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『 Alice Garden 』
アリス!
このたわいない話をうけとり
その手でそっとしまっておいてくれ
思い出の神秘な絆のなかに
子供の日の夢が綯い交ぜになったあたりに
巡礼たちが遠い国で摘んできた
とうに萎れてしまった花冠のように
. ルイス・キャロル .
ゆめをみるのは40にん
ゆめにたべられるのが××にん
ゆめからさめるのはいったいなんにん?
(当企画の収録先はこちらになります
ttp://www59.atwiki.jp/alicenight/pages/1.html)
"
"
かつん。
かつん。かつん。かつん。
渇いた音が、伽藍堂のセカイに反響して溶けて消える。
ここは何処なのだろう。
何処でもあって何処でもない。
言うなれば、己の心象奥深くに眠る記憶や価値観、そういったあらゆる要素を継ぎ接ぎにした心の中。
謂わば、ユメのセカイ。
何処までも続いている、覚めれば終わってしまうほど儚く切ない地平線が広がっている。
見覚えのある、けれど決定的に違うと解る光景を、何を思うでもなく歩く、歩く。
不思議と、〝こんなこと〟になっていることへの恐怖や不安の感情はなかった。
さもこれがレム睡眠下で見る夢中の景色であるかのように、端的な事実として受け入れている。
間違ってはいないだろう。
これでいい。これで正しい。
無味乾燥とした雑念の排斥場を、ぐしゃぐしゃと地面を踏み締め死んだように歩く。
どれくらいの時間が経過したろうか。
疲れはない。
これは夢だから。
夢の中でなら誰だってヒーローになれて、誰だって主役を張れる。
ヒロイズムが芽生える。セカイがご都合主義のデウス・エクス・マキナに歪められるのだ。
事実。
今ならきっとなんだって出来て、なんにだってなれる自信があった。
不可能だと諦めてしまったことも、自分が狂おしく嫌悪した存在へと成り代わることも、なんだって。
なんだって想いの侭に改変して、果てしなく続く幻想を彩ってやれる気がした。
「よう、〝アリス〟。今宵は来客の多いことだねぇ。まあ、俺としちゃあ大歓迎なんだがよ」
そんな気持ちを踏み躙るような軽薄さで、万人に悉く嫌悪を植え付ける嘲笑を湛えたチェシャ猫が立ち塞がる。
猫は喋らない。猫は二足で歩かない。猫はこんなに破綻してなどいない。
〝アリス〟とチェシャ猫は呼んだ。
ちがう。僕/俺/私はそんな名前ではない。
「いいや、おまえたちは〝アリス〟だよ。そういうことに、なってるんだ」
呵々と猫が嗤う。
確信をもって断言できることがひとつあった。
其れは、自分はこんな存在を知らないということ。
フードを纏い、まるで猫がヒトの猿真似をしているかのよう。
あまりに非現実的で、だからこそ極限のリアリティを孕ませて夢魔はそこにいる。
「はっきり言うぜ。おまえらの行き先には、もうバッドエンドしか残ってねえ。
理不尽だと嘆くのも、自暴自棄になって暴れるのも自由だ。俺には、関係のないことだしな」
チェシャ猫の語り口は、悪辣な語り部じみている。
肝心な箇所を濁し、話の全体像を掴み取らせない陽炎の話術。
――いや、そういう風に説明してしまえるものではないか。
元々、きっと存在の根元に至るまで、こうなのだろう。
だって此奴はユメのセカイの案内人で。
不思議の国の住人宛ら、曖昧希薄な虚像体(ナーサリーライム)なのだから。
「けど、あれだろ? おまえら、どうせ出たい出たいと思ってんだろ?
無理もねえわな、ニンゲンってのはそんなもんだ――」
けたけた。一定しない情緒を喜悦に染めて、解らないねえと猫が嘲る。
都合の悪い現実から逃げる為にユメを見るのに。
いざユメから出られないとなると途端に現実に返せと喚く。
どっちなんだ。結局、どっちでも納得できないのだろう。
「――だったら、だ。
〝カギ〟を探してみな。それで一人くらいなら抜け出せる」
ユメから帰るための小さなカギ。
曰く、セカイのカギ。
けれどこのイレギュラーなセカイに限って言えば、一個人のセカイをこじ開けるそれとは訳が違う。
沢山の迷子(アリス)のセカイがつながり、一個のコロニーを形成している時点で異常過ぎる現象なのだ。
そのつながりを断ち切り、セカイに穴を開けてユメから覚ます、大きな力が必要となる。
「探してみな、って言うと語弊があるかな。
正確には〝引き出してみろ〟ってのが正しい。
普段はどっかに隠れてんだよ――いや、そもそも存在自体してないのかね?
悪い、そこんとこは俺にもちとわからねえ。まあ、どうでもいいことだ」
だって私は、おまえらじゃねえし。
アリスを堕落へ導く案内人。
すべてを知っていながら、彼にもこのセカイを崩す力はない。
あくまで、案内人でしかないからだ。
面白可笑しく暗躍するしたことは幾度かあれど、所詮は籠の中の鳥、悖い塀の中の猫。
チェシャ猫も。
世界と異なる〝セカイ〟へ迷い込んだアリスたちも。
シロウサギすらも。
誰も彼も、物語の主役を、悪役を担うにはちっぽけすぎる存在だった。
それを承知した上で、チェシャ猫は彼らを焚きつける。
悩めるアリスに道標を示し、ユメからの出口を提示する。
森の小道に落としたビスケットの目印。
けれど。猫の誘う光明は――
「だから、アリスをぶっ殺してカギを引き出せよ。それで帰れるぜ、〝おまえだけは〟」
――絶望の極点だ。
己と他者を天秤にかけ、己が優るなら蹴落とせと云っている。
得意だろ、そういうの。
今更キレイゴト語んなよ、にあってねえぜ、アリス。
否と叫びたい。
でも、叫べない。
だってこれはユメだから。
覚めれば何もかも元通りになるマボロシだから。
なら、それなら――。
そう思ってしまう自分に気付かされる。
当たり前だ。ここは自己の心理を投影したセカイ。
どんなに目を背けても、事実が消えることはない。
「ヒハハハッ、まあ頑張れよ。頑張って、カワイーカワイー自分を守るこった」
待て、と声が出る。
チェシャ猫を引きとめようと伸ばした手は、虚しく空を掻いた。
だれもいない。
ただ、そこにはひとつ、〝アイテム〟がある。
ごくり。
生唾を嚥下して、拾い上げて持った瞬間、これがどういうものかを理解した。
他の誰かを蹴落とすための、便利な道具。
――信じられない。
茫然と見上げた空に色はない。
一面の曇天が包み込み、雨でも振りそうな様相を呈している。
「――――、」
こうして。
始まりとしてはあまりにつまらなく、あっけなく、そして不条理に。
ナイトメアは大きく牙を剥いて、アリスたちは閉じ込められる。
これはユメ。覚めないユメ。
だがしかし、覚めてしまえば何もかもなかったことになる幻影。
数多のこころは交差して、誰の思い通りでもなく、撒かれた火種が拡大し、そして。
.
――――さめないゆめのたたかいが、はじまった。
.
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参加者一覧
6/6『Alice mare』――
○アレン/○レティ(リック)/○チェルシー/○ジョシュア/○ステラ/○先生
5/5『暗殺教室』――
○潮田渚/○赤羽業/○寺坂竜馬/○鷹岡明/○ガストロ
4/4『学校であった怖い話』――
○日野貞夫/○坂上修一/○荒井昭二/○岩下明美
2/2『神さまのいない日曜日』――
○アイ・アスティン/○キヅナ・アスティン
4/4『GTO』――
○鬼塚英吉/○冬月あずさ/○菊池儀人/○神崎麗美
6/6『進撃の巨人』――
○エレン・イェーガー/○ミカサ・アッカーマン/○クリスタ・レンズ/○ユミル/○ライナー・ブラウン/○ベルトルト・フーバー
4/4『ダンガンロンパ』――
○苗木誠/○江ノ島盾子/○日向創/○七海千秋
1/1『テニスの王子様』――
○越前リョーマ
3/3『リーガル・ハイ』――
○古美門研介/○黛真知子/○羽生晴樹
5/5『書き手枠』――
○/○/○/○/○
40/40
基本事項
・会場はユメの中。ただし、現状ユメから覚める手段はない
・他のアリスをすべて殺すことで出現する〝セカイのカギ〟を使うとユメから出られる
・主催者も進行役も存在しない。いるのは案内人のウサギと猫と、アリスたちだけである。
持ち物
・チェシャ猫と対話した後、参加者は一人につきひとつの凶器を与えられる。
・それ以外のものについては基本自給自足。会場の所々に落ちているアイテムを拾って使いましょう。
例:懐中電灯、時計、食糧、地図など
・アイテムとして出してはいけない物は今のところ有りませんが、核爆弾とかはやめてください。
能力の制限
・進撃の巨人
エレン、ユミル、ライナー、ベルトルトの巨人化は禁止とします。
ただし、巨人特有の回復力は備えたままにしていただいてかまいません。
その他
・本企画には、他のロワでいう主催者のような存在はいません。
・なので、首輪や禁止エリア、定時放送といったものも存在しません。
・しかし、会場のどこかに神出鬼没で現れるチェシャ猫@Alice mareかシロウサギ@Alice mareに聞けば、現在の死者やそのほかにもちょっとしたお話が聞けるかもしれません。
作中での時間表記
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
【エリア(A-1など)/場所の名前/○日目/時間帯】
【キャラ名@作品名】
[状態]:身体の状態、または精神的なものについても
[装備]:
[道具]:手に入れたアイテム。
[思考-状況]
基本:(スタンス、基本方針など)
1:(以降は優先度の高い順に記述して下さればかまいません)
2:
[備考]
参戦時期や、その他特筆すべき事項などあれば。
・当企画はリレー方式を取ろうと思っていますので、どなたでもお気軽に参加してくださればうれしいです。リレーしたいです。
・世界観、主催の不在などイレギュラーな要素が多いと思いますゆえ、疑問などあれば聞いてください。
・書いてやろうという方は、予約する際はトリップをつけて、予約したいキャラクターを書いて予約してください・
・予約期間は7日で延長3日までとします。でも、相談していただけたらちょっと伸ばすこともあるかもしれません。
・書き手枠では、参戦している作品のキャラクターなら殆どオーケーです(流石に、名前もないようなモブキャラは困りますが)。
・また、参戦外の作品からでも参戦候補作にまで上った以下のものからであれば書き手枠で書く事が可能です。
●ひぐらしのなく頃に
●リトルバスターズ!
●スパイラル〜推理の絆〜
●バトル・ロワイアル
●魔女の家
●Ib
地図
※アイテムとして入手でもしない限り、参加者に知る手段はありません。
ABCDEFGH
1森森川森崖森海海
2森廃森森原原ト崖
3森森川チ原森プ浜
4墓墓森森川学旧森
5村森巨巨原原森浜
6森川森原原原ゴ浜
7海崖森森森森森海
8浜森原崖森崖森森
森=森
川=川
崖=崖
海=海
廃=廃病院
原=野原
ト=トンネル
チ=【チェルシーの祖母の家@Alice mare】
プ=【E組のプール@暗殺教室】
浜=砂浜
墓=【墓地@Alice mare】
学=【鳴神学園@学校であった怖い話】
旧=【旧校舎@学校であった怖い話】
村=【村@神さまのいない日曜日】
巨=【巨大樹の森@進撃の巨人】
ゴ=ゴーストタウン
以上でオープニング、テンプレなどの投下を終了いたします。
他とは少々毛色の違う作風になっておりますが、のんびりやっていこうと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
早速ですが、
チェルシー、鷹岡明 予約します。
完成したので投下します。
かたかた。
暗がりの中、うずくまって身体を震わせる小柄な少女の姿があった。
茶髪のてっぺんにはぴょこんとアホ毛が立っていて、顔立ちは幼く穏和そうな雰囲気が伝わってくる。
普通、こんな時間ともなれば布団に潜って夢でも見ているのが適当と思われるような――まあ、此処もユメには違いないのだが――年端もいかない少女。彼女の名前は、チェルシーといった。
「やだ……やだよっ……」
口をついて出る言葉は忌避。
これから始まり、幾度となく繰り広げられるだろう光景への嫌悪。
赤色の光景が脳裏を過ぎる。
錆の匂いが鼻腔を充し、じっとりと身体が濡れる感覚を思い出し、吐き気を催してしまう。
いやだ。いやだ、もうあんなものをみるのはいやだ。
どうしてこんなことになってしまったのか――問いかけても、当然答えてくれる者などない。
チェルシーは臆病な少女である。
その物腰や外見からも想像できる通り、些細なことで泣いてしまうほどに弱い人物である。
競争や奪い合い、まして殺し合いなどもってのほか。
十人に聞けば十人がそう答えるだろう彼女。
けれども、彼女がこの事態へこれほどまでの恐慌を示している理由は、単に恐怖から来るものではなかった。
覚えているからだ。
どれだけ時間が経っても、思い出してしまうからだ。
目を合わせる恐怖。
手をつないでしまった過ち。
狼。赤くそまって、死んでいった獣。
赤頭巾(チェルシー)はすべて覚えている。
あの醜悪な感触も、斧を振り下ろす勢いも、滴り落ちる雫の不気味さも。
噎せ返るようなヒトの香りと、飛び散ったヒトだったものと、それを作り出した自分の姿を。
「たすけて、先生……だめ、これ、やだよ……!」
透明な雫がこぼれて落ちる。
服が汚れるのも顧みずに座り込んだ地面に、ぽたぽたと落ちてシミを作っていく。
声を押し殺すだけで精一杯だった。
大声をあげて泣いたら、きっとオオカミが来てしまう。
あの時のように、やさしい顔をしてやってくる。
そして、きっとまた。
いや、今度はひょっとして――
「っく、ひっく、えぐっ……」
〝今度は、自分がたべられてしまうかもしれない〟。
想像してしまった。
あの赤色に、自分が倒れている姿。
おばあさんではなく、自分が食べられてしまう光景。
自分が弱いことなんて、自分が一番知っている。
もしちゃんと向かい合ってオオカミと戦ったら、どっちが勝つかは自明。
間違いなく、死ぬ。
無様に、無価値に、どこまでも哀れに。
身体の震えをいっそう強くしながら、チェルシーは――自分の傍らにあるものをみた。
「…………」
あのチェシャ猫が消えたあと、いつの間にか置かれていたそれ。
何故、と思う。
二回もこれを見なければいけないなんて、神様は意地悪だと悪態のひとつもつきたくなる。
斧だった。
あのとき、オオカミの身体を破った凶器(どうぐ)がそこにはあった。
一瞬の逡巡の後、ゆっくりとそれを手に取ってみる。
もしかしたら、と期待した。
もしかしたら、なんともないかもしれない。
これはユメなんだから。
きっと大丈夫、きっと大丈夫。
そう言い聞かせて持ち上げた瞬間、ダメだと気付いた。
消えない。
頭にこびりついた、あの憧憬が消えない。
色濃く浮かび上がって、嘲笑いながら告げる。
これは、あの時のものだと。
オオカミを殺した、すべての始まりの一本だと。
「…………なんで」
ぺたり。
もう一度尻餅をついてへたり込み、表情を俯かせる。
「先生に会えて、みんなと出会って」
あの新しいおうちで、暮らす時間は楽しかった。
そりゃたまには喧嘩だってしたし、泣いたこともあったけど、楽しかった。
友達と遊んだり、日々のことを手帳に書いたりして、過ごした時間はあまりにも穏やかで。
――わたしのしたことを、わすれさせてしまうくらい、甘かった。
「やり直せるかもって、おもったのに!」
そんな淡い期待さえも踏みにじられて、チェルシーは恐怖も忘れて叫ぶ。
こんなユメ、こんなセカイ、壊れてしまえばいい。
破滅願望すら抱えながら、いよいよ大声で泣いてしまおうかと思った、丁度その時だった。
「――そこに、誰かいるのか?」
「っ……!」
男の声が、自分しかいないと思っていた暗い森のなかに聞こえた。
鼓膜を声が叩くと、昂ぶった感情は冷水でも浴びせかけられたように冷めていく。
チェルシーといえど、ここで何をすべきかくらいは理解している。
チェシャ猫が語った通りだ。
セカイのカギを引き出し、ユメから覚めること。
そしてその為に、他のアリスを殺さなければならない。
誰だって自分がかわいい。
だから、カギが欲しい。
終わらないユメから覚めたい。
思わず手が斧を握り、ハッとなって取り落とす。
フラッシュバックする光景。
もはや、チェルシーに抵抗の手段はなかった。
瞳から大粒の涙を流しながら、彼女は自分に訪れる結末を覚悟する。
「……落ち着いてくれ。こんなナリをしてるけど、俺は君の味方だ」
――しかし、その想像は裏切られた。
恐る恐る閉じた瞼を開けて目の前に立つ人物を見つめる。
一目みた感想は、怖そうだと感じた。
顔に刻まれた引っ掻き傷が、浮かべた微笑みとあまりにもミスマッチだったから。
が、男はチェルシーの怯えを解いてやろうと両手を挙げて、危害を加える意思がないことを示している。
「……あなた、だれ……ですか……?」
「鷹岡明っていうんだ。これでも軍人あがりだからね、腕っ節には自信がある。君はなんていうんだ?」
「……チェルシー、です」
小太りな体型からは少々想像できないが、こんな状況なのにちっとも怖がっていない辺り、強い人なのかもしれない。
武器も持っているようには見えないし、何よりその笑顔がありがたかった。
緊張が抜けて、ほっと胸を撫で下ろす。
よかった、オオカミなんかじゃ、なかったんだ。
「えっと、鷹岡さんも……わたしと同じ、〝アリス〟なんですよね」
「らしい、ねえ。あの猫が言うには、だけどさ。
――おっと、でも安心してくれ。俺はチェルシーを殺したりなんかしない」
鷹岡は朗らかに笑う。
人相は少し怖いけれど、いい人そうだとチェルシーは思った。
彼ならきっと大丈夫。――ああ、この感覚には覚えがない。
恋慕などとは勿論違う、本能に刻み込まれた信用の形。
自分にはなかったもの。
なんだろうと頭を悩ませていると、その答えは鷹岡自身によって齎された。
「一緒にカギを見つけ出そうぜ。
大船に乗ったつもりで……そう、俺を〝父ちゃん〟と思って任せとけ」
父ちゃん。
父親。
お父さん。
彼にしてみれば違いなく、チェルシーを安心させるためのものだったのだろうが、彼女にとって父親とは、否応なしにあの赤い悲劇を想起させるもの。
頭がくらくらする。こめかみを抑え、目を見開いて押し寄せる恐れに耐える。
尋常ならざる様子を感じ取った鷹岡の顔色が変わった。
彼とて察しが付いたらしい。
この世には、必ずしも父親と安心が結びつかない子供もいる。
例えば虐待。
目の前の少女もそうだったのかもしれないと考えれば、自分の何気なくいつものように口にした常套句が思わぬ地雷を踏みつけてしまったのだと理解するまでそう時間はかからなかった。
然れど、そこは元・凄腕教官の鷹岡。
今まで幾人もの優秀な人材を輩出させ、作り上げてきた男にとってさほど致命的なミスでもない。
「……チェルシー。チェルシーは、俺が怖いか?」
「え……?」
「怖くないだろ? 〝父親〟ってのは、そういうもんなんだぜ」
ウインクして、鷹岡は教師が生徒に語らうような調子で続ける。
「自分の不安とかやるせなさとか、全部委ねられる存在が本当の父親ってやつなんだ。
チェルシーに何があったのかは分からないが、じゃあ俺のことを父ちゃんだと思えばいい」
「鷹岡さん……」
「な、大船に乗ったつもりで任せとけって。父ちゃんがお前をしっかり導いてやるぞ!」
チェルシーにとって、頼れる大人という人物は一人だった。
施設へ誘ってくれた先生。
ここにいるかも解らない、優しくて穏やかでちょっとかわいい人。
鷹岡は彼とはまったく違うタイプだったけれど、頼れると感じた。
怖がっていた心がほどけていく。
――いつの間にか、震えは止まっていた。
「鷹岡さん……は。
私をたすけて、くれるんですか?
悪いオオカミから、守ってくれるんですか……?」
「勿論だ。父ちゃんは力持ちだからな、例えばその斧だって――おっと。チェルシーじゃひょっとしてこれ、扱うのはムスカしいんじゃないか? 重たいしなあ。どうだろう、父ちゃんのと交換するってのは」
その通りだった。
チェルシーは非力だ。
本来、重いものを持つことからして難しいくらい。
火事場の馬鹿力で予期せぬパフォーマンスを発揮することはできるにしろ、普段から使えなくては護身の意味を成すまい。
それに――やっぱり、これはいやだ。
どうしても、いやな思い出をよみがえらせてしまうから。
「よかったら、そうしてくれるとうれしいです」
「よし分かった。じゃあチェルシーには、これをあげよう」
鷹岡が差し出したのは、凡そチェルシーに不似合いな代物だった。
黒光りする、テレビや漫画の世界でしか見たことないような武器。
――銃。動揺するチェルシーの傍らの斧を拾い上げながら、鷹岡は言う。
「大丈夫。安全装置を外して引き金を弾くだけだ」
「で、でも……私、こんなの使えるかな……」
「自分の身を守る備えも必要だぞ?
父ちゃんが正々堂々戦うから、隙をついてチェルシーが撃つんだ」
――――時間が、止まった気がした。
なにかがおかしい。
なにか、おかしなところがあった。
じりじりと、ざわざわと心がざわついてやかましい。
「さあ、カギを探しに行こう。
心配するなよ、チェルシーはサポートだけしてくれればいいんだ。
他のアリスを、そいつで殺(と)ってくれ」
「え――」
「? 何を不思議そうな顔してるんだよ。
あの猫も言ってただろ? 〝カギを手に入れたけりゃ、アリスを殺せ〟ってな。
それともなんだ? チェルシーは、この悪夢からとっとと覚めたくないのか?」
鷹岡が、笑いながらそんなことを口にする。
帰りたい。それはチェルシーもずっと思っていることだ。
こんなところから出られなくなるなんて嫌だし、早くみんなと会いたい。
でも――その為に誰かを殺すなんて、チェルシーには到底頷ける話ではなかった。
「で、でも……おかしいよ……そんなこと、するなんて……」
「じゃあどうするんだ。二人で協力して生き残る。生きてユメから覚める。まごうことなき最善策だ」
「だ、だめだよ……もっと、なにか別の――」
はあ、と。
鷹岡は溜息をついた。
その姿を視認した一瞬後、チェルシーの頬を強い衝撃が襲った。
ぱんっ。渇いた音が鳴って、頬がじんじんと痛みを訴え、身体は地面を転がる。
叩かれた。そう理解すると、途端に恐怖が己を支配する。
「ダメじゃないか、チェルシー。
父ちゃんの言うことを聞かないなんて、悪い子め」
「こ……来ないで……来たら……っ!?」
「安全装置を外さないとダメだって言ったろ?」
今度は爪先が、腹へ入った。
かはっと肺の中の空気を吐き出し悶えるチェルシーの小さな手を、鷹岡の足が踏みつける。
「い、痛い……やめて……っ」
「チェルシーが悪いんだぞ? 父ちゃんの言うことを聞かないから、こうなるんだ。
何ならここで指をへし折ったっていいが、どうする」
「っ……」
「ああ、いや。
殺しちまってもいいなあ。父ちゃんだって自分がかわいいしな」
ここで、ようやくチェルシーは気付いた。
鷹岡明という人間が、どういうモノであるのか。
彼は――オオカミなんかより、ずっとずっと質の悪い悪魔だ。
オオカミの獰猛さを持ちながら魔女の悪辣さを持つ、悪意の塊。
年幼い子供にぶつけるには酷が過ぎる異常者。
故に解る。
彼の自分を殺すという発言は、断じて虚仮の類ではない。
本気で言っているのだ。
使えないなら殺して、また別のアリスに同じことを頼めばいい。
一人や二人死んでも、なんら困らない。
「や、やるから……」
「何をだ?」
「鷹岡さんのこと、手伝うから……だから、殺さないで……いたいことしないでっ……!」
にこり。
チェルシーの哀願を聞き、満足げに微笑み鷹岡は足をどける。
完了だ。恐怖でもって支配し、人格さえも歪めて手駒とする――こうも上手くいくとは。
「そうか、分かった。もう反抗しちゃダメだぞ」
「ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」
鷹岡明の目的は、最初から一つだ。
このセカイを脱する為、カギを手に入れる。
いや、それだけではない。
あのチェシャ猫は笑いながら彼に言った。
〝お前の最も殺したいヤツも、どうやら迷い込んでるみたいだぜ〟――と。
鷹岡には、それが誰のことであるのかすぐに理解できた。
潮田渚。小癪な手段に訴えて自分を破り、破滅させた憎んでも憎みきれない糞餓鬼だ。
許せない。その手足を引き千切って苦悶に泣き叫び、許しを乞うのが見たい。
自分が受けた非人道的仕打ちの報いを、この悪夢の中で受けてもらおう。
楽しみだ。楽しみで楽しみで仕方がない。
爪を立てて顔を掻く。
血が出るのも、塞がりかけていた傷口が開くのも気にしない。
痒い。
しかしこの痒さともじきにおさらばだ。
今度はあの小奇麗な顔が歪むのを思い浮かべて愉悦に浸って生きていこう。
(という訳でだ……しっかり働いてくれよォ? チェルシー)
私怨と生への欲望。
罪悪の塊に見初められた少女は、虚ろな瞳で思う。
このセカイに、救いなどないのだと。
ユメも現実も、どこもかしも残酷だ。
祈るしかない。もう後戻りのきかない罪禍を背負っていても、奇跡を信じて。
(だれか、わたしを――)
たすけて。
悲痛な叫びは誰の心に届くこともなく。
非業の少女は、囚われる。
【A-2/森/一日目/深夜】
【チェルシー@Alice mare】
[状態]:右頬に軽度の腫れ、腹部にダメージ(小)
[装備]:ベレッタM84(13/13)@現実
[道具]:ベレッタ予備弾薬(39/39)
[思考-状況]
基本:かえりたい。
1:鷹岡さんに従うしかない。たすけてほしい。
2:先生にあいたい。
[備考]
ゲーム開始直後からの参戦です
【鷹岡明@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:斧@Alice mare
[道具]:なし
[思考-状況]
基本:他のアリスを殺して〝セカイのカギ〟を手に入れる。
1:チェルシーを利用。しかし使えないようなら切り捨てる
2:潮田渚は必ずこの手で殺す。
[備考]
夏期講習編開始前からの参戦です
※チェシャ猫から「潮田渚」の存在を伝えられました
以上で投下終了です。
こんな感じで、チェシャ猫に何を言われたかは自由に設定していただいてかまいません。
アイ・アスティン、古美門研介 予約します。
乙。
鷹岡本性全開だな……恐ろしい人。チェルシー頑張れ
感想ありがとうございます。励みになります。
出来たので投下します
ふと、目を開けると。
見覚えのある景色が広がっていた。
一面を覆い尽くした農場、自分がせっせと掘った墓穴の数々。
幸せな時間を、たくさんの愛情に満ちた中で過ごした大切な場所。
――ちがう。アイ・アスティンは戻ってきた幸せを、かぶりを振って否定する。
こんなものはまやかしだ。
あの村は、終わった。
自分が〝お父様(ハンプニーハンバート)〟と出会った日に、呆気なく終を迎えた。
今思い出しても、見たくない景色だったけれど、否定してはいけないのだとアイは知っている。
だってそれは、漸く前へ進むことができた自分の成長すらも否定することに等しいのだから。
終わりは終わり、失ったものは帰らない。
「……まったく、趣味の悪いユメです」
アイは口を尖らせ、嘆息をこぼした。
幸先があまりにも悪すぎたからだ。
父の死を看取り、嘗て神様の捨てた世界を貰い受ける。
そんな突拍子もない、けれど大いなる野望(ゆめ)へと踏み出したばかりだったのに。
いつも通り床に就いて、気が付けばここにいた。
目の前にはけったいな格好に身を包んだ喋る猫。
童話の世界でしかお目にかかったことのない不思議な生物にアイが順応できたのは、ひとえにここが〝ユメ〟の渦中であるのだと早々に見抜いていたからに他ならない。
大方、あまりにいろんなコトが重なりすぎて変なものを見たのだろう。
そう思った。
……というか、あのチェシャ猫もそう言っていたし。
ユメから覚めるためにはカギが必要で、それを出すために他のアリスを殺せとか――さっぱりわからない。
「ふふん。私は知ってますよ。
古今東西、悪い夢から覚める手段なんて単純明快です!」
自慢げに無い胸を張って、愉快な墓守は悠然とその解決策を実行へ移す。
一時は焦らされたことは認めよう。
ユメ特有のぼんやりとした感じがなく、リアリティに溢れていることに不気味さを覚えたのも認めよう。
しかし、そう。
己はあらゆる悪夢に対して抜群に作用する昔ながらの言い伝えを知っている。
「えいっ!」
深呼吸を数回。
方法は知っていたが、実行するのは初めてだから緊張があった。
可愛らしい掛け声と共に、意を決して自分の頬に手を伸ばし――思い切り引っ張る。
むにー、と幼女の弾力あるほっぺたは伸びた。
……伸びる。
…………もう伸びない。
………………………ほっぺたがちぎれそうだ。
「…………あ、あれー……?」
覚めない。
昨晩意識を落とした場所が戻らない。
試しに目を何度かぱちくりさせて見ても、見えるのは変わらず過去の遺物だけだ。
空気の味も、吹く風の冷たさも、見える星空だって。
何もかも懐かしい――アイは趣味が悪いと文句を垂れながらも、内心では悪い気分はしていなかった。
過去から脱却は出来ても、全くの無価値になったかといえば答えは否。
アイ・アスティンにとってこの村で過ごした時間はかけがえのないものだった。
鍛冶屋のユート翁はやさしくて親切なおじいさんだったし。
ヨーキとアンナが注いでくれた愛情を忘れるなんて絶対にできない。
今でも、ここが大好きだ。
大好き、だった。
なのに――目が覚めない。
チェシャ猫の言葉が、嘘偽りない真実だと気付いた瞬間。
「じゃ、じゃあ、これ……」
〝ぞわっ〟と背筋が冷たくなって。
〝ぶわっ〟と冷や汗が吹き出すのを感じた。
アイの前へ現れたチェシャ猫は、アイを散々哂っていった。
最後までただの夢だと認めないアイに、〝そのうちわかるさ〟と捨て台詞を意味ありげに吐いて去っていった。
――見慣れたシャベルを、残して。
「ど、どどどど、どうしましょうっ」
まずい。
はっきり言って、すっごくまずい。
一難去ってまた一難とはまさにこのことだ。
これが覚めないとか、出られないとかそういう怪談じみた悪夢だというのなら。
あのチェシャ猫が語った話も、俄然真実味を帯びてくるわけで。
つまり、殺し合ってセカイのカギを見つけ出さねばならないと。
そう、暗に宣告されたことになる。
「さ、覚めろ覚めろ覚めろ。覚めてくださいーっ!」
顔面を蒼白にして騒ぐアイ。
彼女はハンプニーとの一件で、人間的に成長した。
それでも、まだまだ子供だ。
年幼く、思想には正しくこそあれど幼稚なところが目立つ。
アイに殺し合いのイロハはわからない。
勿論、殺して生き残ろうなんて不埒な考えも持ってはいない。
彼女は墓守なのだ。
死者を導くことは使命だが、死者を作ることはちがう。
墓なんて、ないに越したことはない。
「で、でも大丈夫ですよね、きっと。
皆で力を合わせれば、ネコさんも許してくれる筈で――」
前向きな独り言だった。
こうでもしていないと、大きすぎる不安に潰されそうだったから。
思えば、本当の独りぼっちは久しぶりだ。
――いや、なかったかもしれない。
ヨーキ。アンナ。村のみんな。
お父様。傷持ち(スカー)さん。
いつだって、そばにだれかがいた。
そんな生涯を過ごしてきただけあって、孤独というのは存外に虚しく寂しいもので。
――かと言って。
アイ・アスティンがこの出会いを望んでいたかといえば、断じて否だった。
「だーっはっはっは!! これは傑作じゃないか人の声がすると思って見に来てみれば、どうやら朝ドラ提灯パンツの親戚がいたらしい!!」
響く声は、笑い声だ。
それも、あのチェシャ猫のそれをぶっちぎるほど馬鹿にしたもの。
心臓が縮み上がるような感覚を覚えながら振り向くと、そこには見慣れない服装の男がいた。
満面の笑顔で。腹を抱えて笑いながら、すごく腹が立つ顔をしている。
「な……なんですか、あなたはっ!」
「いやはや済まないね。
あまりにも傑作なことを喋るもんだからちょっとちょっかいをかけてみたくなったんだァ」
「なにが傑作ですか! 私はいたって大真面目なんですけど!!」
「まあそう怒るな。もちろん他の理由だってある。とびっきり大事なものがね。
二人と適した人材がいるかわからない。だから君を最初の接触先に選んだ」
横分けの黒髪を人差し指で整えながら、男はぺらぺらと続ける。
見てくれだけは畏まった役職の人間に見えないこともないのに、一言喋る事に面白いほど威厳が減退していく。
正直、お近づきになりたくないタイプの人種だ。
なんというか、こう……根本的に人間性が噛み合う気がまったくしない。
それにしても、自分がいったいどの分野に適した人材だというのか。
ひょっとして墓守の才能を見込まれたのだろうか。
だとすると、なかなか見る目のある人なのかも知れない。
内心どきどきを隠せないが、顔に出さないよう努めるのは実に子供らしいプライドだ。
散々馬鹿にしてくれたこともある。
なにか頼み事があるというなら、ちょっと意地悪の一つでもしてやろうと思った。
「なんてったって、君みたいな子供相手なら私が襲われる危険性もなーい!
おまけに馬鹿で利用しやすーい!! なんてお得なんだろう! 子供って素晴らしいなー!!」
「最低じゃないですか!
私これでも墓守なんですよ!! その才能を買いたいとかじゃないんですか!!」
「墓守ぃ〜?
生憎だが私にはそんな辛気臭い職業の奴を好んで追い回す変態とみなしていいのかどうかも解らない趣味嗜好を持った覚えはないし万一のことがあっても君みたいなバカに偉大な私の墓を預けるつもりはなーいー!
私の葬儀はおっぱいの大きな美女に囲まれながら国葬宛らの規模でやりたいんだ」
アイの純粋な期待は見事に一蹴された。
もうなんというか、色々とひどい。
不謹慎な話だが、死体よりよっぽど腐っているのではないか。
あまりのぶっ飛びように辛気臭いだのバカだのと言われたことも頭から飛んでいった。
……このひとはなんなんでしょう。
「……はあ」
「おいなんだ、そのしょうがない人を見るような目とため息は」
「事実しょうがない人じゃないですか……って、それより! あなたもひょっとして、ネコさんとお話した……えっと、〝アリス〟っていうので合ってますか?」
「あんな腐れ減らず口猫野郎に躍らされるのは癪だが、どうやらそうらしい。
この古美門研介、39年間オカルトなんてものを鵜呑みにしたことはないが、流石にこれは意味不明だ。
なんにせよ、早く此処から出たいものだよ。〝セカイのカギ〟なるものを見つけ出してね」
前髪を弄りながら、男――古美門と名乗った彼は言った。
その時、アイの脳裏に浮かぶのは漠然とした不安。
ファーストコンタクトのインパクトが大きすぎてすっかり眼中から外していたが、彼は本当に安全なのか?
あまり人を疑ってかかる真似はしたくないが、チェシャ猫の言葉が真実だとすれば。
必然的に、このユメから脱する為の〝カギ〟を手に入れるには、他人を殺めることが必要となる。
どくん。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
「おっと。何やらこの世の終わりみたいな顔をしているので補足しておくが。
私はあの腐れ猫の思い通りに踊ってやるつもりはこれっぽっちもない」
「……さっき散々バカにしてくれたのに、私と同じこと言うんじゃないですか。結局」
「いいや、違うね。
少なくとも私は、〝皆で手を取り合おう〟だなんて思っちゃいない」
ぴし、と人差し指を立て、古美門はアイへと接近する。
場所が場所なだけあり、思い出すのは〝お父様〟との邂逅だ。
あの時もこうだった。
突然現れて、否定をかまして、始まった。
「人間ってのは生き汚い生き物なんだよ、私や君も含めてだ。
皆が皆平和的解決にこぞって歩み出すわけがない大概はその逆さ。
他人を如何にして蹴落として生き残るか、生きて帰るか。それしか考えちゃいない。
……中には君や私の知り合いのような、奇特な奴もいるがね。ほとほと納得はしかねるが」
生き汚い。
生きているからこそ、汚い。
古美門の言葉は捲し立てるようでありながら、戯言と一蹴させない深みを持っていた。
凄みというべきかもしれない。
兎に角、アイには言い返すことはできなかった。
ただひとつ。問いを返す。
「じゃあ――
じゃあ、あなたは。
古美門さんはどうして、ネコさんの言うとおりにしないんですか?」
古美門は答える。
愚問だと言わんばかりに堂々と。
「他人を弁護し貶めて儲ける仕事はいい。だが、自分で自分を弁護しても一文の得にもなりゃしない。
私はね、無駄なことはしない主義なんだ。〝殺人〟は、他人がする分には存分にやればいいが、私がするには無益すぎる」
アイ・アスティンは知らないことだが。
古美門研介という男は、とあるセカイのとある界隈では有名な人物である。
悪徳弁護士。金を積まれさえすればどんな汚いことでもして無罪を勝ち取る、悪名高き天才。
彼のセカイへの叛逆の形は至極合理を追求した、自分を中心としたものだった。
そして、改めて思う。
「……私、あなたのこと嫌いです」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「でも、仕方ないのでついていきます。私一人じゃどうにもできませんし」
「ふ、そっちの方こそ、仕方がない少女だ」
古美門は微笑して。
「1000万でついてこさせてやろう」
「ほんとに救いようのない最低ですね!!」
【A-5/村/一日目/深夜】
【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[状態]:健康
[装備]:アイのシャベル@神さまのいない日曜日
[道具]:なし
[思考-状況]
基本:カギを見つけ出し、脱出する。人殺しはしない。
1:この人最低だ!
[備考]
一巻終了時からの参戦です
【古美門研介@リーガル・ハイ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:不明1
[思考-状況]
基本:このけったいなユメから覚める。殺人は無駄なのでしない。
1:子供のくせしてよくもこの私に狼藉をっ!
[備考]
シーズン2、最終話開始前からの参加です
以上で投下終了となります。
レティ(リック)、先生、越前リョーマ 予約します。
投下乙
古美門研介……うん、めっちゃ弁護士っぽくないお人だ
書けたので投下します!
――ムカつくやつだったな。
越前リョーマは、チェシャ猫の去った空間で独りそんなことを思った。
自分の言いたいことしか喋らなくて、こっちの話は全部はぐらかすばかり。
結局、リョーマの知りたいことはひとつも教えてもらえなかった。
知りたいことと言っても、大した話ではない。
知り合いがいるかいないか、ちょっと訊ねておこうと思っただけだ。
たとえば、井の中の蛙だった自分に大海を知らせてくれた、あの部長。
父親の背中ばかり追い掛けていた己に、柱になれと言った男。
彼なら、どんなことがあっても真面目に、正しく在ることだろう。
そう――ユメのなかだなんて、荒唐無稽な事態であっても。
「意味わかんないよね」
つくづく、そう思う。
これまでにだって、(彼が異常と感じているかは疑わしいところではあるが)事件や非常時なんていくらでもあった。
でも、流石のリョーマといえどもユメのなかでのサバイバルとは、面食らった。
意味わかんない。
その言葉に、リョーマのなかに渦巻く感情の全てが凝縮されていたといえよう。
ぽりぽり頭を掻きながら、チェシャ猫の言葉を再度脳裏に反復させる。
アリス。
セカイのカギ。
帰れるのは一人だけだから、他のアリスを殺せ。
何度も反芻して、考えてみた。
中でもリョーマの心に一際強く引っ掛かっていたのが、去り際のチェシャ猫が口にした台詞だ。
要領を得ない――もとい、要領を得る気がない。
そういう物腰に苛立ちを募らせるリョーマに冷静さを取り戻させるほどの重みが、その一言にはあった。
〝お前さんの好きなテニス。
下手すりゃ、二度とできなくなるかもしれねえぜ――〟。
テニス、それは越前リョーマという人物の歩んできた十数年を語る上で外すことのできないスポーツだ。
たかが遊びと切り捨てるのは簡単。
しかし、リョーマにとってはその限りではない。
テニスが引き合わせた出会いも。
テニスが導いた成長も。
両手の指では数え切れないくらい多くて、色濃い。
それが、二度と出来なくなる。
覚めないユメに永遠に囚われるというのは――つまりそういうこと。
一生ラケットは握れない。
青学の柱となれ。
自分に新たな道を提示した誓いも、未だ果たせたとは言い難いのにも関わらず。
あまりにも理不尽に。
あまりにも手前勝手に。
――大好きな、テニスが奪い去られようとしている。
「…………」
沈黙。
表情にこそ出さないものの、胸に立ち込めるものがあった。
気分的には、曇天の空を見ているようなそれに近い。
鉛の如く重く垂れ込んだ、灰色の雨雲。
これが〝不安〟と呼ばれる感情であることに、ついぞリョーマは気付かない。
気付かないけれど、気付かないなりに、少年は考える。
考えて、考えた。
時計がないから、どのくらいそうしていたかは定かではない。
ただひとつ確かなことは、これこそ正しい答えなのだと胸を張って言える解は、最初から胸の中にあった。
それをすぐに選び取れなかったのは、やはり。
越前リョーマの、〝弱さ〟なのだろう。
「やっぱ、一つだよね」
迷うべくもなし。
考えなくても分かることだ。
あの猫が何を思ってあんなことを言ったのかは知らないし興味もない。
でも。柱(おれ)が出す結論は、これ。
これしか、ない。
「両方やればいいんだ。……簡単じゃん」
テニスはやめない。
だけども、そんな理由で人を殺したりなんかしない。
血に汚れた手でラケットを握って、ボールを打つなんて、そんなのちっとも楽しくない。
覚悟の決まったリョーマは、今も何処かで自分達を嘲笑っているだろうチェシャ猫へと宣言する。
――殺し合うことの、否定を。
「悪いけど、俺はあんたの思い通りにはなんないよ。
あんたみたいないけすかないヤツに遊ばれるなんて、ムカつくし」
なら、最善策は一つだ。
どうにかしてセカイのカギを、誰も殺さずに見つけ出す。
それで出口をこじ開けて、あの猫に捨て台詞の一つでもくれてやりながら、ユメから覚める。
それでいい。最高にスカっとしそうだ。
悪魔ならぬ、案内人の誘惑を蹴飛ばして、リョーマは自分の正道(みち)を選び取った。
生意気な少年は、生意気な猫に屈しない。
生意気にも――セカイの道理に、逆らい足掻く。
それが吉と出るか凶と出るかは、いざ知れず。
結論を出し、迷いを振り切って。
リョーマは夜闇に屹然と聳えるコンクリートの建物を見上げた。
細部の作りこそ違うものの、真っ当に生きていれば誰もが一度は通う筈の、学校がそこにある。
「……薄気味悪」
なのに、どうも足が伸びない。
見てくれは何も変わったところなし。
仮に深夜だったとしても、普段の彼なら躊躇なく踏み込んだろう。
リョーマすらも気味悪いと思わせたのは、ひとえに校舎全体が醸す雰囲気。
単なる不気味さとはちがう――まるで、これそのものがひとつの巨大な生き物であるかのよう。
当然ながら、わざわざ進んで胃袋に入っていこうなどとは思わないわけで。
けれども、仕方ない。
セカイのカギなるものがどのくらいの大きさをしているのかは不明だが、虱潰しに探すより他ないのが現状だ。
気乗りしないからといって、先延ばしにするのが得策とは言い難い。
足を踏み入れる。
校舎の中は、真冬かと思うほど冷たかった。
廊下に貼られた掲示物の数々が、何気ないものであるが故の生々しさを放っている。
リョーマは止まらず進む。
何故だか、直感があった。
このユメはひたすらにロクでもない最悪なものだけれど、此処を訪れる上でだけは、ユメの中こそ最も適当だと。
事実、彼の予想は間違っていない。
此処は沢山のユメが繋がってできた模造品の〝鳴神学園〟。
本物は、あらゆる怪異と情念の渦巻く悪霊の坩堝だ。
仮にリョーマであったとしても、無事に抜け出られる可能性は低いといえるほど。
とりあえず、やることやって早く出よう。
廊下の電気を惜しげもなく点灯させて、リョーマは進んでいく。
――その足が、突然止まった。
「……誰かいる?」
視線が向かうのは、廊下の向こう側。
そこに、人影が見える。
この距離では性別までは分からないが、こちらの様子を窺っているようだ。
近付いてみる。
相手は逃げない。
どうやら怯えているわけではなく、むしろ逆、好奇心に近いものが見え隠れしている。
「おーい、そこのアンタ」
「むっ。アンタじゃないよ。わたしにはレティって名前があるもん!」
代名詞で呼ばれたことが不服だったのか、その少女は不満げに頬を膨らませると自らの名を名乗った。
レティ。髪や瞳の色からも推測できる通り、彼女は外国人であるらしい。
年は、リョーマとそう離れてはいないだろう。
同い年か少し下くらい。
年上の可能性もあるにはあったが、礼儀だなんだと細かいことを気にするのは性分ではない。
「レティ、ね。
じゃあ質問だけど、レティも俺と同じ――〝アリス〟ってやつなわけ?」
「そうみたい。……わたし、あんまりよくわかんないけど」
ふむ。
見たところどこから見ても人畜無害そうだし、剣呑な雰囲気も感じられない。
テニスプレイヤーとして数多くの戦場(しあい)をくぐり抜けてきた彼には、ある程度人の戦意を見抜く目が備わっている。
一流の武闘家たちでもなければ身につけられない其れを、越前リョーマは持っている。
その観察眼からしても、眼前の少女に戦おうとか、カギの為に皆殺しにしてやろうとか、そういうのは感じられなかった。
……なんというか、ひたすらに無邪気というか。
天真爛漫、なんて言葉が似合うように思える。
「あなた、おなまえはなんていうの?」
「越前リョーマ。日本人だよ」
「にほんじん! 確か先生がまえに、にほんの〝しのび〟がどうとか言ってた気がする!!
ねえねえ、リョーマもできるの!? えーと、んーと……そうだ、〝かげぶんしん〟ってやつ!!」
「あのね、そういうのは漫画の中の話であって――
……いや、やってやれないことはないかな。知り合いに出来るやつもいるし」
「わっ、すごいすごーい!」
一人のいたいけな少女に、間違った日本人のイメージが植えつけられた瞬間であった。
誤解がないように言っておくが、そんなことが出来るのは忍者かテニスプレイヤーだけである。
「……ところでさ。レティ、さっきまではここ電気点いてなかったけど、よくそうしていられたね」
人並み以上に肝が据わっているリョーマでも、怖いとは思わなかったが薄気味悪さを禁じ得なかった闇夜の校舎。
電気のひとつも点けずに平気でいられたということが、なんとなく気になった。
別に深い意味があっての問いかけではなかったものの、返ってきた返答はごく意外なもの。
「へいきだよ? だってさっきまでは、リックがいたから」
「…………リック?」
リック。
Rick。
〝いたから〟という言い回しから察するに、玩具などの類でなく、生命を持った存在のことを指しているようだ。
レティに冗談を云っている様子はない。
……しかし、だとすれば妙な話である。
「ふーん……で、そのリックってやつはどこにいったの?」
「わかんない。でも、今はいないよ」
「そりゃ見ればわかるけどさ」
校舎の中に物音は聞こえないし、此処に来るまでの間も誰とも会わなかった。
何だかオカルトめいたものを感じるが、彼女の気の知れた人物が居るというなら好都合。
一人より二人、二人より三人だ。
「一応聞いとくけど、レティも帰りたい?」
「うんっ。このユメ、なんだかおかしいし。いつものと、ちがうから」
「……いつもの?」
「ユメのなかで、リックがいないのなんてはじめてなの。
いつもはあの子が遊んでくれるのに、いまはいなくなっちゃった」
レティ、リック。
二つの人名を記憶野に刻みながら、リョーマは漠然と思った。
――不思議なやつだな、と。
少なくとも、男女をひっくるめて自分の周りにはいなかったタイプだ。
月並みな言い方になるが、まるで童話の中の人物と話しているような気分にさせられる。
悪い気はしないし、事実彼女に他意はないのだろうが。
自分よりもよっぽど〝アリス〟の渾名が似合うのは違いない。
「ねえ、リョーマはわたしとあそんでくれる?」
少女は問う。
大きな瞳に期待の光を灯して。
そんな場合じゃないだろうと思わないでもなかったが、どの道リックとやらと顔合わせもしておきたい。
それに。一目見た時から気になってはいたのだ。
「いいけど……じゃあ、〝それ〟貸してよ」
「これ?」
レティが手に持っていたのは――大方、〝リック〟から護身用の備えとして持っているよう言いつけられたのかもしれない――、リョーマにとって極々見慣れた、それでいて最も親しんだ道具。
テニスラケットだった。
自分が使っていたものと異なりこそすれど、ボールを打つ上でなら問題はない。
幸い、此処は学校だ。
探せばボールくらいあったっておかしくはあるまい。
「? どこいくのー?」
「ついてきなよ」
刺すような冷気を感じながら、レティを先導して歩く。
ついてくるのを時折確認しつつ、たどり着いたのは体育館。
設備はかなりのものだ。
普通の学校のそれよりも広いし、小奇麗でもある。
ラインも薄れているわけではなく、この分なら〝あれ〟をするにも申し分ない。
器具室の扉を開き、埃を被った籠の中に詰められた黄色い球体を一つ、取り出す。
言わずもがな、テニスボールだ。
この学校のテニス部は廃っているのか、少々古いのが玉に瑕だが。
「レティは、テニスって知ってる?」
「てにす?」
「知らないか。――じゃあ教えてあげる。見てて」
ふう。軽く息を吐いて、慣れた動作に入る。
前足に重心を置いて、両手は前に、ラケットとボールを添え。
身体に力は入れず極力リラックスした状態を作り出す。
両手を大きく左右に広げて。
肩より上に手の平全体で押し上げるようにして、トスをあげる。
ラケットは振り子のように下ろし、大きく後ろにもっていき、流れを止めないようにして肘を肩まで上げ。
ラケットも上を向くように。
そしたら、しっかり腕を伸ばして打ちにいく。
左足からラケットまで、真っ直ぐ一本の線になる。
線の一番上が衝撃点――うん、最高の当たりだ。
小気味良い音を立てて、黄色の打球がラインを描き百数十にもなる速度で走る。
いつしか、身体を包んでいた薄ら寒い感覚は消えていた。
いつもの――コート上に立つ時の高鳴りが、戻ってきていた。
「……すごいすごい! リョーマって、テニス……だっけ。じょうずなのね!」
「別に。こんくらい、練習すれば誰にでも出来るよ。
もっと凄いことできる人もいっぱいいる。――ま、追い越すけどね」
そうだ。
追い越さなきゃならないものも、果たさなければならないことも、沢山ある。
こんなユメなんかに、足を止められて堪るものか。
ただ一度ラケットを振るい、ボールを打っただけなのに。
その当たり前な感情は、当たり前にリョーマの中へと戻ってきた。
彼が自覚しているかは疑わしいが、存外チェシャ猫の言葉は彼の内心に響いていたらしい。
でも、もう大丈夫。
ちゃんと思い出した。
越前リョーマは――まだ歩ける。
「けどわたし、足遅いよ? それでも、できる?」
「まあ、なんとかなるんじゃない?」
「じゃあおしえて! わたしもやってみたい!」
じゃあ、まずは基本から。
リョーマはラケットの握り方から教えていく。
元々快活な性格なだけあってか、レティの飲み込みは思ったよりも早い。
人に教えるなんて、柄ではないが――たまには、悪くないか。
そんなことを、越前リョーマはふと思うのだった。
少年は前を向き。
少女は、ふたりになった。
【F-4/鳴神学園・体育館/一日目/深夜】
【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:健康
[装備]:テニスラケット@現実
[道具]:不明1、テニスボール@現実
[思考-状況]
基本:誰も殺さずに、生きてここを出る
1:レティにテニスを教えてみる。
2:あの猫には一泡吹かせてやりたい。
[備考]
【レティ(リック)@Alice mare】
[状態]:健康、ご機嫌、〝レティ〟
[装備]:なし
[道具]:不明1
[思考-状況]
基本:ユメからさめたい。
1:リョーマとあそぶ。にほんじんはすごい。
2:アレンたちもいるのかな?
[備考]
クローゼットを開ける前からの参戦です
× ×
――そして。
そんな二人の様子を、見つめる者があった。
静謐な雰囲気を湛え、醸すのはレティによく似た、どこか現実離れしたそれ。
瞳は二人へ合わせられ、本来ある筈もなかったイフの邂逅を思うことありげにぼんやり見ている。
彼は、レティのよく知る人物。
彼女たちが先生と呼び信頼を寄せる男。
明確な固有名詞は不要だ。
〝先生〟と。ただそれだけで、彼を語るには事足りる。
「……君は――」
ぽつり。
聞こえないように呟いた。
彼は知っている。
あの少女が抱えるセカイを、炎に彩られた記憶を、リックの真実を。
知った上で、だからこそ手を差し伸べない。
いま自分がどう出たところで、無駄だとわかっているから。
自分では、ダメなのだ。
こうなってしまった以上、新たなる風が吹くことに期待をすることが最善なのだ。
「……その子を頼んだよ、越前リョーマくん。
救われないグレーテルに、夜明けの光を見せてあげてくれ」
そうとだけ言って、彼は誰にも気付かれぬまま体育館を後にする。
何をしたいのか、自分でもわからない。
いや、わかっている。
何をすべきかなんて、最初から。
――男は独りで歩く。
夜の冷たさが、何故だか妙に心地よかった。
【先生@Alice mare】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:不明1
[思考-状況]
基本:???
[備考]
投下終了です。
潮田渚、鬼塚英吉、ベルトルト・フーバー 予約します。
できたので投下します!
「っ……!」
銃声が響く。
ユメという幻想のセカイに似つかわしくない、現実感の溢れた音色。
既に三度目の発砲だった。
襲撃者の獲物と定められた少年が被弾を避け続けているのは、まさに奇跡だといえる。
少年――潮田渚は、人生で直接的には初めての命の危険に晒されていた。
(ダメだ……反撃の手段が、ない……!)
別に、これといって目立つ行動をしたわけではない。
寧ろその真逆。
暗殺者の基本を徹底して身に叩き込まれた中学生は、この局面における最善の一手が隠密に徹することだとすぐに見抜いた。
殺し合いに乗る選択肢は最初から無し。
自分が暗殺するのはあくまでもただ一人、マッハ20の担任教師のみだ。
楽観的と言われればそれまでだが、殺す以外の手段で〝セカイのカギ〟を手に入れようと決めた。
授業で習った、物音を立てない歩き方も徹底した。
だから、これは単に運が悪かっただけ。
隠密行動中の彼を、突如背後からの銃弾が襲った。
幸いだったのは、襲撃者が銃器の扱いに不慣れらしいことか。
髪の数本を吹き飛ばされただけで命を拾った渚は、だがどうすることも叶わなかった。
彼に与えられた武器はスタンガン。
武器としての性能は悪くないが、遠距離から攻撃が可能な銃相手には相性が悪すぎる。
背後から迫るのは、双眸に冷たく黒い殺意を灯した青年だ。
「……!」
初めて経験する、死の恐怖が背筋を這い回る。
暗殺者とは、不意打ちに徹する職業だ。
(ダメだ、覆せない……今から〝暗殺〟に入ろうとしても、撃たれて終わりだ!)
一体一で、真っ向から殺し合うのは専門外。
まして、満足な装備を持てていない状況なら尚更だ。
この窮地では、会得した必殺技での逆転も望めない。
暗殺者としては、襲撃者は落第点だ。
銃の扱いもさることながら、銃声をまき散らしながらも止まることなく追いかけてきている時点で。
武器の差を抜きとすれば、渚でも十分勝ち目はある。
問題は――そこへ持ち込めないこと。
生きた心地がしなかった。
ゴーストタウンという場所柄、曲がり角や遮蔽物には事欠かないのだが、相手は見逃さずに追ってくる。
たとえるなら、狩人のよう。
獲物を殺す淀みなき殺意が、暗殺者をいま追い詰めている。
放置された生ゴミの山を、厭うことなく蹴倒してせめてもの足止めにしようとするも、通用せず。
相手の執念は深い。
必ず殺すという意思に任せ、異臭を放つ芥山を乗り越える。
四度目の銃声が鳴った。
足に僅かな痛みが走る。
見ると、絣傷ほどの大きさと深さではあったが、確かに生まれた傷口から錆色の液体が滲んでいた。
直接的に歩行能力へ異常が出ているわけではない。
けれど、足を動かす度に微量なれど痛むのは一刻を争う逃走劇においてはこの上ないハンディキャップだ。
その一瞬の隙が、すべての命運を分けた。
背中に鈍痛が走る。
襲撃者の長身から繰り出される体重を乗せた蹴りがヒットした。
かはっ、と声にならない呻きが零れる。
青年は、呻く渚へ冷たい目のまま銃口を向けた。
昏い。どこまでも昏い、絶望しきった瞳に焦点が合う。
一目で分かった。
彼に限っては、土壇場で決意が鈍ることはない。
既に覚悟を完了しているのだ。
渚にはそれが〝なにか〟までは分からないが、彼にとって生きる意味にも等しいことだけは解る。
故に、自分がここを生きて切り抜けられる可能性は皆無。
脳裏をよぎるのは、E組――〝暗殺教室〟で過ごした不思議で楽しい時間。
できるなら、帰りたかった。
でも叶わない。だから最期に、祈ることにした。
僕の分も、みんなは頑張ってくれ。
頑張って、殺せんせーを殺してくれ――
「何してんだ、お前」
――祈りを託し、悔しさを胸に最期の時を待った瞬間だった。
真横から綺麗な軌道で飛来したのは、成人男性の飛び蹴り。
まるで漫画のように、襲撃者の身体が吹き飛びアスファルトを転がる。
「なんだなんだ。
てめえ、あの腐れ猫に誑かされちまったってクチかぁ〜?
ダメだぞ僕ぅ、そういうのは」
特別な訓練でも積んでいるのか、すぐに起き上がった青年はキッと男を睨む。
手にはまだ銃が握られているが、彼にとっては予想外の事態が発生していた。
端的に言って、弾丸を浪費しすぎた。
残弾数は一発。
首尾よく次の発砲で一人仕留めたとして、もうひとりを確実に取れる確信がない。
取り損ねた場合、狩人と獲物の立ち位置は逆転する。
――退き時、か。
青年は踵を返すと、ゴーストタウンの路地へ身をすべり込ませ、姿を消した。
追って無力化しようとまでは、この男は思わなかったようだ。
「あ……ありがとうございます。助かりました」
「あー? そんな固くなんなよ、つーかお前、よく逃げて来られたな。大した野郎だぜ〜」
傍目からは、チンピラに見えなくもない。
が、頑健な青年を一撃で吹き飛ばす身体能力は驚嘆にすら値した。
何にせよ、渚にとって彼は恩人だ。
もし彼が現れぬままだったなら、今頃自分は物言わぬ屍と化していたことだろう。
「ところでよ、えーと……?」
「潮田渚です」
「おう、んじゃ潮田。おめーもアレか? アリスだかパリスだかってやつなのかよ」
「……みたい、ですね。正直、実感はあまり湧かないんですけど」
「だよなあ。此処がユメの中だとか、今でも信じらんねえ」
チェシャ猫の顔と声を、今でもよく覚えている。
渚の前に現れた猫は、ここがユメだと断言した。
覚めてしまえば元通り。但し、カギを手に入れるまでは帰れない。
――カギが欲しかったら殺しあえ。
最後にそうとだけ言い残し、猫は耳に残る笑い声をあげながら消えていった。
「あーっ、いま思い出してもムカつくぜあの猫。
次会ったら生物皆平等の精神でぶん殴ってやる」
男もまた同じだった。
何を言おうと、挑発しようと、暖簾に腕押しのいけすかないヤツ。
おまけに唆そうとでも思ったのか、殺しあえときた。
無論、この男がそれに乗ることはなかったが。
「とりあえずだ。
潮田、カギってのを探してみようぜ。
さっきの奴みたいなのがいると考えるとメンドっちいけどよ〜」
渚も、そうしようと考えていた。
殺し合いはしない。
猫は、一言も制限時間があるとは言わなかった。
敢えて言わなかったとも考えることは出来そうなものだが、あの猫に限っては考え難い気がする。
つまり、事実上時間は無限にあるのだ。
希望的観測だが、いつかはカギに辿り着ける――。
そこに望みを託せば、殺し合わずとも済むのではないかと、渚は思った。
「うっし。そう決まったら善は急げだ。
……と、まずはそのケガどうにかした方がいいか?」
「掠り傷みたいなものなので、何かのついででいいですよ」
「そうか。
俺は鬼塚英吉ってんだ、いち教師として、必ずこっから出してやるからな、潮田!」
教師。
渚は思わず目を見開いた。
彼の中の教師像といえば、真面目だったり冷酷だったりと、硬いものという印象があった。
――マッハ20で移動するタコみたいな生物は例外としてだ。
このチンピラ然とした男が、教師とは。
渚は知らない。
鬼塚英吉。
彼が、型破りながらも生徒の心を次々掴んでいったある意味での凄腕の持ち主であることを。
彼の存在が覚めない悪夢にどんな影響を齎すのかは――まだ、誰にもわからない。
【G-7/ゴーストタウン/一日目/深夜】
【潮田渚@暗殺教室】
[状態]:疲労(中)、足に傷
[装備]:寺坂のスタンガン@暗殺教室
[道具]:なし
[思考-状況]
基本:カギを捜す。殺し合うつもりはない。
1:鬼塚先生と行動。
[備考]
〝必殺技〟を授かった後からの参戦です
カギを探す上で、制限時間のようなものは存在しないと考えています
【鬼塚英吉@GTO】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:不明
[思考-状況]
基本:ユメから覚める。
1:潮田と行動し、カギを見つけ出す
2:あの猫、次会ったら必ずぶっ飛ばす
[備考]
「くそっ……!」
銃の弾丸を詰めながら、襲撃者の青年――ベルトルト・フーバーは歯噛みする。
彼には、戦わなくてはならない理由がある。
自らの大願を成就させるべく、ユメを何としても脱さなければならない理由がある。
故郷へ帰るために。
その男の未来を閉ざしうる可能性は、一つでも多く潰しておきたい。
必ずカギを入手し。
同胞の待つところへ帰還を果たす。
それを叶える為ならば――自分は、鬼にでも悪魔にでもなろう。
「大丈夫……もう、これの使い方は覚えた。
次からは一撃で狙える……まだ弾もある、これで仕留める……!!」
兵士ではなく戦士として。
ここでは、もう兵士の皮を被る意味などないのだから。
全て殺そう。チェシャ猫の口車に乗せられた道化でも構わない、カギが手に入るならそれでいい。
――他人を殺すことは、どうも気持ちよくこなせそうにはないけれど。
所詮、こんなものはユメであって、それ以上でも以下でもない。
覚めれば終わる蜃気楼。
なら、手早くこなしてしまおう。
何も気にするな。
このセカイに閉じ込められたのはヒトじゃない。
ただの、獲物だ。
「全部、ユメなんだから」
人類の敵と呼ばれた青年が、虚ろな瞳で前を向く。
彼もまた、どこかで壊れていた。
そしてその決壊は、ここで完全なものとなる。
――すべてユメ。覚めれば終わる。早く覚めよう。
ベルトルトは盲目に進む。
自身の決定的な崩壊にも、気付かぬままで。
【ベルトルト・フーバー@進撃の巨人】
[状態]:健康
[装備]:ブローニング・オート5(5/5)@現実
[道具]:ブローニング予備弾薬(16/20)
[思考-状況]
基本:皆殺し。ユメから覚める。
1:全員殺して帰る。どうせユメなのだから。
[備考]
原作10巻、正体を明かす前からの参戦です
投下終了です。
クリスタ・レンズ、江ノ島盾子 予約します
投下します!
――これは、ユメだとチェシャ猫は嘲笑った。
事実、そうなのだろう。
自分の住んでいた世界とは乖離した風景、行ったこともない場所。
空気のにおいも、どこか違う。
きっと此処は、深層心理が作り出した夢幻のセカイ。
巨人もいない、哀しいことも辛いこともない、ユメのなか。
……なのに、クリスタ・レンズを待ち受けるのは――またしても、血腥い争いだった。
猫は哂った。
此処から出たけりゃ、アリスを殺せ。
このセカイに迷い込んだ、哀れなアリスを独り残らず殺せ。
そうしたらカギが手に入る。
ああ、尤も――〝帰ってもお前の居場所があるかどうかは知らねえが〟。
「…………」
その最後の一言が、まるで刺のように心へ深々と突き刺さっていた。
己は、ずっとずっと誰にも必要とされない生涯を過ごしてきた。
妾として生まれ、家から放逐され、軈て心に芽生えたのは自滅的願望。
消え去りたい、なくなりたいという弱さだけが膨れ上がっていき、気付けば兵士になっていた。
巨人を駆逐したい。
死んだ仲間の想いを果たしたい。
そんな大層な目的なんて、彼女にはない。
ただ、死にたかったのだ。
己の身を消滅させたかったのだ。
だから極めて危険、死亡率の高い調査兵団へ入った。
でも、未だ自分は生きている。
死ぬ気配なんてなく、生きている。
「…………」
どうしてだろうか。
どうして、こんなユメを見るのだろうか。
理由はわからない。
そも、チェシャ猫の言葉が真実なのかどうかも。
これが本当に出られないユメなのか、知る術などありはしない。
無知なる蒙昧。猫は、さぞや可笑しく思っていることと思う。
それとも、これもまた、自分の願いが生み出したセカイなのかもしれない。
死にたいなら死ね。
――しかし、ユメ。
すべてユメで、虚構(いつわり)。
なんて厭なユメ。
クリスタは嘆息を零し、自嘲するように微笑む。
「ねえ、わたしは――」
足元には、小さなナイフがあった。
本来果物を切るために使うはずのそれ。
猫が、わざわざこれを残していったわけなど一つだ。
つまり、選べと云っている。
アリスを殺してユメから覚めるか。
自分自身を殺してユメに消えるか。
どちらを選んでも、チェシャ猫は笑うに違いない。
だって、どちらもクリスタ・レンズにとって都合のいい風にしかならないのだから。
墜ちた女神は、ひとり笑う。
なにを思うでもなく、笑う。
彼女は病んでいた。
元々破損していた心が、更に罅割れ崩れていく。
決壊が進む。
崩壊が淀む。
――彼女は、ただ不運だった。
その出生から、こうして悪夢に囚われることまで、すべて。
そして。
最大の不運は、向こうからやってくる。
「あれ? 誰かいんじゃん」
クリスタが今居るのは、家の中だった。
どこか御伽噺の世界を連想させる、薬などが沢山備蓄された家。
魔女の家のよう、ともいえる。
簡素な扉が外側から開かれ、見えるのは少女の姿。
年は少し上だろう。
派手な様相に身を包んだ、桃色の髪をした可愛らしい少女。
クリスタの常識からすれば〝異装〟と呼んで然るべき、別の世界でギャルと呼ばれる人種。
男受けもそれなりにあろう整った顔立ちを微笑みに彩り、彼女はクリスタへ近付く。
「へー、可愛い顔だね。
アンタあれでしょ? あの猫が言ってた〝他のアリス〟ってやつ」
「た、多分……そういうあなたも?」
「らしいね。ま、この通りアリスなんてガラじゃあないけどさ」
髪をたくし上げながら、少女は笑う。
……チェシャ猫の言葉が確かなら、殺し合う関係にある筈の他人。
恐れるのが当然だ。しかし、クリスタは不思議と恐怖を感じなかった。
なんといえばいいのだろう。
――強いて言えばカリスマ、という形容が一番近しいか。
惹きつけられる。
一挙一動が、心を捉えて離さない。
「私、クリスタ・レンズっていうの。あなたは?」
「あたし? あたしは江ノ島盾子」
江ノ島盾子。
余談だが、クリスタのいた世界では東洋人は既に希少な存在と化している。
言わずもがな、彼女の名前は東洋人のそれ。
変わった名前だな、とクリスタは素朴な感想を抱いた。
「でさ、一つ聞きたいんだけど」
「いいよ、なに?」
「――アンタ、〝カギ〟が欲しい?
誰かを殺してでも、手に入れたいって思う?」
江ノ島の瞳が、クリスタの知らない感情の色彩を湛える。
誰だって生きたい。こんなユメのなかで死ぬなんて、御免だと思うのが普通。
チェシャ猫の言葉を信じるか信じないかは別としてだ。
そこで、生の欲望に従うか抗うか。
それがこの悪夢における、最大にして最重要の分水嶺。
お前はどうするかと、江ノ島は問う。
「…………私、は」
「別に咎めたりしないよ。ただ、アンタのありのままを聞きたいだけ」
やさしく、江ノ島は笑っている。
クリスタは、答えねばならないと思った。
ここで逃げてはいけないと、心の中のなにかが叫んでいた。
破滅したい。消えてなくなりたい。
そんな願いを抜きにして、考える。
殺すか、死ぬか。
セカイのカギを手に入れる手段が猫の言ったもの以外にもあると、希望的観測に縋ってみるのか。
その確率は、あまりにも低い。
そも、あるかどうかすらわからない。不明瞭だ。
だから。
クリスタ・レンズは、当たり前のように其れを選び取った。
「私は――殺さない」
破損を抱えていても、クリスタが人より遥かにやさしい心の持ち主なことは変わらない。
その彼女に、他人を傷つけ自分を最優先するなんて身勝手は選べなかった。
女神、神様、天使。
仲間から様々な形容を受けるのは伊達ではない。
優しさと愛慕の心は、生を求める黒い欲望を包み込み消し去って。
彼女に、戦う未来を選ばせた。
「難しいことだと、思う。
でも、可能性はないわけじゃない……カギを手に入れる手段が、他にも」
江ノ島は、何も言わない。
じっと、クリスタを見ている。
「だから私は、戦うよ。
ユメから覚める為に、カギを見つけ出す」
「……誰も殺さずに?」
「もちろん」
へえ。
そう言って江ノ島は、面白いとばかりに喜悦を示した。
彼女にとっては予想外だったのだろう。
クリスタが消沈しているのは一目で見分けられた、恐らく内に秘めたる願いもすべて。
なればこそ、悪徳の道を往くのは自明と考えた。
が、その憶測は外れ。
彼女はこの絶望へ反抗し、希望的観測でもってユメを出ることを宣言した。
「……あなたは、どうするの?」
「アタシは――んじゃ、飽きるまでアンタについてってみようかな。
なかなか面白いやつみたいだし、ね。気に入ったよ」
けらけらと笑い声が響く。
安堵がこみ上げてきた。
いくら何でも、やはり一人は心細い。
己の非力さなど痛いほど承知しているし、まして此処は未知のセカイ、ユメだ。
仲間は多いほうがいい。
――探し物をするなら、なおさらの話。
「じゃあ、よろしくね。えーと……」
「盾子でいいよ、こっちこそ宜しく、クリスタ」
「うん。盾子」
〝希望〟が、花開いた瞬間だった。
チェシャ猫にとっては予想外のことか。
弱さを孕んだ少女は、悪夢で開花する。
その背中に刻んだ紋章に誓い、絶望に屈さない。
帰るんだ。
残酷なセカイに抗って、勝利し、自由を勝ち取ろう。
(だって、私達の背中には――)
〝自由の翼〟が、あるんだから。
そう、クリスタは思った。
それが最期だとも知らずに、淡い希望を胸に抱いたまま。
.
――――クリスタ・レンズは、背後から放たれた凶手に胸を穿たれた。
かは、と気の抜けた声が小さな口から漏れた。
声をあげることも忘れて、目を見開きながら後ろを振り向く。
そこにあるのは、三日月の形に口許を歪めた、江ノ島盾子の顔。
なんで。どうして――疑問に答えは出されぬまま。
絶望の右手が引き抜かれると同時に、夥しい量の血潮が噴出して。
女神と呼ばれた少女は、儚くも生命の華を散らした。
『クリスタ・レンズ@進撃の巨人 死亡』
× ×
噎せ返る血液の匂いが立ち込める中で、江ノ島盾子は満足げに眼前の惨状を見下ろしていた。
この手で貫いた少女は、最期まで何が起きたのか分からない、そんな顔をして朽ちている。
信じた紋章。自由の翼の中央を、魔性の腕(かいな)に貫かれて。
希望は、絶望に蹂躙され、染め上げられて死んでいった。
其れを、江ノ島は美しいと思う。
実に絶望的だ、無情で非情で甘美で美麗だ。
うっとりと。見蕩れるように見つめ、江ノ島は歓ぶ。
「やっぱり、イイなあ……やめらんないよねぇ……」
彼女の名前は、江ノ島盾子。
肩書きを、〝超高校級の絶望〟。
ひとつの世界を、己の愛する絶望で塗り潰した人類史上最大最悪の絶望的事件が首謀者。
彼女は、本来死んだ筈だった。
自身の主催したコロシアイ学園生活の最果て、学級裁判で〝希望〟に〝絶望〟は敗北したのだ。
伝播する希望。かき消される絶望。
敗北した自分が味わう、死の絶望。
それにエクスタシーを感じ、召される最期の〝オシオキ〟が降り注いだ刹那。
世界は一変し。
彼女の前には、異形の案内人がいた。
江ノ島とて、童話の一つや二つは知っている。
たとえば、不思議の国のアリス。
それに登場する、チェシャ猫のような存在だと思った。
彼は江ノ島を見るなり、さぞ可笑しそうに哂った。
なんだこれはと。
こいつは、とんでもねえのが紛れ込んだと。
楽しそうに、愉快そうに。
猫の話を聞いて、江ノ島も愉快だと感じた。
――面白い。今際の際のユメだとしても、今世の終焉に味わうだけの価値はある。
何よりも彼女をそそらせたのは、チェシャ猫に与えられたある情報。
〝超高校級の絶望〟の対極にある、〝超高校級の希望〟の才覚を宿した少年の存在。
苗木誠。この自分を破り、絶望学園から外へ歩き出した彼は、いったいどんな顔をするだろう。
考えただけで、頬が緩む。
見てみたいと思う。
その顔を。
希望を唱えた少年が、滅ぼした筈の絶望に膝をつく様を。
「うぷぷぷ……ねえ苗木くん、キミはこんなところでも〝希望〟であり続けるんだろうね。
じゃあ、アタシはいつも通り〝絶望〟であることにするよ」
平常運転。
江ノ島にとってのそれは、絶望を振り撒くこと。
絶望に染め、引っ掻き回して楽しんで、希望を潰して悦とする。
亡んだ魔物は舞い戻り。
悪夢を増長させる絶望として歩き回る。
たまたま、クリスタ・レンズはそれに行き遭ってしまった。
ただ。もし彼女が殺し、生き抜く道を選んでいたなら、未来は変わっていたかもしれない。
クリスタにとって真の幸福ではないにしろ、ここで死ぬことはなかった。
絶望の嬰児として。
超高校級の絶望に、ゆっくりと育て上げられていったことだろう。
希望を輝かせてしまったから。
その芽を摘み取り、絶望の餌となった。
――当の江ノ島盾子でさえも預り知らぬ話だが。
クリスタ・レンズの本名は、ヒストリア・レイスという。
彼女の住んでいた世界において、重要な意味を持つ人類の最終防衛線〝壁〟。
それについての秘密を、彼女は知っていた。
紛れもなく重要なファクターになるであろう、壁の秘密。
しかし、クリスタは死んだ。
ユメの中であっても、潰れた魂は帰らない。
永遠に。
壁の秘密は、失われた。
こことは離れた、江ノ島の手の届かぬ世界に、こうしてひとつの絶望が芽生える。
これぞ、絶望。
江ノ島は楽しそうに微笑む。
悪夢は、まだ始まったばかり。
【D-3/チェルシーの祖母の家/一日目/深夜】
【江ノ島盾子@ダンガンロンパ】
[状態]:健康、気分高揚、服が血まみれ
[装備]:なし
[道具]:不明1、果物ナイフ@現実
[思考-状況]
基本:絶望を振り撒き、このユメを掻き回して遊ぶ。
1:生還に興味はない。
2:苗木誠との再会が楽しみ。
[備考]
死亡直前からの参戦です。
チェシャ猫から〝苗木誠の存在〟を教えられました。
※家屋内部に、クリスタ・レンズの死体が放置されています
投下終了です。
ガストロ 予約します
初めまして
とてもキャラがたっていて面白いロでしたので、参加したくなりました
感想は後程書かせていただくとして
取り急ぎ、
越前リョーマ、レティ(リック)、カノン・ヒルベルト(書き手枠)@スパイラル
予約します
一つ質問がありますが宜しいでしょうか。
【ダンガンロンパ】のキャラクターの参戦時期については、1だけでなく2のキャラクターも自由と考えて宜しいですか?
>>57
うわあああ予約だ! ありがとうございます!
作品お待ちしています!
>>58
そうなりますね。基本的には自由です。
では投下します。
「クソ不味い」
荒廃し、建物そのものが崩れかけた、かつて病院だっただろう場所。
医者が座るべき椅子に座り、溜め息を吐きながら手元を弄るのは異様な風体の男だ。
黒いジャケットを着用した容姿は整っていると言えなくもないが、髪の毛は天を衝くように逆立っている。
地味でありながら派手さを内包した違和を醸す人物。
彼の職務が何であるのか推測するのは、彼の手元を見ていれば容易かろう。
――銃。ありふれたデザインのリボルバーを、手慣れた手付きで整備する。
かちゃかちゃと奏でる金属音は美しい音色ですらあった。
彼の名はガストロ。
俗に云われる〝プロ〟……正真正銘、凄腕の殺し屋だ。
(依頼ですら無え。
好き勝手に殺して回るなんつーのは、専門外だってのによ……)
殺し屋とは、当然ながらヒトを殺す職務だ。
過程や方法、標的(ターゲット)の身の上事情など聞く耳持たず。
依頼者(クライアント)の希望に添えて、己の利潤も考慮しつつ、確実に仕留める。
それで金を稼ぎ。それで飯を食う。
金さえ積まれれば必ず動くという訳でもないが、心情と仕事は割り切って動く、それがプロ。
ガストロはその点、紛れもなくプロの呼び名に相応しい。
――そんな彼が、何故こうも気乗りしない様子を見せているのか。
理由は一つ、単純明快。
殺し屋(アサシン)と殺戮者(マーダー)は、イコールでは決して結ばれない。
似て非なるもの、なのだ。
後者は状況も条件も関係なく、言ってしまえばただ数を殺せば良いだけだが。
自分達暗殺者は違う。
様々な土地で、あらゆる条件を想定して、数ではなく質を極めて一人を殺す。
この通り、響きこそ似ていても本質は真逆。
忍ぶことを知らない殺戮者に精密な殺しが出来ないように。
数殺す術に欠けた暗殺者に作業的な殺しをすることは至難。
それが、ガストロを困らせる最たる理由であった。
(マッハ20の超生物なんてモンが実在すンだから、ユメのセカイがあってもおかしくねえ、か。
――いやいやいや、可笑しいだろ。いつからこの世はファンタジーになったんだよ)
止めとばかりに、舐め腐った態度の不気味な猫が語った言葉。
曰く、世界ならぬ〝セカイ〟。ユメのようなもの。
言い方からするに、ただのレム睡眠が見せる幻でもないようだった。
ガストロとて、猫が喋るという非現実的光景を除いても、易々と信用はしなかったろう。
彼に信じることを余儀なくさせたのは、ひとえに客観的な事実。
如何に睡眠中、無防備な状況であったとしても、簡単に拉致を許すほど自分は腑抜けていない。
僅かな振動でさえも鋭敏に鍛え上げられた殺し屋の神経は感知し、返しの手で速やかに返り討ちにする筈だ。
(アリス、カギ。覚めたかったら殺しまくれってか。
……不味いなあ、ホントに不味い。虫も食わねえ不味さってのはこのコトだぜ)
此処で死ぬつもりは、無論ない。
早々に片付け、次の大きな依頼をこなすつもりだ。
カギを手に入れる。問題はその手段。
不慣れな分野で狙うのか――それとも、猫の示した道筋に叛くか。
どちらも気乗りしない、というのが正直なところ。
まず、あの猫からしてガストロは素直に信じられずにいる。
言わずもがな、胡散臭い。アレはペテン師の類だろう。
カギを巡り必死こいて殺し合って、最後に騙されてましたでは済まない。
他のアリスとやらがどうなっても構わないが、己が脅かされるのだけは勘弁願いたい。
「どうしたものかね――――っと」
やれやれといった風に呟き。
つい先程まで整備していた銃を、己の口に突き込み、美味そうに咥える。
プロの殺し屋ともなると、皆一様に何かしらの拘りを有しているもの。
たとえば、素手。
たとえば、洗練した毒。
そしてガストロのそれは、〝その日一番美味い銃を使うこと〟。
美味い銃は即ち、最も手に馴染む。
「……美味え、な。仕事やる上で、差支えは無さそうだ。寧ろ絶好調ってやつか」
チェシャ猫の残していった銃。
味は相当の上物だ。この分だと、犬死には晒さない自信がある。
殺すにしろ抗うにしろ、襲ってきた輩を仕留めるには十全だ。
どうしたものか。いっそ猫を殺せば出られるというんなら、やることも明確でいいが。
(脳天ブチ抜いて死ぬんなら楽だけどな。
妖精だの悪魔だの、そんなもん殺すどころか見たのも初めてだ。
ま、次見たら一応殺りにかかってみるけどよ)
やはり、不味い。
標的のしっかりしない殺しは、不味い。
美味いのは銃だけだ。
ふう。銃を咥えながら再び溜め息を吐いて、ガストロは一先ず転機を待つことにした。
――その物腰から、確かなプロの凄みを醸して。
【B-2/廃病院/一日目/深夜】
【ガストロ@暗殺教室】
[状態]:身体の状態、または精神的なものについても
[装備]:S&W PC M629(6/6)@現実
[道具]:S&W PC M629予備弾薬(24/24)
[思考-状況]
基本:どうしたもんか。ただし、ユメからは絶対に出る。
1:襲って来るなら容赦はしない。
2:チェシャ猫を次に見た時には、一応殺してみる。
[備考]
本編登場前からの参戦です
投下終了です。
ステラ、荒井昭二、神崎麗美 予約します
あけましておめでとうございます。そして投下乙です!
ガストロも思考の部分は冷静なだけに、
嗜好としての「美味い」「不味い」の感覚の描写が際立つなぁ…
それでは、予約していたリョーマ、レティ、カノン 投下します。
ラケットと握手するようにして握るのが『イースタングリップ』。
例えば、ラケットを地面に向かって垂直に立ててみよう。
その状態で、ラケットの面に利き手を当てる。
その角度のまま、スルスルと利き手をグリップに滑らせていき、グリップの下まできたところでキュッと握る。
この握り方だと、手を伸ばした延長にラケットの面があるので、ボールを打った感触がダイレクトに伝わりやすい。
そういったことや、握りやすさなんかもあって、初心者の握り方としては推奨される。
ちなみに、同じく初心者の握り方として教わることが多いのが、ラケットを『包丁を握るようにして』つかむ『コンチネンタルグリップ』。
さらに言えば、ラケットを上から掴むように持つのが『ウエスタングリップ』。
このイースタンとウエスタンを逆に覚えているにわかプレイヤーは多い。
「どうして、握り方に『東』と『西』があるの?」
レティと名乗った少女は、教えられたての『イースタングリップ(東の握り方)』で握り締めたラケットをぎこちなく上下に動かしている。
水平に構えられたラケットの面では、テニスボールが30センチほどの高さでポーンポーンと弾んでいた。
「アメリカの東の方で流行った打ち方と、西の方で流行った打ち方だったから」
そうなんだー、といたく納得したような返事が帰ってきた。
長い銀色の髪が、少女の肩が上下するのに合わせてふわふわと揺れている。
多くのテニス経験者が手すさびにこなすような単調なリフティング練習でさえも楽しそうに、ごく新鮮そうにボールと戯れる。
教える側としては、なかなか悪くない光景だった。
もう少しボールが高く上がるようになれば、もっとちゃんとしたフォームを教えてみて、壁打ちをさせてもいいかもしれない。
「じゃあ……『コンチネンタル(大陸)』も、アメリカのこと?」
じゅうご、じゅうろく……と記録を数えるのを中断して、また質問してきた。
「ヨーロッパ大陸のこと。テニスがアメリカに伝わる前からの握り方だったから」
「そうなんだー。リョーマって物知りね!」
「別に、なんでもは知らない。テニスのことだけ」
いちいち変なことを聞くんだなと思って、そうでもないかと考え直した。
どこの国出身かは知らないけれど見たところ欧米系のようだし、『コンチネンタル(大陸の)』と聞けば、興味を引かれるのかもしれない。
そこらへんは、日本人との感覚の違いか……
……いや、ちょっと待て。
「レティ……日本のことはよく知らないのに、日本語が話せるの?」
二十数回までいったところでボールを取りこぼした少女が、小首をかしげる。
「ううん。わたし、勉強は苦手だもの。外国語なんてしゃべれないよ」
「しゃべってんじゃん」
「しゃべってないよ? それよりリョーマこそ、日本人なのに外国語上手ね」
噛み合っていない。
おかしなことは言ってないよね、とこれまでを思い返す。
ずっとここまで、日本語で話しかけていた。
彼女の欧米人じみた容姿をはっきり視認する前から『おーい』と呼びかけていたから、それは間違いない。
しかし、レティには日本語で会話をした自覚がないらしい。
だったら……と、脳内の言語スイッチを英語に切り替える。
「”You still have lots more to work on. Nobody beats me in tennis.”
……今、何語でなんて言ったかわかる?」
「『まだまだだね。テニスでは誰にも負けない』。
何語って言われても、ずっと同じ言葉で話してるよ?」
「前半は英語で、後半は日本語だったんだけど」
ワケ分かんない。
本日二度目となる感想だった。
つまりどういうことか。
リョーマが何語を話そうと、レティの耳にはそれが母国語らしき言語で聞こえると、そうなってしまうのか。
「そっか。きっとユメの中だから言葉が通じるのね!」
「結論をどーも」
突拍子もないことを簡単そうに、しかしこれ以上ないほどきれいにまとめられてしまった。
もしかするとこの不思議少女は、リョーマよりずっとよっぽど適応力が高いのかもしれない。
「だって、言葉がつうじないよりつうじた方がいいでしょ?」
「……そーかもね」
そうなると、『無我の境地』になっても言葉は通訳されるのかな。
そんなことに思いを馳せていると、レティのにこにこ笑顔がすぐ近くまで寄っていた。
「…………何?」
やはりこういう人懐っこさには、慣れないものがある。
知り合いの中では、先輩の菊丸英二だとか他校の遠山金太郎がこれに近いだろうか。
彼らと違うのは、世間ずれしていないような、不思議少女めいたところだった。
「えっとね。リックとはこんなふうに、ボール遊びとかおにごっこみたいな遊び、したことなかったから。だから、なんだか嬉しいの」
「そのリックって友達とは、一緒に遊んだりとかしないの?」
そう言えば、結局リックとやらが戻ってくる様子は無い。
最初は周囲の安全確認にでも出かけたのかと思ったが、それにしては遅い。
まず思い浮かんだのは、薄情にもレティを見捨ててどこかに行ってしまったという可能性。
しかしレティにその可能性をずばり指摘するのは、いくら言動に遠慮のないリョーマでもさすがに憚られた。
「うーんとね。リックは友達とは、違うと思うの……」
歯切れを悪くして、言葉を探すように悩みはじめる。
そこにリックの面影があるかのように、自らの銀髪の端を軽くつまんだ。
「リックは、家族で……それから、お兄ちゃんみたいな人」
「みたい?」
「どこからきたのかよく分からないの。
でも、わたしが小さい時から、ずっと一緒にいる子なの。
寂しい時に、よくお話をしてくれたり、さびしくないよって慰めてくれたりするの」
「お兄ちゃん、ね……」
どこからきたのかよく分からないとは、もしかして『フクザツなご家庭』ってヤツか。
よけいに謎が増えたような話だけれど、その『お兄ちゃん』をとても慕っていることは伝わった。
それに、リョーマ自身だって最近は『よく分からない』になりそうで、人のことをとやかく言えない。
いきなり『兄貴』を名乗って現れた、あの青年とか。
……ともかく、『兄弟』という関係の重さぐらいなら、一人っ子を自認するリョーマにも理解できる。
少なくとも、誰かにとっての『お兄ちゃん』が、弟妹を冷たく見捨ててどこかに行ってしまうものだとは、決めてかかりたくなかった。
少年のその願望が、無意識にあった『兄』への感傷なのかどうかまでは定かではない。
だったら、リックが一人でどこかに行ったのは、彼なりに妹の安全を考えた結果かもしれない。
まさか、きょうだいをユメから脱出させるために、他の”アリス”を皆殺しにして来ようという計画だったりして。
いくらなんでも、それは無いか。
「だったらさ、遊びながらでも探しに行く? そのお兄さんのこと」
それでも、ただ待つよりはと思って提案する。
”カギ”を探しに行くついでだと思えば、人探しぐらい……
……体育館入口から、気配。
「誰?」
硬い声をだして、問いかけた。
レティの時とは違う、明確な『潜んでいる』という感触。
U17の合宿所で番犬や警備員の目をかいくぐって動いた時にも似た、ピリピリする視線が刺さっている。
問いかけに答えるように姿を現したのは、高校生ぐらいの青年だった。
すらりとした立ち姿。
隙のない身のこなしによる歩法。
愛想よく貼り付けた、にっこりと柔和な笑顔。
歩くたびにさらりと揺れる、うなじまで垂らされた茶色の髪。
どうもミステリアスというか、含みがありそうな雰囲気。
(……なんか、不二先輩に似てる)
外見から受けた印象はそんなものだ。
しかし感じ取れる空気は、外見ほど穏やかじゃない。
強い人間とは、そこにいるだけで場の空気が変わったりするものだ。
『皇帝』だとか『神の子』だとか、あるいは一部の人間離れした高校生プレイヤーだとか。
隠そうとしても隠しきれない緊張感を、実力ある人間は持っている。
自らの観察力を総動員して導かれた認識は、『油断してはならない』というもの。
「こんばんは。君たちも“アリス”なんだね?」
ごく穏やかな声で、その強者は第一声を放った。
◆
カノン・ヒルベルトは無類の猫好きだった。
だから、珍しくも愛らしい二足歩行の猫に銃口を向けるのは、いささか胸が痛んだけれど。
それでも、そう動いた。
地面に落ちていた小型拳銃を認識してから一秒に満たない時間で、それを拾い上げて猫のせまい額に銃口を当てる。
”皆殺しにしなければ帰れない”という事実に対して、より詳しい説明を求めるために。
しかし猫は、そろそろ行く時間だとはぐらかして消失した。
瞬間移動のように、中空にかき消えて。
だから、残された材料から判断するしかなくなった。
それは、言い残した言葉。
――殺る気満々のようだが、“殺さない”って約束した奴らが“ユメ”にいたらどうするんだ?
どう動くかを、思案する。
まず、目覚めないという選択肢は無い。
約束を、させられた。
”神の弟”に敗北した代償として、彼に従うことを。
もう、自分を含めたブレード・チルドレンを殺さないこと。
最後の希望が潰えるその時まで、決して命を捨てないこと。
そして、“兄”として、“弟”を殺せなかった責任をとることを。
だから、生きなければいけない。
ユメの中にいるという話が真実ならば、現実のカノン・ヒルベルトは昏睡状態のまま施設の緊急治療室にいるかもしれず。
そのまま彼が目覚めなければ、“弟たち”に対して何も残せなくなってしまう。
だから、目覚めた現実が“ユメ”より残酷な世界だったとしても、帰らないわけにいかない。
殺せる武器は(できれば拳銃よりサブマシンガンの類が欲しかったけれど)用意された。
殺す能力も持っている。
とはいえ、殺した結果に不可解はある。
この拳銃で他の“アリス”を抹殺すれば、死体が“カギ”にでも化けるとでも言うのか。
ただし、仮に猫の話が真実であれば、少なくとも一人殺すごとに、カギを見つけられる確率が高くなるシステムだった。
猫を信用するならば、出会った相手を片っ端から殺していくのが効率的になる。
あくまで猫の証言を安易に受け入れるとすれば、の仮定だけれど。
正直なところ、殺しをするのは気が進まない。
“ブレード・チルドレン”という一部の子どもたち以外は殺さないという制約を、課している。
今はその”ブレード・チルドレン”さえも殺せない約束をしている。
目覚めたら忘れるような“ユメ”の中とはいえ、人を殺す感触は手に残るだろう。
それは、カノンを“殺人狂”へと変貌させるトリガーとなるかもしれない。
人間としての一線を超えないための“殺さない”という制約は断じて軽くない。
しかし、“約束相手”がユメに迷っているかもしれないと、示唆された。
この“ユメ”に囚われている中に、“彼ら”がいたとすれば話は別だ。
(信じるとはいかないまでも……彼らなら、僕にできないことを、できるかもしれない)
カノン・ヒルベルトの“弟”である、アイズ・ラザフォード。
あるいは“神の弟”である、鳴海歩。
仲間のために命を捨てる覚悟はあるけれど、優先順位はその二人が最も高い。
彼らを生かすためなら、カノンは進んで自らを犠牲にするだろう。
それこそ、自分も含めた全ての“アリス”を皆殺しにすることになっても。
たとえ、文字通りの意味で『悪魔』に魂を売り渡すことになっても。
兄は、汚れ役を背負って道を切り開く。
(まだ、迷いはある。でも、まずは動こう)
拳銃を制服のベルトに差し込み、歩くことを選択する。
まずは、他の“アリスたち”を見てから、判断するために。
“狩人(ハンター)”だった時の嗅覚を頼りに、迷える“アリス”たちのいる場所へ。
見つけたのは、とうてい害があるように見えない、少年と少女。
テニスラケットとテニスボールを手に、仲良く遊んでいるかのような二人。
少年はいち早くカノンの存在を察知して、庇うように少女の前に立った。
「こんばんは。君たちも“アリス”なんだね?」
歩み寄る。
もしかすると、誰かの兄や姉かもしれず、あるいは弟と妹かもしれない、少年と少女の前に。
【F-4/鳴神学園・体育館/一日目/深夜】
【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:健康
[装備]:テニスラケット@現実
[道具]:不明1、テニスボール@現実
[思考-状況]
基本:誰も殺さずに、生きてここを出る
1:現れた男への警戒?
2:レティにテニスを教えてみる。
3:あの猫には一泡吹かせてやりたい。
[備考]
『新テニスの王子様』時点からの参戦です
【レティ(リック)@Alice mare】
[状態]:健康、ご機嫌、〝レティ〟
[装備]:なし
[道具]:不明1
[思考-状況]
基本:ユメからさめたい。
1:だぁれ?
2:リョーマとあそぶ。にほんじんはすごい。
3:アレンたちもいるのかな?
[備考]
クローゼットを開ける前からの参戦です
【カノン・ヒルベルト@スパイラル 〜推理の絆〜】
[状態]:健康
[装備]:ニューナンブM60(5/5)@GTO
[道具]:予備弾薬の入った箱(20弾)@現実
[思考-状況]
基本:どんな手段を使っても目覚める。
1:二人にどう対処する?
2:もし鳴海歩かアイズ・ラザフォードがいれば、皆殺しをしてでも帰す。
[備考]
カノン編終了後からの参戦です。
チェシャ猫が示唆した知り合いは、いるかもしれないしいないかもしれません。
投下終了です。
こんなものでよろしかったでしょうか…
リョーマの参戦時期など勝手に決めてしまった部分もありますので、
ご意見、不都合などありましたら遠慮なく仰ってください
これからもAlice Gardenの動きを楽しみにしています
投下お疲れ様です
レティにテニスを教えるリョーマがとても微笑ましいです。
あと、言葉の壁に関するがここで確立。『ユメの世界だから』、簡単なことでした。
そしてカノンさん、複雑な経歴を持ってるみたいですが、どうなるんだろう。これは続きが気になりますね……。
投下乙です!
言語の違いをそう解決するとは!なるほどと思わされました。
和やかな交流を深めていた二人に迫るカノン……穏便にはいかなそうですが、果たしてどうなるか楽しみです。
では、遅れましたがわたしも投下します!
――なによ、これ。
神崎麗美は、緊張した面持ちで夜の空を見上げた。
彼女は、天才児だ。
IQ200を超える頭脳に、一度見たものを決して忘れない記憶能力。
それをもってすれば。
大概の難題に答えを出すことは出来るし、自力で解決までだって導いてやれる。
自らの出生についてこそ強いコンプレックスを抱いているものの、自分が天才だという自負はある。
事実、いまこのセカイに迷い込んだ者たちを引っ括めても、彼女と並び立てる頭を持つ者は数える程しかいないだろう。
その彼女をしても、理解できなかった。
脳裏で受け止めていても、理解が追いつかない。
あまりにも非日常過ぎる現状は、麗美の状況適応力を遥かに上回っていた。
いつものように、布団に入り。
いつものように、眠りに堕ちた。
そうして気が付いたら、目の前には薄気味の悪い風貌をした猫。
衣服はどういうわけかパジャマから制服に変わり、辺りの風景は見たこともないそれ。
猫は云った。
これは虚像であると。
あらゆる者の心が繋ぎ合わせられ、偶然形を結んだセカイなのだと。
理屈のへったくれもない、結果だけが目の前にある。
「覚めないユメ……」
医学的に考えれば、レム睡眠から昏睡に陥るなど他の要因がない限り有り得ない。
自分を取り巻く風景も、猫の存在も、彼の語った言葉さえも。
まるっきり全部が全部、神崎麗美の深層心理が作り出した幻影である可能性は十分にある。
なら、ただ受動的に覚めるのを待っていれば済むこと。
なにもしなくたっていい。
ただぼーっと、俗に云われる〝明晰夢〟を楽しんでみればいいだけだ。
……そう、なにもする必要はない。
帰還を急いてカギを求め、アリスを殺める必要なんて、何処にもありはしないのだ。
「……なーんか、腑に落ちないのよね……」
引っ掛かるものがある。
一言で片付けてしまえばいいものを、納得できない箇所がある。
――――気持ち悪い。もとい、心地悪い。
目を瞑ればチェシャ猫の聲が蘇る。反響する。
其れを己の心が見せる夢幻の一環と片付けるのは単純だ。
けれど、そうした結果どうなるのかが、麗美にも分からない。
ほんとうに、時間が経てば覚めるのか。
胡蝶の夢、邯鄲の夢という言葉がある。
片や夢の中で胡蝶になり、自分が胡蝶か、胡蝶が自分か区別がつかなくなったという故事に基づく物我一体の境地、また現実と夢とが区別できないことのたとえ。
片や貧しい若者が枕を借りて一眠りしたときに、立身出世を極めるという体験をした。しかし、それは実際には炊いていた黄梁もまだ煮え切らないような、ごく短い間の夢にすぎなかったという伝説に基づく諺。
似たようなものだと思う。今の自分が置かれた状況と。
いつ終わるのだろう、この悪夢(ナイトメア)は。
「まあ、探索くらいはしてみるかな。途中で覚めてくれたら御の字だ」
草原に座り込んでいた腰を挙げ、伸びをして歩き出す。
草木を踏み締める触感からどこか湿った夜風まで、なにもかもがリアリティに溢れている。
――そして、懐に忍ばせた小さな〝凶器〟の質感までも。
麗美へとチェシャ猫が残していった武器は、掌に収まりそうなほど小さな銃だった。
デリンジャー。かのリンカーン大統領暗殺にも用いられたとされる、暗殺にこの上なく適した品。
目にしたのは何かの映画だったか。
流石に使ったことはないものの、見よう見まねで扱えないこともあるまい。
……ユメだというなら、無意味な武装だ。
なのに持たずにはいられない。
どこかに、紛れもなく恐怖している自分がいる。
そのことに薄々気付きつつ、馬鹿らしいと目を背けて笑う。
つくづく、厭な感覚だった。
しゃく、しゃく。
土と草を踏む音が連続する。
一定の歩幅で、止まることなく進む。
ヒトの気配はない。
それどころか、虫の一匹さえ見当たらない。
野生動物などもってのほかだ。
――平穏故の、無気味。
宵闇の中に、足音と風の音色だけが聞こえている。
麗美は歩く。思い描くのは、自分がここ数ヶ月で辿ってきた鮮烈な日々のこと。
問題児を地で行く素行を続けていた自分。
そんな時、現れたのが――先生だった。
型破りな手段と常識離れした性格で、心の殻を外側から打ち壊してくれた。
本当に、救われたと思う。
あの人がいなければ、自分はどうなっていたかわからないとさえいえるほどに。
(会いたいなあ……)
こんなときだからこそ、そう考えてしまう自分がいる。
先生なら、猫の甘言など聞く耳持たず、いつも通りに捩じ伏せてくれる。
気取った余裕を崩させて、スカッと悪を倒して、さあ帰るぞとみんなでユメから覚めて終わる。
理想的すぎるハッピーエンド。
いつか思い出として語り合い、きっと笑い話にできる。
そうだったらいいのに。
淡い願いを懐きながら、麗美は微笑を湛え――心臓が止まるかと思った。
「え――」
少女がいる。
ちっとも、気付かなかった。
木の陰になっていることを踏まえても、彼女はあまりに希薄だった。
小学生か中学生か、おそらく年下と見える幼さを残した顔立ち。
身につけた衣服が、また漂う儚なげさを引き立てている。
まるで、少女人形。
骨董屋なんかで売られている、アンティークドールを麗美は連想した。
「……あなた、いきてるわね」
少女は淡白に、要領を得ない台詞を吐く。
いきてる。裏を返せば、自分は生きていないと言っているようなものだ。
神崎麗美は、当然生きている人間だ。
少女は、麗美のユメが作り出した存在とするのが妥当な判断。
しかしながら、麗美にはそうは思えなかった。
「……あんたも、でしょ。
幽霊みたいに見えなくもないけど、あたしの目は騙せないよ」
「そう、ね。わたしはいきてるわ。それがいいことかわるいことかは、しらないけど」
気味悪いとは、感じなかった。
名前も知らない少女に突然こんなことを語られては、普通電波系かと疑うのが普通だろう。
麗美も、相手が彼女でなかったらそうしていたに違いない。
彼女の紡ぐ言霊には、不思議な説得力があった。
それを齎すのは透き通った瞳なのか、無表情な顔(かんばせ)なのか。
兎に角、キレイだと感じた。
同時に、物悲しさすら覚えさせる。
大きすぎる美しさと二律背反に常に存在する、哀愁。
「いきてるひとは、きらいなの。
いきてるひととはなすときは、こえがでないわ。
けど、いまはでる。あなたは、いきてるようにしかみえないのにね。ふしぎ」
少女の足元には、無造作にネイルハンマーが打ち捨てられていた。
興味ないとばかりに、少女は自己を防衛するための凶器(どうぐ)に興味を示さない。
チェシャ猫の言葉に耳を貸すつもりなど、彼女には皆無だ。
彼女は彼女で完結し、だからこそ解き得ぬ難題に足を止め続ける非業のアリス。
「わたし、ステラっていうの。
ねえ――あなたはわたしをころすかしら?」
くす。
静かに、冗談めかしてステラは笑む。
本当に殺されても構わないと言わんばかりの無防備を晒して。
仮に、麗美が彼女の細い首に手を回したとしても、彼女は恐れず死を受け入れるだろう。
死を恐れない、強さ。
もしくは、弱さなのか。
「答えはNOよ。あたしはあんな訳分かんないやつの口車にはいそうですかって乗ってやるほど馬鹿じゃないっつーの」
「へえ、あなた、やさしいのね。あまい、っていうべきかもしれないけど」
表情は再び無表情に戻ってしまったが、機嫌が悪いわけでもなさそうだ。
元々、感情表現の起伏に乏しい質らしい。
それにしても、やけに達観した少女だ。
自分も大概だと自覚しているが、彼女はあまりに其れが徹底されている。
まさに、異常。――口に出す無神経な真似はしないものの、そう思わずにはいられない。
そして、麗美は思うのだ。
「……こういうのこそ、先生に会わせてみたいんだけどね」
親近感を感じる。
そりゃ、確かに彼女と自分はまったくの別物だ。
辿ってきた道程も、経てきた経験も、トラウマも。
何もかも違う、人間という生物に部類されるだけの別個体。
――共通しているのは、生きていること。
生きているのに、諦めていること。
過去の自分を思い出す。
いつ死んでもよかった。
きっかけがあれば、いつだって死んでやった。
もちろん、今は違う。生きる喜びを教えてもらったから。
「なにか、いったかしら?」
「いーや、別に。こっちの話よ」
まあ今はそれよりも、自分以外の迷子(アリス)と出会えたという事実の方が重要だ。
此処に置いていくという選択肢は、当然ながらない。
女の子をこんな夜闇の中に放置する時点で有り得ないし、カギを引き出す為、擬似的なバトル・ロワイアルが起こっている現況なら尚更のことだ。
彼女が拒んでも連れて行くつもりだったが、意外なことに彼女は自ずから麗美の後についてきた。
「……ついてくるんだ。案外かわいいとこあるじゃん」
「べつに。ただ、ちょうどよかっただけよ。わたしもしりたいことがあるから」
「ふうん。ああ、あたしは神崎麗美っていうの。
麗美おねーちゃんとでも呼んでくれてもいいのよ?」
「遠慮しとくわ」
見た目からして、体力がありそうにも見えない。
彼女も彼女なりに、現状は正しく理解しているようだった。
知りたいことがある。だから〝まだ〟死にたくはない。
……それが何か少しだけ気になったけれど、そこは追々聞いてみるとしよう。
まずはこの森を抜けたい。
施設みたいなものがあるならそこを目指したいし、そうでなくてもこんな見通しの悪い場所に長居するのが得策でないのは明白だ。猫に誑かされた殺人者(アリス)にしたら格好の獲物となろう。
しゃく、しゃく。
数分前と同じ、地を踏み締める音。
少し遅れて後ろから、小さな足音がついてくる。
ちらりと視線をやれば、無表情な少女。
「…………」
突然、ステラの足が止まった。
不思議に思い振り向くと、彼女は無表情のままで、明後日の方向を見つめていた。
「どうしたのよ。なんかいたの?」
「……いきてない」
「え?」
ステラが小さく、指をさす。
目を凝らしてその方角を見ると、人影があることに気が付いた。
学生服に身を包んだ、陰気そうな少年。
「あのひとは、先生やみんなとも、麗美ともちがう。
……ほんとに、いきていない。しんでるわ」
死んでいる。
ステラは、言った。
その言葉が聞こえたのか、少年の口許は――弓を描いた。
普通、気を悪くして然るべきところ。
ましてやこの状況で、冗談でもそんな行動に出る馬鹿がいるとは思えない。
麗美の背筋に、冷たいものが走る。
雲間から覗いた月明かりが、少年の姿をぼんやりと照らし出す。
――〝薄い〟。存在感や気配が、あまりにも薄い。
実際はそんなことない筈なのに、彼についてははっきりと解る。
ステラにも希薄という印象を抱いた麗美だったが、アレはそれ以上だ。
本当に、あれではまるで――
「……半分正解で、半分不正解です」
――死人のようではないか。
少年は死者と呼ばれたことについて、少しだけ肯定して、少しだけ否定した。
「僕は、謂わば形のないモノ。
……いえ、ずっと昔に形をなくしたとでも言いましょうか」
「そうみたいね。はじめてみたわ、あなたみたいなひと」
「しかし、どういうわけか今僕は此処に存在している。
形を取り戻し、此処にいる――とうに終わった僕には、持てる役割などないというのに」
二人の言っていることが、ちっとも理解できない。
麗美も、流石にこのセカイを単なる幻のフィクションとは思わなくなっていた。
そうさせた理由は、言わずもがなステラとの邂逅によるところが大きい。
ひどく変わった、年下とは思えないほど達観視した少女――だからこそ、か。
彼女までも自らの心理が作り出した空想と云われたら、どうしても納得がいかない。
「ねえ、ききたいことがあるの」
ステラは、踏み込む。
半死半生。生きていて、死んでいる。
そんな存在は今まで見たことがない、それ即ち、彼女にとって特別な意味を持つ。
――ずっとずっと、知りたかったことがある。
あの町で、自分一人だけが死ねなかったあの日から、ずっと抱いていた疑問がある。
「―――、―――――、―――?」
麗美には、ステラがなんと言ったのか聞き取ることは出来なかった。
「―――――。―――、――――――――、―――――――――」
だから、少年がなんと答えたのかも聞き取れはしなかった。
ただ一つ分かるのは、その問答が小さな少女にとってこの上なく大きな意味を持つそれであったこと。
正直なところ、不安があった。
さして強い思い入れがあるわけでもない。
出会って十数分かそこらの少女がどうなろうと、知ったことでないといえばそれまでだ。
なのにそうさせないのは、一種の庇護欲からくる節介なのか。
ああ、そうかもしれない。
彼女へ過去の自分の面影を重ね、〝なんとかしてやりたい〟と、そんな心が働いたのかもしれない。
そして、麗美は――駄目だと、半直感的に感じた。
少年の紡ぎ出す回答は、ステラという存在を、根底から変えてしまう気がしたからだ。
「……ステラ!」
「……そう剣呑な目つきをしないでくださいよ。
僕は、あなた方を取って食おうってつもりはありません」
ステラは、なにを言うでもなく、けれどなにかを得た目をしていた。
違いなく。彼の答えた〝なにか〟は、一人の迷子を出口へと導いたのだ。
それが、良いことなのか悪いことなのか。
光明なのか、それともより深い暗黒なのか。
真実とは時に何よりも有害な毒物であることを、麗美は知っている。
知られたくないこと、果てには自分自身にまつわることまで。
自分もまたひとつの大きなトラウマを抱えているからこそ――痛いほどそれを知っている。
「――むしろ、逆なんですよ。あなた方……いえ、特にあなた」
「…………」
「あなた――僕を殺してくれませんか?」
少年は、喜悦さえ声色に滲ませて、そう懇願した。
陰気、根暗。あらゆるマイナスイメージを見る者に与える、昏い雰囲気。
彼は明らかに澱んでいた。生きているのに死んでいる、そんな矛盾も納得できてしまうくらい。
そんな澱んだ存在だからこそか。
彼の物腰、表情、視線全てが、彼が猪口才な打算を秘めてなどいないことを如実に告げていた。
「なに――言ってるのよ」
「疲れたんですよ、僕は。
もう休みたいんです。あなた方には、分からない苦しみでしょうがね」
かしゃん。
麗美の足元に、少年の擲った小さな刀が落ちる。
「殺してくださいよ。
大丈夫、ここはユメです。……いや、正しくは似て非なるモノなのかもしれませんが。
ここで僕を殺しても、あなたの罪にはなりません。
だって――――」
心臓の鼓動が、喧しく身体の内側で反響していた。
少年が一言喋る毎に、空気の温度が下がっていくような錯覚すら覚える。
この状況を前にしては、天才も凡才も等しく単なる肉人形でしかなかった。
津波さながらに押し寄せる感情。
その種類を定義するならば――〝恐怖〟の二文字こそ、最も正しい。
「――――僕は、とっくに死んでいるんですから」
× ×
はあ、はあ、はあ、はあ――
どのくらい、走ったか知れない。
いつの間にか森を抜け、景色は開けていた。
ステラの小さな手をしっかり掴んで、走ってきた。
彼女はなにも言わずに、されるがままになっていた。
「……麗美。ちょっと、つかれたわ」
だから。彼女が少し乱れた息を整えつつそう言ったとき、初めて麗美は冷静さを取り戻したのだった。
僕は、とっくに死んでいる。
少年の告白と、足が動き出すのはまったく同時。
あれを聞いた瞬間、破裂した。
恐怖という空気をめいっぱい詰め込んだ心の風船が、甲高い音を鳴らして粉々になった。
叫びをあげなかったのは、精一杯取り繕った冷静さのおかげだったのか。
「……ごめん。大丈夫?」
「なんとか、ね。けど、みずがのみたいわ。のどかわいちゃった」
やはり、体力がある方ではないらしい。
……落ち着いたら、自分も喉が渇いてきた。
辺りを見渡してみるが、水源は見当たらないし、勿論麗美も水は持っていない。
我ながら、さっきは冷静ではなかった。
しかし、後悔はしていない。
確信があったからだ。あの少年は、関わってはならないモノだったと。
彼を殺すにしろ、殺さないにしろ。
――〝関わらない〟。それが、麗美の脳が弾き出した最善の結論であった。
「じゃあ、もうちょっとだけ我慢して。川とかあるかもしんないし」
「まあ、いいわ。それでだきょうしてあげる」
「か、かわいくねー……」
口許を引きつらせながらも、麗美は確かな安堵を感じていた。
ステラが少年と交わしていた、問答。
なにを問い、なにを答えられたのかは知らないが。
少なくとも、こうしている内はなにもおかしなところは見当たらない。
(大丈夫…………よね?)
真実とは、猛毒だ。
ヒトを導く。時に成長へ、時に破滅へ。
「――――」
すべては、遅かった。
白雪姫は、もう知ってしまったから。
自分が辿るべき結末を知り、認めてしまったから。
あとは、その時を待つだけなのだ。
毒リンゴが、目の前に現れるそのときを。
――わたしはあのとき、どくリンゴをたべるべきだった。
たどり着いた答えを反芻しながら、声には出さず、ステラは空を見上げる。
奇しくも、あの日によく似た夜空が広がっていた。
とても、キレイだった。
【E-6/野原/一日目/深夜】
【神崎麗美@GTO】
[状態]:疲労(小)、不安
[装備]:デリンジャー(2/2)@現実
[道具]:デリンジャー予備弾薬(10/10)、ネイルハンマー@現実
[思考-状況]
基本:ユメから覚める手段を探す。
1:ステラと行動する。少しだけ彼女のことが心配。
2:少年(荒井昭二)への恐怖。関わらないようにする。
[備考]
【ステラ@Alice mare】
[状態]:疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考-状況]
基本:こたえを、しりたい
1:どくリンゴをたべて、すべてをおわらせる
[備考]
クローゼットを開ける前からの参戦です。
荒井昭二となにを問答したのかは、後の話に準拠します
× ×
残された少年は、ひとり溜め息を吐き出した。
彼の名は、荒井昭二。
もう何年も前に、この世を去った存在だ。
にも関わらず、彼はこうしてユメの世界で再び命と形を獲得している。
そんなこと、望んではいないのに。
生きることは、苦ではなかった。
死ぬことも、苦しいとは感じなかった。
死にながら生き続けることは、ひどく苦しい。
疲れる。永遠に休むことのできない地獄が、常に彼を責め立てる。
父の愛が。どんな犠牲を払ってでも自分を生き返らせようという想いが、苦痛だ。
もう、自分は死んだ。
死したものは、甦らない。
蘇りたいなんて、思わない。
「…………父さん」
僕はもう、休みたいんだ。
――そんな言葉は、誰にも届かず。
夜の闇に溶けて、虚しく溶けていった。
【E-7/森/一日目/森】
【荒井昭二@学校であった怖い話】
[状態]:健康
[装備]:小刀@現実
[道具]:なし
[思考-状況]
基本:休みたい。その為に、死を願う。
[備考]
荒井六話目開始前からの参加です。
ステラとなにを問答したのかは、後の話に準拠します。
投下終了です。
キヅナ・アスティン、書き手枠で桐山和雄@バトル・ロワイアル 予約します。
投下乙です
危ういラインにいる三人だなぁ…
夢と現実の境界が曖昧だというのが、
混乱の元であり冷静さを保てる救いでもあるみたいだ
予約延長します
ぐぬ……やはり年始は忙しい。書き上げられなかったので一旦破棄します。
ようやく落ち着きましたので、
キヅナ・アスティン、桐山和雄 再予約します
延長します
時間かかりましたが、完成したので投下します
夜風の謬々と吹く音が、耳に心地良い。
小波立つ心を鎮めてくれるようで、心からありがたかった。
少し肌寒いと感じもしたが、そこは我慢だ。
第一この感覚自体、現実(ホンモノ)ではないのだから。
悪魔めいた継ぎ接ぎの猫が案内する、幻想(ニセモノ)のセカイの1ピース。
生憎と、彼にその細やかな違いまで見分ける豊かな感性は無縁であったが。
「どうなってんだよ」
白髪頭をボリボリ掻きながら、美青年は胸にこみ上げるやり場のない感情を声に出す。
……むろん、それで何ら現状は改善されない。
数多の場数を潜り、それなりの恨みと恐れを買ってきた彼でさえ、そんな無駄を冒してしまう。
それほどまでに、状況は混迷を極めていた。混沌に落ち窪んでいた。
やたらと苛つかせてくれる趣味の悪い出で立ちの猫が語ったのは、此処は現実の世界とは違うということ。
ユメ。アリスがそう思うなら、これはユメさ。
猫は笑いながら言うと、追い打ちと言わんばかりにユメより抜け出る手段を提示してきた。
其れは――同じ境遇の迷子(アリス)たちを、一人残らず殺し尽くすこと。
老若男女問わず。
今まで、己がやって来たことを繰り返せばいい。
ざっと、四十回ほど。彼にしてみたら、朝飯前の暴虐だ。
「……はー」
青年の名は、人食い玩具――ハンプニーハンバート。
本名を、キヅナ・アスティン。
ハンプニーは猫の言う通り、今までに何度も何度も、飽きるくらい〝こういうこと〟をこなしてきた。
ただ、彼にもひとつ分からないことがある。
果たして、自分以外のアリスが――生きているのか、死んでいるのか、或いはどちらも入り混ざっているのか。
彼にとっては重大な話だった。
ハンプニーハンバートは、死者が嫌いだ。
神様のいなくなった十五年前から、地上へ跋扈し出した死を受け入れない亡者ども。
墓守の手にも掛からずに、腐り果てようと生に執着する連中。
そういうのが、嫌いで仕方なかった。
だから死者を破壊することも、冒涜することも、彼は眉一つ動かさず作業的に行える。
あるべき場所へと向かわせるだけ。
自分の人生が終わっても生き続けようとする、そんな〝イカサマ〟を潰しているだけなのだ。
しかしながら、生者を進んで殺すかと言われれば否。
仮に殺意を持って向かって来られたなら相手をするし、容赦だって場合によっては排斥する。
だが――何もしていない、生きているだけの真っ当な人間を殺めることはしない。
それは最早殺人鬼の所業だ。
たとえユメであれども変わらない。
どうせ、あの性悪根性の滲み出た野郎のことだ……何かしら、穴があるに違いないとハンプニーは踏んでいる。
そう、ここまでは問題ではなかった。
猫の甘言に誑かされず、セカイのカギを見つけ出す。
問題は、去り際に猫の漏らした台詞である。
〝――なあ、人食い玩具さんよ。
オマエ、自分の娘と……シシシッ、まあいいか! いざとなってからのお楽しみだ!!〟
「俺の娘、だと……?」
娘。
猫は、わざとらしく言った。
ハンプニーの脳裏に、該当する存在は皆無だ。
誰かの父親になった覚えなどない、故にそんな存在は知らない。
単なる戯言と片付けてしまえばいいものを、こうも糞真面目に悩み耽っている始末。
「……まさかな」
有り得ない。
……本当に? ハンプニーの中で、問いが反響する。
彼とて、初めから今のような放浪同然の暮らしを送っていたわけではない。
友がいてその昔には家族もいて、普通に愛した女がいた。
妙に世間知らずで、喜怒哀楽の豊かな女。
笑い方が下品、旨い物に目がない――半年ほど一緒に居て、すっかり惚れ込んでしまった女が。
もうとっくに死んでいる筈だが、本当に〝有り得ない〟と言い切れるのか?
もしも、猫の言葉が本当だったなら。
――俺は、どうしたい?
手の中にある、使い慣れたソードオフ改造ショットガン。
柄をぎり、と手が軋むくらいに強く握り締めて、ハンプニーはやれやれ、と零した。
らしくもない。今更、そんなことに動揺するほど純情やってる訳でもあるまいに。
娘が居たから何だ。すべきことは、何も変わらない。
さっさとこの悪趣味なユメを出て、また何時も通りの暮らしに戻る。――それだけだ。
「――――さて」
ハンプニーの身体が、勢いよく翻される。
ショットガンの銃口を茂みへ向けると、躊躇いなく引き金に指をかけた。
彼は手練れだ。その肉体の〝特異性〟を除いても、経験、身体能力、技巧全てにおいて其処らの殺し屋気取りには引けを取らない。
自分へと向けられた、僅かな殺気とヒトの気配。
普段なら無視していっそ〝殺されてみる〟のも吝かではないが、状況が状況。此処は一つ、先手を打たせて貰おう。
「そこに居る奴、出てこい。五秒だ。五秒以内なら、平和的に対話してやろうじゃないか」
返答はない。
一、二、三、四、五。
カウントが終わると同時に、ハンプニーは引き金を弾いた。
甲高い音を奏でて、幾多の死者を屠ってきた凶弾が空を走る。
が、此度の手合いは彼が思っているほどの素人ではなかった。
「おっと……!」
発砲音が響き、気配の大元へと散弾が降り注ぐ前に。
勢いよく飛び出したヒトガタが、その手に握ったサブマシンガンをハンプニーへと向けるのが見えた。
迷わない手付き。ハンプニーの白い腕が、避け損ねた鉛弾が食い込んで所々赤黒い液体を滲ませる。
オールバックに学生服を纏った少年は、一瞬の逡巡さえもせずに追撃を繰り出してくる。
この時人喰い玩具は確信した。――こいつは、ただのガキじゃねえ。
自分と同じく、殺し殺されのやり取りに慣れている目と手をしている。
「チッ、手前ひょっとして死人か!」
少年の瞳が、一瞬だけ見えた。
そこに、感情の色彩は皆無であった。
あるのは、底無しの虚無。
がらんどうだ。こんな目をする生者を、ハンプニーは知らない。
しかしどちらにせよ、こいつは少し危険が過ぎる。
早い内に芽を摘み取っておかなければ、後々とんでもない面倒を招きそうだ。
頭部を吹き飛ばして片す。
姿勢を低く保ち、遮蔽物を利用しつつ少年の背後を取ろうとハンプニーは走る。
変則的な動きだ。小さな擦過傷を被りやすいスタイル、まず常人に真似できるものではないだろう。
人食い玩具は逸脱者である。
ヒトの器に収まっていながら、彼にはとある要素が欠如している。
――それが、この自傷行為にも等しい人体駆動を実現させられる所以であって、彼を苛む最大の苦悩の種でもあった。
「お、まえッ……!」
ハンプニーが漏らすのは驚愕の聲。
場慣れしているとはいえ底は知れている、眼前の彼の倍以上は修羅場を潜ってきただろう己の敵ではない――そう高を括っていたが、驚くべきことに彼はハンプニーの変則的な動きへ、自傷上等の捨身へ、既に半ば適応を果たしていた。
俄かには信じ難い。だが認めざるを得まい。彼は一目見た瞬間にハンプニーの技巧がこれまでに戦い、殺してきた連中と一線を画す〝プロ〟のそれであるのだと見抜き、その上で攻略法を記憶野に刻み込んだ武芸の中から引き出し対応せんとしているのだ。
化け物か。ハンプニーをしてそう思わせる緻密な技も然り、しかし少年へ抱いた〝危機感〟は一点のみには留まらなかった。
どんな手練れであっても、誰もが心の何処かに隙間を持っている。例えば、彼の旧い友のように。
褒められた手段といえるかは別として、そんな綻びに付け入って優位を勝ち取るのも一つの戦略だ。
その点此奴はどうだ。
さっぱり――心が読めない。何を考えているのか、どうして武器を握るのか、生への渇望さえも空虚な双眸からは見取れない。
――――死人以上に、死んでやがる。
終わることのない、永久の命を願う臆病者共よりも遥かに恐ろしいとハンプニーハンバートは思う。
この少年は、虚ろ過ぎる。死者なのか生者なのか。それすらも、今になってみるとはっきりしない。
が、もしも彼が鼓動を未だ刻み続ける生者というのなら……一体どうすれば、こんな存在が生まれ落ちるのか。
まだ見ぬ、居るのかどうかもはっきりしない己の娘。彼女は、はたしてどんな風に育ったのだろう。
僅かに動きが鈍る。それは人食い玩具を知る者にしてみたなら、〝らしくない〟と口を揃えて言う筈の小さな動揺。
ハンプニーはそもそも、一部の輩が騒ぎ立てるほど狂してはいない。
死者を容赦なく葬り、暴虐と呼んでもいい蛮行にだって躊躇せず手を染める冷徹な男。
ただ、その内心に抱く願いはひどく在り来たりで、人間的なものだ。
〝娘〟という、ハンプニーの心に生まれた小さな罅が広がり、彼に〝不安〟を覚えさせた。
あまりにも、本人でさえ笑い転げたくなるくらい迂闊だった。
よりにもよって、ついさっきまで化け物だ何だと散々に評していた存在を前に隙を見せてしまうなど。
先程ハンプニー自身が分析したように、サブマシンガンの少年は慈悲を有さない。
銃口から解き放たれた鉛弾の嵐が反応し遅れた人食い玩具へ突き刺さる。
走るのは慣れた激痛。いや、これだけのは久々か。
内臓複数損壊、眼球破損、肺に弾が突き刺さり、おまけに両手もばっちり使用不能にされた。
そのまま彼の矮躯はよろめき、後ろへと倒れ込んでいく。
茂みの向こう側は崖だ。高さも結構なもので、落ちればまず助からないだろう自由落下へ躍り出る――よりも前に。
胴体を中心として総身を穿った雨霰の銃弾で被った損傷が、地への墜落を待たずしてハンプニーの生命へ幕を下ろさせた。
「――――」
白磁の肌を朱く汚しながら。
青空を見上げたまま、人食い玩具は死んだ。
【キヅナ・アスティン@神さまのいない日曜日 死亡】
× ×
――銃声が弾けて、白貌の男が断崖の底へと墜落していった。
その一連の光景を、遠くの高台からニヤニヤと笑って俯瞰する一匹の歪な存在がある。
継ぎ接ぎの身体。愛らしい動物とはいっても、余すところなく迸る不気味さが見る者の本能的警鐘を否応なしに打ち鳴らす。
チェシャ猫だ。不思議の国への案内人とは縁遠い邪悪を孕み、見つめるのは戦いの勝者、空洞の少年。
猫の嘲笑に見境はない。
今宵の悪夢(ナイトメア)に迷い込んだアリス達全てに接触して、ある者には残酷な真実を突きつけ、またある者には現実の非情さを教えてみせた。言霊に一喜一憂する様に悦を覚える猫は、なかなかに有意義な暇潰しだったと満足している。
しかし、ただ一人だけ、声の届かないアリスがいた。
重度のトラウマで心を閉ざしているわけでも、話の通じない域まで狂奔していたわけでもない。
それこそが〝彼〟。つい今しがたハンプニー……キヅナ・アスティンを銃殺した、桐山和雄という中学生だ。
感情表現の希薄な、まるで機械が如き冷たく淡々とした思考回路を有する不良たちの中心的人物。
――否。桐山の感情は〝希薄〟なのではなく、〝零〟なのだ。
この世に生まれ落ちる前に、彼はとある外的要因で心を欠落させた。
桐山和雄に弱点と呼べる分野は存在しない。
あらゆるジャンルを完璧にこなし、失敗知らずで生きてきた天才少年。それが、彼だ。
但しどんな成功を得ても、どんな記録を打ち立てても、桐山が笑ったり泣いたりすることはなかった。
そういう機能が、桐山和雄には欠けている。
仮に彼を慕う舎弟を連れてきて桐山の手で銃を突きつけさせ、撃たなければお前を殺すとベタな脅迫をしたとして、彼は微塵たりとも迷うことなく引き金を弾き、その哀れな舎弟を肉の塊に変えてしまうに違いない。
そしてその後には、そんな茶番を仕組んだ輩も殺す。機械的に、銃を構えて引き金を弾いて、また何も感じずに帰っていく。
「シシッ、やっぱアイツが一番見込みありそうだ」
桐山和雄は猫の常套手段、人心を惑わし誑かす言葉を受け付けない。
故に彼は、このユメの中で〝潰れる〟可能性を持たぬ稀有な存在だ。
アリスの数は40。彼と形は違えども、同じく潰れない心を持つのは……精々一人か二人。
しかも彼以外はどれも狂奔者。彼のみが狂わず、常に平常運転を続けながら殺戮するアリス。
「ただ幾ら虚無(アリス)でも白貌(アリス)のカラクリまでは見抜けなかったみてえだが……いや、こういうのも面白えか。
にしてもらしくねえなあ人食い玩具? そんなんじゃ、オマエのカワイー娘を食っちまうぜェ?」
嘲りが聞こえたかと思えば、猫の姿はパッと消えた。
神出鬼没。猫はまた別のアリスを見に行き、腹を抱えて笑い転げるのだろう。
悪夢の住人から強い期待視を受けていることなど露知らぬまま、オールバックの少年はすたすたと何処かへ歩いていく。
先ずは一人。心欠けたアリスもまた、一言も口にすることなく夜の闇へ消えていった。
【H-2/崖/一日目/深夜】
【桐山和雄@バトル・ロワイアル】
[状態]:健康
[装備]:イングラム(22/32)@バトル・ロワイアル
[道具]:イングラム予備弾薬(64/64)
[思考-状況]
基本:〝セカイのカギ〟を見つける為に、他のアリスを殺す
[備考]
※プログラム開始前からの参加です
× ×
崖の下。
海水に揺られて空を見上げる華奢な身体がある。
ハンプニーだ。血に濡れた衣服をぐっしょりと塩辛い水に浸し、ぼうっと夜空を見つめている。
彼は先刻、桐山の弾丸によって呆気なく命を散らした。
にも関わらず、色素欠乏(アルビノ)の青年は無傷のまま、幻影の空を真上に海を漂っている。
人食い玩具は、死ぬことが出来ない。
心臓を破壊されても、頭部を吹き飛ばされても、全身を烈火でもって焼き尽くしたところで、この生命は蘇る。
それは彼が逸脱者である唯一にして最大の理由。死という結果に辿り着くこと叶わない、生の牢獄の中にハンプニーはいる。
神は世界を捨てた。それから子供は生まれなくなり、死者は在るべきところへ向かえなくなった。
いずれ世界は破滅する。今は狂い始めた歯車を必死に取り繕っているだけだ。
ハンプニーはそれが怖い。どうしようもなく、その時が来るのを恐れている。
世界にたった一人。命は生まれないから、永遠に孤独は続く。
だから彼は、死にたいのだ。
色々な方法を試した。けれど、死へ近付けた試しはない。
――なのに、ハンプニーは最早慣れた蘇生の感覚に小さな違和感を覚えた。
いつもと、違う。命は戻り、心臓は動いていて傷も綺麗さっぱりなくなった。
言葉に表すのは難しい。どう語っても、こればかりはハンプニーにしか解らない感覚だからだ。
ヒトは死ぬ。死を受け入れない連中だって、死んでから真の意味で蘇った経験を持つ者は居るまい。
命を失い、取り戻す。歪んだ〝日常〟に生じた一縷の罅割れ……彼は軈て、その亀裂が何を示すのかを理解した。
「……死に、近付いている」
間違いない。散々自分を悩ませた不死の身体が、未だほんの一歩ではあるものの死へ近付いた。
あと何度死ねるかまでは流石に計りかねるが、精々十回前後が関の山か。
何故なのかと少し考えて、此処がユメの中ということを漸く思い出した。
となると、普段のように敢えて自死し、体勢を整えるスタイルを乱用するのは控えた方が良さそうだ。
キヅナ・アスティンは死にたい。
でも、彼の望む幕切れは贅沢なもの。
後に続く者に看取られて、幾ばくかの未練を残し、幸福に召されたい。
なら、ここでは死んでやれないな。
ハンプニーは不器用に泳ぎ、岸を目指す。
その心に、愛した女の面影を描きながら――――。
【キヅナ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[状態]:健康、衣服がぐしょぐしょ、(死亡回数一回)
[装備]:ソードオフ改造ショットガン(4/6)@神さまのいない日曜日
[道具]:ショットガン予備弾薬(18/18)
[思考-状況]
基本:生き抜く。
1:殺しはなるだけしないが、必要ならやむなし。
2:俺の〝娘〟……?
[備考]
※一巻冒頭、死者の谷(ネクロポリス)を訪れる前からの参戦です
※チェシャ猫から「自分の娘の存在」を示唆されました
※不死性が弱体化しています。本人の見立てでは、十回前後が限度とのこと。
投下終了です。うーん、時間をかけすぎた。
ライナー・ブラウン、苗木誠で予約します。
予約延長します
すみません、遅れましたが予約を破棄させていただきます
本スレッドは作品投下が長期間途絶えているため、一時削除対象とさせていただきます。
尚、この措置は企画再開に伴う新スレッドの設立を妨げるものではありません。
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