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ζ(゚ー゚*ζ 燐光を仰ぐようです
1
:
◆W.bRRctslE
:2023/08/28(月) 17:08:50 ID:X1pjkefQ0
願い紡ぐは 青の燐光
夜を彷徨う 愛し仔よ
さあさ 手を取って歌いなさい
さあさ 瞼を閉じて願いなさい
祈りを手放さないように
自らを見失わないように
永遠の果てにて 交じり合うまで
.
29
:
名無しさん
:2023/08/30(水) 12:11:16 ID:e9f6RS3w0
乙です
30
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/01(金) 17:07:43 ID:1hbedq7A0
三.
ズキリとこめかみが痛む。
何をしていたのだったか。
思考がぼんやりとして覚束(おぼつか)ない。
緩慢ながらも、視界にピントを合わせようと意識を向ければ、途端に目の眩むような満天の星空が広がった。
蒸した夏草の匂いが立ち込める。
不思議と静かだった。
それは、自分の息遣いも聞こえないほど。
あたりを見回そうとするも、カメラが固定されたかのように〝見えているものしか見られない〟。
その強烈な違和感が九檀のぼやけた意識を夢現から引き戻した。
ζ( *ζ(これは、何)
視線は空から、やがて目の前の青年──巴祀屋に移っていた。
あまりに近くにいるのでギョッとする。息もかかりそうな距離だ。
けれど、深く俯いた表情は前髪に隠れてよく見えない。
ζ( *ζ(えっ)
今、手元に、なにか。
見間違いだろうか、刃物が見えたような──。
九檀が慄(おのの)くのとは裏腹に、視線は巴祀屋の顔へと移る。
(,, Д )「─、──。────」
相変わらず声は聞こえない。
音だけが抜き取られた世界は、耳が凍ったかのような静寂が満たしている。
巴祀屋の口はしばらく、僅かに開いたり、閉じたりを繰り返していた。
それがこちらに語りかけているのか、あるいは独り言を呟いているのか、九檀には判断がつかない。
ただ、端々でケタケタと笑う様子に昨日の嘘くさい笑みとは違う、何かを懸命に押さえつけるような悲痛さを感じる。
やがて、少しの沈黙。
それはどこかぐったりと重たい間だった。
(,,゚Д゚)「─、─────」
バチりと目が合う。
感情の読めない真っ黒な瞳に息を呑んだ。
31
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/01(金) 17:08:47 ID:1hbedq7A0
そして、やはりとも言うべきか。
視界の端、巴祀屋の手元でチラと淡く煌めく光が見える。
・・・
ナイフだった。
掴む両手には青筋が浮かんでおり、ぶるぶると震えるのを無理に押さえつけているような印象を受けた。
けれども、その動きに迷いは無い。
真っ直ぐに九檀の胸に迫るのだ。
やたらと動きが遅く見えた。
身体の自由は当たり前のようにきかない。
今まさに己に沈み込もうとする切っ先を、見ている、ことしか。
──キィン。
冷たい音がした。
一度ではない。さざ波のように幾重にも、幾重にも。
すべての命が失われたかのように黙りこくった世界の中で、満天の星だけが嗤っている─────
.
32
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/01(金) 17:09:31 ID:1hbedq7A0
ζ( *ζ「いやっ」
弾かれるように飛び起きた。
ぐっしょりと汗で濡れた髪が額に張り付いている。
重く激しい心臓の鼓動。息が、うまく吸えない。
遥か高くから響く透き通る音はもう聴こえなかった。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
鳥の声。風に揺れ、擦れ合う葉。遠くを駆けるバイクの排気音。
音のする世界。……深い、安堵。
無意識に掴んでいた胸元から徐々に力が抜けていく。
ζ( *ζ「今のは……」
呆然とする。
明らかに未来視だった。
バイブレーションが鳴り、ベッドフレームを見遣る。
スマホに一件の通知。
巴祀屋からメッセージが入っていた。
『今夜、21時に出てこれる?』
返事など、到底できそうになかった。
33
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/04(月) 18:29:39 ID:/QKt5Nc20
朝の混む道を人の流れに乗って歩く。
九檀の家から学校までは徒歩で通える距離だ。
普段よりも混んでいるのは、昨日の横転事故で高架橋下が封鎖されているためだろう。
ミセ*゚ヮ゚)リ「おはよお!」
後ろから添樹が飛びついてきた。
ガクンと膝が沈んでよろけるも、なんとか持ちこたえて振り向く。
ζ( *ζ「ちょっと、驚かさないでよ」
ミセ*゚ー゚)リ「あ、びっくりした? やりぃ!」
頭を叩く。あいてっ。軽い声で笑っている。
後頭部を擦りながら添樹が言う。
ミセ*゚、゚)リ「昨日はびっくりしちゃったね」
ζ( *ζ「え?」
ミセ*゚ー゚)リ「高架橋。トラックの横転事故、あんなに派手なの初めてみたよ」
ζ( *ζ「……行ったの?」
九檀の冷えた声に添樹はギュッと背中を縮めて慌てた。
ミセ;*゚ー゚)リ「行ってない、行ってないよ!!?」
ミセ*-、゚)リ「ほら、すぐニュースになってたじゃん? ネットの記事見たのっ」
そう言うと添樹は鞄に手を突っ込み、しばらく漁る。
たらたらと歩きながらようやく引き出したスマホをいじると、開いた画面を九檀に向けた。
〔 【速報】高架橋の横転事故。幸いにも重傷者はなし 〕
奇しくも、昨日九檀が通知を消した記事だった。
視線だけで画面を追う。
見出しに続く写真。高架橋の端ギリギリで横転したトラック。
積荷は橋の上に広がって一部は下の河川敷にまで落っこちている。
恐らく、この片付けが終わっておらず、河川敷側の下道がそのまま封鎖されているのだろう。
そのまま文字を追っていく。
〔 原因は運転手の居眠り運転か──死傷者は、 〕
ζ( *ζ「っ」
慌てて目を背ける。
34
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/04(月) 18:31:32 ID:/QKt5Nc20
知りたくなかった。
バクバクと鳴る心臓。
動揺が表情に出ないように必死に抑え込んだ。
逸らした視線の先で、燐光が淡く反射する。
まるでこちらの顔色を窺うかのように石垣をちらちらと照らしている。
ζ( *ζ(私は、ここで事故が起こることを知っていた)
ζ( *ζ(……けれど)
何もしていない。……何も出来やしない。
せいぜいが、友人に気を付けてと声をかけるぐらい。
だが、もし、死傷者がいたら?
それはやはり、九檀自身が何もしなかったからではないのか。
……いいや、それより、もっと。
ζ( *ζ(私が〝視てしまったから〟起きたことだとしたら)
全身の血が凍てつく思いだった。
とうてい受け止めきれない罪悪感への恐怖が、九檀の背後で腥い息を吐く。
トン、と肩を叩かれた。
ミセ*゚ー゚)リ「デレのおかげでさ」
ミセ*゚ー゚)リ「直前にね、高架橋の方通らない方がいいって言ったの思い出したの。それで帰り、違う道にしたんだよ」
一瞬、呆気に取られる。
添樹は気付いているだろうか。
思い詰めた不安の泥濘が、己の言葉で優しく押し流されていくのを。
ミセ*^ー^)リ「だから野次馬でごった返したとこ通らなくて済んだの、ラッキーでしょ?」
たはは、と笑った。
たとえ仮初の安寧だとしても、今は添樹の明るさが何よりもありがたかった。
ζ( *ζ「不審者情報が出てたから、気を付けてほしくて言ったのよ。偶然でも良かったわ」
もちろん適当だ。
添樹はそれに突っ込むでもなく、あっと声を上げる。
35
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/04(月) 18:35:16 ID:/QKt5Nc20
ミセ*゚ー゚)リ「ねえ、そうだよ! 不審者」
ミセ*゚ー゚)リ「背のたかーい、ほそーい先輩、あの後結局どうなったの?」
不審者扱いに苦笑してしまう。
あながち、間違ってはいないのだろうが。
ζ( *ζ「ええと、カフェで山ほどデザートを食べてたけど」
ミセ;*゚ー゚)リ「デートしてるじゃん!?」
添樹が盛大にずっこける。
続きを聞きたそうにキラキラと瞳を輝かせているが、正直、話せることがない。
それに、今朝の未来視で、彼は。
不穏な刃のきらめきが脳裏を過ぎった。
正直、添樹にはこれ以上巴祀屋に興味を持ってもらいたくない。
彼女は関係ない。
此度の異様は、九檀の問題なのだから。
俯いて変な間ができる。
添樹はあれっと思いながら、九檀の顔を見やる。
ζ( *ζ「……あんまりゆっくりしてると、鐘が鳴るわ。急がないと」
そう返すと何か言いたげだったが飲み込んでくれたようだ。
失言も多いが、同じだけよく気がつくのが彼女らしい。
ミセ*-ー゚)リ「うん、そだね。急ごっか! 競争する?」
ζ( *ζ「しない」
ミセ;*゚Д゚)リ「えーっ」
既に走り出した添樹が校門の前で急ブレーキで振り返る。
スカートがふわりと翻った。
それがやけにスローに見えて、なにだか力が抜ける。
妙に緊張しすぎていたのかもしれない。
九檀もまた、添樹に追いつこうと駆け出す。
髪が揺れて、隙間からチラチラと青白い燐光が地べたに映る。
九檀はやはり目を逸らして、おかしなものなど見えないふりで自らを騙し込んだ。
心地よい初夏の風が、汗ばむけれど眩しい陽射しが、ぐったりと重たい不安に塗り潰されてしまう前に、そのまま駆けて、逃げてしまうように。
九檀は添樹に続いて校門へ滑り込むのだった。
36
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/05(火) 17:09:21 ID:GVMlNbuU0
ミセ*-ヮ-)リ「人多すぎでしょ」
ζ( *ζ「毎朝思うけど、ほんとにね」
昇降口は駆け込みの生徒でごった返していた。
毎朝こうだ。ギリギリに登校するのは家が近い生徒がほとんどで、そういう者に限って遅刻する理由も大概寝坊である。
友人でこそないが、見知った顔がちらほら。
ミセ*゚ー゚)リ「……戦友だね」
添樹がわざとらしく神妙な顔で言うので吹き出してしまう。
九檀もまた同じようなことを考えていたのだ。
戦友たちに負けじと教室まで駆け上がる最中、ちょうど職員室を出たであろう担任を追い越した。
非難の視線をキャッチした添樹が叱られるより先に口を開く。
ミセ*^ワ^)リ「センセ、おはよー!」
ζ( *ζ「おはようございます」
それに九檀も乗っかった。
後ろから何か聞こえたが、くすくすと笑い合いながら聞こえないフリで教室まで駆け抜けた。
同じような生徒を追い抜いたり、抜かれたり。
廊下はバタバタとした足音で騒がしい。
飛び込んだ教室はクーラーでよく冷えていた。
壁に備え付けの扇風機も回しっぱなしで、場所によっては直風で寒いぐらいだろう。
けれども、汗だくの二人にはちょうど良かった。
ミセ*゚ワ゚)リ「セーーーーーフ!!!!!!」
鐘と同時に着席すると添樹が叫んだ。
やや遅れて入ってきた担任が「廊下まで聞こえてるぞー」と窘める。
そこかしこであっけらかんとした笑い声が上がる中、机の上に放ったスマホが震えた。
『後で行くから』
……もう逃げられない。
薄暗い確信が九檀の胸に影を落とす。
心地よかった喧騒が遠のいていく。気の所為だとわかっていても、やはり、滅入る思いだった。
37
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/05(火) 17:21:22 ID:GVMlNbuU0
(,,^Д^)「無視はあんまりでしょ」
昼休憩。
予告通り現れた巴祀屋は拗ねたような声でそう言った。
教室後ろの入り口に立つ、やたらに上背のある巴祀屋は、白い紙に真っ黒いインクを垂らしたような違和感があった。
それだと言うのに、教室の誰も気にする様子がない。
目立つ容姿をしているのに何故だか視線を集めないのだ。
心霊写真と似ていると思う。
パッと見ただけでは分からないけれど、一度違和感に気付いてしまえば、もう目を逸らせない。
九檀はジッと巴祀屋の顔を見る。
何を考えているか分からない、嘘くさい笑み。
じり、と気付けば身体が後退っていた。
(,,^Д^)「あれ」
キョトンと間の抜けた声。
巴祀屋は一瞬、まっさらの顔をする。
誰しもが浮かべる、思考するとき特有の無の表情。
(,,^Д^)「……何か見た?」
確認を取るような穏やかな口調だった。
けれど。
ζ( *ζ「心当たりがあるの?」
思ったよりも尖った声が出て、自分で驚く。
九檀はギュ、と無意識にブラウスの胸を掴んでいた。
薄い布越しにバクバク鳴る心臓が、不安を強く訴えている。
(,,^Д^)「ないよ。ね、少し話そう」
幼子をあやすような声音。
それにどうしてか余計に緊張してしまう。
限界だった。
丸め込まれてたまるか、と妙な反骨心さえあった。
自分の中に毛を逆立てた猫がいるようで、トゲトゲした形の恐怖は、とっくに九檀のコントロール下を離れてしまっていた。
巴祀屋はそれ以上何も言わない。
近付いてくることもしないけれど、立ち去りもしない。
38
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/05(火) 17:33:31 ID:GVMlNbuU0
ミセ*゚ー゚)リ「ごめんね、先輩」
フッと巴祀屋の姿が見えなくなる。
見れば、添樹がすぐ目の前に居た。
立ち塞がるように、怖いものが見えないように、間に立ってくれていた。
ほんの少しだけ甘い匂いのする背中に、ひどく狭まった視界が少しだけ開けるような安堵を覚える。
ミセ*゚ー゚)リ「デレちゃんちょっと調子悪そうだからさ、今度でもいい?」
九檀は何も言えず俯いていた。
やがて視界の端で、わざとらしく両手を上げて帰っていく巴祀屋の後姿が見えた。
完全に姿が見えなくなると、ブラウスを掴んでいた手から自然と力が抜けていた。
添樹は俯いている九檀を急かさず、けれど強ばった意識がほんの少し緩んだタイミングを逃さずにそっと声をかけた。
ミセ*゚、゚)リ「大丈夫? ねえ、本当にストーカーだったの?」
ζ( *ζ「ええと、それは……」
まだわからない。
少なくとも、九檀の異様に気付いた唯一の人間であることだけは確かだった。
ただ、巴祀屋を信用できない。
未来視が現実にならなかったことなど無いのだ。
彼は必ず、九檀に刃を向けるのである。
何も返せず黙りこくる九檀の背を、添樹は優しく撫でた。
ミセ*゚ー゚)リ「今日、家まで送っていこうか?」
ζ( *ζ「い、いい! 大丈夫なの、本当に」
間違っても添樹に危険が及んではいけない。
未来視の中にいたのは九檀と、巴祀屋だけ。
あの場に添樹はいなかったのだ。
わざわざ巻き込む謂れはない。
鐘が鳴る。
がたがたと机を戻す音。
誰からともなく口を閉ざし、教室を満たしていた話し声が潮が引くように静まってゆく。
添樹もまた、名残惜しそうに自席へ戻った。
39
:
名無しさん
:2023/09/08(金) 15:46:37 ID:bDikWaOM0
おつおつ
続きめっちゃ気になる
40
:
名無しさん
:2023/09/09(土) 01:16:13 ID:AdTcIjec0
乙
41
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/10(日) 16:43:16 ID:DsqBfOuk0
午後の授業はまるで頭に入ってこなかった。
すべてが薄い膜の向こう側にあるようで、現実感がない。
歪んだ虚像を映した思考の泡(あぶく)が昏い水底から浮かんでは消えを繰り返し、気付いたころには帰りのホームルームも終えていた。
帰り支度をするクラスメイト達の中で、座っているのに立ち尽くしているような、夜の砂漠を思わせる心細さが静かに身を包んでいる。
ミセ*゚ー゚)リ「ねえ、デレ」
動く気にもなれず、ぼうっと座ったままの九檀の横で添樹が椅子を引いた。
なにか言いたげな視線は、きっと、九檀から話し始めるのを待っているのだろう。
ζ( *ζ(……でも)
話したって、なんにも解決しない。
ただ、心配をかけてしまうだけなのだ。
九檀の心は危うげにぐらついて、今にも倒れてしまいそうだったけれど、こんなにも優しい添樹にだからこそ決して口を開く訳にいかない。
そう、強く決意している。
頭では分かっている。
それでも弱気な姿が態度に出てしまうのが、本当に情けなかった。
ミセ*゚ー゚)リ「デレ……」
添樹が立ち上がる。
このまま話してしまったら、楽になれるだろうか。
ζ( *ζ(そんなこと、ない。ありえない)
だからこそ、なんでもないと笑わなければ。
眩しいほどに差し込んでいた西陽が雲に遮られて暗く淀む。
安心させなくちゃ。
……そうしないといけないのに。
そのとき、机上に放置していたスマホがチカッと光った。
見れば通知一件。
やはり、巴祀屋からだった。
『裏門』
がた、と立ち上がる。
42
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/10(日) 19:14:16 ID:oUTvvNfo0
ミセ;*゚ー゚)リ「え、デレ?」
突然の行動に驚く添樹の声で、九檀はいっそ冷静になった。
添樹は巻き込めない。
己の問題は、己でこそ解決しなければ。
ζ( *ζ「職員室、呼ばれてたの思い出して」
言いながら鞄を持つ。
着いて来られるわけにはいかなかった。
ζ( *ζ「ごめんね、ミセリ。先に帰っていて」
ミセ;*゚ー゚)リ「え、え?」
戸惑う添樹に申し訳なさを抱きながらも、そのまま足早に教室を離れる。
悲しげな視線に胸が痛んだ。
ζ( *ζ「……また来週」
罪悪感に引きずられながら、絞り出した声。
去り際、視界の端でぽつりと立ち尽くす添樹の姿が見えた。
逃げるように進む足にひたりとついて離れない影が、長く、長く伸びていた。
放課後に入ったばかりの廊下はちらほらと生徒の姿があった。
吹奏楽部だろう、華やかな金管の音が身体に覆い被さるように響いてくる。
音に押しやられるように階段を下る。
一階は閑散としていた。
昇降口近くは倉庫があるのみで、あまり人が溜まらないのだ。
ローファを取り出し、裏門へ向かう。
外はジリジリと暑い。
西陽が直接肌に当たると、あっという間に汗が滲んだ。
鎖骨を垂れてヘソを濡らす。インナーで擦るように、ブラウスの上から乱暴に拭った。
ζ( *ζ(……)
運動部がひしめく校庭の端を歩きながら、九檀は地面に淡く照り返す青白い燐光をジッと見つめていた。
九檀の中には、わからないことがいくつもあった。
そもそもが己の異様について。
その異様を、何故、巴祀屋だけは見られるのか。
ζ( *ζ(なにより、どうしてあの人は……)
視線を感じて顔を上げる。
校庭を抜けて校舎西側、来客用であろう小さな駐車場の先の裏門で巴祀屋は立っていた。
43
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 08:51:44 ID:FaX732rU0
脇には大きな桜の木が並んでおり、日がなほとんど日の当たらない湿った地面と緑の木陰とでひんやりしている。
……そっと首を伝ったのは冷や汗だった。
(,,^Д^)「やあ」
巴祀屋だけは燐光に隠されて九檀の顔が見えないはずなのに、何故だか〝目が合う〟。
九檀がどこを見ているのか分かっているかのように、ハッキリと視線のかち合う感覚があるのだ。
今もまた、どんぴしゃのタイミングで薄く笑った。
ひらひらと手を振る彼に対して、九檀は声を返さず通り過ぎる。
巴祀屋はわざとらしく肩をすくめると、その少し後ろを着いてきた。
裏門を出ると土くさい土手の道が続いていた。
土手の下には川が流れており、うっすらと水の気配がする。
家の方向とは真逆だったけれど、九檀はそのまま歩みをとめない。
巴祀屋もまた九檀の数メートル後ろを淡々と着いてくる。
段々と学校から遠ざかり、人の気配もしなくなる頃、ようやく九檀は足を止めた。
ほとんど外れの山の方まで来ていた。
日はいよいよ沈みかけて、鮮やかな茜色の空に紺が滲んでいる。
薄暗いけれど広く開けた視界は、少しだけ九檀の背中を押した。
ζ( *ζ「……私」
巴祀屋はジッと次の言葉を待っている。
ζ( *ζ「あなたを信用できない」
ゆっくりと振り向く。
勇気が必要だった。いま後ろにいる男が、無害な証拠などどこにも無いのだ。
高校生にできることなどたかがしれている、と頭の表面では思っている。
だが、銃を握れば幼子でも親を殺せる。……刃物で刺されれば人間は死ぬ。
見上げるほど上背のある巴祀屋は、なにでもない顔をしてサッと首に手を伸ばし、そのまま縊り殺す恐ろしい悪霊のように思えてならない。
44
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 14:53:29 ID:FaX732rU0
(,,^Д^)「それってさ。俺が君に害為す未来でも視たってこと?」
巴祀屋は両手を開いて、軽くあげていた。降参のポーズだった。
張り詰めていた緊張の糸がほんの少しだけ弛む。 だが、それもほんの一瞬だった。
(,,^Д^)「たとえば……俺が君に刃物を振り上げるとか」
巴祀屋はなんでもない顔をしていた。
空想を有り得ないとわかっていながら愉しんで話すように、いつか空を飛べたら何処に行きたいかなどとふざけた旅行計画を立てるように。
けれど目の前の男のそれは全く可愛らしいものではない。
九檀は、ちらと浮かんだ露悪的な気色を見逃さなかった。
冷や汗を握り込み、じり、と後ろに足を引く。
その様子にまた巴祀屋はきょとんとして見せた。
(,,^Д^)「……あれ?」
もう気は抜かない。
……巴祀屋の存在は、九檀にとってあまりに都合が良すぎる。
それこそ天上から降りた蜘蛛の銀糸のようにも見えたけれど、だからこそ、地獄から伸びる真っ黒な腕かもしれないのだ。
ζ( *ζ「あなたの言う通りよ。視えたの、あなたが」
45
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 14:53:51 ID:FaX732rU0
──キィン。
.
46
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 18:06:15 ID:FaX732rU0
ζ( *ζ「え」
突然だった。
遠く、遠く、遥かな宙の果てから、真っ直ぐに堕ちて響く星の音。
(,,^Д^)「──?」
巴祀屋の声がすうっと遠のく。
音が消えていく。世界が静まっていく。
九檀はこめかみを抑えてしゃがみ込んだ。
頭に映像がなだれ込んでくる。
グラグラと揺れて落ち着かない景色。
視界の主は自転車を漕いでいるようだった。
薄暗く街灯が少ない、見覚えのある道。
封鎖された高架橋下、その脇道のようだった。
明るく広い道が閉じてしまって辛うじて通れる裏通り。
学生が少し先を歩いている。それは、見覚えのある背中だった。
ζ( *ζ(ミセリ……?)
視点が一瞬ブレる。九檀は息を呑んだ。
ハンドルを握る汗ばんだ手。
がたがたと揺れて落ち着かない運転、薄汚れた知らない男の腕。
その主は今、手元を確認したのだ。
片手に包丁を握っている、手元を。
大通りが遠くに見える。
不意に自転車は速度を上げて添樹に並んだ。怯えきって不安に濡れた顔が、眼前に広がる。
きっと、後ろをつけられていたことに気付いていたのだろう。
ミセ;*゚ー゚)リ「───」
ぎこちなく口を動かす。
声は聞こえない。
ドンッとした衝撃。
視界の主は自転車ごとぶつかって、路地に添樹を押し込んだ。
突き飛ばされて地べたに座り込む瞳に涙が滲む。小さく小さく口が開く。
47
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 18:24:49 ID:FaX732rU0
ミセ; 、 )リ「──。────」
少しでも後ろに下がろうとしてか、震えた手はコンクリートの上をざらりと引っ掻く。
……力が入らないようだった。
引くつく喉。
ざらりと意味無くコンクリートを掻く手。
足先は、かたかたと震えている。
怖気立つ舐め回すような視線だった。
距離が近付き、そして。
ミセ*; - )リ「──っ」
視界の主はあろうことか添樹を蹴り飛ばした。
勢いよく地面に背を叩きつけられ、反動で跳ねた肩を間髪入れずに踏みつける。
辛そうに呻(うめ)く顔を眺めながら、そのままゆっくりと馬乗りになり──腹に、包丁を突きつけた。
ミセ; - )リ「──、─っ」
弾いたように暴れる添樹の胸ぐらを掴む。
しかし、視界の主が何かを伝えたのだろう、添樹は、にわかに固まった。
その瞬間。
男の腕が乱暴にブラウスを引きちぎった。
逸らすことの出来ない視界の端で、ダラりと。
すべてを諦めたように力の抜けた腕が地面に落ちる。
ζ( *ζ「あ、ああっ」
聴こえる。きこえる。
星の音が。
うたうようなあの透き通る声が。
ζ( *ζ「いや、いやよ、いや……」
響く。響く。響く。
.
48
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 18:35:01 ID:FaX732rU0
ζ( *ζ「あああぁああぁぁああああ!!!!!」
目を塞いで叫ぶ。
とても、とても、耐えられない。
口の動きで分かってしまう。
添樹が繰り返し、繰り返し、小さくこぼしている言葉。
〝やめて〟〝こないで〟
〝いや〟〝いやだ、たすけて〟〝いやだ〟
〝デレ〟
こびり付いて離れない、恐怖に塗り潰された添樹の表情。
聞こえないはずなのに、どこまでも鮮明に彼女の悲鳴が脳裏に響く。
気が触れそうだった。
やがて息が切れると、喉の奥に酸素がなだれ込んできた。
意識がフッと軽くなり、失われた音と共にずしりと戻ってくる。
視界が引き戻される。
夜の滲みつつある、茜色の空。
けれど、受け入れられない。
認められない。
耐えられない。
こんな未来など。
.
49
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 19:18:20 ID:E0nnDTZc0
(,,^Д^)「落ち着け」
耳元で静かな低い声がした。
未来視の間に駆け寄ったのだろう、巴祀屋はしゃがみこむ九檀に合わせて膝をついていた。
肩を掴まれる。
(,,^Д^)「何が見えた?」
ζ( *ζ「いや、嫌ぁ!!」
九檀はめちゃくちゃに体を捩る。けれど、振り解けない。
強い力だった。
掴む腕に爪を立てる。
九檀はほとんど無意識だったが、容赦なくギリギリと食い込んだ。
それは、巴祀屋のシャツの下から赤く血が滲むほどに。
それでも全く緩まない。
なにもかも耐えられず、遮二無二叫ぼうとする九檀より先に、巴祀屋が怒鳴った。
(,, Д )「しっかりしろ! それはまだ〝起こっていない〟んだろ!!」
ζ( *ζ「……ッ」
九檀が思わず固まるのに合わせるように、肩を掴む手が離れた。
急に力が抜けて尻もちをつく。
呆然とする九檀の頬を、大きな両手が掴む。
ぐい、と上を向かされる。
見えないはずの九檀の瞳を、確かに、目の前の真っ黒な両眼が捉えていた。
50
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 19:19:54 ID:E0nnDTZc0
(,,゚Д゚)「まだ間に合う。どこ?」
涙で滲む視界の中で巴祀屋の瞳の奥に、キンと赤い光が見えた。
……なにとなく。その光を、巴祀屋は知っている気がした。
彼は自身の異様に怯えていない。
そしてそれは、九檀の異様に対しても同じように。
立ち向かう術(すべ)を知っている者。
そんな言葉が頭をよぎった。
ζ( *ζ(……ああ)
巴祀屋には眩い決意も、わかりやすい凄みも感じられない。
ただ、覚悟とはこうも肌に馴染んでしまうものなのかという得心は、憑き物が落ちるかのような心地でもってストンと胸に収まった。
九檀の頬を涙が一筋流れると、巴祀屋の手がそれを拭った。
優しい手つきだった。
ζ( *ζ「──高架橋下の脇道、だった」
(,,^Д^)「わかった。行こう」
差し出された巴祀屋の手を取り、立ち上がる。
先に行くね、と駆け出した彼の背はあっという間に小さくなった。
まだ間に合う。間に合わせる。
破裂しそうな心臓を押さえつけながら、九檀は必死に足を動かした。
まだ、日は暮れていない。
.
51
:
◆W.bRRctslE
:2023/09/11(月) 19:23:04 ID:E0nnDTZc0
次から四になります
秋祭りに参加したい気持ちがあるので、しばらく更新が遅れるかも
よろしくお願いします
52
:
名無しさん
:2023/09/12(火) 09:05:45 ID:q0R1F2Tk0
乙やで
祭り参加!?期待…!
53
:
名無しさん
:2023/09/13(水) 11:09:05 ID:X5EXAudI0
乙津
54
:
◆W.bRRctslE
:2023/11/02(木) 17:13:37 ID:sb0of7c60
四
ミセ*゚ー゚)リ(デレ、心配だなぁ)
添樹はひとり、たらたらと帰り支度を整えていた。
部活は今日もお休みだ。
といっても、ほとんど名前を貸しているだけの美術部である。
ときたま顔を出すばかりの幽霊部員にも自然と座る椅子を開けてくれる優しい場所だ。
さて、しかし。
そんなことより、ここしばらく九檀の様子がおかしいことには添樹とて気が付いていた。
相談できることならきっと話してくれるだろうし、けれど、九檀が何かを隠したがっているのは明白だった。
何か、声をかけてくれるまで待っていたのだが。
ミセ*゚ー゚)リ(うーん……)
昨日、今日は明らかに様子がおかしかった。
あれではまるで何かに怯えているような、そんな様子だ。
変わったことと言えば、やはり、例の先輩だろう。
ミセ*゚ー゚)リ(悪い人には見えなかったんだけどなあ)
人は見かけによらないとも言うし。
ろくに話してもいない添樹には、何も分からない。
今日はわりと本気で九檀を送っていくつもりだったのだが、あれはもう、明らかに、逃げられてしまったし。
どうしよう。
本当は私のことを避けてましたってオチだったら、ちょっと耐えられないかも。
ミセ*-ー-)リ(それはさめざめミセリちゃん。ほろり)
なーんて。
我ながら白々しいと内心苦笑する。そんなわけがないと確信しているのだ。
添樹には添樹なりに、九檀の親友という自負がある。
校舎を出ると半端な時間なのか、やたら人が少なかった。
ミセ*゚、゚)リ「いつもは帰宅部に紛れて帰るもんなぁ……」
閑散とした校門前。
普段なら喧騒に掻き消される独り言もがらんと響いて、なにだか吸い込まれるような心地がする。
夕方と呼ぶには遅く、夜とするには早い、あわいの時間だった。
55
:
◆W.bRRctslE
:2023/11/02(木) 17:47:59 ID:sb0of7c60
歩き始めてから、あれっと思う。
いつも通りの帰り道のはずなのに、なにだか頭に引っかかる。
スニーカーの裏に小石が挟まっているような、ほんのちょっとの、けれども無視できないぐらいの違和感。
ミセ*゚ー゚)リ(あ!)
しばらくして、〝いつもの道〟に来てしまったことに気が付いた。
事故のあった高架橋下の道をくぐって、そのまま路地を抜けていく帰宅ルートだ。
少し入り組んでいて狭いけれど、添樹は歩きなのであまり気にせず使っていた。
さて。
引き返すか、そのまま歩いていくか。
まだ通れないままだったら困るなあと思いつつ、添樹はだらだらと歩みを続ける。
いまさら折り返すのも面倒だし。
それに、高架橋下を避けると結構な遠回りになるのだ。
戻るのも、戻らないのも面倒だなあと思っていたら、結局そのまま通りに出てしまった。
人気はない。けれど、意外にも道は綺麗に片付けられていた。
ミセ*-ヮ-)リ「ラッキー」
そのまま高架橋下を抜けて路地に入る。
こちらもやはり人気はない。
ただ、元に戻っただけの道。
こういうとき、なにとなく世界に対して、何も無かったことにするのが得意だなあと思う。
きっと、元に戻そうという力が働いているんだと思う。
ええと、こういうの、なんて言うんだっけ。
現状維持じゃなくて、なんとか合金みたいな、なんだっけ。
とりとめなく考えていると、あれっと思う。
音がするのだ。
ぎぃぎぃと、やたらにのろまな軋む音。
ミセ*゚ー゚)リ(自転車?)
狭い道とは言ってもすれ違えないほどではない。
ためしに石垣に寄ってみたけれど、それでも添樹を抜かす気配はない。
空恐ろしい心地がして足を早める。
大通りに出るまで、あとどれぐらい歩くだろうか。後ろを振り向くのが怖かった。
夜中にふと目線を感じたような気がするのと似ている。
煙のような、恐怖。
56
:
◆W.bRRctslE
:2023/11/02(木) 17:50:14 ID:sb0of7c60
ぎぃ。
.
57
:
◆W.bRRctslE
:2023/11/02(木) 18:12:35 ID:sb0of7c60
ミセ;*゚ー゚)リ「あ……」
薄暗い路地で、より濃い影が足元に落ちた。
反射的に俯いた視界の中、ボロボロのペダルがいやに目につく。
すぐ横へ寄せてきた自転車には知らない男が跨っていた。
顔をほとんど覆うマスクと、季節に不釣り合いなニット帽。
視界は妙にブレて、滲んで、ピントが合わない。
遅れて、涙が溜まっているのだと気付く。
喉の奥がふるえて、つっかえたような心地がする。
( -≠[ 三 ])「おい」
怖い。
58
:
◆W.bRRctslE
:2023/11/02(木) 18:12:59 ID:sb0of7c60
ミセ;*゚ -゚)リ「う、あ」
固まっていた添樹に対し、男は耳障りな音を上げながら自転車で添樹の行く手を阻んだ。
走ればいいのに。
せめて、大きな声を上げればいいのに。
どこか遠くの方で頭が動いていたけれど、その思考も他人事みたいにすべり落ちていく。
男の手元から目が離せない。
そこには、鈍く街灯を照り返す包丁が握られていた。
( -≠[ 三 ])「そこの角、曲がれ」
目線を追えば、先の見えない細道が続いていた。
所々欠けて蔦の絡みついた石垣は高く、湿った空気が重たい。
すえた臭いがする。
錆びついたアルミ缶が転がっている。
ミセ;*゚ -゚)リ「……っ」
不安をベタベタと塗り込めたような光景に息を呑む。
何より、ゾッとするほど暗く見えた。
こちらの道には街灯がないのだ。
( -≠[ 三 ])「さっさとしろよ、おい、おい。おい、おいおいおいおい」
苛立ちを隠す様子がない男は、包丁の刃でガリガリとベルを掻いて添樹を急かす。
甲高い音が糸を引くように粘ついて響いた。
意味がわからなくて、何もかもが恐ろしくて、添樹は涙をぽろぽろと落としながら暗闇を背に後退る。
59
:
◆W.bRRctslE
:2023/11/02(木) 18:14:02 ID:sb0of7c60
中途半端ですが今夜はここまで
秋祭りは幽世を書きました。感想、嬉しかったです
ありがとうございました
60
:
名無しさん
:2023/11/02(木) 19:47:51 ID:iKTXNxOE0
乙……!
61
:
◆W.bRRctslE
:2023/11/03(金) 19:04:30 ID:cu3y1jWw0
ミセ;* - )リ「や、やだ」
男は不意に押し黙ると、手早く自転車の向きを変えた。真正面を塞がれる。
目を逸らすことも出来ずたじろぐ添樹を、重たい衝撃が襲った。
ミセ;* " )リ、「ぁぐ…っ」
耐えきれず、尻もちをつく。ブラウスにはくっきりと車輪の跡が残っていた。
みぞおちが深く抉られたように痛む。同時に、酸っぱいものが喉へ込み上げた。
地面で擦り切れた手が痛い。
強かに打ち付けた腰が痛い。
あまりの恐怖に心臓が痛い。
痛い。
痛い。
全部、痛い。
湿った地面がじっとりとスカートを濡らして気持ち悪い。
目を開けているはずなのに、視界がどんどん昏く淀む。
何も見えない。みたくない。
今更逃げようとしても足に力が入らない。
地面をかく。
逃げたい気持ちとは裏腹に、暗闇の方へ、ずり、と少しだけ近付いた。
ミセ; 、 )リ「いや。こないで」
引きずり込まれるような錯覚を覚える。
深い穴に落ちて、そのまま落ち続けるような、足のつかない絶望が鎌首をもたげてこちらを見ている。
ぼうっと光を失くしていく添樹を満足気に見て、男は自転車を降りようと片足を上げた。
そのとき。
──ガシャン
けたたましい音と共に、男の身体が横に倒れ込んだ。
62
:
◆W.bRRctslE
:2023/11/03(金) 19:49:44 ID:Yl3cMUfw0
ミセ;*゚ -゚)リ「え、は……?」
今、たしかに、一瞬見えた。
・・・・・・
誰かが自転車を横から蹴り飛ばしたのだ。
( -≠[ 三 ])「なんっだてめ、痛ッてェなあ゛あ゛ぁ゛ッ!!?」
いやに細く上背のある人影は、自転車の下敷きになりながらも怒鳴り返す男へ駆け寄り、間髪入れずに腹を蹴り上げる。
呻く男を転がし、そのまま押さえるように体重をかけて背中を踏みつけた。
添樹はもう何が起きているのかわからなかった。
不意に。視界の端で何かがちらと光る。
意識を向ければ、主から引き離されて虚しく空回るペダルが路地の向こうの灯りを拾って照り返していた。
回るたび、からからと微かに鳴る音が少しづつ恐慌状態の添樹を落ち着けていく。
もう、ここは、暗闇の底ではない。
呆けるようにそう思うと、あたりに立ち込めた深い霧が徐々に晴れていくように、身体を固めていた真っ暗な恐怖がゆっくりと雪(そそ)がれてゆく心地がした。
(,,^Д^)「ほら、間に合った」
男を押さえつけていた彼が、ニッコリと目を細めて通りを振り返る。
見覚えのある顔つきだった。ストーカーもとい、九檀にやたらと絡む先輩。
ミセ;*゚ -゚)リ「!」
ハッとして顔を上げる。
彼の呼びかけに応えるのは、聞き馴染みのある優しい声。
ζ( *ζ「っほんと、に」
九檀の姿が見えた瞬間、堪えていた嗚咽が喉に押し寄せた。
思い出したように溢れた涙は、もう、ばかになったみたいに止まらない。
ミセ*;ー;)リ「あ、あ、デレ、デレぇ」
九檀の顔は普段のすました横顔からは想像もできないほどぐちゃぐちゃで、いったい何があったのか、目元もすっかり泣き腫らして真っ赤だった。
きっと、走ってきたのだろう。
息の上がったまま、ほとんど飛び込むように添樹へ抱きつく。
ζ( *ζ「っミセリ! みせ、み、みせりぃ、うう、うううぅ」
ミセ*;ー;)リ「何言ってるのか分かんないってばっ! もう、落ち着いて」
ミセ*ぅヮ-)リ、「大丈夫、大丈夫だから」
63
:
◆W.bRRctslE
:2023/12/06(水) 09:20:31 ID:xqxUxoK60
ζ( *ζ「よか、よかった、う、うぅ。よかった、よかったあ……」
九檀は制服が汚れるのも気にせず、地べたへ座り込む添樹の無事を確かめるように、回した腕に強く強く力を込める。
スカートも、ブラウスも、汗と泥とで汚れ放題だった。
添樹のブラウスもまた、九檀の涙でぐしゃぐしゃだ。
ミセ*ぅ ,゚)リ「ほらもお。綺麗な顔が台無しじゃんっ」
ゴシ、と乱暴に涙を拭って九檀を抱きしめ返す。
それでようやく、石みたいに固まっていた身体がちゃんと動いたようだった。
……なぜだかわからないけれど。
九檀はあきらかに、添樹よりも怯えているようだった。
悪夢に怯える子どものように幼げで頼りなく、それでいて、九檀の流す涙には確かな安堵が見て取れた。
ミセ*-ー-)リ(あーあー。ちょっぴり拗ねちゃいそ)
九檀の安堵。
その意味が、添樹にはわからない。
九檀が抱えているだろう苦悩。
どうしてこの場に駆けつけられたのか。
件の先輩との関係性、そして、彼の言う「間に合った」の意味。
ただ、九檀が今ここにいて、添樹の無事にぽろぽろと涙を流している事実だけがストンと腕の中にある。
ミセ*゚ー゚)リ(仕方ないなあ、もう)
もう一度、ギュウと九檀を抱きしめる。すこしだけ意地悪に力を込めた。
そんな添樹を知ってか知らずか、九檀はしがみつくように抱きしめ返す。
その温もりだけで、全然自分を頼ってくれなかった親友のことを、なにだか全部許せてしまうような気がした。
(#-≠[ 三 ])「クソ!」
突然に大きな声がして、二人して肩を揺らす。
例の男だった。
背中を踏み付ける巴祀屋を振り払うように身体を捻り、無理くり起き上がろうとする。
その手にギラつく、不穏の刃。
ミセ;*゚ -゚)リ「「っ」」ζ( *ζ
いまだ握って手放さない包丁を、踏みつける巴祀屋の足に突き刺そうと振り上げる──
64
:
◆W.bRRctslE
:2023/12/06(水) 09:21:34 ID:xqxUxoK60
(,,^Д^)「危ないなあ。オジさん」
巴祀屋は男の腕ごと踏みつけると、勢いよく頭を蹴り抜いた。
重く鈍い音に思わず目を瞑る。
瞼の裏。その奥で、刃物の落ちるカランとした音が呆気なく響く。
ζ( *ζ「だい、じょうぶ……?」
九檀が、そろりと声をかけた。
巴祀屋は降参のポーズを取るように、軽く両手を上げてみせる。
(,,-Д-)「身体の無事は見ての通り」
そのままひらひらと手を振る仕草がやけに馴染んでいて、九檀はなにだか、ほっと胸を撫で下ろすような心地がする。
力が抜けるように、ふうと息が漏れた。
ζ( *ζ「……よかった」
(,,^Д^)「ごめんね、怖いもの見せちゃって」
怪我がなくて本当に良かった、とそう思ってから一拍遅れて、巴祀屋の言葉が妙に引っかかった。
なにだか、まるで巴祀屋に怯えているのが前提のような物言いに感じたのだ。
65
:
◆W.bRRctslE
:2023/12/06(水) 09:27:23 ID:xqxUxoK60
ζ( *ζ(もしかして)
不意に思う。
今のように敵意がないことを示すのは彼に取って癖のようなものなのかもしれない、と。
……巴祀屋は怖い。
やたらに上背があり、酷い火傷の痕には凄みがあり、全体的に真っ黒な印象を受ける。
・・
時折開く目の奥には、確かに、背筋をシンと冷やす何かがある。
今でさえ、へらりといつもの薄っぺらな笑顔を浮かべた影で、そっと頬に滲む汗を拭い、まるでなんでもないみたいな姿勢(ポーズ)を取る。
その何気ない仕草を九檀は見逃さなかった。
両手を開いて軽くあげる降参のポーズも、嘘くさい笑みも、もしかしたら彼なりの怖がらせないための配慮なのかもしれない。
ζ( *ζ「ねえ、その」
気付けば口を開いていた。
けれども、言葉はうまく繋がらない。
暗闇を手探りで進むように、一言ずつよく確かめて口にする。
ζ( *ζ「私、あなたを……責めてないの。本当よ、だから」
ζ( *ζ「……無事でよかった」
九檀の声は小さくて、今にも静けさに吸い込まれそうだったけれど、巴祀屋はぱちりと不思議そうに瞬きすると、ほんの少しだけ穏やかに口元を緩ませた。
あたたかな沈黙が二人の間をそよいで抜けていく。
ミセ*゚ー゚)リ
ミセ*゚ー゚)リ(あれなんか二人良い雰囲気じゃん?)
ジッと息を潜めて見守っていた添樹は、明日にでも絶対問い詰めよう、と人知れず決心していた。
66
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/15(月) 18:14:03 ID:AEI3vbJ20
(,,^Д^)「さてと」
巴祀屋は手際よく男が気絶しているのを確認すると、糸が切れたようにへたり込んだ。
九檀は一瞬、何が起きたのか分からず目を白黒させる。
(;,,-Д-)「あー、ええと」
(;,,-Д-)「安心してるとこ悪いけど、その、包丁。俺の見えないとこまで蹴っとばしてくれない?」
(,,^Д^)「……刃物、ダメなんだ」
そう言って、冷や汗いっぱいの青白い顔でへにゃりと情けなさそうに笑う。
九檀はこくりと頷くと、流石に蹴り飛ばすのは気が引けて、とはいえ手に取るのも躊躇われ、悩んだ末にハンカチをかけた。
思えば、巴祀屋は初めて会った日もカフェでデザートナイフに紙ナプキンを掛けていた。
あのとき思った〝ナイフも見たくないほど〟というのは、ある種の的を射ていたのだと、九檀は一人得心する。
その様子を気まずそうに見守りつつ、巴祀屋はゆっくりと目を瞑った。
やがて、重つく息を吐ききると、そっと目を開いて立ち上がる。
67
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/15(月) 18:14:56 ID:AEI3vbJ20
(,,^Д^)「ありがと」
ζ( *ζ「ううん、こちらこそ、その……」
言い淀む九檀に、遠くからニコリと笑いかける。
(,,^Д^)「こんなとこにいるの、怖いだろ。明るいとこで待ってな」
立ち上がらず、その場で促す。
巴祀屋はあえてそうしているような、意識的に九檀との距離を縮めないでいるような印象を受けた。
ζ( *ζ(……あ、今)
気遣ったんだ。
不意にそんなことを思う。
それこそ、つい先程まで彼に怯えて錯乱していたのだ。
ζ( *ζ(けれど)
いよいよ九檀は己の未来視に疑念を抱いていた。
ナイフを見るのも辛い彼が、どうして九檀にナイフを向けられようか。
思わず考え込む九檀の袖を添樹がそっと掴む。
ミセ*゚ー゚)リ「デレ…」
あわてて、こくりと頷いた
ζ( *ζ「そう、そうね。行きましょうか」
不安そうな添樹の手を引いて路地を出る。
日はとうに沈んで、辺りはとっぷりと暗く、街頭に照らされた手元だけがいやに明るい。
土埃で薄汚れた手を握る。開く。
ζ( *ζ(間に、合った。変えられたんだ、未来を、本当に)
じわりと熱くなる目尻を擦って涙を押し込む。
なにとなく振り返った暗い路地の中、どこを見るでもなくぼうっと壁にもたれ掛かる巴祀屋がひどく寂しげに見えた。
68
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/16(火) 22:47:05 ID:6VmzJa0k0
頭上高くをカラスが飛び去り、宵闇が静かに波打つ。
添樹とは何を話すでもなく、ただ手を取り合って立ちすくんでいた。
そうして、永遠にも続くように思われた時間は、遠くから微かに、けれども確かに近付いてくるサイレンの音で呆気なくほどけた。
添樹が背伸びをして遠くを見やる。離れた彼女の体温がどこか名残惜しかった。
ミセ*゚ー゚)リ「警察…?」
ζ( *ζ「そう、だと思う。多分」
巴祀屋が呼んだのだろう。
どこまでも手際の良い男だ。およそ、自分と同じ学生だとは思えない。
彼は何者なのだろう。
不審者を取り押さえたのも、錯乱する九檀を落ち着けたのも、こうして、事件を片付けてしまうのも、九檀とは年がひとつしか違(たが)わないはずの巴祀屋は、当たり前にこなしてしまった。
勇気や正義感があるというより、躊躇いが無いとか、場馴れしているといった表現の方が近い気がする。
ζ( *ζ(少なくとも、ヒーローって感じではないかも)
日曜朝の主人公にはなれなさそうだ、と内心でくすりと笑う。
彼に感じていた得体の知れない恐怖は、いつの間にか消え去っていた。
やがてパトカーが到着すると、先程までの静寂が嘘のように騒然として、頭の中のぼんりやりとした何もかもが頭の隅に追いやられた。
三者面談よりもずうっと沢山の質問攻めに遭い、やっと解放される頃にはクタクタで、棒になった足を押して添樹の家まで向かう。
「送るよ」と言った巴祀屋は、特に会話に交じるでもなく、二人の少し後ろをのんびりと歩いていた。
ミセ*゚ー゚)リ「ねえねえ、やっぱりさ、やっぱり……そういうこと?」
肩を寄せて添樹がこそこそと問う。
吹き出すのを堪えたような声が後ろの方から聴こえた。
振り返らず、地の底から響くような声で返す。
ζ( *ζ「ばか言わないで」
ミセ*-ヮ-)リ「えーっ!」
69
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/16(火) 23:18:37 ID:6VmzJa0k0
互いにほとんど空元気の笑い声をくすくすと交わしつつ、そのうちに到着した添樹宅の前、温かく照らす玄関の灯りに九檀は胸を撫で下ろすような心地を覚えた。
添樹が鍵を開けるのにほとんど被せるようにして、勢いよく出迎えた彼女の母親に一緒になって抱きしめられる。
;; ミセ* 。- 、)リ ;;゛
堰を切ったように、それでも声を殺して泣く添樹につられて、鼻の奥がジンと熱を持つ。
滲んだ涙を見られる前にぬぐって、そっと離れた。
会釈して玄関を出る。
今はきっと、家族だけになりたいだろうから。
玄関が閉まりきる刹那、ついぞ溢れたような泣き声は聞こえないふりをした。
添樹宅の手前、曲がり角の暗がりを覗き込む。
ζ( *ζ「お待たせ」
なにとなく、まだそこにいるような気がしたのだ。
(,,^Д^)「見つかっちゃった」
軽く両手をあげて、お決まりの降参のポーズをしてみせると、巴祀屋は悪戯が見つかった子どものようにはにかんだ。
その手先がかたかたと小さく震えていることに気付く。
ζ( *ζ「それ」
あっという顔をして、ばつが悪そうに両手を背に隠した。
(,,^Д^)「ええと、はは」
らしくもなくぎこちなく笑って、ため息を吐く。
(,,-Д-)「情けないよ、ほんと」
( ,, -Д)「いつまで怯えてるんだか……」
それはほとんど独り言のように聞こえた。実際に、そうだったのかもしれない。
巴祀屋は後ろ手に、震えを握り込んでいた。それはどこか恐怖を押し潰すように。
目を瞑ると草いきれの匂いがする。むせ返るような血の匂いも──
.
70
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/16(火) 23:23:50 ID:6VmzJa0k0
ζ( *ζ「大丈夫?」
声をかけられて、つい、遠くを眺めていた意識を引き戻す。
(,,^Д^)「……ん」
曖昧に頷くと、九檀は少しだけ首を横に傾けて、けれどもそれ以上は何も言わなかった。
心配してくれているのだろう。
彼女は、表情こそ眩い燐光に包まれて見えないけれど、それは決して感情を覆い隠すほどではないのだ。
(,,^Д^)「怪我はなかった? 君の友達」
ζ( *ζ「そうね、本人はかすり傷ぐらいって言ってたわ。でも、あんなに怖い思いをしたから……」
そう言って俯く。
言葉にはしないけれど、トラウマになったかもしれない。
きっと、夜道をこれまでのように何でもなく一人で歩くことは、しばらく……あるいはずっと、難しいかもしれない。
けれど。
(,,^Д^)「君のせいじゃないよ」
ζ( *ζ「でも」
食い気味に言いかける九檀を見据える。
見えなくとも、目が合っているという確信があった。
・・
(,,^Д^)「君が未来を見たから、悪い目にあったわけじゃない」
・・
(,,゚Д゚)「君が未来を見たからこそ、俺は、あの場に間に合えたんだ。そうだろ?」
ζ( *ζ「それは…」
(,,^Д^)「それに、きっとあの子は大丈夫さ」
そう言って、視線を上に投げた。
つられて九檀も振り返る。
71
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/17(水) 21:20:32 ID:/OZUhXmg0
ミセ*゚ヮ゚)リ「おーい!」
見れば、二階の窓から添樹が身を乗り出していた。
遠目にも彼女の頬にはくっきりと涙の跡が残っている。
ミセ*^ワ^)リ「デレ、また明日ねー!」
それでも伸びやかに、もちろん強がりもあるだろう、けれど少なくとも声を張り上げる添樹の姿は、思い悩む九檀の目には眩しいほど晴れやかに映った。
ミセ*゚ー゚)リ「先輩もありがとっ」
手を後ろに組んだまま、巴祀屋はニコッと笑った。
大きな声を出すのが躊躇われた九檀は、控えめに手を振って返す。
添樹はそれで満足したようで、大きく手を振り返して応えた。
そのうちに母親に窘められたのか、慌てて部屋に引っ込む彼女を眺めながら背後の巴祀屋へ小さく問う。
ζ( *ζ「あなたは」
ζ( *ζ「どうして、私のことを助けてくれるの?」
ずっと疑問だった。
添樹の件で有耶無耶になってしまっていたけれど、一度、聞いておきたかった。
(,,^Д^)「約束したんだ」
一言、それだけ返ってくる。
約束。
誰とのものだろう。
少なくとも、九檀ではない。
自分にも、それこそ添樹のように──大切な人がいるのと同様に、巴祀屋にもまたそういう人物がいるのだろう。
意外だった。
なにとなく、彼は点のような印象があったのだ。
彼にも線が繋がっている。
自分はまだ、それを知らないだけ。
72
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/17(水) 21:25:10 ID:/OZUhXmg0
ζ( *ζ(星座に似ているかも)
思い出すのは幼い頃のおぼろげな情景。
望遠鏡のレンズ越しに、煌々と輝く星々だけがくっきりと記憶に焼き付いている。
知らなければ、見えているひとつの星としか捉えられないけれど、本当は気の遠くなるぐらい大きな何かを描いている星座の、一部かもしれない。
夜風に撫でられる髪をどこか懐かしく思いながら、「そうなの」とだけ返した。
巴祀屋もまた、それ以上を語ろうとはしないようだった。
ζ( *ζ「……ねえ」
小声で言う。
ζ( *ζ「星を、見に行くのよね」
一瞬、間の抜けた空白があった。
想定外の言葉だったらしい。
(,,^Д^)「デートのお誘い?」
思わず転びそうになりながら、勢いよく振り返る。
ζ( *ζ「……っ」
言い返すのも癪で無言で睨みつけた。
今だけはこの燐光に感謝したい。……きっと、頬が真っ赤になっていただろうから。
巴祀屋の肩を軽く叩(はた)いて歩き出す。
星を見るならうってつけの場所があるのだ。
ちらと腕時計を見る。
今から歩いても、さすがに終バスまでならまだ余裕がありそうだった。
先日、巴祀屋の言っていた流星群の時間には間に合うだろう。
そもそもの言い出した本人は、何故だか、耐えきれずといったふうで吹き出して笑っている。
いつもの嘘っぽさがないのがむしろ憎たらしい。
73
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/18(木) 22:11:09 ID:A7rK2KdY0
九檀が露骨に歩を早めると、それもまたおかしかったのかすぐ後ろで笑いを堪える気配がする。
(,,^Д^)「待って待って」
ζ( *ζ「もう、知りません」
(,,^Д^)「そんなこと言わないでってば
歩を緩めず、ため息も隠さず、あなたには呆れましたと態度で示す。
どうせ表情は伝わらないのだ。
だんだん九檀まで面白くなってきたけれど、そんな気持ちを突っぱねるようにすたすた歩く。
(,,-Д-)「ほんと、君は意外と素直だね」
(,,^Д^)「それでいて意地っ張り。どう?」
巴祀屋はと言えば、一切気にするふうもなく得意げにそう言う。
ζ( *ζ「それって両立するのかしら」
(,,^Д^)「っふ、はは、してるじゃん」
「してない」「してる」とくだらない応酬を繰り返し、最後にはどちらからともなく黙り込んだ。
夜の底はシンと冷えて、すぐ後ろの静かな息遣いが心地良い。
バス停が見えるころ巴祀屋が口を開いた。
(,,^Д^)「あのね」
前を歩いていた九檀は足を止めて振り返る。
ばちり。
ハッキリと、目の合ったような感覚に息を呑んだ。
(,,^Д^)「流星群を見に行く前に、君に伝えることがある」
ζ( *ζ「伝えること…」
(,,^Д^)「君の〝未来視〟は災厄の前兆じゃない。それは恐らく……救うための眼だ」
少しだけ悩んでから、確かめるような口調でそう言う。
ζ( *ζ「恐らく?」
九檀が繰り返すと「ああ」と頷いた。
74
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/18(木) 22:12:18 ID:A7rK2KdY0
(,,^Д^)「そうさ。本当のところは君にしか分からない」
ζ( *ζ「ちょ、ちょっと待って」
ζ( *ζ「その言い方だと、まるで」
思わず言葉を飲み込む。
言えない。何より、そんな、ありえない。
・・・
(,,^Д^)「だって君は星に願ったんだろ」
巴祀屋の言葉は九檀の祈るような気持ちに反して、けれども予想通りに紡がれていく。
そうだ。彼は初めからそう言っていた。
ζ( *ζ「星は〝願いを叶えるもの〟…」
(,,^Д^)「よく覚えてたね。その通り」
遠くからバスのヘッドライトが近付いてくる。
巴祀屋の姿が後ろから白く、眩く、照らされていく。
(,,^Д^)「君の身に起きた異変のうち、未来視それ自体は星が〝叶えた〟君だけの異能だ」
がこん、と大きく揺れて目の前にバスが停車する。
扉の開くまでの一瞬が、不思議とスローモーションのように遅れて見えた。
(,,゚Д゚)「──さあ、〝願い〟に心当たりは?」
巴祀屋の目の奥、赤く煌めく光点はもう怖くない。
彼の手を取って乗車する。
夜は、まだ長い。
75
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/18(木) 22:13:14 ID:A7rK2KdY0
前編、一から四にて終了です
次回から後編になります。よろしくお願いします
76
:
名無しさん
:2024/01/19(金) 18:16:10 ID:3csMRdwY0
おつおつ
77
:
◆W.bRRctslE
:2024/01/19(金) 23:52:49 ID:8/a8Lnws0
>>68
すみません
巴祀屋が〝ひとつうえ〟と記載がありますが、正しくは〝ふたつうえ〟です
巴祀屋 高校三年
九檀、添樹 高校一年
訂正入れるか迷いましたが、一応…
78
:
名無しさん
:2024/01/21(日) 16:18:19 ID:wLOI9vSI0
乙
設定がきれいで好き
スレタイのデレには顔があるんだよね…どうなるか楽しみ
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