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( ^ω^)文戟のブーンのようです[テストスレ]
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"( )"
やぁ、皆さん。
まずは入学おめでとうと言っておこうかな。
堅苦しい話は抜きにして、いきなり本題から入ろうか。
この学園《スレ》で、君たちには戦ってもらう。
君たちが持つ、ブーン系小説にかける情熱と、文才を武器にして。
――震えているのかい?恐れているのかい?
他者の評価を、自身の実力が白日に晒されるのを。
然しながら、こんな言葉がある。
『金剛石は、金剛石でしか磨けない』
君たちが、君たちの持つ力を磨くには、同じ志を持つ者たちと、熱く、激しくぶつかり合わねばならない。
だから僕は、この学園を創設したんだ。
さぁ、戦え。生徒《サクシャ》達よ。
――文戟の始まりだ。
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僕の住む街は東京や大阪のように大都会でもなく、かといって農村のように辺鄙でもなく
家から十分歩けばバス停はあるものの本数は三十分に一本というような、中途半端な田舎。
「いつか都会に住みたい」と目を輝かせるクラスメイトとはなんとなく馬が合わなくて
男子が回し読みしてるエッチな雑誌にも、女子が回し読みしてるファッション雑誌にも興味が持てずに
そして何より元来の人見知りが相まって、僕はもはや空気のような存在だった。
このまま淡々と日々が過ぎていくのだろうと、小学生の癖に悟ったようなことを思っていた。
あの日彼女に出会うまでは。
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僕はその日お遣いを頼まれて、商店街を訪れていた。
寂れてはいるものの昔馴染みの商店街はとても暖かい。
お店のおじいちゃんおばあちゃんにとって小学生の僕は孫のように見えるらしく
お遣いのご褒美だという名目で商品のどらやきを頂戴することになった。
僕の住む街は海沿いの街だ。
商店街を抜けて少し歩いたところに大通りと、それに面した長い防波堤がある。
防波堤の向こうには開けた空とそれから海が広がっていて
砂浜もないここでは波の音こそ聞こえないけど、閉鎖的な街の出口のようなこの場所が、僕は好きだった。
この道を通るのも久し振りだし、せっかくなら海を見て帰ろう――と思ったその時。
歌が聞こえた。
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僕よりいくつか年上の、セーラー服を着た少女。
肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪が潮風に攫われた。髪がこすれ合って華奢な音が聞こえる。
石造りの防波堤に座って、彼女は歌を歌っていた。
僕は目も耳も呼吸も奪われてそれを見ていた。
聞き覚えがありそうでないようなメロディ。
それを紡ぐ度に、夕陽をたっぷり吸って橙色に染まった唇が動くのが艶めかしい。
当時幼かった僕には「艶めかしい」なんて言葉どころかその感情さえ知る由もなかったけど
それでも彼女に見惚れたあの瞬間、あれが生まれて初めての欲情だったのかもしれない。
だから、夢中になりすぎて歌が止んだことにも気付かなかった。
川 ゚ー゚)「アンコールはしてくれないのかい?」
いつのまにかこっちを向いていた彼女が、作り物っぽく笑っていた。
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川 ゚ -゚)「やあ、どらやきの少年じゃないか」
('A`)「どらやき……」
川 ゚ -゚)「昨日君がくれたどらやき、あれは最高だったよ。いや本当に、今まで食べた中で一番おいしかった」
まさかあの後、彼女の腹の虫が鳴るなんて誰が予想しただろう。
気まずい沈黙――のように思えたが彼女はそう思ってないかもしれない――に耐え切れず
手持ちのどらやきを差し出してしまったことを、少しだけ後悔してる。
('A`)「おねーさん、歌じょうずですね」
川 ゚ -゚)「褒め言葉は嬉しいが、なぜ敬語を使うんだ? 友達からそんな他人行儀にされては悲しいじゃないか」
(*'A`)「と、ともだち?」
川 ゚ -゚)「そうだ。いいか少年、『二回会ったら友達だ』という言葉があってだな」
こうして、空気のような存在だった僕に初めての友達ができた。
その人は年上で、歌がうまくて、不思議な雰囲気を持つお姉さんだった。
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お姉さんは僕が知る限りいつもそこにいた。
平日だろうが休日だろうが夏だろうが冬だろうが、まるで観光地の銅像のように。
「今日もおねーさんいるのかな」と学校で考えてしまえばそれ以外のことを考えられなくなって
誘われるようにふらふらと、ランドセルを背負ったまま、僕はまたあの場所に赴いていた。
川 ゚ -゚)「こんにちは、少年。今日もお遣いか?」
('A`)「ううん。おねーさん、いるかなって」
川 ゚ -゚)「私に会いにきたのか?」
(*'A`)「ち、違うよ。ちょっと気になっただけ」
川 ゚ -゚)「それを『会いにきた』というんじゃないのか」
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(*'A`)「お、おねーさんは、家どっちなの?」
川 ゚ -゚)「あっちのほうだよ」
お姉さんが指差した方角はいわゆる住宅地というやつで
当時の僕は理解できてなかったけど、金持ちが暮らす区域に分類されるものだった。
「大きくて立派な家がある」とおぼろげな知識だけはあったので「すごいね」と言ってはみたものの
お姉さんは曖昧に微笑むだけで、反応が芳しくなかったのを覚えてる。
川 ゚ -゚)「そんなことより、早く帰らないと親御さんが心配するんじゃないか?」
まったくその通りなので黙るしかなかった。
そもそもこの道は僕の通学路でもなんでもない。
空は橙を通り越して黒に染まり始めてる。もうすぐ夕飯の時間だ。
家族も「遅いね」なんて話をしてるかもしれない。
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川 ゚ -゚)「私は明日も明後日もここにいるよ」
('A`)「ほ、ほんと?」
川 ゚ -゚)「友達に嘘をつくものか。私は海が好きでな、天気が良い日はいつもここに来ているんだ」
川 ゚ー゚)「だから、私に会いたくなったら、ここにおいで」
「また会えるよね」と何度も念を押した。
未練がましく手を振る僕が見えなくなるまで、お姉さんは笑ってくれていた。
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川 ゚ -゚)「今日は快晴だな。見ろ、あっちでおじさんが釣りをしてる。釣れるのかな?」
川 ゚ -゚)「私の歌が聴きたい? 君はいつもそれだな。もちろん構わないさ」
川 ゚ -゚)「どらやきを買ってきたぞ。一緒に食べよう。なに、いつぞやのお礼だ。遠慮するな」
川 ゚ -゚)「こんにちは、少年……おや」
川 ゚ -゚)「その姿を見るのは初めてだ。よく似合っているじゃないか」
('A`)「お姉さんも、ブレザー似合ってるよ」
僕はランドセルから学生服になって、お姉さんはセーラー服からブレザーになって
姿形が変わっても、僕らの関係は変わらなかった。
川 ゚ー゚)「よし、祝いに歌ってやろう」
防波堤をステージにお姉さんが歌い始める。
たった一人の観客である僕は目を閉じる。芸術的なほど美しい声に聞き入るために。
車の音も波の音も、どうか今だけは邪魔をしないでくれと祈った。
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('A`)「お姉さんって歌手にならないの?」
川 ゚ -゚)「歌手?」
('A`)「だっていつも歌ってるし、好きなんでしょ」
川 ゚ -゚)「東京ならまだしも、こんな田舎で目指そうと思わないさ」
('A`)「そんなの録音したものをCD会社に送ったりすれば……」
川 - )「やめてくれ」
お姉さんの声は明らかな拒絶を孕んでいて、今まで聞いたことがないほどに冷たくて
「出しゃばりすぎた」と黙り込む僕を傷付けまいと思ったのか、お姉さんが取り繕うように笑う。
川 ゚ー゚)「君がそこまで買ってくれるのは嬉しいよ。でも趣味の範囲に留めたいんだ」
その笑顔はどこか寂しげだった。
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川 ゚ -゚)「なあ少年、デートをしないか」
(゚A゚)「ガッポ!」
口から飛び出たどらやきが防波堤を越えていった。
波の向こうに消えていくそれを見て、お姉さんが「もったいない」と呟く。それどころじゃない。
('A`)「デ、デートって」
季節がまた巡って、お姉さんのブレザー姿も見慣れてきた頃。
突拍子ない発言を食らった僕は動揺するしかできなかった。
女子に慣れてないことを暴露するような態度は到底かっこいいものではないけど
お姉さんは特に気に留めず話を続ける。
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川 ゚ -゚)「君と出会って随分経つが、遊びに行ったことはなかっただろう」
('A`)「あー……そういえばそうだね」
川 ゚ -゚)「こうして語らうのももちろん楽しいよ。でもまぁ、たまにはどうかなと思って」
この数年でお姉さんは随分大人びた。
腰まで伸びた髪も、堀の深い顔立ちも、スカートから覗くふくらはぎも
クラスメイトの女子の誰よりも、道端ですれ違う女子高生の誰よりも、お姉さんは綺麗だ。
この人と、デート?
鳩尾をくすぐられているような気分になる。
川 ゚ -゚)「嫌かい?」
(*;'A`)「い、嫌じゃないけど」
川 ゚ -゚)「デートといっても、それっぽく遊ぶというだけだよ。気負わなくていい」
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支援
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それっぽくとはどんな感じなんだろう。デートをしたことがない僕にはわからない。
竹を割ったような口振りとは逆に、お姉さんの伏せられた瞼はどこか拗ねているようで
気が付いたら僕は返事をしてしまっていた。
('A`)「いいよ。行こう」
川 ゚ー゚)「そうこなくっちゃ」
今時の学生にしては珍しく僕らは携帯電話を持っていなかったので、メールや電話という通信手段がなかった。
だから口頭で約束をした。
出会って何年も経つのにこうして約束するのは初めてで、なんとなく気恥ずかしかったけど。
「日曜日の十三時、ここで」
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川 ゚ -゚)「すまない、待たせたか?」
時間通りに現れたお姉さんを見てガッカリしてしまったのは致し方ないと思う。
だって彼女は。
('A`)「なんで日曜日なのに制服なの……」
川 ゚ -゚)「君だってそれ、制服と同じだろう」
('A`)「僕のは私服だよ」
川 ゚ -゚)「同じじゃないか。上は白くて、下は黒いズボン」
('A`)「お姉さん、服とか興味ないタイプでしょ」
曲りなりにもデートだからと、気を遣って一番良い服を選んだつもりだ。
とはいえその『一番』は僕のレパートリーの中でという意味で、世間一般からすればまぁダサいんだろうけど。
悲しいことに、それ以上にお姉さんは服に頓着がないようだった。
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('A`)「どこに行くの?」
川 ゚ -゚)「隣町のサティ」
('A`)「それ、もしかしてイオンのこと?」
川 ゚ -゚)「イオン? 私が言ってるのは駅前のショッピングセンターのことだが」
('A`)「だからそれイオンだよ。名前が変わったんだって」
サティが買収されてイオンになったのはもう何年も前の話だけど
お姉さんはいつから隣町に行ってないんだろう。
ちなみに僕が今着ている服も、母がそのイオンで買ってきたものだ。
川 ゚ -゚)「そうだったのか……世界はめまぐるしく変わるものだな」
めまぐるしくっていうほど最近のことじゃないよ、と言いかけてやめた。
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隣町へ行くためにはバスを使うしかないのだけど
のろのろとやってきたそれにはおじいちゃんとおばあちゃんが数人座っているだけで
この街の高齢化と人口減少という問題について考えさせられた。
お姉さんが座ったのを見届けて、その後ろの座席に座る。
川 ゚ -゚)「なぜ隣に来ないんだ?」
('A`)「なんとなく」
二人掛けの座席は狭く、一緒に座ると肩から太腿がぴったり密着してしまう。それが恥ずかしかった。
それを言うのはもっと恥ずかしいので、僕はそっけない態度を取るしかない。
きっと周りから見たら大人びた姉と反抗期真っ盛りの弟のように見えるだろう。
前後に座った状態で話すのは難しい。
僕らは最初こそお喋りしていたものの、首を回すのに疲れたお姉さんが前を向いてしまい
それからはなんとなくお互い無言で窓の外を眺めていた。
電線に視線を配らせるお姉さんは、僕と同じように忍者を走らせていたんだろうか。
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川 ゚ -゚)「着いたぞ、サティ」
('A`)「イオンね」
日曜なだけあってショッピングモールは人で賑わっていた。
ベビーカーを押す家族連れ、黄色い声ではしゃぐ女子の集団、買い物袋をぱんぱんにしたおばさん。
店内放送はひっきりなしに迷子のお知らせをしている。
この田舎町のどこにこれだけ人が隠れていたのだろう。
川 ゚ -゚)「最初は服を見に行こう」
('A`)「いいけど、服欲しいの?」
川 ゚ -゚)「別に欲しくはないが、ルンルンで歩く彼女の後ろで大量の荷物を抱える彼氏というのは基本だろう?」
(;'A`)「基本なの? それ……」
現実にそんなカップルなんて見たことがないけど、なんのステレオタイプだろう。
かなり古いものから引っ張ってきたのは間違いない。
そもそも僕らはカップルですらないけど。
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川 ゚ -゚)「なあ、これなんかどうだ?」
('A`)「お姉さんってセンスないんだね」
川 ゚ -゚)「なんだと? かっこいいじゃないか、胸ポケットに虎の刺繍だぞ?」
('A`)「いくら僕でもそれがダサいってことはわかる」
隣町は僕らが住む街より多少は都会で、でもやっぱり田舎だ。
二階しかない小さなショッピングセンターだから、衣料品コーナーなんてほんの一部で
その中でも僕らの世代向けの服屋となると、まあ、この店しかなかった。
|゚ノ ^∀^)「あらあら、お姉ちゃんたちカップル?」
(*;'A`)「へ? いや、違……」
川 ゚ -゚)「ただの友達ですよ。今は、ね」
|゚ノ* ^∀^)「あら〜」
(*;'A`)「ちょっと!」
川 ゚ -゚)「冗談だ、冗談」
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服を買わせたかったのか、それとも客がいなくて暇だったのか。
客観的に見てこんな子供に服を買える経済力があるとは思えないので恐らく後者だろう。
店員のおばさんはそれ以降やけに生暖かい目で見守ってくるようになり、気まずくなった僕らは店から退散することになった。
川 ゚ -゚)「少年よ。とても今更だが、私はあまりお金を持ってない」
('A`)「じゃあ『ルンルンで歩く彼女の後ろで大量の荷物を抱える彼氏』できないじゃん」
川 ゚ -゚)「なんだ? したかったのか?」
(;'A`)「別にしたくはないけど……」
川 ゚ -゚)「服も見たし、次は何をしようか。デートっぽくて、お金がそんなにかからないこと」
('A`)「うーん……」
('A`)「…………あ」
川 ゚ -゚)「あ」
川 ゚ -゚)「「プリクラ」」('A`)
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漫画などで読む限り、デートをする男女は記念にプリクラを撮っていたはずだ。
お姉さんも同じことを考えていたらしく、満場一致でゲームセンターに行くことになった。
ただ、プリクラのお金が五百円だってことはお互いに知る由もなかったけど。
('A`)「僕が三百円出すよ」
川 ゚ -゚)「いや、私が払う。こういうときは年上が払うものだ」
('A`)「年上って言ったって、三つくらいしか違わないでしょ」
川 ゚ -゚)「三つの差をナメるなよ。三年というのはすなわち千九十五日で……」
('A`)「いいってば。僕が出すからね」
川# ゚ -゚)「させるか!」
(;'A`)「あっ」
ちゃりんちゃりんちゃりん。お姉さんの持っていた小銭が機械に吸い込まれていく。
僕が呆気にとられている内に手に持っていたお金を奪われ、ちゃりんちゃりん。とまた小銭が入っていく音。
小銭を飲み込んだプリクラ機がご機嫌に音楽を奏で始めた。
川 ゚ー゚)「ふふん。私の勝ちだな」
勝ち負けの問題なんだろうか。
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『がおー! ライオンのポーズ!』
川 ゚ -゚)「む? 次はライオン?」
(;'A`)「お姉さん、手がピースのままになってるって」
『いっくよー! さん、にー、いち……』
川; ゚ -゚)「わー! 待て待て待て! せっかちだなこいつ!」
ものの数十秒でプリクラ機の中はどったんばったん大騒ぎになった。
機械の真ん中にあるパネル、そこに映るモデルの女の子が代わる代わるポーズを決める。
そのポーズも音声での指示も「あくまで一例」だということはわかっていたけど
プリクラどころか写真にすら慣れてない僕らはその例に従うことにした。
『ぎゅっと抱き合って、密着しちゃおう!』
(*;'A`)「ちょ、これは……」
川 ゚ -゚)「指示ならば仕方あるまい。やるぞ少年」
(*;'A`)「えぇっ!?」
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『さん』
(*;'A`)「お姉さん! それはまずいって!」
川 ゚ -゚)「なぜだ? せっかくだしいいじゃないか」
『にー』
(*;'A`)「いやいやいや、さすがに」
川 ゚ -゚)「気にするな」
(*;'A`)「するって!」
『いち』
川# ゚ -゚)「ええいウジウジとうるさい、覚悟しろ!」
(*;'A`)「ちょ、あ――――!」
ぱしゃり。
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川* ゚ -゚)「wwwwwwww」
(;'A`)「笑わないでよ……」
川* ゚ -゚)「だってwwwこれwww」
【 川 ゚ -゚)っ(゚A゚;*) 】
(*;'A`)「お姉さんが急に抱き着いてくるから!」
川 ゚ -゚)「おい、見てみろ少年。この落書き機能、『カラコン装着』なんてものがあるぞ」
川 ゚ -゚)「ふむ、撮ったプリクラの上からカラコンがつけられるのか……これをこうすれば……」
【 川 ゚ -゚)っ(〇A〇;*) 】
川* ゚ -゚)「wwwwwwwwwwwwwwwww」
(*;'A`)「ちょっと!! それやめて!」
川* ゚ -゚)「もう遅いwww決定ボタン押したwww」
(*;'A`)「だああ! ちくしょう!」
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出目金のような目玉になった僕が笑いのツボに入ったのか、お姉さんはしばらく笑い続けた。
印刷されたプリクラを切り分けるときも「笑いすぎて手が震える」なんてのたまうものだから
仕方なく僕がハサミで切り分ける羽目になった。
切り分けられたプリクラを見たお姉さんがまた笑いだして、恥ずかしさのあまり腹も立ったけど
お腹を抱えて笑うお姉さんの顔も声もとても綺麗で、もしかしたら歌っているときよりも素敵に見えて
この顔と声が拝めるならまぁいいか、なんて思ってしまった。
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川 ゚ -゚)「おいしい」
('A`)「お姉さん、こぼしてるよ」
川 ゚ -゚)「細かいことは気にするな」
('A`)「細かくないよ。クリームで道ができちゃってるから」
僕らが『デート』というものに対してあまりに無知すぎたのか
はたまたあのショッピングモールが狭すぎたのか、プリクラを撮ったあとはもうネタが尽きてしまった。
そもそもお姉さんはあまり遅くまで外出できないらしく、ちょうど帰りのバスが動いていたこともあり
僕らの初デートは三時間というなんとも微妙な時間で終わった。
帰りに買ったクレープを頬張りながら、いつもの大通りを歩く。
お姉さんは口の周りをクリームでべたべたにしながらクレープと戦っている。
「スプーンをもらえばよかったね」と言えば「なぜ店で買ったときに言わないんだ」と怒られた。
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('A`)「もう夏だね」
川 ゚ -゚)「ああ。今年も暑いな」
('A`)「僕、夏って嫌いだ。暑いし、虫は湧くし」
川 ゚ -゚)「そうか? 私は好きだぞ。太陽の光が強い分、海が綺麗に見える」
「見てみろ」と促されて、防波堤の向こうに目を遣る。
地平線まで続いて青空と交差する海。見慣れた橋と、ビルや住宅が立て並ぶ陸が見えた。
あれはさっきまで僕らがいた隣町だ。こうして見ると結構遠いんだな。
お姉さんが綺麗だと言った水面は、夏の夕陽をめいっぱい吸い込んでキラキラと輝いていた。
蜃気楼の向こうに見える隣町まで――いやもっと遠く、空と交差している場所にまで一筋の道を作っている。
まるで誰かに呼ばれているようだ、と思った。
('A`)「綺麗だね」
川 ゚ -゚)「そうだろ?」
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お姉さんと友達になってもうだいぶ経つけど、僕から何かしようと提案することはなかった。
今日一緒に出掛けようと提案したのも、服を見に行こうとせがんだのも、全部お姉さんだ。
僕はせいぜい相槌を打つくらいで。
('A`)「お姉さん、また遊びに行こうよ」
川 ゚ -゚)「え?」
('A`)「今度は隣町なんかじゃなくて、もっと遠くに行こう。カラオケとかさ、きっと楽しいよ」
名ばかりのデートだとしても、非日常の残り香がそうさせたのか
夏の暑さにあてられたのか、あるいはお姉さんの口の端から垂れるクリームに興奮したのか
どれが原因かわからないけど、僕は堰が外れたように捲し立てた。
お姉さんは困ったように眉を寄せる。
クレープを最後の一口までしっかりと嚥下して、少し項垂れながら防波堤に手をつくのが見えた。
川 - )「それはできないんだ」
川 - )「私はもう、この街を出なくてはいけないから」
まるで蜃気楼がかかったように世界が揺れた。
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('A`)「……いつ」
川 - )「もうすぐだ」
('A`)「引っ越すの?」
川 - )「引っ越し……そうだな、そう。引っ越しだ」
('A`)「お姉さん、ちゃんと僕を見てよ」
長い前髪で表情が見えない。
僕の知ってるお姉さんはいつも飄々として、綺麗な声で歌を歌って
今日はくだらないプリクラの機能がツボに入って、最高の笑顔を見せてくれたんだ。
なのにどうして、今は俯いて、声を震わせてるんだろう。
いつ行くの。どこに引っ越すの。それってお姉さんもついていかなきゃいけないの。
聞きたいことは山ほどあるのに、どれも言葉になって出てこない。
胸を掻き毟って言葉が出てくるなら、そうしてしまいたいのに。
川 - )「来月、都会に行く。婚約者が、迎えに来る」
奇しくもそれは僕が浮かべた疑問をすべて解決してくれる言葉だった。
なのにどうして、聞かなければよかったと思ってしまうんだろう。
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川 ゚ -゚)「私は素直空という名前だ。素直という名前、CMとかで聞いたことがないか?」
川 ゚ -゚)「そう、素直製薬。うちはその素直の分家なんだ。このご時世、宗家も分家もないだろうと思うんだが」
川 ゚ -゚)「爺さん婆さんはいまだに頭が戦前でね。そいつらが権力を握ってるものだからタチが悪い」
川 ゚ -゚)「……学校なんか辞めて、花嫁修業に来いと。女には学なんて必要ないと……そう言われた」
('A`)「そんな」
川 ゚ -゚)「笑えるだろう」
(;'A`)「笑えないよ! そいつらおかしいよ、そんな無茶苦茶なこと、断れば――」
川 - )「簡単に言わないでくれ」
いつかも聞いた拒絶だった。
俯いて、スニーカーに視線を落としたお姉さんがポツリポツリと呟き始める。
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川 - )「君も知っているだろう? あの成金たちが集う住宅地。私の家はあの中でも一等大きい」
川 - )「そんな生活が送れているのは宗家がいるからだ。分家の、しかも女の私に拒否権なんてないんだよ」
('A`)「お姉さん」
川 - )「せめて……最後に普通の女の子が経験するような、デートをしてみたかったんだ」
川 - )「買い物をして、プリクラを撮って、クレープを食べて、海を見る……ちょっとだけ特別な一日が送りたかった」
川 - )「君が了承してくれた時は嬉しかったよ……利用する形になって、ごめんなさい」
('A`)「謝らないでよ」
どんなに口が渇いていても、心臓が潰れるほど痛くても、その言葉だけは容易く出てきた。
半ば無意識にお姉さんの腕を掴む。上目遣いで見られたとき、いつの間にか背丈を越していたことに気付いた。
('A`)「確かに誘ったのはお姉さんからだ。でも来ることを選んだのは僕だよ。僕がお姉さんと遊びたくて来たんだ」
('A`)「服のセンスが悪いことも、プリクラの落書きであんなに笑うことも、クレープを食べるのが下手なことも」
('A`)「今日たくさんのことを知れて嬉しかった。でも、まだ足りない。もっとお姉さんのことを知りたい」
('A`)「だから、最後だなんて」
腕が引かれる。
しっかり掴んでいたはずなのに。そう思う間もなく。
カスタードクリームの味がした。
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ずっとこうしていられたらどんなにいいだろうと思った。
そして、そんな愛しい時間ほど一瞬で過ぎてしまうものなのだと知った。
世界が音と色を取り戻し始める。
遠くで鳴く蝉の声。防波堤。海。白いブレザー。黒髪と、その隙間から見えるくしゃくしゃの顔。
川 ー )「ばいばい、ドクオ」
赤い唇が愛おしそうに言葉を紡ぐ。
お姉さんが僕の名前を呼んだのは、それが最初で最後だった。
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それから何度季節が巡っただろう。
高校のとき始めたアルバイト先からそのまま内定をもらい
転職も考えず、淡々と仕事をしていく内に両親が事故で要介護者になって
僕はこの街から離れることができず、ずっとここで暮らしている。
最近は写真集を見ることが趣味になった。
国内外問わず、美しい風景を切り取ったものが好きだ。
日々の仕事や介護の憂鬱や喧噪を忘れさせてくれる――とまではいかないけど、気分転換にはなるから。
きっとどの風景も生涯実際に見ることはないだろうけど。
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風景の写真集は星の数ほどあるけど、その中でも特に気に入っている写真がある。
僕もインターネットで検索して知ったが、そこはかなり有名なドイツの観光地らしい。
険しい岩山に囲まれた川、ただそれだけの写真。
ただその川の幅は、見開きの二ページを使ってもまだ足りないほどに広い。
川の水面に反射する太陽の光を見ていると、あの日のことを思い出す。
きっと僕は二度とこの街から出られない。
過ぎ去ったあの日が、もういないあの人の声が、僕をいまだに縛っているから。
川 ー )ローレライのようです
了
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