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【SS】ちひろ「プロデューサーさんが倒れました」
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武内P×美嘉です
地の文有りです
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全裸待機
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『ぷ、プロデューサーが倒れたっ!?』
シンデレラプロジェクトのプロジェクトルームには合計14人の少女たちの声が連なった驚愕の声が響き渡った。
その要因となったのは、緑色の目立つ制服を着用している女性……千川ちひろの発言だった。
――プロデューサーが、仕事先で倒れました。
いつもニコニコと穏やかな笑みを浮かべているちひろは、普段からは想像が出来ない苦々しい顔を浮かべている。
口々に不安の波紋がアイドル達に広がりを見せる中、大きく手を挙げたのが一人。
島村卯月だ。
「あ、あの、プロデューサーさんは何で倒れたんですか? もしかして、何か病気とか……」
「いいえ」
ちひろはなるべく強い口調で卯月の推測を否定する。
不安になり得る懸念はなるべく否定した方が良いという、彼女の判断から来る力強さだった。
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「プロデューサーさんが倒れたのは、主に疲労が原因です」
「ひ、疲労?」
「はい」
なるべく端的に、混乱している彼女たちでも理解しやすいように、ちひろは事実を伝えた。
すると、数名は混乱したままではあったが、大多数が事情を納得したかのように頷く。
「もしかして、舞踏会の疲れが一気に出た……っていう感じかにゃ?」
猫耳をつけた少女……前川みくは心配そうな表情を浮かべ、ちひろへそう問うた。
彼女は肯定し頷く。
「はい。皆さんも知っての通り、ここ数日間、プロデューサーさんは多忙なスケジュールをこなしておりました。一部の人から伺った話ですと、ここ数日間ここで寝泊まりをしていたそうです。……恐らく、舞踏会が終わって、緊張から解放されたんでしょう」
「それで、プロデューサーさんはどうなったんですか?」
「えぇ、今は病院で療養中ですけれども、今日中には退院出来るようです。先程私が伺った際には、プロデューサーさんは申し訳なさそうに頭をお下げしていましたよ」
ちひろはなるべく安心できるように無理やり優しげな笑みをその顔に形作る。
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彼女は一切、嘘は言っていない。
けれど、プロデューサーは文字通り顔面蒼白になり、病院に運ばれたのだ。
医師の診断は過労から来る風邪と言っていたが、あの痩けた頬と肌の青白さを見て、ちひろとしては安心することは出来ない。
ただ、それを彼女たちに話さなかったのは、彼の意思だ。
彼は自分が倒れたことによってアイドルたちが仕事に対して何らかの影響が出ることを許容しなかった。
弱り切って倒れても、仕事の心配をするとは流石にワーカーホリックと言わざるを得ない。
そんな彼に苦言の一つでも呈したかったけれど、あの状態のプロデューサーにそんなことを言うのも酷というものだ。
彼がちゃんと元気になった時、全員でプロデューサーのことを責め立てよう。
そうすれば、彼も多少は自分の体を大事にするに決まっている。
ちひろはそんなことを考えながらも笑顔を浮かべ、都合の悪い部分を省いた状況を説明した。
幸いにも、いつも浮かべている笑顔と同じような表情を浮かべることが出来たのだろう。
各々のアイドルたちは安心したかのように息を吐く。
「……ですので、皆さんは今日の仕事をちゃんとこなして下さいね」
「そうだよ皆んな!!プロデューサーもきっとそう思ってると思うし、皆んなで頑張ろう!!」
そして、未央がちひろの言葉を継いで、皆を盛り立てようと大声でそう呼び掛ける。
やはり未央は何処かリーダー気質だ。
ちひろはそんなことを思いながらも、未央の激励によって安心感を取り戻しつつある少女たちを見て、ちひろは肩の力が抜けていくのを感じた。
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ここまでプロデューサーのことを彼女たちは思い遣ってくれている。
ちひろとしてはそのことが単純に嬉しかった。
特に、なまじ彼の過去を知っているからこそ、彼女たちが一致団結してプロデューサーのために頑張ろうとしている姿は感慨深い。
ここは、もう自分は必要無いかもしれない。
ちひろはそう思って、ワイワイと話し合っている彼女たちに一言告げて、プロジェクトルームから出る。
すると、思いも寄らない人が、扉付近でウロウロと落ち着かないように歩き回っていた。
最近流行のファッションを取り入れた服装で、何処か派手派手しいストラップがホットパンツのポケットからはみ出し、揺れている。
その少女は、城ヶ崎美嘉だった。
「美嘉ちゃん」
「え、あ……ちひろさん」
呼び掛けると、ちょっと安心したかのような顔になる美嘉に、少し苦笑した。
「どうしたの? ここでウロウロと彷徨いて」
「え、えーと……その、ですね。アイツいますか?」
「アイツ……プロデューサーさんのことですか。それなら、恐らく今日、恐らく最低明後日まではいません」
「えっ」
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ちひろの言葉に美嘉は露骨に驚いた。
どうやら彼女はプロデューサーが、いつも彼が会社にいると思っていたらしい。
半分正解なのが何とも言えない。
けれど、昔から彼のことを知っている人間としては当然な反応でもある。
初めてちひろと会った時からも、彼が自ら進んで休暇を取ることなど無かったのだから。
それにしても、美嘉に対してプロデューサーが倒れたことを言った方がいいのだろうか。
美嘉がここに来た理由を容易に察したちひろは少しの間だけ黙考した。
そして、妙案が思い浮かんだのであった。
「……ねぇ、美嘉ちゃん。今日は暇だったりする?」
「え? あぁ、まぁ、今日はもう仕事を終わりましたけど……っ」
「じゃあ、付き合ってほしい場所があるの。……プロデューサーさん絡みなんだけど」
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*
車で移動する中、美嘉はふと前に座っているちひろの顔をバックミラーで確認する。
彼女はいつものようにニコニコとした笑顔を浮かべたままだ。
しかし、と美嘉はシートにぽんと背中を預け考える。
――アイツ、どうしてるかなぁ?
美嘉は頭の中に、あの強面のプロデューサーの顔を思い浮かばせる。
現在彼女は、ちひろに『プロデューサーさんに会いに行きませんか?』と誘いを受け、こうして車に乗っている。
何処に行くのかは、教えてくれなかった。
別に疚しい場所に行くことは無いだろうが、目的地を隠す意図が理解できない。
それでも美嘉がちひろについていったのは、彼女は基本的に嘘は吐かないからだ。
だったら、乗り掛かった船だし、いっそうの事乗り込んだ方が良いと思い切り、今のような状況になっている。
「ちひろさん……シンデレラプロジェクトのみんな、舞踏会終わってどんな感じだった?」
「あら、莉嘉ちゃんから聞いてないの?」
ちひろの言う通り、美嘉の妹である莉嘉には散々プロジェクトメンバーの話は聞かされている。
けれど、莉嘉は少々ことを大袈裟に話す癖がある。
それに擬音語などを多用して説明するためか、妙に曖昧なのだ。
わからないことも無いけど、ディティールが掴みずらい。
「うふふ、元気にやってるわ。プロデューサーさんもあの子たちに触発されて、色々と頑張っていたみたいだし」
「そう、なんですか」
「うん。美嘉ちゃんだってわかってるでしょ、あの人の性格」
穏やかな口調で問い掛けられた美嘉は、確かにと納得して小さく頷いた。
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プロデューサーはいつも頑張っている。
それは彼の働きぶりを見ていれば否応無く理解できた。
ただ、彼は他の人が努力すればするほど、己もそれに比例して働く。
別に対抗心を燃やしているわけでは無い。
彼は周りに触発されてやる気を出しているだけなのだ。
己の体調も見返ることはせずに、ただただひたすら。
それが彼であり、やっぱりプロデューサーも変わっていないんだと感じた。
「やっぱ、あの人無茶して働いてるんだ。でも、そんなに働いて体でも壊したら、元も子もないんだけどさ」
美嘉はそう呟いて、無機質な車の天井を見上げた。
舞踏会前日、一回だけ彼と擦れ違ったことがあった。
美嘉は丁度彼に話し掛けようかと思ったのだけれど、彼の顔を見てどうも話し掛ける雰囲気では無いな、と感じて結局声を掛けることをやめてしまったのだが。
とは言え、あの時のプロデューサーの顔は、何というか切迫感があった。それと同時に疲労も見て取れたので、美嘉としては心配だ。
そして、そんな心情が表情に出ていたのだろう。ちひろが心配そうな口調で問い掛ける。
「……プロデューサーさんのことが心配?」
「え、あ、何でそのことを……」
「ふふっ、顔に出てる」
「そ、そうですか」
「そうよ。顔から『プロデューサーのことが心配だなー』て出てる」
まるで自らの子供を見るかのような表情をするちひろに美嘉は照れたように俯いた。
自分の表情はそこまで正直なのだろうか。
頬をぐにぐにと触ってみるけど、まるで実感が湧かなかった。
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その様子に改めてちひろは笑う。
そして、こんなことを唐突に言い放った。
「あのね、今から向かう場所は病院なの」
「……え?」
一瞬、美嘉は彼女の口から放たれた言葉を理解することは出来なかった。
意図も意味も、又はその言葉の綴りさえも把握できなかったかもしれない。
静寂が車の中を支配する。ぽっかりと空いた空白みたいな沈黙。
少し経って、美嘉は漸く口を開くことが出来た。
「ち、ちひろさん。それってどういう……」
「早朝の話。プロデューサーさんが会議終わった後、移動中に倒れたの。額に手を当ててみると酷い熱だったから、救急車で病院まで運んで貰ったわ」
「それで……」
「大丈夫よ」
ちひろはなるべく美嘉を安心させるかのように笑みを浮かべた。でも、よく見てみると、頬の筋肉が微かにひくついていることが分かった。
あぁ、ちひろさんも辛いんだ。安心させようと頑張ってるんだ。
そう考えると、美嘉も気が軽くなった。同じ気持ちの人間が近くにいる安堵感が身に染み入る。
ゆっくりと背凭れに凭れ掛かった。
それを横目で見ていたちひろは、言葉を続ける。それは彼の容態に関することだった。
今、彼は搬送された病院で、点滴を受けているらしい。
対した重症ではなく、栄養不足、睡眠不足から来た風邪だろうと医者は語ったらしい。
もう既にプロデューサーは意識を回復しており、シンデレラプロジェクトや自分が倒れたことによる仕事の影響を心配しているらしかった。
やはり、根っからの仕事人間である。
美嘉は深くため息を吐いた。
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「はぁ、倒れてもそんなこと言ってんの、アイツは」
「うふふ、そうね」
「全くの仕事人間なんだから……、懐かしいなぁ」
感慨深く呟くと、ちひろも「そうですね」と小さく呟きで合意を示した。
それは過去の話。
まだまだ自分がアイドルとして三流だった頃。
そして、まだあの強面のプロデューサーと一緒に活動していた時の話だ。
彼は過労で倒れた。それも美嘉の初ライブでいきなり気を失って倒れたのだ。
あの時は本当に驚いたと記憶している。
「あの時はほんっっとうに驚いたんだから。……成長していないっていうかなんていうかさ」
「まぁまぁ、そういうのは本人の前で言ってあげて」
プロデューサーに対して苦言を呈する美嘉にちひろは苦笑してそんな言葉を漏らす。
確かに、と思った。
今ここで愚痴を漏らしても彼が反省することは無い。
シンデレラプロジェクトの皆んなの代わりに私が言ってあげなきゃ。
美嘉は少しだけ、病室に眠っている彼の姿を想像してみようとするが、弱々しい姿は想像出来なかった。
何だか彼だと、下手をすれば病室でさえ自前のノートパソコンを持ち込んで仕事に励んでいそうに気がする。
「はぁ、やっぱアイツは仕事に生きてるって感じがします」
「私的には、彼のそういう誠実な面では困ってないけど……舞踏会直前の働きぶりは凄かったわね」
「……それはどのくらい?」
「三日間徹夜」
「――あー、なんかアイツだったらやりかねない」
というか、プロデューサーならば、必要とあらば一週間ぐらい寝ずに仕事をしてそうだ。
そう思った美嘉は意図せずに笑ってしまった。
――アイツは色々と変わった。
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でも、変わらない部分も、一杯ある。
「ちひろさんから見て、アイツ……変わった所ありますか?」
ちひろはその美嘉の問い掛けに、少しの間を開け、そして口を開いた。
「あの人は、変わった所もあれば、変わらない所もある……でも、きっとその変化は悪いものじゃない。少なくとも、私はそう思うわ。美嘉ちゃんの担当だった時みたいに、笑うようにもなったしね。それは美嘉ちゃん、もわかってるんじゃない?」
「……まぁ」
「でも、私個人から言わせてもらうとしたら、プロデューサーさんは前よりも、素敵な人になったと思う。人間的にも、ね」
ちひろはそう言った後、「それでも自分の身を顧みずに無茶をすることは止めて欲しいけど」と含み笑いをしながら言った。
美嘉はちひろの言葉に共感しながらも、窓から車外の光景を見る。
外は寒風が吹き荒ぶ。
地面には枯れた葉が地面を覆い尽くし、無機的な木々が空を仰いでいる。
道行く人々の多くが厚着をして、口から白い吐息を吐いていた。
もう、冬だ。
妹の莉嘉がアイドルになりたいと言ったのがもう一年程前になってしまうのか、と美嘉は改めて時の過ぎる速さに驚愕した。
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「ちひろさん、何だか時間が過ぎるのって早いですね」
「何なの、いきなり? そんなおばさんみたいなことを言っていたら、早く老けちゃうわよ?」
「いや……何だかあっという間だったなぁって。私の担当がアイツだった頃とか、莉嘉がアイドルになりたいって言い出した瞬間とか、ニュージェネの三人をバックダンサーとして出した時とか……もう随分と時間が経ったんだなと思っちゃって」
「そう……ね。だったら、彼と話すべきことも沢山あるんじゃないかしら?」
「……まぁ」
「ふふっ、美嘉ちゃん。プロデューサーさんと二人っきりで話すことって無かったでしょう」
「まぁ、そう、かな?」
「だったら、今日一杯話しちゃいなさい」
「……まさか」
美嘉は何も言わずここまで自分を連れてきたのか、ちひろの行動がいまいち理解できなかった。
けれど、今の一言で、彼女が何を考え行動したのか分かった。
彼女は、美嘉とプロデューサーが一対一で話す場を、わざわざ設けてくれたのだ。
「ふふっ、美嘉ちゃん。……プロデューサーさんに会いに来たんだったら、積もる話もあるんじゃないかって思って。迷惑だったかしら?」
迷惑では無かった。それは願ったり叶ったりではあったけれど、いかんせん突然のことであるから戸惑っているだけ。
そんな美嘉を横目にちひろは続ける。
「……プロデューサーさんが、いつか美嘉ちゃんとちゃんと話したいって言ってたの」
「え……? それってどういう」
「ほら、美嘉ちゃんは色々とシンデレラプロジェクトの皆んなを色々と手助けしてくれたでしょ? そのお礼を言いたいんですって」
「それは……でも」
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支援
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美嘉は言葉を詰まらせる。
確かに、シンデレラプロジェクトのメンバーの助けになりたいと思っていたのは事実だ。
けれど、何だかんだ言って自分の行動が裏目に出ているような気がしならなかった。
そんな自分にお礼を言われる資格があるのだろうか。
そう考えると、美嘉自身は首を傾げるしかなかった。
「まぁ、美嘉ちゃんがどう思ってるかは分からないけど、きっとプロデューサーさんは感謝している」
「……そう、ですかね?」
少し不安で心と声音が揺らぐ中、ちひろに尋ねてみる。
彼女は、美嘉の問い掛けにただただ真っ直ぐ前を見据えて、答えた。
「そうよ。あなたは、シンデレラプロジェクトを支えてくれた。それだけは、はっきりということができるわ」
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すみません、今日はここまでで後は文章見直して、明日投下します
ずっといやらしい卯月書いてたんで、綺麗な話が書きたかった
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何でお姉ちゃんってこう儚いんでしょうか
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アンタご自愛のお兄さんだったか…
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いいゾ〜これ
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>>1乙倉くん、やはり貴方でしたか
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/lite/read.cgi/internet/20196/1448804480/34n- 武内P「ライブお疲れ様です。今夜は自宅でゆっくりご自愛ください」
続きが気になってあーもうおしっこ出ちゃいそう!(半ギレ)
服、脱いで待つぜ。(ホモはせっかち)催促しといて言うのもアレですが作中の武内Pみたく詰め過ぎないで下さい
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すみません、作中で人称に関する誤りがありました
城ヶ崎美嘉の一人称「私」→「アタシ」です
すみません、許してください、何でもしまむら(ユニクロ)
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若い男が熱出したぐらいで救急車呼ばれると困るとか、とんちんかんな感想が浮かんでしまった(池沼)
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>>22
設定の練りが甘かった証拠ですね、すみません
シュチュエーション的にもう変えることはできないので、倒れる際に救急車を呼ばれる程頭を打ってしまったとか、そんな風に都合良く解釈して頂ければありがたいです。
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病院の中を歩く。
硬質な足音が廊下に響き渡り、それが妙に耳に付いた。
エレベーターに乗り、そして上がる。
プロデューサーは現在、六人一部屋の病室に寝ているようだ。
エレベーターを降り、少しだけ歩いて、病室へと到着した。
ちひろは遠慮も無くガラリと扉を開けて入り、美嘉もそれに続いた。
そして、彼女は入ってから右手の一番前のカーテンを開く。
そこには、患者衣を着用したプロデューサーが横たわっていて、美嘉は少しだけ固唾を飲み込む。
彼はただただ顔色を青くして、ただただ天井を見上げていた。
その様子はまるで生気が抜けきってしまったかのように思える。
死んでるんじゃないか――有り得ないけれど、度を越した心配が彼女の不安を煽るけれど、カーテンを開いた音に反応して、彼はこちらへ顔を向けた。
「あぁ、千川さんと……城ヶ崎さん?」
「やっほーっ、ちょっとちひろさんに誘われてついてきちゃった」
自分の不安を気取られないように、美嘉は努めて明るい口調で彼に話し掛ける。
それが功を奏したのか、プロデューサーは微かに笑みを浮かべて「ご足労をお掛けしてすみません」と呟いた。
ちひろがそんな二人を微笑ましそうな視線を注ぎ、丸椅子を美嘉と自分の分まで用意する。
美嘉は「ありがとうございます」と言いながら、座った。
「体調はどうですか?」
「ええ、少し眠って体調は良くなったかと思います。この調子であれば、もう少しすれば全快するかと医者は言っていました。……ただ、釘は刺されてしまいましたけれど」
「それは良かったです。お医者さんに言われた通り、体調管理はしっかりしてくださいね。きっとこれからも、あなたは忙しくなるんですから」
「……はい、面目ないです」
プロデューサーはそう言って、何時ものように首に手を当て、項垂れてしまった。
何だか、ちひろがプロデューサーを叱っている姿は珍しい、と美嘉は思う。
そんな彼らの姿を見たことが無かったから、新鮮だった。
「まぁ、いいです。ちゃんと反省したのであれば。美嘉ちゃん」
「は、はいっ!?」
不意に呼び掛けられて、美嘉は変に上ずった声で返事をしてしまう。
ちひろはそんな彼女に笑って話し掛ける。
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「美嘉ちゃん。私、ちょっと三人分の飲み物を買ってくるから、あとはよろしくね」
「え、あ、えぇ!?」
いきなりのことで驚く美嘉を尻目に、ちひろはそのまま行ってしまった。
美嘉は呆然と少しの間、扉を見つめてから、緩慢な動作でプロデューサーのことを見る。
彼も彼で、眉を顰めていて、困っているようだった。
少しの間だけ、両者の間に気まずい沈黙が居座った。
互いに互い、何を話せばいいのかわからない。
美嘉も普段は饒舌なのだけれども、さすがに改まって二人になってしまうと何を話せばいいのかわからなくなってしまったのだ。
けれど、プロデューサーの方から遠慮がちに彼女へと話題を提供する。
「あの、城ヶ崎さん。何故ここに?」
確かに、それは最もな疑問だった。
「それは、ちひろさん誘われて」
「そうですか。すみません、わざわざ手間を取らせてしまいまして」
「い、いやさ、別にいいんだよっ? 迷惑とそんなこと思ってないし……。それよりも、倒れたって聞いて心配したよ」
その言葉を聞いたプロデューサーは申し訳なさそうに目を伏せた。
何とも分かりやすい反応だ。
けれど、それも彼が変わった部分の一つだと考える。
前のプロデューサーは美嘉から見たとしても表情の変化が乏しく、心情を読み取ることなど出来はしなかったのだから。
「まぁ、さ。アンタに言いたことがあったからここまで来たんだ」
「私にですか」
「そう。……その、何ていうのかな、ありがとね」
「それは……何が、でしょうか。私は城ヶ崎さんにお礼を言われるようなことをした覚えは」
「アンタは意識してないかもしれないけど、色々だよ。本当に色々なこと」
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舞踏会が終わって、それから数週間が経過してアイドル部門の全体の雰囲気というものが柔らかくなったような気がする。
常務が言い出した改革。
恐らく、あの頃から社内の空気は随分と固いものになってしまったに違いない。
彼女のお眼鏡に敵わない自分はどうするのか。
アイドルたちにはそんな雰囲気が立ち込めていた。
アイドルという表舞台の主役だけでは無く、舞台裏に立つプロデューサーたちもそうだ。
目の前にいる過労で倒れてしまったプロデューサーは、そんな人々を直接的ではないにしろ救った。
それは、美嘉が伝えるべき感謝であると思った。
「アンタのおかげで、色々と変わってるの。プロデューサーは舞台裏にいるから分かんないと思うけど、舞台に立って私たちには分かる。何だか、埃っぽい空気を換気したみたいな感じでさ、本当にありがとうと思ってるんだ」
そう、心から彼には感謝をしている。
「それは……どういたしまして、と言えばいいのでしょうか」
プロデューサーは一瞬だけ謙遜の言葉を口にしようとしたように見えたが、押し黙って美嘉の感謝を素直に受け止めた。
きっと、それは彼女の本心から語られた言葉だと理解できたからだろう。
美嘉とプロデューサーは互いに微笑む合う。
しかし、美嘉は美嘉でもっと言いたことが沢山合った。
だから、演技っぽくまるで怒っているように身振り手振りをする。
「でも、感謝してるからこそ言うんだけど、もっと自分の体を大切にしなきゃ駄目じゃない。アンタってさ、昔っから仕事人間だよね」
「す、すみません」
「ちひろさんも言ってたけど、アンタが倒れたら心配する人はいるんだよ。それってシンデレラプロジェクトの皆んなだけじゃなくてさ、本当に色んな人が心配するし」
「……すみません」
耳の痛い言葉に彼は、その図体に似合わず頭を下げっぱなしだった。
その様子が何とも怒られている犬に似ているので、美嘉は思わず吹き出してしまう。
「ふふっ、ったく。アンタはこうやって話してると、変わんないよね」
「……? そうでしょうか」
「そうそう。だってさ、アンタって昔もこんな感じで、女の子に怒られると頭をヘコヘコ下げてたし。そこのところ変わらないなって」
「はぁ」
「ちひろさんはさ、プロデューサーのこと、変わったって言ってた」
「千川さんが……ですか?」
彼は少しだけ目を見開いた。
彼にとってちひろの褒め言葉は珍しいのだろうか。美嘉は苦笑した。
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「うん。良い意味で変わったって言ってたよ。……それに、アタシもそう思ってる」
「城ヶ崎さんが、でしょうか」
「なぁに? アタシがそんなことを思っちゃいけないわけ?」
「い、いえ、そういう訳では……。ただ、他人から変わったと言われても、正直いまいち実感というものが湧かないというか」
戸惑ったような口調で彼は幾度かの首に手を当てる動作をする。
美嘉やちひろの言葉にどう反応すればいいのか分からない、と言った様子だった。
それもそうかもしれない。
美嘉だって、同じような言葉を言われれば、返答を詰まらせるだろう。
それでも彼女は思う。
彼は……プロデューサーは変わった、と。
「きっとあの子たちだって、アンタは変わったって言うと思うよ。それは私が保証してあげる」
自分が保証したところでどうなのだろう、そう思わなくは無かったのだが、それでも彼は得心したのか静かに頷いた。
「城ヶ崎さんにそう言われてしまえば、否定するのも失礼かも、しれませんね」
「そうそう、それでいいのっ」
そこまで言うと、彼は急に居住まいを整え、美嘉と向き合った。
点滴のチューブが少しだけ揺れた。
「城ヶ崎さん……ありがとうございました」
そして、彼は大きく頭を下げたのだ。
彼のそんな姿に少し呆然としてしまった美嘉だったが、すぐに我に帰った。
プロデューサーが頭を下げてまで感謝されるようなことをした覚えは無い。
「ちょ、ちょっと、頭上げてよ」
ありがたいことに、美嘉のその言葉で普段は頑固なプロデューサーは正直に頭を上げてくれた。
正直そのことにホッとした美嘉だったけれども、もっと驚くことがあった。
それは彼の瞳が微かに揺れていて、涙を目の端に溜めていたからだ。
プロデューサーの見たことも無い表情に、美嘉は暫しの間言葉を失くした。
時計の長針が動く音が妙に耳に付いた。
布団の衣摺れ音や空調の雑音が強調される。
ただ、それでも先ほどのように、沈黙は気まずいものでは無かった。
無言が続く中で、美嘉と彼は互いの瞳を見る。
彼女から見れば、少なくとも涙で揺れている彼の瞳には、悲壮な感情を見受けることは出来ない。
逆に、彼は喜んでいるように見えたのだった。
「城ヶ崎さん、私はあなたに感謝しています」
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静かに、彼は沈黙を破った。
ただ、その声音には、深い悔恨が入り混じっているように感じる。
彼はただただ語る。
「いつか私は、あなたを……あたたがたを裏切るような行為をしました。それは……どうしようもない私の罪です」
彼の罪……いつか彼の下から逃げてしまったシンデレラ。
彼は悩んだ。
己の罪に。
何よりも、その罪の重さを理解してくれなかった社会に。
そして、彼は逃げた。
美嘉たちの下から、一人でに去ってしまった。
身勝手な行動だと詰ったことはなく、彼を非難したことは無い。
――ただ、可哀想だと思った。
「でも、あなたはいつだって私に話かけてくれました。あなたがたを見捨てた自分を」
「それは……別に、同じ会社だから」
咄嗟に、そんな言葉を吐いてしまった美嘉。
寂しそうな背中が可哀想だったから、などと言えるはずもない。
けれど、素っ気ない言葉にプロデューサーは小さく首を振る。
「それでも、です。あなたの言葉に、私は救われ――」
「アタシのおかげじゃ、ないよ」
思わず、美嘉は彼の言葉に被せ気味にそう呟いていた。
そう、自分のおかげで彼が救われた事実など無い。
彼が救われたのは、シンデレラプロジェクトの彼女たちのお蔭だ。
彼女たちは、彼に付き添って歩いてくれた。
彼が凹んだ時も、困った時も、共に歩んでいた。
それは自分たちが出来なかったことだ。
いつかの彼はとても落ち込んでいた。
いつかの彼は自分たちに別れを告げた。
いつかの彼はとても悲しそうだった。
でも、自分は彼を慰めることも、本心を告げることも出来なかったのだ。
――行かないで。
その一言で、もしかしたらプロデューサーが思い直したかもしれない。
もしかしたらショックから立ち直ったのかもしれない。
そうじゃ無いかもしれない。
幾つもの憶測が胸の奥に堆く積もり、それが彼女を責める。
「だって、アタシがしたことなんて小っちゃいことじゃん。でも、私が原因でさ、未央のことが起きたりしたわけじゃん。……だったら、アンタを救ったのは、アタシなんかじゃないよ」
少なくとも、私が関与したことなど無い。
シンデレラも、魔法使いも、彼女とは何ら関係が無い。
美嘉はそう思った。
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しかし、プロデューサーは言う。
「それは、違います」
「違うって、何が違うの?」
「……私が自分の変わった所を理解できないように、あなたが見えていないところで、あなたは多くの人を救ってきました。それは星の輝きのように、異なった地点から見えるものです。私には、自分の輝きが見えません。それと同様に、あなたも、自分の輝きを見ることが出来ないのだと思います。しかし、異なる視点から見た場合は違います。城ヶ崎さん、私はあなたに救われました。それはあなたからは見えない、けれど私には確かに見える城ヶ崎さんの輝きです」
静かな病室には、彼の声が淡々と言葉を綴っていく。
それは詩の一節のような言葉だった。
だが、限りなくそれは美嘉自身へと語り掛ける言葉だった。
音の一つ一つが心の中に滲んでいくのを感じ、真っさらな白い紙に、彩色豊かな絵の具を垂らすかのように、ゆっくりと穏やかにそれは広がる。
「私は、いつかの自分を恨んでいます。けれど、同時にあなたと歩けたことは、私の誇りであると、私は思っています」
その瞬間、美嘉は何もかもが、無音になったような気がした。
ここには他の患者なんていなくて、自分と彼だけがいるような、そんな感覚。
彼の声がゆっくりと浸透していく。
それが分かった。
それだけで、充分だった。
「だったら、アタシも言うよ。アンタと仕事できて、今のアタシがある。いいや、違う。アンタがいたからこそ、今のアタシがあるんだ。……感謝してるし、そのことを誇りに思ってる」
だからさ、と言葉を続け……。
「今日は、アタシはいっぱい言いたいことがあるんだ。ちょっくら話、付き合ってよね」
彼は少しだけ困ったような微笑みを浮かべた。
美嘉もそんな彼を見て、ただただ笑ったいた。
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「どうだった? プロデューサーさんとは?」
「……どうって……どうかな?」
会社戻りの車内にて、ちひろは何処か機嫌が良さそうな美嘉にそう尋ねてみる。
すると、美嘉は何とも曖昧な返事を返した。
にこにこと本当に機嫌よく。
「まぁ、でも……今日連れてきてくれて、ありがとうございます」
そう言った美嘉は、運転しているちひろに向かって頭を下げた。
そんな姿をちひろはバックミラーで確認して、思わず噴き出してしまった。
「な、何笑ってるんですか!!」
「い、いや……ふふっ」
「もうっ、一体何なんです!?」
「うふふ……ご、ごめんなさい……ふふっ」
「あーっ!! まだ笑ってるじゃんっ!!」
美嘉はそう可愛らしく怒りを露わにし、ちひろは笑ってしまったことに謝罪する。道中、そんなこんなで賑わいだ。
ちひろは思う。
いつか去ってしまった彼女たち。
現実を見てしまったが故に、夢を見れなかったシンデレラ。
……それは確かに、彼が犯した罪だったかもしれない。
でも、その罪を許してくれる人間は案外近くにいるものなのだ。
それは彼女自身がそうであるし、今西部長だって、美嘉だってそうである。
ただ、彼は重荷をただ背負いすぎた。
背負いすぎて、重くなって、下を俯くことによって、前すらも見えなくなった。
下しか見ることが出来なくなった。
彼がいつも見つめていた足元には何があったのだろう。
過去の幻影か、それとも後悔の懺悔か。
――けれど、今の彼だったら、受け入れることが出来る。
罪を許してくれる人の存在を。
「ねぇ、美嘉ちゃん。プロデューサーさんは変わった?」
ちひろは改めて美嘉へと問い掛ける。
美嘉は少し悩んでこう答えた。
「変わってないけど、変わったとは、思います。……でも、今のアイツの方が、アタシは好きかな」
――言いたいことを、言えたみたいですね。
ちひろは、心の中で、今ここにはいないあの鋭い目つきの優しい男に、そう語り掛けたのであった。
車は進む。
いつもと同じように。
けれど、今日はきっといつもとは違った素敵な日になっただろうと、美嘉の笑みを見て、ちひろは思った。
〜End〜
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アンソロで武美嘉があったから、衝動的に書いた
設定に至らない点があったことは申し訳ございません
ただ……書きたいものが書けて私は大満足です
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もう終わってる!
-
もう終わってる!
良かったです、本当に……ありがとう…それしか言葉が見つからない……
よっしゃ!自分も武美嘉のSSに挑戦しますよ〜スルスル(書けるとは言ってない)
>>23
発熱と一概に言っても42度の高熱だったり症状次第では不自然でも無いかと思います
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すっげえよかった…
読後感が爽やかでイイゾ〜コレ
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きれいな話やったなぁ(しみじみ)
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こういう台詞回しが思い付くのってすごいわ…尊敬する
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http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6132395
渋の方でまとめさせて頂きました
報一応、報告しておきます
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ええ話やこれは…
美嘉姉はほんとカリスマだなあ…
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いいゾ〜これ
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