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加賀「赤い白薔薇を」
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夢を見た。
仄暗く、血生臭い赤い海。
その赤い海に、引ずり込まれていく。
もがき、苦しみ、獣のように叫んでも引きずり込まれていく。
海の底には顔があった。
それは、他ならぬ土佐の顔だった。
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はっと目が覚める。
じっとりと脂汗の滲む顔に右手をあて、自身の感触を確かめ、あれが夢であったことを確かめる。
(この夢も何度目だろうか)
加賀は未だ動揺の止まぬ頭で、その思いに囚われていた。
枕元の時計を見やると午前4時を指している。
今日が休暇という事を考えれば早すぎる起床であるが、加賀は迷うことなく床からでた。
手拭いを持ち、洗面所へ向かい顔を洗う。
ふと、なんとはなしに鏡を見ると血にまみれた自身の顔が見える。
かぶりを振って鏡を見直すと、目に隈が浮かんだ自身の顔があった。
(やっぱり、夜戦の後の夢なんて見るものではないわね。まだ、引きずっているもの)
それでもやはり気になるのか、加賀はもう一度、顔を洗った。
自室に戻るが、寝直す気にはなれなかった。
加賀は宿舎の急騰室へ向かい、戸棚から茶筒と急須と湯呑み、それと床下の収納から小さな壺を取り出した。
湯を沸かし、多めの茶葉を急須に入れて茶を淹れる。大きな湯呑みにたっぷりと淹れられた茶はほうじ茶だ。
次いで小さな壺から小皿に移したのは大きな梅干、紀州南紅梅のはちみつ漬けだ。
湯呑みと小皿、箸を盆にのせ自室へ戻る。余程部屋は冷えていたのだろう、湯呑みのほうじ茶から湯気がもうもうとあがり、加賀の顔をくすぐった。
部屋の隅にある文机に盆を置き、小さなオイルランタンに火を入れると、四畳半の和室はうすぼんやりと明るくなった。
文机の前に座り、熱々のほうじ茶を啜る。
香ばしさがいっぱいに広がり、体がじんわりと暖まっていく。
次に梅干の実をほぐし、口に運ぶ。柔らかな梅のすっぱさとはちみつの甘味がやんわりと舌をつつむ。
「おいしい…」
不思議と言葉が漏れでていた。
加賀はこのほうじ茶と梅干の組合せが大好物だ。
それから1時間の間、ほうじ茶をさらに3杯淹れて黙然と飲んでいたが、加賀の顔は固い。
なぜ、土佐の命日にあのような夢を見たのか。
加賀の頭の片隅にはそんな疑問が残っていた。
体は十分に暖まったが、心はいまだ冷えている。
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もう始まってる!
なんか本格的・・・
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はたと気づけば、窓から明かりが射し込んでいる。
今日は土佐の祥月命日。のんびりともしていられないのだ。
士官用の第三種軍装の、青褐色の背広に着替える。
休暇と云えども、鎮守府は現在軍事作戦中である。異変に即座に対応できるようにという提督からの命令であった。
手袋をはめ、ネクタイを締め、髪を下ろして制帽を被れば艦娘には見えなくなる。さながら、巡検をする女性士官のようだ。
あくまでもプライベートのため、短剣は携行できないがそれは致し方なかった。
足音を立てないよう、宿舎の中を進んで行く。
外に出ると空は晴れ渡っており、空と海がくっつくのではと思うぐらいに青く澄んでいた。暗く沈んだ心とは裏腹に。
加賀は波止場の方に足を向け、少し呉港を見回る事にした。
今日の港は何時もの喧騒が嘘のように止んでいる。それもそうだろう、今回の新規任務で大抵の艦娘は出払っているのだ。
今日1日だけでも穏やかに土佐が眠れる事を考えると、少しだけ胸のつかえがとれたような気がした。
それから、20分程海を見ていた加賀であったが踵を返し、正面ゲートから鎮守府の外に出る。
歩いて2分とかからない距離にある、小さな生花店へ加賀は入っていった。
「いらっしゃいませ」
店には店主の夫婦はおらず、この店の一人娘が店番をしていた。
「こんにちは、あら、お母様は今日はいらっしゃらないの?」
「はい、母は町内会の集まりでいないんです。…あの、失礼ですが、もしかして加賀さんですか?」
「え?ええ、そうだけど」
「びっくりしたぁ〜…最初、士官さんが家になんの用だろうって思ったもの!」
「ごめんなさいね、驚かせてしまって」
「いえ、いいんですよ!でも、どうして今日はそんな格好を?」
「鎮守府が非常事態宣言をしているからよ。…確か、回覧板でも通達を出した筈だけれど」
「あ、あれ、そうでしたっけ?」
「駄目よ。そういった事はきちんと知らなきゃ」
「は〜い…あ、加賀さん、お花は何時ものですか?」
「ええ、白い薔薇をちょうだい」
聞くやいなや、後ろのフラワーショーケースから白い薔薇を8本取りだし手早くラッピングをしていく。
母親はまだ太鼓判を出さないが、加賀からしてみれば大したものだと思う。
「はい、お待たせしました!」
「ありがとう、それとね、あと1週間は海に近寄らないほうがいいわ。…貴女のお目当ての武蔵さんも遠征にでてるから見れないしね」
「もう!加賀さんったら、またからかうんだから!」
ぶうと膨れた頬が愛らしく、眩しかった。
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鎮守府に戻ると、なにやら様子がおかしい。
どことなく、空気がぴんとはりつめている。
無線室から出てきた士官を引き留め、話を聞くと。
「ええ、なんと言いましょうか…。艦娘が一人帰投してきているのですよ。でも、なんだか妙でしてね」
「妙?」
「ビーコンのシグナルでの味方識別も駆逐艦の如月と判明しましたので問題ないんですが、無線応答が無いのです」
確かに何か怪しい。
「…他に艦影はありませんか?」
「いえ、レーダーには…あ、沖合に大型のタンカーが1隻います。様子を見に行かせたいのですが、生憎と第六駆逐隊は哨戒任務で出ていまして、ここの防衛用に五航戦も出せないのですよ」
「私が様子を見てきましょうか」
「宜しいのですか?では提督の方には私からお話をしておきましょう」
加賀は波止場へと足を早めた。
波止場に着くと、工兵が何人か沖合を見つめている。
加賀もその中に加わり沖合を見ると、タンカーの影が見える。
次の瞬間、タンカーの影がわっと広がり、主砲の音がどかんと響く。
(不味い!)
主砲の弾は此方に向かっている。人には捉えられぬが艦娘には見える。
加賀は工兵の一人が持っている大きなレンチを奪うと、甲高い唸りをあげて迫る弾頭の横面にレンチをぶちかました。
きぃぃんという音を立て、レンチが砕けるのと同時に波止場の左側にある堤防が大きく爆発する。
慌てふためき、逃げ出す工兵達を尻目に、加賀は近くの潜水艦用のドッグへと飛び込む。ドッグの中にある工兵が整備に使うのフロート型の脚部艤装と壁にかかっているホールスアンカーを手に取る。
少し重いが、武器としては十分に使える。
更に棚から小型の酸素魚雷を2本取りだし、ベルトに挟み込む。奇っ怪な格好だが背に腹は変えられない。
ドッグから外に出ると、五航戦と深海棲艦が交戦中だった。
翔鶴、瑞鶴が烈風を飛ばし制空権を取り、秋雲と朧が大量の駆逐イ級を轟沈させている。
しかし、誰も一番沖にいる者に気づいていない。
いや、加賀のみが気づいていた。
如月の体を抱えた戦艦レ級に。
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加賀はホールスアンカーを肩に置き、海に飛び込んだ。
加賀に気づいた駆逐イ級の一体が突進をしてくるが、これをかわし体を傾けスピードをあげる。
秋雲が声を荒げ、加賀を止めようとするがもう遅い。加賀は敵と味方の中を縫うように進み、沖にいる戦艦レ級に迫りこむ、
「おおおおっ!!!」
戦艦レ級は迫り来る加賀をみやると、
「オモシロイノガキタ!ギャヒッ!テェーッ!」
連装砲からばらまくように弾を撃つ。
加賀は身をよじり、弾をかわし尚もレ級に迫り、
「はぁっ!」
がつんとアンカーをレ級の顔にぶちかました。
レ級の下顎が半分砕け、顔が横にぐきりと曲がる。
しかし、レ級の恐ろしさはここからだった。
レ級の尾が口を開け、加賀に迫る、
「おおっ!」
尾を脇に挟み、なんとか押さえ込んだ加賀が尾の口に魚雷をねじ込もうとした時、
「ぐぅっ…!」
レ級の腕が加賀の腹に突き刺さっていた。
「ゲゲゲ…シニヤガレ…」
「ふ、ふふ、それは貴様だ」
「ナニヲ…ゲェッ!」
レ級の砕けた口と尾に魚雷がねじ込み、加賀はレ級の腕を腹から引き抜いた瞬間、
「グボォーッ!」
魚雷が炸裂し、レ級の顔を焼き、尾を破壊した。
「テ、テッ、タイ…ダァ…」
レ級の断末魔を聞いて、加賀は意識を失った。
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その日の夕暮れになって、加賀は蘇生した。
知覚が戻り、痛みが全身に響く。
「ううっ…ああ…」
無理矢理体を起こそうとする加賀を瑞鶴が、
「加賀さん!動いちゃだめです!」
「あら…生きていたのね…」
「もう、起きるなりそれですか、そうです!お腹をぐっちゃぐちゃに刺されたのに加賀さんは生きています!まったく、艦娘様様です!」
「いえ、貴女がよ」
「もう!また嫌味を言うんですから!駆逐イ級にやられるほど耄碌していませんってば」
「うう…ふふ、そのぶんなら怪我もなさそうね…うっ…」
呻きつつ、苦笑する加賀だった。
「はいはい、大人しくしててくださいね!後で提督さんからありがたーいお説教がありますから」
「あら、それは楽しみだわ。…ねぇまだ2月9日よね?」
「はい、そうですが」
「…なら、頼み事があるの私を波止場まで連れていって頂戴」
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瑞鶴は加賀を車椅子に乗せ、波止場までやって来た。
加賀の腕の中には、白薔薇が抱かれている。
「ここで、いいわ」
瑞鶴は車椅子を止め加賀の肩を支えて、立ち上がらせる。
「ごめんなさい、加賀さん。今日は海を汚しちゃいました、大切な日なのに」
「いいのよ、少しぐらい騒がしいほうがあの娘も喜ぶわ」
真っ赤な夕焼けが海を赤く染める。あの夢のように、
「それでもごめんなさいです」
「もういいわ、ほらそれより歩かせて」
「はい、痛かったらいってください」
「大丈夫よこれぐらい、一航戦をなめないで頂戴な」
「…加賀さん、あんまり無茶しないでくださいね。先に死なれちゃうと目標がなくなっちゃいますから」
「死ぬつもりはないわ、でも死ぬのは怖くないの。それだけよ」
死んだっていい、あの娘が海にいるから寂しくない。
加賀は海に白い薔薇を投げ入れた。
赤い夕焼けに染められて、赤い白薔薇になってゆく。
敵の血で染められた赤い海に染められて、白薔薇が赤薔薇になってゆく。
私の誇りに思う人に贈る白薔薇が、愛の赤薔薇になった。
じわりと痛む腹をみれば、赤い血が滲んでいる。
(ああ、そうか私も赤い白薔薇か…でもそれでもいい、いえそれこそが私達なのだ。花屋の娘のあの笑顔、あの笑顔を守るのが私達の愛だ。血濡れの赤い白薔薇の愛、あの夢はその事を教えてくれたんでしょう、土佐?)
潮騒は静かに答えた。
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以上
これの後の話みたいな物です
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/internet/20196/1412849889/-100
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オツシャス
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航空戦を端からやる気がない姿勢すき
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ところどころに垣間見えるオリジナル設定がスパイスになってていいゾ〜
土佐はいつ頃実装されるんやろ
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