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壊れたぞ誰が、たわます真綿、糸の問い……のようです
1
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:26:26 ID:977Y4Ifg0
桑食みつつ、罪は湧く
.
2
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:27:38 ID:977Y4Ifg0
馬桑島に夏がやってきた。
都会から故郷へ敗走を決めた僕に、容赦なく日差しが降ってくる。
馬桑島の夏は、暑い。
山の中の豊富すぎる緑に囲まれていても、それは変わらない。
木陰に入れば幾分違うが、毛虫が稀に落ちてくる。
子供の頃は玩具代わりに散々つつき回していたのだが……。
大人になった今、それを見ると、否応なしにさむいぼが立った。
この間も家の前の桑の木からウニのような毛虫を見つけてしまい、一人でゾッとしたものだった。
よって木陰は、安寧の地とも限らなかった。
(´・_ゝ・`)(ああ、今日も暑い……)
一人ごちながら、日傘を気まぐれに回す。
日除けと毛虫除けを兼ねたそれは、実家の物置から出てきたものだった。
縁取りに黄と白のレースがあしらわれている。
斑らに入り組んだそれを見る限り、昔はきっと真っ白で上品な傘だったのだろう。
柄は飴色の竹で出来ていて、その艶やかな触り心地がたまらなく気に入っていた。
恐らくは母のものだったのだろう。
記憶の中では、一度もこれを使っているところは見たことがないのだが。
(´・_ゝ・`)(男が日傘を差してるなんて、目立つだろうな)
とは思うものの、やはり手放せなかった。
無数の木々に取り囲まれた山道を抜けると、国道に出た。
国道、と言ってもトラクターだの軽トラだの、そういうものしか走らない。
それもまた、朝昼夕に一度ずつ、往復をするばっかりだ。
広々とした道路の一段下には、畑が無限に広がっていた。
キュウリ、オクラ、ナス、トマト、サトウキビ。
近付いてよく見ると、夏の野菜がふんだんに実っていた。
3
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:28:08 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)(いいなぁ)
何がいいのかわからないが、ふとそう思った。
その視界の端で、すっくと立ち上がる影が入った。
慌ててそれを見遣れば、それはボンネット帽を被っていた。
畑の持ち主なのだろう。
空を仰ぐように、曲がった腰を極力伸ばしている。
慌てて俺は逃げ出した。
気付かれて声をかけられた日には、根掘り葉掘り聞かれるに決まっていた。
結婚しないのか、都会で何をしていたのか、なぜ今更ここへ帰ってきたのか。
娯楽の少ない田舎では、俺のような人間は格好の餌食になる。
ほとんどの若者は、島を出ていけば滅多なことでは帰らない。
帰ってくるにしてもそれは親の介護だとか結婚したからとか、そういう理由が付き物なのだ。
俺の両親は二、三年の間に亡くなってしまったし、そんなことをする相手も失ってしまったし。
その辺りを察しているだろうから、噂話は絶えずご老人方の間で漂っているに違いなかった。
(´・_ゝ・`)(絶対に話すものか)
怒りや意地にも似た気持ちが、ふつふつと腹で沸騰してきた。
堂々と道の真ん中を歩き、空を見上げる。
抜けるような青空と微かに霞んでいる白い雲。
(´・_ゝ・`)(今日もまた、暑くなりそうだ)
歩幅を大きくし、さかさかと忙しなく歩いた。
ペースをあげれば恐らく、十分くらいで図書館に着くだろう。
4
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:29:20 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)(ずいぶんと久しぶりだな)
ここの図書館へ行くのも、図書館そのものに行くのも。
子供の頃から本は好きだった。
雨が降って外で遊べない時は、あそこに集合するのが常であった。
都会のものに比べれば、いや比べるまでもなく小さいのだが、それでも本がたくさんあるというだけで心が安らぐのだ。
……ふと、一人の少女が脳裏によぎった。
途端にきゅ、と胸が締め付けられる。
思い出したくないことが都会には多すぎた。
かといって忘れるわけにもいかないのだが。
(´・_ゝ・`)(見えてきた)
掘建小屋じみたそれを見て、やけにほっとした。
(´・_ゝ・`)(大袈裟な建物の中じゃなければ思い出すこともないかもしれない)
とにかく、一人でいたかった。
しかし、一人でいれば、余計なことを考えてしまった。
(´・_ゝ・`)(情報には情報で対抗するしかない)
日傘を畳みつつ、俺は中へと足を踏み入れた。
案外と中は快適であった。
額だの背中だのにかいた汗が途端に冷え、火照りは鳴りを潜めた。
天井を見上げれば、古い空調が悲鳴をあげるように部屋を冷やしていた。
その空気を、真新しい扇風機たちが静かにかき混ぜていた。
冷えた空気に乗じて、古い紙の匂いが鼻をくすぐる。
5
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:29:53 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)「ああ……」
本を読みましょうというポスター。
一年前の日付が乗った読み聞かせの日程表。
図書館では静かにと書かれた手書きの文字。
何もかもが古めかしく、愛おしささえ感じてしまった。
都会の掲示板では、こんなことは起きなかった。
美術館や博物館の宣伝ポスターが競い合うように貼られ、ひと月経てばその様相は目まぐるしく変わっていった。
色鮮やかな夢を見ているようだ、と昔思ったことがあった。
(´・_ゝ・`)「こんにちは」
受付には若い女性が一人座っていた。
(゚A゚* )「こんにちはぁ」
雑誌を広げていた彼女は慌てて立ち上がり、そう言った。
(´・_ゝ・`)「本を借りるには、カードを作らなきゃいけないですよね」
(゚A゚* )「あー、カード、カードね……」
眉間に若干皺を寄せ、彼女は台帳を取り出した。
(゚A゚* )「本の背表紙にアルファベットと番号が書いてあるんで。それと名前と今日の日付だけ、ここに書いてください」
(´・_ゝ・`)「ああ、そういえばそういうシステムだったね……」
昔から何も変わっていないことに面食らいつつも、俺は頷いてみせた。
6
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:30:47 ID:977Y4Ifg0
(゚A゚* )「あ、月刊雑誌とかは番号振ってないんで。タイトルと号数を書いてください」
(´・_ゝ・`)「はいはい」
ローカルさを感じながら、俺は図書館の中へと歩き始めた。
(゚A゚* )「あと! 貸し出しは三週間までなんで」
背後から聞こえる声に手を上げて、
(´・_ゝ・`)(そこだけは都会と同じなんだ)
と、妙な懐かしさを感じていた。
図書館の中には、俺以外誰もいないようだった。
畑仕事に明け暮れるご老人方の娯楽といえばラジオである。
そしてこの地域の人口の大半はそのご老人方である。
子供の数は一番少なく、小学校が一つ廃校になったばかりだと聞いた。
夏休みになっても遊んでいる子供の姿を見ないのは、そもそも子供がいないからなのだろう。
(´・_ゝ・`)(うーん)
と、俺は書架の前で悩む。
(´・_ゝ・`)(本がない)
たった一段しかない新書のコーナーには、五年ほど前に発売された本が二冊置かれていた。
7
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:31:24 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)(利用者がいないから仕方ないか)
読んだことのある本ではあったが、二冊とも手に取った。
表紙こそ焼けているが、中は真っ白で折り癖すらも付いていなかった。
ほぼ新品、ということは借りる人が本当にいなかったのだろう。
(´・_ゝ・`)(読んでやらなきゃかわいそうだ)
そのまま更に奥へと進む。
雑誌のコーナーでは、ちらほらと空きが見つかった。
女性週刊誌ばかりが消えているので、きっと噂好きな婆様がかっさらっていったのだろう。
漫画のコーナーでは、読んだ覚えのあるものが多く見つかった。
子供の頃に愛してやまなかったものが今でも残っていて、しかし手に取った形跡がないのがとても悲しかった。
絵本や児童書のコーナーでは、くたびれた本が一堂に身を寄せていた。
ところどころ破けている背表紙は、テープでしっかり補修されている。
いつかはこの本たちも、役に立つ時が来るのだろうか。
僕は一冊だけ、児童向けのミステリー小説を借りることにした。
専門書のコーナーでは長らく本が入れ替えられていないらしく、見慣れない字体がずらりと並んでいた。
古さびた字体というのは、どうしてこうも厳しいのだろうか。
郷土資料のコーナーは、最奥の、それもまた隅っこに小さく設けられていた。
子供の頃にここへ立ち入った記憶はない。
興味がなかったせいもあるが、この一角だけやたらと空気が澱んでいる気がして怖かったのだ。
(´・_ゝ・`)(埃臭い)
その独特な臭気が、恐怖に結びついたのだろうか。
瘴気の正体がすぐ分かってしまうほどに年を取ってしまったことに、俺は少しがっかりしていた。
8
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:31:56 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)(なんでも分かればいいってもんじゃない)
分かってしまえば傷付くこともあるのだ。
適当に書架へと手を伸ばしかける。
馬桑島の古い地図と地形図。
島民の暮らしと蚕。
言葉の分布図。
馬桑島伝説口伝集。
地方史。
(´・_ゝ・`)「……ん」
伝説、という字に惹かれ、それを抜き出した。
和綴じにされているA3サイズの本、いや、冊子だ。
開くと中は染みだらけだが、綺麗に字が残っていた。
(´・_ゝ・`)(借りる、か)
この小さな島にも、言い伝えの一つや二つがあるのだと思うと、興味が湧いてきた。
(´・_ゝ・`)(爺様も婆様も俺が生まれた時に死んでしまったからなぁ)
そういった昔話と縁遠かったせいもあるだろう。
(´・_ゝ・`)「これ、借ります」
どさりとカウンターに乗せると、女性は目を丸くした。
9
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:32:35 ID:977Y4Ifg0
(゚A゚* )「随分借りますねえ」
(´・_ゝ・`)「暇人なので」
備え付けのポールペンでアルファベットを書こうとした。
が、インクが切れているらしく、紙がペン先通りにへこむだけで終わってしまった。
(゚A゚* )「……あんた、もしかして盛岡さんとこの?」
差し出された鉛筆を受け取りながら、俺は女性を見遣った。
もしかしたら、俺の尻尾を掴めるかもしれない。
そうすれば貴重な情報源として、そこかしこで聞き耳を立てている連中から褒めそやされる。
……そんな好奇の色が、目から滲み出ていた。
(´・_ゝ・`)「それが、何か?」
やや突き放すように言うと、女性はかぶりを振った。
(゚A゚* )「い、いや! 何も。ただ、一人で寂しくないのかな、と……」
(´・_ゝ・`)「本があればなんともありませんよ」
やや乱雑に、手早く書き進める。
枠から少々はみ出してしまったが、読めれば問題ないだろう。
そもそも利用者が少ないし、噂の渦中にいるボンクラ息子が借りた本を、彼女は有難がって暗記するだろう。
そうして、好き放題に、職もなく引きこもっている俺を啄ばみ殺すのだろう。
(´・_ゝ・`)「お世話様」
嫌みたらしく微かに微笑み、俺は外へと飛び出した。
午後三時。
そろそろ配達が来る頃合だ。
10
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:33:20 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)(帰って荷物を受け取らないと)
日傘をポンと開き、家路を急ぐ。
一週間の食料を、週に二度の配達で補っていた。
取るものはほとんど決まっている。
牛乳と小さなヨーグルトが一つずつ、冷凍のパンやチャーハンが一袋、卵が六つにソーセージが二パックは必ず。
野菜や肉はいいのがあれば適当に。
調味料は容器の三分の一を切ったら注文。
それからアポロチョコを一箱。
これは必ず、毎回取っていた。
(´・_ゝ・`)(久々に本を持つと重いなぁ)
鞄を持ってこなかったことを心底公開していた。
考えてみれば、都会では本を借りることは少なかった。
休みの日に誰とも遊びに行くことがないので、退屈しのぎにあそこへ出掛けていただけなのだ。
一日中本を読み続けていたから、閉館する頃には読み終わってしまうのだ。
よく飯も食わずに平気で没頭できたものだと今になって考える。
今は時間を持て余しているせいか、よく腹が減って仕方がない。
それもまた、どんどん己が怠惰になっていく証拠を突きつけられているようで、心苦しかった。
(´・_ゝ・`)(このままじゃ何もならないって分かっているんだ)
分かっていても、気力は湧いてこなかった。
なまじ遺産やら貯金やらがあるせいかもしれない。
貧乏だったらそんな余裕もないので仕事をするしかないのだろう。
(´・_ゝ・`)(多分、きっと)
11
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:34:26 ID:977Y4Ifg0
ふと、生活保護という単語が頭に浮かんだ。
(´・_ゝ・`)(いやいや……)
と、慌てて打ち消す。
畑から視線を感じる。
男の癖に働きもしないで。
日傘なんか差して格好をつけて。
何のために出戻ってきたのだろう。
嫁さんの一つも手に入れてないくせに。
病気にでも罹っているのかもしれない。
ああ、だからあの子が……。
(´・_ゝ・`)(うるさいなぁ……!)
道路を這っていた毛虫を、避けずに踏んだ。
ねちり、と粘っこい水の音がする。
足の裏から柔らかいものを踏んだ感触が、ぞぞろと伝わり背が冷えた。
毛虫一匹、逃げずに潰したところで俺はあいつらに何も出来はしないのだ。
分かってはいたが、何かしてみたい衝動に駆られて仕方がなかった。
(´・_ゝ・`)(恥ずかしい)
不意に頬や鼻が赤くなり、もっと俺は早く歩いた。
早く、早く、早く。
段々と足と地が触れる時間が短くなる。
12
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:35:02 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)(もうすぐだ)
国道から山道へと転がり飛び、俺は駆ける。
もう何もかもが嫌で仕方がなかった。
図書館は好きだ。
図書館は好きだった。
子供の頃の、無邪気に漫画を楽しめていた頃の図書館が好きだった。
詮索と下衆な興味が渦巻く図書館になぞ、行きたくはなかった。
俺が求めているものは、そこになかった。
(´ _ゝ `)(家に、入って、)
そうしたら、配達が来るまでじっと待っていよう。
そう思った矢先、
(;´・_ゝ・`)「えっ、」
玄関に、何者かがいた。
俺に背を向け、ぼうっと玄関先で立つ人影。
時折頭がゆあゆあと揺れている。
その度に、長い黒髪がさざめき、てらてらと白絹の着物が輝いた。
(;´・_ゝ・`)(幽霊)
あるいは妖怪か。
見た目には一応女のように見えた。
しかし、その背は極端に小さかった。
(´・_ゝ・`)(子供、か……?)
袖から覗く手は小さく、頼りなさげにぶら下がっていた。
13
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:35:38 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)「あ、」
足がある。
華奢な印象を受ける、青白い素足。
しっかりと地についたそれを見て、俺はどこか安心したような気持ちになった。
(´・_ゝ・`)「…………」
静かに一歩、踏み出した。
それは静かに頭を振っていた。
(´・_ゝ・`)「…………」
もう一歩、踏み出した。
変化は、ない。
気を良くした俺は、日傘をたたみ、そろそろと近付いた。
(;´・_ゝ・`)「…………、」
とうとう目前にまで迫ってしまった。
手を伸ばせば触れてしまう距離に。
それでもその子は、気付かない。
(;´・_ゝ・`)「……ねえ、」
と、小さく声をかけた。
その瞬間、その子が振り向いて、
14
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:36:09 ID:977Y4Ifg0
(;´・_ゝ・`)「っ、!!」
゙('、` 川「 」
その、なまっ白い顔には、見覚えがありすぎた。
(;´・_ゝ・`)「ペニサス……っ!」
手から力が抜け、本が落ちていく。
遠くから紙が擦れ痛む音が聞こえた気もするが、頭の中には何も浮かんでこなかった。
゙('、` 川「 」
ゆらゆら、ゆわゆわ。
首の据わっていない子供のように、童女の頭が揺れる。
(;´・_ゝ・`)「ペニサス……!」
どうして、ここに、という声は出なかった。
背後の山道から、車が近付いてくる気配がしたのだ。
(;´・_ゝ・`)(まずい!)
咄嗟に俺は、ペニサスの手を取った。
鍵を乱雑に差し込み、回して、音を立てて引き戸を開ける。
嵌め込まれたガラスが、さぁざぁと悲鳴をあげるが構ってはいられない。
一番手前の部屋に彼女をほっぽりこみ、障子を閉めた。
(;´・_ゝ・`)「ああ、ああ……」
15
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:36:38 ID:977Y4Ifg0
トラックが、庭へ入ってくる。
乱雑に止まったそこから、荷物を出そうと青年が降りてきた。
俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
それから、何もなかったような顔をして、玄関先に散らばった本を拾い上げた。
(=゚ω゚)ノ「ちわーっす」
(´・_ゝ・`)「どうも」
(=゚ω゚)ノ「本、買ったんすか?」
(´・_ゝ・`)「いや、借りたんだ」
(=゚ω゚)ノ「へー」
配送係はいつも通り、玄関先にダンボールを置いて請求書を取り出した。
(´・_ゝ・`)「今日も暑いね」
(=゚ω゚)ノ「え? ……ああ、そっすね」
狐につままれたような顔をして、彼は頷いた。
(=゚ω゚)ノ「こう暑いとアイスなんかも食べたくならないっすか?」
(´・_ゝ・`)「……そのうち考えておくよ」
差し出されたチラシを受け取ると、配送係はすぐトラックへと走って行った。
まだまだ仕事は終わらないのだろう。
トラックが山道の向こうへと消えるまで、俺はしっかりと見送った。
まるでこれから悪いことでもするかのように。
16
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:37:10 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)「……ペニサス」
障子を開けると、小さなペニサスは相変わらず頭を揺らしていた。
どこかで見たことがある動きだが、思い出せない。
俺はダンボールからアポロチョコを取り出した。
(´・_ゝ・`)「ペニサス」
俺はしゃがみ込み、ペニサスと目線が合うようにした。
゙('、` 川「 」
(´・_ゝ・`)「ペニサス、ほら」
箱を振ると、カラカラと音がした。
その音につられて、ペニサスは箱を見た。
(´・_ゝ・`)「アポロチョコ。わかる?」
゙('、` 川「 ? 」
ふんにゃりとした目の中には、感情が見られない。
(´・_ゝ・`)「君、好きだったろう?」
包装紙を破り捨て、箱の口を開ける。
その動作すらがもどかしく、俺は思い切り箱を振った。
17
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:37:46 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)「あっ」
ばらら、と音が散る。
桃色と茶色で出来た三角錐が、手のひらの外へ飛び出ていった音だった。
゙('、` 川「 ? 」
(´・_ゝ・`)「ペニサス……」
三粒ばかり残ったチョコを、ペニサスに見せる。
(´・_ゝ・`)「好きだったよな?」
゙('、` 川「 、 」
ペニサスは、チョコをじっと見つめた。
俺の体温で徐々に溶けゆくそれを、静かに、見つめた。
゙('、` 川「 」
頭は相変わらず揺れている。
チョコはそろそろ原型を留めなくなってきた。
桃色と茶色が混ざり合い、わざとらしいいちごの芳香が俺を苛立たせた。
(´・_ゝ・`)「なんで……」
゙('、` 川「 」
(´・_ゝ・`)「どうして、喜んでくれないんだ……!」
゙('、` 川「 」
18
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:38:30 ID:977Y4Ifg0
床に落ちたチョコを拾うと、どうしようもなく惨めで悲しい気分になった。
手を洗うため、俺は部屋を後にした。
(´・_ゝ・`)(ペニサスじゃないのか、あれは……)
たしかにあの子がここにいるのはおかしい。
本来ならいないはずの人間なのだ。
それでも、俺は、縋ってしまった。
(´・_ゝ・`)(狐かなにかが化けているんだろうか)
蛇口からざあざあと流れる水は冷たく、心地よかった。
脂っこいそれを綺麗に洗い流し、ついでに顔を洗った。
(´・_ゝ・`)「ふー……」
肺の奥から、憂鬱さを含んだ空気を吐き出す。
多少はすっきりとしたが、未だに釈然としなかった。
……ふと、小学生の時のことを思い出した。
馬桑島といえば昔から養蚕が盛んであったらしい。
それに伴い織物や泥染といった独自の文化が発達していったのだと先生は言っていた。
その一環で、蚕を育てたことがあった。
卵が孵ってから蛾に育つまでには一月かかるので、ちょうどいい夏休みの宿題として出されたのだ。
最初は毛蚕という、黒い毛の生えたとっても小さな虫が生まれる。
桑の葉をばりぱりと食んだ後には脱皮を繰り返し、最終的には真っ白い、そこそこ大きな芋虫に育つのだ。
最初は気持ち悪いと思ってしまうのだが、不思議なことに世話をしてみると愛着が湧いてくる。
触っても手に乗せても可愛いとしか思えなくなる、不思議な生き物だった。
人の手なしでは生きることが出来ないのだと大人たちはよく言っていた。
事実餌がなくなるまで放っておいても脱走することはない。
大人しく人から餌が与えられるのを待っているのだ。
19
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:39:05 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)「……あ?」
餌を求める蚕は、その場に止まったまま、かぶりを振る。
餌を探しているのだが、人にはそれが強請っているように見えてしまう。
桑の葉を与えると、蚕は途端に貪り始める。
そして日がな一日中、ばりぱり、ばりぱりと葉を食むのだ。
(;´・_ゝ・`)「まさか、」
俺は引き出しを開けた。
中からキッチンバサミを取り出し、すぐさま外へ向かった。
桑の木なら、嫌という程ある。
祖父母の代まで養蚕をしていたのだと父から聞いたことがあった。
(;´・_ゝ・`)「くっ……!」
よくよく枝を見て、毛虫のついていないものを探し出す。
点々とあちこちについているそれの中から選び出すのには骨が折れた。
が、ようやくひと枝、見つけることができた。
ばつん、と枝を断つ。
衝撃で、毛虫がぽとりと落ちていく。
思わず総毛立つが、体に落ちてこなかったのは幸いだ。
すぐさま走って家へと戻る。
(´・_ゝ・`)「ペニサス!」
゙('、` 川「 」
跪き、取ったばかりの桑の葉を差し出す。
20
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:39:36 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)「ペニサス……」
('、` 川「 」
揺れが、止んだ。
にゅ、と細首が突き出し、小さな口が開かれた。
ばり、
ぱり、
ばり、
ぱり、
と、音が聞こえる。
(´・_ゝ・`)「ああ……!」
('、` 川「 」
ペニサスは食べる。
貪る。
咀嚼する。
飲み込む。
食らう。
嚥下する。
噛んだ。
飲み下す。
21
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:40:05 ID:977Y4Ifg0
(´・_ゝ・`)「気付かなくてごめんよ……」
枝葉をしっかと握り締め、夢中で食事するペニサスに、俺は微笑んだ。
喋れなくたっていい。
アポロチョコが嫌いでもいい。
蚕に生まれ変わってしまったって、いい。
きっとこれは、やり直すチャンスをくれたのだ。
神様、仏様、ありがとう。
(´・_ゝ・`)(今度こそ守ろう)
この子を幸せにしてあげようと、強く、再び、誓った。
そして、
(´・_ゝ・`)「おかえり、ペニサス」
君を殺してしまった俺の元に、よく帰ってきてくれたね。
22
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 01:40:37 ID:977Y4Ifg0
桑食みつつ、罪は湧く 了
.
23
:
名無しさん
:2016/08/20(土) 19:49:25 ID:dHACbwJo0
ペニサスじゃないなら、やがて成長して別の何かになるんだろうか
回文が色々想像させていいね、乙
24
:
名無しさん
:2016/08/22(月) 01:02:13 ID:GQIHbr3M0
おお、回文か
指摘されるまで気づかんかった
乙!
25
:
名無しさん
:2016/09/03(土) 10:09:07 ID:587VYtgg0
回文だったのか
凄く引き込まれた、乙!
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