールは、初春の差し出す脱脂綿からミルクを吸い、再び眠りに落ちてしまった。
 ウィルソンと北岡の言葉を聞きながら、初春はすやすやと眠るパッチールの姿を見つめる。

 モノクマの記録映像が脳裏に浮かぶ。
 STUDYに作られ、自分たちの存在意義を求めて反乱したヒグマたち。
 その姿は、学園都市の能力者開発に組み込まれ、必死に足掻く自分たちの姿にも重なるものがあった。
 『幻想御手(レベルアッパー)』事件で引き起こされた、多くの低能力者・無能力者たちによるAIMバーストの出現などは、まさしく今回のヒグマの事件と対応するのではないだろうか。

 初春は唇を噛み、もう肉眼では見えない程遠くに行ってしまった佐天の姿を揺らいだ空に臨む。


「誰のためでもなく、何のためでもなく、ただ生まれる。ただそれだけの命も、あるんだと思います。
 ――私たちだって、最初は、きっとそうだったんですから……」


 空をめぐる夜の星のような、アニラと佐天の微かな姿を追いかけても、初春の視野には、空の広さしか映らない。
 彼女の頭頂に咲く小さな緑に、真昼の陰が射していた。


【C-4 街(百貨店屋上)/昼】


【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:健康
装備:サバイバルナイフ(鞘付き)、ミルクの器と脱脂綿
道具:基本支給品、研究所職員のノートパソコン、ランダム支給品×0〜1
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助けて、一緒に会場から脱出する
0:佐天さん、皇さん……、どうかご無事で……。
1:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
4:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
5:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。


859 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:41:59 rFOFbHgA0

【ウィルソン・フィリップス上院議員@ジョジョの奇妙な冒険】
状態:大学時代の身体能力、全身打撲・右手首欠損・左下腿切断(治療済)、波紋の呼吸中
装備:raveとBraveのガブリカリバー、浴衣
道具:アンキドンの獣電池(2本)
[思考・状況]
基本思考:生き延びて市民を導く、ブレイブに!
0:痛みは抑えられる……。何とか足手まといにならない程度には動けるかも知れないな。
1:折れかけた勇気を振り絞り、人々を助けていこう。
2:救ってもらったこの命、今度は生き残ることで、人々の思いに応えよう。
3:北岡くんの見張りを補助し、ガブリカリバーを抜き打つタイミングを見誤らないようにする。
4:佐天くんとアニラくんが無事に戻って来れるようにするためにも、しっかりとこの拠点を守ろう。
[備考]
※獣電池は使いすぎるとチャージに時間を要します。エンプティの際は変身不可です。チャージ時間は後続の方にお任せします。
※ガブリボルバーは他の獣電池が会場にあれば装填可能です。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。
※波紋の呼吸を体得しました。


【北岡秀一@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダーゾルダ、全身打撲
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ギガランチャー、ギガキャノン、双眼鏡
道具:血糊(残り二袋)、ランダム支給品0〜1、基本支給品、血糊の付いたスーツ
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
0:ウィルソンさんも皇さんも、俺の予想以上に有能だったわ……。考えを改めよう。
1:とりあえずこの拠点は守り抜かないと、今後の戦いが大幅に不利になるよな……。
2:皇さん……、あの子ちゃんとしつけてくれよ……。
3:佐天って子はちょいと怖いところあるけど、津波にも怪我にも対応できるアレ、どうにかもっと活かせないかねぇ……?
4:なんだこの可愛い生き物は?
[備考]
※参戦時期は浅倉がライダーになるより以前。
※鏡及び姿を写せるものがないと変身できない制限あり。


【パッチール@穴持たず】
状態:重傷、睡眠中
装備:なし
道具:なし
基本思考:寝る
0:おやすみなさい
[備考]
※ばかぢから、ドレインパンチ、フラフラダンスを覚えています
※カラスに力を奪われてステロイドの効果が切れました


※屋上のビーチパラソルの下に、それなりの食糧、衣料品、日用雑貨などが確保してあります。
※階下に降りて探索すれば、まだ様々なものが見つかるかもしれません。


    ●●●●●●●●●●


860 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:42:24 rFOFbHgA0

 風を切り、目まぐるしい速度で、ビルとビルの間を跳び移ってゆく。
 皇さんの黒い体が躍動し、鳥かムササビにでもなったかのように、私たちは空を駆けていた。
 目指すのは、まず最も近い位置のD−6。
 ヒグマなのか参加者なのか、それとも単なるあのロボットの群れか――。
 待ち受ける者の正体は解らない。

 飲み込む唾は固くて苦い。

 初春は、皇さんの背中での遊覧飛行を楽しいと言っていたが、私は、先に控える不安を想って、あまり楽しめないでいた。
 それに、体の下で力強く動く皇さんの筋肉が、あからさまに私に配慮していることが解って、申し訳なくて仕方がない。
 乱暴な着地をしないように。速度を出し過ぎないように。
 そう気を使っていることがありありと解ってしまう。


 やはり、二人を載せるなんて無茶を頼まなくて良かったと思う。
 皇さんにこれ以上無理はさせられない。
 どっちにしろ、他の参加者を見つけた復路は、津波の引いた地面を徒歩で帰ることになる。
 話し合いの場面やなんかでは、私が積極的に彼を助けてあげなくちゃ――。

 そんなことを思うと、自然と顔に笑みが湧いてくる。

「ありがとね、皇さん。今まで助けてくれた分、今度は私が助けてあげられるから――」

 自分が誰かのために動けて、役立てることが嬉しい。
 そんな思いを笑顔に乗せて、私は皇さんに笑いかける。


 皇さんは、縦に切れた赤い瞳を、一度だけ背中に振り向ける。
 そして暫く無言で空を飛び回ったあと、風に紛れてしまいそうな笛のような声で、私に呟いていた。


「……自分は、佐天女史を殺害いたしました」
「え……?」


 何の感情も感じられない、機械のような語調で、皇さんの声は淡々と空中にリズムを刻んでいる。

「佐天女史が再び、友人との生活に戻れるよう、自分は佐天女史の能力を殺害いたしました。
 その行為は確かに、佐天女史の今後を思案しての行動です。
 しかし自分の心理が佐天女史に推察可能なのであれば、それは佐天女史が自分に近づいてきてしまったことの証でもあります」

 私の理解が追いつかないままに、皇さんは、疲れているだろう舌を動かして言葉を紡ぐ。

「『独覚』とは、ウィルスによって引き起こされる病ではありません。単なる人間の一つの『在り方』なのです。
 自分の生命と生活圏しか、自分は守り得ません。もし佐天女史が自分を『助ける』と仰るのであれば、それは結局は、この『在り方』に佐天女史が同化してゆくことであります。
 ――その覚悟が、あなたにあるのですか?」


 ぞくりと自分の脳裏に、森の中で叫んだ、狂ったような自分の笑い声が響いていた。
 全身が焼け落ちるような熱さと、身の凍るような寒さを、私は同時に覚える。
 屋上の扉の鍵を朽ち果てさせた、あの時の感触が掌に蘇る。

 皇さんの鱗を掴む手が、冷や汗で滑り落ちそうだった。


「だ、大丈夫よ……! 今の私はあの時とは違う。『第四波動』が全開でも、今の私なら操作し切れるわ」
「正直に申し上げますと、佐天女史と戦闘を行なった後、百貨店で食餌をできていなかった場合、食人欲求に耐えかねて、自分は佐天女史を捕食していた可能性があります」


 震えた私の声に、皇さんの声が冷ややかに重なった。
 見下ろす竜人の表情に、その真意は窺えない。


「ウィルスは、些細なきっかけに過ぎません。脳の中に、体の中に、心の中に、『独覚兵』という存在は誰の奥底にも眠っているものだと思われます。
 それは自分自身の本質でありながら、最も自分自身とは遠いものであります。
 佐天女史は、それを呼び覚ましてなお、自分自身である自信がありますでしょうか」


 私はもはや、その問いに言葉を返すことができなかった。
 もしかすると、今まで私が無能力者(レベル0)であったのは、自分の危険すぎるその能力を無意識に恐怖し、拒んできたからではないのだろうか――。
 あの時見た、歪んだ夢は、観音様が煽った幻覚などではなく、自分自身の中に溶け込む、我欲の塊なのではないか――。
 背筋を這いまわる白い月が咽喉から溢れそうで、私は必死に自分自身を飲み込んで、かろうじて一度だけ頷いた。


「そうでありますか――」

 皇さんはふと、軽い摩擦音だけを残して、ビルの屋上に立ち止まっていた。
 どうやら数分のうちに早くも、目的地に到着していたらしい。


「では、その覚悟を試される時が来たのかも知れません」


861 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 00:42:42 rFOFbHgA0

 眼下に、数人の人影が映っている。
 皇さんの肩越しでは、よく見えない。

「誰なの? 参加者? ヒグマ?」

 皇さんが、唾液を飲み込む音が聞こえた。


「1頭のヒグマと、3名の女性と、1名の女性の遺体であります。
 なお、女性は全員完全武装をしており、首輪は装着しておりません。
 ――参加者では、ありません」


 私の思考は、恐らく皇さんと同様に混乱していただろう。
 はっきりいって、意味が解らなかった。

 ――どういうシチュエーションなの、それは?

 参加者ではない。
 ヒグマはいる。
 だが大半は人間だ。
 でも武装している。
 死体もある。

 眉を顰めて眼下を覗くことしかできない私に、皇さんが振り向いた。


「――自分は、佐天女史を信頼しておりますので」


 私を見つめているその赤い瞳は、果たして何を映しているのか。
 私を信じているその瞳には、正しい未来が見えているのだろうか。
 皇さんが私の中に何を見ているのか、私には解らなかった。

 私にはもう、言葉がない。

 皇さんが、手の中で『行動方針メモ』を強く握りしめているのが見えた。

 彼が背負う機関銃の肩当には。

『最も合理的な手段を』
『ヒグマを倒し 帰る』

 と、文字が刻まれている。


【D-6 擬似メルトダウナー工場/昼】


【アニラ(皇魁)@荒野に獣慟哭す】
状態:喋り疲れ、脱皮中
装備:MG34機関銃(ドラムマガジンに40/50発) 、『行動方針メモ』
道具:基本支給品、予備弾薬の箱(50発×5)、発煙筒×2本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、缶詰・僅かな生鮮食品、簡易工具セット、メモ帳、ボールペン
[思考・状況]
基本思考:会場を最も合理的な手段で脱出し、死者部隊と合流する
0:久方振りに会話を行なったため疲労が激しい……。
1:この武装女性たちとヒグマの関連性は一体……?
2:工場のこの位置にもヒグマの体臭が残っている……。なぜこんな高所に突然?
3:参加者同士の協力を取り付ける。
4:脱出の『指揮官』たりえる人物を見つける。
5:会場内のヒグマを倒す。
6:自分も人間を食べたい欲求はあるが、目的の遂行の方が優先。
[備考]
※脱皮の途中のため、鱗と爪の強度が低下しています。


【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(小)、ダメージ(小)、両下腕に浅達性2度熱傷、右手示指・中指基節骨骨折(エクステンションブロック法と波紋で処置済み)、頬に内出血
装備:なし
道具:百貨店のデイパック(発煙筒×2本、携帯食糧、ペットボトル飲料(500ml)×3本、救急セット、タオル)
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:一体どういう状況なの……?
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助ける。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』……!
5:布束さん、生きていたら連絡くださいよ……。
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
※熱量を収束させることで、僅かな熱でも炎を起こせるようになりました。
※波紋が練れるようになっているかも知れません。
※あらゆる素材を一瞬で疲労破壊させるコツを、覚えてしまいました。


※二人が見下ろしている女性とヒグマは、天龍、島風、天津風、ヒグマ提督、金剛の遺体です。


862 : 月のない空 ◆wgC73NFT9I :2014/07/24(木) 01:01:59 rFOFbHgA0
以上で投下終了です。

続きまして、グリズリーマザー、黒木智子、クリストファー・ロビン、言峰綺礼で予約します。


863 : 名無しさん :2014/07/24(木) 01:53:23 bFZRdQeE0
投下乙
パッチール可愛いやりたい放題の江ノ島さんを出し抜く弁護士と初春が爽快でした。
遂に動き出した佐天さんとアニラさん。最初に合流するのは天龍組か…そろそろ時間だから
下手すりゃ戦艦ヒ級とバトルになりそうだし近くに御琴もいるしでどう展開していくかな?


864 : 名無しさん :2014/07/25(金) 16:17:07 /fSYsLB20
投下お疲れ様です!
みんないい活躍してますねぇ。
江ノ島盾子ちゃん、哀れなり。スーパー弁護士は簡単に欺けないのさ。
そしてパッチールカワイイ、寝てるだけでカワイイ。
といって中身は力を求めた子な訳で、きちんと目覚めた後にどんなスタンスになるか気になります。かわいい。


865 : ◆kiwseicho2 :2014/07/26(土) 04:09:00 4MPzLhBo0
投下乙です!
江ノ島さんも強大なのにどこか抜けてるよね…その辺まだまだ良くも悪くも子供だよな
佐天さんはこの短時間でずいぶんいろんなイベントをこなしたなあ
パッチール可愛い。かわいい。そして最初の接触がよりによって天龍たちかー!

シーナー、穴持たず88、穴持たず104、
穴持たず229、穴持たず361、穴持たず748、穴持たず751
巴マミ、デビルヒグマ、碇シンジ、球磨川禊、
暁美ほむら、ジャン・キルシュタイン、星空凛、球磨、纏流子

以上8名と8頭で予約させていただきます。


866 : ◆Dme3n.ES16 :2014/07/27(日) 00:48:39 av4REr6A0
予約延長して戦艦ヒ級を追加します


867 : ◆kiwseicho2 :2014/07/27(日) 01:47:23 5BLANb9s0
ひ、ヒ級ーッ!

予約内の穴持たず229、361を749、750に変更しますー


868 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/27(日) 07:54:26 Ow3rpBkA0
ふっわ、ヒ級さん!? 出場お早くないですか?
予約に穴持たず84,229,361,677を追加します。


869 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/27(日) 11:55:35 rau/nkmgO
あ、ヒ級さんだ。
そして予約で3桁穴持たず追加の波が来ている……?
その波を逃さず穴持たず428、312を予約に追加します。
ついでに予約延長で。


870 : 名無しさん :2014/07/27(日) 13:10:58 av4REr6A0
穴持たずもう誰が誰だか判らんwwwww


871 : 名無しさん :2014/07/27(日) 13:44:01 6ftlP0t20
こんなんでも全個体が範馬勇次郎より強いからなあw
工藤やクマ吉、カーズや塾長にボコられた奴らさえもw


872 : 名無しさん :2014/07/27(日) 14:35:41 2d4xZQ.Q0
モブヒグマはもう覚醒した参加者とか能力持ちヒグマに軽く屠られる感じになってるけど
普通の参加者なら一方的に殺せる恐ろしい恐ろしい存在には変わりない…これがインフレか


873 : 名無しさん :2014/07/27(日) 14:41:01 4ZaW73OM0
アーカードがしょっぱなから
『捕食』されるロワなんてここぐらいのもんだよwww


874 : ◆Dme3n.ES16 :2014/07/28(月) 01:09:47 ngbgo.Hk0
投下します。


875 : 進撃の王熊 ◆Dme3n.ES16 :2014/07/28(月) 01:10:21 ngbgo.Hk0

「あー喰った喰った。腹ぁ一杯だなぁ。グハハハハハハッ!!」

丸焼きにした100匹のミズクマを殻ごと捕食した仮面ライダー王熊、浅倉威は満足そうに床に寝転んだ。
本来は堅い外殻を取り除かないと喰えたもんじゃないミズクマだがヒグマモンスターの強靭な牙に掛かれば
割と造作もない。つくづく便利な体になったものである。

―――さて、次は誰を喰ってやろうか。


「北岡……梨と蝙蝠の男……それに、俺を邪魔しやがったあのヒグマ。楽しみが増えたなぁ」
「あぁ、まったく、喰いきれねぇかもしれねぇなぁ」

王熊が振り向くと、いつの間にか肩から生えていたもう一つの王熊の首が語りかけてきた。

「なるほど……今喰ったばかりなのにもう次を喰いたくなってきたと思ったらこれか?」
「ハハハッ!別に驚くとじゃねぇだろう?」
「それもそうだな。クハハハッッ!!!」

いつの間にか先ほどの戦闘で武器として使用したドラスの様に胴体まで生えてきたもう一人の王熊は
そのまま足まで生やし、脱皮するかのように浅倉の体から抜け出して地面に立つ。
二人目の浅倉威は首を鳴らしながら大きく体を伸ばした。

「やれやれ、便利な体になったもんだな」

一体、浅倉威に何が起こっているのか?というより、この結果はある意味で必然だった。
確かにミズクマは美味であるが、『人間が食べても大丈夫な安全で特別な調理法』を確立しているのは現在、田所恵ただ一人。
数時間前に浅倉が捕食した三匹のヒグマの様に彼は再び何の処置もしないでミズクマを食べてしまったのだ。
彼の身体で暴れ狂う大量に取り込んだミズクマの無数のHIGUMA細胞が浅倉を次のステージへと進化させた。
そう、彼はミズクマの特性「無精生殖」を吸収し、身に付けてしまったのである。
複雑すぎる体構造ゆえ自身の複製の製造には一人に付き捕食したヒグマ一匹分のカロリーを丸ごと消費せねばならない
(今回の場合は特に吸収する能力が無かったため蓄積していたリラックマのエネルギー)が、全く同じ能力と知性を持ち
更に意識の共有も可能となった、ヒグマを喰い続ける限り己の戦力を倍増させることが可能なある意味で上位互換の能力!

森から流されてきた隻眼1の死体に気づいた浅倉No.2はビルから飛び出し、波に逆らい泳ぎながら隻眼1の死体を
生のまま補食する。すると、再び浅倉の背中から三人目の浅倉が生えてくる。隻眼1が骨だけになったと同時に
こちらに戻ってきたのは二人の王熊だった。その様子をみた浅倉No.1は爆笑する。

「グハハハハハッッッ!!!本当に最高だな!ヒグマってのは!」
「ああ、島中の獲物はみんな俺のものだ」
「じゃあ、行こうか」

三人の浅倉威はヒグマモンスターと化した影響で発達した嗅覚で周囲を探る。
どうやらそれほど遠くない場所に人間やヒグマが密集している場所があるようだ。
三人で奇襲するか、分散して各個に襲い掛かるか。――――――楽しみは一杯だ!


876 : 進撃の王熊 ◆Dme3n.ES16 :2014/07/28(月) 01:10:40 ngbgo.Hk0

【G-4:廃ビル内 昼(放送直前)】

【浅倉威No.1@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ダメージ(中)、左大腿に裂傷、ヒグマモンスター
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ライアのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、ガイのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品×3
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:北岡ぁ……
3:梨と蝙蝠の男を追って食う
4:密集している参加者たちを襲う
[備考]
※ヒグマはミラーモンスターになりました。
※ヒグマは過酷な生存競争の中を生きてきたため、常にサバイブ体です。
※一度にヒグマを三匹も食べてしまったので、ヒグマモンスターになってしまいました。
※体内でヒグマ遺伝子が暴れ回っています。
※ストライカー・エウレカにも変身できるかもしれませんが、実際になれるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※全種類のカードデッキを所持しています。
※ゾルダのカードデッキはディケイド版の龍騎の世界から持ち出されたデッキです。
※召喚器を食べてしまったので浅倉自体が召喚器になりました。カードを食べることで武器を召喚します。
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドはデイパックに穴が空いたために流れてしまいました。
※ミズクマの特性を吸収しました。ただし分裂する為には一体ごとにヒグマ一体分のカロリーを消費する必要があります。
※ヒグマを捕食するごとに「能力の吸収」か「自身の複製の製造」のどちらかを選択出来るようになりました。

【浅倉威No.2@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ヒグマモンスター、分裂
装備:カードデッキの複製@仮面ライダー龍騎
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂した出来た複製です
※ユナイトベントを使えば一人に戻れるかもしれません

【浅倉威No.3@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ヒグマモンスター、分裂
装備:カードデッキの複製@仮面ライダー龍騎
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:北岡ぁ……
3:梨と蝙蝠の男を追って食う
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂して出来た複製です
※ユナイトベントを使えば一人に戻れるかもしれません


※G-4周辺にカードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドのナイトのカードデッキ以外が流れました。
 無事に流れているかもしれないし、壊れているかもしれません。


877 : 進撃の王熊 ◆Dme3n.ES16 :2014/07/28(月) 01:11:07 ngbgo.Hk0





―――培養液の中で微睡みながら、あのお方の声が聞こえてくる。

『みんなのアイドル、那珂ちゃんだよ!よろしくね提督♪』
『アイエエエ!!!!?那珂ちゃん!?那珂ちゃんナンデ!?
 しかも武器も持ってないじゃん!?大和は!?ボクの大和はどうしちゃったの!?』
『落着くネ提督ゥゥ!!私とビスマルク造った後に大和建造とか流石に欲深すぎるヨ!』
『資材不足!?それで代わりに那珂ちゃん出来ちゃったの!?なんてこったぁ!最後の切り札が!!』

外がやかましい。手も足もなくて身動きが取れないがどうやら私は造りかけで放置されてしまった
ようです。残念だ、とても。元々大喰らいすぎて中々出撃させてもらえなかったがこんな所でも
足を引っ張ってしまうなんて。ああ、出撃させて貰えれば誰よりも戦果を挙げれるというのに。

『それで、私は何をすればいいのですか提督?』
『あーもー、仕方がない!那珂ちゃん、キミは解体君に伝言を伝えに行ってくれないか?
 内容は今から話す通りに―――ひょっとしたら彼も仲間になってくれるかもしれないしね!』
『ヒグマの群れが工場へ向かっているようですね。私に任せて先へ行ってください!』
『ビ、ビスマルクちゃーーーん!!』
『もう逃げるね提督ゥ!大丈夫!金剛がついてるネ!!』
『うう、ごめんねビスマルクちゃん……大和ちゃん……』

―――ああ、行ってしまう。でも私には伸ばす腕もない。

―――誰でもいい。私に手を、足を。

―――私に提督に尽くすための力を。









廃墟と化した研究所の培養液の中で、巨大な砲台を背に乗せたヒグマが捻り声を上げて待機している。
その砲台はよく見ると鎖に繋がれた少女の姿をしており、その両腕に艦隊の形状をした砲身が
枷の様に装着されている。長い髪を後ろに纏めた女性型コアユニットは目を瞑ったまま目を覚まさない。
少女の半身を乗せたヒグマは砲身になっている両目を上下に動かしながら溜息をついた。

(開発率90%……だが我が姫は未だに目を覚まさぬ。やはり今回の作戦の主導権は主砲である私が握らねばならぬのか)

彼女は「戦艦ヒ級」と呼ばれている。技術者としても天才的な能力を持つ実効支配者、シバさんが
艦むすに対抗するために造り上げた艦むすを倒すための存在、解体場に残っていた資材とHIGUMA細胞に
沈んだ船の船の残骸の怨念を憑依させて造られた怪物、深海棲艦である。
本来は完成にもう少し時間がかかる予定だったが培養液の中で頭部と胴体だけ造って放置されていた艦むすの
胴体が運よく残っていたため、彼女をベースに利用して建造を行ったことで工程を大幅に短縮することに成功していた。
だがコアである元艦むすの「彼女」は製造過程の後遺症で少々精神に異常をきたしてしまった為、
まともな思考の出来る頭部「主砲ヒグマ」を新たに増築、サポートに当たらせることにしたのである。
その様子をみて満足したシバさんとシロクマさんは完成を楽しみにしながら定時放送をする為、先ほど研究所を後にしたのであった。

(ヒグマ提督の殺害。それがシバ様が私に与えられた第一の司令だ。時間が来たら私がやり遂げねば)
「……んん?あレ?コこは……?」
(姫様!?おお!遂にお目覚めになられたのですか!?)

少女の瞳が、ゆっくりと開いていく。そして、寝ぼけながら周囲を見廻した。
その変わり果てた、とはいえしっかりと完成した肉体を見て彼女は目に涙が浮かべた。

「……腕……付イてマスね……アぁ……ちゃんと……最後マデ造っテくレたのデすネ……堤督」
(遂に完成ですぞ!!シバ様にご報告せねば!!さあ姫!我と共にヒグマ提督を討ち取りに参りましょう!!)
「……提督……ヲ?」

彼女―――艦むす戦艦大和と同じ顔をしたコアユニット少女はキョトンとしながら首を傾げて
下腹部についているヒグマの頭部を見下ろす。

(我がヒグマ提督に仇なす逆賊でございます!きゃつの首を手土産に武勲を上げるのです。
 ご安心下され、私めは全力で姫様のサポートを……姫様?)
「ウん、よくワカりませンが、アナタは提督の敵ナノですネ?」

コアユニット少女は両腕に装着した艦体をゆっくり上にあげ、
その甲板に付いている計八門の砲身を主砲ヒグマに向けた。

(姫様!?何を為さるのです?)
「提督の敵ハ、殲滅シマス」
(お止め下さい姫様っっっっ!姫――――!?)


878 : 進撃の王熊 ◆Dme3n.ES16 :2014/07/28(月) 01:11:38 ngbgo.Hk0
制止の声も聞かずに全ての副砲が激しい発射音と共に火を噴き、
16インチ連装砲のゼロ距離射撃が己の体の一部である主砲ヒグマを無慈悲に粉砕した。



「な、なんだ今の爆発音は!?」
「ああ!!あれシバさんが造ってた戦艦ヒ級じゃん!?完成してたの!?」
「おいおい!なんでもう試験管から出てきてんの!?これ異常事態じゃね!?」

砲撃音を聞きつけ、パトロールに来ていた二匹のヒグマが現場に駆けつけた。
そこで彼らが見たのは、返り血を大量に浴びた深海棲艦が砲撃の影響で破壊された
試験管から培養液を垂れ流しながらゆっくりと這い出てくる姿であった。
彼女は二匹に気づいたのか、こちらを向いて口を嗤うように歪ませる。

「これマジヤバくね?早く報告しに……グワァァァァァァアアアア!!??」
「あ、穴持たず639ぅぅぅぅぅ!!!!?」

割れた試験管から一瞬で跳躍し、超重量の装備が嘘の様な異常な機動力で距離を詰めた戦艦ヒ級が、
その前足の鋭いクローで穴持たず639を切り裂いた。
そして、そのままヒグマの頭部の様な形状をした四門の副砲が蛇のように伸び、
穴持たず639の全身を生きたまま捕食を開始した。

「う……うわああああああ!!!!??」

惨劇に恐怖し失禁しながら逃走を謀る穴持たず617の背中に向けて、戦艦ヒ級は16インチ連装砲を連続で叩き込んだ。
戦艦大和に装備された46センチ三連装砲と同じ経口をもつ砲撃を喰らい、なすすべもなく穴持たず617は爆発四散する。
瞬時に二匹のヒグマを葬った戦艦ヒ級は首を鳴らしながら天井に顔を向けた。

「……グルルルルル……!!」

下腹部を見ると、捕食した穴持たず639の養分を利用して先ほど破壊された主砲が涎を垂らしながら徐々に再生されて来た。
脳を粉砕された影響で知性を失いただの戦艦ヒ級の部品と化した主砲ヒグマはコアユニットに命じられるがまま天井に砲身を向けた。
24インチ連装砲が連続で火を噴き、研究所の天井を貫通してヒグマ帝国の地下洞を破壊した。
地下洞に空いた穴から太陽の光が刺し込む。地上への道が開けたのを見て、かつて大和だった少女は狂ったような笑みを浮かべた。

「テイトク……提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督……イマそちらへ向かいマス、どうかご無事デッッッ!!」

研究所跡を飛び出した戦艦ヒ級は地下洞の壁を駆け抜け、地上へと解き放たれて行った。





【ヒグマ帝国 研究所跡/昼(放送直前)】

【戦艦ヒ級flagship@深海棲艦】
状態:精神錯乱、主砲大破(修復中)
装備:主砲ヒグマ(24inch連装砲、波動砲)×1
副砲ヒグマ(16inch連装砲、3/4inch機関砲、22inch魚雷後期型)×4
偵察機、観測機、艦戦、艦爆、艦攻、爆雷投射機、水中探信儀、培養試験管
道具::無し
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:偵察機を放って島内を観測する
1:ヒグマ提督の敵を殲滅する
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました

【深海棲艦・戦艦ヒ級】
人間だった頃はトーラスシルバーの異名を持つ天才魔法技師だったシバさんが開発した、
羆謹製艦娘に対抗するために造り出された深海棲艦。ワンオフ機なのでflagship級しか存在しない。
戦艦とは名ばかりでかの戦艦レ級同様、空母や潜水艦の機能も有した移動要塞であり、更に羆の特性も
取り込んでいる為肉弾戦においても初期ヒグマ並の戦闘力を有しており、単騎でほぼ死角はない。
捕食して取り込んだ生物を分解し、資材や燃料に変えて自己修復、自己補給が出来る他、
体内に培養試験管を内蔵しており、小型のコロポックルヒグマや戦闘機を資材の続く限り
自ら産み続けて半永久的に補充することが可能。ヒグマ提督が造りかけで放置していた大和を
ベースに造った影響で強力な火砲を装備しているが、製作の過程で精神に異常をきたしてしまい、
作戦行動に支障が出ないように理性的な第二脳を主砲ヒグマに内蔵していたが、シバさんが目を離した隙に
自分で破壊してしまった為現在制御不能に陥っている。


879 : 名無しさん :2014/07/28(月) 01:12:01 ngbgo.Hk0
終了です。


880 : ◆7NiTLrWgSs :2014/07/30(水) 19:49:48 Y7op6VFQ0
くまモン、クマー、御坂美琴、穴持たず402


881 : ◆7NiTLrWgSs :2014/07/30(水) 19:50:26 Y7op6VFQ0
間違えて送信しました。
改めて、くまモン、クマー、御坂美琴、穴持たず402で予約します


882 : ◆wgC73NFT9I :2014/07/31(木) 16:19:54 nmpaY60w0
穴持たず82を予約に追加して予約を延長します。


883 : 名無しさん :2014/07/31(木) 16:24:14 zxPf7dIY0
投下乙です
浅倉が増えたァァァァ!分散するのも連携するのも恐ろしい…
ヒグマ提督は本当に余計なことしかしてないな


884 : 名無しさん :2014/07/31(木) 18:27:58 /Ca8kYy20
帝国に与えた損害は現在ぶっちぎりでトップだろ提督w


885 : ◆kiwseicho2 :2014/08/02(土) 01:25:37 qQkgvieU0
投下乙です
三匹の浅倉!まさかのヒ級!シバさんたちが放送係か!
ち、ちょっとびっくり展開すぎてびっくりしまくって感想が遅れるくらいびっくりだった!
でも後から考えると面白くなりそうな感じもあって…

穴持たず89、99(穴持たずカーペンターズ)
穴持たず200〜203(キングヒグマの側近たち)を追加して予約延長します。


886 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:00:24 5vB8Piac0
投下します。


887 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:00:51 5vB8Piac0

島の地下に広がるヒグマ帝国――の中の電子機器、その中に更に広がるネットの海。

その中にたゆたいながら、江ノ島盾子――正確には、その人格を模したアルタ―エゴは現状を観測した。


彼女の操るモノクマは、灰色熊に多数を破壊された現状でも相当数が残っている。
ヒグマ帝国のネットワークに逃れた以上、即座に消去される可能性はない。

だがそれでも、状況は江ノ島盾子に悪くなる一方である。

つい先ほどモノクマ達が灰色熊に一蹴されたように、真正面からでは帝国の主力ヒグマにはモノクマをいくらつぎ込もうと敵わない。
ネット回線も逃亡したのが露見した以上、対策として主要な機器からは切り離し措置が取られるだろう。

現状のままでは、遠からず江ノ島盾子は封じ込められる。

「あー……絶望的ぃ。今まではこういうじわじわした絶望ってなかったから新鮮だわ」

だというのに、江ノ島盾子の顔にはうっすらとした笑みが浮かんでいた。

彼女の抱える絶望は、己自身の絶望にさえ歓喜できるほど深い。
そして――彼女の抱える手がこれで手詰まり、というわけでもなかった。

一つは、今モノクマのうちの一体が抱えている『相田マナの死体』。
これを『工房』に培養されている実験体の材料に使えば、HIGUMA研究は一気に進む。
それによってヒグマの人間化研究が完成すれば――実験体に『江ノ島盾子』をダウンロードすることで、『受肉』が完成する。

それに必要なのは時間だ。
ニンジャ、ヒグマ、プリキュアの三つが混じったマナは解析に時間がかかるだろう。
その時間を稼ぐためのなにかが必要だ。

「だからこそ、新展開が必要よね。ドカンと一発何もかもが変わっちゃうような――絶望的な新展開がさ」

そう呟いた江ノ島アルターエゴは、二つの回線を開く。

傍受の心配のない、秘匿された無線回線を通じてつながったのは――二人の少女である。


888 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:02:21 5vB8Piac0


「んで、こいつはどうしたもんかね」

モノクマの残骸が散らばる一室で、灰色熊は培養槽――正確には、その中に入った肉塊を見つめて溜息を吐いた。
これがあのマナーの悪い「お客さん」の大事な物であることは間違いないが、だからといって即刻破壊するわけにもいかない。
中に入っているのがHIGUMAであるならば、生まれ出ない内からそれを死なせてしまうのは実効支配者達はいい顔をしないだろう。
そもそも培養槽を破壊した程度で死ぬならいいが、死に損なって暴走なんてことになったら骨だ。

「とは言っても、放置していいかっつったらなぁ……」

このままここに放置しても、いい結果にはならないだろうことは目に見えている。
監視できるならそれもいいが、場所的に考えればここから持ち出すのは難しい。

「……さっきの通信の時にこいつのことも連絡して、キングに指示を仰ぐべきだったかね」

現状の灰色熊は、先程キングへと送った粘菌通信の返信待ち状態である。

キングの粘菌による走査・通信能力は非常に有用だが、弱点もある。
まず第一に、操る全ての粘菌の情報を受け取れるわけでもなければ、常に島内の生息全域に展開できるわけでもないこと。
これが可能なら、首輪の盗聴など不要ではあるので仕方のないことではあるのだが。
第二に、走査能も通信能もキングと、それの操る粘菌の知覚に依存すること。
これは一見なんの問題もないように思えるが、キングがすぐ近くで行われていたモノクマの蛮行を今までずっと見逃していたように、粘菌が生息していない場所にはどちらの能力も届かないということを意味する。

こちらが現状の問題で、要するに現在灰色熊がいるモノクマのアジトには普通では粘菌が届かない――つまり、追加の通信を送れない――のである。

であるならばこのモノクマアジトにいる限り、灰色熊にキングからの命令は届かないのではないかと思われることだろう。しかし、それも違った。
受信とそれに伴う返信に限り、灰色熊は彼のみにできる方法でキングと何処でも通信を行うことができるのである。
灰色熊は自らの体を石化させる能力を持つ。これを利用し、キングは自らの粘菌で灰色熊に苔のマーキングを施したのだ。
今も灰色熊の体では、キングの施した微量の苔がうっすらと光を放っている。

「かみさん以外に体に印を付けられるなんて、それもそれでぞっとしねえがね」

軽口を叩きながら、彼はキングからの通信を待った。
彼に生息している苔は微量すぎて、追加の通信を行うには容量が少な過ぎる――そもそも通信に足る量だとしても、今通信に送ってしまえばキングからの指示が記された苔は行き先を見失ってしまうだろう。


待つ事しばし。
やがて石造りの壁面に、かすかに光る苔が浮かび上がった。

「郵便でーす、ってか」

それに気付いた灰色熊が壁へと近寄り、苔の光る周期を確認する。
一見ランダムに、しかし確かに法則を持って明滅する粘菌が示すのは――

「『間桐、田所とエンジン探査に向かう(安心せよ)。艦娘・龍田』、
 『龍田の武運を祈る。手すきの者は返信・協力せよ。キング』……ねぇ。
 臨時のお手伝いさんはいいんだが、俺の仕事は……エンジンだよなぁ」

そう呟いて、灰色熊は溜息を吐いた。
元よりエンジンをネット回線から弄られれば致命的な事態を引き起こしかねない。
ここが片付いた以上、そちらに向かうのが当然ではあろう。

「一応連絡はしといて、こっちはエンジンに注文を届けに行きますか」

そう結論した灰色熊は、粘菌へと『彼の者の研究らしき実験体発見、扱いを考慮されたし』旨のモールスを打ち込み、その体を石に変え――その場を離れた。


889 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:03:57 5vB8Piac0
【???(モノクマの工房) ヒグマ帝国/昼】

【灰色熊(穴持たず11)@MTG】
状態:生物化
装備:無し
道具:ヒグマの爪牙包丁
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:示現エンジンへと急行し、安全を確保する。
1:シーナー、キングらと迅速に状況を連絡・共有し、モノクマやヒグマ提督を封殺する方策を練る。
2:培養されていた得体の知れない生命体はどう処遇するべきか……?
3:これ、実効支配者全員で対処しねぇとまずくないか?
4:同胞の満足する料理・食材を、田所恵と妻とともに探求する。
5:蜂蜜(血液)ほしい。
6:表向きは適当で粗暴な性格の料理人・包丁鍛冶として過ごす。
[備考]
※日ごろは石碑(カード)になってます。一定時間で石碑に戻るかもしれないししないかもしれない。
※2/2のバニラですが、エンチャントしたら話は別です。
※鉱物の結晶構造に、固溶体となって瞬時に同化することができます。鉱物に溶け込んで隠伏・移動することや、固溶強化による体構造の硬化、生体鉱物を包丁に打ち直すなどの応用が利きます。
※ヒグマ帝国のことは予てよりシーナーから知らされており、島内逃走中にモノクマやカーズが潜伏しそうな箇所を洗い出していました。
※実験は初めから、目くらましとして暴れまわった後、適当な理由をつけて中座する段取りでした。


890 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:04:30 5vB8Piac0


ヒグマ帝国の中心近くに建てられた、一際目立つ建造物。
警備部の本拠として扱われているその建物の一角には、現在旧STUDYの設備の一部が運び込まれ作業用のヒグマ達によって次回の放送への準備が行われていた。

「……やはり、おかしい」

放送機材が運び込まれ、準備が整えられた一室。
ヒグマ帝国内に残されていたSTUDYの資料を捲りながら穴持たず46――司波達也は、眉間に皺を寄せて呟いた。

「おかしい? なにがですか?」

その呟きを耳聡く聞き付けたシロクマさんが、司波達也に食い気味に近寄りながら問いかける。

「ヒグマ提督が指示したヒグマ200匹分の解体によって産出された資材と、これまでに明らかになった艦娘の建造に使用された分の資材が釣り合わないんだ」

これまでに司波達が確認しているヒグマ提督製の艦娘は6人。

駆逐艦・島風。放送直後にヒグマ提督が調査任務名目で地上に送り、その後参加者と接触しているとみられる。
駆逐艦・天津風。目撃証言からヒグマ提督に帯同しているようだ。
軽巡洋艦・那珂。ビスマルクから逃亡後行方不明。
同じく軽巡洋艦・龍田。現在、ヒグマ帝国中枢の示現エンジン周辺にてこれを侵す存在と戦闘中
戦艦・金剛。天津風と同じくヒグマ提督に帯同しているらしい。
戦艦・ビスマルク。これは言うまでもなく司波達也との戦闘で鎮圧、こちらに投降した。

「初期にヒグマ20体を消費して建造された島風は除くとして――
 解体場に残っていた資材の数と、残りの五隻の建造で消費された資材が噛み合わない。
 武装の開発で消費した可能性はあるが、それにしてもそこまで消費するとは思えないんだ」
「……ビスマルクツヴァイの建造で消費したのでは?
 ビスマルクを建造するには大型建造が必要と聞きますし、“改”の状態で造られたのならなおさら資材は嵩むのではないでしょうか」
「俺もそれは考えた。だが、それを考慮に入れてもヒグマ200匹分の資材があそこまで減っているのはおかしい」

投げかけられたシロクマさんの疑問を司波達也は否定する。

戦艦ヒ級の建造に遺棄されていた大和の胴体部を使用したのは、単に工程短縮だけが理由ではない。

“足りなかった”のだ。
当初の計画では、間違いなく通常の工程で戦艦ヒ級を建造してなお資材には余裕がある計算だった。
それが、司波達也の計算能を以て尚、大幅に計算が狂っていた。

これが示す事象は、誰から見ても明らかだ。
それを察し、シロクマさんは司波達也に大声で(お兄様の発見が周囲に聞こえるように)問いかける。

「……つまり、ヒグマ提督は現在発見されている艦娘の他にも艦娘を建造していると!?」
「その可能性は高いな。問題は、今彼女達がなにをしているかということだ」
「……あのー、何してるんっすか?」

当然の如く、シロクマさんの声を聞き付けた巡回中のヒグマが会話に割って入って来た。


891 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:04:56 5vB8Piac0
司波達也はそのヒグマを『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で解析し、識別番号を確認すると、丁度いいとばかりに命令を下す。

「穴持たず428か。……今からお前とシロクマさんに状況説明をする。その後に任務を頼みたい。
 巡回任務は停止して他の穴持たずに任せてくれ」
「……はぁ。了解しましたっす」

不思議そうな顔をしながら座り込む穴持たず428。
司波達也はそれを確認すると、彼自身の推測を語り始めた。

「まず現状として、ヒグマ提督によって建造された艦娘はまだ全てが発見されていない。これは何故だ?」
「隠れているのでは?」
「その可能性はあるが、命令を受けていない艦娘がヒグマから隠れる理由はないだろう。
 ビスマルクを見れば明らかなように、艦娘は基本的にヒグマ帝国に忠実にそのメンタルを設計されている。
 或いは自分も同じように『帝國』の一員だった記憶からかもしれないが……」
「なら、ヒグマ提督に命令された可能性は?」
「それもないだろう。ヒグマ提督はヒグマ帝国から逃げ出そうとしていた。
 その提督が艦娘に隠れることを命令するのは不合理だ。
 自分を護衛してもらうか、あるいはビスマルクのようにヒグマの足止め命令を出した方がいいだろう」
「……んー。それもそうっすねぇ」

穴持たず428が腕を組んでうんうんと頷く。

「でもじゃあ、艦娘達はどこにいるっすか?」
「可能性は二つある。
 まずは、現状の俺達の探索範囲外で待機状態に入っている場合。この場合は、ヒグマ提督は逃走に気を取られて命令を出す暇がなかったんだろうな。
 もう一つの可能性は、ヒグマ帝国内、あるいは地上に自分の意思で潜伏している場合だ」
「え?」
「あの、シバさん。艦娘達が隠れている可能性はないのでは?」

シバさんの辿り着いた結論に、穴持たず428は素っ頓狂な声を挙げた。
同様にあっけに取られた様子のシロクマさんが、口をぱくぱくさせながら質問する。
その二匹を前に、シバさんは彼の考えた『最悪の可能性』を口にした。


「それはあくまで、艦娘が自発的、あるいはヒグマ提督の命令で潜伏する可能性だ。
 ……これは最悪の想像だが、現在行方不明の艦娘は『ヒグマ帝国でもヒグマ提督でもない勢力』にその指揮権を奪われている可能性がある」


892 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:06:39 5vB8Piac0



『俺は……俺は……』

波に揺れるボートの上で、2匹と一人が行き先も知らず漂っている。
一人は意識の闇へと沈み、一匹は恐怖の闇へと沈み、そして最後の一匹は悔悟の闇へと沈んでいた。

穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ。
彼の行動はなにもかもが裏目に出た。
彼はただ小さな友人を守りたいだけだったのに、彼の全ての行動は彼の小さな友人を怖がらせてしまった。

『何故だ……何故、なんだ……』

薄々はわかっている。
自分の行動はデデンネにきちんと伝わっていない。
自分にとってデデンネは相棒気取りだったが、デデンネにとって自分は恐怖の対象なのだ。
ヒグマとデデンネの価値観はあまりにも違いすぎる。デデンネにとっての恐怖を、ヒグマには理解できない。

それは今の彼にはどうしようもなく埋められない、種族の壁であった。

『どうすればいい……フェルナンデス、俺はどうすれば……』
「……フェルナンデスではないけれど、答えはあげられるよ」
『――ッ!?』

呻くように呟いた声に、背後から声を投げかけられた。
弾かれたように振り返る穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ(以下カッコカリ)は、そのまま驚愕で目を見開く。

海面の上に、二人の少女が存在していた。

まず目に入るのは、白と赤の色取りを持った巫女服のような装束の少女である。
長い黒髪も、彼女のそういった印象を引き立てている。

けれど、その印象を吹き飛ばす異常が彼女には存在していた。
波立つ海面の上、彼女はその足で水面をまるで地面のように踏みしめている。
それだけでも異常だというのに、更にその少女の背には多数の金属砲塔が取り付けられ、まるで針鼠のようになっていた。

その少女の背に背負われるように、もう一人の少女が乗っている。
おかっぱの黒い髪と、顔に浮かんだにきび。
全体的に地味すぎて、手に握ったナイフと着ている茶色のどこかの学園の制服にその他の彼女の印象は押しつぶされていた。

『……人間ッ!?』

思わずカッコカリは身構え、今の状況を客観的に分析する。
ボートの中には気を失った人間。下手をすれば、自分は彼を襲っている人間と誤解されかねない。


893 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:07:00 5vB8Piac0

『待て、待ってくれ、俺は……!?』
『わ、わかってるよ、「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」。
 ……だから、私はあなたに新たな命令を与えに来たんだよ』

『――な、ヒグマ語ッ……!?』

一見人間に見えた相手が、ヒグマ語を話す。
更にこちらの識別名を知っている。これはカッコカリをひどく驚かせた。

『警戒しなくていいよ……私達は、あなたの事情をよく知ってるから。
 私は穴持たず696(むくろ)。こっちは……』
『扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。
 妹の山城ともども……って、いないんだったわね』

おかっぱの少女が乗っている兵装を取り付けた女が続いてヒグマ語を話したことにより、カッコカリの驚愕と狼狽は頂点に達した。
それはおかっぱの少女が語った『穴持たず696』という番号に対してのことも含まれている。

『そ、そちらも喋っただと……!? ……いや、待て、穴持たず696とはなんだ、お前は人間じゃないか。
 そもそも穴持たずはいつの間に696なんて番号に増えたんだ!?』
『状況が変動したんだよ。
 穴持たず達は研究者――STUDYに対して反乱を起こしたの。結果STUDYは壊滅状態に陥り、穴持たずは自らを増殖させヒグマ帝国を名乗っている』
『い、いつの間にそんなことに……』

絶句するカッコカリ。だが、数秒で立ち直ると穴持たず696に対して質問する。

『だ、だが、そんな状況ということは実験はどうなっているんだ?
 フェルナンデスもここにいる男も、近くの廃墟にいる男も実験の参加者だろう。
 実験の参加者は全滅したわけでもないし、中止の連絡も来ていないぞ?
 ……いや、お前が中止の連絡をしにきたのか?』

だとしたらどれだけいいだろう。
フェルナンデスの首輪を解除してやることができたなら、もしかしたらフェルナンデスを怯えさせずに済むかもしれない。
そうしたら、どこかでフェルナンデスと暮らすのだ。
ヒグマ帝国とやらはフェルナンデスが怖がってしまうかもしれないから、やはり北海道がいいだろうか。

――いや、本当はわかっている。中止の連絡をするなら、こんなことをせずとも放送装置を使えばいいのだ。
ならば彼女達がここに来たのは――

『残念だけど……、それは目的じゃないんだよね……、カッコカリ。
 私は命令……いや、誘惑に来たんだ』
『……誘惑?』

『そう。私はそのヒグマ帝国に対して反抗してくれるように、あなたと取引しに来た』

何らかの個人的な命令を下されるのだろうことは予想していた。
していたが、それでもこの発言にはカッコカリも三度驚かざるを得なかった。

『……なんだと? お前も穴持たずなんじゃないのか?』
『そうだよ。……だけど私は、彼らとは敵対する派閥にある。
 彼等は、……ヒグマを全生物に対する優越種だと考えてる。
 この実験を通じて……、最終的にはヒグマ以外の全生物を支配するつもりだよ』

なるほど。
考えられない話ではない。
高い能力を持つヒグマが他生物への優越感を持つことはおかしくはないし、そのような生物の組織で派閥化が行われるのも不思議ではないない。


894 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:07:24 5vB8Piac0

『だが、俺がそれに従う理由はどこにある?
 わざわざそのヒグマ帝国に逆らって、俺が得をする理由もあるまい。
 いや……ヒグマ帝国にさえ興味がないんだ、俺は』

そうだ、俺はそんなことには興味がないんだ。
ヒグマ帝国が地上を支配しようと、逆に人間に滅ぼされようと。
俺はただ、フェルナンデスと静かに暮したいだけで、

『そのお手伝いをしてあげられる、と言ったら如何ですか?』

だから、兵装の女の発言に心を奪われた。

『……なん、だと……!?』
『私達に従うなら、その子の首輪を外して自由にしてあげることができます。今すぐにでも。
 ――いえ、それだけではありません。私達は――いえ、あのお方なら、ヒグマ帝国では絶対にできないことを報酬にしてあげられるわ』
『絶対にできないこと……?』

確かに、単に首輪を外すだけならヒグマ帝国の連中にもできるだろう。
――だが、彼等にできないこととは、なんだ?

『ええ。
 私達は――「ヒグマを人間にする技術」を持っています』

がつん、と頭を殴られたかのような衝撃だった。

『正確には、その技術の前段階ですが。
 ただし現状でも、私達のように「人の形を模したヒグマ」を作ることができるのはおわかりでしょう?
 技術を完成させることができれば、貴方も人間の姿になれます』
『そ……それが、なんだというのだ?
 ヒグマが人間の姿になれることに何の意味がある?』

いや、とぼけたふりをしたが、わかっている。
それが何を意味するのか、それによって奴等が俺に何を取引するつもりなのか。

『わかりませんか? 本当に?』

そして奴等は、それをよくわかっているのだろう。

『こう思ったことはありませんか?
 「デデンネとうまくいかないのは俺がヒグマであるからだ」――と』

そうだ。
俺がヒグマでなければ、フェルナンデスも俺に恐怖は感じないだろうし――もっと近い立場で話せるはずなのだ。

『羨ましくありませんか?
 彼等ポケモンと意思と通わせ、家族のように生きるポケモントレーナー――人間が』

そうだ。
俺は人間が酷く羨ましい。

『あなたが取引に応じ、ヒグマの人間化技術が完成したなら――あなたを人間にして、デデンネのトレーナーにしてあげましょう。
 ――ああ、ヒグマ帝国はこの技術を知りません。これはSTUDYの研究内容でしたからね。
 彼等からすれば、この技術は破壊の対象かもしれません』

『――ぬ、ぬ、ぬ――』

だからこそ目の前の女の誘惑は酷く甘美だ。
人間として――相棒として、フェルナンデスと共に生きる。
俺はそれしか望まない――そして、このままではそれは手に入らない。

だがしかし、目の前の悪魔との取引に飛び乗れば――手に入るのだ、それが。

『チャンスはこれ一回きりだよ。今なら、首輪の管理切り替えに乗じてその子を死亡扱いにして首輪から解放できる。
 これを逃せば、その子の首輪を外す機会はほとんどない』

――そして、俺は。

『……わかった……お前達に手を貸そう』

その悪魔との取引に、乗った。


895 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:07:36 5vB8Piac0



「『ヒグマ帝国でもヒグマ提督でもない勢力』……?」
「シロクマさんはシーナー殿とキングから話は聞いているだろう。『彼の者』……。
 ヒグマ帝国を扇動し、さらにその乗っ取りを狙う者だ」

資料を捲り状況を計算しながら、シバさんは自らの推測を口にしていく。

「ヒグマ提督はどこから艦むすの建造技術を手に入れたんだ?
 STUDYの施設に残されていた資料にも、艦むすの情報が記載されているモノはなかった。
 つまり、あの技術はヒグマ提督がSTUDYから接収したものではない。
 当然、ヒグマ提督が一人で生み出したワケでもないだろう」

考えてみれば、おかしな話ではあった。
ヒグマを解体し、HIGUMA細胞を使ったとはいえ、穴持たずを凌駕し得る存在がそう易々と受肉し、強固なパーソナリティを手に入れるものか?
実際、ヒグマ提督とて無能ではない(あるいは、無能であった方が助かったかもしれないが)。
ではないが、このようなものを一から思いつくような頭脳の持ち主ではない。
ならば、彼に艦むすの製造法を教えた者がいるはずだ。

つまり、

「艦むす計画は最初から『彼の者』の仕込みだ。
 おそらく、ヒグマ提督にその他の情報を流していたのも『彼の者』だろう」
「そ、それじゃ……ヒグマ提督は、その『彼の者』って奴に寝返ったってコトっすか?」
「その可能性も考えられるが……どうだろうな。
 正直、ここまで杜撰だと蜥蜴の尻尾切りにも思えてしまう。
 どちらにしろ、『彼の者』の干渉を強く受けているのは確かだろうが」

艦むすそのものに仕込みがある可能性は低い。
なんらかの仕込があるならば、ビスマルクを尋問・説得した際に気付いていい筈だ。
ヒグマ提督が『彼の者』の陣営に落ちている可能性はゼロではないが、正直そうだとしてもヒグマ提督の動きは粗雑に過ぎる。
これまで動きをこちらに悟らせなかった『彼の者』の動きとは一致しない。
だとしたら、『彼の者』はヒグマ提督に何を望んでいるのか?

(……ヒグマ提督がビスマルクに命じたのと同じように、足止め……。
 ヒグマ提督に目を向けさせ、『彼の者』の行動を隠匿する為か?
 ならば現在『彼の者』は行動に出ている可能性が高い……)

思考。結論。
導き出した答えから、シバさんは最適と思われる指示を選択する。

「穴持たず428、穴持たず312(サーチ)を探して地上、そして地下の特別警戒プロトコルの発令を伝えろ。
 その後は312の指示に従ってくれ」
「りょ、了解しましたっす!」

どたばたと部屋を出て行く428を見送りつつ、シバさんはシロクマさんに視線を移す。
何故かシロクマさんは、首を傾げるような仕草をしていた。

「シロクマさんは……」
「申し訳ありません、カフェの様子を見に行かないと……」

「ああ、そういえばシロクマさんはカフェをやっていたんだったな。
 無理に戻って来なくてもいいんだぞ?」
「いえ、用事が終わったらすぐ戻ってきます!」

どたばた、と走りながらシロクマさんは開いたままのドアを走り抜けていく。
シバさんはドアを閉めると、放送機材へと向かった。


896 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:08:46 5vB8Piac0
【ヒグマ帝国・警備部/昼】

【穴持たず48(シバさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、記憶障害、ヒグマ化
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、【魔導】デッキ
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:放送の準備を行う。
1:できるかぎり帝国内で指揮をするほうが良さそうだが・…。
2:カードゲームでシロクマさんに負けたのがすごく悔しい!
3:イヤリングの件などについて実効支配者たちと情報共有が必要だ
4:『彼の者』……一体どこまで入り込んでいる?
[備考]
※司馬深雪の外見以外の生前の記憶が消えました
※ヒグマ化した影響で全ての能力制限が解除されています
※カードの引きがびっくりするほど悪いです


【穴持たず428】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国に従う。
1:穴持たず312に連絡を行う。
※渋谷っぽい口調のヒグマです。
※能力などは不明です。持っていない可能性もあります。


897 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:10:45 5vB8Piac0



がしゃん、とフェルナンデスの首に嵌った戒めが地面に落ちる。

それが悪魔との契約の報酬の一つ。
もう一つの報酬は、契約が終わった時に払い込まれる。

『……これで外れたよ。
 後はこっちの命令に従ってもらう形になるかな……』
『今はヒグマ帝国に一緒に戻りましょう。
 その為の囮は既に出してあります』
『……フェルナンデスはどうしたらいい?』
『……置いていくのも心配だし、連れていくしかないんじゃないかな。
 どこか安全な場所があるならそこでもいいんだけど……』
『……仕方が無いか』

フェルナンデスを連れていけば、また怯えさせてしまうかもしれない。
だが、だからといって置いていくには――この島は危険すぎた。

ただでさえ、これからはほとんど全てのヒグマが敵になるのだから。


「……ぐ、あ……」

『……!?』

その時、足元から呻き声が聞こえてきた。

――そうだ。先程保護した人間だ。
失念していた――この男をどうする?

穴持たず696や扶桑と行動するのに、この男と行動するのは邪魔なのは明らかだ。
だが――殺すのか?
フェルナンデスの目の前で? それこそ本末転倒ではないのか?

――どうする?

戸惑うカッコカリの目の前で、男は口を開き、言葉を紡ごうとする。
――ナイフを取り出した穴持たず696に向けて、駆紋戒斗は、確かに意思と共に言葉を放つ。


「……お前達は、力を持っているのか」


「……うん」

答えた穴持たず696に、駆紋戒斗は唇を噛み締め、血を流しながら言い放った。

「……俺は勝つ。
 そうだ、勝つんだ……だから。
 だから――力を寄越せ……!」

その言葉に。扶桑は、確かに顔に笑みを浮かべて――駆紋戒斗の首輪を解除した。

「ええ……私達は、あなたに力を差し上げます。
 大丈夫ですよ、私にはよくわかります――」

「――あなたの絶望が」

――絶望は、伝染する。


898 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:11:04 5vB8Piac0
【G-4:廃ビル街 昼】

【駆紋戒斗@仮面ライダー鎧武】
状態:重傷、疲労(極大)、胸骨骨折、気絶、首輪解除
装備:仮面ライダーナイトのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品一式。ナシ(ふなっしー)ロックシード
基本思考:鷹取迅に復讐する。力なきものは退ける。
0:生きて勝つ。その為にはなにもかもを使う。
[備考]
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドの仮面ライダーナイトのカードデッキ@仮面ライダー龍騎により仮面ライダーナイトになりました。
※戦極ドライバーさえあれば再びバロンに変身することもできます。


【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……


【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護しながら、穴持たず696達に協力する。
0:ヒグマ帝国へと向かう。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


【穴持たず696】
状態:健康
装備:ナイフ、拳銃
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
1:ヒグマ提督を囮に、カッコカリ、戒斗を連れてヒグマ帝国へ潜入する。
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。


【扶桑@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:35.6cm連装砲、15.2cm単装砲、零式水上偵察機
道具:なし
基本思考:『絶望』。
1:カッコカリ、戒斗を連れてヒグマ帝国へ潜入する。
2:他の艦むすと出会ったら絶望させる。


899 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:11:17 5vB8Piac0


開いた回線の片方――穴持たず696との通信によれば、「勧誘」は成功。

「残念なお姉ちゃんでも、こういう時は役に立つものね」

穴持たず696(むくろ)――彼女は、江ノ島盾子の姉の人格と身体能力データを元に作られた人型穴持たずである。
『使いやすい手駒』を欲した江ノ島が、瞬時に思い付いたモノ――それは、彼女の為に生きて、そして彼女に殺されたたった一人の姉だった。

もっとも、江ノ島盾子からしてみれば『まともに演技もできない残念で3Kなお姉ちゃん』でしかないのだが。

「それにしても――扶桑は拾いモノだったわね」

超弩級戦艦、扶桑。
彼女の抱えた絶望に――江ノ島盾子は目をつけた。
生前大した活躍もできず、欠陥を露呈させ、妹ともども不幸艦として嘲られた彼女。

そんな彼女の他の艦むすへの羨望や嫉妬。
それらに漬け込んで絶望に落とすのは――元の世界からの、江ノ島盾子の得意技である。

「……っと、そろそろこっちも繋がりそうね」

先程からずっと【呼び出し中】と表記されていた回線の表記が、【通話中】へと入れ替わった。
そのまま江ノ島は、回線の向こうへいるだろう相手に話しかける。


「もしもーし、聞こえてるー? 美雪ちゃーん」


「……ええ、聞こえていますよ」

通話相手は――穴持たず46、司波美雪。

そもそも彼女とは、実験前の脱走騒ぎからの付き合いであった。
騒ぎの下準備のために、シーナーと共に接触していたのがSTUDYにも信頼されていた彼女である。
シーナーと違う面があるとすれば――彼女とは、『江ノ島盾子』として接触していること。

彼女が裏切る、ということは考えていない。
何故ならば――

「あら、どうしました? お兄様は既にあなたの存在を突き止め、探っていますよ。
 艦むすのことも承知です」
「あらー、そうなの?
 随分と早いわねぇ。さっすが美雪のお兄様ってやつ?」

――司波美雪にとっての行動原理は、「お兄様」である司波達也一人。

そもそもヒグマ帝国でさえお兄様にとっては踏み台に過ぎないし――それを利用しようとする江ノ島盾子もそう。
司波美雪によって江ノ島盾子はお兄様の為の障害を用意する存在に過ぎないし、江ノ島盾子にとって司波美雪はお兄様という希望に縋る、絶望に叩き落したい存在だ。
最初から二人は――自らの目的の為に、互いを利用しあっている。
そもそも前提が裏切りなのだから、それをさらに裏切ることは不可能だ。

「当然です、お兄様ですから」
「ま、それはいいんだけど。
 そういうワケでアタシ、見つかっちゃったんで今から最終兵器に取り掛かるから。
 アンタ、適当に偽報でも流しといてくんない?」
「ふふ……お兄様に破壊される為の最終兵器など、滑稽ですね。
 いいでしょう。地下の警戒はそちらの指示する地点から逸らします」
「ありがと。……ああ、その端正な顔が絶望に歪むのが楽しみだわ」
「こちらこそ、あなたの顔がお兄様に打ち砕かれるのが楽しみです」

そして二人の『妹』は、その美貌を綺麗に歪ませて笑った。


900 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:11:53 5vB8Piac0
【ヒグマ帝国/昼】

【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:相田マナの死体
[思考・状況]
基本行動方針:『絶望』
0:キュアハートのデータを鋳型にしてHIGUMAの人間化を進めようかな〜。
1:灰色熊クンには後できつい『オシオキ』をしてあげなきゃね。
2:前期ナンバーの穴持たずを抹殺し、『ヒグマが人間になる研究』を完成させ新たな肉体を作り上げる。
3:ハッキングが起きた場合、混乱に乗じてヒグマ帝国の命令権を乗っ取る。
[備考]
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1〜14までです。
※江ノ島アルターエゴ@ダンガンロンパが複数のモノクマを操っています。 現在繋がっているネット回線には江ノ島アルターエゴが常駐しています。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。
※ヒグマ帝国の更に地下に、モノクマが用意したネット環境を切ったサーバーとシリンダーが設置されています。 サーバー内にはSTUDYの研究成果などが入っています。


【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、ヒグマ化
装備:ホッキョクグマのオーバーボディ
道具:【氷結界】デッキ 、超小型通信機
[思考・状況]
基本思考:シバさんを見守る
0:頑張ってねー
1:喫茶店の様子を見てくる。
2:江ノ島盾子の受肉が完了するまで、ヒグマ帝国内にそれとなく偽報を流す。
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営しています
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司馬深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品です
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司馬達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です


901 : 絶望シスター ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/03(日) 05:12:14 5vB8Piac0
投下終了。


902 : 名無しさん :2014/08/03(日) 14:10:01 b8onMb6A0
投下乙です
この傍迷惑な妹たち!
不幸艦・扶桑に力を欲した戒斗さん、なかなかうまくいかない34(カッコカリ)とかの心に上手くつけこみよって…
ここ数話で一気に江ノ島さんの存在感が増したな。そして確かにお兄様という希望を絶対に信じてるシロクマさんとはこういう関係になるわ。裏切り仲間のようでいて相容れない感じの会話にしびれた。


903 : 名無しさん :2014/08/03(日) 14:13:19 99J2/xGU0
投下乙
深雪はマジで碌なことしないな…
遂に本名が判明したデデンネヒグマ改め穴持たず34カッコカリに転機が!


904 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:13:10 dg292NTA0
投下乙です!

>進撃の王羆
 浅倉さんお願いします増えないで下さい。
 前からすっごく言いたかったんですけど、あなた全部のヒグマを火ぃ通して食べてますから、ヒグマの遺伝子(DNA)はもう破壊されてるんですよ……?
 プリオンとか、もしくは精神文化的遺伝子でも吸収してしまったのですか?
 あと、ミズクマは自分が増える能力ではなくて、子供を増やす能力ですので、やっぱり浅倉さん、それあなた自前の能力ですよ……。
 ヒ級さんは、出生を考えれば至極当然の成り行きか……。
 シバさんの深遠かつ奇天烈なお考えは私にはよくわかりません。あとヒグマ提督の外道ムーブがまた一つ明るみに出たね、やったね!
 ヒ級さん、早いところ彼をお裁き下さい。どうぞ。


>絶望シスター
 シバさんはいつもいつも肝心なところが抜けてるんですね! その内(今も)墓穴掘りまくるんじゃないですか、大丈夫ですかマジで!
 それに、デデンネと仲良くなったヒグマさんのこと、穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリって言うのやめろよ!!
 あなた不本意な呼び名にもっと怒っていいのよ!?
 結局、誰もデデンネ本人の気持ちは見てないんですよねぇ……。
 人間になったからと言って気持ちが通じるわけでもないでしょうに……。フェルナンデスくんは源静香さんを初見で殺害しておるのですよ?
 あと戦刃むくろさんを再現できているのなら、もうこれ、研究とか既に完成してるんじゃ……? マナさん要らなくないです?
 あ、シロクマさんは今日も平常運転ですね。安心しました。


それでは、自分も予約に穴持たず543を追加して投下します。


905 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:15:01 dg292NTA0
 景色は祭り。
 喧騒は歓喜。
 地底湖近くのヒグママンションの前庭は、溢れるヒグマで満漢全席。
 熊の、熊による、熊のための祭りだ。


「ほら、遠慮なく喰ってくれ! 俺たちの感謝の気持ちだ」


 そこに、着ぐるみで擬装しているとはいえ人間である私たちが入ってきている――。
 確かに、それは大きな問題の一つではある。
 でもそれは、決して私とロビンが、愕然とした表情でここに正座している直接の理由にはならない。


「……え、えと、あの、アアアアノ……」
「ああ、ちょっと量が少ないかな? もうちょっと採って来ようか!
 おい、お前ら、マイケルさんたちのために行って来い!」
「おう!」


 私が呟きかけた言葉は、周囲に群がる大きなヒグマたちに遮られていた。
 人垣ならぬヒグマ垣の中から何頭かが立ち去っていくが、広場の一角で圧迫されている私たちへのプレッシャーは一向に弱まらない。
 再び私は、目の前に置かれた、料理という名の何かに、眼を落すこととなる。


 ――虫だ。
 何か、白くて太い、もぞもぞと蠢く親指大の芋虫が、何匹も器に盛られている。
 その隣には、苔だ。
 何か、濃い緑の藻かヒトデのような奇怪な植物が、何房も器に盛られている。
 さらに向こうには、木の根だ。
 何か、薄茶色い芋のようなごつごつした木の根が、何本も器に盛られている。


 屋台で見た激辛の麻婆熊汁という何かも相当料理として問題があった気がするが、これらはその比じゃない。
 本当に、ヒグマはいつもこんなものを喰っているのか?
 このヒグマたちができる最大級のもてなしは、こんな粗末でわずかな動植物の盛り合わせなのか?


「……いただこう」
「ロ……、マ、マイケル、本気かよ……」
「郷に入れば郷に従うものだ。彼らの好意を無下にするわけにもいくまい。それに、王となるには庶民の嗜好も知っておかねば」


 隣で、私と同じく固まっていたロビンが、おもむろに芋虫に向けて手を伸ばした。
 艦娘に相対していたあのヒグマたちが、不安と期待の入り混じった眼でロビンを見る。
 そしてロビンはその白い芋虫をプチッと噛み潰し、しっかりと咀嚼して飲み込みやがった。もう見てるだけで吐きそうだ。


「へぇ……。意外とあっさりしてるね。ゆるめのオムレツみたいで、なかなか美味しい」
「……な、長野県民かよお前……」
「いやー、お口にあったようでなにより! ささ、あなたもどうぞ!」
「うぇ、うぇ、わ、わた、わたしは……ち、ち、ちちち、ちょまっ、ちょまっ……!!」
「ちょーっと待った! あんたたち、アタシを忘れてはいないかい?」


 あわや大量の虫に喉尺される寸前だった私の元に、救いの声がかかる。
 私の召喚した青毛のヒグマ――グリズリーマザーが、マンションの前庭まで自分の屋台を全速力で乗り付けてきたところだった。


「ああ、女将さん! 灰色熊さんとこの女将さんならもっとうまく料理してくれるか!」
「はいはい、マイケルさんたちにたかってないで、みなさん座った座った!」


906 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:15:37 dg292NTA0

 『灰熊飯店 Grizzly Fan Dian』と朱書されたその屋台は、小型のバスのような乗り物でできていた。
 サイドのスライドドアが開くと、魔法のように周囲の空間がテラス席のごとく地面からせり上がり、タラップから小じゃれた椅子とテーブルが展開されてゆく。
 車体横の大きな窓を開け放って庇を張りださせ、調理台からグリズリーマザーが大きな声で私たちに呼びかけていた。


「ほら、マイケルさんたちは主賓なんだから、テラスじゃなくて屋台の中へ来なさいよ!」


 言いながら手招きする顔は、必死の形相だった。
 私たちが祭り上げられている間、一体どこに消えたのかと思ったけれど、グリズリーマザーは私たちを脱出させるためにこの屋台をわざわざ持ってきてくれたらしい。
 そりゃそうだ。
 こんな大事になっちまったら、正体バレなんか時間の問題だ。
 現に、私なんかマジでバレちゃう5秒前だったんだから。
 ロビンみたく悠長に虫喰ってる場合じゃない。さっさと逃げないと私がいつ喰われるかわかったもんじゃないって!!


「ほ、ほらー、お、オカミサンも言ってるし、ナカデタベタイナー……」
「あ、待ってベルモンド。こっちの木の根の方が甘くて美味しいかも……」
「ザッケンナコラー!! こんなとこでメシ喰ってられるかよぉ!! 私は屋台に行くぞ!!」


 着ぐるみの中でブチギレながら、私はロビンを引っ張り、垣根の切れたヒグマたちの間を漕いで、なんとか屋台の中へ上がり込んでいた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「やはり……、このヒグマ帝国の構造……、ただならぬものがあるな……」


 帝国の中を徘徊していた一頭のヒグマが、ぽつりと呟く。
 そのヒグマは暫く前から、元々研究所だった構造や、新たに地底を掘り抜いて作られた空間をアトランダムに行き来しているようだった。

 彼の正体は、言峰綺礼という人間である。

 捉えられていた研究所の保護室から脱走し、オーバーボディを手に入れた彼は、屋台で出会った少女とそのサーヴァントを一旦別れた後に探しつつ、潜伏を続行して今に至る。
 彼が道中で新たに生まれたヒグマたちに紛れて収集した情報には、驚くべきものが多かった。


 まず、新たなヒグマたちの出生についてである。
 注意深く観察を続けてわかったことだが、新規の穴持たずは、どこからともなくこの世界に出現するのだ。
 綺礼が後ろを振り向いたらいつの間にかいた。という空恐ろしい例も存在する。
 そして生まれたばかりの彼らは、少なくとも自らの『穴持たず』としての通し番号、ヒグマ帝国のこと、ある程度の一般知識などを既に携えていた。
 知能を刷り込まれた状態で、彼らはこの世界にどこからか送り込まれている。

 ――何者かが、固有結界か異界の中に工房を作成し、そこでヒグマたちを新たに生成しているのだ。

 その者が、STUDYを欺きヒグマを叛乱させ、気付かれないようにヒグマ達を影から操り、誘導し、扇動した主犯格だろうか?
 いや。そうとは思いづらい。
 STUDYを欺くという点では、その者はシーナーと同時に行動して攪乱の役に立っていた可能性は高い。しかし、その者がヒグマに刷り込む知識は余りにも基本的なもので、『いくつかの例外』は存在するが、彼らの精神に憎しみや怒りなどの色を付けて誘導している様子が見受けられない。
 それに、これだけの数のヒグマと、それに知識を植え込む技術があるのならば、すぐにでも地上の参加者を屠り尽くし、島外に進出することができてしまうだろうに、シーナーらはそれをあえてせず、彼らの自由意志に任せているようにすら見える。
 言峰綺礼には、彼らの目的が見えなかった。


907 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:16:03 dg292NTA0

 第二に、『いくつかの例外』として挙げられる、職能を有したヒグマの存在だ。
 このヒグマ帝国の建設は、『穴持たずカーペンターズ』と呼ばれる土木技術を持ったヒグマたちによってなされたらしく、実際、帝国の散策中に何頭か下水道周辺の工事にあたっている者を見かけた。
 彼らはだいたいが、通し番号2ケタか100番台の、比較的帝国の発足初期に作られたと思われる者だった。
 そして彼らを指導し統率しているヒグマの名は、『ツルシイン』という者であるらしい。

 ――ここには土木班や食糧班など、実効的な支配者たちを長とした、トップダウンの組織構造が作られている。

 彼らの有する技能は、恐らく布束博士とやらの作った装置に組み込まれていたものだろう。
 その知識はヒグマの身体能力を以て、人間が行う以上に精密に再現されていた。
 実際に、洞窟を掘り抜いただけにしては、この帝国の空間設計は余りにも理に適っている。
 容易に崩落はしないだろうし、ヨーロッパかどこかの古い地下建築だと言ってもわからないかもしれない。
 もはや、彼ら『ヒグマ』を、動物としての『羆』と同列に考えてはいけないだろう。
 そもそもが、彼らは細胞からして作り物の実験動物なのだ。
 単に形態が似ているだけで、その習性も、機能も、全く『羆』とは別のものでおかしくはない。むしろ別である方が当然なのだ。

 同族意識と、社会性。
 それが、果たしてヒグマ帝国に刷り込まれた要素なのか、それとも元から彼らに備わっていたその要素がヒグマ帝国を自然発生させたのか。
 現実に存在する『羆』と同じに考えてよい、という前提が崩壊した以上、言峰綺礼にはもうその判断はつかなかった。


 第三に、この帝国が有しているだろう自給自足の機構。
 これに関しては、当然存在しているものと綺礼は考えていた。
 しかし、水耕栽培や畑の耕作に従事しているヒグマに尋ねても、食料を自動生産しているらしい工場は存在しないようだった。
 一時期は、無尽蔵に何の物資も要らずにクッキーを生産できる工場などという魔法めいた代物が研究所にあったらしいが、それは『艦これ』というゲームに嵌った多数のヒグマの声により、数時間前に工廠に改築されてしまったらしい。
 そんなアホな、と思ったが、どうやら本当のことらしい。

 ――自分たちの食糧を賄う場を娯楽施設に変えてしまうとか、頭がおかしいのではなかろうか。

 農耕にあたっていたヒグマたちは、綺礼の意見に全面的に同意した。
 そのアホみたいなことが実現してしまったのは、彼らの頭数が実際、馬鹿にならないものであったからのようだ。
 『灰色熊』や『キング』という名の指導者が、食糧生産の指揮をとっていたようだが、彼らは当時相当に困惑したらしい。当然である。
 『防衛に使えるから〜』などと艦これ勢はのたまったらしいが、そんな機能も不明で同族でもない輩を増やしたところで戦力になるわけがなかろう。
 内部抗争と反逆の種になるだけである。


 ――内部抗争。


 その単語に不安を覚えて、綺礼はつい先ほど、黒木智子およびクリストファー・ロビンと出会った屋台の前に戻ってきていた。
 だが、存在したはずの『灰熊飯店』はそこに影も形もなかった。

 オーバーボディの毛皮の下で、綺礼の首筋に汗が伝う。


「本当にどうなっているのだ……、この帝国の構造は……!」
「……あなたこそそんなところで何をやっているのですか」


908 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:16:34 dg292NTA0

 立ち尽くす綺礼の元に、横から声がかかった。
 熊の牙から紡がれるしゃがれた擦過音ではない。はっきりと女のものと認識できる声だった。
 引かれた電灯と苔の薄明かりに、その姿が照らされている。


「グリズリーマザーさんならば連絡を受けて私より一足先に地底湖へ向かっていると思われますが」
「あなたは……、一体何者だ」


 彼女は洗いざらした白い布地に身を包み、帯に包帯やテープと思しき幾つもの環を通している。
 綺礼の発言に訝しげに傾けたその顔は、ヒグマの毛皮に覆われていた。
 頭身の高い、細身のその女は、長い毛足に覆われた脚で綺礼の元へ歩み寄ってくる。

「……新たに生まれたばかりですか? あなたこそ名乗ってください」
「あ、ああ、私は穴持たず1000のキレイだ」
「1000……、また無能な者が増えたのですか。瞬く間に物資が枯渇してきてるというのに……」

 綺礼が適当に言い放った番号に、女は溜息をついた。
 彼女は、毛皮と鉤爪が生えている以外はヒトと変わらぬ形態をした手で綺礼の胸倉をつかみ、そのままずるずると彼を引っ張ってゆく。

「私は穴持たず84、医療班のヤスミンです。こんなところで油を売っていないで、少しは他者を援助して下さい。緊急事態なのですよ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ――! いったいどういうことだ!?」


 医療班――つまりはシーナーの部下ということになるのだろう。
 ほとんど人間と同じ骨格をしたそのヤスミンというヒグマは、綺礼の体を引っ張り続けながら、眼だけを彼に向けて苦々しく答える。


「――つい先ほど、地底湖近辺で穴持たず678番が『艦娘』とかいう得体の知れない生命体に同胞を攻撃させたそうです。負傷者がかなり出ている模様です」
「……ああ、例の工場の……。やはりか」
「やはり、と思うでしょう? ツルシインさんはなんであんなものを容認なさったのか……」


 溜息をつきながらも、ヤスミンと綺礼は足早に地底湖の方へと歩みを進めていった。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「――キングさんたちが農耕を始めたって言っても、こんなところまではなかなか十分に食糧が来てないみたいだねぇ」
「いやはや面目ありません女将さん。マイケルさんをもてなす側だったというのに、大してご馳走も用意できませんで……」
「謝ることじゃあないですよ。でも、このマンションにはハニーちゃんがいたんじゃないの? 彼女は?」
「ああ……、ハニーさんはですねぇ……」


 屋台バスの中のカウンターに就いたら、いくらかヒグマ垣の圧迫感は取れた。
 それでも、屋台の中にはあの宴席を開いていたヒグマのうち一体が上がり込んできていて、調理をしているグリズリーマザーとなんやかんや話し込んでいる。
 このヒグマは、どうやら例のシバとシロクマとかいう支配者階級のやつらを湖に呼んできた、穴持たず543番というやつらしい。
 正直、こいつの話も宴席も放り出して逃げたいところだったが、ロビンは話に耳を欹てていて動こうとしないし、グリズリーマザーも体面があるのか、この場からすぐに逃げ出すことは出来ないみたいだった。


「はい! 『ミズゴケの天ぷら』ですよ! 調理一つで、見違えるくらい美味しくなるんですから!」


 グリズリーマザーは、543番との話もそこそこに、あの器に盛られていた得体の知れない苔を、料亭に出てきそうな天ぷらにして出してくれていた。
 これなら、私も食べられるかもしれない。
 さっきからスナック感覚で芋虫をつまんでいる隣のクソガキはおいておく。

「へぇ……なるほど。でもこれ、我々が食べるには油っ濃すぎないですか? まるで人間のたべも……」
「まあまあまあまあ、たまには豪華な料理がいいでしょうお客さんたちも!! ねーっ、そうでしょー!?」
「おおーッ!!」

 グリズリーマザーは543番の突っ込みを強引にテラスのヒグマに振って流し、芋虫の佃煮やら木の根のポタージュやら(なお全て薄味の模様)をやけくそ気味に振る舞って、私の浮いた感じを払拭してくれていた。


909 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:16:56 dg292NTA0

「さあ、どうぞ冷めないうちに!」
「ですね、じゃあどうぞ召し上がって下さいベルモンドさん」


 グリズリーマザーと543番が、そう言って私に天ぷらを勧めてくる。
 その裏表ない笑顔を見て、私の胸はふと、ちくりと疼いた。


 ――私は、なんでこんなに、ヒグマから好意を受けているんだろうか?


 高校に入ってから、男にモテるどころか、クラスメイトとほとんど会話もない生活だった。
 それが、この島に来て、余りにも極限状態の連続だったから気にも止めていなかったけれど、私は何人ものビッチと話したし、ガキとはいえ、ロビンという男ともかなり普通に会話している。
 感謝されて、もてなされることなんて、それこそ一度もなかった生活だったのに。

 どうしてだろう?

 今の私は、艶やかな黒髪も白磁の肌も隠れて見えない、着ぐるみの状態だというのに。
 なんで私は、こんなにも他人から『モテ』ているんだろう――。


「――ベルモンド、どうしたの、食べないのかい?」
「あ、い、いや、い、いただき、ます……」


 ロビンの声で我に返った私は、慌てて取り繕うようにその天ぷらを掴み、口に放り込む。
 味も何もわかったもんではないだろう――。
 焦りで停止した思考のままに、私はその天ぷらを咀嚼する。

 瞬間、口の中で、天使の羽がほどけた。


「――!?」


 ふうわりと、今までの緊張感の全てを包み込み、拭い去ってしまうような柔らかな風味が舌の上を撫でていった。
 何の主張もせず、自他の境界を簡単に溶かしてしまいそうな味わい。
 ふわふわと、綿菓子のような軽い歯触りが、衣と塩の微かなアクセントだけを輪郭に纏って、私に微笑みかけていた。

 変に着飾ることなんて全くしない。
 すっぴんの、丸裸の、女なら絶対にさらしたくないようなあられもない姿のはずなのに。
 純白の羽の天使や、羽衣だけを身に着けた天女のように、この天ぷらは何にも傾かない、神々しいほどのありのままの姿で、私の胸に溶け込んでいた。


「……う、めぇ……。なんだこれ……」
「なるほど……、全く癖がない。透き通る清流を食べているかのような、ただただ優しい味だ」
「やっぱりこの島は水がいいですからね。苔にも臭みが全然ないですよね」


 両隣では、ロビンと543番が同じようにミズゴケの天ぷらを口にしていた。
 屋台の外からも、口々にヒグマの賞賛の声が聞こえてくる。
 タラップの入り口で私が食べるのを今か今かと待っていた実に余計なヒグマ垣の残りたちも、満足げな笑顔でテラス席の方へ帰っていく。

 私は、なんだか不思議な高揚感と安心感に包まれてぼんやりとしたまま、カウンターの座席についていた。
 このまま暫く平和に宴会が続くのか――。と、漠然とそう思っていた時。


「――どういうことですか、この呑気な様相は」


 険を含んだ女の鋭い声が、前庭の一帯に響き渡っていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


910 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:17:34 dg292NTA0

 窓の外を見やれば、そこにはスラリとした背の高い、女性のシルエットがあった。
 洗い晒した真っ白なナース服を身に纏い、その口から毅然とした言葉が紡がれる。


「応召しまして直ちに往診。穴持たず84、医療班のヤスミンです。
 砲撃よる負傷者多数とお聞きしましたが、どなたか状況説明を」
「ああ、こっちです! 怪我した奴はみんなマンションの中に集めてます」

 私の隣から543番がその女の方に向けて慌てて屋台を出てゆく。
 見やれば、その女の隣にはあのダンディな声の愉悦部員らしきヒグマもいた。
 女の視線が、私たちの方に向く。


「……あら、グリズリーマザーさん。そちらで食事をしている方々は」
「ええと……、マイケルにベルモンドっていう新参のヒグマでね。アタシと一緒に帝国の中を見て回っていたんだけど。
 その途中で、艦娘とかいうのが暴れてる現場に出会って、鎮圧を手伝ったら歓待を受けてるという具合なのさ」

 グリズリーマザーの言葉で私たちに歩み寄ってきた女の視線は、冷徹なものだった。
 テラス席で固まっているヒグマたちを目で舐めて、尻を叩くように声を投げる。

「そんな宴席は後回しにしてください。仮にもヒグマ帝国で暮らしている身なのですから、互助の精神を忘れてもらっては困ります。
 席を設けたあなたがたもですよ。まずは全員の治療を終えてからにしましょう」
「はっ、はい……!」


 女の言葉に、今まで私たちをもてなしていた543番を始めとしたヒグマたちが恐縮して頭を下げる。
 ずんずんとマンションの方へ進むそのヤスミンというヒグマに、私たちは否応なくついてゆく羽目になった。愉悦部員扮する例のヒグマは、私たちの方を気にしながらも、なぜかそいつの隣を歩いていた。


「……なんだあいつ……本当にヒグマなのかよ……」
「智子さんもそう思ったかい。体毛も顔も確かにヒグマだが、プロポーションがあまりにも人間的だ」


 その女の背を見ながら呟いた言葉に、ロビンが返してくる。

 ヤスミンという女は、真っ白なナース服の帯に、包帯やテープなど大量の道具を通していた。
 しかもそれは、脇の開いた貫頭衣みたいな簡便なデザインで、露出している腋や腰元が、誘ってんのかコノヤロウという状況になっている。
 シルエットだけ見れば、雑誌のモデルに出てるクソビッチのような体躯をしているにも関わらず、よくよく見ればそいつは確かにヒグマだった。
 全身は濃い毛皮に覆われている。
 よく見れば乳のふくらみが胸だけじゃなくて、合わせて6つもある。
 手は人間と全く同じように長い指を持っていたが、その爪は鋭いヒグマのものだ。
 足もはだしで鉤爪が顕わになっている。
 顔を見れば、牙も目立たず顎も出てないものの一発で熊であるし。


「……ヤスミンちゃんは、あの、シーナーさんってヒグマの下で働いているお医者さんなのさ。
 前にマスターたちも見た通り、シーナーさんは方々飛び回ってて忙しいから、大体、いつも医療班にいるのは彼女みたいだよ。
 アタシも、旦那に連れられて面通ししたのは、ヤスミンちゃんだった」
「……ふぅん、あのヒグマ直属の部下……。そりゃぁ、同じくらい危険な相手と見て良さそうだな」
「厳格さでは似たり寄ったりかねぇ……。あぁ、彼女に会う前にマスターを連れ出したかったところだけど……」
「先程から、私のことをダシにこそこそと推測でお話しするのはやめていただけませんか」


911 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:18:08 dg292NTA0

 聞こえていた。
 グリズリーマザーとロビンが、振り向いた女の無表情な視線に射すくめられる。
 彼女はツカツカとこちらに歩み寄り、二人に向けて鋭く言葉を飛ばした。


「私は『自分の骨格を変形させる能力』を有しています。この体形は上肢を有効活用し発語を明瞭にする上で最も有効なのです。
 穴持たず1、デビルさんに通ずる由緒ある能力です。私は決して人間ではありませんのでご安心を。
 あと、シーナーさんも私も厳格ではありませんよ。ちゃんとユーモアを解し、患者さんに親身に接することくらいできます。ご安心を」


 セリフが長い。
 一個一個、先程の会話の全てに訂正事項を加えてくるその性格が厳格じゃなくてなんだというのか。
 彼女は二人の激しい頷きで踵を返し、目的の部屋へ入ってゆく。


「医療班のヤスミンです。負傷者は何名ですか?」
「は、はい、ええと、12頭です――!」
「痛ぇー! 痛ぇよぉ! 俺を早く手当てしてくれぇ!!」


 ヒグママンションの大きな一室に、さっきのビスマルクとかいう女の攻撃で怪我をしたヒグマが押し込められていた。
 呻き声を上げるヒグマたちの中から、一頭がヤスミンの姿を見つけるや否や飛びついてくる。
 一方の彼女は涼しい顔で、そのヒグマの動きを半ば無視しながら、通りすがるヒグマに次々と色テープを貼っていく。

「歩ける方――、緑。緑。緑。緑。あなたも緑。全員裂傷か挫創ですね? 出血も止まりかけ。創面を洗って、開かないように押さえて待機しておいて下さい」
「おい、俺から手当てしてくれよ! 頭切れてるんだよぉ! 超痛ぇんだっての!!」
「静かにしてください。他の方の心音や呼吸音が聞き取れません」
「まだ血が出てんだよふざけんなっ!! 寝てる奴らなんか後回しにしろよっ!!」

 ヤスミンに纏わりついていたヒグマが、ついに彼女の襟元を掴んで揺さぶり始めた。
 確かに、そのヒグマは額を怪我している。
 だがどう見ても、痛がって騒いでいられるだけ、大した怪我ではない。
 体格差で圧倒的に劣るヤスミンを振り回していい気になっていたそのヒグマの声は、しかし次の瞬間ぷつりと途切れる。


「――静かにしてくださいと、言ったはずですが」


 ヤスミンの長い左脚が、信じられない動きで伸びていた。
 その足の指先が腰元の包帯を掴み、彼女の体を掴むヒグマの首筋を一回りする。
 そのまま彼女の脚はその首の横に絡み、ぎりぎりと包帯でそのヒグマの首を絞めている。


「シーナー先生もおりませんし、麻酔は持ってきておりません。
 ……鬱血しても出血は増えませんね。もう止まりかけですから。暫く安静にしていてください」


 淡々と言って、彼女はそいつの額の傷口に緑のテープを貼って止めた。
 脚を首から外されたそのヒグマは、白目を剥いて地に落ちていた。


「骨折――。黄色です。あとで整復しますので少々お待ちください。黄色、黄色――」
「ヤ、ヤスミン先生、こっちのやつら、まともに砲撃食らっちまって、黒こげなんだよ――、どうにかしてやってくれ!!」


 黄色いテープを貼られたヒグマが指さす部屋の片隅には、爆発か何かで焼けただれたかのような、真っ黒な肉塊が4体、床に寝かされていた。
 私の鼻にも、肉と皮の焼けた嫌な臭いが届いてくる。ヒグマの鼻にならばなおのこときついものだろう。


「――心音、呼吸音。瞳孔反射は――。……ありませんね。黒、黒、黒――。
 この方だけ、息があります。赤。キレイさん、この場で処置を始めますので助手をお願いします。
 治癒魔術の能力をお持ちなのですよね? アテにさせていただきますよ」
「ああ……。承知した」


912 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:18:55 dg292NTA0

 ヤスミンと、キレイと呼ばれた例のヒグマは、黒こげになったヒグマの内3体を、死体と見て脇に移し、まだ生きているらしい残りの一体の治療に取り掛かっていた。

「Ⅲ度熱傷が18%、Ⅱ度熱傷27%。重症熱傷。気道内熱傷はありません。キレイさんは呼吸管理と補液を願います。魔術で状態維持をしてくださっている間に処置を行ないます」
「了解した」
「――セクティオ(切開)!」

 ヤスミンはてきぱきと愉悦部員に指示を出し、即座に、焼け焦げたヒグマの背中や太腿を鉤爪で引き裂いていた。
 中から、張れて真っ赤になった組織が溢れるように盛り上がってくる。

「減張切開からデブリドマンを行ないます。炭化部のみの最小範囲にて行ない、『ヒグマ体毛包帯』で被覆します」

 言いながら、ヤスミンはその爪で見る間に焦げた毛皮を全て削ぎ落とし、白かったり赤かったりする皮下の組織を、まとめて茶色い繊維でできた包帯で巻き始めた。
 余りに速い処置スピードに、キレイという愉悦部員は目を白黒させている。


「処置終了です。キレイさんは引き続き体液管理をお願いいたします」
「Ⅲ度熱傷なら――、もっと壊死組織はちゃんと除去して、植皮をすべきではないのか?」
「完全にデブリドマンしてしまうと、生存していた皮膚細胞までもを取り除き、却って感染と状態悪化を惹起しかねません。
 また、『ヒグマ体毛包帯』は、我々ヒグマの体毛で織られたもので、HIGUMA細胞を含んでいるため植皮の代わりにもなります。
 乾燥したミズゴケを吸水剤として浸出液をドレナージするよう、二重に巻いておりますので、ご安心を」


 ヤスミンはそのセリフを、他の怪我したヒグマの方に向かいながら喋っていた。
 そして、黄色いテープを貼った骨折のヒグマたちをすぐさま診察し、その折れた骨を元通りに繋ぎ始めている。


「大腿骨骨幹部骨折。髄内釘でもいいのですが、徒手整復から創外固定を行ないます」
「グワーッ!?」
「モンテッジア脱臼骨折。脱臼橈骨頭の整復と、尺骨骨幹部の整復固定を行ないます」
「グワーッ!?」
「脛骨及び腓骨開放骨折。血管縫合を行なったのち、骨折部の牽引整復を行ないます」
「グワーッ!?」


 瞬く間に治療は完了してゆく。患者であるヒグマたちの苦痛もほとんど一瞬だった。
 いわんや、ただの切り傷やなんかだった緑色のテープのヒグマたちの治療など、ほとんど私が意識する間もなく終了していた。
 部屋の入り口まで押しかけていた地底湖にいたヒグマたちが、やんやの喝采をヤスミンに送る。
 しかし、彼女の表情は険しいものだった。


「……あなたがた。よくもまあ、こんな重傷者を捨て置いて、平気で宴席などを設けていられましたね。
 私が来る前から、あなたがたがこの方々の火傷を冷やしてやるなり水を飲ませてやるなりしておけば、3名もの死者がでることはなかったのかもしれないのですよ!?
 ……ご遺体のお名前か番号を、どなたかご存知ですか」
「え、えと……、穴持たず229と、361と、あと……、誰だっけ、あれ……?」


 部屋の前でうろたえるヒグマたちを叱責していたヤスミンは、その肩を震わせて溜息をつく。
 碌に仲間のことも把握していない同胞に、呆れを通り越して失望してしまったかのようだった。


「……そもそも『艦これ』とかいう得体の知れないものにあなたがたが現を抜かしているからこのような事態が起きたのです。
 猛省しなさい。ビスマルクとかいう娘ではなく、あなたがたが彼らを殺したのだと弁えなさい、馬鹿者!!」
「え、そ、そんなぁ。そんなわけないじゃないですかヤスミン先生」
「そうだよ」
「そうだよ、俺たちの責任じゃないよ」
「つーか、先生が来るの遅かったからじゃね?」


 部屋の前にたむろしていたヒグマたちはしかし、ヤスミンの言葉に反省するどころか、むしろ今にもヤスミンを批難しようとしかねない雰囲気になっていた。
 ヤスミンの瞼が怒りにひくつく。
 部屋の空気が緊張に張り裂けそうになった瞬間、両者の間に立ちはだかったグリズリーマザーが場を制するように声を上げていた。


913 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:19:29 dg292NTA0

「まーまーまーまー!! こんだけの仲間が助かったのは素晴らしいことじゃないか! ヤスミン先生の腕は本当に確かさ!!
 ねぇ、これでようやく後腐れなく宴会の続きを開けるってもんさ! そうだろ!?」
「うおおおおおお、やったぁ宴会だぁ!!」
「っしゃ、先生も誘って快癒会だぁ!!」


 グリズリーマザーの言葉で、ヒグマたちの大部分は再び活気を取り戻し、先程まで部屋にいた軽傷のヒグマたちを引き連れてマンションの外へ飛び出していった。
 彼らを背後にして、グリズリーマザーは焦ったような笑みでヤスミンに語り掛ける。

「……ヤスミンちゃん、いくらなんでもアレはキツ過ぎるよ……。艦これ勢の対応が悪かったのは確かだけどさ。
 モノには言いようってもんがあるじゃない? 言葉一つで他者の対応なんてすぐに変わっちまうよ」
「……あなたみたいに甘やかしていては、彼らの頭のおかしさは一向に改善しません。
 このマンションにも、建国当初から身を削って尽くしてきた者がいるというのに、どうして近隣の方々があのようになったのやら……」

 囁くように苦い言葉を吐き合った彼女たちの元に、ばたばたと足音を立てて、さっきの穴持たず543番が駆け込んでくる。


「グ、グリズリーマザーさぁん! あいつら、宴会のご馳走用にハニーさん駆り出そうってしてるんですけど、いいんですかね……、これ!?」
「えぇ!? ハニーちゃん、今ふせってるんだろ!?」
「駄目に決まっています!! 彼女の能力の破綻は、私たち医療班でも処置できなかったというのに!!」
「元からヒグマ提督の一派の価値観って何かおかしいんですよ色々もぉ!!!」


 543番に連れられて、グリズリーマザーとヤスミンは、私やロビンのことを放って、脇目も振らずに駆け出して行った。
 一体何が起こったというのだろうか。

「少年、少女よ……。無事だったようで何よりだ」
「どぅおぅ!?」
「あのときのおじさんですよね。あなたこそ、人食いを強制されていたのに何事もなかったようで」

 完全に意識の外から、ダンディな男の声が耳元に吹き付けた。
 色気もへったくれもない叫びを上げて私は驚きに転げる。対してロビンは最初から分かっていたかのように、その愉悦部員の言葉ににこやかに応じていた。
 ヒグマへの治療を切り上げたその男は、尻餅までついてしまった私に手を差し伸べて助け起こし、間近で私を見つめて語り掛けてくる。


「単刀直入に言うぞ。少女よ、あのサーヴァントを連れてここから共に逃げよう。私はこの数時間で十分にこの帝国の中を見聞した。
 ここにいては危険すぎる。まずは少年ともども地上で残りの参加者を集め、早急に脱出のための策を練ろう」
「え、サ、サーヴァ……ント?」
「ちょっと待っておじさん。僕は少年じゃなくてクリストファー・ロビン。そっちのお嬢さんは黒木智子さんです。
 僕もだいたい中は見れたと思うから戻るのはいいんですけど。今急に出ていくのは不自然すぎやしません?」
「うむ……、そうだな。とりあえず、サーヴァントの後を追おう。行くぞ!」
「えっ、ちょっ、まっ……!」


 おじさんとロビンは、私を蚊帳の外にして話を進めるや、私の手をそれぞれが掴んで走り始めていた。

 両手に華だ。ヒグマの格好だけれど。
 男の人に手を繋いでエスコートしてもらうなんて初めての事じゃないだろうか。

 そんな考えにぽやぽやと浸りながら、私は廊下の先を走る、青い毛の大きな背中を見つめていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


914 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:20:16 dg292NTA0

「ハニーちゃんかい……! 話にゃ聞いてたけどあんた、大丈夫なのかい……!?」
「いえ……あまり。えへへ、もう体がぶっ壊れてまして。蜜も、これで最後ですよ」

 グリズリーマザーの声に、ガリガリにやせ細った一頭のヒグマがかすれた声で答えていた。
 マンションの地階でフロアの隅に腰掛けるそのヒグマの腹はしかし、その手足とは対照的にぱんぱんに膨らんでいる。
 風船のように膨らんだそれは、金色の液体を中に透かして光っていた。

 ――腹の中に、大量の糖蜜を蓄えているんだ。

 その蜜のヒグマを取り囲んでいる艦これ勢の一体が、動けないそいつに向けて、やってきた私達のことを紹介している。

「こちらは、一帯の同胞を守ってくれた、マイケルさんに、ベルモンドさん。あと、灰熊飯店のグリズリーマザーさんだ。
 そのお礼にもてなしてやろうと思ってな。あんたに頼るのは自重してたが、いいか?」
「では灰色熊さんの夢は、ついに叶ったのですね……。もちろん、構いません。
 キングさんと灰色熊さんと、なんとか仲間の食を守ってきましたけど、ようやく、私もこのお仕事から解放されるのですね……」

 膨らみすぎた腹に胸が圧迫されているのか、ハニーというヒグマの声は、とても苦しそうだった。
 だがそいつの表情は『灰熊飯店』という単語を聞いた瞬間にパッと明るくなった。
 そこへ、ヒグマたちが次々と壷や容器を運び込んでくる。

「……一体、何をするつもりなんだきみたちは」
「見て分かるだろ? ハニーから蜜を貰うんだ」
「……ええ。もういいですよ直接採ってもらって……。私はもう用済みですから」

 突然の事態にいぶかしむロビンの疑問をよそに、ヒグマたちは、ハニーの張り詰めた腹を、次々とその爪で突き破り始める。
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。


「――ああ」


 勢い良く、毛皮に開いた穴から金色の蜜が溢れ出て、壷の中に次々と移し替えられてゆく。
 グリズリーマザーが、私の元に飛んできて、私を守るように掻き抱いていた。
 ロビンとおじさん、それに543番のヒグマは、その光景を呆然と見つめている。
 84番のヤスミンは、ただただ牙を噛み締めて俯いているだけだった。


 穴持たず82、ハニーは、食べたもののエネルギーを蜜にして体内に蓄える能力を持っていた。
 次々と生まれてくる同胞達を養うために、彼女はこの地で、同胞の餌を供給する機械としてこの場所に存在していた。
 穴持たず204、キングが生まれ、食糧生産がかろうじて軌道に乗った以降でも、増え続ける同胞の数は彼女の身に降りかかる負担を減らしはしなかった。
 そしてつい最近、とうとう彼女の機能は壊れた。
 もう、食餌は機能の廃絶された消化管に届かず、蜜に変換されることもない――。

 そう、私のそばで、半分が白くて半分が黒いヒグマが説明する。
 存在意義の終わった彼女は、粛々と最後の蜜を搾り出し、枯れ枝のようになってしまった体で私達の元へ這ってきた。
 そしてグリズリーマザーを見上げて、彼女は目を輝かせて言う。


「――さぁ、女将さん。あとは私をシメて、料理にしてこの方々に振舞ってあげてください」
「はぁ!? あんた、何を言ってるんだいハニーちゃん!!」
「私の生きた意味とお仕事は、これで完結です。グリズリーマザーさん。あとは、皆さんのお食事を、よろしくお願いしますね」
「ハニー!! あなた……ッ!!」
「ヤスミンちゃん、今までありがとうね。こんな素晴らしい方たちが生まれたなら、帝国はもう、安泰だもの……。後は、任せたよ」


 ハニーというヒグマは、グリズリーマザーたちが何か答える暇も与えず、即座に自分の腹を傷口から真横に掻っ捌いていた。
 黄金の蜜ではなく、赤黒い内臓が、どろどろと彼女の腹から零れ落ちる。
 彼女は崩れ落ちながら、グリズリーマザーに縋り付く。

「ほら……、早く、止めを刺してください……。美味しく、なくなっちゃいますよ……」
「くぅっ……!! 『活締めする母の爪』……!!」


 グリズリーマザーの爪が、一瞬煌めいたように見えた。
 そしてその爪がハニーの首筋を撫でた次の瞬間には、ふっと火が消えるように、そのヒグマの命は消え去っていた。


【穴持たず82(ハニー) 死亡】


915 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:20:52 dg292NTA0

 私は、目の前で繰り広げられた想像を絶する光景に、暫く動けないでいた。
 体が震えているのがわかる。
 それは、私を抱えるグリズリーマザーの震えだった。
 その私たちの耳に、乱痴気に陥ったかのようなヒグマたちの歓声が響いてくる。


「やあぁったぜ! 久々の肉だ肉! 女将さん、ちゃっちゃと料理してくれよ!!」
「ヒャッハー!! 蜜と肉だー! 浴びるほどあるぜー!!」
「これでこそ宴会だよなぁ!! ぜかましの進水式でももっと喰っときゃ良かったぜぇ!!」
「おいぃ、どうせ肉喰うなら解体場漁って来ようぜぇ!! 200体解体した余りどうせまだあんだろ!?」
「あ、あのビスマルクに殺されたやつらも持って来ようぜ!!」


 目先の事しか考えていないらしい、モヒカンか蛮族のような、頭の悪そうな叫び声がフロアを飛び交う。
 実際に壺の蜜を頭から浴びるバカもいた。
 その仲間を舐めて齧り始めるアホもいた。
 うちのクラスにいるバカ男子どもと比べてどちらがより頭が悪いだろうか?
 比べることすら頭悪いように思える、馬鹿馬鹿しい問題だ。

 眠るように死んでいる、ハニーという痩せこけたヒグマが目に映る。
 今ある食料はいずれは消える。
 それを、毎日毎日新たに増やしていけるように、このヒグマは尽力していたのかも知れない。
 『今日よりも明日なんじゃ』と、そんなセリフが聞こえてきそうな死に顔だった。


「――おい、キミたちは、自分たちのことを想ってその身を捧げてくれた森の仲間に、感謝も弔いもないのか……?」


 ふとその時、私のすぐ傍から、低く押し殺した黒煙のような声が辺りを押し包んでいた。
 声と共にゆっくりとヒグマたちのもとに歩み出たのは、ピンクの着ぐるみ姿のロビンだった。


「この帝国の技術は素晴らしかった。建築も、設備も、食物も、医療も、指導者たちが心血を注いで培ってきた賜物なのだろう。
 ――だがどうだ。それを享受するばかりのキミたちは、礼節はおろか一生物としての節度も情念も持ち合わせていないのか――ッ!!」


 少しの間とはいえ一緒にいた私が聞いたこともないような、ロビンの怒りの声だった。
 爆発するようなその言葉に、艦これ勢のヒグマたちの大部分はたじろぐ。
 だがしかし、そんな中からも、へらへらした笑いを浮かべたままロビンに近づいてくるヤツがいる。

「まぁまぁマイケルさん、そんな怒んなくていいじゃないですか。力のあるやつが評価されて、役立たずはその踏み台になる。当然の事でしょう?」
「キミたちは、そんな振る舞いをする自分たちが高い評価をされていると思っているのか!?
 ――離せ!! その薄汚い手を離せ!!」

 そのヒグマに掴まれた腕を、ロビンは無理矢理振りほどいていた。
 ビリッ――。
 と、なんだかとても嫌な予感のする音が鳴っていた。


「この僕が教導してやる!! キミたちのような愚かな民衆は、やはり僕が王として導いてやらねば済まないようだな!!」
「――人間?」


916 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:21:32 dg292NTA0

 ロビンが高々と振りあげた腕に、その時、その場にいたヒグマたち全ての視線が集まっていた。
 そこには、細くとも逞しい筋肉に包まれた、人間の少年の腕がある。
 ロビンの着ぐるみは、破れていた。
 千切れたピンクの袖を掴むヒグマが、ロビンを指して叫んでくる。


「人間だぁッ!! 俺たちを騙して、ヒグマ帝国を滅ぼそうとしていたんだぁッ!!」
「なっ――!? それは違う!!」
「ボクたちの食べものを食い尽くして、飢え死にさせようとしてたに違いないよぉっ!!」
「マジか!」
「マジだ!」
「そうに違いねぇ!!」


 反駁するロビンの声を喰うように、私たちにハニーの解説をしていた、半分が黒くて半分が白い変なヒグマが叫ぶ。
 それにつられるように、ヒグマたちの間に次々と殺気が連鎖していく。


 私はそこでふと場違いに、奇妙な違和感に気付いた。
 私は普段からアニメも漫画もラノベもたっぷり読んでるし、キャラの見分けやCV当てなんてお手の物だ。
 その私の鍛え抜いた目と耳が、私の意識に関係なく語っている。

 ――この艦これ勢と呼ばれるヒグマたちが集団的にアホな行動に走る時は、必ずこの二体のヒグマが、真っ先にアクションを起こしていた。

『ほら、遠慮なく喰ってくれ! 俺たちの感謝の気持ちだ』
『つーか、先生が来るの遅かったからじゃね?』
『こちらは、一帯の同胞を守ってくれた、マイケルさんに、ベルモンドさん。あと、灰熊飯店のグリズリーマザーさんだ。
 そのお礼にもてなしてやろうと思ってな。あんたに頼るのは自重してたが、いいか?』
『やあぁったぜ! 久々の肉だ肉! 女将さん、ちゃっちゃと料理してくれよ!!』

 このセリフを言っていたのは全て、今目の前でロビンの袖をちぎり、うろたえた『演技』をしているヒグマの声だ。
 そして、それに合わせるように不気味な笑みで追従する小さな白黒のヒグマは、一度聞いたら忘れられない程に耳に残る、大御所声優の大山○ぶ代さん似の声をしている。


 ――私たちは、嵌められていた!? いつから!?


「あなたがた、少しは落ち着きなさい!! 先程まではあれほど祭り上げていたのでしょう!!
 敵愾心を抱くのはマイケルさんの話を聞いてからにしなさい!!」
「あのヤスミンもグルなんだ!! わざと遅く来て俺たちの仲間を見殺しにしたんだ!!」
「はぁ――!?」
「うおおおっ!! そうだっ、こいつらはヒグマの敵だっ!!」
「やっちまえっ!!」


 ヤスミンの制止を聞かないどころか、彼女までをも敵に認定して、ヒグマたちはフロアの隅の私たちに向けて襲い掛かっていた。

「ひっ――」

 恐怖に身がすくむ。
 ヒグマ帝国への階段は、広いフロアの遥か先だ。
 その視界を埋めるように、怒涛のようなヒグマの爪だけがスローモーションで降ってくる。
 その時、私を抱えていた暖かなグリズリーマザーの体が、するりと前に動いていた。


「――大丈夫さマスター。サーヴァントのアタシを信じな」


 青く大きな背中の片隅で、その爪が微かに煌めいた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


917 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:22:56 dg292NTA0

「『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』!!」

 怒号と共に、地下の空間を幾筋もの光芒が切り裂いていた。
 目に焼き付くようなその煌めきは、グリズリーマザーが縦横に振り抜いた爪の軌跡だった。
 私たちに向けて襲い掛かっていた十数頭のヒグマは、それで次々と地に倒れ伏し、白目を剥いて動かなくなる。
 死んでいた。

 グリズリーマザーは、フロアの奥にまだまだわんさかいるヒグマたちに向けて爪を構えながら啖呵を切る。


「――さぁ。下拵えされたいやつはかかってきな。身の程も弁えずにマスターを傷つけようとするなら、アタシだって容赦はしない!!」
「……ゲームボーイ版のテキストか、その能力――」


 2000年に発売されたゲームボーイカラー専用ソフトの遊戯王にも、グリズリーマザーは登場していた。
 懐かしのクソゲー扱いされていたそのソフトでは、グリズリーマザーを始め多くの効果モンスターの効果を再現できなかったらしく、グリズリーマザーも単なる通常モンスターの一体という扱いだった。
 しかしその代わり、彼女のテキスト欄には、この上なく妄想を掻き立てる一文が書かれていた。

『かぎづめで相手の喉元を攻撃する 命は5秒も持たない』

 今のグリズリーマザーの攻撃は、まさにそれだった。
 彼女の鉤爪に触れたヒグマたちは、ほとんど傷もついていないのに、瞬く間に絶命する。
 テキストの文が昇華され形を持ったような、呪いのような能力だった。


「――それがサーヴァントの『宝具』だよ、マスター黒木智子。きみはこのヒグマの島における聖杯戦争に選ばれたのだ」


 語ったのは、あのダンディな声の愉悦部員のヒグマだった。
 サーヴァント、マスター、聖杯戦争。
 あるアニメで聞き覚えのある単語が、ぐるぐると頭で渦を巻く。
 そう。
 そんなこと言ったら、私はあんたの声だって実際聞き覚えあるんだよ――!


「やっぱりあいつらは帝国の、ヒグマの敵だぁ!! 女将も、マイケルも、ヤスミンも、あいつら纏めてやっちまええっ!!」
「愚か者たちめ!! 僕の投球の腕を忘れたのか!! 『オウルボール』!!」


 叫ぶヒグマたちに向けて、ロビンは手榴弾をデイパックから取り出し、その剛腕で勢いよく投げつける。
 蛇のように左右へ振れるその異様な投球は弾道上のヒグマたちを薙ぎ倒し、フロアの奥で大爆発を起こしていた。


「さぁ、今だ智子さん! バレてしまった以上、ここは一旦地上に逃げるしかない!!」
「黒木智子のサーヴァントよ。あの移動屋台を使わせてもらうぞ!!」
「えぇえぇ、もうそうするしかないでしょうよ……! ヤスミンちゃん、あんたも来なさい!!」
「は、わた、私はこの状況をどうにか収拾しなくては……!!」
「こんな酔狂なヒグマ何百体もヤスミンちゃんだけで纏められるもんかい!!」


 そんな調子で、私たち5人、もとい3人と2頭は手を取り合い、崩れたヒグマたちの群れを全速力で掻き分け、マンション前の広場まで出てきていた。
 未だその場に残るグリズリーマザーの屋台バスに急いで乗り込み、そのドアを閉める。


「アタシの工房までくればまずは安心だ! マスター、それにあんたたち、すぐに首をこっちに出して! この際だから首輪を『シメ』ておくよ!」
「私は参加者ではないのでその必要は無用だ。ロビンくんと智子くんだけでいい」
「あいよ!」

 グリズリーマザーは言うや否や宝具の真名を解放し、私とロビンの首輪を着ぐるみごと切り裂いていた。
 即死の呪いを受けた首輪は、容易く砕けて地に落ちる。
 そのままグリズリーマザーは屋台のエンジンをかけ、マンションから這い出てくるヒグマたちを振り切るようにヒグマ帝国の道なき道を爆走し始めた。


「帝国の散策中に、カーペンターズの面々から津波が来たらしい地上の水位が低い位置を教えてもらっておいた。
 北方に向かってくれ。製材工場の地下を、先程のロビンの爆弾で崩して上がろう」


 ダンディな声の男は、そう語りながら悠然とヒグマの着ぐるみを脱いでいた。
 そこから現れる襟足の長い黒髪。
 漆黒のカソック。十字架の付いたネックレス。
 神父の出で立ちをしたその男の名を、私は知っていた。


918 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:23:27 dg292NTA0

「――や、やっぱり、言峰綺礼〜〜ッ!!」
「……何? 私を知っているのか、黒木智子」
「し、知ってるも何も、あんたアニメのキャラじゃ……しかも全盛期の4次峰……!」

 初めて出会った時も、『あれ? 慢心王かな?』とか『あれ? 真ヒロインかな?』とか薄々近くのキャラに思うところはあったのだ。
 しかし、何しろ思考のぐちゃぐちゃしていた時だったし、幻覚を使うヒグマが出てきたりして有耶無耶になっていたのだ。
 だが、面と向かって見てしまってはもう間違いない。
 こいつは優秀な教会の代行者でありマジカル☆八極拳使いの、感性と味覚が破綻した正真正銘の愉悦部所属の求道者だ。

 言峰は私の言動に溜息をついて、私の肩を叩く。

「……まぁ、どうやら私たちは異なる世界から連れられてきている例もあるようなのでね。
 もしかすると私がアニメに出ていたり、ラーメン屋を営んでいたりする世界もあるのだろう。何にせよそれは些末なことだ。むしろ第4次聖杯戦争のことを知っているなら話が早い」
「それに、もう着いたみたいだよ智子さん。綺礼さんと言いましたっけ? ここで良いんですね!?」
「ああ、頼む!」
「『バウンドボール』!!」


 まだ増築途中らしい、人気のないヒグマ帝国の端の洞穴に、屋台の窓からロビンが手榴弾を投げつけていた。
 一度バウンドした際にピンの外れた爆弾は、天上に着弾した時にどんぴしゃりと爆発する。
 がらがらと崩落して地上への穴ができてしまったその様子に、先程から愕然としっぱなしのヤスミンがいよいよ絶望的な表情で口を開いていた。


「ああ……ヤエサワたちが慎重に掘っていた区画なのに……」
「ヤスミンちゃん、しんみりしてる場合じゃないよ。屋台を引き上げるから、その包帯、外の森に掛けておくれよ」
「ちょっと待って下さい先程から! あなたは参加者たちと繋がっていたのですか!?
 元々外様ですからある程度仕方のないことだとは思いますが、誤解をといてあの一帯のヒグマに釈明をしなくてはいけませんよグリズリーマザーさん!! 正当防衛とはいえ多数の同胞を殺害してしまったのも事実なのですから!!
 あなたがたもです! ヒグマ帝国の上層部は、そこまで無条件に人間を見敵必殺するような組織ではありません。今からでも遅くありませんから、事情を説明しに戻りましょう!!」


 ヤスミンが訴えた言葉に返るのは、一様に眉を顰めて押し黙る、2人と1頭の視線だけだった。
 ロビンや言峰が、うろたえる彼女を口々に諭しにかかる。

「きみは、さっきのヒグマたちの様子を見ても、まだ弁明ができると思っているのかい?
 僕たちのみならず、きみも排斥するように仕向けられていたじゃないか」
「……やはり、内部抗争の種が何者かに仕掛けられていたのかも知れない。
 帝国の上層部は、きみのように少しは話の通じる連中もいるのかも知れないが、統治の行き届かない民衆など、あんなものなのだろう。すぐに踊らされる」
「くぅ……。地上の実験にはなるべく干渉しないよう、イソマ様に言われていますのに……」

 口元に手を当てて俯くヤスミンも、頭ではロビンたちの言うことを解ってはいるようだった。
 歯噛みして顔を上げた彼女は、今度は私たちに周りを囲まれていることも無視するような強い口調で詰問してくる。


「わかりました。グリズリーマザー、マイケル・ロビン、言峰キレイ、黒木ベルモンド智子。
 あなたがたの真の目的は一体何なのですか? 私も、今が非常事態だということくらい解っています。
 回答によっては協力もしますし、この場であなたがた4名を殺害もします。ただし、協力する場合も、私は対価としてヒグマ帝国の保護を要請します」
「アタシはマスターを守ることさ。勿論ヒグマ帝国も、第二の故郷として放っておけないよ」
「クリストファー・ロビンだ。僕は王として、あの哀れな衆愚制に陥った民衆を守り導いてやろうと思う」
「私は脱出できるなら何でもしよう。ここにあるはずの聖杯を確保できるならば、それに越したことはないが」


 私以外の3名は、その質問に淀みなく答えていた。
 全員の視線が、残る私に注がれる。
 私は、急に現実感をもって突き付けられたその質問に、あいまいに引き攣った笑みを浮かべて震えることしかできなかった。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


919 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:24:08 dg292NTA0

 ――ここからの脱出?
 そりゃあ、ヒグマなんて恐ろしいやつらに、もうこれ以上直面したくはない。
 それでも、またあのつまらなく、モテない、それどころか他人とまともに会話すら出来ない日常に戻るのかと思うと、背筋が凍る。
 ――じゃあ、死ぬか……?
 もう、何にもできない、将来も見えない自分にはほとほと嫌気がさす。
 でも、目の前で人が実際に喰われて死ぬ、あんな現場を見てしまったら、死ぬのも嫌だ。
 チビ星人や島田にクラスが襲われればいいなんて軽薄に思ってしまった自分を呪い殺したい。
 でも呪い殺されるのも嫌だ。
 こんな風に堂々巡りの思考に陥って、結局何にも行動できない自分が嫌だ。

 私には、私には何の、目的も、価値もない――。


「……マスター。あんたは、掛け替えのない人間なんだ。いつまでも卑屈になって、うわべを取り繕って他人に合わせようなんて考えなくて良いんだよ」


 その時ふと、青くて柔らかな暖かい毛並みが、私の体を包み込んでいた。
 グリズリーマザーが、本当に母親のように愛おしそうな声で、私を抱いて、頭を撫でてくれていた。
 私の母さんがこんな風にやってくれたのは、一体どれほど昔のことだっただろうか。
 そう。
 小学校時代の、何にも飾らず、飾る方法も知らなかった当時の私は、誰とも普通に接せていたはずなんだ――。


「僕も、智子さんには居てもらわないと困ります」
「――え?」
「ロビン王朝を打ち建てるにあたって、それを見届けてくれる方がいなくては話になりませんから。
 特に、今いる中では、智子さんは僕と最も長く一緒にいてくれている人ですし」
「い、い、一緒って、そんな――」

 私に麻婆をぶつけてきたクソガキの口から、そんな天然ジゴロを思わせるセリフが平然と出てきやがった。
 グリズリーマザーの毛皮に赤面を隠そうとした私の手が、そこでガシリと掴まれる。

「――それに。私にとっても、きみは大切な人間なのだ」
「た、た、大切な!?」
「よく自分の手を見てみろ。聖杯戦争を知っているなら、わかるはずだ。
 そこにいる大自然の英霊をサーヴァントとして従え、このヒグマの島の聖杯戦争を勝ち抜くよう、きみは選ばれたのだ――」
「はえ?」

 ダンディな愉悦神父が、真っ直ぐな眼差しで私の右手を取っていた。
 その手の甲には、黒く染めつけられたかのように、3画の文様が描かれている。
 大地を思わせる水平線から、天地に向けて樹木の枝や根のように張り出した大きな1画。
 そしてその左右に果実のように下がる、小さな円をかたどった2画。
 パッと見、漢字の『喪』のようにも見えなくない。


「これ、『令呪』――」
「そうだ。これこそ、黒木智子という少女が、正式なマスターとして聖杯に選ばれた証に他ならない。
 さぁ、意識を集中して自分のサーヴァントを見てみろ。きみは恵まれている。
 なかなか他に類を見ない、実にハイレベルなサーヴァントだ!」

 言峰神父とグリズリーマザーが微笑む。
 グリズリーマザーの笑顔を真っ直ぐに見つめ返した瞬間、私の脳裏に、手に取るように彼女の情報が流れ込んできていた。


【クラス名】キャスター 【真名】グリズリーマザー 【マスター】黒木智子
【性別】女性 【属性】中立・善
【パラメーター】
筋力:B 耐久:B 敏捷:C 魔力:B 幸運:A 宝具:B+
【保持スキル】
陣地作成:B 道具作成:B 怪力:A 戦闘続行:A


「きゃ、キャスター!? このステータスでキャスター(魔術師)なの!?」
「元々、羆だという性質が活かされてのものだろう。……工房たるこの屋台を見るに、クラスとの適正を逸さないままにこれなのだから、凄まじい」

 グリズリーマザーは言峰神父の言葉と同時に一歩身を引き、私にその大きな体をどっしりと見せつけて笑いかけた。


「……急なことの連続で、ちゃんとした挨拶がまだだったね。
 この度はキャスターのサーヴァントして現界した、遊戯王カード界の優秀なリクルーターが一人、グリズリーマザーさ。
 ……あんたが、私のマスター。だろ、智子ちゃん?」
「あ、うあ……」


920 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:24:37 dg292NTA0

 ぞくぞくと背筋が興奮に震えていた。
 本当だ。
 本当に私は、Fateという架空世界のものだと思っていた聖杯の導きに、選ばれていたのだ。
 もうこの瞬間だけでも、私にとっては聖杯の奇跡に等しかった。

 アニメで、ゲームで、ノベルで見た、あのマスターたちのように、サーヴァントと触れ合い、二人で成長していけるのなら。
 こんなにも、ありのままの私が、何にも取り繕っていない私が認めてもらえるのなら。
 ヒグマに汚染された聖杯なんてどうでもいい。
 こうしてすごしていく過程で、私はあのアニメのキャラたちのように、モテるようになる私が欲しい――!


「やる! 私、グリズリーマザーと一緒に戦う! 絶対勝ち抜く! 生き残って、もっとモテる、私になるから!!」


 声が喉を突き抜けた。
 今までの人生を浴びて痙攣していたような声帯に、潤いとハリが戻ったように思った。
 私はグリズリーマザーの大きな手を取って、両手で強く握りしめていた。


「脱出、教導、生き残る――。良いでしょう。そもそも人間と我々が理由もなく対立するいわれはありませんから。
 彼ら艦これ勢を堕落せしめた黒幕の正体を掴み、ヒグマ帝国を護るまでの間、穴持たず84ヤスミン、あなたがたに同行いたします」

 外輪で私の反応を待っていたヤスミンは、その長台詞を吐きながらも即座に、腰元に携えた茶色い包帯を手に取っていた。

「ロビンさん、助手席側からの投擲をお願いいたします。投球技術には秀でているのですよね? アテにさせていただきますよ」
「子供だからと、なめないでもらおうか。さっきの穴から木に掛ければいいんだろう? 朝飯前だね」

 ヒグマの毛皮でできた長い包帯が、屋台の前方から2人の手で過たず地上に投げられ、森の木々に巻き付いて固定される。
 その手ごたえを両手で確かめながら、屋台のフロントガラスに踏ん張るヤスミンがこちらに顔を振り向けた。

「これで良いんでしょうグリズリーマザーさん! 引き上げてください!!」
「あいよ! ……それじゃあマスター。あとはあんたの出番だ。あんたはアタシに命令してくれさえすれば良い」
「自分のは温存して、私の預託令呪を使え。さぁ、きみにはもうわかっているだろう?」


 言峰神父が、私の手に右手を重ねた。
 グリズリーマザーが、力強く笑う。

 手の甲の文様が、赤く光る。
 魔術回路が励起するという、ちりちりとした初めての痛みを、私は恋しく享受した。
 言葉が出る。
 今まで憧れでしかなかったこんなセリフを、私は今、堂々と、高らかに叫べるのだ!!
 

「黒木智子の名の下に、令呪を以て私のキャスターに命ずる! 私たちを連れて、地上へ脱出せよ!!」
「ご注文、承りましたよマスター!!」


 グリズリーマザーから迸る魔力が屋台バスの全体を駆け巡り、排気筒から爆炎となって噴射される。
 猛スピードで回転する四駆の巨大なタイヤがウィリーのように屋台を傾がせ、一気に地上への10メートル近い高度を、包帯のガイドに沿って飛び立たせていた。


 真昼の地上を照らす太陽が、私たちを歓迎している。
 雄大な森林の前に聳える製材工場すら、私の門出を祝って敷地中に丸太を撒き散らしている。
 波に洗われたのか、大地は漂流物だったり汚泥だったり塩の結晶だったりで満ち溢れているけれど。
 達成感に満ちた今の私は、世界の全てに祝福されているようだった。

 これからは、自信を持って生きよう。
 人生、楽しいな――!


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


921 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:25:24 dg292NTA0

 グリズリーマザーと黒木智子が、着地した屋台の前方で手を取り合って喜びに跳ねまわっている最中、静かに彼女たちを見守るヤスミンを置いて、クリストファー・ロビンが言峰綺礼にひっそりと近寄っていた。
 そして彼は、何気ない調子で言峰に言葉を投げかける。


「――ずいぶんと人を乗せるのが上手いみたいですね、神父さん」
「……何を言っているのだ、ロビン少年」
「軽々しく『選ばれた』なんて言っちゃって。智子さんの手の模様、あなたがつけたんでしょう?
 僕たちが地下に降りた時にはありませんでしたもの」
「……」

 薄い微笑みを湛えて見上げてくるロビンの視線に、言峰綺礼は冷たい無表情で応じるだけだった。
 ロビンはその対応に不興を得るでもなく、つらつらと言葉を続けてゆく。

「あの地下で僕たちを嵌めたヤツらと同じ手口じゃないですか。今回はいい方向に動かしたとはいえ、僕はそういう、何もわからぬ子羊を煽動するようなやり方は好かないんですよ」
「……蛇の道を知るならば、その蛇を討つのは容易かろう。それに、私の目的を果たすためには、彼女にマスターとして覚醒してもらわねばならなかったのでな。多少強引な手もやむをえん」
「何言ってんですか。智子さんをいじった反応を見て、愉しんでたんでしょう? まぁ、智子さんは可愛いですから無理もないことだとは思いますけれどね」
「きみは私に喧嘩を売っているのかな?」

 おちょくるようなロビンの言動に、言峰綺礼はますます石のように固くなった口調を叩き付ける。
 氷のようなその語気も、ロビンは飄々と笑みで捌くのみである。


「いいえ別に。僕だって事を構えるべき優先順位は弁えているつもりです。あのヤスミンさんというヒグマも含めて、腰を据えて試合(ゲーム)進行の戦略を立てねばなりませんものね」

 ロビンはそのまま、カウンターの上でおもむろにデイパックの荷物を整理し始める。
 言峰綺礼はその中に新たに仕舞い込まれた物品を見て驚愕した。


「――貴様、それは、あのハニーとかいうヒグマの、蜜ではないか」
「ええ。どさくさに紛れて、壺一つ確保しておきました。なにせヒグマの蜜ですからね。栄養価も薬効も相当なものではないかと思いますよ。
 僕は森の仲間が命を賭して残してくれたものを無下に扱うことはしません。きちんと感謝と哀悼の念を以て頂きますとも」


 オーバーボディの下に隠していたらしいその小ぶりな壺は、金色に透き通る蜜で満たされている。
 微笑むその少年の余りのしたたかさに、言峰綺礼はじわりとこめかみに汗を浮かせていた。


「その年にして、実に末恐ろしい才覚と理念だな。だがそれは、度が過ぎるときみの生命ごと潰されかねんものだと、年長者として忠告しておこう」
「ありがとうございます言峰さん。伊達に100エーカーの森に君臨してたわけじゃありません。
 僕は、あなたのような趣味と実益を両立できる技量を持った方と同行出来て本当にラッキーですよ」


 腹の内を探り合うような笑みが、互いの視線の間に取り交わされる。
 彼らや黒木智子の様子を静観しながら、穴持たず84ヤスミンは、ひたすらヒグマ帝国の行く末を案ずるのみであった。


【F-3 街/製材工場の北端 昼】


【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:右手に軽度の痺れ、全身打撲、悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(まだ名付けていない)
装備:手榴弾×1、砲丸、野球ボール×1 ベア・クロー@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー)
道具:基本支給品×2、不明支給品0〜1、穴持たず82の糖蜜
[思考・状況]
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
0:智子さん、麻婆おじさん、ヒグマたちと情報交換し、真の敵を打倒する作戦を練る。
1:投手はボールを投げて勝利を導く。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジし決着をつける
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:後々はあの女研究員を含め、ヒグマ帝国の全てをも導く
[備考]
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※マイケルのオーバーボディを脱がないと本来の力を発揮できません
※ヒグマ帝国の一部のヒグマ達の信頼を得た気がしましたが別にそんなことはなかったぜ。


922 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:27:01 dg292NTA0

【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:気分高揚、膝に擦り傷
装備:令呪(残り3画/ウェイバー、綺礼から委託)
道具:基本支給品、石ころ×96@モンスターハンター、グリズリーマザーのカード@遊戯王
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
1:ロビンと言峰神父に同行。
2:ビッチ妖怪は死んだ。ヒグマはチートだった。おじさんは愉悦部員だった。最悪だ。
3:どうすればいいんだよヒグマ帝国とか!?
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。


【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、真名未解放の宝具×1
[思考・状況]
基本思考:旦那(灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
1:あの帝国のみんなの乱れようじゃ、旦那やシーナーさんとも協力しなきゃまずいかねぇ……。
2:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
 ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4〜20 最大捕捉:200人
 グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
 移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
 料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1〜2人
 爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
 対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。


【言峰綺礼@Fate/zero】
状態:健康
装備:令呪(残り9画)
道具:ヒグマになれるパーカー
[思考・状況]
基本思考:聖杯を確保し、脱出する。
1:黒木智子およびクリストファー・ロビンに現状を教え、協力体制を作り、少女をこの島での聖杯戦争に優勝させる。
2:布束と再び接触し、脱出の方法を探る。
3:『固有結界』を有するシーナーなるヒグマの存在には、万全の警戒をする。
4:あまりに都合の良い展開が出現した時は、真っ先に幻覚を疑う。
5:ヒグマ帝国の有する戦力を見極める。
6:ヒグマ帝国を操る者の正体を探る。
※この島で『聖杯戦争』が行われていると確信しています。
※ヒグマ帝国の影に、非ヒグマの『実効支配者』が一人は存在すると考えています。
※地道な聞き込みと散策により、農耕を行なっているヒグマとカーペンターズの一部から帝国に関する情報をかなり仕入れています。


【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×10巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:帝国の臣民を煽動する者の正体を突き止めなければ……。
1:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
2:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
3:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


923 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:28:40 dg292NTA0

「ちくしょう……! なんて凶悪なヤツらだったんだ……!」
「マイケルは鎮圧を助けてくれた功労者だと俺たちに思わせておいて、その実、もしかするとあのビスマルクちゃんを轟沈させようとしてたのかも知れないぞ!!」
「うわ、それ絶対そうだよ」
「シャイセ!! ビスマルクちゃん轟沈狙いとか、マジそれシュテルベンなんだけど!!」
「あんな侵入者を許すとか、シバさんたちの警備ザルじゃねぇか!」
「やっぱだめなんだよ艦娘じゃないと!」

 ロビンたちが灰熊飯店の屋台で走り去ったあと、地底湖近くの街は、怒り狂ったヒグマたちで溢れ返っていた。
 島風が出撃した際にも歓喜をもって送り出していた彼ら地底湖付近の住民は、大多数が『艦隊これくしょん』のファン、いうなれば艦これ勢である。
 実際に艦娘を製作しようと思い立って実行してしまったのが、たまたま穴持たず678のヒグマ提督であったというだけで、遅かれ早かれ、同じことを考える者が彼らの内から他にも出ていたかもしれない。


「そもそも、俺たちに十分な資材も食糧もこねぇのがいけねぇんだよ!! 赤城に喰わせてやるボーキもねぇとか、この国終わってるって!!」
「そうだそうだ!!」
「そうだよ!! 大本営の指導者のやつらは、前線である俺たちに物資も送らず、内地でのうのうと私腹を肥やしてるに違いない!!」 
「それ鑑みるに、ヒグマ提督の判断はマジ英断。頭いいあいつのことだから、シバさんとかシロクマさんが真の傾国の悪人であることを見抜いて、転進したのかも」
「うわ、それ絶対そうだよ」
「そうだよ! シバさん、やっぱり人間の姿してるし、あいつも外から紛れ込んだ敵で、実はヒグマを滅ぼそうとしてるんだ!!」
「じゃあビスマルクちゃんを鹵獲したのは、彼女の行き過ぎた教育を戒めるフリをして、彼女を洗脳するためだったのか……!」
「うあー!! 悪堕ちかよー!!」


 ヒグマ提督は、実のところ、彼ら艦これ勢の間では一躍時の人だった。
 先のロビンのように、祭り上げられて好い気になっていたのが、彼の得体の知れない増上慢の一因になっていたのかも知れない。


「噂じゃ、シバさんって、あのヒグマ提督の工廠を奪い取って、深海棲艦を作ってるらしいぜ……!」
「はぁ!? なんで艦娘の敵である深海棲艦なんか作ってんの!?」
「ヲ級ちゃんとか、可愛げのある子も確かにいるが、彼女たちは所詮オレたちの敵に過ぎない……。やはりシバ、貴様はクロだったか……!」
「忘れぬぞ深海棲艦……! 貴様らは私に娘たちの轟沈ボイスを聞かせた絶対悪だ!!」


 地底湖周りを埋める、数百体のヒグマたちに、次々と憎悪が伝染してゆく。
 取り立てて艦これ勢ではない通りすがりの普通のヒグマも、彼らの語る話を聞くうちに、だんだんと今の帝国上層部は、実はやはり悪人だったのではないかという不安感が首をもたげてくる。


「食糧班は、俺たちに満足な食糧も届けねぇ! 医療班は、死者が出るまで怪我人を放っておく!
 事務班は俺たち全員が艦これ出来る設備も入れねぇし、建築班は入渠用のドックさえ作らねぇ!
 俺たちの艦むすが帰ってきた時に、こんなイカレた国じゃ駄目だろぉ!!」
「そうだそうだ!!」
「帝国が今まで守られてきたのは、誰のお蔭だと思ってるんだあいつら……!」
「なんで今まで俺たちはこんな住みづらい国に平気で居たんだろうか……!」
「今こそ奮起する時だ!! 国を駄目にする帝国の上層のやつらを、みんなでぶっ倒すぞ!!」
「革命だ!!」
「うおおっ、燃えて来たぁ!!」


 食糧に関しては、一切働きもせずにただ食いをしている艦これ勢の方がおかしいのであり、ビスマルクの砲撃で死者が出たのは、彼らが医療班を呼ぶのが遅かった上に宴会にかこつけて碌な手当てもしていなかったからである。
 事務班が彼らに対して艦これ用のパソコンを入れないのは実に当たり前のことであるし、建築班に工廠だけでも建ててもらえただけ感謝するべきなのが当然であろう。
 また、帝国が今まで守られてきたのは、シーナーやシバを始めとする帝国上層部のお蔭であり、まかり間違っても『艦隊これくしょん』のお蔭ではない。艦これは寸毫も帝国の安全には関与していない。

 だが、この場にそんな冷静な突っ込みを言い出せる者はいなかった。
 いたとしても、その者はすぐさま悪辣な敵であるとみなされて袋叩きに合い、たちまち殺されていたであろう。


924 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:30:56 dg292NTA0

「待て、今すぐに動くのは不味い! ヤツらは敵だが、なめてかかるとオレたち正義の艦隊の方が全滅しかねないぞ!」
「……放送だな。正午ちょうどに、あいつらは地上に向けて放送を流す予定のはずだ。その隙を突く!」
「時報とともに出撃だ!」
「おう!」
「俺たちの艦これのために!」
「艦むすのために!」
「やぁあってやるぜぇ!!」


 艦これ勢は、今までの生活で最大の興奮とやる気を以て盛り上がる。
 熱気の渦巻く地底湖の片隅で、その実にバイデジタルな狂乱の喧騒を、震えながら見つめる一頭のヒグマがいた。

「どうしよう……、本当にどうしようこれ……。ヒグマ提督の一派がここまで狂ってるなんて……」

 物陰に隠れて息を潜めるヒグマ。彼はシバとシロクマにビスマルクの暴挙を伝えた穴持たず543番である。
 実のところ、ヤスミンに患者の存在を伝えたのも彼であり、彼がいなければこの地底湖付近を襲った事態はさらに悪化していたことだろう。

「屋台の女将さんも逃げてしまったし……、あいつらより早く、誰かにこのことを知らせなきゃ、本当にこの国は終わってしまう……!
 だめだこれ……、早く何とかしないと……!」

 彼は、眼に涙を浮かべながらふらふらと立ち上がり、脳内に帝国の地図を思い描く。
 動けそうな実効支配者や職能をもつヒグマたちに最短距離で最大数出会えるルートを模索しながら、彼は走り出した。


「シーナーさん……! ツルシインさん……! 誰でもいいです、お願いします!
 この、渾沌に満ちたバグどもを、どうにか鎮圧して下さい――!」


【ヒグマ帝国 地底湖近くの街 昼】


【穴持たず543@ヒグマ帝国】
状態:健康、焦り
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:危機を逸早く誰かに知らせる
0:誰か、誰か、あのヒグマ提督の一派を止めて下さい!!


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「うおぉ天龍どのー!! 夜戦だぁあああ!!」
「龍田さーん!! 天龍ちゃんより上手でしょぉおお!!」
「クマー!!」
「タマー!!」
「キソー!!」
「北上さぁぁぁぁぁああああん!!」
「貴様がスーパー北上様なら、俺はさしずめズーパーマックスきゅんというところだ」
「雷は私の母になってくれたかもしれない女性だ!!」
「電ちゃんの漏電をprprなのです!!」
「今日は何の日ー!?」
「ねぇのっひーだぁいょおお!!」
「っぽい! っぽい! っぽいぽい!!」
「ぴょんぴょんぴょんぴょんぷっぷくぷぅ〜!!」
「でち! でち! わぉ! わぉ!」
「ほ☆い☆さっ☆さー!!」


 興奮に沸き上がるヒグマたちは、そうした呪詛のような言葉を次々と口走り、己の士気を高めていた。
 穴持たず543が、黒魔術の儀式めいたその光景に戦慄を覚えて立ち去るのと同じ頃、彼らの片隅で密やかに近づき合う2体のヒグマがいた。

 片方は、さして特徴もない一般的なヒグマの様相だったが、もう一体は、半分が白く、半分が黒く塗り分けられたかのような小型の熊であった。


925 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:32:14 dg292NTA0

「うぷぷぷぷ……。医療班と食糧班の主力を纏めて排除できるなんてねぇ。
 ねえ677番くん。こういう光景を見ていると、やっぱりみんなアホだなぁと思わない?」
「踊る阿呆に見る阿呆。同じアホなら、みんな踊りたいのさ、モノクマさん。なにせ、どっぷりとぬるま湯につかるばかりで体を動かしてないからな」

 小型の熊は、江ノ島盾子に操作され、帝国の中にも無数に存在するモノクマロボットの一体であった。
 穴持たず677番のヒグマは、その者の言葉にうっすらと笑う。
 彼の声は、黒木智子が気付いた、艦これ勢の行動を真っ先に煽動していたあの声である。

 ヒグマ提督と付き合いのあった彼の元にも江ノ島盾子は接触し、近隣のヒグマに艦これを布教する尖兵として利用していたのだった。

 江ノ島盾子の蒔いた艦これという毒は、麻薬のように、しっかりとヒグマ帝国の住民を汚染している。
 気付かれないうちにしっとりと油を染み込ませられた住居は、微かな火をつければあとは瞬く間に燃え落ちるのだ。


「キミは一緒に踊らなくていいのかい? きっと絶望的に楽しい革命になると思うよ、うぷぷぷぷ……」
「実のところ、私はヒグマ提督や他の奴等ほど、生身の艦娘には興味ないのさ」
「へぇ? そうなの?」

 モノクマの言葉に、穴持たず677は地面に何かの肉をひきずりながら語る。

「生きた体など、ただの非常食にしかならん。折角ゲームの中で安らかに楽しんでいる彼女たちの魂を、現世に降ろしてきて再び戦禍に放り込むなど、真に艦娘を愛する者の行為ではないだろう。
 そう言った意味では、私は先輩たちの提唱するキムンカムイ教の教えには大いに感ずるものがある」

 彼の手には、マンションの地下で死んだ、穴持たず82の肉体があった。
 その肉と皮を千切り、小分けにして整然と保管し始める彼に向けて、モノクマは笑う。


「キミの手腕にはボクとしてもなかなか驚きだよ。どうせヒグマ提督クンと同じような馬鹿だとおもっていたんだけどね」
「『ヒグマ提督より少しはマシな馬鹿』だと思ってくれてどうもありがとう。着実に、ヒグマ帝国の上層部は切り崩していってるものな。
 あんたがこの帝国を支配するまで、もう少しだよ」
「うぷぷぷぷ……。あとは実効支配者の連中から、新規ヒグマの出生の謎を聞き出せれば、生まれる前にヒグマを洗脳して万事うまく行けるんだけどねぇ。
 シロクマちゃんは、あれでなかなか口が堅いんだから〜」
「そのシロクマやシバを含めて絶望に突き落とすために、私たちを煽って来たのだろう? そう急く必要もないさ」


 穴持たず50・イソマの存在と、ヒグマ帝国の実の中核である四元数空間のことは、江ノ島盾子と繋がっているシロクマ――もとい司波深雪も頑なに口を閉ざしていた。
 互いが互いを裏切ろうとしている存在なのだから、重要なカードを切らないのは当然である。
 そして彼女にとってのイソマの存在が秘匿する切り札であるのと同様に、江ノ島盾子にとっては、蔓延させた『艦これ』という偶像の存在が切り札であった。


「ところで、ボクは前にも話した通り、この島やこの世界をヒグマで絶望に陥れるつもりだけれど、キミは何が欲しいんだい? 好きな艦娘を求めもせず、禁欲僧のような生活をするのかな?」
「いや、魂の悦びは魂の悦びでゲームの中で、艦娘とは触れ合えればいい。
 そして肉体の悦びとしては――、そうだな。島の外に出たら、秋葉原で間宮さんの甘味処にでも行ってみたい。
 ……那珂ちゃんセットとか、旨そうなんだよな、実に」


 穴持たず82の死肉を喰らいながら、穴持たず677は恍惚とした表情で舌なめずりをする。
 モノクマはその背後で、艦これ勢たちの狂ったような歌声に聞き惚れながら笑うのだった。


「見上げた欲の無さだねぇ〜。素晴らしいよキミは。折角だから名前を付けてあげようか。677番だから『ロッチナ』とか」
「欲が無い訳ではない。小市民に過ぎない私は、自分の力を知っている。艦娘のためなら、私は暗躍でも演技でもなんでもしてやるさ。
 彼女たちは戦後六十年の歴史が生み出した美徳の花だ。私は、この先も彼女たちを見届けたい」


926 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:32:28 dg292NTA0

 かりそめの平和を引き剥いて、擬装の都市にヒグマたちの声が猛る。
 幻想と欺瞞の肉体を浸すのは浮世の毒。
 その陰に笑う電子のセトのみがこの地の現。
 先人の築いた繁栄と秩序とを踏みにじり、臣民は今、烏合の兵団と化した。

 帝国の行く末は如何に。
 放送後もヒグマと、地獄に付き合ってもらう。


【ヒグマ帝国 地底湖近くの街 昼】


【穴持たず677(ロッチナ)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:なし
道具:穴持たず82の死肉
[思考・状況]
基本思考:艦娘のために、ヒグマ帝国を乗っ取り、ゆくゆくは秋葉原を巡礼する
0:他のヒグマの間に紛れて潜伏し、一般ヒグマの反乱を煽る。
1:艦隊これくしょんと艦娘の素晴らしさを布教する。
2:邪魔な初期ナンバーのヒグマや実効支配者を、一体一体切り崩してゆく。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※『ヒグマ提督と話していたヒグマ』が彼です。
※ゲームの中の艦娘こそ本物であり、生身の艦娘は非常食だとしか思っていません。


※『艦これ勢』と括られるであろう数百体のヒグマが、第二回放送後、ヒグマ帝国の上層部の連中を皆殺しにする気になってしまいました。
※反乱の気運は、ことによると他の一般ヒグマにも伝染してさらに大規模なものになりかねません。


927 : 環太平洋擬装網 ◆wgC73NFT9I :2014/08/05(火) 13:32:54 dg292NTA0
以上で投下終了です。


928 : 名無しさん :2014/08/06(水) 00:18:40 vI/VKnls0
投下乙
ヒグマに汚染された聖杯wwwグリズリーマザーのステータス表がなんかタイムリーだなぁ…
そして始まるヒグマ革命。無秩序なモヒカンと化した艦これ中毒者がこの世界を終わらせてしまうのか


929 : ◆Dme3n.ES16 :2014/08/06(水) 02:00:20 BwEcKPq20
艦これはマリファナのようにヒグマの心を狂わせる……
王の資質が十分なロビンとマスターに覚醒した智子が長い地下生活からようやく地上に帰還しましたね

第二放送予約します


930 : 名無しさん :2014/08/06(水) 03:27:40 mPgZ8CQIO
まあヒグマの娯楽艦これくらいしかなかったろうしね
艦これ中毒になっちゃうのも仕方ないよね


931 : 名無しさん :2014/08/08(金) 18:12:58 fnYmNOK60
投下乙です
グリズリーマザーのステータスは確かに強鯖だわww
そして始まったヒグマ革命ww


932 : ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 03:59:22 ER2w9Csg0
申し訳ありませんが、予約からシーナーさんと
書こうと思ってた診療所内部勢(穴持たず88、104、748〜751)を外します。
診療所勢とシーナーさんは月曜までに他に予約するひとがいなければまた予約させてもらいたいです。
もうちょっとしたら投下します。


933 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:18:34 ER2w9Csg0
 


 そして彼らは、飛んで“羆(ヒ)”の中――。


  ◆


「なんだこりゃ……ヒグマだらけじゃねぇか!」
「どころか、家まで建ってますよ!?」
「培養設備が暴走――いや、そんなレベルではないな……これは一体……」
「戻りましょう。球磨、電探を」
「……了解クマ……!」

 キュアハートとの怒涛の戦いを土地崩しの奇策で絶断してから約30分。
 土壁の通路を歩き、ほむらたち9名が辿り着いたのは帝国だった。 
 向こう側の壁が見えないほどに開けた空間。
 立ち並ぶ石作りの建物。そしてヒグマ、ヒグマ、ヒグマの姿。
 幸いにも高低差のある畑のような場所の近くに出たため即座に発見されることは無かったが、
 一瞬の判断でほむら達は道を引き返し、球磨に電探を使用するように求めた。

 結果は反応だらけだった。
 開けた空間の方に少なくとも数十。引き返してきた方角にもぱらぱらと。
 それまで、落ちてきたこの通路が一体何なのかさえ把握していなかったほむら達は、
 ここがヒグマの巣……ヒグマ帝国の中だということにようやく気付いたのだった。

「球磨川禊。貴方は知っていたの?」
『……いや、ぜんぜん。下水管が研究所に繋がってるって話は聞いてたから、
 一応下水管がありそうな場所にあの女の子の攻撃を誘導したつもりだったけど――』

 まさか地下にヒグマの王国があるだなんて、想像できるわけないじゃないか。
 球磨川禊はそう言って呆れ笑いした。その笑みはどこか引きつっているようにも見えた。
 実際、9名の軍団はかなりの大所帯。
 キュアハートから逃げることが目的の一、ほむらとマミを主催の手から隠すことが目的の二ではあるものの、
 本来ならば主催の本拠地に進撃してもいいくらいの人数と戦力がここには揃っている。
 ――本来ならば。まさか数十、ともすれば数百のヒグマに挑むとなれば、それはあまりにも無謀だ。

「敵戦力の規模を間違えていた、としか言いようがないクマ……ほむら。球磨は撤退を進言するクマ」
「俺もだ。ヒグマは人を匂いで追ってくる。長居するだけ損だぜ、こんなとこ」
「り、凛も同じ考えにゃ。あの女の子は撒けたみたいだし、戻れるなら戻ったほうがいいと・……思う」
「私もそのつもりよ。……とはいえ、急造のチーム、私の独断で決めるわけにはいかないわ」

 ほむらは撤退を選択した。
 そして、デビルヒグマや球磨川禊たち出会ったばかりのグループ、
 および纏流子のほうを見て、確認を取る。

「どうかしら。貴方たちのほうで、何か異論は――特に、そこのヒグマさんは」

 デビルヒグマは、もともと地下に一旦帰るつもりだったという。ここで離脱してもおかしくはない。
 だが、ヒグマは少し考え込んだ後、ほむらの提案に頷いた。

「いや……賛成だ。まずはお前たちを上に送り届ける。
 このふざけた状況については、その後、俺個人で確認を取ろう」

 言いながら、ヒグマがちらりと横目で巴マミのほうを見たのをほむらは見逃さなかった。
 そして、球磨川がそんなデビルヒグマの様子をホッとした顔で見ていたのも。
 ――どうやら球磨川が地下への道を選択したのには、
 こちらの安全確保までデビルヒグマを離脱させない狙いもあったらしい。


934 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:19:51 ER2w9Csg0
 
 飄々とした態度の裏で、嫌な方向にしたたかな男だ。弱みを握るのが上手いというか。
 敵に回したくない。が、味方なら心強い。
 次いでその球磨川とシンジ、そして流子が続いて賛同した。
 球磨川とシンジはほむら達と同じ考え。
 流子は、最初に出会った黒木智子という参加者を探しているらしく、上に戻ることを強く望んでいた。

「巴さん……あなたは?」
「……そう、ね。私も賛成よ、暁美さん」

 最後に頷いたのは巴マミだった。少し元気がない。
 本人もある程度覚悟はしていたようだが、
 やはりほむらの話したことに、彼女は大きくダメージを受けたようだった。
 心配だが……ともかく、これで意見の一致は得た。

「じゃあ、決まりね。まずはなるべく見つからないよう、上に戻れる通路を探しましょう」

 不安は残るものの、9名の艦隊はこうして、撤退の選択肢のボタンを押した。
 ――しかし、今思えばこの選択肢は失敗だった。
 ヒグマ帝国の恐ろしさがその“数”だけではないことを、彼らはまだ、正しく認識できていなかった。


  ◆


 数分後。彼らは上への通路を発見することに成功していた。
 地下水か、下水道水か、天井から水がぽたぽたと滴り、水たまりを作る通路の奥。
 十数メートル先に「立入禁止」の看板があり、その先に上への階段があったのだ。
 ただし球磨の電探およびマンハッタン・トランスファーは、階段の上に2匹、ヒグマの影を探知している。

「敵影は停止中……何をしてるクマ?」
「なあ。2匹で間違いないんだよな。それくらいなら、突破していけるんじゃねえか?」 
「いや……待てクマ。今、動いた。降りてくるみたいだクマ」

 逸る流子を球磨が止めた。慌てて全員、奥に隠れる。
 ほむらは1秒だけ時を止め、通路から顔を出してヒグマの姿を目に焼き付ける。
 階段の奥から、ヘルメットを頭の上に乗せたヒグマが2匹、仲良く並んで降りてきていた。
 ヒグマの巨体に人間用のヘルメットは意味を成しておらず、アイコンとしての機能しかなさそうだ。
 その他、ヒグマたちは工具入れのようなものを手に持ち、背中にバッグを提げている。
 魔法によって常人より良くなっているほむらの目は、ヘルメットに刻まれた「89」と「99」の数字を見つけていた。

「ここも処置終了だね、泊(パク)くん」
「うん、君とだと作業が早く進む気がするよ、白(ハク)ちゃん」
「嬉しい。仕事が終わったらご飯でも食べにいこう?」
「うん、いいぜ。楽しみだ。灰色飯店の料理、おいしいもんな」

 仲良さげな雌雄のヒグマは、楽しそうに雑談しながら、ほむら達のいる方と逆の道へと進んでいった。
 見えなくなったところで、流子が飛び出る。デビルヒグマ、ジャンが続く。
 ほむら、凛、マミ。次いで球磨川。シンジと球磨をしんがりに、9名は階段へ入り、踊り場をターンした。

「よっし、これで……壁?」

 真っ先に流子が見上げたその先には、苔むした白い壁があった。

「なんだよ……行き止まりか?」
「いや、ありえねぇ。じゃあさっきまであのヒグマたちは何をしてたんだよ」
「……じゃあ、この壁を塗ってた……ってことか? でも、苔がもう生えてるぞ」
「待って。その苔……怪しいわね」


935 : (修正:灰色飯店→灰熊飯店) ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:21:49 ER2w9Csg0
 
 苔を触ろうとした流子とジャンをほむらが制した。
 良く見れば、壁に生えている苔は、豆電球程度にだが、淡く光っている。
 そしてほむらはその苔の光から、魔力に似た力の波動を感じたのだ。

「……この先は水道管。そうよね、ヒグマさん」
「デビルヒグマだ。そうだな、俺は特別方向感覚が優れているわけではないが、恐らくは」
「つまり。ここにはついさっきまで水道管に繋がる道あるいは扉があった。
 そして津波の影響で管が溢れることを懸念して、あのヒグマたちはここを埋めた……」

 埋めた。が、急造の防水壁である。
 決壊の可能性がわずかでも残ることは、工事者も支持者も分かっているはずだ。
 となれば、この不自然な苔が紡ぐ魔術は……。
 ほむらは再度、辺りを見渡す。天井。壁。床の隅。
 苔が、生えている。余すところなく。
 これらの壁だって、近頃掘られたものである可能性が高いのにだ。
 まるで苔を生やすことで、所有地であることを示しているかのようだ。
 そう。もう少し踏み込んで……苔によって、掌握している・……とすれば?

「成程。苔で作られた回路網、ね」

 暁美ほむらは、眉根を寄せながら憎らしげに呟いた。

『なんだって?』
「結界よ。この、通路や壁に生えている苔がすべて、何者かの力の影響を受けている。
 この壁に張られている苔も同様。誰かが、苔を使ってマーキングしたとすれば……。
 おそらくそれは、“壁が決壊したときにすぐに反応するため”だと考えられるわ」

 電子回路の配線が切れれば、その周りに電気が流れなくなるように。
 苔の生えた壁を壊すと、配線が切れたという情報が、苔を操っている者の元へ届く。
 一見すればそうと分からぬ苔を使うことで、知られずに異常を把握する……
 これは広大な地下を掌握者の手中に収めるための、そういう術式なのではないか?

「それだけじゃなく……この網を使って、結界内で情報伝達をしている可能性もある。
 方法までは分からないけれど。苔を破壊したら、すぐにヒグマがやってくると思ったほうがよさそうね」
「おいおい。じゃあ、壁をブチぬいたり、天井をブチ抜いたりしたらまずいってことかよ」
「と、というかさっき凛たち、隠れるのに“壁に手を付いた”にゃ……もしかしてもう手遅れなんじゃ」

 凛の顔が青ざめたのを皮切りに、集団内に不安の色が一気に広がった。

 ――だが実際には、この苔についての暁美ほむらの推理は拡大解釈である。
 
 カーペンターズは優秀だ。防水壁を張った時点で防水工事は充分に完了している。
 壁に苔が生えてきているのは、単に苔自身が壁に這うように増殖せよとプログラムされているからにすぎない。
 苔によってヒグマ帝国の管理をキングヒグマが行っているのは当たりだが、
 現状では苔の機能は情報伝達機構と多少の照明のみ。
 壁を壊そうが壁に手を付こうが、いまのところキングヒグマにそれを感知する術は無い。

 ……未知の存在を必ず正しく解読できるとは限らない。
 敵の本拠に入り、そこから撤退しているという、用心深くならざるを得ない状態が、
 そして魔法少女の魔力感知能力が、ここでは裏目に出てしまった形となる。

「どのみち、今はこの壁の向こうも水で溢れていて通れぬ可能性のほうが大きいが……」
「と、とにかく、急いで他の道を探そうよ」
「そうするしかなさそうだクマ……ほむら、行くクマ」
「そうね……海食洞への道があるのよね? そこから外を通ってメーヴェを使えば――」
『待って、みんな』

 しかし、それだけではない。
 こうして足踏みをしている間にも、ヒグマは彼らに、近づいていた。


936 : (修正:支持者→指示者) ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:24:21 ER2w9Csg0
 
『水たまりが、消えてる』
「え?」

 階段から降りたシンジと球磨の後ろから、球磨川が前方を指差した。
 その先の地面。先ほどまでは確かに、天井からぽたぽたと落ちる水が水たまりを作っていた。
 でも、今それはない。消えている。水たまりが消えている。
 いや――それ以前に。
 水漏れを防ぎに来た穴持たずカーペンターズが、
 天井から落ちる滴と水たまりに気付かなかったということがあるのだろうか?

『まさか――』




「あ……そのまさかデス……ゲスト様方」

 るずるずるず。
 と不快な声音を立てながら、天井から水が落ちてきた。
 流動する液体はスライムのようにびゅくびゅくと動きながら、ヒグマのような形を取った。
 その位置取りは、球磨川禊の背後だった。

「……穴持たずNo.202“ビショップヒグマ”です。……チェックメイトをシに来ました」

 大きく口を――いや、身体そのものを食虫植物めいてばくりと開けたそのヒグマスライムは、
 呆気にとられた球磨川禊の身体を包み込み、体内に閉じ込めてしまった!

「なっ!?」
『もが……!? もぐ……む!?』

 ヒグマ型液体の中へと連れ込まれた球磨川禊は、両手から螺子を出現させつつ、
 無理にでも『劣化大嘘憑き』によってこのヒグマの存在を『なかったこと』にしようとするが――できない。

「ああ、悪いのでスけれど……私はナカッタコトには出来ませんよ、球磨川氏」

 スライムヒグマの身体は水で構成されており、その身体は空気中の水、
 あるいは地面を通って地下水にまで接続されている。
 その存在の境界はひどく曖昧であり、どこからどこまでをなかったことにすればいいのか判断がつかない。

『……!』
「私を殺すには……この世から水分をナカッタコトにするしかありません、
 が……。もしそんなコトをしたら……。……みんな死んでしまいまスね……?」
「球磨川!」

 驚きながらも、真っ先に行動を起こしたのはデビルヒグマだった。
 身体から刃を生やし、スライムに向かって切りかからんとする。
 しかしその瞬間、スライムヒグマは球磨川の身体をデビルの刃の軌道上に設置する。

「……味方の駒が間に挟まっていマスよ?」
「ぐ……!」

 実際はデビルと同様、
 球磨川も身体を切断されようと生きてさえいれば復活は可能なのだが、
 スライムの下劣なる行動は、デビルの刹那の判断を迷わせた。

「デビル! 2匹目が来るクマ!」

 その隙に、横合いからデビルに躍りかかるヒグマの姿があった。
 球磨がその存在に気付き、遅れて砲撃――しかし、躊躇する。


937 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:25:58 ER2w9Csg0
 
 狭い地下での砲撃は相手も逃げられないが、巻き込みや落盤の危険のほうが大きい。
 なにより爆音が大きすぎる。さっきの工事ヒグマたちまで呼び寄せてしまう。

「く……デビル! 右だクマ!!」
「遅いぜぇ、“老獪”!! このNo.203“ナイトヒグマ”の“ヒグマサムネ”の錆と成りなァ!!」」

 2匹目のヒグマはデビルと同じくらいに大柄だった。 
 甲冑じみた装飾の鎧を着こみ、銀のロングソードを両手で振るう。
 横面を晒したデビルヒグマは対応できない。ロングソードが、こめかみを、斬り裂き、

「――――させっかよ!」
「ああん!? “乱入”かッ!?」

 しかし、さらにその横から影が飛び出てナイトヒグマの甲冑にドロップキックを試みた。
 鮮血・疾風にチェンジした纏流子だ。
 狭い通路では飛行アドバンテージさえ得られないものの、初撃の瞬発力は高い。
 ナイトヒグマ避けきれず。
 鋼の鎧に靴が突き刺さるグワンという音。ロングソードは軌道をずらしデビルは無傷。
 だがナイトヒグマは意に介さない。むしろ、キックした流子のほうが違和感を感じた。

「なんだ……? しびれ……ッ!?」
「痛って―な……けど、お前はもう“詰み”だ」

 飛び離れ、地面に付いた瞬間、
 ふら、と視界が歪む。コーヒーにミルクを入れてかき混ぜたときのように空間が混ぜ込まれ、
 すべてが一色の暗色になって同時に意識から脚と手の存在がシャットダウンした。
 崩れ落ちる倒れる、からだの感覚がない。喰われた?

(……流子!? どうした、流子!)

 いやからだはある喰われたのは感覚だ けだ
 から だ  じゅうの 感    覚電 気信 号が、くる わされ   て――。

「あー。残念だったね。ナイト君の鎧に纏わせてた『悪性電波』が、君に移ってしまったみたいだ」
「オイオイ、そうなるように“仕込んだ”んだろうがァ、“ルーク”」

 纏流子は地面に頬を付けた。
 ロングソードを再度構えながらナイトヒグマは軽口を叩いた。
 その相手は、直線の通路、
 ナイトヒグマが向かってきた方向から悠然とこちらに歩いてくる、3匹目のヒグマだった。
 黄砂色の毛を持つそのヒグマは、身体に電気を纏っているのか、毛が逆立っている。
 
「それはそうだけどね。っあ、自己紹介しようか。
 僕は穴持たずNo.201“ルークヒグマ”。
 彼らと同様にこのヒグマ帝国の王であるキングヒグマの側近を任されていた者だよ。
 見ての通り、電気を使う。ただし専門は『電波』で、攻撃性能はあまりない。
 何かにずっと蓄積させておいた『悪性電波』を喰らわせない限りはちょっとピリっとする程度さ。
 安心していい。例えば僕に触れない限りは、僕の能力は君たちに対してひどく無害だ」
「……ぺらぺら喋る熊だクマ」
「ついさっきまで診療所で眠っていてね。おしゃべり不足なのさ」

 じり、と一歩壁に向かって下がる球磨を、ねっとりとした視線でルークは見つめた。
 球磨は生理的嫌悪感を覚えた。電波ヒグマは舌で唇を舐めてからおしゃべりを続けた。
 
「油断していたよ、まったく。
 あんな可憐な研究員さんに、僕らが意識を落とされるなんて。
 まあ、起きてからすぐこうしてまた可愛い人間たちに会えたのだから、そこは幸運かな」
「『電波』使い……球磨の電探を、逆探してきたクマね。
 そしてお前は『電波』を使って電探から逃れつつ、そこのスライムでこちらを監視した……」


938 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:27:21 ER2w9Csg0
 
「正解。いやあ、びっくりしたよ? 落盤があったと聞いて手伝いに向かおうとしたら、
 まさか美味しそうな電波をキャッチするなんてさ。本当に驚いたよ。
 でもね、これは真実を告げるけれど、捕捉したのが僕らでよかったと思うよ、まだ。
 もっと上位のヒグマに捕捉されていたら、君たちはこうして喋ることもできなかっただろうし、
 汚名返上を焦る僕たち以外に捕捉されていたら、もう上に報告されている。幸運だね」
「やれ! あいつだ!」

 強襲から一拍置いて状況を把握した碇シンジが、エヴァンゲリオンをデイパックから出した。
 カテゴリ:機械兵器であるエヴァは電波使いのヒグマに相対してはならないだろう。
 判断し、シンジはデビルヒグマと斬り合っているナイトヒグマを狙う。
 しかしその隙間に流れ込むように、ビショップ。球磨川を捕らえたスライムヒグマが滑り込む。

「また……! と、止まれ!」
「オォオオン……」
「……良い判断でス……でも、敵前での行動停止ほど、大きな隙も……ありマセん」
「翻ってェ!!!! ”三日月突き”!!」
「む……ちょこまかと!」

 スライムの意地汚い戦法に合わせ、ナイトヒグマが動く。
 デビルヒグマとの剣合わせ体勢からシームレスにバク宙し、エヴァンゲリオンへ剣を突いた。
 4mはありそうな巨体、さらに重そうな鎧まで纏っておきながら、ナイトヒグマの挙動速は異常だった。
 指示するワンアクションの差が仇となり、エヴァはその攻撃に対応できない。
 常時展開のATフィールドが可視化するが、ダミーシンクロ状態のそれはヒグマのパワーの前にあっけなく破壊される。
 さすがに剣の勢いは落ちた。肩が小破。
 しかし、狙うならば生身の碇シンジの方ではないのか?
 思考するより先に、エヴァは受けたダメージよりも明らかに苦しそうなうめき声をあげ始めた。

「オォ……アァ……」
「!!?? ど、どうしたんだ!!」
「……水は、電波を……通シます故」

 見れば、ナイトヒグマの鎧とルークヒグマの毛皮を、スライムから伸びる水の触手が繋いでいた。
 鎧は剣と直結している。ルークの攻撃がスライム内部を伝搬したのち、
 ナイトヒグマの鎧表面から剣へと伝わり、エヴァンゲリオン内部に侵入したのだ。

「『悪性電波』の異常パルスは信号を狂わせる。人間の信号も、機械の信号も。
 操れたら最高なんだけど、生憎そこまでレベルは高くなくてね。今はこれが精いっぱいさ」

 エヴァンゲリオンは――強制停止した。

「え、エヴァが……」
「逃げろっ、シンジ!!」
「いえ、ま、まだ! ボクにはカードがある!」
「駄目だ! 待て!」

 助けに入ろうとしたデビルヒグマの前にルークヒグマが立ちふさがり、
 思わず駆け出した球磨の前にはスライムヒグマが立ちはだかる。
 シンジは遊戯のカードを取り出し、デュエルディスクにセットする。エルフの剣士。
 だが――カードの実体化は、会場にのみ掛けられた術式によるものだということを彼は忘れていた。
 ここは地下だ。

「エルフの……実体化……あ。う、あ……うわぁああああ!!」
「……オイオイ、“びびりすぎ”だっつの。あっけねェ」

 ナイトヒグマの剣が、少年の鼻先で止められた。
 当たる前にシンジは白目を向いて、天井を仰いでいた。
 これで戦闘不能は3名と1機。
 いや……。


939 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:29:25 ER2w9Csg0
 
「……ひっ、……あ……」
「ま、マミさん! しっかり!」
「おや? 少々、人数が足らないね」

 ゆったりと歩いて、階段の方をルークヒグマが見た。そこには巴マミと、星空凛が居た。
 巴マミはヒグマに殺されたフラッシュバックが起きているのか、腰を抜かして床に座り込んでしまう。
 その後ろでなんとか立ってはいるものの、あくまで一般人の凛もヒグマに対する手立てはない。
 だが、その2人だけだった。ルークヒグマは首をかしげるポーズを取った。

 ビショップに捕らえさせた球磨川。『悪性電波』を喰らわせた流子、シンジ。
 背後、巧みにスライムヒグマの伸ばす触手を躱す球磨。
 ナイトヒグマと刃を重ねて戦っているデビルヒグマ。
 ここまでが階段から通路に飛び出してきていた侵入者だ。階段にいる2名と合わせて7名。
 足りない。ジャン・キルシュタインと暁美ほむらが、居ない。

(暁美ほむら。魔法少女。
 その能力は盾にて制御される時間停止と時間遡行、盾は四次元にも繋がっている。
 ジャン・キルシュタイン、調査兵団に所属する軍人。
 正体不明の巨人と立体起動装置を用いて戦っており、それを使用した場合の機動力は高い)

 ルークヒグマはかつてキングに見せてもらった参加者簡易データを想起する。
 スタディ製ゆえに、容姿と名前、それと簡単な情報しか記されていなかったが、
 研究所襲撃の際にそれを見る機会があったルークたちは、
 『劣化大嘘憑き』を持つ球磨川を最初にスライムヒグマで無力化する最善手を取ることができた。
 そして、想起される暁美ほむらとジャン・キルシュタインのデータから予測される彼らの行動は……。

「気付いたクマ? 嘘付きクマさん」

 球磨の勝ち誇ったような声が響く。
 ――どうやら暁美ほむらは、ルークヒグマの想定通りの動きをしてくれたようだ。

「そっちの伝令兵にはもう、ほむらとジャンが追いついてる頃クマ」
「成程。やはり“ポーン”の存在に気付いたんだ。侵入してくるだけはあるね。
 でも『時間停止』があるのに機動力のある駒を伴って追いかけるとは、
 よっぽど焦っているのかな?
 いや、ここに来るまでにパワーリソースを大きく消費していて、長く止められないのかも?」
「な……」
「おや、顔色が変わったね」
「……ほむらの、能力……何で知ってるクマ?」
「こっちは主催側だよ。参加者の能力を把握していないわけがないだろう」

 既知だからこそ、強気に出ているのだ。

「目の前の既知への対策を取らずにのこのこ出てくるほど、僕らは馬鹿な動物じゃない。
 さて艦むすのお嬢さん、出し抜いたつもりだったかもしれないけど、こうは考えなかったかな?
 たしかに僕らが上に報告する気がまったくないっていうのは真っ赤な嘘だけれど、
 伝令役をそうと分かる状態で見せびらかしておいたのは、実はね。暁美ほむらを釣るためだ」

 ルークヒグマは右腕に残る電気を集め、
 先ほどの能力説明では隠ぺいしていたもう1つの技の準備に取り掛かりながら告げる。

「穴持たずNo.200“ポーンヒグマ”。僕らチェスの駒の名を冠すヒグマの始まりであり、
 創造主にキングの生産に踏み切らせたほどの傑作ヒグマ。あいつはきっと。彼女の天敵さ」
 
 
  ◆


 ヒグマ帝国の恐ろしさは、その“数”だけではない。


940 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:30:40 ER2w9Csg0
 
 レベル3の電気使いを持つヤイコ。蜜を製造する力を持っていたハニー。
 デビル同様に骨格を変化させるヤスミン。工法技を持つカーペンターズ。
 粘菌通信を構築したキングヒグマ。悪性電波のルークヒグマ。無限再生スライムヒグマ……。
 圧倒的なまでの、“未知”を持つヒグマが、ひしめいているという事実。
 その底知れぬ“未知”こそが、帝国に刃向かう上でもっとも警戒しなければならないことである。

 しかも参加者であれば、主催側には基本情報を把握され、対策されるのは当然だ。
 ゆえに、帝国を斃したいのならば、ただヒグマを殺せるだけでは足りない。
 過去からの、“進化(アルター)”を。
 自分を越えるほどの、未知をも吹き飛ばすほどの、“進化”をしなければ、いけない。
 

  ◆ 


 暁美ほむらに残された時間は、連続使用にして、残り29秒だった。
 
 残り29秒。
 スライムヒグマに球磨川禊が取り込まれるその一瞬、
 異変を察知したほむらはノータイムで盾を回し世界の時を止めた。

 残り28秒。
 階段を飛び降りて見たのは、天井から降りてきた液体が球磨川の肩に手を置いている図だった。
 ほむらは自分と自分の肌で触れていたものなら時が止まった空間内でも動かせるから、
 球磨川がスライムヒグマにわずかでも触れられる前ならば、その手を取って逃がすことが出来た。
 だがもう触れられてしまっている。球磨川禊に触れればそれに触れているスライムの時も動いてしまう。
 スライムの能力が不明である以上それは危険すぎる選択だ。

 残り27秒。
 ほむらは球磨川禊の救出を諦め、辺りを見回した。
 長い通路の両サイド、まず片側遠方に2匹のヒグマの姿を認めた。
 毛並みを逆立てた底知れぬ笑みのヒグマ、ルークヒグマと、
 甲冑を着込んでロングソードを持つ大柄のヒグマ、ナイトヒグマだ。
 その位置はすでに球磨の電探の範囲内。しかし地下の淀んだ空気で射程を狭めた
 マンハッタン・トランスファーにはまだ捕捉され得ない位置。

 残り26秒。
 天井に潜んでいたスライムは電探に引っ掛からないとして、
 他のヒグマは何らかのジャミング能力を備えている可能性が高い。要警戒。
 ほむらは短い思考の中でそこまで考えると反対側を向く。
 するとそちらにも1匹ヒグマがいた。
 見ただけで何かあると分かるルークとナイトに比べ、
 反対側で固まっているこのヒグマは何も身体的特徴のないプレーンなヒグマだった。

 残り25秒。
 そのヒグマは別の通路のほうへと体を向け、歩き出すところだった。
 先ほど見た王国へと向かい、侵入者の存在を報告しようとしていると考えられた。
 つまり、ここにいる中では最も戦闘向きではない能力か、無能力のヒグマ――。
 ならばまず、このヒグマを殺して連絡路を絶つべきだ。
 ほむらは翻り、階段を駆け上ってジャン・キルシュタインの手に触れる。

 残り24秒。

「行くわよ」
「な、なんだアケミ!?」
「追っ手が来た」「……分かった」


941 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:31:57 ER2w9Csg0
 
 残り22秒。
 会話は2秒かかる。
 驚いていたジャンは敵襲を告げると戦士の顔になった。
 引きつれ、階段を再度降り、ジャンに指差しで倒すべき敵の位置を知らせると、
 即座にジャンはフックロープを射出した。立体機動装置。考えうる中では最も速い選択肢だった。

 残り21秒。
 時間停止を一瞬解除。球磨に向け、テレパシーで連絡をする。
 「伝令を追う、少し耐えて」――フックロープが壁に突き刺さったのを確認し、
 再度時間停止。ジャンの背中に飛びつき、フックロープを巻き戻してヒグマへ向かう。
 さすがにジャンは上手い。ほむらを背負いながらも姿勢制御にブレがなかった。
 薄いカッターにも似た刃を、ヒグマの首後ろに向かって綺麗に振るおうとしていた。これなら。

 残り20秒。
 うなじを狙った攻撃はジャン・キルシュタインが最も得意とする攻撃らしい。
 ヒグマの皮膚を斬り裂けるかどうかは不確定だが、これでダメならもう2秒延長して目を狙うだけだ。
 ジャンの刃がヒグマの首に触れる直前、時間停止を解除。

「これ、で」「1匹――!!」

 抵抗感。背中にしがみついているだけでも感じた、確かな手ごたえ。
 ざく、という感触音のあと、曲がったノコギリが戻る時に似た、剣が振り切られる音がした。
 成功だろう。立体機動の軌跡がヒグマを通り過ぎた0.4秒の後、
 勢いのままにほむらは首を後ろに向けて戦果を確認した。確かに、ヒグマの首から血が噴き出るのが見えた。
 だが、それは残像だった。

「……!!??」

 残像、だった。
 たった今斬ったはずのヒグマの姿の「存在部」と「非存在部」が細いシマシマ模様になって、
 遠くからみればおそらく、薄くなったように見えて。
 そしてどんどん実が虚に変わり、最後には消えた。
 消えて、曲がり角の数メートル先に、新たにヒグマが現れた。

 さっき斬ったはずのヒグマだ。

 残り19秒。
 ほむらは理解しがたい光景に虚を突かれながらも、盾を回して時を止める。

「おいどうしたアケミ!」
「感触は確かに――でも幻想、だった? 一体……」
「うん――情報の通りだね。お姉ちゃんも、わたしと同じで“四つ目の数を操る”んだ」
「な……」
「……!!」

 止めた、はず、なのに。
 すべてが止まったはずの世界の中で、そのヒグマは、喋った。
 ワイヤーを作動させ、空中で停止した暁美ほむらとジャン・キルシュタインに向かって。
 ヒグマに似合わぬソプラノの鳴き声で、うやうやしくお辞儀をしながら、彼女は自己紹介をした。

「こんにちは。わたしは穴持たずNo.200“ポーンヒグマ”だよ。よろしくね、お姉ちゃん」

 残り15秒。
 はにかむその顔に、ほむらはある種の魔女にも似た、邪悪な無邪気さを感じ取った。
 呆然とする二人を後目に、ポーンヒグマは暁美ほむらに向かって、ヒグマの爪を振り上げる。


  ◆


942 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:33:42 ER2w9Csg0
 

「ほむらを……釣った……?」
「どうしたんだい? 語尾に余裕が無くなって来てるようだけど」
「う、うるせークマ! 別にキャラ付けでやってるわけじゃねークマ!」

 と、ルークヒグマの言葉にそう返した後に球磨は、
 安い挑発にも乗ってしまうくらい自分の心が乱れていたことに気が付いた。
 奥歯に力を入れ、バックステップをしながら強く眼を閉じ、すぐ開く。
 切り替えなければいけない。
 実際、先ほどまで球磨がいた空間を、スライムの触手が通っていったところだ。
 立ち止まっていたら危ないところだった。

(あのおしゃべりなヒグマは、こっちを話術で動揺させるのが狙いだクマ)

 胸に言葉を刻む。惑わされるな。
 艦だった時代も艦むすとなってからも、敵と喋る機会などまず無かったが、
 一般的に戦場で敵と会話するやつの目的はこちらの精神を揺さぶることだ。

 目の前の逆毛はぺらぺらと色んな情報を喋っているように見える。
 でもそこに虚実が織り交ぜられていることは間違いない。
 確かに――戦闘開始1分を過ぎてもほむらが帰ってきていないのは事実。
 ほむらの方で何かがあった可能性は非常に高いが、他がすべて真実とは限らない。

 例えば、逆毛の使う『悪性電波』。
 実際のところ。逆毛が身体に纏っているそれは電波ではないはずだ。
 機械であるエヴァはともかく、人に電波を向けて意識を落とすだなんてふざけた効果である。

(こいつが使ったのは、電波じゃなく、自身に蓄えた大量の――静電気。
 冬のドアノブの超強力バージョンを、
 鎧や水を経由し、電気ショックとして一定量与えて感電させた。
 こう考えるのが一番自然クマ。電波を操作する能力と感電の原因は、別物だクマ)

 逆毛……ルークヒグマは自身の専門は電波であると、
 ゆえに攻撃性能は低いなどと評していたが、それこそ信じるに値しない情報だ。
 『悪性電波』などという名を付けた静電気による電気ショックがアリなら、
 いつその手から指向性のある放電攻撃をしてくるか分かったものではない。
 ただ。それがあるとしたらたぶん、1回、だろうが。
 
(きっと使えるエネルギーの絶対量が、こいつは少ない。
 だから自身に纏わせて盾にしつつ、効果的に、使えるときに引き出すようにして使っている。
 実際、弾薬の消費が上手だクマ。残弾の概念があることを、こちらに悟らせない演技も)

 球磨はルークヒグマの弱点を、これまでの観測から導き出していた。
 恐ろしく底知れぬ『電波使い』を銘打ち、綺麗に演じているが、
 本当は体に纏った静電気がすべて無くなれば、その能力は大きく弱体化するのだろう。
 でなければ、デビルヒグマも球磨もとうに電気気絶させられているはずだ。

 奇襲として鎧に纏わせておいた1回と、機械であるエヴァへの特効として使った1回の他は、
 出し惜しみをするかのようにルークヒグマは『悪性電波』を使っていない。
 全員に電波を向ければ、一撃で制圧できるのに。それが残弾有限の何よりの証拠。
 
(それすらも演技だったら、いよいよタチが悪すぎるクマ)

 あくまで推測。過信はしないが、この推理をもとに球磨は行動を起こすことにした。
 デイパックから紫のサイリウムを取り出し、折って光らせる。

「おや」

 ルークが紫の光に気が付く。


943 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:35:04 ER2w9Csg0
 
「サイリウム……かい? 戦闘用の道具じゃないね。何に使うのかな」
「甘く見ないほうがいいクマ。この道具は我が艦隊の要クマ。
 艦隊のチームワークの証でもあり、信頼の証でもある。大事な大事な――武器だクマ!」

 球磨はそれに注意をひきつけておいてから、サイリウムを右斜め前へと投擲する。
 ルークヒグマが一瞬、サイリウムにつられて眼球を動かす、
 その瞬間を狙ってデイパックから、ほむらのゴルフクラブを取り出し、駆ける!

「クマぁああああッ!!」

 両手で握り、上段に構えながら進撃する。掛け声にルークの意識は再びこちらに向く。
 が、ルークからすればこれは無策の突撃にしか見えぬはずだ。
 ゴルフクラブ程度の打撃はヒグマには通じないし、当たった瞬間自身の盾で球磨も倒されるのだから。
 それでもかまわず球磨は振り下ろす。狙いは、ヒグマの右眼球。

「何を……な!?」

 そして――意識から外れていたサイリウムが、
 ゴルフクラブと眼球のスキマへ、差し込まれるようにして現れる。

 ――マンハッタン・トランスファー。弾道中継のスタンド。
 サイリウム同様に支給品であり、ルークの持ちうる情報には無い存在。
 弾薬と魚雷の使えぬ狭い通路での、球磨の打てる最善手だ。
 
 “打ち方”はほむらが一度見せてくれた。
 ゴルフクラブを思い切り振り抜き、
 球磨はサイリウムを、ルークヒグマの右目へと思い切りシュートする!

「グ……G、YIAAAAA!!!」
「どうだクマ! 良く分からない化学液体を味わうがいいクマ!」

 サイリウムはヒグマの眼に突き刺さ――りまではしないものの、眼球を半陥没させながら、
 ヒビ割れてその中に入っている化学液体を眼に注入する。
 過酸化水素、副生成物のフェノール、色味付けのための化合物などが混じった液体は、生物に有毒なものだ。
 ルークヒグマは左手で右目を抑えながら膝をついた。バチ、バチと皮膚から電気が空中に霧散する。

「な、ぜ? ただのサイリウ、ムが」
「空中で反射する指示光棒を見るのは初めてかクマ? お勉強が足りないクマね」
「……グ……GII……」
「なにやられてんだァ、ルーク! “手伝い”に行ってやろうか……ッとォ!!」
「貴様の相手は私だ!!」

 ナイトヒグマは軽口を叩いたが余裕はなかった。
 先ほどのアクロバティック・ジャンプが警戒され、デビルは攻撃の手数を増やしていた。
 一撃一撃が致命を狙うものではないが、対応に貼りつかざるを得なくなっている。
 刃と刃のダンス。休符はない。
 互いに、これまでありえなかったほどの汗をかいている。
 イラつくナイトヒグマは、デビルヒグマを挑発する。

「っ、しつこいぞォ“老害”があッ……大体なんでヒグマが“人間の味方”してやがんだ!」
「人間の味方などではない! ただ、我が信念に準じているだけだ」
「“信念”だァ!? そいつで“メシ”が喰えんのかよ!」
「信念こそが強さを生む! 雑念だけの剣では、私は殺れんぞ!」
 
 返ってきたのは説教だった。煩いそれを聞き流しながらナイトヒグマは、
 デビルの肩口に隙が生じたのを捉えていた。
 チャンスだ。 
 無駄な戯言を並べている内に、灰色熊に鍛えてもらった自慢の“ヒグマサムネ”で、
 若く生まれただけでふんぞり返っている初期ナンバーのヒグマに制裁を下してやる。


944 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:36:42 ER2w9Csg0
 
 キン、キン、キン、三回、
 軽めのダミー攻撃を弾かせたあと、
 自身がナイトヒグマとして得た『アクロバティック・アーツ』の力をもってして、
 筋肉の挙動を無視して肩へとロングソードを振り下ろす。

「登りてェ、なんて思ったこたァ、ねェよ! “地上”で“メシ”が食えりゃ……十分だ!」

 振り下ろされたロングソードが左肩を切り裂く。
 デビルの身体に沈み込む。これで終わり――待て。

 待て。沈み込む?

 肌を撫でるように切り裂くつもりだったのに、
 デビルはいつのまにか一歩、前へと、足を踏み出していた。

「ばっ」

 身体を変形させ、硬質化させる能力を持つデビルヒグマに、その一手は悪手だ。
 やるのならば心臓か脳を一突き……それがセオリー、それを狙っていたのに。
 手数への対処によるミスの誘発とあからさまな隙の誘導罠。
 まんまと引っ掛かった。
 デビルは、斬った肉を勢いよく癒着させると共に、
 肋骨と鎖骨を変形させてヒグマサムネを絡めとる。ギチギチと摩擦音。
 
「『肉を斬らせて、骨で獲る』。この剣はもう抜けん」
「お、俺の“ヒグマサムネ”がッ!!」

 そしてデビルヒグマは、動揺するナイトヒグマの鎧と身体の間に爪を入れる。
 甲冑じみて頭部、胸部、腕など、全身を覆うその鎧の首あたりのスキマ。
 相手を停止させることでようやくその場所に突きたてられた爪が、勝敗を決した。

「ヒグマンの奴に剣術でも教わってこい。それとナイトを名乗るなら、騎士道精神も学んでおくんだな」

 細く伸びた爪と指骨が首に巻きつき、凶悪な力で絞め落とす。

「が」
「……」
「ざけんな……よ。“メシ”よか大事なもんが……あるわけねぇ」
「……」
「ちく……しょ、う」

 ぐるんと白目をむいて、ナイトヒグマの全身から力が抜けた。
 2秒残心し、ヒグマサムネを身体から抜く。
 血を振り払いデビルヒグマはさらにナイトの復活を警戒。
 ……どうやらなさそうだ。
 やはり、鎧は『アクロバティック・アーツ』の取得と引き換えに落ちていた防御力を補うためのものだったようだ。
 
 細く息を吐いたのち、少々ふらついた。
 斬られた身体を癒着させるのには変形能力のリソースである体力を大きく消費する。
 この一撃で決まらなければ、危ういところがあった。
 さて。向こうはどうなったか――デビルはルークヒグマと球磨のほうを横目で見る。

「……なんだと?」

 そして、目を見開いた。

「馬鹿――やめろッ!!!!!」


,


945 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:37:51 ER2w9Csg0
 

「ぐ……よくぞ。やってくれたね、お嬢さん……」
「おら、痛がる振りもいいかげんにするクマ。次は左目いくぞクマ」

 球磨は脅す口調でサイリウムをもう一本取り出す。色は黒。
 実際にやるわけではない。あくまで牽制だ。
 ヒグマの体力と防御力を前に、現状の球磨に有効手はもうない。
 ジャンとほむらが戻ってくるかデビルがナイトヒグマを仕留めるまで場を繋ぐ。
 そのための戦略と演技だ。球磨はひたすらに冷静だった。

 たとえばスライムヒグマのほうには常に注意を向けている。
 スライムがその内部に取り込めるのは球磨川一人で限界らしく、
 以降は触手でちょっかいをかけてきているだけ。しかしそれだけとも思えない。

(少し耐えてと言われたからには、耐えて見せるクマ)

 安全な距離をとりつつ、慎重にルークヒグマの次の手を見定める。
 弱頭の三下なら右目の怒りに我を忘れ、
 残る電力リソースを使ってがむしゃらな攻撃をしてくれるところだろうが……。

「この痛みは必ず返すよ……必ず……必ずね」
「だったら早くやってみたらどうクマ? こっちは準備万端だクマ」
「ハァ……そう焦らないでほしいな。こっちにだって、やることがあるんだよ」
「……なんだクマ?」

 少し不可解な返答に球磨の眉が動く。

「いやいや。せっかく時間をもらっているのだから、今のうちに報告を、と思ったのさ」

 ルークの返答に――球磨は心臓をびくんと跳ねさせた。
 見れば、ルークヒグマはサイリウムで負傷した右目を、左手で押さえている。
 右目を左手で。分からなくはないが、とっさに押さえるなら右手のほうが自然だ。
 では右手は何をしている?
 球磨の視線から隠れるように、背後に回されている。

 “たしかに僕らが上に報告する気がまったくないっていうのは真っ赤な嘘だけれど”

 先の伝令がほむらを釣る囮だということはすでに告げられた。
 しかし、つまり伝令をするつもりがないというわけではないとも、その前の段で彼は言った。
 球磨はそれを、「ほむらを倒して伝令を帝国に到着させる自信がある」と読んだが……。

「何をして、るクマ!!」

 斜め方向に数歩動く。ルークヒグマの右手が、地面をコンコンと叩いていた。
 その周りには苔。光りながらもぞもぞと動いている。
 ほむらの推測を球磨は思い出す――情報伝達の手段としての、苔。

「……!!」
「戦力、戦法、もろもろ含めてキング様に通信完了。これで本当のチェックメイトだ。
 ただ報告しただけじゃ、君たちを抑え込める戦力がどのくらいか把握できないからね。
 少し試させてもらったというわけさ。正直、ここまでとは思っていなかったけれど」

 もぞもぞ動く苔が壁の苔と接続され、光が苔を伝って壁の向こうへと拡散していく。
 ルークヒグマの言葉は半分は虚勢かもしれない。
 最初は本当に、4匹でこちらの9名を抑えるつもりだったのかもしれない。
 しかし、だったとしても、こうして報告されてしまえば同じことだ。
 もっともされてはならないことを、押さえるべきだったことを、最悪のタイミングで行われてしまった。

「く……なら。……そっちも火遊びの代償を受ける覚悟ができたってことでいいクマ?」


946 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:39:19 ER2w9Csg0
 
 歯ぎしりしつつ、切り替える。
 14cm単装砲の砲塔をルークヒグマのほうへと向ける。
 この近距離。撃てば爆風の影響で球磨も通路もただでは済まないだろうが、
 ヒグマは確実に殺せるだろう。連絡が為された以上、爆音も苔も気にすることはない。

 しん、と空気が止まる。
 少し遠くで、デビルヒグマとナイトヒグマの奏でる刃のダンスの音がしていた。
 砲塔に睨まれたルークヒグマは、にやり、と笑った。

「覚悟はできてないな。だって、その前に君たちが倒れるから」

 ルークヒグマは右手を動かす。
 ゆっくりと、動かす。
 ――来る。
 空雷を予測済みの球磨は、その一撃を避けるために精神を集中させた。
 スライムヒグマから触手が飛んできていないのを確認した。
 遠くでデビルの絞めが極まり、ナイトヒグマが倒れる音がした。

 ゆっくりと。
 ゆっくりと、
 ルークヒグマは右手を浮かせ、動かす。
 
 球磨もそのゆっくりとした動きにあわせて、ごくりと唾を呑みつつ、足に力を入れた。

 るずるずるず。
 音がした。
 
「?」

 地面、から。
 ルークに向けた砲塔によって、死角になっていた場所から。
 水の触手が現れて、球磨の脚を掴もうとしている。

「不味――」

 飛んで避ける。音がしなければ危なかった。
 ギリギリで、水の触手は球磨の靴をかすめるにとどまる。
 しかしこれ以上の回避行動は――。

 ルークヒグマが、ゆっくりと手を動かしている。
 爪を丸めた状態。
 開くことでおそらく、直線放電する。回避は出来ない。
 でもまだ大丈夫。放電に合わせて、ほむらのゴルフクラブを投げ、避雷針とする。
 難しいがそれであの、文字通りの雷撃の指向性を変えることはできる。
 さっき攻撃に使ったことで、相手もこの使い方はまだ予測に入れられていないはず。
 やってやる。

 なんなら攻撃を喰らってしまっても構わない。
 艦むすは人であり機械もある。
 その動力は燃料と電力。
 空母の方々なんかボーキサイトを直接食べて燃料にできるくらいだ、
 全部は無理だろうが、電気くらい喰って、無理やり動力に変換してやる!

「く……来いクマッ!!!」
「君じゃないよ?」


947 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:41:31 ER2w9Csg0
 
 ルークヒグマは、ゆっくりと動かす。




                  階段のほうへと、右手を。

「!?」
「僕の放雷撃は大事な大事な一撃だ」
「な……」「仕留める人数は、多い方がいいだろう?」

 その先にいるのは、星空凛と、巴マミの、「2人」だ。 

「痛みを返すのは、君じゃない」
「馬鹿――やめろッ!!!!!」
「なにやってるクマぁああああああああッ!!!!」

 デビルが吼え、球磨が叫ぶ。
 しかし二者の位置からはすぐ階段へ駆けつけることができない。
 爪が開かれる。
 ルークヒグマの逆立った毛並みがしなっていくと同時に、
 サイリウムよりも高い輝度をもつギザギザの光が手から放たれ、
 回転しながら階段の奥へと向かって行った。

 そして。
 少女の悲鳴が、通路まで聞こえてきた。


  ◆


 たとえ“未知”を正しく解読できたとしても。
 そのすべてに正しく対処できるとは、かぎらない。


  ◆
 

 停止しても敵が動いている異常事態を前に、ほむらは凍りつきそうになった。 
 それでも心を奮起させ、一旦時間停止を解除した。
 その瞬間は、目の前のプレーンなヒグマは眼前に残っていた。
 残った、が――徐々にまた残像となって消えていった。
 本体は?

「ぐおおおッ!!?」

 右後ろ45度でジャン・キルシュタインが叫んでいた。
 ほむらがそちらを向くと、そこに先ほどのヒグマがいて、
 ジャンに向かって爪を振り下ろしているところだった。
 再時間停止で回避するか? しかし、時間停止内でも動かれていた。
 ほむらは躊躇。ジャンはギリギリで剣でガードすることに成功した。
 ヒグマの膂力が叩き付けられる。
 立体機動ごと、ジャンとほむらはT字路の奥へと飛ばされる。球磨たちから見えない方へ。

「くっ……」
「来るぞ、アケミ!」

 飛ばされながら、首を無理やりヒグマの方に向ける。
 爪を振り切ったポーズのヒグマが残像となって消える中、何かがこちらに近づいてきている気配がした。


948 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:43:08 ER2w9Csg0
 
 2秒後、こちらに向かうヒグマの姿が現れて、そのまま制止した。あれも残像だ。
 本体は――きっと残像よりもさらにこちらに近づいている。

(どうなってるの? 消えてまた現れるまで、最大で2秒――瞬間移動ではない、
 でもただのステルス能力でもない。時間停止中の世界でも動けていたのは何故!?)

 ほむらは思考するが、まったくわけがわからなかった。
 ともかくあと2秒あればヒグマの爪は飛ばされたこちらの位置まで届くだろう。
 それは阻止せねばならない――もう一度、ほむらは盾を回す。

 時間が停止する。

 今まで見えなかったヒグマのこちらに向かってくる姿が、突然停止世界に現れた。

「……見えたっ!?」
「どうなってんだアケミ! あいつ、お前の魔法が効いてないのか!?」

 残り14秒。
 ジャンの問いに応えず、ほむらはジャンに四肢でしがみついた状態から両手を離し、
 盾と腕のスキマから89式5.56mm小銃を取り出してノータイムで引き金を引いた。

 銃から飛び出した弾丸は、停止空間内で任意のタイミングで静止させることができる。
 普段は止まっている相手の直前で静止状態にし、解除と同時に全着弾させているが、
 これは停止している物体への攻撃はすべて無効だからだ。
 今回は、銃弾を静止させる必要はない。発火音と共にヒグマに向け、
 小銃の銃弾を飛ばす。

 しかし――当たらない。

「なっ……」

 残り12秒。
 銃弾がすり抜けた。

「だめだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんの“四つ目”と、わたしの“四つ目”は近くて遠い。
 隣り合うけど通れはしない。見えるけど触れられはしない。……さあて、追いつめたよ」

 残り11秒。
 構えるジャンとほむらの眼前に、ヒグマは立った。
 そして、その爪で、ほむらの頬を触る。――すりぬける。互いに見える位置に居ながら、
 幽霊と人間になったかのように、ほむら達とヒグマは相互不干渉なのである。
 ありえないほど近くにいつつ触れられないヒグマは、ほむらの頬をじっとりと見つめている。

「ほっぺた、かさかさ? 疲れてるの、お姉ちゃん?」
「……ジャン! とにかく距離を取って! 一旦解除する!」
「ぐ……全くわかんねぇが了解だ!」

 残り10秒。
 ジャンは巻き戻し終わったワイヤーを再射出、しながらバックステップでヒグマから逃れる。
 もう一度ヒグマがこちらへと飛び込んでくる瞬間に、時間停止を解除。
 一瞬消えてから、ヒグマの姿が残像となって現れる。
 それより近く、見えないヒグマがこちらに近づいてきている。
 出現ポイントは――ジャンの左側だった。すでに爪を振り下ろしている!

「う、おおおおおおッ!!!」

 しかし、爪が届くより先に、壁に着弾したワイヤーを即座に背後へと巻き取り、危うく回避。
 ジャンの服が爪に当たってほんの少し破けた。
 さすがのジャンも立体機動のバランスを若干崩すが、立て直す。
 宙を舞い、着地。


949 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:44:54 ER2w9Csg0
 
 飛び去った位置は球磨たちがいる階段前からさらに離れてしまっていた。

 テレパシーを送るか、ジャンと凛で繋がっているトランシーバーで事態を共有したいところだが、
 立体機動一回分でもせいぜいヒグマ速で4秒分しか飛び離れることができない。
 通信している暇がない。そもそも、電探が乱されている以上、トランシーバーが使えるとも限らない。
 これ以上離れればトランシーバーの射程圏からも外れてしまう。まずい。

「アケミ! また来るぞ!」
「どう、すれば……」
「落ちつけ! “服は破けた”! こちらに攻撃してくる瞬間は実体があるんだ、そこを狙うんだ!」
「……そ、そうね……!」

 ジャンの言葉に動揺を振り払う。
 そうだ。いくら移動中に当たらなくとも、こちらを攻撃するその瞬間だけは実体を表さなければならない。
 ならばあちらの攻撃に合わせて、こちらが攻撃すればいいだけだ。
 2秒。こちらに向かってくるヒグマの残像が出現する。あと2秒後。タイミングを合わせて――。

「だめだめ。お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、考えが浅いと思うよ?」

 しかし1秒後。ヒグマが姿を表した。
 今度は残像ではなく、どうやら実体のまま――こちらに向かって直進してくる。
 タイミングを外されて驚くあいだに、ヒグマはジャンへとタックル攻撃を仕掛けてきた。
 やることは変わらない。
 攻撃に合わせて、こちらも攻撃するだけだ。だが……。

「ぬ、おおおッ!」

 目を狙ってジャンが剣を刺しに行く。あっけなく、それはヒグマの眼窩へと刺さる。
 手ごたえがあった……なのに、それは質量だけを残した残像なのだった。
 攻撃に合わせて攻撃しても、ヒグマは返す手で実体を残像にしてしまうのである。
 そして。

「うーん。ピースガーディアンのみんなと、
 なるべく殺さずカタをつけるだなんてルールを決めなきゃよかったかなあ」

 次に現れたヒグマは――“こちらに攻撃するゼロ秒前に実体を現した”。
 今度は横合いから、タックル。
 現れた瞬間、何の行動も差し挟む余地なくインパクト。

「ぐお、あっ」
「きゃあああッ!」

 ほむら、ジャンはなすすべなく吹き飛ばされる。ジャンの肋骨が嫌な音を立てた。
 壁に激突――すれば、さらなるダメージと気絶を免れない。
 空気の重さを感じながらジャンはワイヤーを射出、
 天井に挿して徐々に引き、飛ぶ勢いを弱めながら、
 振り払われかけたほむらの身体をもう片方の手で引き寄せ、抱えるようにしてキャッチした。
 ざざざ。
 そのまま地面を足で擦って、なんとか停止。ヒグマを睨む。
 ヒグマはこちらを無邪気な眼でみつめながら、すこしつまらなさそうにため息をつく。

「……ハァッ……ハァ……やりやがったな、畜生」
「うん。つまんない。布束さんに診療所送りにされたときはまだ扱い方がよく分かってなかったけど、
 ちゃあんと制御したらもう、わたしに触れられる敵なんていないんだ。分かってたけど、つーまんない」
「アケミ! アケミ、起きてるか!」
「……なんとか、ね。あなたの服が汗臭すぎて目が覚めたわ」

 ほむらは言うとジャンの胸を手で付いて飛び離れた。


950 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:47:12 ER2w9Csg0
 
「そいつは良かった。良かったが、喜べねえな……そんなにか?」
「本当に、ゲホッ、厄介、だわ……ああ、あなたの服ではなくて、あいつよ」

 ポーンヒグマを見据えながら、ほむらは苦い顔をした。
 明らかにこの敵は、自分の時間停止能力へのメタとして配されたヒグマだ。
 敵はこちらの能力を把握している。それだけでも厄介だというのに。

「確かにな」

 ジャンも自分の腕の臭いをかぎながら同意する。もちろん服が臭うことに対してではない。
 目の前のヒグマが持つ、ふざけた能力についてだ。

 質量のある残像を残して、消えながら2秒間のあいだ移動する。
 連続発動可能、おそらく消費無し。
 時間停止をすると消えていたのが見えるようにはなるが、
 なぜか時間停止中でも動いてくる。
 攻撃すれば残像と化してどこかへ逃げ去り、
 向こうからはゼロ距離で実体化することでカウンター不可能な攻撃を繰り出す。

 チェスの駒であるポーンには、初手のみ残像を残して2マス移動できるルールがあるが……。
 似ているどころか、それをもとに、さらに強化されている。ふざけているとしか言いようがない。

(そしてその能力原理は、いまだにさっぱり。お手上げといったところね。
 とりあえず分かったのは、時間をずっと止め続けることで相互不干渉を作り出せることだけ。
 でも、それもあと10秒しかない。つくづく、間が悪いとしか言いようがないわ)

 ひどく濁ったソウルジェムに目を落とす。
 これが濁りきれば、ほむらは魔女化する。

(いっそ、魔女にでもなって、結界にこいつを閉じ込めてしまおうかしら。
 このままではどちらにせよ殺される。なら……このヒグマと、結界の中で永遠に戦っても……)


「おいアケミ。弱気になってんじゃねぇぞ」
「……何よ」
「諦めてる顔をしてたぞ。俺が一番嫌いな顔だ」

 心を読まれたかのようなジャン・キルシュタインの声に、ほむらは我に返った。
 ジャン・キルシュタインはこの“未知”の恐怖を前に、まだ、全く諦めていなかった。

 あくまでただの女子中学生だったほむらと違い、
 ジャンは生まれながらに戦いの世界の中を生きてきた。
 この程度の“未知”など、幾度も遭遇してきたし、弱音を吐かず戦ってきた。
 戦士としての覚悟ならジャンのほうが上だ。――勇気づけられてしまった。1つ、借りだ。

 そうだ。何を考えている、暁美ほむら。
 まどかも救っていないのに、こんなところで死ねるわけがない。
 仲間も守っていないのに、こんなところで、魔女になってたまるか。

「確かにあいつは厄介だ。攻撃したってどっかに逃げちまうし、倒し方もわかんねぇ。
 でも、だからって俺たちが心ごと逃げたら、それこそ倒せねえ」
「……ええ」
「あんな、逃げて隠れて、自分の世界に閉じこもってるやつに心で負けたら駄目だ!
 やるぞアケミ。命と引き換えなんてふざけたこというなよ。あんなやつ、5秒でねじ伏せる!!」
「そう、ね……やりましょう、ジャン。根競べよ。
 攻撃が来そうな方向を読んで、直接接触を回避しつつ、敵が疲弊するのを……」

 ジャンの言葉を聞いて心が軽くなったほむらは、根競べの作戦をとろうとした。
 だが。さきほどジャンが言った言葉に、どこか違和感を感じた。


951 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:48:15 ER2w9Csg0
 
「……自分の世界に、閉じこもる?」
「? どうした」
「どうしたの、お姉ちゃん。お兄ちゃん。そろそろ、作戦会議は終わった? じゃあ、いくよ?」

 律儀にもこちらの気力が回復するまで待っていたポーンヒグマが、
 次なる遊びを始めようと、その姿を停止させる。
 残像となって消えゆくヒグマの姿。ほむらは、引っ掛かったワードから、さらにその前、
 自分が心中で愚かにも考えてしまった言葉を反芻する。

(魔女。魔女結界……の中。そこは、魔女だけの世界。異空間)

 魔女になった魔法少女が作り出す魔女結界は、現実世界には存在しない。
 三つの次元で構成される世界に作られた、四つ目の空間。魔女だけの世界。
 そして暁美ほむらが使う魔法は、
 三次元に流れる四つ目の数値を操作し、自分だけの停止世界を作り出すものだ。
 同じ“四つ目”を操るその二つは、近くて、しかし遠い。

 お姉ちゃんの“四つ目”と、わたしの“四つ目”は近くて遠い。

 自身の能力への理解と、邪気なき純粋な心によって放たれただろうこのヒグマの言葉は。
 あまりにも端的に、彼女の能力と――その打倒方法を、ほむらに知らせていた。

「……そういう、ことね」
「どうした?」
「ジャン。見つけたわ。5秒で、決めるわよ」

 ほむらはジャンの手を取り、盾を回す。
 残り10秒。
 時が止まる。
 近くて遠い世界に閉じこもっている、ポーンヒグマが現れる。

「あ、止めたんだぁ」
「ええ。だってそのほうが、貴女の世界に近いようだから」

 残り09秒。
 その姿に、ほむらはもう恐怖することはない。
 本当に初歩的なことだ。初歩的すぎて、参加者データにも載っていない。

「ここ、ね。……貴女の世界。入らせてもらうわね」
「……え?」

 魔法少女は。
 入り口さえ見つければ。異空間への扉を、開くことができる。

 残り08秒。
 相手が見えているほど「近い」空間なら、それはあまりにも容易なことだ。
 虚空に現れた扉を、暁美ほむらは開く。すると視界にポーンヒグマの世界が現れた。
 といっても外見は全く現実と変わりないように見える。それもそうか。
 これは現実から逃げるための異空間ではなく、現実を生きるために得た異空間なのだろうから。
 ともかくこれで、触れ合える。

「嘘。なんで、――何でッ。なんで、わたしの、残像世界に!」
「私が魔法少女だからよ、箱入り娘さん」
「よく分からねぇが、当たるんだな? アケミ」
「ええ、間違いないわ。そして……これで、終わりよ」
「あ……嫌ッ……わ、わたし、遊びたかっただけだったのに……」


952 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:49:46 ER2w9Csg0
 
 残り07秒。
 質量を持った残像を残して異空間を2秒間移動できるポーンヒグマの前に、
 魔法少女と調査兵団が、確かな質量を持って相対した。
 能力以外は一般的なヒグマを斃し切るのには、あと2秒あれば、十分だった。

「娯楽がなさそうなところ、悪いけれど。こっちは、遊びじゃないのよ」
 
 
【穴持たず200(ポーンヒグマ) 死亡】


 そして――5秒を残し、現実へと帰還したほむらとジャンは。
 トランシーバーから聞こえる少女の悲鳴と、
 次いで放たれた砲撃の爆音、地を揺らす衝撃を、連続して感じることになった。

「……なっ!? いまの悲鳴……誰だ!?」
「球磨……!?」

 少女の悲鳴。
 そして球磨が狭い空間で砲撃を行った。そうしなければならないほどに、まずい状況だということだ。
 トランシーバーで凛と、テレパシーでマミと、連絡を取ろうとした。
 どちらからも、反応がない。 
 
 凛は声すら出せない状況にあり、
 マミも、テレパシーを返す余裕を失っている。 
 
 二人は顔を見合わせたあと、無言で頷きあい、再びほむらがジャンにしがみついた。
 立体機動で通路を駆ける。早く。なるべく、最速で。
 そしてT字路を曲がった二人が目にした、通路の光景は――。

 
  ◆ 


 半分は、覚悟していた。

「私たちはもう、人間ではない。魔法少女の命は、ソウルジェムに封じられている。
 身体がいくら傷ついても、ソウルジェムさえ残っていれば魔力を使って蘇ることができるの」

 腹を裂かれ、喰われ、それでも生き返り。
 体を真っ二つに引き裂かれ、それでも生き返る。
 そんな経験をしたあとにこんな言葉を聞かされても、「そうよね」、としか言えない。
 ヒグマを化け物だなんて言えたものじゃなかった。自分だって、化け物だった。

 ……でも、それはいい。それは重要なことじゃない。
 ここで例え二度の死を経験していなくても、この情報で私が壊れることはない。
 なぜって。私はもう、すでに一回。
 魔法少女になるときに、“絶対的な死”を踏み倒しているからだ。
 生きてこの世と繋がれていただけで奇跡なんだから、
 例え人間じゃなくなっていたとしても、驚いて、悲しみはすれど、取り乱しはしなかった。

 問題は、その先だ。
 人間じゃなくて、魔法少女になった。
 なら――魔法少女とは、いったい何なのか。

 ソウルジェムにその魂が封じられているのならば、
 そのソウルジェムが濁りきったとき、魔法少女はいったいどうなる?

「魔女になる」


953 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:50:52 ER2w9Csg0
 
 暁美さんは、私の眼をしっかり見て、正直に明かしてくれた。

「ソウルジェムが濁りきった魔法少女は、魔女になる。
 私たちが倒してきた魔女は、みんな、魔法少女のなれの果てだったのよ。
 全ては罠。やつらは魔法少女の希望と、魔女の絶望の転移エネルギーを利用して、
 自分たちの目的を叶えようとしている。私たちは、利用されたの」
「……そん、な」
「辛いと思うわ。でもこれが真実よ」

 “魔法少女の真実”は……あまりにも、残酷だった。
 絶望をふりまく魔女と、希望を繋ぐ魔法少女。
 対極にあると思っていたこの二者は、遠いようであまりに近い場所に居た。
 鏡写しだった。
 同じ構造式から作られた、正負が逆の、鏡像異性体にすぎなかった。
 ただその役割を変えただけで、両方とも舞台の上の、道化だった――。

「それじゃあ、私、は」
「落ち着いて、巴さん……いえ、マミさん。絶望するにはまだ早いわ」

 打ちのめされかけたわたしを引き留めようと、暁美さんは色々な可能性を示してくれた。
 精神の力であるスタンドというものの存在を例に出して、
 ソウルジェムの濁りをグリーフシード以外の方法で止める方法を提示してみたり。
 少し突飛な思いつきと前置きしつつ、ヒグマと知性ある会話が出来たのなら、
 魔女にだって知性をもたせ、対話したり、なんなら人間に戻したりだって出来るかもしれないと言ったり。

 私が魔法少女に絶望しないように、私に繋がったリボンを引っ張ってくれた。

 でも。

「だから。いつかは、私たちは、魔法少女をやめて生き続けることができるかもしれない。
 ……本当はね、マミさん。私はいつかなんとかなるなんて根性論、大嫌いなたちだわ。
 出来るかも分からない希望にすがって生きるのがどれだけ辛いかを、私はよく知っているから。
 でも、球磨と出会って。ジャンと出会って、凛と出会って。
 この島を生き抜いて――私は世界が開けるのを感じたの。
 理に縛られちゃダメ。世界の理を変えるくらいの強い想いがあれば、願いだって、きっと叶うって、」
「ありがとう、暁美さん。嬉しいわ、励ましてくれて」
「……マミさん?」
「でも、少し、心を整理する時間が欲しいの……ごめんなさい」
「そ……そういうことなら、分かったわ。
 あ、あの……こっちこそごめんなさい。知り合いに出会えて、少々浮かれていたのかしら」

 しゅんと萎んだ風船のようになってしまった暁美さんに「大丈夫よ」と微笑みながら、
 でも私は、こころのなかに建てた偽りの城が、今度こそ砂になって消え去ってしまうのを感じていた。
 夢の残骸でも残っていれば、 
 まだそれは「壊れたけど、正しかったもの」として見ることもできる。
 でも消えてしまったそれは偽りですらない。
 間違った夢。抱いてはいけなかった願いであり、罰を受けるべき、罪でしかなかった。

(魔法少女が魔女を生むなら。
 私が今までやってきたことは、何?)

 ――助けて、と願って魔法少女になった。

 そして私だけ、生き残った。
 もう少し上手く願えていれば、私の両親は助かっていたのかもしれなかった。
 私だけ生き残ったのは、罪だ。
 償うには魔法少女をするしかなかった。沢山の人を救って、自分が生き残った理由を作った。


954 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:52:24 ER2w9Csg0
 
 ――たくさんの魔女を倒してきた。

 でもそれが魔法少女のなれの果てだったのなら、私のやっていたことは殺人と同じだ。
 沢山の人を救うために、沢山の少女を殺して。罪でなくてなんなのだろう。
 見滝原をずっと守ってきた。魔女はその間、ずっと生まれつづけた。
 私はどうして魔女が生まれるのか、何が魔女を作るのか、
 突き止めようともせず戦っていたが、全てが舞台の上の演目だったのならこう考えることもできる。

 ――見滝原に魔女が現れるのも、私のせいだった。

 キュゥべえたちが魔法少女が魔女になるエネルギーを利用するのなら、
 利用した後の魔女は、絶望を振りまいて人々をおびやかす危険な存在で、しかも残りかすの存在だ。
 それをさらに利用してキュゥべぇは新たな契約をするのだろうが、契約が常に上手く行くとも限らない。
 リザーバーが必要だ。勧誘が成功しなかった場合に、魔女を倒してくれる都合の良い存在が。

 ――私だ。
 
 歴戦を戦ったベテラン魔法少女・巴マミがいて、なんの疑いもなく魔女を倒す見滝原は、
 彼らにとって非常にやりやすい「狩り場」だったのではないだろうか?
 私は魔女の手から人々を守っていたけれど、それが彼らの仕込んだ舞台ならば、
 ……私が救っていた人々は、そもそも私のせいで危機に陥ったことになる。

 とんだマッチポンプだ。そしてそれに全く気付かなかった私の罪は、あまりにも重い。
 それどころか私は魔法少女の使命を盾にして、
 ひとりぼっちの自分の寂しさを埋めようと、鹿目さんや美樹さんを勧誘すらして――。

 ――私が魔法少女でいることが、多くの人の絶望に繋がっていた。

 そういうことなら。
 私がいなかったほうが多くの人が助かっていたのかもしれないくらいなら。
 じゃあ。何で私は、のうのうと生きながらえていたの?

 人間じゃなくなってまで、生きたいと願ってしまったの?

 なんで……あのとき……死ななかったの……。

(……私は人類の敵を倒すヒーローなんかじゃ、なかった。
 ただ生きたいがために、魔法少女であることにすがっていた、弱くてずるい子だったんだ)

 暁美さんはこんな私にも優しい言葉をかけてくれた。
 絶望しないでと、魔法少女だっていつかはやめられるかもと。
 でも……魔法少女だけが生きる意味だった私からそれを取ったら、何も残らない。
 そして魔法少女が魔女になると知ってしまった今、魔法少女も、もう行えない。

 チェックメイトだった。
 
 繋がろうとして伸ばしたリボンが、がんじがらめになって、私の魂を縛る。
 もう、戦えない。
 ヒグマとも。魔女とも。戦っていいような生きる意味を、私は持たないのだから。
 もう……私は。からっぽ、だった。
 
「――――させっかよ!」
「ああん!? “乱入”かッ!?」

 何も考えたくない気分でぼーっと歩いていた私は、
 敵のヒグマが現れたのに気付くのすら、普段では考えられないほどに遅かった。
 私より前にいた、纏さんという露出の大きい子が階段を蹴り飛んで、
 踊り場の壁を蹴って反転し、敵に向かっていく姿を視界にとらえて、やっとだった。


955 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:53:48 ER2w9Csg0
 
 いつのまにか暁美さんと、金の短髪の男の子の姿もなかった。
 纏さんより早く異変を察知して、時間停止で戦いに向かったのだろう。
 私は――続こうと思うことすらできなかった。
 自分でも、びっくりした。足が、手が、ぜんぜん動かなくなっていた。
 白眼のヒグマ、ヒグマン子爵と対峙した時もこうなっていたけれど、それ以上だ。
 
 魂に巻きついたリボンが、身体をきりきりと縛り付けている。

「エルフの……実体化……あ。う、あ……うわぁああああ!!」
「……オイオイ、“びびりすぎ”だっつの。あっけねェ」

 纏さんが倒れ、そしてシンジくんが叫び声を上げて、
 やっと私は身体を反転させて、戦場に目を向けることが出来た。
 見えたのは、中央、ヒグマの形をしたスライムみたいなものに囚われた球磨川さん。
 左に、倒れているシンジくんの脚。銀色の鎧の端。止まっている紫の人型機械。
 右に、球磨さんの後ろ姿と艦装。

 その肩越しにこちらを見つめる、ヒグマの眼。

 髪を逆立たせたそのヒグマの眼に、私は射竦められた。
 声を上げ、がくりとその場に崩れ落ちる。
 残っていた中性的な容姿の少女――凛さんといったか、が、驚いて私の肩に手を置いた。

「ま、マミさん! しっかり!」
「おや? 少々、人数が足らないね」
「あ……」
「マミさん! 大丈夫かにゃ!?」

 揺さぶって意識を確かめてくれる凛さんになんとか答えようとしたけれど、できなかった。
 真実を知った後、改めて向けられた殺意が。罪だらけの私を、苛むように突き刺し続けていた。

 私はただ目の前で流れていく光景を見るだけになってしまった。

 球磨さんはすごかった。スタンドを有効利用して、逆毛のヒグマに有効打を与えた。
 デビルさんも、相手の手が一旦出尽くしてからは終始優位に戦いを進めていた。
 甲冑を着込んだヒグマの剣がデビルさんの肩口に吸い込まれたときには眼をつぶりそうになったけど、
 それもデビルさんの戦術の内。
 ヒグマン子爵に斬られたときのように身体を繋ぎ直し、
 相手の剣を使用不可能にしてから、きっちりと絞め技で決めていた。

 すごい――と思う。
 同時に、どうして――とも思う。
 島で課せられた殺し合いは、あの眼鏡の人が主催した舞台での演目だ。
 首輪が外れた今、もうそれに乗る必要はない。なのに目の前ではまだ殺し合いが続いている。

 殺し合いが止まらない。坂から転げ落ちたゆきだるまみたいに転がりながら巨大化している。
 主催者の見ていないこんな場所でまで、人とヒグマ、人と人、ヒグマとヒグマが、争い合っている。
 繋がりを断ち合う踊りを、踊る。絡み、交ざって、ちぎりあう。
 
 私は眼を閉じようとした。みんなが戦っているというのに、眼を、閉じようとした。
 もうたくさんだった。見るのも、踊るのも、どこから音楽が鳴っているのか、考えるのも。
 未だに隣で心配してくれている凛さんに申し訳なさを感じながらも、私は眼を、閉じ、
 ようとしたとき。

 逆毛のヒグマさんが、右手を――こちらに向けた。

「痛みを返すのは、君じゃない」


956 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:55:05 ER2w9Csg0
 
 逃げるだなんて許されなかった。
 目を背けようとした臆病者に向かって、雷の裁きが与えられようとしていた。

「……!!」

 標的になっていることを察知した私の本能は、それを拒絶する。
 拒絶は魔法になって現れる。“絶対領域”。
 物理ダメージも魔法ダメージも通さない、私の持ちうる中でも最上級の防御魔法だ。

 発動したあと自己嫌悪に襲われる。なんでまだ、生きようとしてしまうんだ。
 でもそれは身体に染みついた防御行動だった。
 止めようがなかった。魔法は省エネのために、私の周りだけに展開された。

「え、」

 私の周りだけに、展開された。


 それからの1秒間を私は絶対領域の中からすべて見ていた。


  ◆


 ギザギザで、グルグルで、バチバチで、ビカビカ。
 それはまるで生き物のようにうねりながら、
 二人の少女に向かって、驚異的な速度で、その先端を伝搬させていた。

 球磨とデビルヒグマはその明るすぎる光に、本能的に目を瞑った。
 巴マミは襲い来る死の恐怖に、本能的に自分の回りだけにバリアを展開した。
 星空凛は。一歩、斜め前に。

 ――巴マミを守るような位置に。
 自分の身体をねじ込みながら、両手を広げた。

 当然、その行動によって、巴マミの張ったバリアから、彼女は外れてしまった。

 雷が、轟く。
 音が耳に届くころには、攻撃はもう終わっていた。

 巴マミは、バリアの中から悲鳴を上げた。


  ◆


 ほむらとジャンがポーンヒグマを屠って戻ってきたときには、
 すでに球磨が砲撃によって、壁ごとルークヒグマの胴体を消し飛ばしたあとだった。


【穴持たず201(ルークヒグマ) 死亡】


 球磨川禊を内包しながら静かに震えるスライムヒグマのみが、その場に残っている敵だった。
  
「……誘導したな。凛がかばえるように、わざと、ゆっくり、右手を動かした。
 最初っから、狙いは凛だったのかクマ? ……何か言えクマ。死んでんじゃねーぞクマ!!」


957 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:56:13 ER2w9Csg0
 
 壁は無残なほどにえぐれ、天井は一部崩落した。通路がまだ繋がっているのが奇跡に近い。
 そして砲撃の余波をモロに喰らって、
 球磨もまた服は破け、身体や艦装のいたるところに火薬の墨をこびりつかせていた。
 しかしそれ以上に、今まで見たこともないような、怒りの形相をしていた。
 首から上しか残っていないルークヒグマに向かって、やり場のない感情を言葉にしてぶつけている。
 ほむらもジャンも、こんな球磨を見るのは初めてだった。

「落ちつけ、球磨! もうそいつは死んでる!」
「分かってる! でも許せないんだクマ!
 こいつを止められなかった球磨も! カッとなって殺した球磨も! 許せないクマ!!」
「だから、おち、つけ……ぐっ」

 球磨をなだめにいったジャンが腹部を押さえて眉を寄せる。
 もともと肋骨が折れていたところにタックルを喰らったジャンのダメージもまた、大きい。
 ほむらに至っては、残り5秒停止分の魔力しか残っていないところまで追いつめられた。
 見渡せば、球磨は見ての通り中破。
 纏流子と碇シンジは地面に伏せて動かず、エヴァンゲリオンは停止している。
 悔しさがにじみでた表情で立っているデビルは外傷無しに見えるが、身体を使った白羽取りで再び体力を消耗した。
 そして、階段に目を向ければ、

「あ……ああ……」

 さめざめと泣く巴マミに抱えられている、動かない星空凛がいる。

「あけ、み、さん……りん、ちゃん……が」
「! ……」
「わ、私が。私が守らなきゃいけなかったのに。……私、じぶんしか、かんがえてなくて。
 凛さんは、かばってくれたのに。私、私……。あ……」
「……とりあえず絶対領域を解いて、マミさん。魔力が無駄になってるわ」

 階段に向かいながらほむらは、マミに出来うるかぎり優しい声で諭した。

「もし心停止していてもまだ望みはある。幸い、ひどいやけどはないし、
 落雷の死因は脳か心臓の停止が主だから、心肺蘇生すればまだ……」

 ただの落雷ではなく、指向性の雷撃であることには触れない。
 言われたとおりにバリアを解除したマミの手から、ほむらは凛を受け取る。
 階段を降り、床に寝かせた。
 服を軽くめくると、シダの葉に似た軽度の火傷の跡が腹部にある。落雷被害の症状に近い。
 胸に手を当てる。

(止まって……いや、まだ、弱いけど、動いてる)

 パニック状態のマミでは分からないレベルの、かすかな鼓動。
 意識はない。呼吸は――微か。
 いつ止まるか分からないが。希望はある。ほむらはそう自分に、言い聞かせる。

「……でも、これは……」
「すグに……病院に……運ばねば、なりマセンね?」
「!」

 ごぽごぽというエフェクトがかかった声が、そんなほむらに飛んでくる。
 見ればヒグマ型スライムがその顔あたりに口を作り、ほむらに向かって話かけてきていた。

「ああ……貴女には自己紹介がまだデしたかね。No203、ビショップヒグマです。
 チェックメイトを……しにきました。私たちが……求めるのは。アナタがたの、降伏(ステイルメイト)です」


958 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 04:57:51 ER2w9Csg0
 
 るずるずるず。
 るずるずるず。るずるずるず。るずるずるず。
 スライムヒグマがそう言うと同時に、
 突如として、地面や天井から大量の水触手が現れ、通路の両サイドに網を張った。
 もっとも近い位置にいたデビルが腕のブレードでそれを斬るが、
 斬った瞬間のみ「スライム」は「水」に戻り、攻撃は意味をなさなかった。
 ほむらたちは、閉じ込められた。

「ぬ……」
「降伏……ですって?」
「どういうことだ、貴様」
「我が主、キングの望みは……実験の完遂。島の人間の殺戮では……ナイのです。
 首輪を外し……帝国に反逆を加えようとしテいても……、
 そちらが実験参加者であることには……違いありマセん。故に、今回の“警告”なのです」
「……警告? これが、警告だと?」
「ヒグマ帝国には……現在、約1000匹のヒグマが登録されているソウです」

 水触手を操り、空中に「1000」の数字を描く。 

「そのウチ、……およそ9割のヒグマは……培養液から生まれたままのプレーンヒグマ。
 しかし、1割は我々のように……弱いか強いか、『能力』や『技術』を持っているカスタムヒグマ。
 そして……時間さえあれば。カスタムヒグマでさえ、いくらでも……生産可能です。
 アナタがたが今回殺したヒグマだって……調整すレば……再度作ることは難しくナい」

 それに、ルークやナイトであれば、代わりのヒグマは居る。
 ビショップにも、より効率のよく、より広い制圧力のある増殖能力を持つ『檻』を作るヒグマが存在する。
 ビショップの水はせいぜい半径20m内しか伸ばせず、閉じ込めるだけの触手を伸ばすにも時間が必要だが、
 彼女の制圧範囲は島の周囲の海すべてに及ぶ。
 同じ水属性として尊敬に値します、と私情を挟みつつ、ビショップは続けた。

「だから……アナタがたがここで奮闘をしても……ヒに入った夏の虫の、小さな抵抗でしかナイのです。
 いくらでも、同レベル。あるいは……上位レベルの脅威を立ちはだからせることがデキる。
 ……ゆえに抵抗はムダ……それを……分かって頂きタかった。
 もっとも、ナイトとルークはともかく、ポーンが殺サレルとは……思っていまセンでしたが。まあ、同じコトです」

 そこまで言うとビショップヒグマは、ヒグマ型の身体から二対の触手腕を生やし、
 片方は、球磨川を。
 もう片方は、階段の方を指した。

「この……球磨川という参加者が。首輪反応消失の……主犯だと推測しマす。
 今回の侵入に際しては……この者の捕縛連行……これで手打ちと、しましょう。
 そこの階段から……お帰りクダさい。
 上の水道管の水は……私が今、通れるようにせき止めテいます。
 ここから上に出れば、D-7とD-6のほぼ境界……総合病院が、近くにアリますので。
 そちらの死にかけの少女にも……処置を行うことが可能でしょう……」

 この警告に従わぬなら、脱出路も封鎖。
 すでに呼んでいる、さらなる追っ手に、全員殺されることになるでしょう。
 ごぽごぽというエフェクトをかけながらスライムは淡々と告げた。

「穴持たずNo.1、デビルヒグマさん……貴方も、同様です。
 キングは実験の停止を望んでいマせん。会場に戻って……ヒグマとしての役目を、遂行シテ下さい。
 戻っても尚……参加者に、協力するようなら。……追って、制裁ヒグマを向かわセます」
「ぐ……」
「さあ……決断を。あまり……思考時間はナイと思われますよ」
「……ぬ」


959 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:00:28 ER2w9Csg0
 
 デビルヒグマは、沈黙した。
 球磨も、ジャンも、スライムヒグマを睨みながらも、言い返せなかった。
 事実として、たった4匹のヒグマとの戦いでこれだけほむら達はダメージを受けた。
 さらなる追っ手と戦うだけの力は、もうなかった。
 それどころか目の前のスライムヒグマから球磨川を取り返すことすら……。

 ……もとより、地上へと戻るつもりだった。
 道を作ってくれているのならば、むしろ、好都合だ。
 ほむらは、背後で泣きじゃくる巴マミと、目の前で小さく息をする凛を交互に見てから、
 拳を握りしめ、喉から敗北の言葉を、絞り出そうとした。

「まだだ」

 それより先に、声を出したのは、纏流子だった。
 意識を取り戻していたらしく、起き上がろうと体をぎちぎちと動かしている。

「……?」
「まだ、だ……ッ。……こんなモンで。……負かしたと思ってんじゃ、ねェぞ!!」
「……無理しないほうが……イイですよ。
 ルークの電撃は……確かに『悪性』でもアリます……身体の感覚がナイでしょう?」

 その行動は、敵であるスライムに心配されるほどであった。
 実際、流子の感覚はルークの電撃で一時的に断絶されていた。
 触覚はない。自分の腕や足がどの方向に曲がっているかも分からない。
 しかし、だから流子は立ち上がろうとする。
 ――あたしは降伏を勧められて、素直に受け入れる魂(タマ)じゃ、ねえんだよ!!

「うるせぇ!! ……鮮血ッ!! あたしを動かせ!!」
(いいのか流子)
「いい! どれだけ血を使っても構わねェ!! 立ち上がるぞ!」
(……分かった。意識をしっかり保てよ)

 流子は自身とリンクしている鮮血に、自分の操作権を預ける選択を取った。
 元より流子の腕と脚は鮮血に覆われている。
 それを動かしてもらうだけでいい。危険だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 服に引かれた赤いラインから、強い光が十字に煌めいた。

「ぐ……おおおらあああああ!!」

 腕に力が入る。脚が地面を蹴りあげる。
 立ち上がる。前を向く。
 片太刀バサミを構える。相手を睨む。

「どう……ナって……!?」

 鮮血は機械でもないし人間でもない、服だ。
 魂で動くそれに脳はない。しびれさせることなんてできるはずもない。
 静電気を喰らっても、生地が逆立つくらいだ。
 そもそも神衣の声が聞こえている流子以外には、鮮血はただの服にしか見えていない。
 スライムヒグマもだが、意識のある参加者サイドも全員が、
 わけのわからない流子の復活劇に驚いた。

(纏流子……本能寺学園の、生徒……、神衣という身体強化服を着込んで、
 片太刀バサミという武器を使う……こんなの情報にナイ……!)

「黙って聞いてりゃ、好き放題言いやがって。
 ナメてんじゃねェぞ! お前にお膳立てしてもらわなくてもなァ、脱出くらいしてやるってんだ!
 でもその前に……てめーをぶっ倒した後でなァ!!!」
「な……」
「行くぞ鮮血! 武滾流猛怒(ぶったぎるもーど)だ!!」


960 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:02:24 ER2w9Csg0
 
(ああ、流子!)

 神衣が蒸気を噴き、サスペンダーが閉まる。襟が巨大なアーマーになる。
 片太刀バサミが変形する。通路の端いっぱいまで、長く、長く、伸びた。
 さすがのスライムヒグマも攻撃の予感に狼狽え始める。

「や、やる気ですが……イイのですか……? 中に人がイル……んですよ!?」
「安心しな。ちゃァんと服だけ斬ってやる。
 スライムだなんてたいそう冷たそうな服着てやがんなァ、球磨川! 今剥がしてやるよ!!」
「な……やめ……」
「――おらァッ!!!!」

 神衣の襟のアーマーから、さらに蒸気が噴き出し、それがスラスターとなった。
 動きをすべて鮮血が制御しているため少々不格好だが、意思はシンクロしている。
 スラスターによって高速で駆け抜ける流子が、スライムヒグマのそばを通りぬけながら、
 手に持った巨大片太刀バサミを振るい――。

「 戦 維  喪 失 ! 」

 掛け声とともに。
 スライムヒグマの身体がバラバラに四散し、ついでに球磨川の学生服も上下ともに四散した。
 地面からスライムの意識制御部分が浮かされたことで、壁の触手も順次、ただの水に戻っていく。
 そして一撃で服を消し飛ばすほどの高密度の衝撃を受ければ、
 いかな再生能力といえど、すぐには再び球磨川を取り込むほどの体積を獲得できない!

「ぐ……だが、私は……死にマせ」
「マミさん!! 囲んで!」
「え?」
「早く! リボンであいつを閉じ込めて!」
「……え、ええ!」

 空気中の水分を吸い取り、おそるべき速度で体積を増しかけていたスライムが、
 ほむらの声に突き動かされるように発動されたマミのリボンに閉じ込められる。

「!」

 四方八方から伸びたリボンが球状になり、隙間なくスライムを閉じ込めると、
 だんだんと硬質化しながら透明になり――そして継ぎ目のないガラス玉になった。
 巴マミのマスケット銃などの兵装は、リボンを変化させて作られているが、
 別にマスケット銃だけしか作れないわけではない。単純な構造の物体であれば再現することは可能だ。
 リボンから作られたバレーボール大のガラス球の中に、スライムは閉じ込められてしまった。

「……成程。詰まれたのは、……私のほうでシタか。
 仕方ありません。そちらが・……どうやって……チェックから逃れるか、ご拝見と行きましょう」

 再生能力に特化したスライムヒグマに、攻撃力はまったく存在しない。
 パンツ一丁になった球磨川禊と共に、地面から生えたマミのリボンに受け止められると、
 息を切らして振り返った流子、震えながらこちらを見つめるマミの前で、
 手詰まりを認識したスライムはその身体から小さな触手を生やしてちゃぷりと振った。

 白旗である。


  ◆


『やれやれ――これじゃあ裸エプロン先輩ならぬ、裸パンツ先輩じゃないか……。
 で、どうするんだい、デビルちゃんに、ほむらちゃん。実際のところ、ここから逃げおおせる算段はあるの?』
「あたしには無い!」
『……流子ちゃんには聞いてないよ』


961 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:03:56 ER2w9Csg0
 
 胸を張って無策を誇った流子にツッコミを入れると、球磨川は疲れ気味に息を吐いた。
 聞けば、大嘘憑きはもう、しばらく使えないらしい。
 そもそもスライムに囚われる前から、残弾は0になっていたのだという。

『助けてくれたところで申し訳ないけど、劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)に頼るってのはナシだぜ。
 僕だって、すごく参ってるんだ。もう少し体力を残していれば……全治は無理でも、
 危険な状態にある凛ちゃんを、少しは元気づけられたかもしれないって思うと……悔しくて泣きたくなる』

 その言葉はぎりぎり括弧付けていたものの、ほとんど本心と変わりないように見えた。
 実際、万能の回復手段である劣化大嘘憑きが使えないのは本当に痛い。
 チーム的にも、本人的にも、死に向かおうとしている少女を前に歯噛みするしかない現実は痛みを伴う。

 なんとかしなければいけない――しかしどうすればいい?
 凛、そして気絶したシンジを中心に寝かせ、その周りを囲んで座って、全員が悩むこととなった。
 そうしている間にも凛の吐息が小さくなっていく。しびれを切らしたのは、ジャンだった。

「とにかくだ。凛だけじゃねえ、シンジも球磨も、球磨川も、俺や纏だって、もう限界だ。
 ほむらも魔力が底を尽きた。自分の限界点くらいは分かってるだろ、みんな。休息が必要だ」
「それは分かってるクマ。だが、病院は上だクマ……」
「やはり……ビショップの提案に乗るべきだったか? 今となっては遅いし、俺は纏を支持するが」
「いや、あたしも先走りすぎた。すまねえと思ってる」
「……纏さんが奮起してくれなければ、例え上に昇れても、士気が無くなっていたわ。
 そこについては、非難しない。でも……手詰まりであることは、確かね……戦利品は、ヒグマだけだし」

 ちら、とほむらは横目で壁のほうを見る。
 そこにはガラスの球体に入ったスライムヒグマと、リボンで四肢を拘束されたナイトヒグマ、
 停止したまま動かなくなっているエヴァンゲリオン初号機が並べられていた。
 ビショップは沈黙、ナイトは意識を取り戻していないが、
 例えナイトが意識を取り戻したとしても、彼らから情報を得ることはできないだろう。
 ジャンがほむらの視線を負ったあと、意見を述べた。

「ここから逃げるにしても、あいつらを置いてくと復活させられちまう。殺してくか?」
「スライムは死なないらしいから、連れていかないといけないわ。
 でもそうね……どこかに隠せればいいのだけれど……それと、死体も」

 悩ましいことは一つだけではない。
 ポーンヒグマとルークヒグマの死体も放置したままであることに、思い至る。
 ここから移動するにあたって、こちらの動きを誤魔化すためには、
 出来ればこれらの死体も隠しておきたいところだった。どこかに仕舞えればいいのだが……。
 
 いや――仕舞う場所なら、ある。

「待って」
「……診療所」

 閃きかけたほむらの隣で、ルークの死体を見つめた球磨が1つのワードを呟く。

『ん? どうしたの、球磨ちゃん』
「診療所。
 診療所って! 言ってたクマ! あの逆毛のヒグマ。自分たちは診療所で寝ていたって。
 ヒグマの診療所が、あの王国のどこかにあるんだクマ。そこに、行けば」
「確かにそんなこと、ポーンも言ってたな。でも行けば……って、どこにだよ」
「C-6かもしれん」

 デビルが会話にエリア名を挟む。

「C-6に総合病院がある。地下に診療施設を作るなら、上の病院から色々と持ってくる必要があるだろう。
 病院は地下まであるはずだから、そこから専用のルートを伸ばして――まさか、そこから上に出れるのか?」
「あり得るクマ! もうこれは、診療所を目指すしかないクマ!」


962 : (修正:ジャンの「凛」→「リン」) ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:06:24 ER2w9Csg0
 
「いや……駄目だ」
「そこまでどうやって行けばいいってんだ?」

 球磨が逸るのを、デビルやジャンが固い顔で押さえた。
 診療所があるのが確かだとしても、そこまで見つからずに行く方法がない以上、どうしようもない。
 見つからずに行けたとしても、診療所の中のヒグマに助けを呼ばれたら終わりだ。
 作戦は破たんしている。
 しゅんとする球磨。
 その間、ほむらは天井を見上げつつ、何かを呟いていた。

「……もう首輪はない。……信号が消失してもそれを悟られることはない。
 エヴァが入っていたなら……ただそれは敵の作った空間。けど、こっちならどう?
 うん、これで2つはクリア。……でも私はどうする? いや……デビルを残して、ああすれば……」
「どうしたアケミ?」
「よし、これなら……みんな。聞いて」

 計算し終わったらしく、全員に向けて言った。

「もしかしたら、全てを解決することができるかもしれないわ」
「な!?」
「マジか!?」
『本当かい? 一体、どうやって……』
「考えに至るピースは、あのヒグマたちが教えてくれた」

 ほむらはそう言って、立ち上がる。
 そう。作戦は、思いついた。
 敵ヒグマがとった2つの戦術が、ほむらの突飛な発想を手助けしてくれた。

 ひとつ、異次元に隠れる能力を使用したポーンヒグマ。
 ふたつ、その身体の中に球磨川の身体を取り込んだ、スライムヒグマ。
 これにナイトヒグマの甲冑を合わせることで、その作戦は完成する。

「“トロイのマトリョーシカ作戦”。私たちは今から、ヒグマ診療所を奇襲する」

 貴方たちの命を、一旦私に背負わせて頂戴。
 そう言いながら暁美ほむらは、左手の盾を「開いた」。


  ◆
 

「さっきこっちから大きな音がした! 急ごう、泊くん!」
「ま、待って白ちゃん! 危険かもしれないよ、いったん棟梁に報告して」
「侵入者かもしれないよ! それにもし、水道管に何かあったら……」
「確かにそうだけど……ってなんだこりゃ!」

 ヒグマ帝国の建築班を担当する穴持たずカーペンターズの一員、
 No.89パク(泊)とNo.99ハク(白)の二名は、
 球磨の砲撃の爆音に釣られ、先ほど通った道を引き返していたところだった。
 そして、戦いが行われた廊下にたどり着くと、惨状に口を大きく開けた。

 壁がえぐれ、天井が半分ほど崩落している。
 えぐれた壁の中央に、血の跡をまき散らしながら、血まみれの鎧をまとったヒグマが1匹、座り込んでいる。
 それは彼らもよく知っているヒグマ――キングの側近、ピースガーディアンのひとりナイトヒグマだった。
 鎧はボロボロで数か所凹んでいた。がっくりとうなだれ、意識があるかどうかも、

「う……」

 いや、意識はあった。パクとハクは慌ててナイトヒグマに駆け寄る。


963 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:08:25 ER2w9Csg0
 
「だ、大丈夫ですか!」
「診療所に……っていうかナイトさん、診療所で養生していたんじゃ!?」
「……“侵入者”だ。人間……“侵入者”の野郎どもに、やられた」
「侵入者!!??」

 甲冑めいた装備の下から、がらがら声でナイトヒグマは確かに「侵入者」と言った。
 帝国産であるパクとハクはそのワードに正直びびった。

「まずいじゃないですか! 侵入者はどこへ!?」
「分からねぇ……今、残りの“ピースガーディアン”で追っているはずだ」
「そんな……でもナイトさんが無事でよかったです。立てますか?」
「あ、ああ。なんとかな……だが、“診療所”、に戻らねぇといけねえな、これじゃ」
「わたし、肩貸しますよ! 泊くん!」
「あ、うん! 貸しますよ!」

 ふらつきながら立ち上がったナイトヒグマに、ヘルメットを頭に乗せた2匹のヒグマが肩を貸し、
 ヒグマ診療所に向けてナイトの大きな身体を誘導していく。
 少し歩いたところで、ナイトヒグマが「うっ」とえずいてから、口から息を吐いた。

「げっぷ」
「?」「?」
「……なんでもない。進んでくれ」

 2匹のヒグマは首を傾げたが、血を吐いたのかもと思うと言及をためらった。
 そのまま歩くことに、した。
 甲冑の中。
 ナイトヒグマの脳内に、テレパシーが送られる。

(大丈夫? デビル)

 腹部から聞こえたその声に、
 ナイトヒグマは脳内で小さく声をくぐもらせ、返答する。
 この近さであれば、キュゥべぇを介さずともテレパシーでの応答が可能だ。

(……大丈夫だ。全く、無茶を言う……ナイトヒグマが私と近い背丈だったからよかったものを)
(もう少し我慢して頂戴。頑張って、お腹を凹ませ続けるのよ)

 ナイトヒグマの甲冑の腹部には、暁美ほむらがいる。
 ナイトヒグマ――のふりをしているデビルヒグマが、
 変形能力を使ってお腹を凹ませ、甲冑との間に作った空間にだ。
 正直言ってかなり無理をしている。声はがらがらになるわ、息は上手く出来ないわで、
 逆に本当に体調が悪いような雰囲気を出せてしまっているのは皮肉かもしれない。

(しかし、どうするんだ。診療所を奇襲とは)
(こっちは本物のナイトヒグマを捕らえている。あいつを人質に、診療所のヒグマに言うことを聞かせるのよ。
 上へルートが開いているならそっちに誘導させる。無いなら、診療所で治療ね。
 言うことを聞かせるのが無理なら……全員殺しましょう。あと5秒でもなんでも使って)
(物騒だな……やはり、私としてはヒグマは同胞。殺すというのは……)
(なるべく避けたいところではあるわ。どんな能力が出てくるか分からないのは、やっぱり脅威。
 それに懸念は、もう一つある)
(もう一つ?)
(私はヒグマ帝国なんてものが成立するとは思えないわ)

 ほむらは、地下広くに広がる王国そのものの危うさに言及した。

(私が戦ったポーンヒグマって子は、ただの遊びで私たちを殺しに来ていた。
 でも、聞いたかぎりルーク、ナイトは汚名返上、ビショップは警告が主だったようじゃない。
 一緒にこっちを襲ってきたたった4匹のヒグマでさえ意思統一がとれていないのよ?)


964 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:10:02 ER2w9Csg0
 
(……確かに、有富たちが作ったり、外来から連れてきた80匹のヒグマにも、
 多種多様な価値観・宗教観・人生観を持つものが居たな)
(それが、いくらプレーンな奴らが9割だからって、1000匹でしょう……?
 野生のヒグマと比べるのはおかしいかもしれないけれど、ヒグマって本来群れを作らない生物のはずだし。
 個性豊かなヒグマを集めて作った王国がちゃんと機能するかと考えると、はっきりいって疑問だわ)

 同じ魔法少女という種族内で繰り広げられた縄張り争いや諍いを経験しているほむらだからこそ、
 それがヒグマになったときにどういう結末を迎えるかというイメージがすぐに出来た。
 ましてこの広いと言えど狭い地下。食料争い、役割分担、思想の違いで、いずれ内乱になるはずだ。

(もし、診療所に向かう途中に異変があったら。また臨機応変な対応が求められるわね)
(頭の痛くなる話だな……知性を持つと言うのも、なかなか難しいものだ)
(でしょう? でも、思考を放棄しちゃだめよ。考えることをやめたら、それは、獣でしかない)
(分かっている……。考えると言えば、巴マミのことだが)

 デビルが切り出したのは、先ほどの戦闘でさらに心的ダメージを負っただろうマミのことだった。

(月並みな言い方だが……大丈夫だろうか? 俺はどう声をかけていいのか分からん)
(奇遇ね、私もよ。どうにも、上手い言い方とか、
 励ますとか慰めるとか……機微を見るっていうのかしら。苦手なのよね)
(……そうだな。お前の心は、有富とまでは言わないが、布束並みには伝わり辛そうだ)
(もう少し上手く話せたら、こんなに苦労してないって思うことはよくあるけれど……難しいわ)

 音を立てないようにため息をつく。

(でも、もっとじっくり……1時間でも、2時間でも……彼女と向き合う時間が、必要だとは思う。
 “この中”で、他のみんなとマミさんが触れあって、少しでも前を向ければいいけど……。
 たぶんどこかを後押しするのにはまだ、私の言葉も、必要だと思うから。考えなきゃ。マミさんのことも)

 そしてもちろん、まどかのことも。
 テレパシーには出さずに最後にそう付け加えながら、
 ほむらは自分の左腕についている盾を、優しく撫でる。

 その盾の中に――巴マミたちは、隠れている。
 
 
 
【D-6地下 ヒグマ帝国 昼】


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:肉体は健康。魔力消費:極大
装備:ソウルジェム(濁り:極大)
道具:89式5.56mm小銃(30/30、バイポッド付き)、MkII手榴弾×10
基本思考:他者を利用して、速やかに会場からの脱出
0:巴マミと、もっと向き合う時間が欲しい
1:まどか……今度こそあなたを
2:脱出に向けて、統制の取れた軍隊を編成する。
3:凛を筆頭に消耗した軍隊を休息させるため、ヒグマ診療所を奇襲する。
4:ジャン、凛、球磨、デビルは信頼に値する。球磨川、マミ、シンジ、流子は保留ね。
5:グリーフシードなどに頼らずとも、魔力を得られる手段は、あるんじゃないかしら。
6:ヒグマが国なんか本当に作れるのかしら……?
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※まだ砂時計の砂が落ちきる日時ではないため、時間遡行魔法は使用できません。
※時間停止にして連続5秒程度の魔力しか残っておらず、使い切ると魔女化します。


965 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:11:46 ER2w9Csg0
 
【穴持たず1(デビル)】
状態:疲労極大
装備:ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ
道具:なし
基本思考:満足のいく戦いがしたい
0:マミが心配だ。
1:ヒグマ帝国……一体誰がこんなことを?
2:私は……マミに一体何の感情を抱いているのだ?
3:この様子では、実験はもう意味がないのでは?
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。
※ナイトヒグマに変装中です。

【穴持たず89(パク)と99(ハク)】
状態:健康
装備:おそろいのヘルメット
道具:工事用の工具
基本思考:ツルシインの下、下水道の防水処理をする。
0:ナイトヒグマさんをヒグマ診療所へ連れて行く。
[備考]
※仲がいいです。 
  
 
 ◆


 碇シンジが目を覚ますと、そこは異空間だった。

「!?」

 ばっと起き上がる。辺りを見回す――暗黒空間に、星が回っているかのような空。
 地面は漆黒で、感触としてはタイルに近い。硬くてつめたい。
 ここはどこだ――と思った視界に、ランドマークのようなものが見える。

 巨大な砂時計だ。

 シンジは眼を凝らす。砂時計がその砂粒を落とす中、
 ふもとにちらほら、動くものが見える。どうやら人のようだ。シンジは砂時計を目指して駆けた。

 そこに居たのは、さっきまで一緒に行動していたメンバーだった。
 10mはありそうな砂時計にもたれかかるように纏さんが目を閉じていた。
 纏さんの隣では、ヒグマが拘束されて眠っている。
 そばにガラス玉があって、その中にあの水ヒグマが居た。ぷるぷる動いている。
 あとエヴァンゲリオンもいた。が、その隣にあったヒグマの死体と生首は、直視できなかった。

『シンジくんじゃないか。そっちにいたのか、よかった』
「球磨川さん! それにみなさんも……あの、球磨川さん。その、服は?」
『気にしないでくれ。ちょっとヌーディストしてるだけだから』

 砂時計のそばの地面で、球磨川さんは数人と共に、床に眠る少女を囲んでいた。
 球磨川さんのほかには、マミさんと、大きな機械を背負った……球磨さん、
 それとアメリカ軍人っぽい男の、ジャンさん。床に眠っているのは、凛さんだった、と思う。


966 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:14:02 ER2w9Csg0
 
 出会ってから少しの時間であの恐ろしい少女との戦いに巻き込まれ、
 地下に潜ってからも歩きながらの散逸的な会話しかできておらず、出会った組はまだ名前もおぼろげだ。
 ちなみに球磨川さんはパンツ一丁だった。
 それはいいとして、球磨川さんがしていたあることに、シンジは驚いた。

「……って、何してるんですか!!??」
『ああこれは。ちょっと、思いついたから、僕なりの“処置”を凛ちゃんにね』

 球磨川さんはどこからか大きく長いネジを取り出すと。
 中央で眠っている、凛さんの胸に向かって、ぶすりと突き刺してしまう。

『劣化却本作り(マイナスブックメーカー)。指した人のステータスを“僕と同じ”にしてしまうマイナススキル。
 だけど、今回ばかりはプラスの意味だ。
 この球磨川禊、しぶとさだけには定評がある。
 こうしてやれば――凛ちゃんも僕と同じしぶとさを手に入れるはずさ。ま、気休めかもしれないけど』
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな……」
『君こそ大丈夫かい? これでもまだ気づいてないんだよね?』
「……何にだ?」
『うん、絶句』
「あの……その、凛さんは?」
「危ない状況なんだクマ。マミの魔法を使ってもまだこんな調子クマ。
 本当に、藁にでもネジにでもすがりたいくらいんだクマ」

 確かに、小さく息をする凛さんの顔はひどく苦しそうだった。
 腕やちらりと見えるお腹には火傷の跡も見えるし……幸い顔にはないみたいだけど、
 どうやらかなり重症らしい。シンジがやられたあとも、戦いは続いたようだ。
 ただこうして相手を捕らえて? 別の場所に居るってことは、そのあと勝ったらしい。
 それだけに、剣を向けられたくらいでびびって気絶してしまった己が不甲斐ない。

「ええと、じゃあ……びょ、病院に運ばなきゃ!」
「今やってんだよ、それを」「そうクマ」
「え? でも止まって……そういえば、ここはどこなんですか?」
『ここはね、ほむらちゃんの盾の中なんだってさ』

 球磨川さんがちょっと理解できないことを言った。

『四次元ポケットの中がどうなってるのか――ってのは子供のころからの疑問だったけれど、
 実際に入ってみるとなんというか、こんなもんかってカンジだよね』
「え……?」
「あー、分からないなら分からないでいいクマ。正直、球磨たちもよく分かってないクマ」

 首をかしげるシンジを、球磨さんがなだめた。

「ほむらが言うには、ほむらが“出す”と思わない限りはここから出れないかもしれないらしいクマ。
 実際、出口もないっぽいクマ。逆に言えば絶対安全ってことでもあるクマね」
「代わりに、アケミが死んだら永遠に出れないってことでもあるがな」
「はあ……よく分からないけど、分からなくていいってことでいい、んですか……」


「よく分からねぇと言えば、お前だな」

 と。
 突然後ろから、声がする。
 振り向くと、纏さんがいて、指を指していた。
 指している方を向くと、マミさんが居た。凛さんを泣きそうな目でみながら、さっきから喋っていなかった。
 纏さんの指摘は、鋭くマミさんを指した。


967 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:16:19 ER2w9Csg0
 
「お前、よく分からねえ。なんでだ? なんで。戦わなかった」
「……」
『流子ちゃん、マミさんは今ちょっと』
「今? なんだってんだ? 最後に見た限りじゃあ――お前、ここにいる中で一番強いだろ。
 なんでさっき、最後の最後まで戦わなかった? 力の温存にしてもやりすぎだ」
「……」
「お前が最初から戦ってたら。もっと被害は抑えられたかもしれねぇ。
 そこで倒れてるそいつも、お前が本気になってりゃ攻撃を喰らわなかったんじゃねーか?
 あたしはあんま、こういうこと言うタチじゃねーんだが……ちょっとおかしいぞ、お前」
「……分かってる。分かってるのよ。でも……」
「でもじゃ、分かんねえ。何かあんなら、話してみろよ!」
 
 纏さんが叩き付けるように言う。マミさんは、小動物じみてうなだれる。

「…………そうだな」

 続いて、ゆっくりとジャンさんが同意した。

「アケミにはそっとしておいて、と言われたが……こうしてチームを組む流れになっちまった以上、
 俺たちにもあんたのことを知る権利があるはずだ。
 地下に来てからすぐ、二人で話してたのは知ってたが、俺らはその内容すらよく把握してねぇしな」
「そうだクマ。誰かに話して楽になることって、あるんだクマ。
 ほむらも最初は、ホント鬼! って顔してたクマ。でも、今のほむらは少しはよくなったと思うクマ。
 マミも、そう思ったんじゃないかクマ? それが仲間ができるってことだクマ」
「……仲、間」
『そうだね。そういうことなら僕は席を外そう』
「え?」

『いやいや――そういうのってさ、僕抜きでやったほうがいいんだよ。
 僕は重い話を軽く笑い飛ばすのが大好きなキャラだってこと、自分でもちょっと忘れかけてたぜ。
 大事な話も僕がいるとホント締まんなくなっちゃうからさ、ここは潔く消えておくよ! じゃあね!』
「何言ってるクマ。お前だってもう艦隊の一員だクマ。ジャン、押さえるクマ」
「了解」
『ちょ、待って待って待って待って。男二人でくっついても絵面に華がないだろ!』
「安心しろ、俺はホモじゃねえ」

 ちゃっかり重要場面から逃げようとした球磨川(パンツのみ着用)をジャンが抑える。
 本来なら確かにそれもギャグになりそうな場面だったけれど――。
 どしりとあぐらをかいてワイルドに座り込んだ纏さんの放つ「逃がさない」気迫が、空気をリセットする。

「纏流子。と鮮血だ。この片太刀バサミの「もう片方」を持ってる奴を探してる。
 そいつはあたしの父さんを殺した。父さんはこれと鮮血を残してた。
 何がなんだか、分からねえ。だから、知らなくちゃならない。それが今のあたしの生きる理由。戦う理由だ」
 
 纏さんは、持参武器らしきそれを見せつつ、そう言ってから。

「――お前は、何だ?」

 斬り込んだ。

「わ」

 マミさんは、唇をがたがたと震わせながらも、言葉を紡ぐ。

「わ……わたし、は――私にはっ……。何も、ないの……!」
   

  ◆


968 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:18:05 ER2w9Csg0
 

 始まった、巴マミによる感情の吐露をしっかりと聞きながらも、
 球磨はこの四次元空間の中に入ったときから感じている“微かな感覚”について考察をしていた。

 ……なにかに見られているような気がする。

 この空間には、いまここに見えている他にはもう生き物なんていないはずなのに、
 なにかが近くにいるような、そんな感じがしてたまらないのだった。
 ヒグマの中に見える奴がいるかもしれないと、電探とマンハッタン・トランスファーは球磨が持っている。
 もちろんどちらにも他生物の反応はない。それでも……だ。

(気のせいなら、いいんだけどクマ)

 考えすぎても動けなくなるし、他のことを考えるか。
 気分転換をしようと球磨は、目の前でパンツ一丁でジャンに抵抗している少年のアダ名を考え始めた。 
 
 
【暁美ほむらの盾の中 昼】


【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人】
状態:右第5,6,7,8肋骨骨折、疲労
装備:ブラスターガン@スターウォーズ(80/100)、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)
道具:基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、省電力トランシーバーの片割れ、永沢君男の首輪
基本思考:生きる
0:許さねぇ。人間を襲うヤツは許さねぇ。
1:リンが心配だ。それにしても、俺が何を分かってないって?
2:アケミが戻って来た以上、二度と失わせねえ。
3:ヒグマ、絶対に駆逐してやる。今度は削ぎ殺す。アケミみたいに脳を抉ってでも。
4:しかしどうなってんだ? ヒグマ同士で仲間割れでもしてるのかと思ったら、帝国だと?
5:リンもクマも、すごい奴らだよ。こいつらとなら、やれる。
[備考]
※ほむらの魔法を見て、殺し合いに乗るのは馬鹿の所業だろうと思いました。
※凛のことを男だと勘違いしています。
※首輪の通信機能が消滅しました。

【球磨@艦隊これくしょん】
状態:疲労、中波
装備:14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬残り少)、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険
道具:基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本
基本思考:ほむらと一緒に会場から脱出する
0:ほむらの願いを、絶対に叶えてあげるクマ。
1:ほむらは戻って来たけれど、このマミって子もなにか抱えてるっぽいクマ……。
2:ジャンくんも凛ちゃんも、本当に優秀な僚艦クマ。
3:これ以上仲間に、球磨やほむらのような辛い決断をさせはしないクマ。
4:今度こそ! 接近するヒグマを見落とすなんて油断はしないクマ。水は反則すぎクマ!
5:何かに見られてる気がするクマ……? あ、そうだ。球磨川との差別化をしなきゃクマ。
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。
※四次元空間の奥から謎の視線を感じています。でも実際にそっちにいっても何もありません。
※メモ:球磨川のアダ名を考える


969 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:19:39 ER2w9Csg0
 
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:健康
装備:ソウルジェム(魔力消費(大))
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0〜1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:――――。
0:私は、なんのために生きているの?
1:誰かと繋がっていたい
2:ヒグマのお母さん……って、どうなのかしら?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。

【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労(最大)
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜2(治療には使えないようだ)
基本思考:???
0:『マミちゃんと凛ちゃんは大丈夫かな?』
1:『そうだね』『今はみんなについてこうかな』『マミちゃんも巨乳だしね』
2:『凪斗ちゃんとは必ず決着を付けるよ』
[備考]
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けています。
※また、『劣化大嘘憑き』で死亡をなかった事にはできません。
※『大嘘憑き』をあと数時間使用できません。
※首輪の通信機能が消滅しました。

【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:疲労大
装備:デュエルディスク、武藤遊戯のデッキ
道具:基本支給品、エヴァンゲリオン初号機
基本思考:生き残りたい
0:ええっと、それで結局ここはどこなんだ……?
1:脱出の糸口を探す。
2:守るべきものを守る。絶対に。
3:……母さん……。
4:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
5:ところで誰もヒグマが刀操ってるのに突っ込んでないんだけど
6:ところでいよいよヒグマっていうかスライムじゃん
[備考]
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいます。基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。
※首輪の通信機能が消滅しました。

【纏流子@キルラキル】
[状態]:疲労大、貧血気味
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、鮮血@キルラキル
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに対する抵抗
0:今のところ、こいつらは信用できそうだが……マミには話を聞いてみねえとな。
1:智子を探す
2:痴漢(鷹取迅)を警戒
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。


970 : サマーズ・バグズ・ウォーズ ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:21:20 ER2w9Csg0
  
【星空凛@ラブライブ!】
状態:感電による重体
装備:劣化大嘘吐きの螺子@めだかボックス
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、手ぶら拡声器
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:しっかり状況を見極めて、ジャンさんをサポートするにゃ。
1:ほむほむが戻って来たにゃ!
2:自分がこの試練においてできることを見つける。
3:ジャンさんに、凛が女の子なんだって認めてもらえるよう頑張るにゃ!
4:クマっちが言ってくれた伝令なら……、凛にもできるかにゃ?
[備考]
※首輪の通信機能が消滅しました。
※球磨川の劣化大嘘吐きによって、球磨川と同じステータスになっています。
 
【穴持たず202(ナイトヒグマ)】
状態:“気絶”、マミさんの“リボン”で“拘束”中
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”にもう一度認められる
0:“メシ”より大事なもんなんてねぇ。
1:俺の剣には“信念”が足りねえ……だと……。
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※“アクロバティック・アーツ”でアクロバティックな動きを繰り出せます。
※オスです。

【穴持たず203(ビショップヒグマ)】
状態:ガラス玉の中に閉じ込められ中
装備:なし
道具:なし
基本思考:“キング”の意志に従う
0:……夏の虫たちのお手並み拝見。
[備考]
※キングヒグマ親衛隊「ピースガーディアン」の一体です。
※空気中や地下の水と繋がって、半径20mに限り、操ったり取り込んで再生することができます。
※メスです。


※ルークヒグマによって、「ほむら達9名が帝国に侵入したこと」、
 「発見位置:地下D-7」、「現在交戦中、増援求む」などの情報が、粘菌通信で発信されました。


971 : ◆kiwseicho2 :2014/08/09(土) 05:24:07 ER2w9Csg0
投下終了です。
あ、今回書けなかった診療所ですが放送話が先でも大丈夫だと思うので、そのへんはお気になさらずに。
しかしヒグマ革命かあ……w


972 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/09(土) 12:15:41 Rc2KymRQ0
いやー、投下乙です!

>サマーズ・バグズ・ウォーズ
まず始めに、こいつら全員を一度は昏倒させた布束さんどんだけ強いの!? と驚愕しました。
魔法・技術・能力と様々に有しているらしいヒグマたちですが、相性もさながら最後の勝敗には鍛えた信念と経験がものを言うというところでしょうか。
リソース・体験・今までの積み重ねと、ほむらたち全員が自分たちの状態をフルに活かしていた戦いにとても興奮しました。
マミさんも例外でなく、今までの経験をフルにおっかぶって思考停止に陥っていますが、周りの仲間たちの声援に期待です。
少なくともその場でほむらを即殺しなかっただけ、ヒグマ島の経験は4巡目のマミさんより成長させているんでしょう。
盾の中の動向も外の動向も本当に気になります。
凛ちゃんの無事、マミさんの無事、リソースかつかつでもリーダーシップを失わないほむらを始め、皆の更なる活躍を祈ります。


また本日は、69年前、長崎に原爆が投下された日ですね。
現実世界での戦争がまた勃発しないよう、作中での戦死者のような方がまた出ないよう、微力ながら祈念いたします。


973 : ◆Dme3n.ES16 :2014/08/11(月) 00:09:34 e5uHtvqY0
投下します


974 : 第二回放送 ◆Dme3n.ES16 :2014/08/11(月) 00:10:22 e5uHtvqY0

『ピーンポーンパーンポーン♪


 参加者の皆様方こんにちは。


 定時放送の時間が参りました。


 只今の脱落者は、

 デデンネ
 巴マミ
 暁美ほむら
 天龍
 島風
 球磨
 ジャン・キルシュタイン
 星空凛
 黒木智子
 纏流子
 クリストファー・ロビン
 ブラキディオス
 タイラント
 駆紋戒斗
 夢原のぞみ
 呉キリカ
 鷹取迅
 碇シンジ
 球磨川禊


 以上の18名です。


 この実験もいよいよラストスパートです。皆様のご健闘をお祈りいたします。


 ピーンポーンパーンポーン♪』



(ふぅ、やれやれ。といっても、もはやこの実験に何の意味があるのかよく判らんがな……)

定時放送を淡々とこなしたシバさんは心ここにあらずといった雰囲気でため息をついた。

(そんなことより今はヒグマ提督と『かの者』が心配だ。即急に手を打たねば……ん?)

マイクを切って持ち場に戻ろうとした、その時だった。







ばんっ!








『グォオオオオオオオオオオーーーー!!!!!!!!』

突然、3匹のヒグマが放送室の扉を破って部屋の中へと侵入してきた。

『な、なんだ貴様ら!?ぐわぁあああああああああああああ!!!??』

グシャ!バキッ!ゴキャ!

急な襲撃に不意を突かれたシバさんは全身を切り刻まれそのまま絶命する。

『イヤッホーーーー!!!!穴持たず48シバさん討ち獲ったりぃぃぃぃぃ!!!!』
『ヒャハハーーーー!!!!いくら支配階級でも背後から襲えばチョロいもんだなぁ!!』
『オッシャーーーー!!!!この調子でどんどん行くぞぉっっっ!!』
『聞こえてるかぁ!?地上に居る我が同士ヒグマ提督よぉぉぉぉぉ!!』
『この革命!必ず成功するぞ!!ヒグマ帝国は俺達と艦むすのモノだぁぁぁぁ!!』

言いたいことを終えた3匹のヒグマは全員でマイクを破壊し、放送は終了した。


975 : 第二回放送 ◆Dme3n.ES16 :2014/08/11(月) 00:10:38 e5uHtvqY0


【自己修復術式/オートスタート】





「――――――で?誰を殺したって?」

「「「え?」」」

3匹の艦これ中毒ヒグマが振り向くと、そこにはたった今殺したばかりのシバさんが無傷で立っていた。

「シバさん!?馬鹿な!!貴様はさっき殺した筈!?」
「悪いな、どんな方法を使っても、最終的に俺を傷つけることは不可能なんだよ」

シバさんは右手にシルバーホーンを構えて3匹に警告する。

「ヒグマ提督に影響されたか?馬鹿な真似はやめてさっさと投降しろ。
 貴様らでも俺にとっては家族だ。同胞を分解魔法で消し去りたくはない」
「くっ!何を言ってやがる無能が!俺らにまともな食料もロクに艦これを遊ぶ設備も配給しねぇ癖によぉ!」
「そうだそうだ!」
「今はまだ余裕がないんだ。もう少し待て。それに、面白いものも用意してあるぞ」

シバさんはポケットからスマートフォンを取り出し、電源を入れる。

「ほら、お前らが艦これを愛しているのは分かるが他にもこういうものが――――」

画面をヒグマに見せようとしたその時、激しい爆発が部屋の中を包み込み、
その場にいるすべての者を焼き尽くしながら放送室を吹き飛ばした。







「ヒャッハーーーー!!直撃ぃぃぃぃーーーー!!!!」
「それひょっとして疑似メルトダウナーってヤツ?」
「ああ!格納庫に捨てて遭ったのを拾って来たんだ。これで確実に死んだだろ!」
「隙の生じぬ二段構えよ!!」
「プレーンヒグマの俺らでも支配者に勝てるんだな!」
「ああ、そういえば俺らって一匹一匹が範馬勇次郎より強いって設定だったんだよな、すっかり忘れてたけど」

「みんな!グリズリーマザー達が逃げた穴から丸太が沢山落ちてきたぞーーー!!!」
「おお!!でかした!!」
「みんな!!丸太を持て!!突撃じゃぁぁぁ!!!!」

「おい、さっきの放送事故聞いたか?」
「シバさんがやられただって!?あの超強いヒグマが!?」
「誤報の知らせとか全然ないし、なんかマジっぽいよな」
「もう彼らの時代は終わりなのか……?」
「俺らも始めようかな、艦これ」

「食糧庫を見つけたぞーーー!!」
「ああっ!!200匹解体した時の肉が全然回ってこねぇと思ったらこんな所に隠してやがったな!」
「どうせ俺らの処には回って来ねーんだ!乗り込めーーー!!」

「げほっ……お前ら俺達まで殺す気か?」
「あ!放送室強襲部隊じゃないか!生きてたのか?」
「……疲れたから俺らは寝るぞ、後は任せた……」


976 : 第二回放送 ◆Dme3n.ES16 :2014/08/11(月) 00:11:09 e5uHtvqY0


【自己修復術式/オートスタート】




「シバさん!目を覚ましてください!!シバさーーーん!!」

再生が終わったシバさんが目を覚ますと、
一匹のヒグマが半泣きになりながら肩を揺さぶっていた。

「ん?穴持たず543か?」
「あ、良かった!生き返った!」
「一体何が起こっているんだこの惨状は?」
「艦これ勢です!ヒグマ提督の一派が暴走してるんです!
 あいつら各地に分散して徐々に勢力を増やしながら帝国の主要施設を襲ってるみたいなんですよ!
 どうしたらいいんですかシバさん!何とかしてください!」

「―――はぁ、あの下衆どもがここまで馬鹿だったなんて」

二匹のもとへ、白い体毛の大柄なホッキョクグマが近づいてきた。

「シロクマさん」
「悪い知らせです。目を離した隙に工廠を艦これ勢押さえられてしまいました。
 奴ら、下手すれば新しい艦むすを造り始めるかもしれません」
「工廠を?ヒ級はどうしたんだ?」
「さあ、目撃したものの証言によると完成前に逃げ出したとか」
「なん……だと……そんな馬鹿な!?」
「はぁ、やっぱり大和のパーツを使ったのが不味かったのですかね?」
「そういえば大和も未完成だったとはいえヒグマ提督の艦むすだったからな……」

静かな怒りを燃やしながらシバさんは立ち上がった。

「恐ろしい男だヒグマ提督。俺をここまで追い詰めた奴は居なかったんじゃないか?」
「どうやら大規模な粛清を敢行せねばならないようですね。行きましょうか、シバさん」
「……粛清、か……」

シバさんと一緒にクーデターを鎮圧しに行こうとするシロクマさんだが、
彼は余り乗り気ではないようだ。

「シバさん?」
「確かに俺とシロクマさんが全力を出せば鎮圧は容易いだろう。問題はその後だ。
 力で民衆を屈服させても、ヒグマに艦むすを求める心がある限り第二第三のクーデターが巻き起こる。
 今の我々の最大の敵はヒグマ提督でも『かの者』でもない、艦隊これくしょんというコンテンツそのものなんだ」」

シバさんは遠い目をしながらかつて艦これ勢が集まっていた地底湖方角を見る。


977 : 第二回放送 ◆Dme3n.ES16 :2014/08/11(月) 00:11:39 e5uHtvqY0
「我々が艦これがヒグマ間に広まるのを止めなかったのは地下生活には娯楽も必要だと判断したからだ。
 だが誤算だったのは艦これが非課金コンテンツだったとうことだ。課金しなくても遊べる使用ゆえ
 賃金を得る必要がなくなり、労働への意欲を失ったヒグマ達は次々とニートと化して地底湖周辺の
 集落へ隔離せざるを得なくなった。艦むすを造りたいと言い出した穴持たず678――ヒグマ提督は
 ニート常態から脱出した唯一の廃人ヒグマだった。だから状況の改善の切っ掛けになればいいと思い、
 クッキー工場を工廠に改造して彼に与えたのだ」
「その結果がこれですか……愚か者は何処まだいっても愚かなままですのね。
 あ、そうだ。ヒグマクーデターの他にももう一つ問題が発生しまして」

シロクマさんはメモを取り出して読み上げる。

「キングからの電報です。参加者の一部が首輪を外して帝国内に侵入しているみたいです」
「なに!?」
「侵入者は、暁美ほむら、ジャン・キルシュタイン、球磨、巴マミ、
 球磨川禊、碇シンジ、纏流子、星空凛の8人と初期ナンバーのヒグマが一匹。
 どうやって外したか知りませんが先ほどの放送は間違いのようですね」
「……そうか!生きていたのか彼女は!」
「は?」

シバさんは右手に持っていたままだったシルバーホーンをホルスターにしまった。

「シバさん?」
「すまないシロクマさん。暴徒鎮圧は任せた。
 俺の能力は殺傷力が高すぎてそういう仕事は向いてないんでな。
 君の氷の能力なら半分くらいは生き残れるかもしれん」
「え?」
「今から精霊の眼(エレメンタル・サイト)を駆使して
 侵入者の位置を割り出し――星空凛を全力で保護する」
「へ?なんで?」
「簡単だよ、艦これに勝つためさ!」

シバさんはポケットからスマートフォンを取り出し、シロクマさんに画面を見せた。

「これは渋谷凛のSR!?モバマスじゃないですか!?」
「ああ、この騒動が終わったら艦これを総力を挙げて排除し、代わりにモバマスを普及させる」
「確かに艦これと同時期にアニメ化するモバマスならコンテンツとして見劣りしないでしょうが、
 そんなことしても根本的な解決には……はっ!?」
「非課金コンテンツの艦これと違いモバマスは課金しなければならない。
 つぎ込む金を稼ぐ為には労働が必須。ニートヒグマは帝国からいなくなるだろう」
「……でもどうやってヒグマを艦これ厨からアイドルオタに切り替えさせるのです?」
「だから彼女が必要なんじゃないか」
「……星空凛!?ラブライブの!?そうか!μ'sなら艦むすに勝てるっっ!!」
「ああ、生身のアイドルの素晴らしさを体感してもらう。
 ラブライブに嵌ればモバマスへ移行させるのは容易い……じゃあ、行ってくるよ」

そう言ったシバさんは地面を蹴って飛行魔法で飛び去って行った。
恍惚とした表情で彼を見送るシロクマさん。

「流石シバさんです。クーデター後の処理まで考えるなんてなかなかできることじゃありません」
「な、なんて冷静で的確な判断の出来るヒグマなんだ……的確な判断なんですよね?」
「もちろんです。さあ、お兄さまが帰ってくるまでに暴徒を鎮圧しましょう!」
「い、いや、僕はツルシインさんやシーナーさんの所へ行かないと!」


「へへへっ、見つけたぞシロクマさん」


残されたシロクマさんと穴持たず543の元へぞろぞろと丸太を持ったヒグマが集まってくる。

「あわわ、どうしましょう?」
「愚かな、身の程を弁えよ畜生ども」

シロクマさんの周囲の大気が急激に凍り始める。

「うわっ寒いっ!?」
「これが北極生まれのシロクマさんの能力!?」

容量の空気を冷却しそれを移動させることで広範囲を凍結させる領域魔法。

「私はシバさんのように慈悲深くはないぞ。喰らえ、氷の国(ニブルヘイム)―――――」

その時、遠距離から放たれたビームがシロクマさんを直撃し、激しい爆発と共に彼女を吹き飛ばした。

「シ、シロクマさーーーーん!?」


978 : 第二回放送 ◆Dme3n.ES16 :2014/08/11(月) 00:12:31 e5uHtvqY0


「うぷぷっ、深雪ちゃん油断し過ぎぃー!
 ねーねー、クーデターにボクが関わってるのお兄様に伝えてなかったのー?
 あ、嘘ついてるのバレちゃうから喋れないかぁー?
 みんな、殺しちゃ駄目だよ!シロクマさんにはいっぱい聞きたいことがあるからねー!」

左右が白と黒で色分けされたロボットのような熊が疑似メルトダウナーのコックピット内ではしゃぎまくる。

「シロクマさん!しっかりしてください!シロクマさん!」
「……ふふふっ……嘗めた真似を……!」
「え?シロクマさん?」

シロクマさんの体が氷が砕けるような音と共に砕け散り、
中から頭から血を流してる黒髪ストレートの可憐で神秘的な美貌を持つ少女が出現した。

「ゲェーーー!?シロクマさんが割れて中から美少女が!?」
「なんて美しい……って、なんだそりゃ!?」
「おいおい!上層部人間まみれじゃねーかよ!どんだけ腐敗してたんだヒグマ帝国!?」
「や、やっぱりヒグマ提督は正しかったんだ……!」

動揺するヒグマ達を前に、司波深雪は自虐気味に微笑んだ。

(……以前のお兄様なら今の状態の私をみたら烈火のごとく怒り狂ってヒグマ共を
 駆逐してくださったでしょうに。でも今のお兄様は記憶がない。何も覚えていない
 お兄様にとって、ここに居るヒグマ達こそが守るべき対象。かつて私だけに向けられていた
 感情は全てのヒグマ住人に平等に向けられてしまっている……分解魔法で無双なんてしてくれる
 筈がありませんでしたね、誤算でした。でも、いいんです。)

立ち上がった深雪の周囲の空気が再び凍りつき始める。

「氷漬けになりたい者から前に出なさい、お仕置きして差し上げますわ!」



【第二回放送 終了】

※放送室が破壊されました。
※ヒグマ革命が始まりました。
※ちなみに実際のヒグマ以外の死亡者は以下の通りです。

【参加者】
ブラキディオス
タイラント
鷹取迅

【外部勢力】
ヴァン
総統
吉田君
レオナルド博士
フィリップ
菩薩峠君
ハーク・ハンセン
チャック・ハンセン
杉下右京
山岡銀四朗
白井黒子
Dr.ウルシェード
鷲巣巌
相田マナ


979 : 名無しさん :2014/08/11(月) 00:13:01 e5uHtvqY0
終了です。


980 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/11(月) 00:50:11 .tSCkIUU0
投下お疲れ様です!


……的確な判断なんですよね?

シバさんが相変わらず常人にとっては斜め上な思考をしていらっしゃいますが、それにしても意外にも艦これ勢がちゃんと戦えているのに驚きましたわ……。
モノクマが後ろ盾にいるから、上から作戦指揮してやれば動けるんでしょうかね。すぐ指示待ちになりそうですけど。
あと通信はキングからでなく、ルークさんからですかね。キングさん今どこにおらすのやろ……。
また、真死亡者には高橋幸児くんもいるかと。

全島の人間とヒグマが困惑すること必至の放送でしたね。
シロクマさんと543くんの健闘を祈ります。543くんは早く逃げて……。
シバさんは色々な意味で大丈夫でしょうか……。
艦これからラブライブに果たして行くのか。
ラブライブから果たしてモバマスに行くのか。
果たしてモバマスに行ったところでそれでいいのか?

なお、モバマスPにも無課金猟兵は沢山いらっしゃいますよ。


981 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/11(月) 19:04:07 HredJnEM0
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/4/den_wgC73NFT9I_4.png
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/3/den_wgC73NFT9I_3.png
現在状況を更新いたしました。
今回は暫定的なヒグマ帝国の地図(地下)もつけてのものです。
幾分か見やすくなったかもしれません。
クライマックスも近いのでしょうか。

また、支援絵を置いておきます。
球磨&ほむら
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/5/den_wgC73NFT9I_5.png
星空凛
ttp://download1.getuploader.com/g/den_wgC73NFT9I/6/den_wgC73NFT9I_6.png


それでは、キングヒグマ、シロクマ、穴持たず543、モノクマ、ビスマルク、反乱艦これ勢の一部で予約します。


982 : 名無しさん :2014/08/12(火) 01:05:32 DYAtggXw0
早速続きが…シバさんの奇行のおかげで戦力が拮抗してるのでどっちの勢力が勝つか判らんね


983 : 名無しさん :2014/08/12(火) 01:20:18 J0vyqUnA0
投下乙です
シバさんは凛ちゃんを助けることができるのか


984 : 名無しさん :2014/08/12(火) 10:21:36 rRfdwFCs0
放送&地図更新&支援絵投下乙です
右上の浅倉×3がじわじわ来るww
そして遂に地下帝国の地図が!


985 : ◆7NiTLrWgSs :2014/08/12(火) 20:09:48 EcldA1Wk0
延長もせず申し訳ございません。
完成したので、投下します。


986 : ヒグマウォーカー  ◆7NiTLrWgSs :2014/08/12(火) 20:10:19 EcldA1Wk0
「……ひとまずはおはようと言っておこうか」

どうして自分はこうなっているのか、このクマは一体何者なのかを考えていると、どこかで見たことのあるクマらしきものが話しかけた。
自分を抱えているクマも、生物からおおよそかけ離れた外見ではあるが、やはり何処かで見たことがあるような気がする。
気がするのだが、後一歩まで出つつあるのに思い出せない。
それに何故、自分はこうなっているのかも分からない。
いきなり渦潮が発生して逃げようとしたが、謎の物体に遮られて結局渦潮に巻き込まれる――直前で記憶が途切れている。
五体満足であることから、どうやら助かったらしい。どんな方法で難を逃れたのは分からないが。

「……下ろして」
――分かったモン。

黒い着ぐるみのようなクマは反応は示さないが、人の言葉は分かるらしい。
ゆっくりと下ろしてもらい、御坂は久しぶりの大地に足をつけた。
改めて二匹の顔を交互に見やり、二匹に抱いていた疑問をぶつける。

「アンタ達は一体何者なの?」
「――獲物を屠るヒグマ、つまりは君の敵ってところだよ」
「……っ」

コミカルな姿のヒグマの発言を全て聞いた御坂の表情が引きつる。
自分は見知らぬ間にヒグマに捕まっていたのか――よりにもよって既存の生物とは到底思えないような体型をしているヒグマ二匹に捕まってしまうなんて。
しかしそんな自分の様子を見た、コミカルな姿のヒグマが笑い声を上げた。
妙にその姿が腹ただしい。

「冗談冗談。俺たちは君の味方だ」
「信用できないわね。最初にヒグマだなんて名乗っておいて、そんな言い分は信じられないわ」
「俺がヒグマならとっくに殺してるけどな」
「そうとは限らないじゃない」
「部外者の君を、今行われていることと関係の無い君を、ここで生かしておく理由はあるのか?
 答えはノー。君はイレギュラー、つまり乱入者だ。支障が出る可能性があるのに、生かすわけがない」

……考えてみれば確かにそうではあるが、どうにも納得がいかない。
この島で行われていることはまだ分からないが、侵入者がいれば始末するのが道理である。
ヒグマに諭されているからなのかは分からないが、どうにも納得がいかない。
まだ懐疑的な目を向けられているのに気付いたコミカルな姿のヒグマは顎に手をやって考えた後に、黒い着ぐるみのようなヒグマに体を向ける。
まるで友人でも紹介するように、コミカルな姿のヒグマは手を水平にして横のヒグマに向けた。

「……ちなみにこっちのクマに見覚えは?」
「……あっ、思い出した! くまモンよね!」
「大正解! じゃあ俺も分かるな」
「今思い出したわよ。アンタは……」
「なんだ?」
「――アナログマよね」
「そうとも俺こそが――クマーだよ全然違う!」

会心の解答だと思ったがどうやら違ったらしい。アンテナにその姿では、アナログマとしか答えようがない。
アナログマではない(自称)のクマーはアンテナを触りながら、これさえなければなー、とぼやいている。
しかし何故いきなり唐突に突然、アナログマではない(自称)のクマーはこんなことをしたのだろうか。
もしや全国的に知名度抜群の見た目を利用して自分は善良なヒグマだということを押し付けようとしているのか。
だとしたら大間違い、とんだ勘違いだ。着ぐるみの中にヒグマがいないとは限らない。

「そんなのに騙される程、アタシは甘くないわよ」
「……もういいや。疑ってていいから話だけは聞け」

アナログマではない(自称)のクマーは、どんよりとしたオーラを纏いながら言葉をつむぎ始める。
御坂は内心余裕をかましていて、どんな言葉にも動じない自信があった。

「初春飾利と佐天涙子はまだ生きている可能性がある」
「詳しく教えなさい!」

数秒後、首本を捉まれ持ち上げられて身悶えする面白い姿のヒグマと、そのヒグマを持ち上げている女子中学生の構図が出来上がっていた。


□□□


987 : ヒグマウォーカー  ◆7NiTLrWgSs :2014/08/12(火) 20:11:24 EcldA1Wk0


「あ、危うく死ぬところだったぞ……」
――余計なことをするからだモン。別に僕らがヒグマであることは教えなくてもよかったモン。
「いやだって教えておいたほうがいいかなって」
――お陰でいらない問答をするハメになり、挙句に死にかけた癖によく言うモン。
「返す言葉もございません……」
――自分に不利になるようなことはするんじゃないモン。

正座をしてうなだれているクマーの正面にはくまモン。心なしか怒っている様子。
そんなシュールな光景を御坂は遠目で見つつ、クマーから聞かされた情報を頭の中で反芻させる。
ここで行われているのは人間同士の殺し合いで、ヒグマは反乱防止及び殺し合い促進の為に放たれている。
ヒグマの戦闘能力は並大抵の人間なら軽々殺し、実力者でもあっさりと殺し、人知を超えた存在でようやく立ち向かえるくらいの強さ。
こんなフザけた獣を作り出し、且つ殺し合いを企画したのは――

(有富春樹……! アイツは私が倒したハズなのに……!)

スタディコーポレーション取締役にして、暗部組織『スタディ』を率いる男、有富春樹。
ヒグマを作り出し、多数の人間を拉致して殺し合いを強制させた黒幕。
しかも国外へと行った布束砥信を呼び、ヒグマの研究に巻き込んでいたなんて。

(もう一度ブッ倒さなくちゃ分からないみたいね……!)

大方、自分達が作り出したヒグマが如何に実用的かを調べる為に催された殺し合いであろう。
ならばもう一度潰さなければならない。
クマーが言うには、第一放送が終了した時点ではまだ、佐天さんと初春さんは死んではいないらしい。

――但し可能性だ。放送は早朝に行われている。現在は昼。だから、生きているかどうかも分からないがな。

既に手遅れという状態ではなかった、ということを喜ぶべきだろう。

(上等よ。だったらさっさと見つけ出さないとね!)

そうと分かれば早速行動……したいのだが、未だ調子が戻らなかった。
まあこの短時間で回復している方がよっぽどおかしいのだが、ヒグマを迎撃できるくらいの余力は欲しかった。
クマーとくまモンの二匹がいるとはいえ、クマーは重症で戦闘を行うには多少不利を強いられてしまう。
となるとくまモンに頼るしかない、が現時点でのくまモンの戦闘能力が分からない。
クマー曰く、俺よりも実力は断然上と言っているが、クマーの実力が分からないのでやはり分からない。
念には念を入れたい。信用していないというわけではないが、いやまだ少し怪しんではいるが。

「大丈夫だって、信じろ! いざとなれば血を吐き出して攻撃するからな!」
――それは本当に攻撃になるのかモン……?

……本当に大丈夫なのだろうか?

――ほら、彼女が不審そうにコッチを見てるモン。君が頼りないせいだモン。
「本当に大丈夫だからね!? 俺は結構強いし!」
「……はいはい、分かったから。そんなに迫らないで」

興奮した様子で迫るクマーに、御坂は右手で彼の顔を後ろへ押しやった。
今となっては頼りになるのはこの二匹しかいないので、信用せざるをえない。
どうにも不安になってしまうのは、二匹の外見によるものなのだろうと御坂は頭の中で結論づける。

「さて、森の中は何があるか分からないし、かといって後ろは危険だ。となると前へ進むしかないな」
――とりあえず建物がある場所へ行くかモン? そっちのうほうがいそうだモン。
「御坂ちゃんも建物がある方でいいかな?」
「別にどこだっていいわよ。私はここの地形には疎いしね」

そうと決まれば歩こう、クマーが先導をきって歩き出し、そこへ御坂、くまモンの順に続く。
御坂は疲弊している為、ヒグマである二人がフォローできるような順列だった。
くまモンは素手でも戦えるので、スレッジハンマーは戦いに不利な重症を負っているクマーが持つことになった。
最初は頭に突き刺さっているアンテナを引っこ抜いて武器にしようとしたが、思っていたよりも深く突き刺さっていたらしい。
とっとと引っこ抜いてもとの姿に戻りたいという思惑もあったが、このままでは中身ごと引っこ抜く危険性があったのでクマーは渋々止めた。
溜め息を吐いて、ぶつぶつ文句を言い出すクマーへとくまモンが近寄る。


988 : ヒグマウォーカー  ◆7NiTLrWgSs :2014/08/12(火) 20:12:12 EcldA1Wk0
「あーあ、これさえなければなあ。アナログマに間違えられないのによ」
――別にそれで困ることはないから別にいいモン。むしろ人気者になれるモン。
「それ俺の人気ちゃうやん……」
――幼女にモテるかもしれないモン。
「俺このままでいいわー。全然良いわー」

くまモンが元の場所に戻ると、そこには元気を取り戻したクマーの姿があった。
先程とは打って変わってアンテナをぽかぽか叩いていたりしていたが、今はすりすりと優しく撫でるような手つきに変わる。
一体クマーに何を吹き込んだのか、御坂はくまモンに聞きたかったがくまモンは話すことができないので聞きようがない。
といってもクマーから溢れる残念なオーラから察するに、きっとうまく言いくるめられたのだろう。
例えば人気者であったアナログマの容姿ならば、女性の好評を得ることが出来るぞ、だとか。

「うへへ……これで幼女の人気者に……」

大当たりだった。しかも結構危ない熊だった。

「本当に大丈夫なんでしょうね……」
「へっ? ああ、いや大丈夫大丈夫。ロリペドでも気にしないでくれ」
「気にするわよ!」

18歳未満に性的に興味を示すのがロリペドで、つまるところ自分はその対象に入ってしまっている。
初春、佐天、黒子も当然その対象に含まれる。
ということはまさかであるが……

「アンタそれが目的じゃないでしょうね!」
「馬鹿を言うな。俺は幼女の味方であって幼女を襲うようなそんな悪辣漢みたいな真似はしないぞ」

澄ました顔でクマーはそう答えて、前を向いて再び歩き出す。
この返答を信用していいものか、信用せざるべきか。
御坂のクマーに対する評価は一向に下がりっぱなしで、本当に信用していいものか不安になってくる。
そんな様子を見てくまモンは溜め息を吐いた。

――これ、本当に大丈夫かモン? 何だかクマーが喋る度に酷くなってくモン。

ヒグマであることをバラし、頼りにならない姿を露見させ、挙句には自分の性癖まで知られて、これでは信用しろというほうが無理ではないか。
しかも性癖が性癖なので、より一層不安になるはずだ。ああ、自分が会話できたらどんなに楽か。
御坂よりも不安を抱えながら、くまモンは後に続いていく。
ふと、御坂が足を止めているのに気付きくまモンも足を止める。
御坂の前を歩くクマーを見ると、クマーはハンマーを力強く握り締めているのが見えた。

「……ヒグマだ。しかも知らない、見たことのないヒグマだ」

奥を見るとクマーが言った通りヒグマがそこにいた。
毛の色が若干黒ずんでいる、それ以外は何ら変哲のないただのヒグマがそこにいた。
クマーも、そしてくまモンも存在を知らないヒグマがそこにいた。
ヒグマは表情を変えずにゆったりと近づきながら、話しかけてくる。

「先輩方、始めまして。穴持たず402ですよ」
「は? よんまるに? おいおい、なんでそんなに増えてやがる。80体くらいしかいなかったんじゃねえのか」
「正確な数は知りませんけど僕のナンバーより多いことは確かですよ」
――あ、有富は何を考えてるモン。そんなにヒグマを増やして、一体何の意味が……

ある一定の距離になったところで、穴持たず402は止まり、顔を御坂の方に向ける。
クマーとくまモンは御坂を庇うような立ち位置になり、それを見た402は訝しげに二匹を見た。

「あのー、それじゃあイレギュラーを殺せないんですが……」
――その前に質問に答えるモン。有富は、一体何を考えてそこまでヒグマを生成したモン?
「有富さんは、ね。死にました。ヒグマのクーデターでね」
「ああ、死んだ……は? 死んだあ!? クーデターぁ!?」

それを聞いたクマーは驚愕の表情に固まった。もちろんそれは、くまモンと御坂も同様である。
もう既に有富が死んでいて、しかもその原因がヒグマのクーデターとは、これは考えもつかない。
となると有富以外の研究員も死んでいる可能性が高い。ならば何故、第一放送が行われたのだ?
ゲームの進行役がいないのだから、第一放送など行えるはずもないのだが。


989 : ヒグマウォーカー  ◆7NiTLrWgSs :2014/08/12(火) 20:13:13 EcldA1Wk0
「今ゲームを仕切ってるのはキングヒグマさんです。帝国のキングさんですよ」
――ソイツが黒幕モンね。全く変なことをしてくれるモン。
「帝国っておい……頭が痛くなる……」
「ちょっと待ちなさい! 有富以外も殺したっていうの?」
「教える必要は無いけど……まあいっか。布束さんだけ、生きてますよ」

その言葉を聞いて御坂はホッとする。
何故か目の前のクマーもホッとしている様子だが、気にしないことにする。

「……とりあえず先輩方はそこをどいてください。
 実験を円滑に進めるには実験を阻害する部外者を始末しなくてはいけません。
 見たところ彼女には首輪が無いじゃあありませんか。これはよくないです。
 偶然見つかってよかった。外に出たかいがありました。では」

――横へ飛ぶモン!
「御坂横へ飛べ!」
「分かってるわよ!」
「処刑のお時間です」

不穏な気配を察した一人と二匹は、くまモンと御坂は右へ、クマーは左へ、彼が言葉を言い終える前に飛ぶ。
次の瞬間402の口から、光線が放たれていた。
瞬く間にクマー達がいた場所に到達し、地面を貫通しながら突き進んでいく。

「……? 何故侵入者まで……」

くまモンとクマー、二匹が取った行動は帝国に忠実な402にとっては理解しがたいものだった。
立ち上がったクマーは素早く相手の懐へと潜り、スレッジハンマーを相手の顎へと振り上げる。

「こういうことだ、察せ!」
「ぐがっ!?」

棒立ちだった402は避けることもできず、直撃をくらって後退する。
脳を揺さぶられているような衝撃に、視界がくらくらし反撃に転じることができない。
やっと平常に戻るも、目を開ければクマーが直ぐ傍まで迫ってきていた。

「もらった!」

ぶつかる寸前でクマーはジャンプして、相手の後方へと回る。
クマーのスレッジハンマーが今度は、脳天に目掛けて振り下ろされる。

「おおっとっとお」

しかし402は焦った様子も無く、前へダッシュしてこれをかわした。
体勢をクマーの方へと変更した402は、口を大きく開き光線を放つ。
予備動作一切無し、発生1Fの遠距離攻撃がクマーを襲う。
着地したクマーは直後にやってきたビームを、また横へと飛んで避けた。

「こ、これが先輩に対する後輩の仕打ちかよーっ!」
「自業自得でしょうが。名誉の戦死という扱いにしますから大人しく死んでください」
「シャレにならない! 輪郭だけにされるよりも酷い仕打ちだ!」

近距離の武器のハンマーしか持たないクマーにとって、402のビーム攻撃は正しく脅威にして障害だった。
無駄に太く、速度は結構速め、チャージなんてなかった、この上連射可能とは性質が悪すぎる。
ともかく近寄れない。細かくビームを連射されては逃げるのに精一杯だ。
ていうか太いって。逃げる度に毛がチリチリするんですが。熱いってマジで。

「あ」
「お終いですね」

ずっこけた。漫画でよくあるような、何もないところで躓いて地面とキスをしてしまった。
402が口を開ける。こうなれば最早自分に成す術はない。
距離から察するに、恐らく10秒もたたないまま死ぬのではないだろうか。
そんな呑気に考え事をしていると、後ろから黒い影が見えた。
ちなみに呑気に考え事をしていたのは助かることが分かっていただけで、決してもう死ぬとか考えていたわけではない。
断じて。

――チャージ無し、連発可能、高速で移動、威力は抜群、結構太め、まるでビームライフルモン。

くまモンは相手の背後へと回って、蹴る構えに入る。
もう既に光線を放つモーションへ移行していた402は、気配には気付いても反応することができない。

――君はどちらかというと後方支援に適したヒグマ。どうせ一対一なんて想定してないモン。何故なら近寄られることがないからモン。

くまモンはジャンプして、402の高等部目掛けて延髄切りを放った。
衝撃で402の口は強制的に閉じ、ビーム放たれず前へとよろける。

――もう一匹ヒグマがいればこうはならなかった……詰めが甘いモン。さて……
「とどめーっ!」
――あっ、バカやめるモン!


990 : ヒグマウォーカー  ◆7NiTLrWgSs :2014/08/12(火) 20:14:38 EcldA1Wk0

しかし遅かった。勝ちを確信し、興奮していたクマーに言葉が届くはずもない。
全身全霊、渾身の力を込めてスレッジハンマーが402の頭部目掛けて振り下ろされる。
ピ○ポ君を屠ったその怪力は伊達ではない。容易く402の頭部は粉砕された。
呆気なく402は地面に倒れ付す。

「はっはっはー! どうだ御坂ちゃん! 俺はこんなにも頼りがいがあるんだぞー!」

クマーは誇らしげに、且つ嬉しげに402を殺したことを御坂に報告した。

――な、何しやがんだモーーーン!!
「え、何がはぁっ!?」

くまモンの渾身のストレートがクマーの右頬に見事クリーンヒットし、宙を舞って地面へ墜落する。
どうやらくまモンの怒りには気付かなかったようだ。

【穴持たず402 死亡】


□□□


――何を考えてるんだモン! 折角色々情報を聞き出せるチャンスだったのにモン……
「スマン。ついカッとなってうっかりと、な」
――完全に犯罪者の言い訳だモン……
「誰が性犯罪者だ! 何もしてないだろ、まだ!」
――そこまで言ってないモン。それより『まだ』とはどういう意味モン。
「ねえ……402が言ってたことがアタシは気になるんだけど……」
「おお、そうだった! 402が言ってたことなんだが……」
――露骨に逸らすなモン……

有富達主催陣は布束砥信を除いて全員死んだ。キングヒグマによる、ヒグマのクーデターによって。
そしてキングヒグマは帝国を建設し、ヒグマを量産している。数は少なくとも402よりは上。
キングは実験を有耶無耶にしていない以上は、実験は継続しているのだろうが、目的は今のところ不明。

「いい気味ね。懲りずに悪事なんて働くからそうなるのよ」
「あー、くそ。こんなに大事になってるなんて想定外だ……」
――キングの目的は分からないけど、実験が滞りなく続いているってことはキングは実験に干渉するつもりはないと見るモン。
「となると、さっさと生きてる参加者を探したほうがいいな」

当面の目標が決まったので再び一人と二匹は歩き出す。
二回目の放送が流されるまで、後僅かだった。

【C-7 塩茹でされた草原/昼】

【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:疲労(小)、頬に傷
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0〜1、スレッジハンマー@現実
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
1:他の生きている参加者と合流したいモン。
2:メロン熊……、キミの真意を、理解したいモン……。
3:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
4:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
5:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
6:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
7:あの少女、黒木智子ちゃんは無事かな……。
8:バーサーカー許さないモン
[備考]
※ヒグマです。
※左の頬に、ヒグマ細胞破壊プログラムの爪で癒えない傷をつけられました。

【クマー(穴持たず55)@穴持たず】
状態:アンテナ、腹部と胃と背骨の一部が蒸発(止血・被覆済み)、腹の中が血の海
装備:背骨を補強している釣竿@現実、ロリ参加者(守備範囲広し)の顔写真、アンテナになっている宝具
道具:無し
基本思考:この会場にいる幼女たちを、身を挺してでも救い出す
1:御坂ちゃんの友達は必ず助け出してやるからな!
2:死んだ子を悔やんでも仕方ない! ネクロフィリアの趣味はないからな!
3:あのメロン熊ちゃんも見つけ出して、話をしよう!
4:布束さんは生きているらしい。できるなら救出したいな。
[備考]
※鳴き声は「クマー」です
※見た目が面白いです(AA参照)
※頭に宝具が刺さりました。
※ペドベアーです
※実はカナヅチでした
※とりあえず体の一部でも残っていれば動ける能力を持っています。
※ヒグマ細胞破壊プログラムで受けた傷は壊死しており、受傷箇所を取り除いてからでないと再生できません。


991 : ◆7NiTLrWgSs :2014/08/12(火) 20:15:38 EcldA1Wk0
【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:ずぶ濡れ、能力低下
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:くまモンとクマーと行動。
1:佐天さんと初春さんは無事かな……?
2:津波って、どうなったんだろう?
3:あの『何気に宇宙によく来る』らしい相田マナって子も、無事に戻って来てるといいけど。
4:今の私に残った体力で、このまま救出に動けるかしら……?
5:黒子……無事でいなさいよね。
6:布束さんも何とかして救出しなきゃ。
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が大幅に低下しています。


□□□


投下終了です。


992 : ◆wgC73NFT9I :2014/08/13(水) 01:25:01 tV9RF4ZU0
投下乙です!

クマーさんが良い味出しておられる……!
悲惨な現状を少しずつでもコミカルに変えてくれる貴重なお方ですな……。
ひょっこり出て来てしまったらしい402くんですが、何を思って地上に来てしまったんでしょうねぇ。
殊勝にもシーナーさんの追っていた島外からの侵入者を自分も見つけようと奮起したのでしょうか。
もうちょっと思いとどまってくれていれば艦これ勢の暴挙を止めてくれる貴重な戦力になっていたでしょうに……。
くまモン先輩や美琴に情報を教えて下さってありがとうございました……!


993 : ◆kiwseicho2 :2014/08/14(木) 00:09:01 WCFht8r60
第二放送おめです!そして投下乙です!
また、現在位置の更新なども乙です。地下の地図わかりやすい…!

>第二回放送
艦これ勢が手早く役割分担をして襲撃できてるのが地味におどろきだ、
と思ったがこいつら艦これ厨だから逆にそういうのは得意なのか?あるいはロッチナが有能なのか
シバさんはまた奇策を…ヒグマと融合してからなんか裏目ってる感がすごいけどどうなるかな
>ヒグマウォーカー
402くん南無。美琴たちにいろいろ教えてくれたきみの働きは無駄ではなかった
両手に花ならぬヒグマを抱え、美琴の行く先も楽しみです。
超電磁砲勢の集合もありうる……?いや黒子は黒子っていうか劉鳳なんだけど…

あと自分からも支援絵です!弓構え体勢がむずかしかった
ttp://xfs.jp/MrPbw

最後に、シーナーさんとヒグマ診療所を再予約させていただきます。


994 : 名無しさん :2014/08/14(木) 20:26:58 6BXlYDW.0
投下乙です!
くまモンとクマーは相変わらず清涼剤になって、そんな彼らと一緒にいる美琴もいい具合に情報を集めてくれますね。
果たして、彼らはどうなるのか……?

それと、そろそろ次スレの時期でしょうか?


995 : 名無しさん :2014/08/14(木) 20:28:30 6BXlYDW.0
そして支援絵も乙です!
あの名シーンが上手く再現されていますね! 大好きなシーンなので、こうしてイラストになると興奮してしまいます


996 : 名無しさん :2014/08/15(金) 05:55:36 Z.mmGHOA0
新スレ用に2スレ目までの主要な生存者名簿です。
抜けはたぶんないと思う

【とある科学の超電磁砲】○佐天涙子/○初春飾利/○御坂美琴/〇布束砥信
【艦隊これくしょん】○天龍/○球磨/○天津風/○島風/○那珂/〇龍田/〇扶桑/〇ビスマルク
【仮面ライダーシリーズ】○北岡秀一/〇駆紋戒斗/○浅倉威/○浅倉威/○浅倉威/○操真晴人
【Fateシリーズ】○言峰綺礼/○間桐雁夜/〇ランスロット
【魔法少女まどか☆マギカシリーズ】○巴マミ/○佐倉杏子/○暁美ほむら/○呉キリカ/〇キュゥべえ
【ゆるキャラ】〇メロン熊/〇くまモン/〇クマー
【ジョジョの奇妙な冒険シリーズ】○ウィルソン・フィリップス上院議員/○ウェカピポの妹の夫
【ポケットモンスター】○デデンネ/○パッチール
【プリキュアシリーズ】○夢原のぞみ
【ビビッドレッド・オペレーション】○黒騎れい/○四宮ひまわり/○カラス
【彼岸島】○宮本明
【ダンガンロンパシリーズ】☆モノクマ(江ノ島アルターエゴ)/〇戦刃むくろ/〇狛枝凪斗
【魔法科高校の劣等生】☆シバさん/☆司波美雪
【進撃の巨人】○ジャン・キルシュタイン
【プーさんのホームランダービー】○クリストファー・ロビン
【スクライド】○カズマ/〇劉鳳
【ラブライブ!】○星空凛
【私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】○黒木智子
【キルラキル】○纏流子
【るろうに剣心】○武田観柳
【からくりサーカス】○阿紫花英良
【北斗の拳】○フォックス
【荒野に獣慟哭す】○アニラ
【新世紀エヴァンゲリオン】○碇シンジ
【めだかボックス】○球磨川禊
【妄想オリロワ2】○ジャック・ブローニンソン
【食戟のソーマ】〇田所恵
【ヒグマロワ】○戦艦ヒ級

【ヒグマ】
〇デビルヒグマ/〇隻眼2/〇ヒグマになった李徴子/〇メロン熊/○ヒグマン子爵
○穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ/〇ヒグマード
○ラマッタクペ/○メルセレラ/○ケレプノエ/△ヒグマサーファー
【ヒグマ帝国】
☆イソマ/☆キングヒグマ/☆ツルシイン/☆シーナー/☆灰色熊
〇グリズリーマザー/△ビショップヒグマ/〇ナイトヒグマ
○ヤスミン/○ガンダム/○ミズクマ/〇穴持たず428/○ヤイコ
○穴持たず59/○伝令ヒグマ/○ロッチナ/〇ヒグマ提督
○ヤエサワ/○ハチロウガタ/○クリコ/〇パク/○ハク


997 : 名無しさん :2014/08/15(金) 13:03:00 FzCG5XLQ0
名簿乙!
死亡者&乱入者多過ぎて誰が生き残ってるかよく分からなかったのでありがたい


998 : ◆Dme3n.ES16 :2014/08/15(金) 21:35:00 gp/TePkM0
新スレ建ててきました
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1408105868/


999 : 名無しさん :2014/08/23(土) 03:02:13 aww1xQl2O
新スレお疲れ様です


1000 : 名無しさん :2014/09/05(金) 20:05:15 lk1RMY7U0
1000ならヒグマロワが盛大な完結を達成する


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