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物語スレッド

212遺された紀憶(15)-4 ◆hsy.5SELx2:2007/06/11(月) 18:48:15
「でも、危険だ!」
 一方、ビークレットさんはどうしてか動揺しているようだった。ムランカさんは楽しそうに答えた。
「どうして? あたしたちとしても、厄介払いできていいじゃない?」
「ん。こいつがそんなタマなものか。どうせより強大な知識を得てひょっこり帰ってくるに決まってる」
「それならそれで。まーそのときに考えればいいんじゃない?」
「でも……」
「ビークレット」
 それまで黙っていたヘリステラさんが、やっぱりどこか楽しそうに口を挟んだ。
「そんなに言うなら、君も着いていけばいい。グレンテルヒの見張り役。必要だと思うが」
「ええっ!?」
「別にやめてもいい。実際、危険すぎる行いだからな」
「ははははは! 安心しろ! 魔女一人くらい守るのはわけない!」
「危険すぎるとは思いません。わたしならなんとかできる自信はあります。しかし……」
 ビークレットさんはあっさり父さんの言葉を無視した。しかし頭を抱えたり落ちつかなくうろついてみたり真っ赤になったり青くなったりしていろいろ悩んでいた。ちらちらこっちを見たりもしていて、その間ずっと父さんはにやにやしていた。
 やがて彼女はヘリステラさんに向きなおり、言った。
「やります」
「そうか」
「はははははは! やはり私の魅力に耐えられずぐほっ」
 ぼくはビークレットさんに蹴られて吹っ飛んだ。なんだか大変な旅路になりそうだ。
「それでは頑張ってくれ。私はもう行く。ただ約束しろ。必ず、戻ってくるんだ。そこの息子も連れてな」
「はい。わかっております。グレンテルヒはどうなるか知りませんが」
「そうだな。グレンテルヒはどうでもいい」
「おのれ……魔女どもめ」
「それでは」
 そうしてヘリステラさんは振り返らずに部屋を出ていった。宵さんもあとに続いたけれど、ムランカさんがこちらへ来て、耳元で素早く囁いた。
「死ぬ気でフィランソフィア姉さんを探すんだよ。あんたはまだ若いんだ。愛する人と二度と出会えないなんて陳腐な悲劇はやめときな。男の子にはそういうの、似合わないよ」
 ぼくはまじまじとムランカさんを見詰めた。彼女はぼくに目を向けながらも、本当はどこか遠く、別の誰かを見ているようだった。
「好きな女をちゃんと幸せにすんのは男の義務だよ。好きなのに諦めるなんてあっちゃいけないし、女より先に死ぬなんて論外だ」
「……ムランカさんも、来たらどう?」
 彼女は一瞬だけ迷いを見せたけれど、すぐに自嘲的な笑いを浮かべた。
「……やめとく。あたしはもう長く生きすぎたし、あたしとあいつにとって、そういうのはなんか違う気がするからね」
 ぼくにはなにも言えなかった。ムランカさんは素早く立ちあがった。
「なんか変なムードになったな。それじゃ、あたしも行く。頑張れよ」
 そう言って去っていった。あとにはぼくとビークレットさんと、ぼくのなかの父さんだけが残った。ビークレットさんは首を傾げていた。
「……なんの話だ?」
「ちゃんとフィランソフィアを見つけなって、そういうははははは嫉妬かねビークレット! なにせ偉大で賢いこのわたしだからな。気になるのも仕方ない!」
「死ねっ! 空気読めっ!」
 あとになってからぼくは父さんに言った。

 ありがとう。ムランカさんと、ちゃんと話させてくれて。
 なんのことか、わからんな。
 ちゃかしたりしないで、ちゃんと二人で話させてくれた。
 ふむ。私は私の好きなようにしてるだけだからな。
 もしかして、『扉』の内側に行くのをあんなにあっさり承知したのもぼくのため?
 買い被りすぎだな。私は善人ではないのだから。まあ、どう思おうとお前の勝手だ。
……ありがとう、父さん。

 それからも色々あって、ぼくらは今ワレリィさんの扉の前にいる。

 これから『内側』へ挑む。ぼくは彼女に会うために。父さんは世界に挑むために。ビークレットさんは、父さんを見張るため? よくわからない。
 なんにせよ、ぼくにとっては彼女に会えるというそれだけで十分だ。世界は本当に不思議だ。色んな人が思い思われて、その連鎖がずっと先まで続いている。時として呪いとも表現されるそれは、人を悲しくされることもあるけれど、幸せに繋がることもある。要は、繋げる気があるかどうかだ。そうして繋いで行った想いはまた遥かな未来で実を結び、広く広く、どこまでも飛んでいく。
 ぼくはこの紀憶の複製を星見の塔に置いていこうと思う。ぼくの想いのつまった紀憶。みんながこれを読んでどんな風に思うのかはわからない。けれど、帰ってきたとき、ぼくの想いが誰かの胸に実を結んでいたら、それはとても幸せなことなんじゃないかと思う。
 そろそろ、旅に出る時間だ。ぼくはどこまでも行こうと思う。彼女に再開したあとのその先まで、ずっと、ずっと。


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