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スピカを沈めるようです

1 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:19:36 ID:.Jf8dnAE0
ラノブンピック参加作品
イラストはNo32をお借りしました

https://f.easyuploader.app/eu-prd/upload/20200318142340_34676d6a654d666c4c51.jpg

2 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:20:09 ID:.Jf8dnAE0


星のように煌めき続けて、消せない記憶がある。

柔らかい春の日差し。
繋いだ手の暖かさ。
胸の高鳴り。
彼女の薬指。
赤いランドセル。
すべてを奪い去った音。

もう嵌める人のいない、スピカの指輪。


.

3 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:20:50 ID:.Jf8dnAE0



スピカを沈めるようです



.

4 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:21:56 ID:.Jf8dnAE0

('A`)「内藤、金曜って暇?」

( ^ω^)「金曜? なんで?」

('A`)「おう。合コンやるんだ」

( ^ω^)「へえ」

('A`)「今日の女の子さぁ、結構可愛いんだけど……どう?」

( ^ω^)「やめとくお」

('A`)「ん、そっか」

5 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:22:27 ID:.Jf8dnAE0

宇田は軽く頷いただけで、特に食い下がらずに引いてくれた。
その優しさがとてもありがたかった。

宇田はいつも僕を誘ってくれて、だからといって強制もしない。
いい奴だと思う。だから彼が本当に困っていたら参加しようと決めていた。
これまでにそうなったことはないけど。

視界の隅で、宇田が茂名に話しかけていた。
盛り上がる二人を見て、うまくいくことを祈った。

6 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:23:02 ID:.Jf8dnAE0

(* ´∀`)「いやー、合コンひさびさモナ。楽しみモナ」

( ^ω^)「ファイト」

( ´∀`)「内藤も来ればいいのに。もったいないモナ」

( ^ω^)「僕はいいお」

( ´∀`)「そんなんじゃいつまで経っても彼女できないモナよ」

7 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:23:35 ID:.Jf8dnAE0

とりあえず曖昧に微笑んだものの、舞い上がっている茂名は僕の顔なんか見ていなかった。
何を着ていくべきだろうかと弾む声に適当な言葉を返しながら、頭では別のことを考えていた。
もうどこにもいない『彼女』のことを。

ζ( ー *ζ

笑顔を、思い出を、何度も反芻する。それが自分の古傷を抉る行為だと知りながら。
自傷と呼んで差し支えない。わかっていた。

だけどこうして思い出す限り、僕は彼女のことを忘れない。
それなら自傷でもなんでもよかった。

8 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:24:02 ID:.Jf8dnAE0

***

('A`)「ついに今日、新人がくるじゃん」

( ^ω^)「ああ、そうだったおね」

('A`)「俺の情報網によると、どうやら新人は女子らしい」

( ^ω^)「ほほう」

('A`)「しかも美人とのことだ」

( ^ω^)「いつもながら感服するネットワークだお」

('A`)「宇田ネットワークはどんな女子も逃がさない」

( ^ω^)「ところで先週の合コンの成果は」

('A`)「それには触れてくれるな」

9 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:24:48 ID:.Jf8dnAE0

僕の所属する部署はそれなりに人材が豊富で、入れ替わりも少ない。
入社して四年経つが、最後に新入社員が入ってきたのは二年前だ。
その頃の僕たちはまだ未熟で、育成に関わることはなかった。

('A`)「俺たちが教育係になるとはねぇ。月日が経つのって早いな」

( ^ω^)「入社した頃がなつかしいお」

('A`)「皆の前で喋るの緊張したよなぁ。ほら、自己紹介のとき」

10 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:26:07 ID:.Jf8dnAE0

宇田と僕は同期で、高校時代の同級生でもある。
ほとんど同じクラスだったし、わりと頻繁に遊ぶ仲でもあった。

自己紹介で話題に困った宇田がそのことを持ち出したのは、まぁいい。
ただ、僕の高校時代の失敗談・思春期特有の奇天烈な言動・変なあだな・その他の黒歴史まで暴露するのはどうかと思う。

( ^ω^)「あのときはよくも……」

('A`)「時効、時効」

ふと、茂名が席を立った。それを合図にしたように皆がちらほらと立ち上がる。
午前九時。朝礼の時間だ。

11 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:27:07 ID:.Jf8dnAE0

( ・∀・)「えー、皆も知っていると思うが、今日から一人仲間が増える」

僕は朝礼のとき、あまり前に出ないようにしている。
後ろのほうでも声は聞こえるし、うっかり欠伸でもしようものなら課長に睨まれるからだ。

今日も御多分に漏れず、背の高い鴨志田の後ろに立っていた。
ちょうど重なるように立っている新入社員の顔は見えない。

ただ、スカートスーツとそこから伸びる細い足は見えた。
どうやら女子社員という噂は事実だったらしい。
宇田が目を見開いているのを見る限り、美人という部分も間違っていなかったんだろう。

何にせよ、僕にとってはどうでもいいことだ。

12 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:27:36 ID:.Jf8dnAE0

( ・∀・)「新入社員の津出玲子さんだ。……津出さん、皆に一言お願いできるかな?」

ξ   )ξ「はい」

新入社員が一歩、前に出る。
鴨志田の延長線上から外れ、僕の視界に飛び込んでくる。

そして僕は、宇田が目を見開いていた理由を思い知った。


ξ ゚⊿゚)ξ「美府大学から参りました、津出玲子です。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

( ゚ω゚)

13 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:28:15 ID:.Jf8dnAE0


ζ(^ー^*ζ


津出と名乗った新入社員は、あの日喪った彼女に瓜二つだった。


.

14 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:29:15 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『えーっと、内藤くん……だよね? 私に話って?』

(; ^ω^)『出連さん……えっと……』

ζ(゚ー゚*ζ『ふふっ、なんかこのシチュエーションだと告白されるみたい』

(; ^ω^)『ぶっ!!』

ζ(゚ー゚*;ζ『……え? もしかして本当に告白?』

(; ^ω^)『……うん』

ζ(゚ー゚*;ζ『……えっと、あの……ごめんなさい……』

(; ^ω^)『いや、僕のほうこそごめんだお! いきなりこんなこと! でも!』

ζ(゚ー゚*;ζ『う、うん、わかった。ちょっと落ち着こっか』

ζ(^ー^*ζ『とりあえず、お友達から始めよう?』

15 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:30:05 ID:.Jf8dnAE0

彼女と過ごせた時間はとても少なかった。
だから僕は、その数少ない思い出を何度も思い返す。

噛みすぎて味がなくなったガムのようでも、再生しすぎて擦り切れたCDのようでも構わない。
僕はあの幸福だった日々を、そして彼女のことを、絶対に忘れない。

忘れたくない。


***

16 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:30:54 ID:.Jf8dnAE0

('A`)「津出さん、だっけ? 俺は宇田。で、こいつが内藤」

ξ ゚⊿゚)ξ「よろしくお願いします」

('A`)「俺たちが教育係だから、わかんないことあったら遠慮なく聞いてね」

ξ ゚⊿゚)ξ「はい」

('A`)「とりあえず今日は、基本的なソフトの使い方を……」

('A`)「……俺が教えるから、内藤は何かあったら頼む」

( ^ω^)「わかったお」

17 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:31:27 ID:.Jf8dnAE0

宇田はいい奴だ。本当に。
きっとこの後も僕を気遣って、津出さんの話題は出さないだろう。

たどたどしく操作を教える宇田。
はきはきとした口調でそれに応え、メモを取る津出さん。
僕はその横顔を、なるべく見ないようにした。


***

18 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:32:10 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「ここ、いいですか」

椅子に座っている僕と立っている津出さんでは、必然的に僕は見降ろされる形になる。
その体勢だとか、津出さんのきりっとした目に気圧されたわけではないけど、自然に「どうぞ」と声が出た。

正面に座った津出さんがお弁当を広げ始める。
困った。逃げられない。喫煙所に行った宇田が恋しい。

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、私の教育係なんですよね」

( ^ω^)「お、おお。そうだお」

ξ ゚⊿゚)ξ「色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

( ^ω^)「はあ、いや、こちらこそ」

19 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:33:27 ID:.Jf8dnAE0

怖い。それが第二印象。
柔らかさとはかけ離れた表情だとか、はきはきしすぎる口調だとか。
失礼ながら、友達は少ないほうだろうな、となんとなく思った。
顔は彼女にとてもよく似ているのに、中身は全然似てない。当たり前だけど。

ξ ゚⊿゚)ξ「私、津出玲子といいます。歳は二十二で、趣味は盆栽です」

( ^ω^)「そりゃ随分渋い趣味……じゃなくて。どうしたんだお、藪から棒に」

ξ ゚⊿゚)ξ「自己紹介をしたほうが仲が深まるかと思って」

それはそうだろうが、訥々と語られても。
コミュニケーションが苦手なのかもしれない。悪い子ではなさそうだけど。

20 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:34:24 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「私の趣味、変ですか?」

( ^ω^)「別に変じゃないけど、若い女の子にしては珍しいんじゃないかお」

ξ ゚⊿゚)ξ「年寄り臭いってよく言われます」

(; ^ω^)「まぁ……うん……」

ξ ゚⊿゚)ξ「あと、これもあまり今時っぽくはないだろうけど……星を見るのが好きです」

( ^ω^)「……え?」

ξ ゚⊿゚)ξ「天体観測っていうほどきちんとしたものじゃないけど、晴れた日は空を眺めたりしてます」

ξ ゚⊿゚)ξ「私おとめ座だから、おとめ座のスピカって星が一番好きなんです」


胸が締め付けられる。


.

21 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:34:53 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『ねえねえ見て! 星座の指輪だって!』

ζ(^ー^*ζ『えへへ、どう? 似合うかな?』

(* ^ω^)『可愛いお』

ζ(゚ー゚*;ζ『ちゃんと指輪見てる?』

ζ(゚ー゚*ζ『……あ、星座の説明が書いてある』

ζ(゚ー゚*ζ『おとめ座の指輪は……へえー、スピカって星がモチーフなんだ』

ζ(^ー^*ζ『スピカって可愛い名前だね! 気に入っちゃった!』

22 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:35:22 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん?」

( ^ω^)「……お?」

ξ ゚⊿゚)ξ「もうすぐ昼休み終わりですよ」

いつの間にか午後の仕事まであと五分を切っていた。
食堂からオフィスまで少し距離があるから、あまりのんびりもしていられない。
津出さんと連れ添ってオフィスに戻った。

ξ ゚⊿゚)ξ「私ばかり喋って、すみません」

僕のほうこそ、ほとんど上の空で申し訳ない。
そう返すわけにもいかなくて曖昧に笑った。

23 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:36:00 ID:.Jf8dnAE0

津出さんの席は、宇田の隣になった。
左から順に、僕・宇田・津出さんという配置。
教育係である僕たちに話しかけやすいようにという配慮だろう。

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、今いいですか? 手順が合ってるか確認したくて」

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、あの業務の資料ってどこにありますか?」

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、今日の昼休憩って何時からでしたっけ?」

(; ^ω^)「……」

24 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:37:41 ID:.Jf8dnAE0

津出さんが質問してくるのはなぜか、宇田が席を外しているときが多かった。
そうなると当然、僕が応対するわけで。

( ^ω^)(質問されるのは別に構わないけど)

どうにもタイミングがおかしい気がする。
まるで宇田でなくて、僕に話しかけたがっているような。

( ^ω^)(……まさかだおね)

あまり考えないようにしようと、目の前の作業に没頭した。
正直なところ、津出さんと話している最中、自分が普通に振る舞えているか自信がない。
津出さんはあまりにも、彼女に――デレに、似すぎている。

25 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:38:37 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、宇田さん、お疲れさまです」

('A`)「お、津出さん。お疲れ」

( ^ω^)「お疲れさまだお」

ξ ゚⊿゚)ξ「ここ、空いてますか?」

いつかと同じ構図だった。
あのときと違うのは、僕の正面にはすでに宇田が座っていること。
昼時の食堂は人で賑わっていて、空席もまばらだ。
津出さんがこうして僕らに声をかけてくるのも、なんら不自然じゃない。

('A`)「おう、空いてるよ」

ξ ゚⊿゚)ξ「じゃあ、お邪魔します」

26 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:39:22 ID:.Jf8dnAE0

津出さんは宇田の隣に座った。
すぐに斜め前から視線が飛んでくる。手元のトンカツに夢中なふりをしてやり過ごした。

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さんと宇田さんって、同じ高校なんですか?」

('A`)「そうだけど、なんで知ってんの?」

ξ ゚⊿゚)ξ「茂名さんが教えてくれました」

('A`)「あいつ口軽いからなぁ。ってことは、内藤の黒歴史も聞いた?」

( ^ω^)「おいやめろ」

ξ ゚⊿゚)ξ「ええと、自称イケボ男子としてゲーム実況をしてたこととか」

( ^ω^)「やめて」

27 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:40:03 ID:.Jf8dnAE0

( ^ω^)「人の黒歴史をなんだと思ってるんだお」

('A`)「おいしいネタ」

( ^ω^)「この野郎」

ξ ゚⊿゚)ξ「あ、あと変なあだながついてたとか……どんなあだなかは聞いてませんけど」

('A`)「ああ、それはあまり面白くないやつだから」

( ^ω^)「人の過去を面白いとか面白くないとか……」

28 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:40:40 ID:.Jf8dnAE0

高校生の頃、僕は『ブーン』と呼ばれていた。

あの頃の僕には、両手をまっすぐ横に広げて走るという奇妙な癖があって。
マラソン大会で一位を獲れるか二位に甘んじるかの瀬戸際だったとき、必死になるあまり腕を広げて、思わず叫んだ。
『ブーン!』と。

今になって思えば、なんでそんなことをしたのかわからない。
きっとアドレナリンが出すぎておかしくなっていたんだと思う
なんにせよ、そんなおいしいネタをクラスメイトが見逃さないはずがない。

間抜けなあだなは、隣のクラスである彼女の耳にまで届いていた。

29 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:41:21 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『内藤くんって、ブーンって呼ばれてるんだね』

(; ^ω^)『おーん……正直恥ずかしいんだお、それ』

ζ(゚ー゚*ζ『えー、どうして? ブーンってあだな、可愛いと思うけどなぁ』

(* ^ω^)『か、可愛いかお?』

ζ(^ー^*ζ『うん! 私は好きだよ』

(*; ^ω^)『す、好き!?』

ζ(///;*ζ『あっ……ち、違うよ!? あだなが、だよ!?』

(*; ^ω^)『あっ、そ、そうだおね! ごめんお!』

30 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:42:40 ID:.Jf8dnAE0

なぜ僕が、隣のクラスである彼女を好きになったのか。
それは恥ずかしながら、一目惚れというやつだった。

歩くたびに揺れる栗色の髪も。
鈴が鳴るような笑い声も。
少し幼い顔立ちも、めまぐるしく変わる表情も。

入学してすぐに、廊下ですれ違った彼女に、僕は恋をした。
話したこともないくせに想いは勝手に膨らんで、ついには彼女を呼び出して告白までして。
『友達』になって、こうして会話を交わすようになって、僕は以前よりもずっと彼女のことが好きになっていた。

31 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:44:43 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『ねぇ、私もブーンくんって呼んでいい?』

( ^ω^)『お?』

ζ(゚ー゚*ζ『せっかく友達になったんだもん。あだなで呼びたいなって……いいかな?』

(* ^ω^)『も、もちろんだお!』

ζ(^ー^*ζ『やったぁ。じゃあ、ブーンくんって呼ぶね!』

ζ(^ー^*ζ『ブーンくんも私のこと、デレって呼んで?』

その日から、『出連さん』は『デレ』になった。
お互いの呼び名が変わったという、ただそれだけのこと。
それでもあのときの嬉しさを、胸の高鳴りを、今でも覚えてる。

32 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:46:01 ID:.Jf8dnAE0

***

津出さんの歓迎会をしようと言い出したのは茂名だった。
「あいつが幹事をやるなんて珍しい」と感心したあと、鼻の下を伸ばしながら津出さんに話しかけている茂名を見た。
……まぁ、そんなことだろうとは思ってたけど。

( ^ω^)(津出さんは美人だし、わからんこともないお)

やに下がった表情の茂名と、氷のような無表情でそれに応対する津出さん。
なんともシュールな光景だった。

( ^ω^)(……やっぱり、似てるお)

表情はまるで違うものの、津出さんの顔立ちはほとんどデレのそれで。
まるでデレがそこにいるかのように思えてくる。

33 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:46:41 ID:.Jf8dnAE0

こんな風に他人を重ねるなんて、津出さんに失礼だ。
頭ではわかっていても止まらなかった。
気を緩めると、こうしてぼんやり考え込んでしまう。

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん」

( ^ω^)「……お、津出さん。どうしたんだお?」

ξ ゚⊿゚)ξ「今日の歓迎会、内藤さん来ますよね?」

( ^ω^)「もちろんだお」

ξ ゚⊿゚)ξ「よかった。楽しみですね、歓迎会」

津出さんの表情はいつもと変わらないけど、声は少しだけ弾んでいる。
それがなんだか可愛らしくて、ちょっとだけ笑みがこぼれた。

34 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:47:45 ID:.Jf8dnAE0

***

( ・∀・)「えー、では長い挨拶は抜きにして……乾杯!」

課長の音頭に合わせて、全員が声を上げた。
それからは席が近いもの同士で思い思いに乾杯していく。

('A`)「飲み会久し振りだなぁ」

( ^ω^)「だおだお。うちの部署、飲み会といえば忘新年会くらいだお」

('A`)「ま、そこが楽でいいんだけどな」

宇田と話しながら、こっそり津出さんに目を向けた。
案の定津出さんの隣には茂名が座っていて、メニュー表を片手に話しかけている。

('A`)「内藤? どしたん?」

( ^ω^)「あ、ああ、なんでもないお」

しばらくしてもあのままだったら助けに入ろう。そう決めて、津出さんのほうを見ないようにした。

35 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:48:27 ID:.Jf8dnAE0

(* ´∀`)「ないとぉ〜」

(; ^ω^)「酒臭っ……近寄んなお」

(* ´∀`)「つれないこと言うなモナ。津出さんがトイレ行っちゃったんだモナ」

飲み会から一時間。机の上が皿でいっぱいになって、みんなの酔いも回ってくる頃。
茂名はヘラヘラニタニタと締まらない笑みを浮かべていた。
さっきまで僕と話していた宇田はというと、とっくに机に突っ伏して寝息を立てている。相変わらず酒に弱い。

( ^ω^)「茂名、あまり津出さんに絡むのやめるお。あれセクハラギリギリだお」

(* ´∀`)「だって津出さんめっちゃ可愛いし……内藤もそう思うモナ?」

( ^ω^)「……まぁ、綺麗な子だとは思うお」

36 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:49:05 ID:.Jf8dnAE0

僕の返事がお気に召したのか、茂名は酒臭いニヤケ面を近付けてきた。キツい。色んな意味で。

(* ´∀`)「内藤、そういうのにちゃんと興味あったモナねぇ」

(; ^ω^)「なんの話だお」

(* ´∀`)「またまたぁ。ひょっとして合コン断り続けてたのも、良い感じの子がいるからモナ?」

( ^ω^)「……」

良い感じの子。
その言葉を聞いて、脳裏に浮かんだのは。


ζ( ー *ζ

37 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:49:58 ID:.Jf8dnAE0

(* ´∀`)「おっ、図星モナ?」

( ^ω^)「……違うお」

(* ´∀`)「なんだモナー、ちょっとくらい話してくれたっていいモナ」

( ^ω^)「本当に違うんだお」

(* ´∀`)「まさか内藤も津出さん狙いモナ? ああいう子がタイプ――」

(  ω )「やめてくれお」

なるべく冷静に言ったつもりだった。
だけど実際の声は冷静というよりもただ冷たくて、茂名を硬直させるのには十分だったようだ。
しまった、と思ったときにはもう遅い。

ξ ゚⊿゚)ξ「……内藤さん?」

ちょうどトイレから戻ってきた津出さんにも、聞かれてしまうなんて。

38 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:50:30 ID:.Jf8dnAE0

幸いだったのは、そのあとすぐに飲み会がお開きになったことだった。
茂名とはお互いに謝ったものの、どこかギクシャクした雰囲気で別れてしまった。
自己嫌悪とアルコールが体の中で混ざり合ってるような感じがする。胃が重い。

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん」

店の前で解散したあと一人で歩いていると、津出さんに声をかけられた。
津出さんは確か車通勤で、今日は電車で来たと言っていたような。

( ^ω^)「津出さん、今日電車じゃなかったかお? 駅こっちじゃないお」

ξ ゚⊿゚)ξ「はい、電車です。駅が反対方向なのも知ってます」

( ^ω^)「ならなんで……」

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さんのことが心配だったので」

39 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:51:07 ID:.Jf8dnAE0

思わず振り返って津出さんを見た。
津出さんはいつもと同じ無表情で、じっと僕を見ている。

( ^ω^)「大丈夫だお。そこまで酔ってないお」

ξ ゚⊿゚)ξ「そうじゃなくて……」

( ^ω^)「僕なんかより津出さんが一人で帰るほうが心配だお。駅まで送るお」

ここでタクシー代を渡せば、きっとかっこいい先輩になれるんだろう。
あいにく給料日前なのでそんな余裕はない。
津出さんは何か言いたげに口を開いて、結局何も言わずに閉じて、小さく頷いた。

40 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:51:48 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「さっきはありがとうございました」

( ^ω^)「お?」

ξ ゚⊿゚)ξ「茂名さんに怒ってくれましたよね。私のために、ありがとうございます」

(; ^ω^)「ん……? うん……?」

怒ったといえば怒った。だけど津出さんのためかというと、違う。
なんとなくデレとの思い出が汚されたようで嫌だった。それだけ。
傍から見たら、下卑た話題の槍玉になっている津出さんを庇ったように見えたんだろう。
事実はどうあれ、否定する理由もない。

( ^ω^)「気にしなくていいお。むしろ変なところ見せちゃってごめんだお」

ξ ゚⊿゚)ξ「そんなことないです。怒るときはきちんと怒れるって、かっこいいと思います」

(;* ^ω^)「そ、そうかお?」

41 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:52:30 ID:.Jf8dnAE0

ますますもって津出さんのためじゃないとは言いづらくなった。
こうして面と向かって褒められるとむず痒い。ましてや、女の子からかっこいいだなんて。

ξ ゚⊿゚)ξ「私も気になってるから、聞いていいですか?」

( ^ω^)「なんだお?」

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さんって、好きな人いるんですか?」

思わずむせた。
胸を叩く僕に、津出さんが「どうなんですか」と言葉を投げてくる。

ξ ゚⊿゚)ξ「茂名さんと話してたとき、そういう話してたじゃないですか」

(; ^ω^)「津出さん、トイレに行ってたんじゃ……」

ξ ゚⊿゚)ξ「ごめんなさい。実はこっそり聞いてたんです」

42 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:52:56 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「言いたくないなら、言わなくていいですけど」

言葉こそ優しかったものの、津出さんの目はまっすぐに僕を射抜いていて。
何よりその髪が、輪郭が、唇が、思い出の中のデレと重なって。

( ^ω^)「いるお」

誤魔化すだとか嘘をつくだとか、まるでできなかった。
津出さんが瞬きをする。瞳の色も揺らがないし、きゅっと引き結ばれた唇の角度も変わらない。

ξ ゚⊿゚)ξ「そうですか」

視線が僕から離れた。ふっと体の力が抜けて、初めて体がこわばっていたことに気付いた。

43 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:53:22 ID:.Jf8dnAE0

( ^ω^)「でも、もう十年以上昔のことだお」

無意識に出た言葉に、僕自身が一番驚いた。
こうしてデレを話題を出すなんて、宇田にもしなかったことだ。
ずっと自分の中にしまって、自分だけの思い出にしていたのに。

ξ ゚⊿゚)ξ「ずっとその人のことが、好きなんですか?」

( ^ω^)「うん。多分一生好きだし、忘れられないお」

いまだに覚えてる。
告白したときの緊張を。少しずつ積み重ねたデレとの時間を。
すべてが壊れてしまった、あの瞬間を。

44 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:54:15 ID:.Jf8dnAE0

( ^ω^)「……変なこと言ってごめんお。十年も同じ人が好きだなんて、しつこいし気持ち悪いおね」

ξ ゚⊿゚)ξ「いえ、忘れられない人がいるっていうのはわかります。私もそうですから」

( ^ω^)「お? そうなのかお?」

ξ ゚⊿゚)ξ「小学生の頃、近所に住んでるお兄さんが好きだったんです」

ξ ゚⊿゚)ξ「登下校のときにすれ違うくらいの関係でしたけど……今日はお兄さんと会えるかなって考えて、いつもわくわくしてました」

( ^ω^)「そういうのいいおね。初恋って感じだお」

ξ ゚⊿゚)ξ「そうですね。結局しばらくして、お兄さんが彼女連れで歩いてるところを見ちゃったんですけど」

(; ^ω^)「……初恋って感じだお」

45 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:54:50 ID:.Jf8dnAE0

初恋は叶わないもの、というのが通説になっていると思う。
大なり小なり、みんな甘酸っぱい思い出を抱えて生きてるんだろう。
僕の場合は酸味が強すぎるし、何より長く抱え込みすぎている気がするけど。

ξ ゚⊿゚)ξ「送ってもらってすみません。ありがとうございました」

( ^ω^)「大丈夫だお。気を付けて帰るんだお」

ξ ゚⊿゚)ξ「……内藤さん」

( ^ω^)「なんだお?」

ξ ゚⊿゚)ξ「私……」

ξ ゚⊿゚)ξ「……いえ、なんでもないです。おやすみなさい」

( ^ω^)「うん。おやすみだお」

改札に吸い込まれる人混みの中に、津出さんが紛れていく。
津出さんは数歩進むたびにこっちを振り返って、最後に小さく手を振ってくれた。

46 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:55:21 ID:.Jf8dnAE0

( ^ω^)「ふぅ」

家に着いてすぐ、なんともいえない気怠さに襲われた。
きっとアルコールのせいだ。シャワーは明日の朝にしよう。

( ^ω^)「……」

机の引き出しに手を突っ込んだ。
一番奥から引き出したのは、可愛らしいピンク色の小袋。
ひっくり返すと、中身が手のひらに転がり落ちてきた。

( ^ω^)「まだ持ってること、デレが知ったらなんて言うかおね」

スピカの指輪を、僕はいまだに捨てられない。

47 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:56:07 ID:.Jf8dnAE0

材質が何かは知らないけど、きっとメッキか何かなんだろう。
ところどころ酸化してすっかり黒ずんでしまってた。
デレの指に嵌っていたときは、あんなにも輝いて見えたのに。

こんなもの早く捨ててしまえばいい。
ごみ箱に放り投げるだけだ。一秒もかからない。
やってしまえ。捨ててしまえ。
いつまでも思い出に縋ったって仕方ないだろう?

( ^ω^)「……」

わかっているのに。
またこうして引き出しに戻してしまう。

48 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:56:33 ID:.Jf8dnAE0

服を着替えて布団に潜った。
どうしようもないときは寝るしかない。この十年で学んだことだ。

目を閉じればすぐに眠気がやってきた。
意識が落ちる瞬間、最後に浮かんだのは、やっぱりデレの笑顔だった。


***

.

49 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:57:09 ID:.Jf8dnAE0

夢の中でひたすら走っていた。
両手を広げて足を回す。それだけで景色がぐんぐん変わった。どこにでも行ける気がした。
だから僕は走ることが好きだった。
そうだ。これは確か、高校の体育祭だ。

('A`)『相変わらずすげーなぁ。ぶっちぎりじゃん』

(* ^ω^)『おっおっ』

('A`)『次のリレーも出るんだよな。頼むぜ』

(* ^ω^)『任せとけお!』

50 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:57:46 ID:.Jf8dnAE0

ζ(^ー^*ζ『ブーンくん、お疲れ! 一等賞おめでとう!』

(* ^ω^)『おっ……あ、ありがとうだお』

('∀`)『お前、本当出連さんと仲良くなれたよなぁ。よかったなぁ』

(;* ^ω^)『からかうなお』

('A`)『そういえば出連さん、さっき転んでたけど大丈夫?』

(; ^ω^)『え!?』

('A`)『お前のちょうど後だから見えてなかっただろうけど、出連さん転んだんだよ』

ζ(^ー^*;ζ『ちょっとはりきりすぎちゃった。全然平気だよ』

51 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:58:08 ID:.Jf8dnAE0

(; ^ω^)『……デレ、ちょっと足見せてお』

ζ(゚ー゚*;ζ『え?……大丈夫だよ、本当にちょっと転んだだけだし……』

(; ^ω^)『いいから!』

ζ(゚、゚*;ζ『……うん』

(;'A`)『うわっ! 血出てんじゃん、保健室行かねーと!』

ζ(゚、゚*;ζ『私、リレーの後の競技出るから、そのあとでいいかなって……』

(; ^ω^)『ダメだお、今から保健室行くお! 肩貸すお!』

ζ(゚、゚*;ζ『えっ!? ブ、ブーンくん!?』

(;'A`)『って、内藤は次のリレー出るだろ!?』

(; ^ω^)『すぐ戻るお!』

(;'A`)『おーい!……あーあ、行っちまった……』

52 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:59:45 ID:.Jf8dnAE0
|゚ノ ^∀^)『そこまで深く切ってないみたいだし、消毒したからもう大丈夫よ』

(; ^ω^)『よかったお……』

ζ(゚ー゚*ζ『ありがとうございます』

|゚ノ ^∀^)『それにしても優しい彼氏ねぇ。血相変えて連れてきてくれるなんて』

(;* ^ω^)『おっ……?』

ζ(///;*ζ『かっ、彼氏じゃないです!』

|゚ノ ^∀^)『あらそうなの? まぁいいけど、早く戻りなさいね。次の競技始まっちゃうから』

53 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:00:09 ID:.Jf8dnAE0

( ^ω^)『血いっぱい出てたからびっくりしたけど、跡も残らなさそうでよかったおね』

ζ(゚ー゚*ζ『うん、ありがとう。ブーンくん、リレーは大丈夫?』

( ^ω^)『パパッと戻れば大丈夫だお。それより、怪我が大したことなくて本当によかったお』

ζ(゚ー゚*ζ『うん……』

ζ(゚、゚*ζ『……ねえ、ブーンくん。こんなこと聞くの、変かもしれないけど……』

ζ(゚、゚*ζ『どうして、こんなに良くしてくれるの?』

( ^ω^)『お……?』

54 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:00:52 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚、゚*ζ『ブーンくんが告白してくれたとき、私、まず友達になろうって言ったでしょ』

ζ( 、 *ζ『今思うとすごく失礼だったんじゃないかと思うの。友達ならいいよだなんて、なんだか答えを濁してるみたいで』

ζ( 、 *ζ『ブーンくんと友達になりたかったのは本当なの。でも……ごめんね、好きとかそういうの、まだわからなくて……』

ζ( 、 *ζ『こんなに良くしてもらってるのに、結論も出せなくて……私……』

( ^ω^)『いいお』

ζ(゚、゚*ζ『……え?』

( ^ω^)『付き合えなくたっていいお』

55 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:01:38 ID:.Jf8dnAE0

( ^ω^)『最初は一目惚れで……何も知らないまま、あわよくば付き合いたいって思って告白したお』

( ^ω^)『でも友達になって、たくさん話すようになって……本当の意味でデレのことを好きになれた気がするんだお』

( ^ω^)『こうして話すだけで楽しいって、一緒にいられるだけで幸せだって気付いたお』

( ^ω^)『デレが僕のことを男として見れないっていうなら仕方ないし、ずっと友達のままでもいいんだお』

( ^ω^)『デレのそばにいられたらそれでいいお。僕はずっと、デレのことを好きでいるから』

ζ(゚、゚*ζ『ブーンくん……』

(; ^ω^)『……とかかっこつけて、好きになってもらえたらいいなぁとは思ってるんだけど……』

56 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:02:06 ID:.Jf8dnAE0

(;* ^ω^)『と、とにかく、デレが気に病むことはないんだお! 告白したのは僕のほうなんだし!』

ζ(゚ー゚*ζ『……ありがとう』

ζ(゚ー゚*;ζ『あっ、そういえば体育祭! リレー!』

(; ^ω^)『はっ! そうだったお!』

ζ(゚ー゚*;ζ『ブ、ブーンくん、私のことは置いて先に行って!』

(; ^ω^)『いやそれ死亡フラグ! 肩貸すから急ぐお!』

57 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:03:00 ID:.Jf8dnAE0

結局あの後、リレーには間に合わなかったんだっけ。
先生には怒られて、クラスメイトにはブーイングされて。
宇田だけは笑いながら迎えてくれた。

( ^ω^)「……」

ずっと前までは、デレを夢に見た朝は泣きながら目を覚ましていた。
だけど今はもう、頬は乾ききってる。


***


.

58 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:03:31 ID:.Jf8dnAE0

('A`)「内藤、今日って暇?」

( ^ω^)「また合コンかお?」

('A`)「いや。ひさびさに飯でもどうかなって」

( ^ω^)「なんだお、珍しい。話したいことでもあるのかお?」

('A`)「まぁ、そんな感じ」

( ^ω^)「ふーん。じゃあファミレスでも行くかお」

('A`)「お、いいな。ハンバーグ食いたい」

59 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:04:00 ID:.Jf8dnAE0

行く前に煙草を吸いたいという宇田を待っていた。
ファミレスでさえ全席禁煙なんて、喫煙者には厳しい時代だ。

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん」

( ^ω^)「津出さん?」

ξ ゚⊿゚)ξ「よかった。探してたんです」

( ^ω^)「お? 何か用事かお?」

ξ ゚⊿゚)ξ「はい。もしよかったらこの後、食事に行きませんか?」

(; ^ω^)「お……?」

60 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:04:28 ID:.Jf8dnAE0

いつもは暇人の僕が、立て続けに誘われるなんて。
珍しいこともあったものだ。惜しむらくはタイミングが悪いことだけど。

ξ ゚⊿゚)ξ「この前のお礼がしたくて」

( ^ω^)「この前?」

ξ ゚⊿゚)ξ「飲み会での茂名さんとのあれです。あと、駅まで送ってもらったことも」

( ^ω^)「ああ……あんなの別に」

ξ ゚⊿゚)ξ「きちんとお礼をしないと気がすみません」

( ^ω^)「いや、だから」

ξ ゚⊿゚)ξ「和食と洋食、どっちが好きですか?」

(; ^ω^)「……えっと……」

61 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:05:24 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、もしかして私と出かけるのが嫌なんですか?」

(; ^ω^)「そうじゃないお。ただ今日はちょっと」

ξ ゚⊿゚)ξ「亡くなった彼女さんに悪いからですか?」

( ^ω^)「え?」

ξ ゚⊿゚)ξ「……あ」

( ^ω^)「なんでだお?」

ξ ゚⊿゚)ξ「……」

( ^ω^)「なんで僕の彼女が亡くなったって知ってるんだお?」

飲み会の夜、忘れられない人がいるとは話した。
だけど『彼女が亡くなった』とは、一言も言ってない。

62 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:06:09 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「宇田さんに聞きました」

( ^ω^)「……」

ξ ゚⊿゚)ξ「どうしても気になったんです。ごめんなさい」

ξ ゚⊿゚)ξ「私、内藤さんのことが」

( ^ω^)「津出さん」

( ^ω^)「僕、今日は用事があるんだお。だから行けないお」

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、あの」

('A`)「内藤、お待たせ……あれ? 津出さん?」

( ^ω^)「じゃあ行くかお。津出さん、また明日」

ξ ゚⊿゚)ξ「あ……あの……」

63 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:06:41 ID:.Jf8dnAE0

(;'A`)「おい、あれよかったのか?」

( ^ω^)「大丈夫だお。早く行くお」

('A`)「……おう」

宇田の返事はどこか歯切れが悪くて、会話もいまいち弾まなくて。
僕らは元々騒がしいほうではないけど、普段の沈黙とは違う居心地の悪さがあった。

ファミレスに着いたあと、適当なメニューを注文する。
宇田が口を開いたのは、注文したハンバーグが届いてすぐだった。

64 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:07:11 ID:.Jf8dnAE0

('A`)「もう知ってると思うけど」

('A`)「……俺、津出さんに喋った。お前と出連さんのこと」

( ^ω^)「……」

('A`)「さすがに詳しくは話してないし、彼女が亡くなったってことしか言わなかったけど……ごめん」

65 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:08:12 ID:.Jf8dnAE0

宇田は今まで一度だって、デレのことを話題に出さなかった。
合コンも強制してこなかった。周りにそういう話題を持ち掛けられたときはさり気なく庇ってくれた。
だからこそショックだった。
宇田が僕の過去を――デレのことを、他人に話すなんて。

('A`)「勝手に話したのは良くなかったし、お前が怒るのも当たり前だと思う。でも俺だって何も考えずに話したわけじゃない」

( ^ω^)「考えあってのことだっていうのかお?」

('A`)「そうだよ。俺は俺なりに、お前のことを考えたんだ」

66 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:09:43 ID:.Jf8dnAE0

('A`)「俺さ、お前がいまだに出連さんを想ってるって知ったとき、最初はすげえと思った」

('A`)「十年も同じ奴を好きでいるって、普通無理だろ。純愛ってこういうことなんだろうなって思ったよ」

('A`)「でもさ、気付いたんだ」

('A`)「お前、本当に出連さんのことが好きなのか?」

('A`)「自分はまだ出連さんのことが好きなんだって思い込もうとしてるんじゃないか?」

('A`)「本当はもう忘れかけてるのに……無理矢理に好きでいようとしてるんじゃないか?」

(  ω )「……」

67 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:10:48 ID:.Jf8dnAE0

デレが亡くなった日から、ずっと彼女を想って生きてきた。
それは「自分だけでも彼女を覚えていよう」なんて優しい気持ちじゃない。

僕はただ、楽しかった思い出を手放したくなかった。
人生で一番幸せだった頃に縋りついていれば楽だった。

そんなもの恋でもなんでもない、ただの依存だと知ったときには、何もかも手遅れだった。

68 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:11:30 ID:.Jf8dnAE0

('A`)「きっともう、恋じゃなくて執着になってるんだよ、お前のそれ」

(  ω )「やめてくれお」

(;'A`)「俺だってこんなこと言いたくねえよ! でもお前のこと見てられねえんだ!」

(;'A`)「なあ、もう十年以上経つんだぜ? そろそろ――」

(#  ω )「まだ十年だお!」

十数年間、デレのことを考えない日はなかった。
笑顔を思い出すと胸が高鳴った。
最期の瞬間を思い出すと絶望に狂いそうになった。

そう。最初は、僕の感情は激しく揺れ動いていた。
だけど何度も繰り返す内に、回顧はただの作業になっていった。
涙が出てこなくなったのは、いつからだっただろう?

69 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:12:21 ID:.Jf8dnAE0


(#  ω )「僕は、ちゃんとデレのことが……」

(;  ω )「……デレのこと、が……」


.

70 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:13:30 ID:.Jf8dnAE0


あれ?


ζ( ー *ζ

デレはどんな顔をしていたっけ?


ζ( ヮ *ζ

どんな声で笑っていたっけ?


思い出せない。


.

71 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:14:00 ID:.Jf8dnAE0


思い出せるのはあの日のこと。
空は憎々しいほどよく晴れて、皮肉なほど暖かい日のこと。

人生で一番幸せだった。
人生で一番涙を流した。
人生で一番愛した人と想いを交わして、そして喪った。


.

72 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:14:50 ID:.Jf8dnAE0



あの日僕は、街中で偶然デレと出会った。



.

73 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:16:16 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『あれ? ブーンくん?』

(* ^ω^)『えっ、デ、デレ?』

ζ(゚ー゚*ζ『すっごい奇遇だね! 何してるの?』

(* ^ω^)『ちょっと買い物だお。デレは?』

ζ(^ー^*ζ『私もお買い物! 春服買いにきたんだ』

デレは白いニットワンピースを着て、髪も結ばずにおろしていた。
学校とはまったく違う姿は新鮮で、可愛くて、ドキドキする。
緊張してることを悟られないように、自分の足元ばかり見ていた。

74 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:16:59 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『ブーンくん、よかったら一緒にお買い物しない?』

(* ^ω^)『えっ!?』

ζ(゚ー゚*ζ『あ、都合が悪いとかだったら全然いいんだけど……』

(* ^ω^)『いや、全然都合良いお! 行くお!』

結局、デレの行きたい店についていくことになった。
歩くたびに、隣にいるデレの髪がふわふわと揺れる。
まるでデートみたいだ。こんなことになるなら、もっとかっこいい服を着てくるんだった。

ζ(^ー^*ζ『このお店だよ!』

デレが指さしたのは、いかにも女の子が好きそうな可愛らしいお店で、正直ちょっと入りづらい。
だけど楽しそうなデレを見ていたらどうでもよくなって、僕そのあとに続いて店に入った。

75 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:18:02 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『少し早いけど、母の日のプレゼントを買おうと思って』

(* ^ω^)『デレは優しいおね』

ζ(゚ー゚*ζ『そんなことないよ。いつもお世話になってるんだし、当たり前のことだよ』

デレとは対照的に、僕は母の日がいつなのかすらろくに覚えていなかった。
そんな自分が少し恥ずかしくなって、デレと一緒にプレゼントを買うことにした。
レースをあしらったハンカチ。デレと会わなかったら、こんな気取ったものを買うことはなかったと思う。

(;* ^ω^)『渡すの緊張するお』

ζ(^ー^*ζ『お母さん、絶対喜んでくれるよ! 頑張って!』

そんなことを話しながら歩いているときだった。
デレの視線が、ふとアクセサリーコーナーに留まった。

ζ(゚ー゚*ζ『わあ、きれいな指輪』

76 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:18:48 ID:.Jf8dnAE0

それがスピカの指輪。
あの頃の指輪はまだ錆ひとつなくて、ぴかぴかに輝いていた。
僕は指輪なんかよりも、それを見つめるデレの笑顔のほうに見惚れてしまっていたけど。

ζ(゚、゚*ζ『あ……でもこれ、思ったより高い』

( ^ω^)『買わないのかお?』

ζ(゚、゚*ζ『うん……予算オーバーしちゃうし諦める。次に来たときにまだあったら買おうかな』

ショーケースの中を探してみても、他にスピカの指輪はなかった。
デレが摘まんでいるものが最後の一つと考えて間違いない。
デレもそれはわかっていたんだろうけど、少し残念そうな顔をして指輪を戻した。

77 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:19:59 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『ごめんね、グダグダしちゃって。そろそろ出よっか』

( ^ω^)『それなら、ちょっと先に出ててもらえるかお? 買い忘れたものがあったお』

ζ(゚ー゚*ζ『? うん、わかった』

デレの姿が見えなくなってから、僕はショーケースから指輪を抜き取ってレジに向かった。
ラッピングをしてもらっている間、デレが戻ってこないか何度も振り返ったのを覚えてる。

78 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:21:39 ID:.Jf8dnAE0

(; ^ω^)『お、お待たせだお、ごめんお』

ζ(゚ー゚*ζ『ううん! 大丈夫だよ』

ζ(゚ー゚*ζ『もうすぐ夕方だし、そろそろ帰ろっか。ブーンくんは駅のほうだっけ?』

(;* ^ω^)『え……っと……』

ζ(゚ー゚*;ζ『……? どうしたの? 何かあった?』

本当はデレを家まで送り届けて、別れ際に渡すつもりだった。
だけど僕の心臓はまだドギマギしてて、到底隠せそうにもなくて。
現にこうして不審がられている。というか心配させている。

79 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:22:05 ID:.Jf8dnAE0

(;* ^ω^)『デ、デレ! これあげるお!』

ζ(゚ー゚*;ζ『へっ? え、これ……』

ζ(゚ー゚*ζ『……開けてもいい?』

(;* ^ω^)『ど、どうぞ』

ζ(゚ー゚*ζ『……あ……これ、さっきの指輪……』

80 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:22:42 ID:.Jf8dnAE0

太陽の光に照らされた指輪は、さっきよりもきらきらして見えた。
あるいはデレの手のひらにあるせいかもしれない。
デレは目を丸くして指輪を突いたり、摘まみ上げたり、自分の手のひらにあることが信じられないようだった。

(;* ^ω^)『その指輪すごく似合ってたし、欲しがってたし……えっと……』

ζ( ー *ζ『……』

(; ^ω^)『……デレ?』

ぽろり、と一粒。
宝石みたいな涙が、デレの目から零れ落ちた。

81 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:24:13 ID:.Jf8dnAE0

(; ゚ω゚)『デ、デレっ!?』

ζ(;、;*ζ『ブーンくん……』

(; ゚ω゚)『迷惑だったのかお!? ごめんお、僕はただあげたら喜ぶかなって……』

ζ(;、;*ζ『ち、違うの。そうじゃないの』

通行人がちらちらと僕らを見ている。視線が痛い。
でもそんなことより、目の前のデレが泣いていることがショックで。
どう謝ればいいのか、どうすれば泣きやんでくれるのか、まったくわからなくて。

82 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:26:01 ID:.Jf8dnAE0

ζ(;、;*ζ『私、私ね、やっぱり友達は嫌だ』

( ^ω^)『……え』

ζ(;、;*ζ『ブーンくんと友達でいるの、嫌だ』

( ^ω^)『……』

ふられた。
友達ですらいたくないと、デレは確かに言った。
付き合えなくてもいいなんてかっこつけていたくせに、いざそうなると言葉が出なかった。

83 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:27:10 ID:.Jf8dnAE0

ζ(;、;*ζ『私、ずっと悩んでた。ブーンくんはああ言ったけど、本当にこのままでいいのかなって』

ζ(;、;*ζ『きっぱり振ったほうが、ブーンくんも次に行けるから……私よりも素敵な子と付き合ったほうがいいって……』

(  ω )『……』

ζ(;、;*ζ『でも……そう考えたら……』

ζ(;、;*ζ『そんなの嫌だって、思った』

84 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:27:54 ID:.Jf8dnAE0

ζ(;、;*ζ『ブーンくんが他の女の子と歩いているなんて嫌だ』

ζ(;、;*ζ『ブーンくんの隣が私じゃないなんて嫌だ』

ζ(;、;*ζ『このまま友達でいるのも、嫌だ』

( ^ω^)『……デレ……?』

ζ(;、;*ζ『私、自分の気持ち、やっとわかった』

ζ(;、;*ζ『……友達じゃなくて、ブーンくんの、彼女になりたい……』

85 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:28:45 ID:.Jf8dnAE0

スピカの指輪はすんなりデレの薬指に嵌った。
サイズもろくに確認してなかったのに、まるでデレのために作られたかのように。

ζ(;、;*ζ『まだ間に合うかな? まだ私、ブーンくんの彼女になれる?』

( ^ω^)『そんなの……そんなの、当たり前だお……』

ζ(;ー;*ζ『ふふ……よかったぁ……』

デレは薬指を見せて、泣きながら笑った。
こっちまで泣きそうになるほど、きれいな笑顔だった。


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86 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:29:33 ID:.Jf8dnAE0

「家まで送る」と伝えたら「じゃあそれまで手繋ごう」と言われた。
断る理由もなくて、恐る恐るデレの右手を握った。

初めて触れたデレの手は小さくて、柔らかかった。
強く握ったら壊してしまいそうで、ただ触れているだけの指を、デレがぎゅっと握り締める。
驚いて視線を向けた僕に、デレはいたずらっぽく笑った。

87 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:30:23 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『ねえブーンくん、もう少し暖かくなったらボート乗りに行かない?』

( ^ω^)『ボート?』

ζ(゚ー゚*ζ『支辺理亜公園でね、ボートの貸し出ししてるんだって』

( ^ω^)『おお、いいおね。行きたいお』

ζ(^ー^*ζ『やったぁ! えへへ、実は彼氏とボートに乗るのが夢だったの』

(* ^ω^)『おっおっ』

ガッツポーズをとるデレの薬指に、指輪が光ってる。
それを見るたび、本当にデレと恋人になったんだという実感が湧いてきて。

(* ^ω^)『あー、なんか踊りたい気分だお』

ζ(゚ー゚*;ζ『お、踊り? どうしたの急に……』

88 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:31:24 ID:.Jf8dnAE0

( ^ω^)『……あ』

僕らがちょうど横断歩道を渡ろうとしたその瞬間、信号が点滅し始めた。
ここの道路は幅が短い。渡ろうと思えば渡ってしまえる。

ζ(゚、゚*ζ『ここの信号長いんだよねぇ』

( ^ω^)『まぁ、のんびり待つお』

急ぐ必要もなかったし、デレを走らせるのも気が引けた。
何よりこれで、もう少し長くデレと手を繋いでいられる。ちょっと気持ち悪い考えだけど。

点滅していた信号が切り替わる。
これでもう渡ることはできない。なのに、動く影があった。

89 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:32:42 ID:.Jf8dnAE0

(; ^ω^)『お?』

*(‘‘)*

僕らの向かい側にいた女の子が、赤信号だというのに横断歩道を渡りだした。
余程急いでいるんだろうか、女の子は険しい表情をしていた。
重そうなランドセルを背負って、小走りで僕たちのほうに向かってくる。

車がいなくてよかったと僕が安堵するのと、
後ろの路地から車が左折してくるのは、ほとんど同時だった。

90 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:33:40 ID:.Jf8dnAE0

(; ゚ω゚)『――!!』

ここは車通りも、人通りも少ない。
だから運転手は油断していたんだろう。カーブにしてはスピードが出すぎていた。

(; ゚ω゚)『危ないっ!!』

叫んで、横断歩道をほとんど渡り終えていた女の子に手を伸ばす。
女の子も迫ってくる車に気付いたのだろう。だけど重い荷物を抱えた体が咄嗟に動くわけがない。

手を伸ばす。めいっぱいに。
届かない。だめだ。間に合わない――

91 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:34:19 ID:.Jf8dnAE0



そして、僕の真横からデレが飛び出した。



.

92 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:35:07 ID:.Jf8dnAE0

( ゚ω゚)『デ――』

一瞬だった。

デレが女の子を突き飛ばしたのも、女の子が尻もちをつくように倒れたのも。
車の急ブレーキが間に合わず、デレが跳ね飛ばされたのも。

弾き飛ばされたデレは数メートル先に倒れこみ、タイヤがその体に乗り上げた。
車体と地面の隙間から、さっきまで繋いでいた手が見える。
薬指のスピカの指輪が、生々しく光っていた。

93 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:36:03 ID:.Jf8dnAE0

(  ω )『……あ……』

手はぴくりとも動かない。

(  ω )『あ、あ……』

何か赤いものが、アスファルトの上で珊瑚状に広がっていく。

(  ω )『ああああ!!! うわああああああ!!!』

力の限り叫んだ。それは覚えている。
だけどそのあとどうなったのかは、まったく覚えていない。


***

94 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:36:55 ID:.Jf8dnAE0

(  ω )「僕は、デレが好きだお……今でもまだ、好きなんだお……」

('A`)「義務感や惰性で想い続けてるなら、それはもう好きじゃないだろ」

('A`)「……お前もいい加減、自分の人生を生きるべきなんだって」

('A`)「だって、」

(  ω )「もういいお、宇田。わかってるお」

(  ω )「デレはもう、死んでしまったんだお」

( ;ω;)「もう、どこにもいないんだって……わかってるお……」

95 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:37:55 ID:.Jf8dnAE0

デレを喪ったとき、彼女を永遠に愛し続けると誓った。
だけどそれは、死んだ恋人を想い続けるという行為に酔っていただけなのかもしれない。

純粋な恋心が醜い執着に変わったのは、いったいいつからだったんだろう。
想い続けることが義務になったのは、いったいどの瞬間だったんだろう。

96 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:38:57 ID:.Jf8dnAE0

恋の寿命は三年だという。
僕の恋は、いったい何年続いたんだろう。

甘やかな匂いも、血の匂いも、彼女を愛していたことも、すべて覚えているのに。
どうして思い出に変わってしまうんだろう。
それが大人になるということなら、僕は子供のままでよかった。
ずっとデレのことを好きでいたかった。

『好きになってはいけないと思うのが恋のはじまりで、好きでいなければいけないと思うのが恋の終わり』だと、昔どこかで聞いた。
本当に、その通りだと思う。


***


.

97 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:40:36 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、星を見に行きませんか」

津出さんに誘われたのは終業後のことだった。

( ^ω^)「今日かお?」

ξ ゚⊿゚)ξ「はい。内藤さんの予定がなければ、ですけど」

( ^ω^)「予定はないお」

津出さんに続いて会社を出た。
僕らの会社の近くには公園がある。てっきりそこで見るのかと思って、のんびりついていった。
だから着いた先が、津出さんの車だったことには驚いた。

98 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:41:12 ID:.Jf8dnAE0

(; ^ω^)「車で行くのかお?」

ξ ゚⊿゚)ξ「はい。うちの近く、星がよく見えるんです」

( ^ω^)「津出さんの家って……」

津出さんが口にしたのは、確かに星がよく見えそうな場所だった。
はっきり言ってしまえば、街灯の少ない田舎というやつ。
津出さんが自家用車で通勤しているのにも納得がいく。あの場所なら交通機関は使いづらい。

99 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:41:55 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「酔ったら言ってください」

いったいどれだけ荒い運転なのかと身構えたものの、拍子抜けするほど優しく車は発進した。
通勤路ということもあってか、迷う素振りもなくスイスイと進んでいく。
なんとなく口を開きづらいのは、この前のことがまだ尾を引いているからだろう。

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、酔いました?」

( ^ω^)「え? あ、大丈夫だお」

ξ ゚⊿゚)ξ「そうですか、よかったです」

気がついたら十分近く経っていた。
何か話さないとと話題を探してみたけど、結局最後まで気の利いた話題が浮かばなくて、何も言うことができなかった。

100 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 16:42:31 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「ここです」

車はスーパーの駐車場に停まった。
二十四時間営業ではないスーパーは暗く沈黙しているし、当然駐車場に停まっているのもこの車しかない。

窓越しに見上げる空は黒いキャンバスのようで、白い星がいくつも散りばめられていた。
高いビルや電灯がほとんどない環境が、空本来の美しさを遺憾なく発揮させている。

津出さんの趣味が星を見ることだということも理解できる。
きっと仕事帰りで疲れているとき、こうして車を停めて空を見上げるんだろう。
それはとても癒されそうで、少し羨ましいと思った。


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