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なんでも投下スレin避難所2

1名無しさん@避難中:2012/04/11(水) 20:57:05 ID:PBNNOZmo0
規制時の投下誤爆、推敲用の仮投下、エトセトラ……。
ご自由に使って下さい。
感想もどんどんつけちゃってね。

前スレ
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1237088867/l50

関連スレ
他に行き場所の無い作品を投稿するスレ4
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1322313024/l50

540ティターニア ◆KxUvKv40Yc:2017/07/20(木) 21:45:28 ID:h1A61IaQ0
>538-539
おかげさまで投下できた! 真にかたじけない!
そういう絡繰りだったとは……! 道理で避難所告知の短文は投下できたわけだ

541ギルム@蜥蜴人の私兵:2017/08/02(水) 01:30:35 ID:W2TOr5cw0
【炎毬兎の駆除・5/9】

 「チッ、北の街区へ逃げてゆく……。
  あっちは俺たちの管轄じゃないが、市場を荒らした奴を放ってもおけんな。
  追い駆けよう」

ギルムがチラリと振り返ると、商人や住民たちが慌てて消火を始めていた。
バハラマルラの市街地は、ロガロ河から引かれた水路が取り囲む。
街中でも女たちが頭に水瓶を乗せて運ぶ姿も珍しくない。
豪商の私兵たちが指揮せずとも、消火活動に不自由はないだろう。
実際、市場の住人たちが忙しく水瓶を運び、瞬く間に火も鎮まってゆく。
その外側では、小火と見て様子を窺っている野次馬も少なくなかったが。

 「しかし、あの害獣を捕まえるのは厄介そうだ。
  あちこち飛び跳ね回っては、出鱈目に炎を噴く」

モラランは素早く、跳躍力が高い上、動き方まで不規則だ。
狭い隙間に入り込んだり、僅かな段差を利用して屋根の上まで登ってしまう。
捕獲の厄介さを考えるだけで、ギルムの表情も渋いものとなってゆく。

 「屋敷から応援を呼ぶか?」

542アドゥ@蜥蜴人の私兵:2017/08/02(水) 01:32:09 ID:W2TOr5cw0
【炎毬兎の駆除・6/9】

 「いらんいらん、面白いものを見せてやろう」

アドゥは屋根の上に登ったフレイムモラランに視線を合わせたまま、不敵に口角を吊り上げる。

 「キシャァァッ!」

蜥蜴人が甲高く叫ぶと、市街を取り囲む水路から透明な蜥蜴たちが何匹も這い出して来た。
人の腕の長さほどの蜥蜴たちは、全身が透き通っており、体内には血も骨も内臓も見られない。
その数は総勢で二十を超え、跳ね回る毬兎の行く手を塞ぐにも充分な数。
彼らは己の体より狭い川岸の木柵に体を押し込み、その隙間を水のように擦り抜けてゆく。
市街地に入り込んだ透明な蜥蜴たちは道を走り、壁を登り、フレイムモラランに近付くと一斉に飛び掛かった。

543フレイムモララン@珍獣:2017/08/02(水) 01:32:58 ID:W2TOr5cw0
【炎毬兎の駆除・7/9】

(・∀・)止めるわさ、染められるまま何色にも染まる、心なき石竜子たちよ

【何匹もの水蜥蜴に取り付かれ、自由を奪われたフレイムモラランは屋根から墜落する】
【頼みの炎の息吹を吹きかけても、蜥蜴の肉体は焦げ付くことすらない】

ぼへえぇぇっ……!(・∀・)

544ギルム@蜥蜴人の私兵:2017/08/02(水) 01:34:07 ID:W2TOr5cw0
【炎毬兎の駆除・8/9】

 「確かに変わったものを見れた。
  この蜥蜴どもは飼い慣らした戦獣なのか?」

透明な蜥蜴を触りながら、アドゥに問い掛けても先輩兵士は曖昧に笑んで応えない。
水を固めて出来たかのような水蜥蜴には弾力があり、ひんやりとした冷たさを指先に感じる。

 「こちらの厄介者はどう片付ける」

ギルムは透明な蜥蜴たちにへばりつかれ、身動きの取れないフレイムモラランをしげしげ眺めた。

 「見た所、証明札の類はない。
  戦獣や騎獣なら、しっかり調教されてるはずだ。
  愛玩用でもないとすれば、食料として輸入したものか?
  まさか、こいつが水路を泳いだり、飛び跳ねて来るわけもあるまい」

市街地を囲む水路は幅広で、街側に木柵が聳える。
野生の獣では越えにくい構造だ。
各所の橋にも番兵がいるので、モラランが突発的に入り込む可能性は低い。
十中八九、市街地に持ち込まれた同属から変異したものだろう。

 「そういえば、最近は関税逃れの為か、愛玩獣を食用と偽って街に入れる密輸業者も現れたらしい。
  モラランみたいな畜生を愛でるべきだのと何だのと、馬鹿げたことを言っているとか」

ギルムは槍の穂先で発光する毬状生物の頭を小突きながら言う。

545アドゥ@蜥蜴人の私兵:2017/08/02(水) 01:35:32 ID:W2TOr5cw0
 「あ〜、生魔物愛護団体とかほざいてる、頭の茹ってそうな連中のことか?
  密輸目的ならまだ分かるんじゃが、善意でやってるなら狂気としか言えんのぅ」

生魔物という単語は、カフェ"Chateaubriand"のマスターが作った造語である。
常識で考えれば、生魔物愛護団体の成立は生魔物という単語が作られて以降。
そして、"Chateaubriand"には"モラランふれあいコーナー"という、徒にモラランへの愛護精神を育む場がある。
以上の点を突き止め、そこから類推すれば、当該団体の発祥地も容易に推測できよう。
それが酔狂な愛護団体なのか、愛護精神を隠れ蓑にした密輸業者なのかまでは不明だが。

 「騒動の元凶には、ツケを払わせなきゃならん。
  こいつは生かしたまま屋敷へ連れ帰るとしよう」

槍を収めたアドゥが先輩風を吹かせて言う。
バハラマルラの住民は全体的に温和な気風を持ち、彼らの観測範囲でも揉め事を嫌うものは多い。
政府に引き渡して調査を任せたとしても、結果を期待できるかは怪しいところだ。
もちろん、彼らが厳しく尋問しても、常に錯乱したような害獣が真面な受け答えをするとは限らない。
モラランたちは人真似をして人語も喋るが、高い知性を持つわけではないのだ。

 「さぁて、それじゃそろそろ行こうかのぅ……シャー!」

水蜥蜴たちに火吹き害獣の護送を命じると、アドゥは騎鳥の首を南に向けた。
ギルムもそれに倣い、二人組の兵士は共に雇用主の元へ戻ってゆく。
かくして、しばしの混乱が生まれた街区も無事に平穏を取り戻した。

【炎毬兎の駆除・了】

546名無しさん@避難中:2017/08/02(水) 01:38:05 ID:W2TOr5cw0
治安の良いはずの街がずっと混乱してるのもアレなので、とりあえずスレをニュートラルな状態にしておこう。
と思ったら規制されてしまいました……。

Burned BBQ (proxy60)だから、6レスカウントの規制でもないはず。
1時間待っても解除されないので、とりあえず残りはここへ置いておこうかな……。

547名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 22:56:19 ID:vZP18RN60
バハラは舵取り役もいないし休止は致し方ないか。
あそこは大きな目的を作り難い、対立構造の非推奨、土台が曖昧と、描き難い条件が揃ってはいる。
背景となる基礎部分が設定されなかったのは、おそらくPCたちが他者の自由度を侵害しないようにと考えた結果なのだろう。
現地事情に通じないキャラ設定も、街の設定を積極的に描かなかった理由なのかもしれない。
NPCが独立して存在する形式も、精神的にNPCを自レスの中へ組み込み難くした可能性が考えられる。

PCが決めない……とはいえ、NPCがPCを差し置いて世界観の根幹を決めるというのは、やはり望ましくない。
なので、色々と考えても投下はしなかったけど、ここなら別に良いかな。
現行及び後続PCのタスクを奪うようなことも、もうなさそうだし。

NPCが気の向いた時にレスするようなスレもいい、と言ってくれているPCもいるけど、
自分で立てたスレではない訳だし、コンセプトに沿ってない使い方は、やはり迷うところ……。

548名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 22:58:14 ID:vZP18RN60
●バハラ列島通史
【神代】
・真獣が自然や精霊で満ちた大地トゥリズを創造し、己の眷属たちを住まわせる。
・真獣と外なる神の間で激戦が起こり、広大な大陸は千々に砕けて無数の島嶼と化す。
・大戦で傷ついた真獣は暃陵(ひりょう)の地ンディナカイムに去り、神代が終わりを告げる。

【原始】
・真獣に代わり、聖獣たちが同属の庇護を行う。
・獣類と獣人類を中心とした血縁社会が列島各地に出現して、小規模な集落が作られる。
・舟が作られ、列島間での移動が発生。

【古代】
・近縁の獣類と獣人たちによる部族制社会が成立。大集落ごとに力や知恵のある聖獣や獣人を族長として戴く。
・多くの村は真獣からの託宣を受ける神権社会であり、族長たちも真獣から譲られた魔法を操る。

【中世】
・複数の種族を擁して強大化した幾つかの部族が、王制へ移行。
・人類的な都市国家の形成に伴い、獣人と聖獣の意識に乖離が発生。
・聖獣たちの多くは人類社会から離れ始め、辺境に獣類中心の領土を築く。
・富を巡る戦乱と分裂の時代。獅子人族のバハラーディヤ大王が獣帝を名乗る。
・それまで様々な呼ばれ方をしていた列島群が、帝国名に因んだバハラ列島で定着する。
・バハラーディヤ帝国が始めた統一戦争を人族のマールラップ王国が阻み、戦国の時代も終了。

【近代】
・船の大型化による貿易の隆盛から市民層が台頭。大陸式の制度や文化・宗教・魔法などが多く流入する。
・マールラップ王国が王制廃止。首都をバハラマルラと改称して評議会を置き、九人長官制で国家運営を開始。
・有力豪族が持ち回りで長官を選出する共和制が形成され、祭政的な制度も衰退してゆく。
・北方のノルディア大陸からの侵攻、イジェルカンド王国が列島北部の島嶼群を占拠。住民を拉致。
・海外の脅威が認識され、バハラマルラを盟主とする都市国家連邦が成立。
・バハラ連邦軍が列島北部の軍を退けた後、イジェルカンドとの和平交渉が成立して全島返還。

【現代】
・数十年の安定期間を経た繁栄期。
・ノルディア大陸南東のブリティウム帝国がバハラ列島との交易を開始。

549名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 23:00:27 ID:vZP18RN60
●人々の世界観
原古には無限の海が広がり、他は太陽と月と暃(ひ)があるのみであった。
一つの空に三つの光が輝いていた時代、異なる光が合わさった中から真獣が生まれる。
太陽と月と暃の子である真獣は、己の血を海に滴らせ、それが固まって大地となった。

ある時、太陽と月と暃は、誰が最も強く輝けるのかを争う。
三者の争いは太陽が勝ち、月と暃は太陽から隠れて、昼と夜、現世と幽世とが分かたれた――。

地域によって微細な違いはあるが、以上がバハラ列島に広く分布する原初神話である。
世界の構造に関しては、多くの人々に平面だと信じられている。
海の端については、高い氷壁があるとも、巨大蛇に取り巻かれているとも語られる。
あるいは、無限に広がり続けていて果てなどない、とも。

実際には、世界が平面だと地平線や水平線の存在に不合理が発生する。(平面なら遠方は霞む)
その場合は地球と異なる自然法の存在、もしくは結界などで遠方を見通せないと説明すべきか。

●人々の死生観
死者は暃陵(ひりょう)――この世に存在しない丘――ンディナカイムに行く。
そこは太陽や月でなく、往古に消えた暃の光で照らされているという。
具体的な位置については地底、天上、海底、異界など、諸説あってはっきりしない。

また、溺死や事故死や刑死の場合はンディナカイムでなく、別の異界に赴くとする文化も存在する。
死後の生活は生前の継続とされる時代があり、貴族は現世と変わらぬ生活を送ろうと陵墓の副葬品を豪華にした。
トレジャーハントと称した墓荒らしが成り立つ理由でもある。

550名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 23:04:46 ID:vZP18RN60
●種族の定義
全ての獣類や獣人たちの始祖であり、バハラ列島の創造者であるものを真獣と呼ぶ。
それは百獣の要素を一身に持つ獣とも、千に化身する獣とも伝えられる。
列島の各地には、己に近しい姿の真獣像を造って信仰する部族も数多い。

聖獣は真獣の最初の子たち。
虫や鳥や魚の姿でも聖獣と称する。
強い力を持つ彼らは人里離れた各地に独自の領土を持ち、獣たちの王として畏敬される。

魔獣は世に甚大な害を齎す獣たちで、神代に封じられた獣、その子孫、海外渡来の猛獣など種類は様々。
妖獣は何らかの要因で妖力を得た獣。(魔獣や獣との境目は曖昧)。

獣人は獣の要素を持つ人類。
猿類の獣人は猿人、鳥類の獣人は鳥人、魚類の獣人は魚人と呼ぶ。
半獣人は獣人と人族のハーフで、人族をベースに獣のパーツがついているといった風貌。

亜人は獣人や半獣人でこそないが、人類と見做される種族たち。
エルフ、ドワーフなどの獣の要素を持たない妖精、妖魔など。
バハラ政府の定義では、人族の縮尺が違うだけの巨人や小人は亜人でなく人族の範疇に含む。

精霊は地水火風などの元素で構成される非実体的な知性体。
彼らは自然現象の担い手であり、システマティックな存在。
魔法的な盟約を結んで強引に従わせることはできるが、破約した時は即座に支配下から離れる。
何らかの代償を対価に盟約を結んでいた時は破約と同時に取り立てられる。交渉や妥協は通じない。

我々の世界でホモ・サピエンスに相当する種族を呼ぶ時は、人族という固有名詞を使う。
人族は無毛猿の獣人という説もあるが、神代の列島にはいなかったともされ、よく分かっていない。
大陸からの来訪説では、文字の無い原始時代に列島への定住を始めたとするのが一般的。
土地によっては、獣人たちに富の喜びを教えた魔的な誘惑者/妖魔的な扱いなどもされる。
ただし、人族は他の獣人との間に子供を作れることから、やはり獣人の一種という見方も根強い。
真実はともあれ、バハラ連邦では人族や小人族や亜人、半獣人、獣人の全てを人間/人類と定義する。

551名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 23:07:54 ID:vZP18RN60
●魔法の歴史
真獣は幽世に去ったが、古代から列島の住民は祭祀を通じて大いなる祖先と意思を通じ合わすことができた。
彼らの祈りはンディナカイムに届き、真獣は己の力の一部を現世に送り込む。
その力は、世界を構成する理法/自然法を歪める魔法として現れる。

真獣魔法の習得方法は真獣を祀る儀式を行い、忘我の中で真獣から力を譲ってもらうこと。
特別な儀式を行わずとも、夢の中で真獣の精神と同調して、突発的に覚醒するものもいる。
どのケースであれ、真獣魔法を得るには真獣に認められなければならない。
また、真獣魔法は与えられると共に禁忌(タブー)を課され、破約を行えば力を喪失する。

歴史の初期では族長の一族たちが真獣魔法を占有していた。
やがて、外敵との争いが増えるにつれて、戦士階級も真獣と接触するようになり、真獣魔法が一般にも浸透する。
獣人以外の種族は精霊信仰を持っていたようだが、文字の無い時代なので詳しくは分からない。

中世は戦いの時代であり、魔法の最盛期でもある。
戦士階級の真獣魔法使いたちは、戦乱時代の各王国で要職を占めた。
魔法使いを多く輩出する種族こそ、高い社会的階級を持つ時代となったのだ。
真獣への祭祀は常に行われ、戦士階級以外の真獣魔法使いも量産された。

近代には海外からバハラ列島へ異質な文化の数々が入り込む。
今までは獣人や聖獣が独占していた魔法だが、この時代には人族や亜人の魔法使いも増えてゆく。
また、異国由来の病癒の術が発展し、真獣魔法には見られない種類の施療魔法などは特に広まった。
真獣から魔法を授与されない者たちにとっては、学習で習得可能な異国の魔法は魅力に映ったのだ。

とはいえ、自らの祖である真獣への信仰が廃れたわけではない。
現代のバハラマルラでも、真獣魔法の使い手は真獣と意を交わすものとして尊崇を得られる。
対して、異国から来訪した魔法の使い手は、伝統を重んじる保守層からは不審の眼で見られるようだ。
都市の治安を司る槍の評議会も、彼らの所在や力の把握を試みたいようで、異国の魔法使いの調査は頻繁に行う。

●宗教
真獣信仰を主とするシャーマニズムが、古代以来から広い範囲で普及している。
その主な担い手である真獣魔法使いたちは、神官と戦士と指導者を兼ねたような立場として見られる。
正式な聖典が存在しないせいもあってか、教条主義や狂信性とは無縁で、総じて他の宗教にも寛容。
伝承も相互に矛盾する逸話が少なくないのだが、列島の人間はあまり気にしていない。
近代には海外からラグズ教やナシュラータ教なども入り込む。

ラグズ教は一神教で、ラグズとは神に従う者の意。
預言者イスマエルが唯一神の啓示を受けて創始したという。
一神教なので他の神の存在は一切認めず、真獣も悪魔的な存在として見做される。
この宗教には、人族こそが万物の霊長という概念が存在する。
獣人や亜人は人間と称されず、人族のみを人間や人類と呼ぶ。
同大陸では、人族は神の似姿として創造された種族とされ、人族の獣人説は冒涜的な迷信として忌まれる。
人族は自然の上位に立つ種であり、動植物や鉱物は利益のために搾取しても正当化されうる資源と見做す。
また、唯一なる神の使いとして人族に翼が生えたような天使という存在が伝わる。
彼らは真獣と敵対し、神代のバハラ列島を襲ったという。
古の伝承からラグズ教は獣人たちに忌避されているが、人族の間ではそれなりに普及している。

ナシュラータ教は多神教で、神々が住まうというナシュラータ天山が由来。
様々な神と宗派を持ち、人型の神もいるのだが、バハラ列島では獣形の神々の人気が特に高い。
彼らナシュラータの獣神たちは、土着の真獣信仰と融合して真獣の兄弟姉妹とされた。
実際のところは全く関係ないのかもしれないが。

552名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 23:10:10 ID:vZP18RN60
●列島の地理
真獣に創られし大地、トゥリズが神代に砕けた結果、大小無数の島が海上に点在する。
バハラ列島は島々の配置構成が全体として「く」型に近い。
最大の島であるバハラ島は列島中央の西海域に浮かび、幾つかの都市国家を擁する。
気候は熱帯雨林気候〜亜熱帯湿潤気候などで、暖かな雨季と暑い乾季を持つ。

●列島外の地理
海を越えた列島の北部にはノルディア大陸があり、バハラマルラから約二ヶ月の航海で到達する。
そこは広大無辺の大地であり、砂漠性の気候から寒帯の地域までも含む。
数々の種族と国が割拠し、文化や宗教も多様。
大陸南方のイジェルカンド王国、南東のブリティウム帝国などが列島と接触している。
なお、海外への貿易や渡航には政府の許可が必要。

●バハラマルラの地理と人口
都市国家バハラマルラはバハラ島の北域と南域の中間に位置し、東は海に面した港湾。
西からはロガロ河の水が街へ向かって流れ、下流でデルタ地帯を形成し、市街を取り囲む天然の濠と化す。
ロガロ河はデルタ地帯外部の農村地帯でも農水路として活用されているようだ。
バハラマルラ国の周囲は森林や丘陵の多い地で、国境付近では部族制の辺境村落などが見られる。

人口は市街地に住むのが約十万人。
周辺に散在する数十の農村漁村や、小集落を含む総人口は都市の3〜4倍程度。
市街地は面積を100ha〜200haほどとすれば、徒歩での横断は20〜40分くらいが妥当か。

●バハラマルラの政体
大農園所有者や豪商、真獣魔法使いなど有力氏族による共和政体。
国名はバハラマルラ共和国ではなく、単にバハラマルラ国と呼ぶ。
行政機関としては三つの独立した評議会があり、九人の長官(ラデン)で国政を運営する。
ただし、祭礼を司る役職だけは長官でなく祭師(スフン)と呼ばれ、必ず真獣魔法使いでなければならない。

 秤の評議会……財務/農政/建築など、都市運営の物質的部分に関わる。
 筆の評議会……司法/外交/祭礼など、都市運営の精神的部分に関わる。
 槍の評議会……軍事/治安/運輸など、兵力が必要な業務の全般を司る。

長官の選出は氏族間の力関係で決まる。任期は三年だが再選も可能。
副官や属吏は長官が選び、選挙や公募の類はない。
長官たちを呼ぶ時はラデン・ルアサンガやラデン・シャトーブリアンなど、称号/名前の順となる。
政庁は都市南東部に位置して海を臨む旧マールラップ王国の宮城、カラン宮殿。

なお、バハラ連邦とバハラマルラの政府は別である。
バハラ連邦は都市国家単位の連邦制で、その構成員は各国の元首たち。
評議を行う際には、カラン宮に各国の元首を招く。

周辺農村地帯の外側に当たる狩猟採取民の村落は、中央政府の統治も及び難い。
従って、その付近では伝統的に現地の族長たちが司法行政権を持つ。

553名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 23:11:37 ID:vZP18RN60
●言語
バハラ列島には数十の言語があるものの、諸言語間には方言程度の違いしかない。
公用語や標準語に近い扱いなのは帝国時代に広まったバハラ語で、現在も列島の各地で一般的に使う。
本来はバハラ語も異界言語なのだが、それでは読む際に不便なので日本語として表現する。

大陸からの外来言語は列島語とは体系が違うので、基本的に外国人とは会話できない。
ただし、大陸語を使う人々も列島に入り込んで数世代は経つので、覚えやすい単語くらいは普及している。

通常の獣類は人語を用いないが、知能の高い妖獣や魔獣の中には人語で会話する種もなくはない。
モラランのように知能が低いながらも、人真似をする種族もいる。
また、真獣魔法を使う者同士や精神感応を使うものならば、種族や言語が違っても意思は通じる。

●名前
・名前1
・名前1/名前2
・名前1/名前2/名前3
・名前/姓
・名前1/名前2/姓

……など、バハラマルラでの住民の命名則には様々なパターンがある。
古くは名前一つだけだったのだが、人口増加につれて重複が多くなったためだろう。
名前を連ねるパターンは、概ね親や祖父の名を使う。
名前一つだけの者はニアズ村のゼム、東風のゼム、木工のゼムなど、出身や綽名などで同名異人と区別する。

●建築
木造で茅葺きの家が伝統的な工法で、日差しが強くても屋内は風通しが良い。
近代からは大陸風の石材や煉瓦の建造物も多く見られる。
都市外の村々でも、やはり豊富な森林資源を生かして建物を作る。
土の塚を築く種族や、石窟に住む種族、樹上を居とする種族もいないではない。

554名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 23:13:32 ID:vZP18RN60
●服飾
バハラ列島の服飾は、大きく三系統に分かれる。
一つ目はノルディア大陸由来の文化である洋服や胡服。
これらは人体の形に合わせた衣服なので動きやすいが、人間型以外の種族には合わないこともある。
現在は洋服も広く普及しており、多くの国で都市住民が纏う。

二つ目も異国由来の華服や和服(※1)。
これは前者の洋服とは違い、ノルディア大陸西端のスイ(隋)国から伝来したものである。
前が割れていて、前を合わせて着た後に帯を締める着装。要するに着物である。
体型に左右されず長く使えるのだが、着用者はそれほど多くない。

三つめは巻衣。
大型の一枚布を巻きつけたり、掛けたり、垂らしたりして出来上がる衣服。貫頭衣形式もある。
古来からの自然発生的なものであるので広く普及しており、愛好者も多い。
色鮮やかで刺繍の施されたものも少なくなく、地域によっては刺繍や巻き方で階級を示すこともある。
腰周りにのみ衣料を装着する場合は蛮衣と呼ぶ。
かつての住民たちは裸体を晒すことを恥と考えず、温暖湿潤な気候から腰布のみの恰好もメジャーであった。
だが、大陸文化が流入するにつれて、半裸で腰を覆うだけの格好は蔑みのニュアンスを加えて蛮衣と呼称された。
やがて蛮衣は下層民の服装とされるが、亜人や獣人や未開部族の中には今も蛮衣を纏うものが少なくない。

それ以外の服飾文化としては、一部の種族が葉や枝や魚鱗などを衣服替わりとするようだ。
また、少数ながら服飾文化を全く解さず、完全な裸体を保つ人型種族もいる。
その場合でも、血と肉を持つ種族であれば、泥などを塗りつけて肌を保護するケースが多い。
毛皮を持たない人型種族たちが裸体で都市に現れることは滅多にないが、立ち入ってしまった時は混乱や諍いを生む。
逆に、それらの種族の勢力圏へ人間が立ち入ってしまうと、こちらもトラブルになる。
常に服を纏う人間型種族は裸体種のテリトリーに侵入した場合でも脱衣を拒むので、不審な目で見られるのだ。
武装に関しては、金属鎧は気候や文化から好まれない。

※1
「和」という語は便宜の為に翻訳した際の当て字であり、日本の古名である倭・大和を意味しない。
「洋」も外国との意を持つ別世界語の単語を、翻訳の際に漢字として変換しただけである

555名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 23:14:56 ID:vZP18RN60
●税制
税は夏秋の二度、政府へ納税する。
納めるものは穀物や現金、材木、布、金属など、営む業種によって違う。

商売をする場合は、行商でも店舗でも売買税が課税される。
関税も存在していて、港湾や国境を通過する品には一割程度の税がかかるが、食料だけは必要ない。
魔法的な物品に関しては、輸出の際にも関税がかかる。
その他、船舶や馬車の登録など税が必要なものは少なくない。

実際の徴税事務に当たっては、秤の評議会に委託された徴税人が行う。

●兵制
現在のバハラマルラは傭兵制を取り、徴兵は行われていない。
人員を集めるのは槍の評議会で、能力に応じて市街の治安維持、国境周辺の監視、輸送警備などの任を割り振る。
国境周辺の防備などは魔獣や妖獣も相手にするので、それなりの腕を持っていなければならない。

官兵の他にも各村落で編成した自警団や、商人や豪農が個人で持つ私兵なども存在する。
とはいえ、都市民の多くは国防が職業軍人頼りで平和も長いため、軍事に関しては無関心。

●奴隷制
中世には捕虜を奴隷とすることは珍しくなかったが、長く戦争が起きていない現在は奴隷制も廃れている。
ただし、列島全ての国で皆無なわけではなく、バハラマルラでも犯罪者に労役を科す場合がある。
人族中心主義の海外国家へ目を向ければ、獣人の権利は総じて高くない。
それらの国々は密かにバハラ列島の各地で奴隷調達を行っているようだが、規模や実態は不明。

●結婚
バハラマルラの人間は総じて早婚である。
人族を例に見れば、十代半ばで結婚して二十には数人の子を儲けているケースも珍しくない。
平均寿命の短さや幼児死亡率の高さが、全般的な早婚の原因と推定される。
富裕層の結婚も氏族間の結びつきを重視するため、やはり若くなる傾向が強い。
とはいえ、種族間での成熟度にはかなりの差があるので、具体的な結婚可能年齢というものは決まっていない。
婚姻する際は、対価として男側から女側へ結納金を支払うのが一般的。
自由恋愛からの結婚はそれほど多くなく、大抵は経済力が優先される。

一夫多妻制は認められており、夫人全員の同意があれば新たな妻を迎えるのも可能。
逆の一妻多夫は法でこそ認められていないが、一部の鳥人族などは公然と行う。
乱婚や近親婚、レビラト婚、ソロレート婚は一般的でないが、絶対数の少ない種族の中には見られる。
このように、各種族独特の習俗も、ある程度は尊重されるようだ。
ただし、掠奪や売買による婚姻は禁じられ、法で罰則も科される。

異種族間での結婚に関しては、忌避感を持つものが少ない。
バハラ連邦の盟主という立場から、人種の坩堝なのが原因なのだろう。

556名無しさん@避難中:2017/09/08(金) 23:15:53 ID:vZP18RN60
●通貨の歴史
現在の通貨単位、マルラはバハラマルラの前身であるマールラップ王国に由来する名称。
連邦政府発行の紙幣に加えて各国の独自貨幣もあるが、種類に拘わらず単位は全てマルラ(м)。

 紙幣――政府発行の券。連邦内の全てで使用可能。
 金貨/銀貨/銅貨――金属貨幣。バハラ連邦に属していない国などが採用。
 貝貨――七色貝の貝殻。紙幣を好まない辺境諸島群などで使われる。
 珠貨――天然石や真珠のビーズを紐で繋げ、数珠のような形にした貨幣。

紙幣や金属貨幣は大陸由来であり、歴史は浅い。
その為、部族制社会には不信があるようで、都市を離れれば近代以前から使われる貝貨や珠貨が未だに現役。
知性の高い獣類も何某かの通貨を持つようだが、例によって詳しくは不明。

貨幣価値についても参考程度に考察する。
ココの実一杯分の牛乳は10マルラなのは確定。
椰子(ココ)の実の中に詰まっているジュースを平均800ccとして、
国際金融情報センターの出す牛乳の各国の平均価格からマルラを円換算すれば以下の通り。

 インド:1マルラ=6円
 オマーン:1マルラ=6円
 アメリカ:1マルラ=8円
 インドネシア:1マルラ=10円
 オーストラリア:1マルラ=13円
 日本:1マルラ=17円

インド基準だと、牛乳1Lは78円、石芙蓉茶1杯は600円。
オーストラリア基準だと、牛乳1Lは166円、石芙蓉茶1杯は1300円。
とは言え、酪農や流通の規模を考えると牛乳価格だけでの単純比較も出来ない。
牛乳屋で殺菌やパック詰めをしていないとなれば、人件費を割り引く必要もある。
さらには魔法の有無や規模、神秘か公知かなどが不明な段階では、文明レベルや社会インフラの程度も設定し難い。
魔法での運輸、酪農技術の発展度合も牛乳価格に影響を与えるだろう。
つまり、上記の考察は全く物価の参考にならない。

ただ、個人的には1マルラ=10円が覚えやすいように思う。

557名無しさん@避難中:2017/09/09(土) 09:38:54 ID:gkfc86S20
うおーなんかすっごいのがきた

558水鉄砲使い:2017/09/13(水) 23:00:34 ID:GcM95Mww0
>>547
すごい設定集乙! 文化人類学とか勉強してそうだな、と思った!
国王とかNPCでネタ振りしてくれてた人かな
南国で繰り広げられる2人+1匹のあのゆるゆるした(?)生活、とっても好きだった
休止はひとえに相方が消えて我に単独で続けるだけの技術も根気も無いことに所以する
時々覗くので対面進行でもやりたいという奇特な人が現れればいつでも再開は可能だ
独り言もOKなぐらいだし住民の動向やエピソード等は本スレでいいと思うけど
設定の投下は気が向いたら使ってください的な扱いでこちらで正解だと思う

559名無しさん@避難中:2017/09/16(土) 23:59:45 ID:cfm/rank0
上の方の設定は、ウィキペディアなどの色んなサイトやブックオフの(安い)本が主体なので、これといった勉強はしてません……。
書いてて思ったのは、ファンタジーで中世ヨーロッパ風(に似たJRPG)以外の世界観を構築しようとすると、検索コストが高いなということ。
特に南洋系はウェブ上に溢れてる中世ヨーロッパの情報と違って見つけにくく、それっぽくするのも苦労しそう。

本スレは長期稼働PCが二人とも記憶喪失の異界人という、主体的に動き辛く、かつ現地事情にも通じない設定。
となれば、街を描くには現地人のPCが入るか、NPCを使うしかない。
……が、私は街の住民を描くには、まず最初に街の設定(政体や魔法の有無や認識など)を構築してからでないと難しい。
土台となる基本設定が無い状態では、何も背景がないキャラや、その場限りのキャラしか動かせない。
ジワリジワリと設定を作ってゆくという方針が私にはあまり合っていないのでしょう。
そして、NPCはPCの出した1を2にするのはセーフだけど、0から1を作るのはアウトというスタンスなので、
NPCも踏み込んだことはしておらず、さして役には立ってない。
(後、キャラを動かすのもあんまり得意ではない……)

この辺りがスレに発展性を欠き、相方さんの消えた理由にも繋がっているような気もします。
つまり、白紙の本は書き込む余白が多いものの、白紙の本自体は読んで楽しいものではない……というような。
まあ漂流者さんのいない状態で続けるのも……という感じはわかりみが強いので、ひとまず本スレは揺り籠の中で眠らせておきましょう。
「独り言もOK」とあってもPCのソロプレイ、名無しの呟きなど、複数の解釈が出来て、やはり少し踏み込み辛いので……。

560名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:05:24 ID:ffOpzOSk0
【市場の様子・1/2】

バハラマルラの市場は、朝から夕方まで常に喧しい。
値の交渉をする買い手、商品の宣伝に勤しむ売り手、商家に向かう荷運びたちの掛け声、役畜の嘶き。
子供を叱る老人やココの実を売り歩く少年の声などなど、喧騒は様々な人と獣の声で作られていた。

この南国の街で交易に従事する者は多い。
無数の島嶼から成るバハラ列島は、単独で全ての生産を賄えないからこそ、交易業が発達してきた。
船を通じて運ばれた南方の物産は港で荷下され、倉庫の品々と入れ替えられて北へ向かう。
同様に北からの貿易船は南へ。

各地の物産は簡易屋根を設えた市場に並べられ、場所を取れなかった商人は道端に露店を広げる。
野菜や果物、衣類、家畜、食器に楽器、服飾品まで、おおよそ揃わない生活用品はない。

この南北の品々と文化が集う市場を若い男が歩いていた。
サイムサーム。バハラマルラで生まれ育った人族で、富裕な貿易商人の子息だ。
ゆったりとした青い巻衣で褐色の肌を覆い、頭の黒髪には日差しを避ける為の白い布を巻く。
彼は歩きながら左右の商品台に瞳を向けつつ、目ぼしいものを値踏みしていた。

 「これはサイムの若旦那。
  また目利きの腕を磨きにでも?」

サイムサームは不意に横合いから声を掛けられた。
話し掛けてきたのは山猫人族の茶商、ラスードディク。
何度か父親の店を訪れており、取引をしたこともある相手だ。

 「久しぶりだな。
  今日は何か良いものを仕入れたか」

 「ええ、南北の佳茶から大陸産の高級茶まで取り揃えました。
  その味わいは最高の蜂蜜や年代物の美酒に勝り。
  芳しい香気は百花の森を閉じ込めたよう。
  きっと、旦那もお気に召すでしょう」

短躯の茶商は済ました顔で言う。

 「お前のお勧めは?」

 「大陸西域で産する雪片螺針です。
  香りは夜風に晒された五彩の花の仄かな甘さ。
  一杯飲めば、身体を冷やして暑気を取り、血の流れも良くします」

561名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:07:29 ID:ffOpzOSk0
真新しい紙包みが開かれ、清涼な芳香が辺りに広がった。
自慢げに差し出されるのは、捻子巻くような形の白い茶葉だ。
サイムサームが試飲をしてみると、臓腑が清流で洗われたかのような心地良さを感じた。

 「値は?」

 「品質を考えれば5000マルラほど頂かなくては」

 「それでは売り損なうのではないか。
  物が良くても、4000を越えれば売れまい」

 「いいえ。
  幸いにも上得意が出来まして」

 「長官か祭師の誰かか?
  だが、あいつらは贅沢好きで飽きっぽい。
  前に売れたからといって、次も売れるとは限らないぞ」

ケチを付けるが、内心では気に入ったもののせいか、やや上ずった声が出る。
当然、ラスードディクも買い手の心を容易く見透かす。

 「雪片螺針は数年も熟成させれば香りが濃くなり、味も繊細さを持ちます。
  そうなれば値段は倍となりますので、急いで売る必要などはありません」

サイムサームの顔が僅かに紅潮した。
茶商の品を値切るつもりだが、全く押し切れない。
その後も数分は粘るが、押しても引いても手応えがなかった。
商いの道に関しては、相手の方が遥かに上手なのだろう。

 「仕方ない、参った。
  そちらの言い値で買うよ」

諦めたように言うと、茶商も薄く笑う。
立場が逆なら、一割くらいは値引けただろうから。
もちろん、そのようなことはおくびにも出さないのだが。

 「若旦那、適切な値段で物を売り買いするのも、一流の商人には必要なことですよ。
  値切っても、必ずしも得をするとは限りませんからね。
  特に腕の良い職人を値切ると、彼らは普通に質を落として来る」

 「なるほど、覚えておこう」

交渉を終えるとサイムサームは大陸産の銘茶を小袋に仕舞い、大事そうに抱えながら市場を去った。
それを暫く見つめていたラスードディクも、すっと笑顔を消して雑踏の中へ消えてゆく。


【市場の様子・了】

562名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:19:36 ID:ffOpzOSk0
【森の紅玉を求めて・1/14】

暖かな風が枝葉を揺らす森を一人の男が歩いていた。
彼の輪郭は細身の人型であったが、肌は赤茶の鱗で覆われ、蛇の頭部を持つ。
服装は暗黄色の巻衣を纏っており、樹皮のサンダルで落ち葉を踏み締めている。
この男、ラアルサンプは蛇人族の薬師で、今は薬の原料を探すために僻地の森まで訪れていた。

バハラマルラの国境を北西に越えた地帯は、シュラフニ(百鳴の森)と呼ばれる大森林だ。
南国の強い日差しと豊富な雨に育まれ、この森の樹群は七十ル―トル級の高さを誇る。
無数の枝葉に遮られた最下部の林床は常に薄暗く、蛸足のような巨木の杖根やシダの繁茂が目立つ。
湿度は極めて高く、じっとしているだけでも汗ばむほどだ。

 「……ここもか」

林床に立つ蛇人が見つめるのは薄闇に覆われた大地。何かを掘ったような跡だ。
スコップを使った綺麗な掘り跡は、この森の植物を採取した跡だろう。
濃厚な土の匂いに混じった僅かな刺激臭が、今はそこにない植物の存在を教えている。

 「この辺りの火雫草も取り尽くされている。
  薬種になると知らねば、それも仕方ないが……。
  しかし、根まで採ってゆくとは栽培でもするつもりなのか」

ラアルサンプは苦い顔で溜め息を吐く。
彼の探す火雫草とは真紅の種を実らせ、赤い花を咲かす植物だ。
その種は北の大陸で香辛料として珍重され、高い換金性が知られてからは、森の紅玉とも呼ばれる。
市場で同量の銀と取引きされているのを見れば、近場の群生地が乱獲されるのも当然といえよう。

563名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:24:13 ID:ffOpzOSk0
 「北の大陸で赤膚病が流行り始めたのは三ヶ月前。
  となれば……もはや、いつバハラマルラまで来てもおかしくはない」

認識を明確にしたことで、ラアルサンプの心で焦りが滲む。
彼が口にした赤膚病とは体を腐らせる疫病だ。
罹患すれば皮膚に赤い斑点が浮かび、全身に広がりながら肉を腐らせてゆく。
悪疫は体内に瘴気を生んで外部からの魔力を阻害するので、魔法による治癒も目立った効果がない。
死後に赤く爛れた骸が残ることから、別名は赤屍病。
ノルディア大陸では死神のように恐れられているが、バハラ列島ではあまり知られていない死病だ。

だが、この不治の病の治療法をラアルサンプだけは知っている。
かつて他国で宮仕えをしていた医官時代、死刑囚を使っての薬効実験で発見したのだ。
それで残虐で胡乱な医術を行っていると讒訴され、国を追われることとなってしまったが……。

 「悪評で追われて尚、薬師を続けているというのも滑稽な話だ。
  いや、これしか食っていく術がないだけか……」

自嘲を吐き捨てると、薬師は森の奥に視線を移す。
先を見通せない暗緑色の前では、眼窩から極彩色の花を咲かせる髑髏が転がっていた。

 「あの辺りから先が聖獣の領域か。
  村の話を信じれば、骸は警告の見せしめかもしれないな。
  やはり、不用意に足を踏み入れないほうが良いだろう」

目当ての薬種は、シュラフニの外側を隈なく探しても見つけられない。
手に入れようとするならば、危険を承知で禁足の地へ踏み入れるしかないだろう。
そう結論付けると、まずは街まで戻って人手を募ろうと考え、ラアルサンプは踵を返す。

 「……そういえば、馴染みの店にも狩人はいたな」

564名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:30:30 ID:ffOpzOSk0
蛇人の薬師は森林地帯を抜けると、一昼夜を掛けて南東へ歩き続けた。
やがて農村地帯へ至ると、彼は街道に面した店へ入ってゆく。
Chateaubriand。牛乳屋を改装して開店したカフェだ。
経営者は男女の二人組で、素性は分からないが容貌からして異国人だろうと噂されている。
ただ、この辺りは交通の要衝であるためか農村地帯であっても閉鎖的ではない。
異国の主人であっても、店はそれなりに繁盛していた。
各テーブルでは肌を南国の色に焼いた半獣人や、毛皮も暑苦しい獣人たちが、茶や牛乳を喫している。

 「奴は不在か。
  もし猟に出たとすれば、二、三日は戻らないかもしれないな」

どの卓を眺めても探し人である虎人の猟師、ムディンガオの姿がない。
諦めてラアルサンプが店から出ようすると、一人の女が「いらっしゃいませ」と声を掛けて来た。
確かメルルと呼ばれる女給だったと、自身が店の常連でもある薬師は思い出す。

 「済まないが、店に張り紙をさせてもらって構わないか。
  薬種を集めたいのだが、採取地の危険度が予測できないので護衛を求めたいのだ。
  最初はここの常連の狩人を……とも思ったのだが、どうやら不在のようでな」

ラアルサンプはメルルに頼み込む。
護衛を募集すれば、それなりの知識や力量を持つ人物が現れるかもしれないと考えて。
都市と辺境の中間に位置する街道沿いの店には、様々な人物が立ち寄るのだ。

 「……」

要請を受たメルルは何も答えず、にこやかな笑顔を作るのみ。
互いに見つめ合ったままの奇妙な沈黙が続く。

 「あー……石芙蓉の茶を一杯頼む」

注文を頼むと、即座にメルルからは張り紙OKの応えが返って来た。

話題の少ない田舎では、変わった話が伝わるのも早い。
だから、張り紙を見た客から目当ての狩人へ話が伝わるのも、そう時間は掛からなかった。

565名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:35:38 ID:ffOpzOSk0
 「……ダメだ」

依頼内容を聞いた虎人(テインダクトゥス)の第一声が、それだった。
ムディンガオは黒縞の入った黄色い毛皮と隆々たる筋肉を持つ、若いながらも熟練の狩人だ。
彼は虎の獣人であり、人族の特徴が強い半獣人とは違って顔貌は虎のものである。
従って、纏うのが腰布だけでも違和感は少なく、周りの客も気にした風はない。
狩人は円卓の席にどっかと座りながら、薬師に向けて話を続ける。

 「聖獣の領域が不可侵ってのは、アンタも知ってンだろォ。
  だいたい、その死病ってのは本当なのか。
  薬になるのは森の紅玉だけってのもよォ。
  治癒の魔法を使う奴らだっているだろう?」

蛇人の薬師は首を振る。

 「この死病に魔法は無駄だ。体内に生じる瘴気が阻む。
  病んだ毒気を吸ってくれる火雫草も、シュラフニの周辺では草ごと採り尽くされていた。
  香辛料として同量の銀に等しい有様では、無理からぬことだが……。
  残る群生地は、まだ採取者たちが足を踏み入れてないであろう中心部しかない」

 「ハッ、、シュラフニの周辺に行ったって? よく無事だったな!
  あそこは外側なら安全ってわけでもねェのによ」

 「そうだったのか?」

 「これだから余所者は……」

 「話を戻すが、貿易商の話では三ヶ月前からノルディア南端で赤膚病が流行り始めたそうだ。
  大陸から列島までの航海は約二ヶ月。
  いつバハラマルラに疫病が流入してもおかしくない」

赤膚病の陰惨な症状についても説明がなされ、ムディンガオも考えあぐねたように虎貌を背ける。

 「……人と獣の領域は、長い時間を掛けて決めたもンだ。
  勝手に境界を越えれば、殺されたって文句は言えねェ。
  街に迷い込んだ害獣が、人の手で狩られるようにな。
  その慣習を破るってンなら、少なくとも評議会には話を通すべきじゃねェか」

 「バハラマルラの評議会が流れ者の私を信用するとは思えない。
  もし、お前が断るなら別の奴を当たるまでだ」

蛇人の薬師は、おもむろに話を打ち切ると席を立った。
行政や為政者への根強い不信ゆえである。

566名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:42:43 ID:ffOpzOSk0
数日後の早朝。
ラアルサンプは一人の同行者を伴って、シュラフニを目指していた。
森は幾つかの新しい花を咲かせ、僅かに前回の訪問時と姿を変えている。
ある花は幹から生え、別のものは枝や根に生え、もちろん地上から生えるものも少なくなかった。
色こそ様々だが、この森には筒形の花を持つ鳥媒花が特に多い。

花弁に黄青赤白桃の五色が宿る五彩花は、色無し蜂鳥のみを花粉の媒介に使う。
蛇木の花は螺旋に湾曲していて奥も深く、鳥頭蛇身のペルガ鳥でなければ入り込み難い。
石の硬さを持つ黒曜水仙の花蜜などは、細く長い嘴を持つ矢雀でなければ吸えない。
花弁の色と大きさは様々だが、どれも特定の鳥に最適化した形となっている。
送粉者の特化こそが、薬草・薬種の宝庫たる樹種の多様性を保持しているのだ。
しかし、森の民ならぬ薬師では、そこまでの因果関係は導けない。

 「五彩花は血の安定、蛇木の樹皮は創傷、黒曜水仙は精神の病に効く。
  少し、採取しておくか」

採取した鮮やかな花を手に取り、ラアルサンプはしげしげと見つめる。

 「こういった複雑な花筒は、他の動物を排除するような構造だ。
  獣同士が争わぬよう、真獣がそのように創ったという説明も聞くが……」

薬師の視線は下に落とされ、大地から生えた奇妙な草に移る。
それは鉤爪のような形の葉を持つ植物で、鷲掴みのような形でモラランを捕まえていた。
すでに獲物は半分溶けかけ、根本に赤い養分を滴らせてはいたが。

 「……それでは、なぜこのような食獣植物がいるのか。
  他にも樹洞に鳥を住まわせて虫を追い払う木もあれば、樹木に蔓を巻き付け宿主を絞め殺す植物もいる。
  バハラ列島を創造したのは真獣だと聞くが、どんな思考で万物を創ったのやら」

ラアルサンプは真獣と意を交わすことはできない。
医術を求め、獣性を遠ざける心が、百獣の創造主の意志を遠ざけるのだろうか。
薬師の疑問に応じたのは、うんざりしたような顔つきの同行者だ。

 「利ある相手と組み、害を為す奴はブッ殺すってだけだろ。
  動物も植物も変わらン。
  獣が草や種を食うなら、植物だって肉を食ったっておかしかァねェ」

結局、ムディンガオは聖獣の森に同行していた。
彼が生まれ育ったのは都市から離れた辺縁の土地だが、バハラマルラの住人であることには変わりない。
もちろん、致死の死病が流行すれば犠牲者は都市だけで終わらないだろう。
今、治療法を知る偏屈な薬師に死なれては困る。
なにせ、彼が護衛を引き受けた報酬は、赤膚病の優先的な治療権なのだから……。

567名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:53:42 ID:ffOpzOSk0
 「確かに、そうかもしれないな。
  人類と植物が対等という視点は欠けていたようだ。
  寡聞にして、植物の聖獣というものを聞かないからかもしれないが」

 「フン、詰まらんお喋りはそこまでにしとけよ。
  もう聖獣の領域だ」

 「まだ先だったような気もするが……」

 「よく耳を澄ませろ。
  妖鳥どもの羽ばたきにな」

今までは疎らに聞こえるだけだった鳴き声が、急速に数と音量を増した。
無数の鳥鳴は耳を圧するけたたましさで、樹上を見上げれば数百の視線がこちらを窺っている。
赤や青や緑の色鮮やかな鸚鵡たち、小型の蜂鳥や花鳥、大鷲や梟のような猛禽の数々。
人が乗れるほどの大型走鳥や、獣の胴を持つ奇形の妖鳥なども、木々の合間から姿を覗かせている。

 「チッ、あっという間に取り囲まれた。
  本当にヤベェのは三、四羽ってとこだが」

 「……ノウンは鳥を操ると聞いた。
  聖獣が拒んでいるなら引き返すべきか?」

見た事も無い数の鳥に包囲され、ラアルサンプは気圧された。
ムディンガオも投げ槍の柄を握り締める。
近隣の村落でも森の主、ノウンの恐ろしさについて知らないものはない。
奇怪な魔法を使う、武器でも傷一つ付かない、鳥を操る、人間を喰らうなど恐ろし気な伝承の数には事欠かず。
子供を叱り付ける時にも「悪い子はノウンが攫いに来るぞ」などと出汁にされるほどだ。

 「いや、奴らの中にノウンはいねェ。
  どいつもこいつも見たことがある。
  単なる妖鳥風情なら群れで最も強い奴を撃てば退く、は、ず、だッ!」

ムディンガオが槍を一閃した。
力強い横薙ぎは、樹間を疾駆して向かって来る黒い猛鷲を撃ち落とす。
地面に落ちた黒鷲は、ひくひくと痙攣しながら呻き鳴いた。
その瞬間、狩人の経験が最大限の警告を発する。
突然に表れた頭上からの重圧で、全身の虎毛が逆立つ。

 「上だッ! 何かいるぞ!」

見上げた先には大きな樹洞があり、薄闇の内部から巨鳥が這い出して来る。
それは優に人の二倍以上の体高で、鷲や梟や隼にも見えながら、そのどれにも似ていない極彩色の猛禽だ。
黒鷲が森の主を呼んだのか? 木の洞など先程はあっただろうか? そのような些細な疑問は全て吹き飛んでしまう。

 「……ノウン」

呻くような声が重なった。

568名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 00:57:22 ID:ffOpzOSk0
 (何を求めて来たか、我らと異なる領域を選んだ同胞よ)

大鳥の声は甲高い鳥の鳴き声だったが、その意味は鳥ならぬ闖入者にも伝わる。
精神感応による意志通達、自然の理法を超越した魔法の仕業だ。
これは人語を語っているわけではなく、伝達者の発した意志が受信者の心で母語に変換される。
たから聞く者は言語や知識の多寡に拘わらず、念話の内容を理解できるのだ。
そして、この魔法は一方的に意思を伝えるだけの代物ではない。
ノウンは意識に上ったラアルサンプの心の声をも拾う。

 (……赤き死の病を退けるため、この森まで来たか)
 (だが、汝らが火雫草の種を奪えば、翌年の火雫草は花を咲かせず、種を実らせない)
 (汝らがすべきことは、百鳴の森から火雫草の種を奪うことではなく)
 (人の領域で人の摘んだ種を取り戻すことではないのか)

 「それは無理だ、ノウン。
  火雫草を摘んだものたちは、草も種も列島外に売ってしまったようだからな。
  効能を知らないがゆえのこととはいえ、疫病が流行れば街で大勢が死ぬ。
  貴方が森の主ならば、我々に採取の許しを貰えないだろうか」

心を暴かれるような精神感応に戸惑いつつ、ラアルサンプは言葉に出して答えた。

 (火雫草の種を奪えば、花蜜を吸う陽炎鳥も数を減らす)

陽炎鳥はバハラ島に固有の鳥だ。
火雫草の花蜜は陽炎鳥の餌であり、火雫草も陽炎鳥のみを花粉の媒介に使う。
双方は受粉と吸蜜で互いに依存している関係。
となれば、この森で火雫草の種を奪えば、陽炎鳥も少なからぬ打撃を受ける。

 「同属の鳥類たちが減るのは受け入れがたい……ということか」

ラアルサンプは問い掛けるが、ノウンから返って来た意志は同胞意識とは異なるものだ。

 (否とよ、万物の均衡こそが真獣の意志)
 (守るべきは鳥だけに非ず、真獣の創りし森羅万象)
 (だが、人間は木を伐り、土を掘り返しては水を引き、数多の建物を築く)
 (そこに百獣は棲まず、千樹万草も茂らない)

 「それは、人間が鳥獣と異なる生存の戦略を描いたまで。
  家を建てて畑を耕すのは、蟻が塚を築き、栗鼠が樹洞に木の実を蓄えるのと同じことではないか。
  いかに聖獣であろうと、人の営みを非難される覚えはない」

 (あらゆる生物は己を守り、子を儲ける)
 (そのために喰い、争い、奪い、騙し、あるいは共同を行う)
 (生物の理を非難はせぬが、街と畑が広がれば獣の天地は減ってゆく)

ノウンは生物間の勢力均衡が崩れることを懸念しているのだ。
それと察し、聖なる鳥と薬師の意思疎通にムディンガオも加わった。

 「ノウン、我ら獣人も真獣を祖とする。
  ならば、万物の均衡の中には人類も入るはず。
  だが、薬師の言う死の病が流行れば、とても調和を保つどころではない。
  火雫草の種は陽炎鳥と折半する……という形では駄目だろうか。
  陽炎鳥が数を減らすのが問題なら、シュラフニの外で獲らぬように他の狩人へ訴えかけてみるが」

ムディンガオにしては、些か丁寧な語調で語り掛けた。
彼は狩人という獣と関わらないではいられない生業ゆえ、聖獣に対する敬意も厚いのだ。

569名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 01:07:06 ID:ffOpzOSk0
ノウンは眼下の虎人に目を向けた。

 (盛んなものは、翳らねばならない)
 (陽炎鳥と人間、暃陵へ赴かねばならないのは何方か)
 (人間陽と炎鳥、砕けたトゥリズに留まるべきなのは何方か)

 「なっ……」

 「ム」

ラアルサンプもムディンガオも絶句する。
ノウンは均衡の守護者であり、信条とするのは全ての種族の保持。
だから、彼は個々の生物の生死には頓着しないのだ。
肉食獣が他の獣を食うのも止めず、人類が鳥獣を狩るのも見逃す。
ただし、山猫が絶滅するまで栗鼠を食おうとすれば、山猫を狩って栗鼠を庇護するだろう。
そういった論理の元では、人間を減らすような疫病は猛威を振るった方が望ましいのではないか……?
ラアルサンプは背に冷や汗を流しつつ、交渉のアプローチを変えることにした。

 「赤膚病は致死の病。
  北方のノルディア大陸では、人口を三分の一まで減らした国もある。
  この地に広がり、あちこちで赤い屍が転がれば、薬種を求めて大勢の薬種採りも現れるはずだ。
  そうなれば、獣と人の間で大規模な争いが起きるのは必然。
  未然に死病の流行を食い止めるのが、結局は均衡を保つことになるのではないか」

脅しにも似た反駁をするが、ノウンの態度に変わった様子はない。
ラアルサンプも焦りながら己の考えを練り直す。
そして、すぐに論理の穴に気付いた。
今、火雫草の効能は自分とムディンガオしか知らないのだ。
政府への不信感から、何も話を通さなかった結果だが……。
これでは、この場で自分たちが口を封じられれば、獣たちを脅かす薬種採りなど現れない。

 「薬師、赤膚病に罹るのは人類だけか?」

ムディンガオが唐突に沈黙を破る。

 「いや、人も獣も関わりなく平等に死を齎す……」

半分を応えかけたところで、ラアルサンプも同行者の意図を悟った。
ノウンの信条からすれば、希少な種族に致死の疫病が流行れば、癒し手を欲するはずだと。

 「ノウン、この森の獣に死の病が蔓延するようなことがあれば、私が治療を行う。
  それと引き換えではどうだ?」

新たな交渉材料にノウンも新たな思念を投げかける。

 (知と業を差し出すつもりか)
 (ならば蛇人の薬師よ、どれ程の対価を欲する)

570名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 01:11:05 ID:ffOpzOSk0
薬師は言葉に詰まった。
必要な薬種の量を定めるのは、生死の選別を行うのに等しい。
個人で軽々しく決められるものではないが、今を逃して再び交渉の機会を持てるとは限らない。

 「バハラマルラの人口を考えれば、四百樽分の薬種でも少ないかもしれないが……」

慎重に考えると、ラアルサンプは身振りで樽の大きさを示す。
それだけの量を確保できれば、一人の死者すら出さずに済むかもしれないと考えて。
十万人の都市民に防疫を行うなら、実際にその程度は必要となるだろう。
しかし、精神感応を使う聖獣に過大な見積もりなど通じない。

 (それは、狭き枯泉に大海の水を注ぐようなもの)
 (お前が望むのは、樽とやらで三つ程のはず)

ノウンはラアルサンプの思考を読み、最低限の防疫に必要と感じた採取量を言い当てる。
精神感応は相手が慎重に考えば考えるほど、論理の過程を全て読むのだ。

 「その量では……感染の拡大を阻止できなければ大勢が死ぬ」

 (死なない命はない)
 (水や風や土すらも死ぬ)

焦りを込めて訴えるが、返答はにべもないものだった。

 (盟約は為された)
 (陽が落ちるまで、火雫草の種を摘むが良い)
 (それ以上留まれば、その身は森の木々へ変わるだろう)

ノウンが警告と共に枝を蹴って飛び上がり、七彩の翼を輝かせながら森の奥へと消えてゆく。

 「待ってくれ!」

森の主を呼び止める言葉は虚しく消えた。
残った妖鳥たちは木々の枝に止まったまま、遠巻きに招かれざるものたちの様子を窺う。
彼らはノウンと君臣関係にあるわけではないが、自分より力を持つ存在の意向を尊重する。
だから、彼らも森の主が区切った時刻までは何もしない。
もちろん、それはタイムリミットを過ぎれば己の食欲を優先するということだが……。

つまり、薬種は日没までの僅かな時間で集め終えなければならない。
木々が鬱蒼と生い茂る広大な原生林の内部を彷徨って。
さらには妖鳥ほどの知性を持たない獣たちなら、ノウンの意志と関わりなく襲いかかって来るだろう。
採取の困難さを思い、ラアルサンプは暗澹たる気持ちとなった。

571名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 01:12:28 ID:ffOpzOSk0
 「いつまで湿気た顔して、項垂れてンだ。
  聖獣から三樽分も採るのを許されたってのによォ。
  ホラ、さっさと採って街まで戻るぞ」

ムディンガオは叱咤と共に蛇人の背を叩く。
その表情は、いつものように自信で溢れた不適なものだ。

 「どうやって採るつもりだ?
  深い森の中に散在する花の種を。
  それも継続的に採るのを許されたわけじゃなく、期限は今日の陽が沈むまでのようだ。
  これでは一樽分を集めるのすら難しいだろう……」

 「薬師サンは、随分と悲観的だな。
  なぁに、そう難しいこっちゃアない。
  陽炎鳥の巣を見つけられれば、その近くに火雫草もある。
  奴らはな、火雫草の近くで営巣すンだよ」

すでに狩人の眼は、樹間の薄闇に飛ぶ陽炎鳥の姿を捕えている。
それも一羽だけではなく、二羽、三羽と。

 「巣に戻る奴、餌を探す奴、逃げる奴。
  狩人じゃない奴には分からンだろうが、動作や鳴き声の僅かな違いで獣の目的ってのは読み取れる。
  まずは巣に戻る陽炎鳥を見つけて追うぞ」

ムディンガオが迷いなく薄暗い林床を歩き始めると、ラアルサンプも意を決したように続く。

  「……ああ、そうだな」

572名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 01:16:28 ID:ffOpzOSk0
密林を行く人影は二つ。
広大かつ樹種の豊富な森で、一種の花を探すなど困難を極めるものだ。
しかし、虎人の眼は赤い鳥と赤い花を目敏く見つける。

 「よッし、まずは一つ目の群生地だ。
  全ては採り切らねェ方が良いかもなァ」

 「では、少しだけ残して西の方を巡るとしよう」

幾つかの火雫草の群生地が、招かれざる客を迎えた。
薬種の採取はラアルサンプが担い、ムディンガオは警備担当だ。
縄張りを荒らされることを好まない獣も少なくないので、狩人の警戒は欠かせない。

 「チッ」

樹上に目を光らせていたムディンガオが、いきなり手槍を投げた。
ガキンという堅い音がして、林床に槍が落ちる。

 「……なんだ!?」

 「どうやら、剣猿の群れに出くわしたようだ。
  刃のように鋭い、刀葉樹の葉を投げてきやがる猿公どもにな。
  アレが首にでも当たりゃア、スパッと落とされるぜ。
  ヤツら、虎や熊まで狩っちまうクソッタレだ」

狩人は走り寄って、素早く手槍を回収する。
樹上を見れば、人族の赤ん坊ほどの大きさの黒猿が枝にぶら下がっていた。
異様に長い腕に刀のような形状の長い葉を持ち、侵入者に向けて敵意に満ちた視線を向けている。
剣猿は妖力こそ持たないが、狡猾さと膂力を併せ持ち、樹上から投擲攻撃を繰り出す危険な相手だ
ラアルサンプは新たに投げられた堅い葉を飛び退って躱し、ムディンガオも槍を合わせて弾く。

573名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 01:20:08 ID:ffOpzOSk0
 「剣猿は三体のようだ。
  ならば、もう投擲出来まい」

気の緩んだ様子のラアルサンプをムディンガオが怒鳴りつけた。

 「甘く見てんじゃねェ、馬鹿!
  刀葉樹の葉なんざ、樹上に幾つも隠してる!」

言い終わらない間に、僅かに弧を描く刀葉樹の葉が旋回しながらラアルサンプに迫って来る。

 「ぐっ……」

横跳びの回避は僅かに遅れ、ラアルサンプは脇腹を斬り裂かれた。
少なくない量の血が噴き出し、湿った林床に滴る。
胴を寸断されずに済んだのは、狩人が警告したからだろう。

 「おい、大丈夫か!?」

ムディンガオは即座に手槍を投げ、一匹の剣猿を串刺しにする。

 「……死に至る程ではない。
  すぐに血止めをすれば、だが」

ラアルサンプの傷の深さは指の第二関節程度。
すぐに死ぬほどではないが、浅手とも言えない。
薬師として血止めくらいは所持しているが、襲われている最中の治療は困難だ。
早急に剣猿の群れを片付けなければならない。
狩人も決着を急ぐ。
彼の主武装は手槍一本だけだが、飛び道具なら他にもあった。
ムディンガオは地面に落ちた刀葉樹の葉柄を握り、剣猿に投げ返す。

 「グエェェッ――……!」

血も凍るような甲高い絶鳴の声。
刀のような葉身は剣猿の胴体をすっぱりと斬り裂いていた。
そのままムディンガオは走り抜け、手槍で滑落した剣猿の胸から己の得物を引き抜く。

 「猿公、まだやるってのか?」

 「キィギィィィッ!」

言葉は通じないはずだが、剣猿は牙を剥いて吠え叫んだ。
森の獣と狩人が、しばしの睨み合いを続ける。

 「殺ンのか」

ムディンガオが槍の柄に力を込めた瞬間、剣猿も大きく飛び跳ねる。
ただし、枝葉の生い茂る後方へ向かって。
勝ち目がないと判断してか、最後の一匹は枝を伝って逃げてゆく。

 「フー……ま、賢明な判断だな。
  時間がありゃア獲物を持って帰れンだが、今日のところは鳥どもの餌か」

虎人は林床に転がる猿の死骸を眺めて、残念そうに呟いた。

574名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 01:24:09 ID:ffOpzOSk0
剣猿の撃退が終わった時、すでにラアルサンプも治療を始めていた。
まずは傷口を水で洗い、小袋から緑の粉末を取り出して手際よく創傷に塗り込む。
次は蛇木の花弁を傷口に貼り付け、流血を封じれば終わりと、極めてシンプルな止血方法だ。
薬草治療は治癒魔法ほどの即効性を持たないが、生命力の高い獣人たちにはこれでも充分である。
そもそも、人型の神の加護は獣人には効き辛く、真獣から授けられる魔法には他者を治癒するものが少ない。
治癒の魔法が存在していても、薬師たちが失職しない理由である。

 「手慣れてンな」

ムディンガオは感心したように言う。
どうやら致命傷ではないと判断したようで、顔には心配の素振りもない。

 「先程の狩りと同じくらいにはな」

 「減らず口を叩ける程度には元気そうじゃアねェか。
  毒々しい色の割には、なかなか効く薬のようだなァ」

 「この緑の粉末なら毒だ。
  適切に量を制御している限りは殺菌作用を持つ薬でもあるが……。
  あるいは、聖なる獣たちにとっての種の均衡とは、こういうものなのかも知れないな。
  個々の種族は天地にとっての毒であり、薬でもある」

 「フン、俺にはどうでもいい話だな。
  ところで、首の方は治療しなくていいのか?」

虎人は蛇人の首に目を向ける。

 「首?」

ラアルサンプが頭をくねらせて己の身体に痣を探すと、首の腹鱗に鳥の足跡のような痣があった。
奇妙な形の黒い痣は、何度か撫でてみても痛みはない。

 「さっきまでは、痣なんかなかったぜ。
  枝にでもぶつけたか」

 「……いや。
  おそらくはノウンの魔法だろう。
  盟約の証として刻印を付けたのかも知れない」

一しきり考えたラアルサンプは、あまり自信なさげに結論を口にする。
自身が魔法を使えないので、謎の痣についての確信までは持てないのだ。

 「なァるほど。
  約定を違えれば、魔法で罰されるって寸法か。
  いや、さすがは聖獣、抜かりねェな。
  そういや、森の木になるとか何とか言ってたが」

ムディンガオが感心したように独り言ちる。
完全に他人事の口調だ。
何らかの呪いを受けていなくても、妖鳥が一斉に襲い掛かって来れば死ぬのは同じだろうに。
ラアルサンプは護衛の虎人にも同様の痣がないかと探すが、残念ながら虎縞の毛皮には何も変化がなかった。

 「私だけか……」

薬種の採取を終えると、二人は火雫草の群生地から立ち去った。
それを待っていたかのように、たちまち何匹もの妖鳥が剣猿の死骸に群がって、まだ温かい血肉を啄む。
屍が原型を失った後は大型の虫類が集い、最後は小さな虫たちによって分解される。
自然界ではありふれた光景だ。

575名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 01:30:12 ID:ffOpzOSk0
薬師は何とか定められた量を集め終えたようで、ずっしりと重い布袋を三つも背に担いでいる。
脇腹は刺すように痛むが、護衛の手を塞ぐわけにもいかないので薬師が持つしかない。
同行者の狩人は油断なく陽炎鳥の営巣地を探し、何度も猛獣を退け、最後まで薬師を護衛する任を果たしていた。

 「ラアルサンプ、もういいだろ。
  薬種も許された量に近ェし、間もなく夜だ。
  何より、ノウンとの約定は違えられん」

 「そうだな。
  私も妖鳥どもの胃袋には入りたくない」

数多い妖鳥たちは、ずっと侵入者を監視している。
襲撃の刻限に備えて、獲物の力量を計っているのだろう。
背後に無数の視線を感じながら、二人は足早に森の外を目指し、聖獣の領域を出てゆく。
やがて木々の王国を抜けると、西の彼方ではまだ夜に押し潰されそうな残照が輝いていた。
時間切れが訪れる前に危険極まりない世界を抜けられたのだ。

 「……ようやく、ヤツらの領域外か。
  ノウンさえ来なけりゃ、他の雑魚なんか怖かねェ。
  さァてと、これで一先ずは俺の仕事も終わったな。
  後はアンタの職分だぜ、薬師さんよ」

ムディンガオは大きく息を吐くと、目測で現在地を割り出して街道へ向かい始める。
無数の妖鳥たちも、森の外側までは出て来ないようだった。
昼であれば空を我が物とする彼らとて、夜目は効かないものも多いのだろうか。
どこか未練がましい鳴き声を響かせるだけで、誰も藍色に塗られた空へは飛び立たない。
ラアルサンプはそれを確認すると、先を行く虎人の後を急ぎ足で追う。

 「もちろん、力は尽くすさ。
  命に絶対なんてものはないが」

そして、陽が沈む――。


【森の紅玉を求めて・了】

576名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 03:15:49 ID:BM22Ze3w0
おー、ええやん

577名無しさん@避難中:2017/09/17(日) 21:31:23 ID:lgWRZ1SA0
ムガさん良い奴だな…こういう関係性好き

578シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI:2017/09/20(水) 02:38:11 ID:sB7W6Z6I0
ひとまずレスは全部投下出来たけど、テンプレ落とそうと思ったら規制された……
次のターンまでに解除されてるといいなぁ……


以下テンプレ

名前:シノノメ・アンリエッタ・トランキル
年齢:20歳
性別:女
身長:152cm
体重:13kg
スリーサイズ:発展途上
種族:魔族(ナイトドレッサー族)
職業:王宮及び裁判所による判決、宣告の執行者
性格:生真面目だが抑うつ的。自傷癖がある
能力:闇属性の小規模魔法
武器:身体を構成する闇属性エーテル
防具:同上。返り血の目立たない黒色のコート
所持品:薬袋
容姿の特徴・風貌:深い青色の肌。淡い銀色の、短めの髪。金色の瞳。
         表情が希薄。
簡単なキャラ解説:

お初にお目にかかります。私の名はシノノメ・アンリエッタ・トランキル。
……トランキル家の次期家長であり、今はキアスムスの、王宮及び裁判所による判決と宣告の執行官を務めております。
つまり……帝国や共和国でいうところの「死刑執行人」であり「拷問官」です。
かの国々では、執行官はどのような扱いを受けているのでしょう。
トランキル家は王宮からは多大な報酬を頂いてはいますが……食料や日用品すら、流れの商人か、旅人を介さなければ買う事も出来ません。
魔族にもヒトにも忌み嫌われる存在……帝国や共和国でも、やはり同じような境遇なのでしょうか。

……祖父は幼い頃、執行官とは規律と正義の番卒。
例えこの世の誰もが我らを蔑み嘲ろうと、誇り高くあれと、私に教えてくれました。

父は、執行官とは罪に対する罰の体現者。
例えこの世の誰もが我らを忌み嫌おうと、ただ厳粛に、残酷であれと、私に教えてくれました。

ですが……裁判所が下す刑罰は魔族であれば軽く、苦痛の少ないものに。
魔族以外の種族であれば重く、また犯罪や体制への反抗の抑止力として、激しい苦痛が伴うものになる。
等しく、殺せば死ぬ命なのに……一方は重く、一方は軽い。
それは正しい事なのでしょうか。正義とは、規律とは、一体なんなのでしょうか。
彼らは本当に、その生の最後を、苦しみに飾られなければならなかったのでしょうか。
……私には正義の番卒になる事も、残酷な死神に徹する事も出来ません。

……私に出来る事は、ただこのダーマに生きるあらゆる種族を、効率的に、或いは非効率的に、殺める事だけ。
ナイトドレッサーは、身体の殆どを闇属性の、半物質化したエーテルによって構成しています。
それを操る事で、私は受刑者を串刺しにする事も、八つ裂きにする事も、全身の骨を打ち砕く事も……どんな処刑法をも可能にします。
私が他者より優れているのは、たったそれだけ。目の前の受刑者を殺める為だけの、小規模で、致命的な、誰の為にもならない魔法……。

私は……ただ命を奪うだけの者です。
拠り所とする正義も決意もない。そのくせ、投げ出す勇気もない。
ただトランキル家に生まれてしまったから……それだけの理由で、私は数多の命を奪ってきました。

……私が、今の私じゃない、もっと違う何かになれる時は……来るのでしょうか。

579【ドラゴンズリング】ティターニア ◆KxUvKv40Yc:2017/09/20(水) 21:39:52 ID:PiwQmLO60
>578
代行しておいたが二重になってしまった。済まぬな。

580名無しさん@避難中:2017/11/29(水) 01:48:52 ID:duNaOiRk0
https://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/1144/IMG_20171129_014538~01.jpg

581名無しさん@避難中:2017/11/29(水) 06:36:58 ID:P3bt/X4g0
あらかわいい

582名無しさん@避難中:2017/11/30(木) 18:37:15 ID:2hf5UKJk0
>>174
かわいい

583名無しさん@避難中:2017/12/17(日) 09:07:02 ID:IPKjtgyA0
お題「犬の乳首」

https://download1.getuploader.com/g/sousaku_2/1152/inu_tikubi.jpg

かぶりつけっ

584名無しさん@避難中:2017/12/19(火) 23:18:28 ID:QyEPcM8Y0
ふつうにおいしそう

585名無しさん@避難中:2017/12/20(水) 00:55:56 ID:prxPw1bs0
わろたw

586名無しさん@避難中:2018/01/09(火) 16:06:44 ID:M2edl7sk0
お題とか、お願いします

587名無しさん@避難中:2018/01/09(火) 18:25:43 ID:9LGC7Tlg0
ドラリンメンバーでオナシャス

588名無しさん@避難中:2018/01/24(水) 12:32:03 ID:f.rIB7Z20

 「なぜ山に……」と言いかけた途端、電子音がわたしの言葉を遮った。

 ピンポンというチャイムの音がけたたましく、そして小さなLEDのランプが灯る。

 「ジョージ・マロニー!!」

 初めて耳にする名前を聞いて、わたしが言うべき言葉は「正解です」だった。
 ガッツポーズで目を細める目の前の少女がなんとも憎たらしい。だって、彼女は私のセリフを止めたのだから。
 だけども彼女から言わせれば、わたしのセリフが短くなればなるほど尊敬の眼差しを向けてもらえるので、
 もっとわたしのセリフを削ってやると目を輝かせていた。

 「ドイツ語で『年……』」
 「バウムクーヘン!」

 「アマゾン川で……」
 「ポロロッカ!」

 「『働いたら負け』はニート。では、『動いたらま…』」
 「だるまさんが転んだ!」

 悔しい。
 最後まで言わせろ。
 「『動いたら負け』でお馴染みな子供の遊びは?」と。

 「やっぱ、聞きやすいっす!黒咲ちゃん!」
 「誰もいないの?ここ」 
 「それを言わないで!」
 「問題。どうしてこの部には人がいないのでしょう!」

 ボタンを手にかていた彼女はすっと手を引いた。

 「出題者になってくれない?だって、演劇部だし、セリフとか上手いでしょ?」

 そんな理由で、わたしが召還されたのだ。使い主は「クイズ研究会」の藤居ちゃん。
 早押しクイズの練習の為に、わたしがクイ研の部室まで呼び出されたのだ。

 声を褒めてくれるのは嬉しいけど、与えられたセリフをまっとう出来ないのは、役を演じる者として不満だ。
 演劇に身を投じるものは、役柄が重要、重要でないに関わらず出番が多い方が良いと決まってる。
 しかし、一秒でも早く、誰よりも正確に答ることに拘る藤居ちゃんだ。

 「さ。早く次の問題!」と、わたしを急かす。

 大学ノートに藤居ちゃんの文字でびっしりと書き込まれた『ベタ問集』を捲る。彼女が独自に作成し
早押しクイズの練習に使用している問題集だ。何度も何度も繰り返して問題文を暗記し即答を目指す。
 そうはさせじ。わたしだって出題者の意地がある。

 演劇部の者って必ずしもではないが、少なからず支配欲があるのではないのかと思う。舞台の上に立つと
全ての観客の視線を集めたいし、上演後だって自分自身の演技の賞賛を誰かから期待するからだ。

 だから、クイズの出題者となるのは良いが注目が回答者に注がれることが忸怩たる思いなのだ。

 出題者は司会者だ。会を司る者だ。次の問題こそ、わたしに光を。

 「問題です」

589名無しさん@避難中:2018/01/24(水) 12:32:41 ID:f.rIB7Z20
 藤居ちゃんが軽くボタンを握る。センサーが反応するぎりぎりまでボタンを押し込む。
 コンマのタイムロスを軽減させるためだ。 

 「アニメ『イナズマイレブン、ゴ……』」
 「千宮路大和!!」

 ボタンを片手で弾く彼女の叫びにも似た回答。早押しブザーの音さえも遠慮気味にわたしの耳に届かない。
 果たして、その答えは。

 「正解……です」

 問題文は「アニメ『イナズマイレブンGO』に登場するサッカーチーム『ドラゴンリンク』のメンバーで
 『ご』と読める漢字が付かないのは誰?」だ。
 藤居ちゃんの守備範囲は広い。どこでこういう情報を仕入れ、研究をしているのだろうかと尋ねてみたい。

 「いやー、良問だね!」と、藤居さんは手を叩くが、わたしにはさっぱりだ。
 「どうして分かったんですか?」と、バカな振りをして聞いてみる。

 「まず一つ、出題のアクセントがね、『イナズマイレブン』に無かったから。二つ目、無印でなく『GO』を
  問う問題だと分かったから。さらに三つ目、『GO』と言えば『ドラゴンリンク』、さらにさらに
  その中で最も特徴的なものといえば「『ご』と読める漢字が付かないのは誰?」だし」

 わたしは思わず「分かりませんっ」と音をあげる。

 さらに藤居ちゃんは続ける。
 
 「一つ目のね、『イナズマイレブンGO』にアクセントがあるのなら、『ドラゴンリンク』が正解と予測
  出来るんだけど、黒咲さんはそこにアクセントをつけなかった。ならば、その先を問う問題だと感じてね」

 藤居ちゃんの高笑いが響くクイ研部室。二人っきりの部屋は薄寒かった。



 帰り際、わたしは演劇部部室に寄ってみた。なんとなく落ち着くからだ。
 部室には部長の迫先輩は一人で本を読んでいた。いつもは隙が無い迫先輩なのだが、このときばかりは
何もかも神経を堕落させ、好きな本に没頭していることが分かる。

 迫先輩は演劇部の部長を務めるだけあって、冷静沈着でクレバーなメガネ男子だ。
 だからこそ、そんな男子がイジクリコンニャクにされてしまうような脚本があってもいいじゃないか。
 最終問題で「得点は三倍になります!」「聞いてないよ!」のでんぐり返し。

 わたしはちょっと舌を出してみる。

 「迫先輩!」

 声をかけても返答なし。本物だ。
 そして、わたしの中に潜在する支配欲が覚醒した。

 「迫先輩!問題です!」
 「は?」
 「アニメ『イナズマイレブンGO』に登場するサッカーチーム『ドラゴンリンク』のメンバーで
 『ご』と読める漢字が付かないのは誰?」

 制限時間十秒。三、二、いち。

 「正解は『千宮路大和』でした!」

 ハトマメの顔をした迫先輩は、非常に愉快に感じる。

 「なんだ?いきなり」

 そうです。クイズとはいきなりやってくる。人生はクイズの連続だ。

 「問題です。ドイツ語で『年輪』という意味の名を持つお菓子は?」
 「うっ」
 「三、ニ、いち。ブー。正解は『バウムクーヘン』です」
 
 「問題です。アマゾン川で年に一度、河口から流れが逆流する現象は?」
 「えっと……聞いたことあるぞ。ポ」
 「ブー。タイムアップ。ポロロッカです」

 気持ちがいい。
 博打の胴元になって、全員掛け金没収!そんな展開のようだ。
 
 立場は逆かもしれないが、クイ研の藤居ちゃんの気持ちがほんのちょっと分かった気がする。
 さて、メガネを白黒させている迫先輩にファイナルアタック。

 「問題です。『なぜ山に登るのか』の問いに『そこに山があるからだ』と答えたイギリスの登山家は?」
 「……は?さっぱり」

 どうだ。ふふっ。わたしは人差し指を突き出して「ジョージ・マロニー」と正解を告げた。
 迫先輩、敗者の弁を。

 「イギリス人が日本語使うか」

おしまい。


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